| | クラブからの発足し、活躍が認めらて部への昇格。 市川学園ラグビー部創設の頃。 |
|
|
|
|
|
| | 県代表を勝ち取った時の画像です。 緑×白が第5代、練習着が第6代です。
|
|
|
|
|
|
| | 悲願の千葉県大会初優勝。 最強と譲らないのがこの5代と6代です。 |
|
|
|
| | 千葉を制覇。しかし当時は全国大会に出るためには山梨県代表・日川高校と一つの椅子を争わなければ ならない時代でした。 日川の厚い壁を破る事はたやすいことではなかった。 |
|
|
|
| | | 走ることには負けなかったが、いかんせんラグビーを知り得なかった当HPの管理人達の時代。 |
|
|
|
| | 後一歩のところで県立柏高校に逆転のトライを許し3-4。 関東大会出場を逃す。 |
|
|
|
| | 3年から1年生まで40数名、中学生も入部かなりの大所帯となりました。 部員勧誘時の言葉「今なら君もレギュラー」は効きました。 |
|
|
|
| | 3年(12代)の「春の新人戦(引退試合)」〜S55年4月某日・天台にて 試合結果は知る人ぞ知る・・・聞かぬがホットケ(仏or放っとけ)。 点を取られガックリ肩を落とし足取りも重く・・・ボールを持つは12代主将T君であります 対県立某高校(名前は当然と言ってよいほど、ぜんぜん記憶にはナイ) ボールを投げ入れ、今まさにキャッチしようとしているところ・・・!!! (ショートラインアウトと思われるが・・・?) 当時、160cm ・ 47.5kg(今もチットも変わらない・・・)FW2番、「フットアップ」が得意な華の16歳高校2年生。 以上13代宮崎氏コメント (加筆・訂正大いにしました) |
|
|
|
| | 「春の新人戦」〜3年生(13代)引退試合後の一葉です。 S56年4月・天台にて 緑×白の伝統のジャージを復活させたそうです。 (第13代宮崎氏コメント) |
|
|
|
| | 恐らく“潜在能力”は歴代OBのなかでも 上位を争うのでは。 当時は釜石全盛、またスクールウオーズの影響もあって、 ラグビー人気もピークを迎えており、部員数も充実。 ちなみに、杉山副将は卒業後、 立教大学ラグビー部主将(平成2年度)としても活躍をみせた。 (前田@18代さんコメントです) |
|
|
|
| | 県大会予選を圧倒的な強さで勝ち進み、 千葉日報に“古豪市川、復活”と書かれたことが 良い思い出。 梅田主将・河野副将以下チームワークは抜群。 一方で、現在の職業はパイロット・医者・会社経営・ 広告マンなど“個性派揃い”でもある。 (前田@18代さんコメント) |
|
|
|
| | 1学年で1チーム作れるという素晴らしき時代のメンバーです。 ラグビー人気華やかなる頃でもあるがこの頃しぶがき隊も流行っていたかなと 彼らのヘアースタイルを見て思う。(9代管理人) |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
| 2003年度の高校1年生(37代目)、2年生(36代目)(3年生は在籍なし) |
| | |
|
|
|
|
|
|
| | 35年振りの千葉県大会決勝進出。 諸OBは歓喜の嵐でした。 |
|
|
|
| | 敗れはしたものの関東の強豪相手に 肉薄したいいゲームをしてくれました。 |
|
|
|
|
|
|
|
|