top ホームページtopへ
日蓮大聖人御書講義4上0154~0168

0154~0160    八宗違目抄
  0154:01~0155:04 第一章 諸経に三身常住の義なし
  0155:05~0155:15 第二章 釈尊は三徳具備・三身相即の仏
  0155:16~0156:06 第三章 八宗所立の本尊を破す
  0156:07~0156:11 第四章 華厳・真言二宗の主張を挙ぐ
  0156:12~0157:07 第五章 華厳宗が主張する一念三千
  0157:08~0157:17 第六章 真言宗が主張する一念三千
  0157:18~0158:09 第七章 天台の教法賛嘆した史実示す
  0158:10~0159:09 第八章 華厳宗も一念三千を明かさず
  0159:10~0159:18 第九章 止観で初めて一念三千明かす
  0159:18~0160:01 第十章 一念三千は法華経のみに明かす
  0160:01~0160:12 第11章 止観に十法成乗観を引く
  0160:12~0160:18 第12章 華厳“心造”の文は“心具”の義で用う
0161~0168    早勝問答
  0161:01~0161:12 第一章 浄土宗の邪義を破す
  0161:13~0163:01 第二章 浄土宗の反論を破す
  0163:02~0164:07 第三章 禅宗の教義を破す
  0164:08~0165:10 第四章 天台宗の教義を破す
  0165:11~0165:18 第五章 天台密教の邪義を破す
  0166:01~0167:01 第六章 真言密教の邪義を破す
  0167:02~0168:14 第七章 真言亡国の理由を明かす

0154~0160    八宗違目抄top
0154:01~0155:04 第一章 諸経に三身常住の義なしtop
八宗違目抄    文永九年二月    五十一歳御作   与富木常忍
01   記の九に云く「若し其れ未だ開せざれば法報は迹に非ず 若し顕本し已れば本迹各三なり」文句の九に云く「仏
02 三世に於て等しく三身有り諸教の中に於て之を秘して伝えず」
03       ┌ 法身如来          ┌正因仏性
04   仏───┼ 報身如来     衆生───┼了因仏性
05       └ 応身如来          └縁因仏性
0155
01       ┌ 小乗には仏性を論ぜず。
02  衆生の仏性┼ 華厳・法等・般若・大日等には衆生本より正因仏性あつて了因・縁因無し。
03       └ 法華経には本より三因仏性有り。
04  文句の十に云く「正因仏性法身の性なりは本当に通互す、縁・了仏性は種子本有なき今に適むに非ざらるなり」
-----―
 法華文句記巻九に「もし、まだ開迹顕本していないならば、法身・報身は迹ではなく本体であり、もし寿量品で顕本しおわれば、地にも垂迹にもおのおの三身があるのである」とあり、法華文句の巻九には「仏は三世において等しく三身が具わっているが、法華以前の諸教のなかではこれを秘して伝えない」とある。
 これを図示すると以下のようになる。
        ┌ 法身如来…正因仏性 ┐
 仏=三身───┼ 報身如来…了因仏性 ┼衆生=三因仏性
        └ 応身如来…縁因仏性 ┘        
      ┌ 小乗経には仏性の有無を論じていない。
 衆生の仏性┼ 華厳・法等・般若・大日等には衆生には本より正因仏性があり、了因・縁因仏性はないと説く。
      └ 法華経には本より三因仏性が有ると説く。
 法華文句巻十に「正因仏性=法身の理性は本有と当為とに通じ、縁因・了因の仏性もその種子は本有であり、今はじめて修して得たものではない」とある。


 妙楽大師が天台の法華文句をさらに解釈した「法華文句記」のこと。妙楽は中国の唐代の人で天台宗第九祖。天台より六世の法孫で、中興の祖としておおいに天台の教義を宣揚し、実践修行に尽くし、仏法を興隆した。そのなかでも、天台大師の注釈は天台の幽旨を明解にしたもので、法華玄義を法華玄義釈籤、摩訶止観を摩訶止観輔行伝弘決としている。
―――

 ①本地に対する垂迹。②本仏に対する迹仏。③本門に対する迹門。
―――
顕本
 ①久遠の本地を開顕すること。②顕本法華宗のこと。
―――
文句
 天台大師の三大部の一つ「法華文句」のこと。法華経の初め、序品の「如是我聞」から、最後普門品の「作礼而去」までの一字一句を、因縁・約教・本迹・観心の四釈をへて、くわしく10巻870枚にわたって解釈している書。
―――

 完全・絶対の理を覚った人の境地・十界の最上位。
―――
三世
 過去世・現在世・未来世のこと。三世の生命観に立つならば、生命の因果の法則は明らかである。開目抄には「心地観経に曰く『過去の因を知らんと欲せば其の現在の果を見よ未来の果を知らんと欲せば其の現在の因を見よ』等云云」(0231-03)とあり、十法界明因果抄には「小乗戒を持して破る者は六道の民と作り大乗戒を破する者は六道の王と成り持する者は仏と成る是なり」(0432-12)とある。
―――
三身
 法身・報身・応身の三つをいう。応身とは肉体、報身は智慧、法身は生命である。爾前の経教においては、種々の法が説かれるが、いずれも娑婆世界でなく他土に住し、始成の仏である。しかもただ法身のみであったり、報身のみであったり、あるいは応身仏である。これに対し、寿量品においては、久遠本有常住・此土有縁深厚の三身具足の釈迦如来が説かれて、生命の実相が説き示されるのである。寿量品の目的は報中論三といって、報身を要として、総体の三身を説くのである。しかして文底至極の義は、久遠元初の自受用無作三身を示していることは御義口伝の処々に明らかである。
―――
如来
 ①「如々として来る」と訳す。仏のこと。②過来・如来・未来のなかの如来。瞬間瞬間の生命。
―――
衆生
 梵語サットヴァ(sattva)の音写。薩埵と訳す。この世に存在するもの、生けるもの。主として人間をさす場合が多いが、感覚をもつ生き物すべてをいう。
―――
正因
 三種の仏法のひとつ。一切衆生が本然的に具えている仏性のこと。
―――
了因
 三種の仏法のひとつ。法性・真如の理を覚知する智慧。
―――
縁因
 三種の仏法のひとつ。了因仏性を助け、正因仏性を開発していく縁となるすべての善行。
―――
小乗教
 仏典を二つに大別したうちのひとつ。乗とは運乗の義で、教法を迷いの彼岸から悟りの彼岸に運ぶための乗り物にたとえたもの。菩薩道を教えた大乗に対し、小乗とは自己の解脱のみを目的とする声聞・縁覚の道を説き、阿羅漢果を得させる教法、四諦の法門、変わり者、悪人等の意。
―――
華厳
 華厳宗のこと。華厳経を依経とする宗派。円明具徳宗・法界宗ともいい、開祖の名をとって賢首宗ともいう。中国・東晋代に華厳経が漢訳され、杜順、智儼を経て賢首(法蔵)によって教義が大成された。一切万法は融通無礙であり、一切を一に収め、一は一切に遍満するという法界縁起を立て、これを悟ることによって速やかに仏果を成就できると説く。また五教十宗の教判を立てて、華厳経が最高の教えであるとした。日本には天平8年(0736)に唐僧の道璿が華厳宗の章疏を伝え、同12年(0740)新羅の審祥が東大寺で華厳経を講じて日本華厳宗の祖とされる。第二祖良弁は東大寺を華厳宗の根本道場とするなど、華厳宗は聖武天皇の治世に興隆した。南都六宗の一つ。
―――
方等
 方等経のこと。方とは方正、等とは平等にして中道の理。したがって方等とは広く大乗経である。
―――
般若
 般若波羅蜜の深理を説いた経典の総称。漢訳には唐代の玄奘訳の「大般若経」六百巻から二百六十二文字の「般若心経」まで多数ある。内容は、般若の理を説き、大小二乗に差別なしとしている。
―――
大日
 大日は梵語(mahāvairocana)遍照如来・光明遍照・遍一切処などと訳す。密教の教主・本尊。真言宗では、一切衆生を救済する如来の智慧を光にたとえ、それが地上の万物を照らす陽光に似るので、大日如来というとし、宇宙森羅万象の真理・法則を仏格化した法身仏で、すべて仏・菩薩を生み出す根本仏としている。大日如来には智法身の金剛界大日と理法身の胎蔵界大日の二尊がある。
―――
法華経には本より三因仏性有り
 法華経には二乗を含めた十界の衆生のすべてに仏性が示されていることをいう。
―――
法華経
 大乗経典の極説、釈尊一代50年の説法中、最も優れた経典である。漢訳には「六訳三存」といわれ、「現存しない経」①法華三昧経 六巻 魏の正無畏訳(0256年)②薩曇分陀利経 六巻 西晋の竺法護訳(0265年)③方等法華経 五巻 東晋の支道根訳(0335年)「現存する経」④正法華経 十巻 西晋の竺法護訳(0286年)⑤妙法蓮華経 八巻 姚秦の鳩摩羅什訳(0406年)⑥添品法華経 七巻 隋の闍那崛多・達磨芨多共訳(0601年)がある。このうち羅什三蔵訳の⑤妙法蓮華経が、仏の真意を正しく伝える名訳といわれており、大聖人もこれを用いられている。説処は中インド摩竭提国の首都・王舎城の東北にある耆闍崛山=霊鷲山で前後が説かれ、中間の宝塔品第十一の後半から嘱累品第二十二までは虚空会で説かれたことから、二処三会の儀式という。内容は前十四品の迹門で舎利弗等の二乗作仏、女人・悪人の成仏を説き、在世の衆生を得脱せしめ、宝塔品・提婆品で滅後の弘経をすすめ、勧持品・安楽行品で迹化他方のが弘経の誓いをする。本門に入って涌出品で本化地涌の菩薩が出現し、寿量品で永遠の生命が明かされ「我本行菩薩道」と五百塵点劫成道を示し文底に三大秘法を秘沈せしめ、このあと神力・嘱累では付嘱の儀式、以下の品で無量の功徳が説かれるのである。ゆえに法華経の正意は、在世および正像の衆生のためにとかれたというより、末法万年の一切衆生の救済のために説かれた経典である。(二)天台の摩訶止観(三)大聖人の三大秘法の南無妙法蓮華経のこと。
―――
種子
 衆生の心田に植えられる仏になるための因を草木の種子にたとえていったもの。
―――
本有
 ①本来、ありのままに存在するもの、またその存在。②もともとそなわっていること。③四有のひとつ、生まれてから死ぬまでの存在。④本来固有なこと、修生または修成に対する語。
―――――――――
 本抄は文永9年(1272)2月18日、日蓮大聖人が51歳の御時、流罪地の佐渡で認められ、下総の富木常忍に与えられた書である。
 天台法華宗と、当時、我が国に広まっていた八宗とを対比して、その相違点を明らかにし、法華経のみが真の皆成仏道の教であると論じられている。御真筆は京都妙顕寺に現存する。
 富木常忍は下総国葛飾郡八幡荘若宮に住んでいた武士で、壇越のなかでも最も早い時期に入信しており、居住地の下総を中心に大田乗明・曾谷教信をはじめとする有力な壇越を教化している。
 昭和42年(1967)に発見された「聖教紙背文書」によると、常忍は下総国守護の任にあたった千葉介頼胤の有力被官の一人で、その役務はおもに守護職にかかわる司法・行政の事務を司っていたことが明らかになっている。
 ちなみに「聖教紙背文書」とは、日蓮大聖人が書写された仏典の要文集の裏面に記されている富木常忍の仕事上の文面である。
 これは紙の入手が困難であった当時にあって、常忍が仕事上の書類のなかで不要になった紙を大聖人に差し上げ、それを大聖人がメモ代わりに使われたものをいう。
 「八宗」とは、一般には奈良時代に興隆した、俱舎・成実・律・法相・三論・華厳の南都六宗と、平安時代に台頭した天台・真言の二宗を合わせた8つの宗派をいうが、本抄では天台宗と他の宗派を相対し、その違目を明かされており、天台宗の代わりに当時興隆を極めていた浄土宗を加えて八宗とされている。
 俱舎・成実・律・三論の四宗は小乗経を所依とし、法相・華厳・真言・浄土の四宗は権大乗を所依としている。
 内容は、題号に示されているように、八宗と天台宗を比べて、その違いを明確にされているのであるが、八宗の依経がいずれも仏の三身常住を説かない不了義経であること、したがって、そうした不完全な仏身を根本にする八宗の本尊観を破折されている。
 続いて、八宗のうちでも華厳・真言の二宗がともに天台大師の一念三千の法門を盗み入れて、自宗の教義としていることを指摘され、二宗が依処としている華厳経・大日経はもともと仏の三身常住、一念三千の義を明かしていないゆえに、不成仏の方便権教であると断じられている。
 そして、一念三千は法華経のみに説かれる独自の法門であり、天台大師が摩訶止観に初めて明かしたものであることを述べられ、摩訶止観と、止観を解釈した妙楽大師の止観輔行伝弘決の文を引かれ、十境・十乗の十重観法の意義を明かされている。
三身論で違目を判ず
 初めに、八宗と天台法華宗との違目を明らかにするために、その依経の勝劣・浅深・高低を判ずる尺土として、三身論を用いられている。
 三身論とは、仏身について法身・報身・応身の三身を立て分けたものである。
 「法身」とは真理を体とする身で、仏の所証の真理そのものをさす。「報身」とは因行の報いとして得た能証の智慧や功徳の面を、仏の身格として立てたものをさす。「応身」とは衆生を救済するために、種々に応現する生身の仏をさす。
 天台大師は法華文句巻9下において、法華経如来寿量品第16の題号を釈し、次のように述べている。
 「寿量とは詮量なり。十方三世の二仏・三仏・本仏・迹仏の功徳を詮量する。今、正しく本地三仏の功徳を詮量す。故に如来寿量品と言うなり」と。「詮量」とは物事の道理を量り、明らかにしていくことをいう。
 すなわち、「寿量」とは仏の寿命および寿命に含まれる功徳を量ることをいうが、その仏に、真仏・応仏の二仏、法・報・応の三仏、本仏・迹仏等の立て分けがある。諸経で説く仏は、そうした種々の功徳のいずれか一面をあらわした仏を説いているにすぎない。
 寿量品では「本地三仏」の功徳を明かしており、またこれは法華経寿量品以外には説かれていない。それゆえに「如来寿量品」というのである、という意である。
 諸経でも種々の仏身を明かし、その功徳の荘厳なることを説いているが、本地の三身は寿量品以外には明らかにされていないと断じているのである。
 この点について妙楽大師は法華文句記巻9中で「法・報は是れ本・応身は迹に属す。何を以てか乃ち本地の三仏と言うや」との問いを設けている。
 すなわち、法身・報身は本地であるが、応身は垂迹であるから、本地の三身というのはおかしいではないか、という意である。
 この設問に答えたのが本抄冒頭に示されている法華文句記巻9中の文である。
記の九に云く「若し其れ未だ開せざれば法報は迹に非ず若し顕本し已れば本迹各三なり」文句の九に云く「仏三世に於て等しく三身有り諸教の中に於て之を秘して伝えず」
 文意は、寿量品において久遠実成が開顕される以前は、法身・応身が仏の本地であり、応身は垂迹であるとされたが、久遠実成が開顕された寿量品では、本地の仏にも三身があり、垂迹の仏にも三身がある、ということである。
 つまり、法・報二身が本地、応身が垂迹というのは、寿量顕本以前の迹仏についての所説であり、顕本以後は「本地の三身」と「垂迹の三身」の二種の三身があることが明らかになったのである。
 「本地の三身」についていえば、寿量品では釈尊が久遠五百塵点劫において成仏して以来、常に衆生を教化してきた常住の仏であることが説かれている。
 この久遠の成道以来、生ずることも滅することもなく常住している三身円満の如来を「本地の三身」とも「体の三身」ともいうのである。
 この「本地の三身」が、さまざまな世界に衆生化導のために現れた仏が「垂迹の仏」であるが、この無数の「垂迹の仏」も法・報・応の三身が即一体となった仏である。これを「用の三身」ともいう。
 続く天台大師の法華文句記巻9下の「仏三世に於て等しく三身有り、諸教の中に於て之を秘して伝えず」の文は、この三身常住の仏の真実の姿は法華経以外には説かれていないということである。
 仏三世に於て等しく三身有り」とは、三身相即・三身円融の仏身が三世常住であるということである。
 「諸教の中に於て之を秘して伝えず」とは、この三身常住の仏身は法華経本門寿量品以外の諸経には明かされなかったものであるということである。
 日蓮大聖人も四条金吾釈迦仏供養事で、この天台大師の釈を引かれ「此の釈の中に於諸教中とかかれて候は華厳・方等・般若のみならず法華経より外の一切経なり、秘之不伝とかかれて候は法華経の寿量品より外の一切経には教主釈尊秘めて説き給はずとなり」(1144-12)と仰せられている。
 三身如来に関しては、諸経では「法身・報身が本地、応身が垂迹」、あるいは「法身は無始無終、報身は有始無終、応身は有始有終」等とされてきた。法身とは“真理”そのものであるから、これが常住であることは爾前経でも当然とされてことが、応身は具体的に現実世界にあらわれる姿、振る舞いであるから、仮の面であり、垂迹とされてきたのである。これを根本的に打ち破ったのが法華経寿量品の説法だったのである。
 ゆえに、天台大師は法華文句巻9上で「発迹顕本の三如是は、永く諸経に異なる」と結論している。
 しかも、この寿量品の三身常住の本仏が“体の三身”であるのに対し、大日経の毘盧遮那・大日如来、また荘厳な浄土に住するとされた阿弥陀如来など爾前諸教の諸仏、更には法華経迹門の多宝如来も含めて、一切の仏は、本地の三身である寿量品の教主釈尊の垂迹であることが明らかとなったのである。
仏の三身と衆生の三因仏性
 次に、仏の三身と我等衆生の三因仏性の関係について本文で図示されている。
        ┌ 法身如来――正因仏性 ┐
    仏───┼ 報身如来――了因仏性 ┼――衆生
        └ 応身如来――縁因仏性 ┘
 三因仏性とは三種の仏性のことで、正因仏性・了因仏性・縁因仏性をいう。
 すなわち、正因仏性は一切衆生が本然的に具えている仏性をいい、了因仏性は法性・真如の理を照らしあらわす智慧をいう。縁因仏性は了因を助け正因を開発していく縁となるすべての善行のことである。
 金光明経玄義巻上に「土中の金はいまだれにも発見されなくても、客観的に実在しているように、一切衆生はすべて仏性を具している。これを正因仏性という。人が土中の金を掘り出すには掘り起こす縁が必要であるように、善行によって仏性が開発されることになる。これが縁因仏性である。そして仏性を了知することができる。これが了因仏性である」とある。
 また金光明経捨遺記巻2には「縁因は了因を助け、了因は正因を顕す。更に正因より勝れた縁因を起こすというように、三因仏性は互いに相由って、よく仏果を証する妙因となる」と説かれている。
 三因仏性を“体”と“用”に配すれば、正因は“体”であり、縁因・了因は“用”となる。
 この三種の仏性は他から与えられたものではなく、衆生が本来具えているものであり、それゆえに、衆生は自身の三因仏性を開発して、成仏を遂げることができるのである。
 そのとき、正因仏性は法身と顕れ、了因仏性は報身、縁因仏性は応身と顕れる。日寛上人は「此の中の正了縁と果中の法報応と同じきなり。故に仏性と同じきが故に等しく是れ子なりと云ふ。譬へば石中の火と同じきが如し。猶ほ子の身と親の身と同じきが如し。故に悉是吾子と云ふなり」と御教示されている。
 すなわち、正・了・縁の三因仏性は、仏界を覚知したときには法・報・応の三身として成就されるのであるから、因中において三因仏性、果中において三身があり、因と果の違いはあっても、体はおなじなのである。
諸経にみる衆生の三因仏性
 ところで、この衆生の仏性について、小乗教にはその有無すら全く説かれていない。
 華厳・方等・般若部の諸経や大日経等の権大乗経には、衆生の理性に正因仏性が具わることは説いているが、了因・縁因の二仏性は修行を重ねたうえで成就するもので、本来具わっているものではないとしている。とくに二乗については、これら権大乗経は一貫して、二乗の衆生は仏性の種子を燋ってしまっていて再び芽を出すことは不可能であるとしているのである。
 一代聖教大意には「蔵通二教には仏性の沙汰なし但菩薩の発心を仏性と云う、別円二教には衆生に仏性を論ず但し別教の意は二乗に仏性を論ぜず、爾前の円教は別教に附して二乗の仏性の沙汰無し此等は皆麤法なり」(0400-15)と述べられている。
 それに対し法華経では、衆生はもともと三因仏性を具有すると明かしている。
 ゆえに天台大師は、法華文句巻10上で「正因仏性は本当に通互し、縁因仏性は種子本有にして、今に適まるに非ざるなり」と説いている。
 すなわち、正因仏性は割注で「法身の性なり」と示されているように、仏の三身のうちの法身の理性で、本有であり、未来に成仏するときも変わるものでもない。縁因・了因の二仏性も、その種子は本有のものであって、修行して初めて具わるものではない、という意である。
 これらの釈は、法華経にこそ衆生本有の三因仏性と、仏の三身相応・三身常住が説かれたのであり、一方、諸経にはこの両義が全く欠けていることを述べているのである。

0155:05~0155:15 第二章 釈尊は三徳具備・三身相即の仏top
05          ┌今此の三界は皆我が有なり──────主国王世尊なり
06  法華経第二に云く┼其の中の衆生は悉く是れ我が子なり──親父なり
07          ├而も今此の処は諸の患難多し────┐
08          └唯我一人のみ能く救護をなす────┴導師なり
09                 ┌主─国王─報身如来
10  寿量品に云く我も亦為世の父文 ┼師────応身如来
11                 └親────法身如来
12  五百間論に云く 「若し父の寿の遠を知らずして 復父統の邦に迷わば徒らに才能と謂うとも全く人の子に非ず」
13 又云く「但恐らくは才一国に当るとも父母の年を識らざんや」
14  古今仏道論衛道宣の作に云く「三皇已然は末だ文字有らず但其の母を識つて其の父を識らず禽獣に同じ鳥等なり等
15 云云、慧遠法師周の武帝を詰る語なり
-----―
         ┌今此の三界は皆我が有なり──────主国王世尊なり
 法華経第二に云く┼其の中の衆生は悉く是れ我が子なり──親父なり
         ├而も今此の処は諸の患難多し────┐
         └唯我一人のみ能く救護をなす────┴導師なり
                ┌主─国王─報身如来
 寿量品に云く我も亦為世の父文 ┼師────応身如来
                └親────法身如来
 妙楽大師の五百間論には「若し父の寿命の長遠なることを知らないような者は、また父の統治している国に迷うであろう。そのようでは、いかに才能があるといっても、全く人の子ではない」と、また「ただ、おそらくは才能が一国全体の人に匹敵するほどであっても、父母の年をしらないようなものである」とある。
 道宣の古今仏道論衛に「三皇已前はまだ文字がなく、人々はただ、その母を識っていたが、その父を識らない禽獣のようであった」とある。これは慧遠法師が周の武帝を詰った語である。

寿量品
 如来寿量品第16のこと。如来とは十方三世の諸仏・二仏・三仏・本仏・迹仏の通号である。別して本地三仏の別号。寿量とは、十方三世・二仏・三仏の諸仏の功徳を詮量えるので、寿量品という。今は、本地の三仏の功徳を詮量するのである。この品こそ、釈尊出世の本懐であり、一切衆生成仏得道の真実義である。寿量品得意抄には「一切経の中に此の寿量品ましまさずは天に日月無く国に大王なく山海に玉なく人にたましゐ無からんがごとし、されば寿量品なくしては一切経いたづらごとなるべし」(1211-17)と、この品が重要であることを説かれている。その元意は文底に事行の一念三千の南無妙法蓮華経が秘し沈められているからである。御義口伝には「如来とは釈尊・惣じては十方三世の諸仏なり別しては本地無作の三身なり、今日蓮等の類いの意は惣じては如来とは一切衆生なり別しては日蓮の弟子檀那なり、されば無作の三身とは末法の法華経の行者なり無作の三身の宝号を南無妙法蓮華経と云うなり」(0752-04)、また「然りと雖も而も当品は末法の要法に非ざるか其の故は此の品は在世の脱益なり題目の五字計り当今の下種なり、然れば在世は脱益滅後は下種なり仍て下種を以て末法の詮と為す」(0753-07)とあり、末法においては、寿量品といえども、三大秘法の大御本尊の説明書であり、蔵と宝の関係になるのである。
―――
五百間論
 妙楽大師の著作3巻。法相宗の慈恩は法華玄賛で法華経を賛嘆しているが、法相宗の立場から説いているため、かえって法華の心を殺していると破折し、真の法華経の妙旨を顕示している。
―――
古今仏道論衛
 ①続集古今仏道論衛のこと。1巻。唐・智昇撰。②古今仏道論衛実録または集古今仏道論衛のこと。4巻。唐・道宣撰。ともに仏教と道教との論争の事跡をまとめたもの。
―――
道宣
 (0596~667)唐代の僧。姓は銭。丹徒(浙江  省)の人。智首に律を学び、修南山に住して四分律を研究、南山律宗を開いた。著「四分律行事鈔」「大唐内典録」など。
―――
三皇
 中国古代の伝説上の理想君主。伏羲・神農・黄帝または伏羲・黄帝・神農とされるなど異説も多い。
―――
慧遠法師
 (0523~0592)。中国・北周から隋代にかけての僧。敦煌(甘粛省)の人。姓は李氏。晩年に浄影寺に住んだので、浄影寺慧遠、浄影ともいう。13歳で出家し、四分律を学ぶ。建徳6年(0577)北周の武帝は斉国を攻略し、ここで儒教を第一として廃仏を行った。この時、五百余人の僧は黙然として従ったが、慧遠は武帝を「陛下、邪法を以って人を化し、現に苦業を種ゆ。当に陛下と共に同じく阿鼻に趣くべし」と諌めた。武帝はこの諫言を容れず、慧遠は西山に行き、法華経・維摩経等を誦していた。しかし、隋代になって仏教の再興を図る文帝に優遇され、大徳六人の一人として浄影寺に住した。著書に「大乗義章」十四巻などがある。
―――
武帝
 中国の皇帝の諡号の一つ。武力を以て国土を広げた皇帝や戦乱を平定した皇帝に送られる諡号である。単に武帝というと、前漢の武帝を指すことが最も多い。次いで西晋の武帝、三国時代の魏の武帝、梁の武帝を指すことが多い。
―――――――――
 法華経如来寿量品第16に説かれる三身相即・三身常住の釈尊は、主・師・親の具えた仏であるゆえに、その当体をもって本尊とすべき旨を経釈を挙げて示され、偏頗な仏身観をもとにした諸宗の誤った本尊観を破折されている。
 初めに「法華経第二に云く」と、法華経譬喩品第3の文を挙げ、主・師・親の三徳を整足していることを示されている。
 すなわち、本文で図示されているように、「今此の三界は皆是れ我が有なり」が主徳、「其の中の衆生は悉く是れ吾が子なり」が親徳、「而も今此の処は諸の患難多し、唯我一人のみ能く救護をなす」が師徳をあらわしている。これは法華経迹門の仏が三徳を具足していることを示したものである。
 ところで、日蓮大聖人がこの主師親の三徳具備を、尊敬すべき仏の特質とされていたことは、開目抄の元意であるとともに、一代五時鶏図、釈迦一代五時継図において、章安大師の涅槃経疏における「一体の仏を主師親と作す」との釈を引かれていることや、下山御消息に「一身に三徳を備へ給へる仏」(0348-05)と仰せられていることからも明らかである。
我も亦為世の父
 次に、如来寿量品第16の「我も亦為れ世の父」の文を引用されているのは、本門寿量品の仏の三徳を明かされるためである。この文は、父の徳に主徳と師徳を包摂されているのである。
 大聖人は御義口伝で「我とは釈尊一切衆生の父なり主師親に於て仏に約し経に約す、仏に約すとは迹門の仏の三徳は今此三界の文是なり、本門の仏の主.師.親の三徳は主の徳は我此土安穏の文なり師の徳は常説法教化の文なり親の徳は此の我亦為世父の文是なり」(0757-第十六我亦為世父の事-01)と説かれている。
 久遠実成の釈尊は一切衆生の父であり、三徳具備の仏であることから、
                  ┌主─国王─報身如来
   寿量品に云く我も亦為世の父文 ┼師────応身如来
                  └親────法身如来
 図示されているのである。
 寿量品の仏の法・報・応の三身を主師親三徳に配されているのは、寿量品の三身相即の釈尊が三徳を具備しており、本尊として崇重すべき仏であることを意味している。
 当時の仏教界は、各宗それぞれに仏や菩薩を本尊として立てていた。しかし、それらはいずれも三身相即ではないため主師親三徳を具備しておらず、しかもそのような仏・菩薩を本尊と立てることにより主師親に背く不孝大逆の科を犯していたのである。
五百間論に云く「若し父の寿の遠を知らずして復父統の邦に迷わば徒らに才能と謂うとも全く人の子に非ず」又云く「但恐らくは才一国に当るとも父母の年を識らざんや」
 寿量品が父徳を中心に三徳を示した文であることに対応して、妙楽大師の五百門論より、父に背く愚かさを指摘し、父子関係の亡失は人としての大事な条件に外れることを示されている。
 いま引用ヶ所を示すと次のとおりである。
 「況や一代教の中に、末だ曾て遠を顕さず、父母の寿知らずばある可からず…但恐る、才は一国に当たるとも父母の季を識らずば、失う所小なりと雖も、辱しき所至って大なり。若し父母の寿の遠きを知らずんば、復父統の邦に迷う。徒に才能と謂うとも、全く人の子に非ず」
 五百門論は3巻から成り、法相宗の慈恩が法華玄賛で、法相宗の唯識論の立場から法華経を釈し、賛嘆していることが、かえって法華経の心を死していると破折し、法華経の真実の妙旨を示そうとした書である。
 形式は、まず問いを設け、玄賛の釈による答え、それに対する著者の難問という形をとっている。371問からなっているが、問のなかに問いが分けられている場合があり、総数は500を超える。
 妙楽大師のこの文について、日蓮大聖人は開目抄で「妙楽云く『一代教の中未だ曾て遠を顕さず、父母の寿知らずんばある可からず若し父の寿の遠きを知らずんば復父統の邦に迷う、徒に才能と謂うとも全く人の子に非ず』等云云、妙楽大師は唐の末・天宝年中の者なり三論・華厳・法相・真言等の諸宗・並に依経を深くみ広く勘えて寿量品の仏をしらざる者は父統の邦に迷える才能ある畜生とかけるなり、徒謂才能とは華厳宗の法蔵・澄観・乃至真言宗の善無畏三蔵等は才能の人師なれども子の父を知らざるがごとし」(0215-07)と述べられている。
 日寛上人は開目抄文段で、本門の仏の三徳の依文が如来寿量品第16の「我亦為世父」の文であると示されたあと「経に云く『我実成仏已来、無量無辺』『我常在此、娑婆世界、説法教化』等云云。『我実成仏』等は父の寿の長遠なるを説き顕す。則ち父の深恩を知るなり。『我常在此』等は父に主恩あるを説顕し『説法教化』は父に師恩あるを説き顕すなり。若し父の寿の遠きことを知らずんば、何に由ってか能く父に主恩あることを知らん。故に『父統の邦に迷う』というなり。また何ぞ能く父に師の恩あることを知らん。故に云く『徒に才能と謂うとも』と、かくの如きの父の大恩を知らずんば、豈不知恩の畜生に非ずや。故に『全く人の子に非ず』というなり」と記されている。
 日寛上人は「我亦為世父」の文が久遠実成の仏の父徳を中心に主徳・師徳を包摂していることを述べられ、この寿量品によって父の寿の長遠なることを知ってこそ「父統の邦」を知ったことになるのであり、また父の師徳も知ることができる。しかるに、父の寿の長遠を知らない衆生は、いかに才能があっても、父から負っている大恩を知らないがゆえに畜生と同じである。ゆえに「全く父の子に非ず」とあるのだと言われている。
 御義口伝には「父に於て三之れ有り法華経.釈尊.日蓮是なり、法華経は一切衆生の父なり此の父に背く故に流転の凡夫となる、釈尊は一切衆生の父なり此の仏に背く故に備さに諸道を輪ぐるなり、今日蓮は日本国の一切衆生の父なり」(0726-第二捨父逃逝の事-01)と説かれている。
 法華経の文でも、またそれを受けての大聖人の御教示でも、三徳のなかでも“父”の徳を強調されているのは、成仏の種子を下種する御本仏としてのお立場を示されるためといえよう。
 日寛上人は更に主師親三徳抄で「末法の衆生は釈尊の所に於いて曾つて、下種無き故に本末有善の衆生と名く、故に蓮祖始めて末法に出現し一切衆生に成仏の種子を下し給ふ。故に是れ父なり。亦主師なり」と明示されている。
“父”をしらぬこと禽獣に同じ
 本文では更に、中国・隋唐代の南山律師の祖とされる道宣の古今仏道論衡にある「三皇已前は末だ文字有らず但其の母を識って其の父を識らず禽獣に同じ」の文を引かれている。
 これは、中国古代の伝統的な君主である三皇の時代以前、つまり、道徳がまだ確立されていない時にあっては、人々は自分の父を知らず、禽獣と同じような状態であった、という意である。
 古今仏道論衡は、仏教がインドから中国に公式に伝えられたとされる後巻の明帝時代以来、唐の竜朔元年(0661)までの仏教と同教との論争を事跡に33箇条にまとめたものである。
 割注に「慧遠法師周の武帝を詰る語なり」とあるのは、この言葉が中国・南北朝時代から隋代にかけて活躍した地論宗南山派の僧・慧遠が、承光2年(0578)廃仏を行った北周の武帝を責めて言った言葉である、との意である。
 慧遠も道宣も法華経を宣揚したわけではないから、この引用文は法華経の教えとは関係なく、先の五百門論の「父統の邦に迷わば…全く人の子に非ず」との文を補足して「人の子に非ず」とは「禽獣と同じ」という意であることを示すために挙げられたのである。

0155:16~0156:06 第三章 八宗所立の本尊を破すtop
16  倶舎宗┐
17  成実宗┼ 一向に釈尊を以て本尊と為す爾りとと雖も但応身に限る。
18  律 宗┘
19  華厳宗┐
20  三論宗┼ 釈尊を以て本尊と為すと雖も法身は無始無終・報身は有始無終・応身は有始有終なり。
21  法相宗┘
22  真言宗─ 一向に大日如来を以て本尊と為す二義有り┬ 一義に云く大日如来は釈迦の法身なり。
23                          └ 一義に云く大日如来は釈迦の法身に非ず。
0156
01  但し大日経には大日如来は釈迦牟尼仏なりと見えたり人師よりの僻見なり。
02  浄土宗 一向に阿弥陀如来を以て本尊と為す。
03  法華宗より外の真言等の七宗・並に浄土宗等は 釈迦如来を以て父と為すことを知らず、 例せば三皇已前の人・
04 禽獣に同ずるが如し鳥の中に鷦鷯鳥も鳳凰鳥も 父を知らず獣の中には兎も師子も父を知らず、 三皇以前は大王も
05 小民も共に其の父を知らず 天台宗よりの外真言等の諸宗の大乗宗は師子と鳳凰の如く 小乗宗は鷦鷯と兎等の如く
06 共に父を知らざるなり。
-----―
 倶舎宗┐
 成実宗┼ 一向に釈尊をもって本尊とするが、しかしそれは但応身に限られている。
 律 宗┘
 華厳宗┐
 三論宗┼ 釈尊をもって本尊とするが、法身は無始無終であり、報身は有始無終であり、応身は有始有終である。
 法相宗┘
 真言宗─ 一向に大日如来を以て本尊と為す二義有り┬ 一義には大日如来は釈迦の法身である。
                         └ 一義には大日如来は釈迦の法身ではない。
 ただし大日経には、大日如来は釈迦牟尼仏と説かれており、大日如来と釈尊とは別というのは後世の人師たちの僻見である。
 浄土宗は 一向に阿弥陀如来をもって本尊としている。
 法華宗以外の真言等の七宗ならびに浄土宗等は釈尊をもって父とすることを知らない。例えば三皇已前の人が父を知らず、禽獣と同じであったようなものである。
 鳥のなかに鷦鷯鳥のように劣ったもの、鳳凰鳥のように勝れたものもあるが、とも父を知らず、獣の中にも劣った兎も勝れた師子もあるが、ともに父を知らない。人も三皇以前は大王も小民もともにその父を知らなかった。
 天台宗以外の真言宗等の諸宗の大乗宗は師子と鳳凰のようであり、小乗宗は鷦鷯と兎等のようであるが、ともにその父、久遠実成の釈尊を知らないのである。

倶舎宗
 仏滅後900年ごろに出現したインドの学僧・世親の倶舎論を所依とする宗派。南都六宗の一つ。毘曇宗・薩婆多宗・論宗ともいう。倶舎論を主として、六足論・発智論と、発智論を釈した大毘婆沙 論等を所依とする小乗教の宗派である。倶舎とは梵語コーシャ(Kosa)、詳しくはアビダルマコーシャ(Abhidharma-kosa)といい、訳して付法蔵という。その教義は小乗有門の思想を根拠とするものである。インドにおいては、安慧、徳慧らが倶舎論の注釈書を作った頃は、一宗派としては存在しなかった。のちに、中国において、陳の真諦が「倶舎釈論」を著してから倶舎宗と呼ばれるようになった。日本には、法相宗の付宗として伝来し、奈良時代に隆盛をみた。
―――
成実宗
 4世紀頃のインドの学僧・訶梨跋摩の成実論を所依とする宗。成実論は、自我も法も空であると人法二空を説き、この空観に基づいて修行の段階を二十七に分別し煩悩から脱することを教えている。小乗教中では最も進んだ教義とされる。五世紀の初め、鳩摩羅什によって成実論が漢訳されると、羅什の弟子達によって盛んに研究された。しかし、天台・嘉祥によって、小乗と断定されてから衰退した。日本に三論宗とともに伝来して南都六宗の一つとされるが、一宗を成すには至らず、三論宗とともに学ばれたにすぎない。
―――
律宗
 戒律を修行する宗派。南都六宗の一つ。中国では四分律によって開かれた学派とその系統を受けるものをいい、代表的なものに唐代初期に道宣律師が開いた南山律宗がある。日本では、南山宗を学んだ鑑真が来朝し、天平勝宝6年(0754)に奈良・東大寺に戒壇院を設けた。その後、天平宝字3年(0759)に唐招提寺を開いて律研究の道場としてから律宗が成立した。更に下野(栃木県)の薬師寺、筑紫(福岡県)の観世音寺にも戒壇院が設けられ、日本中の僧尼がこの三か所のいずれかで受戒することになり、日本の仏教の根本宗として大いに栄えた。その後平安時代にかけて次第に衰えていき、鎌倉時代になって一時復興したが、その後、再び衰微した。
―――
本尊
 根本として尊敬するもの。
―――
華厳宗
 華厳経を依経とする宗派。円明具徳宗・法界宗ともいい、開祖の名をとって賢首宗ともいう。南都六宗の一つ。一切経の中で華厳経が最高であるとし、万物の相関関係を説く法界縁起によって悟りの極致に達するとする。東晋代に華厳経が中国に伝訳され、杜順、智儼を経て賢首によって教義が大成された。賢首は五教十宗の教判を立てて、華厳経が最高の教えであるとした。日本には天平8年(0736)に、唐僧の道璿が伝え、同12年(0740)に、新羅の僧・審祥が華厳経を講じて日本華厳宗の祖とされる。
―――
三論宗
 竜樹の中論、十二門論と提婆の百論の三つの論を所依とする宗派。鳩摩羅什が三論を漢訳して以来、羅什の弟子達に受け継がれ、隋代に嘉祥寺の吉蔵によって大成された。大乗の空理によって、自我を実有とする外道、法を実有とする小乗を破し、さらに成実の偏空をも破している。究極の教旨として八不をもって諸宗の偏見を打破することが中道の真理をあらわす道であるという八不中道を唱えた。日本には推古天皇33年(0572)1月1日、高句麗僧・慧灌が伝えた。現在は東大寺に伝わるのみである。
―――
法相宗
 解深密経、瑜伽師地論、成唯識論などの六経十一論を所依とする宗派。中国・唐代に玄奘がインドから瑜伽唯識の学問を伝え、窺基によって大成された。五位百法を立てて一切諸法の性相を分別して体系化し、一切法は衆生の心中の根本識である阿頼耶識に含蔵する種子から転変したものであるという唯心論を説く。また釈尊一代の教説を有・空・中道の三時教に立て分け、法相宗を第三中道教であるとした。さらに五性各別を説き、三乗真実・ 一乗方便の説を立てている。法相宗の日本流伝は一般的には四伝ある。第一伝は孝徳天皇白雉4年(0653)に入唐し、斉明天皇6年(0660)帰朝した道昭による。第二伝は斉明天皇4年(0658)、入唐した智通・智達による。第三伝は文武天皇大宝3年(0703)、智鳳、智雄らが入唐し、帰朝後、義淵が元興寺で弘めたとする。第四伝は義淵の門人・玄昉が入唐して、聖武天皇天平7年(0735)に帰朝して伝えたものである。
―――
無始無終
 始めもなく終わりもないこと。三世にわたる常住不滅をいう。
―――
有始無終
 始めがあり終わりがないこと。爾前経では報身を有始無終とする。報身とは智慧身ともいい、仏道修行の功徳によって、真実の理にかなう真実の智慧を体得した仏をさす。爾前経の仏は始成正覚といって、修行の結果、今世ではじめて成仏したと説くから、その智慧もまた有始であるが、仏の肉身の滅度の後も、智慧身は永遠に続き無終であると考えた。
―――
有始有終
 始めもあり終わりもあること。爾前経では応身を有始有終とする。
―――
真言宗
 大日経・金剛頂経・蘇悉地経等を所依とする宗派。大日如来を教主とする。空海が入唐し、真言密教を我が国に伝えて開宗した。顕密二教判を立て、大日経等を大日法身が自受法楽のために内証秘密の境界を説き示した密教とし、他宗の教えを応身の釈迦が衆生の機根に応じてあらわに説いた顕教と下している。なお、真言宗を東密(東寺の密教の略)といい、慈覚・智証が天台宗にとりいれた密教を台密という。
―――
大日如来
 大日は梵語(mahāvairocana)遍照如来・光明遍照・遍一切処などと訳す。密教の教主・本尊。真言宗では、一切衆生を救済する如来の智慧を光にたとえ、それが地上の万物を照らす陽光に似るので、大日如来というとし、宇宙森羅万象の真理・法則を仏格化した法身仏で、すべて仏・菩薩を生み出す根本仏としている。大日如来には智法身の金剛界大日と理法身の胎蔵界大日の二尊がある。
―――
人師
 人々を教導する人。一般に竜樹・天親等を論師といったのに対し、天台・伝教を人師という。
―――
僻見
 偏った見方、誤った考え方、見解。僻は偏る・あやまる・よこしま。見は考え方、見方。
―――
浄土宗
 阿弥陀仏の本願を信じ、その名号を称えることによって阿弥陀仏の極楽浄土に往生することを期す宗派。中国では、東晋代に慧遠を中心とする念仏結社の白蓮社が創設された。白蓮社は、念仏三昧を修して阿弥陀仏を礼拝したが、これが中国浄土教の始まりとされる。南北朝時代に、曇鸞がインドから来た訳経僧の菩提流支から観無量寿経を受けて浄土教に帰依し、その後、道綽、善導らに受け継がれて浄土念仏の思想が大成された。日本では法然が選択集を著して、仏教には聖道浄土の二門があり、時機相応の教えは浄土門であるとして浄土宗の宗名を立てた。そして、正依の経論を無量寿経、観無量寿経、阿弥陀経と往生論の三経一論として開宗した。
―――
阿弥陀如来
 「阿弥陀」は梵語アミターバ(Amitābha)、あるいは、アミターユス( Amitāyus)の音写、無量光仏・無量寿仏と訳す。西方極楽世界の教主。無量寿経によれば、無数劫の過去に、ある国王が出家して法蔵比丘となり、世自在王仏を師として四十八願を立てて修業し、願成就して阿弥陀仏となり、西方極楽世界に住して衆生を済度していると説いている。浄土宗では、この阿弥陀如来を本尊として、西方極楽世界に往生することを本願としている。
―――
鷦鷯鳥
 ①非常に小さい架空の鳥のこと。②ミソサザイのこと。
―――
鳳凰鳥
 中国の聖王の出現の兆しとされる想像上の鳥。麒麟・竜・亀とともに四霊として尊ばれた。前は麟、後は鹿、頸は蛇、背は亀、頷は燕、嘴は鶏だとされる。五色絢爛な色なみで、声は五音を発するとされる。孔雀に似ている。竹の実を食物とし、桐の木にしか止まらないという。
―――――――――
 ここでは八宗所立の本尊を図示され、いずれも“父”である寿量品の釈尊を知らないがゆえに禽獣に同じことになると、法華経の立場から簡潔に論破されている。
 まず開目抄に「倶舎・成実・律宗等は阿含経によれり」(0189-05)とおおせのように、小乗の阿含経を依経としている俱舎・成実・律の三宗について示されている。
 「阿含経」の「阿含」とは梵語āgamaの音訳でāgamaとは「伝承された教え」を意味する。すなわち釈尊の言行・説法を伝え、集成した経蔵をさしたのである。しかし大乗流布の後は小乗経典の意味で用いられるようになった。
 この小乗宗はいずれも劣応身の釈迦仏をもって本尊としており、この釈迦仏はただ応身のみの存在とされる。
 華厳・三論・法相の三宗は、それぞれ権大乗教である華厳経、般若部の諸経、解深密経等を依経とし、釈尊をもって本尊としている。
 華厳経では盧遮那としての釈尊を本尊とし、三論宗と法相宗の場合は、勝応身の大釈迦仏を本尊としている。これら三宗が本尊とする仏身は、三身が別々であり「法身は無始無終・報身は有始無終・応身は有始有終なり」とする立場である。
大日如来を以て本尊と為す二義有り
 真言宗は大日経・金剛頂経・蘇悉地経を依経とし、大日如来を本尊としているが、この大日如来の捉え方にも二つある。
 それは、大日如来と釈尊との関係を同体とする説と別躰とする説とがあるということである。
 つまり、もともと天台法華宗である叡山の台密は「大日如来は釈迦の法身なり」とする「大釈同体説」を主張し、空海・弘法大師の流れを汲む東密は「大日如来は釈迦の法身には非ず」とする「大釈別体説」を取っているのである。
 しかし、「但し大日経には釈迦牟尼仏なりと見えたり」と記されているように、大日経によれば、大日如来は釈尊のことであり、釈尊と別の仏と見なすのは、後の人師の立てた「僻見」であると指摘されている。
 このことについて大聖人は、真言天台勝劣事で「又毘盧遮那と云うは天竺の語大日と云うは此の土の語なり 釈迦牟尼を毘盧遮那と名づくと云う時は大日は釈迦の異名なり加之旧訳の経に盧舎那と云うをば新訳の経には毘盧遮那と云う然る間・新訳の経の毘盧遮那法身と云うは旧訳の経の盧舎那他受用身なり、故に大日法身と云うは法華経の自受用報身にも及ばず況や法華経の法身如来にはまして及ぶ可からず法華経の自受用身と法身とは真言には分絶えて知らざるなり法報不分二三莫弁と天台宗にもきらはるるなり、随つて華厳経の新訳には或は釈迦と称づけ 或は毘盧遮那と称くと説けり故に大日は只是釈迦の異名なりなにしに別の仏とは意得可きや」(0135-18)と仰せられている。
 本来、大日如来とは毘盧遮那を訳したものであって、華厳経の教主である盧遮那と同じものなのでる。華厳経旧訳の盧遮那、新訳の毘盧遮那は釈迦仏と同じとされているから、毘盧遮那すなわち大日如来は釈尊の異名といえるのである。
 更に同抄では「大日経は釈迦の大日となつて説き給へる経なり故に金光明と最勝王経との第一には中央釈迦牟尼と云へり又金剛頂経の第一にも中央釈迦牟尼仏と云へり大日と釈迦とは一つ中央の仏なるが故に大日経をば釈迦の説とも云うべし大日の説とも云うべし」(0135-16)と、大日経は、釈尊が大日如来として説いた経であることを示している。
 したがって、真言密教でいう大日如来は、宇宙の森羅万象の真理・法則を仏格化した法身仏であり、実在する仏ではない。つまり、父母があって現実の国土に出生し、教法を説いた仏ではないのである。
 また真言宗の開祖・善無畏は、大日経に説かれる「我は一切の本初なり」の文を挙げて、これは法華経如来寿量品第16の久遠実成の仏と同じであると主張した。 これに対して、日寛上人は三重秘伝抄で「我一切本初」とは法身本有の理を述べたにすぎず、如来寿量品第16に説かれる三身相即の久遠実成の仏と同じではないと破折されている。
 「本有」とは、本来ありのままに存在することをいう。つまり、大日経の大日如来は法身、すなわち心理が一切の本初であり、本有であるといっているのであって、これは当たり前のことである。
 単に法身の無始無終を明かしたにすぎない大日経に対し、法華経如来寿量品第16の場合は、法身・報身・応身の三身即一の仏身が本有常住であることを明かしているのである。
 次に浄土宗は、阿弥陀経・無量寿経・観無量寿経を依経として、一向に阿弥陀如来をもって本尊としている。
 阿弥陀如来は他土である西方極楽浄土の教主であるゆえに、此土の娑婆世界の衆生とは全く無縁の仏であり、浄土宗は父たる教主釈尊を捨てて、他人を父として崇めているのと同じといえよう。
 以上のことから、寿量品の釈尊を父と仰がない天台法華宗以外の八宗は、例えば中国古代の帝王とされる三皇以前の人々が自分の父を知らず、不知恩の畜生と同じであったようなものであると断じられている。
 「禽獣」にも鷦鷯鳥と鳳凰、兎と師子のように、大小・勝劣の違いはあっても、父を知らないということは同様であり、人間にくらべればはるかに劣るのである。
 これを諸宗にあてはめれば、真言・華厳などの大乗宗は師子と鳳凰のごとくであり、俱舎・律などの小乗宗は鷦鷯鳥と兎のごとくであるが、真の主師親を知っている法華宗にくらべると、はるかに劣ることになると喝破されている。
 諸宗が一様に真の父たる寿量品の釈尊を忘失して、本尊に迷っている現状を厳しく指摘されたものである。
 このことは、開目抄でも「天台宗より外の諸宗は本尊にまどえり、倶舎・成実・律宗は三十四心・断結成道の釈尊を本尊とせり、天尊の太子が迷惑して我が身は民の子とをもうがごとし、華厳宗・真言宗・三論宗・法相宗等の四宗は大乗の宗なり、法相・三論は勝応身ににたる仏を本尊とす天王の太子・我が父は侍と・をもうがごとし、華厳宗・真言宗は釈尊を下げて盧舎那の大日等を本尊と定む天子たる父を下げて種姓もなき者の法王のごとくなるに・つけり、浄土宗は釈迦の分身の阿弥陀仏を有縁の仏とをもうて教主をすてたり、禅宗は下賎の者・一分の徳あつて父母をさぐるがごとし、仏をさげ経を下す此皆本尊に迷えり、例せば三皇已前に父をしらず人皆禽獣に同ぜしが如し」(0215-01)と、本尊迷乱を指弾されている。
 三皇以前の人は父を知らなかったというのは、一往は社会制度的に家族制度が成り立っていなかったということが考えられるが、人間の精神的発展という点でいえば、父を知ることが自分はいかなる者であり、またどのようにあるべきかを自覚して自己の成長、人格的向上をめざしていくための出発点であり、目標を描くということに通じるのである。
 すなわち、ただ本能として遺伝的に引き継いだものに甘んじて生きていくのでなく、自己に挑戦し、自己の向上と完成をめざして生きていくことこそ、そこに「父を知る」ということの本義があると考えられる。
 この「父を知る」ことと「正しき本尊を知る」こととが連動して述べられているのは、正しい本尊を知り、その本尊を尊敬することによって、自己の生命の正しい向上、完成の方向とそのために努力すべき実践法が明らかになるからである。いうまでもなく、そこに描かれ立てられる完成の姿とは成仏の境地にほかならない。

