『永続革命論』はいかに訳されたか

―西島栄訳『永続革命論』第1章、第2章の検討概要―

中島章利

 

初めに

 

雑誌『トロツキー研究』第49(2006年、冬)にトロツキーの『永続革命論』全訳が掲載された。訳者は同研究所の幹事兼事務局担当の西島栄氏である。本書の訳書としてはすでに姫岡玲治氏による現代思潮社版があるが、改めて翻訳した経緯について西島氏本人がこう語っている。

 

「本書は、戦後、比較的早い時期に姫岡玲治という当時のブント活動家(後に本名の方で著名なブルジョア経済学者となった)によって英語版から日本語に翻訳されたが(現代思潮社)、藤井一行氏が指摘しているように、重要な誤訳が多数含まれており、その中にはトロツキーに対する根本的誤解の元となるようなものさえ存在する。そこで今回、ロシア語版にもとづいて全体を訳しなおした。」(『トロツキー研究』第49号、P6-7、特集解題。下線は中島)

 

 姫岡訳の評価については私もそのとおりだと思う。それゆえにロシア語版にもとづいて訳されたというテキストの登場は、それが事実であるならば大いに歓迎すべきことである。

かくして私は―経緯は省略するが―西島訳テキストとロシア語原文テキストとをつき合わせて検討してみたが、多くの疑問を感ずるに至った。検討したのは序章の一部、第1章、第2章、第10章の一部である。西島訳に見られる問題点を列挙すると、A かなりの部分で姫岡訳をほとんどそのまま、あるいは部分的に修正するだけで踏襲していること、B 原文にない語・句の挿入、原文の欠落、C 原文の時制、体(アスペクト)、格の無視、などである。これらの原因が相互に幾重にも絡み合って、トロツキーの本意とは異なるテキストが出来上がっている。以下、検討結果の概要を報告する。西島氏の底本は1930年刊のグラニート版であると西島氏が書いている。中島の底本はИз архивов русской революции Лев Троцкий。両者は同一のテキストである。ページ数は『トロツキー研究』第49号のものである。また「重要な誤訳が多数含まれ」る姫岡訳から対応部分を引用した。試訳にあたっては、日本語としていくぶん不自然ではあっても極力原文の構造を反映した直訳を行なった。小見出しは取り上げたセンテンスの中心的問題点ごとにつけた。その以外の問題点も含まれる場合が多々あるが致し方ない。問題点はその都度説明してある。ご容赦いただきたい。

 

1        原文にない語・句の挿入、原文からの欠落

<赤・太字>は原文に存在しない箇所。<青・太字>は誤訳または私が訳を改めた箇所である。訂正箇所は表示部分以外にもあるが、いちいち示さない。

 

@ 西島訳P56上段〜下段(この箇所は姫岡訳にはない)

 

スターリンの『レーニン主義の諸問題』はこうした思想的ガラクタの<法典>であり、浅知恵の公式教科書であり、俗悪さの< 欠落 >集大成である(私はできるだけ穏便な規定を選ぼうと努力している)。ジノヴィエフの書いた『レーニン主義』は…ジノヴィエフ的レーニン主義であって、それ以上でも以下でもない。ジノヴィエフの原理はルターとほとんど同じである。<ただし、ルターが「私はこの原理に立脚している。そうする以外にできないからだ」と述べたのに対し、ジノヴィエフはこう言う――>「私はこの原理に立っているが、別の原理に立つことも可能である」。

<赤・太字>部分は原文に存在しない

 

〔原文〕

Сталинские "Вопросы Ленинизма" представляют собою кодификацию этого идейного мусора, официальный учебник короткомыслия, коллекцию нумерованных пошлостей (я стараюсь дать наиболее умеренные определения). "Ленинизм" Зиновьева есть... зиновьевский ленинизм, не больше и не меньше. Принцип его почти как у Лютера: "Я на этом стою, но... могу также и иначе".

 

〔試訳〕

スターリンの『レーニン主義の諸問題』はこうした思想的ごみの法典化кодификацияであり、浅知恵の公認教科書であり、番号をふった俗悪さのコレクションである(私はもっとも控えめに規定しようとしている)。ジノーヴィエフの『レーニン主義』はジノーヴィエフ流のレーニン主義であって、それ以上でもそれ以下でもない。ジノーヴィエフの原理はルターとほとんど同じである。曰く「私はここに立っている。だが別のところにも立てる」。

 

〔評注〕

<法典>→法典化кодификация

< 欠落 >→番号をふったнумерованных。スターリン『レーニン主義の諸問題』の教義集のような表現形式を槍玉に挙げたシニカルな批判である。

西島訳に見られる「ただし、ルターが『私はこの原理に立脚している。そうする以外にできないからだ』と述べたのに対し、ジノヴィエフはこう言う−」の部分は原文には存在しない。実はこれはSally Ryanによる英訳(1996)に存在する。

 

But whereas Luther said, ‘Here I stand; I cannot do otherwise.’ Zinoviev says, ‘Here I stand ... but I can do otherwise, too.’(By Sally Ryan in 1996, Marxist Internet Archives)

 

かくして西島訳は、英訳にもとづく長い文章を訳文の地の部分に何の断り書きもなく挿入して訳文を差し出しているのである。そしてこれが「ロシア語版にもとづいて全体を訳しなおした」結果だと言うのである。検討手段をもたない一般読者はこれを「ロシア語訳」として読まされるのである。訳者としての良心があるならば、地の部分に挿入したりなどせず「注」の形で記すべきであろうに。

ただしここにはまた別の問題が絡む。中野徹三氏からご教示を頂いたが、引用されているルターのこの言葉は、ルターがローマ法王Leo10世の意を体した神聖ローマ帝国皇帝のカール5世が、ルターのローマ法王庁批判をやめさせるため1521年に彼をWormsに喚問し、自説の撤回を迫った時、彼が審問官に述べた言葉―『私の良心は神の言葉に縛られています。良心に逆らって行うことは正しくないから、私は一言も付け加えられないし、一言も取り消すことも出来ません。私はここに立っています。それ以外になにもできない。神よ、私を助けよ。』からのものであるということである。残念ながら、いま原文は確認できていない。ルターの「私はここにたっています」は、神に良心を縛られた自分はこの場所にこうして立つことしか出来ない(これが神意なのだ)、というところにある。この文言でトロツキーはジノーヴィエフの「レーニン主義」の右に左にぶれる原理なき日和見主義を批判しているのであるが、「ほとんど」の一言を付け加えただけで、ルターの言葉がジノーヴィエフの言葉と同じであるかのように書き、ルターの言葉の内容を反対の意味に変えてしまっている。トロツキー自身の本意に反して…。この部分だけについては、ルターの言葉の内容把握のためには、トロツキーのロシア語原文とは異なるが西島訳ならびにそれが依拠している英訳がむしろ分かりやすい。だが、訳者としては原文の正しさも誤りも含めて原文に忠実な翻訳テキストを読者に提供するのが使命である。

 

A 西島訳P61上段 <  >部分が欠落。

 

 またしても目新しいものは何もない。<   欠落   >1924〜25年にラデックは…

 

〔姫岡訳 P188

再びこと新しくもない方法で彼は永続革命論に背をむけるのである。1924年から1925年にかけて、ラデックは、…

 

〔原文〕

Опять таки не новыми путями: он возвращается к теории перманентной революции. В 1924-25г.г.Радек..

 

〔試訳〕赤・太字部分が西島訳から欠落している。

またしても新しくはないやり方でである。つまり彼は永続革命論に舞い戻っているところなのだ。192425年にラデックは…

 

〔評注〕

この欠落部分はラテックの「変化」を示す重要部分である。この部分の欠落は後の議論と関連して重大なので覚えておいて頂きたい。なお、姫岡訳はこの部分を「永続革命論に背をむけるのである」と全く正反対に訳しており、ロシア語原文とトロツキーとに「背をむけるのである」。

Sally Ryanの英訳(1996)は正しい。

 

Again,not in a new way: He turns back to the theory of the permanent revolution. In 1924-25,Radek...

 

B 西島訳P63下段(この部分は姫岡訳にはない)

 

1919年に、ソヴィエトの<国立>出版所は、 <赤・太字>部分は原文に存在しない

 

〔原文と試訳〕

В 1919 году советское издательство

1919年に、ソヴィエトの出版所は…

 

〔評注〕

国立」の語は原文に存在しない1919年に教育人民委員部(ナルコムプロス)のもとに出版所が設立されているが、これは「国立出版所」Госиздатの前身ではあるが、この時点ではまだそうは呼べない。またトロツキーがそんなことを書くはずもない。

 

C 西島訳P64下段(この部分は姫岡訳にはない)

 

―そしてこれは、この仮説的定式から<自動的に>生まれたものではなく、当時の階級的諸関係の現実的変化の分析から生まれたのだが―、  

 

〔原文〕

и которое вытекало не столько из этой гипотетической формуры,сколько из анализа реальных изменении в соотношении классов,-

 

〔試訳〕

…この仮説的定式に起源を発するというよりはむしろ、階級的諸関係の現実的変化の分析に起源を発していたのである…

 

〔評注〕

не столько,сколько〜「〜というよりはむしろ〜」の構文。西島訳はне〜「〜ではなくて〜」構文であるかのように訳している。

<自動的に>→原文に存在しない。

 

D 西島訳P82上段

 

しかし、当時レーニンが<書いたものの中には―>―そしてこの序文の後でさえ――ロシア革命を無条件でブルジョア革命と呼んでいる文章が少なからず<見られる>

 

姫岡訳P203

しかし、この序文の前後にかかれたレーニンの著作の中には、彼がロシア革命を無条件でブルジョア革命と呼んでいる文章が、少なからず見受けられる。

 

〔原文〕

Можно найти не мало мест у Ленина, и до и после этого предисловия, где он категорически называет русскую революцию буржуазной.

 

〔試訳〕

レーニンには、この序文の前でも後でも、彼がロシアの革命をブルジョア革命であると断固として呼んでいる箇所を少なからず見つけ出すことができる

 

〔評注〕

<書いたものの中には―>→原文に存在しない。姫岡訳を手直しして踏襲したものである。

<見られる>→見つけ出すことができるМожно найти。西島訳は原文Можно найти Можноの存在を無視している。

 

E 西島訳P82上段〜下段 「総括と展望」からの引用。

 

当時(1905〜06年)における永続革命に関する私の基本的論述は次のような文章で始まっている。

 「ロシアの革命は社会民主党を除くすべての人々にとって<予期せざるものであった>。マルクス主義は、以前からロシア革命の不可避性を予言していた。ロシア革命は、<発展しつつある資本主義の力>と沈滞した絶対主義の力との衝突の結果として、<勃発せざるをえなかった><マルクス主義は、来るべき革命の社会的内容をあらかじめ見定めていた。>それをブルジョア革命と呼ぶことによって、マルクス主義は、革命の<直接的な>客観的課題が全体としてのブルジョア社会の発展のための『正常な』条件を創出することにあることを指摘していた。
 <マルクス主義の正しさは明らかになった>――そして、もはやこのことを言い争ったり証明したりする必要はない。マルクス主義者の前にあるのは、まったく別の種類の課題、すなわち、発展しつつある革命の内的メカニズムを分析することによって、その革命の『可能性』を明らかにすることである。……
 ロシア革命はまったく独特な性格を持っている。この独特な性格は、<わが国における>社会的・歴史的発展全体の特珠性の結果であるが、<それはまた、>まったく新しい歴史的展望を<切り開くものでもある>」(『われわれの革命』、1906年、「総括と展望」、224頁)()
<赤・太字>の部分は原文に存在しない

 

〔姫岡訳 P204

その当時(1905-1906)永続革命について書いた私の基本的著述は次のような文章で始まっている。

 

 「ロシア革命は、社会民主主義以外のすべての人々に不意打ちをくらわせた。マルクス主義は、が資本主義的発展の諸力と頑強な絶対主義の諸力との衝突の結果として出現せねばならない不可避性をとうの昔に予見していた。ロシア革命の性格をブルジョア的と規定することによって、マルクス主義は、革命の当面の客観的任務はブルジョア社会全体の発展のための正常な諸条件をつくり出すことにある、と指摘した。マルクス主義は正しかった。このことは今日もはや反論の余地はないし、またそれを証明する必要もない。マルクス主義者は、全く異なった任務に直面している。それは発展しつつある革命の内部的力学の分析によって、その『可能性』を明らかにすることである。

ロシア革命は、わが国の社会、歴史的進化全体の特殊性の結果であり、かつ、その点に関して全く新しい歴史的展望を切りひらくところの、極めて特殊的な性格をもった。」

 

〔原文〕

Вот с чего начинается основная моя работа того времени (1905-6 г. г.) о перманентной революции:

 

"Революция в России явилась неожиданностью для всех, кроме социал-демократии. Марксизм давно предсказал неизбежность русской революции, которая должна была разразиться в результате столкновения сил капиталистического развития с силами косного абсолютизма. Называя ее буржуазной, он указывал тем, что непосредственные объективные задачи революции состоят в создании "нормальных" условий для развития буржуазного общества в его целом. Марксизм оказался прав, - и этого уже не приходится ни оспаривать, ни доказывать. Перед марксистами стоит задача совершенно иного рода: путем анализа внутренней механики развивающейся революции вскрыть ее "возможности". Русская революция имеет совершенно своеобразный характер, который является итогом особенностей всего нашего общественно-исторического развития и который, в свою очередь, раскрывает совершенно новые исторические перспективы". ("Наша революция", 1906, статья "Итоги и перспективы", стр. 224).

