2009-10-25八木幸子さま

瀧川先生の話を受けたように始まった。
大津税務署の前にあります比叡ゆば本舗ゆば八社長の八木幸子(やぎさちこ)と申します。
名前がさち子ですから、この世の幸せのメッセンジャーになりたい。願わくは滋賀の八福神(はちふくじん)になろうと思います。七福神の上をいきます。八は末広がり、横にすると無限大という意味で元気の配達人といわれている。私も介護をしていました。皆様のご苦労、日々の肉体的精神的ストレスをよく理解している。これは体験したお陰です。昭和45年1月29日に湯葉(ゆば)屋に嫁いだ。平成6年5月28日まで主人は元気でした。そして5月29日ある日突然亡くなってしまった。丁度5年程は一緒に商売をしていたので、いまも商売を続けられますが、もし専業主婦なら続けられなかったかも知れない。その点では、ありがたかった。先ほどの先生との接点は、人間というものは変わりたいと思った瞬間に瞬時にチェンジできる。主人がいる時は、私は超マイナス思考で、完璧主義です。周りに完璧を求める。そうすると不平不満・愚痴が出て、ストレスばかりの毎日でした。主人の母とも同居し、商売があり、朝は5時半に起きる。3人の子どもがいるので家事をして、10時になったら会社に行く。夜は午前2時頃までいる。子ども2人がアトピーで煎じ薬をしたりと、私はなんと不幸なんだろうかと思っていた。ところが亡くなった主人は、心がとても穏やかで、荒げた言葉を出したことのない主人であった。そして従業員が、いとおしいという心の経営をしていた。だから社会福祉に対しても、30年以上も前から障がい者の方々に仕事を出し(あじさい園さん・むれやま荘さん等に)地域貢献に心を向けていた。従業員に対しても、褒めて育てる教育をしていた。会話の中で口癖のように言っていたのは、「目が二つある。片方の目は大きく見開いて、人の長所を見てあげ、片方の目は閉じて人の短所を見たげ」褒める方しか見えませんよねぇ。そういう中で人間というものは悪人が来た場合、ムチをもってなあかんだろうな。片方には飴を持って、良い人が来たら飴を差しあげなあかんだろうなぁ。というふうな意識をしていたから、私の飴まで主人が持っているのです。主人は飴を二つ持つ、私はムチを二つ持っている。鬼ばばあになるしかなかった。従業員に対しても子どもたちに対しても苦言役をした。子育てにも苦はいっぱい来た。しかし言葉はエネルギーです。主人の両親が昭和15年にゆば八商店として大津に開業した。主人には6人の兄弟(男3女3)がいて、次男坊である。主人の兄弟は頭が良い、湯葉は頭脳食の証明である。主人は京大の農学部に入り、ブラジルに行き農園をしたいと夢を持っていた。湯葉は大豆と水そして心と技だけ、豆腐は凝固剤を使うが湯葉は使わないので、消化吸収がよく赤ちゃんの離乳食から寝たきりの高齢者まで使える。しかし湯葉は日常の食品になっていない。年に一回は湯葉を食べている方、手を挙げて下さい。月に一回食べている方、週に1回・・毎日。珍味だったから食べている人がいる。湯葉は京都のものと思っていませんか。滋賀県ゆかりの物です。今から1200年前に伝教大師さまが中国からお茶と湯葉と仏教を比叡山に伝えられた。比叡山は京都と滋賀にまたがっているので、京都へ行った。それから天台僧が日光に持っていかれ、日光でも広がるのです。だから、比叡山では湯葉、高野山は高野豆腐、永平寺は豆味噌というふうに、仏教文化は豆文化が広がっている。湯葉は珍味だったが日常にはなっていない。主人は夢を持っていたが、母親に聞いた。「もし僕が継がなかったら、この家業はどうするの」母は「継がなくていいよ、私たちの代で商売たたむから、何にも心配しなくいいよ」そう言われたら、主人は3日間旅に出た。ブラジルに渡るより親孝行と決断した。家業を継ぎ、日本一の湯葉屋にしたい、そのためには膳所高校を出て、すぐ専従者としてゆば八商店に入るのです。でも日本一の湯葉屋になりたい!!しかし家内工業では日本一になれないので、商品をどんどん作っていくのです。ざっと200アイテム以上ある。戦前から比叡山の御用達をさせていただいていたから、比叡山のご了解を得て、比叡ゆばを名乗らせていただいて、日本一になるための戦略を立てるのです。企業として株式会社にして、長い名前ですが"比叡ゆば本舗ゆば八"として昭和44年4月1日に企業として出発した。
私は当時銀行に勤めていた。結婚は、永久就職で商売は面白いなあと思っていた。商売人のところに嫁にいきたい、俺について来いタイプがいいなあ・・・何回かお見合いもした。主人は始めてのお見合い。主人の家に行った。しばらくしゃべっていると「明日空いてますか」と言われて、翌日に奥比叡ドライブウエイから福井へ行った。海を見ながらしばらくしたら「結婚してください」と言われた。お見合いの翌日で「ちょっと待ってください」といった。どんな人かわからない。人柄、いつもニコニコしている。私の両親はすごく気に入った。主人の母は、皇室にゆかりがあり、とてもユニークな人で、B型ですぐにコロコロ変わる。私もB型で同類項です。B型同士の介護は案外楽です。相手のペースに乗るか、こっちのペースに乗せるかがコツである。昭和45年の1月25日に主人の妹の結婚が決まっていたので、その日に一緒に結婚式となった(商売人は度々休んだらあかんので)旧琵琶湖ホテルで午前中は妹の結婚式、午後の部が自分たちの結婚式であった。午前は和食、午後は洋食にして、親戚の人はベロンベロンでした。八木家の人は一度に済んだ。
