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日蓮大聖人御書全集0501~0600
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如説修行抄
01 夫れ以んみれば末法流布の時・生を此の土に受け此の経を信ぜん人は 如来の在世より猶多怨嫉の難甚しかるべ
02 しと見えて候なり、其の故は在世は能化の主は仏なり弟子又大菩薩・阿羅漢なり、人天・四衆・八部・人非人等なり
03 といへども調機調養して法華経を聞かしめ給ふ猶怨嫉多し、 何に況んや末法今の時は教機時刻当来すといへども
04 其の師を尋ぬれば凡師なり、 弟子又闘諍堅固・白法隠没・三毒強盛の悪人等なり、故に善師をば遠離し悪師には親
05 近す、 其の上真実の法華経の如説修行の行者の師弟檀那とならんには三類の敵人決定せり、 されば此の経を聴聞
06 し始めん日より思い定むべし 況滅度後の大難の三類甚しかるべしと、 然るに我が弟子等の中にも兼て聴聞せしか
07 ども大小の難来る時は 今始めて驚き肝をけして信心を破りぬ、 兼て申さざりけるか経文を先として猶多怨嫉況滅
08 度後・況滅度後と朝夕教へし事は是なり・予が或は所を・をわれ或は疵を蒙り・或は両度の御勘気を蒙りて遠国に流
09 罪せらるるを見聞くとも今始めて驚くべきにあらざる物をや。
10 問うて云く如説修行の行者は現世安穏なるべし何が故ぞ三類の強敵盛んならんや、 答えて云く釈尊は法華経の
11 御為に今度・九横の大難に値ひ給ふ、 過去の不軽菩薩は法華経の故に杖木瓦石を蒙り・竺の道生は蘇山に流され法
12 道三蔵は面に火印をあてられ師子尊者は頭をはねられ 天台大師は南三・北七にあだまれ 伝教大師は六宗ににくま
13 れ給へり、 此等の仏菩薩・大聖等は法華経の行者として而も大難にあひ給へり、 此れ等の人人を如説修行の人と
14 云わずんばいづくにか如説修行の人を尋ねん、 然るに今の世は闘諍堅固・白法隠没なる上 悪国悪王悪臣悪民のみ
15 有りて正法を背きて邪法・邪師を崇重すれば国土に悪鬼乱れ入りて三災・七難盛に起れり、 かかる時刻に日蓮仏勅
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01 を蒙りて此の土に生れけるこそ時の不祥なれ、 法王の宣旨背きがたければ経文に任せて 権実二教のいくさを起し
02 忍辱の鎧を著て妙教の剣を提げ 一部八巻の肝心・妙法五字の旗を指上て 未顕真実の弓をはり正直捨権の箭をはげ
03 て大白牛車に打乗つて権門をかつぱと破りかしこへ.おしかけ・ここへ.おしよせ念仏・真言・禅・律等の八宗・十宗
04 の敵人をせむるに 或はにげ或はひきしりぞき或は生取られし者は我が弟子となる、 或はせめ返し・せめをとしす
05 れども・かたきは多勢なり法王の一人は無勢なり今に至るまで軍やむ事なし、 法華折伏・破権門理の金言なれば終
06 に権教権門の輩を一人もなく・せめをとして 法王の家人となし天下万民・諸乗一仏乗と成つて 妙法独り繁昌せん
07 時、 万民一同に南無妙法蓮華経と唱え奉らば 吹く風枝をならさず雨壤を砕かず、 代は羲農の世となりて今生に
08 は不祥の災難を払ひ長生の術を得、 人法共に不老不死の理顕れん時を 各各御覧ぜよ 現世安穏の証文疑い有る可
09 からざる者なり。
10 問うて云く如説修行の行者と申さんは何様に信ずるを申し候べきや、答えて云く当世・日本国中の諸人・一同に
11 如説修行の人と申し候は諸乗一仏乗と開会しぬれば何れの法も皆法華経にして勝劣浅深ある事なし、 念仏を申すも
12 真言を持つも ・禅を修行するも・総じて一切の諸経並びに 仏菩薩の御名を持ちて唱るも 皆法華経なりと信ずる
13 が如説修行の人とは云われ候なり等云云、 予が云く然らず所詮・仏法を修行せんには 人の言を用う可らず只仰い
14 で仏の金言をまほるべきなり 我等が本師・釈迦如来は初成道の始より法華を説かんと思食しかども 衆生の機根未
15 熟なりしかば先ず権教たる方便を四十余年が間説きて後に 真実たる法華経を説かせ給いしなり、 此の経の序分無
16 量義経にして権実のはうじを指て方便真実を分け給へり、 所謂以方便力・四十余年・未顕真実是なり、 大荘厳等
17 の八万の大士・施権・開権・廃権等のいはれを心得分け給いて領解して言く法華経已前の歴劫修行等の諸経は終不得
18 成・無上菩提と申しきり給ひぬ、 然して後正宗の法華に至つて世尊法久後・要当説真実と説き給いしを始めとして
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01 無二亦無三・除仏方便説・正直捨方便・乃至不受余経一偈と禁め給へり、 是より已後は唯有一仏乗の妙法のみ一切
02 衆生を仏になす大法にて法華経より外の諸経は一分の得益も・あるまじきに 末法の今の学者・何れも如来の説教な
03 れば皆得道あるべしと思いて或は真言.或は念仏・或は禅宗.三論・法相・倶舎.成実・律等の諸宗.諸経を取取に信ず
04 るなり、是くの如き人をば若人不信・毀謗此経・即断一切世間仏種・乃至其人命終・入阿鼻獄と定め給へり、此等の
05 をきての明鏡を本として一分もたがえず唯有一乗法と信ずるを如説修行の人とは仏は定めさせ給へり。
06 難じて云く左様に方便権教たる諸経諸仏を信ずるを法華経と云はばこそ、 只一経に限りて経文の如く五種の修
07 行をこらし安楽行品の如く修行せんは 如説修行の者とは云われ候まじきか如何、 答えて云く凡仏法を修行せん者
08 は摂折二門を知る可きなり 一切の経論此の二を出でざるなり、 されば国中の諸学者等 仏法をあらあら学すと云
09 へども時刻相応の道をしらず四節・四季・取取に替れり、 夏は熱く冬はつめたく春は花さき秋は菓なる春種子を下
10 して秋菓を取るべし 秋種子を下して春菓を取らんに豈取らる可けんや、 極寒の時は厚き衣は用なり極熱の夏はな
11 にかせん、 凉風は夏の用なり冬はなにかせん、 仏法も亦復是くの如し小乗の流布して得益あるべき時もあり、権
12 大乗の流布して得益あるべき時もあり、 実教の流布して仏果を得べき時もあり、 然るに正像二千年は小乗権大乗
13 の流布の時なり、末法の始めの五百年には純円・一実の法華経のみ広宣流布の時なり、此の時は闘諍堅固・白法隠没
14 の時と定めて権実雑乱の砌なり、 敵有る時は刀杖弓箭を持つ可し 敵無き時は弓箭兵杖何にかせん、 今の時は権
15 教即実教の敵と成るなり、 一乗流布の時は権教有つて敵と成りて・まぎらはしくば実教より之を責む可し、 是を
16 摂折二門の中には法華経の折伏と申すなり、 天台云く「法華折伏・破権門理」とまことに故あるかな、 然るに摂
17 受たる四安楽の修行を今の時行ずるならば冬種子を下して春菓を求る者にあらずや、ニワトリの暁に鳴くは用なり宵
18 に鳴くは物怪なり、 権実雑乱の時法華経の御敵を責めずして山林に閉じ篭り摂受を修行せんは豈法華経修行の時を
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01 失う物怪にあらずや、 されば末法・今の時・法華経の折伏の修行をば誰か経文の如く行じ給へしぞ、誰人にても坐
02 せ諸経は無得道・堕地獄の根源・法華経独り成仏の法なりと 音も惜まずよばはり給いて諸宗の人法共に折伏して御
03 覧ぜよ三類の強敵来らん事疑い無し。
04 我等が本師・釈迦如来は在世八年の間折伏し給ひ天台大師は三十余年・伝教大師は二十余年・今日蓮は二十余年
05 の間権理を破す其の間の大難数を知らず、 仏の九横の難に及ぶか及ばざるは知らず、 恐らくは天台・伝教も法華
06 経の故に日蓮が如く大難に値い給いし事なし、 彼は只悪口・怨嫉計りなり、是は両度の御勘気・遠国に流罪せられ
07 竜口の頚の座・頭の疵等 其の外悪口せられ弟子等を流罪せられ 篭に入れられ檀那の所領を取られ御内を出だされ
08 し、是等の大難には竜樹・天台・伝教も争か及び給うべき、 されば如説修行の法華経の行者には三類の強敵打ち定
09 んで有る可しと知り給へ、 されば釈尊御入滅の後二千余年が間に如説修行の行者は釈尊・天台・伝教の三人は・さ
10 てをき候ぬ、末法に入つては日蓮並びに弟子檀那等是なり、 我等を如説修行の者といはずば釈尊・天台・伝教等の
11 三人も如説修行の人なるべからず、提婆.瞿伽利・善星.弘法・慈覚・智証.善導・法然.良観房等は即ち法華経の行者
12 と云はれ、釈尊.天台・伝教・日蓮並びに弟子・檀那は念仏・真言・禅.律等の行者なるべし、法華経は方便権教と云
13 はれ念仏等の諸経は還つて法華経となるべきか、 東は西となり西は東となるとも 大地は持つ所の草木共に飛び上
14 りて天となり天の日月・星宿は共に落ち下りて地となるためしはありとも・いかでか此の理あるべき。
15 哀なるかな今・日本国の万民・日蓮並びに弟子檀那等が三類の強敵に責められ大苦に値うを見て悦んで笑ふとも
16 昨日は人の上・今日は身の上なれば日蓮並びに弟子・檀那共に霜露の命の日影を待つ計りぞかし、 只今仏果に叶い
17 て寂光の本土に居住して自受法楽せん時、 汝等が阿鼻大城の底に沈みて大苦に値わん時 我等何計無慚と思はんず
18 らん、汝等何計うらやましく思はんずらん、 一期を過ぐる事程も無ければいかに強敵重なるとも・ゆめゆめ退する
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01 心なかれ恐るる心なかれ、 縦ひ頚をば鋸にて引き切り・どうをばひしほこを以て・つつき・足にはほだしを打つて
02 きりを以てもむとも、 命のかよはんほどは南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経と唱えて唱へ死に死るならば釈迦・多
03 宝・十方の諸仏・霊山会上にして御契約なれば須臾の程に飛び来りて 手をとり肩に引懸けて霊山へ・はしり給はば
04 二聖・二天・十羅刹女は受持の者を擁護し 諸天・善神は天蓋を指し旛を上げて我等を守護して慥かに寂光の宝刹へ
05 送り給うべきなり、あらうれしや・あらうれしや。
06 文永十年癸酉五月日 日蓮在御判
07 人々御中へ
08 此の書御身を離さず常に御覧有る可く候
顕仏未来記 沙門 日蓮 之を勘う
01 法華経の第七に云く「我が滅度の後.後の五百歳の中に閻浮提に広宣流布して断絶せしむること無けん」等云云,
02 予一たびは歎いて云く 仏滅後既に二千二百二十余年を隔つ 何なる罪業に依つて仏の在世に生れず正法の四依・像
03 法の中の天台・伝教等にも値わざるやと、 亦一たびは喜んで云く 何なる幸あつて後五百歳に生れて此の真文を拝
04 見することぞや、 在世も無益なり前四味の人は未だ法華経を聞かず 正像も又由し無し南三北七並びに華厳真言等
05 の学者は法華経を信ぜず、 天台大師云く「後の五百歳遠く妙道に沾おわん」等云云 広宣流布の時を指すか、伝教
06 大師云く「正像稍過ぎ已つて末法太だ近きに有り」等云云 末法の始を願楽するの言なり、 時代を以て果報を論ず
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01 れば竜樹・天親に超過し天台・伝教にも勝るるなり。
02 問うて云く後五百歳は汝一人に限らず何ぞ殊に之を喜悦せしむるや、答えて云く法華経の第四に云く「如来の現
03 在にすら猶怨嫉多し況や滅度の後をや」文、天台大師云く「何に況や未来をや理・化し難きに在り」文、妙楽大師云
04 く「理在難化とは此の理を明すことは意・衆生の化し難きを知らしむるに在り」文、智度法師云く「俗に良薬口に苦
05 しと言うが如く 此の経は五乗の異執を廃して一極の玄宗を立つ 故に凡を斥ぞけ聖を呵し大を排し小を破る乃至此
06 くの如きの徒悉く留難を為す」等云云、伝教大師云く「代を語れば則ち像の終り末の始・地を尋れば唐の東・羯の西
07 人を原れば則ち五濁の生・闘諍の時なり、 経に云く猶多怨嫉・況滅度後と 此の言良に以有るなり」等云云、 此
08 の伝教大師の筆跡は 其の時に当るに似たれども意は当時を指すなり 正像稍過ぎ已つて末法太だ近きに有りの釈は
09 心有るかな、経に云く「悪魔.魔民・諸天竜・夜叉.鳩槃荼等其の便りを得ん」云云、言う所の等とは此の経に又云わ
10 く「若は夜叉.若は羅刹.若は餓鬼.若は富単那.若は吉遮.若は毘陀羅.若はケン駄.若は烏摩勒伽・若は阿跋摩羅.若は
11 夜叉吉遮・若は人吉遮」等云云、 此の文の如きは先生に四味三教.乃至外道・人天等の法を持得して今生に悪魔・諸
12 天・諸人等の身を受けたる者が円実の行者を見聞して留難を至すべき由を説くなり。
13 疑つて云く正像の二時を末法に相対するに 時と機と共に正像は殊に勝るるなり何ぞ其の時機を捨てて偏に当時
14 を指すや、 答えて云く仏意測り難し 予未だ之を得ず試みに一義を案じ小乗経を以て之を勘うるに 正法千年は教
15 行証の三つ具さに之を備う 像法千年には教行のみ有つて証無し 末法には教のみ有つて行証無し等云云、 法華経
16 を以て之を探るに 正法千年に三事を具するは在世に於て法華経に結縁する者か、 其の後正法に生れて小乗の教行
17 を以て縁と為し小乗の証を得るなり、 像法に於ては在世の結縁微薄の故に小乗に於て証すること無く 此の人・権
18 大乗を以て縁と為して 十方の浄土に生ず、 末法に於ては大小の益共に之無し、 小乗には教のみ有つて行証無し
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01 大乗には教行のみ有つて冥顕の証之無し、 其の上正像の時の所立の 権小の二宗・漸漸・末法に入て執心弥強盛に
02 して小を以て大を打ち 権を以て実を破り国土に大体謗法の者充満するなり、 仏教に依つて悪道に堕する者は大地
03 微塵よりも多く 正法を行じて仏道を得る者は爪上の土よりも少きなり、 此の時に当つて諸天善神其の国を捨離し
04 但邪天・邪鬼等有つて王臣・比丘・比丘尼等の身心に入住し法華経の行者を罵詈・毀辱せしむべき時なり、爾りと雖
05 も仏の滅後に於て四味・三教等の邪執を捨て 実大乗の法華経に帰せば 諸天善神並びに地涌千界等の菩薩・法華の
06 行者を守護せん 此の人は守護の力を得て本門の本尊・妙法蓮華経の五字を以て閻浮堤に広宣流布せしめんか、 例
07 せば威音王仏の像法の時・不軽菩薩・我深敬等の二十四字を以て 彼の土に広宣流布し一国の杖木等の大難を招きし
08 が如し、 彼の二十四字と此の五字と其の語殊なりと雖も 其の意是れ同じ彼の像法の末と是の末法の初と全く同じ
09 彼の不軽菩薩は初随喜の人・日蓮は名字の凡夫なり。
10 疑つて云く何を以て之を知る汝を末法の初の法華経の行者なりと為すと云うことを、 答えて云く法華経に云く
11 「況んや滅度の後をや」又云く「諸の無智の人有つて悪口罵詈等し 及び刀杖を加うる者あらん」又云く「数数擯出
12 せられん」又云く「一切世間怨多くして信じ難し」又云く「杖木瓦石をもつて 之を打擲す」又云く「悪魔・魔民・
13 諸天竜・夜叉・鳩槃荼等其の便りを得ん」等云云、此の明鏡に付いて仏語を信ぜしめんが為に、日本国中の王臣・四
14 衆の面目に引き向えたるに予よりの外には一人も之無し、 時を論ずれば末法の初め一定なり、 然る間若し日蓮無
15 くんば仏語は虚妄と成らん、 難じて云く汝は大慢の法師にして大天に過ぎ四禅比丘にも超えたり如何、 答えて云
16 く汝日蓮を蔑如するの重罪又 提婆達多に過ぎ無垢論師にも超えたり、 我が言は大慢に似たれども仏記を扶け如来
17 の実語を顕さんが為なり、 然りと雖も日本国中に日蓮を除いては誰人を取り出して法華経の行者と為さん 汝日蓮
18 を謗らんとして仏記を虚妄にす豈大悪人に非ずや。
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01 疑つて云く如来の未来記汝に相当れり、但し五天竺並びに漢土等にも法華経の行者之有るか如何、 答えて云く
02 四天下の中に全く二の日無し四海の内豈両主有らんや、 疑つて云く何を以て汝之を知る、 答えて云く月は西より
03 出でて東を照し 日は東より出でて西を照す 仏法も又以て是くの如し正像には西より東に向い末法には東より西に
04 往く、 妙楽大師の云く「豈中国に法を失いて之を四維に求むるに非ずや」等云云、天竺に仏法無き証文なり漢土に
05 於て高宗皇帝の時 北狄東京を領して今に 一百五十余年仏法王法共に尽き了んぬ、 漢土の大蔵の中に小乗経は一
06 向之れ無く 大乗経は多分之を失す、 日本より寂照等 少少之を渡す 然りと雖も伝持の人無れば 猶木石の衣鉢
07 を帯持せるが如し、 故に遵式の云く「始西より伝う猶月の生ずるが如し 今復東より返る 猶日の昇るが如し」等
08 云云、 此等の釈の如くんば天竺漢土に於て 仏法を失せること勿論なり、 問うて云く月氏漢土に於て仏法無きこ
09 とは之を知れり、 東西北の三洲に仏法無き事は何を以て之を知る、 答えて云く 法華経の第八に云く「如来の滅
10 後に於て閻浮提の内に広く流布せしめて断絶せざらしめん」等云云、 内の字は三洲を嫌う文なり、 問うて曰く仏
11 記既に此くの如し汝が未来記如何、 答えて曰く 仏記に順じて之を勘うるに 既に後五百歳の始に相当れり 仏法
12 必ず東土の日本より出づべきなり、 其の前相 必ず正像に超過せる天変地夭之れ有るか、 所謂仏生の時・転法輪
13 の時・入涅槃の時吉瑞・凶瑞共に前後に絶えたる大瑞なり、 仏は此れ聖人の本なり 経経の文を見るに仏の御誕生
14 の時は五色の光気・四方に遍くして夜も昼の如し 仏御入滅の時には十二の白虹・南北に亘り大日輪光り無くして闇
15 夜の如くなりし、其の後正像二千年の間・内外の聖人・生滅有れども此の大瑞には如かず、 而るに去ぬる正嘉年中
16 より今年に至るまで或は大地震・或は大天変・宛かも仏陀の生滅の時の如し、 当に知るべし仏の如き聖人生れたま
17 わんか、大虚に亘つて大彗星出づ誰の王臣を以て之に対せん、 当瑞大地を傾動して三たび振裂す何れの聖賢を以て
18 之に課せん、 当に知るべし通途世間の吉凶の大瑞には非ざるべし 惟れ偏に此の大法興廃の大瑞なり、 天台云く
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01 「雨の猛きを見て竜の大なるを知り 華の盛なるを見て池の深きを知る」等云云、 妙楽の云く「智人は起を知り蛇
02 は自ら蛇を識る」等云云、 日蓮此の道理を存して既に二十一年なり、日来の災・月来の難・此の両三年の間の事既
03 に死罪に及ばんとす 今年・今月万が一も脱がれ難き身命なり、 世の人疑い有らば 委細の事は弟子に之を問え、
04 幸なるかな一生の内に無始の謗法を消滅せんことを 悦ばしいかな 未だ見聞せざる教主釈尊に侍え奉らんことよ、
05 願くは 我を損ずる国主等をば最初に之を導かん、 我を扶くる弟子等をば釈尊に之を申さん、我を生める父母等に
06 は未だ死せざる已前に此の大善を進めん、 但し今夢の如く宝塔品の心を得たり、此の経に云く「若し須弥を接つて
07 他方の無数の仏土に擲げ置かんも亦未だ為難しとせず 乃至若し仏の滅後に悪世の中に於て能く此の経を説かん 是
08 れ則ち為難し」等云云、 伝教大師云く「浅きは易く深きは難しとは釈迦の所判なり 浅きを去つて深きに就くは丈
09 夫の心なり、 天台大師は釈迦に信順し 法華宗を助けて震旦に敷揚し・叡山の一家は天台に相承し法華宗を助けて
10 日本に弘通す」等云云、 安州の日蓮は恐くは三師に相承し法華宗を助けて末法に流通す 三に一を加えて三国四師
11 と号く、南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経。
12 文永十年太歳癸酉後五月十一日 桑門日蓮之を記す
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当体義抄 日蓮之を勘う
01 問う妙法蓮華経とは其の体何物ぞや、 答う十界の依正即ち妙法蓮華の当体なり、問う若爾れば我等が如き一切
02 衆生も妙法の全体なりと云わる可きか、 答う勿論なり経に云く「所謂諸法・乃至・本末究竟等」云云、妙楽大師釈
03 して云く「実相は必ず諸法・諸法は必ず十如・十如は必ず十界・十界は必ず身土」と云云、天台云く「十如十界三千
04 の諸法は今経の正体なるのみ」云云、 南岳大師云く「云何なるを名けて 妙法蓮華経と為すや 答う妙とは衆生妙
05 なるが故に法とは即ち是れ衆生法なるが故に」云云、又天台釈して云く「衆生法妙」と云云。
06 問う一切衆生の当体即妙法の全体ならば地獄乃至九界の業因業果も皆是れ妙法の体なるや、 答う法性の妙理に
07 染浄の二法有り染法は熏じて迷と成り 浄法は熏じて悟と成る悟は即ち仏界なり迷は即ち衆生なり、 此の迷悟の二
08 法二なりと雖も然も法性真如の一理なり、 譬えば水精の玉の日輪に向えば火を取り 月輪に向えば水を取る玉の体
09 一なれども縁に随て其の功同じからざるが如し、 真如の妙理も亦復是くの如し 一妙真如の理なりと雖も悪縁に遇
10 えば迷と成り 善縁に遇えば悟と成る悟は即ち法性なり迷は即ち無明なり、 譬えば人夢に種種の善悪の業を見・夢
11 覚めて後に之を思えば我が一心に見る所の夢なるが如し、 一心は法性真如の一理なり 夢の善悪は迷悟の無明法性
12 なり、 是くの如く意得れば悪迷の無明を捨て善悟の法性を本と為す可きなり、 大円覚修多羅了義経に云く「一切
13 諸の衆生の無始の幻無明は皆 諸の如来の円覚の心従り建立す」云云、 天台大師の止観に云く「無明癡惑・本是れ
14 法性なり癡迷を以ての故に法性変じて無明と作る」云云、 妙楽大師の釈に云く「理性体無し全く無明に依る無明体
15 無し全く法性に依る」云云、 無明は所断の迷・法性は所証の理なり 何ぞ体一なりと云うやと云える不審をば此等
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01 の文義を以て意得可きなり、 大論九十五の夢の譬・天台一家の玉の譬誠に面白く思うなり、 正く無明法性其の体
02 一なりと云う 証拠は法華経に云く「是の法は法位に住して 世間の相常住なり」云云、 大論に云く「明と無明と
03 異無く別無し 是くの如く知るをば是を中道と名く」云云、 但真如の妙理に染浄の二法有りと云う事・証文之れ多
04 しと雖も華厳経に云く「心仏及衆生是三無差別」の文と 法華経の諸法実相の文とには 過ぐ可からざるなり 南岳
05 大師の云く「心体に染浄の二法を具足して 而も異相無く一味平等なり」云云、 又明鏡の譬真実に一二なり委くは
06 大乗止観の釈の如し 又能き釈には籤の六に云く「三千理に在れば 同じく無明と名け 三千果成すれば咸く常楽と
07 称す三千改むること無ければ無明即明・三千並に常なれば倶体倶用なり」文、 此の釈分明なり。
08 問う一切衆生皆悉く妙法蓮華経の当体ならば我等が如き愚癡闇鈍の凡夫も即ち妙法の当体なりや、 答う当世の
09 諸人之れ多しと雖も 二人を出でず謂ゆる権教の人・実教の人なり 而も権教方便の念仏等を信ずる人は妙法蓮華の
10 当体と云わる可からず 実教の法華経を信ずる人は即ち当体の蓮華・真如の妙体是なり 涅槃経に云く「一切衆生大
11 乗を信ずる故に 大乗の衆生と名く」文、 南岳大師の四安楽行に云く「大強精進経に云く 衆生と如来と同共一法
12 身にして 清浄妙無比なるを妙法華経と称す」文、 又云く「法華経を修行するは 此の一心一学に衆果普く備わる
13 一時に具足して次第入に非ず亦蓮華の一華に衆果を一時に具足するが如し 是を一乗の衆生の義と名く」文、 又云
14 く「二乗声聞及び鈍根の菩薩は 方便道の中の次第修学なり 利根の菩薩は正直に方便を捨て次第行を修せず若し法
15 華三昧を証すれば衆果悉く具足す 是を一乗の衆生と名く」文、 南岳の釈の意は次第行の三字をば当世の学者は別
16 教なりと料簡す、 然るに此の釈の意は法華の因果具足の道に対して方便道を次第行と云う 故に爾前の円・爾前の
17 諸大乗経並びに頓漸大小の諸経なり・証拠は無量義経に云く「次に方等十二部経・摩訶般若・華厳海空を説いて菩薩
18 の歴劫修行を宣説す」文、 利根の菩薩は正直に方便を捨てて 次第行を修せず若し法華経を証する時は 衆果悉く
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01 具足す是を一乗の衆生と名くるなり.此等の文の意を案ずるに三乗・五乗・七方便・九法界.四味三教・一切の凡聖等
02 をば 大乗の衆生妙法蓮華の当体とは名く可からざるなり、 設い仏なりと雖も権教の仏をば仏界の名言を付く可か
03 らず権教の三身は未だ無常を免れざる故に何に況や其の余の界界の名言をや、 故に正・像二千年の国王・大臣より
04 も末法の非人は尊貴なりと釈するも此の意なり、 南岳釈して云く「一切衆生・法身の蔵を具足して 仏と一にして
05 異り有ること無し」、 是の故に 法華経に云く「父母所生清浄常眼耳鼻舌身意亦復如是」文、 又云く「問うて云
06 く仏・何れの経の中に 眼等の諸根を説いて名けて如来と為や、 答えて云く大強精進経の中に 衆生と如来と同じ
07 く共に一法身にして 清浄妙無比なるを妙法蓮華経と称す」文、 他経に有りと雖も下文顕れ已れば 通じて引用す
08 ることを得るなり、 大強精進経の同共の二字に習い相伝するなり 法華経に同共して信ずる者は妙経の体なり不同
09 共の念仏者等は 既に仏性法身如来に背くが故に妙経の体に非ざるなり、 所詮妙法蓮華の当体とは法華経を信ずる
10 日蓮が弟子檀那等の父母所生の肉身是なり、 正直に方便を捨て但法華経を信じ南無妙法蓮華経と唱うる人は 煩悩
11 業・苦の三道・法身.般若・解脱の三徳と転じて三観・三諦.即一心に顕われ其の人の所住の処は常寂光土なり、能居
12 所居・ 身土・色心・ 倶体倶用・無作三身の本門寿量の当体蓮華の仏とは日蓮が弟子檀那等の中の事なり是れ即ち
13 法華の当体・自在神力の顕わす所の功能なり 敢て之を疑う可からず之を疑う可からず、問う天台大師・妙法蓮華の
14 当体譬喩の二義を釈し給えり 爾れば其の当体譬喩の蓮華の様は如何、 答う譬喩の蓮華とは 施開廃の三釈委く之
15 を見るべし、 当体蓮華の釈は玄義第七に云く「蓮華は譬えに非ず当体に名を得・類せば劫初に万物名無し聖人理を
16 観じて準則して名を作るが如し」文、 又云く「今蓮華の称は是れ喩を仮るに非ず乃ち是れ法華の法門なり法華の法
17 門は清浄にして因果微妙なれば 此の法門を名けて蓮華と為す 即ち是れ法華三昧の当体の名にして譬喩に非ざるな
18 り」又云く「問う 蓮華定めて是れ法華三昧の蓮華なりや 定めて是れ華草の蓮華なりや、 答う定めて是れ法蓮華
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01 なり法蓮華解し難し 故に草花を喩と為す 利根は名に即して理を解し 譬喩を仮らず但法華の解を作す中下は未だ
02 悟らず 譬を須いて乃ち知る易解の蓮華を以て 難解の蓮華に喩う、 故に三周の説法有つて上中下根に逗う上根に
