田辺聖子さんのフェミ的作品『言い寄る』『私的生活』
070322
昔、友人が、田辺聖子、いいよ、面白いよーといってた。
信頼できる人のいうことだから、間違いないだろうと思いつつ、すぐには読めなかった。
古本屋で少し買ってみた。
でも忙しくて読まずにいた。
そしたら別の友人が、田辺聖子にハマった。
たくさん読んで、オオウケ。
で、僕の好みも知っているので、
『言い寄る』がおもしろいよー。
で、そのあと、『私的生活』
この2つは続き物だ。
で、読んでみたら、本当に面白い。
で、で、その続きで3部作の最後の
『苺をつぶしながら――新・私的生活』(講談社文庫)
この3作、全体で、ほんとうにフェミになっている。
70年代末から80年代初頭といえば、まだ、日本じゃあ、DVという概念は広がっていなかった。
ウーマンリブのあとの時代で、まだフェミニズムという呼称でさえ十分にはひろがっていなかった。
そんなとき、田辺聖子さんは、
男女カップルの関係性を観察し、恋愛、セックス、ケッコンというものをうまく描いている。
元気な女性だけれど、一人でいられなくなる気持ち、「迷惑かけたらあかん」とか、いろいろ、結婚のルールというものに、知らぬ間にからめとられてしまう様子。女ジェンダーの問題といったものを描いている。
主人公・乃里子と中谷剛との、丁々発止に見えて、微妙な権力関係が徐々に浮き彫りになる。フェミ視点じゃないと、わかるわかるで終わるかもしれないが、フェミだと、楽しい丁々発止じゃない。この微妙さが適切に書かれていて、すごい。「男と女のどうしようもなさ」なんかじゃない。
DV関係を先駆的に描写している。
そこに出てくる剛という男は、DV男である。
その描写がことごとく、DVである。でも、その剛と結婚してしまう主人公は、その剛のいいところもみえている。ダメだけどいいところもある。
でも主人公は、離婚する。
で、見えてくること。
その感覚は、シングル単位感覚! いや、ほんとう。
いま、僕は、シングル単位とかいっているが、僕がそんなことを言うずっと前から、シングル単位感覚で面白く豊かに書いている。
一人で生きるということ、離婚や結婚ということを考えたい人には、とても示唆に富む本だとおもいます。
金持ち一族のいやらしさをうまく描いてもいます。
本当におすすめします。
みなさん、お忙しいでしょうが、旅行に行くときに持っていく本、あるいは、毎日通勤電車で少しずつ読む本として、優先順位を上げることを強くおすすめします。
人生は、自由なんだよね。ほんとうに。その感覚に目覚めるとき、スピリチュアルな感覚だと思っています。
そういう自由、ということと、どうしてもぶつかりやすくなる、ケッコンという制度・枠組み。
結婚して子どもを持って、普通の生活して苦労してこそ一人前とはいえない。
でも、結婚したり、子どもがいたりしても、そこから、この本の第3巻にあるようなシングル単位感覚に至れたらいいね、と思います。
ボクからあなたへの応援歌として、推進する本。
★★★★★★★★★★
毎日の楽しみの夫婦生活は、私をいけにえにして行われている というような気づき。
すまんゆうてるやないか すきやから というような、理屈。
仲直りのきっかけつくりは、私(女)の役割という気づき。それがイヤじゃなかったけど、あるとき、めんどうくさくなった。
セックスの仕方も、女性を子うさぎのように扱うという気づき。
いい石鹸とうっとりしてたら、剛が「当たり前や、3000円もするねんから」と。
妻を甘やかしすぎた、という男の感覚。
だましだましの生活に疲れました。
独占したい気持ち そうすると結婚しかない
男の仕事は結局、後で金を払うこと
お茶を入れる これは女の仕事
いろいろ。3巻は、シングル単位感覚の箴言集。小説としては、1,2巻が面白いかも。
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