いきいき介護セミナー2006
日時;平成18年5月27日(土) 10:00〜15:10
場所;第一生命ビル
講師;堤 修三 先生(大阪大学大学院人間科学研究科教授)
tutumi.jpg
開講式
(主催者あいさつ;並河 孝 代表)
 いきいき介護セミナーを始めたきっかけは、在宅や施設で生活する高齢者の方が、いきいきと元気に、また笑顔で生活していただくにはどうしたらよいのか?? それは介護する私たちが身体も心も元気であること。それには元気の素となる研修会をすることと思う。介護現場で実行するには、仲間を巻き込むことが必要で、横の仲間と親睦を深める事も大切。このセミナーが役割を担えれば幸い。12年目のテーマは、「変革の時、何を学びどう行動するか」本日から6回シリーズで、学んでいきましょう。

(来賓あいさつ;大津市健康福祉部政策監 井上 一夫 氏)
 1995年にスタートして12回目を迎え、現場第一線で働くさまざまな職種の方がご参加されている当セミナーへの参加者は、延べ1200人となるとうかがっているが、これまでのセミナーの内容が高く評価された結果ではないかと考えている。
住み慣れた地域で予防を中心にという新たな仕組みが創設された。大津市の高齢化率は17.6%で、国・県に比べると低いが高齢化が確実に進展している。対象者が9,500人を超え、介護保険制度の適切な運営が求められる。日常生活における介護予防充実を図るため地域包括支援センターの整備など、法理念の実現に向け取り組みたい。
制度改正の趣旨が徹底されておらず市民・利用者には戸惑いがあるのではないか。そうした中、介護保険の創設にタッチされた堤先生から本日講義いただくということで、当を得た講義であり、「変革のとき、何を学びどう行動するか」というセミナーのテーマ実現に向けて皆様方が、理解を深め利用者主体の介護が進むことを期待したい。
いきいき介護セミナー2006が大きな成果をあげられることを祈念したい。

【講 義】
役所を退官してから3年。今回の制度改革にはタッチしておらず、制度創設の話が中心となるが、ご了承いただきたい。法律が通ってから3年間、制度実施の直接の責任者であった立場から、今当時の背景事情等を振り返ることは意味があることだろうと思う。
制度を作った時の考え方をまず振り返ってから、今回の制度改正について触れたい。

1.介護保険制度は何故あのような仕組みになったのだろうか。採られなかった選択肢から考える。

・捨てられた選択肢から遡ると理解しやすいのでないか。法令集・通達集の文言に現れないこと、何故、そのような仕組みが採られたか、という理解がなければ、さまざまな問題への応用が利かない。背景に遡って一歩引いて考えることで、難問への対応が可能となる。

@医療保険からは切り離された独立の保険
 
・医療保険の中に組みまれたドイツの例のように、介護保険創設当時、介護と医療とは密接な関係があるので、一体化した方がやりやすいのでは、という意見もあった。
・それを、敢えて切り離した。切り離したいという気持ちの根本には、50年〜60年の間こびりついた医療保険のあか、即ち利害関係の柵から決別し、新天地で新たな制度をつくりたいという考えがあった。
・医療保険においては、給付をスタートさせるか否かの判断を行うのは医者。医療保険のように給付開始決定をサービス提供者に委ねたら、際限なく給付が膨れ上がっていく。そうしたくなかったというのが一番の理由。医師会が反対したらどうしようと心配し、様々な理論武装をして臨んだが、当時の会長に、医療保険から切り離すということについて、ご理解していただいた。

A市町村を保険者とする地域保険
・「創設秘話」に書いたように、自身は地域保険でいいのか疑問を持っていた。
・お年寄りにも、国民年金だけをもらっている人と厚生年金ももらっている人の2種類があり、地域保険の仕組みにすると、これを一つにして扱うことになるという問題があった。
・しかし市町村中心主義の風潮が強かったため、珍しく厚生省・大蔵省・自治省が完全にトライアングルの協力体制を築いた。自治省にとっては地方分権の一里塚とする、更に言えば、広域でなければ介護保険の運用が困難となることから平成の市町村合併を進める、という目論見があった。
   