0156:07~0156:11 第四章 華厳・真言二宗の主張を挙ぐtop
07  華厳宗に十界互具一念三千を立つること澄観の疏に之有り。
08  真言宗に十界互具一念三千を立つること大日経の疏に之を出す。
09  天台宗と同異如何、天台宗已前にも十界互具・一念三千を立つるや、 記の三に云く「然るに衆釈を攅むるに既に
10 三乗及び一乗・三一倶に性相等の十有りと許す何すれぞ六道の十を語らざるや」此の釈の如くんば天台已前五百余年
                                      の人師三蔵等の法華経に依る者一念
11 三千の名目を立てざるか。
-----―
 真言宗で十界互具・一念三千を立てることは、善無畏が一行に口授で書かせた大日経疏に出ている。
天台宗の十界互具・一念三千とはどう異なるのか。天台大師以前に十界互具・一念三千の法門を立てた人がいたかどうか。
法華文句記三に「諸の論釈を見るに、すでに三乗を立てる宗旨も一乗を立てる宗旨も、三乗・一乗ともに性・相等の十如が具わっているとしている。それなのになぜ六道にも十如が具わっていることを言わないのか」この釈によると、天台大師以前の五百余年に出た人師・三蔵等ので法華経に依った者も、一念三千の名目を立てなかったということである。

十界互具
 地獄から仏界にいたる十界のおのおのに十界を具していること。方便品では、凡下の衆生に仏知見がそなわっていると説き、寿量品では三妙合論して仏界常住を説く。この十界互具・百界は、それぞれに十如是を具し、さらに三世間を具して、一念三千となる。ゆえに開目抄には「一念三千は十界互具よりことはじまれり」(0189-04)と仰せである。ただし、末法における真実の十界互具については、われわれが唱える題目・御本尊を仏界として、唱え奉るわれら衆生は九界であり、この境智冥合をもって十界互具というのである。
―――
一念三千
 仏教の極理である。釈尊はこれを出世の本懐として、法華経方便品に「諸法実相」に約して、ほぼこれを説いた。ついで寿量品にいたり、因果国の三妙に約し、仏身の振舞の上からこれを説いた。これを受けて天台は、像法時代に出現して、摩訶止観で、次のように説いた。観の冒頭に「摩訶止観第五に云く世間と如是と一なり開合の異なり。『夫れ一心に十法界を具す一法界に又十法界を具すれば百法界なり一界に三十種の世間を具すれば百法界に即三千種の世間を具す、此の三千・一念の心に在り若し心無んば而已介爾も心有れば即ち三千を具す乃至所以に称して不可思議境と為す意此に在り』等云云或本に云く一界に 三種の世間を具す」と。十界とは「地獄界・餓鬼界・畜生界 ・修羅界・人界・天界・声聞界・縁覚界・菩薩界・仏界」。十如とは「如是相・如是性・如是体・如是力・如是作・如是因・如是縁・如是果・如是報・如是本末究竟等」。三世間とは五蘊世間・衆生世間・国土世間」。一念三千には理と事があり、迹門は理・本門は事となる。文底下種本門に対する時は、法華経の本迹二門ともに理の一念三千となり、真の一念三千の法門とは、寿量品文底秘沈の三大秘法である。
―――
澄観の疏
 華厳宗の澄観が述作した大方広仏華厳経疏60巻のこと。
―――
澄観
 (0738~0839)。中国華厳宗の第四祖。浙江省会稽の人。姓は夏侯氏、字は大休。清涼国師と号した。11歳の時、宝林寺で出家し、法華経をはじめ諸経論を学び、大暦10年(0775)蘇州で妙楽大師から天台の止観、法華・維摩等を学ぶなど多くの名師を訪ねる。その後、五台山大華厳寺で請われて華厳経を講じた。著書には「華厳経疏」60巻、「華厳経綱要」1巻などがある。
―――
大日経の疏
 中国・唐代の善無畏が述べたものを一行が記した大毘盧遮那成仏経疏のこと。善無畏が大日経の翻訳後に、一行に対して同経を口述した内容を筆録したもので、大日経7巻36品中、前の6巻31品について注釈している。単なる注釈書にとどまらず、大日経を中国仏教の立場から理解し、密教思想を組織立てている。
―――
天台宗
 天台法華宗の事。法華経を正依の経として、天台大師が南岳大師より法をうけて「法華玄義」「法華文句」「摩訶止観」の三大部を完成させ、一方、南三北七の邪義をも打ち破った。天台の正法は章安大師によって伝承され、中興の祖と呼ばれた妙楽大師によって大いに興隆し、わが国では伝教大師が延暦3年(0784)に入唐し、妙輅の弟子である行満座主および道邃和尚によって天台の法門を伝承された。帰国後、殿上において南都六宗と法論を行い、三乗を破して一仏乗の義を顯揚した。教相には五時八教を立て、観心には三諦円融の理をとなえ、理の一念三千・一心三観の理を証することにより、即身成仏を期している。伝教大師の目標とした法華迹門による大乗戒壇は、小乗戒壇の中心であった東大寺等の猛反対をことごとく論破し、死後7日目に勅許が下り、比叡山延暦寺は日本仏教界の中心として尊崇を集め、平安町文化の源泉となった。しかし第三・第五の座主慈覚・智証から真言の邪法にそまり、かつまた像法過ぎて末法となり、まったく力を失ってしまったのである。
―――
三乗及び一乗
 三乗とは声聞・縁覚・菩薩。一乗は仏のことをいう。仏乗は仏の境地に運ぶ乗り物。
―――
六道
 十界のうち、前の地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天を六道という。
――――
三蔵
①仏教聖典を三つに分類した経論・律論・論蔵のこと。②三蔵に通達している法師のこと。③仏典の翻訳者のこと。④声聞蔵・縁覚蔵・菩薩蔵のこと。
―――――――――
 十界互具・一念三千の法門は我が宗にもあるとする華厳・真言二宗を取り上げられている。
 すなわち、華厳宗では澄観が華厳経疏で、真言宗は善無畏三蔵が大日経疏で、それぞれ自宗に一念三千があると主張しているのである。
 そうすると、華厳・真言で立てる一念三千と、天台宗で説く一念三千とは、同じか違うか、という疑問が生じてくる。
 そこでまず、天台大師以前に十界互具・一念三千の法門を立てた人がいるかどうかという問いを立てられている。その点に関して妙楽大師の「記の三」の文を引かれている。
 妙楽大師の「然るに衆釈を攅むるに既に三乗及び一乗・三一俱に性相等の十有りと許す何すれど六道の十を語らざらんや」という釈は、法華文句記巻3の文とされているが、現在では法華文句記巻四中に収められている。
 すなわち、諸宗の論釈を集めてみるに、三乗を立てる宗も、一乗を立てる宗も、ともに三乗・一乗それぞれに性相等の十如が具わっていると言っている。それなのに、なぜ、六道の凡夫に十如が具わっていると言われないのか、という意である。
 これは法華経の十如を知って三乗・一乗を立てる各宗が、その三乗や一乗には十如が具わるとしながら、六道の凡夫については十如が具わらないとしていたことを指摘した言葉である。
 十界すべてに等しく十如が具わるとしなければ十界それぞれが隔たりがあることになり、十界互具もありえないことになる。したがって一念三千も成り立つわけがないのである。
 割注の意は、この釈に順ずるならば、天台大師出世以前の500余年の人師・三蔵等で、法華経に依っていた人々も一念三千の名目を立てた人はいないということである。
 開目抄に「一念三千は十界互具よりことはじまれり」(0189-04)と仰せのように、一念三千の根幹は十界互具にある。
 十界それ自体は、すでに爾前の諸経には説かれてはいる。しかし、それは「行布を存するが故に」(0197-11)各界には越えられない差別があり、十界互具の考え方にはほど遠いものだった。
 一念三千法門に「余経には六界八界より十界を明せどもさらに具を明かさず」(0413-18)と仰せのとおりである。
 十界互具は法華経において始めて説かれたのである。守護国家論では、二乗・菩薩・凡夫のいずれも、爾前の諸経では十界互具の義を知らないことが強調され、「今法華経に至つて九界の仏界を開くが故に四十余年の菩薩・二乗・六凡始めて自身の仏界を見る」(0067-18)と、九界即仏界の義が明かされることによって、成仏の道が開かれたことを仰せられている。

0156:12~0157:07 第五章 華厳宗が主張する一念三千top
12  問うて云く華厳宗は一念三千の義を用いるや 華厳宗は唐の則天皇后の御宇に之を立つ答えて云く澄観の疏三十三
                                              清涼国師に云く「
13 止観の第五に十法成乗を明す中の第二に 真正発菩提心○釈して云く然も此の経の上下の発心の義は文理淵博にして
14 其の撮略を見る故に 取つて之を用い引いて之を証とす」と、 二十九に云く「法華経に云く唯仏与仏等と天台云く
15 ○便ち三千世間を成すと彼の宗には此れを以つて実と為す○一家の意理として通ぜざる無し」文。
16 華厳経に云く旧訳には功徳林菩薩之を説くと,新訳には覚林菩薩之を説くと,弘決には如来林菩薩と引く「心は工なる
                                    画師の種種の五陰を画くが如く一切世間
17 の中に法として造らざること無し 心の如く仏も亦爾なり仏の如く衆生も然なり 心と仏と及び衆生と是の三差別無
18 し若し人三世一切の仏を了知せんと欲せば当に是くの如く観ずべし心は諸の如来を造ると」
0157
01  法華経に云く此れは略開三の文なり仏の自説なり「所謂諸法とは如是相・如是性・如是体・如是力・如是作・如是
                                           因・如是縁・如是果・如
02 是報・如是本末究竟等」又云く「唯一大事の因縁を以ての故に 世に出現したもう 諸仏世尊は衆生をして仏知見を
03 開かしめんと欲す」
04  蓮華三昧経に云く「本覚心・法身常に妙法の心蓮台に住して本より来た三身の徳を具足し三十七尊金剛界の三十七
                                                  尊なり心
05 城に住したまえるを帰命したてまつる・心王大日遍照尊・心数恒沙・諸の如来も普門塵数・諸の三昧・因果を遠離し
06 て法然として具す 無辺の徳海・本より円満還つて我・心の諸仏を頂礼す」、仏蔵経に云く「仏一切衆生心中に皆如
07 来有して結跏趺坐すと見そなわす」文。
-----―
 問うて言う。華厳宗では一念三千の義を用いるのか。華厳宗というのは唐の則天皇后の代に成立したのである。
 答えて言う。清涼国師・澄観の華厳宗疏巻三十三に「止観の第五の巻に十法成乗の観法を明かしているなかの第二には、真正発菩提心である。これを釈していうには、この華厳経の上下の発心の義は、深くまた博くして、その観法の肝要を説いているから、天台もこれを引き用いて証拠としたのである」と、また二十九には「法華経には『唯仏与仏等』とあり、天台はそれで三千世間が成立すると言っており、天台宗では、この一念三千をもって根本とするのであるが、華厳宗の意も、その説く理はすべて通じている」と言っている。
 華厳経、旧訳では功徳林菩薩が説いたことになっており、新訳では覚林菩薩が説いたとなっているが、妙楽の止観弘決には如来林菩薩の説として引いている、には「心は、工なる画師が種々の五陰を画くように、一切世間の中の諸法をことごとく造るのである。心と仏及び衆生との、この三つは全く差別がない。もし人が三世一切の仏をよく知ろうと思うならば、まさに心が諸仏を造るのであると観ずべきである」と説かれている。
 法華経方便品第二、これは略開三一の文であり、仏の自説である、には「仏と仏とのみが窮めた諸法の実相とは、いわゆる諸法の如是相・如是性・如是体・如是力・如是作・如是因・如是縁・如是果・如是報・如是本末究竟等である」と説かれ、また「諸仏世尊ははただ一大事の因縁をもって、世に出現されたのである。諸仏世尊は、衆生に仏知見を開かせようとされるのである」と説かれている。
 蓮華三昧経には「我等の本来覚った心は法身であり、常住の妙法蓮華経の宮殿に住しての心蓮台に住して、本来三身の徳を具足して、金剛界の三十七尊が心の城に住しておられるのに帰命したてまつるのである。心の本体である心王は、大日遍照尊であり、心の作用である心数は恒沙の諸仏である。この心は因果の修行を遠離して、普く衆生を救う諸の三昧を法然として具足しており、無辺の徳海を本より円満しているので、還って自心に具わる諸仏を頂礼するのである」と説かれ、仏蔵経には「仏は一切衆生の心の中にそれぞれ如来が坐っておられるすと見る」と説いている。

則天皇后
 (0623~0705)。則天武后、武則天ともいう。唐朝第二代太宗、第三代高宗の後宮に入り、永徽6年(0655)高宗の皇后となった。高宗が倒れてからはみずから政務を執り、高宗死後は実子の中宗、睿宗を相ついで帝位につけたが、天授元年(0690)廃帝してみずから帝位につき、国号を周と改めた。密告制度などの恐怖政治を行なったが、半面、門閥によらぬ政治の道を開き、また学芸に力を入れるなど文化を興隆させた。
―――
清涼国師
 澄観のこと。(0738~0839)。中国華厳宗の第四祖。浙江省会稽の人。姓は夏侯氏、字は大休。清涼国師と号した。11歳の時、宝林寺で出家し、法華経をはじめ諸経論を学び、大暦10年(0775)蘇州で妙楽大師から天台の止観、法華・維摩等を学ぶなど多くの名師を訪ねる。その後、五台山大華厳寺で請われて華厳経を講じた。著書には「華厳経疏」60巻、「華厳経綱要」1巻などがある。
―――
止観
 摩訶止観のこと。天台大師智顗が荊州玉泉寺で講述したものを章安大師が筆録したもの。法華玄義・法華文句と合わせて天台三大部という。諸大乗教の円義を総摂して法華の根本義である一心三観・一念三千の法門を開出し、これを己心に証得する修行の方軌を明かしている。摩訶は梵語マカ(mahā)で、大を意味し「止」は邪念・邪想を離れて心を一境に止住する義。「観」は正見・正智をもって諸法を観照し、妙法を感得すること。法華文句と法華玄義が教相の法門であるのに対し、摩訶止観は観心修行を説いており、天台大師の出世の本懐の書である。
―――
十法成乗
 天台大師が摩訶止観のなかで説いた10種の観法。十乗観法・十重観法・十乗観心・十観ともいう。観不思議境・起慈悲心・巧安止観・破法遍・識通塞・修道品・対治助開・知次位・能安忍・無法愛をいう。十乗のうち観不思議境が根本であり、他の九はそれを修するための補助として立てられたものである。上中下の機根の上から見れば、上根のものは観不思議境で得道できるが、中根のものは観不思議境~対治助開までの観法によって得道し、下根のものはすべて修行しないと得道できないとされる。
―――
真正発菩提心
 十乗観法の第二、起慈悲心のこと。四弘誓願を方軌として慈悲行を修すること。
―――
撮略
 略を撮ること。広範囲の中から要点をまとめ、簡略すること。
―――
唯仏与仏
 方便品の文。「唯、仏と仏と、乃し能く究尽したまえり」とある。諸仏の智慧のみが能く諸法の実相を究め尽くしており、菩薩・二乗の及び得ないものでああるということ。
―――
三千世間
 天台大師が摩訶止観で一念三千を具す相貌を明かす際、世間に約して三千の数量を示したもの。
―――
旧訳・新訳
 漢訳された経典のうち、唐の玄奘三蔵以前に訳された経典を旧訳といい、それ以後に訳されたものを新訳という。旧訳とは主に鳩摩羅什や真諦の訳であり、新訳とは主に玄奘等の訳である。経文は、どちらかといえば、旧訳の経は意味訳であり、新訳の経は直訳である。貞元釈教録によれば、訳者は187人あって、うち旧訳141人、新訳416人である。また、開元釈教録によれば、訳者176人のうち、旧訳139人、新訳37人とある。
―――
功徳林菩薩
 華厳経の四菩薩の一人。華厳経の会座で十行の法門を説いた。
―――
覚林菩薩
 華厳経の会座に十方から参集し、偈を説いた十人の菩薩の一人。
―――
弘決
 天台大師の摩訶止観に妙楽大師が注訳を加えた「止観輔行伝弘決」のこと。明楽は諡を湛然といい、出身地をとって荊州大師とも呼ばれる。天台宗の第9祖で、天台大師より6世の法孫にあたる。
―――
如来林菩薩
 覚林菩薩のこと。
―――
略開三の文
 略開三顕一のこと。法華経方便品の十如実相の教えを指す。略一念三千を説き明かしている。開目抄には「法華経・方便品の略開三顕一の時・仏略して一念三千・心中の本懐を宣べ給う」(0203-14)とある。
―――
蓮華三昧経
 妙法蓮華三昧秘密三昧耶経のことをいう。中国・唐代の不空の訳で、妙法蓮華経巻を大日如来と金剛薩埵の問答形式で密教の立場によって説いたとされている。智証が日本に請来したともいわれているが、日本には末渡の経との説もあり、経そのもの自体、偽経との説もある。
―――
蓮台
 仏・菩薩の坐る蓮華の台座のこと。蓮華座・蓮華台ともいう。
―――
三十七尊
 真言密教で立てる金剛界曼荼羅の中心になっている三十七の仏・菩薩のこと。 金剛界五仏(大日・阿閦・宝生・阿弥陀・不空成就)四波羅蜜菩薩(金剛・宝・法・羯磨)十六大菩薩(薩埵・王・愛・喜・宝・光・幢・咲・法・利・因・語・業・護・牙・拳)八供養菩薩(嬉・鬘・歌・舞・香・華・灯・塗香)四摂菩薩(鉤・索・鎖・鈴)をいう。
―――
心王大日遍照尊
 大日如来のこと。心王は一切の心の働きの根本である主体の意味。大日遍照尊は大日如来のことで、真言宗では諸仏・諸菩薩の根源としている。
―――
仏蔵経
 中国・恌秦の代・鳩摩羅什訳3または4巻。選択諸法経・奉入竜華経ともいう。我慢心に捉われている小乗の諸教団を弾呵し、諸法実相を理解することによって初めて戒を持つことができることを説いた大乗律。最初に諸法の実相は無生・無滅・無為であると説き、諸法即実相と観ずることが仏を正しく観ずることであるとする。そして小乗教団の破戒比丘の姿を示して、当時、小乗教団に圧迫されていた大乗教団の独立の必要性を論じている。
―――――――――
 華厳宗が一念三千の義を用いていることについて、華厳宗の主張、言い分を示されている。
 割注で「華厳宗は唐の則天皇后の御宇に之を立つ」と記されているように、華厳宗は中国・唐代の則天武后の御代、勅命で出家した法蔵によって教義が大成され、広く流布した。
 もともとは中国・南北朝時代に世親の十地経論によって成立した地論宗の流れを汲み、7世紀に、初祖・杜順、第二祖・智儼による華厳教学の形成を経て、第三祖・法蔵が教学的に大成したとされている。
 本文に登場する澄観は第四祖で、華厳宗の興隆に功があったとして、皇帝から「清涼国師」の称号を受けている。
 「澄観の疏」の「疏」とは注釈書の意で、澄観が華厳経について解釈した大方広仏華厳経疏60巻のことである。また広義には華厳経随疏演義鈔90巻、華厳経行願品疏10巻などを含む場合もある。
 澄観が同書で、天台大師の摩訶止観の教説や法華経を引用しているのは、大暦10年(0775)に澄観は妙楽大師に師事して天台学を学び、その影響を多分に受けているからである。
 開目抄に「華厳宗は澄観が時・華厳経の心如工画師の文に天台の一念三千の法門を偸み入れたり、人これをしらず」(0190-06)と仰せのように、華厳経の教えにはない一心三観・一念三千の法理を天台宗から盗み入れ、自宗に取り入れたという事実を、あらかじめ認識しておく必要があろう。
 華厳経疏巻33で「止観の第五に十法成乗を明す中の第二に真正発菩提心」と記しているのもその一つである。
 「十法成乗」とは、天台大師所立の円頓止観をさし、十観・十乗観法・十重観法ともいう。
 十境が正修止観において所観の境であるのに対し、止観を修する衆生の能観の側に立てた十種の感じ方が十法成乗観である。
 十乗観法の「乗」とは成仏の境界まで乗せ運ぶことで、「十乗」は十種の運ぶ手段・方法との意である。
 すなわち、一に観不思議境、二に起慈悲心(発真正菩提心)、三に巧安止観、四に破法遍、五に識通塞、六に修道品(道品調適)、七に対治助開、八に知次位、九に能安忍、十に無法愛をいう。
 第一の観不思議境が根本となり、他の九乗はそれを修するために補助として立てられたものである。摩訶止観巻5に詳説されている。
 「真正発菩提心」とは、真正の菩提心を発すという意で十乗観法の第二「起慈悲心」のことである。
 第一乗で深く不思議境を観ずるのが根本となる。次いで大慈悲心を発して四弘誓願を立てる。これによって大悟を開き、理に通達するのである。
 澄観はこの「真正発菩提心」を十界互具の依文として、華厳経の上・下根の衆生発心の義は、その文理深く、かつ広くして、円観の肝要を説いているから、天台大師もその証拠に十乗観法の中で引用したのだと独断しているのである。
 更に澄観は、華厳経疏巻29においても己義を構えている。
 すなわち、天台大師は法華経方便品第2に説かれている「唯仏与仏」等の文、いわゆる十如実相の文をもって、一念三千の依文としたのであるが、彼はこれを盗んで、我が華厳一宗の意も理はすべてそこに通じているとして、次の華厳経の「心如工画師」等の文を挙げたのである。
 いずれにせよ、まず天台大師が止観で明かした一念三千は華厳宗にあったとする澄観の言を挙げ、その華厳宗が論拠としているところを示すために、次の華厳経の「心如工画師」の文と法華経の「十如是」「一大事」の文、さらに蓮華三昧経、仏蔵経を引かれているのである。
華厳経の旧訳と新訳
 華厳経には漢訳に3種あるが、主として旧訳と新訳の2本が用いられてきた。
 旧訳は60華厳といわれ、訳者は中国・東晋時代の仏陀跋多羅。最初の完訳で60巻からなる。
 新訳は80華厳と称され、80巻からなり、訳者は中国・唐代、則天武后時代の実叉難陀である。
 旧訳が七処八会34品であるのに対し、新訳は七処九会39品からなり、則天武后の信頼を得た法蔵の筆受で、新旧両訳を対比し、入法界品の欠けているところを補ったとされる。
 割注は、次下の華厳経の文が、旧訳では功徳林菩薩、新訳では覚林菩薩の説いた偈文とされているが、妙楽大師の止観輔行伝弘決では如来林菩薩の説として引用されている、という意である。
 「功徳林菩薩」は華厳経の四大菩薩の一人で、華厳の会座に来集した十方の大菩薩の上首であり、夜摩天会において十行の法門を説いた。
 「鶴林菩薩」は新訳華厳経巻19夜摩宮中偈讃品の会座の時に十方から参集し、偈を説いた菩薩の一人である。
 ここで引用されている「心は工なる画師の種種の五陰を画くが如く…心と仏と及び衆生と是の三差別無し」の文は、旧訳華厳経十夜摩天宮菩薩偈品第16で如来林菩薩が説いた偈文である。
 意は、心が諸法を造るのは、あたかも巧みな画師が種々の絵の具を用いて、あらゆる事物を表現するようなものである。迷いと衆生とは、心をもって仏と衆生とを造るゆえに、本来、それぞれ別のものではなく、一体であるということである。
 天台大師は摩訶止観巻5上で一念三千を説明するのに、確かに爾前経である華厳経のこの文を引用しているが、その理由については第八章で詳述することにする。
 続いて「法華経に云く」と、天台大師が一念三千の依文とした方便品第2の十如実相の文や、広開三顕一を説いた同品の一大事因縁の文を挙げ、華厳経の「心は工なる画師の」と相通ずることを示そうとしている。
 また蓮華三昧経、仏蔵経の文も、衆生の己心に仏界を具す一念三千の義、あるいはその一分を説いた文として引いているのである。
 「蓮華三昧経」は中国・唐代の不空三蔵の訳とされているが、詳しいことは明らかではない。大日如来と金剛薩埵の問答形式からなり、真言宗では、妙法蓮華経を密教の立場から説いたものであるとし、台密の智証が将来したといわれているが、古来、日本へは未渡の経とされており、現流本は偽経であるとする説が有力である。
 本文に挙げられている「帰命したてまつる本覚心・法身云云」の二頌八句は、密教では三世諸仏の随身の偈、または一切衆生成仏の文として重んじているものである。
 「仏蔵経」は、中国・後秦代の鳩摩羅什の訳で、十品からなる。我慢心にとらわれている小乗の諸教団を弾呵し、諸法実相を理解することによって、初めて戒を持つことができると説いた大乗律である。
 最初の諸法実相品に、諸法の実相は無生・無滅・無相・無為であり、この諸法実相を見ることが仏を見ることである等と説いている。

0157:08~0157:17 第六章 真言宗が主張する一念三千top
08  問うて云く真言宗は一念三千を用いるや、答えて云く大日経の義釈善無畏・金剛智・不空・一行にに云く此の文に
                                   五本有り十巻の本は伝教弘法之を見ず智証
09 之を渡す「此の経は是れ法王の秘宝なり妄りに卑賎の人に示さざれ釈迦出世して四十余年に舎利弗の慇懃なる三請に
10 因りて方に為に 略して妙法蓮華の義を説きたまいしが如し、 今此の本地の身又是れ妙法蓮華最深の秘処なるが故
11 に、寿量品に云く常在霊鷲山・及余諸住処・乃至・我浄土不毀・而衆見焼尽と即ち此の宗の瑜伽の意ならくのみ又補
12 処の菩薩の慇懃の三請に因つて方に為に之を説けり」と、 又云く「又此の経の宗は横に一切の仏教を統ぶ 唯蘊無
13 我にして世間の心を出で蘊の中に住すと説くが如きは 即ち諸部の小乗三蔵を摂す、 蘊の阿頼耶を観じて自心の本
14 不生を覚ると説くが如きは 即ち諸経の八識・三性・無性の義を摂す、極無自性心と十縁生の句を説くが如きは即ち
15 華厳・般若の種種の不思議の境界を摂して皆其の中に入る、 如実知自心を一切種智と名づくと説くが如きは 則ち
16 仏性涅槃経なり一乗法華経なり如来秘蔵大日経なり皆其の中に入る種種の聖言に於て其の精要を統べざること無し、
17 毘盧遮那経の疏伝教弘法之を見る第七の下に云く天台の誦経は是れ円頓の数息なりと謂う是れ此の意なり」と。
-----―
 問うて言う。真言宗は一念三千の法門を用いているのか。
 答えて言う。大日経の義釈は善無畏が釈して金剛智・不空が聴聞し、唐の一行が記したもので、この書に五本あるが、その中で十巻本は伝教も弘法も見なかったが、智証か日本へ渡したものであるが、この書に「大日経は、これ法王・大日如来の秘宝であって、妄りに卑賎の人には示してはならない。それは、ちょうど釈尊が出世して四十余年を経て、舎利弗が懇ろに、三たび請うたことによって、舎利弗のために略して妙法蓮華の義を説かれたようなものである。今この大日如来の本地の身は、これ妙法蓮華の最も深い秘密の処であるからである。寿量品の『仏は常に霊鷲山及び余の諸の住処に在り』『我が浄土は毀れざるに而も衆は焼けて尽きない』とあるのは、この真言宗の瑜伽の意である。また、釈尊は一生補処の弥勒菩薩が懇ろに三たび請うたから、はじめて仏の久遠実成をといたのである」とある。
 また、「またこの真言経の宗は、横に一切の仏教を統括している。諸法は唯五蘊の因縁和合したもので無我であって世間の心を出で、蘊の阿頼耶を観じて自心は本来不生であると覚ると説いているのは、すなわち諸経の八識・三性・無性の義を統べたものである。また、一切諸法に自性はなく、縁に従って生起すると説いているのは、すなわち華厳・般若等の種々の不思議の境界を皆その中に入れたものである。実の如く自心を知ることを仏の一切種智と名づけると説いているのは、涅槃経の仏性、法華経の一乗、大日経の如来秘蔵等を皆その中に統べたものである。このように種々の聖言の精要をことごとく統べているのである。
また、伝教大師・天台大師も知っている毘盧遮那経の疏の第七の下巻に「天台宗における誦経は円頓における数息観である」とあるが、これもその意味である。

大日経の義釈
 毘盧遮那仏神変加持経義釈のこと。14巻。善無畏述・一行記の大日経を、智儼・温古が校訂したものをいう。天台の釈義を引いて、密経の義を論じている。慈覚・智証が中国から将来した。
―――
善無畏
 (0637~0735)。中国・唐代の真言密教の僧。もとは東インド烏仗那国の王子で、13歳の時国王となったが、兄のねたみを受けたので、王位を譲り出家した。ナーランダ寺で密教を学んだ後、中国に渡り、唐都・長安で玄宗皇帝に国師として迎えられ、興福寺、西明寺に住して経典の翻訳にあたった。中国に初めて密教を伝え、「大日経」七巻、「蘇婆呼童子経」三巻、「蘇悉地羯羅経」三巻などの密教経典を訳出した。また、一行禅師に大日経を講じて「大日経疏」を造ったが、その中で、法華経の一念三千の法門を盗んで大日経に入れ、理同事勝の邪義を立てた。同時代の金剛智、不空とともに三三蔵の一人に挙げられる。
―――
金剛智
 (0671~0741)。インドの王族ともバラモンの出身ともいわれる。10歳の時那爛陀寺に出家し、寂静智に師事した。31歳のとき、竜樹の弟子の竜智のもとにゆき7年間つかえて密教を学んだ。のち唐土に向かい、開元8年(0720)洛陽に入った。弟子に不空等がいる。
―――
不空
 (0705~0774)。中国・唐代の真言密教の僧。不空金剛のこと。北インドの生まれで幼少のころ、中国に渡り、15歳の時、金剛智に従って出家した。開元29年(0741)帰国の途につき、師子国に達したとき竜智に会い、密蔵および諸経論を得て、天宝5年(0746)ふたたび唐に帰る。玄宗皇帝の帰依を受け、浄影寺、開元寺、大興寺等に住し、密教を弘めた。「金剛頂経」三巻、「一字頂輪王経」五巻など百十部百四十三巻の経を訳し、羅什、玄奘、真諦とともに中国の四大翻訳家の一人に数えられている。
―――
一行
 (0683~0727)中国唐代の天台宗の僧であったが、真言宗の善無畏にたぼらかされて、真言の邪義を広めるのに力を尽くした。一行は中国の魏州の人で、唐の高宗、広通元年に生まれ、嵩山で剃髪した。普寂に禅を学び、さらに天台山国清寺で天台学を学んだ。開元4年(0726)、善無畏を助けて大日経を訳し、また善無畏にだまされて「大日経疏」20巻をあらわした。これは天台の教えを盗み、また誹謗した邪説である。開元15年(0727)45歳没。
―――
伝教
 (0767~0822)。日本天台宗の開祖。諱は最澄。伝教大師は諡号。通称は根本大師・山家大師ともいう。俗名は三津首広野。父は三津首百枝。先祖は後漢の孝献帝の子孫、登萬貴で、応神天皇の時代に日本に帰化した。神護景雲元年(0767)近江(滋賀県)に生まれ、幼時より聡明で、12歳のとき近江国分寺の行表のもとに出家、延暦4年(0785)東大寺で具足戒を受けたが、まもなく比叡山に草庵を結んで諸経論を究めた。延暦23年(0804)、天台法華宗還学生として義真を連れて入唐し、道邃・行満等について天台の奥義を学び、翌年帰国して延暦25年(0806)日本天台宗を開いた。旧仏教界の反対のなかで、新たな大乗戒を設立する努力を続け、没後、大乗戒壇が建立されて実を結んだ。著書に「法華秀句」3巻、「顕戒論」3巻、「守護国界章」9巻、「山家学生式」等がある。
―――
弘法
 (0774~0835)。日本真言宗の開祖。諱は空海。弘法大師は諡号。讃岐(香川県)に生まれ、15歳で京に上り、20歳のとき勤操にしたがって出家した。延暦23年(0804)渡唐し、長安青竜寺の慧果より胎蔵・金剛両部を伝承された。帰朝後、弘仁7年(0816)から高野山に金剛峯寺の創建に着手した。弘14四年(0823)東寺を賜り、ここを真言宗の根本道場とした。仏教を顕密二教に分け、密教たる大日経を第一の経とし、華厳経を第二、法華経を第三の劣との説を立てた。著書に「三教指帰「弁顕密二教論」「十住心論」などがある。
―――
智証
 (0814~0891)。延暦寺第4代座主。諱は円珍。智証は諡号。讃岐国那珂郡(香川県)に生まれる。俗姓は和気氏。15歳で叡山に登り、義真に師事して顕密両教を学んだ。仁寿3年(0853)入唐し、天台と真言とを諸師に学び、経疏一千巻を将来し天安2年(0859)帰国。帰国後、貞観元年(0859)三井・園城寺を再興し、唐院を建て、唐から持ち帰った経書を移蔵した。貞観10年(0868)延暦寺の座主となる。慈覚以上に真言の悪法を重んじ、仏教界混濁の源をなした。寛平4年(0891)10月78歳で没著書に「授決集」二巻、「大日経指帰」一巻、「法華論記」十巻などがある。
―――
慇懃
 ねんごろ・親切丁寧の意。
―――
三請
 仏に教説を説かれるよう三度請うこと。釈尊が法華経迹門を舎利弗の三請によって説いたことの意。
―――
常在霊鷲山・及余諸住処
 法華経寿量品の自我偈の文。「常に霊鷲山及び余の諸の住処にあり」と読む。釈尊が阿僧祇劫という長期間常に霊鷲山及びその他、諸のところで法を説いたとの意味。
―――
我浄土不毀・而衆見焼尽
 法華経寿量品の自我偈の文。「我が浄土は毀れざるに而も衆は焼け尽きて」と読む。釈尊の住む浄土はこわれもしないのに、それを信じない衆生たちは、煩悩の火に焼き尽くされているという意味。
―――
瑜伽
 古代インドに発祥した伝統的な宗教的行法で、心身を鍛錬によって制御し、精神を統一して古代インドの人生究極の目標である輪廻転生からの「解脱」に至ろうとするものである。ヨガとも表記される。(ちなみに、健康的手法として普及しているヨガ教室の起源は、宗教的手法に機縁していると思われる。)
―――
補処の菩薩
 弥勒菩薩のこと。補処は一生補処ともいい、一生の間だけ迷いの世界にあり、この一生を過ぎると仏位に登り仏処を補うとされる。この位を等覚という。弥勒菩薩は釈尊より後に仏となって、釈尊の跡を継ぐゆえにこういう。
―――
唯蘊無我
 弘法が立てた十住心教判の第四・唯蘊無我住心をいう。唯蘊はただ五蘊の法のみ実在するという意で、無我は我という実体はないということ。すなわち出世間の住心を説く初門で、四諦の理を観じ阿羅漢果を得ようとする小乗声聞の住心をさす。
―――
三蔵
 ①仏教聖典を三つに分類した経論・律論・論蔵のこと。②三蔵に通達している法師のこと。③仏典の翻訳者のこと。④声聞蔵・縁覚蔵・菩薩蔵のこと。
―――
阿頼耶
 阿頼耶識のこと。唯識思想により立てられた心の深層部分の名称であり、大乗仏教を支える根本思想である。眼識・耳識・鼻識・舌識・身識・意識・末那識・阿頼耶識の8つの識のうち第8番目で、人間存在の根本にある識であると考えられている。ālaya の語義は、住居・場所の意であって、その場に一切諸法を生ずる種子を内蔵していることから「蔵識」とも訳される。「無没識」と訳される場合もあるが、これは ālaya の類音語 alaya に由来する異形語である。
―――
八識
 唯識思想により立てられた心の深層部分の名称であり、大乗仏教を支える根本思想である。眼識・耳識・鼻識・舌識・身識・意識・末那識・阿頼耶識の八つをいう。
―――
三性
 三自性,三性相,三種自性,三相などともいう。インドの唯識学派の所説で,すべての存在の本性や状態のあり方を有・無・仮・実という点から3種類に分けて説いたもの。 遍計所執性・依他起性・円成実性の3つ。
―――
極無自性心
 一切法はすべて互いに縁となってあらわれ起こっており、自性とか本性とかいうそれ自体で独立して存在するものではないと悟る心のこと。弘法の十住心論に説かれる十住心の第九。華厳宗にあたるとしている。
―――
十縁生
 縁によって生じた十種のものをいい、大日経住心品に説かれている。十縁生句・十喩ともいう。すなわち幻・陽炎・夢・影・蜃気楼・響・水月・浮泡・虚空華・旋火輪の十種のをいう。
―――
如実知自心
 「実のごとく自心を知るなり」、 つまり、ありのままの己の心を知るという意味。
―――
一切種智
 一切種智慧ともいう。三智の最上に位する。透徹した仏の智で、あらゆることを見通し、また一切衆生の成仏の善根の種となる力である。一切とは、万物であり、種智とは、万物の本源たる南無妙法蓮華経である。
―――
涅槃経
 釈尊が跋提河のほとり、沙羅双樹の下で、涅槃に先立つ一日一夜に説いた教え。大般涅槃経ともいう。①小乗に東晋・法顯訳「大般涅槃経」2巻。②大乗に北涼・曇無識三蔵訳「北本」40巻。③栄・慧厳・慧観等が法顯の訳を対象し北本を修訂した「南本」36巻。「秋収冬蔵して、さらに所作なきがごとし」とみずからの位置を示し、法華経が真実なることを重ねて述べた経典である。
―――
毘盧遮那経の疏
 大日経の疏のこと。20巻。中国・唐代の善無畏述・一行記。大毘盧遮那成仏経疏という。略して大日経疏。開元13年(0725)に成る。善無畏の大日経翻訳後に一行に同経を講義した内容を筆記したもので、大日経7巻36品中、前6巻31品についての注釈である。大日経を中国仏教の立場から理解し、密教思想を組織立てたもので、権威ある密教理論の書とされた。日本において、東密では、弘法の伝えた大日経疏を用い、台密では慈覚・智証の伝えた大日経義釈を用いている。
―――
天台
 (0538~0597)。天台大師。中国天台宗の開祖。慧文・慧思よりの相承の関係から第三祖とすることもある。諱は智顗。字は徳安。姓は陳氏。中国の陳代・隋代の人。荊州華容県(湖南省)に生まれる。天台山に住したので天台大師と呼ばれ、また隋の晋王より智者大師の号を与えられた。法華経の円理に基づき、一念三千・一心三観の法門を説き明かした像法時代の正師。五時八教の教判を立て南三北七の諸師を打ち破り信伏させた著書に「法華文句」十巻、「法華玄義」十巻、「摩訶止観」十巻等がある。
―――
円頓
 円満にして徧よらず、一切衆生を速やかに成仏させる教法のこと。円は円融、円満、頓は頓極、頓足の意。末法における円頓の教とは、寿量文底の三大秘法の南無妙法蓮華経である。
―――
数息
 数息観のこと。呼吸を数えて精神の統一・安定を図る方法。座禅の初心者の修行法に用いる。五停心観のひとつ。
―――――――――
 華厳宗に続き、真言宗は一念三千の義を用いているかとの問いを設けられている。「答えて云く」からは真言宗の主張である。
 答者は、まず真言宗の依経である大日経には一念三千を説いた法華経の内容が含まれているとする「大日経の義釈」等の文を挙げている。
 大日経は真言宗所依の経の一つであるが、中国真言宗の開祖・善無畏は、開元年間、もと天台僧だった一行阿闍梨の請いに応じて大日経を講説した。
 それを一行が筆録したのが大日経疏である。正しくは大毘盧遮那成仏神変加持経疏という。
 大日経7巻36品のうち、前の6巻31品について注釈したものであるが、単なる注釈書にとどまらず、大日経を中心とした密教思想を組織立てたものとなっている。
 一行の没後、弟子の智儼・温古等がこの大日経疏に添削・修正を加えたのが大日経義釈である。
 割注に「善無畏・金剛智・不空・一行」とあるのは、この大日経義釈が、善無畏の口述、金剛智、不空の聴聞、一行の筆録によるものであるということである。善無畏・金剛智・の3人は三三蔵と呼ばれていた。
 なお、日本の台密では慈覚・智証の伝えた大日経義釈を用い、東密では弘法の伝えた大日経疏をもっぱら依用する。
 また割注に「此の文に五本有り十巻の本は伝教弘法之を見ず智証之を渡す」とあるのは、日本に渡った「大日経の義釈」には5本あるという意で、天台宗の学僧・安然の諸阿闍梨真言密教部類総録にある、西大寺徳浄の7巻本、叡山本師治定の7巻本、慈覚将来の14巻本、遍明和尚送来の14巻本、智証将来の10巻本をいわあれたと思われる。このなかの10巻本は、伝教大師も弘法も見ず、後の天台宗第5代座主・智証が日本へ渡したものとされている。
 このよう、に「大日経の義釈」は、善無畏が講説したものを、一行が筆受したものであり、すでに天台大師が立てた一念三千の法門を盗み入れ大日経にこじつけている。
 したがって、中国真言宗では大日経にも一念三千の理が説かれているとして、法華経と大日経は同等であるとし、しかも大日経には因と真言があるので、大日経のほうが勝れているとする、いわゆる「理同事勝」の邪義を立てたのである。この考え方を受け継いだのが日本では慈覚・智証の台密である。
 日蓮大聖人は、真言見聞で「天台大師が法華経の文を解りて印契の上に立て給へる十界互具・百界千如・一念三千を善無畏は盗み取つて我が宗の骨目とせり、彼の三蔵は唐の第七玄宗皇帝の開元四年に来る如来入滅より一千六百六十四年か、開皇十七年より百二十余年なり何ぞ百二十余年已前に天台の立て給へる一念三千の法門を盗み取つて我が物とするや、而るに己が依経たる大日経には衆生の中に機を簡ひ前四味の諸経に同じて二乗を簡へり、まして草木成仏は思いもよらずされば理を云う時は盗人なり」(0146-11)また「天台円宗見聞の後・邪智荘厳の為に盗み取れる法門なり」(0150-01)と喝破されている。
 同じ真言宗でも弘法の流れを汲む東密では法の勝劣自体についても、大日経が最勝であり法華経は三重の劣であるとしている。
 本文に示されている大日経義釈巻5の「此の経は是れ法王の秘宝なり云云」の文意は次のとおりである。
 「大日経は大日如来の秘宝であって、みだりに卑賎の者に説き示してはならない。ちょうど釈尊が出世して四十余年の説法の後に、舎利弗の三度にわたる懇請によって、初めて、略して妙法華経の義を説いたのと同じである。
 いま大日如来の本地の身もまた、この妙法華経の最深秘の処と同じである。ゆえに法華経如来寿量品に『仏は常に霊鷲山、及び諸の住処に在り…我が浄土は毀れざるに、而も衆は焼け尽きて、憂怖諸の苦悩、是の如き悉く充満せると見る』とあるのは、すなわち真言宗の悟りである『瑜伽』をさしている。
 また、このように法華の最深秘の処が大日如来の本地身であるから、釈尊は、仏の跡を継ぐべき『補処』の弥勒菩薩の三請を待って、初めて久遠の本寿を説いたのである」
 文中の「此の本地の身」とは、真言宗では大日如来の本地身でるとし、加持身に対して自性身として用い、それがまた妙法華経でもあるとしている。
 「瑜伽」とは、仏の身口意の行者の身口意が合致することをいう。
 大聖人は、この大日経義釈の文について、善無畏抄で「此の釈の心は大日経に本迹二門・開三顕一・開近顕遠の法門有り、法華経の本迹二門の如し、此の法門は法華経に同じけれども此の大日経に印と真言と相加わりて三密相応せり、法華経は但意密許りにて身口の二密闕けたれば法華経をば略説と云い大日経をば広説と申す可きなりと書かれたり,此の法門第一の悞・謗法の根本なり、此の文に二つの悞り有り」(1233-15)と述べられている。
 ここで大聖人が「ふたつの悞り有り」と仰せられているのは、大日経を法華経と同等であるとすることによって、法華経方便品の「唯一乗のみ有り」と宣伝した仏の金言に背いていることと、大日如来を法華経本門の久遠の仏と同等の存在として、法華経が最極究竟の法門であることを否定していることである。まさしくここに「謗法の根本」があるといわなければならない。
真言の教判「義釈の四句」
 次の「又云く」として引かれているのは、同じく大日経義釈巻3の文である。
 ここでは、大乗経は横に一切経を統括する最高の経であるとする、いわゆる「義釈の四句」がしめされている。
 「四句」とは、唯蘊無我心・覚心不生心・極無自性心・如実知自心のことで、真言宗はこの四句は一代聖教を摂めたものである。
 すなわち「唯蘊無我心」とは「五蘊仮和合」を知り無我を体得した境地で、出世間の初門である二乗の法としている。このなかに俱舎・成実・律宗が依経とする小乗阿含部の諸経が入るとする。
 「覚心不生心」とは、心の主体に自在の境地を得て、自心が本来、不生不滅、つまり空であると悟ることであるとしている。ここに阿頼耶識を説いて心性の三世常恒・不生不滅を説く法相宗等が依経とする方等部の諸経が含まれるとしている。
 「極無自性心」とは、法界の事々物々には全く自性は無いと極めることで虚空に等しいと覚ることであるとする。このなかに華厳宗・三論宗等の依経である華厳・般若部の諸経が摂せられているとしている。
 「如実知自心」とは、あるがままに自己を知り得る心のことで、すなわち、これは諸法の実相を了達した仏の智慧である一切種智と同じであり、涅槃経の「悉有仏性」、法華経の「一仏乗」大日経の「如来秘蔵」の義も、この如実知自心の一句に入るとする。このように、大日経は一代諸経の精要をことごとく包摂しているとしているのである。
 この教判は、法華経をはじめ、一切経の法門を盗み、自宗に都合のよいように大日経にこじつけたもので、経文上の裏付けも何もないのである。
 ゆえに、日蓮大聖人は、大乗小乗分別抄で「義釈の四句」等は天台大師の法門を知ったうえで、巧みに邪義を立てたものであり、天台大師の法門を知らなかった南三北七の十師の素朴さに比べて、はるかに富んでいるところから、「南三北七の十師の義よりも尚悞れる教相なり」(0523-08)と論破されている。
 また「毘盧遮那経の疏」とは大日経疏のことである。同書巻7下に「是の故に今耳をして聞かしめ、息出づる時、字出で、入る時、字は、息に随って出入りせしむるなり。今謂く、天台の誦経は、是れ円頓家の数息なり。是れ此の意なり」とある。
 すなわち「天台家での誦経は円頓の数息観である」といっているのも、この意である。
 数息観とは呼吸の出入りを数えて心の乱れを整える修行法をいう。つまり、天台家で行う誦経は、円頓の数息観というべきものであるとの意。
 この大日経疏の文について、日寛上人報恩抄文段で「一行阿闍梨、大日経の疏に天台円家の数息観を引いて彼の経の三落叉の文を釈す。また天台の三徳の義を挙げて菩提心・慈悲慧等の義を成す。また天台の三諦の義を引いて阿字本不生の義に同ず、然れば則ち、その法門の建立しかしながら天台の正義を盗み取り、大日経に入れて理同の義を成ずること歴然たり。故に天台の正義を盗み取るというなり」と述べられている。

