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日蓮大聖人御書全集0401~0500
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0461 0462 0463 0464 0465 0466 0467 0468 0469 0470
0471 0472 0473 0474 0475 0476 0477 0478 0479 0480
0481 0482 0483 0484 0485 0486 0487 0488 0489 0490
0491 0492 0493 0494 0495 0496 0497 0498 0499 0500
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01 百法界有り」文、法華経とは別の事無し十界の因果は爾前の経に明す 今は十界の因果互具をおきてたる計りなり、
02 爾前の経意は菩薩をば仏に成るべし 声聞は仏に成るまじなんど説けば 菩薩は悦び声聞はなげき人天等はおもひも
03 かけずなんとある経もあり、 或は二乗は見思を断じて六道を出でんと念い 菩薩はわざと煩悩を断ぜず六道に生れ
04 て衆生を利益せんと念ふ、 或は菩薩の頓悟成仏を見・或は菩薩の 多倶低劫の修行を見・或は凡夫往生の旨を説け
05 ば菩薩声聞の為には有らずと見て人の不成仏は我が不成仏、 人の成仏は我が成仏・凡夫の往生は我が往生・聖人の
06 見思断は我等凡夫の見思断とも知らず四十二年をば過ぎしなり。
07 然るに今経にして十界互具を談ずる時・声聞の自調自度の身に 菩薩界を具すれば六度万行も修せず多倶低劫も
08 経ぬ声聞が諸の菩薩のからくして修したりし無量無辺の難行道が 声聞に具する間をもはざる外に 声聞が菩薩と云
09 われ人をせむる獄卒・慳貪なる凡夫も亦菩薩と云はる、 仏も又因位に居して 菩薩界に摂せられ妙覚ながら等覚な
10 り、薬草喩品に 声聞を説いて云く「汝等が所行は是れ菩薩の道なり」と、 又我等六度をも行ぜざるが六度満足の
11 菩薩なる文・経に云く「未だ六波羅蜜を修行することを得ずと雖も 六波羅蜜自然に在前しなん」と、我等一戒をも
12 受けざるが持戒の者と云わるる文・経に云く「是則ち勇猛なり 是則ち精進なり 是を戒を持ち頭陀を行ずる者と名
13 く」文。
14 問うて云く諸経にも悪人が仏に成る華厳経の調達の授記・普超経の闍王の授記・大集経の婆籔天子の授記・又女
15 人が仏に成る胎経の釈女の成仏・畜生が仏に成る 阿含経の鴿雀の授記・二乗が仏に成る方等だらに経・首楞厳経等
16 なり、菩薩の成仏は華厳経等・具縛の凡夫の往生は 観経の下品下生等・女人の女身を転ずるは雙観経の四十八願の
17 中の三十五の願・此等は法華経の二乗・竜女・提婆菩薩の授記に何なるかわりめかある、 又設いかわりめはありと
18 も諸経にても成仏はうたがひなし如何、 答う予の習い伝うる処の法門・此の答に顕るべし 此の答に法華経の諸経
0402top
01 に超過し又諸経の成仏を許し許さぬは聞うべし秘蔵の故に顕露に書さず。
02 問うて曰く妙法を一念三千と言う事如何、答う天台大師・此の法門を覚り給うて後.玄義十巻・文句十巻.覚意三
03 昧.小止観・浄名疏・四念処.次第禅門等の多くの法門を説き給いしかども此の一念三千をば談義し給はず、但十界・
04 百界・千如の法門ばかりにておはしませしなり、 御年五十七の夏四月の比刑州の玉泉寺と申す処にて御弟子・章安
05 大師と申す人に説ききかせ給いし止観十巻あり、 上の四帖に猶をしみ給いて但六即・四種三昧等・計の法門にてあ
06 りしに五の巻より十境・十乗を立てて一念三千の法門を書き給へり、 此れを妙楽大師末代の人に勧進して言く「並
07 に三千を以て指南と為す○請うらくは尋ね読まん者心に異縁無かれ」文、 六十巻・三千丁の多くの法門も由無し但
08 此の初の二三行を意得可きなり、 止観の五に云く「夫れ一心に十法界を具す一法界に又十法界を具すれば百法界な
09 り一界に三十種の世間を具すれば 百法界には即ち三千種の世間を具す此の三千一念の心に在り」文、 妙楽承け釈
10 して云く「当に知るべし身土一念の三千なり故に成道の時此の本理に称て一身一念法界にアマねし」文、日本の伝教
11 大師比叡山建立の時・根本中堂の地を引き給いし時・地中より舌八つある鑰を引き出したり、 此の鑰を以て入唐の
12 時に天台大師より第七代・妙楽大師の御弟子・道邃和尚に値い奉りて 天台の法門を伝へ給いし時、天機秀発の人た
13 りし間・道邃和尚悦んで天台の造り給へる十五の経蔵を開き見せしめ給いしに 十四を開いて一の蔵を開かず、 其
14 時伝教大師云く 師此の一蔵を開き給えと請い給いしに 邃和尚云く「此の一蔵は開く可き鑰無し天台大師自ら出世
15 して開き給う可し」と云云 其の時伝教大師日本より随身の鑰を以て開き給いしに 此の経蔵開けたりしかば経蔵の
16 内より光・室に満ちたりき、 其の光の本を尋ぬれば此の一念三千の文より光を放ちたりしなりありがたき事なり、
17 其の時・邃和尚は返つて伝教大師を礼拝し給いき、 天台大師の後身と云云、 依つて天台の経蔵の所釈は遺り無く
18 日本に亘りしなり、天台大師の御自筆の観音経・章安大師の自筆の止観・今比叡山の根本中堂に収めたり。
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01 ┌ 一 自 性─自 力─ 迦毘羅外道
02 ├ 二 他 性─他 力─ 勒楼僧伽外道
03 四性計┼ 三 共 性─共 力─ 勒娑婆外道
04 └ 四 無因性─無因力─ 自然外道
05 外道に三人あり,一には仏法外の外道九十五種の外道.二に附仏法成の外道小乗三には学仏法の外道妙法を知らざ
る大乗の外道なり
06 今の法華経は自力も定めて自力にあらず十界の一切衆生を具する自なる故に我が身に本より自の仏界・一切衆生
07 の他の仏界・我が身に具せり、 されば今仏に成るに新仏にあらず又他力も定めて他力に非ず他仏も我等凡夫の自具
08 なるが故に又他仏が我等が如く自に現同するなり、共と無因は略す。
09 法華経已前の諸経は十界互具を明さざれば仏に成らんと願うには 必ず九界を厭う九界を仏界に具せざるが故な
10 り、 されば必ず悪を滅し煩悩を断じて仏には成ると談ず 凡夫の身を仏に具すと云わざるが故に、されば人天悪人
11 の身を失いて仏に成ると申す、 此れをば妙楽大師は厭離断九の仏と名くされば 爾前の経の人人は仏の九界の形を
12 現ずるをば但仏の不思議の神変と思ひ 仏の身に九界が本よりありて現ずるとは言わず、 されば実を以てさぐり給
13 うに法華経已前には但 権者の仏のみ有つて実の凡夫が仏に成りたりける事は無きなり、 煩悩を断じ九界を厭うて
14 仏に成らんと願うは実には 九界を離れたる仏無き故に往生したる実の凡夫も無し、 人界を離れたる菩薩界も無き
15 故に但法華経の仏の爾前にして 十界の形を現して所化とも能化とも悪人とも善人とも外道とも言われしなり、 実
16 の悪人・善人・外道・凡夫は方便の権を行じて真実の教とうち思いなして・すぎし程に法華経に来つて方便にてあり
17 けり、実には見思無明も断ぜざりけり往生もせざりけりなんと覚知するなり、一念三千は別に委く書す可し。
18 此の経には二妙あり釈に云く「此の経は唯二妙を論ず」と一には相待妙・二には絶待妙なり、相待妙の意は前の
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01 四時の一代聖教に法華経を対して爾前と之を嫌い、 爾前をば当分と言い法華を跨節と申す、 絶待妙の意は一代聖
02 教は即ち法華経なりと開会す、 又法華経に二事あり一には所開・二には能開なり開示悟入の文・或は皆已成仏道等
03 の文、一部・八巻・二十八品・六万九千三百八十四字・一一の字の下に皆妙の文字あるべしこれ能開の妙なり、此の
04 法華経は知らずして習い談ずる者は但爾前の経の利益なり、 阿含経・開会の文は経に云く「我が此の九部の法は衆
05 生に随順して説く大乗に入るに為本なり」と云云、 華厳経・開会の文は一切世間・天人及び阿修羅は皆謂えり今の
06 釈迦牟尼仏等の文、般若経・開会の文は安楽行品の十八空の文、 観経等の往生安楽・開会の文は「此に於て命終し
07 て即ち安楽世界に往く」等の文、 散善開会の文は「一たび南無仏と称せし皆已に仏道を成じき」の文、 一切衆生
08 開会の文は「今此の三界は皆是れ我が有なり其の中の衆生は悉く是れ吾が子なり」、 外典開会の文は「若し俗間経
09 書治世語言資生の業等を説かんも皆正法に順ぜん」文、兜率開会の文・人天所開会の文しげきゆへにいださず。
10 此の経を意得ざる人は経の文に此の経を読んで人天に生ずと説く文を見・或は兜率・トウ利なんどにいたる文を
11 見・或は安養に生ずる文を見て 穢土に於て法華経を行ぜば 経はいみじけれども行者不退の地に至らざれば穢土に
12 して流転し久しく五十六億七千万歳の晨を期し 或は人畜等に生れて 隔生する間・自の苦しみ限り無しなんと云云
13 或は 自力の修行なり難行道なり等云云、 此れは恐らくは爾前法華の二途を知らずして 自ら癡闇に迷うのみに非
14 ず一切衆生の仏眼を閉ずる人なり、 兜率を勧めたる事は小乗経に多し少しは 大乗経にも勧めたり西方を勧めたる
15 事は大乗経に多し此等は皆・所開の文なり、 法華経の意は兜率に即して十方仏土中・西方に即して十方仏土中・人
16 天に即して 十方仏土中と云云、 法華経は悪人に対しては十界の悪を説くは悪人・五眼を具しなんどすれば悪人の
17 きわまりを救い、 女人に即して十界を談ずれば十界皆・女人なる事を談ず、何にも法華円実の菩提心を発さん人は
18 迷の九界へ業力に引かるる事無きなり。
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01 此の意を存じ給いけるやらん法然上人も一向念仏の行者ながら選択と申す文には雑行・ 難行道には法華経・大
02 日経等をば除かれたる処もあり 委く見よ又慧心の往生要集にも法華経を除きたり、たとい法然上人・慧心・法華経
03 を雑行・難行道として末代の機に叶わずと書き給うとも日蓮は全くもちゆべからず、 一代聖教のおきてに違い三世
04 十方の仏陀の誠言に違する故に・いわうや・そのぎなし、 而るに後の人の消息に法華経を難行道・経はいみじけれ
05 ども末代の機に叶わず謗らばこそ罪にてもあらめ、 浄土に至つて法華経をば覚るべしと云云、 日蓮が心は何にも
06 此の事はひが事と覚ゆるなりかう申すもひが事にや有らん、能く能く智人に習う可し。
07 正嘉二年二月十四日 日蓮撰
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一念三千理事 正嘉二年 三十七歳御作
01 十二因縁図,問う流転の十二因縁とは何等ぞや答う一には無明巻倶舎に云く「宿惑の位は無明なり」文,無明とは
02 昔愛欲の煩悩起りしを云うなり、 男は父に瞋を成して母に愛を起す、 女は母に瞋を成して父に愛を起すなり倶舎
03 の第九に見えたり、 二には行・倶舎に云く「宿の諸業を行と名く」と文、昔の造業を行とは云うなり業に二有り一
04 には牽引の業なり 我等が正く生を受く可き業を云うなり、 二には円満の業なり余の一切の造業なり所謂足を折り
05 手を切る先業を云うなり是は円満の業なり、 三には識・倶舎に云く「識とは正く生を結する蘊なり」文、 正く母
06 の腹の中に入る時の五蘊なり、五蘊とは色・受・想・行・識なり亦五陰とも云うなり、四には名色・倶舎に云く「六
07 処の前は名色なり」文、五には六処巻倶舎に云く「眼等の根を生ずるより三和の前は六処なり」文、六処とは眼.耳.
08 鼻・舌・身・意の六根・出来するを云うなり、六には触・倶舎に云く「三受の因の異なるに於て未だ了知せざるを触
09 と名く」文、 火は熱しとも知らず水は寒しとも知らず刀は人を切る物とも知らざる時なり、 七には受・倶舎に云
10 く「婬愛の前に在るは受なり」文、 寒熱を知つて未だ婬欲を発さざる時なり、 八には愛・倶舎に云く「資具と婬
11 とを貪るは愛なり」文,女人を愛して婬欲等を発すを云うなり、九には取.倶舎に云く「諸の境界を得んが為にアマネ
12 く馳求するを取と名く」文、 今世に有る時・世間を営みて他人の物を貪り取る時を云うなり、十には有・倶舎に云
13 く「有は謂く 正しく能く当有の果を牽く業を造る」文、 未来又此くの如く生を受く可き業を造るを有とは云うな
14 り、十一には生・倶舎に云く「当の有を結するを生と名く」文、未来に正く生を受けて母の腹に入る時を云うなり、
15 十二には老死・倶舎に云く「当の受に至るまでは老死なり」文、生老死を受くるを老死憂悲苦悩とは云うなり。
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01 問う十二因縁を三世両重に分別する方如何、 答う無明と行とは過去の二因なり識と名色と六入と触と受とは現
02 在の五果なり愛と取と有とは現在の三因なり生と老死とは未来の両果なり、 私の略頌に云く過去の二因無明行現在
03 の五果識名色六入触受現在の三因愛取有未来の両果生老死と,問う十二因縁流転の次第如何,答う無明は行に縁たり行
04 は識に縁たり識は名色に縁たり名色は六入に縁たり六入は触に縁たり触は受に縁たり受は愛に縁たり愛は取に縁たり
05 取は有に縁たり有は生に縁たり 生は老死憂悲苦悩に縁たり 是れ其の生死海に流転する方なり此くの如くして凡夫
06 とは成るなり、 問う還滅の十二因縁の様如何 答う無明滅すれば則ち行滅す行滅すれば則ち識滅す識滅すれば則ち
07 名色滅す 名色滅すれば則ち六入滅す六入滅すれば則ち触滅す触滅すれば則ち受滅す 受滅すれば則ち愛滅す愛滅す
08 れば則ち取滅す取滅すれば則ち有滅す 有滅すれば則ち生滅す生滅すれば則ち老死憂悲苦悩滅す、 是れ其の還滅の
09 様なり仏は還つて煩悩を失つて行く方なり 私に云く中有の人には十二因縁具に之無し 又天上にも具には之無く又
10 無色界にも具には之無し。
11 一念三千理事 十如是とは如是相は身なり玄二に云く相以て外に拠る覧て別つ可し文籤六に云く相は唯色に在 文
如是性は心なり玄二に云く性以て内に拠る自分改め
12 ず文籤六に云く性は唯心に在り 文、如是体は身と心となり玄二に云く主質を名けて体となす 文、如是力は身と心
となり止に云く力は堪忍を用となす 文如是作は身
13 と心となり止に云く建立を作と名く 文、如是因は心なり止に云く因とは果を招くを因と為す亦名けて業となす 文、
如是縁止に云く縁は縁業を助くるに由る 文、如是果止に云く果は
14 剋獲を果と為す 文、如是報止に云く報は酬因を報と曰う 文、如是本末究竟等玄二に云く初めの相を本と為し後ち報
を末と為す 文、三種世間とは五陰世間止に云く十種陰果
15 不同を以ての故に五陰世間と名くるなり文衆生世間止に云く十界の衆生寧ろ異らざるを得る故に衆生世間と名くるな
り 文国土世間止に云く十種の所居通じて国土世間と称す 文五陰とは新訳
16 には五蘊と云うなり陰とは聚集の義なり一に色陰・五色是なり・二に受陰・領納是なり・三に想陰・倶舎に云く想は
17 像を取るを体と為すと文・四に行陰・造作是行なり・五に識陰・了別是れ識なり・止の五に婆沙を引いて云く識・先
18 ず了別し・次に受は領納し・相は相貌を取り・行は違従を起し・色は行に由つて感ずと。
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01 百界千如三千世間の事、十界互具即百界と成るなり、地獄衆生世間十如是・五陰世間十如是・国土世間十如是地下
赤鉄、餓鬼衆生世間十如是
02 ・五陰世間十如是・国土世間十如是地下・畜生衆生世間十如是・五陰世間十如是・国土世間十如是水陸空修羅衆生世
間十如是・五陰世間十如是国土世
03 間十如是海畔底、人衆生世間十如是、五陰世間十如是・国土世間十如是須弥四州、天衆生世間十如是・五陰世間十如
是・国土世間十如是宮殿声聞衆生世間十如是
04 ・五陰世間十如是・国土世間十如是同居土、縁覚衆生世間十如是・五陰世間十如是・国土世間十如是同居土、菩薩衆
生世間十如是・五陰世間十如是・国土世
05 間十如是同居方便実報、仏衆生世間十如是・五陰世間十如是・国土世間十如是寂光土。
06 止観の五に云く「心縁と合すれば則ち三種世間巻三千の性相皆心より起る」文、弘の五に云く「故に止観に正し
07 く観法を明すに至つて並びに三千を以て指南と為す、 乃ち是れ終窮究竟の極説なり故に序の中に説己心中所行の法
08 門と云う良に以有るなり、 請う尋ねて読まん者心に異縁無かれ」文、又云く「妙境の一念三千を明さずんば如何ぞ
09 一に一切を摂ることを識る可けん、 三千は一念の無明を出でず是の故に唯苦因苦果のみ有り」文、 又云く「一切
10 の諸業十界百界千如三千世間を出でざるなり」文、 籤の二に云く 「仮は即ち衆生実は即ち五陰及び国土即ち三世
11 間なり千の法は皆三なり故に三千有り」文、弘の五に云く「一念の心に於て十界に約せざれば事を収むることアマネ
12 からず三諦に約せざれば理を摂ること周からず 十如を語らざれば因果備わらず三世間無んば依正尽きず」文、 記
13 の一に云く「若三千に非ざれば摂ることアマネからず若し円心に非ざれば三千を摂せず」文、玄の二に云く「但衆生
14 法は太だ広く仏法は太だ高し 初学に於て難と為し心は則ち易しと為す」文、 弘の五に云く「初に華厳を引くこと
15 は心は工なる画師の如く種種の五陰を造る 一切世界の中に法として造らざること無し、 心の如く仏も亦爾なり仏
16 の如く衆生も然なり 心仏及び衆生是の三差別無し若し人三世一切の仏を求め知らんと欲せば 当に是くの如く観ず
17 べし心は諸の如来を造る」と、金ペイ論に云く「実相は必ず諸法.諸法は必ず十如・十如は必ず十界.十界は必ず身土
18 なり」
0109top
01 三身釈の事、 先ず法身とは大師大経を引いて「一切の世諦は 若し如来に於ては即ち是第一義諦なり 衆生顛倒し
02 て仏法に非ずと謂えり」と釈せり、然れば則ち自他・依正・魔界・仏界・染浄因果は異なれども悉く皆諸仏の法身に
03 背く事に非ざれば 善星比丘が不信なりしも楞伽王の信心に同じく 般若蜜外道が意の邪見なりしも須達長者が正見
04 に異らず、 即ち知んぬ此の法身の本は衆生の当体なり、 十方諸仏の行願は実に法身を証するなり、次に報身とは
05 大師の云く「法如如の智如如真実の道に乗じ来つて 妙覚を成ず智如の理に称う理に従つて如と名け 智に従つて来
06 と名く即ち報身如来なり 盧舎那と名け此には浄満と翻ず」と釈せり、 此れは如如法性の智如如真実の道に乗じて
07 妙覚究竟の理智・法界と冥合したる時・理を如と名く智は来なり。
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十如是事 正嘉二年 三十七歳御作
01 我が身が三身即一の本覚の如来にてありける事を今経に説いて云く如是相.如是性・如是体・如是力.如是作・如
02 是因・如是縁・如是果・如是報・如是本末究竟等文、初めに如是相とは我が身の色形に顕れたる相を云うなり是を応
03 身如来とも又は解脱とも又は仮諦とも云うなり、 次に如是性とは我が心性を云うなり 是を報身如来とも又は般若
04 とも又は空諦とも云うなり、 三に如是体とは我が此の身体なり 是を法身如来とも又は中道とも法性とも寂滅とも
05 云うなり、 されば此の三如是を三身如来とは云うなり 此の三如是が三身如来にておはしましけるを・よそに思ひ
06 へだてつるがはや我が身の上にてありけるなり、 かく知りぬるを法華経をさとれる人とは申すなり 此の三如是を
07 本として 是よりのこりの七つの如是はいでて十如是とは成りたるなり、 此の十如是が百界にも千如にも三千世間
08 にも成りたるなり、 かくの如く多くの法門と成りて八万法蔵と云はるれども すべて只一つの三諦の法にて三諦よ
09 り外には法門なき事なり、 其の故は百界と云うは仮諦なり千如と云うは空諦なり 三千と云うは中諦なり空と仮と
10 中とを三諦と云う事なれば 百界千如・三千世間まで多くの法門と成りたりと云へども 唯一つの三諦にてある事な
11 り、されば始の三如是の三諦と終の七如是の三諦とは 唯一つの三諦にて始と終と我が 一身の中の理にて唯一物に
12 て不可思議なりければ本と末とは究竟して等しとは説き給へるなり、 是を如是本末究竟等とは申したるなり、 始
13 の三如是を本とし終の七如是を末として十の如是にてあるは 我が身の中の三諦にてあるなり、 此の三諦を三身如
14 来とも云へば我が心身より外には 善悪に付けてかみすぢ計りの法もなき物をされば 我が身が頓て三身即一の本覚
15 の如来にてはありける事なり、 是をよそに思うを衆生とも迷いとも凡夫とも云うなり、 是を我が身の上と知りぬ
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01 るを如来とも覚とも聖人とも智者とも云うなり、 かう解り明かに観ずれば此の身頓て 今生の中に本覚の如来を顕
02 はして即身成仏とはいはるるなり、 譬えば春夏・田を作りうへつれば 秋冬は蔵に収めて心のままに用うるが如し
03 春より秋をまつ程は久しき様なれども 一年の内に待ち得るが如く此の覚に入つて 仏を顕はす程は久しき様なれど
04 も一生の内に顕はして我が身が三身即一の仏となりぬるなり。
05 此の道に入ぬる人にも上中下の三根はあれども同じく一生の内に顕はすなり、 上根の人は聞く所にて覚を極め
06 て顕はす、中根の人は若は一日・若は一月・若は一年に顕はすなり、 下根の人はのびゆく所なくてつまりぬれば一
07 生の内に限りたる事なれば臨終の時に至りて 諸のみえつる夢も覚てうつつになりぬるが如く 只今までみつる所の
08 生死・妄想の邪思ひがめの理はあと形もなくなりて 本覚のうつつの覚にかへりて 法界をみれば皆寂光の極楽にて
09 日来賎と思ひし 我が此の身が三身即一の本覚の如来にてあるべきなり、 秋のいねには早と中と晩との三のいね有
10 れども一年が内に収むるが如く、 此れも上中下の差別ある人なれども 同じく一生の内に諸仏如来と一体不二に思
11 い合せてあるべき事なり。
12 妙法蓮華経の体のいみじくおはしますは 何様なる体にておはしますぞと尋ね出してみれば我が心性の八葉の白
13 蓮華にてありける事なり、 されば我が身の体性を妙法蓮華経とは申しける事なれば 経の名にてはあらずして・は
14 や我が身の体にてありけると知りぬれば 我が身頓て法華経にて法華経は 我が身の体をよび顕し給いける仏の御言
15 にてこそありければやがて 我が身三身即一の本覚の如来にてあるものなり、 かく覚ぬれば無始より已来今まで思
16 いならわしし・ひが思いの妄想は昨日の夢を思いやるが如く・あとかたもなく成りぬる事なり、 是を信じて一遍も
17 南無妙法蓮華経と申せば法華経を覚て如法に一部をよみ奉るにてあるなり、 十遍は十部・百遍は百部・千遍は千部
18 を如法によみ奉るにてあるべきなり、かく信ずるを如説修行の人とは申すなり、南無妙法蓮華経。
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一念三千法門 正嘉二年 三十七歳御作
01 法華経の余経に勝れたる事何事ぞ此の経に一心三観・一念三千と云う事あり、薬王菩薩・漢土に出世して天台大
02 師と云われ此の法門を覚り給いしかども先ず玄義十巻・文句十巻・覚意三昧・小止観・浄名疏・四念処・次第禅門等
03 の多くの法門を説きしかども 此の一念三千の法門をば談じ給はず百界千如の法門計りなり、 御年五十七の夏四月
04 の比・荊州玉泉寺と申す処にて御弟子章安大師に教え給ふ止観と申す文十巻あり、 上四帖に猶秘し給いて但六即・
05 四種三昧等計りなり、 五の巻に至つて十境・十乗・一念三千の法門を立て夫れ一心に具す等と云云是より二百年後
06 に妙楽大師釈して云く「当に知るべし身土一念の三千なり故に成道の時此の本理に称て 一身一念法界に遍し」と云
07 云、 此の一念三千一心三観の法門は法華経の一の巻の十如是より起れり、 文の心は百界千如三千世間云云、さて
08 一心三観と申すは余宗は如是とあそばす 是れ僻事にて二義かけたり天台南岳の御義を知らざる故なり、 されば当
09 宗には天台の所釈の如く 三遍読に功徳まさる、 第一に是相如と相性体力以下の十を如と云ふ如と云うは空の義な
10 るが故に十法界・皆空諦なり是を読み観ずる時は 我が身即・報身如来なり八万四千又は般若とも申す、第二に如是
11 相・是れ我が身の色形顕れたる相なり 是れ皆仮なり相性体力以下の十なれば十法界・皆仮諦と申して仮の義なり是
12 を読み観ずる時は我が身即・応身如来なり又は解脱とも申す、 第三に相如是と云うは中道と申して 仏の法身の形
13 なり是を読み観ずる時は我が身即法身如来なり 又は中道とも法性とも涅槃とも寂滅とも申す、 此の三を法報応の
14 三身とも空仮中の三諦とも法身・般若・解脱の三徳とも申す 此の三身如来全く外になし我が身即三徳究竟の体にて
15 三身即一身の本覚の仏なり、是をしるを如来とも聖人とも悟とも云う知らざるを凡夫とも衆生とも迷とも申す。
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01 十界の衆生・各互に十界を具足す合すれば百界なり百界に各各十如を具すれば千如なり、 此の千如是に衆生世
02 間・国土世間・五陰世間を具すれば三千なり、 百界と顕れたる色相は皆総て仮の義なれば仮諦の一なり千如は総て
03 空の義なれば空諦の一なり 三千世間は総じて法身の義なれば中道の一なり、 法門多しと雖も但三諦なり此の三諦
04 を三身如来とも三徳究竟とも申すなり 始の三如是は本覚の如来なり、 終の七如是と一体にして無二無別なれば本
05 末究竟等とは申すなり、 本と申すは仏性・末と申すは未顕の仏・九界の名なり究竟等と申すは妙覚究竟の如来と理
06 即の凡夫なる我等と 差別無きを究竟等とも平等大慧の法華経とも申すなり、 始の三如是は本覚の如来なり本覚の
07 如来を悟り出し給へる妙覚の仏なれば 我等は妙覚の父母なり 仏は我等が所生の子なり、 止の一に云く「止は則
08 仏の母・観は即仏の父なり」と云云、 譬えば人十人あらんずるが面面に蔵蔵に宝をつみ 我が蔵に宝のある事を知
09 らずかつへ死しこごへ死す、 或は一人此の中にかしこき人ありて悟り出すが如し九人は終に知らず、 然るに或は
10 教えられて食し或はくくめられて食するが如し、 弘の一の止観の二字は 正しく聞体を示す聞かざる者は本末究竟
11 等も徒らか、 子なれども親にまさる事多し重華はかたくなはしき父を敬いて 賢人の名を得たり、 沛公は帝王と
12 成つて後も其の父を拝す其の敬われし 父をば全く王といはず敬いし子をば王と仰ぐが如し、 其れ仏は子なれども
13 賢くましまして悟り出し給へり、 凡夫は親なれども愚癡にして未だ悟らず 委しき義を知らざる人毘盧の頂上をふ
14 むなんど悪口す大なる僻事なり。
15 一心三観に付いて次第の三観・不次第の三観と云う事あり委く申すに及ばず候、 此の三観を心得すまし成就し
16 たる処を華厳経に三界唯一心と云云、 天台は諸水入海とのぶ 仏と我等と総て一切衆生・理性一にて・へだてなき
17 を平等大慧と云うなり、平等と書いては・おしなべて・と読む、此の一心三観・一念三千の法門・諸経にたえて之無
18 し法華経に遇わざれば争か成仏す可きや、 余経には六界八界より十界を明せどもさらに具を明かさず、 法華経は
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01 念念に一心三観・一念三千の謂を観ずれば 我が身本覚の如来なること悟り出され 無明の雲晴れて法性の月明かに
02 妄想の夢醒て本覚の月輪いさぎよく父母所生の肉身・煩悩具縛の身・即本有常住の如来となるべし、 此を即身成仏
03 とも煩悩即菩提とも生死即涅槃とも申す、 此の時法界を照し見れば悉く中道の一理にて仏も衆生も一なり、 され
04 ば天台の所釈に「一色一香中道に非ざること無し」と釈し給へり、 此の時は十方世界皆寂光浄土にて何れの処をか
05 弥陀薬師等の浄土とは云わん、 是を以て法華経に「是の法は法位に住して世間の相常住なり」と説き給ふさては経
06 をよまずとも心地の観念計りにて成仏す可きかと思いたれば 一念三千の観念も一心三観の観法も 妙法蓮華経の五
07 字に納れり、 妙法蓮華経の五字は又我等が一心に納りて候けり、 天台の所釈に「此の妙法蓮華経は本地甚深の奥
08 蔵・三世の如来の証得したもう所なり」と釈したり、 さて此の妙法蓮華経を唱うる時心中の本覚の仏顕る我等が身
09 と心をば蔵に譬へ妙の一字を印に譬へたり、 天台の御釈に「秘密の奥蔵を発く之を称して妙と為す・権実の正軌を
10 示す故に号して法と為す、 久遠の本果を指す之を喩うるに蓮を以てす、 不二の円道に会す之を譬うるに華を以て
11 す、 声仏事を為す之を称して経と為す」と釈し給う、 又「妙とは不可思議の法を褒美するなり又妙とは十界・十
12 如・権実の法なり」と云云、 経の題目を唱うると観念と一なる事心得がたしと愚癡の人は思い給ふべし、 されど
13 も天台止の二に而於説黙と云へり、 説とは経・黙とは観念なり、 又四教義の一に云く「但功の唐捐ならざるのみ
14 に非ず亦能く理に契うの要なるをや」と云云、 天台大師と申すは薬王菩薩なり 此の大師の説而観而と釈し給ふ元
15 より天台の所釈に因縁・約教・本迹・観心の四種の御釈あり 四種の重を知らずして一しなを見たる人一向本迹をむ
16 ねとし一向観心を面とす、法華経に法・譬・因縁と云う事あり法説の段に至つて諸仏出世の本懐・一切衆生・成仏の
