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日蓮大聖人御書講義6下0468~0500
0468~0470 木絵二像開眼之事
0468:01~0468:02 第一章 凡音声が不可見無対色なるを示す
0468:02~0468:05 第二章 木絵二像と生身の仏と相対す
0468:05~0468:13 第三章 木絵二像開眼の本義を明かす
0468:13~0469:08 第四章 法華経こそ仏の意なるを述べる
0469:08~0469:13 第五章 一念三千が草木成仏の法なるを明かす
0469:13~0470:02 第六章 真言開眼の邪義を示す
0470:02~0470:10 第七章 死骨供養も法華経に限るを示す
0470~0473 女人成仏抄
はじめに
0470:01~0470:04 第一章 提婆品二箇の諌暁を示す
0470:04~0471:06 第二章 信敬の人と悪業の衆生の果報を明かす
0471:06~0471:12 第三章 経を挙げて六道の衆苦を示す
0471:12~0472:02 第四章 出離生死の法を明かす
0472:02~0472:07 第五章 爾前の諸経の女人不成仏を示す
0472:07~0472:18 第六章 竜女の即身成仏を明かす
0472:18~0473:07 第七章 一切の女人の成仏を説く
0473:07~0473:13 第八章 講経の功力を述べる
0474~0500 聖愚問答抄
はじめに
0474:01~0474:12 第一章 執筆の所以を示す
0474:12~0475:05 第二章 出離生死の法を求む
0475:06~0476:04 第三章 律宗の主張を述べる
0476:05~0477:02 第四章 律宗を破折する
0477:02~0477:13 第五章 念仏の教えを説く
0477:13~0478:05 第六章 真言密教を勘める
0478:06~0478:12 第七章 禅宗の教えを説く
0478:13~0479:16 第八章 法華経の聖人に値う
0479:17~0480:17 第九章 総じて権教諸宗を破す
0480:17~0481:11 第十章 念仏は無間地獄の宗と示す
0481:12~0482:07 第11章 善導・法然の邪義を示す
0242:07~0243:16 第12章 念仏者の師敵対を述べる
0483:16~0485:04 第13章 弘法の邪義を破す
0485:05~0486:03 第14章 法華第一が金言なるを示す
0486:03~0486:12 第15章 薬王品の十喩を例に挙げる
0486:12~0487:02 第16章 真言密教の邪義を総括する
0487:01~0487:10 第一章 禅宗の教義を挙げる
0487:10~0488:13 第二章 教外別伝・不立文字の邪義を破る
0488:14~0489:10 第三章 当世の禅宗が派祖の意に反するを指摘す
0489:11~0490:11 第四章 二十八粗の系譜の偽造をただす
0490:12~0491:04 第五章 法華の得益を示し、捨邪帰正を勧む
0491:05~0491:14 第六章 愚人、逡巡の情を述べる
0491:14~0492:05 第七章 真の報恩・孝養を教える
0492:06~0493:02 第八章 教主釈尊を範として真の孝養を示す
0493:02~0493:10 第九章 真の忠君のあり方を教える
0493:11~0493:18 第十章 数の大小にとらわれる愚を諭す
0494:01~0494:07 第11章 愚人・法華経修行のあり方を問う
0494:07~0495:08 第12章 法華経弘通の態度を教える
0495:08~0495:16 第13章 謗法訶責の折伏行を勧める
0495:17~0496:12 第14章 折伏行が仏の勅命であると示す
0496:12~0497:05 第15章 身軽法重の折伏行を勧む
0497:06~0497:15 第16章 唱題行の肝要を示す
0497:16~0498:10 第17章 妙法五字の絶大なる功徳を明かす
0498:11~0499:02 第18章 妙法五字の受持唱題の文証を示す
0499:03~0499:17 第19章 「信心」の二字の肝要なるを示す
0499:17~0500:08 第20章 釈を引き妙法五字の功徳を示す
0500:09~0500:15 第21章 不退転の信心を勧める
0468~0470 木絵二像開眼之事top
0468:01~0468:02 第一章 凡音声が不可見無対色なるを示すtop
| 木絵二像開眼之事 文永元年 四十三歳御作 01 仏に三十二相有す皆色法なり、 最下の千輻輪より終り無見頂相に至るまでの三十一相は可見有対色なれば書き 02 つべし作りつべし梵音声の一相は 不可見無対色なれば書く可らず作る可らず -----― 仏に三十二相があり、それらは皆色法である。三十二相のうち、一番下の千輻輪相から終わり無見頂相に至るまでの三十一相は、可見有対色であるから書くこともでき、作ることもできる。しかし、梵音声の一相は不可見無対色であるから、書くこともできないし、作ることもできない。 |
三十二相
仏や転輪聖王が身にそなえている勝れた特質の中で、とくに著しい三十二の相。仏が一般の人々よりも勝れていることを具体的に表したもので、八十種好と合わせて仏の相好という。三十二の名称・順位については諸経論に異説があるが、大智度論巻四によると次のようになる。
① 足下安平立相
② 足下二輪相相
③ 長指相
④ 足跟広平相
⑤ 手足指縵網相
⑥ 手足柔軟相
⑦ 足趺高満相
⑧ 伊泥延膊相
⑨ 正立手摩膝相
⑩ 陰蔵相
⑪ 身広長等相
⑫ 毛上向相
⑬ 一一孔一毛生相
⑭ 金色相
⑮ 丈光相
⑯ 細薄皮相
⑰ 七処隆満相
⑱ 両腋下隆満相
⑲ 上身如獅子相
⑳ 大直身相
㉑ 肩円好相
㉒ 四十歯相
㉓ 歯斉相
㉔ 牙白相
㉕ 獅子頬相
㉖ 味中得上味相
㉗ 大舌相(広長舌相)
㉘ 梵声相
㉙ 真青眼相
㉚ 牛眼睫相
㉛ 頂髻相(無見頂相)
㉜ 白毛相
―――
色法
一切の物質的存在のこと。心法に対する語。
―――
千輻輪
仏の三十二相の一。足の裏にある、千の輻をもつ車輪の形の文様。
―――
無見頂相
仏の三十二相の一。仏の頭頂部にある肉髻。だれも見ることのできないところからいう。
―――
可見有対色
可見で有対の色法のこと。三種色の一つ。可見は目に見えるものをいう。対はさまたげの意で、有対は他の物質と同時に同一の空間を占有できないものをいう。五境のなかの色境がこれにあたる。
―――
梵音声
仏の音声をいい、32相のひとつ。四条金吾殿御返事には「乃至梵音声と申すは仏の第一の相なり、小王・大王・転輪王等・此の相を一分備へたるゆへに此の王の一言に国も破れ国も治まるなり、宣旨と申すは梵音声の一分なり、万民の万言・一王の一言に及ばず、則ち三墳・五典なんど申すは小王の御言なり、此の小国を治め乃至大梵天王三界の衆生を随ふる事・仏の大梵天王・帝釈等をしたがへ給う事もこの梵音声なり、此等の梵音声一切経と成つて一切衆生を利益す」(1122-11)とある。
―――
不可見無対色
不可見で無対の色法のこと。三種色の一つ。無表色をいう。不可見は目でみることができないことをいい、無対色は互いに障害とならないものをいう。煩悩声は、俱舎論等によれば不可見有対色にあたる。
―――――――――
本抄の御述作は、文永元年(1264)とも文永9年(1272)とも、また弘安5年(1282)の説もある。しかし、木絵の二像について述べられるのは、弘安5年はあまりに時代が下り過ぎている感がする。文永元年と文永9年の説は多くとられているが、文永7年(1270)ごろ、釈迦仏像造立に関しての御書があり、このころ仏像についての質問が大聖人のところにきていたことも考えられ、もしそうした質問への返事の草案として本抄がまとめられ、したためられたとすれば、文永9年ごろの御述作と考えられる。本抄は御手紙の体裁になっていない。したがって、こうした質問一般に対する返事の草案として、準備されたものと考えられる。ただ、これは推定であって、文永元年説を否定するものではない。
本抄の御真筆は現存しないが、かつて身延にあったといわれている。いただいたのは、釈迦仏供養の関係から、四条金吾ではないかとの説もあるが、四条金吾釈迦仏供養事とは内容が離れている。特定の人とは定められないように思われる。
本抄の題号についても特別定められていず、後世の命名である。題号を一見すると木絵の二像を許された御書のようであるが、内容からいうならば、むしろ「開眼」に元意があり、たとえ木像、絵像といっても、法華経という肝心がなければなんの意味もない、いわんや、真言等の開眼によるならば魔や鬼にさえもなるといわれていて、けっして無条件に木像、絵像を許されたものでないことがわかる。本抄の別名を「法華骨目肝心」「法華骨目抄」等というが、むしろこのほうがその内容をよく説明していよう。
本抄の大意は、まず仏には三十二相があるが、三十一相まではつくりえがくことはできても、梵音声はえがくことも作ることもできないから、生身の仏と同じにはならない。そこで、仏像の前に仏の声教たる経典を置くことによって三十二相が具することになると示されたあと、では、いかなる経典を置くかが根本の鍵であると述べられている。
そして、それこそ法華経以外にないのであり、とくに真言による開眼を厳しく破され、真言で開眼した仏像は今生には国を滅ぼし、後生は無間の獄に堕す魔像となると断じられている。なぜ法華経を根本としなければならないかについては、法華経にこそ草木成仏の法理が明かされているゆえであるといわれている。
木絵二像について
さて、本文に入る前提として、木絵二像について述べておかねばならない。
日蓮大聖人が釈尊の造像を許されたとする説は、諸御抄に散見される門下への造像許可と、大聖人御自身が仏像を所持されていたことからきている。
門下に釈尊の一体仏の造立を認められている御書は四編ある。善無畏三蔵抄、真間釈迦仏御供養逐状、四条金吾釈迦仏供養事、日眼女造立釈迦仏供養事である。
また清澄寺大衆中、神国王御書、忘持経事等には、大聖人が伊豆流罪の折、得られた仏像を随身されたことが拝せられ、そのほか唱法華題目抄、四菩薩造立抄等から一尊四士、二尊四士の造立を許可されていたとする説もある。
しかし、それらはいずれも、大聖人の随宜方便の立場であり、本尊問答抄の「法華経の題目を以て本尊とすべし」(0365-01)等の御文からすれば御化導の本筋にあたらないことはいうまでもない。
大石寺第二十六世日寛上人は、末法相応抄において「一には猶是れ一宗弘通の初めなり是の故に用捨時宜に随うか、二には日本国中一同に阿弥陀仏を以て本尊と為す、然るに彼の人適釈尊を造立す豈称歎せざらんや、三には吾が祖の観見の前には一体仏の当体全く是れ一念三千即自受用の本仏の故なり」と、その理由を明確にされている。
大聖人御自身が一体仏を所持されていたのも、第三の理由によること明白であろう。また一尊四士や二尊四士等の造像も、唱法華題目抄や四菩薩造立抄の御文全体を拝すれば、かえって制止されんとする御真意を知ることができる。日興上人が波木井実長にやむをえず釈尊の立像に加えての四菩薩の造立を示されたかのごときものもあるが、これとて御本意でなかったのは、一体仏を哆哆婆和の拙仏とされ、大聖人所持は「継子一旦の寵愛・月を待つ片時の螢光か」(1614)のゆえであるとされたうえで、あえて「執する者」に対して許されているとことからもはっきりしている。
五人所破抄の御文に執するなら、富士一跡門徒存知の事の「聖人御立の法門に於ては全く絵像・木像の仏・菩薩を以て本尊と為さず、唯御書の意に任せて妙法蓮華経の五字を以て本尊と為す可しと即ち御自筆の本尊是なり」(1606-02)の明確な御文をいかに拝するのか。その日興上人の御心も知らず波木井実長がさらに増長したため、ついに日興上人は身延を去られたのである。
そのほか「仏像」の言が観心本尊抄等にあるが、それも木絵二像をさす意でないことは日寛上人の文段によっても明らかである。末法相応抄にはさらに詳しく論じられている。
木絵二像は、三十二相を具した色相荘厳の仏像である。この仏像を用いない理由を、末法相応抄には三つ挙げられている。
第一は、色相荘厳の釈尊は在世熟脱の教主であって、末法下種の本仏でない故である。
第二は、末法の衆生にとって主師親三徳の縁が浅い故である。末法の衆生は本未有善であって、釈尊の仏法とは縁が浅いのである。
第三は、人法勝劣の故である。久遠元初において、自受用報身如来が我が身妙法と悟られた故に人法一箇なのであって、それより後の成道の釈尊が法より劣るのは当然である。本尊問答抄の「本尊とは勝れたるを用うべし」(0366-05)の御文からしても、人法一箇の大御本尊を捨てて、劣った釈尊像を用いる理由は全くない。
これらの理由により、日蓮大聖人の仏法においては、木絵の二像は根本ではなく、大聖人御自筆の曼荼羅をもって本尊とするのである。したがって、前に述べたごとく、本抄においても木絵二像の「開眼」が重要であることを示されるのが本意であって、仏像造立を称賛されるところにあるのではないことを踏まえたうえで、御文を拝していきたい。
三十二相について
三十二相は仏が具えている三十二の相である。三十二大人相、三十二大丈夫相、三十二大士相などともいう。転輪聖王も三十二相を具えているとされるが、仏に比べて、あるいは欠けていたり、明瞭な相でなかったりしており、劣っているとされている。
仏の備える徳を具体的な相として象徴化したもので。なかには千輻輪相(足に輻の紋がある)や手足指縵網相(手足に水かきがある)などといった、現代の常識では理解に苦しむものもあるが、全体的には健康、大身、柔軟に代表される相が示されている。
これら三十二相を色相荘厳といい、荘厳な相を示すことによって衆生に渇仰の心を起こさせたのである。それゆえにこそ、大智度論にも諸天・魔王もこの三十二相を示すとあるように、魔は衆生をたぶらかすため仏と同じ姿をとることがあるのである。
なお釈尊に敵対した提婆達多は三十相を具していたが、千輻輪相と眉間白毫相(眉間に白毛があり光を放つ)が欠けていたため「鉄をのして千輻輪につけ・螢火を集めて白毫となし」(1348-18)というようなことまでして、自らを新仏に見せようとしたという。
この三十二相の一つ一つは、百福を起こして得られるという。法蓮抄にはその因について「此の三十二相の中の一相をば百福を以て成じ給へり、百福と申すは仮令大医ありて日本国・漢土・五天竺・十六の大国・五百の中国・十千の小国・乃至一閻浮提・四天下・六欲天・乃至三千大千世界の一切衆生の眼の盲たるを本の如く一時に開けたらんほどの大功徳を一つの福として此の福百をかさねて候はんを以て三十二相の中の一相を成ぜり」(1043-09)と述べられている。
このような福徳の因があってこそ得られるのが、三十二相の一つ一つであるとされたのである。釈尊滅後、仏を求める心から木像・絵像が造られ仏法信仰の根本となっていった。しかし半面、荘厳な姿をとることにより、仏と衆生の懸隔はますます甚だしくなっていったのである。
ところが、日蓮大聖人の仏法から見ると、このような色相荘厳の姿自体が法より人が劣っていることを示すものである。日寛上人は文底秘沈抄で「色相荘厳の仏は是れ世情に随順する虚仏なり故に人法体別なり、譬えば影は池水に移るが故に天月と是れ一ならざるが如し」といわれている。
すなわち、三十二相は衆生が荘厳と見る心、そうした姿に憧れる世情に随順してあらわしたものである。すなわち、勝れた法へ導くために方便として示しているにすぎない。法は勝れ人は劣るのである。
それに対し、久遠元初自受用身の仏は、人法体一であるから、方便のために飾る必要がない故に凡夫相であられる。そしてこの仏の御生命をそのまま末法に一幅の曼荼羅として顕現された故に、御本尊は尊極の当体であられる。
伝教大師は「一念三千即自受用身・自受用身とは尊形を出でたる仏と・出尊形仏とは無作の三身と云う事なり」といっている。三十二相の尊形の仏を超え、凡夫即極の仏こそ、衆生に随った迹中化他の仏でなく本地自行の真仏なのである。御義口伝巻下には「久遠とははたらかさず・つくろわず・もとの儘と云う義なり、無作の三身なれば初めて成ぜず是れ働かざるなり、卅二相八十種好を具足せず是れ繕わざるなり本有常住の仏なれば本の儘なり是を久遠と云うなり、久遠とは南無妙法蓮華経なり実成無作と開けたるなり云云」(0759-第廿三 久遠の事-01)と仰せになっている。
三十一相は可見有対色なれば書きつべし作りつべし梵音声の一相は不可見無対色なれば書く可らず作る可らず
法勝の阿毘曇心論の界品第一に「界中にて一は可見なり。十界を有対と説く」とある。眼・耳・鼻・舌・身・意の六種の器官、それのもつ認識・了別の作用、その対境を十八界というが、その六境のうち色が可見であり、他は不可見である。また、眼・耳・鼻・舌・身の五根と色・声・香・味・触は有対であり、他は無対である。この場合、可見とは「ここに在る、またかしこに在る」と見ることができることをいう。色とは物質であり、その存在を判別できるので可見なのである。他は見ることができないので不可見となる。
つぎに有対とは「それぞれ相対し、さまたげあうこと、すなわち一つのものがあれば他のものはないこと」である。一つの場を占めたもののことであり、二物が同時に同じところを占めることができない不可入性をいう。
そこで可見有対、不可見有対、不可見無対の三種類が区別される。
倶舎論等では五根と五境と法境の一部を色として捉えているが、色境が可見有対、他の四境と五根が不可見有対であり、不可見無対は法境の一部にあたると説く。仏のもつ三十二相のうち梵音声相を除く三十一相は、可見であり、かつ有対の色である。ところで声はこの分類によると、不可見だが有対の色になるはずである。ところが大聖人は、梵音声相を不可見で無対の色としておられる。これは、どういう意味であろうか。
不可見無対色は無表色ともいう。表すことのできない色のことである。倶舎論には「無表は色業を以て性と為すこと、有表業の如しと雖も、而も表示して、他をして了知せしむるに非ず、故に、無表と名く」とある。すなわち、身口意の三業のうち身業・口業は意業が外に表れたもので有表業である。これによく似てはいるが、身口の二業が表示されるのに対して、それが不可能なものを無表色という。
倶舎論にはつづいて「略して説かば、表業と定とにて生ぜらるる善不善の色を名けて無表と為す」と説いている。善や不善は色にあたらないという考え方もできるが、善不善は存在することはたしかだから表示することはできないにしても、実有であると考えることもできる。これを無表色としたのである。倶舎論等は説一切有部であり、自らを取り巻くものを実体的に捉えていたから、このような考え方が強く出てきたのである。
そこで仏の梵音声相は、声にはちがいないが、たんなる物理的な声ではなく、声教であって、そこに説かれた法の内容に主体がある。その意味で大聖人は、不可見無対の色とされたのであろう。また、それゆえ、いかなる経典をもって開眼するかが重大事となるのである。
0468:02~0468:05 第二章 木絵二像と生身の仏と相対すtop
| 02 仏滅後は木画の二像あり 是れ三 03 十一相にして梵音声かけたり故に仏に非ず又心法かけたり、 生身の仏と木画の二像を対するに天地雲泥なり、 何 04 ぞ涅槃の後分には生身の仏と 滅後の木画の二像と功徳斉等なりといふや 又大瓔珞経には木画の二像は生身の仏に 05 は・をとれりととけり、 -----― 仏滅後は木像・画像の二像がある。これは三十一相まではそなえているが、梵音声が欠けている。ゆえに仏ではない。また、心法が欠けている。生身の仏と木画の二像を比べると、天地雲泥の差がある。それなのに、どうして涅槃経後分には「生身の仏と滅後の木画の二像と、その功徳は等しい」と説くのか。菩薩瓔珞経には、「木画の二像は生身の仏には劣る」と説かれている。 |
木画の二像
木像と画像のこと。木像は木に彫った仏・菩薩像、画像は絵に書いた仏・菩薩像。
―――
心法
心のこと。縁によって起こるさまざまな思慮・知覚の本体。また心の働き・精神作用のこと。色法に対する語。
―――
生身の仏
五体をもって実在する仏のこと。法身の仏に対する語。生身とは母の肉身より生じた身体のこと。諸仏や菩薩が衆生を救済するために、母胎に託して生まれる肉身のこと。
―――
涅槃の後分
涅槃経の後をうけて、釈尊入滅前後の事蹟を訳出したもので、上下2巻からなる。若那跋陀羅訳。巻上には「現在する仏を供養する福徳も、仏の滅後に仏の形像を供養する福徳も異なることはない」とある。
―――
大瓔珞経
正しくは菩薩瓔珞経という。14巻。竺仏念訳。菩薩の身を無量の福徳を以って荘厳すべきことを、瓔珞に譬えて説いている。巻11には如来の色身に対して全身舎利の劣ることが明かされ、その差別が述べられている。
―――――――――
釈尊在世の衆生にとって、釈尊はあまりにも偉大であり、その入滅は大変な衝撃であった。入滅後、釈尊を火葬にし、その身骨を分けてまつったが、それにも限りがある。また釈尊の姿はそこには見られない。生前の釈尊を知らない衆生にとっても、釈尊を求める気持ちは変わらない。そこで釈尊の像を模して拝するようになった。それが木絵の二像である。木像とは木に彫った像であるが、木に彫った像であるが、木に限らず石などに彫刻したものを含めていわれたと考えてよい。絵像は絵にかいたものである。ともに仏の形像である。
ところが木絵にはどうしても欠けているものがある。姿・形は仏をあらわしていても、釈尊のごとく声を発することはない。これが三十二相の上からいえば、梵音声の一相が欠けているということなのである。
しかもそれは声が欠けているというだけではない。仏は衆生を救うために、さまざまな教えを説いてくれたが、仏像は説いてくれない。すなわち心法が欠けているのである。
涅槃経後分に、在世中の仏に供養するのも、滅後において仏の像に供養するのも、功徳に変わりはないと説いても、同じであるわけはない。
したがって、大瓔珞経には、木絵の二像が実在の仏に劣ることを示しているのである。なお同経で比較しているのは木絵の二像と仏身ではなく、仏身と舎利とである。舎利を木絵二像に置きかえておられるのは、仏の声もなく心法もない点において同じだからであるとともに、仏の身骨でさえ、生身の仏に劣るのであるから、仏の姿のみ似せた仏像が、生身の仏に劣るのは当然であるとの意と拝せられる。
といって、生身の仏をもう一度得ることはできない。そこでいかにして仏の心法を補い、生身の仏に近づけるか。ここに開眼の問題が起こってくるのである。
0468:05~0468:13 第三章 木絵二像開眼の本義を明かすtop
| 02 木画の二像の仏の前に経を置けば三十二相具足するなり、 但心なければ三十二相を具す 06 れども必ず仏にあらず人天も三十二相あるがゆへに、 木絵の三十一相の前に五戒経を置けば 此の仏は輪王とひと 07 し、十善論と云うを置けば帝釈とひとし、 出欲論と云うを置けば梵王とひとし全く仏にあらず、 又木絵二像の前 08 に阿含経を置けば声聞とひとし、 方等般若の一時一会の共般若を置けば縁覚とひとし、華厳・方等・般若の別円を 09 置けば菩薩とひとし全く仏に非らず、大日経・金剛頂経・蘇悉地経等の仏眼・大日の印真言は名は仏眼・大日といへ 10 ども其の義は仏眼大日に非ず、 例せば仏も華厳経は円仏には非ず 名にはよらず三十一相の仏の前に法華経を置き 11 たてまつれば必ず純円の仏なり云云、 故に普賢経に法華経の仏を説て云く「仏の三種の身は 方等より生ず」文、 12 是の方等は方等部の方等に非ず法華を方等といふなり、 又云く「此の大乗経は是れ諸仏の眼なり 諸仏是に因つて 13 五眼を具することを得る」等云云、 -----― 木画の二像の仏の前に経を置くとき、三十二相は具足するのである。ただし、心法がなければ三十二相を具えているといっても、かならずしも仏ではない。人界、天界の衆生にも三十二相があるからである。木絵の三十一相の仏像の前に五戒経を置くとき、この仏像は転輪聖王と等しい。十善論を置くときは帝釈と等しい。出欲論を置くときは梵王と等しい。まったく仏ではない。 また木絵二像の前に阿含経を置くときは声聞と等しい。方等・般若のさまざまな会座で説かれた共般若の経を置くときは縁覚と等しい。華厳・方等・般若の別円の経を置くときは菩薩と等しい。まったく仏ではない。大日経・金剛頂経・蘇悉地経等の仏眼尊や大日如来の印真言は、名は仏眼・大日といっても、その義は仏眼・大日ではない。たとえば、仏といっても華厳経の仏は円仏ではない。このように名にはよらないのである。 三十一相の仏像の前に法華経を安置するときは、この仏像は正しく純円の仏である。ゆえに、仏説観普賢菩薩行法経に法華経の仏を説いて「仏の法報応の三種の身は方等から生ずる」とある。この方等とは、方等部の方等ではない。法華経をさして方等というのである。また「この大乗経は、諸仏の眼である。諸仏はこれによって五眼をそなえることができる」などと説かれている。 |
人天
十界のなかの人間界と天上界の生命状態・境界のこと。
―――
五戒経
五戒が説かれている経典のこと。五戒とは在家の男女が持つべき五つの戒。一に不殺生戒、二に不偸盗戒、三に不妄語戒、四に不邪淫戒、五に不飲酒戒をいう。「五戒相経」をさすと思われるが詳細は不明。
―――
輪王
転輪聖王または転輪王ともいう。仏教で説く理想の君主で、即位するとき天より輪宝を感得し、その輪宝を転じて四方を制するのでこの名がある。輪宝に金・銀・銅・鉄の四種があり、感得する輪宝によって、それぞれ金輪王、銀輪王、銅輪王、鉄輪王とよばれる。
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十善論
十善戒を説いた経典のこと。十善とは一に不殺生、二に不偸盗、三に不邪淫、四に不妄語、五に不綺語、六に不悪口、七に不両舌、八に不貪欲、九に不瞋恚、十に不邪見である。「正法念処経」のことと思われる。
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帝釈
梵語シャクラデーヴァーナームインドラ(śakro devānām indraḥ)の訳。釋提桓因・天帝釈ともいう。もともとインド神話上の最高神で雷神であったが、仏法では護法の諸天善神の一つとなる。欲界第二忉利天の主として、須弥山の頂の喜見城に住し三十三天を統領している。釈尊の修行中は、種々に姿を変えて求道心を試みている。法華経序品第一では、眷属二万の天子と共に法華経の会座に連なった。
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出欲論
欲界を出離することを説く経論・論釈のこと。欲界を去って色界の四禅天に生ずるための行法には四禅天があり、四禅天を論ずる教論の総称をいう。
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阿含経
釈迦一代の教説を天台が五時に判じたなかで、最初の華厳時の次に説かれた経。時を阿含時、説かれた経を阿含経という。阿含は梵語アーガマ(āgama)の音写。法帰・法本・法蔵・蔵等と訳す。仏の教説を集めたものという意味。増一阿含経51巻・中阿含経60巻・雑阿含経50巻・長阿含経22巻からなり、四阿含経ともいう。結経は遺教経、説処は波羅奈国鹿野苑で、陳如等五人のために、三蔵教の四諦の法輪を説いたもの。したがって、釈尊説法中もっとも低い教えである。
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声聞
十界の一つで縁覚と合わせて二乗という。仏の教える声を聞いて悟る人をいい、小乗教の理想ではあるが、利己主義に陥るため、権大乗教では徹底的に弾呵され、煎る種のごとく、二度と成仏の芽を出すことがないと言われた。法華経にいたって、舎利弗・迦葉・迦旃延・富楼那等、声聞の十大弟子が得道する。そして歓喜した四大声聞の領解の文を開目抄には「我等今は真に是れ声聞なり仏道の声を以て一切をして聞かしむ我等今は真に 阿羅漢なり緒の世間・天人・魔・梵に於て普く其の中に於て・応に供養を受くべし」とあり、真の声聞とは、仏の弟子として、仏の教え、精神を民衆に聞かせ、後世に残していく人である。
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方等
方等経のこと。方とは方正、等とは平等にして中道の理。したがって方等とは広く大乗経である。
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般若
般若波羅蜜の深理を説いた経典の総称。漢訳には唐代の玄奘訳の「大般若経」六百巻から二百六十二文字の「般若心経」まで多数ある。内容は、般若の理を説き、大小二乗に差別なしとしている。
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一時一会
一時は天台大師が釈尊の一代聖教を五時に立て分けた中の一時をいうが、短い期間、一時期、一時的という意味もある。一会は一つの説法会をさす。方等部または般若部には、多くの会座が説かれているが、一会座の一機一縁のために説かれた普遍性のない浅い経教を一時一会の説、または一時一会の小経という。
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共般若
二乗および初心の菩薩に共通して説かれた般若で、天台大師の四教に配せば通教に相当する。般若は一切の事象および真理をつまびらかに照了する智慧のこと。
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縁覚
辟支仏のこと。独覚・因縁覚と訳す。「各自に覚った者」の意。仏の教導によらず、自らの力で理を覚る者のこと。十二因縁の理を観じて断惑証理し、飛花落葉等の外縁によって覚りを得るという。十法界明因果抄には「第八に縁覚道とは二有り一には部行独覚・仏前に在りて声聞の如く小乗の法を習い小乗の戒を持し見思を断じて永不成仏の者と成る、二には鱗喩独覚・無仏の世に在りて飛花落葉を見て苦・空・無常・無我の観を作し見思を断じて永不成仏の身と成る戒も亦声聞の如し此の声聞縁覚を二乗とは云うなり」(0433-07)とある。
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華厳・方等・般若の別円
天台大師の説く化法の四教のうち、別教と円教のこと。別教は二乗とは別に、菩薩のためにのみ説かれた教え。円教は円融円満で完全無欠な教えいう意であるが、爾前の諸経に説かれる円教のことをいい、華厳・方等・般若説時には、一時一会の低い教えとともに、別教・円教の低い教えも説かれた。
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大日経
大毘盧遮那成仏神変加持経のこと。中国・唐代の善無畏三蔵訳7巻。一切智を体得して成仏を成就するための菩提心、大悲、種々の行法などが説かれ、胎蔵界漫荼羅が示されている。金剛頂経・蘇悉地経と合わせて大日三部経・三部秘経といわれ、真言宗の依経となっている。
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金剛頂経
金剛頂一切如来真実摂大乗現証大教王経の略。唐の不空訳3巻。真言三部経の一つ。密教の根本経典。金剛界の曼荼羅とその供養法を説く。
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蘇悉地経
蘇悉地羯羅経の略。唐の善無畏訳3巻。真言三部経の一つ。持誦・灌頂などが明かされ、妙果成就の法が説かれている。
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仏眼・大日
大日経で説かれる仏眼尊と大日如来のこと。仏眼尊は仏眼仏母ともいい、仏を出生させる徳があるとされる。大日如来は森羅万象の真理・法則を仏格化した根本仏で、すべての仏・菩薩を生み出すとされる。
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印真言
印相と真言のこと。印とは決定不改または印可決定の義で、手指を種々に組み合わせて諸仏諸尊の内証の徳を表示する形式。真言宗でいう三密の中の身密にあたる。合掌ももちろん印である。真言とは真実の言葉という意味で、これを唱えれば不思議の功徳があるという。一種の呪文で、諸仏の梵名などを原語で唱えることなどを指す。真言宗にはこの印・真言が説かれているから法華経に優れているとの邪義を立てる。
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円仏
円教の仏のこと。権仏に対する語。法華経で説かれた円融円満の仏。法華円教の仏のこと。
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純円の仏
純円の教えを説く仏のこと。また純一無雑・円融円満で完全無欠の仏のこと。法華経の教主をさす。
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普賢経
曇摩蜜多訳。0441年までに完成。法華経の結経とされる。普賢菩薩を観ずる方法と、六根の罪を懺悔する方法などを述べたもの。観普賢菩薩行法経。普賢観経。
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五眼
物心にわたって物事を見極める五種の眼のこと。肉眼・天眼・慧眼・法眼・仏眼の五つをいう。①肉眼は人間の肉体に具わった眼。②天眼は昼夜遠近を問わず見ることのできる天人の眼。③慧眼は空理を照見する二乗の眼。④法眼は衆生を救うために一切の事象・法門に通達する菩薩の眼。⑤仏眼とは前の四眼をことごとく具足して、遍く万法の真実を照了する仏の中道の眼。
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ここでは、木絵の二像と経との関係を明かし、法華経によって開眼してはじめて仏になることを示されている。
まず、三十二相のうち欠けている梵音声相は、仏像の前に経典を置くことによって具わる。仏の教えは声教といわれ、仏の声が遺されたものが経典なのである。仏の弟子を声聞というのも、仏の声教を聞く者というところからきている。御義口伝には「経とは一切衆生の言語音声を経と云うなり、釈に云く声仏事を為す之を名けて経と為す」(0708-09)とある。
日蓮大聖人は仏の梵音声は無表色であるとされた。色ではあるが、えがきあらわすことのできないものであるということである。ここで、えがきあらわすことができるとは、姿・形を似せてつくることである。梵音声は形像としてあらわすことは、もとよりできない。しかし、声によって述べられた教え、法を文字に移したのが経である。ゆえに経典を置くことが梵音声相を具えることになると教えられているのである。そこで問題は、いかなる経典を置くべきかということである。仏の真実の教えである経典でなければ、木絵の二像に意味はなくなるのである。三十一相を具えた木絵の二像の前に、いかなる経を置くかによって、その像のもつ意味が全く変わってくるのである。
「五戒経を置けば此の仏は輪王とひとし」とは、五戒は在家の男女を対象として人間として守るべき基本的な規範を説かれたものであるところから、五戒経を心法とする像は、人間としての規範を教えて世を治める転輪聖王の働きをすると教えられているのである。
「十善論と云うを置けば帝釈とひとし」とは、十善論は十善戒を説く書のことで、玄義等によれば、帝釈天は十善戒を説くとあるので、このようにいわれたのである。
「出欲論と云うを置けば梵王とひとし」も、同じく玄義等による。欲界を出て色界に生ずることを、梵王は説くのである。
「阿含経を置けば声聞とひとし」とは、阿含経が声聞を対象とするゆえである。阿含経は小乗の経典であり、小乗では声聞の最高位である阿羅漢果を中心に説いていることから、こういわれているのである。
「方等般若の一時一会の共般若を置けば縁覚とひとし」は、共般若というのは、二乗と初心の菩薩にともに説かれた般若という意味である。大菩薩のみに説かれる不共般若に対していう。これは天台大師の四教でいえば通教にあたり、蔵教よりは勝れるが、別円二教よりは劣る。そこで、声聞と菩薩の間の存在として縁覚にあてられたのであろう。
「華厳・方等・般若の別円を置けば菩薩とひとし」は、別教は菩薩のみに対して説かれた教えを指し、円教は一乗を志向してはいるが爾前の円はまだ権を帯びているゆえに菩薩にとどまるのである。
「大日経・金剛頂経……其の義は仏眼大日に非ず」の御文は、とくに真言による開眼を破折されているのである。これは当時、開眼が多く真言に依っていたゆえにとくに取りあげられたものであり、本抄の第六章の部分に至って厳しく破折されている。
仏眼尊や大日如来は、仏菩薩を出生すると説かれていて、人々はそれを珍重したが、名だけに紛動されてはならないと警告されているのである。
例えば華厳経においても「初発心時便成正覚」など円教を含んでいるとし「円満修多羅経」などと呼ぶが、成仏の実義は華厳経にはない。したがって華厳経の仏も、名は荘厳であっても真実の仏ではない。あくまでも名にとらわれてはならないといわれているのである。
「三十一相の仏の前に法華経を置きたてまつれば必ず純円の仏なり」と、法華経を置いてこそ、初めて仏像は順円の仏となることを示されている。爾前の円のように実義のない名のみのものではなく、法華経は名体倶実の純粋な円教なのである。
普賢経の「仏の三種の身は方等より生ず」「此の大乗経は是れ諸仏の眼なり」の文を引かれているのは、仏眼や大日が諸仏出生のもととするのは名のみで、法華経こそが諸仏出生の根源であることを文証をもって示されているのである。なお、普賢経の文のなかで「方等」とか「大乗経」とあるのは、本来の〝大乗〟の意味で、真実の大乗たる法華経をさすことは大聖人のいわれているとおりである。普賢経の中に「十方分身の釈迦牟尼仏一時に雲のごとく集り、広く妙法を説きたもうこと妙法華経の如し」等々、法華経の言が至るところにあり、方等や大乗経と表現しているものも法華経をさしていることは明らかである。
法華経は釈尊の出世の本懐の経典である。この法華経を置いてこそ、仏の「心法」がそなわるのであり、仏像の開眼も法華経による以外には全く意味がないのである。このことについては、観心本尊抄にも「一念三千の仏種に非ずんば有情の成仏・木画二像の本尊は有名無実なり」(0246 )との御文がある。
なお、一宗弘通の初めはさておき、現在においては木絵二像は用いず御本尊を拝するが、この御本尊の前に法華経を置くことについて、日有上人の化儀抄に「法花経をば一部読まざれども一部本尊の御前にもをき、我前にも置くべきなり、方便寿量品につゞめて読むも、本迹の所詮なる故に一部を読むなり」とある。この場合は、開眼の意味よりも、御本尊の功徳をたたえるためである。
0468:13~0469:08 第四章 法華経こそ仏の意なるを述べるtop
| 13 法華経の文字は仏の梵音声の不可見無対色を可見有対色のかたちと・あらはし 0469 01 ぬれば顕形の二色となれるなり、 滅せる梵音声かへつて形をあらはして文字と成つて衆生を利益するなり、 人の 02 声を出すに二つあり、 一には自身は存ぜざれども人をたぶらかさむがために声をいだす是は随他意の声、 自身の 03 思を声にあらはす事あり されば意が声とあらはる意は心法・声は色法・心より色をあらはす、又声を聞いて心を知 04 る色法が心法を顕すなり、 色心不二なるがゆへに而二とあらはれて仏の御意あらはれて法華の文字となれり、 文 05 字変じて又仏の御意となる、 されば法華経をよませ給はむ人は文字と思食事なかれすなわち仏の御意なり、 故に 06 天台の釈に云く「請を受けて説く時は只是れ教の意を説く教の意は 是れ仏意仏意即是れ仏智なり・仏智至て深し是 07 故に三止四請す、 此の如き艱難あり余経に比するに余経は則易し」文 此の釈の中に仏意と申すは色法ををさへて 08 心法といふ釈なり、 -----― 法華経の文字は、仏の梵音声という不可見無対色を、可見有対色のかたちにあらわしたので、顕色と形色の二色となったのである。消滅した梵音声がかえって形をあらわして、文字となって衆生を利益するのである。人が声を出すには二つの場合がある。一には、自分自身は思っていないけれども、他人をたぶらかそうとするために声を出すことがある。これは随他意の声である。二には、自分自身の思いをそのまま声にあらわすことがある。ゆえに意が声とあらわれる。意は心法、声は色法である。心法より色法をあらわす。また、声を聞いて心を知る。これは、色法が心法をあらわすのである。色心不二であるがゆえに色法、心法の二つとあらわれて、仏の御意はあらわれて法華経の文字となったのである。法華経の文字は変じて、また仏の御意となるのである。ゆえに、法華経を読まれる人はたんに文字と思われてはならない。それはとりもなおさず仏の御意なのである。 ゆえに天台大師の法華玄義巻十上には「度々の請を受けてから法を説く時は、ただ教の意を説くのである。教の意とは仏意であり、仏意とはすなわち仏智である。仏智はまことに深い。このゆえに、三止四請するのである。法華経の説法にはこのような艱難がある。これを余経と比較すると余経は容易である」とある。この文の中で仏意といっているのは、色法である経文を指して心法であるという釈なのである。 |
顕形の二色
顕色と形色のこと。倶舎論巻一によると、顕色とは眼識によって明らかに識別される青・黄・赤・白・雲・煙・塵・霧・影・光・明・闇の十二種。形色は目に見える形で、長・短・方・円・高・下・正・不正の八種のこと。
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随他意
仏が衆生の機根や好みに随って説法し、真実の法門に誘引すること。また、その方便の教えをさす。隋自意に対する語。
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色心不二
色とは物質・肉体、心とは精神・心の働き、この精神と肉体は、二つであって実は二つでない一体のものであることを不二という。
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而二
もともと不二・一体なるものが、二つの存在として現ずること。
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天台
(0538~0597)。天台大師。中国天台宗の開祖。慧文・慧思よりの相承の関係から第三祖とすることもある。諱は智顗。字は徳安。姓は陳氏。中国の陳代・隋代の人。荊州華容県(湖南省)に生まれる。天台山に住したので天台大師と呼ばれ、また隋の晋王より智者大師の号を与えられた。法華経の円理に基づき、一念三千・一心三観の法門を説き明かした像法時代の正師。五時八教の教判を立て南三北七の諸師を打ち破り信伏させた著書に「法華文句」十巻、「法華玄義」十巻、「摩訶止観」十巻等がある。
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三止四請
方便品において、略開三顕一から広開三顕一の説法に移るとき、仏が法を説くのを三度止めたのに対し、舎利弗がそのたびに三度請い、仏の許しが出たあと重ねて請うたこと。三止三請許説ともいい、寿量品の冒頭でも同様の儀式がふまれている。
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法華経の文字は仏の梵音声の不可見無対色を可見有対色のかたちと・あらはしぬれば顕形の二色となれるなり
法華経の文字は不可見無対色である仏の梵音声を可見有対色とあらわしたものである、といわれている。
仏の悟りは甚深である。法華経方便品で、諸仏の智慧は甚深無量であり、その智慧の門は難解難入であると述べられている。それは、仏と仏のみが究め尽くされたものであって、声聞・縁覚等の知るあたわざるところであった。仏がさまざまな衆生に法を説いたといっても、あるいは表面的であり、あるいは一部分であって、法華経においてさえも、明確には説き示していない。というより、仏の悟りは、言語道断し心行の滅するところにあるもので、文字や形であらわすことのできる次元を超えたものだからである。禅宗などでは、それを都合のよいように解釈して、経文には仏の悟りは含まれていないから文字を立てず、直接、自力で仏の悟りを得るのであると唱えて、仏教破壊の天魔の働きをなすにまで陥ってしまったのである。
しかし日蓮大聖人は、法華経の説こうとしたもの、法華経の肝心をその文底から取り出され、南無妙法蓮華経の題目を末法の一切衆生に示されたのである。
恐れ多いことではあるが、南無妙法蓮華経の題目もまた、文字である。しかしその文字は、法華経の肝心、すなわち「心」である。仏の悟りはことばとしてあらわすことができないものだとしたのは、釈尊の仏法、天台大師の法門の限界であったともいえよう。南無妙法蓮華経は、名でありながら、体であり宗であり、用・教をも含んだ、仏の悟りの生命そのものなのである。この事の一念三千を文底に秘沈しているゆえにこそ、法華経は仏の教えを不可見無対色から可見有対色にしたものといえるのである。
四条金吾殿御返事にいわく「此等の梵音声一切経と成つて一切衆生を利益す、其の中に法華経は釈迦如来の書き顕して此の御音を文字と成し給う仏の御心はこの文字に備れり…… 釈迦仏と法華経の文字とはかはれども心は一つなり、然れば法華経の文字を拝見せさせ給うは生身の釈迦如来にあひ進らせたりと・おぼしめすべし」(1122-14)と。
本尊供養御書にいわく「法華経の文字は六万九千三百八十四字・一一の文字は我等が目には黒き文字と見え候へども仏の御眼には一一に皆御仏なり」(1536-01)と。
法華経の文字は皆これ仏であるとの御文は数多い。それは、法華経が南無妙法蓮華経を文底に秘沈しているがゆえなのである。そのゆえに文字といえども心であるといわれているのである。
このように、文字が色でありながら心を含んでいることを示されたのは、画期的なことといわなければならない。例えば、概念は色ではないと考えられる。具象の集積から取り出した一つの抽象である。その概念を理解することにより、他の具象を広く把握することができる。犬なら犬というものを知ろうとするとき、一匹一匹の犬をいくら知っても、普遍的に知ることはできない。いったん犬とはどういうものかという概念を知らなければならない。それを知れば他の犬にもあてはめることができ、知識は普遍的なものとなる。
このような概念は抽象的である。しかしその概念は、ことばで表現される。ことばをとおしてでなければ理解できない。すなわちことばは、真理を表現できるのである。
「心」もある意味で同様である。悲しみにくれているとき、その悲しみはことばでは言い表せない。その限りにおいては、悲しみはことばを超えている。しかし、それを悲しみと知るのは、ことばによってである。否、人間の知識はすべて、ことばをとおして系統立てて教えられるのである。「心」はことばの次元を超えているようであっても、その心がいかなるものかを他の人に伝えたり、自らが心を把握するのは、ことばをとおしてであるといえよう。もとより、ことばのない動物に心はないとすることはできないが、心の概念がわからないことは確かであろう。
ともあれ、ことばが人間社会において文化を形成する基盤となり、知識のよりどころとなっていることは明らかであり、同時に、ことばが法理・哲理を表現する最良の方法であることも疑いない。
この点からも、木絵の二像と、大聖人が文字によってあらわされた御本尊の違いは歴然としている。御本尊について拝察するのは僭越ではあるが、木絵の像において表現できるものは外形であり、心を表現しても感情の一部分にすぎない。それによって仏への渇仰の心を起こさせるにとどまるであろう。しかし、文字はそこに甚深の義と意を含むことができるのである。
人の声を出すに二つあり
ここは声と心の関係を掘り下げられ、声に二つがあると示されている。
一つは、自分の本意をあらわすためでなく、人をだますために出す声で、これを随他意の声という。
二つは、自らの思っていることを、そのまま声にあらわすもので、これを随自意の声という。
これらはともに、心が声にあらわれるのであり、したがって声によって、その心を知ることができる。
これは、色心不二のゆえであると大聖人はいわれている。声は色法で心は心法、心が声にあらわれるのは心法が色法にあらわれることであり、声で心を知ることができるのは、色法が心法をあらわしているゆえである。この色心不二のゆえに、仏の声教を記した経典が心法をあらわしているのである。
我々が自分の心を相手に伝えようとする場合、ことばという媒介を用いる。手紙のように、字を書くこともあれば、直接、話すこともある。いうまでもなく、字を書くことは、話すという伝達方法の補助的なものとして生まれたものであり、最初は話すことであった。
したがって、声に心が乗っているのである。その声が相手の耳に到達したとき、再びそれは心となって刻み込まれる。心法が色法となって相手に伝わり、その色法が再び心法となって、意志の疎通が行われるのである。テレパシーなどという特殊な意思伝達手段は別として、この方法は変わらないであろう。
声自体は、ある意味では無機的なものである。物理学的にいえば空気の震動であり、波形としてあらわすことができる。しかし、この波の形によって、優しい声、冷たい声、美しい声、しわがれた声などの違いが出る。そこにはすでに心が込められている。空気の震動の強弱も、リンとした声、ひよわな声の違いを示す。あたかも名手のピアノの音は、物理的には鍵盤をたたく速度や強弱であらわされるのみであるにもかかわらず、多くの人々を魅了するのと同じである。
しかも、声、ことばによって、いかなる真理内容があらわされているかが問題である。随他意の声は、相手に合わせて話そうとするゆえに、その響きも内容も、どうしても飾り立てられる。すなわち色相荘厳なのである。随自意の声は、飾り立てる必要はない。ありのままである。
法華経は仏の随自意の教えである。したがってその経は随自意の、仏の御意をそのままあらわされた経であり、法華経を読む人は、たんなる文字と思ってはならない、仏の御意であると信じて読みなさいと仰せられているのである。
ここで天台大師の法華玄義の文「請を受けて……」を引かれているのは、法華経が三止四請によって説かれたのは仏の意をそのまま説いたものであるということを示されるためである。文字は色法であるが、法華経は仏の心法をそのままあらわしているのである。
0469:08~0469:13 第五章 一念三千が草木成仏の法なるを明かすtop
| 08 法華経を心法とさだめて三十一相の木絵の像に印すれば 木絵二像の全体生身の仏なり、草木 09 成仏といへるは是なり、 故に天台は「一色一香無非中道」と云云、妙楽是をうけて釈に「然るに亦倶に色香中道を 10 許せども 無情仏性は耳を惑わし心を驚かす」云云、 華厳の澄観が天台の一念三千をぬすみて華厳にさしいれ法華 11 華厳ともに一念三千なり、 但し華厳は頓頓・さきなれば法華は漸頓のちなれば 華厳は根本さきをしぬれば法華は 12 枝葉等といふて 我理をえたりとおもへる意山の如し・然りと雖も一念三千の肝心・草木成仏を知らざる事を妙楽の 13 わらひ給へる事なり、 -----― 法華経を心法と定めて三十一相の木絵の像に刻印するとき、木絵二像の全体は生身の仏である。草木成仏というのはこのことである。 ゆえに天台大師は「一色一香も中道実相の当体でないものはない」といっている。妙楽大師はこれを受けて止観輔行伝弘決巻一の二に「ところがまた、世の人は共に色香が即ち中道実相の当体であることを認めても、無情の色香等にも仏性がそなわっているという草木成仏の義を聞いては、耳を惑わし心を驚かせるのである」と述べている。 華厳宗の澄観が天台大師の一念三千を盗んで華厳経に加え入れ「法華と華厳とはともに一念三千である。ただし華厳は頓頓の教、先に説かれた故に。法華は漸頓の教、後に説かれた故に。また華厳は根本、最初の説法のゆえに。法華は後の枝葉を包摂してその根本に帰る教である」などといって、自分が実理を得たと思う我意は山のようである。しかしながら、一念三千の肝心である草木成仏を知らない愚かさを妙楽大師が笑われているのである。 |
草木成仏
非情の草木や国土等が成仏すること。ここでは仏の心そのものである法華経をもって開眼供養することによって、木像と絵像が生身の仏とあらわれること。
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「一色一香無非中道」
摩訶止観一上の文。「一色一香も中道に非ざること無し」と読む。色とは「形にあらわれたもの」の意、香とは「香りあるもの」の意。眼根と鼻根の対象をいう。中道とは中道法性をいい、円融自在の妙理のこと。妙楽大師は無情仏性の依文とし、後世には草木成仏の依文とされた。
―――
最澄
(0767~0822)。日本天台宗の開祖。最澄は諱。諡号は伝教大師。通称は根本大師・山家大師ともいう。俗名は三津首広野。父は三津首百枝。先祖は後漢の孝献帝の子孫、登萬貴で、応神天皇の時代に日本に帰化した。神護景雲元年(0767)近江(滋賀県)に生まれ、幼時より聡明で、12歳のとき近江国分寺の行表のもとに出家、延暦4年(0785)東大寺で具足戒を受けたが、まもなく比叡山に草庵を結んで諸経論を究めた。延暦23年(0804)、天台法華宗還学生として義真を連れて入唐し、道邃・行満等について天台の奥義を学び、翌年帰国して延暦25年(0806)日本天台宗を開いた。旧仏教界の反対のなかで、新たな大乗戒を設立する努力を続け、没後、大乗戒壇が建立されて実を結んだ。著書に「法華秀句」3巻、「顕戒論」3巻、「守護国界章」9巻、「山家学生式」等がある。
―――
一念三千
仏教の極理である。釈尊はこれを出世の本懐として、法華経方便品に「諸法実相」に約して、ほぼこれを説いた。ついで寿量品にいたり、因果国の三妙に約し、仏身の振舞の上からこれを説いた。これを受けて天台は、像法時代に出現して、摩訶止観で、次のように説いた。観の冒頭に「摩訶止観第五に云く世間と如是と一なり開合の異なり。『夫れ一心に十法界を具す一法界に又十法界を具すれば百法界なり一界に三十種の世間を具すれば百法界に即三千種の世間を具す、此の三千・一念の心に在り若し心無んば而已介爾も心有れば即ち三千を具す乃至所以に称して不可思議境と為す意此に在り』等云云或本に云く一界に 三種の世間を具す」と。十界とは「地獄界・餓鬼界・畜生界 ・修羅界・人界・天界・声聞界・縁覚界・菩薩界・仏界」。十如とは「如是相・如是性・如是体・如是力・如是作・如是因・如是縁・如是果・如是報・如是本末究竟等」。三世間とは五蘊世間・衆生世間・国土世間」。一念三千には理と事があり、迹門は理・本門は事となる。文底下種本門に対する時は、法華経の本迹二門ともに理の一念三千となり、真の一念三千の法門とは、寿量品文底秘沈の三大秘法である。
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頓頓
頓機の衆生に対して説かれた頓教のこと。漸頓に対する語。華厳宗の澄観が華厳は頓頓の教え、法華は漸頓の教えであるとして、華厳経が真実の頓教であると主張したもの。
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漸頓
法華文句巻一上に説かれる化儀の四教のうちの漸教と頓教のこと。漸教は衆生の機根に応じて衆生を次第に高い教えに誘因していく教法。頓教は誘因の方法を取らずに、仏の悟りを衆生に対して直ちに説き示す教法のこと。
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法華経は仏の心法であるがゆえに、法華経を安置することによって木絵の二像が生身の仏と同じになると説かれている。それがまた草木成仏の法理でもある。
草木成仏について
法華経如来寿量品には「我常住此娑婆世界説法教化」として本国土が明かされている。これによって国土世間が示されたことになり、この国土世間を含めて、天台大師は法華経の法理を、一念三千として整理した。この一念三千の法理こそ、有情・非情ふくめて三千の諸法が一念に収まることを明らかにしたものである。摩訶止観に「一色一香も中道に非ざること無し」といっているのはその意である。
この天台大師の考え方をさらに明瞭に表現したのが妙楽大師である。その著金剛錍には「一草・一木・一礫・一塵、各一仏性、各一因果ありて、縁了を具足せり」とあり、草木にも仏性があると、はっきりと述べている。弘決には身、事理、土、真俗、因果等の十義に約して根拠を挙げている。
考えてみれば、一念三千からすればこれは当然のことである。天台大師は摩訶止観巻五上で「心は是れ一切の法、一切の法は是れ心なるなり」といい、草木も含めて一切がこれ心であるとしている。
しかも、心から万法を生ずるとか、万法が心に収まるというのではなく、心はそのまま万法であり、したがって草木にもそのまま仏性を許すのである。
白米一俵御書の「爾前の経の心心は、心より万法を生ず、譬へば心は大地のごとし・草木は万法のごとしと申す、法華経はしからず・心すなはち大地・大地則草木なり、爾前の経経の心は心のすむは月のごとし・心のきよきは花のごとし、法華経はしからず・月こそ心よ・花こそ心よと申す法門なり」(1597)の御文は、これを明快に述べられたものである。
ところが、華厳宗などでは、天台大師の一念三千の法門を盗み入れ、華厳経にも一念三千があるなどの義を立て、しかも華厳経が法華経より先に説かれたから根本で法華経は枝葉だなどといっている。
しかし、唯心法界を極理とする華厳経では非情の仏性は思いもよらず、一念三千を自宗にありとしながら、無情仏性に耳を惑わし心を驚かしたのである。
華厳宗は本来、仏の荘厳さを強調し、その光明が遍く一切にゆきわたることを説いている。したがってその仏・毘盧遮那が一切の中心であることになる。華厳宗の教義は生起説であり、万法は本来唯一である真如法性があらわれたものであるとする考え方である。白米一俵御書の「心より万法を生ず」がこれにあたる。
そこでは、非情の草木に仏性は認めないことになる。華厳宗では無情法性説は立てるが、無情仏性説は立てない。すなわち、非情の草木も本来唯一の真如法性があらわれたものとして無情法性は認めるけれども、その草木が自ら仏道を成ずる性分としての仏性をそなえているとは認めない。それが本抄の妙楽大師が「然るに亦倶に色香中道を許せども」といっている文の意味である。
華厳宗は一念三千の義を盗み入れても無情仏性を否定しているのであるから、一念三千とはならないし、したがってその義は意味をなさない。それを同じだといい、法華より先に説いたといっているのは錯誤も甚だしいと妙楽大師は笑ったのである。もちろん、無情法性などと立てても、根本は爾前の義であり、真実の「色香中道」があるわけがないのである。
さて、非情の草木に仏性があることは一念三千から明らかだとして、ではいかなることが草木成仏なのであろうか。
これについては、日寛上人が観心本尊抄文段で、二種の成仏を挙げておられる。
「一には不改本位の成仏、二には木画二像の成仏なり。初めの不改本位の成仏とは、謂く、草木の全体、本有無作の一念三千即自受用身の覚体なり(中略)二に木画二像の草木成仏とは、謂く、木画の二像に一念三千の仏種の魂魄を入るるが故に、木画の全体生身の仏なり」と。
まず第一に、草木そのものが自体顕照し、自ら本来の姿を示すことを、不改本位の成仏という。日寛上人はこれについて、三世諸仏総勘文抄の次の御文を引かれている。
「春の時来りて風雨の縁に値いぬれば無心の草木も皆悉く萠え出生して華敷き栄えて世に値う気色なり秋の時に至りて月光の縁に値いぬれば草木皆悉く実成熟して一切の有情を養育し寿命を続き長養し終に成仏の徳用を顕す」(0574-14)と。
これによれば、草木が、春には花を咲かせ、秋に至れば実を結んで有情を養い寿命を全うしていく姿のなかに成仏があるといわれている。草木が他の有情の働きかけによって変化するのでなく、草木それ自体が、自らの姿を改めることなく、本来の姿を全うしていくことが成仏であるということである。この総勘文抄の御文では、草木の体が本覚の法身であり、時節をたがえない智慧が本覚の報身、有情を養うのは本覚の応身となる。
つぎに、木絵二像の草木成仏とは、一念三千の仏種の魂魄を入れることによって、草木が仏と顕れ、衆生を利益することである。
四条金吾釈迦仏供養事にいわく「第三の国土世間と申すは草木世間なり、草木世間と申すは五色のゑのぐは草木なり画像これより起る、木と申すは木像是より出来す、此の画木に魂魄と申す神を入るる事は法華経の力なり天台大師のさとりなり、此の法門は衆生にて申せば即身成仏といはれ画木にて申せば草木成仏と申すなり」(1145-01)と。
仏は一切衆生の仏性を湧現させるために出現したのである。法華文句巻四に「仏は機に乗じて応じたもう」と。仏は衆生の機根をうけて応じ、衆生を成仏の道に入らせることを肝要とされるのである。この仏の力用が、仏自身の滅後にも残されるためには、草木が仏とあらわれ、衆生を救う力をもち修行の正境となることが必要となる。草木が不改本位の成仏の義しかもっていない場合は、衆生を成仏せしめる仏とあらわれることはできない。
そこで草木に「魂魄と申す神を入るる事」が大切なのである。これが第二の木絵二像の成仏なのである。この「神」を入れるには、一念三千の義がなければならないのは明白であり、今の御文に「法華経の力なり天台大師のさとりなり」といわれているのはこの義である。
日蓮大聖人が御本尊をあらわされるのも、この草木成仏の義による。木像や絵像でなく御文字による曼荼羅をしたためられたのは甚深の義によると拝されるが、その御本尊とて、たんに形が似ていればよいということは、絶対にない。
経王殿御返事に「日蓮がたましひをすみにそめながして・かきて候ぞ信じさせ給へ」(1124-11)と仰せのように、日蓮大聖人の御生命がそこに込められていなければならない。
0469:13~0470:02 第六章 真言開眼の邪義を示すtop
| 13 今の天台の学者等・我一念三千を得たりと思ふ、然りと雖も法華をもつて或は華厳に同じ或 14 は大日経に同ず其の義を論ずるに 澄観の見を出でず善無畏・不空に同ず、 詮を以て之を謂わば今の木絵二像を真 15 言師を以て之を供養すれば 実仏に非ずして権仏なり権仏にも非ず形は仏に似たれども 意は本の非情の草木なり、 16 又本の非情の草木にも非ず魔なり鬼なり、 真言師が邪義・印真言と成つて木絵二像の意と成れるゆへに例せば人の 17 思変じて石と成り倶留と黄夫石が如し、 法華を心得たる人・木絵二像を開眼供養せざれば 家に主のなきに盗人が 18 入り人の死するに其の身に鬼神入るが如し、 今真言を以て日本の仏を供養すれば 鬼入つて人の命をうばふ鬼をば 0470 01 奪命者といふ魔入つて功徳をうばふ 魔をば奪功徳者といふ、 鬼をあがむるゆへに今生には国をほろぼす魔をたと 02 むゆへに後生には無間獄に堕す、 -----― 今の天台宗の学者等は、我こそ一念三千の法門を会得したと思っている。しかしながら、彼等は法華経をあるいは華厳経と同じであるとし、あるいは大日経と同じであるとする。それらの義を論ずれば澄観の見解を出でず、善無畏、不空の説と同じである。結論していえば、今の木絵の二像を真言師によって開眼供養するときは、この二像は真実の仏ではなくて権仏である。さらにいえば権仏でもない。形は仏に似ていても、意はもとの非情の草木である。またもとの非情の草木でもない。魔であり、鬼である。真言師の邪義が印、真言となって木絵の二像の意となってしまうからである。たとえば、人の思いが自身を変えて石となすことがある。倶留外道と黄夫石のようなものである。 法華経を心得た人が木絵の二像を開眼供養しないときは、家に主がなくて盗人が入り、人が死んだときその身に鬼神が入るようなものである。今、真言をもって日本の仏像を開眼供養するときは、仏像に鬼が入って人の命を奪う。鬼を奪命者という。また仏像に魔が入って人の功徳を奪う。魔を奪功徳者という。鬼をあがめるゆえに、今生には国を滅ぼす。魔を尊重する故に後生には無間地獄に堕ちるのである。 |
善無畏
(0637~0735)。中国・唐代の真言密教の僧。もとは東インド烏仗那国の王子で、13歳の時国王となったが、兄のねたみを受けたので、王位を譲り出家した。ナーランダ寺で密教を学んだ後、中国に渡り、唐都・長安で玄宗皇帝に国師として迎えられ、興福寺、西明寺に住して経典の翻訳にあたった。中国に初めて密教を伝え、「大日経」七巻、「蘇婆呼童子経」三巻、「蘇悉地羯羅経」三巻などの密教経典を訳出した。また、一行禅師に大日経を講じて「大日経疏」を造ったが、その中で、法華経の一念三千の法門を盗んで大日経に入れ、理同事勝の邪義を立てた。同時代の金剛智、不空とともに三三蔵の一人に挙げられる。
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不空
(0705~0774)。中国・唐代の真言密教の僧。不空金剛のこと。北インドの生まれで幼少のころ、中国に渡り、15歳の時、金剛智に従って出家した。開元29年(0741)帰国の途につき、師子国に達したとき竜智に会い、密蔵および諸経論を得て、天宝5年(0746)ふたたび唐に帰る。玄宗皇帝の帰依を受け、浄影寺、開元寺、大興寺等に住し、密教を弘めた。「金剛頂経」三巻、「一字頂輪王経」五巻など百十部百四十三巻の経を訳し、羅什、玄奘、真諦とともに中国の四大翻訳家の一人に数えられている。
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非情
無心の草木・山河・大地などをいう。
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魔
魔とは梵語で(Māra)、奪命・奪功徳・障礙・攪乱・破壊等という。正法を持つ者の信心を妨害したり、幸福な生活を破壊し、人命を奪い、病気を起こさせる等の働きをなす。四魔のなかの死魔・病魔等がそれで、他に権力者や父母の姿をかりて信心を妨げる天子魔がある。いずれも仏身や菩薩身や天界の姿を現じながら、仏と反対の働きをする。魔は天界に住むとも、仏と同所に住むともいわれる。所詮は澄みきった鏡に映して魔を魔と見破っていくことが肝要である。「最蓮房御返事」に「予日本の体を見るに 第六天の魔王智者の身に入りて正師を邪師となし善師を悪師となす、経に「悪鬼入其身」とは是なり、日蓮智者に非ずと雖も第六天の魔王・我が身に入らんとするに兼ての用心深ければ身によせつけず、故に天魔力及ばずして・王臣を始として良観等の愚癡の法師原に取り付いて日蓮をあだむなり」(1340)、「持病大小権実違目」に「法華宗の心は一念三千・性悪性善・妙覚の位に猶備われり元品の法性は梵天・帝釈等と顕われ元品の無明は第六天の魔王と顕われたり」(0997)とあるように、正法への信心が強ければ、魔といえども、正法護持者を守護する善神の働きに変えることができるのである。
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鬼
本来は死者の霊魂をさすが、餓鬼道・夜叉・羅刹など、凶暴で恐ろしい形相をしているものをさす。
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倶留
倶留外道。勝論派の祖。休留仙、優樓僧佉ともいう。死を恐れて長生の薬を飲み、石になったという。止観私記巻十には「真諦云く、休留仙人は成劫の末に出ず。長生の薬を服して変じて石と為す。形は牛の臥するが如し。仏の前八百年の中に在って石消融して灰の如し。門人皆涅槃に入らんと称す」とある。
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黄夫石
黄夫とは数論派の祖・迦毘羅外道のこと。髪や顔面が赤黄色なので迦毘羅と名づくという。止観輔行伝弘決巻十の一に「迦毘羅……身の死せんことを恐れて自在天に往きて問う。天、頻陀山に往きて余の甘子を取らしむ。食して寿を延ぶべし。食し已って林中に於て化して石と為る」とある。
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鬼神
鬼神とは、六道の一つである鬼道を鬼といい、天竜等の八部を神という。日女御前御返事に「此の十羅刹女は上品の鬼神として精気を食す疫病の大鬼神なり、鬼神に二あり・一には善鬼・二には悪鬼なり、善鬼は法華経の怨を食す・悪鬼は法華経の行者を食す」とある。このように、善鬼は御本尊を持つものを守るが、悪鬼は個人に対しては功徳・慧命を奪って病気を起こし、思考の乱れを引き起こす。国家・社会に対しては、思想の混乱等を引き起こし、ひいては天災地変を招く働きをなす。悪鬼を善鬼に変えるのは信心の強盛なるによる。安国論で「鬼神乱る」とあるのは、思想の混乱を意味する。
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無間獄
無間地獄のこと。八大地獄の中で最も重い大阿鼻地獄のこと。梵語アヴィーチィ(avīci)の音写が阿鼻、漢訳が無間。間断なく苦しみに責められるので、名づけられた。欲界の最低部にあり、周囲は七重の鉄の城壁、七層の鉄網に囲まれ、脱出不可能とされる。五逆罪を犯す者と誹謗正法の者が堕ちるとされる。
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この段では真言宗による開眼を厳しく破しておられる。
その理由は、今まで述べられてきたように、木絵二像の開眼は法華経を心として行わなければならないのに、法華経を依経とするはずの天台宗においてそのことを忘れ去り、慈覚・智証以後は真言に毒されて、大日の印・真言をもって開眼するようになってしまったゆえである。
撰時抄にいわく「仏事の木画の開眼供養は八宗一同に大日仏眼の印真言なり」(0281-14)と。
報恩抄にいわく「天台宗の人人・画像・木像の開眼の仏事を・ねらはんがために日本・一同に真言宗におちて天台宗は一人もなきなり」(0309-03)と。
このように、日本天台宗が真言に堕ちて、印・真言をもって開眼するようになったことを指摘されている。
大聖人は本抄で、真言をもって開眼供養をすれば、それは実仏にあらず権仏であり、権仏よりももとの草木となんら変わらないのであり、さらに厳しくいえば、草木にとどまらず、魔・鬼ともなると破折されているのである。
大聖人は四箇の格言にあるように、真言は亡国の教えであると破しておられる。それは本師たる釈尊をそしるゆえである。
大日経において説かれる大日如来は法身仏であり、法を体とする仏である。これは、宇宙万物の根源の法を象徴化したのである。しかし、その実体は大日経には明かされていない。根源的には久遠実成の釈尊の法身の面をあらわした分身と考えてもよい。
釈尊の滅後、仏のいないことを悲しんだ衆生は、法を体として永遠不変に存在する仏に憧れ、釈尊はこの根本の仏から、娑婆世界へつかわされた仏であると考え始めた。そうすれば釈尊の在世であると否とにかかわらず、仏を求めることができる。
しかしながら、これは完全な転倒の思想である。現実に娑婆世界の衆生を救うために出現し法を説いた仏は釈尊である。この恩ある釈尊を忘れて抽象的な大日如来を崇めることは忘恩も甚だしいといわなければならない。大日如来は法を体とする仏といっても、実体もなければ人々を救う力ももっていないのである。
天台真言宗が法華経にない真言の秘法として尊んだのは印・真言であるが、元来、印や真言が法華経にないのは、そのようなものを必要としないからである。印は手でさまざまな印相を結んで、仏の悟りをあらわし、真言は梵語の呪文をとなえるもので、仏の真実のことば、悟りであるというが、印・真言ともに実体は原始的な呪術にほかならない。
このような印・真言を重んずること自体、仏法にあらず、神秘主義・呪術主義の外道の行き方である。本来、仏の悟りや慈悲とは関係のない外道の法である印・真言による開眼は、外道の魔・鬼の生命をその像に入れることになってしまうのである。