0157:18~0158:09 第七章 天台の教法賛嘆した史実示すtop
18    大宋の高僧伝巻の第二十七の含光の伝に云く 「代宗光を重んずること玄宗代宗の御宇に真言わたる含光は不空
                                        三蔵の弟子なり不空を見るが如し
0158
01 勅委して五台山に往いて功徳を修せしむ,時に天台の宗学湛然妙楽.天台第六の師なり禅観を解了して深く智者天台な
02 りの膏腴を得たりと、嘗つて江淮の僧四十余人と清涼の境界に入る、湛然・光と相見て西域伝法の事を問う、光の云
03 く一国の僧空宗を体得する有りと問うて 智者の教法に及ぶ梵僧云く 曾て聞く此の教邪正を定め偏円を暁り止観を
04 明して功第一と推す 再三・光に嘱す 或は因縁あつて重ねて至らば 為に唐を翻して梵と為して 附し来れ某願く
05 は受持せんと屡屡手を握つて叮嘱す、 詳かにするに其の南印土には 多く竜樹の宗見を行ず故に 此の流布を願う
06 こと有るなりと、 菩提心義の三に云く一行和上は元是れ天台一行三昧の禅師なり 能く天台円満の宗趣を得たり故
07 に凡そ説く所の文言義理動もすれば天台に合す、 不空三蔵の門人含光・天竺に帰るの日・天竺の僧問わく伝え聞く
08 彼の国に天台の教有りと理致・須ゆ可くば翻訳して此の方に将来せんや云云、 此の三蔵の旨も亦天台に合す、 今
09 或る阿闍梨の云く真言を学せんと欲せば先ず共に天台を学せよと而して門人皆瞋る」云云。
-----―
 大宋の高僧伝巻二十七の含光の伝に「代宗が含光を重んじたことは(真言宗は玄宗代宗の時代に中国にわたったものであり、含光は不空三蔵の弟子である)不空を見るがようである。勅命により五台山に行って、講義してその功徳を修しめた。時に天台宗の宗学者湛然妙楽は天台宗第六祖となり、坐禅観法を解了して、智者天台の意を深く得ていたが、かつて江淮の僧四十余人と共に清涼山に入り、含光に会ってインドの伝法弘伝のことを問うた。含光のいうには『大乗の空宗を体得した一国の僧がいた。その僧が智者・天台大師の教法について問うてきた。そのインドの僧がいうのに、かつて自分は天台の教えはよく邪正を定め、偏教と円教とを明らかにし、止観の法を明かして、その功績は第一と聞いているが、どうか因縁あって再び来る時には、その唐本を梵語に翻訳して持ちたいと願っているといって、再三そのことを含光にたのみ、幾度も手を握って丁寧に頼んだ』と。今、そのことをくわしくすると、その頃、南インドには竜樹の教えを信ずる者が多かったから、天台の教法の流布を願ったものであろう」とある。
 菩提心義三に「一行和上は、もともと天台一行三昧を修行していた禅師である。よく天台の円満の趣意を得ていたから、その説くところの文辞や意義が、ややもすれば天台と合するものがある。不空三蔵の門人・含光がインドに帰った時、インドの僧が問うには『聞くところによれば、中国には天台の教えがあって、その法門は用いるべきだということであるが、それを翻訳してインドへ伝えたらどうか云々』といったようであるが、この三蔵の説く趣意も、天台の教えと合しているのである。近頃ある阿闍梨がいうことには、『真言を学ぼうと欲するならば、まず共に天台を学べといったので、門人たちが皆怒った」云云とある。

大宋の高僧伝
 梁の慧皎による「高僧伝」、唐の道宣の手になる「続高僧伝」の後を継いで編集されたもので、太平興国7年(0982)の太宗の勅命による撰修である。その後、7年間かけて、正伝533名、附伝130名の伝記を編纂して成ったのが本書である。但し、「続高僧伝」に漏れていた唐以前の僧の伝記も若干ではあるが収められている。下限は、本書成立の前年没の、宋初期の僧の伝記である。ただ、その中心となるのは、唐代の僧の伝記であり、書名の「宋高僧伝」というのは、内容を指すものではなく、その成立を指して付けられた書名。
―――
含光
 唐の大興善寺の僧。不空の弟子で、真言宗をひろめた。
―――
代宗
 (0726~0779)。中国・唐の第8代皇帝 (在位 0762~0779) 。本名李豫。玄宗の嫡孫、粛宗の長子。15歳で広平郡王に封じられ、安史の乱に際しては至徳元年 (0756) 天下兵馬元帥となり、翌年郭子儀らとともに両京を奪回した。
―――
玄宗
 (0685~0762)。中国、唐の第6代皇帝。在位0712~0756。姓は李、名は隆基。諡号は明皇帝。「開元の治」とよばれる太平の世を築いたが、晩年は楊貴妃に溺れて安史の乱を招いた。
―――
勅委
 勅命によって任命すること。みことのり。
―――
五台山
 中国・山西省東北部の五台県にある古くからの霊山である。標高3,058m。文殊菩薩の聖地として、古くから信仰を集めている。旧字表記では、五臺山。別名は、清涼山。2009年にユネスコの世界文化遺産に登録された。
―――
湛然
 妙楽大師のこと。(0711~0782)。中国・唐代の人。天台宗第九祖。天台大師より六世の法孫で、中興の祖としておおいに天台の協議を宣揚し、実践修行に尽くし、仏法を興隆した。常州晋陵県荊渓(江蘇省)の人。諱は湛然。姓は戚氏。家は代々儒教をもって立っていた。はじめ蘭陵の妙楽寺に住したことから妙楽大師と呼ばれ、また出身地の名により荊渓尊者ともいわれる。開元18年(0730)左渓玄朗について天台教学を学び、天宝7年(0748)38歳の時、宿願を達成して宜興乗楽寺で出家した。当時は禅・華厳・真言・法相などの各宗が盛んになり、天台宗は衰退していたが、妙楽大師は法華一乗真実の立場から各宗を論破し、天台大師の法華三大部の注釈書を著すなどおおいに天台学を宣揚した。天宝から大暦の間に、玄宗・粛宗・代宗から宮廷に呼ばれたが病と称して応ぜず、晩年は天台山国清寺に入り、仏隴(ぶつろう)道場で没した。著書には天台三大部の注釈として「法華玄義釈籖」10巻、「法華文句記」10巻、「止観輔行伝弘決」10巻、また「五百問論」3巻等多数ある。
―――
禅観
 坐禅観法のこと。坐禅を修して深く心を一処に定めて、悟りを観ずる方法。
―――
智者
 天台大師のこと。(0538~0597)。智者大師の別称。諱は智顗。字は徳安。姓は陳氏。天台山に住んだのでこの名がある。中国南北朝・隋代の人で、天台宗第四祖、または第三祖と称されるが、事実上の開祖である。伝によれば、梁の武帝の大同4年(0538)、荊州に生まれ、梁末の戦乱で一族は離散した。18歳の時、果願寺の法緒のもとで出家し、20歳で具足戒を受け、律を学び、また陳の天嘉元年(0560)北地の難を避け南渡して大蘇山に仮寓していた南岳大師を訪れた。南岳は初めて天台と会った時、「昔日、霊山に同じく法華を聴く。宿縁の追う所、今復来る」と、その邂逅を喜んだという。大蘇山での厳しい修行の末、法華経薬王菩薩本事品第二十三の「其中諸仏、同時讃言、善哉善哉。善男子。是真精進。是名真法供養如来」の句に至って身心豁然、寂として定に入り、法華三昧を感得した。これを大蘇開悟という。後世、薬王品で開悟したことから、薬王菩薩の再誕であるといわれるようになった。その後、大いに法華経の深義を照了し、のち金陵の瓦官寺に住んで大智度論、法華経等を講説した。陳の宣帝の太建7年(0575)、38歳の時に天台山に入り、仏隴峰に住んで修行したが、至徳3年(0585)詔によって再び金陵に出て、大智度論、法華経等を講ずる。禎明元年(0587)法華経を講じたが、これを章安が筆録したのが「法華文句」十巻である。その後、故郷の荊州に帰り、玉泉寺で法華玄義、摩訶止観を講じ、天台三大部を完成する。その間、南三北七の諸師を信伏させ、天台山に帰った翌年の隋の開皇17年(0597)、60歳で没した。著書に法華三大部のほか、五小部と呼ばれる「観音玄義」「観音義疏」「金光明玄義」「金光明文句」「観経疏」がある。
―――
膏腴
 青あぶら。腴は肥えた肉のこと。転じて富裕・深秘・深意の義をもつ。
―――
江淮
 中国・華中地域。揚子江と淮水の流域をいう。淮水は揚子江と黄河の中間を東流している。現在の河南省あたり。
―――
清涼
 ①華厳宗第4祖・澄観のこと。②清涼山のこと。③清涼三昧のこと。④煩悩の熱が去って快いこと。
―――
西域
 中国の西域地方。新疆・天山地方をさす。
―――
空宗
 空の理を教旨とする宗派。成美宗・三論宗等をいう。
―――
偏円
 偏ったものと完全なもの。部分的なものと全体的なもの。①一部の真理を説いた偏頗な教と、円融円満で余すところなく説いた教えのこと。天台大師所立の化法の四教のなか、蔵・通・別の三教を偏、円教を円という。②摩訶止観に説かれる五略十広のなか、十大章の第五・偏円章にあたる。教理に偏円等の別があるように止観にも異なりがあるが、いま説く止観はそれらの別を超えすべてを包含した円満な止観であることを述べている。
―――
叮嘱
 ていねいに頼むこと。
―――
竜樹
 梵名ナーガールジュナ(Nāgārjuna)の漢訳。付法蔵の第十四。2世紀から3世紀にかけての、南インド出身の大乗論師。のちに出た天親菩薩と共に正法時代後半の正法護持者として名高い。はじめは小乗教を学んでいたが、ヒマラヤ地方で一老比丘より大乗経典を授けられ、以後、大乗仏法の宣揚に尽くした。著書に「十二門論」1巻、「十住毘婆沙論」17巻、「中観論」4巻等がある。
―――
菩提心義
 ①1巻。中国・唐代の潜真撰菩提心の義を五門に分けて論じた書②安然撰、『菩提心義抄』5巻。台密を大成した安然の教学上の代表的述作.両書の前後関係も古来の問題であり、『真言宗教時義』の成立年次は必ずしも明瞭ではない.本書の構成は一仏・一時・一処・一教という四一教判を基軸としている、その四一教判は,円仁が入唐中に教示を受けた一大円教論の展開と言いうるものであり如来随自意の立場から見ればあらゆる教えが密教であるという見地に立つ。台密の教義は,密教を中心に置きつつ天台法華教学との融合・一致を模索することを特色とする。安然はそれを密教の本質と捉え、本書で空海の十住心について徹底的に批判した。ただし,日本密教史上初めて空海の諸著作を活用しその教義を継承してもいる。本書や『菩提心義抄』には,蓮華三昧経の尊重など安然を起点とし後の日本天台や東密の学匠に大きな影響を与えた主張が多々見られる.
―――
一行三昧
 一相三昧・一荘厳三昧ともいう。この世界は一切の諸仏が体現する唯一無二の真実がきわめて多様な姿をとって現れたものである。この多様な存在の世界を究極的な空の立場から眺めれば、それは諸仏の真実という無差別平等の一つの相にほかならない。
―――
天竺
 古来、中国や日本で用いられたインドの呼び名。大唐西域記巻第二には「夫れ天竺の称は異議糺紛せり、舊は身毒と云い或は賢豆と曰えり。今は正音に従って宜しく印度と云うべし」とある。
―――
理致
 ①道理にかなっていること。②修行者を導く方法として仏教の教えを示すこと。
―――
阿闍梨
 梵語アーチャールヤ(ācārya)の音写。聖者・尊者・教授・正行などと訳す。弟子を教え導く高徳の僧。後世になって職名・僧位として用いられた。
―――――――――
 前段で、もともと真言の教えのなかに法華経と同じものがあるとする真言宗の言い分を掲げられたのに対し、ここでは一行禅師が天台の法門を真言密教に取り入れたこと、含光とその師・不空三蔵は天台法華宗が勝れることを知っていたことを、大栄高祖伝中の含光伝を引用して示されている。
 大栄高祖伝は賛寧等の撰述で、30巻からなる。主として唐代の高僧の正伝533人、付伝130人が収められている。含光伝は、同書巻27にある。
 割注にあるように、真言密教は、唐代の玄宗・代宗の時代には、善無畏によって中国に初めて伝えられ、広まった。含光は三三蔵の一人・不空の弟子である。
大栄高祖伝にある真言僧・含光の話
 含光は開元年間に不空の弟子となり、師に従い西域地方を回って帰国後、不空の訳経を助けた。
 不空の滅後は代宗の厚い信任を受け、勅によって五台山へ行き、修行中、天台宗第六祖の妙楽大師湛然と会見した。
 その折に、妙楽大師の問いに王子で、含光が語った西域における仏法弘伝の様子が高祖伝に記さされている。
 概略は次のとおりである。
 「含光は代宗から師の不空三蔵同様に、勅によって五台山に行き、修行した。
 時に妙楽大師は止観を解了し、深く天台智者の意を得ていたが、江准の僧40人とともに五台山に入り、たまたま含光と会った。その折、西域の仏法弘伝の状態を尋ねた。
 含光は『大乗の空を体解したある国の僧がいて、智者大師の教法について聞いてきた。そのインドの僧は“自分がかつて、天台の教法はよく邪正・偏円を明確にし、止観を説いて、その功績第一なりと聞いている。因縁あってあなたが再びインドへ来るときには、天台の教法を梵語に翻訳して持ってきてもらいたい”と、しばし手を握って大変丁重に頼まれた』と答えた。
 今そのわけをつまびらかにすると、竜樹思想の正系を伝えたというべき天台の教法を弘めたいと願ったのである」。
含光と会見した妙楽大師の記述
 同趣旨の記述は妙楽大師の法華文句記巻10下にもみられる。大栄高祖伝と重複するが、会見内容の立証にもなるので、紹介しておきたい。
 文句記には「適江准の四十余僧と往きて台山に礼す。因りて不空三蔵の門人、含光の勅を奉じ、山に在りて修造するを見る。云く『不空三蔵と親しく天竺に遊びたるに、彼に僧有り問うて曰く“大唐に天台の教迹有り、最も邪正を簡び、偏円を暁むるに堪えたり、能く之を訳して将に此土に至らしむ可けんや”と』」とある。
 つまり、不空と含光がインドを訪問した折、ある僧が、中国には仏法の正邪と偏円を正しく判別した天台大師の論訳があるから、それを翻訳してインドへ伝えてほしいと頼んだのである。
 これは、天台大師の名声が遠くインドにまで伝わっていたことを意味するとともに、もはやインドには伝えるべきものがなかったことをしめしているといえる。
 ゆえに、これを受けて妙楽大師は文句記に「豈中国に法を失いて之を四維に求むるに非ずや、而も此の方、識ること有る者少なし。魯人の如きのみ」と述べている。
 ここにある「中国」とは仏教発祥の中心地・インドのことである。つまり、唐の時代におけるインドでは、釈尊の法が廃れ、そのために逆に中国から求めようとしたのである。
 しかし、当時の唐代の人は、そのことがよく分からなかったのである。それは魯国の人々が自国の孔子の偉大さを知らなかったのと同じであることを物語っている。
 それゆえ日本の伝教大師最澄は依憑天台集において「天竺の名僧、大唐の天台の教迹最も邪正を簡ぶに堪えたりと聞き渇仰して法門の縁」として、この文句記の文を引いている。
 次に含光の話に関連し、菩提心論巻3の文を示されている。
 ここに引用されている菩提心義は、中国・唐代の潜真撰のものでなく、同書にある菩提心義の五門分別を515の問答によって解釈した日本天台宗・安然述の胎蔵金剛菩提心義略問答抄をさす。菩提心義はその略称である。
 安然は平安時代初期の天台宗の学僧で、慈覚に続いて天台宗を密教化した人物である。
 彼は同書で、一行阿闍梨は天台宗の一行三昧を修し、天台の法門に通じていたので、その文言義理が、ややもすれば天台の法門と合致しているのであると、一行が天台の法門を盗み入れたことを認め、先の含光の話を引用し、不空三蔵の説くところも天台の教法と合致しているとしている。
 更に、同時代の「或る阿闍梨」が「真言を学ぼうと思うなら、まず天台の教法を学べ」といったところ、真言僧達がみな瞋った、という逸話を紹介している。「或る阿闍梨」がだれをさすかは詳らかではない。
 このように、天台の教法を抜きにして真言の教義が成り立たないことは明らかである。
 安然は、一方では弘法の立てた十住心論の五失を挙げて破すなど、天台大師・伝教大師の正意になかった論述も見られるが、大日経を法華経に勝っているとしている点は、先輩の叡山第三代座主・慈覚や、のちの第5代座主・智証と変わっていない。

0158:10~0159:09 第八章 華厳宗も一念三千を明かさずtop
10  問うて云く華厳経に一念三千を明すや、 答えて云く「心仏及衆生」等云云、 止観の一に云く「此の一念の心は
11 縦ならず横ならず不可思議なり 但己のみ爾るに非ず仏及び衆生も亦復是くの如し、 華厳に云く心と仏と及び衆生
12 と是の三差別無しと 当に知るべし己心に一切の法を具することを」文、 弘の一に云く「華厳の下は引いて理の斉
13 きことを証す、 故に華厳に初住の心を歎じて云く心の如く仏も亦爾なり 仏の如く衆生も然り心と仏と及び衆生と
14 是の三差別無し諸仏は 悉く一切は心に従つて転ずと了知したまえり、 若し能く是くの如く解すれば彼の人真に仏
15 を見たてまつる、 身亦是れ心に非ず心も亦是れ身に非ず 一切の仏事を作すこと自在にして未曾有なり、若し人・
16 三世一切の仏を知らんと欲求せば 応に是くの如き観を作すべし心・諸の如来を造すと、 若し今家の諸の円文の意
17 無くんば彼の経の偈の旨・理として実に消し難からん」と。
0159top
01        ┌小乗の四阿含経
02  ┌ 三蔵教─┴─────────心生の六界──心具の六界を明かさず。
03  │     ┌大乗
04  ├ 通 教─┴─────────心生の六界──亦心具を明さず。
05  ├ 別 教─┬─────────心生の六界──心具の十界を明さず。
06  │     └思議の十界
07  │     ┌爾前・華厳等の円
08  └ 円 教─┼─────────不思議の十界互具。
09        └法華の円
-----―
 問うて云う。華厳経には一念三千が明かされているか。
 答えて云う。華厳経に「心と仏と及び衆生と是の三差別無し」とある。摩訶止観の巻一に云は「此の一念の心は縦ならず、横ならず、思議すべからざるものである。そして己心がそうであるばかりでなく、仏もおよび衆生も、またそうである。華厳には『心と仏と衆生の三つは差別がない』と説かれている。これにより我が心に一切の法を具足していることが分かる」とある。
 弘決の巻一には「天台が華厳経の文をは引いたのは、心と仏と衆生の三つが無差別であることを通じ、法理が同じであることを証明するためである。故に華厳経には初住の菩薩の心をほめて、「心の如く仏もまたそのようであり、仏の如く衆生もそのようである。心と仏と及び衆生との三つは差別がなく、諸仏は一切のものが心から生じることを知りつくしている。もし能くこのように理解すれば、その人は真に仏を見たてまつることができるのである。身は心ではなく、心もまた身ではない。そして、自在に一切の仏事をなすことは、未曾有のことである。もし人が三世一切の仏を知りたいと願うならば、まさに心が諸の如来を造ったのであると観じなければならない』と説かれているが、もしわが天台一家における諸の円文の意趣がなかったら、彼の華厳経の偈の義理を解了することはできない」といわれている。
        ┌小乗の四阿含経
  ┌ 三蔵教─┴─────────心から生ずる六界は説くが、それが本体心に具わっているとは説かない。
  │     ┌大乗
  ├ 通 教─┴─────────六界が生ずることは説くけれども、また心に具わっているとは説かない。
  ├ 別 教─┬─────────心から十界を生ずるとは説くが、心に具わっていることは説かない。
  │     └思議の十界
  │     ┌爾前・華厳等の円
  └ 円 教─┼─────────十界が互いに具わっているという不思議の境地を説いている。
        └法華の円

心仏及衆生
 旧釈華厳経夜摩天宮菩薩説偈品大十六で、如来林菩薩が説いた偈の文。「心仏及衆生、是三無差別」を略して挙げられたものである。すなわち、此と仏と衆生とは、三法に説かれているけれども、事実は差別がないという意味である。
―――
初住
 菩薩行52位のうち、十住の初めの位。不退転の位とされる。二乗は法華経迹門にきて、作仏を許され初住に入ったとされている。しかし、本門より望むならば、まだ初住に入ったとはいえない。当体義抄には「爾前と迹化の衆とは未だ本門に至らざる時は未断惑の者と云われ彼に至る時正しく初住に叶うなり、妙楽の釈に云く『開迹顕本皆初住に入る』」(0518-02)とある。
―――
四阿含経
 4種の阿含経。長 阿含経・中阿含経・増一阿含経・雑 阿含経のこと。
―――
三蔵教
 ①経・律・論の三蔵に説かれた釈迦一代の教えの総称。 ②天台宗で小乗教の異名。
―――
心生の六界
 心から生ずる六道のこと。蔵教および通教では心に生ずる見思惑によって六道に生ずるという。すなわち蔵・通二教は三界六道の因果を説くのみであって、惑業の造作によって諸法が生ずるとする。
―――
心具の六界
 心具とは、一念の心に三千の諸法がそなわっていること。衆生の一心にそなわる六界のことをいう。
―――
通教
 声聞・縁覚・菩薩の三乗に共通して説かれた大乗初門の教えのこと。天台大師が四教義で立てた化法の四教のひとつ。通教の菩薩には前の三蔵教と同じ果を得る者と、さらに深く進んで後の別教・円教の理を悟るものとがある。
―――
別教
 二乗とは別に菩薩のために説いた教えのこと。天台大師が四教義を立てた化法の四教のひとつ。界外の惑を断ずる教であるゆえに、蔵・通とも異なり、隔歴の三諦を説くゆえに円教とも別なので別教ともいう。
―――
心生の十界
 心から十界が生じること。
―――
心具の十界
 生命に備わっている十界のこと。
―――
円教
 円融円満で完全無欠な教のこと。中国では諸教の教相判釈に対して、最高の教を円教と定めた。法華経のこと。
―――
不思議の十界互具
 法華円教における十界のあり方は十界の衆生の一心・一念に十界がそなわり、十界互具して不思議であること。もし一界より十界を生ずるならば十界が縦に次第して互具ではなくなる。
―――――――――
 本段では「華厳経に一念三千を明かすや」との問いを設けられ、華厳宗が華厳経にも一念三千があるとする根拠としている「心仏及衆生」の文を、天台宗で用いている意義について、天台大師の摩訶止観、妙楽大師の止観輔行伝弘決の釈を引いて示されている
華厳経は“心生”、法華経は“心具”
 問いに答えるにあたり、まず、華厳経の「心仏及衆生」の文が挙げられている。
 「心仏及衆生」は「心仏及び衆生、是の三差別無し」と読み、第五章でも述べたように華厳経巻10夜摩天宮菩薩説偈品第16で、垢徳林菩薩が説いた偈文である。
 この華厳経の偈文は、心と仏と衆生との間に差別がないことを明かしている点において、円融の法門の一分を説いていることができる。このゆえに天台大師も「摩訶止観」でこれを用いたのである。
 「止観の一に云く」は、己心に一切の法を具すること、すなわち一念三千の法門を証明するために、この華厳経の文を用いることを示している。次の「弘の一に云く」の文は、天台が止観でこの華厳経の文を用いた所以を述べるとともに「今家の諸の円文の意無くんば彼の経の偈の旨、理として実に消し難からん」といって、法華経の意を根本にしてこそ、この華厳経の文を活かすことができると断じているのである。
 ところが華厳宗の澄観は、天台大師が一念三千の法門を説明するのに、この華厳経の「心仏及衆生」の文を引用していることから、それを利用し、華厳経にも一念三千の法門が明かされていると、こじつけたのである。
 しかしながら、華厳経に説かれているのは「心が一切を造る」とあるように、“心生説”であり、“心具説”ではない。
 天台大師が「心仏及衆生」の文を引用して一念三千の法門展開したのは、もっぱら法華経の意義においてその文を用いたのであり、いわゆる会入の立場である。華厳経の文を用いたからといって、華厳経の意図そのものを引用したものではない。
 「会入」の「会」とは開会のこと、「入」とは入れる、おさめるの意で、会入とは開会しておさめることである。
 「開会」とは、爾前権教の文を法華経の実義から開き顕して解釈することで、その解釈を法華経の法理の証明に使うのが「会入」である。
 それゆえに、本文であるように、天台大師は摩訶止観巻1下で、「此の一念の心は縦ならず、横ならず、不可思議なり、但己のみ爾るに非ず、仏及び衆生も、亦復是くの如し。華厳に云く『心仏及び衆生是の三差別無し』と。当に知るべし己心に一切の仏法を具すと云うことを」と述べているのである。
 続いて、止観巻1下の文を釈した妙楽大師の止観輔行伝弘決巻1の5の文を示されている。
 「華厳より下は引いて理の斉しきことを証す…若し人、三世一切の仏を知らんと欲求せば、応に是くの如き観を作すべし。心、諸の如来を造すと。若し今家の諸の円文の意無くんば、彼の経の偈の旨・理として実に消し難からん」と。
 すなわち、華厳経の“心造”の偈文は、法華経に説かれる一念三千の義意によって判じてこそ、初めて活かすことができたのである。
 また、本抄の末尾には、止観輔行伝弘決巻5の3の「心造と云うは即ち是れ心具なり故に造の文を引いて以て心具を証す」の文を引用されている。
 文中の「華厳経の下は」とは、摩訶止観巻5上に述べられている「華厳に云く」以下の引用部分をさす。
 すなわち、「心仏及衆生是三無差別」の理が法華経と華厳経は相斉しいということを証しているのである。
 しかし、天台家の一念三千、すなわち心も一念三千、仏も一念三千、衆生も一念三千の当体であるという義がなかったなら、華厳経の是三無差別は成り立たないのである。
 以上のことから、天台大師が「心仏及衆生」の文を引いて一念三千を展開しているのは、法華経にのみ一念三千があることを前提にした上で会入して用いているのであって、最澄のいうように、それが直ちに一念三千の依文とならないのである。
爾前の諸経を用いる理由
 日蓮大聖人は十章章において「爾前の経経をひき乃至外典を用いて候も爾前・外典の心にはあらず、文をばかれども義をばけづりすてたるなり」(1273-08)と仰せである。
 つまり、天台大師等が爾前経や外典を引いて法門を展開していても、それは決して爾前や外典の心においてではなく、法華経の心においてであり、爾前や外典の文を借りても、その爾前経等の義は削り捨てているのであると示されている。
 大聖人が、例えば立正安国論において、爾前経・外典等の文を多く用いられているのも、全くその意味においてであることはいうまでもない。
 更に日寛上人は三重秘伝抄において「問う、昔の経経の中に一念三千を明かさずんば、天台何ぞ華厳心造の文を引いて一念三千を証するや。答う、彼の経に記小久成を明かさず、何ぞ一念三千を明かさんや。若し大師引用の意は、浄覚云く『今の引用は会入の後に従う』等云云。又古徳云く『華厳は死の法門にして法華は活の法門なり』云云。彼の経の当分は有名無実なる故に死の法門と云う。若し会入の後は猶蘇生の如し。故に活の法門というなり」と、明確に述べられている。
 華厳経には二乗作仏・久遠実成が明かされていないのであるから、一念三千が説かれていないことは明白であり、たとえ一念三千に通じる文があったとしても、有名無実であり、死の法門である。
 しかし、法華経の実義を説明する文として活用するならば、その死の法門も蘇ってくるゆえに、法華経は活の法門であるとの御教示である。
爾前経は心具の十界を明かさず
 本文に示されている図は、天台大師所立の蔵・通・別・円の四教の説く法理を挙げ、爾前の諸経には心具の十界・一念三千の義が明かされていないことを示されたのである。
 三蔵教は「小乗の四阿含経」のことで、同教では地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天の六界が、心から生ずることは説くが、六道がもともと心に具わっているとは明かしていない。
 大乗の初門である通教も、また三蔵教と同様、心生の六界は説いても、心具の六界は説いていない。
 また別教では心生の十界を説くけれども、心具の十界は論じていない。
 つまり、心生の十界の場合は、縦に次第し、横に並列する「思議の十界」、すなわち言語・思慮で計ることのできる十界である。
 それに対し、十界が心に具し、それは円融円満で不縦・不横であるが「心具の十界」であり、十界互具である。
 これは円教にのみ明かすところであり、むしろ、この円融円満の義を明かしているゆえに“円教”というのである。
 円教には「法華の円」と「爾前の円」とがあり、「爾前・華厳等の円」も一往は心具の十界を説くが、二乗作仏・闡堤成仏等を明かしていないので有名無実にすぎない。
 したがって、天台大師は摩訶止観巻5上で、華厳等の「心は一切の法を生ず」と明かす法門について、「猶是れ思議の境、今の止観の所観に非ざるなり」と破している。
 「法華の円」では二乗作仏等を説き心具の十界、すなわち十界互具・一念三千を証しているので「不思議の十界互具」というのである。

0159:10~0159:18 第九章 止観で初めて一念三千明かすtop
10  止の五に云く「華厳に云く 心は工なる画師の種種の五陰を造るが如く 一切世間の中に心より造らざること莫し
11 と種種の五陰とは 前の十法界の五陰の如きなり」又云く「又十種の五陰・一一に各十法を具す 謂く如是相・性・
12 体.力.作.因.縁.果.報.本末究竟等なり」文,又云く「夫れ一心に十法界を具す一法界に又十法界を具すれば百法界
13 なり一界に三十種の世間を具すれば百法界には即ち三千種の世間を具す此の三千・一念の心に在り」文、弘の五に云
14 く「故に大師・覚意三昧・観心食法及び誦経法・小止観等の諸の心観の文に 但自他等の観を以て三仮を推せり並び
15 に未だ一念三千具足を云わず、 乃至観心論の中に亦只三十六の問を以て四心を責むれども 亦一念三千に渉らず、
16 唯四念処の中に略して 観心の十界を云うのみ、 故に止観に正しく観法を明すに至つて並びに三千を以て指南と為
17 せり、 乃ち是れ終窮究竟の極説なり、 故に序の中に説己心中所行法門と云う良に以有るなり請う尋ね読まん者心
18 に異縁無かれ」、 
-----―
 摩訶止観巻五に「華厳経に『心は、ちょうど工なる画師が種々の五陰を造るよいに、一切世間の法は、すべて心から造られてものではない』とあるが、種々の五陰とは、前述の十界の衆生の身心を造っている五陰のことでる」とある。
 また、「十種の五陰は一々に各十法を具えている。その十法とはいわゆる如是相・性・体・力・作・因・縁・果・報・本末究竟等である」とある。
 また、「それ一心に十法界を具え、その一法界それぞれに十法界を具しているから百法界となり、一界に各十如三世間相乗の三十種の世間を具しているから百法界には即ち三千種の世間を具えていることになる。この三千は一念の心にある」と説かれている。
 止観輔行伝弘決巻五に「故に天台大師は覚意三昧・観心食法及び誦経法・小止観等の諸の観心の法門を述べた文には、但自他等の観を以って、三仮を推し考える方法を明かしてはいるが、ともにまだ一念に三千を具足することを明かしていない。あるいは観心論の中にも、また三十六の問いを以って自生・他生・共生・無生の四心を追求してあるが、まだ一念三千は明かしていない。ただ四念処の中に、略して観心の十界をいっているだけである。故に止観の巻五に正しく観法を明かす段に至って、それとともに三千を以って指南としたのである。すなわちこの一念三千の法門は、天台大師の一期究極の極説であり、それ故に章安大師は序の中に於いて『この止観の法門は、大師が己心中に行じた法門である』と述べられたのはまことに深い所以があることである。止観を読む者は、この他に別伝の法門があるなどと心に思ってはならない」とある。

五陰
 個人を構成するもの、色(形で捉えられる側面。肉体、物質)・受(外界の事象を受け容れていく働き)・想(想念すること)・行(想念に基づいて自ら行動すること)・識(思慮・分別する精神の作用)が仮に和合して衆生となることをいう。
―――
一念
 心に深く思い込むこと、ふと思い出すこと。瞬間の生命をいう。
―――
覚意三昧
 天台大師の四種三昧のなかの非行非坐三昧や南岳大師の随自意三昧と同じ。方法・機関を定めないで、六識によって起こす念に対して思考し、正しく認識して悟りを得る三昧のこと。
―――
観心食法
 中国・隋の天台大師の著1巻。天台の観心修業の行者が食について一心三観の「観」を用いることを説明したもの。法身を養い生死を解脱し三観自在なる境智を観ずることを説くが、一念三千は明かしていない。
―――
誦経法
 現存しないが謙順の諸宗章疏録にこの名がある。内容については妙楽大師の観心誦経法記から推察すると、観念観法である一心三観を修行すべきことや空仮中の三諦が説かれ、正観を修して誦経すれば正覚を成ずる旨などが説かれていたと考えられる。
―――
小止観
 天台大師の述作。俗兄・陳鍼のために、止観修習の要諦を示されたとされる書。摩訶止観は内容が難解であるため、初心者のために坐禅の方法や用心などを説き、摩訶止観の要綱を示している。
―――
自他等の観
 自生心・他生心・共生心・無生心等の観心をいう。天台大師の観心論にある。自生心・一念の心は己心から生ずること。他生心・一念の心は客観的対境に従って生ずること。共生心・一念の心は己心と客観的対境とが相応して生じること。無生心・一念の心は己心から生ずることもなく、客観的対境に従って生ずることもなく無因でもないことをいう。天台大師は摩訶止観の正修章で初めて一念三千の観法を説き明かしたが、それ以前には自生・他生等の観心によって心性の本体を追及する方法を説いた。
―――
三仮
 一切の諸法はすべて仮に形成されたもので自性・本性ではなく、その自性は空であることを示すために説かれたもの。①涅槃経に説かれる三仮。一切諸法は本来因縁によって生じたもので自性・本性ではなく虚妄であることを法仮という。あらゆるものはそれを構成する更に細かい要素の集まりであるからそれ自らの自性・本性ではないとするのを受仮という。また一切諸法の名は仮に設けたものでこれを名仮という。②成実論に説かれる三仮。因成仮は法仮と同意で一切諸法が因縁によって形成されるので仮とする。相続仮は絶えず相続しているように見えるが諸法が実は一瞬ごとに生滅改変しているので仮とする。相続などの相対的な判断はその基準が不定であるから仮とする。
―――
具足
 具はそなえる・そなわる・うつわ。足はたる・たりる。①十分に具えること、円満具足の義。②器具の総称、甲冑をさすこともある。仏教では仏前に供する灯明・焼香・立華を三具足という。
―――
観心論
 中国・隋の天台大師の著。観心を中心とする立場から四種三昧を勧めたもの。
―――
四心
 ①俱舎論に説かれる慈・悲・喜・捨の四無量心のこと。仏・菩薩が衆生を憐愍する四種類の量り知ることができない心。②一念心が生じる原因を四種類に分けて論じたもの。
―――
四念処
 天台大師の著。四巻。釈尊の入滅に際して、滅後の行道を示したなかで、四念処によって行道すべしと述べた四念処について明かしたもの。蔵通別円の四教それぞれの四念処観を説き、この修行が天台教学の観法の真髄であることが述べられている。
―――
終窮究竟の極説
 「終窮」は窮まるところ、「究竟」は究極・終極の意で、最終究極をあらわす。止観輔行伝弘決には「止観に正しく観法を明すに至つて並びに三千を以て指南と為せり、乃ち是れ終窮究竟の極説なり」とある。
―――
説己心中所行法門
 「己心の中に行ずる所の法門を説く」と読む。章安大師が止観の序で述べた文。天台大師は衆生の己心に三千の諸法が円かに具わっているとして、一心三観・一念三千の修行法を立てたのである。
―――――――――
 一念三千の法門を初めて明かした天台大師の摩訶止観の諸文を示すとともに、妙楽大師の止観輔行伝弘決の釈を引いて、摩訶止観の一念三千法門が天台大師「終窮究竟の極説」であることを立証されている。
 「華厳に云く心は工なる画師の種種の五陰を造るが如く一切世間の中に心より造らざること莫しと種種の五陰とは前の十法界の五陰の如きなり」とあるのは、既述したように天台大師が摩訶止観巻五上で、華厳経の文を法華経の立場から会入して用い、一念三千の法門を明かした個所である。
 あたかも巧みな画師が種々の絵の具を用いて「種種の五陰」すなわち、あらゆる事物を表現するように、一切の法も心が造り出すものである、という意である。
 「五陰」とは、生命活動を構成する五要素、すなわち色・受・想・行・識の五陰をいい、「陰」は集積の意である。衆生はこの五陰が集まり、和合して成り立っているとされている。
 天台大師は五陰を分別し、識陰が心王となり、他の四陰が心数となると説いている。ここでは華厳経にあたる「種種の五陰」について、十界の衆生の五陰のことであると釈している。
 また摩訶止観巻五上では、十種の五陰は各界ごとに「十法」すなわち十如是を具すと説いている。
 そして「夫れ一心に十法界を具す一法界に又十法界を具すれば百法界なり一界に三十種の世間を具すれば百法界には即ち三千種の世間を具す此の三千・一念の心に在り」と述べ、初めて一念三千の法門を説き明かしたのである。すなわち、一心に十界を具し、その十界のそれぞれに十界が具しているとする十界互具、更に百界の一界にそれぞれ十如是を具し、十如是の一つ一つには三世間を具して三千世間となる。この三千が一念の心に具すというのが一念三千である。
止観以前は一念三千の名目すら明かさず
 続いて、摩訶止観を注釈した妙楽大師の止観輔行伝弘決巻五の三の文が引かれている。ここでは、天台大師は摩訶止観以前においては、一念三千の名目すら明かしておらず、一念三千こそ天台が己心に行じた極意に他ならないことが述べられている。
 天台大師は摩訶止観を明かす前、「覚意三昧・観心食法及び誦経法・小止観」あるいは「観心論」「四念処」など、多くの法門を説いたが、これらには一念三千の名目も、観心修行の方法も説き明かさなかった。
 「自他等の観」とは、天台大師が一念三千の観法を明かす以前に、自生心・他生心・共生心・無生心等の観心によって、心性の本体を追及する方法を説いたことをさす。
 「三仮」とは因成仮・相続仮・相対仮のことである。
 「因成仮」は、一切諸法が因縁によって形成されるので仮とする。「相続仮」は、絶えず相続しているように見える諸法が、実は一瞬ごとに生滅改変しているので仮とする。「相対仮」は、大小・長短などの相対的な判断は、その基準が不定であるから仮とする。すなわち覚意三昧等の観法を明かした法門のなかには「自他等の観」をもって「三仮」の真性本体を追及する三観・三諦等を明かしていても、いまだ一念に三千を具足することが説かれていない、という意である。
 「観心論の中に亦只三十六の問を以て」とあるのは、天台大師が「観心論」のなかで、一念の自生心を観ずることについて、三十六の問いを立てていることをいう。
  「四心を責むれども」とは、「観心論」にある自生心・他生心・共生心・無生心について論じているが、ということである。
 しかし「亦一念三千に渉らず」と、一念三千の法門については触れていない、との意である。
  「唯四念処の中に略して観心の十界を云うのみ」とは、天台大師が「四念処」で観法の所以を示し、三観三諦の行を修せしめるため、蔵・通・別・円の四教の念処を説いているが、十界互具・一念三千には触れず、「観心の十界」に論及しただけであったとの意である。「念」は観、「処」は念ずべき対境をいう。
 次の「故に止観に正しく観法を明すに至つて並びに三千を以て指南と為せり、乃ち是れ終窮究竟の極説なり、故に序の中に説己心中所行法門と云う良に以有るなり請う尋ね読まん者心に異縁無かれ」の文は、一念三千の不可思議境を明かす段に付された注釈の部分である。すなわち、天台大師は、摩訶止観巻五で正修止観を説く段に至って、正しく観法を明かすとともに、三千の法をもってその観法修行の指南としたのである。
 これは天台大師究竟の極説であり、これ以上の法門はない。だから、弟子の章安大師が摩訶止観の序のなかで「己心の中に行ずる法を説く」と記したのは、まことに理由のあることである。したがって、尋ね読む者は心に異縁があってはならないと、一念三千の法門が天台大師の極説であることを称えているのである。
 「異縁」とは、他のものに心を奪われることで、ここでは唯一無二・純一無雑に信受しなければならないとの意である。
 ちなみに、天台が観法修行の指南として一念三千を明かした、とは、観心を修して究極的に覚るべき心理が一念三千であるということである。この覚りの究極である一念三千を末法において日蓮大聖人は三大秘法の御本尊として顕し、末法の一切衆生に授けられたのである。
 摩訶止観のこの一念三千の依文も、日蓮大聖人の仏法の立場からみれば、事行の一念三千の御本尊の相貌をあらわしているのである。
 「夫れ一心に」の「一心」とは、久遠元初自受用身の心法をいう。すなわち、御本尊の中央にしたためられた南無妙法蓮華経である。
 「十法界を具す」とは、南無妙法蓮華経の左右に列座する仏・菩薩・梵天・帝釈等によって、十界互具・百界千如・三千世間があらわされている。
 ゆえに、この御本尊は久遠元初の自受用身、日蓮大聖人心具の十界三千の当体なのである。
 「此の三千・一念の心に在り」とは、一念三千の本尊が全くよそにあるのではなく、ただ我等の信心のなかにあるということである。

0159:18~0160:01 第十章 一念三千は法華経のみに明かすtop
18          止の五に云く「此の十重の観法は横竪に収束し微妙精巧なり初は則ち境の真偽を簡び中は則ち正
19 助相添い後は則ち安忍無著なり、 意円かに法巧みに該括周備して 初心に規矩し将に行者を送つて彼の薩雲に到ら
20 んとす初住なり闇証の禅師.誦文の法師の能く知る所に非ざるなり、蓋し如来積劫の懃求したまえる所.道場の妙悟し
0160
01 たまえる所・身子の三請する所・法譬の三たび説く所正しく茲に在るに由るか」、
-----―
 摩訶止観巻五に「この十重の観法は、次第順序を経て収束した微妙精巧なものである。初はすなわち対境の真偽を明らかにし、なかごろはすなわち正行と助行とが相添い、後にはすなわち安然とくて執着のない状態になることができる。心は円かに法は巧みにことごとくくくり、完備しているから、初心の者には規則となり、まさに行者をこれによって進ませて、薩雲すなわち初住位に到らせる。教義に闇い禅師や、また.誦文の法師のよく知るところではない。おそらく如来が長い間、修行を積んで求められたところ、菩提道場で悟られたところ、舎利弗が方便品で三たび請うたところ、法説・譬説・因縁説の三周に説かれたところの法門等が、まさしくこのことである」とある。

