いきいき介護セミナー2008第2回目
日時:平成20年7月19日(土)
場所:大津第一生命ビル
講師:石井裕子先生(ケアリングクラウン)
ケアリングクラウン(=心の癒しの道化師)は、ようやく日本に根付き始めた
トンちゃん・トンペイ君・トンキチ君・オーちゃんそれぞれのキャラクターが一緒になってケアリングクラウンの活動をしている。
個性・キャラクターの違いを認め合い、自分らしく相手の人のキャラクターと自分のキャラクターをうまくコミュニケーションをとって、その場の雰囲気をやわらかくするというのは重要なこと。
笑いなさい、笑いなさいという"押し付け"は場当たり的なもの。「自分ってこういう一面がある」というのに気付いてもらって、バルーン等を使ってうきうきしていた子どもの頃に帰ってもらうという時間になれば理想的。
ケアリングクラウンの活動は、サーカスのピエロが、自分の知っているパフォーマンスを見てもらって拍手をもらうという活動とは似て非なるもの。子どものときの子どもらしさを出してもらうお手伝いをする。
確かに格好は派手だが非常に地味な活動。「自分」をしっかり持って、「相手とどう関わるのか」というのをもっていないと、逆に侵されてしまう。自分が病んでしまう。
米国のケアリングクラウン、オランダのクリニクラウンを学んだ。
パッチ・アダムスなど、いろいろなケアリング活動をしている人からは勿論、世界じゅうで実際に出会った人たちから色々なことを学んだ。
ケアリングクラウンは一番身近な人を大切にするということから始まるのではないのかな、と思う。身近な人にケアリングクラウンの関わりを行い、元気にする。身近な人にケアリングクラウンができるというのは一番の幸せ。
トンちゃんのお母さんに対してもケアリングクラウンの関わりを行った。お母さんだけを「特別扱い」しないために、予告なしにお母さんの施設を訪れると、お母さんより先に他の人が「トンちゃん」と声を掛けてくれた。
トンペイ君がトンペイ君のお母さんとケアリングクラウンの関わりができたこと。男性はシャイ。最初はトンペイ君も「ばあちゃんにあいさつを」と促すと、やっと「ああ、またな」だけ言って帰っていた。いつになったらできるようになるのかな、と思っていたが、「ばあちゃん、また」とハグをしていた。トンペイ君のお母さんが旅立つ前に、そんな関わり方ができるようになった、というのは私にとって一番嬉しかった出来事の一つ。
地域の子どもたち、高齢者の方とつながりをもちたいと考えているが、中学生くらいになると、シャイになる。でも、この姿をして彼らに「赤い鼻をさわったらええことあるで」、と近づいていくと、彼らも気がないかというと気がある。自分に声をかけてもらったということで、心の中では嬉しい。
(以下、スライドで紹介)
ホスピスでの一幕で、末期がんの患者さんと出会った。米国のケアリングクラウンはメイク中心で、アメリカはアメリカのやり方でそれはそれでいいと思う。ただ、「あなたはあなたでいい、それ以上することは要らない。それでいいんだな」というのをオランダで学んだ。それまでメイクに1時間もかけるパフォーマーのピエロを演じていたが。自分にとって合うやり方を心がけた。
「赤い鼻さえあれば十分」というのをその患者さんに伝え、一緒にスキップをしながら部屋を出て行った。他の患者さんに「生きてて良かった」と言ってもらえるほど喜んでもらった。「明日からあなたがクラウンをしたら」、といって別れたが、1週間後に旅立たれたとのこと。棺の中に赤い鼻とケアリングクラウンのセットを入れた。
中国への旅行でもコミュニケーションのきっかけとなった。道具もなく人の輪ができる。単純なことで周りをリラックスさせることができる。
イランでは、お国柄、道では他人にアイコンタクトをしないように、うつむき加減で歩くようにと事前に注意を受けた。外では「郷に入れば郷に従え」だが、一歩家に入ると、すぐ赤い鼻をつけてみんなとコミュニケーションをとり始める。小学校に来てくれ、ということになり入って生徒たちにケアリングクラウンについて説明し、実生活の中で人との関わりをもつことができた。
ホームステイで預かっていた留学生の子の結婚式に出るためにスウェーデンに行った。最初は正装したが、披露宴のパーティーの途中でトンちゃんとトンペイ君が登場。
「こんにちは」「ありがとう」「さようなら」くらいの現地の言葉を覚え、「自分が嬉しいんだ」という感情を伝える。
無秩序な子どもの列に出くわして、「ヘイ」を連呼し登場すると、子どもはびっくり。「あんたらちゃんと並ばないとあかんやろ」と日本語で言ってアクションを加えると、きちんと並んで先生は大喜び。そこで役割終わり。自分の役割分担をそのときに決めて「引く」というところをすると楽。ずっとまとわりつかれると自分がしんどくなる。
デンマークの子ども病院を訪問。診察台も含めて明るいカラフルな病院だった。