17 直道と定む、我のみならず一切衆生・直至道場の因縁なりと定め給いしは題目なり、 されば天台玄の一に「衆善の
18 小行を会して広大の一乗に帰す」と広大と申すは 残らず引導し給うを申すなり、 仮使釈尊一人・本懐と宣べ給う
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01 とも等覚以下は仰いで 此の経を信ず可し況や諸仏出世の本懐なり、 禅宗は観心を本懐と仰ぐとあれども其は四種
02 の一面なり、 一念三千・一心三観等の観心計りが法華経の肝心なるべくば 題目に十如是を置くべき処に題目に妙
03 法蓮華経と置かれたる上は子細に及ばず、 又当世の禅宗は教外別伝と云い給うかと思へば 又捨られたる円覚経等
04 の文を引かるる上は 実経の文に於て御綺に及ぶべからず候、 智者は読誦に観念をも並ぶべし愚者は題目計りを唱
05 ふとも此の理に会う可し、 此の妙法蓮華経とは我等が心性・総じては一切衆生の心性・八葉の白蓮華の名なり是を
06 教え給ふ仏の御詞なり、 無始より以来我が身中の心性に迷て生死を流転せし 身今此の経に値ひ奉つて三身即一の
07 本覚の如来を唱うるに顕れて 現世に其内証成仏するを即身成仏と申す、 死すれば光を放つ是れ外用の成仏と申す
08 来世得作仏とは是なり、 略挙経題・玄収一部とて一遍は一部云云、妙法蓮華経と唱うる時・心性の如来顕る耳にふ
09 れし類は無量阿僧祇劫の罪を滅す一念も随喜する時 即身成仏す縦ひ信ぜざれども種と成り熟と成り 必ず之に依て
10 成仏す、妙楽大師の云く「若は取若は捨・耳に経て縁と成る、或いは順或いは違終いに斯れに因つて脱す」と云云、
11 日蓮云く若取若捨或順或違の文肝に銘ずる詞なり 法華経に若有聞法者等と説れたるは是か、 既に聞く者と説れた
12 り観念計りにて 成仏すべくば若有観法者と説かるべし、 只天台の御料簡に十如是と云うは十界なり此の十界は一
13 念より事起り十界の衆生は出来たりけり、 此の十如是と云は妙法蓮華経にて有けり 此の娑婆世界は耳根得道の国
14 なり以前に申す如く当知身土と云云、 一切衆生の身に百界千如・三千世間を納むる謂を明が故に 是を耳に触るる
15 一切衆生は功徳を得る衆生なり,一切衆生と申すは草木瓦礫も一切衆生の内なるか、有情非情,抑草木は何ぞ金ペイ論
16 に云く「一草一木.一礫一塵・各一仏性・各一因果.具足縁了」等と云云、法師品の始に云く「無量の諸天・竜王・夜
17 叉・乾闥婆.阿修羅・迦楼羅・緊那羅・摩ゴ羅伽.人と非人と及び比丘比丘尼、妙法蓮華経の一偈一句を聞いて乃至一
18 念も随喜せん者は 我皆阿耨多羅三藐三菩提の記を与え授く」と云云、 非人とは総じて人界の外一切有情界とて心
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01 あるものなり況や人界をや、 法華経の行者は如説修行せば必ず一生の中に一人も残らず成仏す可し、 譬えば春夏
02 田を作るに早晩あれども一年の中には必ず之を納む、 法華の行者も上中下根あれども必ず一生の中に証得す、 玄
03 の一に云く「上中下根皆記別を与う」と云云、 観心計りにて成仏せんと思ふ人は一方かけたる人なり、 況や教外
04 別伝の坐禅をや、 法師品に云く「薬王多く人有て在家出家の菩薩の道を行ぜんに 若し是の法華経を見聞し読誦し
05 書持し供養すること得ること能わずんば 当に知るべし是の人は未だ善く菩薩の道を行ぜず、 若し是の経典を聞く
06 こと得ること有らば乃ち能善菩薩の道を行ずるなり」と云云、 観心計りにて成仏すべくんば 争か見聞読誦と云わ
07 んや、此の経は専ら聞を以て本と為す 凡此の経は悪人・女人・二乗・闡提を簡ばず故に皆成仏道とも云ひ又平等大
08 慧とも云う、善悪不二・邪正一如と聞く処にやがて内証成仏す 故に即身成仏と申し一生に証得するが故に 一生妙
09 覚と云ふ、義を知らざる人なれども 唱ふれば唯仏と仏と悦び給ふ 我即歓喜諸仏亦然云云、百千合せたる薬も口に
10 のまざれば病愈えず 蔵に宝を持ども 開く事をしらずしてかつへ懐に薬を持ても飲まん事をしらずして 死するが
11 如し、 如意宝珠と云う玉は五百弟子品の此の経の徳も又此くの如し、 観心を並べて読めば申すに及ばず観念せず
12 と雖も始に申しつるごとく 所謂諸法如是相如云云と読む時は如は空の義なれば 我が身の先業にうくる所の相性体
13 力・其の具する所の八十八使の見惑・八十一品の思惑・其の空は報身如来なり、 所謂諸法如是相云云とよめば是れ
14 仮の義なれば我が此の身先業に依つて受けたる相性体力云云 其の具したる塵沙の惑悉く即身応身如来なり、 所謂
15 諸法如是と読む時は 是れ中道の義に順じて業に依つて受くる所の相性等云云、 其に随いたる無明皆退いて即身法
16 身の如来と心を開く、 此の十如是・三転によまるる事・三身即一身・一身即三身の義なり三に分るれども一なり一
17 に定まれども三なり。
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十法界事 正元元年 三十八歳御作
01 二乗三界を出でざれば即ち十法界の数量を失う云云、 問う十界互具を知らざらん者六道流転の分段の生死を出
02 離して変易の土に生ず可きや、 答う二乗は既に見思を断じ三界の生因無し 底に由つてか界内の土に生る事を得ん
03 是の故に二乗永く六道に生ぜず、 故に玄の第二に云く「夫れ変易に生るに則ち三種有り三蔵の二乗・通教の三乗・
04 別教の三十心」已上此の如き等の人は皆通惑を断じ変易の土に生ずることを得て界内分段の不浄の国土に生ぜず。
05 難じて云く小乗の教は但是れ心生の六道を談じて 是れ心具の六界を談ずるに非ず、是の故に二乗は六界を顕さ
06 ず心具を談ぜず云何ぞ但六界の見思を断じて六道を出ず可きや、故に寿量品に云える一切世間・天・人・阿修羅とは
07 爾前迹門・両教の二乗・三教の菩薩・並に五時の円人を皆天人・修羅と云う豈に未断見思の人と云うに非ずや、答う
08 十界互具とは法華の淵底・此の宗の沖微なり 四十余年の諸経の中には之を秘して伝えず、 但し四十余年の諸の経
09 教の中に無数の凡夫・見思を断じて無漏の果を得・能く二種の涅槃の無為を証し 塵数の菩薩・通別の惑を断じ頓に
10 二種の生死の縛を超ゆ、 無量義経の中に四十余年の諸経を挙げて未顕真実と説くと雖も 而も猶爾前・三乗の益を
11 許す、 法華の中に於て正直捨方便と説くと雖も尚見諸菩薩授記作仏と説く 此くの如き等の文爾前の説に於て当分
12 の益を許すに非ずや、 但し爾前の諸経に二事を説かず 謂く実の円仏無く又久遠実成を説かず故に等覚の菩薩に至
13 るまで近成を執する思い有り 此の一辺に於て天人と同じく 能迷の門を挙げ生死煩悩・一時に断壊することを証せ
14 ず故に唯未顕真実と説けり、 六界の互具を明さざるが故に出ず可からずとは此の難甚だ不可なり、 六界互具せば
15 即ち十界互具す可し何となれば権果の心生とは六凡の差別なり心生を観ずるに何ぞ四聖の高下無からんや。
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01 第三重の難に云く所立の義誠に道理有るに似たり委く一代聖教の前後をカンガうるに法華本門並に観心の智慧を
02 起さざれば円仏と成らず、 故に実の凡夫にして権果だも得ず所以に彼の外道五天竺に出でて四顛倒を立つ、如来出
03 世して四顛倒を破せんが為に 苦・空等を説く此れ則ち外道の迷情を破せんが為なり、 是の故に外道の我見を破し
04 て無我に住するは火を捨てて以て 水に随うが如し堅く無我を執して見思を断じ 六道を出ずると謂えり、 此れ迷
05 の根本なり故に色心倶滅の見に住す 大集等の経経に断常の二見と説くは是れなり、 例せば有漏外道の自らは得道
06 すと念えども 無漏智に望むれば未だ三界を出でざるが如し、 仏教に値わずして三界を出ずるといわば是の処有る
07 こと無し小乗の二乗も亦復是くの如し、 鹿苑施小の時外道の我を離れて無我の見に住す 此の情を改めずして四十
08 余年草庵に止宿するの思い暫くも離るる時無し、 又大乗の菩薩に於て心生の十界を談ずと雖も 而も心具の十界を
09 論ぜず、 又或る時は九界の色心を断尽して仏界の一理に進む是の故に自ら念わく 三惑を断尽して変易の生を離れ
10 寂光に生るべしと、 然るに九界を滅すれば是れ則ち断見なり進んで仏界に昇れば 即ち常見と為す九界の色心の常
11 住を滅すと欲うは豈に九法界に迷惑するに非ずや、 又妙楽大師の云く「但し心を観ずと言わば 則ち理に称わず」
12 文、此の釈の意は小乗の観心は小乗の理に称わざるのみ、 又天台の文句第九に云く「七方便並に究竟の滅に非ず」
13 已上、此の釈は是れ爾前の前三教の菩薩も実には不成仏と云えるなり、 但し未顕真実と説くと雖も三乗の得道を許
14 し正直捨方便と説くと雖も 而も見諸菩薩授記作仏と云うは、 天台宗に於て三種の教相有り第二の化導の始終の時
15 過去の世に於て法華結縁の輩有り 爾前の中に於て且らく法華の為に 三乗当分の得道を許す 所謂種熟脱の中の熟
16 益の位なり是は尚迹門の説なり、 本門観心の時は 是れ実義に非ず一往許すのみ、 其の実義を論ずれば如来久遠
17 の本に迷い一念三千を知らざれば 永く六道の流転を出ず可からず、故に釈に云く「円乗の外を名けて外道と為す」
18 文、又「諸善男子・楽於小法・徳薄垢重者」と説く若し爾れば経釈共に道理必然なり、答う執難有りと雖も其の義不
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01 可なり、所以は如来の説教は機に備りて 虚からず是を以て頓等の四教・蔵等の四教八機の為に設くる所にして 得
02 益無きに非ず、 故に無量義経には「是の故に衆生の得道差別あり」と説く、 誠に知んぬ「終に無上菩提を成ずる
03 ことを得ず」と説くと雖も・而も三法・四果の益無きに非ず、 但是れ速疾頓成と 歴劫迂回との異なるのみ、 是
04 れ一向に得道無きに非ざるなり、 是の故に或は三明六通も有り 或は普現色身の菩薩も有り縦い一心三観を修して
05 以て同体の三惑を断ぜずとも 既に析智を以て見思を断ず何ぞ二十五有を出でざらん、 是の故に解釈に云く「若し
06 衆生に遇うて小乗を修せしめば 我則ち慳貪に堕せん此の事不可なりとして祇二十五有を出す」已上、 当に知るべ
07 し此の事不可と説くと雖も 而も出界有り但是れ不思議の空を観ぜざるが故に 不思議の空智を顕さずと雖も何ぞ小
08 分の空解を起さざらん、 若し空智を以て見思を断ぜずと云わば開善の無声聞の義に同ずるに非ずや、 況や今の経
09 は正直捨権・純円一実の説なり 諸の爾前の声聞の得益を挙げて 「諸漏已に尽きて復煩悩無し」と説き又「実に阿
10 羅漢を得・此の法を信ぜず 是の処有ること無し」と云い又 「三百由旬を過ぎて一城を化作す」と説く、 若し諸
11 の声聞全く凡夫に同ぜば五百由旬一歩も行く可からず。
12 又云く「自ら所得の功徳に於て滅度の想を生じて当に涅槃に入るべし、 我余国に於て作仏して更に異名有らん
13 是の人滅度の想を生じて涅槃に入ると雖も而も彼の土に於て仏の智慧を求めて是の経を聞くことを得ん」已上、 此
14 の文既に証果の羅漢・法華の座に来らずして 無余涅槃に入り方便土に生じて法華を説くを聞くと見えたり、 若し
15 爾らば既に方便土に生じて何んぞ見思を断ぜざらん 是の故に天台妙楽も「彼土得聞」と釈す、 又爾前の菩薩に於
16 て「始めて我が身を見・我が所説を聞いて即ち皆信受し・如来慧に入りにき」と説く、 故に知んぬ爾前の諸の菩薩
17 三惑を断除して仏慧に入ることを、故に解釈に云く「初後の仏慧円頓の義斉し」已上。
18 或は云く「故に始終を挙ぐるに意・仏慧に在り」と若し此等の説相経釈共に非義ならば正直捨権の説・唯以一大
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01 事の文・妙法華経・皆是真実の証誠皆以て無益なり皆是真実の言は豈一部八巻に亘るに非ずや、釈迦・多宝・十方分
02 身の舌相・至梵天の神力・三世諸仏の誠諦不虚の証誠・空く泡沫に同ぜん、 但し小乗の断常の二見に至つては且く
03 大乗に対して小乗を以て 外道に同ず小益無きに非ざるなり、 又七方便並に究竟の滅に非ざるの釈・或は復但し心
04 を観ずと言わば則ち理に称わずとは又 是れ円実の大益に対して七方便の益を下して 並に非究竟滅・即不称理と釈
05 するなり。
06 第四重の難に云く法華本門の観心の意を以て一代聖教を按ずるに菴羅果を取つて掌中に捧ぐるが如し、 所以は
07 何ん 迹門の大教起れば爾前の大教亡じ・本門の大教起れば迹門爾前亡じ・観心の大教起れば本迹爾前共に亡ず此れ
08 は是れ如来所説の聖教・従浅至深して次第に迷を転ずるなり、 然れども如来の説は一人の為にせず 此の大道を説
09 きて迷情除かざれば生死出で難し、 若し爾前の中に八教有りとは頓は則ち華厳・漸は則ち三味・秘密と不定とは前
10 四味に亘る蔵は則ち阿含方等に亘る 通は是れ方等・般若・円・別は是れ則ち前四味の中に鹿苑の説を除く、此くの
11 如く八機各各不同なれば教説も亦異なり 四教の教主亦是れ不同なれば 当教の機根余仏を知らず、故に解釈に云く
12 「各各仏独り其の前に在すと見る」已上。
13 人天の五戒.十善・二乗の四諦.十二・菩薩の六度.三祇・百劫.或は動逾塵劫.或は無量阿僧祇劫.円教の菩薩の初
14 発心時・便成正覚・明かに知んぬ 機根別なるが故に説教亦別なり、 教別なるが故に行も亦別なり行別なるが故に
15 得果も別なり此れ即ち各別の得益にして不同なり。
16 然るに今法華方便品に「衆生をして仏知見を開かしめんと欲す」と説き給う 爾の時八機並に悪趣の衆生悉く皆
17 同じく釈迦如来と成り互に五眼を具し 一界に十界を具し十界に百界を具せり、 是の時爾前の諸経を思惟するに諸
18 経の諸仏は自界の二乗を二乗も又菩薩界を具せず 三界の人天の如きは成仏の望絶えて 二乗菩薩の断惑即ち是れ自
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01 身の断惑なりと知らず、 三乗四乗の智慧は四悪趣を脱るるに似たりと雖も 互に界界を隔つ而も皆是れ一体なり、
02 昔の経は二乗は 但自界の見思を断除すると思うて六界の見思を断ずることを知らず 菩薩も亦是くの如し自界の三
03 惑を断尽せんと欲すと雖も 六界・二乗の三惑を断ずることを知らず、真実に証する時は一衆生即十衆生・十衆生即
04 一衆生なり、 若し六界の見思を断ぜざれば二乗の見思を断ず可からず 是くの如く説くと雖も迹門は但九界の情を
05 改め十界互具を明す故に即ち円仏と成るなり、 爾前当分の益を嫌うこと無きが故に 「三界の諸漏已に尽き三百由
06 旬を過ぎて始めて我身を見る」と説けり 又爾前入滅の二乗は実には見思を断ぜず 故に六界を出でずと雖も迹門は
07 二乗作仏が本懐なり故に 「彼の土に於いて是の経を聞くことを得」と説く、 既に「彼の土に聞くことを得」と云
08 う故に知んぬ爾前の諸経には方便土無し 故に実には実報並に常寂光も無し、 菩薩の成仏を明す故に実報・寂光を
09 仮立す然れども 菩薩に二乗を具す二乗成仏せずんば菩薩も成仏す可からざるなり、 衆生無辺誓願度も満せず二乗
10 の沈空尽滅は 即ち是れ菩薩の沈空尽滅なり凡夫六道を出でざれば二乗も六道を出ず可からず、 尚下劣の方便土を
11 明さず況や勝れたる実報寂光を明さんや、 実に見思を断ぜば何ぞ方便を明さざらん 菩薩実に実報・寂光に至らば
12 何ぞ方便土に至ること無らん、 但断無明と云うが故に仮りに実報寂光を立つと雖も 而も上の二土無きが故に同居
13 の中に於て影現の実報寂光を仮立す、 然るに此の三百由旬は実には三界を出ずること無し 迹門には但是れ始覚の
14 十界互具を説きて 未だ必ず本覚本有の十界互具を明さず故に所化の大衆能化の円仏皆是れ悉く始覚なり、 若し爾
15 らば本無今有の失何ぞ免るることを得んや、 当に知るべし四教の四仏 則ち円仏と成るは且く迹門の所談なり是の
16 故に無始の本仏を知らず、 故に無始無終の義欠けて具足せず又無始・色心常住の義無し 但し是の法は法位に住す
17 と説くことは未来常住にして 是れ過去常に非ざるなり、 本有の十界互具を顕さざれば 本有の大乗菩薩界無きな
18 り、 故に知んぬ迹門の二乗は 未だ見思を断ぜず迹門の菩薩は未だ無明を断ぜず六道の凡夫は本有の六界に住せざ
0422top
01 れば有名無実なり。
02 故に涌出品に至つて 爾前迹門の断無明の菩薩を「五十小劫・半日の如しと謂えり」と説く是れ則ち寿量品の久
03 遠円仏の非長非短・不二の義に迷うが故なり、 爾前迹門の断惑とは外道の有漏断の退すれば起るが如し 未だ久遠
04 を知らざるを以て惑者の本と為すなり、 故に四十一品断の弥勒・本門立行の発起・影響・当機・結縁の地涌千界の
05 衆を知らず、 既に一分の無始の無明を断じて十界の一分の無始の法性を得れば何ぞ等覚の菩薩を知らざらん、 設
06 い等覚の菩薩を知らざるも 争でか当機・結縁の衆を知らざらん 乃ち不識一人の文は最も未断三惑の故か、 是を
07 以て本門に至つては則ち爾前迹門に於て随他意の釈を加え又天人・修羅に摂し「貪著五欲・妄見網中・為凡夫顛倒」
08 と説き、 釈の文には「我坐道場・不得一法」と云う 蔵通両仏の見思断も 別円二仏の無明断も並に皆見思無明を
09 断ぜず故に随他意と云う、 所化の衆生三惑を断ずと謂えるは是れ実の断に非ず 答の文に開善の無声聞の義に同ず
10 とは汝も亦光宅の有声聞の義に同ずるか、 天台は有無共に破し給うなり、 開善は爾前に於て無声聞を判じ光宅は
11 法華に於て有声聞を判ず故に有無共に難有り、 天台は「爾前には則ち有り今経には則ち無し 所化の執情には則ち
12 有り長者の見には 則ち無し」此くの如きの破文 皆是れ爾前迹門相対の釈にて 有無共に今の難には非ざるなり、
13 「但し七方便並に究竟の滅に非ず又但し心を観ずと云わば則ち理に称わず」との釈は 円益に対し当分の益を下して
14 「並非究竟滅・即不称理」と云うなりと云うは金ペイ論には「偏に清浄の真如を指す 尚小の真を失えり仏性安んぞ
15 在らん」と云う釈をば云何が会す可き、 但し此の尚失小真の釈は常には出だす可からず 最も秘蔵す可し、 但し
16 「妙法蓮華経皆是真実」の文を以て迹門に於て爾前の得道を許すが故に 爾前得道の義有りと云うは此れは是れ迹門
17 を爾前に対して真実と説くか、 而も未だ久遠実成を顕さず 是れ則ち彼の未顕真実の分域なり所以に無量義経に大
18 荘厳等の菩薩の四十余年の得益を挙ぐるを 仏の答えたもうに未顕真実の言を以てす、 又涌出品の中に弥勒疑つて
0423top
01 云く「如来太子為りし時釈の宮を出でて伽耶城を去ること遠からず、乃至四十余年を過ぐ」已上 仏答えて云く「一
02 切世間の天人及び阿修羅は皆 今の釈迦牟尼仏は釈氏の宮を出で伽耶城を去ること遠からずして 三菩提を得たりと
03 謂えり我実に成仏してより以来」已上、 我実成仏とは寿量品已前を未顕真実と云うに非ずや是の故に記の九に云く
04 「昔七方便より誠諦に至るまでは 七方便の権と言うは 且く昔の権に寄す若し果門に対すれば権実倶に是れ随他意
05 なり」已上、 此の釈は明かに知んぬ迹門をも尚随他意と云うなり、寿量品の皆実不虚を天台釈して云く「円頓の衆
06 生に約すれば迹本二門に於て一実一虚なり」已上、記の九に云く「故に知んぬ迹の実は本に於て猶虚なり」已上、迹
07 門既に虚なること論に及ぶ可からず 但し皆是真実とは若し本門に望むれば迹は是れ虚なりと雖も 一座の内に於て
08 虚実を論ず故に本迹両門倶に真実と言うなり、 例せば迹門法説の時の譬説因縁の二周も 此の一座に於て聞知せざ
09 ること無し故に名けて顕と為すが如し、 記の九に云く「若し方便教は二門倶に虚なり 因門開し竟りて果門に望む
10 れば則ち一実一虚なり本門顕れ竟れば 則ち二種倶に実なり」已上、此の釈の意は本門未だ顕れざる以前は本門に対
11 すれば尚迹門を以て名けて虚と為す 若し本門顕れ已りぬれば迹門の仏因は即ち 本門の仏果なるが故に天月水月本
12 有の法と成りて 本迹倶に三世常住と顕るるなり、 一切衆生の始覚を名けて迹門の円因と言い一切衆生の本覚を名
13 けて本門の円果と為す 修一円因感一円果とは是なり、 是くの如く法門を談ずるの時迹門・爾前は若し本門顕れず
14 んば六道を出でず何ぞ九界を出でんや。
0424top
爾前二乗菩薩不作仏事 正元元年 三十八歳御作
01 問うて云く二乗永不成仏の教に菩薩の作仏を許す可きや、 答えて云く楞伽経第二に云く「大慧何者か無性乗な
02 る、 謂く一闡提なり・大慧・一闡提とは涅槃の性無し何を以ての故に解脱の中に於て信心を生ぜず涅槃に入らず、
03 大慧・一闡提とは二種あり何等をか二と為す 一には一切の善根を梵焼す 二には一切衆生を憐愍して一切衆生界を
04 尽さんとの願を作す大慧・云何が一切の善根を梵焼する謂く菩薩蔵を謗じて是くの如きの言を作す、 彼の修多羅・
05 毘尼・解脱の説に随順するに非ず諸の善根を捨つと是の故に涅槃を得ず、 大慧・衆生を憐愍して衆生界を尽さんと
06 の願を作す者是を菩薩と為す、 大慧・菩薩は方便して願を作す若し諸の衆生の涅槃に入らざる者あらば我も亦涅槃
07 に入らずと是の故に菩薩摩訶薩涅槃に入らず、 大慧・是を二種の一闡提無涅槃性と名く 是の義を以ての故に決定
08 して一闡提の行を取る、 大慧菩薩・仏に白して言く世尊・此の二種の一闡提何等の一闡提か常に涅槃に入らざる、
09 仏・大慧に告げたまわく 菩薩摩訶薩の一闡提は常に涅槃に入らず何を以ての故に能善く一切諸法・本来涅槃なりと
10 知るを以て是の故に涅槃に入らず 一切の善根を捨つる闡提には非ず、 何を以ての故に大慧彼れ一切の善根を捨つ
11 る闡提は若し諸仏・善知識等に値いたてまつれば菩提心を発し諸の善根を生じて便ち涅槃を証す」等と云云、 此の
12 経文に「若し諸の衆生涅槃に入らざれば我も亦涅槃に入らじ」等云云。
13 前四味の諸経に二乗作仏を許さず之を以て之を思うに四味諸経の四教の菩薩も作仏有り難きか、 華厳経に云く
14 「衆生界尽きざれば我が願も亦尽きず」等と云云、 一切の菩薩必ず四弘誓願を発す可し 其の中の衆生無辺誓願度
15 の願之を満せざれば 無上菩提誓願証の願又成じ難し、 之を以て之を案ずるに四十余年の文二乗に限らば菩薩の願
0425top
01 又成じ難きか。
02 問うて云く二乗成仏之無ければ菩薩の成仏も之無き正き証文如何、 答えて云く涅槃経三十六に云く「仏性は是
03 れ衆生に有りと信ずと雖も必ず一切に皆悉く之有らず是の故に名けて信不具足と為す」と三十六本三十二、此の文の
04 如くんば先四味の諸菩薩は皆一闡提の人なり二乗作仏を許さず二乗の作仏を成ぜざるのみに非ず、 将又菩薩の作仏
05 も之を許さざる者なり、 之を以て之を思うに四十余年の文二乗作仏を許さずんば菩薩の成仏も又之無きなり、 一
06 乗要決の中に云く「涅槃経三十六に云く 仏性は是れ衆生に有りと信ずと雖も 必ず一切皆悉く之有らず是の故に名
07 けて信不具足と為すと三十六本三十二、第三十一に説く一切衆生及び一闡提に悉く仏性有りと信ずるを菩薩の十法の
08 中の第一の信心具足と名くと、三十六本第三十,一切衆生悉有仏性を明すは是れ少分に非ず,若し猶堅く少分の一切な
09 りと執せば唯経に違するのみに非ず 亦信不具なり何に因つてか楽つて一闡提と作るや此れに由つて全分の有性を許
10 すべし理亦一切の成仏を許すべし○」
11 慈恩の心経玄賛に云く「大悲の辺に約すれば常に闡提と為る大智の辺に約すれば亦当に作仏すべし、 宝公の云
12 く大悲闡提は是れ前経の所説なり前説を以て後説を難ず可からざるなり諸師の釈意大途之に同じ」文、金ペイの註に
13 云く「境は謂く四諦なり 百界三千の生死は即ち苦なり 此の生死即ち是れ涅槃なりと達するを衆生無辺誓願度と名
14 く・百界三千に三惑を具足す此の煩悩即ち是れ菩提なりと達するを 煩悩無辺誓願断と名く・生死即涅槃と円の仏性
15 を証するは即ち仏道無上誓願成なり、 惑即菩提にして般若に非ざること無ければ 即ち法門無尽誓願知なり、惑智
16 無二なれば生仏体同じ苦集唯心なれば四弘融摂す 一即一切なりとは斯の言徴有り」文、 慈覚大師の速証仏位集に
17 云く「第一に唯今経の力用仏の下化衆生の願を満す故に世に出でて之を説く所謂諸仏の因位・四弘の願・利生断惑・
18 知法作仏なり 然るに因円果満なれば後の三の願は満ず、 利生の一願甚だ満じ難しと為す彼の華厳の力十界皆仏道
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01 又成じ難きか。
02 問うて云く二乗成仏之無ければ菩薩の成仏も之無き正き証文如何、 答えて云く涅槃経三十六に云く「仏性は是
03 れ衆生に有りと信ずと雖も必ず一切に皆悉く之有らず是の故に名けて信不具足と為す」と三十六本三十二、此の文の
04 如くんば先四味の諸菩薩は皆一闡提の人なり二乗作仏を許さず二乗の作仏を成ぜざるのみに非ず、 将又菩薩の作仏
05 も之を許さざる者なり、 之を以て之を思うに四十余年の文二乗作仏を許さずんば菩薩の成仏も又之無きなり、 一
06 乗要決の中に云く「涅槃経三十六に云く 仏性は是れ衆生に有りと信ずと雖も 必ず一切皆悉く之有らず是の故に名
07 けて信不具足と為すと三十六本三十二、第三十一に説く一切衆生及び一闡提に悉く仏性有りと信ずるを菩薩の十法の
08 中の第一の信心具足と名くと、三十六本第三十,一切衆生悉有仏性を明すは是れ少分に非ず,若し猶堅く少分の一切な
09 りと執せば唯経に違するのみに非ず 亦信不具なり何に因つてか楽つて一闡提と作るや此れに由つて全分の有性を許
10 すべし理亦一切の成仏を許すべし○」
11 慈恩の心経玄賛に云く「大悲の辺に約すれば常に闡提と為る大智の辺に約すれば亦当に作仏すべし、 宝公の云
12 く大悲闡提は是れ前経の所説なり前説を以て後説を難ず可からざるなり諸師の釈意大途之に同じ」文、金ペイの註に
13 云く「境は謂く四諦なり 百界三千の生死は即ち苦なり 此の生死即ち是れ涅槃なりと達するを衆生無辺誓願度と名
14 く・百界三千に三惑を具足す此の煩悩即ち是れ菩提なりと達するを 煩悩無辺誓願断と名く・生死即涅槃と円の仏性
15 を証するは即ち仏道無上誓願成なり、 惑即菩提にして般若に非ざること無ければ 即ち法門無尽誓願知なり、惑智
16 無二なれば生仏体同じ苦集唯心なれば四弘融摂す 一即一切なりとは斯の言徴有り」文、 慈覚大師の速証仏位集に
17 云く「第一に唯今経の力用仏の下化衆生の願を満す故に世に出でて之を説く所謂諸仏の因位・四弘の願・利生断惑・
18 知法作仏なり 然るに因円果満なれば後の三の願は満ず、 利生の一願甚だ満じ難しと為す彼の華厳の力十界皆仏道
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十法界明因果抄 文応元年五月 三十九歳御作 沙門 日蓮撰
01 八十華厳経六十九に云く「普賢道に入ることを得て十法界を了知す」と、法華経第六に云く「地獄声・畜生声・
02 餓鬼声・阿修羅声・比丘声・比丘尼声人道・天声天道・声聞声・辟支仏声・菩薩声・仏声」と已上十法界名目なり。
03 第一に地獄界とは観仏三昧経に云く「五逆罪を造り因果を撥無し 大衆を誹謗し四重禁を犯し虚く信施を食する
04 の者此の中に堕す」と阿鼻地獄なり・正法念経に云く「殺盗.婬欲.飲酒・妄語の者此の中に堕す」と大叫喚地獄なり
、正法
05 念経に云く「昔酒を以て人に与えて酔わしめ已つて調戯して之を翫び彼をして 羞恥せしむるの者此の中に堕す」と
06 叫喚地獄なり、正法念経に云く「殺生巻偸盗巻邪婬の者此の中に堕す」と衆合地獄なり、涅槃経に云く「殺に三種有
り謂
07 く下中上なり○下とは蟻子乃至一切の畜生乃至下殺の因縁を以て地獄に堕し乃至具に下の苦を受く」文。
08 問うて云く十悪五逆等を造りて 地獄に堕するは世間の道俗皆之を知れり謗法に依つて地獄に堕するは未だ其の
09 相貌を知らざる如何、 答えて云く堅慧菩薩の造・勒那摩提の訳・究竟一乗宝性論に云く「楽て小法を行じて 法及
10 び法師を謗じ○如来の教を識らずして説くこと・修多羅に背いて是真実義と言う」文、 此の文の如くんば小乗を信
11 じて真実義と云い大乗を知らざるは是れ謗法なり、 天親菩薩の説・真諦三蔵の訳・仏性論に云く「若し大乗に憎背
12 するは此は是一闡提の因なり 衆生をして此の法を捨てしむるを為ての故に」文、 此の文の如くんば大小流布の世
13 に一向に小乗を弘め自身も大乗に背き人に於ても 大乗を捨てしむる是を謗法と云うなり、 天台大師の梵網経の疏
14 に云く「謗は是れ乖背の名・スベて是れ解・理に称わず言実に当らず異解して説く者を皆名けて謗と為すなり己が宗
15 に背くが故に罪を得」文、 法華経の譬喩品に云く「若し人信ぜずして 此の経を毀謗せば則ち一切世間の仏種を断
0428top
01 ぜん 乃至其の人命終して阿鼻獄に入らん」文、 此の文の意は小乗の三賢已前・大乗の十信已前・末代の凡夫の十
02 悪.五逆・不孝父母.女人等を嫌わず此等法華経の名字を聞いて或は題名を唱え一字.一句・四句・一品.一巻・八巻等
03 を受持し読誦し乃至亦上の如く行ぜん人を 随喜し讃歎する人は法華経よりの外、 一代の聖教を深く習い義理に達
04 し堅く大小乗の戒を持てる大菩薩の如き者より勝れて 往生成仏を遂ぐ可しと説くを信ぜずして 還つて法華経は地
05 住已上の菩薩の為・或は上根・上智の凡夫の為にして愚人・悪人・女人・末代の凡夫等の為には非ずと言わん者は即
06 ち一切衆生の成仏の種を断じて 阿鼻獄に入る可しと説ける文なり、 涅槃経に云く「仏の正法に於て永く護惜建立