 

〔試訳〕

永続革命についての当時(190506)の私の基本著作はまさしく次に挙げることから始まっている。

 

「ロシアにおける革命は、社会民主党をのぞいてすべての人々にとり予想外のものとなった。マルクス主義はずっと前からロシアの革命の不可避性を予見していた。革命は資本主義的な発展の諸力と旧態依然たる絶対主義の諸力との衝突の結果として勃発するはずであった。それをブルジョア革命と呼びながら、そのことによってマルクス主義は、革命の間近に迫った客観的諸課題が全体としてのブルジョア社会の発展のための『正常な』諸条件を創り出すことにあることを指摘していた。

 マルクス主義は正しいと判明した。そして、このことはもう異議を唱えるにも及ばなければ説明をするにも及ばない。マルクス主義者たちの前にはまったく別の種類の諸任務が控えている。すなわち、発展しつつある革命の内的メカニズムを分析することによって、革命の『諸可能性』を明らかにすることだ。ロシア革命はまったく独特の性格を持っている。それは、いま問題になっている社会的・歴史的発展全体の特殊性の結果であり、そして今度は革命の側からまったく新しい歴史的展望が切り拓かれつつあるのである」。(『われわれの革命』、1906年、論文「総括と展望」、P224

 

〔評注〕<>部分は西島訳。

<予期せざるものであった>→予想外のものとなったявилась неожиданностью。西島訳はявляласьと混同しているように思われる。

<発展しつつある資本主義の力>→資本主義的な発展の諸力сил капиталистического развития… 「資本主義的な」капиталистическогоは西島訳では「力」にかかっているように読めるが、上で分かるように原文では「発展」развитияにかかり「資本主義的な発展」という句を作っている。そしてこの「資本主義的な発展」が「諸力」силに後ろからかかっているのである。

<勃発せざるをえなかった>→勃発するはずであったдолжна была разразиться。ここは事実を述べているのではなく、マルクス主義による「予見」の内容を述べているのである。

<マルクス主義は、来るべき革命の社会的内容をあらかじめ見定めていた。>原文には存在しない。英訳にも存在しない。したがって姫岡訳にも存在しない。西島訳の作文である。

革命の<直接的な>客観的課題→意味不明な訳語。原文はнепосредственные。辞書の冒頭にある語彙を機械的にあてはめた結果である。ここでは「間近に迫った」の意味。

<マルクス主義の正しさは明らかになった>→マルクス主義は正しいと判明したМарксизм оказался прав,

<わが国における>→いま問題になっているнашего

<それはまた、>→今度は革命の側から、今度は革命の特殊性の側からв свою очередь

<切り開くものでもある>→切り拓かれつつあるのであるраскрывает。不完了体現在形。現在進行している事実を述べている。

ここでのトロツキーの含意は、ロシア革命の特殊性はロシアの社会的・歴史的発展の結果であるが、今度はその反作用として革命の側から、革命の特殊性の側から、その特殊性の故にこそ新しい社会的・歴史的発展の展望が切り拓かれつつあるのだと両者のダイナミックな相互作用を主張しているのである。

 

F 西島訳P85下段、「総括と展望」からの引用部分

 

労働者階級は、自らの民主主義綱領の枠を乗り越えずには、自らの独裁の民主主義的性格を保証することはできないであろう。<この点に関しては、いかなる幻想も完全に致命的であろう。それは、はじめから社会民主党の権威を失墜させるであろう。> <赤・太字>部分は原文に存在しない

 

〔姫岡訳 P207

労働階級は、その民主的綱領の限界を踏みこえることなしに、その独裁の民主的性格を保障することはできない。

 

〔原文〕

Рабочий класс не сможет обеспечить демократический характер своей диктатуры, не переступая границы своей демократической программы.

 

〔試訳〕

労働者階級は自らの民主主義的綱領の限界を踏み越えずには、自らの独裁の民主主義的性格を保障することは出来ないだろう。

 

〔評注〕

ここは「総括と展望」の文章をトロツキー自身が『永続革命論』の中に引用している部分である。

< >のついた赤・太字の部分は『永続革命論』のロシア語テキストには存在しない。「総括と展望」中には存在するが、『永続革命論』への引用はこの手前で終わっている。むろん、英訳にも存在せず、姫岡訳にも存在しない。ロシア語テキストにも英訳テキストにも存在しない文章が何故に「ロシア語版にもとづいて全体を訳しなおした」という西島訳に存在するのか?まったく不可思議と言う他はない。西島氏が本当にグラニート版あるいはИз архивов русской революции版を用いて訳したのであればこのようなことは起こり得ないはずである。

 

2 正反対の訳、意味の取り違え、時制の無視

 

@ 西島訳P53-54

 

 当時<コロンタイと協力していた>ブハーリンに対する…

 

〔姫岡訳P181

当時コロンタイと協力していたブハーリンに対する…

 

〔原文と試訳〕

на Бухарине,с которым Колонтай была солидарна.

コロンタイが同調していたブハーリンに対する…

 

〔評注〕

原文では、コロンタイがブハーリンに同調していたとある。西島訳、姫岡訳ではブハーリンがコロンタイに協力していたと訳され、両者の能動・受動関係が正反対になっている。決してどうでもいいことではない。Sally Ryanによる英訳は upon Bukharin,with whom Kollontai was then in solidarity. とロシア語原文に忠実に訳されている。つまり問題は日本語訳―西島訳、姫岡訳にある。

 

A     西島訳P54下段〜P55上段

1923年になって…(中略―中島)<完全に隆盛になった>

 

〔姫岡訳P182

1923年になって…(中略―中島)…おこなわれるようになった。

 

〔原文と試訳〕

родилось целиком в 1923 году

1923年に全てが生まれた

 

〔評注〕

西島訳では、トロツキーの永続革命論とレーニンの民主主義的独裁のスローガンの対置は1923年以前に始まり、その後1923年に「完全に隆盛になった」とトロツキーが主張していることになる。トロツキー本人は1923年に始まったと書いている。

 

B 西島訳 P65上段

 

ラデックの論文からうかがえることは、私の基本的な諸著作が彼の<「手元にない」>だけでなく、どうやらそれらを読んだ<ことさえなかった>ということである。<たとえ>読んでいたとしても、それはずっと以前、10月<革命>のことで<あろう>。いずれにせよ彼は<ほとんど覚えていないのである>

 

〔姫岡訳 P190

…ラデックの論文からうかがえることは、彼が私の基本的な諸著作を「手許に有していな」かっただけでなく、それらを、読んだことすらなかったということである。もし彼が読んでいたとしたならばそれはずっと以前、十月革命の前であろう。いずれにせよ彼はそれをあまり覚えていないのである。

 

〔原文〕

статья его свидетельствует не только о том, что основных моих работ у него нет "под рукой",но и о том,что он как будто никогда не читал их,а если и читал,то давно,до октябрьского переворота,и во всяком случае,очень немного удержал в памяти.

 

〔試訳〕

…彼の論文は私の基本的な諸著作が彼の「手許」にないだけでなく、彼がまるでそれらを一度も読んだことがなかったかのようだということを裏書しているが、もし読んだことがあるとするならば、それはずっと以前、10月の変革以前のことである。いずれにしても、彼が記憶に留めているのはごくわずかのことなのである

 

〔評注〕

<「手元にない」>手許」にないу него нет ”под рукой”。「 」に入るのは手許の語だけ。

<ことさえなかった>→一度も〜ことがなかったかのようだкак будто никогда。ここの誤訳は内容把握にとって重大である。西島訳は姫岡訳の「〜すら」を「〜さえ」と同義語で言い換えただけで全く同じ。なぜкак будтоを訳から欠落させるのか?

<たとえ>→もし〜ならばесли

<革命>→変革переворот

<ほとんど覚えていないのである>очень немного удержал в памяти記憶に留めているのはごくわずかのことなのである、覚えているのはほんのわずかのことなのである。

前節で読者諸氏に、トロツキーが「つまり彼は永続革命論に舞い戻っているところなのだ」と書いていることに注意を促しておいた。今節の検討で分かるように、ラデックは実はトロツキーの基本諸著作を読んだことがあるのだ。そうでなければトロツキーが「彼は永続革命論に舞い戻っているところなのだ」と書くはずがない。本当は読んだことがある。読んだことがあるのに、読んでいるのに「まるで一度も読んだことがなかったかのようкак будто」にラデックが振舞っていると皮肉っているのだ。ラデックの変貌・変節ぶりを示す文章である。西島訳は原文のкак будтоの内容を訳文から欠落させてしまい、トロツキーの辛辣なラデック批判を水で薄めたようにトーン・ダウンさせてしまっている。また、姫岡訳と比べてみれば明らかなように、同義語による本質的でない個々の語句の言い換えを除いて訳文の基本構造は同じである。西島訳はロシア語原文よりも姫岡訳に近い。

 

C 西島訳P76上段、永続革命論のブハーリン的解釈を述べたくだり

 

ブハーリンによれば、ロシアにおけるブルジョア革命は終わった――ブルジョアジーの革命的役割、また民主主義独裁のスローガンの歴史的役割が終わった<だけでなく>、ブルジョア革命そのものが終わった――のであり、

 

〔姫岡訳P200

それによれば、ロシアにおけるブルジョア革命は終わった―ブルジョアジーの革命的役割、また「民主主義的」独裁のスローガンの歴史的役割のみならずブルジョア革命そのものが終わったのであり―

 

〔原文〕

…закончена,  - не революционная роль буржуазии и даже не историческая роль лозунга демократической диктатуры, а буржуазная революция, …

 

〔試訳〕

ブルジョアジーの革命的役割ではなく、民主主義的独裁というスローガンの歴史的役割でさえもなくて、ブルジョア革命が終わった…

 

〔評注〕

не(〜ではなく、〜)構文を не только, но(и)(〜であるだけでなく、〜もまた)構文であるかのように訳しているので意味が正反対になっている。

 

D 西島訳P80上段。

< >ピンク・太字部分が曖昧に訳されている部分。< >青・太字の部分では動詞の体(アスペクト)と時制の無視が甚だしい。また、姫岡訳がほぼそのまま踏襲されている。

 

この根本的非難と関連して、あるいはその結果として、これに劣らず重大な非難がいくつか<生じる>トロツキーは「ロシアの<状況にあっては>、社会主義革命は民主主義革命から成長転化しないでは不可能だ」ということを<理解せず>、ここから「民主主義独裁の段階の飛び越え」が<生じる>。トロツキーは農民の役割を<「否定する」>が、<この点で「トロツキーとメンシェヴィキの見解は共通」している>以上のことから、<すでに述べたように><状況証拠の積み重ねによって>、中国革命の根本問題における私の立場の誤りが<証明されることになる>

 

〔姫岡訳 P202

この根本的非難と密接に関連して、あるいはその結果として、これに劣らず重要な非難が他にも見出される。―トロツキーは「ロシアの諸条件の下にあっては民主主義革命から成長してこないような社会主義革命は不可能だ」ということを理解しなかった。ここから自然と「民主主義的独裁の段階を飛躍する」という結果が生ずるのだ。トロツキーは農民の果たす役割を「否定する」が、この点で「トロツキーとメンシェヴィキの見解は共通」している。すでに述べたように、これらすべてが、情況証拠方式によって、中国革命に対する私の立場の誤りを証明することになるのだ。

 

〔原文〕

С этим основым обвинением,связаны или из него вытекало другие,не менее тяжеловесные:Троцкий не понимал, что "в русских условиях невозможна социалистическая революция, не вырастающая из демократической", откуда и вытекало "перепрыгивание через ступень демократической диктатуры". Троцкий "отрицал" роль крестьянства, в чем и состояла "общность взглядов Троцкого и меньшевиков". Все это, как уже упомянуто, должно доказать, по системе косвенных улик, неправильность моей позиции в основных вопросах китайской революции.

 

〔試訳〕

この根本的非難から、それに関連してあるいはそこから別の、それに劣らず重苦しい非難が生じていた曰くトロツキーは、「ロシアの諸条件にあっては、民主主義革命から成長してこない社会主義革命は不可能である」ということを理解していなかった。ここから「民主主義的独裁の段階の跳び越え」が生じていた。トロツキーは農民の役割を「否定していた」。ここに「トロツキーとメニシェヴィキ達との見解の一致」があった。こうしたことのすべてが、上記のように、傍証の形で、中国革命の基本問題における私の立場の誤りを証明するはずだ、と言うのだ。

 

〔評注〕

<状況にあっては>→諸条件にあってはв русских условиях

<理解せず>→理解していなかったне понимал。原文は不完了体動詞の過去形。過去の事実を述べている。

<生じる>→生じていたи вытекало。原文は不完了体動詞の過去形。過去の事実を述べている。иは強調。

<「否定する」>→「否定していた」"отрицал"。原文は不完了体動詞の過去形。過去の事実を述べている。

<この点で「トロツキーとメンシェヴィキの見解は共通」している>→ここに「トロツキーとメニシェヴィキ達との見解の一致」がи состоялаあった。 原文は不完了体動詞の過去形。過去の事実の確認。иは強調。

<すでに述べたように>上記のようにкак уже упомянуто。英訳As already said, 西島訳では「すでに述べたように」と、これを誰が言ったのか曖昧にしており誤解を招く。「この根本的非難から、それに関連して、あるいはそこから別の、それに劣らず重苦しい非難が生じていた。曰く、」とあることに注目しなければならない。原文ではトロツキー自身の文章のすぐ後に「:」コロンがある。この:」以下の文章は中国革命云々の文章の最後まで続いている。つまりこれは元来ラデックのものである非難をトロツキーが紹介・言い換えているのである。したがってкак уже упомянутоが指示する内容はラデックが書いていることを指している。トロツキーが述べているのではない。姫岡訳もすでに述べたように」と曖昧な訳語をあてているが、それでも「見出される。―トロツキーは」とこの「:」を「―」で表しており西島訳よりは遥かにましである。

<状況証拠の積み重ねによって>→傍証の形でпо системе косвенных улик

<証明されることになる>→証明するはずだдолжно доказать

西島訳の<状況証拠の積み重ねによって>に相当するような語は原文には存在しない。西島訳は姫岡訳の<情況証拠>の語を<状況証拠>と一文字だけ差し替え、それに続く文を多少手直ししているものの、原文に存在しないこの語を訳語として採用したり、原文のдолжно доказатьдолжноを欠落させて<証明することになるのだ>と姫岡訳と同じように訳したり、姫岡訳への依存度はすこぶる大きい。むしろロシア語テキストには依拠しておらず姫岡訳と基本的に同一であると言ってよい。

動詞についても同様のことが言える。私が示した4個の、原文中の動詞の体(アスペクト)はすべて不完了体。そして時制もすべて過去形で、過去の事実を述べている。ところが西島訳はすべて現在形で訳されており、しかも一般論を述べているかのように読める。注意していただきたいが、これもまた、「理解しなかった」の部分を除いて姫岡訳の時制と同一である。西島氏に聞きたいが、姫岡訳のこの箇所に見られる時制の無視は、姫岡訳に多数含まれると西島氏自身が言う「重要な誤訳」ではないのだろうか? そして姫岡訳の訂正という任務を自らに課して「ロシア語版にもとづいて全体を訳しなおした」と自負する西島訳が何ゆえにまたしても姫岡訳と同じ、しかも動詞の時制把握という全く初歩的な誤りを繰り返すのか? ロシア語テキストに依拠していればありうるはずのない誤りである。ロシア語における動詞の体(アスペクト)はロシア語把握の要の一つであるし、印欧語の要である動詞の時制を正しく訳文に反映させることは、内容把握の上で決定的であるはずだが。

 

E 西島訳P81上段 「※原注」コミンテルン執行委員会でのブハーリン発言

 この部分は姫岡訳には存在しない。

 

※原注 コミンテルン執行委員会<第7回総会で>、現在ラデックが持ち出しているのと同じ引用文をブハーリンが持ち出したとき、私は「しかし、レーニンにはまったく正反対の引用文もある」と席から叫んだことを<覚えている>。ブハーリンはしばらく困惑したのち、<「わかってる、わかってる。だが、私は自分に必要な引用を行なったのであって、君に必要な引用を行なったのではない」>と答えた。これが、この理論家の精一杯の機知<であった>

 

〔原文〕

 Вспоминаю, что на VIII пленуме ИККИ я крикнул Бухарину, приводившему те же цитаты, что ныне приводит Радек: "Ведь у Ленина есть прямо противоположные цитаты". После короткого замешательства Бухарин ответил:"Знаю, знаю, но я беру то, что мне нужно, а не то, что вам нужно". Такова находчивость этого теоретика!

