「彼のケータイ盗み見たら・・・」という相談を考える
『朝日新聞』(09年4月4日)に「悩みのるつぼ」という相談コーナーがあって、「彼のケータイ盗み見たら・・・」という相談が載っていました。それに岡田斗司夫さんが答えていて、この手のものとしては、なかなかいい水準でしたが、足りないところがあると思うので、僕なりに思ったことを整理しておきます。
まず相談内容は「週末に会えないことが増えて、怪しいと思って彼のケータイを盗み見たら、『週末の温泉、楽しみだねー』のような浮気が疑われるラブラブメールが何件も入っていた。彼を問い詰めたら、彼は『お前を試したんだよ。まさかケータイ盗み見るような女とは思わなかった』と居直り、『個人情報の保護の時代に、プライバシーに関する規範意識が君にはない』と説教をして出て行ったという。それで別れてしまった。ケータイ盗み見たのは悪かったかもしれないが、浮気している彼も悪いんじゃないかと思うし、どう考えたらいいのか。私が謝らないといけないのか?」といった主旨のものでした。
それに対して、ありうる対応としては次の4つがあります。
(P)混乱の対応。ケータイ見たのは確かに私が悪いかも。でもそれを浮気したお前が言うか??
(Q)恋人の浮気などだめだし秘密もだめなので、ケータイ見るぐらい当たり前という対応。本気で愛してたら、なりふりかまわずそれぐらいして当たり前。
(R)世間的規範のレベル対応。見たことを謝る対応。ケータイを盗み見るようなみっともない私でいいのか。二度と盗み見しない。
(S)信じられなくなったら証拠のあるなし関係なく別れるという対応。
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この問題はよくある話ですが、単なる浮気話というのではなく実は深い問題が背景にあると思っています。そこまで考えないと、彼女の「悩み」はいつまでも解決しないというのが私の考えです。
先ず私が言いたいのは、「〈スピリチュアル・シングル主義〉の感覚(恋愛観)」というものがあり、それに則っていれば、お互い深いところでの信頼と尊敬の感情を持っている、相手を傷つけないようにしようとする、誠実に相手に関わる、プライバシーを尊重する、秘密があっても当然、相手をモノガミー(一夫一婦制)発想で独占・所有・束縛・支配できるとは思っていない、相手が誰と関わるかも自由で、むしろ豊かな活動や関係性を応援する、となっているので、当然、相手のケータイをみる権利などないと思っているし、絶対にみない、見る必要などない、ということです。以上を(X)とします。
その立場からは、
(1): 誠実さがなく傷つける行為をしているのに居直って説教するやつなんてだめだ、そんな人とは別れて正解、といえる。
(2): 相手を信じられなくなった時点で別れる。スピリチュアルなレベルで信頼できないなら、離れる。「浮気」の証拠・根拠があろうとなかろうと離れるということです。上記(S)に近いです。
しかし、みなが〈スピ・シン主義〉で生きているかというとそうではなく、むしろ大多数の人は、ジェンダー秩序に乗った、カップル単位の恋愛観を持っています。
つまり、恋人の間では、相手を独占・束縛するモノガミーが当然、秘密なし、うそはだめと思っています。
この考えでは、論理的には、二人は一体で、他者性がなく、秘密はいけないのだから、相手の行動を全部知る権利が恋人にはある、浮気を調べる権利が恋人にはある、ケータイを盗み見てもよい、となります。このカップル単位の考え方を(Y)とします。
(Y)のひとは必ずしも考えきっていないので、みなが明確に「浮気を調べる権利が恋人にはある」までは自覚していないことが多いですが、ほかの事よりも結局はカップル単位のルールを優先します。だからプライバシーはあるとは思っていても、恋人の間に秘密はなくて当然、事実上深い意味の「個人の領域」などはないとおもっています。
(Y)の人にとっては、(X)にもとづく(1)(2)は無理におもえます。つまり
(3):(1)(2)ができない人がいるという事実をみつめたいと思います。好きだけど不安、別れたくないけど浮気はいやで、だからケータイを見ていいとはいわないけど、それよりも浮気のほうが大問題、浮気してるかどうか不安というカップル単位感覚。この相談者さんもこの悩みの中にいます。(Y)だけど、すっきりと「浮気を調べる権利が恋人にはある、ケータイを盗み見てもよい」とまでは言い切れなくて、矛盾を抱えて悩んでしまっているということです。
上記の対応で言うなら、(Q)恋人なのでケータイ見てもいいと、(R)他人のケータイ見たらダメの世間的規範の2つを持っているので、(P)混乱の対応となっているということです。