03 約すれば是れ法の名・中下に約すれば 是れ譬の名なり三根合論し 雙べて法譬を標す是くの如く解する者は誰とか
04 諍うことを為さんや」云云、 此の釈の意は至理は名無し聖人理を観じて万物に名を付くる時・因果倶時・不思議の
05 一法之れ有り之を名けて妙法蓮華と為す 此の妙法蓮華の一法に十界三千の諸法を具足して 闕減無し之を修行する
06 者は仏因・仏果・同時に之を得るなり、聖人此の法を師と為して修行覚道し給えば妙因・妙果・倶時に感得し給うが
07 故に妙覚果満の如来と成り給いしなり、 故に伝教大師云く「一心の妙法蓮華とは因華・果台・倶時に増長す三周各
08 各当体譬喩有り、 総じて一経に皆当体譬喩あり別して七譬・三平等・十無上の法門有りて皆当体蓮華有るなり、此
09 の理を詮ずる教を名けて 妙法蓮華経と為す」云云、 妙楽大師の云く「須く七譬を以て各 蓮華権実の義に対すべ
10 し○何者蓮華は只 是れ為実施権・開権顕実・七譬皆然なり」文、 又劫初に華草有り聖人理を見て号して蓮華と名
11 く此の華草・因果倶時なること妙法蓮華に似たり 故に此の華草同じく蓮華と名くるなり水中に生ずる赤蓮華・白蓮
12 華等の蓮華是なり、 譬喩の蓮華とは此の華草の蓮華なり此の華草を以て 難解の妙法蓮華を顕す天台大師の妙法は
13 解し難し譬を仮りて顕れ易しと釈するは是の意なり。
14 問う劫初より已来何人か当体の蓮華を証得せしや、 答う釈尊五百塵点劫の当初此の妙法の当体蓮華を証得して
15 世世番番に成道を唱え 能証所証の本理を顕し給えり、 今日又・中天竺摩訶陀国に出世して此の蓮華を顕わさんと
16 欲すに機無く時無し 故に一法の蓮華に於て 三の草華を分別し 三乗の権法を施し擬宜誘引せしこと 四十余年な
17 り、 此の間は衆生の根性万差なれば種種の草華を施し設けて終に妙法蓮華を施したまわざる故に、 無量義経に云
18 く「我先に道場菩提樹下乃至四十余年未だ真実を顕さず」文、 法華経に至つて四味三教の方便の権教・小乗・種種
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01 の草華を捨てて唯一の妙法蓮華を説き 三の華草を開して一の妙法蓮華を顕す時、 四味・三教の権人に初住の蓮華
02 を授けしより始めて開近顕遠の蓮華に至つて二住・三住乃至十住・等覚・妙覚の極果の蓮華を得るなり。
03 問う法華経は何れの品何れの文にか正しく当体譬喩の蓮華を説き分けたるや、 答う若し三周の声聞に約して之
04 を論ぜば 方便の一品は皆是当体蓮華を説けるなり、 譬喩品・化城喩品には譬喩蓮華を説きしなり、但方便品にも
05 譬喩蓮華無きに非ず 余品にも当体蓮華無きに非ざるなり、 問う若し爾らば正く当体蓮華を説きし文は何れぞや答
06 う方便品の諸法実相の文是なり、 問う何を以て此の文が 当体蓮華なりと云う事を知ることを得るや、 答う天台
07 妙楽今の文を引て今経の体を釈せし故なり、 又伝教大師釈して云く「問う法華経は何を以て体と為すや、 答う諸
08 法実相を以て体と為す」文、此の釈分明なり当世の学者此の釈を秘して名を顕さず然るに此の文の名を妙法蓮華と曰
う義なり、又現証は宝塔品の三身是れ
09 現証なり、 或は涌出の菩薩・竜女の即身成仏是なり、 地涌の菩薩を現証と為す事は経文に如蓮華在水と云う故な
10 り、 菩薩の当体と聞たり 竜女を証拠と為す事は 霊鷲山に詣で千葉の蓮華の大いさ車輪の如くなるに坐しと説き
11 たまう故なり、又妙音・観音の三十三・四身なり 是をば解釈には法華三昧の不思議・自在の業を証得するに非ざる
12 よりは安ぞ能く 此の三十三身を現ぜんと云云、或は「世間相常住」文、 此等は皆当世の学者の勘文なり、 然り
13 と雖も 日蓮は方便品の文と神力品の如来一切所有之法等の文となり、 此の文をば天台大師も之を引いて今経の五
14 重玄を釈せしなり、殊更此の一文正しき証文なり。
15 問う次上に引く所の文証・現証・殊勝なり何ぞ神力の一文に執するや、 答う此の一文は深意有る故に殊更に吉
16 なり、 問う其の深意如何、 答う此の文は釈尊・本眷属地涌の菩薩に結要の五字の当体を付属すと説きたまえる文
17 なる故なり、久遠実成の釈迦如来は我が昔の所願の如き今は已に満足す、 一切衆生を化して皆仏道に入ら令むとて
18 御願已に満足し、 如来の滅後・後五百歳中・広宣流布の付属を説かんが為地涌の菩薩を召し出し本門の当体蓮華を
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01 要を以て付属し給える文なれば 釈尊出世の本懐・道場所得の秘法・末法の我等が現当二世を成就する当体蓮華の誠
02 証は此の文なり、 故に末法今時に於て如来の御使より外に当体蓮華の証文を知つて出す人 都て有る可からざるな
03 り真実以て秘文なり真実以て大事なり真実以て尊きなり、南無妙法蓮華経南無妙法蓮華爾前の円の菩薩等の今経に大
衆八万有つて具
04 是なり足の道を聞かんと欲す云云、問う当流の法門の意は諸宗の人来つて当体蓮華の証文を問わん時は法華経何れの
文を出す可き
05 や、 答う二十八品の始に妙法蓮華経と題す此の文を出す可きなり、 問う何を以て品品の題目は当体蓮華なりと云
06 う事を知ることを得るや、 故は天台大師 今経の首題を釈する時・蓮華とは 譬喩を挙ぐると云つて 譬喩蓮華と
07 釈し給える者をや、 答う題目の蓮華は当体譬喩を合説す天台の今の釈は 譬喩の辺を釈する時の釈なり、玄文第一
08 の本迹の六譬は 此の意なり同じく第七は当体の辺を釈するなり、 故に天台は題目の蓮華を以て当体譬喩の両説を
09 釈する故に失無し、 問う何を以て題目の蓮華は当体譬喩合説すと云う事を知ることを得んや、 南岳大師も妙法蓮
10 華経の五字を釈する時「妙とは衆生妙なるに故に法とは衆生法なる故に 蓮華とは是れ譬喩を借るなり」文、 南岳
11 天台の釈既に譬喩蓮華なりと釈し給う如何、 答う南岳の釈も天台の釈の如し云云、但当体・譬喩合説すと云う事経
12 文分明ならずと雖も 南岳天台既に天親・竜樹の論に依て合説の意を判釈せり、 所謂法華論に云く「妙法蓮華とは
13 二種の義有り一には出水の義、 乃至泥水を出るをば諸の声聞・如来大衆の中に入つて坐し 諸の菩薩の如く蓮華の
14 上に坐して如来無上智慧・清浄の境界を説くを聞いて 如来の密蔵を証するを 喩うるが故に・二に華開とは諸の衆
15 生・大乗の中に於て其心怯弱にして 信を生ずること能わず 故に如来の浄妙法身を開示して 信心を生ぜしめんが
16 故なり」文、 諸の菩薩の諸の字は法華已前の大小の諸菩薩法華経に来つて 仏の蓮華を得ると云う事法華論の文分
17 明なり、 故に知ぬ菩薩処処得入とは方便なり、 天台此の論の文を釈して云く今論の意を解せば若し衆生をして浄
18 妙法身を見せしむと言わば 此れ妙因の開発するを以つて蓮華と為るなり、 若し如来大衆に入るに蓮華の上に坐す
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01 と言わば 此は妙報の国土を以て蓮華と為るなり、 又天台が当体譬喩合説する様を委細に釈し給う時 大集経の我
02 今仏の蓮華を敬礼すと云う文と 法華論の今の文とを引証して 釈して云く「若し大集に依れば 行法の因果を蓮華
03 と為す菩薩上に処すれば即ち是れ因の華なり 仏の蓮華を礼すれば 即ち是れ果の華なり、 若し法華論に依れば依
04 報の国土を以て蓮華と為す復菩薩・蓮華の行を修するに由つて 報・蓮華の国土を得当に知るべし依正因果悉く是れ
05 蓮華の法なり、 何ぞ譬をもつて顕すことをもちいん鈍人の法性の蓮華を解せざる為の故に 世の華を挙げて譬と為
06 す亦何の妨げかあるべき」文、 又云く若し蓮華に非んば何に由つて遍く上来の諸法を喩えん 法譬雙べ弁ずる故に
07 妙法蓮華と称するなり、 次に竜樹菩薩の大論に云く「蓮華とは法譬並びに挙ぐるなり」文、 伝教大師が天親・竜
08 樹の二論の文を釈して云く 「論の文但妙法蓮華経と名くるに 二種の義あり 唯蓮華に二種の義有りと謂うには非
09 ず、 凡そ法喩とは相い似たるを好しと為す 若し相い似ずんば何を以てか他を解せしめん、是の故に釈論に法喩並
10 び挙ぐ一心の妙法蓮華は因華・果台・倶時に増長す此の義解し難し 喩を仮れば解し易し此の理教を詮ずるを名けて
11 妙法蓮華経と為す」文、 此等の論文釈義分明なり文に在つて見る可し 包蔵せざるが故に合説の義極成せり、凡そ
12 法華経の意は 譬喩即法体・法体即譬喩なり、 故に伝教大師釈して云く「今経は譬喩多しと雖も大喩は是れ七喩な
13 り此の七喩は即ち法体・法体は即ち譬喩なり、 故に譬喩の外に法体無く 法体の外に譬喩無し、但し法体とは法性
14 の理体なり譬喩とは即ち妙法の事相の体なり 事相即理体なり理体即事相なり故に法譬一体とは云うなり、 是を以
15 て論文山家の釈に皆蓮華を釈するには法譬並べ挙ぐ」等云云、釈の意分明なる故重ねて云わず。
16 問う如来の在世に誰か当体の蓮華を証得せるや、答う四味三教の時は三乗.五乗・七方便・九法界.帯権の円の菩
17 薩並びに教主乃至法華迹門の教主総じて 本門寿量の教主を除くの外は 本門の当体蓮華の名をも聞かず 何に況ん
18 や証得せんをや、 開三顕一の無上菩提の蓮華尚 四十余年には之を顕さず、 故に無量義経に終不得成無上菩提と
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01 て迹門開三顕一の蓮華は爾前に之を説かずと云うなり、 何に況んや開近顕遠・本地難思・境智冥合・本有無作の当
02 体蓮華をば迹化弥勒等之を知る可きや、 問う何を以て爾前の円の菩薩・迹門の円の菩薩は 本門の当体蓮華を証得
03 せずと云う事を知ることを得ん、 答う爾前の円の菩薩は迹門の蓮華を知らず 迹門の円の菩薩は本門の蓮華を知ら
04 ざるなり、 天台云く「権教の補処は迹化の衆を知らず 迹化の衆は本化の衆を知らず」文、伝教大師云く「是直道
05 なりと雖も 大直道ならず」云云、 或は云く「未だ菩提の大直道を知らざるが故に」云云此の意なり、 爾前迹門
06 の菩薩は一分断惑証理の義分有りと雖も 本門に対するの時は当分の断惑にして跨節の断惑に非ず 未断惑と云わる
07 るなり、 然れば菩薩処処得入と釈すれども二乗を嫌うの時一往得入の名を与うるなり、 故に爾前迹門の大菩薩が
08 仏の蓮華を証得する事は本門の時なり真実の断惑は寿量の一品を聞きし時なり、 天台大師・涌出品の五十小劫・仏
09 の神力の故に・諸の大衆をして半日の如しと謂わしむの文を釈して云く 「解者は短に即して長・五十小劫と見る惑
10 者は長に即して短・半日の如しと謂えり」文、 妙楽之を受けて釈して云く 「菩薩已に無明を破す之を称して解と
11 為す大衆仍お賢位に居す之を名けて惑と為す」文、 釈の意分明なり 爾前迹門の菩薩は惑者なり地涌の菩薩のみ独
12 り解者なりと云う事なり、 然るに当世天台宗の人の中に 本迹の同異を論ずる時・異り無しと云つて 此の文を料
13 簡するに解者の中に 迹化の衆入りたりと云うは大なる僻見なり 経の文・釈の義分明なり 何ぞ横計を為す可けん
14 や、 文の如きは地涌の菩薩五十小劫の間如来を称揚するを 霊山迹化の衆は半日の如く謂えりと説き給えるを天台
15 は解者惑者を出して 迹化の衆は惑者の故に半日と思えり是れ即ち僻見なり、 地涌の菩薩は解者の故に五十小劫と
16 見る是れ即ち正見なりと釈し給えるなり、 妙楽之を受けて無明を破する菩薩は解者なり 未だ無明を破せざる菩薩
17 は惑者なりと釈し給いし事 文に在つて分明なり、 迹化の菩薩なりとも住上の菩薩は 已に無明を破する菩薩なり
18 と云わん 学者は無得道の諸経を有得道と習いし故なり、 爾前迹門の当分に妙覚の位有りと雖も本門寿量の真仏に
0518top
01 望むる時は 惑者仍お賢位に居ると云わるる者なり 権教の三身未だ無常を免れざる故は夢中の虚仏なるが故なり、
02 爾前と迹化の衆とは未だ本門に至らざる時は 未断惑の者と云われ彼に至る時 正しく初住に叶うなり、妙楽の釈に
03 云く「開迹顕本皆初住に入る」文、 仍賢位に居すの釈之を思い合すべし、 爾前迹化の衆は 惑者未だ無明を破せ
04 ざる仏菩薩なりと云う事真実なり真実なり、 故に知ぬ 本門寿量の説顕れての後は 霊山一会の衆皆悉く当体蓮華
05 を証得せしなり、 二乗・闡提・定性・女人・悪人等も本仏の蓮華を証得するなり、伝教大師一大事の蓮華を釈して
06 云く「法華の肝心・一大事の因縁は蓮華の所顕なり、 一とは一実相なり大とは性広博なり事とは法性の事なり一究
07 竟事は円の理教智行、円の身.若・達なり一乗.三乗・定性・不定性.内道・外道・阿闡・阿顛.皆悉く一切智地に到る
08 是の一大事仏の知見を開示し悟入して一切成仏す」女人・闡提・定性・二乗等の極悪人霊山に於て当体蓮華を証得す
09 るを云うなり。
10 問う末法今時誰れ人か当体蓮華を証得せるや、 答う当世の体を見るに大阿鼻地獄の当体を証得する人之れ多し
11 と雖も仏の蓮華を証得せるの人之れ無し 其の故は無得道の権教方便を信仰して 法華の当体真実の蓮華を毀謗する
12 故なり、 仏説いて云く「若し人信ぜずして此の経を毀謗せば 則ち一切世間の仏種を断ぜん 乃至其の人命終して
13 阿鼻獄に入らん」文,天台云く「此の経はアマネく六道の仏種を開く若此の経を謗せば義.断ずるに当るなり」文、日
14 蓮云く此の経は是れ十界の仏種に通ず若し此の経を謗せば 義是れ十界の仏種を断ずるに当る是の人無間に於て決定
15 して堕在す何ぞ出ずる期を得んや、 然るに日蓮が一門は正直に権教の邪法・邪師の邪義を捨てて正直に正法・正師
16 の正義を信ずる故に 当体蓮華を証得して 常寂光の当体の妙理を顕す事は 本門寿量の教主の金言を信じて 南無
17 妙法蓮華経と唱うるが故なり、 問う南岳・天台・伝教等の大師法華経に依つて 一乗円宗の教法を弘通し給うと雖
18 も未だ南無妙法蓮華経と唱えたまわざるは如何、 若し爾らば此の大師等は未だ当体蓮華を知らず又証得したまわず
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01 と云うべきや、 答う南岳大師は観音の化身・天台大師は薬王の化身なり 等云云、 若し爾らば霊山に於て本門寿
02 量の説を聞きし時は 之を証得すと雖も在生の時は妙法流布の時に非ず、 故に妙法の名字を替えて止観と号し一念
03 三千・一心三観を修し給いしなり、 但し此等の大師等も南無妙法蓮華経と唱うる事を 自行真実の内証と思食され
04 しなり、南岳大師の法華懺法に云く「南無妙法蓮華経」文、 天台大師の云く「南無平等大慧一乗妙法蓮華経」文、
05 又云く「稽首妙法蓮華経」云云、 又「帰命妙法蓮華経」云云、 伝教大師の最後臨終の十生願の記に云く「南無妙
06 法蓮華経」云云、 問う文証分明なり 何ぞ是くの如く弘通したまわざるや、 答う此れに於て二意有り一には時の
07 至らざるが故に 二には付属に非ざるが故なり、 凡そ妙法の五字は末法流布の大白法なり 地涌千界の大士の付属
08 なり是の故に南岳・天台・伝教等は内に鑑みて末法の導師に之を譲りて弘通し給わざりしなり。
当体義抄送状
01 問う当体の蓮華解し難し故に譬喩を仮りて之を顕すとは経文に証拠有るか、 答う経に云く「世間の法に染まら
02 ざること蓮華の水に在るが如し 地より而も涌出す」云云、 地涌の菩薩の当体蓮華なり、譬喩は知るべし以上後日
03 に之を改め書すべし、 此の法門は妙経所詮の理にして 釈迦如来の御本懐・地涌の大士に付属せる末法に弘通せん
04 経の肝心なり、国主信心あらん後始めて之を申す可き秘蔵の法門なり、日蓮最蓮房に伝え畢んぬ。 日蓮花押
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小乗大乗分別抄 文永十年 五十二歳御作 与富木常忍
01 夫れ小大定めなし一寸の物を一尺の物に対しては小と云い 五尺の男に対しては六尺七尺の男を大の男と云う、
02 外道の法に対しては 一切の大小の仏教を皆大乗と云う 大法東漸通指仏教以為大法等と釈する是なり、 仏教に入
03 つても鹿苑十二年の説・四阿含経等の一切の小乗経をば 諸大乗経に対して小乗経と名けたり、 又諸大乗経には大
04 乗の中にとりて劣る教を 小乗と云う華厳の大乗経に 其余楽小法と申す文あり、 天台大師はこの小法というは常
05 の小乗経にはあらず十地の大法に対して 十住・十行・十回向の大法を下して小法と名くと釈し給へり、 又法華経
06 第一の巻・方便品に若以小乗化・乃至於一人と申す文あり 天台妙楽は阿含経を小乗と云うのみにあらず 華厳経の
07 別教・方等般若の通別の大乗をも小乗と定め給う、 又玄義の第一に会小帰大・是漸頓泯合と申す釈をば智証大師は
08 初め華厳経より終り般若経にいたるまで 四教八教の権教諸大乗経を漸頓と釈す泯合とは 八教を会して一大円教に
09 合すとこそ・ことはられて候へ、 又法華経の寿量品に楽於小法・徳薄垢重者と申す文あり、天台大師は此経文に小
10 法と云うは小乗経にもあらず又諸大乗経にもあらず 久遠実成を説かざる華厳経の円 乃至方等般若法華経の迹門十
11 四品の円頓の大法まで小乗の法なり、 又華厳経等の諸大乗経の教主の法身・報身・毘盧遮那盧舎那・大日如来等を
12 も小仏なりと釈し給ふ、 此の心ならば涅槃経・大日経等の一切の大小権実顕密の諸経は皆小乗経・八宗の中には倶
13 舎宗・成実宗・律宗を小乗と云うのみならず華厳宗・法相宗・三論宗・真言宗等の諸大乗宗を小乗宗として唯天台の
14 一宗計り実大乗宗なるべし、 彼彼の大乗宗の所依の経経には絶えて 二乗作仏・久遠実成の最大の法をとかせ給は
15 ず、 譬えば一尺二尺の石を持つ者をば大力といはず 一丈二丈の石を持つを大力と云うが如し、華厳経の法界円融
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01 四十一位 ・般若経の混同無二 ・十八空乾慧地等の十地 ・瓔珞経の五十二位仁王経の五十一位薬師経の十二の大
02 願雙観経の四十八願大日経の真言印契等 此等は小乗経に対すれば大法秘法なり、 法華経の二乗作仏久遠実成に対
03 すれば小乗の法なり、 一尺二尺を一丈二丈に対するが如し、 又二乗作仏・久遠実成は法華経の肝用にして諸経に
04 対すれば奇たりと云へども 法華経の中にてはいまだ奇妙ならず 一念三千と申す法門こそ奇が中の奇妙が中の妙に
05 て華厳大日経等に分絶たるのみならず、 八宗の祖師の中にも真言等の七宗の人師名をだにもしらず 天竺の大論師
06 竜樹菩薩・天親菩薩は内には珠を含み外には書きあらはし給はざりし法門なり、 雨衆が三徳・米斉が六句の先仏の
07 教を盗みとれる様に 華厳宗の澄観・真言宗の善無畏等は 天台大師の一念三千の法門を盗み取つて我が所依の経の
08 心仏及衆生の文の心とし 心実相と申す文の神とせるなり、 かくのごとく盗み取つて 我が宗の規模となせるが又
09 還つて天台宗を下し華厳宗・真言宗には劣れる法なりと申す、 此等の人師は世間の盗人にはあらねども 仏法の盗
10 人なるべし、此等をよくよく尋ね明むべし。
11 又世間の天台宗の学者並びに諸宗の人人の云く 法華経は但二乗作仏・久遠実成計りなり等云云、今反詰して云
12 く汝等が承伏に付いて 但二乗作仏と久遠実成計り法華経にかぎつて 諸経になくば此れなりとも 豈奇が中の奇に
13 あらずや、二乗作仏・諸経になくば 仏の御弟子・頭陀第一の迦葉・智慧第一の舎利弗・神通第一の目連等の十大弟
14 子・千二百の羅漢・万二千の声聞・無数億の二乗界・過去遠遠劫より未来無数劫にいたるまで法華経に値いたてまつ
15 らずば永く色心倶に滅して 永不成仏の者となるべし豈大なる失にあらずや、 又二乗界・仏にならずば 迦葉等を
16 供養せし梵天・帝釈.四衆・八部・比丘・比丘尼等の二界.八番の衆はいかんがあるべき、又久遠実成が此の経に限ら
17 ずんば三世の諸仏・無常遷滅の法に堕しなん、 譬えば天に諸星ありとも日月ましまさずんば・いかんがせん地に草
18 木ありとも大地なくばいかんがせん、 是は汝が承伏に付いての義なり 実をもつて勘へ申さば 二乗作仏なきなら
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01 ば九界の衆生・仏になるべからず、 法華経の心は法爾のことはりとして一切衆生に十界を具足せり、譬えば人・一
02 人は必ず四大を以てつくれり一大かけなば人にあらじ、 一切衆生のみならず十界の依正の二法・非情の草木・一微
03 塵にいたるまで皆十界を具足せり、 二乗界・仏にならずば余界の中の二乗界も仏になるべからず 又余界の中の二
04 乗界・仏にならずば余界の八界・仏になるべからず、 譬えば父母ともに持ちたる者・兄弟九人あらんか二人は凡下
05 の者と定められば 余の七人も必ず凡下の者となるべし、 仏と経とは父母の如し九界の衆生は実子なり声聞・縁覚
06 の二人・永不成仏の者となるならば菩薩・六凡の七人あに得道をゆるさるべきや、 今此の三界は皆是我が有なり其
07 の中の衆生は悉く是吾子なり 乃至唯我一人のみ能く救護を為すの文をもつて知るべし、 又菩薩と申すは必ず四弘
08 誓願をおこす第一衆生無辺誓願度の願・成就せずば 第四の無上菩提誓願証の願も 成就すべからず、 前四味の諸
09 経にては菩薩・凡夫は仏になるべし 二乗は永く仏になるべからず等云云、 而るをかしこげなる菩薩もはかなげな
10 る六凡も共に思へり 我等仏になるべし二乗は仏にならざれば・かしこくして彼の道には入ざりけると思ふ、 二乗
11 はなげきをいたき 此の道には入るまじかりし者をと 恐れかなしみしが・今法華経にして二乗を仏になし給へる時
12 二乗・仏になるのみならず・かの九界の成仏をも・ときあらはし給へり、諸の菩薩・此の法門を聞いて思はく我等が
13 思ひは・はかなかりけり爾前の経経にして 二乗仏にならずば我等もなるまじかりける者なり、 二乗を永不成仏と
14 説き給ふは二乗一人計りなげくべきにあらざりけり我等も同じなげきにてありけりと心うるなり。
15 又寿量品の久遠実成が爾前の経経になき事を以て思ふに 爾前には久遠実成なきのみならず 仏は天下第一の大
16 妄語の人なるべし、 爾前の大乗第一たる華厳経・大日経等に 始めて正覚を成じ我昔道場に坐す等云云、 真実甚
17 深・正直捨方便の無量義経と 法華経の迹門には我先に道場にして・我始め道場に坐すと説れたり、 此等の経文は
18 寿量品の然るに我実に成仏してより已来 無量無辺なりの文より思い見ればあに大妄語にあらずや、 仏の一身すで
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01 に大妄語の身なり 一身に備えたる六根の諸法あに実なるべきや、 大冰の上に造れる諸舎は 春をむかへては破れ
02 ざるべしや 水中の満月は実に体ありや、 爾前の成仏往生等は水中の星月の如し 爾前の成仏往生等は 体に随ふ
03 影の如し、 本門寿量品をもつて見れば 寿量品の智慧をはなれては 諸経は跨節・当分の得道共に有名無実なり、
04 天台大師此の法門を道場にして 独り覚知し玄義十巻・文句十巻・止観十巻等 かきつけ給うに諸経に二乗作仏・久
05 遠実成絶えてなき由を書きをき給ふ、是は南北の十師が教相に迷つて三時・四時・五時・四宗・五宗・六宗・一音・
06 半満・三教四教等を立てて教の浅深勝劣に迷いし 此等の非義を破らんが為にまず 眼前たる二乗作仏・久遠実成を
07 もつて諸経の勝劣を定め給いしなり、 然りと云つて余界の得道をゆるすにはあらず、 其の後華厳宗の五教・法相
08 宗の三時・真言宗の顕密・五蔵・十住心・義釈の四句等は南三北七の十師の義よりも尚アヤマれる教相なり。
09 此等は他師の事なれば・さてをきぬ又自宗の学者が天台・妙楽・伝教大師の御釈に迷うて爾前の経経には二乗作
10 仏・久遠実成計りこそ無けれども 余界の得道は有りなんど申す人人・一人二人ならず日本国に弘まれり、他宗の人
11 人・是に便を得て 弥天台宗を失ふ 此等の学者は 譬えば野馬の蜘蛛の網にかかり 渇る鹿の陽炎をおふよりもは
12 かなし・例せば頼朝の右大将家は泰衡を討たんが為に 泰衡を誑して 義経を討たせ、 太政入道清盛は源氏を喪し
13 て世をとらんが為に我が伯父 平馬介忠正を切る義朝はたぼらかされて 慈父為義を切るが如し、此等は墓なき人人
14 のためしなり、 天台大師法華経より外の経経には二乗作仏・久遠実成は絶えてなしなんど釈し給へば菩薩の作仏・
15 凡夫の往生はあるなんめりとうち思いて 我等は二乗にも・あらざれば爾前の経経にても得道なるべし 此の念い心
16 中にさしはさめり、 其の中にも観経の九品往生はねがひやすき事なれば 法華経をばなげすて念仏申して浄土に生
17 れて観音・勢至・阿弥陀仏に値いたてまつて成仏を遂ぐべし云云、 当世の天台宗の人人を始として諸宗の学者皆此
18 くの如し実義をもつて申さば 一切衆生の成仏のみならず 六道を出で十方の浄土に往生する事はかならず法華経の
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01 力なり・例せば日本国の人・唐土の内裏に入らん事は 必ず日本の国王の勅定によるべきが如し・穢土を離れて浄土
02 に入る事は必ず法華経の力なるべし、 例せば民の女・乃至関白大臣の女に至るまで大王の種を下せば其の産る子・
03 王となりぬ、大王の女なれども臣下の種を懐姙せば 其の子王とならざるが如し、 十方の浄土に生るる者は三乗・
04 人天・畜生等までも皆王の種姓と成つて 生るべし皆仏となるべきが故なり、 阿含経は民の女の民を夫とし華厳・
05 方等・般若等は臣の女の臣を夫とせるが如し、又華厳経・方等・般若・大日経等の円教の菩薩等は大王の女の臣下を
06 夫とせるが如し、皆浄土に生るべき法にはあらず、 又華厳・阿含・方等・般若等の経経の間に六道を出づる人あり
07 是は 彼彼の経経の力には非ず 過去に法華経の種を殖えたりし人 ・現在に法華経を待たずして 機すすむ故に爾
08 前の経経を縁として 過去の法華経の種を発得して 成仏往生をとぐるなり、 例せば縁覚の無仏世にして飛花落葉
09 を観じて独覚の菩提を証し 孝養父母の者の梵天に生るるが如し・飛花落葉・孝養父母等は独覚と梵天との修因には
10 あらねどもかれを縁として 過去の修因を引きおこし 彼の天に生じ独覚の菩提を証す、 而るに尚過去に小乗の三
11 賢・四善根にも入らず有漏の禅定をも修せざる者は 月を観じ花を詠じ孝養父母の善を修すれども 独覚ともならず
12 色天にも生ぜず、 過去に法華経の種を殖ざる人は 華厳経の席に侍りしかども初地・初住にものぼらず、鹿苑説教
13 の砌にても見思をも断ぜず 観経等にても九品の往生をもとげず、 但大小の賢位のみに入つて聖位には・のぼらず
14 して法華経に来つて始めて仏種を心田に下して 一生に初地・初住等に登る者もあり、又涅槃の座へさがり乃至・滅
15 後・未来までゆく人もあり、 過去に法華経の種を殖たる人人は 結縁の厚薄に随つて華厳経を縁として初地初住に
16 登る人もあり、 阿含経を縁として見思を断じて二乗と成る者もあり、 観経等の九品の行業を縁として往生する者
