限 りなく盗用を 疑わせる森田成也氏のトロツキー翻訳

        ーー既訳超酷似現象をさぐる                 藤井一行

 
  
 森田(= 西島)氏のトロツキー翻訳が限りなく既訳に酷似したものであることは、中島章利氏の研究が明ら

かにしているところである。この超酷似は偶然の一致なのか? だれが訳してもそういう訳になるのか?
 
 原文が同じなら、訳文が酷似するのはあたりまえではないかと思う読者もいるかもしれない。
<トロ ツキーは

1940年にメキシコで
暗殺された>という ような単純な文章なら、だれが訳してもそうならざるをえないだろう。

姓・年代・地名は変わりようがない。<暗殺>という殺害方式をあらわす単語もそうである。

 しかし、文章が複雑になるや否や、様相は一変する。文章を構成する要素が多くなればなるほど、そ れに比例

して訳語・訳文の選択肢が多くなるのである。つまり既訳酷似現象は起こりにくくなる。

 森田訳の場合はどうであろうか?
 その問題を検討したのが本稿である。

 森田氏の訳業を吟味する過程で、訳文の<既訳酷似>が<既訳踏襲>であることをうかがわせるいくつかの興

味ある現象に気がついた。それをパターン化してみた。



  現象A 訳文が既訳と完全に100%一致しているもの。  

  現象A' 訳文はほとんど同じだが、表記・類語・語順置換変換な どで加工したと見られるもの。氏の訳業

 の大部分がこのたぐい。(以下<+’>は当該現象に近い現象を意味する。

  現象B 全体を通じて訳文の構造が同じ。

  現象C 複雑で、訳出にかなり工夫を要するような原文なのに訳文 がほぼ一致。

  現象D 既訳の誤訳(不適切訳を含む)に酷似。

  現象E 複合誤訳。同じ原文が複数あるとき、既訳と同じく、訳文 が著しく違っているもので、踏襲=盗用の

 決定的証拠になりうるもの。

    現象F 露和辞典などにはない、既訳固 有の工夫した訳語が使われているもの。これも踏襲=盗用の決定的

 証拠になりうる。

    現象G 他の訳業ではあまたの瑕疵(文 法無知)があるのに、既訳酷似部分に瑕疵がなく、非酷似部分に瑕

 疵が多いもの。

  以上の諸現象のうち、いずれも既訳踏襲を疑わせるに足ると見られるが、それらが複合していれば、また

 複合する現象が多ければ多いほど、<踏襲>の可能性の度合いが高まる。そのことはもはや、既訳との偶然

 の一致などではなく、意図的な<盗用>=<盗訳>であると判断しうるであろう。

  以下、具体例で確認していただきたい。


 


        

   『わが生涯・上』(岩波文庫 1刷2000年、2刷2004年)
  

   「破局に向かう日本」(『トロツキー研究』第 35号、2001年、所収 )

   「ロシアにおける発展の特殊性」(光文社古典新訳文庫『永続革命論』所収、2008 年)