2006年5月に自給自足の「あーす農場」(兵庫県和田山)にいって考えたこと
2006年5月14日
電話相談の受話器の向こうで、今の世の中がイヤだと泣いている人がいる・・・。死にたい、死ぬしかないとうめいている人がいる・・・。
そんな時、思う。
今の都会の生活に疲れた人がそこで暮らせばいい。
それがあーす農場のようなところだ、と。
学歴も事務能力も関係ない。パソコンも携帯電話も関係ない。
生きることはたいへんだけど、やることをやれば生きていける。
そんなわかりやすさがいい。
食べ物を作る。からだを動かさないと何もできない。
でも汗をかいて動けば、土はよみがえり、草は伸びる。伸びた野菜は果実をくれる。
話のための話などいらない。気まずい沈黙をなくすための無理した話題も、テレビも要らない。
おべんちゃらも、お世辞笑いも、お辞儀も要らない。
名刺交換も会議もいらない。
しんどい通勤も、いやな残業も、付き合いの飲み会もない。
数字や儲けやノルマに追いかけられなくてもいい。
コミュニケーション上手でなくても、場の流れをうまくつかまなくてもいい。
美男美女でなくてもいい。
流行の服を着ていなくても、化粧をしていなくてもいい。
黙って、やることをやる。
朴とつでいい。
自然に教えてもらいながら、自然に合わせて、知恵を使っていく。
汗をかいて、風を感じ、のどの渇きを感じ、水のうまさを知る。
疲れを知り、からだの痛みを知り、休憩のありがたさを知り、回復してまたがんばる。
腹の減りを知り、飯にかぶりつくうまさを知る。
飯の材料を集め、火を起こし、飯を炊き、料理をし、皿に盛り付ける。
食べ終わったら、皿を荒い、茶を飲み、少し語る。
木を燃やして風呂をたき、汗と疲れをながしてすっきりする。
排泄の匂いを感じ、その行く末を感じ、すっきりする。
同居している犬や猫に食事を分け与える。
太陽の暑さを知り、雪の寒さを知る。太陽の温かさを知り、雪のすがすがしさを知る。
からだを動かせば、暖かくなる。
春になり、雨と陽気が、一気に草木を伸ばす。草が伸びれば、生きている力を知る。
雨が降れば草木が喜ぶのを知る。
草木が腐れば、栄養となって循環する。
動物がいて、虫がいて、細菌がいて、すべては循環していく。
糞尿がまた生き物に力を与えていく。
動物たちもまた循環を担っている。
人間だけが、おかしなことをしているが、それでも希望はある。人間も循環の一部となりえる。
私は、分業の中で生きている。
でも私は動物であり、生命であり、あれやこれをいただいている。太陽や風や土や雨や動物や植物や虫や細菌たちがいないと明日も生きていけない。
食べ物をつくったり集めたり流通させたりする人がいないと、明日も生きていけない。
私は、生きている。死んだら冷たい。生きているということはやわらかく暖かい。
生きている間、為すべきことをしよう。
からだに歓びを感じ、〈たましい〉に〈水や息吹〉を感じながら生きていこう。
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