さそり座の女とおバカキャラ
美川憲一さんの「さそり座の女」の歌詞とそのメイキング・エピソードが『朝日新聞』に載っていた。
「あなたは遊びのつもりでも 地獄の果てまで ついて行く
思い込んだら いのちいのち いのちがけよ」
「女の心を知らないで 騙して汚して 傷つけた ばかな男は あなたなのよ」
「強がり言っても おんなおんな おんななのよ そうよ私は さそり座の女 さそりの星は 一途な星よ」
みたいな歌詞なんですね。
恨み、一途で、バカな男でも惚れて、追いかけて、・・・ってことなんですね。
この歌詞を作ったのは、子ども4人いる「幸せな主婦」で、でもステキな夫でモテるということで、夫が外で女遊びをするから、妻が自分が魅力的な愛人になったつもりで歌詞を書いた、というようなことを言っていた。
うーーん。
時代というか、別世界というか、古いというか、いたいたしいというか、俺とは違うというか、ジェンダーばりばりというか、・・・・
ジェンダー秩序を変えない/揺るがさない、女の物語・
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一方、別の記事で、おバカキャラで売っている、スザンヌさんの簡単なインタビュー記事があった。
木下ゆきな〔優樹菜〕さんなどとPaboとしても売っていて、おばかキャラのかわいい女の子たちが今、流行だ。
というか、どんな時代でもそういう女性が「好かれる、愛される」とされてきた。女子アナでもそういう感じが多い。
スザンヌさんは「深く考えない。向き合わない。カラオケで歌ってストレス発散」といっていた。彼女の母親も、「ニコニコしていればいい。そうすれば好かれる、と教えてきた」というようなことをいう人で、とても今の秩序に従順な人で、僕は苦手なひとだなと感じた。この親子は、今、「好かれるな」と思った。まったく秩序への抵抗性・対抗性がなく、とてもジェンダー秩序に従順だからだ。
おバカキャラの芸人のひとはがんばっているかもしれないが、みているほう、使っているほうはひどいとおもう。上から目線で見下しつつ、まったくこっちを揺るがさないので、安心して鑑賞・消費している。
受身存在で、男に好かれないとダメ、美人じゃないとダメ、というメッセージがテレビからあふれている、その象徴。
ただし、スザンヌさんにしても木下優樹菜さんにしても、売れるためにがんばっているんだろう。
一般的に、「弱者」が戦略として秩序の力を利用してのし上がるというなら、それもありだろう。ただし、その場合も、その行為がいくら自分のサバイバルとはいえ、ひどい秩序の再強化に加担している場合、一定の責任はある、ともいえる。
余裕あるものが、それを使わないのと、余裕のない者がそれを使わざるを得ないことを同列には論じられない。
自尊心が適切に上昇すると、おバカキャラで売れることをよしとしないであろう。なぜならば、自分の行為への「秩序」への責任を自覚することが、自尊心であるからだ。
「女はおバカなヤツがかわいくていい」などというばかな人に、わかられてたまるか、という自尊心を僕は美しいと思う。