魔と鬼について
本抄では、真言をもって開眼した仏像は魔や鬼であり、それを崇めるゆえに、国を亡ぼし、無間地獄に堕ちるといわれている。ここでは鬼を奪命者とし、魔を奪功徳者と説かれている。
一般には魔も奪命者として捉えられている。魔と鬼が混同されることもあるが、若干の違いがあり、大聖人がここで分けられているのは意味がある。
鬼は、夜叉、羅刹、餓鬼など目に見えない力をもつものをいうとされる。
それに対し、魔は人々を悩ませる働きをするものの意で、天台大師は煩悩魔、陰魔、死魔、天子魔の四魔に区別している。
鬼は鬼神ということもあり、善鬼と悪鬼とがある。人々を悩ます鬼が悪鬼であり、人々や国土を守護する鬼は善鬼である。
一方、人々を悩ます働きをするものがすべて魔である。したがって悪鬼も魔であり、天さえも魔となることがある。他化自在天王は魔王とされる。鬼には悪鬼と善鬼があるが、魔に善魔はない。
本抄で鬼を奪命、魔を奪功徳といわれているのは、鬼が現実にある命という存在を破壊するのに対し、魔は生命の中に積まれる功徳を破壊し奪う。つまり魔の方がより根源的に、生命の奥深くから衰滅させていく働きといえよう。命は現世の寿命や健康であるのに対し、功徳は三世にわたる。ゆえに「鬼をあがむるゆへに今生には国をほろぼす」といわれ、「魔をたとむゆへに後生には無間獄に堕す」といわれているのである。
0470:02~0470:10 第七章 死骨供養も法華経に限るを示すtop
| 02 人死すれば魂去り其の身に鬼神入り替つて 子孫を亡ぼす、餓鬼といふは我をく 03 らふといふ是なり、 智者あつて法華経を讃歎して骨の魂となせば 死人の身は人身・心は法身・生身得忍といへる 04 法門是なり、華厳・方等・般若の円をさとれる智者は死人の骨を生身得忍と成す、 涅槃経に身は人身なりと雖も心 05 は仏心に同ずといへるは是なり、生身得忍の現証は純陀なり、 法華を悟れる智者・死骨を供養せば生身即法身・是 06 を即身といふ、さりぬる魂を取り返して 死骨に入れて彼の魂を変えて仏意と成す成仏是なり、 即身の二字は色法 07 成仏の二字は心法・死人の色心を変えて無始の妙境・妙智と成す是れ則ち即身成仏なり、故に法華経に云く「所謂諸 08 法如是相死人の身如是性同く心如是体同く色心等」云云、又云く「深く罪福の相に達して徧く十方を照したまう微妙 09 の浄き法身・相を具せること三十二」等云云、上の二句は生身得忍・下の二句は即身成仏・即身成仏の手本は竜女是 10 なり・生身得忍の手本は純陀是なり。 -----― 人が死んだとき魂は去り、その身に鬼神が入り替わって、子孫を滅ぼすのである。餓鬼というのは我を食らうというが、このことである。もし智者がいて、法華経を讃歎して死骨の魂とするときは、死人の身は人身であって、心は法身となる。生身得忍という法門がこれである。華厳・方等・般若の円教を悟った智者は、死人の骨を生身得忍とすることができる。涅槃経に「身は人身であっても心は仏心と同じである」と説かれているのはこのことである。生身得忍の現証は純陀である。法華経を悟った智者が死者を供養するならば、生身がそのまま法身となる。これを即身というのである。去っていった魂を取り返して、死骨に入れて、その魂を変えて仏の心とする。成仏とはこのことである。即身の二字は色法、成仏の二字は心法である。死人の色心を変えて無始の不可思議の境智とする―これがすなわち即身成仏である。ゆえに法華経方便品第二に「所謂諸法の如是相、如是性、如是体」云云とある。また提婆達多品第十二には「仏は深く罪と福との二つの相に通達して、あまねく十方を照覧される。奥深く不可思議で浄らかな法身は相を三十二具えている」とある。この文の上の二句は生身得忍、下の二句は即身成仏を示している。即身成仏の手本は竜女であり、生身得忍の手本は純陀である。 |
餓鬼
梵語プレータ(Preta)の漢訳。常に飢渇の苦の状態にある鬼。大智度論巻三十には「餓鬼は腹は山谷の如く、咽は針の如く、身に唯三事あり、黒皮と筋と骨となり。無数百歳に、飲食の名だにも聞かず、何に況んや見ることを得んや」とある。
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法身
仏の三身の一つ。真理を身体とする仏。常住普遍の真理もしくは法性そのものをいい、寂光土に住する。三大秘法禀承事には「寿量品に云く『如来秘密神通之力』等云云、疏の九に云く『一身即三身なるを名けて秘と為し三身即一身なるを名けて密と為す又昔より説かざる所を名けて秘と為し唯仏のみ自ら知るを名けて密と為す仏三世に於て等しく三身有り諸教の中に於て之を秘して伝えず』等云云」(1022-09)、総勘文抄には「此の三如是の本覚の如来は十方法界を身体と為し十方法界を心性と為し十方法界を相好と為す是の故に我が身は本覚三身如来の身体なり」(0562-01)、四条金吾釈迦仏供養事には「三身とは一には法身如来・二には報身如来・三には応身如来なり、此の三身如来をば一切の諸仏必ずあひぐす譬へば月の体は法身・月の光は報身・月の影は応身にたとう、一の月に三のことわりあり・一仏に三身の徳まします」(1144-08)等とある。
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生身得忍
現実の身のままで無生法忍という悟りを得ること。生身とは父母から生じた肉体をさし、忍とは真理に安住して心が動じないこと。つまり形は凡夫の身体であるが、心は法身であることをいう。天台大師は無生法忍を得る位を判じて円教の十住位とする。
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現証
三証のひとつ。現実の証拠のこと。
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純陀
梵語チュンダ(Cunda)の音写で、淳陀・周那とも書き、稚少、妙義と訳す。末羅族、波婆城の住人で、鍛冶屋の子といわれる。釈尊が入滅の前日、波婆城を訪れ涅槃経の説法をするのを聞いて歓喜した。翌日、釈尊を自宅に迎え食事を供養した。その後、釈尊は一樹下で入滅する。ここでは純陀が最後に釈尊に食物を供養した功徳によって、現身に悟りを得たことをいう。すなわち、涅槃経巻二には「純陀、施食に二つの果報有りて差なし……一つには受け已りて阿耨多羅三藐三菩提を得るなり。二つには受け已りて涅槃に入るなり。我今、汝が最後の供養を受けて、汝をして壇波羅蜜を具足せしめん」とある。
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生身即法身
凡夫が現身を改めず、そのままの姿で直ちに成仏すること。生身は衆生の生きている肉親。法身は仏身のこと。即身成仏と同意。
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無始の妙境・妙智
人間生命に本来具わる無始無終の境智。仏の身心をさす。無始とは三世にわたって常住不滅であること。妙境・妙智とは、絶妙不可思議の境地と智慧の一体となった仏の身心をいう。
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即身成仏
凡夫が凡夫そのままの姿で成仏すること。法華経で説かれた法門である。爾前経では凡身を断ち、煩悩を断ってからでなくては成仏できぬとされ、悪人や女人は成仏できぬとされたが、法華経にきて提婆達多と竜女が即身成仏の現証を示したのである。この元意は法華経の根底に秘沈された文底の妙法・久遠元初の妙法を信じたがゆえの成仏であり、その妙法の本体は南無妙法蓮華経の当体、御本尊であり、題目を唱えることにより即身成仏するのである。凡夫即極・直達正観に通じる。
―――
竜女
竜の女身である竜女は、大海の婆竭羅竜王のむすめで八歳であった。文殊師利菩薩が竜宮で法華経を説いたのを聞いて菩提心を起こし、ついで霊鷲山で釈尊の前で即身成仏の現証を顕わした。これを竜女作仏という。法華経が爾前の女人不成仏・改転の成仏を破折している。
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この章では、木絵二像の開眼供養の問題から進んで、死者への供養について述べられる。それに関して生身得忍と即身成仏が挙げられている。
生身得忍とは、生身で無生法忍を得ることである。華厳経巻四十四では十忍が説かれているが、その第三に無生法忍がみえる。
「此の菩薩摩訶薩は少法として生ずるもの有ることを見ず、亦少法として滅するもの有ることを見ず。何を以ての故に、若し生無ければ即ち滅無し。若し滅無ければ即ち尽くること無し。若し尽くること無ければ垢を離る……即ち寂静なり……即ち去ること無く来ること無し」とある。
すなわち、生と滅を離れることを観ずれば、さとりに至ると述べているのである。生滅を離れるとは、一切が不生であり不滅とさとることである。一切諸法の永遠性を知ることで、この悟りを現身のうちに得れば、心は安住の境地に至るとされた。
この生身得忍は「智者あつて法華経を讃歎して骨の魂」となすか、「華厳・方等・般若の円をさとれる智者」が死人の骨を供養することによって可能となる。
それに対して「法華を悟れる智者」が死骨を供養すると即身成仏するのである。
ここで法華経を讃嘆する智者と、法華を悟った智者とは違うことを知らねばならない。前者は法華経の深理にまで至らないが、賛歎する者の意である。法華経は円教であるゆえに生身得忍を与えることができるのである。爾前の円をさとった智者も、生身得忍を与えることができるといわれているのは、無生法忍は、円教の理をさとることによって得られるからである。
それに対して、法華経をさとった智者とは、法即人、人法体一の日蓮大聖人のことである。すなわち死者を即身成仏させるのは大聖人以外にないが、大聖人の御生命は、そのまま大御本尊であられるから、末法の私達は御本尊への強盛な信心唱題によって即身成仏ができるし、また、亡くなった人の追善供養も御本尊を根本にして可能となるのである。
生身得忍は現身に無生法忍を得るといっても、まだ生滅を離れるにとどまり、法華経の本有の生死とは天地の開きがある。
本抄末尾に法華経提婆達多品の文を引かれて「深く罪福の相に達して徧く十方を照したまう」を生身得忍、その次下の「微妙の浄き法身・相を具せること三十二」を即身成仏といわれているのは、上の二句が罪と福の相に達するにとどまっているのに対し、下の二句は法身に三十二相を具していると述べており、罪福の相にただ智慧で通達しているのが生身得忍であるのに対し、その生命があらゆる福徳を具しているのが即身成仏であるゆえである。
追善供養について
一般に、仏教においては、先祖を供養するのに塔婆を建てる。塔婆とは卒塔婆の梵語ストゥーパであり、本来は墓を意味していた。仏滅後、仏身を渇仰して塔の中に仏舎利を安置したことから、塔の形の切り込みをつけた細長い板の塔婆を建てるようになったのである。
日蓮大聖人は、このように塔婆を建てて開眼供養するのも草木成仏の原理によることを述べられている。草木成仏口決にいわく「我等衆生死する時塔婆を立て開眼供養するは死の成仏にして草木成仏なり」(1339-01)と。
死後の生命は、自由意思をもたない。そこで生きている人が正法をもってはたらきかけることによって、苦しみの中から救い出すことができる。すなわち、妙法蓮華経という仏の体を表現した五輪の塔婆を立てて題目を唱えることによって、その功力を得て死者も、また回向する人も大功徳を受けることができるのである。
御義口伝の「今日蓮等の類い聖霊を訪う時法華経を読誦し南無妙法蓮華経と唱え奉る時題目の光無間に至りて即身成仏せしむ、廻向の文此れより事起るなり、法華不信の人は堕在無間なれども、題目の光を以て孝子法華の行者として訪わんに豈此の義に替わる可しや」(0712-第五下至阿鼻地獄の事-06)をよくよく拝すべきである。
HP編集者より
創価学会においては、木版の塔婆を用いた法要をおこなっていない、各自宅の仏前に死者の名前を記した紙を安置し、唱目を唱えることが塔婆にあたるともいえよう。また、彼岸・盂蘭盆時に各会館にて行われる合同法要時に参加し追善供養する方法もある。なおHP編集者の知る限りにおいては、大聖人が塔婆供養を行った文書は見たことがない。
0470~0473 女人成仏抄top
はじめにtop
本抄は、文永2年(1265)、日蓮大聖人が四十四歳の時の御述作とされている。
いただいた人は不明だが、女人成仏を明かされた御抄であり、本抄の末文にあるように亡くなった女性のために講経が行われ、法華経提婆達多品が講ぜられたことにちなみ、女人成仏の義を示されているところから、やはり女性だったのではないかと推察される。
本抄の大意は、初めに法華経提婆達多品が女人の成仏を記しているところから長安の宮中に長く秘されていたのを、満法師がとり出して加え二十八品にして流布したこと、また提婆品が「蓮華化生」と説く有り難い経文であることが述べられている。
つぎに、一切衆生は、法性真如の都を迷い出でて妄想顚倒(もうぞうてんどう)しているために生死流転しているのであり、出離生死の道は一乗妙法のみであることを明かされている。
そして、爾前経と法華経を比較し、爾前教では女人成仏が明かされないだけでなく徹底的に嫌われているが、法華経では八歳の竜女が即身成仏した現証によって一切の女人の成仏が明かされていることを述べられている。
最後に、法華経の偉大な功力によって、亡くなった人も成仏は疑いないであろうと励まされている。
女人成仏について
ここで女人成仏について考えてみたい。女人成仏とは、凡夫の女人が仏に成ることをいうが、爾前の諸経では一貫して女人は不成仏であると説かれてきて、法華経に至り初めて女人も成仏できるとされ、しかも提婆達多品第十二では八歳の竜女が即身成仏するという現証が示されているのである。
このことを、他の御書でも「女人をば内外典に是をそしり三皇五帝の三墳五典に諂曲の者と定む、されば災は三女より起ると云へり国の亡び人の損ずる源は女人を本とす、内典の中には初成道の大法たる華厳経には『女人は地獄の使なり能く仏の種子を断つ外面は菩薩に似て内心は夜叉の如し』と云い、雙林最後の大涅槃経には『一切の江河必ず回曲有り一切の女人必ず諂曲有り』と、又云く『所有三千界の男子の諸の煩悩・合集して一人の女人の業障と為る』等云云、大華厳経の文に『能く仏の種子を断つ』と説かれて候は女人は仏になるべき種子をいれり(中略)涅槃経の文に一切の江河のまがれるが如く女人も又まがれりと説かれたるは、水はやわらかなる物なれば石山なんどの・こわき物にさへられて水のさき・ひるむゆへに・あれへ・これへ行くなり、女人も亦是くの如く女人の心をば水に譬えたり、心よわくして水の如くなり(中略)仏と申すは正直を本とす故に・まがれる女人は仏になるべからず五障三従と申して五つのさはり三つしたがふ事あり、されば銀色女経には『三世の諸仏の眼は大地に落つとも女人は仏になるべからず』と説かれ大論には『清風は・とると云えども女人の心はとりがたし』と云へり。此くの如く諸経に嫌はれたりし女人を文殊師利菩薩の妙の一字を説き給いしかば忽に仏になりき(中略)初成道の『能く仏の種子を断つ』雙林最後の『一切の江河必ず回曲有り』の文も破れぬ(中略)是れ妙の一字の徳なり、妙とは蘇生の義なり蘇生と申すはよみがへる義なり(中略)爾前の経経にて仏種をいりて死せる二乗・闡提・女人等・妙の一字を持ちぬれば・いれる仏種も還つて生ずるが如し」(0945-14)と述べられている。
また「此の品には二つの大事あり(中略)二には娑竭羅竜王のむすめ竜女と申すは八歳のくちなは仏に成りたる品にて候此の事めづらしく貴き事にて候、其の故は華厳経には『女人は地獄の使なり能く仏種子を断ず外面は菩薩に似て内心は夜叉の如し』と、文の心は女人は地獄の使・よく仏の種をたつ外面は菩薩に似たれども内心は夜叉の如しと云へり、又云く『一度女人を見る者はよく眼の功徳を失ふ設ひ大蛇をば見るとも女人を見るべからず』と云い、又有る経には『所有の三千界の男子の諸の煩悩を合せ集めて一人の女人の業障と為す』と三千大千世界にあらゆる男子の諸の煩悩を取り集めて女人一人の罪とすと云へり、或経には『三世の諸仏の眼は脱(ぬけ)て大地に堕つとも女人は仏に成るべからず』と説き給へり、此の品の意は人畜をいはば畜生たる竜女だにも仏に成れりまして我等は形のごとく人間の果報なり、彼の果報にはまされり争か仏にならざるべきやと思食すべきなり(中略)又五の巻(提婆品)に云く『我れ大乗教を闡いて苦の衆生を度脱す』と心はわれ大乗の教をひらいてと申すは法華経を申す苦の衆生とは何ぞや地獄の衆生にもあらず餓鬼道の衆生にもあらず只女人を指して苦の衆生と名けたり、五障三従と申して三つしたがふ事有つて五つの障りあり竜女我女人の身を受けて女人の苦をつみしれり然れば余をば知るべからず女人を導かんと誓へり」(0388-02)ともある。
このように、法華経提婆品に説かれる竜女の成仏は、女人不成仏と説いてきた爾前の経説をくつがえした、革命的なものだったのである。
さらに提婆品に続く勧持品第十三では、釈尊の姨母・摩訶波闍波提比丘尼が一切衆生憙見如来、釈尊の出家前の妃で羅睺羅の母、耶輸陀羅比丘尼は具足千万光相如来の記別を受けている。そのため大聖人も「唯法華経計りにこそ竜女が仏に成り諸の尼の記別は・さづけられて候ぬれば一切の女人は此の経を捨てさせ給いては何の経をか持たせ給うべき」(1235-15)といわれ、また富木尼御前に対して「竜女があとをつぎ摩訶波闍波提比丘尼のれちにつらなるべし」(0976-06)と励まされている。
爾前経で、なぜそのように女性が嫌われたのかというと、その背景には極端に女性を蔑視した当時の社会風潮があったとも指摘され、また女性は男子の仏道修行を妨げるものとみられ、出家者達を正しく仏道に導くためだったとも考えられている。
しかし、経論に指摘された女性に特有の生命の傾向性が、女性を左右し不幸にしていることもまた事実であり、そこには仏の鋭い人間洞察の眼が光っていることを感ずるのである。
だが、そうした分析と否定のみでは、女性にとって全く救いがないことになり、仏法は男性のためだけの偏頗なものになってしまったであろう。釈尊は法華経に至って、爾前の経々で不成仏と嫌われてきた二乗・悪人も成仏できると説くとともに、提婆品で竜女の即身成仏を説き示したのである。
竜女の成仏が説かれた意義は「竜女が成仏此れ一人にはあらず一切の女人の成仏をあらはす(中略)挙一例諸と申して竜女が成仏は末代の女人の成仏往生の道をふみあけたるなるべし」(0223-07)と述べられているように、一切の女人が成仏する道を開いたことにあった。
それなら、なぜ竜女という畜生の身に一切の女人を代表させたのかという疑問が起きよう。大聖人は「法界の貪欲・瞋恚・愚癡の方は悉く竜女なり」(0797-提婆品-02)と述べられている。生命論的にいえば、竜女とは、貪り、瞋り、癡の三毒の生命を意味しているのであり、それはもはや女性に限られたものではなく、一切衆生に具わる生命の働きなのである。畜生の女身とは三毒が強盛であることを意味し、その竜女さえも妙法華経を信受して成仏できたということは、三毒を具えたすべての凡夫、なかんずく女人が妙法を信受すれば成仏しうることを明かしたことになる。
本来、仏法では、男性であるか、女性であるかということは、生命の境界の根本的な差別の要因とはしていない。生命の差別相を分類した十界の中にも、一念三千の法理にも、男女の区別がないことが、そのことを明瞭に示している。ゆえに、十界互具・十界皆成を説く法華経にあって、女人成仏が説かれたのは当然だったともいえよう。女人にも二乗・悪人にも、本来、仏界の生命が具わっていることに差別はないからである。逆にいえば、そのことを説かなかった爾前経こそ、偏頗であり、生命の真実の相を説きえなかったので権教というのである。
日蓮大聖人は「末法にして妙法蓮華経の五字を弘めん者は男女はきらふべからず、皆地涌の菩薩の出現に非ずんば唱へがたき題目なり」(1360-08)とも、「末法に入つて法華経を持つ男女の・すがたより外には宝塔なきなり」(1304-06)とも仰せになり、末法に御本尊を持ち正法流布の使命に立つ男女には全く差別がなく、等しく仏界の生命を顕現し、成仏という尊厳にして崩れることのない幸福の境涯を開くことができると教えられている。
ゆえに末法の女人は、日蓮大聖人の仏法を信じ、御本尊を拝しゆく以外に、成仏の道は絶対にないことを知らなくてはならない。
0470:01~0470:04 第一章 提婆品二箇の諌暁を示すtop
| 女人成仏抄 文永二年 四十四歳御作 01 提婆品に云く「仏告諸比丘未来世中乃至蓮華化生」等云云、此の提婆品に二箇の諌暁あり所謂達多の弘経・釈尊 02 の成道を明し 又文殊の通経・竜女の作仏を説く、 されば此の品を長安宮に一品切り留めて二十七品を世に流布す 03 る間秦の代より梁の代に至るまで 七代の間の王は二十七品の経を講読す、 其の後満法師と云いし人此の品法華経 04 になき由を読み出され候いて後 長安城より尋ね出し今は二十八品にて弘まらせ給う、 ―――――― 法華経提婆達多品第十二に「仏は諸の比丘に告げられた。未来世の中に(中略)蓮華から自然に生まれるであろう」等とある。この提婆達多品に二箇の諌暁がある。それは過去世における提婆達多の弘経と釈尊の成道を明かし、また文殊師利菩薩の弘経と竜女の成仏を説いていることである。それゆえ、羅什が法華経を訳した後、この提婆達多品を長安の宮城に一品だけ切り離して留め、他の二十七品を世に流布したので、秦の代から梁の代に至るまでの七代の間の王は、二十七品の法華経を講読した。その後、満法師という人が、この提婆達多品が法華経にないことを読み取られて、のちに長安の宮城から探し出され、今は法華経二十八品として弘まっているのである。 |
化生
四生の一つで、業力によって、忽然として生ずることをいう。「倶舎論」等によれば、諸天、地獄の衆生、及び劫初の衆生が化生の形をとるとされている。
―――
諌暁
諌め暁すこと。提婆達多の成仏と竜女の即身成仏を二箇の諌暁というのは、法華経によって初めて真実に悪人も女性も成仏できると説いて、法華経の功力の偉大さを示し、滅後の弘通を諌暁しているゆえである。
―――
長安宮
中国・漢代から唐代にかけて栄えた都・長安にあった宮城のこと。長安は当時、全中国の首都として栄えた。現在の陝西省西安がそれにあたる。
―――
二十七品
天台の法華文句巻八下によれば、鳩摩羅什(0344~0413、又は0350~0409)が後秦の弘始8年(0406)の夏に訳した法華経は28品あったが、長安の宮人が提婆達多品を請い内に留め置いたため、世に伝わったのは二十七品だけであったという。その後、梁の時代(六世紀前半ころ)に満法師、陳の時代に南岳大師(0515~0577)が、提婆達多品を加えて元の二十八品の形にしたと記されている。対して吉蔵や窺基は提婆品を除いた法華経二十七品説をとっている。
―――
秦
後秦(0384~0417)のこと。鳩摩羅什は後秦の姚興に迎えられ、都の長安で翻経に従事した。
―――
満法師
生没年不明。中国・梁代(0502~0557)の人。唐僧祥撰による法華伝記巻二によれば、幼時から聡明で、広く経論に通達し法華経を講説すること百遍に及んだとある。
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本抄の最初に、提婆達多と釈尊の過去の因縁を明かし、提婆達多の未来成仏を明かしたことと、文殊菩薩が竜宮で妙法を説き、竜女が成仏の姿を現じて女人成仏を示したこととが法華経提婆達多品第十二の二つの眼目であることが明かされている。次に、羅什訳の法華経が、初めは提婆達多品を欠いたまま中国に流布され、後に加えられて元の二十八品の経典となった由来が述べられている。
此の提婆品に二箇の諌暁あり所謂達多の弘経・釈尊の成道を明し又文殊の通経・竜女の作仏を説く
冒頭に引かれた提婆達多品の文は、釈尊が提婆達多に天王如来という記別を与えた後に、未来世の男女が妙法蓮華経の提婆達多品を聞き、信敬して疑わなければ十方の仏前に生じるであろうと、提婆品の信受を勧めたものである。そして、その後に、竜女の成仏が説かれている。
このように、ねんごろに説かれている提婆達多品の内容は、前述のように、提婆達多への授記と竜女の即身成仏だったのである。
そのことは、主師親御書に、やはり本抄の冒頭と同じ提婆品の勧信の一節を引かれたうえで、「此の品には二つの大事あり一には提婆達多と申すは阿難尊者には兄・斛飯王には嫡子・師子頬王には孫・仏にはいとこにて有りしが仏は一閻浮提第一の道心者にてましまししに怨をなして我は又閻浮提第一の邪見放逸の者とならんと誓つて万の悪人を語いて仏に怨をなして三逆罪を作つて現身に大地破れて無間大城に堕ちて候いしを天王如来と申す記別を授けらるる品にて候……二には娑竭羅竜王のむすめ竜女と申すは八歳のくちなは仏に成りたる品にて候此の事めづらしく貴き事にて候」(0388-02)と述べられている。
提婆達多への記別は、「善男子と申すは男此の経を信じまひらせて聴聞するならば提婆達多程の悪人だにも仏になる、まして末代の人はたとひ重罪なりとも多分は十悪をすぎずまして深く持ち奉る人仏にならざるべきや」(0388-05)という意義を示しており、竜女の成仏は「畜生たる竜女だにも仏に成れりまして我等は形のごとく人間の果報なり、彼の果報にはまされり争か仏にならざるべきやと思食すべきなり」(0388-13)とあるように、女人に限らず妙法を信受する人はことごとく仏にならないわけがないことを示しているのである。
また大聖人は、「提婆は我等が煩悩即菩提を顕すなり、竜女は生死即涅槃を顕すなり」(0746-17)とその深義を明かされている。
そうしたことまでは理解できなかったとしても、生涯を通じて釈尊に敵対して殺害まで図り、教団を分裂させた提婆達多に天王如来の記別が与えられ、またあらゆる経典で嫌われてきた女人が即身成仏するという現証が示されたことは、法華経提婆品を読み聞いた人々に大いなる衝撃と感動を与えたに違いない。
羅什訳の法華経のなかで、提婆達多品だけが長安宮に秘蔵され、しばらくの間弘められなかったという伝承も当時の人々が、いかにこの品を大切に考えていたかを物語っているといえよう。
また、法華八講にあたり、一経のなかで最も端的に功徳をあらわした経文として、この品を講ずる日には「法華経をわが得しことは薪こり菜摘み水汲み仕へてぞ得し」の歌を、衆僧がうたいながら行進したという記述が源氏物語に見られるのである。
「二箇の諌暁」といわれたのは、釈尊がこの画期的な教説によって、法華経の偉大さを暁にし、滅後の人々に信受し弘通することを勧め諌めたからであろう。
0470:04~0471:06 第二章 信敬の人と悪業の衆生の果報を明かすtop
| 04 さて此の品に浄心信敬の人 0471 01 のことを云うに一には三悪道に堕せず 二には十方の仏前に生ぜん 三には所生の処には常に此の経を聞かん四には 02 若し人天の中に生ぜば勝妙の楽を受けん 五には若し仏前に在らば蓮華より化生せんとなり、 然るに一切衆生は法 03 性真如の都を迷い出でて妄想顛倒の里に入りしより已来 身口意の三業になすところ善根は少く悪業は多し、 され 04 ば経文には一人一日の中に八億四千念あり念念の中に作す所 皆是れ三途の業なり等云云、 我等衆生三界二十五有 05 のちまたに輪回せし事・鳥の林に移るが如く 死しては生じ生じては死し 車の場に回るが如く始め終りもなく死し 06 生ずる悪業深重の衆生なり、 ―――――― さて法華経提婆達多品第十二に、この品を浄心に信敬する人のことを説いていうには、一には三悪道に堕ちない、二には十方の仏前に生まれるであろう、三には生まれた所では常にこの法華経を聞くであろう、四にはもし人界・天界に生まれれば、勝妙の楽を受けるであろう、五にはもし仏前にあれば蓮華から自然に生まれるであろう、とある。それなのに一切衆生は法性真如の都を迷い出て、妄想顛倒の里に入って以来、身口意の三業によってなすところの行いは、善根は少なく悪業は多い。それゆえ、経文には「一人が一日の中に起こす念慮は八億四千念あり、一念一念のうちになす所作はみな三悪道に堕ちる業因である」等と説かれている。我等衆生が三界・二十五有の世界に輪廻してきたさまは、鳥が林に移るように死んでは生まれ生まれては死に、車輪が回るように始めも終わりもなく生死を流転する悪業深重の衆生である。 |
浄心信敬
提婆品に「未来世の中に、若し、善男子、善女人有って、妙法華経の提婆達多品を聞いて、浄心に信敬して、疑惑を生ぜざらん者は、地獄、餓鬼、畜生に堕ちずして十方の仏前に生ぜん」とある。浄心とは浄い心のこと。信敬とは信じ敬うこと。
―――
三悪道
三種の悪道のこと。地獄道・餓鬼道・畜生道をいう。三善道に対する語。三悪趣、三途ともいう。
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十方
十方は、上下の二方と東西南北の四方と北東・北西・南東・南西の四維を加えた十方のこと。
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勝妙の楽
勝れて妙なる快い感情、楽しみのこと。
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法性真如
法性の法理、法性真如の一理、一妙真如の理ともいう。宇宙万有の実体で、真実にして平等無差別な絶対心理をいう、変化の仮相に対する語。南無妙法蓮華経のことをいう。
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妄想顛倒
真実に迷い、煩悩に左右された姿のこと。妄想とはみだりな正しくない想念、顛倒とは真理を違えてさかさまに見ること。
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身口意の三業
身業・口業・意業のみっつ。身・口・意による三種の所作のことで、生命体の一切の振る舞いをさす。業は未来にもたらされる果の原因となる。
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善根
善い果報を招くべき善因。根とは結果を生ずべき因。題目を上げること、折伏・弘教への実践活動が最高のである。一生成仏抄には「然る間・仏の名を唱へ経巻をよみ華をちらし香をひねるまでも皆我が一念に納めたる功徳善根なりと信心を取るべきなり(0383-14)とある。
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経文には一人一日の中に八億四千念あり
いずれの経の文か明らかでない。安楽集巻下には、浄度菩薩経の文として「人、世間に生まれて、およそ一日一夜を経るに八億四千万の念あり。一念悪を起こせば一悪身を愛く……」とあるが、浄度菩薩経については不明である。また、御講聞書には「浄名経の心ならば我等衆生の一日一夜に作す所の罪業・八億四千の念慮を起す、余経の意は皆三途の業因と説くなり」(023-03)とある。
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三途の業
地獄・餓鬼・畜生の三悪道に堕ちる果報を招く業因のこと。三途とは人間の死後に行くべき三つの途。また三悪道と同義で過去・現在の悪業の報いとして受ける苦しみの世界。
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三界
生死の迷いを流転する六道の衆生の境界を三種に分けた欲界・色界・無色界のこと。色界は種々の欲望が渦巻く世界のことで、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天界の一部をいう。色界とは欲望から離れた物質だけの世界のことで、天界の一部である四禅天をさす。無色界とは欲望と物質の制約を超越した純然たる精神の世界のことで、天界のうちの四空処天をいう。
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二十五有
三界六道を二十五種に分けたもの。三界とは、欲界・色界・無色界。欲界では四趣(地獄・餓鬼・畜生・修羅)、四洲(東弗波提、西倶耶尼、南閻浮提、北鬱単越、六欲天(四王天、忉利天、夜摩天、兜率天、化楽天、他化自在天)の十四有。色界では初禅天中の大梵天と四禅(初禅天・二禅天・三禅天・四禅天)の五有。無色界では四処(空無辺処・識無辺処・無処有処・非想非非想処)、無想天・那含天の六有で以上合して二十五をいう。
―――
輪廻
とどまることなくめぐり流れること。衆生が三界六道の迷いの世界に生死を繰り返すこと。
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本章では、冒頭に引かれた法華経提婆達多品の文から、法華経を浄心に信敬する人の勝妙の果報を挙げ、それに対比して、悪業深重の衆生が永く三界六道の巷に輪廻しなければならない姿を示して、法華経に対する純真な信心を勧めているのである。
さて此の品に浄心信敬の人のことを云うに一には三悪道に堕せず……五には若し仏前に在らば蓮華より化生せん
提婆達多が未来に成仏し天王如来となることを説いた釈尊は、つぎに「未来世の中に、若し善男子・善女人有って、妙法華経の提婆達多品を聞いて、浄心に信敬して、疑惑を生ぜずば」の果報をこの御文のように五つ挙げているのである。すなわち、恐るべき三悪道の大苦をまぬかれることができるばかりか、十方の仏前に生まれ、生まれた処では常に法華経を聞き、人界・天界に生まれれば勝妙の安楽に満ちた生活を送ることができる。そして、もし仏前にあれば蓮華より自然に生ずるであろう、と説かれている。
蓮華より化生するとは、法華経従地涌出品第十五に「世間の法に染まらざること 蓮華の水に在るが如し 地従りして涌出し」とあり、また大聖人が「蓮華は本因本果の妙法なり信心の水に妙法蓮華は生長せり」(0833-非口所宣非心所測の事-06)と仰せであるところから、蓮華が泥水より出て清浄な花を開き実を成ずるように、法華経を信ずる衆生が三界・六道の生死の泥水より出て、仏界を顕現、当体蓮華を証得し、永遠に崩れぬ幸福境涯である仏界に住することを意味しているのであろう。これは、前章で述べた提婆品の意義から考えても、当然のことである。
然るに一切衆生は法性真如の都を迷い出でて妄想顛倒の里に入りしより已来身口意の三業になすところ善根は少く悪業は多し
ところが、一切衆生は、自身が本来、法性真如の仏身を具えていることを知らずに迷い、煩悩妄想や正邪を逆転した思想に紛動されて、身口意の三業で悪業を積んできたのである。
そうした衆生の根本の迷いを、大聖人は「所詮己心と仏身と一なりと観ずれば速かに仏に成るなり、故に弘決に又云く『一切の諸仏己心は仏心と異ならずと観し給うに由るが故に仏に成ることを得る』と已上、此れを観心と云う実に己心と仏心と一心なりと悟れば臨終を礙わる可き悪業も有らず生死に留まる可き妄念も有らず(中略)此くの如く自在なる自行の行を捨て跡形も有らざる無明妄想なる僻思の心に住して三世の諸仏の教訓に背き奉れば冥きより冥きに入り永く仏法に背くこと悲しむ可く悲しむ可し、只今打ち返えし思い直し悟り返さば即身成仏は我が身の外には無しと知りぬ」(0569-16)と指摘されている。
また「我が心身より外には善悪に付けてかみすぢ計りの法もなき物をされば我が身が頓て三身即一の本覚の如来にてはありける事なり、是をよそに思うを衆生とも迷いとも凡夫とも云うなり、是を我が身の上と知りぬるを如来とも覚とも聖人とも智者とも云うなり」(0410-14)とも示され、さらに成仏への具体的な実践として「正直に方便を捨て但法華経を信じ南無妙法蓮華経と唱うる人は煩悩・業・苦の三道・法身・般若・解脱の三徳と転じて三観・三諦・即一心に顕われ其の人の所住の処は常寂光土なり、能居所居・身土・色心・倶体倶用・無作三身の本門寿量の当体蓮華の仏とは日蓮が弟子檀那等の中の事なり」(0512-10)と、末法の法華経たる三大秘法の南無妙法蓮華経を信受することによってのみ、成仏が可能になることを教えられているのである。
しかし、衆生の多くはそうした正理を信じようとせず、かえって邪義謗法の妄想を信ずることによって、その行為はことごとく悪業となって我が身を苦しめる結果となっている。
このように、我ら衆生は、起こすところの念々がみな地獄・餓鬼・畜生の三悪道に堕す因となって、永遠に三界六道の巷で生死流転している悪業深重の衆生である、と述べられている。
このことは、一般的観点から、日々、瞬間瞬間に私達が起こす念々の実体を考えてみても明らかであろう。私達凡夫が瞬間瞬間、さまざまに起こす思い、その思いから出た言動のほとんどは、利己のあらわれであり、他を思いやる慈悲の心であることは、まず少ないのではないだろうか。
ということは、どうしても凡夫の生命活動は、悪業を積み重ねていることが多いことになる。このことからも、意識し努力して善業を行い、悪業を作らないようにしなければならないし、なかんずく、最大の善業である正法の信行と、この妙法による宿業転換の実践が肝要となるのである。
0471:06~0471:12 第三章 経を挙げて六道の衆苦を示すtop
| 06 爰を以て心地観経に云く「有情輪回して六道に生ずること 猶車輪の始終無きが如く 07 或は父母と為り男女と為り生生世世互いに恩有り」等云云、 法華経二の巻に云く「三界は安きこと無し 猶火宅の 08 如く衆苦充満せり」云云、 涅槃経二十二に云く「菩薩摩訶薩諸の衆生を観ずるに 色香味触の因縁の為の故に昔無 09 量無数劫より以来常に苦悩を受く、 一一の衆生一劫の中に積る所の身の骨は 王舎城の毘富羅山の如く 飲む所の 10 乳汁は四海の水の如く身より出す所の血は四海の水より多く 父母・兄弟・妻子・眷属の命終に涕泣して出す所の目 11 涙は四大海の水より多し、 地の草木を尽くして 四寸の籌と為して 以て父母を数うるに 亦尽くすこと能わじ、 12 無量劫より已来或は地獄・畜生・餓鬼に在つて受くる所の行苦称計す可からず亦一切衆生の骸骨をや」云云、 ―――――― このことから心地観経には「有情が輪廻して六道に生ずることは、ちょうど車輪に始めと終わりがないようなもので、ある時には父母となり、ある時には男女となり、生々世々に互いに恩があるのである」等と述べている。また法華経第二の巻の譬喩品第三には「三界には安穏なことはない。ちょうど火事の家のようなものである。多くの苦しみが充満している」といっている。涅槃経巻二十二には「菩薩が諸の衆生を観るに、色香味触の因縁のために、無量無数劫の昔以来、常に苦悩を受けている。一人一人の衆生が一劫の間に死んで積もった身の骨は王舎城の毘富羅山のようであり、飲んだ乳は四海の水のようであり、身から出した血は四海の水より多く、父母・兄弟・妻子・眷属の命が終わったときに泣いて出した涙は四大海の水よりも多い。また大地の草木をことごとく四寸の籌として、父母となった人を数えても、数え尽くすことはできない。無量劫の昔以来、地獄界・畜生界・餓鬼界に在って受けた行苦は、計ることができない。また、一切衆生の骸骨においては、なおさらである」と説いている。 |
心地観経
8巻。唐の元和5年(0810)長安の醴泉寺にて、インド僧・般若三蔵が請来した『大乗本生心地観経』を、日本の留学僧・法相宗の霊仙が筆受した。父母・衆生・国王・三宝の四恩を説く。
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有情
①梵語の薩埵、薩埵嚩、サットヴァ(sattva)の新訳。旧訳では衆生とする。感情や意識をもっている、生あるものの一切の総称。草木、山河、大地などの非情に対する語。
②仏も有情のなかに含まれること。③九界の衆生をいう。④衆生の一身には有情と非情をそなえていること。⑤三世間の衆生・五蘊世間は有情・国土世間は非情。
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生生世世
生死を繰り返すなか、生を得て経る多くの世のこと。
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菩薩
菩薩薩埵(bodhisattva])の 音写。覚有情・道衆生・大心衆生などと訳す。仏道を求める衆生のことで、自ら仏果を得るためのみならず、他人を救済する志を立てて修行する者をいう。
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摩訶薩
摩訶薩埵のことで菩薩を意味する。無常菩提を求める大乗の修行者をさす。
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色香味触
目・鼻・舌・身によって知覚される対境で、色境・香境・味境・触境のこと。色境は色・形のあるもの。香境は香や匂い。味境は味。触境は身に触れられるものをいう。
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一劫
一つの劫のこと。劫は梵語カルパ(kalpa)の音写である劫波(こうは)の略。時、あるいは分別の義で、意訳して分別時分、長時、大時、あるいは単に時と訳す。きわめて長い時限の意で、仏法上は時間を示す単位として用いられる。劫の分類については、経論により多種多説であるが、大別して、小劫・中劫・大劫という。ここでいう「一劫」は一小劫の意で、約千六百万年になる。
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王舎城
古代インド、摩掲陀国の首都。現在のビハール州南部のパトナ県ラージギルにあたる。インド最古の都の一つで、仏教の外護者として著名なシャイシュナーガ朝ビンビサーラ王が建設したと伝えられる。付近には霊鷲山、提婆達多が釈尊を傷つけた所、七葉窟、竹林精舎、祇園精舎などの仏教遺跡が多い。王舎城の故事については法華文句巻第一上、西域記などにある。
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毘富羅山
梵語ヴィプラ(Vipula)の訳で、広々と大きいの意。王舎城を囲む五山の一つで、王舎城の東北にあたる。雑阿含経第四十九に「王舎城の第一なるを毘富羅山と名づく」とあり、有名な山であった。
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四海
四海とは四方の海、天下、国内、四方の外国、世界等さまざまな意で用いられることがある。
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籌
多くのものを数えるとき、確認と心覚えのためのしるしとするもの。
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ここでは、前章を受けて心地観経、法華経、涅槃経の三経の文を引かれ、衆生が三界・六道に輪廻し生死を流転して、常に苦悩にさいなまれ続ける姿を示されている。
このように、迷いの衆生が、つねに三界六道の世界を生死生死と流転することを輪廻生死という。輪廻とは輪転旋廻という意味で、車輪が回るように回転して進むことに譬えたのである。生死とは一般には生老病死、または苦しみをいう。悪業の衆生が煩悩に縛られて、生死の巷を流転する姿を輪廻生死というのである。また、三界六道の世界を輪廻することを輪廻六趣ともいう。
我等衆生の輪廻生死の姿を、大聖人は聖愚問答抄で「悲しいかな痛しいかな我等無始より已来無明の酒に酔て六道・四生に輪回して或時は焦熱・大焦熱の炎にむせび或時は紅蓮・大紅蓮の氷にとぢられ或時は餓鬼・飢渇の悲みに値いて五百生の間飲食の名をも聞かず、或時は畜生・残害の苦みをうけて小さきは大きなるに・のまれ短きは長きに・まかる是を残害の苦と云う、或時は修羅・闘諍の苦をうけ或時は人間に生れて八苦をうく生・老・病・死・愛別離苦・怨憎会・求不得苦・五盛陰苦等なり或時は天上に生れて五衰をうく、此くの如く三界の間を車輪のごとく回り父子の中にも親の親たる子の子たる事をさとらず夫婦の会遇るも会遇たる事をしらず、迷へる事は羊目に等しく暗き事は狼眼に同し、我を生たる母の由来をもしらず生を受けたる我が身も死の終りをしらず」(0474-12)と述べられたうえで、「嗚呼受け難き人界の生をうけ値い難き如来の聖教に値い奉れり一眼の亀の浮木の穴にあへるがごとし、今度若し生死のきづなをきらず三界の籠樊を出でざらん事かなしかるべし・かなしかるべし」(0475-03)と、仏の聖教のみが三界・六道の輪廻を止め、生死の苦悩からのがれ得る唯一の道であることを示されているのである。
衆生が輪廻生死するのは、貪・瞋・癡の三毒をはじめ、慢・疑・見など念々に起こる八万四千の煩悩に縛られて悪業をなすためであるとして、爾前の経々では煩悩を断尽することによって菩提が得られるとした。これに対し法華経に至ると煩悩即菩提の法門が明かされ、薬王菩薩本事品第二十三には「此の法華経も亦復た是の如く、能く衆生をして一切の苦・一切の病痛を離れ、能く一切の生死の縛を解かしめたまう」と説かれ、また法華経の結経たる観普賢菩薩行法経には「煩悩を断ぜず、五欲を離れずして、諸根を浄め、諸罪を減除することを得」と説かれているのである。
0471:12~0472:02 第四章 出離生死の法を明かすtop
| 12 是く 13 の如くいたづらに命を捨るところの骸骨は 毘富羅山よりも多し恩愛あはれみの涙は 四大海の水よりも多けれども 14 仏法の為には一骨をもなげず、 一句一偈を聴聞して一滴の涙をも・おとさぬゆへに 三界の篭樊を出でずして二十 15 五有のちまたに流転する衆生にて候なり、 然る間如何として三界を離るべきと申すに 仏法修行の功力に依つて無 16 明のやみはれて法性真如の覚を開くべく候、 さては仏法は何なるをか修行して 生死を離るべきぞと申すに但一乗 17 妙法にて有るべく候、 されば慧心僧都・七箇日・加茂に参篭して出離生死は何なる教にてか候べきと祈請申され候 18 いしに明神御託宣に云く「釈迦の説教は一乗に留まり諸仏の成道は妙法に在り 菩薩の六度は蓮華に在り二乗の得道 0472 01 は此の経に在り」云云、 普賢経に云く「此の大乗経典は 諸仏の宝蔵なり十方三世の諸仏の眼目なり 三世の諸の 02 如来を出生する種なり」云云、 ―――――― このように無駄に命を捨ててしまった骸骨は毘富羅山よりも多く、恩愛やあわれみの涙は四大海の水よりも多いけれども、仏法のためには一つの骨も投げ出さず、経文の一句一偈を聴いても一滴の涙さえも落とさないために、三界の苦しみのかごを抜け出せず、二十五有の迷いの世界に流転する衆生なのである。それでは、どのようにして三界の苦を離れるべきかというと、仏法修行の功力によって迷いの闇を晴らし、真実不変の覚りを開くべきである。 それでは仏法のなかの、どのような法を修行して生死の苦しみを離れるべきかといえば、ただ一乗妙法であるべきである。それゆえ慧心僧都が、七日間、加茂神社にこもって生死の苦しみから離れ出るにはいかなる教法によるべきかと祈請されたところ、賀茂明神のお告げに「釈尊の説教は一乗法に留まり、諸仏の成道は妙法にあり、菩薩の六波羅蜜の修行は蓮華にあり、二乗の得道は此の経にある」とあったという。また普賢経には「この大乗経典は、諸仏の宝蔵であり、十方三世の諸仏の眼目であり、三世の諸の仏を生み出す種である」とある。 |
一句一偈
経文において四句をもって一つの偈をなすもの。句とは通常、数語で一つの意味をなしている最小限度のものをいうが、漢訳経典では、四字または五字などで一句をなすものが多い。偈は一般に経典中の韻文形式で説かれたものをいい、仏の徳または教理を賛嘆している。
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篭樊
篭も樊も「かご」を意味する。かごの中に閉じ込められ、束縛されること。
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無明
迷いのこと。また真理に暗いこと、智慧の光に照らされていない状態をいう。法性に対する言葉である。
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慧心僧都
(0942~1017)。恵心とも書く。日本天台宗恵心流の祖。大和国(奈良県)葛城郡当麻郷に生まれた。父は卜部正親。幼くして出家し天暦4年(0950)比叡山にのぼる。慈慧大師良源に師事し、天台の教義を学んだ。13歳で得度受戒し、源信と名乗った。権少僧都に任じられた時、横川恵心院に住んで修行したので、恵心僧都・横川僧都と称された。寛和元年(0985)に「往生要集」3巻を完成した。これは浄土教についての我が国初めての著述で、浄土宗の成立に大きな影響を与えた。しかし、晩年に至って「一乗要決」3巻を著し、法華経の一乗思想を強調している。
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加茂
賀茂神社のこと。京都市北区上賀茂本山にある賀茂別雷神社と同市左京区下鴨泉川町にある賀茂御祖神社とを総称していう。両社はそれぞれ賀茂川の上流と下流にあり、それぞれ上賀茂社・下賀茂社、または上社、下社などと呼ばれる。上社の祭神は賀茂別雷命で、下社はその母・玉依姫命と外祖父・賀茂建角身命を祭る。社伝によると、社殿の創建は天武天皇の6年(0678)とされ、この地方の豪族賀茂氏が奉斎していた。平安遷都の後はとくに皇室の崇拝をうけ、王城鎮護の神とされ、伊勢神宮に準ずる規模と待遇を誇った。
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託宣
神仏が人にのりうつったり、夢にあらわれたりなどして、その意思を告げ知らせること。神に祈った事によって受けるお告げ。
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六度
六波羅蜜のこと。「波羅蜜」は梵語、パーラミター(Pāramitā)の音写。彼岸と訳す。布施、持戒、忍辱、精進、禅定、智慧波羅蜜の六行があり、その行は万差であるから、六度万行という。菩薩等がこの六法を修して生死の彼岸よりよく涅槃の彼岸に至るということである。爾前経においては菩薩の歴劫修行を説いてきたが、無量義経にいたって「末だ六波羅蜜の修行することを得ずと雖も六波羅蜜自然に在前す」と説かれている。すなわちこれは、三大秘法の御本尊の功徳をたとえ、即身成仏を説いている。
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本章は、一切衆生が三界を出離するためには法華経によるべきことが明かされている。
ところで、爾前経等では、仏道を行じて二乗の悟りを得た者は方便土に、菩薩は実報土に、仏は寂光土にと、三界を離れた浄土に住すると説かれている。そのため「舎利弗迦葉等の大聖は・二百五十戒・三千の威儀・一もかけず見思を断じ三界を離れたる聖人なり」(0203-17)等といわれているのである。
しかし、法華経本門に至ると「今本時の娑婆世界は三災を離れ四劫を出でたる常住の浄土なり仏既に過去にも滅せず未来にも生ぜず所化以て同体なり」(0247-12)と仰せのように、この娑婆世界がそのまま常住の仏国土であることが明かされている。
また大聖人は「汝早く信仰の寸心を改めて速に実乗の一善に帰せよ、然れば則ち三界は皆仏国なり仏国其れ衰んや十方は悉く宝土なり宝土何ぞ壊れんや」(0032-14)と仰せであり、さらに「抑此の車と申すは本迹二門の輪を妙法蓮華経の牛にかけ、三界の火宅を生死生死とぐるり・ぐるりとまはり候ところの車なり、ただ信心のくさびに志のあぶらをささせ給いて霊山浄土へまいり給うべし」(1543-07)とも述べられている。
そうしたことから、三界を離れるとは、けっしてこの現実の世界を離れて理想の浄土へ生ずることではなく、妙法を信受することによって自身の境界を開き、依正不二の法理によって娑婆即寂光と変革しゆくことなのである。
さては仏法は何なるをか修行して生死を離るべきぞと申すに但一乗妙法にて有るべく候
三界を離れ、煩悩の苦縛から脱れ、人生の苦悩を根本から解決するためには、仏道修行の功力により、無明の闇を晴らし、本有の仏界を顕現して成仏の境界を開くしかないのである。しかし、そのためにはいかなる法を修行すべきかが問題となる。それは「但一乗妙法」に限るのである。
一乗妙法の一乗とは、一仏乗のことで仏界を意味し、また一切衆生の仏界を顕現し成仏すべき法を説いた法華経をさす。一とは、二乗、三乗、五乗、七方便、九法界と相対して最上の一仏乗であるからであると同時に、二とか三とか五といったものと相対するのではなく、あらゆるものを包含する絶対的な立場の一という意味がある。乗とは譬で、運載という意味で、仏法を乗り物にたとえ、煩悩・業・苦に悩む衆生の不幸を打開して、最高絶対の幸福境涯である成仏へと導くことである。法華経方便品第二に「十方仏土の中には 唯だ一乗の法のみ有り 二無く亦た三無し」とあり、仏の出世の目的が一仏乗の妙法を説くためであることが明かされている。
それは「爾前四十余年が間は菩薩の得道凡夫の得道・善人・男子等の得道をば許すやうなれども、二乗・悪人・女人なんどの得道此れをば許さず……仏の説教・四十二年すでに過ぎて八年が間・摩謁提国王舎城・耆闍崛山と申す山にして法華経を説かせ給う」(1503-14)と述べられているように、法華経こそ、爾前経で成仏の許されなかった二乗・悪人・女人の成仏の道を開いた十界皆成仏道の法ゆえに一乗妙法といえるのである。
ただし、大聖人の元意は、末法の一乗妙法を釈尊の法華経とされたのではないこともまた明らかである。三大秘法抄には「末法に入て爾前迹門は全く出離生死の法にあらず、但専ら本門寿量の一品に限りて出離生死の要法なり」(1022-02)と述べ、三大秘法の南無妙法蓮華経を「寿量品の事の三大事」として、末法の出離生死の要法とされているのである。
また「仏の御意は法華経なり日蓮が・たましひは南無妙法蓮華経に・すぎたるはなし」(1124-12)の御文や、「在世の本門と末法の始は一同に純円なり但し彼は脱此れは種なり彼は一品二半此れは但題目の五字なり」(0249-17)との御抄にも明らかである。
なお、出離生死といっても、生死がなくなることではない。法華経薬王菩薩本事品第二十三に「此の法華経も亦復た是の如く、能く衆生をして一切の苦・一切の病痛を離れ、能く一切の生死の縛を解かしめたまう」とある中の「病痛を離れ、能く一切の生死の縛を解かしめたまう」の「離解」の二字の深義を、大聖人は「法華の心は煩悩即菩提生死即涅槃なり、離解の二字は此の説相に背くなり然るに離の字をば明とよむなり、本門寿量の慧眼開けて見れば本来本有の病痛苦悩なりと明らめたり仍つて自受用報身の智慧なり、解とは我等が生死は今始めたる生死に非ず本来本有の生死なり、始覚の思縛解くるなり云云、離解の二字は南無妙法蓮華経なり」(0773-第三離一切苦一切病痛能解一切生死之縛の事-02)と明かされている。
すなわち、苦悩から離れたり解き放たれるということは、苦悩がなくなることではなく、末法にあっては唯一の正法たる御本尊を信受して南無妙法蓮華経と唱えるとき、それをすべて幸福の方向へと開いていくことができることを意味しているといえよう。
0472:02~0472:07 第五章 爾前の諸経の女人不成仏を示すtop
| 02 此の経より外はすべて成仏の期有るべからず候上 殊更女人成仏の事は此の経より 03 外は更にゆるされず、 結句爾前の経にては・をびただしく嫌はれたり、 されば華厳経に云く「女人は地獄の使な 04 り能く仏の種子を断ず 外面は菩薩に似て内心は夜叉の如し」云云、 銀色女経に云く「三世の諸仏の眼は大地に堕 05 落すとも法界の諸の女人は永く成仏の期無し」云云、 或は又女人には五障三従の罪深しと申す、 其れは内典には 06 五障を明し外典には三従を教えたり、 其の三従とは少くしては父母に従ひ盛にしては 夫に従ひ老いては子に従ふ 07 一期身を心に任せず、されば栄啓期が三楽を歌ひし中にも 女人と生れざるを以て一楽とす、 ―――――― この法華経以外の経ではすべて成仏することはできないうえ、とりわけ女人成仏については、法華経以外には全く許されていない。むしろ爾前の諸経では女人ははなはだしく嫌われている。そのため華厳経には「女人は地獄の使いであり、より仏になる種子を断つ。外面は菩薩に似ているが、内心は夜叉のようである」とある。銀色女経には「三世の諸仏の眼は大地に落ちることがあっても、法界の諸の女人は永久に成仏することはない」とある。 あるいはまた、女人には五障三従の罪が深い、といわれる。それについては、内典には五障を明かし、外典には三従を教えている。その三従とは、幼くしては父母に従い、成人しては夫に従い、老いては子に従うということで、一生、その身を自分の心にまかせて処することができない。それゆえ栄啓期が、人生の三つの楽しみを歌ったなかにも、女人と生まれないことをもって一つの楽しみとしているのである。 |
女人成仏
法華経以前の諸経では、女人は「地獄の使い」「永く成仏の期なし」等と不成仏が説かれ、また権大乗教には一応成仏も説かれているけれども、改転の成仏であり、即身成仏ではなかった。法華経提婆達多品第十二に至って、初めて女人成仏が説かれた。
―――
五障三従
女人の五つの障害と三つの忍従のこと。五障は五礙ともいい、女人は①梵天王、②帝釈、③魔王、④転輪聖王、⑤仏身、にはなれないこと。法華経提婆達多品第十二、超日明三昧経巻下等に説かれる。三従は「さんしょう」とも読み、女人は①幼いときは父母に従い、②嫁いでは夫に従い、③夫の死後は子に従うということ。儀礼・喪服伝等に説かれる。
―――
内典
仏教以外の経典を外典というのに対して、仏経典を内典という。
―――
外典
仏経典以外の典籍。内典に対する語。
―――
栄啓期が三楽を歌ひし
栄啓期は中国・春秋時代の人。濁世に超然として自然の中に遊び、天命に安んじ、人生を謳歌した楽天家。彼はこの世に生まれて得た三つのよろこびを①人と生まれ、②男と生まれ、③長寿を得たことである、とした。列子・天瑞篇に「孔子、太山に遊び、栄啓期が郕の野に行くを見る。鹿裘して索を帯にし、琴を鼓いて歌ふ。孔子問うて曰く『先生の楽しむ所以は何ぞや』と。対へて曰く『吾が楽み甚だ多し。天の万物を生ずる、唯だ人を貴しと為す。而して吾れ人たるを得たり、これ一楽なり。男女の別、男は尊く女は賎し、故に男を以て貴しと為す。吾れ既に男たるを得たり。是れ二楽なり。人生、日月を見ず襁褓を免れざるものあるに、吾れ既に已に行年九十なり、是れ三楽なり』」とある。
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爾前経の文証を挙げ、また五障三従の教えを述べて、法華経以外の経典で女人成仏は説かれず、内典・外典ともに女人がいかに嫌われているかを示された章である。
此の経より外はすべて……結句爾前の経にては・をびただしく嫌はれたり
外典や爾前経で女性がかくも忌み嫌われたのには、さまざまな理由が考えられるが、なんといっても、古代社会、封建社会を通じて男性中心の社会制度や家族制度が築かれてきた反映として、いわれなき蔑視や差別を受けてきたと思われる。それとともに、女性特有の貪・瞋・癡の三毒に支配されやすい性格も、女性みずからを低い立場に押しやる結果になったと考えられないであろうか。
たとえば鬼子母神に象徴されるように、自分の子のためには他人の子を犠牲にしてもやむをえないという利己主義は、時代をこえて共通のものであろう。すべての命あるものに対して普遍的な慈悲を説く仏法にあっては、利己的傾向は全く相容れない。
全般にわたって差別を設け歴劫修行を説く爾前経は、男と女のみでなく、聖人と凡人、四聖と六道、生死と涅槃、煩悩と菩提などを峻別する。これに対し、十界互具・一念三千の深理を説き明かした法華経に至ってはじめて一切衆生の平等が実現し、女人成仏が宣言されたのである。
五障三従について
ここで、女人の身が罪業深き例として五障三従が挙げられている。
五障とは、法華経提婆達多品に、舎利弗の疑問として「女人の身には猶お五障有り。一には梵天王と作ることを得ず。二には帝釈、三には魔王、四には転輪聖王、五には仏身なり。云何んぞ女身は速かに成仏することを得ん」と挙げられているように、女人のなることのできないとされた五つの障をいう。なお「魔王」になれないというのは、魔といえども大きな勢力をもつことから、そのような勢力をもてないことを示す。
しかし、この五障は、舎利弗の疑問に答えて、八歳の竜女が忽然の間に即身成仏の現証を示すことによって、妙法を信受した女人にはこの障はないことが明かされたのである。最高の成仏の境界に比べれば、それ以下の天界や人界の境界は王位といえども、もののかずではないからである。
つぎに、三従とは、本抄にも挙げられているように、女人が生涯、服従を強いられていくことをあらわしたもので、三障・三隔・三監ともいわれている。女人の身はこの三従に縛られて、一生の間、自由を得ることができず、仏道修行が困難な境涯にあるとされるのである。
三従という考え方は、本来儒教から出ているが、本文のように「一期身を心に任せず」という例として賢愚経巻四に「婦人の法は、一切の時の中、常に自在ならず、少小は則ち父母護り、壮期は則ち其の夫護り、老ゆる時は則ち子護る」等と仏典にも用いられている。
大聖人は「女人は幼き時は親に従いて心に任せず、人となりては男に従いて心にまかせず、年よりぬれば子に従いて心にまかせず加様に幼き時より老耄に至るまで三人に従て心にまかせず思う事をもいはず見たき事をもみず聴問したき事をもきかず是を三従とは説くなり」(0554-07)とも、また「女人の心をば水に譬えたり、心よわくして水の如くなり、道理と思う事も男のこわき心に値いぬればせかれて・よしなき方へをもむく、又水にゑがくに・とどまらざるが如し、女人は不信を体とするゆへに只今さあるべしと見る事も又しばらくあれば・あらぬさまになるなり」(0946-07)とも仰せになっているのである。
このように、女性の心は、縁に紛動されやすく、環境や他人の心に、自己の人生を左右される傾向が強いことを象徴的に示したものが三従だといえよう。
過去の封建社会では、七去三従などといって、女性は生涯、父母・夫・子に従って生きるべきであるとの道徳律が支配していた。現代社会ではそのように強制されることはまずないが、女性の人生・幸福が、両親や夫、子供に左右される傾向は、現代でもそれほど変わっていない。しかし逆に、女性が男性を左右することもまた事実であり、仏法は、女性の正しい主体性を自覚させることによって真の幸福を実現する法を教えるのである。
大聖人は「やのはしる事は弓のちから・くものゆくことはりうのちから、をとこのしわざはめのちからなり」(0976-01)と、夫の働きは妻の力によって決まると教えられ、また「女人となる事は物に随つて物を随える身なり」(1088-08)と、女性の主体性のあり方を示されている。
そして「此の法華経計りに此の経を持つ女人は一切の女人に・すぎたるのみならず一切の男子に・こえたりとみえて候」(1134-14)と、妙法を持った女人は、男子に超える主体性が確立できることを教えられ、また「かかる御本尊を供養し奉り給ふ女人・現在には幸をまねぎ後生には 此の御本尊左右前後に立ちそひて闇に燈の如く険難の処に強力を得たるが如く」(1244-05)と、御本尊を信ずる女人の幸せを約束されているのである。
このように、妙法を持つ女人のみが、三従の絆を断って我が身が幸せになるのみでなく、父母も、夫も、子供をも幸せにしていけるのである。
ただし、そのための信心にあっては、大聖人が池上兵衛志の女房に対して「此の法門のゆへには設ひ夫に害せらるるとも悔ゆる事なかれ、一同して夫の心をいさめば竜女が跡をつぎ末代悪世の女人の成仏の手本と成り給うべし」(1088-12)と指南されているごとく、強盛な信心を貫くことが肝要であるのはいうまでもないであろう。
0472:07~0472:18 第六章 竜女の即身成仏を明かすtop
| 07 天台大師云く「他経 08 には但菩薩に記して 二乗に記せず但男に記して女に記せず」とて全く 余経には女人の 授記これなしと釈せり、 09 其上釈迦・多宝の二仏・塔中に並坐し給ひし時・文殊・妙法を弘めん為に海中に入り給いて・仏前に帰り参り給いし 10 かば宝浄世界の多宝仏の御弟子・智積菩薩は 竜女成仏を難じて云く「我釈迦如来を見たてまつれば 無量劫に於て 11 難行苦行し功を積み・徳を累ね・菩薩の道を求むること未だ曾つて止息したまわず、 三千大千世界を観るに乃至芥 12 子の如き許りも是れ菩薩の身命を捨てたもう処に非ざること有ること無し、 衆生の為の故なり」等云云、 所謂智 13 積・文殊・再三問答いたし給う間は 八万の菩薩・万二千の声聞等何れも耳をすまして御聴聞計りにて一口の御助言 14 に及ばず、然るに智慧第一の舎利弗・文殊の事をば難ずる事なし 多くの故を以て竜女を難ぜらる・所以に女人は垢 15 穢にして是れ法器に非ずと 小乗権教の意を以て難ぜられ候いしかば 文殊が竜女成仏の有無の現証は今仏前にして 16 見え候べしと仰せられ候いしに、 案にたがはず八歳の竜女蛇身をあらためずして 仏前に参詣し価直三千大千世界 17 と説かれて候・如意宝珠を仏に奉りしに、 仏悦んで是を請取り給いしかば 此の時智積菩薩も舎利弗も不審を開き 18 女人成仏の路をふみわけ候、 されば女人成仏の手本是より起つて候・ 委細は五の巻の経文之を読む可く候、 ―――――― 天台大師は「法華経以外の諸経には、ただ菩薩だけに授記して二乗に授記していない。ただ男子だけに授記して、女人に授記していない」と述べて、まったく余経には女人の授記はないと釈している。そのうえ、釈迦・多宝の二仏が宝塔の中に並坐された時、妙法を弘めるために海中に入られていた文殊菩薩が仏前に帰って来られると宝浄世界の多宝仏の御弟子である智積菩薩は竜女の成仏を非難して「私が我釈迦如来を拝見するには、無量劫のあいだ難行苦行し、功を積み徳をかさね、菩薩の道を求めることを未だかつて止められたことがない。三千大千世界を見ると、芥子ほどの所でさえも、菩薩として修行中の釈尊の命を捨てられた場所でないところはない。すべて衆生のためのゆえである」等といった。 いわゆる智積菩薩と文殊菩薩とが再三問答されている間は、八万の菩薩、一万二千の声聞等はいずれも耳をすまして聴聞するばかりで、一言の助言もされなかった。ところが、智慧第一の舎利弗は、文殊菩薩のことは非難せず、多くの理由をあげて竜女を非難された。その理由に女人はけがれていて法器ではない、と小乗権教の意をもって非難されたところ、文殊菩薩は竜女の成仏の有無の現証は今仏前で見ることができるであろうと仰せられた。すると、案にたがわず八歳の竜女が蛇身を改めないで仏前に参詣し、その価値が三千大千世界に相当すると説かれている如意宝珠を仏に奉ったところ、仏は悦んでこれを受け取られたので、この時、智積菩薩も舎利弗も不審を晴らし、女人成仏の路が開かれたのである。それゆえ、女人成仏の手本はこれから起こったのである。詳しくは法華経第五の巻の提婆達多品第十二を読んでいただきたい。 |
天台大師
(0538~0597)。智者大師の別称。諱は智顗。字は徳安。姓は陳氏。天台山に住んだのでこの名がある。中国南北朝・隋代の人で、天台宗第四祖、または第三祖と称されるが、事実上の開祖である。伝によれば、梁の武帝の大同4年(0538)、荊州に生まれ、梁末の戦乱で一族は離散した。18歳の時、果願寺の法緒のもとで出家し、20歳で具足戒を受け、律を学び、また陳の天嘉元年(0560)北地の難を避け南渡して大蘇山に仮寓していた南岳大師を訪れた。南岳は初めて天台と会った時、「昔日、霊山に同じく法華を聴く。宿縁の追う所、今復来る」と、その邂逅を喜んだという。大蘇山での厳しい修行の末、法華経薬王菩薩本事品第二十三の「其中諸仏、同時讃言、善哉善哉。善男子。是真精進。是名真法供養如来」の句に至って身心豁然、寂として定に入り、法華三昧を感得した。これを大蘇開悟という。後世、薬王品で開悟したことから、薬王菩薩の再誕であるといわれるようになった。その後、大いに法華経の深義を照了し、のち金陵の瓦官寺に住んで大智度論、法華経等を講説した。陳の宣帝の太建7年(0575)、38歳の時に天台山に入り、仏隴峰に住んで修行したが、至徳3年(0585)詔によって再び金陵に出て、大智度論、法華経等を講ずる。禎明元年(0587)法華経を講じたが、これを章安が筆録したのが「法華文句」十巻である。その後、故郷の荊州に帰り、玉泉寺で法華玄義、摩訶止観を講じ、天台三大部を完成する。その間、南三北七の諸師を信伏させ、天台山に帰った翌年の隋の開皇17年(0597)、60歳で没した。著書に法華三大部のほか、五小部と呼ばれる「観音玄義」「観音義疏」「金光明玄義」「金光明文句」「観経疏」がある。
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授記
仏が弟子等に対して、成仏の記別を授けること。記別とは、未来のことを予記分別することで、未来世の成仏に対する仏の印可である。開目抄(0194)に「劫・国・名号と申して二乗成仏の国をさだめ劫をしるし所化の弟子なんどを定めさせ給へば」とあり、劫・国・名号が与えられることである。たとえば授記品で、迦葉に対して劫を大荘厳、国を光徳、名号を光明如来と授記されている。
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多宝
多宝如来のこと。東方宝淨世界に住む仏。法華経の虚空会座に宝塔の中に坐して出現し、釈迦仏の説く法華経が真実であることを証明し、また、宝塔の中に釈尊と並座し、虚空会の儀式の中心となった。
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文殊
文殊師利菩薩のこと。梵語マンジュシュリー(maJjuzrii)の音写で、妙徳・妙首・妙吉祥などと訳す。普賢菩薩と共に迹化の菩薩の上首であり、獅子に乗って釈尊の左脇に侍し、智・慧・証の徳を司る。文殊は、般若を体現する菩薩で、放鉢経には「文殊は仏道中の父母なり」と説かれ、他の諸経にも「菩薩の父母」あるいは「三世の仏母」である等と説かれている。法華経では、序品第一で六瑞が法華経の説かれる瑞相であることを示し、法華経提婆達多品第十二では女人成仏の範を示した竜女を化導している。
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宝浄世界
多宝如来が住む土。宝塔品に「過去に、東方の無量千万億阿僧祇の世界に、国を宝浄と名づく。彼の中に仏有す、号を多宝と曰う」とある。生命論からいうならば、母の胎内である。御義口伝には「其の宝浄世界の仏とは事相の義をば且らく之を置く、証道観心の時は母の胎内是なり故に父母は宝塔造作の番匠なり、宝塔とは我等が五輪・五大なり然るに詑胎の胎を宝浄世界と云う故に出胎する処を涌現と云うなり、凡そ衆生の涌現は地輪より出現するなり故に従地涌出と云うなり、妙法の宝浄世界なれば十界の衆生の胎内は皆是れ宝浄世界なり」(0797一宝塔品)とある。
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智積菩薩
多宝如来に従って法華経の会座にきている。「時に下方の、多宝世尊の所従の菩薩、名を智積と曰う。多宝仏に啓さく、当に本土に還りたもうべし。釈迦牟尼仏、智積に告げて曰わく、善男子、且く須臾を待て。此に菩薩あり、文殊師利と名づく。与に相見るべし。妙法を論説して、本土に還るべし」とある。
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竜女成仏
竜の女身である竜女は、大海の婆竭羅竜王のむすめで八歳であった。文殊師利菩薩が竜宮で法華経を説いたのを聞いて菩提心を起こし、ついで霊鷲山で釈尊の前で即身成仏の現証を顕わした。これを竜女作仏という。法華経が爾前の女人不成仏・改転の成仏を破折している。
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三千大千世界
