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日蓮大聖人御書全集
1301~1400
1301 1302 1303 1304 1305 1306 1307 1308 1309 1310
1311 1312 1313 1314 1315 1316 1317 1318 1319 1320
1321 1322 1323 1324 1325 1326 1327 1328 1329 1330
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1341 1342 1343 1344 1345 1346 1347 1348 1349 1350
1351 1352 1353 1354 1355 1356 1357 1358 1359 1360
1361 1362 1363 1364 1365 1366 1367 1368 1369 1370
1371 1372 1373 1374 1375 1376 1377 1378 1379 1380
1381 1382 1383 1384 1385 1386 1387 1388 1389 1390
1391 1392 1393 1394 1395 1396 1397 1398 1399 1400

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01   春の始の御悦び 自他申し篭め候い畢んぬ、 抑去年の来臨は曇華の如し、 将又夢か幻か疑いまだ晴れず候処
02 に。
常楽我浄御書
01   出でさせ給いて諸大乗経をかんがへ出し十方の浄土を立て一切の諸法は常楽我浄と云云、 其の時・五天竺の十
02 六の大国・五百の中国・十千の小国・ 無量の粟散国の諸の小乗経の無量無辺の寺寺の衆僧・一同に蜂のごとく蜂起
03 し・蟻のごとく聚集し・雷のごとくなりわたり、 一時に聚集して頭をあわせて・なげいて云く仏在世にこそ五天の
04 外道は我等が本師・教主釈尊とわ・あらそいしが・仏は一人なり・外道は多勢なりしかども・外道はありのごとし・
05 仏は竜のごとく・師子王のごとくましませしかばこそせめかたせ給いぬ、 此れはそれには・にるべくもなし、馬鳴
06 は一人なれども・我等は多人なれども・代すへになれば・悪はつよく善はゆわし 、仏の在世の外道と仏法とは水火
07 なり。
帰伏正法御書
01   上一人下万民一同に帰伏する正法なり始めて勝劣を立てて 慈覚智証弘法そむかんとをほせある○べかりしとを
02 ぼすか強敵を仏法の中に あらそい出来すべきたね国のみだるべきせんてうなりいかなる聖人の 御ことばなりとも
03 用ゆべからず各各日蓮をいやしみて○真言宗と法華経宗と叡山東寺薗城なら。
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現世無間御書
01   或はくびをきり或はながさればととかれて 此の法門を涅槃経守護経等の法華経の流通の御経にときをかせ給い
02 て候は此の国をば 梵王帝釈に仏をほせつけてよりせめさせ給うべしと とかれて候されば此の国は法華経の大怨敵
03 なれば現世に無間地獄の大苦すこし心みさせ給うか 教主釈尊の日蓮がかたうどをしてつみしらせ給うにや よもさ
04 るならば天照太神正八幡等は 此の国のかたうどにはなり給はじ 日蓮房のかたきなりすずにてなをわかし候はんと
05 ぞはやり候らむいのらばいよいよあしかりなんあしかりなん、恐恐謹言。
06       二月十三日                               日蓮在御判
07     御返事
衣食御書
01   尼御前へ参る
02   鵞目一貫.給い畢んぬ、それじきはいろをまし・ちからをつけ・いのちをのぶ、ころもは.さむさをふせぎあつさ
03 をさえ・はぢをかくす、人にものをせする人は人のいろをまし・ちからをそえ・いのちをつぐなり。
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釈迦如来御書
01   釈迦如来は正しく法華経に「悪世末法の時能く是の経を持つ者」等云云、善導云く千中無一等云云、 いづれを
02 信ずべしや、 又云く日蓮がみる程の経論を善導・法然上人は御覧なかりけるかと申すか、 若しこの難のごとくな
03 らば・昔の人の謬をば後の人のいかに・あらわすべからざるか。
破信堕悪御書
01   かたきはををく.かたきは・つよく、かたうどは.こわくして・しまけ候へば.悪心ををこして.かへつて法華経の
02 信心をも・やぶり悪道にをち候なり、 あしきところをば・ついしさりてあるべし、釈迦仏は三十二相そなわつて身
03 は金色・面は満月のごとし、しかれども或は悪人はすみとみる・或は悪人ははいとみる・或は悪人はかたきとみる。
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阿仏房御書    或文永九年三月十三日    五十一歳御作   与阿仏房
01   御文委く披見いたし候い了んぬ、抑宝塔の御供養の物.銭一貫文・白米・しなじなをくり物たしかに.うけとり候
02 い了んぬ、此の趣御本尊・法華経にも・ねんごろに申し上げ候・御心やすくおぼしめし候へ。
03   一御文に云く多宝如来・涌現の宝塔・何事を表し給うやと云云、此の法門ゆゆしき大事なり宝塔を・ことわるに
04 天台大師文句の八に釈し給いし時・証前起後の二重の宝塔あり、 証前は迹門・起後は本門なり或は又閉塔は迹門・
05 開塔は本門・是れ即ち境智の二法なりしげきゆへに・これををく、所詮・三周の声聞・法華経に来て己心の宝塔を見
06 ると云う事なり、 今日蓮が弟子檀那又又かくのごとし、 末法に入つて法華経を持つ男女の・すがたより外には宝
07 塔なきなり、 若し然れば貴賎上下をえらばず南無妙法蓮華経と・ となうるものは我が身宝塔にして我が身又多宝
08 如来なり、妙法蓮華経より外に宝塔なきなり、法華経の題目・宝塔なり宝塔又南無妙法蓮華経なり。
09   今阿仏上人の一身は地水火風空の五大なり、 此の五大は題目の五字なり、然れば阿仏房さながら宝塔・宝塔さ
10 ながら阿仏房・此れより外の才覚無益なり、聞.信・戒・定・進・捨.慚の七宝を以てかざりたる宝塔なり、多宝如来
11 の宝塔を供養し給うかとおもへば・ さにては候はず我が身を供養し給う我が身又三身即一の本覚の如来なり、 か
12 く信じ給いて南無妙法蓮華経と唱え給へ、 ここさながら宝塔の住処なり、 経に云く「法華経を説くこと有らん処
13 は我が此の宝塔其の前に涌現す」とはこれなり、 あまりに・ありがたく候へば宝塔をかきあらはし・ まいらせ候
14 ぞ、子にあらずんば・ゆづる事なかれ信心強盛の者に非ずんば見する事なかれ、出世の本懐とはこれなり。
15   阿仏房しかしながら北国の導師とも申しつべし、 浄行菩薩うまれかわり給いてや・ 日蓮を御とふらい給うか
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01 不思議なり不思議なり、此の御志をば日蓮はしらず上行菩薩の御出現の力にまかせたてまつり候ぞ、 別の故はある
02 べからず・あるべからず、宝塔をば夫婦ひそかにをがませ給へ、委くは又又申すべく候、恐恐謹言。
03       文永九年壬申三月十三日      日蓮花押
04     阿仏房上人所へ
妙法曼陀羅供養事    文永十年    五十二歳御作   与千日尼
01   妙法蓮華経の御本尊供養候いぬ、 此の曼陀羅は文字は五字七字にて候へども三世の諸仏の御師一切の女人の成
02 仏の印文なり、 冥途にはともしびとなり死出の山にては良馬となり・天には日月の如し・地には須弥山の如し・生
03 死海の船なり成仏得道の導師なり。
04   此の大曼陀羅は仏滅後・二千二百二十余年の間・一閻浮提の内には未だひろまらせ給はず、病によりて薬あり軽
05 病には凡薬をほどこし 重病には仙薬をあたうべし、 仏滅後より今までは二千二百二十余年の間は人の煩悩と罪業
06 の病軽かりしかば・ 智者と申す医師たち・つづき出でさせ給いて病に随つて薬をあたえ給いき、所謂倶舎宗・成実
07 宗・律宗.法相宗・三論宗.真言宗・華厳宗.天台宗.浄土宗.禅宗等なり、彼の宗宗に一一に薬あり、所謂.華厳の六相
08 十玄・三論の八不中道.法相の唯識観・律宗の二百五十戒・浄土宗の弥陀の名号・禅宗の見性成仏.真言宗の五輪観・
09 天台宗の一念三千等なり。
10   今の世は既に末法にのぞみて諸宗の機にあらざる上、日本国一同に一闡提大謗法の者となる、 又物に譬うれば
11 父母を殺す罪・謀叛ををこせる科・出仏身血等の重罪等にも過ぎたり、 三千大千世界の一切衆生の人の眼をぬける
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01 罪よりも深く・十方世界の堂塔を焼きはらへるよりも超えたる大罪を・ 一人して作れる程の衆生・日本国に充満せ
02 り、されば天は日日に眼をいからして日本国をにらめ、 地神は忿りを作して時時に身をふるうなり、 然るに我が
03 朝の一切衆生は皆我が身に科なしと思ひ・必ず往生すべし・成仏をとげんと思へり、 赫赫たる日輪をも目無き者は
04 見ず知らず、譬えばたいこの如くなる地震をも・ねぶれる者の心には・おぼえず、 日本国の一切衆生も是くの如し
05 女人よりも男子の科はををく・ 男子よりも尼のとがは重し・尼よりも僧の科はををく・破戒の僧よりも持戒の法師
06 のとがは重し、持戒の僧よりも智者の科はをもかるべし、此等は癩病の中の白癩病・白癩病の中の大白癩病なり。
07   末代の一切衆生はいかなる大医いかなる良薬を以てか治す可きとかんがへ候へば・ 大日如来の智拳の印並びに
08 大日の真言・阿弥陀如来の四十八願・ 薬師如来の十二大願・衆病悉除の誓も此の薬には及ぶべからず、 つやつや
09 病・消滅せざる上・いよいよ倍増すべし、此等の末法の時のために教主釈尊・多宝如来・十方分身の諸仏を集めさせ
10 給うて一の仙薬をとどめ給へり・所謂妙法蓮華経の五の文字なり、此の文字をば法慧・功徳林・金剛薩タ・普賢・文
11 殊・薬王・観音等にもあつらへさせ給はず、 何に況や迦葉・舎利弗等をや、上行菩薩等と申して四人の大菩薩まし
12 ます、 此の菩薩は釈迦如来・五百塵点劫よりこのかた御弟子とならせ給いて一念も仏を・わすれず・まします大菩
13 薩を召し出して授けさせ給へり、 されば此の良薬を持たん女人等をば此の四人の大菩薩・前後左右に立そひて・此
14 の女人たたせ給へば此の大菩薩も立たせ給ふ乃至此の女人・ 道を行く時は此の菩薩も道を行き給ふ、譬へば・かげ
15 と身と水と魚と声とひびきと月と光との如し、 此の四大菩薩 南無妙法蓮華経と唱えたてまつる女人をはなるるな
16 らば・釈迦・多宝・十方分身の諸仏の御勘気を此の菩薩の身に蒙らせ給うべし、 提婆よりも罪深く瞿迦利よりも大
17 妄語のものたるべしと・をぼしめすべし、あら悦ばしや・あら悦ばしや、南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経。
18                                  日蓮花押
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阿仏房尼御前御返事   建治元年九月三日   五十四歳御作  与千日尼
01   御文に云く謗法の浅深軽重に於ては罪報如何なりや云云、夫れ法華経の意は一切衆生皆成仏道の御経なり、 然
02 りといへども信ずる者は 成仏をとぐ謗ずる者は無間大城に堕つ、 「若し人信ぜずして斯の経を毀謗せば即ち一切
03 世間の仏種を断ぜん、 乃至其の人命終して阿鼻獄に入らん」とは是なり、 謗法の者にも浅深・軽重の異あり、法
04 華経を持ち信ずれども誠に色心相応の信者・ 能持此経の行者はまれなり、 此等の人は介爾ばかりの謗法はあれど
05 も深重の罪を受くる事はなし、 信心はつよく謗法はよはき故なり、 大水を以て小火をけすが如し、涅槃経に云く
06 「若し善比丘法を壊る者を見て置いて呵責し駆遣し挙処せずんば当に知るべし、 是の人は仏法中の怨なり、 若し
07 能く駆遣し呵責し挙処せば 是れ我が弟子真の声聞なり」云云、 此の経文にせめられ奉りて日蓮は種種の大難に値
08 うといへども・仏法中怨のいましめを免れんために申すなり。
09   但し謗法に至つて浅深あるべし、 偽り愚かにしてせめざる時もあるべし、真言・天台宗等は法華誹謗の者いた
10 う呵責すべし、 然れども大智慧の者ならでは日蓮が弘通の法門分別しがたし、 然る間まづまづ・さしをく事ある
11 なり立正安国論の如し、 いふと・いはざるとの重罪免れ難し、 云つて罪のまぬがるべきを見ながら聞きながら置
12 いていましめざる事・ 眼耳の二徳忽に破れて大無慈悲なり、 章安の云く「慈無くして詐り親むは即ち是れ彼が怨
13 なり」等云云、重罪消滅しがたし弥利益の心尤も然る可きなり、 軽罪の者をば・せむる時もあるべし・又せめずし
14 てをくも候べし、 自然になをる辺あるべし・せめて自他の罪を脱れて・さてゆるすべし、 其の故は一向謗法にな
15 れば・まされる大重罪を受くるなり、彼が為に悪を除けば即ち是れ彼が親なりとは是なり。
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01   日蓮が弟子檀那の中にも多く此くの如き事共候、さだめて尼御前も・きこしめして候らん、一谷の入道の事・日
02 蓮が檀那と内には候へども外は念仏者にて候ぞ・ 後生は・いかんとすべき、 然れども法華経十巻渡して候いしな
03 り。
04   弥信心をはげみ給うべし、 仏法の道理を人に語らむ者をば男女僧尼必ずにくむべし、よしにくまばにくめ法華
05 経・釈迦仏・天台・妙楽・伝教・章安等の金言に身をまかすべし、如説修行の人とは是れなり、法華経に云く「恐畏
06 の世に於て能く須臾も説く」云云、 悪世末法の時・三毒強盛の悪人等・集りて候時・正法を暫時も信じ持ちたらん
07 者をば天人供養あるべしと云う経文なり。
08   此の度大願を立て後生を願はせ給へ・少しも謗法不信のとが候はば無間大城疑いなかるべし、 譬ば海上を船に
09 のるに船おろそかにあらざれども・あか入りぬれば必ず船中の人人一時に死するなり、 なはて堅固なれども蟻の穴
10 あれば必ず終に湛へたる水のたまらざるが如し、 謗法不信のあかをとり・信心のなはてを・かたむべきなり、浅き
11 罪ならば我よりゆるして功徳を得さすべし、 重きあやまちならば信心をはげまして消滅さすべし、 尼御前の御身
12 として謗法の罪の浅深軽重の義をとはせ給う事・まことに・ありがたき女人にておはすなり、 竜女にあにをとるべ
13 きや、 「我大乗の教を闡いて苦の衆生を度脱せん」とは是なり、「 其の義趣を問うは是れ則ち難しと為す」と云
14 つて法華経の義理を問う人は・かたしと説かれて候、 相構えて相構えて力あらん程は謗法をばせめさせ給うべし、
15 日蓮が義を助け給う事・不思議に覚え候ぞ不思議に覚え候ぞ、穴賢穴賢。
16       九月三日                        日蓮花押
17     阿仏房尼御前御返事
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千日尼御前御返事    弘安元年七月二十八日    五十七歳御作   与阿仏房尼
01   弘安元年太歳戊寅七月六日・佐渡の国より千日尼と申す人、 同じく日本国甲州・波木井郷の身延山と申す深山
02 へ同じき夫の阿仏房を使として送り給う御文に云く、 女人の罪障は・いかがと存じ候へども 御法門に法華経は女
03 人の成仏を・さきとするぞと候いしを万事は・たのみ・まいらせ候いて等云云。
04   夫れ法華経と申し候.御経は誰れ仏の説き給いて候ぞとをもひ候へば.此の日本国より西・漢土より又西・流沙・
05 葱嶺と申すよりは又はるか西・ 月氏と申す国に浄飯王と申しける大王の太子・十九の年・位をすてさせ給いて檀ど
06 く山と申す山に入り御出家・三十にして仏とならせ給い・ 身は金色と変じ神は三世をかがみさせ給う、 すぎにし
07 事・来るべき事・かがみにかけさせ給いておはせし仏の・五十余年が間・一代・一切の経経を説きおかせ給う、此の
08 一切の経経・仏の滅後一千年が間・月氏国に・やうやくひろまり候いしかども・いまだ漢土・日本国等へは来り候は
09 ず、仏滅度後・一千十五年と申せしに漢土へ仏法渡りはじめて候いしかども又いまだ法華経はわたり給はず。
10   仏法・漢土にわたりて二百余年に及んで月氏と漢土との中間に亀茲国と申す国あり、 彼の国の内に鳩摩羅えん
11 三蔵と申せし人の御弟子に鳩摩羅什と申せし人・彼の国より月氏に入り・ 須利耶蘇磨三蔵と申せし人に此の法華経
12 をさづかり給いき、 其の経を授けし時の御語に云く 此の法華経は東北の国に縁ふかしと云云、此の御語を持ちて
13 月氏より東方・漢土へはわたし給いしなり。
14   漢土には仏法わたりて二百余年・後秦王の御宇に渡りて候いき、日本国には人王第三十代・欽明天皇の御宇治十
15 三年・壬申十月十三日辛酉の日・此れより西・百済国と申す国より聖明皇・日本国に仏法をわたす、此れは漢土に仏
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01 法わたりて四百年・仏滅後一千四百余年なり、 其の中にも法華経はましまししかども人王第三十二代・用明天皇の
02 太子・聖徳太子と申せし人.漢土へ使を・つかわして法華経を・とりよせ.まいらせて日本国に弘通し給いき、それよ
03 り・このかた七百余年なり、仏滅度後すでに二千二百三十余年になり候上.月氏・漢土・日本の山山・河河・海海.里
04 里.遠くへだたり人人・心心・国国・各各・別別にして語かわり.しなことなれば、いかでか仏法の御心をば我等凡夫
05 は弁え候べき、 ただ経経の文字を引き合せてこそ知るべきに・ 一切経はやうやうに候へども法華経と申す御経は
06 八巻まします・流通に普賢経・序文の無量義経・各一巻已上・此の御経を開き見まいらせ候へば明かなる鏡をもつて
07 我が面を見るが・ごとし、 日出でて草木の色を弁えるににたり、 序品の無量義経を見みまいらせ候へば「四十余
08 年未だ真実を顕わさず」と申す経文あり、 法華経の第一の巻・方便品の始めに 「世尊の法は久しき後に要らず当
09 に真実を説きたもうべし」と申す経文あり、 第四の巻の宝塔品には「妙法華経・皆是真実」と申す明文あり、 第
10 七の巻には「舌相梵天に至る」と申す経文赫赫たり、 其の外は此の経より外のさきのちならべる経経をば 星に譬
11 へ・江河に譬へ.小王に譬へ・小山に譬へたり、法華経をば月に譬へ・日に譬へ.大海・大山・大王等に譬へ給へり、
12 此の語は私の言には有らず皆如来の金言なり・十方の諸仏の御評定の御言なり、一切の菩薩・二乗・梵天・帝釈・今
13 の天に懸りて明鏡のごとくにまします、 日月も見給いき聞き給いき其の日月の御語も此の経にのせられて候、 月
14 氏・漢土・日本国のふるき神たちも皆其の座につらなり給いし神神なり、天照太神・八幡大菩薩・熊野・すずか等の
15 日本国の神神もあらそひ給うべからず、 此の経文は一切経に勝れたり地走る者の王たり師子王のごとし・ 空飛ぶ
16 者の王たり鷲のごとし、 南無阿弥陀仏経等はきじのごとし兎のごとし・鷲につかまれては涙をながし・師子にせめ
17 られては腸わたをたつ、念仏者・律僧・禅僧・真言師等又かくのごとし、法華経の行者に値いぬれば・いろを失い魂
18 をけすなり。
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01 法わたりて四百年・仏滅後一千四百余年なり、 其の中にも法華経はましまししかども人王第三十二代・用明天皇の
02 太子・聖徳太子と申せし人.漢土へ使を・つかわして法華経を・とりよせ.まいらせて日本国に弘通し給いき、それよ
03 り・このかた七百余年なり、仏滅度後すでに二千二百三十余年になり候上.月氏・漢土・日本の山山・河河・海海.里
04 里.遠くへだたり人人・心心・国国・各各・別別にして語かわり.しなことなれば、いかでか仏法の御心をば我等凡夫
05 は弁え候べき、 ただ経経の文字を引き合せてこそ知るべきに・ 一切経はやうやうに候へども法華経と申す御経は
06 八巻まします・流通に普賢経・序文の無量義経・各一巻已上・此の御経を開き見まいらせ候へば明かなる鏡をもつて
07 我が面を見るが・ごとし、 日出でて草木の色を弁えるににたり、 序品の無量義経を見みまいらせ候へば「四十余
08 年未だ真実を顕わさず」と申す経文あり、 法華経の第一の巻・方便品の始めに 「世尊の法は久しき後に要らず当
09 に真実を説きたもうべし」と申す経文あり、 第四の巻の宝塔品には「妙法華経・皆是真実」と申す明文あり、 第
10 七の巻には「舌相梵天に至る」と申す経文赫赫たり、 其の外は此の経より外のさきのちならべる経経をば 星に譬
11 へ・江河に譬へ.小王に譬へ・小山に譬へたり、法華経をば月に譬へ・日に譬へ.大海・大山・大王等に譬へ給へり、
12 此の語は私の言には有らず皆如来の金言なり・十方の諸仏の御評定の御言なり、一切の菩薩・二乗・梵天・帝釈・今
13 の天に懸りて明鏡のごとくにまします、 日月も見給いき聞き給いき其の日月の御語も此の経にのせられて候、 月
14 氏・漢土・日本国のふるき神たちも皆其の座につらなり給いし神神なり、天照太神・八幡大菩薩・熊野・すずか等の
15 日本国の神神もあらそひ給うべからず、 此の経文は一切経に勝れたり地走る者の王たり師子王のごとし・ 空飛ぶ
16 者の王たり鷲のごとし、 南無阿弥陀仏経等はきじのごとし兎のごとし・鷲につかまれては涙をながし・師子にせめ
17 られては腸わたをたつ、念仏者・律僧・禅僧・真言師等又かくのごとし、法華経の行者に値いぬれば・いろを失い魂
18 をけすなり。
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01 計りこそ女人成仏・悲母の恩を報ずる実の報恩経にて候へと見候いしかば・ 悲母の恩を報ぜんために此の経の題目
02 を一切の女人に唱えさせんと願す、 其れに日本国の一切の女人は漢土の善導・日本の慧心・永観・法然等にすかさ
03 れて詮とすべきに・ 南無妙法蓮華経をば一国の一切の女人・一人も唱うることなし、 但南無阿弥陀仏と一日に一
04 返・十返・百千万億反.乃至三万・十万反・一生が間.昼夜十二時に又他事なし、道心堅固なる女人も又悪人なる女人
05 も弥陀念仏を本とせり、 わづかに法華経をこととするやうなる女人も月まつまでのてずさび・ をもわしき男のひ
06 まに心ならず心ざしなき男にあうがごとし。
07   されば日本国の一切の女人・法華経の御心に叶うは一人もなし、 我が悲母に詮とすべき法華経をば唱えずして
08 弥陀に心をかけば・法華経は本ならねば・たすけ給うべからず、 弥陀念仏は女人たすくるの法にあらず必ず地獄に
09 堕ち給うべし、 いかんがせんと・なげきし程に我が悲母をたすけんがために・弥陀念仏は無間地獄の業なり・五逆
10 には・ あらざれども五逆にすぎたり、 父母を殺す人は其の肉身をば・やぶれども父母を後生に無間地獄には入れ
11 ず、 今日本国の女人は必ず法華経にて仏になるべきを・たぼらかして一向に南無阿弥陀仏になしぬ、 悪ならざれ
12 ばすかされぬ、 仏になる種ならざれば仏にはならず・弥陀念仏の小善をもつて法華経の大善を失う・小善の念仏は
13 大悪の五逆にすぎたり、 譬へば承平の将門は関東八箇国をうたへ・天喜の貞任は奥州をうちとどめし・民を王へ通
14 せざりしかば朝敵となりてついにほろぼされぬ、此等は五逆にすぎたる謀反なり。
15   今日本国の仏法も又かくのごとし色かわれる謀反なり、法華経は大王.大日経・観無量寿経・真言宗・浄土宗.禅
16 宗・ 律僧等は彼れ彼れの小経によて法華経の大怨敵となりぬるを・日本の一切の女人等は我が心のをろかなるをば
17 知らずして我をたすくる日蓮を・かたきと・をもひて大怨敵たる念仏者・禅・律・真言師等を善知識とあやまてり、
18 たすけんとする日蓮かへりて大怨敵と・をもわるるゆへに・ 女人こぞりて国主に讒言して伊豆の国へながせし上・
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01 又佐渡の国へながされぬ。
02   ここに日蓮願つて云く日蓮は全くアヤマリなし.設い僻事なりとも日本国の一切の女人を扶けんと願せる志は.す
03 てがたかるべし、何に況や法華経のままに申す、而るを一切の女人等・信ぜずば・さでこそ有るべきに・かへりて日
