いきいき介護セミナー2005第4回目
日時;平成17年8月21日(日) 10:00〜15:15
場所;第一生命ビル
講師;吉田一平先生(愛知たいようの杜)
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【午前の部】
○自分の職場の職員もそうだが、介護の現場の職員が、日頃いろいろと悩んでいらっしゃる様子を見るにつけ、どうしたら皆さんが、仕事を楽に感じられるか、という思いをいつも持っている。

○商社のサラリーマンとして、時間と仕事に追われる生活を10年間過ごした。「居るだけでいいよ」と言ってもらえるところを、という思いから村をつくった。

○「ゆっくりやれよ、のんびりやれよ」を職員に徹底している。しかし薪で火を焚いてご飯を炊くというのは本当に大変なこと。

○昭和30年代まで、リヤカーを爺さんも婆さんも子どもも犬も引いて、という光景が見られていた。それが耕運機に取って代わってしまった。みんなが「役割」・「居場所」・「立つ瀬」を実感できるところが世の中にあったら、と思う。鶏も婆さんもお母さんも、それぞれ役割があるところをつくりたい、ということ。それを実現するためのロケーション・仕組みを考えた。

○お年寄りが、「居場所がある」、と感じるためには、職員の手が回らない方がいい。職員に対して、至らないところを文句が言える方がいい。そのことによって、「立つ瀬」ができる。

○ハードについて。ここでは自閉症の子どもが裸になって走っていても誰も気にしない。ここは道路、ここは何、という機能的なすみわけができていれば、そのような光景に出くわすと異様な感じがするであろうが、「ここは何だろう?」というくちゃくちゃな空間においては気にならない。

○職員が能力がないところを見せ、「バカだな」というお婆ちゃんの光景が見れるような場所をつくりたいと考えた。

○職員は「しっかりやり遂げたい」と怒るが、わざわざ遠回りすることで手が足りなくなり、誰かが出てくる余地が出てくる。もっとも、このことで職員と私は18年来揉めているところだが。

○「早く」、「良い点を」、「効率よく」という訓練を受けてきた人には耐えられないことかもしれない。

○昔、長久手で区画整理事業を行ったとき、みんなで話し合ったときのこと。知事が陶磁器資料館をつくろうと言った。その会議の場において、年寄りたちは陶磁器資料館からは遠い話題の雑談を繰り返すばかり。陶磁器資料館はたしかに出来上がったが、40年経ってみると資料館はどっちでもいいこと。会議らしい会議ではなく、どっちでもいい話の中に大事なことは潜んでいる。肝心なことは簡単なことであり、肝心なことは文章に書けないこと。

○リヤカーから耕運機に代わった頃から、金と点数が重要になってきた。たとえば口伝において、5メートルほどの巻物の中に、ここぞという重要なところは3箇所くらい。その肝心なところは文章に書けない。子育ても同じで、全部をやろうとするから大変。いっぱい悩みが出てしまう。

○18年前、施設を始めたとき、なるべく素人の職員を集めた。当時は、若い子が働いている施設はほとんどなかった。2つの班にわけて2週間研修させた。施設開設までに、「何を勉強したらいいのか」と聞かれると、「恋をしろ」、と言った。好きな女性がいるとしたら、その恋をするにあたって全ての女性のことをとことん知る必要はない。恋はその人だけを知れば足りる。学者は女性の心理に始まりたくさんの統計を集める、それが仕事だが、肝心なことは目の前のことを必死にやるということ。

