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日蓮大聖人御書講義3下0139~0154

0139~0142    真言諸宗違目
  0139:01~0139:05 第一章 門下に流罪赦免の運動を禁ずる
  0139:06~0139:12 第二章 真言等の諸宗の誤りを略して挙げる
  0139:13~0140:07 第三章 涅槃経の文を挙げ謗法呵責の正しきを証す
  0140:08~0140:15 第四章 経文引き御自身が仏記に当たるを明かす
  0140:16~0141:08 第五章 教の勝劣により人を判ずべきを明かす
  0141:09~0142:03 第六章 法華経の行者を諸天が守護するを明かす
0142~0150    真言見聞
  0142:01~0142:02 第一章 真言亡国・堕獄の因なるを明かす
  0142:02~0142:09 第二章 謗法が堕獄の業因なるを明かす
  0142:09~0142:11 第三章 真言亡国の現証を明かす
  0143:01~0143:05 第四章 真言を権教・邪法とする文証
  0143:05~0143:12 第五章 大日経指帰の偽作を指摘す
  0143:12~0144:01 第六章 門下の肝心は謗法呵責にあるを示す
  0144:01~0144:11 第七章 国の功罪、一分国王に帰すを示す
  0144:12~0145:01 第八章 真言が隠密なるを示し破す
  0145:01~0145:16 第九章 重ねて法華経の秘密なるを示す
  0145:17~0146:10 第十章 印・真言の有無が訳者に依るを明かす
  0146:11~0147:01 第11章 理同事勝、劣謂勝見の外道と破る
  0147:02~0147:16 第12章 法華最第一の文証を挙げる
  0147:17~0148:10 第13章 弘法の法華第三の邪義を破す
  0148:11~0148:18 第14章 真言の邪義を五点に絞り疑難す
  0149:01~0149:06 第15章 大日如来の存在につき難ずる
  0149:06~0149:15 第16章 真言が五仏の説に背くを難ず
  0149:15~0150:02 第17章 文証無き邪義を説く真言を難ず
  0150:03~0150:08 第18章 文証を引き一世界一仏なるを明かす
0150~0154    蓮盛抄
           はじめに
  0150:01~0150:06 第一章 禅宗の根本の教えを破る
  0150:06~0151:11 第二章 迦葉への付嘱の真意を明かす
  0151:12~0151:16 第三章 法華の菩提の無上なるを明かす
  0151:17~0152:02 第四章 「本分の田地」を破し法華の福田を賛す
  0152:03~0152:09 第五章 是心即仏・即身是仏の義を破す
  0152:09~0152:14 第六章 毘廬の頂上を踏むとの義を破す
  0152:15~0153:01 第七章 教外別伝不立文字の教義を破す
  0153:01~0153:06 第八章 重ねて禅宗の天魔・外道なるを明かす
  0153:06~0153:08 第九章 衆生教化に於ける文字の重要性明かす
  0153:08~0154:02 第十章 禅宗が大邪見なるを明かす
  0154:03~0154:10 第11章 一字不説への固執を破して結ぶ

0139~0142    真言諸宗違目top
0139:01~0139:05 第一章 門下に流罪赦免の運動を禁ずるtop
0139
真言諸宗違目    文永九年五月    五十一歳御作   与富木常忍
01     土木殿等の人人御中                          日 蓮
02    空に読み覚えよ老人等は具に聞き奉れ早早に御免を蒙らざる事は之を歎く可からず 定めて天之を抑うるか、
03    藤河入道を以て之を知れ去年流罪有らば今年横死に値う可からざるか 彼を以て之を惟うに愚者は用いざる事
04    なり、日蓮が御免を蒙らんと欲するの事を色に出す弟子は不孝の者なり、敢て後生を扶く可からず、 各各此
05    の旨を知れ。
-----―
 富木常忍殿ならびに門下、信徒の人々へ。
 この書を暗記して自分のものにしなさい。老人たちは、富木殿から詳しく聞きなさい。
 日蓮が佐渡流罪を早く赦免されないからといって、嘆いてはならない。これはきっと、諸天善神が赦免されないように抑えておられるのであえおう。藤河入道ことをとおしてこのことを理解しなさい。もし藤河入道が昨年流罪されていたら、今年災難にあって死ぬことなどなかったであろう。藤河入道のことをもって日蓮のことを考えてみても、愚かな者は受け入れようとしない。
 日蓮を赦免してほしいとの思いを表情や行動に出すような弟子は、不孝の者である。そのような弟子を未来世を救うことはできない。
 おのおのは、以上に述べてきたことの趣旨を理解しなさい。

土木殿
 (1216~1299)富木五郎左衛門尉常忍のこと。因幡国富城庄の本主で、父蓮忍の代から下総国八幡荘若宮に移り、千葉氏に被官したとつたえられている。その後、入道して常忍と称した。建長5年(1253)ないし翌6年に入信して以来、房総方面の門下の中心とした活躍し、鎌倉の四条金吾とも力を合わせて外護の任にあたった。大聖人より日常と法諱をいただいている。大聖人より観心本尊抄、法華取要抄、四信五品抄等数十編にのぼる御書をいただいている。
―――

 諸天善神のこと。法華経の行者を守護する神をいう。梵天・帝釈・八幡大菩薩・天照太神・四天王等の総称。諸天善神が法華経の行者を守護することは、法華経安楽行品に「諸天昼夜に、常に法の為の故に、而も之を衛護す」とある。
―――
藤河入道
 (~1272)生年や人物についての詳細は不明。大聖人との関係性についても不明であるが、何らかの罪に問われ流罪は免れたものの、文永9年(1272)5月以前に亡くなったと推察できる。
―――
流罪
 罪人を遠隔地に送って移転を禁ずること。律によって定められた五刑のひとつ。鎌倉幕府の法律である御成敗式目の第12条には「右、闘殺の基、悪口より起こる。その重きは流罪に処せられ、その軽きは召籠めらるべきなり」とある。
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横死
 災害・事故等、思いがけないことで死ぬこと。
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愚者
 事の道理を弁えない愚かな者。
―――
色に出す
 心の中の思いや気持ちを表情や言動にあらわすこと。
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不孝の者
 ①親不孝の者。②主師親三徳具備の仏の教えを信受せず、仏法に反する者のこと。
―――
後世
 三世のひとつで、未来世、後世と同じ。未来世に生を受けること。今生に対する語。
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 本抄は文永9年(1272)5月5日に佐渡一谷で著され、富木常忍に送られた御書で、真言・華厳・禅・浄土などの諸宗の誤りがどこにあるかを簡潔に示され、ただ一人、法華経を弘める御自身の立場を明らかにされている。大聖人は同年4月の初めに塚原三昧堂から一谷の一谷入道の邸に移られており、4月10日には富木殿御返事を送られている。そのなかで、法華経の行者である大聖人に諸天の加護が現れない理由を挙げられ、加護の有無にかかわりなく、折伏を行じぬくこと、そのために斬首されれば本望であると記されている。その1ヶ月弱後の本抄をしたためられた理由は、恐らく、それでも門下には疑いを抱く者があったことから、邪法の諸宗と法華経の正法の違いを明確にすることによって、大聖人の正しさへの確信を門下に呼びさまそうとされたと考えられる。
 富木常忍は、下総国葛飾郡八幡庄若宮に住み下総の豪族・千葉氏に仕えていた武士である。建長6年(1254)ごろに入信した最古参の大聖人の信徒で、下総地方だけでなく、在家の門下全体の中心的存在となっていた。大聖人の御信頼も厚く、佐渡流罪の歳も、越後の寺泊・佐渡の塚原・一谷の各地に着かれると最初に富木常忍への書状を出されており、文永10年(12723)4月には法本尊開顕の重書である観心本尊抄を賜っている。
 なお当時の状況については、建治元年(1275)の一谷入道御書に「文永九年の夏の比・佐渡の国・石田の郷一谷と云いし処に有りしに・預りたる名主等は公と云ひ私と云ひ・父母の敵よりも宿世の敵よりも悪げにありしに・宿の入道と云ひ・妻と云ひ・つかう者と云ひ・始はおぢをそれしかども先世の事にやありけん、内内・不便と思ふ心付きぬ、預りより・あづかる食は少し付ける弟子は多くありしに・僅の飯の二口三口ありしを或はおしきに分け或は手に入て食しに・宅主・内内・心あつて外には・をそるる様なれども・内には不便げにありし事・何の世にかわすれん、」(1328-17)と述べられていて、大聖人を預かった一谷入道が念仏者でありながら、大聖人に同情してひそかに外護していたことがうかがえる。
 また、弘安元年(1278)の千日尼午前御返事では、「入道の堂のらうにていのちをたびたびたすけられたりし事こそ・いかに・すべしとも・をぼへ候はね」(1315-03)と述べられており、大聖人を狙った暗殺者から、一谷入道がたびたび御命を御守りしていたようである。
 もとより、一谷入道が大聖人に心を寄せるようになったのは月日が経ってのことで、当初は、それほどではなかったと思われる。しかし、それにしても塚原三昧堂の御生活に比べると、はるかに大聖人への処遇はよくなったと考えてよい。そうしたなかで、大聖人は観心本尊抄・顕仏未来記・当体義抄等の重書を次々と著されている。
 本抄は「土木殿の人人御中」とあて名されているように、富木常忍をはじめとする門下一同に与えられたものである。原文は漢文体で著されており、大聖人の御真筆が中山・法華経寺に現存している。
 題名の「真言諸宗違目」は真言宗と諸宗の違目の意ではなく、真言等の諸宗の違目の意で、内容は、真言・華厳・法相・三論・禅・浄土等の諸宗の教義の誤りを指摘され、その邪義を呵責している日蓮大聖人が、日本国の諸人にとっては主・師・親の三徳を具える立場であることを明らかにされている。次に、仏の滅後には、五逆・一闡堤は十方の土のように多く、正法の人は爪上の土のように少ないと説く涅槃経の文を引かれ、そこに予言されたとおり大難にあわれている大聖人こそ、末法の法華経の行者であることを明かされている。更に大聖人が法華経の行者なら、なぜ諸天が守護しないのかとの疑問に対して、悪鬼が充満しているためにと、過去の宿業が尽きていないためであると述べられたうえで、竜の口の大難を免れたことをもって、諸天の守りが強いことを疑ってはならない、と門下への戒めで結ばれている。
 この第一章の本文は、明らかに、最後に書かれた端書、いわゆる追伸である。それが冒頭になっているのは、本文を著された後に紙が足りなくなり、冒頭のところに余白があったため、書き加えられたものであろう。同じ例は、同年3月の佐渡御書等にもみられ、御流罪の身で、紙も容易に入手できなかった窮状が拝せられる。
 この追伸の中で、大聖人が赦免されるよう幕府に働きかけることをしてはならないと仰せられ、その旨を徹底するよう指示されている。恐らく幕府が大聖人を塚原から一谷入道邸に移し待遇を改善したことから、赦免の可能性が強まったという期待が門下の間にわき起こり、幕府へ働きかけようとする働きがあったのであろう。この書を繰り返し読んで暗記して諳んじ、老人たちは詳しく聞いていきなさいとの仰せは、大聖人が流罪されたことによって、門下が疑いを起こすことを防ぐために、本抄の内容を理解し徹底するようにとの御指示である。
 また、大聖人がすぐに佐渡流罪を許されないことを嘆くには及ばないとされ、これには必ず理由があり、諸天が赦免されることを抑えているのであろうと述べられ、そのことは藤川入道の例によっても分かるであろうと仰せである。この藤川入道がいかなる人か詳しいことは分からないが、去年に流罪されていれば、今年、横死することはなかったであろうとの仰せから、流罪を免れて鎌倉にいたために、かえって不慮の死を遂げた人のようである。同じ趣旨のことは、建治3年(1277)7月の四条金吾殿御返事でも「日蓮はながされずして・かまくらにだにも・ありしかば・有りし・いくさに一定打ち殺されなん、此れも又御内にては・あしかりぬべければ釈迦仏の御計いにてや・あるらむ」(1164-03)と述べられている。もしも、大聖人が佐渡へ流罪されずに鎌倉にいたなら、文永9年(1272)2月に北条時輔の一味とされた名越時章等が鎌倉の邸で滅ぼされた内乱の折に、必ずや打ち殺されていたことであろう、との意である。幕府の要人をはじめ、大聖人を憎む多くの謗法の者たちが、戦乱のどさくさにまぎれて大聖人の暗殺を謀ることは十分に考えられたからである。したがって、そうした時に佐渡へ流罪されていることは仏の計らいであったのであろうと仰せなのである。
 更に、藤川入道のことから考えると、愚かな者には分からなくても、大聖人が赦免されないのにはわけがあるのだから、赦免されることを願い、それを顔色に出して行動するのは師に背く不孝の者であり、到底、後生を助けることはできないと厳しく戒められ、各人がそのことをよく理解するように諭されている。
 大聖人にとって、佐渡への流罪は、法華経に予言された「数数見擯出」の文の身読であり、末法の法華経の行者として、当然、起こるべきして起こった難であった。そして、幕府が大聖人を流罪してから4ヵ月後に起こった文永9年(1272)2月の北条時輔の乱は、文応元年(1260)に立正安国論で予言され、竜の口法難に際して平左衛門尉に警告された、自界叛逆難が現実となったものである。しかし、それでも幕府は大聖人の諌暁の正しさに目覚めることはなかった。このままでは、残る他国侵逼難が起こることも間違いなかったが、それによって為政者が覚醒することが、立正安国実現のために、どうしても必要なことであった。安易に幕府に赦免を願うことは、そうした大聖人の御心に背くものだったのである。ゆえに、厳しく赦免運動を禁じられたのであろう。

0139:06~0139:12 第二章 真言等の諸宗の誤りを略して挙げるtop
06   真言宗は天竺より之無し開元の始に善無畏三蔵・金剛智三蔵・不空三蔵等・天台大師己証の一念三千の法門を盗
07 んで大日経に入れて之を立て真言宗と号す、 華厳宗は則天皇后の御宇に之を始む、 澄観等天台の十乗の観法を盗
08 んで華厳経に入れて之を立て華厳宗と号す、 法相三論は言うに足らず、 禅宗は梁の世に達磨大師楞伽経等を以て
09 す大乗の空の一分なり、 其の学者等大慢を成して教外別伝等と称し一切経を蔑如す天魔の所為なり、 浄土宗は善
10 導等・観経等を見て一分の慈悲を起し摂地二論の人師に向つて一向専修の義を立て畢んぬ、日本の法然之をアヤマり
11 天台真言等を以て雑行に入れ 末代不相応の思いを為して国中を誑惑して長夜に迷わしむ、 之を明めし導師は但日
12 蓮一人なるのみ。
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 真言宗はインドに、もともと存在しなかったので、唐の開元年間の初めころに、善無畏三蔵・金剛智三蔵・不空三蔵らが天台大師の悟った一念三千の法門を盗んで大日経に取り入れて宗派を立て、真言宗と称したのである。
 華厳宗は唐の則天皇后の時代に始まったものである。第四祖の澄観らが天台大師の十乗観法を盗んで華厳経に取り入れて宗派を立て、華厳宗と称したのである。
 法相宗や三論宗は言及する必要すらない宗派である。
 禅宗は梁の時代に達磨大師が楞伽経をもって始めたとされているもので、その教理は大乗教で説く「空」の法理の一部分にすぎない。その禅宗を学ぶ者らが大きな慢心を起こして教外別伝などと称して一切経を軽蔑しているのは天魔の行いである。
 浄土宗は善導らが観無量寿経などを見てごくわずかの慈悲を起こして、摂論宗と地論宗の人師に向かってひたすら念仏のみを修行すべきであるとの教義を立てたのである。日本の法然は、この善導らの教義を誤って解釈し、天台宗・真言宗を雑行に入れ、それらは末法の時に適っていないという誤った考えを起こして日本国中の人々をたぶらかし、惑わせ、更に死後にまで、六道の生死輪廻の迷いに陥れている。
 このような諸宗の邪義を明らかにした導師は、ただ日蓮一人だけなのである。

真言宗
 大日経・金剛頂経・蘇悉地経等を所依とする宗派。大日如来を教主とする。空海が入唐し、真言密教を我が国に伝えて開宗した。顕密二教判を立て、大日経等を大日法身が自受法楽のために内証秘密の境界を説き示した密教とし、他宗の教えを応身の釈迦が衆生の機根に応じてあらわに説いた顕教と下している。なお、真言宗を東密(東寺の密教の略)といい、慈覚・智証が天台宗にとりいれた密教を台密という。
―――
天竺
 古来、中国や日本で用いられたインドの呼び名。大唐西域記巻第二には「夫れ天竺の称は異議糺紛せり、舊は身毒と云い或は賢豆と曰えり。今は正音に従って宜しく印度と云うべし」とある。
―――
開元
 中国・唐の第6代皇帝・玄宗の治世のうちの前半。(0713~0741)。
―――
善無畏三蔵
 (0636~0735)。中国真言宗の開祖。中インドの人。烏萇奈国(烏荼国)の王子であったが、唐へ渡って真言宗を弘めた。13歳で王位についたが、兄弟が嫉んだので兄に位を譲って出家した。諸国を巡って仏典を学び、唐の開元4年(0716)に中国に渡り、長安では玄宗皇帝の勅命を受けて興福寺および西明寺に住み、経典の翻訳に従事した。翌年「大日経」七巻を訳し、一行禅師の助けをかりて「大日経疏」20巻を編纂した。さらに「蘇婆呼童子」三巻、「蘇悉地羯羅経三巻を訳した。開元二十年、翻訳が終わってインドへ帰ろうとしたが、皇帝に許されず、同23年、99歳で死んだ。とくに大日経において、法華経の一念三千の法門を盗みとって、理同事勝の邪義をうちたてた。
―――
 (0671~0741)。インドの王族ともバラモンの出身ともいわれる。10歳の時那爛陀寺に出家し、寂静智に師事した。31歳のとき、竜樹の弟子の竜智のもとにゆき7年間つかえて密教を学んだ。のち唐土に向かい、開元8年(0720)洛陽に入った。弟子に不空等がいる。
―――
不空三蔵
 (0705~0774)。梵名アモーガバジュラ(Amoghavajra)、阿目佉跋折羅と音写。意訳して不空金剛。不空はその略。中国唐代の真言宗三三蔵(善無畏、金剛智、不空)の一人で、中国密教の完成につとめた。15歳の時、唐の長安に入り、金剛智に従って出家した。開元29年、金剛智死去後、南天竺に行き、師子国(スリランカ)に達したとき竜智に会い、密蔵および諸経論を得て、6年後、ふたたび唐都の洛陽に帰った。玄宗皇帝の帰依を受け、尊崇が厚かった。羅什、玄奘、真諦と共に中国の四大翻訳家の一人に数えられ「金剛頂経」など多くの密教経典類を翻訳した。
―――
天台大師己証の一念三千の法門
 一念三千はあくまでも天台大師が自ら悟り体系化した法門であることを強調する表現。
―――
天台大師
 (0538~0597)。智者大師の別称。諱は智顗。字は徳安。姓は陳氏。天台山に住んだのでこの名がある。中国南北朝・隋代の人で、天台宗第四祖、または第三祖と称されるが、事実上の開祖である。伝によれば、梁の武帝の大同4年(0538)、荊州に生まれ、梁末の戦乱で一族は離散した。18歳の時、果願寺の法緒のもとで出家し、20歳で具足戒を受け、律を学び、また陳の天嘉元年(0560)北地の難を避け南渡して大蘇山に仮寓していた南岳大師を訪れた。南岳は初めて天台と会った時、「昔日、霊山に同じく法華を聴く。宿縁の追う所、今復来る」と、その邂逅を喜んだという。大蘇山での厳しい修行の末、法華経薬王菩薩本事品第二十三の「其中諸仏、同時讃言、善哉善哉。善男子。是真精進。是名真法供養如来」の句に至って身心豁然、寂として定に入り、法華三昧を感得した。これを大蘇開悟という。後世、薬王品で開悟したことから、薬王菩薩の再誕であるといわれるようになった。その後、大いに法華経の深義を照了し、のち金陵の瓦官寺に住んで大智度論、法華経等を講説した。陳の宣帝の太建7年(0575)、38歳の時に天台山に入り、仏隴峰に住んで修行したが、至徳3年(0585)詔によって再び金陵に出て、大智度論、法華経等を講ずる。禎明元年(0587)法華経を講じたが、これを章安が筆録したのが「法華文句」十巻である。その後、故郷の荊州に帰り、玉泉寺で法華玄義、摩訶止観を講じ、天台三大部を完成する。その間、南三北七の諸師を信伏させ、天台山に帰った翌年の隋の開皇17年(0597)、60歳で没した。著書に法華三大部のほか、五小部と呼ばれる「観音玄義」「観音義疏」「金光明玄義」「金光明文句」「観経疏」がある。
―――
己証
 自ら真理・妙理を悟ること。またその悟り自体のこと。「己」はおのれ、「証」はあかしの意味。
―――
一念三千
 仏教の極理である。釈尊はこれを出世の本懐として、法華経方便品に「諸法実相」に約して、ほぼこれを説いた。ついで寿量品にいたり、因果国の三妙に約し、仏身の振舞の上からこれを説いた。これを受けて天台は、像法時代に出現して、摩訶止観で、次のように説いた。観の冒頭に「摩訶止観第五に云く世間と如是と一なり開合の異なり。『夫れ一心に十法界を具す一法界に又十法界を具すれば百法界なり一界に三十種の世間を具すれば百法界に即三千種の世間を具す、此の三千・一念の心に在り若し心無んば而已介爾も心有れば即ち三千を具す乃至所以に称して不可思議境と為す意此に在り』等云云或本に云く一界に 三種の世間を具す」と。十界とは「地獄界・餓鬼界・畜生界 ・修羅界・人界・天界・声聞界・縁覚界・菩薩界・仏界」。十如とは「如是相・如是性・如是体・如是力・如是作・如是因・如是縁・如是果・如是報・如是本末究竟等」。三世間とは五蘊世間・衆生世間・国土世間」。一念三千には理と事があり、迹門は理・本門は事となる。文底下種本門に対する時は、法華経の本迹二門ともに理の一念三千となり、真の一念三千の法門とは、寿量品文底秘沈の三大秘法である。
―――
大日経
 大毘盧遮那成仏神変加持経のこと。中国・唐代の善無畏三蔵訳7巻。一切智を体得して成仏を成就するための菩提心、大悲、種々の行法などが説かれ、胎蔵界漫荼羅が示されている。金剛頂経・蘇悉地経と合わせて大日三部経・三部秘経といわれ、真言宗の依経となっている。
―――
華厳宗
 華厳経を依経とする宗派。円明具徳宗・法界宗ともいい、開祖の名をとって賢首宗ともいう。南都六宗の一つ。一切経の中で華厳経が最高であるとし、万物の相関関係を説く法界縁起によって悟りの極致に達するとする。東晋代に華厳経が中国に伝訳され、杜順、智儼を経て賢首によって教義が大成された。賢首は五教十宗の教判を立てて、華厳経が最高の教えであるとした。日本には天平8年(0736)に、唐僧の道璿が伝え、同12年(0740)に、新羅の僧・審祥が華厳経を講じて日本華厳宗の祖とされる。
―――
則天皇后
 (0623~0705)。則天武后、武則天ともいう。唐朝第二代太宗、第三代高宗の後宮に入り、永徽6年(0655)高宗の皇后となった。高宗が倒れてからはみずから政務を執り、高宗死後は実子の中宗、睿宗を相ついで帝位につけたが、天授元年(0690)廃帝してみずから帝位につき、国号を周と改めた。密告制度などの恐怖政治を行なったが、半面、門閥によらぬ政治の道を開き、また学芸に力を入れるなど文化を興隆させた。
―――
御宇
 ひとりの天子の時代。
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澄観
 (0738~0839)。中国華厳宗の第四祖。浙江省会稽の人。姓は夏侯氏、字は大休。清涼国師と号した。11歳の時、宝林寺で出家し、法華経をはじめ諸経論を学び、大暦10年(0775)蘇州で妙楽大師から天台の止観、法華・維摩等を学ぶなど多くの名師を訪ねる。その後、五台山大華厳寺で請われて華厳経を講じた。著書には「華厳経疏」60巻、「華厳経綱要」1巻などがある。
―――
天台の十乗の観法
 天台大師が摩訶止観のなかで説いた十種の観法のこと。十乗観法とは、観不思議境・起慈悲心・巧安止観・破法遍・識通塞・修道品・対治助開・知次位・能安忍・無法愛をいう。
―――
華厳宗
 華厳経を依経とする宗派。円明具徳宗・法界宗ともいい、開祖の名をとって賢首宗ともいう。南都六宗の一つ。一切経の中で華厳経が最高であるとし、万物の相関関係を説く法界縁起によって悟りの極致に達するとする。東晋代に華厳経が中国に伝訳され、杜順、智儼を経て賢首によって教義が大成された。賢首は五教十宗の教判を立てて、華厳経が最高の教えであるとした。日本には天平8年(0736)に、唐僧の道璿が伝え、同12年(0740)に、新羅の僧・審祥が華厳経を講じて日本華厳宗の祖とされる。
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法相
 法相宗の事。解深密経、瑜伽師地論、成唯識論などの六経十一論を所依とする宗派。中国・唐代に玄奘がインドから瑜伽唯識の学問を伝え、窺基によって大成された。五位百法を立てて一切諸法の性相を分別して体系化し、一切法は衆生の心中の根本識である阿頼耶識に含蔵する種子から転変したものであるという唯心論を説く。また釈尊一代の教説を有・空・中道の三時教に立て分け、法相宗を第三中道教であるとした。さらに五性各別を説き、三乗真実・ 一乗方便の説を立てている。法相宗の日本流伝は一般的には四伝ある。第一伝は孝徳天皇白雉4年(0653)に入唐し、斉明天皇6年(0660)帰朝した道昭による。第二伝は斉明天皇4年(0658)、入唐した智通・智達による。第三伝は文武天皇大宝3年(0703)、智鳳、智雄らが入唐し、帰朝後、義淵が元興寺で弘めたとする。第四伝は義淵の門人・玄昉が入唐して、聖武天皇天平7年(0735)に帰朝して伝えたものである。
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三論
 三論宗のこと。竜樹の中論・十二門論、提婆の百論の三つの論を所依とする宗派。鳩摩羅什が三論を漢訳して以来、羅什の弟子達に受け継がれ、隋代に嘉祥寺の吉蔵によって大成された。日本には推古天皇33年(0625)、吉蔵の弟子の高句麗僧の慧灌が伝えたのを初伝とする。奈良時代には南都六宗の一派として興隆したが、以後、次第に衰え、聖宝が東大寺に東南院流を起こして命脈をたもったが、他は法相宗に吸収された。教義は、大乗の空理によって、自我を実有とする外道や法を実有とする小乗を破し、成実の偏空をも破している。究極の教旨として、八不をもって諸宗の偏見を打破することが中道の真理をあらわす道であるという八不中道をとなえた。
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禅宗
 禅定観法によって開悟に至ろうとする宗派。菩提達磨を初祖とするので達磨宗ともいう。仏法の真髄は教理の追及ではなく、坐禅入定の修行によって自ら体得するものであるとして、教外別伝・不立文字・直指人心・見性成仏などの義を説く。この法は釈尊が迦葉一人に付嘱し、阿難、商那和修を経て達磨に至ったとする。日本では大日能忍が始め、鎌倉時代初期に栄西が入宋し、中国禅宗五家のうちの臨済宗を伝え、次に道元が曹洞宗を伝えた。
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 中国の王朝名。南北朝時代の南朝のひとつ。(0502~0557)斉の同族・蕭衍が斉の禅譲を受けて建国、健康(南京)に都を置いた。蕭衍の治世中、内政が整い仏教や学問が興隆して太平の世が出現したが、晩年、侯景の乱が起こり、武帝は混乱の内に没した。蕭衍の死後まもなく陳に滅ぼされた。この時代、梁の三大法師と呼ばれる法雲・智蔵・僧旻などが出、王の保護のもと仏教文化を出現した。天台大師はこの王朝末の侯景の乱で家族を失い、出家をけついしたという。
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達磨大師
 禅宗の初祖。菩提多羅のこと。のちに般若多羅より法を受け、菩提達磨の名を授けられた。般若多羅は、かれの滅後67年に震旦に行って弘法せよと、達磨に游化を許したので、梁の普通元年、中国に入り、武帝に謁見したが受け入れられず、崇山少林寺に寓して壁に向かって坐禅したので、人々は彼を壁観婆羅門と呼んだ。大通2年に死去。唐の代宗は円覚大師とおくり名した。
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楞伽経
 漢訳本に四種あり、三種の訳書が現存する。仏が楞伽山頂で大慧菩薩に対して説いたとされる経。唯識の立場からさまざまな大乗の教義が列挙されている。また名字によって一切法の相を分別することを虚妄としてしりぞけ、四種の禅を明かし、諸法の空・無生・不二を悟って仏の境界に入るよう勧めている。達磨は禅宗の依経とした。
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大乗の空の一分なり
 釈尊は小乗・大乗教の諸経で「空」を説いているが、禅宗で説いた空は、大乗教の空の教理の一分に過ぎないということ。
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学者
 ①学問の研究を業とする人。②学芸などを修行する人。③仏法を学ぶ者。
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大慢
 大慢婆羅門のこと。インドの外道の僧で、慢心を起こして外道の三神および釈尊の像を高座の四足としてわが徳四聖に優れたりと称していたが、賢愛論師に法論で敗れ、国王に処刑されるにあたり、賢愛論師は王に請うて彼の罪を減じ、かつこれを慰問したが、大慢はなお諭師をののしり、仏法僧を誹謗したので、ことば終わらざるうちに大地さけて現身に地獄に堕ちた。
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教外別伝
 禅宗の教義で、仏法の真髄は経の外にあり、それは釈迦から迦葉に、文字によらずひそかに伝えられ、それを伝承したのが禅宗であると説く。文字を立てず自身の心を師とする等、仏典を曲げて解釈するので天魔の教えといわれる。
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一切経
 釈尊が一代五十年間に説いた一切の経のこと。一代蔵経、大蔵経ともいう。また仏教の経・律・論の三蔵を含む経典および論釈の総称としても使われる。古くは仏典を三蔵と称したが、後に三蔵の分類に入りきれない経典・論釈がでてきたため一切経・大蔵経と称するようになった。
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蔑如
 ばかにし、軽蔑すること。「蔑」はないがしろにする。あなどるの意。
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天魔の所為
 天魔とは天子魔のこと。第六天の魔王より起こり、父母・妻子・権力者等のあらゆる姿をもって仏道修行を妨げようとする働きのこと。他化自在天ともいい、仏教そのものを破壊しようとする最も強力な魔。所為とは行い・仕業。為すところの意。
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天魔
 天子魔の略で、四魔の一つ。欲界の第六天に住する魔王とその眷属によって起こり、父母・妻子・権力者等のあらゆる姿をとって正法破壊の働きをなし、仏道修行を妨げようとする。四魔の中でも、天子魔は大天魔・第六天の魔王ともいわれ、最も恐ろしい魔とされる。
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所為
 行為・しわざ。
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浄土宗
 阿弥陀仏の本願を信じ、その名号を称えることによって阿弥陀仏の極楽浄土に往生することを期す宗派。中国では、東晋代に慧遠を中心とする念仏結社の白蓮社が創設された。白蓮社は、念仏三昧を修して阿弥陀仏を礼拝したが、これが中国浄土教の始まりとされる。南北朝時代に、曇鸞がインドから来た訳経僧の菩提流支から観無量寿経を受けて浄土教に帰依し、その後、道綽、善導らに受け継がれて浄土念仏の思想が大成された。日本では法然が選択集を著して、仏教には聖道浄土の二門があり、時機相応の教えは浄土門であるとして浄土宗の宗名を立てた。そして、正依の経論を無量寿経、観無量寿経、阿弥陀経と往生論の三経一論として開宗した。
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善導
 (0613~0681)。中国・初唐の人で、中国浄土教善導流の大成者。山東省・臨淄の人。一説に泗州(安徽省)の人ともいわれる。幼い時に出家し、経蔵を探って観無量寿経を見て、西方浄土往生を志した。後、貞観年中に石壁の玄中寺(山西省)に赴いて道綽のもとで観無量寿経を学び、師の没後、光明寺で称名念仏の弘教に努めた。往生礼讃の第四で「千中無一」と説き、念仏以外の雑行を修する者は、千人の中で一人も成仏しないとしている。著書には「観経疏」4巻、「往生礼讃」1巻等がある。日本の法然は、観経疏を見て専ら浄土の一門に帰依したといわれる。 
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観経
 観無量寿経のこと。浄土三部経の一つで、方等部に属する。元嘉元年(0424)~同19年(0442)にかかって中国・劉宋代の畺良耶舎訳。詳しくは観無量寿仏経。阿闍世王が父・頻婆沙羅王を殺し母を牢に閉じ込め、悪逆の限りを尽くしたのを嘆いた母・韋提希夫人が釈尊にその因縁を聞いたところ釈尊は神通をもって十方の浄土を示し、夫人がそのなかから西方極楽世界を選ぶ。それに対して釈尊が、阿弥陀仏と極楽浄土を説くというのが大意である。しかし、韋提希夫人の嘆きに対しては、この経は根本的には説かれていない。この答えが説かれるのは法華経提婆品で、観経ではわずかに、問いを起こしたaaというにとどまる。西方十万億土を説いたのも、夫人の現在に対する解決とはなっていない。
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一分の慈悲を起し
 ごくわずかな慈悲。
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慈悲
 一切衆生を慈しみ憐れむこと。大智度論巻27には、「大慈は一切衆生に楽を与え、大悲は一切衆生の苦を抜く。大慈は喜楽の因縁を以って衆生に与え、大悲は離苦の因縁を以って衆生に与う」とあり、慈を与楽、悲を抜苦の義としている。また涅槃経では一切衆生の無利益なるものを除くことを慈とし、無量の利益を与えることを悲としている。
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摂地二論の人師
 無著の摂大乗論を所依とする学派・摂論宗と、世親の十地経論を所依とする学派・地論宗の二宗を修学する人々。
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一向専修の義
 ひたすら称名念仏のみを修行すること。浄土宗の依経である無量寿経に「一向専念無量寿仏」とあるが、これを受けて法然が受けた教説で、余行を選び捨て、ただ一途に称名念仏の一行を修めよとの意。
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日本の法然之を悞り
 浄土宗の曇鸞・道綽・善導は、法華経以前の40余年の諸経の中において、聖道・浄土、難行・易行、正行・雑行を立てたのであり、法華経を聖道門・難行道・雑行道には入れていない。にもかかわらず法然は念仏本願選択集において、三師の語を借りて、大乗のなかに実大乗も含まれるとして、法華経を聖道門・難行道・雑行道とし、捨閉閣抛せよと説いたのである。
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法然
 (1133~1212)。わが国の浄土宗の元祖で、源空という。伝記によると、童名を勢至丸といい、15歳で比叡山に登り、天台の教観を研究。叡空にしたがって一切経、諸宗の章疏を学んだ。そのときに、善導の「観経疏」の文を見て、承安5年(1175)の春、43歳で浄土宗を開創した。「選択集」を著して、一代仏教を捨てよ、閉じよ、閣け、抛てと唱えた。その後、専修念仏は風俗を壊乱するとの理由で建永2年(1207)土佐国に遠流され、弟子の住蓮、安楽は処刑された。これはその後、許されたが、建暦2年(1212)80歳で没してのち、勅命により骨は鴨川に流され、「選択集」の印版は焼き払われ、専修念仏は禁じられた。
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天台真言
 ①天台宗と真言宗のこと。②比叡山延暦寺等が立てる台密のこと。
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雑行
 浄土宗の教義で、善導の観無量寿経疏正宗分散善義巻四に典拠をもつ。同書のなかに「行き就きて信を立てるとは、然るに行に二種あり。一には正行、二には雑行なり」とある。修行を正行と雑行に分け、浄土三部経によって修行するのが正行であるとし、五種の正行以外の諸善を雑行と名づくとしている。五種の正行とは、浄土宗の教義。極楽浄土に往生するための五種類の正行のこと。五種の雑行に対する語。①読誦正行。専ら『観経』等を読誦する。すなわち文に、「一心に専らこの『観経』・『弥陀経』・『無量寿経』等を読誦す」ること。②観察正行。専ら彼の国の依正二報を観察する。すなわち文に、「一心に専注して彼の国の二報荘厳を思想し観察し憶念す」ること。③礼拝正行。専ら弥陀を礼する。すなわち文に、「もし礼するには、すなわち一心に専ら彼の仏を礼す」ること。④称名正行とは、専ら弥陀の名号を称する。すなわち文に、「もし口に称するには、すなわち一心に専ら彼の仏を称す」ること。⑤讃歎供養正行。専ら弥陀を讃歎供養する。すなわち文に、「もし讃歎供養するには、すなわち一心に専ら讃歎供養す。これを名づけて正と為す」ること。この中で称名正行を第一の正行、他の四つをその助行とする。この五種の正行の説をふまえて法然は浄土三部経の修行を正行、それ以外の経教の修行を雑行として排した。なお、五種の雑行とは浄土宗の教義で、極楽浄土に往生することができない五種類の修行のことで、選択本願念仏宗にある。⑥読誦雑行。『観経』等の往生浄土の経を除いて已外の大小乗顕密の諸経において、受持し読誦すること。⑦観察雑行。極楽の依正を除いて已外の大小、顕密、事理の観行、皆ことごとく観察雑行という。⑧礼拝雑行。弥陀を礼拝するを除いて已外の、一切の諸余の仏菩薩等、および諸の世天等において、礼拝恭敬すること。⑨称名雑行。弥陀の名号を称するを除いて已外の自余の一切の仏菩薩等、および諸の世天等の名号を称すること。⑩讃歎供養雑行。弥陀仏を除いて已外の一切の諸余の仏菩薩等および諸の世天等において、讃歎供養するを、ことごとく讃歎供養雑行という。
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誑惑
 たぶらかすこと。
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 真言・華厳・法相・三論・禅・浄土の諸宗の誤りを、簡潔に指摘されている。
 初めに、真言宗について、インドにはなかった宗派で、善無畏・金剛智・不空の三三蔵等が、天台大師の立てた一念三千の法門を盗み入れて大日経の法理とし、真言宗と名乗ったのでる、と破折されている。法華経の法理を盗んだということは、法華経の一念三千の法理が大日経にあると主張したことである。
 善無畏・金剛智・不空の三三蔵が大日経・金剛頂経・蘇悉地経の真言三部経をインドから中国へ伝えた時、すでに天台大師によって法華経の一念三千が明かされ法華最勝の義が確立されていたので、真言経を弘通するために、一念三千の法理を盗んで大日経にも法華経と同じ法理が説かれていると飾り立て、そのうえで大日経には印と真言も説かれているから勝れていると、法華経を誹謗したのである。しかし、大日経等の真言経には、一念三千の法理の基礎となる二乗作仏・十界互具は説かれておらず、まして久遠実成の明文はない。法華経の文に類似した大日経の経文に、法華経の法理をこじつけたにすぎない。
 開目抄には「真言・大日経等には二乗作仏・久遠実成・一念三千の法門これなし、善無畏三蔵・震旦に来つて後・天台の止観を見て智発し大日経の心実相・我一切本初の文の神に天台の一念三千を盗み入れて真言宗の肝心として其の上に印と真言とをかざり法華経と大日経との勝劣を判ずる時・理同事勝の釈をつくれり、両界の漫荼羅の二乗作仏・十界互具は一定・大日経にありや第一の誑惑なり、故に伝教大師云く『新来の真言家は則ち筆受の相承を泯じ、旧到の華厳家は則ち影響の規模を隠す』等云云」(0215-18)と、真言宗が一念三千の法門を盗んだ経緯を詳細に述べて破折されている。
 また撰時抄にも、善無畏が中国天台宗の僧・一行を誑かして大日経疏を作らせ、そのなかで大日経と法華経はともに一念三千の法理を明かしているが、大日経には法華経にない印と真言が説かれているので法華経より勝れていると述べさせたことが記されている。
 次に華厳宗についても、澄観等が天台大師の十乗観法を盗んで華厳経に入れ、華厳宗と名乗ったのであるとされている。澄観は中国華厳宗の第四祖で、法華経をはじめ大乗の諸経論を研究し、妙楽大師について摩訶止観を学んだ人物で、華厳宗を再興するために天台大師の一念三千の法理を華厳経に盗み入れたのである。そのことを「華厳宗と号す」とのべられたのであろう。
 たしかに天台大師は摩訶止観の中で華厳経巻十の「心は工なる画師の如し」の文を引用し、心が諸法を形づくっているとの理は、ちょうど巧みな画師が種々の絵の具を用いてあらゆる物事を表現するようなものであると説いているが、あくまで傍証として用いただけで、華厳経に一念三千があるということではない。澄観はそれを逆に用いて、この文を華厳経に一念三千が説かれている根拠としたのである。
 開目抄には「 華厳宗と真言宗とは本は権経・権宗なり善無畏三蔵・金剛智三蔵・天台の一念三千の義を盗みとつて自宗の肝心とし其の上に印と真言とを加て超過の心ををこす、 其の子細をしらぬ学者等は天竺より大日経に一念三千の法門ありけりと・うちをもう、 華厳宗は澄観が時・華厳経の心如工画師の文に 天台の一念三千の法門を偸み入れたり、人これをしらず」(0190-04)とも、また「華厳経・乃至諸大乗経・大日経等の諸尊の種子・皆一念三千なり天台智者大師・一人此の法門を得給えり、華厳宗の澄観・此の義を盗んで 華厳経の心如工画師の文の神とす」(0215-17)とも述べられている。
 天台大師が華厳経の文を引いた理由について、日寛上人は三重秘伝抄に「彼の経に記小久成を明かさず、何ぞ一念三千を明かさんや。若し大師引用の意は、浄覚云く『今の引用は会入の後に従う』等云云。又古徳云く『華厳は死の法門にして法華は活の法門なり』云云。彼の経の当分は有名無実なる故に死の法門と云う…若し会入の後は猶蘇生の如し、故に活の法門と云うなり」と述べている。華厳経には二乗作仏・久遠実成が説かれていないのだから、一念三千が明かされるわけがないのであり、天台大師が引用したのは、あくまでも法華経に会入したうえでのことだったのである。
 次に、法相宗と三論宗は、華厳経とともに南都六宗のなかの大乗三宗であるが、この二つについては論ずるに足らないと、一蹴されている。法相宗は、中国の唐代に玄奘がインドから伝えた唯識論をもとに窺基が開いた宗派で、諸法の性相を分別し体系化することを目的とした大乗の学問宗である。日本へは道昭・智通・玄昉等によって伝えられ、元興寺・法隆寺・興福寺・薬師寺等で法相宗の学問研究が盛んに行われた。他宗の僧が法相宗を兼学する者が多く、宗派というよりも学派であった。
 三論宗も、鳩摩羅什が中国に紹介した竜樹の中論・十二門論と提婆の百論の三つの論を依りどころとして立てられた宗派で、吉蔵によって大成され、日本へは高麗の慧灌によって伝えられた。法相宗と同じく学問宗である。法相・三論の二宗は、大聖人御在世当時にはともに全く力を失っていたので「言うに足らず」と一言で破されたのであろう。
 禅宗については、中国・梁代にインドから渡来した達磨が楞伽経等によって立てたもので、空の一分を説いた大乗の宗派であるとされている。しかし、禅宗の最大の欠陥は、その学者たちが慢心を起こし、「教外別伝・不立文字」。仏の真実の教えは経文にはなく、仏の涅槃の時に微妙な法門を迦葉へ、文字を立てずに教外に別に伝え付嘱した、と主張して、一切の経典を軽蔑し否定していることにあると指摘され、そうした禅宗の教義は「天魔の所為」であると破折されている。なぜなら経典に依らずに教義を立てて、しかも仏説である経典を否定し誹謗するということは、涅槃経に「若し仏の所説に随わざる者有れば是れ魔の眷属なり」とあるように、仏法を破壊する天魔の行為だからである。
 しかも、菩提達磨は、楞伽経に四種禅が説かれるとして禅宗の依経にして、更に、大梵天王問仏決疑経に、仏が正法眼蔵・涅槃妙心・実相無相という法門を摩訶迦葉に付嘱したことが説かれており。これが善の起源でるとしている。文字を用いないといいながら、楞伽経を依経とし、問仏決疑経を用いるなど自語相違しているのである。しかも、問仏決疑経は仏説ではなく、偽経であることが明らかである。
 蓮盛抄には「教外と号し剰さえ教外を学び文筆を嗜みながら文字を立てず言と心と相応せず豈天魔の部類・外道の弟子に非ずや、仏は文字に依つて衆生を度し給うなり、問う其の証拠如何、答えて云く涅槃経の十五に云く『願わくは諸の衆生悉く皆出世の文字を受持せよ』文、像法決疑経に云く『文字に依るが故に衆生を度し菩提を得』云云、若し文字を離れば何を以てか仏事とせん禅宗は言語を以て人に示さざらんや若し示さずといはば南天竺の達磨は四巻の楞伽経に依つて五巻の疏を作り慧可に伝うる時我漢地を見るに但此の経のみあつて人を度す可し汝此れに依つて世を度す可し云云、若し爾れば猥に教外別伝と号せんや」(0153-05)と破されている。
 次に浄土宗について、善導等が観経等の経典を見て一分の慈悲を起こし、当時の摂論宗や地論宗の人師に向かって余行を選び捨てて専ら念仏の一行を修めよと一向専修の教義をたてたのであるとされている。
 中国浄土教善導流の祖とされる善導は、道綽のもとで観無量寿経を学んで念仏を行じ、師の滅後、念仏の弘教に励んだ。その著・観経疏のなかの、称名念仏という他力本願によって弥陀の浄土に往生できるとの思想は、法然の選択集にもしばしば引用され、最も重要な依りどころとなっている。また、往生礼讃偈では「千中無一」と説き、念仏以外の雑行を修行する者は千人の中で一人も成仏しない、としている。
 本来、善導ら中国の祖師たちは法華経以外の諸経について聖道・浄土・正行・雑行の義をたてたのであったが、日本の法然が善導らの誤りを更に拡大して、天台・真言をも雑行の中に含めて、法華経を末法には不相応の教えであると誹謗し、国中の人々を誑かし生死の闇に迷わせたのである、とされている。
 法然は、その著、選択集の結論として「夫れ速やかに生死を離れんと欲せば二種の勝法の中に且く聖道門を閣きて選んで浄土門に入れ。浄土門に入らんと欲せば正雑に行の中に且く諸の雑行を抛ちて選んで応に正行に帰すべし」と述べ、称名念仏のみを正行とし、他の諸教はことごとく雑行なので捨てるべきであると主張した。すなわち、諸行のなかに法華経の修行を含めて、末法には不相応の法であると誹謗し、捨てるように勧めており、これを大聖人は「人々を惑わし、無間地獄の苦悩に突き落とすものである」とされたのである。
 すなわち大聖人は、この法然の誤りは、法華経を誹謗していることにあり、法華経譬喩品第3に「若し人信ぜずして、此の経を毀謗せば、則ち一切世間の仏種を断ぜん…其の人命終して、阿鼻獄に入らん」の戒めに当たるため、「念仏は無間の業である」と破折されたのである。
 「国中を誑惑して長夜に迷わしむ」と仰せられているのは、この法然の邪義が大聖人当時、日本中に広まり、浄土宗は興隆を極めていたことをさしておられる。そうしたなかで、ただ一人「念仏は無間地獄の業」と叫んで、覚醒を促されたのが大聖人であるゆえに「之を明めし導師は但日蓮一人なるのみ」と断じられているのである。同趣旨のことは開目抄にも「権大乗・実大乗経を極めたるやうなる道綽・善導・法然等がごとくなる悪魔の身に入りたる者・法華経をつよくほめあげ機をあながちに下し理深解微と立て未有一人得者・千中無一等と・すかししものに無量生が間・恒河沙の度すかされて権経に堕ちぬ権経より小乗経に堕ちぬ外道・外典に堕ちぬ結句は悪道に堕ちけりと深く此れをしれり、日本国に此れをしれる者は但日蓮一人なり」(0200-06)と述べられている。

0139:13~0140:07 第三章 涅槃経の文を挙げ謗法呵責の正しきを証すtop
13   涅槃経に云く「若し善比丘法を壊る者を見て置いて 呵嘖し駈遣し挙処せずんば当に知るべし是の人は仏法の中
14 の怨なり」等云云、 潅頂章安大師云く「仏法を壊乱するは 仏法の中の怨なり慈無くして詐り親しむは 即ち是れ
15 彼が怨なり彼が為に悪を除くは即ち是れ彼が親なり」等云云、 法然が捨閉閣抛・禅家等が教外別伝・若し仏意に叶
0140
01 わずんば 日蓮は日本国の人の為には賢父なり聖親なり導師なり、 之を言わざれば一切衆生の為に「無慈詐親即是
02 彼怨」の重禍脱れ難し、 日蓮既に日本国の王臣等の為には「為彼除悪即是彼親」に当れり 此の国既に三逆罪を犯
03 す天豈之を罰せざらんや、 涅槃経に云く「爾の時に世尊・地の少しの土を取つて之を抓の上に置いて迦葉に告げて
04 言わく是の土多きや十方世界の地土多きや、 迦葉菩薩仏に白して言さく 世尊抓の上の土は十方所有の土の比なら
05 ざるなり○四重禁を犯し 五逆罪を作つて○一闡提と作つて 諸の善根を断じ 是の経を信ぜざるものは十方界所有
06 の地土の如し○五逆罪を作らず○一闡提と作らず 善根を断ぜず 是くの如き等の涅槃経典を信ずるは 抓の上の土
07 の如し」等云云、経文の如くんば当世日本国は十方の地土の如く日蓮は抓の上の土の如し。
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 涅槃居には「もし善い僧がいて、仏法を破壊する者を見ていながら、それを放置し、そのあやまりをしかり責めず、その所を追い払わず、その罪過をはっきりと挙げないで糾明しなければ、まさにこの人は仏法の中のかたきである」等と説かれている。灌頂章安大師は、涅槃経疏にこれを解釈して「仏法を壊り乱すことは仏法の中のかたきとなる行為である。それを糾す慈悲心もなくて、詐り親しむのは、すなわちその者にとってかたきとなる行為である。…仏法を壊り乱す者のためにその悪を除くことはその者のためになる慈愛の行為である」等と述べている。
 浄土三部経以外の一切経を、捨てよ、閉じよ、閣け、抛て、との法然の教義や、仏の悟りは経典や教理以外に別に伝えられた「教外別伝」などという禅宗等の教義がもし仏の本意にかなっていないのであれば、浄土宗や禅宗等の諸宗の邪義と戦っている日蓮は、衆生のためには賢明な父であり、尊い親であり、導師である。
 もし、浄土宗や禅宗等の諸宗が仏の本意に反する邪義である、ということを言わなければ、日蓮は、すべての衆生のためには「彼が為に悪を除くは即ち是れ彼が親なり」との文に当たっているのである。
 ところが、この国は既に、その大聖人を迫害し、殺そうとしたのであるから殺父・殺母・殺阿羅漢という三逆罪を犯している。諸天善神がこれを罰しないことがあろうか、いや、必ず罰するであろう。
 涅槃経には「その時に釈尊が、地面の少しの土を取ってこれを爪の上に置いて、迦葉菩薩に告げて言われた。『この土のほうが多いであろうか、それとも宇宙全体の地の土のほうが多いであろうか』と。迦葉菩薩が仏に申し上げて言った。『釈尊、爪の上の土は、全宇宙にある土と比較することすらできないほどの少ないものです』と」「釈尊は『四重禁を犯し、五逆罪を作って…一闡堤となってもろもろの善根を断じ、この涅槃経を信じない者は全宇宙にある土のように多い』と言い」「『五逆罪を作らず、…一闡堤とならず、善根を断ぜず、このような涅槃経を信ずる者は爪の上の土のように少ない』と言われた」等と説かれている。
 経文のとおりであるならば、今の世の日本国の人々は全宇宙の地の土のよいなものであり、それに対して、日蓮は爪の上の土のようなものである。

