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日蓮大聖人御書全集
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1061 1062 1063 1064 1065 1066 1067 1068 1069 1070
1071 1072 1073 1074 1075 1076 1077 1078 1079 1080
1081 1082 1083 1084 1085 1086 1087 1088 1089 1090
1091 1092 1093 1094 1095 1096 1097 1098 1099 1100

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01 云云、 理即名字の人は円人なれども言のみありて真なる事かたし、 例せば外典の三墳五典には読む人かずをしら
02 ず、 かれがごとくに世ををさめふれまう事千万が一つもかたしされば世のをさまる事も又かたし、 法華経は紙付
03 に音をあげて・ よめども彼の経文のごとくふれまう事かたく候か、 譬喩品に云く「経を読誦し書持すること有ら
04 ん者を見て軽賎憎嫉して 結恨を懐かん」法師品に云く 「如来現在すら猶怨嫉多し 況や滅度の後をや」勧持品に
05 云く 「刀杖を加え乃至数数擯出せられん」安楽行品に云く 「一切世間怨多くして信じ難し」と、 此等は経文に
06 は候へども何世にかかるべしとも・しられず、 過去の不軽菩薩・覚徳比丘なんどこそ身にあたりてよみまいらせて
07 候いけると・みへはんべれ、 現在には正像二千年はさてをきぬ、 末法に入つては此の日本国には当時は日蓮一人
08 みへ候か、 昔の悪王の御時多くの聖僧の難に値い候いけるには又所従・眷属等・弟子檀那等いくぞばくか・なげき
09 候いけんと今をもちて・をしはかり候、 今日蓮・法華経一部よみて候一句一偈に猶受記をかほれり何に況や一部を
10 やと、いよいよたのもし、 但おほけなく国土までとこそ・をもひて候へども 我と用いられぬ世なれば力及ばず、
11 しげきゆへにとどめ候い了んぬ。
12       文永八年辛未十月五日                         日蓮花押
13     大田左衛門尉殿
14     蘇谷入道殿
15     金原法橋御房
16     御返事
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大田殿許御書    文永十二年正月    五十四歳御作
01   新春の御慶賀自他幸甚幸甚。
02   抑俗諦・真諦の中には勝負を以て詮と為し世間・出世とも甲乙を以て先と為すか、 而るに諸経・諸宗の勝劣は
03 三国の聖人共に之を存し 両朝の群賢同じく之を知るか、 法華経と大日経と天台宗と真言宗との勝劣は月支・ 日
04 本未だ之を弁ぜず西天・東土にも明らめざる物か、 所詮・天台伝教の如き聖人・公場に於て是非を決せず明帝桓武
05 の如き国主之を聞かざる故か、 所謂善無畏三蔵等は法華経と大日経とは理同事勝等と慈覚・ 智証等も此の義を存
06 するか、 弘法大師は法華経を華厳経より下す等此等の二義共に経文に非ず同じく自義を存するか将た又慈覚・ 智
07 証等・ 表を作つて之を奏す申すに随つて勅宣有り、 聞くが如くんば真言・止観両教の宗をば同じく醍醐と号し倶
08 に深秘と称す乃至譬えば猶人の両目・鳥の雙翼の如き者なり等云云、 又重誡の勅宣有り・聞くが如くんば山上の僧
09 等専ら先師の義に違して偏執の心を成ず 殆んど以つて余風を扇揚し旧業を興隆することを顧みず等云云、 余生れ
10 て末の初に居し学諸賢の終りを禀く慈覚・ 智証の正義の上に勅宣方方之れ有り 疑い有るべからず一言をも出すべ
11 からず然りと雖も円仁・ 円珍の両大師・先師伝教大師の正義を劫略して勅宣を申し下すの疑い之れ有る上・仏誡遁
12 れ難し、 随つて又亡国の因縁・謗法の源初之れに始まるか、故に世の謗を憚からず用・不用を知らず身命を捨てて
13 之を申すなり。
14   疑つて云く善無畏.金剛智・不空の三三蔵・弘法・慈覚.智証の三大師二経に相対して勝劣を判ずるの時或は理同
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01 事勝或は華厳経より下る等云云、 随つて又聖賢の鳳文之れ有り、 諸徳之を用いて年久し此の外に汝一義を存して
02 諸人を迷惑し剰さえ天下の耳目を驚かす 豈増上慢の者に非ずや如何、 答えて曰く汝等が不審尤最もなり如意論師
03 の世親菩薩を炳誡せる言は是なり、 彼の状に云く「党援の衆と大義を競うこと無く 群迷の中に正論を弁ずること
04 無かれと言い畢つて死す」云云、 御不審之れに当るか、 然りと雖も仏世尊は法華経を演説するに一経の内に二度
05 の流通之れ有り重ねて一経を説いて法華経を流通す、 涅槃経に云く 「若し善比丘あつて法を壊る者を見て置いて
06 呵責し駈遣し挙処せずんば当に知るべし是の人は仏法の中の怨なり」等云云、 善無畏・金剛智の両三蔵・慈覚・智
07 証の二大師大日の権経を以つて法華の実経を破壊せり。
08   而るに日蓮・ 世を恐て之を言わずんば仏敵と為らんか、 随つて章安大師末代の学者を諌暁して云く「仏法を
09 壊乱するは仏法の中の怨なり 慈無くして詐わり親しむは是れ彼の人の怨なり 能く糾治する者は即ち是れ彼が親な
10 り」等云云、 余は此の釈を見て肝に染むるが故に身命を捨てて之を糾明するなり、 提婆菩薩は付法蔵の第十四・
11 師子尊者は二十五に当る 或は命を失い或は頭を刎らる等是なり、 疑つて云く経経の自讃は諸経・常の習いなり、
12 所謂金光明経に云く 「諸経の王」密厳経の 「一切経中の勝」蘇悉地経に云く 「三部の中に於て此の経を王と為
13 す」法華経に云く「是れ諸経の王」等云云、 随つて四依の菩薩・両国の三蔵も是くの如し如何、答えて曰く大国・
14 小国.大王・小王.大家・小家・尊主.高貴・各各分斉有り然りと雖も国国の万民.皆大王と号し同じく天子と称す詮を
15 以つて之を論ぜば 梵王を大王と為し法華経を以て天子と称するなり、 求めて云く其の証如何、 答えて曰く金光
16 明経の是諸経之王の文は梵釈の諸経に相対し密厳経の一切経中勝の文は次上に十地経・華厳経・ 勝鬘経等を挙げて
17 彼彼の経経に相対して一切経の中に勝ると云云、 蘇悉地経の文は現文之れを見るに 三部の中に於て王と為す等云
18 云、蘇悉地経は大日経・ 金剛頂経に相対して王と云云、 而るに善無畏等或は理同事勝或は華厳経より下ると等云
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01 云、此れ等の僻文は螢火を日月に同じ大海を江河に入るるか。
02   疑つて云く経経の勝劣之れを論じて何か為ん、 答えて曰く法華経の第七に云く「能く是の経典を受持する者有
03 れば亦復是くの如し 一切衆生の中に於て亦為第一なり」等云云、 此の経の薬王品に十喩を挙げて已今当の一切経
04 に超過すと云云、 第八の譬・兼ねて上の文に有り所詮仏の意の如くならば 経の勝劣を詮ずるのみに非ず法華経の
05 行者は一切の諸人に勝れたるの由之れを説く、 大日経等の行者は諸山・衆星・江河・諸民なり、法華経の行者は須
06 弥山・日月・大海等なり、 而るに今の世は法華経を軽蔑すること土の如し民の如し真言の僻人等を重崇して国師と
07 為ること金の如し 王の如し之に依つて増上慢の者・国中に充満す青天瞋を為し 黄地夭ゲツを致す涓聚りてヨウ塹
08 を破るが如く民の愁い積りて国を亡す等是なり、 問うて曰く内外の諸釈の中に是くの如きの例之れ有りや、 答え
09 て曰く史臣呉競が太宗に上つる表に云く 「竊かに惟れば太宗文武皇帝の政化・ 曠古より之れ求むるに未だ是くの
10 如くの盛なる者有らず唐尭・虞舜・夏禹・殷湯・周の文武・漢の文景と雖も皆未だ逮ばざる処なり」云云、今此の表
11 を見れば太宗を慢ぜる王と云う可きか政道の至妙・先聖に超えて讃ずる所なり、 章安大師天台を讃めて云く 「天
12 竺の大論尚其の類に非ず 真丹の人師何ぞ労く語るに及ばん 此れ誇耀に非ず法相の然らしむるのみ」等云云、 従
13 義法師重ねて讃めて云く 「竜樹・天親未だ天台には若かず」伝教大師自讃して云く 「天台法華宗の諸宗に勝るる
14 ことは所依の経に拠るが故に自讃毀他ならず 庶くば有智の君子経を尋ねて 宗を定めよ」云云、 又云く「能く法
15 華を持つ者は亦衆生の中の第一なり 已に仏説に拠る豈自讃ならんや」云云、 今愚見を以つて之を勘うるに 善無
16 畏・弘法・慈覚・ 智証等は皆仏意に違うのみに非ず或は法の盗人或は伝教大師に逆える僻人なり、故に或は閻魔王
17 の責を蒙り或は墓墳無く或は事を入定に寄せ或は度度・大火・大兵に値えり 権者は辱を死骸に与えざる処の本文に
18 違するか、 疑つて云く六宗の如く 真言の一宗も天台に落たる状之れ有りや、 答う記の十の末に之を載せたり、
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01 随つて伝教大師・ 依憑集を造つて之を集む眼有らん者は開いて之を見よ、 冀哉末代の学者妙楽・伝教の聖言に随
02 つて善無畏・慈覚の凡言を用ゆること勿れ、 予が門家等深く此の由を存ぜよ、 今生に人を恐れて後生に悪果を招
03 くこと勿れ、恐恐謹言。
04       正月廿四日                     日 蓮 花 押
05     大田金吾入道殿
太田殿女房御返事    建治元年    五十四歳御作    於身延
01   八月分の八木一石給候い了んぬ、即身成仏と申す法門は諸大乗経・並びに大日経等の経文に分明に候ぞ、爾れば
02 とて彼の経経の人人の即身成仏と申すは 二の増上慢に堕ちて必ず無間地獄へ入り候なり、 記の九に云く「然して
03 二の上慢深浅無きにあらず如と謂うは乃ち大無慙の人と成る」等云云、 諸大乗経の煩悩即菩提・生死即涅槃の即身
04 成仏の法門はいみじくをそたかき・ やうなれども此れはあえて即身成仏の法門にはあらず、 其の心は二乗と申す
05 者は鹿苑にして見思を断じて・ いまだ塵沙無明をば断ぜざる者が 我は已に煩悩を尽したり無余に入りて灰身滅智
06 の者となれり、 灰身なれば即身にあらず滅智なれば成仏の義なし、 されば凡夫は煩悩業もあり苦果の依身も失う
07 事なければ煩悩業を種として 報身・応身ともなりなん、 苦果あれば生死即涅槃とて法身如来ともなりなんと二乗
08 をこそ弾呵せさせ給いしか、 さればとて煩悩・業・苦が三身の種とはなり候はず、今法華経にして有余・無余の二
09 乗が無き煩悩・業・苦をとり出して即身成仏と説き給う時 二乗の即身成仏するのみならず凡夫も即身成仏するなり
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01 此の法門をだにも・くはしく案じほどかせ給わば華厳・ 真言等の人人の即身成仏と申し候は依経に文は候へども其
02 の義はあえてなき事なり僻事の起り此れなり。
03   弘法.慈覚・智証等は此の法門に迷惑せる人なりとみ候、何に況や其の已下の古徳.先徳等は言うに足らず、但天
04 台の第四十六の座主・ 東陽の忠尋と申す人こそ此の法門はすこしあやぶまれて候事は候へ、 然れども天台の座主
05 慈覚の末をうくる人なれば・いつわりをろかにて・さてはてぬるか、 其の上日本国に生を受くる人はいかでか心に
06 は.をもうとも言に出し候べき、しかれども釈迦.多宝・十方の諸仏・地涌.竜樹菩薩・天台・妙楽.伝教大師は即身成
07 仏は法華経に限ると・をぼしめされて候ぞ、我が弟子等は此の事を・をもひ出にせさせ給へ。
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08   妙法蓮華経の五字の中に諸論師・諸人師の釈まちまちに候へども皆諸経の見を出でず、但竜樹菩薩の大論と申す
09 論に「譬えば大薬師の能く 毒を以て薬と為すが如し」 と申す釈こそ此の一字を心へさせ給いたりけるかと見へて
10 候へ、毒と申すは苦集の二諦・生死の因果は毒の中の毒にて候ぞかし、 此の毒を生死即涅槃・煩悩即菩提となし候
11 を妙の極とは申しけるなり、 良薬と申すは毒の変じて薬となりけるを良薬とは申し候いけり、 此の竜樹菩薩は大
12 論と申す文の一百の巻に華厳・ 般若等は妙にあらず法華経こそ妙にて候へと申す釈なり、 此の大論は竜樹菩薩の
13 論・羅什三蔵と申す人の漢土へわたして候なり、 天台大師は此の法門を御らむあつて南北をば・せめさせ給いて候
14 ぞ、 而るを漢土唐の中.日本弘仁已後の人人のアヤマリの出来し候いける事は唐の第九.代宗皇帝の御宇不空三蔵と
15 申す人の天竺より渡して候論あり菩提心論と申す、 此の論は竜樹の論となづけて候、此の論に云く「唯真言法の中
16 にのみ即身成仏する故に是れ三摩地の法を説く 諸教の中に於て闕て書せず」と申す文あり、 此の釈にばかされて
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01 弘法・慈覚・智証等の法門はさんざんの事にては候なり、但し大論は竜樹の論たる事は自他あらそう事なし、 菩提
02 心論は竜樹の論・不空の論と申すあらそい有り、 此れはいかにも候へ・さてをき候ぬ、但不審なる事は大論の心な
03 らば即身成仏は法華経に限るべし 文と申し道理きわまれり、 菩提心論が竜樹の論とは申すとも大論にそむいて真
04 言の即身成仏を立つる上 唯の一字は強と見へて候、 何の経文に依りて唯の一字をば置いて法華経をば破し候いけ
05 るぞ証文尋ぬべし、 竜樹菩薩の十住毘婆娑論に云く「経に依らざる法門をば黒論」と云云自語相違あるべからず、
06 大論の一百に云く 「而も法華等の阿羅漢の授決作仏乃至譬えば大薬師の能く毒を以て薬と為すが如し」 等云云、
07 此の釈こそ即身成仏の道理はかかれて候へ、 但菩提心論と大論とは同じ竜樹大聖の論にて候が水火の異をば・いか
08 んせんと見候に此れは竜樹の異説にはあらず 訳者の所為なり、 羅什は舌やけず不空は舌やけぬ、妄語はやけ実語
09 はやけぬ事顕然なり、 月支より漢土へ経論わたす人一百七十六人なり 其の中に羅什一人計りこそ教主釈尊の経文
10 に私の言入れぬ人にては候へ、 一百七十五人の中・羅什より先後・一百六十四人は羅什の智をもつて知り候べし、
11 羅什来らせ給いて前後一百六十四人がアヤマリも顕れ新訳の十一人がアヤマリも顕れ又こざかしくなりて候も羅什の
12 故なり、此れ私の義にはあらず感通伝に云く「絶後光前」と云云、前を光らすと申すは後漢より後秦までの訳者、後
13 を絶すと申すは羅什已後・善無畏・金剛智・不空等も羅什の智をうけて・すこしこざかしく候なり、 感通伝に云く
14 「已下の諸人並びに皆俟つ事」されば此の菩提心論の唯の文字は 設い竜樹の論なりとも不空の私の言なり、 何に
15 況や次下に「諸教の中に於て闕いて書せず」と・かかれて候・存外のあやまりなり。
16   即身成仏の手本たる法華経をば指をいて・あとかたもなき真言に即身成仏を立て剰え唯の一字を・をかるる条・
17 天下第一の僻見なり此れ偏に修羅根性の法門なり、 天台智者大師の文句の九に寿量品の心を釈して云く 「仏三世
18 に於て等しく 三身有り諸教の中に於て之を秘して伝えず」とかかれて候、 此れこそ即身成仏の明文にては候へ、
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01 不空三蔵此の釈を消さんが為に事を竜樹に依せて 「唯真言の法の中にのみ即身成仏するが故に 是の三摩地の法を
02 説く諸教の中に於て闕いて書せず」とかかれて候なり、 されば此の論の次下に即身成仏をかかれて候が・あへて即
03 身成仏にはあらず 生身得忍に似て候、此の人は即身成仏は・ めづらしき法門とはきかれて候へども即身成仏の義
04 はあへて・うかがわぬ人人なり、 いかにも候へば二乗成仏・久遠実成を説き給う経にあるべき事なり、天台大師の
05 「於諸教中秘之不伝」の釈は千且千且恐恐。
06   外典三千余巻は政当の相違せるに依つて代は濁ると明す、内典五千・七千余巻は仏法の僻見に依つて代濁るべし
07 とあかされて候、 今の代は外典にも相違し内典にも違背せるかのゆへに この大科一国に起りて已に亡国とならむ
08 とし候か、不便不便。
09       七月二日                        日蓮花押
10     太田殿女房御返事
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太田入道殿御返事    建治元年十一月    五十四歳御作
01   貴札之を開いて拝見す、 御痛みの事一たびは歎き二たびは悦びぬ、維摩詰経に云く「爾の時に長者維摩詰自ら
02 念ずらく寝ねて牀に疾む云云、 爾の時に仏・文殊師利に告げたまわく、汝維摩詰に行詣して疾を問え」云云、大涅
03 槃経に云く 「爾の時に如来乃至身に疾有るを現じ、 右脇にして臥したもう彼の病人の如くす」云云、法華経に云
04 く「少病少悩」云云、 止観の第八に云く「若し毘耶に偃臥し疾に託いて教を興す、 乃至如来滅に寄せて常を談じ
05 病に因つて力を説く」云云、 又云く「病の起る因縁を明すに六有り、 一には四大順ならざる故に病む・二には飲
06 食節ならざる故に病む・三には坐禅調わざる故に病む・四には鬼便りを得る・五には魔の所為・六には業の起るが故
07 に病む」云云、 大涅槃経に云く「世に三人の其の病治し難き有り一には大乗を謗ず・二には五逆罪・三には一闡提
08 是くの如き三病は・世の中の極重なり」云云、 又云く「今世に悪業成就し乃至必ず地獄なるべし 乃至三宝を供養
09 するが故に 地獄に堕せずして現世に報を受く所謂頭と目と背との痛み」等云云、 止観に云く「若し重罪有つて乃
10 至人中に軽く償うと此れは是れ業が謝せんと欲する故に病むなり」云云、 竜樹菩薩の大論に云く 「問うて云く若
11 し爾れば華厳経乃至般若波羅蜜は秘密の法に非ず 而も法華は秘密なり等、 乃至譬えば大薬師の能く毒を変じて薬
12 と為すが如し」云云、 天台此の論を承けて云く「譬えば良医の能く毒を変じて薬と為すが如く 乃至今経の得記は
13 即ち是れ毒を変じて薬と為すなり」云云、 故に論に云く「余経は秘密に非ず法華を秘密と為すなり」云云、止観に
14 云く「法華能く治す復称して妙と為す」云云、 妙楽云く「治し難きを能く治す所以に妙と称す」云云、 大経に云
15 く 「爾の時に王舎大城の阿闍世王其の性弊悪にして乃至父を害し已つて 心に悔熱を生ず乃至心悔熱するが故に徧
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01 体瘡を生ず其の瘡臭穢にして附近すべからず、 爾の時に其の母韋提希と字く種種の薬を以て 而も為に之を傅く其
02 の瘡遂に増して降損有ること無し、 王即ち母に白す是くの如きの瘡は心よりして生ず 四大より起るに非ず若し衆
03 生能く治する者有りと言わば是の処有ること無けん云云、 爾の時に世尊・大悲導師・阿闍世王のために月愛三昧に
04 入りたもう三昧に入り已つて大光明を放つ 其の光り清凉にして往いて王の身を照すに 身の瘡即ち愈えぬ」云云、
05 平等大慧妙法蓮華経の第七に云く 「此の経は則ち為れ閻浮提の人の病の良薬なり 若し人病有らんに是の経を聞く
06 ことを得ば病即ち消滅して不老不死ならん」云云。
07   已上上の諸文を引いて惟に御病を勘うるに 六病を出でず其の中の五病は且らく之を置く第六の業病最も治し難
08 し、将た又業病に軽き有り重き有りて多少定まらず就中・法華誹謗の業病最第一なり、 神農・黄帝・華佗・扁鵲も
09 手を拱き持水・流水・耆婆・維摩も口を閉ず、 但し釈尊一仏の妙経の良薬に限つて之を治す、法華経に云く上の如
10 し、 大涅槃経に法華経を指して云く 「若し是の正法を毀謗するも能く自ら改悔し還りて正法に帰すること有れば
11 乃至此の正法を除いて更に救護すること無し是の故に正法に還帰すべし」云云、ケイ谿大師の云く「大経に自ら法華
12 を指して極と為す」云云、 又云く「人の地に倒れて還つて地に従りて起つが如し故に正の謗を以て邪の堕を接す」
13 云云、 世親菩薩は本小乗の論師なり五竺の大乗を止めんが為に 五百部の小乗論を造る後に無著菩薩に値い奉りて
14 忽に邪見を飜えし 一時此の罪を滅せんが為に著に向つて舌を切らんと欲す、 著止めて云く汝其の舌を以て大乗を
15 讃歎せよと、 親忽に五百部の大乗論を造つて小乗を破失す、 又一の願を制立せり我一生の間小乗を舌の上に置か
16 じと、然して後罪滅して弥勒の天に生ず、 馬鳴菩薩は東印度の人、 付法蔵の第十三に列れり本外道の長たりし時
17 勒比丘と内外の邪正を論ずるに 其の心言下に解けて重科を遮せんが為に 自ら頭を刎ねんと擬す所謂我・我に敵し
18 て堕獄せしむ、 勒比丘・諌め止めて云く汝頭を切ること勿れ其の頭と口とを以て大乗を讃歎せよと、 鳴急に起信
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01 論を造つて外小を破失せり月氏の大乗の初なり、 嘉祥寺の吉蔵大師は漢土第一の名匠・ 三論宗の元祖なり呉会に
02 独歩し慢幢最も高し天台大師に対して 已今当の文を諍い立処に邪執を飜破し謗人・ 謗法の重罪を滅せんが為に百
03 余人の高徳を相語らい 智者大師を屈請して身を肉橋と為し頭に両足を承く、 七年の間・薪を採り水を汲み講を廃
04 し衆を散じ慢幢を倒さんが為法華経を誦せず、 大師の滅後隋帝に往詣し雙足を挍摂し涙を流して 別れを告げ古鏡
05 を観見して自影を慎辱す 業病を滅せんと欲して上の如く懺悔す、夫れ以みれば一乗の妙経は三聖の金言・ 已今当
06 の明珠諸経の頂に居す、 経に云く「諸経の中に於て最も其の上に在り」又云く 「法華最第一なり」伝教大師の云
07 く「仏立宗」云云。
08   予随分.大.金.地等の諸の真言の経を勘えたるに敢えて此の文の会通の明文無し但畏.智・空.法・覚.証等の曲会
09 に見えたり是に知んぬ釈尊・大日の本意は限つて法華の最上に在るなり、 而るに本朝真言の元祖たる法・覚・証等
10 の三大師入唐の時・畏・智・空等の三三蔵の誑惑を果・全等に相承して帰朝し了んぬ、法華・真言弘通の時三説超過
11 の一乗の明月を隠して 真言両界の螢火を顕し剰え法華経を罵詈して曰く 戯論なり無明の辺域なり、自害の謬ゴに
12 曰く大日経は戯論なり 無明の辺域なり本師既に曲れり末葉豈直ならんや 源濁れば流清からず等是れ之を謂うか、
13 之に依つて日本久しく闇夜と為り扶桑終に他国の霜に枯れんと欲す。
14   抑貴辺は嫡嫡の末流の一分に非ずと雖も 将た又檀那の所従なり 身は邪家に処して年久しく心は邪師に染みて
15 月重なる設い大山は頽れ設い大海は乾くとも 此の罪は消え難きか、 然りと雖も宿縁の催す所又今生に慈悲の薫ず
16 る所存の外に貧道に値遇して 改悔を発起する故に 未来の苦を償うも 現在に軽瘡出現せるか、 彼の闍王の身瘡
17 は五逆誹法の二罪の招く所なり、 仏月愛三昧に入つて其の身を照したまえば 悪瘡忽に消え三七日の短寿を延べて
18 四十年の宝算を保ち兼ては又千人の羅漢を屈請して一代の金言を書き顕し、 正像末に流布せり、 此の禅門の悪瘡
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01 は但謗法の一科なり、 所持の妙法は月愛に超過す、豈軽瘡を愈して長寿を招かざらんや、 此の語徴無くんば声を
02 発して一切世間眼は大妄語の人・ 一乗妙経は綺語の典なり・名を惜しみ給わば世尊験を顕し・誓を恐れ給わば諸の
03 賢聖来り護り給えと叫喚したまえと爾か云う書は言を尽さず言は心を尽さず事事見参の時を期せん、恐恐。
04       十一月三日                                日蓮花押
05     太田入道殿御返事
乗明聖人御返事    建治三年四月    五十六歳御作   与大田乗明
01   相州の鎌倉より青鳧二結甲州身延の嶺に送り遣わされ候い了んぬ、 昔金珠女は金銭一文を木像の薄と為し九十
02 一劫金色の身と為りき 其の夫の金師は今の迦葉未来の光明如来是なり、 今の乗明法師妙日並びに妻女は銅銭二千
03 枚を法華経に供養す 彼は仏なり此れは経なり経は師なり仏は弟子なり、 涅槃経に云く「諸仏の師とする所は所謂
04 法なり乃至是の故に 諸仏恭敬供養す」と、 法華経の第七に云く「若し復人有つて七宝を以て三千大千世界に満て
05 て仏及び大菩薩・辟支仏・阿羅漢を供養せし、 是の人の得る所の功徳は此の法華経の乃至一四句偈を受持する其の
06 福の最も多きに如かず」夫れ劣る仏を供養する尚九十一劫に金色の身と為りぬ 勝れたる経を供養する施主・一生に
07 仏位に入らざらんや、但真言・禅宗・念仏者等の謗法の供養を除き去るべし、 譬えば修羅を崇重しながら帝釈を帰
08 敬するが如きのみ、恐恐謹言。
09       卯月十二日                                日蓮花押
10     乗明聖人御返事
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大田殿女房御返事    建治三年十一月    五十六歳御作   与大田入道女房    於身延
01   柿のあをうらの小袖わた十両に及んで候か、 此の大地の下は二の地獄あり一には熱地獄すみををこし野に火を
02 つけせうまうの火鉄のゆのごとし、 罪人のやくる事は大火に紙をなげ 大火にかなくづをなぐるがごとし、 この
03 地獄へは・やきとりと火をかけて・かたきをせめ物をねたみて胸をこがす女人の堕つる地獄なり、 二には寒地獄・
04 此の地獄に八あり、涅槃経に云く「八種の寒冰地獄あり.所謂阿波波地獄・阿タタ地獄.阿羅羅地獄・阿婆婆地獄・優
05 鉢羅地獄・波頭摩地獄・拘物頭地獄・芬陀利地獄」云云、 此の八大かん地獄は或はかんにせめられたるこえ或は身
06 のいろ等にて候、 此の国のすわの御いけ或は越中のたて山のかへし 加賀の白山のれいのとりのはねをとぢられ、
07 やもめをうなのすそのひゆる、 ほろろの雪にせめられたるを・もて・しろしめすべし、かんにせめられて・をとが
08 いのわなめく等を阿波波・阿タタ・阿羅羅等と申すかんに・せめられて身のくれないににたるを紅蓮・大紅蓮等と申
09 すなり、 いかなる人の此の地獄にをつるぞと申せば 此の世にて人の衣服をぬすみとり父母師匠等のさむげなるを
10 みまいらせて我はあつく・あたたかにして昼夜をすごす人人の堕つる地獄なり。
11   六道の中に天道と申すは其の所に生ずるより衣服ととのをりて生るるところなり、 人道の中にも商那和修・鮮
12 白比丘尼等は悲母の胎内より 衣服ととのをりて生れ給へり、 是れはたうとき人人に衣服をあたへたるのみならず
13 父母・主君・三宝にきよくあつき衣をまいらせたる人なり、 商那和修と申せし人は裸形なりし辟支仏に衣をまいら
14 せて世世.生生に衣服身に随ふ,キョウ曇弥と申せし女人は仏にきんばら衣をまいらせて一切衆生喜見仏となり給う、
