ピアニスト
ショパン弾きという言葉がある。それは、ショパンを主なレパートリーとし、素晴らしい演奏を繰り広げるピアニストに与えられる称号のようなものである。しかし、定義は意外とテキトーで、レパートリーそのものは多くなくても、あまりに演奏が素晴らしいために「ショパン弾き」と呼ばれてしまうピアニストもいる(アルゲリッチ、ホロヴィッツなど)。また、ショパンの演奏を多く残しているが、イメージ的にあまり「ショパン弾き」と呼ばれるピアニストもいる(アラウなど)。はたまた、アシュケナージのように、ショパンもたくさん残しているが、他にも膨大なレパートリーを誇る怪物ピアニストもいる。
ここでは「ショパン弾き」と呼ばれるピアニストも、呼ばれないピアニストも、ショパンを少しでも弾いていれば、取り上げたいと思っている。しかし、星の数ほどピアニストは存在する。まずはメジャーなところから見ていこう。
録音のないピアニスト
ショパンを弾いた最初のピアニストといえば、フレデリック・ショパン(1810-1849)、本人を忘れてはいけない。ショパンは作曲家であったのと同時に19世紀随一のピアニストであったのだ。ショパンはサロンやコンサートで自作の作品を弾いた。その演奏は非常に繊細であったといわれる。タイムマシンがあったら是非聴いてみたいものだ。
ショパンはピアノ教師として多くの弟子を抱えていたが、その中で有名なのはアドルフ・グートマン(1819-1892)である。その演奏はショパンというよりもむしろタールベルクに似ていたといわれるが、ショパンはその演奏を高く評価していたそうだ。スケルツォ第3番は彼に捧げられている。また、僅か15歳で亡くなってしまったピアニスト、シャルル・フィルチ(1830-1845)もショパンの愛弟子であった。才能はショパンの弟子の中でずば抜けていたといわれる。
この時代の最高のピアニストいえばフランツ・リスト(1811-1886)であった。彼はショパンの友人であり、一時はかなり親密になったそうだ。その演奏はショパンとは正反対で、派手で技巧的であった。ショパンは彼の演奏を聴いて、「僕もあのように弾いてみたい」といったこともあったが、後年は編曲の多いリストの演奏に批判的であった。12の練習曲集Op10はリストに献呈されている。ロベルト・シューマンの妻、クララ・ヴィーク(1819-1896)も19世紀最高のピアニストであったといわれる。彼女がショパンの黒鍵のエチュードを弾いたという記録があるが、ショパンは「なぜあの曲を選んだのだろう、全て黒鍵で弾くことを知らなければつまらない作品なのに」と語っている。ショパンはクララの演奏を高く評価していた。
録音開始直後のピアニスト
20世紀になると録音技術が発明されたため、入手困難ではあるが現在も聴くことが出来るものがある。嬉しいことだ。
演奏を聴くことができる最も古いピアニストは、なんとショパンの存命中に生まれている。フランスのピアニスト、フランシス・ブランテ(1839-1934)は一時ピアニストを引退をしたが、第1次世界大戦の義捐金を集めるために復活し、ショパンの練習曲の数曲を残したそうである。ウラディミール・ド・パハマン(1848-1933)はロシアのピアニスト。彼はショパン演奏によって世界中の人を魅了した大ピアニストであるが、演奏中の奇行でも知られた。なんだかぶつぶつ言いながら弾く、演奏中に急に喋りだす、何回も弾きなおすなど。それが録音でも聴けるのだから面白い。
リストの弟子であったモーリッツ・ローゼンタール(1862-1946)は、ピアノ協奏曲第1番やノクターンなどの主要作品の録音を残した。彼のショパン演奏はリストから賛辞を述べられるほどのものであったという。リスト門下で録音を残した人にはアルトゥール・フリードハイム(1859-1932)、エミール・ザウアー(1862-1942)などがいる。
ポーランド生まれの名ショパン弾きといえばイグナーツィ・ヤン・パデレフスキ(1860-1941)を忘れてはいけない。作曲家として、また初代ポーランド首相など幅広く活躍した大ピアニストである。ワルツ、ポロネーズ、前奏曲などを残している。
19世紀後半生まれのピアニスト
