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守護国家論講義0036~0077
序論
第一章 0036:01~0036:04 三悪道に堕ちる諸因を明かす
第二章 0036:04~0036:11 仏法の中に悪縁有るを示す
第三章 0036:12~0036:15 選択集の謗法を示す
第四章 0037:01~0037:09 御述作の由来と大網を明かす
大段第一 如来の経教に於て権実二教を定むることを明す
第五章 0037:10~0037:12 大文第一の大網を示す
第六章 0037:13~0038:10 経の次第のうち華厳を明かす
第七章 0038:11~0039:05 阿含・方等・般若を明かす
第八章 0039:06~0040:04 法華三部経と涅槃経を明かす
第九章 0040:05~0040:13 無量義経と爾前経の浅深を明かす
第十章 0040:14~0040:15 法華経と無量義経の浅深明かす
第11章 0040:16~0041:06 法華経と涅槃経の浅深明かす
第12章 0041:07~0041:18 大・小乗を定めることを明かす
第13章 0042:01~0043:06 捨権就実の十の文証を挙げる
第14章 0042:07~0043:11 了義と不了義の相対を示す
第15章 0043:12~0043:17 与えて三宗の教義を挙げる
第16章 0043:18~0044:07 奪って三宗を破折する
第17章 0044:08~0044:14 法華経最第一の証文を挙げる
第18章 0044:14~0045:05 仏説に従うべきことを勧める
第19章 0045:04~0045:11 人師が経論を誤る理由を示す
第20章 0045:11~0045:18 権教を捨て実教への信を勧む
大段第二 正像末に就て仏法の興廃を明す
第21章 0046:01~0046:07 仏法の利益は時機に依るを明かす
第22章 0046:07~0046:18 問者は浄土門久住の文を挙げる
第23章 0046:18~0047:05 浄土教の末法久住の義を破る
第24章 0047:06~0047:15 浄土教滅し法華は久住を明かす
第25章 0047:16~0048:14 法華のみ久住の証文を示す
第26章 0048:15~0049:03 法華等末法不相応の釈を会す
第27章 0049:04~0049:09 仏滅後の権実弘通の次第明かす
第28章 0049:10~0049:15 中国浄土三師の論を検討する
第29章 0049:16~0050:04 源信の浄土思想を検討する
第30章 0050:05~0050:15 法然とその弟子の謗法を明かす
第31章 0050:16~0051:07 法然と法華誹謗の証文挙げる
大段第三 選択集の謗法の縁起を明す
第32章 0051:08~0051:13 選択集が謗法の証拠を挙げる
第33章 0051:14~0052:05 法然の諸師への違背を明かす
第34章 0052:06~0052:15 諸師に背く選択集の証文挙げる
第35章 0052:16~0053:10 法然の弟子たちの弁解挙げる
第36章 0053:10~0054:02 法華を雑行とする邪義を破す
第37章 0054:03~0054:08 機根と教法との関係を明かす
第38章 0054:09~0054:14 源信の本意を明かし破折する
第39章 0054:15~0055:07 一乗要決に源信の本意を見る
第40章 0055:08~0056:02 法華易行の釈を挙げ展開する
第41章 0056:02~0056:10 法華の易行が念仏に勝るを明かす
第42章 0056:11~0057:02 天台宗の義により法然を破す
第42章 0056:11~0057:02 天台宗の義により法然を破す
第44章 0057:10~0057:13 毘婆沙論が権論なる証文挙げる
第45章 0057:14~0058:01 大乗が二乗作仏許す証文を挙げる
第46章 0058:01~0058:10 人師・訳者の権実雑乱を破す
第47章 0058:11~0058:15 破折が仏説に基づくを明かす
大段第四 謗法の者を対治すべき証文を出す
第48章 0058:16~0059:07 仏法を付嘱する証文を挙げる
第49章 0059:07~0059:15 涅槃経の文により付嘱を明かす
第50章 0059:16~0060:08 金光明経を引き三災の因を明かす
第51章 0060:08~0061:03 日本の災難・選択集に帰すを明かす
第52章 0061:03~0061:09 法然の門弟、選択集を流布する
第53章 0061:09~0061:13 災難の因は選択集に依るを結論する<
第54章 0061:13~0062:02 法然の門人の言い逃れを責める
第55章 0062:02~0062:08 謗法者対治の証文を挙げる
第56章 0062:09~0062:15 涅槃・梵網の役割の違いを明かす
第57章 0062:15~0063:03 積極的に謗法を責むべきを明かす
大段第五 善知識並に真実の法には値い難きことを明す
第58章 0063:04~0063:06 善知識・正法に値い難きを示す
第59章 0063:07~0064:02 人身受け難く仏法に値い難きを示す
第60章 0064:02~0064:14 天台・妙楽の釈を引き権実雑乱を糺す
第61章 0064:15~0064:18 再度、法然門弟の謗法を破す
第62章 0065:01~0065:14 源空の仏在世の悪知識に比す
第63章 0065:15~0066:05 重ねて悪知識への怖れを示す
第64章 0066:06~0066:09 末法の善知識は法なるを明かす
第65章 0066:09~0067:04 法を善知識とする証拠を示す
第66章 0067:05~0067:11 法に依り智に依るべきを示す
第67章 0067:11~0068:03 法華経が善知識なる由を示す
大段第六 法華涅槃に依る行者の用心を明す
第68章 0068:04~0068:12 正法を護持すべきを明かす
第69章 0068:13~0069:01 在家の正法護持の有り様を明かす
第70章 0069:02~0069:10 悪法に依り悪道に堕するを示す
第71章 0069:11~0070:03 仁王経の予言通りなるを明かす
第72章 0070:04~0070:08 法華の名に三悪離脱の力有るを示す
第73章 0070:09~0071:03 法華の信により堕悪を脱れるを示す
第74章 0071:04~0071:07 悪師を恐るべきことを教える
第75章 0071:08~0071:17 日本が法華流布の国なるを示す
第76章 0071:18~0072:07 娑婆即浄土を期すべきを明かす
第77章 0072:08~0072:14 諸経の浄土は瓦礫なるを示す
第78章 0072:15~0073:02 本経本論に依るべきを明かす
第79章 0073:03~0074:04 涅槃経から二文を会通する
第80章 0074:05~0074:12 後の経を流通とする義を破す
大段第七 問いに随って答う
第81章 0074:13~0074:17 大文の七設定の理由明かす
第82章 0074:18~0075:14 四宗の法華経への非難を挙ぐ
第83章 0075:14~0076:04 難に対する答えの方法を示す
第84章 0076:05~0077:01 二種の信のうち、仏への信を立てる
第85章 0077:02~0077:09 法華経と阿弥陀経の勝劣示す
第86章 0077:10~0077:17 経について信心を立てる
序論top(1巻上)
本抄は正元2年(1260)、鎌倉で著された御書である。御真筆は中山法華経寺に現存している。本抄が正元2年(1260)に著されたということについての直接の明記はないが、本文中に「今此の国土に種種の災難起こることを見聞するに所謂建長八年八月自り正元二年二月に至るまで大地震非時の大風・大飢饉・大疫病等種種の災難連連として今に絶えず大体国土の人数尽く可きに似たり」と、正元2年(1260)2月までの災難が挙げられていることから、2月後半から3月とし、以下、御文を拝していきたい。
正元2年(1260)4月には改元されて文応元年(1260)となった年であり、この年の7月16日に大聖人は立正安国論を時の権力者・4北条時頼にあてて上呈されている。すなわち、本抄は国主諌暁の書である立正安国論上呈の数か月前に著筆された御抄であり、しかも、前年の正元元年(1259)には、守護国家論を著されている。つまり、本抄は守護国家論と立正安国論の間に著されており、内容においても、その中間に位置する御抄となっている。これについては、追い追いみていくこととする。
古来、本抄は立正安国論の草案と捉えられているが、草案と言うよりも、これ自体完成した勘文の体裁になっている。また、後にみるように、立正安国論では明らかに時頼を意識した内容になっているのに対し、本抄では直接、そうした表現はつよく表れていない。このことから考えられることは、大聖人は本抄を、幕府全体を諌暁するための勘文として認められたが、その後、具体的に諌暁の相手を時頼と定められ、その道筋が開けたことから、時頼に焦点を当てた立場で内容を書きあらためられたものが立正安国論ではないかと考えられる。
さらに本抄に極めて関連の深い御抄が残されている。それが災難興起由来である。災難興起由来は創価学会版日蓮大聖人御書全集には収録されていないが、大聖人の御真筆が中山法華経寺に現存している。内容は、本抄に極めて近いものであり、しかも、災難興起由来には「正元二年太歳庚申二月上旬之を勘う」とあり、恐らく本抄前後に執筆されたものと推察される。これらを総合すると、正元元年(1259)に守護国家論を著され、正元2年(1260)2月に災難興起由来を著され、直後に本抄を著された後、その数か月後に立正安国論を完成され、上呈されたという流れが浮かび上がってくる。
この災難興起由来の前半は残っていない。何かの問いに対して、そのとおりであり、夏の桀王、殷の紂王、周の幽王等の世がそうである、と答答えられている部分からである。その問いは、後の問答からすれば、過去に法を破ることによって、国を滅ぼした例があるという設問に対して、桀王、紂王、幽王の例を挙げられたと推察される。なお、この三王の名は本抄では第11問答にあげられており、本抄の内容と共通している。その後、9問9答が交わされている。
その内容をいかにかいつまんで説明しておこう。
第1問答
問い 夏の桀王や殷の紂王の時代には仏法がなく、謗法もなかった。なにによって国を滅ぼしたのか。
答え 五常に基づいて治められた時代であり、王がそれに背いたから災難が起こり、国が滅びた。
第2問答
問い 災難が五常を破って起こるならば、選択集の流布が災難の原因だといえないではないか。
答え 仏法が広まるまえは五常は仏法における五戒にあたる。昔の王は五常を破ったようであるが、五戒を破ったことになり、そのゆえに天変地夭が起こったのである。現在は選択集を信ずることによってすべての仏に背を向けているから災難が起こるのである。
第3問答
問い 仏法以前の五常が五戒にあたるとどうして言えるのか。
答え 諸経典に、世の法はすべて仏法から出ているとある。仏は中国に仏法を弘めるために聖人を遣わして五常の教えを仏法の初門としたのである。
第4問答
問い 選択集を信ずる謗法の者のなかに災難にあわない者がいるのはなぜか。
答え 現世に果報を受ける者と後世に果報を受ける者がいるゆえである。
第5問答
問い 法華経等を信ずる者で災難にあうのはなぜか。
答え 罪のない者も巻き添えにされることがある。また修行が浅く、信心も薄い者は過去の罪を消しさることができないことがある。
第6問答
問い 災難を止める方法は。
答え 謗法の書と謗法の人を取り除くことである。
第7問答
問い 謗法を断ち切る方法は。
答え 謗法への供養を経つことである。
第8問答
問い 施しをやめ、苦しませる罪にならないのか。
答え 謗法の者は善根を断ち切っているがゆえに罪にならない。
第9問答
問い 僧の罪を指摘するのは、四衆を誹謗しれはならず三宝を謗ってはならないという罪にあたるのではないか。
答え 謗法を見過ごすことこそ仏法の怨敵である。王たる者、謗法を根絶しなければ必ず災難が起こる、と諸経典にある。必ず国土の乱れは起こるであろう。災難の興起する由来と根絶の方法についての私の考えは以上のとおりである。
取捨選択は人の心に任せることとする。
以下、これらの諸御書を比較しながら、大聖人がいかなる動機でこれらの御書を著されたのか、そこでいかなる内容を御教示されているかを拝察し本抄の位置をみていきたい。
問い 僧の罪を指摘するのは、四衆を誹謗しれはならず三宝を謗ってはならないという罪にあたるのではないか。
答え 謗法を見過ごすことこそ仏法の怨敵である。王たる者、謗法を根絶しなければ必ず災難が起こる、と諸経典にある。必ず国土の乱れは起こるであろう。災難の興起する由来と根絶の方法についての私の考えは以上のとおりである。
取捨選択は人の心に任せることとする。
以下、これらの諸御書を比較しながら、大聖人がいかなる動機でこれらの御書を著されたのか、そこでいかなる内容を御教示されているかを拝察し本抄の位置をみていきたい。
本抄・災難興起由来・立正安国論の問答の比較
本抄は最初に経典を引かれた後、17問17答が設けられている。災難興起由来および10問9答からなっている立正安国論との問答を比較すると以下のようになる。
第1問答、打ち続く災難に、さまざまな祈りをしているのに一向にききめがないという問いに対し、衆生が正法をすてるゆえに守護の善神が国を去って、いなくなるゆえに災難が起きる「神天上の法門」。立正安国論の第1問答にあたる。
第2問答、なぜ正法を捨てるようになるのか、という質問に対して、それは悪比丘によると仰せられている。これは法然の選択集を破折される前提となるもので、立正安国論の第3問答にあたる。立正安国論ではその間に第2問答、「神天上の証文」を挙げられているが、本抄では問答に入る前の序論の中で示されている。
第3問答、悪比丘について、それが仏弟子か否か。第4問答、謗法は相似の法によるか否か。第5問答、「文証」が論じられているが、立正安国論ではこれらの項目は略されている。
第6・第7問答、だれが悪比丘であるかが論じられ、法然こそ悪比丘であり、その著・選択集が元凶であると示されている。立正安国論の第四問答部分である。
ここまでは災難興起由来にはないが、これは同抄の前半・欠落部分ではなかろうかと推察できる。
第8問答、選択集の前にも災難があったかいなか。=災難興起由来第1問答。
第9問答、それらは選択集の責任であるかどうか。=災難興起由来第2問答。
第10問答、仏法以前の災難は謗法のゆえか否か。=災難興起由来第3問答。
第11問答、その文証について。=災難興起由来第3問答。
第12問答、法華経の行者が難にあうのは何故か。=災難興起由来第5問答。
第13問答、謗法者であっても難にあわない者がいる理由。=災難興起由来第4問答。
となっており、これらの問答は災難興起由来と一分内容が前後しているもののおおむね一致しているが、立正安国論にはなく、逆に立正安国論にある第5問答、和漢の例を挙げて念仏亡国を示す、第6問答、念仏禁止の勘状の奏否を明かす、の2問答は両御書にはない。北条時頼への諌暁に際し、必要に応じ加筆・省略されたのであろう。
第14問答、災難を止める方法は謗法対治に尽きるのか、=災難興起由来6問答=立正安国論第7問答。
第15問答、謗法対治は布施を止めることである。=災難興起由来第7問答=立正安国論第8問答。
第16問答、念仏者への布施を止めることは謗法ではないか。=災難興起由来第第8問答。
第17問答、念仏僧の弾劾は罪ではないか、=災難興起由来第9問答。
以上で本抄及び災難興起由来はとじられているが、立正安国論ではさらに、第9問答、正法に帰して立正安国を論ず。第10問、決意の表明が述べられている。
これらから判断すると、本抄や災難興起由来は、法門上の議論に重点を置いて、問答を設定されたのに対し、立正安国論では、北条時頼の諌暁に主眼を置いて著されたため、立正安国論では余分と思われる部分を省略され、逆に、安国論では亡国の例を挙げるにしても、中国のみならず、日本の例を挙げられていること、過去に念仏禁止の勘状が提出された例があると述べられていること、苦治の例として仙予国王・有徳王の例を挙げられるなどの相違がある。
| 災難対治抄 | 災難興起由来 | 立正安国論 | |
| 打ち続く災難に、さまざまな祈りをしているのになぜ効き目がないか | 第1問答 | 第1問答 | |
| 災難由来の経証を示す | 第2問答 | ||
| なぜ正法を捨てるようになるのか | 第2問答 | 第3問答 | |
| 悪比丘について、それが仏弟子か否か | 第3問答 | ||
| 謗法は相似の法によるか否か | 第4問答 | ||
| その文証 | 第5問答 | ||
| 誰が悪比丘か | 第6問答 | 第4問答 | |
| 法然こそ悪比丘である | 第7問答 | 第4問答 | |
| 選択集の前にも災難があったかいなか | 第8問答 | 第1問答 | |
| それらは選択集の責任であるかどうか | 第9問答 | 第2問答 | |
| 仏法以前の災難は謗法のゆえか否か | 第10問答 | 第3問答 | |
| その文証について | 第11問答 | 第3問答 | |
| 法華経の行者が難にあうのは何故か | 第12問答 | 第5問答 | |
| 謗法者であっても難にあわない者がいる理由 | 第13問答 | 第4問答 | |
| 和漢の例を挙げて念仏亡国を示す | 第5問答 | ||
| 念仏禁止の勘状の奏否を明かす | 第6問答 | ||
| 災難を止める方法は謗法対治に尽きるのか | 第14問答 | 第7問答 | |
| 謗法対治は布施を止めることである | 第15問答 | 第8問答 | |
| 念仏者への布施を止めることは謗法ではないか | 第16問答 | 第8問答 | |
| 念仏僧の弾劾は罪ではないか | 第17問答 | 第9問答 | |
| 正法に帰して立正安国を論ず | 第9問答 | ||
| 決意の表明 | 第10問 |
災難興起由来 (御書全集に収録されていないため、全文を記載しておく)
答えて曰く、爾なり。謂く、夏の桀・殷の紂・周の幽等の世是れなり。
難じて云く、彼の時、仏法無し。故に亦、謗法の者無し。何に依るが故に国を亡ぼすや。
答えて曰く、黄帝・孔子等、治国の作方は五常を以ってす。愚王有って、礼教を破る故に災難出来するなり。
難じて云く、若し爾らば、今の世の災難、五常を破るに依らば、何ぞ選択流布の失と云わんや。
答えて曰く、仏法末だ漢土に渡らざる前には黄帝等、五常を以って国を治む。其の五常は仏法渡って後に之を見れ
ば、即ち五戒なり。老子・孔子等も亦、仏遠く未来を鑑み、国土に和し、仏法を信ぜしめんが為に遣わすところの三
聖なり。夏の桀・殷の紂・周の幽等、五常を破って国を亡ぼすは、即ち、五戒を破るに当たるなり。亦、人身を受け
て国主と成るは、必ず五戒十善に依る。外典は浅深の故に過去の修因・未来の得果を論ぜずと雖も、五戒十善を持っ
て国主と成る。故に人五常を破ること有らば、上天変の頻に顕れ、下地妖、間に侵す者なり。故に今の世の変災も亦
、国中の上下万人、多分に選択集を信ずる故なり。弥陀仏より外の他仏他経に於いて拝信を致す者に於いては、面を
背けて礼儀を致さず、言を吐いて随喜の心無し。故に国土人民に於いて殊に礼儀を破り、道俗、禁戒を犯す、例せば
阮阮藉に習う者は礼儀を亡じ、元嵩に随う者は仏法を破るが如し。
問うて曰く、何を以って之を知る。仏法末だ漢土に渡らざる已前の五常は仏教の中の五戒たること如何。
答えて曰く、金光明経に云く「一切世間の所有の善論は皆、此の経に因る」、法華経に云く「若し俗間の経書、治
世の語言、資生等を説くに、皆、正法に順ず」、普賢経に云く「正法をもって国を治め、人民を邪枉せず。是れを第
三の懺悔を修すと名づく」、涅槃経に云く「一切世間の外道の経書、皆是れ仏説にして外道の説に非ず」、止観に云
く「若し深く世法を識るは即ち是れ仏法なり」、弘決に云く「礼楽先に駈せて真道後に啓く」、広釈に云く「仏、三
人を遣わして且く真旦を化す。五常以って五戒の方を開く。昔、大宰、孔子に問うて云く『三皇五帝は是れ聖人なる
か』、孔子答えて云く『聖人に非ず』、又問う『夫子は是れ聖人なるか』、亦答う『非なり』、亦問う『若し爾らば
誰か是れ聖人はる』、答えて云く『吾聞く、西方に聖有り、釈迦と号す』」、周書異なる記に云く「周の昭王二十四
年甲寅の歳四月八日、江河泉池、忽然として浮張し、井水並びに皆、溢れ出づ。宮殿人舎山川大地、みな悉く震動す
。其の夜、五色の光気有り、入って太微を貫き、四方に遍じて、昼、青江色と作る。昭王、大師蘇由に問うて曰く『
是れ何の怪ぞや』、蘇由対えて曰く『大聖人有り、西方に生まる。故に此の瑞を現ず』、昭王曰く『天下に於いて如
何』、蘇由曰く『即時に化無し。一千年の外、声教此の土に被及せん』、昭王即ち人をコウ門に遣わして、石に之を
記して埋めて西郊天祠の前に在く。穆王五十二年壬申の歳二月十五日平旦に暴風忽ちに起こって人舎を発損し、樹木
を傷折し、山川大地、皆悉く震動す。午後、天陰り雲黒し。西方に白虹十二道あり。南北に通過して連夜滅せず。穆
王大史扈多に問う『是れ何の徴ぞや』対へて曰『西方に聖人有り。滅度の衰相現るのみ』」已上。
今、之を勘うるに、金光明経に「一切世間の所有の善論は皆、此の経に因ると。仏法末だ漢土に渡らざれば、先づ
黄帝等、玄女の五常を習う。即ち玄女の五常に久遠の仏教を習い、黄帝に国を治めしむ。機末だ熟さざれば五戒を説
くも過去未来を知らず。但、現在に国を治め至孝至忠をもって身を立つる計りなり。余の経文、以って亦是くの如し
。亦、周書異記等は仏法末だ真旦に被らざる已前一千余年に、人、西方に仏あること之を知る。何に況んや老子は殷
の時に生まれ、周の列王の時に有り。孔子、亦、老子の弟子、顔回、亦、孔子の弟子なり。豈周の第四の昭王・第五
の穆王の時、蘇由・扈多記するところの「一千年の外、声教此の土に被及せん」文をしらざらんや。亦、内典を以っ
て之を勘うるに、仏慥に之を記したもう。「我、三聖を遣わして彼の真旦を化す」と。仏、漢土に仏法を弘めんが為
に先に三菩薩を漢土に遣わし、諸人に五常を教え仏教の初門となす。此等の文を以って之を勘うるに、仏法已前の五
常は仏教の内の五戒なることを知る。
疑うて云く、若し爾らば、何ぞ選沢集を信ずる謗法の者の中に此の難に値わざる者之有るや。
答えて曰く、業力不定なり。現世に謗法を作し、今世に報いる者有り。即ち、法華経に云く「此の人、現世に白癩
の病乃至諸の悪重病を得ん」、仁王経に云く「人、仏教を壊らば、復孝子無く、六親不和にして天神祐けず、疾疫悪
鬼、日に来たって侵害し、災怪首尾せん」、涅槃経に云く「若し是の経典を信ぜざる者あらば○若しは臨終の時、荒
乱し、刀兵競い起こり、帝王の暴虐・怨家の讎隙に侵逼せられん」已上。順現業なり。法華経に云く「若し人信ぜず
して此の経を毀謗せば○其の人命終して阿鼻獄に入らん」、仁王経に云く「人、仏教を壊らば○死して地獄・餓鬼・
畜生に入らん」已上。順次生業なり。順後業等を略す。
疑って云く、若し爾らば、法華・真言等の諸大乗経を信ずる者、何ぞ此の難に値うや。
答て曰く、金光明経に云く「枉げて辜無きに及ばん」、法華経に云く「横まに其の殃に羅る」等云云。止観に云く
「似解の位は因の疾少軽にして道心転熟すれども、果の疾猶お重くして衆災を免れず」、記に云く「若し過現の縁浅
ければ微苦も亦徴無し」已上。此れ等の文を以て之を案ずるに、法華・真言等を行ずる者も、末だ位深からず、縁浅
くして、口に誦うれども其の義を知らず、一向に名利の為に之を読む。先生の謗法の罪、末だ尽きず。外に法華等を
行じて内に選沢の意を存す。心に存せずと雖も世情に叶はん為に在俗に向かって法華経は末代に叶ひ難き由を称すれ
ば、此の災難免れ難きか。
問うて曰く、何なる秘術を以って速やかに此の災難を留む可きや。
答えて曰く、還って謗法の書並びに所学人を治す可し。若し爾らざれば、無尽の祈請ありと雖も、但、費えのみ有
りて験無からんか。
問うて曰く、如何が対治すべき。
答えて曰く、治方、亦、経に之有り。涅槃経に云く「仏、言く『唯一人を除いて、余の一切に施せ○正法を誹謗し
て是の重業を造る。○唯此くの如き一闡提の輩を除いて其の余の者に施さば、一切讃歎すべし』」已上。此の文より
外にも亦、治方有り。具に載するに暇あらず。而るに当世の道俗、多く謗法の一闡提の人に帰して讃歎供養を加ふる
間、偶謗法の語を学ばざる者をば、還って謗法の者と称して怨敵を作す。諸人、此の由を知らざる故に正法の者を還
って謗法の者と謂えり。此れ偏に法華経勧持品に記するところの「悪世の中の比丘は、邪智にして心諂曲に○好んで
我等が過を出さん○国王大臣婆羅門居士に向かって○誹謗して我が悪を説いて是れ邪見の人、外道の論議を説くと謂
わん」の文の如し。仏の讃歎するところの世中の福田を捨てて、誡むるところの一闡提に於いて讃歎供養を加う故に
、弥貪欲の心盛んに、謗法の音天下に満てり。豈に災難起らざらんや。
問うて曰く、謗法者に於いて供養を留め苦治を加うるに罪ありやいなや。
答えて曰く、涅槃経に云く「今、無上の正法を以って諸王・大臣・宰相・比丘・比丘尼に付属す〇正法を毀る者は
王者・大臣・四部の衆、応当に苦治すべし○尚お罪あること無し」已上。一切衆生、螻蟻蚊虻に至るまで必ず小善有
り。謗法の人に小善なし。故に施を留めて苦治を加うるなり。
問えて曰く、汝、僧形を以って比丘の失を顕すは、豈不謗四衆と不謗三宝の二重の戒を破らざるに非ずや。
答て曰く 守涅槃経に云う。「若し善比丘あって法を壊る者を見て置いて呵責し駈遣し挙処せずんば、当に知るべ
し
、是の人は仏法の中の怨なり。若し能く駈遣し呵責し挙処せば、是れ我が弟子、真の声聞なり」の文を守って記す。
若し此の記、自然に国土に流布せしむる時、一度、高覧を経ん人、必ず此の旨を存ずべきか。若し爾らざれば、大集
並びに仁王経の「若し国王有って我が法の滅せんを見て捨てて擁護せざれば○其の国の内に三種の不祥を出さん。乃
至命終して大地獄に生ぜん。若し王の福尽きん時○七難必ず起こらん」の責めを免れ難きか。此の文の如くんば、且
つ万事を閣いて、先づ此の災難の起由を慥かむべきか。若し爾らざれば、仁王経の「国土乱れん時は先ず鬼神乱る、
鬼神乱るるが故に万民乱る」の文を見よ。当時、鬼神の乱れ、万民の乱れあり。亦、当に国土乱るべし。愚勘、是く
の如し。取捨、人の意に任す。
正元二年太歳庚申二月上旬之を勘う。
なお、前年に御執筆の守護国家論については、大部が御書全集でであるため、個々には比較しないが、同書に次のように示されている大要によって本抄等との関係を知っておきたい。
「分ちて七門と為す、一には如来の経教に於て権実二教を定むることを明し、二には正像末の興廃を明し、三には選択集の謗法の縁起を明し、四には謗法の者を対治すべき証文を出すことを明し、五には善知識並に真実の法には値い難きことを明し、六には法華涅槃に依る行者の用心を明し、七には問に随つて答うることを明す。」(0037-07)
このうち、法然の選択集が謗法の根源である理由を明らかにされる第三門、謗法対治こそ仏弟子の義務であることを示される第四門は、本抄等にも述べられているが、釈尊が権教と実教を区別したことを明らかにされる第一門、末法は実教流布の時代であることを明かされた第二門、法華経こそが真実の法であることを示される第五門、日本は法華有縁の国であり法華経の行者の住む所こそ真実の浄土であることを明かされる第六門、質疑応答によって諸宗からさまざまな疑難を破られて正法への信を勧められている第七問は、本抄や災難興起由来、立正安国論には述べられていない個所である。これは直接に国主を諌暁する書としてではなく、法理を立て、文証を整えることを主眼にされたためと考えられる。この守護国家論を基礎にして、諸宗の僧からの反論を前提として内容を抽出して著されたのが本抄や災難興起由来であり、これに対し、時の権力者である北条時頼への諫暁書として認められたのが立正安国論ということになると思われる。
そして同書を著された元意を「予此の事を歎く間・一巻の書を造つて選択集謗法の縁起を顕わし名づけて守護国家論と号す」(0037-04)と、まさしく選択集破折の書であるとを明記されている。「此の事」とは、選択集の謗法の根源をあらわしたものがないため、悪法を増長ささていることである。
第一章 0036:01~0036:04 三悪道に堕ちる諸因を明かすtop
| 0036 守護国家論 正元元年 三十八歳御作 01 夫れ以んみれば偶十方微塵の三悪の身を脱れて 希に閻浮日本の爪上の生を受け 亦閻浮日域・爪上の生を捨て 02 て十方微塵・三悪の身を受けんこと疑い無き者なり、 然るに生を捨てて悪趣に堕つるの縁・一に非ず或は妻子眷属 03 の哀憐に依り 或は殺生悪逆の重業に依り 或は国主と成つて民衆の歎きを知らざるに依り 或は法の邪正を知らざ 04 るに依り或は悪師を信ずるに依る、 -----― そもそも考えてみると、たまたま十方微塵の三悪をまぬかれて、たまに閻浮提・日本の爪上の生を受け、また閻浮提・日域の爪上を捨てて、十方微塵の三悪の身を受けることは疑いないのである。 しかるに、生を捨てて悪趣に堕ちる縁は一つではない。妻子・眷属の哀憐によって、あるいは殺生・悪逆の重業によって、あるいは国主と成って民衆の嘆きを知らないことによって、あるいは仏法の邪正を知らないことによって、あるいは悪師を信ずることによってである。 |
十方微塵
十方とは、上下の二方と東西南北の四方と北東・北西・南東・南西の四維を加えた十方のこと。微塵は微細な塵のことで、転じて数量の多いこと。合わせて十方の粉々にした塵の数。無数・無量の義。
―――
三悪の身
三悪は三悪道のことで地獄・餓鬼・畜生。悪業の報いによって導かれる三種の苦悩の世界、身体、肉体。
―――
閻浮日本
閻浮は一閻浮提のこと。全世界を意味する。南閻浮提ともいう。全世界の中の日本の意。
―――
爪上の生
ガンジス河の砂に対して、爪の上に乗るほどの土をいう。人間として生を受けることは稀であり、仏法に巡り合うこととむずかしさ、等にたとえる。
―――
日域
日本のこと。
―――
悪趣
趣とは境界の意で、十悪・五逆・謗法の悪業を犯した衆生が落ちる苦悩の境界をいう。地獄・餓鬼・畜生・修羅の四悪道を四悪趣という。地獄とは苦しみ、餓鬼は食物はじめいっさいの物について、求めて得られない状態、畜生は弱い者には威張るが、強い者には媚びて恐々としている状態、修羅は争いに明け、争いに暮れる状態である。日寛上人の分段には「これはこれ四悪趣なり、『生死の河に堕ち』とは上の六凡をもって通じて生死となし四聖をもって用いて涅槃となすなり、性抄に『分明ならざるに似たり』と云云」とある。
―――
縁
①因を助けて果を生じさせる間接的要因。②心識の外境に対する働き。③ゆかり。
―――
眷属
①仏・菩薩などの脇士や従う人。②一族・親族。③従者・家来。
―――
哀憐
哀しみ憐れむこと。
―――
殺生
生きものを殺すこと。十悪の第一。四重禁の一つ。仏法では最も重い罪業の一つとし、五戒・八戒・十戒等の一つに不殺生戒を挙げている。
―――
悪逆
道理に逆らう悪事。正法への反逆。十悪・五逆罪を犯すこと。
―――
重業
重い罪業。正法誹謗の罪。
―――
国主
一国の主君。国王。天子。権力者。
―――
民衆
世間一般の人々。庶民。大衆。
―――
法の邪正
法は梵語ダルマ(dhárma)の漢訳で、法則・真理、教法・説法、存在などをいう。この法の邪なるものと正しいもの。
―――
悪師
悪法・悪教を教える師のこと。
―――――――――
第一章は、序論の冒頭部分である。
序論では日蓮大聖人が何ゆえにこの守護国家論を著述するに至ったかという理由と背景とが明らかにされているのである。
一切衆生のなかで三悪趣に堕ちる者は十方世界の微塵のように多いのに対して、人間としての身を受け、しかも一閻浮提の内の日本国に生を受けることができる者は爪の上の土のようにごくわずかである。
だが、たまたま日本国に人間として生を受けることができても、さまざまな悪縁に紛動されて、来世には再び三悪趣に堕ちる者がいることは疑いない。と述べられている。
そして、そうした悪縁は世間・出世間にわたることを、代表的な例を挙げることによって示されている。
ちなみに、ここで挙げられている。
世間の悪縁とは、
妻子眷属を憐れむという縁
殺生や悪逆などの悪業を積み重ねるという縁
国主となって民衆の嘆きを知らないという縁
出世間とは、
仏法の邪正を知らないという縁
仏法上の悪師を信ずるという縁
である。
十方微塵の三悪の身と爪上の土
仏教においては一切衆生の在り方を、迷いの凡夫と聖者の二つに大きく分けている。そのうち、凡夫というのは地獄界・餓鬼界・畜生界・修羅界・人界・天界の六道を輪廻する生存の在り方をいう。
そして、六道輪廻の在り方そのものを「苦」と捉えるとともに、その因縁を「煩悩」と「業」に置くのである。
こうして、煩悩と業とが「因」となってその「果報」として次の世に六道のいずれかの界に生じ、それぞれの界でまた煩悩と業とを積み重ねることによって、更に次の世に六道のいずれかの界の生存を受け、というように下は地獄界から上は天界までの六道を巡って、とどまるところを知らない。というのが六道輪廻ということである。
ここで、大聖人は、その六道のなかでも、とくに三悪趣の地獄界・餓鬼界・畜生界と人界とを区分して修羅界述べられている。
一切衆生のなかで三悪趣の身を受けるものは、“十方微塵”の土にたとえられるほどの無数であるのに対し、人界の生を受けることは“爪上”の土にたとえられるほど希でわずかであるとされている。
仏法では同じ六道輪廻のなかでも、人界に生を受けることは「有り難き」ことであるとする。
ただし、だからといって、人間に生を受けること自体を究極的に尊いとするような人間中心主義的な思想ではことに注意したい。そのことは人界があくまでも六道輪廻の迷いの存在のなかに置かれていることからも明らかであろう。
また、六道と聖者を合した十界のまんなかではちょうど真ん中の五番目に位置していることにも、重要な意味がある。
つまり、人界は中間的で不安定な存在であることを示しており、堕落すれば、修羅界、畜生界、餓鬼界はおろか地獄界にも落ちてしまうのであり、逆に上昇すれば菩薩にも仏にも成りうる可能性を持っている。ということである。
このような何にでも成りうる可能性こそが人界の特徴である。六道の他の界も、法華経の十界互具・一念三千の法理によれば、可変性をもっていることになるが、それは理論上であって、現実的には、自ら求同心を起こし、仏道を修する可能性はない。
したがって、人界の生をうけたことを希であるとして“有り難い”こととするのは、あくまでも迷いの生存から脱出して菩薩や仏といった聖者の悟りの生存へと自らを上昇させることのできる可能性を得たということに対して言われているのであって、人間存在そのものに他に優れた価値があることではないことに留意しておきたい。
後年、大聖人が崇峻天皇御書で「人身は受けがたし爪の上の土・人身は持ちがたし草の上の露、百二十まで持ちて名を・くたして死せんよりは生きて一日なりとも 名をあげん事こそ大切なれ」(1173-13)と四条金吾に諭されるのも、以上のような仏教の考え方を前提とされていることはいうまでもない。
閻浮日本の爪上の生、閻浮日域・爪上の生
人界の生を受けることが“爪上”の土ほどわずかで希であるというのは前述のとおりである。だが、ここでは「閻浮日本」「閻浮日域」とあるように、一閻浮提の内の日本に生まれていることをも“爪上”の土にたとえられている。ここには日本という国に対する大聖人の独特の考え方が示されるといってよいであろう。
まず、閻浮というのは南閻浮提のことである。古代インドの世界観では世界の中央にある須弥山の南側に位置する閻浮提洲のことで、本来はインド亜大陸をさしていたが、今日では転じて人間の住む全世界を意味している。
閻浮日本や閻浮日域というのは、閻浮提の中の日本、日域という意味である。
ところで、大聖人がこのように日本に生を受けたことを重視されたのは、あくまで法華経の広宣流布ということと関連しているとはいうまでもない。
ほぼ同時期の著作とされる一代聖教大意では、法華翻経の後記の文を引用され、須利耶蘇摩が法華経を羅什に授けて、東北の有縁の国に流布せよと命じたことを記されている。
そして、その東北の有縁の国について大聖人は「天竺よりは此の日本は東北の州なり」(0399-15)と断定されている。
更に恵心の一乗要決の「日本一州・円機純熟・朝野遠近・同じく一乗に帰し緇素貴賤悉く成仏を期す」との文をも引用され裏づけられている。
要するに、日本は一乗法華経に有縁の国であり、法華経が流布すべき国であるという古来からの伝承があり、これに基づいて大聖人は、日本に生を受けることを、一閻浮提の中でもとくに重視した言い方をされているのであって、政治的なナショナリズムや民族主義的な観念からでは全くないのである。
或は妻子眷属の哀憐に依り或は殺生悪逆の重業に依り或は国主と成つて民衆の歎きを知らざるに依り或は法の邪正を知らざるに依り或は悪師を信ずるに依る
せっかく法華経流布の国・日本に人間として生を受けても、人界の生を本当に意味あらしめて、より高い菩薩・仏の境地へと上昇することを怠ったりして、人生を無為にすごしてしまうと、たちまち三悪道へと再び堕落し舞い戻ってしまう。
その際、再び三悪道へと逆戻りされる縁について、ここでは、世間的な縁に三つ、出世間の縁に二つの縁を挙げられている。
初めに、世間的な縁であるが、これには、
①妻子眷属の哀憐
②殺生悪逆の重業
③国主と成つて民衆の歎きに無知
の三つが挙げられている。
①妻子眷属の哀憐は、これは自分の妻や子供や一族を思い憐れむあまり、悪業を犯すことである。
②殺生悪逆の重業は、自分の思うとおりにならないものを憎み恨むことで犯す悪事のことである。
③国主と成つて民衆の歎きに無知は、権力の座にありながら民の嘆きを知らなかった罪であるが、ここには権力者たるものは、民衆の苦を除き幸せにする大きな責任を担っているとの見方が拝される。
次に、出世間の縁としては
④仏法の正邪を知らなかった罪
⑤仏法上の悪師を信じてしまった罪
の二つが挙げられている。
なお、この出世間上の二縁については、その具体的な内容については以後の主題になっているので、詳細な講義はここでは省略する。
第二章 0036:04~0036:11 仏法の中に悪縁有るを示すtop
| 04 此の中に於ても世間の善悪は眼前に在り 愚人も之を弁うべし仏法の邪正・師 05 の善悪に於ては証果の聖人・尚之を知らず況や末代の凡夫に於ておや。 -----― このなかにおいても、世間の善悪は身近にみられ、愚人もこれを見分けることができる。仏法の邪正と師の善悪においては、証果の聖人でも、なおこれを知らない。まして末法の凡夫においては、なおさらである。 -----― 06 しかのみならず仏日・西山に隠れ余光・東域を照してより已来・四依の慧灯は日に減じ三蔵の法流は月に濁る実 07 教に迷える論師は 真理の月に雲を副え権経に執する訳者は 実経の珠を砕きて権経の石と成す、 何に況や震旦の 08 人師の宗義其の誤り無からんや 何に況や日本辺土の末学誤りは多く実は少き者か、 随つて其の教を学する人数は 09 竜鱗よりも多く得道の者は麟角よりも希なり、 或は権教に依るが故に 或は時機不相応の教に依るが故に或は凡聖 10 の教を弁えざるが故に 或は権実二教を弁えざるが故に或は権教を実教と謂うに依るが故に 或は位の高下を知らざ 11 るが故に、凡夫の習い仏法に就て生死の業を増すこと其の縁・一に非ず。 -----― それだけではなく、仏の太陽は西山に隠れ、余光が東域を照らして以来、四依の論師の智慧の灯火は日々に減じ、三蔵の法師の流れは月々に濁ってきた。実教に迷っている論師は真理の月に雲を覆い、権教に執着する訳者は実教の珠を砕いて権教の石とした。 まして中国の人師の宗旨の教義に誤りがないわけではない。まして日本・辺土の末学に誤りは多く真実は少ないであろう。したがって、その教えを学ぶ人数は竜の鱗よりも多く、得道する者は麒麟の雌の角よりも希である。 それは権教による故であり、あるいは時機不相応の教えによる故であり、あるいは凡夫と聖者の教えを弁えないゆえであり、あるいは権教と実教の二教を弁えない故であり、あるいは権教を実教という故であり、あるいは教法が救える衆生の位の高下を知らない故である。凡夫の習性として、仏法について生死流転の業を増すこと、その縁は一つではない。 |
世間の善悪
世間法上の善と悪。「世間」には、以下の意味がある。①世の中・世俗のこと。世は隔別・還流の義、間は内部にあるもの、間隔の義。世の中すべての事物・事象をさす。②六道の迷界。出世間に対する語。③差別の意。三世間・有情世間・器世間。
―――
愚人
仏法に無知な人。正法を知らない人。
―――
仏法の邪正
仏の教法における邪なことと正しいこと。
―――
師の善悪
師匠における善師と悪師。
―――
証果の聖人
証果は修行の因によって証得する悟りの果。また、煩悩・無明を離れて証果を得ることをいう。聖人は世間・出世間ともに通ずる語で、智慧が広大無辺で徳のすぐれた者のうち、賢人よりも優れた者。悟りを得た者を意味し、正しく法を弘める人のことをいう。
―――
末代の凡夫
末代とは末の時代。政治・道徳などが衰えた時代。仏法では末法のことをいう。凡夫は凡庸の士夫の意で、仏法の道理を末だ理解せずに迷っている人。(注末法の凡夫僧という意味ではない)
―――
仏日
仏がよく衆生の闇をはらうゆえに、日にたとえている。神力品には「日月の光明の能く諸の幽冥を除くが如く斯の人世間に行じて能く衆生の闇を滅す」とある。日は照明をもってその用としている。経文は明々たること、あたかも日天のごときゆえに、経文明々たるを借りて、機を照らし国を照らすのである。
―――
西山に隠れ
仏を太陽にたとえ、仏の入滅を「西山に隠れ」と表現したもの。西山とはインドをさしていう。
―――
余光
暮れ残ってなおある光。
―――
東域
仏教発祥の地、インドから見て東方。日本をいう。
―――
四依の慧灯
釈尊滅後に出現した人々のよりどころとする四種の菩薩。多説あるが竜樹・天親・天台・伝教をいう場合が多い。
―――
三蔵の法流
三蔵には三義がある。①仏教聖典を経・律・論の三種に分類した総称。②仏教に通達した法師・翻訳者。③声聞・縁覚・菩薩蔵のこと。「三蔵の法流」という場合は②。仏法を伝持して絶やさないことを水の流れにたとえ、法流という。
―――
実教
真実の法・教えのこと。仏が自らの悟りをそのまま説いた経。権教に対する語で、法華経をさす。
―――
論師
阿毘曇師ともいう。三蔵のうちの論蔵に通じている人をいったが、論議をよくする人、論をつくって仏法を宣揚したひとをいう。
―――
真理の月
真理をあらわした実教を月にたとえた言葉。
―――
権経
実教に対する語。権とは「かり」の意で、法華経に対して釈尊一代説法のうちの四十余年の経教を権経という。これらの経はぜんぶ衆生の機根に合わせて説かれた方便の教えで、法華経を説くための〝かりの教え〟であり、いまだ真実の教えではないからである。念仏の依経である阿弥陀経等は、この権経に属する。
―――
訳者
仏教を翻訳した人。
―――
実経
真実の法・教えのこと。仏が自らの悟りをそのまま説いた経。権教に対する語で、法華経をさす。
―――
震旦
一説には、中国の秦朝の威勢が外国にまでひびいたので、その名がインドに伝わり、チーナ・スターナ(Cīnasthāna、秦の土地の意)と呼んだのに由来するとされ、この音写が「支那」であるという。また、玄奘の大唐西域記には「日は東隅に出ず、その色は丹のごとし、ゆえに震丹という」とある。震旦の旦は明け方の意で、震丹の丹は赤色のこと。インドから見れば中国は「日出ずる処」の地である。
―――
人師
人々を教導する人。一般に竜樹・天親等を論師といったのに対し、天台・伝教を人師という。
―――
宗義
一宗における根本的な趣旨・教理・経説。
―――
辺土
片田舎、①仏教発祥の地インドから遠く離れた日本のこと。②日蓮大聖人御生誕の地が日本の中心地である京都・鎌倉から遠く離れた地であること。
―――
末学
①未熟な学問・枝葉の学問②後学の学者・末弟のこと。
―――
竜鱗
①竜の鱗。②高低の順に歴然と数多く並んだものの譬え。③偉大な英雄の譬え。④松の老幹の譬え。⑤雪の輝き、水面の輝き、金銀など光り輝くものの形容。
―――
得道の者
仏道をおさめて悟りを開く意で成仏・涅槃に趣く者。
―――
麟角
キリンの角。極めてまれな物事のたとえに用いる。
―――
権教
実教に対する語。権とは「かり」の意で、法華経に対して釈尊一代説法のうちの四十余年の経教を権経という。これらの経はぜんぶ衆生の機根に合わせて説かれた方便の教えで、法華経を説くための〝かりの教え〟であり、いまだ真実の教えではないからである。念仏の依経である阿弥陀経等は、この権経に属する。
―――
時機不相応の教
法が説かれるべき時と、その説法を聞いて教化を受ける衆生の機根とが相応せず、食い違っている教え・成仏できない教え。
―――
凡聖の教
凡人と聖人の教え。
―――
権実二教
権教と実教の二教のこと。権は「かり」の意で方便をあらわし、実は「真実義」の意。機に応じて一時的に説く法を権とし、究極不変の真実の法を実という。
―――
位の高下
法華経の教主釈尊と、浄土、阿弥陀仏などの仏における上下。
―――
生死の業
衆生が三界六道の苦しみ・迷いの世界に、生まれては死に、死んでは生まれてくるというように輪廻を繰り返す業因。
―――――――――
三悪道に堕ちる縁はさまざまであるが、世間法上の縁は見分けやすいのに対し、出世間の悪縁は見抜くのが難しいことを説かれている。
すなわち世間的な悪縁は「世間の善悪は眼前に在り愚人も之を弁うべし」と仰せのように、日常、身近にぶつかることであり、どんなに愚かな人にも分かるが「仏法の邪正・師の善悪」といった出世間上の二縁については「証果の聖人」ですら知ることがむずかしく、ましてや末代の凡夫が識別することは不可能に近い、と仰せられている。
更に、仏法上の二縁を識別することの難しい理由が「しかのみならず仏日・西山に隠れ」以下の御文において説かれている。
すなわち、仏が入滅して以後、仏教が中国に渡ってくるなかで、インドの論師の掲げた智慧の光は次第に輝きを失い、また三蔵の法師の流れも濁ってきたとして、仏法についての論議のなかにも誤りが混入したし、経典の翻訳においても歪みが生じたことを挙げられている。
したがって、それらの経・論を基本に組み立てられた中国の人師の宗義は、誤謬が多く仏の真意を得ていないのは当然である。
そのような誤謬の多い教えを学ぶわけであるから、学ぶ者は竜の鱗よりも多くとも、得道する者は麒麟の角を得る以上に,わずかであると仰せられている。
次いで、以上の結論として、仏法を学びながら逆に三悪道に堕ちる原因となる業を積み重ねる理由として6つを挙げておられる。すなわち、
①権教を依りどころとする故
②時代と機根に相応しない教えを依りどころとする故
③凡夫の教えと聖者の教えを立て分けることができない故
④仏の教えのなかでも権教と実教との立て分けをしらない故
⑤権教を実教というによる故
⑥いかなる位の衆生を救う教えであるかをしらない故
の6つである。
仏法の邪正・師の善悪
世間法の二縁である。この守護国家論全体が、この二縁をめぐって展開されているのであるが、ここではあらあら二縁の意味する内容が説かれている。
最初の仏法の正邪については、実教の法華経を依りどころとしていくのが正法であるのに対して、方便権教に拠っていくのは邪法である。師の善悪、つまり、仏法上の師匠の善悪については、実教・法華経こそ根本であると教える師匠が善師であるのに対し、方便権教を法華経よりもすぐれているかのうに教える師匠は悪師となる。
つまり、仏法の正と邪、善師と悪師とを分ける基準はあくまでも、仏が定めた実教と権教の立て分けに基準して、その仏説どおりに説いているかどうかにあるのである。
仏日・西山に隠れ余光・東域を照してより已来・四依の慧灯は日に減じ三蔵の法流は月に濁る
仏教の歴史的推移が簡潔に示されているところである。
仏陀・釈尊に始まる仏法は、時代が下るにつれて、さまざまな歪みを生じ、清浄であった法の流れも混濁してきたことを述べられている。
「仏日・西山に隠れ」とは、仏陀・釈尊がインドに入滅したことを、太陽が西の山に沈んだことに譬えられている。
「余光・東域を照らし」とは、太陽が隠れてなお残っている光、すなわち仏の入滅後も仏教が東域を照らしていたことをさしている。
しかしその過程は、「四依の慧灯は日に減じ」とあるように、四依(竜樹・天親・天台・伝教)、すなわち四種にわたって人々の依りどころとなる菩薩たちの智慧の灯火は次第に弱くなり、「三蔵の法流(仏法翻訳者の伝持の法)は月に濁」っていったのである。
実教に迷える論師は真理の月に雲を副え権経に執する訳者は実経の珠を砕きて権経の石と成す
前分の内容を具体的に説かれているところである。前分を総論とすれば、ここは各論ということができよう。
“論師”とは経に精通するとともに論を作って仏法を宣・弘通した菩薩で、竜樹・天親・世親などがその代表れあるが、ここでは「実教に迷える論師」とおおせのように、竜樹・天親らの正師ではなく、仏の実教が法華経であることを知らない他の論師たちが己義を混入したことをいわれている。
実教に迷える論師が「真理の月に雲を副え」とあるのは、彼らが己義を立てることによって、仏の真意を分かりにくくしてきたことをいわれている。これは、前分の「四依の慧灯は日に減じ」ということを具体的に述べられたものということができる。
すなわち、インドの四依の論師たちの智慧の力によって(現代語訳では インドや中国・日本の四依の論師)明かされたものも、その後は、光を減じ、実経に迷った論師たちが真理の月に雲をそえてしまったというのである。
更に「権経に執する訳者は」の前の権経に執する文は前の「三蔵の法流は月に濁る」ということにつながっており、インドの梵語から中国の漢語に経・律・論が翻訳されたのであるが、訳経僧たちが権経に執着している場合、実教・法華経の真理の珠をおとしめて、非真理の石と同列にしてしまったのであると仰せられている。
震旦の人師の宗義其の誤り無からんや何に況や日本辺土の末学誤りは多く実は少き者か
このようにして、己義の混入した論や歪めて訳された経をもとにして作られたのが中国の各宗の宗義である。
したがって中国で立てられた宗派の根本的な趣旨・教説が多くの誤りを含んでいることは避けがたいと仰せられている。
ましてや中国よりさらに辺土の日本の末学が、誤りが多く、正しい義はすくないのは当然である。したがって、こうした各宗の教えを学ぶ人はいかに数が多くても、得道に到りうる人は実際にありえない。と結論されている。
或は権教に依るが故に或は時機不相応の教に依るが故に或は凡聖の教を弁えざるが故に或は権実二教を弁えざるが故に或は権教を実教と謂うに依るが故に或は位の高下を知らざるが故に、凡夫の習い仏法に就て生死の業を増すこと其の縁・一に非ず
各宗の教えによって得道することができないばかりか、むしろ逆に、仏法を修行したために「生死の業を増す」ことになるとして、その悪因たる誤りを挙げられている。生死の業とは六道を生死生死と繰り返す原因となる行為ということで、苦しみに陥る悪業の意である。
つまり、せっかく六道を越えようとして仏法を学修しながら、誤って学び修行しているために、かえって六道輪廻の原因を作ってしまっているのが凡夫というものの愚かしさである。と仰せなのである。
ここに日蓮大聖人の仏法の正邪・修行の正誤の厳しさに対する明確な視点があるといってよい。
通常、六道を生死生死と輪廻する苦しみを乗り越えるには仏教を修行すればよい、そのさい、仏教ならどんな宗派でもよい、というのが一般の考えである。
しかし、大聖人はこの一般の“常識”、古来からある日本独特の“何でもよい”式の宗教観に鉄槌を加えられたのである。そしてこの視点こそが、大聖人が生涯を通じて訴え続けられたものであるといってよい。
ここで「或は権教に依るが故に或は時機不相応の教に依るが故に」と、仏法を修学して逆に六道輪廻の原因となる事例を六点にわたって述べられている。
第一は、「権経に依る」すなわち仏法といっても方便・権教を依りどころとしていては成仏できないのみか、かえって悪道に堕ちる因となってしまう。
第二は、「時機不相応の教に依る」と、教法によってそれが広まる時と衆生の機があり、それにふさわしくない教えを修行しても、かえって悪道の因となるのである。
第三は、「凡聖を弁えざるが故に」と、これには二通の解釈がある。
①仏の教えのなかでも、九界の域を出ない方便の教えか、成仏のための真実の教えかを弁えられないということである。
②末だ悟りに到達していない凡師の教えであるか、既に悟りに到達した聖師の教えかを弁えられないということである。
前者は、次の「権実二教を弁えざる故に」と重なるから、ここは後者の意と取るのが妥当と考えられる。
第四は、「権実二教を弁えざる故に」と、つまり仏は権実二教の立て分けを示しているのであるが、そうした弁別ができない故である。
第五は、「権教を実教と謂うに依るが故に」と、つまり第四の理由から派生するものであるが、方便・権教を実教すなわち、仏の真実の教えであると思い込んでしまう故である。
第六は「位の高下を知らざるが故に」と、ここでの「位」とは、その教法がいかなる位の衆生を救うことができるか、である。
後に述べるように、法然は、法華経は高い位の衆生のための教えであり、低い位の凡夫には適さないとし、念仏こそ位の低い凡夫のための教えであると主張した。しかし、いかなる低下の凡夫をも救う「皆成仏道」の教えが法華経であり、この「位の高下」を知らざる故に、念仏は悪道に堕ちる邪法となるのである。
以上、六点にわたって仏法における六道輪廻の縁を述べられているが、結局は権教と実教の立て分けを知らないためにこれを混同していること、言い換えれば仏法上の正邪と師匠の善悪という、人・法の二点に尽きるといっても過言ではないのである。
第三章 0036:12~0036:15 選択集の謗法を示すtop
| 12 中昔・邪智の上人有つて 末代の愚人の為に一切の宗義を破して選択集一巻を造る、 名を鸞・綽・導の三師に 13 仮つて一代を二門に分ち実経を録して 権経に入れ法華真言の直道を閉じて浄土三部の隘路を開く、 亦浄土三部の 14 義にも順ぜずして権実の謗法を成し 永く四聖の種を断じて阿鼻の底に沈む可き僻見なり、 而るに世人之に順うこ 15 と譬えば大風の小樹の枝を吹くが如く門弟此の人を重んずること天衆の帝釈を敬うに似たり。 -----― なかば昔、邪智の上人がいて、末代の愚人のために一切の宗の教義を破して選択集一巻をつくった。 この書は曇鸞・道綽・善導の三師に借りて、一代聖教を二門に分け、実経を記して権経に入れ、法華・真言の直道を閉じて、浄土三部の道を開いた。 しかしまた、浄土三部経の本義にも従わないで、権経・実教ともに背く謗法をなし、永く四聖の種を断じて阿鼻地獄の底に沈むべき誤った見解である。 ところが、世の人々がこれに従うことは、たとえば大風が小樹の枝を吹きなびかすようであり、門弟がこの人を重んずることは、もろもろの天人が帝釈天を敬うのに似ている。 |
中昔
なかば昔。上古と近古の中間。
―――
邪智の上人
邪智はよこしまな智慧のこと、悪知識。上人は上徳のある人の意。智慧があり徳のすぐれた僧侶。
―――
選択集
法然の代表的著作で、選択本願念仏集という。当時、公卿の有力者であった九条兼実の依頼によって建久9年(1198)選述し、浄土宗の教義を十六章に分けて明かしている。その内容は、念仏以外の一代仏教を捨閉閣抛せよという破仏法の邪義で、当時においてすら並榎の定照から「弾選択」、栂尾の明慧から「墔邪輪」「荘厳記」をもって破折されている。
―――
鸞・綽・導の三師
中国・浄土教の祖師である三人。①鸞・曇鸞法師・(0476~0542)中国念仏の開祖で、菩提瑠支から観無量寿経を授けられ、もっぱら念仏の修行を積んだ。並州の大寺、石壁の玄中寺等に住し、のちに平州の途山寺で、76歳で死んだ。浄土宗では七祖のうちの第三祖としている。「讃阿弥陀仏偈」などを著した。難行道うんぬんの文は「往生論註」の最初の文で、念仏を易行道、すなわち「修行し易き道」として薦め、他の権大乗教を「修行し難き道」と悪口し、排斥している。②綽・道綽禅師・(0562~0645)浄土宗七祖の第四祖。中国唐代の僧で、14歳で出家し、讃禅師に師事して空理を修したが、のち涅槃宗を捨てて浄土門にきえした。貞観2年(0645)84歳で死去した。著書に「安楽集」があり、今日、浄土真宗で読まれている。聖道門を「千中無一」「未有一人得者」として、釈迦一代仏教を誹謗した。③導・善導和尚・(0613~0681)。中国唐時代の浄土宗の僧。幼くして出家し、太宗の貞観年中に道綽の門に入り観経を信仰しはじめ、以後、人々に称名念仏を勧めた。浄土の法門を演説すること30年、ついに寺前の柳に登り自ら身を投じて、極楽往生を示そうとしたが、地面に落ちて腰を打ち、十四日間苦しんで死んだという。著書に「観無量寿経疏」、「往生礼讃」、「般舟讃」、「観念法門」等がり、その後の浄土教に大きな影響を与えた。
―――
一代
釈尊一代50年の聖教のこと。
―――
二門
いろいろの立てわけがあるが、守護国家論では、聖道門と浄土門をいう。
―――
法華真言の直道
法華経こそ成仏に至る直道であるということ。真言は仏の真実の言葉。
―――
浄土三部
念仏宗が依経としている三部の経典。無量寿経2巻・観無量寿経1巻・阿弥陀経1巻をいう。
―――
隘路
狭い道、険しい道。支障・困難なこと。
―――
権実の謗法
権教と実教をともに背くこと。守護国家論では念仏宗をさして権実の謗法といわれている。
―――
四聖の種
声聞・縁覚・菩薩・仏になる種子のこと。小乗は声聞・縁覚の二乗の悟りを教え、権大乗では菩薩の修行を教えた。法華経のみが仏になる道を説いたのである。仏教の修行によって得られる。それぞれの悟りの境涯である。
―――
阿鼻の底
阿鼻大城・阿鼻地獄・無間地獄のこと。阿鼻は梵語アヴィーチィ(Avici)の音写で無間と訳す。苦をうけること間断なきゆえに、この名がある。八大地獄の中で他の七つの地獄よりも千倍も苦しみが大きいといい、欲界の最も深い所にある大燋熱地獄の下にあって、縦広八万由旬、外に七重の鉄の城がある。余りにもこの地獄の苦が大きいので、この地獄の罪人は、大燋熱地獄の罪人を見ると他化自在天の楽しみの如しという。また猛烈な臭気に満ちており、それを嗅ぐと四天下・欲界・六天の転任は皆しぬであろうともいわれている。ただし、出山・没山という山が、この臭気をさえぎっているので、人間界には伝わってこないのである。また、もし仏が無間地獄の苦を具さに説かれると、それを聴く人は血を吐いて死ぬともいう。この地獄における寿命は一中劫で、五逆罪を犯した者が堕ちる。誹謗正法の者は、たとえ悔いても、それに千倍する千劫の間、無間地獄において大苦悩を受ける。懺悔しない者においては「経を読誦し書持吸うこと有らん者を見て憍慢憎嫉して恨を懐かん乃至其の人命終して阿鼻獄に入り一劫を具足して劫尽きなば更生まれん、是の如く展転して無数劫に至らん」と説かれている。
―――
僻見
偏った見方。誤った考え方、見解、よこしまな見方や考え方。
―――
門弟
弟子・門人・門下生。
―――
天衆
天界の衆生のこと。梵天・帝釈に属する諸天の総称。
―――
帝釈
梵語シャクラデーヴァーナームインドラ(śakro devānām indraḥ)の訳。釋提桓因・天帝釈ともいう。もともとインド神話上の最高神で雷神であったが、仏法では護法の諸天善神の一つとなる。欲界第二忉利天の主として、須弥山の頂の喜見城に住し三十三天を統領している。釈尊の修行中は、種々に姿を変えて求道心を試みている。法華経序品第一では、眷属二万の天子と共に法華経の会座に連なった。
―――――――――
ここでは、仏法を行じながら逆に六道輪廻する原因となる典型的な宗派として、浄土宗を挙げられている。そして、その経典である法然の選択本願念仏集一巻における権実雑乱の謗法を明らかにされている。