 

〔試訳〕

現在ラデックが持ち出しているのと同じ諸引用文を持ち出したブハーリンに対して、共産主義インターナショナル執行委員会8回総会で私がこう叫んだことを思い起こしている。「レーニンにはまったく反対の引用があるじゃないか」と。ちょっと狼狽してからブハーリンはこう答えた。「分かってます、分かってます。でも私は自分に必要なことを取り上げているのであって、あなたに必要なことを取り上げているんじゃないんですよ」。この理論家の機知とはこういうものなのだ!(太字による強調は中島)

 

〔評注〕

<第7回総会で>→第8回総会でна VIII пленуме

<覚えている>思い出している、思い起こしているВспоминаю。不完了体動詞現在形。<覚えている>помнюである。

訳としてこの箇所の最大の問題点はトロツキーに対するブハーリンの答え方の表現スタイルである。原文にある通りブハーリンはトロツキーに対してвы 「あなた」(ここではその与格вам「あなたに」)を用いて丁寧な言葉で、быть на выスタイルで答えている не то,что вам нужно。つまりここでのブハーリンとトロツキーの間柄は丁寧な言葉で話し合う関係быть на выなのだ。ところが西島訳はこのブハーリン発言を「君に…」の語に象徴されるようにбыть на тыスタイルで訳している。これは「おまえ、あんた、君、きさま」などと訳される、夫婦、親子、兄弟、身内や恋人など気のおけない間柄で用いられる、また時に粗野な呼びかけに用いられる表現である。

トロツキーは論文「赤軍にあける『おまえ』と『あなた』の中で、「軍事上の服従は、個人の尊厳を損なうことを許さない市民的・精神的平等によって補われている(和田あき子訳、下線は中島)と述べ、おまえ、あなたに代表される言葉遣いのうちに表現される人間関係が平等であるかどうかということに強く注意を促し、ここにロシア革命の今後の根本的任務の一つを見た。軍事上の「服従」でさえそうなのであるから、党内の人間関係についてはなおさらであろう。

トロツキーより年上のレーニンでさえトロツキーに対してвы 「あなた」で語りかけるのに、トロツキーよりもずっと年少であり、インテリであったブハーリンが自分より年上のトロツキーに対してты「君」で答えるなどということはありえないことである。これは唯にロシア革命だけの課題ではなく現代日本に生きる私たち一人一人のまさしく現代的課題でもある。訳者西島栄氏はこの部分をいかに訳すかということを通して、ロシアにおける文化革命の課題についての理解如何にとどまらず、現代日本における文化革命の課題についても試されているのである。

 

F 西島訳P85下段最後

 

…維持する手段でもある」(「総括と展望」、256)

< 欠落 >

 

〔姫岡訳P207

…方法として必要となる」(「結果と展望」259)

 さらに進もう。

 

〔評注〕

< 欠落 >→先に進もうПойдём дальшеが欠落している。

 

G 西島訳P89上段

<ピンク・太字>部分が正反対に訳している部分。

 

<「ツァーリではなく労働者政府を」>が「反ボリシェヴィキ的スローガン」(トロツキーのものだという)だとする以上の<言葉>は、<実に奇妙に聞こえる>。スターリンによれば、どうやらボリシェヴィキのスローガンは、「労働者政府ではなくツァーリを」というものでなければならないらしい。<それはさておき、トロツキーの「スローガン」なるものについてもう少し話を進めよう>。ここで、<現代思想を統べるもう1人の権力者であり>、もう少し学はあるが、理論的な良心を完全になくしてしまった人物の言うことに耳を傾むけよう。それはルナチャルスキーである。

 

〔姫岡訳〕

「反ボルシェヴィキ・スローガン」(トロツキーのスローガンだという)についてのこれらの言葉の響きは絶妙なるものがある。「ツァーを倒せ、労働者政府を作れ」というボルシェヴィキのスローガンは、スターリンによれば「労働者政府反対、ツァー賛成」と読まれるべきだというのである。いわゆるトロツキーの「スローガン」についてもっと述べよう。しかしまず最初に今日の指導者のなかのもう一人の有名人で、もう少しは学があるであろうが、理論的な正邪の観念をなくしてしまった人物のいうことを聞いてみよう。それはルナチャルスキーのことである。

 

〔原文〕

Замечательно звучат эти слова об "анти-большевистском" лозунге (будто бы Троцкого): "без царя, а правительство рабочее". По Сталину большевистский лозунг должен бы гласить: "Без рабочего правительства, но с царем". О мнимом "лозунге" Троцкого у нас, однако, еще речь впереди. А теперь послушаем другого почти что властителя дум современности, может быть менее невежественного, но с теоретической совестью распрощавшегося окончательно: я говорю о Луначарском.

 

〔試訳〕

「反ボリシェヴィキ的な」スローガン(あたかもトロツキーのものでもあるかのような)―すなわち『ツァーリ抜きの、だが労働者の政府』―についてのこれらの発言素晴らしく鳴り渡っている。スターリンに従うならば、ボリシェヴィキのスローガンは次のような内容を持つはずである。すなわち「労働者の政府抜きに、だがツァーリとともに」。われわれのもとにあるトロツキーの架空の『スローガン』については、でも、後でまた話すことにしよう。それで今は、もう一人の、現代の社会に強い影響力があるとほぼ言える人物の言うことに耳を傾けよう。この人物、多分、教養は無くはないが、理論的良心は完全に捨ててしまっている。すなわち私はルナチャールスキィのことを言っているのだ。

 

〔評注〕

<「ツァーリではなく労働者政府を」>→「ツァーリ抜きで、だが労働者の政府」"без царя, а правительство рабочее"

以上の<言葉>→これらの発言はэти слова

<実に奇妙に聞こえる>→素晴らしく鳴り渡っているЗамечательно звучат Замечательноに「奇妙に」の語彙はない。Замечательноはもちろんここでは皮肉で言われている。

<それはさておき、トロツキーの「スローガン」なるものについてもう少し話を進めよう>われわれのところにあるトロツキーの架空の『スローガン』については、でも、後でまた話すことにしようО мнином "лозунге" Троцкого у нас, однако,ещё речь впереди

речь впердиの成句的用法を捉えそこなっている。「話は今後に、先で」の意味。

用例「Об этом речь впередиそれについてはまた後でお話します、それはまた後の話だ」などのように使う。

原文では、「話を進め」ないのである。トロツキーはまた後で、と言っている。西島訳は姫岡訳を踏襲して正反対に訳している

姫岡訳「いわゆるトロツキーの『スローガン』についてもっと述べよう。」

英訳 We will speak later of this alleged slogan of Trotskys.

英訳は「後で述べよう will speak later」としている。姫岡、西島ともに誤訳。

 

ここで、<現代思想を統べるもう1人の権力者であり>→「現代の社会に強い影響力を持つ人物」。原語はвластителя дум современности社会、人心に強い影響力を持つ人物、思想界の大立者の意味。

西島訳ではあたかもルナチャールスキィがスターリンと並ぶいま一人の権力者・支配者であるかのようだ。ルナチャールスキィは初期革命ロシアの教育人民委員としてすぐれた仕事をしたが、後年、スターリン体制に屈した。しかし「現代思想を統べる」=現代の思想界を統制・支配するような人物、権力者ではなかった。ルナチャールスキー『芸術表現の自由と革命』(藤井一行訳、大月書店、1975)を参照していただきたい。そのことに思い至れば西島訳のような訳語は不適切であることが分かる。したがって前者の意味内容で訳語を工夫しなければならない。

 

原文3行目末尾近くからのセンテンス冒頭の А は対比、対照、対立を表す接続詞А теперьは、この直前の文章「われわれのもとにあるトロツキーの架空の『スローガン』については、しかしながら、後でまた話すことにしよう」を受けて書かれている。つまり、架空の「スローガン」のことは後回しにして、いまはルナチャールスキィの言うことに耳を傾けよう、とトロツキーは言っているのだ。西島訳はこの接続詞а による文章のつながりを寸断している。

 

3 時制、体(アスペクト)、格の用法の無視、構文の無視、修飾・非修飾関係に対する無神経、文脈を無視した不適切な訳語

 

@ 西島訳 P56下段

 

<イデオロギー的>反動…

 

〔姫岡訳 P184

イデオロギー的反動

 

〔原文と試訳〕

идейной реакции 思想的反動

 

〔英訳〕

ideorogical reactionSally Ryanの英訳でさえこうである。正しくはidealとすべき。西島訳はロシア語版から訳し直したと言うが、英訳に依拠した姫岡訳の誤りをそのまま引き継いでいる。

 

A 西島訳P59下段

 

このようなことはボリシェヴィキ=レーニン主義者にはまったくふさわしくない。<なぜなら>、東方諸国における革命は、まだまったく日程から除かれてはいないし、その<「実施期間」>はだれにもわからないからである。

 

〔姫岡訳P187

このようなことはボルシェヴィキ=レーニン主義者には全くふさわしくないことである。なぜならば、東方諸国における革命はまだ日程から除かれてはいないし、休止期はまだ誰にもわかっていないからである。

 

〔原文〕

Большевикам-ленинцам это тем менее к лицу,что революции в странах Востока ещё никак не сняты с порядка дня,а сроки их никому не известны.

 

〔試訳〕

東方諸国における革命はまだ決して日程から除かれたのではなくて、その期日が誰にもわからないということなのであるから、これはなおさらボリシェヴィキ・レーニン主義者たちにはふさわしくないのである。

 

〔評注〕

тем 比較級(ここではменее),что〜 〜だからなおさら〜である、相関接続詞の構文。西島訳では単なる理由を説明するпотому чтоまたは так какの構文のように読まれる惧れがあり誤解を招く。

<「実施期間」>→「期日」сроки

 西島訳は姫岡訳の「休止期」を「実施期間」いう語に取り替えたことを除いてほぼ同一である。

 

B 西島訳P60下段 

 

永続革命に関するラデックの著作は次のような結論で終わっている。

 

 「<党の新しい分派(反対派)は>、プロレタリア革命をその同盟者――農民――から引き離す傾向を助長するという<危険を>はらんでいる」。

 

〔姫岡訳 P188

永続革命に関するラデックの著作は次のような結論で終わっている。

 

党の新しい分派反対派」は、プロレタリア革命をその同盟者――農民――から引き離す傾向を助長するという危険を孕んでいる」。

 

〔原文A〕

Работа Радека о перманентной революции упирается в вывод:

 

"Новой части партии (оппозиции) угрожает опасность возникновения тенденций, отрывающих развитие пролетарской революции от ее союзника - крестьянства".

 

〔試訳〕

永続革命論に関するラデックの著作は次のような結論に陥っている。

 

「プロレタリア革命の成長をその同盟者である農民から切り離す諸傾向の発生という危機が党の新しい部分(反対派)脅かしている」

 

〔英訳〕

Radek’s work on the permanent revolution rests on the conclusion:

‘The new section of the party (The Opposition) is threatened with the danger of the rise of tendencies which will tear the development of the proletarian revolution away from its ally – the peasantry.’

〔評注〕

この部分の誤訳はかなり重大。格の用法を無視した結果として文の意味が正反対になっている。しかもこの部分の西島訳は、最後の「はらんでいる」が姫岡訳では「孕んでいる」と一文字だけ漢字表記になっていることを除いてまったく同一である。

Новой части партииは与格(目的語)である。主格ならНовые части партииでなければならない。後ろにある主格のопасностьがこの文の主語である。つまり西島訳ではこの文の主・客が転倒しているのである。Sally Ryan訳による英訳テキストでは主語は The new section of the party(The Opposition)であるが、これを受動態で表現することによってロシア語原文の与格を表現している。

ところが驚いたことに、そのすぐ後、西島訳P61上段最後の部分に次のような訳文が現れる。

 

古い永続革命論がまさに農民からの離反という危険でもって<党の「新しい」分派を>脅しているという結論に達したというのである。

 

〔姫岡訳 P188

古い永続革命論がまさに農民からの離反という危険でもって党の「新しい」分派を脅しているという結論に達したというのである。

 

西島訳は、この部分も姫岡訳とまったく同一である。いったい西島訳が依拠したテキストとはロシア語版なのだろうか、それとも姫岡訳なのだろか?