15 今法華経に衣をまいらせ給う女人あり 後生に・はちかん地獄の苦をまぬかれさせ給うのみならず、 今生には大難
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01 其の功徳のあまりを男女のきんだちきぬにきぬをかさね・いろにいろをかさね給うべし、穴賢穴賢。
02       建治三年丁丑十一月十八日               日蓮在御判
03     太田入道殿女房御返事
太田左衛門尉御返事    弘安元年四月    五十七歳御作
01   当月十八日の御状同じき廿三日の午の剋計りに到来・軈拝見仕り候い畢んぬ、御状の如く御布施鳥目十貫文・太
02 刀・五明一本・焼香廿両給い候、抑専ら御状に云く某今年は五十七に罷り成り候へば大厄の年かと覚え候、 なにや
03 らんして正月の下旬の比より卯月の此の比に至り候まで 身心に苦労多く出来候、 本より人身を受くる者は必ず身
04 心に諸病相続して五体に苦労あるべしと申しながら更に云云。
05   此の事最第一の歎きの事なり、 十二因縁と申す法門あり意は我等が身は諸苦を以て体と為す、されば先世に業
06 を造る故に諸苦を受け先世の集・煩悩が諸苦を招き集め候、過去の二因・現在の五果・現在の三因・未来の両果とて
07 三世次第して一切の苦果を感ずるなり、 在世の二乗が此等の諸苦を失はんとて空理に沈み 灰身滅智して菩薩の勤
08 行・精進の志を忘れ空理を証得せん事を真極と思うなり、 仏・方等の時・此等の心地を弾呵し給いしなり、然るに
09 生を此の三界に受けたる者苦を離るる者あらんや、 羅漢の応供すら猶此くの如し況や底下の凡夫をや、 さてこそ
10 いそぎ生死を・離るべしと勧め申し候へ。
11   此等体の法門はさて置きぬ、御辺は今年は大厄と云云、 昔伏羲の御宇に黄河と申す河より亀と申す魚・八卦と
12 申す文を甲に負て浮出たり、 時の人・此の文を取り挙げて見れば人の生年より老年の終りまで厄の様を明したり、
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01 厄年の人の危き事は 少水に住む魚を鴟鵲なんどが伺ひ 燈の辺に住める夏の虫の 火中に入らんとするが如くあや
02 うし、 鬼神ややもすれば此の人の神を伺ひなやまさんとす、 神内と申す時は諸の神・ 身に在り万事心に叶う、
03 神外と申す時は諸の神・識の家を出でて万事を見聞するなり、 当年は御辺は神外と申して 諸神他国へ遊行すれば
04 慎んで除災得楽を祈り給うべし、 又木性の人にて渡らせ給へば今年は大厄なりとも 春夏の程は何事か渡らせ給う
05 べき、 至門性経に云く「木は金に遇つて抑揚し火は水を得て 光滅し土は木に値いて時に痩せ金は火に入つて消え
06 失せ水は土に遇つて行かず」等云云。
07   指して引き申すべき経文にはあらざれども 予が法門は四悉檀を心に懸けて申すならば強ちに成仏の理に違わざ
08 れば且らく世間普通の義を用ゆべきか、 然るに法華経と申す御経は身心の諸病の良薬なり、されば経に云く「此の
09 経は則ち為閻浮提の人の病の良薬なり 若し人病有らんに是の経を聞くことを得ば 病即消滅して不老不死ならん」
10 等云云、 又云く「現世は安穏にして後生には善処ならん」等云云、又云く「諸余の怨敵皆悉く摧滅せん」等云云、
11 取分奉る御守り方便品寿量品同じくは一部書きて進らせ度候へども 当時は去り難き隙ども入る事候へば 略して二
12 品奉り候、相構え、 相構えて御身を離さず重ねつつみて御所持有るべき者なり、 此の方便品と申すは迹門の肝心
13 なり此の品には仏・十如実相の法門を説きて 十界の衆生の成仏を明し給へば舎利弗等は此れを聞いて 無明の惑を
14 断じ真因の位に叶うのみならず、 未来華光如来と成りて成仏の覚月を離垢世界の暁の空に詠ぜり 十界の衆生の成
15 仏の始めは是なり、 当時の念仏者・真言師の人人・成仏は我が依経に限れりと深く執するは此等の法門を習学せず
16 して未顕真実の経に説く所の名字計りなる授記を執する故なり。
17   貴辺は日来は此等の法門に迷い給いしかども 日蓮が法門を聞いて 賢者なれば本執を忽に飜し給いて 法華経
18 を持ち給うのみならず、 結句は身命よりも此の経を大事と思食す事・不思議が中の不思議なり、 是れは偏に今の
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01 事に非ず過去の宿縁開発せるにこそ・かくは思食すらめ有り難し有り難し、 次に寿量品と申すは本門の肝心なり、
02 又此の品は一部の肝心・一代聖教の肝心のみならず 三世の諸仏の説法の儀式の大要なり、教主釈尊・寿量品の一念
03 三千の法門を証得し給う事は 三世の諸仏と内証等しきが故なり、 但し此の法門は釈尊一仏の己証のみに非ず諸仏
04 も亦然なり、 我等衆生の無始已来・六道生死の浪に沈没せしが 今教主釈尊の所説の法華経に値い奉る事は乃往過
05 去に此の寿量品の久遠実成の一念三千を聴聞せし故なり、有り難き法門なり。
06   華厳.真言の元祖.法蔵・澄観.善無畏・金剛智・不空等が釈尊.一代聖教の肝心なる寿量品の一念三千の法門を盗
07 み取りて本より自の依経に説かざる華厳経・ 大日経に一念三千有りと云つて取り入るる程の盗人にばかされて 末
08 学深く此の見を執す墓無し墓無し、 結句は真言の人師の云く「争つて醍醐を盗んで各自宗に名く」と云云、 又云
09 く「法華経の二乗作仏・久遠実成は無明の辺域・大日経に説く所の法門を明の分位」等云云、華厳の人師云く「法華
10 経に説く所の一念三千の法門は枝葉・華厳経の法門は根本の一念三千なり」云云、 是跡形も無き僻見なり、 真言
11 華厳経に一念三千を説きたらばこそ一念三千と云う名目をばつかはめおかし・おかし亀毛兎角の法門なり。
12   正しく久遠実成の一念三千の法門は 前四味並びに法華経の迹門十四品まで秘させ給いて有りしが本門正宗に至
13 りて寿量品に説き顕し給へり、 此の一念三千の宝珠をば妙法五字の金剛不壊の袋に入れて 末代貧窮の我等衆生の
14 為に残し置かせ給いしなり、 正法像法に出でさせ給いし論師・人師の中に此の大事を知らず唯竜樹・天親こそ心の
15 底に知らせ給いしかども色にも出ださせ給はず、 天台大師は玄・文・止観に秘せんと思召ししかども末代の為にや
16 止観・十章・第七正観の章に至りて粗書かせ給いたりしかども 薄葉に釈を設けてさて止み給いぬ、但理観の一分を
17 示して事の三千をば斟酌し給う。
18   彼の天台大師は迹化の衆なり、 此の日蓮は本化の一分なれば盛に本門の事の分を弘むべし、然に是くの如き大
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01 事の義理の篭らせ給う 御経を書きて進らせ候へば 弥信を取らせ給うべし、 勧発品に云く「当に起つて遠く迎え
02 て当に仏を敬うが如くすべし」等云云、 安楽行品に云く「諸天昼夜に常に法の為の故に 而も之を衛護す乃至天の
03 諸の童子以て給使を為さん」等云云、 譬喩品に云く「其の中の衆生は悉く是れ吾が子なり」等云云、 法華経の持
04 者は教主釈尊の御子なれば争か梵天・帝釈・日月・衆星も昼夜・朝暮に守らせ給はざるべきや、厄の年災難を払はん
05 秘法には法華経に過ぎずたのもしきかな・たのもしきかな。
06   さては鎌倉に候いし時は細細申し承わり候いしかども今は遠国に居住候に依りて面謁を期する事更になし、 さ
07 れば心中に含みたる事も使者玉章にあらざれば申すに及ばず歎かし歎かし、 当年の大厄をば日蓮に任せ給へ、 釈
08 迦・多宝・十方・分身の諸仏の法華経の御約束の実不実は是れにて量るべきなり、又又申すべく候。
09       弘安元年戊寅四月廿三日                 日蓮花押
10     太田左衛門尉殿御返事
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大田殿女房御返事    弘安元年九月    五十七歳御作   与大田入道女房    於身延
01   八木一石付十合、 者大旱魃の代にかはける物に水をほどこしては 大竜王と生れて雨をふらして人天をやしな
02 う、 うえたる代に食をほどこせる人は国王と生れて其の国ゆたかなり、 過去の世に金色と申す大王ましましき其
03 の国をば波羅奈国と申す、 十二年が間・旱魃ゆきて人民うえ死ぬ事おびただし、 宅中には死人充満し道路には骸
04 骨充満せり、 其の時大王・一切衆生をあはれみておおくの蔵をひらきて施をほどこし給いき、 蔵の中の財つきて
05 唯一日の御供のみのこりて候いし衆僧をあつめて供養をなし 王と后と衆僧と万民と皆うえ死なんとせし程に 天よ
06 り飲食・雨のごとくふりて 大国一時に富貴せりと金色王経にとかれて候、 此れも又かくのごとし此の供養により
07 て現世には福人となり後生には霊山浄土へまいらせ給うべし、恐恐謹言。
08       九月二十四日                              日蓮花押
09     大田入道殿女房御返事
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慈覚大師事    弘安三年正月    五十九歳御作   与大田入道    於身延    
01   鵞眼三貫・絹の袈裟一帖給い候い了んぬ、 法門の事は秋元太郎兵衛尉殿の御返事に少少注して候御覧有るべく
02 候、 なによりも受け難き人身値い難き仏法に値いて候に 五尺の身に一尺の面あり其の面の中三寸の眼二つあり、
03 一歳より六十に及んで多くの物を見る中に 悦ばしき事は法華最第一の経文なり、 あさましき事は慈覚大師の金剛
04 頂経の頂の字を釈して云く 「言う所の頂とは諸の大乗の法の中に於て最勝にして無過上なる故に 頂を以て之れに
05 名づく乃至人の身の頂最も為勝るるが如し、 乃至法華に云く是法住法位と今正しく此の秘密の理を顕説す、 故に
06 金剛頂と云うなり」云云、 又云く「金剛は宝の中の宝なるが如く此の経も亦爾なり諸の経法の中に最為第一にして
07 三世の如来の髻の中の宝なる故に」 等云云、 此の釈の心は法華最第一の経文を奪い取りて 金剛頂経に付くるの
08 みならず、 如人之身頂最為勝の釈の心は法華経の頭を切りて真言経の頂とせり、 此れ即ち鶴の頚を切つて蝦の頚
09 に付けけるか真言の蟆も死にぬ 法華経の鶴の御頚も切れぬと見え候、 此れこそ人身うけたる眼の不思議にては候
10 へ、三千年に一度花開くなる優曇花は転輪聖王此れを見る。
11   究竟円満の仏にならざらんより外は法華経の御敵は見しらさんなり、 一乗のかたき夢のごとく勘へ出して候、
12 慈覚大師の御はかは・ いづれのところに有りと申す事きこへず候、 世間に云う御頭は出羽の国・立石寺に有り云
13 云、 いかにも此の事は頭と身とは別の所に有るか、 明雲座主は義仲に頚を切られたり、天台座主を見候へば伝教
14 大師は・さてをきまいらせ候いぬ、第一義真・第二円澄・此の両人は法華経を正とし真言を傍とせり、第三の座主・
15 慈覚大師は 真言を正とし法華経を傍とせり、其の已後代代の座主は相論にて思い定むる事無し、 第五十五並びに
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01 五十七の二代は明雲大僧正座主なり、 此の座主は安元三年五月日院勘を蒙りて伊豆の国へ配流、 山僧・大津にて
02 奪い取りて後 治承三年十一月に座主となりて源の右将軍頼朝を調伏せし程に 寿永二年十一月十九日義仲に打たれ
03 させ給う、 此の人生けると死ぬと二度大難に値えり、 生の難は仏法の定例・聖賢の御繁盛の花なり死の後の恥辱
04 は悪人・愚人・誹謗正法の人招くわざわいなり、所謂大慢ばら門・須利等なり。
05   粗此れを勘えたるに明雲より一向に真言の座主となりて後・今三十余代一百余年が間・一向真言の座主にて法華
06 経の所領を奪えるなり、しかれば此等の人人は釈迦.多宝.十方の諸仏の大怨敵・梵釈・日月.四天・天照太神.正八幡
07 大菩薩の御讎敵なりと見えて候ぞ、我が弟子等此の旨を存じて法門を案じ給うべし、恐恐。
08       正月二十七日                              日蓮花押
09     太田入道殿御返事
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三大秘法禀承事    弘安四年四月    六十一歳御作    与大田金吾
01   夫れ法華経の第七神力品に云く 「要を以て之を言ば如来の一切の所有の法如来の一切の自在の神力如来の一切
02 の秘要の蔵如来の一切の甚深の事 皆此経に於て宣示顕説す」等云云、 釈に云く「経中の要説の要四事に在り」等
03 云云、 問う所説の要言の法とは何物ぞや、 答て云く夫れ釈尊初成道より四味三教乃至法華経の広開三顕一の席を
04 立ちて略開近顕遠を説かせ給いし 涌出品まで秘せさせ給いし 実相証得の当初修行し給いし処の寿量品の本尊と戒
05 壇と題目の五字なり、 教主釈尊此の秘法をば三世に隠れ無き普賢文殊等にも譲り給はず況や其の以下をや、 され
06 ば此の秘法を説かせ給いし儀式は 四味三教並に法華経の迹門十四品に異なりき、 所居の土は寂光本有の国土なり
07 能居の教主は本有無作の三身なり 所化以て同体なり、 かかる砌なれば久遠称揚の本眷属・ 上行等の四菩薩を寂
08 光の大地の底よりはるばると召し出して付属し給う、 道暹律師云く「法是れ久成の法なるに由る故に 久成の人に
09 付す」等云云、 問て云く其の所属の法門仏の滅後に於ては何れの時に弘通し給う可きか、 答て云く経の第七薬王
10 品に云く 「後の五百歳の中に閻浮提に広宣流布して断絶せしむること無けん」等云云、 謹んで経文を拝見し奉る
11 に仏の滅後正像二千年過ぎて第五の五百歳・闘諍堅固・白法隠没の時云云、 問て云く夫れ諸仏の慈悲は天月の如し
12 機縁の水澄めば利生の影を普く万機の水に移し給べき処に 正像末の三時の中に末法に限ると説き給わば 教主釈尊
13 の慈悲に於て偏頗あるに似たり如何、 答う諸仏の和光・利物の月影は九法界の闇を照すと雖も 謗法一闡提の濁水
14 には影を移さず正法一千年の機の前には唯小乗・権大乗相叶へり、 像法一千年には法華経の迹門・機感相応せり、
15 末法の始の五百年には法華経の本門・前後十三品を置きて只寿量品の一品を弘通すべき時なり機法相応せり。
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01   今此の本門寿量の一品は像法の後の五百歳・機尚堪えず況や始めの五百年をや、何に況や正法の機は迹門・尚日
02 浅し増して本門をや、 末法に入て爾前迹門は全く出離生死の法にあらず、 但専ら本門寿量の一品に限りて出離生
03 死の要法なり、 是を以て思うに諸仏の化導に於て全く偏頗無し等云云、 問う仏の滅後正像末の三時に於て本化・
04 迹化の各各の付属分明なり 但寿量の一品に限りて末法濁悪の衆生の為なりといへる経文未だ分明ならず 慥に経の
05 現文を聞かんと欲す如何、 答う汝強ちに之を問う聞て後堅く信を取る可きなり、 所謂寿量品に云く「是の好き良
06 薬を今留めて此に在く汝取て服す可し差じと憂うる勿れ」等云云。
07   問て云く寿量品専ら末法悪世に限る経文顕然なる上は私に難勢を加う可らず然りと雖も 三大秘法其の体如何、
08 答て云く予が己心の大事之に如かず 汝が志無二なれば少し之を云わん 寿量品に建立する所の本尊は五百塵点の当
09 初より以来此土有縁深厚本有無作三身の教主釈尊是れなり、 寿量品に云く「如来秘密神通之力」等云云、 疏の九
10 に云く「一身即三身なるを名けて秘と為し 三身即一身なるを名けて密と為す 又昔より説かざる所を名けて秘と為
11 し唯仏のみ自ら知るを名けて密と為す 仏三世に於て等しく三身有り諸教の中に於て之を秘して伝えず」 等云云、
12 題目とは二の意有り所謂正像と末法となり、 正法には天親菩薩・竜樹菩薩・題目を唱えさせ給いしかども自行ばか
13 りにしてさて止ぬ、 像法には南岳天台等亦南無妙法蓮華経と唱え給いて 自行の為にして広く他の為に説かず是れ
14 理行の題目なり、 末法に入て今日蓮が唱る所の題目は前代に異り 自行化他に亘りて南無妙法蓮華経なり名体宗用
15 教の五重玄の五字なり、 戒壇とは王法仏法に冥じ仏法王法に合して王臣一同に本門の三秘密の法を持ちて有徳王・
16 覚徳比丘の其の乃往を末法濁悪の未来に移さん時 勅宣並に御教書を申し下して 霊山浄土に似たらん最勝の地を尋
17 ねて戒壇を建立す可き者か 時を待つ可きのみ事の戒法と申すは是なり、 三国並に一閻浮提の人・懺悔滅罪の戒法
18 のみならず大梵天王・帝釈等も来下してフミ給うべき戒壇なり、此の戒法立ちて後・延暦寺の戒壇は迹門の理戒なれ
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01 ば益あるまじき処に、叡山に座主始まつて第三・第四の慈覚・智証・存の外に本師伝教・義真に背きて理同事勝の狂
02 言を本として我が山の戒法をあなづり戯論とわらいし故に、 存の外に延暦寺の戒・ 清浄無染の中道の妙戒なりし
03 が徒に土泥となりぬる事云うても余りあり歎きても何かはせん、 彼の摩黎山の瓦礫の土となり 栴檀林のイ棘とな
04 るにも過ぎたるなるべし、 夫れ一代聖教の邪正偏円を弁えたらん学者の人をして 今の延暦寺の戒壇をフましむべ
05 きや、 此の法門は義理を案じて義をつまびらかにせよ、 此の三大秘法は二千余年の当初・地涌千界の上首として
06 日蓮慥かに教主大覚世尊より口決相承せしなり、 今日蓮が所行は 霊鷲山の禀承に芥爾計りの相違なき色も替らぬ
07 寿量品の事の三大事なり。
08   問う一念三千の正しき証文如何、答う次に出し申す可し此に於て二種有り、方便品に云く「諸法実相.所謂諸法.
09 如是相・乃至欲令衆生開仏知見」等云云、 底下の凡夫・理性所具の一念三千か、寿量品に云く「然我実成仏已来・
10 無量無辺」等云云、 大覚世尊・久遠実成の当初証得の一念三千なり、 今日蓮が時に感じて此の法門広宣流布する
11 なり予年来己心に秘すと雖も 此の法門を書き付て留め置ずんば門家の遺弟等定めて無慈悲の讒言を加う可し、 其
12 の後は何と悔ゆとも叶うまじきと存ずる間 貴辺に対し書き送り候、 一見の後・秘して他見有る可からず口外も詮
13 無し、法華経を諸仏出世の一大事と説かせ給いて候は 此の三大秘法を含めたる経にて渡らせ給えばなり、 秘す可
14 し秘す可し。
15       弘安五年卯月八日                  日 蓮 花 押
16     大田金吾殿御返事
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曾谷入道殿御書    文永十一年    五十三歳御作   於身延
01   自界叛逆難・ 他方侵逼の難既に合い候い畢んぬ、 之を以て思うに「多く他方の怨賊有つて国内を侵掠し人民
02 諸の苦悩を受け土地に所楽の処有ること無けん」 と申す経文合い候いぬと覚え候、 当時壱岐・対馬の土民の如く
03 になり候はんずるなり、 是れ偏に仏法の邪見なるによる仏法の邪見と申すは真言宗と法華宗との違目なり、 禅宗
04 と念仏宗とを責め候しは此の事を申し顕さん料なり漢土には善無畏・ 金剛智・不空三蔵の誑惑の心・天台法華宗を
05 真言の大日経に盗み入れて還つて法華経の肝心と天台大師の徳とを隠せし故に 漢土滅するなり、 日本国は慈覚大
06 師が大日経・金剛頂経・蘇悉地経を鎮護国家の三部と取つて 伝教大師の鎮護国家を破せしより叡山に悪義・出来し
07 て終に王法尽きにき、 此の悪義・鎌倉に下つて又日本国を亡すべし弘法大師の邪義は中中顕然なれば 人もたぼら
08 かされぬ者もあり、 慈覚大師の法華経・大日経の理同事勝の釈は智人既に許しぬ 愚者争でか信ぜざるべき慈覚大
09 師は法華経と大日経との勝劣を祈請せしに 箭を以て日を射ると見しは此の事なるべし、 是れは慈覚大師の心中に
10 修羅の入つて法華経の大日輪を射るにあらずや、 此の法門は当世・叡山其の外日本国の人用ゆべきや、 若し此の
11 事・ 実事ならば日蓮豈須弥山を投る者にあらずや、 我が弟子は用ゆべきや如何最後なれば申すなり恨み給べから
12 ず、恐恐謹言。
13       十一月二十日                      日蓮花押
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曾谷入道殿御返事
01   方便品の長行書進せ候 先に進せ候し自我偈に相副て読みたまうべし、 此の経の文字は皆悉く生身妙覚の御仏
02 なり然れども我等は肉眼なれば文字と見るなり、 例せば餓鬼は恒河を火と見る人は水と見る 天人は甘露と見る水
03 は一なれども果報に随つて別別なり、 此の経の文字は盲眼の者は之を見ず、 肉眼の者は文字と見る二乗は虚空と
04 見る菩薩は無量の法門と見る、 仏は一一の文字を金色の釈尊と御覧あるべきなり即持仏身とは是なり、 されども
05 僻見の行者は加様に目出度く渡らせ給うを破し奉るなり、 唯相構えて相構えて異念無く 一心に霊山浄土を期せら
06 るべし、心の師とはなるとも心を師とせざれとは六波羅蜜経の文ぞかし、委細は見参の時を期し候、恐恐謹言。
07       文永十二年三月 日 日蓮花押
08     曾谷入道殿
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曾谷入道殿許御書    文永十二年三月    五十四歳御作   与曾谷入道    太田金吾
01   夫れ以れば重病を療治するには良薬を構索し 逆謗を救助するには要法には如かず、 所謂時を論ずれば正像末
02 教を論ずれば小大・偏円・権実・顕密・国を論ずれば中辺の両国・機を論ずれば已逆と未逆と已謗と未謗と師を論ず
03 れば凡師と聖師と 二乗と菩薩と他方と此土と迹化と本化となり、 故に四依の菩薩等滅後に出現し仏の付属に随つ
04 て妄りに経法を演説したまわず、 所詮無智の者未だ大法を謗ぜざるには忽ちに大法を与えず 悪人為る上已に実大
05 を謗ずる者には強て之を説く可し、 法華経第二の巻に仏舎利弗に対して云く 「無智の人の中にして此の経を説く
06 こと莫れ」 又第四の巻に薬王菩薩等の八万の大士に告げたまわく「此の経は是れ諸仏秘要の蔵なり分布して妄りに
07 人に授与す可からず」云云、 文の心は無智の者の而も未だ正法を謗ぜざるには 左右無く此の経を説くこと莫れ、
08 法華経第七の巻不軽品に云く 「乃至遠く四衆を見ても亦復故に往いて」等云云、 又云く「四衆の中に瞋恚を生じ
09 心不浄なる者有り 悪口罵詈して言く 是の無智の比丘何れの所従り来りてか」等云云、 又云く「或は杖木瓦石を
10 以て之を打擲す」等云云、第二・第四の巻の経文と第七の巻の経文と天地水火せり。
11   問うて曰く一経二説何れの義に就いて此の経を弘通すべき、 答えて云く私に会通すべからず霊山の聴衆為る天
12 台大師並びに妙楽大師等処処に多くの釈有り 先ず一両の文を出さん、 文句の十に云く「問うて曰く釈迦は出世し
13 て踟チュウして説かず今は此れ何の意ぞ造次にして説くは何ぞや答えて曰く本已に善有るには釈迦小を以て之を将護
14 し本未だ善有らざるには不軽・大を以て之を強毒す」等云云、釈の心は寂滅・鹿野・大宝・白鷺等の前四味の小大・
15 権実の諸経・四教八教の所被の機縁・ 彼等が過去を尋ね見れば久遠大通の時に於て純円の種を下せしかども諸衆一
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01 乗経を謗ぜしかば 三五の塵点を経歴す然りと雖も 下せし所の下種・純熟の故に 時至つて自ら繋珠を顕す但四十
02 余年の間過去に已に結縁の者も猶謗の義有る可きの故に且らく権小の諸経を演説して根機を練らしむ。
03   問うて曰く華厳の時・別円の大菩薩乃至観経等の諸の凡夫の得道は如何、答えて曰く彼等の衆は時を以て之を論
04 ずれば其の経の得道に似たれども 実を以て之を勘うるに三五下種の輩なり、 問うて曰く其の証拠如何、 答えて
05 曰く法華経第五の巻涌出品に云く 「是の諸の衆生は世世より已来常に我が化を受く乃至 此の諸の衆生は始め我が
06 身を見我が所説を聞いて即ち皆信受して如来の慧に入りにき」等云云、 天台釈して云く「衆生久遠」等云云、 妙
07 楽大師の云く 「脱は現に在りと雖も具に本種を騰ぐ」又云く 「故に知んぬ今日の逗会は昔成熟するの機に赴く」
08 等云云、 経釈顕然の上は私の料簡を待たず 例せば王女と下女と天子の種子を下さざれば国主と為らざるが如し。
09   問うて曰く大日経等の得道の者は如何、 答えて曰く種種の異義有りと雖も繁きが故に之を載せず但し所詮彼れ
10 彼れの経経に種熟脱を説かざれば 還つて灰断に同じ化に始終無きの経なり、 而るに真言師等の所談の即身成仏は
11 譬えば窮人の妄りに帝王と号して 自ら誅滅を取るが如し王莽・趙高の輩外に求む可からず今の真言家なり、 此等
12 に因つて論ぜば仏の滅後に於て三時有り、 正像二千余年には猶下種の者有り例せば在世四十余年の如し 根機を知
13 らずんば左右無く実経を与う可からず、 今は既に末法に入つて在世の結縁の者は漸漸に衰微して 権実の二機皆悉
14 く尽きぬ彼の不軽菩薩末世に出現して 毒鼓を撃たしむるの時なり、 而るに今時の学者時機に迷惑して或は小乗を
15 弘通し或は権大乗を授与し 或は一乗を演説すれども題目の五字を以て下種と為す可きの由来を知らざるか、 殊に
16 真言宗の学者迷惑を懐いて三部経に依憑し 単に会二破二の義を宣ぶ 猶三一相対を説かず 即身頓悟の道跡を削り
17 草木成仏は名をも聞かざるのみ、 而るに善無畏・金剛智・不空等の僧侶・月氏より漢土に来臨せし時本国に於て未
18 だ存せざる天台の大法盛に 此の国に流布せしむるの間・ 自愛所持の経弘め難きに依り一行阿闍梨を語い得て天台
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01 の智慧を盗み取り 大日経等に摂入して天竺より有るの由 之を偽る、 然るに震旦一国の王臣等並びに日本国の弘
02 法・慈覚の両大師之を弁えずして信を加う已下の諸学は言うに足らず、 但漢土・日本の中に伝教大師一人之を推し
03 たまえり、 然れども未だ分明ならず 所詮・善無畏三蔵・閻魔王の責を蒙りて此の過罪を悔い不空三蔵の還つて天
04 竺に渡つて真言を捨てて漢土に来臨し天台の戒壇を建立して両界の中央の本尊に法華経を置きし是なり。
05   問うて曰く今時の真言宗の学者等何ぞ此の義を存せざるや、 答えて曰く眉は近けれども見えず自の禍を知らず
06 とは是の謂か、嘉祥大師は三論宗を捨てて天台の弟子と為る 今の末学等之を知らず、 法蔵・澄観華厳宗を置いて
07 智者に帰す彼の宗の学者之を存せず、 玄奘三蔵・慈恩大師は五性の邪義を廃して 一乗の法に移る法相の学者堅く
08 之を諍う。