選択集は、守護国家論が書かれたとされる正元元年(1259)から遡ること61年、建久9年(1188)に著された。
法然は邪な智慧をもって、仏法に無知な末法の衆生のために、「末代の愚人が救われる法はこれ以外にない」として、念仏を選ぶべきことを説いた選択集一巻を著したのである。
すなわち法然は、中国浄土宗の開祖である曇鸞・道綽・善導の三人の人師の言い分を拠りどころに、釈尊一代の教えを、聖道門・浄土門の二門に分け、そのことによって実教を貶めて権経のなかにいれてしまい、法華・真言という成仏の直道を閉鎖して浄土三部経の隘路を開けてしまった。しかしながらこれは、浄土三部経の教えにも背いており、権教と実教ともに背くという謗法の邪義でありその結果、凡夫が四聖になっていくべき種を断ち、阿鼻地獄の底に沈ませていく僻見となっているのである。
このような謗法の悪書であるにもかかわらず、世の人々はこぞってこの法然の教えになびき、門弟達は、天界のあらゆる衆生が帝釈を敬うように法然をあがめていると悲しまれている。
邪智の上人あり
ここで「邪智の上人」とは選択集一巻を著した法然房源空のことである。
「上人」と呼ばれているのは、一般にそう呼称されていたのに合わされたからであるが、更にいえば、法然が邪智なのはあくまでも仏法の法に対してであって、彼の人間性にまで及ぶものでないことを暗に示されていると拝したい。法然のほかにも、後年完膚なきまでに破折しつくした空海に対しても同じように「弘法大師」と大師号を使用されているし、さらには日本天台宗に真言密教を混入させた慈覚・智証についても大師の称号をつけて呼ばれている。
日蓮大聖人は、邪義や邪義を弘通する法師に対しては「四箇の格言」に明らかなように徹底して破折されるが、それはあくまで、仏法における法の把握や解釈といった思想や主張に対してであって、それらの思想や主張をする法師の人間性や人格にまで及ぶものではないことは諸御書に明らかである。ここに、ある意味で、大聖人は現代において法的に保証されている思想・表現の自由を先取りされていたと拝することも可能であるといえよう。
名を鸞・綽・導の三師に仮つて一代を二門に分ち実経を録して権経に入れ法華真言の直道を閉じて浄土三部の隘路を開く
法然の選択集の謗法を要約して明らかにされているところである。
選択集は選択本願念仏集を略した呼び名で、この題号に表されている本書の基調は次のとおりである。すなわち、阿弥陀仏が衆生を救済するために本来の願いとして立てた教えは念仏であり、これを“選択”すべきであるという意である。
選択とは取捨と同じことであって、聖道門を捨て、閉じ、閣き、抛って浄土門に帰入せよ、言い換えれば念仏の行こそ選ぶべき修行であり、衆生は、このとおりに阿弥陀仏の名号を称えれば本願にかなって極楽往生ができるとしている。
何を取り何を捨てるかについては、中国の曇鸞・道綽・善導が、それを明らかにしているという。まず曇鸞は易行道を取り難行道を捨てる、道綽は浄土門を取り聖道門を捨てる、善導は正行を取り雑行を捨てるのである。
いずれにしろ、その根本は本文で大聖人が「一代を二門に分ち」と仰せられているように、釈尊一代の教えを浄土門と聖道門の二つに分け、前者を取り後者を捨てるとしているのである。
これが謗法である所以として、本文に「実教を録して権経に入れ」たことを指摘され、その結果として「法華真言の直道を閉じて浄土三部の隘路を開」いたとされている。
はじめに、実教を録して権経に入れた、というのは法然は、実教である法華経を浄土門に入れ、これを末代の衆生には適さず、仏の本願に外れる教えとしたことである。
この結果、誰もが成仏できるという広くて真っすぐな道をあえて閉ざして、仏が方便として示した極楽往生という、あまりにも狭い道を開いたことである。
ここで大聖人が成仏の直道として「法華真言」と法華経と真言とを併記して述べておられるのは、天台法華宗が真言も取り入れて用いていたからで、真言への破折は後日を期されたからと拝せられる。
真言に対しては、とくに佐渡流罪以降、御本仏の境地を開顕された後において「真言亡国」として徹底的に破折されていくのである。
浄土三部の義にも順ぜずして権実の謗法を成し永く四聖の種を断じて阿鼻の底に沈む可き僻見なり
先に「浄土三部の隘路を開く」といわれたが、その隘路が浄土の成仏の道ではなく、むしろ逆に無間地獄への道である謗法の邪義であることをここに指摘されるのである。
はじめに「浄土三部の義にも順ぜずして」とあるのは、法然の選択集の主張は浄土三部経の説かれた意義にも従っていない、ということである。
すなわち、浄土三部経はどこまでも釈尊が出世の本懐たる実教の法華経へと導くための方便として説かれたものである。
したがって「権実の謗法を成し」と本文でいわれているのである。すなわち、権経の意義にも従わず実教にも背くという二重の意味で、謗法を犯していると指摘されているのである。
これは「永く四聖の種を断じて阿鼻の底に沈む可き僻見なり」と破折されているように、法然の選択集は、六道輪廻を離れて四聖へと向かうべき種を永久に破壊してしまい、無間地獄に落とさせる間違ったおしえであると断定されているのである。
第四章 0037:01~0037:09 御述作の由来と大網を明かすtop
| 0037 01 此の悪義を破らんが為に亦多くの書有り所謂・浄土決義鈔・弾選択・摧邪輪等なり、此の書を造る人・皆碩徳の 02 名一天に弥ると雖も 恐くは未だ選択集謗法の根源を顕わさず 故に還つて悪法の流布を増す、 譬えば盛なる旱魃 03 の時に小雨を降せば草木弥枯れ兵者を打つ刻に弱兵を先んずれば強敵倍力を得るが如し。 -----― この法然の悪義を破るために、また多くの書が著された。いわゆる浄土決義鈔・弾選択・摧邪輪などである。この書を著した人は皆、高い徳の名を天下に知られた人々であるが、おそらくは未だ選択集の謗法の根源を顕わしていないために、かえって悪法の流布を増すことになってしまった。 たとえば、ひどい旱魃の時に、小雨を降らせば草木はいよいよ枯れ、強者を打つ時に、弱い兵を先にやれば強敵がますます力を得るようなものである。 -----― 04 予此の事を歎く間・一巻の書を造つて選択集謗法の縁起を顕わし名づけて守護国家論と号す、 願わくば一切の 05 道俗一時の世事を止めて 永劫の善苗を種えよ、 今経論を以て邪正を直す 信謗は仏説に任せ敢て自義を存する事 06 無かれ。 07 分ちて七門と為す、一には如来の経教に於て権実二教を定むることを明し、二には正像末の興廃を明し、 三に 08 は選択集の謗法の縁起を明し、 四には謗法の者を対治すべき証文を出すことを明し、 五には 善知識並に真実の 09 法には値い難きことを明し、六には法華涅槃に依る行者の用心を明し、七には問に随つて答うることを明す。 -----― 私はこのことを歎くゆえに、一巻の書をつくって選択集の謗法の由来を明らかにし、名づけて「守護国家論」とする。願わくは、僧侶・在家を問わず一切の人々は一時の世間の事柄を休止して、永遠の善い苗を心田に種えなさい。今、私は経文と論書をもって邪正を直すから、信ずるか謗ずるかは仏説に任せて判断すべきであり、自分勝手な考えにとらわれてはいけない。 この一書を分けて七大段とする。一には如来自身が経教において権実二教を定められていることを明かし、二には正・像・末の三時における教法の興廃を明かし、三には選択集の謗法の由来を明かし、四には謗法の者を対治すべき証文を出すことを明かし、五には善知識並びに真実の法にはあい難きことを明かし、六には法華経・涅槃教によって行者の心すべきことを明かし、七には質問にしたがって答えを明かす。 |
悪義
邪悪な教義、誤った意見・考え。
―――
浄土決義鈔
園城寺の長吏・公胤の作・3巻。法然の選択集を破折した書。現存しない。
―――
弾選択
①並榎堅者・定照の著・1巻。②仏頂房隆真の著・2巻。いずれも法然の選択集を弾呵した書。
―――
摧邪輪
華厳宗の僧・栂尾の高弁の著・3巻。建暦2年(1221)に成立。法然の選択集を破折した書。法然の説を邪論としこれを摧破するとの意。「菩提心を撥去する過失」「聖道門を群賊に譬うるの過失」などの過ちを挙げ、破折している。
―――
碩徳
高僧徳望のある人。
―――
謗法の根源
謗法とは誹謗正法の略。正しく仏法を理解せず、正法を謗って信受しないこと。正法を憎み、人に誤った法を説いて正法を捨てさせること。根源は根本・おおもとの意で、大聖人は守護国家論で法然の選択集を謗法の根源の書としている。
―――
悪法
①公益に反し、道理に合わない法律・習慣。②民衆を不幸に陥れる誤った宗教・思想。
―――
旱魃
長い間雨が降らなかったことによって起こる水不足。ひでり。
―――
謗法の縁起
謗法とは誹謗正法の略。正しく仏法を理解せず、正法を謗って信受しないこと。正法を憎み、人に誤った法を説いて正法を捨てさせること。縁起は①因縁生起の略。因と縁とが関係しあって、一つの現象が生起していくこと。すべての事象は因縁の関係性の中でしか生じないという仏教の基本原理。②神社・仏閣の起こり。③因縁の起源・由来。④吉凶のきざし、前兆、前ぶれ。
―――
道俗
出家と在家のこと。
―――
一時の世事
①ちょっとの間。②当時。③かって。
―――
永劫の善苗
永劫はきわめて長い間。永遠。善苗は良い実をえるためのすぐれた苗。
―――
経論
三蔵のうち経蔵・論蔵をいう。経は仏が説いたところの教法。論は仏みずから問答論議して理を弁じたもの。また仏弟子が仏語を論じ、法相を講じたもの。
―――
信謗
信ずることと謗ること。
―――
仏説
仏が説いた教法。
―――
自義
自分勝手な考え、意見。
―――
如来の経教
如来は①「如々として来る」と訳す。仏のこと。②過来・如来・未来のなかの如来。瞬間瞬間の生命。経教は経典に説かれた教え、経典。法門内容。
―――
正像末の興廃
正像末は、仏滅後の時代を三時に区切って正法・像法・末法という。正法とは仏の教えが正しく実践され伝えられる時代。像法とは次第に仏教が形式化し、正しい教えが失われていく時代。末法とは、衆生が三毒強盛の故に証果が得られない時代。釈迦仏法においては、滅後2000年以降をいう。興廃はこの三時の推移のなかで、いかなる教えが興り廃れてきたかということ。
―――
対治
①智慧によって煩悩を滅すること。害をなすものを打ち破ること。
―――
証文
①証拠となる文献・文書。②権利を証明する文書。
―――
善知識
善友と同意。正法を教え、ともに修行し、また正法を持ちきるよう守ってくれる人。
―――
真実の法
絶待の真理の法。法華経。別して南無妙法蓮華経。
―――
法華涅槃
法華経および涅槃経のこと。またそれらを説いた期間。
―――
行者の用心
行者は①仏道を修行する者。②修験道を修行する者。用心は警戒・注意。悪義
邪悪な教義、誤った意見・考え。
―――
浄土決義鈔
園城寺の長吏・公胤の作・3巻。法然の選択集を破折した書。現存しない。
―――
弾選択
①並榎堅者・定照の著・1巻。②仏頂房隆真の著・2巻。いずれも法然の選択集を弾呵した書。
―――
摧邪輪
華厳宗の僧・栂尾の高弁の著・3巻。建暦2年(1221)に成立。法然の選択集を破折した書。法然の説を邪論としこれを摧破するとの意。「菩提心を撥去する過失」「聖道門を群賊に譬うるの過失」などの過ちを挙げ、破折している。
―――
碩徳
高僧徳望のある人。
―――
謗法の根源
謗法とは誹謗正法の略。正しく仏法を理解せず、正法を謗って信受しないこと。正法を憎み、人に誤った法を説いて正法を捨てさせること。根源は根本・おおもとの意で、大聖人は守護国家論で法然の選択集を謗法の根源の書としている。
―――
悪法
①公益に反し、道理に合わない法律・習慣。②民衆を不幸に陥れる誤った宗教・思想。
―――
旱魃
長い間雨が降らなかったことによって起こる水不足。ひでり。
―――
謗法の縁起
謗法とは誹謗正法の略。正しく仏法を理解せず、正法を謗って信受しないこと。正法を憎み、人に誤った法を説いて正法を捨てさせること。縁起は①因縁生起の略。因と縁とが関係しあって、一つの現象が生起していくこと。すべての事象は因縁の関係性の中でしか生じないという仏教の基本原理。②神社・仏閣の起こり。③因縁の起源・由来。④吉凶のきざし、前兆、前ぶれ。
―――
道俗
出家と在家のこと。
―――
一時の世事
①ちょっとの間。②当時。③かって。
―――
永劫の善苗
永劫はきわめて長い間。永遠。善苗は良い実をえるためのすぐれた苗。
―――
経論
三蔵のうち経蔵・論蔵をいう。経は仏が説いたところの教法。論は仏みずから問答論議して理を弁じたもの。また仏弟子が仏語を論じ、法相を講じたもの。
―――
信謗
信ずることと謗ること。
―――
仏説
仏が説いた教法。
―――
自義
自分勝手な考え、意見。
―――
如来の経教
如来は①「如々として来る」と訳す。仏のこと。②過来・如来・未来のなかの如来。瞬間瞬間の生命。経教は経典に説かれた教え、経典。法門内容。
―――
正像末の興廃
正像末は、仏滅後の時代を三時に区切って正法・像法・末法という。正法とは仏の教えが正しく実践され伝えられる時代。像法とは次第に仏教が形式化し、正しい教えが失われていく時代。末法とは、衆生が三毒強盛の故に証果が得られない時代。釈迦仏法においては、滅後2000年以降をいう。興廃はこの三時の推移のなかで、いかなる教えが興り廃れてきたかということ。
―――
対治
①智慧によって煩悩を滅すること。害をなすものを打ち破ること。
―――
証文
①証拠となる文献・文書。②権利を証明する文書。
―――
善知識
善友と同意。正法を教え、ともに修行し、また正法を持ちきるよう守ってくれる人。
―――
真実の法
絶待の真理の法。法華経。別して南無妙法蓮華経。
―――
法華涅槃
法華経および涅槃経のこと。またそれらを説いた期間。
―――
行者の用心
行者は①仏道を修行する者。②修験道を修行する者。用心は警戒・注意。
―――――――――
選択集の悪義に対しては大聖人以前においても、伝統的仏法諸宗である天台宗や華厳宗などから碩学たちにより破折の書が書かれたが、それらは、法然の謗法の根源を明らかにできなかったために、逆に法然の悪法を流布させる結果となってきたことを指摘されている。
このゆえに、大聖人はここに、守護国家抄を著して、徹底的に破折することを決意したのであると、本書御執筆の意図を明らかにされている。
そして、この守護国家論を一切の僧俗が読んで、一時的な目先の世間の営みを差し置いてまでも未来永劫に尽きない善根を植えるよう促されている。
更に、大聖人としては、あくまで経・論にまかせて仏法の正邪を明らかにすると述べられ、したがって、それを読み、信じて従うか、謗じて反発するかは、読む人の「自義」によるのではなく、仏説にかなっているかどうかで判断しなさいと戒められている。最後に、本書が七門からなることを明かされて全体の大網を示されている。
此の悪書を破らんが為に亦多くの書有り
日蓮大聖人以前において、選択集の誤った義を破折した書の代表的なものを挙げられているところである。
まず、浄土決義鈔三巻である。この書は現存しないが法然の選択集への最初の批判書として著名である。園城寺の公胤という人が著したのである。
内容は伝えられるところでは、法華経を受持し読誦するという修行の在り方を法然が排除したことに対して批判したものであったという。
次に、弾選択には二種がある。一つは並榎堅者・定照の著で、いま一つは仏頂房隆真の著である。・いずれも、著名から明らかなとおり、法然の選択集を弾呵している。
さらに摧邪輪は華厳宗の明恵房高弁の著で、正しくは選択集中摧邪輪という。この題号の意味は法然の選択集の中の説を邪輪とし、これを邪論するということである。その破折の論点は、選択集には大きく二つの欠点――、一つは「菩提心を撥去する過失」、いま一つは「聖道門を群賊に譬うるの過失」があるとしてきしている。
とくに、菩提心を撥去する過失とは、法然の浄土宗の弱点をそれなりに鋭く指摘したもので、菩提心とは、いうまでもなく菩提の悟りに至ろうとする心である。この菩提心は誰にでも内在しているというのが、大乗仏教の教えである。衆生は自分の中に菩提心があることを信じ、これを自らの修行と努力によって磨き、遂には悟りに至るというのが、高低浅深さまざまあるけれども、大乗仏教に一貫して流れている教義の骨格といってよい。
明恵は、法然の他力本願的な修行の在り方には、衆生一人一人に内在している菩提心を最初から放棄してしまっているという大きな過失があるとして、この衆生の自律心軽視の在り方を徹底的に批判しているのである。
なお、この法然破折の書については念仏無間念仏抄にも次のように挙げられている。
「然る間斗賀尾の明慧房は天下無雙の智人・広学多聞の明匠なり、摧邪輪三巻を造つて選択の邪義を破し、三井寺の長吏・実胤大僧正は希代の学者・名誉の才人なり浄土決疑集三巻を作つて専修の悪行を難じ、比叡山の住侶・仏頂房・隆真法橋は天下無雙の学匠・山門探題の棟梁なり弾選択上下を造つて法然房が邪義を責む」(0101-02)と。
一巻の書を造って選択集謗法の縁起を顕わし名づけて守護国家論と号す
しかしながら、これら天台、華厳の碩学の法然破折の書は、いずれも選択集の謗法の根源を明らかにしていないため、かえって法然を有名にする結果になってきたことを述べられ、ここで大聖人御自身が守護国家論一巻を著して選択集の謗法である由来を明らかにして、その根を断ち切ると仰せられているところである。
謗法は誹謗正法の略で、正法を謗ることである。いうまでもなく、釈尊の一代教において正法とは法華経であることを、簡潔に前述され、またこれから詳述されるように、法然の教えは、仏の実教である法華経をそしったものであるということである。
唱法華題目抄には「謗法と申すは違背の義なり」(0004-16)とあり、また顕謗法抄には「天台智者大師の梵網経の疏に云く謗とは背なり等と云云、法に背くが謗法にてはあるか天親の仏性論に云く若し憎は背くなり等と云云、この文の心は正法を人に捨てさせるが謗法にてあるなり」(0448-16)とある。
ここからも明らかなとおり、自分が法華経に背くだけではなく、他人にも法華経を捨てさせることも謗法である。
法然の選択集は、まず、自分自身が正法たる法華経を捨・閉・閣・抛することによって法華経に違背しているだけでなく、選択集によって多くの人々にも法華経を捨てさせたことによって、典型的な謗法に当たるのである。それまでの多くの批判書にはこの観点が欠落していたことを「末だ選択集謗法の根源を顕わさず」と指摘されている。
そして、その結果、この邪説の息の根をとめるに至らず、むしろ逆に、法然の名を広めさせ、ますます悪法の流布を許してしまったと仰せられている。
願わくば一切の道俗一時の世事を止めて永劫の善苗を種えよ、今経論を以て邪正を直す信謗は仏説に任せ敢て自義を存する事無かれ
この段は出家・在家の一切の人々は、この守護国家論を読んで、邪教から目を覚まし、正法の道に入ってほしいという御自身の願いと、また、これを読む心構えを述べられているところである。
まず、「一時の世事を止めて永劫の善苗を種えよ」と勧められている。すなわち、今世だけの世俗の事にとらわれているのではなく、成仏という三世永劫にわたる問題について、この書を通じて眼を開いていきなさい、と仰せられているのである。
次いで、大聖人はこの守護国家論において、あくまで仏説である経とこれにのっとった論書を基準として法の正邪を明確にし、正すべきは正しているのであるから、「信謗は仏説に任せ敢て自義を存する事無かれ」と仰せられ、読む人も信ずるか謗ずるかはすべて仏説という絶対の基準にゆだねて、自分勝手な意見によって決定することのないよう促されている。
ここに「経論を以て」「仏説に任せ」「自義を存する事無かれ」と仰せられているのは、選択集がことごとくそれとは逆に,経論によらず、仏説に任せず、曇鸞らの己義に法然自身の邪義を上塗りして造られた書であることを暗示されているのである。
七門と為す、一には如来の経教に於て権実二教を定むることを明し、二には正像末の興廃を明し、三には選択集の謗法の縁起を明し、四には謗法の者を対治すべき証文を出すことを明し、五には善知識並に真実の法には値い難きことを明し、六には法華涅槃に依る行者の用心を明し、七には問に随つて答うることを明す
本書全体の大網を示されているところである。
まず、第一に「如来の経教に於て権実二教を定むることを明し」では、如来である釈尊自身が、自らの説いた一代聖教を、大きく権教と実教の如来の経教に於て権実二教を定むることを明し二義に立て分けていることを明らかにされている。
第二に「正像末の興廃を明し」では、その権実の二教が釈尊滅後の正法・像法・末法という時代に合わせて、弘められてきたこと。すなわち、正法・像法時代には権教が興隆し、後の末法時代には実教が興隆して権教は廃れるという順序次第が明らかにされている。
第三に「選択集の謗法の縁起を明し」では、末法に実教の法華経がるふすべき時にもかかわらず。法然はその法華経を捨閉閣抛し、廃れるべき権教の浄土三部経に基づいて念仏一行を立てている故に、その選択集が謗法である由来を明かすのである。この大三問こそが本書の中心となっていることはいうまでもない。
次いで第四に「謗法の者を対治すべき証文を出すことを明し」では、法然の選択集が謗法であることが明らかになったからには、謗法者を対治していくべきであるとの如来の教えに従って、これを破折し対治していかなければならないことを明確にされている。
ここに、謗法対治ということが大聖人の自義ではなく、あくまでも仏の金言によっていることを明らかにされるのである。
更に第五の「善知識並に真実の法には値い難きことを明し」成仏の正しい道を示してくれる善知識と、成仏のための正しい法にあうことの困難さを強調されているのである。
第六の「法華涅槃に依る行者の用心を明し」では、法華経・涅槃経では、仏滅後の悪世において、正法を修行する人は、いかなる“用心”をすべきかが説かれているが、それによって明かされるのである。
最後の第七の「問に随つて答うることを明す」では、以上の六門で展開されてきた内容を受けて、更に質疑応答を通してより深き理解を得られるように配慮されるのである。
大段第一 如来の経教に於て権実二教を定むることを明すtop
第五章 0037:10~0037:12 大文第一の大網を示すtop
| 10 大文の第一に如来の経教に於て権実二教を定むることを明すとは此れに於て四有り、 一には大部の経の次第を 11 出して流類を摂することを明し、 二には諸経の浅深を明し、 三には大小乗を定むることを明し、四には且らく権 12 を捨てて実に就くべきことを明す。 -----― 大文の第一に、如来の経教に於て権実二教を定むることを明すとは、これにまた四段ある。一には大部の経の順序を示して、これに同類の経を包摂することを明かし、二には諸経の浅深を明かし、三には大乗・小乗を定めることを明かし、四にはしばらく権教を捨てて実教に就くべきことを明かす。 |
大部の経
ひとまとまりになっている経典で分量も多く代表的な経典。
―――
次第
①順序。前後。②少しずつ状態が変わるさま。③成り行き、事情。
―――
流類
①仲間、同類。②同様の種類。③属するもの。
―――
諸経の浅深
もろもろの経の教義内容の浅深。
―――
大小乗
仏教を二つに分類し、その大乗教と小乗教。
―――――――――
本書全体七門に分けたうちの第一、「如来の経教に於いて権実二教を定むることを明す」という門を更に四段に分けて説いていくとの骨格を明かされているところである。
すなわち、釈尊自身が一切経教に権教と実教という二教の立て分けをしているということであるが、なぜそのように決定できるかという経緯と手続きを四段に分けて説明されているのである。
まず、第一段は「大部の経の次第を出して流類を摂することを明し」とある。ここで「大部の経」とは天台大師が釈尊一代の経教を説法の時期によって五時に立て分けた時の、それぞれの時期に説かれた経教のひとまとまりをいう。この段では、一代の経教が五時の次第にしたがってどのように説かれたかという経緯を明らかにしながら、この「大部の経」として挙げられていない経教についても「流類を摂する」つまり、いずれかに不随する経教として分類するということである。
第二段は、「諸経の浅深を明し」とは、文字通り、一代経教の内容の高低浅深を明らかにするところである。
第三段は、「大小乗を定むることを明し」とあるように、一切経を大乗と小乗に立て分けられること。これは一般的には阿含部のみを小乗とし他を大乗とするのであるが、厳しくいえば法華経が大乗であり、それ以外の諸大乗経も小乗となることを明かされるのである。
第四段は、「且く権を捨てて実に就くべきことを明す」とあるように、権教である小乗教、諸経を捨てて実教であり真の大乗である法華経に付くべきことを明確にされるのである。
第六章 0037:13~0038:10 経の次第のうち華厳を明かすtop
| 13 第一に大部の経の次第を出して流類を摂することを明さば、問うて云く仏最初に何なる経を説きたまうや、 答 14 えて云く華厳経なり、 問うて云く其の証如何、 答えて云く六十華厳経の離世間浄眼品に云く「是の如く我聞く一 15 時・仏.摩竭提国・寂滅道場に在つて始めて正覚を成ず」と、法華経の序品に放光瑞の時・弥勒菩薩.十方世界の諸仏 16 の五時の次第を見る時 文殊師利菩薩に問うて云く、 「又諸仏聖主師子の経典の微妙第一なることを演説し給うに 17 其の声清浄に柔軟の音を出して 諸の菩薩を教え給うこと 無数億万なることを覩る」 亦方便品に仏自ら初成道の 18 時を説いて云く 「我始め道場に坐し樹を観じ亦経行す、 乃至・爾の時に諸の梵王及び諸天帝釈・護世四天王及び 0038 01 大自在天並に余の諸の天衆・眷属百千万・恭敬合掌し礼して我に転法輪を請ずと」 此等の説は法華経に華厳経の時 02 を指す文なり、故に華厳経の第一に云く毘沙門天王略月天子略日天子略釈提桓因略大梵略摩醯首羅等略 已上。 -----― 第一に大部の経の順序を示して、これに同類する経を包摂することを明かすならば、 問うて云う。仏は最初にどのような経を説かれたのか。 答えて云う。華厳経である。 問うて云う。その証拠はどうなのか。 答えて云う。六十華厳経の離世間浄眼品に「このように私は聞いた。一時、仏は摩竭提国の寂滅道場にあって始めて正覚を成じた」とある。 法華経の序品の放光瑞の時、弥勒菩薩が十方世界の諸仏の五時の順序を見て、文殊師利菩薩に問うて言った言葉に「また聖主師子である諸仏が経典の微妙第一であることを演説された時に、その音声は清浄にして柔軟であり、諸の菩薩の教えられたことが無数億万であることを見た」とある。 また法華経方便品に、仏、自らが初成道の時を説いて「我は始めて道場に坐し樹を観て、また散策した(乃至)その時に諸の梵王および諸の帝釈天、護世の四天王および大自在天ならびに他の諸の天衆・眷属百千万が恭敬合掌して礼して我に転法輪を請うた」とある。 これらは法華経で華厳経の時をさして述べた文である。ゆえに華厳経の第一巻に「毘沙門天王(略)月天子(略)日天子(略)釈提桓因(略)大梵(略)摩醯首羅等(略)とある 。 -----― 03 涅槃経に華厳経の時を説いて云く 「既に成道し已つて梵天勧請すらく唯願わくば如来当に衆生の為に広く甘露 04 の門を開き給うべし、乃至・梵王復言く世尊・一切衆生に凡そ三種有り所謂・利根・中根・鈍根なり利根は能く受く 05 唯願わくば為に説き給え、 仏言く梵王諦に聴け 我今当に一切衆生の為に甘露の門を開くべし」 亦三十三に華厳 06 経の時を説いて云く「十二部経・修多羅の中の微細の義を我先に已に諸の菩薩の為に説くが如し」。 -----― 涅槃経に華厳経の時をつぎのように説いている。「既に成道しおわって梵天が『如来よ、まさに衆生のために広く甘露の門を開いてください』と勧請した。(乃至)梵王がまた言った。『世尊よ一切衆生におよそ三種あります。いわゆる利根・中根・鈍根です。利根はよく受けることができるのですから、どうかこの利根のために説いてください』。仏が言われた。『梵王よ、あきらかに聴け。我は今、まさに一切衆生のために甘露の門を開くであろう』」と。 また涅槃経の巻三十三に華厳経の時を説いて「十二部経・修多羅の中の微細の義を前に既に諸の菩薩のために説いたようなものである」とある。 -----― 07 此くの如き等の文は皆諸仏・世に出で給いて一切経の初めには必ず華厳経を説き給いし証文なり。 ・ -----― これらの文は皆、諸仏は世に出られて一切経の初めには必ず華厳経を説かれた、という証文である。 -----― 08 問うて云く無量義経に云く「初めに四諦を説き、乃至.次に方等十二部経.摩訶般若・華厳海空を説く」此くの如 09 き文は般若経の後に華厳経を説くと相違如何,答えて云く浅深の次第なるか或は後分の華厳経なるか,法華経の方弁品 10 に一代の次第浅深を列ねて云く「余乗有ること無し華厳経なり若は二般若経なり若は三方等経なり」と此の意なり。 -----― 問うて云う。無量義経に「初めに四諦を説き(乃至)次に方等十二部経・摩訶般若・華厳海空を説く」とある。この文では般若経の後に華厳経を説くとある。この相違はどうか。 答えて云う。これは教理の浅深の順序であるのか。あるいは後に説いた特別の華厳経であるのか。法華経の方便品に一代の順序浅深を並べて「余乗はあること無し(華厳経である)もしは二(般若経である)もしは三(方等経である)というのはこの意である。 |
華厳経
正しくは大方広仏華厳経という。漢訳に三種ある。①60巻・東晋代の仏駄跋陀羅の訳。旧訳という。②80巻・唐代の実叉難陀の訳。新訳華厳経という。③40巻・唐代の般若訳。華厳経末の入法界品の別訳。天台大師の五時教判によれば、釈尊が寂滅道場菩提樹下で正覚を成じた時、3週間、別して利根の大菩薩のために説かれた教え。旧訳の内容は、盧舎那仏が利根の菩薩のために一切万有が互いに縁となり作用しあってあらわれ起こる法界無尽縁起、また万法は自己の一心に由来するという唯心法界の理を説き、菩薩の修行段階である52位とその功徳が示されている。
―――
六十華厳経の離世間浄眼品
東晋代の仏駄跋陀羅の訳60巻38品からなるうちの第一離世間浄眼品のこと。現存の60華厳経には「離」の字はなあく世間浄眼品第一となっている。
―――
是の如く我聞く
如是我聞のこと。あらゆる経文の冒頭には、必ずこの一句がある。妙法蓮華経序品第一冒頭には「妙法蓮華経序品第一。如是我聞。一時仏往。……」とある。
―――
摩謁提国
インド古代の王国、マガダ(Magadha)国のこと。現在のインド・ビハール州南部。仏教に関係の深い王舎城や霊鷲山はこの地にあった。
―――
寂滅道場
釈尊は19歳で出家し、最初は多くの婆羅門について学んだが、解脱の道でないことを知り、もっぱら苦行に励んだ。しかし、これも解脱の道とはならず、尼連禅河にはいり沐浴して、一人の牧女・難陀婆羅の捧げる乳を飲んで身心がさわやかになることができた。こうして最後に伽耶城の菩提樹下の金剛宝座の吉祥の奉る浄輭草をしいて安住した。ここで沈思黙想7週間(49日)魔を降して12月8日の朝暁、朗然と悟りを開き、その座で3週間十方から集まった諸大菩薩に説いたのが華厳経であり覚道の地であるがゆえに「寂滅道場」という。
―――
始めて正覚を成ず
始成正覚のこと。釈尊がインドに応誕し19歳で出家し、30歳ではじめて成道したことをいう。
―――
法華経の序品
妙法蓮華経序品第一のこと。
―――
放光瑞
仏がまさに法華経を説こうとするとき、眉間の白亳が光を放ち東方万八千の世界を照らしたこと。法華経序品第一に説かれる此土の六瑞のひとつ。
―――
弥勒菩薩
慈氏と訳し、名は阿逸多といい無能勝と訳す。インドの婆羅門の家に生れ、のちに釈尊の弟子となり、慈悲第一といわれ、釈尊の仏位を継ぐべき補処の菩薩となった。釈尊に先立って入滅し、兜率の内院に生まれ、五十六億七千万歳の後、再び世に出て釈尊のあとを継ぐと菩薩処胎経に説かれている。法華経の従地涌出品では発起衆となり、寿量品、分別功徳品、随喜功徳品では対告衆となった菩薩である。
―――
十方世界の諸仏
十方は東西南北の四方と、東南・東北・西南・西北の四維に上下の二方を加えたもの。十方ですべての空間を包含し、したがって、十方世界とは全宇宙を意味する。浄土は仏の住する清浄な国土。仏国土のことをいう。
―――
五時の次第
五時とはゴ五時とは、釈尊一代50年の説法を天台が判釈し、説法の順序から五種に分類したもで、次第は華厳・阿含・方等・般若・法華である。
―――
文殊師利菩薩
文殊菩薩のこと。菩薩の中では智慧第一といわれる。法華経序品では過去の日月灯明仏のときに妙光菩薩として現われたと説かれている。迹化の菩薩の上首で、普賢菩薩と対で権大乗の釈尊の左に座した。文殊菩薩を生命論から約せば、普賢菩薩が学問を究め、真理を探究し、法理を生み出す智慧、不変真如の理、普遍性、抽象性の働きであるのに対し、文殊菩薩の生命は、より具体的な生活についての隨縁真如の智、特殊性、具象性の智慧の働きをいう。
―――
聖主師子
仏の敬称。序品第一に、仏は聖人のうちで最も勝れているゆえに聖主という。師子が百獣の王であるのにたとえて、仏を師子という。
―――
経典
仏の説法を結集編纂した転籍。経はスートラの漢訳で音写は修多羅。本来はたて糸の意であったが、転じて不変の教え、教えの綱要の意となった。古代中国では聖人・賢人ののべたものを「経」としたが、仏教が伝来してから、仏である釈尊も当然聖人とされ、その説を記したスートラは経と訳されたのである。また、経は諸仏の理にかない、衆生の機根に契うことから契経ともいう。
―――
微妙第一
微妙は深遠、細やかで凡智ではとうてい知りえない不思議なこと。第一はその微妙さにおいて、一番優れていることをあらわす。
―――
演説
仏・菩薩が衆生を済度教化するために教えを説き演べること。一般には、人前で意見を説き述べること。
―――
菩薩
菩薩薩埵(bodhisattva])の 音写。覚有情・道衆生・大心衆生などと訳す。仏道を求める衆生のことで、自ら仏果を得るためのみならず、他人を救済する志を立てて修行する者をいう。
―――
無数億万
数えきれないほど多いこと。数限りなくあること。
―――
方便品
妙法蓮華経方便品第二のこと。法華経迹門正宗分の初めに当たり、迹門の主意である開三顕一の法門が展開されている。無量義処三昧に入っていた釈尊が立ち上がり、仏の智慧を賛嘆しつつ、自らが成就した難解の法を住如是として明かし、一仏乗を説くために方便力をもって三乗の法を設けたことを、十方諸仏・過去仏・未来仏・現在仏・釈迦仏の五仏の説法の方程式を引いて明かしている。
―――
初成道
釈尊の「初成道」は、30歳の時である。
―――
経行
①一定場所を歩いて往復すること。体調を整え、心を落ち着けるために行う一種の運動法。時代によってその方法に多少の違いがある。②食後、休息するために行う散歩・散策。
―――
諸の梵王
諸の大梵天王のこと。十方の世界にそれぞれにいるとされた。大梵天王は梵語マハーブラフマン(Mahãbrahman)。色界四禅天の中の初禅天に住し、色界諸天および娑婆世界を統領している王のこと。淫欲を離れているため梵といわれ、清浄・淨行と訳す。名を尸棄といい、仏が出世して法を説く時には必ず出現し、帝釈天と共に仏の左右に列なり法を守護するという。インド神話ではもともと万物の創造主とするが、仏法では諸天善神の一人としている。
―――
諸天帝釈
諸々の帝釈天のこと。十界それぞれにいるとされた。帝釈天は、帝釈・釈王ともいう。梵語シャクラデーヴァーナームインドラ(śakra devānām indraḥ)の訳。釋提桓因・天帝釈ともいう。もともとインド神話上の最高神で雷神であったが、仏法では護法の諸天善神の一つとなる。欲界第二忉利天の主として、須弥山の頂の喜見城に住し三十三天を統領している。釈尊の修行中は、種々に姿を変えて求道心を試みている。法華経序品第一では、眷属二万の天子と共に法華経の会座に連なった。
―――
護世四天王
世を守る四天王のこと。四天王は帝釈天の外将、須弥山の中腹に由犍陀羅山があり、この山に四頭があって、ここを欲界欲天の最下、四王天といい、その王を四天王という。東は持国天、南は増長天、西は広目天、北は多聞天である。
―――
大自在天
梵名マヘーシュヴァラ(Maheśvara)の音写。もとはインドのバラモン教の神で、シヴァ(Śiva)のこと。シヴァは破壊の恐怖と万病を救う両面を兼ねた神とされていた。仏教では、シヴァ神は摩醯首羅天と音写され、大自在天と訳されてあらわれた。摩訶止観輔行伝弘決巻第十によると、摩醯首羅天は色界の頂におり、三目八臂で天冠をいただき、白牛に乗り、三叉戟を執る。大威力があり、よく世界を傾覆するというので、世を挙げてこれを尊敬したという。
―――
諸の天衆
多くの天界の衆生。天界に属する多くの諸天。
―――
眷属百千万
眷属は①一族・親族・やから。②従者・家来・奴僕。③仏・菩薩などの脇士・仏の説法を聞き、それを信じ行ずる者。
―――
恭敬
「きょうけい」とも読む。慎み敬うこと。五種の功徳の一つで、仏・菩薩が衆生を救うための振る舞い、説法などを慎み敬うこと。
―――
合掌
古代インドの礼法のひとつ。仏・菩薩を礼拝し左右の手のひら指を胸の前に合わせる姿勢。
―――
転法輪
法輪を転ずるの意で、仏が教法を説くこと。説法。法華文句巻五上には「仏の心中の化他の法を転じて他心に度入するを転法輪と名づく」とある。
―――
毘沙門天王
四大天王、十二天のひとつ。多聞天ともいう。須弥山の中腹の北面に住し、つねに仏の説法を聞き、仏の道場を守護する働きをする。陀羅尼品では法華経の行者の守護を誓った諸天善神のひとつ。財宝富貴をつかさどり、施福の働きを持つ。
―――
月天子
月天のこと。本地は大勢至菩薩で、その応身の姿とされ、名月天子ともいわれる。
―――
日天子
日宮殿に住む天人のこと。日天子・大日天・日宮天子・宝光天子などともいう。太陽を神格化したもので帝釈天の内臣とも観音菩薩・大日如来の化身ともされる。密教では十二天の一つで胎蔵界漫荼羅の外金剛部院東方に位置する。日蓮大聖人は諸天善神の一つに数えられており、本尊の中にもしたためられている。
―――
釈提桓因
帝釈天のこと。帝釈・釈王ともいう。梵語シャクラデーヴァーナームインドラ(śakra-devānām-indraḥ)の訳。釋提桓因・天帝釈ともいう。もともとインド神話上の最高神で雷神であったが、仏法では護法の諸天善神の一つとなる。欲界第二忉利天の主として、須弥山の頂の喜見城に住し三十三天を統領している。釈尊の修行中は、種々に姿を変えて求道心を試みている。法華経序品第一では、眷属二万の天子と共に法華経の会座に連なった。
―――
大梵
大梵天王のこと。梵語マハーブラフマン(Mahãbrahman)。色界四禅天の中の初禅天に住し、色界諸天および娑婆世界を統領している王のこと。淫欲を離れているため梵といわれ、清浄・淨行と訳す。名を尸棄といい、仏が出世して法を説く時には必ず出現し、帝釈天と共に仏の左右に列なり法を守護するという。インド神話ではもともと万物の創造主とするが、仏法では諸天善神の一人としている。
―――
摩醯首羅
梵名マヘーシュヴァラ(Maheśvara)の音写。大自在天と訳す。もとはインドのバラモン教の神で、シヴァ(Śiva)のこと。シヴァは破壊の恐怖と万病を救う両面を兼ねた神とされていた。仏教では、シヴァ神は摩醯首羅天と音写され、大自在天と訳されてあらわれた。摩訶止観輔行伝弘決巻第十によると、摩醯首羅天は色界の頂におり、三目八臂で天冠をいただき、白牛に乗り、三叉戟を執る。大威力があり、よく世界を傾覆するというので、世を挙げてこれを尊敬したという。
―――
涅槃経
釈尊が跋提河のほとり、沙羅双樹の下で、涅槃に先立つ一日一夜に説いた教え。大般涅槃経ともいう。①小乗に東晋・法顯訳「大般涅槃経」2巻。②大乗に北涼・曇無識三蔵訳「北本」40巻。③栄・慧厳・慧観等が法顯の訳を対象し北本を修訂した「南本」36巻。「秋収冬蔵して、さらに所作なきがごとし」とみずからの位置を示し、法華経が真実なることを重ねて述べた経典である。
―――
梵天
仏教の守護神。色界の初禅天にあり、梵衆天・梵輔天・大梵天の三つがあるが,普通は大梵天をいう。もとはインド神話のブラフマーで,インドラなどとともに仏教守護神として取り入れられた。ブラフマーは、古代インドにおいて万物の根源とされた「ブラフマン」を神格化したものである。ヒンドゥー教では創造神ブラフマーはヴィシュヌ、シヴァと共に三大神の1人に数えられた。帝釈天と一対として祀られることが多く、両者を併せて「梵釈」と称することもある。
―――
勧請
勧め請うこと。天台の五悔のひとつ。祈り仏に祈り求めることを本義とする。二義ある。①仏が久しく世に住することを請う。②法輪を転ずるを請う。また、密教では①法全・祈禱の際、初めに梵天夜叉などの降臨を請い障魔を除く。②祈る本体である仏を勧請する。の二意を立てている。
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如来
①「如々として来る」と訳す。仏のこと。②過来・如来・未来のなかの如来。瞬間瞬間の生命。
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衆生
梵語サットぅヴァ(sattva)。玄奘訳では有情と表記する。「梵に薩埵という。ここに有情という。情識あがゆえに」といわれるように、感情や意識をもっているものの意味で、山河大地などの非情に対して、一切の生きとし生けるものを含めていう。多くのものが共に生存しているという意味でバフジャナともいわれ、これは衆人とも訳される。
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甘露の門
甘露には四つの意味がある。①梵語のアムリタ (amṛta)で不死・天酒のこと。忉利天の甘味の霊液で、よく苦悩をいやし、長寿にし、死者を復活させるという。②中国古来の伝説で、王者が任政を行えば、天がその祥瑞として降らす甘味の液。③煎茶の上等なもの④甘味の菓子。仏の尊貴な教えに入ることを門とする。
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世尊
世に尊敬される仏を指す。仏の10号のひとつ。
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利根
理は鋭利、根は信根不疑等の五根、あるいは眼等の五根である。鈍根に対する語。能力の鋭利なものをいう。
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中根
中根の法華経迹門で声聞の弟子が、つぎつぎと成仏を許されて授記を受けるが、それらの声聞は上根・中根・下根の三種に区別されている。まず舎利弗等が方便品の説法を聞いて得道する。これを法説周という。次に譬喩品等の譬えを聞いて須菩提・摩訶迦旃延・摩訶迦葉・大目犍連等が得道する。これを譬説周という。さらに、大通智勝仏以来の因縁を聞いて富楼那等が得道する。これを因縁周という。
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鈍根
鈍い機根の意で、仏法を受容する理解力の鈍いこと。機根が劣っていて、仏道修行する力が乏しいものをいう。
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十二部経
十二部とも十二分教ともいい、仏教の経文を内容、形式の上から十二に類別したもの。 一.修多羅。梵語スートラ(sūtra)の音写。契経という。長行のことで長短の字数にかかわらず義理にしたがって法相を説く。 二.祇夜。梵語ゲーヤ(geya)の音写。重頌・重頌偈といい、前の長行の文に応じて重ねてその義を韻文で述べる。 三.伽陀。梵語ガーター(gāthā)の音写。孤起頌・孤起偈といい、長行を頌せず偈句を説く。 四.尼陀那。梵語ニダーナ(nidāna)の音写。因縁としていっさいの根本縁起を説く。 五.伊帝目多。伊帝目多伽。梵語イティブッタカ(itivŗttaka)の音写。本事・如是語ともいう。諸菩薩、弟子の過去世の因縁を説く。 六.闍陀伽。梵語ジャータカ(jātaka)の音写。本生という。仏・菩薩の往昔の受生のことを説く。 七.阿浮達磨。梵語アッブタダンマ(adbhutadharma)の音写。未曾有とも希有ともいう。仏の神力不思議等の事実を説く。 八.婆陀。阿婆陀那の略称。梵語アバダーナ(avadāna)の音写。譬喩のこと。機根の劣れる者のために譬喩を借りて説く。 九.優婆提舎。梵語ウパデーシャ(upadeśa)の音写。論議のこと。問答論難して隠れたる義を表わす。 十.優陀那。梵語ウダーナ(udāna)の音写。無問自説のこと。人の問いを待たずに仏自ら説くこと。 十一.毘仏略。梵語ヴァーイプルヤ(vaipulya)の音写。方広・方等と訳す。大乗方等経典のその義広大にして虚空のごとくなるをいう。 十二.和伽羅。和伽羅那。梵語ベイヤーカラナ(vyākaraņa)の音写。授記のこと。弟子等に対して成仏の記別を授けることをいう。
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修多羅
梵語シュタラsūtra)の音写。線・① 経文。経典。契経 。②十二分経の一。散文で教理を説いたもの。契経。③ 袈裟 の装飾として垂らす、白赤4筋の組みひも。
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微細の義
きわめて細かな、綿密の教え。
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一切経
釈尊が一代五十年間に説いた一切の経のこと。一代蔵経、大蔵経ともいう。また仏教の経・律・論の三蔵を含む経典および論釈の総称としても使われる。古くは仏典を三蔵と称したが、後に三蔵の分類に入りきれない経典・論釈がでてきたため一切経・大蔵経と称するようになった。
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無量義経
一巻。蕭斉代の曇摩伽陀耶舎訳。法華経の開経とされる。内容は無量義について「一法より生ず」等と説き、この無量義の法門を修すれば無上正覚を成ずることを明かしている。
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四諦
四諦とは、苦諦・集諦・滅諦・道諦のことで、苦諦は世間の果報・集諦は世間苦果の因縁・滅諦は出世間涅槃の果、道諦は出世間の果を得る因をいう。
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方等十二部経
方等部の経々。大乗教の一切を意味する場合もある。
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摩訶般若
摩訶般若波羅蜜経のこと。「大品般若経」ともいう。27巻からなり、羅什の訳。
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華厳海空
華厳経の法門。華厳の教相を海空のたとえによってあらわした語。海空は海印三昧のことで、一切の事物の像が海中に映るごとく、仏の智海が一切の法をはっきりと映し出して覚知できることをいう。菩薩がこの三昧をえると、一切衆生の心行を己心に映すことができるようになるとされる。華厳経が仏の海印三昧の境地で説かれた経であることをさす言である。ここでは華厳経そのものを指した語。
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般若経
般若波羅蜜の深理を説いた経典の総称。漢訳には唐代の玄奘訳の「大般若経」六百巻から二百六十二文字の「般若心経」まで多数ある。内容は、般若の理を説き、大小二乗に差別なしとしている。
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浅深の次第
一代聖教の教理内容を浅いものから深いものへと並べた順序。
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後分の華厳経
後分は後の部分のこと。華厳経は成道最初の3週間でとかれたものであるが、これを前分とし、その後諸所において頓教の機根のためにとかれた華厳部に属する経典を集めて後分の華厳経という。
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一代の次第浅深
釈尊の説いた教えを説時順にいうのではなく、浅深順に列記すること。
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大文第一の第一段、大部の経の次第を明らかにするなかで、まず、仏が最初に説いたのは華厳経であったことが述べられるところである。
はじめに「仏は最初にどのような経を説かれたのか」という問いを立てられ、それに対して華厳経であると答えられている。
次いで「それは何によって証明されるか」との問いを立てられ、答えとして、六十華厳経の離世間浄眼品の文、法華経序品の文、同じく方便品の文、更に涅槃経から二つの文を、それぞれ文証として挙げられている。
ところが、無量義経には「仏は涅槃経を説いた後に華厳経を説いた」という文がある。これは、「最初に華厳経を説いた」とする文とくいちがっているが、これをどのように考えるのか、という問いを立てられている。
これに対し「無量義経の文は法門の浅深の次第を明かしたものであるのに対し、今ここで明らかにしようとしている経の次第は、あくまでも説法の順序の次第である」と答えられている。
法華経の序品に放光瑞の時・弥勒菩薩.十方世界の諸仏の五時の次第を見る時文殊師利菩薩に問うて云く、「又諸仏聖主師子の経典の微妙第一なることを演説し給うに其の声清浄に柔軟の音を出して諸の菩薩を教え給うこと無数億万なることを覩る
仏が最初に説いたのは華厳経であることを証明する文として、まず法華経序品第一から引用されている。
「放光瑞」というのは序品において法華経説法の序品として六つの瑞相が現われるが、そのうちのひとつである。
これは、仏の眉間の白毫から光が放たれ、東方万八千の仏国土を照らすもので、瑞相であるところから方光瑞という。
この光によって東方のそれぞれの仏国土の様子を霊鷲山の衆生はいながらにして見たのである。すなわち、それぞれの仏国土に六道の衆生や諸々の仏が存在するのを見えたり、それらの諸仏が教法を説法するのが見えたりするのである。
この放光瑞の不思議さに疑問を感じた弥勒菩薩は文殊師利菩薩に質問をするのであるが、それについて偈頌には次のようにある。
すなわち「諸仏、聖主師子を覩たてまつるに、経典の、微妙第一なるを演説したもう。其の声清浄に、柔輭の音を出して、諸の菩薩を教えたまうこと、無数億万に、梵音深妙にして、人をして聞かんと楽わしめ、各世界に於いて、正法を講説するに、種種の因縁をもってし、無量の喩を以って、仏法を証明し、衆生を開悟せしめたもう」と。
この文はあくまでも偈頌の冒頭の一部分であるが、これについて天台大師は法華文句巻三上でつぎのように解説している。
「此には広く説法の相を明かす。謂く頓教を説いて大根性に逗ず。聖主師子とは、即ち此土に廬舎那の像を現ずるが如きなり。教法微妙第一を演説すとは、即ち此土は先ず高山を照らし、華厳経を演ぶるが如きなり」
すなわち、天台大師によれば、この偈頌自体が説法の相、つまり五時の次第を明かしており、ここに引用した偈頌の冒頭の部分は五時のうち頓教を説いたことを示しているというのである。ここで“聖主師子”とは廬舎那、すなわち華厳経の教主の毘廬舎那仏のことである。
仏の説法の第一が華厳経であることを示す文証として法華経の序品の弥勒菩薩の問いの偈頌を引用されたのは、あくまで天台大師の釈に基づかれているのである。
亦方便品に仏自ら初成道の時を説いて云く「我始め道場に坐し樹を観じ亦経行す、乃至・爾の時に諸の梵王及び諸天帝釈・護世四天王及び大自在天並に余の諸の天衆・眷属百千万・恭敬合掌し礼して我に転法輪を請ずと」
次に引用された方便品の文は、釈尊が悟りを達成した菩提樹の下で坐して三七日間にわたって思惟したときの内容を説いたものである。
すなわち、釈尊は、自分が悟った智慧は深遠で細やかで、凡夫の智慧では到底、およばないことにおいて第一であるのに、目先の欲望にとらわれて何も見えなくなっている多くの衆生を、その智慧で解脱させることができるであろうか、と逡巡した。
そのとき、諸の梵王や天帝釈、護世四天王、大自在天、その他百千もの天界の衆生とその眷属たちが、恭敬合掌しながら釈尊に礼しつつ転法輪を講じた。すなわち、悟りの内容を説法してほしいと要請した。というものでる。
天台大師は、仏がこの諸天たちの要請に応じて説いた最初の経こそ華厳経であるとしている。故に、方便品のこの文を文証として揚げられたのである。
華厳経の巻第一に「毘沙門天王(略)月天子(略)日天子(略)釈提桓因(略)大梵(略)摩醯首羅等(略)
華厳経の第一巻、世間浄眼品の冒頭において、会座に集まってきた大衆を列挙しているくだりから、とくに天界の衆生達の代表名を挙げられているところである。
なかでも毘沙門天王は多聞天ともいい、四天王の一つである。釈提桓因は帝釈天、摩醯首羅天は大自在天のことである。
ここに、華厳経の冒頭から諸天の代表名を挙げられたのは、この前の方便品の引用文を挙げられている天界の衆生と一致していることを示されるためである。
すなわち、諸の梵天王や天帝釈など百千の天界の衆生たちが釈尊の最初の説法 華厳経を要請したというのが方便品の引用の内容である。
それと、華厳経の冒頭で、説法を要請した衆生として列挙されている諸天たちの名とが合致していることを明らかにされたのである。
涅槃経に華厳経の時を説いて云く「既に成道し已つて梵天勧請すらく唯願わくば如来当に衆生の為に広く甘露の門を開き給うべし、乃至・梵王復言く世尊・一切衆生に凡そ三種有り所謂・利根・中根・鈍根なり利根は能く受く唯願わくば為に説き給え、仏言く梵王諦に聴け我今当に一切衆生の為に甘露の門を開くべし」亦三十三に華厳経の時を説いて云く「十二部経・修多羅の中の微細の義を我先に已に諸の菩薩の為に説くが如し」
涅槃経から二つの文を引用されているところである。
前文は同巻27・獅子吼菩薩品第11からの引用である。内容は、先の法華経方便品の引用文と同じく、釈尊に説法を要請した有名な梵天勧請の場面でるが、そのとき梵天王が釈尊に要請した際の問答である。
すなわち、衆生といっても利根・中根・鈍根の三種類のあるうち、利根の衆生なら釈尊の悟りの説法を理解できるであろうから、利根のために説法してもらいたい、と梵天王が要請したのを承けて、釈尊は、自分は今から一切衆生に甘露の門を開くであろう、と言って説法したのである。
後の文は同経巻33・迦葉菩薩品第12の文である。
その内容は、経典を12種類に分類したうちの“修多羅”すなわち散文によって教説を叙述した類にあたるなかで、とくに微妙で細やかな法義を釈尊はまず最初に諸の菩薩のために説いた、というものであるが、それが華厳経の説法を表しているといわれているのである。
この引用文を承けて「此くの如き等の文は皆諸仏・世に出で給いて一切経の初めには必ず華厳経を説き給いし証文なり」といわれているのは、「十二部経」の分類は一切の仏の説法に当てはまるからである。
問うて云く無量義経に云く「初めに四諦を説き、乃至・次に方等十二部経・摩訶般若・華厳海空を説く」此くの如き文は般若経の後に華厳経を説くと相違如何、答えて云く浅深の次第なるか或は後分の華厳経なるか、法華経の方便品に一代の次第浅深を列ねて云く「余乗有ること無し(華厳経なり)若は二(般若経なり)若は三(方等経なり)」と此の意なり
ここでは、華厳経が般若経の後に挙げられている無量義経の文を挙げて、最初に華厳経が説かれたとするこれまでの論との相違をどう考えるのか、という問いをまず挙げられている。
無量義経の文は説法品第二で、次のとおりである。
「善男子、初め四諦を説いて声聞を求むる人の為にせしかども、而も八億の諸天来下して、法を聴いて菩提心を発し、中ごろ処処に於いて、甚深の十二因縁を演説して辟支仏を求むる人の為にせしかども、而も無量の衆生菩提心を発し、或いは声聞に住しき、次に方等十二部経、摩訶般若、華厳海空を説いて、菩薩の歴劫辟修行を宣説せしかども」と。
この内容は、釈尊が成道後、四十余年にわたって、さまざまに説法してきたことを述べているところである。
すなわち、声聞を求める衆生に対しては四諦の法門を、辟支仏を求める衆生に対しては十二因縁辟の法門を、更に菩薩道を求める衆生に対しては方等十二部経、摩訶般若波羅密経、華厳経をそれぞれ説いて導いたというものである。
ここでは、華厳経は四諦、十二因縁の法門や般若経の後にその名が挙げられている。これは華厳経を釈尊の最初の説法とする文証と大いに異なっているが、この点をどのように考えるかと問うている。
これに対して、無量義経の文の四諦→十二因縁→方等十二部経→摩訶般若経→華厳経の順番は「浅深の次第なるか」、つまり、説法の順番ではなくあくまでも経の内容の浅きから深きへと配列したものであるのか、あるいは「後分の華厳経なるか」、つまり、釈尊が成道後21日間にわたって説法した華厳経ではなく、その後さまざまな時と場所において頓経を求める機根のために説いた華厳経のことであるか、であると答えている。
すなわち「舎利弗、如来は但一仏乗を以っての故に、衆生の為に法を説きたもう。余乗の若しは二、若しは三有ること無し」とある。この文を大聖人は「一代の次第浅深を列ねた」ものと仰せられている。
だが、同じ浅深の次第でも、無量義経の文とは逆に、ここでは一仏乗→余乗→二→三と高きより低きへと次第している。
故に、大聖人は「余乗」に華厳経を、「二」に般若経を、「三」に方等経を、それぞれ配置されているのである。
また「余乗の若しは二、若しは三有ること無し」との文から、余乗は、二、三いずれにもかぶさることが分かる。したがって「後分の華厳経なるか」という裏づけとも考えられるのである。
第七章 0038:11~0039:05 阿含・方等・般若を明かすtop
| 11 問うて云く華厳経の次に何の経を説き給うや、 答えて云く阿含経を説き給うなり、問うて云く何を以て之を知 12 るや、答えて云く法華経の序品に華厳経の次の経を説いて云く 「若し人・苦に遭うて老病死を厭うには為に涅槃を 13 説く」方便品に云く「即・波羅奈に趣き、乃至・五比丘の為に説く」涅槃経に華厳経の次の経を定めて云く「即・波 14 羅奈国に於て正法輪を転じて中道を宣説す」此等の経文は華厳経より後に阿含経を説くなり。 -----― 問うて云う。華厳経の次に何経を説かれたか。 答えて云う。阿含経を説かれたのである。 問うて云う。何を根拠に、分かるのか。 答えていう。法華経の序品第一に華厳経の次を説いて「もし人が苦にあって老病死を厭う者には、そのために涅槃経を説く」とある。法華経方便品第二に「直ちに波羅奈国に趣き、乃至・五比丘の為に説いた」とある。涅槃経に華厳経の次の経を定めて、「直ちに波羅奈国において正法輪を転じて中道を宣説した」とある。これらの経文は、華厳経より後に阿含経を説いたことを示している。 -----― 15 問うて云く阿含経の後に何の経を説き給うや、 答えて云く方等経なり、問うて云く何を以て之を知るや、答え 16 て云く無量義経に云く「初に四諦を説き乃至・次に方等十二部経を説く」涅槃経に云く「修多羅より方等を出す」 -----― 問うて云う。阿含経の後に何経を説かれたのか。 答えて云う。方等経である。 問うて云う。どうしてそういえるのか。 答えて云う。無量義経に「初めに四諦を説き、乃至・次に方等十二部経を説いた」とあり、涅槃経に「修多羅より方等経を出す」とある。 -----― 17 問うて云く方等とは天竺の語.此には大乗と云う華厳・般若・法華.涅槃等は皆方等なり何ぞ独り方等部に限り方 18 等の名を立つるや、 答えて云く実には華厳・般若・法華等皆方等なり然りと雖も今方等部に於て別して方等の名を 0039 01 立つることは私の義に非ず無量義経・涅槃経の文に顕然たり、 阿含の証果は一向小乗なり次に大乗を説く方等より 02 已後皆大乗と云うと雖も 大乗の始なるが故に初に従つて方等部を方等と云うなり、 例せば十八界の十半は色なり 03 と雖も初に従つて色境の名を立つるが如し。 -----― 問うて云う。方等とはインドの語、中国では大乗と云う。華厳・般若・法華・涅槃等は皆方等である。どうして方等部に限って方等部と名づけるのか。 答えて云う。実には華厳・般若・法華等皆、方等である。しかしながら今、方等部だけを特別に方等と名づけることは私の意見ではない。無量義経・涅槃経の文に明白である。阿含における証得の果は一向小乗であり、次に大乗を説いたのである。方等より以後、すべて大乗と云うけれども、大乗の初めであるゆえに、初めにしたがって方等部を方等と云うにである。例えば十八界の十と半は色であるが、初めの色によって色境と名づけるのと同じである。 -----― 04 問うて云く方等部の諸経の後に何の経を説き給うや、 答えて云く般若経なり、問うて云く何を以て之を知るや 05 答えて云く涅槃経に云く「方等より般若を出す」 -----― 問うて云う。方等部の諸経の後に何経を説かれたのか。 答えて云う。般若経である。 問うて云う。どうしてそういえるのか。 答えて云う。涅槃経に「方等より般若を出す」とある。 |