1870年代生まれには名ピアニストが多い。レオポルト・ゴドフスキー(1870-1938)はソナタやノクターンなど多くの録音を残しているし、「ピアノ界最後の貴族」といわれたというジョゼフ・レービン(1874-1944)、作曲家としても活躍したセルゲイ・ラフマニノフ(1873-1943)、女流のマルグリット・ロン(1874-1966)、そしてヨゼフ・ホフマン(1876-1957)も優れたショパン演奏を残している。しかし、往年の名ショパン弾き、といったらアルフレッド・コルトー(1877-1962)を忘れるわけにはいかないだろう。彼は練習曲Op10,25の全曲、24の前奏曲、協奏曲第2番、バラード全曲などショパンの主要曲の大半を網羅する録音を残し、現在も入手が比較的容易である。その演奏はメカニック的には弱いが、ルバートを多用した独特な奏法で実に味わい深い世界を繰り広げている。一昔前のクラシックファンはコルトーでショパンを知った。最晩年には来日も果たした。日本人にとってとりわけ馴染み深いピアニストなのである。また、ベートーベン弾きとして名高いウィルヘルム・バックハウス(1884-1969)も練習曲などを録音している。音質は悪いがダイソーの100円シリーズで買えるのでお試しあれ。
ロシア生まれで来日もしたアレクサンダー・ブライロフスキー(1896-1976)のピアノ協奏曲も定評がある。
長生きをしたため19世紀生まれだとは思えないピアニストが2人。ポーランド生まれのアルトゥール・ルービンシュタイン(1887-1982)、ウクライナ生まれのミェチスラフ・ホルショフスキー(1892-1993)。ルービンシュタインのほうはいわずも知れた巨匠的大ピアニスト。それまでなよなよとした印象であったショパンを、大きなスケールで大らかに、伸びやかに弾き、「気の抜けたサイダー」と言われることもあったが、その演奏は今なお新鮮である。彼は「ショパン全集」と呼ばれる録音を初めて残した。練習曲は欠落しているが、その他バラード、スケルツォ、マズルカ、ピアノ協奏曲、ワルツなどの多くの作品を網羅する画期的なものであり、演奏のレベルも高い。ホルショフスキーのほうは違った意味で凄いピアニストである。90歳を越えた後も現役ピアニストとして活躍し、100歳の記念コンサートで自らピアノを弾いたという怪物である。録音は少ないが、スケルツォや練習曲、夜想曲などを数曲ずつ残している。
20世紀生まれのピアニスト
20世紀の大ピアニストといったらウラディミール・ホロヴィッツ(1904-1989)抜きでは語れない。彼の超人的な演奏は世界中の人々を酔わせ、興奮させた。超絶技巧の編曲ものも有名だが、ホロヴィッツが生涯を通じて最も得意とした作曲家の1人がショパンであった。バラード、スケルツォ、舟歌など大曲は圧巻で、特に幻想ポロネーズ、英雄ポロネーズは今後越えるピアニストが現れるか心配になるほどの名演である。しかしマズルカ、ノクターン、練習曲などの小品での宝石のような輝きもまた魅力的である。どんな曲を弾いてもホロヴィッツはホロヴィッツ。とはいってもショパンの魅力は決して崩れない。彼は紛れもなく古今で最高のピアニストの1人である。
クラウディオ・アラウ(1903-1931)のショパンも独特である。遅めのテンポでしっかりと弾いていく、華麗さは一切排除され、ドイツ的なショパンとはこのようなものを言うのだろうか。20世紀の一桁台の生まれでは、ウラド・ペルルミュテール(1904-2002)が挙げられ、ピアノソナタ第3番、24の前奏曲などで地味ながら味わいのあるショパン演奏をしている。
コルトー門下ディヌ・リパッティ(1917-1950)、サンソン・フランソワ(1924-1970)は二人とも夭折であったが素晴らしいピアニストであった。リパッティは長い病魔との戦いの末33歳で天に召されてしまった。録音は少ないが、14のワルツ、ピアノソナタ第3番、舟歌、ピアノ協奏曲第1番などどれも絶品。特にワルツは長い間決定盤とされ、今もその魅力は色あせない。また、リパッティのモーツァルトは特に素晴らしいことを書いておこう。リパッティは真面目な人であったがフランソワは正反対で、酒とタバコに溺れ46歳の若さで逝ってしまった。天才的な閃きに支えられた独特の節回しで歌われるショパン演奏は、どこまでも美しかったり、スリリングであったり、まさに「変幻自在」という言葉が似合うものであり、このような魅力を味わえるピアニストは今のところフランソワしかいない。フランソワは「ショパン全集」を残している。ピアノ協奏曲、ピアノソナタ2曲、練習曲集24曲、24の前奏曲、ノクターン、マズルカ、ワルツ、ポロネーズなど、かなりの作品を網羅する優れた全集である。