十重の観法
 天台大師が立てた十種の観法のこと。十乗観法ともいう。円頓止観を修するために立てられたもの。観不思議境・起慈悲心・巧安止観・破法遍・識通塞・修道品・対治助開・知次位・能安忍・無法愛をいう。
―――
規矩
 コンパスとものさしのことで、手本・基準などを意味する。
―――
薩雲
 一切智と訳し、仏智・すべての法を解了する智慧をいう。
―――
闇証の禅師
 闇証とは仏説をよりどころとする教義を無視して、我見をもって証を得たもの、あるいは得られると思い込んでいること。禅宗の徒が教外別伝・不立文字と立て、自己の心を基準に、坐禅思惟し、仏の心を証得したと思うことをさす。
―――
誦文の法師
 経文を誦する法師。教相教義の文々句々に執着して観心修業をしない法師のこと。
―――
懃求
 勤めて仏法を求めること。
―――
法譬の三たび説く所
 三周の説法のこと。三周とは法説周・譬説周・因縁周のこと。舎利弗等が方便の得道を聞いて得道する=法説周、須菩提・迦旃延・迦葉・目連等が譬喩品の譬を聞いて得道する=譬説周、富楼那等が大通智勝仏以来の因縁を聞いて得道する=因縁周。このように声聞の成仏は三周に分かれてはいるが、いずれも大通の下種を覚智しての成仏である。説法は法華経方便品~人記品の八品にある三つの説法形式。上中下の古今に応じて説法したので、三周の説法という。
―――――――――
 天台大師自身が、十重観法が仏道修行においてもっている意義について述べ、一代聖教の極意であることを言明している止観の文を挙げられている。
 この文は十重の観法の名目を示したあと、十重の観法の意義について述べた個所であり、この十重の観法には縦横に収束し、微妙で精巧な法門であるとするとともに、如来が何劫も修行を積み重ねて懃求したところであり、またその結果、菩提道場などで悟ったところであり、さらに舎利弗が三度請うて説かれた法華経の元意である、というのが文意である。
摩訶止観の大要
 ここで摩訶止観の大要と、そこで明かされた十重観法の内容について略述しておきたい。
 摩訶止観は天台大師が隋の開皇14年(0594)4月26日から一夏九旬にわたって、荊州玉泉寺で講述したものを、弟子の章安大師が筆録した書である。
 法華経の一心三観・一念三千の法門を聞き顕して、それを己心に証得する修行の方軌を示しており、天台大師の出世の本懐とされる。
 摩訶止観の構成は、章安大師の序分と天台大師の正説分からなっている。正説分として、
    ①大意
    ②釈名
    ③大相
    ④摂法
    ⑤偏円
    ⑥方便
    ⑦正修
    ⑧果報
    ⑨起教
    ⑩旨帰の十章が立てられており、これを「十広」ともいう。
 しかしながら、⑦正修章において十境を立てるなか、十境中の第八増上慢堺以下は欠文のまま終わっている。
 最初の「大意」章は、全10巻の大意を概説し、全体の内容を5項目にまとめて略説している。すなわち発大心・修大行・感大果・裂大網・帰大処で、これを「五略」という。この「五略」を広げると十章全体になるので、摩訶止観のことを「五略十広」と、古来、呼び習わされている。
 その関係についていえば、発大心には、四弘誓願などによって止観の究極である一心三観を目指し、正しい菩提心を発すべきことを説いており、これは十広の第二「釈名」の章から第五の」「偏円」の章にあたる。
 修行大には、身口意の三業にわたる実践の法である四種三昧、止観行等を説いており、第六「方便」章と第七「正修」章にあたる。
 感大果には、発心して修行した結果として獲得される果徳を説いており、第八「果報」章にあたる。
 裂大網には、得られた果徳によって衆生教化と救済の能力が具わり、衆生のとらわれている煩悩や邪見の網を裂いていくことを示し、第九「起教」の章にあたる。
 帰大処には、自他の修行を満足し、能化も所化も、ともに大涅槃の境地に帰入することを説き、第十「旨帰」章にあたる。
 日蓮大聖人は、摩訶止観について、一念三千法門で「止観と申す文十巻あり、上四帖に猶秘し給いて但六即・四種三昧等計りなり、五の巻に至つて十境・十乗・一念三千の法門を立て夫れ一心に具す等と云云」(0412-04)と述べられている。
 10巻中の4巻、章でいえば第六章までは、六即の行位、四種三昧の行法等を説き、正しく止観を修するための準備や用意を説いているのである。
 そして第5巻、つまり第7「正修」の冒頭で「第七に、正修止観とは、前の六重の修多羅に依って、以って妙解を開き、今は妙解に依って、以って正行を立つ」と述べ、前6章の妙解に基づき、正行を立てたことを明かしている。
十境・十乗の観法
 その「正行」として説かれたのが十境・十乗の観法、いわゆる「十重観法」である。観法には、能観と所観があり、能観が十乗で、所観の境が十境である。
 先にも述べてが、能観の十乗の“乗”とは、乗せる、運ぶの意で、成仏の境界まで乗せ、運ぶことで、十乗は運ぶ方法、手段という意味である。
 十乗観法とは、十法成乗観・十重観法・十乗観心・十観ともいう。
 すなわち、
    ①観不思議境
    ②起慈悲心
    ③巧安止観
    ④破法遍
    ⑤識通塞
    ⑥修道品
    ⑦対治助開
    ⑧知次位
    ⑨能安忍
    ⑩無法愛
 のことである。
 ①観不思議境が根本となり、他の九乗はそれを修するために補助として立てられてものである。
 ①観不思議境は、止観第5上に「心は是れ不思議の境なりと観ず」とあるように、現在の一念の心法そのままが、本来、三千の諸法を具えた不思議の妙境であると観ずることである。「不思議」とは、“思議すべからず”と読み、凡夫には思議できないとの意である。
 日寛上人は立正安国論愚記んで「況や天台は三千を以て妙境と名づけ、妙楽は妙境を以てまた正境と名づけんをや。故に正は即ち妙なり、妙とは妙法蓮華経なり」と述べられている。
 所観の十境とは
    ①陰界入境
    ②煩悩境
    ③病患境
    ④業相境
    ⑤魔事境
    ⑥禅定境
    ⑦諸見境
    ⑧増上慢境
    ⑨二乗境
    ➉菩薩境
 のことである。
 この十境のうち②煩悩境以下は、日常の身心の状態を煩悩、病患などに分類したものといえる。
 そして十境の一つ一つについて、十乗の観法を適用することになるので、「百法成乗」ともいうのである。
 しかし、天台大師は、これに機根の上・中・下に応じて、さまざまな段階を設けている。
行者の機根によって異なる観法
 まず行者の機根の高低を問わず、初めに所観の対境として①陰界入境を選び、これに対し、十乗の観法を一つ一つ行っていくのである。
 陰界入境とは五陰・十八界・十二入の略で、行者自身の色心とその知覚・認識活動の総体をさしているが、行者自身の日常において現前している最も身近な生命の働きを観法の対境とする、ということである。
 そのなかでも、とくに五陰という色心を選び、更に五陰のなかでも識陰を観法の対境として、十乗観法を次々と修していくのである。
 一心三観を修して、陰界入境中の日常起滅している現前刹那の一念に、三千・三諦の諸法が具足していることを観ずるのが観不思議境である。
 ここに、十境・十乗の観法と一念三千との関係がある。十重観法の目的は、ひとえに一念三千の不思議境を感得することにある。
 これを行者の上・中・下の機根のうえからみると、十乗の①観不思議境は上・中・下根通じての観法であるが、②起慈悲心から⑦対治助開に至るまでは中根の観法で、⑧知次位から➉無法愛までは下根の観法となる。
 すなわち、上根の行者は①観不思議境で得道できるが、中根の行者は①観不思議境から⑦対治助開の観法によって得道でき、下根の行者は①観不思議境から➉無法愛まで、全部修することによって得道できるとされる。
 また、十乗観法を正行・助行に分ければ、①観不思議境から⑥修道品までが正行となり、⑦対治助開から➉無法愛までが助行になる。
 正観を修しても、なお正観に達しない行者は、その原因が鈍根のゆえであるとして、正行の他に助行として六波羅蜜などを修し、正行まで引き上げてから観行を成就させようとするものである。浅近の具体的な行を助けとして、悟りの妨げとなるものを除くわけである。
 つまり、十乗観法はどんな下根・鈍根の行者でも「薩雲」すなわち一切智に到り初住位に入ることができる仕組みになっているのである。
 これまでの説明は、あくまでも十境中の①陰界入境の現前刹那の一念を対境として、いかなる鈍根の行者でも初住位に入ることができるまでの観法を順序次第を述べたものである。
 しかし、①陰界入境に十乗の観法を適用して、観心の行が進んでいくにつれ、さまざまな煩悩・業・病患・魔などが生起してくる。「正修」の章の冒頭に「行解すでに勤むれば、三障四魔紛然として競い起こり」とあるのが、そのことである。
 もし煩悩が生起してくれば、直ちに煩悩を対境として新たな十乗の観法を適用し、目的である一念三千の不思議境を証得するまで、少しも止観行を怠らないようにしなければならない。
 同様にして、観心中の肉体の疾病が生ずると、その病患そのものを止観の対境として対決する。
 更に宿世の業相が生起すれば、それを対境とする。その止観行が進展してくると、現れてくるのが魔事であるが、今度は、これを対境として十乗観法を適用し、対治していくのである。⑥禅定境以下も同様である。
 なお、②煩悩境以下の九境は必ずしも順序どおりに生起するとはかぎらない。前後が交、互して現れうるし、また9つすべてが現れるとはかぎらずと、行者の機根や宿習によってさまざまである。
 ただ行者に発得してきた場合だけ対境として修めるので“発得の対境”という。
 これに対し、①陰界入境はすべての行者に現前していて、必ずこれを最初の観境として取り上げるので“現前の対境”というのである。
 本文「止の五」で「十重の観法は横竪に収束し微妙精巧なり初は則ち境の真偽を簡び中は則ち正助相添い後は則ち安忍無著なり、意円かに法巧みに駭括周備して発心に規矩し将に行者を送って彼の薩雲に至らんとす」と述べられている所以である。
 「安忍無著」とは、十境中の⑨能安忍と⑩無法愛のことである。
 「能安忍」とは、障りを転じて智慧が開かれてくる時、内外強軟の誘惑を拒否し、能く安忍節制する観法をいう。
 「無法愛」とは離法愛ともいい、低い法に対する執着心を取り払って、悟りの位に入ることである。すなわち、9つの観法を修して10信位を成就し六根清浄となっているにもかかわらず、依然として初住の位に進むことができない行者があるとすると、それは法に対する愛着が生ずるためである。そこで、この愛法を断ずる観法を修することによって、十住の初住位に入ることができるのである。
 「薩雲」は、仏果の智を梵語で薩雲若ということを略称したもので、これを得る位が初住位である。すなわち、初住位に入れば、無明を破して、一分の中道の理を証得する。その仏智の一分を得れば、もはや退くことはないので不退の位とするのである。
闇証の禅師と誦文の法師
 続いて、この悟りの境地は「闇証の禅師・誦文の法師の能く知る所に非ざるなり」と、偏った修行にとらわれている行者を破している。
 「闇証の禅師」とは、経典の教旨に暗く、自己の心を基準に坐禅思惟し、我見で仏の心を証得したと思い込んでいる者をいい、「誦文の法師」とは、逆に経文をうろおぼえにして、口に唱えているだけの者をいう。
 具体的には、天台の当時すでに達磨によって禅宗が伝えられており、経典などを読む必要はないとして、もっぱら座禅修行に励む人々がいた。
 また他方、仏法の悟りの内容に迫ろうとしないで、ただ形の上で経巻を読誦することや、知識として学ぶこと、瑣末な議論にとらわれている人々もいた。前者が「闇証の禅師」であり、後者が「誦文の法師」である。
 天台宗においては「教巻双美」と称されているように、教相と観心は車の両輪、鳥の両翼の関係にあるとし、教相、あるいは観心の一方に偏る修行を戒めているのである。
 そして、この十重の観法は如来が何劫も修行を積み重ねて懃求したところであり、またその結果、寂滅道場で妙悟したところ、また舎利弗が三たび請い、如来がようやく説かれたところ、法説・譬説・因縁説と三周に説かれたところ、その意は正しく十法成観・開仏知見させることにあった、といわれている。
 「積劫」とは劫を積むの意で、極めて長遠の時間、仏道修行を励むことをいう。

0160:01~0160:12 第11章 止観に十法成乗観を引くtop
01                                      弘の五に云く「四教の一十六門乃
02 至八教の一期の始終に遍せり 今皆開顕して束ねて一乗に入れ遍く諸経を括りて一実に備う、 若し当分を者尚偏教
03 の教主の知る所に非ず 況んや復た世間闇証の者をや○、 蓋し如来の下は称歎なり十法は既に是れ法華の所乗なり
04 是の故に還つて法華の文を用いて歎ず 迹の説に約せば即ち大通智勝仏の時を指して 以て積劫と為し寂滅道場を以
05 て妙悟と為す若し本門に約せば 我本行菩薩道の時を指して以て積劫と為し 本成仏の時を以て妙悟と為す、 本迹
06 二門只是れ此の十法を求悟せるなり、 身子等とは寂場にして説かんと欲するに物の機未だ宜からず其の苦に堕せん
07 事を恐れて更に方便を施す 四十余年種種に調熟し法華の会に至つて初めて略して権を開するに 動執生疑して慇懃
08 に三請す五千起ち去つて方に枝葉無し四一を点示して 五仏の章を演べ上根の人に被るを名づけて法説と為し、 中
09 根は未だ解せざれば猶譬喩をネガう下根は器劣にして復た因縁を待つ、仏意聯綿として茲の十法に在り、故に十法の
10 文の末に皆大車に譬えたり 今の文の憑る所意此に在り、 惑者は未だ見ず尚華厳を指す唯華厳円頓の名を知つて而
11 して彼の部の兼帯の説に昧し、 全く法華絶待の意を失つて妙教独顕の能を貶挫す、 迹本の二文を験して五時の説
12 をカンガうれば円極謬らず何ぞ須らく疑を致すべけん是の故に結して正しく茲に在るかと曰う」、
-----―
 止観輔行伝弘決巻五に「蔵通別円の四教の、それぞれに説く有・空・亦有亦空・非有非空の四門や八教の一期の始終の化導すべてにわたっており、これらを今皆開顕して束ねて一乗に入れ、すべてにわたって諸経を括って一実に収めたのである。もし当分の立場でいえば偏った教えの教主も、十乗の観法を知ることはできない。まして世間の闇証の禅師の知るところではない。『まさしく如来が長年修行を積んで求めた所』以下は、一念三千をほめた言葉である。すなわち十乗観法は、法華経の悟りを得る法であるから、法華経の文を用いてほめられたのである。迹門の説に約していうならば、大通智勝仏の時以来を指して『積劫』といい、寂滅道場をもって『妙悟』とするのである。もし本門に約せば、我本行菩薩道の時以来を指して『積劫』とし、その五百塵点劫の時の成道を『妙悟』とするのである。本迹二門ともに、ただこの十法を求め、悟ったことを説いたものである。『舎利弗が三たび仏に請うた所』とは、仏は寂滅道場において説こうとしたけれども、衆生の機根が末だ調わず、それを説いても信じないばかりか、かえって誹謗をなし、堕獄の苦を招かんことを恐れて、四十余年の間、方便を施し、種々に機根を調熟し、法華の会座に至って、初めてあらあら方便の門を開いたところ、動執生疑して、懇ろに三たび請い願ったのである。その時、五千の増上慢の人は、その座を起ち去り、不純未熟の者は無くなったから、教・行・人・理の四方において悉く一仏法界に包摂されることを点示して、五仏の章を述べて上根の人のために説いたのを法説とし、それで理解できない中根の人には譬えを説いたのが譬説であり、なお機根が劣る下根の人のために因縁を説いたのが因縁説である。仏の意はどこまでも連綿として、この十乗観法にあったのである。それゆえに大師は十乗観法を明かして、その結末にこの十法を大白牛車に譬えているのである。したがって、止観の文の意は、実に法華経であるのである。しかし、華厳の澄観などの惑者は、このことを知らず、なお華厳が法華より勝れていると思っているのである。彼らは、ただ華厳円頓の名にとらわれて、華厳部は別教を兼ね具えた兼帯の説であることも知らないのであるこのため、全く法華経の絶待開会の意を失い、法華経特有の力用を貶し挫いているのである。もし迹本の二門の教文をあきらめ、一代五時の説法をしらべて見れば、円頓至極の教えが法華経であることを間違えることはない。どうして疑いをなすことができようか。これ故に大師は結びの文で『正しく茲に在る』といわれたのである」とある。

四教の一十六門
 蔵・通・別・円の四教にそれぞれ有門・空門・亦有亦空門・非有非空門の四門があり、合して十六門という。四門とは仏教に入るための門を四つに大別したもので、有門・空門・亦有亦空門・非有非空門のこと。
―――
八教
 釈尊一代50年の説法を天台が判釈し、法門の内容と形式から化儀の四教と化法の四教の八種に分類したもの。
―――
十法
 天台大師が立てた十種の観法と十重の観法のこと。
―――
大通智勝仏
 三千塵点劫の昔にいたという仏。化城喩品には「乃往、無量無辺不可思議阿僧祇劫、爾の時に仏有ましき、大通智勝如来・応供・正遍知・明行足・善逝・世間解・無上士・調御丈夫・天人師・仏・世尊と名づく。其の国を好成と名づく、劫を大相と名づく」とある。大通智勝仏は二万劫の間法華経を説かなかった。大通智勝仏に十六の子供があった。その十六人の子供の請によって、二万劫過ぎてから妙法蓮華経を説いた。その時十六王子および小分の声聞は信受して法華経を得たが、多分の衆生は疑いを起こして信じなかった。そこで後に16王子は父の説を繰り返して法華経を説いた。これを「大通覆講」という。またこれによって、その時の衆生は、ようやく信解することができた。この十六番目の王子が釈尊で、その時の下種を大通下種という。
―――
寂滅道場
 釈尊は19歳で出家し、最初は多くの婆羅門について学んだが、解脱の道でないことを知り、もっぱら苦行に励んだ。しかし、これも解脱の道とはならず、尼連禅河にはいり沐浴して、一人の牧女・難陀婆羅の捧げる乳を飲んで身心がさわやかになることができた。こうして最後に伽耶城の菩提樹下の金剛宝座の吉祥の奉る浄輭草をしいて安住した。ここで沈思黙想7週間(49日)魔を降して12月8日の朝暁、朗然と悟りを開き、その座で3週間十方から集まった諸大菩薩に説いたのが華厳経であり覚道の地であるがゆえに「寂滅道場」という。
―――
我本行菩薩道
 寿量品に「諸の善男子、我れ本、菩薩の道を行じて成ぜし所の寿命、今猶末だ尽きず」とあり、総じては仏の常住不滅の永遠の生命を明かしているが、別すると六意となる。①本門の十妙、寿量品第十六の三妙合論のなかの本因妙を明かす②本因初住の文底に南無妙法蓮華経が秘沈されていることを明かす。③本因本果の法門を明かす④仏界所具の九界によって真実の十界互具を明かす⑤本因の境智行位を明かす⑥依義判文して三大秘法を明かす。
―――
本成仏
 釈尊の久遠の成道のこと。法華経本門で釈尊が五百塵点劫という久遠の昔にすでに三身をそなえた仏であったと説きあらわしたこと。
―――
求悟
 求めることと悟ること。仏道を求め修行に精進すること。その結果としての悟り。
―――
寂場
 寂滅道場のこと。釈尊は19歳で出家し、最初は多くの婆羅門について学んだが、解脱の道でないことを知り、もっぱら苦行に励んだ。しかし、これも解脱の道とはならず、尼連禅河にはいり沐浴して、一人の牧女・難陀婆羅の捧げる乳を飲んで身心がさわやかになることができた。こうして最後に伽耶城の菩提樹下の金剛宝座の吉祥の奉る浄輭草をしいて安住した。ここで沈思黙想7週間(49日)魔を降して12月8日の朝暁、朗然と悟りを開き、その座で3週間十方から集まった諸大菩薩に説いたのが華厳経であり覚道の地であるがゆえに「寂滅道場」という。
―――
動執生疑
 相手の執着している心を揺り動かし、“これまでの考えは正しかったのか?”と疑問を生じさせ、より高い次元へと目を開かせる「変革」の原理のこと。法華経では、序品の現瑞を縁とする弥勒菩薩の動執生疑。方便品の舎利弗等の動執生疑。涌出品の弥勒を代表する動執生疑がある。
―――
上根
 仏の説法を聞き、受け入れて発動する生命の性分・資質を三つに分類したなかのひとつ。六根が鋭敏で煩悩に左右されにくく、法を聞いてすぐ理解できる機根のもの。三周の説法のうちの法説周。
―――
中根
 仏の説法を聞き、受け入れて発動する生命の性分・資質を三つに分類したなかのひとつ。六根が鋭敏でも遅鈍でもない機根のもの。三周の説法のうちの譬喩説周。
―――
下根
 仏の説法を聞き、受け入れて発動する生命の性分・資質を三つに分類したなかのひとつ。六根の機根が劣っていて、仏の教説を受容する能力の乏しいもの。三周の説法のうちの因縁説周。
―――
聯綿
 とうとうと長く続くこと。
―――
兼帯
 兼ね帯びること。兼任・兼用の意。華厳の説法が別教以下の教えを兼ねた円教をいう。
―――
貶挫
 退け堕とすこと。
―――――――――
 前段の摩訶止観巻5上の文を妙楽大師が釈した止観輔行伝弘決巻5の文を挙げられている。
 すなわち、如来は蔵通別円の四経のそれぞれに説く有・空・亦有亦空・非有非空の四門をはじめ、五時八教・一期始終の化導をことごとく開顕し、束ねて法華一仏乗に入れ、遍く諸経を括って、法華の一実に収めているのである。
 「四門」は仏法の真理に入るための門を四種に大別したものである。「有門」は諸法を有として固定した体が存在するという見方、「空門」はすべての存在に固定的な体ではなく、一切を空とする見方である。
 「亦有亦空門」は諸法には有の辺もあれば、空の辺もあるとする見方で、「非有非空門」は有とか空とかにとらわれない見方をいう。
 したがって、十法成乗の観法の妙旨は、もし当分の立場でいえば、爾前権教の教主でさえ知ることができないのだから、まして世間の闇証の禅師・誦文の法師らの知るところではないと喝破しているのである。
 「蓋し如来の下は称歎なり」とは、止観の「蓋し如来積劫懃求したまえる所」以下の文についての釈である。
 止観の十乗観法は、既に法華経の教理に依って立てたところの所乗であるから、天台大師は十法を賛嘆するのに、かえって法華経の文をもってしたのである。という意である。
 そして、如来が「積劫」して修行した時と、その結果として「妙悟」した時とが、法華経の迹門の教説に約す場合と、本門の教主に約す場合とで、それぞれ異なることを述べている。
 すなわち、迹門の教説に約すと、大通智勝仏の時以来が「積劫」して修行した“因”にあたり、菩提樹下の寂滅道場で妙悟した時が“果”となる。
 これに対し本門の教説に約すと、如来寿量品の「我本行菩薩道」以来が“因”としての「積劫」にあたり「我実成仏」すなわち久遠五百塵点劫の成道が“果”としての妙悟にあたる。
 このように“時”の違いはあるが、いずれも十法成観の因と果であって、法華経の迹本二門ともにこの十法を求め、悟ったことを説いているのである。
 次に、止観にある「身子の三請する所」以下の文について釈している。
 すなわち、如来は寂滅道場で自らの“妙悟”の内容を直ちに説こうとしたけれども、衆生の機根が未熟であったため、40余年の間、方便の諸経を説き、種々に調熟した。
 法華経の会座で初めて開三顕一・開示悟入の法門を示した時、身子はこれまでの小法への執着心を動かし、疑いを生じて、如来に対し慇懃に真実の法門を説かれるように、三たび請い奉ったのである。
 その時、5000の上慢の四衆がその座を去ったことから、「方に枝葉無し」で、不純の徒がいなくなったのである。
 そして「四一を点示」、つまり「教一、行一、人一、理一」という教行人理ともに「唯有一仏乗」であることを明かすのである。
 こうした前権後実の化導の方軌は、五仏ともに同じ説法の筋道をとるのであり、これを五仏道同という。
 如来が開三顕一・開示悟入の法門を説いたことで、直ちに得悟したのが説法周における対告衆である上根の舎利弗である。
 開三顕一の法理が理解できず、譬喩によって領解したのが譬説周の中根の四大声聞、つまり迦葉・迦旃延・目揵連・須菩提である。
 譬喩によっても領解できず、大通智勝仏以来の化導の始終の因縁を聴聞して、ようやく得道できたのが下根の富楼那・羅睺羅等である。これが因縁周の説法である。
 仏の意は、どこまでも「聨綿として、仏弟子達に十法成観を修行し開悟させようとしたところにある。ゆえに、天台大師は十法成観を明かした文末に、この十法をみな「大車」、すなわち法華経の大白牛車にたとえられている。
 摩訶止観巻7下に「是の十種の法を大乗の観と名づく。是の乗を学する者を摩訶衍と名づく。云何が大乗なる。『法華』に云うが如し、『各諸子に等一の大車を賜う』と。止観の大乗も亦是くの如し。念念の心を観ずるに法性実相に非ざる無し。是れを『等一の大車』と名づく」とある。
 したがって、天台大師の止観一部の主旨は、法華経の教説にのっとって円頓の行を立て、衆生を開示悟入させることにあったのである。
惑者は末だ見ず尚華厳を指す
 以上のような止観の真意が分からない「惑者」の代表として華厳経も円頓の教であると信じ込んでいる人々の僻見を破折している。
 ここで「惑者」は具体的には唐代華厳宗の第4祖・澄観をさしている。すなわち、澄観は「華厳円頓」の名に迷って、華厳部が「兼帯の説」、つまり円教に別教を兼ねて説き、方便を帯びて説かれていることを知らずにいる。
 そのために「法華絶待の意を失って妙教独顕の能を貶挫す」とあるように、絶待妙の立場から華厳経の文を法華経の一分として用いているのを誤って、華厳経と同列に置き、法華経のみが真実を顕しているのに、これを「貶挫」したのである、と。「貶挫」とは、退け、堕とすことである。
 もし法華経の迹・本二門の経文を験めて、釈尊一代五時の説法の次第を尋ね、その帰趣するところが把握できたならば、「円極」すなわち円融円満の至極の妙理である一念三千の法門が、ただ法華一経に限られるということが分かるのであり、これは、全く疑う余地のないところであると断言している。
 それゆえに、天台大師は止観の文で「如来積劫の懃求したまえる所.道場の妙悟したまえる所・身子の三請する所・法譬の三たび説く所正しく茲に在るに由るか」(0159-20)と、結論しているのである、とのべている。

0160:12~0160:18 第12章 華厳“心造”の文は“心具”の義で用うtop
12                                             又云く「初に華厳
13 を引くことを者重ねて初に引いて境相を示す文をチョウす前に心造と云うは即ち是れ心具なり故に造の文を引いて以
14 て心具を証す、 彼の経第十八の中に功徳林菩薩の偈を説いて云うが如く心は工なる画師の種種の五陰を造るが如く
15 一切世界の中に法として造らざること無し 心の如く仏も亦爾なり仏の如く衆生も然なり 心と仏と及び衆生と是の
16 三差別無し、 若し人三世の一切の仏を知らんと欲求せば応に是くの如く観ずべし 心は諸の如来を造ると今の文を
17 解せずんば如何ぞ偈の心造一切三無差別を消せん」文、諸宗の是非之を以て之を糾明す可きなり、恐恐謹言。
18       二月十八日                        日 蓮 在 御 判
-----―
 また、止観輔行伝弘決巻五に「初めに華厳経を引いたのは、観法の対境の相を示す文を挙げたので、前に華厳経に心造とあるのは今止観でいう心具の義を証したのである。華厳経巻十八の中には功徳林菩薩が偈を説いて『心は工なる画師が種々の五陰を造るように一切世界の中に法として造らないものはない、心のように仏もまた同じである。仏のように衆生もまた同じであう。心と仏と衆生とこの三つは差別はないのである。もし人が三世の一切の仏を知ろうと欲するならば、まさに、心が諸の如来を造るのであると観ずべきである』とあるが、今の文を了解することができなければ、どうして偈の心造一切三無差別の文意を解了することができようか」とある。諸宗の是非は、この一念三千の義の有無によって明らかにすることができるのである。恐恐謹言。
       二月十八日                        日 蓮 在 御 判

 前段に続き、妙楽大師の止観輔行伝弘決巻5の3の門を引き、天台大師が止観で華厳“心造”の文を引いたのは、法華経の“心具”の義を証すためであることを重ねて明かし、結論として諸宗の是非は一念三千の法門を説いているか否かを糾したときに明らかにできるとされている。
 「初めに華厳を引くことを者」云々の文は、摩訶止観で初めに華厳“心造”の文を引いているのは、それによって観ずる対境の相を示す文を挙げたのであるとの釈である。「牒す」とは記録する、書きつける、という意である。
 したがって、華厳では“心造”とあるが、これは、止観にいう“心具”を明らかにするためで、ゆえに華厳の“心造”の文を引いて、それをもって”心具”の義の証拠としたのであると、天台大師がこれを引いた正意を明らかにしている。
 妙楽大師は更に、華厳経巻18のなかで功徳林菩薩が説いた偈の文を挙げ「今の文を解せずんば如何ぞ偈の心造一切三無差別を消せん」と述べている。
 すなわち「今の文」つまり止観巻5で、十界三千の諸法はことごとく我が一念に本来具わっているという一念三千の意義が把握できなかったら、どうして華厳“心造一切三無差別”の文の意を解了することができようかと、法華会入の“活の法門”の立場から用いたことを強調しているのである。
 ちなみに、偈文中の「心の如く仏も亦爾なり仏の如く衆生も然なり」の句が「三無差別」の文である。
 所詮、華厳で「心造一切三無差別」といっても、法華経で明かす十界三千・百界千如の法理の上に成り立つのである。
 華厳経には二乗作仏・久遠実成が説かれていないから、一念三千を明かしていない。したがって、法華経の体内から離れた華厳経は、文のみがあって義がない、有名無実の“死の法門”にすぎないのである。
 そして、本抄の締めくくりとして大聖人は、「諸宗の是非」すなわち華厳・真言等の是非を判断するためには、「之を以て」つまり一念三千の法門の有無と、さらにいえば、本抄前半に記されている仏身の三身常住の義の有無とをもって糾せば明らかにできるのであるとされ、本抄を結ばれている。
 「糾明す可きなり」のお言葉は“糾明せよ”との命令形ともとれるが、“可”の字は本来、可能の意味であり、本抄に示された一念三千法門の有無、仏身常住の説示を基準にすれば、諸宗の是非はおのずから明らかになるとの意と拝せられる。
 このことは本抄とほぼ同時期の御述作である開目抄で「但し此の経に二箇の大事あり倶舎宗・成実宗・律宗・法相宗・三論宗等は名をもしらず華厳宗と真言宗との二宗は偸に盗んで自宗の骨目とせり、一念三千の法門は但法華経の本門・寿量品の文の底にしづめたり」(0189-01)と仰せられている御文と相照らして拝せられるべきである。

0161~0168    早勝問答top
0161:01~0161:12 第一章 浄土宗の邪義を破すtop
0161
早勝問答    文永八年    五十歳御作
01   浄土宗問答。
02   問う六字の名号は善悪の中には何ぞや、 答う一義に云く今問う所の善悪は世出の中には何ぞや、一義に云く云
02 う所の善悪を治定せば堕獄治定なるか、 一義に云く名号悪と治定せば堕獄治定なるか、 一義に云く念仏無間治定
03 して其の上に善悪を尋ぬるか、一義に云く汝が依経は権実の中には何れぞや。
-----―
 浄土宗との問答。
 問うて言う。六字の名号は、善悪のなかではいずれであるのか。
 答えて言う。一義には、今問う所の善悪とは、世間上での善悪のことか、それとも出世間のうえでの善悪のことか。
 一義には、いうところの善悪が、悪であると決定したならば、念仏が堕地獄であると決定するのか。
 一義には、六決定したならば、堕地獄は決定するのであろうか。
 一義には、念仏は無間であると確定して、そのうえで善悪を尋ねるのか。
 一義には、あなたが所依とする経は権実のなかのいずれに属するのか。
-----―
04   問う念仏無間と云わば法華も無間なり、 答う一義に云く法華無間とは自義なるか経文なるか、一義に云く念仏
05 無間をば治定して法華無間と云うか、 一義に云く祖師の謗法を治定して法華も無間と云うか、 一義に云く汝が云
06 う所の法華は超過の法華か又弥陀成仏の法華か。
-----―
 問うて言う。念仏が無間地獄の業因だというなら、法華もまた無間地獄である。
 答えて言う。一義には、法華無間とはあなたの自義であるのか、それとも経文によるのか。
 一義には、念仏無間と決めてから法華も無間というのか。
 一義には、祖師の謗法を承認して法華も無間というのか。
 一義には、あなたがいうところの法華とは三説超過の法華をさすのか、それとも弥陀成仏が修行して成仏した法華経をさすのか。
----―
07   問うて云く念仏無間の証拠二十八品の中には何れぞや、 答う一義に云く二十八品の中に証拠有らば堕獄治定な
08 るか、 一義に云く法華を誹謗するを証拠とするなり、 一義に云く法華の文を尋ぬるは信じて問うか信ぜずして問
09 うか、 一義に云く直に入阿鼻獄の文を出すなり、 一義に云く妙法蓮華経其の証拠なり、一義に云く弥陀の本誓に
10 背く故なり、 一義に云く弥陀の命を断つ故なり、 一義に云く有縁の釈尊に背く故なり念仏無間は三世諸仏の配立
11 なり。
-----―
 問うて言う。念仏無間の証拠は法華経二十八品の中のどこにあるのか。
 答えて言う。一義には、二十八品の中に証拠があったならば堕地獄は決定するのか。
 一義には、法華経を誹謗するのがその証拠である。
 一義には、法華経の文を尋ねるが、それは信じて問うか、信ぜないで問うか。
 一義には、譬喩品第三の入阿鼻獄の文を出すとよい。
 一義には、妙法蓮華経自体がその証拠である。
 一義には、阿弥陀仏の本誓に背くゆえである。
 一義には、阿弥陀仏は法華経によって成仏したのに、法華経を毀謗するのはその命を断つゆえである。
 一義には、この娑婆世界は、釈尊が有縁の教主であるのに、しれに背くゆえである。念仏無間ということは三世諸仏の配立である。

浄土宗
 阿弥陀仏の本願を信じ、その名号を称えることによって阿弥陀仏の極楽浄土に往生することを期す宗派。中国では、東晋代に慧遠を中心とする念仏結社の白蓮社が創設された。白蓮社は、念仏三昧を修して阿弥陀仏を礼拝したが、これが中国浄土教の始まりとされる。南北朝時代に、曇鸞がインドから来た訳経僧の菩提流支から観無量寿経を受けて浄土教に帰依し、その後、道綽、善導らに受け継がれて浄土念仏の思想が大成された。日本では法然が選択集を著して、仏教には聖道浄土の二門があり、時機相応の教えは浄土門であるとして浄土宗の宗名を立てた。そして、正依の経論を無量寿経、観無量寿経、阿弥陀経と往生論の三経一論として開宗した。
―――
六字の名号
 南無阿弥陀仏の六時の名称のこと。この六字を称えることを称名念仏といい、浄土宗各派によって多少の違いがあるが、専ら念仏を称えることによって、死後、西方極楽世界に往生できると説いている。
―――
世出
 世間と出世間のこと。
―――
六字の名号
 南無阿弥陀仏の六時の名称のこと。この六字を称えることを称名念仏といい、浄土宗各派によって多少の違いがあるが、専ら念仏を称えることによって、死後、西方極楽世界に往生できると説いている。
―――
治定
 治まり定まること。また必定・決定。
―――
念仏無間
 浄土宗を信じて、阿弥阿仏の名号を唱えることは無間地獄に堕ちる業因となること。四箇の格言の一つ。譬喩品には「若し人信ぜずして、此の経を毀謗せば、則ち一切世間の仏種を断ぜん。或は復顰蹙して疑惑を懐かん。汝当に、此の人の罪報を説くを聴くべし。若しは仏の在世、若しは滅度の後に、其れ、斯の如き経典を誹謗することあらん。経を読誦し書持することあらん者を見て、軽賎憎嫉して、結恨を懐かん。此の人の罪報を、汝今復聴け、其の人は命終して、 阿鼻獄に入らん」とあり、法華経を誹謗する者は無間地獄に堕ちるとされている。したがって、無間地獄に堕ちる者は浄土・念仏宗に限らないが、大聖人は立宗以来、当時、念仏宗が極楽往生を宣伝文句に世間に流布していたところから、特に「念仏無間地獄」と破折された。浄土・念仏宗とは、阿弥陀仏の本願を信じ、その名号を称えることによって、浄土に往生できると説く宗派。日本では法然が著・選択集で仏教に聖道門・浄土門があり、時機相応の教えは浄土門であるとし、依経を無量寿経・観無量寿経・阿弥陀経として開宗した宗派。法然の専修念仏は世に弘まったが、延暦寺・興福寺などの訴えによって、建永2年(1207)2月、念仏は禁止され、法然は佐渡に流された。また法然の門弟たちは、鎮西派・西山派・九品寺派など多くの分派に分かれている。中国では東晋代に慧遠を中心として、阿弥陀仏を礼拝しようとする念仏結社である白蓮社が創設された。これが中国浄土教の始まりとされる。南北朝時代に、曇鸞が菩提流支から観無量寿経を授けられて深く浄土教に帰した。以後、阿弥陀仏の力によって浄土往生できると説き弘通した。曇鸞は浄土五祖の第一祖とされる。唐代にはこの流れを汲む道綽・善導がいる。
―――
依経
 各宗派がよりどころとする経のこと。一代聖教大意には「華厳宗と申す宗は智厳法師・法蔵法師・澄観法師等の人師.華厳経に依つて立てたり、倶舎宗・成実宗.律宗は宝法師・光法師・道宣等の人師・阿含経に依つて立てたり、法相宗と申す宗は玄奘三蔵・慈恩法師等・方等部の内に上生経・下生経・成仏経・解深密経・瑜伽論・唯識論等の経論に依つて立てたり、三論宗と申す宗は般若経・百論・中論・十二門論・大論等の経論に依つて吉蔵大師立て給へり、華厳宗と申すは華厳と法華涅槃は同じく円教と立つ余は皆劣と云うなる可し、法相宗には解深密経と華厳・般若・法華・涅槃は同じ程の経と云う、三論宗とは般若経と華厳・法華・涅槃は同じ程の経なり、但し法相の依経・諸の小乗経は劣なりと立つ、此等は皆法華已前の諸経に依つて立てたる宗なり、爾前の円を極として立てたる宗どもなり、宗宗の人人の諍は有れども経経に依つて勝劣を判ぜん時は いかにも法華経は勝れたるべきなり、人師の釈を以て勝劣を論ずる事無し」(0397-05)とある。
―――
権実
 権は「かり」の意で方便をあらわし、実は「真実義」の意。機に応じて一時的に説く法を権とし、究極不変の真実の法を実という。
―――
弥陀成仏の法華
 化城喩品に説かれている。阿弥陀仏が信じ修行して成仏した法華経のこと。
―――
入阿鼻獄
 鼻地獄とは阿鼻地獄のこと。阿鼻大城・阿鼻地・無間地獄ともいう。阿鼻は梵語アヴィーチィ(Avici)の音写で無間と訳す。苦をうけること間断なきゆえに、この名がある。八大地獄の中で他の七つの地獄よりも千倍も苦しみが大きいといい、欲界の最も深い所にある大燋熱地獄の下にあって、縦広八万由旬、外に七重の鉄の城がある。余りにもこの地獄の苦が大きいので、この地獄の罪人は、大燋熱地獄の罪人を見ると他化自在天の楽しみの如しという。また猛烈な臭気に満ちており、それを嗅ぐと四天下・欲界・六天の転任は皆しぬであろうともいわれている。ただし、出山・没山という山が、この臭気をさえぎっているので、人間界には伝わってこないのである。また、もし仏が無間地獄の苦を具さに説かれると、それを聴く人は血を吐いて死ぬともいう。この地獄における寿命は一中劫で、五逆罪を犯した者が堕ちる。誹謗正法の者は、たとえ悔いても、それに千倍する千劫の間、無間地獄において大苦悩を受ける。懺悔しない者においては「経を読誦し書持吸うこと有らん者を見て憍慢憎嫉して恨を懐かん乃至其の人命終して阿鼻獄に入り一劫を具足して劫尽きなば更生まれん、是の如く展転して無数劫に至らん」と説かれている。
―――
弥陀の本誓
 無量寿経で説かれる阿弥陀の48種の誓願のこと。
―――
有縁の釈尊
 阿弥陀如来や薬師如来が他土で有縁であるのに対し、釈尊は此土・娑婆世界に有縁の仏であることをいう。法華本門文底下種の仏法からいえば、末法今時の有縁の釈尊とは、久遠元初自受用身の教主釈尊・日蓮大聖人であらせられる。
―――
三世諸仏
 三世とは過去・現在・未来のこと。過去仏は荘厳劫の千仏、現在仏は賢劫の千仏、未来仏は星宿劫の千仏。過現末の一切の仏のこと。
―――――――――
 本抄は、日蓮大聖人が文永8年(1271)に御述作された御書とされているが、誰に与えられたものかは明らかではない。
 「早勝問答」という題号が示すように、門下が諸宗の僧等と法論・対決する場合にそなえて、各宗の教義のポイントや、よくなされる反論を挙げられて、それに対する適切な破折の在り方を、問答形式でしかも短い文で簡潔に示されたものである。
 最初に、「浄土宗問答」として、浄土宗に対する破折の仕方を教えられている。
 浄土宗は、日本には法然が開いた宗派で、その教義の骨格はその著「選択本願念仏宗」のなかに示されている。彼は仏教に聖道門・浄土門の二門があり、末法の時と衆生の機根に適った教えは浄土門であるとして、浄土宗の宗名を立てたのである。無量寿経・観無量寿経・阿弥陀経と往生論の三経一論を依経として、阿弥陀如来の本願を信じ、名号を称えることによって浄土に往生できるというのがその内容である。
 法然なき後、門流はいくつかに分かれており、大聖人御在世当時の鎌倉には、浄土宗鎭西派の念阿良忠がいた。仁治元年(1240)に鎌倉に後の光明寺となる蓮華寺を開いている。極楽寺良観とともに大聖人を幕府に讒言したことが開目抄に述べられている。
 また、同じく鎌倉にいた念仏僧の道阿弥陀仏も、良観・念阿らとともに大聖人を迫害するために策謀をめぐらした人物である。
 問答の内容から、大聖人が浄土宗の僧と法論されたおりの、浄土宗側の言い分を伺い知ることができる。そして、それらを鋭く論破されている大聖人の雄姿を拝する思いがするのである。
六字の名号の善悪について
 最初に、浄土宗で称える六字の名号すなわち「南無阿弥陀仏」は、善なのか悪なのか、という問いをあげられている。
 その問いに対しては、次の諸義で答えよ、と示されている。
 一義には、今、問うところの善悪というのは、世間の善悪なのか、出世間における善悪をいうのかを反論せよ、と仰せである。
 世間法における善悪というのは、常識的・道徳的善悪であり、仏法における善悪というのは、仏説である経文に照らしての善悪をいう。
 阿弥陀仏の名号を称えることが善いことか悪いことかという世間的・常識的な意味と、それが仏法の本義からして、善法・善行にあたるのか、悪法・悪行にあたるのかというのでは大きな違いがあることを指摘されたものであろう。この場合は、当然、出世間における善悪を問題にすべきなのである。
 一義には、六字の名号が仏法上の善悪の中で悪であると決定した場合には、地獄に堕ちることは必定と認めるかと聞きなさい、と仰せである。
 日蓮大聖人は、法華経を誹謗して立てた浄土宗の教義を、悪法・悪行であると断じられて「念仏は無間地獄の業」と破折されている。
 一義には、念仏無間ということを決定したうえで善悪を尋ねているのかと反論せよ、と仰せである。
 称名念仏が無間地獄に堕ちる業因であると認めたうえで、善悪を尋ねているのだとすれば、その善悪とは世間上での善悪ということになるからであろう。
 一義には、汝の依経は、権教と実教のうちどちらなのかと反論せよ、と仰せである。
 浄土宗の依経は、無量寿経・観無量寿経・阿弥陀経のいわゆる浄土三部経であり、法華経以前に説かれた方便権教である。爾前権経に依りながら、釈尊が真実を説いた実教を排斥して立てたのが浄土宗の教義である。
 したがって、浄土宗の依経が権実のうちどちらなのかという反論は、浄土宗の教義の依り所を厳しく問うことになっているのである。
念仏無間地獄について
 次に、念仏が無間地獄の業というのなら法華もまた無間地獄の業である、という浄土宗側の反論に対する破折のしかたが示されている。この言い分は法華もまた、他の教を排斥しているのではないかというところから出たものと思われる。
 一義には、法華無間とは自分勝手に立てた義なのか、経文に文証があってのことかと反論せよ、と仰せである。
 念仏無間という大聖人の破折は、浄土宗の開祖・法然がその著・選択集で、法華経等の諸大乗教を、「捨てよ・閉じよ・閣け・抛て」と誹謗しており、これは法華経譬喩品第3の「若し人信ぜずして、此の経を毀謗せば…其の人命終して、阿鼻獄に入らん」の文に当たることによっている。
 それに対して法華無間という反論は経文等になんの根拠もない感情的な反論にすぎないのである。
 一義には、念仏は無間地獄の業と認めたうえで法華経もまた無間地獄の業というのか、と反論せよとの仰せである。
 ただ念仏無間といわれたから感情的に「法華も無間ではないか」といっているのでは無意味である。まず「念仏無間」ということを納得し治定することが先決だからであろう。
 一義には、浄土宗の祖師である法然の謗法を認めたうえで法華も無間というのか、と反論せよとの仰せである。
 これも、大聖人が念仏無間と断じられたのは、法然が選択集で捨・閉・閣・抛と主張して法華経を誹謗しているゆえで、相手がこの道理を理解しているかどうかが肝要だからであろう。
 一義には、汝が法華無間という法華とは、釈尊の教説を超過した最勝の経としての法華経をさしていうのか、また阿弥陀如来が修行して成仏した法華経をいうのか、と反論せよとの仰せである。
 これは「法華」と一言に言っても、八教超過の絶待妙の法華と、方便権教から修し登って最後に成仏のために行ずる法華とがあることを示されるためであるとともに、浄土宗の根本とする阿弥陀如来自身も法華によって仏となったことを知らしめるために言われているのである。
 阿弥陀仏も法華経を修行して成仏したことは法華経化城喩品第7に「爾の時に彼の仏…是の大乗経の妙法蓮華、教菩薩法、仏所護念と名づくるを説きたもう…十六の菩薩沙弥、皆悉く信受す…彼の仏の弟子の一六の沙弥は、今皆阿耨多羅三藐三菩提を得て、十方の国土に於いて、現在に法を説きたもう。無量百千万億の簿猿・声聞有って、以って眷属と為り。其の二の沙弥は、東方にして作仏す…西方に二仏。一を阿弥陀と名づけ」と説かれていることに、明らかである。
 次に、念仏無間の証拠は法華経28品のどこにあるのか、という問いをあげられて、それに対する対応のしかたを示されている。
 一義には、28品の中に証拠が有れば、念仏が無間地獄に堕ちることを認めるのか、と反論せよとの仰せである。
 法論をする場合に大事なことは、こちらの主張の論拠が明確になれば、この主張を認め、正義として受け入れるかどうか、相手の姿勢を認識しておくことである。仏法の道理と経典の文証が明確な場合には、相手の言い分を認めるのが正しいルールといえよう。反論のための反論では、法を求める態度とはいえない。疑問点が解明された場合には潔く正法に帰伏すべきなのである。
 そこで次に“一義には”として、念仏無間とは法然が法華経を誹謗していることをその証拠として示しなさい、と仰せである。
 そしてさらに“一義には”として、法華経の文証を尋ねるのは、法華経を信じて問うのか、信じないで問うのか、と確言しなさいと仰せである。
 法華経を信じて尋ねるのであれば、文証を示すことに意義があるが、信じないのであれば示しても無意味だからである。
 その上で、“一義には”として、直ちに法華経譬喩品第3の「若し人信ぜずして、此の経を毀謗せば、則ち一切、世間の仏種を断ぜん…其の人命終して、阿鼻獄に入らん」との明白な文証を出すべきである、と仰せである。
 また“一義には”として、妙法蓮華経がその証拠であると示しなさい、と仰せられている。
 この意味は「妙法」すなわち不可思議の法とは最も勝れたる法、仏のみ悟った法の意であり「蓮華」とは因果倶時をあらわし、この妙法を信ずれば成仏し、背いて謗ずれば無間地獄に堕ちることが明らかである、ということであろう。
 一義には、阿弥陀如来の本誓願に背くからであると反論すべきである、と仰せである。
 「弥陀の本誓」とは、浄土宗の依経である無量寿経に阿弥陀仏が法蔵比丘と称して菩薩の修行をした時、自分の国を仏国土に荘厳しようと願い、48の誓願を立てた。
 その中の第18願は、阿弥陀の名号を称える衆生をことごとく自分の浄土に迎え入れるが、「唯、五逆と誹謗正法とを除く」とされている。したがって、法華経を誹謗した法然もその立てた専修念仏の信徒も、「誹謗正法」に当たるので、「弥陀の本誓に背く」のである。
 大聖人はこのことについて立正安国論で「近くは所依の浄土の三部経の唯除五逆誹謗正法の誓文に背き」(0023-07)と指摘されたのをはじめ諸御書で述べられている。
 一義には、弥陀の命を断つからであると破折すべきである、と仰せである。
 前に述べたように、阿弥陀仏も法華経によって成仏したのであり、法華経化城喩品には「是の十六の菩薩は、常に楽って、是の妙法蓮華経を説く」と説かれており、16菩薩の1人が後に成道して阿弥陀仏となったのである。したがって法華経を誹謗することは、阿弥陀仏の命を断つことになるので、無間地獄に堕ちるのである。
 一義には、有縁の釈尊に背くからであると反論すべきである、と仰せである。
 釈尊は、五百塵点劫以来、この娑婆世界において衆生を化導してきた有縁の仏である。それに対して、阿弥陀仏は西方・極楽世界の教主であって娑婆世界とは無縁の仏である。
 有縁の釈尊を捨てて、無縁の阿弥陀仏を信ずることは、深恩の釈尊に対して不知恩となり、背くことになるので、無間地獄に堕ちるのである。
 大聖人は三大秘法抄で、「此の土の我等衆生は五百塵点劫より已来教主釈尊の愛子なり不孝の失に依つて今に覚知せずと雖も他方の衆生には似る可からず、有縁の仏と結縁の衆生とは譬えば天月の清水に浮ぶが如く無縁の仏と衆生とは譬えば聾者の雷の声を聞き盲者の日月に向うが如し」(0333-06)と述べられている。
 この「五百塵点劫の当初」とは久遠元初の意であり「本有無作三身の教主釈尊」とは、久遠元初自受用身である末法の御本仏・日蓮大聖人のことである。
 最後に、無間地獄ということは三世の諸仏が一同に立てたことであると答えよ、と仰せである。
 三世の総諸仏が認めた法華経に、法華経を誹謗すれば無間地獄に堕ちると説かれているのであるから、したがって、法華経を誹謗して立てた念仏が無間地獄の業となることは、三世の諸仏が一同に立てた義となるのである。
 本抄は、日蓮大聖人が文永8年(1271)に御述作された御書とされているが、誰に与えられたものかは明らかではない。
 「早勝問答」という題号が示すように、門下が諸宗の僧等と法論・対決する場合にそなえて、各宗の教義のポイントや、よくなされる反論を挙げられて、それに対する適切な破折の在り方を、問答形式でしかも短い文で簡潔に示されたものである。
 最初に、「浄土宗問答」として、浄土宗に対する破折の仕方を教えられている。
 浄土宗は、日本には法然が開いた宗派で、その教義の骨格はその著「選択本願念仏宗」のなかに示されている。彼は仏教に聖道門・浄土門の二門があり、末法の時と衆生の機根に適った教えは浄土門であるとして、浄土宗の宗名を立てたのである。無量寿経・観無量寿経・阿弥陀経と往生論の三経一論を依経として、阿弥陀如来の本願を信じ、名号を称えることによって浄土に往生できるというのがその内容である。
 法然なき後、門流はいくつかに分かれており、大聖人御在世当時の鎌倉には、浄土宗鎭西派の念阿良忠がいた。仁治元年(1240)に鎌倉に後の光明寺となる蓮華寺を開いている。極楽寺良観とともに大聖人を幕府に讒言したことが開目抄に述べられている。
 また、同じく鎌倉にいた念仏僧の道阿弥陀仏も、良観・念阿らとともに大聖人を迫害するために策謀をめぐらした人物である。
 問答の内容から、大聖人が浄土宗の僧と法論されたおりの、浄土宗側の言い分を伺い知ることができる。そして、それらを鋭く論破されている大聖人の雄姿を拝する思いがするのである。
六字の名号の善悪について
 最初に、浄土宗で称える六字の名号すなわち「南無阿弥陀仏」は、善なのか悪なのか、という問いをあげられている。
 その問いに対しては、次の諸義で答えよ、と示されている。
 一義には、今、問うところの善悪というのは、世間の善悪なのか、出世間における善悪をいうのかを反論せよ、と仰せである。
 世間法における善悪というのは、常識的・道徳的善悪であり、仏法における善悪というのは、仏説である経文に照らしての善悪をいう。
 阿弥陀仏の名号を称えることが善いことか悪いことかという世間的・常識的な意味と、それが仏法の本義からして、善法・善行にあたるのか、悪法・悪行にあたるのかというのでは大きな違いがあることを指摘されたものであろう。この場合は、当然、出世間における善悪を問題にすべきなのである。
 一義には、六字の名号が仏法上の善悪の中で悪であると決定した場合には、地獄に堕ちることは必定と認めるかと聞きなさい、と仰せである。
 日蓮大聖人は、法華経を誹謗して立てた浄土宗の教義を、悪法・悪行であると断じられて「念仏は無間地獄の業」と破折されている。
 一義には、念仏無間ということを決定したうえで善悪を尋ねているのかと反論せよ、と仰せである。
 称名念仏が無間地獄に堕ちる業因であると認めたうえで、善悪を尋ねているのだとすれば、その善悪とは世間上での善悪ということになるからであろう。
 一義には、汝の依経は、権教と実教のうちどちらなのかと反論せよ、と仰せである。
 浄土宗の依経は、無量寿経・観無量寿経・阿弥陀経のいわゆる浄土三部経であり、法華経以前に説かれた方便権教である。爾前権経に依りながら、釈尊が真実を説いた実教を排斥して立てたのが浄土宗の教義である。
 したがって、浄土宗の依経が権実のうちどちらなのかという反論は、浄土宗の教義の依り所を厳しく問うことになっているのである。
念仏無間地獄について
 次に、念仏が無間地獄の業というのなら法華もまた無間地獄の業である、という浄土宗側の反論に対する破折のしかたが示されている。この言い分は法華もまた、他の教を排斥しているのではないかというところから出たものと思われる。
 一義には、法華無間とは自分勝手に立てた義なのか、経文に文証があってのことかと反論せよ、と仰せである。
 念仏無間という大聖人の破折は、浄土宗の開祖・法然がその著・選択集で、法華経等の諸大乗教を、「捨てよ・閉じよ・閣け・抛て」と誹謗しており、これは法華経譬喩品第3の「若し人信ぜずして、此の経を毀謗せば…其の人命終して、阿鼻獄に入らん」の文に当たることによっている。
 それに対して法華無間という反論は経文等になんの根拠もない感情的な反論にすぎないのである。
 一義には、念仏は無間地獄の業と認めたうえで法華経もまた無間地獄の業というのか、と反論せよとの仰せである。
 ただ念仏無間といわれたから感情的に「法華も無間ではないか」といっているのでは無意味である。まず「念仏無間」ということを納得し治定することが先決だからであろう。
 一義には、浄土宗の祖師である法然の謗法を認めたうえで法華も無間というのか、と反論せよとの仰せである。
 これも、大聖人が念仏無間と断じられたのは、法然が選択集で捨・閉・閣・抛と主張して法華経を誹謗しているゆえで、相手がこの道理を理解しているかどうかが肝要だからであろう。
 一義には、汝が法華無間という法華とは、釈尊の教説を超過した最勝の経としての法華経をさしていうのか、また阿弥陀如来が修行して成仏した法華経をいうのか、と反論せよとの仰せである。
 これは「法華」と一言に言っても、八教超過の絶待妙の法華と、方便権教から修し登って最後に成仏のために行ずる法華とがあることを示されるためであるとともに、浄土宗の根本とする阿弥陀如来自身も法華によって仏となったことを知らしめるために言われているのである。
 阿弥陀仏も法華経を修行して成仏したことは法華経化城喩品第7に「爾の時に彼の仏…是の大乗経の妙法蓮華、教菩薩法、仏所護念と名づくるを説きたもう…十六の菩薩沙弥、皆悉く信受す…彼の仏の弟子の一六の沙弥は、今皆阿耨多羅三藐三菩提を得て、十方の国土に於いて、現在に法を説きたもう。無量百千万億の簿猿・声聞有って、以って眷属と為り。其の二りの沙弥は、東方にして作仏す…西方に二仏。一を阿弥陀と名づけ」と説かれていることに、明らかである。
 次に、念仏無間の証拠は法華経28品のどこにあるのか、という問いをあげられて、それに対する対応のしかたを示されている。
 一義には、28品の中に証拠が有れば、念仏が無間地獄に堕ちることを認めるのか、と反論せよとの仰せである。
 法論をする場合に大事なことは、こちらの主張の論拠が明確になれば、この主張を認め、正義として受け入れるかどうか、相手の姿勢を認識しておくことである。仏法の道理と経典の文証が明確な場合には、相手の言い分を認めるのが正しいルールといえよう。反論のための反論では、法を求める態度とはいえない。疑問点が解明された場合には潔く正法に帰伏すべきなのである。
 そこで次に“一義には”として、念仏無間とは法然が法華経を誹謗していることをその証拠として示しなさい、と仰せである。
 そしてさらに“一義には”として、法華経の文証を尋ねるのは、法華経を信じて問うのか、信じないで問うのか、と確言しなさいと仰せである。
 法華経を信じて尋ねるのであれば、文証を示すことに意義があるが、信じないのであれば示しても無意味だからである。
 その上で、“一義には”として、直ちに法華経譬喩品第3の「若し人信ぜずして、此の経を毀謗せば、則ち一切、世間の仏種を断ぜん…其の人命終して、阿鼻獄に入らん」との明白な文証を出すべきである、と仰せである。
 また“一義には”として、妙法蓮華経がその証拠であると示しなさい、と仰せられている。
 この意味は「妙法」すなわち不可思議の法とは最も勝れたる法、仏のみ悟った法の意であり「蓮華」とは因果倶時をあらわし、この妙法を信ずれば成仏し、背いて謗ずれば無間地獄に堕ちることが明らかである、ということであろう。
 一義には、阿弥陀如来の本誓願に背くからであると反論すべきである、と仰せである。
 「弥陀の本誓」とは、浄土宗の依経である無量寿経に阿弥陀仏が法蔵比丘と称して菩薩の修行をした時、自分の国を仏国土に荘厳しようと願い、48の誓願を立てた。
 その中の第18願は、阿弥陀の名号を称える衆生をことごとく自分の浄土に迎え入れるが、「唯、五逆と誹謗正法とを除く」とされている。したがって、法華経を誹謗した法然もその立てた専修念仏の信徒も、「誹謗正法」に当たるので、「弥陀の本誓に背く」のである。
 大聖人はこのことについて立正安国論で「近くは所依の浄土の三部経の唯除五逆誹謗正法の誓文に背き」(0023-07)と指摘されたのをはじめ諸御書で述べられている。
 一義には、弥陀の命を断つからであると破折すべきである、と仰せである。
 前に述べたように、阿弥陀仏も法華経によって成仏したのであり、法華経化城喩品には「是の十六の菩薩は、常に楽って、是の妙法蓮華経を説く」と説かれており、16菩薩の1人が後に成道して阿弥陀仏となったのである。したがって法華経を誹謗することは、阿弥陀仏の命を断つことになるので、無間地獄に堕ちるのである。
 一義には、有縁の釈尊に背くからであると反論すべきである、と仰せである。
 釈尊は、五百塵点劫以来、この娑婆世界において衆生を化導してきた有縁の仏である。それに対して、阿弥陀仏は西方・極楽世界の教主であって娑婆世界とは無縁の仏である。
 有縁の釈尊を捨てて、無縁の阿弥陀仏を信ずることは、深恩の釈尊に対して不知恩となり、背くことになるので、無間地獄に堕ちるのである。
 大聖人は三大秘法抄で、「此の土の我等衆生は五百塵点劫より已来教主釈尊の愛子なり不孝の失に依つて今に覚知せずと雖も他方の衆生には似る可からず、有縁の仏と結縁の衆生とは譬えば天月の清水に浮ぶが如く無縁の仏と衆生とは譬えば聾者の雷の声を聞き盲者の日月に向うが如し」(0333-06)と述べられている。
 この「五百塵点劫の当初」とは久遠元初の意であり「本有無作三身の教主釈尊」とは、久遠元初自受用身である末法の御本仏・日蓮大聖人のことである。
 最後に、無間地獄ということは三世の諸仏が一同に立てたことであると答えよ、と仰せである。
 三世の総諸仏が認めた法華経に、法華経を誹謗すれば無間地獄に堕ちると説かれているのであるから、したがって、法華経を誹謗して立てた念仏が無間地獄の業となることは、三世の諸仏が一同に立てた義となるのである。