阿含経
釈迦一代の教説を天台が五時に判じたなかで、最初の華厳時の次に説かれた経。時を阿含時、説かれた経を阿含経という。阿含は梵語アーガマ(āgama)の音写。法帰・法本・法蔵・蔵等と訳す。仏の教説を集めたものという意味。増一阿含経50巻・中阿含経60巻・雑阿含経50巻・長阿含経22巻からなり、四阿含経ともいう。結経は遺教経、説処は波羅奈国鹿野苑で、陳如等五人のために、三蔵教の四諦の法輪を説いたもの。したがって、釈尊説法中もっとも低い教えである。
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苦
梵語ドゥフカ(Duhkha)の訳で、苦しみ、心身を悩ます不快のこと。身と心を区別して、身に感ずる苦と、心に感ずる憂に分ける場合もある。楽に対する語で種々に分類されている。①二苦。老病死など自己の身心から起こる苦と外部から受ける苦の二つ。更に外苦には、悪人・獣などによる害苦と風雨寒熱など自然による災害の二種がある。②三苦。1.風水害・天災など好ましくない対象から感ずる苦、2.好ましい対象が崩れる時に感ずる苦、3.森羅万象が無常に感ずる苦。③四苦。生・老・病・死の四苦。④八苦。生・老・病・死の四苦に、愛別離苦・怨憎会苦・求不得苦・五陰盛苦を加えた八つの苦しみ。生老病死を一苦とし、五苦とする場合もある。⑤十苦。生苦・老苦・病苦・死苦・愁苦・怨苦・苦受・憂苦・病悩苦・流転大苦。⑥瑜伽論で説く110苦。⑦老・病・死を三種の身苦、貧・瞋・癡を三種の心苦ということもある。⑧苦の迷界は有漏から起こるので有漏の異名として用いられる。⑨三道(煩悩・業・苦)のひとつ。⑩四諦(苦・集・滅・道)のひとつ。⑪涅槃経には上苦・中苦・下苦の三種が説かれている。
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老病死
生・老・病・死の四苦から生苦を除いたもの。
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涅槃
梵語(nirvāana)滅・滅度・寂滅・円寂と訳す。生死の境を出離すること。また自由・安楽・清浄・平和・永遠を備えた幸福境界をいい、慈悲・智慧・福徳・寿命の万徳を具備している境涯ともいえる。①外道では、六行観によって悲想天に達すれば、涅槃を成就できると考えた。②小乗仏教では煩悩を断じ灰身滅智すること。③権大乗では他方の浄土へ往生すること。④法華経では三大秘法の御本尊を信ずることによって、煩悩即菩提・生死即涅槃を証することができると説く。
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波羅奈
波羅奈国のこと。ヴァーラーナシー(vārānasī)の音訳。古代インドの国名。釈尊が成道後、はじめて四諦を説いた鹿野苑はこの国にある。
―――
五比丘
釈尊成道の後、最初に教化を受けた五人の比丘のこと。阿若憍陳如 ・阿湿婆恃・跋提梨過・婆沙波・摩訶那摩の五人。この五人は釈尊に奉仕して共に苦行したが、釈尊が苦行を捨てたのを堕落とみなし、釈尊のもとを去って波羅奈国鹿野苑に赴き苦行を続けた。後に釈尊が成道して鹿野苑に至ったとき、この五人は釈尊の説法を聞いて、釈尊最初の弟子となった。
―――
正法輪
仏の正しい説法のこと。法輪は仏の教えの意で、仏の説く正法が一切の悪を砕き、車輪のごとく転じて他に伝えるさまをたとえたもの。
―――
中道
苦楽の二受や有無の二辺、断常の二見などの両極端に執着しない不偏にして中正の道をいう。①快楽主義と苦行主義の二つの生き方を捨てること。②竜樹の中道論では空こそ生滅・有無等の両辺を超越した諸法のありのままの姿であり、これを中道としている。③天台は空仮中の三諦・円融に基づく中道を説いた。④日蓮大聖人は一生成仏抄のなかで、次のように述べられている。「有無の二の語も及ばず有無の二の心も及ばず有無に非ずして而も有無に徧して中道一実の妙体にして不思議なるを妙とは名くるなり、此の妙なる心を名けて法とも云うなり」(0384-08)と。非有非無の中道の理の本体を妙法蓮華経とするのである。
―――
宣説
法を説くこと。法を弘めること。
―――
方等経
釈迦一代教法のうち方等部に属する経。
―――
方等
方等経のこと。方とは方正、等とは平等にして中道の理。したがって方等とは広く大乗経にあたり、ここでは、法華経をさす。
―――
天竺
古来、中国や日本で用いられたインドの呼び名。大唐西域記巻第二には「夫れ天竺の称は異議糺紛せり、舊は身毒と云い或は賢豆と曰えり。今は正音に従って宜しく印度と云うべし」とある。
―――
大乗
仏法において、煩雑な戒律によって立てた法門は、声聞・縁覚の教えで、限られた少数の人々しか救うことができない。これを、生死の彼岸より涅槃の彼岸に渡す乗り物に譬え小乗という。法華経は、一切衆生に皆仏性ありとし、妙境に縁すれば全ての人が成仏得道できると説くので、大乗という。阿含経に対すれば、華厳・阿含・方等・般若は大乗であるが、法華経に対しては小乗となり、三大秘法に対しては、他の一切の仏説は小乗となる。
―――
顕然
明らかで疑う余地がないこと。
―――
阿含の証果
阿含とは、梵語アーマガの音写で、教・伝・法帰等と訳す。伝承された教えの意。釈尊の言行・説法を伝え集成した経蔵全体の総称をいう。ただし、大乗仏教が興ってからは小乗経典の意味に限ってつかわれる。北方系仏教では四阿含といって、増一阿含経・中阿含経・長阿含経・雑阿含経の四つに分類される。阿含経は声聞の最高位である阿羅漢に到ることを証果とするので、三乗の中でも二乗である声聞を正位として説かれた経といえる。
―――
小乗
小乗教のこと。仏典を二つに大別したうちのひとつ。乗とは運乗の義で、教法を迷いの彼岸から悟りの彼岸に運ぶための乗り物にたとえたもの。菩薩道を教えた大乗に対し、小乗とは自己の解脱のみを目的とする声聞・縁覚の道を説き、阿羅漢果を得させる教法、四諦の法門、変わり者、悪人等の意。
―――
十八界の十半
十八界を色心二法に分けた十界半の色法のこと。残りの七界半は心法となる。三蔵教の所説の要であり、凡夫の迷妄を破るために諸法を三通に統合したのが三科である。十八界とは、根・境・識のおのおのに六界の別があるゆえに成ずるのであるが、色心に分けると十界半(眼・耳・鼻・舌・身の五根と色・声・香・味・触による五境、法境のうち無表色)と七界半(意根と法境の表色、眼・耳・鼻・舌・身・意識)となる。十八界について述べると六識(眼・耳・鼻・舌・身・意)、六根(眼・耳・鼻・舌・身・意)、六境(色・声・香・味・触・法)となる。
―――
色
①物質的存在の総称。心に対する語。五陰のひとつ。②変化して壊れ一定の空間を占有して他と相容れない性質のもの。
―――
色境
眼根が認識する対境となる万物・万象のこと。五境のひとつ。これに顕色と形色の二色がある。
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ここでは、大部の経の次第のうち、先の華厳経のあと、阿含経・方等経・般若経の順番に説かれていったことを明かにしている。最初の華厳経についてと同じく、文証によって釈尊の説法の次第が明らかにされている。
まず、華厳経の後にはどの経が説かれたのかという問いを立てられ、阿含経を説かれたと答えられている。
次いで、何を証拠に阿含経であるということが分かるのかと問われている。答えとして法華経の序品第一、方便品第二と涅槃経から、それぞれ三文を挙げられている。
更に、阿含経の後にどの経が説かれたのかという問いを立てられ、方等経を説かれたと答えられている。
そして、何を証拠に方等経であることが分かるのかとの問いを設け、その答えとして無量義経と涅槃経から二文を挙げられている。
次に「方等」という言葉は大乗を意味するから、華厳・般若・法華・涅槃などの各経も大乗に属する経典であるのに、どうして方等部だけに限って「方等」という名を立てるのか、という問いを立てられている。
それに対して、確かにそのとおりであるが、これは大聖人が勝手に「私の義」で言っているのではなく、証拠として挙げた無量義経や涅槃経の文にも明らかなように、阿含経の後に説かれた方等部の経が大乗の初めであるゆえに、初めに限定して、特にこのように名づけられたのである、と答えられている。
最後に、方等部の諸経の後にはどの経が説かれたかという問いを立てられ、般若経が説かれたと答えられている。
更に何を証拠にそれがいえるのかと問われて、その答えとして涅槃経の文を挙げられている。
「若し人・苦に遭うて老病死を厭うには為に涅槃を説く」
法華経の序品第一の文である。
すなわち「若し人苦に遭って、老病死を厭うには為に涅槃経を説いて、諸苦の際を尽くさしめ」とある。
この文の意味するところは、諸の仏が悟りを開いた後は、まず「経典の微妙第一なるを演説し」次いで人々の機根を求めるものに応じて経を説くこと、つまり対機説法を行うことを述べている。
そのなかで、初めに、人々が人生の老・病・死という苦に出あってこれを厭っている場合には、苦からの解脱である涅槃経の境地を説いて、種々の苦を消滅するように説法する、というのが引用文の内容である。これが華厳経のすぐ後に説かれたのが阿含経であるという文証とされる。
なぜなら、涅槃の境地を説いて苦を解脱させることを説いた経こそ阿含経だからである。
方便品に云く「即・波羅奈に趣き、乃至・五比丘の為に説く」
引用文の前後を含めて紹介すると次のようである。
「舎利弗当に知るべし、我聖師子の、深浄微妙の音を聞いて、喜んで南無仏と称う。復是の如き念を作す。我濁悪世に出でたり。諸仏の所説の如く、我も亦随順して行ぜんと。是の事を思惟し已って、即ち波羅奈に趣く。諸法寂滅の相は、言を以って宣ぶべからず。方便力を以っての故に、五比丘の為に説きぬ」と。
この文は釈尊が菩提樹の下で悟った後に21日間、華厳経を説いて思惟し続け、このあと菩提樹の下を発って“波羅奈”の鹿野苑に向かい、そこで五比丘のために説法した、というのである。
ここで、悟りの内容である“諸法寂滅の相”すなわち森羅万象の一切の相がなくなってしまった一味平等の真理は語ることができないので、方便の力をもって五比丘に説法した、と説いている。
鹿野苑での五比丘への説法が阿含経であることはいうまでもない。ゆえに、方便品のこの文は、華厳経の次に阿含経が説かれたということの文証とされたのである。
「即・波羅奈国に於て正法輪を転じて中道を宣説す」
涅槃経巻二十七・師子吼菩薩品第十一の文である。
この文で述べられている、波羅奈国で法輪を転じたということは、先の方便品の文からも明らかなごとく、阿含経である。また、この阿含経でいう「中道」とは、あくまで外道の偏った教えに対しての中道である。
その中道の内容については、涅槃経の引用文の続きに「一切衆生は諸結を破せず、破すること能わざるに非ず。破に非ず不破に非ず、故に中道と名づく、衆生を度せず、度すること能わざるに非ず。是れを中道と名づく」とある。
すなわち、阿含経では苦と楽、有と無、断と常の両極端に偏らない中正の道を説いたのであるが、同じく「中道」といっても、小乗・大乗・権経・実教と、さまざまな内容があり、涅槃経では更に、波羅奈で釈尊は諸々の結を“破せず”と“破すること能わざるに非ず”衆生を“度せず”と“度すること能わざるに非ず”などの中道を説いたとしている。
「初に四諦を説き乃至・次に方等十二部経を説く」
無量義経説法品第二の文である。既に、華厳経を明かす段で引用されていた文である。
前述したように、この経文は必ずしも全面的に釈尊の説法の順序次第を表したものではなく、とくに大乗について挙げている順序は教法の浅深高低を表している。
だが、ここでは阿含経の後に方等経が説かれたとする順序を表す文証として引用されている。この経文は声聞を求める者には苦・集・滅・道の四諦を説き、縁覚を求める者には十二因縁を説き、次に方等十二部経を説くと続いている。
四諦と十二因縁はまさに阿含経の内容であるところから、大聖人は方等経が阿含経の後に説かれた文証とされたのである。
「修多羅より方等を出す」
大般涅槃経巻十四・聖行品の文である。前後を引用すると「善男子、譬えば牛より乳を出し、乳より酪を出し、酪より生蘇を出し、生蘇より熟蘇を出し、熟蘇より醍醐を出す。醍醐は最上なり。若し服する者有らば衆病皆除く。有らゆる諸薬の悉く其の中に入るが如く、善男子、仏も亦是くの如し。仏より十二部経を出し、十二部経より修多羅を出し、修多羅より方等経を出し、方等経より般若波羅密を出し、般若波羅密より大涅槃を出す。猶し醍醐の如し」とある。
この文は一切経を五味に分類しつつ五時の次第について述べた文である。つまり、乳味が十二部経、酪味が修多羅、正蘇味が方等経、熟蘇味が般若波羅密、醍醐味が大涅槃、となっている。
ここから明らかなとおり、方等経が修多羅の阿含経より後に説かれた文証となるのである。
方等と方等部について
方等部を示す段の最後の問答に表されたテーマである。
問いの文中に「方等とは天竺の語・此には大乗と云う」とあるように、方等とはインドの梵語vaipulyaの訳語である。vaipulyaは「毘仏略」と音訳されるが、その意味は「広大な」「大方広大」ということであるから、ここから「方等」とも「方広」とも意訳する。実際には大乗や大乗経典のことをさしている。
ところで、方等が以上のような意味ならば、これまで挙げた華厳経やこれから挙げられる般若経・法華経・涅槃経等も皆方等といってよいことになるから、何ゆえに「方等部」として阿含経に次いで説かれた大乗経典だけに限って「方等部」というのであるか、というのが問いの内容である。
つまり、阿含経の後の「方等部」に限って別して方等の名を立てるのは、日蓮大聖人御自身の勝手な“私の義”ではなく、あくまで無量義経や涅槃経の文を踏まえたうえであると答えられている。無量義経の文は「初に四諦を説き乃至・次に十二部経を説く」、涅槃経の文は「修多羅より方等を出す」という、まえに引用された文をさしておられる。
このように大聖人が勝手にそうしているのでも天台大師が己義でもそうしたものでもなく、経文にあるのに依っておられるのであるが、ではなぜ、経文でそのように使われたかという理由として「阿含の証果は一向小乗なり、次に大乗を説く方等より已後皆大乗と云うと雖も大乗の始なるが故に従って方等部を方等というなり」と説明されている。
すなわち、阿含経に示された修行を因として証得する悟りの果はどこまでも自分だけの悟りに執着し、広大な衆生を救うことを忘れた“小乗”にすぎない。
そこから一歩開いて、自分の悟りだけでなく広大な衆生をも救っていく大乗が続くのであるが、小乗の直後に大乗の初めをとくに方等と名づけて方等部としたのであり、それは18界のうち10界半で、あとの7界半は心法であるが、全部ひっくるめて「色境」と呼ぶのと同じである、と答えられている。
更に、方等部の次に説かれたのが般若部であることを、同じく涅槃経の文を引いて示されている。
第八章 0039:06~0040:04 法華三部経と涅槃経を明かすtop
| 06 問うて云く般若経の後には何の経を説き給うや、 答えて云く無量義経なり、問うて云く何を以て之を知るや、 07 答えて云く仁王経に云く「二十九年中」無量義経に云く「四十余年」問うて云く無量義経には般若経の後に華厳経を 08 列ね涅槃経には般若経の後に涅槃経を列ぬ、 今の所立の次第は般若経の後に無量義経を列ぬる相違如何、 答えて 09 云く涅槃経第十四の文を見るに 涅槃経已前の諸経を列ねて涅槃経に対して勝劣を論じ而も法華経を挙げず、 第九 10 の巻に於て法華経は涅槃経より已前なりと之を定め給う、 法華経の序品を見るに 無量義経は法華経の序分なり、 11 無量義経には般若の次に華厳経を列ぬれども華厳経を初時に遣れば般若経の後は無量義経なり。 -----― 問うて云う。般若経の後には何経を説かれたのか。 答えて云う。無量義経である。 問うて云う。どうしてそういえるのか。 答えて云う。仁王経に「如来成道して二十九年、すでに我がために摩訶般若経を説かれた」とあり、無量義経に「四十余年には末だ真実を顕わさない」とある。 問うて云う。無量義経には般若経の後に華厳経を並べており、涅槃経には般若経の後に涅槃経を並べている。今の所立の順序は般若経の後に無量義経を並べている。その相違はどうか。 答えて云う。涅槃経の第十四の文を見ると、涅槃経以前の諸経を並べて涅槃経に対して勝劣を論じているが、法華経については挙げていない。第九の巻においては、法華経は涅槃経より以前であると定められている。華経の序品を見ると、 無量義経は法華経の序分である。無量義経には般若経の次に華厳経を並べているが、華厳経を初時に位置づけると般若経の後は無量義経となる。 -----― 12 問うて云く無量義経の後に何の経を説き給うや、答えて云く法華経を説き給うなり、問うて云く何を以て之を知 13 るや、 答えて云く法華経の序品に云く 「諸の菩薩の為に大乗経の無量義・教菩薩法・仏所護念と名づくるを説き 14 給う、仏此の経を説き已つて結跏趺坐し無量義処三昧に入る」 -----― 問うて云う。無量義経の後に何経を説かれたか。 答えて云う。法華経を説かれたのである。 問うて云う。どうしてこれを知るのか。 答えて云う。法華経の序品に「諸の菩薩のために無量義・教菩薩法・仏所護念と名づける大乗経典を説かれた。仏はこの経を説きおわって結跏趺坐し無量義処三昧に入った」とある。 -----― 15 問うて云く法華経の後に何の経を説き給うや、 答えて云く普賢経を説き給うなり、問うて云く何を以て之を知 16 るや、答えて云く普賢経に云く「卻て後・三月我当に般涅槃すべし、 乃至・如来昔・耆闍崛山及び余の住処に於て 17 已に広く一実の道を分別し今も此の処に於てす」 -----― 問うて云う。法華経の後に何経を説かれたか。 答えて云う。普賢経を説かれたのである。 問うて云う。どうしてそういえるのか。 答えて云う。普賢経に「この後、三月たって我はまさに涅槃にはいるであろう。乃至、如来は昔、耆闍崛山および他の住所で、すでに広く一乗真実の道を分別し、今もこのところで説法している」とある。 -----― 18 問うて云く普賢経の後に何の経を説き給うや、 答えて云く涅槃経を説き給うなり、問うて云く何を以て之を知 0040 01 るや、答えて云く普賢経に云く 「卻て後・三月我当に般涅槃すべし」涅槃経三十に云く「如来何が故ぞ二月に涅槃 02 し給うや、亦・如来は初生・出家・成道・転法輪皆八日を以てす何ぞ仏の涅槃独り十五日なるやと云う」と大部の経 03 大概是くの如し 此より已外諸の大小乗経は次第不定なり、 或は阿含経より已後に華厳経を説き法華経より已後に 04 方等般若を説く皆義類を以て之を収めて一処に置くべし。 -----― 問うて云う。普賢経の後に何経を説かれたのか。 答えて云う。涅槃経を説かれたのである。 問うて云う。どうしてそういえるのか。 答えて云う。普賢経に「この後、三月たって我はまさに涅槃に入るであろう」とあり、涅槃経の巻三十に「如来は、どうして二月に涅槃されるのか。また如来は誕生・出家・成道・転法輪は皆、八日であったのに、どうして涅槃だけは十五日なのかという」とある。 大部の経の大略は、このようである。これよりほかの諸の大乗経・小乗経は順序不定で、あるいは阿含経より以後に華厳経を説いたり、法華経より以後に方等経・般若経を説いたりしているが、それらは皆、その共通性をみて、以上の五時の大部の経に収めて五時のなかのいずれかの一所に配すべきである。 |
仁王経
釈尊一代五時のうち盤若部の結経である。恌秦の鳩摩羅什(0334~0413)訳の「仏説仁王般若波羅蜜経」と、唐の不空三蔵(0705~0774)訳の「仁王護国般若波羅蜜経」がある。羅什訳のほうが広く用いられている。この仁王経は、仁徳ある帝王が般若波羅蜜を受持し政道を行ずれば、三災七難が起こらず「万民豊楽、国土安穏」となると説かれている。このゆえに、法華経、金光明経とともに、護国の三部経として広く尊崇された。般若波羅蜜とは、菩薩行の六波羅蜜の一つであるが、般若とは智慧で、その実体は法華経文底秘沈の大法を信じ、以信代慧によって知恵を得ることである。末法においては、この三大秘法を受持して広宣流布することが般若波羅蜜を行ずることになる。法蓮抄には「夫れ天地は国の明鏡なり今此の国に天災地夭あり知るべし国主に失ありと云う事を鏡にうかべたれば之を諍うべからず国主・ 小禍のある時は天鏡に小災見ゆ今の大災は当に知るべし大禍ありと云う事を、仁王経には小難は無量なり中難は二十九・ 大難は七とあり此の経をば一には仁王と名づけ二には天地鏡と名づく、此の国主を天地鏡に移して見るに明白なり、又此の経文に云く『聖人去らん時は七難必ず起る』等云云、当に知るべし此の国に大聖人有りと、又知るべし彼の聖人を国主信ぜずと云う事を」とある。
―――
四十余年
釈迦50年の説法のうち、初めの42年の教えは方便権教で、真実をあらわさない教えであり、最後の8年間において法華経で真実を説いているのである。
―――
今の所立の次第
天台大師、日蓮大聖人が立てるところの順序。釈尊一代聖教の説法の順序は華厳・阿含・方等・般若・法華開経無量義経・法華・普賢・涅槃経と立てている。
―――
無量義
無料無数の義で、あらゆる教説、なかんずく大乗経典をいう。また実相の体は、はかることのできない義を有するゆえに、実相をさして無量義ともいう。
―――
教菩薩法
菩薩を教化するための法。妙法蓮華経の異名。宝塔品には「善い哉善い哉釈迦牟尼世尊、能く平等大慧、教菩薩法、仏所護念の妙法華経を以って、大衆の為に説きたまう」とある。
―――
仏所護念
「仏の護念する所」と読む。妙法蓮華経は三世十方の諸仏が護り念じてきた所の教法であるとの意。
―――
結跏趺坐
仏法の座法のひとつ。左足をあげ右の上ももに乗せ、右側をその下側より曲げて左ももの上に乗せる作法で、正座のうちもっとも安定している作法である。
―――
無量義処三昧
無量義を生み出す根源の一法に心を定めて思索する境地のこと。
―――
普賢経
曇摩蜜多訳。0441年までに完成。法華経の結経とされる。普賢菩薩を観ずる方法と、六根の罪を懺悔する方法などを述べたもの。観普賢菩薩行法経。普賢観経。
―――
般涅槃
般泥洹ともいう。寂滅・円寂・入滅のこと。
―――
耆闍崛山
「耆闍」は梵語グリドゥフラータ(Gṛdhrakūṭa)といい、鷲頭・霊鷲と訳す。霊鷲山のこと。中インドの摩竭提国の首都・王舎城の東北にある山。釈尊の説法の地として知られている。
―――
一実の道
一実とは純一無雑・唯一無二の意で、実はまこと・真実の意。①一仏乗・真実義を説く経のこと。法華円教をさす。法華経のみが真実の法である故に「一実」という。②真如と同意。平等無差別の実相をあらわす。この意から一切衆生をことごとく成仏させる法華経を一実の法という。
―――
出家
世俗の家を出て仏門に入ること。在家に対する語。妻子・眷属等の縁を断ち切り仏道修行に励む者のこと。比丘・比丘尼のこと。
―――
成道
仏道を成ずること。八相作仏のひとつ。成仏・得道と同義。最高の幸福境涯を得ることをさす。
―――
転法輪
法輪を転ずるの意で、仏が教法を説くこと。説法。法華文句巻五上には「仏の心中の化他の法を転じて他心に度入するを転法輪と名づく」とある。
―――
仏の涅槃
仏の入滅のこと。
―――
義類
教義の内容によって類別することを意味する。
―――――――――
天台宗の五大部説では、第四・般若時の後には・法華・涅槃時とするのであるが、ここで日蓮大聖人は法華経の部分をさらに無量義経・法華経・普賢経の三部に分けられている。ここでは、般若経の後、無量義経・法華経・普賢経・涅槃経という順序次第で釈尊が説いていった過程を、それぞれ問答を通して明らかにされているのである。
まず、般若経の後に何の経が説かれたかと問い、無量義経であると答えられ、その文証として仁王経と無量義経の二経の文を挙げられている。
次に、無量義経の文では般若経の後に華厳経の名を挙げ、涅槃経の文では般若経の後に涅槃経の名を挙げているが、般若経の後に無量義教が説かれたとするのはこれらと違っている。この相違をどのように考えるべきかとの問いを提出されて、それに答えて、それぞれの意図の違いを示され、説法の次第としては般若経の後に無量義経が説かれたのであると述べられている。
次いで無量義経の後には何の経がとかれたのかと問い、法華経が説かれたと答えられ、その文証として法華経序品の文を挙げられている。
更に、法華経の後には何の経が説かれたのかと問い、普賢経が説かれたと答えられ、その文証して普賢経の文を挙げられている。
最後に、普賢経の後に何の経が説かれたかと問い、涅槃経が説かれたと答えられ、文証として普賢経と涅槃経の二経の文を挙げられている。
仁王経に云く「二十九年中」無量義経に云く「四十余年」
いずれも涅槃経の後に無量義経が説かれたとする文証として挙げられた文である。
初めの仁王経の文は、仏説仁王般若波羅密経巻上・序品第一からの引用である。すなわち「大覚世尊は、前に已に我等大衆の為に、29年に摩訶般若波羅密・金剛般若波羅密・天王問般若波羅密・光讃嘆般若波羅密を説き給う」とある。
何故文中の「二十九年中」というものが般若経の後に無量義経が説かれたことを示す文証になるかといえば、次のような計算になるものと考えられる。
釈尊は悟達後、まず21日間で華厳経を説き、次の阿含経は12年間の間説かれたことになっているから、方等部を29年間の中に入れて計算すると、無量義経は42年目に説かれたということになるのである。
これで、無量義経説法品に「四十余年には末だ真実を顕さず」と説かれているのと合致することになる。ゆえに、上の二経の文を文証として引用されたのである。
涅槃経第十四の文・第九の巻に於て・法華経の序品
無量義経説法品第二では「次に方等十二部経、摩訶般若、華厳海空」と説いて、摩訶般若の後に華厳経の名を挙げており、また涅槃経第十四・聖行品では「般若波羅密従り大涅槃を出す」と説いており、般若波羅密の後に大涅槃の名を挙げている。これら二経の文は般若経の後に無量義経が説かれたとする順序次第とは相違している。この相違をどのように考えるのかという問いに対して、涅槃経巻十四の文・同経巻第九の文・法華経序品の三文を挙げて答えられているところである。
初めに、涅槃経巻十四・聖行品では、一切聖教を五味に譬えている。
つまり、涅槃経以前の諸経を前四味に譬え、涅槃経自体を醍醐味に譬えている。すなわち涅槃経は勝れ、涅槃経以前の諸経は劣るのである。
しかし、本文に「涅槃経已前の諸経を列ねて涅槃経に対して勝劣を論じ而も法華経を挙げず」とあるように、説法の次第ではなく涅槃経と諸経との勝劣を述べたもので、しかも、法華経は別扱いしているのである。
また同経巻九・如来性品では「法花の中の八千の声聞の如きは記別を受くることを得て大果実を成ず、秋に収めて冬に蔵し更に所作無きが如し」と説いている。
この文は、八千の声聞に記別を授けた法花は大果実を成じたようなもので、涅槃経は、それを蔵に収めて「更に所作無き」状態のようなものだといっている。
そこで、本文で「法華経は涅槃経より已前なりと之を定め給う」と仰せのように、法華経が涅槃経の前に説かれたことの明らかな証文となっているのである。
さらに法華経序品では「諸の菩薩の為に、大乗経の、無量義、教菩薩法、仏所護念と名づくるに説きたもう。仏、此の経を説き已って」とあるように、無量義経を説き終わった後に法華経を説こうとしていることは明らかである。
ゆえに本文に「無量義経は法華経の序文なり」と仰せられたのである。
以上の三文から、さきの問いに対して「無量義経には般若の次に華厳経を列ぬれども華厳経を初時に遣れば般若経の後は無量義経なり」と答えられている。
すなわち、三つの経文から明らかになったことは、法華経は涅槃経より以前に説かれたということと、無量義経は法華経の序分であるということである。
普賢経に云く「卻て後・三月我当に般涅槃すべし、乃至・如来昔・耆闍崛山及び余の住処に於て已に広く一実の道を分別し今も此の処に於てす」
法華経の後に普賢経が説かれたことを示す文証である。
普賢経の引用文はまず、釈尊が三ヵ月後に涅槃に入ると述べたものである。ゆえに入滅直前の一日一夜の説法である涅槃経の前であることは明らかである。
そして耆闍崛山の説法である法華経を「昔」としていることから、この普賢経が法華経より後であることは明らかである。
涅槃経三十に云く「如来何が故ぞ二月に涅槃し給うや、亦・如来は初生・出家・成道・転法輪皆八日を以てす何ぞ仏の涅槃独り十五日なるやと云う」
普賢経の後に涅槃経が説かれたことを示す文証である。
涅槃経の引用文は涅槃経巻三十・獅子吼菩薩品である。
少し詳細に引用するとつぎのようになる。すなわち「獅子吼の言さく『世尊、如来何が故に二月涅槃したもう』『善男子、二月は春と名づく。春陽の月は万物生長し、種種根栽し、花果敷栄し、江河盈満し、百獣孚乳す。是の時、衆生多く常想を生ず。衆生の是くの如きの常心を破せんが為に、一切法悉く是れ無常と説き、唯如来は常住不変と説く。善男子、六時の中に於いて孟冬枯悴は衆愛楽せず、陽春和液は人の貧愛する所なり。衆生の世間の楽を破せんが為の故に常、楽を演説す。我、浄も亦爾なり、如来は世我、世浄を破せんが為の故に、如来真実我浄と説きたもう。二月と言うは、如来二種の法身を喩う。冬楽わずとは、智者如来の無常、涅槃に入るを楽わず。二月楽うと、智者如来の常・楽・我・浄を楽愛するを喩う。種植とは、諸の衆生法を聞いて歓喜し、阿耨多羅三藐三菩提の心を発し、諸の善根を植うるを喩う。河とは十方の諸の大菩薩、我が所に来詣して、是くの如き大涅槃典を諮受するを喩う。百獣孚乳とは、我が弟子、諸の善根を生ずるを喩う。花は七覚を喩え、果は四果を喩う。是の義を以っての故に、我、二月に於いて大涅槃に入る』獅子吼言さく『如来初生・出家・成道・転妙法輪、皆、八日を以ってす。何が故に涅槃独り十五日なるや』仏の言く『善い哉善い哉、善男子、十五日は虧盈無きが如く、諸仏如来も亦復是くの如し。大涅槃に入って虧盈有ること無し。是の義を以っての故に、十五日に於いて般涅槃に入る』」とある。
内容は、獅子吼菩薩が如来は何ゆえに二月に涅槃するのか、と問うたのに対し、仏は二月が陽春の季節であるという意義を明らかにしながら、また、二月を“二種の法身”に譬えながら、二月に涅槃に入る理由を明らかにしている。
なお、二種の法身とは、法そのものを表わす法身と、その法が衆生救済のために具体的な肉体を伴った仏として表われた身とを指す。
ここでは二月の陽春を涅槃の時として選んだのは、あくまで、冬に譬えられる無常ではなく、春の万物の生長に譬えられている。常・楽・我・浄を願ったからである、としている。
次に、獅子吼菩薩が、如来の初生は4月8日、出家と成道が12月8日、転法輪が8月8日というように、記念すべき出来事の日付が皆8日なのに、どうして涅槃の日付だけが15日なのか、と問うている。
これに対して仏は、15日の月は満月で“虧盈”すなわち、満ち欠けがないように、如来も大涅槃に入って虧盈がない、つまり常住の生命であることを意味して15日に涅槃に入るのである、と答えている。
涅槃経については仏陀の涅槃の直前に説かれたものであることはその内容から明白であり、ここではその涅槃の「2月15日」という月日の意義についての文が引かれている。
此より已外諸の大小乗経は次第不定なり、或は阿含経より已後に華厳経を説き法華経より已後に方等般若を説く皆義類を以て之を収めて一処に置くべし
「此より已外」というのは、釈尊の説法の順序次第をしめすために挙げられてきた華厳経→阿含経→方等経→般若経→無量義経→法華経→普賢経→涅槃経以外の大乗経や小乗経の経典のことである。それらは「次第不定」、つまり、説法の順序次第がはっきりと決まらない。
しかし、それらの次第不定の経典については「皆義類を以て之を収めて一処に置くべし」と結論されている。
“義類を以て之を収めて”とは、たとえば教の内容が華厳経的ならば大部の華厳部に収め、阿含経的な教えならば大部の阿含部に収めるといったように、五部のどれか一処に位置づけるべきであると仰せられている。
第九章 0040:05~0040:13 無量義経と爾前経の浅深を明かすtop
| 05 第二に諸経の浅深を明さば、無量義経に云く「初に四諦を説き阿含次に方等十二部経.摩訶般若.華厳海空を説き 06 菩薩の歴劫修行を宣説す」亦云く「四十余年には未だ真実を顕わさず」又云く「無量義経は尊く過上無し」此等の文 07 の如くんば四十余年の諸経は無量義経に劣ること疑い無き者なり。 -----― 第二に諸経の浅深を明かすならば、無量義経に「初めに四諦を説き(阿含)、次に方等十二部経、摩訶般若・華厳海空を説き、菩薩の歴劫修行を宣説する」、また「四十余年には未だ真実を顕さない」また、「無量義経は尊この上に過ぎるものはない」とある。これらの文によれば、四十余年の諸経は無量義経に劣ることは疑いないものである。 -----― 08 問うて云く密厳経に云く「一切経の中に勝れたり」大雲経に云く「諸経の転輪聖王なり」金光明経に云く「諸経の 09 中の王なり」と 此等の文を見るに諸大乗経の常の習なり 何ぞ一文を瞻て無量義経は四十余年の諸経に勝ると云う 10 や、 答えて云く教主釈尊若し諸経に於て互に勝劣を説かずんば・大小乗の差別・権実の不同有るべからず、若し実 11 に差別無きに互に差別浅深等を説かば 諍論の根源・悪業起罪の因縁なり、 爾前の諸経の第一は縁に随つて不定な 12 り或は小乗の諸経に対して第一と或は報身の寿を説くに諸経の第一なり 或は俗諦・真諦・中諦等を説くに第一なり 13 と一切の第一に非ず、今の無量義経の如きは四十余年の諸経に対して第一なり。 -----― 問うて云う。密厳経に「一切の中に勝れている」とあり、大雲経に「諸経の転法輪の聖王である」とあり、金光明経に「諸経の中の王である」とある。 これらの文を見ると、諸大乗経の常例である。どうして一文をみて、無量義経は四十余年の諸経に勝ると云うのか。 答えて云う。教主釈尊が、もし諸経において互に勝劣を説かなければ、大乗・小乗の差別、権経・実教の不同はあるはずがない。 もし実際に差別が無いのに互いに差別・浅深などを説くならば、諍論の根源であり、悪業をつくり罪を起こす原因となる。 爾前の諸経でいう第一とは縁に随って一定ではない。小乗の諸経に対して第一といい、あるいは報身如来の寿命を説くところが諸経の第一であり、あるいは俗諦・真諦・中諦などを説くところの第一であるということであって、一切の第一ではない。今の無量義経は四十余年の諸経に対して第一なのである。 |
歴劫修行
爾前の諸経の菩薩・二乗が無量劫にわたって修行すること。小乗の菩薩は三僧祇、通教の菩薩は動踰塵劫、別教の菩薩は多倶低劫などと修行の時節を定め、初発心から得道までの長い期間にわたって菩薩道を行じていくこ。
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密厳経
法相宗が依経とする経。二訳がある。①唐の不空三蔵訳・大乗蜜権教3巻。②唐の地婆訶羅訳・大乗蜜権教3巻。
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一切経
釈尊が一代五十年間に説いた一切の経のこと。一代蔵経、大蔵経ともいう。また仏教の経・律・論の三蔵を含む経典および論釈の総称としても使われる。古くは仏典を三蔵と称したが、後に三蔵の分類に入りきれない経典・論釈がでてきたため一切経・大蔵経と称するようになった。
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大雲経
北凉の曇無識の訳。大方等夢想経のこと。
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転輪聖王
インド古来の伝説で武力を用いず正法をもって全世界を統治するとされる理想の王。七宝および三十二相をそなえるという。人界の王で、天から輪宝を感得し、これを転じて一切の障害を粉砕し、四方を調伏するのでこの名がある。その輪宝に金銀銅鉄の四種があって、金輪王は四州、銀輪王は東西南の三州、銅輪王は東南の二州、鉄輪王は南閻浮提の一州を領するといわれる。
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金光明経
釈尊一代説法中の方等部に属する経。正法が流布するところは、四天王はじめ諸天善神がよくその国を守り、利益し、国に災厄がなく、人々が幸福になると説いている。訳には五種がある。①金光明経、四巻十八品、北涼の曇無讖訳、北涼の元始年中②金光明更広大弁才陀羅尼経、五巻二十品、北周の耶舍崛多訳、後周の武帝代③金光明帝王経、七巻十八品、梁の真諦訳、梁の大清元年④合部金光明経、八巻二十四品、隋の闍那崛多訳、大隋の開皇17年⑤金光明最勝王経、十巻三十一品、唐の義浄訳、周の長安3年。このうち、①には吉蔵の疏があり、天台大師が法華玄義二巻、法華文句六巻にこの経を疏釈しているため、広く用いられている。わが国では聖武天皇が国分寺を全国に建てたとき、妙法蓮華経と⑤金光明最勝王経を安置した。大聖人が用いられているのは①と⑤である。
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教主釈尊
一代聖教の教主である釈尊のこと。釈尊には六種、蔵教・通教・別教・法華迹門・法華本門・文底独一本門の釈尊があるが、釈尊教主は教法の主導の意で、法華文底独一本門の教主、日蓮大聖人のこと。ただし御文によってまれに、インド応誕の釈迦仏をさす場合もある。
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諍論の根源
正邪・是非を論じあうことの根本。
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悪業起罪の因縁
悪業をつくり、罪を起こす因縁。悪業とは身・口・意にわたる悪い行為・行動。苦果を受ける業因となる。悪業には十悪・十四誹謗・五逆・誹謗正法などがあるが、この中でも五逆と誹謗正法は最悪で、無間地獄に堕ちるとされる。因縁とは因と縁。結果を生ずべき内的な直接の原因を因といい、因を助けて結果に至らしめる外的な関節の原因を縁という。一切の現象は、因と縁が和合して生滅を繰り返すとする。縁起ともいう。
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爾前の諸経
爾の前の経の意で、法華経已前に説かれた諸経のこと。釈尊50年の説法中、前42年に説かれた諸経。
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不定
①一定しないこと。②意外なこと。
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報身の寿
報身は法身如来の略で、仏の三身の一つ。因行の功徳によってあらわれ、真理を体得する仏の能証の智慧身。寿は寿命をあらわす。
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俗諦
世間一般で認められる真実。世間の道理。
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真諦
絶対不変の真理。究極の真実。第一義諦。勝義諦。
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中諦
中道という真理。三諦のひとつ。中道第一義諦という。俗諦と真諦、有諦と空諦の二辺に執着しない中正の真理。諦はつまびらか、あきらか、真実にして不虚の意。すべては因縁によって仮に存在しているゆえに空であり、空という固定的な体ももたないゆえに、空もまた空である。したがって、仮と空を、ともに否定して偏執のないところに真実があり、これを中という。ただし別教の中諦は、空・仮を超越し、隔歴して立てるから但中といい、円教の中諦は空と仮と相互に融け合い、相即して立てるから三諦即一の中諦という。
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ここからは、大文第一の「如来の経教に於て権実二教を定むることを明す」のうち第二段、「諸経の浅深を明かす」の内容に入っていくのである。
ここでは無量義経と爾前の諸経の高低浅深が明かされる。まず、無量義経から三つの文を挙げられている。すなわち、これまでも引用された説法品第二から二文、十功徳品から一文である。それらの経文では、爾前40余年の間に説かれた諸経は無量義経に劣るということが明らかにされているところから「四十余年の諸経では無量義経に劣ること疑い無き者なり」と仰せられている。
次いで、一つの問答を立てられる。問いの内容は“密厳経・大雲経・金光明経の文を引用して、これらの経も一番勝れていると主張しており、「我れ最も勝れたり」という文は「諸大乗経の常の習」で、そういう文があるから最も勝れると判断することはできないはずである。それなのに、どうして無量義経の文から無量義経だけが勝れていると言えるのか”と難じているのである。
これに対して“教主釈尊が種々の経のなかで勝劣を説かなかったならば、大乗経と小乗経、権経と実経などの区別もないことになる。もし、実際には諸経で区別がないのに釈尊が区別や勝劣浅深を説いたとするならば、それこそ争いの種や悪業を引き起こす因縁を仏自ら人々に与えるようなもので、そんなことはあるはずがない”と答えられ、諸経に厳然と勝劣の存在することを明らかにされている。
ところで、諸経が自らの経を第一と主張していることは「縁に随って不定」で、何について第一と言っているのかによって、さまざまである。例えば、小乗の諸経に対して自らが第一と主張したり、三身のうちの報身の寿命の長さをもって第一と主張したり、また、空・仮・中の三諦を説いていることをもって第一としている。などである。
これに対して、無量義経で第一なりといっているのは40余年の諸経の全体を対象にして言っているので、諸経の第一が部分的なものであるのとは次元が全く異なると仰せられ、無量義経の文を「無量義経が他の経に比して第一である」との文証として引用することの正当性を論証されている。
無量義経に云く「初に四諦を説き阿含次に方等十二部経・摩訶般若・華厳海空を説き菩薩の歴劫修行を宣説す」亦云く「四十余年には未だ真実を顕わさず」
無量義経説法品第二の文である。「初め四諦を説いて(中略)次に方等十二部経・摩訶般若・華厳海空を説いて、菩薩の歴劫修行を宣説せしかども」とある。この二つの文で、無量義経がこれまでの爾前諸経に勝れるとの文証になっている。はじめの「初に四諦を説き…歴劫修行を宣説す」の文は、前にも示されたように、爾前の説法の次第を挙げたものである。
すなわち、四諦→方等十二部経→摩訶般若→華厳海空というように。だが、ここでは「菩薩の歴劫修行を宣説す」という文が新たに加えられ引用されているように、あくまで阿含経に勝れた大乗経としての方等十二部経・般若経・華厳経が、いずれも菩薩の歴劫修行を説いていると一括しているところである。
それらをまとめて「四十余年には未だ真実を顕わさず」として、打ち消しているのでる。では、これらの歴劫修行の教えに対して無量義経はどうかというと、同じ無量義経説法品第二に「菩薩摩訶薩、若し疾く無上菩提を成ぜんと欲せば、応当に是の如き甚深無上大乗無量義経を修学すべし」とある。つまり、菩薩は無量義経を修学することによって疾く無上の菩提を成就することができる、といっているのであり、歴劫修行の爾前経とは根本的に異なることが明らかである。
密厳経に云く「一切経の中に勝れたり」
大乗厳密経巻上の文である。「十地花厳等、大樹と神通と、勝鬘及び余経は皆此の経より出づ。是くの如く厳密経は一切経の中に勝れたり」とある。
この経文で、十地とは華厳経のなかの十地品、花厳は華厳経、大樹は大樹緊那羅王所問経、神通は大乗不思議神通境界経、勝鬘は勝鬘経のことである。
文脈からいって「一切経の中に勝れたり」の一切経とは、いま挙げた十地以下の諸経だけをさしていることらかであり、無量義経のように40余年の諸経をさしていないことも明らかである。
大雲経に云く「諸経の転輪聖王なり」
大方等無想経巻二の文である「是の経は即ち諸経の転輪聖王なり。何を以っての故に。是の経典の中に衆生の実性、仏性常住の法蔵を宣説するなり」とある。
このなかで、密厳経が諸経の転輪聖王と主張する理由は、衆生の実性・仏性の常住という教えを説いているからであるとしている。なお、実性とは衆生の本性のことで仏性と同じ意味である。また法蔵とは教えのこと。
ここからも明らかなように、密厳経が自ら諸経の転輪聖王と誇っているのは、あくまで衆生の仏性の常住を説いたことについてである。
金光明経に云く「諸経の中の王なり」
金光明巻第一、序品第一の文である「是の金光明経は諸経の大なり、若し聞く者あらは、即ち能く無上微妙甚深の義を思惟す」とある。
この文の直前に「是くの如く我聞けり。一時、仏、耆闍崛山に住して、是の時、如来、無量甚深法性諸仏行処に遊ぶ。諸菩薩の所行清浄なるを過ぎる」とある。
この経が諸経中の王であると主張しているのは、文脈からいって“無量甚深法性”を掌にして思惟しているということであって、必ずしも一切経のすべてを対象にしているのではないことが分かる。
爾前の諸経の第一は縁に随つて不定なり或は小乗の諸経に対して第一と或は報身の寿を説くに諸経の第一なり
爾前の諸経において自らを“第一”と主張しているのは「縁に随って不定」、すなわち、何に関していうのかという縁=条件によって、さまざまである、ということである。
具体的な例として挙げられているのは、まず「小乗の諸経に対して第一」とする場合である。大乗の諸経が小乗の諸経を相手に自らを第一と主張している場合がこれである。
次に「報身の寿を説くに諸経の第一なり」という場合がある。報身というのは、いうまでもなく因行果徳身で、菩薩の時の誓願や仏道修行の結果が報われて成った仏身であるから、法身が無限であるのに対し、いつ成道したかという始まりがあり、それは仏によって長短がある。この報身に関して、どこまで遡る果と言う違いが経典によって出てくることになる。
また、「俗諦・真諦・中諦を説くに第一なり」というように、ある経が俗諦・真諦・中諦を説いていることにおいて諸経に対して第一と主張している場合もある。
これらの諸経の「第一」がある限られた問題についての「第一」であるのに対して、無量義経の文は、他の経が「歴劫修行」であるのに対し無量義経は「速疾」であることをもって「第一」としている。
この成仏の問題は、仏法の根本であるから、この点での「第一」は、一切についての「第一」となり、したがって一切経に対比しての「第一」となる。
ゆえに、この無量義経の文にも明らかであるが「四十余年の諸経に対して第一なり」と仰せられているのである。
第十章 0040:14~0040:15 法華経と無量義経の浅深明かすtop
| 14 問うて云く法華経と無量義経と何れが勝れたるや、 答えて云く法華経勝れたり、問うて云く何を以て之を知る 15 や、答えて云く無量義経には未だ二乗作仏と久遠実成とを明さず故に法華経に嫌われて今説の中に入るなり。 ―――――― 問うて云う。法華経と無量義経とどちらが勝れているのか。 答えて云う。法華経が勝れている。 問うて云う。何をもってそう言えるのか。 答えて云う。無量義経には未だ二乗作仏と久遠実成とを明かしていない。ゆえに無量義経は法華経に退けられて、已今当の三説のうち今説の中に入れられるのである。 |
二乗作仏
「二乗」とは声聞・縁覚のこと。法華経以前においては二乗界は永久に成仏できないと、厳しく弾呵されてきたが、法華経にはいって初めて三周の声聞(法説周・喩説周・因縁周)が説かれて、成仏が約束されたのである。
―――
久遠実成
釈尊は、法華経如来寿量品第十六で、五百塵点劫の成道を説き、仏の本地を明かした。すなわち、爾前経および法華経迹門ではインドに出世して30歳のとき菩提樹下で初めて成仏したことが説かれ、これを始成正覚という。しかるに本門寿量品では、五百塵点劫という久遠の昔に、すでに仏であったことが説かれている。これを久遠実成といい、長遠の生命を説き明かしたものである。
―――
今説
今、説いている経のこと。釈尊一代の説法の中では、今説とは法華経の開経である無量義経をさす。
―――――――――
ここでは無量義経と法華経の勝劣について、法華経が勝れ無量義経が劣ることが明かされる。
まず、法華経と無量義経のどちらが勝れているかと問い、法華経が勝れていると答えられている。その理由は何かとの次の問いに対して、無量義経は二乗作仏とを久遠実成を明かしていないから、それを明かしている法華経に劣るのであるとされ、このゆえに無量義経は法華経法師品第十で「已に説き、今説き、当に説かん。而も其の中に於いて、この法華経、最も為れ難信難解なり」とあるなかの“今説”の中に入れられて、法華経には及ばないとされたのであると仰せられている。
二乗作仏と久遠実成
法華経迹本二門の根本である。
二乗作仏は法華経迹門で明かされる法門で、爾前40余年では成仏できないとされた声聞・縁覚の二乗が成仏すると説かれたことである。
次の久遠実成は法華経本門如来寿量品第十六で明かされる法門で、釈尊がブッダガヤの菩提樹の下で始めて正覚を成じたという仮の姿を打ち払って、実には五百塵点劫以前の久遠の昔にすでに成道していたことをさす。
迹門と二乗作仏によって、一切衆生の成仏の可能性が明かされたことになり、本門の久遠実成では、一切衆生が根本とすべき仏が明らかにされたこととなる。
また、釈尊の久遠の成道を明かすことにより、成仏の根本の法が、その文底に示されたのである。
法華経に嫌われて今説の中に入るなり
ここに「今説」というのは法華経法師品第十に「我が所説の経典、無量千万億にして、已に説き、今説き、当に説かん。而も其の中に於いて、この法華経、最も為れ難信難解なり」とあるなかの「今説き」のことである。
この法師品の文の意味は、仏の説いた無量千万億という無数の経典群は、大きく「已に説き」「今説き」「当に説かん」の三説に分けられるが、そのなかで、法華経は最も深く究極の教えを説いているので、最も信じ難く理解し難い、ということである。つまり、法華経が一切経のなかで最高の経典であることを述べているのである。
天台大師は法華文句巻八上にこの文を釈して「今初めに已と言うは、大品已上は漸頓の諸経なり。今とは同一の座席にして無量義経を謂うなり」と説いている。
ここでは「已に説き」というのは「大品已上は漸頓の諸経」とあるように、般若経以前の頓教と漸経からなる爾前の諸経のことで「今説き」とは無量義経のこと、そして「当に説かん」は、これから説かれるべき涅槃経を、それぞれさしているとしている。
無量義経は二乗作仏と久遠実成を説いていない点で、法華経に比して劣るゆえに、このように法師品で「已今当」とあるなかの“今説”と位置づけられて法華経より劣るとされるのであると、仰せられている。
先に述べたように、無量義経は爾前経の「歴劫修行」を打ち破っている点で、爾前諸経より一歩勝れるのであるが、もとよりまだ成仏の中身については、明らかにするに至らず、法華経において、迹門・本門と進んで、その実義が明かされるのである。
したがって、無量義経は法華経と対比すると「序文」であり「入り口」にすぎないから、はるかに劣ることになるのである。
第11章 0040:16~0041:06 法華経と涅槃経の浅深明かすtop
| 16 問うて云く法華経と涅槃経と何れが勝れたるや、答えて云く法華経勝るるなり、問うて云く何を以て之を知るや、 17 答えて云く涅槃経に自ら如法華中等と説き更無所作と云う、法華経に当説を指して難信難解と云わざるが故なり。 -----― 問うて云う。法華経と涅槃経とどちらが勝れていつのか。 答えて云う。法華経が勝れている。 問うて云う。どうしてそういえるのか。 答えて云う。涅槃経に自ら「法華の中で八千の声聞が記別を受けたのは、大果実を成ずるが如くである」等と説き「更に所作がないようなものである」とある。法華経に当説である涅槃経を指して難信難解としない理由である。 -----― 18 問うて云く涅槃経の文を見るに 涅槃経已前をば皆邪見なりと云う如何、 答えて云く法華経は如来出世の本懐 0041 01 る故に「今者已満足・今正是其時・然善男子我実成仏已来」等と説く、 但し諸経の勝劣に於ては仏自ら「我所説経 02 典無量千万億」なりと挙げ了つて「已説・今説・当説」等と説く時、 多宝仏・地より涌現して皆是真実と定め分身 03 の諸仏は舌相を梵天に付け給う是くの如く 諸経と法華経との勝劣を定め了んぬ、 此の外・釈迦一仏の所説なれば 04 先後の諸経に対して 法華経の勝劣を論ずべきに非ざるなり、 故に涅槃経に諸経を嫌う中に法華経を入れず法華経 05 は諸経に勝るる由・之を顕わす故なり、 但し邪見の文に至つては法華経を覚知せざる一類の人・涅槃経を聞いて悟 06 を得る故に迦葉童子・自身並に所引を指して涅槃経より已前を邪見等と云うなり経の勝劣を論ずるには非ず。 -----― 問うて云う。涅槃経の文を見ると、涅槃経以前を皆、邪見であるといっているが、どうか。 答えて云う。法華経は如来出世の本懐である故に「今は已に満足した」「今、正しくこれ其の時である」「然るに善男子よ、我は実に成仏して已来、無量無辺百千万億那由佗劫である」等と説いている。 ただし諸教の勝劣においては仏自ら「我が説くとことの経典は無量千万億」である、と挙げて「已に説き・今説き・当に説こう」等と説く時、多宝仏が地より涌現して、妙法華経は皆、これ真実である」と定め分身の諸仏は舌相を梵天に付けられた。このように諸教と法華経との勝劣を定められたのである。 このほか諸経の場合は釈尊一仏の所説であるから、前後の諸教に対して法華経との勝劣を論ずべきではなく、したがって涅槃経を諸教としりぞけるなかに、法華経を入れていないのである。これは法華経が諸教に勝れることを顕わすためなのである。 ただし、邪見であるとした文は、法華経を覚知しない一類の人が涅槃経を聞いて悟りを得た故に、迦葉童子が自身ならびに引率する者を指して涅槃経を聞くより以前は邪見の人であったといっているのであり、経の勝劣を論じたものではない。 |
当説
「当に説く」との意で、涅槃経をさす。
―――
難信難解
法師品には「我が所説の経典、無量千万億にして、已に説き、今説き、当に説かん。而も其の中に於いて、此の法華経、最も為れ難信難解なり」とある。信じがたく解しがたいとで、法華経の信解は及びもつかないほど甚深の義があることを言いあらわしている。易信易解に対する語。
―――
邪見
仏教以外の低級・邪悪な教え。総じて真理にそむく説のこと。外道の輩が仏教を誹謗していう言葉。
―――
如来出世の本懐
如来・仏が世に出現した究極の本意・目的。法華経方便品第二には、「諸仏世尊は唯だ一大事の因縁を以ての故に、世に出現したまうとある。釈尊にとっては法華経二十八品、天台にとっては「摩訶止観」が本懐であった。日蓮大聖人は「宝塔をかきあらはし」た御本尊建立をもって、出世の本懐とされている。
―――
已説・今説・当説
法華経法師品第十に「我が説く所の経典は無量千万億にして、已に説き、今説き、当に説くべし」とある。天台大師はこの文を法華文句巻八上に「今初めに已と言うは、大品已上は漸頓の諸説なり。今とは同一の座席にして無量義経を謂うなり。当とは涅槃を謂うなり」と釈し、「已説」は四十余年の爾前の経々、「今説」は無量義経、「当説」は涅槃経をさすとしている。
―――
一類の人
法華経を悟ることができなかったが、涅槃経を聞いて仏性常住などの悟りを得た同じ仲間の人。
―――
迦葉童子
梵語カーシャパ(kāśyapa)の音写。釈尊の十大弟子のひとり、摩訶迦葉とは別人。涅槃経迦葉菩薩品第12の対告衆。涅槃経では36の質問を発しているが、爾前経の会座にも連ならず、法華経の会座にも漏れた捃拾の機根の者。
―――――――――
ここでは無量義経と法華経の勝劣について、法華経が勝れ無量義経が劣ることが明かされる。
まず、法華経と無量義経のどちらが勝れているかと問い、其れに対して、法華経が勝れていると答えられている。
次に、なぜそれが分かるのかと問い、涅槃経自身が巻九・如来性品第四で「法花の中の八千声聞の如きは記別を受くることを得て大果実を成ず、秋に収め冬に蔵し更に所作無きが如し」と説いていることを挙げられ、法華経の法師品第十で涅槃経は「当説」になり“最も難信難解”の教えではないと答えられている。
次に、涅槃経の巻九・如来性品第四の文中、涅槃経以前の諸経を指して邪見と言っているが、これをどう考えるべきかと問うている。
これに対して、まず法華経こそ仏の出世の本懐であり、ゆえに法師品第十においいて法華経自身が已説・今説・当説の三説を超えた最高の経であることを説いていることを明かされている。
更にはそのことを多宝仏が「皆是真実」と証明し、また分身の諸仏は舌を梵天に付けて証明しているのであって、これによって法華経が諸経に対して勝れていることは決定していると答えられている。
そして、問いの涅槃経の“邪見”の文については、迦葉菩薩とその眷属の人たちが涅槃経を聞いて涅槃経の根本教説である衆生の仏性常住の説を悟ったとき、涅槃経を聞く前の自分たちのことを“邪見の人”であったという言葉であり、経の勝劣を論じたものではないと答えられている。
こうして、日蓮大聖人は諸経の勝劣を順次論じてこられ、遂に法華経が一切経のなかで最上の経であることを論証されたのである。
涅槃経に自ら如法華中等と説き更無所作と云う
大般涅槃経巻九の如来性品第四にある文からの取意である。今、前後の文を引用すると「先花の中の八千声聞の如きは記別を受くることを得て大果実を成ず、秋に収め冬に蔵し更に所作無きが如し」とある。
「如法華中等」というのは引用文中の「法花の中の八千声聞の如きは」にあたり、「更無所作」は「更に所作無きが如し」にあたる。
その意味とするところは、法華経の中で八千の声聞が記別を受けたこと自体、大きな果実が成ったのと同じであり、後はその果実を秋に収めて冬に蔵に収納することで、それ以上なすところがない、と言っている。
この文は前に涅槃経が法華経の後に説かれたことを示す文証として挙げられている。なぜなら、自経の中に法華経のことを紹介していること自体、涅槃経が法華経の後に説かれたことを示しているからである。ここでは法華経が涅槃経より教えが勝れていることを示す証拠として挙げられているのである。
文中から明らかなとおり、法華経で八千の声聞たちが成仏の記別を仏から受けたことを説いたことで、すべての人々を平等に成仏させるという仏の所期の目的は法華経において達成されたのであって、その後に説かれた涅槃経はその果実を蔵に収めてしまって、もはや為すことができないようなものであるということである。
以上のように、涅槃経自らが自分の役割の値打ちを法華経に譲っていることから、この文が法華経に勝れているとの文証となるのである。