○ケアハウスを含め、ムカデや蟻が入ってきて、なんだかうすらきたない施設となっている。昭和30年代までは江戸時代と同じで、みんな貧しかった。ビルで生活するというのは映画の中の世界だった。私の人生の20歳までは江戸時代だった。鶏がいて畑があって年寄りが居て、という生活だった。芋がとれるときは芋を、竹の子がとれるときは竹の子ばかり食べていた。冷房も暖房もなく玄関に虫が棲んでいた。40年代に社会は変わり、金と点数の社会になった。その頃、雑木林だらけの長久手が開発された。住民は雑木林がいざなくなるというとき、何とも言えない寂しさを感じて、何とか残したいと思った。雑木林を残そうにも、消防車がない。その消防団に縁があって商社を辞めた。ふと、子どもを見ると子どもも、急き立てられていた。子どもまで急き立てられなくても、と思って幼稚園を雑木林の中につくった。特別養護老人ホームも幼稚園も「会社」に近い社会であった。年寄りは縁側でのんびり過ごして死ぬのを待つ、子どもはとにかく遊ぶものだと思っていたが、みんな制服を着ており、決められた時間の中で生活していた。そこで、幼稚園ではとにかく遊ばしてやる。絵も教えない、歌も教えない。でんでん虫がいたら、一日中でんでん虫で遊ぶ場所としたかった。子どもたちを「並ばせる」ようなことや、ムカデが出て、みんなの頭がムカデでいっぱいなところに象さんを歌わせるようなことはさせたくなかった。どうせなら、と近所の鶏と年寄りを連れてきて、園庭に川を流して、雨の日以外は外で遊ばせた。先生と年寄りとはなかなかうまくいかないもので、嫁と姑みたいな関係となったが、ともあれ古い民家で婆さんと子どもを遊ばせた。

○会社みたいな老人ホームを見て回っていると、年寄りが饅頭を食って、いつの間にか死んでいるという私の風景からは遠い世界。職員はてきぱき、施設にはエレベーターがついている。シャンデリアもあって、紙おむつにステテコをはいた爺さんに、紺のブレザーを着た職員が「お客様」と呼びかけており、何ともミスマッチ。そんなところを回っているうちに、なるべくきたない風景をつくってみようと思った。天井は低く、部屋は暗く、廊下はくねくね、板をはっただけの縁側、鶏がぽっぽしている。生活の音がやかましい場所としたかった。

○幼稚園にいる時間は、5時間=300分。園児が直に先生に見てもらえるのは1人10分。残りの4時間50分はでんでん虫と戯れるのがいいのでは、と思った。特養では、計算してみると80人の年寄り、40人の職員(昼間いるのは20人)、直に職員が向き合えるのは、1人2時間。職員は8時間必死で走っているが、あとの15時間くらいはしらっとした時間。だったらその時間のために。鶏、山羊、居候(会社・学校に行きたくない居候)がいてもいいかと思った。

○当初、田舎ながらの「特養なんかいれたら駄目」、という声が強かったが、自然と入所者の数は増えていった。満員といってお断りできなくなり、平成3年に増築した。しかし、大きくなるにつれて職員の上下関係も発生した。ベテランは上手に手を抜くことができるが、若い子はそれができないので疲れてしまう。また、徐々に分業化が進んだ。O157の時も、アヒルの糞を犬が踏んでそこらを歩いて、ということが問題視されるようになった。もっとも、みんな熱心で研修に行ってそこで得た知識を持ち帰った結果なのだが。分業が進む前は、おむつ交換をしていた厨房の人が、厨房専属となり、もっとやわらかいご飯にしようと言い出し、醤油、味の素、どっちを先に入れるのが正しいか、ということを気にしはじめた。

○会社もそうだが、大きな会社は分業化が進むが小さな会社はみんなが何でもやる。そこで、単位を小さくした方がよいのでは、ということでグループホームをつくった。小さくすることで、職員を困らせる、ひいては婆さんの助けを借りなければ仕事ができぬという状態をつくりだした。居候(金髪の若者)も排除されないように、託児所もグループホームも一緒に入れた。

○生活パターンが異なるためいろいろ揉めた。揉めることも面白いと思って、寝たきり爺さん・婆さんが住む建物にOLを入れようと思った。いろいろな人がほどほどに交じり合うと立つ瀬がでてくる。「ほどほど横丁」。仲のいいときもあれば、揉めることもある。それは、堀江社長ではないが、「想定済み」のこと。OLには3万円キャッシュバックしている。2時間だけサービスをしてくれる人だけではなくいろいろな人とごっちゃまぜに居ることで、立つ瀬が出てくる。今は、学校もそうだが、同じ連中を集める。ちょっとはみ出ると切ったり矯正されたりする。それが今の世の中だが、寝たきりで便所も行かない何もしない「さぼっている」人が一方で存在する。能力価値の時代にあって、存在価値が求められる場面。