涅槃経
 釈尊が跋提河のほとり、沙羅双樹の下で、涅槃に先立つ一日一夜に説いた教え。大般涅槃経ともいう。①小乗に東晋・法顯訳「大般涅槃経」2巻。②大乗に北涼・曇無識三蔵訳「北本」40巻。③栄・慧厳・慧観等が法顯の訳を対象し北本を修訂した「南本」36巻。「秋収冬蔵して、さらに所作なきがごとし」とみずからの位置を示し、法華経が真実なることを重ねて述べた経典である。
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善比丘
 比丘とは出家した男子・僧侶のこと。よい僧侶をいう。
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呵責
 叱り、責めること。相手の罪禍を追求し責め立てること。
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駆遣
 追い払うこと。駆は追う、遣は追う・はなつ等の意。仏教では、破仏法・正法誹謗の者を追放することをいう。
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挙処
 その罪を検挙し、世を挙げて処分すること
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 仏法に敵対すること。
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潅頂章安大師
 章安大師のこと。(0561~0632)。中国天台宗第四祖(①北斉の慧文、②南岳慧思、③天台智顗、④章安灌頂)。天台大師の弟子で、師の論釈をことごとく聴取し、結集したといわれる。諱は灌頂。中国の浙江省臨海県章安の人で、七歳で摂静寺に入り、25歳で天台大師に謁して後、常随給仕して所説の法門をことごとく領解した。その聴受ののち編纂した天台三大部(「法華玄義」「法華文句」「摩訶止観」)をはじめ、大小部合わせて百余巻がある。師が亡くなってから「涅槃玄義」二巻、「涅槃経疏」20巻を著わす。その名声は高く、三論の嘉祥は章安の「義記」を借覧して天台に帰伏したという。唐の貞観6年8月7日、天台山国清寺で72歳で寂し、弟子智威(に法灯を伝えた。
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壊乱
 破壊し破り乱すこと。
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詐り親しむ
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捨閉閣抛
 法然が著した「選択本願念仏集」には念仏以外の一切経自力の修行を非難して非難し、「捨閉閣抛」せよと説いた。すなわち法然は一切経を「捨てよ、閉じよ、閣け、抛て」と説いたのである。選択集は、建久9年(1198年)の作である。日蓮大聖人は立正安国論で「之に就いて之を見るに 曇鸞・道綽・善導の謬釈を引いて聖道・浄土・難行・易行の旨を建て法華真言惣じて一代の大乗六百三十七部二千八百八十三巻・一切の諸仏菩薩及び諸の世天等を以て皆聖道・難行・雑行等に摂して、或は捨て或は閉じ或は閣き或は抛つ此の四字を以て多く一切を迷わし、剰え三国の聖僧十方の仏弟を以て皆群賊と号し併せて罵詈せしむ、 近くは所依の浄土の三部経の唯除五逆誹謗正法の誓文に背き、遠くは一代五時の肝心たる法華経の第二の『若し人信ぜずして此の経を毀謗せば乃至其の人命終つて阿鼻獄に入らん』と破折されている。
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禅家
 禅宗のことをいう。
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教外別伝
 「以心伝心」「不立文字」等の義に同じ。中国宋代の公案集である「無門関」第十則に「世尊が霊鷲山で説法していると、梵天が金波羅花を献じた。世尊はこれを受け取り弟子たちに示したところ、並み居る弟子衆は誰もその意味を理解できず、黙然とするだけであったが、ひとり摩訶迦葉だけが破顔微笑した。そのとき世尊は『吾に正法眼蔵、涅槃妙心、実相無相、微妙(みみょう)の法門あり、不立文字、教外別伝、摩訶迦葉に付嘱す』と言った」とある。即ち禅宗の立義で、仏法の真随は一切経の外にあり、それは釈尊から迦葉に、文字によらずに密かに伝えられ、その法を伝承しているのが禅宗であると主張する。しかし依処である「大梵天王問仏決疑経」は訳者不明の偽経であり、拈華微笑の逸話は中国でつくられたことは自明の理である。「其の学者等大慢を成して教外別伝等と称し一切経を蔑如す天魔の所為なり」(0139-09)、また「仏の遺言に云く我が経の外に正法有りといわば天魔の説なり云云」(0181-06)と仰せの如く、禅宗は釈尊の一切経を否定し、釈尊以前の〝外道〟に戻ろうとする「仏法の怨敵」(0179-04)である。
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仏意
 仏の心・本意のこと。
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日蓮は日本国の人の為には賢父なり聖親なり導師なり
 大聖人が末法の主師親三徳具備の本仏であることを宣言された文。「賢父」とは、賢明な父、「聖親」とは、尊く敬われる親の意でともに親徳を示す。「導師」は正しく導くの意で師徳を示す。文中主徳はしめされていないが、文全体の内容からして「主徳」が含まれているのである。
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一切衆生
 すべての生あるものをいう。なかんずく人間をいうが、人種・男女・老幼を問わず、全人類を含む。
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重禍
 重罪のこと。
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王臣等
 国王・為政者・権力者・大臣・部下等。
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三逆罪
 五逆罪のうち提婆達多の犯した三逆罪をいう。それは一つに、大衆に囲繞されることを仏と等しいと考え、釈迦をねたむのあまり和合僧団を破り、五百人の釈迦の弟子をたぶらかした。二つには、釈迦を殺さんとして耆闍崛山の上から大石を投じたが、地神が受けとめたため、その砕石がとびちって釈迦の足にあたり、小指より血を出した。三つには、阿羅漢果をえた蓮華色比丘尼が提婆を呵責したので、拳をもって尼を打ち即死させた。この仏を恐れない悪業のため、提婆は大地が裂けて生きながら地獄に堕ちたのである。
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世尊
 世に尊敬される仏を指す。仏の10号のひとつ。
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十方世界
 「十方」とは、上下の二方と東西南北の四方と北東・北西・南東・南西の四維を加えた方位で、全世界を意味する。仏教では十方に無数の三千大千世界があるとされる。
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迦葉菩薩
 迦葉童子菩薩のこと。迦葉には①釈尊の十大弟子の一人。梵語マハーカーシャパ(Mahā-kāśyapa)の音写である摩訶迦葉の略。摩訶迦葉波などとも書き、大飲光と訳す。付法蔵の第一。王舎城のバラモンの出身で、釈尊の弟子となって八日目にして悟りを得たという。衣食住等の貪欲に執着せず、峻厳な修行生活を貫いたので、釈尊の声聞の弟子のなかでも頭陀第一と称され、法華経授記品第六で未来に光明如来になるとの記別を受けている。釈尊滅後、王舎城外の畢鉢羅窟で第一回の仏典結集を主宰した。以後20年間にわたって小乗教を弘通し、阿難に法を付嘱した後、鶏足山で没したとされる。②優楼頻螺迦葉・伽耶迦葉・那提迦葉・の三兄弟、③十力迦葉、迦葉仏、老子の前身とする迦葉菩薩などあるが、本項の迦葉はそのいずれでもなく、④涅槃経ではじめて現れ、仏に三十六の問を発し、その対告衆となっている捃拾の機の迦葉のこと。
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抓の上の土
 大地微塵に対して爪の上にのるほどのわずかな土。正法に巡り合うことの難しさにたとえる。
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四重禁戒
 四衆のうち、比丘の極重罪のことで、十悪業のなかでとくに重い殺生・偸盗・邪淫・妄語の四つをいう。また四重禁戒といって、一に不殺生戒、二に不偸盗戒、三に不邪淫戒、四に不妄語戒で、これを犯せば教団を放逐される。出家としての最重罪である。
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五逆罪
 理に逆らうことの甚だしい5つの重罪。無間地獄の苦果を感じる悪業のゆえに無間業という。五逆罪には、三乗通相の五逆、大乗別途の五逆、同類の五逆、提婆の五逆などあるが、代表的なものは三乗通相の五逆であり、殺父・殺母・殺阿羅漢・出仏身血・破和合僧をいう。
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一闡提
 梵語イッチャンティカ(Icchantika)の音写。一闡底迦とも書き、断善根・信不具足と訳す。仏の正法を信ぜず、成仏する機縁をもたない衆生のこと。
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善根
 善い果報を招くべき善因。根とは結果を生ずべき因。題目を上げること、折伏・弘教への実践活動が最高のである。一生成仏抄には「然る間・仏の名を唱へ経巻をよみ華をちらし香をひねるまでも皆我が一念に納めたる功徳善根なりと信心を取るべきなり(0383-14)とある。
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当世
 当時の世。今の世。いまどき。
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 涅槃経の二文を挙げて、日蓮大聖人が諸宗の謗法を呵責していることの正しさを証されている。
 初めに、涅槃経の「良い僧であっても、仏法を破壊する者を見ながら放置して、その罪を呵責せず、所も追わず、糾明し処断しないならば、この人は仏法の中の怨敵である」との文を引かれている。仏法を破壊する者を放置して破折しない者は、仏法の敵であることを明かしている文である。
 更に章安大師灌頂が、涅槃経疏の中でこの文を「仏法を破壊し乱すことは仏法の中の怨敵となる行為である。それを見ながら、その罪を責めずに、慈悲なく偽り親しむのは、その者の為には怨敵である。その誤りを責めて、悪心を除くことこそ、その者のためになる慈悲の行為である」と解釈している文を引かれている。
 そして、もし法然が浄土の三部経以外の経典を「捨てよ、閉じよ、閣け、抛て」と選択集で述べたことや、禅宗が「教外別伝」と立てて経典を否定することが仏意に叶わないのなら、これを責める日蓮こそ、日本国の人々にとっては賢い父であり、尊い親であり、導師なのであるとされている。逆に、仏意に背く諸宗の謗法を知りながら責めなければ、一切衆生のために「慈無くして詐り親しむは即ち彼が怨なり」との戒めに背く重い科を免れることはできない、と述べられている。
 そして、大聖人が立宗已来、諸宗の謗法を破折しつづけてこられたことは、日本国の上下万人のためには大聖人を迫害したことは、一国が五逆罪のうち三逆罪を犯したもので、諸天がこれを罰しないわけがないとされている。
 日蓮大聖人が諸宗の正法誹謗を厳しく呵責した行為こそ、日本国の人々を救わんとする大慈悲によるものであり、末法の一切衆生のためには主・師・親の三徳を具えた御本仏であることのあらわれなのである。ところが、為政者をはじめ当時の民衆は、かえって大聖人に怨嫉して、身命に及ぶ迫害を加え、佐渡へ流罪しており、これは三逆罪にあたる。そのため、諸天によって治罰されることは必定であろうと指摘されているのである。
 この場合、具体的には何をもって三逆罪とされるかについては、たとえば小松原法難で大聖人を傷つけたことが「出仏身血」、大聖人一門を破壊させようとしたことが「破和合僧」、大聖人門下の鏡忍房が殺されたことが「薩阿羅漢」にあたるという解釈もできないことはないが、前文とのつながりでいえば、大聖人が日本国の衆生の父母であり、仏法を正しく行じる阿羅漢であるというお立場から、大聖人を斬首しようとしたことが「殺父・殺母・殺阿羅漢」に当たると考えることが妥当であろう。
 なお種種御振舞御書に、大聖人が文永8年(1271)9月の竜の口法難の際、平左衛門尉に対して「上件の事どもは此の国ををもひて申す事なれば世を安穏にたもたんと・をぼさば彼の法師ばらを召し合せて・きこしめせ、さなくして彼等にかわりて理不尽に失に行わるるほどならば国に後悔あるべし、日蓮・御勘気をかほらば仏の御使を用いぬになるべし、梵天・帝釈・日月・四天の御とがめありて遠流・死罪の後・百日・一年・三年・七年が内に自界叛逆難とて此の御一門どしうちはじまるべし、其の後は他国侵逼難とて四方より・ことには西方よりせめられさせ給うべし、其の時後悔あるべしと」(0911-09)と警告されたことが明かされている。
 本抄を執筆されたのは、文永9年(1272)2月に執権・北条時宗の異母兄・時輔の反逆という形で自界叛逆難が起きたから3ヵ月後であり、残る他国侵逼難が諸天の治罰として起こることは間違いなかったので「天豈之を罰せざらんや」と述べられているのであろう。
 次に、涅槃経の、五逆罪を犯し一闡堤となって正法を信じない者は十方の大地のごとく多いのに対し、正法を信ずる者は爪の上の土のごとく少ないとの経文を引かれて、この経文のとおりに当世の日本国の人々は十方の土のごとくであり、その数は多いが正法を信じない謗法・一闡堤の者たちであり、大聖人は爪の上の土のごとく、ただ一人正法を信じ弘めていることを明かされている。
 なお守護国家論にも、涅槃経の文を引いて「此の文の如くんば法華涅槃を信ぜずして一闡提と作るは十方の土の如く法華涅槃を信ずるは爪上の土の如し・此の経文を見て弥感涙押え難し今日本国の諸人を見聞するに多分は権教を行ず設い身口は実教を行ずと雖も心には亦権教を存ず。故に天台大師摩訶止観の五に云く『其の癡鈍なる者は毒気深く入つて本心を失う故に既に其れ信ぜざれば則ち手に入らず、乃至・大罪聚の人なり、乃至・設い世を厭う者も下劣の乗を翫び枝葉に攀付し狗・作務に狎れ瀰猴を敬うて帝釈と為し瓦礫を崇んで是れ明珠なりとす此黒闇の人豈道を論ず可けんや』已上、源空並に所化の衆深く三毒の酒に酔うて大通結縁の本心を失う法華涅槃に於て不信の思を作し一闡提と作り観経等の下劣の乗に依て方便称名の瓦礫を翫び法然房の瀰猴を敬うて智慧第一の帝釈と思い法華涅槃の如意珠を捨てて如来の聖教を褊するは権実二教を弁えざるが故なり。故に弘決の第一に云く『此の円頓を聞いて崇重せざる者は良に近代大乗を習う者の雑濫に由るが故なり』大乗に於て権実二教を弁えざるを雑濫と云うなり、故に末代に於て法華経を信ずる者は爪上の土の如く法華経を信ぜずして権教に堕落する者は十方の微塵の如し」(0064-01)と述べられている。

0140:08~0140:15 第四章 経文引き御自身が仏記に当たるを明かすtop
08   法華経に云く「諸の無智の人有つて悪口罵詈」等云云、法滅尽経に云く「吾・般泥オンの後五逆濁世に魔道興盛
09 なり魔沙門と作つて 吾が道を壊乱す○悪人転た多くして海中の沙の如し 劫尽きんとする時・日月転た短く善者甚
10 だ少くして若しは一若しは二人」等云云、 又云く「衆魔の比丘・命終の後精神当に無択地獄に堕つべし」等云云、
11 今道隆が一党・良観が一党・聖一が一党・日本国の一切の四衆等は是の経文に当るなり、法華経に云く「仮使い劫焼
12 に乾れたる草を担い負いて中に入つて焼けざらんも 亦未だ難しとせず我が滅度の後に 若し此の経を持つて一人の
13 為にも説かん是れ則ち為れ難し」等云云、 日蓮は此の経文に当れり、 「諸の無智の人有つて悪口罵詈等し及び刀
14 杖を加うる者あらん」等云云、 仏陀記して云く後の五百歳に法華経の行者有つて 諸の無智の者の為に必ず悪口罵
15 詈・刀杖瓦礫・流罪死罪せられん等云云、日蓮無くば釈迦・多宝・十方の諸仏の未来記は当に大妄語なるべきなり。
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 法華経勧持品第十三には「仏法に対して理解のない多くの人々がいて、法華経の行者に対して悪口を言ったりののしる」等と説かれている。法滅尽経には「釈尊が入滅の後、五逆罪の者が充満する濁悪の世に魔道が盛んにおこり、魔が僧の姿となって出現して、仏の説いた道法を破壊しみだすであろう。…また、悪人の数はますます多くなって海中の砂のごとくになるであろう。その世が尽きようとする時には太陽と月の輝く時間がますます短くなり、しかも善人ははなはだ少なく、わずか一人か二人にすぎないであろう」等と説かれている。また法滅尽経には「多くの魔の出家者は、生命が尽きた後、その変転しながら三世に続く主体は間違いなく無間地獄に堕ちるであろう」等とも説かれている。いま、道隆の一味、良観の一味、聖一の一味、さらに日本国のすべての四部衆たち、すなわち出家在家にわたる男女は、この経文にあたるのである。
 一方、法華経見宝塔品第十一には「たとえ壊劫に起こる大火災の時に、かれた草を背負ってその中に入って焼けないでいることも、まだ難しいことではない。釈尊の入滅の後にあって、この法華経を持って一人のためにも説くことこそすなわち困難なことである」等と説かれている。日蓮はこの経文に当たっているのである。
 法華経勧持品第十三に「仏法に対して理解のない多くの人々がいて、法華経の行者に対して悪口を言ったりののしるであろう。更に刀や杖で迫害する者が出現するであろう」等とあるが、これについては、更に、釈尊は法華経に次のように説いている。釈尊滅後の第五の五百年、すなわち末法の初めに、法華経の行者は仏法に対して理解のない多くの人々によって悪口を言われ罵られたり、瓦や石ころを投げられ、更に、流罪や死罪に処せられたりするであろう、等と。もしも日蓮がいなければ釈迦・多宝・十方の諸仏の未来記はまさに大嘘となってしまうところであった。

法華経
 大乗経典の極説、釈尊一代50年の説法中、最も優れた経典である。漢訳には「六訳三存」といわれ、「現存しない経」①法華三昧経 六巻 魏の正無畏訳(0256年)②薩曇分陀利経 六巻 西晋の竺法護訳(0265年)③方等法華経 五巻 東晋の支道根訳(0335年)「現存する経」④正法華経 十巻 西晋の竺法護訳(0286年)⑤妙法蓮華経 八巻 姚秦の鳩摩羅什訳(0406年)⑥添品法華経 七巻 隋の闍那崛多・達磨芨多共訳(0601年)がある。このうち羅什三蔵訳の⑤妙法蓮華経が、仏の真意を正しく伝える名訳といわれており、大聖人もこれを用いられている。説処は中インド摩竭提国の首都・王舎城の東北にある耆闍崛山=霊鷲山で前後が説かれ、中間の宝塔品第十一の後半から嘱累品第二十二までは虚空会で説かれたことから、二処三会の儀式という。内容は前十四品の迹門で舎利弗等の二乗作仏、女人・悪人の成仏を説き、在世の衆生を得脱せしめ、宝塔品・提婆品で滅後の弘経をすすめ、勧持品・安楽行品で迹化他方のが弘経の誓いをする。本門に入って涌出品で本化地涌の菩薩が出現し、寿量品で永遠の生命が明かされ「我本行菩薩道」と五百塵点劫成道を示し文底に三大秘法を秘沈せしめ、このあと神力・嘱累では付嘱の儀式、以下の品で無量の功徳が説かれるのである。ゆえに法華経の正意は、在世および正像の衆生のためにとかれたというより、末法万年の一切衆生の救済のために説かれた経典である。(二)天台の摩訶止観(三)大聖人の三大秘法の南無妙法蓮華経のこと。
―――
法滅尽経
 仏説法滅尽経。1巻。訳者不明。仏の涅槃が近づき、説法せず、また光明を現じなかった。そこで阿難が3回たずね、仏はそれに対し、末法法滅の時、魔が比丘となって生ずることを説いている。
―――
般泥洹
 般涅槃・涅槃・入滅と同意語。
―――
五濁悪世
 五濁が盛んな世の中のこと。正像末の三時のなかで、末法の時をいう。末法では釈尊の仏法が隠没して仏法が濁乱し、煩悩濁・見濁を引き起こし、命濁を生む。そして命濁から起こる衆生濁が広がって、劫濁となる。これが悪世の様相である。「五濁」とは、劫濁・煩悩濁・衆生濁・見濁・命濁のこと。劫濁とは飢饉・疫病・戦乱が起こって、時代そのものが乱れること。煩悩濁とは、貧・瞋・癡・慢・疑という人間が生まれながらに持っている本能の乱れ。衆生濁とは、不良や犯罪者の激増など人間そのものが濁乱してくること。見濁とは、思想・見解の混乱。命濁とは、病気や早死にが多いことである。末法悪世にはこの五濁がことごとく盛んになると説かれている。五濁は妙法への不信から起こるのであって、信ずることによって破ることができる。御義口伝には「文句の四に云く劫濁は別の体無し劫は是長時・刹那は是短時なり、衆生濁は別の体無し見慢果報を攬る煩悩濁は五鈍使を指て体と為し見濁は五利使を指て体と為し命濁は連持色心を指して体と為す。御義口伝に云く日蓮等の類いは此の五濁を離るるなり、我此土安穏なれば劫濁に非ず・実相無作の仏身なれば衆生濁に非ず・煩悩即菩提生死即涅槃の妙旨なれば煩悩濁に非ず・五百塵点劫より無始本有の身なれば命濁に非ざるなり、正直捨方便但説無上道の行者なれば見濁に非るなり、所詮南無妙法蓮華経を境として起る所の五濁なれば、日本国の一切衆生五濁の正意なり、されば文句四に云く『相とは四濁増劇にして此の時に聚在せり瞋恚増劇にして刀兵起り貪欲増劇にして飢餓起り愚癡増劇にして疾疫起り三災起るが故に煩悩倍隆んに諸見転た熾んなり』経に如来現在猶多怨嫉況滅度後と云う是なり、法華経不信の者を以て五濁障重の者とす」とある。
―――
魔道
 正法に背き、人を邪法・邪見に導く道。
―――
興盛
 おこって盛んになること。
―――
魔沙門と作つて
 魔が沙門の姿となってとの意。
―――
悪人
 悪事をなす人。正法を誹謗する人。五逆罪を犯す人。
―――
劫尽きんとする時
 正法が世にある時代が尽きようとするとき。
―――
善者
 善人のこと。
―――
比丘
 ビクシュ(bhikṣu)の音写。仏教に帰依して,具足戒を受けた成人男子の称。
―――
精神
 ①心や心の働き。②人間や宇宙の根源・本質。
―――
無択地獄
 無間地獄のこと。
―――
道隆
 鎌倉時代の禅僧(1213~1278)。蘭溪道隆のこと。中国西蜀培江の人。姓は冉氏。諱は蘭渓。13歳で出家し、陽山の無明慧性に禅を学んだ。33歳の時、日本渡航をこころざし、寛元4年(1246)、紹仁と共に九州大宰府に着いた。はじめ筑前円覚寺、ついで京都の泉涌寺に留まり、のちに北条時頼(1227~1263)の帰依を受け、時頼が建長5年(1253)建長寺を建立すると、迎えられて開山一世となった。門下に告げ口されて前後2回にわたり甲斐に配せられた。二度目に赦されて鎌倉へ帰ったがまもなく病を起こし弘安元年(1278)7月24日没した。道隆は良観と共に日蓮大聖人に師敵対した張本人であり、北条執権を動かし、平左衛門尉と謀って迫害・弾圧のかぎりを尽くした。日蓮大聖人は、文永5年(1268)10月、立正安国論に予言した他国侵逼難が、蒙古からの牒状到来で的中した旨を、十一通の書状に認めて北条時宗をはじめ、時の権力者に諫暁をなされたのであった。このとき、道隆にも書状を送り、法の正邪を決すべく公場対決を迫られたのである。しかし、道隆はこれに応ぜず、卑劣にも幕府に働きかけて、文永8年(1271)9月、竜の口の法難となったのである。道隆については、一般に高僧とみられているが、実際は堕落僧であったことは、筑前在住時代に官位を金で買おうとして失敗し世人の嘲笑をかったことや、二度の告げ口が自分の門下より出たことから考えても明らかである。
―――
一党
 同じ思想を持つ一類。 
―――
良観
 (1217~1303)。真言律宗の僧。法号が良観、諱を忍性といった。建保五年、大和国(奈良県)に生まれ、17歳のとき東大寺で戒を受け、のちに奈良西大寺の真言律宗の祖叡尊(の弟子となった。叡尊は律宗を再興するために、戒を重んじ、加えて真言の祈禱、念仏の弥陀称名を取り入れて一派を立てた。弟子の良観は、のちに関東に下向し、北条一門の帰依をうけた。文応元年(1260)には重時が極楽寺を創し、7年後の文永4年(1267)、重時の子業時が良観を招き開山とした。良観は以後37年間、極楽寺に止住した。彼は政治的手腕と経営力をもって幕府と結び、自らの安泰をはかった。そして彼を非難する日蓮大聖人をことごとに迫害した。また粗衣粗食と慈善行為を行ない、聖者の名をほしいままにした。大聖人は彼を法華経勧持品第十三にある三類の強敵中、第三の僭聖増上慢であると厳しく糾弾した。
―――
聖一
 (1202~1280)弁円のこと。鎌倉時代の臨済宗の僧・円爾ともいう。駿河(静岡県)で生まれ、5歳の時から久能山で学ぶ。園城寺で得度し、東大寺で受戒した。嘉禎元年(1235)入栄し6年間、禅などを学んで帰朝。京都で九条道家の帰依を得る。以後東福寺の開山となり、禅宗を弘めた。後嵯峨上皇・亀山上皇・北条時頼などに戒を授けたと伝えられている。
―――
四衆
 比丘(出家の男子=僧)、比丘尼(出家の女子=尼)、優婆塞(在家の男子)。優婆夷(在家の女子)をいう。
―――
劫焼
 大の三災のひとつである火災をいう。一大劫は成住壊空からなるが、この壊劫のとき、火風水の三災が一切を破壊しつくし、この三災は大劫の順序より一災づつ現れるので、火災のみが起こる大劫を火劫といい、この火災を「劫焼」という。
―――
仏陀
 仏のこと。
―――
後の五百歳
 法華経薬王品第二十三にある。天台はこれを大集経の五五百歳と対照し、第五の五百歳であるとした。末法の初めであり、闘諍堅固の時。大集経第五十五に「我が滅後に於て五百年中は、諸の比丘等、猶我が法に於いて解脱堅固なり。次の五百年は、我が正法の禅定三昧堅固に住するを得るなり。次の五百年は、読誦多聞堅固に住するを得るなり。次の五百年は、我が法中に於いて多くの塔寺を造りて堅固に住するを得るなり。次の五百年は、我が法中に於いて闘諍言訟し白法隠没し損減して堅固なり」と定めている。
―――
法華経の行者
 法華経の教えどうりに如説修行する行者のこと。正像においては釈尊・天台・伝教がそうであり、末法においては日蓮大聖人およびその門下。別しては大聖人ただお一人。「末法の仏」をさす。御義口伝には「されば無作の三身とは末法の法華経の行者なり無作の三身の宝号を南無妙法蓮華経と云うなり」(0752-06)また「本尊とは法華経の行者の一身の当体なり」(0760-第廿五建立御本尊等の事)とある。
―――
瓦礫
 瓦と礫のこと。黄金などのような高価なものに対して、価値のないものと対比するのに用いる。三大秘法を黄金とするなら、諸教は瓦礫となる。
―――
流罪
 罪人を遠隔地に送って移転を禁ずること。律によって定められた五刑のひとつ。鎌倉幕府の法律である御成敗式目の第12条には「右、闘殺の基、悪口より起こる。その重きは流罪に処せられ、その軽きは召籠めらるべきなり」とある。
―――
死罪
 死刑のこと。鎌倉時代の五刑のひとつ。
―――
釈迦
 釈迦仏、釈迦牟尼仏の略称、たんに釈迦ともいう。釈迦如来・釈迦尊・釈尊・世尊とも言い、通常はインド応誕の釈尊。
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多宝
 多宝如来のこと。東方宝淨世界に住む仏。法華経の虚空会座に宝塔の中に坐して出現し、釈迦仏の説く法華経が真実であることを証明し、また、宝塔の中に釈尊と並座し、虚空会の儀式の中心となった。
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十方の諸仏
 十方と上下の二方と東西南北の四方と北東・北西・南東・南西の四維を加えた十方のことで、あらゆる国土に住する仏、全宇宙の仏を意味する。
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未来記
 仏が未来のことを前々に記したもの。予言書、事前の出来事を書き付けた文章。
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大妄語
 大虚言のこと。十悪のひとつ。一般世間での妄語は、その及ぼす影響は一時的・小部分であるが、仏法上の妄語は、それを信ずる人を無間地獄に堕さしめ、さらに指導者層の妄語は多くの民衆を苦悩に堕しめることになる。正法への妄語はなおさらである。
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 次に、法華経や法滅尽経等の文を引いて、日蓮大聖人が仏の未来記に当たることが明かされている。
 初めに、法華経勧持品第13に「諸の無智の人の、悪口罵詈等し、及び刀杖を加うる者有らん」の文を引かれている。恐怖悪世に正法を弘める法華経の行者には、諸の仏法に無智な俗世間の人々が悪口罵詈し、刀で切りつけ、杖で打つという迫害を加えるであろうと予言した。三類の強敵の中の第一・俗衆増上慢を説いた文である。また法滅尽経に「仏の滅後、五逆罪の衆生が充満する濁世には、魔道が盛んに行われ、魔が僧となって仏道を破壊するだろう」「その時に、悪人は海中の砂のように多く、劫が尽きようとして日月が現れる時が短くなり、善人ははなはだ少なくなって、一人か二人であろう」「多く出現する魔の僧は、寿命が終わった後、その変転しながら三世に続く主体は無間地獄に堕ちるであろう」等の文を引かれている。また末法には、仏法を破壊する悪人ばかりで、正法を行ずる善人ははなはだ少ないことが示されている。更に、仏法を破壊する魔の僧が死後に無間地獄に堕ちることも明確にされている。
 大聖人は、当時の建長寺道隆の一派や極楽寺良観の一派、東福寺の聖一の一派、更には日本国の一切の四衆・諸宗の僧俗は、ことごとくこの経文に該当すると断じられている。すなわち、いずれも仏法を破壊する悪人であり、無間地獄に堕することは間違いないとされているのである。
 蘭渓道隆は、南栄から日本に渡来した禅僧で、北条時頼が鎌倉に建長寺を創立した際、開山として招かれた。大聖人に敵対し、幕府の要人に讒言して迫害を加えた。忍性良観は奈良・西大寺の叡尊に師事した律宗の僧で、北条業時に招かれて鎌倉・極楽寺の開山となり、難民救済や医療施設の充実等の社会事行・慈善事業に努め、名声を得た。文永8年(1271)夏に日蓮大聖人と祈雨の勝負に敗れた後、幕府の要人に大聖人を讒言して、竜の口法難を引き起こしている。聖一とは、臨済宗東福寺派の開祖・弁円のことで、園城寺で得度して東大寺で受戒し、栄へ渡って禅・天台を学び帰朝して京の東福寺の開山となり、臨済宗を弘めた。後嵯峨・亀山両上皇をはじめ、北条時頼に戒を授けるなど、権力者に接近してその庇護を受けている。道隆・良観・聖一に共通しているのは、いずれも権力者の帰依を受けて臨済宗や律宗を弘め名声を得ているが、法華経を誹謗し、日蓮大聖人を迫害したことである。ゆえに、その一門を仏法を破壊する魔であり悪人とされているのであろう。なお妙法比丘尼御返事には「日本国の国主諸僧比丘比丘尼等も又是くの如し、たのむところの弥陀念仏をば日蓮が無間地獄の業と云うを聞き真言は亡国の法と云うを聞き持斎は天魔の所為と云うを聞いて 念珠をくりながら歯をくひちがへ鈴をふるにくびをどりたり戒を持ちながら悪心をいだく極楽寺の生仏の良観聖人折紙をささげて上へ訴へ建長寺の道隆聖人は輿に乗りて奉行人にひざまづく諸の五百戒の尼御前等ははくをつかひてでんそうをなす、是れ偏に法華経を読みてよまず聞いてきかず善導法然が千中無一と 弘法慈覚達磨等の皆是戯論教外別伝のあまきふる酒にえはせ給いてさかぐるひにておはするなり」(1416-14)と述べられており、大聖人から破折され、怨嫉した道隆・良観や諸宗の尼たちが、幕府の権力者に讒言した様子が明らかにされている。
 次に法華経見宝塔品第11の「壊劫の時に発生する大火災の中で、枯草を背負ってその中に入って焼けないことはまだ難しいことではない。仏の滅後にこの法華経を持って、一人のためにでも説くことは難しい」との経文を引かれている。仏滅後に法華経を受持することの難しさを、六つの難しいことと九つの易しいことに譬えて説いた六難九易の文の一節である。
 そして、日蓮はこの経文に当たっていると述べられ、大聖人こそ法華経を経文どおりに実践し弘通している末法の法華経の行者であると宣言されている。末法に法華経を弘通することが難かしいのは、経文にあるように、仏法を破壊する多くの僧俗が激しく迫害を加えてくるからである。
 更に法華経勧持品や薬王品の文意を要約され、仏滅後の末法の初めにに法華経の行者が出現して、もろもろの無智の者によって必ず悪口罵詈され、杖や刀で襲われ瓦礫を投げられ、流罪・死罪にされるであろうと説かれているとされ、もしも日蓮が出現しなければ、釈迦・多宝・十方の諸仏はこれらの未来記は大妄語となったであろうと述べられているのである。
 大聖人が開目抄で「既に二十余年が間・此の法門を申すに日日・月月・年年に難かさなる、少少の難は・かずしらず大事の難・四度なり二度は・しばらく・をく王難すでに二度にをよぶ」(0200-17)と述べられているように、法華経に予言されたとおりの身命に及ぶ大難を受けられたことこそ、末法の法華経の行者であることを証明するものだったのである。もしも大聖人が出現されず、正法を弘通して大難にあう者が出なければ、法華経の予言は誤りとなり、それを説いた釈尊だけではなく、法華経をしんじつであると証明した多宝仏や十方の諸仏の言葉も大虚妄となったのである。ゆえに、大聖人の御出現と忍難弘通の御振舞いは、これらの仏の未来記の正しさを証明するものになったのであった。
 同じ趣旨の事は顕仏未来記にも「疑つて云く何を以て之を知る汝を末法の初の法華経の行者なりと為すと云うことを、答えて云く法華経に云く『況んや滅度の後をや」又云く「諸の無智の人有つて悪口罵詈等し及び刀杖を加うる者あらん」又云く『数数擯出せられん』又云く『一切世間怨多くして信じ難し』又云く『杖木瓦石をもつて之を打擲す』又云く『悪魔・魔民・諸天竜・夜叉・鳩槃荼等其の便りを得ん』等云云、此の明鏡に付いて仏語を信ぜしめんが為に、日本国中の王臣・四衆の面目に引き向えたるに予よりの外には一人も之無し、時を論ずれば末法の初め一定なり、然る間若し日蓮無くんば仏語は虚妄と成らん」(0507-10)とのべられている。

0140:16~0141:08 第五章 教の勝劣により人を判ずべきを明かすtop
16   疑つて云く汝当世の諸人に勝るることは一分爾る可し真言・華厳・三論・法相等の元祖に勝るとは豈に慢過慢の
17 者に非ずや過人法とは是なり 汝必ず無間大城に堕つ可し、 故に首楞厳経に説いて云く 「譬えば窮人妄りに帝王
18 と号して自ら誅滅を取るが如し況んや 復法王如何ぞ妄りに竊まん因地直からざれば果紆曲を招かん」等云云、涅槃
0141
01 経に云く 「云何なる比丘か過人法に堕する○未だ四沙門果を得ず 云何んぞ当に諸の世間の人をして 我は已に得
02 たりと謂わしむべき」等云云、 答えて云く法華経に云く 「又大梵天王の一切衆生の父の如く」又云く「此の経は
03 ○諸経の中の王なり最も為れ第一なり 能く是の経典を受持すること有らん者は 亦復是くの如し一切衆生の中に於
04 て亦為れ第一なり」等云云、 伝教大師の秀句に云く「天台法華宗の諸宗に勝れたるは 所宗の経に拠るが故なり自
05 讃毀他ならず 庶くは有智の君子経を尋ねて宗を定めよ」等云云、 星の中に勝れたる月・星月の中に勝れたるは日
06 輪なり、 小国の大臣は大国の無官より下る傍例なり、 外道の五通を得るより仏弟子の小乗の三賢の者の未だ一通
07 を得ざるは天地猶勝る、 法華経の外の諸経の大菩薩は法華の名字即の凡夫より下れり 何ぞ汝始めて之を驚かんや
08 教に依つて人の勝劣を定む先ず経の勝劣を知らずんば何ぞ人の高下を論ぜんや。
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 疑っていう。日蓮殿が今の世の多数のさまざまな僧より勝れていることは、わずかについてはそのとおりであろう。しかし、あなたが、真言宗・華厳宗・三論宗・法相宗などの宗祖より勝れているというのは、他の人のほうが勝っているのに自分のほうが勝っていると思う慢過慢の者ではないだろうか。いまだ上人法を体得していないのに上人法を得たように振る舞う過人法とは、このことをいうのである。したがって、あなたは必ず無間地獄に堕ちるであろう。ゆえに首楞厳経に次のように説いている。「譬えば、貧しい者がむやみに帝王と称して、自ら討ち滅ぼされてしまうようなものである。ましてや法王の位を、どうしてこっそりとぬすんでよいだろうか。修行の位が正しくなければ、仏果である悟りの境地も、うねり曲がるであろう」等と。また、涅槃経には「どのような出家の男子が過人法に堕すであろうか。…いまだ四沙門果を得ていないのに、どのようにして、世俗の人々に対して、私は四沙門果を得ていると思わせられるだろうかと考え、いろいろと画策する者が過人法に堕すのである」等ととかれている。
 答えていう。法華経薬王菩薩本事品第二十三には「また、大梵天王がすべての衆生の父であるのと同じように、法華経も一切の聖賢や菩薩の心を起こす者の父である、と説かれ、また、同品に「この経は…諸経の中の王である。…最もこの経が第一である。よくこの経を受持する者も、また、すべての衆生の中において第一である」と説かれている。伝教大師は法華秀句に「天台法華宗が他のさまざまな宗派より勝れているのは、依りどころとする法華経が勝れているからである。決して自らを讃め他を謗っているのではない。ねがわくは、仏法に通達し解了している人格者であるならば、所依の経を明らかにしたうえでその宗を定めなさい」などと説かれている。
 星々の中で勝れているのは月である。星々や月の中で最も勝れているのは太陽である。同じように、諸経の中で最高の教えは法華経である。小さな国の政務を執行する高官は、大きな国の官職のない臣下より劣る。このことは、間接的な例証である。したがって、外道であって五種の神通力を得た者よりも、内道の仏弟子であって小乗の三賢の位でいまだ五種の神通力のうちの一つも得ていない者のほうが、天が地に勝れている以上に、勝っているのである。法華経以外の諸経を行ずる大菩薩は、法華経を行ずる名字即の凡夫より劣っている。
 どうしてあなたはこのことを聞いて、初めて聞いたかのように驚くのであろうか。教によっていずれの人が勝れ、いずれの人が劣っているかが定まるのである。まず、経の勝劣を知らなければどうして人の高下を論ずることができようか。

慢過慢
 七慢の第三。自分より他人が勝れているのに、自分の方が勝れていると思うこと。
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過人法
 比丘が避けるべき四つの重罪である四波羅夷の一つ。大妄語にあたる。
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無間大城
 無間地獄のこと。八大地獄の一つ。間断なく苦しみを受けるので無間といい、周囲に七重の鉄城があるので大城という。五逆罪の一つでも犯す者と正法誹謗の者とがこの地獄に堕ちるとされる。
―――
首楞厳経
 「首楞厳三昧経」のこと。鳩摩羅什の訳で2巻からなる。霊鷲山において堅意菩薩が三昧法を問うたのに対して、釈尊が首楞厳の名を唱え、広くその義を説き、妙用を示現した。
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窮人
 貧しい者。
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妄りに
 むやみに・理由なく・根拠なく。
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帝王
 君主・元首・皇帝。
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誅滅
 罪ある者を責め滅ぼすこと。
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法王
 仏を王の位において表現する言。
―――
竊まん
 こっそり盗むこと。
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因地
 仏法を得るための修行の位。
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直からざれば
 正しくなければ。
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四沙門果
 小乗教における四種の声聞の果。
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世間
 ①世の中・世俗のこと。②六道の迷界のこと。③三世間・有情世間・器世間などのように差別の意をあらわす。
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大梵天王
 梵語マハーブラフマン(Mahãbrahman)。色界四禅天の中の初禅天に住し、色界諸天および娑婆世界を統領している王のこと。淫欲を離れているため梵といわれ、清浄・淨行と訳す。名を尸棄といい、仏が出世して法を説く時には必ず出現し、帝釈天と共に仏の左右に列なり法を守護するという。インド神話ではもともと万物の創造主とするが、仏法では諸天善神の一人としている。
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諸経
 もろもろの経・一切経。
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経典
 仏の説法を結集編纂した転籍。経はスートラの漢訳で音写は修多羅。本来はたて糸の意であったが、転じて不変の教え、教えの綱要の意となった。古代中国では聖人・賢人ののべたものを「経」としたが、仏教が伝来してから、仏である釈尊も当然聖人とされ、その説を記したスートラは経と訳されたのである。また、経は諸仏の理にかない、衆生の機根に契うことから契経ともいう。
―――
受持
 受は受領の義でうけおさめること、持は憶持の義で、心身ともに銘記して、よく持ち続けること。正法をよく信じ持って、いかなることがあっても、違背・退転しないことをいう。四条金吾殿御返事には「此の経をききうくる人は多し、 まことに聞き受くる如くに大難来れども憶持不忘の人は希なるなり、受くるは・やすく持つはかたし・さる間・成仏は持つにあり」(1136-04)とある。
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伝教大師
 (0767~0822)。日本天台宗の開祖。諱は最澄。伝教大師は諡号。通称は根本大師・山家大師ともいう。俗名は三津首広野。父は三津首百枝。先祖は後漢の孝献帝の子孫、登萬貴で、応神天皇の時代に日本に帰化した。神護景雲元年(0767)近江(滋賀県)に生まれ、幼時より聡明で、12歳のとき近江国分寺の行表のもとに出家、延暦4年(0785)東大寺で具足戒を受けたが、まもなく比叡山に草庵を結んで諸経論を究めた。延暦23年(0804)、天台法華宗還学生として義真を連れて入唐し、道邃・行満等について天台の奥義を学び、翌年帰国して延暦25年(0806)日本天台宗を開いた。旧仏教界の反対のなかで、新たな大乗戒を設立する努力を続け、没後、大乗戒壇が建立されて実を結んだ。著書に「法華秀句」3巻、「顕戒論」3巻、「守護国界章」9巻、「山家学生式」等がある。
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秀句
 法華秀句三巻のこと。伝教大師最澄の著。天台法華宗が唯識・三論・華厳・真言などの諸宗よりも勝れていることを、十の観点から論証している。
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天台法華宗
 天台大師が立てた法華宗。天台宗のこと。
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自讃毀他
 自らをほめたたえ、他人を謗ること。
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有智
 仏法に通達し解了している者。
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君子
 徳や学識のある人格者。
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 宗派・宗旨。
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日輪
 太陽のこと。
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傍例
 傍らから例証すること。間接的・側面的な例証。
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外道
 仏教以外の低級・邪悪な教え。心理にそむく説のこと。
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五通
 五種の不思議自在の神通力のこと。五神通・五神変ともいう。①天眼通 ②天耳通 ③他心通 ④宿命通 ⑤如意通をいう。
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仏弟子
 仏教を修行する者。釈尊の弟子。
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三賢
 小乗教で説く声聞の位のこと。五停心観・別相・総相をいう。これに四善根を合わせたものを七賢といい、四善根を内凡とし、三賢を外凡とする。
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一通
 五種の神通力の一つ。
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法華経の外の諸経
 釈尊が成道してから入涅槃するまでに説いた一切の諸経のうち、法華経以外の諸経のこと。
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大菩薩
 菩薩薩埵(bodhisattva)の 音写。覚有情・道衆生・大心衆生などと訳す。仏道を求める衆生のことで、自ら仏果を得るためのみならず、他人を救済する志を立てて修行する者をいう。
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名字即の凡夫
 名字即とは天台大師が法華経を修行する人の位を理即・名字即・観行即・相似即・分真即・究竟即の六即位にわけたもので、名字即はその第二、初めて仏法の信仰に入った位をいう。日蓮大聖人の仏法には、修行の段階はない。即身成仏のゆえに名字妙覚という。名字即の凡夫が御本尊を拝んで、仏の生命を感得したときが、妙覚の仏である。総勘文抄には「一切の法は皆是れ仏法なりと通達し解了する是を名字即と為す名字即の位より即身成仏す故に円頓の教には次位の次第無し」(0566-15)とある。 凡夫とは梵語で婆羅、新訳では異生という。元来は一般人のこと。後になって断惑証理の聖者に対する称となった。凡庸な士夫。いまだ四諦の理を見ない浅識愚鈍の者で、煩悩に束縛された者をいう。法華経譬喩品第三に「凡夫は浅識にして深く五欲に著し、聞くとも解すること能わじ」とある。 所詮名字の凡夫とは久遠元初自受用身のことである。
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 大聖人が諸宗の元祖たちよりはるかに勝れていることを、法華経等を引いて明かされている。
 前章で述べられたように、大聖人が末法の法華経の行者であることは法華経の文によって明らかになったが、それに対する疑問が挙げられている。質問の趣旨は、大聖人が当世の諸人に勝ることは一分そうも思われるが、真言・華厳・三論・法相等の諸宗の元祖より勝れているというのは慢心であり、他人のほうが勝っているのに、自分のほうが勝っていると思う慢過慢にあたるのではないかとの批判であり、それは比丘が避けるべき重罪の一つである過人法、悟りを得ていないのに悟りを得たようにいう大妄語の罪にあたり、必ず無間地獄に堕ちるであろう、として首楞厳経や涅槃経の文をその根拠として挙げているのである。
 首楞厳経の文は、例えば貧しく賤しい者が帝王と称して自分から誅滅を招くようなものであり、また仏を僭称することについても、私心がないのが仏であるから、自分を利するために仏を僭称することはナンセンスであるとして、因の修行が正しくなければ、曲がった結果を招くことになるであろう、との意である。窮人とは自ら法を悟ったと嘘をつく凡夫をたとえ、帝王とは仏をたとえたものである。
 その資格のない者が帝王と称すれば、たちまち攻め滅ぼされるように、悟っていない者が仏と称することは、自らを滅ぼすことになるとの意であるが、仏を僭称したからといって帝王の場合のように力をもって滅ぼされるのではなく、仏は無私の境地であるから、自らの利益を狙って仏を僭称しても、自己矛盾に陥って、敗れてしまうということである。因が正しくなければ、果も歪むのが道理であるとの文である。質問者は、大聖人が、諸宗の元祖にも勝ると称しているのはこの文にあたる、と非難しているのである。
 涅槃経の文は、どのような僧が過人法の罪に堕ちるかといえば、末だ四沙門果を得ていないのに、もろもろの世間の人々に自分は既に得ていると思わせようとする者である、との意である。四沙門果とは四果ともいい、小乗仏法における声聞の四種の果をいう。その最高位を阿羅漢果とし、小乗の聖者の位とされた。大聖人が諸宗の元祖に勝るとしているのはこの経文にあたるとしているのである。
 それに答えて大聖人は、法華経薬王菩薩本事品第23の「大梵天王の、一切衆生の父なるが如く、此の経も亦復是くの如し。一切の賢聖、学無学、及び菩薩の心を発す者の父なり」の文と、同じく「此の経も亦復是の如し。諸経の中の王なり…一切の如来の所説、若しは菩薩の所説、若しは声聞の所説、諸の経法の中に最も為れ第一なり。能く是の経典を受持すること有らん者も、亦復是の如し。一切衆生の中に於いて、亦為れだいいちなり」の文を略して引かれている。
 これは、薬王品の中で、法華経が諸教の中で最高の教えであることを示すために説かれた十種の譬喩の第七喩と第八喩の文にあたっている。
 娑婆世界の主とされる大梵天王が一切衆生の父であるように、法華経は一切衆生にとって父の存在であるとの譬えから、それを弘通する者もまた一切衆生にとっては父の存在になるとの意である。また諸教の王である法華経をよく受持する者は、一切衆生の中で第一なのであるから、末法の法華経の行者である日蓮大聖人が、一切衆生の中で第一となることは当然であることを示しているのである。
 続いて引かれた伝教大師の法華秀句の文は、天台法華宗が諸経に勝れているというのは、所依の経である法華経が勝れているためであって、自らを讃めたたえて他を毀ったものではない、仏法を知る智者であるならば、所依の経の勝劣によって宗旨の勝劣を定めるべきである、との意である。
 これは、法師品第10の「薬王今汝に告ぐ。我が所説の諸経、而も此の経の中に於いて、法華最も第一なり」の文を釈した段の一節で、「明らかに知りぬ、天台所釈の法華の宗は、釈迦世尊所立の宗なることを」としたうえで、その理由を述べたものである。諸教の中で第一である法華経に依って立てられた天台の宗旨は釈尊所立の宗旨であり、法華経以外の諸経に依って人師が立てた諸宗に勝れていつことは当然なのである。宗旨の勝劣は所依の経の勝劣によるのであり、同じように人の勝劣は持つ経法の勝劣によるのである。
 そして、星の中で勝れているのは月であり、星や月で勝れているのは日輪、太陽であり、世間では小国の大臣は大国の無官の臣にも劣るように、外道の五神通を得た者よりも仏弟子の小乗の三賢の位で、一神通も得ていない者のほうが天と地の差以上に勝れており、更に仏法の中では法華経以外の諸経における大菩薩は、法華経を持つ名字即の凡夫より劣ることを明らかにされている。
 星と月と太陽の譬えは、薬王品の「衆星の中に、月天子最も為れ第一なるが如く、此の法華経も亦復是の如し。千万億種の諸の経法の中に於いて、最も為れ照明なり、又、日天子の、能く諸の闇を除くが如く、此の経も亦復是の如し。能く一切の不善の闇を破す」との文意によったものであろう。法華経こそ諸経の衆星の中の大日輪なのである。
 また大国と小国の臣の譬えは、釈籤に「小国の大臣等と云うは、前の三教を名づけて小国と為す。教主已下を皆名づけて臣と為す…若し円の大国凡夫の小臣は名字仏と名づく」とあるものによられたものであろう。
 そうした道理によれば、大聖人が諸宗の元祖に勝るとするのに何を驚くことがあろうかとされ、教法の勝劣に依って人の勝劣がさだまるのであるから、まず経の勝劣を知らなければ人の勝劣・高下を論ずることはできない、と破されているのである。
 諸宗の元祖が勝れているとする主張は感情論であり、昔から人々に尊崇されてきたからというにすぎない。大聖人は仏法の道理と文証の上から、釈尊の仏法の中では法華経を持つ者こそが勝れ、末法においては大聖人こそが勝れていることを明かされているのである。
 なお最蓮房御返事には「善無畏・金剛智・達磨・慧可・善導・法然・東寺の弘法・園城寺の智証・山門の慈覚・関東の良観等の諸師は今の正直捨方便の金言を読み候には正直捨実教・但説方便教と読み・或は於諸経中・最在其上の経文をば於諸経中・最在其下と・或は法華最第一の経文をば法華最第二・第三等と読む、故に此等の法師原を邪悪の師と申し候なり」(1341-08)と述べ、諸宗の元祖等は諸経の中で第一である法華経を下し誹謗して、誤った宗旨を立てた邪悪の師であると厳しく破折されている。

0141:09~0142:03 第六章 法華経の行者を諸天が守護するを明かすtop
09   問うて云く汝法華経の行者為らば何ぞ天汝を守護せざるや、 答えて云く法華経に云く「悪鬼其の身に入る」等
10 云云、 首楞厳経に云く「修羅王有り世界を執持して 能く梵王及び天の帝釈四天と権を諍う 此の阿修羅は変化に
11 因つて有り天趣の所摂なり」等云云。
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 問うていう。あなたが法華経の行者ならばどうして諸天善神があなたを守護しないのか。答えていう。法華経勧持品第十三に「悪鬼が衆生の身に入り、法華経を守護する者をののしり、はずかしめる、等と説かれている。首楞厳経に「阿修羅王があって世界を支配しようとして、よく大梵天王や天界に住する帝釈天や四大天王と権力を争う。この阿修羅王は変現によっては、天界に含まれることもある」等と説かれている。
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12   能く大梵天王.帝釈・四天と戦う大阿修羅王有りて禅宗・念仏宗.律宗等の棟梁の心中に付け入つて次第に国主国
13 中に遷り入つて賢人を失う、 是くの如き大悪は梵釈も猶防ぎ難きか 何に況んや日本守護の小神をや但地涌千界の
14 大菩薩・釈迦・多宝・諸仏の御加護に非ざれば叶い難きか、日月は四天の明鏡なり、諸天定めて日蓮を知りたまうか
15 日月は十方世界の明鏡なり諸仏も定めて日蓮を知りたまうか、 一分も之を疑う可からず、 但し先業未だ尽きざる
16 なり日蓮流罪に当れば教主釈尊衣を以て之を覆いたまわんか、 去年九月十二日の夜中には虎口を脱れたるか 「必
17 ず心の固きに仮りて神の守り即ち強し」 等とは是なり、 汝等努努疑うこと勿れ決定して疑い有る可からざる者な
18 り、恐恐謹言。
0142
01       五月五日                          日 蓮 花 押
02   此の書を以て諸人に触れ示して恨を残すこと勿れ。
03     土木殿
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 よく大梵天王や帝釈天や四大天王と戦う大阿修羅王があって、禅宗・念仏宗・律宗等の宗派の中心的な人の心中につけ入り、次第に一国の権力者に、そして更に国中の人々の心の中にうつり入って賢人を亡きものにしようとする。
 このような大悪は、大梵天王や帝釈天もなお防ぐことはむずかしい。ましてや、日本を守護する小神が、防げるであろうか。ただ、地涌の大菩薩は釈迦仏・多宝如来、ならびに諸仏のご加護によるのでなければ、防ぐことができないであろう。
 太陽と月は、全世界を映す明鏡である。ゆえに、諸天善神はきっと日蓮のことを知っていらっしゃることであろう。また、太陽と月は全宇宙を映す明鏡である。ゆえに、諸仏もきっと日蓮のことを知っていらっしゃることであろう。諸天善神が日蓮を守護されることは疑いないのであるが、日蓮の先業がいまだ尽きていないのである。それゆえに難にあうのである。しかし、日蓮が流罪されれば、教主釈尊は衣をもってこれを覆ってくださっているであろう。去年の9月12日の夜中に虎口をのがれたのはこのためであろう。妙楽大師の止観輔行伝弘決に「かならず心が堅固であるならば、諸天善神の守護は強い」等とあるのはこのことである。あなたたちは、決して決して諸天の加護を疑ってはならない。決して疑ってはならない。恐恐謹言
       五月五日                          日 蓮 花 押
 この手紙を門下以外の諸人に触れ示して、恨みを残すようなことがあってはならない。
     土木殿