07 の心無し」文、 此の文の意は此の大涅槃経の大法世間に滅尽せんを惜まざる者は 即ち是れ誹謗の者なり、天台大
08 師法華経の怨敵を定めて云く 「聞く事を喜ばざる者を怨と為す」文、 謗法は多種なり大小流布の国に生れて一向
09 に小乗の法を学して身を治め大乗に遷らざるは是れ謗法なり、 亦華厳・方等・般若等の諸大乗経を習える人も諸経
10 と法華経と等同の思を作し 人をして等同の義を学ばしめ 法華経に遷らざるは是れ謗法なり、 亦偶円機有る人の
11 法華経を学ぶをも 我が法に付けて世利を貪るが為に汝が機は法華経に当らざる由を称して 此の経を捨て権経に遷
12 らしむるは是れ大謗法なり、 此くの如き等は皆地獄の業なり人間に生ずること 過去の五戒は強く三悪道の業因は
13 弱きが故に人間に生ずるなり、 亦当世の人も五逆を作る者は少く 十悪は盛に之を犯す亦偶後世を願う人の 十悪
14 を犯さずして善人の如くなるも 自然に愚癡の失に依つて身口は善く意は悪しき師を信ず、 但我のみ此の邪法を信
15 ずるに非ず国を知行する人・人民を聳て我が邪法に同ぜしめ 妻子・眷属・所従の人を以て亦聳め従え我が行を行ぜ
16 しむ、故に正法を行ぜしむる人に於て 結縁を作さず亦民・所従等に於ても随喜の心を至さしめず、 故に自他共に
17 謗法の者と成りて修善・止悪の如き人も自然に阿鼻地獄の業を招くこと末法に於て多分之れ有るか。
18 阿難尊者は浄飯王の甥・斛飯王の太子・提婆達多の舎弟・釈迦如来の従子なり、如来に仕え奉つて二十年覚意三
0429top
01 味を得て一代聖教を覚れり、 仏入滅の後・阿闍世王・阿難を帰依し奉る、仏の滅後四十年の此阿難尊者・一の竹林
02 の中に至るに一りの比丘有り 一の法句の偈を誦して云く「若し人生じて百歳なりとも 水の潦涸を見ずんば生じて
03 一日にして之を覩見することを得るに如かず」已上、 阿難此の偈を聞き比丘に語つて云く此れ仏説に非ず汝修行す
04 可らず爾時に比丘 阿難に問うて云く仏説は如何、 阿難答えて云く若人生じて百歳なりとも生滅の法を解せずんば
05 生じて一日にして之を解了することを得んには如かず已上 此の文仏説なり、汝が唱うる所の偈は此の文を謬りたる
06 なり、爾の時に比丘此の偈を得て本師の比丘に語る、 本師の云く我汝に教うる所の偈は真の仏説なり 阿難が唱う
07 る所の偈は仏説に非ず 阿難年老衰して言錯謬多し信ず可らず、 此の比丘亦阿難の偈を捨てて本の謬りたる偈を唱
08 う阿難又竹林に入りて之を聞くに 我が教うる所の偈に非ず重ねて之を語るに比丘信用せざりき等云云、 仏の滅後
09 四十年にさえ既に謬り出来せり 何に況んや仏の滅後既に二千余年を過ぎたり、 仏法天竺より唐土に至り唐土より
10 日本に至る論師・三蔵・人師等伝来せり定めて謬り無き法は万が一なるか、 何に況や当世の学者・偏執を先と為し
11 て我慢を挿み 火を水と諍い之を糾さず 偶仏の教の如く教を宣ぶる学者をも之を信用せず 故に謗法ならざる者は
12 万が一なるか。
13 第二に餓鬼道とは正法念経に云く「昔財を貪りて屠殺せるの者此の報を受く」と、亦云く「丈夫自ら美食をクラ
14 い妻子に与えず或は婦人自ら食して夫子に与えざるは此の報を受く」と、亦云く「名利を貪るが為に不浄説法する者
15 此の報を受く」と、 亦云く「昔酒をウルに水を加うる者 此の報を受く」と、亦云く「若し人労して少物を得たる
16 を誑惑して 之を取り用いける者此の報を受く」と、 亦云く「昔行路人の病苦ありて 疲極せるに其の売を欺き取
17 り直を与うること薄少なりし者此の報を受く」と、又云く「昔刑獄を典主・人の飲食を取りし者此の報を受く」と、
18 亦云く「昔陰凉樹を伐り及び衆僧の園林を伐りし者 此の報を受く」と文、 法華経に云く「若し人信ぜずして此の
0430top
01 経を毀謗せば○常に地獄に処すること 園観に遊ぶが如く余の悪道に在ること己が舎宅の如し」文、 慳貪・偸盗等
02 の罪に依つて餓鬼道に堕することは 世人知り易し、 慳貪等無き諸の善人も謗法に依り亦謗法の人に親近し自然に
03 其の義を信ずるに依つて餓鬼道に堕することは智者に非ざれば之を知らず能く能く恐る可きか。
04 第三に畜生道とは愚癡無慙にして徒に信施の他物を受けて 之を償わざる者此の報を受くるなり、 法華経に云
05 く「若し人信ぜずして此の経を毀謗せば○当に畜生に堕すべし」文已上三悪道なり。
06 第四に修羅道とは止観の一に云く「若し其の心・念念に常に彼に勝らんことを欲し 耐えざれば人を下し他を軽
07 しめ己を珍ぶこと鵄の高く飛びて下視が如し而も外には仁・義・礼・智・信を掲げて下品の善心を起し阿修羅の道を
08 行ずるなり」文。
09 第五に人道とは報恩経に云く「三帰五戒は人に生る」文。
10 第六に天道とは二有り、欲天には十善を持ちて生れ色無色天には 下地はソ苦障・上地は静妙離の六行観を以て
11 生ずるなり。
12 問うて云く六道の生因は是くの如し抑同時に五戒を持ちて人界の生を受くるに何ぞ生盲.聾.オンア・ギ陋・レン
13 ビャク.背傴.貧窮.多病.瞋恚等.無量の差別有りや,答えて云く大論に云く「若は衆生の眼を破り若は衆生の眼を屈り
14 若は正見の眼を破り罪福無しと言わん 是の人死して地獄に堕し罪畢つて人と為り生れて従り盲なり、若は復仏塔の
15 中の火珠及び諸の灯明を盗む・是くの如き等の 種種の先世の業・因縁をもて眼を失うなり○聾とは是れ 先世の因
16 縁・師父の教訓を受けず行ぜず 而も反つて瞋恚す是の罪を以ての故に聾となる、 復次に衆生の耳を截り若は衆生
17 の耳を破り若は仏塔.僧塔諸の善人・福田の中のケン椎.鈴・貝及び鼓を盗む故に此の罪を得るなり、先世に他の舌を
18 截り或は其の口を塞ぎ 或は悪薬を与えて語ることを得ざらしめ、 或は師の教・父母の教勅を聞き其の語を断つ○
0431top
01 世に生れて人と為り 唖にして言うこと能わず ○先世に他の坐禅を破り坐禅の舎を破り諸の咒術を以て人を咒して
02 瞋らし闘諍し婬欲せしむ 今世に諸の結使厚重なること 婆羅門の其の稲田を失い 其の婦復死して即時に狂発し裸
03 形にして走りしが如くならん、 先世に仏・阿羅漢・辟支仏の食及び父母所親の食を奪えば仏世に値うと雖も猶故飢
04 渇す罪の重きを以ての故なり、 ○先世に好んで鞭杖・拷掠・閉繋を行じ種種に悩すが故に今世の病を得るなり○先
05 世に他の身を破り 其の頭を截り其の手足を斬り種種の身分を破り 或は仏像を壊り仏像の鼻及び諸の賢聖の形像を
06 毀り或は父母の形像を破る是の罪を以ての故に 形を受くる多く具足せず、 復次に不善法の報・身を受くること醜
07 陋なり」文、 法華経に云く 「若し人信ぜずして此の経を毀謗せば○若し人と為ることを得ては諸根闇鈍にして盲
08 ・聾・背傴ならん○卯口の気常に臭く鬼魅に著せられん貧窮下賎にして人に使われ多病瘠痩にして依怙する所無く○
09 若は他の叛逆し抄劫し竊盗せん是くの如き等の罪横に其の殃に羅らん」文。
10 又八の巻に云く「若し復是の経典を受持する者を見て 其の過悪を出さん若は実にもあれ若は不実にもあれ此の
11 人は現世に白癩の病を得ん若し之を軽笑すること有らん者は 当に世世に牙歯疎欠・醜き脣・平める鼻・手脚繚戻し
12 眼目角昧に身体臭穢にして悪瘡・膿血・水腹・短気諸の悪重病あるべし」文、問うて云く何なる業を修する者が六道
13 に生じて其の中の王と成るや、 答えて云く大乗の菩薩戒を持して之を破る者は色界の梵王・欲界の魔王・帝釈・四
14 輪王・禽獣王・閻魔王等と成るなり、 心地観経に云く「諸王の受くる所の諸の福楽は往昔曾つて三の浄戒を持し戒
15 徳薫修して招き感ずる所 人天の妙果・王の身を獲中○品に菩薩戒を受持すれば 福徳自在の転輪王として心の所作
16 に随つて尽く皆成じ無量の人天悉く遵奉す、 下の上品に持すれば大鬼王として 一切の非人咸く率伏す戒品を受持
17 して欠犯すと雖も 戒の勝るるに由るが故に王と為ることを得 下の中品に持すれば禽獣の王として一切の飛走皆帰
18 伏す清浄の戒に於て欠犯有るも戒の勝るるに由るが故に王と為ることを得、 下の下品に持すればエン魔王として地
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01 獄の中に処して常に自在なり 禁戒を毀り悪道に生ずと雖も 戒の勝るるに由るが故に王と為る事を得○若し如来の
02 戒を受けざる事有れば終に野干の身をも得ること能わず 何に況んや能く人天の中の最勝の快楽を感じて 王位に居
03 せん」文、 安然和尚の広釈に云く「菩薩の大戒は持して法王と成り犯して世王と成る 而も戒の失せざること譬え
04 ば金銀を器と成すに用ゆるに貴く 器を破りて用いざるも 而も宝は失せざるが如し」亦云く「無量寿観に云く劫初
05 より已来 八万の王有つて其の父を殺害すと 此則ち菩薩戒を受けて国王と作ると雖も 今殺の戒を犯して皆地獄に
06 堕れども犯戒の力も王と作るなり」 大仏頂経に云く「発心の菩薩罪を犯せども 暫く天神地祇と作る」と、 大随
07 求に云く「天帝命尽きて忽ち驢の腹に入れども 随求の力に由つて還つて天上に生ず」と、尊勝に云く「善住天子・
08 死後七返畜生の身に堕すべきを 尊勝の力に由つて還つて天の報を得たり」と、 昔国王有り千車をもて水を運び仏
09 塔の焼くるを救う自らキョウ心を起して阿修羅王と作る、昔梁の武帝五百の袈裟を須弥山の五百の羅漢に施す、誌公
10 云く「往五百に施すに一りの衆を欠けり 罪を犯して暫く人王と作る即ち武帝是なり、 昔国王有つて民を治むるこ
11 と等からず今天王と作れども大鬼王と為る、 即ち東南西の三天王是なり拘留孫の末に菩薩と成りて 発誓し現に北
12 方毘沙門と作る是なり」云云、 此等の文を以て之を思うに小乗戒を持して破る者は 六道の民と作り大乗戒を破す
13 る者は六道の王と成り持する者は仏と成る是なり。
14 第七に声聞道とは 此の界の因果をば阿含・小乗・十二年の経に分明に之を明せり、諸大乗経に於ても大に対せ
15 んが為に亦之をば明せり、声聞に於て四種有り一には優婆塞・俗男なり五戒を持し苦・空・無常・無我の観を修し自
16 調自度の心強くして 敢て化他の意無く 見思を断尽して阿羅漢と成る此くの如くする時・自然に髪を剃るに自ら落
17 つ、二には優婆夷.俗女なり五戒を持し髪を剃るに自ら落つること男の如し.三には比丘僧なり二百五十戒具足戒なり
18 を持して苦・空・無常・無我の観を修し見思を断じて阿羅漢と成る此くの如くするの時・髪を剃らざれども生ぜず、
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01 四に比丘尼なり五百戒を持す余は比丘の如し、 一代諸経に列座せる舎利弗目連等の如き 声聞是なり永く六道に生
02 ぜず亦仏菩薩とも成らず 灰身滅智し決定して仏に成らざるなり、 小乗戒の手本たる尽形寿の戒は一度依身を壊れ
03 ば永く戒の功徳無し、 上品を持すれば二乗と成り中下を持すれば 人天に生じて民と為る之を破れば三悪道に堕し
04 て罪人と成るなり、 安然和尚の広釈に云く「三善は世戒なり因生して 果を感じ業尽きて悪に堕す譬えば楊葉の秋
05 至れば金に似れども 秋去れば地に落つるが如し、 二乗の小戒は持する時は果拙く破る時は永く捨つ譬えば瓦器の
06 完くして用うるに卑しく若し破れば永く失するが如し」文。
07 第八に縁覚道とは二有り 一には部行独覚・仏前に在りて声聞の如く小乗の法を習い小乗の戒を持し見思を断じ
08 て永不成仏の者と成る、二には鱗喩独覚・無仏の世に在りて飛花落葉を見て苦・空・無常・無我の観を作し見思を断
09 じて永不成仏の身と成る戒も亦声聞の如し此の声聞縁覚を二乗とは云うなり。
10 第九に菩薩界とは六道の凡夫の中に於て 自身を軽んじ他人を重んじ悪を以て己に向け善を以て他に与えんと念
11 う者有り、 仏此の人の為に 諸の大乗経に於て菩薩戒を説きたまえり、 此の菩薩戒に於て三有り一には摂善法戒
12 所謂八万四千の法門を習い尽さんと願す、 二には饒益有情戒・一切衆生を度しての後に 自ら成仏せんと欲する是
13 なり、三には摂律儀戒 一切の諸戒を尽く持せんと欲する是なり、 華厳経の心を演ぶる梵網経に云く「仏諸の仏子
14 に告げて言く 十重の波羅提木叉有り若し菩薩戒を受けて 此の戒を誦せざる者は菩薩に非ず仏の種子に非ず我も亦
15 是くの如く誦す 一切の菩薩は已に学し一切の菩薩は当に学し一切の菩薩は今学す」文、 菩薩と言うは二乗を除い
16 て一切の有情なり、 小乗の如きは戒に随つて異るなり、 菩薩戒は爾らず一切の有心に必ず十重禁等を授く一戒を
17 持するを一分の菩薩と云い 具に十分を受くるを具足の菩薩と名く、 故に瓔珞経に云く「一分の戒を受くること有
18 れば一分の菩薩と名け乃至二分・三分・四分・十分なるを具足の受戒と云う」文。
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01 問うて云く二乗を除くの文如何、 答えて云く梵網経に菩薩戒を受くる者を列ねて云く「若し仏戒を受くる者は
02 国王.王子.百官.宰相.比丘.比丘尼・十八梵天.六欲天子.庶民.黄門.婬男.婬女・奴婢・八部.鬼神・金剛神.畜生・乃
03 至変化人にもあれ但法師の語を解するは尽く戒を受得すれば 皆第一清浄の者と名く」文、 此の中に於て二乗無き
04 なり、 方等部の結経たる瓔珞経にも亦二乗無し、 問うて云く二乗所持の不殺生戒と菩薩所持の不殺生戒と差別如
05 何、答えて云く所持の戒の名は同じと雖も持する様並に心念永く異るなり、 故に戒の功徳も亦浅深あり、 問うて
06 云く異なる様如何、 答えて云く二乗の不殺生戒は永く六道に還らんと思わず 故に化導の心無し亦仏菩薩と成らん
07 と思わず但灰身滅智の思を成すなり、 譬えば木を焼き灰と為しての後に 一塵も無きが如し故に此の戒をば瓦器に
08 譬う破れて後用うること無きが故なり、 菩薩は爾らず饒益有情戒を発して 此の戒を持するが故に機を見て五逆十
09 悪を造り同く犯せども 此の戒は破れず還つて弥弥戒体を全くす、 故に瓔珞経に云く「犯すこと有れども失せず未
10 来際を尽くす」文、 故に此の戒をば金銀の器に譬う完くして持する時も破する時も永く失せざるが故なり、 問う
11 て云く此の戒を持する人は 幾劫を経てか成仏するや、 答えて云く瓔珞経に云く「未だ住前に上らざる○若は一劫
12 二劫三劫乃至十劫を経て 初住の位の中に入ることを得」文、 文の意は凡夫に於て此の戒を持するを信位の菩薩と
13 云う、然りと雖も一劫二劫乃至十劫の間は 六道に沈輪し十劫を経て不退の位に入り 永く六道の苦を受けざるを不
14 退の菩薩と云う未だ仏に成らず還つて六道に入れども苦無きなり。
15 第十に仏界とは菩薩の位に於て四弘誓願を発すを以て戒と為す三僧祇の間六度万行を修し見思・塵沙・無明の三
16 惑を断尽して仏と成る、 故に心地観経に云く「三僧企耶大劫の中に具に 百千の諸の苦行を修し功徳円満にして法
17 界に遍く十地究竟して三身を証す」文、 因位に於て諸の戒を持ち 仏果の位に至つて仏身を荘厳す三十二相・八十
18 種好は即ち是の戒の功徳の感ずる所なり、 但し仏果の位に至れば戒体失す 譬えば華の果と成つて華の形無きが如
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01 し、 故に天台の梵網経の疏に云く「仏果に至つて乃ち廃す」文、 問うて云く梵網経等の大乗戒は現身に七逆を造
02 れると並に決定性の二乗とを許すや、 答えて云く梵網経に云く「若し戒を受けんと欲する時は 師問い言うべし汝
03 現身に七逆の罪を作らざるやと、 菩薩の法師は七逆の人の与に現身に戒を受けしむることを得ず」文、 此の文の
04 如くんば七逆の人は現身に受戒を許さず、 大般若経に云く「若し菩薩設い恒河沙劫に 妙の五欲を受くるとも菩薩
05 戒に於ては猶犯と名けず 若し一念二乗の心を起さば即ち名けて犯と為す」文、 大荘厳論に云く「恒に地獄に処す
06 と雖も 大菩提を障ず若し自利の心を起さば是れ大菩提の障なり」文、 此等の文の如くんば六凡に於ては菩薩戒を
07 授け二乗に於ては制止を加うる者なり、二乗戒を嫌うは二乗所持の五戒・八戒・十戒・十善戒・二百五十戒等を嫌う
08 に非ず彼の戒は菩薩も持す可し但二乗の心念を嫌うなり、 夫れ以みれば持戒は父母・師僧・国王・主君の一切衆生
09 三宝の恩を報ぜんが為なり、 父母は養育の恩深し一切衆生は互に相助くる恩重し 国王は正法を以て世を治むれば
10 自他安穏なり、此に依つて善を修すれば恩重し主君も亦彼の恩を蒙りて父母・妻子・眷属・所従・牛馬等を養う、設
11 い爾らずと雖も一身を顧る等の恩是重し 師は亦邪道を閉じ正道に趣かしむる等の恩是深し 仏恩は言うに及ばず是
12 くの如く無量の恩分之有り、 而るに二乗は此等の報恩皆欠けたり故に一念も 二乗の心を起すは十悪五逆に過ぎた
13 り一念も菩薩の心を起すは 一切諸仏の後心の功徳を起せるなり、已上四十余年の間の大小乗の戒なり、 法華経の
14 戒と言うは二有り、 一には相待妙の戒・二には絶待妙の戒なり、 先ず相待妙の戒とは四十余年の大小乗の戒と法
15 華経の戒と相対して 爾前をソ戒と云い法華経を妙戒と云うて諸経の戒をば未顕真実の戒・歴劫修行の戒・決定性の
16 二乗戒と嫌うなり、 法華経の戒は真実の戒・速疾頓成の戒・二乗の成仏を嫌わざる戒等を相対してソ妙を論ずるを
17 相対妙の戒と云うなり。
18 問うて云く梵網経に云く「衆生・仏戒を受くれば即ち諸仏の位に入る位大覚に同じ已に実に是諸仏の子なり」文。
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01 華厳経に云く「初発心の時便ち正覚を成ず」文、 大品経に云く「初発心の時即ち道場に坐す」文、 此等の文の如
02 くんば四十余年の大乗戒に於て法華経の如く 速疾頓成の戒有り何ぞ但歴劫修行の戒なりと云うや、 答えて云く此
03 れに於て二義有り一義に云く 四十余年の間に於て歴劫修行の戒と 速疾頓成の戒と有り法華経に於ては但一つの速
04 疾頓成の戒のみ有り、 其の中に於て四十余年の間の歴劫修行の戒に於ては 法華経の戒に劣ると雖も 四十余年の
05 間の速疾頓成の戒に於ては法華経の戒に同じ、 故に上に出す所の衆生仏戒を受れば 即ち諸仏の位に入る等の文は
06 法華経の須臾聞之・即得究竟の文に之同じ、 但し無量義経に四十余年の経を挙げて 歴劫修行等と云えるは四十余
07 年の内の歴劫修行の戒計りを嫌うなり 速疾頓成の戒をば嫌わざるなり、 一義に云く四十余年の間の戒は 一向に
08 歴劫修行の戒・法華経の戒は速疾頓成の戒なり、 但し上に出す所の四十余年の諸経の 速疾頓成の戒に於ては凡夫
09 地より速疾頓成するに非ず 凡夫地より無量の行を成じて無量劫を経最後に於て凡夫地より即身成仏す、 故に最後
10 に従えて速疾頓成とは説くなり、 委悉に之を論ぜば歴劫修行の所摂なり、 故に無量義経には総て四十余年の経を
11 挙げて仏・無量義経の速疾頓成に対して 宣説菩薩歴劫修行と嫌いたまえり、 大荘厳菩薩の此の義を承けて領解し
12 て云く「無量無辺・不可思議阿僧祇劫を過れども終に 無上菩提を成ずることを得ず、 何を以ての故に菩提の大直
13 道を知らざるが故に 険逕を行くに留難多きが故に、 乃至大直道を行くに留難無きが故に」文、若し四十余年の間
14 に無量義経・法華経の如く 速疾頓成の戒之れ有れば仏猥りに四十余年の実義を隠し給うの失之れ有り云云、 二義
15 の中に後の義を作る者は存知の義なり、 相待妙の戒是なり、次に絶待妙の戒とは法華経に於ては別の戒無し、 爾
16 前の戒即ち法華経の戒なり其の故は爾前の人天の楊葉戒・小乗阿含経の二乗の瓦器戒・華厳・方等・般若・観経等の
17 歴劫菩薩の金銀戒の行者法華経に至つて 互に和会して一同と成る、 所以に人天の楊葉戒の人は二乗の瓦器・菩薩
18 の金銀戒を具し 菩薩の金銀戒に人天の楊葉・二乗の瓦器を具す余は以て知んぬ可し、 三悪道の人は現身に於て戒
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01 無し過去に於て人天に生れし時人天の楊葉・二乗の瓦器菩薩の金銀戒を持ち 退して三悪道に堕す、 然りと雖も其
02 の功徳未だ失せず之有り三悪道の人・法華経に入る時其の戒之を起す 故に三悪道にも亦十界を具す、 故に爾前の
03 十界の人法華経に来至すれば皆持戒なり、 故に法華経に云く「是を持戒と名く」文、 安然和尚の広釈に云く「法
04 華に云く能く法華を説く是を持戒と名く」文、 爾前経の如く師に随つて、 戒を持せず但此の経を信ずるが即ち持
05 戒なり、 爾前の経には十界互具を明さず故に菩薩無量劫を経て 修行すれども二乗・人天等の余戒の功徳無く但一
06 界の功徳を成ず故に一界の功徳を以て成仏を遂げず、 故に一界の功徳も亦成ぜず、 爾前の人・法華経に至りぬれ
07 ば余界の功徳を一界に具す、 故に爾前の経即ち法華経なり法華経即ち爾前の経なり、 法華経は爾前の経を離れず
08 爾前の経は法華経を離れず是を妙法と言う、 此の覚り起りて後は行者・阿含・小乗経を読むとも即ち一切の大乗経
09 を読誦し法華経を読む人なり、 故に法華経に云く「声聞の法を決了すれば是諸経の王なり」文、 阿含経即ち法華
10 経と云う文なり、「一仏乗に於て分別して三と説く」文、華厳・方等・般若即ち法華経と云う文なり、「若し俗間の
11 経書・治世の語言・資生の業等を説かんも皆正法に順ず」文、一切の外道・老子・孔子等の経は即ち法華経と云ふ文
12 なり、 梵網経等の権大乗の戒と法華経の戒とに多くの差別有り、 一には彼の戒は二乗七逆の者を許さず二には戒
13 の功徳に仏果を具せず 三には彼は歴劫修行の戒なり是くの如き等の多くの失有り、 法華経に於ては二乗七逆の者
14 を許す上・博地の凡夫・一生の中に仏位に入り妙覚に至つて因果の功徳を具するなり。
15 正元二年庚申四月二十一日 日 蓮 花押
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教機時国抄 弘長二年二月十日 四十一歳御作 本朝沙門日蓮之を註す
01 一に教とは釈迦如来所説の一切の経.律・論・五千四十八巻・四百八十帙・天竺に流布すること一千年.仏の滅後一
02 千一十五年に当つて震旦国に仏経渡る、 後漢の孝明皇帝・永平十年丁卯より唐の玄宗皇帝・開元十八年庚午に至る
03 六百六十四歳の間に一切経渡り畢んぬ、此の一切の経・律.論の中に小乗・大乗・権経・実経.顕経・密経あり此等を
04 弁うべし、 此の名目は論師人師よりも出でず仏説より起る 十方世界の一切衆生一人も無く之を用うべし之を用い
05 ざる者は外道と知るべきなり、 阿含経を小乗と説く事は方等・般若・法華・涅槃等の諸大乗経より出でたり、 法
06 華経には一向に小乗を説きて 法華経を説かざれば仏慳貪に堕すべしと説きたもう、 涅槃経には一向に小乗経を用
07 いて仏を無常なりと云わん人は舌口中に爛るべしと云云。
08 二に機とは仏教を弘むる人は必ず機根を知るべし 舎利弗尊者は金師に不浄観を教え浣衣の者には数息観を教う
09 る間九十日を経て所化の弟子仏法を一分も覚らずして 還つて邪見を起し一闡提と成り畢んぬ、 仏は金師に数息観
10 を教え浣衣の者に不浄観を教えたもう 故に須臾の間に覚ることを得たり、 智慧第一の舎利弗すら尚機を知らず何
11 に況や 末代の凡師機を知り難し但し機を知らざる凡師は所化の弟子に 一向に法華経を教うべし、 問うて云く無
12 智の人の中にして 此の経を説くこと莫れとの文は如何、 答えて云く機を知るは智人の説法する事なり又謗法の者
13 に向つては 一向に法華経を説くべし毒鼓の縁と成さんが為なり、 例せば不軽菩薩の如し亦智者と成る可き機と知
14 らば必ず先ず小乗を教え 次に権大乗を教え後に実大乗を教う可し、 愚者と知らば必ず先ず実大乗を教う可し信謗
15 共に下種と為ればなり。
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01 三に時とは仏教を弘めん人は必ず時を知るべし、 譬えば農人の秋冬田を作るに種と地と人の功労とは違わざれ
02 ども一分も益無く還つて損す一段を作る者は少損なり、 一町二町等の者は大損なり、 春夏耕作すれば上中下に随
03 つて皆分分に益有るが如し、 仏法も亦復是くの如し、 時を知らずして法を弘めば益無き上還つて悪道に堕するな
04 り、 仏出世したもうて必ず法華経を説かんと欲するに 縦い機有れども時無きが故に四十余年には此の経を説きた
05 まわず故に経に云く「説時未だ至らざるが故なり」等と云云、 仏の滅後の次の日より正法一千年は持戒の者は多く
06 破戒の者は少し 正法一千年の次の日より像法一千年は破戒の者は多く無戒の者は少し、 像法一千年の次の日より
07 末法一万年は破戒の者は少く無戒の者は多し、 正法には破戒・無戒を捨てて持戒の者を供養すべし 像法には無戒
08 を捨てて破戒の者を供養すべし、 末法には無戒の者を供養すること仏の如くすべし 但し法華経を謗ぜん者をば正
09 像末の三時に亘りて 持戒の者をも無戒の者をも破戒の者をも共に供養すべからず、 供養せば必ず国に三災七難起
10 り供養せし者も必ず無間大城に堕すべきなり、法華経の行者の権経を謗ずるは主君・親・師の所従・子息・弟子等を
11 罰するが如し、権経の行者の法華経を謗ずるは所従・子息・弟子等の主君・親・師を罰するが如し、又当世は末法に
12 入つて二百一十余年なり、権経・念仏等の時か法華経の時か能く能く時刻を勘うべきなり。
13 四に国とは仏教は必ず国に依つて之を弘むべし国には寒国.熱国・貧国・富国・中国.辺国・大国・小国・一向偸
14 盗国・一向殺生国.一向不孝国等之有り、又一向小乗の国・一向大乗の国.大小兼学の国も之有り、而るに日本国は一
15 向に小乗の国か一向に大乗の国か大小兼学の国なるか能く之を勘うべし。
16 五に教法流布の先後とは未だ仏法渡らざる国には 未だ仏法を聴かざる者あり既に仏法渡れる国には仏法を信ず
17 る者あり必ず先に弘まれる法を知つて 後の法を弘むべし 先に小乗・権大乗弘らば後に必ず実大乗を弘むべし先に
18 実大乗弘らば後に小乗・権大乗を弘むべからず、 瓦礫を捨てて金珠を取るべし金珠を捨てて瓦礫を取ること勿れ。
0440top
01 已上の此の五義を知つて仏法を弘めば 日本国の国師と成る可きか 所以に法華経は切経の中の第一の経王なり
02 と知るは是れ教を知る者なり、 但し光宅の法雲・道場の慧観等は 涅槃経は 法華経に勝れたりと、 清涼山の澄
03 観・高野の弘法等は華厳経・大日経等は法華経に勝れたりと、嘉祥寺の吉蔵・慈恩寺の基法師等は般若・深密等の二
04 経は法華経に勝れたりと云う、 天台山の智者大師只一人のみ一切経の中に 法華経を勝れたりと立つるのみに非ず
05 法華経に勝れたる経之れ有りと云わん者を 諌暁せよ止まずんば 現世に舌口中に爛れ後生は阿鼻地獄に堕すべし等
06 と云云、 此等の相違を能く能く之を弁えたる者は教を知れる者なり、 当世の千万の学者等一一に之に迷えるか、
07 若し爾らば 教を知れる者之れ少きか 教を知れる者之れ無ければ法華経を読む者之れ無し 法華経を読む者之れ無
08 ければ国師となる者無きなり、国師となる者無ければ国中の諸人.一切経の大・小・権・実.顕・密の差別に迷うて一
09 人に於ても生死を離るる者之れ無く、 結句は謗法の者と成り法に依つて 阿鼻地獄に堕する者は大地の微塵よりも
10 多く法に依つて生死を離るる者は爪上の土よりも少し、 恐る可し恐る可し、日本国の一切衆生は桓武皇帝より已来
11 四百余年一向に法華経の機なり、例せば霊山八箇年の純円の機為るが如し天台大師,聖徳太子.鑒真和尚.根本大師.安
然和尚・慧心等の記に之有り是れ機
12 を知れるなり、 而るに当世の学者の云く日本国は一向に称名念仏の機なり等と云云、 例せば舎利弗の機に迷うて
13 所化の衆を一闡提と成せしが如し。
14 日本国の当世は如来の滅後二千二百一十余年後五百歳に当つて 妙法蓮華経広宣流布の時刻なり是れ時を知れる
15 なり、而るに日本国の当世の学者或は法華経を抛ちて 一向に称名念仏を行じ 或は小乗の戒律を教えて叡山の大僧
16 を蔑り或は教外を立てて 法華の正法を軽しむ此等は時に迷える者か、 例せば勝意比丘が喜根菩薩を謗じ徳光論師
17 が弥勒菩薩を蔑りて阿鼻の大苦を招きしが如し、 日本国は一向に法華経の国なり 例せば舎衛国の一向に大乗なり
18 しが如し、 又天竺には一向に小乗の国・一向に大乗の国・大小兼学の国も之有り、日本国は一向大乗の国なり大乗
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01 の中にも法華経の国為る可きなり瑜伽論.肇公の記.聖徳太子.伝教大師.安然等の記之有り是れ国を知れる者なり、而
るに当世の学者日本国
02 の衆生に向つて一向に小乗の戒律を授け 一向に念仏者等と成すは「譬えば 宝器に穢食を入れたるが如し」等云云
03 法器の譬.伝教大師の守護経に在り,日本国には欽明天皇の御宇に仏法百済国より渡り始めしより桓武天皇に至るまで
二百四十余年
04 の間 此の国に小乗・権大乗のみ弘まり 法華経有りと雖も其の義未だ顕れず、 例せば震旦国に法華経渡つて三百
05 余年の間・法華経有りと雖も其の義未だ顕れざりしが如し、 桓武天皇の御宇に伝教大師有して小乗・権大乗の義を
06 破して法華経の実義を顕せしより已来又異義無く純一に法華経を信ず、設い華厳・般若・深密・阿含・大小の六宗を
07 学する者も法華経を以て所詮と為す、 況や天台・真言の学者をや何に況や 在家の無智の者をや、例せば崑崙山に
08 石無く蓬莱山に毒無きが如し、建仁より已来今に五十余年の間・大日・仏陀・禅宗を弘め、法然・隆寛・浄土宗を興