○大企業がグループホームやステーションを設置するようになっている。「さぼっている人を認める」ということに、みんな悩んでいる。こういう人を認めるところから世の中は変わるのか。きちっとやらなければという教育を受けた人は、ISOやグローバルスタンダードを入れつつみんな目標を与えられることで、活き活きとする。施設の人はそのはざまにいる。一方でスウェーデンの認知症の統計等があって、一方で目の前の婆さんがいるというギャップに、みんな悩んでいる。優しさのある人が自分に優しくないものだから、福祉の現場の悩みは深い。会社は1といえば1で、10といえば10という数字の世界であって揉め事は発生しない。福祉の世界は形容詞の世界であり、この人にとって、どうすればよいのかという形容詞の人間関係の世界に暮らす中で、ずたずたになってしまう。

○新しい村は、安全快適便利なものではなく、不便で手間暇がかかって煩わしくて安全でないものとしている。虫や蛇にあふれている。プライバシーもない。何もかも自分でやらねばならず、駐車場は遠く、自分たちで火の用心をしなければならず、拭いてもふいてもほこりだらけなので、あきらめることを教えてくれる。指差し点検簿は、「揉めています」等であふれているが、それがコジカラ村だから「異常なし」という世界。

○今の世の中、楽しい人とばかり付き合っている。遠くの人と付き合う。隣の人と付き合うと煩わしい人間関係が発生するため。隣人関係は、お互いに迷惑をかけない関係となっている。地域の再構築のため、わざわざ垣根をなくし、玄関もすぐ開けられるように、わざと煩わしい関係とした。行政は何もしない。

○お年寄りが死んでいくときの願いは、子や孫が仲良くして欲しい、という高度な次元であって、老人介護だけのぎすぎすした次元ではない。せめて、われわれの業界は、おおらかな社会をつくる発想がなければ。ゆっくりした社会をつくるには役に立たない居候がいたほうがいい。きれいで非の打ち所がない人ばかりいても仕方がない。喧嘩の仲裁くらいなら婆さんでもできる。われわれが頑張らない方が、婆さんがいきいきできる。婆さんも立つ瀬ができるし、皆さんも楽になるし、世の中もおおらかになる。

○くらしの延長上で、いろいろ考えていくということ。死んだ後、100年後にどうなるか、40年今までやってきたことが本当に幸せか、ということを考えているとき、40年来と同じ老人介護をぎすぎすやっているのは、いかがなものか。

○1分1秒の遅れに神経質になって、安全を犠牲にした、といって他を筋違い。目の前のことにおおらかに臨んでいるか。自分が気楽になるくらいになれば、婆さんも楽になる。

○目の前の婆さんにうまくできないけどごめんね、と言えるということが、言葉にならないもっとも肝心なことだと思う。それを繰り返していると50年後にはいい社会が自然とできているのではないかと、私は思う。村を取材される人それぞれが子育てや・家庭を大事にしたい等の悩みをもち、自分を責めている。同時に自分にやさしい人であってほしい。

【午後の部】
○長久手を四国にたとえると、「満濃池」あたりが万博の会場。四万十川のほとりにゴジカラ村がある。名古屋の東。

○特養80人、ショートスティ40人、託児所、杜の幼稚園100人 ケアハウス50、デイ40人、専門学校(杜の学園200人:介護福祉士・看護師・保健師養成) 職員は100人くらい。昼間は600〜700人くらいの村。

○来客は、ケアハウスの食堂で、みんなと同じところで食事をとる。

○幼稚園の認可にあたって、滑り台と鉄棒とブランコという3種の神器がないとだめと言われたが、山の坂が立派な滑り台の代用となっている。朝から晩までひたすら遊ぶだけ。

○在宅介護支援センターに子豚やチャボがいた。中に喫茶店があった。ビールも飲める。

○ケアハウスは、木を切らずにつくったので、庇は穴だらけ。各戸の形はすべてちがう。
○「がんばらない」という標語が正面玄関に掲げてある。

○ほどほど横丁。OLも住んでいる。職員に管理をさせないために入り口を分けている。「混在すると立つ瀬が出てくる。でも揉めるから、「ほどほど」がキーワード。わずらわしいのが当たり前。それが「暮らし」なんだから。」 OLは、名古屋の広告会社等に勤めている。30名応募があった中の4人。年寄りのためになっているわけでもない。普通のアパートに近いが、入り口は一緒。自分の部屋に上がろうと思うと爺さんがみているという世界。風呂は自分の部屋にもあるが、1Fに共通の部屋にあり。食事はそこでとろうがどうしようが自由。1人、彼氏を連れ込むがそれも大歓迎。

