「あるある大事典」問題とは何か
070429
「あるある大事典」の捏造問題が議論されている。
もちろん、捏造、非科学的ないい加減な番組作りはだめ。
また、それを口実に、政府のメディア介入権限を強化しようとする自民党。これもダメ。
テレビ界でも、製作コスト削減のために下請けにしわ寄せする構造。
視聴率競争で、大げさな演出。
この4つはよくいわれる。
だが、以下のことはあまり言われない。言っている人はいると思うが。
まずそもそもテレビ界の雰囲気。その軽薄さ。集団的なおかしさ(馴れ合いがはっきり出ている。仲間たちが出ている。)。それが、いい加減な番組作りに反映している。相手の話を聞かず、いい加減に口だけ動かす輩ばかりが出てくる。
楽しければいい、などといっていたフジテレビ。
北朝鮮批判を過剰に取り上げる、独裁国家的な情報操作。それの一端を担いでいるとも思っていないメディア関係者。
一部、 仕方なく意識的に出ている人を除いて、いま、テレビに出るというのは、とても恥ずかしいことになっている。
どの局もどの新聞社も、そのニュースが非常によく似ているのはなぜか。重大なことが何かを判断して、それをニュースにするのではなく、その日の出来事を同じように各局流している。興味本位。すぐに忘れていく、ただの情報の娯楽的消費。記者クラブの問題。それと同じことが、首相や石原東京都知事に、まともな質問・追及ができない記者たちの姿勢に出ている。
天皇制度批判のタブー。
テレビ番組というと、細木数子、占い番組、UFO,血液型、霊視、心霊写真、心霊スポット・・・などなど、いい加減な非科学的なインチキ“情報”が流されている。
ダイエット・整形番組なども扇情的に作られている。関連会社が危機感を煽って、商売しているのだ。
かわいいくてバカな女が男から好まれる、とメッセージする、女ジェンダーの再生産。男たちのセクハラ的言動。
大量のCMのなかには、ジェンダー再生産のものも多い。ドラマもバラエティも、ひどいものが多い。
こうしたことは、「あるある」よりも害は大きい。政治に無関心で、メディアの言うとおりに操作され、非科学的な思考の人間を養成するからだ。
報道と娯楽の境目がなくなったことが問題なのではない。娯楽番組自体の質やひどさが問題なのだ。そしてそのことは、報道番組を作るときにも貫いている。
いま、まともなひとはたくさんいるが、そうした人たちテレビには出ない。
このことをテレビ界の人はわかっているのか、どう考えているのかということだ。
テレビに出ることが勝利と思っている人がいるが、まったくマチガイだ。
田原総一郎氏は、『朝日新聞』で、いまのテレビ界では社交仲間が出ているとの批判に対し、「いささかでも馴れ合いが感じられれば、たちまち視聴者から見放されてしまうはずである」と述べている。
笑うしかない。
まったく見えていない愚かな人だ。
いいテレビ番組もある。ドキュメント的なものにはいいものが多い。だが、テレビ全体では、ひどいものが多い。
NHKはいい番組も作っているが、幹部がひどく、政治に腰が引けて、女性国際戦犯法廷番組改ざん問題では嘘と捏造の犯罪を犯している。自民党にべったりのテレビ界。
分断化され、地域や職場から切断されたものが、テレビとインターネットというチューブを通じて画一的に洗脳されている。
「あるある」はその末端の一現象に過ぎない。
HOMEへ