法華経に当説を指して難信難解と云わざるが故なり
ここに「当説」とあるのは前にも引用された法華経法師品第十の文に出てくる言葉である。すなわち「我が所説の経典、無量千万億にして、已に説き、今説き、当に説かん。而も其の中に於いて、此の法華経、最も為れ難信難解なり」とあるなかの「当に説かん」がそれであり、涅槃経にあたることは前述のとおりである。
この文では仏の教えの高低浅深を決める基準を、教えの内容から「難信難解」か「易信易解」かに置かれている。この法師品の文は、法華経こそ無量千万億という無数の経のなかで最も難信難解であり最高であると説いているのである。だが、この法華経に対し、已説・今説・当説の三説の経は難信難解にあらずとされており、涅槃経は「当説」にあたることから、涅槃経が法華経より劣ることが明らかな文証となるのである。
「今者已満足・今正是其時・然善男子我実成仏已来」
法華経が如来出世の本懐の経であることを示す法華経自体の文証を挙げられている。初めの「今者已満足」というのは法華経方便品第二に「我が昔の所願の如き、今者は已に満足しぬ」とある文である。
「我が昔の所願」とは、この経文の直前に「我本誓願を立てて、我が如く等しくして異なること無からしめんと欲しき」とあるものである。
つまり、釈尊の誓願とは、一切衆生をして仏の自分と等しい境地にして異なることのないようにしたい、というものであった。言い換えれば、一切衆生を悉く一人も残さず成仏させたいという願いである。
爾前経では永不成仏とされていた声聞・縁覚の二乗に対して、法華経方便品以下の迹門では、二乗も含め一切衆生の成仏が明らかとなったことで、釈尊の昔の願いがかなって、今は已に満足した、というのがこの文の意味するところである。まさに、法華経が釈尊の出世の本懐の経であることを示す有力な文証といえる。
次に「今正是其時」というのは同方便品第二に「末だ曾て説かざる所以は、説時末だ至らざる故なり。今正しく是れ其の時なり、決定して大乗を説く」とある文の一節である。
釈尊がこれまで方便の教えを説いて自らの悟りの法を直接説いてこなかったのは、説く時が末だこなかったからであると語り、今こそ悟りの法を説くべき時が正しくやってきたので必ず大乗を説く、と宣言しているところである。これは明らかに、釈尊がこの法華経で自らの本来の目的を遂げるということを宣言した文証である。
更に「然善男子我実成仏已来」というのは同寿量品第十六に「然るに善男子、我実に成仏してより已来、無量無辺百千万億那由佗劫なり」と述べ久遠実成を明かした文である。
三つの引用文のうち、前の二つの文は迹門であり、この「我実成仏」は本門である。
迹門の文は法華経が出世の本懐でると、いわば効能を述べたものであるが、それに対して、本門の文は、釈尊自身が仏に成ったのはインドに王子として誕生し出家し修行して成道した時点ではなく、既に久遠の昔、無量無辺百千万億那由佗劫において成道したことを宣言した文であり、その出世の本懐である所以の一切衆生成仏の最も根源を明かしたものなのである。それは衆生成仏の本源がここに明かされたことになるからである。
諸経の勝劣に於ては仏自ら「我所説経典無量千万億」なりと挙げ了つて「已説・今説・当説」等と説く
この文は法華経のなかで仏自身が諸経の勝劣を明らかにし、法華経が最上の経であることを明確にした文証として挙げられている。これまで何度も引用されてきた法師品第十の「我が所説の経典、無量百千億にして、已に説き、今説き、当に説かん。而も其の中に於いて、此の法華経、最も為れ難信難解なり」との文である。ここに「我が所説の経典」と言っているように、釈尊の説いた経典は「無量千万億」と無数あり、それを大きく分ければ「已に説き」の爾前経、「今説き」の無量義経、「当に説かん」の涅槃経となる。だがその中で、法華経が最も難信難解であるゆえに最上である、と説いている。
これは仏自身が、一切の教法を対比して法華経が最勝であり如来の出世の本懐の経であることを自ら明らかにした文証としてここに引用されたのである。
多宝仏・地より涌現して皆是真実と定め分身の諸仏は舌相を梵天に付け給う
上の法師品の「已今当」の一節は釈尊が述べた法華最勝の文証であるが、これが釈尊だけの独断ではなく、多宝・十方諸仏も証明したところであることを示されている。
最初の多宝の証明は、法華経見宝塔品第十一で、多宝如来が東方宝浄世界から七宝の中に入ってやってきて地より涌出する。多宝如来は菩薩の時、自分が成仏して滅度した後は十方の国土で法華経を説く所があるならば、宝塔とともにその前に湧現して、法華経の正しいことを証明し「善い哉」と讃嘆する、と誓願した仏である。
こうして、誓願どおりに釈尊が法華経を説法して序品第一から順次、宝塔品第十一に至った時、法華経の説が正しいことを証明するために宝塔が湧出して、多宝如来が「善い哉善い哉釈迦牟尼世尊、能く平等大慧、教菩薩法、仏所護念の妙法華経を以って、大衆の為に説きたもう。是の如し、是の如し。釈迦牟尼世尊、所説の如きは、皆是れ真実なり」と証明したのである。
次いで、分身の諸仏の証明とは法華経神力品第二十一に、釈尊および十方の諸仏が天上界の最上である梵天にまで舌を届かせて仏の説法の真実でることを証明した。すなわち「諸仏救世者、大神通に住して、衆生を悦ばしめんが為の故に、無量の神力を現じたもう。舌相梵天に至り」とある。
これを広長舌相というが、法華経が最勝でるとの先の釈尊の言葉が正しいことの証明としてここに引用されたのである。
是くの如く諸経と法華経との勝劣を定め了んぬ、此の外・釈迦一仏の所説なれば先後の諸経に対して法華経の勝劣を論ずべきに非ざるなり
「是の如く」とは、これまで述べてきた釈尊自身による法華経最勝の文証である。すなわち、法師品に於いて釈尊が已説・今説・当説の三説を超えて法華経が最上であると述べたこと、見宝塔品において多宝仏が証明したこと、更に神力品において釈尊と分身の諸仏が証明したことをさしている。
すなわち、法華経の場合は釈尊、多宝仏、分身の三仏の証明でその最勝が定められている。
それに対し「此の外・釈迦一仏の所説なれば先後の諸経に対して法華経の勝劣を論ずべきに非ざるなり」とあるように、他の経で述べられているのは、どんなに「此の経第一なり」といっていても、釈迦一仏が言っているだけだから、三仏の証明による法華経最勝をくつがえすものとはなりえないということである。
故に涅槃経に諸経を嫌う中に法華経を入れず法華経は諸経に勝るる由・之を顕わす故なり
だからこそ、涅槃経のなかに、涅槃経以前の諸経を劣るとしていても、この「諸経」のなかに法華経は入れられていないのであって、これは、法華経が一切の諸経に勝れていることを顕している。と仰せられている。
そのことは涅槃経自体が法華経の諸経に勝っていることを説いていることからも証明される。その文とは先に引用されたように「法花の中に八千声聞の如きは記別を受くることを得て大果実を成ず。秋に納め冬に蔵し更に所作無きが如し」とある文である。
内容については前に述べたので、ここでは省略するが、要するに法華経が二乗作仏を説くことで大きな果実を実らせたと説き、その後に説かれた涅槃経は、その果実を採って蔵に収納する役割しかない、と説いているところである。つまり、法華経が涅槃経に勝っていることを明らかにしているのである。
但し邪見の文に至つては法華経を覚知せざる一類の人・涅槃経を聞いて悟を得る故に迦葉童子・自身並に所引を指して涅槃経より已前を邪見等と云うなり経の勝劣を論ずるには非ず
ここでは涅槃経の文の「邪見」の意味するところを明らかにされ、問いが見当外れてあることを論証されている。
その文とは大般涅槃経巻七・如来性品第四の文である。
「迦葉菩薩、仏に白して言さく『世尊よ、我今日より始めて正見を得たり。世尊よ、是れより前の我等は悉く邪見の人と名づく』」とある。
この文は、この前の部分で、仏が仏性の常住に関して、常・楽・我・浄の四徳を正しく見ないで逆さまに見る“四顚倒”の一つ一つについて、正しい見方を迦葉菩薩に教示している。
このことを聞いて納得した迦葉菩薩が仏に対して、自分たちは、今日始めて正見を得た、正見を得て見ると、以前の自分たちは四顚倒にとらわれていて、まるで「邪見の人」と名づけられる、と言ったところの文である。
以上から明らかなごとく、この“邪見”の文は法華経の教えを知り悟ることができなかった一類の人たちが、法華経の後に説かれた涅槃経の教えを聞いて仏性常住や常・楽・我・浄の四徳について「正見を得ることができたことに歓喜して、この仏性常住、常楽我浄の説法を聞く前の自分たちの状態を「邪見」にとられた人、と名づけたのにすぎないのであって、問いのように経の勝劣を論じたものではない、と仰せらえている。
第12章 0041:07~0041:18 大・小乗を定めることを明かすtop
| 07 第三に大小乗を定むることを明さば、 問うて云く大小乗の差別如何、答えて云く常途の説の如くんば阿含部の 08 諸経は小乗なり華厳・方等・般若・法華・涅槃等は大乗なり、或は六界を明すは小乗・十界を明すは大乗なり、其の 09 外・法華経に対して実義を論ずる時・法華経より外の四十余年の諸大乗経は皆小乗にして法華経は大乗なり。 -----― 第三に大乗・小乗を定めることを明かすならば、 問うて云う。大乗と小乗の差別の立て方はどうか。 答えて云う。通常の説によれば、阿含部の諸教は小乗である。華厳・方等・般若・法華・涅槃などは大乗である。あるいは六界を明かす経は小乗、十界を明かす経は大乗である。 しかし法華経に対して真実の義を論ずる時は、法華経より他の四十余年の諸大乗経はすべて小乗であり、法華経は大乗である。 -----― 10 問うて云く諸宗に亘て我所拠の経を実大乗と謂い 余宗所拠の経を権大乗と云うこと常の習いなり末学に於ては 11 是非定め難し、 未だ聞知せず法華経に対して諸大乗経を小乗と称する証文如何、 答えて云く宗宗の立義互に是非 12 を論ず就中末法に於て 世間出世に就て非を先とし是を後とす自ら是非を知らず愚者の歎くべき所なり、 但し且く 13 我等が智を以て四十余年の現文を観るに 此の言を破する文無ければ人の是非を信用すべからざるなり、 其の上・ 14 法華経に対して 諸大乗経を小乗と称することは自答を存すべきに非ず、 法華経の方便品に云く「仏は自ら大乗に 15 住し給えり、 乃至・自ら無上道大乗平等の法を証しき若し小乗を以て化すること 乃至一人に於てせば我即ち慳貪 16 に堕せん、 此の事は為て不可なり」此の文の意は法華経より外の諸経を皆小乗と説けるなり、亦寿量品に云く「小 17 法を楽う」と此等の文は 法華経より外の四十余年の諸経を皆小乗と説けるなり、 天台・妙楽の釈に於て四十余年 18 の諸経を小乗なりと釈すとも他師之を許すべからず故に但経文を出すなり。 -----― 問うて云う。自宗の拠りどころの経を実大乗といい、他宗の拠りどころの経を権大乗ということは諸宗にわたる通例であり、後学の身においては是非を決め難い。しかるに、法華経に対して諸大乗経を小乗と称することは、末だ聞いたこともない。証文はどうか。 答えて云う。各宗の立てる教義に関しては互いが是非を論じている。とりわけ末法において世間・出世間について非を先とし是を後とするのが常で、是非が分からなくなっており愚者の嘆くところである。 ただし、しばらく我等が智をもって、四十余年末顕真実の現文を見ると、この言葉を破する文がなければ人の是非の論議は信用すべきではない。 その上、法華経に対して諸大乗経を小乗と称することは自分の考えをもって答えるべきではない。法華経の方便品第二に「仏は自ら大乗に住しておられる。(乃至)自ら無上道・大乗・平等の法を証得した。もし小乗をもって教化することを 一人に対してもするならば、我は慳貪の罪に堕すだろう。この事は疑いもなく不可である」とある。この文は法華経より他の諸経をすべて小乗と称しているのである。また如来寿量品第十六に「小法を楽う」とある。 これ等の文は法華経より他の四十余年の諸経をすべて小乗と説いているのである。天台大師・妙楽大師の疏釈に四十余年の諸経を小乗であると釈していても他師はこれを許さないであろうから、経文を出すのである。 |
常途の説
通常の途。普通の経説。仏教一般の通説。
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阿含部
釈迦一代の教説を天台が五時に判じたなかで、最初の華厳時の次に説かれた経の総称。時を阿含時、説かれた経を阿含経という。阿含は梵語アーガマ(āgama)の音写。法帰・法本・法蔵・蔵等と訳す。仏の教説を集めたものという意味。増一阿含経50巻・中阿含経60巻・雑阿含経50巻・長阿含経22巻からなり、四阿含経ともいう。結経は遺教経、説処は波羅奈国鹿野苑で、陳如等五人のために、三蔵教の四諦の法輪を説いたもの。したがって、釈尊説法中もっとも低い教えである。
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六界
六道ともいう。十界のうち、前の地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天を六道という。
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十界
地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天・声聞・縁覚・菩薩・仏界をいう。観心本尊抄には「或時は喜び或時は瞋り或時は平に或時は貪り現じ或時は癡現じ或時は諂曲なり」(0241-07)「四聖も又爾る可きか試みに道理を添加して万か一之を宣べん、所以に世間の無常は眼前に有り豈人界に二乗界無からんや、無顧の悪人も猶妻子を慈愛す菩薩界の一分なり、但仏界計り現じ難し九界を具するを以て強いて之を信じ疑惑せしむること勿れ、法華経の文に人界を説いて云く「衆生をして仏知見を開かしめんと欲す」涅槃経に云く「大乗を学する者は肉眼有りと雖も名けて仏眼と為す」等云云、末代の凡夫出生して法華経を信ずるは人界に仏界を具足する故なり」(0241-11)とある。
―――
我所拠の経
自宗の拠りどころとする経典。
―――
余宗所拠の経
他宗の拠りどころとする経典。
―――
末学
①未熟な学問・枝葉の学問②後学の学者・末弟のこと。
―――
是非
①正しいことと間違っていること。②どうあっても、きっと、必ず。
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世間出世
世間と出世間のこと。世間とは、①世の中・世俗のこと、世は隔別・遷流の義、間は内部にあるもの、間隔の義、世の中のすべての事物・事象をさす。②差別の意をあらわす、三世間・有情世間・器世間等。出世間とは、世間を出離・超出すること。生死の苦しみ、煩悩の迷いを脱した涅槃・菩提の境地をいう。この出世間の法を出世間道という。
―――
愚者
事の道理を弁えない愚かな者。
―――
現文
明らかに現れている文・文証。
―――
無上道
種脱相対して、無上道とは文底下種の妙法であり、無上のなかの無上である。御義口伝には「無上道とは南無妙法蓮華経是なり」(0749-第十三但惜無上道の事-02)「今日蓮等の類いの心は無上とは南無妙法蓮華経・無上の中の極無上なり」(0727-第五無上宝聚不求自得の事-05)等とある。
―――
大乗平等の法
仏法において、煩雑な戒律によって立てた法門は、声聞・縁覚の教えで、限られた少数の人々しか救うことができない。これを、生死の彼岸より涅槃の彼岸に渡す乗り物に譬え小乗という。法華経は、一切衆生に皆仏性ありとし、妙境に縁すれば全ての人が成仏得道できると説くので、大乗という。阿含経に対すれば、華厳・阿含・方等・般若は大乗であるが、法華経に対しては小乗となり、三大秘法に対しては、他の一切の仏説は小乗となり、三大秘法こそ一切衆生を利益する平等の法である。
―――
慳貪
慳悋に貪著すること。強欲であって物を慳み、人に布施をしないことをいう。清浄心を覆う六種の悪心、即ち慳貪・破戒・瞋恚・懈怠・散乱・愚癡の六蔽の一つ。慳貪は餓鬼界の生因となる。末法今日においては、折伏をしないことはこの科に当たる。
―――
不可
①いけないこと。よいと認められないこと。②できないこと。
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寿量品
如来寿量品大16のこと。如来とは十方三世の諸仏・二仏・三仏・本仏・迹仏の通号である。別して本地三仏の別号。寿量とは、十方三世・二仏・三仏の諸仏の功徳を詮量えるので、寿量品という。今は、本地の三仏の功徳を詮量するのである。この品こそ、釈尊出世の本懐であり、一切衆生成仏得道の真実義である。寿量品得意抄には「一切経の中に此の寿量品ましまさずは天に日月無く国に大王なく山海に玉なく人にたましゐ無からんがごとし、されば寿量品なくしては一切経いたづらごとなるべし」(1211-17)と、この品が重要であることを説かれている。その元意は文底に事行の一念三千の南無妙法蓮華経が秘し沈められているからである。御義口伝には「如来とは釈尊・惣じては十方三世の諸仏なり別しては本地無作の三身なり、今日蓮等の類いの意は惣じては如来とは一切衆生なり別しては日蓮の弟子檀那なり、されば無作の三身とは末法の法華経の行者なり無作の三身の宝号を南無妙法蓮華経と云うなり」(0752-04)、また「然りと雖も而も当品は末法の要法に非ざるか其の故は此の品は在世の脱益なり題目の五字計り当今の下種なり、然れば在世は脱益滅後は下種なり仍て下種を以て末法の詮と為す」(0753-07)とあり、末法においては、寿量品といえども、三大秘法の大御本尊の説明書であり、蔵と宝の関係になるのである。
―――
天台・妙楽の釈
天台大師が講述し、章安大師が筆録した天台三大部(法華文句・法華玄義・摩訶止観、各10巻)と妙楽大師が注釈した、法華玄義釈籤10巻、法華文句記10巻、止観輔行伝弘決10巻を合わせて60巻をいう。
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他師
天台宗以外の宗派の僧。
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経文
仏が説いた諸経説のこと。釈尊の一切聖教。
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ここは大文第一の「如来の経教に於いて権実二教を定むることを明す」うちの第三段、「大小乗を定むることを明す」の内容に入っていくのである。
前の第二段では法華経と諸経の浅深勝劣、すなわち法華経が勝れ諸経が劣るということを明らかにされたのであるが、ここでは更に一歩進められて、その勝劣を大乗と小乗という区別によって明らかにされていくのである。
この段は大きく二つの問答からなっている。初めに「大小乗の区別は何か」を問い、これに対して、三つの観点から答えられている。
一つは「常途の説」として、天台大師の五時の立て分けのうえから、阿含部の諸経を小乗とし、華厳・方等・般若・法華・涅槃等を大乗としている。
二つに十界論のうえから、六界までを明かすのが小乗、十界のすべてを説くのが大乗としている。
しかし、それに対して法華経を根本に実義を論ずるならば、法華経以外の四十余年の諸大乗経は小乗、法華経のみが大乗、とされている。これが第三の観点である。
この立て分けに対して、次に問答が展開される。まず次のように問うている。つまり、諸宗においてはそれぞれ自分たちの拠りどころとしている経を実大乗といい、他宗が拠どころとしている経を権大乗というのは習いであり、しかし、仏法について素人である末学にはどれが非であるかを定めることは難しい。
だが、法華経に対して諸大乗経を小乗とすることは末だ聞いたおとがないが、その証文はあるのかというものである。
答えとしてはまず、問いの最初の問題について触れられる。すなわち、諸宗はそれぞれの立場をめぐってお互いに是非を論じ合っているが、とくに末法では世間でも出世間でも、非を先として是を後にしてしまい、是非が判断できなくなっている。これは愚者の嘆きとするところであると応じられ、次いで「我等が智」すなわちそうした凡夫の智慧でも、無量義経の「四十余年末だ真実を顕さず」の原文を見るなら、無量義経のこの原文を打ち破るような文がない以上、人の言う是非の判断を信用してはならない、と明快に答えられている。
次に、法華経と大乗とし、諸大乗経をひっくるめて小乗とする理由について、これはあくまで「自答を存すべきに非ず」つまり自分勝手な考えで答えるべきではない、と仰せられている。
そして法華経の方便品第二と如来寿量品第十六の二つの文証を挙げられている。
六界を明すは小乗・十界を明すは大乗なり
十界論に関して大乗と小乗の区別を明らかにされるところである。
すなわち、小乗においては十界のうち六界までしか説いていないのに対して、大乗においては十界のすべてを明かしている、というのがその違い六界を明すは小乗・十界を明すは大乗なりである。
小乗が六界までしか明かさないことについては一代聖経大意に「此の教の意は依報には六界・正報には十界を明せども而も依報に随つて六界を明す経と名くるなり、又正報に十界を明せども縁覚・菩薩・仏も声聞の悟に過ぎざれば但声聞教とも申す、されば仏も菩薩も縁覚も灰身滅智する教な」(0390-12)とあり、また開目抄にも「倶舎・成実・律宗等は阿含経によれり六界を明めて四界をしらず」(0189-05)とある。
以上からも明らかなごとく、小乗阿含経は衆生の正報、すなわち主体的な側面については十界すべてを明かしているのであるが、依報、すなわち主体の住む環境的な側面について六界までしか明かしていない。
つまり、地獄界の正報・依報、餓鬼界の正報・依報、畜生界の正報・依報、修羅界の正報・依報、人界の正報・依報、天界の正報・依報と、六界までの正報と依報は明らかにしているが、声聞界、縁覚界、菩薩界、仏界の四聖になると衆生の内面の境地を説くだけで、それぞれの界の衆生の住む環境は説かれていない、ということである。
しかも、正報に四聖を明かしているといっても、縁覚・菩薩・仏はあくまで声聞の悟りに過ぎないので、結局“声聞教”でしかないと結論されている。
これに対して大乗は正報・依報の両面にわたって十界を説いているのである。
すなわち、声聞界・縁覚界の依報は方便土、菩薩界の依報実報土、仏界の依報は常寂光土となって、大乗では六界・四聖ともに十界にわたって正報・依報が明らかにされている。
依正不二が生命の真の姿であり、しかも、十界とは、その名称の示すごとく、本来は依報としての、“界”に主眼があるから、小乗は六界までしか明かしていないと断ぜられているのである。
我等が智を以て四十余年の現文を観るに此の言を破する文無ければ人の是非を信用すべからざるなり
ここで「我等が智」と仰せられたのは、上の文の「愚者の歎くべき所なり」を承けて「凡夫の智」をさしておられると拝される。
つまり、凡夫であるゆえに我見で判断しようとするのではなく、経文によって素直に判断すべきであるとの御心であられる。
これは更にいえば、仏教のことはどこまでも仏説を根本にすべきであり、「人の是非を信用すべからざるなり」とあるように、諸宗のさまざまな人師が是とか非とかと判断していることを信用してはならないとの仰せでもあろう。
ここに、大聖人が第四章で「経論を以て邪正を直す信謗は仏説に任せ敢て自義を存する事無かれ」と仰せられた精神が貫かれていることを知ることができよう。
「四十余年の現文」とは無量義経の「四十余年未顕真実」の文のことである。「現文」とははっきりと現れた文ということで、明らかな文証のことである。
ここでは、末法に入って仏教の是非善悪を立て分けるには諸宗の人師の言葉によるのではなく、仏説で無量義経の「四十余年未顕真実」の現文を根拠とすべきで、これが後から説かれた仏説によって破られないかぎり、判断の基準としていくべきであると仰せられている。
法華経の方便品に云く「仏は自ら大乗に住し給えり、乃至・自ら無上道大乗平等の法を証しき若し小乗を以て化すること乃至一人に於てせば我即ち慳貪に堕せん、此の事は為て不可なり」此の文の意は法華経より外の諸経を皆小乗と説けるなり
法華経は大乗、諸大乗経は小乗、と釈尊自身が述べている文証として、法華経から二文を挙げられているところである。初めの法華経方便品第二の文は「仏は自ら大乗に住したまえり。其の所得の法の如き、定慧の力荘厳せり。此れを以って衆生を度したまう。自ら無上道、大乗平等の法を証して、若し小乗を以って乃至一人をも化せば、我則ち樫貪に堕せん。此の事は為めて不可なり」とあるところである。
“仏自身は大乗の境地に住しており、この無上道の大乗の教えによって衆生を救済してきたのであり、もしそれ以外の小乗の教えで一人でも導いたら、仏自ら惜しみ貪っているという罪に堕落することになる”というのが経文の意味である。
ここに「無上道・大乗平等の法」である法華経を除いてそれ以外の諸大乗経を「小乗」と呼んでいるのである。
次の法華経如来寿量品第十六の文は「諸の善男子、如来諸の衆生の、小法を楽える徳薄垢重の者を見ては、是の人の為に、我少くして出家し、阿耨多羅三藐三菩提を得たりと説く」とあるところである。仏は徳が薄く心の濁りが深い衆生たちが“小法”つまり救済する力の小さい法を教えてくれるよう望んでいるのを見て、これらの衆生を救うために、あえて今世において出家し阿耨多羅三藐三菩提を得た、とする始成正覚を説いたとしているところである。
天台大師は法華文句巻九下で「小法」について「『小を楽う者とは小乗の人に非ざるなり』と、乃ち是れ近説を楽う者を小と為るのみ」と釈している。
天台大師はこの「小法」についていわゆる小乗ではなく「近説」すなわち仏の初成正覚のみを説いて、久遠実成を説かない教えをさしているとしているからである。
これによれば、爾前の諸大乗経だけでなく、法華経迹門も「小法」つまり“小乗の法”になるのである。
第13章 0042:01~0043:06 捨権就実の十の文証を挙げるtop
| 0042 01 第四に且らく権経を閣いて実経に就くことを明さば、 問うて云く証文如何、答えて云く十の証文有り法華経に 02 云く「但大乗経典を受持することを楽て乃至余経の一偈をも受けざれ是一 涅槃経に云く「了義経に依つて不了義経 03 に依らざれ」四十余年を不了義経と云う、是二法華経に云く「此の経は持ち難し若し暫くも持つ者は我即ち歓喜す諸 仏も亦然 04 なり是の如き人は諸仏の歎めたもう所なり、 是れ則ち勇猛なり是れ則ち精進なり是を戒を持ち頭陀を行ずる者と名 05 く」末代に於て四十余年の持戒無し、唯法華経を持つを持戒と為す、是三涅槃経に云く「乗に緩なる者に於ては乃ち 名けて緩と為す戒緩の者に 06 於ては名けて緩と為さず菩薩摩訶薩・此の大乗に於て心懈慢せずんば是を奉戒と名づく正法を護らんが為に大乗の水 07 を以て而も自ら澡浴す是の故に菩薩・破戒を現ずと雖も名づけて緩と為さず」此の文は法華経の戒を流通する文なり 、是四法華経第四 08 に云く「妙法華経.乃至.皆是真実」此の文は多宝の証明なり是五法華経第八普賢菩薩の誓に云く「如来の滅後に於て 閻浮提の内 09 に広く流布せしめて断絶せざらしめん」是六法華経第七に云く「我が滅度の後・後の五百歳の中に閻浮提に於て断絶 10 せしむること無けん」釈迦如来の誓なり・是七法華経第四に多宝並に十方諸仏来集の意趣を説いて云く「法をして久 しく 11 住せしめんが故に此に来至し給えり」是八法華経第七に法華経を行ずる者の住処を説いて云く「如来の滅後に於て応 12 に一心に受持・読・誦・解説・書写して説の如く修行すべし所在の国土に乃至・若は経巻所住の処若は園の中に於て 13 も若は林の中に於ても若は樹の下に於ても若は僧坊に於ても 若は白衣の舎にても若は殿堂に在つても若は山谷曠野 14 にても是の中に皆塔を起て供養すべし 所以は何ん当に知るべし 是の処は即ち是れ道場なり 諸仏此に於て阿耨多 15 羅三藐三菩提を得給う」是九法華経の流通たる涅槃経の第九に云く「我涅槃の後正法未だ滅せず余の八十年・爾時に 16 是の経閻浮提に於て当に広く流布すべし 是の時当に諸の悪比丘有るべし 是の経を抄掠して分つて多分と作し 能 17 く正法の色香美味を滅す 是の諸の悪人復是の如き経典を読誦すと雖も 如来深密の要義を滅除して世間荘厳の文を 18 安置し無義の語を飾り 前を抄て後に著け後を抄て 前に著け前後を中に著け中を前後に著けん当に知るべし是くの 0043 01 如き諸の悪比丘は是魔の伴侶なり、 乃至・譬えば牧牛女の多く水を乳に加うるが如く 諸の悪比丘も亦復是の如し 02 雑るに世語を以てし錯りて是の経を定む多くの衆生をして正説.正写・正取・尊重.讃歎・供養・恭敬することを得ざ 03 らしむ是の悪比丘は利養の為の故に 是の経を広宣流布すること能わず 分流すべき所少く言うに足らず彼の牧牛の 04 貧窮の女人展転して乳を売るに 乃至糜と成して乳味無きが如し、 是の大乗経典・大涅槃経も亦復是の如く展転薄 05 淡にして気味有ること無し 気味無しと雖も猶余経に勝る是れ一千倍なること 彼の乳味の諸の苦味に於て千倍勝る 06 と為すが如し何を以ての故に是の大乗経典・大涅槃経は声聞の経に於て最上首為り」是十。 -----― 第四にしばらく権経をすておいて実経につくことを明かすならば、 問うて云う。その証拠の教文はどうか。 答えて云う。十の証拠の経文がある。 法華経に「ただ大乗経典を受持することを楽って余経の一偈をも受けていない」とある。(是一) 涅槃経に「了義経に依って不了義経に依ってはいけない」とある。四十余年の諸経を不了義経といっている。(是二) 法華経に「この経は持ち難い。もし、しばらくも持つ者がいれば我は歓喜する。諸仏もまたそうである。このような人は諸仏が歎められているのである。これはすなわち勇猛でる。これはすなわち精進である。これを戒を持ち頭陀を行ずる者と名づける」とある。末法の時代において四十余年の諸経における持戒はない。ただ法華経を持つことを持戒とする。(是三) 涅槃経に「教法の修行に緩慢な者を緩と名づける。戒律の受持に緩慢な者を緩と名づけない。菩薩摩訶薩がこの大乗において心を懈怠・怠慢しなければ、これを戒を奉ずると名づける。正法を護ろうとするために大乗をもって自ら澡ぎ浴する。このゆえに菩薩が破戒を現じたとしても緩と名づけない」とある。この文は法華経の戒を流通する文である。(是四) 法華経巻四に「妙法華経(乃至)皆是れ真実である」とある。この文は多宝如来の証明である。(是五) 法華経巻八の普賢菩薩の誓いに「如来の滅後において閻浮提の内に広く流布させて断絶しないようにしよう」とある。(是六) 法華経巻七に「我が滅度の後・後の五百歳の中に閻浮提において断絶せしめることがあってはならない」とある。釈迦如来の誓いである。(是七) 法華経巻四に多宝如来ならびに十方諸仏の来集の意義を説いて「法をして久しく住せしめるために、ここに来り至られた」とある。(是八) 法華経巻七に法華経を修行する者の住所を説いて「如来の滅後において、まさに一心に受持・読・誦・解説・書写して説の如く修行しなさい。所在の国土に(乃至)もしは経巻のある所は、園の中においても、もしは林の中においても、もしは樹の下においても、もしは僧坊においても、もしは在家の家でも、もしは殿堂にあっても、もしは山や谷、野原でも、この中に皆、塔を建てて供養すべきである。その理由は、まさにこの所こそ道場であり、諸仏はここにおいて阿耨多羅三藐三菩提を得られるからである」とある。(是九) 法華経の流通の経である涅槃経の巻九に「我が涅槃の後、正法は未だ滅しないで、残った最後の八十年、その時にこの経が閻浮提において、まさに広く流布するであろう。この時、まさに諸の悪比丘がいて、この経を盗み掠めて多くに分断し、正しい法の色香美味を滅する。この諸の悪人がまた、このような経典を読誦するが、如来の深密の要義を滅し除いて、世間の荘厳な文を加え、意味のない言葉を飾り、前の文をとって後の文につけ、後の文をとって前の文につけ、中の文を前後の文につけるであろう。まさに知りなさい。このような諸の悪比丘はこれ魔の眷属である。(乃至)譬えば牛飼いの女が多く水を乳に加えるように、諸の悪比丘もまた経典に世間の言葉を雑え、誤ってこの経を定める。多くの衆生を正説・正写・正取・尊重・讃歎・供養・恭敬することをできないようにする。この悪比丘は私利私欲のために、この経を広宣流布することはできない。分かれて流布できる所も少なく、言うに足らない。かの牛飼いの貧しい女人たちが次から次へと乳を売る際に水を混ぜていった。その乳で乳糜を作っても乳の味がしないようなものである。この大乗経典である大涅槃経もまたこのように、次々に移って薄く淡くなり、味気がなくなる。しかし味気がないといっても、なお他経に勝れること一千倍であることは、あの乳味が諸の苦味に比べて千倍も勝れるのと同じである。どうしてかというと、この大乗経典である大涅槃経は仏弟子に対する経において最も上首だからである」とある。(是十) |
受持
受は受領の義でうけおさめること、持は憶持の義で、心身ともに銘記して、よく持ち続けること。正法をよく信じ持って、いかなることがあっても、違背・退転しないことをいう。四条金吾殿御返事には「此の経をききうくる人は多し、 まことに聞き受くる如くに大難来れども憶持不忘の人は希なるなり、受くるは・やすく持つはかたし・さる間・成仏は持つにあり」(1136-04)とある。
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一偈
「偈」ゲダ(gāthā)の音写。仏典の中で韻文形式を用いて仏の徳を讃嘆したり、法理を述べたもの。頌ともいう。梵語の仏典では、八音節四句からなるシュローカ、音節数は自由だが必ず八句二行からなるアールヤーなどがある。漢訳仏典では別偈と通偈に分かれており、別偈は一句の字数を三字四字などに定めて四句となしたものをいう。別偈は更に、前に散文の教義なしに記された伽陀と、前に散文の教義があって重ねてその義を説いた祇夜の二つに分かれている。通偈は首盧迦ともいい、散文、韻文にかかわらず、三十二字を一頌と数えることをいう。なお教義には別偈のみを偈とする。
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了義経
最高の極理を説いた経の意で、不了義経に対する語。これは相対観念であって、①大乗教を了義経・小乗経を不了義経。②実教(法華経)を了義経・大乗権教を不了義経。③法華経本門を了義経・法華経迹門を不了義経と立てるのであるが、大聖人仏法ではさらに進んで、④三大秘法の南無妙法蓮華経のみを了義経・法華経本門を含む釈迦仏法の一切を不了義経とするのである。
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不了義経
直接、仏法の極理を説き明かさず、衆生の機根に合わせて説いた教え。真実義の教えへ誘引する方便の経教のこと。未了義経ともいう。不了義は義を了していないとの意で、仏法の真実を明白にあらわしていないことをいう。
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勇猛
心を勇ましく励まして、苦難・難行を乗り越えるさま、勇気を奮い立たせて、智力を尽くすこと。
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精進
一般的には一生懸命努力すること。心を明らかにして進むこと。仏法においては、勇猛に善法を修行して悪法を断ずること。心をもっぱらにして仏道修行に励む心の働き。またはその行為をいう。大御本尊を絶対と信じ、題目を唱え、間断なく前進していくことが精進である。
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頭陀
梵語(dhūta)。淘汰・修治と訳す。身心を修治し、貪欲等を払いのける修行をいう。
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持戒
「戒」とはっ戒・定・慧の三学のひとつで、仏法を修業する者が守るべき規範をいう。心身の非を防ぎ悪を止めることをもって義とする。戒を受け、身口意の三業で持つこと。
―――
乗
乗る・乗せるの意。仏教では、仏の教法を乗り物にたとえて乗という。煩悩に苦しむ衆生を乗せて涅槃の彼岸に到達させる教法のこと。教法の浅深・勝劣によって、小乗・大乗・権大乗・実大乗などに立て分けられる。また、仏界を一仏乗、声聞・縁覚を二乗・菩薩乗などという。
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緩
緩いこと。弛むこと。鈍いこと。
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戒
戒定慧の三学の一つ。仏道を修行する者が守るべき規範。非を防ぎ悪を止める義で、身口意の悪業を断じて一切の不善を禁制すること。三蔵の一つ・律蔵の中に説かれる。五戒・八斎戒・十戒・二百五十戒・五百戒・十重禁戒・四十八軽戒など種々ある。
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菩薩
菩薩薩埵(bodhisattva])の 音写。覚有情・道衆生・大心衆生などと訳す。仏道を求める衆生のことで、自ら仏果を得るためのみならず、他人を救済する志を立てて修行する者をいう。
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摩訶薩
摩訶薩埵のことで菩薩を意味する。無常菩提を求める大乗の修行者をさす。
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懈慢
怠慢のこと。懈も慢もともになまける、おこたるの意。十四誹謗の第二。
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奉戒
戒を受持すること。
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澡浴
不潔を洗い流すこと。煩悩の垢を洗い清めること。
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破戒
「戒」とはっ戒・定・慧の三学のひとつで、仏法を修業する者が守るべき規範をいう。心身の非を防ぎ悪を止めることをもって義とする。「破戒」とは戒を破る者の意。戒は小乗に五戒・八斉戒・十戒・二百五十戒・五百戒等、権大乗教に十重禁戒・四十八軽戒・三聚浄戒、法華経には衣座室の三軌・四安楽行・普賢四種の戒等がある。末法においては受持即持戒で、正法を受持し、信行に励むことが唯一の戒となる。ゆえに破戒の根本は、一闡堤、すなわち不信になるのである。
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流通
流通分のこと。流通とは流れ通わしめることで、流通の義をもって説かれた教説の部分をいう。経を釈する場合、一部を三分する三分科経の一つ。
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多宝の証明
「多宝」とは多宝如来のこと。東方宝淨世界に住む仏。法華経の虚空会座に宝塔の中に坐して出現し、釈迦仏の説く法華経が真実であることを証明し、また、宝塔の中に釈尊と並座し、虚空会の儀式の中心となった。
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普賢菩薩
東方の宝威徳上王仏の弟子。釈尊の法華経の説法が終わろうとした時、娑婆世界に来至し、仏滅後いかにしてこの法を持つかを尋ねた。そして末法に正法を守り弘め、正法たる法華経を受持する行者を守護することを誓った。法華経普賢菩薩勧発品第二十八に「世尊よ。我れは今、神通力を以ての故に、是の経を守護して、如来の滅後に於いて、閻浮提の内に、広く流布せしめて、断絶せざらしめん」とある。なお、普賢菩薩は理徳、定徳、行徳をあらわし、文殊菩薩は智徳、慧徳、証得をあらわす。
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閻浮提
一閻浮提のこと。全世界を意味する。南閻浮提ともいう。閻浮は梵語で樹の名。提は州と訳す。古代インドの世界観に基づくもので、中央に須弥山があり、八つの海、八つの山が囲んでおり、いちばん外側の海を大鹹海という。その中に、東西南北の四方に東弗波提、西瞿耶尼、南閻浮提、北鬱単越の四大州があるとされていた。現在でいえば、地球上すべてが閻浮提といえる。
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流布
広く世に広まること。
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後の五百歳
法華経薬王品第二十三にある。天台はこれを大集経の五五百歳と対照し、第五の五百歳であるとした。末法の初めであり、闘諍堅固の時。大集経第五十五に「我が滅後に於て五百年中は、諸の比丘等、猶我が法に於いて解脱堅固なり。次の五百年は、我が正法の禅定三昧堅固に住するを得るなり。次の五百年は、読誦多聞堅固に住するを得るなり。次の五百年は、我が法中に於いて多くの塔寺を造りて堅固に住するを得るなり。次の五百年は、我が法中に於いて闘諍言訟し白法隠没し損減して堅固なり」と定めている。
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釈迦如来
釈迦仏・釈尊のこと。如来とは仏、釈迦はシャーキャムニ(Śākyamuni )の音訳で釈迦牟尼の略称。釈迦はもともと古代インドの一種族の名。ゴータマ・ブッダは釈迦族で生まれたので、釈迦牟尼という。牟尼は尊者・聖者のこと。
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十方諸仏
十方と上下の二方と東西南北の四方と北東・北西・南東・南西の四維を加えた十方のことで、あらゆる国土に住する仏、全宇宙の仏を意味する。
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意趣
心のおもむくところ。意志・意見・見識・趣意・理由・遺恨など。
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受持・読・誦・解説・書写
五種の修行、五種の妙行ともいう。受持・読・誦・解説・書写をいう。法師品に「若し復人あって、妙法華経の乃至一偈を受持、読誦し、解説、書写し、此の経巻に於いて、敬い視ること仏の如くにして(中略)是の諸人等、未来世に於いて、必ず作仏することを得ん」とある。法華経で説かれた仏道修行。このなかで受持が最も根本である。この五種の修行には、一字五種の修行、要法五種の修行、略品五種の修行の三義がある。末法においては受持即観心である。観心本尊抄には「釈尊の因行果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す我等此の五字を受持すれば自然に彼の因果の功徳を譲り与え給う」(0246-15)とある。自行化他に配すれば受持・読・誦・書写は自行、解説は化他である。
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説の如く修行すべし
如説修行、仏の説法の通りに修行すること。在世・正法・像法・末法の時の相違によって、如説修行には差異がある。末法の如説修行は、妙法を信受して、折伏行に励むことである。
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所在の国土
居住するところ。国土は①国家の統治権が行われる地域。②天に対する土地。③ふるさと。等の意味がある。
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僧坊
僧侶の宿所、居住する寺院所属の家屋。
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白衣の舎
白衣は在家の信者のこと。釈尊在世では僧侶の穢色に対して、俗人は白衣を着たため、転じてこう呼ばれる。すなわち在家の住む家のことをいう。
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殿堂
広大で壮大な神仏を祭る建物。
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山谷曠野
山や谷、広い土地。いずこであってもの意味。
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塔
卒塔婆のこと。仏・阿羅漢・君主などの記念碑として、その徳を仰ぎ尊ぶものとして遺骨・遺品を収めるために作った建物。芸術的に進歩したものは三重・五重となっており、神社のシンボルとなっている。
―――
供養
梵語(Pújanā)の訳で、供施、供給、また略して供ともいう。供給奉養の意で、報恩謝徳のために、仏法僧の三宝に、真心と種々の物をささげて回向することである。これに、財と法の二供養、色と心の供養、亊と理の供養、さらに三種、三業、四事、四種、五種、六種、十種等の別がある。財供養とは飲食や香華等の財物、浄財を供養すること。法供養とは、仏の所説のごとく正法を弘め、民衆救済のために命をささげることで、末法の時に適った法供養は三類の強敵・三障四魔を恐れず、勇敢に折伏に励むことである。色心の供養は、この財法の供養と同じである。三業供養とは天台大師の文句に説かれており、身業供養とは礼拝、口業供養とは称賛、意業供養とは相好を想念することとされる。事理供養とは、一往は昔の聖人たちが生命を投げ出して仏道修行した亊供養と凡夫の観心の法門による供養を理供養とする。白米一俵御書には「ただし仏になり候事は凡夫は志ざしと申す文字を心へて仏になり候なり、志ざしと申すは・なに事ぞと委細にかんがへて候へば・観心の法門なり、観心の法門と申すは・なに事ぞとたづね候へば、ただ一つきて候衣を法華経にまいらせ候が・身のかわをわぐにて候ぞ、うへたるよに・これはなしては・けうの命をつぐべき物もなきに・ただひとつ候ごれうを仏にまいらせ候が・身命を仏にまいらせ候にて候ぞ、これは薬王のひぢをやき・雪山童子の身を鬼にたびて候にも・あいをとらぬ功徳にて候へば・聖人の御ためには事供やう・凡夫のためには理くやう・止観の第七の観心の檀ばら蜜と申す法門なり」(1596-14)とある。なおこの供養について最も肝心なことは、正法に対するくようでなければならず、邪法への供養は堕地獄の業因となる。
―――
道場
①仏の常道の場所。②仏道を成するための修行や行教法。③仏道を修行する場所。④仏を供養するところ。⑤寺院のこと。
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阿耨多羅三藐三菩提
梵語anuttara samyak sambodhiの音訳。分けると阿耨多羅(anuttara)は無上または無答、三藐(samyak)は正等または正徧、三菩提(sambodhi)は正覚、正知と訳す。法華経法師品第十に「妙法華経の一偈一句を聞いて、乃至一念も随喜せば、我れは皆な与めに当に阿耨多羅三藐三菩提を得べしと授記す」とある。「阿耨多羅」は無上。「三藐」は正等または正徧。「三菩提」は完全な悟りを意味する。すなわち仏の智慧は無上清浄で、正等にして徧頗なく一切にゆきわたるという意。仏法の最高の悟りは、婆羅門等の外道や方便権教の悟りとは比較にならないものであることを表わしている。
―――
悪比丘
比丘とは梵語で、仏法に帰依して具足戒を受けた男子。悪比丘とは、名利のために形ばかり比丘となり、邪法を説く輩。出典は仁王般若波羅蜜経嘱累品。
―――
抄掠
掠め取ること。盗み奪うこと。
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色香美味
寿量品に「此の大良薬は色香美味、皆悉く具足せり」とある。文上では仏の正法をいうが、大聖人の仏法においては、三大秘法総在の大御本尊のこと。
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如来深密の要義
如来の深い秘密の重要な教え。法華経の妙理をいう。
―――
魔の伴侶
魔に同伴するもの。魔の仲間・眷属。
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牧牛女
①飼牛の乳を売る女人。②釈尊に乳の粥を供養した女性。
―――
世語
世間の言語や言論。
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正説
正しく説くこと。
―――
正写
正しく写すこと。
―――
正取
正しく取ること。
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尊重
尊び重んずること。
―――
讃歎
ほめたたえる意をあらわした言葉。
―――
恭敬
「くぎょう」「きょうけい」とも読む。つつしみうやまうこと。みずからへりくだって他を尊重礼敬するという意味である。
―――
利養
名聞名利にとらわれ、自己の利益のみを考えること。
―――
広宣流布
仏法を広く宣べ流布すること。
―――
分流
川の流れが分かれること。転じて法華の教えが分かれてひろがること。
―――
牧牛の貧窮の女人
貧しい牛飼いの女性。釈尊に乳の粥を供養した女性。
―――
展転
次々に移って続いていくこと。
―――
糜
水分を多く含むよう作られた米飯。
―――
乳味
五味のひとつ。華厳時の教法をいう。
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ここから大文第一の第四段、「且らく権を捨てて実に就くべきことを明す」に入る。ここではまず、権を捨てて実に就くべきことを明した証文はどこにあるのかとの問いを立て、それに答える形で10の証文を挙げ且られている。
法華経から8文、涅槃経から2文を引かれている。
「但大乗経典を受持することを楽て乃至余経の一偈をも受けざれ」是一
法華経譬喩品第三の文。
ただ大乗の経典の教えのみを“受持”ことを願って、それ以外の余経はわずか一偈たりとも受け入れてはならない、と説いている。
ここでは「大乗経典」が実教、「余経」が権教であり、権教を捨てて実教に就くべきことの証文となっている。
涅槃経に云く「了義経に依つて不了義経に依らざれ」四十余年を不了義経と云う是二
大般涅槃経巻六・如来性品第四の文である。
「仏の所説の如く、是の諸の比丘、当に四法に依るべし。何等かを四と為す。法に依りて人に依らず、義に依りて語に依らず、智に依りて識に依らず、了義経に依りて不了義経によらず。是の如き四法、応当に證知すべし」とある。これは、仏法を修行する比丘たちが依りどころとすべき四つの規範を述べたところである。引用された文はそのうちの一つである。すなわち、了義経に依って不了義経に依ってはならない、という規範である。
了義経とは仏法の真実の教えが完全に述べ尽くされた経のこと、これに対して不了義経とは完全に述べ尽くしていない経のことである。
下に小さく「四十余年を不了義経と云う」と注釈されているように、「了義経」が実経、「不了義経」は40余年の方便権教をさしており、権を捨て実に就くべきであるとの文証となっている。
法華経に云く「此の経は持ち難し若し暫くも持つ者は我即ち歓喜す諸仏も亦然なり是の如き人は諸仏の歎めたもう所なり、是れ則ち勇猛なり是れ則ち精進なり是を戒を持ち頭陀を行ずる者と名く」末代に於て四十余年の持戒無し.唯法華経を持つを持戒と為す,是三
法華経見宝塔品第十一の文である。
釈尊が菩薩たちに、自分の滅後の末法に法華経を弘通するよう呼びかけて述べた文である。
すなわち、仏滅後に於て法華経を持つことは難しいが、しかし少しの期間でも持つ人がいると仏自身が歓喜するし諸仏も歓喜し、この人を讃嘆するのである。仏滅後に於て法華経を持つことが勇猛であり、精進であって、滅後に法華経を持つこと自体が戒を持つことになるのであり、この人のことを「頭陀を行ずる者」と名づける、というのが引用文の意味である。
“頭陀”とは衣・食・住に対する欲望を払い落すということで、一種の禁欲のことである。
ここに小さく「末代に於て四十余年の持戒無し.唯法華経を持つを持戒と為す」と、注釈を加えておられる。
これは、仏滅後、末法においてはただ、法華経の実経を持つことが持戒であり、40余年の権教を持つことは持戒にならない、断られているのである。
涅槃経に云く「乗に緩なる者に於ては乃ち名けて緩と為す戒緩の者に於ては名けて緩と為さず菩薩摩訶薩・此の大乗に於て心懈慢せずんば是を奉戒と名づく正法を護らんが為に大乗の水を以て而も自ら澡浴す是の故に菩薩.破戒を現ずと雖も名づけて緩と為さず」此の文は法華経の戒を流通する文なり.是四
大般涅槃経巻六・如来性品第四の文である。
ここで“乗”とは仏の教法のこと。仏の経法は衆生を苦しみに満ちた彼岸から悟りと幸せの彼岸に運ぶ乗り物に譬える。文の意味は次のとおりである。
『乗』 いい加減で厳格でないものを「緩」と名づけるが、戒律にいい加減で厳格でない者を「緩」とは名づけない。また、菩薩が大乗の教法に対して心が怠慢でなければ「奉戒」、すなわち戒を持っていると名づける。
菩薩が正法を護らんがために大乗の水をもって「澡浴」煩悩の汚れを洗い清めることを行っておれば、たとえ戒を破ろうともそれは「緩」とはいわない。
以上のような意味から明らかなように、戒よりも大乗の教法を実践し守ることを、重視し、前の法華経見宝塔品の文と同じ趣旨になっている。
ゆえに大聖人は「此の文は法華経の戒を流通する文なり」と注釈されているように、涅槃経に述べられているが、“法華経の戒”の実践を勘めた文となっているのである。
法華経第四に云く「妙法華経.乃至.皆是真実」此の文は多宝の証明なり是五
法華経見宝塔品第十一の文である。
この文の内容については、すでに第十一章で紹介したとおりであるが、この文が多宝如来による法華経の真実なることの証明である。
このことから大聖人は小さい文字で「此の文は多宝の証明なり」と注釈されている。結局、法華経こそ真実であるということは、権教を捨て実経に就くべきことをあらわしているのである。
法華経第八普賢菩薩の誓に云く「如来の滅後に於て閻浮提の内に広く流布せしめて断絶せざらしめん」是六
法華経普賢菩薩勧発品第二十八の文である。
「世尊、我今神通力を以っての故に、是の経を守護して如来の滅後に於いて、閻浮提の内に広く流布せしめて、断絶せざらしめん」とある。
これは普賢菩薩が如来の滅後の末法の法華経を守って、一閻浮提に流布して法華経の流れを絶えさせないと誓った言葉である。
法華経=実経こそ閻浮提に流布されるべき法であるがゆえに、この文は権教を捨て実経に就くべきことを示した文証となるのである。
法華経第七に云く「我が滅度の後・後の五百歳の中に閻浮提に於て断絶せしむること無けん」釈迦如来の誓なり.是七
法華経薬王菩薩本事品第二十三の文である。
「我が滅度の後・後の五百歳の中に、閻浮提に広宣流布して、断絶して、悪魔・魔民・諸天・龍・夜叉.鳩槃荼等其の便得せしむること無かれ」とある。
これは、釈尊が宿王華菩薩に対して述べた言葉で、釈尊滅度の後、末法の初めである後の五百歳に、法華経を閻浮題に広宣流布して、悪魔・魔民等の跳梁を許さないよう命じて述べた言葉である。したがって注釈に「釈迦如来の誓いなり」と記されている。
先の普賢品の文と同じく、法華経=実経こそ閻浮提に流布すべきであるということは、権教を捨てて法華経=実教に就くべきことを示された文証となるのである。
法華経第四に多宝並に十方諸仏来集の意趣を説いて云く「法をして久しく住せしめんが故に此に来至し給えり」是八
法華経見宝塔品第十一の文である。
内容は多宝如来、十方分身の諸仏が“此”すなわち虚空会の儀式に来集したのは、正法である法華経を永らく“住せしめる”ためであったと述べられたものである。
此れも法華経、すなわち実教に就くことが、これらの仏の意にかなっていることを示した文証になっているのである。
法華経第七に法華経を行ずる者の住処を説いて云く「如来の滅後に於て応に一心に受持・読・誦・解説・書写して説の如く修行すべし所在の国土に乃至・若は経巻所住の処若は園の中に於ても若は林の中に於ても若は樹の下に於ても若は僧坊に於ても若は白衣の舎にても若は殿堂に在つても若は山谷曠野にても是の中に皆塔を起て供養すべし所以は何ん当に知るべし是の処は即ち是れ道場なり諸仏此に於て阿耨多羅三藐三菩提を得給う」是九
法華経如来神力品第二十一の文である。
末法のための結要付嘱が説かれた直後の文で、内容は、如来の滅後に於いては法華経を説の通りに五種の修行をすべきである。そして、法華経の存在する所は園中・林中・樹下・僧坊・若は白衣の舎・殿堂・山谷曠野などいずれを問わず塔を立てて供養せよ、なぜなら、そここそ諸仏が阿耨多羅三藐三菩提を得た道場であるからというのである。
この文はまさに、如来の滅後においては法華経を修行せよと述べている点で、法華経=実教に就くべきことを示した文証といえる。
法華経の流通たる涅槃経の第九に云く「我涅槃の後正法未だ滅せず余の八十年・爾時に是の経閻浮提に於て当に広く流布すべし(略)是の大乗経典・大涅槃経は声聞の経に於て最上首為り」是十
ここでも涅槃経の引用であり、文中「是の大乗教典・大涅槃経は…最上首為り」とあるが、これがさしているのはあくまで法華経であることを示されるために、初めに「法華経の流通たる涅槃経の第九に云く」といわれているのである。“法華経の流通”とは涅槃経が法華経の教えを宣揚し弘めるための流通分であるということである。
引用文は大般涅槃経巻九・如来性品第四の文である。
内容は次のとおりである。
仏が涅槃した後、末だ正しい教えが滅してはいない時代の末の80年間の時に、「是の経」が世に流布すべきであろう。
だが、その時に悪比丘がいて、この経を盗み取ってこの経を多くに分けてしまい、正しい教えを滅してしまうのである。
更にこれらの悪人たちは、この経典を読誦するが“如来秘密の要義”すなわち仏の真意を除いてしまい、世間でよく使用されるように美辞麗句で飾りたてられた文を大事にし、意味の無い言葉で飾ったり、前の文を採って後ろにつけたり、逆に後ろの文を前につけたり、前と後の文を中にくっつけたり、中の文を分けて前と後ろにつけたりする。
このような悪比丘たちは魔の伴侶であり、その姿はちょうど牛乳を売る女が乳に水を加えて売ったりするのと同じである。だんだん乳味が薄くなっていくことは当然である。
だが乳味が薄くなって最後には水と変わらないぐらいになっても、なお乳味がその他の味に勝つてるように、大般涅槃経もさまざまな飾り言葉が加わったり経典が前後混乱していたり、重要な要義がかなっていたりしても、それでも、涅槃経は余経に勝ること千倍である。なぜなら涅槃経は最上首であるからである。
これも、涅槃経の文によって法華経の実経が「最上首」であり、仏滅後に弘められるべき教法であることを述べているので、権教を捨てて実教に就くべきことの文証とされたのである。
第14章 0042:07~0043:11 了義と不了義の相対を示すtop
| 07 問うて云く 不了義経を捨てて了義経に就くとは、 大円覚修多羅了義経・大仏頂如来密因修証了義経是の如き 08 諸大乗経は皆了義経なり依用と為す可きや、 答えて云く了義・不了義は所対に随つて不同なり 二乗菩薩等の所説 09 の不了義に対すれば 一代の仏説皆了義なり仏説に就て小乗経は不了義・ 大乗経は了義なり大乗に就て又四十余年 10 の諸経は不了義経・法華・涅槃・大日経等は了義経なり而るに円覚・大仏頂等の諸経は小乗及び歴劫修行の不了義経 11 に対すれば了義経なり法華経の如き了義には非ざるなり。 -----― 問うて云う。不了義経を捨てて了義経に就くとは、大円覚修多羅了義経や大仏頂如来密因修証了義経のような諸大乗経は皆、了義経である。これらの経典を依りどころとして用いてよいのか。 答えて云う。了義・不了義は対比するものによって同じではない。二乗・菩薩などの所説の不了義に対すれば、一代の仏説はすべて了義である。仏説につて小乗経は不了義、大乗経は了義である。大乗につてまた四十余年の諸経は不了義経、法華経・涅槃経・大日経などは了義経である。 しかるに円覚経や大仏頂経などの諸経は小乗および歴劫修行の不了義経に対すれば了義経となる。しかし法華経のような了義経ではないのである。 |