 

 さて、ここの原文を見よう。

〔原文B〕

Радек пришел к выводу, что старая перманентная теория угрожает "новой" части партии не больше и не меньше, как опасностью отрыва от крестьянства.

 

〔試訳〕

古い永続革命論が、まさしく農民を切り離すという危険でもって党の「新しい」部分を脅かしている、という結論にラデックは辿り着いたのである。

 

〔英訳 by Sally Ryan

Radek has reached the conclusion that the old theory of the permanent revolution threatens the ‘new’ section of the party with nothing more or less than the danger of a breach with the peasantry.

 

Sally Ryanによる英訳はthe ‘new’ section of the partyを目的語として扱うことでロシア語原文の与格を表現している。

 

当然ながら"новой части партииはここでも同じく与格である。同じ内容を述べた文だから当然のことである。

確認していただきたい。〔原文A〕では≪ラデックが陥った「結論」≫のことが述べられている。〔原文B〕では≪〜という「結論」にラデックが辿り着いた≫と述べられている。「結論」の内容―永続革命論は党の新しい部分(反対派)を脅かしている―は当然のことながら同じである。両者は同じことを繰り返しているだけである。ところが西島訳では先の文(P60)とこの文(P61)では意味が正反対になっている。

 

P60下段:党の新しい分派がプロレタリア革命を農民から切り離すという危険をはらんでいる。

→下線部はこの文章の主部として訳されている。

P61上段:永続革命論が党の新しい分派を脅かしている

  →下線部は目的語部として訳されている。

 

さて、混乱しているのはトロツキーか、それとも訳者の西島氏か? 原文はどちらもновой части партииで同一の与格(目的格)である。英訳も格の用法はすでに示したように正確である。ロシア語原文に依拠していれば、また英訳を参考にしていれば、このような間違いは起こりようがない。しかも姫岡訳の誤訳をそのまま引き継いでいるのみならず、漢字一文字を平仮名に直したことを除いて西島訳は自身が批判する姫岡訳とまったく同一である。姫岡訳には「重要な誤訳が多数含まれており、その中にはトロツキーに対する根本的誤解の元となるようなものさえ存在する」と西島氏は言うが、それはいったい何処にあるのだろうか? これから判断できることはこの部分の西島訳の底本はロシア語原文でもなく英訳でもなくまさしく姫岡訳に他ならないということである。

さらに訳語も重大である。西島訳ではНовой части партии が「党の新しい分派」と訳されている。しかしчастиは「部分」の意味であって「分派」の意味はない。しかし「より日本語らしく訳すという観点」に立ち西島氏は原文の単語の違いを無視してあたり構わず「分派」の訳語で押し通す。では「どう訳すのが日本語として自然な文章になるか」に腐心する西島氏の訳業をもう少し見てみよう。

 

C 西島訳P72下段

 

 最後に、私はけっして<永続革命論>にもとづいて<分派>をつくろうとしたことは一度としてない。

 

〔姫岡訳 P197

 最後に、私は決して永続革命論の基盤の上に分派をつくろうと努力したことはない。

 

〔原文と試訳〕

Наконец,я никогда и не пытался создавать группировку на основе идей перманентной революции.

最後に、私は永続革命の思想に基づいてグループをつくろうと試みたことは決してない。

 

〔評注〕

<分派>→グループгруппировка ここで西島氏によって「分派」と訳されているгруппировкаは「集団、グループ」などと訳される語である。「分派」の訳語があてられるロシア語の単語はфракцияであろう。

частьгруппровкаもどちらも西島訳では「分派」である。「より日本語らしく訳すという観点」に立つとこうなるのだろうか?

<永続革命論>→永続革命の思想идей перманентной революции。ロシア語原文では「永続革命論」ではなく「永続革命の思想」となっている。ここでも西島訳はロシア語原文にではなく姫岡訳に「忠実」である。これもまた「より日本語らしく訳すという観点」のなせる業か?

 

D 西島訳 P74下段

 

ローザ・ルクセンブルクですら最初のころはボリシェヴィキ政府の農業政策から<飛びのいた>のである。

 

〔姫岡訳P198

ローザ・ルクセンブルクですら最初のころはボリシェヴィキ政府の農業政策にしりごみしたのである。

 

〔原文と試訳〕

Даже Роза Люксембург отшатнулась на первых порах от аграрной политики большевистского правительства.

ローザ・ルクセンブルクでさえ初めのうちはボリシェヴィキ政府の農業政策と袂を分かっていたのであるшатнуласьот〜はここでは「絶交していた、絶縁していた」の意味。

 

E 西島訳P81下段

 

…自分も獄中で<同じ>カウツキーの論文を翻訳して、

 

〔姫岡訳P203

…自分も獄中でカウツキーの論文を翻訳して…

 

〔原文と試訳〕

я в тюриме так же перевел статью Каутского и ,

…私は獄中で同じようにカウツキーの論文を訳し、

 

〔評注〕

原文は副詞句так же「同じように」で、そのすぐ後ろにあるперевелにかかっている。西島訳では形容詞として訳されており「カウツキー」にかかるのか「論文」にかかるのか曖昧である。

 

F 西島訳P83上段 「総括と展望」からの引用部分

 

<個々の>ブルジョア革命が提起する…

 

〔姫岡訳〕

所与のブルジョア革命のメカニズムによって作り出されつつある…

 

〔原文〕

,которые выдвигаются данной буржуазной революцией

 

〔試訳〕

このブルジョア革命によって提起されているところの…

 

〔評注〕

西島訳によって「個々の」と訳されている語はданной。これは「この」とか「当該の」と訳される語である。これに「個々の」という語彙はないはずであるがいかなる理由で「個々の」と訳されるのだろうか? しかも傍点つきで。姫岡訳でさえ「所与の」と訳しているのに。

 

G 西島訳P83上段

 

プロレタリアートは資本主義の<成長とともに成長し>、強固になる。この意味で資本主義の発展は<プロレタリアートの独裁に向けての発展>である。

 

〔姫岡訳P205

プロレタリアートは、資本主義の成長とともに成長し、力を増大する。この観点からすれば、資本主義の発展は、独裁をめざすプロレタリアートの発展といえる。」

 

〔原文〕

Пролетариат растет и крепнет вместе с ростом капитализма.В этом смысе развитие капитализма есть развитие пролетприата к диктатуре.

 

〔試訳〕

プロレタリアートは資本主義の発展とともに成長し強固になる。この意味で資本主義の発展は独裁に向かってのプロレタリアートの発展である。

 

〔評注〕

<成長とともに成長し>→発達とともに成長しс ростом。西島訳では<成長>2回使われているが原文ではрост 「発達」とрасти「成長する」という、関連はあるが別の単語があてられている。

<プロレタリアートの独裁に向けての発展>→独裁に向かってのプロレタリアートの発展развитие пролетприата к диктатуре。原文では「プロレタリアートの発展」という句がк диктатуре「独裁に向かって」という句に繋がる。西島訳では「プロレタリアートの独裁」と、あたかも一つの句であるかのように取られかねない。いや、自然に読めばそう取られるのはほぼ必然的である。どうしてもこの語順に固執するのであれば「プロレタリアートの、独裁に向かっての…」というように読点「、」を打つべきである。

 

H 西島訳P84上段

 

この似非マルクス主義―すなわち、<スコラ哲学によって堕落させられた俗物の「常識」>―は、クーシネンその他大勢の者たちの演説の「科学的」<基盤>をなした。

 

〔姫岡訳P205

このえせマルクス主義―すなわち、スコラ哲学によって堕落させられた「常識」―はクーシネンその他大勢の演説の「科学的」基盤をなしたのである。

 

〔原文〕

Этот лжемарксизм,т.е.попорченный схоластикой здравый смысл филистера,составлял"научную" подоплеку речей Куусинена и многих-многих других.

 

〔試訳〕

この似非マルクス主義、すなわち、俗物の、スコラ哲学によって腐った常識は、クーシネンやその他多くの者たちの演説の「科学的な」裏付けをなしていた。

 

〔評注〕

<スコラ哲学によって堕落させられた俗物の「常識」>→俗物の、スコラ哲学によって腐った常識попорченный схоластикой здравый смысл филистера

西島訳では<スコラ哲学によって堕落させられた><俗物>にかかっているように読めるが、原文では常識смыслにかかっている。また西島訳で「常識」についている「 」にあたるものは原文には存在しない。

<基盤>→裏付け。原語はподоплеку「裏当て、下当て」。подоплекаとは農民のシャツの、肩から胸、背中の半分まである下当て、裏当てのこと。転義で「裏付け」となる。トロツキーがоснова「基盤、基礎」の語ではなくわざわざこの語を用いて出そうとしたニュアンスを汲み取りたい。

西島訳は平仮名を漢字にしたり、「者たちの」「、」など本質的でない追加をのぞいて姫岡訳と同じである。

 

I 西島訳84上段〜下段

「総括と展望」における<思想の過程の>全体をここで記述することはできないので、<私が>『ナチャーロ』紙(1905年)に<書いた>論文から<より><要約的な>文章を引用しておこう。

 「わが<国の>自由主義ブルジョアジーは、革命が最高潮に達するずっと以前に、反革命的に行動している。わが国のインテリゲンツィア的民主主義派は、危機的瞬間に際会するたびにその無力をさらけ出すだけである。農民は全体として<自然発生的な反乱勢力>であり、<彼らを革命に奉仕させることができるのは、自己の手中に国家権力を掌握する勢力のみである><……>革命闘争における労働者階級の前衛的地位、彼らと革命的農村とのあいだの<直接的な結びつき>、軍隊を感化して自己に服従させる<力>――これらすべてが労働者階級を不可避的に権力へと押しやる。革命の完全な勝利は、プロレタリアートの勝利を意味する。このことはまた、革命のさらなる連続性を意味する」(『われわれの革命』、172頁)(6)

〔姫岡訳P206

「結果と展望」にもられた思想体系の全体をここに記述することはできないので、私が「ナチャーロ」(1905)に書いた論文から明確に述べている文章をもう一つ引用しておこう。

「わが国の自由主義ブルジョアジーは、革命が最高潮に達する以前に、反革命として抬頭してくる。いかなる危機的瞬間においても、わが国の民主主義的知識階級はその無力を示すだけである。全体としての農民は初歩的反抗を示す。国家権力を奪取する勢力だけが、農民を革命に奉仕させることができる。革命の前衛としての労働者階級の地位、労働者と革命的農村との直接的結合、軍隊を征服する労働者階級の魅力―これらすべてが労働者階級を不可避的に権力へと押しやる。革命の完全な勝利は、プロレタリアートの勝利を意味する。このことはまた、革命が中断されずに一層前進することを意味する。」(「わが国の革命」179)

 

〔原文〕

Не имея возможности излагать здесь весь ход мыслей "Итогов и перспектив", приведу далее конспективную цитату из своей статьи в газете "Начало" (1905):

"Наша либеральная буржуазия выступает контрреволюционно еще до революционной кульминации. Наша интеллигентская демократия каждый раз в критические моменты только демонстрирует свое бессилие. Крестьянство представляет собою в целом мятежную стихию. Оно может быть поставлено на службу революции лишь той силой, которая возьмет в свои руки государственную власть. Авангардное положение рабочего класса в революционной борьбе; связь, которая устанавливается непосредственно между ним и революционной деревней; обаяние, которым он подчиняет себе армию, - все это неизбежно толкает его к власти. Полная победа революции означает победу пролетариата. Эта последняя в свою очередь, означает дальнейшую непрерывность революции". ("Наша революция", стр. 172).

〔試訳〕

「総括と展望」における見解の推移の全体をここで述べることは出来ないので、「『ナチャーロ』紙(1905)の私の論文から簡潔な引用文を続けて挙げよう。

 

わが自由主義ブルジョアジーは、革命がクライマックスに達するずっと手前で反革命的に振舞っている。わがインテリゲンツィヤ民主主義派は危機の瞬間にいつでもその無力をさらけ出すだけである。農民は全体として潜在的な反抗勢力である。彼らを革命に奉仕させることができるかもしれないが、それは自分の手に国家権力をつかみ取るであろう勢力によってのみである。革命闘争における労働者階級の前衛的位置、彼らと革命的農村との間に直に出来上がっている結びつき、労働者階級が、それでもって軍隊を従わせるところの強い影響、このすべてが労働者階級を不可避的に権力へと駆り立てている。革命の完全な勝利はプロレタリアートの勝利を意味している。プロレタリアートの勝利は、今度はまたこちらの側から、革命のなお一層の連続性を意味している。」(『われわれの革命』P172)

 

〔評注〕

<思想の過程の>→見解のмыслей推移のход

<私が>『ナチャーロ』紙(1905)<書いた>論文から<より><要約的な>文章を…>→『ナチャーロ』紙(1905)の私の論文から簡潔な引用文を続けて挙げよう。<私が…書いた>は原文にはない。

<より>→続けてдалее。西島訳はここを比較級に解しているがそうではないと思う。

<要約的な>→簡潔な。

わが<>の自由主義ブルジョアジー→わがнаша自由主義ブルジョアジー。<>にあたる語はない。西島訳は姫岡訳と同じ。

<自然発生的な反乱勢力>→潜在的な反抗勢力(あるいは反乱勢力)мятежную стихию。個々の単語の語彙としては誤りではないが<自然発生的な反乱勢力>なるといかにも不自然で分かりにくい。

стихияには自然発生的な社会現象、統制できない社会的勢力という意味があり、例えば「стихия инфляцииインフレ現象」などのように用いる。ここでのトロツキーの主張はプロレタリアートは農民層をその影響下において革命に奉仕させうる、というものであるから上のように訳してみた。

<彼らを革命に奉仕させることができるのは、自己の手中に国家権力を掌握する勢力のみである…>→彼らを革命に奉仕させることができるかもしれないがможет быть、それは自分の手に国家権力をつかみ取るであろうвозьмет勢力によってのみである。動詞возьметは完了体であるから未来の意味になる。<>は原文にはない。