09   問うて曰く其の証如何、 答えて曰く或は心を移して身を移さず或は身を移して心を移さず或は身心共に移し或
10 は身心共に移さず 其の証文は別紙に之を出す可し此の消息の詮に非ざれば之を出さず、仏滅後に三時有り、 所謂
11 正法一千年・前の五百年には迦葉・阿難・商那和修・末田地・ 脇比丘等一向に小乗の薬を以て衆生の軽病を対治す
12 四阿含経・十誦八十誦等の諸律と相続解脱経等の三蔵を弘通して後には律宗・倶舎宗・成実宗と号する是なり、 後
13 の五百年には馬鳴菩薩・竜樹菩薩・提婆菩薩・無著菩薩・天親菩薩等の諸の大論師・初には諸の小聖の弘めし所の小
14 乗経之を通達し後には一一に 彼の義を破失し了つて諸の大乗経を弘通す 是れ又中薬を以て衆生の中病を対治す所
15 謂華厳経・般若経・大日経・深密経等・三輪宗・法相宗・真言陀羅尼・禅法等なり。
16   問うて曰く迦葉・阿難等の諸の小聖何ぞ大乗経を弘めざるや、 答えて曰く一には自身堪えざるが故に二には所
17 被の機無きが故に 三には仏より譲り与えられざるが故に四には時来らざるが故なり、 問うて曰く竜樹・天親等何
18 ぞ一乗経を弘めざるや、答えて曰く四つの義有り先の如し、 問うて曰く 諸の真言師の云く「仏の滅後八百年に相
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01 当つて竜猛菩薩・月氏に出現して釈尊の顕経たる華厳・ 法華等を馬鳴菩薩等に相伝し大日の密経をば自ら南天の鉄
02 塔を開拓し面り 大日如来と金剛薩タとに対して之を口決す、 竜猛菩薩に二人の弟子有り 提婆菩薩には釈迦の顕
03 教を伝え竜智菩薩には大日の密教を授く 竜智菩薩は阿羅苑に隠居して人に伝えず其の間に 提婆菩薩の伝うる所の
04 顕教は先づ漢土に渡る其の後数年を経歴して竜智菩薩の伝うる所の秘密の教を善無畏・金剛智・不空・漢土に渡す」
05 等云云此の義如何、 答えて曰く一切の真言師是くの如し又天台華厳等の諸家も一同に之を信ず、 抑竜猛已前には
06 月氏国の中には大日の三部経無しと云うか 釈迦よりの外に大日如来世に出現して三部の経を説くと云うか、 顕を
07 提婆に伝え密を竜智に授くる証文何れの経論に出でたるぞ、 此の大妄語は提婆の欺誑罪にも過ぎ 瞿伽利の誑言に
08 も超ゆ 漢土日本の王位の尽き両朝の僧侶の謗法と為るの由来専ら斯れに在らずや、 然れば則ち彼の震旦既に北蕃
09 の為に破られ此の日域も亦西戎の為に侵されんと欲す此等は且らく之を置く。
10   像法に入つて一千年.月氏の仏法・漢土に渡来するの間.前四百年には南北の諸師異義蘭菊にして東西の仏法未だ
11 定まらず、 四百年の後五百年の前其の中間一百年の間に 南岳天台等漢土に出現して粗法華の実義を弘宣したまう
12 然而円慧・円定に於ては国師たりと雖も 円頓の戒場未だ之を建立せず故に国を挙つて戒師と仰がず、 六百年の已
13 後・法相宗西天より来れり太宗皇帝之を用ゆる故に 天台法華宗に帰依するの人漸く薄し、茲に就いて隙を得て 則
14 天皇后の御宇に先に破られし華厳亦起つて 天台宗に勝れたるの由之を称す、 太宗より第八代玄宗皇帝の御宇に真
15 言始めて月氏より来れり 所謂開元四年には善無畏三蔵の大日経・蘇悉地経・開元八年には金剛智・不空の両三蔵の
16 金剛頂経此くの如く 三経を天竺より漢土に持ち来り、 天台の釈を見聞して智発して釈を作つて大日経と法華経と
17 を一経と為し其の上印・ 真言を加えて密教と号し之に勝るの由、 結句権経を以て実経を下す漢土の学者此の事を
18 知らず。
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01   像法の末八百年に相当つて 伝教大師和国に託生して華厳宗等の六宗の邪義を糾明するのみに非ずしかのみなら
02 ず南岳・天台も未だ弘めたまわざる円頓戒壇を叡山に建立す、 日本一州の学者一人も残らず大師の門弟と為る、但
03 天台と真言との勝劣に於ては誑惑と知つて 而も分明ならず、 所詮末法に贈りたもうか此等は傍論為るの故に且ら
04 く之を置く、 吾が師伝教大師三国に未だ弘まらざるの円頓の大戒壇を 叡山に建立したもう此れ偏に上薬を持ち用
05 いて衆生の重病を治せんと為る是なり。
06   今末法に入つて二百二十余年五濁強盛にして 三災頻りに起り衆見の二濁国中に充満し 逆謗の二輩四海に散在
07 す、 専ら一闡提の輩を仰いで棟梁と恃怙謗法の者を尊重して国師と為す、 孔丘の孝経之を提げて父母の頭を打ち
08 釈尊の法華経を口に誦しながら教主に違背す 不孝国は此の国なり勝母の閭他境に求めじ、 故に青天眼を瞋らして
09 此の国を睨み黄地は憤りを含んで大地を震う、 去る正嘉元年の大地動・文永元年の大彗星・ 此等の夭災は仏滅後
10 二千二百二十余年の間・月氏・漢土・日本の内に未だ出現せざる所の大難なり、 彼の弗舎密多羅王の五天の寺塔を
11 焼失し漢土の会昌天子の九国の僧尼を還俗せしめしに 超過すること百千倍なり大謗法の輩国中に充満し 一天に弥
12 るに依つて起る所の夭災なり、 大般涅槃経に云く「末法に入つて不孝謗法の者大地微塵の如し」取意、法滅尽経に
13 「法滅尽の時は狗犬の僧尼・恒河沙の如し」等云云取意、 今親り此の国を見聞するに人毎に此の二の悪有り此等の
14 大悪の輩は何なる秘術を以て之を扶救せん、 大覚世尊仏眼を以つて末法を鑒知し此の逆・ 謗の二罪を対治せしめ
15 んが為に一大秘法を留め置きたもう、 所謂法華経本門久成の釈尊・宝浄世界の多宝仏・高さ五百由旬広さ二百五十
16 由旬の大宝塔の中に於て二仏座を並べしこと宛も日月の如く 十方分身の諸仏は高さ五百由旬の宝樹の下に 五由旬
17 の師子の座を並べ敷き衆星の如く列坐したもう、 四百万億那由佗の大地に三仏二会に充満したもうの儀式は 華厳
18 寂場の華蔵世界にも勝れ 真言両界の千二百余尊にも超えたり 一切世間の眼なり、 此の大会に於て六難九易を拳
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01 げて法華経を流通せんと諸の大菩薩に諌暁せしむ、 金色世界の文殊師利・兜史多宮の弥勒菩薩・ 宝浄世界の智積
02 菩薩・補陀落山の観世音菩薩等・頭陀第一の大迦葉・智慧第一の舎利弗等・三千世界を統領する無量の梵天・須弥の
03 頂に居住する無辺の帝釈・ 一四天下を照耀せる阿僧祇の日月・十方の仏法を護持する恒沙の四天王・大地微塵の諸
04 の竜王等我にも 我にも此の経を付属せられよと競い望みしかども 世尊都て之を許したまわず、爾の時に下方の大
05 地より未見・今見の四大菩薩を召し出したもう、所謂上行菩薩・無辺行菩薩・浄行菩薩・安立行菩薩なり、此の大菩
06 薩各各六万恒河沙の眷属を具足す形貌威儀言を以て宣べ難く心を以て量るべからず、 初成道の法慧・功徳林・金剛
07 幢・金剛蔵等の四菩薩各各十恒河沙の眷属を具足し 仏会を荘厳せしも大集経の欲・色二界の中間大宝坊に於て来臨
08 せし十方の諸大菩薩乃至大日経の八葉の中の四大菩薩も 金剛頂経の三十七尊の中の十六大菩薩等も 此の四大菩薩
09 に比キョウすれば猶帝釈と猿猴と華山と妙高との如し,弥勒菩薩.衆の疑を挙げて云く「乃一人をも識らず」等云云、
10 天台大師云く 「寂場より已降今座より已往十方の大士来会絶えず 限る可からずと雖も 我れ補処の智力を以て悉
11 く見・悉く知る而も此の衆に於ては一人をも識らず」等云云、 妙楽云く「今見るに皆識らざる所以は乃至智人は起
12 を知り蛇は自ら蛇を識る」等云云、 天台又云く「雨の猛きを見て竜の大なるを知り華の盛なるを見て 池の深きを
13 知る」云云、例せば漢王の四将の張良.樊・陳平・周勃の四人を商山の四皓.綺里枳・甪里先生・東園公・夏黄公等
14 の四賢に比するが如し天地雲泥なり、 四皓が為体頭には白雪を頂き額には四海の波を畳み 眉には半月を移し腰に
15 は多羅枝を張り恵帝の左右に侍して世を治められたる事・ 尭舜の古を移し一天安穏なりし事・ 神農の昔にも異な
16 らず、 此の四大菩薩も亦復是くの如し法華の会に出現し三仏を荘厳し 謗人の慢幢を倒すこと大風の小樹の枝を吹
17 くが如く 衆会の敬心を致すこと諸天の帝釈に従うが如く 提婆が仏を打ちしも舌を出して掌を合せ 瞿伽梨が無実
18 を構えしも地に臥して失を悔ゆ、 文殊等の大聖は身を慙ぢて言を出さず 舎利弗等の小聖は智を失して頭を低る、
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01 爾の時に大覚世尊寿量品を演説し然して後に 十神力を示現して四大菩薩に付属したもう、 其の所属の法は何物ぞ
02 や、法華経の中にも広を捨て略を取り略を捨てて要を取る所謂妙法蓮華経の五字.名・体・宗・用.教の五重玄なり、
03 例せば九苞淵が相馬の法には玄黄を略して駿逸を取り 史陶林が講経の法には細科を捨て元意を取るが如し等、 此
04 の四大菩薩は釈尊成道の始、 寂滅道場の砌にも来らず 如来入滅の終りに抜提河の辺にも至らず しかのみならず
05 霊山八年の間に進んでは迹門序正の儀式に文殊・ 弥勒等の発起影向の諸聖衆にも列ならず、 退いては本門流通の
06 座席に観音・妙音等の発誓弘経の諸大士にも交わらず、 但此の一大秘法を持して本処に隠居するの後・仏の滅後正
07 像二千年の間に於て未だ一度も出現せず、 所詮・仏専ら末法の時に限つて此等の大士に付属せし故なり、法華経の
08 分別功徳品に云く 「悪世末法の時能く是の経を持つ者」云云、 涅槃経に云く「譬えば七子の父母平等ならざるに
09 非ず然も病者に於て心則ち偏に重きが如し」云云、 法華経の薬王品に云く 「此の経は則ち為れ閻浮提の人の病の
10 良薬なり」云云、 七子の中に上の六子は且らく之を置く第七の病子は一闡提の人・五逆謗法の者・末代悪世の日本
11 国の一切衆生なり、 正法一千年の前五百年には一切の声聞涅槃し了んぬ、 後の五百年には他方来の菩薩・大体本
12 土に還り向い了んぬ、像法に入つての一千年には文殊.観音・薬王・弥勒等・南岳・天台と誕生し傅大士.行基・伝教
13 等と示現して衆生を利益す。
14   今末法に入つて此等の諸大士も皆本処に隠居しぬ、其の外・閻浮守護の天神・地祇も或は他方に去り或は此の土
15 に住すれども悪国を守護せず 或は法味を嘗めざれば守護の力無し、 例せば法身の大士に非ざれば三悪道に入られ
16 ざるが如し大苦忍び難きが故なり、 而るに地涌千界の大菩薩・ 一には娑婆世界に住すること多塵劫なり二には釈
17 尊に随つて久遠より已来初発心の弟子なり 三には娑婆世界の衆生の最初下種の菩薩なり、 是くの如き等の宿縁の
18 方便・諸大菩薩に超過せり。
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01   問うて曰く其の証拠如何、 法華第五涌出品に云く「爾の時に他方の国土より諸の来れる菩薩摩訶薩の八恒河沙
02 の数に過ぎたる 乃至爾の時に仏諸の菩薩摩訶薩衆に告げたまわく止みね善男子・ 汝等が此の経を護持せんことを
03 須いじ」等云云、 天台云く「他方は此の土結縁の事浅し宣授せんと欲すと雖も必ず巨益無し」云云、妙楽云く「尚
04 偏に他方の菩薩に付せず 豈独り身子のみならんや」云云、 又云く「告八万大士とは乃至今の下の文に下方を召す
05 が如く尚本眷属を待つ験し 余は未だ堪えざることを」云云、 経釈の心は迦葉・舎利弗等の一切の声聞・文殊・薬
06 王・観音・弥勒等の迹化・他方の諸大士は末世の弘経に堪えずと云うなり、 経に云く「我が娑婆世界に自ら六万恒
07 河沙等の菩薩摩訶薩有り一一の菩薩に 各六万恒河沙の眷属有り 是の諸人等能く我が滅後に於て護持し読誦し広く
08 此の経を説かん、 仏是を説きたもう時・娑婆世界の三千大千の国土・地皆震裂して其の中より無量千万億の菩薩摩
09 訶薩有り同時に涌出せり、 乃至是の菩薩衆の中に四たりの導師有り一をば上行と名け 二をば無辺行と名け 三を
10 ば浄行と名け 四をば安立行と名く其の衆の中に於て 最も為上首唱導の師なり」等云云、 天台云く「是れ我が弟
11 子応に我が法を弘むべし」云云、 妙楽云く「子父の法を弘む」云云道暹云く 「付属とは此の経は唯下方涌出の菩
12 薩に付す何が故に爾る法是れ久成の法なるに由るが故に 久成の人に付す」等云云、 此等の大菩薩末法の衆生を利
13 益したもうこと 猶魚の水に練れ鳥の天に自在なるが如し、 濁悪の衆生此の大士に遇つて仏種を殖うること例せば
14 水精の月に向つて水を生じ 孔雀の雷の声を聞いて懐妊するが如し、 天台云く「猶百川の海に潮すべきが如し 縁
15 に牽れて応生するも亦復是くの如し」云云。
16   慧日大聖尊仏眼を以て兼ねて之を鑒みたもう故に諸の大聖を捨棄し 此の四聖を召し出して要法を伝え末法の弘
17 通を定むるなり、 問うて曰く要法の経文如何、 答えて曰く口伝を以て之を伝えん釈尊然後正像二千年の衆生の為
18 に宝塔より出でて虚空に住立し右の手を以て 文殊・観音・梵帝・日月・四天等の頂を摩でて是くの如く三反して法
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01 華経の要よりの外の広・略二門並びに前後の一代の一切経を此等の大士に付属す正像二千年の機の為なり、 其の後
02 涅槃経の会に至つて重ねて法華経並びに前四味の諸経を説いて文殊等の諸大菩薩に授与したもう、 此等はクン拾の
03 遺属なり。
04   爰を以て滅後の弘経に於ても仏の所属に随つて弘法の限り有り然れば則ち迦葉・ 阿難等は一向に小乗経を弘通
05 して大乗経を申べず、 竜樹・無著等は権大乗経を申べて一乗経を弘通せず、 設い之を申べしかども纔かに以て之
06 を指示し或は迹門の一分のみ之を宣べて全く化道の始終を談ぜず、南岳・天台等は観音・薬王等の化身と為て小大・
07 権実・迹本二門・化道の始終・ 師弟の遠近等悉く之を宣べ其の上に已今当の三説を立てて一代超過の由を判ぜるこ
08 と天竺の諸論にも勝れ真丹の衆釈にも過ぎたり旧訳・ 新訳の三蔵も宛かも此の師には及ばず、 顕密二道の元祖も
09 敵対に非ず、 然りと雖も広略を以て本と為して未だ肝要に能わず・自身之を存すと雖も敢て他伝に及ばず・此れ偏
10 に付属を重んぜしが故なり、 伝教大師は仏の滅後一千八百年像法の末に相当つて 日本国に生れて小乗大乗一乗の
11 諸戒一一に之を分別し梵網・ 瓔珞の別受戒を以て小乗の二百五十戒を破失し 又法華普賢の円頓の大王の戒を以て
12 諸大乗経の臣民の戒を責め下す、 此の大戒は霊山八年を除いて一閻浮提の内に未だ有らざる所の大戒場を 叡山に
13 建立す、然る間八宗共に偏執を倒し一国を挙げて弟子と為る、 観勒の流の三論・成実・道昭の渡せる法相・倶舎・
14 良弁の伝うる所の華厳宗・鑒真和尚の渡す所の律宗・ 弘法大師の門弟等誰か円頓の大戒を持たざらん此の義に違背
15 するは逆路の人なり、 此の戒を信仰するは伝教大師の門徒なり日本一州・円機純一・朝野遠近・同帰一乗とは是の
16 謂か、此の外は漢土の三論宗の吉蔵大師並びに一百余人.法相宗の慈恩大師・華厳宗の法蔵・澄観.真言宗の善無畏・
17 金剛智・不空・慧果・日本の弘法・慈覚等の三蔵の諸師は四依の大士に非ざる暗師なり愚人なり、経に於ては大小・
18 権実の旨を弁えず顕・密両道の趣を知らず論に於ては通申と別申とを糾さず申と不申とを暁めず、 然りと雖も彼の
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01 宗宗の末学等此の諸師を崇敬して之を聖人と号し之を国師と尊ぶ今先ず一を挙げんに万を察せよ。
02   弘法大師の十住心論・秘蔵宝鑰・二教論等に云く「此くの如き乗乗自乗に名を得れども後に望めば戯論と作る」
03 又云く 「無明の辺域」又云く 「震旦の人師等諍つて醍醐を盗み各自宗に名く」等云云、 釈の心は法華の大法を
04 華厳と大日経とに対して・ 戯論の法と蔑り無明の辺域と下し・ 剰え震旦一国の諸師を盗人と罵る、 此れ等の謗
05 法・謗人は慈恩・得一の三乗真実・一乗方便の誑言にも超過し善導・法然が千中無一・捨閉閣抛の過言にも雲泥せる
06 なり、 六波羅蜜経をば唐の末に不空三蔵月氏より之を渡す 後漢より唐の始めに至るまで未だ此の経有らず南三北
07 七の碩徳未だ此の経を見ず三論・天台・法相・華厳の人師誰人か彼の経の醍醐を盗まんや、又彼の経の中に法華経は
08 醍醐に非ずというの文之有りや不や、 而るに日本国の東寺の門人等堅く之を信じて種種に僻見を起し 非より非を
09 増し・暗より暗に入る不便の次第なり。
10   彼の門家の伝法院の本願たる正覚の舎利講式に云く 「尊高なる者は不二摩訶衍の仏・驢牛の三身は車を扶くる
11 こと能ず秘奥なる者は両部曼陀羅の教・顕乗の四法の人は履をも取るに能えず」云云、三論・天台・法相・華厳等の
12 元祖等を真言の師に相対するに牛飼にも及ばず 力者にも足らずと書ける筆なり、 乞い願わくは彼の門徒等心在ら
13 ん人は之を案ぜよ 大悪口に非ずや大謗法に非ずや、 所詮此等の誑言は弘法大師の望後作戯論の悪口より起るか、
14 教主釈尊・多宝・十方の諸仏は法華経を以て已今当の諸説に相対して 皆是真実と定め然る後世尊は霊山に隠居し多
15 宝諸仏は各本土に還りたまいぬ、三仏を除くの外誰か之を破失せん。
16   就中弘法所覧の真言経の中に 三説を悔い還すの文之有りや不や、 弘法既に之を出さず末学の智・如何せん而
17 るに弘法大師一人のみ法華経を華厳.大日の二経に相対して戯論.盗人と為す所詮釈尊・多宝・十方の諸仏を以て盗人
18 と称するか末学等眼を閉じて之を案ぜよ。
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01   問うて曰く昔より已来未だ曾て此くの如きの謗言を聞かず 何ぞ上古清代の貴僧に違背して寧ろ当今濁世の愚侶
02 を帰仰せんや、 答えて曰く汝が言う所の如くば愚人は定んで理運なりと思わんか 然れども此等は皆人の偽言に因
03 つて如来の金言を知らざるなり、 大覚世尊・涅槃経に滅後を警めて言く「善男子・我が所説に於て若し疑を生ずる
04 者は尚受くべからず」云云、 然るに仏尚我が所説なりと雖も不審有らば之を叙用せざれとなり、 今予を諸師に比
05 べて謗難を加う、然りと雖も敢て私曲を構えず専ら釈尊の遺誡に順つて諸人の謬釈を糾すものなり。
06   夫れ斉の始めより梁の末に至るまで 二百余年の間南北の碩徳光宅・智誕等の二百余人涅槃経の「我等悉名邪見
07 之人」の文を引いて法華経を以て邪見之経と定め 一国の僧尼並びに王臣等を迷惑せしむ、 陳隋の比智者大師之を
08 糾明せし時始めて南北の僻見を破り了んぬ、 唐の始めに太宗の御宇に基法師・勝鬘経の 「若如来随彼所欲而方便
09 説・即是大乗無有二乗」の文を引いて一乗方便・ 三乗真実の義を立つ此の邪義・震旦に流布するのみに非ず、 日
10 本の得一が称徳天皇の御時盛んに非義を談ず、 爰に伝教大師悉く彼の邪見を破し了んぬ、 後鳥羽院の御代に源空
11 法然・観無量寿経の読誦大乗の一句を以て法華経を摂入し 「還つて称名念仏に対すれば雑行方便なれば捨閉閣抛せ
12 よ」等云云。
13   然りと雖も五十余年の間.南都・北京・五畿.七道の諸寺.諸山の衆僧等.此の悪義を破ること能はざりき予が難破
14 分明為るの間・ 一国の諸人忽ち彼の選択集を捨て了んぬ 根露るれば枝枯れ 源乾けば流竭くとは蓋し此の謂なる
15 か、 加之ならず唐の半玄宗皇帝の御代に善無畏・ 不空等大日経の住心品の如実一道心の一句に於て 法華経を摂
16 入し返つて権経と下す、 日本の弘法大師は六波羅蜜経の五蔵の中に第四の熟蘇味の般若波羅蜜蔵に於て 法華経涅
17 槃経等を摂入し 第五の陀羅尼蔵に相対して争つて醍醐を盗む等云云、 此等の禍咎は日本一州の内四百余年今に未
18 だ之を糾明せし人あらず予が所存の難勢アマネく一国に満つ必ず彼の邪義を破られんか此等は且らく之を止む。
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01   迦葉.阿難等・竜樹・天親等・天台.伝教等の諸大聖人知つて而も未だ弘宣せざる所の肝要の秘法は法華経の文赫
02 赫たり論釈等に載せざること明明なり生知は自ら知るべし 賢人は明師に値遇して之を信ぜよ 罪根深重の輩は邪推
03 を以て人を軽しめ之を信ぜず且く耳に停め本意に付かば之を喩さん、 大集経の五十一に大覚世尊・月蔵菩薩に語つ
04 て云く「我が滅後に於て五百年の中は解脱堅固.次の五百年は禅定堅固、已上一千年次の五百年は読誦多聞堅固.次の
05 五百年は多造塔寺堅固已上二千年次の五百年は我が法の中に於て闘諍言訟して白法隠没せん」等云云、今末法に入つ
06 て二百二十余年・我法中闘諍言訟・白法隠没の時に相当れり、法華経の第七薬王品に教主釈尊・多宝仏と共に宿王華
07 菩薩に語つて云く「我が滅度の後・後の五百歳の中に広宣流布して閻浮提に於て断絶して悪魔・魔民・諸の天竜・夜
08 叉・鳩槃荼等に其の便を得せしむこと無けん」 大集経の文を以て之を案ずるに 前四箇度の五百年は仏の記文の如
09 く既に符合せしめ了んぬ、 第五の五百歳の一事豈唐捐ならん、 随つて当世の体為る大日本国と大蒙古国と闘諍合
10 戦す第五の五百に相当れるか、 彼の大集経の文を以て此の法華経の文を惟うに 後五百歳中広宣流布・於閻浮提の
11 鳳詔・豈扶桑国に非ずや、 弥勒菩薩の瑜伽論に云く「東方に小国有り其の中に唯大乗の種姓のみ有り」云云、 慈
12 氏菩薩仏の滅後九百年に相当つて無著菩薩の請に赴いて 中印度に来下して瑜伽論を演説す、 是れ或は権機に随い
13 或は付属に順い 或は時に依つて権経を弘通す、 然りと雖も法華経の涌出品の時・地涌の菩薩を見て近成を疑うの
14 間仏・請に赴いて寿量品を演説し 分別功徳品に至つて地涌の菩薩を勧奨して云く 「悪世末法の時能く是の経を持
15 たん者」と、 弥勒菩薩自身の付属に非ざれば之を弘めずと雖も 親り霊山会上に於て悪世末法時の金言を聴聞せし
16 故に瑜伽論を説くの時末法に日本国に於て 地涌の菩薩法華経の肝心を流布せしむ可きの由 兼ねて之を示すなり、
17 肇公の翻経の記に云く 「大師須梨耶蘇摩左の手に法華経を持し 右の手に鳩摩羅什の頂を摩で授与して云く仏日西
18 に入つて遺耀将に東に及ばんとす 此の経典東北に縁有り汝慎んで伝弘せよ」云云、 予此の記の文を拝見して両眼
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01 滝の如く一身悦びをアマネくす,「此の経典東北に縁有り」云云西天の月支国は未申の方.東方の日本国は丑寅の方な
02 り、 天竺に於て東北に縁有りとは豈日本国に非ずや、 遵式の筆に云く「始め西より伝う猶月の生ずるが如し今復
03 東より返る猶日の昇るが如し」云云、 正像二千年には西より東に流る暮月の西空より始まるが如し 末法五百年に
04 は東より西に入る 朝日の東天より出ずるに似たり、 根本大師の記に云く「代を語れば則ち像の終り末の初・地を
05 尋ぬれば唐の東・羯の西・ 人を原ぬれば則ち五濁の生・闘諍の時なり、 経に云く猶多怨嫉況滅度後と此の言良に
06 以有るが故に」云云、 又云く「正像稍過ぎ已つて末法太だ近きに有り法華一乗の機・ 今正しく是れ其の時なり何
07 を以て知る事を得ん安楽行品に云く末世法滅の時なり」云云・此の釈は語美しく心隠れたり、 読まん人之を解し難
08 きか、伝教大師の語は我が時に似て心は末法を楽いたもうなり、 大師出現の時は仏の滅後一千八百余年なり、 大
09 集経の文を以て之を勘うるに 大師存生の時は第四の多造塔寺堅固の時に相当る全く第五闘諍堅固の時に非ず、 而
10 るに余処の釈に末法太有近の言は有り定めて知んぬ闘諍堅固の筆は我が時を指すに非ざるなり。
11   予倩事の情を案ずるに 大師薬王菩薩として霊山会上に侍して仏・ 上行菩薩出現の時を兼ねて之を記したもう
12 故に粗之を喩すか、 而るに予地涌の一分に非ざれども兼ねて此の事を知る故に 地涌の大士に前立ちて粗五字を示
13 す例せば西王母の先相には青鳥・ 客人の来るにはカン鵲の如し、此の大法を弘通せしむるの法には必ず一代の聖教
14 を安置し八宗の章疏を習学すべし然れば則ち予所持の聖教 ・多多之有り、然りと雖も両度の御勘気・衆度の大難の
15 時は或は一巻二巻散失し 或は一字二字脱落し或は魚魯の謬ゴ或は一部二部損朽す、 若し黙止して一期を過ぐるの
16 後には弟子等定んで謬乱出来の基なり、 爰を以つて愚身老耄已前に 之を糾調せんと欲す、 而るに風聞の如くん
17 ば貴辺並びに大田金吾殿・ 越中の御所領の内並びに近辺の寺寺に数多の聖教あり等云云、 両人共に大檀那為り所
18 願を成ぜしめたまえ、涅槃経に云く 「内には智慧の弟子有つて甚深の義を解り外には清浄の檀越有つて 仏法久住
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01 せん」云云、天台大師は毛喜等を相語らい伝教大師は国道弘世等を恃怙む云云。
02   仁王経に云く「千里の内をして七難起らざらしむ」云云、 法華経に云く「百由旬の内に諸の衰患無からしむ」
03 云云、国主正法を弘通すれば必ず此の徳を備う臣民等此の法を守護せんに 豈家内の大難を払わざらんや、 又法華
04 経の第八に云く「所願虚しからず亦現世に於て其の福報を得ん」 又云く「当に今世に於て現の果報を得べし」 云
05 云、 又云く「此の人は現世に白癩の病いを得ん」又云く 「頭破れて七分と作らん」又第二巻に云く 「経を読誦
06 し書持すること有らん者を見て軽賎憎嫉して結恨を懐かん 乃至其の人命終して阿鼻獄に入らん」云云、 第五の巻
07 に云く「若し人悪み罵らば口則ち閉塞せん」云云、 伝教大師の云く「讃する者は福を安明に積み 謗ずる者は罪を
08 無間に開く」等云云、 安明とは須弥山の名なり、 無間とは阿鼻の別名なり、国主持者を誹謗せば位を失い臣民行
09 者を毀呰すれば身を喪す一国を挙りて用いざれば 定めて自反他逼出来せしむべきなり、 又上品の行者は大の七難
10 中品の行者は二十九難の内・下品の行者は無量の難の随一なり、 又大の七難に於て七人有り第一は日月の難なり第
11 一の内に又五の大難有り 所謂日月度を失し時節反逆し或は赤日出で 或は黒日出で二三四五の日出ず 或は日蝕し
12 て光無く 或は日輪一重二三四五重輪現ぜん、 又経に云く「二の月並び出でん」と、 今此の国土に有らざるは二
13 の日・二の月等の大難なり余の難は大体之有り、今此の亀鏡を以て日本国を浮べ見るに必ず法華経の大行者有るか、
14 既に之を謗る者に大罰有り之を信ずる者何ぞ大福無からん。
15   今両人微力を励まし予が願に力を副え仏の金言を試みよ 経文の如く之を行ぜんに徴無くんば釈尊正直の経文・
16 多宝証明の誠言・十方分身の諸仏の舌相・有言無実と為らんか、 提婆の大妄語に過ぎ瞿伽利の大誑言に超えたらん
17 日月地に落ち 大地反覆し天を仰いで声を発し地に臥して胸を押う 殷の湯王の玉体を薪に積み戒日大王の竜顔を火
18 に入れしも今此の時に当るか、 若し此の書を見聞して宿習有らば其の心を発得すべし、 使者に此の書を持たしめ