09 し実大乗を破して 権宗に付き一切経を捨てて教外を立つ、 譬えば珠を捨てて石を取り地を離れて空に登るが如し
10 此は教法流布の先後を知らざる者なり。
11 仏誡めて云く「悪象に値うとも悪知識に値わざれ」等と云云、法華経の勧持品に後の五百歳・二千余年に当つて
12 法華経の敵人・三類有る可しと記し置きたまえり当世は後五百歳に当れり、 日蓮・仏語の実否を勘うるに三類の敵
13 人之有り之を隠さば法華経の行者に非ず 之を顕さば身命定めて喪わんか、 法華経第四に云く「而も此の経は如来
14 の現在にすら猶怨嫉多し況や滅度の後をや」等と云云、 同じく第五に云く「一切世間怨多くして信じ難し」と、又
15 云く「我身命を愛せず但無上道を惜む」と、 同第六に云く「自ら身命を惜まず」と云云、 涅槃経第九に云く「譬
16 えば 王使の善能談論し方便に巧みなる命を他国に奉け 寧ろ身命を喪うとも 終に王の所説の言教を匿さざるが如
17 し、 智者も亦爾なり凡夫の中に於て身命を惜まずして要必大乗方等を宣説すべし」と云云、 章安大師釈して云く
18 「寧喪身命不匿教とは 身は軽く法は重し 身を死して法を弘めよ」等と云云、 此等の本文を見れば三類の敵人を
0442top
01 顕さずんば法華経の行者に非ず之を顕すは法華経の行者なり、 而れども必ず身命を喪わんか、 例せば師子尊者・
02 提婆菩薩等の如くならん云云。
03 二月十日 日蓮 花押
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顕謗法抄 弘長二年 四十一歳御作 本朝沙門 日 蓮 撰
01 第一に八大地獄の因果を明し、第二に無間地獄の因果の軽重を明し、第三に問答料簡を明し、 第四に行者弘経
02 の用心を明す。
03 第一に八大地獄の因果を明さば、
04 第一に等活地獄とは此の閻浮提の地の下・一千由旬にあり此の地獄は縦広斉等にして一万由旬なり、 此の中の
05 罪人は・たがいに害心をいだく若たまたま相見れば犬とサルとの あえるがごとし、 各鉄の爪をもて互につかみさ
06 く血肉既に尽きぬれば唯骨のみあり、 或は獄卒手に鉄杖を取つて頭より足にいたるまで 皆打くだく身体くだけて
07 沙のごとし、 或は利刀をもつて分分に肉をさく然れども又よみがへり・よみがへりするなり・此の地獄の寿命は人
08 間の昼夜五十年をもつて第一・四王天の一日一夜として 四王天の天人の寿命五百歳なり、 四王天の五百歳を此れ
09 等活地獄の一日一夜として 其の寿命五百歳なり、 此の地獄の業因をいはば・ものの命をたつもの此の地獄に堕つ
10 螻蟻蚊モウ等の小虫を殺せる者も懺悔なければ必ず此の地獄に堕つべし、 譬へばはりなれども水の上にをけば沈ま
11 ざることなきが如し、 又懺悔すれども懺悔の後に重ねて此の罪を作れば後の懺悔には此の罪きえがたし、 譬へば
12 ぬすみをして獄に入りぬるものの・しばらく経て 後に御免を蒙りて獄を出ずれども 又重ねて盗をして獄に入りぬ
13 れば出ゆるされがたきが如し、 されば当世の日本国の人は 上一人より下万民に至まで此の地獄をまぬがるる人は
14 一人もありがたかるべし、 何に持戒のをぼへを・とれる持律の僧たりとも蟻虱なんどを殺さず蚊アブをあやまたざ
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01 るべきか、況や其外山野の鳥鹿・江海の魚鱗を日日に殺すものをや、何に況や牛馬人等を殺す者をや。
02 第二に黒繩地獄とは等活地獄の下にあり 縦広は等活地獄の如し、 獄卒・罪人をとらえて熱鉄の地にふせて熱
03 鉄の繩をもつて身にすみうつて熱鉄の斧をもつて 繩に随つてきり・さきけづる又鋸を以てひく・又左右に大なる鉄
04 の山あり山の上に鉄の幢を立て鉄の繩をはり 罪人に鉄の山をををせて繩の上よりわたす 繩より落ちてくだけ 或
05 は鉄のかなえに堕し入れてにらる此の苦は上の等活地獄の苦よりも十倍なり、 人間の一百歳は第二のトウ利天の一
06 日一夜なり 其の寿一千歳なり此の天の寿一千歳を一日一夜として此の第二の地獄の寿命一千歳なり、 殺生の上に
07 偸盗とて・ぬすみを・かさねたるもの此の地獄にをつ、当世の偸盗のもの・ものをぬすむ上・物の主を殺すもの此の
08 地獄に堕つべし。
09 第三に衆合地獄とは黒繩地獄の下にあり縦広は上の如し 多くの鉄の山二つづつに相向へり、牛頭・馬頭等の獄
10 卒・手に棒を取つて罪人を駈りて山の間に入らしむ、 此の時・両の山迫り来て合せ押す身体くだけて血流れて地に
11 みつ、又種種の苦あり、 人間の二百歳を第三の夜摩天の一日一夜として 此の天の寿二千歳なり此の天の寿を一日
12 一夜として此の地獄の寿命二千歳なり、 殺生・偸盗の罪の上に邪婬とて 他人のつまを犯す者此の地獄の中に堕つ
13 べし、而るに当世の僧・尼・士・女・多分は此の罪を犯す殊に僧にこの罪多し、士女は各各互にまほり又人目をつつ
14 まざる故に此の罪ををかさず 僧は一人ある故に婬欲とぼしきところに 若し有身ば父ただされ・あらはれぬべきゆ
15 へに独ある女人を・をかさず、もしや・かくるると他人の妻をうかがひ・ふかく・かくれんと・をもうなり、当世の
16 ほかたうとげなる僧の中にことに 此の罪又多くあるらんと・をぼゆ、されば多分は当世たうとげなる僧・此の地獄
17 に堕つべし。
18 第四に叫喚地獄とは衆合の下にあり縦広前に同じ獄卒悪声出して弓箭をもつて罪人をいる、 又鉄の棒を以て頭
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01 を打つて熱鉄の地をはしらしむ、 或は熱鉄のいりだなにうちかへし・うちかへし此の罪人をあぶる、 或は口を開
02 て・わける銅のゆを入るれば 五臓やけて下より直に出ず、 寿命をいはば 人間の四百歳を第四の都率天の一日一
03 夜とす、 又都率天の四千歳なり都率天の四千歳の寿を一日一夜として此の地獄の寿命四千歳なり、 此の地獄の業
04 因をいはば殺生・偸盗・邪婬の上に飲酒とて酒のむもの此の地獄に堕つべし、当世の比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷
05 の四衆の大酒なる者・此の地獄の苦免れがたきか、 大論には酒に三十六の失をいだし 梵網経には酒盃をすすめる
06 者・五百生に手なき身と生るととかせ給う人師の釈にはみみずていの者と・なるとみへたり、 況や酒をうりて人に
07 あたえたる者をや・何に況や酒に水を入れてうるものをや・当世の在家の人人この地獄の苦まぬがれがたし。
08 第五に大叫喚地獄とは叫喚の下にあり縦広前に同し、 其の苦の相は上の四の地獄の諸の苦に十倍して重くこれ
09 をうく、 寿命の長短を云わば人間の八百歳は第五の化楽天の一日一夜なり 此の天の寿八千歳なり此の天の八千歳
10 を一日一夜として此の地獄の寿命八千歳なり、殺生・偸盗・邪婬・飲酒の重罪の上に妄語とてそらごとせる者・此の
11 地獄に堕つべし、 当世の諸人は設い賢人・上人なんどいはるる人人も妄語せざる時はありとも妄語を・せざる日は
12 あるべからず、設い日は・ありとも月は・あるべからず設い月は・ありとも年は・あるべからず設い年は・ありとも
13 一期生・妄語せざる者はあるべからず、若ししからば当世の諸人・一人もこの地獄を・まぬがれがたきか。
14 第六に焦熱地獄とは大叫喚地獄の下にあり 縦広前にをなじ、此の地獄に種種の苦あり若し此の地獄の豆計りの
15 火を閻浮提にをけらんに一時にやけ尽きなん況や罪人の身のヤワラカなること・わたのごとくなるをや、此の地獄の
16 人は前の五つの地獄の火を見る事雪の如し、 譬へば人間の火の薪の火よりも鉄銅の火の熱きが如し、 寿命の長短
17 は人間の千六百歳を第六の他化天の一日一夜として 此の天の寿千六百歳なり 此の天の千六百歳を一日一夜として
18 此の地獄の寿命一千六百歳なり、業因を云わば殺生.偸盗・邪婬・飲酒・妄語の上・邪見とて因果なしという者.此の
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01 中に堕つべし、 邪見とは有人の云く人飢えて死ぬれば天に生るべし等と云云、 総じて因果をしらぬ者を邪見と申
02 すなり世間の法には慈悲なき者を邪見の者という、当世の人人此の地獄を免れがたきか。
03 第七に大焦熱地獄とは焦熱の下にあり縦広前の如し、 前の六つの地獄の一切の諸苦に十倍して重く受るなり、
04 其の寿命は半中劫なり、業因を云わば殺生・偸盗.邪婬・飲酒・妄語.邪見の上に浄戒の比丘尼を・をかせるもの此の
05 中に堕つべし、 又比丘酒をもつて不邪婬戒を持てる婦女をたぼらかし 或は財物をあたへて犯せるもの此の中に堕
06 つべし、 当世の僧の中に多く此の重罪あるなり、 大悲経の文に末代には士女は多くは天に生じ僧尼は多くは地獄
07 に堕つべしと・とかれたるは・これていの事か、心あらん人人ははづべし・はづべし。
08 総じて上の七大地獄の業因は諸経論をもつて勘え当世日本国の四衆にあて見るに 此の七大地獄をはなるべき人
09 を見ず又きかず、 涅槃経に云く末代に入りて人間に生ぜん者は爪上の土の如し 三悪道に堕つるものは十方世界の
10 微塵の如しと説かれたり、 若爾らば我等が父母・兄弟等の死ぬる人は皆上の七大地獄にこそ堕ち給いては候らめ・
11 あさましともいうばかりなし、竜と蛇と鬼神と仏・菩薩・聖人をば未だ見ずただ・をとにのみ・これをきく当世に上
12 の七大地獄の業を造らざるものをば未だ見ず又をとにも・きかず、 而るに我が身よりはじめて一切衆生・七大地獄
13 に堕つべしとをもえる者・一人もなし、設い言には堕つべきよしを・さえづれども心には堕つべしとも・をもわず、
14 又僧・尼・士・女・地獄の業をば犯すとは・をもえども或は地蔵菩薩等の菩薩を信じ或は阿弥陀仏等の仏を恃み或は
15 種種の善根を修したる者もあり、 皆をもはく我はかかる善根をもてれば・なんど・うちをもひて地獄をもをぢず、
16 或は宗宗を習へる人人は各各の智分を・たのみて又地獄の因ををぢず、 而るに仏菩薩を信じたるも愛子・夫婦なん
17 どをあいし父母主君なんどを・うやまうには雲泥なり、 仏・菩薩等をばかろくをもえるなり、されば当世の人人の
18 仏・菩薩を恃ぬれば宗宗を学したれば 地獄の苦はまぬがれなん・なんど・をもえるは僻案にや心あらん人人はよく
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01 よく・はかりをもうべきか。
02 第八に大阿鼻地獄とは又は無間地獄と申すなり 欲界の最底大焦熱地獄の下にあり 此の地獄は縦広八万由旬な
03 り、 外に七重の鉄の城あり 地獄の極苦は且く之を略す前の七大地獄並びに別処の一切の諸苦を以て一分として大
04 阿鼻地獄の苦一千倍勝れたり、 此の地獄の罪人は大焦熱地獄の罪人を見る事他化自在天の楽みの如し、 此の地獄
05 の香のくささを人かくならば四天下・欲界・六天の天人・皆ししなん、されども出山・没山と申す山・此の地獄の臭
06 き気を・をさへて人間へ来らせざるなり、 故に此の世界の者死せずと見へぬ、若し仏・此の地獄の苦を具に説かせ
07 給はば人聴いて血をはいて死すべき 故にくわしく仏説き給はずとみへたり、 此の無間地獄の寿命の長短は一中劫
08 なり一中劫と申すは此の人寿・無量歳なりしが 百年に一寿を減じ又百年に一寿を減ずるほどに 人寿十歳の時に減
09 ずるを一減と申す、 又十歳より百年に一寿を増し又百年に一寿を増する程に八万歳に増するを一増と申す、 此の
10 一増・一減の程を小劫として二十の増減を一中劫とは申すなり、 此の地獄に堕ちたる者・これ程久しく無間地獄に
11 住して大苦をうくるなり、 業因を云わば五逆罪を造る人・此の地獄に堕つべし、五逆罪と申すは一に殺父・二に殺
12 母・三に殺阿羅漢・四に出仏身血・五に破和合僧なり、今の世には仏ましまさず・しかれば出仏身血あるべからず、
13 和合僧なければ破和合僧なし、 阿羅漢なければ殺阿羅漢これなし、但殺父・殺母の罪のみありぬべし、 しかれど
14 も王法のいましめきびしく・あるゆへに 此の罪をかしがたし、若爾らば 当世には阿鼻地獄に堕つべき人すくなし
15 但し相似の五逆罪これあり 木画の仏像・堂塔等をやきかの仏像等の寄進の所をうばいとり 率兜婆等をきりやき智
16 人殺しなんどするもの多し、 此等は大阿鼻地獄の十六の別処に堕つべし、 されば 当世の衆生十六の別処に堕つ
17 るもの多きか又謗法の者この地獄に堕つべし。
18 第二に無間地獄の因果の軽重を明さば、 問うて云く五逆罪より外の罪によりて 無間地獄に堕んことあるべし
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01 や、答えて云く誹謗正法の重罪なり、 問うて云く証文如何、答えて云く 法華経第二に云く「若し人信ぜずして此
02 の経を毀謗せば乃至其の人命終して阿鼻獄に入らん」等と云云、 此の文に謗法は阿鼻地獄の業と見へたり、 問う
03 て云く五逆と謗法と罪の軽重如何、 答て云く大品経に云く「舎利弗仏に白して言く 世尊五逆罪と破法罪と相似す
04 るや、 仏舎利弗に告わく相似と言うべからず所以は何ん若し般若波羅蜜を破れば 則ち十方諸仏の一切智一切種智
05 を破るに為んぬ、 仏宝を破るが故に法宝を破るが故に僧宝を破るが故に三宝を破るが故に 則ち世間の正見を破す
06 世間の正見を破れば ○則ち無量無辺阿僧祇の罪を得るなり 無量無辺阿僧祇の罪を得已つて則ち無量無辺阿僧祇の
07 憂苦を受るなり」文又云く「破法の業因縁集るが故に無量百千万億歳大地獄の中に堕つ、 此の破法人の輩一大地獄
08 より一大地獄に至る若し劫火起る時は他方の大地獄の中に至る、是くの如く十方にアマネくして彼の間に劫火起る故
09 に彼より死し破法の業因縁未だ尽きざるが故に 是の間の大地獄の中に還来す」等と云云、 法華経第七に云く「四
10 衆の中に瞋恚を生じ 心不浄なる者あり悪口罵詈して言く 是れ無智の比丘と、 或は杖木瓦石を以て之れを打擲す
11 乃至千劫阿鼻地獄に於て大苦悩を受く」等と云云、 此の経文の心は 法華経の行者を悪口し及び杖を以て打擲せる
12 もの其の後に懺悔せりといえども 罪いまだ滅せずして千劫・阿鼻地獄に堕ちたりと見えぬ、 懺悔せる謗法の罪す
13 ら五逆罪に千倍せり 況や懺悔せざらん謗法にをいては阿鼻地獄を出ずる期かたかるべし、 故に法華経第二に云く
14 「経を読誦し書持すること有らん者を見て 軽賎憎嫉して結恨を懐かん 乃至其の人命終して阿鼻獄に入り一劫を具
15 足して劫尽きなば更生れん、是くの如く展転して無数劫に至らん」等と云云。
16 第三に問答料簡を明さば問うて云く 五逆罪と謗法罪との軽重はしんぬ謗法の相貌如何、答えて云く天台智者大
17 師の梵網経の疏に云く 謗とは背なり等と云云、 法に背くが謗法にてはあるか 天親の仏性論に云く若し憎は背く
18 なり等と云云、 この文の心は 正法を人に捨てさせるが謗法にてあるなり、 問うて云く委細に相貌をしらんとを
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01 もうあらあら・しめすべし、 答えて云く涅槃経第五に云く「若し人有りて如来は無常なりと言わん 云何ぞ是の人
02 舌堕落せざらん」等云云、 此の文の心は仏を無常といはん人は舌堕落すべしと云云、 問うて云く諸の小乗経に仏
03 を無常と説かるる上 又所化の衆皆無常と談じき 若爾らば仏・並に所化の衆の舌堕落すべしや、 答えて云く小乗
04 経の仏を小乗経の人が無常ととき談ずるは舌ただれざるか、 大乗経に向つて仏を無常と談じ小乗経に対して大乗経
05 を破するが舌は堕落するか、此れをもつて・をもうにをのれが依経には随えども 依経より・すぐれたる経を破する
06 は破法となるか、 若爾らば設い観経・華厳経等の権大乗経の人人・所依の経の文の如く修行すともかの経にすぐれ
07 たる経経に随はず又すぐれざる由を談ぜば 謗法となるべきか、 されば観経等の経の如く法をえたりとも観経等を
08 破せる経の出来したらん時・其の経に随わずば破法となるべきか、小乗経を以て・なぞらえて心うべし。
09 問うて云く雙観経等に乃至十念・即得往生なんと・とかれて候が彼のけうの教の如く十念申して往生すべきを後
10 の経を以て申しやぶらば 謗法にては候まじきか、 答えて云く仏・観経等の四十余年の経経を束て未顕真実と説か
11 せ給いぬれば此の経文に随つて 乃至十念・即得往生等は実には往生しがたしと申す 此の経文なくば謗法となるべ
12 し、問うて云く或人云く 無量義経の四十余年未顕真実の文はあえて四十余年の一切の経経・並に文文・句句を皆未
13 顕真実と説き給にはあらず、 但四十余年の経経に処処に決定性の二乗を永不成仏ときらはせ給い 釈迦如来を始成
14 正覚と説き給しを其の言ばかりをさして未顕真実とは申すなり あえて余事にはあらず、 而るをみだりに四十余年
15 の文を見て観経等の凡夫のために 九品往生なんぞを説きたるを妄りに往生はなき事なり なんど押し申すあに・を
16 そろしき謗法の者にあらずや・なんど申すはいかに、 答えて云く此の料簡は東土の得一が料簡に似たり、 得一が
17 云く未顕真実とは 決定性の二乗を仏・爾前の経にして永不成仏ととかれしを未顕真実とは嫌はるるなり 前四味の
18 一切には亘るべからずと申しき、 伝教大師は前四味に亘りて文文句句に未顕真実と立て給いき、 さればこの料簡
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01 は古の謗法者の料簡に似たり、 但し且く汝等が料簡に随て尋ね明らめん、 問う法華已前に二乗作仏を嫌いけるを
02 今未顕真実というとならば 先ず決定性の二乗を仏の永不成仏と説かせ給し 処処の経文ばかりは未顕真実の仏の妄
03 語なりと承伏せさせ給うか、 さては仏の妄語は勿論なり若し爾らば妄語の人の申すことは 有無共に用いぬ事にて
04 あるぞかし、 決定性の二乗・永不成仏の語ばかり妄語となり若し余の菩薩・凡夫の往生成仏等は実語となるべきな
05 らば信用しがたき事なり、 譬へば東方を西方と妄語し申さん人は 西方を東方と申すべし二乗を永不成仏と説く仏
06 は余の菩薩の成仏をゆるすも 又妄語にあらずや、 五乗は但一仏性なり二乗の仏性をかくし菩薩・凡夫の仏性をあ
07 らはすは返つて菩薩・凡夫の仏性をかくすなり。
08 有人云く四十余年未顕真実とは成仏の道ばかり未顕真実なり往生等は未顕真実にはあらず、 又難じて云く四十
09 余年が間の説の成仏を 未顕真実と承伏せさせ給はば 雙観経に云う不取正覚成仏已来凡歴十劫等の文は 未顕真実
10 と承伏せさせ給うか、 若し爾らば四十余年の経経にして法蔵比丘の阿弥陀仏になり給はずば 法蔵比丘の成仏すで
11 に妄語なり、 若し成仏妄語ならば何の仏か行者を迎え給うべきや、 又かれ此の難を通して云ん 四十余年が間は
12 成仏はなし阿弥陀仏は今の成仏にはあらず 過去の成仏なり等と云云、 今難じて云く今日の四十余年の経経にして
13 実の凡夫の成仏を許されずば 過去遠遠劫の四十余年の権経にても成仏叶いがたきか、 三世の諸仏の説法の儀式皆
14 同きが故なり、 或は云く不得疾成・無上菩提ととかるれば 四十余年の経経にては疾くこそ仏にはならねども遅く
15 劫を経てはなるか、 難じて云く次下の大荘厳菩薩等の領解に云く「不可思議無量無辺阿僧祇劫を過るとも 終に無
16 上菩提を成ずることを得ず」等と云云、此の文の如くならば劫を経ても 爾前の経計りにては成仏はかたきか。
17 有は云う華厳宗の料簡に云く 四十余年の内には華厳経計りは入るべからず、華厳経にすでに往生成仏此ありな
18 んぞ華厳経を行じて往生成仏をとげざらん、 答えて云く四十余年の内に 華厳経入るべからずとは華厳宗の人師の
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01 義なり、 無量義経には正く四十余年の内に華厳海空と名目を呼び出して四十余年の内にかずへ入れられたり、 人
02 師を本とせば仏に背くになりぬ。
03 問うて云く法華経をはなれて往生成仏をとげずば仏世に出させ給ては但法華経計をこそ説き給はめ、 なんぞ・
04 わづらはしく四十余年の経経を説かせ給うや、 答えて云く此の難は仏自ら答え給えり「若し但仏乗を讃せば衆生苦
05 に没在して法を破して信ぜざるが故に 三悪道に墜ちなん」等の経文これなり、 問うて云くいかなれば爾前の経を
06 ば衆生謗せざるや、 答えて云く爾前の経経は万差なれども束ねて此れを論ずれば随他意と申して 衆生の心をとか
07 れてはんべり故に違する事なし、譬へば水に石を・なぐるに・あらそうこと・なきがごとし・又しなじなの説教はん
08 べれども九界の衆生の心を出でず 衆生の心は皆善につけ悪につけて迷を本とするゆへに仏にはならざるか、 問う
09 て云く衆生謗ずべきゆへに仏・最初に法華経をとき給はずして 四十余年の後に法華経をとき給はば 汝なんぞ当世
10 に権経をばとかずして左右なく 法華経をといて人に謗をなさせて悪道に堕すや、 答えて云く仏在世には仏・菩提
11 樹の下に坐し給いて機をかがみ給うに当時・法華経を説くならば衆生・謗じて悪道に堕ちぬべし、 四十余年すぎて
12 後にとかば謗せずして 初住不退・乃至妙覚にのぼりぬべしと知見しましましき、 末代濁世には当機にして初住の
13 位に入るべき人は万に一人もありがたかるべし、 又能化の人も仏にあらざれば機をかがみん事もこれかたし、 さ
14 れば逆縁・順縁のために先ず法華経を説くべしと 仏ゆるし給へり、 但し又滅後なりとも当機衆になりぬべきもの
15 には先ず権教をとく事もあるべし、 又悲を先とする人は先ず権経をとく釈迦仏のごとし 慈を先とする人は先ず実
16 経をとくべし不軽菩薩のごとし、 又末代の凡夫はなにとなくとも悪道を免れんことはかたかるべし 同じく悪道に
17 堕るならば法華経を謗ぜさせて堕すならば世間の罪をもて堕ちたるには・にるべからず、 聞法生謗・堕於地獄・勝
18 於供養・恒沙仏者等の文のごとし、 此の文の心は法華経をはうじて地獄に堕ちたるは釈迦仏・阿弥陀仏等の恒河沙
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01 の仏を供養し帰依渇仰する功徳には百千万倍すぎたりととかれたり。
02 問うて云く上の義のごとくならば華厳.法相・三論・真言.浄土等の祖師はみな謗法に堕すべきか、華厳宗には華
03 厳経は法華経には雲泥超過せり 法相三論もてかくのごとし、 真言宗には日本国に二の流あり東寺の真言は法華経
04 は華厳経にをとれり 何に況や大日経にをいてをや、 天台の真言には大日経と法華経とは理は斉等なり印真言等は
05 超過せりと云云、 此等は皆悪道に堕つべしや、 答えて云く宗をたて経経の勝劣を判ずるに二の義あり、一は似破
06 二は能破なり一に似破とは 他の義は吉とをもえども此をはすかの正義を分明にあらはさんがためか、 二に能破と
07 は実に他人の義の勝れたるをば弁えずして 迷うて我が義すぐれたりと・をもひて 心中よりこれを破するをば能破
08 という・されば彼の宗宗の祖師に似破・能破の二の義あるべし、 心中には法華経は諸経に勝れたりと思えども且く
09 違して法華経の義を顕さんと・をもひて・これをはする事あり、提婆達多・阿闍世王・諸の外道が仏のかたきとなり
10 て仏徳を顕し後には仏に帰せしがごとし、 又実の凡夫が仏のかたきとなりて悪道に堕つる事これ多し、 されば諸
11 宗の祖師の中に回心の筆をかかずば謗法の者・悪道に堕ちたりとしるべし、三論の嘉祥・華厳の澄観・法相の慈恩・
12 東寺の弘法等は回心の筆これあるか、よくよく尋ねならうべし。
13 問うて云くまことに今度生死をはなれんと・をもはんに・なにものをか・いとひなにものをか願うべきや、答う
14 諸の経文には 女人等をいとうべしと・みへたれども雙林・最後の涅槃経に云く「菩薩是の身に無量の過患具足充満
15 すと見ると雖も涅槃経を受持せんと欲するを為ての故に 猶好く将護して乏少ならしめず、 菩薩悪象等に於ては心
16 に恐怖すること無れ悪知識に於ては怖畏の心を生ぜよ、 何を以ての故に是れ悪象等は 唯能く身を壊りて心を壊る
17 事能わず、悪知識は二倶に壊るが故に、 悪象の若きは唯一身を壊る悪知識は無量の身無量の善心を壊る、 悪象の
18 為に殺されては三趣に至らず 悪友の為に殺されては三趣に至る」等と云云 此の経文の心は後世を願はん人は一切
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01 の悪縁を恐るべし一切の悪縁よりは悪知識を・をそるべしとみえたり。
02 されば大荘厳仏の末の四の比丘は自ら悪法を行じて十方の大阿鼻地獄を経るのみならず、 六百億人の檀那等を
03 も十方の地獄に堕しぬ、 鴦堀摩羅は摩尼跋陀が教に随つて九百九十九人の指をきり結句・母・並に仏をがいせんと
04 ぎす、 善星比丘は仏の御子・十二部経を受持し四禅定をえ欲界の結を断じたりしかども 苦得外道の法を習うて生
05 身に阿鼻地獄に堕ちぬ、 提婆が六万蔵・八万蔵を暗じたりしかども外道の五法を行じて現に無間に堕ちにき、 阿
06 闍世王の父を殺し母を害せんと擬せし 大象を放つて仏をうしない・たてまつらんとせしも悪師提婆が教なり、 倶
07 伽利比丘が舎利弗・目連をそしりて生身に阿鼻に堕せし、 大族王の五竺の仏法僧をほろぼせし、 大族王の舎弟は
08 加涇弥羅国の王となりて健駄羅国の率都婆・寺塔・一千六百所をうしなひし、 金耳国王の仏法をほろぼせし、波瑠
09 璃王の九千九十万人の人をころして血ながれて池をなせし、 設賞迦王の仏法を滅し菩提樹をきり根をほりし、 後
10 周の宇文王の四千六百余所の寺院を失ひ 二十六万六百余の僧尼を還俗せしめし、 此等は皆悪師を信じ悪鬼其の身
11 に入りし故なり。
12 問うて云く天竺・震旦は外道が仏法をほろぼし小乗が大乗をやぶるとみえたり、 此の日本国もしかるべきか、
13 答えて云く 月支・尸那には外道あり小乗あり此の日本国には外道なし小乗の者なし、 紀典博士等これあれども仏
14 法の敵となるものこれなし、 小乗の三宗これあれども彼宗を用て生死をはなれんとをもはず 但大乗を心うる才覚
15 とをもえり、 但し此の国には大乗の五宗のみこれあり人人皆をもえらく 彼の宗宗にして 生死をはなるべしとを
16 もう故にあらそいも多くいできたり、又檀那の帰依も多くあるゆへに利養の心もふかし。
17 第四に行者仏法を弘むる用心を明さば、 夫れ仏法をひろめんと・をもはんものは必ず五義を存して正法をひろ
18 むべし、五義とは一には教・二には機・三には時・四には国・五には仏法流布の前後なり、第一に教とは如来一代五
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01 十年の説教は大小・権実・顕密の差別あり、 華厳宗には五教を立て一代ををさめ其の中には華厳・法華を最勝とし
02 華厳・法華の中に華厳経を以て第一とす、南三・北七・並に華厳宗の祖師・日本国の東寺の弘法大師・此の義なり、
03 法相宗は三時に一代ををさめ其の中に深密・法華経を一代の聖教にすぐれたりとす、 深密・法華の中・法華経は了
04 義経の中の不了義経・深密経は了義経の中の了義経なり、 三論宗に又二蔵・三時を立つ三時の中の第三・中道教と
05 は般若・法華なり、般若・法華の中には般若最第一なり、 真言宗には日本国に二の流あり東寺流は弘法大師・十住
06 心を立て第八法華・第九華厳・第十真言・法華経は大日経に劣るのみならず 猶華厳経に下るなり、天台の真言は慈
07 覚大師等・大日経と法華経とは広略の異.法華経は理秘密・大日経は事理倶密なり、浄土宗には聖道.浄土・難行・易
08 行・雑行・正行を立てたり浄土の三部経より外の法華経等の一切経は難行・聖道・雑行なり、禅宗には二の流あり一
09 流は一切経・一切の宗の深義は禅宗なり 一流は如来一代の聖教は皆言説・如来の口輪の方便なり禅師は如来の意密
10 言説にをよばず教外の別伝なり、倶舎宗・成実宗・律宗は小乗宗なり天竺・震旦には小乗宗の者・大乗を破する事こ
11 れ多し日本国には其の義なし。
12 問うて云く諸宗の異義区なり一一に其の謂れありて 得道をなるべきか・又諸宗・皆謗法となりて一宗計り正義
13 となるべきか、 答えて云く異論相違ありといえども皆得道なるか、 仏の滅後四百年にあたりて健駄羅国の迦弐色
14 迦王仏法を貴み一夏・僧を供し仏法をといしに一一の僧・異義多し 此の王不審して云く仏説は定て一ならんと終に
15 脇尊者に問う、 尊者答て云く金杖を折つて種種の物につくるに 形は別なれども金杖は一なり形の異なるをば諍う
16 といへども金たる事をあらそはず、 門門不同なればいりかどをば諍えども入理は一なり等と云云、 又求那跋摩云
17 く諸論各異端なれども修行の理は二無し偏執に是非有りとも 達者は違諍無し等と云云、 又五百羅漢の真因各異な
18 れども同く聖理をえたり、 大論の四悉檀の中の対治悉檀・摂論の四意趣の中の衆生意楽意趣・此等は此の善を嫌い
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01 此の善をほむ、 檀戒進等一一にそしり一一にほむる皆得道をなる、 此等を以てこれを思うに護法・清弁のあらそ
02 い/智光.戒賢の空中.南三・北七の頓・漸.不定・一時.二時・三時.四時・五時.四宗・五宗.六宗.天台の五時.華厳の
03 五教・真言教の東寺・天台の諍.浄土宗の聖道・浄土.禅宗の教外・教内、入門は差別せりというとも実理に入る事は
04 但一なるべきか。
05 難じて云く華厳の五教.法相・三論の三時.禅宗の教外・浄土宗の難行.易行・南三北七の五時等門はことなりと.
