| −第1代神武天皇から第26代継体天皇までー 2003.2 都道府県別調査対象神社数及び伝承数一覧表 (単位;社・条) |
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| 区 分 | 神社数 | 神 武 | 綏 靖 | 安 寧 | 懿 徳 | 孝 昭 | 孝 安 | 孝 霊 | 孝 元 | 開 化 | 崇 神 | 垂仁 | 景 行 | 日本武 | 成 務 | 仲 哀 | 神 功 | 武 内 | 応 神 | 仁 徳 | 履 中 | 反 正 | 允 恭 | 安 康 | 雄 略 | 清 寧 | 顕 宗 | 仁 賢 | 武 烈 | 継 体 | 伝承 数計 |
| 北海道 | 97 | ー | |||||||||||||||||||||||||||||
| 青 森 | 78 | 1 | 1 | 1 | 3 | ||||||||||||||||||||||||||
| 岩 手 | 66 | 2 | 2 | ||||||||||||||||||||||||||||
| 宮 城 | 122 | 3 | 12 | 1 | 1 | 17 | |||||||||||||||||||||||||
| 秋 田 | 109 | 2 | 1 | 1 | 4 | ||||||||||||||||||||||||||
| 山 形 | 145 | 2 | 2 | 4 | |||||||||||||||||||||||||||
| 福 島 | 99 | 2 | 1 | 6 | 4 | 1 | 2 | 1 | 17 | ||||||||||||||||||||||
| 茨 城 | 69 | 3 | 3 | 7 | 13 | ||||||||||||||||||||||||||
| 栃 木 | 99 | 3 | 1 | 1 | 3 | 3 | 11 | ||||||||||||||||||||||||
| 群 馬 | 72 | 1 | 7 | 4 | 1 | 3 | 16 | ||||||||||||||||||||||||
| 埼 玉 | 71 | 1 | 1 | 3 | 4 | 13 | 1 | 23 | |||||||||||||||||||||||
| 千 葉 | 141 | 9 | 1 | 3 | 1 | 4 | 15 | 1 | 34 | ||||||||||||||||||||||
| 東 京 | 145 | 1 | 1 | 1 | 2 | 2 | 2 | 8 | 1 | 18 | |||||||||||||||||||||
| 神奈川 | 98 | 1 | 1 | 2 | 1 | 2 | 4 | 1 | 2 | 3 | 17 | ||||||||||||||||||||
| 新 潟 | 77 | 1 | 1 | 6 | 1 | 1 | 1 | 1 | 12 | ||||||||||||||||||||||
| 富 山 | 55 | 3 | 1 | 1 | 1 | 2 | 1 | 9 | |||||||||||||||||||||||
| 石 川 | 127 | 1 | 10 | 3 | 3 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | 23 | |||||||||||||||||||
| 福 井 | 121 | 1 | 2 | 5 | 1 | 1 | 2 | 1 | 1 | 2 | 8 | 24 | |||||||||||||||||||
| 山 梨 | 127 | 1 | 1 | 4 | 2 | 5 | 10 | 1 | 3 | 27 | |||||||||||||||||||||
| 長 野 | 97 | 2 | 1 | 1 | 1 | 1 | 6 | 1 | 3 | 1 | 17 | ||||||||||||||||||||
| 岐 阜 | 216 | 1 | 1 | 1 | 2 | 5 | 1 | 1 | 12 | ||||||||||||||||||||||
| 静 岡 | 236 | 2 | 2 | 2 | 3 | 9 | 8 | 1 | 1 | 3 | 1 | 1 | 33 | ||||||||||||||||||
