森田成也訳『永続革命論』(光
文社古典新訳文庫)を吟味する
藤井一行 (2008年6月13日)
本書は
森田成也氏が 西島栄という筆名で『トロツキー研究』という雑誌に掲載したトロツキーの同名の著作
の翻訳がもとになっている。もっとも氏はなぜかそのことを明記していない。しかし、「訳者あとがき」で間接的
に言及している。それによれば、「最初、『トロツキー研究』第四九号(二〇〇六年)にロシア語原典からの翻訳
を掲載したが、なお多くの不備が残されていた」ので、「今回、改めて全体を見直し、全面的に修正した」という
(p.481)。
私は先に自分の「トロツキー翻訳研究室」というサイトで、
西島栄訳の「永続革命論」について吟味した論考を
発表し、そこにいくつもの瑕疵が見られることを指摘した。<ロシア語原典からの翻訳>と呼ぶに値するかどうかに
も言及した。
『トロツキー研究』は「トロツキー研究所」が発行している会誌であり、私も創刊以来の会員(年会費1万円を納
めて、会の活動を支え、年2回刊ーー現行ーーの会誌の送付を受ける)であり、かつトロツキー研究所のHPには、私
が幹事で、他の幹事たちとともにトロツキー研究所の運営に関与しているとうたわれている。
何年もまえから日本におけるトロツキー翻訳・研究の歪みを憂慮し、発言を続けてきた者として、トロツキー研究
所自身がそのような欠陥翻訳を掲載した『トロツキー研究』を会員・読者に一方的に配布したことを黙視するわけに
はいかなかった。
西島栄氏は、そこで、かつて現代思潮社から刊行された姫岡玲治訳には重大な誤訳が多く含まれているので、「今
回、ロシア語版にもとづいて全体を訳しなおした」とのべていた(pp.6-7)。
ロシア語を解さないトロツキー研究所の所長はじめ事務局=編集者たちは、 西島栄氏のことばを信じるしかなかっ
たのであろうが、私は 原典にもとづいて西島栄訳を吟味してみた。もちろん姫岡訳をも参照しつつ。その吟味結果は
別稿にゆずるが、残念ながら、「ロシア語版にもとづいて全体を訳しなおした」などとい
えるものではなく、随所で
姫岡訳を踏襲していた。いくつもの誤訳も含めてである。
それが今度は森田成也という本名で光文社から刊行された。私が先に指摘した問題点、あるいは指摘しなかった問
題点がどのように処理されたかはきわめて気になるところである。訳者自身も 西島栄訳には「多くの不備が残されて
いた」と認め、「今回、改めて全体を見直し、全面的に修正した」
とのべているので、その「修正」がはたして適切
かどうかも大いに気になった。全面的に適訳になっているなら、トロツキーに関心をもつ読者にとっては吉報であ
る。
会員は年に1万円を納入している。「永続革命論」だけでほとんど全部を占めた『トロツキー研究』49号一冊は
5000円(厳密に言えば、トロツキー研究所維持費であるから、2500円の購読費としてもいい)に相当する。会員は店
頭で中身を判断して会誌を買うわけではなく、一方的に配布を受けるだけである。とにかく欠陥商品をつかまされて
いるのである。
「多くの不備が残されていた」という西島栄訳=欠陥商品を買わされた会員・読者にはどのような保障措置がなされ
るのであろうか。せめて新訳の文庫版でも無償で届けられるのであろうか?
いまのところ会員の私にはなんの連絡もない。命にかかわりのない欠陥商品だから会員にとっての不都合は黙殺
しようということか。私には研究・出版にたずさわる人間の社会的責任の放棄に見える。
ところで、光文社版の新訳では旧訳の瑕疵が修正されているのであろうか?
残念ながら、結果は否定的である。私は新訳を全体的に検討してみたが、森田氏が「全面的に修正」というその実
態は、大部分は非本質的な語句の置き換えーー<同義語置換>や<語順変換>ーーによって、旧訳と同じではないと
いう体裁を整えたにすぎないものであった。もっとも一部にロシア語原典に即して誤訳を改めた部分もあることはあ
る。訳者は明記していないが、私たちの誤訳批判を受け入れたものであろう。しかし、重大な問題点は残ったままであ
るし、まえに私たちが吟味結果を公にしなかった部分には、旧訳のままの瑕疵が多々残っていた。
以下、森田氏の「改めて全体を見直し、全面的に修正した」という作業がどんなレヴェルのものであるかを検討す
る。まず前回私が指摘した数章に見られた瑕疵がどんな運命をたどったを吟味し、後段で、先に吟味を公にしなかっ
た「第1章 本書の強いられた性格とその目的」をとりあげる。
さらにこの訳書の掉尾を飾る森田新訳「ロシアにおける発展の特殊性」。これはきわめて異色ある訳業である。
訳文は、私の『ロシア革命史』(岩波文庫)所収の「ロシアの発展の特殊性」にかなり似ている。そして瑕疵はすこぶ
る少ない。ただし 拙訳に似ている部分では、と、付け加えなくてはならないが。そして、訳者が独創を発揮しようとし
たところでは、相変わらずの珍奇な訳業が見られる。
1 西島栄訳『永続革命
論』への私の批判はいかに生かされたか?
1)序論
2 第10章
3)その他
2 新訳第1章「本書の強いられた
性格とその目的」
3 「ロシアにおける発展の
特殊性」