スクウォットは、おもしろい! 08年12月14日ブログ
越冬闘争に関わる学生など若い人たちの企画に参加して、とても面白かったし、刺激やヒントがあり有意義だった。
主催は「越冬闘争に連帯する学生・フリーター実行委員会」。
その企画とは、「家賃が払えなくなる日―――スクウォット入門」というもので、丸山里美さん(京都大)が、イギリスに行って実際見聞きしたり体験したスクウォット活動などを報告し、その上でみなで討議するというもの。
スクウォットとは、空家や空地を無断で占拠することで、第三世界では、スクウォットは家賃を払えない数多くの人の住居獲得の手段になっており、また、ヨーロッパの国々でも単純に「違法、だから不可能」ではなく、実際に80年代には多くの若者達が住居として利用したし、その後も続いてきて、また2000年以降、一定活発になっているという。
家に侵入するところで捕まるとまずいが、入ってしまって鍵を付け替えて、住居権を発生させることで、一定実現可能だという。
逮捕ということも、日本と感覚が違う。
単なる貧乏なものが無料で住む家という意味だけでなく、今の社会の貨幣中心的な価値観、法律や国家といった権威・権力・秩序へのアナーキーな対抗、そうした匂いを持つさまざまな文化の発祥の場となってきたという。
スクウォットのことは昔から少ししってはいたし、最近では松本哉さんの本などにも少し紹介されていたが、詳しいことは知らなかったし、丸山さんが実際に体験した夜中のスクウォット体験の話(失敗談含めて)が面白く、また、場所を変えて夜遅くまでみなで、日本においてのスクウォットの歴史、未来と可能性について語り合ったのがとてもよかった。
富豪が牛耳る新自由主義経済・金融中心経済は、不平等・格差を原動力として日々膨張している。そんななか、従来型の、「反対運動」も必要だが、ユーロメーデー的な、プレカリアートたちの反逆・暴動的な表現スタイルは、従来の政治・労働運動では巻き込めなかった人たちを吸収し、膨張し、新しい抵抗形態を日々生み出している。スクウォットの精神は、その典型だ。
今回僕は、なんとなくつかんでいた、もやっとしていたものに、少し言葉や概念が与えられて整理と明確化に有意義だった。DIYの精神だというまとめ方も、あらためて、ヒントとなった。
丸山さんの報告全体をここでは紹介する余裕はないが、少しだけメモを書いておく。
イギリスのスクウォッターは約2万5千人(若年失業率が高く、若者が多い)。スクウォットの実態調査はほとんどなく、研究もなく、実態は分かっていない。しかし支援団体や、スクウォットの仕方のハンドブックもある。歴史は古く、80年代に活発化、最近も活発。
短期(数ヶ月)で終わるものが多いが、運動の拠点としてのソーシャルセンター化して長期に続いているものもある。ソーシャルセンターとは、地域の問題に対し具体的に、保育や教育や医療などを提供したり、イベント開催、学習会、新聞発行などの機能を持つところ。
権威に対抗する、自律の空間となっている。私的所有・富豪中心の経済システムに対抗的。
そうした活動家・実践者・支援者は、アナーキストという場合が多い。その意味は、ひろく、反権威的な活動家といったところか。
この基準で言えば、日本のプレカリアートの運動の特徴は、そのアナーキズム性にあるともいえよう。(従来型の、体制への真の対抗力が低下した、既成政党や労働組合組織とは、この点で違うとも言える)
イギリスでは、「ホームレス」というとチャリティの対象で非エンパワメント状態だが、スクウォッターは、自律的に対抗して生きており、日本のテント生活などをする野宿者は、空き缶で生計を立てて小屋を作り自活しているので、スクウォットととても近いといえる。
こうした観点から、みなでいろいろ歴史やこれからの話をしていて、戦後のバラックも、野宿・テント村、越冬闘争テント、工場占拠・自主管理はスクウォット的だったし、これからも公園に住むという行為はスクウォットだ、
その他、大学の自治寮、特に吉田寮・きんじハウスは、スクウォットだという話、
こうか寮、精華大裏山にすむ、河原、ぼろアパートにみなで住んでいく、野宿者排除のフェンスなどを切っていく行為、など、日本でもスクウォット系の可能性があることがはなされた。
週3日くらい働いて、後は活動する。スパーマーケットの廃棄物を拾ってきて料理してみなで食べる。狭小化された貨幣による消費購買生活。DIYのラジカルでアートで実際的な精神。貧乏だからスクウォット=オールタナティブであり、オールタナティブ志向でスクウォットしてそれは表面的には貧乏に生きること。そこは渾然一体。目標であり結果として、スローな生活。野宿者からのスクウォットもあれば、アーティスト系のスクウォットもある。
他者の所有物、あるいは、公共空間に、貧乏人が生存権、住居権を楯に、生きのびていく。
(ただし丸山さんは、マイク・デイビスの本の紹介のカタチで、スクウォットも、より強いものがそれを利用する、貧困ビジネス的なものになりつつなる、民営化・市場化に飲み込まれているという暗い側面もあるといっていた)
伊田注:DIY
「Do It Yourself」は、日曜大工のように、買わずに自分で作ろう、修理しようみたいなところで有名。しかしこの「自分でやろう」というのは、何でも商品化され、企業の利潤システムにチューブでつながれ、作る能力を忘れ奪われた我々において、ラジカルな意味を含む可能性がある概念。安い生活費で、自給自足的に、あるいは抵抗的に生きる意味になりうる(フランスのドキュメント映画『落穂ひろい』を思い出す)。だから世界のアナーキストの運動において、DIYには、日曜大工といった体制従属的意味とは違った水準の意味を持つこととなった。
このあたりに詳しいひぐちさん(名古屋)に、日本ではどうなのと聞くと、一部に日本でも東京のほうで広がっていると教えてもらったが、僕はまだその人たちのことは知らない。スクウォットはラジカルなDIY精神の活動である。