| 愛 知 | 297 | 2 | 1 | 2 | 1 | 3 | 4 | 8 | 4 | 1 | 1 | 1 | 28 | ||||||||||||||||||
| 三 重 | 108 | 1 | 1 | 15 | 1 | 1 | 1 | 3 | 23 | ||||||||||||||||||||||
| 滋 賀 | 139 | 1 | 2 | 2 | 1 | 3 | 2 | 9 | 4 | 2 | 2 | 1 | 1 | 2 | 3 | 1 | 1 | 1 | 1 | 39 | |||||||||||
| 京 都 | 118 | 1 | 11 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | 4 | 1 | 2 | 1 | 25 | ||||||||||||||||||
| 大 阪 | 99 | 5 | 1 | 1 | 7 | 6 | 1 | 1 | 1 | 1 | 10 | 1 | 2 | 6 | 1 | 2 | 1 | 47 | |||||||||||||
| 兵 庫 | 304 | 1 | 1 | 1 | 1 | 13 | 5 | 2 | 5 | 2 | 20 | 5 | 2 | 1 | 2 | 1 | 1 | 1 | 64 | ||||||||||||
| 奈 良 | 69 | 2 | 1 | 14 | 4 | 1 | 1 | 2 | 25 | ||||||||||||||||||||||
| 和歌山 | 48 | 3 | 2 | 2 | 3 | 1 | 2 | 1 | 7 | 4 | 5 | 1 | 1 | 32 | |||||||||||||||||
| 鳥 取 | 90 | 1 | 2 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | 8 | |||||||||||||||||||||
| 島 根 | 182 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | 2 | 1 | 1 | 1 | 10 | ||||||||||||||||||||
| 岡 山 | 166 | 1 | 10 | 2 | 1 | 1 | 2 | 2 | 1 | 1 | 1 | 22 | |||||||||||||||||||
| 広 島 | 75 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | 7 | ||||||||||||||||||||||
| 山 口 | 148 | 1 | 1 | 2 | 2 | 1 | 1 | 4 | 1 | 1 | 14 | ||||||||||||||||||||
| 徳 島 | 106 | 1 | 1 | 1 | 3 | ||||||||||||||||||||||||||
| 香 川 | 97 | 3 | 2 | 1 | 1 | 1 | 8 | ||||||||||||||||||||||||
| 愛 媛 | 140 | 2 | 2 | 5 | 2 | 2 | 3 | 1 | 1 | 18 | |||||||||||||||||||||
| 高 知 | 130 | 1 | 1 | 1 | 1 | 4 | |||||||||||||||||||||||||
| 福 岡 | 191 | 4 | 1 | 1 | 2 | 5 | 3 | 1 | 6 | 30 | 4 | 4 | 1 | 2 | 2 | 66 | |||||||||||||||
| 佐 賀 | 80 | 1 | 1 | 1 | 6 | 1 | 5 | 15 | |||||||||||||||||||||||
| 長 崎 | 63 | 2 | 2 | 1 | 5 | 1 | 11 | ||||||||||||||||||||||||
| 熊 本 | 92 | 6 | 1 | 1 | 6 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | 20 | |||||||||||||||||||