ニキタ・マガロフ(1912-1992)も立派なショパン全集を完成させたピアニストだ。「音をすくい上げる」という独特の感覚で弾かれた演奏は、地味であるが誠実で魅力的な演奏である。他には飛行機事故で亡くなった夭折のウィリアム・カペル(1922-1953)のピアノソナタ第3番は素晴らしいものであるし、シューラ・チェルカスキー(1911-1995)やホルヘ・ボレット(1914-1990)、アレクシス・ワイゼンベルク(1929-)のショパン演奏も定評がある。
他にも忘れてはいけないピアニストが目白押し。かつて伝説のピアニストとされた旧ソ連のスヴァストラフ・リヒテル(1915-1997)もショパンを得意としていたし、フリードリヒ・グルダ(1930-2000)はモーツァルトやベートーベンを得意にしていたが、ショパンもピアノ協奏曲第1番やノクターン、ワルツ、24の前奏曲などを録音している。アルトゥーロ・ベネディッティ・ミケランジェリ(1920-1995)はバラード第1番、スケルツォ第2番などを録音しているが、磨かれた美しい音によって隅々まできれいに弾かれ、「完璧」さを追及した演奏は当時としては非常に新鮮なものであったに違いない。アリシア・デ・ラローチャ(1923-)は高齢で引退をしてしまったが、健在である。
日本人では安川加寿子(1922-1996)の演奏が知られている。
ショパンコンクール出身のピアニスト
ショパンコンクールのは別のページでも詳しく扱うが、ここでもショパンコンクール出身のピアニストは別で紹介しておこう。第1回の優勝者、レフ・オボーリン(1907-1974)はロシアのピアニストで、現在はあまり聴かれることがないが、当時はかなりの人気を集めていた。録音は少なく、入手できるのはベートーベンやラフマニノフが多いようだが、ショパンではバラード集などを録音している。第3回では原智恵子(1914-2001)が出場し、「聴衆賞」を受賞した。彼女の演奏は長らく忘れ去られていたが、最近注目を浴び、CDも発売された。
第4回は地味だが、長い間活躍をしたピアニストがそろう。ハリーナ・チェルニー=ステファンスカ(1922-2002)、ベラ・ダヴィドヴィッチ(1928-)、バルバラ・ヘッセ=ブコフスカ(1930-)。ステファンスカとダヴィドヴィッチは共に1位を分け合った。ステファンスカ女史はベートーベンの弟子であるカール・ツェルニーの直系の子孫。ピアノ協奏曲第1番などでみせる素朴な演奏には定評がある。
1955年の第5回辺りからショパンコンクールは全盛期を迎え、多くの大ピアニストを送り出すようになる。その先駆けが第2位のウラディミール・アシュケナージ(1937-)だろう。怪物かと思うほどの幅広いレパートリーを誇り、ショパンのピアノ独奏曲全曲を納めたショパンピアノ作品全集のほか、ピアノ協奏曲、歌曲の伴奏をも弾き、ショパン作品のほぼ全曲を網羅しているといっていい。しかも出来栄えもなかなかだ。アシュケナージは他の作曲家の作品もかなり弾いている。モーツァルト、ラフマニノフ、プロコフィエフのピアノ協奏曲全集、ベートーベンのピアノソナタなど、その広さに唖然とするばかりである。しかも近年は指揮者としても目覚しい活躍をし、NHK交響楽団の音楽監督としての来日も多い。怪物君をしのいで第1位を獲得したアダム・ハラシェビッチ(1932-)はポーランドのピアニスト。その素朴な演奏で人々を魅了し、来日も果たしたが、ピアニストとしての欲のない人であったようで徐々に人気も、そして演奏会の数も少なくなっていった。現在ではショパンコンクールの審査員で名前を見かける程度である。第10位を受賞したのは、田中希代子(1932-1996)である。初の日本人入賞者となった彼女は日本でも人気となったが膠原病のため若くして演奏活動を引退。ピアノ教師として活躍した。