04 蓮をうたする、日蓮が僻事か釈迦.多宝・十方の諸仏・菩薩・二乗・梵・釈.四天等いかに計らい給うぞ、日蓮僻事な
05 らば其の義を示し給へ、 ことには日月天は眼前の境界なり、 又仏前にしてきかせ給える上・法華経の行者をあだ
06 まんものをば「頭破れて七分と作らん」等と誓わせ給いて候へば・ いかんが候べきと・日蓮強盛にせめまいらせ候
07 ゆへに天此の国を罰すゆへに此の疫病出現せり、 他国より此の国を天をほせつけて責めらるべきに・ 両方の人あ
08 また死ぬべきに・天の御計らいとして・ まづ民を滅ぼして人の手足を切るがごとくして大事の合戦なくして・此の
09 国の王臣等をせめかたぶけて法華経の御敵を滅ぼして正法を弘通せんとなり。
10   而るに日蓮・佐渡の国へ流されたりしかば彼の国の守護等は国主の御計らいに随いて日蓮をあだむ・万民は其の
11 命に随う、念仏者.禅・律・真言師等は鎌倉よりも・いかにもして此れへ.わたらぬやう計ると申しつかわし・極楽寺
12 の良観房等は武蔵の前司殿の私の御教書を申して弟子に持たせて日蓮を・ あだみなんと・せしかば・いかにも命た
13 すかるべきやうは.なかりしに・天の御計らいは・さてをきぬ、地頭・地頭・念仏者.念仏者等・日蓮が庵室に昼夜に
14 立ちそいてかよう人もあるを・まどわさんと・せめしに・阿仏房にひつを・しおわせ夜中に度度・御わたりありし事
15 いつの世にか・わすらむ、只悲母の佐渡の国に生れかわりて有るか。
16   漢土に沛公と申せし人・ 王の相有りとて秦の始皇の勅宣を下して云く沛公打ちて・まいらせん者には不次の賞
17 を行うべし、沛公は里の中には隠れがたくして山に入りて七日・二七日なんど有るなり、其の時命すでに・をわりぬ
18 べかりしに沛公の妻女呂公と申せし人こそ 山中を尋ねて時時命をたすけしが彼は妻なればなさけすてがたし、 此
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01 れは後世ををぼせずば・なにしにか・かくは・おはすべき、又其の故に或は所ををい或はくわれうをひき或は宅を・
02 とられなんどせしに・ついに・とをらせ給いぬ、 法華経には過去に十万億の仏を供養せる人こそ今生には退せぬと
03 わ・みへて候へ、されば十万億供養の女人なり、其の上.人は見る眼の前には心ざし有りとも.さしはなれぬれば・心
04 はわすれずとも・ さでこそ候に去ぬる文永十一年より今年弘安元年まではすでに五箇年が間・此の山中に候に佐渡
05 の国より三度まで夫をつかはす、 いくらほどの御心ざしぞ 大地よりもあつく大海よりもふかき御心ざしぞかし、
06 釈迦如来は我が薩タ王子たりし時うへたる虎に身をかいし功徳・ 尸毘王とありし時・鳩のために身をかへし功徳を
07 ば我が末の代かくのごとく法華経を信ぜん人に・ゆづらむとこそ多宝・十方の仏の御前にては申させ給いしか。
08   其の上御消息に云く尼が父の十三年は来る八月十一日又云くぜに一貫もん等云云、 あまりの御心ざしの切に候
09 へば・ありえて御はしますに随いて法華経十巻をくりまいらせ候、 日蓮がこいしく・をはせん時は学乗房によませ
10 て御ちやうもんあるべし、 此の御経を・しるしとして後生には御たづねあるべし、抑去年今年のありさまは・いか
11 にか・ならせ給いぬらむと・ をぼつかなさに法華経にねんごろに申し候いつれども・いまだいぶかしく候いつるに
12 七月二十七日の申の時に阿仏房を見つけて・尼ごぜんは・いかに・こう入道殿はいかにと・まづといて候いつれば・
13 いまだやまず、こう入道殿は同道にて候いつるが・わせは・すでに・ちかづきぬ・こわなし・いかんがせんとて・か
14 へられ候いつると・かたり候いし時こそ盲目の者の眼のあきたる・ 死し給える父母の閻魔宮より御をとづれの・夢
15 の内に有るをゆめにて悦ぶがごとし、 あわれあわれふしぎなる事かな、 此れもかまくらも此の方の者は此の病に
16 て死ぬる人は・すくなく候、同じ船にて候へば・いづれもたすかるべしとも・をぼへず候いつるに・ふねやぶれて・
17 たすけぶねに値えるか、又竜神のたすけにて事なく岸へつけるかと・こそ不思議がり候へ。
18   さわの入道の事なげくよし尼ごぜんへ申しつたへさせ給え、 ただし入道の事は申し切り候いしかば・をもい合
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01 せ給うらむ、 いかに念仏堂ありとも阿弥陀仏は法華経のかたきをば・たすけ給うべからず、 かえりて阿弥陀仏の
02 御かたきなり後生悪道に堕ちてくいられ候らむ事あさまし。
03   ただし入道の堂のらうにていのちをたびたびたすけられたりし事こそ・いかに・すべしとも・をぼへ候はね、学
04 乗房をもつてはかにつねづね法華経を・よませ給えと・かたらせ給え、 それも叶うべしとはをぼえず、さても尼の
05 いかに・たよりなかるらむと・なげくと申しつたへさせ給い候へ、又又申すべし。
06       七月二十八日日 蓮 花 押
07     佐渡国府阿仏房尼御前
千日尼御前御返事    弘安元年十月十九日    五十七歳御作   与阿仏房尼
01   青鳧一貫文・干飯一斗・種種の物給い候い了んぬ、仏に土の餅を供養せし徳勝童子は阿育大王と生れたり、仏に
02 漿を・まひらせし老女は辟支仏と生れたり、 法華経は十方三世の諸仏の御師なり、十方の仏と申すは東方善徳仏・
03 東南方無憂徳仏.南方栴檀徳仏・西南方宝施仏・西方無量明仏・西北方華徳仏・北方相徳仏.東北方三乗行仏・上方広
04 衆徳仏.下方明徳仏なり、三世の仏と申すは過去・荘厳劫の千仏・現在・賢劫の千仏.未来・星宿劫の千仏・乃至華厳
05 経・法華経.涅槃経等の大小・権実・顕密の諸経に列り給へる一切の諸仏.尽十方世界の微塵数の菩薩等も・皆悉く法
06 華経の妙の一字より出生し給へり、 故に法華経の結経たる普賢経に云く 「仏三種の身は方等より生ず」等云云、
07 方等とは月氏の語・漢土には大乗と翻ず・大乗と申すは法華経の名なり、 阿含経は外道の経に対すれば大乗経、華
08 厳・般若・大日経等は阿含経に対すれば大乗経、 法華経に対すれば小乗経なり、法華経に勝れたる経なき故に一大
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01 乗経なり、 例せば南閻浮提・ 八万四千の国国の王王は其の国国にては大王と云う・転輪聖王に対すれば小王と申
02 す、 乃至六欲・四禅の王王は大小に渡る、色界の頂の大梵天王独り 大王にして小の文字をつくる事なきが如し、
03 仏は子なり法華経は父母なり、 譬えば一人の父母に千子有りて一人の父母を讃歎すれば千子悦びをなす、 一人の
04 父母を供養すれば千子を供養するになりぬ。
05   又法華経を供養する人は十方の仏菩薩を供養する功徳と同じきなり、 十方の諸仏は妙の一字より生じ給へる故
06 なり、譬えば一の師子に百子あり・ 彼の百子・諸の禽獣に犯さるるに・一の師子王吼れば百子力を得て諸の禽獣皆
07 頭七分にわる、法華経は師子王の如し一切の獣の頂きとす、 法華経の師子王を持つ女人は一切の地獄・餓鬼・畜生
08 等の百獣に恐るる事なし、 譬えば女人の一生の間の御罪は諸の乾草の如し法華経の妙の一字は小火の如し、 小火
09 を衆草につきぬれば 衆草焼け亡ぶるのみならず大木大石皆焼け失せぬ、 妙の一字の智火以て此くの如し諸罪消ゆ
10 るのみならず衆罪かへりて功徳となる 毒薬変じて甘露となる是なり、 譬えば黒漆に白物を入れぬれば 白色とな
11 る、 女人の御罪は漆の如し南無妙法蓮華経の文字は白物の如し 人は臨終の時地獄に堕つる者は黒色となる上其の
12 身重き事千引の石の如し 善人は設ひ七尺八尺の女人なれども色黒き者なれども 臨終に色変じて白色となる又軽き
13 事鵞毛の如しヤワラカなる事兜羅緜の如し。
14   佐渡の国より此の国までは山海を隔てて千里に及び候に女人の御身として 法華経を志しましますによりて年年
15 に夫を御使として御訪いあり 定めて法華経釈迦多宝十方の諸仏・ 其の御心をしろしめすらん、譬えば天月は四万
16 由旬なれども 大地の池には須臾に影浮び雷門の鼓は千万里遠けれども 打ちては須臾に聞ゆ、御身は佐渡の国にを
17 はせども心は此の国に来れり、 仏に成る道も此くの如し、我等は穢土に候へども心は霊山に住べし、 御面を見て
18 はなにかせん心こそ大切に候へ、 いつかいつか釈迦仏のをはします霊山会上にまひりあひ候はん、 南無妙法蓮華
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01 経・南無妙法蓮華経、恐恐謹言。
02       弘安元年後十月十九日                日 蓮 花 押
03     千日尼御前御返事
阿仏房御返事
01   御状の旨.委細承り候い了んぬ、大覚世尊説いて曰く「生老病死.生住異滅」等云云、既に生を受けて齢六旬に及
02 ぶ老又疑い無し只残る所は病死の二句なるのみ、 然るに正月より今月六月一日に至り 連連此の病息むこと無し死
03 ぬる事疑い無き者か、 経に云く「生滅滅已・寂滅為楽」云云、 今は毒身を棄てて後に金身を受ければ豈歎くべけ
04 んや。
05       建治三年丁丑六月三日                日 蓮 花 押
06     阿仏房
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千日尼御返事    弘安三年七月二日    五十九歳御作   与阿仏房尼
01 追伸、絹の染袈裟一つまいらせ候、豊後房に申し候べし・既に法門・日本国にひろまりて候、 北陸道をば豊後房な
02   びくべきに学生ならでは叶うべからず・ 九月十五日已前に・いそぎいそぎまいるべし、こう入道殿の尼ごぜん
03   の事なげき入つて候、 又こいしこいしと申しつたへさせ給へ、 かずの聖教をば日記のごとくたんば房にいそ
04   ぎいそぎつかわすべし、 山伏房をばこれより申すにしたがいてこれへは・わたすべし、 山伏の現にあだまれ
05   候事悦び入つて候。
06   鵞目一貫五百文のりわかめほしいしなじなの物給び候い了んぬ、法華経の御宝前に申し上げて候、 法華経に云
07 く「若し法を聞く者有らば 一として成仏せざること無し」云云、 文字は十字にて候へども法華経を一句よみまい
08 らせ候へば・ 釈迦如来の一代聖教をのこりなく読むにて候なるぞ、 故に妙楽大師の云く「若し法華を弘むるは凡
09 そ一義を消するも皆一代を混じて 其の始末を窮めよ」等云云、 始と申すは華厳経・末と申すは涅槃経華厳経と申
10 すは仏・最初成道の時・法慧・功徳林等の大菩薩・解脱月菩薩と申す菩薩の請に趣いて仏前にてとかれて候、其の経
11 は天竺・竜宮城・兜率天等は知らず日本国にわたりて候は六十巻・八十巻・四十巻候、末と申すは大涅槃経・此れも
12 月氏・竜宮等は知らず我が朝には四十巻.三十六巻・六巻・二巻等なり、此れより外の阿含経.方等経・般若経等は五
13 千・七千余巻なり、此れ等の経経は見ず・ きかず候へども但法華経の一字・一句よみ候へば彼れ彼れの経経を一字
14 も.をとさず・よむにて候なるぞ、譬へば月氏日本と申すは二字・二字に五天竺.十六の大国・五百の中国・十千の小
15 国.無量の粟散国の大地.大山・草木・人畜等をさまれるがごとし、譬へば鏡はわづかに一寸,二寸・三寸・四寸.五寸
16 と候へども・一尺五尺の人をもうかべ・一丈・二丈・十丈・百丈の大山をもうつすがごとし。
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01   されば此の経文をよみて見候へば此の経をきく人は一人もかけず仏になると申す文なり、 九界・六道の一切衆
02 生・各各・心心かわれり、譬へば二人・三人・乃至百千人候へども一尺の面の内しちににたる人一人もなし、心のに
03 ざるゆへに面もにず、まして二人・十人・六道・九界の衆生の心いかんが・かわりて候らむ、されば花をあいし・月
04 をあいし・すきをこのみ・にがきをこのみ・ちいさきをあいし・大なるをあいし・いろいろなり、善をこのみ悪をこ
05 のみ・しなじななり、かくのごとく・いろいろに候へども・ 法華経に入りぬれば唯一人の身一人の心なり、譬へば
06 衆河の大海に入りて同一鹹味なるがごとく・ 衆鳥の須弥山に近ずきて一色なるがごとし、 提婆が三逆も羅ゴ羅が
07 二百五十戒も同じく仏になりぬ、 妙荘厳王の邪見も舎利弗が正見も同じく授記をかをほれり、 此れ即ち無一不成
08 仏のゆへぞかし、四十余年の内の阿弥陀経等には舎利弗が七日の百万反・ 大善根を・とかれしかども未顕真実とき
09 らわれしかば・ 七日ゆをわかして大海になげたるがごとし、 ゐ提希が観経をよみて無生忍を得しかども正直捨方
10 便とすてられしかば・法華経を信ぜずば返つて本の女人なり、 大善を用うる事なし・法華経に値わざればなにかせ
11 ん、大悪をも歎く事無かれ・ 一乗を修行せば提婆が跡をもつぎなん、 此等は皆無一不成仏の経文のむなしからざ
12 るゆへぞかし。
13   されば故阿仏房の聖霊は今いづくにか・ をはすらんと人は疑うとも法華経の明鏡をもつて其の影をうかべて候
14 へば霊鷲山の山の中に多宝仏の宝塔の内に東むきにをはすと 日蓮は見まいらせて候、 若し此の事そらごとにて候
15 わば日蓮が・ひがめにては候はず、釈迦如来の世尊法久後・要当説真実の御舌も・多宝仏の妙法華経・皆是真実の舌
16 相も四百万億那由佗の国土にあさのごとく・いねのごとく・星のごとく・竹のごとく・ぞくぞくと・すきまもなく列
17 なつてをはしましし諸仏如来の一仏も・かけ給はず、 広長舌を大梵王宮に指し付けて・をはせし御舌どものくぢら
18 の死にてくされたるがごとく・いわしのよりあつまりて・ くされたるがごとく・皆一時にくちくされて十方世界の
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01 諸仏・如来・大妄語の罪にをとされて・寂光の浄土の金るり大地はたと・われて提婆がごとく・無間大城にかつぱと
02 入り・法蓮香比丘尼がごとく身より大妄語の猛火ぱと・いでて・実報華王の花のその・一時に灰燼の地となるべし、
03 いかでか・さる事は候べき、 故阿仏房一人を寂光の浄土に入れ給はずば諸仏は大苦に堕ち給うべし、ただ・をいて
04 物を見よ・ただをいて物を見よ、 仏のまことそら事は此れにて見奉るべし、 さてはをとこははしらのごとし女は
05 なかわのごとし、をとこは足のごとし・女人は身のごとし、 をとこは羽のごとし・女はみのごとし、羽とみと・べ
06 ちべちに・なりなば・なにを・もつてか・とぶべき、はしらたうれなばなかは地に堕ちなん、いへにをとこなければ
07 人のたましゐなきがごとし、くうじを・たれにか・いゐあわせん、よき物をば・たれにか・やしなうべき、一日二日
08 たがいしを・だにも・をぼつかなく・をもいしに、こぞの三月の二十一日に・わかれにしが・こぞもまちくらせどま
09 みゆる事なし、今年もすでに七つきになりぬ、 たとい・われこそ来らずとも・いかにをとづれはなかるらん、ちり
10 し花も又さきぬ・おちし菓も又なりぬ、春の風も.かわらず・秋のけしきも.こぞのごとし、いかに・この一事のみ・
11 かわりゆきて本のごとく・なかるらむ、 月は入りて又いでぬ・雲はきへて又来る、この人人の出でてかへらぬ事こ
12 そ天も・うらめしく地もなげかしく候へ、さこそをぼすらめ・いそぎ・いそぎ法華経をらうれうと・たのみまいらせ
13 給いて、りやうぜん浄土へ・まいらせ給いて・みまいらせさせ給うべし。
14   抑子はかたきと申す経文もあり「世人子の為に衆の罪を造る」の文なり、 鵰・鷲と申すとりは・ をやは慈悲
15 をもつて養へば子は・かへりて食とす・梟鳥と申すとりは生れては必ず母をくらう、畜生かくのごとし、 人の中に
16 も・はるり王は心もゆかぬ父の位を奪い取る、 阿闍世王は父を殺せり、安禄山は養母をころし・安慶緒と申す人は
17 父の安禄山を殺す・ 安慶緒は又史師明に殺されぬ・ 史師明は史朝義と申す子に又ころされぬ、此れは敵と申すも
18 ことわりなり、善星比丘と申すは教主釈尊の御子なり、 苦得外道をかたらいて度度父の仏を殺し奉らんとす、 又
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01 子は財と申す経文も・はんべり・ 所以に経文に云く「其の男女追つて福を修すれば大光明有つて地獄を照し其の父
02 母に信心を顕さしむ」等と申す、設い仏説ならずとも眼の前に見えて候。
03   天竺に安足国王と申せし大王は.あまりに馬をこのみて・かいしほどに・後には.かいなれて鈍馬を竜馬となすの
04 みならず・牛を馬ともなす・結句は人を馬と・なしてのり給いき、其の国の人あまりに・なげきしかば知らぬ国の人
05 を馬となす、他国の商人の・ゆきたりしかば薬をかいて・馬となして御まやうにつなぎ・つけぬ、なにと・なけれど
06 も・我が国はこいしき上・妻子ことにこいしく・しのびがたかりしかども・ゆるす事なかりしかば・かへる事なし、
07 又かへり・たりとも・このすがたにては由なかるべし、ただ朝夕には・なげきのみにして・ありし程に・一人ありし
08 子・父のまちどきすぎしかば・人にや殺されたるらむ又病にや沈むらむ・子の身として・いかでか父をたづねざるべ
09 きと・いでたちければ.母なげくらく男も他国より・かへらず・一人の子も.すてて・ゆきなば我いかんがせんと・な
10 げきしかども・子ちちのあまりに・ こいしかりしかば安足国へ尋ねゆきぬ、ある小屋に・やどりて候しかば家の主
11 申すやう・あらふびんやわどのは・をさなき物なり而もみめかたち人にすぐれたり、 我に一人の子ありしが他国に
12 ゆきてしにやしけん・又いかにてやあるらむ、 我が子の事ををもへば・わどのをみてめも・あてられず、いかにと
13 申せば此の国は大なるなげき有り、 此の国の大王あまり馬をこのませ給いて不思議の草を用い給へり、 一葉せば
14 き草をくわすれば人・馬となる、 葉の広き草をくわすれば馬・人となる、近くも他国の商人の有りしを・この草を
15 くわせて馬となして第一の御まやに秘蔵して・つながれたりと申す、 此の男これをきいて・さては我が父は馬と成
16 りて・けりとをもひて・返つて問う其の馬は毛は・いかにと・といければ・家の主答えて云く栗毛なる馬の肩白く・
17 ぶちたりと申す、 此の物此の事を・ききて・とかうはからいて王宮に近づき葉の広き草をぬすみとりて・我が父の
18 馬になりたりしに食せしかば本のごとく人となりぬ、 其の国の大王・不思議なる・おもひをなして孝養の者なりと
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01 て父を子に・あづけ給へり、其れよりついに人を馬となす事は・とどめられぬ。
02   子ならずば・いかでか尋ねゆくべき、目連尊者は母の餓鬼の苦をすくひ浄蔵浄眼は父の邪見をひるがいす、 此
03 れよき子の親の財となるゆへぞかし、 而るに故阿仏聖霊は日本国・ 北海の島のいびすのみなりしかども後生をを
04 それて出家して後生を願いしが・ 此の人日蓮に値いて法華経を持ち去年の春仏になりぬ、 尸陀山の野干は仏法に
05 値いて生をいとひ死を願いて帝釈と生れたり、 阿仏上人は濁世の身を厭いて仏になり給いぬ、 其の子藤九郎守綱
06 は此の跡をつぎて一向法華経の行者となりて・ 去年は七月二日・父の舎利を頚に懸け、一千里の山海を経て甲州・
07 波木井身延山に登りて法華経の道場に此れをおさめ、 今年は又七月一日身延山に登りて慈父のはかを拝見す、 子
08 にすぎたる財なし・子にすぎたる財なし南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経。
09       七月二日                                  日蓮花押
10     故阿仏房尼御前御返事
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国府入道殿御返事    文永十二年    五十四歳御作
01   あまのりのかみぶくろ二つ・わかめ十でう・こものかみぶくろ一つ・たこひとかしら。
02   人の御心は定めなきものなればうつる心さだめなし、 さどの国に候いし時・御信用ありしだにもふしぎにをぼ
03 へ候いしに、 これまで入道殿をつかわされし御心ざし・又国も・へだたり年月もかさなり候へば・たゆむ御心もや
04 とうたがい候に・いよいよ・いろをあらわしこうをつませ給う事・但一生二生の事にはあらざるか、 此の法華経は
05 信じがたければ 仏人の子となり父母となり女となりなんどしてこそ信ぜさせ給うなれ、 しかるに御子もをはせず
06 但をやばかりなり、 其中衆生悉是吾子の経文のごとくならば教主釈尊は入道殿尼御前の慈父ぞかし、 日蓮は又御
07 子にてあるべかりけるが、 しばらく日本国の人をたすけんと中国に候か、 宿善たうとく候、又蒙古国の日本にみ
08 だれ入る時は・これへ御わたりあるべし、 又子息なき人なれば御としのすへには・これへと・をぼしめすべし、い
09 づくも定めなし、仏になる事こそつゐのすみかにては候いしと・をもひ切らせ給うべし、恐恐。
10       卯月十二日 日蓮花押
11     こう入道殿御返事
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国府尼御前御書    建治元年    五十四歳御作
01   阿仏御房の尼ごぜんよりぜに三百文、同心なれば此の文を二人して人によませて・きこしめせ。
02   単衣一領・佐渡の国より甲斐の国・ 波木井の郷の内の深山まで送り給候い了んぬ、 法華経第四法師品に云く
03 「人有つて仏道を求めて一劫の中に於て 合掌して我が前に在つて無数の偈を以て讃めん、 是の讃仏に由るが故に
04 無量の功徳を得ん、 持経者を歎美せんは其の福復た彼に過ぎん」等云云、 文の心は釈尊ほどの仏を三業相応して
05 一中劫が間・ねんごろに供養し奉るよりも・末代悪世の世に法華経の行者を供養せん功徳は・すぐれたりと・とかれ
06 て候、まことしからぬ事にては候へども・仏の金言にて候へば疑うべきにあらず、 其の上妙楽大師と申す人・此の
07 経文を重ねて・ やわらげて云く「若し毀謗せん者は頭七分に破れ若し供養せん者は福十号に過ぎん」等云云、 釈
08 の心は末代の法華経の行者を供養するは 十号を具足しまします如来を供養したてまつるにも 其の功徳すぎたり、
09 又濁世に法華経の行者あらんを留難をなさん人は頭七分にわるべしと云云。
10   夫れ日蓮は日本第一のゑせものなり、 其の故は天神七代は・さておきぬ、地神五代も又はかりがたし、人王始
11 まりて神武より今に至るまで九十代・ 欽明天王より七百余年が間・世間につけ仏法によりても日蓮ほど・あまねく
12 人にあだまれたるものは候はじ、 守屋が寺塔をやき清盛入道が東大寺興福寺を失せし・ 彼等が一類は彼がにくま
13 ず、将門貞たうが朝敵と成りし・伝教大師の七寺にあだまれし・彼等もいまだ日本一州の比丘・比丘尼・優婆塞・優
14 婆夷の四衆には.にくまれず、日蓮は父母・兄弟・師匠・同法・上一人.下万民・一人ももれず・父母のかたきのごと
15 く・謀反強盗にも・すぐれて人ごとに・あだをなすなり、されば或時は数百人にのられ・或時は数千人に取りこめら
16 れて刀杖の大難にあう、所を・をはれ国を出さる・結句は国主より御勘気二度・一度は伊豆の国・今度は佐渡の嶋な
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01   り、されば身命をつぐべきかつてもなし・形体を隠すべき藤の衣ももたず、北海の嶋に・はなたれしかば彼の国
02 の道俗は相州の男女よりも・あだをなしき、 野中に捨てられて雪にはだへをまじえ・くさをつみて命をささえたり
03 き、 彼の蘇夫が胡国に十九年・雪を食うて世をわたりし、 李呂が北海に六ケ年がんくつにせめられし・我は身に
04 て・しられぬ、これは・ひとえに我が身には失なし日本国を・たすけんと・をもひしゆへなり。
05   しかるに尼ごぜん並びに入道殿は彼の国に有る時は人めを・をそれて夜中に食ををくり、 或る時は国のせめを
06 も・はばからず身にも・かわらんと・せし人人なり、さればつらかりし国なれどもそりたるかみをうしろへひかれ・
07 すすむあしもかへりしぞかし、いかなる過去のえんにてや・ありけんと・おぼつかなかりしに・又いつしか・これま
08 で・さしも大事なるわが夫を御つかいにて・つかはされて候 、ゆめかまぼろしか尼ごぜんの御すがたをば・みまい