古代インドの世界観の一つ。倶舎論巻十一、雑阿含経巻十六等によると、日月や須弥山を中心として四大州を含む九山八海、および欲界と色界の初禅天とを合わせて小世界という。この小世界を千倍したものを小千世界、小千世界の千倍を中千世界、中千世界の千倍を大千世界とする。小千、中千、大千の三種の世界からなるので三千世界または三千大千世界という。この一つの三千世界が一仏の教化する範囲とされ、これを一仏国とみなす。
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舎利弗
梵語シャーリプトラ(Śāriputra)の音写。身子・鶖鷺子等と訳す。釈尊の十大弟子の一人。マガダ国王舎城外のバラモンの家に生まれた。小さいときからひじょうに聡明で、8歳のとき、王舎城中の諸学者と議論して負けなかったという。初め六師外道の一人である刪闍耶に師事したが、のち同門の目連とともに釈尊に帰依した。智慧第一と称される。なお、法華経譬喩品第三の文頭には、同方便品第二に説かれた諸法実相の妙理を舎利弗が領解し、踊躍歓喜したことが説かれ、未来に華光如来になるとの記別を受けている。
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垢穢
垢はアカ、穢はよごれるの意。煩悩や悪業によって身心が穢れていること。
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法器
仏法を受け持つことができる素質を持った衆生のこと。
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如意宝珠
意のままに宝物や衣服・食物を取り出すことのできるという宝珠。如意珠・如意宝ともいう。大智度論には仏舎利の変じたものとか竜王の脳中から出たものといい、雑宝蔵経には摩竭の脳中から出たものといい、また帝釈天の持ち物である金剛杵の砕け落ちたものなど諸説がある。摩訶止観巻五上には「如意珠の如きは天上の勝宝なり、状芥粟の如くして大なる功能あり」等とある。兄弟抄には「妙法蓮華経の五字の蔵の中より一念三千の如意宝珠を取り出して三国の一切衆生に普く与へ給へり」(1087-12)、また御義口伝巻上には提婆達多品の有一宝珠を釈し「一とは妙法蓮華経なり宝とは妙法の用なり珠とは妙法の体なり」(0747-01)と仰せになっている。
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本章では、天台大師の釈を挙げて、爾前経には二乗作仏と女人成仏が許されていないことを示し、ついで法華経提婆達多品の文により、女人成仏の実証である竜女の成仏が明かされた条の大旨を示されている。
提婆品の後半で、本抄の最初に引かれた仏の勧信があった後に、多宝如来の所従である智積菩薩が本土に還ることを告げたところ、釈尊はそれを止めて文殊師利菩薩と妙法を論説してからにするようすすめた。そこへ、大海の娑竭羅竜宮から帰った文殊師利菩薩が仏前に現れ、智積の問いに答えて竜宮に往き、妙法華経を宣説して無数の衆生を教化したことを告げる。
智積菩薩の此の経を修行して速やかに仏を得た者がいるかとの問いに、文殊師利菩薩は娑竭羅竜王の八歳の女が刹那の間に菩提に至ったと述べたところ、智積菩薩は疑いを起こして、釈尊でさえも菩薩道を修して難行苦行に励み、衆生のために身命を捨ててはじめて菩提の道を成ずることができたのであり、その女が須臾の間に成仏することなど信じられない、と難じたのである。
そのことばが終わらないうちに、竜女が出現して「菩提を成じたことは唯仏のみが証知されるであろう。我は大乗の教えを闡いて苦の衆生を度脱しよう」と語った。それを聞いた舎利弗は、竜女に向かい――汝が久しからずして無上道を得たということは信じ難い。その理由は女人の身は垢穢であって法器ではないのに、なんで無上菩提を得ることができようか。仏を得るための道は遠くはるかであり、無量劫を経て勤苦し行を積んで後にやっと成ずるのである。また女人の身には五障があり、なんで女の身で速やかに成仏できようか――と疑った。
その時に竜女が、三千大千世界に値する一つの宝珠を仏に奉り、仏がそれを受けられた。竜女は智積菩薩と舎利弗尊者に対し、宝珠を献じたのを仏が納受したことは疾(はや)かったかと問い、はなはだ疾かったと答えると、我が成仏を観よ、それよりも速やかであろう、といって忽然の間に変じて男子と成り、成仏の相を現じた。それを見た智積菩薩と舎利弗、及び一会の大衆は黙って信受したのであった。
以上が提婆品の女人成仏が説かれる後半の要旨であり、本抄はそれにそって述べられているのである。
このように、舎利弗や智積菩薩が竜女の成仏ということに関して疑問を投げかけ信じ難いことだといったのは、法華経の一切衆生皆成仏道の功徳が、仏と仏のみ知る深いものであることをあらわしているのである。その点、文殊師利は智積と同じく菩薩といっても、文殊師利の本地は竜種上如来(※)という仏であるとされ、悟りが深いのである。
しかし、この文殊も、本門の地涌の出現、釈尊の久遠実成の開顕については疑いを出す立場となる。文殊は本地は仏であるといっても迹仏にすぎず、したがって、久遠の仏にははるかに及ばないことをあらわしているのである。
八歳の竜女蛇身をあらためずして……女人成仏の手本是より起つて候
「価直(あたい)三千大千世界と説かれて候・如意宝珠を仏に奉りしに、仏悦んで是を請取り給いしかば此の時智積菩薩も舎利弗も不審を開き」とあるように、竜女が三千大千世界に匹敵する価値のある一つの宝珠を仏に奉り、仏がこれを直ちに受け取ったことには深い意味がある。
天台大師は「一には珠を献じて円解を得るを表す……二には正しく因円果満を示す」と釈しており、さらに大聖人は「一宝珠」とあることについて「一とは妙法蓮華経なり宝とは妙法の用なり珠とは妙法の体なり……一念三千を所表して竜女宝珠を奉るなり、釈に表得円解と云うは一念三千なり……甚疾とは頓極・頓速・頓証の法門なり即為疾得無上仏道なり」(0747-第八有一宝珠の事-03)とその深義を明かされている。すなわち、如意宝珠を仏に奉り仏が納授したこと自体が、すでに竜女が我が身に十界互具・一念三千を自得し、仏果を証得していたことを示しているのである。
提婆品には、竜女が忽然の間に変じて男子と成り、南方無垢世界に往き、三十二相・八十種好をそなえて一切衆生のために妙法を演説したとある。竜女は、竜という畜生の身のままで成仏の姿を現じたのであるが、「男子と成って」とあるから〝即身〟ではないのではないか、という疑問が生じる。しかし、前にも述べたように、仏法では男女の違いを生命の境涯の根本的な差別とは捉えていないのであり、あくまでも畜生の身のままで成仏したところに即身成仏の意義があるのである。
ではなぜ「変成男子」と断わる必要があったというと、当時のインドの歴史的・社会的背景から、女性には五障があるとして仏には絶対になれないとする考え方が強くあった。それを納得させるために「男子と成って」と断わらざるをえなかったとも考えられる。
また、それ以前の女身であったときの竜女は、文殊師利菩薩の教えを純真に信受するのみだったのが、法華経の会座に列なって、この妙法をもって苦悩の衆生を救わんとの自覚に立ち「我れは大乗の教を闡いて 苦の衆生を度脱せん」と仏に誓い、「等正覚を成じ……普く十方の一切衆生の為めに、妙法を演説する」姿を一会の大衆に示しているのである。このことは、ただ教えのままに従うのみではなく、主体的な決意と自覚に立って、苦悩にあえぐ人々を救う実践に踏みだすという信仰の姿勢の根本的な転換を、変成男子という姿によって表したものと考えることもできる。
大聖人が「変成男子とは竜女も本地南無妙法蓮華経なり其の意経文に分明なり」(0747-第八有一宝珠の事-09)と仰せになり、また「末法にして妙法蓮華経の五字を弘めん者は男女はきらふべからず、皆地涌の菩薩の出現に非ずんば唱へがたき題目なり」(1360-08)といわれているのも、妙法を信じ弘める男女には全く差別がないことを示されているのである。
日寛上人は、当体義抄文段の中で「当体蓮華に即ち二義あり。一には、十界三千の妙法の当体を直ちに蓮華と名づく、故に当体蓮華というなり、……二には、一切衆生の胸間の八葉を蓮華と名づけ、これを当体蓮華という。……然るにこの胸の間の八葉の蓮華は、男子は仰ぐなり、女人は伏するなり。然るに女人あって、この妙法を信受すれば、彼の胸間の八葉は即ち仰ぎ、全く男子と同じきなり、故に当流の女人は、外面はこれ女人なりと雖も、内心は即ちこれ男子なり、涅槃経の第九巻四十に『仏性を見る者は是れ女人なりと雖も、亦男子と名づく』と説きたまうはこれなり。若し権経・権門の女人は、これ女人なりと雖も、またこれ夜叉なり」と述べられている。
このように、縁に紛動されやすく、また、自己や家庭など目が内に向きがちな女性も、御本尊を信受して我が人生に強い主体性をもって立ち向かい、自己の変革と一家の幸福を願うとともに、広く社会に目を向けて、不幸な人々を救うという使命の自覚に立ち、正法流布に励むとき、そこには全く男子と変わらない自在の人生、遊楽の境涯が開けゆくのである。
0472:18~0473:07 第七章 一切の女人の成仏を説くtop
| 18 伝 0473 01 教大師の秀句に云く「能化の竜女歴劫の行無く 所化の衆生も歴劫の行無し能化所化倶に歴劫無し妙法経力・ 即身 02 成仏す」天台の疏に云く「智積は別教に執して疑いを為し 竜女は円を明して疑いを釈く 身子は三蔵の権を挾んで 03 難ず竜女は一実を以て疑いを除く」 海竜王経に云く「竜女作仏し 国土を光明国と号し名をば無垢証如来と号す」 04 云云、法華已前の諸経の如きは縦い人中・天上の女人なりといふとも 成仏の思絶たるべし、 然るに竜女・畜生道 05 の衆生として戒緩の姿を改めずして 即身成仏せし事は不思議なり、 是を始として釈尊の姨母・摩訶波闍波提比丘 06 尼等・勧持品にして 一切衆生喜見如来と授記を被り・羅喉羅の母・耶輸陀羅女も眷属の比丘尼と共に具足千万光相 07 如来と成り、鬼道の女人たる十羅刹女も成仏す、 然れば尚殊に女性の御信仰あるべき御経にて候、 -----― 伝教大師の法華秀句には「能化の竜女は歴劫の修行をすることなく、所化の衆生もまた歴劫の修行をしていない。能化所化もともに歴劫修行をしていない。妙法の経力によって即身成仏したのである」とある。天台大師の法華文句には「智積菩薩は別教に執着して疑いを起こし。竜女は円教を明かして疑いを解いた。舎利弗は三蔵の権教の教えをさしはさんで難詰し、竜女は一実乗の教えをもって疑難を除いた」とある。また海竜王経には、「竜女は仏となり、国土を光明国といい、名を無垢証如来という」とある。 法華経以前の諸経などでは、たとえ人界・天上界の女人であるといっても、成仏の思いは絶たれているはずである。それなのに、竜女が畜生界の衆生として、戒律を守らなかった報いとしての姿を改めないで、即身成仏したということは不思議である。これを始めとして、釈尊のおば・摩訶波闍波提比丘尼等は、法華経勧持品第十三で一切衆生喜見如来の授記を受け、羅睺羅の母・耶輸陀羅女も眷属の比丘尼とともに具足千万光相如来となり、餓鬼道の女人である十羅刹女も成仏したのである。そうであるのなら、なおさらに法華経は女性の信仰すべき御経である。 |
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伝教大師
(0767~0822)。日本天台宗の開祖。諱は最澄。伝教大師は諡号。通称は根本大師・山家大師ともいう。俗名は三津首広野。父は三津首百枝。先祖は後漢の孝献帝の子孫、登萬貴で、応神天皇の時代に日本に帰化した。神護景雲元年(0767)近江(滋賀県)に生まれ、幼時より聡明で、12歳のとき近江国分寺の行表のもとに出家、延暦4年(0785)東大寺で具足戒を受けたが、まもなく比叡山に草庵を結んで諸経論を究めた。延暦23年(0804)、天台法華宗還学生として義真を連れて入唐し、道邃・行満等について天台の奥義を学び、翌年帰国して延暦25年(0806)日本天台宗を開いた。旧仏教界の反対のなかで、新たな大乗戒を設立する努力を続け、没後、大乗戒壇が建立されて実を結んだ。著書に「法華秀句」3巻、「顕戒論」3巻、「守護国界章」9巻、「山家学生式」等がある。
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能化・所化
能化とは能く他を化導・教化する人。所化とは化導・教化を受ける人。すなわち師匠を能化といい、弟子を所化という。仏を能化といい、総じて一切衆生を所化ともいう。
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歴劫の行
歴劫修行の略。爾前の諸経の菩薩・二乗が無量劫にわたって修行すること。小乗の菩薩は三僧祇、通教の菩薩は動踰塵劫、別教の菩薩は多倶低劫などと修行の時節を定め、初発心から得道までの長い期間にわたって菩薩道を行じていくこ。
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疏
障なく通ずること。そこから、経典などの文義の筋道を明確にし、わかりやすく説き分けること。また、その書をいう。
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別教
菩薩だけを対象として、歴劫修行によって段階的にさとりを得ていくことを説いた教え。天台大師の立てた化法の四教の一つ。蔵・通の二教とも異なり、円教とも別なので別教という。
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円
まどかのことで完璧な教え。法華経のこと。
―――
身子
舎利弗のことで梵語(Śāriputra)。訳して身子という。バラモンの出身で、小さい時から頭がよく、8歳のとき、王舎城中の諸学者と論議して負けなかったという。目連とともに外道を学び、多くの弟子を持っていたが、釈尊が成道して間もなく弟子となり、声聞階級の代表であった。250人をひきいて鹿野苑の会座に参加し、また阿弥陀経等でも対告衆となったが成仏せず、法華経方便品の対告衆となり開三顕一の説法を聞いて開悟し、譬喩品で華光如来の記別を与えられた。
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三蔵の権
①仏教聖典を三つに分類した経論・律論・論蔵のこと。②三蔵に通達している法師のこと。③仏典の翻訳者のこと。④声聞蔵・縁覚蔵・菩薩蔵のこと。これは、法華経に導入するために権に説いた爾前諸教の教えである。
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一は純一無雑・唯一無二の意で、実はまこと・真実の意。①一仏乗・真実義を説く経のこと。法華円教をさす。法華経のみが真実の法である故に「一実」という。②真如と同意。平等無差別の実相をあらわす。
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海竜王経
四巻。中国・西晋の竺法護訳。仏説海竜王経という。仏が海竜王のために大乗の深義を説き、竜王女・阿修羅などに成仏の記別を与えている。
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戒緩の姿
戒律を持つことが緩慢であるゆえに受ける果報の姿。戒緩は戒急に対する語で、戒律を厳守しないこと。持戒が怠慢であれば、その業果として地獄・餓鬼・畜生の三悪道に堕ちるという。摩訶止観巻四上にある。
―――
即身成仏
凡夫が凡夫そのままの姿で成仏すること。法華経で説かれた法門である。爾前経では凡身を断ち、煩悩を断ってからでなくては成仏できぬとされ、悪人や女人は成仏できぬとされたが、法華経にきて提婆達多と竜女が即身成仏の現証を示したのである。この元意は法華経の根底に秘沈された文底の妙法・久遠元初の妙法を信じたがゆえの成仏であり、その妙法の本体は南無妙法蓮華経の当体、御本尊であり、題目を唱えることにより即身成仏するのである。凡夫即極・直達正観に通じる。
―――
摩訶波闍波提
梵語マハー・プラジャーパティー(Mahā-prajāpatī)の音写。釈尊の姨母で乳母を務めた。中インドの迦毘羅衛国の城主。浄飯王の婦人、麻耶の姉妹。憍曇弥ともいった。浄飯王の死を悲しんで出家し、法華経勧持品で一切衆生喜見如来の記別を受けた。
―――
羅喉羅
梵語ラーフラ(Rāhula)の音写。障月、執日と訳す。釈尊の出家以前の子。母は耶輸陀羅女(Yaśodharā)である。釈尊の十大弟子の一人。密行第一とされる。舎利弗について修行し、よく二百五十戒を持ち密行を行なった。法華経授学無学人記品第九において、蹈七宝華如来の記別を受けた。
―――
耶輸多羅女
耶輸大臣の女である。悉達太子の正妃で、羅睺羅の母。釈尊が成道して12年目に、迦毘羅衛国に帰ってきたとき、釈尊より化導され、比丘尼となった。
―――
十羅刹女
鬼子母神の十人の娘。羅刹女は梵語ラークシャシー(Rākṣasi)の音写で、悪鬼と訳す。法華経陀羅尼品第二十六において法華経の行者を誓っている。十人の名は、藍婆・毘藍婆・曲歯・華歯・黒歯・多髪・無厭足・持瓔珞・皐諦・奪一切衆生精気である。
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本章は、伝教大師の法華秀句の文証を挙げて、能化の竜女と所化の衆生の即身成仏を明かし、さらに天台大師の法華文句と海竜王経の文を引いて、竜女の成仏が疑いないことを示し、法華経こそ、一切の女人の成仏を説き明かした経であり女性が信仰すべき経であると勧められている。
伝教大師の法華秀句の文は、提婆品の次下に、竜女が即身成仏して妙法を説いたところ、娑婆世界の菩薩・声聞・天竜八部・人非人等がその姿を見て大いに歓喜し、無量の衆生が法を聞いて解悟し、不退転の位を得、成仏の記を受けることができた、とある文を釈したものである。
これは、竜女が自ら成仏したのみでなく、法を説いて化導した衆生もまた妙法の功力によって即身成仏したことを示している。
天台大師の法華文句では、智積菩薩は菩薩の修行は無量劫の間身命を捨てる難行苦行をして、五十二位を次第に昇進して菩提を得るという別教の立場に執着して竜女の即身成仏を疑い、舎利弗は小乗教の立場から女人は宝器でなく五障の身ではないかと竜女の成仏を信じ難いとしているのであり、竜女はそれを皆成仏道の円教であり一仏乗を明かす法華経の実義を事実の姿で示して「智積菩薩、及び舎利弗、一切の衆会は、黙然として信受す」とあるように、疑いを晴らして信受させたことを明かしている。
法華已前の諸経の如きは……戒緩の姿を改めずして即身成仏せし事は不思議なり
爾前経では、たとえ天界や人界の女人であっても成仏を許していないのである。ところが竜女が畜生界のままで即身成仏したことは、法華経の不思議な経力によるという以外にない。
「戒緩の姿」というのは、爾前の諸経で五戒・十善戒等の戒律を守らず破る者は三悪道に生ずると説かれているところから、竜女が畜生界に生じたことをいっている。
大聖人は「霊山会上にして即身成仏せし竜女は、小乗経には五障の雲厚く、三従のきづな強しと嫌はれ、四十余年の諸大乗経には或は歴劫修行にたへずと捨てられ、或は『初発心の時便ち正覚を成ず』の言も有名無実なりしかば、女人成仏もゆるさざりしに、設い人間天上の女人なりとも成仏の道には望なかりしに、竜畜下賤の身たるに、女人とだに生れ、年さへいまだたけず、わづかに八歳なりき。かたがた思ひもよらざりしに、文殊の教化によりて海中にして法師・提婆の中間、わづかに宝塔品を説かれし時刻に、仏になりたりし事はありがたき事なり。一代超過の法華経の御力(にあらずばいかでかかくは候べき。されば妙楽は『行は浅く功は深し、以て経力を顕す』とこそ書かせ給へ」(1348-03)と述べられている。
畜身の竜女が成仏したことをはじめとして、提婆品に次ぐ勧持品第十三に至ると、釈尊のおばである摩訶波闍波提比丘尼や出家前の妃だった耶輸陀羅女も記別を受けることができ、竜女である十羅刹女も法華経を受持して成仏への道が開かれている。まさに竜女の成仏は「女人成仏の路をふみわけ」た「女人成仏の手本」だったのである。
そして、このように女人成仏の道を開いた法華経こそ、「尚殊(に女性の御信仰あるべき御経」なのである。
0473:07~0473:13 第八章 講経の功力を述べるtop
| 07 抑此の経の一 08 文一句を読み一字一点を書く 尚出離生死・証大菩提の因なり、然れば彼の字に結縁せし者・尚炎魔の庁より帰され 09 六十四字を書し人は其の父を天上へ送る、 何に況や阿鼻の依正は極聖の自心に処し 地獄・天宮皆是れ果地の如来 10 なり、毘盧の身土は凡下の一念を逾ず遮那の覚体も 衆生の迷妄を出でず 妙文は霊山浄土に増し六万九千の露点は 11 紫磨金の輝光を副え給うべし、 殊に過去聖霊は御存生の時より御信心他に異なる御事なりしかば 今日講経の功力 12 に依つて仏前に生を受け仏果菩提の勝因に登り給うべし云云、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経。 -----― さて、この経の一文一句を読み、一字一点を書くことでさえ、なお生死の苦しみを離れ、無上のさとりを証得する因である。それゆえ法華経の文字に結縁した者はなお閻魔の庁から帰され、題号の六十四文字を書いた人は、その父を天上界へ送っている。ましてや阿鼻地獄の依報・正報は極聖の心のなかにあり、地獄や天人の宮殿は皆極果の仏のうちにある。毘盧遮那仏の身土は凡愚下劣の衆生の一念の外にはなく、遮那仏の覚りの本体も衆生の迷妄を離れてあるのではない。法華経の妙文は霊山浄土に光を増し、六万九千の文字は紫磨金の輝きをそなえるであろう。 ことに故聖霊は、御存命の時から、信心が他に異なって深かったので、今日講経の功力によって仏前に生を受け、仏のさとりの勝れた因を得られることであろう。南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経。 |
阿鼻の依正は極聖の自心に処し
阿鼻地獄の依報(国土)、正報(衆生)は、極聖すなわち聖位の究極である妙覚(仏)の生命の中にあるとの意。仏界所具の九界を示す。妙楽大師の金剛錍に「阿鼻の依正は全く極聖の自心に処し、毘盧の身土は凡下の一念を逾ず」とある。
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地獄・天宮皆是れ果地の如来なり
果地の如来とは因位の修行をして得た仏の位・境界のこと。地獄界も天界も、ことごとく仏の生命に具わっているとの意。仏界所具の九界を示している。
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毘盧の身土は凡下の一念を逾ず
毘盧遮那仏の身とその仏国土は、凡下の衆生の一念を離れて存在するものではない、との意。仏界は九界のなかに備わっているという九界即仏界を表している。
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遮那の覚体も衆生の迷妄を出でず
毘盧遮那の覚りの体性も衆生の迷妄の外にあるのではないとの意。九界所具の仏界を表す。
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六万九千の露点
六万九千は法華経一部八巻二十八本の総字数のこと。訳本や数え方などの違いによって多少の差異はあるが、一般には六万九千三百八十四字とされている。露点とは文字の筆勢を露の垂れた様に譬えたものであろう。
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紫磨金
紫色を帯びた最上の黄金のこと。紫金、紫磨黄金ともいう。 仏の身体は紫磨金色であるという。観普賢菩薩行法経には「一一の分身の仏身は、紫金の色なり」とある。
―――
講経
経を講ずること。経文の意味を説き明かすこと。
―――――――――
本抄の最後に、法華経の偉大な功力について、一文一句を読誦し、一字一点を書写することさえ仏道を成就する因縁となることを明かし、九界即仏界・仏界即九界と十界互具の義を述べて、故人もまた存生の時の強盛な信心と今日の法華経講経の功力によってかならず仏界に至るであろうと結論されている。
はじめの「此の経の一文一句を読み一字一点を書く尚出離生死・証大菩提の因なり」とあるのは、法華経法師品第十に「仏の前に於いて、妙法華経の一偈一句を聞いて、乃至一念も随喜せば、我れは皆な与めに当に阿耨多羅三藐三菩提を得べし……若し復た人有って妙法華経の乃至一偈を受持・読誦・解説・書写し、此の経巻に於いて敬い視ること仏の如くにして……供養し、乃至合掌恭敬せば……是の諸人等は未来世に於いて必ず作仏することを得ん」とあることによったものであろう。
そのあとに引かれた事例は「彼の字に結縁せし者・尚炎魔の庁より帰され」については不明であるが「六十四字」云々は法華伝記にある鳥竜・遺竜の故事である。無間地獄の大苦悩に沈む鳥竜の前に現れたのは「法華経の始の妙の一字・無間地獄のかなへの上に飛び来つて変じて金色の釈迦仏となる、此の仏三十二相を具し面貌満月の如し、大音声を出して説て云く『仮令法界に遍く善を断ちたる諸の衆生も一たび法華経を聞かば決定して菩提を成ぜん』云云、此の文字の中より大雨降りて無間地獄の炎をけす閻魔王は冠をかたぶけて敬ひ獄卒は杖をすてて立てり……又法の一字来れり前の如し又蓮・又華・又経・此くの如し六十四字来つて六十四仏となりぬ……是は無間地獄にある烏竜が子の遺竜が書ける法華経八巻の題目の八八・六十四の文字なり」と述べられているように、子の遺竜が書写した法華経の題目六十四文字であり、その功徳で父の烏竜は地獄の苦を脱れて天界へ生ずることができたとある。
大聖人は「是は書写の功徳なり、五種法師の中には書写は最下の功徳なり、何に況や読誦なんど申すは無量無辺の功徳なり……毎朝読誦せらるる自我偈の功徳は唯仏与仏・乃能究尽なるべし」(1049-14)と仰せになって、曾谷法蓮の自我偈の読誦をほめられているのである。
ただし、末法にあっては「末代初心の行者何物をか制止するや、答えて曰く檀戒等の五度を制止して一向に南無妙法蓮華経と称せしむるを一念信解初随喜の気分と為すなり是れ則ち此の経の本意なり……直専持此経と云うは一経に亘るに非ず専ら題目を持つて余文を雑えず尚一経の読誦だも許さず何に況や五度をや」(0340-09)と述べられ、また「釈尊の因行果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す我等此の五字を受持すれば自然に彼の因果の功徳を譲り与え給う」(0246-15)
とあるように、御本尊を受持し南無妙法蓮華経と唱える一つの行によって成仏できるのであって、法華経を書写することはもちろん、一経を読誦すること等の行は無用なのである。ただし、方便・寿量の両品の読誦は、題目の功徳を助顕するための助行として行うのである。
阿鼻の依正は極聖の自心に処し……遮那の覚体も衆生の迷妄を出でず
この文は妙楽大師の金剛錍(こんごうぺい)にあり、十界互具・一念三千の法理にもとづいて、地獄の衆生も国土も仏の生命の中に存在し、逆に仏の悟りの生命もまた凡夫の一念の外にあるものではないことを明かしている。
そのことを大聖人は「法華経已前の諸経は十界互具を明さざれば仏に成らんと願うには必ず九界を厭う九界を仏界に具せざるが故なり、されば必ず悪を滅し煩悩を断じて仏には成ると談ず凡夫の身を仏に具すと云わざるが故に、されば人天悪人の身を失いて仏に成ると申す(中略)されば爾前の経の人人は仏の九界の形を現ずるをば但仏の不思議の神変と思ひ仏の身に九界が本よりありて現ずるとは言わず(中略)煩悩を断じ九界を厭うて仏に成らんと願うは実には九界を離れたる仏無き故に往生したる実の凡夫も無し」(0403-09)と述べられて、「今の法華経は自力も定めて自力にあらず十界の一切衆生を具する自なる故に我が身に本より自の仏界・一切衆生の他の仏界・我が身に具せり、されば今仏に成るに新仏にあらず」(0403-06)と、十界互具を説かない爾前経に成仏の実義はなく、法華経によってはじめて凡夫の我が身にも本より仏界が具わっていることが明かされ、それを顕現することによって成仏が可能になることが明かされている。
この十界互具・一念三千の法理によってはじめて、凡夫がそのまま仏になれるのであり、大聖人が「末代の凡夫出生して法華経を信ずるは人界に仏界を具足する故なり」(0241-15)と仰せになり、また日寛上人が「法華経を信ずる心強きを名づけて仏界と為す」と述べられているように、末法の衆生も御本尊を信ずる一念強きところに仏界を顕現して成仏の境界を開くことができるのである。
また、大聖人はこの金剛錍の文を、諸法実相抄で「下地獄より上仏界までの十界の依正の当体・悉く一法ものこさず妙法蓮華経のすがたなり……依報あるならば必ず正報住すべし」(1358-01)との法理を示す釈義として引かれており、十界の依報も正報も、森羅万象がことごとく妙法の当体であることを明かしている文とされている。
そのように、法華経の功力は、女人成仏のみならず、一切衆生の成仏の道を開いたのであり、その法華経への信心が他と異なって強盛だった故人が、その功徳に加えて今日講経の功力によってかならず成仏されるであろうと、強く励まされ、本抄をいただいた、たぶん女人であろうと思われる施主に、いっそうの信心を促されて本抄を結ばれている。この講経は願いによって提婆達多品だったとも推察され、本抄はその趣旨をしたためられたものとも思われるのである。
0474~0500 聖愚問答抄top
はじめにtop
本章は愚人と聖人との問答形式からなり、上下二巻に分かれている。内容からすれば、大きく前段と後段の二段に分かれる。
上巻には、前段と後段の一部が含まれ、下巻に後段の残り部分が述べられている。
まず、前段では、律僧・専修念仏の居士・真言の行者・禅の修行者が次々と愚人を訪れ、前の宗派を批判し、自宗に対する信仰を勧める。後段に入って、愚人は諸宗の真偽に迷い、求道の旅に出て法華受持のまことの聖人に会う。
本抄の題名は、正しくこれ以後の愚人と聖人との問答によって付けられている。聖人は諸宗をさして、みな悪道に堕ちる業因になるとさとし、ただ法華経のみが釈尊の出世の本懐であり、真実の経典であることを示して、浄土宗と真言宗を破折する。ここまでが上巻に含まれている。
下巻では、禅宗を破折しており、次いで法華経こそ衆生成仏の直道であると示される聖人のことばに、愚人が次第に転迷開悟し、妙法五字に一切の功徳を含む題目修行の正しい所以と、謗法破折の意義を領解し、妙法に帰依していく次第を述べられている。
本抄は佐渡以前の御書と考えられているように、慨して題目の弘通について述べられるにとどまり、題目の実体である末法出現の御本尊の実義までは顕されていない。
ただ付嘱の要法については「所謂諸仏の誠諦得道の最要は只是れ妙法蓮華経の五字なり、檀の宝位を退き竜女が蛇身を改めしも只此の五字の致す所なり、夫れ以れば今の経は受持の多少をば一偈一句と宣べ修行の時刻をば一念随喜と定めたり、凡そ八万法蔵の広きも一部八巻の多きも只是の五字を説かんためなり、霊山の雲の上・鷲峯の霞の中に釈尊要を結び地涌付属を得ることありしも法体は何事ぞ只此の要法に在り」と述べられ、所弘の妙法とは結要付属の大法であることが示されている。
この御文は、末だ佐前ではあるが、日蓮大聖人所持の大法門、玄宗の極地をわずかにのぞかせたものと拝することができる。
さて、本抄でいう愚人とは、日ごろ外典を学び、風月に心を寄せる、仏教に無知な凡夫をさしている。聖人とは、一応諸宗の人を含めるようであるが、彼らはつぎつぎとその邪智謗法が明らかにされて、聖人としての資格を失っていく。
ゆえに、ただひとり法華受持の聖人こそ、まことの聖人であり、日蓮大聖人御自身をさされている。
この愚人に代表されるように、正しい仏教を求めて得られずに帰依すべきところを見失い、生死の苦界に迷いゆく人々は今日なお少なくない。
この生死に迷う愚人に対して、仏教を従浅至深、浅いところから深きへと説かれ、次第に誘引し、法華一乗という仏教の究極の法理にまで導いていく本抄の御教示は、そのまま、われわれの折伏・弘教の指南となり、また根本精神として学まなければならないところである。
御述作の年次は記されていないが、文永2年(1265)、文永4年(1267)、文永5年(1268)、また佐後の弘安4年(1281)説があるが、文面からして、まず台密の破折を欠き、本迹・種脱相対が示されていない関係上、弘安4年(1281)説は考え難いのではないか。
また、本文中に「極楽寺の良観上人」の語句があるが、良観が鎌倉にきたのは建長4年(1251)であり、極楽寺に住したのは文永4年(1267)8月であり、ゆえに文永2年(1265)にはまだ極楽寺良観といわれていないはずであり、御書全集では文永2年(1265)としているが、この説も消えてしまう。
文永5年(1268)10月11日にしたためたれた十一通御書の「極楽寺良観への御状」の末尾に「極楽寺長老良観聖人御所」とあり、これらのことから、本抄の御述作は文永5年(1268)としておくが、文永4年(1267)を否定する根拠はない。
対告衆についても不明であるが、本抄の中で、愚人自らが身分を明かし「我は弓箭に携り兵杖をむねとし末だ仏法の真味を知らず」とあるので、武士に与えられた御書と考えられる。
なお、本抄には御真筆がなく、全文がことごとく美文調でしたためられ、その文体が大聖人の常の御書と違い、内容的にも多少の問題があるとして、古来、偽書とする説がある。また日持が書き、大聖人が印可されたものとする説もある。
しかし、他の御書を参照にすれば明らかなとおり、大聖人は和漢のさまざざまな古典に通暁し、難易・情理・硬軟など機縁によって文章を使い分けておられるから、文体が優美であるからというだけで偽書ときめつけることはできない。
しかも、日持は建長5年(1250)に誕生し、文永7年(1270)日興上人に従って帰依しているから、本抄の御述作年代に差異が生じる。本抄を偽書とする疑難には正当な根拠はないのである。
0474:01~0474:12 第一章 執筆の所以を示すtop
| 0474 聖愚問答抄上 文永二年 四十四歳御作 01 夫れ生を受けしより死を免れざる理りは 賢き御門より卑き民に至るまで人ごとに是を知るといへども実に是を 02 大事とし是を歎く者千万人に一人も有がたし、 無常の現起するを見ては疎きをば恐れ 親きをば歎くといへども先 03 立つははかなく留るはかしこきやうに思いて 昨日は彼のわざ今日は此の事とて 徒らに世間の五慾にほだされて白 04 駒のかげ過ぎやすく 羊の歩み近づく事をしらずして空しく衣食の獄につながれ 徒らに名利の穴にをち三途の旧里 05 に帰り六道のちまたに輪回せん事心有らん人誰か歎かざらん誰か悲しまざらん。 -----― およそ生を受けた時から、死を免れないという道理は、尊い御門から卑しい民に至るまで、人はだれで知っているけれども、まことにこれを大事とし、これを嘆く者は千万人に一人もいないのである。無常の死の現れ起こるのを見てはじめて、今まで仏道に疎遠であったことを恐れ、世事にもみ親近していたことを嘆くけれども先立った者はははかなく留ったものがすぐれているように思って、昨日はあの事、今日はこの事といって、徒らに世間の欲望に縛られ、白馬の影が壁の隙間の向こうを一瞬によぎざるように歳月の過ぎるのは速く、屠所に引かれる羊の歩みのような自分の運命を知らないで、空しく衣食の牢獄につながれ、徒らに名利の穴にをち、三途の古里に帰り、生きては六道のちまたに輪回するであろう事、心ある人ならば誰か嘆かないでいられよう、誰か悲しまないでいられよう。 -----― 06 鳴呼・老少不定は娑婆の習ひ会者定離は浮世のことはりなれば 始めて驚くべきにあらねども正嘉の初め世を早 07 うせし人のありさまを見るに 或は幼き子をふりすて或は老いたる親を留めをき、 いまだ壮年の齢にて黄泉の旅に 08 趣く心の中さこそ悲しかるらめ 行くもかなしみ留るもかなしむ、 彼楚王が神女に伴いし情を一片の朝の雲に残し 09 劉氏が仙客に値し思いを七世の後胤に慰む 予か如き者底に縁つて愁いを休めん、 かかる山左のいやしき心なれば 10 身には思のなかれかしと云いけん 人の古事さへ思い出でられて末の代のわすれがたみにもとて 難波のもしほ草を 11 かきあつめ水くきのあとを形の如くしるしをくなり。 -----― ああ、老少不定は娑婆の習い、会者定離は浮世の道理であるから、今はじめて驚くべきではないけれども、正嘉の初めの災害で世を早く去った人の有り様を見ると、あるいは幼い子をふりすて、あるいは年老いた親を後にとどめ置き、また壮年の年齢で黄泉の旅に趣く心のなかは、さぞかし悲しかったであろう。行く人も悲しみ、とどまる人も悲しむ。かの楚王が巫山の神女と交わった情を一片の朝の雲に残し、劉氏が仙客と契った思いを七世の子孫を見て慰めとした。しかし私のような者は何によって愁いを休めよう。「こうした木こりのような卑しい心の者だから、身には愁いの添わぬように」と歌った古人のことさえ思い出されて、末代の人の忘れがたみにもと、難波の藻塩をかき集め、筆の跡の形ばかりしるしおくのである。 |
五慾
五欲の旧字体。五根が五塵の境に対して起こす欲望である。すなわち色欲・声欲・香欲・味欲・触欲のこと。
―――
三途
死者が行くべき三つの場所。猛火に焼かれる火途、刀剣・杖で強迫される刀途、互いに食い合う血途の三つで、それぞれ地獄道・畜生道・餓鬼道にあてる。三悪道。三悪趣。
―――
六道
十界のうち、前の地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天を六道という。
―――
会者定離
会うものは必ず離別するとの意。
―――
黄泉
死者の行くところ。
―――――――――
本章は、聖愚問答抄一編の序分にあたり、本抄を執筆される所以が明かされている。いわば、通序とも言うべき性質のものである。
さて、人生の無常なる現実を種々の観点から説かれている。人間は死すべき存在であり、生死流転はだれ人も迷えない。
ゆえに、生死の問題こそ人生の一大事であるにもかかわらず、自己の死を目前にしなければ、愚人はこの問題に取り組もうとはしない。たとえ道理はわかっていても、日々の出来事に埋没し、快楽や名聞名利にとらわれて空しく一生を終え、三悪道・六道の巷を輪廻していく。
だが、日蓮大聖人が、このように無常の姿を説かれるのは、たんに無常を嘆き、また、世事のはかない楽しみで憂いをなぐさめるためではない。
人生は無常であり、死を逃らないゆえにこそ、真実の仏法によって生死の問題を解決し、未来永劫の常楽我浄の人生を築きゆくべきことを教示されるのである。無常の姿を強調されるのは、常住なる人生、境界を開きゆく真実の仏法を求めるべきことを説かれる伏線になっている。
ゆえに日蓮大聖人は、無常の具体的姿として、正嘉の初めの世相を記した後、本抄述作の所以を、次のように明かされるのである。
すなわち、自分は山がつのような賤しい身ではあるが、未来のために、この書を記しおくといわれる。ここに、未来の一切衆生が、真実の仏法によって、憂いのない人生、現世安穏・後生善処の境界を確立するようにとの、日蓮大聖人の大慈悲がうかがわれる。
この書は、愚人の三悪道、六道輪廻の苦しみを救い、常寂光土へと導くために書かれたものである。
正嘉の初め世を早うせし人のありさまを見るに
我が国の平安時代末期から鎌倉時代初期にかけては、天変地夭が打ち続き、既成宗教の堕落、間断ない戦乱と相まって、闇黒の世相を出現し、人心の不安は極限に達した。とくに正嘉元年(1275)には前代に超過する大地震が起こり、またその後も数年にわたって大飢饉、疫病等の災難が続いたため、民衆は苦悩のどん底に陥った。文永5年(1268)に書かれた安国論御勘由来の一節にも「正嘉元年太歳丁巳八月廿三日戌亥の時前代に超え大に地振す、同二年戊午八月一日大風・同三年己未大飢饉・正元元年己未大疫病同二年庚申四季に亘つて大疫已まず万民既に大半に超えて死を招き了んぬ」(0033-01)と記されている。死ぬ人が大半に及んだことは、悲惨の限りである。
かくして、人々は否応なしに現世の無常を眼前に、悲しみのどん底につきおとされた。日ごろ五欲に支配され、快楽に執着していた人々の中にも、死に対する関心を深めざるをえなくなり、この無常なる人生の苦しみから出離したいと、信仰を求める気持ちが強まりつつあったであろう。本抄の愚人もまた、切実に世の無常を感じ、暗黒の中に光明を求めて諸宗を遍歴することになるのである。
0474:12~0475:05 第二章 出離生死の法を求むtop
| 12 悲しいかな痛しいかな我等無始より已来無明の酒に酔て六道・四生に輪回して或時は焦熱・大焦熱の炎にむせび 13 或時は紅蓮・大紅蓮の氷にとぢられ或時は餓鬼・飢渇の悲みに値いて 五百生の間飲食の名をも聞かず、 或時は畜 14 生・残害の苦みをうけて小さきは大きなるに・のまれ短きは長きに・まかる是を残害の苦と云う、或時は修羅・闘諍 15 の苦をうけ或時は人間に生れて八苦をうく生.老・病・死・愛別離苦.怨憎会苦・求不得苦・五盛陰苦等なり或時は天 0475 01 上に生れて五衰をうく、 此くの如く三界の間を車輪のごとく回り 父子の中にも親の親たる子の子たる事をさとら 02 ず夫婦の会遇るも会遇たる事をしらず、 迷へる事は羊目に等しく暗き事は 狼眼に同し、我を生たる母の由来をも 03 しらず生を受けたる我が身も死の終りをしらず、 嗚呼受け難き人界の生をうけ 値い難き如来の聖教に値い奉れり 04 一眼の亀の浮木の穴にあへるがごとし、 今度若し生死のきづなをきらず三界の篭樊を出でざらん事 かなしかるべ 05 し・かなしかるべし。 -----― なんと悲しく、また痛ましいことか。我等は無始以来、根本の煩悩の酒に酔って六道・四生に輪回して、ある時は焦熱・大焦熱地獄の炎にむせび、ある時は紅蓮・大紅蓮の氷にとじこめられ、ある時は餓鬼道の飢渇の悲みにあって、五百生の長い間、飲食の名をも聞くことができない。ある時は畜生道の、残害の苦しみをうけて、小さいものには大きなものに呑まれ、短いものは長いものに巻かれる。これを残害の苦しみという。ある時は修羅道の闘諍の苦しみを受け、ある時は人間に生まれて八苦を受ける。生・老・病・死・愛するものと別離する苦しみ、怨み憎むものに会う苦しみ、五盛から生ずる身心の苦しみ等である。ある時は天上界に生れて五衰を受ける。 このように三界の間を車輪のように廻り、父と子の中なかであっても、親は親であること、子は子であることを知らず、夫婦がめぐり会えたのに、めぐり会えたことを知らず。迷っていることは羊の眼に等しく、道理に暗いことは狼の眼と同じである。自分を生んだ母の由来を知らず、生を受けた我が身も死の終りを知らない。ああ受け難い人界の生を受け、値い難い仏の聖教に値い奉ったことは、一眼の亀の浮木の穴にあったようなものである。このたび、もし生死のきずなをきらず、三界の籠を出られない鳥のようであったならば、どんなに悲しいことであろう。 |
無明
サンスクリットのアヴィドヤーの訳で、真理に明らかでないことを意味する。仏教では生命の根源的な無知・迷い・癡さであり、一切の煩悩を生む根本とされる。また三惑の一つである無明惑をさす。
―――
四生
生き物の四つの生まれ方のこと。これであらゆる生き物のことをさす。①胎生(母胎から生まれる)②卵生(卵から生まれる)③湿生(蛆などのように湿ったところに発生する)④化生(神々などのように、過去の自らの業の力によって身体を形成して生まれる)。
―――
焦熱・大焦熱
八熱地獄のなかの焦熱と大焦熱地獄のこと。焦熱地獄は炎と熱によって身を焦がし、焼かれる苦しみを受けるのでこの名がある。大焦熱地獄は、さらに極熱で身を焼かれ責められる地獄をいう。
―――
紅蓮・大紅蓮
八寒地獄のなかの紅蓮地獄と大紅蓮地獄のこと。極寒、身に迫り、体が裂けて紅蓮華・大紅蓮華のようになる地獄。
―――
五衰
天人が命終する時に現れる五種の衰相をいう。一には頭上の華が萎み、二には腋下から汗が流れ、三には衣装が乱れ、四には威光を失い、五には本来の座席にいないるとを楽しまないという。
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三界
仏教の世界観で、地獄から天界までの六道の迷いの衆生が住む世界。欲界・色界・無色界からなる。このうち色界・無色界は、修得した禅定の境地の報いとして生じる。①欲界とは、欲望にとらわれた衆生が住む世界。地獄界から人界までの五界と、天界のうち6層からなる六欲天が含まれる。その最高の第六天を他化自在天という。②色界は、欲望からは離れたが、物質的な制約がある衆生が住む世界。大きく4層の四禅天、詳しくは18層の十八天に分かれる。③無色界は、欲望も物質的な制約も離れた高度に精神的な世界、境地のこと。4種からなる。最高は非想非非想処。それに次ぐのが無所有処。仏伝によると、釈尊が出家後に師事したというウドラカラーマプトラは無所有処という境地であり、アーラーダカーラーマは非想非非想処という境地であったという。
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一眼の亀
仏や仏の説く正法に巡り合うことがいかに難しいかを示す譬えに登場する亀。法華経妙荘厳王本事品第27には「仏に巡り合うことが難しいのは、一眼の亀が浮き木の穴に巡り合うのと変わらない」(法華経657㌻、趣意)とある。また「松野殿後家尼御前御返事」に、次のように仰せである(1391㌻)。深海の底に1匹の亀がいた。眼は一つしかなく、手足もひれもない。腹は鉄が焼けるように熱く、背の甲羅は雪山(ヒマラヤ)のように冷たい。1000年に1度しか海面に上ることができない。この亀の願いは海面で栴檀の浮き木に巡り合い、その木の穴に入って腹を冷やし、甲羅を日光で温めることである。しかし、亀の体にあった穴がある栴檀の浮き木に巡り合う可能性はないに等しい。もし巡り合ったとしても亀は浮き木を正しく追うことができない。人々が法華経に巡り合い受持していくことは、この一眼の亀が栴檀の浮き木に巡り合うのと同じくらい難しいと説かれる。この話は、盲亀浮木の譬えともいう。
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篭樊
鳥かごの事。衆生が煩悩・業・苦に縛られる三界の苦境を譬える。
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本章は、永遠の昔から、我等衆生が六道四生に輪廻して、種々の苦しみの世界を流転してきたことを示し、たまたま人界に生を受け、そのうえ仏法に巡りあえた今生こそ、この生死の苦しみを断ち、三界六道の迷いを出離し、悟りの道に入ろうという切なる願いを述べたところである。
六道輪廻について
六道とは、地獄道・餓鬼道・畜生道・阿修羅道・人間道・天上道をさし、迷いの衆生が輪廻する境界をいう。
凡夫は、それぞれの業因によって、この六道の中のいずれかに生を受ける。例えば、衆生のつくった悪業の因によって、その程度により地獄・餓鬼・畜生・修羅という四悪趣におもむく。
五逆罪や謗法等の最も重い罪業をつくれば、地獄に堕ち、八熱・八寒地獄等の極苦を受ける。つぎに、貪欲によってやや軽い悪業をつくった者は餓鬼道に堕ちて飢渇の苦にあう。また愚癡の悪業により、畜生界に入った者は、残害の苦を受ける。ここまでが三悪道である。
さらに、勝他の念にかられて悪業をつくった者は修羅闘諍の苦を受けねばならない。
三悪道・四悪趣等で苦しみをうけることにより、悪業をつぐなった者は、人間・天上に生まれることもできるが、人間道にも四苦八苦の苦しみがあり、天上に生れても五衰の悲しみを受けるという。
凡夫が生を受ける六道に対して、声聞・縁覚・菩薩・仏界を四聖という。仏法を求めない迷いの衆生は、天上界から四聖の世界に入ることができず、つねに、地獄から天上界までの間をめぐっているのである。つまり、六道を輪廻しつつ、永く業苦を受け続けるのである。
涅槃経巻二十二に「菩薩摩訶薩、諸の衆生を観ずるに、色・香・味・触の因縁の為の故に、昔無数無量劫より来た常に苦悩を受く。一一の衆生一劫の中に積む所の身骨は、王舎城の毘富羅山の如く、飲む所の乳汁は四海の水の如く、身より出す所の血は四海の水より多く…無量劫より来た或は地獄・畜生・餓鬼に在りて受くる所の行苦称げて計うべからず」とある。
衆生が、このような三界六道の輪廻から出離し、四聖の世界に入り、さらに仏界の境地をうるためには、法華経を信受する以外にはないのである。
受け難き人界の生をうけ値い難き如来の聖教に値い奉れり一眼の亀の浮木の穴にあへるがごとし
仏法では、衆生が六道輪廻を繰り返すなかにあっても、人間として生を受けることは非常に難しいと説かれている。それは、衆生が、種々の業をつくるなかで、人界の善業をつくることが少ないからである。
さらに、人身を受けることも難しいのに、人間に生れても仏法を聞くことは一段と難しいのである。
人間生命は、聖道正器といわれるように、大きな価値をもっている。ゆえに、人間として生まれたことは、きわめて稀であるとともに、まことに尊いことなのである。
しかし、たまたま人間に生を受けたとしても、如来の聖教に値わなければ、成仏など思いもよらない。ところが、仏法に値うことは、さらに難事なのである。
本文に述べられている一眼の亀については、法華経妙荘厳王本事品第二十七に「仏に値いたてまつることを得難し。優曇婆羅華の如く、又、一眼の亀の浮木の孔に値えるが如し」と記されている。
この文を妙楽大師は、法華文句記巻十下に「経に云く、一眼の亀に譬うるは、事に約すれば、秖是れ値い難きを譬うる耳、若し所乗を作さば、凡そ亀魚の眼は両向之を看る。既に一眼と云くは見る所、正に非ず、生死の海に在りて而して又邪見なり、何ぞ仏法の浮木の実諦の孔に値う可けん」と釈している。
これらの経釈は、仏に値うこと、また衆生の邪見のために仏法に値うことの難しさを示している。
だが、ととえ、仏法に値いえたとしても、そのなかで、成仏得道の法である法華経に値うことは、さらに難事中の難事である。
仏法には高低浅深のさまざまの経典があり、このおのおのの経典を依りどころとして多くの宗派が分かれてきた。これらの是非善悪を見きわめることは、また至難である。
しかも、選んで信じた法が成仏直道の法でなければ、そのことによってかえって煩悩・悪業を増し、無量の大苦の原因ともなるのである。したがって、各宗派の正邪を判別し、成仏直道の法を求めゆくことが次章以下の主題となるわけである。
なお、日蓮大聖人は、松野殿後家尼御前御返事では、一眼の亀のたとえを用いられて、法華経からさらに南無妙法蓮華経に値うことの方が難事であることを示されている。
この南無妙法蓮華経こそ真実究極の成仏直道の法として、日蓮大聖人が説き示される三大秘法の大仏法にほかならないのである。
0475:06~0476:04 第三章 律宗の主張を述べるtop
| 07 角よりも希なり、 此のことはりを覚らずして悪心を発す者は牛毛よりも多し、 汝早く生死を離れ菩提心を発さん 08 と思はば吾最第一の法を知れり 志あらば汝が為に之を説いて聞かしめん、 其の時愚人座より起つて掌を合せて云 09 く我は日来外典を学し風月に心をよせて・いまだ仏教と云う事を委細にしらず 願くば上人我が為に是を説き給へ、 10 其の時上人の云く 汝耳を伶倫が耳に寄せ目を離朱が眼にかつて心をしづめて我が教をきけ 汝が為に之を説かん夫 11 れ仏教は八万の聖教多けれども 諸宗の父母たる事・戒律にはしかずされば天竺には世親・馬鳴等の薩タ・唐土には 12 慧曠・道宣と云いし人・是を重んず、我が朝には人皇四十五代・聖武天皇の御宇に鑒真和尚・此の宗と天台宗と両宗 13 を渡して東大寺の戒壇之を立つ爾しより已来 当世に至るまで崇重年旧り尊貴日に新たなり、 就中極楽寺の良観上 14 人は上一人より下万民に至るまで生身の如来と 是を仰ぎ奉る彼の行儀を見るに実に以て爾なり、 飯嶋の津にて六 15 浦の関米を取つては諸国の道を作り七道に木戸をかまへて 人別の銭を取つては諸河に橋を渡す 慈悲は如来に斉し 16 く徳行は先達に越えたり、 汝早く生死を離れんと思はば五戒・二百五十戒を持ち 慈悲をふかくして物の命を殺さ 17 ずして良観上人の如く道を作り橋を渡せ是れ第一の法なり、汝持たんや否や。 -----― ここに、ある智人が来てさとしていう。あなたの嘆くことはまさにそのとおりである。このように無常の道理を思い善心を発すもの麒麟の角よりも希である。この道理を覚らないで悪心を発すものは牛の毛よりも多い。あなたが早く生死の苦しみを離れ、菩提心を起こそうと思うならば、私は最第一の法を知っている。志があるならばあなたのためにこれを説いて聞かせよう。その時、愚人は座から起って手を合わせていう。私は日ごろから外典を学び、詩歌の道に心をよせ、まだ仏教のことを詳しくは知らない。願はくは上人、私のためにこれを説いてください。 その時、上人のいうには、あなたは伶倫のような耳と、離朱のような眼を借りて、心をしずめて私の教えをききなだい。あなたのためにこれを説こう。いったい仏教は八万の聖教といって数多いけれども、諸宗の父母であることは戒律に及ぶものはない。それゆえインドには世親・馬鳴等の菩薩、中国では慧曠・道宣といった人達が、これを重んじた。我が国では第四十五代・聖武天皇の御代に、鑒真和尚がこの律宗と天台宗と両宗を伝えて、東大寺の戒壇を建てた。それ以来、今日にいたるまで崇拝されて長い年月を経、日々に尊さを増している。 とりわけ極楽寺の良観上人は上一人より下万民に至るまで生身の仏と仰ぎ見ている。彼の振る舞いを見ればまことにそのとおりである。飯嶋の津で六浦の関米を取っては諸国に道を作り、七道に関所をかまえて、通る人ごとに銭を取って諸の河川に橋をかけた。慈悲は仏に等しく、徳行は先達よりも勝れている。あなたが早く生死を離れようと思うならば、五戒・二百五十戒を持ち、慈悲を深くして、物の命を殺さないで良観上人のように道を作り橋をかけなさい。これが第一の法である。あなたは受持する意思があるかどうか。 -----― 18 愚人弥掌を合せて云く 能く能く持ち奉らんと思ふ 具に我が為に是を説き給へ 抑五戒・二百五十戒と云う事 0476 01 は我等未だ存知せず委細に是を示し給へ、 智人云く汝は無下に愚かなり五戒・二百五十戒と云う事をば 孩児も是 02 をしる然れども汝が為に之を説かん、 五戒とは一には不殺生戒・二には不偸盗戒・三には不妄語戒・四には不邪淫 03 戒・五には不飲酒戒是なり、 二百五十戒の事は多き間之を略す、其の時に愚人・礼拝恭敬して云く我今日より深く 04 此の法を持ち奉るべし。 -----― 愚人はいよいよ手を合わせていう。心して受持しようと思う。詳細に私のために説いてください。いったい、五戒・二百五十戒ということは私どものまだ知らないことである。委しく教えてほしい。智人のいうには、あなたはあまりにも愚かである。五戒・二百五十戒ということは幼児もこれを知っている。しかしながら、あなたのためにこれを説こう。五戒とは一には不殺生戒・二には不偸盗戒・三には不妄語戒・四には不邪淫戒・五には不飲酒戒是である。二百五十戒については数が多いから一つ一つの説明は略すことにする。その時に愚人は智人を礼拝して、うやうやしい態度でいう。私は今日より深くこの法を受持いたしましょう。 |
麟角
麒麟(キリン)の角のこと。極めて希な物事の譬え。
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牛毛
極めて多い数の譬え。
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菩提心
仏の最高の覚りを得ようと求め、仏道修行を貫くことを誓う心。
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伶倫
黄帝の臣で、音楽をつかさどったという中国古伝説上の人物。
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離朱
中国の古伝説上の人物。黄帝時代の人で、視力にすぐれ、百歩離れた所からでも毛の先まで見ることができたと伝えられる。
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戒律
仏道修行者が守るきまりである戒と律のこと。
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天竺
中国および日本で用いられたインドの古称。
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世親
4~5世紀ごろのインドの仏教思想家。北インドのプルシャプラ(現在のパキスタンのペシャワール)出身の論師。サンスクリット名はヴァスバンドゥ。新訳で「世親」、旧訳で「天親」という。初めは小乗を学び『俱舎論』などを著したが、兄の無著(アサンガ)によって大乗に帰依し、唯識思想(実在するのは認識主体の識だけであって、外界は心に立ち現れているだけで実在しないという思想)を発展させたほか、『法華論』などを著し、大乗を宣揚した。多くの論書をつくり「千部の論師」とたたえられる。主著に『唯識三十論頌』など。
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馬鳴
サンスクリットのアシュヴァゴーシャの訳。2~3世紀ごろに活躍したインドの仏教思想家・詩人。付法蔵の第11。釈尊の一生を美文で綴った『仏所行讃(ブッダチャリタ)』などの作品がある。
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慧曠
534年~613年。中国・南北朝時代の僧。天台大師智顗の受戒の師とされる。天台大師は585年、太極殿に招かれ、『大智度論』や仁王経を講義した。陳の後主・叔宝が聴聞する前でこれに反論した慧曠や慧〓(日に忄に亙)は、結局は天台に帰伏したと伝えられる。
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道宣
596年~667年。中国・唐の僧。南山律師ともいう。南山律宗の祖師。律に詳しく、終南山(長安の南方)の豊徳寺に長く住んでいたので、彼の学派を南山律宗と呼ぶ。著書は広範にわたり、『四分律行事抄』などの律の研究書のほか、『大唐内典録』『続高僧伝』などがある。日本に授戒制度をもたらした鑑真は、その孫弟子にあたる。
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鑒真和尚
(0688~0763)。奈良時代の渡来僧。日本律宗の祖。唐の揚州(江蘇省)の人。14歳にして出家し、南山律宗の開祖・道宣の弟子道岸にしたがって菩薩戒を受け、章安の孫弟子弘景にしたがって天台並びに律を学んだ。天平勝宝5年(0753)渡来。聖武上皇の帰依を受け、東大寺、下野の薬師寺、筑紫の観世音寺に小乗の戒壇を建立した。来日の途上において失明したが、一切経を校し、律本を印行した。
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東大寺の戒壇
東大寺の大仏殿の西に鑑真が建立した戒壇院のこと。日本における授戒制度はここから始まった。
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極楽寺の良観上人
1217年~1303年。鎌倉中期の真言律宗(西大寺流律宗)の僧・忍性のこと。良観房ともいう。奈良の西大寺の叡尊に師事した後、戒律を広めるため関東に赴く。文永4年(1267年)、鎌倉の極楽寺に入ったので、極楽寺良観と呼ばれる。幕府権力に取り入って非人組織を掌握し、その労働力を使って公共事業を推進するなど、種々の利権を手にした。一方で祈禱僧としても活動し、幕府の要請を受けて祈雨や蒙古調伏の祈禱を行った。文永8年(1271年)の夏、日蓮大聖人は良観に祈雨の勝負を挑み、打ち破ったが、良観はそれを恨んで一層大聖人に敵対し、幕府要人に大聖人への迫害を働きかけた。それが大聖人に竜の口の法難・佐渡流罪をもたらす大きな要因となった。▷
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飯嶋の津
鎌倉・材木座海岸の東南部の港。付近の海上に和賀江島という人工島が築かれていた。真言律宗が管轄し、通行料の徴収権が与えられていた。
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六浦の関米
六浦は横浜市金沢区一帯の古称。鎌倉の東部と隣接。古くから交通の要所として関所が置かれていた。この関所の通行税を関米という。
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七道
鎌倉への出入り口で七口ともいう「極楽寺坂」「大仏坂」「化粧坂」「巨福呂坂」「六浦坂」「名越坂」「小坪坂」をいう。
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五戒
古代インドで仏教者として万人が守るべきものとされた行動規範。在家の持つべき5種の戒。①不殺生戒(生き物を殺すことを禁ず)②不偸盗戒(他人の物を盗むことを禁ず)③不邪婬戒(自分の妻・夫以外との淫を禁ず)④不妄語戒(うそをつくことを禁ず)⑤不飲酒戒(酒を飲むことを禁ず)の五つをいう。これは、ジャイナ教の出家者が守るべき五つの戒(マハーヴラタ)と通じあう。マハーヴラタは、アヒンサー(不殺生・非暴力)、サティヤ(不妄語)、アステヤ(不偸盗)、ブラフマーチャーリヤ(不婬)、アパリグラハ(無所有)である。
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二百五十戒
男性出家者(比丘)が守るべき250カ条の律(教団の規則)。『四分律』に説かれる。当時の日本ではこれを受けることで正式の僧と認定された。女性出家者(比丘尼)の律は正確には348カ条であるが、概数で五百戒という。『叡山大師伝』(伝教大師最澄の伝記)弘仁9年(818年)暮春(3月)条には「二百五十戒はたちまちに捨ててしまった」(趣意)とあり、伝教大師は、律は小乗のものであると批判し、大乗の菩薩は大乗戒(具体的には梵網経で説かれる戒)で出家するのが正当であると主張した。こうしたことも踏まえられ、日蓮大聖人は、末法における持戒は、一切の功徳が納められた南無妙法蓮華経を受持することに尽きるとされている。
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本章からいよいよ本文に入り、浅きより深きへと仏教諸宗の主張を示される。
人生の無常を嘆き、求道の志を抱いた愚人のもとに、まず世事にかしこい律僧の僧が訪れ、愚人の請に応じて、戒律は八万聖教の根本であると説き、三国の有名な持戒者を挙げ、とくに極楽寺良観の行義を見習って、五戒・二百五十戒を持ち、慈善事業を行うよう勧める。
これを聞いた愚人はすっかりありがたがり、五戒の受持を誓うのである。
戒律と律宗について
仏教を修行する者が、かならず守らなければならない禁制を戒律という。戒は非を防ぎ悪を止める義であり、律は教団維持のために定められた種々の規律である。戒と律を併称して戒律と呼ばれるようになった。
さて、律宗では「仏教は八万の聖教多けれども諸宗の父母たる事・戒律にはしかず」と律僧がここでいうように、八万法蔵、諸宗の根本は、まず戒律であると主張する。
もとより仏教の基本は、まず、七仏通戒偈からはじまっているとされる。七仏通戒偈とは「諸悪莫作・衆善奉行・自浄甚意・是諸仏教」という偈であり、その意味では、もろもろの悪をなすことなく、衆く善を実践し、自らその意を浄くするという三つのことが諸仏の教えであり、仏教の基本であるということである。
この諸悪をとどめ善を行うために戒律ができたのである。しかし、その戒律も、やがて仏教教団の秩序を維持するためにつぎつぎと禁制や罰則が加えられていき、複雑・煩瑣を極めるようになる。
小乗戒には、在家信者の戒として、五戒・八戒があり、沙弥・沙弥尼の十戒、具足戒として比丘の二百五十戒・比丘尼の三百四十八戒などがある。
これらの小乗戒は五戒という基本的なものから、戒おのおのに罰則を設け、仏法を知らない人に身を調えることを教え、修行上で過失のないことを目的にして定められたものである。ところで、律宗は唐代の道宣律師等が、専らこれ小乗教を受持し弘通したことから起こったのである。
日本では鑑真が天平勝宝5年(0753)に来日し、翌年東大寺に戒壇院を建立、聖武天皇以下諸僧に戒を授けたのが律宗の初めである。その後、唐招提寺を建立して本山とし、下野・筑紫に戒檀院を設けて大いに栄えた。しかし、もとより小乗戒は末法の機根に相応せず、平安時代に入り次第に衰微していった。だが、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて、既成仏教の堕落と戒律軽視の法然門徒の流行を憂える人々の間に、戒律によって末法五濁の世相を改革しようとする機運が生じてきた。
ことに奈良の西大寺を本拠として律宗の復興に努めていた叡尊は、弘長2年(1262)2月、関東に下り、同年8月、西大寺へ帰るまでに、前執権北条時頼、越後守実時、連署政村以下の北条家の要人とその夫人達、多くの民衆に戒律を授け、かくて鎌倉の上下一般の間にも律宗が弘まった。
叡尊はまた非人救済、殺生禁断などの慈善事業にも貢献している。戒律の僧として本文にも挙げられている極楽寺良観は、この叡尊の弟子である。
建長4年(1252)関東に下った良観は、律宗を弘通し、叡尊の鎌倉における教化を助け、一生の間に得度の弟子は2740余人を数え、83個所の伽藍を修築し、189の橋をかけ、71所の道路を修善し、63所の殺生禁断地域を設けるなどして、人々から生き仏のように崇められていたという。本文でも、こうした良観の行儀について述べられている。
しかし、良観の偽善者としての姿は、次章で見事に、その仮面をはがされているので、ここでは、律僧が、諸宗の根本は戒律であるから、戒律を受持せよとすすめた点だけを破折しておきたい。
七仏通戒偈にもあるように、身を整えて諸悪をとどめるために戒律ができたのであり、戒律は、最も基本的で普遍的なものも、仏教の初門にすぎない。すなわち、あくまでも仏法者のスタートラインなのであって、戒律によって、仏道修行のゴールである生死輪廻の苦しみから脱することなど望みえないのである。それにもかかわらず、律僧が戒律を出離生死の法であり、成仏の法であると説くところに根本的な誤りがある。
まして、律宗は、インドで仏教教団成立後、その風土・文化の環境のなかで付け加えられ煩雑化してきた小乗戒を説くのであるから、末法の衆生にはなんの役にも立たず、かえって有害無用の小法というべきである。
0476:05~0477:02 第四章 律宗を破折するtop
| 05 爰に予が年来の知音・或所に隠居せる居士一人あり 予が愁歎を訪わん為に来れるが始には往事渺茫として夢に 06 似たる事をかたり終には 行末の冥冥として弁え難き事を談ず 欝を散し思をのべて後予に問うて云く 抑人の世に 07 有る誰か後生を思はざらん、 貴辺何なる仏法をか持ちて出離をねがひ又亡者の後世をも訪い給うや、 予答えて云 08 く一日或る上人来つて我が為に五戒・二百五十戒を授け給へり 実に以て心肝にそみて貴し、我深く良観上人の如く 09 及ばぬ身にもわろき道を作り 深き河には橋をわたさんと思へるなり、 其の時居士・示して云く汝が道心貴きに似 10 て愚かなり、 今談ずる処の法は浅ましき小乗の法なり、 されば仏は則ち八種の喩を設け文殊は又十七種の差別を 11 宣べたり或は螢火・日光の喩を取り或は水精・瑠璃の喩あり爰を以て三国の人師も其の破文一に非ず、 次に行者の 12 尊重の事必ず人の敬ふに依つて法の貴きにあらず・されば仏は依法不依人と定め給へり、 我伝え聞く上古の持律の 13 聖者の振舞は殺を言い収を言うには 知浄の語有り行雲廻雪には死屍の想を作す 而るに今の律僧の振舞を見るに布 14 絹・財宝をたくはへ利銭・借請を業とす 教行既に相違せり誰か是を信受せん、 次に道を作り橋を渡す事還つて人 15 の歎きなり、 飯嶋の津にて六浦の関米を取る諸人の歎き是れ多し 諸国七道の木戸・是も旅人のわづらい只此の事 16 に在り眼前の事なり汝見ざるや否や。 -----― ここに私の年来の知人で、ある所に隠居している居士が一人おり、私の憂いを慰めるために訪れてきた。始めには過去が広漠として夢に似ている事などを語り、終わりには行く末の暗々として見定め難いことを語った。しばらく欝積を晴らし思いを述べたのち、私に問うていうには、ところで、人は世にある限り、だれでも後生を思うのだが、あなたはいかなる仏法を持って生死の苦しみを離れようと願い、また死者の後世を弔うのかと。私はこたえていう。先日ある上人がこられて、私のために五戒・二百五十戒を授けてくださった。まことに心肝に染めて貴く思う。私は良観上人の如く、及ばずながらも、悪い道を良くし、深い河には橋をかけたいと思うのである。 そのとき居士はさとしていう。あなたのやり方は志が貴いように見えて、実は愚かである。あなたが今いった法は、浅はかな小乗の法である。そのゆえは仏は八種の譬喩を設け、文殊は又十七種の差別を述べたのである。あるいは小乗を螢火、大乗を日光に譬え、あるいは小乗を水精、大乗を瑠璃に譬えている。こういうわけで、インド・中国・日本の三国の人師達にも、小乗を破折した文は多数ある。 つぎに戒律を守る者を尊重することについていえば、かならずしもの人が敬うからといって、法が貴いのではない。それゆえ仏は「法に依って人に依らざれ」と定められたのである。 私の伝え聞くところでは、昔の持律の聖者の振る舞いは、殺といい収ということさえ嫌ってべつのこたばにいいかえ、美人を見ては屍と想うほどであった。それなのに今の律僧の振る舞いを見ると、絹布を身にまとい、財宝を蓄え、利息を取って金を貸すことを仕事としている。教えと行いとがすでに相違している。だれがこれを信受できようか。つぎに道を作り橋をかけることは、かえって人々の嘆きになっている。飯嶋の津で六浦の関米を取ることから諸人の歎きは多い。諸国の七道の関所も旅人の迷惑となっているのは眼前の事実である。あなたはこれを見ていないのか。 -----― 17 愚人色を作して云く 汝が智分をもつて上人を謗し奉り其の法を誹る事謂れ無し知つて云うか愚にして云うかお 18 そろし・おそろし、 其の時居士笑つて云く嗚呼おろかなり・おろかなり彼の宗の僻見をあらあら申すべし、抑教に 0477 01 大小有り宗に権実を分かてり 鹿苑施小の昔は化城の戸ぼそに導くといへども 鷲峯開顕の莚には其の得益更に之れ 02 無し、 -----― 愚人は顔色を変えていう。あなたの智慧の程度でもって上人を謗りその法を謗る何の理由もない。知っていうのか、愚かだからいうのか。まことに恐ろしいことだ。その時、居士は笑っていう。ああ、あなたこそ愚かな人だ。かの宗の僻見を少々話そう。いったい教えには大乗と小乗とがあり、宗に権宗と実宗とを分けている。小乗の教えは釈尊が鹿野苑で説いた時には、人々を化城の扉へ導いたけれども、霊鷲山で法華経の開顕があった後には、なんの利益もない教えとなった。 |
居士
①家長のこと。原語であるサンスクリットのグリハパティは「家の主人」を意味する。②出家せず在家のまま仏道修行をする男性のこと。優婆塞(ウパーサカ)の訳語として用いられることがある。
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八種の喩