0161:13~0163:01 第二章 浄土宗の反論を破すtop
12   問う止観の念仏の事、 答う一義に云く法然所立の念仏は堕獄治定して止観を問うか、一義に云く西方の念仏と
13 一なるか異なるか、 一義に云く止観の念仏は法華を誹謗するか、 一義に云く彼に文段を問う可し、一義に云く止
14 観に依つて浄土宗を建立するか。
-----―
 問うて言う。天台の摩訶止観に念仏を説いている。
 答得て言う。一義には法然に立てた念仏は堕獄と決めて、止観の念仏を問うのか。
 一義には、止観所立の念仏は西方浄土念仏と同一なのか、それとも異なるのか。
 一義には、止観所立の念仏は法華を誹謗しているのか。
 一義には、止観のどの文段か、と問うべきである。
 一義にな、止観によって浄土宗は立てられたのか。
-----―
0162
01   問う観経は法華已後の事、 答う一義に云く此の故に法華を謗ずるか、 一義に云く已前ならば無間は治定なる
02 か、一義に云く汝が謗法は無間をば治定して問うか。
-----―
 問うて言う。観無量寿経は法華以後の説である。
 答えて言う。一義には、法華以後だからという理由で法華を誹謗するのか。
 一義には、もし観経が法華以前であったなら、念仏無間は決定と認めるのか。
 一義には、あなたは謗法は念仏無間であることを承服したうえで問うのか。
-----―
03   問う観経と法華と同時なり、答う一義に云く同時なる故に法華を謗ずるか、さては返つて観経をも謗ずるなり。
-----―
 問うて言う。観経と法華経とは同時に説かれたものである。
 答えて言う。一義には、同時の説法だから法華経を誹謗するのか。もしそうであれば、かえって観経をも誹謗したことになるではないか。
-----―
04   問う先師の謗法は一往なり且くの字を置く故なり、 答う一義に云く且く謗ぜよとは自義か経文か、一義に云く
05 始終共に謗ぜば堕獄は治定なるか。
-----―
 問うて言う。先師・法然が法華経を謗ったのは、一往である。その証拠に且くの字があるではないか。
 答えて言う。一義には、且く謗ぜよとは法然の自義であるのか経文にあるのか。
 一義には、且くではなく、もし始終共に謗じたら、堕獄は決定なのか。
-----―
06   問う未顕真実は往生に非ず成仏の方なり、 答う一義に云く此の故に法華を謗ずるか、一義に云く余経は無得道
07 と云う人は僻事か。
-----―
 問うて言う。無量義経の「未顕真実」とは、往生についてではなく、成仏について言ったものである。
 答えて言う。一義には、未顕真実とは、往生のことを言ったのではないとの理由で法華経を謗ずるのか。
 一義には、法華経以外の経は無得道であるという人は間違っているのか。
-----―
08   問う法華本迹の阿弥陀をば如何、 答う一義に云く法華の弥陀は法華経を謗ぜんと誓い給いしか、一義に云く法
09 華の弥陀と三部経と同じきか異なるか、異ならば無間治定なるか。
-----―
 問うて言う。法華経の本迹二門に阿弥陀仏の名が出ているではないか。どうして念仏を無間というのか。
 答えて言う。一義には、法華経に説かれる阿弥陀仏は法華経を謗ろうと誓っているだろうか。
 一義には、法華経の阿弥陀経と浄土の三部経の阿弥陀とは同じなのか、異なるのか。もし異なるとしたら念仏無間は決定であるのか。
-----―
10   問う一称南無仏と何んぞ称名を無益と云わんや、 答う一義に云く此の故に法華を謗ずるか、一義に云く法華を
11 信じて問うか信ぜずして問うか。
-----―
 問うて言う。経典には「一たび称南無仏と称えれば、皆已に仏道を成じる」と、称名念仏の功徳が説いてあるのに、なぜ称名念仏を無益というのか。
 答えて言う。一義には、このゆえあなたは法華経を謗ずるのか。
 一義には、あなたは法華を信じて問うのか、それとも信じないで問うのか。
-----―
12   問う法華に「諸の如来に於て」「諸仏を恭敬す」と何ぞ弥陀を捨つるや、答う一義に云く此の故に法華を謗ずる
13 か大旨上の如し。
-----―
 問うて言う。法華経安楽行品第十四に「諸の如来に於いて」とあり、また譬喩品第三には「諸仏を恭敬する」とあるのに、どうして阿弥陀を捨てるのか。
 答えて言う。一義には、あなたはこのゆえに法華経を謗ずるのか。この大旨は以上に述べた通りである。
-----―
14   問う「余の深法中に示教利喜す」と何ぞ余経を謗ずるや、答う一義に云く此の故に法華を謗ずるや、一義に云く
15 汝が誹謗は治定して問うか又自義か経文か大旨上の如し。
-----―
 問うて言う。法華経嘱累品第二十二に「余の深法の中に於いて、示教利喜する」とあるのに、どうして余経を謗ずるのか。
 答えて言う。一義には、このゆえにあなたは法華経を謗ずるのか。
 一義には、あなたの誹謗を決定してこれを問うのか。また、この問いは自義なのか、それとも経文なのか。この大旨は以上に述べた通りである。
-----―
16   問う普門品に観世音の称名功徳を挙ぐと見えたり何ぞ余の仏・菩薩を捨てんや、 答う一義に云く此の故に法華
17 を謗ずるか、 一義に云く此の観音は法華を謗ずるか、 一義に云く此の品に依つて念仏を立つるか、私に云く彼が
18 経文釈義を引かん時は先ず文段を一一問う可し、 大段万事の問には誹謗の言を先とす可きなり、 前の当家の義云
0163
01 云。
----――
 問うて言う。法華経観世音菩薩普門品第二十五に「観世音菩薩の称名の功徳を挙げてあるのに、どうして余の仏・菩薩を捨てるのか。
 答えて言う。一義には、そのゆえに法華経を謗ずるのか。
 一義には、この観音は法華経を謗じているのか。
 一義には、称名念仏はこの品によって立てたのか。
 彼が経文や釈義を引いたならば、まず文段を一つ一つ問うべきである。大段万事の問いには誹謗の言を先に挙げて破折すべきである。前の本宗・当家の義をよく心得て対応しなさい。

止観
 摩訶止観のこと。天台大師智顗が荊州玉泉寺で講述したものを章安大師が筆録したもの。法華玄義・法華文句と合わせて天台三大部という。諸大乗教の円義を総摂して法華の根本義である一心三観・一念三千の法門を開出し、これを己心に証得する修行の方軌を明かしている。摩訶は梵語マカ(mahā)で、大を意味し「止」は邪念・邪想を離れて心を一境に止住する義。「観」は正見・正智をもって諸法を観照し、妙法を感得すること。法華文句と法華玄義が教相の法門であるのに対し、摩訶止観は観心修行を説いており、天台大師の出世の本懐の書である。
―――
法然
 (1133~1212)。わが国の浄土宗の元祖で、源空という。伝記によると、童名を勢至丸といい、15歳で比叡山に登り、天台の教観を研究。叡空にしたがって一切経、諸宗の章疏を学んだ。そのときに、善導の「観経疏」の文を見て、承安5年(1175)の春、43歳で浄土宗を開創した。「選択集」を著して、一代仏教を捨てよ、閉じよ、閣け、抛てと唱えた。その後、専修念仏は風俗を壊乱するとの理由で建永2年(1207)土佐国に遠流され、弟子の住蓮、安楽は処刑された。これはその後、許されたが、建暦2年(1212)80歳で没してのち、勅命により骨は鴨川に流され、「選択集」の印版は焼き払われ、専修念仏は禁じられた。
―――
西方
 西方極楽世界のこと。観世音菩薩は西方極楽浄土の教主・阿弥陀如来の脇侍とされている。
―――
文段
 ①文章の切れ目・段落。②経論などの注釈書。
―――
観経
 観無量寿経のこと。浄土三部経の一つで、方等部に属する。元嘉元年(0424)~同19年(0442)にかかって中国・劉宋代の畺良耶舎訳。詳しくは観無量寿仏経。阿闍世王が父・頻婆沙羅王を殺し母を牢に閉じ込め、悪逆の限りを尽くしたのを嘆いた母・韋提希夫人が釈尊にその因縁を聞いたところ釈尊は神通をもって十方の浄土を示し、夫人がそのなかから西方極楽世界を選ぶ。それに対して釈尊が、阿弥陀仏と極楽浄土を説くというのが大意である。しかし、韋提希夫人の嘆きに対しては、この経は根本的には説かれていない。この答えが説かれるのは法華経提婆品で、観経ではわずかに、問いを起こしたaaというにとどまる。西方十万億土を説いたのも、夫人の現在に対する解決とはなっていない。
―――
未顕真実
 法華経の開経である無量義経説法品第二に「四十余年には未だ真実を顕さず」とある。
―――
往生
 死後、他の世界に往き、生まれること。おもに極楽浄土をさす。
―――
成仏
 仏になること。成道、作仏、成正覚ともいう。
―――
無得道
 仏道を得られないこと。
―――
僻事
 道理にあわないこと。事実と違っていること。
―――
法華本迹の阿弥陀
 法華経化城喩品に説かれている阿弥陀仏(迹門)と、薬王菩薩本事品に説かれている阿弥陀仏(本門)をいう。
―――
三部経
 ①無量寿経・観無量寿経・双観経(浄土宗)。②大日経・金剛頂経・蘇悉地経(真言宗)。③法華経・仁王経・金光明経(鎮護国家)。④無量寿経・法華経・観普賢経(法華)等がある。
―――
一称南無仏
 ひとたび南無(仏)と称えることで小善の者でも成仏できることをいう。
―――
観世音
 観世音菩薩のこと。梵語アヴァローキテーシュヴァラ(Avalokiteśvara)の音写が阿縛盧枳低湿伐羅で、観世音と意訳、略して観音という。光世音、観自在、観世自在とも訳す。異名を蓮華手菩薩、施無畏者、救世菩薩ともいう。法華経観世音菩薩普門品第二十五には、三十三種の身に化身して衆生を救うことが説かれている。
―――
釈義
 文章の意義を解釈して明らかにすること。
―――
大段
 大体、おおよそ。
―――――――――
 浄土宗の教義に対する破折のうち、浄土宗の方から反論してくる点を挙げて、それに対する答えを示されている。
止観の念仏についての問答
 天台大師の摩訶止観に説かれる四種三昧の一つに、仏を念ずる常行三昧がある。
 浄土宗側がそれをあげて、摩訶止観にも念仏が説かれているではないか、と反論してくる場合があったのであろう。
 それに対して、一義には、法然が立てた念仏が無間地獄に堕ちることを認めたうえで、摩訶止観で説く念仏について聞いているのか、と反論せよと仰せである。
 法然の立てた専修念仏は、浄土往生を願うのなら、ただひたすら念仏を修行せよと説いたもので、念仏のみを正行とし、その他の修行を雑行として嫌い捨てている。法華経を含む諸大乗経とその修行を「捨てよ、閉じよ、閣け、抛て」と否定していることが、正法誹謗にあたるので、念仏は無間地獄の業とされるのである。
 したがって、摩訶止観にも念仏が説かれているではないか、という浄土側の反論は、止観の念仏は法然が雑行として捨てたものなので、本来は成り立たないのである。また、止観の念仏を認めるとすれば、法然の専修念仏は成り立たないことになる。
 そのため、念仏無間を認めたうえで止観の念仏について聞いているのか、と反論するよう教えられているのであろう。
 一義には、止観の念仏は西方極楽往生の念仏と同じなのか、異なるのか、と反論せよと仰せになっている。
 浄土宗の反論は、念仏を無間地獄に堕ちるというなら止観にも念仏が説かれているではないか、という意味である。
 止観に説く念仏と法然の説いた西方の極楽世界に往生を願う念仏が同じなのであれば、浄土宗の反論にも意味はあるが、もし異なるのであれば、反論にはならないことになる。
 止観に説かれる常行三昧は般舟三昧経に基づいて、90日間、弥陀の名号を称えながら仏を念ずる行法であり、止観の二には「弥陀を唱うるは即ち是れ十方の仏を唱うる功徳と等し、但専ら弥陀を以て法門の主と為す。要を挙げて之を言わば、歩歩、声声、念念、唯阿弥陀仏に在り」とある。
 止観の念仏は、いはば、十方の仏の名を唱える代表として弥陀の名号を唱えるもので、法然の専修念仏とは異なっている。したがって、浄土宗の反論は成立しないのである。
 一義には、止観の説く念仏は法華経を誹謗して立てたものなのか、と反論せよと仰せである。
 法然の立てた専修念仏は、法華経を誹謗して立てたものであるが、止観で説かれる念仏は、法華経を根本とした一念三千の法理を悟るための修行の一部として説かれたものであって、全く相反するのである。
 したがって、念仏という名は同じでも、法華経を誹謗して立てた念仏と、法華経を根本とした修行としての念仏という違いがあるので、浄土宗側の反論は成立しないのである。
 一義には、浄土宗側が止観にも念仏が説かれているではないかといった場合には、止観の文段を問うべきである、と仰せになっている。
 文段を問うということは、摩訶止観に念仏が説かれているというのなら、止観のどの部分の、どういう段落、文脈のうえに説かれているのかを明らかにせよ、と要求することである。摩訶止観は、天台大師が、法華経の法理から導いた一心三観・一念三千の法門を悟るための修行を説いたものであり、そのために四種三昧の修行の一部が常行三昧であり、念仏なのである。したがって、文段を明らかにすれば、浄土宗側の反論が成立しないことが明らかになるからである。
 一義には、そもそも、浄土宗は摩訶止観に依って立てられたものなのか、と反論せよと仰せである。
 浄土宗は、法然が法華経を含む諸大乗教とその修行を嫌い捨てて立てたものであり、止観の念仏も嫌い捨てて立てた修行なのである。したがって、止観の念仏をもって浄土宗を正当化する根拠にはなり得ないのである。
観経の説時に関する邪義を破す
 浄土宗側の反論に、その依経とする観無量寿経が、法華経以後に説かれたものであるといつたり、法華経と同時に説かれたとする場合があったようである。
 観経が法華経以後に説かれたと主張してきた場合の破折は、一義には、そのために法華経を誹謗するのか、と反論すべきであると仰せである。
 浄土宗の言い分は、全く根拠のないものである。観経は、釈尊がマカダ国の王舎城の王宮内で説いたとされる経である。すなわち、阿闍世王の悪逆を嘆く母の韋提希夫人の求めに応じて、神通力によって諸の浄土を示現した。夫人は、その中の西方の極楽浄土を選んだので、釈尊は阿弥陀仏と極楽浄土について説いたものである。
 浄土宗が観経は法華経以後に説かれたと主張するのは、法華経以前に説かれたものとすると、40余年未顕真実の言葉によって破折されるからである。しかし、もしも法華経以後にとかれたとしても、法華経の法師品に「已に説き、今説き、当に説かん。而も其の中に於いて、此の法華経、最も難信難解なり」とあり、法華経以後に説かれる当説の経も法華経には劣ることになる。
 したがって、たとえ観経が法華経以後に説かれたとしても、法華経に劣ることは明らかであり、しかも法華経を誹謗すれば無間地獄に堕ちることは変わりないのである。
 また、一義には、観経が法華経以前に説かれたものだったならば、念仏無間は認めるのかと反論せよと仰せである。
 観経では、韋提希夫人がわが子、阿闍世の悪逆とともに、釈尊が提婆達多に敵対される因縁を尋ねているが、答えはなかった。法華経提婆達多品には、提婆が過去世に阿私仙人として国王を化導したことが明かさされている。また、天王如来として未来に成仏するとの授記を与えている。したがって観経は、法華経がとかれなければ完結しないといってよいであろう。
 そうした内容から考えても、観経は法華経以前に説かれたものであることは明らかである。ゆえに、法華経を誹謗して立てた法然の念仏が、無間地獄の業因となることは当然といえよう。
 また、一義には、法華経を誹謗して立てた念仏は謗法であり、無間地獄を認めてそういっているのか、と反論せよと仰せである。
 観経が法華経以前であろうと、以後であろうと、法華経をひぼうすることが謗法であり、無間地獄に堕ちる業因であることに変わりはないのである。そのために、専修念仏は謗法であり無間地獄の業と認めたうえでいっているのかと、破折すべきなのである。
 次に、浄土宗側が、観経は法華経と同時に説かれたものである、と主張してきた場合について述べられている。
 同時と主張するものも、法華経以前の諸経は未顕真実であるとの破折を逃れるためであった。
 一義には、同時だから法華経を誹謗するのか、反論せよと仰せである。
 たとえ、観経が法華経と同時に説かれたとしても、法華経を誹謗することが謗法になることに変わりはないからである。
 已今当の三説でいえば、今説は無量義経にあたるが、観経がたとえ法華経と同時に説かれたとしても、三説超過の法華経に劣ることは明らかである。
 また、それならば、かえって観経をも誹謗することになるではないか、と反論せよともおおせである。
 同時に説かれた法華経を誹謗することは、観経をも誹謗することになる、との意であろう。
法然の謗法を破す
 次に、先師、すなわち法然の謗法について浄土宗側の反論を破されている。
 浄土宗では、先師の謗法は一往の義であり、それは「且く」の字があるからである。と言い訳したのであろう。これに対しては、一義には、且く法華経を誹謗せよと経文にあるのか、それとも法然が勝手にいっていることなのか、と反論せよと仰せである。
 「且の字」とは、法然の選択集の結句に「夫れ速かに生死を離れんと欲せば二種の勝法の中に且く聖道門を閣き選んで浄土門に入れ、浄土門に入らんと欲せば生雑二行の中に且く諸の雑行を抛ちて選んで応に正行に帰すべし」とあり、「且く聖道門を閣き」「且く諸の雑行を抛ち」と述べていることを指している。
 ここから、法然は、法華経を含む諸経と諸行を「且く」捨てよ、と「一往」の意味でいっただけなので、謗法の罪も一往のものに過ぎない、と弁明しているのである。
 しかし、たとえ「且く」であっても、法華経を誹謗せよという経文があるわけではなく、あくまでも法然が勝手に立てた邪義である。当然「且く」であっても、法華経を誹謗すれば地獄に堕ちるのであって、その罪を逃れることはできない。
 また、一義には「且く」でなく始終共に誹謗した場合は地獄に堕ちることを決定と認めるのか、と反論せよと仰せである。
 浄土宗側は、選択集に「且く」とあるように、法然は一時的に法華経を捨てよといっているので、謗法の罪にはならないと主張したのであろう。そこで、終始一貫して誹謗したのなら地獄に堕ちることは決定していってよいのか、と責めたのである。
 選択集には、たしかに「且く」とあるが、実際には永く諸経、諸行を捨てさせ、専修念仏を実践させるものであって、終始共に誹謗しているのである。したがって、法然の念仏は無間地獄の業因となるのである。
浄土往生は未顕真実に非ずとの説を破す
 次に浄土宗側の言い分として、無量義経の「四十余年・未顕真実」の文は、成仏の法についていったもので、成仏の法に関しては法華経以前の諸経は未顕真実であるが、浄土に往生する法についてはあてはまらない、というのがあったのであろう。
 それに対して、一義には、あなたはそれを理由に法華経を誹謗するのか、と反論せよと仰せである。
 本来、往生とは、死後に他の世界に往って生まれることで、極楽往生・兜率往生・十方往生等がある。往生思想は、此の世を穢土として嫌って離れたいと願い、浄土に生まれることがその救いとなるとの考えから生まれたもので、あくまでも法華経に一切衆生の即身成仏を説くまでの方便・権教なのである。
 念仏無間地獄抄に、「経を説き給うて後念仏に執著するは塔をくみ立て後足代に著して塔を用ざる人の如し豈違背の咎無からんや、然れば法華の序分・無量義経には四十余年未顕真実と説給て念仏の法門を打破り給う、正宗法華経には正直捨方便・但説無上道と宣べ給て念仏三昧を捨て給う之に依て阿弥陀経の対告衆長老・舎利弗尊者・阿弥陀経を打捨て法華経に帰伏して華光如来と成り畢んぬ、四十八願付属の阿難尊者も浄土の三部経を抛て法華経を受持して山海慧自在通王仏と成り畢んぬ、阿弥陀経の長老舎利弗は千二百の羅漢の中に智慧第一の上首の大声聞・閻浮提第一の大智者なり肩を並ぶる人なし、阿難尊者は多聞第一の極聖・釈尊一代の説法を空に誦せし広学の智人なり、 かかる極位の大阿羅漢すら尚往生成仏の望を遂げず仏在世の祖師此くの如し祖師の跡を踏む可くば三部経を抛ちて法華経を信じ無上菩提を成ず可き者なり」(0098-04)と仰せになっている。
 阿弥陀経は、釈尊が祇園精舎で舎利弗等のために説いたといわれている。阿弥陀経の対告衆である舎利弗でさえも、法華経によって成仏を許されたのである。そのことは、阿弥陀経では往生できなかった証拠といえよう。
 浄土三部経に説かれる浄土往生の思想自体が、法華経に対すれば未顕真実であり、実教である法華経を捨てよといい、方便・権教の浄土三部経を立て、念仏を称えさせることが謗法であり、堕地獄の因となるのである。
 一義には、法華経以外の余教は無得道であるという人は誤りだというのか、と反論せよと仰せである。
 法華経の方便品には、「若し法を聞くこと有らん者は、一りとして成仏せずということ無けん」と説かれ、一切衆生の成仏が明かされている。また二乗の弟子に成仏の記別を授け、劫・国・名号を説いている。
 それに対して、爾前経では、いずれも二乗は不作仏とし、また、悪人・女人を不成仏としている。したがって、成仏という言葉はあっても、その実義はないことになるのである。
 大聖人は「前四味の諸経は菩薩人天等の得道を許すと雖も決定性の二乗・無性闡提の成仏を許さず、其の上仏意を探りて実を以て之を撿うるに亦菩薩人天等の得道も無し十界互具を説かざるが故に久遠実成無きが故に」(0074-06)と仰せになっている。
 浄土三部経も含めた法華経以外の諸経が無得道であるからこそ、未顕真実と破されているのである。したがって、未顕真実とは成仏についてであって、往生についてではないという主張は、なんの意味もないのである。
法華経を引いての反論を破す
 浄土宗側が、法華経の迹門・本門にも阿弥陀仏が説かれているではないか、それなのになぜ念仏を無間地獄というのか、と反論した場合の破折を示されている。
 一義には、法華経に説かれる阿弥陀は、法華経を誹謗することを誓っているのか、と反論せよと仰せである。
 法華経に説かれる阿弥陀仏とは、法華経迹門化城喩品第7では、三千塵点劫の昔に出現した大通智勝仏の16人の王子の9番目が成道して阿弥陀仏となったもので、西方極楽世界に住していると説かれている。本門の薬王菩薩本事品第23では、末法の女人が法華経を聞いて如説修行をすれば阿弥陀仏の浄土に往生すると説かれている。これは、久遠の釈尊の分身としての阿弥陀仏を意味している。
 迹門の阿弥陀仏は法華経によって成道した仏であり、本門の阿弥陀仏は久遠の釈尊の分身仏である。したがって、ともに、法華経を誹謗することなど有り得ないのである。そもそも、法華経に阿弥陀仏が説かれているからといって、法華経を誹謗して立てた法然の念仏が正しいことにならないばかりか、法華経の阿弥陀仏をも誹謗することになるのである。
 一義には、法華経の阿弥陀と、浄土三部経の阿弥陀とは同じなのか異なるのか、異なるとしたら無間地獄に堕ちることは決定といっていいのか、と反論せよと仰せである。
 法華経に説かれる阿弥陀仏と、浄土三部経に説かれる法蔵比丘が修行してなった阿弥陀仏とは、その境地において全く異なることは、前にも述べたとおりである。つまり、法華経に説かれているのが阿弥陀の本来の姿なのである。
 名は同じ阿弥陀仏でも、その境地は全く異なっており、それを浄土宗側が同一平面にある仏のように主張するのは誤りであり、破折を免れるために故意に事実を隠したものである。したがって、本来の阿弥陀が重んじた法華経を誹謗することは、阿弥陀も認めるわけがなく、法然の念仏が無間地獄の業因であることは必定なのである。
 また、法華経方便品第2に「一たび南無仏と称うれば、皆已に仏道を成じき」と説かれていることを引いて、どうして仏の名を称えることを無益というのか、と反論してきた場合の破折の仕方を示されている。
 一義には、そのために法華経を誹謗するのか、と反論せよと仰せである。
 本来、法華経を誹謗し否定しながら、法華経を引用して念仏の文証にすること自体が矛盾しているからである。
 一義には、法華経を信じたうえで質問しているのか、信じないで質問しているのかと反論せよと仰せである。
 浄土宗側は、もちろん法華経を信ぜずに誹謗しているのであり、念仏無間と責められるのを逃れるために、法華経の文を引いているにすぎない。もし法華経を信じているといったら、信じていて誹謗するのかと破折できるし、信じないといったら、信じないで法華経を引くのか、と責めることができるからであろう。
 次に、法華経安楽行品第14に「諸の如来に於いて、慈父の想を起し」と説かれ、また譬喩品第3に「諸仏を恭敬せん」と説いていることをあげて、諸仏を恭敬せよとあるのになぜ阿弥陀仏を捨てるのか、と反論してきた場合の破折の仕方を示されている。
 一義には、法華経にそう説かれているから誹謗するのか、と反論せよと仰せである。
 これは、前の項と同様の内容であり、法華経を誹謗しながら、法華経の文をもって傍証とするのは矛盾しており、反論になっていないのである。
 また法華経嘱累品第22に「若し衆生有って、信受せざらん者には、当に如来の余の深法の中に於いて、示教利喜すべし」と説かれているのに、なぜ余経を誹謗するのか、との反論に対する破折の仕方を示されている。
 一義には、法華経にそう有るから誹謗するのか、と反論せよと仰せである。
 嘱累品では、迹化の菩薩に対して総付嘱が説かれ、弘教の面では正法・像法時代の摂受が示されている。
 この文は、衆生のうち法華経を信受しない者には余の深法を示し、教え、利益し、歓喜させるべきであるとの意である。
 正法・像法時代に法華経を信受できない衆生には、方便権教である別教によって利益せよとの意であって、末法において、しかも法華経を捨てさせて念仏によって衆生を利益せよという意味ではない。したがって、この文を引いて浄土宗の念仏を正当化することはできないのである。
 一義には、自分の正法誹謗を認めたうえで質問しているのか、と反論せよと仰せになっている。
 法華経を誹謗しながら嘱累品を引いたとすると、前項と同じで矛盾しており、反論にはならない。
 一義には、その問いは自己の義なのか、経文にあるのか、と反論せよと仰せである。
 当然、勝手な己義であって、経文によるものではないのである。
 最後に、法華経観世音菩薩普門品第25に、観世音菩薩の名を称える功徳をあげているのに、なぜ余の仏・菩薩を捨てるのか、という反論がなされた場合の破折の仕方が示されている。
 普門品には、「是の観世音菩薩を聞いて、一心に名を称せば、観世音菩薩、即時に其の音声を観じて、皆解脱することを得せしめん」等と、観世音菩薩の名を称える功徳が詳しく述べられている。
 それにもかかわらず、なぜ他の仏・菩薩を捨てるのか、阿弥陀仏の名を称えることが無間地獄に堕ちるというのか、という意味の反論がなされたのであろう。
 それに対し、一義には、そのために法華経を誹謗するのか、と反論せよと仰せである。どんな理屈つけようとも、法華経を誹謗して立てた念仏が正当化されることはないのである。
 一義には、法華経普門品に説かれる観世音菩薩は、法華経を誹謗しているのか、と反論せよと仰せである。
 観世音菩薩は法華経を頂受しており、本義からすれば、寿量品の仏が観世音として不思議の化用を垂れて衆生を済度することを説いたものである。したがって、普門品を引いても法華経を誹謗して立てた念仏を正当化する傍証にはならないのである。
 一義には、法然はこの普門品によって念仏を立てたのか、と反論すべきであると仰せである。
 念仏は浄土三部経に依り、法華経を誹謗して立てたものであり、それが普門品を引いて念仏を正当化しようとする矛盾を指摘されているのである。
 さらに、大聖人は、浄土宗側が経文や釈義を引いた時は、まず文段を一々に聞くべきである、と仰せである。
 それは、経文の本来の義は文段つまり、その全体の脈絡の中で明らかになるのであって、それにしたがわずに、都合のよい文のみを切り文的に引用する場合が多いので、それを追及することによって誤りを指摘できるからである。
 また、万事の問いには、相手方から誹謗の言を先にあげて破折すべきである、と仰せである。
 浄土宗の教義を破折するには、念仏が法華経を誹謗して立てたものであることを、厳しく指摘していくべきであると仰せであろう。それが、念仏が邪義である根源だからである。

0163:02~0164:07 第三章 禅宗の教義を破すtop
02   禅宗問答。
03   問う禅天魔の故如何、答う一義に云く仏経に依らざる故なり、一義に云く一代聖教を誹謗する故なり。   ・
-----―
 禅宗の問答。
 問うて言う。禅天魔とはいかなる理由によるか。
 答えて言う。一義には、禅宗では「教外別伝・不立文字」といって仏の経に依らないからである。
 一義には、釈尊の説いた一代聖教を月を指す指などと誹謗するからである。
-----―
04   問う禅とは三世諸仏成道の始は坐禅し給へり如何、 答う一義に云く汝が坐禅は仏の出世に背かば天魔治定なる
05 か、又坐禅は大小の中には何れぞや、一義に云く仏の端座六年は法華に無益と云うか。
-----―
 問うて言う。禅宗では三世諸仏成道の始めには、必ず坐禅しているのに、どうして禅天魔というのか。
 答えて言う。一義には、あなたのいう坐禅が、仏の出世の本懐背いているならば、天魔であることを承服するのか。また坐禅は大乗・小乗の中ではあずれであるのか。
 一義には、仏は端座すること六年にして成道を得たと無量義経に説かれているが、この六年の端座は法華経にとっては無益というのか。
-----―
06   問う禅法には仏説無益なり、答う一義に云く是自義なるか経文なるか、一義に云くやがて是が天魔の所為なり。
-----―
 問うて言う。「教外別伝・不立文字」で仏説は禅法にとって無益である。
 答えて言う。一義には、それは自義なのか経文なのか。
 一義には、そういうこと自体がまさに天魔のしわざである。
-----―
07   問う経文には「是法不可示」と如何、 答う一義に云く此の文は法華無益と云う文なるか、一義に云く爾らば法
08 華に依るか、一義に云く文段を以て責む可きなり。
-----―
 問うて言う。法華経方便品第二に「是の法は示すべからず」とあるのはどういうことか。
 答えて言う。一義には、この文は法華経を無益という文であるのか。
 一義には、法華経の文を引くからには、法華経にいるのか。
 一義には、あなたの引いたこの文は、そもそもいかなる段落で説かれたものかを弁まえているのかと責めるべきである。
-----―
09   問う竜女は坐禅の成仏なり 其の故は経文に「深く禅定に入つて諸法に了達す」と説き給へり、知んぬ法華無益
10 と云うことを、 答う一義に云く此の義は自義なるか経文なるか、 一義に云く若し法華の成仏ならば天魔治定なる
11 か、一義に云く文殊海中の教化は論説妙法と宣べたり如何。
-----―
 問うて言う。竜女の成仏は坐禅によるものであり、その理由は、法華経提婆達多品第十二に「深く禅定に入って、諸法を理解した」と説かれている。したがって成仏は座禅によるのであって法華経は無益であるという。
 答えて言う。一義には、あなたのいう義は自義なのか、それとも経文の義なのか。
 一義には、もし竜女の成仏が法華経によったものであったら禅宗は天魔であることを承服するのか。
 一義には、文殊師利菩薩が海中で竜女を教化するために妙法を論説したと述べられているが、これはどういうことか。
-----―
12   問う常に坐禅を好み深く禅定に入つて常に坐禅を貴ぶとも説けり如何、 答う一義に云く文段を以て責む可し、
13 一義に云く此の文は法華無益と云う文なるか、一義に云く此の文を以て禅宗を建立するか。
-----―
 問うて言う。法華経には「常に坐禅を好み」「深く禅定に入つって」「常に坐禅を貴ぶ」とあるのはどういうことか。
 答えて言う。一義には、文段を以って責めるべきである。
 一義には、この文は法華経を無益という文であるのか。
 一義には、禅宗はこの文を以って建立されたのか。
-----―
14   問う唯独り自のみ明了にして余人の見ざる所と云う故に禅宗ひとり真性を見て余人は見ずと云うなり、 答う一
15 義に云く 文段を以て責む可し経文を見る可し、 問う像法決疑経に云く「一字不説」と爾らば一代は未顕真実と聞
16 きたり 真実は只迦葉一人教の外に別伝し給へり如何、 答う此の文は仏説か若し仏説ならば汝此の文に依る故に自
17 語相違なり、 一義に云く言う所の迦葉は何なる経にて成仏するや、 一義に云く言う所の経文は三説の中には何れ
18 ぞや、一義に云く楞伽経は仏説なるか。
-----―
 問うて言う。法華経法師功徳品第十九に「唯独り自ら明了にして、余人の見ざる所ならん」とあることから、禅宗ひとり真性を明了に見て、余人は見られないのであるというのである。
 答えていう。一義には、文段を以って責めるべきであり、経文を見るべきである。
 問うて言う。像法決疑経にある「一字不説」の文を挙げて、だから一代聖教は未顕真実であり、真実は経によらないで、ただ迦葉一人に別伝されたのではないか。
 答えて言う。この決疑経の文は仏説であるのか、もし仏説であると答えれば、あなたは教外別伝といいながら、仏説の文によっているのは自語相違である。
 一義には、あなたのいうところの迦葉は一体いかなる経で成仏したのか。
 一義には、あなたのいうところの経文は已今当の三説の中にはいずれに属するのか。
 一義には、禅宗が依経とする楞伽経は仏説であるのか。
-----―
0164
01   問う三大部に観心之有り何ぞ禅天魔と云うや、 答う一義に云く汝は三大部にて宗を立つるか、一義に云く三大
02 部の観心は汝が禅と同じきか、一義に云く汝は天台を師とするか、一義に云く三大部の観心は諸経を捨つるか。
-----―
 問うて言う。天台の法華三大部に観心の止観禅定の修行があるではないか。それなのに、どうして禅天魔というのか。
 答えていう。一義には、あなたは天台の三大部に依って宗を立てるのか。
 一義には、三大部の観心はあなたの禅と同じなのか。
 一義には、あなたは天台を師とするのか。
 一義には、三大部の観心は、諸経を捨てているのか。
-----―
03   問う雙非の禅の事如何、 答う一義に云く一度は法華に依り一度は法華無益なり、一義に云く二義共に天魔なり
04 一義に云く此の義に背かん者は僻事なるか。
-----―
 問うて言う。非行非坐三昧の禅はいかがか。
 答えて言う。一義には、この禅の言い分は一度は法華に依り、一度は法華経は無益とする矛盾した主張である。
 一義には、この法華に依ると無益とすうるとの二つとも天魔の説である。
 一義には、天魔の義に背く者は間違いであるのか。
-----―
05   問う法華宗は妙法の道理を知るや、 答う一義に云く汝は天魔を治定して問うか、一義に云く汝は法華を信じて
06 問うか、 一義に云く妙法を知つて問うか知らずして問うか、 一義に云く汝が問う所の妙法は今経に付いて百二十
07 の妙有り其の品品を問うか、一義に云く汝は此の妙法に依つて禅を建立するか。
-----―
 問うて言う。法華宗は妙法の道理を知っているのか。
 答えて言う。一義には、あなたは禅宗が天魔であることを承服して問うのか。
 一義には、あなたは法華経を信じて問うのか。
 一義には、妙法の道理を知って問うのか、知らずして問うのか。
 一義には、あなたが問うところの妙法は今経には百二十の妙があるが、その品々を問うのか。
 一義には、あなたはこの妙法に依って禅を建立するのか。