09 らせ候はねども心をば・これに・とどめをぼへ候へ、日蓮をこいしく・をはしせば常に出ずる日ゆうべに・いづる月
10 ををがませ給え、 いつとなく日月にかげをうかぶる身なり、又後生には霊山浄土に・まいりあひ・まひらせん、南
11 無妙法蓮華経。
12       六月十六日                                日蓮花押
13     さどの国のこうの尼御前
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一谷入道御書    建治元年五月八日    五十四歳御作   与一谷入道日学女房
01   去る弘長元年太歳辛酉五月十二日に御勘気を蒙つて.伊豆の国.伊東の郷と云う処に流罪せられたりき、兵衛の介
02 頼朝のながされてありし処なり、さありしかども程無く同三年太歳癸亥二月二十二日に召し返されぬ、 又文永八年
03 太歳辛未九月十二日重ねて御勘気を蒙りしが・忽に頚を刎らるべきにて.ありけるが・子細ありけるかの故に.しばら
04 くのびて北国佐渡の嶋を知行する武蔵の前司預りて・其の内の者どもの沙汰として彼の嶋に行き付いてありしが・彼
05 の島の者ども因果の理をも弁へぬ・あらゑびすなれば・あらくあたりし事は申す計りなし、 然れども一分も恨むる
06 心なし、其の故は日本国の主として少しも道理を知りぬべき 相模殿だにも国をたすけんと云う者を 子細も聞ほど
07 かず理不尽に死罪にあてがう事なれば・況や其の末の者どもの事はよきも・たのまれず・あしきも・にくからず。
08   此の法門を申し始めしより命をば法華経に奉り名をば十方世界の諸仏の浄土にながすべしと思い 儲けしなり、
09 弘演と云いし者は 主衛の懿公の肝を取りて我が腹を割いて納めて死にき、 予譲と云いし者は主の知伯が恥をすす
10 がんが・ために劒を呑んで死せしぞかし、是は但わづかの世間の恩を報ぜんが・ためぞかし。
11   況や無量劫より已来六道に流転して仏にならざりし事は法華経の御ために身を惜み命を捨てざる故ぞかし、 さ
12 れば喜見菩薩と申せし菩薩は千二百歳の間・身を焼いて日月浄明徳仏を供養し、 七万二千歳の間・臂を焼いて法華
12 経を供養し奉る其の人は薬王菩薩ぞかし、 不軽菩薩は法華経の御ために多劫の間・罵詈毀辱・杖木瓦石にせめられ
13 き、今の釈迦仏にあらずや、 されば仏になる道は時により品品に替つて行ずべきにや、 今の世には法華経は・さ
14 る事にて・おはすれども時によりて事ことなるなれば・山林に交わりて読誦すとも将又・里に住して演説すとも・持
15 戒にして行ずとも臂を焼いて供養すとも仏には・ なるべからず、 日本国は仏法盛なるやうなれども仏法について
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01 不思議あり・人是を知らず、譬えば虫の火に入り鳥の蛇の口に入るが如し真言師・華厳宗・法相・三論・禅宗・浄土
02 宗・律宗等の人人は我も法を得たり我も生死を離れたる人とは思へども・ 立始めし本師等・依経の心をも弁えず、
03 但我が心の思い付いて有りしままに 其の経を取り立てんと思へる墓無き心計りにて・ 法華経に背けば又仏意にも
04 叶わざる事をば知らずして弘め行く程に・国主・万民是を信じぬ又他国へ渡り又年久しく成りぬ、 末学の者共・本
05 師の誤をば知らずして 弘め習ひし人人をも 智者とは思へり、 源濁りぬれば流浄からず 身曲りぬれば影直から
06 ず、 真言の元祖・善無畏等は既に地獄に堕ちぬべかりしが・或は改悔して地獄を免れたる者もあり、 或は唯依経
07 を弘めて法華経の讃歎をも・せざれば・生死は離れねども悪道に堕ちざる人もあり、 而るを末末の者・此の事を知
08 らずして諸人一同に信をなしぬ、譬えば破たる船に乗つて大海に浮び酒に酔る者の火の中に臥せるが如し。
09   日蓮是を見し故に忽に菩提心を発して此の事を申し始めしなり、 世間の人人何に申すとも信ずる事はあるべか
10 らず、 還つて流罪・死罪せらるべしとは兼て知つてありしかども・今の日本国は法華経に背き釈迦仏を捨つる故に
11 後生は必ず無間大城に堕ちん事はさてをきぬ・ 今生にも必ず大難に値うべし、 所謂他国より責め来つて上一人よ
12 り下万民に至るまで一同の歎きあるべし、 譬えば千人の兄弟が 一人の親を殺したらんに 此の罪を千に分ては受
13 くべからず、 一一に皆無間大城に堕ちて同じく一劫を経べし、此の国も又又是くの如し、 娑婆世界は五百塵点劫
14 より已来・教主釈尊の御所領なり、大地.虚空・山海・草木.一分も他仏の有ならず、又一切衆生は釈尊の御子なり、
15 譬えば成劫の始め一人の梵王下つて六道の衆生をば生て候ぞかし、 梵王の一切衆生の親たるが如く・ 釈迦仏も又
16 一切衆生の親なり、 又此の国の一切衆生のためには 教主釈尊は明師にて・ おはするぞかし、父母を知るも師の
17 恩なり黒白を弁うも釈尊の恩なり、 而るを天魔の身に入つて候・善導・法然なんどが申すに付いて・国土に阿弥陀
18 堂を造り.或は一郡・一郷・一村等に阿弥陀堂を造り・或は百姓万民の宅ごとに阿弥陀堂を造り・或は宅宅.人人ごと
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01 に阿弥陀仏を書造り.或は人ごとに口口に或は高声に唱へ・或は一万遍・或は六万遍なんど唱うるに.少しも智慧ある
02 者は・いよいよ・これをすすむ、 譬へば火に・かれたる草をくわへ・水に風を合せたるに似たり、 此の国の人人
03 は一人もなく教主釈尊の御弟子・御民ぞかし、而るに阿弥陀等の他仏を一仏もつくらず・かかず・念仏も申さず・あ
04 る者は悪人なれども 釈迦仏を捨て奉る色は未だ顕れず、 一向に阿弥陀仏を念ずる人人は既に釈尊仏を捨て奉る色
05 顕然なり、 彼の人人の墓無き念仏を申す者は悪人にてあるぞかし、 父母にもあらず主君・師匠にてもおはせぬ仏
06 をば・いとをしき妻の様にもてなし、 現に国主・父母・明師たる釈迦仏を捨て・乳母の如くなる法華経をば口にも
07 誦し奉らず是れ豈不孝の者にあらずや、此の不孝の人人・一人・二人・百人・千人ならず一国・二国ならず上一人よ
08 り下万民に至るまで日本国皆こぞりて一人もなく三逆罪の者なり、 されば日月は色を変じて此れをにらめ・ 大地
09 も瞋りてをどりあがり・大彗星天にはびこり・大火・国に充満すれども僻事ありとも・おもはず、我等は念仏にひま
10 なし其の上念仏堂を造り 阿弥陀仏を持ち奉るなんど自讃するなり、 是は賢き様にて墓無し、譬えば若き夫妻等が
11 夫は女を愛し女は夫をいとおしむ程に・ 父母のゆくへをしらず、 父母は衣薄けれども我はねや熱し、父母は食せ
12 ざれども我は腹に飽きぬ、是は第一の不孝なれども彼等は失ともしらず、 況や母に背く妻・父にさかへる夫・逆重
13 罪にあらずや、 阿弥陀仏は十万億のあなたに有つて此の娑婆世界には一分も縁なし、 なにと云うとも故もなきな
14 り、馬に牛を合せ犬に猨をかたらひたるが如し。
15   但日蓮一人計り此の事を知りぬ、命を惜みて云はずば国恩を報ぜぬ上・教主釈尊の御敵となるべし、 是を恐れ
16 ずして有のままに申すならば死罪となるべし、 設ひ死罪は免るとも流罪は疑なかるべしとは兼て知つて・ ありし
17 かども・仏の恩重きが故に人を・はばからず申しぬ、 案にたがはず両度まで流されて候いし中に・文永九年の夏の
18 比・ 佐渡の国・石田の郷一谷と云いし処に有りしに・ 預りたる名主等は公と云ひ私と云ひ・父母の敵よりも宿世
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01 の敵よりも悪げにありしに・宿の入道と云ひ・妻と云ひ・つかう者と云ひ・始はおぢをそれしかども先世の事にやあ
02 りけん、 内内・不便と思ふ心付きぬ、預りより・あづかる食は少し付ける弟子は多くありしに・僅の飯の二口三口
03 ありしを或はおしきに分け或は手に入て食しに・宅主・内内・心あつて外には・をそるる様なれども・内には不便げ
04 にありし事・何の世にかわすれん、 我を生みておはせし父母よりも当時は大事とこそ思いしか、何なる恩をも・は
05 げむべし・まして約束せし事たがうべしや。
06   然れども入道の心は後世を深く思いてある者なれば久しく念仏を申しつもりぬ、 其の上阿弥陀堂を造り田畠も
07 其の仏の物なり、 地頭も又をそろしなんど思いて直ちに法華経にはならず、 是は彼の身には第一の道理ぞかし、
08 然れども又無間大城は疑無し、 設ひ是より法華経を遣したりとも世間も・ をそろしければ 念仏すつべからずな
09 んど思はば、火に水を合せたるが如し、 謗法の大水・法華経を信ずる小火を・けさん事疑なかるべし、 入道・地
10 獄に堕つるならば還つて日蓮が失になるべし、 如何んがせん如何んがせんと思いわづらひて 今まで法華経を渡し
11 奉らず、 渡し進せんが為にまうけまいらせて有りつる法華経をば・鎌倉の焼亡に取り失ひ参せて候由申す、 旁入
12 道の法華経の縁はなかりけり、 約束申しける我が心も不思議なり、 又我とは・すすまざりしを鎌倉の尼の還りの
13 用途に歎きし故に口入有りし事なげかし、 本銭に利分を添えて返さんとすれば・ 又弟子が云く御約束違ひなんど
14 申す、旁進退極りて候へども人の思わん様は狂惑の様なるべし、 力及ばずして法華経を一部十巻・渡し奉る、 入
15 道よりもうばにて・ありし者は内内心よせなりしかば是を持ち給へ。
16   日蓮が申す事は愚なる者の申す事なれば用ひず、されども去る文永十一年太歳甲戌十月に蒙古国より筑紫によせ
17 て有りしに対馬の者かためて有りしに・宗総馬尉逃ければ百姓等は男をば或は殺し或は生取にし・女をば或は取り集
18 めて手をとをして船に結い付け・或は生け取にす・一人も助かる者なし、壹岐によせても又是くの如し、 船おしよ
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01 せて有りけるには奉行入道・豊前前司は逃げて落ちぬ、 松浦党は数百人打たれ或は生け取にせられしかば・ 寄せ
02 たりける浦浦の百姓ども壹岐対馬の如し、 又今度は如何が有るらん彼の国の百千万億の兵・ 日本国を引回らして
03 寄せて有るならば如何に成るべきぞ、 北の手は先ず佐渡の島に付いて地頭・ 守護をば須臾に打ち殺し百姓等は北
04 山へにげん程に 或は殺され或は生け取られ或は山にして死ぬべし、 抑是れ程の事は如何として起るべきぞと推す
05 べし、前に申しつるが如く此の国の者は一人もなく三逆罪の者なり、 是は梵王・帝釈・日月・四天の彼の蒙古国の
06 大王の身に入らせ給いて責め給うなり。
07   日蓮は愚なれども釈迦仏の御使・法華経の行者なりとなのり候を・用いざらんだにも不思議なるべし、其の失に
08 依つて国破れなんとす、況や或は国国を追ひ・或は引はり・或は打擲し・或は流罪し・或は弟子を殺し・或は所領を
09 取る、現の父母の使を・かくせん人人よかるべしや、日蓮は日本国の人人の父母ぞかし・主君ぞかし・明師ぞかし・
10 是を背ん事よ、念仏を申さん人人は無間地獄に堕ちん事決定なるべし、たのもし・たのもし。
11   抑蒙古国より責めん時は如何がせさせ給うべき、 此の法華経をいただき頚にかけさせ給いて北山へ登らせ給う
12 とも・年比念仏者を養ひ念仏を申して、 釈迦仏・法華経の御敵とならせ給いて有りし事は久しし、又若し命ともな
13 るならば法華経ばし恨みさせ給うなよ、 又閻魔王宮にしては何とか仰せあるべき、 おこがましき事とはおぼすと
14 も其の時は日蓮が檀那なりとこそ仰せあらんずらめ、 又是はさてをきぬ、 此の法華経をば学乗房に常に開かさせ
15 給うべし、 人如何に云うとも念仏者・真言師・持斎なんどにばし開かさせ給うべからず、又日蓮が弟子となのると
16 も日蓮が判を持ざらん者をば御用いあるべからず、恐恐謹言。
17       五月八日                       日蓮花押
18     一谷入道女房
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中興入道消息  弘安二年十一月三十日  五十八歳御作   与中興入道女房
01   鵞目一貫文送り給い候い了んぬ・妙法蓮華経の御宝前に申し上げ候い了んぬ、 抑日本国と申す国は須弥山より
02 は南・一閻浮提の内・縦広七千由旬なり、其の内に八万四千の国あり、所謂五天竺・十六の大国・五百の中国・十千
03 の小国・無量の粟散国・微塵の島島あり、 此等の国国は皆大海の中にあり・たとへば池にこのはのちれるが如し、
04 此の日本国は大海の中の小島なり・しほみてば見へず・ ひればすこしみゆるかの程にて候いしを・神のつき出させ
05 給いて後・人王のはじめ神武天皇と申せし大王をはしましき、 それよりこのかた三十余代は仏と経と僧とは・まし
06 まさず・ただ人と神とばかりなり、 仏法をはしまさねば地獄もしらず・浄土もねがはず、父母兄弟のわかれありし
07 かども.いかんが・なるらん、ただ露のきゆるやうに日月のかくれさせ給うやうに.うちをもいて・ありけるが・然る
08 に人王第三十代・欽明天皇と申す大王の御宇に・此の国より戌亥の角に当りて百済国と申す国あり、 彼の国よりせ
09 いめい王と申せし王・ 金銅の釈迦仏と・此の仏の説かせ給へる一切経と申すふみと・此をよむ僧をわたしてありし
10 かば・仏と申す物も・いきたる物にもあらず、 経と申す物も外典の文にもにず、僧と申す物も物はいへども道理も
11 きこへず・形も男女にもにざりしかば・かたがた・あやしみ・をどろきて左右の大臣・大王の御前にしてとかう僉議
12 ありしかども・多分はもちうまじきにてありしかば、 仏はすてられ僧はいましめられて候いしほどに・用明天王の
13 御子・聖徳太子と申せし人びだつの二年二月十五日・ 東に向いて南無釈迦牟尼仏と唱えて御舎利を御手より出し給
14 いて・同六年に法華経を読誦し給ふ、 それよりこのかた七百余年・王は六十余代に及ぶまで・やうやく仏法ひろま
15 り候いて.日本六十六箇国・二つの島にいたらぬ国もなし、国国・郡郡・郷郷.里里・村村に堂塔と申し寺寺と申し仏
16 法の住所すでに十七万一千三十七所なり、 日月の如くあきらかなる智者・代代に仏法をひろめ衆星のごとく・かが
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01 やく・けんじん国国に充満せり、かの人人は自行には或は真言を行じ・或は般若・或は仁王・或は阿弥陀仏の名号・
02 或は観音・或は地蔵・或は三千仏・或は法華経読誦しをるとは申せども・無智の道俗をすすむるには・ただ南無阿弥
03 陀仏と申すべし、譬えば女人の幼子をまうけたるに或はほり・或はかわ・或はひとりなるには・母よ母よと申せば・
04 ききつけぬれば・かならず他事をすてて・たすくる習なり、 阿弥陀仏も又是くの如し我等は幼子なり・阿弥陀仏は
05 母なり・地獄のあな・餓鬼のほりなんどにをち入りぬれば・南無阿弥陀仏と申せば音と響との如く必ず来りて・すく
06 ひ給うなりと・一切の智人ども教へ給いしかば・我が日本国かく申しならはして年ひさしくなり候。
07   然るに日蓮は中国.都の者にもあらず・辺国の将軍等の子息にもあらず・遠国の者・民が子にて候いしかば.日本
08 国・七百余年に一人も・いまだ唱へまいらせ候はぬ南無妙法蓮華経と唱え候のみならず、 皆人の父母のごとく日月
09 の如く主君の如くわたりに船の如く 渇して水のごとくうえて飯の如く思いて候・ 南無阿弥陀仏を無間地獄の業な
10 りと申し候ゆへに・食に石をたひたる様に・がんせきに馬のはねたるやうに・渡りに・大風の吹き来たるやうに・じ
11 ゆらくに大火のつきたるやうに・俄にかたきのよせたるやうに・とわりのきさきになるやうに・をどろき・そねみ・
12 ねたみ候ゆへに・ 去ぬる建長五年四月二十八日より今弘安二年十一月まで 二十七年が間・退転なく申しつより候
13 事月のみつるがごとく・しほのさすがごとく・はじめは日蓮只一人・唱へ候いしほどに、見る人値う人聞く人・耳を
14 ふさぎ.眼をいからかし.口をひそめ・手をにぎり.はをかみ・父母・兄弟・師匠ぜんうも.かたきとなる、後には所の
15 地頭・領家かたきとなる・後には一国さはぎ・後には万民をどろくほどに、 或は人の口まねをして南無妙法蓮華経
16 ととなへ・或は悪口のためにとなへ・或は信ずるに似て唱へ・或はそしるに似て唱へなんどする程に、 すでに日本
17 国十分が一分は一向南無妙法蓮華経・のこりの九分は或は両方・或はうたがひ・或は一向念仏者なる者は・父母のか
18 たき主君のかたき・宿世のかたきのやうにののしる、 村主・郷主・国主等は謀叛の者のごとくあだまれたり、かく
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01 の如く申す程に大海の浮木の風に随いて定めなきが如く・ 軽毛の虚空にのぼりて上下するが如く・日本国ををはれ
02 あるく程に、或時はうたれ・或時はいましめられ・或時は疵をかほふり・或時は遠流・或時は弟子をころされ・或時
03 はうちをはれなんどする程に、 去ぬる文永八年九月十二日には御かんきをかほりて 北国佐渡の島にうつされて候
04 いしなり、世間には一分のとがも・なかりし身なれども・ 故最明寺入道殿・極楽寺入道殿を地獄に堕ちたりと申す
05 法師なれば謀叛の者にも・すぎたりとて・相州・鎌倉・竜口と申す処にて頚を切らんとし候いしが・科は大科なれど
06 も法華経の行者なれば左右なくうしなひなば・いかんがとや・ をもはれけん、又遠国の島にすてをきたるならば・
07 いかにもなれかし。
08   上ににくまれたる上.万民も父母のかたきのやうに・おもひたれば・道にても・又国にても.若しはころすか若し
09 はかつえしぬるかに・ならんずらんと・あてがはれて有りしに、法華経・十羅刹の御めぐみにやありけん、 或は天
10 とがなきよしを御らんずるにや・ありけん、島にて・ あだむ者は多かりしかども中興の次郎入道と申せし老人あり
11 き、彼の人は年ふりたる上心かしこく身もたのしくて国の人にも人と・ をもはれたりし人の・此の御房は・ゆへあ
12 る人にやと申しけるかのゆへに・子息等もいたうもにくまず、 其の已下の者ども・たいし彼等の人人の下人にてあ
13 りしかば内内あやまつ事もなく唯上の御計いのままにて・ありし程に、 水は濁れども又すみ・月は雲かくせども・
14 又はるることはりなれば、科なき事すでに・あらわれて・いゐし事もむなしからざりけるかの・ゆへに、御一門・諸
15 大名はゆるすべからざるよし申されけれども・ 相模守殿の御計らひばかりにて・ついにゆりて候いて・のぼりぬ、
16 ただし日蓮は日本国には第一の忠の者なり 肩をならぶる人は先代にもあるべからず・ 後代にもあるべしとも覚え
17 ず。
18   其の故は去ぬる正嘉年中の大地震・文永元年の大長星の時・内外の智人・其の故をうらなひしかども・なにのゆ
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01 へ.いかなる事の出来すべしと申す事をしらざりしに、日蓮・一切経蔵に入りて勘へたるに.真言・禅宗・念仏・律等
02 の権小の人人をもつて法華経をかろしめ・たてまつる故に・ 梵天・帝釈の御とがめにて西なる国に仰せ付けて日本
03 国をせむべしとかんがへて、 故最明寺入道殿にまいらせ候いき、此の事を諸道の者・をこつきわらひし程に・九箇
04 年すぎて去ぬる文永五年に 大蒙古国より日本国ををそうべきよし牒状わたりぬ、 此の事のあふ故に念仏者・真言
05 師等あだみて失はんとせしなり、 例せば漢土に玄宗皇帝と申せし御門の御后に上陽人と申せし美人あり、 天下第
06 一の美人にてありしかば 楊貴妃と申すきさきの御らんじて・ 此の人王へまいるならば我がをぼへをとりなんとて
07 宣旨なりと申しかすめて、 父母・兄弟をば或はながし・或は殺し・上陽人をばろうに入れて四十年まで・せめたり
08 しなり、 此れもそれににて候、 日蓮が勘文あらわれて大蒙古国を調伏し日本国かつならば此の法師は日本第一の
09 僧となりなん、 我等が威徳をとろうべしと思うかのゆへに讒言をなすをばしろしめさずして、 彼等がことばを用
10 いて国を亡さんとせらるるなり、 例せば二世王は趙高が讒言によりて李斯を失ひかへりて 趙高が為に身をほろぼ
11 され、延喜の御門はしへいのをとどの讒言によりて 菅丞相を失いて 地獄におち給いぬ、 此れも又かくの如し、
12 法華経のかたきたる真言師・禅宗・律僧・持斎・念仏者等が申す事を御用いありて日蓮をあだみ給うゆへに、 日蓮
13 はいやしけれども所持の法華経を釈迦.多宝・十方の諸仏.梵天・帝釈・日月.四天・竜神.天照太神 .八幡大菩薩・人
14 の眼をおしむがごとく・諸天の帝釈をうやまうがごとく・ 母の子を愛するがごとく・まほりおもんじ給うゆへに、
15 法華経の行者をあだむ人を罰し給う事・父母のかたきよりも朝敵よりも重く大科に行ひ給うなり。
16   然るに貴辺は故次郎入道殿の御子にて.をはするなり・御前は又よめなり・いみじく心かしこかりし人の子と.よ
17 めとにをはすればや、 故入道殿のあとをつぎ国主も御用いなき 法華経を御用いあるのみならず・ 法華経の行者
18 をやしなはせ給いて・ としどしに千里の道をおくりむかへ・ 去ぬる幼子のむすめ御前の十三年に丈六のそとばを
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01 たてて其の面に南無妙法蓮華経の七字を顕して・ をはしませば、 北風吹けば南海のいろくづ其の風にあたりて大
02 海の苦をはなれ・東風きたれば西山の鳥鹿・其の風を身にふれて畜生道をまぬかれて都率の内院に生れん、 況や・
03 かのそとばに随喜をなし 手をふれ眼に見まいらせ候人類をや、 過去の父母も彼のそとばの功徳によりて天の日月
04 の如く浄土をてらし・ 孝養の人並びに妻子は現世には寿を百二十年持ちて 後生には父母とともに霊山浄土にまい
05 り給はん事・水すめば月うつり・つづみをうてば・ひびきのあるがごとしと・をぼしめし候へ等云云、此れより後後
06 の御そとばにも法華経の題目を顕し給へ。
07       弘安二年己卯十一月卅日                身延山    日蓮花押
08     中興入道殿女房是
是日尼御書
01   さどの国より此の甲州まで入道の来りたりしかば・あらふしぎとをもひしに・又今年来りなつみ水くみたきぎこ
02 りだん王の阿志仙人につかへしが・ごとくして一月に及びぬる不思議さよ、 ふでをもちてつくしがたし、 これひ
03 とへに又尼ぎみの御功徳なるべし、 又御本尊一ふくかきてまいらせ候、霊山浄土にては・かならずゆきあひ・たて
04 まつるべし、恐恐謹言。
05       卯月十二日                         日蓮
06     尼是日
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遠藤左衛門尉御書
01   日蓮此の度赦免を被むり鎌倉へ登るにて候、如我昔所願今者已満足此の年に当るか、 遠藤殿御育み無くんば命
02 永らう可しや・亦赦免にも預かる可しや、 日蓮一代の行功は偏に左衛門殿等遊し候処なり、 御経に「天諸童子以
03 て給使を為し刀杖も加えず毒も害すること能はず」 と候得ば有難き御経なるかな、 然ば左衛門殿は梵天釈天の御
04 使にてましますか、霊山えの契約に此の判を参せ候、 一流は未来え持せ給え霊山に於て日蓮日蓮と呼び給え、 其
05 の時御迎えに罷り出ず可く候、猶又鎌倉より申し進す可く候なり。
06       文永十一甲戌三月十二日                  日 蓮
07     遠藤左衛門尉殿
生死一大事血脈抄    文永九年二月十一日    五十一歳御作   与最蓮房日浄
01                                 日 蓮 記 之
01   御状委細披見せしめ候い畢んぬ、夫れ生死一大事血脈とは所謂妙法蓮華経是なり、 其の故は釈迦多宝の二仏宝
02 塔の中にして上行菩薩に譲り給いて 此の妙法蓮華経の五字過去遠遠劫より已来寸時も離れざる血脈なり、 妙は死
03 法は生なり此の生死の二法が十界の当体なり 又此れを当体蓮華とも云うなり、 天台云く「当に知るべし依正の因
04 果は悉く是れ蓮華の法なり」と云云 此の釈に依正と云うは生死なり 生死之有れば因果又蓮華の法なる事明けし、
05 伝教大師云く「生死の二法は一心の妙用・有無の二道は本覚の真徳」と文、天地.陰陽.日月・五星.地獄・乃至仏果.