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01 早早北国に差し遣し 金吾殿の返報を取りて速速是非を聞かしめよ、 此の願若し成ぜば崑崙山の玉鮮かに求めずし
02 て蔵に収まり大海の宝珠招かざるに掌に在らん、恐惶謹言。
03       下春十日                      日 蓮 花 押
04     曾谷入道殿
05     大田金吾殿
法蓮抄    建治元年    五十四歳御作   与曾谷法蓮日礼
01   夫れ以れば法華経第四の法師品に云く 「若し悪人有つて不善の心を以て一劫の中に於て 現に仏前に於て常に
02 仏を毀罵せん其の罪尚軽し若し人一つの悪言を以て在家・ 出家の法華経を読誦する者を毀シせん其の罪甚だ重し」
03 等云云、 妙楽大師云く「然も此の経の功高く理絶えたるに約して此の説を作すことを得る余経は然らず」等云云、
04 此の経文の心は 一劫とは人寿八万歳ありしより百年に一歳をすて 千年に十歳をすつ此くの如く次第に減ずる程に
05 人寿十歳になりぬ、 此の十歳の時は当時の八十の翁のごとし、 又人寿十歳より百年ありて十一歳となり又百年あ
06 りて十二歳となり乃至一千年あらば二十歳となるべし乃至八万歳となる、 此の一減一増を一劫とは申すなり、 又
07 種種の劫ありといへども 且く此の劫を以て申すべし、 此の一劫が間・身口意の三業より事おこりて仏をにくみた
08 てまつる者あるべし例せば提婆達多がごとし、 仏は浄飯王の太子・提婆達多は斛飯王の子なり、 兄弟の子息なる
09 間仏の御いとこにて・ をはせしかども今も昔も聖人も凡夫も人の中をたがへること 女人よりして起りたる第一の
10 あだにてはんべるなり、 釈迦如来は悉達太子としてをはしし時 提婆達多も同じ太子なり、耶輸大臣に女あり耶輸
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01 多羅女となづく五天竺第一の美女・四海名誉の天女なり、 悉達と提婆と共に后にせん事をあらそひ給いし故に 中
02 あしくならせ給いぬ、 後に悉達は出家して仏とならせ給い提婆達多・又須陀比丘を師として出家し給いぬ、 仏は
03 二百五十戒を持ち三千の威儀をととのへ給いしかば 諸の天人これを渇仰し四衆これを恭敬す、 提婆達多を人たと
04 まざりしかばいかにしてか世間の名誉・仏にすぎんと・ はげみしほどにとかう案じいだして仏にすぎて世間にたと
05 まれぬべき事五つあり、四分律に云く一には糞掃衣・二には常乞食・三には一座食・四には常露座・五には塩及び五
06 味を受けず等云云、 仏は人の施す衣をうけさせ給う 提婆達多は糞掃衣、 仏は人の施す食をうけ給う提婆は只常
07 乞食、仏は一日に一二三反も食せさせ給い提婆は只一座食、 仏は塚間・樹下にも処し給い提婆は日中常露座なり、
08 仏は便宜にはしを復は五味を服し給い提婆はしを等を服せず、 かうありしかば世間・提婆の仏にすぐれたる事・雲
09 泥なり、 かくのごとくして仏を失いたてまつらんとうかがひし程に 頻婆舎羅王は仏の檀那なり日日に五百輛の車
10 を数年が間・一度もかかさずおくりて仏並びに御弟子等を供養し奉る、 これをそねみ・とらんがために未生怨太子
11 をかたらいて父・頻婆舎羅王を殺させ我は仏を殺さんとして 或は石をもつて仏を打ちたてまつるは身業なり、 仏
12 は誑惑の者と罵詈せしは口業なり、 内心より宿世の怨とをもひしは意業なり 三業相応の大悪此れにはすぐべから
13 ず、此の提婆達多ほどの大悪人・ 三業相応して一中劫が間釈迦仏を罵詈・ 打杖し嫉妬し候はん大罪はいくらほど
14 か重く候べきや、 此の大地は厚さは十六万八千由旬なり されば四大海の水をも九山の土石をも三千の草木をも一
15 切衆生をも頂戴して候へども 落ちもせずかたぶかず破れずして候ぞかし、 しかれども提婆達多が身は 既に五尺
16 の人身なりわづかに三逆罪に及びしかば大地破れて地獄に入りぬ、 此の穴・天竺にいまだ候・玄奘三蔵・漢土より
17 月支に修行して 此れをみる西域と申す文に載せられたり、 而るに法華経の末代の行者を心にも・をもはず色にも
18 そねまず只たわふれてのりて候が 上の提婆達多がごとく三業相応して 一中劫・仏を罵詈し奉るにすぎて候ととか
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01 れて候、何に況や当世の人の提婆達多がごとく三業相応しての大悪心をもつて 多年が間・法華経の行者を罵詈・毀
02
 辱・嫉妬・打擲・讒死・歿死に当てんをや。
03
   問うて云く末代の法華経の行者を怨める者は何なる地獄に堕つるや、 答えて云く法華経の第二に云く「経を読
04
 誦し書持すること有らん者を見て軽賎憎嫉して結恨を懐かん 乃至其の人命終して阿鼻獄に入らん 一劫を具足して
05
 劫尽きなば復死し展転して無数劫に至らん」等云云、 此の大地の下・五百由旬を過ぎて炎魔王宮あり、その炎魔王
06
 宮より下・一千五百由旬が間に八大地獄並びに一百三十六の地獄あり、 其の中に一百二十八の地獄は軽罪の者の住
07
 処・八大地獄は重罪の者の住処なり、 八大地獄の中に七大地獄は十悪の者の住処なり、第八の無間地獄は五逆と不
08
 孝と誹謗との三人の住処なり、 今法華経の末代の行者を戯論にも罵詈・誹謗せん人人はおつべしと説き給へる文な
09
 り、 法華経の第四法師品に云く「人有つて仏道を求めて一劫の中に於て乃至持経者を歎美せんは其の福復彼に過ぎ
10
 ん」等云云、 妙楽大師云く「若し悩乱する者は頭七分に破れ供養する有らん者は福十号に過ぐ」等云云、夫れ人中
11
 には転輪聖王・ 第一なり此の輪王出現し給うべき前相として 大海の中に優曇華と申す大木生いて華さき実なる、
12
 金輪王出現して 四天の山海を平になす大地は緜の如くやはらかに 大海は甘露の如くあまく大山は金山・ 草木は
13
 七宝なり、 此の輪王須臾の間に四天下をめぐる、 されば天も守護し鬼神も来つてつかへ竜王も時に随つて雨をふ
14
 らす、 劣夫なんども・これに従ひ奉れば須臾に四天下をめぐる、 是れ偏に転輪王の十善の感得せる大果報なり、
15
 毘沙門等の四大天王は又これには似るべくもなき四天下の自在の大王なり、帝釈はトウ利天の主・第六天の魔王は欲
16
 界の頂に居して三界を領す、 此れは上品の十善戒・無遮の大善の所感なり、大梵天王は三界の天尊・色界の頂に居
17
 して魔王・帝釈をしたがへ三千大千界を手ににぎる、 有漏の禅定を修行せる上に慈・悲・喜・捨の四無量心を修行
18
 せる人なり、声聞と申して舎利弗・迦葉等は二百五十戒・無漏の禅定の上に苦・空・無常・無我の観をこらし三界の
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01 見思を断尽し水火に自在なり故に梵王と帝釈とを眷属とせり、 縁覚は声聞に似るべくもなき人なり 仏と出世をあ
02 らそふ人なり、 昔猟師ありき飢えたる世に利ダと申す辟支仏にひえの飯を一盃供養し奉りて彼の猟師・九十一劫が
03 間・人中・天上の長者と生る、 今生には阿那律と申す天眼第一の御弟子なり、此れを妙楽大師釈して云く「稗飯軽
04 しと雖も所有を尽し及び田勝るるを以ての故に勝るる報を得る」等云云、 釈の心はひえの飯は軽しといへども 貴
05 き辟支仏を供養する故にかかる大果報に度度生るとこそ書かれて候へ、 又菩薩と申すは文殊・弥勒等なり、此の大
06 菩薩等は彼の辟支仏に似るべからざる大人なり、 仏は四十二品の無明と申す闇を破る妙覚の仏なり、 八月十五夜
07 の満月のごとし、 此の菩薩等は四十一品の無明をつくして等覚の山の頂にのぼり十四夜の月のごとし、 仏と申す
08 は上の諸人には 百千万億倍すぐれさせ給へる大人なり、 仏には必ず三十二相あり其の相と申すは梵音声・無見頂
09 相・肉髻相・白毫相・乃至千輻輪相等なり、此の三十二相の中の一相をば百福を以て成じ給へり、百福と申すは仮令
10 大医ありて日本国.漢土.五天竺・十六の大国.五百の中国・十千の小国・乃至一閻浮提・四天下.六欲天・乃至三千大
11 千世界の一切衆生の眼の盲たるを本の如く 一時に開けたらんほどの大功徳を一つの福として 此の福百をかさねて
12 候はんを以て三十二相の中の一相を成ぜり、 されば此の一相の功徳は三千大千世界の草木の数よりも多く 四天下
13 の雨の足よりもすぎたり、 設い壊劫の時僧ギャ陀と申す大風ありて須弥山を吹き抜いて色究竟天にあげて・かへつ
14 て微塵となす大風なり、 然れども仏の御身の一毛をば動かさず仏の御胸に大火あり平等大慧・大智光明・火坑三昧
15 と云う、涅槃の時は此の大火を胸より出して一身を焼き給いしかば六欲・四海の天神・竜衆等・仏を惜み奉る故にあ
16 つまりて大雨を下し三千の大地を水となし須弥は流るといへども 此の大火はきへず、 仏にはかかる大徳まします
17 ゆへに阿闍世王は十六大国の悪人を集め 一四天下の外道をかたらひ提婆を師として無量の悪人を放ちて 仏弟子を
18 のりうち殺害せしのみならず、 賢王にて・とがもなかりし父の大王を一尺の釘をもつて七処までうちつけ、 はつ

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01 けしに生母をば王のかんざしをきり 刀を頭にあてし重罪のつもりに悪瘡七処に出でき、 三七日を経て三月の七日
02 に大地破れて無間地獄に堕ちて一劫を経べかりしかども 仏の所に詣で悪瘡いゆるのみならず 無間地獄の大苦をま
03 ぬかれ 四十年の寿命延びたりき、 又耆婆大臣も御つかひなりしかば 炎の中に入つて瞻婆長者が子を取り出した
04 りき、 之を以て之を思うに一度も仏を供養し奉る人はいかなる悪人女人なりとも成仏得道疑無し、提婆には三十相
05 あり二相かけたり所謂白毫と千輻輪となり、 仏に二相劣りたりしかば弟子等軽く思いぬべしとて 螢火をあつめて
06 眉間につけて 白毫と云ひ千輻輪には鍛冶に菊形をつくらせて 足に付けて行くほどに足焼て大事になり結句死せん
07 とせしかば仏に申す、 仏御手を以てなで給いしかば苦痛さりき、 ここにて改悔あるべきかと思いしにさはなくし
08 て瞿曇が習ふ医師はこざかしかりけり 又術にて有るなど云ひしなり、 かかる敵にも仏は怨をなし給はず何に況や
09 仏を一度も信じ奉る者をば争でか捨て給うべきや。
10   かかる仏なれば木像・ 画像にうつし奉るに優填大王の木像は歩をなし摩騰の画像は一切経を説き給ふ、是れ程
11 に貴き教主釈尊を一時二時ならず 一日二日ならず 一劫が間掌を合せ両眼を仏の御顔にあて 頭を低て他事を捨て
12 頭の火を消さんと欲するが如く 渇して水ををもひ飢えて食を思うがごとく間無く供養し奉る功徳よりも 戯論に一
13 言継母の継子をほむるが如く 心ざしなくとも末代の法華経の行者を讃め 供養せん功徳は 彼の三業相応の信心に
14 て一劫が間生身の仏を供養し奉るには 百千万億倍すぐべしと説き給いて候、 これを妙楽大師は福過十号とは書れ
15 て候なり、 十号と申すは仏の十の御名なり十号を供養せんよりも 末代の法華経の行者を供養せん功徳は勝るとか
16 かれたり、 妙楽大師は法華経の一切経に勝れたる事を二十あつむる其の一なり、 已上・上の二つの法門は仏説に
17 ては候へども 心えられぬ事なり争か仏を供養し奉るよりも 凡夫を供養するがまさるべきや、而れども是を妄語と
18 云はんとすれば釈迦如来の金言を疑い多宝仏の証明を軽しめ 十方諸仏の舌相をやぶるになりぬべし、 若し爾らば
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01  現身に阿鼻地獄に堕つべし、巌石にのぼりて・あら馬を走らするが如し心肝しづかならず、 又信ぜば妙覚の仏に
02 もなりぬべし如何してか 今度法華経に信心をとるべき信なくして 此の経を行ぜんは手なくして宝山に入り足なく
03 して千里の道を企つるが如し、 但し近き現証を引いて遠き信を取るべし仏の御歳八十の正月一日・ 法華経を説き
04 おはらせ給て御物語あり、「 阿難・弥勒・迦葉我世に出でし事は法華経を説かんがためなり我既に本懐をとげぬ今
05 は世にありて詮なし 今三月ありて二月十五日に涅槃すべし」云云、 一切内外の人人疑をなせしかども仏語むなし
06 からざればついに二月十五日に御涅槃ありき、 されば仏の金言は実なりけるかと少し信心はとられて候、 又仏記
07 し給ふ 「我滅度の後一百年と申さんに阿育大王と申す王出現して 一閻浮提三分の一が主となりて 八万四千の塔
08 を立て我が舎利を供養すべし」云云、 人疑い申さんほどに案の如くに出現して候いき 是よりしてこそ信心をばと
09 りて候いつれ、 又云く「我滅後に四百年と申さんに迦弐色迦王と申す大王あるべし 五百の阿羅漢を集めて婆沙論
10 を造るべし」と是又仏記のごとくなりき、 是等をもつてこそ仏の記文は信ぜられて候へ、 若し上に挙ぐる所の二
11 の法門・妄語ならば此の一経は皆妄語なるべし、 寿量品に我は過去五百塵点劫のそのかみの仏なりと説き給う 我
12 等は凡夫なり過ぎにし方は生れてより已来すらなをおぼへず 況や一生・二生をや 況や五百塵点劫の事をば争か信
13 ずべきや、 又舎利弗等に記して云く「汝未来世に於て無量無辺不可思議劫を過ぎ 乃至当に作仏することを得べし
14 号を華光如来と曰わん」云云、 又又摩訶迦葉に記して云く 「未来世に於て乃至最後の身に於て仏と成為ことを得
15 ん名けて光明如来と曰わん」云云、 此等の経文は又未来の事なれば我等凡夫は信ずべしともおぼえず、 されば過
16 去未来を知らざらん 凡夫は此の経は信じがたし又修行しても何の詮かあるべき 是を以て之を思うに現在に眼前の
17 証拠あらんずる人・此の経を説かん時は信ずる人もありやせん。
18   今法蓮上人の送り給える諷誦の状に云く「慈父幽霊第十三年の忌辰に相当り一乗妙法蓮華経五部を転読し奉る」
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01 等云云、 夫れ教主釈尊をば大覚世尊と号したてまつる、 世尊と申す尊の一字を高と申す高と申す一字は又孝と訓
02 ずるなり、 一切の孝養の人の中に第一の孝養の人なれば世尊と号し奉る、 釈迦如来の御身は金色にして三十二相
03 を備へ給ふ、 彼の三十二相の中に無見頂相と申すは仏は丈六の御身なれども 竹杖外道も其の御長をはからず梵天
04 も其の頂を見ず 故に無見頂相と申す是れ孝養第一の大人なればかかる相を備へまします、 孝経と申すに二あり一
05 には外典の孔子と申せし聖人の書に孝経あり、 二には内典今の法華経是なり、内外異なれども其意は是れ同じ、釈
06 尊・塵点劫の間・修行して仏にならんとはげみしは何事ぞ孝養の事なり、 然るに六道四生の一切衆生は皆父母なり
07 孝養おへざりしかば仏にならせ給はず、 今法華経と申すは一切衆生を仏になす秘術まします御経なり、所謂地獄の
08 一人・餓鬼の一人・乃至九界の一人を仏になせば一切衆生・皆仏になるべきことはり顕る、 譬えば竹の節を一つ破
09 ぬれば余の節亦破るるが如し、 囲碁と申すあそびにしちようと云う事あり一の石死しぬれば多の石死ぬ、 法華経
10 も又此くの如し 金と申すものは木草を失う用を備へ水は一切の火をけす徳あり、 法華経も又一切衆生を仏になす
11 用おはします、 六道四生の衆生に男女あり此の男女は皆我等が先生の父母なり、一人ももれば仏になるべからず故
12 に二乗をば不知恩の者と定めて 永不成仏と説かせ給う孝養の心あまねからざる故なり、 仏は法華経をさとらせ給
13 いて六道・四生の父母・孝養の功徳を身に備へ給へり、此の仏の御功徳をば法華経を信ずる人にゆづり給う、例せば
14 悲母の食う物の乳となりて赤子を養うが如し、「今此の三界は・皆是れ我が有なり・其の中の衆生は・悉く是れ吾が
15 子なり」等云云、 教主釈尊は此の功徳を法華経の文字となして一切衆生の口になめさせ給う、赤子の水火をわきま
16 へず毒薬を知らざれざも 乳を含めば身命をつぐが如し、 阿含経を習う事は舎利弗等の如くならざれども華厳経を
17 さとる事解脱月等の如くならざれども 乃至一代聖教を胸に浮べたる事文殊の如くならざれども 一字一句をも之を
18 聞きし人仏にならざるはなし、 彼の五千の上慢は聞きてさとらず不信の人なり、 然れども謗ぜざりしかば三月を
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01 経て仏になりにき 「若しは信じ若しは信ぜざれば即ち不動国に生ぜん」 と涅槃経に説かるるは此の人の事なり、
02 法華経は不信の者すら謗ぜざれば 聞きつるが不思議にて仏になるなり、 所謂七歩蛇に食れたる人一歩乃至七歩を
03 すぎず毒の用の不思議にて八歩をすごさぬなり、 又胎内の子の七日の如し必ず七日の内に転じて 余の形となる八
04 日をすごさず、 今の法蓮上人も又此くの如し教主釈尊の御功徳・御身に入りかはらせ給いぬ、法蓮上人の御身は過
05 去聖霊の御容貌を残しおかれたるなり、 たとへば種の苗となり華の菓となるが如し 其華は落ちて菓はあり種はか
06  くれて苗は現に見ゆ、法蓮上人の御功徳は過去聖霊の御財なり 、松さかふれば柏よろこぶ芝かるれば蘭なく情な
07 き草木すら此くの如し何に況や情あらんをや又父子の契をや。
08   彼の諷誦に云く 「慈父閉眼の朝より第十三年の忌辰に至るまで釈迦如来の御前に於て自ら自我偈一巻を読誦し
09 奉りて聖霊に回向す」等云云、 当時日本国の人仏法を信じたるやうには見へて候へども 古いまだ仏法のわたらざ
10 りし時は仏と申す事も法と申す事も知らず候しを 守屋と上宮太子と合戦の後 信ずる人もあり又信ぜざるもあり、
11 漢土も此くの如し摩騰・漢土に入つて後・ 道士と諍論あり道士まけしかば始て信ずる人もありしかども不信の人多
12 し、 されば烏竜と申せし能書は手跡の上手なりしかば人之を用ゆ、 然れども仏経に於てはいかなる依怙ありしか
13 ども書かず最後臨終の時・ 子息遺竜を召して云く汝我が家に生れて 芸能をつぐ我が孝養には仏経を書くべからず
14 殊に法華経を書く事なかれ、 我が本師の老子は天尊なり天に二つの日なし 而に彼の経に唯我一人と説くきくわい
15 第一なり、 若し遺言を違へて書く程ならば忽に悪霊となりて命を断つべしと云つて 舌八つにさけて頭七分に破れ
16 五根より血を吐いて死し畢んぬ、 されども其の子善悪を弁へざれば 我が父の謗法のゆへに悪相現じて阿鼻地獄に
17 堕ちたりともしらず 遺言にまかせて仏経を書く事なし況や口に誦する事あらんをや、 かく過ぎ行く程に時の王を
18 司馬氏と号し奉る御仏事のありしに 書写の経あるべしとて漢土第一の能書を尋ねらるるに遺竜に定まりぬ、 召し
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01 て仰せ付けらるるに再三辞退申せしかば 力及ばずして他筆にて一部の経を書かせられけるが、 帝王心よからず尚
02 遺竜を召して仰せに云く 汝親の遺言とて朕が経を書かざる事其の謂無しと雖も 且く之を免ず但題目計りは書くべ
03 しと三度勅定あり、 遺竜猶辞退申す大王竜顔心よからずして云く 天地尚王の進退なり、 然らば汝が親は即ち我
04 が家人にあらずや、 私をもつて公事を軽んずる事あるべからず、 題目計りは書くべし若し然らずんば、仏事の庭
05 なりといへども速に汝が頭を刎ぬべしとありければ題目計り書けり、 所謂妙法蓮華経巻第一・乃至巻第八等云云、
06 其の暮に私宅に帰りて歎いて云く 我親の遺言を背き王勅術なき故に 仏経を書きて不孝の者となりぬ 天神も地祇
07 も定んで瞋り不孝の者とおぼすらんとて寝る、 夜の夢の中に大光明出現せり朝日の照すかと思へば 天人一人庭上
08 に立ち給へり又無量の眷属あり、 此の天人の頂上の虚空に仏・六十四仏まします、遺竜・合掌して問うて云く如何
09 なる天人ぞや、 答えて云く我は是れ汝が父の烏竜なり 仏法を謗ぜし故に 舌八つにさけ五根より血を出し頭七分
10 に破れて無間地獄に堕ちぬ、 彼の臨終の大苦をこそ堪忍すべしともおぼへざりしに無間の苦は尚百千億倍なり、人
11 間にして 鈍刀をもて爪をはなち鋸をもて頚をきられ 炭火の上を歩ばせ棘にこめられなんどせし人の苦を此の苦に
12 たとへば・かずならず、 如何してか我が子に告げんと思いしかどもかなはず、臨終の時・汝を誡て仏経を書くこと
13 なかれと遺言せし事のくやしさ申すばかりなし、 後悔先にたたず我が身を恨み舌をせめしかども・ かひなかりし
14 に昨日の朝より法華経の始の妙の一字・ 無間地獄のかなへの上に飛び来つて変じて金色の釈迦仏となる、 此の仏
15 三十二相を具し面貌満月の如し、 大音声を出して説て云く 「仮令法界に遍く善を断ちたる諸の衆生も一たび法華
16 経を聞かば決定して菩提を成ぜん」云云、 此の文字の中より大雨降りて無間地獄の炎をけす 閻魔王は冠をかたぶ
17 けて敬ひ獄卒は杖をすてて立てり、 一切の罪人はいかなる事ぞとあはてたり、又法の一字来れり前の如し又蓮・又
18 華・又経・此くの如し六十四字来つて六十四仏となりぬ、無間地獄に仏・六十四体ましませば日月の六十四が天に出
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01 たるごとし、天より甘露をくだして罪人に与ふ、 抑此等の大善は何なる事ぞと 罪人等仏に問い奉りしかば六十四
02 の仏の答に云く 我等が金色の身は栴檀宝山よりも出現せず 是は無間地獄にある烏竜が子の遺竜が書ける法華経八
03 巻の題目の八八・六十四の文字なり、 彼の遺竜が手は烏竜が生める処の身分なり、書ける文字は烏竜が書くにてあ
04 るなりと説き給いしかば無間地獄の罪人等は我等も娑婆にありし時は子もあり婦もあり眷属もありき、 いかに・と
05 ぶらはぬやらん又訪へども善根の用の弱くして来らぬやらんと歎けども歎けども甲斐なし、 或は一日・二日・一年
06 二年・半劫・一劫になりぬるに かかる善知識にあひ奉つて助けられぬるとて我等も眷属となりてトウ利天にのぼる
07 か、 先ず汝をおがまんとて来るなりとかたりしかば、 夢の中にうれしさ身にあまりぬ、別れて後又いつの世にか
08 見んと思いし親のすがたをも 見奉り仏をも拝し奉りぬ、 六十四仏の物語に云く 我等は別の主なし 汝は我等が
09 檀那なり、 今日よりは汝を親と守護すべし汝をこたる事なかれ、 一期の後は必ず来つて都率の内院へ導くべしと
10 御約束ありしかば遺竜ことに畏みて誓いて云く 今日以後外典の文字を書く可からず等云云、 彼の世親菩薩が小乗
11 経を誦せじと誓い日蓮が弥陀念仏を申さじと願せしがごとし、 さて夢さめて此の由を王に申す、 大王の勅宣に云
12 く此の仏事已に成じぬ 此の由を願文に書き奉れとありしかば勅宣の如くにし、 さてこそ漢土・日本国は法華経に
13 はならせ給いけれ、此の状は漢土の法華伝記に候。
14   是は書写の功徳なり、 五種法師の中には書写は最下の功徳なり、 何に況や読誦なんど申すは無量無辺の功徳
15 なり、今の施主.十三年の間・毎朝読誦せらるる自我偈の功徳は唯仏与仏.乃能究尽なるべし、夫れ法華経は一代聖教
16 の骨髄なり自我偈は二十八品のたましひなり、 三世の諸仏は寿量品を命とし十方の菩薩も自我偈を眼目とす、 自
17 我偈の功徳をば私に申すべからず 次下に分別功徳品に載せられたり、 此の自我偈を聴聞して仏になりたる人人の
18 数をあげて候には小千・大千・三千世界の微塵の数をこそ・あげて候へ、 其の上薬王品已下の六品得道のもの自我
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01 偈の余残なり、 下涅槃経四十巻の中に集りて候いし五十二類にも自我偈の功徳をこそ仏は重ねて説かせ給いしか、
02 されば初め寂滅道場に十方世界微塵数の大菩薩・天人等・雲の如くに集りて候いし大集・大品の諸聖も大日経・金剛
03 頂経等の千二百余尊も 過去に法華経の自我偈を聴聞してありし人人、 信力よはくして三五の塵点を経しかども今
04 度・釈迦仏に値い奉りて法華経の功徳すすむ故に 霊山をまたずして爾前の経経を縁として 得道なると見えたり。
05   されば十方世界の諸仏は自我偈を師として仏にならせ給う世界の人の父母の如し、今法華経・寿量品を持つ人は
06 諸仏の命を続ぐ人なり、 我が得道なりし経を持つ人を捨て給う仏あるべしや、 若し此れを捨て給はば仏還つて我
07 が身を捨て給うなるべし、 これを以て思うに田村利仁なんどの様なる兵を 三千人生みたらん女人あるべし、 此
08 の女人を敵とせん人は 此の三千人の将軍をかたきに・うくるにあらずや、 法華経の自我偈を持つ人を敵とせんは
09 三世の諸仏を敵とするになるべし、 今の法華経の文字は皆生身の仏なり 我等は肉眼なれば文字と見るなり、たと
10 へば餓鬼は恒河を火と見る・人は水と見・天人は甘露と見る、 水は一なれども果報にしたがつて見るところ各別な
11 り、此の法華経の文字は盲目の者は之を見ず 肉眼は黒色と見る二乗は虚空と見・菩薩は種種の色と見・仏種・純熟
12 せる人は仏と見奉る、 されば経文に云く「若し能く持つこと有るは・ 即ち仏身を持つなり」等云云、天台の云く
13 「稽首妙法蓮華経一帙・ 八軸・四七品・六万九千三八四・一一文文・是真仏・真仏説法利衆生」等と書かれて候。
14   之を以て之を案ずるに 法蓮法師は毎朝口より金色の文字を出現す此の文字の数は五百十字なり、 一一の文字
15 変じて日輪となり日輪変じて釈迦如来となり 大光明を放つて大地をつきとをし三悪道・ 無間大城を照し乃至東西
16 南北・上方に向つては非想・ 非非想へものぼりいかなる処にも過去聖霊のおはすらん処まで尋ね行き給いて彼の聖
17 霊に語り給うらん、 我をば誰とか思食す我は是れ汝が子息・ 法蓮が毎朝誦する所の法華経の自我偈の文字なり、
18 此の文字は汝が眼とならん耳とならん足とならん手とならんとこそ・ ねんごろに語らせ給うらめ、 其の時・過去
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01 聖霊は我が子息・法蓮は子にはあらず善知識なりとて娑婆世界に向つておがませ給うらん、 是こそ実の孝養にては
02 候なれ。
03   抑法華経を持つと申すは経は一なれども 持つ事は時に随つて色色なるべし、 或は身肉をさひて師に供養して
04 仏になる時もあり、 又身を牀として師に供養し又身を薪となし、 又此の経のために杖木をかほり又精進し又持戒
05 し上の如くすれども仏にならぬ時もあり時に依つて不定なるべし、 されば天台大師は適時而已と書かれ、 章安大
06 師は「取捨得宜不可一向」等云云。
07   問うて云く何なる時か身肉を供養し何なる時か持戒なるべき、 答えて云く智者と申すは此くの如き時を知りて
08 法華経を弘通するが第一の秘事なり、 たとへば渇者は水こそ用うる事なれ弓箭兵杖はよしなし、 裸なる者は衣を
09 求む水は用なし一をもつて万を察すべし、 大鬼神ありて法華経を弘通せば身を布施すべし余の衣食は詮なし、 悪