17 もあり、 方等・般若も此れをもつて知んぬべし、 此等は彼彼の経経の力にはあらず偏に法華経の力なり譬えば民
18 の女に王の種を下せるを人しらずして 民の子と思ひ大臣等の女に王の種を下せるを人しらずして 臣下の子と思へ
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01 ども大王より是を尋ぬれば皆王種となるべし、 爾前にして界外へ至る人を法華経より之を尋ぬれば 皆法華経の得
02 道なるべし、 又過去に法華経の種を殖えたる人の根鈍にして 爾前の経経に発得せざる人人は法華経にいたりて得
03 道なる、是は爾前の経経をば・めのととしてきさき腹の太子・王子と云うが如くなるべし、 又仏の滅後にも正法一
04 千年が間は在世の如くこそなけれども過去に法華経の種を殖えて 法華・涅槃経にて覚りをとぐる者もありぬ現在・
05 在世にて種を下せる人人も是多し。
06 又滅後なれども現に法華経ましませば外道の法より小乗経にうつり 小乗経より権大乗にうつり権大乗より法華
07 経にうつる人人・数をしらず、 竜樹菩薩・無著菩薩・世親論師等是なり、 像法一千年には正法のほどこそ無けれ
08 ども又過去・現在に法華経の種を殖えたる人人も 少少之有り、 而るを漸漸に仏法澆薄になる程に宗宗も偏執・石
09 の如くかたく我慢・山の如く高し、 像法の末に成りぬれば仏法によつて諍論・興盛して仏法の合戦ひまなし、 世
10 間の罪よりも仏法の失に依つて無間地獄に堕つる者・数をしらず。
11 今は又末法に入つて二百余歳・過去現在に法華経の種を殖えたりし人人も・やうやくつきはてぬ、又種をうへた
12 る人人は少少あるらめども世間の大悪人・出生の謗法の者数をしらず国に充満せり、 譬えば大火の中の小水・大水
13 の中の小火・大海の中の水・大地の中の金なんどの如く悪業とのみなりぬ、 又過去の善業もなきが如く現在の善業
14 もしるしなし、 或は弥陀の名号をもつて人を狂はし 法華経をすてしむれば背上向下のとがあり、或は禅宗を立て
15 て教外と称し仏教をば真の法にあらずと蔑如して増上慢を起し、 或は法相・三論・華厳宗を立てて法華経を下し、
16 或は真言宗大日宗と称して 法華経は釈迦如来の顕教にして真言宗に及ばず等云云、 而るに自然に法門に迷う者も
17 あり或は師師に依つて迷う者もあり、 或は元祖・論師・人師の迷法を年久しく真実の法ぞと伝へ来る者もあり、或
18 は悪鬼・天魔の身に入りかはりて 悪法を弘めて正法ぞと思ふ者もあり、 或ははづかの小乗一途の小法をしりて大
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01 法を行ずる人はしからずと我慢して我が小法を行ぜんが為に 大法秘法の山寺をおさへとる者もあり、 或は慈悲魔
02 と申す魔・身に入つて三衣一鉢を身に帯し 小乗の一法を行ずるやからはづかの小法を持ちて 国中の棟梁たる比叡
03 山・竜象の如くなる智者どもを一分我が教にたがへるを見て 邪見の者・悪人なんどうち思へり、此の悪見をもつて
04 国主をたぼらかし誑惑して正法の御帰依をうすうなしかへつて 破国破仏の因縁となせるなり、彼の妺己・妲己・褒
05 姒と申せし后は心もおだやかに・みめかたちも人にすぐれたりき、 愚王これを愛して 国をほろぼす因縁となす、
06 当世の禅師・律師・念仏者なんど申す聖一.道隆・良観・道阿弥.念阿弥なんど申す法師どもは鳩鴿が糞土を食するが
07 如し西施が呉王をたぼらかししに似たり、或は我が小乗の臭糞・驢乳の戒を持て。
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立正観抄 文永十一年 五十三歳御作 法華止観同異決 日蓮 撰
01 当世天台の教法を習学するの輩多く 観心修行を貴んで 法華本迹二門を捨つと見えたり、 今問う抑観心修行
02 と言うは 天台大師の摩訶止観の説己心中所行法門の一心三観・一念三千の観に依るか、 将又・世流布の達磨の禅
03 観に依るか、 若し達磨の禅観に依るといわば 教禅は未顕真実妄語方便の禅観なり 法華経妙禅の時には正直捨方
04 便と捨てらるる禅なり、 祖師達磨禅は教外別伝の天魔禅なり、 共に是れ無得道妄語の禅なり仍て之を用ゆ可から
05 ず、 若し天台の止観一心三観に依るとならば止観一部の廃立・天台の本意に背く可からざるなり、 若し止観修行
06 の観心に依るとならば法華経に背く可からず 止観一部は法華経に依つて建立す 一心三観の修行は妙法の不可得な
07 るを感得せんが為なり、 故に知んぬ法華経を捨てて但だ観を正とするの輩は大謗法・大邪見・天魔の所為なること
08 を、其の故は天台の一心三観とは法華経に依つて三昧開発するを己心証得の止観とは云う故なり。
09 問う天台大師.止観一部並びに一念三千・一心三観.己心証得の妙観は併しながら法華経に依ると云う証拠如何、
10 答う予反詰して云く 法華経に依らずと見えたる証文如何、 人之を出して云く「此の止観は天台智者・己心中所行
11 の法門を説く或は又故に止観に至つて 正く観法を明かす並に三千を以て指南と為す乃ち 是れ終窮究竟の極説なり
12 故に序の中に 説己心中所行法門と云えり 良に以有るなり」文、 難じて云く此の文は全く法華経に依らずと云う
13 文に非ず既に説己心中所行の法門と云うが故なり 天台の所行の法門は法華経なるが故に 此の意は法華経に依ると
14 見えたる証文なり 但し他宗に対するの時は問答大綱を存す可きなり、 所謂云う可し若し天台の止観・法華経に依
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01 らずといわば 速かに捨つ可きなりと、 其の故は天台大師兼ねて約束して云く 「修多羅と合せば録して之を用い
02 よ文無く義無きは信受す可からず」云云、 伝教大師の云く「仏説に依憑して口伝を信ずること莫れ」文、竜樹の大
03 論に云く「修多羅に依るは白論なり 修多羅に依らざるは黒論なり」文、教主釈尊云く「依法不依人」文、 天台は
04 法華経に依り竜樹を高祖にしながら経文に違し 我が言を飜じて外道邪見の法に依つて 止観一部を釈する事全く有
05 る可からざるなり、 問う正しく止観は法華経に依ると見えたる文之有りや、 答う余りに多きが故に少少之を出さ
06 ん止観に云く「漸と不定とは置いて論ぜず 今経に依つて更に円頓を明かさん」文、 弘決に云く「法華経の旨を攅
07 て不思議・十乗・十境・待絶滅絶・寂照の行を成ず」文、 止観大意に云く「今家の教門は竜樹を以て始祖と為す慧
08 文は但内観を列ねて視聴するのみ南岳天台に及んで 復法華三昧陀羅尼を発するに因つて義門を開拓して 観法周備
09 す、○若し法華を釈するには 弥弥須く権実本迹を暁了すべし 方に行を立つ可し 此の経独り 妙と称することを
10 得・方に此に依つて以て観意を立つ可し、 五方便及び十乗軌行と言うは 即ち円頓止観全く法華に依る円頓止観は
11 即ち法華三昧の異名なるのみ」文、 文句の記に云く「観と経と合すれば他の宝を数うるに非ず 方に知んぬ止観一
12 部は是れ法華三昧の筌テイなり若し斯の意を得れば方に経旨に会う」云云、 唐土の人師行満の釈せる学天台宗法門
13 大意に云く「摩訶止観一部の大意は法華三昧の異名を出でず 経に依つて観を修す」文、此等の文証分明なり、 誰
14 か之を論ぜん、 問う天台四種の釈を作るの時・観心の釈に至つて本迹の釈を捨つと見えたり、 又法華経は漸機の
15 為に之を説き・止観は直達の機の為に之を説くと如何、 答う漸機の為に説けば劣り 頓機の為に説けば勝るとなら
16 ば今の天台宗の意は華厳・真言等の経は法華経に勝れたりと云う可きや、 今の天台宗の浅マシさは真言は事理倶密
17 の教なる故に法華経に勝れたりと謂えり、故に止観は法華に勝ると云えるも道理なり道理なり。
18 次に観心の釈の時本迹を捨つと云う難は 法華経何れの文・人師の釈を本と為して仏教を捨てよと見えたるや設
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01 い天台の釈なりとも釈尊の金言に背き 法華経に背かば全く之を用ゆ可からざるなり、 依法不依人の故に竜樹・天
02 台・伝教元よりの御約束なるが故なり、 其上天台の釈の意は迹の大教起れば爾前の大教亡じ 本の大教興れば迹の
03 大教亡じ 観心の大教興れば本の大教亡ずと釈するは 本体の本法をば妙法不思議の一法に取り定めての上に修行を
04 立つるの時、 今像法の修行は観心修行を詮と為るに迹を尋ぬれば迹広し 本を尋ぬれば本高うして極む可からず、
05 故に末学機に叶い難し 但己心の妙法を観ぜよと云う釈なり、 然りと雖も妙法を捨てよとは釈せざるなり若し妙法
06 を捨てば何物を己心と為して観ず可きや、 如意宝珠を捨て瓦石を取つて宝と為す可きか、 悲しいかな当世天台宗
07 の学者は念仏・真言・禅宗・等に同意するが故に天台の教釈を習い失つて法華経に背き大謗法の罪を得るなり、 若
08 し止観を法華経に勝ると云わば 種種の過之有り止観は天台の道場所得の己証なり、 法華経は釈尊の道場所得の大
09 法なり是一 釈尊は妙覚果満の仏なり天台は住前未証なれば名字.観行.相似には過ぐ可からず四十二重の劣なり是二
10 法華は釈尊乃至諸仏出世の本懐なり止観は天台出世の己証なり是三 法華経は多宝の証明あり来集の分身は広長舌を
11 大梵天に付く 皆是真実の大白法なり是四 止観は天台の説法なり 是くの如き等の種種の相違之有れども仍お之を
12 略するなり、 又一つの問答に云く所被の機・上機なる故に勝ると云わば 実を捨てて権を取れ天台云く「教弥弥権
13 なれば位弥弥高し」と釈し給う故なり 所被の機下劣なる故に劣ると云わば 権を捨てて実を取れ、 天台の釈には
14 教弥弥実なれば位弥弥下しと云う故なり、 然而して止観は上機の為に之を説き 法華は下機の為に之を説くと云わ
15 ば止観は法華に劣れる故に 機を高く説くと聞えたり 実にさもや有るらん、 天台大師は霊山の聴衆として如来出
16 世の本懐を宣べたもうと雖も 時至らざるが故に妙法の名字を替えて 止観と号す迹化の衆なるが故に本化の付属を
17 弘め給わず正直の妙法を止観と説きまぎらかす 故に有のままの妙法ならざれば帯権の法に似たり、 故に知んぬ天
18 台弘通の所化の機は在世帯権の円機の如し、 本化弘通の所化の機は法華本門の直機なり、 止観・法華は全く体同
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01 と云わん尚人師の釈を以て仏説に同ずる失甚重なり、 何に況や止観は法華経に勝ると云う 邪義を申し出すは但是
02 れ 本化の弘経と迹化の弘通と・像法と末法と迹門の付属と 本門の付属とを末法の行者に云い顕わさせん為の仏天
03 の御計いなり、 爰に知んぬ当世天台宗の中に此の義を云う人は 祖師天台の為には不知恩の人なり豈其の過を免れ
04 んや、夫れ天台大師は昔霊山に在ては薬王と名け・今漢土に在ては天台と名け・日本国の中にては伝教と名く 三世
05 の弘通倶に妙法と名く、 是くの如く法華経を弘通し給う人は 在世の釈尊より外は三国に其の名を聞かず有り難く
06 御坐します大師を其の末学其の教釈を悪く習うて失無き天台に失を懸けたてまつる豈大罪に非ずや。
07 今問う天台の本意は何法ぞや 碩学等の云く「一心三観是なり」今云く 一実円満の一心三観とは誠に甚深なる
08 に似たれども尚以て行者修行の方法なり 三観とは因の義なるが故なり 慈覚大師の釈に云く「三観とは法体を得せ
09 しめんが為の修観なり」云云、 伝教大師云く「今止観修行とは法華の妙果を成ぜんが為なり」云云、 故に知んぬ
10 一心三観とは果地・果徳の法門を 成ぜんが為の能観の心なることを何に況や 三観とは言説に出でたる法なる故に
11 如来の果地・果徳の妙法に対すれば可思議の三観なり。
12 問う一心三観に勝れたる法とは何なる法ぞや、 答う此の事誠に一大事の法門なり唯仏与仏の境界なるが故に我
13 等が言説に出す可からざるが故に 是を申す可らざるなり、 是を以て経文には「我が法は妙にして思い難し言を以
14 て宣ぶ可からず」云云妙覚果満の仏すら尚不可説・不思議の法と説き給う 何に況や等覚の菩薩已下乃至凡夫をや、
15 問う名字を聞かずんば何を以て勝法有りと知ることを得んや、 答う天台己証の法とは是なり、 当世の学者は血脈
16 相承を習い失う故に之を知らざるなり 故に相構え相構えて秘す可く秘す可き法門なり、 然りと雖も汝が志神妙な
17 れば其の名を出すなり一言の法是なり 伝教大師の一心三観一言に伝うと書き給う是なり、 問う未だ其の法体を聞
18 かず如何、 答う所詮一言とは妙法是なり、 問う何を以て妙法は 一心三観に勝れたりと云う事を知ることを得る
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01 や、 答う妙法は所詮の功徳なり三観は行者の観門なる故なり此の妙法を仏説いて言く「道場所得法・我法妙難思・
02 是法非思量・不可以言宣」云云、天台の云く「妙は不可思議・言語道断・心行所滅なり法は十界十如・因果不二の法
03 なり」と、 三諦と云うも三観と云うも三千と云うも 共に不思議法とは云えども天台の己証天台の御思慮の及ぶ所
04 の法門なり、 此の妙法は諸仏の師なり今の経文の如くならば 久遠実成の妙覚極果の仏の境界にして爾前迹門の教
05 主・諸仏菩薩の境界に非ず経に唯仏与仏・乃能究尽とは 迹門の界如三千の法門をば迹門の仏が当分究竟の辺を説け
06 るなり、 本地難思の境智の妙法は迹仏等の思慮に及ばず何に況や菩薩凡夫をや、 止観の二字をば観名仏知・止名
07 仏見と釈すれども迹門の仏智仏見にして 妙覚極果の知見には非ざるなり、 其の故は止観は天台己証の界如三千・
08 三諦三観を正と為す迹門の正意是なり、 故に知んぬ迹仏の知見なりと云う事を 但止観に絶待不思議の妙観を明か
09 すと云えども只一念三千の妙観に且らく与えて絶待不思議と名けるなり。
10 問う天台大師真実に此の一言の妙法を証得したまわざるや、 答う内証爾らざるなり、外用に於ては之を弘通し
11 たまわざるなり、 所謂内証の辺をば祕して外用には三観と号して一念三千の法門を示現し給うなり、 問う何が故
12 ぞ知り乍ら弘通し給わざるや、 答う時至らざるが故に付属に非ざるが故に迹化なるが故なり、 問う天台此の一言
13 の妙法を証得し給える証拠之有りや、 答う此の事天台一家の祕事なり 世に流布せる学者之を知らず 潅頂玄旨の
14 血脈とて天台大師自筆の血脈一紙之有り、 天台御入滅の後は石塔の中に之有り 伝教大師御入唐の時八舌の鑰を以
15 て之を開き道邃和尚より伝受し給う血脈とは是なり、 此の書に云く「一言の妙旨・一教の玄義」文、 伝教大師の
16 血脈に云く「夫れ一言の妙法とは 両眼を開いて五塵の境を見る時は 随縁真如なるべし両眼を閉じて無念に住する
17 時は不変真如なるべし、 故に此の一言を聞くに万法茲に達し一代の修多羅一言に含す」文、 此の両大師の血脈の
18 如くならば 天台大師の血脈相承の最要の法は妙法の一言なり、 一心三観とは所詮妙法を成就せん為の修行の方法
0532top
01 なり、 三観は因の義・妙法は果の義なり但因の処に果有り 果の処に因有り因果倶時の妙法を観ずるが故に是くの
02 如き功能を得るなり、 爰に知んぬ天台至極の法門は法華本迹未分の処に無念の止観を立てて 最祕の大法とすと云
03 える邪義大なる僻見なりと云う事を 四依弘経の大薩タは既に仏経に依つて 諸論を造る天台何ぞ仏説に背いて無念
04 の止観を立てたまわんや、 若し此の止観・法華経に依らずといわば天台の止観・教外別伝の達磨の天魔の邪法に同
05 ぜん都て然る可からず哀れなり哀れなり。
06 伝教大師の云く「国主の制に非ざれば以て遵行する無く 法王の教に非ざれば以て信受すること無けん」と文、
07 又云く「四依・論を造るに権有り 実有り三乗旨を述ぶるに三有り一有り、 所以に天台智者は三乗の旨に順じて四
08 教の階を定め一実の教に依つて一仏乗を建つ、 六度に別有り、 戒度何ぞ同じからん受法同じからず威儀豈同じか
09 らんや、 是の故に天台の伝法は深く四依に依り亦仏経に順う」文、 本朝の天台宗の法門は伝教大師より之を始む
10 若し天台の止観法華経に依らずと云わば 日本に於ては伝教の高祖に背き 漢土に於ては天台に背く両大師の伝法既
11 に法華経に依る 豈其の末学之に違せんや、 違するを以て知んぬ当世の天台家の人人・其の名を天台山に借ると雖
12 も所学の法門は 達磨の僻見と善無畏の妄語とに依ると云う事、 天台伝教の解釈の如くんば己心中の秘法は但妙法
13 の一言に限るなり、 然而当世の天台宗の学者は天台の石塔の血脈を秘し失う 故に天台の血脈相承の秘法を習い失
14 いて我と一心三観の血脈とて我意に任せて 書を造り錦の袋に入れて頚に懸け 箱の底に埋めて高直に売る故に邪義
15 国中に流布して天台の仏法破失するなり、 天台の本意を失い釈尊の妙法を下す 是れ偏えに達磨の教訓・善無畏の
16 勧なり、 故に止観をも知らず・一心三観・一心三諦をも知らず 一念三千の観をも知らず 本迹二門をも知らず相
17 待・絶待の二妙をも知らず法華の妙観をも知らず教相をも知らず 権実をも知らず四教・八教をも知らず五時五味の
18 施化をも知らず、教・機・時・国・相応の義は申すに及ばず実教にも似ず権教にも似ざるなり道理なり道理なり。
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01 天台・伝教の所伝は法華経は禅・真言より劣れりと習う故に達磨の邪義・真言の妄語と打ち成つて権教にも似ず
02 実教にも似ず二途に摂せざるなり、 故に大謗法罪顕れて止観は法華経に勝ると云う 邪義を申し出して過無き天台
03 に失を懸けたてまつる故に高祖に背く不孝の者・法華経に背く大謗法罪の者と成るなり。
04 夫れ天台の観法を尋ぬれば大蘇道場に於て三昧開発せしより已来 目を開いて妙法を思えば随縁真如なり目を閉
05 じて妙法を思えば不変真如なり 此の両種の真如は只一言の妙法に有り 我妙法を唱うる時・万法茲に達し一代の修
06 多羅一言に含す、 所詮迹門を尋ぬれば迹広く本門を尋ぬれば 本高し如かじ己心の妙法を観ぜんにはと思食されし
07 なり、 当世の学者此の意を得ざるが故に天台己証の妙法を習い失いて 止観は法華経に勝り禅宗は止観に勝れたり
08 と思いて法華経を捨てて 止観に付き止観を捨てて禅宗に付くなり、 禅宗の一門云く松に藤懸る松枯れ藤枯れて後
09 如何上らずして一枝なんど云える 天魔の語を深く信ずる故なり、 修多羅の教主は松の如く其の教法は藤の如し各
10 各に諍論すと雖も仏も入滅して 教法の威徳も無し爰に知んぬ 修多羅の仏教は月を指す指なり 禅の一法のみ独妙
11 なり之を観ずれば見性得達するなりと云う 大謗法の天魔の所為を信ずる故なり、 然而法華経の仏は寿命無量・常
12 住不滅の仏なり、 禅宗は滅度の仏と見るが故に外道の無の見なり、 是法住法位・世間相常住の金言に背く僻見な
13 り、 禅は法華経の方便無得道の禅なるを 真実常住法と云うが故に外道の常見なり、 若し与えて之を言わば仏の
14 方便三蔵の分斉なり若し奪つて之を言わば 但外道の邪法なり与は当分の義・奪は法華の義なり 法華の奪の義を以
15 ての故に禅は天魔外道の法と云うなり、問う禅を天魔の法と云う証拠如何、答う前前に申すが如し。
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立正観抄送状 文永十二年二月 五十四歳御作 与最蓮房日浄
01 今度の御使い誠に御志の程顕れ候い畢んぬ又種種の御志慥に給候い畢んぬ。
02 抑承わり候、当世の天台宗等止観は法華経に勝れ禅宗は止観に勝る、 又観心の大教興る時は本迹の大教を捨つ
03 と云う事先ず天台一宗に於て 流流各別なりと雖も慧心・檀那の両流を出でず候なり、 慧心流の義に云く止観の一
04 部は本迹二門に亘るなり 謂く止観の六に云く「観は仏知と名く止は仏見と名く念念の中に於て 止観現前す乃至三
05 乗の近執を除く」文、 弘決の五に云く「十法既に是れ法華の所乗なり是の故に還つて法華の文を用いて歎ず、若し
06 迹説に約せば即ち大通智勝仏の時を指して 以て積劫と為し 寂滅道場を以て 妙悟と為す、 若し本門に約せば我
07 本行菩薩道の時を指して以て積劫と為し本成仏の時を以て妙悟と為す 本迹二門只是此の十法を求悟す」文、 始の
08 一文は本門に限ると見えたり 次の文は正しく本迹に亘ると見えたり、 止観は本迹に亘ると云う事文証此に依るな
09 りと云えり、 次に檀那流には止観は迹門に限ると云う証拠は 弘決の三に云く「還つて教味を借つて以て妙円を顕
10 す○故に知んぬ 一部の文共に円成の開権妙観を成ずるを」文、 此の文に依らば止観は法華の迹門に限ると云う事
11 文に在りて分明なり両流の異義替れども 共に本迹を出でず当世の天台宗何くより相承して 止観は法華経に勝ると
12 云うや、但し予が所存は止観法華の勝劣は天地雲泥なり。
13 若し与えて之を論ぜば止観は法華迹門の分斉に似たり、 其の故は天台大師の己証とは十徳の中の第一は自解仏
14 乗・第九は玄悟法華円意なり、 霊応伝の第四に云く「法華の行を受けて二七日境界す」文、止観の一に云く「此の
15 止観は天台智者己心中に行ずる所の法門を説く」文、 弘決の五に云く「故に止観に正しく観法を明すに至つて並び
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01 に三千を以て指南と為す○故に 序の中に云く己心中に行ずる所の法門を説く」文、 己心所行の法とは一念三千・
02 一心三観なり三諦三観の名義は瓔珞・仁王の二経に有りと雖も 一心三観一念三千等の己心所行の法門をば 迹門十
03 如実相の文を依文として釈成し給い畢んぬ。
04 爰に知んぬ 止観一部は迹門の分斉に似たりと云う事を若し奪つて之を論ぜば爾前権大乗・即別教の分斉なり其
05 の故は天台己証の止観とは道場所得の妙悟なり 所謂天台大師・大蘇の普賢道場に於て 三昧開発し証を以て師に白
06 す師の曰く法華の前方便陀羅尼なりと 霊応伝の第四に云く「智顗・師に代つて金字経を講ず 一心具足万行の処に
07 至つて顗・疑有り思・為に釈して曰く汝が疑う所は 此乃ち大品次第の意なるのみ未だ是法華円頓の旨にあらざるな
08 り」文、 講ずる所の経既に権大乗経なり 又次第と云えり故に別教なり、 開発せし陀羅尼又法華前方便と云えり
09 故に知んぬ 爾前帯権の経・別教の分斉なりと云う事を・己証既に前方便の陀羅尼なり止観とは己心中所行の法門を
10 説くと云うが故に、 明かに知んぬ法華の迹門に及ばずと云う事を何に況や本門をや、 若し此の意を得ば檀那流の
11 義尤も吉なり此等の趣を以て 止観は法華に勝ると申す邪義をば問答有る可く候か、 委細の旨は別に一巻書き進ら
12 せ候なり、又日蓮相承の法門血脈慥に之を註し奉る、恐恐謹言
13 文永十二乙亥二月二十八日 日 蓮 花押
14 最蓮房御返事
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顕立正意抄 文永十一年十二月 五十三歳御作
01 日蓮去る正嘉元年太歳丁巳・八月二十三日・大地震を見て之を勘え定めて書ける立正安国論に云く「薬師経の七
02 難の内五難忽ちに起つて二難猶残れり所以他国侵逼の難・自界叛逆の難なり、大集経の三災の内二災早く顕れ一災未
03 だ起らず、 所以兵革の災なり、 金光明経の内の種種の災過一一起ると雖も 他方の怨賊国内を侵掠する 此の災
04 未だ露われず此の難未だ来らず、 仁王経の七難の内六難今盛にして一難未だ現ぜず 所以四方より賊来つて国を侵
05 すの難なり、 しかのみならず国土乱れん時は先ず鬼神乱る鬼神乱るる故に万民乱ると、 今此の文に就て具さに事
06 の情を案ずるに 百鬼早く乱れ万民多く亡びぬ先難是れ明なり 後災何ぞ疑わん若し残る所の難悪法の科に依つて並
07 び起り競い来らば其の時何為や、 帝王は国家を基として天下を治む、 人臣は田園を領して世上を保つ、 而るに
08 他方より賊来つて 此の国を侵逼し自界叛逆して 此の地を掠領せば 豈驚かざらんや豈騒がざらんや、 国を失い
09 家を滅せば何れの所にか世を遁れん」等云云已上立正安国論の言なり。
10 今日蓮重ねて記して云く 大覚世尊記して云く「苦得外道・七日有つて死す可し死して後食吐鬼に生れん苦得外
11 道の言く七日の内には死す可からず 我羅漢を得て餓鬼道に生れじと」等云云、 瞻婆城の長者の婦懐姙す六師外道
12 の云く「女子を生まん」仏記して云く「男子を生まん」等云云、 仏記して云く「卻て後三月あつて我当に般涅般す
13 べし」等云云、一切の外道云く「是れ妄語なり」等云云、 仏の記の如く二月十五日に般涅槃し給う、法華経の第二
14 に云く「舎利弗・汝未来世に於て無量無辺・不可思議劫を過て乃至当に作仏するを得べし号をば華光如来と曰わん」
15 等云云、 又第三の巻に云く 「我が此の弟子摩訶迦葉未来世に於て当に三百万億に奉覲することを得べし乃至最後
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01 身に於て仏と成ることを得ん名をば光明如来と曰わん」等云云、 又第四の巻に云く「又如来滅度の後に若し人有つ
02 て妙法華経の乃至一偈一句を聞いて一念も随喜せん者には 我亦阿耨多羅三藐三菩提の記を与え授く」等云云、 此
03 等の経文は仏未来世の事を記し給う、 上に挙ぐる所の苦得外道等の三事・符合せずんば誰か仏語を信ぜん・設い多
04 宝仏・証明を加え 分身の諸仏長舌を梵天に付くとも信用し難きか、 今亦以て是くの如し 設い日蓮富楼那の弁を
05 得て目連の通を現ずとも 勘うる所当らずんば誰か之を信ぜん、 去ぬる文永五年に 蒙古国の牒状渡来する所をば
06 朝に賢人有らば之を怪む可し、 設い其れを信ぜずとも去る文永八年九月十二日御勘気を蒙りしの時 吐く所の強言
07 次の年二月十一日に符合せしむ、 情有らん者は之を信ず可し 何に況や今年既に彼の国災兵の上二箇国を奪い取る
08 設い木石為りと雖も 設い禽獣為りと雖も感ず可く驚く可きに偏えに只事に非ず 天魔の国に入つて酔えるが如く狂
09 えるが如く歎く可し哀む可し恐る可し厭う可し、 又立正安国論に云く「若し執心飜えらずして亦曲意猶存せば 早
10 く有為の郷を辞して必ず無間の獄に堕せん」等云云、 今符合するを以て未来を案ずるに 日本国の上下・万人阿鼻
11 大城に堕ちんこと 大地を的と為すが如し、 此等は且らく之を置く 日蓮が弟子等又此の大難脱れ難きか彼の不軽
12 軽毀の衆は現身に信伏随従の四字を加れども 猶先謗の強きに依つて先ず 阿鼻大城に堕して 千劫を経歴して大苦
13 悩を受く、 今日蓮が弟子等も亦是くの如し 或は信じ或は伏し或は随い或は従う但だ名のみ之を仮りて心中に染ま
14 ざる信心薄き者は設い千劫をば経ずとも 或は一無間或は二無間 乃至十百無間疑無からん者か是を免れんと欲せば