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01 生死の二法に非ずと云うことなし、 是くの如く生死も唯妙法蓮華経の生死なり 、天台の止観に云く 「起は是れ
02 法性の起・滅は是れ法性の滅」云云、 釈迦多宝の二仏も生死の二法なり、然れば久遠実成の釈尊と皆成仏道の法華
03 経と我等衆生との三つ 全く差別無しと解りて妙法蓮華経と唱え奉る処を生死一大事の血脈とは云うなり、 此の事
04 但日蓮が弟子檀那等の肝要なり法華経を持つとは是なり、 所詮臨終只今にありと解りて信心を致して 南無妙法蓮
05 華経と唱うる人を 「是人命終為千仏授手・ 令不恐怖不堕悪趣」と説かれて候 、悦ばしい哉一仏二仏に非ず百仏
06 二百仏に非ず千仏まで来迎し手を取り給はん事・ 歓喜の感涙押え難し、 法華不信の者は「其人命終入阿鼻獄」と
07 説かれたれば.定めて獄卒迎えに来つて手をや取り候はんずらん浅マシ浅マシ,十王は裁断し倶生神は呵責せんか。
08   今日蓮が弟子檀那等.南無妙法蓮華経と唱えん程の者は・千仏の手を授け給はん事.譬えばウリ夕顔の手を出すが
09 如くと思し食せ、 過去に法華経の結縁強盛なる故に現在に此の経を受持す、 未来に仏果を成就せん事疑有るべか
10 らず、過去の生死・現在の生死・未来の生死・三世の生死に法華経を離れ切れざるを法華の血脈相承とは云うなり、
11 謗法不信の者は「即断一切世間仏種」とて仏に成るべき種子を断絶するが故に生死一大事の血脈之無きなり。
12   総じて日蓮が弟子檀那等・ 自他彼此の心なく水魚の思を成して異体同心にして南無妙法蓮華経と唱え奉る処を
13 生死一大事の血脈とは云うなり、 然も今日蓮が弘通する処の所詮是なり、 若し然らば広宣流布の大願も叶うべき
14 者か、 剰え日蓮が弟子の中に異体異心の者之有れば 例せば城者として城を破るが如し、 日本国の一切衆生に法
15 華経を信ぜしめて仏に成る血脈を継がしめんとするに・ 還つて日蓮を種種の難に合せ結句此の島まで流罪す、 而
16 るに貴辺・日蓮に随順し又難に値い給う事・心中思い遣られて痛しく候ぞ、 金は大火にも焼けず大水にも漂わず朽
17 ちず・鉄は水火共に堪えず・賢人は金の如く愚人は鉄の如し・貴辺豈真金に非ずや・法華経の金を持つ故か、経に云
18 く「衆山の中に須弥山為第一・ 此の法華経も亦復是くの如し」又云く 「火も焼くこと能わず水も漂わすこと能わ
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01 ず」云云、 過去の宿縁追い来つて今度日蓮が弟子と成り給うか・釈迦多宝こそ御存知候らめ、 「在在諸仏土常与
02 師倶生」よも虚事候はじ。
03   殊に生死一大事の血脈相承の御尋ね先代未聞の事なり貴貴、 此の文に委悉なり能く能く心得させ給へ、 只南
04 無妙法蓮華経釈迦多宝上行菩薩血脈相承と修行し給へ、 火は焼照を以て行と為し・ 水は垢穢を浄るを以て行と為
05 し・風は塵埃を払ふを以て行と為し・ 又人畜草木の為に魂となるを以て行と為し・大地は草木を生ずるを以て行と
06 為し・天は潤すを以て行と為す・妙法蓮華経の五字も又是くの如し・本化地涌の利益是なり、上行菩薩・末法今の時
07 此の法門を弘めんが為に御出現之れ有るべき由・ 経文には見え候へども如何が候やらん、 上行菩薩出現すとやせ
08 ん・出現せずとやせん、 日蓮先ず粗弘め候なり、相構え相構えて強盛の大信力を致して南無妙法蓮華経・臨終正念
09 と祈念し給へ、 生死一大事の血脈此れより外に全く求むることなかれ、 煩悩即菩提・生死即涅槃とは是なり、信
10 心の血脈なくんば法華経を持つとも無益なり、委細の旨又又申す可く候、恐恐謹言。
11       文永九年壬申二月十一日               桑門 日蓮花押
12     最蓮房上人御返事
草木成仏口決    文永九年二月二十日    五十一歳御作   与最蓮房日浄
01   問うて云く草木成仏とは有情非情の中何れぞや、答えて云く草木成仏とは非情の成仏なり、 問うて云く情非情
02 共に今経に於て成仏するや、 答えて云く爾なり、問うて云く証文如何、 答えて云く妙法蓮華経是なり・妙法とは
03 有情の成仏なり蓮華とは非情の成仏なり、 有情は生の成仏・非情は死の成仏・生死の成仏と云うが有情非情の成仏
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01 の事なり、 其の故は我等衆生死する時塔婆を立て開眼供養するは死の成仏にして草木成仏なり、 止観の一に云く
02 「一色一香中道に非ざること無し」妙楽云く 「然かも亦共に色香中道を許す無情仏性惑耳驚心す」 此の一色とは
03 五色の中には何れの色ぞや、青・黄・赤・白・黒の五色を一色と釈せり・一とは法性なり、爰を以て妙楽は色香中道
04 と釈せり、天台大師も無非中道といへり、 一色一香の一は二三相対の一には非ざるなり、 中道法性をさして一と
05 云うなり、 所詮・十界・三千・依正等をそなへずと云う事なし、 此の色香は草木成仏なり是れ即ち蓮華の成仏な
06 り、色香と蓮華とは言は・かはれども草木成仏の事なり、 口決に云く「草にも木にも成る仏なり」云云、 此の意
07 は草木にも成り給へる寿量品の釈尊なり、 経に云く「如来秘密神通之力」云云、 法界は釈迦如来の御身に非ずと
08 云う事なし、 理の顕本は死を表す妙法と顕る・事の顕本は生を表す蓮華と顕る、 理の顕本は死にて有情をつかさ
09 どる・事の顕本は生にして非情をつかさどる、 我等衆生のために依怙・依託なるは非情の蓮華がなりたるなり・我
10 等衆生の言語・音声・生の位には妙法が有情となりぬるなり、 我等一身の上には有情非情具足せり、爪と髪とは非
11 情なり・きるにもいたまず・其の外は有情なれば・切るにもいたみ・くるしむなり、一身所具の有情非情なり・此の
12 有情・非情・十如是の因果の二法を具足せり、衆生世間・五陰世間・国土世間・此の三世間・有情非情なり。
13   一念三千の法門をふりすすぎたてたるは大曼荼羅なり、 当世の習いそこないの学者 ゆめにもしらざる法門な
14 り、天台・妙楽・伝教・内にはかがみさせ給へどもひろめ給はず、一色一香とののしり惑耳驚心とささやき給いて・
15 妙法蓮華と云うべきを円頓止観と・ かへさせ給いき、 されば草木成仏は死人の成仏なり、此等の法門は知る人す
16 くなきなり、所詮・妙法蓮華をしらざる故に迷うところの法門なり、敢て忘失する事なかれ、恐恐謹言。
17       二月二十日                       日蓮花押
18     最蓮房御返事
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最蓮房御返事
01   夕ざりは相構え相構えて御入り候へ、得受職人功徳法門委細申し候はん。
02   御礼の旨委細承り候い畢んぬ、 都よりの種種の物慥かに給び候い畢んぬ、鎌倉に候いし時こそ常にかかる物は
03 見候いつれ・此の島に流罪せられし後は未だ見ず候、 是れ体の物は辺土の小島にては・よによに目出度き事に思い
04 候。
05   御状に云く去る二月の始より御弟子となり帰伏仕り候上は・ 自今以後は人数ならず候とも御弟子の一分と思し
06 食され候はば恐悦に相存ず可く候云云、 経の文には「在在諸仏の土に常に師と倶に生れん」とも或は 「若し法師
07 に親近せば速かに菩薩の道を得ん 是の師に随順して学せば恒沙の仏を見たてまつることを得ん」とも云へり、 釈
08 には「本此の仏に従つて初めて道心を発し 亦此の仏に従つて不退地に住せん」とも、 或は云く「初此の仏菩薩に
09 従つて結縁し還つて此の仏菩薩に於て成就す」とも云えり、 此の経釈を案ずるに 過去無量劫より已来師弟の契約
10 有りしか、 我等末法濁世に於て生を南閻浮提大日本国にうけ・ 忝くも諸仏出世の本懐たる南無妙法蓮華経を口に
11 唱へ心に信じ身に持ち手に翫ぶ事・是れ偏に過去の宿習なるか。
12   予日本の体を見るに 第六天の魔王智者の身に入りて 正師を邪師となし善師を悪師となす、 経に「悪鬼入其
13 身」とは是なり、 日蓮智者に非ずと雖も第六天の魔王・ 我が身に入らんとするに兼ての用心深ければ身によせつ
14 けず、 故に天魔力及ばずして・王臣を始として良観等の愚癡の法師原に取り付いて日蓮をあだむなり、 然るに今
15 時は師に於て正師・邪師・善師・悪師の不同ある事を知つて邪悪の師を遠離し正善の師に親近すべきなり、 設い徳
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01 は四海に斉く 智慧は日月に同くとも法華経を誹謗するの師をば 悪師邪師と知つて是に親近すべからざる者なり、
02 或る経に云く 「若し誹謗の者には共住すべからず 若し親近し共住せば即ち阿鼻獄に趣かん」と禁め給う是なり、
03 いかに我が身は正直にして世間・出世の賢人の名をとらんと存ずれども・ 悪人に親近すれば自然に十度に二度・三
04 度・ 其の教に随ひ以て行くほどに終に悪人になるなり、 釈に云く「若し人本悪無きも悪人に親近すれば後必ず悪
05 人と成り悪名天下に遍からん」云云、 所詮其の邪悪の師とは今の世の法華誹謗の法師なり、 涅槃経に云く「菩薩
06 悪象等に於ては 心に恐怖すること無かれ 悪智識に於ては怖畏の心を生ぜよ、 悪象の為に殺されては三趣に至ら
07 ず、悪友の為に殺さるれば必ず三趣に至らん」、 法華経に云く「悪世の中の比丘は 邪智にして心諂曲」等云云、
08 先先申し候如く善無畏.金剛智・達磨.慧可・善導・法然.東寺の弘法・園城寺の智証・山門の慈覚.関東の良観等の諸
09 師は今の正直捨方便の金言を読み候には正直捨実教・ 但説方便教と読み・或は於諸経中・最在其上の経文をば於諸
10 経中・最在其下と・或は法華最第一の経文をば法華最第二・第三等と読む、 故に此等の法師原を邪悪の師と申し候
11 なり。
12   さて正善の師と申すは釈尊の金言の如く・諸経は方便法華は真実と正直に読むを申す可く候なり、 華厳の七十
13 七の入法界品之を見る可し云云、 法華経に云く「善知識は是れ大因縁なり 所謂化導して仏を見たてまつり阿耨菩
14 提を発することを得せしむ」等云云、仏説の如きは正直に四味三教.小乗・権大乗の方便の諸経・念仏.真言・禅・律
15 等の諸宗・並びに所依の経を捨て・ 但唯以一大事因縁の妙法蓮華経を説く師を正師善師とは申す可きなり、然るに
16 日蓮末法の初の五百年に生を日域に受け 如来の記文の如く三類の強敵を蒙り種種の災難に相値つて 身命を惜まず
17 して南無妙法蓮華経と唱え候は正師か邪師か能能御思惟之有る可く候。
18   上に挙ぐる所の諸宗の人人は我こそ法華経の意を得て法華経を修行する者よと名乗り候へども・ 予が如く弘長
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01 には伊豆の国に流され・文永には佐渡嶋に流され・或は竜口の頚の座等此の外種種の難数を知らず、 経文の如くな
02 らば予は正師なり善師なり・ 諸宗の学者は悉く邪師なり悪師なりと覚し食し候へ、 此の外善悪二師を分別する経
03 論の文等是れ広く候へども・兼て御存知の上は申すに及ばず候。
04   只今の御文に自今以後は日比の邪師を捨て偏に正師と憑むとの仰せは不審に覚へ候、 我等が本師釈迦如来法華
05 経を説かんが為に出世ましませしには・他方の仏・菩薩等・来臨影響して釈尊の行化を助け給う、されば釈迦・多宝
06 十方の諸仏等の御使として 来つて化を日域に示し給うにもやあるらん、 経に云く「我於余国遣化人・ 為其集聴
07 法衆・亦遣化随順不逆」此の経文に比丘と申すは貴辺の事なり、 其の故は聞法信受・随順不逆・眼前なり争か之を
08 疑い奉るべきや、設い又在在諸仏土・常与師倶生の人なりとも・三周の声聞の如く下種の後に・退大取小して五道・
09 六道に沈輪し給いしが・成仏の期・来至して順次に得脱せしむべきゆへにや、念仏・真言等の邪法・邪師を捨てて日
10 蓮が弟子となり給うらん有り難き事なり。
11   何れの辺に付いても予が如く諸宗の謗法を責め彼等をして捨邪帰正せしめ給いて・ 順次に三仏座を並べたもう
12 常寂光土に詣りて釈迦多宝の御宝前に於て我等無始より已来師弟の契約有りけるか・無かりけるか・ 又釈尊の御使
13 として来つて化し給へるか・さぞと仰せを蒙つてこそ我が心にも知られ候はんずれ、 何様にも・はげませ給へ・は
14 げませ給へ。
15   何となくとも貴辺に去る二月の比より大事の法門を教へ奉りぬ、結句は卯月八日・夜半・寅の時に妙法の本円戒
16 を以て受職潅頂せしめ奉る者なり、 此の受職を得るの人争か現在なりとも妙覚の仏を成ぜざらん、 若し今生妙覚
17 ならば後生豈・等覚等の因分ならんや、実に無始曠劫の契約・常与師倶生の理ならば・日蓮・今度成仏せんに貴辺豈
18 相離れて悪趣に堕在したもう可きや、 如来の記文仏意の辺に於ては 世出世に就いて更に妄語無し、 然るに法華
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01 経には 「我が滅度の後に於て応に斯の経を受持すべし、 是の人仏道に於て決定して疑有ること無けん」或は「速
02 為疾得・無上仏道」等云云、此の記文虚くして我等が成仏今度虚言ならば・諸仏の御舌もきれ・ 多宝の塔も破れ落
03 ち・二仏並座は無間地獄の熱鉄の牀となり.方・実・寂の三土は地・餓.畜の三道と変じ候べし、争か・さる事候べき
04 や・あらたのもしや・たのもしや・是くの如く思いつづけ候へば我等は流人なれども身心共にうれしく候なり。
05   大事の法門をば昼夜に沙汰し成仏の理をば時時・ 刻刻にあぢはう、是くの如く過ぎ行き候へば年月を送れども
06 久からず過ぐる時刻も程あらず、 例せば釈迦・多宝の二仏・塔中に並座して法華の妙理をうなづき合い給いし時・
07 五十小劫・仏の神力の故に諸の大衆をして半日の如しと謂わしむと云いしが如くなり、 劫初より以来父母・主君等
08 の御勘気を蒙り遠国の島に流罪せらるるの人我等が如く悦び身に余りたる者よも・ あらじ、 されば我等が居住し
09 て一乗を修行せんの処は何れの処にても候へ 常寂光の都為るべし、 我等が弟子檀那とならん人は一歩を行かずし
10 て天竺の霊山を見・本有の寂光土へ昼夜に往復し給ふ事うれしとも申す計り無し申す計り無し。
11   余りにうれしく候へば契約一つ申し候はん、 貴辺の御勘気疾疾許させ給いて都へ御上り候はば・日蓮も鎌倉殿
12 は・ ゆるさじとの給ひ候とも諸天等に申して鎌倉に帰り京都へ音信申す可く候、 又日蓮先立つてゆり候いて鎌倉
13 へ帰り候はば貴辺をも天に申して古京へ帰し奉る可く候、恐恐謹言。
14       四月十三日                                日蓮花押
15     最蓮房御返事
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祈祷抄    文永九年    五十一歳御作   本朝沙門    日蓮撰
01   問うて云く華厳宗・法相宗.三論宗・小乗の三宗・真言宗.天台宗の祈をなさんにいづれかしるしあるべきや、答
02 て云く仏説なればいづれも一往は祈となるべし、 但法華経をもつていのらむ祈は必ず祈となるべし、 問うて云く
03 其の所以は如何、 答えて云く二乗は大地微塵劫を経て先四味の経を行ずとも成仏すべからず、 法華経は須臾の間
04 此れを聞いて仏になれり、 若爾らば舎利弗・迦葉等の千二百・万二千総じて一切の二乗界の仏は必ず法華経の行者
05 の祈をかなふべし、  又行者の苦にもかわるべし、故に信解品に云く「世尊は大恩まします希有の事を以て憐愍教
06 化して我等を利益し給う 無量億劫にも誰れか能く報ずる者あらん、 手足をもて供給し頭頂をもつて礼敬し一切を
07 もつて供養すとも皆報ずること能わず、 若しは以て頂戴し両肩に荷負して恒沙劫に於て心を尽して恭敬し、 又美
08 膳無量の宝衣及び諸の臥具種種の湯薬を以てし 牛頭栴檀及び諸の珍宝以つて 塔廟を起て宝衣を地に布き斯くの如
09 き等の事もつて供養すること 恒沙劫に於てすとも亦報ずること能わじ」等云云、 此の経文は四大声聞が譬喩品を
10 聴聞して仏になるべき由を心得て、 仏と法華経の恩の報じがたき事を説けり、 されば二乗の御為には此の経を行
11 ずる者をば父母よりも愛子よりも 両眼よりも身命よりも大事にこそおぼしめすらめ、 舎利弗・目連等の諸大声聞
12 は一代聖教いづれも讃歎せん行者を・すておぼす事は有るべからずとは思へども・爾前の諸経は・すこし・うらみお
13 ぼす事も有らん「於仏法中已如敗種」なんど・したたかにいましめられ給いし故なり、 今の華光如来・名相如来・
14 普明如来なんどならせ給いたる事は・ おもはざる外の幸なり、 例せば崑崙山のくづれて宝の山に入りたる心地し
15 てこそ・おはしぬらめ、されば領解の文に云く「無上宝珠不求自得等」云云。
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01 されば 一切の二乗界法華経の行者をまほり給はん事は 疑あるべからず、 あやしの畜生なんども恩をば報ずる事
02 に候ぞかし、 かりと申す鳥あり必ず母の死なんとする時孝をなす、 狐は塚を跡にせず畜生猶此くの如し況や人類
03 をや、 されば王寿と云ひし者・道を行きしにうえつかれたりしに、 路の辺に梅の樹あり其の実多し寿とりて食し
04 て・うへやみぬ、 我れ此の梅の実を食して気力をます其の恩を報ぜずんば・あるべからずと申して衣をぬぎて梅に
05 懸けてさりぬ、 王尹と云いし者は道を行くに水に渇しぬ、 河をすぐるに水を飲んで銭を河に入れて是を水の直と
06 す、竜は必ず袈裟を懸けたる僧を守る、 仏より袈裟を給て竜宮城の愛子に懸けさせて 金翅鳥の難をまぬがるる故
07 なり、金翅鳥は必ず父母孝養の者を守る、 竜は須弥山を動かして金翅鳥の愛子を食す、 金翅鳥は仏の教によつて
08 父母の孝養をなす者・ 僧のとるさんばを須弥の頂にをきて竜の難をまぬかるる故なり、 天は必ず戒を持ち善を修
09 する者を守る、 人間界に戒を持たず善を修する者なければ人間界の人死して多く修羅道に生ず、 修羅多勢なれば
10 をごりをなして必ず天ををかす、 人間界に戒を持ちて善を修するの者・多ければ人死して必ず天に生ず、 天多け
11 れば修羅をそれをなして天ををかさず、 故に戒を持ち善を修する者をば天必ず之を守る、 何に況や二乗は六凡よ
12 り戒徳も勝れ智慧賢き人人なり、いかでか我が成仏を遂げたらん法華経を行ぜん人をば捨つべきや。
13   又一切の菩薩並に凡夫は仏にならんがために、 四十余年の経経を無量劫が間・行ぜしかども仏に成る事なかり
14 き、而るを法華経を行じて仏と成つて今十方世界におはします仏・ 仏の三十二相・八十種好をそなへさせ給いて九
15 界の衆生にあをがれて、 月を星の回れるがごとく須弥山を八山の回るが如く、 日輪を四州の衆生の仰ぐが如く輪
16 王を万民の仰ぐが如く、 仰がれさせ給うは法華経の恩徳にあらずや、 されば仏は法華経に誡めて云く「須らく復
17 た舎利を安ずることをもちいざれ」 涅槃経に云く 「諸仏の師とする所所謂法なり是の故に如来恭敬供養す」等云
18 云、法華経には我舎利を法華経に並ぶべからず、 涅槃経には諸仏は法華経を恭敬供養すべしと説せ給へり、 仏此
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01 の法華経をさとりて仏に成りしかも 人に説き聞かせ給はずば仏種をたたせ給ふ失あり、 此の故に釈迦如来は此の
02 娑婆世界に出でて説かんとせさせ給いしを、 元品の無明と申す第六天の魔王が一切衆生の身に入つて、 仏をあだ
03 みて説かせまいらせじとせしなり、 所謂波瑠璃王の五百人の釈子を殺し、 鴦崛摩羅が仏を追、提婆が大石を放・
04 旃遮婆羅門女が鉢を腹にふせて仏の御子と云いし、 婆羅門城には仏を入れ奉る者は五百両の金をひきき、 されば
05 道にはうばらをたて・井には糞を入れ門にはさかむきをひけり・食には毒を入れし、 皆是れ仏をにくむ故に、華色
06 比丘尼を殺し、 目連は竹杖外道に殺され、 迦留陀夷は馬糞に埋れし・皆仏をあだみし故なり、而れども仏さまざ
07 まの難をまぬかれて御年七十二歳、 仏法を説き始められて四十二年と申せしに・中天竺・王舎城の丑寅・耆闍崛山
08 と申す山にして、 法華経を説き始められて八年まで説かせ給いて、 東天竺倶尸那城・跋提河の辺にして御年八十
09 と申せし、 二月十五日の夜半に御涅槃に入らせ給いき、 而りといへども御悟りをば法華経と説きをかせ給へば・
10 此の経の文字は即釈迦如来の御魂なり、 一一の文字は仏の御魂なれば此の経を行ぜん人をば 釈迦如来我が御眼の
11 如くまほり給うべし、人の身に影のそへるが・ごとく・そはせ給うらん、いかでか祈とならせ給はざるべき。
12   一切の菩薩は又始め華厳経より四十余年の間・仏にならんと願い給いしかども・かなはずして、法華経の方便品
13 の略開三顕一の時 「仏を求むる諸の菩薩大数八万有り、 又諸の万億国の転輪聖王の至れる合掌して敬心を以て具
14 足の道を聞かんと欲す」と願いしが、 広開三顕一を聞いて 「菩薩是の法を聞いて疑網皆已に断ちぬ」と説かせ給
15 いぬ、其の後自界他方の菩薩雲の如く集り星の如く列り給いき、 宝塔品の時・十方の諸仏・各各無辺の菩薩を具足
16 して集り給いき、文殊は海より無量の菩薩を具足し、 又八十万億那由佗の諸菩薩・又過八恒河沙の菩薩・地涌千界
17 の菩薩・分別功徳品の六百八十万億那由佗恒河沙の菩薩・又千倍の菩薩・復一世界の微塵数の菩薩・復三千大千世界
18 の微塵数の菩薩・復二千中国土の微塵数の菩薩・復小千国土の微塵数の菩薩・復四四天下の微塵数の菩薩・三四天下
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01 二四天下・一四天下の微塵数の菩薩・復八世界微塵数の衆生・薬王品の八万四千の菩薩・妙音品の八万四千の菩薩・
02 又四万二千の天子・普門品の八万四千・陀羅尼品の六万八千人・妙荘厳王品の八万四千人・勧発品の恒河沙等の菩薩
03 三千大千世界微塵数等の菩薩・此れ等の菩薩を委く数へば十方世界の微塵の如し、 十方世界の草木の如し、 十方
04 世界の星の如し、十方世界の雨の如し、 此等は皆法華経にして仏にならせ給いて、 此の三千大千世界の地上・地
05 下・虚空の中にまします、迦葉尊者はケイ足山にあり、文殊師利は清凉山にあり、地蔵菩薩は伽羅陀山にあり、 観
06 音は補陀落山にあり、 弥勒菩薩は兜率天に、難陀等の無量の竜王阿修羅王は海底海畔にあり、帝釈はトウ利天に梵
07 王は有頂天に・魔醯修羅は第六の佗化天に・四天王は須弥の腰に・日月・衆星は我等が眼に見へて頂上を照し給ふ、
08 江神・河神・山神等も皆法華経の会上の諸尊なり。
09   仏・法華経をとかせ給いて年数二千二百余年なり、人間こそ寿も短き故に仏をも見奉り候人も待らぬ、 天上は
10 日数は永く寿も長ければ併ながら仏をおがみ 法華経を聴聞せる天人かぎり多くおはするなり 人間の五十年は四王
11 天の一日一夜なり、 此れ一日一夜をはじめとして三十日は一月十二月は一年にして五百歳なり、 されば人間の二
12 千二百余年は四王天の四十四日なり、 されば日月並びに毘沙門天王は仏におくれたてまつりて・ 四十四日いまだ
13 二月にたらず、 帝釈・梵天なんどは仏におくれ奉りて一月一時にもすきず、 わづかの間に・いかでか仏前の御誓
14 並びに自身成仏の御経の恩をばわすれて、 法華経の行者をば捨てさせ給うべきなんど思いつらぬれば・ たのもし
15 き事なり、されば法華経の行者の祈る祈は響の音に応ずるがごとし・ 影の体にそえるがごとし、 すめる水に月の
16 うつるがごとし・方諸の水をまねくがごとし・磁石の鉄をすうがごとし・琥珀の塵をとるがごとし、 あきらかなる
17 鏡の物の色をうかぶるがごとし・世間の法には我がおもはざる事も父母・主君・師匠・妻子をろかならぬ友なんどの
18 申す事は恥ある者は意には・あはざれども名利をもうしなひ、 寿ともなる事も侍るぞかし、 何に況や我が心から
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01 をこりぬる事は、父母・主君・師匠なんどの制止を加うれどもなす事あり。
02   さればはんよきと云いし賢人は我頚を切つてだにこそけいかと申せし人には与へき、 季札と申せし人は約束の
03 剣を徐の君が塚の上に懸けたりき、 而るに霊山会上にして即身成仏せし竜女は・ 小乗経には五障の雲厚く三従の
04 きづな強しと嫌はれ、 四十余年の諸大乗経には或は歴劫修行にたへずと捨てられ、 或は初発心時・便成正覚の言
05 も有名無実なりしかば女人成仏もゆるさざりしに・ 設い人間天上の女人なりとも成仏の道には望なかりしに・竜畜
06 下賎の身たるに女人とだに生れ年さへ・いまだ・たけず・わづかに八歳なりき、 かたがた思ひもよらざりしに文殊
07 の教化によりて海中にして・法師・ 提婆の中間わづかに宝塔品を説かれし時刻に仏になりたりし事は・ありがたき
08 事なり、一代超過の法華経の御力にあらずば・いかでか・かくは候べき、 されば妙楽は「行浅功深以顕経力」とこ
09 そ書かせ給へ、 竜女は我が仏になれる経なれば仏の御諌なくとも・ いかでか法華経の行者を捨てさせ給うべき、
10 されば自讃歎仏の偈には「我大乗の教を闡いて苦の衆生を度脱せん」等とこそ・ すすませさせ給いしか、 竜女の
11 誓は其の所従の「非口所宣非心所測」 の一切の竜畜の誓なり娑竭羅竜王は竜畜の身なれども 子を念う志深かりし
12 かば 大海第一の宝如意宝珠をもむすめにとらせて 即身成仏の御布施にせさせつれ此の珠は直三千大千世界にかふ
13 る珠なり。
14   提婆達多は師子頬王には孫・釈迦如来には伯父たりし斛飯王の御子・阿難尊者の舎兄なり、善聞長者のむすめの
15 腹なり、転輪聖王の御一門・ 南閻浮提には賎しからざる人なり、 在家にましましし時は夫妻となるべきやすたら
16 女を悉達太子に押し取られ宿世の敵と思いしに、 出家の後に人天大会の集まりたりし時・仏に汝は癡人・唾を食へ
17 る者とのられし上・名聞利養深かりし人なれば仏の人に・ もてなされしをそねみて・我が身には五法を行じて仏よ
18 りも尊げになし・鉄をのして千輻輪につけ・螢火を集めて白毫となし・六万宝蔵・八万宝蔵を胸に浮べ、象頭山に戒
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01 場を立て多くの仏弟子をさそひとり、 爪に毒を塗り仏の御足にぬらむと企て・蓮華比丘尼を打殺し・大石を放て仏
02 の御指をあやまちぬ、 具に三逆を犯し結句は五天竺の悪人を集め仏並びに御弟子檀那等にあだをなす程に、 頻婆
03 娑羅王は仏の第一の御檀那なり、 一日に五百輛の車を送り日日に仏並びに御弟子を供養し奉りき、 提婆そねむ心
04 深くして阿闍世太子を語いて 父を終に一尺の釘七つをもつてはりつけになし奉りき、 終に王舎城の北門の大地破
05 れて阿鼻大城に墜ちにき、 三千大千世界の人一人も是を見ざる事なかりき、 されば大地微塵劫は過ぐとも無間大
06 城をば出づべからずとこそ思ひ候に・ 法華経にして天王如来とならせ給いけるにこそ不思議に尊けれ、提婆達多・
07 仏になり給はば語らはれし所の無量の悪人、 一業所感なれば皆無間地獄の苦は・はなれぬらん、 是れ偏に法華経
08 の恩徳なり、されば提婆達多並びに所従の無量の眷属は法華経の行者の室宅にこそ住せ給うらめとたのもし。
09   諸の大地微塵の如くなる諸菩薩は等覚の位まで・せめて元品の無明計りもちて侍るが・釈迦如来に値い奉る元品
10 の大石をわらんと思ふに、 教主釈尊・四十余年が間は「因分可説果分不可説」 と申して妙覚の功徳を説き顕し給
11 はず、されば妙覚の位に登る人・一人もなかりき・本意なかりし事なり、 而るに霊山八年が間に「唯一仏乗名為果
12 分」と説き顕し給いしかば・諸の菩薩・ 皆妙覚の位に上りて釈迦如来と悟り等しく・須弥山の頂に登つて四方を見
13 るが如く・長夜に日輪の出でたらんが如く・あかなくならせ給いたりしかば・仏の仰せ無くとも法華経を弘めじ・又
14 行者に替らじとは・ おぼしめすべからず、 されば「我不愛身命但惜無上道・ 不惜身命当広説此経」等とこそ誓
15 ひ給いしか。
16   其の上慈父の釈迦仏・悲母の多宝仏・慈悲の父母等同じく助証の十方の諸仏・一座に列らせ給いて、月と月とを
17 集めたるが如く・日と日とを並べたるが如く・ましましし時、 「諸の大衆に告ぐ我が滅度の後誰か能く此の経を護
18 持し読誦せんものなる、 今仏前に於て自ら誓言を説け」と三度まで諌させ給いしに、 八方・四百万億那由佗の国
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01 土に充満せさせ給いし諸大菩薩・身を曲・ 低頭合掌し倶に同時に声をあげて「世尊の勅の如く当に具さに奉行した
02 てまつるべし」と三度まで・声を惜まず・よばわりしかば、 いかでか法華経の行者には・かわらせ給はざるべき、
03 はんよきと云いしものけいかに頭を取せ・ きさつと云いしもの徐の君が塚に刀をかけし、 約束を違へじがためな
04 り、此れ等は震旦・辺土のえびすの如くなるものども・ だにも友の約束に命をも亡ぼし身に代へて思ふ刀をも塚に
05 懸くるぞかし、 まして諸大菩薩は本より大悲代受苦の誓ひ深し・仏の御諌なしとも・いかでか法華経の行者を捨て
06 給うべき、其の上我が成仏の経たる上・仏・慇懃に諌め給いしかば・仏前の御誓・丁寧なり行者を助け給う事疑うべ
07 からず。
08   仏は人天の主・一切衆生の父母なり・而も開導の師なり、父母なれども賎き父母は主君の義をかねず、主君なれ
09 ども父母ならざればおそろしき辺もあり、 父母・主君なれども師匠なる事はなし・諸仏は又世尊にてましませば主
10 君にては・ましませども・娑婆世界に出でさせ給はざれば師匠にあらず・ 又「其中衆生悉是吾子」とも名乗らせ給
11 はず・釈迦仏独・主師親の三義をかね給へり、 しかれども四十余年の間は提婆達多を罵給ひ諸の声聞をそしり菩薩
12 の果分の法門を惜み給しかば、仏なれども・よりよりは天魔・破旬ばしの我等をなやますかの疑ひ・人には・いはざ
13 れども心の中には思いしなり、 此の心は四十余年より法華経の始まで失せず、 而るを霊山八年の間に宝塔・ 虚
14 空に現じ二仏・日月の如く並び・諸仏大地に列り大山をあつめたるがごとく、 地涌千界の菩薩・虚空に星の如く列
15 り給いて、諸仏の果分の功徳を吐き給いしかば・宝蔵をかたぶけて貧人にあたうるがごとく・ 崑崙山のくづれたる
16 ににたりき、諸人此の玉をのみ拾うが如く此の八箇年が間・珍しく貴き事心髄にも・とをりしかば・諸菩薩・身命も
17 惜まず言をはぐくまず誓をなせし程に・ 属累品にして釈迦如来・宝塔を出でさせ給いてとびらを押したて給いしか
18 ば諸仏は国国へ返り給ひき、諸の菩薩等も諸仏に随ひ奉りて返らせ給ひぬ。
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01   やうやう心ぼそくなりし程に 「郤後三月当般涅槃」と唱えさせ給いし事こそ心ぼそく耳をどろかしかりしかば
02 諸菩薩二乗人天等ことごとく 法華経を聴聞して 仏の恩徳心肝にそみて、 身命をも法華経の御ために投て仏に見
03 せまいらせんと思いしに・仏の仰の如く若し涅槃せさせ給はば・いかに・あさましからんと胸さはぎして・ありし程
04 に・仏の御年.満八十と申せし二月十五日の寅卯の時・東天竺・舎衛国.倶尸那城・跌提河の辺にして仏御入滅なるべ
05 き由の御音・上は有頂・横には三千大千界まで・ひびきたりしこそ目もくれ・心もきえはてぬれ、五天竺・十六の大
06 国.五百の中国.十千の小国.無量の粟散国等の衆生.一人も衣食を調へず.上下をきらはず、牛馬.狼狗.鵰鷲.ミンモウ
07 等の五十二類の一類の数・大地微塵をも・つくしぬべし・況や五十二類をや、 此の類皆華香衣食をそなへて最後の
08 供養とあてがひき、 一切衆生の宝の橋おれなんとす・一切衆生の眼ぬけなんとす一切衆生の父母・主君・師匠死な
09 んとすなんど申すこえ・ひびきしかば・身の毛のいよ立のみならず・涙を流す、なんだを・ながすのみならず・頭を
10 たたき胸ををさへ音も惜まず叫びしかば・血の涙・血のあせ・倶尸那城に大雨よりも・しげくふり・大河よりも多く
11 流れたりき、是れ偏えに法華経にして仏になりしかば仏の恩の報ずる事かたかりしなり。
12   かかるなげきの庭にても法華経の敵をば舌を・きるべきよし・座につらなるまじきよしののしり侍りき、迦葉童
13 子菩薩は法華経の敵の国には霜雹となるべしと誓い給いき、 爾の時仏は臥よりをきて・ よろこばせ給いて善哉善
14 哉と讃め給いき、 諸菩薩は仏の御心を推して法華経の敵をうたんと申さば、 しばらくも・いき給いなんと思いて
15 一一の誓は・なせしなり、 されば諸菩薩・諸天人等は法華経の敵の出来せよかし仏前の御誓はたして・釈迦尊並び
16 に多宝仏・諸仏・如来にも・げに仏前にして誓いしが如く、 法華経の御ためには名をも身命をも惜まざりけりと思
17 はれまいらせんと・こそ・おぼすらめ。
18   いかに申す事は・をそきやらん、大地はささばはづるるとも虚空をつなぐ者はありとも・潮のみちひぬ事はあり
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01 とも日は西より出づるとも・法華経の行者の祈りのかなはぬ事はあるべからず、 法華経の行者を諸の菩薩・人天・
02 八部等・二聖・二天・十羅刹等・千に一も来つてまほり給はぬ事侍らば、上は釈迦諸仏をあなづり奉り下は九界をた
03 ぼらかす失あり、行者は必ず不実なりとも・智慧はをろかなりとも・身は不浄なりとも・戒徳は備へずとも・南無妙
04 法蓮華経と申さば必ず守護し給うべし、 袋きたなしとて金を捨る事なかれ・ 伊蘭をにくまば栴檀あるべからず、
05 谷の池を不浄なりと嫌はば蓮を取らざるべし、 行者を嫌い給はば誓を破り給いなん、 正像既に過ぎぬれば持戒は
06 市の中の虎の如し・智者は麟角よりも希ならん、 月を待つまでは灯を憑べし宝珠のなき処には金銀も宝なり、 白
07 烏の恩をば黒烏に報ずべし・聖僧の恩をば凡僧に報ずべし、 とくとく利生をさづけ給へと強盛に申すならば・いか
08 でか祈りのかなはざるべき。
09   問うて云く上にかかせ給ふ道理・文証を拝見するに・まことに日月の天に・おはしますならば大地に草木のおふ
10 るならば、 昼夜の国土にあるならば大地だにも反覆せずば大海のしほだにもみちひるならば、 法華経を信ぜん人
11 現世のいのり後生の善処は疑いなかるべし、 然りと雖も此の二十余年が間の天台・ 真言等の名匠・多く大事のい
12 のりをなすに・ はかばかしくいみじきいのりありともみえず、 尚外典の者どもよりもつたなきやうにうちをぼへ
13 て見ゆるなり、 恐らくは経文のそらごとなるか・行者のをこなひのをろかなるか・時機のかなはざるかと、うたが
14 はれて後生もいかんとをぼう。
15   それは・さてをきぬ・御房は山僧の御弟子とうけ給はる父の罪は子にかかり・師の罪は弟子にかかるとうけ給は
16 る、叡山の僧徒の薗城・山門の堂塔・仏像・経巻・数千万をやきはらはせ給うが、ことにおそろしく世間の人人もさ
17 わぎうとみあへるは・いかに・前にも少少うけ給はり候ぬれども今度くわしく・ききひらき候はん、 但し不審なる
18 ことは・かかる悪僧どもなれば三宝の御意にも・ かなはず天地にも・うけられ給はずして、祈りも叶はざるやらん
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01 と・をぼへ候はいかに、 答て云くせんぜんも少少申しぬれども今度又あらあら申すべし、 日本国にをいては此の
02 事大切なり、 これをしらざる故に多くの人口に罪業をつくる、 先づ山門はじまりし事は此の国に仏法渡つて二百
03 余年、桓武天皇の御宇に伝教大師立て始め給いしなり、 当時の京都は昔聖徳太子・王気ありと相し給いしかども・
04 天台宗の渡らん時を待ち給いし間・都をたて給はず、 又上宮太子の記に云く「我が滅後二百余年に仏法日本に弘ま
05 る可し」云云、 伝教大師・延暦年中に叡山を立て給ふ桓武天皇は平の京都をたて給いき、 太子の記文たがはざる
06 故なり、 されば山門と王家とは松と栢とのごとし、 蘭と芝とににたり、松かるれば必ず栢かれらんしぼめば又し
07 ばしぼむ、 王法の栄へは山の悦び・王位の衰へは山の歎きと見えしに・既に世・関東に移りし事なにとか思食しけ
08 ん。
09   秘法四十一人の行者・ 承久三年辛巳四月十九日京夷乱れし時関東調伏の為め隠岐の法皇の宣旨に依つて始めて
10 行はれ御修法十五壇の秘法,一字金輪法.天台座主慈円僧正.伴僧十二口.関白殿基通の御沙汰四天王法成興寺の宮僧正
                                  .僧伴八口広瀬殿に於て修明門院の御沙汰.不
11 動明王法成宝僧正.伴僧八口.花山院禅門の御沙汰.大威徳法観厳僧正.伴僧八口.七条院の御沙汰.転輪聖王法成賢僧正
                                .伴僧八口.同院の御沙汰.十壇大威徳法伴僧六口.