大円覚修多羅了義経
円覚経のこと。大方円覚修多羅了義経の略、大方広円覚経・円覚了義経・円覚修多羅了義経ともいう。唐・長寿2年(0693)北インド・罽賓国の仏陀多羅の訳。文殊・普賢・弥勒・円覚・賢善首等十二菩薩のために、仏が大円覚の妙理と、その実修観法を説いたものだが、古来、中国で撰述された偽経であるとの説がある。唐代の宗密の円覚経第疏3巻をはじめ注釈書が多く、華厳宗・禅宗に影響を与え、特に禅宗では、維摩経・首楞厳経とともに重視している。
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大仏頂如来密因修証了義経
10巻。中国唐代の般刺蜜帝訳。正しくは大仏頂如来密因修証了義諸菩薩万行首楞厳経といい、略して首楞厳経・大仏頂経という。摩登迦女の呪力に害されている阿難を仏が神通力で救うことから始まり、禅定の力と白傘蓋陀羅尼の功徳力を説いている。このほか首楞厳経は鳩摩羅什訳の首楞厳三昧経の略をいうが、この二つは別のものである。
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依用
よりどころとして用いること。
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所対
対するところ、比較対照の相手。
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二乗菩薩等の所説
二乗や菩薩などが説いた説。仏説と比較相対すれば不了義である。
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一代の仏説
釈尊一代の仏としての教説。二乗菩薩等の所説と比較相対すれば了義である。
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大日経
大毘盧遮那成仏神変加持経のこと。中国・唐代の善無畏三蔵訳7巻。一切智を体得して成仏を成就するための菩提心、大悲、種々の行法などが説かれ、胎蔵界漫荼羅が示されている。金剛頂経・蘇悉地経と合わせて大日三部経・三部秘経といわれ、真言宗の依経となっている。
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ここでは権を捨て実に就くべきであるとの文証として挙げられた十の経文のうち、第二の涅槃経の文に、不了義経を捨てて了義経に就くべきであることについて、問答を立てて詳しく示されているところである。二つの問答からなっている。
まず、大円覚修多羅了義経や大仏頂如来密因修証了義経といったような経は、その題目に了義経の名がつけられているのであるから、これらは了義経として用いてよいのではないか、と問うている。
これに対して、了義と不了義の立て分けは「所対に随って」、つまり、何と比較・相対するかによって異なると述べられている。
そして“二乗や菩薩たちが説いた教えが不了義経であるのに対し、釈尊一代の仏説は了義経となる。同じ仏説のなかでは、小乗教が不了義経であるのに対し大乗経は了義経となる。同じ大乗経でも40余年の諸大乗経が不了義経であるのに対し、法華・涅槃・大日経などは了義経となる”と例を挙げられた後、問いに掲げられた大円覚修多羅了義経・大仏頂如来密因修証了義経などの経は、小乗経や歴劫修行を説く大乗経の不了義経に相対すれば了義経であるが、法華経のような了義経ではなく、法華経に相対すると不了義経となる、と答えられている。
四十余年の諸経は不了義経・法華・涅槃・大日経等は了義経なり
大乗経の諸経のなかでも40余年の諸大乗経が不了義経であるのに対して、法華・涅槃・大日経は了義経とされているところである。
ここで、真言宗の依経である大日経も法華経・涅槃経と並んで了義経とされているのは、すでに第三章でも「法華真言の直道を閉じて」と述べられており、また直ぐ後の御文で「華厳・法相・三論等の天台真言より已外の諸宗」と述べられているように、本書は一貫して、一応、真言・大日経を法華経・涅槃経とともに成仏の直道と捉える立場に立っておられるからである。
その理由として、既に述べたように、この守護国家論御執筆の段階においては、立宗されてなお日が浅く、まず当時の新興宗教であった浄土宗、禅宗の破折を先行し、旧仏教であり、特に天台宗と結びついていた真言宗およびその依経・大日経については、後日を期されたこともあったであろう。
しかし、本書執筆の翌年、文応元年(1260)に著された唱法華題目抄では「大日経を法華経に対すれば大日経は不了義経・法華経は了義経なり」(0009-10)と仰せられて真言・大日を厳しく破折されており、後に真言を亡国の因として徹底して破折されていく出発点とされている。
第15章 0043:12~0043:17 与えて三宗の教義を挙げるtop
| 12 問うて云く華厳・法相・三論等の天台真言より已外の諸宗の高祖・各其の依憑の経経に依つて其の経経の深義を 13 極めたりと欲えり是れ爾る可しや如何、 答えて云く華厳宗の如きは 華厳経に依つて諸経を判じて華厳経の方便と 14 為すなり、 法相宗の如きは阿含・般若等を卑しめ華厳・法華・涅槃を以て深密経に同じ同じく中道教と立つると雖 15 も亦法華・涅槃は一類の一乗を説くが故に 不了義経なり深密経には五性各別を論ずるが故に了義経と立つるなり、 16 三論宗の如きは二蔵を立てて 一代を摂し大乗に於て浅深を論ぜず而も般若経を以て依憑と為す、 此等の諸宗の高 17 祖・多分は四依の菩薩なるか定めて所存有らん是非に及ばず。 -----― 問うて云う。華厳宗・法相宗・三論宗などの天台宗・真言宗より以外の諸宗の高祖は、おのおのその依りどころとする経々によって、その経々の深義を極めたと思っている。これはそのとおりであろうか、どうか。 答えて云う。華厳宗は華厳経によって諸経を判断して華厳経の方便としている。 法相宗は阿含経・般若経などを卑しめ、華厳経・法華経・涅槃経をもって深密経に同じとし、同じく中道教であると立てているが、また法華経・涅槃経は不定性の一類の乗仏を説いたものだから不了義経であるとしている。そして、これに対し解深密経は五性各別を論ずるゆえに了義経であると立てている。 三論宗は声聞蔵と菩薩蔵の二蔵を立てて一代聖教を収め、大乗において浅深を論じない。しかも般若経をもって依りどころの経としている。 これらの諸宗の高祖・多くは四依の菩薩であろうか。必ず心の中に思うことがあろう。これに対して是非を論ずるのは及ぶところではない。 |
法相
法相宗の事。解深密経、瑜伽師地論、成唯識論などの六経十一論を所依とする宗派。中国・唐代に玄奘がインドから瑜伽唯識の学問を伝え、窺基によって大成された。五位百法を立てて一切諸法の性相を分別して体系化し、一切法は衆生の心中の根本識である阿頼耶識に含蔵する種子から転変したものであるという唯心論を説く。また釈尊一代の教説を有・空・中道の三時教に立て分け、法相宗を第三中道教であるとした。さらに五性各別を説き、三乗真実・ 一乗方便の説を立てている。法相宗の日本流伝は一般的には四伝ある。第一伝は孝徳天皇白雉4年(0653)に入唐し、斉明天皇6年(0660)帰朝した道昭による。第二伝は斉明天皇4年(0658)、入唐した智通・智達による。第三伝は文武天皇大宝3年(0703)、智鳳、智雄らが入唐し、帰朝後、義淵が元興寺で弘めたとする。第四伝は義淵の門人・玄昉が入唐して、聖武天皇天平7年(0735)に帰朝して伝えたものである。
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三論
三論宗のこと。竜樹の中論・十二門論、提婆の百論の三つの論を所依とする宗派。鳩摩羅什が三論を漢訳して以来、羅什の弟子達に受け継がれ、隋代に嘉祥寺の吉蔵によって大成された。日本には推古天皇33年(0625)、吉蔵の弟子の高句麗僧の慧灌が伝えたのを初伝とする。奈良時代には南都六宗の一派として興隆したが、以後、次第に衰え、聖宝が東大寺に東南院流を起こして命脈をたもったが、他は法相宗に吸収された。教義は、大乗の空理によって、自我を実有とする外道や法を実有とする小乗を破し、成実の偏空をも破している。究極の教旨として、八不をもって諸宗の偏見を打破することが中道の真理をあらわす道であるという八不中道をとなえた。
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天台
天台法華宗の事。法華経を正依の経として、天台大師が南岳大師より法をうけて「法華玄義」「法華文句」「摩訶止観」の三大部を完成させ、一方、南三北七の邪義をも打ち破った。天台の正法は章安大師によって伝承され、中興の祖と呼ばれた妙楽大師によって大いに興隆し、わが国では伝教大師が延暦3年(0784)に入唐し、妙輅の弟子である行満座主および道邃和尚によって天台の法門を伝承された。帰国後、殿上において南都六宗と法論を行い、三乗を破して一仏乗の義を顯揚した。教相には五時八教を立て、観心には三諦円融の理をとなえ、理の一念三千・一心三観の理を証することにより、即身成仏を期している。伝教大師の目標とした法華迹門による大乗戒壇は、小乗戒壇の中心であった東大寺等の猛反対をことごとく論破し、死後7日目に勅許が下り、比叡山延暦寺は日本仏教界の中心として尊崇を集め、平安町文化の源泉となった。しかし第三・第五の座主慈覚・智証から真言の邪法にそまり、かつまた像法過ぎて末法となり、まったく力を失ってしまったのである。
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真言
真言宗のこと。三摩地宗・陀羅尼宗・秘密宗・曼荼羅宗・瑜伽宗・真言陀羅尼宗ともいう。大日如来を教主とし、金剛薩埵・竜猛・竜智・金剛智・不空・恵果・弘法(空海)と相承して付法の八祖とし、大日・金剛薩埵を除き善無畏・一行の二師を加え伝持の八祖と名づける。大日経・金剛頂経を所依の経とし、両部大経と称する。そのほか多くの経軌・論釈がある。中国においては、善無畏三蔵が唐の開元4年(0716)にインドから渡り、大日経を訳し弘めたことから始まる。金剛智三蔵・不空三蔵を含めた三三蔵が中国における真言宗の祖といわれる。日本においては、弘法大師空海が入唐して真言密教を将来して開宗した。顕密二教判を立て、自宗を大日法身が自受法楽のために内証秘法の境界を説き示した真実の秘法である密教とし、他宗を応身の釈迦が衆生の機根に応じてあらわに説いた顕教と下している。空海は十住心論のなかで、真言宗が最も勝れ、法華経はそれに比べて三重の劣であるとしている。空海の真言宗を東密(東寺の密教)といい、慈覚・智証によって天台宗に取り入れられた密教を台密という。
―――
高祖
①一宗・一派の開祖。②四代前の先祖・祖父・祖父母。③遠い先祖のこと。④中国王朝の最初の天子。
―――
依憑の経経
よりどころとする経々。
―――
方便
悟りへ近づく方法、あるいは悟りに近づかせる方法のことである。一に法用方便、二に能通方便、三に秘妙方便の三種に分かれる。①法用方便。衆生の機根に応じ、衆生の好むところに随って説法をし、真実の文に誘引しようとする教えの説き方。②能通方便。衆生が低い経によって、悟ったと思っていることを、だめだと弾呵し、真実の文に入らしめる方便。この二つは方便品に「正直に方便を捨てて、但無上道を説く」と説かれる方便で、42年間の阿弥陀経、大日経、蘇悉地経等の権教で説かれている方便であるがゆえに「方便を捨てて」となる。秘妙方便。秘妙門ともいう。秘とは仏と仏のみが知っていること。妙とは衆生の思議しがたい境涯であり、長者窮子の譬えや衣裏珠の譬えによってわかるように、末法の衆生は種々の悩みや、凡夫そのままの愚かな境涯に住んでいるけれども、その身がそのまま、久遠元初以来、御本仏日蓮大聖人の眷属であり、仏なのだと悟る。これが秘妙方便である。悩んでいるときのわれわれも、仏であると自覚して、折伏に励む時も、その体は一つで、その人に変わりはない。これは仏のみの知れる不思議である。
―――
深密経
解深密経のこと。五巻。唐代の玄奘訳。内容は、己心の外にあると思われる諸現象は、ただ阿頼耶識によって、認識の対象に似たすがたを心に映じ出されたものにすぎないという唯識の義、および諸法の如実の性相を明かし、実践修行の方法・行位・証果・化他の力用を説いている。なお漢訳には三種がある。法相宗の依経である。
―――
中道教
法相宗の教判である三時教のひとつ。第一時有相教・第二時無相教・第三時中道教とし、中道教を最高とする。しかし法相宗では、法華経・涅槃経は五性のうち不成性の二乗の成仏を説くだけだから不両義教、深密経は五性すべてに成仏・不成仏を説くから了義教であるとしている。
―――
一類の一乗
同一の種類の者に対する成仏の教え、一乗は一仏乗、成仏の教えをいう。
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五性各別
解深密経によって、人の性質は本来五種、①声聞種性、②独覚種性、③如来種性、④不定種性、⑤無有出世功徳種性の決定的差別があるという考え方。したがって、その五性に適して説いた三乗・五乗等の教えこそ真実であって、一仏乗を説いた法華経は方便であるというのが法相宗の主張である。
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二蔵
二種類の法蔵のこと。声聞蔵と菩薩蔵をいう。蔵は教法・経典という財宝を保有する蔵を意味する。①声聞蔵は声聞・縁覚の二乗のために説かれた四渧・十二因縁等。②菩薩蔵は菩薩のために説かれた六波羅蜜経。
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四依の菩薩
「四依」には、法の四依と人の四依があり「菩薩」という場合は人の四依である。小乗・大乗・迹門・本門により、菩薩の位は異なるが、末法の四依は折伏を行ずる地涌の菩薩であり、別して日蓮大聖人のこと。
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所存
心の中で思うこと。意見。考え。
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これまで権教を捨て実教に就くべきことを述べてこられたが、ここでは実際に権教に基づいて宗旨を立てている華厳・法相・三論宗について述べられているところである。
初めに、天台・真言以外の華厳・法相・三論などの諸宗の高祖たちは、それぞれが拠りどころとする経の深義を極めたと思っているがこれは正しいのかとの問いを立てられている。
それに対して、それぞれの宗は自らの拠りどころとする経をもって判を立てていると指摘されている。つまり華厳宗を拠りどころにして他の諸経を華厳の方便とし、法相宗は深密教を了義経としてこれを拠りどころにして法華経・涅槃経などを不了義経であるとしている。
また、三論宗は般若経を拠りどころにして一代聖教を声聞蔵と菩薩蔵の二蔵に立て分けている。と指摘され、これについて「此等の諸宗の高祖・多分は四依の菩薩なるか定めて所存有らん是非に及ばず」と言われている。つまり、三宗の高祖たちは恐らく四依の菩薩であろうから、その教義にはそれなりの考えもあるのであろうと「与えて」論じられて、それについて是非を論ずるのは及ぶところではないとされ、批判をいったんは差し控えておられる。
華厳宗の如きは華厳経に依つて諸経を判じて華厳経の方便と為すなり
三宗のうち、まず華厳宗の教義の特徴を挙げられているところである。
つまり、華厳宗は華厳経を根本として、華厳経以外の諸経をことごとく衆生を華厳経へ導くために仮に設定された方便の教えとしていると述べられている。
法相宗の如きは阿含・般若等を卑しめ華厳・法華・涅槃を以て深密経に同じ同じく中道教と立つると雖も亦法華・涅槃は一類の一乗を説くが故に不了義経なり深密経には五性各別を論ずるが故に了義経と立つるなり
法相宗の教義の特徴を挙げられている。
法相宗では経教を価値判断する基準として、有相教、空、中道教の三時教を立てる。
第一時は有相教で阿含部にあたる。宇宙森羅万象の真実の相を「有」とする経。うなわち、すべての存在は因縁によって成り立っているけれども、それを構成する要素そのものは有ると説くものである。
次に、第二時は空相教で、般若経などに代表される。すなわち、第一時の逆で、すべての存在の真実相は「空」であるとするもの。
最後の第三時は「有」とか「空」とかの両極端を離れて非有非空の中道を顕した教で「中道教」であり、解深密経、華厳経、法華経、涅槃経などがそれであるとする。
本文で「阿含・般若等を卑しめ華厳・法華・涅槃を以て深密経に同じく中道教と立つる」とあるのは、以上の三時の価値判断を簡潔に述べられたものといえる。
この中道教の立場からは解深密経と華厳・法華・涅槃等は同列であるとするのであるが、法華・涅槃等は不了義経、深密経は了義経であるとして、法相宗の拠りどころの深密経が最高第一だとするのである。
法相宗では五性格別といって、衆生が本来具えている性質を五種類に分類する。
すなわち、①声聞定性、②縁覚定性、③菩薩定性、④不定性、⑤無性の五つである。
五性格別の考えからいえば、衆生に成仏できる可能性のある者とない者とが存在することになる。法相宗では五種類のうち第三の菩薩の定性をもった者だけが成仏できて、あとの声聞定性、縁覚定性、不定性、無性は成仏できない、としている。
そして、法華経・涅槃経は「一類の一乗」すなわち不定性の二乗の成仏のみを説いたにすぎないから不了義経だとするのである。
すなわち、法華経・涅槃経の場合は深密経のように五種類の区別を説くのではなく、不定性の二乗という種類の成仏だけを説いたものだから不了義経として貶しめるのである。
この考えは当然のことながら、一切衆生悉く成仏できるとする法華経、更には一切衆生の仏性常住を説く涅槃経とは全く対立するものである。
三論宗の如きは二蔵を立てて一代を摂し大乗に於て浅深を論ぜず而も般若経を以て依憑と為す
三論宗の教義の特徴を挙げておられるところである。
三論宗は竜樹の中論、十二門論、提婆菩薩の百論の三つの論を拠りどころといて立てられた宗である。「二蔵」とは二種類の法蔵のことで、声聞蔵と菩薩蔵のことである。
声聞蔵というのは声聞・縁覚の二乗のために説かれた四諦・十二因縁の法門をいい、菩薩蔵とは菩薩のために説かれた六波羅蜜等の法門のことをさす。
三論宗は釈尊一代の教法を声聞蔵と菩薩蔵の二蔵に立て分け、菩薩蔵は深くて勝れ声聞蔵は浅くて劣るとしている。だが「大乗に於て浅深を論ぜず」とあるように、大乗である菩薩蔵のなかでは浅深を論じていない。
しかしながら、それでも「般若経を以て依憑と為す」と仰せのように、般若経を最第一としてこれを拠りどころとしているのである。
此等の諸宗の高祖・多分は四依の菩薩なるか定めて所存有らん是非に及ばず
華厳宗・法相宗・三論宗の高祖たちの説く教義に対して、ここではひとまず与えた言い方をされているところである。
「多分は四依の菩薩なるか」と仰せられて、これらの高祖たちはおそらく仏滅後に正法を護りながら弘通し、人々の拠りどころとなる四種類の菩薩のいずれかに入る人たちであろう、と与えた言い方をされている。
したがって、以上のようなそれぞれの教義も「定めて所存有らん」、つまり、必ずそれなりの考えがあってのことであろうから、大聖人は「是非に及ばず」是非の判断をするには及ばない、といったんは批判を差し控えられている。
第16章 0043:18~0044:07 奪って三宗を破折するtop
| 18 然りと雖も自身の疑を晴らさんが為に 且らく人師の異解を閣いて諸宗の依憑の経経を開き見るに華厳経は旧訳 0044 01 は五十・六十・新訳は八十・四十・其の中に法華涅槃の如く一代聖教を集めて方便と為すの文無し、四乗を説くと雖 02 も其の中の仏乗に於て十界互具・久遠実成を説かず 但し人師に至つては五教を立てて 先の四教に諸経を収めて華 03 厳経の方便と為す、 法相宗の如きは三時教を立つる時・法華等を以て 深密経に同ずと雖も深密経五巻を開き見る 04 に全く法華等を以て中道の内に入れず。 -----― しかしながら、私自身の疑いを晴らすために、今は仮に人師の異なる解釈を捨ておいて諸宗の拠りどころとする経々を開いて見ると、華厳経には旧訳は五十巻本・六十巻本、新訳は八十巻本・四十巻本があるが、そのなかに、法華経や涅槃経のように一代聖教をまとめて方便としている文はない。四乗を説くが、そのなかの仏乗において十界互具・久遠実成を説かない。ただし中国の人師に至って、五教判を立てて前の四教に諸経を収めて華厳経の方便としたのである。 法相宗は三時教判を立てて、法華等をもって深密経と同じであるとしているが、深密経五巻を開いて見るのに全く法華等を中道の内に入れていない。 -----― 05 三論宗の如きは二蔵を立つる時・ 菩薩蔵に於て華厳法華等を収め般若経に同ずと雖も新古の大般若経を開き見 06 るに全く大般若を以て法華涅槃に同ずるの文無し 華厳は頓教・法華は漸教等とは 人師の意楽にして仏説に非ざる 07 なり。 -----― 三論宗は声聞蔵と菩薩蔵の二蔵教判を立てて、菩薩蔵において華厳経・法華経等を収め般若経と同じであるとしているのであるが、新訳・古訳の大般若経を開いて見ると全く大般若をもって法華経・涅槃経と同じであるとした文はない。「華厳経は頓教・法華経は漸教」などというのは人師の意い楽うところであつて仏説ではないのである。 |
人師の異解
人師とは凡人の師のこと。仏を大導師というのに対して、凡夫であってしかも他を教え導くもの。仏・菩薩ではない仏法の指導者のこと。異解とは仏説によらない見解・解釈。
―――
旧訳は五十・六十・新訳は八十・四十
漢訳された経典のうち、唐の玄奘三蔵以前に訳された経を旧訳といい、以後に訳された経を新訳という。華厳経には旧訳の50巻本・60巻本新訳に80巻本と40巻本があるが、50巻本は5世紀の漢訳本で現存しない。60巻本は東晋代の仏駄跋羅多の訳で、通常「旧訳華厳経」という。天台の五時教判によれば、釈尊が寂滅道場菩提樹下で正覚を成したとき、別して利根の大菩薩のため説かれた教え。廬舎那仏が利根の菩薩のために一切万有が互いに縁となり作用しあってあらわれ起こる法界無尽縁起、また万法は自己の一心に由来するという唯心法界の理を説き、菩薩の修行段階である52位とその功徳を示す。80巻本は唐代の実叉難陀の訳で「新訳華厳経」という。40巻品は唐代の般若訳。華厳経末の入法界品をいう。
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一代聖教
釈尊が成道してから涅槃に入るまでの間に説いた一切の説法。天台大師は説法の順序に従って華厳・阿含・方等・般若・法華の五時に分けた書。詳しくは御書全集「釈迦一代五時継図」(0633)参照のこと。
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四乗
四種の乗法のこと。①声聞・縁覚・菩薩・仏乗のこと。②一乗・三乗・小乗・人天乗のこと。③大乗・中乗・小乗・人天乗のこと。
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仏乗
一仏乗・一乗と同義。一切衆生を成仏させるための教えのこと。釈尊一代の聖教のすべては、総じては皆成仏道の教法といえるが、別しては法華経に限るのであり、南無妙法蓮華経に限るのである。
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十界互具
地獄から仏界にいたる十界のおのおのに十界を具していること。方便品では、凡下の衆生に仏知見がそなわっていると説き、寿量品では三妙合論して仏界常住を説く。この十界互具・百界は、それぞれに十如是を具し、さらに三世間を具して、一念三千となる。ゆえに開目抄には「一念三千は十界互具よりことはじまれり」(0189-04)と仰せである。ただし、末法における真実の十界互具については、われわれが唱える題目・御本尊を仏界として、唱え奉るわれら衆生は九界であり、この境智冥合をもって十界互具というのである。
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五教
釈尊一代の教説を形式・内容・所詮の教旨によって五種に判釈したもの。
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三時教
釈尊の経典を三時期に分類する教判。
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菩薩蔵
大乗の菩薩のための教えのこと。六波羅蜜などの菩薩の修行およびその結果を説いた諸大乗教をいう。蔵とは包含の意で、釈尊一代五十年の所説の法を、財宝を所有する蔵にたとえたもの。
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新古の大般若経
般若経の旧訳(鳩摩羅什訳の摩訶般若波羅蜜経)と新訳(玄奘三蔵訳の大般若経)のこと。
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頓教
天台の八教大意に説かれる化儀の四教のひとつ。頓はすみやか・直ちにの意。すなわち頓教は誘因の手段を用いなで、ただちに大乗を説いた教え。
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漸教
天台の八教大意に説かれる化儀の四教のひとつ。衆生の機根に応じて、低きから高きへと次第に誘因していく教法。
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意楽
意い楽うこと。何事かをなそうとする心性。
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諸宗の高祖たちの言い分については「是非に及ばず」とされて批判を避けられたが、「然りと雖も自身の疑いを晴らさんが為に」と仰せられて、諸宗が拠りどころとする経々を開いてみて検討すると仰せである。
ここにも、前に「経論を以て邪正を直す信謗は仏説に任せ敢て自義を存する事無かれ」と仰せられた。あくまでも仏説・経典に基づいて仏教の教説を判断されていく大聖人の姿勢が貫かれていることを知ることができよう。
まず、華厳宗は諸経を「華厳経の方便」としているが、これに対しては華厳宗が拠りどころとする華厳経には旧訳の50巻、60巻の華厳経、新訳の80巻、40巻の華厳経などがあるが、それらのいずれを見ても、法華・涅槃経のように一代聖教をさして「方便」としている文証は全くないといわれて破折されている。
また、華厳経では声聞・縁覚・菩薩・仏の四乗を説くけれども肝心の仏乗については十界互具・久遠実成を説いていないと指摘されている。
このように、本来、経典にはないのに、人師たちが五教を立て、諸経を四教に収めて、一乗円教が華厳経であるとして四教はこの華厳経の方便であるとしたのである、と述べられている。
次に、法相宗は三時教を立てて、深密経と同じく法華経・涅槃経などを第三時の「中道教」の中に入れているが、深密経五巻のどこを開いてみても法華経・涅槃経にについてそうした位置づけをしてはならない、と破られている。
また、三論宗では一切経を声聞蔵・菩薩蔵の二蔵に立て分けて華厳経・法華経などを般若経と同じく菩薩蔵に収めているけれども、新訳旧訳の大般若経を開いて見ても、大般若を法華涅槃と同じとしている文証はないと破折されている。
更に、華厳を頓教、法華を漸教と立て分ける説は全く人師が勝手に立てた説で仏説ではないと破られている。
法華涅槃の如く一代聖教を集めて方便と為すの文無し
法華経や涅槃教の場合は、一代聖教をすべて総括して、法華経に対して「方便の教えであると位置づけている。
すなわち、既にこれまでにも引用された、法華経の開経・無量義経説法品の「四十余年未顕真実」の文、法華経法師品第十の已説・今説・当説の三説を超えて法華経は最も難信難解で最第一とする文がそれであり、涅槃経の場合は一代聖教を五味に譬えて法華・涅槃を第五の醍醐味に、爾前経をそれ以前の四味、としている。
このように、法華・涅槃においては、一代聖教全体を総括し、法華・涅槃以前の諸経を方便とする文証が明確である。
これに対して、華厳経で言っている「諸経は華厳経の方便である」ということは、旧訳であれ新訳であれ華厳経のどこにもないと破られている。
四乗を説くと雖も其の中の仏乗に於て十界互具・久遠実成を説かず
四乗とは声聞・縁覚・菩薩・仏の四聖についての”乗”すなわち教法のことである。華厳経では四乗を立てるが、仏乗に関しては十界互具・久遠実成を説いていないので真の仏乗ではないと破折されているところである。
一代聖教大意に「法華経已前の諸経は十界互具を明さざれば仏に成らんと願うには必ず九界を厭う九界を仏界に具せざるが故なり、されば必ず悪を滅し煩悩を断じて仏には成ると談ず凡夫の身を仏に具すと云わざるが故に、されば人天悪人の身を失いて仏に成ると申す、此れをば妙楽大師は厭離断九の仏と名くされば 爾前の経の人人は仏の九界の形を現ずるをば但仏の不思議の神変と思ひ仏の身に九界が本よりありて現ずるとは言わず、されば実を以てさぐり給うに法華経已前には但 権者の仏のみ有つて実の凡夫が仏に成りたりける事は無きなり」(0403-09)また開目抄には「妙とは具足・六とは六度万行、諸の菩薩の六度万行を具足するやうを・きかんとをもう、具とは十界互具・足と申すは一界に十界あれば当位に余界あり満足の義なり、此の経一部八巻・二十八品・六万九千三百八十四字・一一に皆妙の一字を備えて三十二相・八十種好の仏陀なり、十界に皆己界の仏界を顕す」(0209-10)とあるように、十界互具の裏づけがなければ、我が経に成仏の法があると主張していても、衆生が修行して成仏することはできないのである。
次に、久遠実成の法門の重要性は開目抄に「迹門方便品は一念三千・二乗作仏を説いて爾前二種の失・一つを脱れたり、しかりと・いえども・いまだ発迹顕本せざれば・まことの一念三千もあらはれず二乗作仏も定まらず、水中の月を見るがごとし・根なし草の波の上に浮べるににたり、本門にいたりて始成正覚をやぶれば四教の果をやぶる、四教の果をやぶれば四教の因やぶれぬ、爾前迹門の十界の因果を打ちやぶつて本門の十界の因果をとき顕す、此即ち本因本果の法門なり、九界も無始の仏界に具し仏界も無始の九界に備りて・真の十界互具・百界千如・一念三千なるべし」(0197-12)と仰せのように、法華経の寿量品において、釈尊自身が久遠において仏であったことが明らかになったことで、これによって“真の十界互具・百界千如・一念三千”となるのである。
それはまた、この久遠実成が明かされたことによって、成仏の根源が示されたことになるのである。
これらが法華経に説かれているのに対し、華厳経では、いずれも明かされていないから「四乗」といっても最も肝心の仏乗の法はないということである。
但し人師に至つては五教を立てて先の四教に諸経を収めて華厳経の方便と為
以上のように、諸経を華厳経の方便とする説は華厳経自体には文証がないにもかかわらず、華厳宗の人師たちが勝手に五教説を立てて、華厳経が最も勝れ、他の諸経は「四教」に含まれるとして華厳経のための方便であるとしたのだと指摘されている。この場合の人師とは中国華厳宗の開祖杜順、第三祖法蔵である。
彼らは一代聖教を①小乗教、②大乗始教、③大乗終教、④頓教、⑤円教の五段階に分類した。これが五教である。
ここで「先の四教に諸経を収めて」とあるのは、五教のうち初めの四教、すなわち、小乗教、大乗始教、大乗終教、頓教に収めてしまい、最後の円教とは華厳経であるとして、諸経は方便としたのである。
なお、彼らは円教を更に同教一乗と別教一乗の二つに分けている。同経一乗は三教と共通する教えであり法華経がこれに入るとする。別教一乗は三乗教とは別で絶対的に区別される一乗で、華厳経がこれに入るとする。このように、同じ円教でも、華厳経のほうが法華経より勝れているという己義を立てたのである。
華厳は頓教・法華は漸教等とは人師の意楽にして仏説に非ざるなり
このあと、法相宗、三論宗についても、開祖たちの立義が、彼等の依経自体にないことを指摘して破折され、結論として、これら諸宗で法華経を劣る経ときめつけているのは、あくまで「人師の意楽」にすぎず「仏説」ではないと破折されている。
ここで頓教というのは“頓”すなわち速やかに得道できる教えのこと、漸教というのは“漸”、永い時間をかけて次第次第に漸進的に徳道していく教えのことである。
おそらく華厳宗の杜順、法蔵などの人師が華厳経の方が法華経に勝ることを述べようとして華厳を頓教、法華経を漸教と立て分けたものである。
ここは「華厳は頓教・法華は漸教等とは」と仰せのように、華厳を代表として、以上挙げられた法相・三論まとめて「仏説に非ず」と破折されているのである。
第17章 0044:08~0044:14 法華経最第一の証文を挙げるtop
| 08 法華経の如きは序分無量義経に慥に四十余年の年限を挙げ華厳・方等・般若等の大部の諸経の題名を呼んで未顕 09 真実と定め正宗の法華経に至つて一代の勝劣を定むる時・我が所説の経典・無量千万億・已説・今説・当説の金言を 10 吐いて、而も其の中に於て 此の法華経は最も難信難解なりと説き給う時・多宝仏・地より涌出し妙法蓮華経皆是真 11 実と証誠し分身の諸仏十方より悉く一処に集つて舌を梵天に付け給う。 -----― 法華経の場合は、序分の無量義経にたしかに四十余年の年限を挙げ、華厳経・方等教・般若教等の大部の諸経の題名を呼んで未顕真実であると定め、正宗分の法華経に至つて一代聖教の勝劣を定める時、我が所説の経典は無量千万億にして、已に説き今説き・当に説く、との金言を述べ、しかもそのなかにおいて、この法華経は最も難信難解であると説かれた時、多宝仏が地より涌き出て、妙法蓮華経は皆、是れ真実であると証言し、分身の諸仏は十方からことごとく一所に集まって舌を梵天に付けられた。 -----― 12 今此の義を以て余推察を加うるに唐土・日本に渡れる所の五千七千余巻の諸経・以外の天竺・竜宮・四王天・過去 13 の七仏等の諸経並に阿難の未結集の経・十方世界の塵に同ずる諸経の勝劣・浅深・難易・掌中に在り無量千万億の中 14 に豈釈迦如来の所説の諸経を漏らす可けんや已説・今説・当説の年限に入らざる諸経之れ有るべきや -----― 今、この道理をもって私が推察を加えるに、中国・日本に渡ったところの五千七千余巻の諸経、それ以外のインド・竜宮・四王天・過去の七仏などの諸経ならびに阿難の未だ結集していない経、更に十方世界の塵の数ほどある諸経の勝劣・浅深・難易は掌の中にある。無量千万億の教のなかに、どうして釈迦如来の所説の諸経を漏らすことがあろうか。已説・今説・当説の三説の年限に入らない諸経があるだろうか。 |
未顕真実
法華経の開経である無量義経説法品第二に「四十余年には未だ真実を顕さず」とある。
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正宗の法華経
法華経三部経のしょうしゅうぶんにあたる部分。方便品~分別功徳品まで。
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金言
仏の説法のことで、金口ともいう。不変の特質をもつ黄金をもって仏の常住不変の言葉を仏説にたとえる。
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難信難解
法師品には「我が所説の経典、無量千万億にして、已に説き、今説き、当に説かん。而も其の中に於いて、此の法華経、最も為れ難信難解なり」とある。信じがたく解しがたいとで、法華経の信解は及びもつかないほど甚深の義があることを言いあらわしている。易信易解に対する語。
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推察
おしはかること。おもいやること。
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唐土
中国のこと。日本から中国を呼んだ名称。現在の浙江省を中心に勢力をふるっていた越の地方をさして諸越といっていたのが、しだいに中国全土の呼称となり、唐王朝成立後「唐土」と書き、「もろこし」と読むようになったという。
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五千七千余巻の諸経
仏教経典は5000巻、または7000巻あるといわれている法華経題目抄には「像法に入つて一十五年と申せしに後漢の孝明皇帝・永平十年丁卯の歳・仏経始めて渡つて唐の玄宗皇帝・開元十八年庚午の歳に至るまで渡れる訳者・一百七十六人・持ち来る経律論一千七十六部・五千四十八巻・四百八十帙、是れ皆法華経の経の一字の眷属の修多羅なり」(0942-16)とある。
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天竺
古来、中国や日本で用いられたインドの呼び名。大唐西域記巻第二には「夫れ天竺の称は異議糺紛せり、舊は身毒と云い或は賢豆と曰えり。今は正音に従って宜しく印度と云うべし」とある。
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竜宮
竜王の住む宮殿。水底、または水上にありという。長阿含経巻十九に「大海水底に娑竭龍王宮あり。縦広八万由旬なり。宮牆七重にして、七重の欄楯、七重の羅網、七重の行樹あり。周匝厳飾皆七宝より成る」とある。
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四王天
四大天王のこと。帝釈天の外将、須弥山の中腹に由犍陀羅山があり、この山に四頭があって、ここを欲界欲天の最下、四王天といい、その王を四天王という。東は持国天、南は増長天、西は広目天、北は多聞天である。
―――
過去の七仏
釈尊以前に出現した六仏(毘婆尸仏・尸棄仏・毘舎浮仏・拘留孫仏・拘那含仏・迦葉仏)に釈迦牟尼仏を加えて、過去の七仏とする。
―――
阿難の未結集の経
第一回の仏典結集は、仏の教法の散逸を恐れた摩訶迦葉が上首となって、阿難が経を、優婆離が律を誦して文字化されたが、その時の結集に漏れた経のこと。
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前章で三宗の拠りどころである諸経を点検されて、三宗の立てた教義が、拠りどころとする経自体と異なっていることを明らかにして破折されたが、これに対して法華経が諸経に比して最第一であるとの証文は真実であり絶対でることを明らかにされるところである。
まず、法華経の序文である無量義経の説法品第二において「四十余年未顕真実」と説いて、40余年の中に華厳・方等・般若など大部の諸経の題名を挙げたうえで“未顕真実”と定めており、また正宗分である法華経においては、法師品第十で一代聖教の勝劣を決定する時、釈尊自身が已説・今説・当説の三説のなかで法華経が最も難信難解であるとの金言を吐き、それを見宝塔品第十一で多宝如来が「皆是真実」と証明し、更に神力品第二十一では十方分身の諸仏が梵天に舌を付けて証明しているゆえに、法華経が一代の諸経に勝っているという絶対の証文になるのである。
以上のことから「今此の義を以て余推察を加うるに」と仰せられて、中国から日本に渡ってきた五千七千余巻の諸経、それ以外の天竺・竜宮・四天王などに存在する過去七仏などが説いた諸経、更に阿難が末だ結集していないところの経、また十方世界を塵にした数と同じぐらいの多い諸経の勝劣や浅深や難易を判断する基準は明確であると仰せられている。
その基準とは、法華経法師品第十の「我が所説の経典、無量千万億にして、已に説き、今説き、当に説かん。而も其の中に於いて、この法華経、最も為れ難信難解なり」との仏の金言である。
この金言のなかの「我が所説の経典、無量千万億」というなかに、以上に挙げた無数の経典群が漏れているわけがなく、“已説・今説・当説”という釈尊の説法の年限次第に入らない諸経は一つもない、ということで、したがって、法華経こそ無数の経典群を超えて最も難信難解の経典であり最第一である。と結論されているのである。
唐土・日本に渡れる所の五千七千余巻の諸経・以外の天竺・竜宮・四王天・過去の七仏等の諸経並に阿難の未結集の経・十方世界の塵に同ずる諸経
この文は法華経の法師品第十の已説・今説・当説の三説のなかには、単に釈尊一仏だけが説いた一切経だけではなく、過去7仏、三世十方の諸仏の説いた諸経も入ることを述べられたものである。
まず「唐土・日本に渡れる所の五千七千余巻の諸経」とは、インドから中国や日本に渡ってきた翻訳の経典の数である。
「五千余巻」とは旧訳で開元釈教目録(0760)にまとめられた5048巻であり、「七千余巻」とは新訳で貞元新定釈教目録(0794年)にまとめられた7399巻のことである。
いずれにしても、明確に漢語に翻訳された新旧の漢訳仏典の数をさしている。これは釈尊の所説であることはいうまでもない。
更に、中国・日本に渡った新旧訳の諸経以外の「天竺・竜宮・四王天」というのは、漢訳されないままでインド、竜宮・持国天王・増長天王・広目天王・毘沙門天竺・竜宮・四王天天王の四天王の住んでいるところに存在する諸経をさしている。
なお、同じような表現は報恩抄にもみられる。すなわち「或る人疑つて云く漢土・日本にわたりたる経経にこそ法華経に勝たる経はをはせずとも月氏・竜宮・四王・日月・トウ利天・都率天なんどには恒河沙の経経ましますなれば其中に法華経に勝れさせ給う御経やましますらん」(0295-13)とある。
報恩抄では、天竺が月氏に、四天王が四王になっており、更に日月・忉利天・都率天が加わっている。
要するに、漢訳されて中国や日本に伝えられてきている経典だけでなく、インド、更には竜宮・四天王の住んでいる場所、忉利天や都率天、日月などに、漢訳されないままになっていた経典群もあることを想定されているのである。
次に「過去の七仏等の諸経」とは、今度は時間的には、はるか過去に出現した七仏が説いたとされる諸経である。
七仏とは毘婆尸仏・尸棄仏・毘舎浮仏・拘留孫仏・拘那含牟尼仏・迦葉仏・釈迦牟尼仏のことである。とくに釈迦牟尼仏以前の六仏が説いたとされる諸経である。
更に「阿難の未結集の経」とは釈尊滅後、阿難等が中心となって経を結集したのであるが、漏れて結集されずに終わった教えもありうるとされているのである。
最後の「十方世界の塵に同ずる諸経」は、以上をまとめて、十方世界を微塵にしたほどの無数の諸経ということである。
それらの時間的には、はるかな過去、空間的には十方の諸仏たちの説いた漢訳仏典以外の微塵の経々と比べても、法華経は第一であると結論されているのである。その根拠は、多宝・十方諸仏も、法華経こそ最勝であることを証明したということにある。
第18章 0044:14~0045:05 仏説に従うべきことを勧めるtop
| 14 願わくば末代 15 の諸人且らく諸宗の高祖の弱文・無義を閣きて釈迦多宝十方諸仏の強文有義を信ず可し、 何に況や諸宗の末学・偏 16 執を先と為し末代の愚者人師を本と為して 経論を抛つ者に依憑すべきや、 故に法華の流通たる雙林最後の涅槃経 17 に仏・迦葉童子菩薩に遺言して言く 「法に依つて人に依らざれ義に依つて語に依らざれ 智に依つて識に依らざれ 18 了義経に依つて不了義経に依らざれ」と云云。 -----― 願うところは、末代の諸人は、しばらく諸宗の高祖の根拠の弱い文や道理のないものを捨ておいて、釈迦仏・多宝仏・十方諸仏の根拠の強い文や道理あるものを信じなさい。 まして諸宗の末学が偏った執着を先として、末代の愚者の人師を本として経論を投げ捨てる者を依りどころとしてよいだろうか。 ゆえに法華経の流通分である、沙羅双樹の林で最後に説かれた涅槃経で仏は迦葉童子菩薩に遺言して「法に依って人に依ってはいけない。義に依って語に依ってはいけない。智に依って識に依ってはいけない。了義経に依って不了義経に依ってはいけない」と説かれた。 -----― 0045 01 予世間を見聞するに自宗の人師を以て 三昧発得智慧第一と称すれども無徳の凡夫として実経に依つて法門を信 02 ぜしめず不了義の観経等を以て 時機相応の教と称し了義の法華涅槃を閣いて 譏つて理深解微の失を付け如来の遺 03 言に背いて「人に依つて法に依らざれ・語に依つて義に依らざれ・識に依つて智に依らざれ・不了義経に依つて了義 04 経に依らざれ」と談ずるに非ずや、 請い願わくば心有らん人は思惟を加えよ -----― 私が世間を見聞するのに、自宗の人師をもって三昧に入り悟りを開いた智慧第一と称すつけれども、徳のない凡夫として真実の経に依って法門を信じさせようとせず、不了義の観無量寿経などを時機に相応している教と称し、了義の法華経・涅槃経を捨ておいて謗って、これらの教理は深すぎて衆生は微かしか理解できないなどという欠点があるなどと言っている。これは如来の遺言に背いて「人に依って法に依ってはいけない。語に依って義に依ってはいけない。識に依って智に依ってはいけない。不了義経に依って了義経に依ってはいけない」と説くことになるではないか。こいねがうに、心ある人は思惟を加えなさい。 |
諸宗の高祖の弱文・無義
諸宗の高祖の釈文は多々あるが、文章力が弱く、実義がないこと。強文有義に対する語。弱文は根拠の弱い文証のかと。明確な道理がなく、説得力も弱いもので、諸宗の教祖が作った方便権教の論・釈をさす。無義は道理にかなっていないこと。
―――
強文有義
優れた経典であり道理があること。弱文無義に対する語。強文は、すぐれた教法を説いた経文。有義はその文が道理に適っていること。
―――
偏執
偏ったものに執着すること。偏った考えに固執して正邪・勝劣をわきまえないこと。
―――
雙林最後の涅槃経
雙林とは拘尸那城跋堤河のほとりの沙羅雙樹の木のこと。沙羅とは梵語で樹名、釈迦は一木二双四方八株の沙羅雙樹に四方を囲まれた中において八十歳の年の二月十五日に入滅した。そのとき沙羅雙樹がことごとく白くなり、あたかも白鶴のように美しかったという。それで沙羅林を鶴林ともいう。釈迦の入涅槃の時と処を象徴して、雙林最後といい、そのときの説法である涅槃経を雙林最後の涅槃経というのである。涅槃経は法華経の流通分にあたる。
―――
迦葉童子菩薩
梵語カーシャパ(kāśyapa)の音写。釈尊の十大弟子のひとり、摩訶迦葉とは別人。涅槃経迦葉菩薩品第12の対告衆。涅槃経では36の質問を発しているが、爾前経の会座にも連ならず、法華経の会座にも漏れた捃拾の機根の者。
―――
世間
①世の中・世俗のこと。②六道の迷界のこと。③三世間・有情世間・器世間などのように差別の意をあらわす。
―――
自宗
自らの宗派。自分の宗旨。
―――
三昧発得智慧第一
三昧に入って智慧を発し悟りを得て、智慧が最も勝れていること。三昧は梵語サマーディ(Samādhi)の音写。三摩提・三摩帝とも書く。定・正定・正受・等持などと訳す。心を一所に定めて動じないことをいう。経文中に、種々の三昧が説かれている。
―――
無徳の凡夫
徳のない凡夫。無徳は品性が卑しく、求道心のないとの意。凡夫は凡庸の士夫の意で、仏法の道理を末だ理解せずに迷っている六道の衆生。
―――
観経
観無量寿経のこと。浄土三部経の一つで、方等部に属する。元嘉元年(0424)~同19年(0442)にかかって中国・劉宋代の畺良耶舎訳。詳しくは観無量寿仏経。阿闍世王が父・頻婆沙羅王を殺し母を牢に閉じ込め、悪逆の限りを尽くしたのを嘆いた母・韋提希夫人が釈尊にその因縁を聞いたところ釈尊は神通をもって十方の浄土を示し、夫人がそのなかから西方極楽世界を選ぶ。それに対して釈尊が、阿弥陀仏と極楽浄土を説くというのが大意である。しかし、韋提希夫人の嘆きに対しては、この経は根本的には説かれていない。この答えが説かれるのは法華経提婆品で、観経ではわずかに、問いを起こしたaaというにとどまる。西方十万億土を説いたのも、夫人の現在に対する解決とはなっていない。
―――
時機相応の教
弘められるべき時と、その教法を受け入れる衆生の機との条件が適合している教。
―――
理深解微の失
念仏の祖・道綽が「安楽集」に述べている言葉。この教法には法華経の理は深いが、衆生の機が鈍なるゆえに、この理を解り得道するものがいないとする皆成仏道を否定する失がある。したがって法華経は不適当な教えであるという邪義。
―――
思惟
対象を分別し、よく考えること。
―――――――――
ここでは、これまで述べてこられたことの結論として、末法の人々は、諸宗の高祖などの人師の説や言葉を拠りどころとするのではなく、あくまで釈迦・多宝・十方諸仏の説を信じ従うよう勧められているところである。
そして、涅槃経の四依の文に、仏の遺誡として滅後末法における仏法の判断の基準が説かれているところを明らかにされていく。
次いで、とくに浄土宗の人師たちが了義経の法華経・涅槃経を“理深解微”とさしおいて、逆に不了義経である観無量寿経などを“時機相応の教”と称していることなどは、仏の遺誡である四依の文に背くものであると戒められている。
最後に「請い願わくは心有らん人は思惟を加えよ」と、心ある人々に対してよくよく思慮分別するよう促されている。
諸宗の高祖の弱文・無義を閣きて釈迦多宝十方諸仏の強文有義を信ず可し
ここで「弱文・無義」の“弱文”とは、文字どおり、文が弱いことである。文が弱いとは根拠とするに弱い文証ということである。
“無義”とは実義が無い、つまり道理に合わないということで、結局、諸宗の高祖や人師の釈・文は根拠とするに足りず、道理にも合わない教えにすぎないということである。
これに対して強文有義の“強文”とは、文が強いということで、根拠とするに強い文証ということである。“有義”とは実義がある、つまり道理に適合した文ということである。
結局、諸宗の教義は人師の説であるから、根拠とするに足りない「弱文」であり、その内容も道理の通らない「無義」であるのに対し、法華経は釈迦・多宝・十方の諸仏が証明しているがゆえに、根拠が強く、また一切衆生の成仏を説いていて道理に合致した仏説があるということである。
したがって、浄土宗をはじめ諸宗の高祖や人師の説を捨てて、釈迦・多宝・十方の諸仏である法華経を信ずべきである、と促されているのである。
法華の流通たる雙林最後の涅槃経に仏・迦葉童子菩薩に遺言して言く「法に依つて人に依らざれ義に依つて語に依らざれ智に依つて識に依らざれ了義経に依つて不了義経に依らざれ」と云云
涅槃経の四依の文を引かれているところである。
「法華の流通たる雙林最後の涅槃経」とあるように、涅槃経は法華経の流通、すなわち流通分にあたる経である。流通分とは法華経を正宗分として、それを時代・社会に弘通し普及する役割のことである。すなわち、法華経を正しく信受させるために説かれたのが涅槃経であるということである。
「雙林最後」とは、涅槃経が説かれた「場所」と「時」が表されている。「雙林」とは、涅槃経が説かれたとされるインドの雙林クシラーラに沙羅双樹の林のことである。釈尊はこの林で涅槃経を説いて入滅したゆえに、入滅の時を「雙林最後」といい、涅槃経のことを「雙林最後の経」などというのである。
このように「雙林最後」と、とくに言われる意図は、釈尊の遺言であるという重みを持つ戒めであることを強調されているのである。
さて、四依の文はすでに第十章で「了義経に依って不了義経に依らざれ」の部分が引用されていたが、大乗涅槃経巻六・如来性品第四、同経第六、四依品第八にある文である。
すなわち「迦葉菩薩、復仏に白して言さく「世尊、善い哉善い哉、如来の所説真実にして虚ならず。我当に頂受すること、譬えば金剛の珍宝異物の如くすべし。仏の所説の如く、是の諸の比丘、当に四法に依るべし、何等かを四つと為す。法に依りて人に依らず、義に依りて語に依らず、智に依りて識に依らず、了義経に依りて不了義経に依らず、是の如き四法、応当に證知すべし、四種の人に非ず」とある。
本文で「仏・迦葉童子菩薩に遺言して言く」と仰せであるが、上の引用に明らかなように、涅槃経の原典では、釈尊が迦葉童子菩薩に滅後の弘通を遺言として託すところで、迦葉菩薩が仏に比丘が護るべき四つの法を四依として述べ、自らに確認するくだりで出てくるのである。
四依の“依”とは依りどころの意味で、四つの依りどころのことであるが、引用文からも明らかなとおり、四不依、すなわち四つの依りどころとしてはならないもの、と相対して説かれている。
まず、第一は「法に依つて人に依らざれ」である。滅後の仏道修行者は、仏の説いた普遍的な法を依りどころとすべきであって、人師を依りどころとしてはならない、という戒めである。
第二には「義に依つて語に依らざれ」である。義とは中道実相の第一義、究極の真理のこと、語とは言葉の端々や枝葉末節のことである。
つまり、修行者は言葉の端々や枝葉末節を依りどころとせず、中道第一義の真理を依りどころとしなさい、という戒めである。
次いで「智の依つて識に依らざれ」である。諸法を正しく観察する智慧を依りどころとすべきであって、凡夫の迷妄なる識を依りどころとしてはならない、という戒めである。
最後に「了義経に依つて不了義経に依らざれ」とは前述のごとく“了義経”とは、義を了した経、すなわち仏法の究極の道理が完全に説き尽くされた経典を依りどころとすべきで、それを完全に説き尽くしていない不了義経を依りどころとしてはならない。という戒めである。
大聖人はこの涅槃経の四依の戒めは仏の遺言であるゆえに、末法の諸宗の末学や人々はこの四依の戒めを守るべきであって、これとは全く反している諸宗の高祖や人師に従ったりしてはならないと厳しく戒められているのである。
自宗の人師を以て三昧発得智慧第一と称すれども無徳の凡夫として実経に依つて法門を信ぜしめず不了義の観経等を以て時機相応の教と称し了義の法華涅槃を閣いて譏つて理深解微の失を付け如来の遺言に背いて「人に依つて法に依らざれ・語に依つて義に依らざれ・識に依つて智に依らざれ・不了義経に依つて了義経に依らざれ」と談ずるに非ずや
ここはとくに善導や法然の浄土宗を仏説に背いているとして破られているところでる。文中、「自宗の人師」とは後に続く文からいって中国・日本の浄土宗の善導や法然等をさしておられることは明らかである。「三昧発得智慧第一」とは、浄土宗の末学の信者たちが自宗の人師に過ぎない善導や法然等を「三昧を発得した智慧第一の人として崇めていることをさしている。
“三昧発得”とは修行によって三昧、すなわち精神統一として禅定に入り、智慧が身体から“発”して悟りを“得た”ことをいうのである。
浄土宗の末学の信者たちは善導や法然のことを「三昧発得智慧第一」と称しているが、実のところは、善導、法然らは「無徳の凡夫」、つまり仏法の道理を一分もさとっていない凡夫である。
しかし彼らの主張は「実経によって法門を信ぜしめ」るのではなく、不了義経である方便権教の観無量寿経などの浄土系の諸経を「時機相応の経」、つまり、末法という時と末法に生きる衆生の機根にふさわしい教えと称して、了義経である法華経・涅槃経をさしおき、これらの経は「理深解微」、すなわち、道理が深いため末法の衆生の理解は微かである、と難癖をつけたのである。
かれらは涅槃経の遺言である四依の教えに全く逆らった行き方で、文字どおり仏の心に背いていると厳しく破折されている。
つまり、浄土宗の末学や信者たちは普遍的な法に依らずに善導・法然などの「無徳の凡夫」を依りどころにしているのであり、中道第一義の義を明かした法華経に依っていないのであり、了義経に依らないで不了義経である観無量寿経など浄土系の諸経に依っている。これは仏の戒めの逆をやっているのではないか、と指摘されているのである。
第19章 0045:04~0045:11 人師が経論を誤る理由を示すtop
| 04 如来の入滅は既に二千二百余の星霜 05 を送れり文殊・迦葉・阿難・経を結集して已後・四依の菩薩重ねて出世し論を造り経の意を申ぶ末の論師に至つて漸 06 く誤り出来す 亦訳者に於ても梵漢未達の者・権教宿習の人有つて実の経論の義を曲げて 権の経論の義を存せり、 07 之に就て亦唐土の人師・過去の権教の宿習の故に 権の経論心に叶う間・実経の義を用いず或は少し自義に違う文有 08 れば理を曲げて会通を構え以て自身の義に叶わしむ、 設い後に道理と念うと雖も 或は名利に依り或は檀那の帰依 09 に依つて権宗を捨てて実宗に入らず、 世間の道俗亦無智の故に理非を弁えず但・人に依つて法に依らず設い悪法た 10 りと雖も多人の邪義に随つて一人の実説に依らず、 而るに衆生の機多くは流転に随う 設い出離を求むとも亦多分 11 は権経に依る、 但恨むらくは悪業の身・善に付け悪に付け生死を離れ難きのみ、 -----― 如来の入滅から既に二千二百余の星霜が過ぎた。文殊・迦葉・阿難・経典を結集して已後、四依の菩薩が重ねて世に出現し、論をつくり経の意味を述べた。後々の論師に至って次第に誤りが出てきた。 また訳者においても梵語・漢語に未だ通達していない者や、権教に宿習する人がいて、真実の経論の教義を曲げて方便の経論の教義を反映している。 これについて、また中国の人師が過去に権教の宿習のあるゆえに、方便の経論が心に適合するから、真実の経の教義を用いない。あるいは少し自身の見解と違う文があれば、道理を曲げて勝手に解釈し、自身の見解に適合するようにする。 たとい後になって、やはり道理であると思っても、名声と利益によって、あるいは檀那の帰依によって権宗を捨てて実宗に入ろうとはしない。世の中の僧侶と在家もまた無智のために道理と非道を見分けていない。ただ人に依つて法に依らない。悪法であっても多くの人の邪義に従って一人の真実の教説に依ろうとはしない。 こうして、衆生の機根の多くは六道流転に従う。たとい六道から離れ出ることを求めても、また多くの人は権教に依ってしまうのである。ただ恨むことには、悪業の身のために、善につけ悪につけ生死流転を離れ難いのである。 |
二千二百余の星霜
釈尊滅後二千二百余年の歳月をいう。星は一年で天を一周するように見え、霜も年ごとに降るから「年」をあらわす。
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文殊
文殊師利菩薩のこと。梵語マンジュシュリー(maJjuzrii)の音写で、妙徳・妙首・妙吉祥などと訳す。普賢菩薩と共に迹化の菩薩の上首であり、獅子に乗って釈尊の左脇に侍し、智・慧・証の徳を司る。文殊は、般若を体現する菩薩で、放鉢経には「文殊は仏道中の父母なり」と説かれ、他の諸経にも「菩薩の父母」あるいは「三世の仏母」である等と説かれている。法華経では、序品第一で六瑞が法華経の説かれる瑞相であることを示し、法華経提婆達多品第十二では女人成仏の範を示した竜女を化導している。
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迦葉
釈尊の十大弟子の一人。梵語マハーカーシャパ(Mahā-kāśyapa)の音写である摩訶迦葉の略。摩訶迦葉波などとも書き、大飲光と訳す。付法蔵の第一。王舎城のバラモンの出身で、釈尊の弟子となって八日目にして悟りを得たという。衣食住等の貪欲に執着せず、峻厳な修行生活を貫いたので、釈尊の声聞の弟子のなかでも頭陀第一と称され、法華経授記品第六で未来に光明如来になるとの記別を受けている。釈尊滅後、王舎城外の畢鉢羅窟で第一回の仏典結集を主宰した。以後20年間にわたって小乗教を弘通し、阿難に法を付嘱した後、鶏足山で没したとされる。なお迦葉には他に優楼頻螺迦葉・伽耶迦葉・那提迦葉・の三兄弟、十力迦葉、迦葉仏、老子の前身とする迦葉菩薩などある優楼頻螺迦葉・伽耶迦葉・那提迦葉・の三兄弟、十力迦葉、迦葉仏、老子の前身とする迦葉菩薩などある
