藤原不比等編『日本書紀』      2003・2
                                                    
『日本書紀』には「定功」の記載が一切ない。
また、物部氏、三輪氏、尾治氏の始祖の「行賞」も一切記載していない。


『四旧事紀』と『紀』における神武天皇二年の定功行賞比較表  

 区    分  白 河 本 旧 事 紀 A    日 本 書 紀  B    十 巻 本 旧 事 紀 C    
  延 宝 本 旧 事 紀 D 
   
 鷦 鷯 伝 大 成 経 E  備   考  
 定   功  行  賞  定  功  行  賞  定  功   行  賞    定  功  行  賞          定  功         行  賞 
宇摩志麻治
勲功至大
忠節至切
授神霊之剣
股肱之職
白食国政大夫  
   ー    ー 勲功大功
忠節至忠
授神霊之剱
股肱之職
勲功大功
忠節至忠
授神霊剣
股肱之職
勲功大功
忠節至忠
授神霊之剣
股肱之職
1、宇摩志麻治命は、DとEでは熟美真味命と作る。


2、天香語山命は、DとEでは、天隠山命と作る。


3、道臣は、Dでは導臣と作る。


4、椎根津彦は、Bでは珍彦とも作る。










5、弟磯城黒速は、DとEでは弟磯城と作る。



天日方奇日
方命
皇后之兄 白食国政大夫    ー    ー 皇后之兄 申食国政大夫     ー   ー    ー    ー
天香語山命 功尤大
感得神剣
救朕危急
侍臣
諫諍之職
   ー    ー    ー    ー 功大
得神剣
救我皇元急
侍臣
諫諍
功大
得神剣
救我皇元急
侍臣
諫諍
道 臣 命 忠且勇
導之功
奉承密策
掃蕩妖邪功      大
道臣
賜宅地築坂      邑
寵異
   ー 賜宅地坂      邑
寵異
忠而且勇
導功
奉承密策
掃蕩妖邪功
道臣
軍将
宅地居築坂      邑
優寵

忠甚而多
導皇軍
奉承密策
掃蕩妖邪大功
導臣
軍将
宅地居築坂     邑
優寵
忠而以勇
導功
奉承密策
掃蕩妖気
道臣
軍将
宅地居築坂      邑
優寵
椎根津彦 迎引御船
避海難 
起功草香津
表績香来山
大和国造    ー 倭国造 迎引皇舟
表績香来山巓
倭国造 迎引皇舟
表香来山巓
倭国造 迎引皇舟
表香来山巓
倭国造
弟  猾 功大背兄帰       順
顕陰謀
救朕危急
謀香山之神      助
撃賊虜
兎田県主    ー 猛田県主    ー    ー 功大佳
顕兄猾謀害
救朕危
亡逆賊
取天香山土
兎田県主    ー    ー
弟磯城黒速 功至
兄逆悪速従      命
大賊降伏成功
磯城県主    ー 磯城県主 兄逆賊機首 磯城県主 尤有功
兄逆賊
   速従募命
大賊従伏
磯城県主 尤有功
兄逆賊機首
   奏之勇
磯城県主
釼   根             ー
    ー    ー 葛城国造    ー    ー      ー    ー    ー    ー
頭八咫烏 導王師之功 入恩賞之列    ー 入賞列 道皇之功 入賞列 功徳太多
成徴敵使
裔葛野県主 功徳太多
成徴敵使
裔葛野県主
 注1、白河本旧事紀欄の記述は、三重貞亮訓解・松下松平解題『旧事紀白河家三十巻本』新国民社・昭和60年による。
 注2、日本書紀欄の記述は、国史大系普及版『日本書紀』吉川弘文館・平成4年による。
 注3、十巻本旧事紀欄の記述は、天理大学出版部『先代旧事本紀』八木書店・昭和53年による。
 注4、延宝本大成経欄の記述は、小笠原春夫校注『先代旧事本紀大成経』神道大系編纂会・平成11年による。
 注5、鷦鷯伝大成経欄の記述は、宮東斎臣編『鷦鷯伝先代旧事本紀大成経』先代旧事本紀刊行会・昭和56年による。

      2005・11・追加

        『四旧事紀』と『紀』における神武天皇二年の定功行賞比較

  一 四旧事紀(くじき)と日本書紀

 1、『白河本旧事紀(しらかわぼんくじき)』は、昭和六十年(一九八五)に三重貞亮(みえさだあきら)訓解・松下松平解題『旧事紀(先代旧事本紀・さきつよふることのもとつぶみ)・白河家三十巻本』として世に出たが、成立当時の三十巻のうち現在十七巻しか伝えられず、しかも訓解のなかに存在するのみである。
 2、『日本書紀』は、養老四年(七二〇)に編纂された。
 3、『十巻本旧事紀』は、平安朝初期に成立したと言われる。
 4、『延宝本(えんぽうぼん)大成経』すなわち『延宝本旧事紀大成経』は、江戸時代の延宝年間(一六七三−一六八一)に出版されているが、その稿本は意外と古そうである。
 5、『鷦鷯伝(ささきでん)大成経』すなわち『鷦鷯伝旧事紀大成経』は、『延宝本旧事紀大成経』に先行して刊行されたが、内容を比較すると仲哀天皇の聖寿を五十二歳と記載するなど『延宝本大成経』を『日本書紀』寄りに改訂していると考えられる。

  二 神武天皇二年ころの重臣(『白河本旧事紀』の記述による)

 1、宇摩志麻治命(うましまじのみこと)は、物部氏の始祖である。
 2、天日方奇日方命(あまのひかたくしひかたのみこと)は、神武天皇の皇后の兄で、大神君(おほんがのきみ)すなわち三輪氏の始祖である。
 3、天香山命(あまのかごやまのみこと)は又の名を高倉下命(たかくらしたのみこと)といい、饒速日尊(にぎはやひのみこと)の長子で、宇摩志麻治命の腹違いの兄にあたり、尾治氏(尾張氏)の始祖である。
 4、道臣命(みちのおみのみこと)は、大伴氏の始祖である。

   なお、白食国政大夫は「けくにのまつりごとまうすまちぎみ」と読む。  

  三 比較表の特異点
 
 1、『日本書紀』には定功行賞すなわち論功行賞のうち定功の記載がまったくない。
 2、『日本書紀』には物部氏、大神氏(三輪氏)、尾治氏(尾張氏)の始祖の行賞がまったく記載されていない。
  『日本書紀』は記載のないほうが都合のいい人々によって作られたと思う。

  四 『日本書紀』の成立時の情勢

 藤原不比等が没したのは養老四年の『日本書紀』成立直後である。藤原一族にとって物部氏、大神氏(三輪氏)、尾治氏(尾張氏)の始祖の定功行賞など不要だったと思われる。

   ★『日本書紀』のいい加減さに唖然としてしまう。