12 覚朝僧正.俊性法印.永信法印.豪円法印.猷円僧都.慈賢僧正.賢乗僧都.仙尊僧都.行遍僧都.実覚法眼.已上十人大旨本
                     坊に於て之を修す如意輪法妙高院僧正・伴僧八口宜秋門院の御沙汰毘沙門
13 法常住院僧正.三井.伴僧六口・資賃の御沙汰御本尊一日之を造らせらる・調伏の行儀は如法愛染王法仁和寺御室の行
                                   法・五月三日之れを始めて紫宸殿に於て二
14 七日之を修せらる仏眼法大政僧正・三七日之を修す六字法快雅僧都愛染王法観厳僧正・七日之を修す不動法勧修寺の
                                   僧正・伴僧八口・皆僧綱大威徳法安芸僧正
15 金剛童子法同人・已上十五壇の法了れり、五月十五日伊賀太郎判官光季京にして討たれ、 同十九日鎌倉に聞え、同
16 二十一日大勢軍兵上ると聞えしかば残る所の法.六月八日之れを行ひ始めらる、尊星王法覚朝僧正.太元法蔵有僧都五
17 壇法大政僧正.永信法印.全尊僧都.猷円僧都.行遍僧都・守護経法御室之を行はせらる我朝二度之を行う五月二十一日
                                     武蔵の守殿が海道より上洛し甲斐源氏
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01 は山道を上る式部殿は北陸道を上り給う、六月五日・大津をかたむる手・甲斐源氏に破られ畢んぬ、 同六月十三日
02 十四日宇治橋の合戦・同十四日に京方破られ畢んぬ、 同十五日に武蔵守殿六条へ入り給ふ諸人入り畢んぬ、 七月
03 十一日に本院は隠岐の国へ流され給ひ・中院は阿波の国へ流され給ひ・第三院は佐渡の国へ流され給ふ、 殿上人七
04 人誅殺せられ畢んぬ、 かかる大悪法・年を経て漸漸に関東に落ち下りて諸堂の別当・供僧となり連連と之を行う、
05 本より教法の邪正勝劣をば知食さず、 只三宝をば・あがむべき事と・ばかり・おぼしめす故に自然として是を用ひ
06 きたれり、 関東の国国のみならず叡山・東寺・薗城寺の座主・別当・皆関東の御計と成りぬる故に彼の法の檀那と
07 成り給いぬるなり。
08   問て云く真言の教を強に邪教と云う心如何、 答えて云く弘法大師云く第一大日経・第二華厳経・第三法華経と
09 能能此の次第を案ずべし、 仏は何なる経にか此の三部の経の勝劣を説き判じ給へるや、 若し第一大日経・第二華
10 厳経・第三法華経と説き給へる経あるならば尤も然るべし、 其の義なくんば甚だ以て依用し難し、 法華経に云く
11 「薬王今汝に告ぐ我所説の諸経而かも 此の経の中に於て法華最も第一なり」云云、 仏正く諸教を挙げて其の中に
12 於いて法華第一と説き給ふ、 仏の説法と弘法大師の筆とは水火の相違なり尋ね究むべき事なり、 此筆を数百年が
13 間・凡僧・高僧・是を学し貴賎・上下・是を信じて大日経は一切経の中に第一とあがめける事仏意に叶はず、心あら
14 ん人は能く能く思い定むべきなり、 若し仏意に相叶はぬ筆ならば信ずとも豈成仏すべきや、又是を以て国土を祈ら
15 んに当に不祥を起さざるべきや、 又云く「震旦の人師等諍て醍醐を盗む」云云、 文の意は天台大師等・ 真言教
16 の醍醐を盗んで法華経の醍醐と名け給へる事は、 此の筆最第一の勝事なり、 法華経を醍醐と名け給へる事は、天
17 台大師・ 涅槃経の文を勘へて一切経の中には法華経を醍醐と名くと判じ給へり、 真言教の天竺より唐土へ渡る事
18 は天台出世の以後二百余年なり、 されば二百余年の後に渡るべき真言の醍醐を盗みて 法華経の醍醐と名け給ひけ
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01 るか此の事不審なり不審なり 、真言未だ渡らざる以前の二百余年の人人を盗人とかき給へる事・ 証拠何れぞや、
02 弘法大師の筆をや信ずべき、 涅槃経に法華経を醍醐と説けるをや信ずべき、 若し天台大師盗人ならば涅槃経の文
03 をば云何がこころうべき、 さては涅槃経の文・真実にして弘法の筆・邪義ならば邪義の教を信ぜん人人は云何、只
04 弘法大師の筆と仏の説法と勘へ合せて正義を信じ侍るべしと申す計りなり。
05   疑て云く大日経は大日如来の説法なり・若し爾らば釈尊の説法を以て大日如来の教法を打ちたる事・都て道理に
06 相叶はず如何、 答えて云く大日如来は何なる人を父母として何なる国に出で大日経を説き給けるやらん、 もし父
07 母なくして出世し給うならば釈尊入滅以後、 慈尊出世以前、 五十六億七千万歳が中間に仏出でて説法すべしと云
08 う事何なる経文ぞや、 若し証拠なくんば誰人か信ずべきや、 かかる僻事をのみ構へ申す間・邪教とは申すなり、
09 其の迷謬尽しがたし纔か一二を出すなり、 加之並びに禅宗・念仏等を是を用る、 此れ等の法は皆未顕真実の権教
10 不成仏の法・無間地獄の業なり、 彼の行人又謗法の者なり争でか御祈祷叶ふべきや、 然るに国主と成り給ふ事は
11 過去に正法を持ち仏に仕ふるに依つて大小の王・皆梵王・帝釈・日月・四天等の御計ひとして郡郷を領し給へり、所
12 謂経に云く「我今五眼をもて明に三世を見るに 一切の国王皆過去世に五百の仏に侍するに由つて 帝王主と為るこ
13 とを得たり」等云云、 然るに法華経を背きて真言・禅・念仏等の邪師に付いて諸の善根を修せらるるとも、敢て仏
14 意に叶はず・神慮にも違する者なり・能く能く案あるべきなり、 人間に生を得る事・都て希なり適生を受けて法の
15 邪正を極めて未来の成仏を期せざらん事・返返本意に非ざる者なり、 又慈覚大師・御入唐以後・本師伝教大師に背
16 かせ給いて叡山に真言を弘めんが為に御祈請ありしに・ 日を射るに日輪動転すと云う夢想を御覧じて、 四百余年
17 の間・諸人是を吉夢と思へり、 日本国は殊に忌むべき夢なり、 殷の紂王・日輪を的にして射るに依つて身亡びた
18 り、此の御夢想は権化の事なりとも能く能く思惟あるべきか、仍つて九牛の一毛註する所件の如し。
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祈祷経送状    文永十年正月    五十二歳御作   与最蓮房日浄
01   御礼の旨委細承はり候畢んぬ、 兼ては又末法に入つて法華経を持ち候者は三類の強敵を蒙り候はん事は面拝の
02 時大概申し候畢んぬ、 仏の金言にて候上は不審を致すべからず候か、 然らば則日蓮も此の法華経を信じ奉り候て
03 後は或は頭に疵を蒙り 或は打たれ或は追はれ或は頚の座に臨み或は流罪せられ候し程に 結句は此の嶋まで遠流せ
04 られ候ぬ。
05   何なる重罪の者も現在計りこそ罪科せられ候へ、日蓮は三世の大難に値い候ぬと存し候、 其の故は現在の大難
06 は今の如し、 過去の難は当世の諸人等が申す如くば、 如来在世の善星・倶伽利等の大悪人が重罪の余習を失せず
07 して如来の滅後に生れて 是くの如く仏法に敵をなすと申し候是なり、 次に未来の難を申し候はば当世の諸人の部
08 類等・ 謗じ候はん様は此の日蓮房は存在の時は種種の大難にあひ・死門に趣むくの時は自身を自ら食して死る上は
09 定めて大阿鼻地獄に墜在して無辺の苦を受くるらんと申し候はんずるなり、 古より已来世間出世の罪科の人・ 貴
10 賎.上下・持戒・毀戒・凡聖に付けて多く候へども但其は現在計りにてこそ候に.日蓮は現在は申すに及ばす過去・未
11 来に至るまで三世の大難を蒙り候はん事は 只偏に法華経の故にて候なり、 日蓮が三世の大難を以て法華経の三世
12 の御利益を覚し食され候へ、 過去久遠劫より已来・未来永劫まで 妙法蓮華経の三世の御利益尽くすべからず候な
13 り、 日蓮が法華経の方人を少分仕り候だにも加様の大難に遭い候、 まして釈尊の世世・番番の法華経の御方人を
14 思い遣りまいらせ候に道理申す計りなくこそ候へ、されば勧持品の説相は暫時も廃せず殊更殊更貴く覚え候。
15   一御山篭の御志しの事、凡そ末法折伏の行に背くと雖も病者にて御座候上・天下の災・国土の難・強盛に候はん
16 時・我が身につみ知り候はざらんより外は・いかに申し候とも・国主信ぜられまじく候へば・日蓮尚篭居の志候、ま
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01 して御分の御事はさこそ候はんずらめ、 仮使山谷に篭居候とも御病も平癒して 便宜も吉候はば身命を捨て弘通せ
02 しめ給ふべし。
03   一仰せを蒙りて候末法の行者・息災延命の祈祷の事、 別紙に一巻註し進らせ候、毎日一返闕如無く読誦せらる
04 べく候、 日蓮も信じ始め候し日より毎日此れ等の勘文を誦し候て 仏天に祈誓し候によりて、種種の大難に遇うと
05 雖も法華経の功力釈尊の金言深重なる故に 今まで相違無くて候なり、 其れに付いても法華経の行者は信心に退転
06 無く身に詐親無く・ 一切法華経に其の身を任せて金言の如く修行せば、 慥に後生は申すに及ばず今生も息災延命
07 にして勝妙の大果報を得・広宣流布大願をも成就す可きなり。
08   一御状に十七出家の後は妻子を帯せず肉を食せず等云云、 権教を信ぜし大謗法の時の事は何なる持戒の行人と
09  申し候とも、 法華経に背く謗法罪の故に正法の破戒の大俗よりも百千万倍劣り候なり、彼の謗法の比丘は持戒な
10 りと雖も無間に墜す、 正法の大俗は破戒なりと雖も成仏疑い無き故なり、 但今の御身は念仏等の権教を捨てて正
11 法に帰し給う故に誠に持戒の中の清浄の聖人なり、 尤も比丘と成つては権宗の人すら尚然る可し 況や正法の行人
12 をや、 仮使権宗の時の妻子なりともかかる大難は遇はん時は振捨て 正法を弘通すべきの処に地体よりの聖人尤も
13 吉し尤も吉し、 相構え相構え向後も夫妻等の寄来とも遠離して 一身に障礙無く国中の謗法をせめて釈尊の化儀を
14 資け奉る可き者なり、 猶猶向後は此の一巻の書を誦して仏天に祈誓し御弘通有る可く候 但此の書は弘通の志有ら
15 ん人に取つての事なり、 此の経の行者なればとて器用に能はざる者には左右無く之を授与すべからず候か、 穴賢
16 穴賢、恐恐謹言。
17       文永十年癸酉正月二十八日                日蓮花押
18     最蓮房御返事
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諸法実相抄    文永十年五月    五十二歳御作   与最蓮房日浄   日蓮  之を記す
01   問うて云く法華経の第一方便品に云く「諸法実相乃至本末究竟等」云云、此の経文の意如何、 答えて云く下地
02 獄より上仏界までの十界の依正の当体・ 悉く一法ものこさず妙法蓮華経のすがたなりと云ふ経文なり 依報あるな
03 らば必ず正報住すべし、 釈に云く「依報正報・常に妙経を宣ぶ」等云云、又云く「実相は必ず諸法・諸法は必ず十
04 如十如は必ず十界十界は必ず身土」、 又云く「阿鼻の依正は全く極聖の自心に処し、 毘盧の身土は凡下の一念を
05 逾えず」云云、 此等の釈義分明なり誰か疑網を生ぜんや、 されば法界のすがた 妙法蓮華経の五字にかはる事な
06 し、釈迦多宝の二仏と云うも妙法等の五字より用の利益を施し給ふ時・ 事相に二仏と顕れて宝塔の中にして・うな
07 づき合い給ふ、 かくの如き等の法門・日蓮を除きては申し出す人一人もあるべからず、天台・妙楽・伝教等は心に
08 は知り給へども言に出し給ふまではなし・胸の中にしてくらし給へり、 其れも道理なり、付嘱なきが故に・時のい
09 まだ・いたらざる故に・仏の久遠の弟子にあらざる故に、地涌の菩薩の中の上首唱導・上行・無辺行等の菩薩より外
10 は、 末法の始の五百年に出現して法体の妙法蓮華経の五字を弘め給うのみならず、 宝塔の中の二仏並座の儀式を
11 作り顕すべき人なし、 是れ即本門寿量品の事の一念三千の法門なるが故なり、 されば釈迦・多宝の二仏と云うも
12 用の仏なり、 妙法蓮華経こそ本仏にては御座候へ、 経に云く「如来秘密神通之力」是なり、如来秘密は体の三身
13 にして本仏なり、 神通之力は用の三身にして迹仏ぞかし、 凡夫は体の三身にして本仏ぞかし、仏は用の三身にし
14 て迹仏なり、 然れば釈迦仏は我れ等衆生のためには主師親の三徳を備へ給うと思ひしに、 さにては候はず返つて
15 仏に三徳をかふらせ奉るは凡夫なり、 其の故は如来と云うは天台の釈に「如来とは十方三世の諸仏・二仏・三仏・
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01 本仏・迹仏の通号なり」と判じ給へり、 此の釈に本仏と云うは凡夫なり迹仏と云ふは仏なり、 然れども迷悟の不
02 同にして生仏・異なるに依つて倶体・倶用の三身と云ふ事をば衆生しらざるなり、 さてこそ諸法と十界を挙げて実
03 相とは説かれて候へ、 実相と云うは妙法蓮華経の異名なり・諸法は妙法蓮華経と云う事なり、 地獄は地獄のすが
04 たを見せたるが実の相なり、 餓鬼と変ぜば地獄の実のすがたには非ず、 仏は仏のすがた凡夫は凡夫のすがた、万
05 法の当体のすがたが妙法蓮華経の当体なりと云ふ事を諸法実相とは申すなり、 天台云く 「実相の深理本有の妙法
06 蓮華経」と云云、 此の釈の意は実相の名言は迹門に主づけ本有の妙法蓮華経と云うは本門の上の法門なり、 此の
07 釈能く能く心中に案じさせ給へ候へ。
08   日蓮・ 末法に生れて上行菩薩の弘め給うべき所の妙法を先立て粗ひろめ、つくりあらはし給うべき本門寿量品
09 の古仏たる釈迦仏・迹門宝塔品の時・涌出し給う多宝仏・涌出品の時・出現し給ふ地涌の菩薩等を先作り顕はし奉る
10 事、予が分斉にはいみじき事なり、 日蓮をこそ・にくむとも内証には・いかが及ばん、さればかかる日蓮を此の嶋
11 まで遠流しける罪・無量劫にもきへぬべしとも覚へず、 譬喩品に云く「若し其の罪を説かば劫を窮むるも尽きず」
12 とは是なり、 又日蓮を供養し又日蓮が弟子檀那となり給う事、 其の功徳をば仏の智慧にても・はかり尽し給うべ
13 からず、 経に云く「仏の智慧を以て籌量するも多少其の辺を得ず」と云へり、 地涌の菩薩のさきがけ日蓮一人な
14 り、 地涌の菩薩の数にもや入りなまし、 若し日蓮地涌の菩薩の数に入らば豈に日蓮が弟子檀那・地涌の流類に非
15 ずや、 経に云く「能く竊かに一人の為めに法華経の乃至一句を説かば当に知るべし是の人は則ち如来の使・ 如来
16 の所遣として如来の事を行ずるなり」と、 豈に別人の事を説き給うならんや、 されば余りに人の我をほむる時は
17 如何様にもなりたき意の出来し候なり、 是ほむる処の言よりをこり候ぞかし、 末法に生れて法華経を弘めん行者
18 は、三類の敵人有つて流罪死罪に及ばん、 然れどもたえて弘めん者をば衣を以て釈迦仏をほひ給うべきぞ、 諸天
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01 は供養をいたすべきぞ・かたにかけせなかにをふべきぞ・ 大善根の者にてあるぞ・一切衆生のためには大導師にて
02 あるべしと・釈迦仏多宝仏・ 十方の諸仏・菩薩・天神七代・地神五代の神神・鬼子母神・十羅刹女・四大天王・梵
03 天.帝釈.閻魔法王.水神.風神.山神.海神.大日如来.普賢.文殊.日月等の諸尊たちにほめられ奉る間、無量の大難をも
04 堪忍して候なり、 ほめられぬれば我が身の損ずるをも・かへりみず、そしられぬる時は又我が身のやぶるるをも・
05 しらず、ふるまふ事は凡夫のことはざなり。
06   いかにも今度・信心をいたして法華経の行者にてとをり、 日蓮が一門となりとをし給うべし、日蓮と同意なら
07 ば地涌の菩薩たらんか、 地涌の菩薩にさだまりなば釈尊久遠の弟子たる事あに疑はんや、 経に云く「我久遠より
08 来かた是等の衆を教化す」とは是なり、 末法にして妙法蓮華経の五字を弘めん者は男女はきらふべからず、 皆地
09 涌の菩薩の出現に非ずんば唱へがたき題目なり、 日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱へしが、二人・三人・百人
10 と次第に唱へつたふるなり、 未来も又しかるべし、 是あに地涌の義に非ずや、剰へ広宣流布の時は日本一同に南
11 無妙法蓮華経と唱へん事は大地を的とするなるべし、 ともかくも法華経に名をたて身をまかせ給うべし、 釈迦仏
12 多宝仏・十方の諸仏・菩薩・虚空にして二仏うなづき合い、 定めさせ給いしは別の事には非ず、唯ひとへに末法の
13 令法久住の故なり、 既に多宝仏は半座を分けて釈迦如来に奉り給いし時、 妙法蓮華経の旛をさし顕し、釈迦・多
14 宝の二仏大将としてさだめ給いし事あに・いつはりなるべきや、併ら我等衆生を仏になさんとの御談合なり。
15   日蓮は其の座には住し候はねども経文を見候に・すこしもくもりなし、又其の座にもや・ありけん凡夫なれば過
16 去をしらず、 現在は見へて法華経の行者なり 又未来は決定として当詣道場なるべし、 過去をも是を以て推する
17 に虚空会にもやありつらん、 三世各別あるべからず、 此くの如く思ひつづけて候へば流人なれども喜悦はかりな
18 しうれしきにも・なみだ・ つらきにもなみだなり涙は善悪に通ずるものなり彼の千人の阿羅漢・ 仏の事を思ひい
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01 でて涙をながし、 ながしながら文殊師利菩薩は妙法蓮華経と唱へさせ給へば、 千人の阿羅漢の中の阿難尊者は・
02 なきながら如是我聞と答え給う、 余の九百九十人はなくなみだを硯の水として、 又如是我聞の上に妙法蓮華経と
03 かきつけしなり、 今日蓮もかくの如し、 かかる身となるも妙法蓮華経の五字七字を弘むる故なり、釈迦仏・多宝
04 仏・未来・日本国の一切衆生のために・とどめをき給ふ処の妙法蓮華経なりと、 かくの如く我も聞きし故ぞかし、
05 現在の大難を思いつづくるにもなみだ、 未来の成仏を思うて喜ぶにもなみだせきあへず、 鳥と虫とはなけどもな
06 みだをちず、日蓮は・なかねども・なみだひまなし、 此のなみだ世間の事には非ず但偏に法華経の故なり、若しか
07 らば甘露のなみだとも云つべし、 涅槃経には父母・兄弟・妻子・眷属にはかれて流すところの涙は四大海の水より
08 もををしといへども、仏法のためには一滴をも・こぼさずと見えたり、 法華経の行者となる事は過去の宿習なり、
09 同じ草木なれども仏とつくらるるは宿縁なるべし、仏なりとも権仏となるは又宿業なるべし。
10   此文には日蓮が大事の法門ども・かきて候ぞ、よくよく見ほどかせ給へ・意得させ給うべし、一閻浮提第一の御
11 本尊を信じさせ給へ、あひかまへて・あひかまへて・信心つよく候て三仏の守護をかうむらせ給うべし、 行学の二
12 道をはげみ候べし、 行学たへなば仏法はあるべからず、我もいたし人をも教化候へ、 行学は信心よりをこるべく
13 候、力あらば一文一句なりともかたらせ給うべし、南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経、恐恐謹言。
14       五月十七日                       日蓮花押
15     追申候、日蓮が相承の法門等・前前かき進らせ候き、ことに此の文には大事の事どもしるしてまいらせ候ぞ
16     不思議なる契約なるか、六万恒沙の上首・上行等の四菩薩の変化か、さだめてゆへあらん、総じて日蓮が身
17     に当ての法門わたしまいらせ候ぞ、日蓮もしや六万恒沙の地涌の菩薩の眷属にもやあるらん、南無妙法蓮華
18     経と唱へて日本国の男女を・みちびかんとおもへばなり、経に云く一名上行乃至唱導之師とは説かれ候はぬ
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01     か、まことに宿縁のをふところ予が弟子となり給う、此の文あひかまへて秘し給へ、日蓮が己証の法門等か
02     きつけて候ぞ、とどめ畢んぬ。
03     最蓮房御返事
十八円満抄                         日蓮之を記す
01   問うて云く十八円満の法門の出処如何、答えて云く源・蓮の一字より起れるなり、問うて云く此の事所釈に之を
02 見たりや、答えて云く伝教大師の修禅寺相伝の日記に之在り此法門は当世天台宗の奥義なり秘すべし秘すべし。
03   問うて云く十八円満の名目如何、答えて云く一に理性円満.二に修行円満・三に化用円満.四に果海円満・五に相
04 即円満.六に諸教円満・七に一念円満・八に事理円満.九に功徳円満・十に諸位円満・十一に種子円満・十二に権実円
05 満・十三に諸相円満.十四に俗諦円満・十五に内外円満・十六に観心円満.十七に寂照円満・十八に不思議円満已上。
06   問うて云く意如何、答えて云く此の事伝教大師の釈に云く次に蓮の五重玄とは蓮をば華因成果の義に名く、 蓮
07 の名は十八円満の故に蓮と名く、 一に理性円満謂く万法悉く真如法性の実理に帰す実性の理に万法円満す 故に理
08 性を指して蓮と為す、 二に修行円満謂く有相・無相の二行を修して万行円満す故に修行を蓮と為す、 三に化用円
09 満謂く心性の本理に諸法の因分有り 此の因分に由つて化他の用を具す故に蓮と名く、 四に果海円満とは諸法の自
10 性を尋ねて悉く本性を捨て無作の三身を成す 法として無作の三身に非ること無し故に蓮と名く、 五に相即円満謂
11 く煩悩の自性全く菩提にして一体不二の故に蓮と為す、 六に諸教円満とは諸仏の内証の本蓮に諸教を具足して 更
12 に闕減なきが故に、 七に一念円満謂く根塵相対して一念の心起るに三千世間を具するが故に、 八に事理円満とは
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01 一法の当体而二不二にして闕減無く具足するが故に、 九に功徳円満謂く妙法蓮華経に万行の功徳を具して 三力の
02 勝能有るが故に、 十に諸位円満とは但だ一心を点ずるに六即円満なるが故に、 十一に種子円満とは一切衆生の心
03 性に本より成仏の種子を具す・権教は種子円満無きが故に・皆成仏道の旨を説かず故に蓮の義無し、 十二に権実円
04 満謂く法華実証の時は実に即して而かも権・ 権に即して而かも実・権実相即して闕減無き故に円満の法にして既に
05 三身を具するが故に諸仏常に法を演説す、 十三に諸相円満謂く一一の相の中に皆八相を具して 一切の諸法常に八
06 相を唱う、 十四に俗諦円満謂く十界・百界乃至三千の本性常住不滅なり本位を動せず当体即理の故に、 十五に内
07 外円満謂く非情の外器に内の六情を具す 有情数の中に亦非情を具す、 余教は内外円満を説かざるが故に草木成仏
08 すること能わず草木非成仏の故に 亦蓮と名けず十六に観心円満とは六塵六作常に心相を観ず 更に余義に非るが故
09 に、 十七に寂照円満とは文に云く法性寂然なるを止と名く寂にして 而かも常に照すを観と名くと、 十八に不思
10 議円満謂く細しく 諸法の自性を尋ねるに非有非無にして諸の情量を絶して 亦三千三観並びに寂照等の相無く大分
11 の深義本来不思議なるが故に名けて蓮と為るなり、 此の十八円満の義を以て委く経意を案ずるに 今経の勝能並に
12 観心の本義良とに蓮の義に由る、 二乗・悪人草木等の成仏並びに久遠塵点等は 蓮の徳を離れては余義有ること無
13 し、座主の伝に云く 玄師の正決を尋ねるに十九円満を以て蓮と名く 所謂当体円満を加う、当体円満とは当体の蓮
14 華なり謂く諸法自性清浄にして 染濁を離るるを本より蓮と名く、 一経の説に依るに一切衆生の心の間に八葉の蓮
15 華有り男子は上に向い女人は下に向う、 成仏の期に至れば設い女人なりと雖も 心の間の蓮華速かに還りて上に向
16 う、然るに今の蓮仏意に在るの時は本性清浄当体の蓮と成る若し機情に就いては此の蓮華譬喩の蓮と成る。
17   次に蓮の体とは体に於て多種有り、 一には徳体の蓮謂く本性の三諦を蓮の体と為す、二には本性の蓮体三千の
18 諸法本より已来当体不動なるを蓮の体と為す、 三には果海真善の体一切諸法は本是れ三身にして 寂光土に住す設
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01 い一法なりと雖も三身を離れざる故に三身の果を以て蓮の体と為す、 四には大分真如の体謂く不変・ 随縁の二種
02 の真如を並びに証分の真如と名く本迹寂照等の相を分たず諸法の自性不可思議なるを蓮の体と為す。
03   次に蓮の宗とは果海の上の因果なり、 和尚の云く六即の次位は妙法蓮華経の五字の中には正しく蓮の字に在り
04 蓮門の五重玄の中には正しく蓮の字より起る、 所以何ん理即は本性と名く本性の真如・ 理性円満の故に理即を蓮
05 と名け果海本性の解行証の位に住するを果海の次位と名く、 智者大師自解仏乗の内証を以て 明に経旨を見給うに
06 蓮の義に於て 六即の次位を建立し給えり故に文に云く 此の六即の義は一家より起れりと、然るに始覚の理に依て
07 在纒真如を指して理即と為し 妙覚の証理を出纒真如と名く、 正く出纒の為めに諸の万行を修するが故に法性の理
08 の上の因果なり故に亦蓮の宗と名く蓮に六の勝能有り一には自性清浄にして泥濁に染まず理即、二には華・台・実の
09 三種具足して減すること無し名字即.諸法即是れ三諦と解了するが故に三には初め種子より実を成ずるに至るまで華.