15 各薬王楽法の如く臂を焼き皮を剥ぎ雪山国王等の如く身を投げ心を仕えよ、 若し爾らずんば五体を地に投げヘン身
16 に汗を流せ、 若し爾らずんば珍宝を以て仏前に積め若し爾らずんば 奴婢と為つて持者に奉えよ若し爾らずんば・
17 等云云、四悉檀を以て時に適うのみ、 我弟子等の中にも信心薄淡き者は 臨終の時阿鼻獄の相を現ず可し其の時我
18 を恨む可からず等云云。
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01 文永十一年太歳甲戌十二月十五日 日蓮之を記す
上行菩薩結要付属口伝 建治元年 五十四歳御作 於身延
01 妙法蓮華経見宝塔品第十一「爾の時に仏前に七宝の塔有り」と云云,又云く「即時に釈迦牟尼仏.神通力を以て諸
02 の大衆を接して皆虚空に在たもう、 大音声を以て普く四衆に告げたまわく 誰か能く此の娑婆国土に於て広く妙法
03 華経を説かん今正く是れ時なり 如来久しからずして当に涅槃に入るべし 仏・此の妙法華経を以て付属して在るこ
04 と有らしめんと欲す」云云、又云く「諸余の経典数恒沙の如し」と云云、又云く「諸の大衆に告ぐ我滅度の後に誰か
05 能く斯の経を護持し読誦せん 今仏前に於て自ら誓言を説け」と・又云く「此の経は持ち難し若し暫くも持つ者は我
06 即ち歓喜す諸仏も亦然なり 是の如きの人は諸仏の歎め給う所なり」と云云、 妙法蓮華経勧持品第十三「爾時薬王
07 菩薩摩訶薩及び大楽説菩薩摩訶薩 ・二万の菩薩眷属と倶に 皆仏前に於て是の誓言を作さく 唯願くば世尊以て慮
08 したもうべからず我等・仏の滅後に於て 当に此の経典を奉持し読誦し説きたてまつるべし、 後の悪世の衆生は善
09 根転た少くして 増上慢多く利供養を貪り 不善根を増し解脱を遠離せん 教化すべきこと難しと雖も 我等当に大
10 忍力を起して 此の経を読誦し持説し書写し種種に供養して身命を惜まざるべし、 爾の時に衆中の五百の阿羅漢の
11 授記を得たる者・仏に白して言さく 世尊我れ等亦自ら誓願すらく異の国土に於て広く此の経を説かんと、 復学無
12 学の八千人の授記を得たる者有り 座従り起て合掌し仏に向いたてまつりて是誓言を作さく 世尊・我等亦当に他の
13 国土に於て広く此の経を説きたてまつるべし・所以は何ん 是の娑婆国の中は人・弊悪多く増上慢を懐き功徳浅薄に
14 瞋濁諂曲にして 心不実なるが故に」と云云、 又云く「爾の時に世尊 ・八十万億那由佗の諸の菩薩摩訶薩を視す
0539top
01 是の諸の菩薩は皆是阿惟越致なり、 即時に諸の菩薩 倶に同く声を発して偈を説いて言さく、 唯願くは慮したも
02 うべからず 仏の滅度の後・恐怖悪世の中に於て我等当に広く説くべし 諸の無智の人の悪口罵詈等し及び刀杖を加
03 うる者有らん我等皆当に忍ぶべし、 悪世の中の比丘は邪智にして 心諂曲に未だ得ざるをこれ得たりと謂い我慢の
04 心充満せん、 或は阿練若に納衣にして空閑に在り自ら真の道を行ずと謂いて人間を軽賎する者有らん、 利養に貪
05 著するが故に白衣の与に法を説いて 世に恭敬せらるること六通の羅漢の如くならん 是の人悪心を懐き常に世俗の
06 事を念い名を阿練若に仮りて 好んで我等の過を出ださん、 濁世の悪比丘は仏の方便・随宜所説の法を知らずして
07 悪口して顰蹙し数数擯出せられん」と云云。
08 文句の八に云く「初めに一行は通じて邪人を明す即ち俗衆なり、 次に一行は道門増上慢の者を明す、三に七行
09 は僣聖増上慢の者を明す、故に此の三の中初めは忍ぶ可し次は前に過ぐ第三は最も甚し」と云云。
10 涌出品に云く「爾の時に他方の国土の諸の来れる菩薩摩訶薩・八恒河沙の数に過ぎたり、 大衆の中に於て起立
11 し合掌し礼を作して仏に白して言く、 世尊若し我等に仏の滅後に於て此の娑婆世界に在つて 勤加精進し是の経典
12 を護持し読誦し書写し供養せんことを聴したまわば 当に此の土に於て広く之を説きたてまつるべし、 爾の時に仏
13 諸の菩薩摩訶薩衆に告く 止みね善男子汝等が此の経を護持せんことを須いじ 所以は何ん 我が娑婆世界に自ら六
14 万恒河沙等の菩薩摩訶薩有り、 一一の菩薩各六万恒河沙の眷属有り 是の諸人等能く我が滅後に於て護持し読誦し
15 広く此の経を説かん」と云云五巻畢。
16 属累品に云く「爾の時に釈迦牟尼仏・法座従り起つて大神力を現じたもう・右の手を以て無量の菩薩摩訶薩の頂
17 を摩でて是の言を作したまわく 我無量百千万億・阿僧祇劫に於て 是の得難き阿耨多羅三藐三菩提の法を修習せり
18 今以て汝等に付属す 汝等当に一心に此の法を流布して広く増益せしむべし、 是くの如く三たび諸の菩薩摩訶薩の
0540top
01 頂を摩でて是の言を作したまわく 我無量百千万億・阿僧祇劫に於て 是の得難き阿耨多羅三藐三菩提の法を修習せ
02 り今以て汝等に付属す、 汝等当に受持読誦し広く此の法を宣べて 一切衆生をして普く聞知することを得せしむべ
03 し所以は何ん如来は大慈悲有つて諸の慳リン無く亦畏るる所無く能く衆生に仏の智慧・如来の智慧・自然の智慧を与
04 う如来は是一切衆生の大施主なり汝等亦随つて如来の法を学ぶべし慳リンを生ずること勿れ」と云云。
05 文句の九に云く涌出品下「如来之を止めたもうに凡そ三義有り、汝等各各に自ら己が任有り若し此の土に住せば
06 彼の利益を廃せん、 又他方は此土結縁の事浅し宣授せんと欲すと雖も必ず巨益無からん又若し之を許さば則ち下を
07 召すことを得ず下若し来らずんば迹を破することを得ず 遠を顕すことを得ず是を三義もつて 如来之を止めたもう
08 と為す、 下方を召して来らしむるに亦三義有り 是れ我が弟子なり我が法を弘むべし縁深広なるを以て能く此の土
09 に遍じて益し分身の土に遍して 益し他方の土に遍して益す、 又開近顕遠することを得・是の故に彼を止めて下を
10 召すなり」と云云。
11 記に云く「問う諸の仏菩薩は共に未熟を熟す何の彼此有らん 分身散影して普く十方に遍す而るを己任及び廃彼
12 と言うや、 答う諸の仏菩薩は実に彼此無し 但機に在無有り無始法爾なり故に第二の義を以て初の義を顕わして結
13 縁事浅と云う、 初め此の仏菩薩に従つて結縁し還つて此の仏菩薩に於て成就す」と云云、又云く「子・父の法を弘
14 むるに世界の益有り」と云云、 記の八に云く「因薬王とは本薬王に託し茲に因せて余に告ぐ 此れ流通の初なり先
15 に八万の大士に告ぐとは、 大論に云く法華は是秘密なれば諸の菩薩に付すと、 下の文に下方を召すが如きは尚本
16 眷属を待つ験し 余は未だ堪えず」云云、 問う何が故ぞ他方を止めて本眷属を召すや、 答う私の義有る可らず霊
17 山の聴衆・天台の所判に任す可し、 疏に云く「涌出に三と為す 一には他方の菩薩弘経を請す二には如来許したま
18 わず三には下方の涌出なり、 他方の菩薩は通経の福の大なることを聞いて 咸く願を発し 此の土に住して弘宣せ
0541top
01 んと欲するが故に請ず、之が為に如来之を止めたもう」等と云云。
02 結要付属の事
03 ┌ 初に称歎付属・爾時仏告 猶不能尽
04 結要勧持四┼ 二に結要付属・以要言之 宣示顕説
05 ├ 三に正勧付属・是故汝等 起塔供養
06 └ 四に釈勧付属・所以者何 而般涅槃
07 疏の十に云く「爾時仏告上行の下は是れ第三に結要付属なり」と云云、又云く「結要に四句有り、一切法とは一切
08 皆是れ仏法なり 此は一切皆妙名を結するなり・一切力とは 通達無礙にして八自在を具す 此れは妙用を結するな
09 り・一切秘蔵とは一切処に遍して皆是れ実相なり・此れは妙体を結するなり・一切深事とは因果は是れ深事なり此は
10 妙宗を結するなり、 皆於此経宣示顕説とは総じて一経を結する 唯四ならくのみ其枢柄を撮つて 之を授与す」と
11 云云、記に云く「結要有四句とは 本迹二門に各宗用有り二門の体は 両処殊ならず」と云云 輔正記に云く付属と
12 は此の経は唯下方涌出の菩薩に付す何を以ての故に爾る・法是れ久成の法なるに由るが故に 久成の人に付す云云。
13 ┌ 一 正く付属
14 ┌ 一 如来 の 付属┼ 二 付属を釈す
15 ┌初に付属に三┼ 二 菩薩 の 領受└ 三 付属を誡む余の深法の中の下なり
16 属累品の文段に二有り┤ └ 三 事畢て唱散す
17 └次に時衆の歓喜 ───────── 説是語時の下三行余
0542top
01 ┌ 第一の五百歳 解脱堅固
02 ├ 第二の五百歳 禅定堅固
03 大集経の五箇五百歳とは┼ 第三の五百歳 読誦多聞堅固
04 ├ 第四の五百歳 多造塔寺堅固
05 └ 第五の五百歳 闘諍堅固
06 夫れ仏滅度の後二月十六日より正法なり、迦葉.仏の付属を請け次に阿難尊者.次に商那和修.次に優婆キク多.次
07 に提多迦・此の五人・各各二十年にして一百年なり、 其の間は但小乗経の法門のみ弘通して諸大乗経を名字もなし
08 何に況や法華経をや、次に弥遮迦・仏陀難陀・仏駄密多.脇比丘・富那奢等・の五人は五百年の間.大乗の法門少少出
09 来すと雖も取立てて弘通せず 但小乗経を正と為す・已上大集経の前の五百年解脱堅固に当れり、 正法の後の五百
10 年には馬鳴・竜樹乃至師子等の十余人の人人始には 外道の家に入り次には小乗経を極め 後には諸大乗経を以て散
11 散に小乗経等を破失しき、 然りと雖も権大乗と法華経との勝劣未だ分明ならず 浅深を書かせ給いしかども本迹の
12 十妙・二乗作仏・久遠実成・已今当等・百界千如・一念三千の法門をば名をも書き給わず此大集経の禅定堅固に当れ
13 り、 次に像法に入つては天竺は皆権実雑乱して地獄に堕する者数百人ありき、 像法に入つて一百余年の間は漢土
14 の道士と月氏の仏法と諍論未だ事定らざる 故に仏法を信ずる心未だ深からずまして権実を分くる事なし、 摩騰竺
15 法蘭は自は知りて而も大小を分たず・権実までは思いもよらず、其の後・魏.晋・宋・斉・梁の五代の間.漸く仏法の
16 中に大小・権実・顕密を諍いし程に何れをも道理とも聞えず 南三・北七の十流・我意に仏法を弘む、爾れども大に
17 分つに一切経の中には一には華厳・二には涅槃・三には法華と云云、 爾れども像法の始の四百年に当つて天台大師
18 震旦に出現して南北の邪義・一一に之を破し畢んぬ、 此大集経の多聞堅固の時に当れり、 像法の後の五百年には
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01 三論・法相乃至真言等を各三蔵将来す、 像法に入つて四百余年あつて 日本国へ百済国より一切経並に釈尊の木像
02 僧尼等を渡す梁の末・陳の始めに相当る 日本国には神武天皇より第三十代欽明天皇の御宇なり、 像法の後の五百
03 年に三論・法相等の六宗・面面の異義あり爾れども各邪義なり、 像法八百年に相当つて伝教大師日本に出でて彼の
04 六宗の義を皆責め伏せ給えりと云云、 伝教已後には東寺・園城寺等の諸寺日本一同に云く 「真言宗は天台宗に勝
05 れたり」と云云、 此大集経の多造塔寺堅固の時なり 今末法に入つて仏滅後二千二百二十余年に当りて聖人出世す
06 是は大集経の闘諍言訟・白法隠没の時なり云云、 夫れ釈迦の御出世は 住劫第九の減人寿百歳の時なり 百歳と十
07 歳との中間は 在世は五十年 ・滅後は正像二千年と末法一万年となり、 其の中間に法華経流布の時二度之れ有る
08 可し、所謂在世の八年・滅後には末法の始の五百年なり。
09 夫れ仏法を学する法には必ず時を知る可きなり 過去の大通智勝仏は出世し給いて十小劫が間一偈も之を説かず
10 経に云く「一坐十小劫」と云云、 又云く「仏・時未だ至らずと知しめして請を受け黙然として坐したまえり」と、
11 今の教主釈尊も四十余年の間は法華経を説きたまわず 経に云く「説時未だ至らざるが故なり」等云云、老子は母の
12 胎に処して八十年・弥勒菩薩は 兜率の内院にして五十六億七千万歳を待ちたもう 仏法を修行する人人時を知らざ
13 らんや、 爾らば末法の始には純円一実の流布とは知らざれども 経文に任するに「我が滅度の後・後の五百歳の中
15 に閻浮提に広宣流布して断絶せしむること無けん」と云云、誠に以て分明なり。
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法華初心成仏抄 建治三年 五十六歳御作 与岡宮妙法尼
01 問うて云く八宗・九宗・十宗の中に何か釈迦仏の立て給へる宗なるや、答えて云く法華宗は釈迦所立の宗なり其
02 の故は已説・今説・当説の中には法華経第一なりと説き給う 是れ釈迦仏の立て給う処の御語なり、故に法華経をば
03 仏立宗と云い 又は法華宗と云う又天台宗とも云うなり、 故に伝教大師の釈に云く天台所釈の法華の宗は釈迦世尊
04 所立の宗と云へり、 法華より外の経には全く已今当の文なきなり 已説とは法華より已前の四十余年の諸経を云う
05 今説とは無量義経を云う 当説とは涅槃経を云う此の三説の外に法華経計り成仏する宗なりと仏定め給へり、 余宗
06 は仏・涅槃し給いて後・或は菩薩或は人師達の建立する宗なり 仏の御定を背きて菩薩・人師の立てたる宗を用ゆべ
07 きか 菩薩人師の語を背きて仏の立て給へる宗を用ゆべきか 又何れをも思い思いに我が心に任せて志あらん経法を
08 持つべきかと思う処に 仏是を兼て知し召して 末法濁悪の世に真実の道心あらん人人の持つべき経を定め給へり、
09 経に云く「法に依つて人に依らざれ 義に依つて語に依らざれ知に依つて識に依らざれ 了義経に依つて不了義経に
10 依らざれ」文、此の文の心は菩薩.人師の言には依るべからず仏の御定を用いよ華厳.阿含・方等・般若経等の真言・
11 禅宗・念仏等の法には依らざれ了義経を持つべし了義経と云うは法華経を持つべしと云う文なり。
12 問うて云く今日本国を見るに 当時五濁の障重く闘諍堅固にして瞋恚の心猛く嫉妬の思い甚しかかる国かかる時
13 には何れの経をか弘むべきや、 答えて云く法華経を弘むべき国なり、 其の故は法華経に云く「閻浮提の内に広く
14 流布せしめて断絶せざらしめん」等云云、 瑜伽論には丑寅の隅に大乗 ・妙法蓮華経の流布すべき小国ありと見え
15 たり、安然和尚云く「我が日本国」等云云、 天竺よりは丑寅の角に此の日本国は当るなり、 又慧心僧都の一乗要
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01 決に云く「日本一州・円機純一にして朝野遠近・同く一乗に帰し緇素貴賎悉く成仏を期せん」云云、 此の文の心は
02 日本国は京・鎌倉・筑紫・鎮西・みちをく遠きも近きも法華一乗の機のみ有りて上も下も貴も賎も持戒も破戒も男も
03 女も皆おしなべて 法華経にて成仏すべき国なりと云う文なり、 譬えば崑崙山に石なく蓬莱山に毒なきが如く日本
04 国は純に法華経の国なり、 而るに法華経は元よりめでたき御経なれば 誰か信ぜざると語には云うて 而も昼夜朝
05 暮に弥陀念仏を申す人は 薬はめでたしとほめて朝夕毒を服する者の如し、 或は念仏も法華経も一なりと云はん人
06 は 石も玉も上﨟も下﨟も毒も薬も一なりと云わん者の如し、 其の上法華経を怨み嫉み悪み毀り軽しめ賎む族のみ
07 多し、経に云く「一切世間多怨難信」又云く「如来現在・猶多怨嫉・況滅度後」の経文少しも違はず当れり、 され
08 ば伝教大師の釈に云く「代を語れば則ち像の終り末の初め 地を尋ぬれば唐の東・羯の西・人を原ぬれば則ち五濁の
09 生・闘諍の時なり経に云く猶多怨嫉・況滅度後と此の言良に以有るなり」と、 此等の文釈をもつて知るべし、日本
10 国に法華経より外の真言・禅・律宗・念仏宗等の経教.山山・寺寺.朝野遠近に弘まるといへども正く国に相応して仏
11 の御本意に相叶ひ生死を離るべき法にはあらざるなり。
12 問うて云く華厳宗には五教を立て余の一切の経は劣れり華厳経は勝ると云ひ、 真言宗には十住心を立て余の一
13 切経は顕経なれば劣るなり 真言宗は密教なれば勝れたりと云う、 禅宗には余の一切教をば教内と簡いて教外別伝
14 不立文字と立て壁に向いて悟れば 禅宗独り勝れたりと云う、 浄土宗には正雑・二行を立て法華経等の一切教をば
15 捨閉閣抛し雑行と簡ひ 浄土の三部経を機に叶ひめでたき正行なりと云う、 各各我慢を立て互に偏執を作す何れか
16 釈迦仏の御本意なるや、 答えて云く宗宗・各別に我が経こそ・すぐれたれ余経は劣れりと云いて我が宗吉と云う事
17 は唯是れ人師の言にて仏説にあらず、 但し法華経計りこそ仏五味の譬を説きて 五時の教に当て此の経の勝れたる
18 由を説き、 或は又已今当の三説の中に仏になる道は法華経に及ぶ経なしと云う事は正しき仏の金言なり、 然るに
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01 我が経は法華経に勝れたり我が宗は 法華宗に勝れたりと云はん人は 下﨟が上﨟を凡下と下し相伝の従者が主に敵
02 対して我が下人なりと云わんが如し 何ぞ大罪に行なはれざらんや、 法華経より余経を下す事は人師の言にあらず
03 経文分明なり、 譬えば国王の万人に勝れたりと名乗り侍の凡下を下﨟と云わんに何の禍かあるべきや、 此の経は
04 是れ仏の御本意なり天台・妙楽の正意なり。
05 問うて云く釈迦一期の説法は皆衆生のためなり 衆生の根性万差なれば説法も種種なり何れも皆得道なるを本意
06 とす、 然れば我が有縁の経は人の為には無縁なり人の有縁の経は我が為には無縁なり 故に余経の念仏によりて得
07 道なるべき者の為には観経等はめでたし 法華経等は無用なり、 法華によりて成仏得道なるべき者の為には余経は
08 無用なり法華経はめでたし、 四十余年・未顕真実と説くも雖示種種道・其実為仏乗と云うも正直捨方便・但説無上
09 道と云うも 法華得道の機の前の事なりと云う事 世こぞつてあはれ然るべき道理かななんど思へり 如何心うべき
10 や、 若し爾らば大乗・小乗の差別もなく権教・実教の不同もなきなり何れをか仏の本意と説き何れをか成仏の法と
11 説き給えるや甚だいぶかし・いぶかし、 答えて云く凡そ仏の出世は始めより妙法を説かんと思し食ししかども 衆
12 生の機縁・万差にして・ととのをらざりしかば三七日の間・思惟し四十余年の程こしらへ・おおせて最後に此の妙法
13 を説き給う、 故に「若し但仏乗を讃せば衆生・苦に没在し是の法を信ずること能わず、 法を破して信ぜざるが故
14 に三悪道に墜ちん」と説き「世尊の法は久くして 後要らず当に真実を説きたまうべし」とも云へり、 此の文の意
15 は始めより此の仏乗を説かんと思し食ししかども仏法の気分もなき衆生は 信ぜずして定めて謗りを至さん、 故に
16 機をひとしなに誘へ給うほどに 初めに華厳・阿含・方等・般若等の経を四十余年の間とき最後に法華経をとき給う
17 時、四十余年の座席にありし身子.目連等の万二千の声聞・文殊・弥勒等の八万の菩薩・万億の輪王等.梵王・帝釈等
18 の無量の天人・各爾前に聞きし処の法をば 如来の無量の知見を失えりと云云、 法華経を聞いては無上の宝聚求め
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01 ざるに自ら得たりと悦び給ふ、 されば「我等昔より来数 世尊の説を聞きたてまつるに 未だ曾つて 是くの如き
02 深妙の上法を聞かず」とも、 「仏・希有の法を説き給う昔より未だ曾つて聞かざる所なり」とも説き給う、此等の
03 文の心は四十余年の程・若干の説法を聴聞せしかども 法華経の様なる法をば総てきかず 又仏も終に説かせ給はず
04 と法華経を讃たる文なり 四十二年の聴と今経の聴とをばわけたくらぶべからず、 然るに今経をそれ法華経得道の
05 人の為にして爾前得道の者の為には無用なりと云う事・大なる誤りなり、 をのづから四十二年の経の内には一機・
06 一縁の為にしつらう処の方便なれば 設い有縁無縁の沙汰はありとも 法華経は爾前の経経の座にして 得益しつる
07 機どもを押ふさねて一純に調えて説き給いし間 有縁無縁の沙汰あるべからざるなり、 悲しいかな大小・権実みだ
08 りがわしく仏の本懐を失いて 爾前得道の者のためには法華経無用なりと云へる事を能能慎むべし・恐るべし、 古
09 の徳一大師と云いし人・此の義を人にも教へ我が心にも存して・さて法華経を読み給いしを 伝教大師・此の人を破
10 し給ふ言に 「法華経を讃すと雖も 還つて法華の心を死す」と責め給いしかば 徳一大師は舌八にさけて失せ給ひ
11 き。
12 問うて云く天台の釈の中に菩薩処処得入と云う文は 法華経は但二乗の為にして菩薩の為ならず菩薩は爾前の経
13 の中にしても得道なると見えたり・若し爾らば未顕真実も正直捨方便等も 総じて法華経八巻の内・皆以て二乗の為
14 にして菩薩は一人も有るまじきと意うべきか如何、 答えて云く法華経は但二乗の為にして 菩薩の為ならずと云う
15 事は天台より已前・唐土に南三・北七と申して十人の学匠の義なり、 天台は其の義を破し失て今は弘まらず若し菩
16 薩なしと云はば菩薩是の法を聞いて 疑網皆已に除くと云える豈是れ菩薩の得益なしと云わんや、 それに尚鈍根の
17 菩薩は二乗とつれて 得益あれども利根の菩薩は爾前の経にて 得益すと云はば「利根鈍根等しく法雨を雨す」と説
18 き「一切の菩薩の 阿耨多羅三藐三菩提は皆 此経に属せり」と説くは何に、 此等の文の心は利根にてもあれ 鈍
0548top
01 根にてもあれ持戒にてもあれ破戒にてもあれ貴もあれ賎もあれ一切の菩薩・ 凡夫・ 二乗は法華経にて成仏得道な
02 るべしと云う文なるをや、 又法華得益の菩薩は皆鈍根なりと云はば 普賢・文殊・弥勒・薬王等の八万の菩薩をば
03 鈍根なりと云うべきか、 其の外に爾前の経にて 得道する利根の菩薩と云うは何様なる菩薩ぞや、 抑爾前に菩薩
04 の得道と云うは法華経の如き得道にて候か、 其ならば法華経の得道にて爾前の得分にあらず、 又法華経より外の
05 得道ならば已今当の中には何れぞや、 いかさまにも法華経ならぬ得道は当分の得道にて真実の得道にあらず、 故
06 に無量義経には 「是の故に衆生の得道差別せり」と云い又「終に無上菩提を成ずることを得じ」と云へり、 文の
07 心は爾前の経経には 得道の差別を説くと云へども 終に無上菩提の 法華経の得道はなしとそ 仏は説き給いて候
08 へ。
09 問うて云く当時は釈尊入滅の後・今に二千二百三十余年なり、一切経の中に何の経が時に相応して弘まり利生も
10 有るべきや 大集経の五箇の五百歳の中の第五の五百歳に当時はあたれり、 其の第五の五百歳をば闘諍堅固・白法
11 隠没と云つて人の心たけく 腹あしく貪欲・瞋恚・強盛なれば軍・合戦のみ盛にして仏法の中に先き先き弘りし所の
12 真言・禅宗・念仏・持戒等の白法は隠没すべしと仏説き給へり、第一の五百歳・第二の五百歳・第三の五百歳・第四
13 の五百歳を見るに成仏の道こそ未顕真実なれ 世間の事法は仏の御言一分も違はず 是を以て之を思うに当時の闘諍
14 堅固・白法隠没の金言も違う事あらじ、 若爾らば末法には何の法も得益あるべからず 何れの仏菩薩も利生あるべ
15 からずと見えたり如何、 さてもだして何の仏菩薩にもつかへ奉らず 何の法をも行ぜず憑む方なくして候べきか、
16 後世をば如何が思い定め候べきや、 答えて云く末法当時は久遠実成の釈迦仏・上行菩薩・無辺行菩薩等の弘めさせ
17 給うべき法華経二十八品の肝心たる南無妙法蓮華経の七字計り此の国に弘まりて 利生得益もあり上行菩薩の御利生
18 盛んなるべき時なり、其の故は経文明白なり道心堅固にして志あらん人は委く是を尋ね聞くべきなり。
0549top
01 浄土宗の人人・末法万年には余経悉く滅し弥陀一教のみと云ひ 又当今末法は是れ五濁の悪世唯浄土の一門のみ
02 有て通入す可き路なりと云つて虚言して大集経に云くと引ども 彼の経に都て此文なし、 其の上あるべき様もなし
03 仏の在世の御言に 当今末法五濁の悪世には 但浄土の一門のみ入るべき道なりとは説き給うべからざる道理顕然な
04 り本経には 「当来の世・経道滅尽し特り此の経を留めて 止住する事百歳ならん」と説けり、 末法一万年の百歳
05 とは全く見えず、 然るに平等覚経・大阿弥陀経を見るに 仏滅後一千年の後の百歳とこそ意えられたれ、然るに善
06 導が惑へる釈をば 尤も道理と人・皆思へり是は諸僻案の者なり、 但し心あらん人は 世間のことはりをもつて推
07 察せよ、 大旱魃のあらん時は大海が先にひるべきか 小河が先にひるべきか仏是を説き給うには法華経は大海なり
08 観経・阿弥陀経等は小河なり、 されば念仏等の小河の白法こそ先にひるべしと経文にも説き給いて候ひぬれ、 大
09 集経の五箇の五百歳の中の第五の五百歳・白法隠没と云と 雙観経に経道滅尽と云とは但一つ心なり、 されば末法
10 には始めより雙観経等の経道 滅尽すと聞えたり 経道滅尽と云は経の利生の滅すと云う事なり、 色の経巻有るに
11 はよるべからず、 されば当時は経道滅尽の時に至つて 二百歳に余れり、 此の時は但法華経のみ利生得益あるべ
12 し。
13 されば此経を受持して 南無妙法蓮華経と唱え奉るべしと見えたり 薬王品には「後の五百歳の中に閻浮提に広
14 宣流布して断絶せしむることなけん」 と説き給ひ、 天台大師は「後の五百歳遠く妙道に沾ん」と釈し、 妙楽大
15 師は 「且らく大経の流行す可き時に拠る」と釈して後の五百歳の間に法華経弘まりて 其の後は閻浮提の内に絶え
16 失せる事有るべからずと見えたり、 安楽行品に云く「後の末世の法滅せんと欲せん時に於て 斯の経典を受持し読
17 誦せん者」文 神力品に云く「爾の時に仏上行等の菩薩大衆に告げたまわく 属累の為の故に此の経の功徳を説くと
18 も猶尽すこと能わじ、 要を以て之を云わば如来の一切の所有の法・如来の一切の自在の神力・如来の一切の秘要の
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01 蔵・如来の一切の甚深の事皆此経に於て宣示顕説す」と云云、 此等の文の心は釈尊入滅の後・第五の五百歳と説く
02 も来世と云うも 濁悪世と説くも 正像二千年過ぎて末法の始二百余歳の今時は 唯法華経計り弘まるべしと云う文
03 なり、 其の故は人既にひがみ法も実にしるしなく仏神の威験もましまさず今生後生の祈りも叶はず、 かからん時
04 は・たよりを得て天魔・波旬乱れ入り 国土常に飢渇して 天下も疫癘し他国侵逼難・自界叛逆難とて我が国に軍合
05 戦常にありて、 後には他国より兵どもをそひ来りて 此の国を責むべしと見えたり、 此くの如き闘諍堅固の時は
06 余経の白法は験し失せて法華経の大良薬を以て此の大難をば治すべしと見えたり。
07 法華経を以て国土を祈らば上一人より下万民に至るまで悉く悦び栄へ給うべき鎮護国家の大白法なり、 但し阿
08 闍世王・阿育大王は始めは悪王なりしかども 耆婆大臣の語を用ひ夜叉尊者を信じ給いて後にこそ 賢王の名をば留
09 め給いしか、 南三・北七を捨てて智顗法師を用ひ給いし 陳主・六宗の碩徳を捨てて最澄法師を用ひ給いし桓武天
10 皇は今に賢王の名を留め給へり、 智顗法師と云うは後には天台大師と号し奉る 最澄法師は後には伝教大師と云う
11 是なり、 今の国主も又是くの如し現世安穏後生善処なるべき 此の大白法を信じて国土に弘め給はば 万国に其の