声聞・縁覚の小法と大乗の菩薩の大法とを比較するために説かれた八種の譬え。清浄毘尼方広経に説かれる。①讃歎大海牛跡の譬、声聞の戒律は牛跡のように少ない功徳に対し、菩薩の戒律は大海のように広大で無量の功徳がある。②飢羸不服雑毒の譬、声聞・縁覚は雑毒のようなもので、どんなに飢えても雑毒を食べないように菩薩は絶対に二乗の境地に留まることはない。③忍斬手足畏頭の譬、小乗戒を破ることは手足を斬られるようなものでまだ堪え忍べるが、大乗を破ることは頭を斬られるようなもので、まことに恐るべきである。④貧人好食王毒の譬、貧人の食物は転輪王にとって毒であるように、声聞の戒律精進の菩薩にとって破棄すべきものである。⑤多財封邑商主の譬、菩薩は多くの財と領地を持つ大聖人のようなもので無量の衆生を養育することができるが、声聞は貧人のようなもので何も施しえない。⑥一毛取蘇四海の譬、声聞の智慧は、一毛を百分した中の一分の毛で取る一点の蘇のようにきわめて微々たるものであるが、菩薩の功徳善根は四大海に充満する蘇のように無量である。⑦蟻子一粒満地の譬、声聞の解脱の果は蟻の含み持つ一粒の穀物のように少量であるが、菩薩の善根功徳は秋に成熟して大地に満ちる穀物のように無量である。⑧水精琉璃宝珠の譬、声聞の功徳は百千の水精のようなものであり、菩薩の功徳は一つの無限の価値を有する琉璃宝珠のようなものである。
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文殊
文殊師利菩薩のこと。文殊師利はサンスクリットのマンジュシュリーの音写。直訳すると、「うるわしい輝きをもつ者」。仏の智慧を象徴する菩薩で、仏像などでは獅子に乗った姿で釈尊の向かって左に配される。法華経では、弥勒菩薩・薬王菩薩とともに、菩薩の代表として登場する。
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十七種の差別
文殊が小乗戒と大乗戒とを比較して十七種の差別を述べたもの。清浄毘尼方広経に説かれる。①三界を怖畏する小乗の戒法と一切衆生を教化しようとして三界に生ずることを願う大乗の戒法との別。②功徳を軽毀すると、功徳を普く集めるとの別。③自らのために煩悩を断ずると、一切衆生の煩悩を断じようとするとの別。④一切衆生のためにあらゆる仏法を成就することを思わないと思うとの別。⑤一切諸天に知られないと、普く知られるとの別。⑥諸魔の捨てて顧みないとあらゆる魔が怒り泣いて憎悪するとの別。⑦ただ独り照明すると普く一切世間を照明しようとするとの別。⑧自らの心を観ずると一切仏法を観ずるとの別。⑨少しずつ知ると一念悉く知るとの別。⑩三宝の種を断ずると持つとの別。⑪瓦の器と金銀の器との別。⑫巧みな方便を欠くと方便を成就するとの別。⑬十方・四無所為が無いと有るとの別。⑭少水果樹と、園林堂閣との別。⑮六波羅蜜などの徳目が無いと有るとのべつ。⑯煩悩の余習の不断と断との別。⑰内容の有限と無量との別。
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依法不依人
涅槃経巻6の文。「法に依って人に依らざれ」と読み下す。仏道修行にあたっては、仏の説いた経文をよりどころにすべきであって、人師・論師の言を用いてはならないとの意。日蓮大聖人も諸御抄で頻繁に引用され(481㌻など)、「報恩抄」には「涅槃経と申す経に云く『法に依って人に依らざれ』等云云依法と申すは一切経・不依人と申すは仏を除き奉りて外の普賢菩薩・文殊師利菩薩乃至上にあぐるところの諸の人師なり」(294㌻)と、あくまでも仏の説いた正しい法によらなければならないことを示されている。
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鹿苑施小
釈尊が鹿野苑で小乗教を説いて衆生を教化したこと。
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鷲峯開顕の莚
霊鷲山における法華経の会座のこと。
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本章では、律僧の説に従った愚人のもとへ、念仏の居士が訪れ、愚人の受持しようとした五戒や二百五十戒等を小乗の法であると説き、文証を挙げ、また良観等の律僧の現実の姿を示す現証を挙げて律宗を破折するところである。
日蓮大聖人は念仏の居士に、次の二つの観点から律宗を破折させている。
第一に、律宗は一代聖教中の小乗宗であり、小乗の中でも小律である。全く末法には役に立たぬ小法であるという観点である。
文証として、清浄毘尼方広経の説かれる八種の喩、また、文殊が同経で示した十七種の差別をのべ、大乗、小乗の相違を明らかにし、小乗を破折されている。
また、理論のうえから、釈尊が鹿野苑で小乗経を説いたのは一切衆生を大乗へと誘引するための化導方便であり、ひとまず化城の宝刹に誘引したのであって、方等、般若時をすぎて、霊鷲山で法華開顕の説法時には鹿苑説法の得益は露と消えてしまっていることを指摘されている。
第二の観点は、現証である。
現証を論ずるにあたって、まず、世間の人が良観を生き仏のように敬っていたとしても、けっして良観の修行している律宗が尊いとはいえないといわれ、律宗はあくまでも小乗宗であることを忘れないようにと念をおされている。
涅槃経に「依法不依人」と説かれるように、どこまでも法の正邪を根本とすべきであり、人によって法の正邪を定めてはならないのである。
次いで、良観等の律僧の偽善者としての仮面をはいていくのである。昔の正法時代の律僧は、戒律をまもり清浄であった。しかし、現在の律僧は財法を蓄え、貸借利銭を業として、教えと行いが全く違っていることを指摘されている。
教行証御書でも、日蓮大聖人は良観等が口で戒律をいいながら、行為は破戒であることを厳しく責められている。
「彼の律宗の者どもが破戒なる事・山川の頽るるよりも尚無戒なり、成仏までは思もよらず人天の生を受くべしや、妙楽大師云く「若し一戒を持てば人中に生ずることを得若し一戒を破れば還て三途に堕す」と、其の外斎法経・正法念経等の制法・阿含経等の大小乗経の斎法斎戒・今程の律宗忍性が一党誰か一戒をも持てる還堕三途は疑無し、若しは無間地獄にや落ちんずらん」(1282-06)と。
良観等の律僧は、このような自らの破戒の行為をカムフラージュするために、種々の社会事業、慈善事業に手を染めて、それによって、人々の尊敬を得ようとしたのである。
だが、その社会事業も、道をなおしたり、橋をつくったりする費用を、六浦の関米や諸国七道の木戸から捻出したために、多くの人々の欺きをかい、また旅人に難儀をかけていたのである。
彼の売名的な行為の背景には幾多の人々の歎きがあったというこの現実から目をそらして、良観の慈善事業という仮面に惑わされてはならない。なによりも、その仮面の裏に隠された貪欲な心と策略を見抜かなければならない。
良観が民衆を犠牲にしてまでも社会事業を派手に行うことによって自らの破壊を隠し、人々を尊信をかおうとしていること、さらに、この偽りの名声によって世間の人が敬っている僧だから、修行している仏法が正しいと思わせて、権力と結託しようとしていること等の策略に惑わされてはならないと、日蓮大聖人は指摘されるのである。
良観の仮面を見破り、名誉欲、権力欲、金銭欲等の貪欲に汚された魔の正体を指摘されたのは日蓮大聖人御一人であった。
このゆえにこそ、良観は、二百五十戒を持つと称していかにも有徳の聖者のように振る舞いつつも、法華円頓の行者である日蓮大聖人をさして、破壊、無戒であるとそしり、さらには不殺生の戒に背いて、大聖人をなきものにしとうとしたのである。
この姿こそ、教行流布の次第を知らず、小をもって大を打ち、なかんずく、小乗戒をもって法華経の具足の妙戒をそしる魔の働きといわねばならない。
末法今時においては、妙法蓮華経の万戒の功徳を収めた根本の妙戒をのぞいては、爾前迹門の諸戒にさえも一分の功徳もない。まして、小乗戒の二百五十戒等は有害無益であることを知らねばならない。
なお、ここでは律宗を破するために念仏の居士におおせられるが「鷲峯開顕の莚には其の得益更に之れ無し」は、法華経の立場から破されている。
0477:02~0477:13 第五章 念仏の教えを説くtop
| 02 其の時愚人茫然として居士に問うて云く文証現証実に以て然なり さて何なる法を持つてか生死を離れ速に 03 成仏せんや、 居士示して云く我れ在俗の身なれども深く仏道を修行して 幼少より多くの人師の語を聞き粗経教を 04 も聞き見るに・末代我等が如くなる無悪不造のためには 念仏往生の教にしくはなし、 されば慧心の僧都は「夫れ 05 往生極楽の教行は濁世末代の目足なり」と云ひ 法然上人は諸経の要文を集めて一向専修の念仏を弘め給ふ 中にも 06 弥陀の本願は諸仏超過の崇重なり 始め無三悪趣の願より終り得三法忍の願に至るまでいづれも 悲願目出けれども 07 第十八の願殊に我等が為に殊勝なり、 又十悪・五逆をもきらはず一念・多念をもえらばずされば上一人より下万民 08 に至るまで此の宗をもてなし給う事他に異なり又往生の人それ幾ぞや。 -----― その時、愚人は茫然として居士に問うていう。文証も現証もまことにそのとおりである。それではいかなる法を受持すれば、生死の苦しみを離れ速やかに成仏できるのか。居士はさとしていう。私は在家の身であるが、深く仏道を修行して、幼少から多くの人師の話を聞き、ひととおり経教を聞いて見ると、末代の我等のようなあらゆる悪業ばかりを積み重ねている凡夫のためには、念仏往生の教えに及ぶものはない。それゆえ慧心僧都は「それ往生極楽の教行は濁世末代の目と足である」といい、法然上人は諸経の要文を集めて選択集を著し一向専修の念仏を弘めた。なかでも阿弥陀如来の四十八願は、諸仏の本願に超過して尊いものだ。始めの「無三悪趣」の願より終わりの「得三法忍」の願に至るまで、どの悲願もありがたいけれども、第十八の願は殊に私どものために勝れている。また十悪・五逆の者を嫌わず、一念・多念をも選ばず皆救われる。それゆえ上一人より下万民に至るまで、この念仏宗を尊ぶことは、他宗と異なっている。また往生できた人もどんなに多いことか。 -----― 09 其の時愚人の云く実に小を恥じて大を慕ひ浅を去て深に就は仏教の理のみに非ず 世間にも是れ法なり我早く彼 10 の宗にうつらんと思ふ委細に彼の旨を語り給へ、 彼の仏の悲願の中に五逆・十悪をも簡ばずと云へる 五逆とは何 11 等ぞや十悪とは如何、 智人の云く五逆とは父を殺し母を殺し阿羅漢を殺し仏身の血を出し和合僧を破す 是を五逆 12 と云うなり、十悪とは身に三.口に四・意に三なり身に三とは殺.盗・婬・口に四とは妄語.綺語・悪口.両舌・意に三 13 とは貪・瞋・癡是を十悪と云うなり、愚人云く我今解しぬ今日よりは他力往生に憑を懸くべきなり、 -----― その時、愚人のいうには、まことに小乗を恥じて大乗を慕い、浅い教えを捨てて深い教えにつくのは、仏教の道理のみではなく、世間の法でもある。私は早く念仏宗に移りたいと思う。くわしく、彼の宗旨について語ってほしい。彼の阿弥陀如来の悲願の中で、五逆・十悪の者でも選びすてないといっている五逆とは何のことか。十悪とは何か。智人のいうには、五逆とは、父を殺し、母を殺し、阿羅漢を殺し、仏身の血を出し、和合僧を破す。この五つの罪をいうのである。十悪とは身業に三、口業に四、意業に三である。身業の三とは殺生・偸盗・邪婬、口業の四とは妄語・綺語・悪口・両舌、意業の三とは貪欲・瞋恚・愚癡、これを十悪というのである。愚人はいう。私の疑問は、いま氷解した。今日からは他力往生に頼みをかけよう、と。 |
無悪不造
悪事をほしいままにすること。
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慧心の僧都
(0942~1017)。比叡山第十八代座主。慈慧大師の弟子で権少僧都・慧心源信のこと。大和国葛城郡当麻郷(奈良県北葛城郡當麻町)に生まれ、9歳のとき比叡山に登り、慈慧良源の弟子となった。13歳で得度し源信と名のった。32歳のとき宮中の論議に出席し、才能弁舌がすぐれているので満座を驚かせたという。42歳の時、権少僧都に任ぜられ、横川楞厳院の検校となった。43歳で「往生要集」を作り念仏の行に帰依した。浄土宗門徒が慧心をわが国浄土宗の先駆に崇めるようになったのは、この故である。しかし、慧心は、その後悔いて法華経信仰に戻り、権少僧都の位も辞して「一乗要決」を著した。弟子の指導にも努め、教相を重んずる檀那流に対し、観門を重んずる慧心流台学の源となった。「一乗要決」では「日本一州円機純一=日本国中は、法華有縁の機根の者ばかりで、蔵通別三教に縁のある者はいない」と述べた文は有名で、大聖人も諸御書で用いられている。76歳没。著書は他に「法華科文」「法華略観」「法華弁体」などがある。
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法然上人
1133年~1212年。法然房源空のこと。平安末期から鎌倉初期の僧。日本浄土宗の開祖。天台宗の僧であったが、中国浄土教の善導の思想に傾倒し、他の一切の修行を排除し念仏口称をもっぱら行う専修念仏を創唱した。代表著作の『選択集(選択本願念仏集)』では、法華経をも含む一切の経典の教えを捨て閉じ閣き抛てと排除し、もっぱら念仏をとなえることによって往生を願うべきであると説いた。法然の専修念仏に対しては、当初、後白河法皇や摂政・関白を歴任した九条兼実ら有力者の支持を得たが、やがて諸宗派からの反発が強まる。朝廷・幕府も禁止の命令を出し、建永2年(1207年)、法然らが流罪され、高弟が死罪に処せられた。その後も繰り返し禁圧が続くが、念仏は広がっていった。弟子に親鸞がいる。
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一向専修の念仏
浄土往生のために念仏だけをとなえること。法然(源空)の『選択集』では、浄土往生を願うのならば、ただひたすら念仏をとなえるべきであると説き、他の修行と並行して念仏を修行することを否定した。
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弥陀の本願
無量義経に説かれる阿弥陀仏の48種の誓願。
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無三悪趣の願
阿弥陀仏の四十八願の第1、「たとひ、われ仏を得たらんに、国に地獄・餓鬼・畜生あらば正覚を取らじ」とある。
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得三法忍の願
阿弥陀仏の四十八願の第48、「たとひわれ仏を得たらんに、他方国土の諸菩薩衆、わが名字を聞きて、 すなはち第一、第二、第三法忍に至ることを得ず、 もろもろの仏法において、 すなはち不退転を得ることあたはずは、正覚を取らじ。」とある。
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第十八の願
阿弥陀仏の四十八願の第18、「設し我れ仏を得たらんに、十方の衆生、至心に信楽し、我が国に生ぜんと欲して、乃至十念せんに、若し生ぜずば、正覚を取らじ、唯五逆と誹謗正法は除く。 / たとい我、仏を得んに、十方衆生、心を至し信楽して我が国に生まれんと欲うて、乃至十念せん。もし生まれずは、正覚を取らじ。唯五逆と正法を誹謗せんをば除く」とある。
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十悪
身の3種、口の4種、意の3種、合計10種の悪業をいう。十不善業ともいう。①殺生②偸盗③邪婬④妄語(うそをつく)⑤綺語(お世辞をいう)⑥悪口⑦両舌(二枚舌を使う)⑧貪欲⑨瞋恚(怒り)⑩愚癡(癡か)または邪見。
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五逆
5種の最も重い罪で、必ず無間地獄の苦の果報を受ける原因となる行為。①父を殺す(殺父)②母を殺す(殺母)③阿羅漢を殺す(殺阿羅漢)④仏の身を傷つけ血を出す(出仏身血)⑤教団を分裂させる(破和合僧)の五つ。
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他力往生
自分の力に頼るのではなく、阿弥陀仏の本願力に頼って極楽浄土に往生すること。
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律宗を破折した居士が、本章では出離生死の法であるといって、念仏往生の教えを説きすすめるのである。
居士は、末代の凡夫には念仏の教え以外に救われる道はないと主張し、とくに、法然の選択集にあらわされた阿弥陀の四十八願の第十八願をとりだして、十悪・五逆をつくった極悪人でも念仏を称えれば往生をとげることができると説く。
これを聞いた愚人は、五逆・十悪の内容を質問した後、他力往生に望みを託すことになるのであるが、居士が念仏の功力をあらわしているポイントとして強調する弥陀の十八願にこそ、念仏の限界が示されている。だが、念仏者はそれをかくしているのである。
浄土宗の依経の一つである無量寿経には、阿弥陀仏の因位の時に四十八願を立てたことが説かれている。過去無量劫に世自在王如来が出現し民衆を教化した。その時、一人の国王がその説法を聞き歓喜し、国位を捨てて出家、宝蔵比丘と称した。そして諸の菩薩道を行じ、自分の国土を荘厳したいと願い、四十八の誓願を立てたのである。なかでも第十八願は、念仏往生願といわれ、四十八願中の王として重視されている。法然の選択集には「四十八願、皆本願なりと雖も、殊に念仏をもって、往生の規となす。…既に念仏往生の願をもって本願の中の王となすなり」とある。
この第十八願には「設し我れ仏を得たらむに、十方の衆生至心に信楽して我が国に生ぜんと欲して、乃至十念せんに、若し生ぜずば正覚を取らじ、ただ五逆と正法を誹謗することを除く」と説かれている。この誓願には、念仏を称えれば極楽に往生できるとある。ただし明確に「五逆と正法を誹謗するとを除く」との文が記されている。つまり、五逆罪と誹謗正法の者は、いかに念仏を称えようとも極楽往生することはできないと明示されているのである。しかるに法然がこの文を隠し、前半部分だけを取り、五逆重罪の人なりといえども、十念すれば又往生する、と主張したことは、その本願をもふみにじっているといわざるを得ない。
この“正法”が念仏そのものでないことは、念仏をしていても正法を誹謗している者は救えないというこの本題自体から明白である。法華経こそその“正法”であることは、釈尊一代の仏教の教えのなかで明らかにされたのである。
法然は、文化・社会の退廃と、打ち続く動乱の中に人間の罪悪の深さ、恐ろしさの露呈した末法の現実を踏まえて、人間の自力救済を否定し、阿弥陀仏の他力による救済を説き、聖道・難行を捨て、浄土・易行をとり、諸行兼修を止め専修念仏を勧めた。とくに、中国浄土教の祖である曇鸞・道綽・善導の説を極端に推し進め、選択集の中で、捨閉閣抛の四文字をもって、浄土三部経以外の一切経を排斥したのである。
大聖人は立正安国論の中で「或は捨て或は閉じ或は閣き或は抛つ此の四字を以て 多く一切を迷わし、剰え三国の聖僧十方の仏弟を以て皆群賊と号し併せて罵詈せしむ、近くは所依の浄土の三部経の唯除五逆誹謗正法の誓文に背き、遠くは一代五時の肝心たる法華経の第二の『若し人信ぜずして此の経を毀謗せば乃至其の人命終つて阿鼻獄に入らん』の誡文に迷う者なり」(0023-06)と厳しく破折されている。
このように、阿弥陀仏自身が正法たる法華経を謗る者はどのように念仏を称えても救えないと断言しているのであるから、法華経も含めて一切経を捨てよ等といって正法誹謗を犯している浄土念仏の信仰は明らかに弥陀の本願にそむくものである。また捨閉閣抛による法華経の誹謗は、譬喩品の文にあるように入阿鼻獄の悪因となるのである。ゆえに、念仏無間は必定といわざるをえない。
0477:13~0478:05 第六章 真言密教を勘めるtop
| 13 爰に愚人又云 14 く以ての外盛に・いみじき密宗の行人あり 是も予が歎きを訪わんが為に 来臨して始には狂言綺語のことはりを示 15 し終には顕密二宗の法門を談じて予に問うて云く 抑汝は何なる仏法をか修行し何なる経論をか読誦し奉るや、 予 16 答えて云く 我一日或る居士の教に依つて浄土の三部経を読み奉り西方極楽の教主に憑を深く懸くるなり、 行者の 17 云く仏教に二種有り 一には顕教・二には密教なり 顕教の極理は密教の初門にも及ばずと云云、汝が執心の法を聞 18 けば釈迦の顕教なり 我が所持の法は大日覚王の秘法なり、 実に三界の火宅を恐れ寂光の宝台を願はば 須く顕教 0478 01 を捨てて密教につくべし。 -----― ここに愚人がまたいうのには、非常に勢いの盛んの勝れた真言宗の行者がいる。この人も私の嘆きを慰めるために訪れてきて、始めには狂言綺語の道を示し、終わりには顕教や密教の二宗の法門を説いて、私に問うていう。いったい、あなたはいかなる仏法を修行し、いかなる経論を読誦しているのか。私は答えていう。自分は先日ある居士の教えによって浄土の三部経を読み、西方極楽の教主に頼みを深くかけている。行者はいう。仏教に二種ある。一には顕教・二には密教である。顕教の極理は密教の初門にも及ばないといわれている。あなたの執着している法を聞けば、釈迦の説いた顕教である。我が所持の法は大日如来の秘法である。まことに三界の苦しみを恐れ、常寂光の国土を願うならばはば当然顕教を捨てて密教につくべきである。 ―――――― 02 愚人驚いて云く我いまだ顕密二道と云う事を聞かず 何なるを顕教と云ひ何なるを密教と云へるや、行者の云く 03 予は是れ頑愚にして敢て賢を存ぜず 然りと雖も今一二の文を挙げて汝が矇昧を挑げん、 顕教とは舎利弗等の請に 04 依つて応身如来の説き給う諸教なり 密教とは自受法楽の為に法身大日如来の金剛薩タを所化として 説き給う処の 05 大日経等の三部なり、愚人の云く実に以て然なり先非をひるがへして賢き教に付き奉らんと思うなり。 -----― 愚人は驚いていう。私はまだ顕密二道ということを聞いたことがない。いかなる教えを顕教といい、いかなる教えを密教というのか。行者はいう。私は道理にくらく、すこしの学才もない。そうであっても、今、一・二の文を挙げて、あなたの矇昧を開くとしよう。顕教とは舎利弗等の願いによって、応身如来が説かれた諸教である。密教とは自受法楽のために、法身仏たる大日如来が金剛薩埵を所化として説かれた大日経等の三部の経である。愚人はいう。まことに仰せのとおりである。過去のあやまちを改めて、すぐれた教えにつこうと思う。 |
密宗
真言宗のこと。
―――
狂言綺語
道理に合わない言葉と、真実に反して巧みに飾り立てた言葉。
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顕密二宗
顕宗と密宗のこと。真言宗では、大日経のように仏の真意を秘密にして説かれた経を密教、法華経のようにあらわに教えを説かれたものを顕教という本末顚倒の邪義を立てている。真実は、大日経のごとき爾前の経々こそ、表面的、皮相的な教えで顕教であり、未曾有の大生命哲理を説き明かした法華経こそ密教である。寿量品には「如来秘密神通之力」とあり、天台の法華文句の九にはこれを受けて「一身即三身のるを名けて秘と為し三身即一身なるを名けて密と為す又昔より説かざる所を名けて秘と為し唯仏のみ知るを名けて密と為す仏三世に於て等しく三身有り諸教の中に於て之を秘して伝えず」等とある。
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浄土の三部経
浄土教で重んじられた無量寿経・阿弥陀経・観無量寿経の三つ。法然(源空)が『選択集』でこの三つの経典を「弥陀の三部なり。故に浄土の三部経と名づくるなり」と述べたことにもとづく。
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西方極楽の教主
阿弥陀如来のこと。阿弥陀経など浄土三部経で、阿弥陀は西方十万億土の教主であると説くので、西土教主とよんだ。その国土を極楽、安養、安楽世界ともいう。浄土宗の開祖たちは、この世、娑婆世界は穢土であるから幸福は西方極楽浄土へ往生する以外にないといい、念仏を称えて死ねば阿弥陀が観音、勢至の二菩薩を従えてその人を迎えに来て、極楽へ往生させてくれると説いた。これは、法華経で「我常在此・娑婆世界・説法教化」(我常に此の娑婆世界に在って説法教化す)と説いた釈尊の教えに反する思想。また、現実への諦めと無気力化開祖の善導自身が深く娑婆世界を厭い、柳の枝から自殺をはかった後、苦しんで死んだという。
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大日覚王
大日如来のこと。
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舎利弗
サンスクリットのシャーリプトラの音写。身子、鵞鷺子などと訳す。釈尊の十大弟子の一人で、智慧第一とされる。法華経譬喩品第3では、未来に華光如来に成ると釈尊から保証された。声聞の代表。【釈尊への帰依】釈尊の弟子となる前、舎利弗は目連(マウドゥガリヤーヤナ)とともに外道のサンジャヤに師事していたが、釈尊の弟子アッサジに出会い、そこで聞いた釈尊の教えに感銘を受け、釈尊に帰依した。その際、サンジャヤの弟子250人も、ともに釈尊に帰依したと伝えられる。【乞眼のバラモンと舎利弗】
乞眼の婆羅門、【釈尊からの𠮟責】『止観輔行伝弘決』巻2には『十誦律』をふまえて、次のような話が記されている。ある在家の有力信徒から釈尊の弟子たちが食事の供養を受けた時、舎利弗ら長老などがおいしいものをたっぷり食べ、初心者たちは不十分な食事しかできなかった。これを羅睺羅(ラーフラ)から聞いた釈尊は、舎利弗に対して不浄な食事をしたと叱責した。舎利弗は食べた物を吐き出し、今後二度と食事の供養を受けないと誓った。日蓮大聖人は「開目抄」(205㌻)で、この話を、法華経が説かれる以前には二乗が不成仏として糾弾されてきたことの傍証とされている。
―――
応身如来
仏の三身の一つ。仏の肉体・または慈悲をあらわす。三大秘法禀承事には「寿量品に云く『如来秘密神通之力』等云云、疏の九に云く『一身即三身なるを名けて秘と為し三身即一身なるを名けて密と為す又昔より説かざる所を名けて秘と為し唯仏のみ自ら知るを名けて密と為す仏三世に於て等しく三身有り諸教の中に於て之を秘して伝えず』等云云」(1022-09)、総勘文抄には「此の三如是の本覚の如来は十方法界を身体と為し十方法界を心性と為し十方法界を相好と為す是の故に我が身は本覚三身如来の身体なり」(0562-01)、四条金吾釈迦仏供養事には「三身とは一には法身如来・二には報身如来・三には応身如来なり、 此の三身如来をば一切の諸仏必ずあひぐす譬へば月の体は法身・月の光は報身・月の影は応身にたとう、一の月に三のことわりあり・一仏に三身の徳まします」(1144-08)等とある。
―――
自受法楽
「自ら法楽を受く」と読む。法楽とは仏の覚りを享受する最高絶対の幸福のこと。妙法の功徳を自身で享受すること。「四条金吾殿御返事」には「一切衆生・南無妙法蓮華経と唱うるより外の遊楽なきなり経に云く『衆生所遊楽』云云、此の文・あに自受法楽にあらずや」(1143㌻)と述べられている。
―――
法身大日如来
大日経は釈尊が説法した一切経の外にあり、法身仏である大日如来が説法したものであるという弘法の立てた邪義。
―――
金剛薩埵
密教を相承した8人の祖師のうちの第2祖とされ、大日如来から直接教えを受けたとされる。
―――
所化
能化に対する語。弟子のこと。能化を受ける人、化とは教化の義であり、教化する人を教化といい、教化される人を所化という。所とは能動に対して受け身の意味を持つ。仏に対して一切衆生を所化という。
―――
大日経等の三部
真言宗の立てる三部経のこと。大日経7巻・金剛頂経3巻・蘇悉地経3巻のことをいう。
―――――――――
本章では、念仏の教えを開き、西方極楽浄土へ往生を期す愚人のところへ、真言の修行者がきて、密教へと誘引していく。
真言の行者の説く要旨は、仏教には顕教と密教の二種があり、顕教の極理は密教の初門にも及ばない。顕教は舎利弗等の請によって、釈迦応身如来の説かれた諸経であり、密教は自受法楽のために法身大日如来が金剛薩埵を所化として説かれた大日経・金剛頂経・蘇悉地経をさしている。念仏は釈尊の顕教であるから、三界の苦を離れ、寂光の都へ行こうとすれば、顕教を捨てて密教に帰依すべきである等と勧めるのである。
愚人は、この説を聞いて念仏を捨てて真言に帰依する。
ここでは一応、念仏より真言がすぐれているという意味で、愚人が念仏から真言に帰する。この限りでならば正しいが、真言密教が最もすぐれているというのは邪義である。
仏の説かれた最高の経典は法華経であるが、真言宗は法華経を応身釈迦如来の説いた顕教であり、大日経等の密経よりも劣ると主張する。これは、とんでもない誤りである。
最も深奥の法を説かれたという意味での真実の密教とは法華経なのである。
日蓮大聖人は、御義口伝に「今日蓮等の類いの意は即身成仏と開覚するを如来秘密神通之力とは云うなり、成仏するより外の神通と秘密とは之れ無きなり」(0753-第二如来秘密神通之力の事-02)と仰せである。
また、法華経に対して真言の密教を次のように破折されている。
真言見聞には「所詮真言を密と云うは是の密は隠密の密なるか微密の密なるか、物を秘するに二種有り一には金銀等を蔵に篭むるは微密なり、二には疵・片輪等を隠すは隠密なり、然れば則ち真言を密と云うは隠密なり其の故は始成と説く故に長寿を隠し二乗を隔つる故に記小無し、此の二は教法の心髄・文義の綱骨なり、微密の密は法華なり」(0144-13)とある。
法華経は二乗作仏・久遠実成の深い法理を明かす経典があるから、金銀等を蔵に籠めている意味で微密である。これに対して真言密教では始成正覚と説くゆえに久遠の長寿を隠し、二乗作仏のゆえに記小が無い。ゆえに真言の密教は、疵や片輪を隠すという意味の隠密である。
真言が蜜教であるといっても、これは隠密の密であり、法華経こそが真実の秘密の経典である。微密であると、日蓮大聖人は、真言の邪義を破折されている。
つぎに、真言の修行者が主張する、顕教を説いた応身如来とは別に法身大日如来が説いた経であるから、大日経等が顕教よりすぐれているというのも邪義である。
大日如来は、現実にこの世に出現して説法教化した仏ではない。ただ釈尊の説法の上で、衆生を化導し誘引するために方便としてしばらく示された架空の仏に過ぎないのである。
日蓮大聖人は、真言聞耳で「真言は法華経より外に大日如来の所説なり云云、若し爾れば大日の出世成道・説法利生は釈尊より前か後か如何、対機説法の仏は八相作仏す父母は誰れぞ名字は如何に」(0149-02)と鋭く追及されている。
大日如来は釈尊の説法上で示された仏であり、法華経第一と説かれる釈尊が、法華経よりも大日経がすぐれるなどといわれるはずがないのである。この点については、本抄の後の章で、大日如来は法華実相を顕した時には、釈尊の応身仏にすぎないという観点から詳細に破折をくわえられている。
0478:06~0478:12 第七章 禅宗の教えを説くtop
| 06 又爰に萍のごとく諸州を回り 蓬のごとく県県に転ずる非人のそれとも知らず 来り門の柱に寄り立ちて含笑語 07 る事なし、あやしみを・なして是を問うに始めには云う事なし 後に強て問を立つる時・彼が云く月蒼蒼として風忙 08 忙たりと、 形質常に異に言語又通ぜず其の至極を尋れば当世の禅法是なり、 予彼の人の有様を見・其の言語を聞 09 きて仏道の良因を問う時、 非人の云く修多羅の教は月をさす指・教網は是れ言語にとどこほる妄事なり 我が心の 10 本分におちつかんと出立法は其の名を禅と云うなり、 愚人云く願くは我聞んと思ふ、 非人の云く実に其の志深く 11 ば壁に向い坐禅して本心の月を澄ましめよ 爰を以て西天には二十八祖系乱れず東土には六祖の相伝明白なり、 汝 12 是を悟らずして教網にかかる不便不便、是心即仏・即心是仏なれば此の身の外に更に何にか仏あらんや。 -----― また、ここに、浮き草のように諸国を回り、蓬のように各地に転ずる非人がいつとも知れぬ間に来て、門の柱に寄り立ってほくそ笑んでいる。怪しんで尋ねるのに、始めは何もいわない。後に強いて尋ねた時、彼のゆうには、月は蒼々として照り、風は忙々と吹く。形質は常人と異なり、言語もまた通じない。よくよく尋ねてみることは当世の禅法であった。私はかの人の有り様を見、その言語を聞いて仏道の良因を尋ねた。その時、非人のいうには、経典の教えは、月をさす指であり、仏の施設した教網によるのは言語にとらわれた妄事である。自分の心の本分に立ち戻ろうとして説かれた法は、その名を禅というのであると。愚人はいう。ぜひとも私はその教えを聞きたいと思う。 非人はいう。本当にその志が深いのならば、壁に向かい坐禅して本心の月を澄ませなさい。この禅はインドでは二十八祖が乱れず相伝し、中国では六祖の相伝が明白である。あなたはこれを知らないで教網にかかっている。まことにあわれむべきである。この心はそのまま仏、心に即して仏があるのであるから、この身の外にさらに別に仏があるわけがない。 |
非人
①人に非ざる衆生。天・竜・夜叉・等。②遁世の沙門・乞食。
―――
修多羅
梵語シュタラsūtra)の音写。線・① 経文。経典。契経 。②十二分経の一。散文で教理を説いたもの。契経。③ 袈裟 の装飾として垂らす、白赤4筋の組みひも。
―――
二十八祖
禅宗で説く法統。インドで釈尊の奥義を相伝した28人の祖師のこと。西天の28祖・天竺28祖ともいう。伝法正記には付法蔵24人に娑婆斯多・不如蜜多・般若多羅・菩提達磨を挙げ28祖としている。
―――
六祖の相伝
中国における禅宗の六祖の相伝。菩提達磨・慧可・僧燦・道信・弘忍・慧能をいう。
―――
是心即仏・即身是仏
禅宗の教義で、菩提達磨の説。心の本体は仏と異なるものではなく、この心がそのまま仏であるということ。
―――――――――
密教に帰依した愚人のところに、今度は禅僧が訪れる。
愚人が、仏道の良因をたずねたところ、その雲水は、仏の経典は月をさす指であり、経文は言語にとらわれた妄事である。自分の心の本分を見いだす法は禅であるから、壁に向かって坐禅を組み本心の月を澄ましめよという。
さらに、禅の二十八祖の相伝を述べ、是心即仏・即心是仏だから、この身の他に仏はないと説いたのである。
ここにきたって、愚人は、禅に帰依するのではなく、ついに、真の仏法とは何かという疑問をもつに至る。
本章で前段が終わり、次章から後段に入り、愚人は、真実の仏法を知る人を求めて求道の旅に出て、法華の聖人にあうのである。
ところで、禅で説く教外別伝、二十八祖の相伝については後章で詳細な破折が加えられているので、ここでは、禅の所立をあらわすことばである「是心即仏・即心是仏」について述べておきたい。
是心即仏・即心是仏について
禅宗の立義で、達磨の血脈論には「心は即ち是れ仏・仏は即ち是れ心。心の外に仏無く、仏の外に心無し」とある。
是心即仏とは、凡夫の心が即ち仏であり、凡夫の心の外に仏はないことをいう。即心是仏とは、心に即して是れ仏であり、是性の外に仏なきことをいうのである。つまり、凡夫の心がそのまま仏であるとする魔見である。
この魔見について、日蓮大聖人は蓮盛抄で問答をとおして次のように破折されているので、御文にそって考えていきたい。
なお是心即仏・即心是仏というも同意である。
「禅宗云く是心即仏・即身是仏と、答えて云く経に云く『心は是れ第一の怨なり此の怨最も悪と為す此の怨能く人を縛り送つて閻羅の処に到る 汝独り地獄に焼かれて悪業の為に養う所の妻子兄弟等・親属も救うこと能わじ』云云、涅槃経に云く『願つて心の師と作つて心を師とせざれ』云云、愚癡無懺の心を以て即心即仏と立つ豈未得謂得・未証謂証の人に非ずや」(0152-03)
禅宗のいう是心即仏・即身是仏についてどう考えるかという質問である。
大聖人は答えて、凡夫の心こそが第一の怨であり、その心こそ、人を邪道に束縛し、地獄へ陥れる元凶である。自分ひとり地獄におちるのみならず、眷属をも救えないと説いた経文を引かれる。涅槃経には心の師とはなっても、心を師としてはならないと示されている。
ゆえに、禅宗が、愚癡無懺の心をもって直ちに即心即仏であるというのは、末だ得ざるを得たりと思い、末だ証せざるを証せりと思う増上慢の人であると破折されている。
凡夫の愚癡無懺な迷いの心をもって、壁に向かって坐禅をしても、結局、その迷心にひかれて悪道におちるだけである。経文として残された仏の教えを月をさす指であり、言語も妄事であるといっても無視してしまうならば、凡夫は悟ることはできないのである。
それにもかかわらず、坐禅をして悟りを得たなどというのは、末だ証得しない本当の悟りを証得したかのように思う増上慢になりかねないのである。
蓮盛抄には、さらに破折が加えられている。
「問う法華宗の意如何、答う経文に『具三十二相・乃是真実滅』云云、或は『速成就仏身』云云、禅宗は理性の仏を尊んで己れ仏に均しと思ひ増上慢に堕つ定めて是れ阿鼻の罪人なり」(0152-07)
では、法華宗では、その点をどう説いているのか、という問いに対して、日蓮大聖人は、経文を引き、仏道修行の力によって三十二相の仏身を得てこそ真実の成仏であって、凡夫の心がそのまま仏心なのではないと説かれる。
たしかに、円理においてはすべて十界の衆生は仏といえるであろう。いかし、これは天台の六即位の理即の位にすぎず、たんなる理性の仏であって、実際の仏ではないのである。
ところが、禅宗は、理性の仏を尊んで、凡夫の自分がそのまま仏に均いと思うから増上慢におち、堕地獄の因をつくってしまうのである。
法華経を信受し、仏道修行をすることによってはじめて事実のうえで仏の徳があらわれるのである。
しかるに、法華経を月をさす指であり、言語とどこおる妄事であるといって無視し、法華経を信ぜず、捨て去ることこそ、天魔の所行といわざるをえないのでる。
0478:13~0479:16 第八章 法華経の聖人に値うtop
| 13 愚人此の語を聞いてつくづくと諸法を観じ閑かに義理を案じて云く 仏教万差にして理非明らめ難し宜なるかな 14 常啼は東に請い善財は南に求め 薬王は臂を焼き楽法は皮を剥ぐ善知識実に値い難し、 或は教内と談じ或は教外と 15 云う・此のことはりを思うに 未だ淵底を究めず・法水に臨む者は深淵の思いを懐き人師を見る族は薄冰の心を成せ 16 り、 爰を以て金言には依法不依人と定め又爪上土の譬あり 若し仏法の真偽をしる人あらば尋ねて師とすべし求め 17 て崇べし、 夫れ人界に生を受くるを天上の糸にたとへ仏法の視聴は 浮木の穴に類せり、 身を軽くして法を重ん 18 ずべしと思うに依つて 衆山に攀歎きに引れて諸寺を回る足に任せて 一つの巌窟に至るに後には青山峨峨として松 0479 01 風・常楽我浄を奏し 前には碧水湯湯として岸うつ波・四徳波羅蜜を響かす 深谷に開敷せる花も中道実相の色を顕 02 し広野に綻ぶる梅も界如三千の薫を添ふ 言語道断・心行所滅せり謂つ可し 商山の四皓の所居とも又知らず古仏経 03 行の迹なるか、 景雲朝に立ち霊光夕に現ず嗚呼心を以て計るべからず詞を以て宣ぶべからず、 予此の砌に沈吟と 04 さまよひ彷徨とたちもとをり徙倚とたたずむ、 此処に忽然として一の聖人坐す其の行儀を拝すれば 法華読誦の声 05 深く心肝に染みて閑ソウの戸ほそを伺へば 玄義の牀に臂をくだす、爰に聖人予が求法の志を酌知て詞を和げ予に問 06 うて云く汝なにに依つて此の深山の窟に至れるや、 予答えて云く生をかろくして法をおもくする者なり、 聖人問 07 て云く其の行法如何、 予答えて云く本より我は俗塵に交りて未だ出離を弁えず、適善知識に値て始には律・次には 08 念仏・真言・並に禅・此等を聞くといへども未だ真偽を弁えず、聖人云く汝が詞を聞くに実に以て然なり身をかろく 09 して法をおもくするは先聖の教へ予が存ずるところなり、 抑上は非想の雲の上・下は那落の底までも 生を受けて 10 死をまぬかるる者やはある、 然れば外典のいやしきをしえにも朝に紅顔有つて世路に誇るとも 夕には白骨と為つ 11 て郊原に朽ちぬと云へり、雲上に交つて雲のびんづら・あざやかに廻雪たもと・を・ひるがへすとも其の楽みをおも 12 へば夢の中の夢なり、 山のふもと蓬がもとはつゐの栖なり玉の台・錦の帳も後世の道にはなにかせん、 小野の小 13 町・衣通姫が花の姿も無常の風に散り・樊カイ・張良が武芸に達せしも獄卒の杖をかなしむ、されば心ありし古人の 14 云くあはれなり鳥べの山の夕煙をくる人とて・とまるべきかは、 末のつゆ本のしづくや世の中の・をくれさきたつ 15 ためしなるらん、 先亡後滅の理り始めて驚くべきにあらず 願ふても願ふべきは仏道・求めても求むべきは経教な 16 り、 抑汝が云うところの法門をきけば或は小乗・或は大乗・位の高下は且らく之を置く還つて悪道の業たるべし。 -----― 愚人はこのことばを聞いてつくづくと諸法を観じ、静かに道理を考えていう。仏教は万差であって理非を明らかにすることは難しい。そうであるからこそ、常啼菩薩は東に法をたずね、善財童子は南に教えを求め、薬王菩薩は臂を焼いて供養し、楽法梵志は身の皮を剥いで紙とした。善知識に値うことはまことに難しい。あるいは経典によるべきだと説き、あるいは真理は教外にあるという。この理非を判別しようとしても、まだ教義の奥底を極めずに仏法を見る者は淵底の思いをいだき、人師に対しては薄冰を踏むような頼りない思いになっている。このことから仏の金言には「法に依って人に依らざれ」と定め、また仏道を得る者の少なさを爪の上の土に譬えている。もし仏法の真偽を知る人であれば、尋ねて師とし、求めてあがめよう。 いったい、人界に生を受けることは、天上より糸を下して地上の針の穴にとおすむずかしさに譬え、仏法を見聞することの難しさは、一眼の亀の浮木の穴にあうのと同じであると説く。身を軽んじて法を重んじなければならないと思ったので、衆山に登り、悲嘆の気持ちの引かれるままに諸寺を回り歩いた。足にまかせて一つの巌窟にいきついたところ、後には青山が高くそびえ立ち、松風は常楽我浄をかなで、前には碧水がゆったりと岸に波うって四徳波羅蜜を響かせている。深谷に一面に開いた花も中道実相の色を現し、広野にほころびはじめた梅も一念三千の薫をそえている。言語には表現できず、心の働きを越えた境界である。商山の四皓のいた所ともいうべきか。また古仏の修行された跡かも知れない。めでたく美しい雲は朝にたち、不思議な光は夕べに現れる。ああ、なんと心で推し量ることもできず、ことばでのべることもできない。 私はこの界隈を深く思い沈みながらさまよい歩き、たたずみしているところに、にわかに一人の聖人がおられるのを見かけた。その様子を拝すれば、法華読誦の声は深く心肝に染み、静かな窓の戸から中の様子をうかがえば、深遠な教義の研鑽に精魂を注ぐ姿があった。 その時、聖人は私の仏道を求める志をくみとって、ことばを和らげ問うていうには、あなたは何のためにこの深山の岩屋にきたのか。私は答えていう。生を軽んじて法を重んずるためである。聖人は問うていう。その修行の方法は何か、私が答えていうには、もとより私は世俗に交わってきたので、まだ生死を離れる道をわきまえない。たまたま善知識にあって始めには律、次には念仏・真言・そして禅、これらの教えを聞いたけれども、まだ真偽をわきまえることができない。 聖人はいう。あなたのことばを聞けば、まことにそのとおりである。身を軽んじ法を重んずるのは先聖の教えであり、自分も存じているところである。いったい、上は非想天のある雲の上から、下は那落の底に至るまでも、生を受けて死をまぬかれる者があるだどうか。それゆえ外典の低い教えに摸「朝に紅顔の美しさを世間に誇ったとしても、夕べには白骨となって郊原に朽ち果てる」とある。宮中に交わっても黒髪も鮮やかに、風に舞う雪のように袂をひるがえしても、その楽しみを思えば夢の中の夢のようにはかないものである。山の麓、蓬の下が最終の栖となる。玉の台に上り、錦の帳に伏したとしても後世の道には何の助けにもならない。小野小町・衣通姫の花の姿も無常の風に散り、樊噌・張良のように武芸に達していても獄卒の杖の呵責を受けなければならない。 それゆえ、心ある古人は「ああ、鳥辺山の夕べに立つ火葬の煙よ。死者を送る人でさえ、いつまで生きながらえようか」「末の露も本の雫も皆落ちていく姿は、後れ先立つ違いはあってもだれもがやがては死ぬことの例である」と歌った。先亡後滅の道理は今初めて驚くべきことではない。ただひたすら願わなければならないのは仏道であり求めなければならないのは経教である。ところであなたのいうところの法門を聞けば、あるいは小乗、あるいは大乗であるが、位の高下はしばらく置くとしても、これらは還って悪道の業因である。 |
常啼
常啼菩薩のこと。般若経に説かれる菩薩。薩陀波崙菩薩とも。身命も財も惜しまず、自らの骨肉を切ってまでして、般若波羅蜜の教えを聞こうと善知識を求めた。常啼という名の由来について『大智度論』には諸説挙げられており、例えば、幼い時に喜んで泣いたから、悪世に衆生が貧窮憂苦するを見て悲泣するから、仏道を求めるからなどとする。
―――
善財
善財童子のこと。華厳経に説かれる長者の一人。文殊師利菩薩に会って菩提心を起こし、法を求めて観世音菩薩を訪ねた。
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薬王
薬王菩薩のこと。衆生に良薬を施して心身の病を治す菩薩。法華経では法師品第10などの対告衆。勧持品第13では、釈尊が亡くなった後の法華経の弘通を誓っている。薬王菩薩本事品第23には、過去世に一切衆生憙見菩薩として日月浄明徳仏のもとで修行し、ある世では身を焼き、また次の世では7万2000歳の間、腕を焼いて燈明として仏に供養したことが説かれている(ちなみに経文には「臂」〈法華経591,592㌻〉を焼いたと記されているが、漢語の「臂」は日本語でいう腕にあたる)。
―――
楽法
楽法梵志のこと。釈尊の過去世の姿の一つ。『大智度論』巻49によると、バラモンの姿をした魔が楽法という菩薩に対し、身の皮を紙とし、骨を筆とし、血を墨として書写するなら、仏の一偈を教えようと言った時、楽法は即座に自らの皮を剝いで書写しようとした。すると魔は消え去り、仏が現れ法門を説いたという。
―――
教内
釈尊の悟りは言語によって教法に示されているとすること。
―――
教外
仏の教説の外、経典に基づかないこと。
―――
爪上土の譬
ガンジス河の砂に対して、爪の上に乗るほどの土をいう。人間として生を受けることは稀であり、仏法に巡り合うこととむずかしさ、等にたとえる。
―――
天上の糸
天上から下ろした糸のこと。人間が生まれてくることは、天上から下した糸を下界の針の孔に入れるより難しいとの譬え。
―――
常楽我浄
仏にそなわる徳目で、四徳波羅蜜ともいう。単に四徳とも。涅槃経などでは、苦・空・無常・無我は人々の迷いを破るための教えであり、仏の境地は常・楽・我・浄であると説く。①常とは仏の境地が永遠不変であること。②楽とは無上の安楽のこと。③我とは自立していて他から何の束縛も受けないこと。④浄とは煩悩のけがれのない清浄な境地をいう。
―――
四徳波羅蜜
四徳とは常・楽・我・浄の四種の徳性。波羅蜜は究竟・到彼岸の意。
―――
中道実相
中道は一切万法の真実の姿であることから実相という。
―――
界如三千
あらゆる存在が十界・十如是・三千の諸法を具えていること。十界は地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天・声聞・縁覚・菩薩仏。十如は相・性・体・力・作・因・縁・果・報・本末究竟等。十界が互具して百界・十如是が互具して千如是。五陰・衆生・国土の三千世間を互具して三千世間となる。これを界如三千とも一念三千ともいう。
―――
言語道断・心行所滅
究極の法は言葉で表すことも心で思い考えることもできないということ。吉蔵(嘉祥)の『維摩経義疏』巻4の言葉。
―――
商山の四皓
中国秦の始皇帝の時代、国礼を避けて、狭西省商山に入った隠士。東園公,綺里季,夏黄公の四人。みなみな鬚眉皓白の老人であったことからこの名がある。漢代に入り高祖のとき、高祖が如意太子を廃して威夫人の子、趙を立てようと欲した。如意太子の母はこれを憂慮し張良に謀り、この四人の隠君子を招請して如意太子の補佐役とした。高祖は四人の年齢80あまり、威風堂々たる人物を見て、これを予て崇めている商山の四君子であることを知り、この四人が補佐する太子の廃嫡の不可能なるを悟り、決意を翻したという。この如意太子がのちに即位して第二代恵帝となった。
―――
徙倚
さまよい、たたずむこと。
―――
非想
非想非非想のこと。非想天・有頂天ともいう。無色界の第四天で、三界諸天のなかの最頂部。
―――
那落
地獄のこと。また地獄に落ちた人のこと。
―――
小野の小町
平安時代前期9世紀頃の女流歌人。六歌仙、三十六歌仙、女房三十六歌仙の一人。
―――
衣通姫
日本書紀・古事記などにある。容姿が絶妙で比類なく、その美しさが衣を通して輝いていたのでその名があるという。日本書紀では、第19代允恭天皇の后で皇后忍坂大中姫の妹・弟姫としている。また古事記には同天皇の皇女・軽大郎女としている。
―――
樊噌
(~前0189)。中国前漢の豪傑。沛の出身。張良、陳平、周勃とともに漢王の四将の一人。劉邦が微賤のときから仕え、天下統一に貢献したが、大業が成ってのちは、劉邦にうとんぜられた。
―――
張良
紀元前2世紀の中国・漢の建国の功臣。劉邦(漢の高祖)の挙兵に呼応して軍師となって活躍した。のち秦を滅ぼし、鴻門の会においては劉邦の危機を救い、漢の建国に貢献した。
―――
先亡後滅
あるいは先に滅び、あるいは後に滅するの差別はあるが、皆、やがて死んでいくということ。無常をあらわす。
―――――――――
本章から後段に移る。
求法の旅の末に法華経の聖人に巡りあった愚人と聖人との問答が開始される。この法華経の聖人こそ、日蓮大聖人御自身であることはいうまでもない。
これまで、諸宗の人の来訪をうけ、種々の教えを聞いて、愚人は、一つの根本的な疑問をもつに至った。つまり、仏教は各宗、各派に分かれて、教えも各自違ってくる。これらの宗派のなかで、いずれの教えが真実であるか、その理非、勝劣を明らめることもできなくなってしまい、仏法の真偽を知る聖人を探して、求法の旅に出るのである。
なお、これは日蓮大聖人が、御自身、清澄寺におられたころいだかれた疑問であった。大聖人は御自身でその疑問を解決されたのであった。本文には、常啼菩薩・薬王菩薩等の過去の求法者に例を挙げられて、善知識にいかに値い難いかを示されている。
それは、真実の仏法を悟った聖人は、爪上の土のようにまれであるから、自ら求道の炎を燃やし、身軽法重の実践をしなければ、到底、出会うことはできないことを教示されるためである。
それゆえ、愚人は、身軽法重の経文のままに、諸寺をめぐって、ついに一つの清澄な霊域に達する。
そこで愚人は、深山の霊妙なふんいきにつつまれ、法華経読誦の声を耳にし、崇高な聖人の姿に心をうたれている。
愚人の姿に求法の心を感じとった聖人は、まず愚人に、来訪の理由を問い、愚人は身軽法重のためであると答える。
愚人の身軽法重の決意を聞いた聖人は、これまでどのような修行をしてきたかを訊ねる。愚人が、律・念仏・真言・禅と遍歴してきたが、いまだに真偽をわきまえることができないでいると答えるのを聞いて、聖人は人生の無常から説いて仏道を求めることの尊さを強調するとともに、愚人の経てきた諸宗はいずれも、かえって悪道におちる邪法であると、一言で破折する。
それは、出離生死の法を求める決意を、一段と固めさせるためであったと思われる。
愚人の心は、今、どの宗派が真実であるかを判断しかねている。根本的な疑いをもっているとはいえ、彼の心の奥には、これらの宗派への断ちがたい執着もある。いずれかの宗派が真実にちがいないという期待の心もあったと思われる。
だが、そのような邪宗への執着心やはかない期待を打ち破るために、これらの宗はすべて悪業の因であると一刀両断するのである。
一つの巌窟に至るに後には青山峨峨として松風・常楽我浄を奏し前には碧水湯湯として岸うつ波・四徳波羅蜜を響かす
ここに述べられた常楽我浄とは、涅槃の四徳であり、悟りの境地においてそなわってくる四つの徳をいうのである。また四徳波羅蜜ともいう。波羅蜜は到彼岸の意であるから、仏のそなえる四徳が究竟処であることを意味している。
“常”とは、涅槃の当体が常住であり、生滅の法を離れていることをいう。無常に対する常住である。
“楽”とは、涅槃の当体が寂滅であり、安穏であるから、これを楽という。苦に対する楽である。
“我”とは、涅槃の当体が実であるから我というのである。また、その働きとしては、自由自在であることをさしている。
“浄”とは、涅槃の体が、煩悩、汚れを解説して浄らかであることをいう。この常楽我浄は、法華経にきてはじめて得られる悟りの生命にそなわる四徳である。
さて、本文には愚人が一つの巌窟にたどりついたところ、松風が四徳を奏し、岸うつ波も四徳の響きをたてていたという。また、美しく咲いている花は中道実相の色をそなえ、梅の香りが界如三千の香りを放っていた、と述べられている。
この段は、まさに仏国土、寂光土の姿であり、この依報の国土の描写によって、そこに住する聖人が仏であることを示されているのである。
「法妙なるが故に人貴し・人貴きが故に所尊しと」(1578-12)といわれるように、最高の法である法華経を行ぜられる聖人の住所は、自然に寂光浄土の相をそなえてくるのである。
0479:17~0480:17 第九章 総じて権教諸宗を破すtop
| 17 爰に愚人驚いて云く如来一代の聖教はいづれも衆生を利せんが為なり、 始め七処・八会の筵より終り跋提河の 18 儀式まで何れか釈尊の所説ならざる 設ひ一分の勝劣をば判ずとも何ぞ悪道の因と云べきや、 聖人云く如来一代の 0480 01 聖教に権有り実有り 大有り小有り 又顕密二道相分ち其の品一に非ず、 須く其の大途を示して 汝が迷を悟らし 02 めん、夫れ三界の教主釈尊は十九歳にして 伽耶城を出て檀特山に篭りて 難行苦行し三十成道の刻に 三惑頓に破 03 し無明の大夜爰に明しかば 須く本願に任せて一乗妙法蓮華経を宣ぶべしといへども 機縁万差にして 其の機仏乗 04 に堪えず、 然れば四十余年に所被の機縁を調へて後八箇年に至つて出世の本懐たる妙法蓮華経を説き給へり、然れ 05 ば仏の御年七十二歳にして 序分無量義経に説き定めて云く「我先きに道場菩提樹の下に端坐すること 六年にして 06 阿耨多羅三藐三菩提を成ずることを得たり、 仏眼を以て一切の諸法を観ずるに宣説す可からず、 所以は何ん諸の 07 衆生の性慾不同なるを知れり性慾不同なれば種種に法を説く 種種に法を説くこと方便の力を以てす 四十余年には 08 未だ真実を顕わさず」文、 此の文の意は仏の御年三十にして 寂滅道場菩提樹の下に坐して仏眼を以て一切衆生の 09 心根を御覧ずるに 衆生成仏の直道たる法華経をば説くべからず、 是を以て空拳を挙げて嬰児をすかすが如く様様 10 のたばかりを以て 四十余年が間はいまだ真実を顕わさずと 年紀をさして青天に日輪の出で暗夜に満月のかかるが 11 如く説き定めさせ給へり、 此の文を見て何ぞ同じ信心を以て仏の虚事と説かるる法華已前の権教に執著して、 め 12 ずらしからぬ三界の故宅に帰るべきや、 されば法華経の一の巻方便品に云く「正直に方便を捨て但無上道を説く」 13 文、此の文の意は前四十二年の経経・汝が語るところの念仏・真言・禅・律を正直に捨てよとなり、此の文明白なる 14 上重ねていましめて第二の巻譬喩品に云く「但楽つて大乗経典を受持し 乃至余経の一偈をも受けざれ」文、 此の 15 文の意は年紀かれこれ煩はし 所詮法華経より自余の経をば一偈をも受くべからずとなり、 然るに八宗の異義蘭菊 16 に道俗形ちを異にすれども 一同に法華経をば崇むる由を云う、 されば此等の文をばいかが弁へたる正直に捨てよ 17 と云つて余経の一偈をも禁むるに或は念仏・或は真言・或は禅・或は律・是れ余経にあらずや、 -----― この時、愚人は驚いていう。釈尊一代の聖教はいずれも衆生を利益しようとして説かれた。始め七処八会で説かれた華厳経から、最後にの跋提河のほとりで説いた涅槃経まで、いずれも釈尊の所説でないものはない。たとい一分の勝劣を判じたとしても、どうして悪道の因というべきであろうか。聖人はいう。釈尊一代の聖教に権教があり実教があり、大乗があり小乗があり、また顕教・密教の二道に分かれ、その様相は同一ではない。そこで今その大略を示してあなたの迷いをあきらかにしよう。いったい三界の教主釈尊は十九歳で伽耶城を出て檀特山に籠って難行苦行し、三十歳で成道する時に、三惑を一時に破し、無明の大夜がここに明けたので、当然本願に従って一乗妙法蓮華経を説くべきであったが、衆生の機根は万差であり、その素質は仏乗を解すことができなかった。そこで四十余年の間に衆生の機縁を調えて、後八箇年に至って出世の本懐である妙法蓮華経を説かれた。 それゆえ、仏の御年七十二歳の時、法華経の序分の無量義経に説き定めていうには「私は先きに寂滅道場・菩提樹の下に端坐すること六年ののち、無上の正覚を成ずることを得た。仏眼で持って一切の諸法を観察した時、真実の悟りのままを説くことはできないと知った。その理由は何か。諸の衆生の性欲が不同であると知ったからである。性欲が不同であるから種々に法を説くことは方便の力を用いた。この四十余年間にはまだ真実を顕していない」と。 この文の意は仏は御年三十の時に寂滅道場・菩提樹の下に端座して、仏眼をもって一切衆生の心根を御覧になった時に、衆生の成仏の直道である法華経を直ちに説くわけにはいかなかった。そこでにぎりこぶしを挙げて嬰児をあやすように、さまざまな方便をもって衆生を教化した四十余年の間は、まだ真実を顕していない、と年数を挙げて、青天に太陽の出現し暗夜に満月のかかるように、説き定められたのである。この文を見て、何で同じ信心をもって仏の偽りと説かれる法華経以前の権教に執著して、珍しくもない三界の元の家に帰ってよいものであろうか。 それゆえ、法華経巻一の方便品第二には「正直に方便を捨て但無上道を説く」とある。この文の意味は法華経以前の四十二年の経々、すなわちあなたの語るところの念仏・真言・禅・律を正直に捨てよ、というのである。この文に明白なうえに、重ねていましめて法華経巻二の譬喩品第三には「但楽って大乗経典を受持し乃至余経の一偈をも受けざれ」とある。この文の意味は、年数などあれこれという必要はない。結局、法華経以外の経を一偈でも受けてはならないということである。ところが八宗の所説は蘭菊と咲き乱れ、道俗の形も相違しているのに、一同に法華経を尊ぶという。それならばこれらの文をどのように考えているのか。「正直に捨てよ」といって余経の一偈をも受持するなと禁めてあるのに、あるいは念仏・あるいは真言・あるいは禅・あるいは律、これらは余経ではないというのか。 |
七処・八会
華厳経の説法の場所と会座の数。釈尊は寂滅道場菩提樹下で正覚を成して後、3週間にわたって華厳経を説法したが、これが七つの場所で八回行われたので、七処・八会という。七処とは、①寂滅道場②普光法堂③忉利天④夜摩天⑤兜率天⑥他化自在天⑦逝多林。
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跋提河の儀式
華厳経が説かれた場所と説法のこと。
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伽耶城
中インド・摩竭提国のこと。インド北東部ビハール州ガヤにあたある。この近くで釈尊が悟りを開いたという仏陀伽耶がある。
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檀特山
檀特は梵語のダンダカまたはダンダローカの訳。陰山または治罰と訳す。北インドのガンダーラ地方にある山といわれている。悉多太子が修行した山として知られている。
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三惑
天台大師智顗が一切の惑(迷い・煩悩)を3種に立て分けたもの。見思惑は声聞・縁覚・菩薩の三乗が共通して伏すべき迷いであるゆえに通惑ともいい、塵沙・無明の二惑は別して菩薩のみが断ずる惑なので別惑ともいう。『摩訶止観』など多くの論釈に説かれている。①見思惑は、見惑と思惑のこと。見惑は、後天的に形成される思想・信条のうえでの迷い。思惑は、生まれながらにもつ感覚・感情の迷い。この見思惑を断じて声聞・縁覚の二乗の境地に至るとされる。②塵沙惑とは、菩薩が人々を教え導くのに障害となる無数の迷い。菩薩が衆生を教化するためには、無数の惑を断じなければならない故にこういう。塵沙は無量無数の意。③無明惑とは、仏法の根本の真理に暗い根源的な無知。別教では十二品、円教では四十二品に立て分けて、最後の一品を「元品の無明」とし、これを断ずれば成仏の境地を得るとしている。小乗では見惑を断じて聖者となり、思惑を断じて阿羅漢果に達するとしている。大乗では菩薩のみがさらに塵沙・無明の二惑を次第に断じていくとする。天台大師は『摩訶止観』巻4上で、三惑は即空・即仮・即中の円融三観によって断ずることができると説いている。すなわち空観によって見思惑を破し、仮観によって塵沙惑を破し、中観によって無明惑を破す。しかし、円融三観は空・仮・中のおのおのが時間的にも空間的にも円融相即して差別がないから、三惑は同時に断破される。
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一乗妙法蓮華経
一仏乗の妙法蓮華経のこと。
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機縁
時期因縁のこと。ある教を受け入れる衆生の時機や資質のこと。
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無量義経
中国・南北朝時代の斉の曇摩伽陀耶舎訳。1巻。法華経序品第1には、釈尊は「無量義」という名の経典を説いた後、無量義処三昧に入ったという記述(法華経75,76㌻)があり、その後、法華経の説法が始まる。中国では、この序品で言及される「無量義」という名の経典が「無量義経」と同一視され、法華経を説くための準備として直前に説かれた経典(開経)と位置づけられた。
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阿耨多羅三藐三菩提
サンスクリットのアヌッタラサンミャクサンボーディの音写。無上正遍知、無上正等正覚、無上正等覚などと訳す。最高の正しい覚りの意。仏の完全な覚りのこと。
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性慾不同
衆生の性質・欲望が同一でないこと。
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寂滅道場
寂滅は覚りの境地。道場は覚りを得る場所。釈尊が今世ではじめて覚りを開いた、伽耶城(ガヤー)の菩提樹の下のこと。
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一偈
「偈」ゲダ(gāthā)の音写。仏典の中で韻文形式を用いて仏の徳を讃嘆したり、法理を述べたもの。頌ともいう。梵語の仏典では、八音節四句からなるシュローカ、音節数は自由だが必ず八句二行からなるアールヤーなどがある。漢訳仏典では別偈と通偈に分かれており、別偈は一句の字数を三字四字などに定めて四句となしたものをいう。別偈は更に、前に散文の教義なしに記された伽陀と、前に散文の教義があって重ねてその義を説いた祇夜の二つに分かれている。通偈は首盧迦ともいい、散文、韻文にかかわらず、三十二字を一頌と数えることをいう。なお教義には別偈のみを偈とする。
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八宗
八宗は倶舎・成実・三論・法相・律・華厳の南都六宗に、平安時代の天台・真言の2宗を加えたもの。十宗は、八宗に鎌倉時代に成立した浄土・禅の2宗を加えたもの。日蓮大聖人の時代までに日本に伝えられていた仏教の全宗派。
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前章で、法華経の聖人が、律・念仏・真言・禅等はすべて悪道の業因であると破折したのを聞いた愚人は驚いて、聖人にその理由をたずねるのである。
本章は聖人が、釈尊一代の化導のあり方と目的を明らかにすることにより、爾前権教と法華実教の相違を示し、法華経に違背する諸宗が堕悪道の因になることを教示される個所である。
愚人の驚きは、仏法の内容を知らない者にとっては当然のことかもしれない。愚人は、釈尊の一代聖教はすべて衆生を救うために説かれたものである。その釈尊の所説が、たとえ勝れているか劣っているかの違いはあっても、功徳があるはずで、堕悪道の因になるなどとは考えられないというのである。
そこで、聖人は、釈尊一代の聖教に、権実・大小・顕密等の勝劣浅深の違いがあることを示され、本抄ではとくに権実の相違をとりあげ、釈尊自身がこれを区別していることを示して、愚人の迷妄をはらされるのである。
本抄に記された無量義経の文にあるように、釈尊はその悟りである妙法蓮華経を直ちに説きたかったのであるが、衆生の性欲が種々であり、法華経を信受するに耐えなかったので、四二年間、種々に法を説いて衆生の機根を調養してきたのである。
ゆえに、爾前権教はすべて方便の教えであり、真実の法華経へと誘引するための経典であって、そこには真実はまだ顕されていない。無量義経に「未顕真実」と説かれているとおりである。
持妙法華問答抄には、無量義経の「未顕真実」の文を引かれた後、次のように記されている。
「此の文を聞いて大荘厳等の八万人の菩薩・一同に『無量無辺不可思議阿僧祇劫を過ぐるとも終に無上菩提を成ずることを得ず』と領解し給へり、此の文の心は華厳・阿含・方等・般若の四十余年の経に付いていかに念仏を申し禅宗を持ちて仏道を願ひ無量無辺・不可思議・阿僧祇劫を過ぐるとも無上菩提を成ずる事を得じと云へり」(0461-08)
すなわち、爾前権教は、いかにも長期間修行しても、成仏は不可能なのである。所詮、念仏・禅・真言等は、出離生死の法ではないからである。
そこで、方便品には「若し小乗を以って化すること、乃至一人に於いてせば、我則ち慳貪に堕せん、此の事は為めて不可なり」と示されている。
もし法華経を説かずして、爾前権教だけで終わったならば、慳貪の罪によって釈尊自身が地獄に堕ちてしまう。したがって、法華経を説かないでいるわけはないのである、という意味である。
しかも、方便権教で、無得道の経典である爾前経は、真実教であり成仏得道を可能にする法華経が説かれた以上は、正直に捨て、法華経のみを純一に信ずべきであって、そこに方便権教の信をまじえてはならないと戒められているのである。
法華経に、余経の一偈でもまじえることは、薬に毒を入れる行為にほかならないのである。にもかかわらず、八宗の人々は、一同に法華経を崇めてはいるが、法華経に記されたとおりに信心している人はいない、との大聖人の仰せである。
例えば、法華経を崇めながら、一方では念仏をほめ、念仏を称える者もいる。また、法華経は最高の経典であるといいながら、真言の祈祷をしたり、坐禅を組んでいる者もいる。これらはすべて、法華経を崇めながら法華経に背いているのである。
釈尊の出世の本懐である法華経の金言にそむき、爾前経の一偈でも用いれば、いかに法華経を口でほめてえも、堕悪道の因となることを知らなければならない。
0480:17~0481:11 第十章 念仏は無間地獄の宗と示すtop
| 17 今此の妙法蓮華経と 18 は諸仏出世の本意・衆生成仏の直道なり、 されば釈尊は付属を宣べ 多宝は証明を遂げ諸仏は舌相を梵天に付けて 0481 01 皆是真実と宣べ給へり、 此の経は一字も諸仏の本懐・一点も多生の助なり 一言一語も虚妄あるべからず此の経の 02 禁を用いざる者は諸仏の舌をきり 賢聖をあざむく人に非ずや 其の罪実に怖るべし、 されば二の巻に云く「若し 03 人信ぜずして此の経を毀謗せば 則ち一切世間の仏種を断ず」文、 此の文の意は若人此経の一偈一句をも背かん人 04 は過去・現在・未来・三世十方の仏を殺さん罪と定む、 経教の鏡をもつて当世にあてみるに法華経をそむかぬ人は 05 実に以て有りがたし、 事の心を案ずるに不信の人・尚無間を免れず況や念仏の祖師・法然上人は法華経をもつて念 06 仏に対して抛てよと云云、 五千七千の経教に何れの処にか法華経を抛てよと云う文ありや、 三昧発得の行者・生 07 身の弥陀仏とあがむる 善導和尚・五種の雑行を立てて 法華経をば千中無一とて 千人持つとも一人も仏になるべ 08 からずと立てたり、 経文には若有聞法者無一不成仏と談じて 此の経を聞けば十界の依正・皆仏道を成ずと見えた 09 り、爰を以て五逆の調達は天王如来の記ベツに予り非器五障の竜女も南方に頓覚成道を唱ふ況や復キッコウの六即を 10 立てて機を漏らす事なし、 善導の言と法華経の文と実に以て天地雲泥せり 何れに付くべきや就中其の道理を思う 11 に諸仏衆経の怨敵・聖僧衆人の讎敵なり、経文の如くならば争か無間を免るべきや。 -----― 今この妙法蓮華経とは諸仏出世の本懐、衆生の成仏の直道である。それゆえ釈尊は付属をのべ、多宝如来は証明をなし、諸仏は舌相を梵天に付けて「皆是真実」とのべられた。この法華経は一字でも諸仏の本懐、一点でも多生の助けとなる。一言一語でも虚妄のはずがない。この法華経の禁めを用いない者は諸仏の舌をきり、賢人・聖人を欺く人ではないか。その罪は実に怖るべきである。それゆえ法華経巻二譬喩品第三に「もし人が信じないでこの経を毀謗するならば、直ちに一切世間の仏種を断ってしまう」とある。この文の意味は、「もしこの経の一偈一句をそむく人は過去・現在・未来の三世十方の仏を殺した罪に相当すると定めているのである。経教の鏡でもって当世を映してみると、法華経に背いていない人は、まことに存在し難い。以上のことの心を考えると不信の人でさえ無間地獄をまぬかれない。まして念仏の祖師・法然上人は法華経を念仏に相対して抛てといっている。五千・七千の経教のいずれのところに、法華経を抛てという文があるのか。 念仏三昧を体得した行者・生身の弥陀仏と崇められた善導和尚は、五種の雑行を立てて、法華経を「千中無一」といって、千人が持ったとしても一人も仏になれないと主張した。経文には「もし法華経を聞く者があるならば、ひとりとして成仏しないことはない」と説かれて、この経を聞けば十界の依報・正報は皆仏道を成ずると見えている。このゆえに五逆罪を犯した提婆達多は天王如来の記別を受け、成仏の器でない五障の竜女も、南方世界で速やかに成仏の姿を示したという。ましてまた、蛣蜣のような虫けらにも六即を立て、いかなる機根も成仏の道に漏れることはない。善導のことばと法華経の文とはまことに天地雲泥である。いずれに付くべきか。とくにその道理を思うと、善導は諸仏や衆経の怨敵であり、聖僧や衆人の仇敵である。経文のとおりであるならば、どうして無間地獄をまぬかれることができようか。 |
多生
多くの生を繰り返して受けること。
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無間
阿鼻はサンスクリットのアヴィーチの音写で、苦しみが間断なく襲ってくるとして「無間」と漢訳された。無間地獄と同じ。五逆罪や謗法といった最も重い罪を犯した者が生まれる最悪の地獄。八大地獄のうち第8で最下層にあり、この阿鼻地獄には、鉄の大地と7重の鉄城と7層の鉄網があるとされる。
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三昧発得の行者
「三昧」は静慮のとこ。三昧に入って智慧を発し悟りを得ている修行者。三昧はサマーディ(samādhi)の音写。三摩提・三摩帝とも書く。定・正定・正受・等持などと訳す。心を一所に定めて動じないことをいう。
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善導和尚