                                                台・実の三種
10 相続して断ぜず観行即・念念相続して修し廃するなき故に四には華葉の中に在つて未熟の実真の実に似たり相似即五
                                               には花開き蓮現
11 ず分真即、六には花落ちて蓮成ず究竟即、此の義を以ての故に六即の深義は源・蓮の字より出でたり。
12   次に蓮の用とは六即円満の徳に由つて常に化用を施すが故に。
13   次に蓮の教とは本有の三身果海の蓮性に住して常に浄法を説き八相成道し四句成利す、 和尚云く証道の八相は
14 無作三身の故に四句の成道は蓮教の処に在り只無作三身を指して本覚の蓮と為す、 此の本蓮に住して 常に八相を
15 唱へ常に四句の成道を作す故なり已上、修禅寺相伝の日記之をみるに妙法蓮華経の五字に於て各各五重玄なり蓮の字
16 の五重玄義.此くの如し余は之を略す,日蓮案じて云く此の相伝の義の如くんば万法の根源,一心三観.一念三千.三諦.
                                                六即・境智の
17 円融・本迹の所詮源蓮の一字より起る者なり云云。
18   問うて云く総説の五重玄とは如何、答えて云く総説の五重玄とは妙法蓮華経の五字即五重玄なり、 妙は名・法
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01 は体・蓮は宗・華は用・経は教なり、又総説の五重玄に二種有り一には仏意の五重玄・二には機情の五重玄なり。
02   仏意の五重玄とは諸仏の内証に五眼の体を具する即ち妙法蓮華経の五字なり、仏眼は妙・法眼は法・慧眼は蓮・
03 天眼は華・ 肉眼は経なり、 妙は不思議に名く故に真空冥寂は仏眼なり、 法は分別に名く法眼は仮なり分別の形
04 なり、 慧眼は空なり果の体は蓮なり、 華は用なる故に天眼と名く神通化用なり、経は破迷の義に在り迷を以て所
05 対と為す故に肉眼と名く、 仏智の内証に五眼を具する即ち五字なり五字又五重玄なり 故に仏智の五重玄と名く、
06 亦五眼即五智なり、法界体性智は仏眼・大円鏡智は法眼・平等性智は慧眼・妙観察智は天眼・成所作智は肉眼なり、
07 問う一家には五智を立つるや、 答う既に九識を立つ故に五智を立つべし、 前の五識は成所作智・第六識は妙観察
08 智・第七識は平等性智・第八識は大円鏡智・第九識は法界体性智なり。
09   次に機情の五重玄とは機の為に説く所の妙法蓮華経は 即ち是れ機情の五重玄なり首題の五字に付いて五重の一
10 心三観有り、伝に云く、
11   妙  不思議の一心三観  天真独朗の故に不思議なり。
12   法  円融の 一心三観  理性円融なり総じて九箇を成す。
13   蓮  得意の 一心三観  果位なり。
14   華  複疎の 一心三観  本覚の修行なり。
15   経  易解の 一心三観  教談なり。
16   玄文の第二に此の五重を挙ぐ文に随つて解すべし、 不思議の一心三観とは智者己証の法体・理非造作の本有の
17 分なり三諦の名相無き中に 於て強いて名相を以つて説くを不思議と名く、 円融とは理性法界の処に本より已来三
18 諦の理有り互に円融して九箇と成る、 得意とは不思議と円融との三観は 凡心の及ぶ所に非ず 但だ聖智の自受用
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01 の徳を以て量知すべき故に得意と名く、 複疎とは無作の三諦は 一切法に遍して本性常住なり 理性の円融に同じ
02 からず故に複疎と名く、 易解とは三諦円融等の義知り難き故に 且らく次第に附して其の義を分別す故に易解と名
03 く、此れを附文の五重と名く,次に本意に依て亦五重の三観有り,一に三観一心入寂門の機,二に一心三観入照門の機,
04 三に住果還の一心三観・ 上の機有りて知識の一切の法は皆是れ仏法なりと説くを聞いて真理を開す 入真已後観を
05 極めんが為に一心三観を修す、 四に為果行因の一心三観謂く果位究竟の妙果を聞いて 此の果を得んが為に種種の
06 三観を修す、 五に付法の一心三観・ 五時八教等の種種の教門を聞いて此の教義を以て心に入れて観を修す故に付
07 法と名く、山家の云く塔中の言なり亦立行相を授く三千三観の妙行を修し解行の精微に由つて深く自証門に入る我汝
08 が証相を領するに法性寂然なるを止と名け寂にして常に照すを観と名くと。
09   問うて云く天真独朗の止観の時・一念三千・一心三観の義を立つるや、答えて云く両師の伝不同なり、座主の云
10 く天真独朗とは一念三千の観是なり、 山家師の云く一念三千而も指南と為す 一念三千とは一心より三千を生ずる
11 にも非ず一心に三千を具するにも非ず 並立にも非ず次第にも非ず故に理非造作と名く、 和尚の云く天真独朗に於
12 ても亦多種有り乃至迹中に明す所の不変真如も亦天真なり、 但し大師本意の天真独朗とは 三千三観の相を亡し一
13 心一念の義を絶す 此の時は解無く行無し 教行証の三箇の次第を経るの時・ 行門に於て一念三千の観を建立す、
14 故に十章の第七の処に於て 始めて観法を明す是れ因果階級の意なり、 大師内証の伝の中に第三の止観には伝転の
15 義無しと云云、 故に知んぬ証分の止観には別法を伝えざることを、 今止観の始終に録する所の諸事は皆是れ教行
16 の所摂にして実証の分に非ず、 開元符州の玄師相伝に云く言を以て 之を伝うる時は行証共に教と成り心を以て之
17 を観ずる時は教証は行の体と成る 証を以て之を伝うる時は教行亦不可思議なりと、 後学此の語に意を留めて更に
18 忘失すること勿れ宛かも此の宗の本意・立教の元旨なり和尚の貞元の本義源此れより出でたるなり。
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01   問うて云く天真独朗の法・滅後に於て何れの時か流布せしむべきや、 答えて云く像法に於て弘通すべきなり、
02 問うて云く末法に於て流布の法の名目如何、 答えて云く日蓮の己心相承の秘法此の答に顕すべきなり 所謂南無妙
03 法蓮華経是なり、 問うて云く証文如何、答えて云く神力品に云く「爾の時・仏・上行等の菩薩に告げたまわく要を
04 以て之を言わば乃至宣示顕説す」云云、 天台大師云く「爾時仏告上行の下は第三結要付属なり」 又云く「経中の
05 要説・ 要は四事に在り総じて一 経を結するに唯四ならくのみ其の枢柄を撮つて之を授与す」問うて云く今の文は
06 上行菩薩等に授与するの文なり 汝何んが故ぞ己心相承の秘法と云うや、 答えて云く上行菩薩の弘通し給うべき秘
07 法を日蓮先き立つて之を弘む 身に当るの意に非ずや上行菩薩の代官の一分なり、 所詮末法に入つて天真独朗の法
08 門無益なり助行には用ゆべきなり 正行には唯南無妙法蓮華経なり、 伝教大師云く「天台大師は釈迦に信順して法
09 華宗を助けて震旦に敷揚し 叡山の一家は天台に相承して法華宗を助けて日本に弘通す」 今日蓮は塔中相承の南無
10 妙法蓮華経の七字を末法の時・ 日本国に弘通す是れ豈時国相応の仏法に非ずや、 末法に入つて天真独朗の法を弘
11 めて正行と為さん者は必ず無間大城に墜ちんこと疑無し、 貴辺年来の権宗を捨てて日蓮が弟子と成り給う 真実・
12 時国相応の智人なり 総じて予が弟子等は我が如く正理を修行し給え智者・ 学匠の身と為りても地獄に墜ちて何の
13 詮か有るべき所詮時時念念に南無妙法蓮華経と唱うべし。
14   上に挙ぐる所の法門は御存知為りと雖も書き進らせ候なり、 十八円満等の法門能く能く案じ給うべし並びに当
15 体蓮華の相承等日蓮が己証の法門等 前前に書き進らせしが如く 委くは修禅寺相伝日記の如し天台宗の奥義之に過
16 ぐべからざるか、 一心三観・一念三千の極理は妙法蓮華経の一言を出でず 敢て忘失すること勿れ敢て忘失するこ
17 と勿れ、 伝教大師云く「和尚慈悲有つて一心三観を一言に伝う」玄旨伝に云く「一言の妙旨なり一教の玄義なり」
18 と云云、 寿量品に云く 「毎に自ら是の念を作す何を以てか 衆生をして無上道に入り 速に仏身を成就すること
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01 を得せしめん」と云云、毎自作是念の念とは一念三千生仏本有の一念なり、秘す可し秘す可し、恐恐謹言。
02       弘安三年十一月三日                   日蓮花押
03     最蓮房に之を送る
六郎恒長御消息    文永元年九月    四十三歳御作   与南部六郎恒長    於安房
01   所詮念仏を無間地獄と云う義に二つ有り、 一には念仏者を無間地獄とは日本国・一切念仏衆の元祖法然上人の
02 選択集に浄土三部を除いてより以外・一代聖教・所謂法華経・大日経・大般若経等・一切大小の経を書き上げて捨閉
03 閣抛等云云、 之に付いて上人亀鏡と挙られし処の浄土三部経の其の中に、雙観経・阿弥陀仏の因位・法蔵比丘の四
04 十八願に云く唯五逆と誹謗正法とを除くと云云、 法然上人も乃至十念の中には入れ給ふといえども、 法華経の門
05 を閉じよと書かれ候へば・阿弥陀仏の本願に漏れたる人に非ずや、 其の弟子其の檀那等も亦以て此くの如し、 法
06 華経の文には若し人信ぜずして、 乃至其の人命終して阿鼻獄に入らんと云云、 阿弥陀仏の本願と法華経の文と真
07 実ならば法然上人は無間地獄に堕ちたる人に非ずや、 一切の経の性相に定めて云く 師堕つれば弟子堕つ弟子堕つ
08 れば檀那堕つと云云、譬えば謀叛の者の郎従等の如し、御不審有らば選択を披見あるべし是一。
09   二には念仏を無間地獄とは法華経の序分・ 無量義経に云く「方便の力を以て四十年には未だ真実を顕さず」云
10 云、 次下の文に云く「無量無辺を過ぐるとも 乃至終に無上菩提を成ずることを得じ」云云、仏初成道の時より白
11 鷺池の辺に至るまで年紀をあげ四十余年と指して 其の中の一切経を挙ぐる中に大部の経四部・ 其の四部の中に次
12 に方等十二部経を説くと云云、 是れ念仏者の御信用候三部経なり、 此れを挙げて真実に非ずと云云、次に法華経
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01 に云く「世尊の法は久しくして 後要当に真実を説くべし」 とは念仏等の不真実に対し 南無妙法蓮華経を真実と
02 申す文なり、 次下に云く「仏は自ら大乗に住したまへり 乃至若し小乗を以て化すること乃至一人に於てせば我即
03 ち慳貪に堕す此の事は為て不可なり」云云、 此の文の意は法華経を仏 胸に秘しをさめて 観経念仏等の四十余年
04 の経計りを人人に授けて 法華経を説かずして黙止するならば 我は慳貪の者なり三悪道に堕すべしと云う文なり、
05 仏すら尚唯念仏を行じて一生をすごし法華経に移らざる時は 地獄に堕すべしと云云、 況や末代の凡夫一向に南無
06 阿弥陀仏と申して一生をすごし 法華経に移つて南無妙法蓮華経と唱えざる者三悪道を免るべきや、 第二の巻に云
07 く今此三界等と云云、 此の文は日本国六十六箇国嶋二つの大地は教主釈尊の本領なり 娑婆以て此くの如く全く阿
08 弥陀の領に非ず、 其中衆生悉是吾子と云云、 日本国の四十九億九万四千八百二十八人の男女各父母有りといへど
09 も其の詮を尋ぬれば教主釈尊の御子なり、三千余社の大小の神祇も釈尊の御子息なり全く阿弥陀仏の子に非ざる
10 なり。
11       文永元年甲子九月 日                          日蓮花押
12      南部六郎恒長殿
波木井三郎殿御返事    文永十年八月    五十二歳御作   与南部六郎三郎
01   鎌倉に筑後房・弁阿闍梨・ 大進阿闍梨と申す小僧等之有り之を召して御尊び有る可し御談義有る可し大事の法
02 門等粗ぼ申す、彼等は日本に未だ流布せざる大法少少之を有す随つて御学問注るし申す可きなり。
03   鳥跡飛び来れり不審の晴ること疾風の重雲を巻いて明月に向うが如し、 但し此の法門当世の人上下を論ぜず信
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01 心を取り難し其の故は仏法を修行するは現世安穏・ 後生善処等と云云、 而るに日蓮法師法華経の行者と称すと雖
02 も留難多し当に知るべし仏意に叶わざるか等云云、 但し此の邪難先業の由・ 御勘気を蒙るの後始めて驚く可きに
03 非ず、 其の故は法華経の文を見聞するに末法に入つて教の如く法華経を修行する者は留難多かる可きの由・ 経文
04 赫赫たり眼有らん者は之を見るか、 所謂法華経の第四に云く 「如来の現在にすら猶怨嫉多し況や滅度の後をや」
05 又五の巻に云く 「一切世間怨多くして信じ難し」 等云云又云く「諸の無智の人の悪口罵詈等し刀杖瓦礫を加うる
06 有らん」等云云、 又云く「悪世の中の比丘」等云云、 又云く「或は阿蘭若に納衣にして空閑に在る有らん乃至白
07 衣の与に法を説いて 世に恭敬せらるること六通の羅漢の如くならん」等云云、 又云く「常に大衆の中に在つて我
08 等を毀らんと欲する故に国王・大臣・波羅門・居士及び余の比丘衆に向つて誹謗して我が悪を説かん」等云云、 又
09 云く「悪鬼其の身に入つて我を罵詈毀辱せん」等云云、 又云く「数数擯出せらる」等云云、大涅槃経に云く「一闡
10 提・ 羅漢の像を作し空閑の処に住し 方等大乗経典を誹謗すること有るを 諸の凡夫人見已つて皆真の阿羅漢なり
11 是れ大菩薩なりと謂わん」等云云、 又云く「正法滅して後・ 像法の中に於て当に比丘有るべし持律に似像して少
12 しく経を読誦し 飲食を貪嗜し其の身を長養し乃至袈裟を服すと雖も 猶猟師の細めに視て徐に行くが如く猫の鼠を
13 伺ふが如し」等云云、 又般泥オン経に云く「阿羅漢に似たる一闡提有り、乃至」等云云、予此の明鏡を捧げ持つて
14 日本国に引き向けて之を浮べたるに 一分も陰れ無し或有阿蘭若 ・納衣在空閑とは何人ぞや為世所恭敬如六通羅漢
15 とは又何人ぞや、 諸凡夫見已・皆謂真阿羅漢・是大菩薩とは此れ又誰ぞや、持律少読誦経とは又如何、 是の経文
16 の如く仏・ 仏眼を以て末法の始を照見したまい当世に当つて此等の人人無くんば世尊の謬乱なり、 此の本迹二門
17 と雙林の常住と誰人か之を信用せん 今日蓮仏語の真実を顕さんが為 日本に配当して此の経を読誦するに或有阿蘭
18 若住於空処等と云うは、建長寺、寿福寺・極楽寺・建仁寺、東福寺等の日本国の禅.律、念仏等の寺寺なり,是等の魔
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01 寺は比叡山等の法華・天台等の仏寺を破せん為に出来するなり、 納衣持律等とは当世の五・七・九の袈裟を着たる
02 持斎等なり、 為世所恭敬是大菩薩とは道隆・良観・聖一等なり、世と云うは当世の国主等なり、有諸無智人諸凡夫
03 人等とは日本国中の上下万人なり、 日蓮凡夫たる故に仏教を信ぜず 但し此の事に於ては水火の如く手に当てて之
04 を知れり、 但し法華経の行者有らば悪口・罵詈・刀杖・擯出等せらる可し云云、此の経文を以て世間に配当するに
05 一人も之れ無し 誰を以てか法華経の行者と為さん敵人は有りと雖も 法華経の持者は無し、譬えば東有つて西無く
06 天有つて地無きが如し仏語妄説と成るを如何、 予自讃に似たりと雖も 之を勘え出して仏語を扶持す所謂日蓮法師
07 是なり、 其の上仏・不軽品に自身の過去の現証を引いて云く 爾の時に一りの菩薩有り常不軽と名く等云云、又云
08 く悪口罵詈等せらる、 又云く或は杖木瓦石を以て之を打擲す等云云、 釈尊我が因位の所行を引き載せて末法の始
09 を勧励したもう 不軽菩薩既に法華経の為に杖木を蒙りて忽に妙覚の極位に登らせたまいぬ、 日蓮此の経の故に現
10 身に刀杖を被むり 二度遠流に当る当来の妙果之を疑う可しや、 如来の滅後に四依の大士正像に出世して此の経を
11 弘通したもうの時にすら猶留難多し、 所謂付法蔵第二十の提婆菩薩第二十五の師子尊者等或は命を断たれ 頚を刎
12 らる、 第八の仏駄密多・第十三の竜樹菩薩等は赤き旛を捧げ持ちて七年十二年王の門前に立てり、 竺の道生は蘇
13 山に流され 法祖は害を加えられ法道三蔵は面に火印を捺され、 慧遠法師は呵責せられ天台大師は南北の十師に対
14 当し、 伝教大師は六宗の邪見を破す、 此等は皆王の賢愚に当るに依つて用取有るのみ敢て仏意に叶わざるに非ず
15 正像猶以て 是くの如し何に況や末法に及ぶにおいてをや、 既に法華経の為に御勘気を蒙れば幸の中の幸なり瓦礫
16 を以て金銀に易ゆるとは是なり、 但し歎くらくは仁王経に云く「聖人去る時・七難必ず起る」等云云、 七難とは
17 所謂大旱魃・大兵乱等是なり、 最勝王経に云く「悪人を愛敬し善人を治罰するに由るが故に 星宿及び風雨皆時を
18 以て行われず」等云云、 愛悪人とは誰人ぞや 上に挙ぐる所の諸人なり治罰善人とは誰人ぞや上に挙ぐる所の数数
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01 見擯出の者なり、 星宿とは此の二十余年の天変・地夭等是なり、 経文の如くならば日蓮を流罪するは国土滅亡の
02 先兆なり、 其の上御勘気已前に其の由之を勘え出す所謂立正安国論是なり 誰か之を疑わん之を以て歎と為す、但
03 し仏滅後今に二千二百二十二年なり、 正法一千年には竜樹・天親等・仏の御使と為て法を弘む然りと雖も但小・権
04 の二教を弘通して実大乗をば未だ之を弘通せず像法に入つて 五百年に天台大師・ 漢土に出現して南北の邪義を破
05 失して正義を立てたもう、 所謂教門の五時・観門の一念三千是なり、国を挙げて小釈迦と号す、然りと雖も円定・
06 円慧に於ては之を弘宣して円戒は未だ之を弘めず、 仏滅後一千八百年に入りて日本の伝教大師世に出現して 欽明
07 より已来二百余年の間六宗の邪義之を破失す、 其の上天台の未だ弘めたまわざる円頓戒之を弘宣したもう 所謂叡
08 山円頓の大戒是なり、 但し仏滅後二千余年三朝の間・数万の寺々之有り、然りと雖も本門の教主の寺塔・地涌千界
09 の菩薩の別に授与したもう所の 妙法蓮華経の五字未だ之を弘通せず弘むべしと云う経文は 有つて国土には無し時
10 機の未だ至らざる故か、 仏記して云く「我が滅度の後・ 後の五百歳の中に広宣流布し閻浮提に於いて断絶せしむ
11 ること無けん」等云云、 天台記して云く「後の五百歳遠く妙道に沾わん」等云云、 伝教大師記して云く「正像稍
12 過ぎ已つて 末法太だ近きに有り 法華一乗の機今正しく是れ其の時なり」等云云、 此れ等の経釈は末法の始を指
13 し示すなり、 外道記して云く「我が滅後一百年に当つて仏世に出でたもう」と云云、 儒家に記して云く「一千年
14 の後・仏法漢土に渡る」等云云、 是くの如き凡人の記文すら尚以て符契の如し況や伝教・天台をや何に況や釈迦・
15 多宝の金口の明記をや、 当に知るべし残る所の本門の教主・ 妙法の五字一閻浮提に流布せんこと疑無き者か、但
16 し日蓮法師に度度之を聞きける人人 猶此の大難に値つての後之を捨つるか、 貴辺は之を聞きたもうこと一両度・
17 一時二時か然りと雖も 未だ捨てたまわず御信心の由之を聞く偏えに今生の事に非じ、 妙楽大師の云く「故に知ん
18 末代一時聞くことを得聞き已つて 信を生ずること宿種なるべし」等云云、 又云く「運像末に居し 此の真文を矚
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01 る妙因を植えたるに非ざるよりは実に遇い難しと為す」等云云、 法華経に云く「過去に十万億の仏を供養せん人・
02 人間に生れて此の法華を信ぜん」又涅槃経に云く 「熈連一恒供養の人此の悪世に生れて此の経を信ぜん」 等云云
03 取意、阿闍世王は父を殺害し母を禁固せし悪人なり、 然りと雖も涅槃経の座に来つて法華経を聴聞せしかば現世の
04 悪瘡を治するのみに非ず 四十年の寿命を延引したまい結句は 無根初住の仏記を得たり、 提婆達多は閻浮第一の
05 一闡提の人・ 一代聖教に捨て置かれしかども此の経に値い奉りて天王如来の記ベツを授与せらる彼を以て之を推す
06 るに末代の悪人等の成仏・ 不成仏は罪の軽重に依らず但此経の信不信に任す可きのみ、 而るに貴辺は武士の家の
07 仁昼夜殺生の悪人なり、 家を捨てずして此所に至つて何なる術を以てか 三悪道を脱る可きか、能く能く思案有る
08 可きか、 法華経の心は当位即妙・ 不改本位と申して罪業を捨てずして仏道を成ずるなり、天台の云く「他経は但
09 善に記して悪に記せず今経は皆記す」等云云、 妙楽の云く「唯円教の意は逆即是順なり 自余の三教は逆順定まる
10 が故に」等云云、 爾前分分の得道有無の事之を記す可しと雖も 名目を知る人に之を申すなり、然りと雖も大体之
11 を教る弟子之れ有り此の輩等を召して粗之を聞くべし、其の時之を記し申す可し、恐恐謹言。
12       文永十年太歳癸酉八月三日               日 蓮 花 押
13     甲斐国南部六郎三郎殿御返事
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南部六郎殿御書
01   眠れる師子に手を付けざれば瞋らず流にさをを立てざれば浪立たず謗法を呵嘖せざれば留難なし、 若善比丘見
02 壊法者置不呵嘖の置の字ををそれずんば 今は吉し後を御らんぜよ無間地獄疑無し、 故に南岳大師の四安楽行に云
03 く「若し菩薩有りて 悪人を将護して治罰すること能わず、 其れをして悪を長ぜしめ善人を悩乱し正法を敗壊せば
04 此の人は実に菩薩に非ず、 外には詐侮を現じ常に是の言を作さん、我は忍辱を行ずと、 其の人命終して諸の悪人
05 と倶に地獄に堕ちなん」云云、 十輪経に云く「若し誹謗の者ならば共住すべからず亦親近せざれ、 若し親近し共
06 住せば即ち阿鼻地獄に趣かん」云云、 栴檀の林に入りぬればたをらざるに 其身に薫ず誹謗の者に親近すれば所修
07 の善根悉く滅して 倶に地獄に堕落せん、 故に弘決の四に云く「若し人本悪無けれども悪人に親近すれば後に必ず
08 悪人と成りて悪名天下に遍し」凡そ謗法に内外あり国家の二是なり、 外とは日本六十六ケ国の謗法是なり、 内と
09 は王城九重の謗是なり、 此の内外を禁制せずんば宗廟社禝の神に捨てられて必ず国家亡ぶべし、 如何と云うに宗
10 廟とは国王の神を崇む社とは地の神なり 禝とは五穀の総名五穀の神なり、 此の両の神・ 法味に飢えて国を捨て
11 給う故に国土既に日日衰減せり、 故に弘決に云く「地広くして尽く敬す可からず封じて 社と為す禝とは謂く五穀
12 の総名にして即五穀の神なり」 故に天子の居する所には宗廟を左にし 社禝を右にし四時・五行を布き列ぬ故に国
13 の亡ぶるを以て社禝を失うと為す、 故に山家大師は「国に謗法の声有るによつて万民数を減じ 家に讃教の勤めあ
14 れば七難必ず退散せん」と、故に分分の内外有るべし。
15       五月十六日                    日 蓮 在 御 判
16     南部六郎殿
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地引御書    弘安四年十一月    六十歳御作   与南部六郎
01   坊は十間四面にまたひさしさしてつくりあげ・二十四日に大師講並びに延年心のごとくつかまつりて・二十四日
02 の戌亥の時御所にすゑして・ 三十余人をもつて一日経かきまいらせ・ 並びに申酉の刻に御供養すこしも事ゆへな
03 し、坊は地ひき山づくりし候いしに 山に二十四日・一日もかた時も雨ふる事なし、 十一月ついたちの日せうばう
04 つくり馬やつくる・ 八日は大坊のはしらだて九日十日ふき候い了んぬ、 しかるに七日は大雨・八日九日十日はく
05 もりて・ しかもあたたかなる事・春の終りのごとし、 十一日より十四日までは大雨ふり大雪下りて今に里にきへ
06 ず、 山は一丈二丈雪こほりてかたき事かねのごとし、 二十三日四日は又そらはれてさむからず人のまいる事洛中
07 かまくらのまちの申酉の時のごとし、さだめて子細あるべきか。
08   次郎殿等の御きうだちをやのをほせと申し我が心にいれてをはします事なれば・われと地をひきはしらをたて、
09 とうひやうえむまの入道・ 三郎兵衛尉等已下の人人一人もそらくのぎなし、 坊はかまくらにては一千貫にても大
10 事とこそ申し候へ。
11   ただし一日経は供養しさして候 、其の故は御所念の叶わせ給いて候ならば供養しはて候はん、なにと申して候
12 とも御きねんかなはずば 言のみ有りて実なく華さいてこのみなからんか、 いまも御らんぜよ此の事叶はずば今度
13 法華経にては 仏になるまじきかと存じ候はん、 叶いて候はば二人よりあひまいらせて 供養しはてまいらせ候は
14 ん、神ならはすはねぎからと申す、此の事叶はずば法華経・信じてなにかせん、事事又又申すべく候恐恐。
15       十一月廿五日                               日蓮花押
16     南部六郎殿
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波木井殿御報    弘安五年九月    六十一歳御作