12 身を仰がれ後代に賢人の名を留め給うべし、 知らず又無辺行菩薩の化身にてやましますらん、 又妙法の五字を弘
13 め給はん智者をばいかに賎くとも上行菩薩の化身か又釈迦如来の御使かと思うべし、 又薬王菩薩・薬上菩薩・観音
14 勢至の菩薩は正像二千年の御使なり 此等の菩薩達の御番は早過たれば上古の様に利生有るまじきなり、 されば当
15 世の祈を御覧ぜよ一切叶はざる者なり、 末法今の世の番衆は上行・無辺行等にてをはしますなり 此等を能能明ら
16 め信じてこそ 法の験も仏菩薩の利生も有るべしとは見えたれ、 譬えばよき火打とよき石のかどと・よきほくちと
17 此の三寄り合いて火を用ゆるなり、 祈も又是くの如し よき師と・よき檀那と・よき法と此の三寄り合いて祈を成
18 就し国土の大難をも払ふべき者なり、 よき師とは指したる世間の失無くして 聊のへつらうことなく少欲知足にし
0551top
01 て慈悲有らん僧の経文に任せて 法華経を読み持ちて 人をも勧めて持たせん僧をば仏は一切の僧の中に吉第一の法
02 師なりと讃められたり、 吉檀那とは貴人にもよらず賎人をもにくまず 上にもよらず下をもいやしまず一切・人を
03 ば用いずして 一切経の中に法華経を持たん人をば一切の人の中に吉人なりと 仏は説給へり吉法とは此の法華経を
04 最為第一の法と説かれたり、 已説の経の中にも今説の経の中にも当説の経の中にも此の経第一と見えて候へば 吉
05 法なり、禅宗・真言宗等の経法は第二・第三なり殊に取り分けて申せば真言の法は第七重の劣なり、 然るに日本国
06 には第二・第三乃至第七重の劣の法をもつて御祈祷あれども 未だ其の証拠をみず、 最上第一の妙法をもつて御祈
07 祷あるべきか、是を正直捨方便・但説無上道・唯此一事実と云へり誰か疑をなすべきや。
08 問うて云く無智の人来りて生死を離るべき道を問わん時は 何れの経の意をか説くべき仏如何が教へ給へるや、
09 答えて云く法華経を説くべきなり 所以に法師品に云く「若し人有つて何等の衆生か 未来世に於て当に作仏するこ
10 とを得べきと問わば応に示すべし、 是の諸人等未来世に於て必ず作仏することを得ん」と云云、 安楽行品に云く
11 「難問する所有らば小乗の法を以て答えず 但大乗を以て而も為に解説せよ」云云、 此等の文の心は何なる衆生か
12 仏になるべきと問わば 法華経を受持し奉らん人必ず仏になるべしと答うべきなり是れ仏の御本意なり、 之に付て
13 不審あり衆生の根性区にして 念仏を聞かんと願ふ人もあり 法華経を聞かんと願ふ人もあり、 念仏を聞かんと願
14 ふ人に法華経を説いて聞かせんは何の得益かあるべき、 又念仏を聞かんが為に請じたらん時にも 強て法華経を説
15 くべきか、仏の説法も機に随いて 得益有るをこそ本意とし給うらんと不審する人あらば云うべし、 元より末法の
16 世には無智の人に機に叶ひ叶はざるを顧みず 但強いて法華経の五字の名号を説いて持たすべきなり、 其の故は釈
17 迦仏・昔不軽菩薩と云はれて法華経を弘め給いしには男女・尼法師がおしなべて用ひざりき、或は罵られ毀られ或は
18 打れ追はれ一しなならず、 或は怨まれ嫉まれ給いしかども 少しもこりもなくして 強いて法華経を説き給いし故
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01 に今の釈迦仏となり給いしなり、 不軽菩薩を罵りまいらせし人は口もゆがまず打ち奉りしかいなもすくまず、 付
02 法蔵の師子尊者も外道に殺されぬ、 又法道三蔵も火印を面にあてられて江南に流され給いしぞかし、 まして末法
03 にかひなき僧の法華経を弘めんには かかる難あるべしと経文に正く見えたり、 されば人是を用ひず機に叶はずと
04 云へども強いて法華経の五字の題名を聞かすべきなり、 是ならでは仏になる道はなきが故なり、 又或人不審して
05 云く、 機に叶はざる法華経を強いて説いて謗ぜさせて・悪道に人を堕さんよりは、機に叶へる念仏を説いて・発心
06 せしむべし、 利益もなく謗ぜさせて返つて地獄に堕さんは 法華経の行者にもあらず邪見の人にてこそ有るらめと
07 不審せば、 云うべし経文には何体にもあれ 末法には強いて法華経を説くべしと仏の説き給へるをばさていかが心
08 うべく候や、釈迦仏.不軽菩薩・天台・妙楽・伝教等はさて邪見の人・外道にて.おはしまし候べきか、又悪道にも堕
09 ちず三界の生を離れたる二乗と云う者をば 仏のの給はく設ひ犬野干の心をば発すとも 二乗の心をもつべからず五
10 逆十悪を作りて地獄には堕つとも 二乗の心をばもつべからずなんどと禁められしぞかし、 悪道におちざる程の利
11 益は争でか有るべきなれども其れをば仏の御本意とも思し食さず 地獄には堕つるとも 仏になる法華経を耳にふれ
12 ぬれば是を種として必ず仏になるなり、 されば天台妙楽も此の心を以て強いて法華経を説くべしとは 釈し給へり
13 譬えば、 人の地に依りて倒れたる者の返つて地をおさへて起が如し、 地獄には堕つれども疾く浮んで仏になるな
14 り、 当世の人・何となくとも法華経に背く失に依りて地獄に堕ちん事疑いなき故に、とてもかくても法華経を強い
15 て説き聞かすべし、 信ぜん人は仏になるべし 謗ぜん者は毒鼓の縁となつて仏になるべきなり、何にとしても仏の
16 種は法華経より外になきなり、 権教をもつて仏になる由だにあらば、 なにしにか仏は強いて法華経を説いて謗ず
17 るも信ずるも利益あるべしと説き 我不愛身命とは仰せらるべきや、 よくよく此等を道心ましまさん人は御心得あ
18 るべきなり。
0553top
01 問うて云く無智の人も法華経を信じたらば即身成仏すべきか、又何れの浄土に往生すべきぞや、 答えて云く法
02 華経を持つにおいては深く法華経の心を知り 止観の坐禅をし一念三千・十境・十乗の観法をこらさん人は実に即身
03 成仏し解を開く事もあるべし、 其の外に法華経の心をもしらず無智にしてひら信心の人は浄土に必ず生べしと見え
04 たり、 されば生十方仏前と説き 或は即往安楽世界と説きき、 是の法華経を信ずる者の往生すと云う明文なり、
05 之に付いて不審あり其の故は我が身は一にして 十方の仏前に生るべしと云う事心得られず、 何れにてもあれ一方
06 に限るべし 正に何れの方をか信じて往生すべきや、 答えて云く一方にさだめずして十方と説くは最もいはれある
07 なり、 所以に法華経を信ずる人の一期終る時には十方世界の中に法華経を説かん仏のみもとに生るべきなり、 余
08 の華厳・阿含・方等・般若経を説く浄土へは生るべからず、 浄土十方に多くして声聞の法を説く浄土もあり辟支仏
09 の法を説く浄土もあり 或は菩薩の法を説く浄土もあり、 法華経を信ずる者は此等の浄土には一向生れずして法華
10 経を説き給う浄土へ直ちに往生して座席に列りて 法華経を聴聞してやがてに仏になるべきなり、 然るに今世にし
11 て法華経は機に叶はずと云いうとめて 西方浄土にて法華経をさとるべしと云はん者は 阿弥陀の浄土にても法華経
12 をさとるべからず十方の浄土にも生るべからず、 法華経に背く咎重きが故に永く地獄に堕つべしと見えたり、 其
13 人命終入阿鼻獄と云へる是なり。
14 問うて云く即往安楽世界阿弥陀仏と云云、 此の文の心は法華経を受持し奉らん女人は阿弥陀仏の浄土に生るべ
15 しと説き給へり 念仏を申しても阿弥陀の浄土に生るべしと云ふ、 浄土既に同じ念仏も法華経も等と心え候べきか
16 如何、答えて云く 観経は権教なり法華経は実教なり全く等しかるべからず 其の故は仏世に出でさせ給いて四十余
17 年の間・多くの法を説き給いしかども 二乗と悪人と女人とをば簡ひはてられて成仏すべしとは 一言も仰せられざ
18 りしに此の経にこそ 敗種の二乗も三逆の調達も五障の女人も仏になるとは説き給い候つれ、 其の旨経文に見えた
0554top
01 り、華厳経には「女人は地獄の使なり仏の種子を断ず外面は菩薩に似て内心は夜叉の如し」と云へり、 銀色女経に
02 は三世の諸仏の眼は抜けて大地に落つるとも 法界の女人は永く仏になるべからずと見えたり、 又経に云く「女人
03 は大鬼神なり能く一切の人を喰う」と、 竜樹菩薩の大論には一度女人を見れば永く地獄の業を結ぶと見えたり・さ
04 れば実にてやありけん善導和尚は謗法なれども 女人をみずして一期生と云はれたり、 又業平が歌にも葎をいて・
05 あれたるやどのうれたきは・かりにも鬼の・すだくなりけりと云うも女人をば鬼とよめるにこそ侍れ、 又女人には
06 五障三従と云う事有るが故に罪深しと見えたり、 五障とは一には梵天王・二には帝釈・三には魔王・四には転輪聖
07 王・五には仏にならずと見えたり、 又三従とは女人は幼き時は親に従いて心に任せず、 人となりては男に従いて
08 心にまかせず、 年よりぬれば子に従いて心にまかせず 加様に幼き時より老耄に至るまで三人に従て心にまかせず
09 思う事をもいはず見たき事をもみず 聴問したき事をもきかず是を三従とは説くなり、 されば栄啓期が三楽を立て
10 たるにも女人の身と生れざるを一の楽みといへり、 加様に内典・外典にも嫌はれたる女人の身なれども 此の経を
11 読まねども・かかねども身と口と意とにうけ持ちて殊に口に南無妙法蓮華経と唱へ奉る女人は在世の竜女・キョウ曇
12 弥・耶輸陀羅女の如くに・やすやすと仏になるべしと云う経文なり、 又安楽世界と云うは一切の浄土をば皆安楽と
13 説くなり、 又阿弥陀と云うも観経の阿弥陀にはあらず、 所以に観経の阿弥陀仏は法蔵比丘の阿弥陀・四十八願の
14 主十劫成道の仏なり、 法華経にも迹門の阿弥陀は大通智勝仏の十六王子の中の第九の阿弥陀にて 法華経大願の主
15 の仏なり、 本門の阿弥陀は釈迦分身の阿弥陀なり 随つて釈にも「須く更に観経等を指すべからざるなり」と釈し
16 給へり。
17 問うて云く経に難解難入と云へり 世間の人・此の文を引いて法華経は機に叶はずと申し候は道理と覚え候は如
18 何、 答えて云く謂れなき事なり 其の故は此の経を能も心えぬ人の云う事なり、 法華より已前の経は解り難く入
0555top
01 り難し法華の座に来りては解り易く 入り易しと云う事なり、 されば妙楽大師の御釈に云く「法華已前は不了義な
02 るが故に・故に難解と云う 即ち今の教には咸く皆実に入るを指す故に 易知と云う」文、 此の文の心は法華より
03 已前の経にては 機つたなくして解り難く入り難し、 今の経に来りては機賢く成りて解り易く入り易しと釈し給へ
04 り、 其の上難解難入と説かれたる経が機に叶はずば先念仏を捨てさせ給うべきなり、 其の故は雙観経に「難きが
05 中の難き此の難に過ぎたるは無し」と説き 阿弥陀経には難信の法と云へり、 文の心は此の経を受け持たん事は難
06 きが中の難きなり此れに過ぎたる難きはなし難信の法なりと見えたり。
07 問うて云く経文に「四十余年未だ真実を顕さず」と云い、又「無量無辺不可思議阿僧祇劫を過るとも終に無上菩
08 提を成ずることを得じ」と云へり、 此の文は何体の事にて候や、答えて云く此の文の心は釈迦仏・一期五十年の説
09 法の中に始めの華厳経にも真実をとかず中の方等・般若にも真実をとかず、 此の故に禅宗・念仏・戒等を行ずる人
10 は無量無辺劫をば過ぐとも 仏にならじと云う文なり、 仏四十二年の歳月を経て後・法華経を説き給ふ文には「世
11 尊の法は久くして 後に要らず当に真実を説き給うべし」と仰せられしかば、 舎利弗等の千二百の羅漢・万二千の
12 声聞・弥勒等の八万人の菩薩・梵王・帝釈等の万億の天人・阿闍世王等の無量無辺の国王・仏の御言を領解する文に
13 は「我等昔より 来数世尊の説を聞きたてまつるに 未だ曾つて是くの如き深妙の上法を聞かず」 と云つて、 我
14 等仏に離れ奉らずして四十二年 ・若干の説法を聴聞しつれども ・いまだ是くの如き貴き法華経をばきかずと云へ
15 る、 此等の明文をば・いかが心えて世間の人は 法華経と余経と等しく思ひ剰へ機に叶はねば 闇の夜の錦・こぞ
16 の暦なんど云ひて、 適持つ人を見ては 賎み軽しめ 悪み嫉み 口をすくめなんどする 是れ併ら謗法なり争か往
17 生成仏もあるべきや、必ず無間地獄に堕つべき者と見えたり。
18 問うて云く凡そ仏法を能く心得て仏意に叶へる人をば 世間に是を重んじ一切是を貴む、然るに当世法華経を持
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01 つ人人をば世こぞつて 悪み嫉み軽しめ賎み或は所を追ひ出し、 或は流罪し供養をなすまでは 思いもよらず怨敵
02 の様ににくまるるは、 いかさまにも心わろくして仏意にもかなはず・ひがさまに法を心得たるなるべし、経文には
03 如何が説きたるや、 答えて云く経文の如くならば 末法の法華経の行者は人に悪まるる程に持つを実の大乗の僧と
04 す、 又経を弘めて人を利益する法師なり、 人に吉と思はれ人の心に随いて貴しと思はれん僧をば法華経のかたき
05 世間の悪知識なりと思うべし、 此の人を経文には猟師の目を細めにして鹿をねらひ 猫の爪を隠して鼠をねらふが
06 如くにして在家の俗男・俗女の檀那をへつらい・いつわり・たぼらかすべしと説き給へり、 其の上勧持品には法華
07 経の敵人三類を挙げられたるに、 一には在家の俗男・俗女なり此の俗男・俗女は法華経の行者を憎み 罵り打ちは
08 り・きり殺し所を追ひ出だし 或は上へ讒奏して遠流し・なさけなくあだむ者なり、二には出家の人なり此の人は慢
09 心高くして内心には物も知らざれども智者げにもてなして 世間の人に学匠と思はれて 法華経の行者を見ては怨み
10 嫉み軽しめ、 賎み犬野干よりも・わろきようを人に云いうとめ法華経をば我一人心得たりと思う者なり、 三には
11 阿練若の僧なり此の僧は極めて貴き相を形に顕し 三衣・一鉢を帯して山林の閑かなる所に篭り居て 在世の羅漢の
12 如く諸人に貴まれ仏の如く万人に仰がれて 法華経を説の如くに読み持ち奉らん僧を見ては憎み嫉んで云く 大愚癡
13 の者・大邪見の者なり総て慈悲なき者・外道の法を説くなんど云わん、 上一人より仰いで信を取らせ給はば其の已
14 下万人も仏の如くに供養をなすべし、 法華経を説の如くよみ持たん人は必ず此の三類の敵人に 怨まるべきなりと
15 仏説き給へり。
16 問うて云く仏の名号を持つ様に法華経の名号を取り分けて持つべき証拠ありや如何、 答えて云く経に云く「仏
17 諸の羅刹女に告げたまわく 善き哉善き哉 汝等但能く法華の名を受持する者を擁護せん 福量る可からず」と云云
18 此の文の意は 十羅刹の法華の名を持つ人を護らんと誓言を立て給うを 大覚世尊讃めて言く 善き哉善き哉汝等南
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01 無妙法蓮華経と受け持たん人を守らん功徳 いくら程とも計りがたく・めでたき功徳なり 神妙なりと仰せられたる
02 文なり、是れ我等衆生の行住坐臥に南無妙法蓮華経と唱ふべしと云う文なり。
03 凡そ妙法蓮華経とは我等衆生の仏性と梵王・帝釈等の仏性と舎利弗・目連等の仏性と文殊・弥勒等の仏性と三世
04 の諸仏の解の妙法と一体不二なる理を 妙法蓮華経と名けたるなり、 故に一度妙法蓮華経と唱うれば一切の仏・一
05 切の法.一切の菩薩.一切の声聞.一切の梵王・帝釈.閻魔・法王.日月・衆星.天神・地神.乃至地獄.餓鬼・畜生.修羅.
06 人天・一切衆生の心中の仏性を唯一音に喚び顕し奉る功徳・無量無辺なり、 我が己心の妙法蓮華経を本尊とあがめ
07 奉りて我が己心中の仏性・南無妙法蓮華経とよびよばれて 顕れ給う処を仏とは云うなり、 譬えば籠の中の鳥なけ
08 ば空とぶ鳥のよばれて集まるが如し、 空とぶ鳥の集まれば籠の中の鳥も出でんとするが如し 口に妙法をよび奉れ
09 ば我が身の仏性もよばれて必ず顕れ給ふ、 梵王・帝釈の仏性はよばれて我等を守り給ふ、 仏菩薩の仏性はよばれ
10 て悦び給ふ、 されば「若し暫くも持つ者は我れ則ち歓喜す諸仏も亦然なり」と説き給うは此の心なり、 されば三
11 世の諸仏も妙法蓮華経の五字を以て仏に成り給いしなり 三世の諸仏の出世の本懐・一切衆生・皆成仏道の妙法と云
12 うは是なり。 是等の趣きを能く能く心得て仏になる道には 我慢偏執の心なく南無妙法蓮華経と唱へ奉るべき者な
13 り。
14 日蓮在御判
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三世諸仏総勘文教相廃立 弘安二年十月 五十八歳御作 日蓮之を撰す
01 夫れ一代聖教とは総べて五十年の説教なり是を一切経とは言うなり、此れを分ちて二と為す・一には化他・二に
02 は自行なり、 一には化他の経とは法華経より前の四十二年の間説き給える諸の経教なり 此れをば権教と云い亦は
03 方便と名く、此れは四教の中には三蔵教.通教・別教の三教なり・五時の中には華厳・阿含・方等.般若なり法華より
04 前の四時の経教なり、 又十界の中には前の九法界なり 又夢と寤との中には夢中の善悪なり又夢をば権と云い寤を
05 ば実と云うなり、 是の故に夢は仮に有つて体性無し故に名けて権と云うなり、 寤は常住にして不変の心の体なる
06 が故に此れを名けて実と為す、 故に四十二年の諸の経教は生死の夢の中の善悪の事を説く 故に権教と言う夢中の
07 衆生を誘引し驚覚して 法華経の寤と成さんと思食しての支度方便の経教なり 故に権教と言う、斯れに由つて文字
08 の読みを糾して心得可きなり、 故に権をば権と読む権なる事の手本には夢を以て本と為す 又実をば実と読む実事
09 の手本は寤なり、 故に生死の夢は権にして性体無ければ権なる事の手本なり故に妄想と云う、 本覚の寤は実にし
10 て生滅を離れたる心なれば 真実の手本なり故に実相と云う、 是を以て権実の二字を糾して一代聖教の化他の権と
11 自行の実との差別を知る可きなり、 故に四教の中には前の三教と五時の中には 前の四時と十法界の中には前の九
12 法界は同じく 皆夢中の善悪の事を説くなり故に権教と云う、 此の教相をば無量義経に四十余年未顕真実と説き給
13 う已上、 未顕真実の諸経は夢中の権教なり故に釈籤に云く「性・殊なること無しと雖も必ず幻に藉りて幻の機と幻
14 の感と幻の応と幻の赴とを発す・能応と所化と並びに権実に非ず」已上、 此れ皆夢幻の中の方便の教なり性雖無殊
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01 等とは夢見る心性と寤の時の心性とは 只一の心性にして総て異ること無しと雖も 夢の中の虚事と寤の時の実事と
02 二事一の心法なるを以て見ると思うも 我が心なりと云う釈なり、 故に止観に云く「前の三教の四弘・能も所も泯
03 す」已上、 四弘とは衆生の無辺なるを度せんと誓願し・煩悩の無辺なるを断ぜんと誓願し・法門の無尽なるを知ら
04 んと誓願し・無上菩提を証せんと誓願す此を四弘と云う、 能とは如来なり所とは衆生なり 此の四弘は能の仏も所
05 の衆生も 前三教は皆夢中の是非なりと釈し給えるなり、 然れば法華以前の四十二年の間の説教たる諸経は未顕真
06 実の権教なり方便なり、 法華に取寄る可き方便なるが故に真実には非ず、 此れは仏自ら四十二年の間説き集め給
07 いて後に、 今法華経を説かんと欲して先ず序分の開経の無量義経の時・仏自ら勘文し給える教相なれば 人の語も
08 入る可からず不審をも生す可からず、 故に玄義に云く「九界を権と為し 仏界を実と為す」已上、 九法界の権は
09 四十二年の説教なり 仏法界の実は八箇年の説・法華経是なり、 故に法華経をば仏乗と云う九界の生死は夢の理な
10 れば権教と云い 仏界の常住は寤の理なれば実教と云う、 故に五十年の説教・一代の聖教・一切の諸経は化他の四
11 十二年の権教と自行の八箇年の実教と合して五十年なれば権と実との二の文字を以て鏡に懸けて陰無し。
12 故に三蔵教を修行すること三僧祇・百大劫を歴て終りに仏に成らんと思えば 我が身より火を出して灰身入滅と
13 て灰と成つて失せるなり、 通教を修行すること七阿僧祇・百大劫を満てて仏に成らんと思えば 前の如く同様に灰
14 身入滅して跡形も無く失せぬるなり、 別教を修行すること二十二大阿僧祇・百千万劫を尽くして 終りに仏に成り
15 ぬと思えば生死の夢の中の権教の成仏なれば 本覚の寤の法華経の時には別教には実仏無し 夢中の果なり故に別教
16 の教道には実の仏無しと云うなり、 別教の証道には初地に始めて 一分の無明を断じて 一分の中道の理を顕し始
17 めて之を見れば別教は隔歴不融の教と知つて 円教に移り入つて円人と成り已つて別教には留まらざるなり 上中下
18 三根の不同有るが故に初地・二地・三地・乃至・等覚までも円人と成る故に別教の面に仏無きなり、故に有教無人と
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01 云うなり、故に守護国界章に云く「有為の報仏は夢中の権果前三教の修行の仏無作の三身は覚前の実仏なり後の円教
の観心の仏」
02 又云く[権教の三身は未だ無常を免れず前三教の修行の仏実教の三身は倶体倶用なり後の円教の観心の仏]此の釈を能
く能く意得
03 可きなり、 権教は難行苦行して適仏に成りぬと思えば 夢中の権の仏なれば本覚の寤の時には実仏無きなり、 極
04 果の仏無ければ有教無人なり 況や教法実ならんや之を取つて修行せんは聖教に迷えるなり、 此の前三教には仏に
05 成らざる証拠を説き置き給いて 末代の衆生に慧解を開かしむるなり 九界の衆生は一念の無明の眠の中に於て生死
06 の夢に溺れて 本覚の寤を忘れ夢の是非に執して冥きより冥きに入る、 是の故に如来は我等が生死の夢の中に入つ
07 て顛倒の衆生に同じて夢中の語を以て 夢中の衆生を誘い夢中の善悪の差別の事を説いて漸漸に誘引し給うに、 夢
08 中の善悪の事重畳して様様に無量・無辺なれば 先ず善事に付いて上中下を立つ三乗の法是なり、 三三九品なり、
09 此くの如く説き已つて 後に又上上品の根本善を立て 上中下・三三九品の善と云う、 皆悉く九界生死の夢の中の
10 善悪の是非なり今是をば総じて邪見外道と為す捜要記の意、此の上に又上上品の善心は本覚の寤の理なれば此れを善
11 の本と云うと説き聞かせ給し時に 夢中の善悪の悟の力を以ての故に 寤の本心の実相の理を始めて聞知せられし事
12 なり、 是の時に仏説いて言く夢と寤との二は虚事と実事との二の事なれども心法は只一なり、 眠の縁に値いぬれ
13 ば夢なり眠去りぬれば寤の心なり心法は只一なりと開会せらるべき下地を造り置かれし方便なり此れは別教の中道の
14 理是の故に未だ十界互具・円融相即を顕さざれば成仏の人無し故に三蔵教より別教に至るまで四十二年の間の八教は
15 皆悉く方便・夢中の善悪なり、 只暫く之を用いて衆生を誘引し給う 支度方便なり此の権教の中にも分分に皆悉く
16 方便と真実と有りて権実の法闕けざるなり、 四教一一に各四門有つて差別有ること無し 語も只同じ語なり文字も
17 異ること無し 斯れに由つて語に迷いて権実の差別を分別せざる時を 仏法滅すと云う是の方便の教は唯穢土に有つ
18 て総じて浄土には無きなり法華経に云く「十方の仏土の中には 唯一乗の法のみ有つて二無く亦三も無し 仏の方便
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01 の説をば除く」已上、 故に知んぬ十方の仏土に無き方便の教を取つて 往生の行と為し十方の浄土に有る一乗の法
02 をば之を嫌いて取らずして成仏す可き 道理有る可しや否や 一代の教主釈迦如来・一切経を説き勘文し給いて言く
03 三世の諸仏 同様に一つ語一つ心に勘文し給える説法の儀式なれば 我も是くの如く一言も違わざる説教の次第なり
04 云云、 方便品に云く「三世の諸仏の説法の儀式の如く我も今亦是くの如く無分別の法を説く」已上、 無分別の法
05 とは一乗の妙法なり 善悪を簡ぶこと無く草木・樹林・山河・大地にも一微塵の中にも互に各十法界の法を具足す我
06 が心の妙法蓮華経の一乗は十方の浄土に周ヘンして闕くること無し 十方の浄土の依報・正報の功徳荘厳は我が心の
07 中に有つて 片時も離るること無き三身即一の本覚の如来にて 是の外には法無し此の一法計り十方の浄土に有りて
08 余法有ること無し 故に無分別法と云う是なり、 此の一乗妙法の行をば取らずして全く浄土には無き方便の教を取
09 つて成仏の行と為さんは迷いの中の迷いなり、 我仏に成りて後に穢土に立ち還りて 穢土の衆生を仏法界に入らし
10 めんが為に次第に誘引して 方便の教を説くを化他の教とは云うなり、 故に権教と言い又方便とも云う化他の法門
11 の有様大体略を存して斯くの如し。
12 二に自行の法とは是れ法華経八箇年の説なり、 是の経は寤の本心を説き給う唯衆生の思い習わせる夢中の心地
13 なるが故に夢中の言語を借りて 寤の本心を訓る故に語は夢中の言語なれども 意は寤の本心を訓ゆ法華経の文と釈
14 との意此くの如し、 之を明め知らずんば経の文と釈の文とに必ず迷う可きなり、 但し此の化他の夢中の法門も寤
15 の本心に備われる徳用の法門なれば 夢中の教を取つて寤の心に摂むるが故に 四十二年の夢中の化他方便の法門も
16 妙法蓮華経の寤の心に摂まりて 心の外には法無きなり此れを法華経の開会とは云うなり、 譬えば衆流を大海に納
17 むるが如きなり仏の心法妙・衆生の心法妙と此の二妙を取つて 己心に摂むるが故に心の外に法無きなり 己心と心
18 性と心体との三は己身の本覚の三身如来なり是を経に説いて云く「如是相応身如来如是性報身如来如是体法身如来」
此れを三如
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01 是と云う、 此の三如是の本覚の如来は十方法界を身体と為し十方法界を心性と為し 十方法界を相好と為す是の故
02 に我が身は本覚三身如来の身体なり、 法界に周ヘンして一仏の徳用なれば一切の法は皆是仏法なりと説き給いし時
03 其の座席に列りし諸の四衆・八部・畜生・外道等一人も漏れず皆悉く妄想の僻目・僻思・立所に散止して本覚の寤に
04 還つて皆仏道を成ず、 仏は寤の人の如く衆生は夢見る人の如し 故に生死の虚夢を醒して本覚の寤に還るを即身成
05 仏とも 平等大慧とも無分別法とも 皆成仏道とも云う只一つの法門なり、 十方の仏土は区に分れたりと雖も通じ
06 て法は一乗なり方便無きが故に無分別法なり、 十界の衆生は品品に異りと雖も 実相の理は一なるが故に無分別な
07 り百界千如・三千世間の法門 殊なりと雖も 十界互具するが故に無分別なり、 夢と寤と虚と実と各別異なりと雖
08 も一心の中の法なるが故に無分別なり、 過去と未来と現在とは三なりと雖も 一念の心中の理なれば無分別なり、
09 一切経の語は夢中の語とは 譬えば扇と樹との如し 法華経の寤の心を顕す言とは譬えば月と風との如し、 故に本
10 覚の寤の心の月輪の光は無明の闇を照し 実相般若の智慧の風は妄想の塵を払う 故に夢の語の扇と樹とを以て寤の
11 心の月と風とを知らしむ 是の故に夢の余波を散じて寤の本心に帰せしむるなり、 故に止観に云く「月・重山に隠