613年~681年。中国・唐の浄土教の祖師。道綽の弟子。称名(南無阿弥陀仏ととなえること)を重視する浄土教を説き、日本浄土宗の開祖・法然(源空)に大きな影響を与えた。主著に『観無量寿経疏』『往生礼讃偈』など。
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五種の雑行
浄土宗で立てる、極楽浄土に往生できない五種類の修行のこと。読誦雑行・観察雑行・礼拝雑行・称名雑行、讃歎供養雑行をいう。
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千中無一
「千人のうち一人も成仏する者はいない」との意。善導の『往生礼讃偈』の文。五種の正行(極楽に往生するための5種類の修行)以外の教えを修行しても、往生できる者は千人の中に一人もいないということ。
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若有聞法者無一不成仏
法華経方便品第2の文。「若し法を聞くこと有らば|一りとして成仏せざること無けん」(法華経138㌻)と読み下す。法華経を聞いた人は、一人も漏れることなく成仏するという意味。
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十界の依正
十界の衆生と、そのよりどころとなる一切の環境のこと。依は依報、正は正法。
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調達
提婆達多のこと。サンスクリットのデーヴァダッタの音写。調達とも音写する。釈尊の従弟で、最初は釈尊に従って出家するが、慢心を起こして敵対し、釈尊に種々の危害を加えたり教団の分裂を企てた(三逆罪=破和合僧・出仏身血・殺阿羅漢)。その悪行ゆえに生きながら地獄に堕ちたという。【提婆の成仏】法華経提婆達多品第12では、提婆達多は阿私仙人という釈尊の過去世の修行の師であったことが明かされ、無量劫の後、天王如来になるだろうと記別を与えられている。これは悪人成仏を明かしている。【釈尊や仏弟子への迫害】①仏伝によれば、提婆達多は釈尊を殺そうとして耆闍崛山(霊鷲山)から大石を投げ落としたが、地神の手に触れたことで釈尊は石を避けることができた。しかし、破片が釈尊の足に当たり親指から血が出たという。これは五逆罪の一つ、出仏身血にあたる。②阿闍世王は、提婆達多を新たに仏にしようとして、象に酒を飲ませて放ち、釈尊を踏み殺させようとしたという。これは釈尊が存命中に受けた九つの難(九横の大難)の一つにあたる。③『大智度論』などによると、蓮華比丘尼(華色比丘尼)は、釈尊の弟子で、提婆達多が岩を落として釈尊を傷つけて血を出させた時に、提婆達多を非難して、提婆達多に殴り殺されたという。
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非器五障の竜女
非器五障とは、女性は仏教を受け入れる能力がなく、五つの障害を有するという爾前権教の説。竜女は海中の竜宮に住む娑竭羅竜王の娘で8歳の蛇身の畜生。法華経提婆達多品第12には、文殊師利菩薩が法華経を説くのを聞いて発心し、不退転の境地に達していた。しかし智積菩薩や舎利弗ら聴衆は竜女の成仏を信じなかったので、竜女は法華経の説法の場で「我は大乗の教を闡いて|苦の衆生を度脱せん」(法華経407㌻)と述べ、釈尊に宝珠を奉ってその身がたちまちに成仏する姿を示したと説かれている。竜女の成仏は、一切の女人成仏の手本とされるとともに、即身成仏をも表現している。
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頓覚成道
速やかに菩提の道を行ずること。
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蛣蜣の六即
法華経の教理によれば、蛣蜣のような虫にも六即が立てられ、仏性を現ずることができるということ。一切衆生は虫けらまでも、漏れなく、法華経によって成仏できるということ。
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前章に示されたように、方便権教を捨てよというのが、法華経の金言であり、これに違背すれば堕獄の因となることは明白である。この章からは、順次、念仏・真言・禅の破折に移られるのである。
本章では、念仏を破折され、中心人物である法然と善導をとりあげ、彼等の無間地獄が間違いないとする根拠を明かされている。
まず譬喩品の「若し人信ぜずして、此の経を毀謗せば、則ち一切世間の仏種を断ぜん、乃至其の人命終して、阿鼻獄に入らん」の文を引かれている。
この文にある毀謗の意味は、とくに法華経をさして下劣の経ということのみではない。念仏者がいうように、法華経は高く尊い経ではあるが、末法の機根に合わないといって、法華経の成仏得道の大利益を信ぜず、否定する者も、不信謗法であり、無間地獄もまぬかれないのである。
ところが、法然は、法華経を捨・閉・閣・抛せよといい、また善導は雑行に摂して千中無一とまで誹謗したのであるから、無間地獄はまぬかれるはずがない。
法然は、選択集で、浄土三部経以外の一切の経典を捨・閉・閣・抛せよといった。ところが、法華経方便品には、前述したごとく「正直に方便を捨てよ」と記されている。譬喩品には「余経の一偈をも受けざれ」とある。明らかに捨・閉・閣・抛の四文字は法華経の金言と相反し、法華経を誹謗することばである。
善導も、往生礼讃偈で、五種の正行以外の法華経等の経教の修行、すなわち雑業によって、極楽往生できる者は千人の中に一人もいないと述べている。
彼の言葉に反して、法華経には明瞭に「若し法を聞くこと有らん者は、一りとして成仏せずということを無けん」と、この法華経を聞く者は、十界のいかなる衆生もことごとく成仏すると説かれている。
日蓮大聖人は、その具体的事例として、提婆達多の悪人成仏、竜女の女人成仏、蛣蜣のごとき虫けらの六即配立をあげておられる。
このように、法然・善導の所説は、諸仏衆経の根源である法華経の文とは正反対の邪説であり、このことから、明らかに彼等は諸仏衆経の怨敵といわざるをえないことになる。
今此の妙法蓮華経とは諸仏出世の本意・衆生成仏の直道なり、されば釈尊は付属を宣べ多宝は証明を遂げ諸仏は舌相を梵天に付けて皆是真実と宣べ給へり、此の経は一字も諸仏の本懐・一点も多生の助なり
この法華経は、諸仏が世に出て説かんとされた本意であり、また、衆生が成仏できる直道の経典であるといわれる。それは何故であろうか。
爾前経と法華経とを、その法体面で比較すれば、爾前経は部分的真理を説くにとどまり、法華経は全体的真理を明かした経である。つまり、生命の部分的・表面的真理をおのおのの側面から説いたのが爾前経である。これに対して、法華経は、生命の全体像を示しつつ、さらに生命全体を包含する根源的法理を説き示そうとしたのである。
無量義経に「無量義とは一法より生ず」とあるように、生命の無量義が生じた根源の一法、宇宙根源の法理を説き示している経典が法華経である。換言すれば、法華経が、諸仏出世の本懐の経典であり、人々を成道せしめる経力をもっているのは、あくまでこの経典が、その文底に宇宙と生命の根源の一法を秘めているからである。
この根源の一法こそ、南無妙法蓮華経にほかならない。このことを三大秘法抄には「法華経を諸仏出世の一大事と説かせ給いて候は 此の三大秘法を含めたる経にて渡らせ給えばなり」(1023-13)と述べられている。
また、本抄にも「諸仏の誠諦得道の最要は只是れ妙法蓮華経の五字なり、檀王の宝位を退き竜女が蛇身を改めしも只此の五字の致す所なり、夫れ以れば今の経は受持の多少をば一偈一句と宣べ修行の時刻をば一念随喜と定めたり、凡そ八万法蔵の広きも一部八巻の多きも只是の五字を説かんためなり」と述べられ、続いて、釈尊が上行菩薩に付嘱した結要の大法こそ、この妙法五字であると示されている。
ここにゆう妙法五字とは、法華経が文底に秘沈された根源の一法、南無妙法蓮華経をさしている。この妙法によって諸仏は得道したのであり、釈尊一代の八万法蔵も、法華経一部二十八品さえも、ことごとく妙法五字へと導くためだったのである。
究極のところ、法華経の文底に秘沈された南無妙法蓮華経こそ、成仏直道の大法なのである。したがって、法華経の会座で神力付嘱が行われたのも妙法五字を上行菩薩に託すためであり、また、多宝如来や諸仏が釈尊の説法を皆是真実なりと証明したのも、一応は在世の衆生の得脱のためであるが、再往の本意は釈尊滅後にこの妙法を流布せしめ、末法の衆生を救わんがためなのである。
法華経は南無妙法蓮華経を秘沈した経典であるから、この経の一字一言の中にも諸仏の本懐が託されている。また、ただの一点でさえも、輪廻の助けとならないものはないのである。
ゆえに、この経を信受する者は、妙法の力によって成仏し、逆に、法華経を誹謗する者は、成仏根源の法である南無妙法蓮華経を謗じ、破壊する行為となり、堕地獄の因をつんでしまうのである。
法然・善導等は、法華経の金言にそむくことによって、南無妙法蓮華経を謗ずる行為をなし、根源の一法を自ら破壊して、無間地獄の苦を呼び寄せてしまったといえよう。
0481:12~0482:07 第11章 善導・法然の邪義を示すtop
| 12 爰に愚人色を作して云く 汝賎き身を以て恣に莠言を吐く 悟つて言うか迷つて言うか理非弁え難し、 忝なく 13 も善導和尚は弥陀善逝の応化・或は勢至菩薩の化身と云へり、 法然上人も亦然なり善導の後身といへり、 上古の 14 先達たる上・行徳秀発し解了・底を極めたり何ぞ悪道に堕ち給うと云うや、 聖人云く汝が言然なり予も仰いで信を 15 取ること此くの如し 但し仏法は強ちに人の貴賎には依るべからず 只経文を先きとすべし身の賎をもつて其の法を 16 軽んずる事なかれ、 有人楽生悪死・有人楽死悪生の十二字を唱へし 毘摩大国の狐は帝釈の師と崇められ諸行無常 17 等の十六字を談ぜし鬼神は雪山童子に貴まる 是れ必ず狐と鬼神との貴きに非ず只法を重んずる故なり、 されば我 18 等が慈父・教主釈尊・雙林最後の御遺言・涅槃経の第六には依法不依人とて普賢・文殊等の等覚已還の大薩埵・法門 0482 01 を説き給ふとも経文を手に把らずば用ゐざれとなり、 天台大師の云く「修多羅と合する者は録して之を用いよ 文 02 無く義無きは信受す可からず」文、 釈の意は経文に明ならんを用いよ文証無からんをば捨てよとなり、 伝教大師 03 の云く「仏説に依憑して口伝を信ずること莫れ」文、 前の釈と同意なり、 竜樹菩薩の云く「修多羅白論に依つて 04 修多羅黒論に依らざれ」と文、 意は経の中にも法華已前の権教をすてて此の経につけよとなり、 経文にも論文に 05 も法華に対して 諸余の経典を捨てよと云う事分明なり、 然るに開元の録に挙る所の五千七千の経巻に法華経を捨 06 てよ乃至抛てよと嫌ふことも 又雑行に摂して之を捨てよと云う 経文も全く無しされば 慥の経文を勘へ出して善 07 導・法然の無間の苦を救はるべし、 -----― この時、愚人は顔色を変えていう。あなたは卑しい身でもって、ほしいままにみにくいことばを吐く。悟つていうのか、迷つていうのか、道理にかなっているのか否かを弁え難い。おそれおおくも善導和尚は弥陀善逝の応化、あるいは勢至菩薩の化身といわれている。法然上人もまたそうであって、善導の後身といわれている。むかしの先達であるうえに、行徳は他にぬきんでてすぐれ、智解は淵底を極めている。なんで悪道に堕ちたというのか。 聖人はいう。あなたがそういうのは当然である。自分も同様に尊敬し信仰してきた。ただし仏法はみだりに人の貴賎によってはならない。ただ経文を先とすべきであり、身が卑しいからといってその法を軽んじてはならない「人の生を楽い死を悪む有り、人の死を楽い生を悪む有り」の十二字を唱えた毘摩大国の狐は帝釈天の師と崇められ、「諸行無常」の十六字を説いた鬼神は雪山童子に貴ばれた。これはけっして狐と鬼神とが貴いのではない。ひとえにき法を重んずるゆえである。それゆえ我らの慈父・教主釈尊は、雙林最後の御遺言である涅槃経の巻第六には「法に依って人に依らざれ」といって、普賢・文殊等の等覚已還の大菩薩が法門を説かれても経文によらなければ用いてはならないとある。 天台大師は「経典と合うものは記録してこれを用いよ。経典に文がなく義のない説は信受すべきではない」といっている。この釈の心は経文に根拠が明らかであるものを用いよ、文証の無いものは捨てよ、ということである。伝教大師は「仏説に依って、口伝を信じてはならない」といっている。前の釈と同意である。竜樹菩薩は「経典の正論に依って、経典の邪論に依ってはならない」といっている。この意味は経の中でも法華経以前の権教を捨てて、この経につきなさいということである。このように経文にも論文にも、法華経に対して諸余の経典を捨てよということは明らかである。ところが開元釈教論に挙げられた五千・七千の経巻に、法華経を捨てよ、ないしは抛てよと嫌うことも、また雑行の中に入れてこれを捨てよという経文も全く無い。それゆえ確実な経文を考え出して、善導・法然の無間地獄の苦を救うがよい。 |
莠言
人々に悪い影響を及ぼす言葉。「莠」は、エノコログサという麦に似た雑草。
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弥陀善逝の応化
阿弥陀如来が衆生の機根に応じて姿を変えて出現すること。善逝は善処に逝くの意。仏の十号のひとつ。無量の智慧をもって煩悩を断じ、仏の境地に到達することをいう。応化は仏・菩薩が衆生を救うために機根に応じてさまざまに姿を変えて出現すること。
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勢至菩薩の化身
勢至菩薩が身を変化させた姿のこと。①爾前経では阿弥陀三尊の一つとして、阿弥陀の脇士として智慧をあらわす。①法華経では序品第一の八万の菩薩の一人で、常不軽菩薩品の対告衆となっている。化身とは仏・菩薩が種々の形に変化させて現れた姿。念仏宗では法然を大勢至菩薩の化身としている。
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後身
あとの身・生まれ変わった身。
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有人楽生悪死・有人楽死悪生
「人生を楽い死を悪む有り。人死を楽い生を悪む有り」と読む。毘摩大国の狐が帝釈のために説いた教えのひとつ。
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毘摩大国の狐は帝釈の師と崇められ
毘摩大国の徒陀山にいたキツネがあるとき、師子に追われて井戸に落ち、餓死する寸前に万物の無常を悟り、仏に帰依して罪障消滅を願う偈を説いた。これを聞いた帝釈天は自ら諸天を率いて来下し、キツネを師と仰いで説法を請い、キツネは高座につき法を説いた。
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諸行無常等の十六字
涅槃経の文「諸行無常是生滅法生滅滅已寂滅爲樂」の16文字をいう。「「諸行は無常にして是れ生滅の法なり、生滅し已りて、寂滅を楽と為す」と読む。前の半偈は無上の法を説き、後の半偈は涅槃の理を説く。雪山童子が修行していたとき、羅刹が説いた句。
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雪山童子
釈尊が過去世で修行していた時の名。涅槃経巻14に次のようにある。釈尊が過去世に雪山で菩薩の修行をしていた時、帝釈天が羅刹(鬼)に化身して現れ、過去仏の説いた偈を「諸行無常・是生滅法」と童子に向かって半分だけ述べた。これを聞いた童子は喜んで、残りの半偈を聞きたいと願い、その身を捨て羅刹に食べさせることを約束して半偈の「生滅滅已・寂滅為楽」を聞き終え、その偈を所々に書き付けてから、高い木に登り身を投げた。羅刹は帝釈天の姿に戻り童子の体を受け止め、その不惜身命の姿勢を褒めて未来に必ず成仏すると説いて姿を消したという。なお、帝釈天が雪山で説いた偈の和訳が「いろは歌」であると伝えられる。
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雙林
沙羅双樹のこと。沙羅とはサンスクリットのシャーラの音写で、インド原産のフタバガキ科の常緑高木。日本では、ツバキ科のナツツバキが沙羅と呼ばれている。中インドの拘尸那城(クシナガラ)郊外、阿恃多伐底(アジタヴァティー)河のほとりにある沙羅林のこと。釈尊は涅槃経を説いた後、対になったこの木の下で入滅したとされる
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普賢
普賢はサンスクリットのサマンタバドラの訳。「あらゆる点で優れている」の意で、仏のもつ優れた特性(特に実践面)を人格化した菩薩。仏像などでは、白象に乗った姿で釈尊の向かって右に配される。法華経では普賢菩薩勧発品第28で登場し、法華経の修行者を守護する誓いを立てる(法華経665㌻以下)。
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等覚已還の大薩埵
別教で立てる52位のうち等覚以下の大菩薩のこと。等覚は菩薩の最高位で第51位にあたる。
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竜樹菩薩
150年~250年ごろ。サンスクリットのナーガールジュナの訳。インドの仏教思想家。新訳経典では竜猛と訳される。『中論』などで大乗仏教の「空」の思想にもとづいて実在論を批判し、以後の仏教思想・インド思想に大きな影響を与えた。こうしたことから、八宗の祖とたたえられる。付法蔵の第13とされる。同名である複数の人物の伝承が混同して伝えられている。日蓮大聖人は、世親(天親、ヴァスバンドゥ)とともに、釈尊滅後、正法の時代の後半の正師と位置づけられている。
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修多羅白論に依つて修多羅黒論に依らざれ
竜樹の十住毘婆沙論の中にある文。修多羅白論とは、仏の真実の経教を基とした正論。修多羅黒論とは真実の経教に依らない邪義。
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開元の録
開元釈教録のこと。中国唐の西崇福寺の沙門智昇が編纂した仏教経典目録(経録)である。20巻, 730年(開元18年)以後の成立である。「開元録」「智昇録」と略称される。なお、795年(貞元 (唐)11年)に西明寺の沙門円照_(唐)が『続開元釈教録』を編纂している。
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本章では、賤しい身でありながら、尊い善導や法然の悪口をいうのはけしからんといきりたつ愚人に対して、涅槃経の「依法不依人」の文を引いて、教法の正邪を判釈する基準はあくまで法であり、人によってはならないことを示され、聖人がこのようにいうのは経文を根拠にしていくことであり、もし善導・法然が無間地獄におちるわけがないというのなら、その文証を示しなさいと答えられている。
ここで、善導・法然が地獄に堕ちた根拠を法華経の明文によって知らされた愚人の示す態度は、きわめて感情的なものである。つまり善導や法然のように、仏の応化、菩薩の化身、後身とまで世間の人に尊ばれている先達が、地獄に堕ちているわけがない、という反発である。
大聖人は、この感情的反発にも理を尽くして答えられている。
法を説く人の貴賎によって、仏法の正邪を判断するのはまちがいである。世間的に貴い人が説いているからといって、その仏法が正しいことにはならない。逆に、人の身の賎をもって、その法を軽んじてはならない。
人間の貴賎のみならず、たとえ畜生であろうと、修羅であろうと、その持っている法を重んずることが肝要なのである。
このような道理を、大聖人は、本抄で、まず、毘摩大国と狐と帝釈の例、鬼神と雪山童子の例を挙げて説明し、つぎに、涅槃経の「依法不依人」の文、天台大師・伝教大師・竜樹の論釈を示し説かれるのである。
さて、釈尊の説かれた法、経文によって判釈すれば、前章に述べたように、「方便権教を捨てよ」と記され「余経の一偈をも受けてはならない」と明記されている。また、竜樹も「修多羅白論、すなわち法華実教によるべきであり、修多羅黒論、すなわち爾前権教にはよってはならない」と述べている。
ところが、一切経の中のどこを探しても法然や善導がいったように法華経を捨てよ、抛てなどと説いた経文は全くない。ゆえに、善導・法然が無間地獄に堕ちたのは明らかであり、もし、そんなことはないというなら、経文上の証拠を示しなさいと愚人の迷妄を打ち破られているのである。
我等が慈父・教主釈尊・雙林最後の御遺言・涅槃経の第六には依法不依人とて普賢・文殊等の等覚已還の大薩埵・法門を説き給ふとも経文を手に把らずば用ゐざれとなり
教法の正邪を判断する基準は、あくまでも釈尊の説いた経文に合致しているか否かであり、普賢・文殊等の大菩薩が説いているといえども、経文に依拠していなければ用いてはならないということである。
つなり、どのように立派な人であっても、そのいっていることが経文を基準にし、経文に合致していないならば、その人のいうことは用いられないのである。
さて、この御文で、普賢・文殊等の等覚已還の大菩薩を例として挙げられているのは、善導は弥陀の応化、または勢至菩薩の化身といわれ、法然はその後身であるといわれるほどの人であるから、その法門がまちがっているはずがないという愚人の迷妄を対破するためであると拝される。普賢・文殊等の等覚已還の大菩薩については法華取要抄に「文殊・弥勒等の大菩薩は過去の古仏・現在の応生なり」(0335-14)とある。すなわち、文殊・弥勒等の大菩薩は過去の世にすでに悟りを開いた仏である。しかし、今、釈尊の教化をたすけ、衆生を導かんがために菩薩の姿を示しているのである。つまり、等覚已還の已還とは已に還るということであり、文殊・弥勒等は、本をただせば仏であるが、衆生教化のための等覚という菩薩の位に還ったことを意味している。
このように本地が仏である等覚の菩薩の説く法門でも、釈尊の経文を手にしていなければ用いてはならないというのである。まして、善導や法然等が、たとえ弥陀の応化、菩薩の化身、後身などといわれても、その説が釈尊の経文に合致していない場合は用いてはならないことはいうまでもない。
0242:07~0243:16 第12章 念仏者の師敵対を述べるtop
| 17 今世の念仏の行者・俗男俗女・経文に違するのみならず又師の教にも背けり、 08 五種の雑行とて念仏申さん人のすつべき日記・善導の釈之れ有り、 其の雑行とは選択に云く「第一に読誦雑行とは 09 上の観経等の往生浄土の経を除いて已外 大小乗顕密の諸経に於て受持読誦するを悉く読誦雑行と名く 乃至第三に 10 礼拝雑行とは上の弥陀を礼拝するを除いて已外 一切諸余の仏菩薩等及諸の世天に於て礼拝恭敬するを 悉く礼拝雑 11 行と名く、 第四に称名雑行とは上の弥陀の名号を称するを除いて 已外自余の一切仏菩薩等及諸の世天等の名号を 12 称するを悉く称名雑行と名く、 第五に讃歎供養雑行とは上の弥陀仏を除いて 已外一切諸余の仏菩薩等及諸の世天 13 等に於て讃歎し供養するを悉く讃歎供養雑行と名く」文。 -----― 今の世の念仏の行者、ならびに在俗の男女も、経文に相違するばかりでなく、また師の教にも背いている。五種の雑行といって、念仏を称える人が捨てなければならないことを記した善導の釈がある。その雑行とは法然の選択集に「第一に読誦雑行とは、上の観経等の往生浄土の経を除いてそれより外、大乗・小乗・顕教・密教の諸経を受持読誦することを、ことごとく読誦雑行と名づける。乃至。第三に礼拝雑行とは、上の阿弥陀如来を礼拝することを除いてそれより外、一切の諸余の仏・菩薩等及び諸の世天に対して礼拝恭敬することを、ことごとく礼拝雑行と名づける。第四に称名雑行とは上の阿弥陀如来の名号を称えることを除いてそれより外、一切の仏・菩薩等及び諸の世天等の名号を称えることを、ことごとく称名雑行と名づける。第五に讃歎供養雑行とは上の阿弥陀如来を除いてそれより外、一切諸余の仏・菩薩等及諸の世天等を讃歎し供養することを、ことごとく讃歎供養雑行と名づける」とある。 -----― 14 此の釈の意は第一の読誦雑行とは念仏申さん道俗男女読むべき経あり読むまじき経ありと定めたり、 読むまじ 15 き経は法華経.仁王経・薬師経.大集経・般若心経・転女成仏経・北斗寿命経ことさらうち任せて諸人読まるる八巻の 16 中の観音経・此等の諸経を一句一偈も読むならば・たとひ念仏を志す行者なりとも 雑行に摂せられて往生す可から 17 ず云云・予愚眼を以て世を見るに設ひ念仏申す人なれども此の経経を読む人は多く師弟敵対して七逆罪となりぬ。 -----― この釈の意味は、第一の読誦雑行とは念仏を称える出家・在家の男女の読むべき経があり、読んではならない経があると定めたのである。読んではならない経とは法華経・仁王経・薬師経・大集経・般若心経・転女成仏経・北斗寿命経、とりわけ普通の諸人に読まれる法華経八巻の中の観世音菩薩普門品、これらの諸経の一句一偈でも読むならば、たとい念仏を志す行者であっても雑行の中に入れられて往生できないというのである。私が愚眼でもって世間を見ると、たとえ念仏を称する人であってもこれらも経々を読む人は多く、師に敵対して七逆罪を犯す者となってしまっている。 -----― 18 又第三の礼拝雑行とは念仏の行者は弥陀三尊より外は 上に挙ぐる所の諸仏菩薩・諸天善神を礼するをば礼拝雑 0483 01 行と名け又之を禁ず、 然るを日本は神国として伊奘諾伊奘册の尊此の国を作り 天照大神垂迹御坐して御裳濯河の 02 流れ久しくして今にたえず 豈此の国に生を受けて此の邪義を用ゆべきや、 又普天の下に生れて三光の恩を蒙りな 03 がら誠に日月・星宿を破する事尤も恐れ有り。 -----― また第三の礼拝雑行とは、念仏の行者は弥陀三尊より外は、上に挙げられた諸仏・菩薩・諸天善神を拝むことを礼拝雑行と名づけ、またこれを禁じた。しかしながら、日本は神国として伊奘諾・伊奘册の尊がこの国を作り、天照大神がおでましになって、御裳濯河の流れは久しくして今まで絶えたことがない。どうしてこの国に生を受けて、神々を崇敬してはならないという邪義を用いるべきであろうか。また大空の下に生れて日月星の恩を身に受けながら、まことに日月・星宿を破すとはもっとも恐れ多いことである。 -----― 04 又第四の称名雑行とは念仏申さん人は唱うべき仏菩薩の名あり 唱えまじき仏菩薩の名あり、唱うべき仏菩薩の 05 名とは弥陀三尊の名号、唱うまじき仏菩薩の名号とは釈迦・薬師・大日等の諸仏、地蔵・普賢・文殊・日月星、二所 06 と三嶋と熊野と羽黒と天照大神と八幡大菩薩と 此等の名を一遍も唱えん人は 念仏を十万遍・百万遍申したりとも 07 此の仏菩薩・日月神等の名を唱うる過に依つて 無間には・おつとも往生すべからずと云云、我世間を見るに念仏を 08 申す人も此等の諸仏菩薩・諸天善神の名を唱うる故に是れ又師の教に背けり。 -----― また第四の称名雑行とは、念仏を称える人は、称えるべき仏・菩薩の名号があり、称えてはならない仏・菩薩の名号がある。称えるべきり仏・菩薩の名号とは、弥陀三尊の名号であり、唱えてはならない仏・菩薩の名号とは釈迦・薬師・大日等の諸仏、地蔵・普賢・文殊・日月星、二所と三嶋と熊野と羽黒と、天照大神と八幡大菩薩とである。これらの名号を一遍でも称えた人は念仏を十万遍・百万遍称えたとしても、この仏・菩薩・日月神等の名号を称えるあやまちによって、無間地獄には堕ちても極楽往生はできないのである。私が世間を見ると、念仏を称える人もこれらの諸仏・菩薩・諸天善神の名号を称えているゆえに、これまた師の教えに背いている。 -----― 09 第五の讃歎供養雑行とは念仏申さん人は 供養すべき仏は弥陀三尊を供養せん外は上に挙ぐる所の仏菩薩・諸天 10 善神に香華のすこしをも供養せん人は念仏の功は貴とけれども 此の過に依つて雑行に摂すと是をきらふ、 然るに 11 世を見るに社壇に詣でては幣帛を捧げ 堂舎に臨みては礼拝を致す 是れ又師の教に背けり、汝若し不審ならば選択 12 を見よ其の文明白なり、 又善導和尚の観念法門経に云く「酒肉五辛誓つて発願して手に捉らざれ 口に喫まざれ若 13 し此の語に違せば 即ち身口倶に悪瘡を著けんと願ぜよ」文、 此の文の意は念仏申さん男女・尼法師は酒を飲まざ 14 れ魚鳥をも食わざれ其の外にら・ひる等の五つのからく・くさき物を食わざれ 是を持たざる念仏者は今生には悪瘡 15 身に出で後生には無間に堕すべしと云云、 然るに念仏申す男女・尼法師・此の誡をかへりみず 恣に酒をのみ魚鳥 16 を食ふ事・剣を飲む譬にあらずや。 -----― 第五の讃歎供養雑行とは、念仏を称える人が供養すべき仏は弥陀三尊であり、その外は上に挙げた仏・菩薩・諸天善神に香華を少しでも供養する人は、念仏の功徳は貴いけれども、このあやまちによって雑行の者になるとしてこれをきらう。ところが世間を見ると、神社に参詣しては幣帛を捧げ、寺院に入っては礼拝する。これまた師の教えに背いている。あなたがもし不審ならば選択集を見なさい。その文は明白である。また善導和尚の観念法門経には「酒肉五辛を誓って発願して手にとってはならない。口に入れてはならない。もしこのことばに相違すれば、身口ともに悪瘡を病むであろうと誓願せよ」とある。この文の意味は念仏を称える男女・尼法師は酒を飲んではならない。魚鳥を食べてはならない。その外、にら・ひる等の五つの辛く臭い物を食べてはならない。これを守らない念仏者は今生には悪瘡が身に出で、後生には無間地獄に堕ちるというのである。それなのに、念仏を称える男女・尼法師等は、このいましめをかえりみず、ほしいままに酒をのみ魚鳥を食している。これは自ら剣を飲む譬のようなものではないか。 |
選択
『選択本願念仏集』の略。法然(源空)の著作。1巻。九条兼実の依頼によって建久9年(1198年)に著されたといわれる。主として浄土三部経や善導の『観無量寿経疏』の文を引いて念仏の法門を述べている。内容は16章に分けられ、釈尊一代の仏教を聖道門と浄土門、難行道と易行道、雑行と正行とに分け、浄土三部経以外の法華経を含む一切の教えを排除し、阿弥陀仏の誓願にもとづく称名念仏(南無阿弥陀仏ととなえること)こそ、極楽世界に生まれるための最高の修行であると説いている。日蓮大聖人は「立正安国論」(17㌻)、「守護国家論」(36㌻)などでその誤りを破折されている。
―――
仁王経
中国・後秦の鳩摩羅什による仁王般若波羅蜜経と、唐の不空による仁王護国般若波羅蜜多経の2訳が現存するが、中国撰述の経典とする説もある。2巻。正法が滅して思想が乱れる時、悪業のために受ける七難を示し、この災難を逃れるためには般若を受持すべきであるとして菩薩の行法を説く。法華経・金光明経とともに護国三部経とされる。
―――
薬師経
漢訳には4種が現存する。通常、①中国・唐の玄奘が訳した薬師瑠璃光如来本願功徳経1巻をさし、日蓮大聖人もこれを用いられている。ほかに②東晋の帛尸梨蜜多羅訳とされる灌頂抜除過罪生死得度経1巻③隋の達摩笈多訳の薬師如来本願経1巻④唐の義浄訳の薬師琉璃光七仏本願功徳経2巻がある。仏が文殊菩薩に対して薬師如来の功徳を説く。薬師如来に供養すれば七難を逃れ、国が安穏になることを説いている。その内容から、日本では護国経典として尊重された。
―――
大集経
大方等大集経の略。中国・北涼の曇無讖らの訳。60巻。大乗の諸経を集めて一部の経としたもの。国王が仏法を守護しないなら三災が起こると説く。また、釈尊滅後に正法が衰退していく様相を500年ごとに五つに区分する「五五百歳」を説き、これが日蓮大聖人の御在世当時の日本において、釈尊滅後2000年以降を末法とする根拠とされた。
―――
般若心経
漢訳は玄奘訳や鳩摩羅什訳など計7種が現存し、大小2種のサンスクリット本がある。最も普及している唐の玄奘訳の小本(般若波羅蜜多心経)は300字に満たない。経題の「心」とは心髄・核心を意味する。数多くある般若経典に説かれる内容を「空」という語に凝縮して表現し、「色即是空・空即是色」の一節が有名。末尾にサンスクリットの陀羅尼(呪文)を付す。1巻。
―――
天女成仏経
転女成仏経のことか。転女成仏経は劉宋代の曇摩蜜多の訳で「転女身経」のこと。一巻。女身の種々の苦悩を説き、無垢光女が女身を転じて男となり成仏得道した例を引き、女人の成仏を明かしている。
―――
観音経
妙法蓮華経観普賢経行法品第25のこと。
―――
七逆罪
五逆罪に、和尚(師僧)を殺す、聖人を殺す(あるいは阿闍梨〈師範となる僧〉を殺す)の二つを加えたもの。
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弥陀三尊
浄土教で本尊とした阿弥陀仏と、その脇士の観音菩薩・勢至菩薩。
―――
伊奘諾伊奘册の尊
神世七代の第七神。対偶神である。古事記では伊邪那岐命、伊邪那美命と書く。日本書紀巻一では天浮橋の上に立って国をつくろうと、天之瓊矛を以て指し下して探る。このときに海が出来て、矛の鋒からしたたり落ちた潮が凝まって?馭慮嶋が成った。伊弉諾尊、伊弉冉尊はここに降り国産みをする。そして、淡路洲、豊秋津洲、伊予二名洲、筑紫洲、億岐洲、佐度洲、越洲、大洲、吉備子洲の大八洲国を生んだ。次に、海、川、山、草を生み、さらに「天下の主者」として日の神・大日?貴を生んだ。次に月の神、蛭兒、素戔嗚尊を生むが、素戔嗚尊が気性が荒いので根国に行かせる。なお、伊奘册尊は版本によっては伊弉冉尊とも書く。
―――
天照大神
「あまてらすおおみかみ」ともいう。日本神話に登場する太陽神で、天皇家の祖先神とされる。伊勢神宮の内宮に祭られる。仏教では仏法の守護神とされ、平安後期から本地垂迹説が普及すると大日如来の垂迹とされた。
―――
御裳濯河
伊勢神宮の内宮神域内を流れる五十鈴川 (いすずがわ) の異称。倭姫命 (やまとひめのみこと) がこの清流で裳を洗い清めたという故事による名。
―――
普天
あまねく覆う広大な天。全世界のこと。
―――
三光
三光天子のこと。日天子、月天子、明星天子の三つをいう。法華経の会座に列なった諸天善神である。法華経序品第一に「名月天子・普香天子・宝光天子・四大天王有りて、其の眷属の万の天子と倶なり」とある。
―――
薬師
詳しくは薬師琉璃光如来という。東方の浄瑠璃世界の教主である仏。薬師経に説かれる。菩薩道を行じていた時に12の大願を発し、病苦を取り除くなどの現世利益をもたらそうと誓っている。日本天台宗では比叡山延暦寺の根本中堂の本尊とされる。
―――
地蔵
インド神話における地神がその起源とされ、仏教においては衆生の苦を除いて成仏へ導く菩薩とされた。釈尊から忉利天の衆生の前で、釈尊滅後に弥勒菩薩が出現するまでの無仏の世界の導師として付嘱を受けたとされる。地蔵菩薩への信仰は、日本の平安時代に末法思想と結びついて広まった。
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二所
鎌倉時代に幕府の奉幣・社参を受けた二つの神社。静岡県熱海市伊豆山にある伊豆山神社と、神奈川県足柄下郡箱根町にある箱根神社のこと。共に源頼朝の厚い尊崇を受け、鎌倉時代では将軍・武将がこれに習った。
―――
三島
静岡県三島市伝馬町にある神社。治承4年(1180)に源頼朝が平家追討の挙兵に当たって戦勝を祈願して以来、鎌倉幕府の崇拝を受け、伊豆山神社とともに二所詣でとして、毎年正月、将軍自らが参詣した。
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熊野
和歌山県東牟婁郡にある熊野坐神社、熊野速玉神社、熊野那智神社の三社をさす。熊野三社ともいう。主神には、本宮は家都御子神、新宮は熊野速玉神、那智は熊野夫須美神他をそれぞれ祭る。代々の天皇の尊崇はもとより、民間の信仰も厚かった。
―――
羽黒
山形県東田川郡にある羽黒山の頂上にある神社。出羽三山のひとつ。古来から修験の霊場として名高い。
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八幡大菩薩
八幡宮の祭神。神仏習合の伝統から、正八幡大菩薩、八幡大菩薩ともいう。略して正八幡、八幡とも。古くは農耕の神とされていたが、豊前国(福岡県東部と大分県北部)宇佐に祭られてから付近で産出する銅産の神とされ、奈良時代に東大寺の大仏が建立された時にそれを助けたとして奈良の手向山に祭られた。その後、国家的神格として信仰を集め託宣神としても知られるようになった。平安時代の初めには朝廷から大菩薩の称号が贈られ、貞観元年(859年)に行教によって山城国(京都府南部)石清水に勧請された頃から、応神天皇の本地が八幡大菩薩であるとする説が広まり、朝廷の祖先神、京都の守護神として崇められた(579㌻参照)。鎌倉時代になると、八幡神は源氏の氏神として厚く尊崇され、また武士全体の守護神とされた。こうした古代・中世において、仏教が日本に普及する課程で、八幡神は梵天・帝釈天らインドの神々に次ぐ仏法の守護神と位置づけられた。御書には「八幡大菩薩は正法を力として王法を守護し給いけるなり」(583㌻)、「八幡大菩薩の御誓いは月氏にては法華経を説いて正直捨方便となのらせ給い、日本国にしては正直の頂に・やどらんと誓い給ふ」(1196㌻)と仰せである。また本地垂迹説によって、八幡神の本地は釈尊とされるようになった。しかし一方で八幡神の本地を阿弥陀仏とする説も広まった(『神皇正統記』など)。これに対し「智妙房御返事」では「世間の人人は八幡大菩薩をば阿弥陀仏の化身と申ぞ、それも中古の人人の御言なればさもや、但し大隅の正八幡の石の銘には一方には八幡と申す二字・一方には昔霊鷲山に在って妙法蓮華経を説き今正宮の中に在って大菩薩と示現す等云云、月氏にては釈尊と顕れて法華経を説き給い・日本国にしては八幡大菩薩と示現して正直の二字を願いに立て給う、教主釈尊は住劫第九の減・人寿百歳の時・四月八日甲寅の日・中天竺に生れ給い・八十年を経て二月十五日壬申の日御入滅なり給う、八幡大菩薩は日本国・第十六代・応神天皇・四月八日甲寅の日生れさせ給いて・御年八十の二月の十五日壬申に隠れさせ給う、釈迦仏の化身と申す事は・たれの人か・あらそいをなすべき」(1286㌻)と仰せになり、日蓮大聖人は、人々が阿弥陀仏を尊んで釈尊をないがしろにする誤りを糺されている。なお、大聖人は文永8年(1271年)9月、竜の口に連行される途中、若宮小路(鶴岡八幡宮の前の大通り)で馬から下り、八幡大菩薩に対して日本第一の法華経の行者を守護する誓いを今こそ果たすべきだと叱咤されている(912,913㌻)。現在、八幡神は豊前国宇佐、奈良の手向山、山城国(京都府南部)石清水、鎌倉の鶴岡、大隅国(鹿児島県東部)をはじめ全国各地に祭られている。
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社壇
神を祭った社のこと。
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幣帛
神前に捧げる供物のこと。
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五辛
仏教で食べることを禁じられていた5つの辛みのある野菜。五葷 ともいう。にら,ねぎ,にんにく,らっきょう,はじかみ (しょうが,さんしょう) をいう。
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これまで善導、法然の立義が堕地獄の因であることを示してきたが、本章ではさらに、当世の念仏者が彼等の師である法然・善導の誡めにも反しており、師敵対している事実を指摘されている。
すなわち、当世の念仏者は、善導・法然の立義にしたがっても堕地獄はまぬかれないのであるが、そのうえ、教えと行いの相違、師への敵対という二重の罪を犯していることになる。
この点を明らかにするために、善導の五種の雑業並びに観念法門を挙げておられる。
五種の雑行は、本文に詳述されているように、第一の読誦雑行、第二の観察雑行、第三の礼拝雑行、第四の称名雑行、第五の讃歎供養雑行である。
このうち、第一の読誦雑行は、経典に関する問題である。第二の観察雑行は、阿弥陀仏の極楽浄土の荘厳さを一心に念じて忘れないという修行以外の、一切の他の国土を観察する修行をさす。
第三の礼拝雑行、第四の称名雑行、第五の讃歎供養雑行とはともに、阿弥陀仏を礼拝し、その名を称え、讃歎することをいうのである。
経典読誦について、弥陀三部経のみを読み法華経を捨てることが、悪業の因であることはすでにのべられている。
つぎに、阿弥陀仏を頼みとし、その極楽浄土への往生のみを期し、教主釈尊を捨て去ることも、当然、堕地獄の業因となるのである。
法華経譬喩品には「今此の三界は、皆是れ我が有なり、其の中の衆生は、悉く是れ吾が子なり、而も今此の処は、諸の患難多し。唯我れ一人のみ、能く救護を為す」とある。
娑婆世界の衆生にとって、主師親の三徳をそなえている仏は釈尊である。念仏は、この教主釈尊を捨て去り、この世界と無縁の極楽浄土の阿弥陀仏を頼みとする教えである。ゆえに、教主釈尊にそむく罪は、堕地獄必定である。
このように、善導の五種の雑行は、ことごとく堕地獄の業因をつくるのである。ところが、そのうえに、当世の念仏者は、善導の教えをすべて破っているというのである。
念仏者といっても、弥陀三部経以外の経典を読み、弥陀三尊以外の仏、菩薩、諸天善神を礼拝し、その名を唱え、供養している人々が大部分であり、これらは師敵対の罪を重ねていることになる。
なお、礼拝雑行に関して「日本は神国として伊奘諾伊奘册の尊此の国を作り天照大神垂迹御坐して御裳濯河のれ久しくして今にたえず豈此の国に生を受けて此の邪義を用ゆべきや」とのべられ、日本の諸天善神を拝することを否定しているのは邪義であるとされている。しかし、この御文は、けっして、神社へ参詣し、祠を礼拝してもよいということではない。
立正安国論に「世皆正に背き人悉く悪に帰す、故に善神は国を捨てて相去り聖人は所を辞して還りたまわず、是れを以て魔来り鬼来り災起り難起る」(0017-12)と述べられているように人々が邪宗に惑わされているゆえに、国土守護の諸天善神は法身に飢え、祠を焼いて本拠に代わりに悪鬼・邪神の棲となっているのが現実の神社である。ゆえに、そのような神社への参詣は災難を招き、謗法の行為となるのである。
しかし、諌暁八幡抄には、八幡大菩薩は正直者の頭に亭ると記されている。
「八幡の御誓願に云く『正直の人の頂を以て栖と為し、諂曲の人の心を以て亭ず』等云云」(0587-12)「今八幡大菩薩は本地は月支の不妄語の法華経を迹に日本国にして正直の二字となして賢人の頂きにやどらんと云云、若し爾らば此の大菩薩は宝殿をやきて天にのぼり給うとも法華経の行者・日本国に有るならば其の所に栖み給うべし」(0588-11)
正直とは、正しい法を信ずる者であり、妙法を信受する者のことをいう。妙法を信ずる者の頂に、八幡大菩薩等の日本国の諸天善神は住みたまうのである。
諸天善神を崇重することと、魔の栖み家となってしまっている神社へ参詣することとは、明確に区別しなければならない。妙法を信ずることが諸天善神を大事にしていることになるのである。
つぎに、善導の観念法門に記された行義をも、念仏者たちはことごとく破っている。
念仏無間地獄抄には「凡そ善導の行儀法則を云へば酒肉五辛を制止して口に齧まず手に取らず未来の諸の比丘も是くの如く行ずべしと定めたり、一度酒を飲み肉を食い五辛等を食い念仏申さん者は三百万劫が間地獄に堕す可しと禁しめたり、善導が行儀法則は本律の制に過ぎたり」(0099-03)とある。
念仏者は、この師敵対の罪という観点だけで見ても、生きては悪瘡に苦しみ、死しては三百万劫もの間、無間地獄に堕ちるのである。
0483:16~0485:04 第13章 弘法の邪義を破すtop
| 17 爰に愚人の云く誠に是れ此の法門を聞くに念仏の法門実に往生すと雖も 其の行儀修行し難し況や彼の憑む所の 18 経論は皆以て 権説なり往生す可からざるの条分明なり、 但真言を破する事は其の謂れ無し夫れ大日経とは大日覚 0484 01 王の秘法なり大日如来より系も乱れず 善無畏・不空之を伝え弘法大師は日本に両界の曼陀羅を弘め、 尊高三十七 02 尊・秘奥なるものなり然るに顕教の極理は尚密教の初門にも及ばず 爰を以て後唐院は法華尚及ばず 況や自余の教 03 をやと釈し給へり此の事如何が心うべきや。 -----― そこで愚人はいう。まことにこの法門を聞くと、たとえ念仏の法門は実に往生できるとしても、その振る舞い、儀修は難しい。ましてかの頼りとする経論は、皆権経である。往生できないことは明らかである。ただし、真言宗を破すことはその根拠がない。いったい、大日経とは大日如来の秘法である。大日如来から系統も乱れず、善無畏・不空とこの秘法を伝え、弘法大師は日本に金剛界・胎蔵界の両部の曼陀羅を弘めた。これは尊高の三十七尊を描いた秘奥の法である。したがって顕教の極理はなお密教の初門にも及ばない。このゆえに智証大師は「法華経もなお及ばない。ましてその教はいうまでもない」と釈している。このことはどのように心得るべきなのか。 -----― 04 聖人示して云く予も始は大日に憑を懸けて 密宗に志を寄す然れども 彼の宗の最底を見るに其の立義も亦謗法 05 なり汝が云う所の高野の大師は 嵯峨天皇の御宇の人師なり、 然るに皇帝より仏法の浅深を判釈すべき由の宣旨を 06 給いて十住心論十巻之を造る、 此の書広博なる間要を取つて三巻に之を縮め 其の名を秘蔵宝鑰と号す始異生羝羊 07 心より終秘密荘厳心に至るまで十に分別し、 第八法華・第九華厳・第十真言と立てて法華は華厳にも劣れば大日経 08 には三重の劣と判じて此くの如きの乗乗は 自乗に仏の名を得れども 後に望めば戯論と作ると書いて法華経を狂言 09 綺語と云い釈尊をば無明に迷へる仏と下せり、 仍て伝法院建立せし弘法の弟子正覚房は法華経は大日経のはきもの 10 とりに及ばず・釈迦仏は大日如来の牛飼にも足らずと書けり、 汝心を静めて聞け 一代五千七千の経教・外典三千 11 余巻にも法華経は戯論三重の劣・華厳経にも劣り 釈尊は無明に迷へる仏にて 大日如来の牛飼にも足らずと云う慥 12 なる文ありや、設ひさる文有りと云うとも能く能く思案あるべきか。 -----― 聖人は示していう。自分もはじめは大日如来を頼みとして、真言宗に心を寄せていた。しかしながら真言宗の奥底を究めると、その立義もまた謗法である。あなたのいわれる弘法大師は嵯峨天皇の御世の人師である。しかるに帝から仏法の浅深を判釈せよとの勅命を受けて、十住心論十巻を造った。この書は広博なので、肝要を取って三巻に縮め、その名を秘蔵宝鑰と名づけた。始めの異生羝羊心から、終わりの秘密荘厳心に至るまで十に分別して、第八を法華・第九を華厳・第十を真言と立てて、法華経は華厳にも劣るので、大日経に対しては三重にも劣っていると判じて「このような経教は、みずからは仏乗と名づけるけれども後に望めば戯論となる」と書いて、法華経を狂言綺語といい、釈尊を無明に迷っている仏と下した。これによって伝法院を建立した弘法の弟子・正覚房は「法華経は大日経の履物とりにも及ばない。釈迦仏は大日如来の牛飼にも達していない」と書いた。あなたは心をしずめて聞きなさい。釈尊の一代の五千・七千の経教、外典三千余巻にも、法華経は戯論、三重の劣、・華厳経にも劣り、釈尊は無明に迷っている仏で、大日如来の牛飼にも達していないという確かな文証があるのか。たとえ、そういう文証があるといってもよくよく考えるべきである。 -----― 13 教教は西天より東土にオヨぼす時・訳者の意楽に随つて経論の文不定なり、さて後秦の羅什三蔵は我漢土の仏法 14 を見るに多く梵本に違せり 我が訳する所の経若し誤りなくば 我死して後・身は不浄なれば焼くると云えども舌計 15 り焼けざらんと常に説法し給いしに 焼き奉る時・御身は皆骨となるといへども 御舌計りは青蓮華の上に光明を放 16 つて日輪を映奪し給いき有り難き事なり、 さてこそ殊更・彼の三蔵所訳の法華経は 唐土にやすやすと弘まらせ給 17 いしか、 然れば延暦寺の根本大師・諸宗を責め給いしには法華を訳する三蔵は 舌の焼けざる験あり汝等が依経は 18 皆誤れりと破し給ふは是なり、 涅槃経にも我が仏法は他国へ移らん時誤り多かるべしと説き給へば 経文に設ひ法 0485 01 華経はいたずら事・釈尊をば無明に迷へる仏なりとありとも権教.実教・大乗・小乗・説時の前後.訳者能く能く尋ぬ 02 べし、 所謂老子・孔子は九思一言・三思一言・周公旦は食するに三度吐き沐するに三度にぎる外典のあさき猶是く 03 の如し況や内典の深義を習はん人をや、其の上此の義・経論に迹形もなし 人を毀り法を謗じては 悪道に堕つべし 04 とは弘法大師の釈なり必ず地獄に堕んこと疑い無き者なり。 -----― 釈尊の経教は、インドから中国に伝わった時に、釈尊の意向にしたがって経論の文が一定しなかった。そこで後秦の羅什三蔵は「私が漢土の仏法を見ると、多くは梵本に相違している。私の訳した経にもし誤りがなければ、私が死んで火葬にする時、身は不浄なので焼けるとしても、舌ばかりは焼けないであろう」とつねに語っていたが、死後、果たして身は焼かれて皆骨となってしまったが、舌ばかりは青蓮華の上に光明を放ち、太陽の光を奪うほどであった。有り難いことである。かくてこそ、ことさら、かの羅什三蔵の翻訳した法華経は中国にやすやすと弘まったのである。それゆえ延暦寺の伝教大師が諸宗を責めた時に「法華経が正しいということは訳した羅什三蔵の舌が焼けなかった験がある。あなたたちの依経は皆誤っている」と破折したのはこのことをいう。 涅槃経にも「我が仏法が他国へ移る時誤りが多いであろう」と説かれたので、経文にはたとえ法華経は無益なこと、釈尊をば無明に迷っている仏であるとあったとしても、権教・実教・大乗・小乗・説時の前後・翻訳者等をよくよく調べるべきである。いわゆる老子や孔子は九思一言・三思一言といい、周公旦は食事中に三度口中の食を吐き、髪を洗うに三度にぎったという。外典の浅い書でさえ、このように深く注意するのであるから、まして内典の深義を学ぶ人はいうまでもない。そのうえ法華経が大日経に劣るという義は、経にも論にも跡形もないことである。「人を毀り、法を謗ずるならば悪道に堕ちる」とは弘法大師の釈である。必ず地獄に堕ちることは疑いない者である。 |
善無畏
637年~735年。東インドの王族出身の密教僧。唐に渡り、大日経(大毘盧遮那成仏神変加持経)を翻訳し、本格的な密教を初めて中国に伝えた。主著に『大日経疏』がある。
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不空
705年~774年。北インド(一説にスリランカ)出身の密教僧。金剛智の弟子。唐に渡り、金剛頂経(金剛頂一切如来真実摂大乗現証大教王経)など100部143巻におよぶ多くの経典を訳した。玄宗・粛宗・代宗の3代の皇帝の帰依を受け、密教を中国に定着させた。彼の弟子には空海(弘法)に法を伝えた恵果がいる。
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弘法大師
774年~835年。平安初期の僧。日本真言宗の開祖。弘法大師ともいう。唐に渡り、不空の弟子である青竜寺の恵果の付法を受け、帰国後、密教を体系的に日本に伝える。大日経系と金剛頂経系の密教を一体化し、真言宗を開創した。高野山に金剛峯寺を築き、また嵯峨天皇から京都の東寺(教王護国寺)を与えられた。同時代の伝教大師最澄と交流があったが絶縁している。主著『十住心論』『弁顕密二教論』などで、密教が最も優れているとし、それ以外を顕教と呼んで劣るものとする教判を立てた。
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両界の曼陀羅
真言密教における金剛界と胎蔵界の両界の曼荼羅のこと。
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三十七尊
金剛界曼荼羅の中央に描かれる第一会の中心になっている37の仏・菩薩のこと。
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後唐院
円珍(智証)のこと。814年~891年。平安初期の天台宗の僧。第5代天台座主。智証大師ともいう。空海(弘法)の甥(または姪の子)。唐に渡って密教を学び、円仁(慈覚)が進めた天台宗の密教化をさらに推進した。密教が理法・事相ともに法華経に勝るという「理事俱勝」の立場に立った。このことを日蓮大聖人は「報恩抄」(306㌻以下)などで、先師・伝教大師最澄に背く過ちとして糾弾されている。主著に『大日経指帰』『授決集』『法華論記』など。円珍の後、日本天台宗は円仁門下と円珍門下との対立が深まり、10世紀末に分裂し、それぞれ山門派、寺門派と呼ばれる。
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十住心論
『秘密曼荼羅十住心論』の略。空海(弘法)の著作。10巻。大日経住心品に基づき、人間の心を十住心という10の発展段階として体系的に説明し、真言密教の優位性を主張している。特に法華経を第八住心として、第9の華厳、第10の真言に劣る第3の劣、「戯論の法」(言葉の上だけの空論の教え)と下しており、日蓮大聖人はそのことを「撰時抄」(277㌻以下)などで糾弾されている。
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秘蔵宝鑰
空海(弘法)の著作。『十住心論』10巻の要点を3巻にまとめたもの。
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異生羝羊心
禽獣の如き心の段階をいい、欲望のあることを知って、その欲望の意味も調整する方法も知らない。人間以前、倫理道徳以前の状態。
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秘密荘厳心
衆生に本来そなわった無尽の功徳を開顕して荘厳する心。弘法が立てた十住心の第十。真言宗にあたるとしている。
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三重の劣
弘法が十住心の中の第八・一道無為心を法華経、第九・極無自性心を華厳経、第十・秘密荘厳心を大日経とし、法華経は華厳経よりも劣り、さらに大日経に比べると三重の劣であるとしていること。
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伝法院
大伝法院のこと。伝法院はもとは覚鑁が高野山の中に建てた堂。覚鑁は高野山の北麓の根来に移っていたが、覚鑁派の異名として用いられていた。日蓮大聖人の時代には、高野山では覚鑁派と反覚鑁派が激しく争っていた。覚鑁派は新義真言宗となっている。
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正覚房
覚鑁のこと。1095年~1143年。平安後期の真言宗の僧。興教大師、正覚房ともいう。新義真言宗の祖とされる。高野山に大伝法院を建立し伝法会を再興したが、同山の金剛峯寺との確執から所を追われ、根来寺に移った。浄土思想を密教的に解釈したことで知られる。
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羅什三蔵
鳩摩羅什のこと。344年~413年(一説に350年~409年)。サンスクリットのクマーラジーヴァの音写。中国・後秦の訳経僧。羅什三蔵とも呼ばれる。インド出身の貴族である父・鳩摩羅琰(クマーラヤーナ)と亀茲国(クチャ)の王族である母との間に生まれ、諸国を遍歴して仏法を学ぶ。後秦の王・姚興に迎えられて長安に入り、その保護の下に国師の待遇を得て、多くの訳経に従事した。訳経数は『開元釈教録』によると74部384巻にのぼり、代表的なものに妙法蓮華経・維摩経・大品般若経・『大智度論』などがある。その訳文は内容が秀抜で文体が簡潔なことから、後世まで重用された。前代の訳を古訳、後代の玄奘らの訳を新訳というのに対して、羅什らの訳は旧訳と呼ばれる。
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延暦寺
比叡山(滋賀県大津市)にある日本天台宗の総本山。山号は比叡山。山門または北嶺とも呼ばれる。延暦4年(785年)7月、伝教大師最澄が比叡山に入り、後の比叡山寺となる草庵を結んだことを起源とする。同7年(788年)、一乗止観院(後の根本中堂)を建立し薬師如来を本尊とした。唐から帰国した伝教大師は同25年(806年)、年分度者2名を下賜され、天台宗が公認された。ここに比叡山で止観業と遮那業を修行する僧侶を育成する制度が始まった。伝教没後7日目の弘仁13年(822年)、大乗戒壇の建立の勅許がおり、翌・同14年(823年)、延暦寺の寺号が下賜され、大乗戒による授戒が行われた。天長元年(824年)6月、勅令によって義真が初代天台座主となり、戒壇院や講堂が建立された。承和元年(834年)、第2代座主の円澄らが西塔に釈迦堂を、嘉祥元年(848年)、第3代座主の円仁(慈覚)が横川に首楞厳院を建立。寺内は東塔・西塔・横川の三院に区分され、山内の規模も整った。教学面では伝教没後、空海(弘法)の真言宗が勢力を増す中、円仁は唐に渡って密教を学び、帰国して『蘇悉地経疏』『金剛頂経疏』を作るなどして天台宗の教義に密教を積極的に取り入れた。第5代座主の円珍(智証)はさらに密教化を進めた。円仁の弟子であった安然は顕密二教を学び天台密教を大成した。康保3年(966年)に第18代座主となった良源は中興の祖といわれる。しかし良源没後は後任の座主をめぐって対立が起こり、円仁門徒と円珍門徒の争いが激化。正暦4年(993年)に円珍門徒は山を下って別院の園城寺(三井寺)に集まり、これから後、延暦寺は山門、園城寺は寺門として対立が続いた。このころ比叡山の守護神を祭る日吉神社が発展し、後三条天皇の行幸以来、皇族らの参詣が盛んに行われた。その権勢を利用して山門は、朝廷に強訴する時に日吉神社の神輿を担ぎ京都へ繰り出すなど横暴を極めた。平安末期になると山門の腐敗堕落も甚だしくなり、多くの僧兵を抱えた叡山は源平の争いには木曾義仲と結んで平家と対立し、承久の乱には後鳥羽上皇に味方した。日蓮大聖人は立宗前に比叡山で修学されている。また法然(源空)・親鸞・一遍・栄西・大日能忍・道元など、鎌倉時代に活躍した多くの僧が比叡山で学んでいる。
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根本大師
伝教大師のこと。767年あるいは766年~822年。最澄のこと。伝教大師は没後に贈られた称号。平安初期の僧で、日本天台宗の開祖。比叡山(後の延暦寺、滋賀県大津市)を拠点として修行し、その後、唐に渡り天台教学と密教を学ぶ。帰国後、法華経を根本とする天台宗を開創し、法華経の一仏乗の思想を宣揚した。晩年は大乗戒壇の設立を目指して諸宗から反発にあうが、没後7日目に下りた勅許により実現した。主著に『守護国界章』『顕戒論』『法華秀句』など。【桓武天皇らの帰依】伝教大師は生涯にわたり、桓武天皇、その第1皇子・平城天皇、第2皇子・嵯峨天皇の帰依を受けた。天台教学の興隆を望む桓武天皇の意向を受け、唐に渡り天台教学を究め、帰国後の延暦25年(806年)、伝教の「天台法華宗」が国家的に公認された。これをもって日本天台宗の開創とされる。大乗戒壇設立の許可が下りたのは、嵯峨天皇の時代である。【得一との論争】法華経では、仏が教えを声聞・縁覚・菩薩の三乗に区別して説いたことは、衆生を導くための方便であり、一仏乗である法華経こそが、衆生を成仏させる真実の教えであると説いている。これを一乗真実三乗方便という。よって天台宗では、一仏乗を実践すればすべての衆生が成仏できるという立場に立つ。伝教大師は生涯、この一乗思想の宣揚に努めた。これに対し法相宗は、この一乗の教えがむしろ方便であり、三乗の区別を説くことこそが真実であるとした。これは三乗真実一乗方便といわれる。すなわち、五性各別の説に基づいて、衆生の機根には5性の差別があり、その中には不定性といって、仏果や二乗の覚りを得るか、何も覚りを得られないか決まっていない者がいると説く。そして一乗は、このような不定性の者に対してすべての人は成仏できると励まして仏果へと導くための方便として説かれた教えであるとした。ここにおいて、伝教大師と法相宗の僧・得一は真っ向から対立し、どちらの説が真実であるか、激しく論争した。これを三一権実論争という。この論争に関する記録は得一の現存する著作の中には残っていないが、伝教の『守護国界章』や『法華秀句』などからその内容をうかがい知ることができる。【南都からの非難】伝教大師は37歳の時、唐に渡り、台州および天台山で8カ月間学んだが、都の長安には行かなかった。そのため、日本の南都六宗の僧らは「最澄は唐の都を見たことがない」(『顕戒論』巻上、237㌻で引用、趣意)と言って、仏教の本流を知らないと非難した。日蓮大聖人は、これを釈尊や天台大師が難を受けたこととともに挙げられた上で、「これらはすべて法華経を原因とすることであるから恥ではない。愚かな人にほめられることが第一の恥である」(同㌻、通解)と仰せになっている。
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老子・孔子は九思一言・三思一言
九思一言は老子の論語。九思は①物事は真っ直ぐ、しっかり見る。②他人の意見は先入観なく聞く。③表情は穏やかに、にこやかに。④言動は常に誠実を貫く。⑤発言は注意深く、言ったことは守る。⑥目的に向かう時の行動は慎重に。⑦疑問点は教えを乞う。⑧感情で相手を傷つけない。⑨利益は道義的に得る。一瞬に、この九つの心がけに配慮が行き渡る人が、指導者の資格の有る人との意。三思一言は孔子の法行篇にある。三度考えること。何度も繰り返し考えること。ともに言葉を発するに思索の重要性を示している。
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周公旦は食するに三度吐き沐するに三度にぎる
周公旦は周の文王の子、兄の武王を助けて殷の紂王を射ち、武王の死後は幼帝の成王を助けて政治をとり、周王朝の基礎を固めた。「食するに三度吐き沐するに三度にぎる」は周公旦が人材を求めるために示した態度で、人の訪問を受ければ、一度の食事を三度中断し、一度の洗髪を三度まで中断し、人を待たせなかったと言われている。
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聖人の念仏破折によって、愚人も念仏への執着を断つことができた。だが、愚人の心の中には、真言密教へのとらわれが残っていた。
本章からは、密教の破折に移られるのである。愚人は、次のような迷妄にとらわれていた。つまり、真言密教は、大日如来の秘法であって、大日如来から善無畏・不空を経て伝えられ、日本の弘法は両界曼荼羅を弘めたのである。このすばらしい密教に対しては、顕教の極理でさえも、その初門におよばないのではないか、と。
聖人は、自分も初めは真言に心を寄せたけれども、その教義の根底を見ると謗法といわざるをえないと、弘法の邪義を中心に論じられている。本章では、法華経は大日経より劣るとする彼の立義が正義であるか邪義であるかを判釈するために二つの観点が示されている。
まず第一には経や論にたしかなる文証があるか否かである文証がなければ、人師が勝手に作りあげた邪説であり、妄論である。
第二に、文証があるといっても、経文の権実・大小・説法時の前後、とくにだれが翻訳者であるかをよく調べてから判断することが必要である。経論が、サンスクリットから漢語に翻訳される時、訳者の意楽によってその文義が一定していないからである。つまり、そこに大なり小なり主観がはいりこんでしまうのである。
もし、原本の正しい意味をゆがめているような翻訳であれば、これを文証として使ってはならない。
このような二つの判断基準にしたがって、弘法の立義を調べてみると、明らかに仏の本意に反する邪義であることがわかるのである。
弘法は十住心論や秘蔵宝鑰の中で十住心を論じ、法華経は大日経に対して三重の劣であり、戯論であるとののしり、また釈尊をいまだ無明に迷える仏と下している。
これをうけて正覚房は舎利供養式の中で「崇高なるは不二摩訶衍の仏、露牛の三身の車を扶くることあたはず、秘奥なるは両部曼荼羅の教、顕乗の四法も履を採るに堪へず」と法華経と迹門を誹謗している。
根本の説は弘法であるから、弘法の主張する法華経三重の劣の文証があるか否かの検討が先決である。本抄では「此の義、経論に迹形もなし」と結論のみを示されているが、他の御書で、この点の詳細な解明がされている。
例えば、法華真言勝劣事には、次のように記されている。
「空海は大日経・菩提心論等に依つて十住心を立てて顕密の勝劣を判ず・其の中に第六に他縁大乗心は法相宗・ 第七に覚心不生心は三論宗・第八に如実一道心は天台宗・第九に極無自性心は華厳宗・第十に秘密荘厳心は真言宗なり、此の所立の次第は浅き従り深きに至る其の証文は大日経の住心品と菩提心論とに出づと云えり、然るに出す所の大日経の住心品を見て他縁大乗・覚心不生・極無自性を尋ぬるに名目は経文に之有り然りと雖も他縁・覚心・極無自性の三句を法相・三論・華厳に配する名目は之無し、其の上覚心不生と極無自性との中間に如実一道の文義共に之無し、但し此の品の初に『云何なるか菩提・謂く如実に自心を知る』等の文之有り、此の文を取つて此の二句の中間に置いて天台宗と名づけ華厳宗に劣るの由之を存す、住心品に於ては全く文義共に之無し、有文有義・無文有義の二句を虧く信用に及ばず、菩提心論の文に於ても法華・華厳の勝劣都て之を見ざる上、此の論は竜猛菩薩の論と云う事上古より諍論之れ有り、此の諍論絶えざる已前に亀鏡に立つる事は竪義の法に背く」(0120-03)
この御文に、弘法の邪義が全く彼の妄作であり、偽作であることが見事に示されている。
若干、御文にそって解釈を加えていくと、弘法は、この義は、大日経の住心品と菩提心論によって立てたものであり、己義ではないという。しかし、ここに弘法の欺瞞がある。
大日経の住心論を見ると、いかにも弘法のいうように他縁大乗心、覚心不生心、極無自性心という名前だけはある。しかし、この三心を、他縁大乗心は法相、覚心不生心は三論、極無自性心は華厳であると配したのは弘法自身の独断であり、なんの根拠もない。
しかも、覚心不生心とは極無自性心の間には、如実一道心などという文も義も全くないのである。ただ、住心品の初めに「云何なるか菩提・謂く如実に自心を知る」ということばがある。弘法は、この句を、自分勝手に、覚心不生心と極無自性心の間に入れて、これは天台であると配し、法華経は華厳経にもおよばないという邪義を立てたのである。
このようにトリックを使って、法華は華厳に劣るから、第十番目の秘密荘厳心・真言からすると三重の劣になるという妄説を勝手につくりだしたのである。
したがって、法華経が大日経より三重に劣るとの義は、大日経にも全くない妄説であり、弘法が依りどころであるとしている菩提心論にも法華が華厳に劣るなどということは書かれていない。しかも、菩提心論は、竜樹の作、不空の訳といい、真言では所依の論にしているが、はたして竜樹の著であるか否か諍論が絶えない問題の論であるから、証拠として使用するには足りないといわれている。
このように、弘法の邪義は、経文にも論にも基づかない妄論であるから、本章で示された第一の観点の検討だけで十分であるが、聖人は、さらに、第二の観点についても羅什三蔵の例を挙げて詳論されている。
羅什三蔵の舌が焼けず、青蓮華が生じて光明を放ったという現証は、羅什の翻訳が、釈尊の本意にかなっていたことを示している。
釈尊の本意は、法華経によって一切衆生を出離生死させることにある。しかも、この法華経の文底には、宇宙根源の一法が秘沈され、法華経の文々句々は、すべてこの一法を志向していることを知らねば、衆生を成道に導くための正しい翻訳は不可能である。このような意味から、日蓮大聖人は、羅什一人が釈尊の心にかなった名訳をしたと評価されている。
例えば、諌暁八幡抄には「然るに月氏より漢土に経を渡せる訳人は一百八十七人なり其の中に羅什三蔵一人を除きて前後の一百八十六人は純乳に水を加へ薬に毒を入たる人人なり、此の理を弁へざる一切の人師末学等設い一切経を読誦し十二分経を胸に浮べたる様なりとも生死を離る事かたし 」(0577-09)と述べられている。
また、撰時抄では、菩提心論について、この論は竜樹の作ではなく、不空が勝手に偽作したものであると破折した後、次のようにいわれている。
「総じて月支より漢土に経論をわたす人・旧訳・新訳に一百八十六人なり 羅什三蔵一人を除いてはいづれの人人も誤らざるはなし、其の中に不空三蔵は殊に誤多き上誑惑の心顕なり」(0268-13)
このように、経典の権実・大小・説時の前後等ともに、翻訳者を調べることも、出離生死のためには重要な事柄なのである。
以上、弘法の邪義は明瞭であるうえ、法華経を誹謗し、釈尊を下す罪によって、彼自身が秘蔵宝鑰の中で「人を謗ずれば定んで阿鼻獄に堕して更に出ずる期なし」と述べたように弘法の堕地獄は間違いないといわなければならない。
0485:05~0486:03 第14章 法華第一が金言なるを示すtop
| 05 爰に愚人・茫然とほれ忽然となげひて良久しうして云く此の大師は内外の明鏡・衆人の導師たり徳行世に勝れ名 06 誉普く聞えて 或は唐土より三鈷を八万余里の海上をなぐるに 即日本に至り或は心経の旨をつづるに蘇生の族・途 07 に彳む、 然れば此の人ただ人にあらず 大聖権化の垂迹なり仰いで信を取らんにはしかじ、聖人云く予も始めは然 08 なり但し仏道に入つて理非を勘へ見るに 仏法の邪正は必ず得通自在にはよらず 是を以て仏は依法不依人と定め給 09 へり前に示すが如し、 彼の阿伽陀仙は恒河を片耳にただへて 十二年・耆兎仙は一日の中に大海をすひほす張階は 10 霧を吐き欒巴は雲を吐く然れども未だ仏法の是非を知らず 因果の道理をも弁へず、 異朝の法雲法師は講経勤修の 11 砌に須臾に天華をふらせしかども 妙楽大師は感応斯くの如きも 猶理に称わずとていまだ仏法をばしらずと破し給 12 う、夫れ此の法華経と申すは 已今当の三説を嫌つて已前の経をば 未顕真実と打破り肩を並ぶる経をば今説の文を 13 以てせめ 已後の経をば当説の文を以て破る実に三説第一の経なり、 第四の巻に云く「薬王今汝に告ぐ我所説の経 14 典而かも此の経の中に於て法華最第一なり」文、 此の文の意は霊山会上に薬王菩薩と申せし 菩薩に仏告げて云く 15 始華厳より終涅槃経に至るまで無量無辺の経・恒河沙等の数多し 其の中には今の法華経最第一と説かれたり、 然 16 るを弘法大師は一の字を三と読まれたり、 同巻に云く「我仏道の為に無量の土に於て 始より今に至るまで広く諸 17 経を説く而も其の中に於て此の経第一なり」と、 此の文の意は又釈尊無量の国土にして 或は名字を替え或は年紀 18 を不同になし種種の形を現して説く所の諸経の中には 此の法華経を第一と定められたり、 同き第五巻には最在其 0486 01 上と宣べて大日経・金剛頂経等の無量の経の頂に 此の経は有るべしと説かれたるを弘法大師は最在其下と謂へり、 02 釈尊と弘法と法華経と宝鑰とは実に以て相違せり 釈尊を捨て奉つて弘法に付くべきか、 又弘法を捨てて釈尊に付 03 奉るべきか、 又経文に背いて人師の言に随ふべきか人師の言を捨てて金言を仰ぐべきか用捨心に有るべし、 -----― ここに愚人は茫然とし、また悲しんでいたが、ややしばらくしてからいう。この弘法大師は内外の明鏡・衆人の導師であり、徳行は世に勝れ、名誉はあまねく聞こえて、あるいは中国から三鈷を投げると、八万余里の海上を越えて日本に至ったといわれ、あるいは般若心経旨を書いて疫病を止め、蘇生した者が道にあふれたという、それゆえにこの人は凡人ではない。仏が仮に姿を変えてこの世に現れた化身である。仰いで信じなければならない。 聖人はいう。自分も初めはそのように思った。しかし仏道に入って理非を考えてみると、仏法の邪正はけっして神通自在の力にはよらない。このゆえに、仏は「法に依って人に依らざれ」と定められた。前に示したとおりである。かの阿伽陀仙人は恒河の水を片耳に湛えて十二年、耆兎仙人は一日のうちに大海を呑み干す。張階は霧を吐き、欒巴は雲を吐く。しかしながら彼らはまだ仏法の是非も知らず因果の道理をも弁えない。中国の法雲法師は法華経を講説した時に、たちどころに天から華をふらせたが、妙楽大師は「感応はそのようにあっても、説くところはなお道理に称っていない」といって、まだ真実の仏法を知らないと破折された。 さて、この法華経というのは已今当の三説を嫌って、法華経已前の経は「未顕真実」と打ち破り、同時の無量義経は「今説」の文をもって責め、已後の涅槃経は「当説」の文をもって破る。まことに已今当の三説の中で第一の経である。法華経巻四法師品第十に「薬王、今あなたに告げる。私の所説の諸経の中において、法華経は最も第一である」と。この文の意味は霊山会上に薬王菩薩という菩薩に仏が告げていうには「始め華厳経より終わり涅槃経に至るまで無量無辺の経があって、恒河の沙のように数が多い。その中にはこの法華経が最も第一」と説かれている。ところが弘法大師は一の字を三と読まれたのである。 同巻見宝品第十一に「私が仏道を広めるために、無量の土において、始めより今に至るまで、広く諸経を説く、しかしその中において、この経は第一である」と。この文の意味は、また釈尊が無量の国土にあって、あるいは名字を替え、あるいは寿命を不同になし、種々の形を現じて、説かれた諸経の中で、この法華経を第一と定められたのである。同じく法華経巻五安楽行品第十四には「法華経は最もその上にある」とのべて、大日経・金剛頂経等の無量の経の頂上にこの経はあるのであると説かれたのを、弘法大師は「最もその下にある」と思ったのである。釈尊と弘法と、法華経と秘蔵宝鑰とはまことに大きく相違している。釈尊を捨てて弘法につくべきか、また弘法を捨てて釈尊につくべきか、また経文に背いて人師のことばに随うべきか、人師のことばを捨てて仏の金言を仰ぐべきか。いずれを用い、いずれを捨てるか、よく判断しなさい。 |