<直接的な結びつき>→直に出来上がっているустанавливается непосредственно結びつき。西島訳では<直接的な>はまさに直接的に<結びつき>かかっている。姫岡訳と文法構造が同じ。しかし原文は西島訳からは欠落した「出来上がっている」の語にかかっている。

軍隊を感化して自己に服従させる<>→労働者階級がそれでもって軍隊を従わせる強い影響(あるいは感化)обаяние,которым он подчиняет себе армию。大意は間違っていないが「力」にあたる語は原文にない。

 

J 西島訳P84下段〜P85上段

 

このように、プロレタリアート独裁の展望は< 欠落 >――ラデックが書いていることとは反対に――まさにこのブルジョア民主主義革命から成長してくる。だからこそ、革命は「永続的(連続的)」と呼ばれるのである。しかし、プロレタリアートの独裁は――ラデックの考えるところとは違って――民主主義革命が完遂された後に現われるのではない。< 欠落 >ロシアでは<そういうこと>はまったくありえないだろう。というのも、後進国では、もし農民<解放>の課題が<プロレタリア独裁>に先立つ段階で解決されたならば、<住民の>中の少数部分で<しかない>プロレタリアートは権力を獲得することができないからである。いや、プロレタリアートの独裁がブルジョア革命にもとづいて<可能であるだけでなく不可避でさえあると考えられるのは>まさに、<土地革命の課題を>解決すべき他のいかなる勢力も方法も存在しないからこそなのである。だが、まさにこのことによって、民主主義革命の社会主義革命への成長転化の展望も<切り開かれるのだ>

 

〔姫岡訳P206

したがってプロレタリアートの独裁の展望は―ラデックの述べるところとは反対に―まさにこのブルジョア民主主義革命から発展するのである。この故にこそ、革命は永続的(中断されることなき)と呼ばれる。しかし、プロレタリアートの独裁が、民主主義革命の完成後に来る―ラデックならこうした場合そういうであろうが―のではないロシアにおいてはそれは到底不可能であろう。なぜならば、後進国においては、もし農民の諸課題がその前段階において解決されたならば、数的に劣勢なプロレタリアートは、まさにそれ以外に農業革命の諸課題を解決すべき権力も方法も存在しないが故に、ブルジョア革命の基盤の上で可能であり、不可避的であるとさえ思われた。しかしこれのみが、民主主義革命が社会主義革命へと発展してゆく展望を切りひらくのである。

 

〔原文〕

Таким образом, перспектива диктатуры пролетариата здесь вырастает именно из буржуазно-демократической революции - в противовес всему тому, что пишет Радек. Поэтому то революция и называется перманентной (непрерывной). Но диктатура пролетариата появляется не после завершения демократической революции, как выходит у Радека, - в этом случае она была бы в России просто невозможна, ибо в отсталой стране малочисленный пролетариат не мог бы прийти к власти, если бы задачи крестьянства были разрешены на предшествующем этапе. Нет, диктатура пролетариата именно потому и представлялась вероятной и даже неизбежной на основе буржуазной революции, что не было другой силы и других путей для разрешения задач аграрной революции. Но этим самым открывалась перспектива перерастания демократической революции в социалистическую.

 

〔試訳〕

このようにして、プロレタリアート独裁の展望は、ここではまさしくブルジョア的・民主主義革命から現れる―ラデックが書いていることの全てと反対に。だからこそ当の革命は永続的(連続的な)と呼ばれるのだ。しかしプロレタリアートの独裁が現れるのは民主主義革命の完遂の後ではない―ラデックにあってはそういうことになっているが。その場合独裁はロシアではまったく不可能でもあるだろう。なぜなら、もし農民の諸課題が先行する段階で解決されたりするのでもあったなら後進国で少数であるプロレタリアートは権力に到達することはできないでもあろうからである。否、プロレタリアートの独裁がブルジョア革命の基礎の上でありうることであり、不可避であるとさえ考えられていたのは、まさしく農業革命の諸課題の解決のための他の勢力や別の道が存在していなかったからなのである。しかし、このこと自体によって民主主義革命の社会主義革命への成長転化の展望が開けつつあったのだ

 

〔評注〕

< 欠落 >→ここではздесьの語が欠落。

<「永続的(連続的)」>→「 」にあたる記号は原文に存在しない。

ロシアでは<そういうこと>はまったく<ありえないだろう>→この場合、独裁онаはロシアではまったく不可能でもあるだろう в этом случае она была бы в России просто невозможно, 「その場合」в этом случаеが欠落している。また、原文のонаは独裁диктаткраを指している。西島訳では<そういうこと>というあいまいな訳語を当てているため、この意味が取りにくい。また、この文は動詞過去形была быを用いた仮定法で事実に反する仮定を表現しているので、そのニュアンスが出るようにしなければならない。

<解放>→原文にない。

<プロレタリア独裁>→プロレタリアート独裁

<住民の>→原文にない。

<しかない>→原文にない。

<可能であるだけでなく不可避でさえあると考えられるのは>→ありうることであり、不可避であるとさえ考えられていたпредставлялась вероятной и даже неизбежнойдажеによる強調はあるが基本的にи による並列である。また<考えられるのは>と動詞が現在形で訳され、一般的命題を述べているかのように訳されているが、原文は「考えられていた」представлялась、不完了体動詞の過去形で、過去の事実を述べている。

<土地革命の課題を>→農業革命の諸課題を、農地革命の諸課題をзадач аграрной революции

<切り開かれるのだ>→開けつつあったのだоткрывалась。不完了体動詞の過去形。過去に進行していた事実を述べている。この訳語の違いによる意味の相違、ずれはひじょうに大きい。

 

K 西島訳P85上段

 

…どの地点で押しとどめられるかは、< 欠落1 >力関係によるのであって、< 欠落2 >プロレタリア政党の<所期の>意図によるのではない。

 

〔姫岡訳P207

…どの地点で停止させられるかということは、諸勢力の配置によるのであって、プロレタリア党の当初の目的によるのではない。

 

〔原文〕

На каком пункте пролетариат будет остановлен в этом направлении, это зависит от соотношения сил, но никак не от первоначальных намерений партии пролетариата.

 

〔試訳〕

この方向においてプロレタリアートがいかなる地点で押しとどめられるか、これは力関係にかかっているのであって、決してプロレタリア政党の当初の企図にかかっているのではない。

 

〔評注〕

< 欠落1 >→これはэтоが欠落。

< 欠落2 >→決してникакが欠落。

<所期の>→当初のпервоначальных。「初期の」の入力ミスか?

 

L 西島訳P85下段、最後の部分

 

 …維持する手段でもある」(「総括と展望、258頁」

< 欠落 >

 

〔姫岡訳〕

…この立場を確保する方法として必要となる。」(結果と展望)259)

 

〔原文〕

“…не только ,но и средством сохранить это положение,опираясь на пролетариат. (Итоги и перспективы,стр.258)

Поидем дальше:

 

〔試訳〕

…だけでなく、プロレタリアートに依拠しながら、この地位を保持する手段でもある。」(「総括と展望」258ページ)

先に進もう。

 

〔評注〕

< 欠落 >→先に進もうПоидем дальше:の句が欠落している。≪:≫があることでも分かるように、トロツキーによる引用が続き、内容的にも関連していることが示されている。西島訳ではこの部分が欠落していることにより、この前後の文章の濃密な関連が薄められている。

 

M 西島訳P86上段

 

そのことによって革命は<ブルジョア的である>ことをやめるだろうか?

 

〔姫岡訳P207

そのことによって革命は、ブルジョア的であることをやめるだろうか?

 

〔原文〕

Перестает ли от этого революция быть буржуазной?

 

〔試訳〕

これによって革命がブルジョア革命になることをやめるだろうか?

 

〔評注〕

буржуазнойの後にреволюциейが省略されている。「革命はブルジョア的である」ならばреволюция есть буржуазнаяと表記するのではないだろうか。また注意していただきたいが、西島訳は読点「、」がないことを除いて姫岡訳と全く同じである。

 

N 西島訳P86下段

 

だが、<一つのこと><だけ><絶対に疑いない>ロシア革命をブルジョア革命とする<抽象的な>定義は、その内的な発展形態について何も語らないに等しいのであり、またそれはけっして、プロレタリアートが、国家権力の唯一の合法的請求者を<自称する>ブルジョア民主主義派の行動に自己の戦術を順応させなければならないということを意味するものではない」(L・トロツキー『1905年』、ロシア語版、263頁)

 

〔姫岡訳P207

ただ一つのことのみが絶対的に、そして疑う余地なく正しい。ロシア革命をブルジョア的であるとあからさまに特徴づけることはその内部的発展形態については何の説明にもならないし、またいかなるばあいといえども、プロレタリアートは国家権力に対する唯一の合法的請求権者としてのブルジョア民主主義の指導にその戦術を順応せしめねばならないということを意味するものではない。」

 

〔原文〕

Но одно несомненно и безусловно: голое определение русской революции, как буржуазной, ровно ничего не говорит о типе ее внутреннего развития и ни в каком случае не означает, что пролетариат должен приспособить свою тактику к поведению буржуазной демократии, как единственного законного претендента на государственную власть". (Л. Троцкий, "1905", стр. 263 русск. издания).

 

〔試訳〕

だが、一つの回答が確実であり、無条件的であるすなわち、ロシア革命をブルジョア革命であるとする剥き出しの規定はその内的発展形態について何ごとも語らないばかりか、プロレタリアートが自らの戦術を、国家権力に対する唯一の合法的請求権者としてのブルジョア民主主義派の振舞いに順応させなければならないということをいかなる場合にも意味しはしない。

 

〔評注〕

<一つのこと>→一つの回答одно。この後にрешениеが省略されている。この直前の文と論理的に対をなしている。西島訳も姫岡訳もこの点を曖昧にしている。そして≪:≫以下でその回答の内容が述べられている。

<だけ>→原文に存在しない。西島訳は姫岡訳を言い換えただけである。

<絶対に疑いない>→確実であり、無条件的であるнесомненно и безусловно。短語尾形の2個の形容詞が並列されている。西島訳ではнесомненноを副詞として訳しбезусловноにかかるように訳している。

<抽象的な>→剥き出しのголое。原意は<裸の>これを<抽象的な>と訳すのはかなり無理がある。

<自称する>→としてのкак<自称する>は原文にない。какをそのように訳すのは訳しすぎではないか?

 

O 西島訳P86上段

 

このアナロジー一つとってみても『ブルジョア』革命の勝利がプロレタリアートによる革命権力の獲得によってはじめて可能になるような歴史的状況の<可能性>< 欠落 >が示唆されている。

 

〔姫岡訳P207

この類比だけでも、『ブルジョア』革命の勝利はプロレタリアートによる革命的権力の獲得によってはじめてあたえられるといった歴史的状況の可能性を指し示している。

 

〔原文〕

Уже одна эта аналогия подсказывает мысль о возможности такой исторической ситуации, когда победа буржуазной революции оказывается возможной только через завоевание революционной власти пролетариатом.

 

〔試訳〕

すでにこのアナロジーだけで、プロレタリアートによる革命的権力の奪取によってのみブルジョア革命の勝利が可能であることが分かるというような歴史的状況の可能性についての着想を示唆している。

 

〔評注〕

<可能性>< 欠落 >→可能性についての着想мысль о возможности。西島訳からは「着想мысль」の語が欠落している。この欠落は意味把握の上でかなり重大である。この部分は歴史的状況の展開可能性について述べているのではなく、冒頭で「すでにこのアナロジーだけで」と言われていることで明らかなように、永続革命論が示唆する着想のことを、「歴史的状況の可能性についての着想」のことを述べているのである。

 

17 P87上段 『1905年』からの引用部分

 

<わが<国の>革命は、それを生み出した直接的な課題からすればブルジョア革命である><都市の>産業人口における極端な階級分化のせいで、自己の社会的重みと政治的経験を人民の革命的エネルギーに結びつけることによって人民大衆の先頭に立つことができる<ような>ブルジョア階級が存在しない。<自らの力以外に頼るべき手段をもたない>抑圧された労働者・農民大衆は、容赦のない闘争と過酷な敗北という厳しい学校の中で自分たちの勝利のために必要な政治的・組織的前提条件をつくり出していかなければならない。彼らに他の道は存在しない」(L・トロツキー『1905年』、267〜268頁)。

 

〔姫岡訳P208

「われわれの革命―それは革命の誘因たる直接的課題からいえば、ブルジョア革命であるが―は、工業人口の極端な階級分化の結果、いかなるブルジョア階級も、その社会的比重と政治的経験を革命的エネルギーと結合することによって、人民大衆の先頭に立つことができないであろう、ということを知っている。自らの力以外に頼るべき手段をもたない労働者および農民被抑圧大衆は、仮借なき闘争と残酷な敗北によって鍛えられつつ、彼等の勝利のために必要な政治的組織的前提条件を自ら創り出してゆかねばならない。彼らにはこれ以外の道は開けていないのである。」

 

〔原文〕

«Буржуазная по непосредственным, ее породившим задачам, наша революция, в силу крайней классовой дифференциации промышленного населения, не знает такого буржуазного класса, который мог бы стать во главе народных масс, соединяя свой социальный вес и политический опыт с их революционной энергией. Предоставленные самим себе угнетенные рабочие и крестьянские массы должны в суровой школе беспощадных столкновений и жестоких поражений вырабатывать необходимые политические и организационные предпосылки своей победы. Иного пути у них нет». (Л. Троцкий, «1905», стр. 267-8).

