○HTB突入計画の全貌
さて、大部分の方はHTBと言われても何のことだか分からないことであろう。
当然であろう。
何しろ、HTBとは、北海道・東京・バシの略である。
北海道と東京を知らない人間はいないであろうが、バシとはなんぞやと誰もが思うであろう。
一部の勘の鋭い方は、それが何を示しているか、気付くかもしれないが。
何を隠そう、バシとは日本橋の略である。
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※典型的なバシのお店の一例 (ゲーマーズなんば店さん)
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それも、東京の日本橋ではなく、大阪にある日本橋の方である。
しかし、ここまで説明しても、北海道と東京とバシが何の関係があるのか、誰も想像出来ないであろう。
おまけに、突入と来ている。
突入と言うからには、突入するわけで、やはり、北海道と東京とバシに行くのであろう事は分かるが、なぜにその3カ所に行くことになるのかは、理解の範囲外であろう。
まずは、そのあたりから説明を始めなければならないであろう。
だが、その前に筆者の簡単な紹介を始めよう。
誰も聞きたいなんて思っていないかもしれないが、一応、自己紹介はエチケットなのでそれぐらいは、勘弁してもらいたい。
まずは、筆者の所属から話しを始めるべきであろう。
もちろん、これは○○大学アニメーション研究会(以下、メ研)が出している冊子なので、O大の生徒であろうと想像が付くので、筆者の所属と言われれば、当然のごとく学部や学科の事だと思うであろう。
しかし、それこそが君たちの浅はかさという物である。
たしかに、ここはO大のメ研であるが、誰もO大生でないといけないとは言っていない(いや、普通はO大生じゃないと入れないかもしれないが)。
しかし、そこは天下のメ研である。
外部生が存在するのだ。
それが、筆者なのである。
では、筆者は何者なのか。
最近では、個人のプライバシーが叫ばれており、このような公の冊子で個人のプライバシーを公開するのは、多大な危険が潜んでいるのだが、今回は、ここまで引っ張った手前、特別に公開することにしよう。
筆者が所属しているのは、M医科大学改め、M大学である。
入学したときはM医大であったのが、いつの間にか、M大学に変わってしまった(最近の統廃合ブームで、M大に吸収合併されただけなのだが)。
とにかく、筆者はM大学医学部の学生でありながら、なぜか、O大アニ研で暗躍していて、当時会長のMM君ですら、頭が上がらない存在である(文句はないよね?MM君)。
なぜ、暗躍できているのかというと、きっと、大きな理由があるのだろう。
しかし、それは国家機密に匹敵するほどの極秘事項なので、さすがに、ここで明かすことはできない。
読者の諸君には、我慢してもらうしか無い。
では、元の話に戻ろう。
そもそも、HTBとは、北海道テレビという北海道にあるローカル局である。
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※HTB(北海道テレビ放送株式会社)玄関の写真
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そのHTBが製作している番組の中に、水曜どうでしょうという番組(以下、どうでしょう)があるのだが、これが、我々の中では一つのブームとなっていて、今回のHTBに参加したメンバーの多くが、この水曜どうでしょうにはまってしまっている。
つまり、北海道・東京・バシが最初にあったのではなく、まず、HTBがあり、それに無理矢理こじつけたのである。
しかし、ここまで言ってもでは、HTB突入計画とは何なのかは、わからないであろう。
ずばり、HTB突入計画とは、我々の仲間であるLoadの卒業旅行についた別名なのだ。
その最初の話が出たのは、某チャットである。
2005年1月、Loadの卒業も間近になり、彼の卒業旅行をしようという話が持ち上がり、それを武嶋が中心になって本人には内緒でいくつかの案が練られていった。
様々な案が検討されたが、中心となって計画をすすめている武嶋の「トワイライトに乗りたい」との一言で主賓の意見も聞かずに、北海道行きが決定した。
主賓に対して聞いたことは、ただ一つ。
最大、いくらまでなら出せるかと言うことだ。
そして、その予算内で計画は立てられたが、ほぼ、彼が言った予算一杯になっている。
このようにして、HTB突入計画の大枠が決定し、細部が詰められていくこととなる。
ここで最大のネックとなったのが、JM氏の事である。
当時、JM氏はとある事情のために大阪に残らなければならず、HTB突入計画に参加するだけの時間が取れなかった。
しかし、5年間一緒だったLoadの卒業旅行に全く参加出来ないのはふがいない、一日でも参加させてくれという本人の強い希望もあり、筆者以外、全員が大阪在住であるにもかかわらず、大阪市内のホテルに一泊することとなった。
そこで出たのが、水曜どうでしょうではツインルームの4人使用という事が行われており、我々もそれをやろうという話となり、大阪市内のホテルに一泊することとなる。
そのホテルは、天然温泉もあり、素泊まりでは一人あたりは相当安い。
ただ、泊まるのが6人であったために、一部屋に3人で泊まり、二部屋を借りることとあいなった(ツインルームの4人使用に筆者や武嶋は最後までこだわったのだが、人数という物理的制約の前にあえなく散華してしまった)。
そして、計画はさらに練られて行くのだが、個人のレベルでも様々な用意が進められた。
その一つが、武嶋のビデオカメラの購入があげられる。
彼は、高校でも部活でそういったビデオカメラを弄っており、その時点で一台所有していたにもかかわらず、今回のHTBの為にビデオカメラを新調したのだ。
しかし、新調しただけあり、その画質は以前のビデオカメラに比べて格段の向上を見せている。
彼はHTBの間、ずっとこのビデオカメラを肌身離さず持っており、ほぼずっとビデオを回していた。
余談であるが、HTBの後、武嶋が宮崎の筆者の家に来たときに、筆者の家のHDDレコーダーにHTBの映像を録画して、これをDVDにコピーして参加者に配布しており、この原稿も、その映像を見ながら書かれている。
まさに、彼の英断に拍手を送りたい。
また、筆者も500万画素のデジカメを新調して、以前のデジカメはLoadに売却された。
その結果、メンバーが所有するデジカメは4台となり、(武嶋のビデオカメラは新調した物も、古い方もデジカメ撮影が可能)お互いがお互いを撮影するという、端から見ると何をしているのか分からない集団と化してしまった。
そして、それを助長したのは、筆者が持っていったノートPCであろう。
このノートPCは重量1・4Kという軽量なのだが、デジカメを保存するには十分すぎるほどの容量があるため、撮った画像はその日のうちにノートに移動させ、全員が残り容量を気にすることなく撮影を行っている。
それがどれほどの事かというと、撮った枚数が、なんと1800枚、容量が1・4Gという、CD―Rで2枚分という呆れた数字となっていることからも、想像が付くであろう。
かくして、「HTB 〜 北海道Hokkaido、東京Tokyo、バシBashi突入計画 〜」は、実行に移されたのである。
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――つづく
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