平成6年5月29日に亡くなった。29日は月命日ですが、これを福と読む。何故結婚までの経緯を言うかと言いますと、完全主義です。完全主義というのは生きている方から死ぬ方を見るから・・・
娘と一緒に住んでいます。女所帯で介護は大変であった。しもの世話も娘が手伝ってくれた。主人の母は泣いて「ごめんな ごめんな」と言っていた。ところが娘もおばあさんにおむつを取り替えてもらっていた。むすめが「おばあちゃん、気にしなくていいよ、私もおばあちゃんに取り替えてもらったんやから、恩返しや」ということで三世帯が一緒に住むお陰で娘が親の背中を見てて、介護を手伝ってくれたりすることは、本当にありがたい。主人の母がショートスティに行くと大変なんです。家で介護するときもお母さんを元気にしようと介護している。「おばあちゃんは湯葉屋の看板娘よ。寝たきりの看板では魅力ないよ。頑張ろうねぇ」介護食を食べてもらうときも、離乳食の時の可愛いいエプロン買ってきて励ましていた。その気になれば不可能はないと言いますが、おばあさんは歩けるようになるんですよ。歩きたいと言うことで、手間暇かけて歩かせて食事をさせた。しかしショートスティ行くと車椅子で帰ってくる。「お母さん何してたん。寝てたん違うか」というと、もう落ちこまはるんです。しもたーと言う感じで「お母さんもう一度一所懸命歩こう」ということで歩くのですが、歳を重ねるごとに筋肉はどんどんどんどんなくなってきますので、病院に行くと、医者から「これ以上は歩かしたらいかん、車椅子にしないとこけたら大変なことになるから」と注意された。10年位前ですから、介護がまだ進んでいないときに、たまたまヤサカさんに車椅子が乗れるタクシーを見つけ、予約してタクシーに載せて会社につれて行き、手は丈夫なもので、「この包装紙折って頂戴」といって出来ることをしていきました。ある時、娘が近江八幡で夕陽が大変きれいに見えるところに連れて行き、そこで元気になれるように写真を撮ってきたりした。介護言うものは手間暇をかけると無駄はありません。主人の介護をする時は、主人への供養と思っている。いやいやすると疲れる。皆さんが世のため人のための介護や社会福祉・地域貢献をされると、天には通信簿があり、ここに"はなまる"がつきます。運を良くするのは、命に感謝する。そして世のため人のため、天が喜ぶ生き方をする。命が喜ぶ食べ物、湯葉を筆頭に伝統食品です、今食べて頂いている"かりんとう"これ世界でたった一つのかりんとうです。これは、障がい者の人に作ってもらっている。豆乳だけで小麦粉を練り上げて、おからが20パーセント入ったおうどん(これは県の福祉委員していたときに障がい者に提案して豆乳おからうどんというのを開発した。これは農水省の総合食料局長賞を頂いた。)を使っている。商売は先取りしなければいけない。早すぎても遅すぎてもいけない。近江商人の三方良しの理念はとても大事です。まず売り手良し、買い手良し(顧客満足だけではダメ、100パーセント美味しかったらこれで買ってもらえない。80パーセントくらいにしとくと、また食べたいなぁと思う。顧客感動が必要。「これ美味しいわ、あの人にすすめたげよ・送ったげよ」)、世間良し、これが社会貢献・地域貢献である。それには適正納税すること。企業は、地域密着型、地域になくてはならない存在にならないことには、地域でお商売はさせてもらえません。みなさまの仕事は"はなまる"の仕事、喜んでしなければ損です。なぜなら、くたびれる。1999年が来たときには、超プラス志向に変わっていたのですが、マイナス志向の方は、9(苦)が三つと思われたようです。私はサンキュウの年と思った。自分の意識をありがとうモードに設定しました。こうなると強いです。ものごとをありがとうとしか思えない。雨もうっとうしいと思わないで、草木に水あげんでもよい。水道代助かります。琵琶湖の水位が上がります。山に雨が降る。山でろ過された水が琵琶湖に流れ込む。魚を取る人、養殖する人が喜ぶ。病気になったら健康のありがたみがわかる。ここに参加したお陰でおいしいかりんとうが食べられる。ここに来たお陰で八福神に会えた。これは必ず幸せになります。宇宙には同調の法則がある。ありがとうを出すとありがとうが返ってくる。かなんなぁと思うと、かなんなぁが返ってくる。ことわざの中に先人がメッセージの中で伝えてくれている。"泣きっ面に蜂"と言います。泣くというマイナスイメージを出すと、蜂まで刺すんです。"笑う門に福来たる"ニコニコ笑っていると福しか寄って来ません。