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結集
仏典結集のこと。釈尊滅後諸弟子が集まり、釈尊の教法を合誦、個々の異同をただして、経律を収集したこと。四回行われている。①釈尊入滅の年に阿闍世王の外護のもと摩竭提国王舎城付近の畢婆羅屈で行われた。摩訶迦葉を中心に、阿難は経蔵・憂波離は律蔵・迦葉は論蔵を誦し、500人の弟子によってなされた。②仏滅後100年ごろ、毘舎城で耶舎陀を中心に700人の賢聖が集まって三蔵の結集が行われた。③仏滅後200年ごろ、阿育王の外護のもとに、華氏城鶏園寺、目犍連帝須を中心に1000人の賢聖を集め、仏教教義の混濁を正すことを目的として行われた。このとき、経律論の完成がなされた。④仏滅後300年ごろ、迦弐志迦王の外護のもとに500人の阿羅漢が迦弐志迦城において世友を上首として行われた。このとき経律論の三蔵の釈論が完成している。ただしこれらの結集の年代等については、異説もある。
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四依の菩薩
「四依」には、法の四依と人の四依があり「菩薩」という場合は人の四依である。小乗・大乗・迹門・本門により、菩薩の位は異なるが、末法の四依は折伏を行ずる地涌の菩薩であり、別して日蓮大聖人のこと。
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論
①経文の意を論議して明らかにしたもの。②法門について問答採決したものを集大成した書。
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梵漢未達の者
梵語と漢語に通達していない訳者のこと。
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権教宿習の人
仮の教えによる過去世からの習氣のある訳者。
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会通
彼此相違した説を会して融通すること。「会」とは、あわせる、理解する、照らし合わせる擣の意で、「通」は開く、かよわす、伝える、説き明かす等のいみである。すなわち、よく理解して疑いやとどこおりのないことで、いろいろな議論に合わせて理解し説き明かすことの意。
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道理
①物事のことわり、道徳、道義。②諸法が存在し変化するうえで拠り所となる法則。③理証のこと。
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名利
名誉と利益。
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檀那
布施をする人(梵語、ダーナパティ、dānapati。漢訳、陀那鉢底)「檀越」とも称された。中世以降に有力神社に御師職が置かれて祈祷などを通した布教活動が盛んになると、寺院に限らず神社においても祈祷などの依頼者を「檀那」と称するようになった。また、奉公人がその主人を呼ぶ場合などの敬称にも使われ、現在でも女性がその配偶者を呼ぶ場合に使われている。
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帰依
帰依依憑して救護を請うこと。尊者・勝者に身をゆだね、よりどころとすることをいう。信服随従の義をもち、仏法僧の三宝に帰依することを三帰といい、仏法信仰の根本とする。
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権宗
権経を依経とする宗派。
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実宗
実教・法華経を依経とする宗派。真実の実宗とは創価学会のみである。
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道俗
出家と在家のこと。
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無智
仏法を理解していない在家の人。
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理非
道理に適ったことと、適っていないこと。
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機
説法を受ける所化の衆生の機根。
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流転
還滅に対する語。輪廻と同意。三界六道の生死を連続すること。迷い・苦・移り変わりゆく生命のさま。一谷入道御書には「無量劫より已来六道に流転して仏にならざりし事は法華経の御ために身を惜み命を捨てざる故ぞかし」(1326-11)とあり、生死流転の迷いの境涯を打開できない原因を指摘されている。
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出離
三界六道の俗世間を出ずる意で、成仏のこと。趣とは、向かう所、帰着すること。
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悪業
悪い行為。三悪道・四悪趣に堕すべき業因。
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生死
生死はたんに「生」と「死」という意味以外に「生命」と訳す場合と「苦しみ」と訳す場合とがある。ともに生死・生死の流転輪廻という意味からきている。「生死即涅槃」の場合は、「苦しみ」。「生死一大事」の場合は「生命」となる。
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ここでは、釈尊が入滅して大聖人の時代に至る2200余年の間に仏教がインドから中国・日本と流布してきたが、この過程のなかで、どのように誤りが生じて堕落してきたかを論じておられる。
初めに文殊・迦葉・阿難による経典の結集があり、次いで四依の菩薩の論師たちが次から次へと出現して論を作って経典の意義を開陳してきた。しかし、論師たちのなかでも、末になると、次第に誤りを生ずるようになり、また経典の翻訳者のなかからも、梵語や漢語にあまり通達していないものが訳したり、権教に執着する傾向性の強い訳者が、実経の経論のなかに、わざわざ実経の意義を曲げて権教の経論の意を含めてしまったりしている。
それを根拠とする中国の人師も、過去から権教に執着する傾向性が強いために、権教の経論が自分の心にかなうので実教の義を用いなかったり、また自分の義に合わない文があると逆に、その文の理を曲げ勝手に解釈しては自分の義に合致させてしまうのである。
後になって実教のほうが道理に合っていると思っても、名利のための檀那の帰依を失いたくないために、権宗を捨てて実宗に入ろうとしないのである。
更に、これらの人師の教えを聞く世間の道俗も、仏法に無智なために理非をわきまえることができず、人師の名声を依りどころとして法を依りどころとしない。たとえどんな悪法であっても、多数の人々が信じておればそれに従い、たとえ実教の教説でも、一人だけならばこれを依りどころとしないのである。
こうして、衆生の多くの機根は世の流れのままに従い、たとえ出離を求めて仏法を修行しても、権教を依りどころとしてしまっており、こうした人々は、悪業の身であるために、善につけ悪につけ、生死の苦を離脱することができないでいる、と嘆かれている。
如来の入滅は既に二千二百余の星霜を送れり
日蓮大聖人は仏滅年代=BC0949年とする当時の一般的な説を採用されていた。この説は周書異記という書に出ている。
この書は現存しないが、仏祖統紀巻三十四にこの書が一部引用されており、そこには次のような内容が説かれている。
すなわち4月8日の夜、河川や井池に水があふれ、大地が震動して、天に五色の光が現れ、西方にまで行き渡った。これを見て、周の昭王が臣下に問うたところ、臣下は、西方に偉大な聖人が生まれたと答えたという。
これは釈尊の誕生を示す瑞相を記したものであるが、この記述から釈尊の入滅年代を推定する。さまざまな説が出されたが、大聖人は中国・南北朝時代の学僧であった法上の説を採用されている。
その説によると、仏滅はBC0949年になる。そこから本書・守護国家論の御執筆の正元元年(1259)とすると、0949に1259を加えて2208年にあたり、本文の「二千二百余の星霜」と言われていることを合致する。
文殊・迦葉・阿難・経典を結集して
仏典結集といえば、迦葉・阿難の名が直ちに出てくるが、文殊の名は一般的にあまり出てこない。だが、大聖人の三人が仏滅後に経典を結集したとされている。
大智度論巻百には「復次に、有人は言う、摩訶迦葉の如きは諸の比丘を将いて、耆闍崛山の中にあって三蔵を集め、仏の滅後には文殊尸利、弥勒の諸大菩薩は亦、阿難を将いて是の摩訶衍を集無。又、阿難は衆生の志業の大小を籌量して知る。是の故に、声聞人の中に於いては摩訶衍を説かず、若し説けば則ち錯乱して成弁する所なけん…三蔵は是れ声聞の法、摩訶衍は是れ大乗の法なり」とある。
ここでは、迦葉や阿難が三蔵を結集し、文殊は摩訶衍を結集したと説かれている。三蔵は声聞の法で小乗を表すのに対し、摩訶衍は大乗の法を表わしている。
大聖人が文殊・迦葉・阿難の三者の名を出されているのは、大乗・小乗双方の経典が結集されたことを示されるためと考えられる。
四依の菩薩重ねて出世し論を造り経の意を申ぶ
「四依の菩薩」とは、先に触れた涅槃経の四依を“法の四依”とするのに対し“人の四依”にあたえる菩薩たちである。四依の大士、四依の聖人、四依の賢聖、四依の論師などと呼ばれる場合もある。仏滅後の正法時代に正法を護持し弘通して人々の依りどころとなった人々のことをさしている。
四信五品抄に「答えて曰く汝が尋ぬる所の釈とは月氏四依の論か将た又漢土日本の人師の書か」(0340-17)とある。
大聖人は月氏、つまりインドの正法時代の論師を四依の論師と呼ばれている。馬鳴・竜樹・無著・天親などのことである。
仏滅後に、これらの論師が次々と出世して、竜樹は大智度論・中論・十住毘婆沙論を、無著は摂大乗論を、天親は俱舎論・唯識論・法華論などをそれぞれ造って、釈尊の説法を結集した経典の深意を開陳したのである。
しかし、同じインドの論師でも、いわゆる付法蔵の24人の伝灯が途絶えたあとの「末の論師」になると、次第に誤りが出てきた、と仰せられている。
亦訳者に於ても梵漢未達の者・権教宿習の人有つて実の経論の義を曲げて権の経論の義を存せり
更に、インドから中国へと経典は伝えられ翻訳されたのであるがこの訳者たちにあっても、梵語と漢語の両方に通達していないために誤りが生じたり、また「権教宿習の人」、つまり前世から権教に執着しやすい傾向性をもった人たちが出現して、実経である法華経とその論釈の本義を曲げて、わざわざ権教であり方便の経・論の耆を含ませて翻釈するという誤りを犯してきた、と指摘あれているところである。
なお、正しい翻釈の難しさは、いつの時代にもいわれることであるが、大聖人は撰時抄に、経典の翻釈に関してもっと厳しく「総じて月支より漢土に経論をわたす人・旧訳・新訳に一百八十六人なり羅什三蔵一人を除いてはいづれの人人もアヤマらざるはなし、其の中に不空三蔵は殊に誤多き上誑惑の心顕なり」(0268-13)と仰せられている。
唐土の人師・過去の権教の宿習の故に権の経論心に叶う間・実経の義を用いず或は少し自義に違う文有れば理を曲げて会通を構え以て自身の義に叶わしむ、設い後に道理と念うと雖も或は名利に依り或は檀那の帰依に依つて権宗を捨てて実宗に入らず
翻釈自体に誤りが混入しているうえに、その訳経をもとに教義を立てたのが、中国の人師たちである。しかも、彼らの多くも前世から権教に執着しやすい傾向性をもっているから、どうしても権教に惹かれやすい、と中国に権教の教えが流布してしまった原因を分析されている。
このため、中国の人師たちの多くは、実経である法華経の信義を用いないし、それどころか、少しでも自分が考えている釈義と異なる実教の経文に出あうと、その経文を表わす道理を曲げて、なんとか筋道をつけて自分の釈義に合わそうとしたのである。しかも、後になって実教のほうが道理であると分かっても、誤りを認めると自分の名聞名利が失われる恐れがあり、在家の檀那の帰依を失う恐れがあるために、権教を拠りどころとする宗を捨てて実経・法華経を依りどころとする宗に改宗しようとはしない、とその狡さを指摘されている。
世間の道俗亦無智の故に理非を弁えず但・人に依つて法に依らず設い悪法たりと雖も多人の邪義に随つて一人の実説に依らず
前文の「唐土の人師」以下では、諸宗の開祖たちの誤りと狡さを指摘されたが、ここでは、その諸宗を信じる「道俗」つまり出家・在家の末流たちのことを指摘されている。これらの人々は出家・在家を問わず、仏法への無智から、ただ人師である開祖の教えを依りどころとして、正邪を判別できず、誤った悪法であっても、多数の多数の人々がそれに随従しておれば、それに従ってしまい、実教の真実の教法を聞いても、それを説く人が一人きりであると、それには従おうとはしない、と鋭く指摘されている。
この「多人の邪義に随って一人の実説に依らず」の仰せに、大聖人御自身こそ“実説”の人であるとの自負が拝せられるとともに、世の人々が教えの正邪よりも支持する人間の多いか少ないかに左右されてしまう愚かさへの厳しい御指摘があらわれている。
そして、この結果、人々の多くは仏法への信仰心を起そうともしないで「流転に随う」ことになり、その生死流転から「出離」を求めて信仰心を起しても「多人の邪義」である権教に依りどころを求めてしまっているのである。
したがって「善に付け悪に付け」つまり、仏道の心を起しても起さなくとも、生死を離れることは難しいというのが人々の実態であるとされ、嘆かれているのである。
第20章 0045:11~0045:18 権教を捨て実教への信を勧むtop
| 11 然りと雖も今の世の一切の凡夫 12 設い今生を損すと雖も 上に出す所の涅槃経第九の文に依つて 且らく法華・涅槃を信ぜよ其の故は世間の浅事すら 13 展転多き時は 虚は多く実は少し況や仏法の深義に於てをや、 如来の滅後二千余年の間・仏法に邪義を副え来り万 14 に一も正義無きか一代の聖教多分は誤り有るか、 所以に心地観経の法爾無漏の種子・正法華経の属累の経末・婆沙 15 論の一十六字・摂論の識の八九・法華論と妙法華経との相違・涅槃論の法華煩悩所汚の文・法相宗の定性無性の不成 16 仏・摂論宗の法華経の一称南無の別時意趣・ 此等は皆訳者人師の誤りなり、 此の外に亦四十余年の経経に於て多 17 くの誤り有るか 設い法華涅槃に於て誤有るも誤無きも四十余年の諸経を捨てて 法華涅槃に随う可し其の証上に出 18 し了んぬ況や誤り有る諸経に於て信心を致す者・生死を離るべきや。 -----― しかしながら、今の世の一切の凡夫は、たとい今世の生を損なっても上述の涅槃経第九の文に依って、しばらく法華経・涅槃を信じなさい。 その故は世間の浅い事柄ですら次から次へと伝わるなかで、虚偽が多くなり真実は少なくなっている。まして仏法の深い義においてはなおさらである。 如来が滅後してから二千余年の間、仏法に邪義を混ぜてきたので、正義は万に一つというほど希であり、釈尊一代の聖教も多くの誤りがある。 ゆえに例をあげると、心地観経に「二乗は法爾無漏の種子に沈んで成仏しない」とあるのや、正法華経では属累品が経の末尾に置かれていることや、婆沙論に原典にない一十六字が加わっていることや、摂大乗経論の訳本によって第八識と第九識との違いがあるのや、法華論と妙法蓮華経とに相違があることや、涅槃論の「法華経は煩悩に汚されている」との文や、法相宗で立てる定性の二乗と無性有情の不成仏や、摂論宗で法華経にあたる「一たび南無仏と称えると皆すでに仏道を成じた」の文を、別の時に成仏するのを即時に成仏したのであると釈した曲解など、これらはすべて訳者の人師の誤りである。 この他にまた四十余年の経々においては多くの誤りがある。たとい法華経・涅槃経において誤りがあってもなくても、四十余年の諸経を捨てて法華経・涅槃経に従うべきであり、その証拠は上述したとうりである。まして、誤りがある諸経を信心する者は生死を出離することができようか。 |
展転
次々に移って続いていくこと。
―――
心地観経
唐の般若訳、8巻。大乗本生心地観経の略称。報恩の道について四恩が示され、次に出家の修行が説かれ、阿練若の静かな所に住して心を観ずる功徳が明かされている。また、心地の理について、三界の中には唯心を以て主とし、心を名づけて地とするとされている。
―――
法爾無漏の種子
ありのままにある悟りの因。「法爾」は法の持つ特質。入の造作を加えない自然のままの意。
―――
正法華経
法華経の漢訳で現存する法華経の最古のもの。中国西晋の大康7年(0286)竺法蘭の訳、10巻。後の鳩摩羅什訳の妙法蓮華経にはない譬喩等を多く含んでいるが、27品からなり、提婆達多品を羅什訳の見宝塔品に相当する七宝塔品の後半に収めている。方便品第二を善権品第二、如来寿量品第十六を如来現寿品第十五としている。
―――
属累の経末
正法華経では嘱累品第二十七とし、経の最後に置かれていること。ちなみに妙法蓮華経では嘱累品は第二十二である。
―――
婆沙論の一十六字
娑婆論は阿鼻達磨大毘婆沙論のこと。中国唐代の玄奘訳。全200巻からなる。この論の第158巻に玄奘が弟子の法宝の疑難に対して「無始より来、恒に彼を成就して末だ捨てずして必ず彼の類を起こし尽きざる故に」の漢文字16字を勝手に付け加えたこと。
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摂論の識の八九
摂論とは摂大乗論のことで、漢訳本は三本あり、そのうち真諦訳は第九識・玄奘訳は第八識としていること。
―――
定性無性の不成仏
法相宗では定性・無性の不成仏を説く。すなわち定性・無性の衆生は、菩薩になる種子をもたないので、成仏できないとしている。これは人師の誤りである。
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摂論宗
中国13宗のひとつ。無着の摂大乗論を所依とし、真諦三蔵を祖とする流派。梁・陳の時代に真諦が無著の摂大乗論と世親の摂大乗論釈を中国に伝え、漢訳して以来、弟子たちによって弘められ一派をなして盛んであったが、唐代に玄奘が新訳を伝え、法相宗ができてから次第に勢力を失った。日本には伝えられていない。
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大文第一の最後の段落であり「且らく権を捨てて実に就くべきことを明す」を、しめくくるところである。
前章の最後に「衆生の機多くは流転に随う出離を求むとも亦多分は権教に依る。但恨むらくは悪業の身・善に付け悪に付け生死を離れ難きのみ」という末法の衆生の実態を述べられたが、しかしながら、涅槃経巻九の「我涅槃の後正法末だ滅せず余の八十八十年」の文に従って、何事を差し置いても権教を捨てて実教の法華経・涅槃経を信じなさいとなさい、と勧められている。
そして、その理由として、世間の浅い事柄すら、次々と伝えられていくうちに、虚事が多くなり事実が少なくなるわけでるから、ましてや仏法のような深い事柄においてはなおさらであるとし、仏滅後2000余年も経過してくると、仏法に邪義が加わり、正義がわずかになり、一代聖教にも多くは誤りがあるのでは必然であると述べ、具体的に経論の名を挙げ、それらが訳者・人師の誤りであと指摘されている。
最後に、法華経・涅槃経にも誤りが入り込んでいるかもしれないが、40余年の諸経を捨てて法華経・涅槃経に随うべきであり、40余年の諸経では絶対に成仏はありえないと結ばれている。
心地観経の法爾無漏の種子
仏滅後の経論の流伝の間に生じた誤りを具体的に指摘された第一の例である。
心地観経とは正確には大乗本生心地観経という。「法爾無漏の種子」という言葉がでてくるのは、同経巻四・厭捨品第三には「善男子よ…無明の昏酔より、顚倒して境に触れ、亦常に不在なり。悪覚は起こり易く、善心は生じ難し。妄想の縁に由って諸の煩悩を起こし、衆の煩悩に因って善悪の業造る。善悪の業に依って五趣の果を感ず。是くの如くにして、生死は断ぜず。唯正見の不顚倒心のみ有って諸の善業を作り、三善根及以び信等に因って無漏法爾の種子を増長し、能く無漏三味の神通を起こす。是くの如くにして證聖相続す。若し妄想を伏して正観を修習せば、一切の煩悩永く尽きて余無からん」とある文である。
この文の意味するところは、 一般に、人々は無明の心によって本来の在り方から顚倒しているために、悪い意識は起こりやすいが善心は生じにくい。この妄想が縁となって、さまざまな煩悩を起こし、それらの煩悩が原因となって善悪の業を造っていく。次いで善悪の業が因となって、地獄・餓鬼・畜生・人・天の五趣の境界を結果として感じていく。そのことによって、生死の苦を断ずることができないのである。以上がいわば六道輪廻の姿であるが、今度は逆に、無明ではない正見の心、すなわち本来の在り方から顚倒していない心だけがあって、その心から、さまざまな善業を作り、更に三善根と信などに助けられて無漏法爾の種子を育てて、その結果、無漏の三昧や神通を起こす。こうして妄想を克服しつつ正しい観法を修し続ければ、一切の煩悩が永久に尽きて、なくなってしまうであろう ということである。
ところで「法爾無漏の種子」の“法爾”とは、法としてありのままという意味で、他から造作を加えられないということ、“無漏”とは漏=煩悩を断じた境地をさす。“種子”とは仏に成る原因をいう。つまり、法爾無漏の種子とは、とくに唯識派が悟りの原因、衆生の成仏の原因と考えるものであるが、法相宗は教義的には前述したように五性各別といって、この種子を有するもの、無いもの、定まっていないもの、によって差別する。
ところで、恵心僧都源信の一乗要決では、法相唯識でいう五性各別を方便、法華経の一仏乗こそ真実を立て、法爾無漏の種子の考え方を否定する論を展開し、そのなかで、法相唯識側からの問いを次のように立てている。すなわち、「問う。若し法爾無漏の種子は、経説なくんば云何ぞ心地観経の第四巻に、仏説きて三善根及び信等に因って無漏法爾の種子を増長して能く無漏三昧の神通を起こすというや」と。
つまり、無漏法爾の種子の考え方は心地観経巻四にある仏説ではないかということである。これに対して恵心は次のように答えている。
「答う。彼の経の筆受たる霊仙法師は本、当朝の興福寺に住して法相宗を習学せり。彼は本習に乗じて経文を潤色して、自ら謬りなしと謂えり。青を黄と謂えるが如し。若し彼の梵本が正しくして、此くの如くなる天竺の諸師何ぞ文謬なしと言わん」と。
すなわち心地観経の筆受であった霊仙法師は、もともと法相宗・興福寺で法相唯識を学習したことのある人物である。その彼が心地観経を漢訳するときに、無漏法爾の種子という言葉を、梵本にはないのに混入させて経文を潤色したのである、と述べている。
また、一乗要決はこのほか「山家の云く、その法爾の種子をば無漏法爾の種子西方の論師は都べて許さず。唐国の疏師も亦許さず。一切経の中に所説無漏法爾の種子なきが故に云云」とも述べている。つまり無漏法爾の種子という言葉や考え方は、西方、インドの論師も中国、唐の疏師も述べていないし、一切経のなかにも説かれていないもので、全く霊仙法師の作った言葉である、と。
以上のような経緯を踏まえられて、日蓮大聖人は心地観経に出てくる「無漏法爾の種子」という言葉は、梵本にはもともとなかったにもかかわらず、訳者が加えた誤りの例とされているのである。
正法華経の属累の経末
法華経の漢訳六訳三存のうち、正法華経10巻27品は竺法護の訳である。正法華経27品においては嘱累品を巻末の27番目に置いている。これに対して、鳩摩羅什訳の妙法蓮華経8巻28品では嘱累品は第22である。
大聖人が、本文で「設い法華涅槃に於て誤有るも誤無きも」と仰せられた“誤有る”の事例が、これである。
婆沙論の一十六字
婆沙論は阿毘達磨大毘婆沙論のことである。この論はインドの小乗部派20のうちの1つ、説一切有部のもので、阿毘達磨発智論を注釈した書である。中国・唐代の玄奘が漢語に翻訳して、全200巻の大著となっている。
ところで、玄奘がこの婆沙論を翻訳し終えた後、弟子の法宝からある個所について疑問を出された。その際、玄奘は梵語の原典にはないにもかかわらず「一十六字」、つまり16文字を勝手に付け加えて、法宝の疑問を晴らそうとした。そこで、法宝がこの16文字は梵本にはあるのか、と質問したのに対し、玄奘は梵本にはないが意味を取って加えたと答えたという。
その16文字とは婆沙論158にあり、「非無始来恒成就彼末捨必起彼類尽故(無始よりこのかた、恒に彼を成就して末だ捨てずして必ず彼の類を起し尽きざる故に)」というものである。
これは訳者が勝手に言葉を原典に付け加えた事例である。
摂論の識の八九
摂論とは無著の著で摂大乗論のこと。インド大乗仏教の二大流派の一つ、瑜伽唯識派の論書である。漢訳には三本ある。
「識の八九」とは梵語の原典である摂大乗論を漢訳するにあたって、唯識派が立てる識の構成のうち、第八識の阿頼耶識までを立てるのと、第九識の阿摩羅識までたてるのと二つの漢訳があるということである。前者は玄奘の漢訳本であり、後者は真諦の漢訳本である。
これは、訳者の解釈によって、同じ原典の考え方が異なった結果を生むことの事例として挙げられている。
法華論と妙法華経との相違
法華論二巻は天親の著で正確には妙法蓮華経憂波提舎といい、妙法蓮華経論とも法華経論とも呼ばれる。菩提流支によって漢訳された。
妙法華経はいうまでもなく鳩摩羅什訳の妙法蓮華経のことである。
法華論は法華経を論じたものでありながら、羅什訳の妙法蓮華経と相違するところがある。
最も典型的な例は、羅什訳の妙法蓮華経・方便品では如是相・如是性・如是体・如是力・如是作・如是因・如是縁・如是果・如是報・如是本末究竟等の「十如是」を挙げているところを、法華論巻下・方便品之余では「又依証法復五種有り。一者何等法。二者云何法。三者何似法。四者何相法。五者何体法故」と五何になっていることの相違である。
この他にも種々の相違があるが、このように法華経においてすら経典と四依の論師の論との間に相違のあることを指摘されているのである。
涅槃論の法華煩悩所汚の文
涅槃論一巻は、前の法華経と同じく天親の著であり、大般涅槃経論ともいう。
「法華煩悩所汚の文」とは、同論に「四諦の教え乃至般若波羅蜜、法華も亦煩悩を汚す所となる。今は涅槃の理は流動なく得失なく起滅なし。是の故に汚す所とならず」とあるのをさしている。この文は法華経と涅槃の理とを比較して、法華経は煩悩に汚れているのに対し、涅槃の理は煩悩に汚されていないと述べている。
だが、もともと法華と涅槃は双方とも五味のうち第五の醍醐味として平等であるから、法華が煩悩に汚されているとするこの文は翻訳・転写されるなかで混入した誤りであるといわれている。
法相宗の定性無性の不成仏
法相宗では前述のように五性各別の立場をとる。「定性・無性の不成仏」とは声聞定性・縁覚定性、無性のことである。つまり、いずれも菩薩になる種子を持っていないので不成仏と定まっているということである。これは、法相宗の人師たちの我見による誤りとされている。
摂論宗の法華経の一称南無の別時意趣
摂論宗とは無著の摂大乗論を拠りどころとし、この論の漢訳者の一人、真諦を祖とする宗派である。「別時意趣」とは摂大乗論のなかで説かれる四意趣の一つである。
四意趣とは仏が衆生に説法する時に四種類の意向があるということである。すなわち、平等意趣、別時意趣、別義意趣、衆生意楽意趣である。
このなかで、別時意趣とは、怠惰で、あまり修行につとめない衆生を励ますために、ただ仏の名を称えるだけで成仏できると説いたり、誓願が満ち足りて初めて往生できるとする、つまり、本当は“別時”に成仏したり往生したりしたというのが仏の本心なのであるが、その本心をそのまま衆生に説くと怠惰な衆生は修行しなくなるので、これを隠して即時に成仏や往生が可能であると説くことをいう。いわば、別時意趣とは衆生教化の方便なのである。
ところで「法華経の一称南無」とは法華経方便品第二の「一たび南無仏と称うれば、皆已に仏道を成じき」という文をさしている。摂論宗ではこの文を別時意趣、すなわち、怠惰な衆生を励ますための方便の説法であるとしている。
この摂論宗の見解は、法華経の因果俱時の微妙の法を隠そうとする人師の邪見による誤りであるとされているのである。
大段第二 正像末に就て仏法の興廃を明すtop
第21章 0046:01~0046:07 仏法の利益は時機に依るを明かすtop
| 0046 01 大文の第二に正像末に就て仏法の興廃有ることを明すとは、 之に就て二有り、一には爾前四十余年の内の諸経と 02 浄土の三部経と末法に於て久住・不久住を明す、二には法華涅槃と浄土の三部経並に諸経との久住・不久住を明す。 -----― 大文の第二に、正法・像法・末法の三時について仏法の興起・廃滅があることを明かすとは、これについて二段を設ける。 一には法華経以前の四十余年の内の諸経と浄土の三部経との末法における久住・不久住を明かす。 二には法華経・涅槃経と浄土の三部経ならびに諸経との久住・不久住を明かす。 -----― 03 第一に爾前四十余年の内の諸経と 浄土の三部経と末法に於て久住・不久住を明すとは、問うて云く如来の教法 04 は大小・浅深・勝劣を論ぜず但時機に依つて之を行ぜば定めて利益有るべきなり、然るに賢劫・大術・大集等の諸経 05 を見るに 仏滅後二千余年已後は仏法皆滅して但・教のみ有つて行証有るべからず、 随つて伝教大師の末法灯明記 06 を開くに我延暦二十年辛巳一千七百五十歳一説なり延暦二十年より已後亦四百五十余歳なり既に末法に入れり、設い 07 教法有りと雖も行証無けん、 然るに於ては仏法を行ずる者・万が一も得道有り難きか、 -----― 第一に法華経以前の四十余年の内の諸経と浄土の三部経との末法における久住・不久住を明かすとは、 問うて云う。如来の教法については大小・浅深・勝劣を問わず、ただ時機によって、これを修行するあらば必ず利益があるはずである。 しかし賢劫経・大術経・大集経等の諸経を見ると、仏の滅後二千余年已後は、仏法がすべて滅してただ教法のみあって修行・証果はない。 したがって伝教大師の「末法灯明記」を開くと「我が国の延暦二十年辛巳は一千七百五十年である」とある。(一説なり)この延暦二十年から、今は更に四百五十余年であるから既に末法に入っている。たとい教法があっても、修行・証果はない。そうだとすれば仏法を行ずる者は万が一も得道することはありえないだろう。 |
浄土の三部経
念仏宗が依経としている三部の経典。無量寿経2巻・観無量寿経1巻・阿弥陀経1巻をいう。
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末法
正像末の三時の一つ。衆生が三毒強盛の故に証果が得られない時代。釈迦仏法においては、滅後2000年以降をいう。
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久住
久しく住すること。法や人が久しい間存在すること。
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不久住
法や人が久しい間存在しないこと。
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時機
流布する教法に相応した時と、その衆生の機根。
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利益
仏の教え、正法に従い行動することによって得られる恩恵や救済。功徳のこと。
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賢劫
賢劫経のこと。竺法護訳8巻。劫について説かれている。
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大術
大術経のこと。現在この名前の経典はないが、薩訶摩耶経ではないかと推察される。伝教大師の末法灯明記に引用されている文には、仏滅後の仏法の様相が説かれている。
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大集
方等部に属する経典で、欲界と色界の中間・大宝坊等に広く十法の仏・菩薩を集めて、説かれた大乗教である。欲界とは、下は地獄界から上は天上界までのすべてを含み、食欲や物欲、性欲などの欲望の世界である。色界とは、欲界の外の浄妙の色法、すなわち色質だけが存在する天上界の一部、十八天をいう。これに対して、精神の世界で、天上界の最上である四天を無色界という。大宝坊は欲界と色界の中間にあるとされたのである。漢訳には六種ある。①大方等大集経三十巻、北涼の曇無識訳。②大乗方等日蔵経十巻、高斉の那連提耶舍訳。③大方等大集月蔵経十巻、高斉の邦連提耶舍訳④大乗大集経二巻、高斉の邦連提耶舍訳⑤仏説明度五十校計経二巻、後漢の安世高訳⑥無尽意菩薩経、宋の智厳・宝雲共訳。大聖人の引用は③大方等大集月蔵経。法滅尽品には仏滅後における仏法の推移を五箇の五百歳に分けて説いた予言がある。すなわち「わが滅後に於いて五百年の中には解脱堅固、次の五百年には禅定堅固(已上一千年)、次の五百年には読誦多聞堅固、次の五百年には多造塔寺堅固(已上二千年)、次の五百年には我が法の中に於て闘諍言訟して白法隠没せん」とある。
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伝教大師
(0767~0822)。日本天台宗の開祖。諱は最澄。伝教大師は諡号。通称は根本大師・山家大師ともいう。俗名は三津首広野。父は三津首百枝。先祖は後漢の孝献帝の子孫、登萬貴で、応神天皇の時代に日本に帰化した。神護景雲元年(0767)近江(滋賀県)に生まれ、幼時より聡明で、12歳のとき近江国分寺の行表のもとに出家、延暦4年(0785)東大寺で具足戒を受けたが、まもなく比叡山に草庵を結んで諸経論を究めた。延暦23年(0804)、天台法華宗還学生として義真を連れて入唐し、道邃・行満等について天台の奥義を学び、翌年帰国して延暦25年(0806)日本天台宗を開いた。旧仏教界の反対のなかで、新たな大乗戒を設立する努力を続け、没後、大乗戒壇が建立されて実を結んだ。著書に「法華秀句」3巻、「顕戒論」3巻、「守護国界章」9巻、「山家学生式」等がある。
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末法灯明記
伝教大師の著とされるが、真偽は明らかではない。真撰とすれば、延暦20年(0801)の作。内容は三段に分かれており、最初に賢劫経・大集経等によって正像末三時の区分を明らかにし、現在は像法最末の時であると説き、次に末法には釈尊の仏法は教のみあって行証がなく、また戒法も存在しないので破戒無戒の別はなく、末法では無戒名字即の僧が仏法の灯明であることを論じ、最後に諸経を引用して、末法には釈尊の仏法が滅尽することを説いている。本書は鎌倉時代に大きな影響を与え、既成宗教に対抗する引用書として多く用いられた。伝教大師の生涯の目標が大乗戒壇建立にあったことに対して、本書の内容が相容れないことを主な理由として偽撰とする説もある。しかし本書はまた、平安時代初期でなければ著す意味のないような内容を含んでいるから真撰であるとする説もあり、一概に偽撰と決定することはできない。
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ここからは本抄全体を7つの大きな文段に分けたうち、第2番目である。「正像末に就いて仏法の興廃有ることを明す」という段に入る。
更に、この文段は2つに分けられている。一つは「爾前四十余年の内の諸経と浄土の三部経と末法に於不久住・不久住を明す」であり、二つは「法華涅槃と浄土の三部経並に諸経との久住・不久住を明す」である。
つまり、正像末三時のそれぞれにわたって仏法の興隆と頽廃とがあることを明らかにする大文であるが、その中で、とくに末法に関して、一つは末法において爾前40余年の諸経と浄土三部経のどちらが久しく住するかということと、いま一つは法華経・涅槃経と浄土三部経のどちらが久しく住するかということとの二つに分けて論じられていくところである。
ここは問いの前半で、如来の教法は大乗か小乗か、浅いか深いか、勝っているか劣っているかに関わりなく、ただただ時と機根に合致した教法を修行・実践するならば必ず利益があるはずであるとし、この立場から、賢劫経・大術経・大集経等の諸経をみると、仏滅後2000余年以後は仏法はすべて滅してしまい、ただ教法が有るだけで修行と悟りの証は無くなっている。伝教大師の末法灯明記によって見て、現在が仏滅後2000余年以後の、末法という時代に入っていることは明らかであるから、教法は有っても修行と悟りの証は無くなっているのである。したがって末法において仏法を行ずる者は万が一にも成仏・得道はない、としている。
賢劫・大術・大集等の諸経
いずれも、伝教大師の末法灯明記に引用されている経である。
どの経も末法という時代の年代や特徴を示している点で共通している。まず、賢劫経から「仏涅槃の後、正法五百年像法一千年。此の一千五百年の後、釈迦の法滅尽す」との文が引用され、大術経からは「仏涅槃の後、初の五百年には大迦葉等の七賢次第に住持して正法滅せず。五百年の後正法滅尽す…千五百年後には戒定慧有ること無し」という文が引用され、大集経からは「我が滅度の後、初めの五百年、諸の比丘等我が正法に於て解脱堅固なり、次の五百年には禅定堅固なり。次の五百年には多聞堅固なり、次の五百年には造寺堅固なり。後の五百年には闘諍堅固なり。白法隠没す」という文を引用している。
これらの経を受けて、伝教大師は「初めの三箇の五百年は…戒と定と慧の三法堅固にして住することを得る。即ち上に引く所の正法五百と像法一千との二時是是なり。造寺以後は並びに是末法なり」と述べている。
いずれの説をとっても、大聖人が「仏滅後二千余年已後は仏法皆滅して但・教のみ有つて行証有るべからず」と仰せのように、仏滅後2000年を超えると“教のみあって行証なし”の末法になることは明白である。
伝教大師の末法灯明記を開くに我延暦二十年辛巳一千七百五十歳一説なり延暦二十年より已後亦四百五十余歳なり既に末法に入れり末法灯明記では仏滅年代の計算の仕方に二説挙げているが、そのなかの一説が挙げられているところである。
すなわち「一には法上法師等周異記に依りて言く、仏、第五の主穆王満の五十三年伽壬申に入滅すと。若し此の説に依ればその壬申より我が延暦二十年辛已に至るまでの一千七百五十歳なり」とある。
この説は仏滅の年代を、法上等の言っているように、周書異記に依って、周の第五主の穆王・満の治世53年(BS0949)と決めていて、その結果、延暦20年(0801)は仏滅後1750年となる。
更に、延暦20年から大聖人の時代まで450年経っているから、大聖人の時代は仏滅後2200余年となる。
大聖人は仏滅後正法1000年像法1000年を採用しており、仏滅後2000年以後が末法になるので「既に末法に入れり」と仰せられているのである。
なお、末法灯明記のもう一つの説は費長房等の説で、魯の春秋により仏滅年代を周の第21主の匡王・班の4年(BS0609)としている。この説によると延暦20年(0801)1410年となる。
第22章 0046:07~0046:18 問者は浄土門久住の文を挙げるtop
| 07 然るに雙観経の「当来の 08 世・経道滅尽せんに 我慈悲哀愍を以て特り此の経を留め止住せんこと百歳ならん 其れ衆生の斯の経に値うこと有 09 らん者は意の所願に随つて皆得道す可し」 等の文を見るに 釈迦如来一代の聖教皆滅尽の後・唯特り雙観経の念仏 10 のみを留めて衆生を利益す可しと見え了んぬ。 -----― ところが無量寿経の「未来の世に仏経仏道が滅び尽きる時に、我は慈悲と哀れみをもってこの経だけを百年間、留め置こう。衆生がこの経にあうことがあれば、願にしたがって皆、得道するであろう」等の文をみると、釈迦如来一代の聖教がすべて滅尽の後、ただ特に無量寿経の念仏だけを残して衆生を利益するだろう、ということが明らかである。 -----― 11 此の意趣に依つて粗浄土家の諸師の釈を勘うるに其の意無きに非ず、 道綽禅師は「当今末法は是れ五濁悪世な 12 り唯浄土の一門のみ通入すべき路なり」と書し、 善導和尚は「万年に三宝滅して此の経のみ住すること百年なり」 13 と宣べ、 慈恩大師は「末法万年に余経悉く滅し弥陀の一教利物偏に増さん」と定め、日本国の叡山の先徳慧心僧都 14 は 一代聖教の要文を集めて末代の指南を教ゆる往生要集の序に云く 「夫れ往生極楽の教行は濁世末代の目足なり 15 道俗貴賎誰か帰せざる者あらん但し 顕密の教法は其の文一に非ず 事理の業因其の行惟れ多し利智精進の人は未だ 16 難しと為ず予が如き頑魯の者豈敢てせんや」 乃至・次下に云く「就中念仏の教は多く末代経道滅尽の後の濁悪の衆 17 生を利する計りなり」と、 総じて諸宗の学者も此の旨を存す可し 殊に天台一宗の学者誰か此の義に背く可けんや 18 如何、 -----― この意趣によってほぼ浄土家の諸師の釈をみるのに、その意義が述べられている。道綽禅師は「当今の末法はこれ五濁悪世である。ただ浄土の一門だけが通入できる路である」と書き、善導和尚は「末法万年に仏法僧の三宝が滅して、この経だけが百年間、留まる」と述べ、慈恩大師は「末法万年には余経はことごとく滅し、阿弥陀仏の一教だけが利益を増す」と定め、日本国の比叡山の先徳である慧心僧都は、一代聖教の要文を集めて末代の人々の指南として教えた往生要集の序に「それ往生極楽の教行は濁世末代の目足である。僧侶も在家も、貴い者も賎しい者も、誰が帰依しない者がいようか。顕密二教の教法はその文は一つではなく、事・理の業因である修行も煩雑である。智慧が利く精進する人は難しいとしないが、私のような頑で愚かなものはどうして敢て修行ができょうか」とあり、(乃至)次下に「なかんずく念仏の教えは多分は末代の仏教仏道が滅尽して後の濁悪の衆生を利益するのである」とある。 総じて諸宗の学者も、この趣旨を知っている。とくに天台一宗の学者のうち、だれがこの義に背けようか。 |
雙観経
無量寿経のこと。方等部に属し、浄土三部経の一つ。北魏の康僧鎧が嘉平4年(0252)に訳し、上下二巻からなるので、雙観経ともいう。上巻はかつて阿弥陀如来が法蔵比丘と称していたとき、四十八願を立てて因行を満足し、その果徳によって西方十万億土の安楽浄土に住して、その荘厳な相を説く。下巻は衆生が安楽浄土へ往生する因果とその行を説いている。
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当来の世
未来世のこと。「当に来るべき世」の意。三世のひとつ。
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経道滅尽
経道は経典に説かれる道。すなわち「法」または経典に示された修行法。経道滅尽とは一切の経道が滅し尽くすこと。釈尊の一代聖教とその功徳力が消滅し、仏道を行ずる道が閉ざされてしまうことをいう。
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哀愍
哀しみ・あわれむこと。
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念仏
念仏とは本来は、仏の相好・功徳を感じて口に仏の名を称えることをいった。しかし、ここでは浄土宗の別称の意で使われている。浄土宗とは、中国では曇鸞・道綽・善導等が弘め、日本においては法然によって弘められた。爾前権教の浄土の三部経を依経とする宗派であり、日蓮大聖人はこれを指して、念仏無間地獄と決定されている。
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意趣
心のおもむくところ。意志・意見・見識・趣意・理由・遺恨など。
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道綽禅師
(0562~0645)浄土宗七祖の第四祖。中国唐代の僧で、14歳で出家し、讃禅師に師事して空理を修したが、のち涅槃宗を捨てて浄土門にきえした。貞観2年(0645)84歳で死去した。著書に「安楽集」があり、今日、浄土真宗で読まれている。聖道門を「千中無一」「未有一人得者」として、釈迦一代仏教を誹謗した。
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五濁悪世
五濁が盛んな世の中のこと。正像末の三時のなかで、末法の時をいう。末法では釈尊の仏法が隠没して仏法が濁乱し、煩悩濁・見濁を引き起こし、命濁を生む。そして命濁から起こる衆生濁が広がって、劫濁となる。これが悪世の様相である。「五濁」とは、劫濁・煩悩濁・衆生濁・見濁・命濁のこと。劫濁とは飢饉・疫病・戦乱が起こって、時代そのものが乱れること。煩悩濁とは、貧・瞋・癡・慢・疑という人間が生まれながらに持っている本能の乱れ。衆生濁とは、不良や犯罪者の激増など人間そのものが濁乱してくること。見濁とは、思想・見解の混乱。命濁とは、病気や早死にが多いことである。末法悪世にはこの五濁がことごとく盛んになると説かれている。五濁は妙法への不信から起こるのであって、信ずることによって破ることができる。御義口伝には「文句の四に云く劫濁は別の体無し劫は是長時・刹那は是短時なり、衆生濁は別の体無し見慢果報を攬る煩悩濁は五鈍使を指て体と為し見濁は五利使を指て体と為し命濁は連持色心を指して体と為す。御義口伝に云く日蓮等の類いは此の五濁を離るるなり、我此土安穏なれば劫濁に非ず・実相無作の仏身なれば衆生濁に非ず・煩悩即菩提生死即涅槃の妙旨なれば煩悩濁に非ず・五百塵点劫より無始本有の身なれば命濁に非ざるなり、正直捨方便但説無上道の行者なれば見濁に非るなり、所詮南無妙法蓮華経を境として起る所の五濁なれば、日本国の一切衆生五濁の正意なり、されば文句四に云く『相とは四濁増劇にして此の時に聚在せり瞋恚増劇にして刀兵起り貪欲増劇にして飢餓起り愚癡増劇にして疾疫起り三災起るが故に煩悩倍隆んに諸見転た熾んなり』経に如来現在猶多怨嫉況滅度後と云う是なり、法華経不信の者を以て五濁障重の者とす」とある。
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善導和尚
(0613~0681)。中国唐時代の浄土宗の僧。幼くして出家し、太宗の貞観年中に道綽の門に入り観経を信仰しはじめ、以後、人々に称名念仏を勧めた。浄土の法門を演説すること30年、ついに寺前の柳に登り自ら身を投じて、極楽往生を示そうとしたが、地面に落ちて腰を打ち、十四日間苦しんで死んだという。著書に「観無量寿経疏」、「往生礼讃」、「般舟讃」、「観念法門」等がり、その後の浄土教に大きな影響を与えた。
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三宝
仏・法・僧のこと。この三を宝と称する所以について究竟一乗宝性論第二に「一に此の三は百千万劫を経るも無善根の衆生等は得ること能はず世間に得難きこと世の宝と相似たるが故に宝と名づく」等とある。ゆえに、仏宝、法宝、僧宝ともいう。仏宝は宇宙の実相を見極め、主師親の三徳を備えられた仏であり、法宝とはその仏の説いた教法をいい、僧宝とはその教法を学び伝持していく人をいう。三宝の立て方は正法・像法・末法により異なるが、末法においては、仏宝は久遠元初の自受用身であられる日蓮大聖人、法宝は事行の一念三千の南無妙法蓮華経、僧宝は日興上人である。
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慈恩大師
(0632~0862)。中国唐代の僧。法相宗の事実上の開祖。諱は窺基。貞観6年、長安(陝西省西安市)に生まれた。玄奘三蔵がインドから帰ったとき、17歳で弟子となり、玄奘のもとで大小乗の教えの翻訳に従事した。長安の慈恩寺で法相宗を広めたので、慈恩大師とよばれる。永淳元年に没。著書に「法華玄賛」10巻、「成唯識論述記」20巻、「成唯識論枢要」4巻等がある。慈恩が「法華玄賛」を著わして法華経をほめたが、これに対し、わが国の伝教大師は「法華経を讃すと雖も、還って法華の心を死す」、すなわち法華経を華厳経等と同格にほめたにすぎず、それはかえって法華経を軽視したことになり、謗法であるとして慈恩の邪義を破折した。
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弥陀の一教
阿弥陀仏の唯一の教え、念仏のこと。慈恩は西方要決の中で末法万年には阿弥陀仏の教えだけが衆生を利益するとの邪説を立てている。
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利物
衆生を利益すること。一切衆生をさして物という。維摩経義疏巻上等にある。
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叡山の先徳
比叡山延暦寺で亡くなった高徳の僧。
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慧心僧都
(0942~1017)。比叡山第十八代座主。慈慧大師の弟子で権少僧都・慧心源信のこと。大和国葛城郡当麻郷(奈良県北葛城郡當麻町)に生まれ、9歳のとき比叡山に登り、慈慧良源の弟子となった。13歳で得度し源信と名のった。32歳のとき宮中の論議に出席し、才能弁舌がすぐれているので満座を驚かせたという。42歳の時、権少僧都に任ぜられ、横川楞厳院の検校となった。43歳で「往生要集」を作り念仏の行に帰依した。浄土宗門徒が慧心をわが国浄土宗の先駆に崇めるようになったのは、この故である。しかし、慧心は、その後悔いて法華経信仰に戻り、権少僧都の位も辞して「一乗要決」を著した。弟子の指導にも努め、教相を重んずる檀那流に対し、観門を重んずる慧心流台学の源となった。「一乗要決」では「日本一州円機純一=日本国中は、法華有縁の機根の者ばかりで、蔵通別三教に縁のある者はいない」と述べた文は有名で、大聖人も諸御書で用いられている。76歳没。著書は他に「法華科文」「法華略観」「法華弁体」などがある。
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指南
教え示すこと。導くこと。師範の意味。中国唐代の「指南書」の故事によるものとされている。
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往生要集
比叡山中、横川の恵心院に隠遁していた慧心が、寛和元年(0985)に、浄土教の観点より、多くの仏教の経典や論書などから、極楽往生に関する重要な文章を集めた仏教書で、1部3巻からなる邪義。
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往生極楽の教行
極楽世界に往生する教法と行法。往生極楽はこの世を去って阿弥陀仏の西方極楽浄土に往き生まれること。往生浄土ともいう。なお、この現実世界を穢土といい、仏の住む清浄世界を浄土というが、浄土といってもこれは十方の浄土といわれるように仏によってさまざまに説かれている。しかし一般に浄土という場合は、浄土宗の立てる西方浄土をいう。
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目足
「教」を目に、「行」を足にたとえた語。教行が具足したところに極楽往生することができるとする。
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道俗
出家と在家のこと。
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貴賤
身分の貴い人と賤しい人。
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顕密の教法
顕教と蜜教の教えのこと。このたてわけは真言宗による。すなわち大日経のように仏の真意を秘密にして説かれた経を密教、法華経のようにあらわに教えを説かれたものを顕教という本末顚倒の邪義を立てている。真実は、大日経のごとき爾前の経々こそ、表面的、皮相的な教えで顕教であり、未曾有の大生命哲理を説き明かした法華経こそ密教である。寿量品には「如来秘密神通之力」とあり、天台の法華文句の九にはこれを受けて「一身即三身のるを名けて秘と為し三身即一身なるを名けて密と為す又昔より説かざる所を名けて秘と為し唯仏のみ知るを名けて密と為す仏三世に於て等しく三身有り諸教の中に於て之を秘して伝えず」等とある。
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事理の業因
往生成仏の業因に二種があること。事の業因とは六波羅蜜等の具体的な修行をさし、理の業因とは真理そのものを感得する観念観法などを修行することをいう。
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利智精進の人
利智を働かせて一心に仏道を求める人。利智はとどこおりのない鋭い智慧をいい、精進は懸命に仏道修行に励むことをいう。
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頑魯の者
頑固で愚かな人。玩遇の者ともいう。
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念仏の教
阿弥陀仏の姿を観念すること。あるいは阿弥陀仏の名を称えることによって、西方浄土へ往生すると説く教法のこと。
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問いの前半で、末法に入ると教法のみ有って修行と悟りの証は無くなることを述べたが、ここではそのように、釈迦如来の一代聖教がことごとく滅尽する末法において、唯一、衆生を利益するのが念仏であると、無量寿経はじめ、道綽・善導・慈恩・恵心らの人師の言を挙げて述べるのである。
雙観経の「当来の世・経道滅尽せんに我慈悲哀愍を以て特り此の経を留め止住せんこと百歳ならん其れ衆生の斯の経に値うこと有らん者は意の所願に随つて皆得道す可し」等の文を見るに釈迦如来一代の聖教皆滅尽の後・唯特り雙観経の念仏のみを留めて衆生を利益す可しと見え了んぬ
双観経とは浄土三部経の一つの無量寿経のことで、その巻下の文である。
経文の意味は次のとおりである。当来の世、すなわち未来世においては「経道」、すなわち経典に説かれた道や法が滅尽するであろうが、我は衆生を憐れむ慈悲をもって「此の経」つまり無量寿経のみは百年間留めるであろう。衆生のなかでこの無量寿経にあう者があれば、その人の願うところにしたがって皆得道することができる、というものである。
この経文を受けて「釈迦如来一代の聖教皆滅尽の後・唯独り雙観経の念仏のみを留めて衆生を利益す可しと見え了んぬ」すなわち、前述のように末法には釈尊の一切経が滅尽するが、念仏だけがその時にも衆生利益のために残されるということであると訳している。
「当今末法は是れ五濁悪世なり唯浄土の一門のみ通入すべき路なり」
道綽の安楽集上の文である。
ここで「当今末法」といっているのは、道綽は、末法は正法500年、像法1000年の仏滅後1500から入るという当時の通説にしたがって自分の時代を、すでに末法に入ったとしているからである。
「末法万年に余経悉く滅し弥陀の一教利物偏に増さん」
慈恩大師の西方要決の文である。
先の道綽と同じ理由で、慈恩も、自分の時代が既に末法であるとしていたのである。
末法万年に釈尊の一代聖教はことごとく滅してしまい、阿弥陀仏のただ一つの教えのみが衆生に対する利益を増し続けるであろう、というのが文の意味するところである。
往生要集の序に云く「夫れ往生極楽の教行は濁世末代の目足なり道俗貴賎誰か帰せざる者あらん但し顕密の教法は其の文一に非ず事理の業因其の行惟れ多し利智精進の人は未だ難しと為ず予が如き頑魯の者豈敢てせんや」乃至・次下に云く「就中念仏の教は多く末代経道滅尽の後の濁悪の衆生を利する計りなり」と
比叡山天台宗恵心僧都源信の言葉である。
「往生極楽の教行」とは、西方十万億土の阿弥陀仏の極楽世界に往生する教法と修行のことで、この往生極楽の教行こそ濁世末法において衆生にとっての目と足のようなものであるというのである。目は教法に、足は修行に譬えられている。
恵心は、往生極楽の教と行こそ道・俗・貴・賎を問わず、すべての人が帰せざるを得ないものであると説いた後「但し顕密の教法は其の文一に非ず事理の業因其の行惟れ多し」と述べている。
「顕密の教法」とは顕教と密教の教えのことである。顕教とは言葉や文字で顕に示された教えのこと、密教とは秘密の教えのこと、秘密のうちに説かれた教えの意味である。仏教の宗派でいえば、真言宗は密教、天台宗は顕密兼修、他の諸宗は顕教とされる。ここではとくに天台宗の伝統である法華真言の教法をさすと考えてよいであろう。「其の文一に非ず」、恵心は顕教であれ密教であれ、それらの教えは複雑であると述べている。
次に「事理の業因」の“事”とは、一般的には具体的な修行としての六波羅蜜の菩薩行などであるのに対し、“理”とは真理そのものを感得する観念観法などのことをいう。
それらの種々の修行は「惟れ多し」煩雑だというのである。
したがって「利智精進の人は末だ難しと為ず」、つまり、智力がすぐれ、かつ精進しつづける人にとっては、以上の修行も、困難ではないであろうが、「予が如き頑魯の者豈敢てせんや」、私のよな頑迷凡愚の者はどうしてこうした修行に堪えられようか、と述べ、そのような頑迷凡愚の者にとっての救いの道が念仏であるとして「就中念仏の教は多く末代経道滅尽の後の濁悪の衆生を利する計りなり」結んでいる。
つまり、恵心は、顕教・密教を問わず、それまですべての教えと修行は凡夫に不適で、ただ浄土念仏の教え、つまり阿弥陀仏の姿を心に思い浮かべることや阿弥陀仏の名を称えることにより西方浄土へ往生することを願う教えだけが衆生を救うことができる、と言っているのである。
総じて諸宗の学者も此の旨を存す可し 殊に天台一宗の学者誰か此の義に背く可けんや
「諸宗の学者も此の旨を存す」というのは、天台宗の法華真言の教法や伝統的仏教の複雑で厳しい修行が、末法の衆生にとって行じがたく理解しがたいというのは、諸宗の学者も共通に認識しているところであるとの意である。「殊に天台一宗の学者誰か此の義に背く可けんや」というのは、「日本国の叡山の先徳慧心僧都」源信が往生要集でこのように述べているのであるから、天台宗の人々は、とくにこれに背くわけにはいかないであろうと言っているのである。
第23章 0046:18~0047:05 浄土教の末法久住の義を破るtop