三鈷
真言密教の祈禱に用いる道具。両端が三つに分かれている武器を模した法具。
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心経
般若心経のこと。漢訳は玄奘訳や鳩摩羅什訳など計7種が現存し、大小2種のサンスクリット本がある。最も普及している唐の玄奘訳の小本(般若波羅蜜多心経)は300字に満たない。経題の「心」とは心髄・核心を意味する。数多くある般若経典に説かれる内容を「空」という語に凝縮して表現し、「色即是空・空即是色」の一節が有名。末尾にサンスクリットの陀羅尼(呪文)を付す。1巻。
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垂迹
「迹を垂れる」と読む。仏・菩薩が衆生を利益するために、種々の所にさまざまな身に姿を変えて現れること。またその身をいう。本地に対する語。もとの仏・菩薩が本地から真実身を隠して化現した姿が垂迹であり、それは本体と影・天月と地月の関係にたとえられる。
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得通自在
得通とは通力を得ること。通力を得て自由自在に奇蹟を行うこと。
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阿伽陀仙
阿私仙人のこと。阿私は梵語。提婆品には釈尊が過去無数劫の昔、国王と生まれ、大衆のために王位を捨てて無上の法を求め、「誰か能く我が為に、大乗を説かん者なる。われ当に身を終わるまでに、供給し走供すべし」と誓った。その時阿私仙人がきて「我大乗をたもてり、妙法蓮華経と名づけたてまつる。もし我に適わずんば、当のために宣説すべし」といった。王はこの言葉を聞いて、歓喜して阿私仙人にしたがい、果を採り水を汲み、薪を拾い、身をもって牀座として、千歳の間一切を供養して、衆生のために妙法を求めて修行し。ついに成仏することができた。その時の王はすなわち釈尊であり、仙人は今の提婆達多である。この大権の聖者が、業因感果の理を示すために、みずから三逆罪をつくり、現身に地獄に堕ちたが、妙法の功力によって、天王如来の記別を受けたのである。
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耆兎仙
耆兎仙人のこと。インドの外道の仙人。一日の中に四海水を飲み干すといわれている。
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張階
中国・後漢の人。道術に通じ、五里の霧をなしたとある。
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欒巴
中国・後漢の人。酒を飲み、南西に向かって吐き出したので、その罪を咎められると欒巴は本国の成都に失火があったので、この場で酒を噴いて雨を降らせ消し止めたと答えた。調査したところ、確かに失火はあり、大雨が火を消したが、雨には酒気があったとある。
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法雲法師
467年~529年。中国・南北朝時代の僧。南三北七の一人。梁の武帝から帰依を受け、光宅寺の寺主に任じられた。そのため光宅寺法雲と通称される。主著に『法華経義記』があり、これに依って聖徳太子作と伝えられる『法華義疏』は撰述された。
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須臾
時間の単位。①一昼夜の30分の1をさす場合と、②最も短い時間の単位(瞬時)をさす場合がある。
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妙楽大師
711年~782年。中国・唐の僧。湛然のこと。中国天台宗の中興の祖。天台大師智顗が没して100年余りの当時、禅・唯識・華厳などが台頭する中、法華経解釈や止観の実践は、祖師・天台大師によるものこそ正当であるとして諸宗の教学を批判した。それとともに、天台大師の著作に対する注釈書『法華玄義釈籤』『法華文句記』『止観輔行伝弘決』などを著し、法華経こそが化儀・化法の四教を超えた最も優れた醍醐味の教え(超八醍醐)であるとして、天台教学を整備した。晋陵郡荊渓(現在の江蘇省宜興市)の出身で荊渓とも呼ばれ、妙楽寺に居住したとされるので、後世、妙楽大師と呼ばれた。直弟子には、唐に留学した伝教大師最澄が師事した道邃・行満がいる。
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已今当
已は過去、今は現在、当は未来をさす。法華経法師品第10に「我が説く所の経典は無量千万億にして、已に説き、今説き、当に説くべし。而も其の中に於いて、此の法華経は最も為れ難信難解なり」(法華経362㌻)とある。これについて、天台大師は『法華文句』で、過去の説法(已説)とは、法華経以前に説かれた、いわゆる爾前の諸経、現在の説法(今説)とは法華経と同時期の無量義経、未来の説法(当説)とは法華経より後に説かれた涅槃経などをさすと解釈している。
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未顕真実
無量義経説法品第2の文。「四十余年には未だ真実を顕さず」(法華経29㌻)と読む。釈尊が法華経を説く以前の40年余りの間に説いてきた諸経の教えは、方便・仮の教え(権教)であり、いまだ真実を表していないということ。
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霊山会上
法華経を霊鷲山で説かれたところから、法華経の会座をいう。法華経の会座には二処三会といって、霊鷲山(序品~法師品)・虚空会(宝塔品~嘱累品)・霊鷲山(薬王菩薩本事品~普賢菩薩勧発品)がある。霊鷲山とは梵語で耆闍崛山(Gṛdhrakūṭa)のことで、インドのベンガル州の山であり、その南が尸陀林で死人の捨て場所となっていて、鷲が飛来するので「鷲山」といい、三世諸仏の法華経がとどまるので「霊山」という。日蓮大聖人の仏法から見れば、本門の題目を唱える者の住所は、いかなるところも霊鷲山である。
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薬王菩薩
衆生に良薬を施して心身の病を治す菩薩。法華経では法師品第10などの対告衆。勧持品第13では、釈尊が亡くなった後の法華経の弘通を誓っている。薬王菩薩本事品第23には、過去世に一切衆生憙見菩薩として日月浄明徳仏のもとで修行し、ある世では身を焼き、また次の世では7万2000歳の間、腕を焼いて燈明として仏に供養したことが説かれている(ちなみに経文には「臂」〈法華経591,592㌻〉を焼いたと記されているが、漢語の「臂」は日本語でいう腕にあたる)。
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恒河沙
恒河(ガンジス川)の砂のこと。無数であることに譬えられる。法華経従地涌出品第15では地涌の菩薩のことを「我が娑婆世界に自ずから六万恒河沙等の菩薩摩訶薩有り」(法華経452㌻)としている。
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一の字を三と読まれたり
弘法は十住心論でに第八住心に法華経を立て、第九住心に華厳、第十住心に真言を立てて、法華経は華厳経にも劣るとなし、大日に劣る第三の戯論と立てている。
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最在其上
妙法蓮華経安楽行品第14の文。「此の法華経は、諸仏如来の秘密の蔵なり。諸教の中に於いて、最も其の上に在り」とある。
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金剛頂経
もとは単一の経典ではなく、大日如来が18の会座で説いたとされるものを集めた経典の総称。一般に「金剛頂経」という場合、このうち初会の一部を訳して一経としたものをさす。漢訳には、金剛智が訳した金剛頂瑜伽中略出念誦経4巻と、弟子の不空が訳した金剛頂一切如来真実摂大乗現証大教王経3巻がある。金剛界を説いた経とされ、大日経とともに密教の根本聖典とされる。金剛界三十七尊が明かされ、金剛界曼荼羅とその供養法などが説かれている。
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最在其下
安楽行品の法華経は「最在其上」文を弘法は「其の下」との邪義をたてたこと。
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弘法の邪義たるゆえんと堕獄は必定との破折を聞いて、愚人は茫然としてことばもでなかったが、やがて気をとりなおしてまだ残っている疑いを問うている。
仏法は種々の不思議な通力を示したといわれており、愚人は、あれほどの通力を示す人のいうことだから、仰いで信ずべきではないかと反論するのである。
これに対し、大聖人はまず第一に、涅槃経に依法不依人とあるとおり、仏法の正邪はあくまで法に依るべきであり、その人がいかなる通力をもっているかに依ってはならないとの道理を述べ、その実例として、インドの外道の阿伽陀仙、耆兎仙人も、また中国の道教の張階や欒巴も通力をもっていたが、彼等は仏法の因果さえ弁えていないという証拠を挙げられている。
また仏教では、法雲が法華経を購読して天華をふらせたが、妙楽は、彼の説くところは理にかなっていない。つまり法華経の正しい講説ではないと破折したという例を示しておられる。
このように、通力によって仏法の正邪をきめるべきではないのである。
つぎに、通力ではなく、法によって仏法の正邪を判釈すれば、法華経の法師品には、明らかに「我が所説の経典、無量無辺にして、已に説き、今説き、当に説かん、而も其の中に於いて、此の法華経、最も為れ難信難解なり」とある。ゆえに同品の「法華最も第一なり」とも記されているのである。
また、宝塔品にも「此の経第一なり」の文がある。
このような明文があるにもかかわらず、法華経第一と読まず、第三の劣とよんだのである。
祈禱抄で、日蓮大聖人は「仏正く諸教を挙げて其の中に於いて法華第一と説き給ふ、仏の説法と弘法大師の筆とは水火の相違なり尋ね究むべき事なり、此筆を数百年が間・凡僧・高僧・是を学し貴賎・上下・是を信じて大日経は一切経の中に第一とあがめける事仏意に叶はず」(1354-11)と断じておられる。
さらに、安楽行品には「最も其の上に在り」と明記されているのに、弘法は「最も其の下に在り」といっていると破折されている。
このように法華経こそ最第一であるという釈尊の金言に対して、全く反する已義を立てたのが弘法であることを示し「経文に背いて人師の言に随ふべきか人師の言を捨てて金言を仰ぐべきか用捨心に有るべし」と、仏の金言をとるべきか人師の言をとるべきかを正しく判断するよう誡められている。
仏法の邪正は必ず得道自在にはよらず
この御文は、仏法の正邪を、通力自在の如何によって判断してはならないとの誡めである。
唱法華題目抄で、日蓮大聖人は、慈恩と善導の示した通力を破折するために、本抄で述べられた阿伽陀仙人や張階等の外道の通力の例を挙げられた後に、次のように第六天の魔王の現ずる通力について記されている。
「第六天の魔王は仏滅後に比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷・阿羅漢・辟支仏の形を現じて四十余年の経を説くべしと見えたり通力をもて智者愚者をばしるべからざるか、唯仏の遺言の如く一向に権経を弘めて実経をつゐに弘めざる人師は権経に宿習ありて実経に入らざらん者は 或は魔にたぼらかされて通を現ずるか、但し法門をもて邪正をただすべし利根と通力とにはよるべからず」(0016-10)、
ここに述べられているように、権教のみ弘めて実教を弘めない人師、権経に宿習があって実教に入らない者には、第六天の魔王がついて通を現ずるのである。ゆえに、仏法の邪正は法門でもってただすべきであり、利根と通力によってはならないと仰せである。
弘法の通力については、報恩抄で詳しく述べられているが、数多くの例が伝えられている。
そのなかで、例えば、孔雀経の音義には、弘法は智拳の院を結んで南方に向かったところ、口がにわかに開いて金色の毘盧遮那仏になったという話があるが、日蓮大聖人は、まさに、それこそ、天魔の姿であると次のように述べられている。
「又六の巻に云く『仏迦葉に告げたまわく我般涅槃して乃至後是の魔波旬漸く当に我が正法を沮壊す乃至化して阿羅漢の身及仏の色身と作り魔王此の有漏の形を以て無漏の身と作り我が正法を壊らん』等云云、弘法大師は法華経を華厳経・大日経に対して戯論等云云、而も仏身を現ず此れ涅槃経には魔・有漏の形をもつて仏となつて 我が正法をやぶらんと記し給う、涅槃経の正法は法華経なり故に経の次ぎ下の文に云く『久く已に成仏す』、又云く『法華の中の如し』等云云、釈迦・多宝・十方の諸仏は一切経に対して『法華経は真実・大日経等の一切経は不真実』等云云、弘法大師は仏身を現じて華厳経・大日経に対して『法華経は戯論』等云云、仏説まことならば弘法は天魔にあらずや」(0320-16)
「六の巻」とは涅槃経の巻六で、魔王が仏の色身となり法華経を壊ろうとするであろうとの文である。弘法の言動は、まことに経文どおりであるから彼の通力は天魔の所為にほかならないとされているのである。
また、本抄で、愚人が弘法の通力として示した二つの事柄、一つは唐土より三鈷を海上に投げたところに日本に至ったということ、他は般若心経秘鍵という本を書いたところ疫病が病んで病気の人が蘇生したという通力についても、報恩抄では、次のように破折を加えられている。
「三鈷の事・殊に不審なり漢土の人の日本に来りてほりいだすとも信じがたし、已前に人をや・つかわして・うづみけん、いわうや弘法は日本の人かかる誑乱其の数多し」(0321-04)
かりに掘り出したのが第三者の漢土の人であったとしても、前もって埋めておいたとも考えられる。まして弘法は日本の人で、ペテン師的行為が多いと。大聖人は、まことに明快で合理的なお考えであられたことがうかがわれる。
般若心経秘鍵を書いて疫病を冶したということについても、信じがたいことであると、次のような不審点を指摘しておられる。
「『弘仁九年の春・天下大疫』等云云、春は九十日・何の月・何の日ぞ是一、又弘仁九年には大疫ありけるか是二、又『夜変じて日光赫赫たり』と云云、此の事第一の大事なり弘仁九年は嵯峨天皇の御宇なり左史右史の記に載せたりや是三、設い載せたりとも信じがたき事なり成劫二十劫・住劫九劫・已上二十九劫が間に・いまだ無き天変なり、夜中に日輪の出現せる事如何・又如来一代の聖教にもみへず未来に夜中に日輪出ずべしとは三皇五帝の三墳・五典にも載せず」(0319-08)等々と破折されている。
弘仁9年(0818)に大疫病があったなどということは、歴史の記録になく、夜中に日光が赫々と輝いたなどということも、もしあれば記録があるはずである。これ自体明らかに、弘法の通力をたたえるために後人のつくった話である。
このように弘法の示したといわれる通力は、第六天の魔王の現じたものか、それとも人々をひきつけるための誑惑にほかならないのである。
0486:03~0486:12 第15章 薬王品の十喩を例に挙げるtop
| 03 又第 04 七の巻薬王品に十喩を挙げて教を歎ずるに 第一は水の譬なり江河を諸経に譬へ大海を法華に譬へたり、 然るを大 05 日経は勝れたり法華は劣れりと云う人は 即大海は小河よりもすくなしと云わん人なり、 然るに今の世の人は海の 06 諸河に勝る事をば知るといへども 法華経の第一なる事をば弁へず、 第二は山の譬なり衆山を諸経に譬へ須弥山を 07 法華に譬へたり須弥山は上下十六万八千由旬の山なり 何れの山か肩を並ぶべき 法華経を大日経に劣ると云う人は 08 富士山は須弥山より大なりと云わん人なり、 第三は星月の譬なり諸経を星に譬へ法華経を月に譬ふ 月と星とは何 09 れ勝りたりと思へるや、 乃至次下には此の経も亦復是くの如し 一切の如来の所説若しは菩薩の所説若しは声聞の 10 所説諸の経法の中に最も為れ第一とて 此の法華経は只釈尊一代の第一と説き給うのみにあらず大日・及び薬師・阿 11 弥陀等の諸仏・普賢文殊等の菩薩の一切の所説・諸経の中に此の法華経第一と説けり、 されば若し此の経に勝りた 12 りと云う経有らば外道天魔の説と知るべきなり、 -----― また法華経巻第七薬王菩薩本事品第二十三には十種の譬喩を挙げて法華経の教えを讃嘆してる。 第一は水の譬である。江河を諸経に譬え、大海を法華経に譬えている。ところが大日経は勝れており、法華経は劣っているという人は、大海の水は江河の水よりも少ないという人である。しかるに今の世の人は海は諸河に勝ることを知っているけれども、法華経の第一であることはわからない。 第二は山の譬である。衆山を諸経に譬え、須弥山を法華経に譬えている。須弥山は水底より高さ上下十六万八千由旬の山である。何れの山も肩を並べることはできない。法華経を大日経に劣るという人は、富士山は須弥山よりも大きいという人である。 第三は星と月の譬え、諸経を星に譬え、法華経を月に譬える。月と星とは何れが勝っていると思うのか。これらの譬喩を挙げたあとに「法華経もまたこのとおりである。一切の如来の所説、もしくは菩薩の所説・もしくは声聞の所説・これらの諸の経法の中で、最も為れ第一である」といって、この法華経はただ釈尊一代の第一と説かれているのみでなく、大日及び薬師・阿弥陀等の諸仏、普賢・文殊等の菩薩の一切の所説、諸経の中で、この法華経が第一と説かれている。それゆえ、もしこの経に勝っているという経があるというならば、それは外道天魔の説と知るべきである。 |
十喩
法華経薬王菩薩本事品第二十三の十の喩で、いずれも諸経の中で法華経が第一の教である事を喩えている。その十喩を示すと、①水喩。 諸水の中で海が第一であるように、法華経が諸経の中で第一の教である。②山喩。衆山の中で須弥山が第一であるように、諸経の中で法華経が第一である。③衆星喩。 衆星の中で月天子が第一であるように、諸経の中で法華経が第一である。④日光喩。日天子がもろもろの闇を除くように、法華経も一切の不善の闇を破る教えである。⑤輪王喩。諸王の中で転輪聖王が第一であるように、法華経は諸経中の王である。⑥帝釈喩。帝釈が三十三天中の王であるように、法華経は諸経の中の王である。⑦大梵王喩。大梵天王が一切の衆生の父であるように、法華経は菩提の心を発す者の父である。⑧四果辟支仏喩。 四果・辟支仏が一切の凡夫の中で第一であるように、法華経とこれを持つ者は人法ともに第一である。⑨菩薩喩。声聞・辟支仏の中に菩薩が第一であるように、法華経は諸経の中で第一である。⑩仏喩。仏が諸法の王であるように、法華経は諸経の王である。
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須弥山
須弥はサンスクリットのスメールの音写。妙高山と訳される。古代インドの宇宙観で、一つの世界の中心にあると考えられている巨大な山。須弥山の麓の海の東西南北に四つの大陸があって、一つの世界を構成する。須弥山の頂上は六欲天のうち第二天の忉利天に位置しており、ここに帝釈天が忉利天の主として地上世界を支配して住んでいる。
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由旬
サンスクリットのヨージャナの音写。由善那とも。インドの距離の単位。1由旬とは帝王が1日に行軍する道のりとされ、およそ10キロメートルほどと考えられている。
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前章での法華経三説超過の教えに引きつづいて、本章ではさらに、法華経の最勝を述べた薬王品の十喩を挙げて、邪見を破折されている。
しかも、法華経は、釈尊一代の聖教のみならず、大日如来・薬師如来・阿弥陀仏等の仏、普賢菩薩・文殊菩薩等の菩薩の所説、諸経、一切の中で第一であると説かれているのである。
ゆえに、法華経を第三の劣などという弘法の邪義は、あらゆる仏法にはずれる外道天魔の説といわざるをえないのである。
法華経が、一切の仏・菩薩の所説の中で最高であるとは、この全宇宙の中で、この経以上の経典はないということである。このことは、とりもなおさず、法華経が、宇宙それ自体の生命を解明した経典であることを示している。さらにいえば、法華経が、宇宙生命の全体像をえがきえたのは、この経の文底に宇宙根源の一法を秘沈しているゆえにほかならない。
なお、法華経薬王品の十喩については、日蓮大聖人は、薬王品得意抄で詳細に論じられているので、参照されたい。
ここでは、第三の星と月の譬について若干補足しておくと、この譬はもとより地球上の我々の眼に映ずる星の光と月の光の明るさを比較したものである。ゆえに、薬王品には、これを承けて「千万億の諸の教法の中に於て、最も為れ照明なり」と記されている。
また薬王品得意抄には「衆星は或は半里或は一里或は八里或は十六里には過ぎず、月は八百余里なり衆星は光有りと雖も月に及ばず、設い百千万億乃至一四天下・三千大千・十方世界の衆星之を集むとも一の月の光に及ばず、何に況や一の星月の光に及ぶ可きや、華厳経・阿含経・方等・般若・涅槃経・大日経・観経等の一切の経之を集むとも法華経の一字に及ばじ、一切衆生の心中の見思塵沙無明の三惑並に十悪五逆等の業は暗夜のごとし華厳経等の一切経は闇夜の星のごとし法華経は闇夜の月のごとし」(1500-17)と述べられている。
一切衆生の心中の煩悩、業は闇夜のごときものであり、華厳経等の爾前経は、それに対して闇夜の星のようま光しか放っていない。これでは、煩悩、業の闇を照破することはできない。それに較べ、月が出れば、はるかに明るく照らすように、法華経は、煩悩、業の闇を照破することができるのである。さらにいえば、末法御建立の三大秘法の南無妙法蓮華経の力は、太陽の出るがごとくであるといえよう。
0486:12~0487:02 第16章 真言密教の邪義を総括するtop
| 12 其の上・大日如来と云うは久遠実成の教主釈尊・四十二年・和光 13 同塵して 其の機に応ずる時・三身即一の如来暫く毘盧遮那と示せり、 是の故に開顕実相の前には釈迦の応化と見 14 えたり、 爰を以て普賢経には釈迦牟尼仏を毘盧遮那遍一切処と名け其の仏の住処を常寂光と名くと説けり、 今法 15 華経は十界互具・一念三千・三諦即是・四土不二と談ず其の上に一代聖教の骨髄たる二乗作仏・久遠実成は今経に限 16 れり、汝語る所の大日経・金剛頂経等の三部の秘経に此等の大事ありや 善無畏・不空等・此等の大事の法門を盗み 17 取つて己が経の眼目とせり本経本論には迹形もなき誑惑なり急ぎ急ぎ是を改むべし。 -----― そのうえ、大日如来という仏は久遠実成の教主釈尊が四十二年間、和光同塵して衆生の機根に応ずる時、三身即一の如来がしばらく仏を示したのである。このゆえに実相を開顕した時には、釈尊が衆生の機根に応じて変現した一応化身と見られるのである。このゆえに、普賢経には「釈迦牟尼仏を毘盧遮那遍一切処と名づけ、其の仏の住処を常寂光と名づく」と説かれている。 今、法華経は十界互具・一念三千・三諦即是・四土不二を明かし、そのうえに、一代聖教の骨髄である二乗作仏・久遠実成は法華経に限る法門である。あなたのいう大日経・金剛頂経等の三部の秘経にこれらの大事が説かれているか。善無畏・不空等はこれらの法門を盗み取って、自分の依経の眼目としたのである。もともとの経や論には迹形もない誑惑である。急ぎ急ぎこれを改むべきである。 -----― 18 抑大日経とは四教含蔵して尽形寿戒等を明せり 唐土の人師は天台所立の第三時・方等部の経なりと定めたる権 0487 01 教なりあさまし・あさまし、 汝実に道心あらば急いで先非を悔ゆべし 夫れ以れば此の妙法蓮華経は 一代の観門 02 を一念にすべ十界の依正を三千につづめたり。 -----― いったい、大日経とは蔵通別円の四教が含まれていて、小乗の尽形寿の戒等を明かしているから、中国の人師が天台所立の第三方等部の経なりと定めた権教である。なんともあさましいあさましいことではないか。あなたがまことに求道心があるならば、急いで過去のあやまちを悔いるべきである。さて所詮の極理を考えてみると、この妙法蓮華経こそは釈尊一代の観心の法門を一念におさめ、十界の依正を三千におさめているのである。 |
久遠実成の教主釈尊
法華経如来寿量品で五百塵点劫成道の本地を顕した釈尊をいう。この釈尊は爾前経および法華経迹門までの始成正覚の仏を破している。
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和光同塵
「光を和して塵に同ず」と読む。①才智を包んで顕さず、世俗に仲間入りして異を立てないこと。②仏や菩薩が衆生を教化するため、威徳の光をやわらげて本地を隠し、仮の姿をもって衆生の間に出現すること。
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三身即一
仏の三つの側面である法身(法そのもの)、報身(智慧と功徳)、応身(慈悲)の三身が、一身にそなわっていること。
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毘盧遮那
サンスクリットのヴァイローチャナの音写。明らかにする者、太陽の意。華厳経で、釈尊はじめ諸仏の本体として示された仏身。この毘盧遮那仏から無数の分身の諸仏が展開される。ヴァイローチャナを漢訳する際、東晋の仏駄跋陀羅訳(六十華厳)では「盧舎那」と音写し、唐の実叉難陀訳(八十華厳)では「毘盧遮那」と音写した。
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開顕実相
「実相を開き顕す」と読む。諸法の真実の姿を開発し開示すること。法華経の説法をさす。
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十界互具
法華経に示された万人成仏の原理。十界互具とは、地獄界から仏界までの十界の各界の衆生の生命には、次に現れる十界が因としてそなわっていること。この十界互具によって九界と仏界の断絶がなくなり、あらゆる衆生が直ちに仏界を開くことが可能であることが示された。この十界互具を根幹として、天台大師智顗は一念三千の法門を確立した。
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一念三千
天台大師智顗が『摩訶止観』巻5で、万人成仏を説く法華経の教えに基づき、成仏を実現するための実践として、凡夫の一念(瞬間の生命)に仏の境涯をはじめとする森羅万象が収まっていることを見る観心の修行を明かしたもの。このことを妙楽大師湛然は天台大師の究極的な教え(終窮究竟の極説)であるとたたえた。「三千」とは、百界(十界互具)・十如是・三世間のすべてが一念にそなわっていることを、これらを掛け合わせた数で示したもの。このうち十界とは、10種の境涯で、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天・声聞・縁覚・菩薩・仏をいう。十如是とは、ものごとのありさま・本質を示す10種の観点で、相・性・体・力・作・因・縁・果・報・本末究竟等をいう。三世間とは、十界の相違が表れる三つの次元で、五陰(衆生を構成する五つの要素)、衆生(個々の生命体)、国土(衆生が生まれ生きる環境)のこと。日蓮大聖人は一念三千が成仏の根本法の異名であるとされ、「仏種」と位置づけられている。「開目抄」で「一念三千は十界互具よりことはじまれり」(189㌻)と仰せのように、一念三千の中核は、法華経であらゆる衆生に仏知見(仏の智慧の境涯)が本来そなわっていることを明かした十界互具であり、「観心本尊抄」の前半で示されているように、特にわれわれ人界の凡夫の一念に仏界がそなわることを明かして凡夫成仏の道を示すことにある。また両抄で、法華経はじめ諸仏・諸経の一切の功徳が題目の妙法蓮華経の五字に納まっていること、また南無妙法蓮華経が末法の凡夫の成仏を実現する仏種そのものであることが明かされた。大聖人は御自身の凡夫の身に、成仏の法であるこの南無妙法蓮華経を体現され、姿・振る舞い(事)の上に示された。その御生命を直ちに曼荼羅に顕された御本尊は、一念三千を具体的に示したものであるので、「事の一念三千」であると拝される。なお、「開目抄」(215㌻以下)などで大聖人は、法華経に説かれる一念三千の法理を諸宗の僧が盗んで自宗のものとしたと糾弾されている。すなわち、中国では天台大師の亡き後、華厳宗や密教が皇帝らに重んじられ隆盛したが、華厳宗の澄観は華厳経の「心如工画師(心は工みなる画師の如し)」の文に一念三千が示されているとし、真言の善無畏は大日経を漢訳する際に天台宗の学僧・一行を用い、一行は大日経に一念三千の法理が説かれているとの注釈を作った。天台宗の僧らはその非を責めることなく容認していると批判されている。
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三諦即是
円融三諦のこと。是とは中道・実相の義。空仮中の三諦が即空・即仮・即中と円融具足していること。
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四土不二
四土とは凡聖同居土・方便有余土・実報無障礙土・常寂光土で、円融相即の法に基づけば一土にほかならない。すなわち四土は別々に存在するのではなく、衆生の一念によって感見する国土に相違のあること。
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二乗作仏
法華経迹門において二乗(声聞・縁覚)の成仏が釈尊から保証されたこと。法華経以外の大乗経では、二乗は自身が覚りを得ることに専念することから利他行に欠けるとして、成仏の因である仏種が断じられて成仏することはないとされていた。このことを日蓮大聖人は「開目抄」(191㌻以下)で、華厳経・維摩経などの爾前経を引かれ、詳しく論じられている。それに対し法華経迹門では、二乗にも本来、仏知見(仏の智慧の境涯)がそなわっていて、本来、成仏を目指す菩薩であり、未来に菩薩道を成就して成仏することを具体的な時代や国土や如来としての名などを挙げて保証された。さらに法華経迹門では、この二乗作仏、また提婆達多品第12で説かれる女人成仏・悪人成仏によって、あらゆる衆生の成仏が保証され、十界互具・一念三千の法門が理の上で完成した。
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四教
①天台大師智顗による教判。「化法の四教」と「化儀の四教」がある。一般に四教というと化法の四教(蔵通別円)をさす場合が多く、「開目抄」(197㌻)で言及される「四教の果」「四教の因」もこちらの意。㋑釈尊の一代の教えをその内容によって4種(蔵教・通教・別教・円教)に分類した天台宗の教判。(1)三蔵教。略して蔵教ともいう。経律論の三蔵をそなえ、三界内の生死・因果のみを明かし、諸法を構成要素に分析して空とする析空観を観法とし、諸法の空をみて不空を知らない但空の理を説く。主として声聞・縁覚を対象とし、傍に菩薩を対象とするが、その究極は声聞の覚りにすぎないので、声聞教という。小乗教と位置づけられる。(2)通教。大乗の初門となる教えで、前の三蔵教と後の別教・円教とに通ずるので通教という。また、三乗に通じる教えなので通教という。界内の理を明かし、諸法の体に即してそのまま空とする体空観を用い、空の中に自ら不空が存在するという不但空の理を説く。声聞・縁覚・菩薩がともに学ぶが、菩薩を主たる対象とする。(3)別教。前の蔵・通二教とも後の円教とも別なので別教という。界外の事である菩薩の歴劫修行の様相を明かし、空仮中の三諦のそれぞれが但空・但仮・但中であるという隔歴の三諦を説く。二乗を除いて特別に菩薩のために説かれる。(4)円教。三諦・十界・十如・三千の諸法が円融円満に説かれるので円教という。界外の理を明かし、万法の円融相即を説き、一即一切、一切即一であり、三諦についていえば三諦それぞれが不但で即空・即仮・即中という円融の三諦を説く。一行即一切行、一位即一切位と説き、初心の行位に万行・万位の功徳を包摂するので、一切衆生を対象として救済する利益を有する。(5)妙楽大師湛然は『止観輔行伝弘決』で、以上の四教のうち、蔵・通・別の三教には仏果の名はあるが、実際には仏果に至る人はいない(有教無人)と説く。また四教を五時に配すると、『法華玄義』では、第1の華厳時は円教に別教を兼ねて説くので兼、第2の阿含時はただ三蔵教のみを説くので但、第3の方等時は蔵通別円の四教を対比させて説くので対、第4の般若時は円教に通別をさしはさんで帯びて説くので帯、第5の法華涅槃時は純円とする。爾前の円が兼・対・帯であるのに対して法華の円は円独妙であるから、法華経を八教(化法の四教と化儀の四教)を超えて優れた超八醍醐の教えという。㋺天台大師智顗が釈尊一代の教えを説き方によって四つに分類した教判。(6)頓教(覚りの真実を直ちに説く)(7)漸教(順を追って高度な教えに導いていく)(8)秘密教(仏は同一の説法を行うが、それを聞く衆生は互いにその存在を知らず、説法の理解に相違がある)(9)不定教(衆生は同一の場所で同一の内容の教えを聞き、互いにその存在を認識するが、教えの理解に相違がある)の四つ。②華厳宗の法蔵の弟子・慧苑が立てた教判。①迷真異執教(外道凡夫の教え)②真一分半教(二乗の教え)③真一作満教(初心の菩薩の教え)④真具分満教(如来蔵を識る者の教え)。
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尽形寿戒
小乗教の戒体が、一生の寿命を終えるとともに失われること。尽形寿は肉体・寿命の尽きること、一生涯をいう。
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本章は、前半に、大日如来と釈尊の関係が教示されており、ついで「今法華経は十界互具」以下が、真言破折の結びとなっている。
かつて愚人のもとを訪れた真言の修行者は、大日経等の三部は、法身大日如来の説いた経典であり、法華経等の顕教は、応身如来の説いた経典であるといい、真言密教のすぐれている所以とした。
また正覚房は舎利講式で、釈尊は大日如来の牛飼にも足らずと誹謗した。しかしながら、本源的に大日如来と釈尊の関係をみると、法華経本門の久遠実成の釈尊の応化であり、垂迹にほかならない。
本来、大日如来とは現実に出世成道した仏ではなく、たんなる法身であり、理仏にすぎない。このような理仏を現実の仏として、釈尊より勝れるなどということは、人を誑惑するものである。
もし、実仏であるとするならば、日蓮大聖人が、祈禱抄で提示されている疑問に答えねばなるまい。
「大日如来は何なる人を父母として何なる国に出で大日経を説き給けるやらん、もし父母なくして出世し給うならば釈尊入滅以後、慈尊出世以前、五十六億七千万歳が中間に仏出でて説法すべしと云う事何なる経文ぞや、若し証拠なくんば誰人か信ずべきや」(1355-06)
結局、大日如来は、経文の上の理仏であって実仏ではないのである。
では、大日如来と釈尊の正しい関係はどのようなものかというと、本抄に教示されているように久遠実成の釈尊が今時に応化して、42年間、仏の光を和らげて衆生の煩悩に応じて教化した時、もともと三身即一の仏が衆生救済のために仮に毘盧遮那法身の大日如来と示されたにすぎない。
それゆえに、法華経で実相すなわち久遠実成を開顕した時には、この久遠の釈尊の応化身となるのである。その証拠として本抄では普賢経の文を挙げておられる。
このように、真言密教の大日如来は、久遠実成の三身即一の仏が迹を垂れた仮の法身仏にすぎない。
それにもかかわらず、正覚房は、全く逆に釈尊は大日如来の牛飼にも足らずと貶めたのであるから、これほどの誑惑はないのである。
つぎに「今法華経は十界互具・一念三千」等は、真言破折の結びの個所である。
十界互具・一念三千・三諦即是・四土一土等の法門は、ただ法華経のみに説かれている。真言宗は、この一念三千法門を大日経にも説かれていると主張し、大日経が勝れる証拠としているのであるが、一念三千の基盤である二乗作仏・久遠実成は、法華経のみに説かれ、大日経には全くないのである。
真言見聞にも「又大日経並びに三部の秘経には何れの巻・何れの品にか十界互具之有りや都て無きなり、法華経には事理共に有るなり、所謂久遠実成は事なり二乗作仏は理なり、善無畏等の理同事勝は臆説なり信用す可からざる者なり」(0148-08)とある。
にもかかわらず、真言密教で、一念三千が大日経にもあると主張しているのは結局、法華経の一念三千の法門を盗み取ったのにほかならない。
この点については「然らば陳隋二代の天台大師が法華経の文を解りて印契の上に立て給へる十界互具・百界千如・一念三千を善無畏は盗み取つて我が宗の骨目とせり」(0146-11)等、あらゆる御抄で論じられているところである。
それでは、大日経は、釈尊一代の聖教のなかで、どこに位置するかといえば、天台所立の教判である五時八教の中の方等部に入る権教なのである。つまり、法華以前の方便権教のなかでも、小乗を交えた低い大乗経にすぎない。その理由は、法華経が、純一円教なのに対して大日経には蔵通別円の四経が皆含まれ、とくに戒では小乗戒が説かれているゆえである。
以上のように、真言密教の仏である大日如来は久遠実成の釈尊の応化仏であり、権仏にすぎない。また、依経の大日経も方便部に入る権経にすぎない。
ゆえに、出離生死の法を求める心があるならば、先非を悔い、真言密教の執着を断ち切って、妙法蓮華経に帰依すべきであると聖人は愚人に勧めるのである。
この妙法蓮華経は釈尊一代の肝心であり、この一念三千の法門に釈尊一代の一切の修行、十界の依正森羅万象をすべて収めつくしているのであり、このことを、観心本尊抄には、さらに明確に「釈尊の因行果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す我等此の五字を受持すれば自然に彼の因果の功徳を譲り与え給う」(0246-15)と述べられている。
0487:01~0487:10 第一章 禅宗の教義を挙げるtop
| 聖愚問答抄下 01 爰に愚人聊か和いで云く経文は明鏡なり疑慮をいたすに及ばず 但し法華経は三説に秀で一代に超ゆるといへど 02 も言説に拘はらず経文に留まらざる 我等が心の本分の禅の一法には・しくべからず 凡そ万法を払遣して言語の及 03 ばざる処を禅法とは名けたり、 されば跋提河の辺り沙羅林の下にして 釈尊・金棺より御足を出し拈華微笑して此 04 の法門を迦葉に付属ありしより已来・天竺二十八祖・系乱れず唐土には六祖次第に弘通せり、 達磨は西天にしては 05 二十八祖の終 東土にしては六祖の始なり 相伝をうしなはず教網に滞るべからず、 爰を以て大梵天王問仏決疑経 06 に云く「吾に正法眼蔵の涅槃妙心実相無相微妙の法門有り 教外に別に伝う 文字を立てず 摩訶迦葉に付属す」と 07 て迦葉に此の禅の一法をば教外に伝ふと見えたり、 都て修多羅の経教は月をさす指・月を見て後は指 何かはせん 08 心の本分・禅の一理を知つて後は仏教に心を留むべしや、 されば古人の云く十二部経は総て 是れ閑文字と云云、 09 仍つて此の宗の六祖慧能の壇経を披見するに実に以て然なり、 言下に契会して後は教は何かせん 此の理如何が弁 10 えんや、 -----― そこで愚人は少し顔色を和げていう。経文は明鏡であるから疑いをはさむことはできなお。ただし、法華経は已・今・当の三説に秀で一代聖教の中で最も勝れているといっても、言説に制約されず経文に留まらない我らの心の本分を究める禅の一法にもかなうものではない。およそ万法を払い棄て、言語の及ばない境界を禅法と名づけたのである。 それゆえ跋提河の辺り、沙羅林の下で、釈尊が金棺から出て、拈華微笑してこの法門を迦葉に付属してからこれまで、インドでは二十八祖の系統の乱れなく継承し、中国にあっては六祖の始めである。相伝を失わず、経網に滞ってはならない。 このゆえに大梵天王問仏決疑経には「私には正法眼蔵涅槃妙心実相無相微妙の法門がある。教外に別に伝え、文字を立てず、摩訶迦葉に付属する」とあり、迦葉にこの禅の一法を教外に伝えたと見えている。すべて仏の経教は月をさす指であり、月を見て後では指は不用である。心の本分たる禅の一理を知った後は、仏の教えに心を留めるべきであろうか。それゆえ、古人は「十二部経はすべて無用の文字である」といっている。したがって、この宗の六祖慧能の壇経を開いて見ると、まことにそのとおりであり、一言の下に心性にかない真理を会得した後は、教は不用である。この理をどう考えればよいのか。 |
金棺
釈尊入滅の際、その遺体を納めたひつぎ。七宝によって荘厳されたという。
―――
達磨
5~6世紀、生没年不詳。菩提達磨はサンスクリットのボーディダルマの音写。達磨と略す。達摩とも書く。中国禅宗の祖とされる。その生涯は伝説に彩られていて不明な点が多い。釈尊、摩訶迦葉と代々の法統を受け継いだ28代目の祖師とされる。以下、伝承から主な事跡を挙げると、南インドの香至国王の第3王子として生まれ、後に師の命を受け中国に渡る。梁の武帝に迎えられて禅を説いたが、用いられなかった。その後、嵩山少林寺で壁に向かって9年間座禅を続けていたところ、慧可が弟子入りし、彼に奥義を伝えて没したという。
―――
十二部経
経典を形式・内容によって12種に分類したもの。十二分教ともいう。①修多羅(スートラ)。契経と訳す。法義を説いた散文。②祇夜(ゲーヤ)。応頌・重頌と訳す。修多羅に応じて重ねてその義を述べた韻文。③伽陀(ガーター)。諷頌・孤起頌と訳す。散文によらずに韻文だけで説いたもの。④尼陀那(ニダーナ)。因縁と訳す。説法教化のいわれを説く。⑤伊帝目多伽(イティユクタカ、イティヴリッタカ)。本事・如是語と訳す。過去世の因縁を説く。⑥闍多伽(ジャータカ)。本生と訳す。仏が昔、菩薩であった時の行いなどを説く。⑦阿浮陀達磨(アドブタダルマ)。未曽有法と訳す。仏の神通力を説く。⑧阿波陀那(アヴァダーナ)。譬喩と訳す。譬喩を借りて説いたもの。⑨優婆提舎(ウパデーシャ)。論議と訳す。法理の解説・注解。⑩優陀那(ウダーナ)。自説・無問自説と訳す。問いを待たずに仏が自ら説いた。⑪毘仏略(ヴァイプルヤ)。方広・方等と訳す。広大な理義を説いたもの。⑫和伽羅那(ヴィヤーカラナ)。授記と訳す。弟子に対して未来世の成仏の保証を与えること。
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慧能
638年~713年。中国の禅宗で第6祖とされる。曹渓の宝林寺にいたので曹渓大師とも呼ばれた。禅宗の弘忍を訪ねてその弟子となった。弘忍から慧能への継承については伝承があり、それによれば、弘忍は700人の弟子たちにそれぞれの覚りの境地を一偈で述べさせ、最も優れた者に衣を伝え法を授けようとしたが、慧能はこのとき高弟の神秀を抜き、弘忍より法を伝えられたという。慧能の説法は『六祖壇経(六祖大師法宝壇経)』としてまとめられているが、後世の加筆が多いとされる。なお、歴史的な事実としては、第5祖とされる弘忍の後、神秀が唐の則天武后などの帰依を受け、その弟子の普寂が神秀を第6祖として、この一門が全盛を誇った。しかし荷沢神会がこれに異を唱え、慧能が達磨からの正統で第6祖であると主張したことで、慧能派の南宗と神秀派の北宗とが対立し、神会の社会的な地位確立により、南宗の勢力が広がった。日本に伝わった臨済宗や曹洞宗も南宗の流れをくむ。
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契会
契は契符、会は会合。割符を合わせたように一体となること。真理を悟り会得すること。
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本抄上の終わりで、聖人は、真言密教の邪義を、法華経の明鏡に照らして破折された。その鋭い論理に愚人は一応納得したのであろう、「爰に愚人聊か和いで」とあるように、愚人の顔色が少々穏やかになった、と表現されている。
しかし、愚人は、今度は禅宗の教えを根拠にして、経文としての法華経を否定し、法華経より勝てた立場のあることを主張し、聖人の見解を聞こうとするのである。
本抄上で、聖人は愚人がつぎつぎと問い尋ねた念仏、真言密教の邪義を破ってこられたのであるが、律を加えて、これらの宗旨は、いずれも、小乗の経典や権大乗の経典を依りどころとするのであった。したがって、釈尊出世の本懐であり一切衆生皆成仏道を説き明かした実教たる法華経をもって、ことごとく破られたのである。
しかし、ここに愚人が問い尋ねる禅宗は、それまでの小乗や、権大乗の経典を依経とする宗旨とは異なり、実教の法華経も含めて、経典や経文そのものを否定する恐るべき宗派である。
いま、愚人の言にしたがって、禅宗の教えを述べてみると、次のようになる。
八万法蔵といわれる多数の経教を説いた釈尊が、いよいよ跋提河の辺りで涅槃する時に、黙然として華を拈って微笑した。そこにいた大衆はこの意味に理解できなかったが、ただ迦葉だけが意味を悟り破顔微笑したという。ことばでは語れない真理が、この時、釈尊から迦葉に“以心伝心”され付嘱されたという。大梵天王問仏決疑経には「吾に正法眼蔵の涅槃妙心実相無相微妙の法門有り教外に別に伝う文字を立てず摩訶迦葉に付属す」と説いている。
すなわち、この時の、ことばでは語られない真理とは“正法眼蔵の涅槃妙心実相無相微妙の法門”であるとし、その正法が釈尊より迦葉に、文字を立てず、八幡法蔵の言語文字の経教とは、別に伝えられたというのである。
いわゆる「教外別伝・不立文字」というのがこれである。
こうして、迦葉よりインドでは二十八祖、中国では六祖と一糸乱れず、正法が以心伝心されてきたという。
禅宗では、坐禅という一種の瞑想修行により、直ちに悟りに入る修行をすると主張する。そして、経文は月をさす指にすぎずとし、月即ち、自分の本分を見ることができれば、経文は無用であるといって、ただ坐禅を組んで、自分の心を内観することに専心するのである。
釈尊の金口の直説たる経文を軽視することの禅宗に対して、聖人は、どのように破折されるのであろうか。それが次章から始まる聖人の答えである。
0487:10~0488:13 第二章 教外別伝・不立文字の邪義を破るtop
| 10 聖人示して云く 汝先ず法門を置いて道理を案ぜよ、 抑我一代の大途を伺わず十宗の淵底を究めずして 11 国を諌め人を教ふべきか、 汝が談ずる所の禅は我最前に習い極めて其の至極を見るに甚だ以て僻事なり、 禅に三 12 種あり所謂如来禅と教禅と祖師禅となり、 汝が言う所の祖師禅等の一端之を示さん 聞いて其の旨を知れ若し教を 0488 01 離れて之を伝うといわば教を離れて理なく 理を離れて教無し 理全く教教全く理と云う道理汝之を知らざるや拈華 02 微笑して迦葉に付属し給うと云うも 是れ教なり不立文字と云う四字も 即教なり文字なり此の事・和漢両国に事旧 03 りぬ今いへば事新きに似たれども 一両の文を勘えて汝が迷を払はしめん、 補註十一に云く又復若し言説に滞ると 04 謂わば且らく娑婆世界には何を将つて仏事と為るや、 禅徒豈言説をもつて人に示さざらんや、 文字を離れて解脱 05 の義を談ずること無し豈に聞かざらんや 乃至次ぎ下に云く豈に達磨西来して 直指人心・見性成仏すと而るに華厳 06 等の諸大乗経に此の事無からんや、 嗚呼世人何ぞ其れ愚かなるや汝等当に仏の所説を信ずべし 諸仏如来は言虚妄 07 無し、此の文の意は若し教文にとどこほり言説にかかはるとて 教の外に修行すといはば 此の娑婆国にはさて如何 08 がして仏事善根を作すべき、 さように云うところの禅人も人に教ゆる時は 言を以て云はざるべしや其の上仏道の 09 解了を云う時文字を離れて義なし、 又達磨西より来つて直に人心を指して仏なりと云う是程の理は華厳・大集・大 10 般若等の法華已前の権大乗経にも在在処処に之を談ぜり 是をいみじき事とせんは無下に云いがひなき事なり 嗚呼 11 今世の人何ぞ甚ひがめるや 只中道実相の理に契当せる 妙覚果満の如来誠諦の言を信ずべきなり 又妙楽大師の弘 12 決の一に此の理を釈して云く「世人教を蔑にして 理観を尚ぶは誤れるかな 誤れるかな」と、 此の文の意は今の 13 世の人人は観心観法を先として 経教を尋ね学ばず還つて教をあなづり 経をかろしむる是れ誤れりと云う文なり、 -----― 聖人はさとしていう。あなたはまず法門をさし置いて、道理を考えてみなさい。いったい、釈尊一代の大網を学ばず、十宗の奥義を究めないで、国を諌め、人を教えることができるだろうか。あなたの語った禅については、私が前々から習い極めており、その至極の道理を見ると、はなはだしく誤っている。禅に三種ある。すなわち如来禅と教禅と祖師禅である。あなたの語った祖師禅の一端を示すから、よく聞いてその大旨を知りなさい。 もし教を離れて法門を伝えるというならば、教を離れて理はなく、理を離れて教はない。理はそのまま教であり、教はそのまま理であるという道理をあなたは知らないのか。「拈華微笑して迦葉に付属した」というのも教である。「不立文字」という四字もまさしく教であり、文字である。このことは日本でも中国でも言い古されていて、今いうと、ことさらめいているようであるが、一・二の文を示してあなたの迷いを払うことにしよう。 補註十一には「またもし言説にこだわることがいけないというならばしばらくの間も娑婆世界は何によって仏事をなすのか。禅徒も言説によって人に教えを示さないのであろうか。文字を離れて解脱の義を語ることはできないし、どうして聞くことができようか」といい、また次に「達磨がインドから来て、直指人心・見性成仏と説いたという。しかし華厳等の諸大乗経にこの事が明かされていないというのか。ああ、世人はなんと愚かなのであろう。あなたたちは必ず仏の所説を信ずべきである。諸仏如来の言葉に虚妄はない」とある。 この文の意味は、もし教文にこだわり、言説にとらわれるなといって、教えの外に修行するというのであれば、この娑婆世界はどうして仏事・善根をなすことができるだろうか。そのようにいう禅宗の者でさえことばを用いずに教えることはできないであろう。さらに仏道の悟りを伝えるとき、文字を離れてその義を説くことはできない。また達磨がインドから来て、直ちに人心を指して仏であるといった。これくらいの理は華厳経・大集経・大般若経等の法華已前の権大乗経にもいろいろなところに説かれている。これをとくに勝れたとするのは、全くいうだけの価値のないことである。ああ、今の世の人はどうしてこうもひどくゆがんだ見方をするのか。ただ中道実相の理を体得した妙覚果満の如来の真実のことばを信ずべきである。 また妙楽大師の弘決の一には、この道理を説いて「世人が仏の教えを軽視したただ理観を尊ぶのは誤りである」と述べている。この文の意味は、今の世の人々は観心・観法を主体として、経教を尋ね学ぼうとしないで、かえって教をあなどり、経を軽んじている。これは誤りであるという文である。 |
十宗
倶舎・成実・三論・法相・律・華厳の南都六宗に、平安時代の天台・真言の2宗を加えたもの。十宗は、八宗に鎌倉時代に成立した浄土・禅の2宗を加えたもの。日蓮大聖人の時代までに日本に伝えられていた仏教の全宗派。
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如来禅
法身・般若・解脱の三徳を究竟して証得し、衆生のために不可思議な力用を起こす仏の禅をいう。
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教禅
釈尊の禅定を説く経教によって立てた禅。
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祖師禅
祖師から弟子へ文字によらず直ちに以心伝心で悟りを伝える禅。菩提達磨の流れを汲み慧能によって立てられた禅。
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直指人心・見性成仏
経文を用いずに直ちに人の心を対象とし、心の本性を見極めて成仏すること。
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中道実相の理
中道は諸法の真実の姿であり、究極の真理であること。
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妙覚果満の如来
究竟不可思議の覚りを得、無上最勝の果報を円満にそなえて欠けることのない仏のこと。妙覚は52位の最高位である仏の位。果満は仏果をその身に円満に具足していることをいう。
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聖人の禅宗に対する教義の破折が始まる。「汝先ず法門を置いて道理を案ぜよ」とは、禅宗の教義に対する主観的な執着心を置いて、客観的に道理を考えなさい、との意である。物事を判断するうえでの基本的姿勢をまず教えられているのである。
しかるのちに、禅に如来禅・教禅・祖師禅の三種あることを挙げられる。
一代五時継図に、
禅宗┬如来禅──楞伽経・金剛般若経等に依る、又は教禅とも云う
└祖師禅──教外別伝不立文字云云(0664-17)
と図示されているように、如来禅と教禅とは厳密にいえばことなるものであろうが、大聖人は同じものとされている。
ともに、釈尊が禅定について説き明かした経教を依り所にして立てる禅で、この場合は、依処とする経典が権大乗なので、実教たる法華経により破折することができる。
祖師禅は、教禅とは反対に、教外別伝・不立文字を立てる禅で、愚人のいう祖師禅であることはいうまでもない。
この祖師禅に対して、本章ではまず教外別伝・不立文字の義を破折されるのである。最初に「教を離れて理なく理を離れて教無し」の教即理の道理によって、教外別伝・不立文字の義がいかに矛盾に満ちているかを論じられる。
釈尊が禅の一法を迦葉に拈華微笑して、教を離れて別に伝え付属したというが、それをいうこと自体が「教」になっていると破られている。また、文字を立てず、というが、そのことをことばにして語れば「教」であり「文字」を立てることになる。
「不立文字」ということ自体、矛盾であって、祖師禅は始終、沈黙を続ける以外に一貫性を保てないと、聖人はさとされているのである。
しかしながら、宗派を立て仏道を修行する以上は、沈黙を続けることは絶対に不可能であることは明白であり、その点を次に指摘されている。
補註十一の文を引用されて「若し経文にとどこほり言説にかかはるとて教の外に修行すといはば此の娑婆国にはさて如何がして仏事善根を作すべき、さように云くところの禅人も人に教ゆる時は言を以て云はざるべしや其の上仏道の解了を云う時文字を離れて義なし」と破折されている。つまり、ことばや文字を離れて仏道修行するというが、沈黙のままで衆生教化の善根や法の弘通ができるわけがない。現実に、禅宗の人も禅を他人に教えるとき、ことばを使うであろうし、仏道の解了、すなわち、悟りを人に伝えるとき、文字やことばを離れるわけにいかないと、その自己矛盾を突かれている。
このように、根本的なところで、自己矛盾を犯しているのが禅宗なのである。、またその派祖の達磨が説いたという“直指人心・見性成仏”の教義も法華已前の権大乗経すら処々に説いている低い教えに過ぎない、と破られている。仏語の悟りの極到が、ことばであらわしえないものであることは、あらゆる経典で断られているがごとくであって、なんの珍しいことでもない。
このことばで表わせえない悟りに到るために教えが説かれているのであって、この教えを不要とおうのは、目的地へ行く道を否定するようなもので、結局、目的地に達することはできないのと同じである。
最後に、妙楽大師の弘決の一の文によって、観心観法だけを尊んで経教を軽視する愚を戒めておられる。
0488:14~0489:10 第三章 当世の禅宗が派祖の意に反するを指摘すtop
| 14 其の上当世の禅人・自宗に迷へり、 続高僧伝を披見するに習禅の初祖達磨大師の伝に云く教に藉つて宗を悟ると、 15 如来一代の聖教の道理を習学し法門の旨・宗宗の沙汰を知るべきなり、 又達磨の弟子・六祖の第二祖慧可の伝に云 16 く達磨禅師四巻の楞伽を以て可に授けて云く「我漢の地を観るに 唯此の経のみ有り仁者依行せば 自ら世を度する 17 事を得ん」と、 此の文の意は達磨大師・天竺より唐土に来つて 四巻の楞伽経をもつて慧可に授けて云く我此の国 18 を見るに 是の経殊に勝れたり汝持ち修行して仏に成れとなり、 此等の祖師既に経文を前とす若し之に依つて経に 0489 01 依ると云はば大乗か小乗か権教か実教か能く能く弁ふべし、或は経を用いるには禅宗も楞伽経・首楞厳経・金剛・般 02 若経等による是れ皆法華已前の権教・覆蔵の説なり、 只諸経に是心即仏・即心是仏等の理の方を説ける一両の文と 03 句とに迷いて大小・権実・顕露・覆蔵をも尋ねず、 只不二を立てて而二を知らず謂己均仏の大慢を成せり、彼の月 04 氏の大慢が迹をつぎ 此の尸那の三階禅師が古風を追う然りと雖も 大慢は生ながら無間に入り三階は死して大蛇と 05 成りぬをそろし・をそろし、 釈尊は三世了達の解了・朗かに妙覚果満の智月潔くして未来を鑒みたまい像法決疑経 06 に記して云く「諸の悪比丘或は禅を修する有つて経論に依らず 自ら己見を逐つて非を以て是と為し 是邪是正と分 07 別すること能わずアマネく道俗に向つて是くの如き言を作さく我能く是を知り我能く是を見ると当に知るべし此の人 08 は速かに我法を滅す」と、 此の文の意は諸悪比丘あつて禅を信仰して経論をも尋ねず 邪見を本として法門の是非 09 をば弁えずして而も男女・尼法師等に向つて我よく法門を知れり 人はしらずと云つて此の禅を弘むべし、 当に知 10 るべし此の人は我が正法を滅すべしとなり、 此の文をもつて当世を見るに宛も符契の如し汝慎むべし汝畏るべし、 -----― そのうえ、今の世の禅宗の人は、自分の宗旨にさえ迷っている。続高僧伝を開いて見ると、禅宗の初祖達磨大師の伝記には「教によって宗を悟る」とあり、釈尊一代の聖教の道理を習学して法門の趣旨や各宗の法門を知らなければならないということである。また、達磨の弟子である六祖の中で第二祖慧可の伝記には「達磨禅師が四巻の楞伽経を慧可に授けて『私がこの中国の地相を観ると、ただこの経のみ適している。あなたがこれによって修行するならば、おのずから世を済度することができるであろう』といった」とある。この文の意味は、達磨大師がインドから中国に来て、四巻の楞伽経を慧可に授けていうには、自分がこの国をみると、この経がとりわけて勝れている。あなたはこれを受持し修行して仏に成りなさい、ということである。 これらの祖師はすでに経文を第一としている。もしこのことから、経文に依るというならば、その経は大乗か小乗か、権教か実教かをよくよく弁別すべきである。あるいは経を用いる場合には、禅宗も楞伽経・首楞厳経・金剛般若経等によっている。しかしこれはみな法華已前の権教であり、真実を覆い隠した経説である。ただ諸経に「是心即仏・即心是仏」等の理の一面を説いた一・二の文と句とに迷って、大乗と小乗・権教と実教・顕露と覆蔵などの相違をすこしも尋ねず、ただ不二の義だけを立てて而二を知らず、「自分を仏と等しいと思う」大慢心を起こしているのである。これはインドの大慢バラモンの跡を継ぎ、中国の三階禅師が古風を追うものである。そうではあるが、大慢バラモンは生きなが無間地獄に堕ち、三階禅師は死んでから大蛇となった。まことに恐ろしいことである。 釈尊は三世を了達された明らかな智解と、妙覚果満の清らかな智慧の光でもって未来を鑒みられ、像法決疑経に「諸の悪比丘あるいは禅を修行する者は、経論によらずに、自分だけの見解に執着して非を是とし是を非として正邪を分別することができず、あまねく道俗に向かって、自分だけが正しい法門を知り、悟っているという。正しく知りなさい。この人はすみやかに我が法を滅ぼすのである」と記されている。この文の意味は、諸の悪比丘が禅を信仰して、経論をも尋ねず、邪見を根本として、法門の是非を弁えないで、しかも男女・尼法師等に向かって、自分こそはよく法門を知っているが他の人は知らない、といってこの禅を弘めるであろう。正しく知りなさい。この人は我が正法を滅ぼすであろう。ということである。この文によって当世を見る時、ちょうど符契のように合うのである。あなたも慎み畏れなければならない。 |
続高僧伝
梁の初めから唐の初めに至る約160年の間の僧伝を集めている。別名、「唐高僧伝(唐伝)」ともいう。成立の過程において、たびたび増補改訂が繰り返されており、自序では貞観19年に至る144年の僧侶500名(正伝340名、附伝160名)を収録したと述べているが、現行本には、正伝・附伝あわせて700名余りの伝記が収められている。そのことは、一例を挙げれば、664年(麟徳元年)没の玄奘伝も完結していることを見ればわかる。
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慧可
487年~593年。中国・南北朝時代から隋の僧。禅宗で菩提達磨に次ぐ第2祖とされる。菩提達磨の弟子となり、名を慧可と改め、6年間修行した。達磨の死後、慧可に帰依する者が多かったが、妬む者も多く、隋の開皇13年(593年)、讒訴によって処刑されて、107歳で死んだ。なお、慧可が達磨に入門するにあたって、積雪中に夜を徹して入門の許可を待ったが許されず、自ら左の腕を切断して求道の心を示し、ついに許しを得て弟子となったという慧可断臂の故事は有名。
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楞伽
楞伽経のこと。漢訳には4種ある。釈尊が楞伽島(スリランカ)で説いたという設定の大乗経典。唯識説や仏性説が説かれている。初期の禅宗で重視された。
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首楞厳経
首楞厳三昧経の略。中国・後秦の鳩摩羅什訳。2巻。もっぱら首楞厳三昧の力用を説き、この三昧で得られた神力を示したり功徳を明かしている。
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覆蔵
包み隠すこと、心の中で隠し立てること。
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謂己均仏
智慧のない者が増上慢を起こして、自分は仏に等しいと思うこと。
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大慢
大慢婆羅門のこと。南インドの摩臘婆国のバラモン。玄奘の『大唐西域記』巻11によると、自分の智慧が優れていることを示すため、大自在天・婆籔天・那羅延天・釈尊の像を高座の足に彫刻して常にその上に座っていたが、賢愛論師に論破された際に大乗を誹謗したために、生きながら地獄に堕ちたという。
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三階禅師
信行のこと。540年~594年。中国・隋の三階教の開祖。信行は当時を末法時代ととらえ、正法時代・像法時代の仏法を第一階・第二階とし、末法に応じた第三階の教えとして、一切衆生を礼拝するなどの独自の教えを説いた。中国では、正法・像法で1500年とされ、信行の同時代が末法とされた。
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符契
文を記した木片の中央に証印を押して二つに割ったもの。両方が一致することで正しい当事者であることの証明となる。
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前章では、祖師禅の「教外別伝・不立文字」の教えが自己矛盾に陥ることをもって破折されたが、本章では「当世の禅人・自宗に迷えり」と、祖師禅の宗派の中で、派祖や達磨やその直弟子達がいっていたことと、愚人が教えてもらった当世の禅の教えとの間に決定的な相違があることを指摘され、その矛盾を突いておられる。
すなわち、続高祖伝の記録によれば、祖師禅の派祖達磨は、経教を根本にして宗派を立てたのであり、また、直弟子の慧可に対して、楞伽経四巻を授け、此の経を持って修行し成仏せよと教えたといわれる。つまり、祖師禅の初祖の直弟子達は、あきらかに経文を根本にしていたのである。そうすると、祖師禅も、もともとは前章で述べた教禅、如来禅と同じ立場に立っていたのであり、この場合は、実大乗たる法華経により爾前権教として打ち破られることになる。その点を、禅宗の用いる楞伽経、首楞厳教、金剛般若経等を「是れ皆法華已前の権教、覆蔵の説なり」と述べられているのである。
こうして、祖師禅も本来、教禅であったにもかかわらず、その末弟たる日本当世の禅宗は、教外別伝・不立文字と立てて、全く経文を無視する立場を徹底して、その派祖達の教えとも異なる宗風を形成したことが明らかである。
実教たる法華経を明境としてみるならば、当世の禅は、二重の誤りを犯したことになるのである。祖師達が権大乗経の経典を依りどころにしている禅宗を立てたことが第一の誤りであり、さらにその祖師達の教えからも逸脱していったことが第二の誤りである。
この当世の禅こそ、釈尊が像法決疑経に予言した仏法滅尽の姿そのものなのである。
只不二を立てて而二を知らず謂己均仏の大慢を成せり
心が即、仏であり、ゆえに心を観ずればよいのだとする考え方を打ち破っておられる文である。
禅宗は、権大乗経の経典ならどこにでも説いている「是心即仏・是心是仏」という一面の理だけを依りどころにして、衆生の心が即仏とし、衆生の心と仏とは不二であると立てる。
蓮盛抄では、この考え方をつぎのように破折されている。
「『心は是れ第一の怨なり此の怨最も悪と為す此の怨能く人を縛り送つて閻羅の処に到る汝独り地獄に焼かれて悪業の為に養う所の妻子兄弟等・親属も救うこと能わじ』云云、涅槃経に云く『願つて心の師と作つて心を師とせざれ』云云、癡無懺の心を以て即心即仏と立つ豈未得謂得・未証謂証の人に非ずや」(0152-03)
すなわち、衆生の心が即仏というのが、その心が問題であるところから「心は是れ第一の怨なり此の怨最も悪と為す此の怨能く人を縛り送つて閻羅の処に到る汝独り地獄に焼かれて悪業の為に養う所の妻子兄弟等・親属も救うこと能わじ」との経文を引用され、或は涅槃経「願つて心の師と作つて心を師とせざれ」の文を引かれ、愚癡無漸の衆生の心をそのまま仏と立てるのは「末得謂得・末証謂得」の増上慢であると断言されている。
衆生の心と仏の心は「二而不二」の関係であるとするのが仏法の中道実相の理である。にもかかわらず、禅宗は不二の一面だけを強調して而二の一面を無視する誤りを犯しているのである。
つまり、仏の悟りの眼から見れば衆生の心も本来は仏と等しいとの“不二”の立場が出てくるのであるが、それはあくまで理のうえであり、衆生救済を願う仏の慈悲心から述べられたものである。現実の衆生の心は、煩悩や迷いに覆われているのであるから、どこまでも衆生は「而二」であり、自身の迷いにとざされた心は、無明を払って悟りを得られた仏とは雲泥の差があることを自覚しつつ、成仏すなわち「不二」なることを目指して仏道修行を続ける立場である。
ところが、禅宗では、衆生・凡夫の側から、仏の慈悲をふみにじみって、「而二」とする謙虚な姿勢を捨て、衆生が仏であるとの見解を立てたのである。大聖人が「謂己均仏の大慢」と破折されたのも、けだし当然といわなければならない。
0489:11~0490:11 第四章 二十八粗の系譜の偽造をただすtop