禅宗
 禅定観法によって開悟に至ろうとする宗派。菩提達磨を初祖とするので達磨宗ともいう。仏法の真髄は教理の追及ではなく、坐禅入定の修行によって自ら体得するものであるとして、教外別伝・不立文字・直指人心・見性成仏などの義を説く。この法は釈尊が迦葉一人に付嘱し、阿難、商那和修を経て達磨に至ったとする。日本では大日能忍が始め、鎌倉時代初期に栄西が入宋し、中国禅宗五家のうちの臨済宗を伝え、次に道元が曹洞宗を伝えた。
―――
禅天魔
 禅宗は仏法を破壊する天魔の所為をなすこと。四箇の格言のひとつ。禅宗は「教外別伝・不立文字」として経典に依らないとする教義を立てるが、その言葉自体は大梵天王問仏決疑経に依っており自語相違している。また仏祖不伝として諸の論師を退けるが、禅宗自体、迦葉付嘱以来、西天二十八祖・東天六祖を立て矛盾している。また坐禅によって心を観ずることが悟りの道であるとするが、心の何を所観の対境とするかを定めず、単に心を対境とするというのみでは人の心は移りやすく、必ずしも悟りの対境とはなりえない。こうした矛盾をかかえる宗派は、涅槃経に「仏の所説に順わざる者は魔の眷属である」の文に照らして天魔の所為をなす宗派である。
―――
一代聖教
 釈尊が成道してから涅槃に入るまでの間に説いた一切の説法。天台大師は説法の順序に従って華厳・阿含・方等・般若・法華の五時に分けた書。詳しくは御書全集「釈迦一代五時継図」(0633)参照のこと。
―――
坐禅
 端坐して禅の修行をすること。
―――
端座六年
 端座とは①意義を整え正座すること。②禅定、をいう。無量義経説法品には「善男子、我先に道場菩提樹下に端坐すること六年にして、阿耨多羅三藐三菩提を成ずることを得たり」とある。また方便品には「無量義は一法より生ず」とあり、この無量義を修すれば成仏すると説かれているが、無量寿経では、この一法が何であるかは明確に示されていない。
―――
天魔の所為
 天魔とは天子魔のこと。第六天の魔王より起こり、父母・妻子・権力者等のあらゆる姿をもって仏道修行を妨げようとする働きのこと。他化自在天ともいい、仏教そのものを破壊しようとする最も強力な魔。所為とは行い・仕業。為すところの意。
―――
竜女
 竜の女身である竜女は、大海の婆竭羅竜王のむすめで八歳であった。文殊師利菩薩が竜宮で法華経を説いたのを聞いて菩提心を起こし、ついで霊鷲山で釈尊の前で即身成仏の現証を顕わした。これを竜女作仏という。法華経が爾前の女人不成仏・改転の成仏を破折している。
―――
文殊海中の教化
 文殊師利菩薩が海中の婆竭羅竜宮で妙法蓮華経を説法し、竜女をはじめとする衆生を教化したことをいう。
―――
真性
 衆生にそなわる真実の本性・法性・本体。
―――
像法決疑経
 仏入滅後に起る僧俗の非法をあげてこれを誡め、大慈布施を勧めたもの。諸経録では疑経とされる。
―――
迦葉
 釈尊の十大弟子の一人。梵語マハーカーシャパ(Mahā-kāśyapa)の音写である摩訶迦葉の略。摩訶迦葉波などとも書き、大飲光と訳す。付法蔵の第一。王舎城のバラモンの出身で、釈尊の弟子となって八日目にして悟りを得たという。衣食住等の貪欲に執着せず、峻厳な修行生活を貫いたので、釈尊の声聞の弟子のなかでも頭陀第一と称され、法華経授記品第六で未来に光明如来になるとの記別を受けている。釈尊滅後、王舎城外の畢鉢羅窟で第一回の仏典結集を主宰した。以後20年間にわたって小乗教を弘通し、阿難に法を付嘱した後、鶏足山で没したとされる。なお迦葉には他に優楼頻螺迦葉・伽耶迦葉・那提迦葉・の三兄弟、十力迦葉、迦葉仏、老子の前身とする迦葉菩薩などある優楼頻螺迦葉・伽耶迦葉・那提迦葉・の三兄弟、十力迦葉、迦葉仏、老子の前身とする迦葉菩薩などある
―――
三説
 已今当の三説のこと。法華経法師品第十に「我が説く所の経典は無量千万億にして、已に説き、今説き、当に説くべし」とある。天台大師はこの文を法華文句巻八上に「今初めに已と言うは、大品已上は漸頓の諸説なり。今とは同一の座席にして無量義経を謂うなり。当とは涅槃を謂うなり」と釈し、「已説」は四十余年の爾前の経々、「今説」は無量義経、「当説」は涅槃経をさすとしている。
―――
楞伽経
 漢訳本に四種あり、三種の訳書が現存する。仏が楞伽山頂で大慧菩薩に対して説いたとされる経。唯識の立場からさまざまな大乗の教義が列挙されている。また名字によって一切法の相を分別することを虚妄としてしりぞけ、四種の禅を明かし、諸法の空・無生・不二を悟って仏の境界に入るよう勧めている。達磨は禅宗の依経とした。
―――
三大部
 教義のよりどころとされる三つの大部な経典。①天台宗では法華玄義・法華文句・摩訶止観。②律宗では四分律行事鈔・四分律羯磨疏・四分律戒本疏。③大聖人の仏法では立正安国論・観心本尊抄・開目抄。
―――
観心
 「己心を観じて十法界を見る」こと。教相の主要点の意を三大秘法の根源から感じることをいう。
―――
天台
 (0538~0597)。天台大師。中国天台宗の開祖。慧文・慧思よりの相承の関係から第三祖とすることもある。諱は智顗。字は徳安。姓は陳氏。中国の陳代・隋代の人。荊州華容県(湖南省)に生まれる。天台山に住したので天台大師と呼ばれ、また隋の晋王より智者大師の号を与えられた。法華経の円理に基づき、一念三千・一心三観の法門を説き明かした像法時代の正師。五時八教の教判を立て南三北七の諸師を打ち破り信伏させた著書に「法華文句」十巻、「法華玄義」十巻、「摩訶止観」十巻等がある。
―――
雙非の禅
 天台大師が摩訶止観で説いた四種三昧の第四・非行非坐三昧のこと。
―――
百二十の妙
 妙法蓮華経の妙の一字に120の不可思議があるということ。衆生・仏・心の三法が妙であることを三法妙といい、法華経迹門・本門が妙であることを十義をもって釈し、合して迹本二十妙となる。また法華経が諸教に対して妙なりという相待妙と諸法はことごとく妙なりとの絶待妙を待絶二妙という。この三法妙×迹本二十妙×待絶二妙=百二十妙となる。
―――――――――
 「禅宗問答」として、法華経の言い分を挙げ、その破折の仕方を示されている。
 禅宗とは、菩提達磨を祖とするので達磨禅ともいい、仏法の神髄は教理の追及ではなく坐禅によって自ら体得するものである、と立てる。釈尊から迦葉一人に付嘱され、第28祖達磨によってインドから中国へ伝えられたとする。
 その後、次第に分派し、曹洞宗・雲門宗・臨済宗など5家7宗が生まれた。日本へは、鎌倉時代初期に栄西が臨済宗を伝え、道元が曹洞宗を伝えた。
 禅宗が仏の真実の教えは経文ではなく、涅槃の時に微妙な法門を摩訶迦葉に文字を立てずに教外に別に伝えて付嘱したとして、経典に依らない教義を立てていることを、大聖人は、涅槃経の「仏の所説に順わざる者は魔の眷属である」との文によって「天魔の所為」であると破折されている。
 そうした、禅宗の教義の誤りを、11の問いによって示し、それを打ち破る反論の仕方を教えられている。
禅天魔の理由を明かす(問答1)
 初めに、禅天魔の理由を問うてきた場合の問答が示されている。
 一義には、仏典に依らないためである、と答えよと仰せである。
 前に述べたように、禅宗の最大の誤りは、釈尊の経典に一切依らず、坐禅によって悟ると主張しているところにある。大聖人はそのゆえに、仏説そのものを否定する天魔の所為であると指摘されたのである。
 蓮盛抄には「仏教には経論にはなれたるをば外道と云う、涅槃経に云く『若し仏の所説に順わざる者有らば当に知るべし是の人は是れ魔の眷属なり』云云、弘決九に云く『法華已前は猶是れ外道の弟子なり』云云、 禅宗云く仏祖不伝云云、答えて云く然らば何ぞ西天の二十八祖東土の六祖を立つるや、付属摩訶迦葉の立義已に破るるか自語相違は如何、禅宗云く向上の一路は先聖不伝云云、答う爾らば今の禅宗も向上に於ては解了すべからず若し解らずんば禅に非ざるか凡そ向上を歌つて以て憍慢に住し未だ妄心を治せずして見性に奢り機と法と相乖くこと此の責尤も親し旁がた化儀を妨ぐ其の失転多し謂く教外と号し剰さえ教外を学び文筆を嗜みながら文字を立てず言と心と相応せず豈天魔の部類・外道の弟子に非ずや」(0152-17)と仰せになっている。
 一義には、釈尊一代の聖教を誹謗しているからである、と答えよと仰せである。
 禅宗は、経典に依らないばかりでなく、一代聖教を「月を指す指」であり、坐禅によって天月である「仏の悟り」を得れば、指は不要であると誹謗しているのである。
 守護国家論には「禅宗等の人云く『一代聖教は月を指す指・天地日月等も汝等が妄心より出でたり十方の浄土も執心の影像なり釈迦十方の仏陀は汝が覚心の所変・文字に執する者は 株を守る愚人なり我が達磨大師は文字を立てず方便を仮らず一代聖教の外に仏迦葉に印して此の法を伝う法華経等は未だ真実を宣べず』」(0075-11)と、禅宗の立義が挙げられている。
 また、蓮盛抄には「当世の禅者皆是れ大邪見の輩なり、就中三惑未断の凡夫の語録を用いて四智円明の如来の言教を軽んずる返す返す過てる者か」(0153-17)と仰せである。
 仏の教説を方便であり不要のものであるとし、釈尊の真実を説いた法華経を「末だ真実を宣べず」と誹謗しているので、仏教を破壊する「天魔」の所行であるとして、「禅天魔」と破折されたのである。
三世諸仏も成道の始は坐禅したとの説を破す(問答2)
 次に、禅宗側が、三世の諸仏は皆、成道の初めには坐禅したのに、なぜ禅を天魔というのか、と主張してきた場合の破折の仕方を示されている。
 一義には、禅宗の坐禅が仏の出世の本意に背いているとしたら、天魔であることが決定するが、それを認めるのか、と反論すべきであると仰せである。
 坐禅とは、端坐して心を定める修行をすることをいう。禅とは、梵語の檀那の略で、静慮・思惟とも訳す。また、戒・定・慧の三学のうち、定のことを禅ともいう。
 摩訶止観にも坐禅が説かれており、結跏趺坐か、半跏趺坐の姿勢ですわり、慮を息め、縁を静め、心の散乱を止めて、仏性を求める修行法をいった。
 禅宗では、坐禅によって見性成仏、すなわち、自己の本性が仏性そのものであると覚知し、迷いを破って悟りを得ることができるとしている。それを、即心即仏・即身即仏という。
 大聖人は「禅宗云く是心即仏・即身是仏と、答えて云く経に云く『心は是れ第一の怨なり此の怨最も悪と為す此の怨能く人を縛り送つて閻羅の処に到る汝独り地獄に焼かれて悪業の為に養う所の妻子兄弟等・親属も救うこと能わじ』云云、涅槃経に云く『願つて心の師と作つて心を師とせざれ』云云、愚癡無懺の心を以て即心即仏と立つ豈未得謂得・未証謂証の人に非ずや」(0152-03)と仰せである。
 貧瞋癡慢におおわれた自己の心をそのまま仏である、とするのは非常に危険な考え方である。坐禅によって我が己心の仏性を悟るといっても、勝手にそう思い込むだけであって、真実の悟りではないのである。
 しかも、釈尊の本意である一切衆生の成仏を説いた法華経を否定して、自身の心を師とする坐禅の修行をすれば、己心の魔にとらわれてしまうのであり、しかも仏説を否定して仏教を破壊することは天魔の所為に他ならず、成仏できないばかりでなく、地獄に堕ちる悪行となるのである。
 なお、諸仏が成道の時に坐禅をしたというのは、心を定める禅定であって、禅宗の坐禅とは異なるのである。
 一義には、禅宗の坐禅は、小乗・だいじょうのうちどちらなのか、と反論せよと仰せである。
 坐禅にも、小乗と大乗の違いがあり、修行の目的とその結果が異なるのである。他を否定した禅宗の坐禅は、小乗の坐禅というべきであり、多くの修行の一つとして行う大乗の坐禅に劣るのである。
 一義には、仏の端坐6年は、法華経のためには無益だったのかと反論すべきである、と仰せになっている。
 端坐6年とは、仏が6年の間、端坐して思惟し、最後に阿耨多羅三藐三菩提を得て成道したことをいう。法華経の悟りに到達するために思惟したのであって、ほけきょうのために無益ではなかったのである。すなわち、その際の坐禅は、法華経のためであって、それを否定しているのではない。端坐思惟する坐禅をすべて否定しているのではなく、禅宗の坐禅を否定しているのである。
禅法には仏説無益との邪説を破す(問答3)
 禅法のためには仏説は無益である、という禅宗の邪義に対する破折の仕方を示されている。
 一義には、それは、自己の説なのか、経文にあるのか、と反論すべきであると仰せである。
 禅法の修行には仏説は無益であるというのは、全くの己義であって、仏説のはずがないのである。
 一義には、それがそのまま天魔の所為となるからである、と責めよと仰せである。
 聖愚問答抄には、「像法決疑経に記して云く『諸の悪比丘或は禅を修する有つて経論に依らず自ら己見を逐つて非を以て是と為し是邪是正と分別すること能わず徧く道俗に向つて是くの如き言を作さく我能く是を知り我能く是を見ると当に知るべし此の人は速かに我法を滅す』と、此の文の意は諸悪比丘あつて禅を信仰して経論をも尋ねず 邪見を本として法門の是非をば弁えずして而も男女・尼法師等に向つて我よく法門を知れり人はしらずと云つて此の禅を弘むべし、当に知るべし此の人は我が正法を滅すべしとなり」(0489-05)と仰せである。
 仏説に依らずに、己の我見によって法門を説く禅宗の輩は、仏の正法を滅ぼす者である、と明快に示されているのである。仏法を破壊するゆえに、天魔の所為と断じられているのである。
法華経を教外別伝の文証に反するを破す(問答4)
 禅宗側が、法華経方便品第2に「是の法は示すべからず、言辞の相寂滅せり」とある文を引いて、仏の法は言辞では示し得ないとあり、ゆえに以心伝心・教外別伝という禅宗の主張は正しい、と主張してきた場合の破折の仕方がしめされている。
 一義には、この文は、法華経は無益であるとする禅宗の主張を裏づける文証になるのかと反論せよ、と仰せである。
 この法華経の文は、その前に、「甚深微妙の法は、見難く了すべきこと難し。無量億劫に於いて、此の諸の道を行じ已って、道場にして果を成ずることを得て、我已に悉く知見す。是の如き大果報、種種の性相の義、我及び十方の仏、乃し能く是の事を知しめせり」とあり、仏の悟りの境界、仏の智慧の深さを讃嘆して述べられたものである。
 このことは、その後に、「諸余の衆生の類、能く得解すること有ること無し。諸の菩薩衆の、信力堅固なる者をば除く。諸仏の弟子衆の、曾て諸仏を供養し、一切の漏已に尽くして、是の最後身に住せる。是の如き諸人等、其の力堪えざる所なり、仮使世間に満てらん、皆舎利弗の如くにして、思を尽くして共に度量すとも、仏智を測ること能わじ」と続いていることからも明らかである。
 そして、この甚深不可思議の法を説示し、衆生を成仏へ導くために法華経の説法がなされたのである。したがって、この文は法華経を無益だと否定する禅宗の文証にはなりえないのである。
 一義には、法華経の文を引くからには、法華経に依って禅宗を立てるのかと反論せよ、と仰せである。
 禅宗側が法華経の文を引くのは、なんとか自分たちの主張が正しいと見せかけるためにこじつけているのであって、もおより法華経に依っているのではない。経文は月をさす指だから不要であると主張しながら、法華経を依文として引くこと自体が矛盾しているのである。
 一義には、禅宗側が法華経の文を引いてきたなら、文段をもって責めるべきである、と仰せである。
 引用された文が本来、いかなる段落、脈略の中で説かれたものかを示せ、と責めるべきなのである。文段とは、科段ともいい、経論などを注釈する際に、義理を明らかにするために、筋道を立てて区分した文証の段落のことをいう。
 文段で責めるということは、都合のいい個所だけを切り文で用いてくるのを、その文の本義を明かして破るのである。
竜女は坐禅の成仏とする説を破す(問答5)
 また禅宗側が、法華経提婆達多品第12の竜女の成仏について説かれている中で、「諸仏の所説の甚深の秘蔵悉く能く受持し、深く禅定に入って、諸法を了達し、刹那の頃に於いて、菩提心を発して不退転を得たり」とあるので、竜女の成仏は坐禅による成仏であり、法華経は無益であることが明らかである、と主張した場合の破折の仕方が示されている。
 一義には、それは自分勝手の義なのか、経文によるのかと反論せよと仰せである。
 法華経には、竜女は、文殊師利菩薩が海中で法華経を説いたのを聞いて即座に菩提心を発し、法華経の会座に列なて釈尊に宝珠を奉り、成仏の相を現じた、と説かれている。竜女の成仏は、法華経を信受することによってなされたものであって、禅宗による坐禅によるのではない。それをまったく逆の、法華経無益という文として引くというのは、己義であり邪義なのである。
 一義には、竜女の成仏がもし法華経によるとしたら、その法華経を排斥している禅が天魔であることは決定的となるがいいのか、と反論せよと仰せである。
 前述のように、竜女の成仏は法華経を信受したことによるのであって、坐禅によるものではないことは明らかである。たしかな仏説を否定して、邪義を立てる禅宗は、仏法を破壊する天魔なのである。
 一義には、文殊師利菩薩の海中における教化は、提婆達多品に、「我海中に於いて、唯常に妙法華経を宣説す」と述べているように、法華経によることは明白ではないか、と反論せよと仰せである。
 竜女は、文殊師利菩薩が説いた法華経を受持して、心を定め、菩提心を発して不退転の位を得、成仏したのであって、全く禅宗の坐禅によったものではないのである。
法華経を引いた坐禅の正当化を破す(問答6・7)
 また、禅宗側が、法華経安楽行品第14に、「常に坐禅を好んで、閑なる処に在ってその心を修摂せよ」「深く禅定に入って、十方の仏を見たてまつらんと見る」とあり、分別功徳品第17には、「常に坐禅を貴び、諸の深定を得」と説かれているではないか、といって坐禅を正当化しようとしてきた場合の破折の仕方を示されている。
 一義には、文段をもって責めるべきであると仰せである。
 例のごとく、都合のよい切り文を引いてきた場合には、その文の本義を文段によって正しく位置づけることによって破ることができるのである。
 安楽行品の「常に坐禅を好んで」の文は、安楽行を説く中の身安楽行を述べた文の中にあり、行者のあるべき姿勢を述べたものである。
 「深く禅定に入って」の文は、身・口・意・誓願の四安楽行を成就した相を説いた中で、夢に十地に入った文とされている。
 分別功徳品の「常に坐禅を貴ぶ」の文は、法華経の功徳に、在世の弟子に四信、滅後の弟子に五品があることを明かした中で、滅後の五品のうち、第五の正行六度品、すなわち、六波羅蜜を主に行ずる人の相を説いた文とされている。
 いずれも、法華経を修行する人について述べたものであって、禅宗の説く坐禅が第一であるという趣旨とは、全く異なるのである。したがって、これらの文をもって、禅宗の主張する坐禅を正当化することはできないのである。
 一義には、これらの文は法華経を無益と説いたものなのか、と反論せよと仰せである。
 これらの文は、いずれも法華経を修行するなかの禅定を説いたものであって、法華経を無益として否定するものでないことは当然である。
 禅宗の坐禅は、法華経を無益とした上に立てたものであり、その趣旨が全く異なるのである。本来の経文の趣旨に関係なく、禅という言葉が出てくる個所を抜き出しただけであって、禅宗の坐禅を正当化する根拠にはならないのである。
 一義には、禅宗はこの文によって建立されたのか、と反論せよと仰せである。
 禅宗は経文を否定して立てたものであり、それが法華経を文証として引くこと自体が矛盾しているからである。
 また、法華経法師功徳品第19に、「唯独り自ら明了にして、余人を見ざる所ならん」とあるので、禅宗ひとりが真性を明了に見ることができて、余人は見られないのである、と禅宗側が主張した場合の反論を示されている。
 一義には、文段によってその誤りを責めよ、と仰せである。
 法師功徳品のこの文は、身根清浄を説いた偈の文の中で、その前に「若し法華経を持たんは、其の身甚だ清浄なること、彼の浄瑠璃の如くにして」とあり、法華経を持った者はその身が清浄で、「唯独り自ら明了にして」と続いているのである。決して禅によって明了になるという意味ではない。したがって、禅宗がこの文を引くのは、全く根拠がないこじつけなのである。
楞伽経の文を引いた不立文字の説を破す(問答8)
 像法決疑経に、「一字を説かず」とあるので、釈尊一代の教説は末だ真実を顕さず。真実は迦葉一人が教えの外に別に伝えたものである、と禅宗側が主張した場合の破折の仕方が示されている。
 「一字を説かず」とは、入楞伽経巻5に「我等等の夜に大菩薩を得、何等の夜に般涅槃に入る。この二つの中間に一字を説かず、亦已説・今説・当説・現説せず」とある文をさす。禅宗では、仏の説法は衆生に対して仮に説かれたもので、悟りからするならば一字も説いていないとの意であるとして、この文を根拠に不立文字の説を立てているのである。
 一義には、この文は仏説なのか、もし仏説とするなら、経文に依らないといいながらこの文に依るのは自語相違ではないかと反論せよ、と仰せである。
 一義には、仏から教えの外に法を伝えられたという迦葉は、いかなる経によって成仏したのか、と反論せよと仰せである。
 迦葉は法華経譬喩品第3で三車家宅の譬喩を聞き、信解品第4で、須菩提・迦旃延・目連と共に長者窮子の譬を説いて三乗即一乗の法を領解した旨を述べ、授記品第6で「名を光明如来…国を光徳と名づけ、劫を大荘厳と名づけん。仏の寿は十二小劫、正法世に住すること二十小劫、像法亦住すること二十小劫ならん」と未来成仏の授記をされているのである。
 迦葉は、法華経によって成仏することができたのであり、したがって、法華経を否定するような法を伝えることはありえないのである。
 一義には、今引いた経文は、已・今・当の三説の中の何れに当たるのか、と反論せよと仰せである。
 三説とは、法華経星品第10に説かれる「我が所説の経典、無量千万億にして、已に説き、今説き、当に説かん。而も其の中に於いて、この法華経、最も為れ難信難解なり」とある文による。
 「已に説き」とは法華経以後に説かれた40余年の諸経をいい、「今説き」とは無量義経をいい、「当に説かん」とは涅槃経をさしている。法華経は、この三説を超過しており、釈尊一代の教説の中で最高真実の経であることを示している。
 楞伽経が仏説だとしても、三説の中では已説の爾前経であり、法華経には劣るのである。その経をもって法華経を否定することは、仏説に背くことになるのである。
 なお、報恩抄に、「禅宗が云く一切経の中には楞伽経第一なり」(0294-04)と述べられており、禅宗がそのように主張していたことがうかがえる。
 一義には、楞伽経は仏説なのか、と反論せよと仰せである。
 仏説であるとしたら、楞伽経を依文として不立文字を立てたことになり、自語相違となるからである。
天台の三大部に観心があるのになぜ禅天魔というのかとの問いを破す(問答9)
 天台大師の三大部には観心が説かれていて、止観禅定の修行うではないか。それなのになぜ禅天魔というのか、と主張した場合の破折の仕方を示されている。
 一義には、禅宗は天台の三大部によって立てられたものなのか、と反論せよと仰せである。
 天台大師の述べた法華玄義・法華文句・摩訶止観の三大部は、法華経の深義を注釈したもので、己心の生命を観ずる観心の法門が説かれ、摩訶止観では一念三千の法門が明かされている。
 また、摩訶止観には、種々の経典に説かれた修行法を四種に分類した常坐・常行・半行半坐・非行非坐の四種の三昧が説かれており、坐禅・念仏・陀羅尼・法華一乗観法などが含まれている。その中の常座三昧は、90日の間、もっぱら坐禅のみを行ずることをいった。
 禅宗側は、こうしたことをさして、天台の観心の実践に坐禅が含まれているとして、それなのになぜ禅宗を非難するのか、と反論しているのである。
 しかし、天台の三大部はあくまでも法華経を根本としており、そこに説かれる観心の修行も、法華経の一念三千の法門を根本に己心の仏界を自覚するためのものであって、禅宗が坐禅によって勝手に仏性を悟れるとしたのは本質的に異なるのである。
 一義には、天台の三大部で説かれる観心は禅宗の坐禅と同じなのか、と反論すべきであると仰せである。
 前に述べたように、天台の観心は、法華経の法理によって立てられた修行であって、禅宗の教外別伝の坐禅とは異なるのである。
 一義には、禅宗は天台大師を師とするのか、と反論すべきであると仰せである。
 天台の三大部を引いて坐禅を正当化するということは、本来なら、天台大師を師としなければならないはずである。
 しかし、禅宗の教義は、天台の法門とは全く異なっており、法華経を否定して立てたもので、天台に背いているのである。したがって、天台の観心の例を引くのも、禅天魔との批判を逃れるために過ぎないのである。
 一義には、天台の三大部で説かれる観心は諸経を捨てるものなのか、と反論せよと仰せである。
 前述にように、天台の観心は法華経の法理に基づいたものであって、禅宗が経典をすべて否定して不立文字と主張したこととは全く異なっているのである。
天台も坐禅を認めていたとの邪義を破す(問答10)
 次に、禅宗側が、天台大師の立てた四種三昧の第四に、非行非坐三昧があることをあげて、天台も坐禅の行を認めているではないか、と批判してきた場合の破折の仕方を示されている。
 非行非坐三昧とは、随自意三昧とも覚意三昧ともいい、善悪の意の起こるままに、一切の事に通じて心を定める禅定をいう。それを、禅宗では坐禅ととらえて、天台が坐禅を認めているのに、なぜ禅天魔と批判するのか、と反論してきたのであろう。
 それに対して、一義には、そうした批判は、一度は法華経に依り、一度は法華経を無益にするという矛盾したものである、と反論せよと仰せである。
 一度は法華経に依るとは、双非の禅を根拠にするかのようにいっていることをさしており、一度は法華経を無益にしているとは、教外別伝といって法華経を否定していることをさしている。そのように、禅宗が双非の禅を根拠にすること自体が大きな矛盾なのである。
 一義には、二義ともに天魔である、と反論せよと仰せである。
 二義ともに、前の一には法華経に依り、一には法華経を無益といっているとの二つの義をさしている。
 法華経に依るといっても、己義を荘厳するためであるので天魔の所為となり、また法華経を無益と誹謗していることも当然、天魔の所作となるのである。
 一義には、双非の禅に背く者は誤りなのか、と反論せよと仰せである。
 双非の禅といっても、天台の本意である一心三観の修行にくらべれば枝葉にすぎない。まして、末法においては、全く意味のない行なのである。したがって、禅宗が双非の禅に依っているとしても、末法の現在においては、まったく価値がないのである。
法華経は妙法の道理を知っているのかとの批判を破す(問答11)
 最後に禅宗側が、法華経は妙法の道理を知っているのかと反論してきた場合の破折の仕方を示されている。
 一義には、禅は天魔であることを認めたうえで等のか、と反論せよと仰せなのである。
 一義には、法華経を信じてそう問うのか、と反論せよと仰せである。
 禅宗側は、反論のための反論をしていることは明らかなので、それに対して、真に法を求めて質問しているのかと責めるべきである、との仰せであろう。
 一義には、妙法というものを知っていて問うのか、知らないで問うているのかと、反論せよと仰せである。
 禅宗では、仏の心をそのまま坐禅によって悟るとしているが、その内容は以心伝心によるとしているのみで、実体はないのである。したがって、妙法の道理を説いたとしても、とうてい理解できないであろう。そのために、妙法の道理を知っているのか、どうなのかと責めるべきであると仰せなのである。
 一義には、汝が問うところの妙法とは、法華経に120の妙があるが、その一々の妙をさしているのか、と反論すべきであると仰せである。
 法華経に120の妙があるというのは、法華玄義に説かれており、経題の妙法蓮華経の意義を解釈したなかで明かされている。
 衆生法妙・仏法妙・心法妙の三法妙に、迹門と本門でそれぞれ10の妙を立てるので60妙となり、それに相待妙と絶待妙を立てるので120妙となる、とされている。
 なお、法華経題目抄には「迹門の四十妙・本門の四十妙・観心の四十妙合せて百二十重の妙なり」(0944-05)と、別の立て方が述べられている。
 法華経で明かされる妙には、このように多くの義があり、そうしたことも知らずに、妙法の道理を知っているのかなどと反論する愚かさを指摘するように教えられたものであろう。
 一義には、禅宗はこの妙法によって宗旨を建立したのか、と反論せよと仰せである。
 禅宗は妙法によって宗旨を建立したわけではないので、妙法の道理を知っているか等と聞くいわれはないのである。

0164:08~0165:10 第四章 天台宗の教義を破すtop
08   天台宗問答。
09   問う天台宗を無間という証拠如何、答う一義に云く法華を誹謗する故なり、一義に云く経文に背く故なり。 ・
-----―
 天台宗との問答。
 問うて言う。天台宗を無間という証拠はあるのか。
 答えて言う。一義には、法華経を誹謗するからである。
 一義には、経文に背いているからである。
-----―
10   問う余経無益と云う事はソを判ずる一往の意なり 再往の日は諸乗一仏乗と開会す何ぞ一往を執して再往の義を
11 捨つるや、 答う一義に云く今言う所の開会とは何れの教の開会ぞや、 一義に云く今経に於て本迹の十妙の下に各
12 二十の開会あり亦教行人理の四一開会の中には何れぞや、 一義に云く能開・所開の中には何れぞや、 一義に云く
13 開会の後善悪無しと云うか、 一義に云く天台宗は法華を信ずるか、 一義に云く開会の後諸宗を簡ばずと云わば天
14 台大師僻事なるか 其の故は南三北七云云伝教大師は六宗と云云、 一義に云く天台宗は悪行をも致す可きか性悪不
15 断と云うが故に自語相違なりと責む可きなり、 一義に云く開会の後に権実を立つる人は 僻事なるか爾らば薬王の
16 十喩・法師の三説超過云云、 一義に云く此の故に開会の心を以て慈覚は法華を謗ずるか、 一義に云く汝は慈覚の
17 弟子なるか爾らば謗法治定なるか。
-----―
 問うて言う。余経を無益というのは麤法を判ずる一往の意であり、法華経の再往の意は諸乗一仏乗と開会している。どうして一往の意に執して再往の意義を捨てるのか。
 答えて言う。一義には、あなたの今いうところの開会とは、どの教えの開会をいうのか。
 一義には、今経には本迹二門に十妙を立て、各二十の開会があり、また教・行・人・理の四一開会がある。その中のどの開会をいうのか。
 一義には、能開の法と所開の法の中ではいずれの開会をいうのか。
 一義には、開会の後には善悪はないというのか。
 一義には、天台宗は法華経を信じているのか。
 一義には、開会の後には諸宗も法華経も同じであるというならば、天台大師のいうことは間違ったことになるのか。そのわけは、天台大師は南三北七の十師を破し、伝教大師は南都六宗を破折したではないか。
 一義には、天台宗は悪行をしてもよいというのか、天台が性悪不断といっていることからいえば、善悪なしということと自語相違するではないかと責めるべきである。
 一義には、開会の後に権実を立てる人は間違ったことになるのか。もしそうであるならば、法華経薬王品の十喩や、法師品の三説超過などはどうなるのか。
 一義には、そのような開会の心を以って慈覚は法華経を誹謗したのか。
 一義には、あなたは慈覚の弟子であるのか。それならば謗法は免れないのである。
-----―
18   問う善悪不二・邪正一如の故に強ちに善悪を云う可からず元意の重是なり、 答えて云く天台の出世は悪を息め
0165
01 んが為か又悪を増さんが為か、一義に云く悪事を致せとは法華経二十八品の中には何れの処に見えたるや。
-----―
 問うて言う。善悪不二・邪正一如であるから、あながちに善悪をいうべきでないというのが元意の重である。
 答えて言う。天台大師出世は悪をやめんがためなのか、それとも悪を増さんがためなのか。
 一義には、悪事をしてもよいとは、法華経二十八品の中にはどの個所にあるのか。
-----―
02   問う絶待妙の事、 答う一義に云く先ず文段を問う可し、一義に云く何れの教の絶待ぞや、一義に云く此の故に
03 慈覚は法華を謗ずるか。
-----―
 問うて言う。絶待妙のこと。
 答えて言う。一義には、まず文段を問うべきである。
 一義には、何れの教の絶待妙であるのか。
 一義には、このゆえに慈覚は法華経を誹謗したのか。
-----―
04   問う相待は一往・絶待は再往と見えたり如何、 答う自義なるか経文なるか、一義に云く相待妙一往と云うは二
05 十八品の中には何れに見えたるや、 一義に云く相待妙は法華に明すか 余経に明すか若し法華に明さば法華は一往
06 なるか。
――――――
 問うて言う。相待妙は一往で、絶待妙は再往の義とあるがどうなのか。
 答えて言う。それは自義なのか、経文によるのか。
 一義には、相待妙は一往ということは、二十八品の中のどこにあるにか。
 一義には、相待妙は法華経に明かされているのか、余経に明かされているのか。もし法華経に明かされているとしたら、法華経は一往であるというのか。
―――――――
07   問う約教約部の故に約部の日は一往爾前の円を嫌うなり、 答う一義に云く言う所の約教は天台の判釈の四種の
08 約教の中には何れぞや、 一義に云く約部は落居の釈なるか、 一義に云く約部を捨つ可きか、一義に云く約教の時
09 爾前の円を嫌わば堕獄は治定なるか、  一義に云く約教の辺にて今昔円同じとは法華経二十八品の中何れぞや、一
10 義に云く玄文の第一の施開廃の三重の故に開会の後も余経を捨つると云う文をば知るか知らざるか。
――――――
 問うて言う。約教・約部からいえば、約部の立場では一往爾前の円を嫌う。
 答えて言う。一義には、いうところの約教は、天台の判釈の四種の約教の中のいずれをさすのか。
 一義には、約部は終結の釈であるのか。
 一義には、約部を捨てるべきか。
 一義には、約教の時、爾前の円を嫌った場合は堕獄は決定なのか。
 一義には、約教の辺では、今昔の円は同じであるとは、法華経二十八品の中でどの個所にあるのか。
 一義には、玄義の第一に、施開廃の三義をもって開会した後も余経を捨てるという文を知っているのか、知らないのか。

天台宗
 天台法華宗の事。法華経を正依の経として、天台大師が南岳大師より法をうけて「法華玄義」「法華文句」「摩訶止観」の三大部を完成させ、一方、南三北七の邪義をも打ち破った。天台の正法は章安大師によって伝承され、中興の祖と呼ばれた妙楽大師によって大いに興隆し、わが国では伝教大師が延暦3年(0784)に入唐し、妙輅の弟子である行満座主および道邃和尚によって天台の法門を伝承された。帰国後、殿上において南都六宗と法論を行い、三乗を破して一仏乗の義を顯揚した。教相には五時八教を立て、観心には三諦円融の理をとなえ、理の一念三千・一心三観の理を証することにより、即身成仏を期している。伝教大師の目標とした法華迹門による大乗戒壇は、小乗戒壇の中心であった東大寺等の猛反対をことごとく論破し、死後7日目に勅許が下り、比叡山延暦寺は日本仏教界の中心として尊崇を集め、平安町文化の源泉となった。しかし第三・第五の座主慈覚・智証から真言の邪法にそまり、かつまた像法過ぎて末法となり、まったく力を失ってしまったのである。
―――