B賦課方式で介護サービス費を給付する短期保険
・自分で、後々のために費用を積立て、必要が生じたときに給付を受けるという長期保険では、積立期間の25年が必要となり、現在のニーズに応えきれないので、「今の人が払い今の人が使う」という短期保険が採用された。
・介護保険は介護サービスの給付ではなく、介護サービス費の支給。
  9割支給されるが、1割は払わないといけない仕組み。10割の給付でその中でサービスの一部負担を支払うというのではなく、1割は必ず窓口で払っていただくため、サービス費の支給という仕組みをとりたかった。

C65歳以上の1号被保険者・40歳〜64歳の2号被保険者 ←20歳以上の被保険者
・はじめは20歳以上を全員対象とするという案から出発したが、本当に納得して払ってもらえるのか、やや問題があった。
・結局、障害者へのサービス等との調整を完全に整理する段階ではないということもあり、加齢に伴う疾病という限定付きで40歳以上ということになった。
・第二号被保険者の制度は、市町村における保険料徴収の便を考えた苦心の一策であった。年金受給者は年金からの天引きで確実に徴収できるが、そうでない現役世代からは医療保険料のルールに応じて徴収する。
・結果的に、65歳以上は地方に一元化・65歳未満は健保と国保に二元化という意味において純粋な地域保険とはなっていないが、現実的な制度だと思う。

D要介護認定
・心身の状況から演繹的に要介護度を判定する方法はうまくいかず、発想をひっくり返して、「実際に現場でどのくらい手間をかけているか」によって帰納的に判定するという方法をとった。すなわち、「今、この手間がかかっているからこれだけの介護が必要」という判定であり、現場にしか判定の基準はないということにもなる(=要介護度を判定する神様は現場にしかいない)。
・それを説明する時につかった「例え」は、生まれたばかりの赤ちゃんに比べて、ヨチヨチ歩きの2、3歳の幼児は、体のしっかり度ということで言えば、生まれたばかりの子は弱々しいが、手間は2〜3歳の子と比べるとかえってかからない━ということだった。即ち体のしっかり度と手間のかかり度は違うということ。
・要介護認定は、アインシュタインの宇宙である。どこまでいっても現場の介護の実態から抜け出せない。客観的に外から見れる第三者がいないのは確か。

E在宅サービスの支給限度額と出来高払い・定率負担
・完全な出来高払いで医療のようにどんどん積みあがってくると対応できない。どこまで介護が必要だという客観的なものがないため、風呂に入るのが好きな人が入浴サービスを使いたいだけ使うということも出てくるため、一定範囲を設けた上での出来高払いとなった。

Fケアマネジメントと給付管理・ケアマネジャーの独立性
・ケアマネジメントを制度にどう落とし込むか。障害者の支援費制度認定においては自治体がケアマネジメントを行う。ケアマネジメントをはっきり制度として謳い(法律に書き込み)、ケアマネジャーの権限として給付管理票をつくるという仕組みをつくった。
・ケアマネジメントを行うケアマネジャーが属する組織と、サービス提供を行う組織を、法人格として分離する、たとえば人的関係・資本関係の面での分離を突き詰めるか、という点も課題として挙がった。しかしその場合、院外薬局と同じで、分離を求めたとしても、結局どこかで裏道を通る人が出てくる。独立性を徹底するために、規制強化すると行政が複雑化、肥大化してしまう。
・事業者の運営基準の中に、ケアマネは自所のサービスをつかうよう、慫慂してはいけないということを書き込むだけでなく、経営の立場としての規制、すなわち経営者の責任として、傘下のケアマネに自所のサービスを使うように命じたり、勧めたりしてはならないとの書き込みも必要ではないか。

G介護サービス提供の担い手
・民間の活力・効率化の発想を活用する意図があったが、反面リスクもあった。先日銀行のコンサルと話をしていたら、学生下宿のようなアパートに要介護度5の人を集め、介護サービスや医療支援などを行うというビジネの話に出た。集約的にサービスを提供し、在宅扱いとなるため36万円/月・人が確実に収入として見込める。究極の裏技で美味しい商売。ニーズがあるからこういうビジネスモデルも出てくるのだろうが、使う人も提供する人も節度をもって、ということに尽きる。こういう利用実態の保険のために保険料を納める気になるか、ということに立ち戻ってもらいたい。このモデルは、24時間、職員が常駐しているわけでもないので、医療支援としても不十分であり、緊急時の対応が心配。この不十分さゆえに、早く利用者が亡くなり、回転が速くなるということも計算しているとすれば、恐ろしい話。
・そういったビジネスモデルに対して、市町村がしっかり監視すべきといっても、住宅について縛るといっても、住宅の意味が多様なので難しい。やはり利用者がそういうところを選ばないということが基本。