これに対して私が言うとしたら、「見抜け!」ということです。相手がいい人かどうか、〈たましい〉でいい人と感じれるか、深く愛する価値のある人か、尊敬できる相手か、見抜けばいい。そうすれば、浮気の証拠とかは関係ない。そこが一番大事。人を見ぬけば不安はなくなります。信頼できます。深いところで尊敬や信頼ができないなら、やはり別れるというのがいいと思うよ、といいたいと思います。(2)は無理と多くの人は思っているけれど、やはり(2)じゃないの?って提起したいと思います。
そして根本的には、後でまとめるように、そもそもカップル単位感覚を批判的に考えていなくて(Q)もいいと思っているから解決しない。つまり、僕は(Y)の人に対して、(X)というシングル単位感覚にならないとしんどいんじゃないの?、(X)という感覚になったらどう? といいたいと思っています。そうしないといつまでも不安からは逃れられないのではないかって思います。
(4): 「見ぬく」といっても「見抜く」のは実はムツカシイ。見抜く目のチカラが低いとき、通常は「調べる」という行動になるヒトが多いのもわかります。決着をつけるため、別れの根拠を付けるためにそれがなされることもあります。だから現状において、ある人には、納得するまで調べて、浮気の証拠突きつけて、すっきり別れるのもいい、といいたいと思います。
ここは(X)でないヒトも、まあ、現実的に、調べてそれで自分が納得して別れるなら、それはモノガミーの上だけれど一定のいさぎよい対応だということです。
でも現実には、カップル単位感覚ゆえに別れることのハードルは高く、浮気が見つかっても別れるのではなく、次の(5)になる人もいるし、浮気の証拠がでなくてもそれはうまく隠しているだけかもと思うと、安心はできなくて、疑い続けたり調べ続けたり、不安を感じ続けたりしないといけません。結局不安はつづくのです。
だから根本解決には、(X)なんじゃないの?っていいたい、というのが僕の立場です。
(5):浮気があっても、それでも別れられない、という人について。
普通多いのは、浮気が見つかれば、浮気を怒ってやめさせるというものです。テレビでロンブーが昔から「ブラックメイル」とか「浮気相手を送り込んで浮気するかどうか調べる」という企画でやっているものです。世間で探偵会社・調査会社に浮気を調べさせているのも同種の発想の人が多いでしょう。でも表面的に謝っても浮気はとまらないです。巧妙に隠せばいいだけですから。
浮気が露呈して力関係がどうなるかには2つのパターンが考えられます。
(ア)浮気されていたほうが弱くなるパターン。この相談事例で言えば、彼女が彼に、今後はケータイを勝手に見ないように約束させられたうえで、一応彼が「浮気はしないから、信じてくれ」で終わり。今後は彼女のほうが恋人に浮気されないように尽くすようになります。これは男性(浮気側、強い側)に都合がいい決着の仕方です。この相談者の彼女は「私が彼を信じずケータイを盗み見したのがわるい」という反省の仕方になります。(でも心のなかでは不安が続くでしょう)
(イ) 浮気されていたほうが強くなるパターン。この相談事例で言えば、彼が平謝りし、二度としませんと誓い、その後、なにかあるとすぐに「浮気したでしょ」という切り札を出す。彼女が彼に恩を売っておく、弱みを握っておいていうこと聞かせる、というやつです。。テレビでも、浮気発覚後は、たいていこのような感じで終わります。しかし、さっきも言ったように、それは表面的なことで、彼にすれば、「浮気しても彼女は離れなかった」という事実がありますから、今後も見つかればまた謝ればいい、今後は見つからないように注意しようということになります。そのうちまた「浮気の虫」が動き始めます。
(ア)(イ)どちらでも、「別れない」ということが決定的にその後の関係に悪い影響を与えます。やはり、(2)がすっきりするにはいいんじゃないでしょうか。
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以上を踏まえて、この問題の本質を2点において整理します。
整理1点目:シングル単位観点がないという問題
この相談者の彼女の悩み自体に、カップル単位(Y)の問題が反映しています。そこをちゃんと考えきらずに、思考停止して世間の価値に沿っている限り、彼女の悩みは矛盾のなかをぐるぐるして解決しないです。そこを説明します。
この「相談」自体を整理すると、前提が(Y)となっており、それゆえ「(R)相手のものを見たらダメ」とは思いつつも、「(Q)浮気はダメでそれを調べるためにケータイ見るぐらい当たり前」、と言う気持ちも強くあって、結局、「(P)混乱」となっています。世間ではほとんどこの「(P)混乱」でおわりです。
それに対して僕がいいたいのは、前提となっている(Q)自体を疑え、ということです。(Q)の自明性を疑えば、問題は解決していきます。「(Q)浮気はダメでそれを調べるためにケータイ見るぐらい当たり前」という考えは絶対的に正しいわけではありません。そしてその背景にあるカップル単位(Y)の考えが、唯一正しい、当然の考えではないのです。そこまで思考の枠を広げることで、通常の悩み方を超える展開がもてます。
