コ メント欄

 
『わ が生涯』

 
  原題は、МОЯ ЖИЗНЬ / ОПЫТ  АВТОБИОГРАФИИ で、 「わが生涯・自伝の試み」である。

 著者自筆の、タイピストあての謝辞が記された初版本があるので、ご覧いただきたい。トロツキーに 熱い共感を

寄せる中国史研究者のN教授が大枚を投じて入手された稀覯本である。¥600,000という天文学的価格がついていた。

 献辞は「私の協力者マーリヤ・イリイーニチナへ、感謝をこめて、L.トロツキー  1930年1月10日 プリンキポ」

とある。




 
本稿でとりあげるのは、戦後に刊行された次の3種 類の訳書である。

 1 渋沢・林・栗田・浜田訳『わが生涯』1-2、現 代思潮社、1975年。再販本。以下、G版という。翻訳は

「仏訳を主として、英訳を随時参照しながら」おこなわれたという(2, p.1072)。

 しかし、トロツキーの故郷が「イワノフカ村」と訳されてい るのはどうしたことか? ロシア語では

 Яновка(ヤノフカ)である。底本とされる仏訳でもIanovka 。英 訳でも Yanovka である。邦訳ではなぜ

イワノフカ」に? 訳業の前途が危ぶまれる!


 2 高田爾郎訳『トロツキー自伝』1-2、筑摩書房、1989年。 やっとロシア語原本からの邦訳が誕生した。


 3 森田成也訳『わが生涯』上、2000年、2刷 2004年。志田昇訳『わが生涯』下、2001年、岩波文庫。


 それらの邦訳は原著をどれだけ誠実に日本の読者につたえているであろうか?

  高田訳はG版を下敷きにしながらも、一応ロシア語から訳出されていた。しか し、基本的な瑕疵が多すぎた。

 もっとしっかりした邦訳がもとめられていた。10数年まえ、岩波文庫の編集者A 氏に高田訳についての検討を

依頼されたとき、私はその旨を氏に文書で報告しておいた。それから10年あまりし て、岩波文庫から森田・志田訳

が刊行されたわけである。両氏の新訳が出たとき、私は原著とつきあわせることな く、一読者という立場でーー

もちろんロシア語を解する読者としてではあるがーー通読した。読み通すのは容易で はなかった。随所で不可解な

文言や表現に遭遇して、つまづいてしまうのである。担当の編集者は私の『ロシア革 命史』を担当したI氏だった。

私は自分の疑問を率直にI氏に 知らせた。氏は、それを訳者たちにつたえた。しかし、私にはもとよりI氏にもなんの

返事もなかった。それから4年。上巻の2刷が出た。私が指摘した疑問点がどうなっ たか初刷とつきあわせてみた。誤

記のたぐいは訂正されていたし、変な訳文も一部訂正されていることがわかったが、 大部分の疑点はそのままであった。

私の指摘はあたっていないと判断されたようである。
 

   森田氏の翻訳論

 
『わが生涯』下巻に森田氏は訳者代表という立場で、自分たちの訳 業の意義についてつぎのように語っている。

 「翻訳者は、既存の翻訳を参考にしながら新たに翻訳に取り組むのだが、知らず知 らずのうちに、既存の訳によって

形成された印象に引きずられ、既存の訳にある誤訳を見過ごし、まったく同じ誤訳を 踏襲してしまうことがよくある。

そして、この引き継がれた誤訳は、両方の訳書を読んだ読者の脳裏にいっそうしっか り刻み込まれることになる。それ

ゆえ、その誤訳はより重大な意味を持つのである。」(「訳者解題」、p.566)

 これは高田訳に対する森田氏の批判のようである。氏は、現代思潮社版と筑摩書 房・高田訳の両者に多くの誤訳が

られることを指摘し、自分が「今回改めてロシア語原典からの翻訳を行ったのは、ロシア語からの高田訳にも多く
の重

大な誤訳が見られたからである」とのべている(565)。


 同時に、氏のことばは、翻訳者にたいする教訓・忠告でもあるようだ。

 だが気になることがある。

 「翻訳者は、既存の翻訳を参考にしながら新たに翻訳に取り組むのだが、知らず知 らずのうちに、既存の訳によっ

て形成された印象に引きずられ、既存の訳にある誤訳を見過ごし、まったく同じ誤訳 を踏襲してしまうことがよくあ

る。」という一節である。

 既存の翻訳を参考にすることがあるというのは、たしかに事実であろう。私もこれ までの訳業にさいして既訳があ

る場合は、参考にしてきた。しかし、「知らず知らずのうちに、既存の訳によって形 成された印象に引きずられ、既

存の訳にある誤訳を見過ごし、まったく同じ誤訳を踏襲してしまう」ことは、まずあ りえない。た だし、既存の翻訳

を下敷きにしようとしないかぎり
という条件がつく。まともな翻訳者 なら、いかに既訳を参考にするとはいえ、原文

から翻訳するものである。既訳を参考にする場合は、既訳を原文とつきあわせなが ら、既訳の瑕疵を正しつつ、自分

自身の訳文・訳語を工夫するものである。

 それはさておき、氏が既訳をいかに訂正しているかを、やや詳しく吟味してみよ う。


  1 異様な既訳「踏襲」

  2  第1章「ヤノーフカ」

        3  第3章 「家庭と学校」

  4  第11章 「最初の亡命」

  5 第14章「1905年」

  6 第18章 「開戦」

  7 補遺

  あとがき