10 王あつて法華経を失わば 身命をほろぼすとも随うべからず、 持戒精進の大僧等・法華経を弘通するやうにて而も
11 失うならば是を知つて責むべし、 法華経に云く「我身命を愛せず 但だ無上道を惜しむ」云云、涅槃経に云く「寧
12 ろ身命を喪うとも終に王の所説の言教を匿さざれ」等云云、   章安大師の云く「寧喪身命不匿教とは身は軽く法
13 は重し身を死して法を弘む」等云云。
14   然るに今日蓮は外見の如くば日本第一の僻人なり我が朝六十六箇国・二の島の百千万億の四衆・ 上下万人に怨
15 まる、 仏法・日本国に渡つて七百余年いまだ是程に法華経の故に諸人に悪まれたる者なし、月氏・漢土にもありと
16 も・きこえず又あるべしとも・おぼへず、 されば一閻浮提第一の僻人ぞかし、かかるものなれば上には一朝の威を
17 恐れ下には万民の嘲を顧みて親類もとぶらはず 外人は申すに及ばず 出世の恩のみならず 世間の恩を蒙りし人も
18 諸人の眼を恐れて 口をふさがんためにや心に思はねども・そしるよしをなす、 数度事にあひ両度御勘気を蒙りし
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01 かば我が身の失に当るのみならず、 行通人人の中にも或は御勘気或は所領をめされ 或は御内を出され或は父母兄
02 弟に捨てらる、 されば付きし人も捨てはてぬ今又付く人もなし、 殊に今度の御勘気には死罪に及ぶべきがいかが
03 思はれけん佐渡の国につかはされしかば 彼の国へ趣く者は死は多く生は稀なり、 からくして行きつきたりしかば
04 殺害・謀叛の者よりも猶重く思はれたり、 鎌倉を出でしより日日に強敵かさなるが如し、 ありとある人は念仏の
05 持者なり、 野を行き山を行くにもそばひらの草木の風に随つてそよめく声も、かたきの我を責むるかとおぼゆ、や
06 うやく国にも付きぬ 北国の習なれば冬は殊に風はげしく雪ふかし衣薄く食ともし、 根を移されし橘の自然にから
07 たちとなりけるも身の上につみしられたり、 栖にはおばなかるかやおひしげれる野中の三昧ばらに おちやぶれた
08 る草堂の上は雨もり壁は風もたまらぬ傍に昼夜・ 耳に聞く者はまくらにさゆる風の音、 朝に眼に遮る者は遠近の
09 路を埋む雪なり、現身に餓鬼道を経・寒地獄に堕ちぬ、 彼の蘇武が十九年の間・胡国に留められて雪を食し李陵が
10 巌窟に入つて六年蓑をきて・すごしけるも我が身の上なりき。
11   今適御勘気ゆりたれども鎌倉中にも且くも身をやどし迹を・ とどむべき処なければ・かかる山中の石のはざま
12 松の下に身を隠し心を静むれども 大地を食とし草木を著ざらんより外は食もなく衣も絶えぬる処に いかなる御心
13 ねにてかくかきわけて御訪のあるやらん、 知らず過去の我が父母の 御神の御身に入りかはらせ給うか、 又知ら
14 ず大覚世尊の御めぐみにや・あるらん涙こそ・おさへがたく候へ。
15   問うて云く抑正嘉の大地震・文永の大彗星を見て自他の叛逆・我が朝に法華経を失う故としらせ給うゆへ如何、
16 答えて云く此の二の天災・地夭は外典三千余巻にも載せられず三墳・五典・史記等に記する処の大長星・大地震は或
17 は一尺二尺・一丈二丈・五丈六丈なりいまだ一天には見へず地震も又是くの如し、 内典を以て之を勘うるに仏御入
18 滅・已後はかかる大瑞出来せず、 月支には弗沙密多羅王の五天の仏法を亡し 十六大国の寺塔を焼き払い僧尼の頭
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01 をはねし時もかかる瑞はなし、 漢土には会昌天子の寺院・四千六百余所をとどめ僧尼・二十六万五百人を還俗せさ
02 せし時も出現せず、 我が朝には欽明の御宇に仏法渡りて守屋・仏法に敵せしにも清盛法師・七大寺を焼き失い山僧
03 等・園城寺を焼亡せしにも出現せざる大彗星なり。
04   当に知るべし 是よりも大事なる事の一閻浮提の内に出現すべきなりと勘えて 立正安国論を造りて最明寺入道
05 殿に奉る、 彼の状に云く詮取此の大瑞は他国より此の国をほろぼすべき先兆なり、禅宗・念仏宗等が法華経を失う
06 故なり、 彼の法師原が頚をきりて鎌倉ゆゐの浜にすてずば国正に亡ぶべし等云云、 其の後文永の大彗星の時は又
07 手ににぎりて之を知る、 去文永八年九月十二日の御勘気の時重ねて申して云く 予は日本国の棟梁なり我を失うは
08 国を失うなるべしと今は用いまじけれども 後のためにとて申しにき、 又去年の四月八日に平左衛門尉に対面の時
09 蒙古国は何比かよせ候べきと問うに、 答えて云く経文は月日をささず 但し天眼のいかり頻りなり今年をばすぐべ
10 からずと申したりき、 是等は如何にして知るべしと人疑うべし 予不肖の身なれども法華経を弘通する行者を王臣
11 人民之を怨む間法華経の座にて守護せんと誓をなせる地神 いかりをなして身をふるひ 天神身より光を出して此の
12 国をおどす、いかに諌むれども用いざれば結局は人の身に入つて自界叛逆せしめ他国より責むべし。
13   問うて云く此の事何たる証拠あるや、 答う経に云く「悪人を愛敬し善人を治罰するに由るが故に星宿及び風雨
14 皆時を以て行わず」等云云、 夫れ天地は国の明鏡なり今此の国に天災地夭あり知るべし 国主に失ありと云う事を
15 鏡にうかべたれば之を諍うべからず国主・ 小禍のある時は天鏡に小災見ゆ 今の大災は当に知るべし大禍ありと云
16 う事を、 仁王経には小難は無量なり中難は二十九・ 大難は七とあり此の経をば一には仁王と名づけ二には天地鏡
17 と名づく、 此の国主を天地鏡に移して見るに明白なり、 又此の経文に云く「聖人去らん時は七難必ず起る」等云
18 云、当に知るべし此の国に大聖人有りと、又知るべし彼の聖人を国主信ぜずと云う事を。
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01   問うて云く先代に仏寺を失ひし時何ぞ此の瑞なきや、 答えて云く瑞は失の軽重によりて大小あり此の度の瑞は
02 怪むべし、 一度二度にあらず一返二返にあらず 年月をふるままに弥盛なり、 之を以て之を察すべし先代の失よ
03 りも過ぎたる国主に失あり、 国主の身にて万民を殺し又万臣を殺し又父母を殺す失よりも聖人を怨む事・彼に過ぐ
04 る事を、 今日本国の王臣並びに万民には月氏・漢土総じて一閻浮提に仏滅後・二千二百二十余年の間いまだなき大
05 科・人ごとにあるなり、 譬えば十方世界の五逆の者を一処に集めたるが如し、此の国の一切の僧は皆提婆・瞿伽利
06 が魂を移し国主は阿闍世王・波瑠璃王の化身なり、一切の臣民は雨行大臣・月称大臣・刹陀耆利等の悪人をあつめて
07 日本国の民となせり、 古は二人・三人・逆罪不孝の者ありしかばこそ其の人の在所は大地も破れて入りぬれ、今は
08 此の国に充満せる故に日本国の大地・ 一時にわれ無間に堕ち入らざらん外は一人二人の住所の堕つべきやうなし、
09 例せば老人の一二の白毛をば抜けども 老耄の時は皆白毛なれば 何を分けて抜き捨つべき 只一度に剃捨る如くな
10 り、 問うて云く汝が義の如きは我が法華経の行者なるを用いざるが故に天変地夭等ありと、法華経第八に云く「頭
11 破れて七分と作らん」と、 第五に云く「若し人悪み罵れば口則ち閉塞す」等云云、如何ぞ数年が間・罵とも怨とも
12 其の義なきや、 答う反詰して云く 不軽菩薩を毀リし罵詈し打擲せし人は口閉頭破ありけるか如何、問う然れば経
13 文に相違する事如何、 答う法華経を怨む人に二人あり、 一人は先生に善根ありて今生に縁を求めて菩提心を発し
14 て仏になるべき者は 或は口閉ぢ或は頭破る、 一人は先生に謗人なり今生にも謗じ生生に無間地獄の業を成就せる
15 者あり是はのれども口則ち閉塞せず、 譬えば獄に入つて死罪に定まる者は 獄の中にて何なる僻事あれども死罪を
16 行うまでにて別の失なし、 ゆりぬべき者は獄中にて僻事あれば・ これをいましむるが如し、問うて云く此の事第
17 一の大事なり委細に承わるべし、答えて云く涅槃経に云く法華経に云く云云。
18                                  日蓮花押
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曾谷殿御返事    建治二年    五十五歳御作
01   夫れ法華経第一方便品に云く「諸仏の智慧は甚深無量なり」云云、釈に云く「境淵無辺なる故に甚深と云い智水
02 測り難き故に無量と云う」と、 抑此の経釈の心は仏になる道は豈 境智の二法にあらずや、 されば境と云うは万
03 法の体を云い智と云うは自体顕照の姿を云うなり、 而るに境の淵ほとりなく・ ふかき時は智慧の水ながるる事つ
04 つがなし、 此の境智合しぬれば即身成仏するなり、 法華以前の経は境智・各別にして而も権教方便なるが故に成
05 仏せず、 今法華経にして境智一如なる間・開示悟入の四仏知見をさとりて成仏するなり、此の内証に声聞・辟支仏
06 更に及ばざるところを 次下に一切声聞辟支仏所不能知と説かるるなり、 此の境智の二法は何物ぞ但南無妙法蓮華
07 経の五字なり、此の五字を地涌の大士を召し出して結要付属せしめ給う是を本化付属の法門とは云うなり。
08   然るに上行菩薩等・ 末法の始の五百年に出生して此の境智の二法たる五字を弘めさせ給うべしと見えたり経文
09 赫赫たり明明たり誰か是を論ぜん、 日蓮は其の人にも非ず又御使にもあらざれども先序分にあらあら弘め候なり、
10 既に上行菩薩・ 釈迦如来より妙法の智水を受けて末代悪世の枯槁の衆生に流れかよはし給う 是れ智慧の義なり、
11 釈尊より上行菩薩へ譲り与へ給う 然るに日蓮又日本国にして此の法門を弘む、 又是には総別の二義あり総別の二
12 義少しも相そむけば 成仏思もよらず輪廻生死のもといたらん、 例せば大通仏の第十六の釈迦如来に下種せし今日
13 の声聞は全く弥陀・薬師に遇て成仏せず 譬えば大海の水を家内へくみ来らんには 家内の者皆縁をふるべきなり、
14 然れども汲み来るところの大海の一滴を閣きて 又他方の大海の水を求めん事は大僻案なり大愚癡なり、 法華経の
15 大海の智慧の水を受けたる根源の師を忘れて余へ心をうつさば 必ず輪廻生死のわざはいなるべし、 但し師なりと
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01 とも誤ある者をば捨つべし又捨てざる義も有るべし世間・仏法の道理によるべきなり、 末世の僧等は仏法の道理を
02 ば・ しらずして我慢に著して師をいやしみ檀那をへつらふなり、 但正直にして少欲知足たらん僧こそ真実の僧な
03 るべけれ、 文句の一に云く「既に未だ真を発さざれば第一義天に慙じ諸の聖人に愧ず 即是れ有羞の僧なり観慧若
04 し発するは即真実の僧なり」云云、 涅槃経に云く「若し善比丘あつて法を壊る者を見て置いて呵責し駈遣し挙処せ
05 ずんば当に知るべし是の人は仏法の中の怨なり、 若し能く駈遣し呵責し挙処せんは是れ我が弟子 真の声聞なり」
06 云云、此の文の中に 見壊法者の見と置不呵責の置とを能く能く心腑に染む可きなり、 法華経の敵を見ながら置い
07 てせめずんば師檀ともに無間地獄は疑いなかるべし、 南岳大師の云く「諸の悪人と倶に地獄に堕ちん」云云、謗法
08 を責めずして成仏を願はば 火の中に水を求め水の中に火を尋ぬるが如くなるべしはかなし・はかなし、 何に法華
09 経を信じ給うとも謗法あらば必ず地獄にをつべし、 うるし千ばいに蟹の足一つ入れたらんが如し、 毒気深入・失
10 本心故は是なり、 経に云く「在在諸の仏土に常に師と倶に生ぜん」又云く「若し法師に親近せば速かに菩薩の道を
11 得ん是の師に随順して学せば恒沙の仏を見たてまつることを得ん」 釈に云く「本此の仏に従つて初めて道心を発し
12 亦此の仏に従つて不退地に住す」 又云く「初め此の仏菩薩に従つて結縁し還此の仏菩薩に於て成就す」云云、 返
13 す返すも本従たがへずして成仏せしめ給うべし、 釈尊は一切衆生の本従の師にて而も主親の徳を備へ給う、 此法
14 門を日蓮申す故に 忠言耳に逆う道理なるが故に流罪せられ命にも及びしなり、 然どもいまだこりず候法華経は種
15 の如く 仏はうへての如く衆生は田の如くなり、 若し此等の義をたがへさせ給はば 日蓮も後生は助け申すまじく
16 候、恐恐謹言。
17       建治二年丙子八月三日                日 蓮 花 押
18     曾谷殿
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曾谷入道殿御返事    建治三年    五十六歳御作
01   妙法蓮華経一部一巻小字経御供養のために御布施に小袖二重・鵞目十貫・並びに扇百本、文句の一に云く「如是
02 とは所聞の法体を挙ぐ」と記の一に云く 「若し超八の如是に非ずんば 安ぞ此の経の所聞と為さん」と云云、 華
03 厳経の題に云く「大方広仏.華厳経・如是我聞」云云、「摩訶般若波羅蜜経.如是我聞」云云、大日経の題に云く「大
04 毘盧遮那・神変加持経・如是我聞」云云 、一切経の如是は何なる如是ぞやと尋ぬれば上の題目を指して如是とは申
05 すなり、仏何の経にても・とかせ給いし其の所詮の理をさして題目とはせさせ給いしを、阿難・文殊・金剛手等・滅
06 後に結集し給いし時 題目をうちをいて如是我聞と申せしなり、 一経の内の肝心は題目におさまれり例せば天竺と
07 申す国あり九万里・七十箇国なり然れども其中の人畜・草木・山河・大地・皆月氏と申す二字の内にれきれきたり、
08 譬えば一四天下の内に四洲あり 其の中の一切の万物は月に移りてすこしもかくるる事なし、 経も又是くの如く其
09 の経の中の法門は其の経の題目の中にあり、 阿含経の題目は一経の所詮・無常の理をおさめたり、 外道の経の題
10 目のあうの二字にすぐれたる事百千万倍なり、 九十五種の外道・阿含経の題目を聞いてみな邪執を倒し 無常の正
11 路におもむきぬ、 般若経の題目を聞いては体空・但中・不但中の法門をさとり華厳経の題目を聞く人は但中・不但
12 中のさとりあり、大日経.方等・般若経の題目を聞く人は或は折空・或は体空・或は但空或は不但空・或は但中.不但
13 中の理をばさとれどもいまだ十界互具・百界千如・三千世間の妙覚の功徳をばきかず、 その詮を説かざれば法華経
14 より外は理即の凡夫なり、 彼の経経の仏・ 菩薩はいまだ法華経の名字即に及ばず何に況や題目をも唱へざれば観
15 行即にいたるべしや、 故に妙楽大師の記に云く「若し超八の如是に非ずんば安んぞ此の経の所聞と為さん」云云、
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01 彼彼の諸経の題目は八教の内なり網目の如し、 此の経の題目は八教の網目に超えて大綱と申す物なり、 今妙法蓮
02 華経と申す人人はその心をしらざれども 法華経の心をうるのみならず一代の大綱を覚り給へり、 例せば一二三歳
03 の太子・位につき給いぬれば国は我が所領なり摂政・関白已下は我が所従なりとはしらせ給はねども、 なにも此の
04 太子の物なり、 譬えば小児は分別の心なけれども悲母の乳を口にのみぬれば 自然に生長するを趙高が様に心おご
05 れる臣下ありて太子をあなづれば身をほろぼす、 諸経・諸宗の学者等・法華経の題目ばかりを唱うる太子をあなづ
06 りて趙高が如くして無間地獄に堕つるなり、 又法華経の行者の心もしらず 題目計りを唱うるが諸宗の智者におど
07 されて退心をおこすはこがいと申せし太子が趙高におどされ・ころされしが如し。
08   南無妙法蓮華経と申すは一代の肝心たるのみならず法華経の心なり体なり所詮なり、 かかるいみじき法門なれ
09 ども仏滅後・二千二百二十余年の間・月氏に付法蔵の二十四人弘通し給はず、 漢土の天台妙楽も流布し給はず、日
10 本国には聖徳太子・ 伝教大師も宣説し給はず、 されば和法師が申すは僻事にてこそ有るらめと諸人疑いて信ぜず
11 是れ又第一の道理なり、 譬えば昭君なんどをあやしの兵なんどが・おかしたてまつるを・みな人よも・さはあらじ
12 と思へり、 大臣公卿なんどの様なる天台・伝教の弘通なからん法華経の肝心・南無妙法蓮華経を和法師程のものが
13 いかで唱うべしと云云、 汝等是を知るや烏と申す鳥は 無下のげす鳥なれども 鷲鵰の知らざる 年中の吉凶を知
14 れり、 蛇と申す虫は竜象に及ばずとも七日の間の洪水を知るぞかし、 設い竜樹天台の知り給はざる法門なりとも
15 経文顕然ならばなにをか疑はせ給うべき、 日蓮をいやしみて南無妙法蓮華経と唱えさせ給はぬは 小児が乳をうた
16 がふて・なめず病人が医師を疑いて薬を服せざるが如し、 竜樹・天親等は是を知り給へども時なく機なければ弘通
17 し給わざるか、余人は又しらずして宣伝せざるか、 仏法は時により機によりて弘まる事なれば 云うにかひなき日
18 蓮が時にこそあたりて候らめ。
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01   所詮妙法蓮華経の五字をば当時の人人は名と計りと思へり、 さにては候はず体なり体とは心にて候、章安云く
02 「蓋し序王は経の玄意を叙し 玄意は文の心を述す」と云云、 此の釈の心は妙法蓮華経と申すは文にあらず義にあ
03 らず一経の心なりと釈せられて候、 されば題目をはなれて法華経の心を尋ぬる者はサルをはなれて肝をたづねし・
04 はかなき亀なり、山林をすてて菓を大海の辺にもとめしエン猴なり、はかなしはかなし。
05       建治三年丁丑霜月二十八日              日 蓮 花 押
06     曾谷次郎入道殿
曾谷殿御返事    弘安二年八月    五十八歳御作
01   焼米二俵給畢ぬ、 米は少と思食し候へども人の寿命を継ぐ者にて候、命をば三千大千世界にても買はぬ物にて
02 候と仏は説かせ給へり、 米は命を継ぐ物なり 譬えば米は油の如く命は燈の如し、 法華経は燈の如く行者は油の
03 如し檀那は油の如く行者は燈の如し、 一切の百味の中には乳味と申して牛の乳第一なり、 涅槃経の七に云く「猶
04 諸味の中に乳最も為れ第一なるが如し」云云、 乳味をせんずれば酪味となる酪味をせんずれば 乃至醍醐味となる
05 醍醐味は五味の中の第一なり、 法門を以て五味にたとへば儒家の三千・外道の十八大経は衆味の如し、 阿含経は
06 醍醐味なり、 阿含経は乳味の如く観経等の一切の方等部の経は酪味の如し、 一切の般若経は生蘇味・華厳経は熟
07 蘇味・無量義経と法華経と涅槃経とは醍醐のごとし 又涅槃経は醍醐のごとし法華経は五味の主の如し、 妙楽大師
08 云く「若し教旨を論ずれば法華は 唯開権顕遠を以つて教の正主と為す独り妙の名を得る意此に在り」云云、 又云
09 く「故に知んぬ法華は為れ醍醐の正主」等云云、 此の釈は正く法華経は五味の中にはあらず 此の釈の心は五味は
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01 寿命をやしなふ寿命は五味の主なり、 天台宗には二の意あり一には華厳・方等・般若・涅槃・法華は同じく醍醐味
02 なり、 此の釈の心は爾前と法華とを相似せるににたり世間の学者等此の筋のみを知りて法華経は五味の主と申す法
03 門に迷惑せるゆへに諸宗にたぼらかさるるなり、 開未開・異なれども同じく円なりと云云是は迹門の心なり、 諸
04 経は五味・法華経は五味の主と申す法門は本門の法門なり、 此の法門は天台・妙楽粗書かせ給い候へども分明なら
05 ざる間・学者の存知すくなし、 此の釈に若論教旨とかかれて候は法華経の題目を教旨とはかかれて候、 開権と申
06 すは五字の中の華の一字なり 顕遠とかかれて候は 五字の中の蓮の一字なり独得妙名とかかれて候は 妙の一字な
07 り、 意在於此とかかれて候は 法華経を一代の意と申すは題目なりとかかれて候ぞ、 此れを以て知んぬべし法華
08 経の題目は一切経の神・一切経の眼目なり、 大日経等の一切経をば法華経にてこそ開眼供養すべき処に 大日経等
09 を以て一切の木画の仏を開眼し候へば 日本国の一切の寺塔の仏像等・ 形は仏に似れども心は仏にあらず九界の衆
10 生の心なり、 愚癡の者を智者とすること是より始まれり、 国のついへのみ入て祈とならず還て仏変じて魔となり
11 鬼となり国主乃至万民をわづらはす是なり、 今法華経の行者と檀那との出来する故に 百獣の師子王をいとひ草木
12 の寒風をおそるるが如し、 是は且くをく法華経は何故ぞ諸経に勝れて 一切衆生の為に用いる事なるぞと申すに譬
13 えば草木は大地を母とし虚空を父とし 甘雨を食とし風を魂とし日月をめのととして生長し 華さき菓なるが如く、
14 一切衆生は実相を大地とし 無相を虚空とし一乗を甘雨とし已今当第一の言を大風とし 定慧力荘厳を日月として妙
15 覚の功徳を生長し 大慈大悲の華さかせ安楽仏果の菓なつて一切衆生を養ひ給ふ、 一切衆生又食するによりて寿命
16 を持つ、 食に多数あり土を食し水を食し火を食し風を食する衆生もあり、 求羅と申す虫は風を食す・うぐろもち
17 と申す虫は土を食す、 人の皮肉・骨髄等を食する鬼神もあり、尿糞等を食する鬼神もあり、 寿命を食する鬼神も
18 あり、声を食する鬼神もあり、石を食するいをくろがねを食するばくもあり、地神・天神・竜神・日月・帝釈・大梵
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01 王・二乗・菩薩・仏は仏法をなめて身とし魂とし給ふ、 例せば乃往過去に輪陀王と申す大王ましましき一閻浮提の
02 主なり賢王なり、 此の王はなに物をか供御とし給うと申せば 白馬の鳴声をきこしめして身も生長し 身心も安穏
03 にしてよをたもち給う、 れいせば蝦蟆と申す虫の母のなく声を聞いて 生長するがごとし、秋のはぎのしかの鳴く
04 に華のさくがごとし、 象牙草のいかづちの声にはらみ柘榴の石にあふて・さかうるがごとし、されば此の王・白馬
05 を・をほくあつめて・かはせ給ふ、 又此の白馬は白鳥をみてなく馬なれば、をほくの白鳥をあつめ給いしかば我が
06 身の安穏なるのみならず百官・ 万乗もさかへ天下も風雨・時にしたがひ他国もかうべをかたぶけて・すねんすごし
07 給うにまつり事のさをいにやはむべりけん・ 又宿業によつて果報や尽きけん・千万の白鳥一時にうせしかば又無量
08 の白馬もなく事やみぬ、 大王は白馬の声をきかざりしゆへに華のしぼめるがごとく月のしよくするがごとく、 御
09 身の色かはり力よはく 六根もうもうとしてぼれたるがごとくありしかば、 きさきももうもうしくならせ給い百官
10 万乗も・いかんがせんとなげき、天もくもり地もふるひ大風かんぱちし・ けかちやくびように人の死する事肉はつ
11 か骨はかはらとみへしかば他国よりも・をそひ来れり、 此の時大王いかんがせんと・なげき給いしほどに・せんす
12 る所は仏神にいのるには・しくべからず、 此の国に・もとより外道をほく国国をふさげり、又仏法という物を・を
13 ほくあがめをきて国の大事とす、 いづれにてもあれ白鳥をいだして白馬をなかせん法をあがむべし、 まづ外道の
14 法に・をほせつけて数日をこなはせけれども白鳥一疋もいでこず白馬もなく事なし、 此の時外道のいのりを・とど
15 めて仏教に・をほせつけられけり、 其の時馬鳴菩薩と申す小僧一人あり・めしいだされければ此の僧の給はく国中
16 に外道の邪法をとどめて 仏法を弘通し給うべくば馬をなかせん事やすしといふ、 勅宣に云くをほせのごとくなる
17 べしと、 其の時に馬鳴菩薩・三世十方の仏にきしやうし申せしかば・たちまちに白鳥出来せり、白馬は白鳥を見て
18 一こへなきけり、 大王・馬の声を一こへ・きこしめして眼を開き給い白鳥二ひき乃至百千いできたりければ百千の
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01 白馬一時に悦びなきけり、 大王の御いろ・なをること日しよくの・ほんにふくするがごとし、身の力・心のはかり
02 事・先先には百千万ばいこへたり、 きさきも・よろこび大臣公卿いさみて万民もたな心をあはせ他国も・かうべを
03 かたぶけたりとみへて候。
04   今のよも又是にたがうべからず、天神七代・地神五代・已上十二代は成劫のごとし・先世のかいりきと福力とに
05 よつて今生のはげみなけれども 国もおさまり人の寿命も長し、 人王のよとなりて二十九代があひだは先世のかい
06 りきも・すこしよはく今生のまつり事もはかなかりしかば国にやうやく三災・七難をこりはじめたり、 なを・かん
07 どより三皇五帝の世を・をさむべきふみわたりしかば 其をもつて神をあがめて国の災難をしづむ、 人王第三十代
08 欽明天王の世となりて 国には先世のかいふくうすく悪心がうじやうの物をほく出来て 善心をろかに悪心はかしこ
09 し、外典のをしへは あさしつみもをもきゆへに外典すてられ内典になりしなり、 れいせばもりやは日本の天神七
10 代・地神五代が間の百八十神をあがめたてまつりて仏教をひろめずして・もとの外典となさんといのりき、 聖徳太
11 子は教主釈尊を御本尊として法華経・ 一切経をもんしよとして両方のせうぶありしに・ついには神はまけ仏はかた
12 せ給いて神国はじめて仏国となりぬ、天竺・漢土の例のごとし、 今此三界・皆是我有の経文あらはれさせ給うべき
13 序なり、 欽明より桓武にいたるまで二十よ代・二百六十余年が間・仏を大王とし神を臣として世ををさめ給いしに
14 仏教はすぐれ神はをとりたりしかども未だよをさまる事なし。
15   いかなる事にやと・ うたがはりし程に桓武の御宇に伝教大師と申す聖人出来して勘えて云く神はまけ仏はかた
16 せ給いぬ、仏は大王・神は臣かなれば上下あひついで・ れいぎただしければ国中をさまるべしと・をもふに国のし
17 づかならざる事ふしんなるゆへに 一切経をかんがへて候へば道理にて候けるぞ 、仏教に・をほきなるとがありけ
18 り、一切経の中に法華経と申す大王をはします、ついで華厳経・大品経・深密経・阿含経等はあるいは臣の位あるい
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01 はさふらいのくらい・ あるいはたみの位なりけるを或は般若経は法華経にはすぐれたり三論宗・或は深密経は法華
02 経にすぐれたり法相宗・ 或は華厳経は法華経にすぐれたり華厳宗・ 或は律宗は諸宗の母なりなんど申して一人と
03 して法華経の行者なし、 世間に法華経を読誦するは還つてをこつき・うしなうなり、 「之に依つて天もいかり守
04 護の善神も力よはし」云云、 所謂「法華経を・ほむといえども返つて法華の心をころす」等云云、 南都七大寺・
05 十五大寺・日本国中の諸寺諸山の諸僧等.此のことばを・ききて・をほきにいかり天竺の大天・漢土の道士.我が国に
06 出来せり所謂最澄と申す小法師是なり、 せんする所は行きあはむずる処にてかしらをわれ・かたをきれ・をとせ・
07 うてのれと申せしかども 桓武天皇と申す賢王たづね・ あきらめて六宗はひが事なりけりとて初めてひへい山をこ
08 んりうして天台法華宗とさだめをかせ 円頓の戒を建立し給うのみならず、 七大寺・十五大寺の六宗の上に法華宗