1960年の第6回、1965年の第7回で第1位を受賞した2人は20世紀の「双璧」と呼ばれる大スターである。第6回はマウリツィオ・ポリーニ(1942-)、第7回はマルタ・アルゲリッチ(1941-)。2人は並べて語られることが多いが、演奏は似ても似つかない。10代にして優勝を果たしたポリーニは「大理石」にもたとえられる完璧なピアニズムで注目を浴びた。特に練習曲は多くの人々に衝撃を与え、ショパン演奏の金字塔といえる。その強硬なタッチ、完璧な技巧、「冷たい」といわれながらも感情移入は適当であり、耳に心地よい。他にはピアノソナタ、バラード、スケルツォ、前奏曲などを録音し、いずれも好評で、現在も元気に活躍している。アルゼンチンが生んだ女流のアルゲリッチは「完璧さ」を追求したポリーニとは正反対の性格。自由奔放でアクロバティックともいわれる演奏だ。しかし、彼女の天才的な感覚によってバランスがとれているため、決して道を踏み外さない。美しい音、素晴らしいテクニックと共にロマン的ではあるが新鮮な現代感覚が生きたその魔法のような演奏は多くの人の心をつかんで離さない。彼女は来日も多く、近年は別府アルゲリッチ音楽祭の開催のために毎年のように来日している。ここ数十年、滅多にソロリサイタルを開かないアルゲリッチであるが、そのスリリングな演奏は60代を超えた今も健在である。彼女の演奏は永遠に輝き続けるであろう。第7回では第4位を日本人の中村紘子(1944-)が受賞している。彼女は日本ピアノ界の重鎮で、ピアノ協奏曲、ワルツ、ポロネーズ、前奏曲などショパンを多く弾き、現在も活発に活躍中である。また、ショパンコンクール、チャイコフスキーコンクールの審査員を務めるなど後進の指導にも熱心で、浜松国際ピアノコンクールでは審査委員長の座についている。また、第2位を受賞したアルトゥール・モレイラ=リマ(1940-)は現在こそあまり聞かれないピアニストだが、当時はかなりの人気を誇っていたらしい。
第8回では第2位を内田光子(1948-)が受賞。これは日本人最高記録である。彼女はショパンというより、モーツァルトやシューベルトに主なレパートリーがあるが、ショパンではピアノソナタなどを録音しているようである。
第9回では久しぶりにポーランド人のスターが誕生したクリスティアン・ツィマーマン(1956-)である。彼はミケランジェリ、ポリーニ路線の完璧派のピアニストで、録音にも慎重である。バラード、舟歌、子守歌、ピアノ協奏曲などの録音があり、特にピアノ協奏曲は自身で管弦楽を組織し、弾き振りをしたことで話題になった。現在もじっくりとした活躍を続け、確実に巨匠への道を歩んでいる。
第10回で優勝を果たしたのは初のアジア人となったダン・タイ・ソン(1958-)。ベトナムの人である。美しい音色で好感度は抜群、地味ではあるがかなりの実力を持った人だ。しかし、この年は優勝者よりも本選を落ちたイーヴォ・ポゴレリチ(1958-)のほうが有名になってしまった。ポゴレリチが本選に進めなかったことに異議を唱えたアルゲリッチやマガロフが審査員を降りてしまったからである。こういったことはきわめて異例の大事件であり、アルゲリッチは14回までショパンコンクールの審査員に現れなかった。ポゴレリチの演奏はかなり個性的。気難しいショパンコンクールの審査員には認められなかったのであろう。第2位のタチアナ・シェバノワ(1953-)は日本でも人気の女流、第5位はエヴァ・ポヴオツカ(1957-)と海老彰子(1953-)。ポヴォツカのほうは演奏活動の傍らショパンコンクールの審査員を務めている。
第11回優勝のスタニスラフ・ブーニン(1966-)は日本でブーニン・シンドロームと呼ばれる一大旋風を巻き起こしたピアノ界の風雲児だ。旧ソ連出身、由緒正しい音楽一家に生まれながら、個性的かつ現代的な演奏を繰り広げる。その演奏には賛否両論を呼んだが目の覚めるようなフレッシュなショパンは面白い。第4位は小山実稚恵(1959-)。彼女も日本を中心に活発な活動をしている女流ピアニストである。第5位のジャン・マルク・ルイサダ(1958-)はNHKで放送された「スーパーピアノレッスン」ショパン編の講師を務めた。