○特別養護老人ホームは特別養護老人ホームで、ほどほど横丁はほどほど横丁で、それぞれの自治会で行事的なものをしている。

○自然素材でつくってニスも塗っていないので、人間にとっても良いが、虫にとっても良い。柱にカンナをかけていない木皮のまま。わざわざきたない草を植えている。誰が修理しても「絵になる」。プロは直さない。

○動物の衛生面からの苦情は?中庭の川の中からアヒルが出てくると、水溶性の糞を撒き散らす。それでもアヒルがいた方がいいという人もいる。毛虫が落ちてくる。堪らない人には堪らないだろう。

○長屋に入居される人の基準として、要介護3・4・5の人を優先している。今、13人。20名のユニットだと多すぎる。

○資金面での補助は?特養は昔からの補助制度を利用。ほどほど横丁(400坪余)は、大家さんをくどいて、1億3千万で建てさせて 毎月110万円を家賃として支払っている。

○託児所グループホームも大家さんに建ててもらった。ホテルも180坪。毎月105万円返却の予定。家賃収入で採算は合っている。ヘルパーステーションから訪問しているが、特養出身ヘルパーは、ある利用者と別の利用者を適当に織り交ぜながらサービスを提供するが、ヘルパー出身はこの「白黒つけなくても」ということに馴染めない模様。適当でいいこと悪いこと、皆、悩みながらやっている。

○他所の爺さん婆さんを大事にして、家については何もしないと嫁さんには叱られる。死ぬつらさと生きるつらさ、これだけは自分にも分からない。嫁さんは幼稚園を増設するにあたって、誰も来ない幼稚園だからいいだろう、バスがなくて、給食は出なくて、遊ばせてばかりのところの幼稚園とするから、と説得したが、結果して大盛況。

○案内なしであれば、いつでも訪問可。多分「どなたさんですか?」とも言われないだろう。ケアハウスの中に1泊食事つきで。3,000円で泊まれるが、何か理由をつけてもらうことが必要。大歓迎だが、ここで働いてもらえればありがたい。

○「素敵な」と言ってもらえるが、「素敵に見える」というだけで、とても大変。忙しい。これを面白いと思わないと、本当に大変。

(グループディスカッション)
○グループ「雨上がりの虹」
・大変かと思うが縛りがないということで、仕事はしやすいのではないか。
・特養は常に職員が居るのであろうが、ぼちぼち長屋の管理面はどうなのか。
・3万円キャッシュバックに付いてはお得感があり、上手いやり方。
・地域の方も老後の不安があろうが、近くにこのような施設があるということに安心感が得られるのでは。子育て面でもお年寄りに見てもらえるというのは好影響あり。
・木の温かみが魅力。
・OLさんは介助的なことを実際行っているのか。
・トラブルがあったときの対応の仕方も具体的に知りたい。

○グループ「でこぼこ」
・OLさんは「一人暮らし」では経験できないことが経験できるのでは。
・利用者の方の日中の過ごし方について知りたい。

○グループ「どうでもいいやん」
・動物が好きな人はいいが、潔癖症の方は・・・
・自然が好きな人にとってはいいが・・・
・30名のうち4名のOLが応募とあったが、どのように募集したか、またどのように選考したか。
・ナースコールにOLさんは煩わされるのか。
・孤独死はありえないであろう。
・利用者は同化していくか、はじき出されるか、になると思うが、そもそも馴染めると思われる人を選んでいるのか。
・団塊の世代シニアについても考えていらっしゃるということで、先見の明と実行力に敬服。
・ぼちぼち長屋は住んでみないと分からない。是非、現地を見聞したい。

○グループ「わかば」
・自分たちがやっている(時間内で決められたことを捌く)こととのギャップがどうしても口に出てしまう。
・施設では決められている、トイレ・入浴・食事の時間割をどのように設定しているのか。私たちにも採り入れることが可能か。
・ボランティアが入ることによる職員のストレスは。守秘義務はどう保っているか。
・自立支援を目的にしているのか。
 
○グループ「ぼちぼち」
・自分の老後に話題が脱線していった。
・昔の当たり前の生活があるように思える。自分も年をとったら入りたいが、13名は多いか。
・たしかにヘルパーだけが相手というのは利用者にとってつらいことで、外部の人・OLさんと触れられるのはいい。
・必然的に人と触れ合わなければならない雑居の煩わしさがあるがそれなりの良さもあるだろう。

○グループ「頑張らない」
・入居するのはいいが、働くのは・・・。
・お年寄りと子ども等の世代を超えた交流、衛生面ではどうかと思われる環境において、誰もが入り込みやすい雰囲気が生まれているのではないか。
・OLさんは、どういう気持ちで応募されたのか?隣がどんな人か分からないのはいや、ということなのかもしれない。
・家賃を払う20年を経過したらどうなるのか。
・「家に帰りたくない」という環境作りのためにどのようなことをしているのか?