 

〔試訳〕

それを生み出した直接的な諸課題からすればブルジョア的であるわが革命には、産業人口の極端な階級分化のせいで、自己の社会的影響力と政治的経験を人民大衆の革命的エネルギーに結びつけながら彼らの先頭に立つことができるはずのブルジョア階級が存在していない。ほったらかしにされた、抑圧されている労働者・農民大衆は仮借ない闘争と過酷な敗北という学校で自分たちの勝利の、必要な政治的・組織的前提条件をつくり出さねばならない。他の道は彼らには存在しない」

 

〔評注〕

<国の>→原文に存在しない。

<わが<国の>革命は、それを生み出した直接的な課題からすればブルジョア革命であるが、>

 →「それを生み出した直接的な諸課題からすればブルジョア的であるわが革命は」

«Буржуазная по непосредственным, ее породившим задачам, наша революция,

生硬な日本語であるとの批判を甘受して直訳すればこうなる。

<都市の>原文に存在しない。

できる<ような>→できるはずのмог бы。仮定法過去。事実に反する仮定。

<自らの力以外に頼るべき手段をもたない>→ほったらかしにされたПредоставленные самим себе

 

Q 西島訳P87上段

 

最も激しく砲火にさらされている点である農民<問題>に関して、…

 

〔姫岡訳P208

 最も激しく攻撃されている点―農民の問題―に関して、…

 

〔原文〕

,по наиболее обстреливаемому пункту – о крестьянстве.

 

〔試訳〕

最も激しく砲撃されている点である農民層について、…

 

〔評注〕

<問題>原文に存在しない。原文はо крестьянстве「農民層について」あるいは「農民について」。

西島訳は姫岡訳の「の」を外して踏襲している。

 

R 西島訳P87上段、最後の部分  ふたたび「総括と展望」からの引用。

 

「プロレタリアートは、革命の基盤を拡大することなしには自らの権力を打ち固めること<できない>

 

〔姫岡訳P208

「プロレタリアートは、この立場を、一つの条件のもとで維持することができるであろう。つまり、もしそれが革命の基盤を拡大するならば。」

 

〔原文〕

Пролетариат не сможет упрочить свою власть,не расширив базы революции.

 

〔試訳〕

革命の基盤を拡大しなかったならば、プロレタリアートは自らの権力を確固たるものにすることはできないだろう

 

〔評注〕

<できない>→できないだろうне сможет。完了体だから未来の意。

 

S 西島訳P87下段

 

権力に就いたプロレタリアートは、農民の前に、<彼らを解放する>階級として登場するであろう。

プロレタリアートの支配は、民主主義的平等、自由な自治、すべての租税負担< 欠落 >を有産階級に転嫁すること、常備軍を武装人民に<溶解させること>、義務的な教会募金を廃止することなどを意味するだけでなく、農民が<実行する>土地関係のすべての革命的<再編><地主の土地> <収奪>)を承認することをも意味するであろう。プロレタリアートは、この再編を農業分野における今後の国家的措置の出発点にするであろう。

 

姫岡訳P209

 ひとたび権力につくや、プロレタリアートは、農民の前にその解放者として立ち現れるであろう。

 プロレタリアートの支配は、単に、民主的平等、自由な自治、税負担の有産階級への転嫁、軍隊の革命的人民への分解、教会への強制支払の廃止のみでなく、農民によってなされた農業関係のすべての革命的変革(土地の没収)の承認をも意味するであろう。これらの変革は、プロレタリアートによって、農業における一層の立法化のための出発点として理解されるであろう。

 

〔原文〕

Пролетариат у власти предстанет перед крестьянством, как класс-освободитель.

 

Господство пролетариата не только будет обозначать демократическое равенство, свободное самоуправление, перенесение всей тяжести налогового бремени на имущие классы, растворение постоянной армии в вооруженном народе, уничтожение обязательных поборов церкви, но и признание всех произведенных крестьянами революционных перетасовок (захватов) в земельных отношениях. Эти перетасовки пролетариат сделает исходным пунктом для дальнейших государственных мероприятий в области сельского хозяйства.

 

〔試訳〕

権力についたプロレタリアートは農民層の前に解放者階級として現れるだろう。

 

プロレタリアートの支配は民主主義的平等、自由な自治、税負担の全ての重荷を有産諸階級に移すこと、常備軍を武装した人民のうちに解消すること教会による強制寄進を撤廃することだけでなく、農民によっておこなわれた土地関係における革命的編成替え(奪取)のすべてを承認することを意味するだろう。これらの編成替えをプロレタリアートは農業部門における今後の国家的な諸々の措置のための出発点とするだろう。

 

〔評注〕

<彼らを解放する>階級として→解放者階級としてкак класс-освободитель

すべての租税負担< 欠落 >→税負担のすべての重荷всей тяжести налогового бремени。重荷тяжестиの語が欠落している。また、「すべてのвсей」の語は西島訳では「租税」にかかっているように読めるが原文では「重荷тяжести」にかかっている。

常備軍を武装人民に<溶解させること>→常備軍を武装人民に解消することрастворение。原暉之訳(第2期トロツキー選集)の方がよい。

<実行する>→おこなわれたпроизведенных。被動形動詞過去形。

革命的<再編>(<地主の土地><収奪>)→革命的編成替えперетасовок (奪取захватов)。ここも原訳がよい。<地主の土地>にあたる語は原文に存在しない。また、<収奪>とするとэкспроприкацияと誤解される惧れが大きい。

 

21 西島訳P88上段

 

かかる状況のもとでは、ロシアの農民は、いずれにしても、最初の最も困難な時期<>プロレタリア体制<「労働者民主主義」>を支持することに利益を有するであろう。それは、フランスの農民が、新しい所有者<たる自分たちに>土地の不可侵性を銃剣の力で保障してくれたナポレオン・ボナパルトの軍事体制を支持することに利益を有していたことに優るとも劣らないであろう。……

 

〔姫岡訳P209

こうした諸条件のもとで、ロシアの農民は、フランスの農民が彼らの新しい土地の保全を力によって保障して…(中略―中島)…少なくとも最初のもっとも困難な時期には、プロレタリアートの支配(「労働者民主主義」)を支持することに関心をもつであろう。

 

〔原文〕

При таких условиях русское крестьянство будет во всяком случае не меньше заинтересовано в течение первого наиболее трудного периода в поддержании пролетарского режима, чем французское крестьянство было заинтересовано в поддержании военного режима Наполеона Бонапарта, гарантировавшего новым собственникам силою штыков неприкосновенность их земельных участков...

 

〔試訳〕

このような諸条件のもとで、ロシアの層民層はいずれにしても、フランスの農民層が、新しい所有者達に彼等の土地区画の不可侵を軍事力で保証したナポレオン・ボナパルトの軍事体制を支持することに利害関係をもっていたことに劣らず、最初の最も困難な期間にわたって、プロレタリア体制を支持することに利害関係をもつだろう…

 

〔評注〕

最初の最も困難な時期<>最初の最も困難な期間にわたってв течение первого наиболее трудного периода。“в течение”は〜の期間にわたっての意。

プロレタリア体制<(「労働者民主主義」)><(「労働者民主主義」)>にあたる語はロシア語原文には存在しない。これは英語版に存在する。("workers’ democracy")。西島訳はここでもロシア語原文ではなく姫岡訳に忠実である。

…新しい所有者<たる自分たちに><たる自分たちに>原文に存在しない。

 

22 西島訳P88上段、この引用文の結び

 

…示している」( <「総括と展望」>251>→出典を示す<「総括と展望」>の語は原文に存在しない。

 

〔姫岡訳P209

はっきりと証明した」(251)

 

23 西島訳P88下段

 

これがどうして<「農民の無視」>に見えるのかぜひとも知りたいものだ。ここのどこに農業問題の「飛び越え」があるのか? <友人諸君、そろそろ良心に目覚めてもいい頃ではないのか>

では、スターリンの場合、まさにこの<「良心」>がどうなっているかを見てみよう。

 

〔姫岡訳P209

これが「農民を無視している」ように見えるかどうか知りたいものである。このどこに農業問題の「飛躍」があるか?諸君、もう少し礼節のセンスを示すべき時ではないだろうか?

ではスターリンの場合、この「礼節のセンス」がいかなる状態にあるかを見てみよう。

 

〔原文〕

Похоже ли это на "игнорирование" крестьянства, хотел бы я знать? Где тут "перепрыгивание" через аграрный вопрос? Не пора ли, друзья, и честь знать?

Послушайте, как обстоит дело с этой самой "честью" у Сталина.

 

〔試訳〕

これが農民層の「無視」に見えるだろうか?知りたいものである。ここのどこに農業問題の「跳び越え」があるだろうか? 諸君、もう節操をわきまえるべき時ではないのかね?

 

スターリンにあってはこの「節操」自体がどうなっているか、聞いていただきたい

 

〔評注〕

<「農民の無視」>→農民の「無視」、農民層の「無視」"игнорирование" крестьянства。「 」にあたる"  "は無視игнорированиеだけについている。

<ぜひとも>→原文にない。

<そろそろ良心に目覚めてもいい頃ではないのか>→諸君、もう節操をわきまえるべき時ではないのかね?

<見てみよう>→聞いていただきたいПослушайте

 

24 西島訳P88下段 スターリンの演説の引用部分

 

「同志トロツキーの手紙は、<その>精神においても<その>結論においてもレーニンの手紙とは『似ても似つかない』。なぜなら、それらの手紙は、彼の反ボリシェヴィキ的スローガン――『ツァーリではなく労働者政府を』、すなわち農民ぬきの革命を意味しているスローガンに完全かつ全面的に<立脚していた>からである」

 

〔姫岡訳P210

「同志トロツキーの手紙は、その趣旨の点でも、結論の点でもレーニンの手紙には『似ても似つかない。』というのは、トロツキーの手紙は彼の反ボルシェヴィキ的スローガンを繰り返しているだけだからである。『ツァーを倒せ―労働者政府を作れ』というスローガンは、農民抜きの革命を意味している。」

 

〔原文〕

"Письма т. Троцкого "совсем не похожи" на письма Ленина ни по духу, ни по выводам, ибо они отражают целиком и полностью анти-большевистский лозунг т. Троцкого: "без царя, а правительство рабочее", лозунг, означающий революцию без крестьянства".

 

〔試訳〕

同志トロツキーの諸々の手紙は、精神においても結論においてもレーニンの諸々の手紙に『全然似ていない』。なぜならそれらは同志トロツキーの反ボリシェヴィキ的スローガンを、すなわち『ツァーリ抜きで、だが労働者の政府』、農民抜きの革命を意味しているスローガンを完全に反映しているからである。

 

〔評注〕

<その>→どちらもロシア語原文に存在しない。

<立脚していた>→反映しているотражают。時制は現在形である。

 

25 西島訳P89上段〜下段 ルナチャールスキィの文章

 

「1905年、レフ・ダヴィドヴィチ・トロツキーは次のような考えに傾いていた。すなわち、プロレタリアートは孤立していなければならない(!)、ブルジョアジーを支持してはならない。なぜなら、それは日和見主義となる<からだ>。しかし、プロレタリアート<だけで>革命を遂行することはきわめて困難である。なぜなら、当時プロレタリアートは全人口の<わずか>7〜8%<にすぎず>、そのような少数の<カードル>では<闘争を最後まで遂行することはできない>からである。かくして、レフ・ダヴィドヴィチは、プロレタリアートはロシアにおいては永続革命を支持しなければならない、すなわち、できるかぎり大きな結果を追い求めて<この大火の火の粉>が全世界の火薬庫を爆発させるまで<闘争を継続し>なければならない<としたのである>

 

〔姫岡訳P210

1905年、レオ・ダヴィドヴィッチ・トロツキーは次のような考え方に傾いていた。すなわち、プロレタリアートは孤立していなければならない、そしてブルジョアジーを支持してはならない。なぜならば、それは日和見主義となるであろうからである。しかしながらプロレタリアートは独力では革命を遂行することは困難であろう。なぜならば、当時プロレタリアートは全人口の僅か8分の7パーセントにしか過ぎなく、そのような少数のカードルでは大きい戦闘を行なうことは不可能だったからである。かくして、レオ・ダヴィドヴッチは、ロシアのプロレタリアートは永続革命を、すなわち、あたう限り大なる成功を収めるための戦いを、この大火の火の粉が全世界の火薬庫を中天に吹き上げるまで、支持しなければならない、と断言した。」

 

〔原文〕

"Лев Давидович Троцкий в 1905 году склонялся к такой мысли, что пролетариат должен быть изолирован (!) и не должен поддерживать буржуазию, так как это был бы оппортунизм, но выполнить революцию одному пролетариату очень трудно, потому что в те времена пролетариата было 7-8% на все население, и с таким небольшим кадром не повоюешь. Тогда Лев Давидович решил, что пролетариат должен поддерживать в России перманентную революцию, т. е. бороться за возможно большие результаты, до тех пор, пока головешки от этого пожара не взорвут всего мирового порохового склада".

 

〔試訳〕

「レフ・ダヴィドヴィチ・トロツキーは1905年に次のような見解に傾いていた。すなわち、プロレタリアートは孤立していなければならない(!)、そしてブルジョアジーを支持してはならない。なぜなら、それは日和見主義になるはずだからである。しかしプロレタリアート単独で革命を遂行することはひじょうに困難である。なぜなら、当時プロレタリアートは全人口の7−8%であり、そしてこのような少数の人員で闘うことはできないからだ。こうして、レフ・ダヴィドヴィチは、プロレタリアートはロシアにおいて永続革命を支持しなければならないと、つまり、この火事の燃えさしが全世界の火薬庫を爆発させるまで、できる限り大きな成果を求めて戦わなければならないと断定したのである。」

 

〔評注〕

<からだ>→はずだからであるбыл бы。仮定法過去。事実に反する仮定。ここは姫岡訳はほぼ正解。西島訳は誤訳している。

<だけで>→単独でодному

<わずか>→原文に存在しない。姫岡訳に存在する。

<にすぎず>→原文に存在しない。「にしか過ぎなく」の形で姫岡訳に存在する。ここでも西島訳はロシア語テキストではなく姫岡訳に依拠している。

<カードルで>→人員でкадром。単語は間違っていないが、この語のままでは一般読者には分かりにくい。

<闘争を最後まで遂行することはできない>→闘うことはできないне повоюешь。一般人称文。原文には「最後まで」にあたるような語はない。

<この大火の火の粉>→この火事の燃えさしголовешки от этого пожара。西島の訳語は姫岡訳と全く同じ。ロシア語原文に依拠する限り「この大火の火の粉」と訳すことはまず無理であるが、西島訳はどういうわけか姫岡訳と同じ訳語になっている。

<闘争を継続し>→戦わなければбороться

<としたのである>→断定したのであるрешил

 

26 西島訳P89下段

 

自分たち自身の<「火の粉」によって脅かされているにもかかわらず>いまだ「孤立」していない他の人民委員たちが<何と結構なことを書いていることか>。しかし、われわれはルナチャルスキーを<あまりきびしく責めようとは思わない><各人にはその能力に応じて>ある。結局のところ、彼のだらしのない愚かさは他の多くの人々よりもひどいわけではないからである。

 

〔姫岡訳P211

彼等自身の貧弱な知的能力が脅かされているにもかかわらず未だ「孤立化」していない多くの人民委員達が何と結構なことを書いていることか。しかし、われわれはルナチャールスキーを余りきびしく責めようとは思わない。各人からはその能力に応じてである。彼のだらしのない愚劣さは他の多数の人々に比べて特にひどいというものではないからである。

 

〔原文〕

Хорошо пишут иные наркомы, которые пока еще не "изолированы", несмотря на угрожающее состояние их собственной "головешки". Но не будем так уже строги к Луначарскому: всякий делает, что может. В конце концов его неряшливые нелепости не нелепее многих других.