06 いへども入理・一にして皆仏意に叶い謗法とならずといはば 謗法という事あるべからざるか・謗法とは法に背くと
07 いう事なり法に背くと申すは 小乗は小乗経に背き大乗は大乗経に背く法に背かば あに謗法とならざらん謗法とな
08 らば・なんぞ苦果をまねかざらん、 此の道理にそむく・これひとつ、大般若経に云く「般若を謗ずる者は十方の大
09 阿鼻地獄に堕つべし」法華経に云く「若し人信ぜずして乃至 其の人命終して阿鼻獄に入らん」と涅槃経に云く「世
10 に難治の病三あり・一には四重・二には五逆・三には謗大乗なり」此等の経文あに・むなしかるべき、此等は証文な
11 り、 されば無垢論師・大慢婆羅門・熈連禅師・嵩霊法師等は正法を謗じて現身に大阿鼻地獄に堕ち舌口中に爛れた
12 りこれは現証なり、 天親菩薩は小乗の論を作つて諸大乗経をはしき、 後に無著菩薩に対して此の罪を懺悔せんが
13 ために舌を切らんとくい給いき、 謗法もし罪とならずんば・いかんが千部の論師懺悔をいたすべき、 闡提とは天
14 竺の語此には不信と翻す不信とは一切衆生・悉有仏性を信ぜざるは闡提の人と見へたり。
15 不信とは謗法の者なり恒河の七種の衆生の第一は一闡提・謗法常没の者なり、第二は五逆謗法・常没等の者なり
16 あに謗法ををそれざらん、 答えて云く謗法とは只由なく仏法を謗ずるを謗法というか 我が宗をたてんがために余
17 法を謗ずるは謗法にあらざるか、 摂論の四意趣の中の衆生意楽意趣とは仮令 人ありて一生の間一善をも修せず但
18 悪を作る者あり而るに小縁にあいて何れの善にてもあれ 一善を修せんと申すこれは随喜讃歎すべし、 又善人あり
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01 一生の間ただ一善を修す而るを他の善え・うつさんがために・そのぜんをそしる、 一事の中に於て或は呵し或は讃
02 すというこれなり、 大論の四悉檀の中の対治悉檀又これをなじ、 浄名経の弾呵と申すは阿含経の時ほめし法をそ
03 しるなり、 此等を以てをもふに或は衆生多く 小乗の機あれば大乗を謗りて 小乗経に信心をまし或は衆生多く大
04 乗の機なれば小乗をそしりて 大乗経に信心をあつくす、 或は衆生・弥陀仏に縁あれば諸仏をそしりて弥陀に信心
05 をまさしめ、 或は衆生多く地蔵に縁あれば諸菩薩をそしりて地蔵をほむ、 或は衆生多く華厳経に縁あれば諸経を
06 そしりて華厳経をほむ、 或は衆生・大般若経に縁あれば諸経をそしりて大般若経をほむ、或は衆生法華経・或は衆
07 生・大日経等同く心うべし、 機を見て或は讃め或は毀る共に謗法とならず 而るを機をしらざる者みだりに或は讃
08 め或は呰るは謗法となるべきか、例せば華厳宗・三論.法相・天台・真言・禅.浄土等の諸師の諸経をはして我が宗を
09 立つるは謗法とならざるか。
10 難じて云く宗を立てんに諸経.諸宗を破し仏・菩薩を讃むるに仏.菩薩を破し他の善根を修せしめんがために・こ
11 の善根をはする・くるしからずば阿含等の諸の小乗経に華厳経等の諸大乗経をはしたる文ありや、 華厳経に法華・
12 大日経等の諸大乗経をはしたる文これありや、 答えて云く阿含・小乗経に諸大乗経をはしたる文はなけれども 華
13 厳経には二乗・大乗・一乗をあげて二乗・大乗をはし・涅槃経には諸大乗経をあげて涅槃経に対してこれをはす、密
14 厳経には一切経中王ととき・無量義経には 四十余年未顕真実ととかれ・阿弥陀経には念仏に対して諸経を小善根と
15 とかる、 これらの例一にあらず故に 又彼の経経による人師皆此の義を存せり、 此等をもつて思うに宗を立つる
16 方は我が宗に対して諸経を破るはくるしからざるか、 難じて云く華厳経には小乗・大乗・一乗とあげ・密厳経には
17 一切経中王ととかれ涅槃経には 是諸大乗とあげ阿弥陀経には念仏に対して 諸経を小善根とは・とかれたれども無
18 量義経のごとく四十余年と年限を指して 其の間の大部の諸経・阿含・方等・般若・華厳等の名をよびあげて勝劣を
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01 とける事これなし、 涅槃経の是諸大乗の文計りこそ雙林最後の経として 是諸大乗と・とかれたれば涅槃経には一
02 切経は嫌はるかとをぼうれども 是諸大乗経と挙げて次ぎ下に諸大乗経を列ねたるに十二部・修多羅・方等・般若等
03 とあげたり無量義経・法華経をば載せず、但し無量義経に挙ぐるところは四十余年の阿含・方等・般若・華厳経をあ
04 げたり、いまだ法華経・涅槃経の勝劣はみへず 密厳に一切経中王とはあげたれども一切経をあぐる中に華厳・勝鬘
05 等の諸経の名をあげて 一切経中王ととく故に法華経等とはみへず、 阿弥陀経の小善根は時節もなし善根の相貌も
06 みへず、 たれかしる小乗経を小善根というか 又人天の善根を小善根というか又観経・雙観経の所説の諸善を小善
07 根というかいまだ一代を念仏に対して小善根というとはきこえず。
08 又大日経・六波羅蜜経等の諸の秘教の中にも 一代の一切経を嫌うてその経をほめたる文はなし、但し無量義経
09 計りこそ前四十余年の諸経を嫌い法華経一経に限りて 已説の四十余年・今説の無量義経・当説の未来にとくべき涅
10 槃経を嫌うて法華経計りをほめたり、釈迦如来・過去・現在・未来の三世の諸仏・世にいで給いて各各一切経を説き
11 給うにいづれの仏も法華経第一なり、 例せば上郎・下郎・不定なり田舎にしては百姓・郎従等は侍を上郎といふ、
12 洛陽にして源平等已下を下郎といふ三家を上郎といふ、 又主を王といはば百姓も宅中の王なり 地頭・領家等も又
13 村・郷・郡・国の王なりしかれども大王にはあらず、 小乗経には無為涅槃の理が王なり小乗の戒定等に対して智慧
14 は王なり、諸大乗経には中道の理が王なり 又華厳経は円融相即の王・般若経は空理の王・大集経は守護正法の王・
15 薬師経は薬師如来の別願を説く 経の中の王・雙観経は阿弥陀仏の四十八願を説 く経の中の王・大日経は印真言を
16 説く経の中の王・一代一切経の王にはあらず、法華経は真諦・俗諦.空仮中・印真言.無為の理.十二大願・四十八願.
17 一切諸経の所説の所詮の法門の大王なり、これ教をしれる者なり而るを善無畏・金剛智・不空・法蔵・澄観・慈恩・
18 嘉祥・南三.北七・曇鸞・道綽・善導.達磨等の我が所立の依経を一代第一といえるは教をしらざる者なり、但し一切
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01 の人師の中には天台智者大師・一人教をしれる人なり、曇鸞.道綽等の聖道・浄土.難行・易行・正行・雑行は源と十
02 住毘婆沙論に依る 彼本論に難行の内に法華・真言等を入ると 謂は僻案なり、 論主の心と論の始中終をしらざる
03 失あり慈恩が深密経の三時に一代ををさめたる事、 又本経の三時に一切経の摂らざる事をしらざる失あり、 法蔵
04 澄観等が五教に一代ををさむる中に 法華経・華厳経を円教と立て又華厳経は法華経に勝れたりと・をもえるは所依
05 の華厳経に二乗作仏・久遠実成をあかさざるに 記小久成ありと・をもひ華厳よりも超過の法華経を我経に劣ると謂
06 うは僻見なり、三論の嘉祥の二蔵等・又法華経に・般若経すぐれたりとをもう事は僻案なり、 善無畏等が大日経は
07 法華経に勝れたりという法華経の心をしらざるのみならず大日経をもしらざる者なり。
08 問て云く此等皆謗法ならば悪道に堕ちたるか如何、 答て云く謗法に上中下雑の謗法あり慈恩・嘉祥・澄観等が
09 謗法は上中の謗法か 其上自身も謗法としれるかの間悔還す筆これあるか、 又他師をはするに二あり能破似破これ
10 なり教はまさりとしれども 是非をあらはさんがために法をはすこれは似破なり、 能破とは実にまされる経を劣と
11 をもうてこれをはすこれは悪能破なり、 又現に・をとれるをはす・これ善能破なり、但し脇尊者の金杖の譬は小乗
12 経は多しといえども 同じ苦空無常無我の理なり、 諸人同く此の義を存じて十八部・二十部相ひ諍論あれども但門
13 の諍にて理の諍にはあらず 故に共に謗法とならず、 外道が小乗経を破するは外道の理は常住なり小乗経の理は無
14 常なり空なり 故に外道が小乗経をはするは謗法となる、 大乗経の理は中道なり小乗経は空なり小乗経の者が大乗
15 経をはするは謗法となる大乗経の者が 小乗経をはするは破法とならず、 諸大乗経の中の理は未開会の理いまだ記
16 小久成これなし 法華経の理は開会の理・記小久成これあり、 諸大乗経の者が法華経をはするは謗法となるべし法
17 華経の者の諸大乗経を謗するは謗法となるべからず、 大日経・真言宗は未開会・記小久成なくば法華経已前なり開
18 会・記小久成を許さば涅槃経とをなじ、但し善無畏三蔵.金剛智・不空.一行等の性悪の法門・一念三千の法門は天台
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01 智者の法門をぬすめるか、 若し爾らば善無畏等の謗法は似破か 又雑謗法か五百羅漢の真因は小乗十二因縁の事な
02 り無明行等を縁として空理に入ると見へたり、 門は諍えども謗法とならず 摂論の四意趣・大論の四悉檀等は無著
03 菩薩・竜樹菩薩・滅後の論師として法華経を以て 一切経の心をえて四悉・四意趣等を用いて爾前の経経の意を判ず
04 るなり未開会の四意趣四悉檀と開会の四意趣・四悉檀を同ぜば、 あに謗法にあらずや 此等をよくよくしるは教を
05 しれる者なり、 四句あり一に信而不解・二に解而不信・三に亦信亦解・四に非信非解、問うて云く信而不解の者は
06 謗法なるか答えて云く 法華経に云く「信を以つて入ることを得」等と云云、 涅槃経の九に云く難じて云く涅槃経
07 三十六に云く我契経の中に於て説く 二種の人有り仏法僧を謗ずと、 一には不信にして瞋恚の心あるが故に二には
08 信ずと雖も義を解せざるが故に善男子若し人信心あつて 智慧有ること無き是の人は則ち 能く無明を増長す若し智
09 慧有つて信心あること無き是の人は 則ち能く邪見を増長す善男子不信の人は瞋恚の心あるが故に 説いて仏法僧宝
10 有ること無しと言わん、 信者は慧無く顛倒して義を解するが故に 法を聞く者をして仏法僧を謗ぜしむ等と云云、
11 此の二人の中には信じて解せざる者を謗法と説く如何、 答えて云く此の信而不解の者は 涅槃経の三十六に恒河の
12 七種の衆生の第二の者を説くなり、 此の第二の者は涅槃経の 一切衆生悉有仏性の説を聞いて 之を信ずと雖も又
13 不信の者なり。
14 問うて云く如何ぞ信ずと雖も不信なるや、 答えて云く一切衆生悉有仏性の説を聞きて之を信ずと雖も又心を爾
15 前の経に寄する一類の衆生をば無仏性の者と云うなり 此れ信而不信の者なり 問うて云く証文如何、答えて云く恒
16 河第二の衆生を説いて云く 経に云く「是くの如き大涅槃経を聞くことを得て 信心を生ず是を名けて出と為す」と
17 又云く「仏性は是れ衆生に有りと信ずと雖も 必ずしも一切皆悉く之有らず是の故に名けて信不具足と為す」文此の
18 文の如くんば口には涅槃を信ずと雖も心に 爾前の義を存する者なり 又此の第二の人を説いて云く「信ずる者にし
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01 て慧無く顛倒して義を解するが故に」等と云云、顛倒解義とは実経の文を得て権経の義を覚る者なり。
02 問うて云く信而不解・得道の文如何、答えて云く涅槃経の三十二に云く「是れ菩提の因は復無量なりと雖も若し
03 信心を説けば已に摂尽す」文九に云く「此の経を聞き已つて 悉く皆菩提の因縁と作る 法声光明毛孔に入る者は必
04 定して当に阿耨多羅三藐三菩提を得べし」等と云云、 法華経に云く「信を以て入ることを得」等と云云、問うて云
05 く解而不信の者は如何、 答う恒河の第一の者なり、 問うて云く証文如何、答えて云く涅槃経の三十六に第一を説
06 て云く「人有りて 是の大涅槃経の 如来常住無有変易常楽我浄を聞くとも 終に畢竟して於涅槃の一切衆生悉有仏
07 性に入らざるは一闡提の人なり 方等経を謗じ五逆罪を作り 四重禁を犯すとも必ず当に菩提の道を成ずることを得
08 べし須陀含の人・斯陀含の人・阿那含の人・阿羅漢の人・辟支仏等必ず当に阿○菩提を成ずることを得べし是の語を
09 聞き已つて不信の心を生ず」等と云云。
10 問うて云く此の文不信とは見えたり解而不信とは見えず如何、 答えて云く第一の結文に云く「若し智慧有つて
11 信心有ること無き是の人は則ち能く邪見を増長す」文。
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持妙法華問答抄 弘長三年 四十二歳御作
01 抑も希に人身をうけ適ま仏法をきけり、 然るに法に浅深あり人に高下ありと云へり何なる法を修行してか速に
02 仏になり候べき願くは其の道を聞かんと思ふ、 答えて云く家家に尊勝あり国国に高貴あり 皆其の君を貴み其の親
03 を崇むといへども豈国王にまさるべきや、 爰に知んぬ大小・権実は家家の諍ひなれども 一代聖教の中には法華独
04 り勝れたり、 是れ頓証菩提の指南・直至道場の車輪なり、 疑つて云く人師は経論の心を得て釈を作る者なり然ら
05 ば則ち宗宗の人師・面面・各各に教門をしつらい釈を作り義を立て証得菩提と志す何ぞ虚しかるべきや、 然るに法
06 華独り勝ると候はば心せばくこそ覚え候へ、 答えて云く法華独りいみじと申すが 心せばく候はば釈尊程心せばき
07 人は世に候はじ何ぞ誤りの甚しきや、 且く一経・一流の釈を引いて其の迷をさとらせん、無量義経に云く「種種に
08 法を説き種種に法を説くこと方便力を以てす 四十余年未だ真実を顕さず」云云、 此の文を聞いて大荘厳等の八万
09 人の菩薩・一同に「無量無辺不可思議阿僧祇劫を過ぐるとも 終に無上菩提を成ずることを得ず」と領解し給へり、
10 此の文の心は華厳・阿含・方等・般若の四十余年の経に付いていかに念仏を申し禅宗を持ちて仏道を願ひ無量無辺・
11 不可思議・阿僧祇劫を過ぐるとも 無上菩提を成ずる事を得じと云へり、 しかのみならず方便品には「世尊は法久
12 くして後 要当に真実を説きたもうべし」ととき、 又唯有一乗法・無二亦無三と説きて此の経ばかりまことなりと
13 云い、 又二の巻には「唯我一人のみ能く救護を為す」と教へ「但楽いて大乗経典を受持して乃至余経の一偈をも受
14 けず」と説き給へり、 文の心はただわれ一人して・よくすくひ・まもる事をなす、法華経をうけたもたん事をねが
15 ひて余経の一偈をも・うけざれと見えたり、 又云く「若し人信ぜずして此の経を毀謗せば 則ち一切世間の仏種を
0462top
01 断ぜん乃至其の人命終して阿鼻獄に入らん」と云云、 此の文の心は若し人・此の経を信ぜずして 此の経にそむか
02 ば則ち一切世間の仏のたねを・たつものなりその人は 命をはらば無間地獄に入るべしと説き給へり、 此等の文を
03 うけて天台は将非魔作仏の詞 正く此の文によれりと判じ給へり、 唯人師の釈計りを憑みて仏説によらずば何ぞ仏
04 法と云う名を付くべきや言語道断の次第なり、 之に依つて智証大師は経に大小なく理に偏円なしと云つて 一切人
05 によらば仏説無用なりと釈し給へり、 天台は「若し深く所以有り 復修多羅と合せるをば録して之を用ゆ無文無義
06 は信受す可からず」と判じ給へり、又云く「文証無きは悉く是れ邪の謂い」とも云へり、いかが心得べきや。
07 問うて云く人師の釈はさも候べし爾前の諸経に此の経第一とも説き 諸経の王とも宣べたり若し爾らば仏説なり
08 とも用うべからず候か如何、 答えて云く設い此の経第一とも 諸経の王とも申し候へ皆是れ権教なり其の語による
09 べからず、 之に依つて仏は「了義経によりて不了義経によらざれ」と説き 妙楽大師は「縦い経有りて諸経の王と
10 云うとも已今当説最為第一と云わざれば 兼但対帯其の義知んぬ可し」と釈し給へり、 此の釈の心は設ひ経ありて
11 諸経の王とは云うとも前に説きつる経にも 後に説かんずる経にも 此の経はまされりと云はずば方便の経としれと
12 云う釈なり、 されば爾前の経の習として 今説く経より後に又経を説くべき由を云はざるなり、唯法華経計りこそ
13 最後の極説なるが故に 已今当の中に此の経独り勝れたりと説かれて候へ、 されば釈には「唯法華に至つて前教の
14 意を説いて今教の意を顕す」と申して 法華経にて如来の本意も教化の儀式も定りたりと見えたり、 之に依つて天
15 台は「如来成道・四十余年未だ真実を顕さず法華始めて真実を顕す」と云へり、 此の文の心は如来・世に出でさせ
16 給いて四十余年が間は真実の法をば顕さず法華経に始めて仏になる実の道を顕し給へりと釈し給へり。
17 問うて云く已今当の中に法華経・勝れたりと云う事はさも候べし、 但し有人師の云く四十余年未顕真実と云う
18 は法華経にて仏になる声聞の為なり 爾前の得益の菩薩の為には 未顕真実と云うべからずと云う義をばいかが心得
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01 候べきや、 答えて云く法華経は二乗の為なり菩薩の為にあらず、 されば未顕真実と云う事二乗に限る可しと云う
02 は徳一大師の義か此れは法相宗の人なり、 此の事を伝教大師破し給うに「現在の?食者は偽章数巻を作りて、 法
03 を謗じ人を謗ず 何ぞ地獄に堕せざらんや」と破し給ひしかば 徳一は其の語に責められて 舌八にさけてうせ給い
04 き、 未顕真実とは二乗の為なりと云はば最も理を得たり、 其の故は如来布教の元旨は元より 二乗の為なり一代
05 の化儀・三周の善巧・併ら二乗を正意とし給へり、 されば華厳経には 地獄の衆生は仏になるとも 二乗は仏にな
06 るべからずと嫌い、 方等には高峯に蓮の生ざるように 二乗は仏の種をいりたりと云はれ、般若には五逆罪の者は
07 仏になるべし二乗は叶うべからずと捨てらる、 かかる・あさましき捨者の仏になるを以て 如来の本意とし法華経
08 の規模とす、 之に依つて天台の云く「華厳大品も之を治すること能わず 唯法華のみ有りて能く無学をして還つて
09 善根を生じ仏道を成ずることを得せしむ 所以に妙と称す、 又闡提は心有り猶作仏す可し二乗は智を滅す心生ず可
10 からず法華能く治す復称して妙と為す」と云云、 此の文の心は委く申すに及ばず誠に知んぬ華厳・方等・大品等の
11 法薬も二乗の重病をばいやさず 又三悪道の罪人をも菩薩ぞと爾前の経にはゆるせども二乗をばゆるさず、 之に依
12 つて妙楽大師は「余趣を実に会すること諸経に或は有れども 二乗は全く無し故に菩薩に合して 二乗に対し難きに
13 従つて説く」と釈し給えり、 しかのみならず二乗の作仏は一切衆生の成仏を顕すと天台は判じ給へり、 修羅が大
14 海を渡らんをば是れ難しとやせん、 嬰児の力士を投ん何ぞたやすしとせん、 然らば則ち仏性の種あるものは仏に
15 なるべしと爾前にも説けども未だ焦種の者作仏すべしとは説かず、 かかる重病を・たやすく・いやすは独り法華の
16 良薬なり、 只須く汝仏にならんと思はば慢のはたほこをたをし 忿りの杖をすてて偏に一乗に帰すべし、 名聞名
17 利は今生のかざり我慢偏執は後生のほだしなり、嗚呼恥づべし恥づべし恐るべし恐るべし。
18 問うて云く一を以て万を察する事なれば・あらあら法華のいわれを聞くに耳目始めて明かなり、 但し法華経を
0464top
01 ば・いかように心得候てか 速に菩提の岸に到るべきや、 伝え聞く一念三千の大虚には慧日くもる事なく一心三観
02 の広池には智水にごる事なき人こそ 其の修行に堪えたる機にて候なれ、 然るに南都の修学に臂をくだく事なかり
03 しかば瑜伽唯識にもくらし 北嶺の学文に眼を・さらさざりしかば止観玄義にも迷へり、天台・法相の両宗はほとぎ
04 を蒙りて壁に向へるが如し、 されば法華の機には既にもれて候にこそ何んがし候べき、 答えて云く利智精進にし
05 て観法修行するのみ法華の機ぞと云つて 無智の人を妨ぐるは当世の学者の所行なり 是れ還つて愚癡邪見の至りな
06 り、一切衆生・皆成仏道の教なれば上根・上機は観念・観法も然るべし 下根下機は唯信心肝要なり、されば経には
07 「浄心に信敬して疑惑を生ぜざらん者は地獄・餓鬼・畜生に堕ちずして十方の仏前に生ぜん」と説き給へり、 いか
08 にも信じて次の生の仏前を期すべきなり、 譬えば高き岸の下に人ありて登ることあたはざらんに 又岸の上に人あ
09 りて繩をおろして此の繩にとりつかば 我れ岸の上に引き登さんと云はんに 引く人の力を疑い繩の弱からん事をあ
10 やぶみて手を納めて是をとらざらんが如し 争か岸の上に登る事をうべき、 若し其の詞に随ひて手をのべ是をとら
11 へば即ち登る事をうべし、 唯我一人・能為救護の仏の御力を疑い以信得入の法華経の教への 繩をあやぶみて決定
12 無有疑の妙法を唱へ奉らざらんは力及ばず菩提の岸に登る事難かるべし、 不信の者は堕在泥梨の根元なり、 され
13 ば経には「疑を生じて信ぜざらん者は則ち 当に悪道に堕つべし」と説かれたり、 受けがたき人身をうけ値いがた
14 き仏法にあひて争か虚くて候べきぞ、 同じく信を取るならば又大小・権実のある中に諸仏出世の本意・衆生成仏の
15 直道の一乗をこそ信ずべけれ、 持つ処の御経の諸経に勝れてましませば能く持つ人も亦諸人にまされり、 爰を以
16 て経に云く「能く是の経を持つ者は一切衆生の中に於て 亦為第一なり」と説き給へり大聖の金言疑ひなし、 然る
17 に人此の理をしらず見ずして名聞・狐疑・偏執を致せるは堕獄の基なり、 只願くは経を持ち名を十方の仏陀の願海
18 に流し誉れを三世の菩薩の慈天に施すべし、 然れば法華経を持ち奉る人は天竜・八部・諸大菩薩を以て我が眷属と
0465top
01 する者なり、 しかのみならず因身の肉団に果満の仏眼を備へ 有為の凡膚に無為の聖衣を著ぬれば三途に恐れなく
02 八難に憚りなし、 七方便の山の頂に登りて九法界の雲を払ひ無垢地の園に花開け法性の空に月明かならん、 是人
03 於仏道・決定無有疑の文憑あり唯我一人・能為救護の説疑ひなし、 一念信解の功徳は五波羅蜜の行に越へ五十展転
04 の随喜は八十年の布施に勝れたり、 頓証菩提の教は遥に群典に秀で顕本遠寿の説は永く諸乗に絶えたり、 爰を以
05 て八歳の竜女は大海より来つて 経力を刹那に示し 本化の上行は大地より涌出して仏寿を久遠に顕す言語道断の経
06 王・心行所滅の妙法なり、 然るに此の理をいるかせにして 余経にひとしむるは謗法の至り大罪の至極なり、 譬
07 を取るに物なし、 仏の神変にても何ぞ是を説き尽きん菩薩の智力にても争か是を量るべき、 されば譬喩品に云く
08 「若し其の罪を説かば劫を窮むとも尽きず」と云へり 文の心は法華経を一度もそむける人の罪をば劫を窮むとも説
09 き尽し難しと見えたり、 然る間三世の諸仏の化導にも・もれ恒沙の如来の法門にも捨てられ 冥きより冥きに入つ
10 て阿鼻大城の苦患争か免れん 誰か心あらん人・長劫の悲みを恐れざらんや、爰を以て経に云く「経を読誦し書持す
11 ること有らん者を見て軽賎憎嫉して 結恨を懐かん其の人命終して 阿鼻獄に入らん」と云云、文の心は法華経をよ
12 み・たもたん者を見てかろしめ・いやしみ.にくみ・そねみ・うらみを.むすばん其の人は命をはりて阿鼻大城に入ら
13 んと云へり、大聖の金言誰か是を恐れざらんや 正直捨方便の明文豈是を疑うべきや、 然るに人皆・経文に背き世
14 悉く法理に迷へり 汝何ぞ悪友の教へに随はんや、 されば邪師の法を信じ受くる者を名けて毒を飲む者なりと天台
15 は釈し給へり汝能く是を慎むべし是を慎むべし。
16 倩ら世間を見るに 法をば貴しと申せども其の人をば万人是を悪む 汝能く能く法の源に迷へり何にと云うに一
17 切の草木は地より出生せり、 是を以て思うに 一切の仏法も又人によりて弘まるべし 之に依つて天台は仏世すら
18 猶人を以て法を顕はす末代いづくんぞ法は貴けれども 人は賎しと云はんやとこそ 釈して御坐候へ、 されば持た
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01 るる法だに第一ならば 持つ人随つて第一なるべし、 然らば則ち其の人を毀るは其の法を毀るなり其の子を賎しむ
02 るは即ち其の親を賎しむなり、 爰に知んぬ当世の人は詞と心と総てあはず 孝経を以て其の親を打つが如し豈冥の
03 照覧恥かしからざらんや 地獄の苦み恐るべし恐るべし慎むべし慎むべし、 上根に望めても卑下すべからず下根を
04 捨てざるは本懐なり、下根に望めてもキョウ慢ならざれ上根も・もるる事あり心をいたさざるが故に凡そ其の里ゆか
05 しけれども道たえ縁なきには 通ふ心もをろそかに其の人恋しけれども 憑めず契らぬには待つ思もなをざりなるや
06 うに彼の月卿雲閣に勝れたる霊山浄土の行きやすきにも未だゆかず我即是父の柔ニュウの御すがた見奉るべきをも未
07 だ見奉らず、 是れ誠に袂をくだし胸をこがす歎ならざらんや、 暮行空の雲の色・有明方の月の光までも心をもよ
08 ほす思なり、 事にふれをりに付けても後世を心にかけ花の春・雪の朝も是を思ひ風さはぎ 村雲まよふ夕にも忘る
09 る隙なかれ、 出ずる息は入る息をまたず何なる時節ありてか 毎自作是念の悲願を忘れ何なる月日ありてか無一不
10 成仏の御経を持たざらん、昨日が今日になり去年の今年となる事も 是れ期する処の余命にはあらざるをや、 総て
11 過ぎにし方を・かぞへて年の積るをば知るといへども今行末にをいて 一日片時も誰か命の数に入るべき、 臨終已
12 に今にありとは知りながら我慢偏執・名聞利養に著して妙法を唱へ奉らざらん事は志の程・無下にかひなし、 さこ
13 そは皆成仏道の御法とは云いながら此の人争でか仏道に・ものうからざるべき、 色なき人の袖には・そぞろに月の
14 やどる事かは、 又命已に一念にすぎざれば仏は一念随喜の功徳と説き給へり、 若し是れ二念三念を期すと云はば
15 平等大慧の本誓・頓教一乗皆成仏の法とは云はるべからず、 流布の時は末世・法滅に及び機は五逆・謗法をも納め
