イスラエル ガザ撤退抵抗派の人々 から ピース、スピリチュアルとは何かを考える

                        (ブログ 06824日)

「われわれの無知が彼らの力だ」
「多様性が憎しみをなくす」

イスラエル製作(2005年)のドキュメント「イスラエル ガザ撤退の5日間」(NHK06813日放送)をみた。

とてもおもしろかった。というのは、イスラエルのガザ撤退に抵抗する人たちの側からも描いていたからである。

私にとって、シャロン首相は、20009月にエルサレムにあるイスラム教の聖地「神殿の丘」をシャロンが挑発的に訪問したことを契機として、パレスチナとイスラエル双方のテロ報復合戦が激化したという事実の張本人であった(注)。

その彼が、ガザ撤退を決めたことはさまざまな評価を生んだが、彼が「行ってきたことを反省した」のではなく、彼なりの国際・国内政治の中での妥協の判断であったことは間違いない。パレスチナ側からは、撤退判断にともなうさまざまな問題も批判されていた。

しかし、このドキュメントは、イスラエル国内の強硬派(イデオロギー的右派、ナショナリスト、宗教的右派、宗教的保守・頑迷派)からは、背景がどうであるにせよ、神から与えられ、歴史的に奪われてきたものをようやく取り戻した、イスラエルのものである土地や住居をどうして、アラブ・パレスチナというひどいやつらに明け渡さねばならないのか、シャロンは裏切り者だ、と見えていることをあぶりだしていて、興味深かった。

ガザ撤退方針に徹底抵抗する人々には、宗教的信念があった。ユダヤ教において、その教えでこの土地を与えてもらった。そこを放棄するのは神への裏切り、宗教信仰への裏切りと。

それに加えて、ナショナリズム・イデオロギーがあった。

自分たちは正しい。自分たちは犠牲者だと位置づけ、主観的にそう信じ込み、国家権力(シャロン)の間違いに対して、勇気や道徳心をもって抵抗しようとしていた。政府・国家権力、それに従う軍(兵士)たちを、ナチス呼ばわりし、恥を知れ、卑しい人間だと非難していた。

その主張には、パレスチナ=テロリストにどうして家と土地をやらないといけないのかという思い込みがあった。自分たちが追い出されるということの理不尽さには怒っているが、もともとこの土地に住んでいたパレスチナ・アラブ人を追い出したという視点はない。彼らのことは、はじめから視野に入っていない。そして彼らが「敵、悪、テロリスト」であることは前提となっていた。

抵抗運動をしていたのは、大きな組織の人々でなく、そこに住んでいた住民の一部と、イスラエル全国からその支援に駆けつけた市民たちであった。
草の根的な、市民運動的なスタイルで、抵抗しようとしていた。軍や警察は大きな権力を持っている。
それに対し、基本的には、兵士たちに、非暴力的に抵抗していた。兵士たちの良心に訴えようとしていた。だから、ナチスというな、暴力を使うなと抑制する場面さえあった。あなたたちは、思考停止していると涙ながらに訴え、平和の歌を歌い、座り込み、金につられることを恥じて、信仰と信念と良心に従って抵抗していた。

軍隊も、同国民ということもあり、実力行使をできるだけ避け、血を流さないという方針で説得に当たっていた。
結果、ガザ撤退は、最終的には一人の犠牲者も出すことなく遂行された。


私の感想

抵抗運動している人には、優しく、ステキな人がたくさんいた。普通の人、子どもを愛し、家族を愛し、信仰心にとみ、暴力を嫌悪する人たち。

そうした非暴力的思想を持っている人も、その思考の枠が制限されているとこうなるということ。自分が正しいと思うと、全体が見えなくなるもの。自分たち共同体・宗教・国家側が正しいという思い込みの枠内にいて、他者、パレスチナの人々へはその優しい感情は及ばない。

つまり、スピリチュアルな感覚が、制限されている。

視野狭窄のおそろしさが、よく出ている作品であった。

宗教的信念やナショナリスティックな感情が、いかに危険であるかがあらためてよくわかった。

どうして、自国・自分の宗教を愛するものが、隣国・他の宗教にも同じように家族があり、愛があり、普通の人がいることに想像力が及ばないのだろう。群集も軍隊の兵士も、皆、思考があるところでとまっている。
国境や宗教を越えて、スピリチュアルな感覚と知性を持つ人々が増えるようにしなければ、そのエプラスのネルギーは、暴力的な排除・排他・排外のエネルギーとなる。

もう一つの感想。
政治=権力は強い。軍・警察を持っている側は強い、ということ。

なぜ強いかというと、兵士は、考えることをやめ、命令に従うから。実はイスラエル兵士個人の多くは、ガザ撤退反対派と同じような感情を持っているのだ。にもかかわらず、彼らは、命令だということで任務を遂行する。恥や良心や宗教心に訴えることを言われても、心を動かそうとしない。動かしたら負けだからだ。

つまり、今後私たちが運動するときにもこの点は忘れないほうがいい。軍には、説得は通じない。

また、陶酔しているほどの信念をもっている人(狂信的宗教)には、説得してもムリだということも感じた。その意味で、ナショナリスティックなあおりは危険だ。

どの局面でも、自分がどう生きるかが大切だなと改めて思った。
自分の道を進むしかない。

★★★

バークレーから学ぶ

米国も、ある意味、洗脳されている社会だ。
だが、バークレーという、市民が作る町も存在している。
議員と市民が支えあう形で市が運営されている。
だから、米国全体がテロとの戦いというようになっているときも、唯一、アフガン空爆反対決議をこの町は行った。
ただ一人ブッシュに反対した、バーバラ・リー国会議員がでたのも、バークレーだ。

この町には、学生運動以来の自由の伝統がある。フリースピーチ運動があり、われわれは政府が企業のためにつくる製品ではないと学生たちは話していた。
人権に関わるさまざまな運動が活発に行われている町。

そのバークレーでつくられた標語のひとつが、「われわれの無知が彼らの力だ」というもの。
そして「多様性が憎しみをなくす」というのもある。

イスラエルと、バークレー。私たちはどちらから学ぶのか。

「われわれの無知が彼らの力だ」
「多様性が憎しみをなくす」


(注)
2001
9月の米国への同時多発テロを口実に、2001年から2002年にかけて、イスラエルによるパレスチナ攻撃が激化した。
2001
12月、イスラエル・シャロン首相は、国民向けテレビ演説で、「テロによる戦争がわれわれに向けられている。(パレスチナへの報復攻撃は)テロとの闘いであり、イスラエルと米国はともにある」、責任はアラファトにあると。

その後、報復として、ミサイル攻撃、空爆などが激しくなる。そして2002年にイスラエルの空爆・侵攻・占領、アラファト議長監禁、ファタハ幹部がイスラエルに暗殺されるようなことが続いた。

03
316日には、パレスチナ自治区ガザ南部のラファで、平和支援団体「国際連帯運動」(ISM)メンバーの米国人女性レイチェル・コリーさん(23歳)がイスラエル軍のブルドーザーにひかれて死亡した。彼女は、イスラエル軍によるパレスチナ攻撃を止めさせる活動の一環として、パレスチナ家屋を破壊から守る「人間の盾」としてその家に滞在しており、破壊活動をしようとしたブルトーザーの前に拡声器をもって立ちふさがったが、運転手は意識的に彼女を殺した。

 

HOMEへ