その上で、世間では(Y)といいながらそれを徹底していない点を突きます。この相談事例では彼は理屈を言って逆に彼女に説教していますが、彼が(Y)の世界観をもちながら浮気していることで居直るのはおかしいといえます。というのは、そもそも(Y)はモノガミー(一夫一婦制)ですから他の人を好きになるのはだめなことで、また(Y)とプライバシーの考え(これはいくら恋人でも個人の領域があるというのであるからシングル単位感覚)は対立するからです。彼がプライバシーなどというのはちゃんちゃらおかしい。(Y)ではプライバシーなどいえません。(Y)をいってるかぎりカップル内に秘密がないのが当然で、彼女に隠れて他の人とあっているのがおかしい、だからケータイをみられても怒る権利がない、とならねばならないのです。彼がプライバシーを持ち出したのは、言い逃れするための方便にすぎません。
したがって先ず彼女は、(Y)をもっている彼に対しては「ケータイを見た」ということであなたが私に説教するな、浮気を謝れ、と怒ればいいのです。あなたは(Y)カップル単位の考えなんでしょ、と確認して、そこでの矛盾を突くべきです。「ケータイを見た私が悪いのでは?」というところで悩まなくてよいということです。そのことの是非の前に、「あなたは隠れて浮気をしていることをいいとおもっているのか」、と問い詰め、ひどい人だといって別れればいいのです。
(そんなひどい人なのに別れられないなら、それはまた別の問題です。恋愛依存とか、だめなところもあるけど総合的にみて別れないということはありえます。)
その上で、次に、彼女は、(X)と(Y)の異なった考え両方を知り、自分はどう考えるのかについて深く考察することです。彼女は自分の恋愛観自体をみつめることが必要なところにきています。彼の問いつめに自信をもってたち向かうには、(Y)から(X)への価値観の転換が必要なのです。
というのは彼女自身が(Y)のもたらすところを徹底してみつめ、自分が矛盾して一般論としての「ケータイ見るのは悪い」というのをもっているような不徹底に気づかないならば、彼に対抗できないからです。自分や彼を含めた世間のひとたちの矛盾した思考――つまり一方でカップル単位で秘密はなしとしつつ、他方でプライバシーなどという――の、矛盾性を自覚する必要があります。
それがないと、混乱したままで、この彼女の悩みは続きます。「(R)相手のものを見たらダメ」というのを、浅く常識として捉えるからだめなのであって、シングル単位として深く捉えればいいのです。(X)にたって(1)(2)となれれば楽チンです。
相手のものをみるのは「常識とか道徳とかヒトとしてダメ」なのでなく、シングル単位だから見る必要がないとなればいいのです。自分自身が、「浮気」というようなレベルで相手を捕らえる必要がなくなるところに行くことこそ、この悩みからの脱出の道です。ケータイを見たくなくなるような自分になるのは、単なる道徳の話しではなく、シングル単位感覚に至れるかってことなのです。
以上が問題の本質1です。
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整理2点目:スピリチュアルな見抜きをもてていないという問題
次に問題の本質2つめの話です。
相手が、スピリチュアルなレベルで、いい人かつまらぬ人か、人を見抜く力を持たないとこの種の悩みからは脱出できないということです。
見抜くとは、どういうことか。たとえば、こころのきれいな人か、浅くない人か、軽いレベルの浮気OKという人か、平気でうそをつく人か、正直に生きるという倫理がある人か、相手の人権を尊重する人か、その場その場で自分の欲望に相手を強引に巻き込む人か、モノガミーを当然と思ってそれを相手にも強く求めるような人か、モノガミーといいつつ浮気をするようないい加減な人か、自分の誇りというものを大事にできる人か、他者を傷つけることに平気な人か、暴力容認感覚の人か、権力関係容認の人か、ジェンダー容認の人か、えらそうにいわない人か、デートDV的でない人か、暴力的でなくやさしい人か、スピリチュアルなレベルで尊敬できる人か・・・
このような見抜くための具体的指標を自分が持っていることで、表面的な「浮気のチェック」等が必要なくなります。ここが深くわかると、「(S)信じられなくなったら証拠のあるなし関係なく別れるという対応」、というものが、リアルにわかります。逆に言うと、深く相手を見ていられないと、ケータイを見たくなります。見抜く視点をもてれば、こんな彼に変に執着しなくてすみます。
以上、シングル単位観点がないという問題、スピリチュアルな見抜きをもてていないという問題の2点を指摘しました。
つまり、相談者は悩む場所が違っているのです。自分の世界観(恋愛観)や相手を見る視点こそが悩むべきポイントです。