戦争責任を取らない日本人
『真実の手記 BC級戦犯加藤哲太郎――私は貝になりたい』
2007年版テレビドラマ
フランキー堺の1958年のドラマ「私は貝になりたい」とは別物。
「私は貝になりたい」の遺書は実在したらしく、その筆者加藤哲太郎の人生のドラマ化で、創作も一部あるもの。
フランキー堺の「私は貝になりたい」と同じ様な限界が目立った。しかし、それを越える点もあるドラマだった。
基本的に、主張としては、反戦になっていたが、中のつくりにおいて、加藤哲太郎やその家族、そして周りの人々全体に、つまり日本人全体に、侵略戦争の一部を担っていたのだという自覚、責任感がない。
東京裁判は、ひどい、不十分な裁判で、いい加減で、それで裁かれたということへの批判がでている。右翼が喜びそうな安易な描き方が入っている。
一体不十分でない裁判などというものがあるだろうか。全体を評価しなくては、細部にわたっては、人間のしたことをいくらでも否定できる。
形式だけなら、当時法律がなかったことを、後の時代の法律で過去を裁いてはならないという理屈もある。だが、どうしてそういえるのか、という根本まで考えない。
私は、新しい考え方で過去の戦争犯罪を裁いてもいいと思う。
いや、つねに過去の限界を超えるべく、人類は高い水準で、自分たちを裁いていき、未来に向けてまともな社会を建設していくべきだろう。
ドラマに話を戻す。
兄など軍人は、軍の命令に従っただけなのに、どうして一部の軍人だけが罪をとがめられるのか、理不尽じゃないか、という訴え。
だが、その主張は、方向が完全に間違っている。兄が裁かれたことがおかしいのではなく、兄以外が裁かれなかったことが問題なのだ。BC級戦犯、たった5700人だけが裁かれたことが問題なのだ。DEFG級・・のレベルでも、みなが犯罪加担を裁かれるべきなのだ。教師、メディア、下級軍人、憲兵隊、町内会長、政治家、法律家、芸術家、芸能人、学者、警察、官僚その他、戦争に加担した人はみな罰せられるべきなのだ。
万歳といって兵士を送り出し、戦争に非協力的なものを非国民といってなじり、密告し、差別し、イジメて、村八分にし、犯罪人にして権力に売り渡した人々。
戦後、豹変した人々。私のもっとも憎むべきもの。
その他、このドラマには、「戦勝国が敗戦国を裁くのは、おかしいという主張」や「主人公はいい人だという設定」等がある。捕虜の処遇改善に努めていたとし、部下の射殺事件の責任を負う人物とする。
しかし、軍人で、昇進していたではないか。そこまでの加担はどうなのか。少しぐらい捕虜の処遇改善に努めたとしても、それで加害者性がないとはまったくいえない。
戦争に加担していたのである。戦争が嫌いといいつつ。敵も殺したであろう。部下に兵士として訓練したであろう。天皇万歳という思想を広めたであろう。
日本人の多くは、欺かれて戦争に駆り出された、行かされた、情報を与えられず洗脳された、というようなことを言う。そうなのだろう。だが、結果責任を負うべきだろう。
「お国のために戦争にいかされた」だと? そうした被害者意識は甘すぎる。
自分が行ったことに責任を持つ。責任のとり方は、過去、そうではない道も選択できたということを検証し、今からの未来に対して、それを実践して行くことである。
とすれば、簡単にいえば、戦後の生き方に、責任を取ったかどうかが出てくる。
戦争に加担したものたちが、手のひらを返して自分の関わりを忘却し、消滅させ、一部にだけ罪を着せた。それがおかしい。
しかし、だからといってDC級戦犯がかわいそう、裁かれるべきではないとはならない。
メディアでも、学者でも、教師でも、政治家でも、責任をとり、自分の加害者性を明らかにし、そして戦争をしないような社会の形成、民主主義の社会の形成にかかわったかということだ。
その点、今の時代に、あの戦争を正当化しようとするものは、まったく責任を取らない卑怯者の生き方である。
今また、学ばず、簡単に洗脳され、操られる人々は、加担の道を歩んでいる。過去、ちゃんと裁いてけじめをつけてこなかったことのツケが回ってきている。
で、ドラマに戻る。
「仕方なかった」というのがマチガイとドラマの最後のほうでは、言っていた。そして反戦運動に関わるという設定。
そうした最後をもってくることで、この作品全体は、反戦的な思いを伝えるものになっている。一定の責任のとり方だろう。
ただし、東京裁判の評価などをまぜることで、矛盾したところがあるという話