16 たり、 故に頓証菩提の心におきてられて 狐疑執著の邪見に身を任する事なかれ、 生涯幾くならず思へば一夜の
17 かりの宿を忘れて幾くの名利をか得ん、 又得たりとも是れ夢の中の栄へ珍しからぬ楽みなり、 只先世の業因に任
18 せて営むべし 世間の無常をさとらん事は眼に遮り耳にみてり、 雲とやなり雨とやなりけん昔の人は只名をのみき
0467top
01 く、 露とや消え煙とや登りけん今の友も又みえず、 我れいつまでか三笠の雲と思ふべき春の花の風に随ひ秋の紅
02 葉の時雨に染まる、 是れ皆ながらへぬ世の中のためしなれば法華経には「世皆牢固ならざること水沫泡焔の如し」
03 とすすめたり「以何令衆生・得入無上道」の御心のそこ 順縁・逆縁の御ことのは已に本懐なれば暫くも持つ者も又
04 本意にかないぬ 又本意に叶はば仏の恩を報ずるなり、 悲母深重の経文・心安ければ唯我一人の御苦みもかつかつ
05 やすみ給うらん、 釈迦一仏の悦び給うのみならず諸仏出世の本懐なれば 十方三世の諸仏も悦び給うべし「我即歓
06 喜・諸仏亦然」と説かれたれば仏悦び給うのみならず 神も即ち随喜し給うなるべし、伝教大師・是を講じ給いしか
07 ば八幡大菩薩は紫の袈裟を布施し、 空也上人是を読み給いしかば 松尾の大明神は寒風をふせがせ給う、 されば
08 「七難即滅七福即生」と祈らんにも 此の御経第一なり現世安穏と見えたればなり、 他国侵逼の難・自界叛逆の難
09 の御祈祷にも此の妙典に過ぎたるはなし、令百由旬内無諸衰患と説かれたればなり。
10 然るに当世の御祈祷はさかさまなり先代流布の権教なり末代流布の最上真実の秘法にあらざるなり、 譬えば去
11 年の暦を用ゐ烏を鵜につかはんが如し 是れ偏に権教の邪師を貴んで未だ実教の明師に値わせ給はざる故なり、 惜
12 いかな文武の卞和があら玉何くにか納めけん、 嬉いかな釈尊出世の髻の中の明珠 今度我身に得たる事よ、 十方
13 諸仏の証誠として・いるがせならず、 さこそは「一切世間・多怨難信」と知りながら 争か一分の疑心を残して決
14 定無有疑の仏にならざらんや、 過去遠遠の苦みは徒らにのみこそ・うけこしか、 などか暫く不変常住の妙因をう
15 へざらん・未来・永永の楽みは・かつかつ心を養ふともしゐてあながちに電光朝露の名利をば貪るべからず、 「三
16 界無安・猶如火宅」は如来の教へ「所以諸法・如幻如化」は菩薩の詞なり、 寂光の都ならずは何くも皆苦なるべし
17 本覚の栖を離れて何事か楽みなるべき、願くは「現世安穏・後生善処」の妙法を持つのみこそ只今生の名聞・後世の
18 弄引なるべけれ須く心を一にして南無妙法蓮華経と 我も唱へ他をも勧んのみこそ今生人界の思出なるべき、 南無
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01 妙法蓮華経南無妙法蓮華経。
木絵二像開眼之事 文永元年 四十三歳御作
01 仏に三十二相有す皆色法なり、 最下の千輻輪より終り無見頂相に至るまでの三十一相は可見有対色なれば書き
02 つべし作りつべし梵音声の一相は 不可見無対色なれば書く可らず作る可らず、 仏滅後は木画の二像あり 是れ三
03 十一相にして梵音声かけたり故に仏に非ず又心法かけたり、 生身の仏と木画の二像を対するに天地雲泥なり、 何
04 ぞ涅槃の後分には生身の仏と 滅後の木画の二像と功徳斉等なりといふや 又大瓔珞経には木画の二像は生身の仏に
05 は・をとれりととけり、 木画の二像の仏の前に経を置けば三十二相具足するなり、 但心なければ三十二相を具す
06 れども必ず仏にあらず人天も三十二相あるがゆへに、 木絵の三十一相の前に五戒経を置けば 此の仏は輪王とひと
07 し、十善論と云うを置けば帝釈とひとし、 出欲論と云うを置けば梵王とひとし全く仏にあらず、 又木絵二像の前
08 に阿含経を置けば声聞とひとし、 方等般若の一時一会の共般若を置けば縁覚とひとし、華厳・方等・般若の別円を
09 置けば菩薩とひとし全く仏に非らず、大日経・金剛頂経・蘇悉地経等の仏眼・大日の印真言は名は仏眼・大日といへ
10 ども其の義は仏眼大日に非ず、 例せば仏も華厳経は円仏には非ず 名にはよらず三十一相の仏の前に法華経を置き
11 たてまつれば必ず純円の仏なり云云、 故に普賢経に法華経の仏を説て云く「仏の三種の身は 方等より生ず」文、
12 是の方等は方等部の方等に非ず法華を方等といふなり、 又云く「此の大乗経は是れ諸仏の眼なり 諸仏是に因つて
13 五眼を具することを得る」等云云、 法華経の文字は仏の梵音声の不可見無対色を可見有対色のかたちと・あらはし
0469top
01 ぬれば顕形の二色となれるなり、 滅せる梵音声かへつて形をあらはして文字と成つて衆生を利益するなり、 人の
02 声を出すに二つあり、 一には自身は存ぜざれども人をたぶらかさむがために声をいだす是は随他意の声、 自身の
03 思を声にあらはす事あり されば意が声とあらはる意は心法・声は色法・心より色をあらはす、又声を聞いて心を知
04 る色法が心法を顕すなり、 色心不二なるがゆへに而二とあらはれて仏の御意あらはれて法華の文字となれり、 文
05 字変じて又仏の御意となる、 されば法華経をよませ給はむ人は文字と思食事なかれすなわち仏の御意なり、 故に
06 天台の釈に云く「請を受けて説く時は只是れ教の意を説く教の意は 是れ仏意仏意即是れ仏智なり・仏智至て深し是
07 故に三止四請す、 此の如き艱難あり余経に比するに余経は則易し」文 此の釈の中に仏意と申すは色法ををさへて
08 心法といふ釈なり、 法華経を心法とさだめて三十一相の木絵の像に印すれば 木絵二像の全体生身の仏なり、草木
09 成仏といへるは是なり、 故に天台は「一色一香無非中道」と云云、妙楽是をうけて釈に「然るに亦倶に色香中道を
10 許せども 無情仏性は耳を惑わし心を驚かす」云云、 華厳の澄観が天台の一念三千をぬすみて華厳にさしいれ法華
11 華厳ともに一念三千なり、 但し華厳は頓頓・さきなれば法華は漸頓のちなれば 華厳は根本さきをしぬれば法華は
12 枝葉等といふて 我理をえたりとおもへる意山の如し・然りと雖も一念三千の肝心・草木成仏を知らざる事を妙楽の
13 わらひ給へる事なり、 今の天台の学者等・我一念三千を得たりと思ふ、然りと雖も法華をもつて或は華厳に同じ或
14 は大日経に同ず其の義を論ずるに 澄観の見を出でず善無畏・不空に同ず、 詮を以て之を謂わば今の木絵二像を真
15 言師を以て之を供養すれば 実仏に非ずして権仏なり権仏にも非ず形は仏に似たれども 意は本の非情の草木なり、
16 又本の非情の草木にも非ず魔なり鬼なり、 真言師が邪義・印真言と成つて木絵二像の意と成れるゆへに例せば人の
17 思変じて石と成り倶留と黄夫石が如し、 法華を心得たる人・木絵二像を開眼供養せざれば 家に主のなきに盗人が
18 入り人の死するに其の身に鬼神入るが如し、 今真言を以て日本の仏を供養すれば 鬼入つて人の命をうばふ鬼をば
0470top
01 奪命者といふ魔入つて功徳をうばふ 魔をば奪功徳者といふ、 鬼をあがむるゆへに今生には国をほろぼす魔をたと
02 むゆへに後生には無間獄に堕す、 人死すれば魂去り其の身に鬼神入り替つて 子孫を亡ぼす、餓鬼といふは我をく
03 らふといふ是なり、 智者あつて法華経を讃歎して骨の魂となせば 死人の身は人身・心は法身・生身得忍といへる
04 法門是なり、華厳・方等・般若の円をさとれる智者は死人の骨を生身得忍と成す、 涅槃経に身は人身なりと雖も心
05 は仏心に同ずといへるは是なり、生身得忍の現証は純陀なり、 法華を悟れる智者・死骨を供養せば生身即法身・是
06 を即身といふ、さりぬる魂を取り返して 死骨に入れて彼の魂を変えて仏意と成す成仏是なり、 即身の二字は色法
07 成仏の二字は心法・死人の色心を変えて 無始の妙境・妙智と成す是れ則ち即身成仏なり、 故に法華経に云く「所
08 謂諸法如是相死人の身如是性同く心如是体同く色心等」云云、又云く「深く罪福の相に達してアマネく十方を照した
まう微妙の
09 浄き法身・相を具せること三十二」等云云、 上の二句は生身得忍・下の二句は即身成仏・即身成仏の手本は竜女是
10 なり・生身得忍の手本は純陀是なり。
女人成仏抄 文永二年 四十四歳御作
01 提婆品に云く「仏告諸比丘未来世中乃至蓮華化生」等云云、此の提婆品に二箇の諌暁あり所謂達多の弘経・釈尊
02 の成道を明し 又文殊の通経・竜女の作仏を説く、 されば此の品を長安宮に一品切り留めて二十七品を世に流布す
03 る間秦の代より梁の代に至るまで 七代の間の王は二十七品の経を講読す、 其の後満法師と云いし人此の品法華経
04 になき由を読み出され候いて後 長安城より尋ね出し今は二十八品にて弘まらせ給う、 さて此の品に浄心信敬の人
01 提婆品に云く「仏告諸比丘未来世中乃至蓮華化生」等云云、此の提婆品に二箇の諌暁あり所謂達多の弘経・釈尊
02 の成道を明し 又文殊の通経・竜女の作仏を説く、 されば此の品を長安宮に一品切り留めて二十七品を世に流布す
03 る間秦の代より梁の代に至るまで 七代の間の王は二十七品の経を講読す、 其の後満法師と云いし人此の品法華経
04 になき由を読み出され候いて後 長安城より尋ね出し今は二十八品にて弘まらせ給う、 さて此の品に浄心信敬の人
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01 のことを云うに一には三悪道に堕せず 二には十方の仏前に生ぜん 三には所生の処には常に此の経を聞かん四には
02 若し人天の中に生ぜば勝妙の楽を受けん 五には若し仏前に在らば蓮華より化生せんとなり、 然るに一切衆生は法
03 性真如の都を迷い出でて妄想顛倒の里に入りしより已来 身口意の三業になすところ善根は少く悪業は多し、 され
04 ば経文には一人一日の中に八億四千念あり念念の中に作す所 皆是れ三途の業なり等云云、 我等衆生三界二十五有
05 のちまたに輪回せし事・鳥の林に移るが如く 死しては生じ生じては死し 車の場に回るが如く始め終りもなく死し
06 生ずる悪業深重の衆生なり、 爰を以て心地観経に云く「有情輪回して六道に生ずること 猶車輪の始終無きが如く
07 或は父母と為り男女と為り生生世世互いに恩有り」等云云、 法華経二の巻に云く「三界は安きこと無し 猶火宅の
08 如く衆苦充満せり」云云、 涅槃経二十二に云く「菩薩摩訶薩諸の衆生を観ずるに 色香味触の因縁の為の故に昔無
09 量無数劫より以来常に苦悩を受く、 一一の衆生一劫の中に積る所の身の骨は 王舎城の毘富羅山の如く 飲む所の
10 乳汁は四海の水の如く身より出す所の血は四海の水より多く 父母・兄弟・妻子・眷属の命終に涕泣して出す所の目
11 涙は四大海の水より多し、 地の草木を尽くして 四寸の籌と為して 以て父母を数うるに 亦尽くすこと能わじ、
12 無量劫より已来或は地獄・畜生・餓鬼に在つて受くる所の行苦称計す可からず亦一切衆生の骸骨をや」云云、 是く
13 の如くいたづらに命を捨るところの骸骨は 毘富羅山よりも多し恩愛あはれみの涙は 四大海の水よりも多けれども
14 仏法の為には一骨をもなげず、 一句一偈を聴聞して一滴の涙をも・おとさぬゆへに 三界の篭樊を出でずして二十
15 五有のちまたに流転する衆生にて候なり、 然る間如何として三界を離るべきと申すに 仏法修行の功力に依つて無
16 明のやみはれて法性真如の覚を開くべく候、 さては仏法は何なるをか修行して 生死を離るべきぞと申すに但一乗
17 妙法にて有るべく候、 されば慧心僧都・七箇日・加茂に参篭して出離生死は何なる教にてか候べきと祈請申され候
18 いしに明神御託宣に云く「釈迦の説教は一乗に留まり諸仏の成道は妙法に在り 菩薩の六度は蓮華に在り二乗の得道
0472top
01 は此の経に在り」云云、 普賢経に云く「此の大乗経典は 諸仏の宝蔵なり十方三世の諸仏の眼目なり 三世の諸の
02 如来を出生する種なり」云云、 此の経より外はすべて成仏の期有るべからず候上 殊更女人成仏の事は此の経より
03 外は更にゆるされず、 結句爾前の経にては・をびただしく嫌はれたり、 されば華厳経に云く「女人は地獄の使な
04 り能く仏の種子を断ず 外面は菩薩に似て内心は夜叉の如し」云云、 銀色女経に云く「三世の諸仏の眼は大地に堕
05 落すとも法界の諸の女人は永く成仏の期無し」云云、 或は又女人には五障三従の罪深しと申す、 其れは内典には
06 五障を明し外典には三従を教えたり、 其の三従とは少くしては父母に従ひ盛にしては 夫に従ひ老いては子に従ふ
07 一期身を心に任せず、されば栄啓期が三楽を歌ひし中にも 女人と生れざるを以て一楽とす、 天台大師云く「他経
08 には但菩薩に記して 二乗に記せず但男に記して女に記せず」とて全く 余経には女人の 授記これなしと釈せり、
09 其上釈迦・多宝の二仏・塔中に並坐し給ひし時・文殊・妙法を弘めん為に海中に入り給いて・仏前に帰り参り給いし
10 かば宝浄世界の多宝仏の御弟子・智積菩薩は 竜女成仏を難じて云く「我釈迦如来を見たてまつれば 無量劫に於て
11 難行苦行し功を積み・徳を累ね・菩薩の道を求むること未だ曾つて止息したまわず、 三千大千世界を観るに乃至芥
12 子の如き許りも是れ菩薩の身命を捨てたもう処に非ざること有ること無し、 衆生の為の故なり」等云云、 所謂智
13 積・文殊・再三問答いたし給う間は 八万の菩薩・万二千の声聞等何れも耳をすまして御聴聞計りにて一口の御助言
14 に及ばず、然るに智慧第一の舎利弗・文殊の事をば難ずる事なし 多くの故を以て竜女を難ぜらる・所以に女人は垢
15 穢にして是れ法器に非ずと 小乗権教の意を以て難ぜられ候いしかば 文殊が竜女成仏の有無の現証は今仏前にして
16 見え候べしと仰せられ候いしに、 案にたがはず八歳の竜女蛇身をあらためずして 仏前に参詣し価直三千大千世界
17 と説かれて候・如意宝珠を仏に奉りしに、 仏悦んで是を請取り給いしかば 此の時智積菩薩も舎利弗も不審を開き
18 女人成仏の路をふみわけ候、 されば女人成仏の手本是より起つて候・ 委細は五の巻の経文之を読む可く候、 伝
0473top
01 教大師の秀句に云く「能化の竜女歴劫の行無く 所化の衆生も歴劫の行無し能化所化倶に歴劫無し妙法経力・ 即身
02 成仏す」天台の疏に云く「智積は別教に執して疑いを為し 竜女は円を明して疑いを釈く 身子は三蔵の権を挾んで
03 難ず竜女は一実を以て疑いを除く」 海竜王経に云く「竜女作仏し 国土を光明国と号し名をば無垢証如来と号す」
04 云云、法華已前の諸経の如きは縦い人中・天上の女人なりといふとも 成仏の思絶たるべし、 然るに竜女・畜生道
05 の衆生として戒緩の姿を改めずして 即身成仏せし事は不思議なり、 是を始として釈尊の姨母・摩訶波闍波提比丘
06 尼等・勧持品にして 一切衆生喜見如来と授記を被り・羅喉羅の母・耶輸陀羅女も眷属の比丘尼と共に具足千万光相
07 如来と成り、鬼道の女人たる十羅刹女も成仏す、 然れば尚殊に女性の御信仰あるべき御経にて候、 抑此の経の一
08 文一句を読み一字一点を書く 尚出離生死・証大菩提の因なり、然れば彼の字に結縁せし者・尚炎魔の庁より帰され
09 六十四字を書し人は其の父を天上へ送る、 何に況や阿鼻の依正は極聖の自心に処し 地獄・天宮皆是れ果地の如来
10 なり、毘盧の身土は凡下の一念を逾ず遮那の覚体も 衆生の迷妄を出でず 妙文は霊山浄土に増し六万九千の露点は
11 紫磨金の輝光を副え給うべし、 殊に過去聖霊は御存生の時より御信心他に異なる御事なりしかば 今日講経の功力
12 に依つて仏前に生を受け仏果菩提の勝因に登り給うべし云云、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経。
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聖愚問答抄上 文永二年 四十四歳御作
01 夫れ生を受けしより死を免れざる理りは 賢き御門より卑き民に至るまで人ごとに是を知るといへども実に是を
02 大事とし是を歎く者千万人に一人も有がたし、 無常の現起するを見ては疎きをば恐れ 親きをば歎くといへども先
03 立つははかなく留るはかしこきやうに思いて 昨日は彼のわざ今日は此の事とて 徒らに世間の五慾にほだされて白
04 駒のかげ過ぎやすく 羊の歩み近づく事をしらずして空しく衣食の獄につながれ 徒らに名利の穴にをち三途の旧里
05 に帰り六道のちまたに輪回せん事心有らん人誰か歎かざらん誰か悲しまざらん。
06 鳴呼・老少不定は娑婆の習ひ会者定離は浮世のことはりなれば 始めて驚くべきにあらねども正嘉の初め世を早
07 うせし人のありさまを見るに 或は幼き子をふりすて或は老いたる親を留めをき、 いまだ壮年の齢にて黄泉の旅に
08 趣く心の中さこそ悲しかるらめ 行くもかなしみ留るもかなしむ、 彼楚王が神女に伴いし情を一片の朝の雲に残し
09 劉氏が仙客に値し思いを七世の後胤に慰む 予か如き者底に縁つて愁いを休めん、 かかる山左のいやしき心なれば
10 身には思のなかれかしと云いけん 人の古事さへ思い出でられて末の代のわすれがたみにもとて 難波のもしほ草を
11 かきあつめ水くきのあとを形の如くしるしをくなり。
12 悲しいかな痛しいかな我等無始より已来無明の酒に酔て六道・四生に輪回して或時は焦熱・大焦熱の炎にむせび
13 或時は紅蓮・大紅蓮の氷にとぢられ或時は餓鬼・飢渇の悲みに値いて 五百生の間飲食の名をも聞かず、 或時は畜
14 生・残害の苦みをうけて小さきは大きなるに・のまれ短きは長きに・まかる是を残害の苦と云う、或時は修羅・闘諍
15 の苦をうけ或時は人間に生れて八苦をうく生.老・病・死・愛別離苦.怨憎会苦・求不得苦・五盛陰苦等なり或時は天
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01 上に生れて五衰をうく、 此くの如く三界の間を車輪のごとく回り 父子の中にも親の親たる子の子たる事をさとら
02 ず夫婦の会遇るも会遇たる事をしらず、 迷へる事は羊目に等しく暗き事は 狼眼に同し、我を生たる母の由来をも
03 しらず生を受けたる我が身も死の終りをしらず、 嗚呼受け難き人界の生をうけ 値い難き如来の聖教に値い奉れり
04 一眼の亀の浮木の穴にあへるがごとし、 今度若し生死のきづなをきらず三界の篭樊を出でざらん事 かなしかるべ
05 し・かなしかるべし。
06 爰に或る智人来りて示して云く 汝が歎く所実に爾なり此くの如く無常のことはりを思い知り善心を発す者は麟
07 角よりも希なり、 此のことはりを覚らずして悪心を発す者は牛毛よりも多し、 汝早く生死を離れ菩提心を発さん
08 と思はば吾最第一の法を知れり 志あらば汝が為に之を説いて聞かしめん、 其の時愚人座より起つて掌を合せて云
09 く我は日来外典を学し風月に心をよせて・いまだ仏教と云う事を委細にしらず 願くば上人我が為に是を説き給へ、
10 其の時上人の云く 汝耳を伶倫が耳に寄せ目を離朱が眼にかつて心をしづめて我が教をきけ 汝が為に之を説かん夫
11 れ仏教は八万の聖教多けれども 諸宗の父母たる事・戒律にはしかずされば天竺には世親・馬鳴等の薩タ・唐土には
12 慧曠・道宣と云いし人・是を重んず、我が朝には人皇四十五代・聖武天皇の御宇に鑒真和尚・此の宗と天台宗と両宗
13 を渡して東大寺の戒壇之を立つ爾しより已来 当世に至るまで崇重年旧り尊貴日に新たなり、 就中極楽寺の良観上
14 人は上一人より下万民に至るまで生身の如来と 是を仰ぎ奉る彼の行儀を見るに実に以て爾なり、 飯嶋の津にて六
15 浦の関米を取つては諸国の道を作り七道に木戸をかまへて 人別の銭を取つては諸河に橋を渡す 慈悲は如来に斉し
16 く徳行は先達に越えたり、 汝早く生死を離れんと思はば五戒・二百五十戒を持ち 慈悲をふかくして物の命を殺さ
17 ずして良観上人の如く道を作り橋を渡せ是れ第一の法なり、汝持たんや否や。
18 愚人弥掌を合せて云く 能く能く持ち奉らんと思ふ 具に我が為に是を説き給へ 抑五戒・二百五十戒と云う事
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01 は我等未だ存知せず委細に是を示し給へ、 智人云く汝は無下に愚かなり五戒・二百五十戒と云う事をば 孩児も是
02 をしる然れども汝が為に之を説かん、 五戒とは一には不殺生戒・二には不偸盗戒・三には不妄語戒・四には不邪淫
03 戒・五には不飲酒戒是なり、 二百五十戒の事は多き間之を略す、其の時に愚人・礼拝恭敬して云く我今日より深く
04 此の法を持ち奉るべし。
05 爰に予が年来の知音・或所に隠居せる居士一人あり 予が愁歎を訪わん為に来れるが始には往事渺茫として夢に
06 似たる事をかたり終には 行末の冥冥として弁え難き事を談ず 欝を散し思をのべて後予に問うて云く 抑人の世に
07 有る誰か後生を思はざらん、 貴辺何なる仏法をか持ちて出離をねがひ又亡者の後世をも訪い給うや、 予答えて云
08 く一日或る上人来つて我が為に五戒・二百五十戒を授け給へり 実に以て心肝にそみて貴し、我深く良観上人の如く
09 及ばぬ身にもわろき道を作り 深き河には橋をわたさんと思へるなり、 其の時居士・示して云く汝が道心貴きに似
10 て愚かなり、 今談ずる処の法は浅ましき小乗の法なり、 されば仏は則ち八種の喩を設け文殊は又十七種の差別を
11 宣べたり或は螢火・日光の喩を取り或は水精・瑠璃の喩あり爰を以て三国の人師も其の破文一に非ず、 次に行者の
12 尊重の事必ず人の敬ふに依つて法の貴きにあらず・されば仏は依法不依人と定め給へり、 我伝え聞く上古の持律の
13 聖者の振舞は殺を言い収を言うには 知浄の語有り行雲廻雪には死屍の想を作す 而るに今の律僧の振舞を見るに布
14 絹・財宝をたくはへ利銭・借請を業とす 教行既に相違せり誰か是を信受せん、 次に道を作り橋を渡す事還つて人
15 の歎きなり、 飯嶋の津にて六浦の関米を取る諸人の歎き是れ多し 諸国七道の木戸・是も旅人のわづらい只此の事
16 に在り眼前の事なり汝見ざるや否や。
17 愚人色を作して云く 汝が智分をもつて上人を謗し奉り其の法を誹る事謂れ無し知つて云うか愚にして云うかお
18 そろし・おそろし、 其の時居士笑つて云く嗚呼おろかなり・おろかなり彼の宗の僻見をあらあら申すべし、抑教に
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01 大小有り宗に権実を分かてり 鹿苑施小の昔は化城の戸ぼそに導くといへども 鷲峯開顕の莚には其の得益更に之れ
02 無し、 其の時愚人茫然として居士に問うて云く文証現証実に以て然なり さて何なる法を持つてか生死を離れ速に
03 成仏せんや、 居士示して云く我れ在俗の身なれども深く仏道を修行して 幼少より多くの人師の語を聞き粗経教を
04 も聞き見るに・末代我等が如くなる無悪不造のためには 念仏往生の教にしくはなし、 されば慧心の僧都は「夫れ
05 往生極楽の教行は濁世末代の目足なり」と云ひ 法然上人は諸経の要文を集めて一向専修の念仏を弘め給ふ 中にも
06 弥陀の本願は諸仏超過の崇重なり 始め無三悪趣の願より終り得三法忍の願に至るまでいづれも 悲願目出けれども
07 第十八の願殊に我等が為に殊勝なり、 又十悪・五逆をもきらはず一念・多念をもえらばずされば上一人より下万民
08 に至るまで此の宗をもてなし給う事他に異なり又往生の人それ幾ぞや。
09 其の時愚人の云く実に小を恥じて大を慕ひ浅を去て深に就は仏教の理のみに非ず 世間にも是れ法なり我早く彼
10 の宗にうつらんと思ふ委細に彼の旨を語り給へ、 彼の仏の悲願の中に五逆・十悪をも簡ばずと云へる 五逆とは何
11 等ぞや十悪とは如何、 智人の云く五逆とは父を殺し母を殺し阿羅漢を殺し仏身の血を出し和合僧を破す 是を五逆
12 と云うなり、十悪とは身に三.口に四・意に三なり身に三とは殺.盗・婬・口に四とは妄語.綺語・悪口.両舌・意に三
13 とは貪・瞋・癡是を十悪と云うなり、愚人云く我今解しぬ今日よりは他力往生に憑を懸くべきなり、 爰に愚人又云
14 く以ての外盛に・いみじき密宗の行人あり 是も予が歎きを訪わんが為に 来臨して始には狂言綺語のことはりを示
15 し終には顕密二宗の法門を談じて予に問うて云く 抑汝は何なる仏法をか修行し何なる経論をか読誦し奉るや、 予
16 答えて云く 我一日或る居士の教に依つて浄土の三部経を読み奉り西方極楽の教主に憑を深く懸くるなり、 行者の
17 云く仏教に二種有り 一には顕教・二には密教なり 顕教の極理は密教の初門にも及ばずと云云、汝が執心の法を聞
18 けば釈迦の顕教なり 我が所持の法は大日覚王の秘法なり、 実に三界の火宅を恐れ寂光の宝台を願はば 須く顕教
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01 を捨てて密教につくべし。
02 愚人驚いて云く我いまだ顕密二道と云う事を聞かず 何なるを顕教と云ひ何なるを密教と云へるや、行者の云く
03 予は是れ頑愚にして敢て賢を存ぜず 然りと雖も今一二の文を挙げて汝が矇昧を挑げん、 顕教とは舎利弗等の請に
04 依つて応身如来の説き給う諸教なり 密教とは自受法楽の為に法身大日如来の金剛薩タを所化として 説き給う処の
05 大日経等の三部なり、愚人の云く実に以て然なり先非をひるがへして賢き教に付き奉らんと思うなり。
06 又爰に萍のごとく諸州を回り 蓬のごとく県県に転ずる非人のそれとも知らず 来り門の柱に寄り立ちて含笑語
07 る事なし、あやしみを・なして是を問うに始めには云う事なし 後に強て問を立つる時・彼が云く月蒼蒼として風忙
08 忙たりと、 形質常に異に言語又通ぜず其の至極を尋れば当世の禅法是なり、 予彼の人の有様を見・其の言語を聞
09 きて仏道の良因を問う時、 非人の云く修多羅の教は月をさす指・教網は是れ言語にとどこほる妄事なり 我が心の
10 本分におちつかんと出立法は其の名を禅と云うなり、 愚人云く願くは我聞んと思ふ、 非人の云く実に其の志深く
11 ば壁に向い坐禅して本心の月を澄ましめよ 爰を以て西天には二十八祖系乱れず東土には六祖の相伝明白なり、 汝
12 是を悟らずして教網にかかる不便不便、是心即仏・即心是仏なれば此の身の外に更に何にか仏あらんや。