H給付費にリンクする保険料と5段階の水準認定
・一律500円(定額)、対象は20歳以上という案があった。当時、自社さ政権で、「社」からフラットはよくない、との主張が出され、「自」は税額に応じてとるというのは税制面で不公平感が残るとの反論があったが、結局、連立政権維持という政治的判断の下、「社」の言い分が通った。

I3年毎の全国一斉の保険料改定

J1号保険料の年金からの特別徴収
・市町村ごと・個人ごとの保険料額で天引き。社会保険料がこれに対応してくれたので介護保険が上手く行った。

K2号保険料と医療保険者の介護納付金

L財政安定化基金と保険料軽減3原則
・2号保険料を市町村が直接徴収すると、高齢化率の高い地方が苦しくなるため、東京都から召し上げて、地方にまわす、という「ねずみ小僧」的な仕組みが必要であったが、都市部都会の了解が得られないため、医療保険が徴収し、全国でプールして公平に配分する仕組みとした。財政安定基金は赤字の自治体が、地方の一般会計から補填・借入しなくても済むように設けた。一般会計封じであった。
・ところが、保険料の軽減を行う自治体が出てきた。3原則を決め、軽減に赤字も財政安定化基金からも借り入れが出来るようにしたので、何とか抑えることができた。

M介護保険事業計画・支援計画
・計画を作るプロセスへの参加、これだけの給付をするために保険料をいくらとするという決定過程が重要。国民健康保険は、これだけの費用がかかる、という見通しを立て、所得水準等に鑑みどれだけとれそうか、残りを財政補填するという考え方。一方、介護保険においては先に調整を行い、最後に帳尻を合わせるのは保険料。

N家族介護への現金給付
・樋口恵子さんが断固反対を貫いてくれた。市場水準のものが支給されるならともかく、安い給付で押付けられるのでは、家族はたまらない。ドイツのような労働対価というのも反発が大きく、「ありがとう」の慰藉激励的性格とすれば、市町村からの慰藉激励ということはありえないでないが、保険から慰藉激励というのは変な話。


2.介護保険という赤子を取り上げた者の思い

○制度は自生的に生長する。
・「ミスター介護保険」ではなく、自称「介護保険の産婆」。すくすくとまっすぐ育って欲しい。温かく見守るくらいが適当で、あまり干渉するとひねくれてしまう。

○「制度は国がつくり地方が実施する」→「国と地方が共につくる制度」
・今回の改革はやや、「国がつくり地方が実施する」に後戻りしたのではないか。

○保険料の納付は地域共同体の一員として、地域の介護の支え手であることの証。
・保険料を税金と同じく一方的にとられるものという意識が強いのは残念。

○介護サービスの質確保は、事業者の競争と利用者の選択が基本。サービスの担い手のプロ意識。
・「〜士」の立場で、とあまり言い過ぎると人間が狭くなるが、ある施設に雇われたケアマネをはじめさまざまな職種の人が、その施設の人間というのではなく、その職種にあるということのプロ意識(プロとしてこれをやりたい、やってはならないという健全なプロ意識)が重要。
・要介護度5ハウスのようなサービスが現れるのも問題だが、全く競争がないのも問題。