 

〔試訳〕

いまだ「孤立して」いない他の人民委員たちが、彼ら自身の「燃えさし」の差し迫った状態にもかかわらず大層ご立派に書いている。しかし、ルナチャールスキィに対してはあまり厳しくはすまい人は誰でも出来ることをするものだ。結局、彼のだらしない馬鹿げた言動は他の多くの人よりみっともないというわけではない。

 

〔評注〕

この部分の西島訳は姫岡訳とそっくりである。

<「火の粉」によって脅かされているにもかかわらず>「燃えさし」の差し迫った状態にも関わらずнесмотря на угрожающее состояние

<何と結構なことを書いていることか>→大層ご立派に書いているХорошо пишутХорошоは副詞であり、「結構なこと」という名詞ではない。

<あまりきびしく責めようとは思わない>→あまり厳しくはすまい

<各人にはその能力に応じて>→人は誰でも出来ることをするものだ。これもロシア語原文からは相当に迂回・意訳しないと出てこない訳文であるが、姫岡訳とそっくり。

 

27 西島訳P90上段

 

<ソヴィエト代表に関する>章の中で次のように言われている。ブルジョア諸党が目覚めつつある<大衆から「まったく離れていた」のに対して>……<政治生活は労働者代表ソヴィエトを中心に展開されるようになった>。ソヴィエトに対する<都市の>小市民大衆の態度は、<より>自覚の薄いものだったとはいえ、明らかに<同情的>であった。抑圧され<虐げられた>人々はことごとくソヴィエトに保護を求めた。ソヴィエトの人気は遠く都市の外にまで広がっていった。ソヴィエトは<虐げられた>農民から<『嘆願』>を受け、<農民の決議がソヴィエトに殺到し>、農村共同体の<代表がソヴィエトに参加した><まさにここに、>国民の――偽りではなく真に民主主義的な国民の――注意と<同情><集中された>

 

〔姫岡訳P211

……政治活動は労働者ソヴィエトの囲りに結集されるようになった。都市大衆のソヴィエト(1905)に対する態度は、明瞭にではなくとも、明らかに同情的であった。抑圧され、不満を抱いた人々はことごとくその保護を求めた。ソヴィエトの人気は遠く都市の外にまで広がっていった。ソヴィエトは不当な抑圧に苦しむ農民から『訴え』を受け、農民の決議はソヴィエトに殺到し、農村委員会の代表がソヴィエトに参加した。国民の、偽りのではなく真に民主的な思想と同情が集中されたのは正しくここであった。

 

〔原文〕

В то время - говорится в главе о Совете Депутатов - как партии буржуазии "оставались совершенно в стороне" от пробуждающихся масс,

 

"политическая жизнь концентрировалась вокруг рабочего Совета. Отношение обывательской массы к Совету было явно сочувственное, хотя и малосознательное. У него искали защиты все угнетенные и обиженные. Популярность Совета росла далеко за пределами города. Он получал "прошения" от обиженных крестьян, через Совет проходили крестьянские резолюции, в Совет являлись депутации сельских обществ. Здесь, именно здесь концентрировалось внимание и сочувствие нации, подлинной, не фальсифицированной демократической нации". ("Наша революция", стр. 199).

 

〔試訳〕

諸代表ソヴィエトについての章でこう言われている。ブルジョアジーの諸党が「目覚めつつある大衆の脇に完全に置き去りにされていたとき

 

政治的生活は労働者ソヴィエトの周りに集中しつつあった。ソヴィエトに対する小市民的大衆の態度は自覚が少ないとはいえ、明らかに好意的なものであった。抑圧され立腹させられたすべての人々がソヴィエトに保護を求めていた。ソヴィエトの人気は都市の境界を越えて遠く拡がって行った。ソヴィエトは立腹させられた農民たちから『請願書』を受け取り、農民たちの諸決議がソヴィエトを通過しつつあり、諸農村共同体の代表団がソヴェトにあらわれたものであるここに、まさしくここに、国民の、本物の、でっち上げられたのではない民主主義的国民の注目と共鳴が集中しつつあったのである。」(『われわれの革命』、199ページ)

 

〔評注〕

<ソヴィエト代表に関する>諸代表ソヴィエトについてのо Совете Дупутатов。ここでのソヴィエトは代議機関のこと。文法的にもこう訳さなければならない。西島訳ではソ連代表のように誤解される。

<大衆から「まったく離れていた」のに対して>→大衆の「脇に完全に置き去りにされていた」ときкак"оставались совершенно в стороне от пробуждающихся масс

<政治生活は労働者代表ソヴィエトを中心に展開されるようになった>政治的生活は労働者ソヴィエトの周りに集中しつつあったполитическая жизнь концентрировалась вокруг рабочего Совета.動詞は不完了体動詞過去形。過去に進行していた事実を指す。

<都市の>→原文にない。

<より>→原文にない。

<同情的>→好意的сочувственное

<虐げられた>立腹させられたобиженные

<『嘆願』>→『嘆願書』または『請願書』"прошения"

<農民の決議がソヴィエトに殺到し>→農民たちの諸決議がソヴィエトを通過しつつあり

через Совет проходили крестьянские резолюции。不完了体動詞過去形。過去に進行していた事実。

<代表がソヴィエトに参加した>→代表団がソヴェトにあらわれたものであるв Совет являлись дупутации сельских обществ.不完了体動詞過去形。過去に進行していた事実。

<まさにここに、>ここに、まさしくここに、Здесь, именно здесь

<同情>共鳴、支持сочувствие

<集中された>→集中しつつあったконцентрировалось不完了体動詞過去形。過去に進行していた事実を述べている。

 

28 西島訳P90下段

 

―その数は<容易に>2倍にも3倍にも、<あるいは>10倍にも増やすことが<できる>

 

〔姫岡訳P211

―その数は容易に2倍にも3倍にも、あるいは10倍にもふやすことが<できる>

 

〔原文〕

-их число можно бы удвоить,утроить и удесятерить-

「―その数は2倍、3倍、10倍と増やすことができもしよう」

 

〔評注〕

<容易に>→原文にない

<あるいは>→原文にない

<できる>できもしよう、できもするだろうможно бы仮定形。原文は〜,〜 и による並記。

ここの西島訳は「ふやす」を「増やす」と一文字だけ漢字で表記していることをのぞいて姫岡訳とまったく同じである。

 

29 西島訳P90下段。上記にすぐ続く文章。

 

永続革命は、<ソヴィエトに>組織されたプロレタリアートの周囲に都市と農村の被抑圧大衆を<団結させる>革命として描き出されており、またプロレタリアートを権力にまで<高め><それによって>民主主義革命を社会主義革命に成長転化させる可能性を<切り開く><国民>革命として描き出されている。

 

〔姫岡訳P211P212

永続革命は、ソヴィエトに組織されたプロレタリアートの囲りに抑圧された都市と農村の大衆を結び付けるところの革命として、またプロレタリアートを権力にまでたかめ、それだけを以ってしても民主主義革命を社会主義革命に成長転化せしめる可能性を与える革命として、述べられている。

 

〔原文〕

- перманентная революция, изображена, как такая революция, которая сплачивает вокруг организованного в Советы пролетариата угнетенные массы деревни и города; как национальная революция, которая поднимает пролетариат к власти и тем самым открывает возможность перерастания демократической революции в социалистическую.

 

〔試訳〕

永続革命は、諸ソヴィエトに組織されているプロレタリアートの周りに都市と農村の抑圧された大衆を結束させつつある革命として描かれ、プロレタリアートを権力へと駆り立てつつあり、そしてそのこと自体によって民主主義革命の社会主義革命への成長転化の可能性を切り拓きつつある民族革命として描かれている。

 

〔評注〕

<ソヴィエトに>諸ソヴィエトにв Советы

<団結させる>→団結させつつある、結束させつつあるсплачивает。不完了体動詞現在形。現在進行している事実を述べている。

<高め>→高めつつある、駆り立てつつあるподнимает。不完了体動詞現在形。現在進行している事実を述べている。

<それによって>→そのこと自体によってтем самным

<切り開く>切り拓きつつあるоткрывает。不完了体動詞現在形。現在進行している事実を述べている。

<国民>→民族の、民族的なнациональная

この部分の西島訳もほとんど姫岡訳と同じである。

 

30 西島訳P90下段

 

永続革命はプロレタリアートの孤立した飛躍なのではなく、プロレタリアートの指導のもとでの<国民>全体の再建なのである。1905年以来、私は永続革命の展望をこのように<描き出し>、このように解釈してきたのである。

 

〔姫岡訳P212

永続革命はプロレタリアートを孤立させて跳び越すものではなく、むしろそれは全国民をプロレタリアートの指導の下に再建するものである。1905年以来、私は永続革命の展望をこのように描き、解明してきたのである。

 

〔原文〕

Перманентная революция не есть изолированный скачок пролетариата, а есть перестройка всей нации под руководством пролетариата. Так я представлял себе и так я истолковывал перспективу перманентной революции, начиная с 1905 года.

 

〔試訳〕

永続革命とはプロレタリアートの孤立した飛躍ではなくて、プロレタリアートの指導のもとでの全体の再建である。1905年から始まって、私は永続革命の展望をこのようにイメージしてきていたのであり、このように解釈してきていたのである。

 

〔評注〕

<国民>наций<国民>全体の再建とは一体何のことか? プロレタリアートと被抑圧大衆が再建する<国民>とは一体誰のことか?

<描き出し>「イメージしてきていた」представлял себе不完了体動詞過去形。反復されていた事実を述べている。直前の部分で<描き出されている>と訳文にあるから、ここで<描き出し>とすると同じ単語、同じ動詞であると誤解されてしまう。原文では単語も違うし訳語も違わねばならない。

 

.その他

 

@ 西島訳P74上段最後、人名を挙げている箇所

 

こう書いた時に、レーニンが「最も近い社会主義的思想潮流」として念頭に置いていたのは<誰であったのだろうか>? マルトゥイノフ<>、クーシネン<>? それともカシャンやテールマンやシュメラル<>? これらの人々が<はたして>レーニンに「最も近い思想的潮流の最良のもの」に<映ったであろうか>

 

〔姫岡訳P198

こう書いた時に、レーニンが最も近い社会主義的思潮と考えていたのは何であた(ママ)ろうか? マルチノフか、またはクーシネンか? あるいはカシャン、テールマン、スメラルか? 果たしてこれらの人々がレーニンの目に最も近い思潮のうちの「最良のもの」として映じていたのであろうか?

 

〔原文〕

Какие же это близкие течения социалистической мысли имел в виду Ленин, когда писал эти строки? Не Мартынова ли с Куусиненом? Не Кашена ли с Тельманом и со Шмералем? Не они ли казались Ленину "лучшими из близких течений"?

 

〔試訳〕

これらの文を書いていたとき、社会主義的思想のこの近い潮流をレーニンは一体どう思っていたのだろうか? マルトゥイノフやクーシネンではないのか? カシャンやテールマンやシュメラルではないのか? 近い潮流の最良のものとレーニンに見えたのは彼らではなかったのか?

 

〔評注〕

Не ли〜を無視するから反語の意が消え失せる。この部分はトロツキー一流の皮肉である。

この部分はSally Ryanの英訳もロシア語原文のНеを欠落させ誤訳している。

 

What nearest currents of socialist thought did Lenin have in mind when he wrote these lines? Martynov or Kuusinen? Or Cachin, Thälmann and Smeral? Did they perhaps appear to him as the ‘best of the nearest currents’?

 

そして西島訳は原文に依拠しておらず姫岡訳に依拠しているため、姫岡訳の「重要な誤訳」をそのまま引きずっている。

<誰であったのだろうか>一体どう思っていたのだろうかКакие же мысли имел в виду

 

A     西島訳P74下段、中央あたり

 

短いやり取りを<10回程度>行っただけであって

 

〔姫岡訳P198199

短い質疑応答をものの十回も行なっただけであって

 

〔原文〕

И обмен мнений состоял вряд ли больше,чем из десядка коротких реприк.

 

〔試訳〕

意見の交換は、多分10回以上の短い応答から成っていた。

 

〔評注〕

<10回程度>10回以上больше,чем。まるで意味が違っている。この前に「多分」вряд лиと原文にあるのも無視されている。

 

B     西島訳P74下段、後ろの方

 

(レーニンとトロツキーの間に)<致命的な>矛盾があったとすれば

 

〔姫岡訳P199

真向からの対立が存在していたとすれば

 

〔原文〕

Если бы между теорией перманентной революции и ленинской диалектикой в крестьянском вопросе было капитальное противоречие

 

〔試訳〕

もし永続革命論と農民問題におけるレーニン的弁証法との間に主要な矛盾があったとするならば…

 

〔評注〕

<致命的な>→大きな、主要なкапитальное

                   

C     西島訳P76下段

 

ポクロフスキーは<単なる>反カデットであったし

 

〔姫岡訳P200

ポクロフスキーは反カデットであったし

 

〔原文、試訳と評注〕

В политике Покровский был и остается анти-кадетом, 

政治においてはポクロフスキーはカデットにとどまっていたし、

原文に<単なる>の語は存在しない

 

D 西島訳P86上段

 

これは形式的な定義に依存しているのではなく諸事件の今後の<発展>に依存している。

 

〔姫岡訳P207

これは形式的な呼称によってではなく、諸事件の一層の発展によって決ることである。

 

〔原文〕

Это зависит не от формального определения, а от дальнейшего развития событий.