09 をそへをかる、 せんする所・六宗を法華経の方便となされしなり、 れいせば神の仏にまけて門まほりとなりしが
10 ごとし、 日本国も又又かくのごとし 法華最第一の経文初めて此の国に顕れ給い能竊為一人・説法華経の如来の使
11 初めて此の国に入り給いぬ、桓武・平城・嵯峨の三代・二十余年が間は日本一州・皆法華経の行者なり、しかれば栴
12 檀には伊蘭・釈尊には提婆のごとく伝教大師と同時に弘法大師と申す聖人・ 出現せり、漢土にわたりて大日経・真
13 言宗をならい日本国にわたりて・ ありしかども伝教大師の御存生の御時は いたう法華経に大日経すぐれたりとい
14 ふ事はいはざりけるが、 伝教大師去ぬる弘仁十三年六月四日にかくれさせ給いてのち・ひまをえたりとや・をもひ
15 けん、弘法大師去ぬる弘仁十四年正月十九日に真言第一・華厳第二・法華第三・法華経は戯論の法・無明の辺域・天
16 台宗等は盗人なりなんど申す書どもをつくりて、 嵯峨の皇帝を申しかすめたてまつりて 七宗に真言宗を申しくは
17 えて七宗を方便とし真言宗は真実なりと申し立て畢んぬ。
18   其の後.日本一州の人ごとに真言宗になりし上・其の後又伝教大師の御弟子・慈覚と申す人.漢土にわたりて天台
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01 真言の二宗の奥義をきはめて帰朝す、 此の人・金剛頂経・蘇悉地経の二部の疏をつくりて 前唐院と申す寺を叡山
02 に申し立て畢んぬ、 此れには大日経第一・法華経第二・其の中に弘法のごとくなる過言かずうべからず、せむぜむ
03 に・せうせう申し畢んぬ、 智証大師又此の大師のあとをついで・をんじやう寺に弘通せり、 たうじ寺とて国のわ
04 ざはいとみゆる寺是なり、 叡山の三千人は慈覚・智証をはせずば真言すぐれたりと申すをば・もちいぬ人もありな
05 ん、 円仁大師に一切の諸人くちをふさがれ心をたぼらかされて・ことばをいだす人なし、王臣の御きえも又伝教・
06 弘法にも超過してみへ候へば・えい山・七寺・日本一州・一同に法華経は大日経にをとりと云云、法華経の弘通の寺
07 寺ごとに真言ひろまりて法華経のかしらとなれり、 かくのごとくしてすでに四百余年になり候いぬ、 やうやく此
08 の邪見ぞうじやうして八十一乃至五の五王すでにうせぬ仏法うせしかば王法すでにつき畢んぬ。
09   あまつさへ禅宗と申す大邪法・念仏宗と申す小邪法・真言と申す大悪法・此の悪宗はなをならべて一国にさかん
10 なり、天照太神はたましいをうしなつて・ うぢごをまほらず八幡大菩薩は威力よはくして国を守護せず・けつくは
11 他国の物とならむとす、 日蓮此のよしを見るゆへに仏法中怨・倶堕地獄等のせめをおそれて粗国主にしめせども、
12 かれらが邪義にたぼらかされて 信じ給う事なし還つて大怨敵となり給いぬ 法華経をうしなふ人・国中に充満せり
13 と申せども人しる事なければ ただぐちのとがばかりにてある事今は又 法華経の行者出来せり日本国の人人癡の上
14 にいかりををこす邪法をあいし正法をにくむ、 三毒がうじやうなる一国いかでか安穏なるべき、 壊劫の時は大の
15 三災をこる、いはゆる火災・水災・風災なり、又減劫の時は小の三災をこる、ゆはゆる飢渇・疫病・合戦なり、飢渇
16 は大貪よりをこり・やくびやうは・ぐちよりをこり・合戦は瞋恚よりをこる、 今日本国の人人四十九億九万四千八
17 百二十八人の男女人人ことなれども同じく一の三毒なり、 所謂南無妙法蓮華経を境としてをこれる三毒なれば 人
18 ごとに釈迦・多宝・十方の諸仏を一時にのりせめ流しうしなうなり、是れ即ち小の三災の序なり。
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01   しかるに日蓮が一るいいかなる過去の宿しうにや法華経の題目のだんなとなり給うらん、 是をもつてをぼしめ
02 せ今梵天.帝釈・日月・四天・天照太神・八幡大菩薩.日本国の三千一百三十二社の大小のじんぎは過去の輪陀王のご
03 とし、 白馬は日蓮なり・白鳥は我らが一門なり・白馬のなくは我等が南無妙法蓮華経のこえなり、此の声をきかせ
04 給う梵天・帝釈・日月・四天等いかでか色をましひかりをさかんになし給はざるべき、 いかでか我等を守護し給は
05 ざるべきと・つよづよと・をぼしめすべし。
06   抑貴辺の去ぬる三月の御仏事に鵞目其の数有りしかば 今年一百よ人の人を山中にやしなひて十二時の法華経を
07 よましめ談義して候ぞ、 此れらは末代悪世には一えんぶだい第一の仏事にてこそ候へ、 いくそばくか過去の聖霊
08 も・うれしくをぼすらん、  釈尊は孝養の人を世尊となづけ給へり貴辺あに世尊にあらずや、故大進阿闍梨の事な
09 げかしく候へども 此れ又法華経の流布の出来すべきいんえんにてや候らんとをぼしめすべし、 事事命ながらへば
10 其の時申すべし。
11       弘安二年己卯八月十七日               日 蓮 花 押
12     曾谷道宗御返事
曾谷二郎入道殿御返事      弘安四年七月      六十歳御作
01                                              日蓮
02   去る七月十九日の消息同卅日到来す、 世間の事は且らく之を置く専ら仏法に逆うこと、 法華経の第二に云く
03 「其人命終入阿鼻獄」等云云、 問うて云く其の人とは何等の人を指すや、 答えて云く次上に云く「唯我一人・能
04 為救護・雖復教詔・而不信受」と、又云く「若人不信」と、又云く「或復顰蹙」又云く「見有読誦書持経者・軽賤憎
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01 嫉・而懐結恨」と、又第五に云く「生疑不信者.即当堕悪道」と、第八に云く「若有人軽毀之言・汝狂人耳.空作是行
02 終無所獲」等云云、 其人とは此れ等の人人を指すなり、彼の震旦国の天台大師は南北十師等を指すなり、 此の日
03 本国の伝教大師は六宗の人人と定めたるなり、今日蓮は弘法・慈覚・智証等の三大師・並びに三階・道綽・善導等を
04 指して其の人と云うなり、 入阿鼻獄とは涅槃経第十九に云く 「仮使い一人独り是の獄に堕ち其の身長大にして八
05 万由延なり其の中間にヘン満して空しき処無し、其の身周匝して種種の苦を受く設い多人有つて身亦ヘン満すとも相
06 い妨碍せず」同三十六に云く「沈没して阿鼻地獄に在つて受くる所の身形・縦広八万四千由旬ならん」等云云、 普
07 賢経に云く「方等経を謗ずる 是の大悪報悪道に堕つべきこと暴雨にも過ぎ 必定して当に阿鼻地獄に堕つべし」等
08 とは阿鼻獄に入る文なり。
09   日蓮云く夫れ日本国は道は七.国は六十八箇国・郡は六百四・郷は一万余.長さは三千五百八十七里・人数は四十
10 五億八万九千六百五十九人・或は云く四十九億九万四千八百二十八人なり、 寺は一万一千三十七所・社は三千一百
11 三十二社なり、 今法華経の入阿鼻獄とは此れ等の人人を指すなり、問うて云く衆生に於て悪人・善人の二類有り、
12 生処も又善悪の二道有る可し、 何ぞ日本国の一切衆生一同に入阿鼻獄の者と定むるや、 答えて云く人数多しと雖
13 も業を造ること是れ一なり、故に同じく阿鼻獄と定むるなり。
14   疑つて云く日本国の一切衆生の中に或は善人或は悪人あり善人とは五戒・十戒・乃至二百五十戒等なり、悪人と
15 は殺生・偸盗・乃至五逆・十悪等是なり、何ぞ一業と云うや、答えて云く夫れ小善・小悪は異なりと雖も法華経の誹
16 謗に於ては善人・悪人・智者・愚者倶に妨げ之れ無し是の故に同じく入阿鼻獄と云うなり、 問うて云く何を以てか
17 日本国の一切衆生を一同に法華誹謗の者と言うや、 答えて云く日本国の一切衆生衆多なりと雖も 四十五億八万九
18 千六百五十九人に過ぎず、 此等の人人・貴賎上下の勝劣有りと雖も是くの如きの人人の憑む所は 唯三大師に在り
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01 師とする所・三大師を離る事無し、 余残の者有りと雖も信行・善導等の家を出ず可らざるなり、問うて云く三大師
02 とは誰人ぞや、答えて曰く弘法・慈覚・智証の三大師なり、 疑つて云く此の三大師は何なる重科有るに依つて日本
03 国の一切衆生を経文の其の人の内に入るや、 答えて云く此の三大師は大小乗持戒の人・面には八万の威儀を備え或
04 は三千等之を具す顕密兼学の智者なり、 然れば則ち日本国四百余年の間・ 上一人より下万民に至るまで之を仰ぐ
05 こと日月の如く之を尊むこと世尊の如し、 猶徳の高きこと須弥にも超え 智慧の深きことは蒼海にも過ぎたるが如
06 し、 但恨むらくは法華経を大日真言経に相対して勝劣を判ずる時は 或は戯論の法と云い或は第二・第三と云い或
07 は教主を無明の辺域と名け 或は行者をば盗人と名く、 彼の大荘厳仏の末の六百四万億那由佗の四衆の如き 各各
08 の業因異りと雖も 師の苦岸等の四人と倶に同じく無間地獄に入りぬ、 又師子音王仏の末法の無量無辺の弟子等の
09 中にも貴賎の異有りと雖も同じく勝意が弟子と為るが故に一同に阿鼻大城に堕ちぬ、今日本国亦復是くの如し。
10   去る延暦弘仁年中・伝教大師・六宗の弟子檀那等を呵責する語に云く「其の師の堕つる所・弟子亦堕つ弟子の堕
11 つる所・檀越亦堕つ金口の明説慎まざる可けんや慎まざる可けんや」等云云、 疑つて云く汝が分斉・何を以て三大
12 師を破するや、 答えて云く予は敢て彼の三大師を破せざるなり、 問うて云く汝が上の義は如何、答えて云く月氏
13 より漢土・本朝に渡る所の経論は五千七十余巻なり、 予粗之を見るに弘法・慈覚・智証に於ては世間の科は且く之
14 を置く仏法に入つては 謗法第一の人人と申すなり、 大乗を誹謗する者は箭を射るより早く 地獄に堕すとは如来
15 の金言なり将又謗法罪の深重は弘法・慈覚等・一同定め給い畢んぬ、 人の語は且く之を置く釈迦・多宝の二仏の金
16 言・虚妄ならずんば弘法・慈覚・智証に於ては定めて無間大城に入り、 十方分身の諸仏の舌堕落せずんば日本国中
17 の四十五億八万九千六百五十九人の一切衆生は 彼の苦岸等の弟子檀那等の如く 阿鼻地獄に堕ちて熱鉄の上に於て
18 仰ぎ臥して九百万億歳・伏臥して九百万億歳・ 左脇に臥して九百万億歳・右脇に臥して九百万億歳是くの如く熱鉄
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01 の上に在つて三千六百万億歳なり、 然して後・此の阿鼻より転じて他方に生れて大地獄に在りて無数百千万億那由
02 佗歳・大苦悩を受けん、 彼は小乗経を以て権大乗を破せしも罪を受くること是くの如し、況や今三大師は未顕真実
03 の経を以て三世の仏陀の本懐の説を破するのみに非ず 剰さえ一切衆生成仏の道を失う深重の罪は過・現・未来の諸
04 仏も争か之を窮むべけんや争か之を救う可けんや。
05   法華経の第四に云く「已説今説当説.而於其中・此法華経.最為難信難解」又云く「最在其上」並に「薬王十喩」
06 等云云、他経に於ては華厳・方等・般若・深密・大雲・密厳・金光明経等の諸教の中に経経の勝劣之を説くと雖も或
07 は小乗経に対して此の経を第一と曰い或は真俗二諦に対して 中道を第一と曰い或は印・真言等を説くを以て第一と
08 為す、 此等の説有りと雖も全く已今当の第一に非ざるなり、 然而るに末の論師・ 人師等謬執の年積り門徒又繁
09 多なり。
10   爰に日蓮彼の依経に無きの由を責むる間・弥よ瞋恚を懐いて是非を糺明せず唯大妄語を構えて国主・国人等を誑
11 惑し日蓮を損ぜんと欲す 衆千の難を蒙らしむるのみに非ず 両度の流罪剰え頚の座に及ぶ是なり、此等の大難忍び
12 難き事・不軽の杖木にも過ぎ将又勧持の刀杖にも越えたり、 又法師品の如きは「末代に法華経を弘通せん者は如来
13 の使なり・ 此の人を軽賎するの輩の罪は教主釈尊を一中劫蔑如するに過ぎたり」等云云、今日本国には提婆達多・
14 大慢婆羅門等が如く無間地獄に堕つ可き罪人・ 国中・三千五百八十七里の間に満つる所の四十五億八万九千六百五
15 十九人の衆生之れ有り、 彼の提婆・ 大慢等の無極の重罪を此の日本国四十五億八万九千六百五十九人に対せば軽
16 罪中の軽罪なり、問う其の理如何、 答う彼等は悪人為りと雖も 全く法華を誹謗する者には非ざるなり又提婆達多
17 は 恒河第二の人 第二に一闡提なり、 今日本国四十五億八万九千六百五十九人は 皆恒河第一の罪人なり 然れ
18 ば則ち提婆が三逆罪は軽毛の如し 日本国の上に挙ぐる所の人人の重罪は 猶大石の如し定めて梵釈も日本国を捨て
1069top01 同生同名も国中の人を離れ天照太神・八幡大菩薩も争か此の国を守護せん。
02   去る治承等の八十一.二.三・四.五代の五人の大王と頼朝.義時と此の国を御諍い有つて天子と民との合戦なり、
03 猶鷹駿と金鳥との勝負の如くなれば天子・ 頼朝等に勝たんこと必定なり決定なり、 然りと雖も五人の大王は負け
04 畢んぬ兎・師子王に勝ちしなり、 負くるのみに非ず剰え或は蒼海に沈み或は島島に放たれ、 誹謗法華未だ年歳を
05 積まざる時・猶以て是くの如し、 今度は彼に似る可らず彼は但国中の災い許りなり、 其の故は粗之を見るに蒙古
06 の牒状已前に去る正嘉・文永等の大地震・ 大彗星の告げに依つて再三之を奏すと雖も国主敢て信用無し、然るに日
07 蓮が勘文粗仏意に叶うかの故に此の合戦既に興盛なり、 此の国の人人・ 今生には一同に修羅道に堕し後生には皆
08 阿鼻大城に入らん事疑い無き者なり。
09   爰に貴辺と日蓮とは師檀の一分なり然りと雖も有漏の依身は国主に随うが故に 此の難に値わんと欲するか感涙
10 押え難し、 何れの代にか対面を遂げんや唯一心に霊山浄土を期せらる可きか、 設い身は此の難に値うとも心は仏
11 心に同じ今生は修羅道に交わるとも後生は必ず仏国に居せん、恐恐謹言。
12       弘安四年閏七月一日                   日蓮花押
13      曾谷二郎入道殿御返事
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秋元殿御返事    文永八年正月    五十歳御作   於安房保田
01   御文委く承り候い畢んぬ、御文に云く末法の始・五百年には・いかなる法を弘むべしと思ひまいらせ候しに聖人
02 の仰を承り候に法華経の題目に限つて弘むべき由・ 聴聞申して御弟子の一分に定まり候、 殊に五節供はいかなる
03 由来・何なる所表・何を以て正意として・まつり候べく候や云云、 夫れ此の事は日蓮委く知る事なし、然りと雖も
04 粗意得て候、根本大師の御相承ありげに候、 総じて真言天台両宗の習なり、 委くは曾谷殿へ申候次での御時は御
05 談合あるべきか、 先ず五節供の次第を案ずるに妙法蓮華経の五字の次第の祭なり、 正月は妙の一字のまつり天照
06 太神を歳の神とす、 三月三日は法の一字のまつりなり辰を以て神とす、 五月五日は蓮の一字のまつりなり午を以
07 て神とす、 七月七日は華の一字の祭なり申を以て神とす、 九月九日は経の一字のまつり戌を以て神とす、此くの
08 如く心得て南無妙法蓮華経と唱へさせ給へ 現世安穏後生善処疑なかるべし、 法華経の行者をば一切の諸天・不退
09 に守護すべき経文分明なり、 経の第五に云く「諸天昼夜に常に法の為の故に 而も之を衛護す」云云、又云く「天
10 の諸の童子以て給使を為し刀杖も加えず毒も害する能わず」云云、 諸天とは梵天・帝釈・日月・四大天王等なり、
11 法とは法華経なり、 童子とは七曜・二十八宿・摩利支天等なり、 「臨兵闘者皆陳列在前」是又「刀杖不加」の四
12 字なり、此等は随分の相伝なり能く能く案じ給うべし、 第六に云く「一切世間の治生産業は皆実相と相違背せず」
13 云云、五節供の時も唯南無妙法蓮華経と唱へて悉地成就せしめ給へ、委細は又又申す可く候。
14   次に法華経は末法の始め五百年に弘まり給ふべきと聴聞仕り御弟子となると仰せ候事、 師檀となる事は三世の
15 契り種熟脱の三益別に人を求めんや、 「在在諸の仏土常に師と倶に生れん若し法師に親近せば 速かに菩提の道を
1071top
01 得ん是の師に随順して学ばば 恒沙の仏を見奉る事を得ん」との金言違ふべきや、 提婆品に云ふ 「所生の処常に
02 此の経を聞く」の人はあに貴辺にあらずや、 其の故は次上に「未来世中・若有善男子・善女人」と見えたり、善男
03 子とは法華経を持つ俗の事なり弥信心をいたし給うべし、信心をいたし給うべし、恐恐謹言。
04       正 月 十 一 日                     日蓮花押
05     秋元殿御返事                         安房の国ほたより出す
秋元御書    弘安三年一月    五十九歳御作    於身延
01   筒御器一具付三十並に盞付六十送り給び候い畢んぬ、御器と申すは・うつはものと読み候、 大地くぼければ水
02 たまる青天浄ければ月澄めり、 月出でぬれば水浄し雨降れば草木昌へたり、 器は大地のくぼきが如し水たまるは
03 池に水の入るが如し、 月の影を浮ぶるは法華経の我等が身に入らせ給うが如し、 器に四の失あり・一には覆と申
04 してうつぶけるなり・又はくつがへす又は蓋をおほふなり、 二には漏と申して水もるなり、三にはウと申して・け
05 がれたるなり水浄けれども糞の入りたる器の水をば用ゆる事なし、 四には雑なり・ 飯に或は糞或は石或は沙或は
06 土なんどを雑へぬれば人食ふ事なし、 器は我等が身心を表す、我等が心は器の如し口も器・耳も器なり、 法華経
07 と申すは仏の智慧の法水を 我等が心に入れぬれば・ 或は打ち返し・ 或は耳に聞かじと左右の手を二つの耳に覆
08 ひ・或は口に唱へじと吐き出しぬ、 譬えば器を覆するが如し、或は少し信ずる様なれども又悪縁に値うて信心うす
09 くなり或は打ち捨て或は信ずる日はあれども 捨つる月もあり是は水の漏が如し、 或は法華経を行ずる人の一口は
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01 南無妙法蓮華経・一口は南無阿弥陀仏なんど申すは飯に糞を雑へ沙石を入れたるが如し、 法華経の文に「但大乗経
02 典を受持することを楽うて 乃至余経の一偈をも受けざれ」等と説くは是なり、 世間の学匠は法華経に余行を雑え
03 ても苦しからずと思へり、 日蓮も・さこそ思い候へども経文は爾らず、譬えば后の大王の種子を妊めるが又民と・
04 とつげば 王種と民種と雑りて天の加護と氏神の守護とに捨てられ 其の国破るる縁となる、父二人出来れば王にも
05 あらず民にもあらず人非人なり、 法華経の大事と申すは是なり、 種熟脱の法門・法華経の肝心なり、三世十方の
06 仏は必ず妙法蓮華経の五字を種として仏になり給へり、 南無阿弥陀仏は仏種にはあらず 真言五戒等も種ならず、
07 能く能く此の事を習い給べし是は雑なり、此の覆・漏・汀・雑の四の失を離れて候器をば完器と申して・またき器な
08 り、 塹つつみ漏らざれば水失る事なし、 信心のこころ全ければ平等大慧の智水乾く事なし、今此の筒の御器は固
09 く厚く候上・漆浄く候へば 法華経の御信力の堅固なる事を顕し給うか、 毘沙門天は仏に四つの鉢を進らせて四天
10 下・第一の福天と云はれ給ふ、 浄徳夫人は雲雷音王仏に八万四千の鉢を供養し進らせて妙音菩薩と成り給ふ、 今
11 法華経に筒御器三十・盞六十・進らせて争か仏に成らせ給はざるべき。
12   抑日本国と申すは十の名あり.扶桑.野馬台・水穂・秋津洲等なり、別しては六十六箇国・島二つ・長さ三千余里
13 広さは不定なり、或は百里・或は五百里等、五畿・七道・郡は五百八十六・郷は三千七百二十九・田の代は上田一万
14 一千一百二十町・乃至八十八万五千五百六十七町・ 人数は四十九億八万九千六百五十八人なり、神社は三千一百三
15 十二社・寺は一万一千三十七所・男は十九億九万四千八百二十八人・女は二十九億九万四千八百三十人なり、 其の
16 男の中に只日蓮・第一の者なり、 何事の第一とならば男女に悪まれたる第一の者なり、 其の故は日本国に国多く
17 人多しと云へども其の心一同に南無阿弥陀仏を口ずさみとす、 阿弥陀仏を本尊とし九方を嫌いて西方を願う、 設
18 い法華経を行ずる人も真言を行ふ人も、 戒を持つ者も智者も愚人も 余行を傍として 念仏を正とし罪を消さん謀
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01 は名号なり、故に或は六万.八万・四十八万返・或は十返・百返・千返なり、而るを日蓮一人.阿弥陀仏は無間の業・
02 禅宗は天魔の所為・真言は亡国の悪法・律宗・ 持斎等は国賊なりと申す故に上一人より下万民に至るまで父母の敵
03 宿世の敵.謀叛.夜討.強盗よりも或は畏れ・或は瞋り・或は詈り.或は打つ、是をソシる者には所領を与へ・是を讃む
04 る者をば其の内を出だし或は過料を引かせ・ 殺害したる者をば褒美なんど・ せらるる上・両度まで御勘気を蒙れ
05 り、 当世第一の不思議の者たるのみならず人王九十代・仏法渡りては七百余年なれども・かかる不思議の者なし、
06 日蓮は文永の大彗星の如し 日本国に昔より無き天変なり、 日蓮は正嘉の大地震の如し 秋津洲に始めての地夭な
07 り、 日本国に代始まりてより已に謀叛の者・二十六人・第一は大山の王子・第二は大石の山丸・乃至第二十五人は
08 頼朝・第二十六人は義時なり、 二十四人は朝は責められ奉り獄門に首を懸けられ山野に骸を曝す、 二人は王位を
09 傾むけ奉り・国中を手に拳る王法・既に尽きぬ、 此等の人人も日蓮が万人に悪まるるに過ぎず、其の由を尋ぬれば
10 法華経には最第一の文あり、 然るを弘法大師は法華最第三・慈覚大師は法華最第二・智証大師は慈覚の如し、今叡
11 山・東寺・園城寺の諸僧・法華経に向いては法華最第一と読めども其の義をば第二・第三と読むなり、公家と武家と
12 は子細は知ろしめさねども御帰依の高僧等・皆此の義なれば師檀一同の義なり、 其の外禅宗は教外別伝と云云・法
13 華経を蔑如する言なり、 念仏宗は千中無一・未有一人得者と申す心は法華経を念仏に対して挙げて 失ふ義なり、
14 律宗は小乗なり正法の時すら仏免し給う事なし 況や末法に是を行じて国主を誑惑し奉るをや、妲己・妹喜・褒似の
15 三女が三王を誑らかして代を失いしが如し、 かかる悪法・国に流布して法華経を失う故に安徳・尊成等の大王・天
16 照太神・正八幡・に捨てられ給いて或は海に沈み 或は島に放たれ給い相伝の所従等に傾けられ給いしは天に捨てら
17 れさせ給う故ぞかし、 法華経の御敵を御帰依有りしかども是を知る人なければ其の失を知る事もなし、 「知人は
18 起を知り蛇は自ら蛇を識る」とは是なり。
1074top
01    日蓮は智人に非ざれども蛇は竜の心を知り烏の世の吉凶を計るが如し、此の事計りを勘へ得て候なり、此の事
02 を申すならば須臾に失に当るべし申さずば又大阿鼻地獄に堕つべし。
03   法華経を習うには三の義あり一には謗人、勝意比丘・苦岸比丘・無垢論師・大慢婆羅門等が如し、彼等は三衣を
04 身に纒い一鉢を眼に当てて 二百五十戒を堅く持ちて而も大乗の讎敵と成りて 無間大城に堕ちにき、 今日本国の
05 弘法・慈覚・智証等は持戒は彼等が如く智慧は又彼比丘に異ならず、 但大日経真言第一・法華経第二・第三と申す
06 事・百千に一つも日蓮が申す様ならば 無間大城にやおはすらん、 此の事は申すも恐れあり増して書き付くるまで
07 は如何と思い候へども 法華経最第一と説かれて候に是を二三等と読まん人を聞いて人を恐れ国を恐れて 申さずば
08 即是彼怨と申して一切衆生の大怨敵なるべき由・ 経と釈とにのせられて候へば申し候なり、 人を恐れず世を憚か
09 らず云う事・我不愛身命・但惜無上道と申すは是なり、 不軽菩薩の悪口杖石も他事に非ず世間を恐れざるに非ず唯
10 法華経の責めの苦なればなり、 例せば祐成・ 時宗が大将殿の陣の内を簡ばざりしは 敵の恋しく恥の悲しかりし
11 故ぞかし、此れは謗人なり。
12   謗家と申すは都て一期の間法華経を謗せず昼夜十二時に行ずれども謗家に生れぬれば必ず無間地獄に堕つ、 例
13 せば勝意比丘・ 苦岸比丘の家に生まれて或は弟子となり 或は檀那と成りし者共が心ならず無間地獄に堕ちたる是
14 なり、 譬えば義盛が方の者・軍をせし者はさて置きぬ・ 腹の内に有りし子も産を待たれず母の腹を裂かれしが如
15 し、今日蓮が申す弘法・慈覚・ 智証の三大師の法華経を正しく無明の辺域・虚妄の法と書かれて候は若し法華経の
16 文実ならば叡山・東寺・園城寺・七大寺・日本・一万一千三十七所の寺寺の僧は如何が候はんずらん、先例の如くな
17 らば無間大城疑無し、是れは謗家なり。
18   謗国と申すは謗法の者・其の国に住すれば其の一国皆無間大城になるなり、 大海へは一切の水集り其の国は一
1075top
01 切の禍集まる、 譬えば山に草木の滋きが如し、 三災月月に重なり 七難日日に来る、 飢渇発れば其の国餓鬼道
02 と変じ疫病重なれば其の国地獄道となる軍起れば其の国修羅道と変ず、父母・兄弟・姉妹をば簡ず妻とし夫と憑めば
03 其の国畜生道となる、死して三悪道に堕つるにはあらず現身に其の国四悪道と変ずるなり、此れを謗国と申す。
04   例せば大荘厳仏の末法・師子音王仏の濁世の人人の如し、又報恩経に説かれて候が如くんば過去せる父母・兄弟
05 姉妹・一切の人死せるを食し又生たるを食す、今日本国亦復是くの如し真言師・禅宗・持斎等・人を食する者・国中
06 に充満せり、 是偏に真言の邪法より事起れり、 竜象房が人を食いしは万が一顕れたるなり、彼に習いて人の肉を
07 或は猪鹿に交へ・或は魚鳥に切り雑へ・或はたたき加へ或はすしとして売る、 食する者数を知らず皆天に捨てられ
08 守護の善神に放されたるが故なり、 結句は此の国他国より責められ自国どし打ちして 此の国変じて無間地獄と成
09 るべし、 日蓮・此の大なる失を兼て見し故に与同罪の失を脱れんが為め仏の呵責を思う故に知恩・報恩の為め国の
10 恩を報ぜんと思いて国主並に一切衆生に告げ知らしめしなり。
11   不殺生戒と申すは一切の諸戒の中の第一なり、五戒の初めにも不殺生戒.八戒・十戒・二百五十戒・五百戒.梵網
12 の十重禁戒・華厳の十無尽戒・ 瓔珞経の十戒等の初めには皆不殺生戒なり、 儒家の三千の禁の中にも大辟こそ第
13 一にて候へ、 其の故は「ヘン満三千界・無有直身命」と申して三千世界に満つる珍宝なれども命に替る事はなし、
14 蟻子を殺す者・尚地獄に堕つ況や魚鳥等をや青草を切る者・猶地獄に堕つ況や死骸を切る者をや、 是くの如き重戒
15 なれども法華経の敵に成れば此れを害するは 第一の功徳と説き給うなり、 況や供養を展ぶ可けんや、 故に仙予
16 国王は五百人の法師を殺し・覚徳比丘は無量の謗法の者を殺し・阿育大王は十万八千の外道を殺し給いき、 此等の
17 国王・比丘等は閻浮第一の賢王・持戒第一の智者なり、 仙予国王は釈迦仏・覚徳比丘は迦葉仏・阿育大王は得道の
18 仁なり、今日本国も又是くの如し持戒・破戒・無戒・王臣万民を論ぜず一同に法華経誹謗の国なり、 設い身の皮を