| 11 先に談ずる所の天竺に 二十八祖有つて此の法門を口伝すと云う事 其の証拠何に出でたるや仏法を相伝する人・二 12 十四人・或は二十三人と見えたり、 然るを二十八祖と立つる事・所出の翻訳何にかある全く見えざるところなり、 13 此の付法蔵の人の事・私に書くべきにあらず 如来の記文分明なり、 其の付法蔵伝に云く「復比丘有り名けて師子 14 と曰うケイ賓国に於て大に仏事を作す、時に彼の国王をば弥羅掘と名け邪見熾盛にして心に敬信無くケイ賓国に於て 15 塔寺を毀壊し衆僧を殺害す、 即ち利剣を以て用いて師子を斬る 頚の中血無く唯乳のみ流出す法を相付する人是に 16 於て便ち絶えん」此の文の意は 仏我が入涅槃の後に我が法を相伝する人二十四人あるべし 其の中に最後・弘通の 17 人に当るをば師子比丘と云わん、 ケイ賓国と云う国にて我が法を弘むべし彼の国の王をば檀弥羅王と云うべし邪見 18 放逸にして仏法を信ぜず 衆僧を敬はず堂塔を破り 失ひ剣をもつて諸僧の頚を切るべし即師子比丘の頚をきらん時 0490 01 に頚の中に血無く只乳のみ出ずべし、 是の時に仏法を相伝せん人絶ゆべしと定められたり、 案の如く仏の御言違 02 わず師子尊者・頚をきられ給う事・実に以て爾なり、 王のかいな共につれて落ち畢んぬ、二十八祖を立つる事・甚 03 以て僻見なり禅の僻事是より興るなるべし、 今慧能が壇経に二十八祖を立つる事は 達磨を高祖と定むる時師子と 04 達磨との年紀遥かなる間・三人の禅師を私に作り入れて 天竺より来れる付法蔵・系乱れずと云うて人に重んぜさせ 05 ん為の僻事なり此の事異朝にして事旧りぬ、補註の十一に云く「今家は二十三祖を承用す豈アヤマリ有らんや、若し 06 二十八祖を立つるは未だ所出の翻訳を見ざるなり、 近来更に石に刻み版に鏤め七仏二十八祖を図状し各一偈を以て 07 伝授相付すること有り 嗚呼仮託何ぞ其れ甚だしきや 識者力有らば宜しく斯の弊を革むべし」是も二十八祖を立て 08 石にきざみ版にちりばめて伝うる事・甚だ以て誤れり 此の事を知る人あらば此の誤をあらためなをせとなり、 祖 09 師禅甚だ僻事なる事是にあり先に引く所の大梵天王問仏決疑経の文を 教外別伝の証拠に汝之を引く 既に自語相違 10 せり、 其の上此の経は説相権教なり又開元貞元の再度の目録にも全く載せず是録外の経なる上・権教と見えたり、 11 然れば世間の学者用ゐざるところなり証拠とするにたらず。 -----― さきほど語ったインドに二十八祖があって、この禅の法門を口伝したということだが、その証拠は何に出でいるのか。仏法を相伝する人は二十四人、あるいは二十三人と経文に見えている。それを二十八祖と立てることは、その出所の翻訳はどこにあるのか、まったく見当たらないことである。この付法蔵の人のことは勝手に書くべきことではない。仏が明らかに記されているところである。 その付法蔵経に「また比丘があり、名づけて師子という。罽賓国で大いに法を弘める。その時の国王を弥羅掘と名づけ、邪見が盛んで、敬信の心がなく、罽賓国の塔寺を破壊し、衆僧を殺害する。ついに利剣でもって師子を斬るが、頚の中なかは血はなく、ただ乳のみ流出する。法を相伝する人はここに絶えるであろう」とある。この文の意味は、仏が私が涅槃に入った後に、仏法を相伝する人が二十四人ある。その中で最後に弘通に当たる人を師子比丘というであろう。罽賓国という国において我が法を弘める。その国の王を檀弥羅王という。邪見、放逸であって、仏法を信ぜず、衆僧を敬わず、堂塔を破壊し、剣でもって諸僧の頚を切るであろう。そして師子比丘の頚を切ろうとする時、頚の中には血はなく、ただ乳のみ出るであろう。この時に仏法を相伝する人は絶えるであろう、と定められたのである。 仏の予言に違わず、師子尊者が頚を切られたときはまさにそのとおりであり、王の腕も、ともに落ちてしまった。二十八祖を立てたことは非常に誤った見解である。禅宗の誤りはこれから起こったのである。今、慧能が壇経に二十八祖を立てたことは、達磨を高祖と定める時、師子と達磨との年代が遠くはなれているために、三人の禅師を勝手に作り入れて、インドから伝わる付法蔵の系統は乱れないといって、人に重んじさせるために偽っているのである。 この非難は中国でいいふるされたことである。補註の十一に「我が天台宗は二十三祖を相承して用いている。これは誤りのあるわけがない。もし二十八祖を立てることは、まだ所出の翻訳を見ていない。近来、さらに石に刻み、版にほり、七仏二十八祖を図にあらわし、各々一偈ずつを伝授相付することがある。ああ、偽りのなんとはなはだしいことであろう。識者は力があるならばこの弊害を改めるべきである」とある。これも二十八祖を立て、石に刻み、版にほって伝えることは大変な誤りであり、この事を知る人があるならば、この誤りを改め直せという意味である。祖師禅が大変な偽り事である理由がここにある。 前に引いた大梵天王問仏決疑経の文を教外別伝の証拠にあなたは引いたのであるが、すでに自語相違している。そのうえ、この経は説相が権教である。また開元釈教録、貞元釈教録の二つの目録にも全く載せていない。これは録外の経であるうえ、権教と思われるのである。それゆえ世間の学者は用いないのであり、証拠とすることはできない。 |
二十四人・或は二十三人
付法蔵経、付法蔵伝ともいう。中国・北魏の吉伽夜・曇曜による共訳。6巻。釈尊の付嘱を受けて正法1000年の間に出現し仏法を広めた後継者。第三の未田地を加え・加えないばあいがあり24(23)人となる。「大夫志殿御返事」には「所謂第一は大迦葉・第二は阿難・第三は未田地・第四は商那和修・第五は毱多・第六は提多迦・第七は弥遮迦・第八は仏駄難提・第九は仏駄密多・第十は脇比丘・第十一は富那奢・第十二は馬鳴・第十三は毘羅・第十四は竜樹・第十五は提婆・第十六は羅睺羅・第十七は僧佉難提・第十八は僧佉耶奢・第十九は鳩摩羅駄・第二十は闍夜那・第二十一は盤駄・第二十二は摩奴羅・第二十三は鶴勒夜奢・第二十四は師子尊者」(1079:07)とある。
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付法蔵伝
付法蔵経、付法蔵伝ともいう。中国・北魏の吉伽夜・曇曜による共訳。6巻。釈尊の付嘱を受けて正法1000年の間に出現し仏法を広めた後継者(付法蔵)23人の事跡が記されている。
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師子
①アーリヤシンハのこと。付法蔵の最後の人(第23)。6世紀ごろの中インドの人。罽賓国(カシュミール)で仏法を流布していた時、国王・檀弥羅の仏教弾圧により首を斬られたが、師子尊者の首からは一滴の血も流れず、ただ白い乳のみが流れ出たという。②サンスクリットのシンハの訳で獅子とも書く。ライオンのこと。
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罽賓国
北インドのカシミール地方もしくはガンダーラ地方に在ったとされる国。
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弥羅掘
檀弥羅王のこと。北インド罽賓国(カシュミール)の王。『付法蔵因縁伝』巻6によると、付法蔵の第23である師子尊者は、罽賓国で布教していた時、仏教を弾圧した国王・弥羅掘によって首を斬られたが、乳が流れるだけで、血が出なかったという。『摩訶止観』巻1では、弥羅掘王を檀弥羅王としている。『景徳伝灯録』巻2によると、師子尊者を斬ったあと、王の右手は地に落ち、7日のうちに王も死んだという。
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禅宗への破折が続く。本章では、祖師禅で迦葉以来二十八祖を立て、系統乱れず禅の法門が伝えられてきたとする。その系譜の偽造ぶりを文証によって打ち破られるのである。
その文証とは、付法相伝である。これには、釈尊自らの涅槃の後に、相伝をする人が二十四人あるとし、最後の二十四人目の師子比丘が悪王に頸をきられて、以後、仏法を相伝する人は絶えると予言しているのである。
付法蔵では二十四祖で終わるとされているのに、祖師禅の慧能は檀経に二十八祖を立てている。ここに、ごまかしがあるといわれている。つまり、禅宗では、初祖・達磨大師を何とか付法蔵の系列に加えたいために、最後の師子尊者と達磨大師との間に相当の年代の開きがあるのを、三人の禅師で勝手につないで、達磨を二十八祖と偽作したのである。
この系譜の問題に加えて、祖師禅が教外別伝の証拠に、大梵天王問仏決疑経を文証とするのは自語相違であるうえに、この経自体、開元・貞元の目録にもないものであるところから、偽経・権教とされ、いかなる学者も用いない経では証拠にもならない、とされている。
以上で、祖師禅の邪義は、根底から破折しつくされたといえる。
0490:12~0491:04 第五章 法華の得益を示し、捨邪帰正を勧むtop
| 12 抑今の法華経を説かるる時・益をうる輩・迹門界如三千の時・敗種の二乗仏種を萠す四十二年の間は永不成仏と 13 嫌はれて在在処処の集会にして 罵詈誹謗の音をのみ聞き 人天大会に思いうとまれて既に飢え死ぬべかりし人人も 14 今の経に来つて舎利弗は華光如来.目連は多摩羅跋旃檀香如来・阿難は山海慧自在通王仏.羅ゴ羅はトウ七宝華如来・ 15 五百の羅漢は普明如来・二千の声聞は宝相如来の記ベツに予る、顕本遠寿の日は微塵数の菩薩増道損生して位大覚に 16 鄰る、されば天台大師の釈を披見するに他経には菩薩は仏になると云つて 二乗の得道は永く之れ無し、 善人は仏 17 になると云つて悪人の成仏を明さず 男子は仏になると説いて 女人は地獄の使と定む人天は仏になると云つて畜類 18 は仏になるといはず、 然るを今の経は是等が皆仏になると説く たのもしきかな末代濁世に生を受くといへども提 0491 01 婆が如くに五逆をも造らず三逆をも犯さず、 而るに提婆・ 猶天王如来の記莂を得たり 況や犯さざる我等が身を 02 や、八歳の竜女・既に蛇身を改めずして南方に妙果を証す 況や人界に生を受けたる女人をや、 只得難きは人身値 03 い難きは正法なり 汝早く邪を翻えし正に付き凡を転じて聖を証せんと思はば念仏・真言・禅・律を捨てて此の一乗 04 妙典を受持すべし、若し爾らば妄染の塵穢を払つて清浄の覚体を証せん事疑なかるべし。 -----― いったい、今の法華経を説かれた時に、利益を受けた人々の中で、迹門の百界千如・一念三千が明かされた時に、敗種の二乗は仏種を萠した。四十二年の間は永不成仏と嫌われて、いたるところの集会で、罵詈誹謗の声のみを聞き、人界や天界の衆生に大会に疎まれて、既に飢え死にするばかりであった人々も、今の経に来て舎利弗は華光如来・目連は多摩羅跋旃檀香如来・阿難は山海慧自在通王仏・羅睺羅は謆七宝華如来・五百の阿羅漢は普明如来・二千の声聞は宝相如来の記別を受けたのである。本門で顕本遠寿が明かされた時には無数の菩薩が悟りを深めて等覚の位にのぼった。 それゆえ、天台大師の釈を開き見ると、「他経には菩薩は仏になると説いて二乗の得道は永遠にない。善人は仏になると説いて悪人の成仏を明かさない。男子は仏になると説いて女人は地獄の使いと定めている。人天は仏になると説いて畜類は仏になるとは説かない。ところが今の経はこれらが皆仏になると説く」とある。たのもしいことである。末代濁世に生を受けたけれども、提婆達多のように五逆罪も造らず、三逆罪も犯さない。しかしそれを犯した提婆達多でさえなお天王如来の記別を得たのである。まして犯さない我等の成仏は疑いないのである。八歳の竜女はすでに蛇身を改めないで南方に妙果を証得した。まして人界に生を受けた女人の成仏はまちがいない。 ただ得難いのは人身であり、値い難いのは正法である。あなたも早く邪法への信を翻して正法に付き、凡夫を転じて聖果を証得したいと思うならば念仏・真言・禅・律を捨てて、この一乗妙典である法華経を受持すべきである。もしそうであるならば、虚妄に染められた生命の塵芥を払つて清浄の覚体を証ることは疑いないのである。 |
迹門界如三千
法華経迹門に百界千如・一念三千の法門が明かされていること。
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敗種の二乗
爾前経では永久に成仏できないとされた声聞と縁覚のこと。敗種とは腐敗した種子のこと。
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舎利弗は華光如来
釈尊の声聞の十大弟子の一人である舎利弗が、法華経譬喩品第3で未来に仏になるとの記別を受けた時の仏としての名。舎利弗は無量無辺不可思議劫の後、菩薩道を修行して、華光如来となって離垢という国土に住するとの記別を受け、如来となって後、三乗法を説き、12小劫の後、堅満菩薩に対して次に成仏して華足如来となるとの記別を授け、寿命を終え、その後、正法32小劫・像法32小劫の間、説いた教えが衆生を教え導き救うと説かれている。
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目連は多摩羅跋旃檀香如来
目連はサンスクリットのマウドゥガリヤーヤナの音写。目犍連ともいう。釈尊の声聞の十大弟子の一人で、神通(超常的な力)第一とされる。法華経授記品第6で、目連は未来に多摩羅跋栴檀香如来に成ると釈尊から保証された(法華経269㌻)。
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阿難は山海慧自在通王仏
阿難はサンスクリットのアーナンダの音写。釈尊の声聞の十大弟子の一人で、釈尊の従弟にあたる。釈尊の侍者として、多くの説法を聞き、多聞第一とされる。付法蔵の第2。法華経授学無学人記品第9で、未来世に山海慧自在通王如来に成ると釈尊から保証された。
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羅睺羅は蹈七宝華如来
羅睺羅はサンスクリットのラーフラの音写。釈尊の声聞の十大弟子の一人で、密行(人に知られずひそかに行う修行)第一とされる。出家前の釈尊の子で、耶輸陀羅(ヤショーダラー)を母とする。法華経授学無学人記品第9で、未来世に蹈七宝華如来に成ると釈尊から保証された(法華経349㌻)。
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五百の羅漢は普明如来
法華経五百弟子授記品第8で説かれる。釈迦の最初の弟子(五比丘)だった阿若憍陳如が、将来仏となった時の名で、また更に500人の弟子たちも、同じく普明如来という名の仏に成るとの記別が授けられた。そして残る弟子たちも、同じ境地に至るだろうとされた。
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二千の声聞は宝相如来
法華経授学無学人記品第9で学・無学の2000人の声聞が法相如来という同一の名号を受けたこと。
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顕本遠寿
「本の遠寿を顕す」と読む。妙楽大師湛然の『法華文句記』巻10下の文。久遠の本地を開顕して、仏の寿命が長遠であると示すことをいう。発迹顕本、開近顕遠と同義。「本の遠寿」とは法華経如来寿量品第16に説かれる五百塵点劫成道以来の長遠な仏寿をいう。
―――
増道損生
道を増し生を損ずるの意。即ち中道の智慧が増進するに随って、変易の生死を漸次に損減することをいう。『法華玄義』序に「衆聖の権巧を開いて本地の幽微なるを顕はす。故に増道損生して位大覚に隣る。一期の化導、事理倶に円(まどか)なり」といい、『法華文句』巻十上に「今の本門の増道損生は皆円位に約して解釈す。(略)若し増道損生を論ぜば、光宅の因生の生を断ずるが如くならず、天親の果報の生を断ずるが如くならず。但だ智徳に約して増を論じ、断徳に約して損を論ず。法身に約して生を論じ、無明に約して滅を論ず。例せば大経の月喩の如く、初の一日より十五日に至るまでは光色漸く増し、十六日より三十日に至るまでは光色漸く減ず。一月の体に約して而も増減を論ず。法身に約して智断を論ずるを喩ふ」とある。即ち増道損生とは、法華本門の利益をいう。初住の位から妙覚仏果に至るまでの四十二位の間に、中道の智恵が明らかとなって行くのを増道といい、智恵によって無明が断ぜられ変易生死がなくなって行くのを損生という。迹門の法華において声聞の人が成仏の記別を受けて菩薩と成り、本門の法華においては更に一切の菩薩が増道損生の益を得るのである。
―――
大覚
仏、釈尊の別称。大覚は仏の悟り、世尊は仏の十号の一つで、万徳を具えており、世間から尊ばれるので世尊という。
―――
提婆
提婆達多のこと。サンスクリットのデーヴァダッタの音写。調達とも音写する。釈尊の従弟で、最初は釈尊に従って出家するが、慢心を起こして敵対し、釈尊に種々の危害を加えたり教団の分裂を企てた(三逆罪=破和合僧・出仏身血・殺阿羅漢)。その悪行ゆえに生きながら地獄に堕ちたという。【提婆の成仏】法華経提婆達多品第12では、提婆達多は阿私仙人という釈尊の過去世の修行の師であったことが明かされ、無量劫の後、天王如来になるだろうと記別を与えられている。これは悪人成仏を明かしている。【釈尊や仏弟子への迫害】①仏伝によれば、提婆達多は釈尊を殺そうとして耆闍崛山(霊鷲山)から大石を投げ落としたが、地神の手に触れたことで釈尊は石を避けることができた。しかし、破片が釈尊の足に当たり親指から血が出たという。これは五逆罪の一つ、出仏身血にあたる。②阿闍世王は、提婆達多を新たに仏にしようとして、象に酒を飲ませて放ち、釈尊を踏み殺させようとしたという。これは釈尊が存命中に受けた九つの難(九横の大難)の一つにあたる。③『大智度論』などによると、蓮華比丘尼(華色比丘尼)は、釈尊の弟子で、提婆達多が岩を落として釈尊を傷つけて血を出させた時に、提婆達多を非難して、提婆達多に殴り殺されたという
―――
五逆
五逆罪のこと。5種の最も重い罪で、必ず無間地獄の苦の果報を受ける原因となる行為。①父を殺す(殺父)②母を殺す(殺母)③阿羅漢を殺す(殺阿羅漢)④仏の身を傷つけ血を出す(出仏身血)⑤教団を分裂させる(破和合僧)の五つ。
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三逆
提婆達多は五逆罪のうち三つまで犯したとされる。大智度論巻十四に説かれる。①和合僧を破って五百人の釈尊の弟子を誘惑した。②大石を落として釈尊の足から出血させた。③蓮華色比丘尼が提婆達多を呵責したので尼を殺した。
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八歳の竜女
竜女は海中の竜宮に住む娑竭羅竜王の娘で8歳の蛇身の畜生。法華経提婆達多品第12には、文殊師利菩薩が法華経を説くのを聞いて発心し、不退転の境地に達していた。しかし智積菩薩や舎利弗ら聴衆は竜女の成仏を信じなかったので、竜女は法華経の説法の場で「我は大乗の教を闡いて|苦の衆生を度脱せん」(法華経407㌻)と述べ、釈尊に宝珠を奉ってその身がたちまちに成仏する姿を示したと説かれている。竜女の成仏は、一切の女人成仏の手本とされるとともに、即身成仏をも表現している。
―――
一乗妙典
一仏乗を説き明かした妙典。法華経のこと。
―――――――――
祖師禅を破折し終わって、一切衆生皆成仏道を明かす法華経の教えがいかに諸経に超過してすぐれているかを論じられ、愚人に「只得難きは人身値い難きは正法なり汝早く邪を翻えし正に付き凡を転じて聖を証せんと思はば念仏・真言・禅・律を捨てて此の一乗妙典を受持すべし」と、邪法を捨て正法に帰すべきことを勧められるのである。
法華経は二乗・悪人・女人の成仏を明かしているところにこそ、いかなる経典よりもすぐれている所以がある。二乗は釈尊のもとで出家し修行に励んだ仏弟子達であり、法華経以前の経典のように二乗は永久に成仏できないとするならば、現実には誰びとも成仏できないことになってしまったであろう。悪人が成仏できないということも、厳密にみれば、あらゆる人々の心のなかに悪心があるから、これまた、すべての人が成仏できないことになる。
女人の成仏についても、法華経の経典では、五障三従を説いて、女人の成仏など思いもよらない存在とされてきた。これまた、人類の半分は女性であるから、これだけでも、仏法は人類の半分しか救えないことになる。
このことからも、もしこれら二乗・悪人・女人の成仏を明かした法華経がとかれなかったならば、仏教は、いかなる人をも救えない無用の長物となってしまったというべきであろう。法華経が説かれて初めて、仏教はその存在意義を全うしたといえるのである。
0491:05~0491:14 第六章 愚人、逡巡の情を述べるtop
| 05 爰に愚人云く今聖人の教誡を聴聞するに 日来の矇昧忽に開けぬ天真発明とも云つべし理非顕然なれば誰か信仰 06 せざらんや、 但し世上を見るに上一人より下万民に至るまで念仏・真言・禅・律を深く信受し御座すさる前には国 07 土に生を受けながら争か王命を背かんや、 其の上我が親と云い祖と云い 旁念仏等の法理を信じて 他界の雲に交 08 り畢んぬ、 又日本には上下の人数・幾か有る、 然りと雖も権教権宗の者は多く此の法門を信ずる人は未だ其の名 09 をも聞かず、仍て善処・悪処をいはず邪法・正法を簡ばず内典・五千七千の多きも外典・三千余巻の広きも只主君の 10 命に随ひ父母の義に叶うが肝心なり、 されば教主釈尊は天竺にして孝養報恩の理を説き 孔子は大唐にして忠功孝 11 高の道を示す師の恩を報ずる人は肉をさき身をなぐ 主の恩をしる人は弘演は腹をさき 予譲は剣をのむ親の恩を思 12 いし人は丁蘭は木をきざみ伯瑜は杖になく、 儒・外・内・道は異なりといへども報恩謝徳の教は替る事なし然れば 13 主師親のいまだ信ぜざる法理を 我始めて信ぜん事・既に違背の過に沈みなん法門の道理は経文・明白なれば疑網都 14 て尽きぬ 後生を願はずば来世・苦に沈むべし進退惟谷れり我如何がせんや、 -----― そこで愚人がいう。今、聖人の教誡を聞いて、日ごろの迷いはたちまちに晴れた、天性の発する智明とでもいうべきであろう。理非が明らかであるから、だれが信仰しないでいられようか。ただし世間をみると上一人より下万民にいたるまで念仏・真言・禅・律を深く信受している。しかも、この国土に生を受けながら、どうして王命を背くことができようか。そのうえ、私の親も先祖も、みな念仏等の法理を信じて亡くなったのである。 また日本には上下の人数がどれほどあろうとも、権教権宗の者は多く、この法門を信ずる人はまだその名さえ聞いていない。したがって死後の世界の善悪はともかく、法の邪法はしばらくさしおいて、仏典の五千・七千の多きも、外典三千余巻の広きも、ただ主君の命に従い、父母の心に叶うことが肝要とされている。それゆえ教主釈尊はインドに出現して孝養報恩の理を説き、孔子は中国に生れて忠孝を尊崇する道を示した。師の恩を報ずる人は肉を割り、身を投げた。主の恩をしる人は、たとえば弘演は腹を割き、予譲は剣を呑んだ。親の恩を思う人は、たとえば丁蘭は木像に刻み、伯瑜は打たれた杖に母の衰えるのを知って泣いた。儒教・外道・内道と道は異なるけれども、報恩謝徳の教えはかわることはない。 それゆえ、主師親のまだ信じていない法理を、自分が初めて信ずることは確かに違背の過に陥るであろう。しかし、法門の道理は経文に明白であるから、疑いはすでになくなった。後生を願はなければ、来世は悪道の苦悩に沈むであろう。進退はまったくきわまってしまった。自分はどうしたらよいのであろうか。 |
内典・五千七千
内典とは仏教経典のこと。開元釈教録によれば、5048巻に収められており、貞元釈教録には7388巻あるといわれるところから、こう呼ばれる。
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外典・三千余巻
「外典」は仏教以外の経典のこと。「三千」は中国の儒家と道家の書が合わせて三千余巻あることをいう。
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孔子
紀元前551年~前479年(生没年には異説がある)。中国・春秋時代の思想家。姓は孔、名は丘、字は仲尼。儒教の祖。社会秩序を回復するために、「仁」という社会的な道徳を強調した。『論語』は、孔子の言行を弟子が編纂したものである。魯国で生まれたが、受け入れられず、諸国を遍歴した。
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大唐
隋に続く中国統一の王朝。隋末の群雄の一人、李淵が建てた王朝。都は長安。次の太宗の時に中国の統一が完成されて唐朝の基礎が築かれた。ただし、天台大師は唐朝成立前に亡くなっている。
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弘演
中国・春秋時代、衛国の懿公に仕えた忠臣。「公胤」(186㌻)は、音が似通う文字で表記されたもの。『韓詩外伝』などによれば、弘演が使者として国外に出かけている間に、異民族が衛国を攻め主君の懿公を殺してその肝臓だけを捨て置いた。弘演は天を仰いで号泣して悲しみ、自らの腹を割いて懿公の肝臓を入れて死んだという。
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予譲
中国の春秋・戦国時代の晋の人。『史記』刺客列伝第26によると、予譲は、趙襄子によって滅ぼされた主君・智伯の仇を討つために、わが身を傷つけて容貌を変え、炭を飲んで声を変えるなどして別人になりすまし、趙襄子に近づこうとしたが、見破られて仇討ちを果たせなかった。予譲は剣に伏して死んだという。「報恩抄」では、「剣をのみて」(293㌻)と記されているが、日寛上人は「炭を呑んで剣に伏すという趣旨である」と解釈している(文段集320㌻)。
―――
丁蘭
中国・前漢の人。親孝行の子として有名。『今昔物語集』などによると、幼い頃、母を失ったが、15歳になって母の像を造り、これを生きている母のように敬ったとされる。
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伯瑜
中国・漢代の孝子。蒙求によると、幼いころに父を亡くしたので、母は厳しくしつけるために少しのことでも杖で伯瑜を打った。しかし伯瑜は痛くてもなくことはなかった。あるとき伯瑜が母に打たれて泣いたので、母が理由をたずねると、母が年老いて力が弱くなったことが悲しくて泣いたと答えたという。
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前章で、聖人が愚人に、邪法の念仏・禅・真言・律を捨て、正法たる法華経を帰依するよう勧めたのに対し、愚人が進退きわまるところである。
「然れば主師親のいまだ信ぜざる法理を我始めて信ぜん事・既に違背の過に沈みなん法門の道理は経文・明白なれば疑網都て尽きぬ後生を願はずば来世・苦に沈むべし」愚人は嘆く。
聖人により示された道理については、経文に照らして疑網なく、それゆえに、今生に法華経を信じて後生を願わなければ来世には苦海に沈むことが明らかである。しかし、当世の日本国を見るとき、上一人より下万民に至るまで、ほとんどが念仏・真言・禅・律を信じており、したがって、主君も師匠も親もことごとく信じている。主君の命、師への法恩謝徳、親への孝養からいって、自分だけが主・師・親に違背してまで法華経の法理を信ずるわけにはいかない、というのが愚人の迷いである。
法門の道理には何の疑いもない法華経の正法であるが、世間の道徳・人倫に束縛されて、信じ難いことを述べるのである。この愚人の逡巡は、表現に時代の隔たりはあっても、本質的には現代にも全くそのとおりの姿がみられる。道理としては正しい教えに改宗すべきことはわかっていても、家族や先祖のやってきた信心、いまの社会全体で行われている信仰からはなれることは、これらの人々をうらぎることになるかという恐れである。大勢の中に身を置いて、風波をたてないでいきたいという心は、時代性を越えた普遍的な人情なのであろう。
だが、真実の信仰は、より深い報恩と社会貢献に立って、これを打ち破っていくところからはじまるのである。
0491:14~0492:05 第七章 真の報恩・孝養を教えるtop
| 14 聖人云く汝此の理を知りながら猶是 15 の語をなす理の通ぜざるか意の及ばざるか 我釈尊の遺法をまなび仏法に肩を入れしより已来 知恩をもて最とし報 16 恩をもて前とす世に四恩あり 之を知るを人倫となづけ知らざるを畜生とす、 予父母の後世を助け国家の恩徳を報 17 ぜんと思うが故に身命を捨つる事 敢て他事にあらず唯知恩を旨とする計りなり、 先ず汝目をふさぎ心を静めて道 18 理を思へ我は善道を知りながら 親と主との悪道にかからんを諌めざらんや、 又愚心の狂ひ酔つて毒を服せんを我 0492 01 知りながら是をいましめざらんや、 其の如く法門の道理を存じて火・血・刀の苦を知りながら争か恩を蒙る人の悪 02 道におちん事を歎かざらんや、 身をもなげ命をも捨つべし諌めても・あきたらず歎きても限りなし、 今世に眼を 03 合する苦み猶是を悲む 況や悠悠たる冥途の悲み豈に痛まざらんや 恐れても恐るべきは後世・慎みても慎むべきは 04 来世なり、 而るを是非を論ぜず親の命に随ひ邪正を簡ばず 主の仰せに順はんと云う事愚癡の前には忠孝に似たれ 05 ども賢人の意には不忠不孝・是に過ぐべからず。 -----― 聖人はいう。あなたはこの法理を知りながら、まだこのことをいう。道理が通じないのか、心が及ばないのか。私は釈尊の遺法を学び、仏法を身に入れたときからこれまで、恩を知ることを最高とし、恩を報ずることを第一としてきた。 世の中には四恩がある。これを知る者を人倫と名づけ、知らない者を畜生という。私は父母の後生を助け、国家の恩徳を報じようと思うゆえに身命を捨てることは、他のためではなくただ知恩を大切に思うからにほかならない。 まずあなたは目を閉じ、心を静めて道理を思いなさい。自分は善道を知りながら、親と主君とが悪道に堕ちるのを諌めないであろうか。また愚心が狂うほどに酔って、毒を飲もうとするのを知りながらこれを制止しないであろうか。そのように法門の道理を知り、火・血・刀の苦を知りながら、どうして恩を受けた人が悪道に堕ちるのを嘆かないでいられようか。身をも投げ、命をも捨てて諌めるべきである。あれほど諌めても十分ではなく、嘆いても限りはない。今世に眼に映る苦しみさえなお悲しむ。まして永劫にわたる冥途の悲しみを嘆かないでいられようか。まことに恐れるべきは後世であり、まことに慎むべきは来世である。 そうであるのに、是非を説かないで、親の命に随い、邪正を簡ばないで、主君の仰せに従うということは、愚癡の者には忠孝のように見えても、賢人の心によれば、これに過ぎる不忠不孝はない。 |
四恩
4種の恩。心地観経では、父母の恩、一切衆生の恩、国王の恩、三宝(仏法僧)の恩を挙げ、日蓮大聖人はこれを「四恩抄」(937㌻)などで引かれている。なお「報恩抄」(293㌻)では一切衆生の恩に代わり、師匠の恩が挙げられている。
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火・血・刀の苦
止観輔行伝巻1にある。火徒を地獄・血徒を餓鬼・刀徒を畜生の三悪道の苦しみとしている。
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愚人の迷いに対して、真の報恩、孝養のありかたを説かれる。
まず「汝目をふさぎ心を静めて道理を思へ」と、冷静に、物事の道理を考え、それにしたがって行動すべきことを教えられる。
法華経の法門が正であり、他の念仏・真言・禅・律の法門が邪であることを知りつつ、世間の道徳・倫理を第一にして、邪法を信ずる主君、師匠にただ服従し諌めようとしないのは、かえって不知恩であり、畜生道に堕ちると戒められている。なぜなら、主君、父母、師匠が邪法を信じて悪道に堕ち不幸になるのを座視することになるからである。
ただ親の命にしたがっているばかりで仏法の是非を説いて救おうとせず、権力を恐れて、邪法を改めようとしないのは「愚癡の前には忠孝に似たれども賢人の意には不忠不孝・是に過ぐべからず」と述べられているように、じつは、もっとも大きい不孝であり不忠になるのである。仏法はどこまでも根本的な道理のうえから、孝・忠・報恩を貫くのである。この根本的な道理をわきまえている人が賢人である。
仏法の報恩観は、たんに現世にとどまらず、三世の生命の因果論から説くのである。たしかに、今世、現世に限れば、愚人のいう、主君・父母・師匠の意にそむけないとの思いも出てくるが、仏法から見れば、余りにも表面的な浅薄な捉え方にすぎない。
「今世に眼を合する苦み猶是を悲む況や悠悠たる冥途の悲み豈に痛まざらんや恐れても恐るべきは後世・慎みても慎むべきは来世なり」と仰せのとおり、今世のみならず来世を考えるとき、仏法に説く真実の報恩思想が最大事になってくるのである。
0492:06~0493:02 第八章 教主釈尊を範として真の孝養を示すtop
| 06 されば教主釈尊は転輪聖王の末・師子頬王の孫・浄飯王の嫡子として五天竺の大王たるべしといへども生死無常 07 の理をさとり出離解脱の道を願つて世を厭ひ 給しかば浄飯大王是を歎き四方に四季の色を顕して 太子の御意を留 08 め奉らんと巧み給ふ、先づ東には霞たなびくたえまより.かりがね・こしぢに帰りマドの梅の香.玉簾の中にかよひ・ 09 でうでう・たる花の色・ももさへづりの鴬・春の気色を顕はせり、南には泉の色・白たへにしてかの玉川の卯の華信 10 太の森のほととぎす夏のすがたを顕はせり、 西には紅葉常葉に交ればさながら錦をおり交え 荻ふく風・閑かにし 11 て松の嵐・ものすごし過ぎにし夏のなごりには沢辺にみゆる螢の光・あまつ空なる星かと誤り・松虫・鈴虫の声声・ 12 涙を催せり、 北には枯野の色いつしか・ものうく池の汀につららゐて谷の小川も・をとさびぬ、かかるありさまを 13 造つて御意をなぐさめ給うのみならず 四門に五百人づつの兵を置いて 守護し給いしかども 終に太子の御年十九 14 と申せし二月八日の夜半の比・車匿を召して 金泥駒に鞍置かせ伽耶城を出て檀特山に入り 十二年高山に薪をとり 15 深谷に水を結んで難行苦行し給ひ 三十成道の妙果を感得して 三界の独尊・一代の教主と成つて父母を救ひ群生を 16 導き給いしをばさて不孝の人と申すべきか、 仏を不孝の人と云いしは 九十五種の外道なり父母の命に背いて無為 17 に入り還つて父母を導くは孝の手本なる事・仏其の証拠なるべし、 彼の浄蔵・浄眼は父の妙荘厳王・外道の法に著 18 して仏法に背き給いしかども二人の太子は父の命に背いて 雲雷音王仏の御弟子となり 終に父を導いて沙羅樹王仏 0493 01 と申す仏になし申されけるは 不孝の人と云うべきか、 経文には棄恩入無為・真実報恩者と説いて今生の恩愛をば 02 皆すてて仏法の実の道に入る是れ実に恩をしれる人なりと見えたり、 -----― それゆえ、教主釈尊は転輪聖王の末裔、師子頬王の孫、浄飯王の嫡子として五天竺の大王になるであろうといわれたけれども、生死無常の理を悟り、出離解脱の道を願って世を厭われたので、浄飯大王はこれを嘆き、四方に四季の有り様を造って太子の御心を引き留めようと考えられた。 まず東には、霞たなびく絶え間から、雁が北の方へ帰り、窓の梅の香が玉簾の中に通い、美しい花の色、鶯のさえずる春の景色を顕した。南には、泉が白々と湧き、清らかな川辺には卯の花が咲き、信太の森のほととぎすでもって夏の景色を顕した。西には、紅葉が常葉に交わって、さながら錦を織りなし、荻の花を吹く風はのどかで、松を吹き渡る嵐はすさまじい。過ぎ去った夏の名残りには、沢辺に見える螢の光を天空の星かと思い誤り、松虫・鈴虫の鳴く声が涙をさそう。北には、いつしか冬景色となって枯野の色が物憂く、池の汀には氷が張って、谷の小川の音も寂しい。 このような有り様を造って、御心を慰めようとされただけでなく、四門に五百人ずつの兵士を置いて守護されていたけれども、ついに太子の十九という年の二月八日の夜半のころ、車匿を召して、金泥駒に鞍を置かせ、伽耶城を出で檀特山に入り、十二年間、高山に薪をとり、深谷に水汲んで難行苦行をなされ、三十歳の時、仏道を成就し、妙果を感得して三界の独尊、一代五十年の教主となって、父母を救い、衆生を導かれたのであるが、この釈尊を不孝の人といえようか。仏を不孝の人といったのは九十五種の外道である。父母の命に背いて無為の道に入り、還って父母を導くのが孝の手本であることは仏がその証拠である。 かの浄蔵・浄眼は父の妙荘厳王が外道の法に執著して仏法にそむかれていたけれども、父の命にそむいて、雲雷音王仏の御弟子になり、ついに父を導いて沙羅樹王仏という仏に成したことは不孝の人というべきであろうか。経文には「恩を棄てて無為に入るのが真実の報恩の者である」と説いて、今生の恩愛を皆すてて、仏法の真実の道に入るならば、この人はまことに恩を知っている人であるといわれている。 |
転輪聖王
全世界を統治するとされる理想の王のこと。転輪王、輪王ともいう。天から輪宝という武器を授かり、国土を支配するとされる。その徳に応じて授かる輪宝に金・銀・銅・鉄の4種があり、支配する領域の範囲も異なるという。金輪王は四大洲、銀輪王は東西南の3洲、銅輪王は東南の2洲、鉄輪王は南閻浮提のみを治める。
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師子頬王
中インド迦毘羅国の王。浄飯王・斛飯王の父。釈尊・阿那律の祖父。
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浄飯王
梵語、シュッドーダナ(Śuddhodana)。インド迦毘羅衛の王で、釈尊の父。はじめ釈尊の出家に反対したが、後に釈尊の化導によって仏法に帰依した。夫人を摩耶という。
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五天竺
天竺とはインドの古称。東天竺・西天竺・南天竺・北天竺・中天竺の五つをいう。
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生死無常
森羅万象ことごとく生死の二法を免れない無常のものであり、それが諸法の道理であることをいう。
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出離解脱
仏道を得て成仏すること。出離は三界六道の生死の苦悩を離れること。解脱とは煩悩の束縛を解いて一切の障害を脱すること。
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信太の森
大阪府和泉市の信太山にある森。葛の葉稲荷があり、信太の狐の伝説地。
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車匿
釈迦が出家のために王城を抜け出したとき、馬を牽いて途中まで付き従った僕。主ともに出家することを望んだか許されず、白馬カンタカ(Kanthaka)と装身具とを託されて引き返した。のちに出家し、傲慢な性格から比丘たちを軽侮して「悪口車匿」と呼ばれたが、釈迦が入滅に際して彼に課した懲戒処分により奮起し、アーナンダ(阿難)について学び、阿羅漢果を証(したという。
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金泥駒
悉達太子が、出家するため王宮を去るときに乗った白い馬の名。
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伽耶城
中インド・摩竭提国のこと。インド北東部ビハール州ガヤにあたる。この近くで釈尊が悟りを開いたという仏陀伽耶がある。
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檀特山
檀特は梵語のダンダカまたはダンダローカの訳。陰山または治罰と訳す。北インドのガンダーラ地方にある山といわれている。悉多太子が修行した山として知られている。
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九十五種の外道
釈尊在世における95派の外道のこと。数え方・詳細については不明。
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無為
因縁によって造作されることなく、生住異滅の相を離れた常住不変の真理。
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浄蔵・浄眼
法華経妙荘厳王本事品第27に説かれる二人の王子(法華経651㌻以下)。父は妙荘厳王、母は浄徳夫人。兄弟二人は、母の指導のもと、バラモンの教えに執着している父・妙荘厳王にさまざまな神通力を見せて仏教に導いた。同品によると、無量無辺不可思議阿僧祇劫という遠い過去世で、浄蔵・浄眼の二人は、雲雷音宿王華智仏のもとで出家し菩薩行を修して三昧を得た。後に二人は、この仏から法華経の説法を受け、母・浄徳夫人に仏に詣でることを勧めたが、夫人は、妙荘厳王がバラモンの教えに執着しているので、これを放ち仏教に帰依させることを命じた。二人は種々の神通力を現して父に見せ、これに歓喜した父は仏道を求める心を起こした。そして浄蔵・浄眼の二人とその父母は、そろって雲雷音宿王華智仏にまみえることができ、父はこの仏から娑羅樹王という名の仏になるとの記別を受けた。父はすぐに国を弟に譲り、夫人と二人の子らとともに出家して法華経を修行し成仏した。以上の内容を説いた釈尊は、同品の最後で、妙荘厳王は法華経の会座にいる華徳菩薩であり、浄蔵・浄眼の二人はそれぞれ薬王菩薩、薬上菩薩であると明かした。日蓮大聖人は「浄蔵浄眼御消息」(1397㌻)で、この浄蔵・浄眼の話を通し、松野氏を早世した子息が信心に導いてくれたと述べ激励されている。また「日女御前御返事」(1249㌻)では婦人の信心を励まされている。
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雲雷音王仏
法華経妙荘厳王本事品第27に説かれる。浄蔵・浄眼の父である妙荘厳王を教化した仏。
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沙羅樹王仏
妙荘厳王が法華経を修行し、仏から受けた成仏の記莂。
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釈尊の場合、誕生して間もなく、占い者にみせたところ、王となったならば全インドを統べる大王となるであろう。出家したならば悟りを開いて仏陀となるであろうと予言した。父・浄飯王は、太子が王となってくれることを願い、出家することを何よりも恐れたのである。
そこで、太子に出家の心を起こさせまいとして、あらゆる贅を尽くした離宮を設け、太子の心をなぐさめたと伝えられている。本文では、そのありさまを、日本の民衆にもわかるように、日本的美感にあわせて表現されている。
しかし、これほどの父王の切なる願いにもかかわらず、釈尊が太子の位を捨てて出家されたのは、世間的な道徳観でいうと、いかにも親不孝にうつる。しかし、永遠の真理を悟って仏陀となり、父母を根底から救うのみならず、多くの人々を救われたことこそ、最大最高の親孝行である。
経文には棄恩入無為・真実報恩者と説いて今生の恩愛をば皆すてて仏法の実の道に入る是れ実に恩をしれる人なりと見えたり
ここに、仏法における真の孝養・知恩について端的に示されている。
「棄恩入無為・真実報恩者」は、清信土度人経の文とされる。「無為」とは、真如・法性・実相などと同じ意味で、仏法の悟りの境地をさす。「棄恩」の“恩”は、今生における恩愛であり、世間的な意味での恩である。つまり、今生における親・主君・師匠などの恩愛、きずなを棄て、仏法の悟りの真実に入ることが、本当の報恩、知恩の人であることがこの経文の意味であり、そのことはこれまでの説明で明らかである。
0493:02~0493:10 第九章 真の忠君のあり方を教えるtop
| 02 又主君の恩の深き事・汝よりも能くしれり汝 03 若し知恩の望あらば深く諌め強いて奏せよ 非道にも主命に随はんと云う事・佞臣の至り不忠の極りなり、 殷の紂 04 王は悪王・比干は忠臣なり政事理に違いしを見て強て諌めしかば 即比干は胸を割かる紂王は比干死して後・周の王 05 に打たれぬ、 今の世までも比干は忠臣といはれ紂王は悪王といはる、 夏の桀王を諌めし竜蓬は頭をきられぬ・さ 06 れども桀王は悪王・竜蓬は忠臣とぞ云う主君を三度・諌むるに用ゐずば 山林に交れとこそ教へたれ何ぞ其の非を見 07 ながら黙せんと云うや、 古の賢人・世を遁れて山林に交りし先蹤を集めて聊か汝が愚耳に聞かしめん 、殷の代の 08 太公望はハ渓と云う谷に隠る、 周の代の伯夷・叔斉は首陽山と云う山に篭る、 秦の綺里季は商洛山に入り漢の厳 09 光は孤亭に居し、 晋の介子綏は緜上山に隠れぬ、 此等をば不忠と云うべきか愚かなり汝忠を存ぜば諌むべし孝を 10 思はば言うべきなり。 -----― また主君の恩の深いことは、あなたもよく知っている。あなたにもし知恩の志があるならば、どこまでも深く諌め、強く申し上げなさい。非道であっても主命に従おうとすることは、臣下としてへつらいの限りであり、不忠の極みである。 殷の紂王は悪王であるが比干は忠臣である。政治が道理に反しているのを見て強て諌めたので、即座に比干は胸を割かれて殺された。紂王は比干が死んだ後に周の武王に滅ぼされた。今の世までも比干は忠臣といわれ、紂王は悪王といわれる。夏の桀王を諌めた竜蓬は頭を斬られた。けれども桀王は悪王といわれ、竜蓬は忠臣といわれる。主君を三度諌めても用いないならば山林に隠れよという教えがあるではないか。どうして、その非道を見ながら黙ったままでいようというのか。 古の賢人が世をのがれて山林に隠れた先例を集めて、少々あなたの耳に聴かせよう。殷の代の太公望は皤渓という谷に隠れた。周の代の伯夷・叔斉は首陽山という山に籠り、秦の綺里季は商洛山に入り、漢の厳光は孤亭に住み、晋の介子綏は緜上山に隠れた。これらの人々を不忠というべきか、いうも愚かである。あなたに忠義の志があれば諌むべきであり、孝行を思うならばいわなければならない。 |
佞臣
主君に口先でうまくこびへつらう臣下。悪賢く、心よこしまな家臣。
―――
殷の紂王
紀元前11世紀ごろ。中国古代・殷の最後の王。遊興にふける一方、臣下の言葉に耳を貸さず、農民を重税で苦しめるなどの悪政をしいたとされる。周の武王によって滅ぼされた。
―――
比干
中国古代・殷の賢人。紂王を諫めたところ、紂王は「聖人の心臓には七つの穴があると聞いている」と言いそれを確認するためとして、比干の胸を裂いて殺したとされる。
―――
夏の桀王
夏王朝最後の王・桀王は大変な暴君のうえ、妺嬉に溺れ、少しも政道を顧みなかった。臣下の関竜逢は、王を諌めたが用いられず、返って首をはねられた。竜逢の忠言を聞かなかったため、夏は急速に衰え、殷の湯王に攻められて滅亡し、桀王も死んだと伝えられる。彼ら比干、竜逢等は、共に「人臣たる者は死を以て諌めざるを得ず」と、命とひきかえに主君の非を諌め、諌臣の任を全うした。
―――
竜蓬
古代中国・夏の最後の王である桀王の臣。竜蓬とも。賢人とされる。桀王の悪逆を諫めたため、桀王に殺された。殷の紂王を諫めた比干とともに忠臣の代表とされる。どのように殺されたかは諸説あり、『楚辞』によると首をはねられたとされるが、『韓非子』では四肢を斬られたとする。また、『太平御覧』皇王部7に引かれた『符子』では、自ら火に投じて死んだという。
―――
太公望
周の王を助け、殷王朝の紂王を倒した政治家、呂尚のこと。周の文王(太公)が、国に必要な人材として待ち望んでいた人という意味で、後に、太公望と称されたという説がある。
―――
伯夷・叔斉
中国古代の賢人である兄弟。殷の孤竹国の二人の王子。父王は弟の叔斉に位を譲ろうとしたが、父王の死後、叔斉は兄の伯夷に位を譲ろうとした。
―――
秦の綺里
秦末に商山(陝西省商県)に乱を避けて隠居した4人の老人を画題とする絵画をいう。四皓とは東園公,夏黄公,甪里先生,綺里季の4人で,鬚眉がみな白かったのでこのように呼ばれた。
―――
漢の厳光
紀元前39年 ~41年)は中国・後漢時代初期の隠者・逸民。字は子陵、別名は遵。
―――
孤亭
一つだけ離れた所にあるあずまや。
―――
晋の介子綏
介之推、介推、介子とも称される。春秋時代の晋・文公(重耳)の臣下。
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前章が釈尊と浄蔵・浄眼の例を親に対する真の報恩・孝養を説かれたのに対し、ここでは、主君に対する真実の忠とは何であるかについて、中国の古人の賢人達の例を引かれて教えさとされている。
それは中国思想の特色は、忠君を重んじた点にあるからであろう。しかしそこに注目すべきは、ただ盲目的に主君に従うことを真の忠臣とはしていないことである。人間としての正しい生き方、王としての正しいあり方が基本にあり、それに反している場合には諌めるべきであるとしているのである。
「汝忠を存ぜば諌むべし孝を思はば言うべきなり」のことばに、真の報恩・忠孝のあり方が端的に示されている。
0493:11~0493:18 第十章 数の大小にとらわれる愚を諭すtop
| 11 先ず汝権教・権宗の人は多く此の宗の人は少し 何ぞ多を捨て少に付くと云う事必ず多きが尊くして少きが卑き 12 にあらず、 賢善の人は希に愚悪の者は多し麒麟・鸞鳳は禽獣の奇秀なり然れども是は甚だ少し牛羊・烏鴿は畜鳥の 13 拙卑なりされども是は転多し、 必ず多きがたつとくして少きがいやしくば 麒麟をすてて牛羊をとり鸞鳳を閣いて 14 烏鴿をとるべきか、 摩尼・金剛は金石の霊異なり、 此の宝は乏しく瓦礫・土石は徒物の至り是は又巨多なり、汝 15 が言の如くならば玉なんどをば捨てて 瓦礫を用ゆべきかはかなし・はかなし、 聖君は希にして千年に一たび出で 16 賢佐は五百年に一たび顕る摩尼は空しく名のみ聞く 麟鳳誰か実を見たるや世間出世・善き者は乏しく 悪き者は多 17 き事眼前なり、 然れば何ぞ強ちに少きを・おろかにして多きを詮とするや 土沙は多けれども米穀は希なり木皮は 18 充満すれども布絹は些少なり、汝只正理を以て前とすべし別して人の多きを以て本とすることなかれ。 -----― あなたが前に、権教・権宗の人は多いがこの法華経の宗の人は少少ない。どうして多数を捨てて少数に付くのかといったことについて答えよう。 かならずしも数が多いから尊くて少ないから卑しいのではない。賢善の人は希で、愚悪の者は多い。麒麟や鸞鳳は禽獣のなかでも珍しく秀れたものである。しかし、これは非常に少ない。牛・羊・烏・鳩は鳥獣のなかでは卑しいものである。しかし、これは非常に多い。かならず多数が尊く少数が卑しいならば、麒麟を捨てて牛や羊をとり、鸞鳳をさしおいて烏や鳩をとるべきであろうか。摩尼・金剛は金石の中で霊宝であるが乏しく、瓦礫・土石は無用のものであるが非常に多い。あなたのいうとおりであれば、玉を捨てて瓦礫をとるのであろうか。まことにはかないことである。 聖人の出現は希で千年に一度であり、賢人は五百年に一度である。摩尼珠は空しく名前を聞くのみである。麒麟や鸞鳳はだれも実際に見た者はいない。世間でも出世間でも善人は少なく、悪人のき多いことは眼前である。それゆえ、どうして一概に少ないからといって卑しみ、多いからといって尊いとするのか。土沙は多いけれども米穀は希である。木皮は豊富であるけれども布絹はわずかである。あなたはた正理を第一とすべきであり、ことに人数の多いことを根本として判断してはならない。 |
麒麟
中国で聖人の出現する前に現われるという伝説上の動物(麒麟とは異なる)。神獣の一つ。牡を麒、牝を麟といい、牡牝合わせて麒麟という。形は牙麕に似て、顔は龍、尾は牛、蹄は馬に似、毛は黄色、背の毛は五彩をはなち、角は肉でおおわれている。生草を踏まずに走り、草などの生物を食わず棲息するといわれる。
―――
鸞鳳
鸞鳥と鳳凰のこと。古代中国で聖人が出現する時、その瑞相として現れるとされる伝説上の鳥。
―――
摩尼
サンスクリット語 maṇiの音写。球,宝球と訳される。宝石のことで,それのもっている徳が仏法にたとえられる。
―――
金剛
古代インドで最も固い金属と考えられたもの。雷電の破壊力を堅牢な金属によるものとみた。日常語としては、ダイヤモンドの別名として用いられる。
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ここでは、権教・権宗の人は多く、法華経を信ずる人は少ないので、たとえ法華経の法門が正しくとも、多を捨て少に付くことのできない、という愚人の迷いを断破されるのである。
賢善の人と愚悪の人、麒麟・鸞鳳と牛羊・烏鴿、摩尼・金剛と瓦礫・土石、米穀と土沙、布絹と木皮の対比をとおして、世間・出世間を通じ「善き者は乏しく悪き者は多き事眼前なり」と諭されているのである。愚人の迷いを断ち切る見事な論である。
いうまでもなく、社会の運営や政治の問題については、多数の意見によって決定されることが望ましい。それは正か邪かの問題でなく、最大多数の最大幸福に資するかどうかが問題の場合である。
しかるに仏法の問題は、正か邪である。仏法に無知な人の誤った考えを幾千万集めても邪は邪であり、それが正になることはない。仏法についての判断は「汝只正理を以て前とすべし別して人の多きを以て本とすることなかれ」と述べられているように、正しい道理を根本とすべきであって、数の多さをもって判断の基準とするわけにはいかないのである。
0494:01~0494:07 第11章 愚人・法華経修行のあり方を問うtop
| 0494 01 爰に愚人席をさり袂をかいつくろいて云く 誠に聖教の理をきくに人身は得難く天上の絲筋の海底の針に貫ける 02 よりも希に仏法は聞き難くして一眼の亀の浮木に遇うよりも難し、 今既に得難き人界に生をうけ 値い難き仏教を 03 見聞しつ今生をもだしては 又何れの世にか生死を離れ菩提を証すべき、 夫れ一劫受生の骨は山よりも高けれども 04 仏法の為には・いまだ一骨をもすてず 多生恩愛の涙は海よりも深けれども尚後世の為には一滴をも落さず、 拙き 05 が中に拙く愚かなるが中に愚かなり 設ひ命をすて身をやぶるとも生を軽くして仏道に入り 父母の菩提を資け愚身 06 が獄縛をも免るべし能く能く教を示し給へ。 -----― このとき愚人席を下がり袂を正していう。まことに仏教の道理を承るのに、人間に生まれることは難しく、天上界から垂れた糸を海底の針の穴に通すよりも希であり、仏法は聞き難くて、一眼の亀が浮木に出遇うよりも難しい。今すでに人界に生まれて、値い難き仏教を拝聴した。今生を空しく過ごしたならば、またいつの世に生死の苦しみを離れ、菩提を証得することができようか。一劫の間に多くの生を受け、その身骨は山よりも高いけれども仏法のためにはまだ一骨をも捨てていない。何度も生まれて来て、恩や愛情にひかれて流す涙は海よりも深くなっているけれども、これまで後世のためには一滴も落としていない。まことに拙く愚かであった。たとい身命を捨てても今世の生を軽く見て仏道に入り、父母の菩提を助け、わが身の地獄のくるしみをも免れようとおもう。よくよく教えを示していただきたい。 -----― 07 抑法華経を信ずる其の行相如何五種の行の中には先ず何れの行をか修すべき丁寧に尊教を聞かん事を願う、 ・ -----― いったい、法華経を信ずるとは、どのように振る舞えばよいのか。五種の修行の中では、まず、どの行を修すべきか。くわしくあなたの教えを聞かせていただきたい。 |
一眼の亀
仏や仏の説く正法に巡り合うことがいかに難しいかを示す譬えに登場する亀。法華経妙荘厳王本事品第27には「仏に巡り合うことが難しいのは、一眼の亀が浮き木の穴に巡り合うのと変わらない」(法華経657㌻、趣意)とある。また「松野殿後家尼御前御返事」に、次のように仰せである(1391㌻)。深海の底に1匹の亀がいた。眼は一つしかなく、手足もひれもない。腹は鉄が焼けるように熱く、背の甲羅は雪山(ヒマラヤ)のように冷たい。1000年に1度しか海面に上ることができない。この亀の願いは海面で栴檀の浮き木に巡り合い、その木の穴に入って腹を冷やし、甲羅を日光で温めることである。しかし、亀の体にあった穴がある栴檀の浮き木に巡り合う可能性はないに等しい。もし巡り合ったとしても亀は浮き木を正しく追うことができない。人々が法華経に巡り合い受持していくことは、この一眼の亀が栴檀の浮き木に巡り合うのと同じくらい難しいと説かれる。この話は、盲亀浮木の譬えともいう。
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五種の行
五種の妙行のこと。法華経法師品第10(法華経355㌻)に説かれる、釈尊滅後における五つの修行のこと。受持・読(経文を見ながら読む)・誦(経文を暗誦する)・解説・書写の五つ。
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道理を尽くして語る聖人のことばに、愚人も心から納得し、真剣になって法華経を信じ行じようとの求道心を起こすところである。「愚人席をさり袂をかいくつろいで」の描写に、愚人が心から教えを受けようという姿勢になったことが示されている。
受け難き人身を受け、愚い難き仏法に出会った喜びを語るとともに、「設ひ命をすて身をやぶるとも生を軽くして仏道に入り父母の菩提を資け愚身が獄縛をも免るべし能く能く教を示し給へ」と、生命の底から込み上げてくる菩提心を表明することばが美しい。
我々も、信心に関してはいつも、この愚人の如く謙虚に求道心を燃えたぎらせていきたい。
0494:07~0495:08 第12章 法華経弘通の態度を教えるtop
| 08 人示して云く 汝蘭室の友に交つて麻畝の性と成る 誠に禿樹禿に非ず春に遇つて栄え華さく枯草枯るに非ず夏に入 09 つて鮮かに注ふ、 若し先非を悔いて正理に入らば 湛寂の潭に遊泳して無為の宮に優遊せん事疑なかるべし、 抑 10 仏法を弘通し群生を利益せんには先ず教・機・時・国・教法流布の前後を弁ふべきものなり、所以は時に正像末あり 11 法に大小乗あり修行に摂折あり摂受の時・折伏を行ずるも非なり折伏の時・摂受を行ずるも失なり、 然るに今世は 12 摂受の時か折伏の時か先づ是を知るべし 摂受の行は此の国に法華一純に弘まりて邪法邪師・一人もなしといはん、 13 此の時は山林に交つて観法を修し五種・六種・乃至十種等を行ずべきなり、 折伏の時はかくの如くならず経教のお 14 きて蘭菊に諸宗のおぎろ誉れを 擅にし邪正肩を並べ大小先を争はん時は 万事を閣いて謗法を責むべし是れ折伏の 15 修行なり、 此の旨を知らずして摂折途に違はば得道は思もよらず 悪道に堕つべしと云う事法華涅槃に定め置き天 16 台妙楽の解釈にも分明なり 是れ仏法修行の大事なるべし、 譬ば文武両道を以て天下を治るに武を先とすべき時も 17 あり文を旨とすべき時もあり、天下無為にして国土静かならん時は文を先とすべし東夷・南蛮・西戎・北狄・蜂起し 18 て野心をさしはさまんには武を先とすべきなり、 文武のよき事計りを心えて時をもしらず 万邦・ 安堵の思をな 0495 01 て世間無為ならん時・甲冑をよろひ 兵杖をもたん事も非なり、 又王敵起らん時・戦場にて武具をば閣いて筆硯を 02 提ん事是も亦時に相応せず 摂受・折伏の法門も亦是くの如し 正法のみ弘まつて邪法・邪師・無からん時は深谷に 03 も入り閑静にも居して読誦書写をもし観念工夫をも凝すべし、 是れ天下の静なる時・筆硯を用ゆるが如し権宗・謗 04 法・国にあらん時は諸事を閣いて謗法を責むべし 是れ合戦の場に兵杖を用ゆるが如し、然れば章安大師涅槃の疏に 05 釈して云く「昔は時平かにして法弘まる応に戒を持すべし 杖を持すること勿れ 今は時嶮しくして法翳る応に杖を 06 持すべし戒を持すること勿れ 今昔倶に嶮しくば倶に杖を持すべし今昔倶に平かならば応に倶に戒を持すべし、 取 07 捨宜きを得て一向にす可からず」と此の釈の意分明なり、 昔は世もすなをに人もただしくして 邪法邪義・無かり 08 き、されば威儀をただし穏便に行業を積んで杖をもつて人を責めず邪法をとがむる事無かりき、 -----― 聖人が教えを示していうのは、あなたは善友に交わって、麻のように素直な人となった。まことに葉の落ちた木は春になれば栄えて花が咲き、枯草は夏に入れば鮮かな緑にうるおう。もし先非を悔いて正理に入るなら、静寂の深淵に遊泳して煩悩の波が騒がず、悟りの宮で安楽の境涯を送ることは疑いないであろう。 さて、仏法を弘通し、衆生を救うためには、まず、教・機・時・国・教法流布の前後を弁えなければならない。つぎに、その理由を示そう。時には正法・像法・末法があり、教法には大乗・小乗があり、修行には摂受・折伏がある。摂受の時に折伏を行ずるのも誤りであり、折伏の時に摂受を行ずるのも誤りである。それでは今の世は摂受の時か折伏の時か、まずこれを知るべきである。 摂受の修行は、この国に法華経だけが純一に弘まって、邪法邪師が一人もいない時のあり方であって、この時は山林に交わって観法を修し、五種・六種ないし十種等を行ずるのである。折伏の時はこのような時ではなく、諸経・諸宗の教義がさまざまに乱れ興り、それぞれが深遠な法門を立てて名声をほしいままにし、邪法と正法が肩を並べ、大乗と小乗が勝劣を争う時は、万事をさしおいて謗法を責めるべきである。これが折伏の修行である。 この旨を知らないで、摂受・折伏の方法を誤るならば、成仏できないだけでなく、かえって悪道に堕ちつということは、法華経と涅槃経にたしかに説かれており、天台大師と妙楽大師の解釈にも明らかである。これこそ仏法を修行するうえの大事である。 たとえば文武両道をもって天下を治めるには、武を第一とする時もあり、文を中心とする時もある。天下に何事もなく、国土の静かな時には文を第一とすべきである。東夷・南蛮・西戎・北狄が野心を抱いて蜂起した時には、武を第一とすべきである。しかし、文武の大切なことだけは知っていても、時を知らず、すべての国が平和であって世間に何事もない時、甲冑を着て武器を持つことも誤りである。また国を滅ぼそうとする敵の現れた時、戦場で武具を捨て置いて、筆や硯をたずさえることも、また時に相応しない。摂受・折伏の法門もまたこれと同じである。 正法だけが弘まり、邪法・邪師のいない時には、深谷に入り、閑静なところに住んで、経典の読誦・書写をもし、あるいは観念観法に励むのもよい。これらは天下の静かな時に、筆や硯を用いるようなものである。しかし権宗・謗法の国にある時には諸事をさしおいて謗法を責めるべきである。これは合戦の場で武器を用いるようなものである。それゆえ章安大師は涅槃経疏巻八に「昔は時代が平和であり法が弘まったのであるが、そのような時には戒律を持つべきであり、武器を持ってはならない。今も昔も、時代が険悪ならば、ともに武器を持つべきである。今も昔も時代が平穏ならば、ともに戒律を持つべきである。その時にかなった取捨をすべきであって、一つだけを固定化してはならない」と記している。この釈の意味は明白である。 昔は世の中も素直で、人も正しく、邪法邪義な無かった。したがって、威儀を正し、穏やかに修行業を積み、武器をもって人を責めることもなく、邪法をとがめることもなかったのである。 |
汝蘭室の友
香りの高い蘭(フジバカマ)のある部屋にいると、その香りが体にしみてくるのと同じように、高徳の貴人・善人と共にいるといつのまにか、その徳の感化を受けるという譬え。「立正安国論」(31㌻)では、主人の言葉として、仏法の正邪に迷っていた客が法然(源空)の謗法を理解して心を改めたことの譬えとして用いられている。
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麻畝の性
曲がりがちなヨモギでも真っすぐ伸びる麻の畑に生えると、同じく真っすぐに伸びるように、環境によって悪が感化されて正されるという譬え。「立正安国論」(31㌻)では、主人の言葉として、仏法の正邪に迷っていた客が法然(源空)の謗法を理解して心を改めたことの譬えとして用いられている。
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湛寂の潭
水を満々とたたえた深く静かな淵のこと。転じて煩悩にわずらわされない仏界の境地にたとえる。
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無為の宮
悟りの境地・無為涅槃の境界を宮殿にたとえた語。生滅の因縁を離れた絶対不変の境地をいう。
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五種・六種・乃至十種
いくつかの修行法のこと。①五種・法華経法師品第10では、受持・読・誦・解説・書写の五種の妙行を立てる。②大智度論巻52では受持を受・持に分けているから六種となる。③勝天王般若波羅蜜経巻7では、書写・供養・流伝・諦誦・自讃・億持・広説・口誦・思惟・修行の10種を挙げている。
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東夷・南蛮・西戎・北狄
野蛮人の意で、漢民族は周辺・東西南北に住む異民族を蔑んでこう呼んだ。
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章安大師
561年~632年。中国・隋の僧。灌頂のこと。天台大師智顗の弟子。天台大師の講義をもとに『法華玄義』『法華文句』『摩訶止観』などを筆記・編纂した。主著に『涅槃経玄義』『涅槃経疏』がある。
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涅槃の疏
章安大師の述作。大般涅槃経疏のこと。33巻。涅槃経を天台の教旨で解釈したもの。
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前章で愚人が、法華経の修行である、受持・読・誦・解説・書写の五種の妙行のうち、まず、どの行から修すべきか、とたずねたのに対して答えられるところである。
聖人は「汝蘭室の友に交つて麻畝の性と成る」と、愚人の心が素直になって、法華経を信じようとの求道心を起こしたことを喜ばれたうえで「抑仏法を弘通し群生を利益せんには先ず教・機・時・国・教法流布の前後を弁ふべきものなり」と仏法を弘めるにあたって宗教の五網をまずしっかりと弁えることを訴えられている。
この宗教の五網については、弘長2年(1262)2月、大聖人が伊豆流罪中に著された教機時国抄や文永元年(1264)12月の南条兵衛七郎殿御書に詳しく展開されている。いま、簡潔に説明すると、日蓮大聖人は、御自身の弘められている妙法が、“教”という教義内容の面、つぎに、その“教”によって救われるべき衆生の“機根”という人間観、さらに末法という“時”、日本という“国”の社会・文化観、そして、日本で、これまでいかなる仏教流布の過程をたどってきたかという歴史観、の五つの条件を照らして、間違いなき大仏法であることを証明されたのである。それが宗教の五網である。本章では、愚人の問いが法華経の修行に関するものであるところから、仏道修行は大きく摂受・折伏の二つに分けられているが、このいずれを行ずるかは五網によって判ずべきことを述べられているのである。
「今世は摂受の時か折伏の時か先づ是を知るべし」と述べられ、それぞれの時代を説明されている。
摂受の時とは「此の国に法華一純に弘まりて邪法邪師・一人もなしといはん」時である。法華の正法のみが弘まって邪法邪師が一人もなくなった時には、摂受の行を修すべき時であると論じられている。ここに摂受の行とは「山林に交つて観法を修し五種・六種・乃至十種等」を行ずることである。
愚人が問いに挙げた五種の妙行それ自体「五種・六種・乃至十種等」といわれているように、摂受の行になるのである。
これに対し、折伏の時とは「経教のおきて蘭菊に諸宗のおぎろ誉れを擅にし邪正肩を並べ大小先を争はん」時である。すなわち、謗法が乱立して邪正・大小のけじめがつかない雑乱の時である。その時には「万事を閣いて謗法を責むべし」とあるとおりであり、正法たる法華経に違背する謗法の諸宗を責める折伏の行を展開すべきであると仰せである。
諸宗が乱立しているということは、小乗の宗が大乗の宗よりすぐれているように主張し、権教の宗が実教の宗を謗っていることである。このように劣れるものが勝れた法を罵るのは、小乗や権宗がそれなりにもっている利益は失われるばかりでなく、邪法となって害悪を生ずる。したがって、これらの諸宗が害悪の宗であることを厳しく指摘し、人々の執着を打ち破っていかねばならない。これが折伏の行きかたなのである。
いずれにしろ、聖人は、摂受の時か折伏の時かをはっきりと弁明することを愚人に諭されているのである。なぜなら「此の旨を知らずして摂折途に違はば得道は思もよらず悪道に堕つべしと云う事法華涅槃に定め置き天台妙楽の解釈にも分明なり是れ仏法修行の大事なるべし」と仰せのとおりであるからである。
さらに、摂受・折伏の関係を、文武両道に譬えられて、わかりやすく説明されている。
以上の説明から、諸宗乱立・大小・権実・邪正の雑乱している末法の世は、まさしく折伏の時であることはいうまでもない。次章でそのことが明かされる。
0495:08~0495:16 第13章 謗法訶責の折伏行を勧めるtop
| 08 今の世は濁世な 09 り人の情もひがみゆがんで権教謗法のみ多ければ 正法弘まりがたし此の時は読誦書写の修行も観念・工夫・修練も 10 無用なり、 只折伏を行じて力あらば威勢を以て謗法をくだき又法門を以ても邪義を責めよとなり、 取捨其旨を得 11 て一向に執する事なかれと書けり、 今の世を見るに正法一純に弘まる国か邪法の興盛する国か勘ふべし、 然るを 12 浄土宗の法然は念仏に対して 法華経を捨閉閣抛とよみ 善導は法華経を雑行と名け 剰へ千中無一とて千人信ずと 13 も一人得道の者あるべからずと書けり、 真言宗の弘法は法華経を華厳にも劣り大日経には三重の劣と書き 戯論の 14 法と定めたり、 正覚房は法華経は大日経のはきものとりにも及ばずと云ひ 釈尊をば大日如来の牛飼にもたらずと 15 判せり、禅宗は法華経を・吐たる・つばき・月をさす指・教網なんど下す、小乗律等は法華経は邪教・天魔の所説と 16 名けたり、此等豈謗法にあらずや責めても猶あまりあり禁めても亦たらず。 -----― 今の世は濁世である。人の心もひがみゆがんで、権教や謗法ばかりが多ので、正法は弘まりにくいのである。この時には、読誦・書写の修行も、観念・観法の工夫・修練も無用である。ただ折伏を行じて、力があれば威勢をもって謗法を破折し、また法門によって邪義を責めよということである。摂受・折伏の取捨についてはその趣旨を心得て一方に偏執してはならないと記している。 今の世を見て、正法の一純に弘まっている国か、邪法の盛んな国か、よくよく考えなければならない。 ところが浄土宗の法然は念仏に対して法華経を捨閉閣抛とよみ、善導は法華経を雑行と名づけ、そのうえ「千中無一」といって千人信じて一人も得道する者ははいと書いている。 真言宗の弘法は法華経を華厳にも劣る。大日経には三重の劣であると書き、戯論の法と定めている。正覚房は「法華経は大日経の履物取りにも及ばない」「釈尊は大日如来の牛飼いにもたりない」と批判している。 禅宗は法華経を吐きすてたた唾、月をさす指、教えの網などとさげすんでいる。小乗律等は法華経は邪教、天魔の所説と名づけている。これらは謗法ではないか。ごこまで責めても責めたりないし、どれほど禁めてもたりないのである。 |
法然
1133年~1212年。法然房源空のこと。平安末期から鎌倉初期の僧。日本浄土宗の開祖。天台宗の僧であったが、中国浄土教の善導の思想に傾倒し、他の一切の修行を排除し念仏口称をもっぱら行う専修念仏を創唱した。代表著作の『選択集(選択本願念仏集)』では、法華経をも含む一切の経典の教えを捨て閉じ閣き抛てと排除し、もっぱら念仏をとなえることによって往生を願うべきであると説いた。法然の専修念仏に対しては、当初、後白河法皇や摂政・関白を歴任した九条兼実ら有力者の支持を得たが、やがて諸宗派からの反発が強まる。朝廷・幕府も禁止の命令を出し、建永2年(1207年)、法然らが流罪され、高弟が死罪に処せられた。その後も繰り返し禁圧が続くが、念仏は広がっていった。弟子に親鸞がいる。
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善導
613年~681年。中国・唐の浄土教の祖師。道綽の弟子。称名(南無阿弥陀仏ととなえること)を重視する浄土教を説き、日本浄土宗の開祖・法然(源空)に大きな影響を与えた。主著に『観無量寿経疏』『往生礼讃偈』など。
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弘法
空海のこと。774年~835年。平安初期の僧。日本真言宗の開祖。弘法大師ともいう。唐に渡り、不空の弟子である青竜寺の恵果の付法を受け、帰国後、密教を体系的に日本に伝える。大日経系と金剛頂経系の密教を一体化し、真言宗を開創した。高野山に金剛峯寺を築き、また嵯峨天皇から京都の東寺(教王護国寺)を与えられた。同時代の伝教大師最澄と交流があったが絶縁している。主著『十住心論』『弁顕密二教論』などで、密教が最も優れているとし、それ以外を顕教と呼んで劣るものとする教判を立てた。
―――
正覚房
覚鑁のこと。1095年~1143年。平安後期の真言宗の僧。興教大師、正覚房ともいう。新義真言宗の祖とされる。高野山に大伝法院を建立し伝法会を再興したが、同山の金剛峯寺との確執から所を追われ、根来寺に移った。浄土思想を密教的に解釈したことで知られる。