| 18 答えて云く 爾前四十余年の経経は各時機に随つて 而も興廃有るが故に多分は浄土の三部経より已前に滅尽 0047 01 有る可きか、諸経に於ては多く 三乗現身の得道を説く故に末代に於ては現身得道の者之少きなり 十方の往生浄土 02 は多くは末代の機に蒙らしむ、 之に就て西方極楽は娑婆隣近なるが故に 最下の浄土なるが故に日輪東に出で西に 03 没するが故に諸経に多く之を勧む、 随つて浄土の祖師のみ独り此の義を勧むるのみに非ず 天台妙楽等も亦爾前の 04 経に依るの日は且らく此の筋あり、 亦独り人師のみに非ず竜樹・天親も此の意有り、是れ一義なり、亦仁王経等の 05 如きは浄土の三部経より尚久く末法万年の後・八千年住す可しとなり、故に爾前の諸経に於ては一定すべからず。 -----― 答えて云う。法華経以前四十余年の経々はおのおの時機に従って興起・廃滅があるがゆえに、多分は浄土の三部経より以前に滅尽してしまうのが道理である。諸経においては多分は三乗の現身の得道を説くゆえに、末代においては凡夫が現身で得道する者は少ないからである。 十方の浄土に往生することを説いた教えは多分は末代の鈍根の者のためである。 これについて西方極楽浄土は、娑婆世界の隣の近さにあるゆえに、また最も劣った浄土であるゆえに、日輪が東から出で西に沈むゆえに、諸経では多く西方極楽浄土を勧めているのでなく、天台大師・妙楽大師等もまた法華経以前の経に依っている段階では、しばらくこの説き方をしている。また中国の人師だけでなく竜樹・天親もこれと同意のことを言っている。これは多くの義のなかの一義なのである。 また仁王経などは浄土の三部経よりなお永く、末法万年の末の八千年間続くだろうと言っている。ゆえに法華経以前の 諸経においてはどの経が最も永く存続するのか決定できない。 |
三乗現身の得道
声聞・縁覚・菩薩の三乗の悟りを現世の生きている身にえること。「三乗」の乗は生死の苦海に迷う衆生を乗せて悟りの境地に運ぶ乗り物の意。三乗とは衆生の性質や能力に応じて三種の悟りの道があること。あるいはその道を行ずる衆生をいう。声聞乗・縁覚乗・菩薩乗。声聞乗はは三生から六十劫の間、空法を修し、仏説を聞いて四諦の理を観じ、阿羅漢果を証するもの。縁覚乗は四生から百劫の間、空法を修し、自ら三界の迷いの因果を十二に分けた十二因縁を悟り辟支仏果を証するもの。菩薩乗は三無数劫の間六度の行を修し、更に百劫の間、三十二相の因を積み無上菩提を証するものをいう。法華経譬喩品第三では三車火宅の譬を引いて、仏の本意は一仏乗を顕すことであり、三乗は一仏乗に誘因する方便であることが明かされている。密教では三乗を三密に配している。すなわち声聞は仏の声教を聞いて得道するので語密、縁覚は心に観じて悟道するので意密、菩薩は身を娑婆世界に捨てて修行するので身密としている。次に「現身」は①現生の身のこと。この世で生きている“うつつみ”のこと。②仏・菩薩が衆生済度のために種々の身を化身すること、またその化現の姿をいう。「得道」は悟りの道を会得すること、得脱・得度と同意。一般に仏果・涅槃に趣く道をさとりといい、三乗の悟りの道を得ることを意味する。
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十方の往生浄土
この現実世界を穢土といい、仏の住む清浄世界を浄土というが、浄土といってもこれは十方の浄土といわれるように、仏によってさまざまに説かれている。十方の往生浄土とは十方浄土に往き生ずることであるが、一般に浄土という場合は浄土宗でいう西方浄土をさすから、この世を去って阿弥陀仏の西方の極楽浄土に往き生ずることを往生浄土という。往生極楽と同義。なお往生とは死後に他の世界へ往き生まれること。また、死後をさすことから単に死ぬことをも意味する。往生には極楽往生・兜率往生・十方往生等があるが、阿弥陀経をはじめ浄土三部経を依経とする浄土信仰と共に、おもに極楽浄土に往き生まれるとする極楽往生をさすようになった。往生思想はこの世を穢土として忌み嫌い、浄土に生まれることがその救いとなるとの考えから生まれた。
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西方極楽
西方には無数の浄土があるとされているが、西方極楽は無量寿経・阿弥陀経で説かれる阿弥陀仏の極楽浄土をいう。西方極楽世界・安楽世界ともいう。現実の世界から西方十万億の仏土を過ぎたところにあり、その国土は諸の苦難もなく、ただ快楽があるだけの国土であるといわれる。浄土宗・浄土真宗などでは、現実の世界は不浄でよごれており、西方極楽浄土こそが真の安楽世界であるとする。阿弥陀仏の名を称えれば死後、ただちにこの西方極楽に往き生まれることができるという西方浄土往生・極楽浄土往生を説いている。
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娑婆隣国
娑婆世界に最も近いこと。娑婆とは梵語サハー(Sahā)の音写。忍土、忍界、堪忍土と訳す。三毒及び諸の煩悩を耐え忍んでいかなければならない所という意。したがって苦悩が充満している人間世界のこと。阿弥陀の極楽世界はこの娑婆世界から西方へ十万億土をすぎたところにあるとされるが、他の多くの浄土に比べて最も娑婆から近い浄土であると悲華経にある。
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最下の浄土
最も下位である浄土。浄土とは浄らかな国土のこと。仏国土。煩悩でけがれている穢土に対して、仏の住する国土は五濁の垢に染まることなく清らかなゆえに浄土という。大乗義章等にある。清浄土・浄国・浄摂・仏土・寂光土とも称する。浄土については娑婆世界との関係で大別して二種の考えがある。すなわち浄土と現実の娑婆世界は全く異なった別世界であるとする説と、心が清くなれば住む世界も清くなり、開悟によって現実の娑婆世界が即浄土となるとの説である。
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仁王経
釈尊一代五時のうち盤若部の結経である。恌秦の鳩摩羅什(0334~0413)訳の「仏説仁王般若波羅蜜経」と、唐の不空三蔵(0705~0774)訳の「仁王護国般若波羅蜜経」がある。羅什訳のほうが広く用いられている。この仁王経は、仁徳ある帝王が般若波羅蜜を受持し政道を行ずれば、三災七難が起こらず「万民豊楽、国土安穏」となると説かれている。このゆえに、法華経、金光明経とともに、護国の三部経として広く尊崇された。般若波羅蜜とは、菩薩行の六波羅蜜の一つであるが、般若とは智慧で、その実体は法華経文底秘沈の大法を信じ、以信代慧によって知恵を得ることである。末法においては、この三大秘法を受持して広宣流布することが般若波羅蜜を行ずることになる。法蓮抄には「夫れ天地は国の明鏡なり今此の国に天災地夭あり知るべし国主に失ありと云う事を鏡にうかべたれば之を諍うべからず国主・ 小禍のある時は天鏡に小災見ゆ今の大災は当に知るべし大禍ありと云う事を、仁王経には小難は無量なり中難は二十九・ 大難は七とあり此の経をば一には仁王と名づけ二には天地鏡と名づく、此の国主を天地鏡に移して見るに明白なり、又此の経文に云く『聖人去らん時は七難必ず起る』等云云、当に知るべし此の国に大聖人有りと、又知るべし彼の聖人を国主信ぜずと云う事を」とある。
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これまでの問いを受けて答えられるところである。
まず、初めに、釈尊の爾前40余年の経々の興隆するか廃れるかは、その経が時代と衆生の機根とに合致するか否かによって決まる。したがって、爾前諸経の多くは浄土三部経より前に滅してしまうのは道理である、と言われている。その理由として「諸経に於ては多く三乗現身の得道を説く故に末代に於ては現身得道の者之少きなり」とされている。
つまり、爾前諸経は、声聞・縁覚・菩薩の三乗の悟りをこの世の現在の身で得ることを説いているが、末法に入ると、そのような現在のありのままの身で証果をあらわすことは不可能となるからである。
これに対して「十方の往生浄土は多くは末代の機に蒙らしむ」と仰せである。
三乗現身徳道を説く諸経よりは、死後、十方の浄土に往生するといった教えのほうが末法の機根にかなっていると述べられている。
次いで、十方の浄土のなかでも、とくに西方の極楽浄土の往生が馴染みやすいのは、極楽浄土が娑婆世界に近いということ、浄土のなかでも最下等の浄土だから親しみやすいこと、また、太陽の沈む方向が西方であるから浄土を観想しやすいなどの理由から、浄土三部経以外の諸経や、浄土宗の人師たちだけでなく天台大師・妙楽大師やインドの論師たる竜樹・天親も西方浄土を勧めたのである、と仰せられている。
しかしながら、天台・妙楽らが西方浄土往生を宣揚しているのは「爾前の経に依るの日は且らく此の筋あり」と述べられているように、教化の一段階として設けたにすぎない。また、竜樹・天親の場合も、多くの義を立てたなかの一義にすぎない。それは仏の衆生教化のための一つの方便でしかないと破られて、浄土教を絶対視するのは誤りであるとされている。
最後に、その証拠として人王経等に8000年久住するとの文を示され、仁王経は浄土経より以上に久住することを明らかにされている。
結論として「爾前の諸経に於ては一定すべからず」と、浄土経であれ仁王経であれ爾前諸経のどの経が久住することについたは決まっていない、と述べて結ばれている。
日輪東に出で西に没するが故に諸経に多く之を勧む
十方の浄土のなかでも西方の極楽浄土が多く説かれた理由を三つあげられている。
その三つの理由は本文に仰せのとおりであるが、「諸経に多く之を勧む」ということであと、例えば、法華経にも西方浄土への往生が勧める文がある。薬王菩薩本事品第二十三には「若し如来の滅後、後の五百歳の中に、若し女人有って、是の経典を聞いて、説の如く修行せば、此に於いて命終して、即ち安楽世界の阿弥陀仏の大菩薩衆の囲繞せる住処に往て、蓮華の中の宝座の上に生ぜん」と説いている。また、大方広仏華厳経巻二十九の寿命品第二十六にも「爾時、心王菩薩摩訶薩、諸の菩薩に告げて言く『仏子、此の娑婆世界の、釈迦牟尼仏の刹の一劫の如きは安楽世界の阿弥陀仏の刹に於いては、一日一夜と為す。安楽世界の一劫は、聖服幢世界の、金剛如来の仏刹に於いては、一日一夜と為す』」とある。
天台妙楽等も亦爾前の経に依るの日は且らく此の筋あり
中国天台宗の天台大師や妙楽大師も法華経の修行に入るための前段階として爾前経を用い、その修行を初心のために勧めたが、そこでは、西方浄土往生の観想を説いている。
ここから例えば、天台大師には観無量寿経を釈した観経疏があるし、阿弥陀経を釈した阿弥陀義疏がある。また、妙楽大師も止観輔行伝弘決巻二に「諸経の讃むる所多きが故に、西方を以って一準となす」と説き、法華文句記巻十に「問う、同居類多何ぞ必ず極楽なるや。答う教説多きが故に、是れ生を摂する故に。専注せしむ故に、多分に約するが故に」と説いている。
竜樹・天親も此の意有り
中国の人師たちだけでなく、インドの論師である竜樹や天親も、西方浄土の往生を勧めていることを述べられている。
例えば、竜樹は華厳経に説かれた菩薩道の階梯である十地について釈した十住毘婆沙論巻五の易行品で、次のように展開している。
菩薩が初地に入って不退の境地を獲得するのは、まるで陸路を歩行するような難行ではあるが、しかし、機根の低い者にとっては船で水路を往くような信方便の易行道があると説いている。
そして易行道とは諸仏の名号を称えることであり、なかでも、とくに阿弥陀仏を憶念したり、阿弥陀仏の名を称えたりすることであるとしている。
つまり、竜樹は浄土往生をあくまで菩薩行の難行の在り方に対して、機根の劣弱な者を救う方便の易行として位置づけていることが分かる。
また、世親は無量寿経優婆提舎願生偈で、唯識思想の立場から浄土思想を考察しており、阿弥陀仏の国土・仏・菩薩の勝れたすがたを詳説しているが、摂大乗論釈や大乗荘厳経論では、浄土往生の考え方を“別時意趣”と捉え、あくまで衆生教化の方便として位置づけており、この点で竜樹の十住毘婆沙論の易行品と同じ立場に立っている。ただ、先の浄土論では、浄土往生を積極的に位置づけた言い方をしているため、この浄土論を世親の著作とするのに疑念を投げかける学者たちも多い。
仁王経等の如きは浄土の三部経より尚久く末法万年の後・八千年住す可しとなり
仁王護国般若波羅蜜経嘱累品第八に「仏波斯匿王に告ぐ。我、汝等に誡勅す。我が滅度の後、八十年、八百年、八千年の中に仏なく、法なく、僧なし、信男なく、信女なからん時に、此の経の三宝を諸の国王に付嘱せん」とある。
この文の、仏滅後の「八十年、八百年、八千年」については、大聖人が本書の後で次のように説かれている。すなわち「『我滅度後』と云えるは正法の末八十年像法の末八百年末法の末八千年なり選択集の出る時は像法の末・末法の始なれば八百年の内なり仁王経の記する所の時節に当れり」とある。
ここからも明らかなように「80年」は仏滅後の正法時代・1000年の末の80年、「800年」は同じく像法時代・1000のなかの末の800年、「8000年」は同じく末法万年のなかの末の8000年、をそれぞれさしていることが分かる。
つまり、正法時代を500年とするにせよ1000年とにせよ、末期は教法が混乱する。像法時代は1000年のうち、教法が継続するのは200年で、末の800年は形骸化していく。末法は万年とすると、そのうち2000年は教法が少し残るが、末の8000年は教法が衰滅するという考え方と思われる。
この仁王経の文は、そうした正しい仏法が隠没する時のために、正法外護の使命を「国王」に託す、と説いているのである。
したがって「末法万年の後・八千年住す可し」と仰せられ、仁王経が浄土三部経よりも久住することになるのではないかと述べられ、末法は浄土往生の考え方が久住するという偏った見解を破られている。しかし、同時に、仁王経が久住し続けるという考え方をも相対化させて「爾前の諸経に於ては一定すべからず」と述べられているのである。
第24章 0047:06~0047:15 浄土教滅し法華は久住を明かすtop(1巻中)
| 06 第二に法華涅槃と浄土の三部経との久住・不久住とを明さば、問うて云く法華・涅槃と浄土の三部経と何れが先 07 に滅すべきや、 答えて云く法華涅槃より已前に浄土の三部経は滅す可きなり、 問うて云く何を以て之を知るや、 08 答えて云く無量義経に四十余年の大部の諸経を挙げ了つて「未顕真実」と云う故に雙観経等の「特り此の経を留む」 09 の言は皆方便なり虚妄なり、 華厳・方等・般若・観経等の速疾歴劫の往生成仏は無量義経の実義を以て之を検うる 10 に無量無辺不可思議阿僧祇劫を過ぐれども 終に無上菩提を成ずることを得ず、 乃至・険き逕を行くに留難多きが 11 故にと云う経なり、 往生成仏倶に別時意趣なり、 大集・雙観経等の住滅の先後は皆随宜の一説なり、法華経に来 12 らざる已前は彼の外道の説に同じ、 譬えば江河の大海に趣かず民臣の大王に随わざるが如し、 身を苦しめ行を作 13 すとも法華涅槃に至らずんば 一分の利益無く有因無果の外道なり、 在世滅後倶に教有つて人無く行有つて証無き 14 なり諸木は枯るると雖も 松柏は萎まず衆草は散ると雖も 鞠竹は変ぜず法華経も亦復是くの如し釈尊の三説・多宝 15 の証明・諸仏の舌相偏に令法久住に在るが故なり。 -----― 第二に法華経・涅槃経と浄土の三部経との久住・不久住を明かすならば、 問うて云う。法華経・涅槃教と浄土の三部経といずれが先に滅するであろうか。 答えて云う。法華経涅槃教より以前に浄土の三部経は滅するであろう。 問うて云う。何を根拠にこれを知るのか。 答えて云う。無量義経に四十余年の大部の諸経を挙げおわって「未だ真実を顕さず」といっているのであるから、無量寿経などの「特にこの経だけを留める」の言葉はすべて方便であり、虚妄である。華厳経・方等経・般若経・観無量寿経で説く速かで疾い往生・成仏、あるいは長い劫を歴る往生・成仏は、無量義経の真実の義をもってこれを考えると「無量無辺不可思議阿僧祇劫を過ぎても、ついに無上の菩提を成ずるこはできない。(乃至)険しい道を行くのに留難が多いゆえである」という経の教えである。それらの経にいう往生・成仏はともに別の時に得道するのに即時に成仏するかのように説いているにすぎない。 大集経・無量寿経等に説く経々の存続と滅亡の先後は皆、衆生の機根の宣しく随った一つの説にすぎない。法華経に来ない間は、彼の外道の説と同類なのである。たとえば大きな川が大海に向かって流れず、人民・臣下が大王に従わないようなものである。 身体を苦しめ修行するとしても、法華経・涅槃経に至らなあければ、ほんの少しの利益もなく、因が有って果がない外道と同じである。法華経でなけれな、釈尊の在世でも滅後でも、教法はあっても証得する人はなく、修行は有っても証果はない。冬に諸木は葉が落ちても、松柏は緑葉をつけている。多くの草々は枯れても唐竹は色が変わらない。 法華経もまたこのようである。釈尊の已今当の三説・多宝如来の証明・諸仏の舌相はひとえに法をして久しく住せしめるためである。 |
法華
㈠大乗経典の極説、釈尊一代50年の説法中、最も優れた経典である。漢訳には「六訳三存」といわれ、「現存しない経」①法華三昧経 六巻 魏の正無畏訳(0256年)②薩曇分陀利経 六巻 西晋の竺法護訳(0265年)③方等法華経 五巻 東晋の支道根訳(0335年)「現存する経」④正法華経 十巻 西晋の竺法護訳(0286年)⑤妙法蓮華経 八巻 姚秦の鳩摩羅什訳(0406年)⑥添品法華経 七巻 隋の闍那崛多・達磨芨多共訳(0601年)がある。このうち羅什三蔵訳の⑤妙法蓮華経が、仏の真意を正しく伝える名訳といわれており、大聖人もこれを用いられている。説処は中インド摩竭提国の首都・王舎城の東北にある耆闍崛山=霊鷲山で前後が説かれ、中間の宝塔品第十一の後半から嘱累品第二十二までは虚空会で説かれたことから、二処三会の儀式という。内容は前十四品の迹門で舎利弗等の二乗作仏、女人・悪人の成仏を説き、在世の衆生を得脱せしめ、宝塔品・提婆品で滅後の弘経をすすめ、勧持品・安楽行品で迹化他方のが弘経の誓いをする。本門に入って涌出品で本化地涌の菩薩が出現し、寿量品で永遠の生命が明かされ「我本行菩薩道」と五百塵点劫成道を示し文底に三大秘法を秘沈せしめ、このあと神力・嘱累では付嘱の儀式、以下の品で無量の功徳が説かれるのである。ゆえに法華経の正意は、在世および正像の衆生のためにとかれたというより、末法万年の一切衆生の救済のために説かれた経典である。(二)天台の摩訶止観(三)大聖人の三大秘法の南無妙法蓮華経のこと。
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涅槃
涅槃経の事。釈尊が跋提河のほとり、沙羅双樹の下で、涅槃に先立つ一日一夜に説いた教え。大般涅槃経ともいう。①小乗に東晋・法顯訳「大般涅槃経」2巻。②大乗に北涼・曇無識三蔵訳「北本」40巻。③栄・慧厳・慧観等が法顯の訳を対象し北本を修訂した「南本」36巻。「秋収冬蔵して、さらに所作なきがごとし」とみずからの位置を示し、法華経が真実なることを重ねて述べた経典である。
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浄土の三部経
念仏宗が依経としている三部の経典。無量寿経2巻・観無量寿経1巻・阿弥陀経1巻をいう。
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久住
久しく住すること。法や人が久しい間存在すること。
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不久住
法や人が久しい間存在しないこと。
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無量義経
一巻。蕭斉代の曇摩伽陀耶舎訳。法華経の開経とされる。内容は無量義について「一法より生ず」等と説き、この無量義の法門を修すれば無上正覚を成ずることを明かしている。
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四十余年の大部の諸経
釈尊が30歳のときに成道してのち、法華経を説くまで、42年間のあいだ、かずかずの経文を説いてきた経。
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般若
般若波羅蜜の深理を説いた経典の総称。漢訳には唐代の玄奘訳の「大般若経」六百巻から二百六十二文字の「般若心経」まで多数ある。内容は、般若の理を説き、大小二乗に差別なしとしている。
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観経
観無量寿経のこと。浄土三部経の一つで、方等部に属する。元嘉元年(0424)~同19年(0442)にかかって中国・劉宋代の畺良耶舎訳。詳しくは観無量寿仏経。阿闍世王が父・頻婆沙羅王を殺し母を牢に閉じ込め、悪逆の限りを尽くしたのを嘆いた母・韋提希夫人が釈尊にその因縁を聞いたところ釈尊は神通をもって十方の浄土を示し、夫人がそのなかから西方極楽世界を選ぶ。それに対して釈尊が、阿弥陀仏と極楽浄土を説くというのが大意である。しかし、韋提希夫人の嘆きに対しては、この経は根本的には説かれていない。この答えが説かれるのは法華経提婆品で、観経ではわずかに、問いを起こしたaaというにとどまる。西方十万億土を説いたのも、夫人の現在に対する解決とはなっていない。
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速疾歴劫
直ちに往生・成仏することと、きわめて長い期間を経て成仏すること。すなわち速疾頓成と歴劫修行のこと。
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往生成仏
①衆生の住むこの娑婆世界を去って仏国土に往き、すぐれた果報の生を得ること。往生には阿弥陀の西方極楽往生や弥勒の兜率天往生などがある。②往生と成仏の二義に分け、往生は死後に他の世界に往き生まれること。成仏は仏の境界を得ること。
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実義
真実義のこと。仏の本意をいう。
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無量無辺不可思議阿僧祇劫
果てがなく、数えることのできない長い期間。「無量」とは量がはかれない程多いこと。「無辺」広大ではてしないこと。「不可思議」とは、思慮ではかることができないこと。「阿僧祇」は梵語アサンキァ(asaṃkhya)の音写、無数・無央数と訳す。数えることのできない数。「劫」は梵語カルパ(kalpa)の音写、長時と訳す。数えることのできないきわめて長い時間。
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無上菩提
最高の悟りを得ること。成仏の境地。「無上」最上・最高。「菩提」は梵語ボーディ(bodhi)の音写、覚・智・道などと訳す。菩提に声聞・縁覚・仏の三種あるが、仏の菩提は最高であり、これに過ぎることがないことを無上菩提という。
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別時意趣
今すぐには利益が得られないが、後になって別の時に利益が得られるかのように説法をすること。四意趣のひとつ。
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大集
方等部に属する経典で、欲界と色界の中間・大宝坊等に広く十法の仏・菩薩を集めて、説かれた大乗教である。欲界とは、下は地獄界から上は天上界までのすべてを含み、食欲や物欲、性欲などの欲望の世界である。色界とは、欲界の外の浄妙の色法、すなわち色質だけが存在する天上界の一部、十八天をいう。これに対して、精神の世界で、天上界の最上である四天を無色界という。大宝坊は欲界と色界の中間にあるとされたのである。漢訳には六種ある。①大方等大集経三十巻、北涼の曇無識訳。②大乗方等日蔵経十巻、高斉の那連提耶舍訳。③大方等大集月蔵経十巻、高斉の邦連提耶舍訳④大乗大集経二巻、高斉の邦連提耶舍訳⑤仏説明度五十校計経二巻、後漢の安世高訳⑥無尽意菩薩経、宋の智厳・宝雲共訳。大聖人の引用は③大方等大集月蔵経。法滅尽品には仏滅後における仏法の推移を五箇の五百歳に分けて説いた予言がある。すなわち「わが滅後に於いて五百年の中には解脱堅固、次の五百年には禅定堅固(已上一千年)、次の五百年には読誦多聞堅固、次の五百年には多造塔寺堅固(已上二千年)、次の五百年には我が法の中に於て闘諍言訟して白法隠没せん」とある。
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住滅の先後
大集経・雙観経で説くどの経が存続するか、滅亡するかの前後のこと。大集経巻五十五には「我が法中に於いて、闘諍言訟し白法隠没し損減して堅固なり」とあり、無量寿経巻下には「特り此の経を留め住せんこと百歳ならん」等と説かれていることをさす。
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随宜の一説
仏が衆生の機根の宣しきに随って方便として説いた経説のひとつ。
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法華経
釈尊一代50年の説法のうちはじめの42年にわたって、華厳・阿含・方等・般若と方便の諸経を説き、最後の無量義経で「四十余年未顕真実」と爾前諸経を打ち破り「世尊法久後、要当説真実」と立てて後、8年間で説かれた真実の経。六訳三存。現存しない経。①法華三昧経 六巻 魏の正無畏訳(0256年)。②薩曇分陀利経 六巻 西晋の竺法護訳(0265年)。③方等法華経 五巻 東晋の支道根訳(0335年)。現存する経。④正法華経 十巻 西晋の竺法護訳(0286年)。⑤妙法蓮華経 八巻 姚秦の鳩摩羅什訳(0406年)。⑥添品法華経 七巻 隋の闍那崛多・達磨芨多共訳(0601年)。このうち羅什三蔵訳の⑤妙法蓮華経が、仏の真意を正しく伝える名訳といわれており、大聖人もこれを用いられている。説処は中インド摩竭提国の首都・王舎城の東北にある耆闍崛山=霊鷲山で前後が説かれ、中間の宝塔品第十一の後半から嘱累品第二十二までは虚空会で説かれたことから、二処三会の儀式という。内容は前十四品の迹門で舎利弗等の二乗作仏、女人・悪人の成仏を説き、在世の衆生を得脱せしめ、宝塔品・提婆品で滅後の弘経をすすめ、勧持品・安楽行品で迹化他方のが弘経の誓いをする。本門に入って涌出品で本化地涌の菩薩が出現し、寿量品で永遠の生命が明かされ「我本行菩薩道」と五百塵点劫成道を示し文底に三大秘法を秘沈せしめ、このあと神力・嘱累では付嘱の儀式、以下の品で無量の功徳が説かれるのである。ゆえに法華経の正意は、在世および正像の衆生のためにとかれたというより、末法万年の一切衆生の救済のために説かれた経典である。即ち①釈尊の法華経二十八品②天台の摩訶止観③大聖人の三大秘法の南無妙法蓮華経と区分する。
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外道
仏教以外の低級・邪悪な教え。心理にそむく説のこと。
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江河
大きな河のこと。②揚子江のこと。③黄河のこと。
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民臣
一般の国民および臣下の者。国主に対する語。
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利益
仏の教え、正法に従い行動することによって得られる恩恵や救済。功徳のこと。
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有因無果の外道
「因あれど果なし」と説くバラモン外道のこと。因はあるけれどもその因に基づく果はないとして、現在はあっても未来はないとする。インド外道で説く四執のひとつ。
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在世滅後
在世は①仏が世にいるときをいい、主にインド生誕の釈迦をさす。②人が世に生存している間。または過去に生存していた時点。滅後は仏滅後のこと。
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松柏
マツとコノテガシワのこと。ともに冬になっても葉が落ちない常緑樹。二つの木は互いに助け合って共存しているといわれている。
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衆草
数多くの草々。
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鞠竹
ハチク・マダケのこと。別訳として菊と竹。晩秋に多くの草花は散るにもかかわらず、菊は枯れずに花咲き、たけは常緑できわだつことから、かわらないこと、常住をあらわす。
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釈尊の三説
釈尊の経説、已今当を三説のこと。法華経法師品第十に「我が説く所の経典は無量千万億にして、已に説き、今説き、当に説くべし」とある。天台大師はこの文を法華文句巻八上に「今初めに已と言うは、大品已上は漸頓の諸説なり。今とは同一の座席にして無量義経を謂うなり。当とは涅槃を謂うなり」と釈し、「已説」は四十余年の爾前の経々、「今説」は無量義経、「当説」は涅槃経をさすとしている。
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多宝の証明
「多宝」とは多宝如来のこと。東方宝淨世界に住む仏。法華経の虚空会座に宝塔の中に坐して出現し、釈迦仏の説く法華経が真実であることを証明し、また、宝塔の中に釈尊と並座し、虚空会の儀式の中心となった。
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諸仏の舌相
神力品に説かれている。十方分身の諸仏が舌を梵天につけ法華経は不妄語であると証明したこと。
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令法久住
宝塔品に出てくる語。「釈迦多宝分身の諸仏はひとえに法華経をして久しく世に住ぜしめんとおぼす故に、十方分身の諸仏はもろもろの、浄土および所化の衆または供養のことを捨てて、みなこの娑婆世界に集会したもう」とあり、このことを「方をして久しくくじゅうせしめんが故に」とといたもの。三箇の勅宣の一つである。この文を文底より拝するならば、日蓮大聖人御建立の本門の大御本尊を末法万年にまでひろめ伝えていくことになる。
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本書、守護国家論は全体を大きく七つの文段をに分けられるが、そのうち、第二段の続きである。本書の講義に入る前に、簡単にこれまでの内容に触れておきたい。
まず、第一の文段は「如来の経教に於て権実二教を定むことを明し」との御文から始まるように、釈尊は一切衆生を救済するために一代聖教を説いたが、釈尊自らこれらの経教に大きく権教と実教との二つの区別があることを定め、その相違が厳然としてあることを明らかにされている。実教とは法華経・涅槃経であり、これ以外の経教が権教である。
次いで第二の文段は「正像末に就いて仏法の興廃有ることを明すとは」という御文から始まる。ここでは、第一段を受けて、釈尊自身によって実教と権教とに区別された一代の経教が釈尊滅後の正法・像法・末法と三時を経過するにつれて、それぞれの時代に適して興る経教もあれば、逆に時代に適さず廃れる経教もあることを明らかにされているが、実際には正法・像法の時代については簡潔に述べられ、むしろ釈尊滅後2000年以降の末法に力点を置かれて論じられている。
この文段では更に次の二つの段落に分けて展開されている。本文に「一には爾前四十余年の内の諸経と浄土の三部経と末法に於て久住・不久住を明す、二には法華涅槃と浄土の三部経並に諸経との久住・不久住を明す」と示されている通りである。
第一の段落は釈尊が説いた爾前40余年の経教を、浄土三部経とそれ以外の諸経とに分け、末法においてはどちらが久住し、久住していないかを論じられている段である。
この内容については、既に本講義23章で扱っているので詳説しないが、要約して言えば、末法においては浄土の三部経のみが久住して衆生を利益するという説が観無量寿経を拠りどころとした浄土家の諸師たちによって主張されている。
したがって一見すると、いかにも浄土信仰が末法の時に適った教えのようであるが、仁王経などでは仁王経が浄土の三部経よりも長く末法に久住することを挙げて反証され、結論としては爾前の諸経の中でいずれの経が末法に久住するかは決まっていないと述べられる。
以上の展開を受けて、本書から、第二の段落に入るのである。
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本章は「第二に法華涅槃と浄土の三部経との久住・不久住とを明さば」とあるように、ここでは釈尊が説いた一切経を「法華経と浄土三部経並に諸経」に二分したうち、どちらが末法において久住する経であるかを論じられているところでる。
ここで“法華涅槃”が実教“浄土三部経並に諸経”が権教にあたることは、第一の文段で示された立て分けから明らかである。
初めの二つの問答で、法華涅槃より前に浄土三部経が先に滅びること、その理由として、無量義経の「末顕真実」の、文を挙げて、末法には観無量寿経のみ特り留まるといっている観無量寿経自体、方便であり虚妄に過ぎないと、破折されている。
法華経以前の諸経である華厳・方等・般若・観経等に説かれた「速疾歴劫の樹上成仏」という考えはこの無量義経の実義を基準に考えれば、いずれも、頼りにするに足りない。
権教で明かされる往生・成仏もともに仏の方便の説法としての「別事意趣」であり、大集教や観無量寿経などで説く「住滅の先後」の説はすべて「随宣の一説」、すなわち、仏が衆生の機根の高低の宣しきに随って説いた説の一つに過ぎないと、結論されている。
更に「法華経に来らざる已前は彼の外道の説に同じ」とも「身を苦しめ行を作すとも法華涅槃に至らずんば一分の利益無く有因無果の外道なり」とも仰せられ、法華・涅槃に至る前の権教は往生も成仏も不可能であるところから、修行という原因は積んでも往生・成仏という結果のない“有因無果”の外道であると断じられている。
したがって「在世滅後倶に教有つて人無く行有つて証無きなり」と仰せのように、権教は末法のみでなく、仏の在世や滅後においても、教法はあっても、その教え通りに往生成仏した人はいないし、また、往生や成仏をめざす修行は行われても、実際に往生や成仏という証果はない、と述べられている。
これに対し、多くの木々が枯れても松や柏はしぼまず、多くの草々が散っても唐竹は変わらずに常緑であるように、数多くの爾前権教の諸経は末法に消滅する。法華経は常住であると仰せられている。その根拠として、法華経には末法に法華経を長らく久住せしめるために釈尊自身が「已今当説・最為難信難解」と説き多宝の証明・諸仏の広長舌相が行われたのであると仰せられている。
無量義経による権教破折
ここでは無量義経の二つの文によって、爾前の諸経の教えを打ち破っている。
一つは無量義経の説法品第二にある「四十余年には末だ真実を顕さず」という文である。文の意味は釈尊一代50年間の説法のなかで法華経以前の42年の間に説かれた諸経は末だ真実を顕していない方便・権教であるということである。この文に照らせば、無量寿経などが説いている。“未来世において仏の説いた一代聖教の功力が消滅した時のために、仏自ら慈悲をもって無量寿経のみを留める”という教えは、どこまでも末だ真実を顕しない方便・権教であり虚妄であることが明らかである。
二つ目の文は爾前経の往生成仏のが虚妄であることを説いた無量義経十功徳品第三の「無量無辺不可思議阿僧祇劫を過ぐれども、終に無上菩提を成することを得ず。所以は何ん、菩提の大直道を知らざるが故に、険密を行くに留難多きが故に」という文である。
この文は十功徳品の中の一節であるから、無量義経の功徳を讃嘆するものであることはいうまでもない。その意味は、もし無量義経を聞かなければ、無量無辺不可思議阿僧祇劫という長期間、仏道修行に励んでも、ついに無上の菩提を成就することはできない。なぜなら、無量義経を聞かなければ、悟りの菩提に真っすぐ到達する道をしることができないからであり、ちょうど険しい道を数多くの困難に阻まれてしまうようなものであるといことである。
なお、ここで無量義経を聞かないということは無量義経を開経とする本経たる法華経を聞かないということである。無量義経は入り口であり、法華経は建物本体であるから、入口をさして「これが我が家である」といっても、入口だけを建物本体から切り離して考えてはならないのである。いずれにせよ、権教の諸経が説く往生・成仏は“別時意趣”の方便であり、権教のなかの大集経や観無量寿経などが説く「住滅の先後」の教えはすべて「随宣の一説」すなわち、仏が衆生の機根の高低の宣しきに随って説いた方便の説の一つに過ぎない、ことになるのである。
華厳・方等・般若・観経等の速疾歴劫の往生成仏は無量義経の実義を以て之を検うるに無量無辺不可思議阿僧祇劫を過ぐれども終に無上菩提を成ずることを得ず、乃至・険き逕を行くに留難多きが故にと云う経なり、往生成仏倶に別時意趣なり
“速疾”とは速やかなことを意味し“歴劫”は劫を歴るということで成仏を妨げるための修行の時間の長短を表している。
一方、往生成仏とは“往生”がこの世における死の後に他の世界に往き生まれることであり、“成仏”は仏に成ることを意味する。
したがって、速疾歴劫の往生成仏とは、衆生が往生・成仏の境界に到達するのに速やかな場合と長遠の時間を必要とする場合の二つがあるということである。
歴劫の場合を説いている爾前経には、華厳・方等・般若などの諸経である。
一代聖教大意に「此の教の意は五十二位を一一の位に多倶低劫を経て衆生界を尽して仏に成るべし一人として一生に仏に成る者無し、又一行を以て仏に成る事無し一切行を積んで仏と成る微塵を積んで須弥山と成すが如し、華厳・方等・般若・梵網・瓔珞等の経に此の旨分明なり」(0395-15)とある。
すなわち、通教の場合は菩薩道の52位の一つ一つの位で多俱低劫という長遠の時間をかけて衆生救済の修行を積み重ねて仏に成るということであるから、だれ一人、一生のうちに仏に成る者はない、ということである。
次に、速疾は、この場合は爾前経で説く円教をさしている。円教とは、だれでも仏道修行に長時間を費やさなくても速やかに成仏往生できることを説く教えのことであるが、爾前権教でも言葉の上だけで説く場合があり、これを爾前の円教という。
一代聖教大意には「華厳経の法界唯心の法門・文に云く「初発心の時便ち正覚を成ずと」又云く「円満修多羅」文、浄名経に云く「無我無造にして受者無けれども善悪の業敗亡せず」文、般若経に云く「初発心より即ち道場に坐す」文、観経に云く「韋提希時に応じて即ち無生法忍を得」文、梵網経に云く「衆生仏戒を受くれば位大覚に同じ即ち諸仏の位に入り真に是れ諸仏の子なり」文、此は皆爾前の円の証文なり、此の教の意は又五十二位を明す名は別教の五十二位の如し但し義はかはれり、其の故は五十二位が互に具して浅深も無く勝劣も無し、凡夫も位を経ずとも仏にも成り又往生するなり、煩悩も断ぜざれども仏に成る障り無く 一善一戒を以ても仏に成る少少開会の法門を説く処もあり、所謂浄名経には凡夫を会し煩悩悪法も皆会す 但し二乗を会せず、般若経の中には二乗の所学の法門をば開会して二乗の人と悪人をば開会せず、観経等の経に凡夫一毫の煩悩をも断ぜず往生すと説くは皆爾前の円教の意なり」(0396-02)とある。
爾前の諸経で説く往生成仏は速疾、歴劫を問わず、所説は、方便権教であるから、単に言葉のみの虚妄であり幻に過ぎない、ということである。
別時意趣とは時節意趣ともいい、仏が衆生を励まして、より一層修行を進めさせようとの意図から、本当の別の時節に利益が得られるのにもかかわらず、いま直ちに得られるかのような方便の説法をすることである。
したがって、大集経や観無量寿経で「住滅の先後」この経は末法にまで住するなどと説かれていても、皆、その時の衆生の機根に合わせて方便として述べられたことにすぎない、と破折されている。
法華経に来らざる已前は彼の外道の説に同じ、譬えば江河の大海に趣かず民臣の大王に随わざるが如し、身を苦しめ行を作すとも法華涅槃に至らずんば一分の利益無く有因無果の外道なり
爾前の諸経は、法華経へ導いていくための方便としては意味があるが、法華経と切り離して、独立したものとして読めば、仏教以前の外道と同じであると言い切られている。
インドの外道には“四執”といって、大きく四つの種類があるが、その中の有因無果の外道であると断じられている。ちなみに、四執とは有因無果・無因有果・無因無果・邪因邪果の四つの誤った見解である。有因無果は原因は有るが結果が無いという見解であり、現在世のみ有って来世の報いは無いとする見解でもある。無因有果は逆に原因は無いが結果だけあるとするもの、無因無果は原因も結果も無いとして、善悪の因果共に無しと主張するもので、現在の事柄の生じた原因も無ければ来世に果報を受けることも無いという見解である。邪因邪果は万物は大自在天から生じたもので、滅する時はまた大自在天に帰ると主張する見解である。
爾前権教を修行しているのは仏道修行の原因は有っても、その報い、結果としての往生成仏は虚妄であるから、四つの外道のうち、有因無果の外道と同じことになってしまうと断定されたのである。
以上のことから法華・涅槃と浄土三部および爾前の「久住・不久住」という本題に戻って、浄土三部および爾前は冬になると葉を落として枯れる諸木のように、末法には衰退すべき経である。
それに対し、法華経のみは冬になっても緑の葉を茂らせている松や柏のように栄え、衆生を利益していくのであると述べられ、そのことは釈尊自身の「已今当説最為難信難解」の説法、多宝如来の証明、十方諸仏の広長舌相によって定められて裏づけられるのである。
この法華の久住については、次に更に詳しく文証を挙げて示されていく。
第25章 0047:16~0048:14 法華のみ久住の証文を示すtop
| 16 問うて云く諸経滅尽の後特り法華経のみ留る可き証文如何、 答えて云く法華経の法師品に釈尊自ら流通せしめ 17 て云く 「我が所説の経典無量千万億已に説き今説き当に説かん 而も其の中に於て此の法華経最も為れ難信難解な 18 り」と云云、 文の意は一代五十年の已今当の三説に於て最第一の経なり、 八万聖教の中に殊に未来に留めんと欲 0048 01 して説き給えるなり、 故に次の品に多宝如来は地より涌出し 分身の諸仏は十方より一処に来集し釈迦如来は諸仏 02 を御使として八方・四百万億那由佗の世界に充満せる菩薩・二乗・人天・八部等を責めて多宝如来並に十方の諸仏・ 03 涌出来集の意趣は偏に令法久住の為なり、 各三説の諸経滅尽の後・ 慥に未来五濁難信の世界に於て此の経を弘め 04 んとの誓言を立てよと云える時に 二万の菩薩・八十万億那由佗の菩薩・各誓状を立てて云く「我身命を愛せず但無 05 上道を惜む」と、 千世界の微塵の菩薩・文殊等皆誓つて云く「我等仏の滅後に於て、乃至・当に広く此の経を説く 06 べし」と云云、 其の後・仏十喩を挙げ給う、 其の第一の喩は川流江河を以て四十余年の諸経に譬え法華経を以て 07 大海に譬う、 末代濁悪の無慚無愧の大旱魃の時・ 四味の川流江河は渇ると雖も 法華経の大海は減少せず等と説 08 き了つて、次下に正しく説いて云く 「我滅度の後・後の五百歳の中に広宣流布し閻浮提に於て断絶せしむること無 09 けん」と定め了んぬ。 -----― 問うて云う。諸教が滅し尽くした後、特に法華経のみが残るとの証文はどうか。 答えて云う。法華経法師品第十に、釈尊自らが、この経を流通させるために「我が所説の経典は無量千万億あって已に説き、今説き、当に説く三説において法華経は最第一の経である、ということで、これは一代八万聖教の中に法華経を特に未来に留めよう思って説かれたのである。 ゆえに次の見宝塔品第十一に、多宝如来は地より涌出し、分身の諸仏は十方より一所に来り集い、釈迦如来は諸仏を御使として八方の四百万億那由佗の世界に満ちた菩薩・二乗・人天・八部等を責めて「多宝如来ならびに十方の諸仏が涌出し来り集まった趣意は、ひとえに法を久しく住せしめようとするためである。おのおの三説の諸経が滅し尽くした後、たしかに未来の五濁の難信の世界において、この経を弘めようとの誓言を立てなさい」といわれた。その時に、二万の菩薩・八十万億那由佗の菩薩がおのおの誓状を立てて「我は身命を愛さない、ただ無上道を惜しむ」といい、千世界の微塵の数ほど多い地涌の菩薩や文殊菩薩等が誓って「我等仏の滅後において(乃至)まさに広くこの経を説くであろう」といった。 その後、仏は十の喩を挙げられた。その第一の喩では、四十余年の爾前経を川・流・江・河といった諸川に譬え、法華経を大海に譬えたのである。 末法の代の濁悪の恥知らずの衆生のために世が荒廃してあたかも大旱魃のようにまった時、四味の川・流・江・河は涸れるが、法華経の大海は減少しないと説きおわって、次下に正しく説いて「我が滅度の後、後の五百歳の中に広宣流布し閻浮提において断絶させることがないであろう」と定められたのである。 -----― 10 倩文の次第を案ずるに我滅度後の次の後の字は 四十余年の諸経滅尽の後の後の字なり、 故に法華経の流通た 11 る涅槃経に云く 「応に無上の仏法を以て諸の菩薩に付すべし諸の菩薩は 善能く問答するを以てなり是くの如き法 12 宝は 則ち久住することを得・無量千世にも増益熾盛にして衆生を利安すべし」已上此の如き等の文は法華涅槃は無 13 量百歳にも絶ゆ可からざる経なり、 此の義を知らざる世間の学者・ 大集権門の五五百歳の文を以て此の経に同じ 14 浄土の三部経より已前に滅尽す可しと存ずる立義は一経の先後起尽を忘れたるなり。 -----― つくづくこの文の由来を考えると「我が滅度の後」の次の「後」の字は四十余年の諸経が滅し尽くした後の「後」という字である。 ゆえに法華経の流通分である涅槃経に「まさに無上の仏法をもって諸の菩薩に付嘱する。諸の菩薩はよく問答する。からである。このようにして法宝は久しく住することができ、無量の世においても利益を増し盛んであって衆生を利益し安穏するであろう」とある。 これらの文によると、法華経・涅槃経は無量百歳にも絶えることのない経である。この旨を知らない世間の学者は仮の教えの大集経の「五の五百歳」の文をもって、法華経・涅槃経も同じく穏没すると考え、浄土の三部経より以前に滅し尽くすだろうと思っているのであるが、こうした立義は、法華経一経の先後、起滅を忘れているのである。 |
法師品
法華経法師品第十のこと。法華経迹門の流通分にあたる。一念随喜と法華経を持つ者の功徳を明かし、室・衣・座の三つをあげ滅後の弘教の方軌を説いている。
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流通
流れ通わしめること。流通の義をもって説かれた教説の部分をいう流通分という。経を釈する場合、一部を三分する三分科経の一つ。
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難信難解
法師品には「我が所説の経典、無量千万億にして、已に説き、今説き、当に説かん。而も其の中に於いて、此の法華経、最も為れ難信難解なり」とある。信じがたく解しがたいとで、法華経の信解は及びもつかないほど甚深の義があることを言いあらわしている。易信易解に対する語。
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一代五十余年
釈尊の一代の説法は30成道、80入滅のあいだの50年間のこと。この期間の最初の華厳経から終わりの涅槃経までの大小権実の諸経を一代五十年の諸教という。
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已今当の三説
法華経法師品第十に「我が説く所の経典は無量千万億にして、已に説き、今説き、当に説くべし」とある。天台大師はこの文を法華文句巻八上に「今初めに已と言うは、大品已上は漸頓の諸説なり。今とは同一の座席にして無量義経を謂うなり。当とは涅槃を謂うなり」と釈し、「已説」は四十余年の爾前の経々、「今説」は無量義経、「当説」は涅槃経をさすとしている。
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八万聖教
八万四千の聖教、八万聖教、八万威儀、八万四千の法蔵、八万四千の細行とこいう。煩悩の数を84,000の塵労といい、これを対治する数として84,000の法蔵という。略して「八万法蔵」。二百五十戒を行住坐臥の四威儀におのおのわたし、一千の威儀になり、過去・現在・未来の三世に約して三千の威儀、この三千を殺・盗・淫・妄・綺・悪・両の七支に分配すれば、二万千となり、貧・瞋・癡・等の四にわたせば七十八万四千となる。
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多宝如来
東方宝淨世界に住む仏。法華経の虚空会座に宝塔の中に坐して出現し、釈迦仏の説く法華経が真実であることを証明し、また、宝塔の中に釈尊と並座し、虚空会の儀式の中心となった。
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分身の諸仏
本仏から身を分けて、衆生を教化するために種々の世界で法を説く仏のこと。分身は分体・散体ともいう。
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十方
十方は、上下の二方と東西南北の四方と北東・北西・南東・南西の四維を加えた十方のこと。
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八方
東西南北の四方と北東・北西・南東・南西の四維を加えた十方のこと。
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四百万億那由佗
億は数の単位だが諸説がある。瑜伽略纂には「西方に四種の億あり。一には十万を億となし、二には百万を億となし、三には千万を億となし、四には万万を億となす」とある。那由佗は梵語ナユタ(Nayuta)の音写。那由多、那由他とも音写し、兆または溝と訳す。インドにおける数の単位の一つ。那由佗においても、具体的数量は経論によって諸説があり、定かではない。いずれにせよ膨大な数を意味する。
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菩薩
菩薩薩埵(bodhisattva])の 音写。覚有情・道衆生・大心衆生などと訳す。仏道を求める衆生のことで、自ら仏果を得るためのみならず、他人を救済する志を立てて修行する者をいう。
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二乗
十界のなかの声聞・縁覚のこと。法華経以前においては二乗界は永久に成仏できないと、厳しく弾呵されてきたが、法華経にはいって初めて三周の声聞(法説周・喩説周・因縁周)が説かれて、成仏が約束されたのである。
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人天
十界のなかの人間界と天上界の生命状態・境界のこと。
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八部
八部衆のこと。仏法を守護する八種類の神々のこと。①天(天界に住む諸神)②竜(竜王・竜神)③夜叉(鬼神の一種)④乾闥婆 (天の音楽の神)⑤阿修羅(鬼神の一種)⑥迦楼羅(金翅鳥のこと。竜を主食とする鳥)⑦緊那羅 (天の音楽の神)⑧摩睺羅伽(蛇神)
―――
意趣
心のおもむくところ。意志・意見・見識・趣意・理由・遺恨など。
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三説の諸経
已今当の三説の中に入るあらゆる経。法華経は已・今・当の三説に超過した経でこれを「三説超過」という。
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五濁難信の世界
「五濁」は、劫濁・煩悩濁・衆生濁・見濁・命濁のこと。劫濁とは飢饉・疫病・戦乱が起こって、時代そのものが乱れること。煩悩濁とは、貧・瞋・癡・慢・疑という人間が生まれながらに持っている本能の乱れ。衆生濁とは、不良や犯罪者の激増など人間そのものが濁乱してくること。見濁とは、思想・見解の混乱。命濁とは、病気や早死にが多いことである。末法悪世にはこの五濁がことごとく盛んになると説かれている。五濁は妙法への不信から起こるのであって、信ずることによって破ることができる。御義口伝には「文句の四に云く劫濁は別の体無し劫は是長時・刹那は是短時なり、衆生濁は別の体無し見慢果報を攬る煩悩濁は五鈍使を指て体と為し見濁は五利使を指て体と為し命濁は連持色心を指して体と為す。御義口伝に云く日蓮等の類いは此の五濁を離るるなり、我此土安穏なれば劫濁に非ず・実相無作の仏身なれば衆生濁に非ず・煩悩即菩提生死即涅槃の妙旨なれば煩悩濁に非ず・五百塵点劫より無始本有の身なれば命濁に非ざるなり、正直捨方便但説無上道の行者なれば見濁に非るなり、所詮南無妙法蓮華経を境として起る所の五濁なれば、日本国の一切衆生五濁の正意なり、されば文句四に云く『相とは四濁増劇にして此の時に聚在せり瞋恚増劇にして刀兵起り貪欲増劇にして飢餓起り愚癡増劇にして疾疫起り三災起るが故に煩悩倍隆んに諸見転た熾んなり』経に如来現在猶多怨嫉況滅度後と云う是なり、法華経不信の者を以て五濁障重の者とす」とある。「難信」は、信じがたい、信ずることが難しいこと。「世界」は広く有情の住む国土をいう。末法の世は五濁が盛んで、正法が信じがたい国土であるということ。
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誓言
誓いの言葉。仏法では仏の説法に応えて弟子が弘教を誓う言葉を言う。
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無上道
種脱相対して、無上道とは文底下種の妙法であり、無上のなかの無上である。御義口伝には「無上道とは南無妙法蓮華経是なり」(0749-第十三但惜無上道の事-02)「今日蓮等の類いの心は無上とは南無妙法蓮華経・無上の中の極無上なり」(0727-第五無上宝聚不求自得の事-05)等とある。
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千世界の微塵の菩薩
「千世界微塵」は、大地微塵といように無量無数の意をあらわす。この大地より涌出する地涌の菩薩のこと。
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文殊
文殊師利菩薩のこと。梵語マンジュシュリー(maJjuzrii)の音写で、妙徳・妙首・妙吉祥などと訳す。普賢菩薩と共に迹化の菩薩の上首であり、獅子に乗って釈尊の左脇に侍し、智・慧・証の徳を司る。文殊は、般若を体現する菩薩で、放鉢経には「文殊は仏道中の父母なり」と説かれ、他の諸経にも「菩薩の父母」あるいは「三世の仏母」である等と説かれている。法華経では、序品第一で六瑞が法華経の説かれる瑞相であることを示し、法華経提婆達多品第十二では女人成仏の範を示した竜女を化導している。
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十喩
法華経薬王菩薩本事品第二十三の十の喩で、いずれも諸経の中で法華経が第一の教である事を喩えている。その十喩を示すと、①水喩。 諸水の中で海が第一であるように、法華経が諸経の中で第一の教である。②山喩。衆山の中で須弥山が第一であるように、諸経の中で法華経が第一である。③衆星喩。 衆星の中で月天子が第一であるように、諸経の中で法華経が第一である。④日光喩。日天子がもろもろの闇を除くように、法華経も一切の不善の闇を破る教えである。⑤輪王喩。諸王の中で転輪聖王が第一であるように、法華経は諸経中の王である。⑥帝釈喩。帝釈が三十三天中の王であるように、法華経は諸経の中の王である。⑦大梵王喩。大梵天王が一切の衆生の父であるように、法華経は菩提の心を発す者の父である。⑧四果辟支仏喩。 四果・辟支仏が一切の凡夫の中で第一であるように、法華経とこれを持つ者は人法ともに第一である。⑨菩薩喩。声聞・辟支仏の中に菩薩が第一であるように、法華経は諸経の中で第一である。⑩仏喩。仏が諸法の王であるように、法華経は諸経の王である。
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川流江河
大海に注ぐ大河・小川を含むすべての川。
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末代濁悪
「末代」とは末法のこと、「濁悪」とは、五濁(劫濁・煩悩濁・衆生濁・見濁・命濁)が盛んな時代。御義口伝には「所詮南無妙法蓮華経を境として起る所の五濁なれば、日本国の一切衆生五濁の正意なり、されば文句四に云く『相とは四濁増劇にして此の時に聚在せり瞋恚増劇にして刀兵起り貪欲増劇にして飢餓起り愚癡増劇にして疾疫起り三災起るが故に煩悩倍隆んに諸見転た熾んなり』経に如来現在猶多怨嫉況滅度後と云う是なり、法華経不信の者を以て五濁障重の者とす」(0718-01)とある。
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無慚無愧
慚愧の念がないこと。「慚」は」自己を省みて恥じることをいい、「愧」は他に対して恥じることをいう。
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大旱魃
長い間雨が降らなかったことによって起こる水不足。ひでり。
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四味
四味とは五味のうち醍醐味を除く乳味・酪味・生酥味・熟酥味のこと。
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後の五百歳
薬王品の文。「我が滅度の後後の五百歳の中、閻浮提に広宣流布す」とある。末法のはじめ。
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広宣流布
仏法を広く宣べ流布すること。
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閻浮提
一閻浮提のこと。全世界を意味する。南閻浮提ともいう。閻浮は梵語で樹の名。提は州と訳す。古代インドの世界観に基づくもので、中央に須弥山があり、八つの海、八つの山が囲んでおり、いちばん外側の海を大鹹海という。その中に、東西南北の四方に東弗波提、西瞿耶尼、南閻浮提、北鬱単越の四大州があるとされていた。現在でいえば、地球上すべてが閻浮提といえる。
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流通
流れ通わしめること.。流通の義をもって説かれた教説の部分をいう流通分という。経を釈する場合、一部を三分する三分科経の一つ。
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涅槃経
釈尊が跋提河のほとり、沙羅双樹の下で、涅槃に先立つ一日一夜に説いた教え。大般涅槃経ともいう。①小乗に東晋・法顯訳「大般涅槃経」2巻。②大乗に北涼・曇無識三蔵訳「北本」40巻。③栄・慧厳・慧観等が法顯の訳を対象し北本を修訂した「南本」36巻。「秋収冬蔵して、さらに所作なきがごとし」とみずからの位置を示し、法華経が真実なることを重ねて述べた経典である。