法華経の行者
 法華経の教えどうりに如説修行する行者のこと。正像においては釈尊・天台・伝教がそうであり、末法においては日蓮大聖人およびその門下。別しては大聖人ただお一人。「末法の仏」をさす。御義口伝には「されば無作の三身とは末法の法華経の行者なり無作の三身の宝号を南無妙法蓮華経と云うなり」(0752-06)また「本尊とは法華経の行者の一身の当体なり」(0760-第廿五建立御本尊等の事)とある。
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 諸天善神のこと。法華経の行者を守護する神をいう。梵天・帝釈・八幡大菩薩・天照太神・四天王等の総称。諸天善神が法華経の行者を守護することは、法華経安楽行品に「諸天昼夜に、常に法の為の故に、而も之を衛護す」とある。
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悪鬼
 悪鬼とは奪命者、奪功徳者で、六道の中の餓鬼道に住する。鬼に善鬼と悪鬼がある。悪鬼は人の生命力を衰えさせ、思考の乱れを引き起こして、正法を行ずる者を妨げる。また国家・社会に対して天変地変や思想の混乱を起こす働きをする。法華経勧持品には「濁劫悪世の中には多く諸の恐怖有らん悪鬼其の身に入つて我を罵詈し毀辱せん」とあり、この文について御義口伝には「悪鬼とは法然弘法等是なり入其身とは国王.大臣.万民等の事なり、今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者を怨むべしと云う事なり」とある。このことから、悪鬼とは、仏教を看板にかけた邪教の指導者のことである。
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首楞厳経
 「首楞厳三昧経」のこと。鳩摩羅什の訳で2巻からなる。霊鷲山において堅意菩薩が三昧法を問うたのに対して、釈尊が首楞厳の名を唱え、広くその義を説き、妙用を示現した。
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修羅王
 阿修羅王のこと。阿修羅はアスラ(asura)の音写阿素羅、阿蘇羅、阿須羅、阿素洛、阿須倫、阿須輪などとも書く。非天、非端正、非善戯、非類、無酒、不飲酒、障蔽、質諒、劣天、非類と訳す。六道のひとつで修羅はこの略称。帝釈に敵対する鬼神で大別して三つの意味がある。①無端の義・醜い容貌をしていること。②非天の義・天にあらざること、悪がその戯楽だからである。③無酒の義・悪業の報いにより、酒が得られないのである。戦闘を好む鬼神であり、十界に約し、生命論のうえからいえば、怒りの生命をいう。常に内には慢心が強く、心が曲がっているため、すなおに物事を考えることができず、正しいことをいわれてもすぐにカッとなる。しかも外には礼儀をわきまえているような生命の姿である。「諂曲なるは修羅」とあるように諂いっ曲がれる心を修羅とし、闘争を好み、たがいに事実を曲げ、またいつわって他人の悪口をいいあうことである。
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世界
 広く有情の住む国土のこと。世は過去・現在・未来と時が遷り変わることをいい、界は上下四方に占める空間に差別があることをいう。
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執持
 しっかりつかんで、保持すること。支配すること。
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梵王
 大梵天王のこと。仏教の守護神。色界の初禅天にあり、もとはインド神話のブラフマーで,インドラなどとともに仏教守護神として取り入れられた。ブラフマーは、古代インドにおいて万物の根源とされたブラフマン(Brahman)を神格化したものである。ヒンドゥー教では創造神ブラフマーはヴィシュヌ、シヴァと共に三大神の1人に数えられた。帝釈天と一対として祀られることが多く、両者を併せて「梵釈」と称することもある。
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天野帝釈
 天界に住む諸天善神の帝釈のこと。帝釈とは、梵語シャクラデーヴァーナームインドラ(śakro devānām indraḥ)の訳。釋提桓因・天帝釈ともいう。もともとインド神話上の最高神で雷神であったが、仏法では護法の諸天善神の一つとなる。欲界第二忉利天の主として、須弥山の頂の喜見城に住し三十三天を統領している。釈尊の修行中は、種々に姿を変えて求道心を試みている。法華経序品第一では、眷属二万の天子と共に法華経の会座に連なった。
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四天と権を諍う
 四天とは①四天王、四大天王の略。帝釈の外将で、欲界六天の第一の主である。その住所は、須弥山の中腹の由犍陀羅山の四峰にあり、四洲の守護神として、おのおの一天下を守っている。東は持国天、南は増長天、西は広目天、北は多聞天である。これら四天王も、陀羅尼品において、法華経の行者を守護することを誓っている。 ②須弥山を中心とする東西南北のすべて、全世界のこと。「権を諍う」とはこの世界を支配する権力を争うこと。
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変化
 仏・菩薩が本来の姿を変えて現れること。
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天趣の所摂
 天とは①天界のこと。②諸天善神のこと。趣くは、地獄・餓鬼・畜生・修羅を四悪趣と呼ぶのと同じ。天趣は天界と同義。所摂とは天界に摂まること。
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大梵天王
 梵語マハーブラフマン(Mahãbrahman)。色界四禅天の中の初禅天に住し、色界諸天および娑婆世界を統領している王のこと。淫欲を離れているため梵といわれ、清浄・淨行と訳す。名を尸棄といい、仏が出世して法を説く時には必ず出現し、帝釈天と共に仏の左右に列なり法を守護するという。インド神話ではもともと万物の創造主とするが、仏法では諸天善神の一人としている。
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大阿修羅王
 阿修羅はアスラ(asura)の音写阿素羅、阿蘇羅、阿須羅、阿素洛、阿須倫、阿須輪などとも書く。非天、非端正、非善戯、非類、無酒、不飲酒、障蔽、質諒、劣天、非類と訳す。六道のひとつで修羅はこの略称。帝釈に敵対する鬼神で大別して三つの意味がある。①無端の義・醜い容貌をしていること。②非天の義・天にあらざること、悪がその戯楽だからである。③無酒の義・悪業の報いにより、酒が得られないのである。戦闘を好む鬼神であり、十界に約し、生命論のうえからいえば、怒りの生命をいう。十法界明因果抄には「」(0430-)とある。常に内には慢心が強く、心が曲がっているため、すなおに物事を考えることができず、正しいことをいわれてもすぐにカッとなる。しかも外には礼儀をわきまえているような生命の姿である。「諂曲なるは修羅」とあるように諂いっ曲がれる心を修羅とし、闘争を好み、たがいに事実を曲げ、またいつわって他人の悪口をいいあうことである。
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禅宗
 禅定観法によって開悟に至ろうとする宗派。菩提達磨を初祖とするので達磨宗ともいう。仏法の真髄は教理の追及ではなく、坐禅入定の修行によって自ら体得するものであるとして、教外別伝・不立文字・直指人心・見性成仏などの義を説く。この法は釈尊が迦葉一人に付嘱し、阿難、商那和修を経て達磨に至ったとする。日本では大日能忍が始め、鎌倉時代初期に栄西が入宋し、中国禅宗五家のうちの臨済宗を伝え、次に道元が曹洞宗を伝えた。
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念仏宗
 阿弥陀仏の本願を信じ、その名号を称えることによって阿弥陀仏の極楽浄土に往生することを期す宗派。中国では、東晋代に慧遠を中心とする念仏結社の白蓮社が創設された。白蓮社は、念仏三昧を修して阿弥陀仏を礼拝したが、これが中国浄土教の始まりとされる。南北朝時代に、曇鸞がインドから来た訳経僧の菩提流支から観無量寿経を受けて浄土教に帰依し、その後、道綽、善導らに受け継がれて浄土念仏の思想が大成された。日本では法然が選択集を著して、仏教には聖道浄土の二門があり、時機相応の教えは浄土門であるとして浄土宗の宗名を立てた。そして、正依の経論を無量寿経、観無量寿経、阿弥陀経と往生論の三経一論として開宗した。
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律宗
 戒律を修行する宗派。南都六宗の一つ。中国では四分律によって開かれた学派とその系統を受けるものをいい、代表的なものに唐代初期に道宣律師が開いた南山律宗がある。日本では、南山宗を学んだ鑑真が来朝し、天平勝宝6年(0754)に奈良・東大寺に戒壇院を設けた。その後、天平宝字3年(0759)に唐招提寺を開いて律研究の道場としてから律宗が成立した。更に下野(栃木県)の薬師寺、筑紫(福岡県)の観世音寺にも戒壇院が設けられ、日本中の僧尼がこの三か所のいずれかで受戒することになり、日本の仏教の根本宗として大いに栄えた。その後平安時代にかけて次第に衰えていき、鎌倉時代になって一時復興したが、その後、再び衰微した。
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棟梁
 家や棟の梁で家にとっての急所。転じて、組織における重要な位置。法門のもっとも根本となる語。仏教界の大事な地位を占める高僧。
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次第
 ①順序。前後。②少しずつ状態が変わるさま。③成り行き、事情。
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国主
 一国の主君。国王。天子。権力者。
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賢人
 賢明で高い人格をもった指導者。聖人が独創的な開拓者であるのに対し、賢人はそれをひきついでいく人を指す。仏法の上では聖人である仏の教えを守り、弘めていく人が賢人といえる。
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大悪
 大きな悪業。きわめて悪い行為。
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梵釈
 大梵天王と帝釈天王のこと。①梵天。三界のうち色界の忉利天にいて、娑婆世界を統領している色界諸天王の通称である。この天は色界の因欲を離れて寂静清静であるという。このうちの主を大梵天王といい、インド神話では、もともと梵王は万物の生因、すなわち創造主とするが、仏教では諸天善神の一つとしている。②帝釈。釈迦提桓因陀羅、略して釈提桓因ともいう。欲界第二の忉利天の主で、須弥山の頂の喜見城に住して、三十三天を統領している。③法華経では、梵天・帝釈は眷属の二万の天子とともに、法華経の会座に連なり、法華経の行者を守護すると誓っている。
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日本守護の小神
 単に日本国を守護するだけの小さい神。天照太神・八幡大菩薩など。
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地涌千界の大菩薩
 地涌の菩薩のこと。法華経従地涌出品第十五に「仏は是れを説きたまう時、娑婆世界の三千大千の国土は、地皆な震裂して、其の中於り無量千万億の菩薩摩訶薩有って、同時に涌出せり」とある。この地涌の菩薩の出現は、釈尊の滅後の布教を誓った本化の菩薩のこと。滅後末法の弘通を勧める釈尊の呼びかけに応じて、大地から湧き出てきたゆえに、地涌の菩薩という。
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釈迦
 釈迦仏、釈迦牟尼仏の略称、たんに釈迦ともいう。釈迦如来・釈迦尊・釈尊・世尊とも言い、通常はインド応誕の釈尊。
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多宝
 多宝如来のこと。東方宝淨世界に住む仏。法華経の虚空会座に宝塔の中に坐して出現し、釈迦仏の説く法華経が真実であることを証明し、また、宝塔の中に釈尊と並座し、虚空会の儀式の中心となった。
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諸仏
 十方の諸仏のこと。十方と上下の二方と東西南北の四方と北東・北西・南東・南西の四維を加えた十方のことで、あらゆる国土に住する仏、全宇宙の仏を意味する。
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日月は四天の明鏡なり
 日月は太陽と月のことで、四天は須弥山を中心とする東西南北四方をさす。明鏡とは曇りない鏡のこと。
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一分も
 ごくわずかでも。
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先業
 前世・過去世でつくった業因のこと。主として悪業をいうが、業因は善悪には関係しない。
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流罪
 罪人を遠隔地に送って移転を禁ずること。律によって定められた五刑のひとつ。鎌倉幕府の法律である御成敗式目の第12条には「右、闘殺の基、悪口より起こる。その重きは流罪に処せられ、その軽きは召籠めらるべきなり」とある。
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教主釈尊
 一代聖教の教主である釈尊のこと。釈尊には六種、蔵教・通教・別教・法華迹門・法華本門・文底独一本門の釈尊があるが、釈尊教主は教法の主導の意で、法華文底独一本門の教主、日蓮大聖人のこと。ただし御文によってまれに、インド応誕の釈迦仏をさす場合もある。
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恐恐謹言
 恐れかしこみ申し上げるの意で、手紙の最後に書くていねいなあいさつ語。
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花押
 文書・手紙が自己の意思に基づくものであることを証明するしるし。
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 日蓮大聖人が法華経の行者ならなぜ諸天が守護しないのかとの疑問に答えて、諸天の守護は必ずあり、疑ってはならないとされて、本抄を結ばれている。
 大聖人をなぜ天が守護しないのかとの疑問に対して、法華経勧持品第13の悪鬼が諸宗の高僧らの身に入って、法華経の行者を罵詈毀辱するだろうとの文と、首楞厳経の、修羅王がいて世界を支配しようとして大梵天王や帝釈天や四天王と激しく争うが、この阿修羅王は諸天が変化したもので諸天と同類なのである、との文を引かれている。諸天と同類とあるのは、その力が諸天に等しいことを示しているのであろう。
 そして、大梵天王や帝釈天や四天王と戦う大阿修羅王が、禅宗・念仏宗・律宗等の棟梁すなわち高僧たちの心中に付け入り、次第に国王や国中のすべての人々に移り入って賢人を亡きものにしようとするのであると述べている。
 要するに、勧持品や首楞厳経の文のとおりに、仏法を破壊する悪鬼や阿修羅王が、諸宗の高僧等の身に入り、更に権力者やあらゆる人々の身に入って、法華経の行者に対して身命に及ぶ迫害を加えることが明かされているのである。
 そして、このような大悪は、その力が強いので梵天・帝釈も防ぐことはできず、まして日本だけを守護する力の弱い神などに防ぐことはできないとされ、ただ地涌千界の大菩薩や釈迦・多宝・十方の諸仏の加護がなければ防ぐことはできないであろう、とのべられている。しかしなら、日月は諸天にとって、この世の有様を知る明鏡であり、諸仏にとっては十方世界の有り様を知るための明鏡である。したがって、日月が輝いているかぎり、諸天・諸仏が、大聖人の苦難の様子をしらないことはありえないから、必ずや、諸仏の加護によって根本的には守られていることを教えられている。
 ただし、大聖人が今、迫害にあうのは、過去に作った悪業がまだ尽きていないからである、と述べられている。
 この宿業の転重軽受の原理については、本抄より1か月ほど前に著され、門下一同に与えられた佐渡御書にも「高山に登る者は必ず下り我人を軽しめば還て我身人に軽易せられん形状端厳をそしれば醜陋の報いを得人の衣服飲食をうばへば必ず餓鬼となる持戒尊貴を笑へば貧賎の家に生ず正法の家をそしれば邪見の家に生ず善戒を笑へば国土の民となり王難に遇ふ是は常の因果の定れる法なり、日蓮は此因果にはあらず法華経の行者を過去に軽易せし故に法華経は月と月とを並べ星と星とをつらね華山に華山をかさね玉と玉とをつらねたるが如くなる御経を或は上げ或は下て嘲弄せし故に此八種の大難に値るなり、此八種は尽未来際が間一づつこそ現ずべかりしを日蓮つよく法華経の敵を責るによて一時に聚り起せるなり」(0960-02)と述べられている。
 大聖人が、竜の口法難に続いて佐渡流罪にあっいぇいるのは末法の時に適った正法を弘通して法華経の敵を強くせめたからこそであり、大難にあうことによって過去の謗法の重罪を消滅することができたのである、と仰せられているのである。示同凡夫の辺から、大聖人は自ら大難にあい、それを乗り越えることによって成仏する姿を示して、いかに過去に謗法の重罪を犯した者でも、宿業を転じて成仏でき得る方途を明かしてくださっているのである。
 そして、法華経の行者として大難にあわれた大聖人を、教主釈尊が衣をもって覆い守るであろうとされ、だからこそ去年の9月12日の夜半の竜の口法難の際に、幕府権力による処刑という逃れられないはずの虎口を、不思議に免れることができたのであり、妙楽大師の止観輔行伝弘決に「必ず心が固ければ神の守りも強い」とあるのはこのことである、とのべられている。
 文永8年(1271)9月12日深夜の竜の口法難の経緯等は種種御振舞御書に詳しいので、参照されたい。
 釈尊が衣をもって覆うとは、法華経普賢菩薩勧発品第28に「若し是の法華経を受持し、読誦し、正憶念し、修習し、書写すること有らん者は、当に知るべし…釈迦牟尼仏の衣に覆われることを為ん」とあることにより、仏が法華経を信じ行ずる者を大慈悲によって覆い守ることをいう。
 大聖人が、絶体絶命ともいうべき竜の口首の座を免れることができたのは仏の加護があったからであると、教えら、仏天の加護を少しでも疑ってはならないと戒められて、本抄を結ばれているのである。
 更に追伸で、本抄の内容を門下以外の諸人に広く触れ示して、恨みを起こすことがないようにと仰せられている。第一章の「空に読み覚えよ」の御文が、このあとに続くと考えられる。あくまでも無用な刺激を世間に与え、苦難を招くことがないようにとの、深い慈愛からの仰せと拝せられる。

0142~0150    真言見聞top
0142:01~0142:02 第一章 真言亡国・堕獄の因なるを明かすtop
真言見聞     文永九年七月    五十一歳御作    与三位房日行
01   問う真言亡国とは証文何なる経論に出ずるや、 答う法華誹謗・正法向背の故なり、問う亡国の証文之無くば云
02 何に信ず可きや、 答う謗法の段は勿論なるか若し謗法ならば亡国堕獄疑い無し、
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 問う。真言亡国とはその証文はどの経論に出ているのか。答える。真言宗は法華経を誹謗し、正法に背くゆえである。
 問う。亡国という証文がなければ。どうして信ずることができようか。答える。真言宗が謗法であることは認めるのか。もし謗法であるならば、亡国・堕地獄は疑いがない。

真言亡国
 日蓮大聖人の四箇の格言の一つ。真言宗は亡国の基となる教えであるとの意。真言宗は、①一切衆生の主師親である釈尊を捨てて、架空の法身仏である大日如来を本尊とたてるゆえに主を殺すものであり、②一切経の王である法華経を諸教中の第三として、大日を第一とするゆえに錯誤・顚倒している。したがって宗教・思想・信仰の乱れを招き、世の人々の価値観が顚倒して社会が混乱し、ついには国が亡びることになるのである。
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証文
 ①証拠となる文献・文書。②権利を証明する文書。
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経論
 三蔵のうち経蔵・論蔵をいう。経は仏が説いたところの教法。論は仏みずから問答論議して理を弁じたもの。また仏弟子が仏語を論じ、法相を講じたもの。
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法華誹謗
 法華経を信じないで謗ること。
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正法向背
 正しい法や教えに背くこと。
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堕獄
 堕地獄のことで、地獄に堕ちることをいう。
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 本抄は、日蓮大聖人が51歳の文永9年(1272)7月に佐渡で著され、三位房日行に与えられた書である。当時、佐渡流罪中の真っ只中にあられた大聖人は、真言宗が人々を地獄に突き落とし、国を亡ぼす大謗法の邪法であることを文証・理証・現証のうえから明らかにされるとともに、法華経が諸経中第一の正法であることを教えるために著された。三位房日行については、文永6年(1269)に京都遊学中、大聖人より「法門申さるべき様の事」をいただいており、天台真言に関して詳しかったことがうかがわれる。
 当時、真言密教には中国の善無畏・金剛智・不空流の流れを汲んだ弘法大師空海が開いた当時系の、いわゆる真言宗と、比叡山天台宗の中から生じた慈覚大師・智証大師等の天台密教の二つの流れがあった。前物を「東密」、後者を「台密」と通称する。本抄は「真言見聞」との題号に明らかなように、この二派の真言密教を徹底的に破折しつくされ、門下が真言宗徒と問答し折伏する際の基本的な知識を授けられている。
 さて、この本文であるが、真言宗が亡国と堕獄の因となる理由を明らかにされているところにある。初めに、真言宗が国を亡ぼすということを示す文証がどの経や論にあるのかとの問いを挙げられている。
 それに対して、すぐには文証を挙げられず「法華誹謗・正法向背の故なり」と答えられている。真言宗が法華経を誹謗し、正法に背いているという謗法を犯しているからであると述べられているのである。「法華誹謗・正法向背」が無間地獄に堕ちる因であることは法華経譬喩品などの文に明らかだからである。
 この答えに対して「亡国の証文之無くば云何に信ず可きや」と質問が設けられている。たしかに譬喩品等に「無間地獄に堕ちる」との文証はあるが、「亡国」の文証は、法華経に直接的にないからであろう。
 しかし、この重ねての問いに対しても、直接、文証を挙げられずに、真言宗が謗法を犯していることを了承するのかと責められ、もし謗法であるならば、真言宗が亡国と堕地獄の因となることは疑いない、と断じられている。
 ここでの問答は門下に対して、真言宗との対論になった時の折伏の責めの在り方を教えられている点で、本抄の一年前に著述された早勝問答を想起させる。
若し謗法ならば亡国堕獄疑いなし
 謗法を犯していることが亡国と堕獄の両方の因となることを断定された文である。ここで、亡国とは国を亡ぼすことであり、堕獄とは堕地獄、地獄に堕ちることをさすのはいうまでもないが、謗法を犯すことによって現世・今生には亡国の果報を招き、来世・後生には堕獄の果報を招くことは次の早勝問答の一節からも明らかである。
 すなわち「問う亡国の証拠如何、答う法華を誹謗する故なり云云、一義に云く三徳の釈尊に背く故なり云云、一義に云く現世安穏・後生善処の妙法蓮華経に背き奉る故に今生には亡国・後生には無間と云うなり」(0167-01)と。
 正法である妙法蓮華経を信ずれば現世に安穏の境地の果報を招き、後生には善処にうまれるという果報を招くのに対比されて、正法を誹謗し正法に背く謗法を信ずるならば現世・今生には亡国、後生・来世には無間の結果を招くことを述べられている。無間とは無間地獄をさすことはいうまでもない。

0142:02~0142:09 第二章 謗法が堕獄の業因なるを明かすtop
02                                       凡そ謗法とは謗仏・謗僧なり三
03 宝一体なる故なり 是れ涅槃経の文なり、 爰を以て法華経には「則ち一切世間の仏種を断ず」と説く是を即ち一闡
04 提と名づく涅槃経の一と十と十一とを委細に見る可きなり、 罪に軽重有れば獄に浅深を構えたり、 殺生・偸盗等
05 乃至一大三千世界の衆生を殺害すれども 等活黒繩等の上七大地獄の因として無間に堕つることは都て無し、 阿鼻
06 の業因は経論の掟は五逆・七逆・因果撥無・正法誹謗の者なり、 但し五逆の中に一逆を犯す者は無間に堕つと雖も
07 一中劫を経て罪を尽して浮ぶ、 一戒をも犯さず道心堅固にして後世を願うと雖も 法華に背きぬれば無間に堕ちて
08 展転無数劫と見えたり、 然れば則ち謗法は無量の五逆に過ぎたり、 是を以て国家を祈らんに天下将に泰平なるべ
09 しや、 
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 およそ謗法とは謗仏・謗僧である。仏・法・僧の三宝は一体であるゆえである。これは涅槃経の文である。このことを法華経には「すなわち一切世間の仏種を断ずる」と説かれ、この者を一闡堤と名づける。涅槃経の巻一と巻十一を詳細に見るべきである。
 罪に軽重があるので地獄にも浅深を設けている。殺生・偸盗など、そして三千大千世界の衆生を殺害したとしても、等活地獄・黒縄地獄などの上方の七大地獄の因となるが、無間地獄に堕ちることは全くない。阿鼻地獄の業因は経論の定めによると五逆罪・七逆罪・因果否定・正法誹謗のものである。ただし五逆罪のなかの一逆を犯す者は、一中劫を経過して罪は消滅し浮かび上がる。一戒をも犯さず仏道を求める心を固くして後世を願ったとしても、法華経に背いてしまうと無間地獄に堕ちてこの地獄を展転することが無数劫であると経文に説かれている。だから謗法は無量の五逆罪に過ぎている。これをもって国家を祈って、天下が泰平になることがあるだろうか。

謗仏
 仏を謗ることで、謗法のこと。
―――
謗僧
 正しい仏法を弘める僧を謗ること。
―――
三宝一体
 仏法僧の三宝が一体であること。涅槃経に説かれている。
―――
涅槃経
 釈尊が跋提河のほとり、沙羅双樹の下で、涅槃に先立つ一日一夜に説いた教え。大般涅槃経ともいう。①小乗に東晋・法顯訳「大般涅槃経」2巻。②大乗に北涼・曇無識三蔵訳「北本」40巻。③栄・慧厳・慧観等が法顯の訳を対象し北本を修訂した「南本」36巻。「秋収冬蔵して、さらに所作なきがごとし」とみずからの位置を示し、法華経が真実なることを重ねて述べた経典である。
―――
涅槃経
 釈尊が跋提河のほとり、沙羅双樹の下で、涅槃に先立つ一日一夜に説いた教え。大般涅槃経ともいう。①小乗に東晋・法顯訳「大般涅槃経」2巻。②大乗に北涼・曇無識三蔵訳「北本」40巻。③栄・慧厳・慧観等が法顯の訳を対象し北本を修訂した「南本」36巻。「秋収冬蔵して、さらに所作なきがごとし」とみずからの位置を示し、法華経が真実なることを重ねて述べた経典である。
―――
一切世間
 すべての世界、あらゆる世の中のこと。世間には三意がある。①世の中・世俗のこと、世は隔別・還流、間は内面にあるもの・間隔の義、世の中のすべての事物・事象をいう。②六道の迷界。③差別の意、五蘊世間・衆生世間・国土世間や有情世間・器世間など。
―――
仏種
 仏果を生じる因種。南無妙法蓮華経は、一生成仏の果を得るための因の種子であり、衆生の仏性とも、とることができる
―――
一闡提
 梵語イッチャンティカ(Icchantika)の音写。一闡底迦とも書き、断善根・信不具足と訳す。仏の正法を信ぜず、成仏する機縁をもたない衆生のこと。
―――
殺生
 生きものを殺すこと。十悪の第一。四重禁の一つ。仏法では最も重い罪業の一つとし、五戒・八戒・十戒等の一つに不殺生戒を挙げている。
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偸盗
 人の物を盗むこと。十悪の一つ。四重禁の一つ。
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一大三千世界
 三千大千世界のこと。古代インドの世界観の一つ。倶舎論巻十一、雑阿含経巻十六等によると、日月や須弥山を中心として四大州を含む九山八海、および欲界と色界の初禅天とを合わせて小世界という。この小世界を千倍したものを小千世界、小千世界の千倍を中千世界、中千世界の千倍を大千世界とする。小千、中千、大千の三種の世界からなるので三千世界または三千大千世界という。この一つの三千世界が一仏の教化する範囲とされ、これを一仏国とみなす。
―――
衆生
 梵語サットヴァ(sattva)の音写。薩埵と訳す。この世に存在するもの、生けるもの。主として人間をさす場合が多いが、感覚をもつ生き物すべてをいう。
―――
殺害
 殺し害すること。仏法では殺生を最も重罪とする。
―――
等活黒繩
 八大地獄のなかの第一の等活地獄と、第二の黒繩地獄のこと。等活地獄は、そのなかの罪人は犬猿のごとく互いに害心をもち、鉄の爪で互いの血肉をつかみ裂いて、骨のみ残る。あるいは獄卒が手に鉄杖をもち、頭から足まで全身が砂のようになるまでうち砕く。あるいは鋭利な刀で肉をばらばらに裂く。死んでまた生き返ると再びそれを繰り返す。このようにして何生もの間、繰り返していくのである。此の地獄の寿命は、人間の昼夜五十年が四王天の一日一夜で、四王天の天人の寿命が五百歳である。さらに四王天の五百歳を等活地獄の一日一夜として、その寿命は五百歳である。この地獄の業因は、ものの命を断つことである。黒繩地獄は、等活地獄の苦の十倍で、獄卒が罪人をとらえ、熱鉄の地に伏せて、熱鉄の繩をもって身にすみうち、熱鉄の斧をもって繩に添って、切り、裂き、剥ぐ、また鋸でひき切る。この地獄には、殺生の上に偸盗を重ねた者が堕ちる。顕謗法抄に詳しい。
―――
七大地獄
 八大地獄の第八・無間地獄を除いた七つの地獄。等活・黒縄・衆合・叫喚・大叫喚・焦熱・大焦熱地獄のこと。
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無間
 無間地獄のこと。八大地獄の中で最も重い大阿鼻地獄のこと。梵語アヴィーチィ(avīci)の音写が阿鼻、漢訳が無間。間断なく苦しみに責められるので、名づけられた。欲界の最低部にあり、周囲は七重の鉄の城壁、七層の鉄網に囲まれ、脱出不可能とされる。五逆罪を犯す者と誹謗正法の者が堕ちるとされる。
―――
阿鼻の業因
 無間地獄に堕ちる因となる業因。阿鼻は阿鼻地獄のこと。阿鼻大城・阿鼻地・無間地獄ともいう。阿鼻は梵語アヴィーチィ(Avici)の音写で無間と訳す。苦をうけること間断なきゆえに、この名がある。八大地獄の中で他の七つの地獄よりも千倍も苦しみが大きいといい、欲界の最も深い所にある大燋熱地獄の下にあって、縦広八万由旬、外に七重の鉄の城がある。余りにもこの地獄の苦が大きいので、この地獄の罪人は、大燋熱地獄の罪人を見ると他化自在天の楽しみの如しという。また猛烈な臭気に満ちており、それを嗅ぐと四天下・欲界・六天の転任は皆しぬであろうともいわれている。ただし、出山・没山という山が、この臭気をさえぎっているので、人間界には伝わってこないのである。また、もし仏が無間地獄の苦を具さに説かれると、それを聴く人は血を吐いて死ぬともいう。この地獄における寿命は一中劫で、五逆罪を犯した者が堕ちる。誹謗正法の者は、たとえ悔いても、それに千倍する千劫の間、無間地獄において大苦悩を受ける。懺悔しない者においては「経を読誦し書持吸うこと有らん者を見て憍慢憎嫉して恨を懐かん乃至其の人命終して阿鼻獄に入り一劫を具足して劫尽きなば更生まれん、是の如く展転して無数劫に至らん」と説かれている。
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五逆
 五逆罪または五無間業ともいい、殺父、殺母、殺阿羅漢、破和合僧、出仏身血のこと。これを犯した者は無間地獄に堕ちるとされている。
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七逆
 七逆罪のこと。五逆罪に殺和尚・殺阿闍梨を加えて七逆罪という。すなわち、殺父・殺母・殺阿羅漢・出仏身血・破和合僧・殺和尚・殺阿闍梨のこと。
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因果撥無
 因果応報を否定すること。因果は原因と結果、撥無ははいせきして信じないこと。
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正法誹謗
 正しい法を信じないこと。謗法。
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一逆
 五逆罪のなかのひとつ。
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一中劫
 劫とはカルパ(Kalpa)で劫波・劫跛ともいい、分別時節・大時・長時などと訳す。きわめて長い時限の意で、仏法では時間を示す単位として用いられる。劫の長さについては経論によって諸説があるが、倶舎論巻十二によると、人寿十歳から始めて百年ごとに一歳を加え、人寿八万歳にいたるまでの期間を一増といい、逆に八万歳から十歳にいたるまでを一減とし、この一増一減を一小劫としている。 この20小劫をもって一中劫とする。
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一戒
 一つの戒。戒とは戒定慧の三学の一つ。仏道を修行する者が守るべき規範。非を防ぎ悪を止める義で、身口意の悪業を断じて一切の不善を禁制すること。三蔵の一つ・律蔵の中に説かれる。五戒・八斎戒・十戒・二百五十戒・五百戒・十重禁戒・四十八軽戒など種々ある。
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道心堅固
 仏道を求める心が堅固なこと。「道心」とは、仏道を求める心、悟りを求める心。
―――
後世
 三世のひとつで、未来世、後世と同じ。未来世に生を受けること。今生に対する語。
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展転無数劫
 数えきれないほどの長い期間を次々と移っていくこと。
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無量の五逆
 はかりしれない程の多くの五逆罪。
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国家
 ある定まった領土に住む多くの人々からなる社会集団で統治権があるもの。
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天下
 天がおおっている下のところ。全国・全世界等。
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泰平
 戦争がなく平和なこと。
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 ここでは、謗法が亡国と堕獄の業因となることを示された前の文を受けて、まず、堕獄の業因となることを詳しく説かれた後、そのような謗法の邪法たる真言によって国家を祈れば亡国となることは当然であると述べられている。
 初めに、謗法が謗仏・謗僧を含むことを述べられる。元来仏・法・僧の三宝は一体のもので互いに切り離せない関係にあり、したがって、法を誹謗するということは法宝だけにとどまらず、仏宝や僧宝をも誹謗していることであると説かれ、そのことは大般涅槃経巻2の純陀品の文からも明確であるとの出典を示されている。次いで、法華経・譬喩品の一節である。謗法の者は衆生に内在する仏種を断ち切ったものであるとの門を引用されて、謗法の者は一闡堤とも名づけると説き進められ、一闡堤を厳しく戒めた大般涅槃経巻1と巻10・巻11の3文を詳しく見れば明らかであると述べられている。更に続けて、謗法の罪の重さに言及される。まず、殺生や偸盗などはもとより、たとえ三千大千世界の衆生を殺害するという悪業を犯したとしても、八大地獄のうち、等活・黒縄・衆合・叫喚・大叫喚・焦熱・大焦熱の七大地獄に堕ちるという果報を受けるが、八番目の最も重い無間地獄には堕ちないと説かれ、次に、無間地獄に堕ちる業因が五逆・七逆・因果撥無・正法誹謗を犯すことにあると示された後、更に、同じ無間地獄でも五逆の場合は一中劫を経過すれば罪を償って無間地獄を出ることができるが、正法の法華経に背いた場合は、その者がたとえ一戒も犯さず、求道心も堅く後生善処を願って善根を積んでいたとしても、無数劫という長期間、無間地獄を脱出できないと述べられている。
 以上のことから、謗法の罪が五逆罪より重いと結論され、そのような罪深き謗法の邪法・真言宗によって国家の安寧を祈願しても天下の泰平がもたらされる道理がないことを強調され、「真言亡国」の理由とされている。
凡そ謗法とは謗仏・謗僧なり三宝一体なる故なり是れ涅槃経の文なり
 仏・法・僧の三宝一体を説いているのは大般涅槃経巻8如来性品第12である。すなわち「汝今まさに諸声聞凡夫の人の如く三宝を分別すべからず。此の大乗においては三帰分別の相有ることなし。所以は何ん、仏性中において即ち法僧あり。声聞・凡夫を化度せんと欲する為の故に分別して三宝の異相を説く」とある。
 ここは仏が迦葉菩薩を相手に説いているところである。声聞や凡夫を導くためには方便として三宝が別々であることを示してもよいが、大乗の菩薩にあっては三宝を分けてはならないと戒めており、その理由としては、仏性の中にも僧も含まれているからであるとして、本来、三宝が一体であることを示唆している。
 また涅槃経巻2純陀品第2の文にある主・師・親の言葉をそれぞれ仏宝・法宝・僧宝にあてはめて釈した章安大師の涅槃経会疏巻2では「一切衆生同一仏性、其の味真正にして、一体三宝等しく差別なけれども、煩悩の覆敝する所の為に六道に輪廻し種種の身を受けて界隔差別し其の味混雑し…主なく親なく家を亡ぼし、国を亡ぼし一体三宝隠れて顕れず」と説いている。ここでも、一切衆生に同一の仏性が貫かれており、仏性においては三宝が一体であるとしている。
 三宝一体の場合、法宝は無上の真理を、仏宝はその清浄の徳を、僧宝は和合の徳を、それぞれ表していることになる。
 なお、本文に即して三宝の内容を述べるならば、法宝が法華経、仏宝は久遠実成の釈尊、僧宝が法華経を信じ行ずる和合僧団となる。更に、これを末法の文底独一本門についてみるならば、仏宝が久遠元初の自受用報身如来即日蓮大聖人、法宝が事の一念三千・三大秘法の南無妙法蓮華経、僧宝が日興上人となる。
 いずれにせよ、ここで「三宝一体」を強調されるゆえんは、「謗法」という言葉の意味は、“法”である法華経への誹謗であるが、法華経そのものを誹謗しなくとも、釈尊を誹謗して大日如来を讃嘆しているのは大日は真言の経に結びつき、それに対して釈尊は法華経に結びついているから「謗法」となるということである。
法華経には「則ち一切世間の仏種を断ず」と説く是を一闡堤と名づく
 法華経譬喩品第3からの引用文である。より詳しくは「若し人信ぜずして、此の経を毀謗せば、則ち一切世間の仏種を断ぜん」という文である。内容は法華経を信じないで誹謗する人がいるとすれば、その人は自身に内在する仏種を断ち切ったものであるというものである。
 天台大師は法華文句巻6上で「世間の仏種を断ず」という句を釈して、次のように述べている。すなわち「今経には小善の成仏を明かす。此れ縁因を取って仏種と為す。若し小善の成仏を信ぜざれば、即ち世間の仏種を断ずるなり」と。ここでは「世間の仏種」の“仏種”について、天台の立てる三因仏性のうち縁因仏性をさしているとしている。
 縁因仏性とは人界や天界の衆生が行う俗世間上の小さな善根や善行がそのまま仏になるための縁になることをいう。これは法華経の開会の法門によって初めて可能となったものである。
 したがって、その法華経を信ぜず誹謗するということは、世間上の小さな善根や善行が成仏につながる縁となることを否定するのと同じであることを、譬喩品では「世間の仏種を断ずる」と説いたと釈したのである。もし、ここでの仏種を正因仏性とすると、法華経の十界互具・一念三千法門と矛盾することとなることはいうまでもない。
謗法は無量の五逆に過ぎたり
 謗法も五逆も、ともに無間地獄に堕ちる業因であるが、謗法のほうがはるかに重い罪であることを述べられている。
 何故に、謗法の方が罪が重く、無量の五逆のほうが軽いのであろうか。これについては顕謗法抄に大品般若経の一節を引用されて答えられている。
 すなわち「問うて云く五逆と謗法と罪の軽重如何、答て云く大品経に云く『舎利弗仏に白して言く世尊五逆罪と破法罪と相似するや、仏舎利弗に告わく相似と言うべからず所以は何ん若し般若波羅蜜を破れば則ち十方諸仏の一切智一切種智を破るに為んぬ、仏宝を破るが故に法宝を破るが故に僧宝を破るが故に三宝を破るが故に則ち世間の正見を破す世間の正見を破れば○則ち無量無辺阿僧祇の罪を得るなり無量無辺阿僧祇の罪を得已つて則ち無量無辺阿僧祇の憂苦を受るなり』」(0448-02)とある。
 この文の般若波羅蜜とは真理を悟る智慧であり仏智のことである。すなわち、破法罪とは悟る智慧・仏智を破壊する行為といえる。仏智はまた一切諸仏を仏にした根源であり、その破壊は仏・法・僧の三宝を破り、世間の正見を破壊することになる。このゆえに、謗法の行為は最悪の行為となるのである。
 これに対し、五逆は正法そのものに対する反逆行為ではない。たしかに、殺父・殺母・殺阿羅漢はそれぞれ恩義有り徳のある人を殺す行為であり、出水仏血は仏の身体より血を出すことであり、破和合僧は釈尊の教団を破壊するという罪で、それぞれに重罪であるから、決して犯してはならない行為ではある。しかし、正法に対する直接的な破壊行為である謗法に対し、五逆は恩があり尊ぶべき人の肉身や集団を破壊する行為であるという点で、謗法を犯す罪の五逆よりはるかに重いのである。
 ちなみに五逆のなかの「仏身より血を出だす」と先の「三宝一体」との違いをいえば、五逆の場合は仏の肉身に対する加害であるのに対し。「謗仏」は“法を体現する存在”としての法を謗るゆえに「謗法」と同じになるとされるのである。

0142:09~0142:11 第三章 真言亡国の現証を明かすtop
09     諸法は現量に如かず 承久の兵乱の時・関東には其の用意もなし国主として調伏を企て四十一人の貴僧に仰
10 せて十五壇の秘法を行はる、 其の中に守護経の法を紫宸殿にして 御室始めて行わる七日に満ぜし日・京方負け畢
11 んぬ亡国の現証に非ずや、是は僅に今生の小事なり権教・邪法に依つて悪道に堕ちん事浅猨かるべし。
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 あらゆる事象は直接に知覚できる事実で量ることが最も確実である。承久の兵乱の時、関東には祈禱の用意もなかった。それに対し朝廷側は国主として調伏を企て、四十一人の貴い僧に命じて真言の十五壇の秘法を行った。そのなかに守護経の法を紫宸殿において、御室の道助法親王が初めて行った。祈禱が満了する七日目に、朝廷方がまけてしまった。これは亡国の現証ではないか。このことはわずかに今生の小事であるが、権教・邪法によって悪道に堕ちることはあさましい限りである。

諸法は現量に如かず
 あらゆる事象は実際の事実で量ることが一番確かであるとの意。現量は現実の出来事によって量ること。現量は事象を認識する根拠である三量のひとつで、推理・比較するのではなく、事実を直接知覚、感覚知すること。
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承久の兵乱
 承久3年(1221)朝廷が幕府を倒そうとして企てた乱、失敗に終わった。地頭職問題で幕府側と不穏になった朝廷側は後鳥羽上皇を中心として謀議を企て、北面の武士や、幕府に不満をもつ武士等を集めるべく、北条義時追討の院宣を発した。義時は家人を結束させ、朝廷の軍勢を二か月で討った。その結果、幕府は後鳥羽上皇を隠岐に配流したのをはじめとして、三上皇を配流し、天皇を交代させた。この結果、皇室は全く権力を失い、北条執権政治の時代が出現した。後鳥羽上皇を中心とする朝廷軍の根本的な敗因は、幕府調伏のため真言の祈祷を行なったことによる。「還著於本人」の経文どおり、亡国の悪法たる真言宗に祈?したのであるから、かえってわが身を亡ぼす結果となったのである。
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関東
 鎌倉の北条執権のこと。
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国主
 一国の主君。国王。天子。権力者。
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調伏
 仏に祈り仏力によって、怨敵や魔を降伏することであるが、謗法による調伏は悪い結果をもたらす。
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十五壇の秘法
 後鳥羽上皇の命で承久3年(1221)4がつ19日、密教の髙僧等41人が各寺院で関東調伏のために行った修法が15あったことをいう。祈祷抄にくわしい。
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守護経の法
 国家・社会の安穏を目的として、守護国界主陀羅尼蔵経によって修する密教の大法。仁王経法・孔雀経法とともに三箇大法といい、本尊は金剛界三十七尊の漫荼羅とされている。
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紫宸殿
 京都市上京区にある御所内裏の正殿のこと。
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御室
 第59代宇多天皇(在位0887~0895)が譲位後、入道して京都西に仁和寺を建立し住んだ。そのことから仁和寺のことを御室御所という。その後、法皇、法親王はだいたい仁和寺の流れをくむようになり、それらをいうようになった。本文にある「御室は紫宸殿にして……」の御室は、あとの方の意で、後鳥羽天皇の第二子である道助法親王をさす。
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現証
 三証のひとつ。現実の証拠のこと。
―――
今生の小事
 今世の人生のこと。先生、後生に対する語。小事はささやかな事情、とるにたりないこと。
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権教
 実教に対する語。権とは「かり」の意で、法華経に対して釈尊一代説法のうちの四十余年の経教を権経という。これらの経はぜんぶ衆生の機根に合わせて説かれた方便の教えで、法華経を説くための〝かりの教え〟であり、いまだ真実の教えではないからである。念仏の依経である阿弥陀経等は、この権経に属する。
―――
邪法
 邪悪な法・宗教。正道・道理に背いた邪な道。
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悪道
 三悪道(地獄・餓鬼・畜生)四悪趣(三悪道+修羅)の略。悪行によって趣くべき苦悩の世界。悪趣ともいう。
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 これまでは真言宗が亡国の邪法であることを文証・理証の立場から示されたのであるが、ここでは現証を示されるのである。
 まず「諸法は現量に如かず」、一切の事象は“現量”、事実をもって量ることにこしたことはないと述べられる。
 そして、その顕著な事実として、承久の乱の時、京都の朝廷方が真言宗によって鎌倉幕府方を調伏する祈禱を行った結果、敗れてしまったことを挙げられ、真言亡国の現証とされている。そして、戦争の敗戦といった今世の僅かな小事ですら、祈禱して敗れて亡国を招いたのであるから、そのような真言宗の権教・邪法を信じて後生に悪道、なかんずく無間地獄に堕ちることはもっとも嘆かわしいかぎりであると結ばれている。

0143:01~0143:05 第四章 真言を権教・邪法とする文証top
0143
01   問う権教邪宗の証文は如何既に真言教の大日覚王の秘法は即身成仏の奥蔵なり、 故に上下一同に是の法に帰し
02 天下悉く大法を仰ぐ海内を静め天下を治むる事偏に真言の力なり、 権教・邪法と云う事如何、答う権教と云う事・
03 四教含蔵・帯方便の説なる経文顕然なり、 然れば四味の諸教に同じて久遠を隠し 二乗を隔つ況んや尽形寿の戒等
04 を述ぶれば小乗権教なる事疑無し、 爰を以て遣唐の疑問に禅林寺の広修・国清寺の維ケンの決判分明に方等部の摂
05 と云うなり、
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 問う。権教・邪宗ということの証文はどうか。既に真言教の大日如来の秘法は即身成仏の奥深い教えである。
 ゆえに身分の上下を問わず一同にこの真言の法に帰依し、天下の人々はことごとく、この大法を仰いでいる。
 日本国内を平静にして天下を治めることは、全く真言の力である。その真言教を権教・邪法ということはどうか。
 答える。権教というのは真言経典が蔵・通・別・円の四教を含有し方便を帯びた説であるとする経文が明らからである。だから四味の諸教と同じく、久遠実成を隠し二乗を成仏できないものとして排斥している。
 まして肉体と寿命が尽きると戒の功徳もなくなる小乗の戒などを説いているのであるから小乗・権経であることは疑いない。
 このために延暦寺第二代座主・円澄が唐に使いを送って答えを求めた質疑に対して、禅林寺の公修や国清寺の維蠲の決答は明らかで、真言教は方等部に入ると言っている。

邪宗
 よこしまな宗教。人々を不幸に陥れる誤った宗教。
―――
真言教
 大日経・蘇悉地経・金剛頂経、真言三部経をいう。
―――
大日覚王
 大日如来のこと。
―――
即身成仏
 凡夫が凡夫そのままの姿で成仏すること。法華経で説かれた法門である。爾前経では凡身を断ち、煩悩を断ってからでなくては成仏できぬとされ、悪人や女人は成仏できぬとされたが、法華経にきて提婆達多と竜女が即身成仏の現証を示したのである。この元意は法華経の根底に秘沈された文底の妙法・久遠元初の妙法を信じたがゆえの成仏であり、その妙法の本体は南無妙法蓮華経の当体、御本尊であり、題目を唱えることにより即身成仏するのである。凡夫即極・直達正観に通じる。
―――
奥蔵
 奥深い教え。
―――
真言の力
 真言の力用・働き。真言には三意がある。①仏の真実の言葉。実語。②真言宗のこと。③密教でいう絶対真実の言葉。仏の悟りや誓願を示す。呪・神呪・密呪・密語・陀羅尼ともいう。
―――
四教含蔵・帯方便の説
 四教とは天台大師所立の化法の四教で、四教含蔵とは四教を並べ説くこと。天台大師の五時の第三・方等時では、五時略頌に「方等部には四教を説対す」とあるように、蔵通別円の諸経は円を説くといえども四教含蔵の経であり、実教である法華経のように純一無雑の円ではない。帯方便の説とは方便を帯びた教説ということ。権はかり・方便の意で、無量義経で未顕真実と打ち破られた法華経以前の爾前諸教を権教とする。爾前の諸大教のなかにも円教を説くが、別ないしは蔵・通・別の方便を対する円なので、実教である法華の純円に対して未顕真実であり権教とされる。
―――
顕然
 明らかで疑う余地がないこと。
―――
四味の諸教
 法華経以前の爾前の権教のこと。
―――
久遠を隠し二乗を隔つ
 大日経などの爾前諸教の二つの欠陥あらわす。一つは久遠実成を説かず、もうひとつは二乗を不成仏と排斥すること。
―――
尽形寿の戒
 小乗教の戒体が、一生の寿命を終えるとともに失われること。尽形寿は肉体・寿命の尽きること、一生涯をいう。
―――
小乗
 小乗教のこと。仏典を二つに大別したうちのひとつ。乗とは運乗の義で、教法を迷いの彼岸から悟りの彼岸に運ぶための乗り物にたとえたもの。菩薩道を教えた大乗に対し、小乗とは自己の解脱のみを目的とする声聞・縁覚の道を説き、阿羅漢果を得させる教法、四諦の法門、変わり者、悪人等の意。
―――
遣唐の疑問
 法門上の疑問について、中国に死者を遣わし回答を仰ぐこと。これを唐決という。
―――
禅林寺の広修
 (0771~0843)。中国・唐代の天台宗の僧。広脩とも書き、至行尊者ともいわれる。道邃和尚の弟子となり、天台山禅林寺で天台の教観を学び、法華経・維摩経・金光明経等を日々読誦したといわれる。後に、請われて台州に行き、学堂で止観を講じた。円澄の「延暦寺未決三十条」の問いに対して、開成5年(0840)弟子の維蠲とともに答えている。
―――
国清寺の維蠲
 中国天台宗、天台山広脩座主の高弟。妙楽大師の法曽孫。
―――
決判
 判定をくだすこと。
―――
方等部の摂
 方等部とは方等部に説法した種々の経典の総称。小乗を弾呵し一切衆生に広く平等に教法を説きしめしたもので、摂は包摂すること、入れること、属すること。
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 前の文で、真言宗が権教・邪法であると断じられたのを受けて、その裏付けとなる文証を明らかにされるところである。
 初めに、真言宗側の言い分を想定されて問いとして掲げられる。つまり「真言宗の教えは大日如来が説いた秘密の法であり、衆生が即身成仏することのできる深い法門であるから、日本国の上から下までの人々が一同に帰依するところとなり、その結果、天下は泰平になっている。これは真言に力のある何よりの証拠であるのに、なぜ、権教邪法と断ずるのか。その文証はあるのか」と問うている。承久の乱の時、朝廷方が真言の法で祈禱を行ったように、真言宗は平安期以来、最も朝廷の信頼の篤い宗派であった。真言宗の人々にしてみれば、平安時代が全体として平穏であったのは、この真言宗の力によると思われたのであろう。
 これに対して、何故に真言が権教・邪法であるかの道理と文証をもって答えられている。まず、権教とする理由であるが、真言宗が依経である大日経等が天台大師智顗の立てた化法の四教の全てを分々に含んでいるところから「帯方便の説」として権教に位置づけられたのは明らかであると説かれている。
 つまり、法華経が純粋の円教を説いた真実であるのに対し、大日経等は円教を説いていても蔵教・通教・別教をも併せといているので方便を帯びた権教となると決せられている。
 そして、大日経等が権教の「四味の諸教」すなわち、醍醐味の法華経以前に説かれた乳味・酪味・生酥味・熟酥味の四味・四教と同じ教えである証拠として、純円の法華経で明らかとなる二乗作仏と久遠実成とが説かれていないことを指摘されている。これは、一切衆生を成仏させる法門ではないということで、真言経の大日覚王の秘法は即身成仏の奥義であるという真言宗の言い分を破られているのである。
 まして、真言宗では「尽形寿の戒」を説いており、これは小乗教の戒と同じであるから、権教のなかでも「小乗権教」にすぎないと破折されている。
 次いで「唐決」において天台漸禅林寺の広修、同国清寺の維蠲が真言の依経である大日経等を第三時・方等部に属する権教と決定していることを述べられ、文証とされている。
四教含蔵・帯方便の説
 大日経が五時四教の教判では方等時にあたることを述べられている。天台大師智顗の法華玄義巻1上には、華厳・阿含等の五時の次第と蔵・通・別・円という教えの内容による分類とを組み合わせて、次のように説いている。
 華厳は兼、三蔵は但、方等は対、般若は帯、此の経は復兼但対帯無し」とある。
 華厳時は円教に別教を兼ねているから「兼」、阿含時は但三蔵経のみを説き、通・別・円教を説いていないので「但」、方等時は蔵・通・別・円の四教を機根に応じてあれこれ対比して説いているので「対」、般若時は円教に通・別の二教を“帯びて”つまり、挿んで説いているので「帯」、第五時の法華経には以上の兼・但・対・帯がなく、純円一実で無雑の法門であるとしている。
 ここから、大日経は四教を含んだ「対」の方等時にあたり、円教も説いてはいるものの、蔵・通・別の方便を帯びた権教であることが明らかであるとされている。
四味の諸教に同じて久遠を隠し二乗を隔つ
 爾前権教である何よりの証拠が二乗を不成仏として排斥していること、そして釈尊の久遠実成を明かしていないことであると述べられているところである。天台大師智顗の五時の教判では、爾前権経が前の四時、実教の法華経が第五時の醍醐味、となる。化法の四教で、これらを見た場合、完全無欠な円融円満の境地である成仏を明かした教えが円教で、これに爾前の円と法華・涅槃の円とがある。爾前経にも衆生が成仏できることを説いているが、実際には二乗の成仏を認めていない。二乗の成仏は法華経にいたってはじめて説かれた。二乗を不成仏として差別している爾前経は、円教といっても言葉だけとなる。久遠実成は釈尊の成道が久遠に遡ることを明かしたもので、法華経寿量品で初めて説かれた。これは、衆生の成仏にかかわる仏の化導を明らかにしたもので、法華経は二乗作仏と久遠実成とを説くゆえに真実の円教となるのである。
 大日経等がこの二つを説かないゆえに前四味の諸経と同じ権教とされることは、開目抄の次の一節にも明らかである。すなわち「華厳・乃至般若・大日経等は二乗作仏を隠すのみならず久遠実成を説きかくさせ給へり」(0197-10)と。
遣唐の疑問に禅林寺の広修・国清寺の維蠲維の決判分明に方等部の摂と云うなり
 大日経を依経とする真言の教えが方等部に属するということの文証として「唐決」を挙げられているところである。
 遣唐の疑問、とは日本の天台宗比叡山において生じた法門上の疑問を、中国の天台宗に使者を遣わして回答を得て決着をつけることで「唐決」ともう。唐決というのはその始まりが中国・唐代の道邃・広修・維蠲らが伝教大師・円澄などの疑問に答えたことに発しているからであり、全部で7回あるうち、栄の時代のものの1回を除いて他は唐代のものであることによる。
 広修・維蠲の決判というのは比叡山の円澄が円載等の入唐の時に30箇条の疑問を託し、天台山の広修と彼の弟子・維蠲のそれぞれの回答を得たものである。同じ30箇条の疑問に対して、師弟それぞれが答えたもので、広修が答えたものを「円唐決」、維蠲が答えたものを「澄唐決」と呼んでいる。
 本文に関連する円澄の疑問とは二番目の問いで「毘盧遮那経は五時八教に説かざる所あり、法華の前説とせん、法華の後説とせん、此の義如何」というものである。
 すなわち「毘盧遮那経は智顗の教判である五時八教には説かれていない経である。一体、大日経は法華経の前に説かれた経とするのか、後に説かれた経とするのか」というのが問いである。
 これに対して、広修は「豈第三時の摂、方等教の収とせざらんや、理をもってこれを検するに、即ち知る、是れ法華の前説、并びに八教の中に並びに摂することを」と答えている。大日経は法華経の前に説かれた第三時・方等部に摂せられると決定している。
 また、維蠲も「謹んで経文を尋ねるに方等部に属す。声聞縁覚に行ぜしむる故に、不空羂索、大宝積、大集大方等、金光明、維摩、楞伽、思益等の経と同味なり」とこたえている。すなわち大日経は不空羂索、大宝積、大集大方等、金光明、維摩、楞伽、思益等の経と同味であって、第三時方等部に属すると決定している。

0143:05~0143:12 第五章 大日経指帰の偽作を指摘すtop
05       疑つて云く経文の権教は且く之を置く唐決の事は天台の先徳・円珍大師之を破す、大日経の指帰に「法
06 華すら尚及ばず況や自余の教をや」云云、 既に祖師の所判なり誰か之に背く可きや、 決に云く「道理前の如し」
07 依法不依人の意なり但し此の釈を智証の釈と云う事不審なり、 其の故は授決集の下に云く「若し法華・華厳・涅槃
08 等の経に望めば是れ摂引門」と云へり、 広修・維ケンを破する時は法華尚及ばずと書き授決集には是れ摂引門と云
09 つて二義相違せり指帰が円珍の作ならば授決集は智証の釈に非ず、 授決集が実ならば指帰は智証の釈に非じ、 今
10 此の事を案ずるに授決集が智証の釈と云う事 天下の人皆之を知る上、 公家の日記にも之を載せたり指帰は人多く
11 之を知らず公家の日記にも之無し、 此を以つて彼を思うに後の人作つて智証の釈と号するが 能く能く尋ぬ可き事
12 なり、授決集は正しき智証の自筆なり、
-----―
 疑っていう。経文の権教ということについてはしばらく置いて、唐決のことは天台宗の先徳である智証大師がこれを破している。すなわち大日経指帰に「大日経はには法華経にすらなお及ばない。ましてそれ以外の諸経においてはなおさらである」とある。既に祖師である智証大師の判別である。だれがこの判別に背くことができようか。
 唐決に「道理は前に述べたとおりである」とある。これは「法に依って人に依らざれ」との意である。ただしこの大日経指帰の釈を智証の釈というのは疑わしい。そのゆえは智証の受決集の巻下に「もし法華・華厳・涅槃などの経に対すると、大日経は摂入に誘引する方便の教えである。といっているからである。唐決の公修や維蠲を打ち破る時は、大日経指帰に「法華経ですらなお及ばない」と書き、受決集には「大日経は摂入し誘引する教えである」といって、二つの義は相違している。大日経指帰が智証の作であるならば受決集は智証の釈ではない。受決集が真実であるならば、大日経指帰は智証の釈でないことになろう。今、このことを考えるに、受決集は智証の釈であることは天下の人がすべて知っているうえ、公家の日記にもこれを記載している。大日経指帰は多くの人々が知らず、公家の日記にも記載していない。このことから大日経指帰について考えると、この釈は後世の人が作って智証の釈と称したものであろうか。よくよく探って明らかにすべきである。一方、受決集は正しく智証の自筆である。