席を譲ってもらって「ごめんね」というが、これは悪いことした時で「ありがとう」が良い。ごめんねというエネルギーは言う方もあまり良くない、言われている方もあまり良くない。ありがとうが周りの人も良い。
命はどこから出てきてると思います。親や祖父祖母でない。もっと深いところで、太陽・月、もう一つは空気??・・・ではなく、海の水なのです。これは先人から伝えられているはずだと思いました。言葉がありました。"十月十日(とつきとうか)で産み出す"完全なるお月様、完全なるお日様、産み出す(海出す)んです。日本というのは先人がすべて教えている。困るという字は木を囲っている。それは木が困ります。枝が出せない、根っこが張り出せへん。私は1999年から気を高めるトレーニングをしている。合気道の先生です。合気道は自分の力を出すんではなく、相手の力を利用するんです。自分が余り力を出さんでいいのです。相手に添いながら八の字変化です。例えば介護される人が、「かなん かなん」と言っているのに、無理やりやってもダメ。「そうやなぁそうやなぁ」と言いながら、同調して、きっかけを作って八の字変化をするのです。そしたらいらん力はいらない。
出る杭は打たれると主人に話をしたときに、どんぐりの背比べは誰でも頭を叩きたくなる。叩かれるのが嫌だったら、飛びぬけと言われた。飛びぬいたら誰も叩きません。介護は、人がどう見ているやろか、と思っていると出来ない。天の喜ぶ生き方、合気道(その人に添いながら、その人がここち良いとおもわれる形で八の字変化)で上手くいく。
マイナスはゼロが入らないとプラスにならない。あたりまえ、マイナスが来たとき、なかなかありがとうと言えません。だけどお医者さんが「そうやなぁ・・」と言われると、どうしようと思うが、「だいじょうぶですよ」といわれるとホッとするでしょう。まさしくオッケーOK、万国共通。辛い事があると感謝するんです。また、強くなるとありがとう。ピンチの後にチャンスがあるとありがとう。辛い事も悲しいこと、ピンチも乗り越えて、生きることが人生と言い聞かせるんです。自分自身にありがとう!!するとふっと楽になるのです。楽しくなるのです。ピンチはチャンスだ。人生はドラマだ。人生がより一層ひかり輝きだすんです。ますます光輝く人生に「ありがとう」の心とともに・・・
そして今に生きる・・・・・
念ずれば夢が叶う。皆様方が人生ドラマ。幸せな人生ドラマのライターさん、脚本家です
これから自分の人生どうしたい。お空の天空をキャンパスに見立てて、出来るだけ厚かましく、出来るだけ明確にイメージをしてください。かの有名なイチロー選手もイメージトレーニングをしている。イメージしたら忘れてください。"いつ叶うのやろ"と思っている間は、天に届いていません。風船といっしょです。手を離したら天まで届く。自分が忘れたら一番良いタイミングで天が叶えてくれる。
自分の体験として、女の子が続けて生まれた時に、商売継ぐ継がんに関わらず男の子を生まなあかんなぁと思った。たまたま実家の方が女の子ばっかりであった。父が言いました。「幸子男の子生め」と10万円懸賞金あげる。「よっしゃー」と10万円ゲットしてるイメージして、男の子が生まれた。
天は思ったことしか叶えません。思った以上も以下も叶えません。時期はお任せです。
私はもともと無口ですが、今は六つの口です。ただ、パーティの時は二つの口が欲しいです。話す口と食べる口。意識変えると変わる。私は有料広告はしない。広告料が一番高い。これは誰が払っているかです。消費者です。三方良しからすると有料広告はしないと決めている。だけど広告しなければ伝わらないので、話題を作って新聞に掲載してもらったり、テレビに出してもらったりしている。小泉さんからも賞を頂いた。
動く広告塔として世界を動き回っている。今日から皆さまもチェンジしましょう。青虫もさなぎになり、蝶になれます。困ったときも自分で解決しようと思わないで、必ずお空をキャンパスに見立てて、こういう風な結果が欲しいということを思われると、一番良いタイミングで解決できます。自分で解決しようと思うから悩むのです。今や私は完璧主義ではなく、未熟の"み"は魅力の"み"だと思い。失敗したらなんて可愛い自分がいるにゃと思い。そういう意味で今日から悩むことなく、草引きで気分転換、自分にもご褒美をあげてください。皆さまはまず自分を信じて、世のため人のためのすばらしい仕事をしていることが、己を捨てて他を利する、子どもたち孫に返ってくる。天は見ていてくれる。天の通信簿にはなまる付くのはうれしい。年齢も三つあり、社会的年齢、これはお正月が来たら重ねていってください。心年齢はお好きな歳にしてください。身体年齢はご自愛ください。自分の身体に今日一日ありがとうございますと言ってください。大丈夫ありがとうを合言葉にすれば、ピンチがチャンス、災い転じて福となるのです。人生を無駄にしないでください。有益に有意義に楽しいすばらしい幸せな時間が来ますことをお祈りしています。 以上