| 大 分 | 175 | 4 | 1 | 9 | 1 | 1 | 1 | 4 | 1 | 22 | |||||||||||||||||||||
| 宮 崎 | 81 | 6 | 3 | 1 | 1 | 1 | 1 | 13 | |||||||||||||||||||||||
| 鹿児島 | 118 | 1 | 1 | 1 | 2 | 1 | 6 | ||||||||||||||||||||||||
| 沖 縄 | 5 | ー | |||||||||||||||||||||||||||||
| 合 計 | 5588 | 58 | 3 | 2 | ー | 9 | 7 | 15 | 10 | 10 | 133 | 73 | 102 | 127 | 33 | 18 | 101 | 24 | 38 | 25 | 5 | 3 | 9 | 3 | 24 | 1 | 5 | 5 | 1 | 22 | 866 |
注1:宮中は、式内社研究会編『式内社調査報告・第1巻』により、また沖縄の5社は、三浦譲編『全国神社名鑑』により補足、 他はすべて神社本庁調査部編『神社名鑑』による。 注2、宮中は、京都に一部残っているので、東京と京都に1社ずつとした。伊勢神宮は、皇大神宮と豊受大神宮を1社ずつとした。 注3、伝承数は、1神社に2以上の伝承がある場合もあり、神社数とは必ずしも一致しない。 |
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★★★
歴代天皇に関わる神社の伝承数等 平成18年2月追加
1、はじめに
静岡市駒形通に静岡県地震防災センターがある。そこには市町村から集めた地震に関わる伝承が数多く集められている。地震の研究者は地震の伝承を集めて地震予知に役立てている。それなのに日本古代史の研究者は伝承を粗末に扱っているきらいがある。
2、調査対象神社数
平成三年に天照大神が卑弥呼であるならば神社の伝承からもこの両者は収斂するはずだと考えて、神武天皇から継体天皇までの神社の伝承を調べた。調査対象の神社数は五千五百八十八社である。全国の神社数は八万三千社であるので、その六・七パーセントにあたる。
都道府県別では、兵庫が三百四社でトップ、ついで愛知二百九十七社、静岡二百三十六社、岐阜二百十六社、福岡百九十一社とつづく。最も少ないのは沖縄の五社で、和歌山四十八社、富山五十五社、長崎六十三社、岩手六十六社の順に多くなっている。平均は百十九社であり、東京は百四十五社で平均をやや上回っている。
3、歴代天皇別神社の伝承数
これらの神社の「由緒沿革」に記載されている初代神武天皇から第二十六代継体天皇までの「神社の伝承」を拾ってみた。天皇以外に日本武尊、神功皇后、武内宿祢に関わる伝承も含めた。総数は八百六十六社である。
天皇別にみていくと第十代崇神天皇の百三十三条、ついで日本武尊の百二十七条、さらに第十二代景行天皇の百二条、神功皇后の百一条である。もっとも日本武尊は景行天皇の御代であるので景行天皇の欄に加えると、飛び抜けて多い数値となる。ただし、重複しているものもある。
崇神天皇の伝承数が多いということは、この天皇の漢風諡号が「神祇を崇重す」によったことを数字的にも証明していると考えられる。このことは『日本書紀』の記述と伝承とが、おおむね一致することを意味している。
景行天皇や日本武尊の伝承が多いということは、この時代は動乱の時期で、景行天皇の九州遠征や日本武尊の東征の影響が反映していると考えられる。
神武天皇を都道府県別にみると、千葉が九条、熊本、宮崎それぞれ六条、大阪五条、福岡、大分それぞれ四条で、九州に関係が深いことがうかがえる。崇神天皇、垂仁天皇、景行天皇の三代の活躍は伝承の上からもうかがえるが、それに引きかえ綏靖天皇、安寧天皇、懿徳天皇の活躍はきわめて限定したものである。伝承がまったくないのは懿徳天皇で、存在自身も疑われても仕方がないが、なしはなしでそれなりに意義があると考えられる。
神功皇后の伝承が福岡、兵庫、大坂などに多くみられるのは三韓遠征が影響していると考えられる。
4、おわりに