 粗末・あらい・疎遠の意。
―――
本迹の十妙
 天台が法華玄義で明かしたもので、迹門に境・地・行・位・三法・感応・神通・説法・眷属・利益。本門に本因妙・本果妙・本国土妙・本感能妙・本神通妙・本説法妙・本眷属妙・本利益妙・本涅槃妙・本寿命妙がある。
―――
二十の開会
 妙法蓮華経の妙の一字に二十の開会の義があること。開会は真実を開き顕して一つに合わせる意。妙に相待妙と絶待妙があり、おのおの十妙がそなわっているゆえに二十の開会となる。
―――
教行人理
 天台が方便品の開三顕一・開示悟入の文を釈し「教一・行一・人一・理一」の四一の説をまとめたもの。教は仏の説いた教法、行は教法に示された修行、人は行を受け修する者、理は証得すべき法理。法華以前の経は三乗の法なので、教行人理が格別であるが、法華経では唯有一仏乗であることを明かしている。
―――
四一開会
 法華経で教行人理ともに開会され、一仏法界に帰入すること。四一開顕ともいう。
―――
能開
 開会すること。あるいは開会するもののこと。
―――
所開
 開会されること。あるいは開会されるもののこと。
―――
南三北七
 中国の南北朝時代に、仏教界は揚子江の南に三派・北に七派の合わせて十派に分かれていた。すなわち南三とは虚丘山の笈師・宗愛法師・道場の観法師、北七とは北地師・菩提流支・仏駄三蔵・有師(五宗)・有師(六宗)・北地禅師(二種大乗)・北地禅師(一音教)である。これらの十宗の説は、いずれも華厳第一・涅槃第二・法華第三と説き、天台大師に打ち破られた。
―――
伝教大師
 (0767~0822)。日本天台宗の開祖。諱は最澄。伝教大師は諡号。通称は根本大師・山家大師ともいう。俗名は三津首広野。父は三津首百枝。先祖は後漢の孝献帝の子孫、登萬貴で、応神天皇の時代に日本に帰化した。神護景雲元年(0767)近江(滋賀県)に生まれ、幼時より聡明で、12歳のとき近江国分寺の行表のもとに出家、延暦4年(0785)東大寺で具足戒を受けたが、まもなく比叡山に草庵を結んで諸経論を究めた。延暦23年(0804)、天台法華宗還学生として義真を連れて入唐し、道邃・行満等について天台の奥義を学び、翌年帰国して延暦25年(0806)日本天台宗を開いた。旧仏教界の反対のなかで、新たな大乗戒を設立する努力を続け、没後、大乗戒壇が建立されて実を結んだ。著書に「法華秀句」3巻、「顕戒論」3巻、「守護国界章」9巻、「山家学生式」等がある。
―――
六宗
 南都六宗のこと。三論・成美・法相・俱舎・律・華厳崇のこと。
―――
薬王の十喩
 薬王菩薩本事品で法華経が諸教の中ですぐれていることを十喩をもって述べた文。すなわち、諸水の中に海第一なるが如く(第一・水喩)、衆山の中に須弥山第一なるが如く(第二・山喩)、衆星の中に月天子第一なるが如く(第三・衆星喩)、日天子の諸闇を除くが如く(第四・日光喩)、諸王の中に転輪聖王第一なるが如く(第五・輪王喩)、三十三天の中に帝釈天第一なるが如く(第六・帝釈喩)、大梵天王の一切衆生の父なるが如く(第七・梵王喩)、一切凡夫の中に五仏子第一なるが如く(第八・四果辟支仏喩)、一切の無学の中に菩薩第一なるが如く(第九・菩薩喩)、仏の諸法の王なるが如く(第十・仏喩)である。
―――
慈覚
 (0794~0864)。比叡山延暦寺第三代座主。諱は円仁。慈覚は諡号。下野国(栃木県)都賀郡に生まれる。俗姓は壬生氏。15歳で比叡山に登り、伝教大師の弟子となった。勅を奉じて、仁明天皇の治世の承和5年(0838)入唐して梵書や天台・真言・禅等を修学し、同14年(0847)に帰国。仁寿4年(0854)、円澄の跡をうけ延暦寺第三代の座主となった。天台宗に真言密教を取り入れ、真言宗の依経である大日経・金剛頂経・蘇悉地経は法華経に対し所詮の理は同じであるが、事相の印と真言とにおいて勝れているとした。著書には「金剛頂経疏」7巻、「蘇悉地経略疏」7巻等がある。
―――
善悪不二
 三世諸仏諸仏総勘文抄に「善に背くを悪と云い悪に背くを善と云う、故に心の外に善無く悪無し此の善と悪とを離るるを無記と云うなり、善悪無記・此の外には心無く心の外には法無きなり」(0563-10)とある。
―――
邪正一如
 衆生の生命は性悪・性善ともにそなわっており、善悪は一如であること。爾前の諸教では成仏できなかた二乗・悪人・女人が十界互具・一念三千を説く法華経に至って成仏を許され、平等大慧の法が確立したことを示している。
―――
絶待妙
 天台法華玄義に説かれる教判。麤法を妙法を対比させるのではなく、そのまま麤法は妙法と開会し、爾前権経の教えをすべては妙法から生じた教えであり、全体である法華経が説かれたならば、爾前権経は全て法華経に帰入るすという教判。
―――
相待妙
 天台法華玄義に説かれる教判。法華経と爾前権経を対比して、法華経以外を麤と為す教判。麤とは不完全や粗悪という意味で、法華経からみるとそれ以前の教えは完全ではない事を言う。法華経は随自意の教えで、爾前権経は衆生の機根に合わせた随他意の教えであり、勝れた法華経を選び、爾前権経は捨てねばならないと立てる。
―――
約教
 一切の経々の内容となる蔵・通・別・円の四教について、勝劣浅深を判ずることです。簡略にいうと、蔵教は小乗の分析的な空のみの教え、通教は当体を即空と説く大乗の初門、別教は空は空、仮は仮、中は中と三諦各別に分析した教え、円教は一を挙げればそのまま三諦が円融相即した当体であると説く完全な教えである
―――
約部
 部とは華厳・阿含・方等・般若・法華涅槃の五部で、五時と同義です。華厳部には別教と円教、阿含部には蔵教のみ、方等部には四教のすべて、般若部には通教・別教・円教が、それぞれ合わせ説かれています。また法華涅槃部のうち、法華経は円教のみですが、涅槃経は法華開会の上から、四教すべてをいう。
―――
四種の約教
 天台が法華経の文々句々を釈すため、法華文句で四種の釈義を立てた。四種の釈義とは、因縁釈・約教釈・本迹釈・観心釈をいう。
―――
落居
 「らつこ」「らっきょ」とも読む。着目すること、終結すること。物事を徹底して見極めること。
―――
施開廃
 方便権教を法華実教に会入し、迹門を開いて本門を顕すために開いた施開廃の三義のこと。天台は妙法蓮華経を釈するにあたり、当体蓮華と譬喩蓮華の二義を立て、当体蓮華を説明するために、花の蓮華の特質から蓮を法華実教・華を方便権教にたとえて、三義、蓮を本門・華を迹門にたとえて三義を立て、六義をもって釈した。①迹門の三喩、為実施権・開権顕実・廃権立実。②本門の三喩、住本垂迹・開迹顕本・廃迹立本。
―――――――――
 天台宗との問答において予想される6項目をあげて破折の仕方をしめされている。
天台宗が無間地獄に堕ちる理由
 初めに、天台宗を無間地獄に堕ちるという証拠はあるのか、との天台宗側の反論に対する破折の仕方を示されている。
 一義には、法華経を誹謗するためであると反論せよ、と仰せである。
 天台宗は中国の天台大師、日本では伝教大師により、法華最第一を根本として立てられた宗であるが、日本の天台宗は、第三代座主慈覚・第五代座主智証以後は、真言密教を取り入れて、天台真言宗といわれるものに変質していたのである。すなわち、法華経と大日経を比較すると、説かれる理は一念三千で同じであるが、法華経に説かれていない印と真言が大日経には説かれているので事において勝れているとする。真言宗の善無畏が主張した理同事勝の邪義にたぶらかされてしまっていた。
 ただし、この真言宗に染まった天台宗の僧への破折は次の「山門流の真言問答」で取り上げられ、ここでは総じて一切経を開会ののちは法華経と等同であるとしたのに対する破折を示されるのである。
 大聖人は、御一代の化導において初めの段階では、念仏・禅等の破折に力点を置かれ、天台宗については破折されなかったが、竜の口法難以後、文底の実義を明らかにされるのと相応じて天台・真言に関しても明確に破折を加えられていった。
 叡山天台宗の堕落に関して三大秘法抄には「叡山に座主始まつて第三・第四の慈覚・智証・存の外に本師伝教・義真に背きて理同事勝の狂言を本として我が山の戒法をあなづり戯論とわらいし故に、存の外に延暦寺の戒・清浄無染の中道の妙戒なりしが徒に土泥となりぬる事云うても余りあり歎きても何かはせん」(1023-01)と指摘されている。
 ともあれ、なぜ天台宗も無間地獄という点について、一義には、経文に背いているためである。と反論せよと仰せである。
 一切経の中で法華経が最第一であることは、法華経に繰り返し説かれていることである。したがって、爾前諸経も開会ののちは法華経と等しいなどというのは、経文に背いた邪義なのである。
開会の後は諸乗一仏乗との義を破す
 次に、法華経以外の余経を無益とするのは、妙法に対して麤法と判ずる一往の意であり、法華経の再往の義は、諸乗は皆、一仏乗と開会されるのであって、なぜ一往の意のみに執着して再往の義を捨てるのか、と天台宗側が反論してきた場合の破折の仕方を示されている。
 一義には、今いうところの開会とはどの教の開会をさしているのか、と反論すべきであると仰せである。
 開会の開とは真実を開き顕しこと、会とは会入の意で、真実を開き顕して一つに合わせること、また、方便の法を開いて真実の法に会入させることをいう。
 これには、教法のすべてが一法に帰着するという法開会と、万人の平等の成道を説いた人開会がある。法開会は諸経にも説かれるが、人開会は法華経に限られるのである。
 法華経方便品第2には「一仏乗に於いて分別して三と説きたもう」と説かれており、三乗を説いたのは一仏乗を顕すためであることが明かされ、三乗が正しく一仏乗にのっとって位置づけられているのが開会の立場である。また、「唯一乗の法のみ有り、二無く亦三無し」と説かれているのは、三乗を開いて、一仏乗を顕したもので、方便の教法を開会して一仏乗に帰入させたものである。これが迹門の開会である。本門では、一切の諸仏を開会して、久遠の本仏に帰入せしめている。
 開会といっても、いずれの教の開会なのかと反論することは、諸経の開会なのか、法華経迹門の開会なのか、本門の開会なのかを明らかにせよということであり、開会を論ずるならば、まずその前提を明確にすべきであるとの指摘である。
 一義には、法華経の開会には、本門と迹門の十妙にそれぞれ相待妙と絶待妙の二妙があるので20の開会となり、また教・行・人・理ともに唯有一仏乗であるとの四一開会が示されているが、今いうところの開会はそれらの内のどれをさしているのか、と反論せよと仰せである。
 法華経の開会といっても多くの開会があり、そのいずれかを明確にしなければ、開会を論ずることはできないのである。
 一義には、開会の内で、能開と所開のどちらをさしているのか、と反論せよと仰せである。
 能開とは能く開会する立場をいい、法華経をさす。所開とは開会されるものをいう。たとえば、爾前の諸経は法華経に開会されるので、爾前の諸経は所開、法華経は能開となるのである。
 一義には、開会の後には善悪はなくなるというのか、と反論せよとの仰せである。
 法華経が説かれることによって爾前の諸経は開会されるが、開会された後の法華経と爾前経の間には勝劣・善悪の区別がなくなるのではない。爾前経が法華経の開会によって生かされるのであり、けっして法華経と同等になるわけがないのである。したがって、開会されたからといって大日経を根本として法華経をないがしろにするならば、大悪になることに変わりはないのである。
 一義には、天台宗は法華経を信ずるのか、と反論せよと仰せである。
 こうした天台宗側の言い分は、爾前経である大日経を根本と立てる真言密教の正当化を意図したもので、法華経への信をうしなったことにその根源がある。そのため、天台宗は法華経をしんじているのか、とその本質を鋭く指摘すべきであると仰せられたのであろう。
 一義には、法華経によって諸経が開会された後は、いずれの宗を信じてもよいのであって簡別する必要がないというなら、天台大師が当時の南三北七の諸宗を破り、伝教大師が南都六宗を破折したことは誤りだったというのか、と反論すべきであると仰せである。
 釈尊は、法華経薬王菩薩本事品第23では、水・山・衆星・日光・輪王・帝釈・大梵王・四果辟支仏・菩薩・仏などの10種の譬喩を用いて、法華経が諸経の中で最高の教えであることを説いている。法師品第10では「我が所説の経典、無量百千億にして、已に説き、今説き、当に説かん、而も其の中に於いて、此の法華経、最も為れ難信難解なり」と説いて、已説の爾前経、今説の無量義経、当説の涅槃経の三説に、法華経は超過して勝れていることを明かしている。
 一義には、そのような開会の意味で、慈覚は法華経を誹謗したのか、と反論せよと仰せである。
 天台宗延暦寺第3代座主・慈覚は、伝教大師の弟子でありながら、真言の宗義に顛倒して、座主になった後に、大日経第一・法華経第二・諸経第三という教判を立てて、天台宗の華厳化を図り、宗義を濁乱させている。
 慈覚が、法華経を大日経に劣るとしていることは、開会の後には権実・勝劣はないとする言い分と全く矛盾する。しかも、大日経と法華経は説かれている理同事勝の義は釈尊が法華経で述べた法華最勝の義に反する邪義である。ゆえに皮肉の意味をこめて「此の故に開会の心を以て慈覚は法華を謗ずるのか」と破折されたのであろう。
 一義には、このような慈覚の弟子であるならば謗法であることは決定しているのではないか、と破折せよと仰せである。
 当時の天台宗は、慈覚門下と智証門下の対立はあったが、彼らの理同事勝の邪義、また一切経は法華経だとする誤りを引きついでいることにおいては変わりなく、天台僧はまず全員この謗法に堕しているといってよい状態であったので、このように破折せよといわれたのである。
「善悪不二・邪正一如」のゆえに善悪無しとするを破す
 次に、天台宗側が、善悪不二であり、邪正一如なのだから、強いて善と悪とを区別してはならない、というのが元意の重であるといったならば、天台大師がこの世に出現したのは、悪を息めるためだったのか、それとも悪を増すためだったのか答えよ、と仰せである。
 善悪不二とは、善と悪とは一体不二の関係にあることをいい、すべての事象は一念三千の当体であり、善と悪の両面を具しているので、善悪一如ともいう。
 邪正一如とは、邪は邪典な教え、正は中正の教え、一如は不二を意味している。たとえば爾前経を法華経より勝れるとして信ずれば邪になるが、法華経への序分であり部分間であるとして用いれば正になる。爾前経それ自体は正でも邪でもないのである。
 まして法華経は善悪、邪正の区別を超越した根源の法であるから、善と悪を区別する必要はない、というのが法華経の元意として重んずることである、と天台宗は主張したのであろう。
 しかし、善悪不二・邪正一如なのだから、善と悪、正と邪を区別して、取捨選択する必要がないというのならば、天台大師が出世して、法華最勝の義を説いて南三北七の諸宗を破折する必要はなかったことになる。天台大師は、一切の事物・事象の本質は一念三千であり、善悪不二であることを明かしたが、悪が増えることを願ったものはもとよりなく、この正法にそむく悪や邪義を止めるためであったことは当然であろう。
 したがって、こうした言い分は、全くの屁理屈にすぎないのである。
 一義には、悪事をせよとは、法華経28品のどこに説かれているか、と反論せよと仰せである。
 これも、前項と同じで、善悪不二・邪正一如が法華経で明ぜかされた法理であっても、法華経28品には、どこにも悪事をせよとは説かれていない。そのことを指摘し、破折すべきである、との仰せであろう。
絶待妙のゆえとする義を破す
 次に、天台宗側が、法華経は絶待妙であって、この立場からすれば、善悪・麤妙の区別はない、といってきた場合の反論の仕方を示されている。
 一義には、まず、天台等が絶待妙について、どのような文段で述べられているかを問うべきである、と仰せになっている。
 絶待妙とは、天台大師が法華玄義において、一切の教法を法華経の体内の法として見た場合には、ことごとく大乗であり、真実の教えであることを明かしていることをいう。これを、絶待開会ともいう。あくまで「法華の体内」として捉えた場合のことであることを弁えなければならない。
 絶待妙については、法華玄義巻2の上と下、妙楽大師の止観義例巻上等に述べられているが、それらのうち、どこに論拠があるのかと反論すべきである、と仰せなのである。
 玄義巻2下では、絶待妙とは開権顕実・開麤顕妙であり、これによって法華経が衆経を総括した仏の本意であり、諸の教法の究極であることを明かしている。
 止観義例では、教相によって相対して麤か妙かを明かす相待妙を前提としなければ、開くべき麤も顕すべき妙もないので、絶待妙を顕すことはできないことが説かれている。ゆえに、相待妙を忘れて絶待妙のみに偏るなら、相対・差別がある現実から遊離した観念論となり、混乱を招くのである。
 したがって、法華経の絶待妙の立場では、善悪・麤妙の区別がなくなるから、爾前経でも功徳があるとするのは、これら天台・妙楽の意に背くことになるのである。
 一義には、いずれの教えの絶待妙かと反論すべきである、と仰せである。
 絶待妙とは、法華経によってのみ成り立つ法理であり、法華経を根本としてこそいえるのであって、その法華経を忘れて真言第一としていることは大なる誤りであるということである。
 一義には、として、それではこの絶待妙の意から、慈覚は法華経をひぼうしたのか、と反論せよと仰せである。
 これは先の「開会の心を以て慈覚は法華を謗ずるかという項目と同じで、本来絶待妙の立場では全て一如であるといいながら、慈覚は法華経は大日経より劣ると誹謗しているのだから矛盾するのではないかとの破折である。
相対は一往、絶対は再往の義を破す
 次に、天台宗側が、相待妙は一往の義であり、絶待妙は再往の実義なのであるから、相待妙のみにとらわれて他経を悪であり麤法であると折伏するのは誤りではないか、と主張した場合の反論の仕方が示されている。
 まず、それは自義なのか、経文にあるのかとはんろんせよ、と仰せである。相待妙は一往の義である、などとする根拠はなにもないのである。
 一義には相待妙は一往の義であるというのは、法華経28品のどこに説かれているのか、と反論せよと仰せである。
 法華経では、一貫して法華経最勝の義が説かれており、相待妙が一往などと説かれているはずがないのである。
 一義には、相待妙は法華経に明かされているのか、余経に明かされているのか、もしも法華経に明かされているなら、法華経は一往の浅い教えになるのか、と反論せよと仰せである。
 相待妙とは、麤法を破って妙法を顕し、また麤法を廃して妙法を顕すことであり、余経を麤、法として破り、廃して法華の妙を顕すのが相待妙なのであって、法華経には一貫してこのことが説かれている。もし、相待妙は一往の浅い論じ方だというならば法華経は一往の浅い教えということになる。それこそ法華経を謗っていることになるではないか、との反論である。
約教・約部の釈について破す
 次に、約教・約部の釈をめぐる問答の仕方を示されている。
 約教・約部とは、天台の立てた教判で、約教とは釈尊の一代50年の説法を、化法の四教と化儀の四教の八教に約して論ずることをいい、約部とは釈尊の教法を五部に約して論ずることをいう。
 天台大師は、法華玄義の中で三種の教相を立てているが、その第一の根性の融・不融の相を判ずる中で、次のように論じている。約教の立場では、法華経と爾前経の円教は、ともに円融相即を説いているので同一であるが、約部の立場では、法華時にのみ純粋な円教が説かれており、爾前の円教は方便権教を兼帯しちるので、法華経は勝れ、爾前の円教は劣るとされている。これを約教与釈、約部奪釈ともいう。
 天台宗側が、この約教・約部の立て分けを用いて、爾前の円は劣るとして嫌うのは、あくまで、約部の一往の辺であって、法華経のみを勝れるとし他経を劣るとするのはこの一往の立場に固執しているからではないか、といってきた場合の破折の仕方を示されているのである。
 一義には、今いっている約教とは、天台の判釈の四種の約教の中の何をさしているのか、と反論せよとの仰せである。
 「四種の約教」とは、天台大師は法華文句で因縁釈・約教釈・本迹釈・観心釈の四種の釈を用いて、法華経の文々句々を解釈している。この場合の約教は、化法の四教に基づいて四種に釈しているので、そのことをさしているのであろうか。
 教法に約すといっても、蔵・通・別・円の四教のうち、いずれの立場で見ていくかが問題であるということであろう。つまり最も低い通教の立場で見れば、どの経でもよいということになる。
 一義には、約部は落居の釈なのか、と反論せよとの仰せである。
 落居とは、ことの決まること、落着・終結等の意がある。質問者は、約部を“一往”の立場としているのが、天台の教判自体、最終的に法華最勝を明らかにすることにあったのであって、法華経という経を選びとること、すなわち「約部」に結末があったのである。
 一義には、約部の釈は捨てるべきなのか、と反論せよとの仰せである。
 約部の釈では一往は爾前の円を嫌っているが、再往は約教の釈によれば嫌うべきではない、という天台宗側の姿勢の誤りを指摘するために、約部の釈は捨てるべきなのか、と責めるべきであるとの仰せであろう。
 一義には、約教釈の時に爾前の円を嫌うと、地獄に堕ちることは必定なのか、と反論せよとの仰せである。
 天台大師の教判では、化法の四教の第四を円教としているが、円にも爾前の円と法華の円の二つがあり、厳密には三諦・十界・十如是・三千の諸法が円融円満に示されている法華経のみが真の円教であるとしているのである。
 したがって、約教釈であっても、爾前の円を法華経に劣ると下すことがただしいのであって、こう断じることが、地獄に堕ちる業因などになるわけがないのである。
 一義には、約教の立場では、爾前の円と法華の円は同じであるというのは、法華経28品の中のどこにとかれているのか、と反論せよとの仰せである。
 法華経には、已今当の三説など、釈尊の説いた諸経の中で、法華経が最も勝れていることが各所に説かれており、法華経のみが真実の円教であることが明らかに示されている。爾前の円とは、諸経に説かれた法理に、天台大師が与えていった釈なのである。したがって、法華経には、爾前の諸経の破折は説かれていても、同じ円教などは説かれていないのである。
 一義には、また天台大師の法華玄義に、施開廃の三義によって、法華経の開会が説かれ、開会の後でも余経を捨てられているが、その文を知っているかしらないのか、と反論せよとの仰せである。
 施開廃とは、天台が一切経を法華経の経意から開顕し、会入して、迹門を開いて本門を顕すために立てた施・開・廃の三義のことで、施とは準備的な序説を施すこと、開とは開会すること、廃とは開会した後は廃することをいう。これには、迹門と本門の両重がある。
    迹門の三義 実のために権を施す(為実施権)
          権を開いて実を顕し(開権顕実)
          権を廃して実を立る(廃権立実)
    本門の三義 本より釈を垂れる (従本垂釈)
          迹を開いて本を顕す(開迹顕本)
          迹を廃して本を立る(廃迹立本)
 迹門の三義によっては爾前経が廃されて、捨てられるのであり、本門の三義では法華経の迹門が配されて、捨てられるのである。
 すなわち、迹門の三義の場合は「権を開いて実を顕す」、本門の三義の場合は「迹を開いて本を顕す」が“開会”にあたる。この“開会”のあと、迹門の場合「権を廃し」本門の場合「迹を廃し」とあるように、迹門では権教が、本門では迹門が、廃し捨てられるのである。したがって、開会したのちは捨てないという門者の言い分は、天台大師の立義に背いているのである。

0165:11~0165:18 第五章 天台密教の邪義を破すtop
11   山門流の真言宗問答。
12   問う法華第一と云うは顕教の門なり真言に対すれば第一とは云う可からず、 答う自義なるか経文なるか爰を以
13 て慈覚大師を 無間と申すなり、 一義に云く真言に対して法華第一ならば亡国治定なるか、 一義に云く真言は已
14 今・当・の中には何れぞや、若し外と云わば一機一縁の一往にして秘密とは云わる可からざるなり。
-----―
 山門流の真言宗との問答。
 問うて言う。法華第一というのは、顕教の門のことであり、真言に対すれば第一とはいえない。
 答えて言う。それは自義なのか、それとも経文によるのか。これをもって、慈覚大師を無間地獄というのである。
 一義には、真言に対して法華経が第一であるならば真言亡国は決定となるのか。
 一義には、真言は已・今・当の三説の中ではいずれであるのか。もし三説の外というのであれば、それは一機一縁のために説かれた一往であり、秘密教とはいわれないものである。
-----―
15   問う法華と真言とは理同事勝の故に真言に対すれば戯論の法と云うか、 答う一義に云くさてこそ汝は無間治定
16 なれ、一義に云くさては慈覚は真言をも謗ずるなり其の故は理同の法華を謗ずる故なり。
-----―
 問うて言う。法華経と真言の経とは、理同事勝のゆえに法華経は真言に対すれば戯れの法であるというのか。
 答えて言う。一義には、そうゆうからあなたは無間地獄が必定なのである。
 一義には、それでは慈覚は真言を誹謗したことになる。そのわけは理において真言と同じである法華経を謗じているからである。
-----―
17   問う伝教の本理大綱集の文を以て顕密同と云う事、 答う一義に云く此の書は伝教の御作に非ざるなり、一義に
18 云く此の書に依つて法華を慈覚は謗ずるか。
-----―
 問うて言う。伝教の本理大綱集の文を引いて、顕教と密教は同じであるという。
 答えて言う。一義には、この書は伝教の御作ではない。
 一義には、この書に依って慈覚は法華経を謗ったのか。

山門流の真言宗
 台密真言宗のこと。開祖は比叡山延暦寺第三祖慈覚。
―――
真言宗
 大日経・金剛頂経・蘇悉地経等を所依とする宗派。大日如来を教主とする。空海が入唐し、真言密教を我が国に伝えて開宗した。顕密二教判を立て、大日経等を大日法身が自受法楽のために内証秘密の境界を説き示した密教とし、他宗の教えを応身の釈迦が衆生の機根に応じてあらわに説いた顕教と下している。なお、真言宗を東密(東寺の密教の略)といい、慈覚・智証が天台宗にとりいれた密教を台密という。
―――
顕教
 「けんきょう」「けんぎょう」とも読む。文字の上にあらわに説き示された教え。真言宗では応身の釈迦仏が説いた法華経を「顕教」とし、法身の大日如来が説いた教法を密教とするという邪義を立てている。
―――
慈覚大師
 (0794~0864)。比叡山延暦寺第三代座主。諱は円仁。慈覚は諡号。15歳で比叡山に登り、伝教大師の弟子となった。勅を奉じて承和5年(0838)入唐(にっとう)して梵書や天台・真言・禅等を修学し、同14年(0847)に帰国。仁寿4年(0854)、円澄の跡を受け延暦寺の座主となった。天台宗に真言密教を取り入れ、真言宗の依経である大日経・金剛頂経・蘇悉地(経は法華経に対し所詮の理は同じであるが、事相の印と真言とにおいて勝れているとした。「金剛頂経疏(」7巻、「蘇悉地経疏」7巻等がある。
―――
已今当
 法華経法師品第十に「我が説く所の経典は無量千万億にして、已に説き、今説き、当に説くべし」とある。天台大師はこの文を法華文句巻八上に「今初めに已と言うは、大品已上は漸頓の諸説なり。今とは同一の座席にして無量義経を謂うなり。当とは涅槃を謂うなり」と釈し、「已説」は四十余年の爾前の経々、「今説」は無量義経、「当説」は涅槃経をさすとしている。
―――
理同事勝
 真言宗の開祖・善無畏三蔵のつくった邪義。法華経と大日経とを比較すると、理の上では釈尊も大日如来も一念三千にほかならないので同じであるが、事において、すなわち、この教理を形の上に表わす印や真言の作法は、法華経にないので大日経が法華経に勝れているとする謬説。
―――
戯論
 児戯に類した無益な論議・言論のこと。
―――
本理大綱集
 1巻。伝教大師の著といわれるが、偽書の疑いが濃い。三身仏説方位前の文。一代五時説の文。十界互具の文。阿字一心の文の四課からなり、入唐中に伝承した法の深義を記されたものとされる。台密ではこれを密教と法華経の理同事勝の拠りどころとしている。
―――
顕密同
 顕教と密教は大旨は同じであるとする台密の義。
―――――――――
 いわゆる中古天台は、開会のうちは一切経が法華経と等しいとしており、それに対する破折を前章で示され、ここではとくに山門流の真言、すなわち天台密教の邪義を上げて、その破折の仕方を示されている。
法華第一なるを明かす
 天台密教では、法華経が諸経の中で第一というのは、顕教の法門の中のことであって、真言の三部経に対すれば第一とはいえない、と主張している。
 顕教とは、衆生に理解できるよう顕に説かれた教えをいう。真言宗などでは、大日経等は密教であるとして、顕教である他経より勝れていると主張したのである。
 真言宗では、法華経は釈尊の説いた一切経の中では第一であるが、大日経は大日如来の説いた経であり、法華経と比較すると大日経が勝るのである、と主張している。
 それに対して、日蓮大聖人は、
    ①釈尊の外に、この娑婆世界で、大日如来が、いつ、どこで、出家し、得道して大日経を説いたのか
    ②六波羅蜜経には釈尊の説いた諸経を五臓に分けているが、その中の第五の陀羅尼蔵は真言の経であるとしている。真言経は釈尊の説でないということは、この経文に違背することになる
    ③釈尊が、已・今・当の三説をあげて、我が説く所の経典の中で法華経が第一であると説いた経文は、大日如来をはじめ十方分身の諸仏が真実であると証明しているのである。
    ④大日経等の諸の真言経の中に、法華経よりすぐれているという経文はどこにも無い、などの理由をあげて破折されている
 と、法華真言勝劣事で論じられている。
 ここでは、それは自義なのか、経文なのかと反論し、慈覚大師は経文にない我見を主張しているから無間地獄に堕ちるのである、と責めよと仰せである。
 法華経は顕教の中で第一であって、真言に比べれば劣ると立てることは、経文によらない自義、己義であり、仏説に背く邪義だからである。
 先にも述べたように比叡山延暦寺の第参代座主・慈覚は、伝教大師の弟子でありながら、真言の宗義に顛倒して、大日経第一・法華経第二・諸経第三の教判を立て、大日如来を本尊とし、善無畏を師としたため、それ以後の天台宗が真言化して濁乱する因をつくったのである。
 大聖人は「天台座主を見候へば伝教大師は・さてをきまいらせ候いぬ、第一義真・第二円澄・此の両人は法華経を正とし真言を傍とせり、第三の座主・慈覚大師は真言を正とし法華経を傍とせり、其の已後代代の座主は相論にて思い定むる事無し」(1019-13)と述べられている。
 一義には、真言に対して法華経が第一ならば、真言が亡国ということは必定であろう、と反論せよと仰せである。
 真言の経が法華経に勝るということはまったく根拠がなく、法華経が一切経の中で第一であるということは仏説によるのである。したがって、仏説にそむいて、大日経を最勝とし、法華経を下げるのは、柱を倒す行為であり、国を滅ぼし、家を滅ぼし、身を滅ぼす業因となるのである。
 一義には、真言の経は、法華経法師品の已・今・当の三説の中でどれに当たるのか、もしも真言は三説の外であるというなれ、一機一縁の教説であって、秘密教とはいえないのではないか、と反論せよと仰せである。
 法華経法師品第10には「我が所説の経典、無量千万億にして、已に説き、今説き、当に説かん。而も其の中に於いて、此の法華経、最も為れ難信難解なり」とあり、已説とは爾前の40余年の諸経であり、今説とは無量義経であり、当説とは涅槃経をさしている。これを、已・今・当の三説といい、法華経は、この三説に超過しているので「三説超過」といわれている。
 真言三部経は、当然、已説の経であり、法華経と比較すれば、未顕真実の権教方便の教説なのである。
 もしも、真言の経典を已・今・当の三説の外であると主張するとしたら、特定の機縁の衆生のために説かれた一機一縁の教説ということになり、仏が容易には人に示さない秘密の教とはいえないのである。
理同事勝の邪義を破す
 次に、法華経と真言とは理は同じで、印・真言の事において真言が勝っているので、法華経は真言に対すれば戯論の法というのである、との邪義に対しての反論の仕方を示されている。
 「戯論」とは、戯れの無益の論議という意で、弘法は法華経を真言や華厳に比べると「戯論」であると下している。
 一義には、そのようにいうからこそ、汝が無間地獄に堕ちることは必定なのであると破折せよ、と仰せである。
 理同事勝とは、天台密教を立てた邪義であり、大日経に説く「阿字本不生」、すなわち宇宙の万有を阿字に収めて、一切法がそのまま心理であり生滅のないものであるという理を、法華経の諸法実相・一念三千の理を同一として、しかも法華経には印と真言の事相が欠けているので、大日経が勝れているとしたものである。
 大聖人は、比叡山第三代座主の慈覚が、理同事勝の邪義を立てたことを、「慈覚大師・御入唐・漢土にわたりて十年が間・顕密二道の勝劣を八箇の大徳にならひつたう、又天台宗の人人・広修・惟ケン等にならはせ給いしかども心の内にをぼしけるは真言宗は天台宗には勝れたりけり、我が師・伝教大師はいまだ此の事をばくはしく習せ給わざりけり漢土に久しくもわたらせ給わざりける故に此の法門はあらうちにをはしけるやとをぼして日本国に帰朝し・叡山・東塔・止観院の西に総持院と申す大講堂を立て御本尊は金剛界の大日如来・此の御前にして大日経の善無畏の疏を本として金剛頂経の疏七巻・蘇悉地経の疏七巻・已上十四巻をつくる、此の疏の肝心の釈に云く『教に二種有り一は顕示教謂く三乗教なり世俗と勝義と未だ円融せざる故に、二は秘密教謂く一乗教なり世俗と勝義と一体にして融する故に、秘密教の中に亦二種有り一には理秘密の教諸の華厳般若維摩法華涅槃等なり但だ世俗と勝義との不二を説いて未だ真言密印の事を説かざる故に、二には事理倶密教謂く大日教金剛頂経蘇悉地経等なり亦世俗と勝義との不二を説き亦真言密印の事を説く故に』等云云、 釈の心は法華経と真言の三部との勝劣を定めさせ給うに真言の三部経と法華とは所詮の理は同じく一念三千の法門なり、しかれども密印と真言等の事法は法華経かけてをはせず 法華経は理秘密・真言の三部経は事理倶密なれば天地雲泥なりとかかれたり」(0280-11)と述べられている。
 しかも、真言の三部経には一念三千・久遠実成の義は少しもなく、善無畏が天台大師の説いた一念三千の法理を盗んで、大日経の類似の表現の語句にこじつけたものにすぎない。また、印と真言というのは成仏とは無関係の枝葉にすぎないのである。
 大聖人は、「一代に簡われ諸経に捨てられたる二乗作仏は法華に限れり、二乗は無量無辺劫の間・千二百余尊の印契真言を行ずとも法華経に値わずんば成仏す可からず、印は手の用・真言は口の用なり其の主が成仏せざれば口と手と別に成仏す可きや、一代に超過し三説に秀でたる二乗の事をば物とせず事に依る時は印真言を尊む者・劣謂勝見の外道なり」(0146-16)と仰せになっている。
 また、法華真言勝劣事には「天台真言宗の所立・理同事勝に二難有り、一には法華経と大日経と理同の義其の文全く之無し、法華経と大日経と先後如何、既に義釈に二経の前後之を定め畢つて法華経は先き大日経は後なりと云へり、若し爾らば大日経は法華経の重説なる流通なり、一法を両度之を説くが故なり若し所立の如くば法華経の理を重ねて之を説くを大日経と云う、然れば則ち法華経と大日経と敵論の時は大日経の理之を奪つて法華経に付く可し、但し大日経の得分は但印真言計りなり、印契は身業・真言は口業なり身口のみにして意無くば印・真言有る可からず、手口等を奪つて法華経に付けなば手無くして印を結び口無くして真言を誦せば虚空に印真言を誦結す可きか如何、裸形の猛者と甲冑を帯せる猛者との譬の事、裸形の猛者の進んで大陣を破ると甲冑を帯せる猛者の退いて一陣をも破らざるとは何れが勝るるや、又猛者は法華経なり甲冑は大日経なり、猛者無くんば甲冑何の詮か之有らん此れは理同の義を難ずるなり、次に事勝の義を難ぜば法華経には印・真言無く大日経には印真言之有りと云云、印契真言の有無に付て二経の勝劣を定むるに大日経に印真言有つて法華経に之無き故に劣ると云わば、阿含経には世界建立・賢聖の地位是れ分明なり、大日経には之無し、彼の経に有る事が此の経に無きを以て勝劣を判ぜば大日経は阿含経より劣るか、 雙観経等には四十八願是れ分明なり大日経に之無し、般若経には十八空是れ分明なり大日経には之無し、此等の諸経に劣ると云う可きか、又印・真言無くんば仏を知る可からず等と云云、今反詰して云く理無くんば仏有る可からず仏無くんば印契真言・一切徒然と成るべし」(0123-02)とも仰せである。
 善無畏や弘法大師等の邪義に誑かされて真言の方が法華経より勝れるとした慈覚の義は明らかに、釈尊の本意に背き、師の伝教大師の教えにも違背しており、法華経誹謗の大謗法の邪義であるゆえに、無間地獄に堕ちることは間違いないのである。
 一義には、そのようにいう慈覚は、真言をも誹謗しているのである。なぜなら、法華経と真言とは理において同じだとすれば、法華経を謗ることによって真言をも謗っていることになるではないか、と反論せよとの仰せである。
 奪っていえば、理同事勝が根拠のない邪義であることは前に述べた通りだが、与えていっても、法華経と真言が同等であるとするなら、その一方を下すことは、もう一方を下すことになる道理だからである。
 次に、伝教大師の著作とされる本理大網集の文を引いて、顕教と密教は大旨が同じであるとする天台密教の説に対する破折の仕方が示されている。
 本理大網集とは、伝教大師最澄の著とされるが、偽作の疑いが濃い。天台密教は伝教が入唐中に伝承した法門の深義を記したものとして、この書の内容を真言と法華経の理同事勝の依拠としていたのである。
 一義には、この書は伝教大師の著作には非ず、と反論せよと仰せである。
 本理大網集は、修善和尚が記録した「伝教大師御撰述目録」にも記載されておらず、一般でも偽書とされているのである。
 また、伝教大師は、中国へ渡って、天台と真言の両宗について見聞しており、法華と真言の勝劣を見抜いていたが、明確には述べなかったのである。
 大聖人はその理由を「日本国の伝教大師・漢土にわたりて天台宗をわたし給うついでに真言宗をならべわたす、天台宗を日本の皇帝にさづけ真言宗を六宗の大徳にならはせ給う、但し六宗と天台宗の勝劣は入唐已前に定めさせ給う、入唐已後には円頓の戒場を立てう立てじの論の計りなかりけるかのあひだ敵多くしては戒場の一事成りがたしとやをぼしめしけん、又末法にせめさせんとやをぼしけん皇帝の御前にしても論ぜさせ給はず弟子等にもはかばかしくかたらせ給はず、但し依憑集と申す一巻の秘書あり七宗の人人の天台に落ちたるやうをかかれて候文なり、かの文の序に真言宗の誑惑一筆みへて候」(0276-12)と仰せになっている。
 したがって、伝教大師が法華経と真言との関係を理同事勝とするはずがないのであり、本理大網集が、伝教大師の著作であるはずがないのである。
 一義には、慈覚はこの書をよりどころにして、法華経を誹謗したのか、と反論せよと仰せである。
 慈覚は、伝教大師の著作とされていた本理大網集を根拠にして理同事勝とたてたのならまだしも、そうではなく、中国で真言を学び、善無畏の説を鵜呑みにして理同事勝と立てたのである。後に、それを裏付けるため、本理大網集を伝教の著として偽作されたとも考えられるのである。

0166:01~0167:01 第六章 真言密教の邪義を破すtop
0166
01   東寺流の問答。
02   問う真言は釈尊の説と云う事其の証拠如何、答う若し真言釈尊の説ならば亡国は治定なるか、 若し然なりと云
03 わば 弘法大師五蔵を立つる時・法華を六波羅蜜経の五蔵の第四般若波羅蜜蔵・第五の陀羅尼蔵をば真言と建立し給
04 へり如何。
-----―
 東寺流との問答。
 問うて言う。真言は釈尊の所説であるという証拠はどこにあるのか。
 答えて言う。もし真言が釈尊の説であったら、真言亡国は必定であるのか。もしそうだといったら弘法大師が五蔵を立てた時、法華経を六波羅蜜経の五蔵の第四般若波羅蜜蔵に配し、第五の陀羅尼蔵を真言にあてているのは、これはいかなることか。
-----―
05   問う真言宗を未顕真実とは言うべからず其の故は釈迦の説の外に建立する故なり如何、 答えて云く若し釈尊の
06 説教ならば亡国は治定なるか、 一義に云く六波羅蜜経は釈迦の説なるか大日の説なるか、 若し釈迦の説ならば未
07 顕真実は治定なるか、他云く釈迦所説の顕教無益なりと。
-----―
 問うて言う。真言宗は無量義経の四十余年未顕真実の中には入らない。そのわけは釈尊の説の外に立てたものだからである。
 答えて言う。もし真言が釈尊の説教であるならば真言亡国は必定であるのか。
 一義には、六波羅蜜経は釈尊の説なのか、それとも大日の説なのか。もし釈尊の説であるならば未顕真実は決定であるのか。
 また、釈尊所説の顕教は無益であるというのか。
-----―
08   尋ねて云く六波羅蜜経は顕教密教の中には何れぞや、 他云く六波羅蜜経は雑部の真言なり我が家の三部は純説
09 の真言なり、 答う助証正証と云う事全く弘法の所判に見えず若し弘法の義ならば堕獄は治定なるか、 他云く真言
10 は速疾の教・顕教は迂回歴劫の教なり云云、 自ら云く自義なるか経文なるか、 他云く五秘密教に云く「若し顕教
11 に於て修行する者は久しく三大無数劫を経」と説けり是れ其の証拠なり如何、 答う、 さて此の経は釈迦の説なる
12 か大日の説なるか若し釈迦の説ならば未顕真実は治定なるか。
-----―
 尋ねて言う。六波羅蜜経は顕教・密教の中ではいずれか。
 また、六波羅蜜経は雑部の真言であり、我が真言家の三部は純説の真言である。
 答えて言う。助証・正証ということは、全く弘法の判別には見えないが、もし弘法の義であるならば堕地獄は必定なるか。
 また、真言は速疾頓成の教であり、顕教は迂回歴劫の教である等とおったら、それは自義なのか経文の義なのか。
 また、五秘密教に「もし顕教によって修行する者は久しく三大無数劫を経なければならない」と説かれている。これがその証拠であり、いかがか。
 答えて言う。これは釈尊の説なのか、大日の説なのか、もし釈尊の説であるならば未顕真実の教であることは決定である。
-----―
13   問う法華宗は何れの経に依つて仏の印契相好を造るや 顕教には無し但真言の印を盗むと覚えたり如何、 答う
14 之に依つて法華を謗ずるか、 一義に云く汝盗むの義相違せば亡国は治定なるか、 一義に云く汝法華宗の建立する
15 所の大段の妙法蓮華経をば 本尊と落居して問うか、 一義に云く釈尊を三部に依つて建立する故に驢牛の三身と下
16 すか若し爾なりと云わば返つて 汝は真言を誹謗する者なりと責む可し、 一義に云く三世の諸仏の印契相好実に妙
17 法蓮華経に依つて具足するの義・落居せば亡国は治定なるか、又盗人は治定なるか、 一義に云く竜女・霊山に即身
18 に印契相好具足し南方に成道を唱えしは 真言に依つて建立するか 若し爾なりと云わば直に経文を出せと責む可き
0167
01 なり。
-----―
 問うて言う。法華宗はいずれの経によって仏の印契・相好を造るのか。これらは顕教にはないものであるから、法華宗は真言の印を盗んだものであり、いかがか。
 答えていう。これによって法華経を誹謗するのか。
 一義には、あなたは真言の義を法華宗が盗んだというがするならば真言亡国は必定と認めるのか。
 一義には、あなたは法華宗の建立するところの大段の妙法蓮華経を本尊と納得して問うのか。
 一義には、釈尊を真言三部経に依って立てるから、驢牛の三身と下すのか。もしそうだといったならば、あなたはかえって真言を誹謗する者せあると責めるべきである。
 一義には、三世の諸仏の印契・相好は、実に妙法蓮華経によって具足したのであるということを納得できれば、真言亡国についても必定なるか。また真言は法華の義の盗人になることは決定なるか。
 一義には、竜女は霊山にで即身のままで印契・相好を具足し、南方に成道を唱えたのは、真言によって建立したものであるかどうか。もしそうだといえば、ただちに経文を出せと責めるべきである。

東寺流
 弘法大師が開いた真言密教の宗派のこと。
―――
弘法大師
 (0774~0835)。平安時代初期、日本真言宗の開祖。諱は空海。弘法大師は諡号。姓は佐伯氏。幼名は真魚。讃岐国(香川県)多度郡の生まれ。桓武天皇の治世、延暦12年(0793)勤操の下で得度。延暦23年(0804)留学生として入唐し、不空の弟子である青竜寺の慧果に密教の灌頂を禀け、遍照金剛の号を受けた。大同元年(0806)に帰朝。弘仁7年(0816)高野山を賜り、金剛峯寺の創建に着手。弘仁14年(0823)東寺を賜り、真言宗の根本道場とした。仏教を顕密二教に分け、密教たる大日経を第一の経とし、華厳経を第二、法華経を第三の劣との説を立てた。著書に「三教指帰」3巻、「弁顕密二教論」2巻、「十住心論」10巻、「秘蔵宝鑰」3巻等がある。
―――
五蔵
 五臓とは肺臓、心臓、脾臓、肝臓、腎臓をいう。
―――
六波羅蜜
 「波羅蜜」は梵語、パーラミター(Pāramitā)の音写。彼岸と訳す。布施、持戒、忍辱、精進、禅定、智慧波羅蜜の六行があり、その行は万差であるから、六度万行という。菩薩等がこの六法を修して生死の彼岸よりよく涅槃の彼岸に至るということである。爾前経においては菩薩の歴劫修行を説いてきたが、無量義経にいたって「末だ六波羅蜜の修行することを得ずと雖も六波羅蜜自然に在前す」と説かれている。すなわちこれは、三大秘法の御本尊の功徳をたとえ、即身成仏を説いている。
―――
雑部の真言
 真言宗が依経とする教典のなか、大日三部経以外の経典のこと。
―――
三部
 三部の経典のこと。「部」とは、ひとまとまりのある内容をもつものを区分したもの。①無量寿経・観無量寿経・双観経(浄土宗)。②大日経・金剛頂経・蘇悉地経(真言宗)。③法華経・仁王経・金光明経(鎮護国家)。④無量寿経・法華経・観普賢経(法華)等がある。
―――
純説の真言
 真言宗の依経である大日経・金剛頂経・蘇悉地経の三部経をいう。
―――
助証
 証明を側面から助けること。
―――
正証
 正真正銘の証拠・証文。
―――
速疾の教
 すみやかに即身成仏できる経のこと。三大秘法の南無妙法蓮華経のこと。
―――
迂回歴劫の教
 歴劫修行の爾前経のこと。
―――
五秘密教
 中国・唐の不空訳。金剛薩埵及び欲金・触・愛・慢の四金菩薩を本尊とし、滅罪等のために修する五秘密法について説いた密教経典。
―――
印契
 仏の悟りや誓願などを外形として表示するため修行者が指先で作る特別な形。刀剣などの持ち物を使う宗派もある。
―――
相好
 32相80種好を仏の相好という。相は麤・好は細。相は仏以外でも得ることができるが、好は仏のみに属す。また32相は総・80種好は別等と区別される。また相とは表示の意で、一見して殊別しうべきもの、仏は32相を現じて、見る者をして愛好尊敬の心を起こさしめ、それによって人中の尊なることを知らしめた。
―――

 仏や菩薩の悟りや誓願などを形として表示すること。また、そのものをいう。印契・印相・契印などともいう。諸仏や菩薩の悟りを、指で特別な形を結んで表したものを手印といい、所持する刀剣ばどの器具で表すのを契印と呼ぶ。
―――
驢牛の三身
 真言密教の言で顕教の仏をけなしていった言葉。覚鑁は舎利講式で「崇高なる不二摩訶衍の仏、驢牛の三身の車を扶くることあたわず」と説いて、顕教、とくに法華経を誹謗している。
―――――――――
 次に、「東寺流の問答」と題して、空海の立てた真言宗の主張する邪義を破折する仕方を示されている。
 「東寺流」とは、弘仁14年(0823)に空海が朝廷から京都の東寺を賜わり、それ以後、東寺が真言密教の根本道場になったことから、空海の門流の真言宗をいった。「山門の真言宗」すなわち「天台密教」に対するもので、略して「東密」ともいった。
 日本の真言宗は、空海が中国の密教を日本に伝え、一宗として開いたもので、詳しくは真言陀羅尼宗という。
 空海は、唐に渡って慧果から密教の奥義を相伝したとされ、大同元年(0806)に帰朝、同2年に京に入って真言宗を開いている。弘仁7年(0816)に高野山を開き、同14年(0823)に東寺を賜って根本道場としている。
 その教義は、大日如来を教主とし、大日・金剛頂・蘇悉地の真言三部経を依経とし、大日経第一、華厳経第二、法華経第三とする教判を立てている。
 釈尊を捨てて大日如来を本尊とし、釈尊の出世の本懐である法華経を下しているので、日蓮大聖人は「亡国の悪法」と破折されている。
真言は釈尊の説か否かの問答
 初めに、真言宗側が、真言は釈尊の説いたという証拠があるのか、と反論してきた場合の破折の仕方を示されている。
 真言宗では、真言密教は釈尊の説いた教説ではなく、大日如来のといたものであると主張するところから、こうした反論がなされるのである。
 それに対して、もしも真言の三部経が釈尊の説ならば、釈尊をないがしろにして大日如来を本尊としている真言宗は亡国の悪法であることは必定でないのか、と反論せよと仰せである。
 さらに、もしも真言宗側が釈尊の説だと認めたなら、弘法大師空海が、六波羅蜜経に説かれている爼多覧蔵・毘奈耶蔵・阿毘達磨蔵・般若波羅蜜多蔵・陀羅尼蔵の五蔵にわけているうち、第四の般若波羅蜜多蔵を法華経とし、第五の陀羅尼蔵を真言と立てているのはどうなるのか、と反論せよと仰せになっている。
 真言見聞には、「此の中の陀羅尼蔵を弘法我が真言と云える若し爾れば此の陀羅尼蔵は釈迦の説に非ざるか此の説に違す」(0149-08)と述べられている。
 弘法は「弁顕密二教論」を著し、その中で六波羅蜜経に説かれる五蔵によって、一切仏法を判じて、第五の陀羅尼蔵にあたるのが「我が家の真言」に当たる。つまり大日如来所説の真言であるとし、大日如来の所説である真言密教こそ醍醐味であるとしている。
真言は未顕真実か否かの問答
 次に、真言宗は無量義経に未顕真実とされているものに含まれない、なぜなら、釈尊の説の外に立てた法門だからである、と反論してきた場合の破折の仕方を示されている。
 それに対して、もしも真言が釈尊の経説であるならば、亡国の悪法であることは必定ではないか、と反論せよと仰せになっている。
 法華経の序分である無量義経には「衆生の、性欲不同なれば種種に法を説きき、種種に法を説くこと方便力を以ってす。四十余年には末だ真実を顕さず」と説かれている。釈尊が法華経を説く以前の40余年には、衆生の機根に合わせて方便の教えを説いたのであって、末だ真実を顕していない、と述べているのである。
 真言宗では、真言の三部経は、釈尊の説いた教えではないから、この未顕真実の方便権教には含まれないと主張したのである。
 それに対して、真言が釈尊の説教だとすれば、未顕真実に当てはまり、それを根本にたてることが亡国の報いを招くことを認めるのか、と糾すよう教えられている。そして一義には、五臓を説いた六波羅蜜経は、釈尊の説なのか、大日如来の説なのか、もし釈尊の説ならばこの六波羅蜜経が未顕真実であることは決定ではないか、と反論せよと仰せである。
 前述のように弘法は、六波羅蜜経に説かれた五臓のうち、第五の陀羅尼蔵が真言にあたるとしているので、六波羅蜜経が釈尊の説であり法華経以前の40余年に説かれた未顕真実の教説ということになれば、弘法の言い分も未顕真実の教えを根拠にしたものということになるのである。
 なお、弘法は、釈尊の説いたところの顕教は無益である、としている。
 もともと顕教とは、弘法が弁顕密二教論等で、釈尊が衆生の機根に応じてあらわに説いた教えとして法華経等を挙げ、大日如来の明かした三密の法門である真言密教に劣る、と立てたものである。
 大聖人は、顕密判について、「大日の三部を密説と云ひ法華経を顕教と云う事金言の所出を知らず、所詮真言を密と云うは是の密は隠密の密なるか微密の密なるか、物を秘するに二種有り一には金銀等を蔵に篭むるは微密なり、二には疵・片輪等を隠すは隠密なり、然れば則ち真言を密と云うは隠密なり其の故は始成と説く故に長寿を隠し二乗を隔つる故に記小無し、此の二は教法の心髄・文義の綱骨なり、微密の密は法華なり、然れば則ち文に云く四の巻法師品に云く『薬王此の経は是れ諸仏秘要の蔵なり』云云、五の巻安楽行品に云く『文殊師利・此の法華経は 諸仏如来秘密の蔵なり諸経の中に於て最も其の上に在り』云云、寿量品に云く『如来秘密神通之力』云云、 如来神力品に云く『如来一切秘要之蔵』云云、しかのみならず真言の高祖・竜樹菩薩・法華経を秘密と名づく二乗作仏有るが故にと釈せり、次に二乗作仏無きを秘密とせずば真言は即ち秘密の法に非ず、所以は何ん大日経に云く『仏・不思議真言相道の法を説いて一切の声聞・縁覚を共にせず亦世尊普く一切衆生の為にするに非ず』云云、二乗を隔つる事前四味の諸教に同じ、随つて唐決には方等部の摂と判ず経文には四教含蔵と見えたり、大論第百巻に云く第九十品を釈す『問うて曰く更に何れの法か甚深にして般若に勝れたる者有つて般若を以て阿難に嘱累し而も余の経をば菩薩に嘱累するや、答えて曰く般若波羅蜜は秘密の法に非ず而も法華等の諸経に阿羅漢の受決作仏を説いて大菩薩能く受用す譬えば大薬師の能く毒を以て薬と為すが如し』等云云、玄義の六に云く『譬えば良医の能く毒を変じて薬と為すが如く二乗の根敗反た復すること能わず之を名づけて毒と為す今経に記を得るは即ち是れ毒を変じて薬と為す、故に論に云く余経は秘密に非ずとは法華を秘密と為せばなり、復本地の所説有り諸経に無き所後に在つて当に広く明すべし』云云、籤の六に云く『第四に引証の中・論に云く等と言うは大論の文証なり秘密と言うは八経の中の秘密には非ず但是れ前に未だ説かざる所を秘と為し開し已れば外無きを密と為す』文、文句の八に云く『方等般若に実相の蔵を説くと雖も亦未だ五乗の作仏を説かず亦未だ発迹顕本せず頓漸の諸経は皆未だ融会せず故に名づけて秘と為す』文、記の八に云く『大論に云く法華は是れ秘密・諸の菩薩に付すと、今の下の文の如きは下方を召すに尚本眷属を待つ験けし余は未だ堪えざることを』云云、秀句の下に竜女の成仏を釈して『身口密なり』と云えり云云、此等の経論釈は分明に法華経を諸仏は最第一と説き秘密教と定め給へるを経論に文証も無き妄語を吐き法華を顕教と名づけて之を下し之を謗ず豈大謗法に非ずや。や」(0144-13)と仰せになり、経文に違背してこのように立てること自体大謗法である、と破折されている。そしてこの顕教は無益であるという言い分に対しては、六波羅蜜経は顕教・密教のうちのどちらばのか、と反論せよとおおせられている。
 それに対し真言宗側は、六波羅蜜経は雑部の真言に当たり、真言宗で用いる三部経は純説の真言である、と答えることは分かっている。
 そして、本抄では仰せられていないが、真言宗では「雑部の真言」を“助証”、「純説の真言」を“正証”であるとしていたのである。
 それに対して、助証と正証ということは、弘法の所判には明かされていない。もしそれが弘法の立義だとすれば、堕地獄は決定である、と責めよと仰せである。
 また、真言宗側では、真言は速疾の教であり、顕教は迂回歴劫の教であるとしている。
 速疾とは速疾頓成の略で、すみやかに成仏することをいい、迂回歴劫とは、遠回りをして劫を経て成仏すること、すなわち歴劫修行をいう。
 すなわち、真言は即身成仏の教えであり、法華経等の顕教は歴劫修行によって遠回りをしてやっと成仏する教えである、としているのである。
 それに対して、それは自義なのか、経文によるのか、と反論せよと仰せである。
 大聖人は、妙一女御返事で、弘法が即身成仏は真言に限ると主張している文証を引かれて、「然りと雖も経文は或は大日如来の成正覚の文・或は真言の行者の現身に五通を得るの文・或は十回向の菩薩の現身に歓喜地を証得する文にして 猶生身得忍に非ず何に況や即身成仏をや」(1256-16)と破折されている。すなわち、真言には即身成仏を説いた経文はないのである。
 また、真言見聞では、「一代に簡われ諸経に捨てられたる二乗作仏は法華に限れり、二乗は無量無辺劫の間・千二百余尊の印契真言を行ずとも法華経に値わずんば成仏す可からず」(014616)と仰せられ二乗の成仏は法華経にのみ説かれたことを指摘されている。さらに、竜女の即身成仏が説かれたのも法華経においてである。
 したがって、即身成仏は法華経に限るのであって、真言には即身成仏の義はない。この真言の言い分は、勝手な自義であり、しかも明らかに即身成仏を説いている法華経を否定しているのである。この意味で「自義なのか経文によっているのか」を問い詰めよといわれていたのである。
 それについて真言宗側が、不空の訳した密教経典とされる五秘密教に、「顕教に於いて修行する者は久しく三大無数劫を経る」と説かれているのがその証拠であるといった場合には、その経は釈尊の説なのか大日如来の説なのか、釈尊の説ならば未顕真実の経であることは決定である、と反論でよと仰せになっている。
 五秘密教にはそうした文はあるが、それが釈尊の説いた経典であるなら、法華経以前に説かれた未顕真実の経であって、法華経の即身成仏を否定する根拠にはならないからである。
法華経に印契の有無を問う
 次に、仏の印契相好についての問答のあり方が述べられている。印契相好とは仏の悟りや誓願をあらわした仏の姿のことをいう。
 印契とは、仏や菩薩の内証や誓願を示す相をいう。相好とは、仏の形にそなわっている32相と80種好のことをいう。
 真言宗側は、法華宗はいずれの経に依って仏の印契相好を造るのか。顕教にはそれが説かれていないので、真言の院を盗んだのであろう、と非難してくるのである。
 それに答えて、そのために法華経を誹謗するのか、と抑えた上で、一義では、法華宗が盗んだという義が誤りだったら亡国は決定となろう、と反論せよと仰せである。
 真言宗では、印と真言ということを得に重視している。印とは前述のように印契ともいい、指先で特別な形を結んで、仏や菩薩の悟りをあらわしたものを手印といい、刀剣などの仏の持つ器具であらわしたものを契印といった。
 真言とは、仏の真実の言葉という意味で、真言密教では仏の悟りや誓願をあらわす言葉とされた一種の呪文を真言といって尊重した。そして、法華経には印と真言が説かれていないので真言に劣る、と誹謗したのである。
 大聖人は、法華真言勝劣事で、「法華経には二乗作仏・久遠実成之有り大日経には之無し印真言と二乗作仏・久遠実成とを対論せば天地雲泥なり、諸経に印真言を簡わざるに大日経に之を説いて何の詮か有る可きや、二乗若し灰断の執を改めずんば印真言も無用なり」(0123-17)と仰せになっている。
 さらに、真言見聞では「陳隋二代の天台大師が法華経の文を解りて印契の上に立て給へる十界互具・百界千如・一念三千を善無畏は盗み取つて我が宗の骨目とせり、彼の三蔵は唐の第七玄宗皇帝の開元四年に来る如来入滅より一千六百六十四年か、開皇十七年より百二十余年なり何ぞ百二十余年已前に天台の立て給へる一念三千の法門を盗み取つて我が物とするや、而るに己が依経たる大日経には衆生の中に機を簡ひ前四味の諸経に同じて二乗を簡へり、まして草木成仏は思いもよらずされば理を云う時は盗人なり」(0146-11)と仰せられ、真言宗こそ天台の一念三千の法理を盗んだことを指摘されている。
 真言宗側の言い分は、物を盗んだ盗人が、もとの持ち主を逆に盗人だと誹謗しているようなものである。
 木絵二像開眼之事には、「今の木絵二像を真言師を以て之を供養すれば実仏に非ずして権仏なり権仏にも非ず形は仏に似たれども意は本の非情の草木なり、又本の非情の草木にも非ず魔なり鬼なり、 真言師が邪義・印真言と成つて木絵二像の意と成れるゆへに」(0469-14)と仰せであり、真言師が印と真言で供養した木絵の仏像は、形は仏でも魔や鬼の働きを現すのである。
 一義では、法華宗が建立する妙法蓮華経を本尊と決めてそういうのか、と反論せよと仰せである。
 まず、法華宗、すなわち、法華経において究極的に立てる本尊は、釈尊の仏像ではなく、妙法蓮華経そのものであると知った上でいっているのか、と質しなさいとの仰せである。なぜなら、妙法蓮華経の御本尊は、印・真言などまったく無いからである。
 一義には、釈尊を真言の三部経によって建立するから、法華経の仏を大日如来に比べれば驢馬や牛の三身であると下すのか。もしそうであれば、かえって真言を誹謗する者であると責めるべきである、と仰せになっている。
 驢牛の三身とは、新義真言宗の祖となった正覚房覚鑁が、舎利講式の中で、「尊高なるは不二摩訶衍の仏、驢牛の三身の車を扶くることあたわず、秘奥なるは両部漫荼羅の教、顕乗の四法も履を採るに絶えず」と述べて、顕教の仏、特に法華経の仏は真言密教の仏と法には及ばないと下したことをさしている。
 法華経には印・真言が説かれていないので、釈尊の像を建立しても真言宗によって開眼しなければならないと主張しているのに対して、釈尊の像を真言の三部経によって建立し開眼したから、釈尊を驢牛の三身といって卑しみ下しているのか。もしそうであるならば、真言で開眼した仏を誹謗しているのだから、かえって真言を誹謗することになるではないか、と破折せよとの仰せなのである。
 大聖人は、撰時抄に、舎利講式の文を引かれて「顕乗の四法と申すは法相.三論・華厳・法華の四人、驢牛の三身と申すは法華・華厳・般若.深密経の教主の四仏、此等の仏僧は真言師に対すれば聖覚・弘法の牛飼・履物取者にもたらぬ程の事なりとかいて候、彼の月氏の大慢婆羅門は生知の博学・顕密二道胸にうかべ内外の典籍・掌ににぎる、 されば王臣頭をかたぶけ万人師範と仰ぐあまりの慢心に世間に尊崇する者は大自在天・婆籔天・那羅延天・大覚世尊・此の四聖なり我が座の四足にせんと座の足につくりて坐して法門を申しけり、当時の真言師が釈迦仏等の一切の仏をかきあつめて潅頂する時敷まんだらとするがごとし、禅宗の法師等が云く此の宗は仏の頂をふむ大法なりというがごとし」(0278-12)と仰せになり、真言宗が釈尊を下すのは、まさに慢心に他ならないことを指摘されている。
 一義には、三世の諸仏の印契相好は、実は妙法蓮華経に依ってこそそなわるのであり、このことがはっきりしたならば法華経を誹謗している弘法は真言宗が亡国の邪教であることは明らかとなるし、また真言が法華の義を盗んだ盗人であることも明白となるであろう、と責めよと仰せである。
 大聖人が、「画像・木像の仏の開眼供養は法華経・天台宗にかぎるべし、其の上一念三千の法門と申すは三種の世間よりをこれり、三種の世間と申すは一には衆生世間・二には五陰世間・三には国土世間なり、前の二は且らく之を置く、第三の国土世間と申すは草木世間なり、草木世間と申すは五色のゑのぐは草木なり画像これより起る、木と申すは木像是より出来す、此の画木に魂魄と申す神を入るる事は法華経の力なり天台大師のさとりなり、此の法門は衆生にて申せば即身成仏といはれ画木にて申せば草木成仏と申すなり、止観の明静なる前代いまだきかずと・かかれて候と無情仏性・惑耳驚心等とのべられて候は是なり、此の法門は前代になき上・後代にも又あるべからず、設ひ出来せば此の法門を偸盗せるなるべし、然るに天台以後二百余年の後・善無畏・金剛智・不空等・大日経に真言宗と申す宗をかまへて仏説の大日経等には・なかりしを法華経・天台の釈を盗み入れて真言宗の肝心とし、しかも事を天竺によせて漢土・日本の末学を誑惑せしかば皆人此の事を知らず一同に信伏して今に五百余年なり、然る間・真言宗已前の木画の像は霊験・殊勝なり真言已後の寺塔は利生うすし」(1144-14)と仰せのように、木画の仏像が本尊としての力を具えるのは、一念三千の法理によるのであって、真言宗はそれを盗んで大日経につけたのである。
 法華経の法理を盗みながら、法華経を誹謗している真言宗は盗人であり、正法を誹謗する謗法なので、亡国は決定となるのである。
 一義には、竜女が霊山において畜生の身のままで印契・相好を具足して、南方の無垢世界で成道を唱えたと法華経にあるが、その竜女の印契・相好は真言に依って建立したものなのか、もしそうだというのなら直ちに経文の文証を出せ、と責めるべきであると仰せになっている。
 竜女の成仏は法華経の提婆達多品に説かれており、文殊菩薩に法華経の化導された八歳の竜女が、霊山会に出現して、即身成仏の姿を示したと説かれている。
 提婆達多品第12には「当時の衆会、皆竜女の、忽然の間に変じて男子と成って、菩薩の行を具して、即ち南方無垢世界に往いて、宝蓮華に坐して、等正覚を成じ、三十二相、八十種好あって、普く十方の一切衆生の為に、妙法を演説するを見る」とある。
 この竜女の成仏は、爾前の諸経では許されなかった女人・畜生の成仏が明かされたものでり、さらに歴劫修行することなく速やかに得道する即身成仏の義が示されたものである。それに対して、大日経等の真言の依経には、このような即身成仏の文は全く見られない。
 また、竜女が、法華経によって32相・80種好の仏の相好を具足したことも明らかであり、真言によるものではないことが明白である。
 むしろ、法華経誹謗の真言宗の印と真言によって開眼した仏像は、功徳がないばかりではなく、魔や鬼の働きを示し、信ずる者を不幸にすることを知らなければならない。