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日本国当世の各宗の実体、その教義の本質に照らして、爾前権教の諸宗が、正法の法華経を誹謗している邪法であることを述べられている。こういう正法誹謗の邪法が広まり正法を隠没している時は「只折伏を行じて力あらば威勢を以て謗法をくだき又法門を以ても邪義を責めよとなり」とあるとおりである。謗法を責め抜く折伏行を展開すべきであると、愚人にさとされている。只折伏を行じて力あらば威勢を以て謗法をくだき又法門を以ても邪義を責めよとなりなぜなら、折伏を行ずる以外に正法を護ることも、人々を堕地獄の苦悩から救うこともできないからである。
そして、具体的に念仏・真言・禅・律の順に、諸宗がいかに正法たる法華経をないがしろにし、下しているかを述べられ、その謗法をせめるべきことを厳しい調子で語られている。
0495:17~0496:12 第14章 折伏行が仏の勅命であると示すtop
| 17 愚人云く日本.六十余州.人替り法異りといへども或は念仏者.或は真言師・或は禅.或は律・誠に一人として謗法 18 ならざる人はなし、 然りと雖も人の上沙汰してなにかせん 只我が心中に深く信受して人の誤りをば余所の事にせ 0496 01 んと思ふ、 聖人示して云く汝言う所実にしかなり 我も其の義を存ぜし処に 経文には或は不惜身命とも或は寧喪 02 身命とも説く、 何故にかやうには説かるるやと存ずるに只人をはばからず 経文のままに法理を弘通せば謗法の者 03 多からん世には 必ず三類の敵人有つて命にも及ぶべしと見えたり、 其の仏法の違目を見ながら我もせめず国主に 04 も訴へずば教へに背いて 仏弟子にはあらずと説かれたり、 涅槃経第三に云く「若し善比丘あつて法を壊らん者を 05 見て置いて呵責し駈遣し挙処せずんば当に知るべし 是の人は仏法の中の怨なり、 若し能く駈遣し呵責し挙処せば 06 是れ我が弟子真の声聞なり」と、 此の文の意は仏の正法を弘めん者・経教の義を悪く説かんを 聞き見ながら我も 07 せめず我が身及ばずば国主に申し上げても 是を対治せずば仏法の中の敵なり、 若し経文の如くに人をも・はばか 08 らず我もせめ国主にも申さん人は 仏弟子にして真の僧なりと説かれて候、 されば仏法中怨の責を免れんとて・か 09 やうに 諸人に悪まるれども命を釈尊と法華経に奉り 慈悲を一切衆生に与へて謗法を責むるを心えぬ人は口をすく 10 め眼を瞋らす、 汝実に後世を恐れば身を軽しめ法を重んぜよ 是を以て章安大師云く「寧ろ身命を喪ふとも 教を 11 匿さざれとは身は軽く 法は重し身を死して法を弘めよ」と、 此の文の意は身命をば・ほろぼすとも正法をかくさ 12 ざれ、其の故は身はかろく法はおもし 身をばころすとも法をば弘めよとなり、 -----― 愚人はいった。日本の六十余州、それぞれの国によって人は変わり法は異なっているといっても、あるいは念仏者、あるいは真言師、あるいは禅、あるいは律などに帰依しており、まことに一人として謗法でない人はいない。しかし他人のことをあれこれ非難してもしかたがない。ただ、自分の心中に深く正法を信受して、他人の誤りにはかかわらないことにしようと思う。 聖人はさとしていう。あなたのいうことはまことにもっともである。私もそう思っていたが、経文には、あるいは「身命を惜しまず」とも、あるいは「むしろ身命を喪うとも」と説かれている。なぜこのように説かれるのかというと、他人を恐れず、経文のとおりに法理を弘通すれば、謗法の者の多い世には、かならず三類の敵人が現れて身命も危険になると書かれているのである。彼らの仏法の誤り見ながら、自らも責めず、また国主にも訴えないならば、仏の教えに背いて仏弟子ではないと説かれている。 涅槃経巻三には「もし善比丘がいて仏法を壊る者を見て放置して、叱責せず、追放せず、処断しなければ、この人は仏法のなかの怨敵であると知るべきである。もし、よく追放し、叱責し、処断するならば、この人は、仏弟子であり、真の声聞である」と説かれている。 この経み文の意味は、仏の正法を弘めようとする者は、経教の義を誤り説く者を聞き見なあら、自らもこれを責めず、もし、自身の力が足りなければ国主に申し上げてでも対処しなければ仏法中の敵である。もし経文のとおりに他人を恐れず、自らもこれを責め国主にも訴える人は仏弟子であり、まことの僧であると説かれている。 それゆえ「仏法の中の怨敵」の罪をまぬかれようとして、このように諸人に憎まれても命を釈尊と法華経に奉り、慈悲を一切衆生に与えて謗法を責めるのであるが、この心を理解できない人はののしり眼をいからせるのである。あなたも、まことに後世を恐れるならば身命を軽んじ法を重んじなさい。このことを章安大師は「むしろ身命を喪うとも教を匿さざれとは、身は軽く法は重い。身を死して法を弘めよ」といっている。すなわち、身命は滅ぼしても、正法を滅ぼしてはならない。そのわけは身は軽く法は重い。身をころしても法をば弘めよという意味である。 |
不惜身命
法華経勧持品第13の文(法華経412㌻)。「身命を惜しまず」と読み下す。仏法求道のため、また法華経弘通のために身命を惜しまないこと。同じ勧持品の「我不愛身命」(法華経420㌻)、また如来寿量品第16の「不自惜身命」(法華経490㌻)と同意。
―――
寧喪身命
涅槃経巻9の文。「寧ろ身命を喪うとも」と読む。
―――
三類の敵人
釈尊の滅後の悪世に法華経を弘通する者に迫害を加える人々。法華経勧持品第13に説かれる(法華経418~419㌻)。これを妙楽大師湛然が『法華文句記』巻8の4で、3種に分類した。①俗衆増上慢は、仏法に無智な在家の迫害者。悪口罵詈などを浴びせ、刀や杖で危害を加える。②道門増上慢は、比丘(僧侶)である迫害者。邪智で心が曲がっているために、真実の仏法を究めていないのに、自分の考えに執着し自身が優れていると思い、迫害してくる。③僭聖増上慢は、聖者のように仰がれているが、迫害の元凶となる高僧。ふだんは世間から離れた所に住み、自分の利益のみを貪り、悪心を抱く。讒言によって権力者を動かし、弾圧を加えるよう仕向ける。妙楽大師は、この三類のうち僭聖増上慢は見破りがたいため最も悪質であるとしている。日蓮大聖人は、現実にこの三類の強敵を呼び起こしたことをもって、御自身が末法の法華経の行者であることの証明とされた。「開目抄」(228㌻)では具体的に聖一(円爾、弁円)、極楽寺良観(忍性)らを僭聖増上慢として糾弾されている。
―――
声聞
サンスクリットのシュラーヴァカの訳。「声を聞く者」の意。①仏の教えを聞いて覚りを開くことを目指す出家の弟子のこと。出家教団に属して修行をする。後代には大乗との対比で、小乗の教えを実践し阿羅漢を目指す出家修行者を意味するようになった。縁覚と合わせて二乗という。②声聞界のこと。
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末法の法華経の修行が謗法呵責の折伏行であると教示された愚人が、いまの聖人の教えによると、日本中の人は、一人として謗法でない人はいない、そうすると、すべての人を責め折伏しなければならないことになるが、自分は他人のことをあれこれゆうよりもただ自分の心中に深く法華経を信受するだけにしたい、というのである。その言い分の背景には、他人のことにはかかわりたくない、また、他人のことに干渉する必要はないのではないか、という考えがある。
これに対して聖人は、愚人の意見を一往肯定され、御自身も同じことを考えたことがあると、愚人を包容されたうえで、しかし、経文によれば、それでは、仏法の精神に反するのであり、このゆえに聖人自身、人々に憎まれるのを覚悟のうえでこれまで折伏を行じてきたのであると説明されている。
法華経の金言は勧持品第十三の「不惜身命」であり、謗法者ばかりの末法の世に、正法・法華経を弘通すると三類の敵人が競い起こって命に及ぶような迫害を加えてくるけれども、身命を惜しまず弘通せよとの意である。
いま一つの涅槃経の金言は、その第三の文で、謗法を見て置いて呵責し駈遣し挙処しなかったならば、その人は仏弟子ではなく、むしろ仏法の中の怨である、というものである。
聖人は「されば仏法中怨の責を免れんとて・かやうに諸人に悪まるれども命を釈尊と法華経に奉り慈悲を一切衆生に与へて謗法を責む」といわれているように、涅槃経の第三「仏法中怨」の経文に促されて、折伏行に邁進してきたといわれている。
この“聖人”が日蓮大聖人御自身をさしていわれていることはいうまでもないところで、ここに、日蓮大聖人が迫害をものともせず、諸宗破折を敢行された原動力をうかがうことができる。その原動力とは、ただただ、仏の金言を寸分違わず実践し抜くという一点であった。
こうして、大聖人御自身の体験を語られた後、愚人に対し「汝実に後世を恐れば身を軽しめ法を重んぜよ」と、後世を恐れるならば、今生に身命を惜しまず、正法の弘通のために折伏を行じよ、と勧められるのである。
この仏法の正義を惜しみ、人々を悪道から救い出そうとする大精神こそ、大聖人が身をもって示されたところであるとともに、大聖人門下の根本精神でなければならない。
0496:12~0497:05 第15章 身軽法重の折伏行を勧むtop
| 12 悲いかな生者必滅の習なれば 設 13 ひ長寿を得たりとも終には無常をのがるべからず、 今世は百年の内外の程を思へば夢の中の夢なり、 非想の八万 14 歳未だ無常を免れずトウ利の一千年も猶退没の風に破らる、況や人間・閻浮の習は露よりも・あやうく芭蕉よりも・ 15 もろく泡沫よりもあだなり、 水中に宿る月のあるか・なきかの如く草葉にをく露のをくれ・さきだつ身なり、若し 16 此の道理を得ば後世を一大事とせよ 歓喜仏の末の世の覚徳比丘・正法を弘めしに 無量の破戒此の行者を怨みて責 17 めしかば有徳国王・正法を守る故に謗法を責めて終に命終して阿シュク仏の国に生れて彼の仏の第一の弟子となる、 18 大乗を重んじて五百人の婆羅門の謗法を誡めし 仙予国王は不退の位に登る、 憑しいかな正法の僧を重んじて邪悪 0497 01 の侶を誡むる人かくの如くの徳あり、 されば今の世に摂受を行ぜん人は謗人と倶に悪道に堕ちん事疑い無し、 南 02 岳大師の四安楽行に云く「若し菩薩有つて 悪人を将護し治罰すること能わず 乃至其の人命終して諸悪人と倶に地 03 獄に堕せん」と、 此の文の意は若し仏法を行ずる人有つて 謗法の悪人を治罰せずして観念思惟を専らにして邪正 04 権実をも簡ばず詐つて慈悲の姿を現ぜん人は諸の悪人と倶に悪道に堕つべしと云う文なり、今真言・念仏・禅・律・ 05 の謗人をたださず・いつはつて慈悲を現ずる人・此の文の如くなるべし。 -----― 悲しいことには、生命のあるものはかならず死ぬときがくるのは世の習いであるから、たとい長寿を得たとしても、ついには無常をまぬかれることはできない。今世はせいぜい百年前後の命と思えば夢の中の夢のようなものである。非想天の八万歳の長寿でさえまだ無常をまぬかれていない。忉利天の一千年も、やはり無常の風に吹き破られる。まして人間と生まれて、この世に生れた定めとして露よりもはかなく、芭蕉よりももろく、泡沫よりもむなしい。水中に宿る月影のあるかないかのような存在であり、草葉につく露の消えるのが、あとになるか先になるかほどの身である。 もしこの道理をさとったならば、後世を一大事としなさい。歓喜仏の末の世の覚徳比丘が正法を弘めた時、無数の破戒の人々が覚徳比丘を憎んで殺害しようとしたので、有徳王は正法を守護するために、謗法の者と闘い、ついに命を終として阿閦仏の国に生まれ、かの仏の第一の弟子となった。また大乗を重んじて五百人のバラモンの謗法を誡めた仙予国王は、不退の位に登ったという。 頼もしいことには、正法の僧を重んじて邪悪の教えを説く者を戒める人には、このような功徳がある。それゆえ、今の世で摂受を行ずる人は、謗法の者とともに悪道に堕ちることは疑いない。南岳大師の四安楽行には「もし菩薩がいて悪人を擁護して戒めようとしないならば。乃至。その人は命が終わって多くの悪人とともに地獄に堕ちる」とある。この文の意味は、もし仏法を行ずる人がいて観念や思惟だけを専ら修して邪正・権実を峻別せず謗法の悪人を戒めないで、偽りの慈悲の姿を現す人は、諸の悪人とともに悪道に堕ちるというのである。 いま、真言・念仏・禅・律の謗法の人の誤りを糾明せず、偽りの慈悲の姿を現す人はこの文のとおりになるのである。 |
非想の八万歳
非想とは非相非非想天のこと。この天の寿命が八万歳であることをいう。非相非非想天とは、三界のうち無色界の第四で、最上の天であるから有頂天ともいう。粗悪の煩悩はないから非想といい、細想の煩悩はないあけではないから非非想という。外道ではこの天を究極の境界としている。
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忉利の一千年
忉利天に住む天人の寿命が一千年であること。忉利天は欲界の六欲天の第二で、須弥山の頂上にあり、帝釈天の住む天である。帝釈天を中央にして、四方にそれぞれ八天あり、総計三十三天あることから、三十三天という。ただし忉利天の一日一夜は人間界の百年にあたるから、その千年は人間界の三千六百年になる。
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退没
喜びの状態から苦しみの状態に堕すこと。衰退し滅ぶこと。また、世の無常・天人の五衰をさす。
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閻浮の習
現世における無常の道理のこと。閻浮は閻浮提の略で、ここでは人間世界のこと。習は、世のきまりをいう。
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芭蕉
バショウ科の多年草。英名をジャパニーズ・バナナと言うが、中国が原産といわれている。高さは2~3mで更に1~1.5m・幅50cm程の大きな葉をつける。花や果実はバナナとよく似ている。熱帯を中心に分布しているが耐寒性に富み、関東地方以南では露地植えも可能である。葉が支脈に沿って裂けやすいことから、人間のはかなさのたとえとして用いられる。
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前章で愚人に示された「法は軽く身は重し」「身を死して法を弘めよ」「寧ろ身命を喪ふとも教を匿さざれ」「身命を惜しまず」等の経文について、なにゆえ、身命より正法を重んずべきでるのかを説明されている。
「悲いかな生者必滅の習なれば設ひ長寿を得たりとも終には無常をのがるべからず、今世は百年の内外の程を思へば夢の中の夢なり」と、まずこの凡夫の身命の無常が説かれる。
「若し此の道理を得ば後世を一大事とせよ」との文は重要である。 “此の道理”とは、人間の身命の無常なることである。“後生を一大事とせよ”とは、現世の身命が終わって次にくる後の世、未来世がどのようなものになるか、に重大な関心をもち、それを、現世を生きるうえでの一大事の問題として捉えよ、ということである。
つまり、この章の内容は、皮相的に捉えれば、現世の身命を無常なはかなきものとして、軽んずるように聞こえるが、けっしてそうではない。逆に、現世の生命が限りあることを冷徹に認識して、三世を貫く永遠の生命に生きていくことを促しておられる。
その永遠の生命は、正法たる法華経を信じ、謗法に対する折伏行に身命を賭して邁進していく時、おのずから得られるのである。
およそ、現世の生命に限りがあり、無常性をまぬかれないことを知ったとき、大きく二とおりの生き方が生まれるように思う。
一つは、この生命に限りがあるなら、その短い人生を徹底的に享楽し、好きなように生きようと考える生き方である。
これに対して、いま一つは、限りある現世の身命をとおして、より大いなる永遠の生命をつかみ、絶対安定の境地に入ろうと、真剣な求道心を燃えたぎらせて生きようとする生き方である。
日蓮大聖人は、当然、後者の生き方を教えられているのである。
前者は、だれでも考える安易な生き方ではあるが、感覚主義、快楽主義に陥り、自己の欲望を奴隷とする行き方であって、信実の人間性を解放するものとはならない。
こうして、後世を一大事とする生き方を愚人に述べられた後、有名な有徳王・覚徳比丘の物語を引かれ、有徳王がどこまでも謗法の比丘を責めて正法を護持する覚徳比丘を守り抜いて、命終した後に阿閦仏の国に生まれ、第一の仏弟子となったことを示される。さらに、同じく謗法のバラモンを責めて不退の位に登った仙予国王の例も挙げられて、正法を重んじ謗法を呵責する功徳の実例とされる。
逆に、南岳大師の安楽行義の文を引かれて、謗法の悪人を折伏せずに、ただ摂受の行に専心した者は、謗法者とともに悪道に堕ちると断言されている。
0497:06~0497:15 第16章 唱題行の肝要を示すtop
| 06 爰に愚人意を竊にし言を顕にして云く 誠に君を諌めて家を正しくする事・先賢の教へ本文に明白なり外典此く 07 の如し内典是に違うべからず、 悪を見ていましめず謗を知つてせめずば経文に背き 祖師に違せん其の禁め殊に重 08 し今より信心を至すべし、 但し此経を修行し奉らん事叶いがたし 若し其の最要あらば証拠を聞かんと思ふ、聖人 09 示して云く今汝の道意を見るに鄭重・慇懃なり、 所謂諸仏の誠諦得道の最要は只是れ妙法蓮華経の五字なり、 檀 10 王の宝位を退き竜女が蛇身を改めしも 只此の五字の致す所なり、 夫れ以れば今の経は受持の多少をば 一偈一句 11 と宣べ修行の時刻をば一念随喜と定めたり、 凡そ八万法蔵の広きも一部八巻の多きも 只是の五字を説かんためな 12 り、霊山の雲の上・鷲峯の霞の中に釈尊要を結び地涌付属を得ることありしも法体は何事ぞ只此の要法に在り、 天 13 台妙楽の六千張の疏・玉を連ぬるも 道邃行満の数軸の釈・金を並ぶるも併しながら此の義趣を出でず、誠に生死を 14 恐れ涅槃を欣い信心を運び渇仰を至さば 遷滅無常は昨日の夢・菩提の覚悟は今日のうつつなるべし、 只南無妙法 15 蓮華経とだにも唱へ奉らば滅せぬ罪やあるべき来らぬ福や有るべき、真実なり甚深なり是を信受すべし。 -----― ここで愚人は心を深く定め、決意をことばに顕していう、主君を諌め家を正しくすることは過去の賢人の教えであり、古書に明白に記されている。外典でさえこのようである。内典がこれに相違することを説くはずがない。悪を見て戒めず、謗法を知って責めなければ経文にそむき祖師に反するであろう。その罪はまことに重い。今後は仰せに従って信心を励もう。ただし、この法華経を修行することはまことに難しい。もしその肝要の道があるなら聞きたいと思う。 聖人はさとしていう。いまあなたの求道の志を見るとまことに殊勝であるからお答えしよう。すなわち諸仏の真実の覚りを得るための修行の肝要は、ただ妙法蓮華経の五字である。須頭檀王が王位を退き出家してついに成仏し、竜女が蛇身を改めて仏の相好を得たことも、この妙法蓮華経の五字の力用によるのである。 思えば、この経は、経をいかほど受持するかについては一偈一句を受持すべきと述べ、その修行の長さについては一瞬一念の随喜によって成仏すると定めている。総じて八万法蔵の広大な教えも法華経一部八巻の多くの経文も、ただ、この妙法五字を説くためであった。霊鷲山の虚空会上で釈尊が一切の法門の肝要を結んで地涌の菩薩に付属したことも、その法体は何かというとただ妙法蓮華経である。天台大師・妙楽大師の玉を連ねたような六千帖の注疏も、道邃・行満の黄金を並べたような解説も、すべてこの根本の趣旨を越え出ることはないのである。 まことに生死の苦しみを恐れ、涅槃を求め、信心を励み、仏道を渇仰するならば、天変して止まらない無常の姿は昨日の夢と消え、悟りは今日の現実となるのである。ただ南無妙法蓮華経とさえ唱えるならば、消滅しない罪業はなく、訪れて来ない幸もない。真実であって極めて深い法門である。これを信受すべきである。 |
檀王
須頭檀王のこと。釈尊が過去世に菩薩として修行した時の姿の一つ。正法を求めるために王位を捨て、1000年の間、阿私仙人に従って仏道修行をした。阿私仙人とは提婆達多の過去世の姿とされる。「日妙聖人御書」に「昔の須頭檀王は妙法蓮華経の五字の為に千歳が間・阿私仙人にせめつかはれ身を床となさせ給いて今の釈尊となり給う」(1215㌻)とある。
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竜女
海中の竜宮に住む娑竭羅竜王の娘で8歳の蛇身の畜生。法華経提婆達多品第12には、文殊師利菩薩が法華経を説くのを聞いて発心し、不退転の境地に達していた。しかし智積菩薩や舎利弗ら聴衆は竜女の成仏を信じなかったので、竜女は法華経の説法の場で「我は大乗の教を闡いて|苦の衆生を度脱せん」(法華経407㌻)と述べ、釈尊に宝珠を奉ってその身がたちまちに成仏する姿を示したと説かれている。竜女の成仏は、一切の女人成仏の手本とされるとともに、即身成仏をも表現している。
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一念随喜
法華経分別功徳品第17に説かれる四信五品(現在の四信・滅後の五品)の中で、滅後の五品の第1。釈尊滅後の法華経の修行の最初の位をいう。一念は瞬時の心のこと。随喜とは歓喜すること。法華経の一句一偈を聞いて少しでも信ずる心のある者をいう。初随喜と同じ意味としても用いられる。また現在の四信の第1、一念信解と同じ意味に用いられることもある。
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道邃
中国、唐代の天台宗の僧。生没年未詳。諡は興道尊者。妙楽大師湛然に師事。貞元20年(0804)に龍興寺(浙江省臨海市)に住す。同年より翌21年にわたり、最澄と通訳僧であった義真に天台法門を伝えた。道邃が最澄に出会った時の興味深い逸話が「一代聖教大意」に説かれる。天台山国清寺で入寂した。
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行満
生没年不詳。中国・唐の僧で、妙楽大師湛然の弟子。天台山の仏隴寺の座主。伝教大師最澄に天台の法門を伝えた。
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本章では、法華経の修行の肝要は妙法蓮華経の五字にあることが明かされている。
まず、愚人がこれまでの聖人の説明を納得し、謗法を責めることが正しいと認めたうえで、法華経の信心に入る決意をするにいたるが、その前に法華経の修行の最要は何かと問うのである。
「誠に君を諌めて家を正しくする事・先賢の教へ本文に明白なり外典此くの如し内典是に違うべからず」とは、愚人の言によってではあるが、日蓮大聖人が立正安国論に訴えられたことが、内典の精神からいっても、正しい道理であることを強調されている。国という大きい規模の社会においても、一家という小単位の社会においても、正しい法を根本にしなければならない、ということである。その点は納得できたけれども、それでは正しい法の具体的な内容は何か、というのが愚人のこの段の質問である。
これに対して聖人は「諸仏の誠諦得道の最要は只是れ妙法蓮華経の五字なり」と、一切の諸仏が得道を遂げた誠諦の根本は妙法蓮華経の五字であると示される。
檀王が王位を退いて仏道修行に入ったのも、竜女が蛇身を改め女人成仏の姿を示したのも、妙法の五字によってであり、八万法蔵・法華経一部八巻二十八品といえども、ただ妙法蓮華経を示すために説かれたものである。地涌の菩薩に付嘱されたのも妙法五字の法体であり、また、天台大師、妙楽大師の膨大な疏も、行満・道邃の注釈も、ことごとく妙法の五字に収まるのである。
こうして、妙法蓮華経の五字に一切が収まることを述べられた後、「只南無妙法蓮華経とだにも唱へ奉らば滅せぬ罪やあるべき来らぬ福や有るべき、真実なり甚深なり是を信受すべし」と、南無妙法蓮華経の大功徳を挙げて信受を勧められるのである。
0497:16~0498:10 第17章 妙法五字の絶大なる功徳を明かすtop
| 16 愚人掌を合せ膝を折つて云く 貴命肝に染み教訓意を動ぜり 然りと雖も上能兼下の理なれば広きは狭きを括り 17 多は少を兼ぬ、 然る処に五字は少く文言は多し首題は狭く八軸は広し 如何ぞ功徳斉等ならんや、聖人云く汝愚か 18 なり捨少取多の執・須弥よりも高く軽狭重広の情・溟海よりも深し、 今の文の初後は必ず多きが尊く少きが卑しき 0498 01 にあらざる事・前に示すが如し、 爰に又小が大を兼ね、 一が多に勝ると云う事之を談ぜん彼の尼拘類樹の実は芥 02 子・三分が一のせいなりされども 五百輛の車を隠す徳あり 是小が大を含めるにあらずや、又如意宝珠は一あれど 03 も万宝を雨して欠処之れ無し 是れ又少が多を兼ねたるにあらずや、 世間のことわざにも一は万が母といへり此等 04 の道理を知らずや、 所詮実相の理の背契を論ぜよ 強ちに多少を執する事なかれ、 汝至つて愚かなり今一の譬を 05 仮らん、夫れ妙法蓮華経とは一切衆生の仏性なり仏性とは法性なり法性とは菩提なり、所謂釈迦・多宝・十方の諸仏 06 .上行.無辺行等.普賢・文殊.舎利弗.目連等、大梵天王・釈提桓因.日月・明星・北斗・七星.二十八宿・無量の諸星. 07 天衆.地類・竜神・八部.人天・大会・閻魔法王.上は非想の雲の上.下は那落の炎の底まで所有一切衆生の備うる所の 08 仏性を妙法蓮華経とは名くるなり、 されば一遍此の首題を唱へ奉れば 一切衆生の仏性が皆よばれて爰に集まる時 09 我が身の法性の法報応の三身 ともに・ひかれて顕れ出ずる是を成仏とは申すなり、 例せば籠の内にある鳥の鳴く 10 時・空を飛ぶ衆鳥の同時に集まる是を見て篭の内の鳥も出でんとするが如し。 -----― 愚人は掌を合わせ、膝を折り、居ずまいを正していう。あなたの仰せは肝に染まり、御教訓は心を打つのである。そうではあるが、上は下を兼ねるのが道理で、広は狭を納め、多は少を兼ねる。ところがいま五字は少なく、経も文は多い。題目は狭く、法華経の八巻は狭い。どうして功徳が斉しいことがあろうか。 聖人はいう。あなたは愚かである。少を捨てて多をとる執着は、須弥山よりも高く、狭を軽んじて広を重んずる執情は大海よりも深い。今のことばの前後は、けっして多ければ尊く、少なければ卑しいのではないことは前に示したとおりである。ここでまた、又小が大を兼ね、一が多に勝るということを語ろう。 かの尼拘類樹の実は芥子の三分の一の大きさであるあ、五百輛の車を隠す徳がある。これは小が大を含んでいることではないか。また、如意宝珠は一つであっても万宝をふらし、少しも欠けるところはない。これはまた少が多を兼ねている例ではないか。世間のことわざにも、一は万が母といっている。これらの道理を知らないのか。所詮は実相の理が契っているか、背いているかを論じなさい。けっして多少に執着してはならない。 あなたが至って愚かでまだ納得できないならば、今、一つの譬を示そう。いったい、妙法蓮華経とは一切衆生の仏性である。仏性とは法性である。法性とは菩提である。すなわち釈迦・多宝・十方の諸仏・上行・無辺行等、普賢・文殊・舎利弗・目連等、大梵天王・釈提桓因、日・月・明星・北斗七星・二十八宿・無量の諸星、天衆・地類・竜神・八部・人界・天界の衆生、閻魔法王、上は非想の雲の上から、下は地獄の炎の底まであらゆる一切衆生の備えている仏性を妙法蓮華経と名づけるのである。 それゆえ、一遍この妙法蓮華経と唱へ奉るならば、一切衆生の仏性が皆呼ばれて、ここに集まる時、我が身中の法・報・応の三身ともに引かれて顕れ出る。これをず成仏とはいうのである。 たとえば籠の内いる鳥が鳴く時、空を飛ぶ多くの鳥が同時に集まる、これを見て、籠の中の鳥も出ようとするようなものである。 |
尼倶類樹
くわ科に属する無花果樹である。この樹木はビルマ、イラン、シンガポール、アンダマン島などに存在している。長大な木であり、高さは9㍍から15㍍に達し、枝葉はよく茂っていて、樹の陰は熱帯の日を避けるのに適している。
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如意宝珠
意のままに宝物や衣服、食物などを取り出すことができるという宝の珠。
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上行
地涌の菩薩を代表する四菩薩の筆頭。法華経如来神力品第21では、末法における正法弘通が上行をはじめとする地涌の菩薩に付嘱された。この法華経の付嘱の通り、末法の初めに出現して南無妙法蓮華経を万人に説き不惜身命で弘通されたのが、日蓮大聖人であられる。この意義から、大聖人は御自身が地涌の菩薩、とりわけ上行菩薩の役割を果たしているという御自覚に立たれ、御自身を「上行菩薩の垂迹」(1157㌻)と位置づけられている。日興上人も、大聖人を「上行菩薩の再誕」(「五人所破抄」、1611㌻)と拝された。創価学会では、大聖人は、外用(外に現れたはたらき)の観点からは上行菩薩であられ、内証(内面の覚り)の観点からは久遠元初の自受用報身如来であられると拝する。
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無辺行
法華経従地涌出品第15に説かれる地涌の菩薩の上首である四菩薩の一人(法華経455㌻)。「御義口伝」(751㌻)では『法華文句輔正記』の文を引いて、常楽我浄の四徳のうち無辺行菩薩は常を表すとされている。
―――
普賢
普賢はサンスクリットのサマンタバドラの訳。「あらゆる点で優れている」の意で、仏のもつ優れた特性(特に実践面)を人格化した菩薩。仏像などでは、白象に乗った姿で釈尊の向かって右に配される。法華経では普賢菩薩勧発品第28で登場し、法華経の修行者を守護する誓いを立てる(法華経665㌻以下)。
―――
文殊
文殊師利はサンスクリットのマンジュシュリーの音写。直訳すると、「うるわしい輝きをもつ者」。仏の智慧を象徴する菩薩で、仏像などでは獅子に乗った姿で釈尊の向かって左に配される。法華経では、弥勒菩薩・薬王菩薩とともに、菩薩の代表として登場する。
―――
大梵天王
サンスクリットのブラフマーの訳。①古代インドの世界観において、世界を創造し宇宙を支配するとされる中心的な神。種々の梵天がいるが、その中の王たちを大梵天王という。仏教に取り入れられ、帝釈天とともに仏法の守護神とされた。②大梵天王がいる場所で、4層からなる色界の最下層である初禅天のこと。欲界の頂上である他化自在天のすぐ上の場所。法華経如来神力品第21には、釈尊はじめ諸仏が広く長い舌を梵天まで伸ばしたと説かれているが、これは欲界すべてを越えるほど舌が長いということであり、決してうそをつかないことを象徴している。
―――
釈提桓因
帝釈天のこと。帝釈はシャクローデーヴァーナームインドラハの訳で、釈提桓因と音写する。古代インドの神話において、雷神で天帝とされるインドラのこと。帝釈天は「天帝である釈(シャクラ)という神」との意。仏教に取り入れられ、梵天とともに仏法の守護神とされた。欲界第2の忉利天の主として四天王を従えて須弥山の頂上にある善見城に住み、合わせて32の神々を統率している。
―――
北斗・七星
北斗星ともいう。大熊座にある七つの星の名。斗は中国の角形の「ます」の意で、北天に七つの星が斗状に並んでいるのでいう。斗口から順に天枢・天璇・天璣・天権・玉衝・開陽・揺光と名づけ、その斗柄は一昼夜に十二方をさし、古代より時刻を測り、季節を定める星として重要な役割をはたした。またこの星を祭れば天変地夭などを未然に防ぐことができるとして、平安朝以降、宮中や民間でこの星に対する信仰が起こった。
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二十八宿
古代の天文学では、黄道付近の天球を28に区分し、それぞれを一つの宿(星座)とした。日蓮大聖人の時代、それぞれの星宿は神と考えられていた。
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天衆
天界の衆生のこと。
―――
地類
①地上に住む万物。②地上に住む神々。
―――
竜神
八部衆のひとつ。
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八部
仏法を守護する8種類の諸天や鬼神。法華経譬喩品第3(法華経160㌻)などにある。天竜八部ともいう。天(神々)・竜・夜叉・乾闥婆・阿修羅・迦楼羅・緊那羅・摩睺羅伽の8種。
―――
人天・大会
釈尊の説法を聞くために、人界と天界の衆生が大勢集まった法会のこと。
―――
閻魔法王
閻魔王のこと。閻魔はサンスクリットのヤマの音写で、炎魔・燗魔などとも書く。もとは古代インドの伝説において死者の世界を統べる王である神。閻魔はインド神話の思想を反映しながら仏法に取り入れられ、やがて中国の思想と結びついて十王思想が形成された。もともと天界の神で、欲天の第3である夜摩天に住むとされる。しかし、餓鬼界・地獄界の主とされ、死んで地獄に堕ちた人間の生前の善悪を審判・懲罰して、不善を防止するとされるようになった。
―――
法報応の三身
仏としての本質的な3種の特性。①法身(仏が覚った真実・真理)②報身(最高の覚りの智慧をはじめ、仏と成った報いとして得た種々の優れた特性)③応身(人々を苦悩から救うためにそれぞれに応じて現実に表した姿、慈悲の側面)の三つをいう。
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愚人が、広きは狭きを括り、多は少を兼ねるという常識的な考え方にとらわれて「五字は少く文言は多し首題は狭く八軸は広し如何ぞ功徳斉等ならんや」と、僅かに五字にすぎない妙法蓮華経と法華経二十八品と功徳がひとしいということに対し疑いを起こす。
これに答えて、聖人は、愚人の心にある捨少取多への執着と軽狭重広への執情を破られる。この愚人の執着は、第十章にもあったが、本章でも現れたのである。
そして、小が大を兼ね、一が多に勝ることを尼拘類樹の実と如意宝珠の二つの例をもって説明される。
さらに、妙法蓮華経の五字が一切の仏性、法性、菩提であると説かれ、十方世界のあらゆる衆生が備えているものであることを強調されている。
したがって、妙法蓮華経の五字は、小であり、一であるけれども、十方世界のあらゆる衆生にそなわる仏性であるがゆえに、多を兼ねると説明されている。
そして「所詮実相の理の背契を論ぜよ強ちに多少を執する事なかれ」と、愚人に対して、量の多いか少ないかにとらわれず、大切なことは、教えが実相の真理に背くか契うかで判断せよと教示されている。
されば一遍此の首題を唱へ奉れば一切衆生の仏性が皆よばれて爰に集まる時我が身の法性の法報応の三身ともに・ひかれて顕れ出ずる是を成仏とは申すなり
首題の五字を一遍、南無妙法蓮華経と唱えることによって、自己の生命の内外ともに仏性が涌現し、即身成仏することを説かれている。
妙法の五字は、先に述べられたように、十方世界のあらゆる衆生の仏性・法性であるから、私達がひとたび御本尊に向かって、妙法を唱えると、一切衆生が皆よばれて題目を唱える私達の所に集まってくる。そして、それに呼応して、我が身の法性にそなわっている法報応の三身も、顕れ出るのだと、そのことを「成仏」という、と仰せである。
まず、「成仏」について「我が身の法性の法報応の三身ともに・ひかれて顕れ出ずる」といわれるように、我が身の内にある法性が顕れ出ることであると述べられている。その法性には法・報・応の三身がそなわっているから、結局、成仏とは、我が身の内にもともと可能性として有していた法・報・応の三身が、御本尊に向かって妙法の題目を唱える時に、顕現することをいうのである。
この成仏観は、それまでの仏教、すなわち爾前経を根本として説かれてきた成仏の考え方を根本から変革するものといってよい。
小乗経では、凡夫・二乗は絶対に仏にはならず、相当の修行を積んでも、阿羅漢にしかならないと説き、衆生と仏との間に断絶を設けている。つぎに、権大乗教では、菩薩が長年にわたる修行を積んで、四十一位・五十二位の位階を順々に踏んで次第に仏に成っていくと説く。
これに対して、法華経は即身成仏の原理を説き、凡夫の身に即して成仏することを明かすのであるが、この法理をたんなる法理に止めず、真に凡夫をして即身成仏させる仏法が、日蓮大聖人の法華経寿量文底下種の南無妙法蓮華経である。すなわち、妙法を信受することにより、凡夫の身を改めず、直ちに仏果に至ることができるのである。
これまでの、小乗、権大乗の仏教が、「成仏」の意味を「仏に成る」とし、凡夫の身からかけ離れた特別の覚者になっていくこととしたのに対し、日蓮大聖人の仏法では「仏と顕く」つまり、もともと、凡夫の身に備わっている仏の命を、自分の内から開いていくことが成仏の意味なのである。
法身は、妙法の真理そのもの、報身は、妙法にもとずく智慧、応身は、衆生に慈悲を及ぼす働きをいい、この三身が合して仏の生命として、もともと煩悩多き凡夫の生命に備わっている。私達が、御本尊に向かって、妙法を唱える時仏界が顕現して、これらの智慧、慈悲の働きも顕れ出るのである。まことに、ありがたいことといわねばならない。
なお、一切衆生の仏性が、妙法を唱える私達のところに集まってくるとは、依正不二の法理を述べられているのである。私達が唱える妙法は、十方世界のあらゆる衆生の仏性に呼びかけて、目覚めさせ、私達を守るべく働いてくるということである。題目を唱えるものに、諸天の加護があることを裏づける文といえる。
また、題目を唱えることによって、己心の仏界が顕現し、我が命が歓喜に満たされた時、同時に、私達一人一人を取り巻く人間関係の環境も変わるという意味でもある。したがって、自身の変革即環境の変革、ということをこのように述べられたと拝することができよう。
0498:11~0499:02 第18章 妙法五字の受持唱題の文証を示すtop
| 11 爰に愚人云く首題の功徳・妙法の義趣・今聞く所詳かなり但し此の旨趣正しく経文に是をのせたりや如何、 聖 12 人云く其の理詳かならん上は 文を尋ぬるに及ばざるか 然れども請に随つて之れを示さん 法華経第八・陀羅尼品 13 に云く「汝等但能く法華の名を受持せん者を 擁護せん福量るべからず」此の文の意は仏・鬼子母神・十羅刹女の法 14 華経の行者を守らんと誓い給うを讃むるとして 汝等法華の首題を持つ人を守るべしと誓ふ、 其の功徳は三世了達 15 の仏の智慧も尚及びがたしと説かれたり、 仏智の及ばぬ事何かあるべきなれども 法華の題名受持の功徳ばかりは 16 是を知らずと宣べたり、 法華一部の功徳は只妙法等の五字の内に篭れり、一部八巻・文文ごとに二十八品・生起か 17 はれども首題の五字は同等なり、 譬ば日本の二字の中に六十余州・島二つ入らぬ国やあるべき 篭らぬ郡やあるべ 18 き、飛鳥とよべば空をかける者と知り 走獣といへば地を・はしる者と心うる一切名の大切なる事 蓋し以て是くの 0499 01 如し、 天台は名詮自性・句詮差別とも名者大綱とも判ずる此の謂れなり、 又名は物をめす徳あり物は名に応ずる 02 用あり法華題名の功徳も亦以て此くの如し。 -----― そこで愚人はいう。首題の功徳・妙法の趣旨はいまうかがって明らかになったが、ただこのことは正しく経文にのっているのだろうか。 聖人がいう。道理が明らかになったうえは、経文をたずねる必要はない。しかし、望みに従ってこれを示そう。 法華経巻八陀羅尼品第二十六で釈尊は「あなたたちがただよく法華経の名を受持するものを擁護するのでさえ、その福は量りしれない」と説かれている。この経文の意味は鬼子母神・十羅刹女が法華経の行者を守護すると誓ったことを仏はい讃えて、あなたたちは法華経の首題を持つ人を守護しようと誓ったが、その功徳は三世了達の仏の智慧もなお及びがたいと説かれたのである。仏智の及ばないことは何もないはずであるが、しかし法華経の題目を受持する功徳ばかりは量りしれないと仰せられたのである。 法華経一部の功徳はただ妙法等の五字の中に含まれている。一部八巻の文言はそれぞれ二十八品の内容とともに変わっても、首題の五字は同等である。譬えば、日本の二字のなかに六十余州と壱岐・対馬の二島、すなわちすべての国や郡が含まれているのである。 飛鳥といえば空を飛ぶものと知り、走獣といえば地を走るものと心得る。総じて名の大切であることはこのとおりである。天台大師が「名は本性を表し、句は差別を表す」とも「名は大綱である」とも判じたのは、この意味である。また名は物を呼び寄せる徳があり、物は名に応ずる働きがある。法華経の題名の功徳もまた同じである。 |
陀羅尼品
法華経陀羅尼品第26のこと。本門流通分で化他流通を明かしている。薬王菩薩・勇施菩薩・毘沙門天・持国天王・鬼子母神・十羅刹女が末代悪世に妙法を弘通する者に対し、神呪による守護を説き、弘教を勧めている。陀羅尼はそれを口に唱えたものを守護し功徳を与えること。
―――
鬼子母神
ヤクシャ(夜叉・薬叉)に属する女性の神。鬼子母神は、自らにも多くの子がいたが、人間の子を食べていた。後に仏の教えを受けて、人の子を食べることをやめ、かえって子どもの守護者となった。法華経陀羅尼品第26では、十羅刹女とともに法華経を読誦し受持する者を守護することを誓っている(法華経646㌻)。
―――
十羅刹女
法華経陀羅尼品第26では、10人の羅刹女が、法華経を受持する者を守ることを誓っている。羅刹はサンスクリットのラークシャサの音写で、人の血肉を食うとされる悪鬼だが、毘沙門天王の配下として北方を守護するともいわれる。羅刹女はラークシャサの女性形ラークシャシーの訳で、女性の羅刹のこと。
―――
名詮自性
「名は自性を詮す」と読む。自性は、万物がもっている不変で固有な、それ自体の本性をさす。したがって、このことばは、名字や名前が、この名字を表すものの固有の性質や本性をいい尽くしていることをいう。
―――
句詮差別
妙楽大師の法華文句記巻一の文で「句は差別を詮す」と読み、一句の文がよく差別やそのものの特質を説き明かすとの意である。“差別”とは、他との相違の意であるから、他と異なる特質が浮かび上がることを同時にさしている。
―――
名者大綱
「名詮自性」と同意。「名は自性を詮す」と読む。自性は、万物がもっている不変で固有な、それ自体の本性をさす。したがって、このことばは、名字や名前が、この名字を表すものの固有の性質や本性をいい尽くしていることをいい、名の大切なことを表している。「名者大網」も、これと同じ意味。
―――――――――
愚人は妙法蓮華経の主題の功徳について了解し納得したのであるが、今度は、それを裏づける法華経の経文の証拠をもとめるのである。これに対し、聖人は、道理が明確にわかった以上は、さらにその文を求める必要はないのであるけれども、と、ことわられたうえで、法華経巻八・陀羅尼品の「汝等但能く法華の名を受持せん者を擁護せん福量るべからず」の文を、数ある文証の代表として挙げられる。ここに「法華の名を受持」とあるように、法華経の題目を受持することが、大功徳を生ずる実践であることが明らかである。
次に、「名」の大切なることを、「日本」「飛鳥」「走獣」の名前を示され、法華経一部八巻二十八品の功徳が「妙法蓮華経」の五字の内に収まることを論証されている。
天台は名詮自性・句詮差別とも名者大綱とも判ずる
「名詮自性」とは、「名は自性を詮す」と読む。自性は、万物がもっている不変で固有な、それ自体の本性をさす。したがって、このことばは、名字や名前が、この名字を表すものの固有の性質や本性をいい尽くしていることをいい、名の大切なことを表している。
「名者大網」も、これと同じ意味といってよい。
さらに「句詮差別」は妙楽大師の法華文句記巻一の文で「句は差別を詮す」と読み、一句の文がよく差別やそのものの特質を説き明かすとの意である。“差別”とは、他との相違の意であるから、他と異なる特質が浮かび上がることを同時にさしている。
これらの文は、いずれも、ことば、名字の大切さを述べているのであり、禅宗の不立文字という邪義は、これによってさらに打ち破られるといえよう。
又名は物をめす徳あり物は名に応ずる用あり
名を口に出していうことは、その物を呼び寄せる働きになる。あるいは、その物の働きを顕させることになる。この原理は、人の名前を呼ぶ場合に最も端的にあらわれるのであるが、人間の名前だけでなく、万物についてもあてはまるとおおせである。
妙法蓮華経は万物の仏性の名であり、妙法の題目を唱えることによって、わが己心の仏性も呼ばれてあらわれるのである。
0499:03~0499:17 第19章 「信心」の二字の肝要なるを示すtop
| 03 愚人云く聖人の言の如くば 実に首題の功莫大なり但し知ると 知らざるとの不同あり、我は弓箭に携り兵杖を 04 むねとして未だ仏法の真味を知らず 若し然れば得る所の功徳何ぞ其れ深からんや、 聖人云く円頓の教理は初後全 05 く不二にして初位に後位の徳あり 一行・一切行にして功徳備わらざるは之れ無し 若し汝が言の如くば功徳を知つ 06 て植えずんば上は等覚より下は名字に至るまで得益更にあるべからず、 今の経は唯仏与仏と談ずるが故なり、 譬 07 喩品に云く「汝舎利弗尚此の経に於ては信を以て入ることを得たり 況や余の声聞をや」文の心は大智・舎利弗も法 08 華経には信を以て入る其の智分の力にはあらず 況や自余の声聞をやとなり、 されば法華経に来つて信ぜしかば永 09 不成仏の名を削りて華光如来となり 嬰児に乳をふくむるに其の味をしらずといへども自然に其の身を生長す、 医 10 師が病者に薬を与うるに病者・薬の根源をしらずといへども 服すれば任運と病愈ゆ 若し薬の源をしらずと云つて 11 医師の与ふる薬を服せずば其の病愈ゆべしや 薬を知るも知らざるも服すれば病の愈ゆる事以て是れ同じ、 既に仏 12 を良医と号し法を良薬に譬へ 衆生を病人に譬ふされば如来一代の教法を 擣シ和合して妙法一粒の良薬に丸ぜり豈 13 知るも知らざるも服せん者・煩悩の病愈えざるべしや 病者は薬をもしらず病をも弁へずといへども 服すれば必ず 14 愈ゆ、 行者も亦然なり法理をもしらず煩悩をもしらずといへども只信ずれば見思・塵沙・無明の三惑の病を同時に 15 断じて実報寂光の台にのぼり 本有三身の膚を磨かん事疑いあるべからず、 されば伝教大師云く「能化所化倶に歴 16 劫無く妙法経の力即身成仏す」と法華経の法理を教へん 師匠も又習はん弟子も久しからずして 法華経の力をもつ 17 て倶に仏になるべしと云う文なり、 -----― 愚人がいう。聖人のおことばのとおりであるならば、まことに題目の功徳は莫大である。しかし知ると知らないとでは差異がある。わたしは弓箭をたずさわり武器をとる武士として、まだ仏法の真実の内容を知らない。そうであるならば、どうして深い功徳をうけられようか。 聖人がいう。円頓の教理は初めも後もまったく不二であって初心の位に後々の位の功徳が含まれる。一つの行に一切の行が含まれていて、功徳のそなわらないものはないのである。もし、あなたのことばのとおり功徳を知ってからでなければ植えないのであれば、上は等覚の菩薩から下は名字に至るまで得益は絶対にありえないことになる。なぜなら法華経には「ただ仏と仏とだけが知る」と説かれ、等覚以下の一切の人の知りうるところではないからである。 譬喩品第三には「舎利弗でさえ、この経においては信によって入ることができた。まして他の声聞はなおさらである」とある。この経文の意味は、大智慧の舎利弗も法華経には信によって入ることができた。その智慧によってではない。ましてその他の声聞はいうまでもない、というのである。 それゆえ、舎利弗は法華経にきて、信じたからこそ、永不成仏の名を削って華光如来となったのである。幼児に乳をふくませれば、その味を知らなくても自然に成長し、医師が病人に薬を与えれば、病人は薬の根源を知らなくても飲めば自然に病が治る。もし薬の源を知らないからといって医師の与える薬を飲まなければ、その病は治るだろうか。薬の内容を知っても知らなくても、飲めば病の冶ること同じである。 すでに法華経では仏を良医と名づけ、法を良薬に譬え、衆生を病人に譬えている。それゆえ釈尊一代の教法をつきふるい、まぜ合わせて、妙法という一粒の良薬をつくったのである。この良薬を知っても知らなくても、飲む者は煩悩の病が冶らない者はない。病人は薬をも知らず、病をもわきまえなくても、飲めばかならず愈るのである。 法華経を行ずる者もまた同じである。法理をも知らず、煩悩の病を知らないとしても、ただ信ずれば見思・塵沙・無明の三惑の病を同時に断じて、実報・寂光の浄土に到り、本有の三身如来の生命を磨きあらわすことは疑いない。 それゆえ伝教大師は法華秀句で「能化も所化もともに長劫にわたる修行を経ることなく、妙法蓮華経の力で即身成仏する」と説かれている。法華経の法理を教える師匠も、また学ぶ弟子も直ちに法華経の力でともに仏になる、との文である。 |
円頓の教理
円満にしてかたよらず一切衆生を直ちに成仏させる教法のこと。法華経のことをいう。
―――
等覚
①仏の異名。等正覚。等は平等の意、覚は覚悟の意。諸仏の覚りは真実一如にして平等であるので等覚という。②菩薩の修行の段階。五十二位のうちの第51位。菩薩の極位をさし、有上士、隣極ともいう。長期にわたる菩薩の修行を完成して、間もなく妙覚の仏果を得ようとする段階。
―――
名字
天台大師が摩訶止観巻1で立てた六即位の第二。言葉(名字)の上で仏と同じという意味で、仏の教えを聞いて仏弟子となり、あらゆる物事はすべて仏法であると信じる段階。
―――
唯仏与仏
ただ仏と仏とのみが、真実を究め尽くされているとの意。法華経方便品第2に「唯仏与仏、乃能究尽諸法実相」(唯仏と仏とのみ乃し能く諸法の実相を究尽したまえり、法華経108㌻)とある。
―――
譬喩品
妙法蓮華経譬喩品第3のこと。迹門・正宗分の中、法説周の領解・述成・授記段・譬説周の正説段の二つの部分からなる。まず方便品の諸法実相の妙理を領解して歓喜した舎利弗に仏は未来世成仏の記莂を与え、劫・国・名号を明かす。次いで、中根の四大声聞に対する説法に入るが、譬喩を主体とするので譬え説周と呼ばれる。そのなかで仏は三車家宅の譬を説いている。この譬えにおける火宅は三界を、また羊・鹿・牛の三車は三乗を、大白牛車は一仏乗の妙理をあらわしており、一仏乗こそ仏が衆生に与える真実の教えであることを述べている。終わりに、舎利弗の智慧でも法華経の妙理を悟ることはできず、ただ「信を以って入ることができる」と、信の重要性を述べ、逆に正法への不信・誹謗の罪の大きさを説いている。
―――
任運
自然にまかせること。
―――
擣簁和合
擣はつく、簁はふるう、和合は調合する幾つかの効能を持つ薬を擦り合わせ一丸と和合させて最高の薬を作ったというのこと。法華経如来寿量品第16の文。
―――
見思・塵沙・無明の三惑
天台大師智顗が一切の惑(迷い・煩悩)を3種に立て分けたもの。見思惑は声聞・縁覚・菩薩の三乗が共通して伏すべき迷いであるゆえに通惑ともいい、塵沙・無明の二惑は別して菩薩のみが断ずる惑なので別惑ともいう。『摩訶止観』など多くの論釈に説かれている。①見思惑は、見惑と思惑のこと。見惑は、後天的に形成される思想・信条のうえでの迷い。思惑は、生まれながらにもつ感覚・感情の迷い。この見思惑を断じて声聞・縁覚の二乗の境地に至るとされる。②塵沙惑とは、菩薩が人々を教え導くのに障害となる無数の迷い。菩薩が衆生を教化するためには、無数の惑を断じなければならない故にこういう。塵沙は無量無数の意。③無明惑とは、仏法の根本の真理に暗い根源的な無知。別教では十二品、円教では四十二品に立て分けて、最後の一品を「元品の無明」とし、これを断ずれば成仏の境地を得るとしている。小乗では見惑を断じて聖者となり、思惑を断じて阿羅漢果に達するとしている。大乗では菩薩のみがさらに塵沙・無明の二惑を次第に断じていくとする。天台大師は『摩訶止観』巻4上で、三惑は即空・即仮・即中の円融三観によって断ずることができると説いている。すなわち空観によって見思惑を破し、仮観によって塵沙惑を破し、中観によって無明惑を破す。しかし、円融三観は空・仮・中のおのおのが時間的にも空間的にも円融相即して差別がないから、三惑は同時に断破される。
―――
実報寂光の台
天台大師が観無量寿仏経疏で説いた四土の第三、実報無障礙土と、第四、浄寂光土のこと。実報無障礙土。実報土のこと。無明の煩悩を段々に断じて、まことの道理を得た菩薩の住む国土をいう。実報とは真実の仏道修行をすることの報いとして、必ず功徳が顕れること。この土は他受用報身を教主とすることから受用土とも呼ばれる。常寂光土。本仏・円仏が住む国土。迹土に対して本土ともいう。『観無量寿経疏』に「常寂光とは、常は即ち法身、寂は即ち解脱、光は即ち般若、是の三点縦横、並別ならざるを、秘密蔵と名づく。諸仏如来の遊居する所の処は、真常究竟にして、極めて浄土と為す」とある。常寂光を三徳に対応させ、常とは法身、寂とは解脱、光とは般若にあたるとし、それが時系列的・並列的ではなく円融しているので、不縦不横とされる。
―――
本有三身の膚を磨かん
一切衆生に本来そなわっている無作常住の法・報・応の三身をいう。無作三身と同意。本有とは修正または修成に対する語で、本来ありのままに存在するもののこと。法身は所証の真理、報身は能証の智慧、応身は衆生に慈悲を施す力用をいう。この三身如来を修行によって顕現することを譬えて膚を磨くという。
―――――――――
愚人が、これまで聖人の説明によれば、妙法蓮華経の五字に莫大な功徳があるということであるが、自分は武士の身で仏法に疎く、妙法五字の功徳さえ知らないので、それでは、唱えても功徳がないのではないか。という、ここには“解”がなければ功徳がないとする先入観があるが、この疑問は現代人にも広くつきまとっているといえよう。
聖人は、この愚人の錯覚を破折されて、もし“解”がなければ功徳がないとすれば、法華経は「唯仏与仏」の法門であるから、仏以外だれびとも功徳はないことになる。そのようなことがあるわけがなく、法華経は、ただただ信ずれば、位の上下に関係なく平等に功徳が得られるのであると教示される。
「信」がいかに大切であるかを、舎利弗の例、医者が病人に薬を与える例を引かれて説明されている。病人が薬の根源を知らなくとも、薬を信じて服すれば病が治るように、仏法の場合も、良医たる仏が、衆生を救うために用意した妙法の良薬を信じて服せば、煩悩の病を治し成仏することができると諄々と説明されている。
円頓の教理は初後全く不二にして初位に後位の徳あり一行・一切行にして功徳備わらざるは之れ無し
円頓の教理とは、円満でかたよらずに一切衆生を速やかに成仏させる教法のことで、法華経の教理を表すことばであり、今日ではいうまでもなく、三大秘法の南無妙法蓮華経のことである。
その円頓の教えにおいては“初後全く不二”で修行の最初の位でっても、後の位で得る功徳と等しい功徳があり、“一行・一切行”でどの段階であっても一切の行を為し遂げた功徳と同じ功徳がある、というのがこの文の意味である。
そして、この円頓の教えを可能にするものこそ、まさに、法華経の経力、即、南無妙法蓮華経の絶大なる功力なのである。
0499:17~0500:08 第20章 釈を引き妙法五字の功徳を示すtop
| 17 天台大師も法華経に付いて玄義・文句・止観の三十巻の釈を造り給う、妙楽大 18 師は又釈籤・疏記・輔行の三十巻の末文を重ねて消釈す、 天台六十巻とは是なり、 玄義には名体宗用教の五重玄 0500 01 を建立して妙法蓮華経の五字の功能を判釈す、 五重玄を釈する中の宗の釈に云く「綱維を提ぐるに 目として動か 02 ざること無く 衣の一角を牽くに縷として来らざる無きが如し」と、 意は此の妙法蓮華経を信仰し奉る一行に功徳 03 として来らざる事なく善根として動かざる事なし、 譬ば網の目・無量なれども一つの大綱を引くに 動かざる目も 04 なく衣の糸筋巨多なれども一角を取るに 糸筋として来らざることなきが如しと云う義なり、 さて文句には如是我 05 聞より作礼而去まで文文・句句に因縁・約教・本迹・観心の四種の釈を設けたり、次に止観には妙解の上に立てる所 06 の観不思議境の一念三千・是れ本覚の立行・本具の理心なり、 今爰に委しくせず、悦ばしいかな生を五濁悪世に受 07 くといへども 一乗の真文を見聞する事を得たり、 熈連恒沙の善根を致せる者・此の経にあい奉つて信を取ると見 08 えたり、汝今一念随喜の信を致す函蓋相応感応道交疑い無し。 -----― 天台大師も法華経について、法華玄義・法華文句・摩訶止観の三十巻の釈を造られている。妙楽大師は、また法華玄義釈籤・法華文句記・止観輔行伝弘決の三十巻の注釈を重ねて著した。天台六十巻というのはこれである。 法華玄義には、名体宗用教の五重玄を立てて、妙法蓮華経の五字の功能を解明した。五重玄を解釈する中の宗の解釈のところで「大綱をひっぱればすべての網の目が動き、衣の一角を引けばすべての糸がたぐりよせられてくるようなものである」とある。文の意味は、この妙法蓮華経を信仰し奉る一つの行にいかなる功徳も集まってこないものはなく、いかなる善根も動かない者はない。譬えば、網の目は無量であっても一つの大綱を引けば動かない目はなく、衣の糸筋は多くあっても一角を引けば、糸筋としてたぐられてこないものはないとうようなものである。というのである。 さて法華文句には、序品第一の如是我聞から普賢菩薩勧発品第二十八の作礼而去までの文々句々に、因縁・約教・本迹・観心の四種の解釈を設けている。 つぎに摩訶止観には妙法の解了の上に立った観不思議境の一念三千の法門を説く、これは仏の本来の覚りに基づく修行であり、本より心に具わっている真理である。今はここではくわしく論じない。 まことに喜ばしいことである。生を五濁悪世に受けたとはいえ、法華一乗の真実の文を受持すつことができた。過去に無量の善根を積んだ者こそ、この経にあって信心をおこしたのである。函と蓋とが合うように、あなたの信力と仏の慈悲が感応して一道に交わることは疑いない。 |
玄義・文句・止観の三十巻
天台大師の三大部、法華玄義・法華文句・摩訶止観はそれぞれ各10巻、合計30巻からなるということ。
―――
釈籤・疏記・輔行の三十巻
妙楽大師が著した天台三大部の注釈書、法華玄義釈纎・法華文句記・摩訶止観輔行伝弘決は、それぞれ10巻、合計30巻からなるということ。
―――
名体宗用教の五重玄
天台大師智顗が諸経の深意を知るため、諸経の解釈をするにあたって用いた法門。五玄、五章、五重玄ともいう。天台大師は『法華玄義』に釈名・弁体・明宗・論用・判教(名・体・宗・用・教)の5面から、妙法蓮華経を釈した。①釈名とは経題を解釈し名を明かすこと。②弁体とは一経の体である法理を究めること。③明宗とは一経の宗要を明かすこと。④論用とは一経の功徳・力用を論ずること。⑤判教とは一経の教相を判釈すること。天台大師は五重玄の依文として法華経如来神力品第21の結要付嘱の文である「要を以て之を言わば、如来の一切の所有の法(=名)、如来の一切の自在の神力(=用)、如来の一切の秘要の蔵(=体)、如来の一切の甚深の事(=宗)は、皆此の経(=教)に於いて宣示顕説す」(法華経572㌻)を挙げている。また教とは法華の一切の教えに対し優れている教相をいい、名体宗用をもって釈するときに法華の無上醍醐の妙教であることが明らかになる。その釈には通別がある。通釈は、七番共解(標章・引証・生起・開合・料簡・観心・会異)のおのおのにおいて五重玄の概念を総括的に解釈したもの。別釈は名・体・宗・用・教の五重を各別に釈したもので、別釈五章という。日蓮大聖人は「曾谷入道殿許御書」(1032㌻)で、法華経の肝心である妙法蓮華経という題目の五字に五重玄義がそなわることを示されている。
―――
如是我聞
「是くの如きを我聞きき」(このように私は聞いた)と読む。法華経序品第1(法華経70㌻)をはじめ、各経典の冒頭にある言葉。「私(我)」は、一般には第1回の仏典結集で経を暗誦したという阿難のことをさす。
―――
作礼而去
法華経全体の結の文。普賢品には「仏是の経を説きたもう時、普賢等の諸の菩薩、舎利弗等の諸の声聞、及び諸の天、竜、人非人等一切の大会皆大いに歓喜し、仏語を受持して去りにき」とある。
―――
因縁・約教・本迹・観心の四種
天台大師智顗が『法華文句』で用いた経典解釈の4種の方法。因縁釈・約教釈・本迹釈・観心釈のこと。①因縁釈は衆生の機根とそれに応える仏の化導との関係から解釈し、②約教釈は蔵・通・別・円の四教の観点から解釈し、③本迹釈は法華経の本門と迹門という観点から解釈し、④観心釈は実践面から解釈する。
―――
観不思議境の一念三千
衆生の一念の心がそのまま三千の諸法をそなえた不思議な妙境であることを観ずることをいう。観不思議境とは天台が摩訶止観第5でたてた十乗観法の第一。
―――
本覚の立行
仏の本覚の上から立てられた修行の意。
―――
本具の理心
衆生の心には、本来・三千・三諦の理がそなわっていることをいう。不可思議境としての心をさす。
―――
熈連恒沙
熈連は熈連河、中インドの拘尸那掲羅国を流れる川。恒はガンジス川。沙は砂の数。無数の砂の数を意味する。
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函蓋相応
函と蓋とのように、両者が相応じて一体となっていること。出典は大日経疏20巻。中国唐代の仏教書。善無畏説、一行記。
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感応道交
仏と人間の気持ち、また教える者と教えられる者の気持ちが通じ合うこと。衆生の機根と仏の応化が相互に通じて融合することをいう。広義では、身近な人と分かり合うことを指していう場合もあるが、本来は師匠と弟子などといった立場の違いがある。
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聖人の教示が続く。
天台家の釈をあげて、さらに重ねて妙法蓮華経の首題の五字の功徳を説かれるのである。
天台大師の三大部三十巻、妙楽大師の三大部三十巻、合して六十巻に、法華経の功力が縦横無尽に釈されていることを述べた後、一念随喜の信を起こした愚人に対して函蓋相応感応道交疑い無しと、さらに深い信心を勧められるのである。
止観には妙解の上に立てる所の観不思議境の一念三千・是れ本覚の立行・本具の理心なり
天台大師の摩訶止観巻五上に、摩訶止観の第七正修章に至るまでの前六章は経文によって止観を実修する予備としてのすぐれた正しい知識を示し、いま第七正修章に至って一念三千の正行を立てることが説かれている。つまり、前六章には、実際に止観を実修して一念三千を理解するための予備知識が説かれているので“妙解“といわれる。
そして、この“妙解”の上に立って実際に観不思議境の一念三千を修行する第七章の正修止観が説かれているのである。
“観不思議境の一念三千”とは、衆生の一念の心がそのまま本来三千の諸法をそなえた不思議な対境であると観ずることをいう。
これこそ本覚の立行、すなわち、久遠の仏の本覚のうえから立てられた修行であり、本具の理心、すなわち、衆生の心に理の上でもともと具している一念三千の生命なのである。
しかし、これはあくまで天台大師の理の一念三千の範囲であり、“理心”とあるが如く、どこまでも、理の上で一念三千がいわれているにすぎない。
このように一念三千が「本覚の立行」であるとともに「本具の真理」であることについて、三大秘法禀承事には、次のように明快に述べられている。
「問う一念三千の正しき証文如何、答う次に出し申す可し此に於て二種有り、方便品に云く「諸法実相・所謂諸法・如是相・乃至欲令衆生開仏知見」等云云、底下の凡夫・理性所具の一念三千か、寿量品に云く「然我実成仏已来・無量無辺」等云云、大覚世尊・久遠実成の当初証得の一念三千なり、今日蓮が時に感じて此の法門広宣流布するなり」(1023-08)と。
このように、一往、釈尊の法華経のなかで、迹門が明かしているのは凡夫の生命に理として具わっている一念三千であり、本門は釈尊が久遠の昔に証得した事の上の一念三千ということになる。
だが、、再往は、治病大小権実違目で「一念三千の観法に二つあり一には理・二には事なり天台・伝教等の御時には理なり今は事なり」(0998-15)と仰せのとおり、日蓮大聖人の仏法が真実の事の一念三千なのである。
末法今時においては、大聖人が「一念三千を識らざる者には仏・大慈悲を起し五字の内に此の珠を裹み末代幼稚の頚に懸けさしめ給う」(0254-18)と仰せの如く、事の一念三千の当体たる大御本尊に、南無妙法蓮華経と題目を唱える時、我が身が一念三千の当体たることを覚知することができるのである。
したがって、本章でも、天台大師の理の一念三千については「今爰に委しくせず」と、より深い追求をさし控えておられる。
0500:09~0500:15 第21章 不退転の信心を勧めるtop
| 09 愚人頭を低れ手を挙げて云く 我れ今よりは一実の経王を受持し三界の独尊を本師として今身自り仏身に至るま 10 で此の信心敢て退転無けん、 設ひ五逆の雲厚くとも乞ふ提婆達多が成仏を続ぎ 十悪の波あらくとも願くは王子・ 11 覆講の結縁に同じからん、 聖人云く人の心は水の器にしたがふが如く物の性は月の波に動くに似たり、 故に汝当 12 座は信ずといふとも後日は必ず翻へさん 魔来り鬼来るとも騒乱する事なかれ、 夫れ天魔は仏法をにくむ外道は内 13 道をきらふ、 されば猪の金山を摺り衆流の海に入り薪の火を盛んになし風の求羅をますが如くせば 豈好き事にあ 14 らずや。 -----― 愚人は頭をたれ掌を合わせていう。私は今から一乗真実の法華経を受持し、三界独尊の釈尊を師として、今の凡身から仏身に至るまで怠りなく信心を続け、かならず退転することはない。たとい五逆を犯した罪は重いとしても、提婆達多の成仏を継ぎ、十悪の波はあらいとしても、十六王子の覆講に結縁した衆生のように、法華経に結縁したいと思う。 聖人はいう。人の心は水の器の形にしたがって変わるようなものであり、物の性質は月影が波に動くのに似ている。ゆえにあなたはしばらくは信ずるといっても、後日になってからかならずこころを翻すであろう。しかし魔が来ても鬼が来ても、けっして心を乱してはならない。 天魔は仏法を憎む。外道は内道を嫌う。それゆえ猪が金山をこすってもかえって金山が光をまし、衆流が大海に入っても大海はそれを包むように、薪がかえって火を盛んにし、風が求羅という虫をますます成長させるように、いよいよ信心を強盛にしていくならば、まことに望ましいことではないか。 |
五逆
5種の最も重い罪で、必ず無間地獄の苦の果報を受ける原因となる行為。①父を殺す(殺父)②母を殺す(殺母)③阿羅漢を殺す(殺阿羅漢)④仏の身を傷つけ血を出す(出仏身血)⑤教団を分裂させる(破和合僧)の五つ。
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提婆達多
サンスクリットのデーヴァダッタの音写。調達とも音写する。釈尊の従弟で、最初は釈尊に従って出家するが、慢心を起こして敵対し、釈尊に種々の危害を加えたり教団の分裂を企てた(三逆罪=破和合僧・出仏身血・殺阿羅漢)。その悪行ゆえに生きながら地獄に堕ちたという。【提婆の成仏】法華経提婆達多品第12では、提婆達多は阿私仙人という釈尊の過去世の修行の師であったことが明かされ、無量劫の後、天王如来になるだろうと記別を与えられている。これは悪人成仏を明かしている。【釈尊や仏弟子への迫害】①仏伝によれば、提婆達多は釈尊を殺そうとして耆闍崛山(霊鷲山)から大石を投げ落としたが、地神の手に触れたことで釈尊は石を避けることができた。しかし、破片が釈尊の足に当たり親指から血が出たという。これは五逆罪の一つ、出仏身血にあたる。②阿闍世王は、提婆達多を新たに仏にしようとして、象に酒を飲ませて放ち、釈尊を踏み殺させようとしたという。これは釈尊が存命中に受けた九つの難(九横の大難)の一つにあたる。③『大智度論』などによると、蓮華比丘尼(華色比丘尼)は、釈尊の弟子で、提婆達多が岩を落として釈尊を傷つけて血を出させた時に、提婆達多を非難して、提婆達多に殴り殺されたという。
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十悪
身の3種、口の4種、意の3種、合計10種の悪業をいう。十不善業ともいう。①殺生②偸盗③邪婬④妄語(うそをつく)⑤綺語(お世辞をいう)⑥悪口⑦両舌(二枚舌を使う)⑧貪欲⑨瞋恚(怒り)⑩愚癡(癡か)または邪見。
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王子・覆講の結縁
王子とは大通智勝仏の十六王子のこと。覆講とは再び説くこと。法華経化城喩品第7に説かれる、三千塵点劫という昔に出現した仏(法華経273㌻以下)。大通智勝仏は16人の王子の願いによって法華経を説いたが、十六王子と少数の声聞以外は疑いを起こして信じなかった。その後、十六王子が、それぞれ父が説いた法華経を繰り返し説き、仏となる種を下ろし(下種)、聴衆の人々との縁を結んだ(これを大通覆講という)。この時の16番目の王子が釈尊の過去世の姿であり、その時、釈尊の説法を聞き、下種を受けた衆生がその後、第16王子とともに諸仏の国土に生まれあわせ、今インドで成道した釈尊に巡りあったと説かれる。そして、これらの弟子が法華経の説法の中で、未来に得脱し成仏するという記別を受けた。この大通覆講の時に受けた下種を大通下種という。また、この大通覆講の時に教化された衆生は、3類に分かれる。第1類はその時に発心し不退転で得道したもの、第2類は発心したが大乗から退転して小乗に堕ちたもの、第3類は発心しなかったものである。
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聖人のこれまでの説明により一切の疑いが晴れた愚人が、ついに「今身自り仏身に至るまで」不退転の信心を貫くことを決意する。
これに対して、聖人は、人の心は水の器にしたがうが如く、移ろいやすく変わりやすい。それゆえ、信仰の途上で、どんな魔や鬼が競い起ころうとも、むしろ、それを縁に信心を強固にしていくよう、猪と金山、衆流と海、薪と火、風と求羅の譬を用いて激励されている。
愚人が不退転の信心を貫こうと決意するにあたって、障害としてあげられているのは、自らの五逆・十悪の罪業である。それに対して聖人が愚人に諭して述べているのは、魔や鬼が人を騒乱させることである。
愚人は過去世の罪業を認識するにとどまり、末だいかなるかたちで仏道修行が妨げられるかについては無知である。たとえ不退の決意を固めていていようと、現実に障魔が襲えば、驚きあわてるにちがいない。そこで聖人はあらかじめ、障魔が必ず競うことを教えられているのである。妙法の修行に難が起こるのは必定であり、それを乗り越えるには、難が起これば起こるほど、ますます強盛な信心の炎を燃やしていく以外にない。そのことを聖人は、四つの譬を通して教えているのである。
本抄をいただいたのは武士である可能性が強いが、もしそうであるとすれば、幕府や主君の意によって、有無をいわさぬ弾圧が起こることも覚悟しなければならない。四条金吾や南条時光の例をみるまでもない。そのような時に、権力に屈して信心を失うことがないように戒められているのである。「人の心は水の器にしたがうが如く」の御文は、宮仕えの立場を考えての指南と拝すると、なお一層その意味が明瞭となる。
「受くるは・やすく持つはかたし・さる間・成仏は持つにあり」(1136-05)と四条金吾殿御返事に仰せのように、仏道修行の要諦は、途上にいかなる難があろうとも、受持しぬくことにある。本抄はこの持続の信心を強調されて、本抄を結ばれているのである。
妙法蓮華経に帰依すべきであると聖人は愚人に勧めるのである。
この妙法蓮華経は釈尊一代の肝心であり、この一念三千の法門に釈尊一代の一切の修行、十界の依正森羅万象をすべて収めつくしているのであり、このことを、観心本尊抄には、さらに明確に「釈尊の因行果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す我等此の五字を受持すれば自然に彼の因果の功徳を譲り与え給う」(0246-15)と述べられている。