これらの神社の伝承は日本武尊の存在を主張している。しかし、井上光貞は津田左右吉の説を踏襲して「倭建命が実在の人物でないことは、言うまでもないであろう」と記述して憚らない。誤りだと考えられる。
また、懿徳天皇の伝承が見当たらないとしても、欠史八代とされる綏靖天皇から開化天皇までの伝承もあわせて五十六条もある。この八代の存在を否定する古代史研究者は「机上で作り上げた」と記載するが、どちらがどうなのか根底から見直しが必要だと考えられる。
ないものを活用することは出来ない。しかし、あるものを活用しないのは合理的とはいえない。
★懿徳天皇四年の伝承 平成19年2月13日追加
懿徳天皇の神社の伝承が京都府宮津市の元伊勢籠神社にあった。懿徳天皇四年では辛うじてセーフで、貴重な伝承である。籠(この)神社の伝承は、『神社名鑑』によると「神代の昔、今の奥宮の地真名井ケ原に豊受大神が御鎮座になっていたが、崇神天皇の御代に天照皇大神が大和国笠縫邑から当社現今の社地に御鎮座になり、これを与佐宮に四年お祭り申し上げ、垂仁天皇の御代に伊勢国五十鈴川上へ御遷宮になり、豊受大神は雄略天皇の御代に至る迄当地に御鎮座あらせられ、同天皇の二二年に伊勢国度会郡の山田原に遷らせられた。」とあり、これは「崇神天皇の御代」と「垂仁天皇の御代」と「雄略天皇の二二年」の三件で処理している。
《當社の例祭は明治以降四月二十四日に行われる。然し往古は四月の二の午の日に行われる古例であった。そして之の神事を葵祭又は葵神事を云い、又之の御神幸を御陰祭とも呼ぶ。之は山城の一之宮である賀茂別雷神社並びに賀茂御祖神社で古来四月の二の午の日に御陰祭が行われ、又同月二の酉の日に葵祭が行われたのと軌を一にし、欽明天皇の御代に始まったと伝えられる。當宮祭神を葵大神、又は青位大神とも申す古記も存する。之は御祭神の再誕に関する、所謂御生れの神事であるが、當神社に於ては更にその淵源をたどると、人皇四代懿徳天皇の御代四年甲午年に始まったと伝えられ、之の祭儀には豊受大神及び、彦火明命・彦火火出見命・丹波道主命に関する深秘がある。賀茂社と異る所は、賀茂の祭礼では祭員が葵の葉を付けるが、當社では祭員等が冠に藤の花を挿すことが古来の例になっている点である。このように當神社では藤の花が御祭神に深い由縁を持ち、その始めは藤祭と稱していたのであるが、欽明天皇の御代に始まった賀茂祭が葵祭と稱せられるに及んで、當神社でも葵祭と稱されるに至ったと伝えられる。
これは當神社の元初の祭神豊受大神が水徳の大神であらせられ、与謝郡真名井原の天の真名井の水に因んだ本来の故事であったからである。
伊勢の祠官度会元長の神祇百首と云う和歌に、「藤花 花開ハ真名井ノ水ヲ結ブトテ藤岡山ハアカラメナセソ」とあり、註に「件ノ真名井ノ水ハ自天上降坐ス始ハ日向ノ高千穂ノ山ニ居置給フ其後、丹波与佐之宮ニ移シ居置タマフ、豊受大神勢州山田原ニ御遷幸仍彼水ヲ藤岡山ノ麓ニ居祝奉リ朝夕ノ大御饌料トナス」と見える。これは藤の花と真名井の水のことを詠じた歌であるが、外に當神社の祭に藤の花を用いたことは、後拾遺和歌集に良暹法師の詠める歌に、「千歳経ん君が頭挿せる藤の花、松に懸れる心地こそすれ」とあるに依って知られている。
本宮に対して奥宮である真名井神社の例祭は、豊受大神が御鎮座された日の九月十五日であったが、明治以後新暦を用いるようになってからは十月十五日となった。
豊受大神はその御神格の中に月神としての一面も持っておられ、真名井神社の昔の例祭が、九月十五日と云う満月の日に行われた事もその反映と思われる。又その御神徳が数字の奇数に関わりがあり、一年の五節句(一月七日、三月三日、五月五日、七月七日、九月九日)、殊に後の七七・九九の二節句とは最も深い結びつきの神秘がある。古来中国に於いて、奇数が陽とされ、偶数は、陰を表した事と照應する数字が、當神社祭神秘伝の中に存するようである
當神社の藤祭りが始まったのは、懿徳天皇四年(皇紀一五四年)と伝えられるが、平成六年は皇紀二六五四年となり、数えて藤祭り発祥満二五〇〇年目に當り、五月二十二日を吉日と卜して、藤祭葵祭発祥二千五百年祭を氏子中の奉仕により、盛大に行った。》
(同社ホームページより)