唐決の事
 唐決にのべられている内容のこと。唐決は中国・唐代の道邃・広修・維蠲らが比叡山・伝教大師・円澄などの質問に答えたもの。①在唐決1巻、天台宗未決抄・在統十問答ともいう。②光唐決、釈疑問答六箇条。③慧唐決、答日本国二十七問・新度唐決、ともいう。④徳唐決、釈疑問答十箇条ともいう。⑤円唐決、日本国三十問謹案科直答。⑥澄唐決、答日本国間三十箇条。⑦答修禅院問、修禅院の疑問に対してこたえたもの。
―――
天台の先徳・円珍大師
 智証大師円珍のこと。(0814~0891)。比叡山延暦寺第五代座主。諱は円珍。智証は諡号。慈覚以上に真言を重んじ、仏教界混濁の源をなした。讃岐(香川県)に生まれる。俗姓は和気氏。15歳で叡山に登り、義真に師事して顕密両教を学んだ。勅をうけて仁寿3年(0853)入唐し、天台と真言とを諸師に学び、経疏一千巻を将来し帰国した。貞観10年(0868)延暦寺の座主となる。著書に「授決集」2巻、「大日経指帰」一1巻、「法華論記」10巻などがある。
―――
大日経の指帰
 1巻。智証講述として伝わる「大日経指帰」のこと。大日経および密教の主要な教義を存じたもの。
―――
祖師の所判
 祖師は初めて教えを立てた人のこと。一宗一派の開祖。所判は立て分けて判別すること。一切経を年代の順序、教義の浅深などによって、判別して立て分けた教判。
―――
依法不依人
 仏法を修する上では、仏の説いた経文を用い、人師・論師の言を用いてはならない、との仏の言葉。
―――

 人師が経論を注釈したもの。
―――
智昭
 智鳳あるいは道昭を伝写の誤りか。智鳳は奈良時代の新羅僧で、0703年に入唐して智周から法相宗を伝えられた。道昭は帰化人の子孫で、0653年に入唐し、法相宗を玄奘から直接に伝えられ、これを行基に伝えた。
―――
不審
 明らかにわからないこと。疑わしいこと。
―――
授決集
 智証の著。二巻。智証が留学中に、天台山禅林寺の良諝から授けられた口決や、その他の覚書をまとめたもの。
―――
摂引門
 授決集には「真言・禅門……若し法華・華厳・涅槃等の経に望むれば是れ摂引門」とある。真実の教えに摂引すべき方便の門すなわち、真言、禅等は、法華へ入らしむるためのものであるとの意。
―――――――――
 ここでは、まず、真言宗側の反論を予想されて掲げられる。先に、大日経を権教とすることは「経文顕然なり」と言われたが、その点については「且く之を置く」として触れず、提示された唐決については反論する。
 すなわち、同じ比叡山天台宗の先徳である円珍大師が大日経指帰という書物の中で、大日経に対比すれば、法華経ですら、なお及ばない。ましてや余経はいうまでもない」と言っているのに、大日経を権教として、法華経に劣るとする説は受けつけかねるというものである。
 これに対して、少し分かりにくいが「決に云く」からが、それに対する大聖人の答えである。まず「道理前の如し」の決の文にある、ということであるが、この「決」は何をさしておられるかは不明である。「決して云く道理前の如し」とよむべきだとする説もある。続けて「依法不依人の意なり」と仰せられているように、大事なことは、あくまで「法」である仏説、経文をふまえての論議であり、経文の論議をさしおいて、唐決について、しかも円珍・智証の言い分を引っ張り出してくるのは本末転倒であると打ち破られている。
 次に、大日経指帰を円珍大師の釈とすること自体に疑義を提出される。その理由は同じ智証の作である受決集巻下では大日経は法華・華厳・涅槃の諸経に対しては摂引門であるとあり、指帰の釈とは矛盾しているからである。
 どちらが智証の本意かということになるのであるが、大聖人は天下の人々に周知していることと公家の日記にも書名が記述されていることから、受決集が智証の著述であることは間違いないとされ、したがって、指帰のほうは後世のだれかが智証の名に仮託して著したものであろうとされ、更によく検討すべきであるとされている。

0143:12~0144:01 第六章 門下の肝心は謗法呵責にあるを示すtop
12                    密家に四句の五蔵を設けて十住心を立て 論を引き伝を三国に寄せ家家の
13 日記と号し我が宗を厳るとも 皆是れ妄語胸臆の浮言にして荘厳己義の法門なり、 所詮法華経は大日経より三重の
14 劣・戯論の法にして 釈尊は無明纒縛の仏と云う事慥なる如来の金言経文を尋ぬ可し、 証文無くんば何と云うとも
15 法華誹謗の罪過を免れず 此の事当家の肝心なり返す返す忘失する事勿れ、 何れの宗にも正法誹謗の失之有り対論
16 の時は但此の一段に在り仏法は自他宗異ると雖も 翫ぶ本意は道俗・貴賎・共に離苦得楽・現当二世の為なり、 謗
17 法に成り伏して悪道に堕つ可くば 文殊の智慧・富楼那の弁説一分も無益なり無間に堕つる程の 邪法の行人にて国
18 家を祈祷せんに将た善事を成す可きや、 顕密対判の釈は且らく之を置く 華厳に法華劣ると云う事能く能く思惟す
0144
01 可きなり、
-----―
 密教の宗家では四句と五蔵判を設け、また十住心を立て、論を引き、インド・中国・日本の三国に伝来した教えであるとし、家々の日記にあるといって、自分の宗を飾るけれども、すべてこれは偽りの言葉であり胸中に勝手に抱いた根拠のない言い分であり、自分の説を飾り立てた法門である。つまるところ法華経は大日経より三重に劣り、たわむれに論じた法であって、釈尊は無明に纏われ縛られた仏といっているが、それを裏付ける確かな如来の金言である経文はあるかと追及すべきである。証拠の経文がなければ、何といおうとも法華経を誹謗する罪過を免れない。このことはわが宗の肝心である。くれぐれも忘れるようなことはあってはならない。
 いずれの宗にも正法誹謗の罪がある。対論の時はただこの一段を責めるべきである。仏法は自宗・他宗と異なっているけれども、仏法を学び修行する本意は僧と在家、また貴い人と賤しい人を問わず、現在と未来にわたって苦を離れ楽を得るためである。謗法を犯して悪道に堕ちるならば、文殊の智慧や富楼那の弁説も全く無益である。無間地獄に堕ちるほどの邪法の行者が国家を祈禱しても、どうして善事をなすことがあろうか。
 顕教・密教の勝劣の判別の釈はしばらく差し控えるが、華厳経に法華経が劣るということは、よくよく考えるべきである。

密家
 密教典を依経とする宗派のこと。②真言宗のこと。
―――
四句の五蔵
 真言宗では四句を論じ、五臓を立てて一切経を教判していること。四句は義釈の四句、五臓は経蔵・律蔵・論蔵・慧蔵・秘蔵のこと。
―――
十住心
 弘法が十住心論を著して立てた教判。大日経十住心品に十種の衆生の心相があるとして、それに世間の道徳・諸宗を当てはめ、菩提心論によって顕密の勝劣を判じ、真言宗が最高の教えであることを示そうとしたもの。異生羝羊心・愚童持斎心・嬰童無畏心・唯蘊無我心・抜業因種心・他縁大乗心・覚心不生心・一道無為心・極無自性心・秘密荘厳心をいう。
―――
妄語
 虚言のこと。十悪のひとつ。一般世間での妄語は、その及ぼす影響は一時的・小部分であるが、仏法上の妄語は、それを信ずる人を無間地獄に堕さしめ、さらに指導者層の妄語は多くの民衆を苦悩に堕しめることになる。正法への妄語はなおさらである。
―――
胸臆の浮言
 根拠もなく胸の中で勝手に作った言葉。
―――
荘厳己義の法門
 己の義を荘厳する法門。自分の立てた義に勝手な義を立て飾り立てる教え。
―――
三重の劣
 弘法が十住心の中の第八・一道無為心を法華経、第九・極無自性心を華厳経、第十・秘密荘厳心を大日経とし、法華経は華厳経よりも劣り、さらに大日経に比べると三重の劣であるとしていること。
―――
戯論の法
 戯論とは、児戯に類した無益な論議・言論のことで、無益な法のこと。
―――
釈尊
 釈尊とは通常釈迦牟尼仏をさすが、六種の釈尊がある。①蔵教の釈尊②通教の釈尊③別教の釈尊④法華経迹門の釈尊⑤法華経本門の釈尊⑥法華経本門文底の釈尊である。⑥を教主釈尊といい、久遠元初の自受用報身如来たる日蓮大聖人である。
―――
無明纒縛の仏
 無明に束縛される仏のこと。真言宗で大日如来の勝れていることを主張するため、釈尊をさしていった言葉。
―――
如来の金言
 仏の説法。真実の言葉。
―――
罪過
 ①罪とあやまち。②法律または道徳に背く行為。③処罰すること。
―――
当家の肝心
 日蓮大聖人およびその門下にとって一番大切なこと。
―――
対論
 互いに向かい合って対抗して論議・論争すること。
―――
此の一段
 ①文章のひとくぎり。②ある段階。
―――
仏法
 ①仏の説いた教法。八万四千の法門・法蔵があるといわれる。②仏が証得した法③仏が知っている法。
―――
翫ぶ
 大切にもてなす。めで喜ぶ。
―――
道俗
 出家と在家のこと。
―――
貴賤
 身分の貴い人と賤しい人。
―――
離苦得楽
 苦を離れ楽を得ること。
―――
現当二世
 現在世と当来世(未来)のこと。
―――
文殊の智慧
 文殊師利菩薩の智慧のこと。文殊は梵語マンジュシュリー(maJjuzrii)の音写で、妙徳・妙首・妙吉祥などと訳す。普賢菩薩と共に迹化の菩薩の上首であり、獅子に乗って釈尊の左脇に侍し、智・慧・証の徳を司る。文殊は、般若を体現する菩薩で、放鉢経には「文殊は仏道中の父母なり」と説かれ、他の諸経にも「菩薩の父母」あるいは「三世の仏母」である等と説かれている。法華経では、序品第一で六瑞が法華経の説かれる瑞相であることを示し、法華経提婆達多品第十二では女人成仏の範を示した竜女を化導している。
―――
富楼那の弁説
 富楼那弥多羅尼子ともいう。釈迦十大弟子の一人で説法第一。聡明で弁論に長じ、その弁舌の巧みさをもって証果より、涅槃に至るまで九万九千人を度したといわれている。後世、弁舌の勝れていることを称して富楼那の弁という。
―――
無益
 仏の教え・教法にしたがい行動しても恩恵・救済・利益・功徳がないこと。
―――
行人
 修行する人。
―――
祈祷
 神・仏・菩薩に願い祈ること。
―――
顕密対判の釈
 顕教と密教を比較対比して経の勝劣・浅深等を判ずること。
―――
思惟
 対象を分別し、よく考えること。
―――――――――
 ここからは、これまでの四つの問答を受けて、真言密教の教義を破折されながら門下の対真言問答のための備えとされていくのであるが、ここではその前段階として、正法誹謗を呵責することこそ日蓮門下の肝心であると、基本的な心構えを述べられている。
 まず、真言密教の源である中国の善無畏と日本の弘法の立てた一代仏教の分類や判釈、更にはインドの論師の論を引用したり、真言がインド・中国・日本の三国伝来の仏教であると述べていることは、ことごとく妄語憶説で「荘厳己義」すなわち自分の教義を飾り立てるためだけに立てた法門にすぎないと断じられている。なかでも、法華経は大日経より三重に劣る経で戯論の法であるとしたり、釈尊は大日如来に比べると無明に束縛された仏であるとする邪義に対しては、その確かなる証拠が如来の金言・経文のどこにあるのかを追及すべきであると言われ、もし文証がなかったならばどのように理屈を言おうが法華誹謗つまり謗法の過罪は免れないこと決定的であるから、正法誹謗の罪過を呵責することで白日の下にさらすことが「当家の肝心」すなわち、大聖人門下の肝心であるとまで言い切られ、「返す返す忘失する事勿れ」と戒められている。
 更に、このことは真言密教に限らず、どの宗にも正法誹謗の罪過があるゆえに、他宗との対論の時はただただ「此の一段」、謗法を呵責するという一点が大切であると対論の用心を示されている。
 なぜ、正法誹謗の有無が重要かという理由として、次のように述べられる。つまり、自宗・他宗を問わず、仏法を習う本意は出家・在家・身分の貴・賎にかかわらず、現在と未来の二世にわたり苦を離れ楽を得るためである、とするならば、信ずる教法が邪法の邪義である結果、未来に悪道に堕ちるようなことになれば、いかに文殊の智慧や富楼那の弁説でも一分の役にもたたないものとなってしまうと仰せられ、未来に無間地獄に堕ちるような邪法の行者が国家のために祈って善事をなせるはずがないと、再び真言亡国の理由を明かされている。、
 最後に、真言密教が言う、顕教が劣り密教が勝るという教判の釈についての破折はここでは置くと述べられ、法華経が大日経に三重劣るとの義によって法華が華厳にも劣るという邪義については、よくよく思索し特に破折していくべきであると門下に促されている。
 なお、ここでは、門下の心構えを示すことに重きを置かれているので、四句・五蔵・十住心・密勝顕劣・法華が三重の劣で戯論の法と下す義、釈尊を無明纏縛の仏とする義などの主要な真言の邪義の名目を挙げるのみで、その具体的な破折については、あとで明らかにされるのである。

0144:01~0144:11 第七章 国の功罪、一分国王に帰すを示すtop
01      華厳経の十二に云く四十華厳なり「又彼の所修の一切功徳六分の一常に王に属す○是くの如く修及び造を
02 障る不善所有の罪業六分の一還つて王に属す」文、六波羅蜜経の六に云く 「若し王の境内に殺を犯す者有れば其の
03 王便ち第六分の罪を獲ん偸盗・邪行・及び妄語も亦復是くの如し何を以ての故に 若しは法も非法も王為れ根本なれ
04 ば罪に於いても福に於いても 第六の一分は皆王に属するなり」云云、最勝王経に云く 「悪人を愛敬し善人を治罰
05 するに由るが故に 他方の怨賊来り国人喪乱に遭わん」云云、 大集経に云く 「若し復諸の刹利国王・諸の非法を
06 作し世尊の声聞の弟子を悩乱し若しは以て毀罵し 刀杖もて打斫し 及び衣鉢種種の資具を奪い若しは他の給施に留
07 難を作す者有らば、我等彼をして自然に卒に他方の怨敵を起さしめ 及び自の国土にも亦兵起・疫病・饑饉・非時風
08 雨・闘諍言訟せしめ又其の王久しからずして復当に己が国を亡失すべからしむ」云云、 大三界義に云く 「爾の時
09 に諸人共に聚りて衆の内に 一の有徳の人を立て名けて田主と為して 各所収の物六分の一を以て以て 田主に貢輸
10 す一人を以て主と為し政法を以て之を治む、 茲に因つて以後・刹利種を立て大衆欽仰して恩率土に流る復・大三末
11 多王と名ずく」已上倶舎に依り之を出すなり。
-----―
 華厳経の巻十二に「また出家・在家の修行による一切の功徳の六分の一は常に王に属する。このように修行および造作や妨げる不善のもつ罪業の六分の一はかえって王に属する」とある。六波羅蜜経の巻六に「もし王の領土内に殺生を犯す者がいれば、その王は六分の一の罪を受ける。偸盗・邪婬および妄語もまたこれと同じである。どうしてかというと、法も非法も王が根本であるから罪においても福においても六分の一はすべて王に属するのである」とある。最勝王経に「悪人を愛敬し善人を治罰することが原因で、他国の怨賊が侵略し、国民が戦乱に遭い滅んでしまう」等とある。
 大集経に「もしまたもろもろの刹利である国王がもろもろの非法をなし世尊の声聞の弟子を苦しめ、もしくは毀り罵り、刀や杖をもって打ったり、切ったり、および衣服や食器、種々の器具を奪い、もしくは供給布施する他の人に迫害をなす者がいれば、我らは彼に対して自然にたちまちに他国の怨敵を起こさせ、および自らの国土にもまた合戦・疫病・飢饉・時ならぬ暴雨・戦いと論争をさせ、またその王に、遠くないうちに国を失わせるであろう」とある。大三界義に「その時に人々が共に集まって、その人々の中に一人の有徳の人を立て、田主と名づけて、おのおのが収穫物の六分の一を田主に貢ぎ物として差し出した。その一人を田主とし政の法によって人々を治めた。このことによって以後、王族を立て大衆は敬い仰いで、その国王の恩が領土に及んだ。またこの最初の王を大三末多王と名づけた。とある。

四十華厳
 華厳経の漢訳には八十・六十・四十の三訳があり、このうちの四十華厳のこと。唐代の般若訳。華厳経末の入法界品の別訳。
―――
所修
 修められること。「所」は受動をあらわす。
―――
一切功徳
 すべての功徳。功徳は功能福徳の意。功は福利を招く功能、この功能が善行に徳としてそなわっていることを功徳という。徳は得の意で、功を修めることによって得るところを功徳という。
―――
不善所有の罪業
 不善がもたらす罪悪の業果。不善は善でないこと。悪・悪法のこと、また善法を修行しないこと。悪行のこと。正理に背き、現在・未来にわたって自他ともに損害を与えるもの。十悪・五逆などをさす。罪業は罪悪の業のこと。福業・善業・浄業に対する。未来に苦果を感ずる因となる諸の悪行・所作をいう。
―――
六波羅蜜経
 中国・唐の罽賓国・般若三蔵の訳10巻、大乗理趣六波羅蜜経のこと。
―――
境内
 ①区切りの部分。②領土内。③寺院・神社の敷地内。
―――
邪行
 邪な行為。おもに邪淫をいう。
―――
妄語
 虚言のこと。十悪のひとつ。一般世間での妄語は、その及ぼす影響は一時的・小部分であるが、仏法上の妄語は、それを信ずる人を無間地獄に堕さしめ、さらに指導者層の妄語は多くの民衆を苦悩に堕しめることになる。正法への妄語はなおさらである。
―――

 宗教や社会における法に反する行いのこと。
―――

 めでたいこと。幸せ。
―――
最勝王経
 中国・唐代の義浄訳の金光明最勝王経のこと。10巻31品からなる。金光明経漢訳5本の一。仏が王舎城耆闍崛山に住していた時に説いたとされる方等部の経、この経は諸経の王であり、護持する者は護世の四天王をはじめ、一切の諸天善神の加護を受けるが、逆に、国王が正法を護持しなければ、諸天善神が国を捨て去るため、三災七難が起こると説かれている。
―――
治罰
 悪を罰し正すこと。
―――
他方の怨賊
 他国侵逼難のこと。
―――
国人
 その地方の人。土着の人。国民。
―――
喪乱
 世の災いや争いによる民衆の死。
―――
大集経
 方等部に属する経典で、欲界と色界の中間・大宝坊等に広く十法の仏・菩薩を集めて、説かれた大乗教である。欲界とは、下は地獄界から上は天上界までのすべてを含み、食欲や物欲、性欲などの欲望の世界である。色界とは、欲界の外の浄妙の色法、すなわち色質だけが存在する天上界の一部、十八天をいう。これに対して、精神の世界で、天上界の最上である四天を無色界という。大宝坊は欲界と色界の中間にあるとされたのである。漢訳には六種ある。①大方等大集経三十巻、北涼の曇無識訳。②大乗方等日蔵経十巻、高斉の那連提耶舍訳。③大方等大集月蔵経十巻、高斉の邦連提耶舍訳④大乗大集経二巻、高斉の邦連提耶舍訳⑤仏説明度五十校計経二巻、後漢の安世高訳⑥無尽意菩薩経、宋の智厳・宝雲共訳.大聖人の引用は③大方等大集月蔵経。法滅尽品には仏滅後における仏法の推移を五箇の五百歳に分けて説いた予言がある。すなわち「わが滅後に於いて五百年の中には解脱堅固、次の五百年には禅定堅固(已上一千年)、次の五百年には読誦多聞堅固、次の五百年には多造塔寺堅固(已上二千年)、次の五百年には我が法の中に於て闘諍言訟して白法隠没せん」とある。
―――
刹利
 古代インドのカースト制度における第二位にあったもの。主に王族・武士層によって構成されている。本来はバラモンより下の階層であったが、仏教交流時代にバラモンの支配力が衰え刹利が台頭した。
―――
世尊の声聞の弟子
 世尊の声教を聞く弟子のこと。「世尊」は世の中で最も尊いとされ、衆生から慕われ信頼される仏のことをいう。
―――
悩乱
 人の心を悩まし苦しめ乱すこと。
―――
毀罵
 誹謗しののしること。
―――
刀杖
 刀剣と杖木
―――
打斫
 打ち破ること。「打」は杖・棒などでたたくこと。「折る」は刀で切ること。
―――
衣鉢
 衣は法衣。鉢は布施の食物などを受ける器。ともに僧侶の生活を助ける道具。
―――
資具
 日常に使う道具・家具。
―――
給施
 布施供給の義で、施すことをいう。
―――
留難
 留は拘留、難は迫害のこと。身命に害を加えて、正法流布を妨げること。
―――
怨敵
 仏及び仏の正法、またはその修行者に怨をなす敵をいう。謗法の者。
―――
兵起
 兵乱・合戦・戦争。
―――
疫病
 悪性のウイルスによる伝染病。
―――
疫病
 悪性のウイルスによる伝染病。
―――
非時風雨
 季節外れの暴風があったり、梅雨期でないのに長雨が続いたりする等の気候異変。これが農作物を吹き倒したり、腐らせたりなどして、成熟を阻害し、飢饉の原因になることはいうまでもない。仁王経の第四・五の難がこれにあたる。すなわち「大水百姓を漂没し・時節返逆して・冬雨ふり・夏雪ふり・冬時に雷電霹礰し・六月に氷霜雹を雨らし・赤水・黒水・青水を雨らし土山石山を雨らし沙礫石を雨らす江河逆に流れ山を浮べ石を流す是くの如く変ずる時を四の難と為すなり、大風・万姓を吹殺し国土・山河・樹木・一時に滅没し、非時の大風・黒風・赤風・青風・天風・地風・火風水風あらん是くの如く変ずるを五の難と為すなり、天地・国土・亢陽し炎火洞燃として・百草亢旱し・五穀登らず・土地赫燃と万姓滅尽せん」とある。金光明経にも「暴風悪風時節に依らず、 常に飢饉に遭うて苗実成らず」とある。
―――
闘諍言訟
 戦い争うこと。
―――
亡失
 滅亡し消失すること。
―――
大三界義
 1巻。慧心僧都源信の述作。欲界・色界・無色界について述べた書。三界の名前のの由来から日蝕・地震に至るまで63項目にわたって、三界のあらゆる問題について問答形式で詳述している。三界義ともいう。
―――
有徳の人
 徳のある人。徳行のすぐれた人。富み栄えた人。
―――
所収の物
 収穫されたもの。
―――
田主
 田の持ち主。地主。
―――
貢輸
 貢物を輸送すること。
―――
政法
 ①政治と法律。②政治の方法。世を治める道理。
―――
刹利種
 刹帝利の種族のこと。古代インド・カーストの四姓の一つ。王族・武士層をいう。
―――
大衆
 ①多数の僧のこと。主に小乗教でいう。②仏が説法する会座に連なり、その説法を聴聞する衆。③仏道を修める僧。学生と同意。④一般民衆のこと。
―――
欽仰
 喜び仰ぐこと。
―――

 ①恵み・慈しみ・思いやり・情け。②四恩のこと。
―――
率土
 陸地の果て・辺土・奥地。
―――
大三末多王
 起世因本経に説かれる。摩訶三摩多王ともいう。彩色兼備の王で、徳政を行い、大衆に対して平等であったという。
―――
倶舎
 倶舎宗のこと。くわしくは「阿毘達磨倶舎」といい、薩婆多宗ともいう。訳して「対法蔵」。世親菩薩の倶舎論を所依とする小乗の宗派で、一切有部の教義を講究する宗派。わが国では法相宗の附宗として伝来し、東大寺を中心に倶舎論が研究された。
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 ここでは、国土の善・悪、功・罪、福・禍ともにその一部分が国主の責任に帰着すると説いた華厳経、六波羅蜜経、最勝王経、大集経の四教と、恵心著の大三界義から、それぞれ一文を引用され、国主の怠慢によって悪法・邪法・謗法が盛んになれば亡国の原因となることを示されて、日本の国主が真言の邪法を崇めていることが亡国の因となっていることを明かされるのである。引用された6文を比較すると、少しずつ強調点が異なっていることが分かる。
 まず華厳経巻12の文では出家・在家が仏道修行を行って得られる一切の功徳の1/6は国主のものとなり、逆に、彼らの修行や善行の障りとなるような不善の罪業を国の人々が犯した場合も、その1/6は国王に帰着するというもので、国内の仏道修行者を安心して修行させる功徳と、それを妨げさせる罪業の双方が挙げられている。
 次に六波羅蜜経巻6の文では、殺生・偸盗・邪行・妄語などの五戒を犯す者が国土にいるとその罪の1/6は国主に帰着するとし、その理由として、国内に法が行われるにしろ非法が行われるにしろ、国王が国の根本であるから、報いである福も罪も、その1/6は国主に帰着すると説いている。
 次いで、最勝王経では、国王が悪人を愛敬して善人を治罰した場合には諸天が国王を懲らしめるために他国から侵略させて国の人々が戦乱に巻き込まれて死ぬと述べている。ここでは、国王が非法を行った場合の報いが亡国を招くことを強調している。
 更に、大集経では国主の秘法は最勝王経より具体的になっている。すなわち、もろもろの国王が善人である仏の弟子たちを悩ませ、ののしり、刀や杖をもって打ったり、その衣鉢や仏具などを奪ったり、仏弟子に布施を施す者たちに危難を与えたりすると、護国の四天王がそれら悪王を懲らしめるために、他国から攻めさせるとともに、それらの国内に内乱・疫病・飢饉などをはじめ、時ならぬ風雨や争いの絶えない状態を引き起こして、間もなくそれらの国王をして自らの国を亡ぼさせるであろうとのべている。ここでは、国王が仏法に背き仏弟子を迫害すると亡国に至ることがはっきりと示されている。
 最後の大三界義の文は、国王ならびに王族というものの起源を述べたものである。それによると、互いに田畑を奪い合った多くの人たちの中から、有徳の土を選んで田主に統治してもらう代わりに各自の収穫の1/6を献上したのが王族の起源であることを説いて、この国主を皆が尊敬し、また王の恩が国中に及んだとしている。この引用により、国土の起源を明らかにすることによって、王の責任の重さを明らかにされているのである。

0144:12~0145:01 第八章 真言が隠密なるを示し破すtop
12   顕密の事、無量義経十功徳品に云く第四功徳の下「深く諸仏秘密の法に入り演説す可き所違無く失無し」と、抑
13 大日の三部を密説と云ひ法華経を顕教と云う事金言の所出を知らず、 所詮真言を密と云うは是の密は隠密の密なる
14 か微密の密なるか、 物を秘するに二種有り一には金銀等を蔵に篭むるは微密なり、 二には疵・片輪等を隠すは隠
15 密なり、然れば則ち真言を密と云うは隠密なり 其の故は始成と説く 故に長寿を隠し二乗を隔つる故に記小無し、
16 此の二は教法の心髄・文義の綱骨なり、 微密の密は法華なり、然れば則ち文に云く四の巻法師品に云く「薬王此の
17 経は是れ諸仏秘要の蔵なり」云云、 五の巻安楽行品に云く「文殊師利・此の法華経は 諸仏如来秘密の蔵なり諸経
18 の中に於て最も其の上に在り」云云、 寿量品に云く「如来秘密神通之力」云云、 如来神力品に云く「如来一切秘
0145
01 要之蔵」云云、
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 顕教と密教のこと。無量義経十功徳品第三に「この菩薩は深く諸仏の密教の法に入って、演説するところに間違いなく欠けるところがない」とある。
 そもそも大日の三部経を密説といい、法華経を顕教ということは、根拠となる仏の金言を知らない。結局のところ、真言を密ということは、この密は隠密の密をさすのか。あるいは微密の密をさすのか。物を秘する場合に二種類がある。一つには金銀等を蔵に収めることは微密の意である。二つには疵や不具などを隠すことは隠密の意である。だから真言の密というのは隠密の意である。そのゆえは、始成正覚と説くゆえに久遠実成を隠し、二乗を嫌うゆえに二乗作仏の授記がない。この久遠実成と二乗作仏の二つは仏の教法の心髄であり、文義の綱骨である。微密の密は法華経である。だから法華経第四巻法師品第十に「薬王、この経は諸仏の秘要の蔵である」とある。第五巻の安楽行品第十四に「文殊師利、この法華経は、諸仏如来の秘密の蔵である。諸教の中において最もその上に在る」とある。如来寿量品第十六に「如来の秘密神通の力」とある。如来神力品第二十一に「如来の一切の秘要の蔵」とある。

顕密の事
 顕教と密教の論議についてということ。大智度論に「仏法に二種あり、一には秘密、二には顕示」の文を根拠に、東密が自宗の優位性を主張するため、弘法が弁顕密二教論の中で説いた。そこでは、釈尊を教主とする四諦・十二因縁・六度万行の法を顕教とし、大日如来を教主とする金剛・胎蔵両部の法門を密教とする。顕とは顕了の義で、報身・応身の釈迦仏が衆生の機に応じてあらわに説いた随他意の法門をさし、密とは秘奥幽妙の義で、法身の大日如来が受持法楽のために説いた三密の法門をさし、その内容は表面からは知りがたいので秘密というとしている。これに対し台密の立て方は慈覚の蘇悉地経略疏などによる。そこでは三乗教を顕教、一乗教を密教とし、密教のうち華厳・法華などの経典は世俗と勝義が不二であるという理のみを説いて真言・印相などの具体的な事柄については説いていないので理秘密であり、大日経・金剛頂経・蘇悉地経などの経典はその両方を説いた事理俱密教であるゆえに勝れているとしている。しかし台密の中には後に、法華と大日は同一円教であり、勝劣はないとする説も出現している。
―――
無量義経十功徳品
 無量義経は法華経の開経で中国・曇摩伽陀耶舎訳1巻。無量義経第三は無量義経の流通分にあたる。無量義経を修行することによって無量の功徳を得ることを明かし、十種の不思議の功徳力を説いている。すなわち、①浄心不思議力②義生不思議力③船師不思議力④王子不思議力⑤龍子不思議力⑥治等不思議力⑦賞封不思議力⑧得忍不思議力⑨抜済不思議力⑩登地不思議力、をいう。
―――
第四功徳の下
 無量義経十不思議功徳品第三の十不思議功徳力の第四。王子不思議力(常に諸仏に守られ、ひとえに慈愛される功徳力)のこと。
―――
秘密の法
 秘め隠してあらわに示さない法。仏が末だ説いたことがなく、仏のみしか知らない深遠の教法のこと。
―――
大日の三部
 真言宗の立てる三部経のこと。大日経7巻・金剛頂経3巻・蘇悉地経3巻のことをいう。
―――
密説
 秘密の教説。
―――
顕教
 「けんきょう」「けんぎょう」とも読む。文字の上にあらわに説き示された教え。真言宗では応身の釈迦仏が説いた法華経を「顕教」とし、法身の大日如来が説いた教法を密教とするという邪義を立てている。
―――
金言の所出
 仏の説法の出どころ。
―――
隠密
 ①物事を人に知られないように覆い隠すこと。②経文などの欠点を隠し示さないこと。③仏の本意が隠されて表面に現れないこと。
―――
微密
 美妙秘密の意で、微妙・深遠で凡夫では知り得ない不可思議なこと。計り知れないほどの勝れて見事なものが包含されていること。
―――
疵・片輪
 欠点・欠陥・不完全。
―――
始成
 始成正覚の略。釈尊がインドに応誕し19歳で出家し、30歳ではじめて成道したことをいう。
―――
長寿を隠し
 久遠実成を隠し、説き明かさないこと。
―――
二乗を隔つ
 二乗作仏を説かないこと。
―――
記小
 法華経迹門で説く二乗作仏の授記のこと。
―――
教法の心髄
 釈尊の教の中心。心髄は真ん中にある髄のことで、中心・中枢・心底をあらわす。
―――
文義の綱骨
 文と義の最も大切なところ。綱骨は大網・骨髄のこと。
―――
四の巻法師品
 妙法蓮華経巻第四・法師品第十のこと。この法師品から対告衆は菩薩に変わり、前に説いてきた一乗妙法の哲理を具現化する菩薩行が強調される。大網は五種法師・衣座室の三軌・高原穿鑿の譬えからなる。
―――
薬王
 薬王菩薩のこと。法華経薬王菩薩本事品第二十三に説かれている。日月浄明徳仏の世に、一切衆生憙見菩薩といわれ、仏から法華経を聞き、現一切色身三昧を得た。そして身をもって供養しようと、身を焼いて法華経および日月浄明徳仏に供養した。そののち再び生まれて日月浄明徳仏から付嘱を受け、仏の涅槃に際しては、七万二千歳のあいだ臂を灯して供養した。
―――
諸仏秘要の蔵
 もろもろの仏の秘めたる要法の教。仏が心に秘めた肝要の法門。奥義。
―――
五の巻安楽行品
 妙法蓮華経巻第五・安楽行品第十四のこと。迹門の最後で、身・口・意・誓願の四安楽行が説かれている。
―――
文殊師利
 文殊師利菩薩のこと。文殊師利は梵語マンジュシュリー(Mañjuśrī)の音写。妙徳、妙首、妙吉祥と訳す。迹化の菩薩の上首であり、獅子に乗って釈尊の左脇に侍し、智・慧・証の徳を司る。法華経序品第一で六瑞が法華経の説かれる瑞相であることを示し、同提婆達多品第十二で沙竭羅竜王の王宮に行き、女人成仏の範を示した竜女を化導している。
―――
諸仏如来秘密の蔵
 諸仏如来の秘密の教典である法華経をこういう。
―――
寿量品
 如来寿量品第16のこと。如来とは十方三世の諸仏・二仏・三仏・本仏・迹仏の通号である。別して本地三仏の別号。寿量とは、十方三世・二仏・三仏の諸仏の功徳を詮量えるので、寿量品という。今は、本地の三仏の功徳を詮量するのである。この品こそ、釈尊出世の本懐であり、一切衆生成仏得道の真実義である。寿量品得意抄には「一切経の中に此の寿量品ましまさずは天に日月無く国に大王なく山海に玉なく人にたましゐ無からんがごとし、されば寿量品なくしては一切経いたづらごとなるべし」(1211-17)と、この品が重要であることを説かれている。その元意は文底に事行の一念三千の南無妙法蓮華経が秘し沈められているからである。御義口伝には「如来とは釈尊・惣じては十方三世の諸仏なり別しては本地無作の三身なり、今日蓮等の類いの意は惣じては如来とは一切衆生なり別しては日蓮の弟子檀那なり、されば無作の三身とは末法の法華経の行者なり無作の三身の宝号を南無妙法蓮華経と云うなり」(0752-04)、また「然りと雖も而も当品は末法の要法に非ざるか其の故は此の品は在世の脱益なり題目の五字計り当今の下種なり、然れば在世は脱益滅後は下種なり仍て下種を以て末法の詮と為す」(0753-07)とあり、末法においては、寿量品といえども、三大秘法の大御本尊の説明書であり、蔵と宝の関係になるのである。
―――
如来秘密神通之力
 寿量品に「爾の時に世尊、諸の菩薩の、三たび請じて止まざることを知しめして、之に告げて言わく、汝等諦かに聴け、如来の秘密神通の力を」とある。弥勒等が三請して已まないのを知り、釈尊がいよいよ大法を明かす段である。
―――
如来神力品
 妙法蓮華経巻七如来神力品第二十一のこと。本品から経末までは付嘱流通を明かしたもので、次品とともに嘱累流通を明かしている。すなわち「「爾の時に仏上行等の菩薩大衆に告げ給わく諸仏の神力は是くの如く無量無辺不可思議なり若し我れ是の神力を以て無量無辺百千万億阿僧祇劫に於て嘱累の為の故に此の経の功徳を説くとも猶尽すこと能わじ要を以て之を言わば如来の一切の所有の法・如来の一切の自在の神力・如来の一切の秘要の蔵・如来の一切の甚深の事皆此の経に於て宣示顕説す」とあり、三大秘法開眼の依文である。
―――
如来一切秘要之蔵
 如来神力品の文。仏が心に秘めた肝要の法門をいう。
―――――――――
 この段から、いよいよ真言密教の邪義の一つ一つを具体的に破折され、門下の対真言問答のための指針とされていくのである。ここでは、まず、大日経等の真言三部経が密教で勝れ、法華経は顕教で劣るとする真言の邪義を破折されている。
 初めに、法華経の開経である無量義経十功徳品第3に「深く諸仏秘密の法に入り」とあるのを挙げて、仏は法華経こそ秘密の法と述べていることを示され、大日経等の三部経を密教とし、法華経を顕教とする真言の主張は、いったい、いかなる仏の金言を根拠にしているのかと、文証の裏付けのない勝手なきめつけであることを指摘されている。
 次いで、道理の面から破折される。まず、真言が自らを密教というが、“密”に微密の密と隠密の密の二義があるうち、どちらの“密”なのかと詰問されている。譬えていえば、大切な金銀等の宝物が蔵にしまわれている場合が「微密」であるのに対し、人に知られたくない疵や欠点などを隠しているのが「隠密」であるとされている。同じく人目につかないようにされていても、これが尊く大事なものか、見られたくない欠陥であるかで全く違うとの、極めて分かりやすい御指摘である。
 大聖人は「真言を密と云うは隠密なり」と断定されている。その理由としては「始成と説く故に長寿を隠し二乗を隔つる故に記小無し」とあるように、真言の教義の不具や疵を指摘されている。それは仏の命を始成正覚と説いて、久遠以来の長い寿命を持っていることを説いていないという疵であり、声聞・縁覚の二乗を成仏から隔てているという欠陥である。つまり、記小と久成の双方ともにないという疵を大日経等の三部経は隠しているからである。「此の二は教法の心髄・文義の骨髄なり」と仰せのように、二乗作仏と久遠実成は一代仏教の心髄で根本であり、これを金銀等のような大切なものとして秘蔵しているのが法華経である。すなわち法華経は、隠密の密ではなく微密の密の教えであるということになるのである。
 そのように、法華経が真の秘密の法であることを示す文として法華経法師品第10、安楽行品第14、如来寿量品第16、如来神力品第21の四文を引用されている。

0145:01~0145:16 第九章 重ねて法華経の秘密なるを示すtop
01        しかのみならず真言の高祖・竜樹菩薩・法華経を秘密と名づく二乗作仏有るが故にと釈せり、 次に
02 二乗作仏無きを秘密とせずば真言は即ち秘密の法に非ず、 所以は何ん大日経に云く 「仏・不思議真言相道の法を
03 説いて一切の声聞・縁覚を共にせず 亦世尊普く一切衆生の為にするに非ず」云云、 二乗を隔つる事前四味の諸教
04 に同じ、随つて唐決には方等部の摂と判ず経文には四教含蔵と見えたり、大論第百巻に云く第九十品を釈す「問うて
05 曰く更に 何れの法か甚深にして般若に勝れたる者有つて般若を以て阿難に嘱累し 而も余の経をば菩薩に嘱累する
06 や、 答えて曰く般若波羅蜜は秘密の法に非ず而も 法華等の諸経に阿羅漢の受決作仏を説いて大菩薩能く受用す譬
07 えば大薬師の能く毒を以て薬と為すが如し」等云云、 玄義の六に云く「譬えば良医の能く毒を変じて薬と為すが如
08 く二乗の根敗反た復すること能わず 之を名づけて毒と為す今経に記を得るは即ち是れ毒を変じて薬と為す、 故に
09 論に云く 余経は秘密に非ずとは法華を秘密と為せばなり、 復本地の所説有り諸経に無き所後に在つて当に広く明
10 すべし」云云、 籤の六に云く「第四に引証の中・論に云く等と言うは大論の文証なり 秘密と言うは八経の中の秘
11 密には非ず 但是れ前に未だ説かざる所を秘と為し開し已れば外無きを密と為す」文、 文句の八に云く「方等般若
12 に実相の蔵を説くと雖も 亦未だ五乗の作仏を説かず 亦未だ発迹顕本せず頓漸の諸経は皆未だ融会せず故に名づけ
13 て秘と為す」文、 記の八に云く「大論に云く法華は是れ秘密・諸の菩薩に付すと、 今の下の文の如きは下方を召
14 すに 尚本眷属を待つ験けし余は未だ堪えざることを」云云、 秀句の下に竜女の成仏を釈して「身口密なり」と云
15 えり云云、 此等の経論釈は分明に法華経を諸仏は最第一と説き秘密教と定め給へるを 経論に文証も無き妄語を吐
16 き法華を顕教と名づけて之を下し之を謗ず豈大謗法に非ずや。
-----―
 それだけでなく真言宗の高祖・竜樹菩薩は「法華経を秘密と名づけず。それは二乗作仏が説かれるゆえである」と釈している。
 次に二乗作仏がないことを秘密としないとするならば、真言は秘密の法ではないことになる。その理由は何かというと、大日経に「仏は菩薩に対して不思議な真言の相と道を説いて、一切の証文と縁覚と座を共にしない。また世尊はあまねく一切衆生のためにこの経を説法するのではない」とあるからである。このように二乗を嫌うことは前四味の爾前の諸経と同じであり、したがって唐決には大日経は方等部に属すると判定しているのである。大日経の経文は蔵・通・別・円の四教を含むということが明らかである。
 大智度論巻百に「問うていう。これ以外に甚深にして般若経よりも勝れているどのような法があって、般若経を阿難に付嘱し、しかもそのほかの経をば菩薩に付嘱するのか。答えていう。般若波羅蜜は秘密の法ではない。しかも法華経等の諸経に阿羅漢の未来成仏の記別を説いており、大菩薩がよく受持する。例えば大薬師がよく毒をもって薬とするようなものである」等とある。法華玄義の巻六に「譬えが良医がよく毒を変じて薬とするようなものである。二乗は五根を敗壊しており復元することができない。これを名づけて毒という。法華経で二乗が記別を得るのは毒を変じて薬とするようなものである。ゆえに大智度論に、そのほかの諸経は秘密ではないとするのは法華経のみを秘密とするからであると説いている。また法華経には久遠本地の所説があるが、諸経にはない。このことについては後に詳しく説明しよう」とある。法華玄義釈籤巻六に「第四に法華経が妙で諸経が麤であるとの文証の引用の中で、『論に云く』等というのは大智度論の文証である。秘密というのは化儀の四教と化法の四教の八教の中の秘密教ではない。ただこれは法華経以前に末だ説かなかったところを秘といい、これを聞き終わった後はそれ以外にないのを密という」とある。法華文句巻八に「方等経・般若経に実相の教えを説くといえども、まだ末だ五乗の作仏を説かず。また末だ発迹顕本していない。頓教・漸教の諸経は皆末だ融通会入していない。ゆえに名づけて密という」とある。
 法華文句記巻八に「大智度論には、法華経は秘密であり、もろもろの菩薩に付嘱すると言っている。今の下の文は、下方の菩薩を示すのは本眷属の弟子を待つということでもある。そのほかの迹化の菩薩は末だ法華経を弘通することに耐えられないことが明らかである」とある。法華秀句の巻下に竜女の成仏を釈して「身口密である」とのべている。これらの経論釈は明らかに諸仏は法華経を最第一と説き秘密教とさだめられたのに、真言宗では経論に文証もない妄語を吐き法華経を顕教と名づけて、これを見くだし謗っているのである。これはまさに大謗法ではないか。

高祖
 ①一宗・一派の開祖。②四代前の先祖。③遠い先祖。④中国王朝の最初の天子。
―――
竜樹菩薩
 付法蔵の第十四。仏滅後700年ごろ、南インドに出て、おおいに大乗の教義を弘めた大論師。梵名はナーガールジュナ(Nāgārjuna)。のちに出た天親菩薩と共に正法時代後半の正法護持者として名高い。はじめは小乗経を学んでいたが、のちヒマラヤ地方で一老比丘より大乗経典を授けられ、以後、大乗仏法の宣揚に尽くした。南インドの国王が外道を信じていたので、これを破折するために、赤幡を持って王宮の前を七年間往来した。ついに王がこれを知り、外道と討論させた。竜樹は、ことごとく外道を論破し、国王の敬信をうけ、大乗経をひろめた。著書に「十二門論」1巻、「十住毘婆沙論」17巻、「中観論」4巻等がある。
―――
二乗作仏
 「二乗」とは声聞・縁覚のこと。法華経以前においては二乗界は永久に成仏できないと、厳しく弾呵されてきたが、法華経にはいって初めて三周の声聞(法説周・喩説周・因縁周)が説かれて、成仏が約束されたのである。
―――
大日経
 大毘盧遮那成仏神変加持経のこと。中国・唐代の善無畏三蔵訳7巻。一切智を体得して成仏を成就するための菩提心、大悲、種々の行法などが説かれ、胎蔵界漫荼羅が示されている。金剛頂経・蘇悉地経と合わせて大日三部経・三部秘経といわれ、真言宗の依経となっている。
―――
不思議真言相道の法
 不思議な悟りを得ることのできる真言の相と真言の道を説いた法のこと。
―――
前四味
 五味のうち最後の醍醐味を除く四味のこと。乳味・酪味・生酥味・熟酥味をいう。
―――
方等部の摂
 等部とは方等部に説法した種々の経典の総称。小乗を弾呵し一切衆生に広く平等に教法を説きしめしたもので、摂は包摂すること、入れること、属すること。
―――
大論
 大智度論の略称。智論ともいう。百巻。竜樹作と伝えられる。鳩摩羅什訳。大智度論の「智度」とは般若波羅蜜の意訳。「摩訶般若波羅蜜経釈論」ともいう。すなわち「摩訶般若波羅蜜経」(Mahā-prajñāpāramitā-śāstra)の注釈書。序品を三十四巻で釈し、以後一品につき一巻ないし三巻ずつに釈している。内容は法華経等の諸大乗教の思想を取り入れて解釈しているので、たんなる一経の注釈書というにとどまらず、一切の大乗思想の母体となった。
―――
般若
 般若波羅蜜の深理を説いた経典の総称。漢訳には唐代の玄奘訳の「大般若経」六百巻から二百六十二文字の「般若心経」まで多数ある。内容は、般若の理を説き、大小二乗に差別なしとしている。
―――
阿難
 梵語アナンダ(Ānanda)の音写。十大弟子の一人で常随給仕し、多聞第一といわれ、釈尊所説の経に通達していた。提婆達多の弟で釈尊の従弟。仏滅後、迦葉尊者のあとを受け諸国を遊行して衆生を利益した。
―――
属累
 仏が教法の流布を弟子に託すこと。付嘱ともいう。教えを付与し、流布させること。法華経には人力品で結要付嘱・嘱累品で摩頂付嘱が説かれている。
―――
般若波羅蜜
 般若経のこと。般若波羅蜜の深理を説いた経典の総称。漢訳には唐代の玄奘訳の「大般若経」六百巻から二百六十二文字の「般若心経」まで多数ある。内容は、般若の理を説き、大小二乗に差別なしとしている。
―――
阿羅漢
 羅漢のこと。無学・無生・殺賊・応供と訳し、小乗教を修行した声聞の四種の聖果の極位。一切を学び尽くして、さらに学ぶべきがないので無学、再び三界に生ずることができないので無生、見思の惑を断じ尽くすので殺賊、衆生から礼拝を受け、供養に応ずるので応供という。
―――
受決作仏
 仏から成仏の記別を授けられて、劫・国・名号が決定したことをいう。
―――
大菩薩
 菩薩薩埵(bodhisattva])の 音写。覚有情・道衆生・大心衆生などと訳す。仏道を求める衆生のことで、自ら仏果を得るためのみならず、他人を救済する志を立てて修行する者をいう。
―――
受用
 受け入れて用いること。
―――
二乗の根敗
 声聞・縁覚の二乗が迷い、苦しみの世界から逃れ、真の悟りの境地に入ろうと思って、自身の色心を焼き尽くして、心智を滅失してしまうこと。灰身滅智すること。根敗とは五根が敗壊されること。
―――
本地の所説
 本来の境地を仏が説くところ。本地とは仏・菩薩の本体の境地のこと。爾前の諸経では釈尊はインドに誕生して仏になったとされていたが、法華経寿量品で初めて五百塵点劫という久遠の昔にすでに成道していたことを明かされ、これをもって本地とした。
―――
引証
 証明のために他の文献を引用すること。
―――
八教
 釈尊一代50年の説法を天台が判釈し、法門の内容と形式から化儀の四教と化法の四教の八種に分類したもの。
―――
方等
 方等経のこと。方とは方正、等とは平等にして中道の理。したがって方等とは広く大乗経である。
―――
般若
 般若波羅蜜の深理を説いた経典の総称。漢訳には唐代の玄奘訳の「大般若経」六百巻から二百六十二文字の「般若心経」まで多数ある。内容は、般若の理を説き、大小二乗に差別なしとしている。
―――
実相の蔵
 諸法実相を包含する大乗経典。蔵は包含の義。実相の経の中心となる法理・法体であるから小乗・大乗の諸経にわたって説かれているが、諸法の円融相即の実相を含蔵する教えは大乗に限る。ただし諸大乗教は二乗の作仏を明かさず、あるいは五乗の作仏を説かず、法の開会の一分はあるが、人の開会がないゆえに、法華経だけを諸法実相の秘要の蔵となす。
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五乗の作仏
 五乗の衆生がことごとく成仏すること。爾前権教では五乗の衆生それぞれの機根にしたがって教法が説かれていた。ところが法華経方便品に至り、三乗・五乗の法は方便であってその方便を開き顕し、三乗・五乗の法そのまま唯一一仏乗であるとされる。すなわち三乗・五乗は別のものではなく、等しき一実相に帰入する。薬草喩品では三草二木の譬えをもって五乗の開会が明かされている。
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発迹顕本(釈尊の)
 釈尊がインドに出現し、19歳で出家、30歳で成道したというのは、衆生を化導するために迹を垂れたものである。その本地は、五百塵点劫いらい三世常住の仏である。この始成正覚の迹を開いて本地久遠実成を顕わしたことを、釈尊の発迹顕本という。
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頓漸の諸経
 頓教と漸教のこと。衆生を説法教化する二種の方式を示す。いずれも天台大師所立の化儀の四教の一つ。衆生の機根に合わせて徐々に真実へ誘引する説き方を漸教というのに対し、誘引の方法をとらずに直ちに内証の悟りを説き明かす方式を頓教という。釈尊一代説法に当てはめると、華厳時の教が頓教にあたり、阿含・方等・般若時の教えが漸教となる。これに対して法華経は漸・頓の教えをすべて包含するから、八教を超えた教えとして、超八の円というのである。
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融会
 融通して和合すること。仏法では相互に異なっているように見える教法が密接なつながりをもって隔てなく、とどこおりなく通じていることをいう。
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大論
 大智度論の略称。智論ともいう。百巻。竜樹作と伝えられる。鳩摩羅什訳。大智度論の「智度」とは般若波羅蜜の意訳。「摩訶般若波羅蜜経釈論」ともいう。すなわち「摩訶般若波羅蜜経」(Mahā-prajñāpāramitā-śāstra)の注釈書。序品を三十四巻で釈し、以後一品につき一巻ないし三巻ずつに釈している。内容は法華経等の諸大乗教の思想を取り入れて解釈しているので、たんなる一経の注釈書というにとどまらず、一切の大乗思想の母体となった。
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下方
 下方の菩薩。地涌の菩薩の事。
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本眷属
 久遠において本仏と結縁した衆生のこと。①涌出品で出現した六万恒河沙の地涌千界の菩薩のこと。②久遠元初自受用法身如来の眷属。
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竜女の成仏
 竜の女身である竜女は、大海の婆竭羅竜王のむすめで八歳であった。文殊師利菩薩が竜宮で法華経を説いたのを聞いて菩提心を起こし、ついで霊鷲山で釈尊の前で即身成仏の現証を顕わした。これを竜女作仏という。法華経が爾前の女人不成仏・改転の成仏を破折している。
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分明
 明らかに分かるさま。はっきり見極めがつくこと。
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最第一
 最もすぐれていること。最も重要なこと。
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秘密教
 深奥で容易に示さない教え。①天台所立の化儀の四教のひとつ。②円教・とくに法華経の別名。③真言密教のこと。
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妄語
 虚言のこと。十悪のひとつ。一般世間での妄語は、その及ぼす影響は一時的・小部分であるが、仏法上の妄語は、それを信ずる人を無間地獄に堕さしめ、さらに指導者層の妄語は多くの民衆を苦悩に堕しめることになる。正法への妄語はなおさらである。
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 この段では前の文に続いて、二乗作仏と久遠実成の二大法門を説く法華経こそ真の秘密の法であることを経・論・釈のさまざまな文を引用しつつ重ねて明らかにされ、併せて真言を秘密とする邪義を破られている。まず、真言宗が自宗の高祖と仰ぐ竜樹菩薩が、大智度論で法華経は二乗作仏を説くゆえに秘密と名づけると釈していることを挙げられている。次いで、二乗作仏を説かないことが真言の場合の秘密、すなわち隠密の密であると述べられ、その文証として大日経自体に「一切の声聞・縁覚の二乗の成仏の道から除外する」としている文を引用されている。二乗を分け隔てする点で大日経は爾前四味の諸経と同じであるので、唐決において方等部に属すると判定されたのであると述べられ、したがって、蔵・通・別・円の四教を並立して説いた権教方便にすぎないと第四章で明らかにされたことを重ねて強調されている。
 次に、同じ大智度論第100巻の一文を引用される。その趣旨は「仏は般若波羅蜜は秘密の法でないから二乗の阿難に付嘱したのに対し、法華経は“阿羅漢の受決作仏”を説く最高秘密の経であるからこれをよく受け入れることのできる大菩薩に付嘱した」というものであり、そのことを偉大な薬師が毒を変じて薬と為すことに譬えている。次いで、この変毒為薬について釈した天台大師の法華玄義巻6下の文を引用される。その内容は“二乗の根敗”すなわち、二乗が自身の色心を滅失して五根が敗れ壊れ、回復不可能な状態になってしまったことを毒とするのであり、その二乗が法華経において未来成仏の記別を受けることができたことは毒を変じてくすりとしたようなものであるとするとともに、大智度論で法華経以外の経を秘密とせず、法華経のみを秘密とする理由はまさに二乗作仏にあると釈している。更に“本地の所説有り”として、法華経には仏の本地である久遠実成を説いているが諸経には説かれていないことを付け加えている。更に、この法華玄義の文を釈した妙楽大師の法華玄義釈籤巻6の文を引用されている。ここでは大智度論にいう秘密が化法の四教・化儀の四教の八教の内の、特に化儀の四教のなかの秘密教をさすのではないとしたうえで、秘密の“秘”が法華経以外の権教では真実の法門を説かなかったことをさし“密”は法華経で権教を開いて真実を顕しおわると、これとは別に実があるわけではないことをさすと釈している。
 秘密の“密”については更に天台大師の法華文句記巻8の文を引用されている。そこでは、方等部般若部の経々では、深い実相の教えを部分的に説いても、人・天・声聞・縁覚・菩薩の五乗すべての成仏、なかんずく二乗の成仏を説かず、仏自身も垂迹の仮の姿を開いて本地である久遠実成の仏身を顕していないことから、頓教・漸教の諸経は皆それぞれに障りがあって真理に通じていないところをさして“秘”というと釈している。
 次いで、妙楽大師の法華文句記巻8を引用されているが、ここでは、大智度論で「法華経は秘密の法であるからもろもろの菩薩に付嘱された」と説いているのを受けて、この菩薩とは法華経・湧出品で下方から出現する久遠実成の仏の本眷属である地涌の菩薩たちをさしており、それ以外の菩薩たちは法華経を付嘱される任に耐えないことを表していると釈している。この記の文は久遠実成の法門が法華経のみに説かれたゆえに法華経が秘密の教であるとうことの文証として引かれている。
 最後に、伝教大師が法華秀句巻下において、法華経提婆達多品の竜女の成仏について、身口意の三密のうち身口の二密を表していると釈した文を引用されている。
 以上、引用された経・論・釈によって法華経こそ最第一の秘密教であるというのが仏法の正統の説であると述べられ、これに対して真言宗は経・論の文証のない偽りの言葉によって、法華経を顕教と名づけて下し誹謗しているのであり、これは大謗法ではないかと破折されている。