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01 はぎて法華経を書き奉り肉を積んで供養し給うとも 必ず国も滅び身も地獄に堕ち給うべき大なる科あり、 唯真言
02 宗・念仏宗・禅宗・持斎等を禁めて身を法華経によせよ、 天台の六十巻を空に浮べて国主等には智人と思われたる
03 人人の或は智の及ばざるか、 或は知れども世を恐るるかの故に或は真言宗をほめ或は念仏・禅・律等に同ずれば彼
04 等が大科には百千超えて候、 例せば成良・義村等が如し、 慈恩大師は玄賛十巻を造りて法華経を讃めて地獄に堕
05 つ、 此の人は太宗皇帝の御師・玄奘三蔵の上足・十一面観音の後身と申すぞかし、音は法華経に似たれども心は爾
06 前の経に同ずる故なり、 嘉祥大師は法華玄十巻を造りて既に無間地獄に堕つべかりしが 法華経を読む事を打ち捨
07 てて天台大師に仕えしかば地獄の苦を脱れ給いき、 今法華宗の人人も又是くの如し、 比叡山は法華経の御住所・
08 日本国は一乗の御所領なり、 而るを慈覚大師は法華経の座主を奪い取りて 真言の座主となし 三千の大衆も又其
09 の所従と成りぬ、 弘法大師は法華宗の檀那にて御坐ます嵯峨の天皇を奪い取りて内裏を真言宗の寺と成せり、 安
10 徳天皇は明雲座主を師として 頼朝の朝臣を調伏せさせ給いし程に、 右大将殿に罰せらるるのみならず安徳は西海
11 に沈み・明雲は義仲に殺され給いき、尊成王は天台座主・慈円僧正・東寺・御室並に四十一人の高僧等を請下し奉り
12 内裏に大壇を立てて 義時右京の権の大夫殿を調伏せし程に、 七日と申せし六月十四日に洛陽破れて 王は隠岐の
13 国・或は佐渡の島に遷され座主・御室は或は責められ或は思い死に死に給いき、 世間の人人・此の根源を知る事な
14 し此れ偏に法華経・大日経の勝劣に迷える故なり、 今も又日本国・大蒙古国の責を得て彼の不吉の法を以て御調伏
15 を行わると承わる又日記分明なり、此の事を知らん人争か歎かざるべき。
16   悲いかな我等誹謗正法の国に生れて大苦に値はん事よ、 設い謗身は脱ると云うとも謗家謗国の失・如何せん、
17 謗家の失を脱れんと思はば父母・兄弟等に此の事を語り申せ、 或は悪まるるか・或は信ぜさせまいらするか、謗国
18 の失を脱れんと思はば 国主を諌暁し奉りて死罪か流罪かに行わるべきなり、 我不愛身命・但惜無上道と説かれ身
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01 軽法重・ 死身弘法と釈せられし是なり、 過去遠遠劫より今に仏に成らざりける事は加様の事に恐れて云い出さざ
02 りける故なり、 未来も亦復是くの如くなるべし 今日蓮が身に当りてつみ知られて候、設い此の事を知る弟子等の
03 中にも当世の責のおそろしさと申し 露の身の消え難きに依りて或は落ち或は心計りは信じ或はとかうす、 御経の
04 文に難信難解と説かれて候が身に当つて貴く覚え候ぞ、 謗ずる人は大地微塵の如し・信ずる人は爪上の土の如し、
05 謗ずる人は大海・進む人は一滞。
06   天台山に竜門と申す所あり其の滝百丈なり、 春の始めに魚集りて此の滝へ登るに百千に一つも登る魚は竜と成
07 る、此の滝の早き事・ 矢にも過ぎ電光にも過ぎたり、 登りがたき上に春の始めに此の滝に漁父集りて魚を取る網
08 を懸くる事.百千重或は射て取り或は酌んで取る、鷲.クマタカ.鴟.梟・虎.狼・犬・狐.集りて昼夜に取りクラふなり
09 十年・二十年に一つも竜となる魚なし、 例せば凡下の者の昇殿を望み下女が后と成らんとするが如し、 法華経を
10 信ずる事・此にも過ぎて候と思食せ、 常に仏禁しめて言く何なる持戒・智慧高く御坐して一切経並に法華経を進退
11 せる人なりとも法華経の敵を見て責め罵り国主にも申さず 人を恐れて黙止するならば 必ず無間大城に堕つべし、
12 譬えば我は謀叛を発さねども謀叛の者を知りて 国主にも申さねば与同罪は彼の謀叛の者の如し、 南岳大師の云く
13 「法華経の讎を見て呵責せざる者は謗法の者なり 無間地獄の上に堕ちん」と、 見て申さぬ大智者は無間の底に堕
14 ちて彼の地獄の有らん限りは出ずべからず、 日蓮此の禁めを恐るる故に国中を責めて候程に一度ならず流罪・ 死
15 罪に及びぬ、今は罪も消え過も脱れなんと思いて鎌倉を去りて此の山に入つて七年なり。
16   此の山の為体.日本国の中には七道あり七道の内に東海道十五箇国、其の内に甲州.飯野・御牧・波木井の三箇郷
17 の内波木井と申す、此の郷の内・戌亥の方に入りて二十余里の深山あり、北は身延山・南は鷹取山・西は七面山・東
18 は天子山なり、板を四枚つい立てたるが如し、 此の外を回りて四つの河あり北より南へ富士河・ 西より東へ早河
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01 此れは後なり、 前に西より東へ波木井河の内に一つの滝あり 身延河と名けたり、 中天竺の鷲峰山を此の処へ移
02 せるか将又漢土の天台山の来れるかと覚ゆ、 此の四山・四河の中に手の広さ程の平かなる処あり、 爰に庵室を結
03 んで天雨を脱れ・木の皮をはぎて四壁とし、 自死の鹿の皮を衣とし、 春は蕨を折りて身を養ひ秋は果を拾いて命
04 を支へ候つる程に、 去年十一月より雪降り積て改年の正月・今に絶る事なし、庵室は七尺・雪は一丈・四壁は冰を
05 壁とし軒のつららは道場荘厳の瓔珞の玉に似たり、 内には雪を米と積む、 本より人も来らぬ上・雪深くして道塞
06 がり問う人もなき処なれば 現在に八寒地獄の業を身につくのへり、 生きながら仏には成らずして又寒苦鳥と申す
07 鳥にも相似たり、頭は剃る事なければうづらの如し、 衣は冰にとぢられて鴦鴛の羽を冰の結べるが如し、 かかる
08 処へは古へ眤びし人も問わず 弟子等にも捨てられて候いつるに 此の御器を給いて雪を盛りて飯と観じ水を飲んで
09 こんずと思う、志のゆく所・思い遣らせ給へ又又申すべく候、恐恐謹言。
10       弘安三年正月二十七日                  日蓮花押
11     秋元太郎兵衛殿御返事
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兄弟抄    文永十二年四月    五十四歳御作   与池上兄弟     於身延
01   夫れ法華経と申すは八万法蔵の肝心十二部経の骨髄なり、 三世の諸仏は此の経を師として正覚を成じ十方の仏
02 陀は一乗を眼目として衆生を引導し給ふ、 今現に経蔵に入つて此れを見るに 後漢の永平より唐の末に至るまで渡
03 れる所の一切経論に二本あり、 所謂旧訳の経は五千四十八巻なり、 新訳の経は七千三百九十九巻なり、彼の一切
04 経は皆各各・ 分分に随つて我第一なりとなのれり、 然而法華経と彼の経経とを引き合せて之を見るに勝劣天地な
05 り高下雲泥なり、 彼の経経は衆星の如く 法華経は月の如し彼の経経は燈炬・ 星月の如く法華経は大日輪の如し
06 此れは総なり。
07   別して経文に入つて此れを見奉れば二十の大事あり、 第一第二の大事は三千塵点劫五百塵点劫と申す二つの法
08 門なり、 其三千塵点と申すは第三の巻化城喩品と申す処に出でて候、 此の三千大千世界を抹して塵となし東方に
09 向つて千の三千大千世界を過ぎて一塵を下し 又千の三千大千世界を過ぎて一塵を下し 此くの如く三千大千世界の
10 塵を下はてぬ、 さてかえつて下せる三千大千世界と下さざる三千大千世界をともにおしふさねて又塵となし、 此
11 の諸の塵をもてならべをきて 一塵を一劫として経尽しては、 又始め又始めかくのごとく上の諸塵の尽し経たるを
12 三千塵点とは申すなり、今三周の声聞と申して舎利弗・迦葉・阿難・羅云なんど申す人人は過去遠遠劫・三千塵点劫
13 のそのかみ 大通智勝仏と申せし仏の第十六の王子にてをはせし菩薩ましましき、 かの菩薩より法華経を習いける
14 が悪縁にすかされて法華経を捨つる心つきにけり、 かくして或は華厳経へをち或は般若経へをち 或は大集経へを
15 ち或は涅槃経へをち或は大日経・或は深密経・ 或は観経等へをち或は阿含小乗経へをちなんどしけるほどに次第に079top
兄弟抄    文永十二年四月    五十四歳御作   与池上兄弟     於身延
01   夫れ法華経と申すは八万法蔵の肝心十二部経の骨髄なり、 三世の諸仏は此の経を師として正覚を成じ十方の仏
02 陀は一乗を眼目として衆生を引導し給ふ、 今現に経蔵に入つて此れを見るに 後漢の永平より唐の末に至るまで渡
03 れる所の一切経論に二本あり、 所謂旧訳の経は五千四十八巻なり、 新訳の経は七千三百九十九巻なり、彼の一切
04 経は皆各各・ 分分に随つて我第一なりとなのれり、 然而法華経と彼の経経とを引き合せて之を見るに勝劣天地な
05 り高下雲泥なり、 彼の経経は衆星の如く 法華経は月の如し彼の経経は燈炬・ 星月の如く法華経は大日輪の如し
06 此れは総なり。
07   別して経文に入つて此れを見奉れば二十の大事あり、 第一第二の大事は三千塵点劫五百塵点劫と申す二つの法
08 門なり、 其三千塵点と申すは第三の巻化城喩品と申す処に出でて候、 此の三千大千世界を抹して塵となし東方に
09 向つて千の三千大千世界を過ぎて一塵を下し 又千の三千大千世界を過ぎて一塵を下し 此くの如く三千大千世界の
10 塵を下はてぬ、 さてかえつて下せる三千大千世界と下さざる三千大千世界をともにおしふさねて又塵となし、 此
11 の諸の塵をもてならべをきて 一塵を一劫として経尽しては、 又始め又始めかくのごとく上の諸塵の尽し経たるを
12 三千塵点とは申すなり、今三周の声聞と申して舎利弗・迦葉・阿難・羅云なんど申す人人は過去遠遠劫・三千塵点劫
13 のそのかみ 大通智勝仏と申せし仏の第十六の王子にてをはせし菩薩ましましき、 かの菩薩より法華経を習いける
14 が悪縁にすかされて法華経を捨つる心つきにけり、 かくして或は華厳経へをち或は般若経へをち 或は大集経へを
15 ち或は涅槃経へをち或は大日経・或は深密経・ 或は観経等へをち或は阿含小乗経へをちなんどしけるほどに次第に
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兄弟抄    文永十二年四月    五十四歳御作   与池上兄弟     於身延
01   夫れ法華経と申すは八万法蔵の肝心十二部経の骨髄なり、 三世の諸仏は此の経を師として正覚を成じ十方の仏
02 陀は一乗を眼目として衆生を引導し給ふ、 今現に経蔵に入つて此れを見るに 後漢の永平より唐の末に至るまで渡
03 れる所の一切経論に二本あり、 所謂旧訳の経は五千四十八巻なり、 新訳の経は七千三百九十九巻なり、彼の一切
04 経は皆各各・ 分分に随つて我第一なりとなのれり、 然而法華経と彼の経経とを引き合せて之を見るに勝劣天地な
05 り高下雲泥なり、 彼の経経は衆星の如く 法華経は月の如し彼の経経は燈炬・ 星月の如く法華経は大日輪の如し
06 此れは総なり。
07   別して経文に入つて此れを見奉れば二十の大事あり、 第一第二の大事は三千塵点劫五百塵点劫と申す二つの法
08 門なり、 其三千塵点と申すは第三の巻化城喩品と申す処に出でて候、 此の三千大千世界を抹して塵となし東方に
09 向つて千の三千大千世界を過ぎて一塵を下し 又千の三千大千世界を過ぎて一塵を下し 此くの如く三千大千世界の
10 塵を下はてぬ、 さてかえつて下せる三千大千世界と下さざる三千大千世界をともにおしふさねて又塵となし、 此
11 の諸の塵をもてならべをきて 一塵を一劫として経尽しては、 又始め又始めかくのごとく上の諸塵の尽し経たるを
12 三千塵点とは申すなり、今三周の声聞と申して舎利弗・迦葉・阿難・羅云なんど申す人人は過去遠遠劫・三千塵点劫
13 のそのかみ 大通智勝仏と申せし仏の第十六の王子にてをはせし菩薩ましましき、 かの菩薩より法華経を習いける
14 が悪縁にすかされて法華経を捨つる心つきにけり、 かくして或は華厳経へをち或は般若経へをち 或は大集経へを
15 ち或は涅槃経へをち或は大日経・或は深密経・ 或は観経等へをち或は阿含小乗経へをちなんどしけるほどに次第に
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01 堕ちゆきて後には人天の善根・ 後に悪にをちぬ、 かくのごとく堕ちゆく程に三千塵点劫が間、多分は無間地獄少
02 分は七大地獄たまたまには一百余の地獄まれには餓鬼・畜生・ 修羅なんどに生れ大塵点劫なんどを経て人天には生
03 れ候けり。
04   されば法華経の第二の巻に云く「常に地獄に処すること園観に遊ぶが如く余の悪道に在ること己が舎宅の如し」
05 等云云、 十悪をつくる人は等活黒繩なんど申す地獄に堕ちて五百生或は一千歳を経、 五逆をつくれる人は無間地
06 獄に堕ちて一中劫を経て後は又かへりて生ず、 いかなる事にや候らん法華経をすつる人は・ すつる時はさしも父
07 母を殺すなんどのやうにをびただしくは・ みへ候はねども無間地獄に堕ちては多劫を経候、設父母を一人・二人・
08 十人.百人・千人・万人・十万人・百万人・億万人なんど殺して候とも.いかんが三千塵点劫をば経候べき、一仏・二
09 仏・十仏・百仏・千仏・万仏乃至億万仏を殺したりとも・いかんが五百塵点劫をば経候べき、しかるに法華経をすて
10 候いけるつみによりて三周の声聞が三千塵点劫を経・ 諸大菩薩の五百塵点劫を経候けること・ をびただしくをぼ
11 へ候、せんするところはコブシをもつて虚空を打てば・くぶしいたからず石を打てばくぶしいたし、悪人を殺すは罪
12 あさし善人を殺すは罪ふかし或は他人を殺すはコブシをもつて泥を打つがごとし父母を殺すはコブシをもつて石を打
13 つがごとし、鹿をほうる犬は頭われず師子を吠る犬は腸くさる日月をのむ修羅は頭七分にわれ仏を打ちし提婆は大地
14 われて入りにき、所対によりて罪の軽重はありけるなり。
15   さればこの法華経は一切の諸仏の眼目教主釈尊の本師なり 、一字一点もすつる人あれば千万の父母を殺せる罪
16 にもすぎ十方の仏の身より血を出す罪にもこへて 候けるゆへに三五の塵点をば経候けるなり 此の法華経はさてを
17 きたてまつりぬ 又此の経を経のごとくにとく人に値うことは難にて候、 設い一眼の亀の浮木には値うとも・はち
18 すのいとをもつて須弥山をば虚空にかくとも法華経を経のごとく説く人にあひがたし。
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01   されば慈恩大師と申せし人は玄奘三蔵の御弟子太宗皇帝の御師なり、 梵漢を空にうかべ一切経を胸にたたへ仏
02 舎利を筆のさきより雨らし 牙より光を放ち給いし聖人なり、 時の人も日月のごとく恭敬し後の人も眼目とこそ渇
03 仰せしかども伝教大師これをせめ給うには雖讃法華経・還死法華心等云云、 言は彼の人の心には法華経をほむとを
04 もへども理のさすところは法華経をころす人になりぬ、 善無畏三蔵は月支国うぢやうな国の国王なり、 位をすて
05 出家して天竺五十余の国を修行して 顕密二道をきわめ、 後には漢土にわたりて玄宗皇帝の御師となる、尸那日本
06 の真言師・誰か此人のながれにあらざる、 かかる・たうとき人なれども一時に頓死して閻魔のせめにあはせ給う、
07 いかなりける・ゆへとも人しらず。
08   日蓮此れをかんがへたるに本は法華経の行者なりしが大日経を見て法華経にまされりといゐしゆへなり、 され
09 ば舎利弗目連等が三五の塵点を経しことは十悪五逆の罪にもあらず謀反・ 八虐の失にてもあらず、 但悪知識に値
10 うて法華経の信心をやぶりて権経にうつりしゆへなり、 天台大師釈して云く「若し悪友に値えば則ち本心を失う」
11 云云、本心と申すは法華経を信ずる心なり、 失うと申すは法華経の信心を引きかへて余経へうつる心なり、 され
12 ば経文に云く 「然与良薬而不肯服」等云云、 天台の云く「其の心を失う者は良薬を与うと雖も而かも肯て服せず
13 生死に流浪し他国に逃逝す」云云。
14   されば法華経を信ずる人の.をそるべきものは賊人・強盗・夜打ち・虎狼.師子等よりも当時の蒙古のせめよりも
15 法華経の行者をなやます人人なり、 此の世界は第六天の魔王の所領なり一切衆生は無始已来彼の魔王の眷属なり、
16 六道の中に二十五有と申すろうをかまへて 一切衆生を入るるのみならず妻子と申すほだしをうち 父母主君と申す
17 あみをそらにはり 貪瞋癡の酒をのませて仏性の本心をたぼらかす、 但あくのさかなのみを・すすめて三悪道の大
18 地に伏臥せしむ、 たまたま善の心あれば障碍をなす、 法華経を信ずる人をば・いかにもして悪へ堕さんとをもう
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01 に叶わざればやうやくすかさんがために相似せる華厳経へをとしつ・杜順・智儼・法蔵・澄観等是なり、又般若経へ
02 すかしをとす悪友は嘉祥・僧詮等是なり、又深密経へ・すかしをとす悪友は玄奘・慈恩是なり、又大日経へ・すかし
03 をとす悪友は善無畏.金剛智・不空.弘法.慈覚.智証是なり、又禅宗へすかしをとす悪友は達磨・慧可等是なり、又観
04 経へすかしをとす悪友は善導・法然是なり、此は第六天の魔王が智者の身に入つて善人をたぼらかすなり、 法華経
05 第五の巻に「悪鬼其の身に入る」と説かれて候は是なり。
06   設ひ等覚の菩薩なれども元品の無明と申す大悪鬼身に入つて法華経と申す妙覚の功徳を障へ候なり、 何に況ん
07 や其の已下の人人にをいてをや、 又第六天の魔王或は妻子の身に入つて 親や夫をたぼらかし或は国王の身に入つ
08 て法華経の行者ををどし 或は父母の身に入つて孝養の子をせむる事あり、 悉達太子は位を捨てんとし給いしかば
09 羅喉羅はらまれて・をはしませしを浄飯王此の子生れて後・出家し給えと・ いさめられしかば魔が子ををさへて六
10 年なり、 舎利弗は昔禅多羅仏と申せし仏の末世に菩薩の行を立てて六十劫を経たりき、 既に四十劫ちかづきしか
11 ば百劫にて・あるべかりしを第六天の魔王・ 菩薩の行の成ぜん事をあぶなしとや思いけん、婆羅門となりて眼を乞
12 いしかば相違なく・とらせたりしかども其より退する心・ 出来て舎利弗は無量劫が間・無間地獄に堕ちたりしぞか
13 し、 大荘厳仏の末の六百八十億の檀那等は苦岸等の四比丘に・ たぼらかされて普事比丘を怨みてこそ大地微塵劫
14 が間無間地獄を経しぞかし、 師子音王仏の末の男女等は勝意比丘と申せし持戒の僧をたのみて 喜根比丘を笑うて
15 こそ無量劫が間・地獄に堕ちつれ。
16   今又日蓮が弟子檀那等は此にあたれり、 法華経には「如来の現在にすら猶怨嫉多し況や滅度の後をや」又云く
17 「一切世間怨多くして信じ難し」涅槃経に云く「横に死殃に羅り訶.罵辱.鞭杖・閉繋・飢餓・困苦・是くの如き等の
18 現世の軽報を受けて地獄に堕ちず」等云云、 般泥オン経に云く「衣服不足にして飲食ソ疎なり財を求めるに利あら
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01 ず貧賤の家及び邪見の家に生れ 或いは王難及び余の種種の人間の苦報に遭う現世に軽く受くるは 斯れ護法の功徳
02 力に由る故なり」等云云、 文の心は我等過去に正法を行じける者に・あだをなして・ありけるが今かへりて信受す
03 れば過去に人を障る罪にて未来に大地獄に堕つべきが、 今生に正法を行ずる功徳・強盛なれば 未来の大苦をまね
04 ぎこして少苦に値うなり、 この経文に過去の誹謗によりて・ やうやうの果報をうくるなかに或は貧家に生れ或は
05 邪見の家に生れ或は王難に値う等云云、 この中に邪見の家と申すは誹謗正法の家なり 王難等と申すは悪王に生れ
06 あうなり、 此二つの大難は各各の身に当つてをぼへつべし、 過去の謗法の罪を滅せんとて邪見の父母にせめられ
07 させ給う、 又法華経の行者をあだむ国主にあへり経文明明たり経文赫赫たり、 我身は過去に謗法の者なりける事
08 疑い給うことなかれ、 此れを疑つて現世の軽苦忍びがたくて慈父のせめに随いて存外に法華経をすつるよし ・あ
09 るならば我身地獄に堕つるのみならず 悲母も慈父も大阿鼻地獄に堕ちて・ ともにかなしまん事疑いなかるべし、
10 大道心と申すはこれなり。
11   各各・随分に法華経を信ぜられつる・ゆへに過去の重罪をせめいだし給いて候、たとへばくろがねをよくよくき
12 たへばきずのあらわるるがごとし、 石はやけばはいとなる金は・やけば真金となる、此の度こそ・まことの御信用
13 は・ あらわれて法華経の十羅刹も守護せさせ給うべきにて候らめ、 雪山童子の前に現ぜし羅刹は帝釈なり尸毘王
14 のはとは毘沙門天ぞかし、 十羅刹・心み給わんがために父母の身に入らせ給いてせめ給うこともや・あるらん、そ
15 れに・つけても、心あさからん事は後悔あるべし、 又前車のくつがへすは後車のいましめぞかし、今の世には・な
16 にとなくとも道心をこりぬべし、 此の世のありさま厭うともよも厭われじ 日本の人人定んで大苦に値いぬと見へ
17 て候・眼前の事ぞかし、 文永九年二月の十一日にさかんなりし華の大風にをるるが・ごとく清絹の大火に・やかる
18 るが・ ごとくなりしに・世をいとう人のいかでかなかるらん 文永十一年の十月ゆきつしまのものども一時に死人
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01 となりし事は・いかに人の上とををぼすか当時も・かのうてに向かいたる人人のなげき老たるをやをさなき子わかき
02 妻めづらしかりしすみかうちすてて・よしなき海をまほり雲の・みうればはたかと疑い・つりぶねの・みゆれば兵船
03 かと肝心をけす、 日に一二度山えのぼり夜に三四度馬にくらををく、 現身に修羅道をかんぜり、各各のせめられ
04 させ給う事も詮するところは国主の法華経の・かたきと・なれるゆへなり、国主のかたきと・なる事は持斎等・念仏
05 真言師等が謗法よりをこれり、 今度ねうしくらして法華経の御利生心みさせ給へ、 日蓮も又強盛に天に申し上げ
06 候なり、いよいよ・をづる心ねすがた・をはすべからず、定んで女人は心よはく・をはすれば・ごぜたちは心ひるが
07 へりてや・をはすらん、がうじやうにはがみをしてたゆむ心なかれ、 例せば日蓮が平左衛門の尉がもとにて・うち
08 ふるまい・いゐしがごとく・すこしも・をづる心なかれ、わだが子となりしもの・わかさのかみが子となりし・将門
09 ・貞当が郎従等となりし者、 仏になる道には・あらねども・はぢを・をもへば命をしまぬ習いなり、なにと・なく
10 とも一度の死は一定なり、いろばしあしくて人に・わらはれさせ給うなよ。
11   あまりに・をぼつかなく候へば・大事のものがたり一つ申す、白ひ叔せいと申せし者は胡竹国の王の二人の太子
12 なり、父の王・弟の叔せいに位をゆづり給いき、 父しして後・叔せい位につかざりき、白ひが云く位につき給え叔
13 せいが云く兄位を継ぎ給え 白ひが云くいかに親の遺言をばたがへ給うぞと申せしか ば親の遺言はさる事なれども
14 いかんが兄を・をきては位には即くべきと辞退せしかば、 二人共に父母の国をすてて他国へわたりぬ、 周の文王
15 に・つかへしほどに文王殷の紂王に打たれしかば武王・百箇日が内に・いくさを・をこしき、白ひ叔せいは武王の馬
16 の口に・とりつきて・いさめて云くをやのしして後・三箇年が内にいくさを・をこすはあに不孝にあらずや、武王い
17 かりて白ひ叔せいを打たんと・せしかば大公望せいして打たせざりき、 二人は此の王をうとみて・すやうと申す山
18 にかくれゐてわらびを・をりて命を・つぎしかば、麻子と申す者ゆきあひて云くいかに・これには・をはするぞ二人
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01 上件の事をかたりしかば麻子が云くさるにては・わらびは王の物にあらずや、 二人せめられて爾の時より・わらび
02 をくわず、天は賢人をすて給わぬならひなれば天・白鹿と現じて乳を・もつて二人をやしなひき、 白鹿去つて後に
03 叔せいが云く此の白鹿の乳をのむだにも・うまし・まして肉をくわんと・いゐしかば白ひせいししかども天これを・
04 ききて来らず、 二人うへて死ににき、 一生が間・賢なりし人も一言に身をほろぼすにや、各各も御心の内はしら
05 ず候へば・をぼつかなし・をぼつかなし。
06   釈迦如来は太子にて.をはせし時・父の浄飯王.太子を・をしみたてまつりて出家をゆるし給はず、四門に二千人
07 の・つわものをすへて・まほらせ給ひしかども、終に・をやの御心をたがへて家を・いでさせ給いき、一切は・をや
08 に随うべきにてこそ候へども・ 仏になる道は随わぬが孝養の本にて候か、 されば心地観経には孝養の本をとかせ
09 給うには棄恩入無為・真実報恩者等云云、 言は・まことの道に入るには父母の心に随わずして 家を出て仏になる
10 が・まことの恩をほうずるにてはあるなり、 世間の法にも父母の謀反なんどを・をこすには随わぬが孝養とみへて
11 候ぞかし、孝経と申す経に見へて候、 天台大師も法華経の三昧に入らせ給いて・をはせし時は父母・左右のひざに
12 住して仏道をさえんとし給いしなり、此れは天魔の父母のかたちをげんじてさうるなり。
13   白ひすくせいが因縁は.さきにかき候ぬ、又第一の因縁あり、日本国の人王.第十六代に王をはしき応神天王と申
14 す今の八幡大菩薩これなり この王の御子二人まします嫡子をば仁徳・ 次男は宇治王子天王・次男の宇治の王子に
15 位をゆづり給いき、 王ほうぎよならせ給いて後・宇治の王子の云く兄位につき給うべし、兄の云く、いかに・をや
16 の御ゆづりをば・もちゐさせ給わぬぞ、 かくのごとく・たがいにろむじて、三箇年が間・位に王をはせざりき、万
17 民のなげき・ いうばかりなし・天下のさいにて・ありしほどに、 宇治の王子云く我いきて・あるゆへにあに位に
18 即き給わずといつて死させ給いにき、 仁徳これを・ なげかせ給いて又ふししづませ給いしかば、 宇治の王子い
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01 きかへりて・やうやうに・をほせをかせ給いて・又ひきいらせ給いぬ、 さて仁徳・位につかせ給いたりしかば国を
02 だやかなる上しんら・ はくさひ・かうらいも日本国にしたがひて・ねんぐを八十そうそなへけると・こそみへて候
03 へ。
04    賢王のなかにも・兄弟をだやかならぬれいもあるぞかし・いかなるちぎりにて兄弟かくは・をはするぞ浄蔵・
05 浄眼の二人の太子の生れかはりて・をはするか・薬王・薬上の二人か、大夫志殿の御をやの御勘気はうけ給わりしか
06 どもひやうへの志殿の事は今度は・よも・あにには・つかせ給はじ・さるにては・いよいよ大夫志殿のをやの御不審
07 は.をぼろげにては・ゆりじなんど・をもつて候へば・このわらわの申し候は.まことにてや候らん、御同心と申し候
08 へば・あまりの・ふしぎさに別の御文をまいらせ候、未来までの・ものがたりなに事か・これにすぎ候べき。