0167:02~0168:14 第七章 真言亡国の理由を明かすtop
02   問う亡国の証拠如何、 答う法華を誹謗する故なり云云、一義に云く三徳の釈尊に背く故なり云云、一義に云く
03 現世安穏・後生善処の妙法蓮華経に背き奉る故に今生には亡国・後生には無間と云うなり、 一義に云く法華経第三
04 の劣とは。経文なるか自義なるか若し爾らば亡国治定なるか。
-----―
 問うて言う。真言亡国の証拠はいかがか。
 答えて言う。法華経を誹謗しているからである。
 一義には、三徳の釈尊に背くからである。
 一義には、現世安穏・後生善処の妙法蓮華経に背いているから、今生には亡国・後生には無間というのである。
 一義には、法華経は真言から見ると第三の劣ということは、経文の義なのか、自義なのか、もし自義ならば亡国は必定なるか。
-----―
05   他云く密教に対すれば第三の劣なり、 答う一義に云く此の義経文なるか自義なるか、一義に云く顕教の内に法
06 華第一なる事・落居するか、 若し爾なりと云はばさては弘法は僻事なり顕教の内にして法華を華厳に対して第二・
07 真言に対して第三と云う故なり、一義に云く真言に対して第一ならば亡国は治定なるか。
-----―
 また密教に対すれば法華経は第三の劣であるという。
 答えて言う。一義には、この義は経文なのか、自義なのか。
 一義には、顕教の内では法華第一であることを認めるかどうか。もし認めるといったら、それでは弘法は僻事をいっている。なぜかならば、顕教の内において、法華経を華厳経に対して第二であるとし、真言に対しては第三といっているからである。
 一義には、法華経が真言に対して第一であるならば亡国は必定と認めるのか。
-----―
08   他云く印真言を説かざるが故に第三の劣と云うなり、 答う此の故に劣とは経文なるか自義なるか、一義に云く
09 若し法華に説かば亡国は治定なるか。
-----―
 また、法華経は印と真言を説かないから第三の劣であるという。
 答えて言う。その理由で劣るというのは経文によっているのか、それとも自義なのか。
 一義には、もし法華経に印・真言が説かれてえいるならば、真言亡国は必定なるか。
-----―
10   他云く大日・釈迦各別なり、答う一義に云く此の故に法華を謗ずるか、 一義に云く若し一仏ならば亡国は治定
11 なるか、一義に云く各別なれば劣とは経文なるか自義なるか。
-----―
 また、大日如来と釈尊はそれぞれ別である。
 答えて言う。一義には、大日如来と釈尊は一仏であるならば真言亡国は必定と認めるのか。
 一義には、大日如来と釈尊は別であり、そのゆえに釈尊が劣る仏であるとは、経文の義か自義まるか。
-----―
12   他云く顕教は応身・密教は法身の説なり此の故に法華は第三の劣なり、 自ら云く応身の説の故に法華劣とは経
13 文なるか自義なるか、 一義に云く法華法身の説ならば亡国治定なるか、 一義に云く真言は応身の説ならば亡国は
14 治定なるか。
-----―
 また、顕教は応身の説、密教は法身の説である。この故に法華経は第三の劣である。
 応身の説だから法華が劣とは、経文の義かなのか、それとも自義なのか。
 一義には、法華経が法身の説ならば真言亡国は必定なのか。
 一義には、真言が応身の説ならば亡国は必定なるか。
-----―
15   他云く五智・五仏の時は北方は釈迦・中央は大日と見えたり如何、答う一義に云く中央釈迦ならば亡国治定なる
16 か、一義に云く北方釈迦と云う事は三部の内に無し不空の義なり仏説に非ず。
-----―
 また、真言密教で説く五智・五仏の本体迹用の位置を定める時、北方は釈迦・中央は大日となっているがいかがか。
 答えて言う。一義には、もし中央が釈迦ならば亡国は必定なるか。
 一義には、北方が釈迦だということは、真言三部経の中にはない。これは不空の義であって仏説ではない。
-----―
17   他云く法華は穢土の説なり真言は三界の外の法界宮の説なり、答う一義に云く真言は三界の内の説ならば亡国治
18 定なるか義釈の文。
-----―
 また、法華経は穢土の説法であり、真言は三界の外の金剛法界宮の説法である。
 答えて言う。一義には、真言が三界の内の説法であるならば亡国は必定なるか。これは大日経義釈の文である。
-----―
0168
01   他云く顕教の内にて大日釈迦一体と説くとも 密教の内にては二仏各別なり名は同じけれども義異るなり如何、
02 答う此の故に亡国と云うなり、一義に云く此くの如く云う事直に経文を出す可きなり。
-----―
 また、顕教の内では大日と釈迦を一体と説が、密教ではこの二仏は各別であり、その名は同じ大日だが義が異なるがいかがか。
 答えていう。ゆえに真言を亡国というのである。
 一義には、そのようにいえる根拠となる経文を出すべきである。
-----―
03   他云く竜女は真言の成仏・法華には三密闕くる故なり、答う自義なるか経文なるか。           ・
-----―
 また、法華経に三密が闕けているから、竜女は真言によって成仏したのである。
 答えて言う。それは自義なのか、経文によるのか。
-----―
04   他云く経文なり「陀羅尼を得・不退転を得たり」云云、陀羅尼は三密の加持なり、答う、此の陀羅尼を真言と云
05 うは自義なるか経文なるか、 一義に云くさては弘法の僻事なり 其の故は此の陀羅尼を戯論第三の劣と下すなり、
07 一義に云く自語相違なり法華に印有る故なり。
-----―
 また、それは経文によったのであり、経文に「陀羅尼を得・不退転を得たり」とある。この陀羅尼は三密の加持である。
 答えて言う。この陀羅尼を真言というのは自義なのか、経文なのか。
 一義には、さては弘法の僻事である。そのゆえはこの陀羅尼は法華経提婆達多品にあるのだから、弘法はこれを戯論第三の劣と下している。
 一義には、法華経には印・真言がないというのと、竜女は真言で成仏したというのと自語相違ではないか。
-----―
08   他云く守護経の文に依れば釈迦は大日より三密の法門を習いて成仏するなり、 答う此の故に法華を謗ずるか、
09 一義に云く此の文は三説の内なるか外なるか、一義に云く此れに相違せば亡国は治定なるか。
-----―
 また、守護経の文によれば、釈尊は大日如来から三密の法門を習って成仏したのである。
 答えて言う。このゆえにあなたは法華経を謗るのか。
 一義には、この文は三説の内なのか外なのか。
 一義には、あなたがいうところの釈尊が三密を習った云々が事実と相違していたら、亡国は必定なるか。
-----―
10   他云く法華経には「合掌を以て敬心し・具足の道を聞かんと欲す」と云へり何ぞ印・真言を捨つるや、答う此の
11 故に法華を謗ずるか、 一義に云く自義なるか経文なるか、一義に云く此の故に真言を捨てずとは経文なるか、 一
12 義に云く此の文は真言を持つと云う文なるか、一義に文段を以て責む可し。
-----―
 また、法華経には「合掌を以て敬心し、具足の道を聞かんと欲す」とあるのに、どうして印や真言を捨てるのか。
 答えて言う。このゆえに法華経を謗ずるのか。
 一義には、それは自義なのか、経文なのか。
 一義には、このゆえに真言を捨てずと真言宗でいっている経文の義であるといっているのか。
 一義には、この文は真言を持つという文なのか。一義に文段をもって責めるべきである。
-----―
13   他云く弘法大師を無間と云うは経文なるか自義なるか、答う経文なり。
14   他云く二十八品の中には何れぞや、 答う二十八品の中に有らば堕獄治定なるか、他云く爾なり、答う法華を誹
15 謗すること治定なるか若し爾らば経文を出して責む可きなり。
-----―
 また、弘法大師を無間というのは経文なのか、自義なのか。
 答えて言う。経文である。
 また、二十八品の中ではどこにそのようにあるのか。
 答えて言う。二十八品の中にあったら堕獄必定と認めるのか。そして、そうだという。
 答えて言う。法華経を誹謗することは必定なのか。もしそうであるなら、経文を出して責めるべきである。

三徳
 ①主徳、衆生を守る働き。②師徳、衆生を導き教化する働き。③親徳、衆生を利益する働き。三徳には法報応の三身をいう場合もある。
―――
現世安穏・後生善処
 法華経薬草喩品第五に「是の諸の衆生は、是の法を聞き已って、現世安穏にして、後に善処に生じ」とある。法華経を信ずることにより、現世には幸福な生活が築かれ、後世にもまた恵まれた処に生ずると説かれている。
―――
第三の劣
 真言宗では「法華経等の一切経は応身の釈迦仏が説法したものであり、大日経は法身大日如来の説法である。大日如来に比較するならば、釈尊は無明の辺域であり草履取りにもおよばない。また法華経は釈尊一代仏教中にも第三の劣であり、戯論である」等といっている。とくに「第三の劣・戯論」等は弘法が「十住心論」でいっており、誹謗の限りを尽くしている。
―――
応身
 仏の三身の一つ。仏の肉体・または慈悲をあらわす。三大秘法禀承事には「寿量品に云く『如来秘密神通之力』等云云、疏の九に云く『一身即三身なるを名けて秘と為し三身即一身なるを名けて密と為す又昔より説かざる所を名けて秘と為し唯仏のみ自ら知るを名けて密と為す仏三世に於て等しく三身有り諸教の中に於て之を秘して伝えず』等云云」(1022-09)、総勘文抄には「此の三如是の本覚の如来は十方法界を身体と為し十方法界を心性と為し十方法界を相好と為す是の故に我が身は本覚三身如来の身体なり」(0562-01)、四条金吾釈迦仏供養事には「三身とは一には法身如来・二には報身如来・三には応身如来なり、 此の三身如来をば一切の諸仏必ずあひぐす譬へば月の体は法身・月の光は報身・月の影は応身にたとう、一の月に三のことわりあり・一仏に三身の徳まします」(1144-08)等とある。
―――
報身
 仏の三身の一つ。仏の智慧をあらわす仏身。自ら内証の法楽を受ける身を自受用報身、十地の菩薩のために法を説き、大乗の法楽を受用させる身を他受用報身といい、実報土に住する。三大秘法禀承事には「寿量品に云く『如来秘密神通之力』等云云、疏の九に云く『一身即三身なるを名けて秘と為し三身即一身なるを名けて密と為す又昔より説かざる所を名けて秘と為し唯仏のみ自ら知るを名けて密と為す仏三世に於て等しく三身有り諸教の中に於て之を秘して伝えず』等云云」(1022-09)、総勘文抄には「此の三如是の本覚の如来は十方法界を身体と為し十方法界を心性と為し十方法界を相好と為す是の故に我が身は本覚三身如来の身体なり」(0562-01)、四条金吾釈迦仏供養事には「三身とは一には法身如来・二には報身如来・三には応身如来なり、 此の三身如来をば一切の諸仏必ずあひぐす譬へば月の体は法身・月の光は報身・月の影は応身にたとう、一の月に三のことわりあり・一仏に三身の徳まします」(1144-08)等とある。
―――
五智
 五種の智のこと。諸教に説かれている。①密教、法界体性智・大円鏡智・平等性智・妙観察智・成所作智。②仏智・不思議智・不可称智・大乗広智・無等無倫最上勝智。③成美論、法住智・泥洹智・無諍智・願智・辺際智。等。
―――
五仏
 ①方便品に説かれる。総諸仏・過去仏・未来仏・現在仏・釈迦仏。②真言密教で説く胎蔵・金剛両界の漫荼羅中の五仏。
―――
不空
 (0705~0774)。中国・唐代の真言密教の僧。不空金剛のこと。北インドの生まれで幼少のころ、中国に渡り、15歳の時、金剛智に従って出家した。開元29年(0741)帰国の途につき、師子国に達したとき竜智に会い、密蔵および諸経論を得て、天宝5年(0746)ふたたび唐に帰る。玄宗皇帝の帰依を受け、浄影寺、開元寺、大興寺等に住し、密教を弘めた。「金剛頂経」三巻、「一字頂輪王経」五巻など百十部百四十三巻の経を訳し、羅什、玄奘、真諦とともに中国の四大翻訳家の一人に数えられている。
―――
穢土
 けがれた国土のこと。浄土に対する語。煩悩と苦しみの充満する世界をいう。爾前迹門の諸経では、凡夫の住む娑婆世界を穢土とし、十方の国土に諸仏の浄土があり、そこに往生することを説いた。しかし法華経本門では、娑婆即寂光を明かし、この人間世界こそ仏の本国土であると説いた。
―――
三界
 欲界・色界・無色界のこと。生死の迷いを流転する六道の衆生の境界を三種に分けたもの。欲界とは種々の欲望が渦巻く世界のことで、地獄界・餓鬼界・修羅界・畜生界・人界と天界の一部、六欲天をいう。色界とは欲望から離れた物質だけの世界のことで、天界の一部である四禅天をさす。無色界とは欲望と物質の制約を超越した純然たる精神の世界のことで、天界のうちの四空処天をいう。
―――
義釈
 大日経義釈・毘盧遮那仏神変加持経義釈のこと。14巻。善無畏述・一行記の大日経を、智儼・温古が校訂したものをいう。天台の釈義を引いて、密経の義を論じている。慈覚・智証が中国から将来した。
―――
三密
 秘密の身・口・意の三業によって行われる行為。
―――
陀羅尼
 総持と訳す。総は総摂の義、持は任持の義で、一字の中に無量の義を総摂し、一義の中に一切の義を任持するという意味である。陀羅尼は、能く悪法を遮し、能く善法を持するものである。
―――
守護経
 中国・唐代の般若と牟尼室利の共著。守護国界主陀羅尼経の略。密教部の経とされる。国主を守護することが、人民を守護することになるとの理を明かし、正法守護の功徳が説かれている。 
―――――――――
 真言宗の破折の続きで、真言亡国の理由を挙げられて、真言宗の邪義を詳しく破られている。
真言亡国の証拠を論ずる
 真言亡国と断ずる証拠は何か、と真言宗側が聞いてきた場合の破折の仕方を示されている。
 それに対しては、法華経を誹謗しているからである、と答えよとの仰せである。
 前にも挙げられているように、真言宗は法華経を真言の三部経に劣ると誹謗している。釈尊の出世の本懐であり、真実を明かした教である法華経を誹謗していることが堕獄・亡国の業因となると破折されているのである。
 なお、真言見聞に、「問う真言亡国とは証文何なる経論に出ずるや、答う法華誹謗・正法向背の故なり、問う亡国の証文之無くば云何に信ず可きや、答う謗法の段は勿論なるか若し謗法ならば亡国堕獄疑い無し、凡そ謗法とは謗仏・謗僧なり三宝一体なる故なり是れ涅槃経の文なり、爰を以て法華経には『則ち一切世間の仏種を断ず』と説く」(0142-01)と述べられ、法華経を誹謗し、正法に背くことが亡国の理由であるとされている。
 一義には、主・師・親三徳具備の釈尊に背いているためであると答えよ、と仰せである。
 真言宗の誤りは、法華経を誹謗したうえに、この娑婆世界の衆生にとって主師親の三徳を具えている釈尊を大日如来に劣るとして誹謗し、背いていることである。
 真言見聞に、「涅槃経の三十五に云く『我処処の経の中に於て説いて言く一人出世すれば多人利益す一国土の中に二の転輪王あり一世界の中に二仏出世すといわば 是の処有ること無し』文、大論の九に云く『十方恒河沙の三千大千世界を名づけて一仏世界と為す是の中に更に余仏無し実には一りの釈迦牟尼仏なり』」(0150-03)と仰せのように、同じ時、同じ国土に2人の仏が出現することは有り得ないのである。
 娑婆世界の一切衆生にとって、主・師・親の三徳を具えた有縁の仏である釈尊に背き、無縁の大日如来を立てるゆえに亡国の悪法となるのである。
 一義には、「現世安穏・後生善処」と説かれた妙法蓮華経に背いているために、今生には亡国を招き、後生には無間地獄に堕ちるというのである、と責めよと仰せである。
 薬草喩品には「是の諸の衆生、是の法を聞き已って現世安穏にして後に善処に生じ」とあり、妙法を信受する衆生の現当二世にわたる福徳が明かされている。
 この法華経を誹謗し背くゆえに、現世は安穏ではなく亡国の苦を受け、後生は善処ではなく無間地獄に堕ちるのである。
法華経は第三の劣との邪義を破す
 一義には、法華経は大日経からみれば第三の劣である、とするのは経文に依るのか、自義なのか。もしも経文に依らずに勝手な自義を唱えているなら亡国は決定ではないのか、と責めよとの仰せである。
 第三の劣とは、弘法が十住心論等で説いたもので、大日経を第一とし、華厳経が第二で、法華経は第三であるとし、法華経は大日経からみれば三重に劣る教えであるとしたことをいう。
 真言見聞には、「抑弘法の法華経は真言より三重の劣・戯論の法にして尚華厳にも劣ると云う事 大日経六巻に供養法の巻を加えて七巻三十一品・或は三十六品には何れの品何れの巻に見えたるや、しかのみならず蘇悉地経三十四品・金剛頂経三巻三品或は一巻に全く見えざる所なり、又大日経並びに三部の秘経には何れの巻・何れの品にか十界互具之有りや都て無きなり、法華経には事理共に有るなり、所謂久遠実成は事なり二乗作仏は理なり、善無畏等の理同事勝は臆説なり信用す可からざる者なり。…十住心に第八法華・第九華厳・第十真言云云何れの経論に出でたるや」(0148-06)と破折されている。
 法華経が大日経より三重の劣であるという事は、経論にはまったく根拠がなく、弘法が勝手に立てた己義であり、理由もなく法華経を誹謗した大謗法なのである。
 これに関して真言宗側が、第三の劣とは密教に対してであるといったら、一義にはそれは経文にあるのか自義なのか、と責めよと仰せである。
 そのような経文はありえないのであり、この点については、法華真言勝劣事に「法華経は釈迦所説の諸経の第一なるのみに非ず、大日如来・十方無量諸仏の諸経の中に法華経第一なり、此の外一仏二仏の所説の諸経の中に法華経に勝れたるの経之有りと云わば信用す可からず是五、大日経等の諸の真言経の中に法華経に勝れたる由の経文之れ無し」(0126-11)
 一義には、第三の劣とは密教に対してであるというなら、では顕教の中では法華経が第一であることを認めるのかと責め、もし認めるといえば、さては、弘法はとんでもないことをいっている。彼は顕教の中で法華経を華厳経に対して第二とし、真言に対しては第三であるといっているからである、と責めよと仰せである。
 弘法は、十住心論の中で、顕教の中でも華厳経が法華経に勝るとしており、そのうえで密教に対すれば第三であるとしているからである。
 真言見聞には、「法華経は大日経より三重の劣・戯論の法にして釈尊は無明纒縛の仏と云う事慥なる如来の金言経文を尋ぬ可し、証文無くんば何と云うとも法華誹謗の罪過を免れず」(0143-13)と仰せになっている。
 どのように言い逃れをしたとしても、法華経が第三の劣という経文はないのであり、法華経誹謗の罪を免れることはできないのである。
 一義には、真言に対して法華経第一ならば、その法華経をさげている真言宗が亡国の邪教であることは決定ではないか、と責めよと仰せである。
 法華経が一切経の中で第一であることは、明確な文証・理証があり、しかも十方分身の諸仏が証明していることである。それを、なんの根拠もなく、大日経より三重の劣などと下すことは、邪義であり亡国の悪法となることは疑いないのである。
 また、真言宗は、法華経には印・真言が説かれていないので第三の劣というのであるとしているが、それに対しては、印・真言がないから劣るというのは経文にあるのか自義なのか、と責めよと仰せである。
 法華真言勝劣事には、「印契真言の有無に付て二経の勝劣を定むるに大日経に印真言有つて法華経に之無き故に劣ると云わば、阿含経には世界建立・賢聖の地位是れ分明なり、大日経には之無し、彼の経に有る事が此の経に無きを以て勝劣を判ぜば大日経は阿含経より劣るか、雙観経等には四十八願是れ分明なり大日経に之無し、般若経には十八空是れ分明なり大日経には之無し、此等の諸経に劣ると云う可きか、又印・真言無くんば仏を知る可からず等と云云、今反詰して云く理無くんば仏有る可からず仏無くんば印契真言・一切徒然と成るべし」(0123-06)と仰せである。
 印・真言の有無は、経の勝劣の基準にはならず、成仏の道理が説かれているか否かが大切なのである。即身成仏の義は法華経に限るのであって、真言には説かれていない。したがって、真言は法華経に劣るのである。
 一義には、もしも法華経に印・真言が説かれていれば、真言亡国ということは決定と認めるのか、と責めよと仰せである。
 法華真言勝劣事には「日蓮云く威儀形色経・瑜祇経等の文の如くば仏説に於ては法華経に印真言有るか、若し爾らば経家・訳者之を略せるが、六波羅蜜経の如きは経家之を略す、 旧訳の仁王経の如きは訳者之を略せるか」(0122-16)と仰せである。もともと仏が説いた時には、法華経にも印・真言が説かれていたが、経典結集の際や、漢語に翻訳された際に省略されたものと考えられる。との仰せである。また、法華経陀羅尼品には、陀羅尼呪、すなわち真言が説かれているとも指摘されている。
 したがって、印・真言がとかれていないという理由で法華経は真言に劣るとすることは、根拠の無い謗法にすぎないとし、真言・印の有無ということは枝葉の問題なのである。
大日如来は釈尊とは別仏との説を破す
 また真言宗では、大日如来と釈尊とは別の仏である、としている。それに対しては、そのために法華経を誹謗するのか、と責めよと仰せである。
 つまり、真言宗では大日如来は法身仏であり、釈尊は応身仏であるから釈尊は劣り、またその釈尊の説いた法華経も大日等に劣るとしているのである。
 この真言宗の言い分に対して、真言見聞には「真言は法華経より外に大日如来の所説なり云云、若し爾れば大日の出世成道・説法利生は釈尊より前か後か如何、対機説法の仏は八相作仏す父母は誰れぞ名字は如何に娑婆世界の仏と云はば世に二仏無く国に二主無きは聖教の通判なり、涅槃経の三十五の巻を見る可きなり、若し他土の仏なりと云はば何ぞ我が主師親の釈尊を蔑にして他方・疎縁の仏を崇むるや不忠なり不孝なり逆路伽耶陀なり、若し一体と云はば何ぞ別仏と云うや若し別仏ならば何ぞ我が重恩の仏を捨つるや」(0149-02)と破折されている。
 一義には、もしも釈尊と大日如来が一仏ならば、真言亡国は決定とみとめるのか、と責めよと仰せである。
 釈迦一代五時継図には、「一、真言は別仏の説に非る事  大日経の一の巻の五仏は中央は大日如来と説く同五巻の五仏は中央は毘盧遮那と説く第一の巻の五仏は中央は釈迦牟尼仏と説く、文句の九に云く普賢観は法華を結成す文に云く釈迦牟尼仏を毘盧遮那と名くと、乃ち是れ異名なり別体なるに非ざるなり」(0650-14)と仰せである。
 大日経等に大日如来が説いたとあっても、その場合の大日如来は釈尊の異名であって、釈尊と別の仏ではないのである。したがって、真言宗が釈尊と法華経を誹謗することは、大謗法であり、亡国を招くのである。
 一義には、釈尊と大日如来が別仏だから釈尊が劣るというのは、経文によるのか自義なのか、と責めよと仰せである。
 たとえ、釈尊と大日如来が別仏だとしても、釈尊の方が劣るという経文はどこにもないのである。
 また、顕教は応身の釈尊の説であり、密教は法身の大日如来の説なので、法華経は真言に対して第三の劣であるといってきたら、応身の釈尊の説だから劣るという経文があるのか、それとも自義なのか、と責めよと仰せである。
 応身とは、応身如来のことで、衆生を化導し救済するために機縁にしたがって出現する仏をいう。法身とは、報身如来のことで、真理を体とする仏をいい、また法性そのもの、さらに常住普遍の法それ自体をいった。真言宗では、大日如来を宇宙の森羅万象の真理・法則を表す法身仏であり、すべての仏・菩薩を生み出す根本の法である。それに対して釈尊は、衆生を化導するために出現した応身仏にすぎない、と下しているのである。
 真言天台勝劣事には、「大日法身と云うは法華経の自受用報身にも及ばず況や法華経の法身如来にはまして及ぶ可からず法華経の自受用身と法身とは真言には分絶えて知らざるなり法報不分二三莫弁と天台宗にもきらはるるなり、随つて華厳経の新訳には或は釈迦と称づけ或は毘盧遮那と称くと説けり故に大日は只是釈迦の異名なりなにしに別の仏とは意得可きや、次に法身の説法と云う事何れの経の説ぞや弘法大師の二教論には楞伽経に依つて法身の説法を立て給へり、其の楞伽経と云うは釈迦の説にして未顕真実の権教なり法華経の自受用身に及ばざれば法身の説法とはいへどもいみじくもなし此の上に法は定んで説かず報は二義に通ずるの二身の有るをば一向知らざるなり、故に大日法身の説法と云うは定んで法華の他受用身に当るなり」(0136-03)と仰せになっている。
 密教が法身の大日如来の説法であるというのは、弘法が弁顕密二教論の中で楞伽経に依として立てたものであるが、楞伽経は権教であり、そこで説かれる法身は、法華経に説かれる自受用身や法身にははるかに及ばない。まして、法華経が応身の釈尊の説だから真言に劣るという文証などないのである。
 一義には、法華経が報身如来の説だとしたら真言亡国は決定であると認めるのか、と責めよと仰せである。
 法華経本門の釈尊は、法身・報身・応身の三身を円満に具えた三身即一身の仏である。単に一身だけでは仏の全体像をとらえることはできず、三身を具えてこそ現実に衆生を救うことができるのである。その場合の法身とは、仏としての悟った真理自体であり、不変真如の理をさす。法華経は、釈尊の悟りの究極を説いたものであり、三身の中の法身の説法ということができるであろう。
 一義には、逆に真言が応身の説だとしたら真言亡国は決定であると認めるのか、と責めよと仰せである。
 前に述べたように、大日如来は釈尊の異名であり、真言密教も釈尊の説であり、真言宗のいう応身の説なのである。したがって、それを誹謗している真言宗は亡国の業となることはとうぜんであろう。
 また真言宗で金剛界・胎蔵界の漫荼羅に五智を表した五仏を立てる時は、北方に釈迦如来・中央が大日如来となっているではないか、といってくる場合がある。
 それに対しては、一義には、中央が釈迦如来だとしたら、その釈尊をないがしろにする真言が亡国であることは決定であると認めるのか、と責めよと仰せである。
 真言天台勝劣事には、「大日経は釈迦の大日となつて説き給へる経なり故に金光明と最勝王経との第一には中央釈迦牟尼と云へり又金剛頂経の第一にも中央釈迦牟尼仏と云へり大日と釈迦とは一つ中央の仏なるが故に大日経をば釈迦の説とも云うべし大日の説とも云うべし」(0135-16)と仰せである。
 一義には、北方が釈迦ということは、真言の三部経の中にはなく、不空三蔵の己義であって仏説ではない、と責めよと仰せである。
 本来の五仏とは、中央の大日如来とそのまわりの四仏をいい、金剛界の漫荼羅では阿閦如来・宝生如来・阿弥陀如来・不空成就如来、胎蔵界の漫荼羅では宝幢如来・開敷華王如来・無量寿如来・天鼓雷音如来とされている。したがって、北方・釈迦如来というのは仏説ではないのである。
 また真言宗では、法華経が穢土において説かれたのに対して、真言は三界の外の法界宮で説かれたものである、としている。
 それに対しては、真言は三界の中で説いたとしたならば、真言亡国は決定であると認めるか、と責めよと仰せである。
 法界宮とは、金剛法界宮の略で、三界の中の色界の頂上の色究竟天にあるとされている。したがって法界宮自体が、三界の内なのである。したがって、真言が三界の外で説かれたということは誤りなのである。
 また、法華経は穢土、すなわち娑婆世界で説かれたのに対し、真言は三界の外で説かれたとしているが、もしそうであるなら、大日如来は他土の仏であり、娑婆世界の衆生にとっては無縁の存在ということになるのである。したがって、無縁の仏を立てて有縁の釈尊と法華経を誹謗する真言宗は、亡国の業となるのである。
 なお、大日経疏には「此宮は是れ古仏菩提を成ぜし処、所謂摩醯首羅天宮」ととかれている。摩醯首羅天とはヒンズーの主神であるヴィシュヌとシヴァの、シヴァのことで、この神は破壊を司るとされている。まさに真言密教が仏教を破壊したのは、この証左ともいえるであろう。
 また真言宗は、顕教の中では大日如来と釈迦如来は一体であると説かれているが、密教の中では別の仏であるとされており、名は同じ大日如来であってもその義は異なるのである、としている。
 それに対しては、それだからこそ真言亡国というのである、と破折すべきであると仰せである。
 一義には、そのようにいえる経文の証拠を出すべきである、と責めよと仰せである。
 もとより、そうした経文はどこにも無いのである。
竜女の成仏についての問答
 また真言宗では、竜女は真言によって成仏したのである。なぜなら、法華経には身・口・意の三密が欠けているからである、といっている。
 それに対しては、それは自義なのか経文によるのか、と責めよと仰せである。
 三密とは、秘密の三業、すなわち身・口・意によって行われる行為をいい、身密・語密・意密ともいう。密教では、衆生が手に印を結び、口に真言を唱え、意に本尊を念ずることによって、仏の三密に加護されて即身成仏するとしている。
 竜女が、真言の三密のよって成仏したというのは、まったく根拠がないのである。
 また真言宗では、法華経提婆達多品第12に「陀羅尼を得…不退転を得たり」という経文があり、この陀羅尼とは三密の加護のことである、としている。
 それに対しては、まず提婆達多品の陀羅尼を真言だとするのは、自義なのか経文なのか、と責めるべきであると仰せになっている。
 提婆達多品には「娑竭羅龍王の女、年始めて八歳なり、智慧利根にして、善く衆生の諸根の行業を知り、陀羅尼を得、諸仏の所説の甚深の秘蔵悉く能く受持し、深く禅定に入って、諸法を了達し、刹那の頃に於いて、菩提心を発して不退転を得たり。弁才無礙にして、衆生を慈念すること、猶、赤子の如し。功徳具足して、心に念い口に演ぶること、微妙広大なり、慈悲仁譲、志意和雅にして、能く菩提に至れり」と説かれている。
 陀羅尼とは、本来は、仏の教えを深く心に記憶して忘れず、多くの悪法を遮って生じさせない能力のことで、能持・総持と訳す。後に呪・真言と混同されて、口に唱えた者を守護し功徳を与える力があるとされた梵語の章句をさすようになった。
 提婆達多品の文は、本来の能持の意であることは、その後の文から明らかである。それにもかかわらず、陀羅尼を真言とするのは、故意にこじつけたものである。
 提婆達多品の竜女について述べた文の前に、「智積菩薩、文殊師利に説いて言わく、此の経は甚深微妙にして、諸経の中の宝、世に稀有なる所なり、頗し衆生の勤加精進し、此の経を修行して、速やかに仏を得る有りや否や。文殊師利の言わく、有り」とあって、竜女が法華経を修行して成仏したことは明確なのである。
 一義には、この陀羅尼を含んだ法華経を、戯論であり第三の劣であると下している弘法は誤っているではないか、と責めよと仰せである。法華経を戯論であり、第三の劣であるとしながら、法華経の文に「陀羅尼」とあるのを真言の三密であるとすることの矛盾を指摘されているのである。
 一義には、それは自語相違である。なぜなら法華経に印が説かれているからである、と責めよと仰せである。つまり法華経提婆品の「陀羅尼」を三密加持とすることと、法華経には三密が欠けているということは全く矛盾するからである。
 なお、真言天台勝劣事には、「法華に印相尊形を説くことを得ずして之を説かざるに非ず説くまじければ是を説かぬにこそ有れ法華は只三世十方の仏の本意を説いて其形がとあるかうあるとは云う可からず」(0137-11)と仰せのように、法華経は仏の本意を説くことが目的であり、印・真言などは枝葉に過ぎないのである。
釈尊が真言で成仏したとの邪義を破す
 また真言宗では、守護経の文によれば、釈尊は大日如来より三密の法門を習って成仏したのである、としている。
 それに対しては、そのために法華経を誹謗するのか、と責めよと仰せである。
 守護経とは、守護国会主陀羅尼経のことで、唐の般若と牟尼室利が共訳しており、国主を守護する功徳が説かれているため、日本では弘法が鎮護国家の経として真言宗に取り入れている。
 その守護経の文とは、「世尊、諸の善男子・善女人等、応に此の世尊無量の三密一字陀羅尼門に於て阿耨多羅三藐三菩提を発すべし」とある文をさしていると思われる。しかし、この文は、善男子・善女人が三密と一字陀羅尼の法門によって菩提心を発すであろうとの文であって、大日如来などどこにも登場しておらず、釈尊が大日如来から三密を習ったと読むのは無理であり、こじつけにすぎない。
 一義には、守護経は、已・今・当の三説の内なのか外なのか、と責めよと仰せである。
 守護経は、法華経以前に説かれた已説の経であり、未顕真実であり、方便の権の教えなのである。したがって、その内容が法華経と相違している場合には、用いてはならないのである。
 一義には、守護国界経の説く本意に相違している場合には、真言亡国は決定であると認めるか、と責めよと仰せである。
 鎮護国家の経典に違背した邪義を唱えているならば亡国は間違いないことになるからである。
なぜ印・真言を捨てるのかとの批判を破す
 また、真言宗では、法華経方便品に「合掌し敬心を以て、具足の道を開きたてまつらんと欲す」とあるのに、何で印・真言を捨てるのか、としている。“具足”とあるのだから、印・真言も捨ててはならないということではないかとの言い分である。
 それに対しては、そのために法華経を誹謗するのか、と責めよと仰せである。
 具足の道とは、円満具足の法という意味であり、一法に一切法を円満に具えている妙法をいうのである。
 開目抄には「法華経・方便品の略開三顕一の時・仏略して一念三千・心中の本懐を宣べ給う、始の事なればほととぎすの初音をねをびれたる者の一音ききたるが・やうに月の山の半を出でたれども薄雲の.をほへるが・ごとく・かそかなりしを舎利弗等・驚いて諸天・竜神.大菩薩等をもよをして諸天・竜神等・其の数恒沙の如し仏を求むる諸の菩薩大数八万有り・又諸の万億国の転輪聖王の至れる合掌して敬心を以て具足の道を聞かんと欲す等とは請ぜしなり、文の心は四味・三教・四十余年の間いまだ・きかざる法門うけ給はらんと請ぜしなり、此の文に具足の道を聞かんと欲すと申すは大経に云く『薩とは具足の義に名く』等云云、無依無得大乗四論玄義記に云く『沙とは訳して六と云う胡法に六を以て具足の義と為すなり』等云云、吉蔵の疏に云く『沙とは翻じて具足と為す』等云云、天台の玄義の八に云く『薩とは梵語此に妙と翻ずるなり』等云云、付法蔵の第十三真言・華厳・諸宗の元祖・本地は法雲自在王如来・迹に竜猛菩薩・初地の大聖の大智度論千巻の肝心に云く『薩とは六なり』等云云、妙法蓮華経と申すは漢語なり、月支には薩達磨分陀利伽蘇多攬と申す、善無畏三蔵の法華経の肝心真言に云く『曩謨三曼陀没駄南帰命普仏陀唵三身如来阿阿暗悪開示悟入薩縛勃陀一切仏枳攘知娑乞蒭毘耶見誐誐曩三娑縛如虚空性羅乞叉儞離塵相也薩哩達磨正法浮陀哩迦白蓮華蘇駄覧経惹入吽遍鑁住発歓喜縛曰羅堅固羅乞叉マン擁護吽空無相無願娑婆訶決定成就』此の真言は南天竺の鉄塔の中の法華経の肝心の真言なり,此の真言の中に薩哩達磨と申すは正法なり薩と申すは正なり正は妙なり妙は正なり正法華・妙法華是なり、又妙法蓮華経の上に南無の二字ををけり南無妙法蓮華経これなり、妙とは具足・六とは六度万行、諸の菩薩の六度万行を具足するやうを・きかんとをもう、具とは十界互具・足と申すは一界に十界あれば当位に余界あり満足の義なり、 此の経一部八巻・二十八品・六万九千三百八十四字・一一に皆妙の一字を備えて三十二相・八十種好の仏陀なり」(0208-14)と仰せになっている。
 したがって、具足の道を印と真言を具足することによって、法華経を誹謗するのは、全くの誤りなのである。
 一義には、“具足”を印・真言も具えるというように解釈することは、自義なのか経文によるのか、と責めよと仰せである。
 それは全く真言宗の立てた己義であり、こじつけなのである。
 一義には、法華経に具足の道とあるから、真言を捨ててはならない、ということは経文にあるのか、と責めよと仰せである。
 一義には、この方便品の文は真言を持つという意味の文なのか、と責めよと仰せである。
 法華経の文段では、この方便品の文は、釈尊が略して三乗を開いて一仏乗を明かしたことに対して、舎利弗や諸天や諸菩薩が疑いを起こして、釈尊にさらに説法を請うた段である。その請いに応えて、釈尊が広く三乗を開いて一仏乗を顕すのであり、印と真言などとは何の関係もないのである。
弘法大師は無間地獄と明かす
 真言宗側が、弘法大師が無間地獄に堕ちたと大聖人がいっているのは、経文によるのか自義なのか、と反論してきた場合には、経文によるのである、と答えよと仰せである。
 また、法華経28品の中のどこにあるのか、と反論してきた場合には、28品の中にあったとしたら、弘法の堕地獄は決定であると認めるのか、と責めよと仰せである。
 相手が、そうだといったら、さらに弘法が法華経を誹謗していることがはっきりすれば認めるかと質して、その上で、経文を出して弘法の堕地獄を責めるべきである、と仰せになっている。
 前にも引いたが、真言見聞には、「謗法ならば亡国堕獄疑い無し、凡そ謗法とは謗仏・謗僧なり三宝一体なる故なり是れ涅槃経の文なり、爰を以て法華経には『則ち一切世間の仏種を断ず」と説く是を即ち一闡提と名づく涅槃経の一と十と十一とを委細に見る可きなり』(0142-02)と述べられている。
 また、撰時抄には、「法華経の第五の巻に云く『此の法華経は諸仏如来の秘密の蔵なり、諸経の中に於て最も其の上に在り』等云云、此の経文に最在其上の四字あり、されば此の経文のごときんば法華経を一切経の頂にありと申すが法華経の行者にてはあるべきか、而るを又国王に尊重せらるる人人あまたありて、法華経にまさりてをはする経経ましますと申す人にせめあひ候はん時、かの人は王臣に御帰依あり法華経の行者は貧道なるゆへに、国こぞつてこれをいやしみ候はん時、不軽菩薩のごとく賢愛論師がごとく申しつをらば身命に及ぶべし、此れが第一の大事なるべしとみへて候此の事は今の日蓮が身にあたれり、予が分斉として弘法大師・慈覚大師・善無畏三蔵・金剛智三蔵・不空三蔵なんどを法華経の強敵なり経文まことならば無間地獄は疑なしなんど申すは裸形にて大火に入るはやすし須弥を手にとてなげんはやすし大石を負うて大海をわたらんはやすし日本国にして此の法門を立てんは大事なるべし」(0292-02)と仰せである。
 法華経譬喩品第3に、「若し人信ぜずして、此の経を毀謗せば、則ち一切、世間の仏種を断ぜん…其の人命終して阿鼻獄に入らん」と説かれているように、釈尊と法華経を下して大日如来と大日経に劣ると誹謗した罪によって、弘法大師が無間地獄に堕ちることは疑いないのである。
 以上のように、本抄は浄土宗・禅宗・天台宗・天台密教・真言宗の各宗との法論における破折の要点を、簡潔な問答形式で示されており、門下の人々が諸宗の僧等と対論する場合の武器として著され、また活用されたのであろうと思われる。