ドイツの幼稚園を訪問。「言葉は通じないが大事なものを伝えてくれた」と現地の新聞に紹介された。
トンちゃんが重視するのは食事。人の心を穏やかにする。いろいろな人と出会い・お世話をしたいな、と思っている中で、今、18歳の子を預かっている。小さな頃、愛情や躾を受けていない子で、今、愛情や躾をしているところだが、これくらいの年頃になってから愛情を注ぐ・躾を行うというのは、子どもを育てる以上に大変。朝は起きない、自分勝手なことをする。共同生活のルールの話をしてもわかってくれない。必死に一緒に24時間を過ごす。少しずつ社会に戻っていくのを実感するのは食事の場面。「朝やで!」を連呼しても2階から降りて来ることができない。みんなで一緒におはようといって食べるという、かつて子どもに実践したことをもう一度やってみよう、ということだが、非常にエネルギーが要る。夜と昼と逆転した子どもを、正常に戻すというのは本当に難しい。でも、4ヶ月たって、今まで10回怒鳴っていたのが3回くらいで降りてくるようになった。やはり「食」というのは人の心を穏やかにする効果があると思う。
イタリアの知的障害者の施設を訪問した。高齢者の施設も訪問した際、ある認知症の女性で、人の手をはねのける方がいるので注意するように、とスタッフから聞いていた。彼女は壁と壁の間をひたすら往復して歩くことを繰り返していた。トンちゃんは、彼女の隣をひたすら歩いた。おやつの時間、おやつを彼女の前に、「馬の鼻先に人参」状態で歩くと、がばっとおやつをとった。彼女の汚れた手を拭こうと思って、歩調をあわせて手を拭いた。手を握って手を拭くと、彼女は手を委ねた。手がきれいになるとまた歩き出す。そのうち歩き方が変わって端の椅子に座った。隣に座って「長く散歩しておつかれさま」と言うと彼女は何と、「ありがとう」と言った。私もスタッフもびっくりした。認知症の方は自分の世界に入り込んでいると思い込んでいたが、一瞬だけ社会とつながる言葉も言えたし、私の顔を見ることもできた。彼女は、自分のあらゆるものを出して「トンちゃん、認知症でもつながるときはある」というのを身をもって教えてくれたのかな、と思っている。
この子は歩けない子。ところが20分くらいしたら立ち上がって、トンちゃんにキスをしに来た、という奇跡が起こった。人には「こうなったらああなるだろう」という計算の中から出てくるのでない、何かを行うとき、「何?どうしたの?」という形で奇跡というプレゼントが起きるということを教えてもらった。
ネパールだったかカンボジアであったか・・・。従来は各スライドに、ここはどこの国というのを書いていたが最近どこでも一緒だということに気付いてスライドだけにしている。
笑いがいい、笑いがいいと簡単に言うが、すぐ笑ってもらえる人はいない、というほど身も心も傷ついた人たちにできることは、じっと手を重ねること。その後しばらくして、彼女は泣いて、たくさんの話をしてくれた。どれだけ傷ついたかを吐き出してくれる。トンちゃんができることは、ただ傍にいることだけ。泣いて泣いていっぱい話した後に出たのがこの微笑み。
今日寝る場所も食べる場所もない子ども。持っていた麻袋を隙を見て、遊びのつもりで「とった!とった!」とからかったところ、彼は持てる全ての力をもってトンちゃんにぶつかってきた。彼にとってその麻袋は、命と同じものだった。「ごめんごめん」といってぎゅっと彼を抱きしめた。そのギャップに早く気付かないと大変なことになるところだった。その後、いろいろな遊びをして赤い鼻をプレゼントした。彼はその後、スキップをしてその晩寝る場所を探しにいった。
1泊ホテルにとめてやることは簡単。その場しのぎのやさしさ・遊びは彼が「生きる」ことにつながらない。そういったことを教えてくれた
ミルクを買うお金がないから恵んでください、という人たちに、「私には何もないけどハグすることはできる」ということを伝えたところ、却って信頼感を得た。物を与えることはある程度必要だが、彼女らは物以外の何かを本当は欲していた、ということかな、と思う。
「これをすると、ああなります」という理論的な話は私にはできない。体験したことを"トンちゃん"を通してみなさんに伝えるということをしている。
介護現場を訪問して思うのは、スタッフが疲れているということ。病院でも、「患者さんのためにトンちゃん来てください」といわれるが、実は当の医療スタッフが疲れている。皆さんが元気になっていただくことが入所者の方に必要。
私たちは当たり前のことを言うのは恥ずかしい。どうしても「自制」してしまう。トンちゃんのワークショップの1つの意味は、私たちをお母さんが産んでくれた、ということを思い出してもらうということ。その後のどんな状況があっても、産まれたそのときに抱きしめてもらっていない人はいないはず(意識の中では抱きしめてもらっていないと思っている人がいるかもしれないが)。