09   西域と申す文にかきて候は月氏に婆羅ナツ斯国・施鹿林と申すところに一の隠士あり仙の法を成ぜんとをもう、
10 すでに瓦礫を変じて宝となし人畜の形をかえけれども いまだ風雲にのつて仙宮にはあそばざりけり、 此の事を成
11 ぜんがために 一の烈士をかたらひ長刀をもたせて壇の隅に立てて息をかくし言をたつ、 よひよりあしたにいたる
12 まで・ものいはずば仙の法・成ずべし、 仙を求る隠士は壇の中に坐して手に長刀をとつて口に神呪をずうす約束し
13 て云く設ひ死なんとする事ありとも物言う事なかれ 烈士云く死すとも物いはじ、 此の如くして既に夜中を過ぎて
14 夜まさにあけんとする時、 如何が思いけん烈士大に声をあげて呼はる、 既に仙の法成ぜず、隠士烈士に言つて云
15 く何に約束をばたがふるぞ 口惜しき事なりと云う、 烈士歎いて云く少し眠つてありつれば昔し仕へし主人自ら来
16 りて責めつれども師の恩厚ければ忍で物いはず、 彼の主人怒つて頚をはねんと云う、然而又ものいはず、 遂に頚
17 を切りつ 中陰に趣く我が屍を見れば惜く歎かし然而物いはず、 遂に南印度の婆羅門の家に生れぬ 入胎出胎する
18 に大苦忍びがたし然而息を出さず、 又物いはず已に冠者となりて妻をとつぎぬ、又親死ぬ又子をまうけたり、 か
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01 なしくもありよろこばしくもあれども 物いはず此くの如くして年六十有五になりぬ、 我が妻かたりて云く汝若し
02 物いはずば汝がいとをしみの子を殺さんと云う、 時に我思はく我已に年衰へぬ此の子を若し殺されなば 又子をま
03 うけがたしと思いつる程に声をおこすと・をもへば・をどろきぬと云いければ、 師が云く力及ばず我も汝も魔に・
04 たぼらかされぬ 終に此の事成ぜずと云いければ、 烈士大に歎きけり我心よはくして師の仙法を成ぜずと云いけれ
05 ば、 隠士が云く我が失なり兼て誡めざりける事をと悔ゆ、 然れども烈士師の恩を報ぜざりける事を歎きて遂に思
06 ひ死にししぬとかかれて候、 仙の法と申すは漢土には儒家より出で月氏には外道の法の一分なり、 云うにかひ無
07 き仏教の小乗阿含経にも及ばず 況や通別円をや況や法華経に及ぶべしや、 かかる浅き事だにも成ぜんとすれば四
08 魔競て成じかたし、 何に況や法華経の極理・南無妙法蓮華経の七字を 始めて持たん日本国の弘通の始ならん人の
09 弟子檀那とならん人人の大難の来らん事をば言をもつて尽し難し心をもつて・をしはかるべしや。
10   されば天台大師の摩訶止観と申す文は天台一期の大事・一代聖教の肝心ぞかし、仏法漢土に渡つて五百余年・南
11 北の十師・智は日月に斉く徳は四海に響きしかどもいまだ一代聖教の浅深・勝劣・前後・次第には迷惑してこそ候い
12 しが、 智者大師再び仏教をあきらめさせ給うのみならず、 妙法蓮華経の五字の蔵の中より一念三千の如意宝珠を
13 取り出して三国の一切衆生に普く与へ給へり、 此の法門は漢土に始るのみならず 月氏の論師までも明し給はぬ事
14 なり、然れば章安大師の釈に云く「止観の明静なる前代に未だ聞かず」云云、又云く「天竺の大論尚其の類に非ず」
15 等云云、 其の上摩訶止観の第五の巻の一念三千は今一重立ち入たる法門ぞかし、 此の法門を申すには必ず魔出来
16 すべし魔競はずは正法と知るべからず、 第五の巻に云く「行解既に勤めぬれば三障四魔紛然として競い起る 乃至
17 随う可らず畏る可らず 之に随えば将に人をして悪道に向わしむ之を畏れば正法を修することを妨ぐ」等云云、 此
18 の釈は日蓮が身に当るのみならず門家の明鏡なり謹んで習い伝えて未来の資糧とせよ。
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01   此の釈に三障と申すは煩悩障・業障・報障なり、煩悩障と申すは貪瞋癡等によりて障礙出来すべし、業障と申す
02 は妻子等によりて障礙出来すべし、 報障と申すは国主父母等によりて障礙出来すべし、 又四魔の中に天子魔と申
03 すも是くの如し今日本国に我も止観を得たり我も止観を得たりと云う人人 誰か三障四魔競へる人あるや、 之に随
04 えば将に人をして悪道に向わしむと申すは 只三悪道のみならず人天・九界を皆悪道とかけり、 されば法華経を除
05 きて華厳・阿含・方等・般若・涅槃・大日経等なり、 天台宗を除きて余の七宗の人人は人を悪道に向わしむる獄卒
06 なり、天台宗の人人の中にも法華経を信ずるやうにて人を爾前へやるは悪道に人をつかはす獄卒なり。
07   今二人の人人は隠士と烈士とのごとし一もかけなば成ずべからず、譬えば鳥の二つの羽人の両眼の如し、 又二
08 人の御前達は此の人人の檀那ぞかし 女人となる事は物に随つて物を随える身なり 夫たのしくば妻もさかふべし夫
09 盗人ならば妻も盗人なるべし、 是れ偏に今生計りの事にはあらず世世・ 生生に影と身と華と果と根と葉との如く
10 にておはするぞかし、 木にすむ虫は木をはむ・水にある魚は水をくらふ・芝かるれば蘭なく松さかうれば柏よろこ
11 ぶ、 草木すら是くの如し、 比翼と申す鳥は身は一つにて頭二つあり二つの口より入る物・一身を養ふ、ひほくと
12 申す魚は一目づつある故に一生が間はなるる事なし、 夫と妻とは是くの如し此の法門のゆへには 設ひ夫に害せら
13 るるとも悔ゆる事なかれ、 一同して夫の心をいさめば竜女が跡をつぎ 末代悪世の女人の成仏の手本と成り給うべ
14 し、此くの如くおはさば設ひいかなる事ありとも日蓮が二聖・ 二天・十羅刹・釈迦・多宝に申して順次生に仏にな
15 し・たてまつるべし、心の師とは・なるとも心を師とせざれとは六波羅蜜経の文なり。
16   設ひ・いかなる・わづらはしき事ありとも夢になして只法華経の事のみさはぐらせ給うべし、中にも日蓮が法門
17 は古へこそ信じかたかりしが今は前前いひをきし事既にあひぬればよしなく 謗ぜし人人も悔る心あるべし、 設ひ
18 これより 後に信ずる男女ありとも各各にはかへ思ふべからず、 始は信じてありしかども世間のをそろしさにすつ
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01 る人人かずをしらず、 其の中に返つて本より謗ずる人人よりも強盛にそしる人人又あまたあり、 在世にも善星比
02 丘等は始は信じてありしかども後にすつるのみならず 返つて仏をはうじ奉りしゆへに 仏も叶い給はず無間地獄に
03 をちにき、 此の御文は別してひやうへの志殿へまいらせ候、 又太夫志殿の女房兵衛志殿の女房によくよく申しき
04 かせさせ給うべし・きかせさせ給うべし・南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経。
05       文永十二年四月十六日                日 蓮 花 押
兵衛志殿御返事    建治元年八月    五十四歳御作   於身延
01   鵞目二貫文・武蔵房円日を使にて給び候い畢んぬ、人王三十六代・皇極天皇と申せし王は女人にてをはしき、其
02 の時入鹿の臣と申す者あり、あまり・おごりの・ものぐるわしさに王位を・うばはんと・ふるまいしを、天皇王子等
03 不思議とはをぼせしかども・いかにも力及ばざりしほどに、 大兄の王子・軽の王子等なげかせ給いて中臣の鎌子と
04 申せし臣に申しあわせさせ給いしかば、臣申さく・いかにも人力はかなうべしとは・みへ候はず、馬子が例をひきて
05 教主釈尊の御力ならずば叶がたしと申せしかば・ さらばとて釈尊を造り奉りて・ いのりしかば入鹿ほどなく打れ
06 にき、 此の中臣の鎌子と申す人は後には姓をかへて藤原の鎌足と申し内大臣になり大職冠と申す人・ 今の一の人
07 の御先祖なり、此の釈迦仏は今の興福寺の本尊なり、 されば王の王たるも釈迦仏・臣の臣たるも釈迦仏・神国の仏
08 国となりし事もえもんのたいう殿の御文と引き合せて心へさせ給へ、 今代の他国にうばわれんとする事・釈尊を・
09 いるがせにする故なり神の力も及ぶべからずと申すはこれなり、 各各は二人は・すでにとこそ人はみしかども・か
10 くいみじくみへさせ給うは・ひとえに釈迦仏・法華経の御力なりと・をぼすらむ、又此れにもをもひ候、 後生のた
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01 のもしさ申すばかりなし、 此れより後も・いかなる事ありとも・すこしもたゆむ事なかれ、いよいよ・はりあげて
02 せむべし、設ひ命に及ぶともすこしも・ひるむ事なかれ、あなかしこ・あなかしこ、恐恐謹言。
03       八月二十一日                    日 蓮 花 押
04     兵衛志殿御返事
兵衛志殿御返事    建治元年十一月    五十四歳御作    於身延
01   かたがたのものふ二人を・もつて・をくりたびて候、その心ざし弁殿の御ふみに申すげに候、さてはなによりも
02 御ために第一の大事を申し候なり、 正法・像法の時は世もいまだをとろへず聖人・賢人も・つづき生れ候き天も人
03 をまほり給いき、 末法になり候へば人のとんよくやうやくすぎ候て主と臣と親と子と兄と弟と諍論ひまなし、 ま
04 して他人は申すに及ばず、これに・よりて天も・ その国をすつれば三災七難乃至一二三四五六七の日いでて草木か
05 れうせ小大河もつき大地はすみのごとく・ をこり大海はあぶらのごとくになり・けつくは無間地獄より炎いでて上
06 梵天まで火炎・充満すべし、 これていの事いでんとて・やうやく世間はをとへ候なり、皆人のをもひて候は父には
07 子したがひ臣は君にかなひ弟子は師にゐすべからずと云云、 かしこき人もいやしき者もしれる事なり、 しかれど
08 も貪欲瞋恚愚癡と申すさけにえいて主に敵し親をかろしめ師をあなづるつねにみへて候、但師と主と親とに随い
09 てあしき事をば諌ば孝養となる事はさきの御ふみにかきつけて候いしかばつねに御らむあるべし。
10   ただこのたびゑもんの志どのかさねて親のかんだうあり・ とのの御前にこれにて申せしがごとく一定かんだう
11 あるべし・ ひやうへの志殿をぼつかなしごぜんかまへて御心へあるべしと申して候しなり 今度はとのは一定をち
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01 給いぬべしとをぼうるなりをち給はんをいかにと申す事はゆめゆめ候はず但地獄にて日蓮をうらみ給う事なかれしり
02 候まじきなり千年のかるかやも一時にはひとなる 百年の功も一言にやぶれ候は法のことわりなり、 さえもんの大
03 夫殿は今度・法華経のかたきに・なりさだまり給うとみへて候、 えもんのたいうの志殿は今度法華経の行者になり
04 候はんずらん、とのは現前の計なれば親につき給はんずらむ、 ものぐるわしき人人はこれをほめ候べし、宗盛が親
05 父入道の悪事に随いてしのわらにて頚を切られし 重盛が随わずして先に死せしいづれか親の孝人なる、 法華経の
06 かたきになる親に随いて 一乗の行者なる兄をすてば親の孝養となりなんや、 せんするところひとすぢにをもひ切
07 つて兄と同じく仏道をなり給へ、 親父は妙荘厳王のごとし兄弟は浄蔵浄眼なるべし、 昔と今はかわるとも法華経
08 のことわりは・たがうべからず・当時も武蔵の入道そこばくの所領所従等をすてて遁世あり、 ましてわどのばらが
09 わづかの事をへつらひて心うすくて悪道に堕ちて 日蓮をうらみさせ給うな、 かへすがへす今度とのは堕べしとを
10 ぼうるなり。
11   此の程心ざしありつるがひきかへて悪道に堕ち給はん事がふびんなれば申すなり、 百に一つ千に一つも日蓮が
12 義につかんと・をぼさば親に向つていい切り給へ親なれば・ いかにも順いまいらせ候べきが法華経の御かたきにな
13 り給へば・つきまいらせては不孝の身となりぬべく候へば・すてまいらせて兄につき候なり、 兄をすてられ候わば
14 兄と一同とをぼすべしと申し切り給へ、 すこしも・をそるる心なかれ・過去遠遠劫より法華経を信ぜしかども仏に
15 ならぬ事これなり、 しをのひると・みつと月の出づると・いると・夏と秋と冬と春とのさかひには必ず相違する事
16 あり凡夫の仏になる又かくのごとし、 必ず三障四魔と申す障いできたれば賢者はよろこび 愚者は退くこれなり、
17 此の事はわざとも申し又びんぎにと・をもひつるに御使ありがたし、堕ち給うならば・よもこの御使は・あらじと・
18 をもひ候へば・もしやと申すなり。
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01   仏になり候事は此の須弥山にはりをたてて彼の須弥山よりいとをはなちて、そのいとの・すぐにわたりて・はり
02 のあなに入るよりもかたし、 いわうや・さかさまに大風のふきむかへたらんは・いよいよかたき事ぞかし、経に云
03 く「億億万劫より不可議に至る時に乃ち是の法華経を聞くことを得 億億万劫より不可議に至る 諸仏世尊時に是の
04 経を説きたもう・ 是の故に行者仏滅後に於て是くの如きの経を聞いて疑惑を生ずること勿れ」等云云、 此の経文
05 は法華経二十八品の中に・ことにめづらし、序品より法師品にいたるまで等覚已下の人天・四衆・八部・其のかずあ
06 りしかども 仏は但釈迦如来一仏なり重くてかろきへんもあり、 宝塔品より嘱累品にいたるまでの十二品は殊に重
07 きが中の重きなり、 其の故は釈迦仏の御前に多宝の宝塔涌現せり 月の前に日の出でたるがごとし、又十方の諸仏
08 は樹下に御はします十方世界の草木の上に火をともせるがごとし、此の御前にてせんせられたる文なり。
09   涅槃経に云く「昔無数無量劫より来た常に苦悩を受く、一一の衆生一劫の中に積む所の骨は王舎城の毘富羅山の
10 如く飲む所の乳汁は四海の水の如く 身より出す所の血は四海の水より多く 父母兄弟妻子眷属の命終に哭泣して出
11 す所の目涙は四大海より多く、 地の草木を尽くして四寸の籌と為し以て父母を数うも亦尽くすこと能わじ」云云、
12 此の経文は仏最後に雙林の本に臥てかたり給いし 御言なりもつとも心をとどむべし、 無量劫より已来生ところの
13 父母は十方世界の大地の草木を四寸に切りてあてかぞうとも・たるべからずと申す経文なり、 此等の父母にはあひ
14 しかども法華経にはいまだ・あわず、 されば父母はまうけやすし法華経はあひがたし、 今度あひやすき父母のこ
15 とばを・そむきて・あひがたき法華経のともにはなれずば我が身・仏になるのみならず・そむきしをやをもみちびき
16 なん、 例せば悉達太子は浄飯王の嫡子なり国をもゆづり位にもつけんと・をぼして・すでに御位につけまいらせた
17 りしを御心をやぶりて 夜中城をにげ出でさせ給いしかば 不孝の者なりと・うらみさせ給いしかども仏にならせ給
18 うては・まづ浄飯王・麻耶夫人をこそ・みちびかせ給いしか。
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01 をやという・をやの世をすてて仏になれと申すをやは一人もなきなり、 これは・とによせ・かくによせて・わどの
02 ばらを持斎・念仏者等が・つくり・をとさんために・をやを・すすめをとすなり、両火房は百万反の念仏をすすめて
03 人人の内をせきて法華経のたねを・たたんと・はかるときくなり、 極楽寺殿はいみじかりし人ぞかし、念仏者等に
04 たぼらかされて日蓮を怨ませ給いしかば我が身といい其の一門皆ほろびさせ給う・ ただいまは・へちごの守殿一人
05 計りなり、両火房を御信用ある人はいみじきと御らむあるか、 なごへの一門の善光寺・長楽寺・大仏殿立てさせ給
06 いて其の一門のならせ給う事をみよ、 又守殿は日本国の主にてをはするが、 一閻浮提のごとくなる・かたきをへ
07 させ給へり。
08   わどの兄をすてて.あにがあとを・ゆづられたりとも千万年のさかへ.かたかるべし、しらず又わづかの程にや・
09 いかんが・このよならんずらん、 よくよくをもひ切つて一向に後世をたのまるべし、かう申すとも・いたづらのふ
10 みなるべしと・をもへば、かくも・ものうけれども・のちのをもひでに・しるし申すなり、恐恐謹言。
11       十一月二十日                    日 蓮 花 押
12     兵衛志殿御返事
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兵衛志殿女房御書
01   先度仏器まいらせさせ給い候しが此度此の尼御前大事の御馬にのせさせ給いて候由承わり候、 法にすぎて候御
02 志かな・これは殿はさる事にて女房のはからひか、 昔儒童菩薩と申せし菩薩は五茎の蓮華を五百の金銭を以て・か
03 いとり定光菩薩を七日七夜供養し給いき、 女人あり瞿夷となづく二茎の蓮華を以て自ら供養して云く 凡夫にてあ
04 らん時は世世・生生・夫婦とならん仏にならん時は同時に仏になるべし・此のちかひくちずして九十一劫の間・夫婦
05 となる、 結句儒童菩薩は今の釈迦仏・昔の瞿夷は今の耶輸多羅女・今法華経の勧持品にして具足千万光相如来是な
06 り、悉達太子檀特山に入り給しには 金泥駒・帝釈の化身、摩騰迦・竺法蘭の経を漢土に渡せしには十羅刹・化して
07 白馬となり給ふ、此馬も法華経の道なれば百二十年御さかへの後・霊山浄土へ乗り給うべき御馬なり、恐恐謹言。
08       建治三年丁丑三月二日                日 蓮 花 押
09     兵衛志殿女房
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兵衛志殿御書
01   久しくうけ給わり候はねば.よくおぼつかなく候、何よりも・あはれに.ふしぎなる事は大夫志殿と殿との御事・
02 不思議に候、常さまには世末になり候へば聖人.賢人も皆かくれ・ただ・ざんじむ・ねいじん・わざん.きよくりの者
03 のみこそ国には充満すべきと見へて候へば、喩えば水すくなくなれば池さはがしく風ふけば大海しづかならず、 代
04 の末になり候へば・かんばちえきれい大雨大風ふきかさなり候へば広き心も・ せばくなり道心ある人も邪見になる
05 とこそ見へて候へ、 されば他人はさてをきぬ父母と夫妻と兄弟と諍う事 れつしとしかとねことねずみとたかとき
06 じとの如しと見へて候、 良観等の天魔の法師らが親父左衛門の大夫殿をすかし、 わどのばら二人を失はんとせし
07 に、殿の御心賢くして 日蓮がいさめを御もちゐ有りしゆへに 二のわの車をたすけ二の足の人を・になへるが如く
08 二の羽のとぶが如く 日月の一切衆生を助くるが如く、 兄弟の御力にて親父を法華経に入れまいらせさせ給いぬる
09 御計らい偏に貴辺の御身にあり、 又真実の経の御ことはりを代末になりて 仏法あながちに・みだれば大聖人世に
10 出ずべしと見へて候、 喩へば松のしもの後に木の王と見へ菊は草の後に仙草と見へて候、 代のおさまれるには賢
11 人見えず代の乱れたるにこそ聖人愚人は顕れ候へ、 あはれ平の左衛門殿さがみ殿の 日蓮をだに用いられて候いし
12 かば、すぎにし蒙古国の朝使のくびは・よも切せまいらせ候はじ、くやしくおはすらなん。
13   人王八十一代安徳天皇と申す大王は天台の座主・明雲等の真言師等・数百人かたらひて源の右将軍頼朝を調伏せ
14 しかば還著於本人とて明雲は義仲に切られぬ安徳天皇は西海に沈み給う、 人王八十二三四隠岐の法皇・阿波の院・
15 佐渡の院・当今・已上四人・座主慈円僧正・御室・三井等の四十余人の高僧等をもて平の将軍義時を調伏し給う程に
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01 又還著於本人とて上の四王島島に放たれ給いき、 此の大悪法は弘法・慈覚・智証の三大師・法華経最第一の釈尊の
02 金言を破りて 法華最第二・最第三・大日経最第一と読み給いし僻見を御信用有りて今生には国と身とをほろぼし後
03 生には無間地獄に堕ち給いぬ、 今度は又此の調伏三度なり、 今我が弟子等死したらん人人は仏眼をもて是を見給
04 うらん、命つれなくて生たらん眼に見よ、 国主等は他国へ責めわたされ調伏の人人は 或は狂死或は他国或は山林
05 にかくるべし、 教主釈尊の御使を二度までこうぢをわたし弟子等をろうに入れ 或は殺し或は害し或は所国をおひ
06 し故に其の科必ず其の国国万民の身に一一にかかるべし、 或は又白癩・黒癩・諸悪重病の人人おほかるべし、我が
07 弟子等・此の由を存ぜさせ給へ、恐恐謹言。
08       九月九日                      日 蓮 花 押
09   此の文は別しては兵衛の志殿へ、総じては我が一門の人人御覧有るべし、他人に聞かせ給うな。
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兵衛志殿女房御返事
01   銅の御器二給び畢んぬ、釈迦仏三十の御年・仏になり始てをはし候時・牧牛女と申せし女人・乳のかいをにて仏
02 にまいらせんとし候し程にいれて・まいらすべき器なし、毘沙門天王等の四天王・四鉢を仏にまいらせたりし、 其
03 の鉢をうちかさねて・かいをまいらせしに仏にはならせ給う、 其の鉢後には人も・もらざりしかども常に飯のみち
04 しなり後に馬鳴菩薩と申せし菩薩・ 伝へて金銭三貫にほうじたりしなり、 今御器二を千里にをくり釈迦仏にまい
05 らせ給へば、かの福のごとくなるべし、委しくは申さず候。
06       建治三年丁丑十一月七日               日 蓮 花 押
07     兵衛志殿女房御返事
兵衛志殿御返事    弘安元年    五十七歳御作    於身延
01   みそをけ一給び畢んぬ、 はらのけは左衛門どのの御薬になをりて候、又このみそをなめていよいよここちなを
02 り候ぬ、あはれ・あはれ・今年御つつがなき事をこそ法華経に申し上げまいらせ候へ、恐恐謹言。
03       六月廿六日                     日 蓮 花 押
04     兵衛志殿御返事
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兵衛志殿御返事    弘安元年十一月    五十七歳御作    於身延
01   銭六貫文の内一貫次郎よりの分白厚綿小袖一領.四季にわたりて財を三宝に供養し給ういづれも.いづれも功徳に
02 ・ならざるはなし、但し時に随いて勝劣・浅深わかれて候,うへたる人には衣をあたへたるよりも食をあたへて候は.
03 いますこし功徳まさる・こごへたる人には食をあたへて候よりも衣は又まさる・春夏に小袖をあたへて候よりも秋冬
04 にあたへぬれば又功徳一倍なり、これをもつて一切はしりぬべし、ただし此の事にをいては四季を論ぜず日月をただ
05 さず・ぜに.こめ・かたびら・きぬこそで・日日.月月にひまなし、例せばびんばしやらわうの教主釈尊に日日に五百
06 輛の車ををくり・阿育大王の十億の沙金を鶏頭摩寺にせせしがごとし、 大小ことなれども志は彼にもすぐれたり。
07   其の上今年は子細候、ふゆと申すふゆ.いづれのふゆか・さむからざる、なつと申すなつ・いづれのなつか.あつ
08 からざる、ただし今年は余国はいかんが候らんこのはきゐは法にすぎて・かんじ候、 ふるきをきなどもにとひ候へ
09 ば八十・九十・一百になる者の物語り候は・すべて・いにしへ・これほどさむき事候はず、此のあんじちより四方の
10 山の外・十町・二十町・人かよう事候はねば・しり候はず、きんぺん一町のほどは・ゆき一丈二丈五尺等なり、この
11 うるう十月卅日ゆきすこしふりて候しが・ やがてきへ候ぬ、 この月の十一日たつの時より十四日まで大雪ふりて
12 候しに両三日へだてて・すこし雨ふりてゆきかたくなる事金剛のごとし・いまにきゆる事なし、ひるも・よるも・さ
13 むくつめたく候事法にすぎて候、 さけはこをりて石のごとく、 あぶらは金ににたり、なべかまは小し水あればこ
14 おりてわれ・かんいよいよかさなり候へば、きものうすく食ともしくして・さしいづるものも・なし。
15   坊ははんさくにてかぜゆきたまらず.しきものはなし、木は・さしいづるものも・なければ.火もたかず、ふるき
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01 あかづきなんどして候こそで一なんど・きたるものは其身のいろ 紅蓮大紅蓮のごとし、 こへははは大ばば地獄に
02 ことならず、 手足かんじてきれさけ人死ぬことかぎりなし、 俗のひげをみればやうらくをかけたり、僧のはなを
03 みればすずをつらぬきかけて候、 かかるふしぎ候はず候に去年の十二月の卅日より・ はらのけの候しが春夏やむ
04 ことなし、 あきすぎて十月のころ大事になりて候しが・すこして平愈つかまつりて候へども・ややも・すればをこ
05 り候に、兄弟二人のふたつの小袖・わた四十両をきて候が、 なつのかたびらのやうにかろく候ぞ・まして・わたう
06 すく・ただぬのものばかりのもの・をもひやらせ給へ、此の二のこそでなくば今年はこごへしに候なん。
07   其上兄弟と申し右近の尉の事と申し食もあいついて候、 人はなき時は四十人ある時は六十人、いかにせき候へ
08 どもこれにある人人のあにとて出来し舎弟とてさしいで・しきゐ候ぬれば・かかはやさに・いかにとも申しへず・心
09 にはしずかに、 あじちむすびて小法師と我が身計り御経よみまいらせんとこそ存じて候に、 かかるわづらはしき
10 事候はず、又としあけ候わば・いづくへもにげんと存じ候ぞ、かかる・わづらわしき事候はず又又申すべく候。
11   なによりもえもんの大夫志と・ とのとの御事ちちの御中と申し上のをぼへと申し面にあらずば申しつくしがた
12 し、恐恐謹言。
13       十一月廿九日                    日 蓮 花 押
14     兵衛志殿御返事
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孝子御書
01   御親父御逝去の由・風聞真にてや候らん、 貴辺と大夫志の御事は代末法に入つて生を辺土にうけ法華の大法を
02 御信用候へば悪鬼定めて国主と父母等の御身に入りかわり怨をなさん事 疑なかるべき・ところに、 案にたがふ事
03 なく親父より度度の御かんだうをかうほらせ給ひしかども 兄弟ともに浄蔵・浄眼の後身か 将た又薬王薬上の御計
04 らいかのゆへに・ついに事ゆへなく親父に御かんきを・ ゆりさせ給いて前に・たてまいらせし御孝養心に任せさせ
05 給いぬるはあに孝子にあらずや、定めて天よりも悦びをあたへ法華経十羅刹も御納受あるべし。
06   其の上貴辺の御事は心の内に感じをもう事候、此の法門・経のごとく・ひろまり候わば御悦び申すべし、穴賢穴
07 賢兄弟の御中 不和にわたらせ給ふべからず 不和にわたらせ給ふべからず、 大夫志殿の御文にくわしくかきて候
08 きこしめすべし、恐恐謹言。
09       弘安二年二月二十一日                日 蓮 花 押

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