01   畏み申し候、みちのほどべち事候はで・いけがみまでつきて候、みちの間・山と申しかわと申しそこばく大事に
02 て候いけるを・ きうだちにす護せられまいらせ候いて難もなくこれまで・つきて候事をそれ入り候ながら悦び存し
03 候、さては・ やがてかへりまいり候はんずる道にて候へども所らうのみにて候へば 不ぢやうなる事も候はんずら
04 ん。
05   さりながらも日本国にそこばくもてあつかうて候みを 九年まで御きえ候いぬる御心ざし申すばかりなく候へば
06 いづくにて死に候ともはかをばみのぶさわにせさせ候べく候。
07   又くりかげの御馬はあまりをもしろくをぼへ候程に・いつまでもうしなふまじく候、 ひたちのゆへひかせ候は
08 んと思い候がもし人にもぞ・とられ候はん、 又そのほかいたはしく・をぼへばゆよりかへり候はんほど・かづさの
09 もばら殿のもとに・あづけをきたてまつるべく候に・ しらぬとねりをつけて候てはをぼつかなくをぼへ候、まかり
10 かへり候はんまで此のとねりをつけをき候はんとぞんじ候、そのやうを御ぞんぢのために申し候、恐恐謹言。
11       九月十九日                        日 蓮
12     進上 波木井殿御報
13   所らうのあひだはんぎやうをくはへず候事恐れ入り候。
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大井荘司入道御書    建治二年    五十五歳御作
01   柿三本酢一桶・くぐたち・土筆給い候い畢んぬ、唐土に天台山と云う山に竜門と申して百丈の滝あり、 此の滝
02 の麓に春の初より登らんとして多くの魚集れり、 千万に一も登ることを得れば竜となる、 魚・竜と成らんと願う
03 こと民の昇殿を望むが如く 貧なるものの財を求むるが如し、 仏に成ることも亦此くの如し彼の滝は百丈早き事合
04 張の天より箭を射徹すより早し、 此の滝へ魚登らんとすれば人集りて 羅網をかけ釣をたれ弓を以て射る左右の辺
05 に間なし、空には鵰・鷲・鵄・烏・夜は虎・狼・狐・狸何にとなく集りて食い噬む、仏になるをも是を以て知りぬべ
06 し、有情輪廻生死六道と申して我等が天竺に於て師子と生れ・漢土日本に於て虎狼野干と生れ・天には鵰・鷲・地に
07 は鹿・蛇と生れしこと数をしらず、或は鷹の前の雉・ネコの前の鼠と生れ、生ながら頭をつつき・ししむらをかまれ
08 しこと数をしらず、 一劫が間の身の骨は須弥山よりも高く大地よりも厚かるべし、 惜き身なれども云うに甲斐な
09 く奪われてこそ候いけれ、 然れば今度法華経の為に身を捨て命をも奪われ奉れば 無量無数劫の間の思ひ出なるべ
10 しと思ひ切り給うべし、穴賢穴賢、又又申すべし、恐恐謹言。
11       建治二年丙子日 蓮 花 押
12     大井荘司入道殿
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松野殿御消息
01   柑子一篭・種種の物送り給候、 法華経第七巻薬王品に云く衆星の中に月天子最も為第一なり此の法華経も亦復
02 是くの如し、 千万億種の諸の経法の中に於て最も為照明なり云云、 文の意は虚空の星は或は半里或は一里或は八
03 里或は十六里なり、天の満月輪は八百里にてをはします、華厳経六十巻或は八十巻・般若経六百巻・方等経六十巻・
04 涅槃経四十巻三十六巻・大日経・金剛頂経・蘇悉地経・観経・阿弥陀経等の無量無辺の諸経は星の如し、法華経は月
05 の如しと説かれて候経文なり、此れは竜樹菩薩・無著菩薩・天台大師・善無畏三蔵等の論師・人師の言にもあらず、
06 教主釈尊の金言なり・ 譬へば天子の一言の如し、 又法華経の薬王品に云く能く是の経典を受持すること有らん者
07 も亦復是くの如し 一切衆生の中に於て亦為第一等云云、 文の意は法華経を持つ人は男ならば何なる田夫にても候
08 へ、三界の主たる大梵天王・釈提桓因・四大天王・転輪聖王乃至漢土・日本の国主等にも勝れたり、何に況や日本国
09 の大臣公卿.源平の侍.百姓等に勝れたる事申すに及ばず、女人ならばキョウ尸迦女.吉祥天女・漢の李夫人.楊貴妃等
10 の無量無辺の一切の女人に勝れたりと説かれて候、 案ずるに経文の如く申さんとすれば をびただしき様なり人も
11 ちゐん事もかたし、 此れを信ぜじと思へば如来の金言を疑ふ失は経文明かに阿鼻地獄の業と見へぬ、 進退わづら
12 ひ有り何がせん、 此の法門を教主釈尊は四十余年が間はムネの内にかくさせ給う、さりとてはとて御年七十二と申
13 せしに南閻浮提の中天竺・王舎城の丑寅・耆闍崛山にして説かせ給いき、 今日本国には仏・御入滅一千四百余年と
14 申せしに来りぬ、夫より今七百余年なり、 先き一千四百余年が間は日本国の人・国王・大臣・乃至万民一人も此の
15 事を知らず。
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01   今此の法華経わたらせ給へども或は念仏を申し・或は真言にいとまを入れ・禅宗持斎なんど申し或は法華経を読
02 む人は有りしかども 南無妙法蓮華経と唱うる人は日本国に一人も無し、 日蓮始めて建長五年夏の始より二十余年
03 が間・唯一人・ 当時の人の念仏を申すやうに唱うれば人ごとに是れを笑ひ・結句はのりうち切り流し頚をはねんと
04 せらるること.一日・二日・一月・二月.一年・二年ならざればこらふべしともをぼえ候はねども、此の経の文を見候
05 へば檀王と申せし王は千歳が間・ 阿私仙人に責めつかはれ身を牀となし給ふ、不軽菩薩と申せし僧は多年が間・悪
06 口罵詈せられ刀杖瓦礫を蒙り、 薬王菩薩と申せし菩薩は千二百年が間身をやき七万二千歳ひぢを焼き給ふ、 此れ
07 を見はんべるに何なる責め有りともいかでかさてせき留むべきと思ふ心に今まで退転候はず。
08   然るに在家の御身として皆人にくみ候に、 而もいまだ見参に入り候はぬに何と思し食して御信用あるやらん、
09 是れ偏に過去の宿植なるべし、 来生に必ず仏に成らせ給うべき期の来りてもよをすこころなるべし、 其の上経文
10 には鬼神の身に入る者は此の経を信ぜず・ 釈迦仏の御魂の入りかはれる人は・此の経を信ずと見へて候へば・水に
11 月の影の入りぬれば水の清むがごとく・ 御心の水に教主釈尊の月の影の入り給ふかとたのもしく覚へ候、 法華経
12 の第四法師品に云く「人有つて仏道を求めて一劫の中に於て 合掌して我が前に在つて無数の偈を以て讃めん、 是
13 の讃仏に由るが故に無量の功徳を得ん、 持経者を歎美せんは其の福復た彼れに過ぎん」等云云、 文の意は一劫が
14 間教主釈尊を供養し奉るよりも 末代の浅智なる法華経の行者の上下万人にあだまれて 餓死すべき比丘等を供養せ
15 ん功徳は勝るべしとの経文なり。
16   一劫と申すは八万里なんど候はん青めの石を・やすりを以て無量劫が間するともつきまじきを、 梵天三銖の衣
17 と申してきはめてほそくうつくしきあまの羽衣を以て 三年に一度下てなづるになでつくしたるを一劫と申す、 此
18 の間無量の財を以て供養しまいらせんよりも 濁世の法華経の行者を 供養したらん功徳はまさるべきと 申す文な
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01 り、此の事信じがたき事なれども法華経はこれていにをびただしく、 ことごとしき事どもあまた侍べり、 又信ぜ
02 じと思へば多宝仏は証明を加へ教主釈尊は正直の金言となのらせ給ふ、 諸仏は広長舌を梵天につけ給いぬ、 父の
03 ゆづりに母の状をそゑて賢王の宣旨を下し給うが如し、 三つ是一同なり誰か是れを疑はん、 されば是れを疑いし
04 無垢論師は舌五つに破れ嵩法師は舌ただれ 三階禅師は現身に大蛇となる徳一は舌八つにさけにき、 其れのみなら
05 ず此の法華経並に行者を用ひずして身をそんじ家をうしない国をほろぼす人人・月支・震旦に其の数をしらず、 第
06 一には日天・ 朝に東に出で給うに大光明を放ち天眼を開きて南閻浮提を見給うに 法華経の行者あれば心に歓喜し
07 行者をにくむ国あれば 天眼をいからして其の国をにらみ給い、 始終用いずして国の人にくめば其の故と無くいく
08 さをこり他国より其の国を破るべしと見えて候。
09   昔し徳勝童子と申せしをさなき者は 土の餅を釈迦仏に供養し奉りて阿育大王と生れて閻浮提の主と成りて結句
10 は仏になる、 今の施主の菓子等を以つて法華経を供養しまします、 何かに十羅刹女等も悦び給らん、悉く尽しが
11 たく候、南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経。
12       二月十七日日 蓮 花 押
13     松野殿御返事
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松野殿御返事
01   鵞目一結・白米一駄・白小袖一送り給畢ぬ、抑も此の山と申すは南は野山漫漫として百余里に及べり、北は身延
02 山高く峙ちて白根が嶽につづき西には七面と申す山峨峨として白雪絶えず、 人の住家一宇もなし、 適ま問いくる
03 物とては梢を伝ふ マ猴なれば少も留まる事なく 還るさ急ぐ恨みなる哉、 東は富士河漲りて 流沙の浪に異なら
04 ず、かかる所なれば訪う人も希なるに加様に度度音信せさせ給ふ事不思議の中の不思議なり。
05   実相寺の学徒日源は日蓮に帰伏して所領を捨て 弟子檀那に放され御座て我身だにも置き処なき由承り候に日蓮
06 を訪い衆僧を哀みさせ給う事誠の道心なり聖人なり、 已に彼の人は無雙の学生ぞかし・ 然るに名聞名利を捨てて
07 某が弟子と成りて 我が身には我不愛身命の修行を致し・ 仏の御恩を報ぜんと面面までも教化申し此くの如く供養
08 等まで捧げしめ給う事不思議なり、 末世には狗犬の僧尼は恒沙の如しと仏は説かせ給いて候なり、 文の意は末世
09 の僧・比丘尼は名聞名利に著し上には袈裟衣を著たれば形は僧・ 比丘尼に似たれども内心には邪見の剣を提げて我
10 が出入する檀那の所へ 余の僧尼をよせじと無量の讒言を致す、 余の僧尼を寄せずして檀那を惜まん事譬えば犬が
11 前に人の家に至て物を得て食ふが、 後に犬の来るを見ていがみほへ食合が如くなるべしと云う心なり、 是くの如
12 きの僧尼は皆皆悪道に堕すべきなり、 此学徒日源は学生なれば此の文をや見させ給いけん、 殊の外に僧衆を訪ひ
13 顧み給う事誠に有り難く覚え候。
14   御文に云く此の経を持ち申して後退転なく十如是・ 自我偈を読み奉り題目を唱へ申し候なり、但し聖人の唱え
15 させ給う題目の功徳と我れ等が唱へ申す題目の功徳と何程の多少候べきやと云云、 更に勝劣あるべからず候、 其
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01 の故は愚者の持ちたる金も智者の持ちたる金も・ 愚者の然せる火も智者の然せる火も其の差別なきなり、 但し此
02 の経の心に背いて唱へば 其の差別有るべきなり、 此の経の修行に重重のしなあり 其大概を申せば記の五に云く
03 「悪の数を明かすことをば今の文には説・不説と云ふのみ」、 有る人此れを分つて云く「先きに悪因を列ね次ぎに
04 悪果を列ぬ悪の因に十四あり.一にキョウ慢.二に懈怠・三に計我.四に浅識.五に著欲.六に不解・七に不信.八に顰蹙
05 ・九に疑惑・十に誹謗.十一に軽善・十二に憎善・十三に嫉善.十四に恨善なり」此の十四誹謗は在家出家に亘るべし
06 恐る可し恐る可し、 過去の不軽菩薩は一切衆生に仏性あり法華経を持たば必ず成仏すべし、 彼れを軽んじては仏
07 を軽んずるになるべしとて 礼拝の行をば立てさせ給いしなり、 法華経を持たざる者をさへ若し持ちやせんずらん
08 仏性ありとてかくの如く礼拝し給う 何に況や持てる在家出家の者をや、 此の経の四の巻には「若しは在家にても
09 あれ出家にてもあれ、 法華経を持ち説く者を一言にても毀る事あらば其の罪多き事、 釈迦仏を一劫の間直ちに毀
10 り奉る罪には勝れたり」と見へたり、 或は「若実若不実」とも説かれたり、 之れを以つて之れを思ふに忘れても
11 法華経を持つ者をば互に毀るべからざるか、其故は法華経を持つ者は必ず皆仏なり仏を毀りては罪を得るなり。
12   加様に心得て唱うる題目の功徳は釈尊の御功徳と等しかるべし、 釈に云く阿鼻の依正は全く極聖の自身に処し
13 毘盧の身土は凡下の一念を逾えず云云、 十四誹謗の心は文に任せて推量あるべし、 加様に法門を御尋ね候事誠に
14 後世を願はせ給う人か能く是の法を聴く者は 斯の人亦復難しとて此経は正き仏の御使世に出でずんば 仏の御本意
15 の如く説く事難き上、 此の経のいはれを問い尋ねて 不審を明らめ能く信ずる者難かるべしと見えて候、 何に賎
16 者なりとも少し我れより勝れて智慧ある人には 此の経のいはれを問い尋ね給うべし、 然るに悪世の衆生は我慢・
17 偏執・名聞・名利に著して彼れが弟子と成るべきか彼れに物を習はば人にや賎く思はれんずらんと、 不断悪念に住
18 して悪道に堕すべしと見えて候、 法師品には「人有りて八十億劫の間・ 無量の宝を尽して仏を供養し奉らん功徳
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01 よりも法華経を説かん僧を供養して 後に須臾の間も此の経の法門を聴聞する事あらば・ 我れ大なる利益功徳を得
02 べしと悦ぶべし」と見えたり、 無智の者は此の経を説く者に使れて功徳をうべし、 何なる鬼畜なりとも法華経の
03 一偈一句をも説かん者をば 「当に起ちて遠く迎えて当に仏を敬うが如くすべし」 の道理なれば仏の如く互に敬う
04 べし、例せば宝塔品の時の釈迦多宝の如くなるべし。
05   此の三位房は下劣の者なれども少分も法華経の法門を申す者なれば仏の如く敬いて法門を御尋ねあるべし、 依
06 法不依人此れを思ふべし、 されば昔独りの人有りて雪山と申す山に住み給き其の名を雪山童子と云う、 蕨をおり
07 菓を拾いて命をつぎ 鹿の皮を著物とこしらへ肌をかくし 閑に道を行じ給いき、 此の雪山童子おもはれけるは倩
08 世間を観ずるに 生死無常の理なれば生ずる者は必ず死す、 されば憂世の中のあだはかなき事 譬ば電光の如く朝
09 露の日に向ひて消るに似たり、 風の前の灯の消へやすく・ 芭蕉の葉の破やすきに異ならず、 人皆此の無常を遁
10 れず終に一度は黄泉の旅に趣くべし、 然れば冥途の旅を思うに闇闇として・くらければ日月星宿の光もなく、 せ
11 めて灯燭とて・ともす火だにもなし、かかる闇き道に又ともなふ人もなし、娑婆にある時は親類・兄弟・妻子・眷属
12 集りて 父は慈みの志高く母は悲しみの情深く、 夫妻は海老同穴の契りとて大海にあるえびは同じ畜生ながら夫婦
13 ちぎり細かに、一生一処にともなひて離れ去る事なきが如く・ 鴛鴦の衾の下に枕を並べて遊び戯る中なれども・彼
14 の冥途の旅には伴なふ事なし、 冥冥として独り行く誰か来りて是非を訪はんや、 或は老少不定の境なれば老いた
15 るは先立・若きは留まる是れは順次の道理なり歎きの中にも・ せめて思いなぐさむ方も有りぬべし、 老いたるは
16 留まり若きは先立つされば 恨の至つて恨めしきは幼くして親に先立つ子、 嘆きの至つて歎かしきは老いて子を先
17 立つる親なり、是くの如く生死・無常・老少不定の境あだに・はかなき世の中に・但昼夜に今生の貯をのみ思ひ朝夕
18 に現在の業をのみなして、 仏をも敬はず法をも信ぜず無行無智にして 徒らに明し暮して、閻魔の庁庭に引き迎へ
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01 られん時は 何を以つてか資糧として三界の長途を行き、 何を以て船筏として生死の曠海を渡りて実報寂光の仏土
02 に至らんやと思ひ、 迷へば夢覚れば寤しかじ夢の憂世を捨てて寤の覚りを求めんにはと思惟し、 彼の山に篭りて
03 観念の牀の上に妄想顛倒の塵を払ひ偏に仏法を求め給う所に。
04   帝釈遥に天より見下し給いて思し食さるる様は、 魚の子は多けれども魚となるは少なく・菴羅樹の花は多くさ
05 けども菓になるは少なし、 人も又此くの如し菩提心を発す人は多けれども退せずして実の道に入る者は少し、 都
06 て凡夫の菩提心は多く 悪縁にたぼらかされ事にふれて移りやすき物なり、 鎧を著たる兵者は多けれども戦に恐れ
07 をなさざるは少なきが如し、 此の人の意を行て試みばやと思いて帝釈・鬼神の形を現じ童子の側に立ち給う、 其
08 の時仏世にましまさざれば 雪山童子普く大乗経を求むるに聞くことあたはず、 時に諸行無常・是生滅法と云う音
09 ほのかに聞ゆ、 童子驚き四方を見給うに人もなし但鬼神近付て立ちたり、 其の形けはしく・をそろしくて頭のか
10 みは炎の如く口の歯は剣の如く 目を瞋らして雪山童子をまほり奉る、 此れを見るにも恐れず偏に仏法を聞かん事
11 を喜び怪しむ事なし、 譬えば母を離れたるこうしほのかに母の音を聞きつるが如し、此事誰か誦しつるぞ・ いま
12 だ残の語あらんとて普ねく尋ね求るに更に人もなければ、 若しも此の語は鬼神の説きつるかと疑へどもよも・ さ
13 もあらじと思ひ彼の身は罪報の鬼神の形なり 此の偈は仏の説き給へる語なり、 かかる賎き鬼神の口より出づべか
14 らずとは思へども、 亦殊に人もなければ若し此の語汝が説きつるかと問へば、 鬼神答て云う我れに物な云いそ食
15 せずして日数を経ぬれば飢え疲れて正念を覚えず、 既にあだごと云いつるならん 我うつける意にて云へば知る事
16 もあらじと答ふ、 童子の云く我れは此の半偈を聞きつる事半なる月を見るが如く半なる玉を得るに似たり、 慥に
17 汝が語なり 願くは残れる偈を説き給へとのたまふ、 鬼神の云く汝は本より悟あれば聞かずとも恨は有るべからず
18 吾は今飢に責められたれば物を云うべき力なし 都て我に向いて物な云いそと云う、 童子猶物を食ては説かんやと
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01 問う、鬼神答て食ては説きてんと云う、 童子悦びてさて何物をか食とするぞと問へば、 鬼神の云く汝更に問うべ
02 からず此れを聞きては必ず恐を成さん、 亦汝が求むべき物にもあらずと云へば 童子猶責めて問い給はく其の物を
03 とだにも云はば 心みにも求めんとの給えば 鬼神の云く我れ但人の和らかなる肉を食し 人のあたたかなる血を飲
04 む、 空を飛び普ねく求れども人をば各守り給う仏神ましませば心に任せて殺しがたし、 仏神の捨て給う衆生を殺
05 して食するなりと云う、 其時雪山童子の思い給はく我れ法の為に身を捨て此の偈を聞き畢らんと思いて、 汝が食
06 物ここに有り外に求むべきにあらず、 我が身いまだ死せず其の肉あたたかなり我が身いまだ寒ず 其の血あたたか
07 ならん、 願くは残の偈を説き給へ此の身を汝に与えんと云う、 時に鬼神大に瞋て云く誰か汝が語を実とは憑むべ
08 き、 聞いて後には誰をか証人として糾さんと云う、 雪山童子の云く此の身は終に死すべし徒に死せん命を法の為
09 に投げばきたなく・ けがらはしき身を捨てて後生は必ず覚りを開き仏となり清妙なる身を受くべし、 土器を捨て
10 て宝器に替るが如くなるべし、梵天・帝釈・四大天王・十方の諸仏・菩薩を皆証人とせん我れ更に偽るべからずとの
11 給えり、 其の時鬼神少し和で若し汝が云う処実ならば偈を説かんと云う 其の時雪山童子大に悦んで身に著たる鹿
12 の皮を脱いで 法座に敷頭を地に付け掌を合せ跪き、 但願くは我が為に残の偈を説き給へと云うて 至心に深く敬
13 い給ふ、 さて法座に登り鬼神偈を説いて云く生滅滅已・ 寂滅為楽と此の時雪山童子是れを聞き悦び貴み給う事限
14 なく後世までも忘れじと 度度誦して深く其の心にそめ、 悦ばしき処はこれ仏の説き給へるにも異ならず歎かわ敷
15 き処は我れ一人のみ聞きて人の為に伝へざらん事をと深く思いて石の上・ 壁の面・路の辺の諸木ごとに此の偈を書
16 き付け願くは後に来らん人必ず此の文を見其の義理をさとり 実の道に入れと云い畢つて、 即高き木に登りて鬼神
17 の前に落ち給へり、 いまだ地に至らざるに鬼神俄に帝釈の形と成りて 雪山童子の其身を受取りて平かなる所にす
18 え奉りて恭敬礼拝して云く 我れ暫く如来の聖教を惜みて試に菩薩の心を悩し奉るなり、 願くは此の罪を許して後
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01 世には必ず救ひ給へと云ふ、 一切の天人又来りて善哉善哉実に是れ菩薩なりと讃め給ふ、 半偈の為めに身を投げ
02 て十二劫生死の罪を滅し給へり此の事涅槃経に見えたり、 然れば雪山童子の古を思へば 半偈の為に猶命を捨て給
03 ふ、 何に況や此の経の一品一巻を聴聞せん恩徳をや何を以てか此れを報ぜん、 尤も後世を願はんには彼の雪山童
04 子の如くこそ・あらまほしくは候へ、 誠に我が身貧にして布施すべき宝なくば 我が身命を捨て仏法を得べき便あ
05 らば身命を捨てて仏法を学すべし。
06   とても此の身は徒に山野の土と成るべし・惜みても何かせん惜むとも惜みとぐべからず・人久しといえども百年
07 には過ず・其の間の事は但一睡の夢ぞかし、 受けがたき人身を得て適ま出家せる者も・仏法を学し謗法の者を責め
08 ずして徒らに遊戯雑談のみして明し暮さん者は 法師の皮を著たる畜生なり、 法師の名を借りて世を渡り身を養う
09 といへども法師となる義は一もなし・ 法師と云う名字をぬすめる盗人なり、恥づべし恐るべし、 迹門には「我身
10 命を愛せず但だ無上道を惜しむ」ととき・ 本門には「自ら身命を惜まず」ととき・涅槃経には「身は軽く法は重し
11 身を死して法を弘む」と見えたり、 本迹両門・涅槃経共に身命を捨てて法を弘むべしと見えたり、 此等の禁を背
12 く重罪は目には見えざれども積りて地獄に堕つる事・ 譬ば寒熱の姿形もなく 眼には見えざれども、 冬は寒来り
13 て草木・人畜をせめ夏は熱来りて人畜を熱悩せしむるが如くなるべし。
14   然るに在家の御身は但余念なく 南無妙法蓮華経と御唱えありて僧をも供養し給うが肝心にて候なり、それも経
15 文の如くならば随力演説も有るべきか、 世の中ものうからん時も今生の苦さへかなしし、 況や来世の苦をやと思
16 し食しても南無妙法蓮華経と唱へ、 悦ばしからん時も今生の悦びは夢の中の夢・ 霊山浄土の悦びこそ実の悦びな
17 れと思し食し合せて又南無妙法蓮華経と唱へ、 退転なく修行して最後臨終の時を待つて御覧ぜよ、 妙覚の山に走
18 り登つて四方をきつと見るならば・ あら面白や法界寂光土にして瑠璃を以つて地とし・金の繩を以つて八の道を界
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01 へり、 天より四種の花ふり虚空に音楽聞えて、諸仏菩薩は常楽我浄の風にそよめき娯楽快楽し給うぞや、 我れ等
02 も其の数に列なりて 遊戯し楽むべき事はや近づけり、 信心弱くしてはかかる目出たき所に行くべからず行くべか
03 らず、不審の事をば尚尚承はるべく候、穴賢穴賢。
04       建治二年丙子十二月九日               日 蓮 花 押
05     松野殿御返事
松野殿御消息
01   昔乃往過去の古へ珊提嵐国と申す国あり彼の国に大王あり無諍念王と申しき、 彼の王に千の王子あり又彼の王
02 の第一の大臣を宝海梵志と申す・ 彼の梵志に子あり法蔵と申す、 彼の無諍念王の千の太子は穢土を捨てて浄土を
03 取り給ふ、 其の故は此の娑婆世界は何なる所と申せば 十方の国土に父母を殺し正法を誹謗し聖人を殺せる者彼の
04 国国より此の娑婆世界へ追い入れられて候、 例せば此の日本国の人大科有る者の獄に入れらるるが如し、 我が力
05 に叶はざれば哀愍せずして捨て給ふ、 宝海梵志一人請け取りて娑婆世界の人の師と成り給ふ、 宝海梵志の願に云
06 く我未来世の穢悪土の中に当に作仏することを得べし、 即ち十方浄土より擯出せる衆生を集めて 我れ当に之れを
07 度すべしと誓ひ給ひき、 無諍念王と申すは阿弥陀仏なり、 其の千の太子は今の観音勢至普賢文殊等なり、其の宝
08 海梵志と申すは今の釈迦如来なり、 此の娑婆世界の一切衆生は十方の諸仏に抜き捨てられしを 釈迦一人計りして
09 扶けさせ給うを唯我一人と申すなり。
10                                 日 蓮 花 押
11     松野殿
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松野殿御返事
01   鵞目一貫文.油一升・衣一.筆十管給い候、今に始めぬ御志申し尽しがたく候へば法華経・釈迦仏に任せ奉り候。
02   先立より申し候、但在家の御身は余念もなく日夜朝夕・南無妙法蓮華経と唱え候て最後臨終の時を見させ給へ、
03 妙覚の山に走り登り四方を御覧ぜよ、 法界は寂光土にして瑠璃を以て地とし・金繩を以て八の道をさかひ、 天よ
04 り四種の花ふり虚空に音楽聞え、 諸仏・菩薩は皆常楽我浄の風にそよめき給へば・ 我れ等も必ず其の数に列なら
05 ん、法華経はかかる・いみじき御経にて・をはしまいらせ候、委細はいそぎ候間申さず候、恐恐謹言。