0145:17~0146:10 第十章 印・真言の有無が訳者に依るを明かすtop
17    抑も唐朝の善無畏金剛智等法華経と大日経の両経に理同事勝の釈を作るは梵華両国共に勝劣か、法華経も天竺
18 には十六里の宝蔵に有れば無量の事有れども流沙・葱嶺等の険難・五万八千里・十万里の路次容易ならざる間・枝葉
0146
01 をば之を略せり、 此等は併ながら訳者の意楽に随つて広を好み略を悪む人も有り略を好み広を悪む人も有り、 然
02 れば則ち 玄弉は広を好んで四十巻の般若経を六百巻と成し、 羅什三蔵は略を好んで千巻の大論を 百巻に縮めた
03 り、 印契・真言の勝るると云う事是を以て弁え難し、 羅什所訳の法華経には是を宗とせず不空三蔵の法華の儀軌
04 には印・真言之有り、 仁王経も羅什の所訳には印・真言之無し不空所訳の経には之を副えたり知んぬ是れ訳者の意
05 楽なりと、 其の上法華経には「為説実相印」と説いて合掌の印之有り、 譬喩品には「我が此の法印・世間を利益
06 せんと欲するが為の故に説く」云云、 此等の文如何只広略の異あるか、又舌相の言語・皆是れ真言なり、 法華経
07 には「治生の産業は皆実相と相違背せず」と宣べ、 亦「是れ前仏経中に説く所なり」 と説く此等は如何、 真言
08 こそ有名無実の真言・未顕真実の権教なれば成仏得道跡形も無く始成を談じて久遠無ければ性徳本有の仏性も無し、
09 三乗が仏の出世を感ずるに 三人に二人を捨て三十人に二十人を除く、 「皆令入仏道」の仏の本願満足す可からず
10 十界互具は思いもよらず・まして非情の上の色心の因果争か説く可きや。
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 そもそも唐朝の善無畏や金剛智らが法華経と大日経の両経について「理は同じであるが事において勝れている」との解釈を作ったのはインド・中国の両国に共通する勝劣なのか。法華経もインドには十六里の法蔵にあったので、無量の事相が説かれていたのであるけれども、西域の砂漠やパミール高原などの険しい難所があり、そのうえ五万八千里・十万里の遠い道のりが容易でないので枝葉は略したのである。これらは訳者の好みによるもので、広を好み略を嫌う人もあり、略を好み広を嫌う人もある。したがって、玄奘は広を好んで四十巻の般若経を六百巻に訳し、羅什三蔵は略を好んで千巻の大智度論を百巻に縮めたのである。印相や真言が説かれているかどうかで二教の勝劣は決められない。鳩摩羅什が翻訳した法華経には印相や真言を根本にしていない。不空三蔵の法華儀軌に印真言が訳出されている。仁王経も鳩摩羅什の翻訳には印相や真言がない。不空が翻訳した経には印相や真言を副えている。これらは訳者の好みによることが分かるのである。そのうえ法華経方便品第二には「無量の衆に尊まれて、為に実相の印を説く」と説いて、合掌の印がある。法華経譬喩品第三には「我がこの法印は世間を利益しようとするために説く」とある。これらの文はどうか。ただ広と略の差異だけであろう。また舌相を具えた仏の言語はすべて真実である。法華経法師第十九には「生活・産業はすべて実相とお互いに違背しない」と述べ、また同品に「これは先仏の経の中に説く所である」と説いている。これらはどうか。
 真言宗で説く真言こそ名のみ有って実のない真言であり、末だ真実を顕さない権教であるから、成仏得道の跡形もなく、始成正覚を談じて久遠実成を説かないので、衆生の本性の徳としてもともとから有る仏性も明さかにされない。であるから声聞・縁覚・菩薩の三乗が仏がこの世に出現することを感ずるのに三人に二人を捨てて、三十人に二十人を除いている。法華経方便品第二の「皆、仏道に入らしむ」との仏の本願が満足することができない。真言宗では十界互具は思いもよらない。まして非情の上の色心の因果をどうして説くことができようか。

唐朝
 (0618~0907)中国の王朝である。李淵が隋を滅ぼして建国した。7世紀の最盛期には、中央アジアの砂漠地帯も支配する大帝国で、朝鮮半島や渤海、日本などに、政制・文化などの面で多大な影響を与えた。日本の場合は遣唐使などを送り、寛平6年(0894))に菅原道真の意見で停止されるまで、積極的に交流を続けた。首都は長安に置かれた。690年に唐王朝は廃されて武周王朝が建てられたが、705年に武則天が失脚して唐が復活したことにより、この時代も唐の歴史に含めて叙述することが通例である。
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善無畏
 (0637~0735)。中国・唐代の真言密教の僧。もとは東インド烏仗那国の王子で、13歳の時国王となったが、兄のねたみを受けたので、王位を譲り出家した。ナーランダ寺で密教を学んだ後、中国に渡り、唐都・長安で玄宗皇帝に国師として迎えられ、興福寺、西明寺に住して経典の翻訳にあたった。中国に初めて密教を伝え、「大日経」七巻、「蘇婆呼童子経」三巻、「蘇悉地羯羅経」三巻などの密教経典を訳出した。また、一行禅師に大日経を講じて「大日経疏」を造ったが、その中で、法華経の一念三千の法門を盗んで大日経に入れ、理同事勝の邪義を立てた。同時代の金剛智、不空とともに三三蔵の一人に挙げられる。
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金剛智
 (0671~0741)。インドの王族ともバラモンの出身ともいわれる。10歳の時那爛陀寺に出家し、寂静智に師事した。31歳のとき、竜樹の弟子の竜智のもとにゆき7年間つかえて密教を学んだ。のち唐土に向かい、開元8年(0720)洛陽に入った。弟子に不空等がいる。
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理同事勝
 真言宗の開祖・善無畏三蔵のつくった邪義。法華経と大日経とを比較すると、理の上では釈尊も大日如来も一念三千にほかならないので同じであるが、事において、すなわち、この教理を形の上に表わす印や真言の作法は、法華経にないので大日経が法華経に勝れているとする謬説。
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梵華両国
 梵はインド、華は中国のこと。
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天竺
 古来、中国や日本で用いられたインドの呼び名。大唐西域記巻第二には「夫れ天竺の称は異議糺紛せり、舊は身毒と云い或は賢豆と曰えり。今は正音に従って宜しく印度と云うべし」とある。
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十六里の宝蔵
 十六理(8.64㌖)ある蔵のこと。
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無量の事
 計り知れない内容。
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流沙
 砂漠のこと。ゴビ砂漠、タクラマカン砂漠等、主に中国西方の砂漠をさすことが多い。この地方は東西交通の要路にあたる。
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葱嶺
 インド北方・パミール高原のこと。世界の屋根といわれ、西域交通路の要所として、多くの隊商や僧侶がここを通った。
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訳者
 仏教を翻訳した人。
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意楽
 意い願うこと。何事かをなそうとする心性。
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玄奘
 (0602~0664)。中国唐代の僧。中国法相宗の開祖。洛州緱氏県に生まれる。姓は陳氏、俗名は褘。13歳で出家、律部、成実、倶舎論等を学び、のちにインド各地を巡り、仏像、経典等を持ち帰る。その後「般若経」六百巻をはじめ75部1,335巻の経典を訳したといわれる。太宗の勅を奉じて17年にわたる旅行を綴った書が「大唐西域記」である。
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羅什三蔵
 (0344~0409)。梵語クマーラジーヴァ(Kumārajīva)の音写。中国・姚秦代の訳経僧。鳩摩羅耆婆、鳩摩羅什婆とも書き、羅什三蔵とも呼ばれる。童寿と訳す。父はインドの一国の宰相鳩摩羅炎、母は亀茲国王の妹・耆婆。7歳の時、母と共に出家し、仏法を学ぶ。生来英邁で一日に千偈、三万二千言の経を誦したと言う。9歳の時カシミール国に留学し、王の従弟の槃頭達多について学び、後に諸国を遊歴して仏法を修行した。初め小乗経を、後に須利耶蘇摩について大乗教を学び、亀茲国に帰って大いに大乗仏教を弘めた。しかし、中国の前秦王・符堅は、将軍・呂光に命じて西域を攻めさせ、羅什は、亀茲国を攻略した呂光に連れられて中国へ行く途中、前秦が滅亡したため、呂光の保護を受けて涼州に留まった。その後、後秦王・姚興に迎えられて弘始3年(0401)長安に入り、その保護の下に国師の待遇を得て、訳経に従事した。羅什は多くの外国語に通暁していたので、初期の漢訳経典の誤謬を正し、また抄訳を全訳とするなど、経典の翻訳をした。その翻訳数は、出三蔵記集巻二によると三十五部二九四巻、開元釈教録巻四によると七十四部三八四巻にのぼる。代表的なものに「妙法蓮華経」八巻、「大品般若経」二十七巻、「大智度論」百巻、「中論」四巻、「百論」二巻などがある。弘始11年(0409)8月20日、長安で寂したが、予言どおりに舌のみ焼けず、訳の正しさを証明したと伝えられる。なお、寂年には異説があるが、ここでは高僧伝巻二によった。
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印契
 仏の悟りや誓願などを外形として表示するため修行者が指先で作る特別な形。刀剣などの持ち物を使う宗派もある。
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不空三蔵
 (0705~0774)。梵名アモーガバジュラ(Amoghavajra)、阿目佉跋折羅と音写。意訳して不空金剛。不空はその略。中国唐代の真言宗三三蔵(善無畏、金剛智、不空)の一人で、中国密教の完成につとめた。15歳の時、唐の長安に入り、金剛智に従って出家した。開元29年、金剛智死去後、南天竺に行き、師子国(スリランカ)に達したとき竜智に会い、密蔵および諸経論を得て、6年後、ふたたび唐都の洛陽に帰った。玄宗皇帝の帰依を受け、尊崇が厚かった。羅什、玄奘、真諦と共に中国の四大翻訳家の一人に数えられ「金剛頂経」など多くの密教経典類を翻訳した。
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儀軌
 ①諸仏礼拝の方法。②仏・菩薩の本尊の立て方、供養の方法、教誡。
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仁王経
 釈尊一代五時のうち盤若部の結経である。恌秦の鳩摩羅什(0334~0413)訳の「仏説仁王般若波羅蜜経」と、唐の不空三蔵(0705~0774)訳の「仁王護国般若波羅蜜経」がある。羅什訳のほうが広く用いられている。この仁王経は、仁徳ある帝王が般若波羅蜜を受持し政道を行ずれば、三災七難が起こらず「万民豊楽、国土安穏」となると説かれている。このゆえに、法華経、金光明経とともに、護国の三部経として広く尊崇された。般若波羅蜜とは、菩薩行の六波羅蜜の一つであるが、般若とは智慧で、その実体は法華経文底秘沈の大法を信じ、以信代慧によって知恵を得ることである。末法においては、この三大秘法を受持して広宣流布することが般若波羅蜜を行ずることになる。法蓮抄には「夫れ天地は国の明鏡なり今此の国に天災地夭あり知るべし国主に失ありと云う事を鏡にうかべたれば之を諍うべからず国主・ 小禍のある時は天鏡に小災見ゆ今の大災は当に知るべし大禍ありと云う事を、仁王経には小難は無量なり中難は二十九・ 大難は七とあり此の経をば一には仁王と名づけ二には天地鏡と名づく、此の国主を天地鏡に移して見るに明白なり、又此の経文に云く『聖人去らん時は七難必ず起る』等云云、当に知るべし此の国に大聖人有りと、又知るべし彼の聖人を国主信ぜずと云う事を」とある。
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合掌の印
 方便品の「為に実相の印を説く」とある。
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譬喩品
 妙法蓮華経譬喩品第3のこと。迹門・正宗分の中、法説周の領解・述成・授記段・譬説周の正説段の二つの部分からなる。まず方便品の諸法実相の妙理を領解して歓喜した舎利弗に仏は未来世成仏の記莂を与え、劫・国・名号を明かす。次いで、中根の四大声聞に対する説法に入るが、譬喩を主体とするので譬え説周と呼ばれる。そのなかで仏は三車家宅の譬を説いている。この譬えにおける火宅は三界を、また羊・鹿・牛の三車は三乗を、大白牛車は一仏乗の妙理をあらわしており、一仏乗こそ仏が衆生に与える真実の教えであることを述べている。終わりに、舎利弗の智慧でも法華経の妙理を悟ることはできず、ただ「信を以って入ることができる」と、信の重要性を述べ、逆に正法への不信・誹謗の罪の大きさを説いている。
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法印
 ①不変の真理である妙法という印。妙法という証明となるもの。②小乗教では三法印(諸行無常・諸法無我・涅槃寂滅)、大乗教では諸法実相を法印とする。③僧位の最高位。法印大和尚位の略。
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世間
 ①世の中・世俗のこと。②六道の迷界のこと。③三世間・有情世間・器世間などのように差別の意をあらわす。
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舌相の言語
 仏が述べた言葉。仏の説法をさす。三十二僧の一つ、広長舌相をさす。
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治生の産業
 世間の日常生活すべてのこと。治生は生活の方途をたてること。産業は生活の諸財貨を生産する営為ゆえに人が生活していく上で所持万般を治世産業ともいう。
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実相
 ありのままの姿
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前仏
 先仏ともいう。①釈尊より先に成道した多宝如来のこと。今仏・当仏に対する語。②弥勒を後仏というのに対して釈尊を前仏という。
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有名無実の真言
 名のみあって実がない真言宗の真言のこと。真言宗では真言教典に説く呪を真言と称しているが、これらの真言は名目のみあって実義がないということ。
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未顕真実の権教
 未顕真実は無量義経で「末だ真実を顕さず」とある文をさす。釈尊五十年の説法のうち法華経以前の四十二年の経は末だ真実を顕していない方便権教であるということ。
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成仏得道
 成仏と得道。成仏は仏になること。仏界を開くこと。成道・作仏・成正覚と同意。得道は仏道を会得すること。仏果・涅槃に趣く道を得ること。いずれも仏法の悟りの境涯を得る意で、並べて用いることがある。
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性徳本有の仏性
 十界それぞれに正・了・縁の三因仏性が本来的にそなわっていること。「性徳」は修得に対する語で、一切衆生が本性としてそなえている徳分・能力。「本有」は修生・修成に対する語でもともと有る・はじめから存在するとの意。「仏性」は仏の成分・本性のこと、仏果を得るための因として一切衆生にそなわっている種子。
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三乗
 十界のうち声聞・縁覚・菩薩の三をいう。それぞれ、声聞乗、縁覚乗、菩薩乗という。声聞乗は仏説中の四諦の理を観じて自らの成仏を願い、精進するもの、三生または六十劫の後に解脱する機類をいう。縁覚乗は辟支仏乗ともいい、三界の迷いの因果を十二に分けた十二因縁を観じて、この十二因縁を順次滅し、最後に根本の無明を打ち破り、煩悩を断じ灰身滅智して四生または百劫の後に真の寂滅に帰するものをいう。菩薩乗とは一切衆生を済度することを願い、無上菩提を求め、三阿僧祇百大劫または動踰塵劫などの無量無辺の長い劫の間、六波羅蜜を行じて解脱するものをいう。
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仏の出世
 仏がこの世に出現すること。
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仏の本願
 仏が過去世に衆生済度のために起こした誓願のこと。本弘誓願・本誓ともいい、総願と別願の二種に分かれる。「総願」はすべての仏に共通の誓願で、四弘誓願がこれにあたり、法華経では「皆令入仏道」をいう。「別願」はそれぞれの仏の固有の誓願で、阿弥陀仏の四十八願・薬師仏の十二大願等をいう。
―――
十界互具
 地獄から仏界にいたる十界のおのおのに十界を具していること。方便品では、凡下の衆生に仏知見がそなわっていると説き、寿量品では三妙合論して仏界常住を説く。この十界互具・百界は、それぞれに十如是を具し、さらに三世間を具して、一念三千となる。ゆえに開目抄には「一念三千は十界互具よりことはじまれり」(0189-04)と仰せである。ただし、末法における真実の十界互具については、われわれが唱える題目・御本尊を仏界として、唱え奉るわれら衆生は九界であり、この境智冥合をもって十界互具というのである。
―――
非情
 無心の草木・山河・大地などをいう。
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色心の因果
 色心両方にわたる原因と結果のこと。
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 この段からは中国の真言宗の祖である善無畏・金剛智や日本の天台密教が主張した理同事勝の邪義を破折される。理同事勝とは簡単にいえば、法華経と大日経を比較して一念三千の「理」があることにおいては「同」じであるが、印と真言の「事」相においてはこれを説いていない法華経より、説いている大日経のほうが「勝」れているとするものである。これについては、果たして大日経に一念三千という理が説かれているといえるかということと、印・真言の事が大日経のみに説かれているかということが問題となる。この段ではまず後者の点から破折されている。
 この「理同事勝」を主張したのは善無畏・金剛智・不空の三三蔵であるが、大日経に印・真言の事相が説かれているから勝れ、法華経はそれがないから劣るとするのは果たしてインドの原典と中国の漢訳経典と、共通していることなのか、と疑問を提出されている。つまり、梵本と漢訳本との間のズレを問題にされているのである。例として、まず法華経を挙げられている。法華経もインドでは広さ16里もある法蔵に納まるくらいの膨大な経典であったとされるから、計り知れないほどの事相が説かれていた。しかし、それを西域の砂漠やパミール高原などの剣難所を超えて運ぶために、枝葉の部分は省略し肝要の部分のみを中国に伝えたのであると述べられている。しかも、今度は漢語に翻訳する訳者の性格もこれに影響する。経典全部を細部にわたって訳することを好み、省略を嫌がる者もあり、その逆もありうると述べられる。玄奘三蔵は前者で、羅什三蔵は後者であるとされている。問題の印・真言であるが、羅什は印・真言を「宗」すなわち肝要とは訳さなかったのに対し、不空三蔵訳の法華経軌には印・真言が訳されている。また仁王経についても、羅什訳には印・真言が訳されていないが、不空には訳出されている。
 要するに、印・真言があるかないかは伝来の経緯や訳者の判断の問題であって、いわば偶然性に任される枝葉の問題であり、したがって、大日経に印・真言の事相があるからといって勝れていることにはならないと断じられている。
 では、法華経には印が全くないかといえば、羅什は重きを置いていないにしても、方便品第2には「為に実相の印を説く」とあって合掌の印が説かれているし、譬喩品第3には「我が此の法印は、世間を利益せんと、浴するが為の故に説く」とあって法印が説かれていると述べられている。真言ということについても本抄で「舌相の言語・皆是れ真言なり」と仰せられ、仏は不妄語の人であり、ゆえに広長舌相をそなえているのであるから、その仏が発した言葉はすべて真実であると仰せられ、それを裏づける文証として法華経法師功徳品第19の「諸の所説の法、其の義趣に随って、皆実相と相違背せじ、若し俗間の経書、治世の語言、資生の業等を説かんも、皆正法に順ぜん」や同品の「是の人の思惟、籌量し、言説する所有らんは、皆是れ仏法にして、真実ならざること無く、亦是れ、先仏の経の中の所説ならん」の二文を挙げられている。すなわち、仏の説法は皆真実と異ならず真実であり、真言であることを証明されて法華経にも厳然と真言はあるとされている。
 これに対し、真言経典の「真言」は名のみで実体がなく、真言経典自体、「未顕真実」と打ち破られた経であって、成仏得道など全くないとされ、仏についても始成正覚で久遠実成を明かしていないので、一切衆生に「性徳本有の仏性」すなわち、本性として具えている仏性が存在するという理由が明らかにならないと破折されている。
 また真言経典に二乗不作仏とあることから、声聞・縁覚・菩薩の三乗が仏のこの世での出現を感じて求道心を燃やし修行しても、3人のうち2人は成仏の道から捨てられるわけであり、30人なら20人も排除されることになり、一切衆生を皆成仏させようという仏の本願も満足させることができないと指摘されている。更に、真言経は、法華経迹門に説かれる十界互具は思いもよらず、ましてや法華経本門で明らかとなる非情の草木などの成仏が説かれているわけがないと破られている。
法華経も天竺には十六里の宝蔵に有れば無量の事有れども流沙・葱嶺等の険難・五万八千里・十万里の路次容易ならざる間・枝葉をば之を略せり
 インドでは広大な経典であった法華経が中国・日本ではかなり省略されて本訳されたという意味の御文は文永8年(1271)の寺泊御書にも拝される。「一部八巻・二十八品・天竺の御経は一由旬に布くと承わる定めて数品有る可し、今漢土日本の二十八品は略の中の要なり」(0954-02)と。
 ここでは天竺の法華経は一由旬四方に敷き詰めるほどの膨大な経典であったが、漢土や日本に伝えられている28品の法華経は、その膨大な経典から枝葉を省略し肝要だけを伝え、訳したものであるといわれている。
羅什所訳の法華経には是を宗とせず不空三蔵の法華の儀軌には印・真言之有り
 この文と同じような意味の御文は寺泊御書にも説かれている。
 「又天竺の法華経には印・真言有れども訳者之を略して羅什は妙法経と名づけ、印・真言を加えて善無畏は大日経と名づくるか、譬えば正法華・添品法華・法華三昧・薩云分陀利等の如し」(0953-07)と。
 ただし、ここでは、インドの法華経の原典から印・真言を省略しないで訳されたものを、不空の「法華儀軌」ではなく、善無畏訳の大日経とされている。これは、天台密教が主張していた説を一往、用いられての仰せと考えられる。
まして非情の上の色心の因果争か説く可きや
 有情の二乗ですら成仏を許さない真言宗が非情の成仏を説けるわけがないと破折されているところである。通常は草木成仏には色法はあっても心法はないと思われているが、法華経では草木・国土等にも十如是があり色法・心法ともにあると認めたうえで、その心法に仏因・仏果の因果があると説いている。すなわち非情の草木も成仏するということが「非情の上の色心の因果」ということである。

0146:11~0147:01 第11章 理同事勝、劣謂勝見の外道と破るtop
11   然らば陳隋二代の天台大師が法華経の文を解りて印契の上に立て給へる十界互具・百界千如・一念三千を善無畏
12 は盗み取つて我が宗の骨目とせり、 彼の三蔵は唐の第七玄宗皇帝の開元四年に 来る如来入滅より一千六百六十四
13 年か、 開皇十七年より百二十余年なり 何ぞ百二十余年已前に天台の立て給へる一念三千の法門を盗み取つて我が
14 物とするや、而るに己が依経たる大日経には衆生の中に機を簡ひ 前四味の諸経に同じて二乗を簡へり、 まして草
15 木成仏は思いもよらず されば理を云う時は盗人なり、 又印契・真言何れの経にか之を簡える若し爾れば大日経に
16 之を説くとも規模ならず、 一代に簡われ諸経に捨てられたる二乗作仏は法華に限れり、 二乗は無量無辺劫の間・
17 千二百余尊の印契真言を行ずとも 法華経に値わずんば成仏す可からず、 印は手の用・真言は口の用なり其の主が
18 成仏せざれば口と手と別に成仏す可きや、 一代に超過し三説に秀でたる二乗の事をば 物とせず事に依る時は印真
0147
01 言を尊む者・劣謂勝見の外道なり。
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 だから陳と随の二代に活躍した天台大師が法華経の文を会得して、印相の上に立てられた十界互具・百界千如・一念三千の法門を善無畏は盗み取って我が宗の骨目としたのである。善無畏三蔵は唐の第七代・玄宗皇帝の開元四年に、インドから中国にやって来た。釈迦如来が入滅から千六百六十四年であり、隋の開皇十七年に伝教大師が亡くなってから百二十余年である。どうして百二十余年以前に天台大師の立てられた一念三千の法門を盗み取って我が物とするのか。
 ところが善無畏の依経である大日経には衆生において機根を選別して、前四味の諸経と同様に二乗は成仏しないと嫌っている。まして草木成仏は思いもよらない。したがって、一念三千の理をいう時は盗人である。また印相や真言などの経が嫌っていようか。だからもし大日経に印相や真言を説くとっても独自のものとするには足りない。一代の諸経に捨てられた二乗の成仏は法華経に限られている。二乗は無量無辺劫の間、大日経の千二百余尊の印相や真言を修行しても、法華経にあわなければ成仏することはできない。印相は手の働き、真言は口の働きである。その手と口の本体が成仏しなければ口と手とが別に成仏することができようか。一代の経教に超過し已今当の三説に勝っている二乗の成仏の事相を無視して、事相による時は印相や真言を尊む者は、劣っているものを勝れていると謂う我見の外道である。

天台大師
 (0538~0597)。智者大師の別称。諱は智顗。字は徳安。姓は陳氏。天台山に住んだのでこの名がある。中国南北朝・隋代の人で、天台宗第四祖、または第三祖と称されるが、事実上の開祖である。伝によれば、梁の武帝の大同4年(0538)、荊州に生まれ、梁末の戦乱で一族は離散した。18歳の時、果願寺の法緒のもとで出家し、20歳で具足戒を受け、律を学び、また陳の天嘉元年(0560)北地の難を避け南渡して大蘇山に仮寓していた南岳大師を訪れた。南岳は初めて天台と会った時、「昔日、霊山に同じく法華を聴く。宿縁の追う所、今復来る」と、その邂逅を喜んだという。大蘇山での厳しい修行の末、法華経薬王菩薩本事品第二十三の「其中諸仏、同時讃言、善哉善哉。善男子。是真精進。是名真法供養如来」の句に至って身心豁然、寂として定に入り、法華三昧を感得した。これを大蘇開悟という。後世、薬王品で開悟したことから、薬王菩薩の再誕であるといわれるようになった。その後、大いに法華経の深義を照了し、のち金陵の瓦官寺に住んで大智度論、法華経等を講説した。陳の宣帝の太建7年(0575)、38歳の時に天台山に入り、仏隴峰に住んで修行したが、至徳3年(0585)詔によって再び金陵に出て、大智度論、法華経等を講ずる。禎明元年(0587)法華経を講じたが、これを章安が筆録したのが「法華文句」十巻である。その後、故郷の荊州に帰り、玉泉寺で法華玄義、摩訶止観を講じ、天台三大部を完成する。その間、南三北七の諸師を信伏させ、天台山に帰った翌年の隋の開皇17年(0597)、60歳で没した。著書に法華三大部のほか、五小部と呼ばれる「観音玄義」「観音義疏」「金光明玄義」「金光明文句」「観経疏」がある。
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百界千如
 法華経迹門を与えていえば、理の一念三千であるが、奪っていえば百界千如に過ぎない。
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一念三千
 仏教の極理である。釈尊はこれを出世の本懐として、法華経方便品に「諸法実相」に約して、ほぼこれを説いた。ついで寿量品にいたり、因果国の三妙に約し、仏身の振舞の上からこれを説いた。これを受けて天台は、像法時代に出現して、摩訶止観で、次のように説いた。観の冒頭に「摩訶止観第五に云く世間と如是と一なり開合の異なり。『夫れ一心に十法界を具す一法界に又十法界を具すれば百法界なり一界に三十種の世間を具すれば百法界に即三千種の世間を具す、此の三千・一念の心に在り若し心無んば而已介爾も心有れば即ち三千を具す乃至所以に称して不可思議境と為す意此に在り』等云云或本に云く一界に 三種の世間を具す」と。十界とは「地獄界・餓鬼界・畜生界 ・修羅界・人界・天界・声聞界・縁覚界・菩薩界・仏界」。十如とは「如是相・如是性・如是体・如是力・如是作・如是因・如是縁・如是果・如是報・如是本末究竟等」。三世間とは五蘊世間・衆生世間・国土世間」。一念三千には理と事があり、迹門は理・本門は事となる。文底下種本門に対する時は、法華経の本迹二門ともに理の一念三千となり、真の一念三千の法門とは、寿量品文底秘沈の三大秘法である。
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我が宗の骨目
 自分の宗旨の根本。
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玄宗皇帝
 (0685~0762)。中国・唐朝第6代皇帝(在位0712~0756)。26歳で即位し、外征を抑えて政治の乱れを正し唐の繁栄に貢献した(開元の治)。しかし「漢土にこの法わたりて玄宗皇帝ほろびさせ給う」(1509-16)とおおせの通り、真言を信じ、善無畏三蔵に師事したため、臣下の安禄山によって都を追われ、皇位を失った。これは真言亡国の現証である。
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己が依経
 自分がよりどころとしている経典。
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 説法を受ける所化の衆生の機根。
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前四味の諸経
 五味のうち最後の醍醐味である法華経をを除く四味の諸経のこと。
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草木成仏
 草木や土砂等の非情の物質が成仏することをいう。また、依正についていえば、依報の成仏である。日寛上人は、諸御書を案ずるに、草木成仏に二意あるとして、一に不改本位の成仏、二に木画二像の成仏があるとしている。まず不改本位の成仏とは、草木の全体がそのまま本有無作の一念三千即自受用身の覚体である。草木成仏弘決には「口決に云く『草にも木にも成る仏なり』云云、此の意は草木にも成り給へる寿量品の釈尊なり」(1339-06)、三世諸仏総勘文抄教相廃立のは「春の時来りて風雨の縁に値いぬれば無心の草木も皆悉く萠え出生して華敷き栄えて世に値う気色なり秋の時に至りて月光の縁に値いぬれば草木皆悉く実成熟して一切の有情を養育し寿命を続き長養し終に成仏の徳用を顕す之を疑い之を信ぜざる人有る可しや無心の草木すら猶以て是くの如し何に況や人倫に於てをや」(0574-14)御義口伝には「森羅万法を自受用身の自体顕照と談ずる故に迹門にして不変真如の理円を明かす処を改めずして己が当体無作三身と沙汰するが本門事円三千の意なり、是れ即ち桜梅桃李の己己の当体を改めずして無作三身と開見すれば是れ即ち量の義なり」(0784-第二量の字の事-02)とある。このように、無心の草木でありながら、その体は本覚の法身であり、その時節を違えず花咲き実の成る智慧は本覚の報身であり、有情を養育するは本覚の応身であり、これを不改本覚の成仏という。木画二像の成仏とは、四条金吾釈迦仏供養事には「国土世間と申すは草木世間なり、草木世間と申すは五色のゑのぐは草木なり画像これより起る、木と申すは木像是より出来す、此の画木に魂魄と申す神を入るる事は法華経の力なり天台大師のさとりなり、此の法門は衆生にて申せば即身成仏といはれ画木にて申せば草木成仏と申すなり」(1145-01)木画二像開眼之事には「法華経を心法とさだめて三十一相の木絵の像に印すれば木絵二像の全体生身の仏なり、草木成仏といへるは是なり」(0469-08)観心本尊抄には「詮ずる所は一念三千の仏種に非ずんば有情の成仏・木画二像の本尊は有名無実なり」(0246-08)とある。御義口伝で「草木成仏の証文に而自廻転の文を出すなり」(0723-第五而自廻転の事-03)と仰せられているのは「法性自然にして転じ因果依正自他悉く転ずるを」(0723-第五而自廻転の事-01)ということについてである。すなわち、依報・正報ともに変わっていくということは正報の成仏により、非情の草木等の依報も成仏するのである。一枚の紙が御本尊に変わることを木画二像の成仏である。
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無量無辺劫
 果てがなく、数えることのできない長い期間。「無量」とは量がはかれない程多いこと。「無辺」広大ではてしないこと。「不可思議」とは、思慮ではかることができないこと。「阿僧祇」は梵語アサンキァ(asaṃkhya)の音写、無数・無央数と訳す。数えることのできない数。「劫」は梵語カルパ(kalpa)の音写、長時と訳す。数えることのできないきわめて長い時間。
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千二百余尊
 真言宗の本尊のこと。胎蔵界に500余尊、金剛界に700余尊があり、あわせて1200余尊となる。
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印は手の用・真言は口の用
 印契は主に手の働きであり、真言は口の働きであるとの意。
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三説
 已今当の三説のこと。法華経法師品第十に「我が説く所の経典は無量千万億にして、已に説き、今説き、当に説くべし」とある。天台大師はこの文を法華文句巻八上に「今初めに已と言うは、大品已上は漸頓の諸説なり。今とは同一の座席にして無量義経を謂うなり。当とは涅槃を謂うなり」と釈し、「已説」は四十余年の爾前の経々、「今説」は無量義経、「当説」は涅槃経をさすとしている。
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二乗の事
 法華経においてのみ、声聞・縁覚の二乗の成仏が説かれているということ。
―――
劣謂勝見
 「劣を勝と謂う見」と読む。自己の見解に執着し、増上慢を起こして、劣っているにもかかわらず勝れているという考え方。五利使・辺見・邪見・見取見・戒禁取見のうちの見取見と同義。倶舎論巻十九に「劣に於いて勝と謂うを、名づけて見取と為す」とある。
―――
外道
 仏教以外の低級・邪悪な教え。心理にそむく説のこと。
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 中国真言宗の開祖である善無畏三蔵らや日本天台密教の理同事勝という邪義を破られるうち、前段では大日経等には印・真言の事があるので法華経に勝っているとする“事勝”を中心に破られたのであるが、この段では“理同”を主としてやぶられるのである。
 理同は法華経と大日経とでは一念三千の理において同じであるという邪義であるが、問題は果たして大日経に一念三千の理が説かれているかということである。 この段で、大聖人は大日経等を唐代の中国に伝えた善無畏三蔵が天台大師の一念三千の法門を盗んで、大日経にも一念三千の理が説かれていると勝手に主張して真言宗の教義の骨目にしたにすぎないと破折されている。
 善無畏が中国に来た年代と天台大師が入寂した年代との間に120年の隔たりがあることを示され、善無畏が天台大師の教義を盗んだのであるとその卑怯ぶりを指弾されている。この年代の問題は、「天台が真言宗から一念三千を盗んだ」という真言宗側の言い分に対する破折のために本抄においても、あとで取り上げられる。天台当時はまだ真言は伝わっていないのに、どうして盗めようかということである。
 しかし、ここでは、善無畏が依経としている大日経が衆生を成仏可能な機根と不可能な機根とに立て分け、爾前諸経と同様に二乗を不成仏として嫌っている。ましてや草木成仏など思いもよらない経であることを指摘されている。すなわち一念三千の成り立たない経なのである。もともと一念三千の法理があるはずがない真言経典であるからこそ、そこに一念三千があるなどというのは盗んだものという以外にない。ゆえに「理を云う時は盗人なり」と断じられているのである。
 また、前段でも触れられた印と真言についても“印と真言はどの経にも説かれているものであり、大日経にこれらが説かれているからといって特別なことではない”と重ねて触れられている。そのうえで、印と真言とは、根本の生命自体の成仏ということに付随する手と口との「用」の働きに関するものであるとの立場から、衆生成仏の根本である二乗作仏の問題を無視して、印・真言の問題を振り回している真言宗の本末転倒ぶりを指摘されているのである。
十界互具・百界千如・一念三千を善無畏は盗み取つて我が宗の骨目とせり
 善無畏が天台大師の一念三千を盗み入れたことについては、開目抄でもより詳しく述べられている。すなわち「真言・大日経等には二乗作仏・久遠実成・一念三千の法門これなし、善無畏三蔵・震旦に来つて後・天台の止観を見て智発し大日経の心実相・我一切本初の文の神に天台の一念三千を盗み入れて真言宗の肝心として其の上に印と真言とをかざり法華経と大日経との勝劣を判ずる時・理同事勝の釈をつくれり」(0215-18)と。
 また小乗大乗分別抄では「華厳宗の澄観・真言宗の善無畏等は天台大師の一念三千の法門を盗み取つて我が所依の経の心仏及衆生の文の心とし心実相と申す文の神とせるなり、かくのごとく盗み取つて 我が宗の規模となせるが又還つて天台宗を下し華厳宗・真言宗には劣れる法なりと申す、此等の人師は世間の盗人にはあらねども仏法の盗人なるべし」(0521-07)とある。
 これらの文からも明らかなように、善無畏は大日経巻1に「云何が菩提なる。如実に自心を知るを謂う」とあって、心を実相としているところを法華経の諸法実相と同じ理であるとして、大日経にも一念三千の法門が説かれていると主張したのである。しかし「実相」という言葉が法華経方便品の「諸法実相」と同じだからといって、同じ法理とはいえない。「実相」という言葉はさまざまな経に使われていて、内容はその経が説く法理にしたがって多用だからである。大日経に二乗作仏・久遠実成が説かれていない以上、一念三千の法理は大日経にもともとないのであって、それを「ある」として使うことは法盗人であると断定されている。
一代に簡われ諸経に捨てられたる二乗作仏は法華に限れり
 “一代聖教のどの経にも嫌われ捨てられた二乗の成仏を説いている法華経こそが最高の経の特筆すべきことである”と改めて強調されている。“たとえ、二乗が無量無辺劫という長時間、1200余尊もの仏・菩薩の悟りや誓願を表した指先の形や言葉を実践したとしても、法華経に出会わなかったら成仏することができない。このことは、手の動きや口の動きを司る本体が成仏できないということだから、もし真言宗で成仏が可能なら、手と口だけが成仏するという奇妙なことになる”と矛盾を指摘されている。最後に、仏一代の已・今・当の三説の諸経を超えて勝っている法華経の二乗作仏という事相を無視して、印・真言の事相があるからといって大日経が勝っているとすることは「劣謂勝見」すなわち劣っている大日経を法華経より勝れていると思い込む我見で外道であると破折されている。

0147:02~0147:16 第12章 法華最第一の文証を挙げるtop
02   無量義経説法品に云く「四十余年・未顕真実」文、 一の巻に云く「世尊は法久くして後要ず当に真実を説きた
03 もうべし」文、 又云く「一大事の因縁の故に世に出現したもう」文、 四の巻に云く「薬王今汝に告ぐ我が所説の
04 諸経あり 而も此の経の中に於て法華最も第一なり」文、 又云く「已に説き今説き当に説かん」文、宝塔品に云く
05 「我仏道を為つて無量の土に於て始より今に至るまで広く諸経を説く而も其の中に於て此の経第一なり」文、 安楽
06 行品に云く「此の法華経は 是れ諸の如来第一の説なり諸経の中に於て最も為甚深なり」文、 又云く「此の法華経
07 は諸仏如来秘密の蔵なり 諸経の中に於て最も其の上に在り」文、 薬王品に云く「此の法華経も亦復是くの如し諸
08 経の中に於て 最も為其の上なり」文、 又云く「此の経も亦復是くの如し諸経の中に於て最も為其の尊なり」文、
09 又云く「此の経も亦復是の如し諸経の中の王なり」文、 又云く「此の経も亦復是の如し一切の如来の所説 若しは
10 菩薩の所説若しは声聞の所説諸の経法の中に 最為第一なり」等云云、 玄の十に云く「又・已今当の説に最も為れ
11 難信難解・前経は是れ已説なり」文、 秀句の下に云く「謹んで案ずるに 法華経法師品の偈に云く薬王今汝に告ぐ
12 我が所説の諸経あり 而も此の経の中に於て法華最も第一なり」文、 又云く「当に知るべし已説は四時の経なり」
13 文、文句の八に云く「今法華は法を論ずれば」云云、 記の八に云く「鋒に当る」云云、 秀句の下に云く「明かに
14 知んぬ他宗所依の経は是れ王中の王ならず」云云、釈迦.多宝・十方の諸仏・天台・妙楽.伝教等は法華経は真実・華
15 厳経は方便なり、 「未だ真実を顕さず正直に方便を捨てて余経の一偈をも受けざれ」 「若し人信ぜずして乃至其
16 の人命終して阿鼻獄に入らん」と云云。
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 無量義経説法品第二に「四十余年には末だ真実を顕さず」とある。法華経巻一方便品第二に「世尊は法便の法を久しく説いた後、必ずまさに真実を説かれるであろう」とある。また同品に「一大事の因縁のゆえに、仏はこの世に出現された」とある。巻四法師品第十に「薬王よ、今汝に告げる、我が所説の諸経がある。しかも、この諸教の中において法華経が最も第一である」とある。また同品に「已に説き、今説き、当に説く、それら一切のなかにおいて法華経が最も第一である」とある。見宝塔品第十一に「私は仏道をもって無量の国土において初めから今日に至るまで広く諸経を説いてきた。しかもその中においてこの法華経がだいいちである」とある。安楽行品第十四に「この法華経は諸の如来の第一の説である。諸教の中において最もその上にある」とある。薬王菩薩本事品第二十三に「この法華経もまたまた十宝山の衆生の中に、須弥山が第一であるように、諸教の中において最もその上である」とある。また同品に「この法華経もまたまた諸の小王の中に、転輪聖王が最も第一であるように、諸教の中において最もその尊である」とある。また「この法華経もまたまた帝釈が、三十三天の中において王であるように、諸教の中の王である」とある。また同品に「この法華経もまたまた一切の凡人の中に…阿羅漢・辟支仏が第一であるように、一切の如来の所説、もしは菩薩の所説、もしは声聞の所説、諸の教法の中に最第一である」等とある。
 法華玄義巻に十に「また法華経は、已今当の三説に最も難信難解である。爾前経は已説である」とある。法華秀句巻下に「謹んで案ずるに、法華経法師品の偈に『薬王よ、今汝に告げる、我が所説の諸経がある。しかも、この諸教の中において法華経が最も第一である』」とある。また「まさに知りなさい。已説とは法華経以前の華厳・阿含・方等・般若の四時の経である」とある。法華文句巻八に「今、法華経を論ずると、実相の一法一理に帰す」とある。法華文句記巻八に「法華経は爾前の方便権教を破る鉾に当たる」とある。法華秀句巻下に「明らかに他宗の依りどころとする経は王中の王でないことを知った」とある。釈迦仏・多宝如来・十方の諸仏や天台大師・妙楽大師・伝教大師らは法華経は真実であり、華厳経は方便であるとし、「末だ真実を顕さない」「正直に方便を捨てて」「余教の一偈をも受けてはいけない」「もし人が信ぜずして…その人が命終して阿鼻獄に入るだろう」と説いている。

無量義経説法品
 説法品第2のこと。無量義経の正宗分。
―――
四十余年・未顕真実
 「四十余年には末だ真実を顕さず」と読む。無量行説法品の文である。釈迦50年の説法のうち、初めの42年の教えは方便権教で、真実をあらわさない教えであり、最後の8年間の法華経で真実を説くとの意。40余年の爾前経を打ち破り、法華経を説くための重要な文である。
―――
世尊
 世に尊敬される仏を指す。仏の10号のひとつ。
―――
一大事の因縁
 方便品第二の文。同品に「云何なるをか諸仏世尊は、唯一大事の因縁を以ての故に、世に出現したもうと名づくる。諸仏世尊は、衆生をして仏知見を開かしめ、清浄なるを得せしめんと欲するが故に、世に出現したもう。衆生をして仏知見を示さんと欲するが故に、世に出現したもう。衆生をして仏知見を悟らせめんと欲するが故に、世に出現したもう。衆生をして仏知見の道に入らしめんと欲するが故に、世に出現したもう」とある。これを開示悟入の四仏知見とも広開三顕一ともいう。
―――
薬王
 薬王菩薩のこと。法華経薬王菩薩本事品第二十三に説かれている。日月浄明徳仏の世に、一切衆生憙見菩薩といわれ、仏から法華経を聞き、現一切色身三昧を得た。そして身をもって供養しようと、身を焼いて法華経および日月浄明徳仏に供養した。そののち再び生まれて日月浄明徳仏から付嘱を受け、仏の涅槃に際しては、七万二千歳のあいだ臂を灯して供養した。
―――
仏道
 無上菩提に至る道のこと。またその仏果そのものをさす。
―――
薬王品
 妙法蓮華経薬王菩薩本事品第23のこと。この品から五品は付嘱流通のなかの化他流通である。弘法の師をつとめるのであって、宿王華菩薩の問いに対し、釈尊は日月乗明徳如来の本事と、その仏から付嘱を受けた薬王菩薩の本事を説いたのであるから、この名前がある。薬王菩薩が苦行して色心三昧を得、報恩に焼身供養したことを説いてある。ここで諸仏の同賛があり、「善い哉、善い哉、善男子、是れ真の精進なり、是れを真の法をもって如来を供養すと名づく」と説かれた。後段で薬王品十喩の譬えが説かれている。
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已今当の説
 法華経法師品第十に「我が説く所の経典は無量千万億にして、已に説き、今説き、当に説くべし」とある。天台大師はこの文を法華文句巻八上に「今初めに已と言うは、大品已上は漸頓の諸説なり。今とは同一の座席にして無量義経を謂うなり。当とは涅槃を謂うなり」と釈し、「已説」は四十余年の爾前の経々、「今説」は無量義経、「当説」は涅槃経をさすとしている。
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難信難解
 法師品には「我が所説の経典、無量千万億にして、已に説き、今説き、当に説かん。而も其の中に於いて、此の法華経、最も為れ難信難解なり」とある。信じがたく解しがたいとで、法華経の信解は及びもつかないほど甚深の義があることを言いあらわしている。易信易解に対する語。
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已説
 すでに説いたということで、爾前の四十余年の諸経をいう。
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秀句
 法華秀句三巻のこと。伝教大師最澄の著。天台法華宗が唯識・三論・華厳・真言などの諸宗よりも勝れていることを、十の観点から論証している。
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 ゲダ(gāthā)の音写。仏典の中で韻文形式を用いて仏の徳を讃嘆したり、法理を述べたもの。頌ともいう。梵語の仏典では、八音節四句からなるシュローカ、音節数は自由だが必ず八句二行からなるアールヤーなどがある。漢訳仏典では別偈と通偈に分かれており、別偈は一句の字数を三字四字などに定めて四句となしたものをいう。別偈は更に、前に散文の教義なしに記された伽陀と、前に散文の教義があって重ねてその義を説いた祇夜の二つに分かれている。通偈は首盧迦ともいい、散文、韻文にかかわらず、三十二字を一頌と数えることをいう。なお教義には別偈のみを偈とする。
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四時の経
 華厳・阿含・方等・般若の四時の経をいう。釈尊50年の説法中、法華経以前の経でいずれも未顕真実の権教である。
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他宗所依の経
 他宗がよりどころとする経。
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釈迦
 釈迦仏、釈迦牟尼仏の略称、たんに釈迦ともいう。釈迦如来・釈迦尊・釈尊・世尊とも言い、通常はインド応誕の釈尊。
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多宝
 多宝如来のこと。東方宝淨世界に住む仏。法華経の虚空会座に宝塔の中に坐して出現し、釈迦仏の説く法華経が真実であることを証明し、また、宝塔の中に釈尊と並座し、虚空会の儀式の中心となった。
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十方の諸仏
 十方と上下の二方と東西南北の四方と北東・北西・南東・南西の四維を加えた十方のことで、あらゆる国土に住する仏、全宇宙の仏を意味する。
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天台
 (0538~0597)。天台大師。中国天台宗の開祖。慧文・慧思よりの相承の関係から第三祖とすることもある。諱は智顗。字は徳安。姓は陳氏。中国の陳代・隋代の人。荊州華容県(湖南省)に生まれる。天台山に住したので天台大師と呼ばれ、また隋の晋王より智者大師の号を与えられた。法華経の円理に基づき、一念三千・一心三観の法門を説き明かした像法時代の正師。五時八教の教判を立て南三北七の諸師を打ち破り信伏させた著書に「法華文句」十巻、「法華玄義」十巻、「摩訶止観」十巻等がある。
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妙楽
 (0711~0782)。中国唐代の人。諱は湛然。天台宗の第九祖、天台大師より六世の法孫で、大いに天台の教義を宣揚し、中興の祖といわれた。行年72歳。著書には天台三大部を釈した法華文句記、法華玄義釈籖、摩訶止観輔行伝弘決等がある。
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伝教
 (0767~0822)。日本天台宗の開祖。諱は最澄。伝教大師は諡号。通称は根本大師・山家大師ともいう。俗名は三津首広野。父は三津首百枝。先祖は後漢の孝献帝の子孫、登萬貴で、応神天皇の時代に日本に帰化した。神護景雲元年(0767)近江(滋賀県)に生まれ、幼時より聡明で、12歳のとき近江国分寺の行表のもとに出家、延暦4年(0785)東大寺で具足戒を受けたが、まもなく比叡山に草庵を結んで諸経論を究めた。延暦23年(0804)、天台法華宗還学生として義真を連れて入唐し、道邃・行満等について天台の奥義を学び、翌年帰国して延暦25年(0806)日本天台宗を開いた。旧仏教界の反対のなかで、新たな大乗戒を設立する努力を続け、没後、大乗戒壇が建立されて実を結んだ。著書に「法華秀句」3巻、「顕戒論」3巻、「守護国界章」9巻、「山家学生式」等がある。
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方便
 悟りへ近づく方法、あるいは悟りに近づかせる方法のことである。一に法用方便、二に能通方便、三に秘妙方便の三種に分かれる。①法用方便。衆生の機根に応じ、衆生の好むところに随って説法をし、真実の文に誘引しようとする教えの説き方。②能通方便。衆生が低い経によって、悟ったと思っていることを、だめだと弾呵し、真実の文に入らしめる方便。この二つは方便品に「正直に方便を捨てて、但無上道を説く」と説かれる方便で、42年間の阿弥陀経、大日経、蘇悉地経等の権教で説かれている方便であるがゆえに「方便を捨てて」となる。秘妙方便。秘妙門ともいう。秘とは仏と仏のみが知っていること。妙とは衆生の思議しがたい境涯であり、長者窮子の譬えや衣裏珠の譬えによってわかるように、末法の衆生は種々の悩みや、凡夫そのままの愚かな境涯に住んでいるけれども、その身がそのまま、久遠元初以来、御本仏日蓮大聖人の眷属であり、仏なのだと悟る。これが秘妙方便である。悩んでいるときのわれわれも、仏であると自覚して、折伏に励む時も、その体は一つで、その人に変わりはない。これは仏のみの知れる不思議である。
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命終
 寿命を終えること。死ぬこと。
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阿鼻獄
 阿鼻大城・阿鼻地獄・無間地獄ともいう。阿鼻は梵語アヴィーチィ(Avici)の音写で無間と訳す。苦をうけること間断なきゆえに、この名がある。八大地獄の中で他の七つの地獄よりも千倍も苦しみが大きいといい、欲界の最も深い所にある大燋熱地獄の下にあって、縦広八万由旬、外に七重の鉄の城がある。余りにもこの地獄の苦が大きいので、この地獄の罪人は、大燋熱地獄の罪人を見ると他化自在天の楽しみの如しという。また猛烈な臭気に満ちており、それを嗅ぐと四天下・欲界・六天の転任は皆しぬであろうともいわれている。ただし、出山・没山という山が、この臭気をさえぎっているので、人間界には伝わってこないのである。また、もし仏が無間地獄の苦を具さに説かれると、それを聴く人は血を吐いて死ぬともいう。この地獄における寿命は一中劫で、五逆罪を犯した者が堕ちる。誹謗正法の者は、たとえ悔いても、それに千倍する千劫の間、無間地獄において大苦悩を受ける。懺悔しない者においては「経を読誦し書持吸うこと有らん者を見て憍慢憎嫉して恨を懐かん乃至其の人命終して阿鼻獄に入り一劫を具足して劫尽きなば更生まれん、是の如く展転して無数劫に至らん」と説かれている。
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 善無畏や台密の「理同事勝」の邪義に対する破折を終え、次に法華経が真言より三重の劣で戯論の法であるとする弘法の邪義を破折するにあたり、まず法華経こそ一代諸経のなかで最第一の経であることを数多くの文証を引用されて明らかにされているところである。
 引用されている文証は無量義経、法華経の経文と、それについての天台大師の法華玄義・法華文句、妙楽大師の法華文句記、伝教大師の法華秀句の釈からのものである。
 最初に無量義経説法品第2からは“ 仏が説法を開始してから四十余年の間には末だ真実を顕しておらず、方便権教を説いてきた”という文を引かれ、法華経巻1方便品第2からは、世尊は方便権教の法を久しく説いた後に必ず真実を説くということを明かす。次いで、その真実が同じ方便品で、仏は衆生の仏知見を開かせ、示し、悟らせて仏道に入らしめるという一大事因縁のためにこの世に出現することを示した文を挙げられている。
 以上の三つの引用文から、40余年には顕さず、法華経のみに明かされる真実とは一切の衆生を成仏させること、その衆生成仏を可能にする法であることがおのずから明らかになる。
 これを受けて、以下の引用文はいずれも、そのゆえにこそ法華経が諸経中第一であることをしめすものである。
 法華経巻4法師品第10からの引用文では、仏が説いた諸教のなかで法華経が第一であることを示し、同じ法師品から、法華経は已に説き、今説き、当にこれから説かんとする諸経、すなわち已・今・当の三説として括られる一代諸経を超えて出ている、との文を引用される。次の法華経見宝塔品第11からは、やはり仏の説いた諸教のなかで法華経がだいいちであるという文を引用される。
 次いで、法華経安楽行品第14からは、法華経がもろもろの如来の説いた経のなかで第一の説であり、諸教のなかで最も甚深であるとの文を引かれ、また同じ安楽行品からは法華経が諸仏如来の胸の奥に秘かにしまっていた甚深の教えであり、諸教のなかで最上の教えであると示した文を引用されている。更に、法華経巻7薬王菩薩本事品第23からは、法華経が諸教のなかで最上であるとの文、最も尊いとの文、諸経中の王であるとの文、一切の如来・菩薩・声聞の説いた諸教のなかで最第一であるとの文を、それぞれ引用されている。
 以上までは、法華経最第一と述べた仏自身の説法を記した経文であるが、以下はこれらの経文に対する天台大師、妙楽大師、伝教大師の釈を引用されている。
 まず、天台の法華玄義巻10上からは、先の法師品の文について“已・今・当の三説の一代諸経において法華経が最も難信難解であるということであり、已説とは法華経以前の爾前の諸経である”と釈した文を引かれる。伝教大師の法華秀句下からは法華経法師品第10の一代諸経のなかで法華経を最第一と説いた文、また、已・今・当の三説のなかの已説とは法華経以前の華厳・阿含・方等・般若の四時の説法であると釈している文を引かれている。
 次に、天台大師の法華文句巻8からは、法華経は法の上で最も勝れているとの文、それを妙楽大師が承けて文句記で「この法華経の説法は鉾に当たっていくように難しいことである」と述べた文を引用されている。更に伝教大師の法華秀句下からは、諸経の名経が王とするならば法華経は王中の王であるとの文を引用されている。
 最後に、釈迦・多宝・十方の諸仏・天台大師・妙楽大師・伝教大師等がすべて、法華経こそ真実であり華厳経等の爾前経は方便であるとして、方便の教えを捨てよと述べ、また、もし人が法華経を信じないで謗るなら、その人は命終えてから阿鼻地獄に堕ちるであろうと戒められたことを、法華経の経文を引かれ示されている。
文句の八に云く「今法華は法を論ずれば」云云、記の八に云く「鋒に当る」
 法華文句巻8上には次のようにある。すなわち「今法華を論ずれば一切の差別融通して一法に帰し、人を論ずれば即ち師弟の本迹俱に皆久遠にして二門悉く昔と反す。信じ難く解し難し、鉾に当たる難事を法華已に説く、涅槃は後に在れば則ち信ず可きこと易し」と。ここで、法華経は法においては爾前経の一切の差別を融合して実相の一法に帰一させ、人においては師弟ともに久遠常住であると説いた。迹門本門の二門ともに昔の爾前経と背反しているので信じ難いし解し難いのである。このように鉾に当たっていくような難事を法華経が説き明かしたのである。涅槃経は、法華経のあとであるから信じやすいのである、としている。
 これを受けて妙楽大師は法華文句記巻8で「鉾に当たるとは法華前に在って大陣の破り難きが如し。涅槃後に在って余党の難からざるが如し」と説明している。
 文句で鉾に当たる難事といっているのは、破り難き大陣を前面に立って打ち破ったのが二乗作仏と久遠実成を説く法華経であり、これに対し涅槃経は法華経の後に説かれるわけだから、既に破られた大陣の後の余党を破るのに難しくないようなものである、と釈している。
 いずれも、法華経が諸経に比べ最第一であることを、譬えを用いて釈したものである。

