2010ゴールデンウイークETC
中国地方まるかじりツーリング
PART−8 3日目午前11時〜午後2時

-----  2010年5月1日(土)  -----
山口県萩市⇒松陰神社⇒県道10号線⇒県道11号線⇒国道13号線⇒
島根県津和野市
津和野『カトリック教会』

5月1日(土)山口県萩市⇒松陰神社⇒島根県津和野市までの行程です!
 ゴールデンウィークなので渋滞を心配していましたが、順調に秋吉台を通ってAM11時過ぎ、萩のまちに着きました。今日こそは明るいうちに有福温泉か温泉津温泉の近くにテントを張ってから、ゆっくり温泉に浸かってのんびりするゾ!
 昨夜はビール温泉が加わりましたが、あとはテントの下に芝生があれば最高の野宿!となります。
『海』の壁紙は、魚と釣りの素材『海の素材集』さん魚と釣りの素材『海の素材集』さん (←クリック)から借用させていただきました。ありがとうございます。
 
高杉 バスガイドさんの説明
AM11:10高杉 晋作旧宅です。高杉家は200石取りで萩藩の重要な役職についていたそうで、実際の旧宅は、とんでもなく広かったそうです。 ⇒ バスツアーの人たちの後ろについて、ガイドさんの説明を聞きます。すごく勉強になるし効率良く回れます。晋作は小柄でハンサムではなかったとか…
木戸 177年以上前の家
AM11:19木戸 孝允(きど たかよし)旧宅に着きました。ここは藩医であった実父・和田 昌景の家で城下町で二階建てを許されたのは、それだけ力があった証拠です。 ⇒ 木戸 孝允は天保4年(1833年)に、ここで生まれ嘉永5年(1852年)江戸に出るまで、ここで過ごしたそうで、177年以上前の家が現存しているのは素晴らしいことです!当時の匠の技は凄いゾ!
青木 三輪輪業
幕末の当時、日本屈指の蘭学医であった青木 周弼(あおき しゅうすけ)旧宅の壁です。昔も今も、お医者様はお金持ちですねぇ! このアングルがよく観光パンフレットに使われるそうです。  御成道を萩博物館の方へ歩いて行くとトロフィーが沢山並んでいるバイク屋さん(三輪輪業:0838-22-2778)があり、コーヒーをご馳走になりました!社長さんに島根県警の取締り情報を聴きました!
鉄馬(バイク)に乗って 『松陰神社』
AM11:59今度は維新の道を鉄馬(バイク)に乗って、ゆっくり走りました… ⇒ AM12:13、3km走って『松陰神社』に着きました。暑くてジャケットは着ていられません…
『松下村塾』 『松陰神社』の本殿
境内には『松下村塾』(しょうかそんじゅく)があります。ここから幾多の偉人が輩出されたのです! 『松陰神社』の本殿です。旅の安全を祈願して賽銭を50円入れました!
お化け屋敷みたいな『吉田松陰歴史館』 津和野までは50km
なんとなく、お化け屋敷みたいな『吉田松陰歴史館』がありましたが、500円と高いのと、既に道の駅で『松陰記念館』を見たのでパスしました。 ⇒ AM12:45『松陰神社』を後にして、今日三つ目の観光地『津和野』へ県道11号線で向かいます。津和野までは50kmです。気温は18℃と暖かいです。
鳥取県入り 津和野の『多胡家老門』
国道315号線⇒県道13号線と走り、PM 1:20怖いお巡りさんが居るという島根県に入りました。 ⇒ PM 1:35津和野、殿町通りの『多胡家老門』前に着きました。
『カトリック教会』の前 『カトリック教会』の中
『カトリック教会』の前にも沢山の人が居ます。ここは地面に小さい三脚を置いて撮りました。 ⇒ 『カトリック教会』の中は畳敷きになっており、ステンドグラスが、とても綺麗です!
お堀には鯉 メインの殿町通り
殿町通りの濁っている、お堀には鯉が、たくさん居て餌をあげることも出来ます。 ⇒ ここがメインの殿町通りで左に『多胡家老門』右手奥に『カトリック教会』があります。PM 2:09出発!
『太鼓谷稲荷神社』 鳥居の数の多さで有名
バイクに乗り、少し戻って津和野高校の脇から、PM 2:18『太鼓谷稲荷神社』に着きました。 ⇒ 表参道鳥居は千本の鳥居で有名らしく、表参道から「徒歩で登って来ればよかった…」と後悔…
津和野城下町 龍の口から飲料水を補給
『太鼓谷稲荷神社』(たいこだにいなりじんじゃ)からは、津和野城下町が見下ろせます! ⇒ 手水舎(てみずや)の龍の口から飲料水を補給します。ジュースを買うお金も節約!節約!

 吉田 松陰(1830〜1859年)は、諸国遊学中に江戸で出会った開国派の思想家・佐久間 象山(さくま しょうざん)に師事し、1854年のペリー黒船の二回目来航時に金子 重輔(かねこ しげのすけ)と一緒にアメリカの軍艦に乗りこみ、外国へ渡ろうと決心しました。

 今の静岡県下田市で、二人は十日あまりも機会を待ち、3月27日、いよいよ海外渡航の計画を実行に移し真夜中の荒れる海の中、小舟を操り、やっとのことでアメリカの軍艦に漕ぎ着けました。

 軍艦の甲板に上がり、松陰は「外国へ連れて行ってください!」と必死に頼みましたが、どうしても
聞き入れてくれませんでした。 とうとう松陰と重輔のふたりは、軍艦のボートで送り帰されてしまいました。こうして松陰の海外渡航の計画は失敗、萩に送り返されて幽閉の身となってしまいました…

出獄後の1856年に私塾・松下村塾を主催し、教育者としての才能を発揮する!高杉 晋作や久坂 玄瑞をはじめとした多くの志士を育て上げるなど維新の礎を築いたが、1859年の安政の大獄で幕府老中暗殺を画策した罪により、1859年に斬刑に処された…享年30歳

 自由に海外旅行が出来るようになったことを松陰に感謝しなければなりません!また現在の内閣は、昔は常に命を狙われる存在であったことを認識して政治に真剣に取り組んでください!
『萩⇒津和野』
上の地図は『萩』⇒『津和野』までのルートです。              PART−9 3日目午後2時〜夜に続きます。
前のページへ トップページに戻る 次のページへ
サーティナインのいまさん