研究ノート04
野生マウスからみた日本人の起源
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書籍名 |
日本文化の起源 |
出版社 |
講談社 |
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著者・編者 |
佐々木高明・森島啓子編 |
初版年月 |
1993.11 |
| マウスとヒトの関わり合い マウス、彼らは元々穀類が好きな動物だったらしい。山野に自生する雑穀を食べていたものが、ヒトが農耕”という穀物の大量生産方式を開発し、穀物を貯蔵するようになって以来、そのオコボレに預かろうとヒトの社会に近づいて来た小動物である。
このようにヒトと深いかかわりを持つに至ったマウスの世界的な分布には、野生集団の本来の生息域の他に、ヒトに付いて移動した結果出来た生息域があるにちがいない。 それをミトコンドリアDNA(以下、mtDNA)の解析をとおして調べ、日本人の起源の解明にまで迫りたい。 南北逆転現象を示す日本列島でのマウスの分布 ヒトのmtDNAは第1部-03節で研究するので、ミトコンドリアについて詳しくはそちらを見ていただきたい。 簡潔に述べれば、ミトコンドリアというのは、一つの細胞の中に数百から数千のキボで存在し、エネルギーを生産して細胞の活動に必要なエネルギーを供給する、小さな器官である。 この小器官は、ヒトやマウスはもちろんのこと、ほとんどの生物に存在し、核DNAとは別にmtDN Aをもっている。その大きさは核DNAが30億塩基、mtDNAは16,500塩基程度と比較にならぬ小ささである。(mtDNAがどういうものか、ココを参照していただきたい。) マウスは一つの種であるが、哺乳類遺伝学の森脇和郎 らが集めた世界各地のマウスのmtDNAの配列から系統樹を作成すると、マウスは4種類の亜種に分類されることが明らかになった。
![]() 世界の分布から、キャスタネウス亜種は南方に分布し、ムスクルス亜種は北方に分布していることが明らかである。これがおそらく野生集団の本来の生息域なのであろう。 ところが不思議なことに、日本列島においては、福島県郡山市から北に南方系のキャスタネウス亜種が分布し、それ以外の地域、すなわち関東地方以南には北方系のムスクルス亜種が分布する。このような顕著な逆転現象が認められるのである。 野生マウスにも適合するか、「二重構造モデル」 日本列島において、なぜか南方型マウスと北方型マウスが、地域的に不思議な逆転現象を示していることが判ったころ、人類学の分野から埴原和郎が「二重構造モデル」を提唱し、アイヌ(南方 系アジア人起源)と本土日本人(東北アジア人の影響が70〜80%)とが逆転現象を示しているとした。 はからずも、列島に住む日本人の南方系と北方系の分布が、野生マウスの分布と一致することになったのである。 こういう知見を参考に、森脇や米川はマウスの分布過程を次の図のように説明している。
埴原和郎は逆に、この野生マウスの分布を、二重構造モデルを証拠立てる学説として援用する。 しかし、森脇や米川の野生マウスの二重構造説には、「時期」が明示されていない。 この列島に南方のキャスタネウス亜種がいつ侵入してきたのだろうか。 2万年前ごろ、大陸と日本列島がほとんど陸続きであった頃なら、キャスタネウスマウスは、ヒトの移動とは関係なく、自然に流入し分布するようになったのかもしれない。 なぜなら、野生マウスは穀物を持たないヒトには何の興味もないからである。丁度この頃、陸続きのベーリング海峡を伝ってアメリカ大陸に移動した北方モンゴロイドがいたが、野生のマウスはついていっていない。アメリカ大陸にマウスが登場するのはずっと遅く、新大陸発見以後のことである。
だから、港川人のようなスンダランドの住人、すなわち東南アジア島嶼部の人たちが日本列島にやって来た、という埴原和郎の所論の“ヒト”にマウスがついてくることはなかった、と言ってよい。 日本列島に最初に穀物を持ってやって来たヒトは、6000年前ごろ、中国江南地方からイネを含む雑穀の畑作ないし焼畑農耕技術を持ち込んだヒトであったろう。(第2部03節「縄文稲作は何処から来たか」参照) キャスタネウス亜種がこのヒトたちについてきたことは十分考えられる。 あるいは、弥生時代になって長江中・下流域から稲作農耕技術や高床倉庫などを伝えた人々に共生し、運ばれた可能性も大きい。 一方、ムスクルス亜種は弥生時代から古墳時代にかけて、朝鮮半島を経由して北東アジアから渡来したヒトたちに同伴したものに違いない。 ここで森脇和郎は重要な指摘をする。日本のマウスは以上の南北逆転現象に加えて、ミトコンドリアDNA多型(小変異の種類)が、日本以外に棲息するマウスと違って、北方型も南方型も、非常に少ないという。 一般に多型が多く発見される集団ほど、その集団の歴史が古く、多型が非常に少ないということは歴史がかなり短いことを意味するという。 ということは野生マウスの二重構造は、少なくとも日本人の「二重構造モデル」が想定するような数万年に及ぶレベルではなく、せいぜい弥生時代以降の出来事と考えたほうが良さそうである。 森脇の野生マウスに関する説明は、いろいろな著作によって結論にブレが大きいと筆者には感じられるが、最終的にいえることは、野生マウスの分布が日本人の「二重構造モデル」を補強することにはつながらない、ということだろう。 |