○グループ「カルロ」
・OLさんが彼氏を連れてくるのは刺激が強すぎるのでは。
・共同生活はたまにはいいが疲れがとれない。
・施設でも4人部屋の方が楽しいというように、色々な人と関わりがもてるというのは良いこと。

○グループ「きらきら」
・良くも悪くも刺激になるであろう。
・思いやりのある子どもになるであろう。
・時間の流れに特色がある。
・食事は?入浴は?水は循環しているのか?
・入居されている方の面接は?
・OLの彼はどんな気持ちで来ているのか?
・トラブルの解決方法は?

○グループ「夕立」
・要介護度3・4・5の方も入居OKというのはすばらしい。
・昔の田舎の生活に似ている
・OLの親も安心できるのでは。

<先生の回答>
・管理者は設けているが、管理はほとんどしておらず、いつも「揉めて」いる。
・OLに対して、約束事は特に設けていない。自分なりに距離感をもっている。
・子どもをめぐるトラブルは特にない。走りながら考えている。
・職員はとにかく時間に追われる。
・利用者は日中、何もしない。行事は極力なくしている。子どもがただ走り回っているのを見ている。
・動物・自然が嫌いな人、隣の人が嫌いという人も、もちろんいる。ただこらえている。
・入居するOLについては、たまたま新聞に載せてもらって募集した。選考は管理人が選んだので分からない。
・ナースコールに対しては、OLは出向くことはなく、職員がいく。
・異質なものを、ということで雑木林は重要な役割を果たしている。
・団塊世代のために、何かをつくりたいという思いをもっている。
・1単位が13人というのが良いかどうかはわからない。
・どれもプラスになることもあるが、悪いこともある。みんな裏表。
・ここで「働く」ことは大変。面白いと思えるか。
・大家さんもNPO法人の役員としている。理事長に仕立てようとしているところ。従って20年後には、「同じ穴の狢」となって何とかなるのでは。
・ぼちぼち長屋については、「帰りたい」という入居者はいない。
・OLは疲れないみたい。
・ムカデがいるのは人間にもいい環境ということ、と家族に説明している。
・風呂は特浴と普通浴2つある。混んでいる時はヘルパーステーションから応援。
・入居者の組み合わせは、特に意図せず入れている。
・OLの彼氏は楽しそうに遊びに来ているらしい。
・けんかの解決はしていない。
・家族構成は夫婦の方が多い。
・保健所は特に来ない。
・井戸を掘ったら大腸菌が危ない環境であるが、沸かして温泉にしてもいいか。
・1人あたりの時間が2時間しかない、といっても大変なこと。ヘルパーは時間の間だけだが、特養はその2時間だけというわけにいかない。1〜2年目の子はとてもうまく順応できない。目の前のことだけに集中させる状況としてあげなければ、とても付いていけない。
・家族からのストレス、ナースコールからのストレスは勿論ある。訴訟も1件抱えているが、このやり方を文句言われているからといって変えるつもりはない。職員とのギャップは15年間埋まっているとはいえないが。
・評価を伴わないと頑張れない日本になってしまった。家付き昼寝つきババ抜きはいいという30年代の主婦がつまらなさを感じはじめている。年寄りと暮らすためには、ぼーっとしていることに励みを感じるようなメンタリティでなければつらい。みんなが評価を求めて、ということに馴染まない。かといって、厚生省は客観的なものにしか金を払えない。
・幼児教育に関して、ちょっと前まではプールで泳げるようになった、言葉を覚えた等を母親は求めていたが、今日何をやった?「さあ」と言うことに価値を見出す、自分の物差しをもつ女性が増えてきている。自分の物差しで生きればいいという時代になりつつあるのかもしれない、と思っている。


以    上