12 るれば扇を挙げて之に類し 風大虚に息みぬれば樹を動かして之を訓ゆるが如し」文、 弘決に云く「真常性の月煩
13 悩の山に隠る煩悩一に非ず 故に名けて重と為す 円音教の風は化を息めて寂に帰す寂理無礙なること猶大虚の如し
14 四依の弘教は扇と樹との如し 乃至月と風とを知らしむるなり已上、 夢中の煩悩の雲・重畳せること山の如く其の
15 数八万四千の塵労にて心性本覚の月輪を隠す 扇と樹との如くなる経論の文字言語の教を以て 月と風との如くなる
16 本覚の理を覚知せしむる聖教なり 故に文と語とは扇と樹との如し」文、 上釈は一往の釈とて 実義に非ざるなり
17 月の如くなる妙法の心性の月輪と 風の如くなる我が心の般若の慧解とを訓え知らしむるを妙法蓮華経と名く、 故
18 に釈籤に云く「声色の近名を尋ねて無相の極理に至る」と已上、 声色の近名とは扇と樹との如くなる夢中の一切経
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01 論の言説なり無相の極理とは月と風との如くなる寤の 我が身の心性の寂光の極楽なり、 此の極楽とは十方法界の
02 正報の有情と十方法界の依報の国土と和合して 一体三身即一なり、 四土不二にして法身の一仏なり十界を身と為
03 すは法身なり十界を心と為すは 報身なり十界を形と為すは応身なり 十界の外に仏無し仏の外に十界無くして依正
04 不二なり身土不二なり一仏の身体なるを以て 寂光土と云う是の故に無相の極理とは云うなり、 生滅無常の相を離
05 れたるが故に無相と云うなり 法性の淵底・玄宗の極地なり故に極理と云う、 此の無相の極理なる寂光の極楽は一
06 切有情の心性の中に有つて清浄無漏なり 之を名けて妙法の心蓮台とは云うなり 是の故に心外無別法と云う此れを
07 一切法は皆是仏法なりと 通達解了すとは云うなり、 生と死と二つの理は生死の夢の理なり妄想なり顛倒なり本覚
08 の寤を以て 我が心性を糾せば生ず可き始めも無きが故に 死す可き終りも無し既に生死を離れたる心法に非ずや、
09 劫火にも焼けず水災にも朽ちず 剣刀にも切られず弓箭にも射られず芥子の中に入るれども芥子も広からず 心法も
10 縮まらず虚空の中に満つれども 虚空も広からず心法も狭からず善に背くを悪と云い悪に背くを善と云う、 故に心
11 の外に善無く悪無し 此の善と悪とを離るるを無記と云うなり、 善悪無記・此の外には心無く心の外には法無きな
12 り故に善悪も浄穢も凡夫 ・聖人も天地も大小も東西も南北も四維も上下も 言語道断し心行所滅す心に分別して思
13 い言い顕す言語なれば 心の外には分別も無分別も無し、 言と云うは心の思いを響かして声を顕すを云うなり凡夫
14 は我が心に迷うて知らず覚らざるなり、 仏は之を悟り顕わして神通と名くるなり 神通とは神の一切の法に通じて
15 礙無きなり、 此の自在の神通は一切の有情の心にて有るなり 故に狐狸も分分に通を現ずること皆心の神の分分の
16 悟なり 此の心の一法より国土世間も出来する事なり、 一代聖教とは此の事を説きたるなり 此れを八万四千の法
17 蔵とは云うなり 是れ皆悉く一人の身中の法門にて有るなり、 然れば八万四千の法蔵は我身一人の日記文書なり、
18 此の八万法蔵を我が心中に孕み持ち懐き持ちたり 我が身中の心を以て仏と法と浄土とを 我が身より外に思い願い
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01 求むるを迷いとは云うなり 此の心が善悪の縁に値うて善悪の法をば造り出せるなり、 華厳経に云く「心は工なる
02 画師の種種の五陰を造るが如く 一切世間の中に法として造らざること無し 心の如く仏も亦爾なり仏の如く衆生も
03 然なり三界唯一心なり 心の外に別の法無し心仏及び衆生・是の三差別無し」已上、無量義経に云く「無相・不相の
04 一法より無量義を出生す」已上、 無相・不相の一法とは一切衆生の一念の心是なり、文句に釈して云く「生滅無常
05 の相無きが故に無相と云うなり二乗の有余・無余の二つの涅槃の相を離るが故に 不相と云うなり」云云、 心の不
06 思議を以て経論の詮要と為すなり、 此の心を悟り知るを名けて如来と云う 之を悟り知つて後は十界は我が身なり
07 我が心なり我が形なり本覚の如来は 我が身心なるが故なり之を知らざる時を名けて 無明と為す無明は明かなるこ
08 と無しと読むなり、 我が心の有様を明かに覚らざるなり、 之を悟り知る時を名けて法性と云う、故に無明と法性
09 とは一心の異名なり、 名と言とは二なりと雖も心は只一つ心なり 斯れに由つて無明をば断ず可からざるなり夢の
10 心の無明なるを断ぜば 寤の心を失う可きが故に総じて円教の意は一毫の惑をも断ぜず 故に一切の法は皆是れ仏法
11 なりと云うなり、法華経に云く「如是相一切衆生の相好本覚の応身如来如是性一切衆生の心性本覚の報身如来如是体
一切衆生の身体本覚の法身如来」此の三如是
12 より後の七如是・出生して合して十如是と成れるなり、 此の十如是は十法界なり、此の十法界は一人の心より出で
13 八万四千の法門と成るなり、 一人を手本として一切衆生平等なること是くの如し、 三世の諸仏の総勘文にして御
14 判慥かに印たる正本の文書なり 仏の御判とは実相の一印なり印とは判の異名なり、 余の一切の経には実相の印無
15 ければ正本の文書に非ず 全く実の仏無し実の仏無きが故に夢中の文書なり浄土に無きが故なり、 十法界は十なれ
16 ども十如是は一なり 譬えば水中の月は無量なりと雖も虚空の月は一なるが如し、 九法界の十如是は夢中の十如是
17 なるが故に水中の月の如し 仏法界の十如是は本覚の寤の十如是なれば虚空の月の如し、 是の故に仏界の一つの十
18 如是顕れぬれば九法界の十如是の水中の月の如きも 一も闕減無く同時に皆顕れて体と用と一具にして 一体の仏と
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01 成る、 十法界を互に具足し平等なる十界の衆生なれば 虚空の本月も水中の末月も一人の身中に具足して闕くるこ
02 と無し 故に十如是は本末究竟して等しく差別無し、 本とは衆生の十如是なり末とは諸仏の十如是なり諸仏は衆生
03 の一念の心より顕れ給えば 衆生は是れ本なり諸仏は是れ末なり、 然るを経に云く「今此の三界は皆是我が有なり
04 其の中の衆生は悉く是吾が子なり」と已上、 仏成道の後に化他の為の故に迹の成道を唱えて 生死の夢中にして本
05 覚の寤を説き給うなり、 智慧を父に譬え愚癡を子に譬えて 是くの如く説き給えるなり、衆生は本覚の十如是なり
06 と雖も一念の無明眠りの如く心を覆うて 生死の夢に入つて本覚の理を忘れ髪筋を切る程に過去・現在・未来の三世
07 の虚夢を見るなり、 仏は寤の人の如くなれば生死の夢に入つて衆生を驚かし給える 智慧は夢の中にて父母の如く
08 夢の中なる我等は子息の如くなり、 此の道理を以て悉是吾子と言い給うなり、 此の理を思い解けば諸仏と我等と
09 は本の故にも父子なり末の故にも父子なり 父子の天性は本末是れ同じ、 斯れに由つて己心と仏心とは異ならずと
10 観ずるが故に 生死の夢を覚まして本覚の寤に還えるを即身成仏と云うなり、 即身成仏は今我が身の上の天性・地
11 体なり 煩も無く障りも無き衆生の運命なり果報なり冥加なり、 夫れ以れば夢の時の心を迷いに譬え 寤の時の心
12 を悟りに譬う之を以て 一代聖教を覚悟するに跡形も無き虚夢を見て 心を苦しめ汗水と成つて驚きぬれば我身も家
13 も臥所も一所にて異らず 夢の虚と寤の実との二事を目にも見・心にも思えども 所は只一所なり身も只一身にて二
14 の虚と実との事有り之を以て知んぬ可し、 九界の生死の夢見る 我が心も仏界常住の寤の心も異ならず 九界生死
15 の夢見る所が 仏界常住の寤の所にて変らず心法も替らず 在所も差わざれども夢は皆虚事なり寤は皆実事なり止観
16 に云く「昔荘周と云うもの有り 夢に胡蝶と成つて一百年を経たり 苦は多く楽は少く汗水と成つて驚きぬれば胡蝶
17 にも成らず百年をも経ず苦も無く楽も無く皆虚事なり皆妄想なり」已上取意、 弘決に云く「無明は夢の蝶の如く三
18 千は百年の如し一念実無きは猶蝶に非ざるが如く 三千も亦無きこと年を積むに非るが如し」已上、 此の釈は即身
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01 成仏の証拠なり夢に蝶と成る時も荘周は異ならず 寤に蝶と成らずと思う時も別の荘周無し、 我が身を生死の凡夫
02 なりと思う時は夢に蝶と成るが如く僻目・僻思なり、 我が身は本覚の如来なりと思う時は本の荘周なるが如し 即
03 身成仏なり、 蝶の身を以て成仏すと云うに非ざるなり蝶と思うは 虚事なれば成仏の言は無し沙汰の外の事なり、
04 無明は夢の蝶の如しと判ずれば 我等が僻思は猶昨日の夢の如く性体無き妄想なり 誰の人か虚夢の生死を信受して
05 疑を常住涅槃の 仏性に生ぜんや、 止観に云く「無明の癡惑本より是れ 法性なり癡迷を以ての故に 法性変じて
06 無明と作り諸の顛倒の善・不善等を起す寒来りて水を結べば 変じて堅冰と作るが如く ・又眠来りて心を変ずれば
07 種種の夢有るが如し 今当に諸の顛倒は即ち是法性なり一ならず異ならずと体すべし、 顛倒起滅すること旋火輪の
08 如しと雖も顛倒の起滅を信ぜずして 唯此の心・但是れ法性なりと信ず、 起は是れ法性の起滅は是れ法性の滅なり
09 其れを体するに実には起滅せざるを 妄りに起滅すと謂えり 只妄想を指すに悉く是れ法性なり、 法性を以て法性
10 に繋け法性を以て 法性を念ず常に是れ法性なり法性ならざる時無し」已上、 是くの如く法性ならざる時の隙も無
11 き理の法性に夢の蝶の如く 無明に於て実有の思を生じて之に迷うなり、 止観の九に云く「譬えば眠の法・心を覆
12 うて一念の中に 無量世の事を夢みるが如し 乃至寂滅真如に何の次位か有らん、 乃至一切衆生即大涅槃なり復滅
13 す可からず何の次位・高下・大小有らんや、 不生不生にして不可説なれども因縁有るが故に亦説くことを得可し十
14 因縁の法・生の為に因と作る虚空に画き方便して樹を種るが如し一切の位を説くのみ」已上、 十法界の依報・正報
15 は法身の仏・一体三身の徳なりと知つて 一切の法は皆是れ仏法なりと通達し解了する 是を名字即と為す名字即の
16 位より即身成仏す 故に円頓の教には次位の次第無し・故に玄義に云く「末代の学者多く経論の方便の断伏を執して
17 諍闘す水の性の冷かなるが如きも飲まずんば安んぞ知らん」已上、 天台の判に云く「次位の綱目は仁王・瓔珞に依
18 り断伏の高下は大品・智論に依る」已上、仁王・瓔珞・大品・大智度論是の経論は皆法華已前の八教の経論なり、権
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01 教の行は無量劫を経て昇進する次位なれば 位の次第を説けり 今法華は八教に超えたる円なれば速疾頓成にして心
02 と仏と衆生と此の三は我が一念の心中に摂めて 心の外に無しと観ずれば 下根の行者すら尚一生の中に妙覚の位に
03 入る・一と多と相即すれば 一位に一切の位皆是れ具足せり故に一生に入るなり、 下根すら是くの如し況や中根の
04 者をや 何に況や上根をや実相の外に更に別の法無し 実相には次第無きが故に位無し、総じて一代の聖教は一人の
05 法なれば我が身の本体を能く能く知る可し 之を悟るを仏と云い之に迷うは衆生なり 此れは華厳経の文の意なり、
06 弘決の六に云く「此の身の中に具さに天地に倣うことを知る 頭の円かなるは天に象り 足の方なるは地に象ると知
07 り・身の内の空種なるは即ち是れ虚空なり 腹の温かなるは春夏に法とり背の剛きは秋冬に法とり・四体は四時に法
08 とり大節の十二は十二月に法とり 小節の三百六十は三百六十日に法とり、 鼻の息の出入は山沢渓谷の中の風に法
09 とり口の 息の出入は虚空の中の風に法とり眼は日月に法とり 開閉は昼夜に法とり髪は星辰に法とり眉は北斗に法
10 とり脈は江河に法とり 骨は玉石に法とり皮肉は地土に法とり毛は叢林に法とり、 五臓は天に在つては五星に法と
11 り地に在つては五岳に法とり陰・陽に在つては五行に法とり世に在つては五常に法とり内に在つては五神に法とを修
12 するには五徳に法とり罪を治むるには五刑に法とる謂く墨.ギ.ヒ.宮.大辟此の五刑は人を様様に之を傷ましむ其の数
三千の罰有り此を五
13 刑という主領には五官と為す五官は下の第八の巻に博物誌を引くが如し謂く苟萠等なり、天に昇つては五雲と曰い化
14 して五竜と為る、 心を朱雀と為し腎を玄武と為し肝を青竜と為し 肺を白虎と為し 脾を勾陳と為す」又云く「五
15 音・五明・六藝・皆此れより起る亦復当に内治の法を識るべし 覚心内に大王と為つては百重の内に居り出でては則
16 ち五官に侍衛せ為る、肺をば司馬と為し 肝をば司徒と為し脾をば司空と為し四支をば民子と為し、 左をば司命と
17 為し右をば司録と為し人命を主司す、 乃至臍をば太一君等と為すと禅門の中に広く其の相を明す」已上、 人身の
18 本体委く検すれば是くの如し、 然るに此の金剛不壊の身を以て生滅無常の身なりと思う 僻思は譬えば荘周が夢の
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01 蝶の如しと釈し給えるなり、 五行とは地水火風空なり 五大種とも五薀とも五戒とも五常とも五方とも五智とも五
02 時とも云う、只一物・経経の異説なり内典・外典・名目の異名なり、 今経に之を開して一切衆生の心中の五仏性・
03 五智の如来の種子と説けり 是則ち妙法蓮華経の五字なり、 此の五字を以て人身の体を造るなり本有常住なり本覚
04 の如来なり是を十如是と云う 此を唯仏与仏・乃能究尽と云う、 不退の菩薩と極果の二乗と少分も知らざる法門な
05 り然るを円頓の凡夫は初心より之を知る 故に即身成仏するなり 金剛不壊の体なり、 是を以て明かに知んぬ可し
06 天崩れば我が身も崩る可し地裂けば我が身も裂く可し 地水火風滅亡せば我が身も亦滅亡すべし、 然るに此の五大
07 種は過去・現在・未来の三世は替ると雖も五大種は替ること無し、 正法と像法と末法との三時殊なりと雖も五大種
08 は是れ一にして盛衰転変無し、 薬草喩品の疏には円教の理は大地なり円頓の教は空の雨なり亦三蔵教・通教・別教
09 の三教は三草と二木となり、 其の故は此の草木は円理の大地より生じて 円教の空の雨に養われて五乗の草木は栄
10 うれども天地に依つて 我栄えたりと思知らざるに由るが故に 三教の人天・二乗・菩薩をば草木に譬えて不知恩と
11 説かれたり、 故に草木の名を得・今法華に始めて五乗の草木は円理の母と円教の父とを知るなり、 一地の所生な
12 れば母の恩を知るが如く一雨の所潤なれば父の恩を知るが如し、薬草喩品の意・是くの如くなり。
13 釈迦如来・五百塵点劫の当初・凡夫にて御坐せし時 我が身は地水火風空なりと知しめして即座に悟を開き給い
14 き、後に化他の為に世世・番番に出世・成道し在在・処処に八相作仏し 王宮に誕生し樹下に成道して始めて仏に成
15 る様を衆生に見知らしめ 四十余年に方便教を儲け衆生を誘引す、 其の後方便の諸の経教を捨てて 正直の妙法蓮
16 華経の五智の如来の種子の理を説き顕して 其の中に 四十二年の方便の諸経を丸かし 納れて一仏乗と丸し人一の
17 法と名く一人が上の法なり、 多人の綺えざる正しき文書を造つて 慥かな御判の印あり三世諸仏の手継ぎの文書を
18 釈迦仏より相伝せられし時に 三千三百万億那由佗の国土の上の虚空の中に 満ち塞がれる若干の菩薩達の頂を摩で
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01 尽して時を指して 末法近来の我等衆生の為に慥かに此の由を説き聞かせて 仏の譲状を以て末代の衆生に慥かに授
02 与す可しと慇懃に三度まで 同じ御語に説き給いしかば 若干の菩薩達・各数を尽してミを曲げ頭を低れ三度まで同
03 じ言に各我も劣らじと事請を申し給いしかば 仏・心安く思食して本覚の都に還えり給う、 三世の諸仏の説法の儀
04 式・作法には 只同じ御言に時を指したる末代の譲状なれば 只一向に後五百歳を指して 此の妙法蓮華経を以て成
05 仏す可き時なりと譲状の面に載せられたる手継ぎ証文なり。
06 安楽行品には末法に入つて近来・初心の凡夫・法華経を修行して成仏す可き様を説き置かれしなり、身も安楽行
07 なり口も安楽行なり意も安楽行なり 自行の三業も誓願安楽の化他の行も同じく 後の末世に於て法の滅せんと欲す
08 る時と云云、 此は近来の時なり已上四所に有り薬王品には 二所に説かれ勧発品には三所に説かれたり、皆近来を
09 指して譲り置かれたる正しき文書を用いずして 凡夫の言に付き愚癡の心に任せて 三世諸仏の譲り状に背き奉り永
10 く仏法に背かば三世の諸仏・何に本意無く口惜しく心憂く歎き悲しみ思食すらん、 涅槃経に云く「法に依つて人に
11 依らざれ」と云云、 痛ましいかな悲しいかな末代の学者仏法を習学して 還つて仏法を滅す、弘決に之を悲しんで
12 曰く「此の円頓を聞いて崇重せざることは 良に近代大乗を習う者の 雑濫に由るが故なり 況や像末情澆く信心寡
13 薄・円頓の教法蔵に溢れ函に盈つれども 暫くも思惟せず便ち目を瞑ぐに至る 徒らに生し徒らに死す一に何ぞ痛ま
14 しき哉」已上、 同四に云く「然も円頓の教は本と凡夫に被むらしむ 若し凡を益するに擬せずんば仏・何ぞ自ら法
15 性の土に住して 法性の身を以て諸の菩薩の為に 此の円頓を説かずして 何ぞ諸の法身の菩薩の与に凡身を示し此
16 の三界に現じ給うことを須いんや、 乃至一心凡に在れば即ち修習す可し」已上、 所詮己心と仏身と一なりと観ず
17 れば速かに仏に成るなり、 故に弘決に又云く「一切の諸仏己心は仏心と異ならずと観し給うに由るが故に 仏に成
18 ることを得る」と已上、 此れを観心と云う実に己心と仏心と一心なりと悟れば 臨終を礙わる可き悪業も有らず生
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01 死に留まる可き妄念も有らず、 一切の法は皆是れ仏法なりと知りぬれば 教訓す可き善知識も入る可らず思うと思
02 い言うと言い為すと為し 儀いと儀う行住坐臥の四威儀の所作は 皆仏の御心と和合して 一体なれば過も無く障り
03 も無き自在の身と成る此れを自行と云う、 此くの如く自在なる自行の行を捨て 跡形も有らざる無明妄想なる僻思
04 の心に住して三世の諸仏の教訓に背き奉れば 冥きより冥きに入り永く仏法に背くこと悲しむ可く悲しむ可し、 只
05 今打ち返えし思い直し悟り返さば 即身成仏は我が身の外には無しと知りぬ、 我が心の鏡と仏の心の鏡とは只一鏡
06 なりと雖も我等は 裏に向つて我が性の理を見ず故に無明と云う、 如来は面に向つて我が性の理を見たまえり故に
07 明と無明とは其の体只一なり 鏡は一の鏡なりと雖も向い様に依つて明昧の差別有り 鏡に裏有りと雖も面の障りと
08 成らず只向い様に依つて得失の二つ有り 相即融通して一法の二義なり、 化他の法門は鏡の裏に向うが如く自行の
09 観心は鏡の面に向うが如し 化他の時の鏡も自行の時の鏡も我が心性の鏡は 只一にして替ること無し鏡を即身に譬
10 え面に向うをば成仏に譬え 裏に向うをば衆生に譬う鏡に裏有るをば性悪を断ぜざるに譬え 裏に向う時・面の徳無
11 きをば化他の功徳に譬うるなり 衆生の仏性の顕れざるに譬うるなり、 自行と化他とは得失の力用なり玄義の一に
12 云く「薩婆悉達・祖王の弓を彎て満るを名けて力と為す 七つの鉄鼓を中り一つの鉄囲山を貫ぬき 地を洞し水輪に
13 徹る如きを名けて用と為す自行の力用なり諸の方便教は力用の微弱なること凡夫の弓箭の如し何となれば昔の縁は化
14 他の二智を禀けて理を照すこと遍からず信を生ずること深からず疑を除くこと尽さず已上化他、今の縁は自行の二智
15 を禀けて仏の境界を極め法界の信を起し 円妙の道を増し根本の惑を断じ変易の生を損す、 但だ生身及び生身得忍
16 の両種の菩薩倶に益するのみに非ず 法身と法身の後心との両種の菩薩も亦 以て倶に益す化の功広大に利潤弘深な
17 る蓋し茲の経の力用なり已上自行」自行と化他との力用勝劣分明なること勿論なり能く能く之を見よ一代聖教を鏡に
18 懸たる教相なり、 極仏境界とは十如是の法門なり十界に互に具足して十界・十如の因果・権実の二智・二境は我が
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01 身の中に有つて一人も漏るること無しと通達し解了し 仏語を悟り極むるなり 起法界信とは十法界を体と為し十法
02 界を心と為し 十法界を形と為したまえりと本覚の如来は我が身の中に有りけりと信ず 増円妙道とは自行と化他と
03 の二は相即円融の法なれば 珠と光と宝との三徳は只一の珠の徳なるが如し 片時も相離れず仏法に不足無し一生の
04 中に仏に成るべしと慶喜の念を増すなり、 断根本惑とは一念無明の眠を覚まして本覚の寤に還れば 生死も涅槃も
05 倶に昨日の夢の如く 跡形も無きなり、 損変易生とは 同居土の極楽と方便土の極楽と実報土の極楽との三土に往
06 生せる人・ 彼の土にて菩薩の道を修行して仏に成らんと欲するの間・因は移り果は易りて次第に進み昇り劫数を経
07 て成仏の遠きを待つを変易の生死と云うなり、 下位を捨つるを死と云い上位に進むをば生と云う 是くの如く変易
08 する生死は浄土の苦悩にて有るなり、 爰に凡夫の我等が此の穢土に於て 法華を修行すれば十界互具・法界一如な
09 れば浄土の菩薩の変易の生は損し 仏道の行は増して変易の生死を 一生の中に促めて仏道を成ず 故に生身及び生
10 身得忍の両種の菩薩・増道損生するなり、 法身の菩薩とは生身を捨てて実報土に居するなり、 後心の菩薩とは等
11 覚の菩薩なり 但し迹門には生身及び生身得忍の菩薩を利益するなり 本門には法身と後身との菩薩を利益す但し今
12 は迹門を開して本門に摂めて一の妙法と成す故に 凡夫の我等穢土の修行の行の力を以て 浄土の十地等覚の菩薩を
13 利益する行なるが故に化の功広大なり化他の徳用利潤弘深とは自行の徳用 円頓の行者は自行と化他と一法をも漏さ
14 ず一念に具足して横に十方法界に遍するが故に弘きなり竪には三世に亘つて法性の淵底を極むるが故に深きなり、此
15 の経の自行の力用此くの如し 化他の諸経は自行を具せざれば鳥の片翼を以て空を飛ばざるが如し 故に成仏の人も
16 無し今法華経は自行・化他の二行を開会して 不足無きが故に 鳥の二翼を以て飛ぶに障り無きが如く 成仏滞り無
17 し、 薬王品には十喩を以て自行と化他との力用の勝劣を判ぜり 第一の譬に云く諸経は諸水の如く法華は大海の如
18 し云云 取意、 実に自行の法華経の大海には化他の諸経の衆水を入るること昼夜に絶えず入ると雖も増ぜず減ぜず
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01 不可思議の徳用を顕す、 諸経の衆水は片時の程も法華経の大海を納るること無し 自行と化他との勝劣是くの如し
02 一を以て諸を例せよ、 上来の譬喩は皆仏の所説なり人の語を入れず 此の旨を意得れば一代聖教鏡に懸けて陰り無
03 し此の文釈を見て誰の人か迷惑せんや、 三世の諸仏の総勘文なり敢て人の会釈を引き入る可からず 三世諸仏の出
04 世の本懐なり一切衆生.成仏の直道なり、四十二年の化他の経を以て立る所の宗宗は華厳.真言・達磨・浄土・法相・
05 三論.律宗・倶舎・成実等の諸宗なり此等は皆悉く法華より已前の八教の中の教なり皆是方便なり兼.但・対・帯の方
06 便誘引なり、 三世諸仏の説教の次第なり此の次第を糾して法門を談ず 若し次第に違わば仏法に非ざるなり、 一
07 代教主の釈迦如来も三世諸仏の説教の次第を糾して一字も違わず 我も亦是くの如しとて・経に云く「三世諸仏の説
08 法の儀式の如く我も今 亦是くの如く無分別の法を説く」已上、 若し之に違えば永く三世の諸仏の本意に背く他宗
09 の祖師各我が宗を立て法華宗と諍うこと悞りの中の悞り迷いの中の迷いなり。
10 微佗学の決に之を破して云く山王院「凡そ八万法蔵・其の行相を統ぶるに四教を出でず頭辺に示すが如し蔵通別
11 円は即ち声聞.縁覚・菩薩.仏乗なり真言.禅門・華厳・三論・唯識.律業・成倶の二論等の能所の教理争でか此の四を
12 過ぎん若し過ぐると言わば豈外邪に非ずや若し出でずと言わば便ち他の所期を問い得よ即ち四乗の果なり、然して後
13 に答に随つて極理を推ね徴めよ我が四教の行相を以て並べ検えて決定せよ彼の所期の果に於て若し我と違わば随つて
14 即ち之を詰めよ、且く華厳の如きは五教に各各に修因・向果有り初・中・後の行・一ならず一教一果是れ所期なるべ
15 し若し蔵通別円の因と果とに非ざれば是れ仏教ならざるのみ、 三種の法輪・三時の教等・中に就て定む可し汝何者
16 を以てか所期の乗と為るや若し仏乗なりと言わば 未だ成仏の観行を見ず 若し菩薩と言わば此れ亦即離の中道の異
17 なるなり、 汝正しく何れを取るや設し離の辺を取らば 果として成ず可き無し如し即是を要せば仏に例して之を難
18 ぜよ謬つて真言を誦すとも 三観一心の妙趣を会せずんば恐くは別人に同じて 妙理を証せじ所以に他の所期の極を
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01 逐うて理に準じて我が宗の理なり徴べし、因明の道理は外道と対す多くは小乗及以び別教に在り若し法華.華厳.涅槃
02 等の経に望むれば接引門なり権りに機に対して設けたり終に以て引進するなり 邪小の徒をして会して真理に至らし
03 むるなり所以に論ずる時は四依撃目の志を存して之を執着すること莫れ又須らく他の義を将つて自義に対検して随つ
04 て是非を決すべし執して之を怨むこと莫れ大底・他は多く三教に在り円旨至つて少きのみ」先徳大師の所判是の如し
05 、諸宗の所立鏡に懸けて陰り無し末代の学者何ぞ之を見ずして妄りに教門を判ぜんや大綱の三教を能く能く学す可し
06 、頓と漸と円とは三教なり是れ一代聖教の総の三諦なり頓・漸の二は四十二年の説なり円教の一は八箇年の説なり合
07 して五十年なり 此の外に法無し何に由つてか之に迷わん、衆生に有る時には此れを三諦と云い仏果を成ずる時には
08 此れを三身と云う一物の異名なり 之を説き顕すを一代聖教と云い 之を開会して只一の総の三諦と成ずる時に 成
09 仏す此を開会と云い此を自行と云う、 又他宗所立の宗宗は此の総の三諦を分別して 八と為す各各に宗を立つるに
10 依つて円満の理を闕いて成仏の理無し 是の故に余宗には実の仏無きなり故に之を嫌う 意は不足なりと嫌うなり、
11 円教を取つて一切諸法を観ずること 円融・円満して十五夜の月の如く不足無く 満足し究竟すれば善悪をも嫌わず
12 折節をも撰ばず静処をも求めず 人品をも択ばず一切諸法は皆是れ仏法なりと知りぬれば 諸法を通達す即ち非道を