 

〔試訳〕

これは形式的な定義にかかっているのではなく、諸事件の今後の進展にかかっている。

 

〔評注〕

<発展>→進展、展開развития。諸事件の<発展>は不自然ではないだろうか。

 

E     西島訳P86下段

 

<その時、>革命は<その>制限されたブルジョア的性格を保持するだろう。

 

〔姫岡訳P207

その時、革命はその限定されたブルジョア的性格を保持する。

 

〔原文と試訳〕

революция сохранит свой ограниченный буржуазный характер.

革命は自らの制限されたブルジョア的性格を保持するだろう。

 

〔評注〕

<その時、>→原文に存在しない。

<その>→自らのсвой

 

F                      西島訳P86下段

 

<だが、>もしプロレタリアートが、ロシア革命の<国民的>枠を<突破する>ために、その政治的支配の全手段を行使することが可能であり、<あえてそうするならば><その時には>ロシア革命は…

 

〔姫岡訳P207208

しかしながら、もしプロレタリアートがロシア革命の民族的限界を打破するために、その政治的支配の全手段を行使することが可能であるならば、その時こそそれは…

 

〔原文〕

Если же пролетариат сможет и сумеет все средства своего политического господства привести в движение для того, чтобы разбить национальные рамки русской революции, эта

 

〔試訳〕

もしプロレタリアートがロシア革命の民族的限界を打ち砕くために自らの政治的支配の全ての手段を行使することが可能であり行使する能力があるならば、革命は…

 

〔評注〕

<だが、>→原文に存在しない。

<国民的>→民族的национальные

<突破する>→打ち砕くразбить

<あえてそうするならば>→能力があるならばсумеет

<その時には>→原文に存在しない

原文に存在しない語が西島訳、姫岡訳に存在する。

 

G     西島訳P86下段

 

ロシア革命がいかなる段階にまで<到達しうるか>という問題<に対して><もちろん条件つきの回答しかできない>

 

〔姫岡訳P208

ロシア革命はいかなる段階に到達するであろうかという質問に対しては、一つの条件つきの回答しかないこと当然である。

 

〔原文〕

Вопрос о том, до какого этапа дойдет русская революция, допускает, разумеется, только условное решение.

 

〔試訳〕

 ロシア革命がいかなる段階にまで到達するかという問題は、むろん、条件つきの解答のみが可能である。

 

〔評注〕

<到達しうるか>→到達するかдойдет。可能性を表現するような語は原文には存在しない。

<に対して>→原文に存在しない。

<もちろん条件つきの回答しかできない>→もちろん、条件つきの回答のみが可能であるдопускает

 

H 西島訳P90上段

 

< 欠落 >それにしても、どうしてトロツキーによればプロレタリアートは「孤立していなければならない」のだろうか? この点に関してストルーヴェを論じた私のパンフレット(1906年)から1つ引用しておこう。< 欠落 >当時、ルナチャルスキーはこのパンフレットに大袈裟な賛辞を<送ったものである>

 

〔姫岡訳P211

 しかし、どうしてトロツキーによれば「プロレタリアートは孤立していなければならない」というのであろうか?ストルーヴェに対する私の論駁(1906)から引用してみよう。当時、ルナチャルスキーは私のこの論文を手放しで褒めちぎったものである。

 

〔原文〕

Но как же, все-таки, по Троцкому, пролетариат "должен быть изолирован"? Приведем на этот счет одну цитату из моего памфлета о Струве (1906). Кстати Луначарский пел в свое время этому памфлету неумеренные хвалы.

 

〔試訳〕

しかし、一体どうして、トロツキーによればプロレタリアートは「孤立していなければならない」というのだろうか? これに関してストルーヴェについての私のパンフレット(1906)から一つの引用文を引いておこう。ついでに言えば、ルナチャールスキィは当時、このパンフレットに度外れの賞賛の言葉を喋り散らしていたものだ

 

〔評注〕

< 欠落 >→しかしНоが欠落。

< 欠落 >→ついでに言えばКстатиが欠落。

<送ったものである>→喋り散らしていたものだпел

 

5.補遺

序章の一部の検討。

 

西島訳P34下段

 

<予想されていた>民主主義独裁における<2人の参加者>、すなわち、プロレタリアートと農民との政治的関係がどのようなものになるかという問題を、レーニンはあらかじめ<決定してはいなかった>。レーニンは、農民が、革命において<独立の>政党によって代表される可能性を排除しなかった。<しかも2つの戦線における「独立」である>。すなわちブルジョアジーからのみならずプロレタリアートからも独立し、それと同時に、自由主義ブルジョアジーと闘争しプロレタリアートの党と<同盟し>つつ民主主義革命を完遂しうる、ということである。

 

〔姫岡訳P164

提起された民主的独裁における二つの参与者、すなわち、プロレタリアートと農民との政治的関係はどのようなものになるのかという問題に対しては、レーニンは予め答えることをしなかった。レーニンは、農民が、革命において独立の政党によって代表されるという可能性を排除しなかった。独立の、とは二重の意味においてである。すなわちブルジョアジーからのみならずプロレタリアートからも独立し、同時に、自由主義的ブルジョアジーに対する闘争においてプロレタリアートの党と同盟して民主的革命を実現し得る、ということである。」

 

〔原文〕

Ленин не предрешал заранее вопроса о том,каковы будут политические соотношения обоих участников предполагаемой демократической диктатуры, т.е. пролетариата и крестьянства. Он не исключал возможности того,что крестьянство будет представлено в революции самосоятельной партией, притом, самостоятельной на два фронта: т.е. не только по отношению к буржуазии, но и по отношению к пролетариату, и в то же время способной совершить демократическую революцию в борьбе с либеральной буржуазией и в союзе с партией пролетариата.

 

〔試訳〕

前提されている民主主義的独裁の参加階級の双方、すなわちプロレタリアートと農民の政治的関係がどのようなものになるかという問題について、レーニンは前もって答えることはしなかった。レーニンは、革命において農民が独自の政党によって、しかも、二つの方面、つまりブルジョアジーに対する関係においてだけでなく、プロレタリアートに対する関係においても独自であり、そしてそれと同時にプロレタリアートの党と結束し自由主義ブルジョアジーと闘争しつつ民主主義革命を遂行することができる政党によって代表されるであろう可能性を排除していなかったのである。

 

まずполитические соотношения обоих участников…が「<予想されていた〜2人の参加者〜>」と訳されている。「2人の参加者」?誰のこと??階級が人格化、擬人化されている。обе участникиが辞書の初めに載っている言語規範そのままに当てはめられる。ここは「前提されている民主主義的独裁の参加階級の双方、すなわち…」とでも訳すべきであろう。

…問題を、レーニンはあらかじめ<決定してはいなかった>という訳文もおかしい。ここは姫岡のように予め答えなかった、と訳すべきである。

 

<独立の>政党によって」という西島、姫岡の訳語も文脈に合わない。「独自の政党によって」と訳すべきであろう。

 

さらに分かりにくいのは次の訳文である。「日本語らしく訳す」とこうなるのか?

 

<しかも2つの戦線における「独立」である>

 

思わず首を傾げた。ここは姫岡訳の方が意味が分かるぶん、まだましである。せっかくだから西島氏はここでも姫岡訳に依存すればよかったのだ。また「独立」の部分、ロシア語原文にこんな「 」に当たるものはない。姫岡訳にさえもない。

次を見てほしい。( )内は私が挿入したものである。

 

самостоятельной(партией) на два фронта

способной(партией) совершить

 

西島訳はここに省略があることを無視している。その結果として意味不明の訳文が生じている。そしてфронтを「戦線」とする。辞書の初めにある言語規範をまたしてもそのまま当てはめる。この語は確かに元来は軍事用語で原義は「戦線、前線」であるが、ここでは内容に照らして「方面」とでも訳した方がよいと思われる。この成句は露和辞典にも出ている。「二方向へ、両面作戦で」(『研究社』)「2方面に、2方向に」(『岩波』)

 

トロツキーの原文はすこぶる明快。…二つの方面に対して、すなわちブルジョアジーに対してだけでなくプロレタリアートに対しても、農民層が独自の政党によって代表される可能性をレーニンは排除していなかった、というのがここでの文意である。

「プロレタリアートの党と同盟して」というのもいかがなものか。先走りの意訳に過ぎると感ずるのは私だけではあるまい。農民はまだそこまで政治的・階級的に凝集していないというのがここでの立論の前提である。だからこそ「彼は可能性を排除しなかったОн не исключал возможности」と「可能性」の語が用いられているのだ。「プロレタリアートの党と結束して…」とでも訳すべきであろう。

 

6.結び―第10章、一部の検討と問題提起

 

最後に、第10章の一部を検討し、問題を提起して本稿の結びとする。

10章 永続革命とは何か(基本テーゼ)(11)で、西島訳にこうある。

 

西島訳P201

 

さまざまな国は、さまざまなテンポでこの過程を遂行する。一定の条件のもとでは、後進国は先進国よりも早くプロレタリアート独裁に到達することができるが、<後者より遅く社会主義に到達する>

 

〔姫岡訳P312

様々な国は、異なったテンポでこの過程を通り抜ける。ある条件のもとでは、後進諸国は先進諸国よりも早く、プロレタリアート独裁に到達することができるが、後者より遅く社会主義に到達する。

 

〔原文〕

Разные страны будут совершать этот процесс разным темпом. Отсталые страны могут, при известных условиях, раньше передовых прийти к диктатуре пролетариата, но позже их - к социализму.

 

西島訳は姫岡訳の漢字表記を平仮名にしたり、その他、同義語での言い換えをしたりしているが本質的に同じ文章であることに注意していただきたい。特に、後半の文章はほとんど同じである。

西島訳、最後の部分の<後者より遅く社会主義に到達する>(姫岡訳と全く同じ)という訳文に私は強い違和感を持つ。西島訳に従うならば、まるでトロツキーは後進国が先進国より先に社会主義に到達することはありえないとする宿命論者であるかのようだ。果たしてトロツキーはそのような宿命論者だったのだろうか? 

トロツキーの光り輝くあまたの論文の中でも、とりわけ若き彼の「悲観主義について、楽観主義について、20世紀、その他多くのことについて」という論文を読むたびに、その修辞の文学的見事さとレトリックの鮮やかさ、そして何よりも未来を信じて闘わんとほとばしる情熱に私は胸が熱くなるのを抑えることができない。

 

Но я - человек! И "всемирная история", которая тебе, бесстрастному жрецу науки, бухгалтеру вечности, кажется беспомощной секундой в бюджете времени, для меня - все!

 

しかし私は人間である! そして「世界史」、落ち着きはらった科学の司祭であり、永遠の時間の簿記係であるお前には時間の配分の中の無力な一瞬のように見える「世界史」が、私にとってはすべてなのだ! (拙訳)

 

このようなトロツキーと西島訳が描き出すトロツキー像とは私にとってほとんど非和解的である。

 

さて『永続革命論』の基本テーゼ11に戻ろう。

〔原文〕の赤・太字で示したмогутпри известных условияхをどう取るかがトロツキーの思想を理解する上での鍵を握る。

1.могут
 西島訳はこのмогутを「できる」と訳しているが、私は可能性、蓋然性が私は可能性、蓋然性がもっと正面に出るような訳文にすべきだと思う。さらに、このмогутは後半の文章にまでかかっているих – кの間にある「−」はここにмогут прийтиが省略されていることを示す。つまりно позже их - к социализму. могут прийти к социализму позже их. である。

2.при известных условиях
 西島訳後半では、後進国の社会主義への到達が先進国より遅れるのは必然的であるということになり、一種の宿命論になる。ならばこのпри известных условияхの一節はまったく無意味になってしまう。やはりこの一節が示す「条件」はмогут прийтиが省略されていることとあわせて文法的に後半までかかっているのであり、そのように訳すべきであろう。一定の条件のもとでは〜なるが、別の条件のもとでは〜となるだろう、それはプロレタリアートの今後の実践的闘争にかかっているとするマルクス主義の主体的・実践的把握こそがトロツキーの思考と思想を特徴付ける。プレハーノフをはじめとして第2インター内に根強かったマルクス主義理解、すなわち「客観主義」・待機主義との格闘もここから生まれた。

 

根拠を挙げよう。例えば、西島訳P36

 

ロシアにおけるプロレタリアート独裁が社会主義に到達するかどうか、どのようなテンポで、いかなる段階を経てそうなるのか、このことはヨーロッパ資本主義と世界資本主義の今後の運命にかかっている。


いま一つ挙げる。西島訳P156

 

発展過程を飛び越すことはけっしてできない、ということ自体がナンセンスである…

 

先の西島訳では、トロツキー本人がこのナンセンスを主張していることになってしまう。しかしトロツキーはこの種の宿命論とは無縁だったはずだ。上に挙げた引用文が何よりも雄弁に物語っている。


では私の試訳を挙げよう。

…一定の諸条件のもとでは、後進諸国は先進諸国よりも早くプロレタリアート独裁に到達し得るが、社会主義へ到達するのは遅れることになるかもしれない

 

*  *  *

 

本稿はトロツキーを正しく理解するための作業の端緒である。多くの方々に西島訳が本当にトロツキーの言わんとするところを正しく伝えているかどうか、ご自身の眼と頭で検討していただきたい。本稿がそのための叩き台となれば私の所期の目的は達されたことになる。理解の行き届かぬ点、ミスも多々あろう。ぜひ大方のご教示を頂きたい。

20071014日脱稿