13 愚人此の語を聞いてつくづくと諸法を観じ閑かに義理を案じて云く 仏教万差にして理非明らめ難し宜なるかな
14 常啼は東に請い善財は南に求め 薬王は臂を焼き楽法は皮を剥ぐ善知識実に値い難し、 或は教内と談じ或は教外と
15 云う・此のことはりを思うに 未だ淵底を究めず・法水に臨む者は深淵の思いを懐き人師を見る族は薄冰の心を成せ
16 り、 爰を以て金言には依法不依人と定め又爪上土の譬あり 若し仏法の真偽をしる人あらば尋ねて師とすべし求め
17 て崇べし、 夫れ人界に生を受くるを天上の糸にたとへ仏法の視聴は 浮木の穴に類せり、 身を軽くして法を重ん
18 ずべしと思うに依つて 衆山に攀歎きに引れて諸寺を回る足に任せて 一つの巌窟に至るに後には青山峨峨として松
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01 風・常楽我浄を奏し 前には碧水湯湯として岸うつ波・四徳波羅蜜を響かす 深谷に開敷せる花も中道実相の色を顕
02 し広野に綻ぶる梅も界如三千の薫を添ふ 言語道断・心行所滅せり謂つ可し 商山の四皓の所居とも又知らず古仏経
03 行の迹なるか、 景雲朝に立ち霊光夕に現ず嗚呼心を以て計るべからず詞を以て宣ぶべからず、 予此の砌に沈吟と
04 さまよひ彷徨とたちもとをり徙倚とたたずむ、 此処に忽然として一の聖人坐す其の行儀を拝すれば 法華読誦の声
05 深く心肝に染みて閑ソウの戸ほそを伺へば 玄義の牀に臂をくだす、爰に聖人予が求法の志を酌知て詞を和げ予に問
06 うて云く汝なにに依つて此の深山の窟に至れるや、 予答えて云く生をかろくして法をおもくする者なり、 聖人問
07 て云く其の行法如何、 予答えて云く本より我は俗塵に交りて未だ出離を弁えず、適善知識に値て始には律・次には
08 念仏・真言・並に禅・此等を聞くといへども未だ真偽を弁えず、聖人云く汝が詞を聞くに実に以て然なり身をかろく
09 して法をおもくするは先聖の教へ予が存ずるところなり、 抑上は非想の雲の上・下は那落の底までも 生を受けて
10 死をまぬかるる者やはある、 然れば外典のいやしきをしえにも朝に紅顔有つて世路に誇るとも 夕には白骨と為つ
11 て郊原に朽ちぬと云へり、雲上に交つて雲のびんづら・あざやかに廻雪たもと・を・ひるがへすとも其の楽みをおも
12 へば夢の中の夢なり、 山のふもと蓬がもとはつゐの栖なり玉の台・錦の帳も後世の道にはなにかせん、 小野の小
13 町・衣通姫が花の姿も無常の風に散り・樊カイ・張良が武芸に達せしも獄卒の杖をかなしむ、されば心ありし古人の
14 云くあはれなり鳥べの山の夕煙をくる人とて・とまるべきかは、 末のつゆ本のしづくや世の中の・をくれさきたつ
15 ためしなるらん、 先亡後滅の理り始めて驚くべきにあらず 願ふても願ふべきは仏道・求めても求むべきは経教な
16 り、 抑汝が云うところの法門をきけば或は小乗・或は大乗・位の高下は且らく之を置く還つて悪道の業たるべし。
17 爰に愚人驚いて云く如来一代の聖教はいづれも衆生を利せんが為なり、 始め七処・八会の筵より終り跋提河の
18 儀式まで何れか釈尊の所説ならざる 設ひ一分の勝劣をば判ずとも何ぞ悪道の因と云べきや、 聖人云く如来一代の
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01 聖教に権有り実有り 大有り小有り 又顕密二道相分ち其の品一に非ず、 須く其の大途を示して 汝が迷を悟らし
02 めん、夫れ三界の教主釈尊は十九歳にして 伽耶城を出て檀特山に篭りて 難行苦行し三十成道の刻に 三惑頓に破
03 し無明の大夜爰に明しかば 須く本願に任せて一乗妙法蓮華経を宣ぶべしといへども 機縁万差にして 其の機仏乗
04 に堪えず、 然れば四十余年に所被の機縁を調へて後八箇年に至つて出世の本懐たる妙法蓮華経を説き給へり、然れ
05 ば仏の御年七十二歳にして 序分無量義経に説き定めて云く「我先きに道場菩提樹の下に端坐すること 六年にして
06 阿耨多羅三藐三菩提を成ずることを得たり、 仏眼を以て一切の諸法を観ずるに宣説す可からず、 所以は何ん諸の
07 衆生の性慾不同なるを知れり性慾不同なれば種種に法を説く 種種に法を説くこと方便の力を以てす 四十余年には
08 未だ真実を顕わさず」文、 此の文の意は仏の御年三十にして 寂滅道場菩提樹の下に坐して仏眼を以て一切衆生の
09 心根を御覧ずるに 衆生成仏の直道たる法華経をば説くべからず、 是を以て空拳を挙げて嬰児をすかすが如く様様
10 のたばかりを以て 四十余年が間はいまだ真実を顕わさずと 年紀をさして青天に日輪の出で暗夜に満月のかかるが
11 如く説き定めさせ給へり、 此の文を見て何ぞ同じ信心を以て仏の虚事と説かるる法華已前の権教に執著して、 め
12 ずらしからぬ三界の故宅に帰るべきや、 されば法華経の一の巻方便品に云く「正直に方便を捨て但無上道を説く」
13 文、此の文の意は前四十二年の経経・汝が語るところの念仏・真言・禅・律を正直に捨てよとなり、此の文明白なる
14 上重ねていましめて第二の巻譬喩品に云く「但楽つて大乗経典を受持し 乃至余経の一偈をも受けざれ」文、 此の
15 文の意は年紀かれこれ煩はし 所詮法華経より自余の経をば一偈をも受くべからずとなり、 然るに八宗の異義蘭菊
16 に道俗形ちを異にすれども 一同に法華経をば崇むる由を云う、 されば此等の文をばいかが弁へたる正直に捨てよ
17 と云つて余経の一偈をも禁むるに或は念仏・或は真言・或は禅・或は律・是れ余経にあらずや、今此の妙法蓮華経と
18 は諸仏出世の本意・衆生成仏の直道なり、 されば釈尊は付属を宣べ 多宝は証明を遂げ諸仏は舌相を梵天に付けて
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01 皆是真実と宣べ給へり、 此の経は一字も諸仏の本懐・一点も多生の助なり 一言一語も虚妄あるべからず此の経の
02 禁を用いざる者は諸仏の舌をきり 賢聖をあざむく人に非ずや 其の罪実に怖るべし、 されば二の巻に云く「若し
03 人信ぜずして此の経を毀謗せば 則ち一切世間の仏種を断ず」文、 此の文の意は若人此経の一偈一句をも背かん人
04 は過去・現在・未来・三世十方の仏を殺さん罪と定む、 経教の鏡をもつて当世にあてみるに法華経をそむかぬ人は
05 実に以て有りがたし、 事の心を案ずるに不信の人・尚無間を免れず況や念仏の祖師・法然上人は法華経をもつて念
06 仏に対して抛てよと云云、 五千七千の経教に何れの処にか法華経を抛てよと云う文ありや、 三昧発得の行者・生
07 身の弥陀仏とあがむる 善導和尚・五種の雑行を立てて 法華経をば千中無一とて 千人持つとも一人も仏になるべ
08 からずと立てたり、 経文には若有聞法者無一不成仏と談じて 此の経を聞けば十界の依正・皆仏道を成ずと見えた
09 り、爰を以て五逆の調達は天王如来の記ベツに予り非器五障の竜女も南方に頓覚成道を唱ふ況や復キッコウの六即を
10 立てて機を漏らす事なし、 善導の言と法華経の文と実に以て天地雲泥せり 何れに付くべきや就中其の道理を思う
11 に諸仏衆経の怨敵・聖僧衆人の讎敵なり、経文の如くならば争か無間を免るべきや。
12 爰に愚人色を作して云く 汝賎き身を以て恣に莠言を吐く 悟つて言うか迷つて言うか理非弁え難し、 忝なく
13 も善導和尚は弥陀善逝の応化・或は勢至菩薩の化身と云へり、 法然上人も亦然なり善導の後身といへり、 上古の
14 先達たる上・行徳秀発し解了・底を極めたり何ぞ悪道に堕ち給うと云うや、 聖人云く汝が言然なり予も仰いで信を
15 取ること此くの如し 但し仏法は強ちに人の貴賎には依るべからず 只経文を先きとすべし身の賎をもつて其の法を
16 軽んずる事なかれ、 有人楽生悪死・有人楽死悪生の十二字を唱へし 毘摩大国の狐は帝釈の師と崇められ諸行無常
17 等の十六字を談ぜし鬼神は雪山童子に貴まる 是れ必ず狐と鬼神との貴きに非ず只法を重んずる故なり、 されば我
18 等が慈父・教主釈尊・雙林最後の御遺言・涅槃経の第六には依法不依人とて普賢・文殊等の等覚已還の大薩埵・法門
0482top
01 を説き給ふとも経文を手に把らずば用ゐざれとなり、 天台大師の云く「修多羅と合する者は録して之を用いよ 文
02 無く義無きは信受す可からず」文、 釈の意は経文に明ならんを用いよ文証無からんをば捨てよとなり、 伝教大師
03 の云く「仏説に依憑して口伝を信ずること莫れ」文、 前の釈と同意なり、 竜樹菩薩の云く「修多羅白論に依つて
04 修多羅黒論に依らざれ」と文、 意は経の中にも法華已前の権教をすてて此の経につけよとなり、 経文にも論文に
05 も法華に対して 諸余の経典を捨てよと云う事分明なり、 然るに開元の録に挙る所の五千七千の経巻に法華経を捨
06 てよ乃至抛てよと嫌ふことも 又雑行に摂して之を捨てよと云う 経文も全く無しされば 慥の経文を勘へ出して善
07 導・法然の無間の苦を救はるべし、 今世の念仏の行者・俗男俗女・経文に違するのみならず又師の教にも背けり、
08 五種の雑行とて念仏申さん人のすつべき日記・善導の釈之れ有り、 其の雑行とは選択に云く「第一に読誦雑行とは
09 上の観経等の往生浄土の経を除いて已外 大小乗顕密の諸経に於て受持読誦するを悉く読誦雑行と名く 乃至第三に
10 礼拝雑行とは上の弥陀を礼拝するを除いて已外 一切諸余の仏菩薩等及諸の世天に於て礼拝恭敬するを 悉く礼拝雑
11 行と名く、 第四に称名雑行とは上の弥陀の名号を称するを除いて 已外自余の一切仏菩薩等及諸の世天等の名号を
12 称するを悉く称名雑行と名く、 第五に讃歎供養雑行とは上の弥陀仏を除いて 已外一切諸余の仏菩薩等及諸の世天
13 等に於て讃歎し供養するを悉く讃歎供養雑行と名く」文。
14 此の釈の意は第一の読誦雑行とは念仏申さん道俗男女読むべき経あり読むまじき経ありと定めたり、 読むまじ
15 き経は法華経.仁王経・薬師経.大集経・般若心経・転女成仏経・北斗寿命経ことさらうち任せて諸人読まるる八巻の
16 中の観音経・此等の諸経を一句一偈も読むならば・たとひ念仏を志す行者なりとも 雑行に摂せられて往生す可から
17 ず云云・予愚眼を以て世を見るに設ひ念仏申す人なれども此の経経を読む人は多く師弟敵対して七逆罪となりぬ。
18 又第三の礼拝雑行とは念仏の行者は弥陀三尊より外は 上に挙ぐる所の諸仏菩薩・諸天善神を礼するをば礼拝雑
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01 行と名け又之を禁ず、 然るを日本は神国として伊奘諾伊奘册の尊此の国を作り 天照大神垂迹御坐して御裳濯河の
02 流れ久しくして今にたえず 豈此の国に生を受けて此の邪義を用ゆべきや、 又普天の下に生れて三光の恩を蒙りな
03 がら誠に日月・星宿を破する事尤も恐れ有り。
04 又第四の称名雑行とは念仏申さん人は唱うべき仏菩薩の名あり 唱えまじき仏菩薩の名あり、唱うべき仏菩薩の
05 名とは弥陀三尊の名号、唱うまじき仏菩薩の名号とは釈迦・薬師・大日等の諸仏、地蔵・普賢・文殊・日月星、二所
06 と三嶋と熊野と羽黒と天照大神と八幡大菩薩と 此等の名を一遍も唱えん人は 念仏を十万遍・百万遍申したりとも
07 此の仏菩薩・日月神等の名を唱うる過に依つて 無間には・おつとも往生すべからずと云云、我世間を見るに念仏を
08 申す人も此等の諸仏菩薩・諸天善神の名を唱うる故に是れ又師の教に背けり。
09 第五の讃歎供養雑行とは念仏申さん人は 供養すべき仏は弥陀三尊を供養せん外は上に挙ぐる所の仏菩薩・諸天
10 善神に香華のすこしをも供養せん人は念仏の功は貴とけれども 此の過に依つて雑行に摂すと是をきらふ、 然るに
11 世を見るに社壇に詣でては幣帛を捧げ 堂舎に臨みては礼拝を致す 是れ又師の教に背けり、汝若し不審ならば選択
12 を見よ其の文明白なり、 又善導和尚の観念法門経に云く「酒肉五辛誓つて発願して手に捉らざれ 口に喫まざれ若
13 し此の語に違せば 即ち身口倶に悪瘡を著けんと願ぜよ」文、 此の文の意は念仏申さん男女・尼法師は酒を飲まざ
14 れ魚鳥をも食わざれ其の外にら・ひる等の五つのからく・くさき物を食わざれ 是を持たざる念仏者は今生には悪瘡
15 身に出で後生には無間に堕すべしと云云、 然るに念仏申す男女・尼法師・此の誡をかへりみず 恣に酒をのみ魚鳥
16 を食ふ事・剣を飲む譬にあらずや。
17 爰に愚人の云く誠に是れ此の法門を聞くに念仏の法門実に往生すと雖も 其の行儀修行し難し況や彼の憑む所の
18 経論は皆以て 権説なり往生す可からざるの条分明なり、 但真言を破する事は其の謂れ無し夫れ大日経とは大日覚
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01 王の秘法なり大日如来より系も乱れず 善無畏・不空之を伝え弘法大師は日本に両界の曼陀羅を弘め、 尊高三十七
02 尊・秘奥なるものなり然るに顕教の極理は尚密教の初門にも及ばず 爰を以て後唐院は法華尚及ばず 況や自余の教
03 をやと釈し給へり此の事如何が心うべきや。
04 聖人示して云く予も始は大日に憑を懸けて 密宗に志を寄す然れども 彼の宗の最底を見るに其の立義も亦謗法
05 なり汝が云う所の高野の大師は 嵯峨天皇の御宇の人師なり、 然るに皇帝より仏法の浅深を判釈すべき由の宣旨を
06 給いて十住心論十巻之を造る、 此の書広博なる間要を取つて三巻に之を縮め 其の名を秘蔵宝鑰と号す始異生羝羊
07 心より終秘密荘厳心に至るまで十に分別し、 第八法華・第九華厳・第十真言と立てて法華は華厳にも劣れば大日経
08 には三重の劣と判じて此くの如きの乗乗は 自乗に仏の名を得れども 後に望めば戯論と作ると書いて法華経を狂言
09 綺語と云い釈尊をば無明に迷へる仏と下せり、 仍て伝法院建立せし弘法の弟子正覚房は法華経は大日経のはきもの
10 とりに及ばず・釈迦仏は大日如来の牛飼にも足らずと書けり、 汝心を静めて聞け 一代五千七千の経教・外典三千
11 余巻にも法華経は戯論三重の劣・華厳経にも劣り 釈尊は無明に迷へる仏にて 大日如来の牛飼にも足らずと云う慥
12 なる文ありや、設ひさる文有りと云うとも能く能く思案あるべきか。
13 教教は西天より東土にオヨぼす時・訳者の意楽に随つて経論の文不定なり、さて後秦の羅什三蔵は我漢土の仏法
14 を見るに多く梵本に違せり 我が訳する所の経若し誤りなくば 我死して後・身は不浄なれば焼くると云えども舌計
15 り焼けざらんと常に説法し給いしに 焼き奉る時・御身は皆骨となるといへども 御舌計りは青蓮華の上に光明を放
16 つて日輪を映奪し給いき有り難き事なり、 さてこそ殊更・彼の三蔵所訳の法華経は 唐土にやすやすと弘まらせ給
17 いしか、 然れば延暦寺の根本大師・諸宗を責め給いしには法華を訳する三蔵は 舌の焼けざる験あり汝等が依経は
18 皆誤れりと破し給ふは是なり、 涅槃経にも我が仏法は他国へ移らん時誤り多かるべしと説き給へば 経文に設ひ法
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01 華経はいたずら事・釈尊をば無明に迷へる仏なりとありとも権教.実教・大乗・小乗・説時の前後.訳者能く能く尋ぬ
02 べし、 所謂老子・孔子は九思一言・三思一言・周公旦は食するに三度吐き沐するに三度にぎる外典のあさき猶是く
03 の如し況や内典の深義を習はん人をや、其の上此の義・経論に迹形もなし 人を毀り法を謗じては 悪道に堕つべし
04 とは弘法大師の釈なり必ず地獄に堕んこと疑い無き者なり。
05 爰に愚人・茫然とほれ忽然となげひて良久しうして云く此の大師は内外の明鏡・衆人の導師たり徳行世に勝れ名
06 誉普く聞えて 或は唐土より三鈷を八万余里の海上をなぐるに 即日本に至り或は心経の旨をつづるに蘇生の族・途
07 に彳む、 然れば此の人ただ人にあらず 大聖権化の垂迹なり仰いで信を取らんにはしかじ、聖人云く予も始めは然
08 なり但し仏道に入つて理非を勘へ見るに 仏法の邪正は必ず得通自在にはよらず 是を以て仏は依法不依人と定め給
09 へり前に示すが如し、 彼の阿伽陀仙は恒河を片耳にただへて 十二年・耆兎仙は一日の中に大海をすひほす張階は
10 霧を吐き欒巴は雲を吐く然れども未だ仏法の是非を知らず 因果の道理をも弁へず、 異朝の法雲法師は講経勤修の
11 砌に須臾に天華をふらせしかども 妙楽大師は感応斯くの如きも 猶理に称わずとていまだ仏法をばしらずと破し給
12 う、夫れ此の法華経と申すは 已今当の三説を嫌つて已前の経をば 未顕真実と打破り肩を並ぶる経をば今説の文を
13 以てせめ 已後の経をば当説の文を以て破る実に三説第一の経なり、 第四の巻に云く「薬王今汝に告ぐ我所説の経
14 典而かも此の経の中に於て法華最第一なり」文、 此の文の意は霊山会上に薬王菩薩と申せし 菩薩に仏告げて云く
15 始華厳より終涅槃経に至るまで無量無辺の経・恒河沙等の数多し 其の中には今の法華経最第一と説かれたり、 然
16 るを弘法大師は一の字を三と読まれたり、 同巻に云く「我仏道の為に無量の土に於て 始より今に至るまで広く諸
17 経を説く而も其の中に於て此の経第一なり」と、 此の文の意は又釈尊無量の国土にして 或は名字を替え或は年紀
18 を不同になし種種の形を現して説く所の諸経の中には 此の法華経を第一と定められたり、 同き第五巻には最在其
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01 上と宣べて大日経・金剛頂経等の無量の経の頂に 此の経は有るべしと説かれたるを弘法大師は最在其下と謂へり、
02 釈尊と弘法と法華経と宝鑰とは実に以て相違せり 釈尊を捨て奉つて弘法に付くべきか、 又弘法を捨てて釈尊に付
03 奉るべきか、 又経文に背いて人師の言に随ふべきか人師の言を捨てて金言を仰ぐべきか用捨心に有るべし、 又第
04 七の巻薬王品に十喩を挙げて教を歎ずるに 第一は水の譬なり江河を諸経に譬へ大海を法華に譬へたり、 然るを大
05 日経は勝れたり法華は劣れりと云う人は 即大海は小河よりもすくなしと云わん人なり、 然るに今の世の人は海の
06 諸河に勝る事をば知るといへども 法華経の第一なる事をば弁へず、 第二は山の譬なり衆山を諸経に譬へ須弥山を
07 法華に譬へたり須弥山は上下十六万八千由旬の山なり 何れの山か肩を並ぶべき 法華経を大日経に劣ると云う人は
08 富士山は須弥山より大なりと云わん人なり、 第三は星月の譬なり諸経を星に譬へ法華経を月に譬ふ 月と星とは何
09 れ勝りたりと思へるや、 乃至次下には此の経も亦復是くの如し 一切の如来の所説若しは菩薩の所説若しは声聞の
10 所説諸の経法の中に最も為れ第一とて 此の法華経は只釈尊一代の第一と説き給うのみにあらず大日・及び薬師・阿
11 弥陀等の諸仏・普賢文殊等の菩薩の一切の所説・諸経の中に此の法華経第一と説けり、 されば若し此の経に勝りた
12 りと云う経有らば外道天魔の説と知るべきなり、 其の上・大日如来と云うは久遠実成の教主釈尊・四十二年・和光
13 同塵して 其の機に応ずる時・三身即一の如来暫く毘盧遮那と示せり、 是の故に開顕実相の前には釈迦の応化と見
14 えたり、 爰を以て普賢経には釈迦牟尼仏を毘盧遮那遍一切処と名け其の仏の住処を常寂光と名くと説けり、 今法
15 華経は十界互具・一念三千・三諦即是・四土不二と談ず其の上に一代聖教の骨髄たる二乗作仏・久遠実成は今経に限
16 れり、汝語る所の大日経・金剛頂経等の三部の秘経に此等の大事ありや 善無畏・不空等・此等の大事の法門を盗み
17 取つて己が経の眼目とせり本経本論には迹形もなき誑惑なり急ぎ急ぎ是を改むべし。
18 抑大日経とは四教含蔵して尽形寿戒等を明せり 唐土の人師は天台所立の第三時・方等部の経なりと定めたる権
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01 教なりあさまし・あさまし、 汝実に道心あらば急いで先非を悔ゆべし 夫れ以れば此の妙法蓮華経は 一代の観門
02 を一念にすべ十界の依正を三千につづめたり。
聖愚問答抄下
01 爰に愚人聊か和いで云く経文は明鏡なり疑慮をいたすに及ばず 但し法華経は三説に秀で一代に超ゆるといへど
02 も言説に拘はらず経文に留まらざる 我等が心の本分の禅の一法には・しくべからず 凡そ万法を払遣して言語の及
03 ばざる処を禅法とは名けたり、 されば跋提河の辺り沙羅林の下にして 釈尊・金棺より御足を出し拈華微笑して此
04 の法門を迦葉に付属ありしより已来・天竺二十八祖・系乱れず唐土には六祖次第に弘通せり、 達磨は西天にしては
05 二十八祖の終 東土にしては六祖の始なり 相伝をうしなはず教網に滞るべからず、 爰を以て大梵天王問仏決疑経
06 に云く「吾に正法眼蔵の涅槃妙心実相無相微妙の法門有り 教外に別に伝う 文字を立てず 摩訶迦葉に付属す」と
07 て迦葉に此の禅の一法をば教外に伝ふと見えたり、 都て修多羅の経教は月をさす指・月を見て後は指 何かはせん
08 心の本分・禅の一理を知つて後は仏教に心を留むべしや、 されば古人の云く十二部経は総て 是れ閑文字と云云、
09 仍つて此の宗の六祖慧能の壇経を披見するに実に以て然なり、 言下に契会して後は教は何かせん 此の理如何が弁
10 えんや、 聖人示して云く 汝先ず法門を置いて道理を案ぜよ、 抑我一代の大途を伺わず十宗の淵底を究めずして
11 国を諌め人を教ふべきか、 汝が談ずる所の禅は我最前に習い極めて其の至極を見るに甚だ以て僻事なり、 禅に三
12 種あり所謂如来禅と教禅と祖師禅となり、 汝が言う所の祖師禅等の一端之を示さん 聞いて其の旨を知れ若し教を
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01 離れて之を伝うといわば教を離れて理なく 理を離れて教無し 理全く教教全く理と云う道理汝之を知らざるや拈華
02 微笑して迦葉に付属し給うと云うも 是れ教なり不立文字と云う四字も 即教なり文字なり此の事・和漢両国に事旧
03 りぬ今いへば事新きに似たれども 一両の文を勘えて汝が迷を払はしめん、 補註十一に云く又復若し言説に滞ると
04 謂わば且らく娑婆世界には何を将つて仏事と為るや、 禅徒豈言説をもつて人に示さざらんや、 文字を離れて解脱
05 の義を談ずること無し豈に聞かざらんや 乃至次ぎ下に云く豈に達磨西来して 直指人心・見性成仏すと而るに華厳
06 等の諸大乗経に此の事無からんや、 嗚呼世人何ぞ其れ愚かなるや汝等当に仏の所説を信ずべし 諸仏如来は言虚妄
07 無し、此の文の意は若し教文にとどこほり言説にかかはるとて 教の外に修行すといはば 此の娑婆国にはさて如何
08 がして仏事善根を作すべき、 さように云うところの禅人も人に教ゆる時は 言を以て云はざるべしや其の上仏道の
09 解了を云う時文字を離れて義なし、 又達磨西より来つて直に人心を指して仏なりと云う是程の理は華厳・大集・大
10 般若等の法華已前の権大乗経にも在在処処に之を談ぜり 是をいみじき事とせんは無下に云いがひなき事なり 嗚呼
11 今世の人何ぞ甚ひがめるや 只中道実相の理に契当せる 妙覚果満の如来誠諦の言を信ずべきなり 又妙楽大師の弘
12 決の一に此の理を釈して云く「世人教を蔑にして 理観を尚ぶは誤れるかな 誤れるかな」と、 此の文の意は今の
13 世の人人は観心観法を先として 経教を尋ね学ばず還つて教をあなづり 経をかろしむる是れ誤れりと云う文なり、
14 其の上当世の禅人・自宗に迷へり、 続高僧伝を披見するに習禅の初祖達磨大師の伝に云く教に藉つて宗を悟ると、
15 如来一代の聖教の道理を習学し法門の旨・宗宗の沙汰を知るべきなり、 又達磨の弟子・六祖の第二祖慧可の伝に云
16 く達磨禅師四巻の楞伽を以て可に授けて云く「我漢の地を観るに 唯此の経のみ有り仁者依行せば 自ら世を度する
17 事を得ん」と、 此の文の意は達磨大師・天竺より唐土に来つて 四巻の楞伽経をもつて慧可に授けて云く我此の国
18 を見るに 是の経殊に勝れたり汝持ち修行して仏に成れとなり、 此等の祖師既に経文を前とす若し之に依つて経に
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01 依ると云はば大乗か小乗か権教か実教か能く能く弁ふべし、或は経を用いるには禅宗も楞伽経・首楞厳経・金剛・般
02 若経等による是れ皆法華已前の権教・覆蔵の説なり、 只諸経に是心即仏・即心是仏等の理の方を説ける一両の文と
03 句とに迷いて大小・権実・顕露・覆蔵をも尋ねず、 只不二を立てて而二を知らず謂己均仏の大慢を成せり、彼の月
04 氏の大慢が迹をつぎ 此の尸那の三階禅師が古風を追う然りと雖も 大慢は生ながら無間に入り三階は死して大蛇と
05 成りぬをそろし・をそろし、 釈尊は三世了達の解了・朗かに妙覚果満の智月潔くして未来を鑒みたまい像法決疑経
06 に記して云く「諸の悪比丘或は禅を修する有つて経論に依らず 自ら己見を逐つて非を以て是と為し 是邪是正と分
07 別すること能わずアマネく道俗に向つて是くの如き言を作さく我能く是を知り我能く是を見ると当に知るべし此の人
08 は速かに我法を滅す」と、 此の文の意は諸悪比丘あつて禅を信仰して経論をも尋ねず 邪見を本として法門の是非
09 をば弁えずして而も男女・尼法師等に向つて我よく法門を知れり 人はしらずと云つて此の禅を弘むべし、 当に知
10 るべし此の人は我が正法を滅すべしとなり、 此の文をもつて当世を見るに宛も符契の如し汝慎むべし汝畏るべし、
11 先に談ずる所の天竺に 二十八祖有つて此の法門を口伝すと云う事 其の証拠何に出でたるや仏法を相伝する人・二
12 十四人・或は二十三人と見えたり、 然るを二十八祖と立つる事・所出の翻訳何にかある全く見えざるところなり、
13 此の付法蔵の人の事・私に書くべきにあらず 如来の記文分明なり、 其の付法蔵伝に云く「復比丘有り名けて師子
14 と曰うケイ賓国に於て大に仏事を作す、時に彼の国王をば弥羅掘と名け邪見熾盛にして心に敬信無くケイ賓国に於て
15 塔寺を毀壊し衆僧を殺害す、 即ち利剣を以て用いて師子を斬る 頚の中血無く唯乳のみ流出す法を相付する人是に
