ドキュメント映画『選挙』は、日本社会のダメさをみせつけてくれる!
070522
映画『選挙』をみた(2007、日本・アメリカ、想田和弘監督)。
私はすでに知っていることばかりだったが、外国の人や、選挙をする側に回って関わったことにない人には、「選挙運動の裏」がわかり、こんなものなのかとあきれ、驚けることだろう。日本の民主主義とはこの程度のものなのかと。
2005年秋、小泉人気にあやかり、地方都市、市議選の補選で自民党の公募で決まった候補(山内さん:地元にとっては落下傘候補)が立候補し当選した。
地元の保守系議員、その後援会が、応援したからだ。でも、補選だから応援したわけで、次の本番の選挙では従来の応援候補に入れるから、地元に足場のない彼は、次の選挙は難しい。
実際、2007年春の統一地方選では山内さんは立候補せず、いま彼は議員ではない。
この映画では、自民党系のおじさんおばさんたちの生態がカメラに収まっている。
候補の山内さんは、地元出身ではなく、相対的に若く、政治家的雰囲気もない普通に謙虚でマジメな人(もと切手コイン商の気さくな人)なので、周りはなめている。周りの議員は上から目線。支援者のなかのおじさんたちも偉そうに怒ってばかり。おばさんも馬鹿にした口調。「妻といわずに家内といえ」と、いうような人たちばかりに囲まれている。
選挙では政策などは何も語らない。本人も語れないし、そもそも、政治運動、選挙で政策など必要ないとわかっている人たちばかり。
ただ小手先のテクニックで、どうすれば、選挙に通るか教える。つまり、名前を連呼しろ、握手しろ、手を振れ、頭を下げて関係団体を回れということだけ。電柱にも頭を下げろとか。後は周りが運動する。
当選したら、周りのやつも「先生って呼ばなきゃダメになるかなー」とかほざいている。大物政治家が来ると、手のひらを返したようにみんなぺこぺこ。上の人に失礼があると怒っている。世ガ世なら切腹モノだと。アーーナサケナイ人たちばかり。恥ずかしくて見ていられない。デモこれが現実。
ぼくのきらいな人たちばかり。
スピリチュアルの匂いのひとかけらもない。
『バッテリー』での巧が、人生で何が大事かを見てそれにまっすぐに生きているとすれば、この映画に出てくる人たちは、まったくその逆で、大事なものがまったく見えていない人たちなので、今の社会の表層の利害だけで薄汚く生きている、という感じ。
それが現実だ、そういう人とも接しろといわれても、僕は断る。死ぬまでこんな人たちと関係なく、自分の道を歩いていきたいと思ったね。
映画自体、手法や構成としては正直、面白くなかった。でも一つの手法ということと素材の面白さで、外国では一定評価されているようだ。
それでもこの映画は見ておいたらいい。自民党的なもの、あるいは、日本の政治・民主主義・選挙というもののダメさがよく出ているからだ。
この映画は、主人公となった人のユニークさがまあまあ出ていてそこは面白い。
一番僕が気に入ったのは、彼の妻が、選挙期間中、「私に仕事を辞めて専業主婦になれって、支援者の人がいうのよ。デモ将来、もし落ちたら私たち、職なしになるわけでしょう! どうしてそんなこといわれなきゃなんないのよ!」と怒るところだ。ようやくまともな意見や感情にであえたと感じたね。
これを写し取ったことでこの映画は何とか、まともになった。
でもね、それなら自民党の候補になんかなんなよ。もう少し自分の人生大事にしろよと思う。でも、主人公の山内さんもあんまり考えていないバカだから、小泉がきただけで感動してるしなー。ぺこぺこばかりしているしなー。こんな人が議員になる。応援に来る有名人議員たち。それを喜ぶものたち。こんな人たちが自民党政治を支えているのか。あーあ。そんなばからしさがあらためてよくわかる映画。
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