3.2005年の改正はどう評価したらいいのだろうか。
@全般的評価
○国の設計主義的発想⇔地方も国の決めた制度をそのまま実施するという発想
・国がすべてをコントロールできるという思想が垣間見られる。
○複雑化し過ぎた制度→住民が自ら参加できる制度から遠いものに。
○給付適正化やケアの質という目的のために、利用者本位や選択といった基本理念が犠牲に。措置への逆行。
A個別的評価
○介護予防の押付けがましさ
・健康データを一括管理し、いわば「健康ファシズム」の予兆が見られる。胃カメラを飲まないやつは胃ガンになっても保険はおりない、タバコをやめないやつが肺がんになっても知らない、という猪突猛進はいかがなものか。人間には他人に迷惑をかけない限り「愚行権」があるということが自由主義であり、「善行」を強制するには慎重であるべき。結局は程度問題ということだろう。シートベルト着用を強制し、着用しないものには保険がおりないというのは、強制を嫌う英国でもコンセンサスが得られたが、健康のために一日一万歩は歩けない、ということを強制することができない。
○世帯分離を招いた施設のホテルコストに対する補足給付
かつての老健施設のようにホテルコストを地域格差か経営の調整弁にすべきだったが、補足給付を制度化したのでそれができず。
○市町村が給付抑制に走るおそれのある地域密着型サービス
・市町村の役人が当事者意識をもつことは結構だが、「収支の帳尻あわせ」に限局された当事者意識が発揮されることを懸念。
○どこが「地域包括」、支援センター
・自治体は保険者の後見的立場としての役割に徹することが重要。苦情処理は保険業務の中核ではないが、後見的立場として必要不可欠な仕事。実態として必要な後見的機能とは何かという本質が重要であり、それをどう実施するかは市町村に任せるべき。
・介護予防の段階と、要介護となったときへの継続性・一貫性も重要。
○居住系サービスの拡大と総量規制
・施設の総量規制を行なうと、要介護度5ハウスのような形態に流れてしまう。
施設ニーズを掘り起こしてしまったという現実に正面から向かい合うべき時期。
○複雑化する介護報酬・包括化される介護報酬
・報酬表が分厚くなる傾向になるが、被保険者その他の関係者が制度の仕組みを確実に理解するためにも複雑化は望ましくない。実態に沿った複雑化(きめ細かさ)であればよいが、形式的な報酬の複雑化は、現場の工夫をする元気・意欲が削がれる。
・医療でもそうだが、ある程度のパターン化がなされなければ手抜きが発生しかねない。真面目にやっている人ばかりなら良いが、表に出ないところで不正が起こる、もう少し標準化ができてから包括化する方が望ましい。
・必要な予算だからといって増額要求が認められるわけではない。仮にH19年度は1兆円増大見込み、という見込みが出たとしても閣議でシーリングが決まると、6000億円のみの増額要求しかできなくなるため、他とのやりくり等が必要となる。たとえば1000億削って、残り3000億円については目途が立たないまま、ブラックボックスのまま「袋詰め要求」が行われる。そして、国庫負担を減らすために、制度改正をすることになる。
○保険料の範囲を逸脱する地域支援事業
・保険給付には宛先があるが、事業は個人が宛先ではない。保険料は個人給付に充てるのが基本。成果が上がらないということになれば当然厳しい批判を浴びる。

4.これから市町村や現場はどうすればいいのだろうか。
○「制度を共に作っていくこと」の再認識
地方自治体の制度提案(地方6割+国全体4割)
        +
国の制度提案(国6割+地方4割)
○制度依存・制度前提の考え方を捨てる。
・制度に縛られず、制度をつくるという発想
○介護報酬の奴婢になる勿れ
○先進的な自治体の取組みをいち早く参考として取り入れる。
○主人公は被保険者・利用者

<主なQ&A>
Q: 何故介護保険が必要となったのか、および介護保険以前のサービス提供の状況。
A:以前は措置制度。当時から民間企業への委託が現れていたが、措置時代は、契約者は自治体であったため、民間企業も利用者の方ではなく委託先である自治体の方を見て、来年度も契約を更新するかどうかを気にしていた、というのが本質的な違い。
導入が必要であった理由として、1つには老人福祉で受けとめていた人と医療で受け止めていた人とがいた中で、医療保険の重荷をとりのけてくれ、というニーズが強かったということ。医療保険を行う部局はたまらん、介護を医療保険から離せという一方、老人福祉の方では税金でサービスをやっているが、それでは限界ということがあり、両者が一致した。
個人的にも措置制度をやめたいと思っていた。役所に入って3年目に大蔵省に出向したとき、当時の課長から措置費という言葉は、何て非人間的な、と言われたのを鮮明に記憶している。その通りだと思って、「措置」をやめたいという思いが強かった。

Q:介護保険がまっすぐ育つための市民と介護サービス提供者の責任
A:市町村職員はプロとして、きちんと意見を戦わせた上で、意見をまとめて世の中、国に積極的に提言すべき。介護職員も愚痴をいうだけでなく、ダイナミックな運動、声を出すと言うことが重要。意見を行政にどんどん送りつける。なるほどというものであれば、公の審議会で配布されることもあろう。さらには、どうしたらよいかという工夫した解決方法についても触れるとよい。
市民としては、要介護5ハウスのようなところを、利用者として望まない、という声を上げることが大切ではないか。
利用者のサービス提供者選びの判断に資する、わかりやすいマニュアルをつくることも重要。

