山下悦子氏批判
・・・山下悦子氏を反面教師に
山下悦子『女を幸せにしない「男女共同参画社会」』(洋泉社新書)について
(2006年ブログより)
今のバックラッシュ状況に便乗しようとした本である。
大沢真理・上野千鶴子両氏を批判し、今の男女共同参画の動きをジェンダーフリーと結びつけて、批判している。その論理は、悲しいほど、バックラッシャー的になっている。
しかし、今の日本の状況を典型的に示しているとも思えるので、以下、数点コメントしておく。
1 個人単位の意味が理解できていない(1−3章の各所)
山下氏は一応男女平等、フェミニズムが少しはわかっている人かと思っていたが、私のいう個人単位(シングル単位)社会の意義が少しもわかっていないようである。
そのため、私のシングル単位論と同じようなことを大沢真理氏や男女共同参画論やジェンダーフリー論が言うところにことごとく、「わからない」「どうしてこれが男女共同参画、男女平等、フェミニズムなのか」「どうしてこれが少子化対策になるのか」などといった趣旨のことを述べ、それに反発している。
「シングルを単位とした『一億総働きバチ社会』を作るという『少子化政策』」というように考えている。家族・主婦の現実を否定して、独身者・エリートが社会の基本となるような、競争社会・孤独な殺伐とした社会をつくるのが、大沢氏が進めようとしている男女共同参画社会である、という論理である。
しかし、もちろん、個人単位論というのは、独身の勧め、家庭の破壊論ではない。今の新自由主義と対抗的な政策体系である。だがジェンダーフリー、シングル単位論にまったく無理解であるがゆえ、大沢氏の正しい意見を的外れに批判している。みごとなほど不勉強である。
本書では、山下氏が義母の介護や義父との関係で苦労している様子が記述されている。特別養護老人ホームが少ないなどの社会的な介護体制の貧弱さを実感している。
その苦労から、だからこそ、北欧のような個人単位の社会民主主義システムにしよう(介護を、個別家庭の女性に無償で担わせるのでなく、社会全体で担っていく、そのための福祉国家)というのが、ジェンダーフリーであり、大沢氏の進める男女共同参画社会なのだが、あろうことか、そこがわかっていないため、自分の苦労の解決の展望がもてず、そのいらだちを、男女共同参画=ジェンダーフリーに向けてしまっている。
少子化の問題も、北欧のような政策体系をとることが対応となるのに、そこが理解できないと繰り返している。だが、一部、父親が育児に参加できる制度を導入すべきなどと述べていて、自分が個人単位型の政策を批判していたことと矛盾することに気づいていない。
小泉内閣などが進める新自由主義的優勝劣敗に批判的でありながら、それと対抗的なものであるシングル単位化=男女共同参画=ジェンダーフリーに展望を持てず、それを批判してしまっている。格差社会批判の矛先を完全に間違っているのである。
まさに、新自由主義の中で不安定労働者、失業者になったものが、不満の捌け口として「ジェンダーが悪い」と洗脳されているというような構図と同じである。
バックラッシュの典型的な論理の運び方である。
基本的な誤りは、今の新自由主義的政策の結果のパート労働拡大と女性の社会進出・労働力化を混同、同一視し、さらにそれを、家族否定、専業主婦否定とし、それら全部が男女共同参画社会、ジェンダーフリー政策の結果と見ている点である。
そのため、「女性が働くと少子化が進む」という思い込みと共に、だから男女共同参画社会政策が少子化対策にならないと繰り返す。
2 三砂ちずる氏を「やっとまともなことをいってくれる人が出てきた」といっている(P88)。
3 独身者、子どもを産んでいない人への差別意識が如実に出ている。
4 エリート女性へのコンプレックスや恨みがあるようである。これもバックラッシュ的特長である。(東大教授、雅子妃などへのスタンス)
5 ジェンダーフリーが性別をなくす過激な論だという、根拠のないバックラッシュ言説を採用している。また山口智美論文を利用し(p62−65)、ジェンダーフリーはいかがわしい概念だ、ジェンダーアイデンティティを否定するもの、としている。男女共同参画社会は行政フェミニズム主導のものだ、行政と一部学者の癒着としている。
6 千葉展正氏といった、草の根右翼、バックラッシャーをまともな言論人として利用している(P41)。『男女平等バカ』といったトンデモ本をまともな本として利用している(P130)。
7 小泉政権=フェミニズム政権という、草の根右翼的バックラッシャーと同じ構図を採用している。(P128)
以上全体から、この本はバックラッシュ本である。
このようなバックラッシュの言い分と同じにならないよう、フェミニストは、この本のような発想、論理展開(大沢氏の主張のようなシングル単位論への無理解)を反面教師とすればいいだろう。
ジェンダーフリー、ジェンダー平等、男女共同参画の目指すものが、北欧のような個人単位型の社民主義福祉国家であることを理解し、それが新自由主義との対抗のポイントであると頭の中を整理することが求められている。
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