0147:17~0148:10 第13章 弘法の法華第三の邪義を破すtop
17   弘法大師は「法華は戯論・華厳は真実なり」と云云、 何れを用う可きや、宝鑰に云く「此くの如き乗乗は自乗
18 に名を得れども後に望めば戯論と作る」文、 又云く「謗人謗法は定めて阿鼻獄に堕せん」文、記の五に云く「故に
0148
01 実相の外は皆戯論と名づく」文、 梵網経の疏に云く「第十に謗三宝戒亦は謗菩薩戒と云い 或は邪見と云う謗は是
02 れ乖背の名なりスベて是れ解・理に称わず言は実に当らずして異解して説く者を皆名づけて謗と為すなり」文、 玄
03 の三に云く 「文証無き者は悉く是れ邪偽・彼の外道に同じ」文、 弘の十に云く「今の人他の所引の経論を信じて
04 謂いて憑み有りと為して 宗の源を尋ねず謬誤何ぞ甚しき」文、 守護章上の中に云く「若し所説の経論明文有らば
05 権実・大小・偏円・半満を簡択す可し」文、玄の三に云く「広く経論を引いて己義を荘厳す」文。
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 以上の釈尊・天台大師・妙楽・伝教の説に対し、弘法大師は「法華経は戯れの論であり、華厳経は真実である」と述べている。いずれの説を用いるべきか。秘蔵法鑰に「このような乗々は、自らの乗において当分では仏乗の真理であるとの名を得ているが、後に比べると戯れの論となる」とある。また「謗人・謗法は必ず阿鼻地獄に堕ちる」とある。
 法華文句記巻五に「ゆえに諸法実相の法門以外はすべて戯れの論と名づける」とある。梵網経疏に「第十に謗三宝戒または謗菩薩戒といい、あるいは邪見という。謗は乖背の名である。すべてこれは智解が理に合致しておらず、その言葉が真実に当たっておらず、異なった解釈をして説く者をみな名づけて謗というのである」とある。止観輔行伝弘決巻十に「今の人は他人が引用する経論を信じて頼りにできると思って、宗旨の本源を究めない、この誤りは甚だしい」とある。守護国界章巻上中に「もし所説の経論の明文があるならば権教か実教か、大乗教か小乗教か、偏教か円教か、半字教か満字教かを選別すべきである」とある。法華玄義巻三に「広く経論を引用し自分の教義を飾り立てても、権教はやはり権教であり実教にはならない」とある。
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06   抑弘法の法華経は真言より三重の劣・戯論の法にして 尚華厳にも劣ると云う事 大日経六巻に供養法の巻を加
07 えて七巻三十一品・或は三十六品には何れの品何れの巻に見えたるや、 しかのみならず蘇悉地経三十四品・金剛頂
08 経三巻三品 或は一巻に全く見えざる所なり、 又大日経並びに三部の秘経には何れの巻・何れの品にか十界互具之
09 有りや都て無きなり、 法華経には事理共に有るなり、 所謂久遠実成は事なり二乗作仏は理なり、善無畏等の理同
10 事勝は臆説なり信用す可からざる者なり。
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 そもそも弘法は、法華経は真言より三重の劣で戯れの教法であり、華厳経よりも劣るといっているが、大日経六巻には供養法の巻を加えて七巻三十一品、あるいは三十六品のなかで、どの品、どの巻に見えているのか。それだけでなく蘇悉地経三十四品、金剛頂経三巻三品あるいは一巻にも全く見えないところである。また大日経ならびに三部の秘経のなかで、どの巻、どの品に十界互具の法門が説かれているのか。これらのどこにも説かれていない。法華経には事・理ともに説かれている。いわゆる久遠実成は亊であり、二乗作仏は理である。善無畏らの法華経と大日経は理は同じであるが事においては大日経は勝れている」とは憶測の説である。信用できない説である。

弘法大師
 (0774~0835)。平安時代初期、日本真言宗の開祖。諱は空海。弘法大師は諡号。姓は佐伯氏。幼名は真魚。讃岐国(香川県)多度郡の生まれ。桓武天皇の治世、延暦12年(0793)勤操の下で得度。延暦23年(0804)留学生として入唐し、不空の弟子である青竜寺の慧果に密教の灌頂を禀け、遍照金剛の号を受けた。大同元年(0806)に帰朝。弘仁7年(0816)高野山を賜り、金剛峯寺の創建に着手。弘仁14年(0823)東寺を賜り、真言宗の根本道場とした。仏教を顕密二教に分け、密教たる大日経を第一の経とし、華厳経を第二、法華経を第三の劣との説を立てた。著書に「三教指帰」3巻、「弁顕密二教論」2巻、「十住心論」10巻、「秘蔵宝鑰」3巻等がある。
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宝鑰
 秘蔵宝鑰のこと。弘法の書で三巻から成る。十住心論を要約したもの。天長年中に、淳和天皇が諸宗の要義を聞かれたときに、さし出したものをいう。
―――
自乗
 自己の受持する教えのこと。乗は運載の義で、衆生を乗せて悟りの彼岸に運ぶとの意から仏の教法をさす。
―――
謗人
 ①正法を誹謗する人。②正法をたもつ人を誹謗する人。
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実相
 ありのままの姿
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梵網経
 梵網経は、「梵網経盧舎那仏説菩薩心地戒品第十」上下2巻の略。下巻を特に「菩薩戒経」とよぶ。梵網経すべてを翻訳すると120巻61品となるが、鳩摩羅什が長安で同経中の菩薩心地戒品第十のみを訳出した。梵網とは仏が衆生の機根に合わせて教を設け、病に応じて薬を与えて、一人も漏らさず彼岸に達せしめることが、あたかも大梵天王の因陀羅網のようであるということから名づけられた。この経の教主は蓮華台蔵世界において成道した報身仏の盧舎那仏であり、釈迦応化身の覆述によるのである。大乗律の経典で、衆生の戒は仏性の自覚によって形成されるとしている。上巻には菩薩の階位の十住・十行・十回向・十地の四十法門が、下巻には菩薩戒の十重禁戒、四十八軽戒が説かれている。
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謗三宝戒
 仏法僧の三宝を謗ることを禁じる戒。梵網経で説く十重禁戒のひとつ。
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邪見
 仏教以外の低級・邪悪な教え。総じて真理にそむく説のこと。外道の輩が仏教を誹謗していう言葉。
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乖背
 背反すること。乖も背もそむくことをいう。
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異解
 正義・本義と異なった見解や解釈。
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文証
 文書・記録などの文献上の証拠。教義・主張・正邪・優劣を判断する三証のひとつ。
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邪偽
 よこしまで、いつわっていること。
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外道
 仏教以外の低級・邪悪な教え。心理にそむく説のこと。
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所引の経論
 引用される経と論。
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宗の源
 その宗旨の本源。
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謬誤
 あやまり、ごびゅう。
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守護章
 伝教大師が弘仁9年(0818)52歳の時述作した「守護国界抄」のこと。法相宗の徳一が「中辺義鏡」で、天台の法華経を批判したのに対し、これを破折した書。
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権実
 権は「かり」の意で方便をあらわし、実は「真実義」の意。機に応じて一時的に説く法を権とし、究極不変の真実の法を実という。
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大小
 大乗教と小乗教のこと。「乗」とはのせる、の義で小乗教は俱舎宗・成美宗・律宗など。阿含の四経をよりどころとして、小乗の戒律を立てる教えで、少ない範囲の人を、わずかな期間救おうというものである。大乗教とは華厳・方等・般若・法華をいい、小乗教より教えが高慢であり、多くの民衆を長い期間にわたって救おうというものである。大乗と小乗は相対的なものであり、文底下種の南無妙法蓮華経に対すれば諸教はみな小乗となる。
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偏円
 偏ったものと完全なもの。部分的なものと全体的なもの。①一部の真理を説いた偏頗な教と、円融円満で余すところなく説いた教えのこと。天台大師所立の化法の四教のなか、蔵・通・別の三教を偏、円教を円という。②摩訶止観に説かれる五略十広のなか、十大章の第五・偏円章にあたる。教理に偏円等の別があるように止観にも異なりがあるが、いま説く止観はそれらの別を超えすべてを包含した円満な止観であることを述べている。
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半満
 ①半字と満字のこと。②半字数と満字数のこと。③半字数を小乗声聞蔵、満字数を大乗菩薩蔵とする。④半字数を二乗・三乗の方便、満字数を一仏乗の真実の教えとする。
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簡択
 運ぶこと、多くの中から運び出すことをいう。
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己義
 己の義趣。仏の教法によらず、自己の見識のみによって立てる義。
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三重の劣
 弘法が十住心の中の第八・一道無為心を法華経、第九・極無自性心を華厳経、第十・秘密荘厳心を大日経とし、法華経は華厳経よりも劣り、さらに大日経に比べると三重の劣であるとしていること。
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戯論の法
 戯論とは、児戯に類した無益な論議・言論のことで、無益な法のこと。
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大日経
 大毘盧遮那成仏神変加持経のこと。中国・唐代の善無畏三蔵訳7巻。一切智を体得して成仏を成就するための菩提心、大悲、種々の行法などが説かれ、胎蔵界漫荼羅が示されている。金剛頂経・蘇悉地経と合わせて大日三部経・三部秘経といわれ、真言宗の依経となっている。
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供養法
 供養の方式・儀式次第のこと。供養の法式を書いた書。
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蘇悉地経
 蘇悉地羯羅経の略。唐の善無畏訳3巻。真言三部経の一つ。持誦・灌頂などが明かされ、妙果成就の法が説かれている。
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金剛頂経
 金剛頂一切如来真実摂大乗現証大教王経の略。唐の不空訳3巻。真言三部経の一つ。密教の根本経典。金剛界の曼荼羅とその供養法を説く。
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三部の秘経
 真言三部の秘密経。大日経・金剛頂経・蘇悉地経。
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事理
 ①事と理のこと。②事は縁によって生滅する差別的な現象をさし、理は不生不滅の普遍的な心理をさす。②真理を説明した理論を理というのに対し、その具体的な実践を事という。
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久遠実成
 釈尊は、法華経如来寿量品第十六で、五百塵点劫の成道を説き、仏の本地を明かした。すなわち、爾前経および法華経迹門ではインドに出世して30歳のとき菩提樹下で初めて成仏したことが説かれ、これを始成正覚という。しかるに本門寿量品では、五百塵点劫という久遠の昔に、すでに仏であったことが説かれている。これを久遠実成といい、長遠の生命を説き明かしたものである。
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二乗作仏
 「二乗」とは声聞・縁覚のこと。法華経以前においては二乗界は永久に成仏できないと、厳しく弾呵されてきたが、法華経にはいって初めて三周の声聞(法説周・喩説周・因縁周)が説かれて、成仏が約束されたのである。
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臆説
 憶測の教説・確証のない推測・仮定の意見。
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 法華最勝が仏説であることを示された前段を受けて、この段は、弘法大師が「法華経は大日経第一、華厳経第二に次いで三重に劣っており、戯論のようなものだ」と述べた邪義を破られている。初めに掲げられている「法華経は戯論のようなものであり、華厳のほうが真実である」というのは、直接、弘法の言葉としてはないが、彼が言っている内容はこのとおりである。そして、この主張と前の段で示された法華経が真実で華厳経等を方便権教とする仏語や天台大師・伝教大師の釈と比べて、どちらを用いるべきであるかと責められてうる。当然、後者であることはいうまでもない。
 次いで、弘法の秘蔵宝鑰下の此くの如き乗乗は自乗に仏の名を得れども後に望むれば戯論と作る」との文である。弘法は十住心を立て分け、大乗については第六・他縁大乗住心、第七・覚心不生住心、第八・一道無為住心、第九・極無自性住心、の四住心とし、第十の秘密荘厳住心を置き、これを真言宗の立場とする邪義を立てているのである。引用された文の「此の如き乗乗」というのは弘法が仏乗とした第八・と第九は「自乗」、自らの教えにおいては、それぞれ仏乗といって仏の名を冠しているが、後の第十と比較すると戯論となる、と述べている。これが、天台宗の依経である法華経を戯論と貶め、また、華厳宗を第九、天台宗を第八にして法華経を華厳経より下に置き、第十の大日経の真言宗より三重の劣にする邪義の根本である。次に秘蔵宝鑰巻中から「人を謗ずれば定めて阿鼻獄に堕して」という文を引用されている。つまり、人であれ法であれ、これを誹謗すると必ず阿鼻地獄に堕ちるということを弘法自身が述べているのである。
 以上、弘法の二つの文を引用されたのちに、以下、これを破折していくための文証を引用されるのである。
 まず、妙楽大師の法華文句記巻6下の「実相の外は皆戯論と名づく」との文を引用されて、弘法が法華経を戯論と貶めた邪義に対して、逆に、諸法実相を説かない大日経等は皆戯論であると破折されている。次いで、天台大師の梵網経の疏巻下からの文を引用されている。この疏は梵網経に説かれる十重禁戒について釈したもので、引用された文は十番目の不謗三宝戒について釈したところである。三宝を謗るということは菩薩を謗ることであり、因果の道理を無視する邪見であると釈している。また謗ずるということは「乖背」と同じ意義であり、すべてにおいてその解釈している内容が理に合致しておらず、言葉が真実から外れており、本義と異なった勝手な見解を説く者を謗とすることであると釈している、この謗三宝の条件に当てはまるのが弘法ら真言宗の輩であることはいうまでもない。
 次に、天台大師の法華玄義巻2下から、仏説の裏づけ、すなわち文証のないものはことごとく邪偽であり、外道と異ならないという一文を引用されている。これは次に述べられるように、弘法の主張が文証に依っていないことを破折されるためである。
 更に、妙楽大師の止観輔行伝弘決巻10上から、妙楽大師在世当時の人々が他の人が経や論を引いて教義を主張しているとすぐに信じて頼りにして、その宗派の本源を尋ねるようなことをしないのは誤りである、という一文を引用され、暗に大聖人御在世当時の人々が真言宗などで経や論を引いて邪義を主張しているのを安易に信頼しているのは間違っていることを指摘されている。また、更に伝教大師の守護国界章巻上の中から、もし経や論の文が引かれていたとしても、その経論が権教か実教か、大乗か小乗か、偏教か円教か半字教か満字教かを選別すべきであるとの文を引用されている。ここでは真言師たちが、大日経等の三部経の文を引いていたとしても、それが権教であり偏教であることをしっかり見据えるべきであると戒められているのである。
 最後の法華玄義巻3下から「広く経論を引いて己義を飾り立てる」という一文を引用されているのは、経論を引用していても自らの邪義を飾り立ててもっともらしく見せるためでしかないと破折されるためである。第六章に「密家に四句の五蔵を設けて十住心を立て論を引き伝を三国に寄せ家家の日記と号し我が宗を厳るとも皆是れ妄語胸臆の浮言にして荘厳己義の法門なり」と仰せの破折を裏づける文もある。「抑弘法の法華経は真言より三重の劣・戯論の法にして」以下は法華経が華厳にも劣り真言に比べて三重の劣であり戯論であるとする弘法の邪義を彼自身が依経としている大日経6巻31品、更にこれに供養法を説いている第7巻の5品を加えた7巻36品のなかの、どの巻や品に文証としてあるのかと責められている。同時に、蘇悉地経3巻34品と金剛頂経3巻、金剛略出経1巻のなかにも全くないと断言されている。
 次に、大日経を含む真言三部の秘密経のどの巻や品に、十界互具の法門が説かれているのかと責め、全く説かれていないと断定されている。これに対して、法華経には事と理とともに説かれていると述べられ、久遠実成が事で、二乗作仏が理であると明言されたうえで、善無畏等の理同事勝説は単なる憶説にすぎず信用に値しないものであると重ねて破折されている。
法華経には事理共に有るなり、所謂久遠実成は事なり二乗作仏は理なり
 同じことを真言天台勝劣事には次のように説かれている。すなわち「法華の理とは迹門・開権顕実の理か 其の理は真言には分絶えて知らざる理なり、法華の事とは又久遠実成の事なり此の事又真言になし真言に云う所の事理は未開会の権教の事理なり 何ぞ法華に勝る可きや」(013715)と。
 ここでは法華について、根本となる理と亊とを挙げれば、理は迹門で明かされる開権顕実の理であり、事は本門の久遠実成であるとされている。40余年未顕真実の方便権教を開いて真実の法華経を顕すということが開権顕実で、これによって、それまでの声聞・縁覚・菩薩の三乗を開いて実相である一仏乗を開くという開三顕一が説かれ、二乗も作仏できるという理が明らかにされたのである。これに対し、法華経に説かれる多くの事のなかで、最も甚深であるのは仏の久遠実成である。二乗作仏自体、その場で成仏したのではなく、未来に成仏するとの授記であるから理であるのに対し、事実のうえで二乗の作仏、言い換えれば一切衆生の成仏が可能となるのは仏の久遠実成の開顕によってなされるので事となるのである。これに対し、善無畏らの理同事勝は全く経文の裏づけのない勝手な説であるから信用に値しないと破られている。

0148:11~0148:18 第14章 真言の邪義を五点に絞り疑難すtop
11   凡そ真言の誤り多き中
12   一、十住心に第八法華・第九華厳・第十真言云云何れの経論に出でたるや。
13   一、善無畏の四句と弘法の十住心と眼前違目なり何ぞ師弟敵対するや。
14   一、五蔵を立つる時・六波羅蜜経の陀羅尼蔵を何ぞ必ず我が家の真言と云うや。
15   一、震旦の人師争つて醍醐を盗むと云う年紀何ぞ相違するや、其の故は開皇十七年より唐の徳宗の貞元四年戊辰
16 の歳に至るまで百九十二年なり 何ぞ天台入滅百九十二年の後に渡れる 六波羅蜜経の醍醐を盗み給う可きや 顕然
17 の違目なり、若し爾れば謗人謗法定堕阿鼻獄というは自責なるや。
18   一、弘法の心経の秘鍵の五分に何ぞ法華を摂するや能く能く尋ぬ可き事なり。
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 およそ真言宗には多くの誤りがあるが、そのなかに、
 一、弘法の十住心の教判には第八は法華経、第九は華厳経、第十は真言経といっているが、どの経論に出ているのか。
 一、善無畏が立てた大日経義釈にある四句教判と弘法の十住心教判は明白に異なっている。どうして師と弟子が敵対するのか。
 一、五蔵教判を立てる時、六波羅蜜経の陀羅尼蔵をどうして必ず我が家の真言というのか。
 一、弘法は顕密二経論で「震旦の人師が争って醍醐を盗む」といっているが年記が相違するのではないか。そのゆえは天台大師入滅の開皇十七年から六波羅蜜経が中国に初めて渡った唐の徳宗の貞元四年丙辰の年に至るまで百九十二年である。天台大師は自分の入滅百九十二年後に渡ってくる六波羅蜜経の醍醐をどうして盗むことができるのか。この年代の違いははっきりしている。もしそうであれば、弘法が秘蔵法鑰に「謗人・謗法は必ず阿鼻地獄に堕ちる」というのは自己を責める言葉であろうか。
 一、弘法は般若心経秘鍵を著し、般若心経の五部のなかに法華経を収めているが、どうして法華経を入れているのか、よくよく究めるべきである。

十住心
 弘法が十住心論を著して立てた教判。大日経十住心品に十種の衆生の心相があるとして、それに世間の道徳・諸宗を当てはめ、菩提心論によって顕密の勝劣を判じ、真言宗が最高の教えであることを示そうとしたもの。異生羝羊心・愚童持斎心・嬰童無畏心・唯蘊無我心・抜業因種心・他縁大乗心・覚心不生心・一道無為心・極無自性心・秘密荘厳心をいう。
―――
眼前違目
 目の前にあるように、相違点が明らかなさま。
―――
師弟敵対
 師は師匠。弟子が師匠の教えに違背して、敵視して逆らうこと。仏法では、法を説き衆生を正しく導く仏・菩薩に反逆することをいう。
―――
五蔵
 五臓とは肺臓、心臓、脾臓、肝臓、腎臓をいう。
――ー
六波羅蜜経の陀羅尼蔵
 大乗理趣六波羅蜜多経に説かれる五臓のうちの第五・陀羅尼蔵のこと。陀羅尼蔵とは陀羅尼・呪を集めたもの。五臓のひとつ。秘蔵ともいう。
―――
震旦の人師
 中国の仏教指導者。
―――
醍醐
 五味の一つ醍醐味のこと。①蘇を精製してとる液で、濃厚甘味。薬用などにもする。②天台大師が一切経を五時の教判に約して、法華涅槃を醍醐味とたてたこと。③真言宗では自宗のことを醍醐とする邪義を立てている。
―――
唐の徳宗
 徳宗皇帝のこと。(0742~0805)。中国唐朝第九代の皇帝。姓名は李?。代宗の長男。即位後、思いきった税法の改革、節度使対策を行ったが、各地で内乱が起こり、成功しなかった。
―――
天台入滅
 天台大師が入滅したこと。
―――
謗人
 ①正法を誹謗する人。②正法をたもつ人を誹謗する人。
―――
謗法
 誹謗正法の略。正しく仏法を理解せず、正法を謗って信受しないこと。正法を憎み、人に誤った法を説いて正法を捨てさせること。
―――
阿鼻地獄
 阿鼻大城・阿鼻地・無間地獄ともいう。阿鼻は梵語アヴィーチィ(Avici)の音写で無間と訳す。苦をうけること間断なきゆえに、この名がある。八大地獄の中で他の七つの地獄よりも千倍も苦しみが大きいといい、欲界の最も深い所にある大燋熱地獄の下にあって、縦広八万由旬、外に七重の鉄の城がある。余りにもこの地獄の苦が大きいので、この地獄の罪人は、大燋熱地獄の罪人を見ると他化自在天の楽しみの如しという。また猛烈な臭気に満ちており、それを嗅ぐと四天下・欲界・六天の転任は皆しぬであろうともいわれている。ただし、出山・没山という山が、この臭気をさえぎっているので、人間界には伝わってこないのである。また、もし仏が無間地獄の苦を具さに説かれると、それを聴く人は血を吐いて死ぬともいう。この地獄における寿命は一中劫で、五逆罪を犯した者が堕ちる。誹謗正法の者は、たとえ悔いても、それに千倍する千劫の間、無間地獄において大苦悩を受ける。懺悔しない者においては「経を読誦し書持吸うこと有らん者を見て憍慢憎嫉して恨を懐かん乃至其の人命終して阿鼻獄に入り一劫を具足して劫尽きなば更生まれん、是の如く展転して無数劫に至らん」と説かれている。
―――
自責
 自分で自分を責めること。
―――――――――
 ここではこれまでの真言宗破折のための論議を踏まえ、重ねて真言には多くの誤りがあるが、そのなかでも主要なものとして五点を挙げている。
 その第一は弘法はその著作「十住心論」において、衆生の心の相を十種に分けて説いているのであるが、そのうち、第八・如実一道住心、第九・極無自性住心、第十・秘密荘厳住心を真言に配列している。この立て分けはいったい、どのような経論に出典があるのかという点、
 この点については大聖人は法華真言勝劣事で明らかにされている。この段と関係する範囲で要約して述べると、大日経の住心品にはたしかに極無自性、秘密荘厳のどの名目はあるが、これを各宗、各経に配分する文証はないと言及、更に、如実一道の名目はないのに弘法は、住心品の冒頭に「云何なるか菩提・謂く如実に自心を知る」とあるのを引っぱってきて如実一道という名目を勝手に作り、これを法華経・天台宗に配して、極無自性の華厳宗の下に配列したのであるとその作為性を指摘されている。
 第二は真言宗の祖師である善無畏は大日経義釈のなかで釈尊一代聖教は、唯蘊無我心、覚心不生心、極無自性心、如実一道心の四句のなかに収まるとしている。すなわち唯蘊無我心は小乗教、覚心不生心は法相宗、極無自性心は華厳宗、如実智自心は涅槃経・法華経・大日経に配されるとしている。この善無畏の四句記の是非は別にして、弘法が立てた十住心では善無畏の四句とは大いに異なっていることは明らかである。極無自性心の華厳宗はそのままであるが、善無畏が如実知自心に涅槃・法華・大日等を並立されているのに対し、弘法はこれを勝手に分けて勝劣を設け、第八・如実一道住心を法華、第十秘密荘厳住心大日経等の真言に配しているのである。弘法は善無畏が開いた真言宗の流れを受けた弟子であるから、自らの師である善無畏に敵対する説を主張するのはおかしいではないかと責められている。
 第四に弘法が弁顕密二経論で「震旦の人師、醍醐を盗んで、各自宗に名づく」と述べて、暗に天台大師が第五時の法華・涅槃ぶを醍醐味と名づけたのは六波羅蜜経から盗んだものであると批判している。六波羅蜜経では第一経蔵から第四経蔵までをそれぞれ乳味・酪味・生酥味・熟酥味の四味に配し、第五の陀羅尼蔵を醍醐味に配しているのであるが、天台大師はこれを盗んだのだと弘法は非難しているのである。これに対して大聖人は、六波羅蜜経が中国に伝来したのは天台大師の滅後192年も経っているからである。つまり天台大師の時代には全く中国に存在しなかった六波羅蜜経の文を、どうして天台大師が盗むことができようかと仰せられている。そして、弘法が秘蔵宝鑰で述べた「人を謗じ法を謗ずれば定めて阿鼻獄に堕して」という文は、自らを責めて言ったところであろうかと皮肉をこめて断罪されている。
 第五に、弘法は般若心経秘鍵という書物のなかで、般若心経を五つに区分して密教の立場から解釈するなかで、その第二の区分である分別諸乗分のなかに法華経を入れて位置づけている。般若部と法華経とは明らかに別の経であり、しかも法華経は般若部経典も含めた40余年の説法を「未顕真実」と打ち破り、その末だ顕されない真実を明かしたのが法華経である。したがって、般若部の経が法華経の一部として位置づけられることはあっても、法華経が般若経の一部に摂せられることはありえない。大聖人は、この当然の道理から「能く能く尋ぬ可き事なり」として、門下に深く誤りを追及するように求められている。

0149:01~0149:06 第15章 大日如来の存在につき難ずるtop
0149
01   真言七重難。
02   一、真言は法華経より外に大日如来の所説なり云云、 若し爾れば大日の出世成道・説法利生は釈尊より前か後
03 か如何、 対機説法の仏は八相作仏す父母は誰れぞ名字は如何に娑婆世界の仏と云はば世に二仏無く国に二主無きは
04 聖教の通判なり、 涅槃経の三十五の巻を見る可きなり、 若し他土の仏なりと云はば 何ぞ我が主師親の釈尊を蔑
05 にして他方・疎縁の仏を崇むるや 不忠なり不孝なり逆路伽耶陀なり、 若し一体と云はば何ぞ別仏と云うや若し別
06 仏ならば何ぞ我が重恩の仏を捨つるや、 唐尭は老い衰へたる母を敬ひ虞舜は頑なる父を崇む是一、
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 真言に対する七重の難詰。
 一、真言経は法華経より外に大日如来の説いたものである。もしそうであるなら大日如来が世に出て成道し説法し衆生を利益したのは釈尊より前か後か。衆生の機根に対して説法する仏は八相作仏する。大日如来の父母はだれで、名は何というのか、娑婆世界の仏というならば、一世界に二仏はなく、一国に二主はないのは一代聖教に通じる判釈である。これについては涅槃経巻三十五を見るべきである。もし他土の仏であるというならば、どうして我が主師親の釈尊をないがしろにして、縁の疎い他方に仏を崇めるのか。不忠である不孝である。師敵対である。もし釈尊と大日如来が一体であるというならば、どうして別仏というのか。別仏ならば、どうして我が重い恩のある釈迦仏を捨てるのか。唐尭は老いたるを敬い、虞舜は頑な父を崇めた。これが第一である。

大日の出世成道・説法利生
 大日如来がこの世に出現し成仏し、法を説き衆生を利益すること。
―――
対機説法
 衆生の機根に対応して法を説くこと。随喜説法ともいう。衆生の機根の不同に対応して説法することをいう。
―――
八相作仏
 仏が応身または化身を現じて、作仏を中心とする八種の相を示現して説法教化すること。八相とは下天・託胎・出胎・出家・降魔・成道・転法輪・入涅槃。南無妙法蓮華経の題目を唱えるならば、生老病死が即八相作仏と顕れるのである。
―――
名字
 呼び名・名称・題名。
―――
娑婆世界
 娑婆とは梵語サハー(Sahā)の音写。忍土、忍界、堪忍土と訳す。この世はあらゆる苦難を乗り越え、また耐え忍ばなければならない故に娑婆世界という。
―――
聖教の通判
 釈尊一代の教えのすべてに通じるならわし。
―――
我が主師親の釈尊
 我々自身に有縁の主師親三徳具備の教主・釈迦仏のこと。
―――
他方・疎縁の仏
 他方の国土にいて我々とは縁の疎い仏。娑婆世界以外の世界に住み、娑婆世界の衆生に関係のない仏のこと。
―――
不忠
 忠義でないこと。真心を尽くして主君に仕えないこと。
―――
不孝
 親孝行でないこと。子供が親を敬い真心を尽くさないこと。
―――
逆路伽耶陀
 古代インドの外道の一派で逆順世派のこと。世情の趣くままに教を立てる順世派に逆らい、世論に従わないで法を説いた外道の一派。順世派の師であるチャールヴァーカの立てた教義に順わないで反対の説を立てたために、後代、師の意にそわず反逆の罪を犯すもののたとえに用いられる。
―――
一体
 一つの体。同体。
―――
別仏
 別の仏。異なる仏。
―――
重恩の仏
 衆生にとって恩義の重い仏のこと。
―――
唐堯
 中国上古の伝説時代の王。尚書によると唐堯は、父の黄帝の曾孫にあたる帝嚳高辛氏、母は陳鋒氏の女で、名を放勲といい、仁徳は天のごとく、智は神の如くであったという。黄色の冠をかぶり質素な服を着、赤い色の車を白馬に引かせて乗った。百官を適材適所に配し、人事は公明だったので、全諸侯の国々がよく和合した。義和に命じて日月星辰の運行をもとに暦を作り、大洪水を治め、大いに善政を施した。七十年の治世の後、舜の孝行を聞いて、挙用し、二女とめあわせて帝位をゆずった。退位二十八年で死んだとき、民は父母を失ったように悲しんだという。
―――
虞舜
 虞の人で有虞氏という。父が後妻をもらって舜を虐待し殺そうと図ったが、至孝をもって父および継母に尽くし、異母弟・象を愛した。それを堯王が知るところとなり、摂政に挙用され、二女を妻にめとり、さらに帝位について善政を行った。在位三十九年、禹王に後事を託して没。江南の九疑に葬られた。
―――――――――
 本抄はこの段から終りまで「真言七重難」、すなわち、真言宗の教義に対する七つの疑難が記される。その第一は大日如来に関するものである。
 真言宗では「真言は法華経より外に大日如来がといたものである」と主張し、真言が法華経等を説いた釈迦如来とは別の大日如来が説いた教えであるとしている。
 これに対して、大日如来が釈尊とは別の仏だとすると、釈尊より前なのか後なのか、いったい、いつ存在したのかと疑問をつきつけられている。
 そして、現実に対機説法したのだとすれば、八種の相を示しているはずであり、大日如来を生んだ父母はいったいだれで、その名は何といったのかと問われている。名字とはその血筋、社会的立場をあらわすものであった。
 更に、大日如来が出現したのが、この娑婆世界であるというならば、娑婆世界という一つの世界に釈尊と大日如来の二仏が存在したことになり、これは涅槃経にも説いている。一国土に二人の国王が存在しないように、同一世界に二仏が出生することはないという。いわば仏教の規範に反することになるから、ありえないと破られている。
 逆に、もし大日如来が他土すなわち娑婆とは別の世界の仏であると主張したなら、娑婆世界の衆生にとって主・師・親の三徳を具えている教主釈尊を蔑ろにして、縁の薄い他土の仏を崇拝するのは、主徳に対しては不忠、親徳に対しては不孝、師徳に対しては師敵対、逆路伽耶陀にあたると断じられている。
 更に、釈尊と大日如来が名は異なるが一体の仏であると主張するなら、どうしてわざわざ釈尊以外に別の仏として立てる必要があるのかと責められる。もし別仏と主張したなら、なぜ娑婆世界の衆生にとって恩の厚い釈尊を捨てるのかと、中国の賢人である三皇五帝の一人、尭は老いたる母を敬い、同じく舜は頑固な父を崇拝したという故事を挙げられ、いわんや内道の仏教を修行する者が主師親三徳を具えた釈尊を蔑ろにしてよいのかと戒められている。

0149:06~0149:15 第16章 真言が五仏の説に背くを難ずtop
06                                              六波羅蜜経に云
07 く「所謂過去無量ゴウ伽沙の諸仏世尊の所説の正法・ 我今亦当に是の如き説を作すべし所謂八万四千の諸の妙法蘊
08 なり○而も阿難陀等の諸大弟子をして 一たび耳に聞いて皆悉く憶持せしむ」云云、 此の中の陀羅尼蔵を弘法我が
09 真言と云える若し爾れば此の陀羅尼蔵は釈迦の説に非ざるか 此の説に違す是二、凡そ法華経は無量千万億の已説・
10 今説・当説に最も第一なり、諸仏の所説・菩薩の所説・声聞の所説に此の経第一なり諸仏の中に大日漏る可きや、法
11 華経は正直無上道の説・大日等の諸仏長舌を梵天に付けて真実と示し給う是三、 威儀形色経に「身相黄金色にして
12 常に満月輪に遊び定慧智拳の印法華経を証誠す」と、 又五仏章の仏も法華経第一と見えたり是四、「要を以て之を
13 云わば如来の一切所有の法乃至 皆此の経に於て宣示顕説す」云云、 此等の経文は釈迦所説の諸経の中に第一なる
14 のみに非ず 三世の諸仏の所説の中に第一なり 此の外・一仏二仏の所説の経の中に法華経に勝れたる経有りと云は
15 ば用ゆ可からず法華経は三世不壊の経なる故なり是五、
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 六波羅蜜経に「いわゆる過去のガンジス河の砂の数ほど無数の諸仏世尊の説かれた正法について、我も今またこれと同じ説をなすのである。いわゆる八万四千のもろもろの妙法の集まりである。…しかも阿難陀とうもろもろの大弟子に、ひとたび耳に聞かせ皆ことごとく記憶させている」とある。このなかの陀羅尼蔵を弘法は我が真言といっている。もしそうであるなら、この陀羅尼蔵は釈尊の説ではないのか。これが第二である。
 およそ法華経は無量千万億の已説・今説・当説の三説のなかで最も第一である。諸仏の所説や菩薩の所説・声聞ののなかで、この法華経が第一である。諸仏の中に大日如来が漏れることがあろうか。法華経は正直で無上道の説であり、大日如来らの諸仏は長舌を梵天に付けて真実と示されたのである。これが第三である。
 威儀形色経に「大日如来の姿は金色で常に満月のようであり、定慧智拳の印を結んで、法華経を証明する」とあり、また法華経方便品第二五仏章の段で総諸仏・過去仏・現在仏・未来仏・釈迦仏の五仏も法華経を第一と説いている。これが第四である。
 法華経如来神力品第二十一に「要をもって之をいうと、如来の一切の所有の法、…皆この法華経において宣べ示し顕し説いた」とある。これらの経文は、法華経は釈尊の説いた諸経のなかで第一であるだけでなく、過去・現在・未来の三世の諸仏の所説のなかで第一である。このほか一仏・二仏が説いた経のなかで法華経よりも勝れている経があるというならば、法華経は三世にわたって壊れない経であるからである。これが第五である。

六波羅蜜経
 中国・唐の罽賓国・般若三蔵の訳10巻、大乗理趣六波羅蜜経のこと。
―――
無量劫伽沙
 恒河沙とは、ガンジス河の砂のことで、数え切れないほどの数を示す譬喩。
―――
八万四千の諸の妙法蘊
 八万聖教、八万威儀、八万四千の法蔵、八万四千の細行とこいう。煩悩の数を84,000の塵労といい、これを対治する数として84,000の法蔵という。略して「八万法蔵」。二百五十戒を行住坐臥の四威儀におのおのわたし、一千の威儀になり、過去・現在・未来の三世に約して三千の威儀、この三千を殺・盗・淫・妄・綺・悪・両の七支に分配すれば、二万千となり、貧・瞋・癡・等の四にわたせば七十八万四千となる。蘊とは集積・集まりの意味。
―――
阿難陀等の諸大弟子
 阿難陀とは阿難のことで、釈尊十大弟子のひとり。諸大弟子とは釈尊の数多くの弟子のこと。
―――
憶持
 いかなる場合にも心に記憶すること。正法受持の義を心に銘記する信仰の姿勢をいう。
―――
陀羅尼蔵
 仏典の五種の分類の五蔵のひとつ。五蔵とは経蔵・律蔵・論蔵・慧蔵・律蔵のこと。この五蔵は五種の機類のためにといたもので、六波羅蜜経の中に説かれている。「一につねに閑寂に居し、静慮を修するもののために経蔵を説く。二に威儀を習い、正法を護持するもののために律蔵を説く。三に正法を説き、法相を分別し、研覈究尽せんもののために論蔵を説く。四に大乗真実の智慧をねごうて、我が法との執着を離れるもののために般若波羅蜜多蔵を説く。五に禅定を修せず、善法を持たず、威儀を修せず、諸の煩悩癡闇におおわれたものをあわれみ、かれをして速疾に解脱し、頓に涅槃を悟らしめんがために第五の「陀羅尼蔵」を説く。すなわち経律論の三蔵に菩薩の慧蔵と真言陀羅尼蔵を加えて五蔵という。真言はこの第五の「陀羅尼蔵」をもって仏法最の醍醐味と立て、これを密経とし、前四経顕経とした邪義を立てた。小乗大乗分別抄には「真言宗の顕密・五蔵・十住心・義釈の四句等は南三北七の十師の義よりも尚悞れる教相なり」(0523-08)とある。
―――
正直無上道の説
 仏の本意にかなった最高の教説。一乗の妙法である法華経をさす。正直は仏の本意にかなうこと。無上道は最高・究極の教えの意。
―――
威儀形色経
 1巻。法華漫荼羅威儀形色法経という。中国・唐代の不空訳。法華経見宝塔品で説かれる宝塔品の儀式、多宝如来の出現を基として、密教様式の漫荼羅をあらわした経。
―――
身相黄金色
 身体の様相が黄金色であること。身相は心相に対する語で、外面にあらわれたありさま。姿。
―――
満月輪
 満月が丸いことを輪にたとえたこと。仏の円満なさまを表現している。
―――
定慧智拳の印
 定は禅定・慧は智慧・智の拳印は無明を除き仏智に入る拳印で、宝塔中の多宝如来、金剛界の大日如来などが結んでいる印である。また宝塔中の多宝如来、胎蔵界の大日如来などが定印禅定に入った相を示す印契を結んでいる。
―――
証誠
 ある事柄が真実であることを証明すること。またその証をいう。
―――
五仏章の仏
 五仏章に説かれる諸仏のこと。五仏章とは方便品の広開三顕一における正説段の長行と偈頌の総称。五仏とは総諸仏・過去仏・未来仏・現在仏・釈迦仏のこと。
―――
如来の一切所有の法
 神力品に「要を以て之を言わば、如来の一切の持つ所の法、如来の一切の自在の神力、如来の一切の秘要の蔵、如来の一切の甚深の事は、皆此の経に於て宣示顕説す」とあり、如来一切所有の法を含む四句の要法の付嘱が地涌の菩薩に対して行われ、滅後の弘通が正式に託されたのである。
―――
宣示顕説
 はっきりと説き示し、説き顕わしたこと。
―――
三世不壊の経
 過去・現在・未来に渡って壊れることなない経。法華経のこと。
―――――――――
 ここでは、真言への七つの疑難のうち、第二、第三、第四、第五までの4つの疑難を取り上げる。
 まず、第二の疑難は、弘法が六波羅蜜経のなかで説かれる陀羅尼蔵を自分で立てる真言教に配したことに対して弘法の誤りを指摘されている。異なった観点ながら、同じ疑難は既に提出されている。
 六波羅蜜経には「過去において諸仏によって説かれた無量義教の正法を我もまた、今説くのである。いわゆる八万四千の妙法蘊である」とあり、更に、ここにいう84000の妙法蘊、すなわち一切経を経蔵・律蔵・論蔵・慧蔵・陀羅尼蔵の五種類に分類している。
 弘法は弁顕密二教論巻下で、この陀羅尼蔵を自分の弘める真言密教に配しているのであるが、一方では真言は大日如来の説法であるといいながら、もう一方では釈尊の六波羅蜜経で自らの所説としている五蔵の一つだとするのは矛盾することになると破られている。
 第三の疑難は、釈尊が法華経法師品第10で已・今・当の三説のなかで、法華経が最第一であると説いており、また、同薬王菩薩本事品第23では一切の如来が説いた経々、一切の菩薩が説いた経々、一切の声聞が説いたもろもろの経々のなかで、法華経が第一であると説いている。このことから、大日如来もこの諸仏、一切の如来のなかに当然、入っているはずで、したがってこの法華経より勝れる大日如来の法というものがあるはずがないということ。ゆえに、如来神力品第21で大日如来を含めた諸仏が天上界の梵天まで舌を届かせて釈尊の説法の真実なることを証明しているではないか、と述べられている。
 このように大日如来も釈尊の説いた法華経を最高第一の教えであると証明しているのに、真言宗が大日如来を崇拝し、法華経を顕教と貶めているのは大日如来の心にも違背するのではないか、と破られているのである。
 第四の疑難は、不空訳の法華漫荼羅威儀形色法経からの一節を引用して提起されている。そこでは大日如来の身体が黄金色に常に満月のように円満で、そのうえ定印・慧印・智拳印の3つの印を結んで妙法輪である法華経を証明していると説かれている。次に、法華経方便品第2に、過去仏・現在仏・未来仏・総諸仏・釈迦仏のいわゆる5仏は必ず初めに方便権教を説いた後に、その権教を開いて実教の法華経をあらわすという経過を経て衆生を教化するとあるところから、諸仏、したがって当然、大日如来も法華経を最高第一であるとしているのに、真言宗が法華経を第三の劣・戯論などと貶めているのは釈尊に違背するのはもちろんのこと、自らが崇拝する大日如来や諸仏にも違背していると難じられている。
 第五の疑難では、まず釈尊が滅後の流布のために上行菩薩の地涌の菩薩に法華経の要を四句に結んで付嘱するという法華経如来神力品第21の文を引用されている。そして、この神力品の文を含めて、それまで引用された法華経法師品第10、同薬王菩薩本事品第23、同方便品第2の五仏章等の文は法華経が釈尊の説いた諸経のなかだけでなく、三世諸仏の説いた無数の経々のなかでも最第一であることをあらわしているとされ、したがって、「此の外」つ、まり、これにそむいて一仏や二仏の説いた経々において、法華経より勝る経があると説いていたとしても用いてはならないと戒められている。なぜなら、法華経は三世諸仏が「第一」と証明したのであるから、三世にわたって壊れることのない最高の経だからであると述べられ、大日経は法華経より勝れているとする真言宗の教義を破折されている。これが第五の疑難である。
 以上のなかで、第三・第四・第五は、今の結びの御文にあるように「法華経第一」というのが大日如来も含めた諸仏の金言であることを示されているのであるが、「是三」「是四」「是五」と立て分けられた理由を考えてみたい。結論的にいえば、同じく「法華第一」といっても諸経との関係のあり方に種々あり、第三の場合は、法華経は已今当の諸経に超絶して勝れるという立場である。それに対し、第四の場合は、諸経を説くのは最後の法華経へ誘引するためで、したがって、法華経は諸経の頂点にあるという立場である。
 これに対し、第五の場合は「如来の一切所有の法がこの法華経に宣示顕説されている」とあるように、一切法・一切諸経は法華経の中に会入され、この部分部分として位置づけられるという立場である。こうした違いがあることから、三つに立て分けられたのである。

0149:15~0150:02 第17章 文証無き邪義を説く真言を難ずtop
15                          又大日経等の諸経の中に法華経に勝るる経文之無し是六、釈
16 尊御入滅より已後天竺の論師二十四人の付法蔵・其の外大権の垂迹・震旦の人師・南三北七の十師・三論法相の先師
17 の中に天台宗より外に十界互具・百界千如・一念三千と談ずる人之無し、 若し一念三千を立てざれば性悪の義之無
18 し性悪の義無くば仏菩薩の普現色身・真言両界の漫荼羅・五百七百の諸尊は本無今有の外道の法に同ぜんか、 若し
0150
01 十界互具・百界千如を立てば本経何れの経にか十界皆成の旨之を説けるや、 天台円宗見聞の後・邪智荘厳の為に盗
02 み取れる法門なり、才芸を誦し浮言を吐くには依る可からず正しき経文・金言を尋ぬ可きなり是七。
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 また大日経などの諸教のなかに法華経よりも勝れているきょうもんはない。これが第六である。
 釈尊の御入滅より以後、インドにおいて仏法を付嘱され伝え弘めた二十四人の論師、そのほか仏・菩薩が権に迹を垂れて現れた導師、また中国の人師、中国南部の三師・北部の七師の十師、三論宗・法相宗の先師のなかで、天台宗よりほかに十界互具・百界千如・一念三千を談じた人はいない。もし一念三千を立てなければ、仏・菩薩に本来の性分として悪を具える義はない。この生悪の義がなければ仏・菩薩が衆生を救うために普く色心を現すること、真言の金剛界・胎蔵界における両界の漫荼羅における五百・七百の諸尊は、本なくして今だけあるという外道の法と同じになるであろう。真言宗で十界互具・百界千如を立てるのは、依処とする真言の本経三部のどの経に十界がすべて成仏する旨を説いているのか。真言宗の一念三千は天台円宗の見聞の後、邪智によって自宗を飾るために盗み取った法門である。才知と技芸を唱え、無責任な言葉を吐くのには依処してはならない。正しい経文と金言を求めるべきである。これが第七である。

二十四人の付法蔵
 釈尊滅後の正法時代に、教法の付嘱をうけ、次の人に伝えた正法護持者24人。「大夫志殿御返事」には「所謂第一は大迦葉・第二は阿難・第三は未田地・第四は商那和修・第五は毱多・第六は提多迦・第七は弥遮迦・第八は仏駄難提・第九は仏駄密多・第十は脇比丘・第十一は富那奢・第十二は馬鳴・第十三は毘羅・第十四は竜樹・第十五は提婆・第十六は羅睺羅・第十七は僧佉難提・第十八は僧佉耶奢・第十九は鳩摩羅駄・第二十は闍夜那・第二十一は盤駄・第二十二は摩奴羅・第二十三は鶴勒夜奢・第二十四は師子尊者」(1079:07)とある。
―――
大権の垂迹
 大権は偉大なカリの姿、仏・菩薩が衆生を救済するために現われる姿。垂迹は迹を垂れること。①仏・菩薩が衆生を救済するために、種々の所にさまざまな身に姿を変えて、現れること。またその身をいう。②本地に対する語。もともとの仏菩薩が本地から真実を隠した化身の姿が垂迹であり、天月と地月の関係にたとえられる。③迹に属する一切の法門。
―――
震旦の人師
 中国の仏教指導者。
―――
南三・北七の十師
 中国の南北朝時代に、仏教界は揚子江の南に三派・北に七派の合わせて十派に分かれていた。すなわち南三とは虚丘山の笈師・宗愛法師・道場の観法師、北七とは北地師・菩提流支・仏駄三蔵・有師(五宗)・有師(六宗)・北地禅師(二種大乗)・北地禅師(一音教)である。これらの十宗の説は、いずれも華厳第一・涅槃第二・法華第三と説き、天台大師に打ち破られた。
―――
三論法相の先師
 三論宗は、竜樹菩薩の中論・十二門論・提婆菩薩の百論により、般若経の「一切皆空」をその教えの肝要とした。法相宗は、天親菩薩の唯識論・無著菩薩の瑜伽論・解深密経の「唯識実有」の教えを肝要とした。インドでは、竜樹系の青目・清弁・智光らと天親系難陀・護法・戒賢らとが、その義をあい争った。また中国では、興宣・嘉祥は三論宗を立て、玄奘・慈恩等は法相宗を立てて、互いに争った。さらに日本では元興寺等は三論を講じ、東大寺等は法相を講じて空有を争った。しかし伝教大師が、法華真実の法門を宣揚したので、南都六宗の碩徳14人は、空有の論諍が権教方便の説であることを知ったのである。
―――
性悪の義
 本有の真如・仏性に悪が本然的にそなわっているとする天台が立てた教義。
―――
仏菩薩の普現色身
 仏・菩薩が普く色心をあらわすこと。仏・菩薩が衆生を救済するために、種々の姿に身をあらわし説法することで普門示現ともいう。法華経には観世音菩薩が三十三身・妙音菩薩が三十四身を示現して衆生を教化・妙法を弘通したと説かれている。
―――
真言両界の漫荼羅
 真言宗で立てる金剛界・胎蔵界の漫荼羅で、両部の漫荼羅ともいい、密教の教義の根本となっている。
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五百七百の諸尊
 真言密教で説く、胎蔵界に500余尊、金剛界に700余尊をいう。
―――
本無今有
 本門の本有常住に対する語。迹門で成仏が許されたのは本がなくていま仏になるといわれ、また仏も久遠を説いていないから本が無くて今有る。したがって説く法門も本がなくて、今ある法を説いているに過ぎない。
―――
本経
 根本となる経典と根本となる論書。
―――
十界皆成
 十界がことごとく成仏すること。
―――
天台円宗
 天台宗のこと。円とは円融円満という意味で、法華経の一念三千をさす。また、円頓といってそれをただちに悟ることをいう。しかし、天台宗は観念観法の修行であって、日蓮大聖人の一念三千には遠く及ばない。一念三千の法門といっても、天台・伝教は理にすぎず、亊の本体は、三大秘法の大御本尊に尽きるのである。
―――
邪智荘厳
 よこしまな知恵にたけて自宗を荘厳すること。
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 ここでは、真言宗への七難のうち、最後の二難を取り上げる。第六の疑難は、真言宗が依経とする大日経等の三部経にも、大日経が法華経に勝れているとする経文はないということである。
 したがって、大日経が法華経に勝れているとする真言宗の教義は自らが依経とする三部経にも文証のない我見であり邪義であると難じられているのである。
 最後の第七の疑難は、真言宗は一念三千が自宗もあるとしているが、これも法華経にしかないのであるから、真言宗は一念三千が自宗にあるとしているが、これも法華経にしかないのであるから、真言宗は盗んだにすぎないということである。まず、釈尊入滅以来、インドで仏教を伝承した24人の論師、仏・菩薩が衆生救済のために仮に迹を垂れ出現したひとたち、中国の南三北七の10師、三論宗・法相宗の先師たちのなかで、天台宗以外で十界互具・百界千如・一念三千の法門を説いた者はいなかったという事実を明確にされている。そして「若し一念三千を立てざれば性悪の義之無し」と仰せられ“生悪の義”が成り立たないと仰せられている。「性悪の義」とは、仏・菩薩にも性分として六道の生命が具わるというもので、仏・菩薩が六道の衆生として色心を現し、衆生を教化・利益することが、それによって可能となるのである。一念三千の基礎は十界互具であるが、これは十界の各界が互いに十界を具えていることであり、言い換えれば、九界の迷いの衆生に仏界を具え、悟りの仏界にも迷いの九界を具えているということである。これを仏や仏性、真如の側から言えば、仏・仏性・真如に悪の本性として具わっているという性悪の義となる。
 しかるに十界互具一念三千を説かない真言の経典では、仏・菩薩が種々の姿を現して化導・利益するということは不可能であるはずである。それゆえに次に「性悪の義無くば菩薩の普現色身・真言両界の漫荼羅・五百七百の諸尊は本無今有の外道の法に同ぜんか。
 すなわち、仏や菩薩が衆生を救うために、あまねく種々さまざまなものの姿や身体を示して説法するのも、仏・菩薩に本性として衆生の悪を具えているから可能なのであり、真言宗の金剛界・胎蔵界の漫荼羅に五百余尊・七百余尊といわれる図像が描かれるのは、仏・菩薩が種々の色心を現じて衆生を化導・利益することを表現しているのである。したがって、仏性に衆生の悪を具えるとの性悪の義があって初めて可能なのであるから、もしこの義がなかったならば、普賢色身にしても、五百余尊・七百余尊にしても、“本無くして今有る”という根拠のないものとなり、外道と同じになってしまうと難じ」られている。
 次いで、もし真言宗が一念三千の法門は自らの教義であるというなら、真言宗が根本とする真言三部経のどの経に十界互具の法門に基づいて初めて可能な十界の衆生すべて成仏するという義が説かれているのか、と追及、真言宗が依経である真言三部経にない一念三千の法門を自宗にあると言っているのは、天台宗で説いているのを見聞した後に、悪智慧によって己の貧しい教義を荘厳するために盗み取ったのであると断じられている。更に、才知と技芸に長け、譫言のように無責任な言葉を吐く弘法のような人師を、仏法に関しては依りどころにしてはならならないと戒められ、依るべきは正しい経文と仏の金言であると勧められている。
 最後の第七の疑難は真言が正しい経文や仏の金言に基づかずに虚妄の義を立てていることに対してなされている。
性悪の義について
 性悪とは、本性としての悪ということで、本性としての善である性善と対語である。また、修悪と修善という対語もあり、修悪とは行為としての悪、修善は行為としての善、である。いずれも、天台大師が観音玄義巻上のなかで使用している言葉である。
 「闡堤は修善を断じ尽くして但性善のみあり、仏は修悪を断じ尽くして但性悪のみあり」とある。ここでは、善の代表である仏と悪の代表である闡堤とを対比させて論じられている。その意味は、悪の代表のような一闡堤は行為としての善は断じて行わないが、それでも本性としての善を有しているから仏になる可能性をもっている。その反対に、仏は行為としての悪は断じて行わないが本性としての悪は有している、というものである。
 更に、仏が性悪があるということについて、同玄義では「仏は性悪を断ぜずと雖も、而も能く悪に達す。悪に達するを以ての故に、広く諸悪の法門を用いて衆生を化度す」と述べている。つまり、仏は本性としての悪を具えていても、能く悪の本質に通達しているために、自在にもろもろの迷いや悪の法門を用いて衆生を教化することができるのである。
 この性悪の義は十界互具・一念三千の法門に基づいてこそ初めて成り立つのであり、仏や菩薩の衆生救済を裏づける原理となるのである。仏や菩薩が性悪を有するからこそ、六道輪廻の迷いの世界に出現して、苦しむ衆生の機に応じてさまざまな姿や身体を現じ、自在に法を説いて救うことが可能となるのである。

