インタビュー 2005
(大阪オウテンイン ・大塚さんにまとめていただいたもの)


スピリチュアルなものが響きあう
目に見えないものと出会っていくということ

サリュ44号 巻頭インタビュー(05年)

(リード)
人のこころの奥深い面や、他人とつながっていく面を大切にしながら、個人として自立していこうというのが、「スピリチュアル・シングル主義」。集団の規律が守られた「わかりやすい関係」のなかに私を閉じ込めないで、創造的な生き方をしようと提唱されている伊田広行さんにお話を伺いました。

(プロフィール)
1958
年生まれ。大阪経済大学教員(2005年3月に退職予定)。専門分野である社会政策・労働問題・家族/恋愛問題をジェンダーとシングル単位の視点から考察。近年は、教育学、社会学、文化人類学、心理学、宗教学を踏まえつつ、それらの総合科学としての、〈スピリチュアリティ〉を組み込んだ人権論・人生論の確立やスピリチュアルケア論に取り組む。主な著作は、『シングル化する日本』洋泉社新書、『スピリチュアル・シングル宣言』明石書店、『初めて学ぶジェンダー論』大月書店。第39回寺子屋トークのゲスト。


大阪経済大学教員:伊田広行さん

○理性の外にあるものとの出会い

もともと正義感が強く、人権にも関心があり勉強もしていたので、ぼくは女性差別をしない人だと思い込んでいました。それが26歳の時、6年間つきあっていた彼女に振られて、自分の男的/カップル単位的な思考がはじめて見えてきたんです。ノートに「一生あなたと別れません」と書いて署名してみたり、彼女は自分の分身、二人は一体だと思い込んでいて、非常に「スキのない人であること、いい人であること」を重視する、ある種「先生」的な人だったことが冷静にわかるようになりました。男として好かれるため、強く勝ち続け、しっかりしないといけないと思っていましたし、口で説得すれば、愛され、尊敬されると信じていました。


この失恋は今でも夢に出てくるほどの「トラウマ」になりました。理性でコントロールできていたものが、揺さぶられてコントロールできなくなるというこの体験は理性を超える身体や感性部分の重要性を深く考えるきっかけを与えてくれました。

合理的に物事を考えている自分の外側にも自分の全体があり、世界はそこにも拡がっているというのが見えてきたんです。だから小さい頃に受けた虐待の被害者がその苦しみを頭で乗り切ったとしても、後になってときどき恐怖感がでてくるのは、こういうことかもしれないと理解できます。そのような苦しみを想像できるのも、この失恋体験があるからです。

挫折といえば、いくつかの病気体験とか、受験の失敗とか、学会で評価されないとかもあるけど、それ以外に、ぼくは、92年の就職活動では履歴書を何通も出して落ちたんですよ。自分は社会では必要とされていない、認められていないと落ち込みました。自分の力を試す場さえ与えられずに、社会から無視されたように感じて否定感が高まります。

学生でも能力や人間性のよさとは無関係に就職活動で成功したり、いい人間でも合格しなかったり、理不尽なこともあります。まじめだけど、ちょっと暗くて、ぽつぽつとしか話せない学生は落ちやすいとか、そんな単純な世界です。落ちたとしても自分の個性だと思って、またエンパワメントする道を見つけたらいいのではないでしょうか。

自分を肯定するためにどこかで働いたり、収入を得る体験も経て、これもできるんだと思った上で納得した方が楽ですよね。例えばコンビニでのバイト、工場で働くなど、敢えてしんどいことをする時期があってもいいんです。それも現実なんだから。もし就職活動がだめだとしても違う活動で自己肯定すればいい。

○目に見えない大切なもの

学生と日常的に接して、今の若者が持っている心のかたさを変えることは難しいと感じています。自分からNPO活動やボランティアなどで社会参加する学生はほんの一部。でもこれは大人の反映でもあります。大人にしろ、若者にしろ、「戦争や人権侵害はだめでしょ」と啓発するだけでは足りず、より根本から問題提起したいと思い、ぼくが用いたのが「スピリチュアル」という言葉です。

今まで学生が接してきた親や先生の言う分かりやすいこと、学歴、テスト、入社試験の結果などではない、目に見えないスピリチュアルなものといった、わかりにくいものがあるよということが必要だと思います。そんなあいまいなものも“存在”するということを伝えて、いわば自分にとってスピリチュアルとは何だろうかと一人一人が考え続けるための種をまいているのです。つながり、自分の本当にしたいことの気づきへの扉の入り口の命名としてスピリチュアルという呼び方をおいたのです。


社会全体はすぐには変わらないけど、この瞬間の関係は目指すようなスピリチュアルなものに変わると思っています。NPOは効率だけを念頭に置くと、旧来の政党や企業と同じような組織体になり、現実主義という名のもとに、素朴な人の気持ちを後退させてしまいます。だからあまりマネジメントや効率性を求めるのではなく、結果よりも、もっと手作り感や非・合理性を大事にしてほしい。もちろん社会ではより具体的な政策を出すことも増えるので、プロフェッショナルな人がいてもいい。けれども「組織まずありき」ではなくて、一人一人の思いを大事にした学び合い、時間をかけた関係や手作り感を増やしていくこと、そして他者への思いやり、想像、共感を大切にするスピリチュアルな感覚が今求められていると思います。

 

HOMEへ