13 行うとも仏道を成ずるが故なり、 天地水火風は是れ五智の如来なり一切衆生の身心の中に住在して 片時も離るる
14 こと無きが故に世間と出世と和合して 心中に有つて心外には全く別の法無きなり故に 之を聞く時立所に速かに仏
15 果を成ずること滞り無き道理至極なり、 総の三諦とは譬えば珠と光と宝との如し 此の三徳有るに由つて如意宝珠
16 と云う故に総の三諦に譬う 若し亦珠の三徳を別別に取り放さば何の用にも叶う可からず 隔別の方便教の宗宗も亦
17 是くの如し 珠をば法身に譬え光をば報身に譬え宝をば応身に譬う 此の総の三徳を分別して宗を立つるを不足と嫌
18 うなり之を丸じて一と為すを総の三諦と云う、 此の総の三諦は三身即一の本覚の如来なり 又寂光をば鏡に譬え同
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01 居と方便と実報の三土をば鏡に遷る像に譬う 四土も一土なり三身も一仏なり 今は此の三身と四土と和合して仏の
02 一体の徳なるを寂光の仏と云う 寂光の仏を以て円教の仏と為し円教の仏を以て 寤の実仏と為す余の三土の仏は夢
03 中の権仏なり、 此れは三世の諸仏の只同じ語に勘文し給える総の教相なれば 人の語も入らず会釈も有らず若し之
04 に違わば三世の諸仏に背き奉る大罪の人なり 天魔外道なり永く仏法に背くが故に之を秘蔵して 他人には見せざれ
05 若し秘蔵せずして 妄りに之を披露せば仏法に証理無く二世に冥加無からん 謗ずる人出来せば三世の諸仏に背くが
06 故に二人乍ら倶に悪道に堕んと識るが故に之を誡むるなり、 能く能く秘蔵して深く此の理を証し 三世の諸仏の御
07 本意に相い叶い二聖・二天・十羅刹の擁護を蒙むり滞り無く 上上品の寂光の往生を遂げ須臾の間に九界生死の夢の
08 中に還り来つて身を十方法界の国土に遍じ 心を一切有情の身中に入れて 内よりは勧発し外よりは引導し内外相応
09 し因縁和合して自在神通の慈悲の力を施し広く衆生を利益すること滞り有る可からず。
10 三世の諸仏は此れを一大事の因縁と思食して世間に出現し給えり一とは中道なり法華なり大とは空諦なり華厳な
り事とは仮諦なり、阿
11 含・方等・般若なり已上一代の総の三諦なり、之を悟り知る時仏果を成ずるが故に出世の本懐成仏の直道なり因とは
12 一切衆生の身中に総の三諦有つて常住不変なり此れを総じて因と云うなり縁とは三因仏性は有りと雖も善知識の縁に
13 値わざれば悟らず知らず顕れず善知識の縁に値えば必ず顕るるが故に縁と云うなり、 然るに今此の一と大と事と因
14 と縁との五事和合して値い難き善知識の縁に値いて 五仏性を顕さんこと何の滞りか有らんや 春の時来りて風雨の
15 縁に値いぬれば無心の草木も皆悉く萠え出生して 華敷き栄えて世に値う気色なり 秋の時に至りて月光の縁に値い
16 ぬれば草木皆悉く実成熟して 一切の有情を養育し寿命を続き 長養し終に成仏の徳用を顕す 之を疑い之を信ぜざ
17 る人有る可しや無心の草木すら猶以て是くの如し 何に況や人倫に於てをや、 我等は迷の凡夫なりと雖も一分の心
18 も有り解も有り善悪も分別し折節を思知る 然るに宿縁に催されて生を仏法流布の国土に受けたり 善知識の縁に値
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01 いなば因果を分別して成仏す可き身を以て 善知識に値うと雖も 猶草木にも劣つて身中の三因仏性を顕さずして黙
02 止せる謂れ有る可きや、 此の度必ず必ず生死の夢を覚まし本覚の寤に還つて 生死の紲を切る可し今より已後は夢
03 中の法門を心に懸く可からざるなり、 三世の諸仏と一心と和合して妙法蓮華経を修行し障り無く 開悟す可し自行
04 と化他との二教の差別は鏡に懸けて陰り無し、三世の諸仏の勘文是くの如し秘す可し秘す可し。
05 弘安二年己卯十月 日 日蓮 花押
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諌暁八幡抄
01 夫れ馬は一歳二歳の時は設いつがいのびまろすねにすねほそくうでのびて候へども病あるべしとも見えず、 而
02 れども七八歳なんどになりて 身もこへ血ふとく上かち下をくれ候へば 小船に大石をつめるがごとく 小き木に大
03 なる菓のなれるがごとく多くのやまい出来して 人の用にもあわず力もよわく寿もみじかし、 天神等も又かくのご
04 とし成劫の始には 先生の果報いみじき衆生生れ来る上・人の悪も候はねば 身の光もあざやかに心もいさぎよく日
05 月のごとくあざやかに師子象のいさみをなして候いし程に 成劫やうやくすぎて住劫になるままに 前の天神等は年
06 かさなりて下旬の月のごとし今生れ来れる天神は果報衰減し 下劣の衆生多分は出来す、 然る間一天に三災やうや
07 くをこり四海に七難粗出現せしかば一切衆生始めて苦と楽とををもい知る。
08 此の時仏出現し給いて 仏教と申す薬を天と人と神とにあたへ給いしかば 燈に油をそへ老人に杖をあたへたる
09 がごとく天神等還つて威光をまし勢力を増長せし事 成劫のごとし仏教に又五味のあぢわひ分れたり 在世の衆生は
10 成劫ほどこそなかりしかども果報いたうをとろへぬ 衆生なれば五味の中に何の味をもなめて 威光勢力をもまし候
11 き、仏滅度の後正像二千年過て末法になりぬれば 本の天も神も阿修羅・大竜等も年もかさなりて 身もつかれ心も
12 よはくなり又今生れ来る天人・修羅等は或は小果報或は悪天人等なり、小乗・権大乗等の乳・酪・生蘇・熟蘇味を服
13 すれども老人にソ食をあたへ高人に麦飯等を奉るがごとし、 而るを当世此を弁えざる学人等古にならいて 日本国
14 の一切の諸神等の御前にして阿含経.方等・般若.華厳・大日経等を法楽し倶舎.成実・律.法相・三論.華厳・浄土.禅
15 等の僧を護持の僧とし給える 唯老人にソ食を与へ 小児に強飯をくくめるがごとし、 何に況や今の小乗経と小乗
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01 宗と大乗経と大乗宗とは古の小大乗の経宗にはあらず、 天竺より仏法・漢土へわたりし時・小大の経経は金言に私
02 言まじはれり、 宗宗は又天竺・漢土の論師・人師或は小を大とあらそい 或は大を小という或は小に大をかきまじ
03 へ或は大に小を入れ 或は先きの経を後とあらそい或は後を先とし 或は先を後につけ或は顕経を密経といひ密経を
04 顕経という譬へば乳に水を入れ薬に毒を加うるがごとし、 涅槃経に仏・未来を記して云く「爾の時に諸の賊醍醐を
05 以ての故に之に加うるに水を以てす水を以てする事多きが故に 乳酪醍醐一切倶に失す」等云云、 阿含小乗経は乳
06 味のごとし方等・大集経・阿弥陀経・深密経・楞伽経・大日経等は酪味のごとし、般若経等は生蘇味の如く華厳経等
07 は熟蘇味の如く法華・涅槃経等は醍醐味の如し、 設い小乗経の乳味なりとも仏説の如くならば 争でか一分の薬と
08 ならざるべき、況や諸の大乗経をや何に況や法華経をや。
09 然るに月氏より漢土に経を渡せる訳人は一百八十七人なり其の中に 羅什三蔵一人を除きて前後の一百八十六人
10 は純乳に水を加へ薬に毒を入たる人人なり、 此の理を弁へざる一切の人師末学等設い一切経を読誦し 十二分経を
11 胸に浮べたる様なりとも生死を離る事かたし 又現在に一分のしるしある様なりとも 天地の知る程の祈とは成る可
12 からず魔王・魔民等・守護を加えて法に験の有様なりとも 終には其の身も檀那も安穏なる可からず譬ば旧医の薬に
13 毒を雑へて・さしをけるを旧医の弟子等・或は盗み取り或は自然に取りて 人の病を治せんが如しいかでか安穏なる
14 べき、当世日本国の真言等の七宗並に浄土・禅宗等の諸学者等、弘法・慈覚・智証等の法華経最第一の醍醐に法華第
15 二・第三等の私の水を入れたるを知らず 仏説の如くならば・いかでか一切倶失の大科を脱れん、大日経は法華経よ
16 り劣る事七重なり而るを弘法等・顛倒して大日経最第一と定めて 日本国に弘通せるは 法華経一分の乳に大日経七
17 分の水を入れたるなり 水にも非ず乳にも非ず大日経にも非ず 法華経にも非ず而も法華経に似て大日経に似たり大
18 覚世尊此の事を涅槃経に記して云く「我が滅後に於て 正法将に滅尽せんと欲す 爾の時に多く悪を行ずる比丘有ら
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01 ん、 乃至牧牛女の如く乳を売るに多利を貪らんと欲するを為ての故に 二分の水を加う、乃至此の乳水多し、爾の
02 時に是の経閻浮提に於て当に広く流布すべし、 是の時に当に諸の悪比丘有て是の経を鈔略し分て 多分と作し能く
03 正法の色香美味を滅すべし、 是の諸の悪人復是くの如き経典を読誦すと雖も如来の深密の要義を滅除せん、 乃至
04 前を鈔て後に著け後を鈔て前に著け前後を中に著け 中を前後に著けん当に知るべし 是くの如きの諸の悪比丘は是
05 れ魔の伴侶なり」等云云。
06 今日本国を案ずるに代始まりて已に久しく成りぬ 旧き守護の善神は定めて福も尽き寿も減じ威光勢力も衰えぬ
07 らん、仏法の味をなめてこそ威光勢力も増長すべきに 仏法の味は皆たがひぬ 齢はたけぬ争でか国の災を払い氏子
08 をも守護すべき、 其の上謗法の国にて候を氏神なればとて大科をいましめずして 守護し候へば仏前の起請を毀る
09 神なり、 しかれども氏子なれば愛子の失のやうに・すてずして守護し給いぬる程に 法華経の行者をあだむ国主・
10 国人等を対治を加えずして守護する失に依りて 梵釈等のためには八幡等は罰せられ給いぬるか 此事は一大事なり
11 秘すべし秘すべし、有る経の中に仏・此の世界と他方の世界との梵釈・日月・四天・竜神等を集めて我が正像末の持
12 戒・破戒・無戒等の弟子等を第六天の魔王・悪鬼神等が人王・人民等の身に入りて悩乱せんを見乍ら聞き乍ら治罰せ
13 ずして須臾もすごすならば必ず梵釈等の使をして 四天王に仰せつけて治罰を加うべし、 若し氏神・治罰を加えず
14 ば梵釈・四天等も守護神に治罰を加うべし梵釈又かくのごとし、 梵釈等は必ず此の世界の梵釈・日月・四天等を治
15 罰すべし、 若し然らずんば三世の諸仏の出世に漏れ永く梵釈等の位を失いて 無間大城に沈むべしと釈迦多宝十方
16 の諸仏の御前にして起請を書き置れたり。
17 今之を案ずるに日本小国の王となり神となり給うは小乗には三賢の菩薩・大乗には十信・法華には名字五品の菩
18 薩なり、 何なる氏神有りて無尽の功徳を修すとも法華経の名字を聞かず 一念三千の観法を守護せずんば退位の菩
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01 薩と成りて永く無間大城に沈み候べし、 故に扶桑記に云く「又伝教大師八幡大菩薩の奉為に神宮寺に於て、 自ら
02 法華経を講ず、 乃ち聞き竟て大神託宣すらく我法音を聞かずして久しく歳年を歴る 幸い和尚に値遇して正教を聞
03 くことを得たり兼て我がために種種の功徳を修す 至誠随喜す何ぞ徳を謝するに足らん、 兼て我が所持の法衣有り
04 と 即ち託宣の主自ら宝殿を開いて手ら紫の袈裟一つ紫の衣一を捧げ 和尚に奉上す大悲力の故に幸に納受を垂れ給
05 えと、是の時に禰宜・祝等各歎異して云く 元来是の如きの奇事を見ず聞かざるかな、 此の大神施し給う所の法衣
06 今山王院に在るなり」云云、 今謂く八幡は人王第十六代・応神天皇なり其の時は仏経無かりしかば 此に袈裟衣有
07 るべからず、 人王第三十代欽明天皇の治三十二年に神と顕れ給い 其れより已来弘仁五年までは禰宜・祝等次第に
08 宝殿を守護す、 何の王の時・此の袈裟を納めけると意へし而して禰宜等云く元来見ず聞かず等云云、 此の大菩薩
09 いかにしてか此の袈裟・衣は持ち給いけるぞ不思議なり不思議なり。
10 又欽明より已来弘仁五年に至るまでは王は二十二代.仏法は二百六十余年なり、其の間に三論.成実・法相・倶舎
11 ・華厳・律宗・禅宗等の六宗七宗・日本国に渡りて八幡大菩薩の御前にして経を講ずる人人・其の数を知らず、又法
12 華経を読誦する人も争でか無からん、 又八幡大菩薩の御宝殿の傍には 神宮寺と号して 法華経等の一切経を講ず
13 る堂・大師より已前に是あり、 其の時定めて仏法を聴聞し給いぬらん 何ぞ今始めて我法音を聞かずして久しく年
14 歳を歴る等と託宣し給ふべきや、 幾くの人人か法華経・一切経を講じ給いけるに何ぞ此の御袈裟・衣をば進らさせ
15 給はざりけるやらん、 当に知るべし伝教大師已前は法華経の文字のみ読みけれども 其の義はいまだ顕れざりける
16 か、 去ぬる延暦二十年十一月の中旬の比・伝教大師比叡山にして南都・七大寺の六宗の碩徳・十余人を奉請して法
17 華経を講じ給いしに、 弘世・真綱等の二人の臣下此の法門を聴聞してなげいて云く「一乗の権滞を慨き三諦の未顕
18 を悲しむ」 又云く「長幼三有の結を摧破し 猶未だ歴劫の轍を改めず」等云云、 其の後延暦二十一年正月十九日
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01 に高雄寺に主上・行幸ならせ給いて 六宗の碩徳と伝教大師とを召し合はせられて 宗の勝劣を聞し食ししに南都の
02 十四人皆口を閉ぢて鼻のごとくす、 後に重ねて怠状を捧げたり、 其の状に云く「聖徳の弘化より以降た今に二百
03 余年の間・講ずる所の経論其の数多し、 彼れ此れ理を争い其の疑未だ解けず而も此の最妙の円宗猶未だ闡揚せず」
04 等云云、 此れをもつて思うに伝教大師已前には法華経の御心いまだ顕れざりけるか、 八幡大菩薩の見ず聞かずと
05 御託宣有りけるは指なり指なり白なり白なり。
06 法華経第四に云く「我が滅度の後に能く竊に一人の為にも法華経を説かん、 当に知るべし是の人は則ち如来の
07 使なり 乃至如来則ち 衣を以て之れを覆い給うべし」等云云、 当来の弥勒仏は法華経を説き給うべきゆへに釈迦
08 仏は大迦葉尊者を御使として衣を送り給ふ、 又伝教大師は仏の御使として 法華経を説き給うゆへに 八幡大菩薩
09 を使として衣を送り給うか、 又此の大菩薩は伝教大師已前には 加水の法華経を服してをはしましけれども先生の
10 善根に依つて大王と生れ給いぬ、 其の善根の余慶・神と顕れて此の国を守護し給いけるほどに 今は先生の福の余
11 慶も尽きぬ、 正法の味も失せぬ謗法の者等・国中に充満して年久しけれども 日本国の衆生に久く仰がれてなじみ
12 せし大科あれども捨てがたく・をぼしめし 老人の不幸の子を捨てざるが如くして天のせめに合い給いぬるか、 又
13 此の袈裟は 法華経最第一と説かん人こそ・かけまいらせ給うべきに伝教大師の後は第一の座主義真和尚・法華最第
14 一の人なれば・かけさせ給う事其の謂あり、 第二の座主・円澄大師は伝教大師の御弟子なれども又弘法大師の弟子
15 なり・すこし謗法ににたり、 此の袈裟の人には有らず、 第三の座主・円仁慈覚大師は名は伝教大師の御弟子なれ
16 ども心は弘法大師の弟子・大日経第一・法華経第二の人なり、 此の袈裟は一向にかけがたし、設いかけたりとも法
17 華経の行者にはあらず、 其の上又当世の天台座主は一向真言の座主なり、 又当世の八幡の別当は或は園城寺の長
18 吏或は東寺の末流なり、 此れ等は遠くは釈迦・多宝・十方の諸仏の大怨敵・近くは伝教大師の讐敵なり、 譬へば
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01 提婆達多が大覚世尊の御袈裟をかけたるがごとし、又猟師が仏衣を被て師子の皮をはぎしがごとし、 当世叡山の座
02 主は伝教大師の八幡大菩薩より給て候し御袈裟をかけて 法華経の所領を奪ひ取りて真言の領となせり、 譬へば阿
03 闍世王の提婆達多を師とせしがごとし。
04 而るを大菩薩の此の袈裟をはぎかへし給わざるは第一の大科なり、 此の大菩薩は法華経の御座にして行者を守
05 護すべき由の起請をかきながら 数年が間・法華経の大怨敵を治罰せざる事 不思議なる上、たまたま法華経の行者
06 の出現せるを来りて守護こそなさざらめ、 我が前にして、 国主等の怨する事・犬の猿をかみ蛇の蝦をのみ鷹の雉
07 を師子王の兎を殺すがごとくするを 一度もいましめず、 設いいましむるやうなれども・いつわりをろかなるゆへ
08 に梵釈・日月・四天等のせめを八幡大菩薩かほり給いぬるにや、例せば欽明天皇・敏達天皇・用明天皇・已上三代の
09 大王・物部大連・守屋等がすすめに依りて宣旨を下して 金銅の釈尊を焼き奉り堂に火を放ち僧尼をせめしかば天よ
10 り火下て内裏をやく、 其の上日本国の万民とがなくして悪瘡をやみ死ぬること大半に過ぎぬ、結句三代の大王・二
11 人の大臣・其の外多くの王子・公卿等・或は悪瘡或は合戦にほろび給いしがごとし、 其の時日本国の百八十の神の
12 栖給いし宝殿皆焼け失せぬ 釈迦仏に敵する者を守護し給いし大科なり、 又園城寺は叡山已前の寺なれども智証大
13 師の真言を伝えて今に長吏とがうす 叡山の末寺たる事疑いなし、 而るに山門の得分たる大乗の戒壇を奪い取りて
14 園城寺に立てて叡山に随わじと云云、 譬へば小臣が大王に敵し子が親に不幸なるがごとし、 かかる悪逆の寺を新
15 羅大明神みだれがわしく守護するゆへに 度度・山門に宝殿を焼る、 此のごとし、今八幡大菩薩は法華経の大怨敵
16 を守護して天火に焼かれ給いぬるか、例せば秦の始皇の先祖・襄王と申せし王・神となりて始皇等を守護し給いし
17 程に秦の始皇・大慢をなして 三皇五帝の墳典をやき三聖の孝経等を失いしかば沛公と申す人・剣をもつて大蛇を切
18 り死ぬ秦皇の氏神是なり、 其の後秦の代ほどなくほろび候いぬ 此れも又かくのごとし、安芸の国いつく島の大明
0582top
01 神は平家の氏神なり平家ををごらせし失に伊勢太神宮・ 八幡等に神うちに打ち失われて其の後平家ほどなく・ほろ
02 び候いぬ此れも又かくのごとし。
03 法華経の第四に云く「仏滅度の後能く其の義を解せんは是れ諸の天人世間の眼なり」等云云、 日蓮が法華経の
04 肝心たる題目を日本国に弘通し候は諸天・世間の眼にあらずや、眼には五あり所謂.肉眼・天眼・慧眼・法眼.仏眼な
05 り、 此の五眼は法華経より出生せさせ給う故に 普賢経に云く「此の方等経は是れ諸仏の眼なり諸仏是れに因て五
06 眼を具する事を得給う」等云云、 此の方等経と申すは法華経を申すなり、又此の経に云く「人天の福田・応供の中
07 の最なり」等云云、此等の経文のごとくば妙法蓮華経は人天の眼・二乗・菩薩の眼・諸仏の御眼なり、而るに法華経
08 の行者を怨む人は人天の眼をくじる者なり、 其の人を罰せざる守護神は一切の人天の眼をくじる者を 結構し給う
09 神なり、 而るに弘法・慈覚・智証等は正しく書を作りて法華経を無明の辺域にして明の分位に非ず後に望れば戯論
10 と作る力者に及ばず履者とりにたらずと・かきつけて四百余年、 日本国の上・一人より下・万民にいたるまで法華
11 経をあなづらせ一切衆生の眼をくじる者を守護し給うは あに八幡大菩薩の結構にあらずや、 去ぬる弘長と又去ぬ
12 る文永八年九月の十二日に 日蓮一分の失なくして南無妙法蓮華経と申す大科に 国主のはからいとして八幡大菩薩
13 の御前にひきはらせて一国の謗法の者どもに・わらわせ給いしは・あに八幡大菩薩の大科にあらずや、 其のいまし
14 めとをぼしきは・ただどしうちばかりなり、 日本国の賢王たりし上・第一第二の御神なれば八幡に勝れたる神はよ
15 もをはせじ、又偏頗はよも有らじとは・をもへども 一切経並に法華経のをきてのごときんば・この神は大科の神な
16 り、 日本六十六箇国二つの島一万一千三十七の寺寺の仏は皆 或は画像或は木像或は真言已前の寺もあり或は已後
17 の寺もあり、 此等の仏は皆法華経より出生せり、法華経をもつて眼とすべし、 所謂「此の方等経は是れ諸仏の眼
18 なり」等云云、 妙楽云く「然も此の経は常住仏性を以て咽喉と為し 一乗の妙行を以て眼目と為し再生敗種を以て
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01 心腑と為し顕本遠寿を以て其の命と為す」等云云、 而るを日本国の習い 真言師にもかぎらず 諸宗一同に仏眼の
02 印をもつて 開眼し大日の真言をもつて五智を具すと云云 此等は法華経にして仏になれる 衆生を真言の権経にて
03 供養すれば還つて仏を死し眼をくじり 寿命を断ち喉をさきなんどする人人なり、 提婆が教主釈尊の身より血を出
04 し阿闍世王の彼の人を師として現罰に値いしにいかでか・をとり候べき、 八幡大菩薩は応神天皇・小国の王なり阿
05 闍世王は摩竭大国の大王な り天と人と王と民との勝劣なり、 而れども阿闍世王・猶釈迦仏に敵をなして悪瘡身に
06 付き給いぬ、 八幡大菩薩いかでか其の科を脱るべき、 去ぬる文永十一年に大蒙古よりよせて 日本国の兵を多く
07 ほろぼすのみならず八幡の宮殿すでにやかれぬ、 其の時何ぞ彼の国の兵を罰し給はざるや、 まさに知るべし彼の
08 国の大王は此の国の神に勝れたる事あきらけし、 襄王と申せし神は漢土の第一の神なれども 沛公が利劒に切られ
09 給いぬ。
10 此れをもつてをもうべし 道鏡法師・称徳天皇の心よせと成りて国王と成らんとせし時清丸・八幡大菩薩に祈請せ
11 し時八幡の御託宣に云く 「夫れ神に大小好悪有り 乃至彼は衆く我は寡し邪は強く正は弱し乃ち当に仏力の加護を
12 仰て為めに皇緒を紹隆すべし」等云云、 当に知るべし八幡大菩薩は正法を力として 王法を守護し給いけるなり、
13 叡山・東寺等の真言の邪法をもつて 権の大夫殿を調伏せし程に 権の大夫殿はかたせ給い隠岐の法皇はまけさせ給
14 いぬ還著於本人此れなり。
15 今又日本国・一万一千三十七の寺・並に三千一百三十二社の神は国家安穏のために・あがめられて候、而るに其
16 の寺寺の別当等・其の社社の神主等はみなみな・あがむるところの本尊と神との御心に相違せり、 彼れ彼れの仏と
17 神とは其の身異体なれども 其の心同心に法華経の守護神なり、 別当と社主等は或は真言師或は念仏者或は禅僧或
18 は律僧なり皆一同に八幡等の御かたきなり、 謗法不孝の者を守護し給いて正法の者を 或は流罪或は死罪等に行な
0084top
01 わるるゆへに天のせめを被り給いぬるなり、 我が弟子等の内・謗法の余慶有る者の思いて いわく此の御房は八幡
02 をかたきとすと云云、 これいまだ道理有りて法の成就せぬには 本尊をせむるという事を存知せざる者の思いなり
03 付法蔵経と申す経に大迦葉尊者の因縁を説いて云く 「時に摩竭国に婆羅門有り 尼倶律陀と名づく過去の世に於て
04 久しく勝業を修し、 多く財宝に饒かにして巨富無量なり摩竭王に比するに千倍勝れりと為す、 財宝饒かなりと雖
05 も子息有る事無し自ら念わく老朽して死の時将に至らんとす 庫蔵の諸物委付する所無し、 其の舎の側に於て樹林
06 神有り彼の婆羅門子を求むるが為の故に即ち往て祈請す 年歳を経歴すれども微応無し、 時に尼倶律陀大に瞋忿を
07 生じて樹神に語て曰く、 我汝に事てより来已に年歳を経れども都て 一の福応を垂るるを見ず 今当に七日至心に
08 汝に事うべし、若し復験無ければ必ず相焼剪せん、 樹神聞き已て 甚だ愁怖を懐き四天王に向つて具さに斯の事を
09 陳ぶ、 是に於て四王往て帝釈に白す・帝釈閻浮提の内を観察するに・福徳の人の彼の子と為るに堪ゆる無し即ち梵
10 王に詣で広く上の事を宣ぶ、 爾の時に梵王天眼を以て観見するに 梵天の当に命終に臨む有り而て之に告げて曰く
11 汝若し神を降さば宜しく 当に彼の閻浮提界の婆羅門の家に生ずべし、 梵天対て曰く婆羅門の法悪邪見多し我今其
12 子と為る事能ざるなり、 梵王復言く彼の婆羅門大威徳有り閻浮提の人往て生ずるに堪ゆる莫し 汝必ず彼に生ぜば
13 吾れ相護りて終に汝をして邪見に入らしめざらん、 梵天曰く諾・敬て聖教を承けん、 是に於て帝釈即樹神に向つ
14 て斯の如き事を説く樹神歓喜して 尋て其の家に詣で婆羅門に語らく 汝今復恨を我れに起す事なかれ郤て後七日当
15 に卿が願を満すべし、 七日に至て已に婦身む事有るを覚え 十月を満足して一男児を生めり乃至今の迦葉是なり」
16 云云、 「時に応じて尼倶律陀大に瞋忿を生ず」等云云、 常のごときんば氏神に向いて大瞋恚を生ぜん者は今生に
17 は身をほろぼし後世には悪道に堕つべし 然りと雖も尼倶律陀長者・氏神に向て大悪口大瞋恚を生じて 大願を成就
18 し賢子をまうけ給いぬ、当に知るべし瞋恚は善悪に通ずる者なり。
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01 今日蓮は去ぬる建長五年癸丑四月二十八日より今年弘安三年太歳庚辰十二月にいたるまで二十八年が間又他事な
02 し、只妙法蓮華経の七字五字を日本国の一切衆生の口に入れんとはげむ計りなり、此れ即母の赤子の口に乳を入れん
03 とはげむ慈悲なり此れ又時の当らざるにあらず 已に仏記の五五百歳に当れり、天台・伝教の御時は時いまだ来らざ
04 りしかども一分の機ある故に少分流布せり、 何に況や今は已に時いたりぬ 設とひ機なくして水火をなすともいか
05 でか弘通せざらむ、 只不軽のごとく大難には値うとも流布せん事疑なかるべきに真言・禅・念仏者等の讒奏に依り
06 て無智の国主等・留難をなす此を対治すべき氏神・八幡大菩薩・彼等の大科を治せざるゆへに 日蓮の氏神を諌暁す
07 るは道理に背くべしや、 尼倶律陀長者が樹神をいさむるに・異ならず、 蘇悉地経に云く「本尊を治罰する事鬼魅
08 を治するが如し」等云云、文の心は経文のごとく所願を成ぜんがために 数年が間・法を修行するに成就せざれば本
09 尊を或はしばり 或は打ちなんどせよととかれて候、 相応和尚の不動明王をしばりけるは 此の経文を見たりける
10 か、此は他事にはにるべからず 日本国の一切の善人は 或は戒を持ち或は布施を行じ 或は父母等の孝養のために
11 寺塔を建立し或は成仏得道の為に妻子をやしなうべき財を止めて 諸僧に供養をなし候に、 諸僧謗法の者たるゆへ
12 に謀反の者を知ずしてやどしたるがごとく 不孝の者に契をなせるがごとく 今生には災難を招き後生も悪道に堕ち
13 候べきを扶けんとする身なり 而るを日本国の守護の善神等・彼等にくみして正法の敵となるゆへに 此をせむるは
14 経文のごとし道理に任せたり、 我が弟子等が愚案にをもわく 我が師は法華経を弘通し給うとてひろまらざる上大
15 難の来れるは真言は国をほろぼす念仏は無間地獄・禅は天魔の所為・律僧は国賊との給うゆへなり、 例せば道理有
16 る問注に悪口のまじわれるがごとしと云云、 日蓮我が弟子に反詰して云く 汝若し爾らば我が問を答えよ一切の真
17 言師・一切の念仏者・一切の禅宗等に向て南無妙法蓮華経と唱え給えと 勧進せば彼等の云く我が弘法大師は法華経
18 と釈迦仏とを・戯論・無明の辺域・力者・はき物とりに及ばずと・かかせ給いて候、物の用にあわぬ法華経を読誦せ
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01 んよりも其の口に我が小呪を一反も見つべし 一切の在家の者の云く 善導和尚は法華経をば千中無一・法然上人は