0150:03~0150:08 第18章 文証を引き一世界一仏なるを明かすtop
03   涅槃経の三十五に云く「我処処の経の中に於て説いて言く 一人出世すれば多人利益す一国土の中に二の転輪王
04 あり 一世界の中に二仏出世すといわば 是の処有ること無し」文、 大論の九に云く「十方恒河沙の三千大千世界
05 を名づけて一仏世界と為す是の中に更に余仏無し 実には一りの釈迦牟尼仏なり」文、 記の一に云く「世には二仏
06 無く国には二主無し一仏の境界には二の尊号無し」文、 持地論に云く「世に二仏無く国に二主無く 一仏の境界に
07 二の尊号無し」文。
08       七月 日                           日 蓮 花 押
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 涅槃経巻三十五に「我は所々の経のなかにおいて説いていう。一人の仏が世に出れば多くの人々が利益する。一国土のなかに二人の転輪聖王が出たり一世界のなかに二仏が世に出るという道理は決してありえない」とある。大智度論巻九に「十方の恒河の砂の数ほどの三千大千世界を一仏世界と名づける。この中に更に余仏はいない。実には唯一の釈迦牟尼仏でる」とある。法華文句記巻一に「一世界に二仏がなく国には二主がいない。一仏の教化する境界には二人の尊号はない」とある。持地論に「一世界に二仏がなく国に二主がなく一仏の教化する境界に二人の尊号はない」とある。
       七月 日                           日 蓮 花 押

出世
 仏がこの世に出現すること。
―――
利益
 仏の教え・正法に従い行動することによって、得られる恩恵。功徳と同義。
―――
一国土
 一つの国家。
―――
転輪王
 転輪聖王のこと。インド古来の伝説で武力を用いず正法をもって全世界を統治するとされる理想の王。七宝および三十二相をそなえるという。人界の王で、天から輪宝を感得し、これを転じて一切の障害を粉砕し、四方を調伏するのでこの名がある。その輪宝に金銀銅鉄の四種があって、金輪王は四州、銀輪王は東西南の三州、銅輪王は東南の二州、鉄輪王は南閻浮提の一州を領するといわれる。
―――
一世界
 一つの三千大千世界。
―――

 場所・道理・筋道・理由。
―――
一仏世界
 一つの三千大千世界。
―――
余仏
 釈迦牟尼仏以外の仏。
―――
釈迦牟尼仏
 たんに釈迦ともいう。釈迦如来・釈迦尊・釈尊・世尊とも言い、通常はインド応誕の釈尊。
―――
一仏の境界
 一仏が化導する世界のこと。
―――
尊号
 尊んで呼ぶ名。十号ともいう。
―――
持地論
 瑜伽論瑜伽師地論ともいう。ヨーガーチャーラ・ブーミ(Yogācārabhūmi-śāstra)。弥勒説・玄奘訳百巻。瑜伽は相応と訳す。一切の境・行・果・教が互いに相応することをいう。師地は、三乗の行者が聞思等によって次第に瑜伽を修習して境界を深め、それぞれの分に従って諸の有情を教化することをいう。
―――――――――
 本抄の結びの段である。
 引用されている涅槃経巻35の文の内容は、仏はさまざまなところで法を説いてきたが、仏一人この世に出生すると多くの人々を利益するものである。したがって、一国土に二人の転輪王がいたり、一世界に二仏が出生するという道理はないというもので、一世界一仏の原則を示している。次に引用された大智度論巻9の文は、十方恒河沙の三千大千世界の一仏が教化する世界で、そのなかで仏は釈迦牟尼仏唯一であって余仏は存在しないとしている。
 更に、法華文句記巻1の文では、世に二仏はなく、国に二王はいないというのが原則であって、一仏によって教化される範囲内には二人の仏は存在しないと説いている。最後に菩薩地持経巻3も、同じく、世に二仏はなく、国に二主はないように、一仏が教化する範囲内には二仏はないという文である。
 以上引用された経・論・釈の諸文をとおして、大聖人は一世界には一仏のみが衆生教化にあたり、二仏が存在することはありえないという仏法の鉄則を改めて確認されている。
 この鉄則にしたがう限り、この娑婆世界では釈迦仏のみが衆生を教化するのであり、真言宗のように、釈迦仏のほかに大日如来が現れたとすることは、仏教のこの鉄則を知らないのである。
 本抄で一つ一つ取り上げ破折されたように、真言宗には法華経を三重の劣と下し、大日如来の説いたとする大日経等を最高とし、一念三千は真言経典にもあるとするなど、多くの破折されるべき点があるが、最も根本は釈迦仏とは別に大日如来を真言経典の教主であり、衆生救済の主としてたてることにある。
 ゆえに、結びの段で、この二仏の問題を取り上げられるとともに、二仏を立てることは国に二主を立てるのと同じで「亡国」の因となることを示され、本抄冒頭の問いへの答えともされているのである。

0150~0154    蓮盛抄top
         はじめにtop

 本抄の講義に入る前に、まず、本抄全体の背景と大意、構成などについて簡単にふれておきたい。
 本抄は建長7年(1255)、日蓮大聖人、聖寿34歳の御時の御述作とせれている。建長7年(1255)といえば、大聖人の立教開宗から2年後のことである。その立教開宗において、大聖人は法華経こそ釈尊一代聖教の心髄であり、根幹であることを明らかにされるとともに、法華経の真髄である南無妙法蓮華経こそ末法の人々の機根にかなった大白法であることを宣言されたのである。その立宗と同時に、法華経以外の経典を依りどころとしている既成の宗派を破られたのであるが、なかでも当時の日本において隆昌を誇っていた代表的なのが念仏宗・禅宗・真言宗・律宗の四宗であった。立宗のこの時から、これら四宗すべてに破折を加えられたどうかは定かではないが、少なくとも、初期の段階から、破折されていたことは明らかで、それが後に、念仏無間・禅天魔・真言亡国・律国賊という「四箇の格言」となって結実する。
 さて、本性は一貫して禅宗を破折された書である。禅宗が根本の依りどころとしている経典をはじめ、その教義の一つ一つについて、具体的に詳細に破られている。当時、禅宗は武士階級に広まり、鎌倉幕府の要人たちも、盛んに禅寺を建立し、高僧たちを招いていた。
 本抄の構成は16の問答が成り立っており、そこから別名を禅宗問答抄ともいわれる。なお、表題の蓮盛抄の蓮盛という人物に宛てられた書であるところから名付けられたものとされているが、この人物については明らかなことは分かっていない。また、本抄の御真筆は存在しない。

0150:01~0150:06 第一章 禅宗の根本の教えを破るtop
01   禅宗云く涅槃の時.世尊座に登り拈華して衆に示す迦葉・破顔微笑せり、仏の言く吾に正法眼蔵.涅槃の妙心・実
02 相無相・微妙の法門有り文字を立てず教外に別伝し摩訶迦葉に付属するのみと、 問うて云く何なる経文ぞや、 禅
03 宗答えて云く 大梵天王問仏決疑経の文なり、 問うて云く件の経何れの三蔵の訳ぞや貞元・開元の録の中に曾つて
04 此の経無し如何、 禅宗答えて云く此の経は秘経なり故に文計り天竺より之を渡す云云、 問うて云く何れの聖人何
05 れの人師の代に渡りしぞや 跡形無きなり此の文は上古の録に載せず中頃より之を載す 此の事禅宗の根源なり尤も
06 古録に載すべし知んぬ偽文なり、 
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 禅宗ではいう。世尊が涅槃の時、法座に登り、華を拈って弟子たちに示した。迦葉だけが顔をほころばせ微笑した。仏は「私には正法眼蔵・涅槃の妙心・実相無相・微妙の法門がある。文字を立てず教外に別伝して摩訶迦葉に付属するのみ」とわれた。
 問うて言う。これはどの経文にでているのか。禅宗が答えていう。大。梵天王問仏決疑経の文である。
 問うて言う。その経は何という三蔵の釈なのか。貞元釈教録や開元釈教録の中に全くこの経は載っていない。禅宗が答えていう。この経は秘経である。ゆえにただ経文だけをインドから中国に渡したのである。
 問うて言う。いずれの聖人、いずれの人師の世に渡ったのか。その跡形もないのである。この経文は上古の目録に載せておらず、中古から載せられている。この経文は禅宗の根源であるから、最も古い目録に載っていなければならない。それがないことから、大梵天王問仏決疑経は疑経であることが分かる。

禅宗
 禅定観法によって開悟に至ろうとする宗派。菩提達磨を初祖とするので達磨宗ともいう。仏法の真髄は教理の追及ではなく、坐禅入定の修行によって自ら体得するものであるとして、教外別伝・不立文字・直指人心・見性成仏などの義を説く。この法は釈尊が迦葉一人に付嘱し、阿難、商那和修を経て達磨に至ったとする。日本では大日能忍が始め、鎌倉時代初期に栄西が入宋し、中国禅宗五家のうちの臨済宗を伝え、次に道元が曹洞宗を伝えた。
―――
涅槃の時
 釈尊が入滅するとき。涅槃とは梵語(nirvāna)で、滅、滅度、滅寂、解脱、円寂等と訳す。衆苦を断じて、いっさいの煩悩の火を滅ぼし、不生不滅の法性を証験した成仏の境地をいう。それは自由・清浄・平和・永遠等を備えた幸福境で、慈悲・智慧・福徳・寿命の万徳を具備した理想的境涯である。この境地を会得するのに、小乗教は、煩悩を断じ灰身滅智せよと教えたが、日蓮大聖人の仏法では、御本尊を受持し、信ずることによって、そのまま即座に生死即涅槃となるのである。ここでは、声聞、縁覚、菩薩、仏の四聖をもって、用いて涅槃となしている。
―――
世尊
 世に尊敬される仏を指す。仏の10号のひとつ。
―――
拈華
 華を拈ること。
―――
迦葉
 釈尊の十大弟子の一人。梵語マハーカーシャパ(Mahā-kāśyapa)の音写である摩訶迦葉の略。摩訶迦葉波などとも書き、大飲光と訳す。付法蔵の第一。王舎城のバラモンの出身で、釈尊の弟子となって八日目にして悟りを得たという。衣食住等の貪欲に執着せず、峻厳な修行生活を貫いたので、釈尊の声聞の弟子のなかでも頭陀第一と称され、法華経授記品第六で未来に光明如来になるとの記別を受けている。釈尊滅後、王舎城外の畢鉢羅窟で第一回の仏典結集を主宰した。以後20年間にわたって小乗教を弘通し、阿難に法を付嘱した後、鶏足山で没したとされる。なお迦葉には他に優楼頻螺迦葉・伽耶迦葉・那提迦葉・の三兄弟、十力迦葉、迦葉仏、老子の前身とする迦葉菩薩などある優楼頻螺迦葉・伽耶迦葉・那提迦葉・の三兄弟、十力迦葉、迦葉仏、老子の前身とする迦葉菩薩などある
―――
破顔微笑
 顔をほころばせ、喜ぶこと。
―――
正法眼蔵
 一切を照らし包む正しい法。眼は照らす、蔵は包含の意。清浄法眼ともいう。禅家の説で大梵天王問仏決疑経に説かれている正法眼蔵の句は仏の所説の無上の正法を意味するとして、教外別伝の心印としている。中国・栄の道原は景徳伝燈録の第一祖・摩訶迦葉のなかで、仏は正法眼蔵を迦葉に付嘱した。第二十八祖・菩提達磨では迦葉から以心伝心として菩提達磨に至るとしている。
―――
涅槃の妙心
 悟りの心。仏心のこと。大品天王問仏決疑経の文。煩悩の束縛を脱した仏の悟りは不可思議な心であるとの意。
―――
実相無相
 実相は諸法の所詮の本体であり根本の意であって、固定した特別の相をもたないこと。実相とはありのままの相のこと。また法性・真如・実性・不変の意味を持つ。諸法の究極を実相とすることは、あらゆる経に共通しているが、捉えられた実相がいかなるものであるか、完璧か不完全かはきょうによって異なりがある。三諦円融の完璧な実相を捉えているのが法華経方便品の「諸法実相」である。法華玄義には「諸行無常・諸法無我・涅槃寂静」の三法印は小乗教の法印であり、大乗教にはただ一つ・諸法実相の一実法印のみがあると説かれている。次に無相とは形や姿がないこと、差別の相を超越した絶対平等の境界をさす。無相を事象の真実の姿として、実相と同義にも用いられる。ゆえに実相夢相とつらねて用いられる。
微妙の法門
 深遠、細やかで凡智ではとうてい知り得ない不可思議なほど優れている教え。
―――
文字を立てず教外に別伝し
 仏の悟り・本意は、文字や言語であらわされた経典や教理によらず、経文の外に以心伝心によって別に伝えられたとする禅宗の教義。
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付属
 相承・相伝のこと。弘宣付属・伝持付属・守護付属の三種がある。日寛上人の分段には「弘宣付属とは謂く四依の顯聖は釈尊一代の所有の仏法を時に随い機に随い演説流布するなり。伝持付属とは謂く四依の賢聖は如来一代の所有の仏法を相伝受持して世に相継いで住持するなり。守護付嘱とは謂く国王壇越等如来一代所有の仏法を、時に随い能く之れを守護して法を久住せしむ」(要旨)とある。
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大梵天王問仏決疑経
 全24章のものと全7章のものとがあり、互いに章名も内容も異なっているが、両方とも「我今日涅槃時到」「如來今者不久滅度」などと記されており、釈尊の死の直前に説かれた経典であるとされている。しかし、パーリ仏典のマハー・パリニッバーナ・スッタンタによれば、釈尊の死の直前期には迦葉は釈尊のそばにおらず、遠隔地で修行していたという。当然ながら迦葉は釈尊の臨終の場にも居合わせず、迦葉が釈尊の死を知ったのは釈尊の死から7日後のことである。つまり、上記パーリ仏典などの内容を信じるならば、「拈華微笑」の伝説は明らかに史実に反しているということになる。また、禅宗は中国において唐初の道信の頃から盛んであったが、それよりも後世に編纂された漢訳仏典の二大目録である『開元釈教録』や『貞元新定釈教目録』には大梵天王問仏決疑経は記録されておらず、中国への伝来時期や訳者も不明である。以上の事実により、今日では、大梵天王問仏決疑経は「拈華微笑」の伝説を根拠付けるために中国で創作された偽経であるとされている。
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三蔵
 ①仏教聖典を三つに分類した経論・律論・論蔵のこと。②三蔵に通達している法師のこと。③仏典の翻訳者のこと。④声聞蔵・縁覚蔵・菩薩蔵のこと。
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天竺
 古来、中国や日本で用いられたインドの呼び名。大唐西域記巻第二には「夫れ天竺の称は異議糺紛せり、舊は身毒と云い或は賢豆と曰えり。今は正音に従って宜しく印度と云うべし」とある。
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聖人
 ①日蓮大聖人のこと。②仏のこと。③智慧が広く徳の優れた人で、賢人よりも優れた人。世間上では「せいじん」と読み、仏法上では「しょうにん」と読む。
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人師
 人々を教導する人。一般に竜樹・天親等を論師といったのに対し、天台・伝教を人師という。
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上古の録
 大昔の記録・古代の記録。
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古録
 古い目録。
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偽文
 偽りの経文。偽経・偽書。
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 第一章でまず、禅宗の成り立ちの根本である拈華微笑の問題を挙げられ、その主張の依りどころである大梵天王問仏決疑経を巡って三つの問答を重ねられ、結論として偽経であることを明らかにされている。
 今、本文に沿って解説を加えていくと、まず初めに「禅宗云く」として、仏が涅槃、すなわち入滅するにあたって、高座に登って一座の大衆に華を拈って示したが、大衆の誰もがその意味を理解することができなかったので、ただ独り大迦葉のみが意味を悟って顔をほころばせて微笑したという。
 それを見て仏は「私には正法眼蔵、すなわち、一代蔵経の眼であり、それは涅槃の妙心でもあり、また、実相が相対的な差別の相をもたないことを悟った微妙な法門である。その法門は文字を立てず、経典・教説とは別に心から心へ、摩訶迦葉にのみ伝授する」と述べたという。禅宗の主張では、これが28祖の達磨にまで伝えられ、中国に伝来されたという。まさに禅宗というものの成り立ちの淵源がここに置かれているのである。
 そこで、この禅宗の」根本の主張に対し、そのことは、いったいどの経文に述べられているのかと問われる。これに対し、禅宗側は大梵天王問仏決疑経という経典にあると答える。
 その答えに対していったいその経典はどのような三蔵が翻釈したものかと問いを発せられ、一切経の目録である貞元録や開元録にもその経典の名が載っていないがどうなのかと問われている。
 これらの目録にないということは中国および日本の仏教界において、正式に認められていない経典、いわゆる後世に中国で偽作された経である疑いが濃厚であるということである。これに対して禅宗側は、この経典は秘密の経であるから、文だけがこっそりと天竺から中国へと伝わったのであると答えている。「文計り」ということは、形ある経典としてではなく、その内容だけが口伝えで伝えられたという意味であると考えられる。
 これに対して、それにしても、いったいどの聖人やどの人師の時代に伝わったかはっきりしていなければならないはずで、「上古の録」すなわち、しっかりと仏教が把握されていた唐代の目録にはなく、「中頃」つまり唐が滅亡して後の乱世に、いつのまにか載せられるようになったものは、その出処について信じるに値しないと破られている。「正法眼蔵…文字を立てず教外に別伝し」の文は禅宗の根源の教えである以上、必ず、中国の一切経の目録のなかでも上古の目録に載っていなければならないはずなのに載っていないのは、おかしいではないかと言われている。達磨が中国へやってきたのは隋より前の時代であるから、唐代の目録に載せられていて当然だからである。
吾に正法眼蔵.涅槃の妙心・実相無相・微妙の法門有り文字を立てず教外に別伝し摩訶迦葉に付属するのみ
 禅宗が仏の悟りの内容として立てる大梵天王問仏決疑経の文である。この文のなかに、禅宗の成り立ちの淵源と主張するものが含まれている。
 まず正法眼蔵とは、一切経蔵の眼目という意味であるとともに、正法を体得すると眼のように一切を照らして迷いなく、蔵のように一切を収めてあますところがないということでもある。涅槃の妙心とは仏の悟りの不可思議な心ということである。実相無相とはその正法の内容を表した言葉で、実相すなわち森羅万象の真実の相は無相、つまり固定的・実体的な相が無いということである。微妙な法門とは、表現しようにもしようのない不思議な法門である、ということである。だから、此の法門を伝えるには言葉や文字を立てず、ことばによって表現した教えの外に、別に心から心へつたえるしかない、というのである。
 こうして仏から摩訶迦葉だけに伝えられた悟りを伝えているのが禅宗であり、したがって、これを悟るには坐禅を組んで黙想する以外にないというのである。

0150:06~0151:11 第二章 迦葉への付嘱の真意を明かすtop
06                 禅宗云く涅槃経の二に云く「我今所有の無上の正法悉く以て摩訶迦葉に付属す」
07 云云此の文如何、 答えて云く 無上の言は大乗に似たりと雖も是れ小乗を指すなり外道の邪法に対すれば小乗をも
0151
01 正法といはん、 例せば大法東漸と云えるを妙楽大師解釈の中に「通じて仏教を指す」と云いて 大小権実をふさね
02 て大法と云うなり云云、 外道に対すれば小乗も大乗と云われ 下﨟なれども分には殿と云はれ上﨟と云はるるがご
03 とし、 涅槃経の三に云く「若し法宝を以て阿難及び諸の比丘に付属せば久住を得じ何を以ての故に 一切の声聞及
04 び大迦葉は悉く当に無常なるべし 彼の老人の他の寄物を受くるが如し、 是の故に応に無上の仏法を以て諸の菩薩
05 に付属すべし 諸の菩薩は善能問答するを以て 是くの如きの法宝則ち久住することを得・無量千世増益熾盛にして
06 衆生を利安せん 彼の壮なる人の他の寄物を受くるが如し 是の義を以ての故に諸大菩薩乃ち能く問うのみ」云云、
07 大小の付属其れ別なること分明なり、 同経の十に云く「汝等文殊当に四衆の為に 広く大法を説くべし今此の経法
08 を以て汝に付属す 乃至迦葉阿難等も来らば復当に是くの如き正法を付属すべし」云云 故に知んぬ文殊迦葉に大法
09 を付属すべしと云云、 仏より付属する処の法は小乗なり 悟性論に云く「人心をさとる事あれば菩提の道を得る故
10 に仏と名づく」菩提に五あり何れの菩提ぞや 得道又種種なり何れの道ぞや 余経に明す所は大菩提にあらず又無上
11 道にあらず経に云く「四十余年未顕真実」云云。
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 禅宗がいう。涅槃経巻二に「私が今、有するところの無上の正法を悉く摩訶迦葉に付嘱する」とある。この文はどうか。答えていう。無上という、言葉は大乗に似ているが、これは小乗をさすのである。外道の邪法に対すれば小乗をも正法というわけである。例えば、大法東漸というのを妙楽大師の解釈のなかに「大法とは通じて仏教を指す」といって、大乗・小乗・権教・実教をまとめて大法というのである。外道に対すれば小乗も大乗といわれ、身分の低い者でも対比によっては殿といわれ、身分の高い方といわれるようなものである。涅槃経巻三に「もし法宝を阿難および多くの比丘に付嘱するならば、法が久しく住することはできない。どうしてかあというと一切の声聞および大迦葉はすべて無常であるからである。かの老人が他の贈り物を受けるようなものである。このゆえに無上の仏法をもろもろの菩薩に付嘱するであろう。もろもろの菩薩はよく問い答えるので、このような法宝は久しく住することができ、無量の千世まで利益を増すことが盛んであり、衆生を利益し安穏にするだろう。かの壮なる人が他の贈り物を受けるようなものである。このような理由から諸大菩薩にはよく問うことができるのである」とある。大乗・小乗の付嘱はそれぞれ別であることが明白である。
 同じく涅槃経巻十に「汝等よ、文殊菩薩は四衆のために広く大法を説くであろう。今、この教法を文殊菩薩に付嘱する。…迦葉・阿難らも来るならば、またこのような正法を付嘱すべきである」とある。ゆえに文殊菩薩や迦葉それぞれに大法を付嘱されたことが分かる。しかしこの時、迦葉に仏から付嘱された法は小乗である。悟性論に「人が心を悟ることがあれば菩提の道を得る。ゆえに仏と名づく」とある。だが菩提にも五種がある。どの菩提なのか。得道もまた種々ある。どの得道なのか。法華経以外の諸経に明かすところは大菩提ではない。また無上道ではない。無量義経には「四十余年には末だ真実を顕さず」とあるとおりである。

無上の正法
 この上なく正しい法のこと。
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付属
 相承・相伝のこと。弘宣付属・伝持付属・守護付属の三種がある。日寛上人の分段には「弘宣付属とは謂く四依の顯聖は釈尊一代の所有の仏法を時に随い機に随い演説流布するなり。伝持付属とは謂く四依の賢聖は如来一代の所有の仏法を相伝受持して世に相継いで住持するなり。守護付嘱とは謂く国王壇越等如来一代所有の仏法を、時に随い能く之れを守護して法を久住せしむ」(要旨)とある。
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大乗
 仏法において、煩雑な戒律によって立てた法門は、声聞・縁覚の教えで、限られた少数の人々しか救うことができない。これを、生死の彼岸より涅槃の彼岸に渡す乗り物に譬え小乗という。法華経は、一切衆生に皆仏性ありとし、妙境に縁すれば全ての人が成仏得道できると説くので、大乗という。阿含経に対すれば、華厳・阿含・方等・般若は大乗であるが、法華経に対しては小乗となり、三大秘法に対しては、他の一切の仏説は小乗となる。
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外道の邪法
 仏教以外の宗教の邪な法・正しくない法。バラモン教などをいう。
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大法東漸
 釈尊滅後、正法・像法時代に仏法が漸次東方に伝わったこと。大法は優れた法・最高の法をいう。通じて仏法全般をさす。
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妙楽大師
 (0711~0782)。中国・唐代の人。天台宗第九祖。天台大師より六世の法孫で、中興の祖としておおいに天台の協議を宣揚し、実践修行に尽くし、仏法を興隆した。常州晋陵県荊渓(江蘇省)の人。諱は湛然。姓は戚氏。家は代々儒教をもって立っていた。はじめ蘭陵の妙楽寺に住したことから妙楽大師と呼ばれ、また出身地の名により荊渓尊者ともいわれる。開元18年(0730)左渓玄朗について天台教学を学び、天宝7年(0748)38歳の時、宿願を達成して宜興乗楽寺で出家した。当時は禅・華厳・真言・法相などの各宗が盛んになり、天台宗は衰退していたが、妙楽大師は法華一乗真実の立場から各宗を論破し、天台大師の法華三大部の注釈書を著すなどおおいに天台学を宣揚した。天宝から大暦の間に、玄宗・粛宗・代宗から宮廷に呼ばれたが病と称して応ぜず、晩年は天台山国清寺に入り、仏隴(ぶつろう)道場で没した。著書には天台三大部の注釈として「法華玄義釈籖」10巻、「法華文句記」10巻、「止観輔行伝弘決」10巻、また「五百問論」3巻等多数ある。
―――
大小
 大乗教と小乗教のこと。「乗」とはのせる、の義で小乗教は俱舎宗・成美宗・律宗など。阿含の四経をよりどころとして、小乗の戒律を立てる教えで、少ない範囲の人を、わずかな期間救おうというものである。大乗教とは華厳・方等・般若・法華をいい、小乗教より教えが高慢であり、多くの民衆を長い期間にわたって救おうというものである。大乗と小乗は相対的なものであり、文底下種の南無妙法蓮華経に対すれば諸教はみな小乗となる。
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権実
 権は「かり」の意で方便をあらわし、実は「真実義」の意。機に応じて一時的に説く法を権とし、究極不変の真実の法を実という。
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下﨟
 地位の低いもの。身分の低い僧。身分の低い侍。御殿女中の下位のもの。
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殿
 ①貴人・主君のこと。②男性のこと。
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上﨟
 地位の高いもの。身分の高い僧。身分の高い侍。御殿女中の上位のもの。
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法宝
 仏教徒が尊敬し供養すべき三宝のひとつ。南無妙法蓮華経のこと。
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阿難
 梵語アナンダ(Ānanda)の音写。十大弟子の一人で常随給仕し、多聞第一といわれ、釈尊所説の経に通達していた。提婆達多の弟で釈尊の従弟。仏滅後、迦葉尊者のあとを受け諸国を遊行して衆生を利益した。
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比丘
 ビクシュ(bhikṣu)の音写。仏教に帰依して,具足戒を受けた成人男子の称。
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久住
 久しく住すること。法や人が久しい間存在すること。
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一切の声聞
 すべての仏弟子。声聞とは仏の声を聞くものの意で、弟子とも訳す。
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無常
 常に生滅変転して移り変わり、瞬時も同じ状態にとどまらないこと。生命のはかなさをいい、転じて死を意味することがある。
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菩薩
 菩薩薩埵(bodhisattva)の 音写。覚有情・道衆生・大心衆生などと訳す。仏道を求める衆生のことで、自ら仏果を得るためのみならず、他人を救済する志を立てて修行する者をいう。
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無量千世増益熾盛
 無量千世は、計り知れないほどの数多くの世、極めて長い期間、無量世のこと。増益熾盛は利益が盛んに増すこと。仏教の教えを修行することによって各種の功徳・利益を増すことをいう。
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四衆
 比丘(出家の男子=僧)、比丘尼(出家の女子=尼)、優婆塞(在家の男子)。優婆夷(在家の女子)をいう。
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悟性論
 少室六門の大五門。達磨の著作と伝承されているが、後人が達磨の名で記述したと考えられる。六門は心経頌,破相論,二種入,安心法門,悟性論,血脈論からなる。
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菩提の道
 悟りを得る仏道。菩提は梵語ボーディ(Bodhi)の音写で、覚・智・道などと訳す。声聞・縁覚・菩薩・仏がそれぞれの果において得る悟りの智慧のこと。道・覚ともいう。このうち仏の悟りは最上究極のものであるから阿耨多羅三藐三菩提という。
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菩提に五あり
 菩提に五種の段階があるということ。①発心菩提・悟りを求める大心を発すること。②伏心菩提・煩悩を調伏して種々の波羅蜜を行ずること。③明心菩提・諸法実相を観照して心が明晰になること。④出到菩薩・般若波羅蜜の中にあって、しかもこれにとらわれず煩悩を滅して一切智に至ること。⑤無上菩提・等覚の菩薩が諸惑を断じ尽くし仏界を覚知すること。
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得道
 仏道をおさめて悟りを開く意で成仏のこと。
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大菩提
 偉大な菩提のこと。菩提とは梵語(Bodhi)で、道・覚・知等と訳す。①悟り・悟りの智慧。②煩悩を断じて得たさとりの境地。③冥福の意。
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無上道
 種脱相対して、無上道とは文底下種の妙法であり、無上のなかの無上である。御義口伝には「無上道とは南無妙法蓮華経是なり」(0749-第十三但惜無上道の事-02)「今日蓮等の類いの心は無上とは南無妙法蓮華経・無上の中の極無上なり」(0727-第五無上宝聚不求自得の事-05)等とある。
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 前章では禅宗の成り立ちの淵源に関する根拠のある経が偽経であると、総論的に破折されたのであるが、それを受けて、これからは各論的に破折されていくのである。
 まず、ここでは仏の正法が摩訶迦葉のみに伝授されたとする教義を破られるのである。
 初めに、禅宗側が涅槃経巻2の1の文「我所有の無上の正法悉く以って摩訶迦葉に付嘱す」を引いて嘉祥付嘱の正しさを裏づけようとしているのを受けて、その涅槃経の文中の「無上の法門」といっても小乗にすぎないのを同じ涅槃経巻3の文や巻10の文をもって証明されている。次いで、悟性論を引いて仏の菩提や菩薩を得る道という点についても、幾つかの種類があることを明かされ、所詮、40余年の間に説かれた「余経」の爾前経に明かす菩提や得道は大菩提でもなければ無上道でもない、と破折され、更には無量義経の「四十余年には末だ真実を顕さず」との文を引用されこれを裏づけられている。
無上の言は大乗に似たりと雖も是れ小乗を指すなり外道の邪法に対すれば小乗をも正法といはん
 禅宗側が引用した涅槃経巻2の文「我今所有の無上の正法悉く以て摩訶迦葉に付嘱す」のなかの「無上の正法」の“無上”について釈されているところである。いかにも禅宗の言うとおり、この上の無い最高の正法が摩訶迦葉に付嘱されたことになる。だが、大聖人はここで“無上”といっても、何を比較の対象にするかによって、意味が異なることを明らかにされているのである。外道の邪教に対し内道は、小乗ですら大乗といわれたり、正法といわれたりすることを挙げられながら、摩訶迦葉に付嘱された「無上の正法」は小乗でしかないことを明らかにされている。
例せば大法東漸と云えるを妙楽大師解釈の中に「通じて仏教を指す」と云いて大小権実をふさねて大法と云うなり
 比較の対象によって意味が異なることの例として、天台大師の法華玄義巻1の「大法東漸」という文を解釈した妙楽大師の文を挙げているところである。玄義の「大法東漸」とは正法時代・像法時代に大法がインドから次第に東のほうに伝わったという意味でる。
 これを受けて妙楽大師が“大法”を釈して「通じて仏教を指す」と述べ、大法といっても仏教全般を指すとしている。これは、涅槃経で迦葉に付嘱された法が「無上の諸法」と呼ばれていても、小乗の法にすぎないことを裏付けとされているのである。
涅槃経の三に云く『若し法宝を以て阿難及び諸の比丘に付属せば久住を得じ何を以ての故に一切の声聞及び大迦葉は悉く当に無常なるべし彼の老人の他の寄物を受くるが如し、是の故に応に無上の仏法を以て諸の菩薩に付属すべし諸の菩薩は善能問答するを以て是くの如きの法宝則ち久住することを得・無量千世増益熾盛にして衆生を利安せん彼の壮なる人の他の寄物を受くるが如し是の義を以ての故に諸大菩薩乃ち能く問うのみ』云云、大小の付属其れ別なること分明なり
 この文は仏が、法宝を阿難や大迦葉など声聞の比丘たちにふぞくすると“久住”することができないが、もろもろ菩薩たちに付嘱すると久住することができるので、無上のぼさつたちに付嘱すると述べたものである。
 先に禅宗側が涅槃経巻2の文を引いて「無上の正法」が迦葉に付嘱されたと主張したのに対し、同経巻3のこの文では「無上の仏法」は阿難や大迦葉に付嘱せず諸菩薩に付嘱すると述べられているのである。「無上の正法」も」「無上の仏法」も言葉は同じであるが、一方では迦葉に付嘱するといい、もう一方は迦葉らには付嘱しないと言っている。明らかに、言葉は似ていても「正法・仏法の」の中身は別なのである。ここから仏は付嘱といっても、声聞の比丘たちと菩薩たちとは別々の「法」を付嘱したことが明らかである。前者が小乗であり、後者が大乗であり、「大小の付嘱別なること分妙なり」と大聖人は仰せられているのである。
 なお阿難・大迦葉の声聞の比丘たちが「無常」で「老人」に喩えられているのに対し、もろもろの菩薩たちは「善能く問答するを以て…無量千世増益熾盛にして衆生を利安せん」ことをもって「壮なる人」に喩えられているが、この対比のなかに小乗と大乗の相違が明確に説かれている。
 小乗は声聞の比丘たちのためにだけ利益をもたらす、“小さな乗り物”にすぎない。したがって、この声聞たちに付嘱された法とは、彼らだけを利益するもので、無常の彼らが亡くなると法も消滅する。ここから、彼らは死が時間的に迫っている老人に喩えられるのである。
 これに対して、もろもろの菩薩たちに付嘱される法は大乗の法であり、よく多くの人たちと問答しながら法を伝えていくので、この法は無量千世という長い年月にわたってますます豊かになって一切の衆生を利益していく、このゆえに、菩薩たちのことをまだまだ未来ある壮人に喩えられているのである。
同経の十に云く『汝等文殊当に四衆の為に広く大法を説くべし今此の経法を以て汝に付属す乃至迦葉阿難等も来らば復当に是くの如き正法を付属すべし』云云故に知んぬ文殊迦葉に大法を付属すべしと云云、仏より付属する処の法は小乗なり
 同じく涅槃経巻10の文である。ここでは仏が文殊らに対し、比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷の四衆に向かって大法を説いていくように促し、そのために「此の比丘」を付嘱すると述べ、迦葉・阿難などの声聞たちも来たならば正法を付嘱すべしとする文の二文を引用されている。声聞に付嘱された法は声聞だけのためであるが、菩薩に付嘱された法は大乗であるから、声聞を排除することはないのである。
菩薩に五あり
 大智度論巻53には次のように5つの菩提を説いている。
 「復五種菩提有り、一には発心菩提と名づけ、無量の生死の中に於いて発心し、阿耨多羅三藐三菩提の為にするが故に名づけて菩提と為す。此れ因中に果を説くなり。二には伏心菩提と名づけ、諸の煩悩を折し、其の心を降伏し、諸の波羅蜜を行ず。三には明菩提と名づけ、三世の諸法の本来、総相、別相を観じ、分別籌量して諸法実相、畢竟清浄、謂ゆる般若波羅蜜の相を得、四には出到菩提と名づけ、般若波羅蜜の中に於いて方便力を得るが故に、亦般若波羅蜜に著せず。一切の煩悩を滅し、一切十方の諸仏を見たてまつり、無生法忍を得、三界を出でて薩婆若に到る。五には無上菩提と名づけ、道場に坐し、煩悩の習を断じて阿耨多羅三藐三菩提を得」と。
 すなわち、菩薩の修行の段階によって悟りの智慧を、発心菩提、伏心菩提、明菩提、出到菩提、無上菩提の五種類に分けている。大聖人は菩提に五種類あることを示されることにより、禅宗の「悟性論」で「菩提」という言葉を使っているからといって、法華経の無上菩提と同じものだと思ってはならないと破られているのである。

0151:12~0151:16 第三章 法華の菩提の無上なるを明かすtop
12   問うて云く法華は貴賎男女何れの菩提の道を得べきや、答えて云く「乃至一偈に於ても皆成仏疑い無し」云云、
13 又云く「正直に方便を捨て但無上道を説く」云云、 是に知んぬ 無上菩提なり「須臾も之を聞いて即ち阿耨菩提を
14 究竟することを得るなり」此の菩提を得ん事須臾も此の法門を聞く功徳なり、 問うて云く 須臾とは三十須臾を一
15 日一夜と云う「須臾聞之」の須臾は之を指すか如何、 答う件の如し 天台止観の二に云く「須臾も廃すること無か
16 れ」云云、弘決に云く「暫くも廃することを許さざる故に須臾と云う」故に須臾は刹那なり。
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 問うて言う。法華経においては貴い者・賤しい者、男性・女性はどの菩提の道を得られるのか。答えていう。法華経法師品に「仏の所説の法の一偈でも聞けば皆成仏することは疑いない」と。また方便品に「正直に方便を捨てて、ただ無上道を説く」とある。これで法華経の菩提は無上菩提であることが明らかである。また「須臾でも法華経を聞いて直ちに阿耨菩提を究めることができる」とある。この菩提を得ることは須臾もこの法門を聞く功徳である。
 問うて言う。須臾とは須臾三十を一日一夜という。「須臾も之を聞いて」とある須臾はこれをさすのかどうか。答える。そのとおりである。天台の摩訶止観巻二に「須臾も廃してはいけない」とある。止観輔行伝弘決巻に「しばらくも廃することを許さないゆえに須臾という」とある。ゆえに須臾とは刹那のことである。

法華
 大乗経典の極説、釈尊一代50年の説法中、最も優れた経典である。漢訳には「六訳三存」といわれ、「現存しない経」①法華三昧経 六巻 魏の正無畏訳(0256年)②薩曇分陀利経 六巻 西晋の竺法護訳(0265年)③方等法華経 五巻 東晋の支道根訳(0335年)「現存する経」④正法華経 十巻 西晋の竺法護訳(0286年)⑤妙法蓮華経 八巻 姚秦の鳩摩羅什訳(0406年)⑥添品法華経 七巻 隋の闍那崛多・達磨芨多共訳(0601年)がある。このうち羅什三蔵訳の⑤妙法蓮華経が、仏の真意を正しく伝える名訳といわれており、大聖人もこれを用いられている。説処は中インド摩竭提国の首都・王舎城の東北にある耆闍崛山=霊鷲山で前後が説かれ、中間の宝塔品第十一の後半から嘱累品第二十二までは虚空会で説かれたことから、二処三会の儀式という。内容は前十四品の迹門で舎利弗等の二乗作仏、女人・悪人の成仏を説き、在世の衆生を得脱せしめ、宝塔品・提婆品で滅後の弘経をすすめ、勧持品・安楽行品で迹化他方のが弘経の誓いをする。本門に入って涌出品で本化地涌の菩薩が出現し、寿量品で永遠の生命が明かされ「我本行菩薩道」と五百塵点劫成道を示し文底に三大秘法を秘沈せしめ、このあと神力・嘱累では付嘱の儀式、以下の品で無量の功徳が説かれるのである。ゆえに法華経の正意は、在世および正像の衆生のためにとかれたというより、末法万年の一切衆生の救済のために説かれた経典である。(二)天台の摩訶止観(三)大聖人の三大秘法の南無妙法蓮華経のこと。
―――
貴賤
 身分の貴い人と賤しい人。
―――
一偈
 「偈」ゲダ(gāthā)の音写。仏典の中で韻文形式を用いて仏の徳を讃嘆したり、法理を述べたもの。頌ともいう。梵語の仏典では、八音節四句からなるシュローカ、音節数は自由だが必ず八句二行からなるアールヤーなどがある。漢訳仏典では別偈と通偈に分かれており、別偈は一句の字数を三字四字などに定めて四句となしたものをいう。別偈は更に、前に散文の教義なしに記された伽陀と、前に散文の教義があって重ねてその義を説いた祇夜の二つに分かれている。通偈は首盧迦ともいい、散文、韻文にかかわらず、三十二字を一頌と数えることをいう。なお教義には別偈のみを偈とする。
―――
成仏
 仏になること。成道、作仏、成正覚ともいう。
―――
正直
 心が定まってまっすぐなこと。仏の本位にかなうこと。
―――
方便
 悟りへ近づく方法、あるいは悟りに近づかせる方法のことである。一に法用方便、二に能通方便、三に秘妙方便の三種に分かれる。①法用方便。衆生の機根に応じ、衆生の好むところに随って説法をし、真実の文に誘引しようとする教えの説き方。②能通方便。衆生が低い経によって、悟ったと思っていることを、だめだと弾呵し、真実の文に入らしめる方便。この二つは方便品に「正直に方便を捨てて、但無上道を説く」と説かれる方便で、42年間の阿弥陀経、大日経、蘇悉地経等の権教で説かれている方便であるがゆえに「方便を捨てて」となる。秘妙方便。秘妙門ともいう。秘とは仏と仏のみが知っていること。妙とは衆生の思議しがたい境涯であり、長者窮子の譬えや衣裏珠の譬えによってわかるように、末法の衆生は種々の悩みや、凡夫そのままの愚かな境涯に住んでいるけれども、その身がそのまま、久遠元初以来、御本仏日蓮大聖人の眷属であり、仏なのだと悟る。これが秘妙方便である。悩んでいるときのわれわれも、仏であると自覚して、折伏に励む時も、その体は一つで、その人に変わりはない。これは仏のみの知れる不思議である。
―――
無上道
 種脱相対して、無上道とは文底下種の妙法であり、無上のなかの無上である。御義口伝には「無上道とは南無妙法蓮華経是なり」(0749-第十三但惜無上道の事-02)「今日蓮等の類いの心は無上とは南無妙法蓮華経・無上の中の極無上なり」(0727-第五無上宝聚不求自得の事-05)等とある。
―――
無上菩提
 最高の悟りを得ること。成仏の境地。「無上」最上・最高。「菩提」は梵語ボーディ(bodhi)の音写、覚・智・道などと訳す。菩提に声聞・縁覚・仏の三種あるが、仏の菩提は最高であり、これに過ぎることがないことを無上菩提という。
―――
須臾
 時の量、斬時、刹那、瞬間。
―――
阿耨菩提
 三菩提心と同意。「三菩提」とは三藐三菩提の略で、無上正覚を意味し、仏の覚知を求める心を「三菩提心」という。
―――
究竟
 究め尽すこと。永遠の不変の真理またはそれを究めること。
―――
法門
 仏・菩薩の教え、その仏に従って学べば聖者の智に入ることのできる門。末法では御本仏日蓮大聖人の三大秘法をさす。
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功徳
 功能福徳の意。功は福利を招く効能。この効能が善行に徳としてそなわっていることを功徳という。化城喩品には、大通智勝仏に対して梵天が宮殿に供養した功徳が説かれている。
―――
弘決
 天台大師の摩訶止観に妙楽大師が注訳を加えた「止観輔行伝弘決」のこと。明楽は諡を湛然といい、出身地をとって荊州大師とも呼ばれる。天台宗の第9祖で、天台大師より6世の法孫にあたる。
―――
刹那
 極小の時間。瞬間。
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 前章の終わりで、禅宗に説く菩提が大菩提でもなければ無上道でもないと破られた。それに対し、ここでは法華経の菩提こそ無上であること、しかも、これを獲得するには法華経の法門を須臾も聞く功徳が大切な要件であることを明かされ、その須臾というのが刹那という短い時間であることを示されている。問いにあたる「貴賎男女」の言葉は、やや突飛の感があるが、この前のところで「広く利益する」と述べられたのを承けておられると考えられる。貴賎というのは社会的身分や男女の性別に関わりなく、あらゆる人が平等に成仏できる法であることを強調されるためである。鎌倉時代当時、禅宗が広まっていたとはいえ、身分的には上流の人々に偏り、男女では、圧倒的に男性向きの観があった。それに対して、法華経は一切の人に平等であることを示されているのである。

0151:17~0152:02 第四章 「本分の田地」を破し法華の福田を賛すtop
17   問うて云く本分の田地にもとづくを禅の規模とす、 答う本分の田地とは何者ぞや又何れの経に出でたるぞや法
18 華経こそ 人天の福田なればむねと人天を教化し給ふ故に 仏を天人師と号す此の経を信ずる者は己身の仏を見るの
0152
01 のみならず過・現・未の三世の仏を見る事・浄頗梨に向ふに色像を見るが如し、経に云く「又浄明鏡に悉く諸の色像
02 を見るが如し」云云。
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 問うて言う。禅宗では本分の田地に基づくことを禅の手本とする。答える。本文の田地とはどんなものか。またどの経に出ているのか。法華経こそ人天の福田である。法華経によって主に人天を教化されたのであり、ゆえに仏を天人師と称する。この法華経を信ずる者は自分自身の内の仏を見るだけでなく、過去・現在・未来の三世の仏を見ることは浄頗梨の鏡に向かうと、はっきりと姿を見るようなものである。法華経法師功徳品に「また浄明鏡に、ことごとくもろもろの姿を見るようなものである」とある。

本分の田地
 禅宗では、衆生の本来そなえている安心立命の境地という意味で使っている。坐禅によってその境地に住することができるとするのである。
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禅の規模
 禅宗の規模のこと。禅は梵語ディヤーナ(dhyāna)の音写で禅那・浄慮と訳す。規模は①物事の大きさ。②手本・極意・規範。③坐禅などの意味がある。
―――
教化
 教導・化益すること。衆生を教え導き、衆生に利益を与えること。開化・施化と同義。
―――
天人師
 供養されるべき尊い者の意味では応供ともよばれる。このほかに正遍知・明行足・善逝・世間解・無上士・調御丈夫・天人師・世尊ともよばれ,仏の十号といわれる。これが仏というものの属性をあらわしている
―――
己身の仏
 自身の仏性。自分の中にある仏界の生命。
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過・現・未の三世
 過去世・現在世・未来世の三世のこと。三世の生命観に立つならば、生命の因果の法則は明らかである。開目抄には「心地観経に曰く『過去の因を知らんと欲せば其の現在の果を見よ未来の果を知らんと欲せば其の現在の因を見よ』等云云」(0231-03)とあり、十法界明因果抄には「小乗戒を持して破る者は六道の民と作り大乗戒を破する者は六道の王と成り持する者は仏と成る是なり」(0432-12)とある。
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浄頗梨
 頗梨は水晶のことで、写映度の高い鏡をいい、閻魔庁にあって亡者生前の罪業を映し出すという。『地蔵十王経』に説く。
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色像
 肉眼で見ることのできる姿や形。
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浄名経
 維摩経のこと。梵本は失われ,大乗集菩薩学論の中に引用文として断片的に残っているだけである。漢訳は鳩摩羅什訳、維摩詰所説経3巻など三種がある。主人公の維摩詰は毘舎離の富豪で、大乗仏教の奥義に精通していた在家の菩薩。内容は病床にあった維摩詰と、見舞いに訪問した文殊師利菩薩をはじめとする仏弟子達との問答形式で、教理が展開されている。大乗の不可思議の妙理によって小乗教を破し、灰身滅智の空寂涅槃に執着する二乗を弾呵し、大乗に包摂することを趣旨としている。
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 ここでは禅宗側が本分の田地に基づくことを禅の規模とする主張していることに対して、それは、具体的ということで、いかなる経文によって立「てられたものかを反論されてこれを破られるとともに、法華経こそが人天の福田であることを明かされ、法華経を信ずる者の功徳の大きさを述べられている。
 まず、禅宗側の言い分として、禅の規模としていること、すなわち禅が模範や手本として面目ともしているのは本文の田地に基づくことにあると言っていることを挙げられている。本抄では「本文の田地とは何者ぞや」と問い返され、その答えは明かされていないが、禅宗側の主張によると、本分の田地という“本分”とは本来の分際の意味で、人間が生まれながらに仏性をそなえているという本来のすがたをいい“田地”とは境地のことをいうとしている。すなわち、坐禅によってもともと人間が本来具えている仏性の境地に安住することが禅宗の規範であるというのが彼らの言い分である。
 ここで大聖人が、本来の田地というのが、いったいその言葉自体、何者で、どの経典に出てくる言葉であるかと反論されているのは、もとより、そうした彼らの主張を御存知のうえで、その言葉そのものが何の根拠もない禅宗の勝手な造語であることを示されて破折される意が込められていると拝される。
 次いで、法華経こそが人天の福田であり、人界、天界の現実の世の人々を、福徳に満ちた境涯に変える法であると述べられている。そして、それゆえに仏を「転任師」と称するのであると仰せられ、最後に法華経を信ずる者は己心の仏を見るだけでなく、過去・現在・未来の三世の仏を見ることができると、即身成仏の功徳の大きさを述べられ、法華経法師功徳品第19から一文を引用されてそれを裏付けられている。
此の経を信ずる者は己身の仏を見るののみならず過・現・未の三世の仏を見る事・浄頗梨に向ふに色像を見るが如し、経に云く「又浄明鏡に悉く諸の色像を見るが如し」
 法華経が人々を即身成仏させる法であることを述べられているところである。すなわち、法華経を信ずると、信ずる人は自身の内なる仏を見ることができるだけでなく、過去・現在・未来の三世にわたる数多くの仏をも見ることができると仰せられている。その見え方を喩えて浄頗梨のごとくいわれている。浄頗梨の鏡というのは業の鏡ともいわれるように、閻魔王が住むという光明院にある鏡で、中有において聖霊が生前の生涯でなした善・悪の行為のすべてをそのまま映し出すという不思議な九面からなる鏡である。法華経を信ずる人が自身の内なる仏と三世にわたる無数の仏と三世にわたる無数の仏を見るとは、信ずる人の仏性が正報・依報に顕れて成仏するということである。
 「又浄明鏡に悉く諸の色像を見るが如し」は法華経法師功徳品第19の偈頌の文である。今、現文を引用すると次のとおりである。「若し法華経を持たんは、其の身甚だ清浄なること、彼の浄瑠璃の如くにして、衆生皆見んと喜わん。又浄明なる鏡に、悉く諸の色像を見るが如く、菩薩浄身に於いて、皆世の所有を見ん」と、その意味は法華経を信じて持つんらば身体が浄瑠璃のように清浄になるから、みんなが見たいと欲するようになる。更には澄明な鏡に、さまざまな物の像がすべて映るように、法華経を信ずる菩薩の清浄な身体に世のすべてのすがたを見るであろう、ということである。このように浄明鏡がすべてを明瞭に映し出すように、法華経を信じた人は、明瞭に仏性を見ることができるというのである。
 「己心の仏を見るのみならず過・現・末の三世の仏を見る」とは、正報である自身の生命の内にある仏性を見るだけでなく、依報である一切のなかにある仏性を見るということである。法華経の会座における多宝塔中の釈迦・多宝の二仏は己心の仏であり、この会座に集まって、娑婆世界および四百万億那由佗の世界に充満した十方諸仏は「過・現・未の三世の仏」に当たる。法華経の儀式自体が、成仏の境地を具象化してあらわしたものなのであり、大聖人はこの点を踏まえて、このように仰せられているのである。

0152:03~0152:09 第五章 是心即仏・即身是仏の義を破すtop
03   禅宗云く是心即仏・即身是仏と、 答えて云く経に云く「心は是れ第一の怨なり此の怨最も悪と為す此の怨能く
04 人を縛り送つて閻羅の処に到る 汝独り地獄に焼かれて 悪業の為に養う所の妻子兄弟等・親属も救うこと能わじ」
05 云云、 涅槃経に云く「願つて心の師と作つて心を師とせざれ」云云、 愚癡無懺の心を以て即心即仏と立つ豈未得
06 謂得・未証謂証の人に非ずや。
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 禅宗がいう。是心とは即ち仏であり、是身は是れ仏と。答えていう。正法念処経に「心は是れ第一の怨である。この怨は最も悪となす。この怨はよく人を縛って、閻魔王の所に送るに至る。汝一人が地獄の炎に焼かれて、悪業のために、養っている妻子や兄弟など親族をも救うことはできない」とある。涅槃経に「願って心の師となって心を師としてはいけない」とある。
 愚かで恥を知らない心をもって即心は即ち仏とたてるのは、末だ得ざるを得たりと謂い、末だ証せざるを証せりと謂う人ではないか。
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07   問う法華宗の意如何、答う経文に「具三十二相・乃是真実、滅」云云、或は「速成就仏身」云云、禅宗は理性の仏
08 を尊んで己れ仏に均しと思ひ 増上慢に堕つ定めて是れ阿鼻の罪人なり、 故に法華経に云く 「増上慢の比丘は将に
09 大坑に墜ちんとす」
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 問う。法華経の意はどうか。答える。法華経化城喩品に「三十二相を具す、乃ち是れ真実の滅である」とある。あるいは寿量品に「速やかに仏身を成就する」とある。しかし禅宗は理としての仏性を尊んで自己が仏に等しいと思い、増上慢に堕ちる。必ずこれは阿鼻地獄に堕ちる罪人である。ゆえに法華経方便品に「増上慢の僧はまさに大きい坑に堕ちようとする」とある。