06       建治三年丁丑九月九日                日 蓮 花 押
07     松野殿御返事
08   追て申し候目連樹十両計り給はり候べく候
松野殿御返事
01   種種の物送り給い候畢ぬ山中のすまゐ思遣せ給うて 雪の中ふみ分けて御訪い候事御志定めて法華経十羅刹も知
02 し食し候らんさては涅槃経に云く 「人命の停らざることは山水にも過ぎたり 今日存すと雖も明日保ち難し」摩耶
03 経に云く 「譬えば旃陀羅の羊を駈て屠家に至るが如く人命も亦是くの如く歩歩死地に近く」法華経に云く 「三界
04 は安きこと無し猶火宅の如し衆苦充満して甚だ怖畏すべし」等云云、 此れ等の経文は我等が慈父・大覚世尊・末代
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01 の凡夫をいさめ給い、 いとけなき子どもをさし驚かし給へる経文なり、 然りと雖も須臾も驚く心なく刹那も道心
02 を発さず、 野辺に捨てられなば一夜の中にはだかになるべき身をかざらんがために、 いとまを入れ衣を重ねんと
03 はげむ、 命終りなば三日の内に水と成りて流れ塵と成りて地にまじはり 煙と成りて天にのぼりあともみえずなる
04 べき身を養はんとて多くの財をたくはふ、 此のことはりは事ふり候ぬ但し当世の体こそ哀れに候へ、 日本国数年
05 の間打ち続きけかちゆきて衣食たへ・ 畜るひをば食いつくし・結句人をくらう者出来して或は死人或は小児或は病
06 人等の肉を裂取て魚鹿等に加へて売りしかば 人是を買いくへり此の国存の外に大悪鬼となれり、 又去年の春より
07 今年の二月中旬まで疫病国に充満す、 十家に五家・百家に五十家皆やみ死し 或は身はやまねども心は大苦に値へ
08 りやむ者よりも怖し、 たまたま生残たれども或は影の如くそいし子もなく眼の如く面をならべし夫婦もなく・ 天
09 地の如く憑し父母もをはせず生きても何にかせん・ 心あらん人人争か世を厭はざらん、 三界無安とは仏説き給て
10 候へども法に過ぎて見え候。
11   然るに予は凡夫にて候へどもかかるべき事を仏兼て説きをかせ給いて候を国王に申しきかせ進らせ候ぬ、 其れ
12 につけて御用は無くして 弥怨をなせしかば力及ばず此の国既に謗法と成りぬ、 法華経の敵に成り候へば三世十方
13 の仏神の敵と成れり、 御心にも推せさせ給い候へ日蓮何なる大科有りとも法華経の行者なるべし、 南無阿弥陀仏
14 と申さば何なる大科有りとも 念仏者にて無しとは申しがたし、 南無妙法蓮華経と我が口にも唱へ候故に罵られ打
15 ちはられ流され命に及びしかども、 勧め申せば法華経の行者ならずや、 法華経には行者を怨む者は阿鼻地獄の人
16 と定む、 四の巻には仏を一中劫・罵るよりも末代の法華経の行者を悪む罪・深しと説かれたり、七の巻には行者を
17 軽しめし人人・千劫阿鼻地獄に入ると説き給へり、 五の巻には我が末世末法に入つて法華経の行者有るべし、 其
18 の時其の国に持戒・破戒等の無量無辺の僧等・集りて国主に讒言して流し失ふべしと説かれたり、 然るにかかる経
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01 経文かたがた符合し候畢んぬ未来に仏に成り候はん事疑いなく覚え候、委細は見参の時申すべし。
02       建治四年戊寅二月十三日               日 蓮 花 押
03     松野殿御返事
松野殿御返事
01   日月は地におち須弥山はくづるとも、彼の女人仏に成らせ給わん事疑いなし、あらたのもしや・たのもしや。
02   干飯一斗・古酒一筒.ちまき・あうざし・たかんな方方の物送り給いて候草にさける花.木の皮を香として仏に奉
03 る人・霊鷲山へ参らざるはなし、況や民のほねをくだける白米・人の血をしぼれるが如くなる・ふるさけを仏・法華
04 経にまいらせ給へる女人の成仏得道・疑うべしや。
05       五月一日日 蓮 花 押
06     妙法尼御返事
松野殿後家尼御前御返事
01   法華経第五の巻安楽行品に云く 文殊師利此法華経は無量の国の中に於て乃至名字をも聞くことを得べからず云
02 云、此の文の心は 我等衆生の三界六道に輪回せし事は 或は天に生れ或は人に生れ或は地獄に生れ或は餓鬼に生れ
03 畜生に生れ無量の国に生をうけて無辺の苦しみをうけて・ たのしみにあひしかども一度も法華経の国には生ぜず、
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01 たまたま生れたりといへども南無妙法蓮華経と唱へず、 となふる事はゆめにもなし人の申すをも聞かず、 仏のた
02 とへを説かせ給うに 一眼の亀の浮木の穴に値いがたきにたとへ給うなり、 心は大海の中に八万由旬の底に亀と申
03 す大魚あり、 手足もなくひれもなし・腹のあつき事はくろがねのやけるがごとし、 せなかのこうのさむき事は雪
04 山ににたり、 此の魚の昼夜朝暮のねがひ時時剋剋の口ずさみには・腹をひやしこうをあたためんと思ふ、 赤栴檀
05 と申す木をば聖木と名つく人の中の聖人なり、 余の一切の木をば凡木と申す愚人の如し、 此の栴檀の木は此の魚
06 の腹をひやす木なり、 あはれ此の木にのぼりて腹をば穴に入れてひやし・ こうをば天の日にあてあたためばやと
07 申すなり、 自然のことはりとして千年に一度出る亀なり、 しかれども此の木に値事かたし、大海は広し亀はちい
08 さし浮木はまれなり、 たとひよのうききにはあへども栴檀にはあはず、 あへども亀の腹をえりはめたる様に・が
09 い分に相応したる浮木の穴にあひがたし我が身をち入りなばこうをも・ あたためがたし誰か又とりあぐべき、 又
10 穴せばくして腹を穴に入れえずんば波にあらひ・ をとされて大海にしづみなむ、 たとひ不思議として栴檀の浮木
11 の穴にたまたま行きあへども 我一眼のひがめる故に 浮木西にながるれば 東と見る故にいそいでのらんと思いて
12 およげば弥弥とをざかる、 東に流るを西と見る南北も又此くの如し云云、 浮木には・とをざかれども近づく事は
13 なし、 是の如く無量無辺劫にも一眼の亀の浮木の穴にあひがたき事を仏説き給へり、 此の喩をとりて法華経にあ
14 ひがたきに譬ふ、 設ひあへどもとなへがたき題目の妙法の穴にあひがたき事を心うべきなり、 大海をば生死の苦
15 海なり亀をば我等衆生にたとへたり、 手足のなきをば善根の我等が身にそなはらざるにたとへ、 腹のあつきをば
16 我等が瞋恚の八熱地獄にたとへ・ 背のこうのさむきをば貪欲の八寒地獄にたとへ・千年大海の底にあるをば我等が
17 三悪道に堕ちて浮びがたきにたとへ、 千年に一度浮ぶをば三悪道より無量劫に一度人間に生れて 釈迦仏の出世に
18 あひがたきにたとう、余の松木ひの木の浮木には・ あひやすく栴檀にはあひがたし、 一切経には値いやすく法華
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01 経にはあひがたきに譬へたり、 たとひ栴檀には値うとも相応したる穴にあひがたきに喩うるなり、 設ひ法華経に
02 は値うとも肝心たる南無妙法蓮華経の五字をとなへがたきにあひたてまつる事の・かたきにたとう、 東を西と見・
03 北を南と見る事をば我れ等衆生かしこがほに智慧有る由をして 勝を劣と思ひ劣を勝と思ふ、 得益なき法をば得益
04 あると見る・機にかなはざる法をば機に・かなう法と云う、 真言は勝れ法華経は劣り真言は機にかなひ法華経は機
05 に叶はずと見る是なり。
06   されば思いよらせ給へ仏・ 月氏国に出でさせ給いて一代聖教を説かせ給いしに四十三年と申せしに始めて法華
07 経を説かせ給ふ、 八箇年が程・ 一切の御弟子皆如意宝珠のごとくなる法華経を持ち候き、然れども日本国と天竺
08 とは二十万里の山海をへだてて候しかば 法華経の名字をだに聞くことなかりき、 釈尊御入滅ならせ給いて一千二
09 百余年と申せしに漢土へ渡し給ふ、 いまだ日本国へは渡らず、 仏滅後一千五百余年と申すに日本国の第三十代・
10 欽明天皇と申せし御門の御時・ 百済国より始めて仏法渡る、 又上宮太子と申せし人唐土より始めて仏法渡させ給
11 いて其れより以来今に七百余年の間・一切経並に法華経は・ひろまらせ給いて、 上一人より下万人に至るまで心あ
12 らむ人は法華経を一部或は一巻或は一品持ちて或は父母の孝養とす、 されば我等も法華経を持つと思う、 しかれ
13 ども未だ口に南無妙法蓮華経とは唱へず 信じたるに似て信ぜざるが如し、 譬えば一眼の亀のあひがたき栴檀の聖
14 木には・あいたれども・いまだ亀の腹を穴に入れざるが如し、 入れざればよしなし須臾に大海にしづみなん、我が
15 朝七百余年の間 此の法華経弘まらせ給いて 或は読む人或は説く人 或は供養せる人或は持つ人稲麻竹葦よりも多
16 し、然れどもいまだ阿弥陀の名号を唱うるが如く 南無妙法蓮華経とすすむる人もなく唱うる人もなし、 一切の経
17 一切の仏の名号を唱うるは凡木にあうがごとし、 未だ栴檀ならざれば腹をひやさず・ 日天ならざれば甲をもあた
18 ためず、但目をこやし心を悦ばしめて実なし華さいて菓なく言のみ有りてしわざなし。
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01   但日蓮一人ばかり日本国に始めて是を唱へまいらする事、 去ぬる建長五年の夏のころより今に二十余年の間・
02 昼夜朝暮に南無妙法蓮華経と是を唱うる事は一人なり、 念仏申す人は千万なり、 予は無縁の者なり念仏の方人は
03 有縁なり高貴なり、 然れども師子の声には一切の獣・声を失ふ虎の影には犬恐る、 日天東に出でぬれば万星の光
04 は跡形もなし、 法華経のなき所にこそ弥陀念仏はいみじかりしかども 南無妙法蓮華経の声・出来しては師子と犬
05 と日輪と星との光くらべのごとし、 譬えば鷹と雉との・ひとしからざるがごとし、 故に四衆とりどりにそねみ上
06 下同くにくむ讒人国に充満して奸人土に多し 故に劣を取りて勝をにくむ、 譬えば犬は勝れたり師子をば劣れり星
07 をば勝れ日輪をば劣るとそしるが如し・ 然る間邪見の悪名世上に流布し・ややもすれば讒訴し或は罵詈せられ或は
08 刀杖の難をかふる或は度度流罪にあたる、 五の巻の経文にすこしもたがはず、 さればなむだ左右の眼にうかび悦
09 び一身にあまれり。
10   ここに衣は身をかくしがたく食は命をささへがたし、 例せば蘇武が胡国にありしに雪を食として命をたもつ、
11 伯夷は首陽山にすみし蕨ををりて身をたすく 父母にあらざれば誰か問うべき 三宝の御助にあらずんば・いかでか
12 一日片時も持つべき未だ見参にも入らず候人のかやうに度度・御をとづれの・はんべるは・いかなる事にや・あやし
13 くこそ候へ、 法華経の第四の巻には釈迦仏・凡夫の身にいりかはらせ給いて 法華経の行者をば供養すべきよしを
14 説かれて候、 釈迦仏の御身に入らせ給い候か又過去の善根のもよをしか、 竜女と申す女人は法華経にて仏に成り
15 て候へば末代に此の経を持ちまいらせん女人をまほらせ給うべきよし誓わせ給いし、 其の御ゆかりにて候か、 貴
16 し貴し。
17       弘安二年己卯三月二十六日                日蓮花押
18     松野殿後家尼御前御返事
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松野殿女房御返事
01   麦一箱・いゑのいも一篭・うり一篭・旁の物六月三日に給候しを今まで御返事申し候はざりし事恐れ入つて候、
02 此の身延の沢と申す処は甲斐の国の飯井野・御牧・波木井の三箇郷の内・波木井の郷の戌亥の隅にあたりて候、 北
03 には身延の嶽・天をいただき南には鷹取が嶽・ 雲につづき東には天子の嶽日とたけをなじ西には又峨峨として大山
04 つづきて・しらねの嶽にわたれり、マシラのなく音天に響き蝉のさゑづり地にみてり、天竺の霊山此の処に来れり唐
05 土の天台山親りここに見る、 我が身は釈迦仏にあらず天台大師にてはなけれども、 まかる・まかる昼夜に法華経
06 をよみ朝暮に摩訶止観を談ずれば霊山浄土にも相似たり・天台山にも異ならず。
07   但し有待の依身なれば著ざれば風・身にしみ・食ざれば命持ちがたし、灯に油をつがず火に薪を加へざるが如し
08 命いかでかつぐべきやらん、 命続がたく・つぐべき力絶えては、或は一日乃至・五日既に法華経読誦の音も絶えぬ
09 べし止観のまどの前には草しげりなん、 かくの如く候にいかにして思い寄らせ給いぬらん、 兎は経行の者を供養
10 せしかば天帝哀みをなして月の中にをかせ給いぬ・今天を仰ぎ見るに月の中に兎あり。
11   されば女人の御身としてかかる濁世末代に法華経を供養しましませば、 梵王も天眼を以て御覧じ帝釈は掌を合
12 わせてをがませ給ひ地神は御足をいただきて 喜び釈迦仏は霊山より御手をのべて 御頂をなでさせ給うらん、 南
13 無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経、恐恐謹言。
14       弘安二年己卯六月二十日                        日蓮花押
15     松野殿女房御返事
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松野殿女房御返事
01   白米一斗.芋一駄.梨子一篭・名荷・はじかみ.枝大豆.ゑびね旁の物給び候ぬ、濁れる水には月住まず枯たる木に
02 は鳥なし、心なき女人の身には仏住み給はず、 法華経を持つ女人は澄める水の如し釈迦仏の月宿らせ給う、 譬へ
03 ば女人の懐み始めたるには吾身には覚えねども、 月漸く重なり日も屡過ぐれば初にはさかと疑ひ 後には一定と思
04 ふ、心ある女人はをのこごをんなをも知るなり 法華経の法門も亦かくの如し、 南無妙法蓮華経と心に信じぬれば
05 心を宿として釈迦仏懐まれ給う、 始はしらねども漸く月重なれば心の仏・ 夢に見え悦こばしき心漸く出来し候べ
06 し、法門多しといへども止め候、 法華経は初は信ずる様なれども後遂る事かたし、 譬へば水の風にうごき花の色
07 の露に移るが如し、 何として今までは持たせ給うぞ是・ 偏へに前生の功力の上・釈迦仏の護り給うか、たのもし
08 し・たのもしし、委くは甲斐殿申すべし。
09       九月一日                      日 蓮 花 押
10     松野殿女房御返事
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松野尼御前御返
01   日本国の人には・にくまれ候ぬ、みちふみわくる人も候はぬに・をもいよらせ給いての御心ざし、石の中の火の
02 ごとし火の中の蓮のごとし、ありがたしありがたし、恐恐。
03       正月二十一日                  日 蓮 在 御 判
04     松の尼御前御返事
浄蔵浄眼御消
01   きごめの俵一・瓜篭一・根芋品品の物給い候畢んぬ、楽徳と名付けける長者に身を入れて我が身も妻も子も夜も
02 昼も責め遣はれける者が、 余りに責められ堪えがたさに隠れて他国に行きて其の国の大王に官仕へける程に・ き
03 りものに成りて関白と成りぬ、 後に其の国を力として我が本の主の国を打ち取りぬ、 其の時本の主・此の関白を
04 見て大に怖れ前に悪く当りぬるを悔ひかへして 官仕へ様様の財を引きける、 前に負けぬる物の事は思ひもよらず
05 今は只命のいきん事をはげむ、法華経も又斯の如く法華経は東方の薬師仏の主・南方・西方・北方・上下の一切の仏
06 の主なり、 釈迦仏等の仏の法華経の文字を敬ひ給ふことは民の王を恐れ星の月を敬ふが如し、 然るに我等衆生は
07 第六天の魔王の相伝の者・地獄・餓鬼・畜生等に押し篭められて気もつかず朝夕獄卒を付けて責むる程に、 兎角し
08 て法華経に懸り付きぬれば 釈迦仏等の十方の仏の御子とせさせ給へば、 梵王・帝釈だにも恐れて寄り付かず何に
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01 況や第六天の魔王をや、 魔王は前には主なりしかども今は敬ひ畏れて、 あしうせば法華経・十方の諸仏の御見参
02 にあしうや入らんずらんと恐れ畏て供養をなすなり、 何にしても六道の一切衆生をば法華経へ・つけじと・はげむ
03 なり、 然るに何なる事にや・をはすらん皆人の憎み候日蓮を不便とおぼして、 かく遥遥と山中へ種種の物送りた
04 び候事一度二度ならず、 ただごとにあらず偏へに釈迦仏の入り替らせ給へるか、 又をくれさせ給ひける御君達の
05 御仏にならせ給いて父母を導かんために御心に入り替らせ給へるか。
06   妙荘厳王と申せし王は悪王なりしかども御太子・ 浄蔵浄眼の導かせ給いしかば父母二人共に法華経を御信用有
07 りて仏にならせ給いしぞかし、 是もさにてや・候らんあやしく覚え候、甲斐公が語りしは常の人よりも・みめ形も
08 勝れて候し上・心も直くて智慧賢く、 何事に付けても・ゆゆしかりし人の疾はかなく成りし事の哀れさよと思ひ候
09 しが、 又倩思へば此の子なき故に母も道心者となり父も後世者に成りて候は只とも覚え候はぬに、 又皆人の悪み
10 候・法華経に付かせ給へば偏へに是なき人の 二人の御身に添うて勧め進らせられ候にやと申せしが・さもやと覚え
11 候、 前前は只荒増の事かと思いて候へば是程御志の深く候ひける事は始めて知りて候、 又若しやの事候はばくら
12 き闇に月の出づるが如く妙法蓮華経の五字・月と露れさせ給うべし、 其の月の中には釈迦仏・十方の諸仏・乃至前
13 に立たせ給ひし御子息の露れさせ給ふべしと思し召せ、委くは又又申すべし、恐恐謹言。
14       七月七日                            日蓮花押
刑部左衛門尉女房御返事
01   今月飛来の雁書に云く此の十月三日母にて候もの 十三年に相当れり銭二十貫文等云云、 夫外典三千余巻に忠
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01 孝の二字を骨とし 内典五千余巻には孝養を眼とせり、 不孝の者をば日月も光ををしみ 地神も瞋をなすと見へて
02 候、或経に云く六道の一切衆生仏前に参り集りたりしに 仏彼れ等が身の上の事を一一に問い給いし中に・ 仏地神
03 に汝大地より重きものありやと問い給いしかば 地神敬んで申さく大地より重き物候と申す、 仏の曰くいかに地神
04 偏頗をば申すぞ 此の三千大千世界の建立は皆大地の上にそなわれり、 所謂須弥山の高さは十六万八千由旬横は三
05 百三十六万里なり・大海は縦横八万四千由旬なり、 其の外の一切衆生・草木等は皆大地の上にそなわれり、此れを
06 持てるが大地より重き物有らんやと問い給いしかば、 地神答て云く仏は知食しながら人に知らせんとて 問い給う
07 か、 我地神となること二十九劫なり 其の間大地を頂戴して候に頚も腰も痛むことなし、虚空を東西南北へ馳走す
08 るにも重きこと候はず、 但不孝の者のすみ候所が身にあまりて重く候なり、 頚もいたく腰もおれぬべく膝もたゆ
09 く足もひかれず眼もくれ魂もぬけべく候、 あわれ此の人の住所の大地をば・ なげすてばやと思う心たびたび出来
10 し候へば不孝の者の住所は常に大地ゆり候なり、 されば教主釈尊の御いとこ提婆達多と申せし人は 閻浮提第一の
11 上臈・王種姓なり、 然れども不孝の人なれば我等彼の下の大地を持つことなくして 大地破れて無間地獄に入り給
12 いき、我れ等が力及ばざる故にて候と、 かくの如く地神こまごまと仏に申し上げ候しかば・ 仏はげにもげにもと
13 合点せさせ給いき、 又仏歎いて云く我が滅後の衆生の不孝ならん事・ 提婆にも過ぎ瞿伽利にも超えたるべし等云
14 云取意、涅槃経に末代悪世に不孝の者は大地微塵よりも多く孝養の者は爪上の土よりもすくなからんと云云。
15   今日蓮案じて云く此の経文は殊にさもやとをぼへ候、 父母の御恩は今初めて事あらたに申すべきには候はねど
16 も・母の御恩の事殊に心肝に染みて貴くをぼへ候、 飛鳥の子をやしなひ地を走る獣の子にせめられ候事・目もあて
17 られず魂もきえぬべくをぼへ候、 其につきても母の御恩忘れがたし、 胎内に九月の間の苦み腹は鼓をはれるが如
18 く頚は針をさげたるが如し、 気は出づるより外に入る事なく色は枯れたる草の如し、 臥ば腹もさけぬべし坐すれ
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01 ば五体やすからず、 かくの如くして産も既に近づきて腰はやぶれて・きれぬべく眼はぬけて天に昇るかとをぼゆ、
02 かかる敵をうみ落しなば大地にも・ ふみつけ腹をもさきて捨つべきぞかし、 さはなくして我が苦を忍びて急ぎい
03 だきあげて血をねぶり不浄をすすぎて胸にかきつけ懐きかかへて 三箇年が間慇懃に養ふ、母の乳をのむ事・ 一百
04 八十斛三升五合なり、此乳のあたひは一合なりとも三千大千世界にかへぬべし、されば乳一升のあたひをカンガへて
05 候へば米に当れば一万一千八百五十斛五升・稲には二万一千七百束に余り・布には三千三百七十段なり、 何に況や
06 一百八十斛三升五合のあたひをや、 他人の物は銭の一文・ 米一合なりとも盗みぬればろうのすもりとなり候ぞか
07 し、而るを親は十人の子をば養へども 子は一人の母を養ふことなし、 あたたかなる夫をば懐きて臥せどもこごへ
08 たる母の足をあたたむる女房はなし、給孤独園の金鳥は子の為に火に入り・キョウ尸迦夫人は夫の為に父を殺す、仏
09 の云く 父母は常に子を念へども子は父母を念はず等云云、 影現王の云く父は子を念ふといえども子は父を念はず
10 等是れなり、 設ひ又今生には父母に孝養をいたす様なれども 後生のゆくへまで問う人はなし母の生てをはせしに
11 は心には思はねども一月に一度・一年に一度は問いしかども・ 死し給いてより後は初七日より二七日乃至第三年ま
12 では人目の事なれば形の如く問い訪ひ候へども・十三年・四千余日が間の程は・かきたえ問う人はなし、 生てをは
13 せし時は一日片時のわかれをば千万日とこそ思はれしかども 十三年四千余日の程はつやつやをとづれなし 如何に
14 きかまほしくましますらん 夫外典の孝経には唯今生の孝のみををしへて 後生のゆくへをしらず身の病をいやして
15 心の歎きをやめざるが如し内典五千余巻には人天二乗の道に入れていまだ仏道へ引導する事なし。
16   夫目連尊者の父をば吉占師子・母をば青提女と申せしなり、 母死して後餓鬼道に堕ちたり、しかれども凡夫の
17 間は知る事なし、証果の二乗となりて 天眼を開きて見しかば母餓鬼道に堕ちたりき、 あらあさましやといふ計り
18 もなし、 餓鬼道に行きて飯をまいらせしかば纔に口に入るかと見えしが飯変じて炎となり・ 口はかなへの如く飯
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01 は炭をおこせるが如し、 身は灯炬の如くもえあがりしかば神通を現じて水を出だして消す処に・ 水変じて炎とな
02 り弥火炎のごとくもゑあがる、 目連自力には叶はざる間・仏の御前に走り参り申してありしかば、 十方の聖僧を
03 供養し其の生飯を取りて 纔に母の餓鬼道の苦をば救い給へる計りなり・釈迦仏は御誕生の後・七日と申せしに母の
04 摩耶夫人にをくれまいらせましましき、 凡夫にてわたらせ給へば母の生処を知しめすことなし、 三十の御年に仏
05 にならせ給いて父浄飯王を現身に教化して証果の羅漢となし給ふ、 母の御ためにはトウ利天に昇り給いて摩耶経を
06 説き給いて父母を阿羅漢となしまいらせ給いぬ、 此れ等をば爾前の経経の人人は孝養の二乗・ 孝養の仏とこそ思
07 い候へども、 立ち還つて見候へば不孝の声聞・不孝の仏なり、 目連尊者程の聖人が母を成仏の道に入れ給はず、
08 釈迦仏程の大聖の父母を二乗の道に入れ奉りて 永不成仏の歎きを深くなさせまいらせ給いしをば、 孝養とや申す
09 べき不孝とや云うべき、 而るに浄名居士・目連を毀て云く六師外道が弟子なり等云云、 仏自身を責めて云く我則
10 ち慳貪に堕ちなん此の事は為めて不可なり等云云、 然らば目連は知らざれば科浅くもやあるらん、 仏は法華経を
11 知ろしめしながら生てをはする父に惜み・ 死してまします母に再び値い奉りて説かせ給はざりしかば 大慳貪の人
12 をば・これより外に尋ぬべからず。
13   つらつら事の心を案ずるに仏は二百五十戒をも破り十重禁戒をも犯し給う者なり、 仏・法華経を説かせ給はず
14 ば十方の一切衆生を不孝に堕し給ふ大科まぬかれがたし、 故に天台大師此の事を宣べて云く 「過則ち仏に属す」
15 云云、 有人云く是れ十方三世の御本誓に違背し衆生を欺誑すること有るなり等云云、 夫四十余年の大小・顕密の
16 一切経並に真言.華厳・三論.法相・倶舎.成実・律.浄土・禅宗等の仏.菩薩・二乗・梵釈.日月及び元祖等は法華経に
17 随ふ事なくば何なる孝養をなすとも我則堕慳貪の科脱るべからず、 故に仏本願に趣いて法華経を説き給いき、 而
18 るに法華経の御座には父母ましまさざりしかば 親の生れてまします方便土と申す国へ贈り給て候なり、 其の御言

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