16 於て便ち絶えん」此の文の意は 仏我が入涅槃の後に我が法を相伝する人二十四人あるべし 其の中に最後・弘通の
17 人に当るをば師子比丘と云わん、 ケイ賓国と云う国にて我が法を弘むべし彼の国の王をば檀弥羅王と云うべし邪見
18 放逸にして仏法を信ぜず 衆僧を敬はず堂塔を破り 失ひ剣をもつて諸僧の頚を切るべし即師子比丘の頚をきらん時
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01 に頚の中に血無く只乳のみ出ずべし、 是の時に仏法を相伝せん人絶ゆべしと定められたり、 案の如く仏の御言違
02 わず師子尊者・頚をきられ給う事・実に以て爾なり、 王のかいな共につれて落ち畢んぬ、二十八祖を立つる事・甚
03 以て僻見なり禅の僻事是より興るなるべし、 今慧能が壇経に二十八祖を立つる事は 達磨を高祖と定むる時師子と
04 達磨との年紀遥かなる間・三人の禅師を私に作り入れて 天竺より来れる付法蔵・系乱れずと云うて人に重んぜさせ
05 ん為の僻事なり此の事異朝にして事旧りぬ、補註の十一に云く「今家は二十三祖を承用す豈アヤマリ有らんや、若し
06 二十八祖を立つるは未だ所出の翻訳を見ざるなり、 近来更に石に刻み版に鏤め七仏二十八祖を図状し各一偈を以て
07 伝授相付すること有り 嗚呼仮託何ぞ其れ甚だしきや 識者力有らば宜しく斯の弊を革むべし」是も二十八祖を立て
08 石にきざみ版にちりばめて伝うる事・甚だ以て誤れり 此の事を知る人あらば此の誤をあらためなをせとなり、 祖
09 師禅甚だ僻事なる事是にあり先に引く所の大梵天王問仏決疑経の文を 教外別伝の証拠に汝之を引く 既に自語相違
10 せり、 其の上此の経は説相権教なり又開元貞元の再度の目録にも全く載せず是録外の経なる上・権教と見えたり、
11 然れば世間の学者用ゐざるところなり証拠とするにたらず。
12 抑今の法華経を説かるる時・益をうる輩・迹門界如三千の時・敗種の二乗仏種を萠す四十二年の間は永不成仏と
13 嫌はれて在在処処の集会にして 罵詈誹謗の音をのみ聞き 人天大会に思いうとまれて既に飢え死ぬべかりし人人も
14 今の経に来つて舎利弗は華光如来.目連は多摩羅跋旃檀香如来・阿難は山海慧自在通王仏.羅ゴ羅はトウ七宝華如来・
15 五百の羅漢は普明如来・二千の声聞は宝相如来の記ベツに予る・顕本遠寿の日は微塵数の菩薩増道損生して位大覚に
16 鄰る、されば天台大師の釈を披見するに他経には菩薩は仏になると云つて 二乗の得道は永く之れ無し、 善人は仏
17 になると云つて悪人の成仏を明さず 男子は仏になると説いて 女人は地獄の使と定む人天は仏になると云つて畜類
18 は仏になるといはず、 然るを今の経は是等が皆仏になると説く たのもしきかな末代濁世に生を受くといへども提
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01 婆が如くに五逆をも造らず三逆をも犯さず、 而るに提婆・ 猶天王如来の記別を得たり 況や犯さざる我等が身を
02 や、八歳の竜女・既に蛇身を改めずして南方に妙果を証す 況や人界に生を受けたる女人をや、 只得難きは人身値
03 い難きは正法なり 汝早く邪を翻えし正に付き凡を転じて聖を証せんと思はば念仏・真言・禅・律を捨てて此の一乗
04 妙典を受持すべし、若し爾らば妄染の塵穢を払つて清浄の覚体を証せん事疑なかるべし。
05 爰に愚人云く今聖人の教誡を聴聞するに 日来の矇昧忽に開けぬ天真発明とも云つべし理非顕然なれば誰か信仰
06 せざらんや、 但し世上を見るに上一人より下万民に至るまで念仏・真言・禅・律を深く信受し御座すさる前には国
07 土に生を受けながら争か王命を背かんや、 其の上我が親と云い祖と云い 旁念仏等の法理を信じて 他界の雲に交
08 り畢んぬ、 又日本には上下の人数・幾か有る、 然りと雖も権教権宗の者は多く此の法門を信ずる人は未だ其の名
09 をも聞かず、仍て善処・悪処をいはず邪法・正法を簡ばず内典・五千七千の多きも外典・三千余巻の広きも只主君の
10 命に随ひ父母の義に叶うが肝心なり、 されば教主釈尊は天竺にして孝養報恩の理を説き 孔子は大唐にして忠功孝
11 高の道を示す師の恩を報ずる人は肉をさき身をなぐ 主の恩をしる人は弘演は腹をさき 予譲は剣をのむ親の恩を思
12 いし人は丁蘭は木をきざみ伯瑜は杖になく、 儒・外・内・道は異なりといへども報恩謝徳の教は替る事なし然れば
13 主師親のいまだ信ぜざる法理を 我始めて信ぜん事・既に違背の過に沈みなん法門の道理は経文・明白なれば疑網都
14 て尽きぬ 後生を願はずば来世・苦に沈むべし進退惟谷れり我如何がせんや、 聖人云く汝此の理を知りながら猶是
15 の語をなす理の通ぜざるか意の及ばざるか 我釈尊の遺法をまなび仏法に肩を入れしより已来 知恩をもて最とし報
16 恩をもて前とす世に四恩あり 之を知るを人倫となづけ知らざるを畜生とす、 予父母の後世を助け国家の恩徳を報
17 ぜんと思うが故に身命を捨つる事 敢て他事にあらず唯知恩を旨とする計りなり、 先ず汝目をふさぎ心を静めて道
18 理を思へ我は善道を知りながら 親と主との悪道にかからんを諌めざらんや、 又愚心の狂ひ酔つて毒を服せんを我
0492top
01 知りながら是をいましめざらんや、 其の如く法門の道理を存じて火・血・刀の苦を知りながら争か恩を蒙る人の悪
02 道におちん事を歎かざらんや、 身をもなげ命をも捨つべし諌めても・あきたらず歎きても限りなし、 今世に眼を
03 合する苦み猶是を悲む 況や悠悠たる冥途の悲み豈に痛まざらんや 恐れても恐るべきは後世・慎みても慎むべきは
04 来世なり、 而るを是非を論ぜず親の命に随ひ邪正を簡ばず 主の仰せに順はんと云う事愚癡の前には忠孝に似たれ
05 ども賢人の意には不忠不孝・是に過ぐべからず。
06 されば教主釈尊は転輪聖王の末・師子頬王の孫・浄飯王の嫡子として五天竺の大王たるべしといへども生死無常
07 の理をさとり出離解脱の道を願つて世を厭ひ 給しかば浄飯大王是を歎き四方に四季の色を顕して 太子の御意を留
08 め奉らんと巧み給ふ、先づ東には霞たなびくたえまより.かりがね・こしぢに帰りマドの梅の香.玉簾の中にかよひ・
09 でうでう・たる花の色・ももさへづりの鴬・春の気色を顕はせり、南には泉の色・白たへにしてかの玉川の卯の華信
10 太の森のほととぎす夏のすがたを顕はせり、 西には紅葉常葉に交ればさながら錦をおり交え 荻ふく風・閑かにし
11 て松の嵐・ものすごし過ぎにし夏のなごりには沢辺にみゆる螢の光・あまつ空なる星かと誤り・松虫・鈴虫の声声・
12 涙を催せり、 北には枯野の色いつしか・ものうく池の汀につららゐて谷の小川も・をとさびぬ、かかるありさまを
13 造つて御意をなぐさめ給うのみならず 四門に五百人づつの兵を置いて 守護し給いしかども 終に太子の御年十九
14 と申せし二月八日の夜半の比・車匿を召して 金泥駒に鞍置かせ伽耶城を出て檀特山に入り 十二年高山に薪をとり
15 深谷に水を結んで難行苦行し給ひ 三十成道の妙果を感得して 三界の独尊・一代の教主と成つて父母を救ひ群生を
16 導き給いしをばさて不孝の人と申すべきか、 仏を不孝の人と云いしは 九十五種の外道なり父母の命に背いて無為
17 に入り還つて父母を導くは孝の手本なる事・仏其の証拠なるべし、 彼の浄蔵・浄眼は父の妙荘厳王・外道の法に著
18 して仏法に背き給いしかども二人の太子は父の命に背いて 雲雷音王仏の御弟子となり 終に父を導いて沙羅樹王仏
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01 と申す仏になし申されけるは 不孝の人と云うべきか、 経文には棄恩入無為・真実報恩者と説いて今生の恩愛をば
02 皆すてて仏法の実の道に入る是れ実に恩をしれる人なりと見えたり、 又主君の恩の深き事・汝よりも能くしれり汝
03 若し知恩の望あらば深く諌め強いて奏せよ 非道にも主命に随はんと云う事・佞臣の至り不忠の極りなり、 殷の紂
04 王は悪王・比干は忠臣なり政事理に違いしを見て強て諌めしかば 即比干は胸を割かる紂王は比干死して後・周の王
05 に打たれぬ、 今の世までも比干は忠臣といはれ紂王は悪王といはる、 夏の桀王を諌めし竜蓬は頭をきられぬ・さ
06 れども桀王は悪王・竜蓬は忠臣とぞ云う主君を三度・諌むるに用ゐずば 山林に交れとこそ教へたれ何ぞ其の非を見
07 ながら黙せんと云うや、 古の賢人・世を遁れて山林に交りし先蹤を集めて聊か汝が愚耳に聞かしめん 、殷の代の
08 太公望はハ渓と云う谷に隠る、 周の代の伯夷・叔斉は首陽山と云う山に篭る、 秦の綺里季は商洛山に入り漢の厳
09 光は孤亭に居し、 晋の介子綏は緜上山に隠れぬ、 此等をば不忠と云うべきか愚かなり汝忠を存ぜば諌むべし孝を
10 思はば言うべきなり。
11 先ず汝権教・権宗の人は多く此の宗の人は少し 何ぞ多を捨て少に付くと云う事必ず多きが尊くして少きが卑き
12 にあらず、 賢善の人は希に愚悪の者は多し麒麟・鸞鳳は禽獣の奇秀なり然れども是は甚だ少し牛羊・烏鴿は畜鳥の
13 拙卑なりされども是は転多し、 必ず多きがたつとくして少きがいやしくば 麒麟をすてて牛羊をとり鸞鳳を閣いて
14 烏鴿をとるべきか、 摩尼・金剛は金石の霊異なり、 此の宝は乏しく瓦礫・土石は徒物の至り是は又巨多なり、汝
15 が言の如くならば玉なんどをば捨てて 瓦礫を用ゆべきかはかなし・はかなし、 聖君は希にして千年に一たび出で
16 賢佐は五百年に一たび顕る摩尼は空しく名のみ聞く 麟鳳誰か実を見たるや世間出世・善き者は乏しく 悪き者は多
17 き事眼前なり、 然れば何ぞ強ちに少きを・おろかにして多きを詮とするや 土沙は多けれども米穀は希なり木皮は
18 充満すれども布絹は些少なり、汝只正理を以て前とすべし別して人の多きを以て本とすることなかれ。
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01 爰に愚人席をさり袂をかいつくろいて云く 誠に聖教の理をきくに人身は得難く天上の絲筋の海底の針に貫ける
02 よりも希に仏法は聞き難くして一眼の亀の浮木に遇うよりも難し、 今既に得難き人界に生をうけ 値い難き仏教を
03 見聞しつ今生をもだしては 又何れの世にか生死を離れ菩提を証すべき、 夫れ一劫受生の骨は山よりも高けれども
04 仏法の為には・いまだ一骨をもすてず 多生恩愛の涙は海よりも深けれども尚後世の為には一滴をも落さず、 拙き
05 が中に拙く愚かなるが中に愚かなり 設ひ命をすて身をやぶるとも生を軽くして仏道に入り 父母の菩提を資け愚身
06 が獄縛をも免るべし能く能く教を示し給へ。
07 抑法華経を信ずる其の行相如何五種の行の中には先ず何れの行をか修すべき丁寧に尊教を聞かん事を願う、 聖
08 人示して云く 汝蘭室の友に交つて麻畝の性と成る 誠に禿樹禿に非ず春に遇つて栄え華さく枯草枯るに非ず夏に入
09 つて鮮かに注ふ、 若し先非を悔いて正理に入らば 湛寂の潭に遊泳して無為の宮に優遊せん事疑なかるべし、 抑
10 仏法を弘通し群生を利益せんには先ず教・機・時・国・教法流布の前後を弁ふべきものなり、所以は時に正像末あり
11 法に大小乗あり修行に摂折あり摂受の時・折伏を行ずるも非なり折伏の時・摂受を行ずるも失なり、 然るに今世は
12 摂受の時か折伏の時か先づ是を知るべし 摂受の行は此の国に法華一純に弘まりて邪法邪師・一人もなしといはん、
13 此の時は山林に交つて観法を修し五種・六種・乃至十種等を行ずべきなり、 折伏の時はかくの如くならず経教のお
14 きて蘭菊に諸宗のおぎろ誉れを 擅にし邪正肩を並べ大小先を争はん時は 万事を閣いて謗法を責むべし是れ折伏の
15 修行なり、 此の旨を知らずして摂折途に違はば得道は思もよらず 悪道に堕つべしと云う事法華涅槃に定め置き天
16 台妙楽の解釈にも分明なり 是れ仏法修行の大事なるべし、 譬ば文武両道を以て天下を治るに武を先とすべき時も
17 あり文を旨とすべき時もあり、天下無為にして国土静かならん時は文を先とすべし東夷・南蛮・西戎・北狄・蜂起し
18 て野心をさしはさまんには武を先とすべきなり、 文武のよき事計りを心えて時をもしらず 万邦・ 安堵の思をな
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01 て世間無為ならん時・甲冑をよろひ 兵杖をもたん事も非なり、 又王敵起らん時・戦場にて武具をば閣いて筆硯を
02 提ん事是も亦時に相応せず 摂受・折伏の法門も亦是くの如し 正法のみ弘まつて邪法・邪師・無からん時は深谷に
03 も入り閑静にも居して読誦書写をもし観念工夫をも凝すべし、 是れ天下の静なる時・筆硯を用ゆるが如し権宗・謗
04 法・国にあらん時は諸事を閣いて謗法を責むべし 是れ合戦の場に兵杖を用ゆるが如し、然れば章安大師涅槃の疏に
05 釈して云く「昔は時平かにして法弘まる応に戒を持すべし 杖を持すること勿れ 今は時嶮しくして法翳る応に杖を
06 持すべし戒を持すること勿れ 今昔倶に嶮しくば倶に杖を持すべし今昔倶に平かならば応に倶に戒を持すべし、 取
07 捨宜きを得て一向にす可からず」と此の釈の意分明なり、 昔は世もすなをに人もただしくして 邪法邪義・無かり
08 き、 されば威儀をただし穏便に行業を積んで杖をもつて人を責めず邪法をとがむる事無かりき、 今の世は濁世な
09 り人の情もひがみゆがんで権教謗法のみ多ければ 正法弘まりがたし此の時は読誦書写の修行も観念・工夫・修練も
10 無用なり、 只折伏を行じて力あらば威勢を以て謗法をくだき又法門を以ても邪義を責めよとなり、 取捨其旨を得
11 て一向に執する事なかれと書けり、 今の世を見るに正法一純に弘まる国か邪法の興盛する国か勘ふべし、 然るを
12 浄土宗の法然は念仏に対して 法華経を捨閉閣抛とよみ 善導は法華経を雑行と名け 剰へ千中無一とて千人信ずと
13 も一人得道の者あるべからずと書けり、 真言宗の弘法は法華経を華厳にも劣り大日経には三重の劣と書き 戯論の
14 法と定めたり、 正覚房は法華経は大日経のはきものとりにも及ばずと云ひ 釈尊をば大日如来の牛飼にもたらずと
15 判せり、禅宗は法華経を・吐たる・つばき・月をさす指・教網なんど下す、小乗律等は法華経は邪教・天魔の所説と
16 名けたり、此等豈謗法にあらずや責めても猶あまりあり禁めても亦たらず。
17 愚人云く日本.六十余州.人替り法異りといへども或は念仏者.或は真言師・或は禅.或は律・誠に一人として謗法
18 ならざる人はなし、 然りと雖も人の上沙汰してなにかせん 只我が心中に深く信受して人の誤りをば余所の事にせ
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01 んと思ふ、 聖人示して云く汝言う所実にしかなり 我も其の義を存ぜし処に 経文には或は不惜身命とも或は寧喪
02 身命とも説く、 何故にかやうには説かるるやと存ずるに只人をはばからず 経文のままに法理を弘通せば謗法の者
03 多からん世には 必ず三類の敵人有つて命にも及ぶべしと見えたり、 其の仏法の違目を見ながら我もせめず国主に
04 も訴へずば教へに背いて 仏弟子にはあらずと説かれたり、 涅槃経第三に云く「若し善比丘あつて法を壊らん者を
05 見て置いて呵責し駈遣し挙処せずんば当に知るべし 是の人は仏法の中の怨なり、 若し能く駈遣し呵責し挙処せば
06 是れ我が弟子真の声聞なり」と、 此の文の意は仏の正法を弘めん者・経教の義を悪く説かんを 聞き見ながら我も
07 せめず我が身及ばずば国主に申し上げても 是を対治せずば仏法の中の敵なり、 若し経文の如くに人をも・はばか
08 らず我もせめ国主にも申さん人は 仏弟子にして真の僧なりと説かれて候、 されば仏法中怨の責を免れんとて・か
09 やうに 諸人に悪まるれども命を釈尊と法華経に奉り 慈悲を一切衆生に与へて謗法を責むるを心えぬ人は口をすく
10 め眼を瞋らす、 汝実に後世を恐れば身を軽しめ法を重んぜよ 是を以て章安大師云く「寧ろ身命を喪ふとも 教を
11 匿さざれとは身は軽く 法は重し身を死して法を弘めよ」と、 此の文の意は身命をば・ほろぼすとも正法をかくさ
12 ざれ、其の故は身はかろく法はおもし 身をばころすとも法をば弘めよとなり、 悲いかな生者必滅の習なれば 設
13 ひ長寿を得たりとも終には無常をのがるべからず、 今世は百年の内外の程を思へば夢の中の夢なり、 非想の八万
14 歳未だ無常を免れずトウ利の一千年も猶退没の風に破らる、況や人間・閻浮の習は露よりも・あやうく芭蕉よりも・
15 もろく泡沫よりもあだなり、 水中に宿る月のあるか・なきかの如く草葉にをく露のをくれ・さきだつ身なり、若し
16 此の道理を得ば後世を一大事とせよ 歓喜仏の末の世の覚徳比丘・正法を弘めしに 無量の破戒此の行者を怨みて責
17 めしかば有徳国王・正法を守る故に謗法を責めて終に命終して阿シュク仏の国に生れて彼の仏の第一の弟子となる、
18 大乗を重んじて五百人の婆羅門の謗法を誡めし 仙予国王は不退の位に登る、 憑しいかな正法の僧を重んじて邪悪
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01 の侶を誡むる人かくの如くの徳あり、 されば今の世に摂受を行ぜん人は謗人と倶に悪道に堕ちん事疑い無し、 南
02 岳大師の四安楽行に云く「若し菩薩有つて 悪人を将護し治罰すること能わず 乃至其の人命終して諸悪人と倶に地
03 獄に堕せん」と、 此の文の意は若し仏法を行ずる人有つて 謗法の悪人を治罰せずして観念思惟を専らにして邪正
04 権実をも簡ばず詐つて慈悲の姿を現ぜん人は諸の悪人と倶に悪道に堕つべしと云う文なり、今真言・念仏・禅・律・
05 の謗人をたださず・いつはつて慈悲を現ずる人・此の文の如くなるべし。
06 爰に愚人意を竊にし言を顕にして云く 誠に君を諌めて家を正しくする事・先賢の教へ本文に明白なり外典此く
07 の如し内典是に違うべからず、 悪を見ていましめず謗を知つてせめずば経文に背き 祖師に違せん其の禁め殊に重
08 し今より信心を至すべし、 但し此経を修行し奉らん事叶いがたし 若し其の最要あらば証拠を聞かんと思ふ、聖人
09 示して云く今汝の道意を見るに鄭重・慇懃なり、 所謂諸仏の誠諦得道の最要は只是れ妙法蓮華経の五字なり、 檀
10 王の宝位を退き竜女が蛇身を改めしも 只此の五字の致す所なり、 夫れ以れば今の経は受持の多少をば 一偈一句
11 と宣べ修行の時刻をば一念随喜と定めたり、 凡そ八万法蔵の広きも一部八巻の多きも 只是の五字を説かんためな
12 り、霊山の雲の上・鷲峯の霞の中に釈尊要を結び地涌付属を得ることありしも法体は何事ぞ只此の要法に在り、 天
13 台妙楽の六千張の疏・玉を連ぬるも 道邃行満の数軸の釈・金を並ぶるも併しながら此の義趣を出でず、誠に生死を
14 恐れ涅槃を欣い信心を運び渇仰を至さば 遷滅無常は昨日の夢・菩提の覚悟は今日のうつつなるべし、 只南無妙法
15 蓮華経とだにも唱へ奉らば滅せぬ罪やあるべき来らぬ福や有るべき、真実なり甚深なり是を信受すべし。
16 愚人掌を合せ膝を折つて云く 貴命肝に染み教訓意を動ぜり 然りと雖も上能兼下の理なれば広きは狭きを括り
17 多は少を兼ぬ、 然る処に五字は少く文言は多し首題は狭く八軸は広し 如何ぞ功徳斉等ならんや、聖人云く汝愚か
18 なり捨少取多の執・須弥よりも高く軽狭重広の情・溟海よりも深し、 今の文の初後は必ず多きが尊く少きが卑しき
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01 にあらざる事・前に示すが如し、 爰に又小が大を兼ね、 一が多に勝ると云う事之を談ぜん彼の尼拘類樹の実は芥
02 子・三分が一のせいなりされども 五百輛の車を隠す徳あり 是小が大を含めるにあらずや、又如意宝珠は一あれど
03 も万宝を雨して欠処之れ無し 是れ又少が多を兼ねたるにあらずや、 世間のことわざにも一は万が母といへり此等
04 の道理を知らずや、 所詮実相の理の背契を論ぜよ 強ちに多少を執する事なかれ、 汝至つて愚かなり今一の譬を
05 仮らん、 夫れ妙法蓮華経とは一切衆生の仏性なり仏性とは法性なり法性とは菩提なり、所謂釈迦・多宝・十方の諸
06 仏.上行.無辺行等.普賢・文殊.舎利弗.目連等、大梵天王.釈提桓因.日月・明星.北斗・七星.二十八宿・無量の諸星.
07 天衆.地類・竜神・八部.人天・大会・閻魔法王.上は非想の雲の上.下は那落の炎の底まで所有一切衆生の備うる所の
08 仏性を妙法蓮華経とは名くるなり、 されば一遍此の首題を唱へ奉れば 一切衆生の仏性が皆よばれて爰に集まる時
09 我が身の法性の法報応の三身 ともに・ひかれて顕れ出ずる是を成仏とは申すなり、 例せば籠の内にある鳥の鳴く
10 時・空を飛ぶ衆鳥の同時に集まる是を見て篭の内の鳥も出でんとするが如し。
11 爰に愚人云く首題の功徳・妙法の義趣・今聞く所詳かなり但し此の旨趣正しく経文に是をのせたりや如何、 聖
12 人云く其の理詳かならん上は 文を尋ぬるに及ばざるか 然れども請に随つて之れを示さん 法華経第八・陀羅尼品
13 に云く「汝等但能く法華の名を受持せん者を 擁護せん福量るべからず」此の文の意は仏・鬼子母神・十羅刹女の法
14 華経の行者を守らんと誓い給うを讃むるとして 汝等法華の首題を持つ人を守るべしと誓ふ、 其の功徳は三世了達
15 の仏の智慧も尚及びがたしと説かれたり、 仏智の及ばぬ事何かあるべきなれども 法華の題名受持の功徳ばかりは
16 是を知らずと宣べたり、 法華一部の功徳は只妙法等の五字の内に篭れり、一部八巻・文文ごとに二十八品・生起か
17 はれども首題の五字は同等なり、 譬ば日本の二字の中に六十余州・島二つ入らぬ国やあるべき 篭らぬ郡やあるべ
18 き、飛鳥とよべば空をかける者と知り 走獣といへば地を・はしる者と心うる一切名の大切なる事 蓋し以て是くの
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01 如し、 天台は名詮自性・句詮差別とも名者大綱とも判ずる此の謂れなり、 又名は物をめす徳あり物は名に応ずる
02 用あり法華題名の功徳も亦以て此くの如し。
03 愚人云く聖人の言の如くば 実に首題の功莫大なり但し知ると 知らざるとの不同あり、我は弓箭に携り兵杖を
04 むねとして未だ仏法の真味を知らず 若し然れば得る所の功徳何ぞ其れ深からんや、 聖人云く円頓の教理は初後全
05 く不二にして初位に後位の徳あり 一行・一切行にして功徳備わらざるは之れ無し 若し汝が言の如くば功徳を知つ
06 て植えずんば上は等覚より下は名字に至るまで得益更にあるべからず、 今の経は唯仏与仏と談ずるが故なり、 譬
07 喩品に云く「汝舎利弗尚此の経に於ては信を以て入ることを得たり 況や余の声聞をや」文の心は大智・舎利弗も法
08 華経には信を以て入る其の智分の力にはあらず 況や自余の声聞をやとなり、 されば法華経に来つて信ぜしかば永
09 不成仏の名を削りて華光如来となり 嬰児に乳をふくむるに其の味をしらずといへども自然に其の身を生長す、 医
10 師が病者に薬を与うるに病者・薬の根源をしらずといへども 服すれば任運と病愈ゆ 若し薬の源をしらずと云つて
11 医師の与ふる薬を服せずば其の病愈ゆべしや 薬を知るも知らざるも服すれば病の愈ゆる事以て是れ同じ、 既に仏
12 を良医と号し法を良薬に譬へ 衆生を病人に譬ふされば如来一代の教法を 擣シ和合して妙法一粒の良薬に丸ぜり豈
13 知るも知らざるも服せん者・煩悩の病愈えざるべしや 病者は薬をもしらず病をも弁へずといへども 服すれば必ず
14 愈ゆ、 行者も亦然なり法理をもしらず煩悩をもしらずといへども只信ずれば見思・塵沙・無明の三惑の病を同時に
15 断じて実報寂光の台にのぼり 本有三身の膚を磨かん事疑いあるべからず、 されば伝教大師云く「能化所化倶に歴
16 劫無く妙法経の力即身成仏す」と法華経の法理を教へん 師匠も又習はん弟子も久しからずして 法華経の力をもつ
17 て倶に仏になるべしと云う文なり、 天台大師も法華経に付いて玄義・文句・止観の三十巻の釈を造り給う、妙楽大
18 師は又釈籤・疏記・輔行の三十巻の末文を重ねて消釈す、 天台六十巻とは是なり、 玄義には名体宗用教の五重玄
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01 を建立して妙法蓮華経の五字の功能を判釈す、 五重玄を釈する中の宗の釈に云く「綱維を提ぐるに 目として動か
02 ざること無く 衣の一角を牽くに縷として来らざる無きが如し」と、 意は此の妙法蓮華経を信仰し奉る一行に功徳
03 として来らざる事なく善根として動かざる事なし、 譬ば網の目・無量なれども一つの大綱を引くに 動かざる目も
04 なく衣の糸筋巨多なれども一角を取るに 糸筋として来らざることなきが如しと云う義なり、 さて文句には如是我
05 聞より作礼而去まで文文・句句に因縁・約教・本迹・観心の四種の釈を設けたり、次に止観には妙解の上に立てる所
06 の観不思議境の一念三千・是れ本覚の立行・本具の理心なり、 今爰に委しくせず、悦ばしいかな生を五濁悪世に受
07 くといへども 一乗の真文を見聞する事を得たり、 熈連恒沙の善根を致せる者・此の経にあい奉つて信を取ると見
08 えたり、汝今一念随喜の信を致す函蓋相応感応道交疑い無し。
09 愚人頭を低れ手を挙げて云く 我れ今よりは一実の経王を受持し三界の独尊を本師として今身自り仏身に至るま
10 で此の信心敢て退転無けん、 設ひ五逆の雲厚くとも乞ふ提婆達多が成仏を続ぎ 十悪の波あらくとも願くは王子・
11 覆講の結縁に同じからん、 聖人云く人の心は水の器にしたがふが如く物の性は月の波に動くに似たり、 故に汝当
12 座は信ずといふとも後日は必ず翻へさん 魔来り鬼来るとも騒乱する事なかれ、 夫れ天魔は仏法をにくむ外道は内
13 道をきらふ、 されば猪の金山を摺り衆流の海に入り薪の火を盛んになし風の求羅をますが如くせば 豈好き事にあ
14 らずや。
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