是心即仏・即身是仏
 心の本体は仏と異なるものではなく、この心がそのまま仏であるということ。
―――
閻羅の処
 閻魔王の所。閻魔は梵語ヤマ(Yama)の音写。炎魔・琰魔・閻魔羅とも書く。死者が迷い行く冥界の主である。一説によると、死者は五週間に閻魔法王のところに行く。王は猛悪忿怒の形相で、浄頬梨鏡に映った死者の生前の業を裁くという。
―――
地獄
 十界・六道・四悪趣の最下位にある境地。地獄の地とは最低の意、獄は繋縛不自在で拘束された不自由な状態・境涯をいう。悪業の因によって受ける極苦の世界。経典によってさまざまな地獄が説かれているが、八熱地獄・八寒地獄・一六小地獄・百三十六地獄が説かれている。顕謗法抄にくわしい。
―――
悪業
 悪い行為。三悪道・四悪趣に堕すべき業因。
―――
親属
 身内・親戚・親類。
―――
愚癡無懺の心
 仏法の道理に暗く、少しも自己を反省する心がないこと。
―――
即心即仏
 心の本体は仏と異なるものではなく、この心がそのまま仏であるということ。
―――
未得謂得・未証謂証の人
 悟ってもいないのに悟ったと思う慢心の心。
―――
法華宗の意
 法華宗の本意。法華宗とは法華経を依経とする宗派①中国・陳・隋代に天台大師が開創した宗。②伝教大師が開創した宗。③日蓮大聖人が立てられた法華文底独一本門を根本とする宗。
―――
理性の仏
 一切衆生に本然としてそなわっている仏性のこと。
―――
増上慢
 仏教でいまだ悟りを得ていないのに得たと思念して高ぶった慢心のこと。四慢(増上・卑下・我・邪)の1つ、また七慢(慢・過・慢過・我・増上・卑劣・邪)の1つ。すなわち自己の価値をそれ以上に見ることをいう。また俗にいう自惚れに相当する。
―――
阿鼻の罪人
 阿鼻地獄に堕ちる罪過のある人。
―――
比丘
 ビクシュ(bhikṣu)の音写。仏教に帰依して,具足戒を受けた成人男子の称。
―――
大坑
 無間地獄のこと。
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 ここでは、凡夫である自身の心をそのまま仏であるとする禅宗の「成仏観」を破られ、代わって法華経の正しい考え方を明らかにされるところである。本章は二つの問答からなっているが、最初の問答では禅宗で説く「是心即仏・是印是仏」という邪義を破られている。
 まず初めの問答であるが、禅宗でいう“是の人間の心と身体がそのまま仏である”という教義に対しては、正法念処経の「心は是れ第一の怨であり、悪であり、人を束縛して地獄へ連れていくもの」とする文や、涅槃経の「願って心の師とはなっても、心を師とするな」との文を引用される。結論として、愚かな道理にくらく、自己反省のない凡夫の心をそのまま直ちに仏とするのは「未得謂徳・未証謂証」の増上慢であると破られているのである。次に、法華宗の場合、仏がどのようにとらているのかという禅宗側の問いに対して、法華経化城喩品第七の「三十二相を具しなば、乃ち是れ真実の滅ならん」という経文と如来寿量品第16の自我偈の「速やかに仏身を成就することを得せしめん」との文を引用されて、法華経の場合、仏に成るには正法の修行によって32相の仏身を成就することが必要であることを述べられ、禅宗のように凡夫の身体や心をそのまま修行もなしに仏とするようなことは教えていないと答えられている。
 更に、禅宗のような仏観は「理性の仏を尊んで己れ仏に均しと思ひ増上慢に堕つ定めて是れ阿鼻の罪人なり」と破られている。加えて、増上慢の仏教徒は阿鼻地獄に堕ちる罪人であることを、法華経方便品第2の「増上慢の比丘は将に大坑に堕ちんとす」との文で裏づけされている。禅宗は“理性の仏”すなわち“一切衆生に本性としてそなわっている理としての仏性”を、それだけで仏と錯覚して、煩悩に覆われた凡夫の自己がそのまま仏に等しいと思い上がり、増上慢に堕落すると破折されているのである。
経文に「具三十二相・乃是真実滅」云云、或は「速成就仏身」云云
 いずれも法華経から引用されている。初めの文は化城喩品第7の終わりの段落からの引用で、具には次のとおりである。「諸仏は方便力をもって、分別して三乗を説きたもう。唯一仏乗のみあり。息処の故に二を説く。今汝が為に実を説く。汝が所得は滅に非ず。仏の一切智の為に。当に大精進を発すべし、汝一切智、十方等の仏法を証し、三十二相を具しなば、乃ち是れ真実の滅ならん」と。ここは二乗が灰身滅智をもってねはんしていたのを真実の滅ではないと打ち破った後、仏の悟りの智慧である一切智を目指し大精進を起こして修行に励み、その結果、一切智を得て、かつ十力をはじめとする仏のすぐれた徳を獲得することを実証し、また32相という仏の身体に具わるすぐれた特徴をも具したならば、それこそが真実の滅であり悟りである、と述べているところである。法華経のおしえによれば、理性としての仏性は本来、衆生の生命にあっても、それを覚知する智慧が信を根本とする修行によって獲得され、法身の境と報身の智が冥合することによって、32相が現実の身と行動に具わる。この三身が円満にそなわってこそ、真実の成仏となるのである。
 次の文は如来寿量品第16・自我偈の最後の句で「毎に自ら是の念を作さく、何を以ってか衆生をして、無上道に入り速やかに成就することを得せしめん」とある。
 ここは仏がどうすれば衆生が無得道の道に入って速やかに仏身を成就することができるかについて、常に思念をこらしているという仏の慈悲の心を説き明かしたところである。この2つの文は、ともに仏の境地は衆生が精進して仏道を修行して獲得されるものであることを明らかにしている点で共通している。後の自我偈の文は仏の境地をできるだけ速やかに衆生に獲得させたいという仏の願いを説いたものであるが、そのことは、凡夫はそのままでは仏ではないことをあらわしているのである。この法華経の立場から見ると、禅宗が衆生・凡夫の心や身体をそのままで仏であるととらえているのは明らかに邪道であり、増上慢に陥る罠となるのである。

0152:09~0152:14 第六章 毘廬の頂上を踏むとの義を破すtop
09          禅宗云く毘盧の頂上をフむと、 云く毘盧とは何者ぞや 若し周遍法界の法身ならば山川・大地
10 も皆是れ毘盧の身土なり是れ理性の毘盧なり、 此の身土に於ては狗・野干の類も之をフむ禅宗の規模に非ず・若し
11 実に仏の頂をフまんか梵天も其の頂を見ずと云えり 薄地争でか之をフむ可きや、 夫れ仏は一切衆生に於いて主師
12 親の徳有り 若し恩徳広き慈父をフまんは不孝逆罪の大愚人・悪人なり、 孔子の典籍尚以て此の輩を捨つ況んや如
13 来の正法をや豈此の邪類・邪法を讃めて 無量の重罪を獲んや云云、 在世の迦葉は頭頂礼敬と云う滅後の闇禅は頂
14 上をフむと云う恐る可し。
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 禅宗では毘盧遮那仏の頭の頂を踏むという。ではその毘盧遮那仏とは何者なのか。もし法界に周く遍する法身ならば、山川や大地もすべて毘盧遮那仏の身体である。それは理としての仏性の毘盧遮那仏である。この理としての身体においては犬や狐の類も踏む。禅宗の手本になるものではない。もし実際に仏の頭の頂を踏むというのであれば、梵天もその頭を見ることができないといっているのに、薄地の凡夫がどうしてその頂を踏むことができようか。仏は一切衆生において主・師・親の三徳がある。恩徳の広い慈父を踏むなどというのは不幸で逆罪の大愚人・悪人である。中国の孔子の書物においてもなおこの輩を捨てる。まして如来の正法においてはなおさらである。このような邪な者や邪な法を誉めて無量の重罪を得てよいものであろうか。釈尊在世の迦葉は頭の頂を礼し敬うといっている。滅後の愚かな禅宗の者は頭を踏むという。恐るべきことである。

毘盧の頂上を踏む
 禅宗の教え。法身如来の頂上を踏み越えること。
―――
毘盧
 毘廬遮那仏のこと。梵名、ヴァイローチャナ(Vairocana)の音写、遍一切処・光明遍照などと訳す。華厳経・観普賢菩薩行法経・大日経等に説かれる。華厳宗では旧訳の華厳経に盧遮那と訳されていることから、毘盧舎那と盧遮那は同じであり、報身等の十身を具足するとしている。天台宗では毘盧舎那を法身・盧遮那を報身・釈尊を応身としている。真言宗では毘盧舎那は法身であり、大日如来としている。
―――
周遍法界の法身
 法界に遍満する法身仏のこと。「周遍法界」は「法界に周遍す」と読む。仏の本体である法身は法界を周り遍くいきわたり、宇宙そのものであるということ。
―――
毘盧の身土は凡下の一念を逾ず
 毘盧遮那仏の身とその仏国土のこと。
―――
理性の毘盧
 真如の理としての法身仏。理性は一切諸法の中に存在する不改不変の法性・真如の理のこと。
―――

 小型の小さな犬のこと。
―――
野干
 狐の類。翻訳名義集巻二に「梵語悉伽羅、此に野干と云う。狐に似て小なり、形色は青黄、狗の如く群行す。夜鳴は狼の如し」とある。悉伽羅は梵語シュリガーラ、すなわちジャッカルの音写である。
―――
梵天
 仏教の守護神。色界の初禅天にあり、梵衆天・梵輔天・大梵天の三つがあるが,普通は大梵天をいう。もとはインド神話のブラフマーで,インドラなどとともに仏教守護神として取り入れられた。ブラフマーは、古代インドにおいて万物の根源とされた「ブラフマン」を神格化したものである。ヒンドゥー教では創造神ブラフマーはヴィシュヌ、シヴァと共に三大神の1人に数えられた。帝釈天と一対として祀られることが多く、両者を併せて「梵釈」と称することもある。
―――
薄地
 欲界の九品のうち、前六品を断じただけの位。通教の十地の第五。
―――
一切衆生
 すべての生あるものをいう。なかんずく人間をいうが、人種・男女・老幼を問わず、全人類を含む。
―――
主師親
 一切衆生は、みな親によって生を受け育てられる。師匠によって智をみがき、主人によって養われ、人生の意義をあらしめることができる。民主主義の現代には、主とは社会を意味する。
―――
孔子
 (前0551頃~前0479)。中国・春秋時代の思想家。儒教の祖。名は丘。字は仲尼。生まれは魯国の昌平郷陬邑。魯国に仕えたが用いられず、諸国を遍歴した。堯・舜、文王・周公旦等を尊敬し、仁を理想とする道徳を説き、主君や父母に真心をもって仕える忠孝の道を教えた。晩年は魯国に帰り、著述と弟子の育成に務め、六経を編纂したといわれる。死後、弟子が孔子の言行等を記録したのが論語である。
―――
如来
 ①「如々として来る」と訳す。仏のこと。②過来・如来・未来のなかの如来。瞬間瞬間の生命。
―――
正法
 正しい法。邪法に対する語。
―――
邪類
 邪な一味・仲間。
―――
邪法
 邪悪な法・宗教。正道・道理に背いた邪な道。
―――――――――
 前章に続いて禅宗の増上慢の教義を破られている。「毘廬の頂上を蹋む」というのは碧巌録巻10に「粛宗帝…国師に問うて云く、如何か是れ十身調御。師云く、壇越、毘廬の頂上を踏み行け」とあり、これが禅宗の人々にもてはやされていた。
 粛宗帝が国師に、何をもって十身調御というのかと質問したのに対して、国師が壇越よ、毘盧遮那仏の頂を踏み越え行け、と答えたというところである。
 粛宗帝とは唐の第7代皇帝、この国師とは慧忠で、碧巌録では禅宗の教えを要約した書として尊ばれた。
 ここで十身調御というのは禅宗で説く十種類の仏身を統御する境地のことである。粛宗帝がその境地を得るにはどうすればよいのかと問うたのに対し、慧忠は、毘盧遮那仏の頂を踏み超えて行けばその境地に達することができると答えたという。しかも、これは慧忠の個人的見解とすまされるのではなく、まさに、ここに禅を修する者の根本的精神があるとされたのである。
 この禅宗の教義に対して、まず、そもそも毘廬とはいったい何者と考えているのかと問い返されている。そして、もし毘盧遮那仏を「周遍法界の法身」すなわち、法界を周り遍く行き渡る宇宙そのものの法身仏と解釈しているのならば、山川、大地などすべての自然の事物・現象はみな毘盧遮那仏の身体と国土ということになるから、犬や狐などの類ですら毘廬の頂上を踏んでいるわけで、「毘廬の頂上を蹋む」という教義も「禅宗の規模に非ず」すなわち、何も禅宗が誇りとするような教義でも何でもないことになる。
 次に、もし毘盧遮那仏を、現実に「仏」として現れた釈尊と理解し、その頂を踏むということを意味するならば、梵天ですら仏の頂を見ることができないと説かれている。これは仏の32相の一つ、無見頂相をふまえられたもので、色界の天にいる梵天王でさえ、仏の頂を見下ろすことはできず、梵天王の視線より上にあるというのである。その偉大な仏の頂を「薄地」すなわち欲界の九品のうち六品までしか断じていない下劣な凡夫に、どうして踏むなどということができるだろうか、と破折されている。
 そして改めて、仏は一切衆生にとって、主師親三徳の広大な恩徳のある存在であり慈父である。その仏の頂を踏むというのは不孝であり、逆罪を犯す大悪人ということになる。そのような愚人や悪人は仏経以外の教えである儒教の孔子の書物のなかですら排斥されているのであるから、いわんや内道である仏の正法においては排斥させるのは当然であるとされ、どうしてそのような道理に反する邪法や邪類を讃嘆して無量の重罪を作ってよいであろうかと一蹴されている。
 そして、仏在世の迦葉は「頭頂礼敬」といって自分の頭の頂の足につけて礼をなしても、仏の大恩に報いることはないといっているのに、仏滅後の愚かな禅宗の輩は、迦葉とは反対に、仏の頭頂を踏むという増上慢に陥っているのは恐るべきであると結ばれている。

0152:15~0153:01 第七章 教外別伝不立文字の教義を破すtop
15   禅宗云く教外別伝不立文字、 答えて云く凡そ世に流布の教に三種を立つ、一には儒教此れに二十七種あり、二
16 には道教此れに二十五家あり、 三には十二分教・天台宗には四教・八教を立つるなり此等を教外と立つるか、医師
17 の法には 本道の外を外経師と云う人間の言には姓のつづかざるをば外戚と云う 仏教には経論にはなれたるをば外
18 道と云う、 涅槃経に云く「若し仏の所説に順わざる者有らば当に知るべし是の人は是れ魔の眷属なり」云云、弘決
0153
01 九に云く「法華已前は猶是れ外道の弟子なり」云云、
-----―
 禅宗がいう。教の外に伝えて文字を立てずと。答えていう。およそ世の中に流布している経に三種を立てる。一つには儒教、これに二十七種ある。二つには道教、これに二十五家がある。三つには十二分教、天台宗では四教・八教を立てるのである。禅宗はこれらを教の外と立てるのか。医師のきまりでは医学本道の外を外経師という。人間の言葉では姓が同じに続いていないのを外戚という。仏教では経論に離れたのを外道という。涅槃経に「もし仏の所説に順わない者がいれば、まさに知りなさい。この人は魔の眷属である」とある。止観輔行伝弘決巻九に「法華経以前はなお外道の弟子である」とある。

教外別伝不立文字
 禅宗の教義で、仏法の真髄は経の外にあり、それは釈迦から迦葉に、文字によらずひそかに伝えられ、それを伝承したのが禅宗であると説く。文字を立てず自身の心を師とする等、仏典を曲げて解釈するので天魔の教えといわれる。
―――
十二部教
 十二部とも十二分教ともいい、仏教の経文を内容、形式の上から十二に類別したもの。 一.修多羅。梵語スートラ(sūtra)の音写。契経という。長行のことで長短の字数にかかわらず義理にしたがって法相を説く。 二.祇夜。梵語ゲーヤ(geya)の音写。重頌・重頌偈といい、前の長行の文に応じて重ねてその義を韻文で述べる。 三.伽陀。梵語ガーター(gāthā)の音写。孤起頌・孤起偈といい、長行を頌せず偈句を説く。 四.尼陀那。梵語ニダーナ(nidāna)の音写。因縁としていっさいの根本縁起を説く。 五.伊帝目多。伊帝目多伽。梵語イティブッタカ(itivŗttaka)の音写。本事・如是語ともいう。諸菩薩、弟子の過去世の因縁を説く。 六.闍陀伽。梵語ジャータカ(jātaka)の音写。本生という。仏・菩薩の往昔の受生のことを説く。 七.阿浮達磨。梵語アッブタダンマ(adbhutadharma)の音写。未曾有とも希有ともいう。仏の神力不思議等の事実を説く。 八.婆陀。阿婆陀那の略称。梵語アバダーナ(avadāna)の音写。譬喩のこと。機根の劣れる者のために譬喩を借りて説く。 九.優婆提舎。梵語ウパデーシャ(upadeśa)の音写。論議のこと。問答論難して隠れたる義を表わす。 十.優陀那。梵語ウダーナ(udāna)の音写。無問自説のこと。人の問いを待たずに仏自ら説くこと。 十一.毘仏略。梵語ヴァーイプルヤ(vaipulya)の音写。方広・方等と訳す。大乗方等経典のその義広大にして虚空のごとくなるをいう。 十二.和伽羅。和伽羅那。梵語ベイヤーカラナ(vyākaraņa)の音写。授記のこと。弟子等に対して成仏の記別を授けることをいう。
―――
教外
 仏の教説の外、経典に基づかないこと。
―――
医師の法
 医学のこと。
―――
本道の外
 ①漢方の医学で内科医学以外をいう。②正しい道筋の外。③本街道でない裏街道のこと。
―――
外経師
 外科・外科医のこと。
―――

 血縁集団の名称。その範囲は地域や時代によって変動し、氏や名字といった他の血縁集団名と様々な階層関係にあった。
―――
外戚
 基本的に母方の親族。
―――
仏教
 仏陀の教説。
―――
経論
 三蔵のうち経蔵・論蔵をいう。経は仏が説いたところの教法。論は仏みずから問答論議して理を弁じたもの。また仏弟子が仏語を論じ、法相を講じたもの。
―――
外道
 仏教以外の低級・邪悪な教え。心理にそむく説のこと。
―――
魔の眷属
 魔に同伴するもの。魔の仲間・眷属。
―――
法華已前
 法華経が説かれる以前。四十余年の爾前権教をいう。
―――――――――
 ここでは、「教外別伝・不立文字」という禅宗の基本的な協議を破折されている。
 まず、「教外」の“教”ということに関連して、当時の日本に流布している教えには三種類あるとされている。一つは儒教の教えで、これに27種の流派がある。二つには道教の教えで、これに25種の流派があること、三つには十二分教、すなわち仏教の教えで、これを天台宗では四教・八教に立て分けることを述べられ、「此等を教外と立つるか」すなわち、これら世上に流布している三種類の教えのすべての外に禅宗は立っているのかと反詰されている。これは、禅宗の独善性と恣意性を指摘された言葉と拝せる。そして、医者の世界でも姓をおなじくしない親族は外戚と呼ばれると指摘されている。医師についての「本道」「外経師」は内道・外道といった意味もあるが、むしろ、この御文の本意は、正統な知識と技の伝承に基づかない医師を「外経師」とされ、現代的にいえば正規の医学を修めず、国家試験をパスしていない無資格の医者という意味合いで仰せられたとかんがえられる。
 「外戚」という点についても、その言葉どおりにとれば優劣のニュアンスとは無関係であるが、例えば平安朝、天皇に対して外戚の人々が容喙して政治を乱したという歴史的背景をふまえれば、そこに、教外別伝をとなえる禅宗を「外道」「魔の眷属」として破折される次下の御文とのつながりが明確である。

0153:01~0153:06 第八章 重ねて禅宗の天魔・外道なるを明かすtop
01                          禅宗云く仏祖不伝云云、 答えて云く然らば何ぞ西天の二十
02 八祖東土の六祖を立つるや、 付属摩訶迦葉の立義已に破るるか自語相違は如何、禅宗云く向上の一路は先聖不伝云
03 云、答う爾らば今の禅宗も向上に於ては解了すべからず若し解らずんば禅に非ざるか凡そ向上を歌つて以てキョウ慢
04 に住し未だ妄心を治せずして見性に奢り機と法と相乖くこと 此の責尤も親し旁がた化儀を妨ぐ 其の失転多し謂く
05 教外と号し剰さえ教外を学び文筆を嗜みながら文字を立てず 言と心と相応せず 豈天魔の部類・外道の弟子に非ず
06 や、
-----―
 禅宗が仏爼は伝えずという。答えていう。それではどうしてインドの二十八祖・中国の六祖を立てるのか。大梵天王問仏決疑経に摩訶迦葉に付嘱したという立義が既に破れているではないか。自らの言葉のうちで相違しているが、どうか。
 禅宗がいう。向上の一路である悟りは先代の聖人も伝えずということである。答える、そうであるならば今の禅宗も向上のおいては悟ることができないわけである。もし悟らなければ禅ではないだろう。およそ向上の一路を歌って慢心に住し、末だ妄心を治せないのに、わが心性を見れば仏であると奢り、衆生の機根と仏の法と乖離することに対し、その責めは最も大きく、いずれにしても仏の真実の化導を妨げる。その過失はますます多い。すなわち教外といいながら、そのうえ教外を学び、文筆を好んで親しみながら文字を立てないという。言葉と心と相応しない。まさに天魔の眷属であり外道の弟子ではないか。

仏祖不伝
 仏や祖師に依らず禅によって仏の真理を悟ること。「不伝の言」ともいう。
―――
西天の二十八祖
 インドで禅宗を伝えたとされる28人の僧。付法蔵24人につづいて婆舎斯多・不如密優波多・般若多羅・菩提達磨を連ね28祖とする。
―――
東土の六祖
 中国で禅宗を伝えた六人の僧。達磨・慧可・僧さん・道信・弘忍・慧能をいう。
―――
自語相違
 自ら言った言葉の中で相違があること。
―――
向上の一路
 禅宗では向上の一路とは絶対の悟りの境地に達する一筋の道としている。すなわち上根・中根・下根の衆生に、禅法を悟らせるための法門をそれぞれ向上・機関・理致と呼び、そのうち、上根の衆生に言語・思慮の及ばぬ最上の悟りを得させようとすることを向上というとしている。
―――
先聖不伝
 先代の聖人から伝えられないとの意。
―――
解了
 悟ること・会得すること。
―――
憍慢
 自らおごり高ぶって正法をあなどること。十四誹謗の第一。
―――
妄心
 迷いに執着する心。正邪の是非に迷う心。
―――
見性
 禅宗の根本精神を簡潔に表明した句。自分に本来そなわっている「仏となりうる性質」を発見して、悟りを開き、仏となること。ただちに迷いや疑いを去って、自己の本来の姿を悟り実現すること。
―――
機と法と相乖く
 衆生の機根と悟りの法とが互いに離反しているということ。
―――
化儀
 化儀の儀式のこと。化法に対する語。本来、仏が衆生を教化する形式・方法で、広く振る舞いなどの意味にも使われる。
―――
教外と号し
 仏の悟りは経文の教えの外にあると称すること。
―――
教外
 仏の教説の外、経典に基づかないこと。
―――
文筆
 筆を執って文字を書くこと。
―――
文字を立てず
 文字を立てないこと。真の悟りは経論の語句・文字によらず、ただ心から心へと法を伝えることをいう。
―――
言と心と相応せず
 言葉と内心が一致していないこと。
―――
天魔の部類
 禅宗は仏法を破壊する天満の仲間であるということ。
―――
外道の弟子
 仏教以外の邪説をたてる門弟。
―――――――――
 ここでは、「仏祖不伝」という禅宗の主張を破折されている。
 仏祖不伝というのは、禅を修することにより独り悟るという教義に基づくもので、仏の悟りは仏自身や祖師からは伝わらず、禅の瞑想によって直接的に修行者自身の心を悟ることによって得られるというものである。
 これに対して大聖人は答えのなかで、釈尊は悟りを摩訶迦葉に伝えたとする教義と自己矛盾をついて破折されている。
 すなわち、仏祖不伝というならば、どうして禅宗はインドに28祖師、中国に6祖師の系譜を立てる必要があるということが批判され、また仏祖不伝というならば、仏の悟りの法門が仏から摩訶迦葉に付嘱されたという禅宗の立義自体がやぶれるではないかと指摘して、自語相違、すなわち自分の言った語が前と後で違っているという矛盾を突かれている。
 それに対し、禅宗側では「向上の一路は先聖不伝と言い逃れしようとする。向上の一路というのは“上に向く”すなわち仏の言葉も思慮も及ばない絶対的な境地に到達せんとして修行する一筋の路ということである。もともと禅宗では、上根・中根・下根の衆生に応じて悟らせるための法門をそれぞれ向上、機関、理致と呼んでおり、ここでの「向上の一路」は上根の衆生のための法門である。
 つまり、上根の衆生には経典や先達からの伝承によらずに、禅による修行のみによって一筋に言語・思慮の及ばない悟りの境地に到達する道を示すというのである。その道は“先聖不伝”すなわち先代の聖人たちも伝えうるものではないというのが禅宗の言い分である。先の「仏祖不伝」と同じ考え方である。
 これに対して大聖人はまず、先代の聖人から伝えられていないならば、そのように言っている現在の禅宗においても、向上の一路についてはだれも理解したり納得することができないのではないかと反論され、もし理解や納得ができなければそれは禅といえないのではないかと問い詰められている。
 次いで「凡そ向上を歌って以て」以下の御文では、総じて禅宗が根本的に持っている奢りと憍慢の本質を抉られている。
 すなわち、言葉のうえでは「向上の一路」ということを言いながら憍慢にとらわれ、迷いに執着する迷妄の心を対治しないままで仏性を見て成仏できるなどという奢りに堕しており、それは言い換えれば、衆生の機根と法とが背き合ったままであることが禅宗の陥っている過ちの根本であると断じられている。
 更に、禅宗の邪義は、単に自語相違しているにとどまらず、仏法の化儀を遮っているのであり、その罪科を挙げれば多数にのぼると述べられ、具体的に指摘されている。
 一つは「教外と号し剰え教外を学び」とあるように、教外別伝といって一代聖教をないがしろにしながら、その教外である禅を修学していること、これは、仏の教えを伝え、弘める真実の仏法の化儀を遮ることになる。また、文筆を嗜みながら「文字を立てず」などということは、経の文字によって伝えられた仏経以外のものに心を向けさせるもので、これも仏法の化儀を遮ることになる。このように、言葉と心とが相応せず、仏法の化儀、弘通を妨げるのは、まさに天魔の類であり、むしろ外道の弟子というべきであると、厳しく呵責されている。

0153:06~0153:08 第九章 衆生教化に於ける文字の重要性明かすtop
06   仏は文字に依つて衆生を度し給うなり、 問う其の証拠如何、 答えて云く涅槃経の十五に云く「願わくは諸の
07 衆生悉く皆出世の文字を受持せよ」文、 像法決疑経に云く「文字に依るが故に衆生を度し 菩提を得」云云、 若
08 し文字を離れば何を以てか仏事とせん 
-----―
 仏は文字によって衆生を救われるのである。問う。その証拠はどうか。答えていう。涅槃経巻十五に「願わくは、もろもろの衆生はすべて仏教の文字を受持しなさい」とある。像法決疑経に「文字によるゆえに衆生を救い菩提を得る」とある。もし文字を離れば、何を衆生教化という仏事とすることができようか。

出世の文字
 仏教の文字・経文のこと。
―――
受持
 受は受領の義でうけおさめること、持は憶持の義で、心身ともに銘記して、よく持ち続けること。正法をよく信じ持って、いかなることがあっても、違背・退転しないことをいう。四条金吾殿御返事には「此の経をききうくる人は多し、 まことに聞き受くる如くに大難来れども憶持不忘の人は希なるなり、受くるは・やすく持つはかたし・さる間・成仏は持つにあり」(1136-04)とある。
―――
像法決疑経
 仏入滅後に起る僧俗の非法をあげてこれを誡め、大慈布施を勧めたもの。諸経録では疑経とされる。
―――
菩提
 菩提とは梵語(Bodhi)で、道・覚・知等と訳す。①悟り・悟りの智慧。②煩悩を断じて得たさとりの境地。③冥福の意。
―――
仏事
 ①仏の教化、または法を流布する行為②仏教に関する行事。寺社・神仏に供養祈禱すること。先祖の追善供養、木画像の開眼供養など。
―――――――――
 ここでは、仏は文字によって衆生を救うという原点を確認することによって、禅宗の「不立文字」が邪説であることを明らかにされている。
 まず、「仏は文字によって衆生を度し給うなり」と述べられ、これに対して、禅宗側からその証拠を問う質問が出され、答えとして涅槃経と像法決疑経の二つの経から引用文を挙げて証拠とされている。
 涅槃経からは、衆生が出世間すなわち仏の教えを文字に記した仏教の経々を受持すべきであるとの仏の願いをあらわした文、像法決疑経からは、文字を頼りとし根本とすることによって衆生を救い悟りを得させることができるという文の二文を挙げられて「若し文字を離れば何を以てか仏事とせん」と結論されている。
 一般に、釈尊の教えは、在世には文字に記されず、滅後も数百年間は口承で伝えられたことからこのように「文字」が強調されていることに疑問を投げかけるかも知れない。ここで言わんとされている肝要は“文字”とは明確な言葉で表現された教えということである。禅宗が「不立文字」と主張しているのも、必ずしも“文字”というより“言葉”による表現ということだからである。

0153:08~0154:02 第十章 禅宗が大邪見なるを明かすtop
08                   禅宗は言語を以て人に示さざらんや 若し示さずといはば南天竺の達磨は四
09 巻の楞伽経に依つて五巻の疏を作り慧可に伝うる時我漢地を見るに 但此の経のみあつて人を度す可し 汝此れに依
10 つて世を度す可し云云、 若し爾れば猥に教外別伝と号せんや、 次に不伝の言に至つては冷煖二途・唯自覚了と云
11 つて文字に依るか其れも相伝の後の冷煖自知なり 是を以て法華に云く「悪知識を捨て善友に親近せよ」文、 止観
12 に云く「師に値わざれば邪慧日に増し生死月に甚し稠林に曲木を曵くが如く出づる期有こと無けん」云云、 凡そ世
13 間の沙汰尚以て他人に談合す況んや出世の深理寧ろ輙く自己を本分とせんや、 故に経に云く「近きを見る可からざ
14 ること人の睫の如く 遠きを見る可からざること空中の鳥の跡の如し」云云、 上根上機の坐禅は且く之を置く当世
15 の禅宗は瓮を蒙つて壁に向うが如し、 経に云く「盲冥にして見る所無し大勢の仏及び断苦の法を求めず 深く諸の
16 邪見に入つて苦を以て苦を捨てんと欲す」云云、 弘決に云く「世間の顕語尚識らず 況んや中道の遠理をや円常の
17 密教寧ろ当に識る可けんや」云云、 当世の禅者皆是れ大邪見の輩なり、 就中三惑未断の凡夫の語録を用いて四智
18 円明の如来の言教を軽んずる返す返す過てる者か、 疾の前に薬なし・機の前に教なし・等覚の菩薩すら尚教を用い
0154
01 き底下の愚人何ぞ経を信ぜざる云云、 是を以て漢土に禅宗興ぜしかば 其の国忽ちに亡びき本朝の滅す可き瑞相に
02 闇証の禅師充満す、止観に云く「此れ則ち法滅の妖怪なり亦是れ時代の妖怪なり」云云。
-----―
 禅宗は言葉によって人に教えを示さないだろうか。もし「示さない」というならば、南インドの達磨は四巻の楞伽経によって五巻の注釈書を作り慧可に伝える時、「私が中国を見るに、ただこの経のみが人を救うことができる。汝よ、これによって世を救いなさい」とのべたというのはどうなるか。もしそうであるならば、むやみに教外別伝と称せようか。
 次に先聖不伝の言葉については、達磨が血脉論に「冷たいと煖かいの二つはただ自分で覚了する以外にない」というのも文字によっているではないか。それも文字によって相伝を受けて後に、冷たいとか煖かいの二つを自ら知るのである。このことから法華経譬喩品に「悪知識を捨てて善友に親近しなさい」とある。摩訶止観に「師にあわなければ邪な智慧が日ごとに増し、生死の苦しみは月ごとに甚だしい。密林に曲がった木を曳くように、生死の苦しみから出る時期がない」とある。
 およそ世間の問題でさえもなお他人と相談する。まして出世間の深理はむしろ容易に迷いの自己を本位とできようか。ゆえに涅槃経に「近いところが見えないことは人の睫のようであり、遠いところが見えないことは空中の鳥の跡のようである」とある。上根上機の者の坐禅については、いましばらく置いておく。今の世の禅宗は甕をかぶって壁に向かっているようなものである。法華経方便品に「盲目にして見えるところがない。偉大な力をもつ仏および苦を断つ法を求めないで、深くもろもろの邪見に入って苦をもって苦をすてようとする」とある。止観輔行伝弘決に「世間の明らかな言葉すら知らない。まして中道の深遠な法理はなおさらである。完全で常住の秘密の法をむしろ知ることができようか。
 今の世の禅宗の者はすべて大邪見の輩である。なかでも末だ三惑を断じていない凡夫の言葉を集めた書物を信用して、四智の円かで明るい如来の教えを軽んずるのは、どう考えても誤っている者である。病の前に薬がなく、衆生の機根の前に教がないのと同じである。等覚の菩薩すらなお教を用いた。機根の低い愚かな人がどうして経を信じないのかというべきである。このように中国に禅宗が興ったので、その国がたちまちに滅んだ。我が日本が滅びる前兆として仏法の悟りに暗い禅師が充満しているのである。摩訶止観に「これは法を滅する妖しい怪物である。またこれは時代の妖しい怪物である」とある。

南天竺
 古代インドを五つ(東・西・南・北・中)のいとつ。
―――
達磨
 禅宗の初祖。菩提多羅のこと。のちに般若多羅より法を受け、菩提達磨の名を授けられた。般若多羅は、かれの滅後67年に震旦に行って弘法せよと、達磨に游化を許したので、梁の普通元年、中国に入り、武帝に謁見したが受け入れられず、崇山少林寺に寓して壁に向かって坐禅したので、人々は彼を壁観婆羅門と呼んだ。大通2年に死去。唐の代宗は円覚大師とおくり名した。
―――
楞伽経
 漢訳本に四種あり、三種の訳書が現存する。仏が楞伽山頂で大慧菩薩に対して説いたとされる経。唯識の立場からさまざまな大乗の教義が列挙されている。また名字によって一切法の相を分別することを虚妄としてしりぞけ、四種の禅を明かし、諸法の空・無生・不二を悟って仏の境界に入るよう勧めている。達磨は禅宗の依経とした。
―――
慧可
 (0487~0593)。達磨より法をうけた禅宗の第二祖。中国の南北朝の人。達磨を訪ねて終夜雪の中に立ち、みずから臂を断って信を表わし初めて入門を許されたという。従学すること6年で、達磨の付属をうけた。
―――
漢地
 中国のこと。
―――
冷煖二途・唯自覚了
 禅宗の説で、水が冷たいか暖かいかの二つの途は自ら飲んでみて初めて知ることができるように、仏の悟りを自ら覚了する以外にないように、悟りは自分で究めるもので他からの教示によるものではないということ。
―――
相伝
 師から弟子へ教法を伝えること。相承・付嘱と同義。
―――
冷煖自知
 水の冷暖は飲むもの自身しか知ることができるように、仏の悟りを自ら覚了する以外にないように、悟りは自分で究めるもので他からの教示によるものではないということ。
―――
悪知識
 善知識に対する語。悪友と同語。仏道修行を妨げ、不幸に陥れる友人。唱法華題目抄には「悪知識と申してわづかに権教を知れる人智者の由をして法華経を我等が機に叶い難き由を和げ申さんを誠と思いて法華経を随喜せし心を打ち捨て余教へうつりはてて一生さて法華経へ帰り入らざらん人は悪道に堕つべき事も有りなん」(0001-08)とある。
―――
善友
 善知識と同意。正法を教え、ともに修行し、また正法を持ちきるよう守ってくれる人。
―――
止観
 摩訶止観のこと。天台大師智顗が荊州玉泉寺で講述したものを章安大師が筆録したもの。法華玄義・法華文句と合わせて天台三大部という。諸大乗教の円義を総摂して法華の根本義である一心三観・一念三千の法門を開出し、これを己心に証得する修行の方軌を明かしている。摩訶は梵語マカ(mahā)で、大を意味し「止」は邪念・邪想を離れて心を一境に止住する義。「観」は正見・正智をもって諸法を観照し、妙法を感得すること。法華文句と法華玄義が教相の法門であるのに対し、摩訶止観は観心修行を説いており、天台大師の出世の本懐の書である。
―――
邪慧
 邪な智慧のこと。
―――
生死
 生死はたんに「生」と「死」という意味以外に「生命」と訳す場合と「苦しみ」と訳す場合とがある。ともに生死・生死の流転輪廻という意味からきている。「生死即涅槃」の場合は、「苦しみ」。「生死一大事」の場合は「生命」となる。
―――
稠林
 生い茂った林。
―――
世間の沙汰
 世の中の評議・訴訟。
―――
出世の深理
 出世間の深い法理。仏法上の深遠な道理。
―――
坐禅
 端坐して禅の修行をすること。
―――
盲冥
 目が見えないこと。
―――
大勢の仏
 凡夫にはない偉大な力をもった仏。
―――
断苦の法
 苦悩を断ち切るための法門・教法。
―――
邪見
 仏教以外の低級・邪悪な教え。総じて真理にそむく説のこと。外道の輩が仏教を誹謗していう言葉。
―――
弘決
 天台大師の摩訶止観に妙楽大師が注訳を加えた「止観輔行伝弘決」のこと。明楽は諡を湛然といい、出身地をとって荊州大師とも呼ばれる。天台宗の第9祖で、天台大師より6世の法孫にあたる。
―――
世間の顕語
 世間一般のわかりやすい話。
―――
中道の遠理
 中道という深遠な妙理・法理のこと。中道は万法の本体をいう。三諦における中諦と同じ。俗諦と真諦・仮諦と空諦の二辺に執着しない中正の真理。存在するものは、すべて因縁によって仮に存在しているに過ぎないゆえに空であり、空という固定的な体もまたないゆえに空もまた空である。したがって仮と空をともに否定して偏執のないところに真実があり、これを中という。
―――
円常の密教
 円満で常住の密教の教えのこと。
―――
禅者
 禅を修行するもの、僧。
―――
三惑未断の凡夫
 三惑(見思惑・塵沙惑・無明惑)をまだ断じ尽くしていない凡夫のこと。
―――
語録
 各界の指導的立場にある人々の言葉を集めた書物。
―――
四智円明の如来
 四智を円満・明了に具足している仏のこと。四智とは仏が具えている四種の無漏智。凡夫に八識があり、仏果に至るとそれが転じて四智を得るという。①大円鏡智、大きなくもりのない鏡のようにすべての事象をありのままに照し出す智。②平等性智、すべての事象は平等であると知る智。③妙観察智、すべての事象をありのままに観察する智。④成所作智、なすべきすべての事をなしとげ衆生を救済する智。唯識の理に入るための四つの智慧。
―――
如来の言教
 仏が言葉で説いた教え。
―――
疾の前に薬なし
 病気になってもその前に効く薬はないということ。
―――
機の前に教なし
 凡夫を教える教えがその機根の前にはないということ。
―――
等覚の菩薩
 仏の覚りと等しい位。菩薩の最高位。大乗の菩薩の五十二位の中で五十一位にあたる。三祇百劫の修行をし、無明を断じて、その智徳や功徳が妙覚と等しいので等覚という。一生補処、金剛心、有上士、無垢地ともいう。
―――
底下の愚人
 愚かな凡夫のこと。
―――
漢土
 漢民族の住む国土。唐土・もろこしともいう。現在の中国。
―――
本朝
 ①日本の朝廷。②日本国。
―――
瑞相
 きざし、前知らせ。必ず物事の前にあらわれる現証。天台は法華玄義巻第六の上に神通妙を釈したなかに「世人は蜘蛛掛るときは則ち喜事来り、鳱鵲鳴くときは則ち行人至ると以ふ。小尚徵あり。大焉んぞ瑞無からん。近を以て遠きを表するに、亦応に是の如くなるべし」と。
―――
闇証の禅師
 闇証とは仏説をよりどころとする教義を無視して、我見をもって証を得たもの、あるいは得られると思い込んでいること。禅宗の徒が教外別伝・不立文字と立て、自己の心を基準に、坐禅思惟し、仏の心を証得したと思うことをさす。
―――
法滅の妖怪
 仏法を破滅させる怪しい怪物。
―――――――――
 前章で、仏は文字によって衆生を救うことを明らかにされ、文字を離れて仏の衆生救済の仕事は成り立たないことを確認されているのであるが、ここでは、更に、教外別伝・不立文字をいう禅宗も、実際には言語に依っている事実を挙げ、いかに自己矛盾した大邪見の宗であるかを指摘されるとともに、仏説を排除して三惑末断の凡夫の語録に依る禅宗は、仏法を滅ぼし国を滅ぼす妖怪であると破折されている。
 まず、禅宗の祖である南インド出身の達磨が楞伽経4巻に対して、5巻にわたる注釈書を作ったこと、そして、この注釈書を弟子の慧可に伝える時に「中国の仏教界を見るとただちにこの楞伽経だけが人々を済度することができる経である。あなたはこの経によって世の人々を済度しなさい」と言った。祖師である達磨が楞伽経を重視しているのに、教外別伝などというのはおかしいではないかと難じられている。
 次に、仏祖不伝の教義の“不伝”ということについて、禅宗の言葉に「水が冷たいか暖かいかは、自ら飲んで覚知するしかない」とあるが、この言葉はそのものが文字に依っていないかと指摘され、しかも「飲んでみて判断する」とうように、法門についても教えの相伝を受けて、自ら覚るということであるから「自覚・自知」の前に「受法・聞法」があることを指摘されている。この「相伝」「聞法」の段階で、正しい法を伝えてくれる「善知識」「師」が不可欠となるわけで、ゆえに、法華経譬喩品第3の「悪知識を捨て善友に親近する」の文と摩訶止観の「師と出会わなければ邪な智慧が増大して生死の迷いから脱却できない」という文を引用されて、正法を伝えてくれる善友や師の存在なくして仏道修行による悟りはないことを明らかにされている。これを敷衍して、一般に世の中の事柄でさえ他の人と相談してよりよく計らっていくのであるから、まして出世間の仏法の深い心理についての探究では善友や師の言葉を必要とするのであり、安易に「自己を本分とする」、つまり凡夫としての自分を基準にしてよかろうかと、禅の本質にある増上慢を指摘されている。
 次いで、凡夫としての自分が基準にならないことを涅槃経師子吼品の「近きを見ることができないのは人の睫のようであり、遠きを見ることができないのは空中の鳥が飛んだ跡のようなものである」という文を引用されて、凡夫は総じて余りに近いところと遠いところは見えないことを示されて、禅宗がその頼りない凡夫の自己を本分として修行する危うさを指摘されている。
 最後に「上根上機の坐禅は且く之を置く」とした後、「当世の禅宗」、すなわち大聖人御在世当時の禅宗の修行はまるで甕を頭にかぶって壁に向かっているようなもので、何も見えるわけがないと指摘され、法華経方便品第2に「眼がみえないために大きな力のある仏や苦しみを本当に断ずる法を求めないで、深く邪見の中に入ってまるで苦しみを脱却するのに苦しみでおこなうようなものである」との文や止観輔行伝弘決の「世の中に事象を顕に記した言葉ですらなお認識できない場合がある。ましてや仏法の中道の深遠な道理を認識することは容易ではない。更にいわんや円満で常住の秘密の妙法などどうして簡単に認識できるであろうか」という文を引用され、これを裏づけとされて「当世の禅者皆是れ大邪見の輩なり」と結論されている。邪見とは因果の道理を否定する見解のことであるから、当世の禅を行ずる者たちは悟りに到達するための因と果の道理を否定しているゆえに「大邪見」と断じられているのである。
 更に禅宗を大邪見と断ずる理由として、見思・塵沙・無明の三惑を末だに談じきっていない単なる凡夫である先輩の禅僧の書いた語録を大切にして、四智が円満に具わった如来の言葉や教えを軽んじている姿を挙げられ、同時に「返す返す過てる者か」となげかれている。
 更に「疾の前に薬なし・機の前に教なし、等覚の菩薩すら尚教を用いき底下の愚人何ぞ経を信ぜざる云云」と説かれ、仏道を修行する者にとって、仏の教えがいかに必要であるかということを述べられている。
 「疾の前に薬なし・機の前に教なし」とは、禅宗の「仏祖不伝」「不立文字」等の主張は、病人に薬を与えず、衆生にその機根にかなった教を示さないようなものであるという意と考えられる。そして「等覚の菩薩すら尚教を用いき」と、仏の位にほとんど等しい菩薩ですらなお仏が示した教えを必要とすることを述べられて、ましてや位の低い凡夫の愚人が仏の教えである経々を信じないでいられようかと教えの必要性を強調されている。そして結論として、このような大邪見の輩である禅宗が中国に栄えたために国が滅びたのであると述べられ、大聖人の時代に「闇証の禅師」が充満しているのは本朝・日本が滅びる予兆であると喝破され、その根拠として、禅宗を「法滅の妖怪」「時代の妖怪」と弾呵した摩訶止観巻2の文を引かれている。「法滅の妖怪」とは仏法を滅ぼす妖怪ということであり、「時代の妖怪」とは、王朝すなわち国家・社会を滅ぼす妖怪ということである。

0154:03~0154:10 第11章 一字不説への固執を破して結ぶtop
03   禅宗云く法華宗は不立文字の義を破す何故ぞ仏は一字不説と説き給うや、 答う汝楞伽経の文を引くか本法自法
04 の二義を知らざるか学ばずんば習うべし其の上彼の経に於いては未顕真実と破られ畢んぬ何ぞ指南と為ん。
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 禅宗がいう。法華宗は文字を立てずとの義を破っているが、なにゆえに仏は「一字も説かない」と説かれたのか。答える。汝は楞伽経の文を引用するのか。本住法と自証法の二義を知らないのか。学んでいないのなら習いなさい。そのうえ、その楞伽経について仏はついて仏は「末だ真実を顕さず」と破られている。どうして楞伽経を指南としてよいであろう。
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05   問うて云く像法決疑経に云く「如来の一句の法を説きたもうを見ず」云云如何、 答う是は常施菩薩の言なり法
06 華経には「菩薩是の法を聞いて疑網皆已に除く 千二百の羅漢悉く 亦当に作仏すべし」と云つて八万の菩薩も千二
07 百の羅漢も悉く 皆列座し聴聞随喜す、 常施一人は見えず何れの説に依る可き法華の座に挙ぐる 菩薩の上首の中
08 に常施の名之無し見えずと申すも道理なり、 何に況や次下に「然るに諸の衆生出没有るを見て 法を説いて人を度
09 す」云云、 何ぞ不説の一句を留めて可説の妙理を失う可き、 汝が立義一一大僻見なり執情を改めて法華に帰伏す
10 可し、然らずんば豈無道心に非ずや。
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 問うて言う。像法決疑経に「如来が一句を説かれたのを見なさい」とある。どうか。答える。これは常施菩薩の言葉である。法華経には「菩薩はこの法を聞いて、それまで捕えられていた疑いの網をすべて既に除くことができた。千二百の阿羅漢もすべてまた作仏するであろう」といって、八万の菩薩も千二百の阿羅漢もすべて会座に列し聴聞し随喜した。常施菩薩一人は見えなかった。どの教説によるべきか。法華経の会座に挙げる菩薩の上位者のなかに常施菩薩の名はない。「如来が一句の法を説かれたのを見なさい」というのも道理である。まして法華経の次下に「しかし、もろもろの衆生が迷苦を出したり没したりするのを見て、法を説いて救う」とある。どうして「説かない」の一句を留めて、「説くべし」の妙理を失うのか。汝の言い分は一々に誤った見解である。誤りにとらわれた心を改めて法華に帰伏しなさい。そうでないならば、無道心ということではないか。

一字不説
 禅宗では諸仏が証得した法の内容は甚深であるから文字・言語では表さない。すなわち仏の説法は対人的に仮に説かれたもので、悟りからみれば一字も説いていないと説明している。7
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法の二義
 本住法と自証法のこと。本住法は法界に遍満する不変不改の法・真理であり、自証法は仏が自ら証得した法・真理をいう。本住法は本有常住の法のこと。仏の自ら行ずる道、および所詮の実相の理がともに本有無作にして不変不改であることをいう。自証法は仏の智慧によって自ら証得した不可思議の法・真理をいう。仏が自ら証得したその法とは本住法に即した心理である。
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未顕真実
 法華経の開経である無量義経説法品第二に「四十余年には未だ真実を顕さず」とある。
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指南
 教え示すこと。導くこと。師範の意味。中国唐代の「指南書」の故事によるものとされている。
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常施菩薩
 像法決疑経の対告衆。釈尊入滅に際して、跋提河のほとりで、常施菩薩の問いに対して、この経を説いたとされる。釈尊はこの経のなかで滅後1000年後における仏法衰微の相を挙げ、主に布施行を修するようすすめている。
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疑網
 疑いを心の網にたとえた語。疑いが心を束縛し動きの取れない様子。また疑いが入り乱れて決定・判断できない様子を、網が物を捕らえ、その網目が入り乱れているさまにたとえる。
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千二百の羅漢
 羅漢は阿羅漢のこと。方便品で釈尊から成仏の記別を受けた1200人の阿羅漢のこと。
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八万の菩薩
 序品に出てくる八幡の菩薩。法華経の会座に来集した菩薩。
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聴聞随喜
 仏の説法を聞いて喜ぶこと。随喜には①信順して歓喜すること。②他人のなす善行をみて、喜びのこころをなすこと。等の意がある。
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常施
 常施菩薩のこと。像法決疑経の対告衆。釈尊入滅に際して、跋提河のほとりで、常施菩薩の問いに対して、この経を説いたとされる。釈尊はこの経のなかで滅後1000年後における仏法衰微の相を挙げ、主に布施行を修するようすすめている。
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上首
 主席・中心者。
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道理
 ①物事のことわり、道徳、道義。②諸法が存在し変化するうえで拠り所となる法則。③理証のこと。
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出没
 あらわれ出ることと、埋もれ没すること。
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立義
 堅義とも書く。①立てられた義のこと。法門・教理などをより明らかにするための釈義をいう。②法論の席で、質問者の提出する主題・論議に対して、義を竪ること。
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大僻見
 大いに偏った見方、誤った考え方、見解。僻は偏る・あやまる・よこしま。見は考え方、見方。
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執情
 執着する心。偏見にとらわれた、ゆがんだ心。
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帰伏
 心から信じて従うこと。帰とはかえる、もとに戻る、身を寄せる、まかせるの意で、伏とは身を低くして、従うという意がある。
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無道心
 道心のないこと、仏果を求むる心なきことをいう。
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 本抄を結ぶにあたり、禅宗が固執する一字不説という言葉について、その真意を明あかにされつつ、これに固執する禅宗を破折されてきた禅宗の教義の一つ一つが大きい僻見であると断定され、禅宗の徒に対して、間違った見方への執着と思い入れとを改めた後に法華経に帰伏するように勧められるとともに、もしそうでなければ道心無き者となると戒められて、本抄をむすばれている。
 まず禅宗側が、法華宗は禅宗の不立文字の教義を破るが、仏は自ら「一字も説かず」とのべられている。この言葉についてはどのように考えるのかを問うている。禅宗側は、この一字不説について、仏の悟りはもともと人の思考や言葉を超えているので、たとえ仏がどれほど多数の言葉で衆生に説法したとしても、悟りそのものについては一言も一字も説いていないという意味であると解釈し、それゆえ「教外別伝・不立文字」であり「仏祖不伝」であると考えているのである。
 それに対して、大聖人はその一字不説という言葉は楞伽経の文から引いてきたのかと反対に詰問され、同経には「一字不説」という理由として本法・自法の二義が挙げられているが、そのことを学ぶべきであると諭されている。つまり、楞伽経で「一字も説かず」といったのは、本住法すなわち、真理は不変常住で仏はそれを明らかにしただけのことで、勝手に説いたものは一つもないとの意なのである。更に、「自証法」すなわち仏の内証の真実からいえば、楞伽経はあくまで「四十余年未顕真実」として破られた爾前経にすぎないから、どうしてこの経を指南することができようかと論難されている。
 この大聖人の答えに対して、禅宗側が一字不説に類似した言葉は楞伽経にあるだけでなく、像法決疑経にも「如来が一句の法ですら説いたのを見たことがない」という意味の言葉があることを述べ、これについてはどうかと問い返している。
 これに対して、大聖人は問者が引用した像法決疑経の言葉は常施菩薩の言葉であると述べられ、その常施菩薩の名は法華経の会座で釈尊の説法を聴聞して随喜して成仏した八万の菩薩の代表の中には記されていないことを指摘され、法華経に列なった常施菩薩が「如来の一句の法を説きたもうを見ず」と言っているのは当然であると答えられている。すなわち、釈尊が自証の法を明かしたのは独り法華経においてであるから、仮に像法決疑経が涅槃経の結経だとしても、法華経の会座に出席しなかった常施菩薩が、このように言ったとしても何の不思議もないとうことである。
 ましてや、常施菩薩の言葉の後の方で、もろもろの衆生が生死の迷いの世界に誕生したり亡くなったりしている姿を見て、法を説き人々を済度するという文があることを紹介され、“法を説く”との言葉が厳然とあるところから、「何ぞ不説の一句を留めて可説の妙理を失う可き」と破られている。すなわち、どうして「一字不説」の」一句にだけこだわって、せっかく言葉で説くと明言されているのかを隠して、妙法の真理への人々の眼をふさいでよいのであろうかと破られている。
 最後に「汝が立義一一大僻見なり」と述べられ、これまでの問答をとおして明らかになった禅宗の教義の一つ一つが大きな誤った見解であると断定されている。そして、禅宗がその誤った見解への執着とこだわりを改めて法華経に帰伏すべきことを勧められ、もし帰伏しなければ求道心無き者になってしまうと戒めらあれて、本抄の結びとされている。