02 捨閉閣抛・道綽禅師は未有一人得者と定めさせ給へり 汝がすすむる南無妙法蓮華経は我が念仏の障りなり 我等設
03 い悪をつくるともよも唱えじ 一切の禅宗の云く我が宗は教外別伝と申して 一切経の外に伝へたる最上の法門なり
04 一切経は指のごとし禅は月のごとし 天台等の愚人は指をまほつて月を亡いたり 法華経は指なり禅は月なり月を見
05 て後は指は何のせんか有るべきなんど申す、 かくのごとく申さん時は いかにとしてか 南無妙法蓮華経の良薬を
06 ば彼れ等が口には入るべき 仏は且らく阿含経を説き給いて後 彼の行者を法華経へ入れんと・たばかり給いしに一
07 切の声聞等・只阿含経に著して 法華経へ入らざりしをば・いかやうにか・たばからせ給いし、此をば仏説いて云く
08 「設ひ五逆罪は造るとも五逆の者をば供養すとも罪は仏の種とはなるとも 彼れ等が善根は仏種とならじ」とこそ説
09 かせ給しか、 小乗・大乗はかわれども同じく仏説なり 大が小を破して小を大となすと大を破して法華経に入ると
10 大小は異なれども 法華経へ入れんと思う志は是一つなり、 されば無量義経に大を破して云く「未顕真実」と法華
11 経に云く「此の事は為て不可なり」等云云、 仏自ら云く「我世に出でて華厳・般若等を説きて 法華経をとかずし
12 て入涅槃せば愛子に財ををしみ 病者に良薬をあたへずして死にたるがごとし 仏自ら地獄に堕つべし 」と云云、
13 不可と申すは地獄の名なり 況や法華経の後・爾前の経に著して 法華経へうつらざる者は大王に民の従がはざるが
14 ごとし親に子の見へざるがごとし、 設い法華経を破せざれども 爾前の経経をほむるは 法華経をそしるに当たれ
15 り、妙楽云く「若し昔を称歎せば 豈に今を毀るに非ずや」文、 又云く「発心せんと欲すと雖も偏円を簡ばず誓の
16 境を解らざれば未来法を聞くとも何ぞ能く謗を免れん」等云云、真言の善無畏.金剛智・不空・弘法・慈覚.智証等は
17 設とい法華経を大日経に相対して 勝劣を論ぜずして大日経を弘通すとも 滅後に生まれたる三蔵・人師なれば謗法
18 はよも免れ候はじ、 何に況や善無畏等の三三蔵は法華経は 略説・大日経は広説と同じて而かも法華経の行者を大
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01 日経えすかし入れ、 弘法等の三大師は法華経の名をかきあげて 戯論なんどかかれて候大科を明らめずして此の四
02 百余年一切衆生を皆謗法の者となせり、 例せば大荘厳仏の末の四比丘が六百万億那由佗の人を 皆無間地獄に堕せ
03 ると、 師子音王仏の末の勝意比丘が無量無辺の持戒の比丘・比丘尼・うばそく・うばいを皆阿鼻大城に導きしと、
04 今の三大師の教化に随いて 日本国四十九億九万四千八百二十八人或は云く 日本紀に行基の人数に云く男女四十五
05 億八万九千六百五十九人 云云の一切衆生又四十九億等の人人四百余年に死して 無間地獄に堕ちぬれば其の後他方
06 世界よりは生れて又死して無間地獄に堕ちぬ、 かくのごとく堕つる者は 大地微塵よりも多し此れ皆三大師の科ぞ
07 かし、 此れを日蓮此に大に見ながらいつわりをろかにして申さずば 倶に堕地獄の者となつて一分の科なき身が十
08 方の大阿鼻獄を経めぐるべし いかでか身命をすててよばわらざるべき 涅槃経に云く「一切衆生異の苦を受くるは
09 悉く是如来一人の苦なり」等云云、日蓮云く一切衆生の同一苦は悉く是日蓮一人の苦と申すべし。
10 平城天皇の御宇に八幡の御託宣に云く「我は是れ日本の鎮守八幡大菩薩なり 百王を守護せん誓願あり」等云云、
11 今云く人王八十一・二代隠岐の法皇・三・四・五の諸王已に破られ畢んぬ残の二十余代・今捨て畢んぬ、已に此の願
12 破るるがごとし、 日蓮料簡して云く百王を守護せんというは 正直の王・百人を守護せんと誓い給う、八幡の御誓
13 願に云く「正直の人の頂を以て栖と為し 、諂曲の人の心を以て亭ず」等云云、 夫れ月は清水に影をやどす濁水に
14 すむ事なし、 王と申すは不妄語の人・右大将家・権の大夫殿は不妄語の人・正直の頂八幡大菩薩の栖む百皇の内な
15 り、正直に二あり一には世間の正直・王と申すは天・人・地の三を串くを王と名づく、天・人・地の三は横なりたつ
16 てんは縦なり、王と申すは黄帝・中央の名なり、天の主・人の主・地の主を王と申す、隠岐の法皇は名は国王・身は
17 妄語の人なり横人なり、 権の大夫殿は名は臣下・身は大王・不妄語の人・八幡大菩薩の願い給う頂きなり、 二に
18 は出世の正直と申すは爾前・七宗等の経論 釈は妄語・法華経・天台宗は正直の経釈なり、本地は不妄語の経の釈迦
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01 仏・迹には不妄語の八幡大菩薩なり、 八葉は八幡・中台は教主釈尊なり、 四月八日・寅の日に生まれ八十年を経
02 て二月十五日申の日に隠れさせ給う、 豈に教主の日本国に生まれ給うに有らずや、 大隅の正八幡宮の石の文に云
03 く「昔し霊鷲山に在つて妙法華経を説き今正宮の中に在て大菩薩と示現す」等云云、 法華経に云く「今此三界」等
04 云云、又「常に霊鷲山に在り」等云云、 遠くは三千大千世界の一切衆生は釈迦如来の子なり、近くは日本国・四十
05 九億九万四千八百二十八人は八幡大菩薩の子なり、 今日本国の一切衆生は八幡をたのみ奉るやうにもてなし 釈迦
06 仏をすて奉るは影をうやまつて 体をあなづり子に向いて親をのるがごとし、 本地は釈迦如来にして月氏国に出で
07 て正直捨方便の法華経を説き給い、 垂迹は日本国に生れては正直の頂きにすみ給う、 諸の権化の人人の本地は法
08 華経の一実相なれども垂迹の門は無量なり、 所謂跋倶羅尊者は三世に不殺生戒を示し 鴦崛摩羅は生生に殺生を示
09 す、 舎利弗は外道となり是くの如く門門不同なる事は 本凡夫にて有りし時の初発得道の始を成仏の後・化他門に
10 出で給う時我が得道の門を示すなり、 妙楽大師云く「若し本に従て説かば亦是れ昔殺等の悪の中に於て 能く出離
11 するが故なり是の故に 迹中に亦殺を以て利他の法門と為す」等云云、 今八幡大菩薩は本地は月支の不妄語の法華
12 経を迹に日本国にして 正直の二字となして賢人の頂きにやどらんと云云、 若し爾らば此の大菩薩は宝殿をやきて
13 天にのぼり給うとも法華経の行者・日本国に有るならば其の所に栖み給うべし。
14 法華経の第五に云く諸天昼夜に常に法の為の故に而も之を衛護す、 経文の如くんば南無妙法蓮華経と申す人を
15 ば大梵天・帝釈・日月・四天等・昼夜に守護すべしと見えたり、又第六の巻に云く「或は己身を説き或は他身を説き
16 或は己身を示し 或は他身を示し或は己事を示し或は他事を示す」文観音尚三十三身を現じ 妙音又三十四身を現じ
17 給ふ教主釈尊何ぞ八幡大菩薩と現じ給はざらんや・天台云く「即是れ形を十界に垂れて種種の像を作す」等云云。
18 天竺国をば月氏国と申すは 仏の出現し給うべき名なり、 扶桑国をば日本国と申すあに聖人出で給わざらむ、
0589top
01 月は西より東に向へり 月氏の仏法の東へ流るべき相なり、 日は東より出づ日本の仏法の月氏へかへるべき瑞相な
02 り、月は光あきらかならず在世は但八年なり、 日は光明・月に勝れり五五百歳の長き闇を照すべき瑞相なり、 仏
03 は法華経謗法の者を治し給はず在世には無きゆへに、 末法には一乗の強敵充満すべし 不軽菩薩の利益此れなり、
04 各各我が弟子等はげませ給へはげませ給へ。
05 弘安三年太歳庚辰十二月 日 日蓮花押
二乗作仏事
01 爾前得道の旨たる文、 経に云く見諸菩薩等云云、又云く始見我身等、此等の文の如きは菩薩初地初住に叶う事
02 有ると見えたるなり、 故に見諸菩薩の文の下には而我等不預斯事と・又始見の文の下には除先修習等云云、 此れ
03 は爾前に二乗作仏無しと見たる文なり。
04 問う顕露定教には二乗作仏を許すや 顕露不定教には之を許すか秘密には之を許すか爾前の円には二乗作仏を許
05 すや別教には之を許すか、 答う所詮は重重の問答有りと雖も皆之を許さざるなり、 所詮は二乗界の作仏を許さず
06 んば菩薩界の作仏も許さざるか 衆生無辺誓願度の願の闕くるが故なり、 釈は菩薩の得道と見たる経文を消する許
07 りなり、 所詮華・方・般若の円の菩薩も初住に登らず 又凡夫二乗は勿論なり化一切衆生皆令入仏道の文の下にて
08 此の事は意得可きなり。
09 問う円の菩薩に向つては二乗作仏を説くか、答う説かざるなり未曾向人説如此事の釈に明かなり。
10 問う華厳経の三無差別の文は十界互具の正証なりや、 答う次下の経に云く如来智慧の大薬王樹は唯二所を除き
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01 て生長することを得ず所謂声聞と縁覚となり等云云 二乗作仏を許さずと云う事分明なり、 若し爾らば本文は十界
02 互具と見えたれども 実には二乗作仏無ければ十界互具を許さざるか、 其の上爾前の経は法華経を以て定む可し既
03 に除先修習等云云と云う華厳は二乗作仏無しと云う事分明なり方等般若も又以て此くの如し。
04 惣じて爾前の円に意得可き様・二有り、一には阿難結集の已前に仏は一音に必ず別円二教の義を含ませ一一の
05 音に必ず四教三教を含ませ給えるなり、 故に純円の円は爾前経には無きなり 故に円と云えども今の法華に対すれ
06 ば別に摂すと云うなり、 籤の十に又一一の位に皆普賢行布の二門有り 故に知んぬ兼ねて円門を用いて別に摂すと
07 釈するなり此の意にて爾前に得道無しと云うなり、 二には阿難結集の時・多羅葉に注す一段は純別・一段は純円に
08 書けるなり方等・般若も此くの如し、 此の時は爾前の純円に書ける処は 粗法華に似たり、 住中多明円融之相等
09 と釈するは此の意なり。
10 天台智者大師は此の道理を得給いし故に他師の華厳など惣じて爾前の経を心得しには・たがい給えるなり、 此
11 の二の法門をば如何として天台大師は 心得給いしぞとさぐれば 法華経の信解品等を以て一一の文字別円の菩薩及
12 び四教三教なりけりとは心得給いしなり、 又此の智恵を得るの後にて彼等の経に向つて見る時は 一向に別・一向
13 に円等と見えたる処あり、 阿難結集の後のしはざなりけりと見給えるなり、 天台一宗の学者の中に 此の道理を
14 得ざるは 爾前の円と法華の円と始終同の義を思う故に 一処のみの円教の経を見て一巻二巻等に純円の義を存ずる
15 故に彼の経等に於て往生成仏の義理を許す人人是れ多きなり、華厳・方等・般若・観経等の本文に於て阿難・円教の
16 巻を書くの日に即身成仏云云即得往生等とあるを見て 一生乃至順次生に往生成仏を遂げんと思いたり、 阿難結集
17 已前の仏口より出す所の説教にて意を案ずれば 即身成仏・即得往生の裏に歴劫修行・永不往生の心含めり、 句の
18 三に云く摂論を引いて云く 了義経・依文判義等と云う意なり、 爾前の経を文の如く判ぜば仏意に乖く可しと云う
0591top
01 事は是なり、 記の三に云く法華已前は不了義なる故と云えり此の心を釈せるなり、 籤の十に云く「唯此の法華の
02 み前教の意を説き今経の意を顕す」と釈の意は是なり。
03 抑他師と天台との意の殊なる様は如何と云うに 他師は一一の経経に向つて 彼の経経の意を得たりと謂へり、
04 天台大師は 法華経に仏四十余年の経経を説き給へる意をもつて 諸経を釈する故に阿難尊者の書きし所の諸経の本
05 文にたがひたる様なれども仏意に相叶いたるなり、 且らく観経の疏の如き経説には見えざれども 一字に於て四教
06 を釈す、 本文は一処は別教・一処は円教・一処は通教に似たり、釈の四教に亘るは法華の意を以て仏意を知りたも
07 う故なり、 阿難尊者の結集する経にては一処は純別・一処は純円に書き 別円を一字に含する義をば法華にて書き
08 けり、 法華にして爾前の経の意を知らしむるなり、 若し爾らば一代聖教は反覆すと雖も法華経無くんば一字も諸
09 経の意を知るべからざるなり、 又法華経を読誦する行者も 此の意を知らずんば 法華経を読むにては有る可から
10 ず、 爾前の経は深経なればと云つて浅経の意をば顕さず浅経なればと云つて又深義を含まざるにも非ず、 法華経
11 の意は一一の文字は皆爾前の意を顕し 法華経の意をも顕す故に一字を読めば 一切経を読むなり一字を読まざるは
12 一切経を読まざるなり、 若し爾らば法華経無き国には諸経有りと雖も 得道は難かる可し、滅後に一切経を読む可
13 き様は華厳経にも必ず法華経を列ねて 彼の経の意を顕し観経にも必ず 法華経を列ねて其の意を顕すべし諸経も又
14 以て此くの如し、 而るに月支の末の論師及び震旦の人師此の意を弁えず 一経を講して各我得たりと謂い又超過諸
15 経の謂いを成せるは曾て一経の意を得ざるのみに非ず謗法の罪に堕するか。
16 問う天竺の論師・震旦の人師の中に天台の如く阿難結集已前の仏口の諸経を此くの如く意得たる論師・人師之有
17 るか、答う無著菩薩の摂論には四意趣を以て諸経を釈し、 竜樹菩薩の大論には四悉檀を以て一代を得たり、 此れ
18 等は粗此の意を釈すとは見えたれども 天台の如く分明には見えず、 天親菩薩の法華論も又以て 此くの如し震旦
0592top
01 国に於ては天台以前の五百年の間には一向に此の義無し、 玄の三に云く「天竺の大論尚其の類に非ず」云云、 籤
02 の三に云く「一家の章疏は理に附し 教に憑り凡そ立つる所の義・他人の其の所弘に随い 偏に己が典を讃するに同
03 じからず、 若し法華を弘むるに 偏に讃せば尚失なり況や復余をや」文、 何となれば既に開権顕実と云う何ぞ一
04 向に権を毀る可きや、 華厳経の心仏及衆生・是三無差別の文は華厳の人師・此の文に於て一心覚不覚の三義を立つ
05 るは、 源と起信論の名目を借りて此の文を釈するなり、 南岳大師は妙法の二字を釈するに此の文を借りて三法妙
06 の義を存せり、 天台智者大師は之を依用す此に於て天台宗の人は華厳・法華同等の義を存するか、又澄観・心仏及
07 衆生の文に於て一心覚不覚の義を存するのみに非ず 性悪の義を存して云く、 澄観の釈に「彼の宗には此れを謂つ
08 て実と為す此の宗の立義・理通ぜざる無し」等云云、 此等の法門許す可きや否や、 答えて云く弘の一に云く「若
09 し今家の諸の円文の意無くんば 彼の経の偈の旨理実に消し難し」 同じく五に云く「今文を解せずんば如何ぞ心造
10 一切三無差別を消解せん」文、 記の七に云く忽ち都て未だ性悪の名を聞かずと云えり、 此等の文の如くんば天台
11 の意を得ずんば彼の経の偈の意・知り難きか、 又震旦の人師の中には 天台の外には性悪の名目あらざりけるか、
12 又法華経に非ずんば一念三千の法門・談ずべからざるか、 天台已後の華厳の末師並びに真言宗の人・性悪を以て自
13 宗の依経の詮と為すは 天竺より伝わりたりけるか祖師より伝わるか、 又天台の名目を偸んで自宗の内証と為すと
14 云へるか、能く能く之を験す可し。
15 問う性悪の名目は天台一家に限る可し諸宗には之無し、 若し性悪を立てずんば九界の因果を如何が仏界の上に
16 現ぜん、 答う義例に云く性悪若断等云云、 問う円頓止観の証拠 と一念三千の証拠に華厳経の心仏及衆生是三無
17 差別の文を引くは 彼の経に円頓止観及び一念三千を説くというか、 答えて云く天台宗の人の中には爾前の円と法
18 華の円と同の義を存す、 問う六十巻の中に前三教の文を引いて 円の義を釈せるは 文を借ると心得、爾前の円の
0593top059
01 文を引いて 法華の円の義を釈するをば借らずと存ぜんや、 若し爾らば三種の止観の証文に爾前の諸経を引く中に
02 円頓止観の証拠に華厳の菩薩於生死等の文を引けるをば、 妙楽釈して云く「還つて教味を借て以て妙円を顕す」と
03 は此の文は諸経の円の文を借ると釈するに非ずや、 若し爾らば心仏及衆生の文を一念三千の証拠に引く事は 之を
04 借れるにて有るべし、 答う当世の天台宗は華厳宗の見を出でざる事を云うか、 華厳宗の意は法華と華厳とに於て
05 同勝の二義を存ず、 同は法華・華厳の所詮の法門之同じとす、 勝には二義あり、古の華厳宗は教主と対菩薩衆等
06 の勝の義を談ず、 近代の華厳宗は華厳と法華とに於て同勝の二義有りと云云、 其の勝に於て又二義あり、迹門は
07 華厳と同勝の二義あり 華厳の円と法華迹門の相待妙の円とは同なり彼の円も判ソ・此の円も判ソの故なり、 籤の
08 二に云く「故に須らく二妙を以て三法を妙ならしむべし 故に諸味の中に円融有りと雖も 全く二妙無し」私志記に
09 云く「昔の八の中の円は今の相待の円と同じ」と云へり 是は同なり記の四に云く「法界を以て之を論ずれば 華厳
10 に非ざる無し 仏慧を以て之を論ずれば法華に非ざる無し」云云、 又云く「応に知るべし華厳の尽未来際は即ち此
11 の経の常在霊山なり」云云、 此等の釈は爾前の円と法華の相待妙とを 同ずる釈なり、 迹門の絶待開会は永く爾
12 前の円と異なり、 籤の十に云く「此の法華経は開権顕実開迹顕本の此の両意は永く余経に異なり」と云えり、記の
13 四に云く「若し仏慧を以て法華と為さば即」等と云云、 此の釈は仏慧を明すは爾前・法華に亘り開会は唯法華に限
14 ると見えたり是は勝なり、 爾前の無得道なる事は分明なり其の故は二妙を以て一法に妙ならしむるなり、 既に爾
15 前の円には絶待の一妙を闕く衆生も妙の仏と成る可からざる故に 籤の三に云く妙変為麤の釈是なり、 華厳の円変
16 じて別と成ると云う意なり。
17 本門は相待絶待の二妙倶に爾前に分無し又迹門にも之無し、 爾前迹門は異なれども二乗は見思を断じ菩薩は無
18 明を断ずと申すことは一往之を許して再往は之を許さず、 本門寿量品の意は爾前迹門に於て 一向に三乗倶に三惑
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01 を断ぜずと意得可きなり、 此の道理を弁えざるの間・天台の学者は 爾前法華の一往同の釈を見て永異の釈を忘れ
02 結句名は天台宗にて其の義分は華厳宗に堕ちたり、華厳宗に堕ちるが故に方等般若の円に堕ちぬ、 結句は善導等の
03 釈の見を出でず,結句.後には謗法の法然に同じて師子身中の虫の自ら師子を食うが如し文、仁王経の下に「大王我が
04 滅度の後・未来世の中に四部の弟子・諸の小国の王・太子・王子乃ち是れ三宝を住持し護れる者・転た更に三宝を滅
05 破すること師子身中の虫の自ら師子を食うが如し、 外道には非ず多く我が仏法を壊りて大罪過を得ん」云云、 籤
06 の十に云く「始め住前より登住に至る このかた全く是れ円の義・第二住より次の第七住に至る文相次第して 又別
07 の義に似たり、七住の中に於て又一多相即自在を弁ず、 次の行向地又是れ次第差別の義なり、又一一の位に皆普賢
08 行布の二門有り故に知んぬ兼て円門を用いて別に摂することを」
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小乗小仏要文
01 ┌華 厳 ┌大 日 経── 真言宗
02 ├阿 含 ├観 経 等── 浄土宗
03 小乗┼方 等─ ┼深密経等── 法相宗
04 │ └楞 伽 経── 禅 宗
05 ├般 若──三論宗
06 ├無量義経
07 └法 華経──迹門十四品・本門薬王品已下の六品並びに普賢・涅槃経等
08 ┌応 身─┬劣応身
09 │ └勝 応 身
10 小仏┼報 身──華厳経るさな仏
11 ├大日経等びるさな仏
12 └並びに迹門涅槃経等の仏
13 阿逸・汝当に知るべし是の諸の大菩薩
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01 序出二云云。
02 無数劫よりこのかた 仏の智慧を修習す、 悉く是れ我が所化なり大道心を発さしむ 此等は是れ我が子なり是
03 の世界に依止せり、 玄の七に云く「六に本説法妙とは経に言く此等我所化・令発大道心・今皆住不退と我所化
04 とは正く是れ説法して大道心を発さしむるは小説に簡非するなり、 此れ本時の説を指して迹説を簡非するなり
05 迹説・多種なれども若し涅槃に依れば」等云云、華厳経の寂滅是なり始成正覚。
06 迹仏。 増一阿含経の十に云く 「仏・摩竭国に在し道樹の下にして 爾時に世尊得道未だ久からず」浄名経に云く
07 「始め仏樹に坐して 力て魔を降す」 大集経に云く「如来成道始めて十六年なり」 大日経に云く「我昔道場
08 に坐し四魔を降伏す」 仁王般若経に云く「大覚世尊先ず我が為に二十九年」無量義経に云く「我先に道場菩提
09 樹下に端坐する事 六年乃至四十余年」 法華経の方便品に云く「我始め道場に坐し樹を観じ 亦経行し三七日
10 の中に於て是くの如き事を思惟す」 籤の七に云く「大乗の融通過ぎたること無し」華厳経の初に云く「菩提道
11 場にして始めて正覚を成ず、 故に知んぬ大小識成皆近なり」 寿量品に云く「爾時に世尊・諸の菩薩の三たび
12 請じて止まざるを知ろしめして 之に告げて言たまわく 汝等諦かに聴け如来の秘密神通の力を・一切世間の天
13 人及び阿修羅は皆今の釈迦牟尼仏は釈氏の宮を出でて伽耶城を去ること遠からず 道場に坐して阿耨多羅三藐三
14 菩提を得たりと謂えり、 然るに善男子・我実に成仏してより已来無量無辺百千万億那由佗劫なり」等云云、文
15 句の九に云く「仏・三世に於いて等く三身有り諸教の中に於いて之を秘して伝えず・故に一切世間の天人修羅は
16 今の仏は是に始まると謂えるなり、此の三身を得る故に近に執して遠を疑う」寿量品に云く「諸の善男子・如来
17 は諸の衆生の小法を楽える徳薄垢重の者を見ては是の人の為に我少くして出家し阿耨多羅三藐三菩提を得たりと
18 説く、然るに我実に成仏してより已来久遠なること斯くの若し」文句の九に云く「一約往日○二約現在○三約修
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01 行○四・果門に約せば近成の小を聞かんと楽う者は 釈氏の宮を出で始めて菩提を得たりとし長大久遠の道を聞
02 かん事を楽欲せず故に楽小と云う」此等の小心は今日に始まるに非ず若し先に大を楽わば仏即ち始成を説かず始
03 成を説くことは 皆小法を楽う者の為のみ、 又云く「諸の衆生・小法を楽う者とは所見の機なり」華厳に云く
04 「大衆清浄なりと雖も 其の余の楽小法の者は或は疑悔を生じ 長夜に衰悩せん 此れを愍むが故に黙す」偈に
05 云く「其の余の久く行ぜざるは智慧未だ明了ならず 識に依つて智に依らず聞き已つて憂悔を生じ彼将に悪道に
06 堕ちんとす此れを念うが故に説かず」と、 彼の経を案ずるに声聞・二乗無し但不久行の者を指して 楽小法の
07 人と為すのみ、 師の云く「楽小は小乗の人に非ざるなり乃ち是れ 近説を楽う者を小と為すのみ」文句の九に
08 云く「徳薄とは縁了の二善功用微劣なれば 下の文に諸子幼稚と云うなり垢重とは見思未だ除かざるなり」記の
09 九に云く「徳薄垢重とは 其の人未だ実教の二因有らざる故なり 下の文に諸子幼稚と云うは下の医子の譬の文
10 を指す尚未だ円を聞くに堪えず況んや遠を聞かんをや、 見思未除とは且く譬の中の幼稚の言を消す 定めて未
11 だ遠を知らず」玄の一に云く「厚く善根を殖えて此の頓説を感ず」文、 籤の一に云く「一往は総じて別円を以
12 て厚と為す」五百問論に云く「一経の中に本門を以て主と為す」云云、 又云く「一代教の中に未だ曾て遠を顕
13 さず父母の寿は知らずんばあるべからず始めて此の中に於いて方に遠本を顕す、 乃至但恐る才一国に当るも父
14 母の年を知らざれば失う所・小と謂うも辱むる所至つて大なり、 若し父の寿の遠きを知らざれば復父統の邦に
15 迷う徒に才能と謂うも全く人の子に非ず」 文句の九に云く「菩薩に三種有り下方と他方と旧住となり」玄義の
16 七に云く「若し迹因を執して本因と為さば 斯れ迹を知らず亦本を識らざるなり天月を識らずして但池月を観る
17 が如し○、払迹顕本せば即ち本地の因妙を知る 影を撥つて天を指すが如し云何ぞ盆に臨んで漢を仰がざる嗚呼
18 聾駭なんすれぞ道を論ぜんや」 又云く「若し迹果を執して本果と為す者は 斯れ迹を知らず亦本を識らざるな
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01 り、 本より迹を垂るるは月の水に現ずるが如く迹を払うて本を顕すは影を撥うて天を指すが如し、当に始成の
02 果を撥けば皆是れ迹果なるべく 久成の果を指すは是れ本果なり」 又云く「諸土は悉く迹土なり一には今仏の
03 所栖の故に二には前後修立の故に 三には中間所払の故に若し是れ本土は今仏の所栖に非ず、 今仏の所栖は即
04 ち迹土なり、若し是れ本土は一土・一切土にして前後修立なるべからず浅深不同なり○、 迹を執して本と為す
05 者は此れ迹を知らず亦本を識らざるなり、今迹を払つて本を指すときは本時所栖の四土は是れ本国土妙なり」
06 ┌蔵因──三祇百劫菩薩──未断見思
07 迹仏┼通因──動喩塵劫菩薩──見思断
08 ├別因──無量劫 菩薩──十一品断無明
09 └円因──四十一品断無明
10 劣応 草座
11 勝応 ┌蔵──三十四心断結成道
12 迹仏果──果┤ 天衣
13 ├通──三十四心見思塵沙断の仏
14 報身 │ 蓮華座
15 ├別──十一品断無明の仏
16 法身 │ 虚空座
17 └円──四十二品断無明の仏
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日月の事
01 ┌ 麻利支天女
02 ┌誓 耶 后 乗輅車┼九曜
03 大日天┴毘誓耶 后 └七曜
04 ┌二十八宿
05 大月天┼乗鵞
06 └十二宮
07 金光明経に云く 「日の天子及以び月天是の経典を聞き精気充実す」最勝王経に云く「日出でて光を放ち無垢炎
08 清浄なり此の経王の力に由て流暉四天を遶る」 仁王経に云く「日月度を失い」等、 大集経に云く「日月明を現ぜ
09 ず四方皆亢旱す 是の如き不善業悪王悪比丘我が正法を毀壊す」 仁王経に云く「非法非律にして比丘を繋縛するこ
10 と獄囚の法の如くす」法華経に云く「色力及び智恵此等皆減少す」華厳経に云く大集経に云く。
11 段食・法食・喜食・禅悦食。
12 三力、一切衆生力・法力・自身功徳力.
13 ┌戒光── 清浄也
14 月光┼定光── 定 也
15 └恵光── ナン也
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01 人 天──三学
02 小 乗──三学
03 大 乗──三学
04 権大乗──三学
05 実大乗──三学
06 純 円──三学
07 法身光 般若光 解脱光
08 此天は初地或は十廻向なり
09 十信 十住 十行 十廻向 十地 等 妙
10 初地三惑断
11 初住三惑断
12 北辰 ┌ 衣食
13 梵・帝釈・日・月・四天等 ┌┴ 寿命
14 衆星 │┌ 肉眼
15 │├ 天眼
16 一切の四天下の衆生の眼目 ―─┼└ 恵眼
01 ├─ 法眼 0601
02 └─ 仏眼
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