第12回は優勝者が出なかったが、第3位に横山幸雄(1971-)、第5位に高橋多佳子(1964-)が入賞した。2人とも十分な実力を持ったピアニストで、日本楽壇期待の星である。第13回も第1位が出なかった。1位無しの2位は2人、アレクセイ・スルタノフ(1969-2005)、フィリップ・ジュジアノ(1973-)。スルタノフはヴァン・クライバーンコンクール優勝で一躍注目を浴びたピアニストで、超絶技巧を駆使した圧倒的な迫力を持つ演奏で独自のショパンを切り開いていた。しかし、若くして脳溢血で倒れ、再起不能に陥ったのち、惜しくも35歳で亡くなってしまった。日本人では第5位に当時無名であった宮谷理香(1971-)が入賞している。
第14回では久しぶりの優勝者が出た。中国のホープ、ユンディ・リ(1982-)である。特に個性的な演奏ではないが美しい音と優れたテクニックを持ち、柔らかく爽やかな印象でなかなかの実力者だ。これからの活躍に大いに期待が出来る。第2位のイングリット・フリッター(1973-)は南米のピアニスト。当時20代後半で、既に名声を博しており1位受賞を逃したことに疑問を抱く人がいたほどであった。情熱的でやや荒削りだが好感度抜群、魅力たっぷりのピアニスト。来日も重ねファンを増やしているが、CDは?第3位のアレクサンダー・コブリン(1980-)の演奏も滋味な感じの珍しい雰囲気を持ったピアニストである。浜松国際ピアノコンクールでも2位の最高位に輝いた。また、第6位に日本人の佐藤美香(1973-)が入賞している。
21世紀初のショパンコンクールとなった第15回はポーランド人のラファウ・ブレハッチ(1985-)が優勝した。ツィマーマン以来のポーランド人優勝者である。まだ21歳の若いピアニストであるが、優勝以外の賞も総なめにしてしまい、「ショパンの再来」とまで言われている。これからの活躍に期待がかかる。また、この年はアジア系の人々が目覚しい活躍を見せた。ブレハッチ以外の入賞者は全てアジア人である。第2位無しの第3位を受賞したイム・ドンヒョク(1984-)、イム・ドンミン(1980-)兄弟は韓国人。ドンヒョクのほうはアルゲリッチの弟子で2000年の浜松国際ピアノコンクールでも第2位に入賞している新星である。第4位を受賞したのは日本の関本昌平(1985-)と山本貴志(1983-)である。
さて、次のショパンコンクールは2010年。ショパン生誕200周年と重なる。まだまだ先だが今から楽しみだ。
現代の中堅〜巨匠たち(ショパンコンクール出身以外)
ショパンコンクール以外にも素晴らしい演奏家はたくさんいる。
シプリアン・カツァリス(1951-)のバラード&スケルツォ集は評判どおりの名盤である。淡々と弾き進めるうちにショパンの叙情性、ドラマ性を存分に味あわせてくれる。高い技術、現代的なフレッシュさが魅力の個性派だ。
巨匠世代ではミハイル・プレトニョフ(1957-)、マリア・ジョアン・ピリス(1944-)が頭ひとつ飛び出ているだろう。プレトニョフのショパンの録音はそう多くないが、カーネギーデビューのライヴ録音であるスケルツォ全曲の華麗でフレッシュな演奏はとても素晴らしい。ピリスのノクターン全集は感動もの。特に第2番はこれ以上の演奏は望めない。ピリスは他にもピアノ協奏曲、前奏曲、ワルツなどを録音していてなかなかの秀演である。
巨匠世代には素晴らしいピアニストが勢揃い。ネルソン・フレイレ(1944-)の録音は少ないが演奏も風貌も風格十分、とりわけ美しい音色を持つマレイ・ペライア(1947-)、女流のイディル・ビレット(1941-)はショパン全集も完成させているし、コルトー門下エリック・ハイドシェク(1936-)、正統派のタマーシュ・ヴァーシャリ(1933-)、フランソワ唯一の弟子ブルーノ・リグット(1945-)もなかなかだ。
中堅世代ではエフゲニー・キーシン(1971-)の演奏が素晴らしい。12歳で弾いたショパンのピアノ協奏曲のCDには驚かされた。それからも着実にピアニストとして成長しており、前奏曲集、ピアノソナタ、英雄ポロネーズなどの演奏が優れている。他にも狼研究家エレーヌ・グリモー(1969-)は最近になってピアノソナタ第2番や舟歌などを収めたCDが発売されたし、ポーランド人のピョートル・アンデルジェフスキ(1969-)の演奏もおもしろい。
日本人では近藤嘉宏(1968-)、遠藤郁子(1944-)、フジ子・ヘミング(?-)などが有名である。
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