Q:障害者制度とのドッキングについて
A:障害者の人も医療保険を納めて保険をもらっており、保険分の上乗せとして更正医療の給付がある。ドッキングの場合、介護保険をベースに、税金による支援を上乗せ、ということしかありえないのでは。障害者自立支援制度は、介護保険に似せよう似せようとしているが、むしろ似せない方が併用しやすい。障害者は福祉の制度らしさを残しておいた方がよかったのでは。いずれにしろ併用の方向に向かうだろう。

Q:職員へ目を向けることも必要では。離職率が非常に高い。現場職員がやりがいをもって働ける職場となるよう制度としても手当てすることが必要では。
A:アウトソーシング・外国人労働者への依存ということになりがちだが、処遇をもっとよくするということがケアの質の向上のための基本。医療も医療現場の荒廃が騒がれているが被害が出てからでは遅い。そのためには現場の窮状をアピールすることが必要。事業者は賃金を抑えたいというニーズがあるだろうが、頑張ってもらうしかない。介護報酬が上がれば給料は上がるだろう、それを待つというのでは駄目。
たとえば、職員を3:1の基準すれすれで給与水準も抑えて黒字、しかも10%の経常利益を上げた、という事実が積み重なると、だから福祉はもうかっている、介護報酬を上げる必要なんかない、ということになる。しかし、2:1にして赤字になったという事実が重なると、やはり今の介護報酬の水準では現実的に無理なんだな、というコンセンサスが得られる。そういう順番。それに結び付けるには、正当に賃上げを要求することはもちろん、理路整然とその正当性を説き、場合によっては介護福祉士会をはじめ団体を使ってアピールすることも重要。幸か不幸か10%もうけているという現実の前で介護報酬を上げようということは無理。

Q:介護保険3施設の限界と、現実家に帰れない人との問題。
A:療養病床は、総量規制で今後増えないことになっている。よって、程度問題だが要介護5ハウスに至らないまでも、それに近いものも増えてくる。立派な人がやればいいが変な人がやればやばい、というサービスが増えるだろう。今まで3施設を抑えて他に逃げ込んでしまう、ということで、いわば無理に出口を押さえてきた。施設ニーズを掘り起こしてしまって、次にどうするかを真正面から受け止めるべき。財政のコントロールが効かないということをもって、表面的にニーズが増えないようにするのでは問題。
特養にしろ、老人自身が入るというならともかく、家族に説得されて入るというなら、入れられた施設。自分から入った人は10%程度と言われる。後になればなるほど自分から入りたくないのは当然ゆえ、早めに入れるような施設としなければならない。       
老健施設は、在宅復帰+地域支援施設ということは正しいと思う。地域に広がった機能とアフターケアの組み合わせで考えるべき。

Q:20年先の介護保険
A:1割給付は維持できない。2,3割となるのでは。徴収開始の年齢の引下げはいずれは行われるのでは。障害者サービスも、ベースの部分を介護保険と相乗りする方法で裾野が広がるのではないか。
65歳以上について、厚生年金をもらっているか否かで区分せざるをえず、6.7万円の老齢基礎年金の国庫負担を一律に引き上げるという方法ではなく、基礎年金だけの人には国庫負担を厚くして、低所得層の保険料を軽減すると言う方法でしか耐え切れないのでは。

Q:今回の制度改正は性急であったのでは?業務の煩雑さを増すことに。また、要介護→要支援となる傾向にある。
A:その通り。窮状を訴えていくべき。重層的に支える介護保険としたのはいいが、よってたかって足をひっぱる介護保険となった感がある。

Q:地域支援事業展開にあたっての不明な点について
A:細かいことまで国にあまり明確に説明を求めず、市町村が正しいと思ったことは割り切って実施してはいかがか。

最後に
利用者が、自分の人生も悪くなかったと思えるような最後のときを過ごせるための介護保険でなければならない。そのための費用の一部を自分たちも負担させてもらっているという意識が国民に拡がれば、国民自身が自分達の国のありように責任を持つ国になるかもしれないなと思う。

以  上