純粋無垢な子どもが、やがて、こうやったら人に笑われる・馬鹿にされる、と世間を気にするようになる。でも、人は「不確か」。その人の都合によって、いい人・悪い人に変わってしまう。
それまで「いい人」に見られたい自分があったが、ケアリングクラウンをはじめて9年間、1日も寝込んだことはない。自分が出来ること以上の出来ないことについては「ごめんなさい」と言えるようになるとこれだけ楽になるんだな、ということを学んだ。
〔風船を使って〕
・ 決められたものを決められたようにつくるのでなく創造力と工夫を駆使できる、風船が大好き。この風船(長い風船)は日本の風船ではなく(=土に帰る風船)割れにくい。
・ まず、まっすぐ伸ばすし、手のひらに結び目を置いて、倒れないようにして何秒間保てるか。平衡感覚を養うのに最適。倒れないようにしながら周りの人の顔を見る。「私は上手だろう」と周りの人は気にせず「我関せず」では、まだまだ初心者。
・ 風船をパチンと飛ばす。風船は、静電気で色々な動きをするので、輪をうまく通すのは難しい。
・ 風船を丸くして自分の顔の前に置く。歩き回って、必ず誰かと(声を出さずに)顔で挨拶をする。普通に歩いて挨拶すると照れてしまうが、風船があると相当、「照れ」が軽減される。
・ 赤い鼻をみんな全員でつける(=クラウンになる)。その上で、再度「挨拶」を行う。何故「赤い鼻をつけるの?」と聞かれるが、答えは「一番小さなマスク」。自分の子どもの頃の要素がどんどん出てくる。
〔輪になって〕
・ 全員で輪をつくって1〜5まで号令をかける。
・ 目を閉じて自分の1は1の人を探す、2は2の人を探す。
・ 色々な方法があるが、どういう形でその人を探すというのを体験してもらう。人のことを顧みず自分の数を連呼する人あり、誰か私の数字を言ってと思っている人あり、どれが正解ということでない。どんなプロセスで集まってきたか。目をつむって怖い、という心理も含めこれはある意味、自分の内面。これを認識して欲しい。人のお世話をする以前に自分を好きになれる人になることが必要。自分の全部を好きと陶酔するまで行かなくとも、多少好きになるためにも、まずは自分って「このタイプ?」というのが分かることが必要。
・ 1〜5ごと(10人弱)で輪になって、隣の人にパンと拍手を送る。もらうときにはもらったというジェスチャーをしたうえで、また隣の人に拍手を送る。そのジェスチャーを、自然体で立った状況でなるべくナチュラルな状況で行う。それを適度なスピードで行うとリズミカルな動きとなる。次に反対方向に行う。
・ 一定方向でなく、拍手をもらった人に返してもOKのルールで行う。決められた方向ならリズムが早くとれるが、どちらに来るか分からないという不確かさ、自分が意地悪されたから仕返ししようかな、という思いが加わると、途端にリズムがとりにくくなる。「ブレ」ない自分をつくるというのに、このワークを使う。上級編としては対角線上に目線で送るということをする。「ブレ」ない自分ができると疲れない。意識して、少しでも毎日楽に過ごせるように訓練することがわれわれには必要。
〔信頼ゲーム〕
・ (1〜5ごとに輪になった状態で)1人の人が輪の中に入る。周りの人は足を踏ん張る。
・ 中の人は「棒」状になって目をつむってどちらかの方向にゆっくり倒れる。
・ 支えた人はゆっくり受けて、ゆっくりどちらかの方向に返す(ポンポン返すと真ん中の人の恐怖心が増してしまう)。
・ 「大丈夫、大丈夫」ということを言葉ではなく無言で、返し方で示す。
・ 信頼できる人とは言え、ひょっとして、と思うと「棒」になりきれない。
・ 人に身を委ねるのがこんなに気持ちがいいというのを体験してもらう。
・ ボランティア講座でこのゲームをすると、周りを支えるのは任しとけ、というタイプの人は多いが、真ん中に入るのは…という人が多い。人の世話をするのは上手だがされるのは苦手、というのが自分のタイプだ、と分かるのは重要。
以上、自分が自分を気付く、というワーク。勿論、その日の環境・心の変化によってタイプが変わることもある。
〔グループでの本日の振返り〕
・ 棒になったときの感想。自分を発見できた。「身勝手な自分」「恐怖を感じる自分」を感じられた。棒になったときは利用者さんの気持ちが何となくわかった。でも眠れるくらい心地よかった。
・ 日ごろの身構えてしまうコミュニケーションのとり方を再認識した。棒の体験の安心感のちがい、「返し方」によって違ってくるんだなというのが分かった。
・ 体は休めていても心は休めていないのかな、と認識した。コミュニケーションのとり方は難しいが、笑顔になっていただけると進めやすい。
・ 自分に気付くきっかけになった。
・ 笑顔の大切さ、ありのままの自分を認めることの大切さに気付いた。
トンちゃん一座は、2つの夫婦で老後の時間、人生の最後の時間を使って活動している。
皆さんも身近な方に対して、外に何か工夫しながら働きかけていただければ、と思う。