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法宝
仏教徒が尊敬し供養すべき三宝のひとつ。南無妙法蓮華経のこと。
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無量千世
生まれてから死ぬまでの一生を一世といい、数えられないほどの多くの生死生死を重ねること。無量世と同じ。
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増益熾盛
極めて盛んに利益を増していくこと。仏の教えを修行することによって各種の功徳・利益をますことをいう。密教で立てる四種壇法の一つで、福徳を増益させ、延命を願うため、南方宝部の諸法を祈念する修法を増益といい、極めて盛んなことを熾盛という。
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利安
利益し安穏すること。
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大集権門
方便・仮の教えである大集経との意味。
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五五百歳
釈尊滅後の時代を500年ごと5つに区切って、仏法流布の時代的推移を説き明かした中の第5番目。この時代は、仏法者が互いに自宗に執着して他人と争い、釈尊の正しい仏法が隠没する時代でありこれを「闘諍言訟・白法隠没」という。また、この時代は末法の正法たる日蓮大聖人の仏法がおこる時代でもある。
―――
立義
堅義とも書く。①立てられた義のこと。法門・教理などをより明らかにするための釈義をいう。②法論の席で、質問者の提出する主題・論議に対して、義を竪ること。
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起尽
始終・始末と同じ。初めから終わりまで。
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末法に入ると権教である爾前の諸経が滅び、独り実教である法華経のみが久住することを明らかにした証文を挙げているところである。
ここでは証文として、法華経の法師品第十、見宝塔品第十一、勧持品第十三、如来神力品第二十一、薬王菩薩本事品第二十三、そして涅槃経から引用されている。いずれも、釈尊が滅後末法に法華経自身を流通させ久住させんがために行った説法や儀式、本化・釈化の菩薩たちを励ました言葉などが特に取り上げられている。
まず法華経の法師品からは已・今・当の三説として挙げられている釈尊の一代聖教のなかで、法華経が最も難信難解で勝れているとする“三説超過”の経文を引用され、これを説いた釈尊の意図が、一代八万聖教の中で法華経のみを特に未来に留め、久住することにあったと釈している。
次いで、見宝塔品からは法華経の会座に多宝如来、十方分身の諸仏が集まってきた目的が、ひとえに法華経を信じて久しく住させるためであったことを指摘されている。
すなわち、仏滅後の未来に法華経を弘通して久住させるための多宝如来、十方諸仏が来集したのであると釈尊はのべているのである。
しかも、釈尊が釈化・本化の菩薩たちに滅後の法華経弘通を勧めたのに応えて、法華経勧持品第十三では二万の菩薩や八十万億那由佗の菩薩が「我身命を愛せず、但無上道を惜しむ」との誓いを立て、如来神力品第二十一では千世界微塵の本化地涌の菩薩たちや文殊の菩薩たちが「我等仏の滅後、世尊分身所在の国土、滅度の処に於いて、当に広く此の経を説くべし」と誓ったことを証文とされている。
更に、薬王菩薩本事品第二十三で釈尊は十喩を述べた後、「我が滅度の後、後の五百歳の中に、閻浮提に広宣流布して、断絶して…せしむること無かれ」と説いている。
この経文において「我が滅度の後・後の五百歳」と「後」の字が二字続くが、あとのほうの“後”は「四十余年の諸経人滅の後」の“後”と同じ意味であると釈されて、仏滅後に爾前の諸経が滅び去った“後”も法華経のみが閻浮題に弘通して広宣流布していく文証とされている。
最後に、涅槃経から一文を引用し、法華経・涅槃経こそが無量百歳という長遠の期間においても断絶することなく、永遠に久住するべき経であると結論されている。
同時に、このことに無知な世間の学者が、権門に過ぎない大集経の「五五百歳」の文に迷って、浄土の三部経より前に法華経が滅びるといった教義を立てているのは、全く法華経一経の“先後起尽”つまり、法華経に厳然と説かれている。末法には法華経のみ独り久住するという経説を忘れているのであると破折されている。
釈迦如来は諸仏を御使として八方・四百万億那由佗の世界に充満せる菩薩・二乗・人天・八部等を責めて多宝如来並に十方の諸仏・涌出来集の意趣は偏に令法久住の為なり
法華経見宝塔品第十一では、初めに、七宝の宝塔が地から湧出して空中に浮かび、宝塔の中から釈尊のそれまでの説法の正しさを証明する多宝如来の声が聞こえる。
次いで釈尊が弟子たちの疑問に答えて多宝如来の説明をした後、衆生が多宝如来の姿を見たいと願ったとき、その願いを実現するために国土を三回にわたって浄化し、そこへ十方分身の諸仏が集まってくる。
これについて同品には「是の如く次第に十方の諸仏、皆悉く来集して、八方に坐したもう、爾の時に一一の方の四百万億那由佗の国土に、諸仏如来其の中に徧満したまえり」と記している。
すなわち、十方の諸仏が皆来集して、宝塔を中心とする八方に坐るのであるが、八方の一つ一つの方向にある四百万億那由佗の国土に、諸仏如来が充満していると記している。
ところで、日蓮大聖人は同じ所を釈迦如来が分身の諸仏を使いとして“八方・四百万億那由佗の世界に充満する菩薩・二乗・人天・八部等を責めて”と述べられている。
経文では十方の諸仏が自らの国土にいる菩薩たちの衆生を引き連れて釈迦如来の所へ来集して八方、四百万億那由佗の国土に坐る、と記されて諸仏に主体性があるが、大聖人は釈迦如来が諸仏を使いとして、八方、四百万億那由佗の国土の菩薩、二乗、人天、八部などの衆生を責めて、諸仏如来の意を説いたと述べられ、あくまで釈迦如来に主体性を置かれていることが分かる。しかも集まってくる衆生の内容を、八部衆に至るまで具体的に記されていることも留意しておきたいところである。
千世界の微塵の菩薩・文殊等皆誓つて云く「我等仏の滅後に於て、乃至・当に広く此の経を説くべし」と云云
「我等仏の滅後に於て」という誓いの言葉は、法華経如来神力品第二十一の冒頭において千世界微塵等という無数の地涌の菩薩群が、仏前で行ったものである。
すなわち「世尊、我等仏の滅後、世尊分身所在の国土、滅後の処に於いて、当に広く此の経を説くべし」とあるところである。
神力品の文では別して本化・地涌の菩薩が誓言を述べたとされているが、同品の次下で「爾の時に世尊、文殊師利等の…一切の衆の前に於いて」とあるところから、迹化の菩薩らも一緒に誓ったとされているのである。
おそらく本章では、あくまで爾前権教に比べて法華経のみが滅後末法に令法久住すべき経であることを強調されているところに焦点があるから、迹化と本化を区別することなく、法華経の会座に集った菩薩たちがすべて滅後の弘通を誓ったとのべられたものと考えられる。
後の五百歳と五五百歳について
「後の五百歳」というのは法華経薬王菩薩本事品の「我が滅度の後、後の五百歳の中に、閻浮提に広宣流布して、断絶して、悪魔・魔民・諸天・龍・夜叉・鳩槃茶等に、其の便を得せしむること無かれ」という経文にある。
本文で「我が滅度の後・後の五百歳の中に広宣流布し閻浮提に於て断絶せしむること無けん」とあるのは読み下しの、違いによるもので内容は同じである。
経文の意味は、我は入滅した後、「後の五百歳」の間に法華経を全世界に広く宣べ流布されるべきであり、流布の流れを断絶させることによって悪魔・魔民・諸天・龍・夜叉・鳩槃茶などの魑魅魍魎に付け入らせるようなことがあってはならない、ということである。
同様の言葉で、観心本尊抄の題号では「如来滅後五五百歳」とされているが「五五百歳」とは大集経巻五十五で釈尊滅後の2500年間を5期の500年間に区切って、仏教の興廃を説いた中の第5番目の500年間のことを具体的にさしている。
この第五の500年は大集経に「我が法中に於いて、闘諍言訟し、白法隠没し、損減して堅固なり」と説かれているように、釈尊の仏法の中で、互いに激しく闘争が多くなり、白法が没する時代とされる。
後の500歳といっただけでは、仏の入滅した後の時代というだけで抽象的である。それをここで大聖人は後の500歳とは第五の500歳のことであり末法の初めの意であるとされている。
大集経が、ただ仏法穏没の時としたのに対し、法華経は、この時を大白法広宣流布の時としているのである。
世間の学者・大集権門の五五百歳の文を以て此の経に同じ浄土の三部経より已前に滅尽す可しと存ずる立義は一経の先後起尽を忘れたるなり
大集権門とは、大集経が法華経を説くための方便権教の門であるということである。つまり、大集経はそれだけで独立したものではなく、法華経を核とする「一経」の中に含まれていくべきものなのである。
ところが、世間の学者はそれぞれの経を別々に捉え、大集経に「白法穏没」とあるのに法華経も同類であるとして、浄土三部経以外は法華経も滅びるとしたのである。このような立義は、法華経へ導く方便たる爾前諸経は滅尽するが、法華経は無量百歳にも尽きないで起こってくるという仏菩薩の所説をわすれているゆえの邪義である、と断じられている。
第26章 0048:15~0049:03 法華等末法不相応の釈を会すtop
| 15 問うて云く上に挙ぐる所の曇鸞・道綽・善導・慧心等の諸師は皆法華・真言等の諸経に於て末代不相応の釈を作る 16 之に依つて源空並に所化の弟子・法華・真言等を以て雑行と立て難行道と疎み、行者をば群賊・悪衆・悪見の人等と 17 罵り、或は祖父が履に類し聖光房の語或は絃歌等にも劣ると云う南無房の語其の意趣を尋ぬれば偏に時機不相応の義 18 を存するが故なり、此等の人師の釈をば如何に之を会すべきや、答えて云く釈迦如来一代五十年の説教・一仏の金言 0049 01 に於て権実二教を分ち 権経を捨てて実経に入らしむる仏語顕然たり、 此に於て若但讃仏乗・衆生没在苦の道理を 02 恐れ且らく四十二年の権経を説くと雖も若以小乗化・ 乃至於一人我則堕慳貪の失を脱れんが為に 入大乗為本の義 03 を存し本意を遂げ法華経を説き給う。 -----― 問うて云。上述したところの曇鸞・道綽・善導・慧心等の諸師は皆、法華・真言等の諸経に対して末代に相応しくないとの釈を作った。 これによって源空ならびに所化の弟子は法華・真言等をもって雑行と立て、難行道と疎んで、その行者をば群賊・悪衆・悪見の人ばどと罵り、あるいは祖父の履物と聖光房になぞざえ、あるいは絃歌等にも劣ると南無房は言っている。その意趣を尋ねると、ひとえに時と機根が相応しくないとの考えからきている。これらの人師の釈をどのように会釈すればよいのか。 答えて云う。釈迦如来の一代五十年の説教は釈迦一仏の金言であるが、そこにおいて権教・実教の二教に分けて権経を捨てて実経に入るべきとされた仏の言葉は明らかである。ここにおいて「もしただ仏乗のみ讃めるならば、衆生は苦に没するであろう」との道理を恐れ、しばらく四十二年の権経を説いたのであるが、「若し小乗をもって(乃至)一人をも化導するならば、我は慳貪に堕ちるだろう」との罪を脱れるために「大乗に入れることを本となす」との意義から、本意を遂げて法華経を説かれたのである。 |
曇鸞
(0476~0542)中国念仏の開祖で、菩提瑠支から観無量寿経を授けられ、もっぱら念仏の修行を積んだ。並州の大寺、石壁の玄中寺等に住し、のちに平州の途山寺で、76歳で死んだ。浄土宗では七祖のうちの第三祖としている。「讃阿弥陀仏偈」などを著した。難行道うんぬんの文は「往生論註」の最初の文で、念仏を易行道、すなわち「修行し易き道」として薦め、他の権大乗教を「修行し難き道」と悪口し、排斥している。
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道綽
(0562~0645)。中国の隋・唐時代の浄土教の祖師の一人。并州汶水(山西省太原)の人。姓は衛氏。14歳で出家し涅槃経を学ぶが、玄中寺で曇鸞の碑文を見て感じ浄土教に帰依した。曇鸞の教説を受け、釈尊の一大聖教を聖道門・浄土門に分け、法華経を含む聖道門を「未有一人得者」の教えであるとして排斥し、浄土門に帰すべきことを説いている。弟子に善導などがいる。著書に「安楽集」2巻等がある。
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善導
(0613~0681)。中国・初唐の人で、中国浄土教善導流の大成者。山東省・臨淄の人。一説に泗州(安徽省)の人ともいわれる。幼い時に出家し、経蔵を探って観無量寿経を見て、西方浄土往生を志した。後、貞観年中に石壁の玄中寺(山西省)に赴いて道綽のもとで観無量寿経を学び、師の没後、光明寺で称名念仏の弘教に努めた。往生礼讃の第四で「千中無一」と説き、念仏以外の雑行を修する者は、千人の中で一人も成仏しないとしている。著書には「観経疏」4巻、「往生礼讃」1巻等がある。日本の法然は、観経疏を見て専ら浄土の一門に帰依したといわれる。
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慧心
(0942~1017)。比叡山第十八代座主。慈慧大師の弟子で権少僧都・慧心源信のこと。大和国葛城郡当麻郷(奈良県北葛城郡當麻町)に生まれ、9歳のとき比叡山に登り、慈慧良源の弟子となった。13歳で得度し源信と名のった。32歳のとき宮中の論議に出席し、才能弁舌がすぐれているので満座を驚かせたという。42歳の時、権少僧都に任ぜられ、横川楞厳院の検校となった。43歳で「往生要集」を作り念仏の行に帰依した。浄土宗門徒が慧心をわが国浄土宗の先駆に崇めるようになったのは、この故である。しかし、慧心は、その後悔いて法華経信仰に戻り、権少僧都の位も辞して「一乗要決」を著した。弟子の指導にも努め、教相を重んずる檀那流に対し、観門を重んずる慧心流台学の源となった。「一乗要決」では「日本一州円機純一=日本国中は、法華有縁の機根の者ばかりで、蔵通別三教に縁のある者はいない」と述べた文は有名で、大聖人も諸御書で用いられている。76歳没。著書は他に「法華科文」「法華略観」「法華弁体」などがある。
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真言
真言宗のこと。三摩地宗・陀羅尼宗・秘密宗・曼荼羅宗・瑜伽宗・真言陀羅尼宗ともいう。大日如来を教主とし、金剛薩埵・竜猛・竜智・金剛智・不空・恵果・弘法(空海)と相承して付法の八祖とし、大日・金剛薩埵を除き善無畏・一行の二師を加え伝持の八祖と名づける。大日経・金剛頂経を所依の経とし、両部大経と称する。そのほか多くの経軌・論釈がある。中国においては、善無畏三蔵が唐の開元4年(0716)にインドから渡り、大日経を訳し弘めたことから始まる。金剛智三蔵・不空三蔵を含めた三三蔵が中国における真言宗の祖といわれる。日本においては、弘法大師空海が入唐して真言密教を将来して開宗した。顕密二教判を立て、自宗を大日法身が自受法楽のために内証秘法の境界を説き示した真実の秘法である密教とし、他宗を応身の釈迦が衆生の機根に応じてあらわに説いた顕教と下している。空海は十住心論のなかで、真言宗が最も勝れ、法華経はそれに比べて三重の劣であるとしている。空海の真言宗を東密(東寺の密教)といい、慈覚・智証によって天台宗に取り入れられた密教を台密という。
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源空
(1133~1212)。わが国浄土宗の元祖法然のこと。伝記によると、童名を勢至丸といい、母が剃刀をのむ夢をみて源空をはらんだという。15歳で比叡山に登り、天台の教観を研究。叡空にしたがって一切経、諸宗の章疏を学んだ。そのときに、善導の「観経疏」の文を見て、承安5年(1175)の春、43歳で浄土宗を開創した。「選択集」を著して、一代仏教を捨てよ、閉じよ、閣け、抛てと唱えた。承元元年(1207)2月、後鳥羽上皇により念仏停止の断が下され、法然は還俗させられて土佐国に流罪され、弟子の住蓮と安楽は処刑された。翌年、許されて京都に戻り、建暦2年(1212)80歳で没した。
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所化の弟子
化導される門弟。教化される門下。弟子は師に従って教えを受け、かつ師の意思を承けて実践し、それを伝えるもののこと。
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雑行
浄土宗の教義で、善導の観無量寿経疏正宗分散善義巻四に典拠をもつ。同書のなかに「行き就きて信を立てるとは、然るに行に二種あり。一には正行、二には雑行なり」とある。修行を正行と雑行に分け、浄土三部経によって修行するのが正行であるとし、五種の正行以外の諸善を雑行と名づくとしている。五種の正行とは、浄土宗の教義。極楽浄土に往生するための五種類の正行のこと。五種の雑行に対する語。①読誦正行。専ら『観経』等を読誦する。すなわち文に、「一心に専らこの『観経』・『弥陀経』・『無量寿経』等を読誦す」ること。②観察正行。専ら彼の国の依正二報を観察する。すなわち文に、「一心に専注して彼の国の二報荘厳を思想し観察し憶念す」ること。③礼拝正行。専ら弥陀を礼する。すなわち文に、「もし礼するには、すなわち一心に専ら彼の仏を礼す」ること。④称名正行とは、専ら弥陀の名号を称する。すなわち文に、「もし口に称するには、すなわち一心に専ら彼の仏を称す」ること。⑤讃歎供養正行。専ら弥陀を讃歎供養する。すなわち文に、「もし讃歎供養するには、すなわち一心に専ら讃歎供養す。これを名づけて正と為す」ること。この中で称名正行を第一の正行、他の四つをその助行とする。この五種の正行の説をふまえて法然は浄土三部経の修行を正行、それ以外の経教の修行を雑行として排した。なお、五種の雑行とは浄土宗の教義で、極楽浄土に往生することができない五種類の修行のことで、選択本願念仏宗にある。⑥読誦雑行。『観経』等の往生浄土の経を除いて已外の大小乗顕密の諸経において、受持し読誦すること。⑦観察雑行。極楽の依正を除いて已外の大小、顕密、事理の観行、皆ことごとく観察雑行という。⑧礼拝雑行。弥陀を礼拝するを除いて已外の、一切の諸余の仏菩薩等、および諸の世天等において、礼拝恭敬すること。⑨称名雑行。弥陀の名号を称するを除いて已外の自余の一切の仏菩薩等、および諸の世天等の名号を称すること。⑩讃歎供養雑行。弥陀仏を除いて已外の一切の諸余の仏菩薩等および諸の世天等において、讃歎供養するを、ことごとく讃歎供養雑行という。
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難行道
易行道に対する語。法然の立てた邪義で、出処は竜樹の「十住毘婆沙論」・曇鸞の「往生論註」による。難しい修行のことで、末法の衆生は難行道である法華経などでは往生できないと説く。
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群賊・悪衆・悪見(守護国家論・26)
「群賊」は多くの賊のこと。法然が選択集の中で、中国・唐の善導の観無量寿経疏巻四の文を引用して述べた言葉。観無量寿経疏巻四に「群賊等換び廻す」とある。念仏の修行者が外邪異見の難にあうことを防ぐため、群賊が呼び返してもあとを振り返ることもなく西方に直進すれば、たちまち西岸に至り、長く諸難を離れるとしている。特に法然は浄土三部経による浄土教それ以外の人をすべて「群賊」と呼んでいる。「悪業」は悪い大衆のこと。源空は浄土教以外の諸経の行者を「悪業」と呼んだのである。「悪見」は、本来は五見・五吏使のこと。見惑の中の六煩悩のひとつ。身見・辺執見・邪見・見取見・戒禁取見の五種、総じて物事の道理に迷うことで、成仏を妨げ、苦果を招く、誤った考え。転じて悪思想をさすが、法然は浄土教以外の教えを「悪見」としたのである。
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祖父が履に類し
「拾遺黒谷上人語燈録」巻上に所収の浄土随聞記第二に「一時師語りて曰く。聖道門は之を喩えるに祖父の履の如し。祖父は大足、児孫は小足なり。其の履は用うべからざるなり。今の人も昔賢の跡を追いて聖道門を修せんと浴するも亦復是くの如し。此れ道綽善師の意なり」と出ている。祖父の履物が孫には大き過ぎて役にたたないように、法華経等は末法の時期に相応しくない、との邪義。
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聖光房
(1162~1238)浄土宗鎮西派の祖。韓は弁長。のち弁阿と改めた。筑前国遠賀郡(福岡県北九州市)で生まれ7歳で出家した。比叡山で学び、一度故郷に帰ったが、弟の死を見て無常観に襲われ再び入京して法然に会った。元久元年(1204)筑紫に下り、筑紫国に善導寺を建てて念仏を弘めた。嘉禎3年(1237)「徹選択集」を著し鎮西派の依処となる。弟子に然阿・良忠がいる。
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南無房
生没年不明。鎌倉時代の浄土宗の僧。鎌倉・長楽寺の開山。諱は智慶。関東の人、初め天台宗を学んでいたが京都の長楽寺隆寛の弟子となり、浄土宗に帰依した。後に鎌倉に帰り鎌倉長楽寺を創建した。
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時機不相応の義
いかなる教えが説かれるべき時かということ。法とその説法を聞いて教化を受ける衆生の機根とが相応せず食い違っていること。
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人師
人々を教導する人。一般に竜樹・天親等を論師といったのに対し、天台・伝教を人師という。
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一仏の金言
釈迦仏の経説。金言とは仏の説法のことで、金口ともいう。不変の特質をもつ黄金をもって、仏の常住不変の言葉にたとえる。
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権実二教
権教と実教の二教のこと。権は「かり」の意で方便をあらわし、実は「真実義」の意。機に応じて一時的に説く法を権とし、究極不変の真実の法を実という。
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権経
実経に対する語。権とは「かり」の意で、法華経に対して釈尊一代説法のうちの四十余年の経教を権経という。これらの経はぜんぶ衆生の機根に合わせて説かれた方便の教えで、法華経を説くための〝かりの教え〟であり、いまだ真実の教えではないからである。念仏の依経である阿弥陀経等は、この権経に属する。
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実経
真実の法・教えのこと。仏が自らの悟りをそのまま説いた経。権教に対する語で、法華経をさす。
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仏語
仏の言葉。真実であることを意味している。
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顕然
明らかで疑う余地がないこと。
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前章で法華経のみが末法に久住することを証文を挙げて明らかにしたのであるが、浄土系の諸師たちはそれとは反対に「法華経は末法の時と機根に不相応である」として、法華経の宗とその行動を誹謗していることに対して、これを会通されているところである。
初めに、曇鸞・道綽・善導・慧心・源空やその弟子たちが法華経を末代に不相応であるとして誹謗していることを取り上げ、これを法華経のみが末法に久住するという答者の説から見てどのように考えるかとう問いを掲げている。
これに対して、釈迦如来一代50年の説法は皆一仏の金言であるが、その中で権実二教を区別して権教を捨てて実教・法華経に入るべきであると釈尊自身が明確にしていると答えられている。
すなわち、釈尊の本意は一仏乗を説くことがあったが、いきなり一仏乗を賛嘆しても衆生に疑惑を抱かせ、かえって苦悩におとさせることになるので、釈尊はしばらく42年間権教を説いた。
だがこのままでは仏自身が衆生を小乗的な低い教えでもって導いて高い教えを惜しむという樫貧の罪に堕するので、その罪をのがれんがために大乗の究極の法華経を説いて遂に本意を遂げた、というのが一代の次第である。
「問うて云く」の末尾に「此等の人師の釈をば如何に之を会すべきや」と、法華経を「時機不相応」とするのは人師の説であるのに対し、法華経を実教とするのは仏説であることを示されている。
①若但讃仏乗・衆生没在苦
方便品第二の「若し但仏乗を讃めば、衆生苦に没在し、是の法を信ずること能わじ。法を破して信ぜざるが故に、三悪道に堕ちなん」という経文である。
釈尊が成道した後に、自らが内容をどのように衆生に説くべきかについて思索したことを語っているところである。意味は、もし釈尊が、すべての衆生が等しく成仏できるかという究極の仏乗の教えのみを賛嘆して説くならば、衆生は自分たちが、現在置かれている苦の状態のままでも仏に成れると錯覚して、かえって苦の状態に沈没してしまい、それどころか、逆に教えを破壊して不信に陥り三悪道に堕ちるであろうと思索しているところである。この思索の結果、釈尊は方便を設けて三乗の教えを説くのである。
②若以小乗化・乃至於一人我則堕慳貪
方便品第二の「仏は自から大乗に住したまえり、其の所得の法の如き、定慧の力荘厳せり、此れを以って衆生を度したもう。自ら無上道、大乗平等の法を証して、若し小乗を以って、乃至一人をも化せば、我則ち樫貧に堕せん、此の事は為めて不可なり」とあるところである。
意味は仏自身は大乗の世界に住んでおり、悟った法には禅宗と智慧の荘厳な力が具わっているがゆえに、仏はこの大乗の法をもって衆生を救済するのである。したがって仏は自らは無上道の大乗平等の法を証悟しながら、低い小乗をもって一人でも化導するならば、仏は樫貧の罪に堕ちることになる。これはよくないことであると述懐しているところである。
③入大乗為本
方便品第二の「我が此の九部の法は、衆生に随順して説く、大乗に入るに為れ本なり。故を以って是の経を説く」とあるところである。
ここで、九部の法とは小乗の教えを九種類に分類したもの。文の意味は、仏の衆生の願いの違いや能力の上下に随って小乗の法を九部に分別して説いたが、しかし衆生を大乗に導き入れることが根本であるゆえにこの法華経を説くのであると述べているところである。
④結
以上の三つの経文はいずれも法華経第二方便品からの引用であるが、釈尊一代の説法の順序次第を簡潔に示している。
つまり、仏は最初から自らが悟った大乗平等の法である一仏乗の教えを説きたいのであるが、そのまま衆生に説いてはかえって衆生に不信を起させてしまうので、衆生の願いや能力に随って一仏乗の教えを三乗に分けてまず方便の説法をするのである。しかし、いつまでも三乗の方便の教えばかりでは、仏自身が樫貧の罪に堕ちるので、最後は大乗の究極の法華経を説いてすべての衆生を導き、仏の本意を遂げる、ということである。
更に、より簡潔にいえば、本文にも「釈迦如来一代五十年の説教・一仏の金言に於て権実二教を分ち権経を捨てて実経に入らしむる仏語顕然たり」とあるように、仏は一代聖教を権経と実経の法華経の二経に分かった上で、初めのうちは権経を説くがいずれこれを捨てて最後に実経の法華経に導きれるという順序次第をもって衆生を化導するということである。
第27章 0049:04~0049:09 仏滅後の権実弘通の次第明かすtop
| 04 然るに涅槃経に至つて我滅度せば必ず四依を出して 権実二教を弘通せしめんと約束し了んぬ、故に竜樹菩薩は 05 如来の滅後八百年に出世して十住毘婆沙等の権論を造りて華厳・方等・般若等の意を宣べ 大論を造りて般若法華の 06 差別を分ち、 天親菩薩は如来の滅後・九百年に出世して倶舎論を造りて 小乗の意を宣べ唯識論を造りて方等部の 07 意を宣べ最後に仏性論を造りて法華涅槃の意を宣べ 了教不了教を分ちて敢て仏の遺言に違わず、 末の論師並に訳 08 者の時に至つては一向に権経に執するが故に 実経を会して権経に入れ権実雑乱の失・出来せり、 亦人師の時に至 09 つては各依憑の経を以て本と為すが故に余経を以て権経と為す是より弥仏意に背く。 -----― しかし涅槃経に至つて「私が滅度するならば、必ず四種の依りどころとなる導師を出して、権教・実経の二教を弘通させる」と約束された。 ゆえに竜樹菩薩は如来の滅後の八百年にこの世に出現して十住毘婆沙論等の方便の論書をつくって華厳・方等・般若等の趣旨を述べ、次に大智度論をつくり般若経・法華経の相違を分け、天親菩薩は如来滅後九百年にこの世に出現して倶舎論をつくって小乗の趣旨を述べ、唯識論をつくって方等部の趣旨を述べ最後に仏性論をつくって法華経・涅槃経の趣旨を述べ、了義経。不了義経を分けた。これらは仏の遺言通りであったが、後代の論師ならびに訳者の時にあると、一向に権経に執着するゆえに実経を曲げて解釈して権経に混入し、権実雑乱の罪があらわれてきた。 また人師の時になっては、おのおのの依りどころとする経をもって本とするゆえ、他経をもって方便の経となした。いよいよ仏意に背いていったのである。 |
滅度
①入滅・寂滅と同意。仏が涅槃にはいること。釈尊の入滅。②生死の苦しみを滅し涅槃・仏界を証得すること。③一切の煩悩や苦しみを永遠に断じ尽くした境地。
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四依
四つの依りどころとするものの意で四不依に対する語。法の四依、人の四依、行の四依、説の四依の四種があるが、通常は人の四依をいう場合が多い。人の四依は衆生が信頼してよい四種の人の意。
① 煩悩性の人、
② 陀陀洹・斯陀含の人、
③ 阿那含の人、
④ 阿羅漢の人。とある。
小乗の四依――┬ 初依:三賢 煩悩性を具す
├ 二依:初果 須陀洹
├ 〃:二果 斯陀含
├ 三依:三果 阿那含
└ 四依:四果 阿羅漢
権大乗の四依―┬ 初依:十住・十行・十回向
├ 二依:初地~六地
├ 三依:七地~九地
└ 四依:十地・等覚
また、竜樹・天親・天台・伝教をさす場合もある。
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竜樹菩薩
付法蔵の第十四。仏滅後700年ごろ、南インドに出て、おおいに大乗の教義を弘めた大論師。梵名はナーガールジュナ(Nāgārjuna)。のちに出た天親菩薩と共に正法時代後半の正法護持者として名高い。はじめは小乗経を学んでいたが、のちヒマラヤ地方で一老比丘より大乗経典を授けられ、以後、大乗仏法の宣揚に尽くした。南インドの国王が外道を信じていたので、これを破折するために、赤幡を持って王宮の前を七年間往来した。ついに王がこれを知り、外道と討論させた。竜樹は、ことごとく外道を論破し、国王の敬信をうけ、大乗経をひろめた。著書に「十二門論」1巻、「十住毘婆沙論」17巻、「中観論」4巻等がある。
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十住毘婆沙
十住毘婆沙論のこと。全17巻。竜樹著と伝えられる。鳩摩羅什訳。菩薩の修行段階である十地を広説したものであり、十地毘婆沙論ともいう。
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権論
権教の論説のこと。釈尊滅後の人師・論師が、方便の教えである権教の立場から説いた論書。
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大論
大智度論の略称。智論ともいう。百巻。竜樹作と伝えられる。鳩摩羅什訳。大智度論の「智度」とは般若波羅蜜の意訳。「摩訶般若波羅蜜経釈論」ともいう。すなわち「摩訶般若波羅蜜経」(Mahā-prajñāpāramitā-śāstra)の注釈書。序品を三十四巻で釈し、以後一品につき一巻ないし三巻ずつに釈している。内容は法華経等の諸大乗教の思想を取り入れて解釈しているので、たんなる一経の注釈書というにとどまらず、一切の大乗思想の母体となった。
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般若
般若波羅蜜の深理を説いた経典の総称。漢訳には唐代の玄奘訳の「大般若経」六百巻から二百六十二文字の「般若心経」まで多数ある。内容は、般若の理を説き、大小二乗に差別なしとしている。
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法華
㈠大乗経典の極説、釈尊一代50年の説法中、最も優れた経典である。漢訳には「六訳三存」といわれ、「現存しない経」①法華三昧経 六巻 魏の正無畏訳(0256年)②薩曇分陀利経 六巻 西晋の竺法護訳(0265年)③方等法華経 五巻 東晋の支道根訳(0335年)「現存する経」④正法華経 十巻 西晋の竺法護訳(0286年)⑤妙法蓮華経 八巻 姚秦の鳩摩羅什訳(0406年)⑥添品法華経 七巻 隋の闍那崛多・達磨芨多共訳(0601年)がある。このうち羅什三蔵訳の⑤妙法蓮華経が、仏の真意を正しく伝える名訳といわれており、大聖人もこれを用いられている。説処は中インド摩竭提国の首都・王舎城の東北にある耆闍崛山=霊鷲山で前後が説かれ、中間の宝塔品第十一の後半から嘱累品第二十二までは虚空会で説かれたことから、二処三会の儀式という。内容は前十四品の迹門で舎利弗等の二乗作仏、女人・悪人の成仏を説き、在世の衆生を得脱せしめ、宝塔品・提婆品で滅後の弘経をすすめ、勧持品・安楽行品で迹化他方のが弘経の誓いをする。本門に入って涌出品で本化地涌の菩薩が出現し、寿量品で永遠の生命が明かされ「我本行菩薩道」と五百塵点劫成道を示し文底に三大秘法を秘沈せしめ、このあと神力・嘱累では付嘱の儀式、以下の品で無量の功徳が説かれるのである。ゆえに法華経の正意は、在世および正像の衆生のためにとかれたというより、末法万年の一切衆生の救済のために説かれた経典である。(二)天台の摩訶止観(三)大聖人の三大秘法の南無妙法蓮華経のこと。
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天親菩薩
生没年不明。4、5世紀ごろのインドの学僧。梵語でヴァスバンドゥ(Vasubandhu)といい、世親とも訳す。大唐西域記巻五等によると、北インド・健駄羅国の出身。無著の弟。はじめ、阿踰闍国で説一切有部の小乗教を学び、大毘婆沙論を講説して倶舎論を著した。後、兄の無着に導かれて小乗教を捨て、大乗教を学んだ。そのとき小乗に固執した非を悔いて舌を切ろうとしたが、兄に舌をもって大乗を謗じたのであれば、以後舌をもって大乗を讃して罪をつぐなうようにと諭され、大いに大乗の論をつくり大乗教を宣揚した。著書に「倶舎論」三十巻、「十地経論」十二巻、「法華論」二巻、「摂大乗論釈」十五巻、「仏性論」六巻など多数あり、千部の論師といわれる。
―――
倶舎論
「阿毘達磨倶舎論」のこと。30巻。世親著・玄奘訳。阿毘は対・達磨は法、・俱舎は蔵と訳し、対法蔵論と名づけられる。四諦の理を対観し、知識として含蔵する論との意。倶舎宗正依の論。内容は当時の広範な知識が駆使されており、迷いや悟り、その因果、また無我の理が説かれているが、主として大毘婆沙論を釈して批判したもの。九品からなる。漢訳には陳の真諦が訳した阿毘達磨倶舎釈摩訶衍論論22巻と玄奘訳の二種がある。
―――
小乗
小乗教のこと。仏典を二つに大別したうちのひとつ。乗とは運乗の義で、教法を迷いの彼岸から悟りの彼岸に運ぶための乗り物にたとえたもの。菩薩道を教えた大乗に対し、小乗とは自己の解脱のみを目的とする声聞・縁覚の道を説き、阿羅漢果を得させる教法、四諦の法門、変わり者、悪人等の意。
―――
唯識論
「ヴィジュナプティ・マートラター」(vijñapti-mātratā)とは「唯識」、「シッディ」( siddhi)とは「成就」、総じて「唯識による悟りの成就についての論」の意。世親が著した『唯識三十頌』を護法が注釈したもので、中国の唐代に玄奘が漢訳した唯識の論典をいう。
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方等部
方等部に説法した種々の経典の総称。小乗を弾呵し一切衆生に広く平等に教法を説きしめしたもの。
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仏性論
世親著。中国,陳の真諦訳。4巻。仏性の意味を論究した書で,縁起,破執,顕体,弁相の4分 16品から成る。初めに如来が「一切衆生悉有仏性」と説いたことを述べ,次に外道,部派仏教の見解を論難して,三因,三性,如来蔵などを説く。
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了教
了義経のこと。最高の極理を説いた経の意で、不了義経に対する語。これは相対観念であって、①大乗教を了義経・小乗経を不了義経。②実教(法華経)を了義経・大乗権教を不了義経。③法華経本門を了義経・法華経迹門を不了義経と立てるのであるが、大聖人仏法ではさらに進んで、④三大秘法の南無妙法蓮華経のみを了義経・法華経本門を含む釈迦仏法の一切を不了義経とするのである。
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不了教
不了義経のこと。直接、仏法の極理を説き明かさず、衆生の機根に合わせて説いた教え。真実義の教えへ誘引する方便の経教のこと。未了義経ともいう。不了義は義を了していないとの意で、仏法の真実を明白にあらわしていないことをいう。
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仏の遺言
釈尊が入滅に先立って言い残した言葉。涅槃経のこと。
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論師
阿毘曇師ともいう。三蔵のうちの論蔵に通じている人をいったが、論議をよくする人、論をつくって仏法を宣揚したひとをいう。
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訳者
仏教を翻訳した人。
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権実雑乱の失
権教と実教の教義や修行を混同・混乱する誤り・罪のこと。権教の人師・論師が実教である法華経を下し、あるいは義を盗み、権実を混同した義を立てることをいう。
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依憑の経
依り所とする経典。
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仏意
仏の心・本意のこと。
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前章では、釈迦如来自身が方便教と実教とを設けたことを明らかにされるのであるが、ここでは釈迦如来滅後に権実二教が弘通されることが遺言され、その通りに竜樹・天親などによって弘められたことを明らかにされるのである。
本章は初めにインドの四依の論師について触れ、次に中国の人師について触れるというように、大きく二つに分かれるが、インドでも末期の論師や中国における人師の時代になると権実雑乱して仏の意図に反していったことを明らかにされている。
初めにインドの四依の論師に触れられるに当たり、仏の遺言というべき涅槃経において仏教が滅度した後には必ず四依の菩薩に権実二教を弘通ささると約束したことを述べられている。
そして、その約束通りに出現した四依の菩薩の中から竜樹菩薩と天親菩薩という二論師を取り上げ、竜樹は初めに権教に関する釈論を作り、次いで実教・法華経に関する論を作ったこと、天親は、初めに小乗、次に大乗方等部、最後に法華涅槃の教えを明確にしたことを述べられ、これが仏の遺言通りであったとされている。
しかし、竜樹・天親以降の末の論師たちや訳者の時代になると、ひとえに権教に執着したり、実教を会して権教に入れたりして権経と実教との立て分けが混乱するという誤りに陥ってきたと仰せられている。
ましてや、中国の人師の時代になると、それぞれが依りどころとする経を根本としてそれ以外の経を権経とするようになって、ますます仏の意図に背いていったと指摘されている。
涅槃経に至つて我滅度せば必ず四依を出して 権実二教を弘通せしめんと約束し了んぬ
四依とはここでは人の四依のことで、仏滅後に仏の使者として正法を護持し弘通して人々の“依”すなわち依りどころとなる四種類の仏教者のことであり、出典は涅槃経巻六の四依品第八にある。
「仏、復迦葉に告ぐ、善男子よ、是の大涅槃微妙経中に四種の人有り。能く正法を護り、正法を建立し、正法を憶念す。能く多く世間を利益し、憐愍す。世間の依と為り、人天を安楽にす。何等を四と為す。人有って、世に煩悩性を具す。是を第一と名づく、須陀洹人、斯陀含人、是を第二と名づく。阿那含人、是を第三と名づく、阿羅漢洹人、是を第四と名づく、是の四種の人、世に出現して、能く多く世間を利益し憐愍す。世間の依と為り、人天を安楽にす」と。ここでは声聞の四果のそれぞれの位を得た仏教者を四依としている。
日蓮大聖人は、四信五品抄や題目弥陀名号勝劣事をはじめとする諸御抄で、四依の論師として、馬鳴・竜樹・無著・天親などを挙げておられる。
また、これに対し、像法時代に仏法を弘めた人を人師とし、中国の天台大師、妙楽大師、日本の伝教大師を挙げられている。ただし、これ以外の真言、華厳、法相等の諸宗の祖たちも「人師」と呼ばれていることもある。
十住毘婆沙等の権論を造りて華厳・方等・般若等の意を宣べ大論を造りて般若法華の差別を分ち
四依の論師のなかから、まずインドの論師・竜樹における権実の弘通の次第を明かされているところである。すなわち、初めに十住毘婆沙論などの権論を造って華厳・方等・般若などの権教の思想内容を弘めた後に、大論を造って涅槃経と法華経の相違を明確にし、実教である法華経をたたえたとしている。
十住毘婆沙等の権論とは十住毘婆沙論、中論をさしておられると考えられる。十住毘婆沙論は華厳経の十地品を注釈した十七巻の論であるところから五時八教にゆう華厳部の思想内容を述べたものになるが、この論の第九巻・易行品では浄土思想に言及しており方等部の思想内容を述べたものになっている。次に中論では般若経に説く空思想を展開いており、般若部の思想内容をのべているということができる。いずれも権経の思想内容を叙述している点では共通している。
更に、大論は一応、大品般若経の注釈書であるが、単に般若部の空思想だけではなく、法華経の諸法実相の思想に基づいて空思想を解釈しているところに特徴がある。この特徴から「大論を造りて般若法華の差別を分ち」と説かれているのである。すなわち、大論は実経・法華経をたたえたものとなっているのである。
倶舎論を造りて小乗の意を宣べ唯識論を造りて方等部の意を宣べ最後に仏性論を造りて法華涅槃の意を宣べ
四依の論師の中からインドの論師・天親における権実の弘通の次第を明かされているところである。
ここでは、天親が残した俱舎論・唯識論・仏性論の三著作を挙げられている。まず俱舎論は正式には阿毘達磨俱舎論といい、阿毘は対、達磨は法、俱舎は蔵、をそれぞれ意味し、対法蔵論、ということである。
対法蔵とは小乗の法である苦・集・滅・道の四諦の教えに関して思索して得た知識を包み込んだ蔵、ということであるから、どこまでも阿含部の小乗に属することはいうまでもない。
次に、唯識論とは、唯識二十論、唯識三十論などの著作の総称である。ちなみに唯識とは「唯識のみある」ということで、一切の森羅万象は心に映じ出された表象の顕現に過ぎず、したがって有るのはただ心だけ、という意味である。
この唯識論は方等部の経である解深密経を根本としたものであるから、権大乗に属することはいうまでもない。
また、仏性論は一切衆生に仏性があることを法華経・涅槃経を中心とする諸経の文を引用しつつ論証した書であるから、天親も最後には権教の思想を更に一層推し進めて、実教の思想を展開したのでる。
了教不了教を分ちて敢て仏の遺言に違わず
竜樹・天親というインドの優れた論師が権教・実教を弘めたのは仏の遺言である涅槃経の通りである。しかも最終的には不了義である爾前権経と、了義である法華経の区別もきちんと明かしたとたたえられているところである。
「四依の論師」であり「正法時代の正師」であった竜樹・天親らは仏の意にかなった正しい法の弘め方をしたのであるが、それ以後のインド仏教の「末の論師」やインドから中国へ翻釈者の時代になると、法が立てた権実の区分が分からなくなって「権実雑乱」を生じていった。
しかも更に中国仏教の各宗の人師たちの時代になると、自宗が依りどころとする経を絶対化しようとして、仏の立てた権実を逆転して権経である爾前経を“実教”法華経を“権経”ときめつけるなど、仏説違背を甚だしくしていったのであるとおおせられている。
日本の諸宗は、これらの「人師」の邪説をもとにしたものであり、大聖人はここで、諸宗の邪義がどのようにして生じていったのかを簡潔に示され、次章以下で念仏に焦点を当てて詳説されて人々に覚醒を促されていくのである。
第28章 0049:10~0049:15 中国浄土三師の論を検討するtop
| 10 而るに浄土の三師に於ては鸞・綽の二師は十住毘婆沙論に依つて難易・聖浄の二道を立つ若し本論に違して法華 11 真言等を以て難易の内に入れば信用に及ばじ、 随つて浄土論註並に安楽集を見るに多分は本論の意に違わず、 善 12 導和尚は亦浄土の三部経に依つて弥陀称名等の一行一願の往生を立つる時・梁・陳・隋・唐の四代の摂論師総じて一 13 代聖教を以て別時意趣と定む、 善導和尚の存念に違するが故に摂論師を破する時・ 彼の人を群賊等に譬う順次生 14 の功徳を賊するが故に 其の所行を難行と称することは 必ず万行を以て往生の素懐を遂ぐる故に此の人を責むる時 15 に千中無一と嫌えり、是の故に善導和尚も雑行の言の中に敢えて法華真言等を入れず。 -----― それなのに浄土宗の三師においては、曇鸞・道綽の二師は十住毘婆沙論に依って難行道・易行道・聖道門・浄土門の二道を立てた。もし十住毘婆沙論に相違して法華・真言等を難行道の中に入れるならば信用するに及ばない。そこで曇鸞の浄土論註ならびに安楽集を見ると、大体はこの論の趣意に相違していない。 善導和尚はまた浄土の三部経に依って弥陀称仏の名を称えるという一行・一願の往生を立てた時、梁・陳・隋・唐の四代の摂論師は総じて一代聖教を未来の別の時に往生するのを即時に往生できるかのように方便的に説いた教えであるとしており、これは善導和尚自身の思念に相違するので摂論師を破して、彼等を群賊などに譬えたのである。 彼らを「群賊」としたのは順次生の功徳を害するゆえであり、摂論師の所行を難行と呼んだのは、必ず万行をもって往生の願いが叶うとしたからで、この人を責めて千人の中に往生する者は一人もいないと嫌ったのである。このゆえに善導和尚も雑行の言葉の中に決して法華・真言等を入れなかったのである。 |
浄土の三師
中国・浄土宗の祖といわれる曇鸞・道綽・善導のこと。
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鸞・綽の二師
曇鸞と道綽のこと。
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難易・聖浄の二道
①難易は難行道・易行道のこと。「難行道」法然の立てた邪義で、出処は竜樹の「十住毘婆沙論」・曇鸞の「往生論註」による。難しい修行のことで、末法の衆生は難行道である法華経などでは往生できないと説く。「易行道」やさしい修行のことで、末法の衆生はただ弥陀の名を唱えるだけでは往生できると説く。②聖浄は聖道門・浄土門のこと。「聖道門」あくまでも、この娑婆世界で悟りを開き、成仏するために説いた教え。「浄土門」この娑婆世界を穢土と嫌い、他方に極楽浄土があるとして、そこへ往生することを目的として修行することを教えた権の教え。道綽が爾前40年についてこの二門を立てたのを、法然は法華経まで我見で含めてけなしている。
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浄土論註
中国,北魏の僧曇鸞の主著。天親の浄土論に対する注釈で、論註・註論とも略称される。2巻。無量寿経に対する注釈なので,本書は再注釈ということになる。衆生が浄土に往生する因も果も如来の誓願,つまり他力によることを明らかにし,のちの浄土教義の基礎となった。
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安楽集
中国、唐代の道綽撰2巻。観無量寿経を解説し、仏教を聖)門と浄土門に分けて説いた最初のもの。末法の世には阿弥陀仏の本願を信じて極楽往生を願うべきと説く。
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弥陀称名
阿弥陀仏の名を唱えること、称名念仏と同意。浄土宗では弥陀称名によって西方極楽浄土に往生できるとしっている。
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一行一願の往生
浄土に生まれること(一願)を願い、念仏を唱える(一行)だけで往生できるということ。中国浄土教の善導が立てた義。これは梁・陳・隋・唐の時代の仏教学者が、称名念仏は凡夫往生の因とはなるが、直ちに往生できないと主張したのに対して、善導が立てた義。
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梁
中国の王朝名。南北朝時代の南朝のひとつ。(0502~0557)斉の同族・蕭衍が斉の禅譲を受けて建国、健康(南京)に都を置いた。蕭衍の治世中、内政が整い仏教や学問が興隆して太平の世が出現したが、晩年、侯景の乱が起こり、武帝は混乱の内に没した。蕭衍の死後まもなく陳に滅ぼされた。この時代、梁の三大法師と呼ばれる法雲・智蔵・僧旻などが出、王の保護のもと仏教文化を出現した。天台大師はこの王朝末の侯景の乱で家族を失い、出家をけついしたという。
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陳
中国王朝名。南北朝時代の南朝最後の王朝。(0557~0589)陳霸先が梁に代わって建国し、隋に滅ぼされた。2代文帝は内治を整え、4代宣帝は北伐を断行したが、5代後主の時に滅びた。
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隋
中国の王朝名。(0581~0619)高祖文帝が建てた統一国家。秦・漢の古代国家以来、南北に分裂していた中国を統合し唐のといいつ国家の基礎を築いた。文帝は諸制度を整備し、律令を定め、官制・兵制を整え、均田・租庸調の制度を全国に弘めた。また地方に州・郡・県を置き、官僚は中央からの派遣とし、官吏の登用は学科試験の制度を定めるなど、中央集権化に努めた。大運河の建設などで生産流通の安定を図り、経済は発展したが、地方豪族の力の回復や、外征の失敗などで衰退した。儒教・仏教・道教を合一する立場から王通などが現れた。文帝は北周武帝の廃仏毀釈政策のあと、仏教思想を宣揚した。寺院建立・訳経事行も活発に行われた。諸宗派の乱立があり、これは天台によって統一された時代でもある。
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唐
(0618~0907)中国の王朝である。李淵が隋を滅ぼして建国した。7世紀の最盛期には、中央アジアの砂漠地帯も支配する大帝国で、朝鮮半島や渤海、日本などに、政制・文化などの面で多大な影響を与えた。日本の場合は遣唐使などを送り、寛平6年(0894))に菅原道真の意見で停止されるまで、積極的に交流を続けた。首都は長安に置かれた。690年に唐王朝は廃されて武周王朝が建てられたが、705年に武則天が失脚して唐が復活したことにより、この時代も唐の歴史に含めて叙述することが通例である。
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摂論師
摂論宗の法師のこと。中国13宗のひとつ。無着の摂大乗論を所依とし、真諦三蔵を祖とする流派。梁・陳の時代に真諦が無著の摂大乗論と世親の摂大乗論釈を中国に伝え、漢訳して以来、弟子たちによって弘められ一派をなして盛んであったが、唐代に玄奘が新訳を伝え、法相宗ができてから次第に勢力を失った。日本には伝えられていない。
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一代聖教
釈尊が成道してから涅槃に入るまでの間に説いた一切の説法。天台大師は説法の順序に従って華厳・阿含・方等・般若・法華の五時に分けた書。詳しくは御書全集「釈迦一代五時継図」(0633)参照のこと。
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存念
念頭にあるところの意。常に心の中に思って忘れられない考え。
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順次生の功徳
今生の次の生、また次の生というように順次に進んでいくなかに現れる功徳のこと。
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難行
難行道のこと。易行道に対する語。法然の立てた邪義で、出処は竜樹の「十住毘婆沙論」・曇鸞の「往生論註」による。難しい修行のことで、末法の衆生は難行道である法華経などでは往生できないと説く。
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万行
あらゆる種類の修行のこと。
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素懐
平素・もとよりの思いのこと。
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千中無一
善導が立てた。浄土三部経以外の諸経を、雑行として仏説を誹謗し、どんなに読誦しても千人に一人も成仏できない。また阿弥陀仏以外の諸仏菩薩をいかに礼拝しても、千人に一人も得道しがたいといった。これを法然は拡大して法華経を含めて誹謗した。法華経は唯一の真実教であり、善導の説は仏に敵対した邪義である。
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雑行
浄土宗の教義で、善導の観無量寿経疏正宗分散善義巻四に典拠をもつ。同書のなかに「行き就きて信を立てるとは、然るに行に二種あり。一には正行、二には雑行なり」とある。修行を正行と雑行に分け、浄土三部経によって修行するのが正行であるとし、五種の正行以外の諸善を雑行と名づくとしている。五種の正行とは、浄土宗の教義。極楽浄土に往生するための五種類の正行のこと。五種の雑行に対する語。①読誦正行。専ら『観経』等を読誦する。すなわち文に、「一心に専らこの『観経』・『弥陀経』・『無量寿経』等を読誦す」ること。②観察正行。専ら彼の国の依正二報を観察する。すなわち文に、「一心に専注して彼の国の二報荘厳を思想し観察し憶念す」ること。③礼拝正行。専ら弥陀を礼する。すなわち文に、「もし礼するには、すなわち一心に専ら彼の仏を礼す」ること。④称名正行とは、専ら弥陀の名号を称する。すなわち文に、「もし口に称するには、すなわち一心に専ら彼の仏を称す」ること。⑤讃歎供養正行。専ら弥陀を讃歎供養する。すなわち文に、「もし讃歎供養するには、すなわち一心に専ら讃歎供養す。これを名づけて正と為す」ること。この中で称名正行を第一の正行、他の四つをその助行とする。この五種の正行の説をふまえて法然は浄土三部経の修行を正行、それ以外の経教の修行を雑行として排した。なお、五種の雑行とは浄土宗の教義で、極楽浄土に往生することができない五種類の修行のことで、選択本願念仏宗にある。⑥読誦雑行。『観経』等の往生浄土の経を除いて已外の大小乗顕密の諸経において、受持し読誦すること。⑦観察雑行。極楽の依正を除いて已外の大小、顕密、事理の観行、皆ことごとく観察雑行という。⑧礼拝雑行。弥陀を礼拝するを除いて已外の、一切の諸余の仏菩薩等、および諸の世天等において、礼拝恭敬すること。⑨称名雑行。弥陀の名号を称するを除いて已外の自余の一切の仏菩薩等、および諸の世天等の名号を称すること。⑩讃歎供養雑行。弥陀仏を除いて已外の一切の諸余の仏菩薩等および諸の世天等において、讃歎供養するを、ことごとく讃歎供養雑行という。
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先の第26章に曇鸞・道綽・善導・慧心等の諸師が法華経等の諸経を末代に不相応とする釈を作り、その釈によって源空やその弟子たちが法華経を雑行・難行道とし、法華の行者を群賊・悪業・悪見の人等としたことについて、これをどのように会通するのか、という問いを掲げられていた。
この問いに対する答えの準備として、法華経を実教、爾前経を権経とするのは仏自身の金言であり、仏滅後の竜樹・天親は権実二教をともに弘めながら、実教を宣揚したので仏意にかなっていたこと、しかし、その後の人師たちが権実雑乱に陥ったことを明らかにされてきたのである。
本章からは、問題の曇鸞・道綽・善導・慧心等の浄土宗の諸師が、本当に法華経の諸経を末代不相応と釈し、雑行・難行道としたのか、法華経等の群賊等といったかなどについて、検討されているところである。
まず中国浄土宗の曇鸞・道綽・善導の三師の思想について検討されているところである。
ここで大事な点は曇鸞ら三師が実教の法華経等をどのように位置づけたかであり、その点について大聖人はここで検討されているのである。
曇鸞・道綽の二師は竜樹の十住毘婆沙論を依りどころとしたのであり、曇鸞は菩薩の修行を雑行道と易行道に分けたうえで念仏往生の修行が易行道にあたるとし、道綽は仏教の教えを聖道門と浄土門の二つに分けたうえで念仏往生の修行を浄土門に入れたのであるが、基本的には竜樹の「本論」の趣意から外れていないとされている。
次いで、善導は群賊等や千中無一の言葉を使っているものの、いずれも法華等を彼らの難易・聖浄という立て分けからは除外していて、これも、竜樹の十住毘婆沙論の思想から逸脱してはいない、と結論づけられている。
十住毘婆沙論と難易・聖浄の二道について
十住毘婆沙論はインドの論師・竜樹が華厳経の十地品に付した注釈書である。十地、十住とは、菩薩の修行の段階を立て分けた十信・十住・十行・十廻向・十地・等覚・妙覚の52位のうち、第11位から第20位の“十住”と第41位から第50位までの“十地”にあたる。
華厳経十地品とは、歓喜地、離垢地、発光地、焰慧地、難勝地、現前地、遠行地、不動地、善慧地、法雲地の十段階を説いたものである。
しかし、これを釈した竜樹の十住毘婆沙論は実際には十地の一部、初地と第二地のことを明らかにした経文を注釈しており、全17巻35品からなっている。
35品の内容を概略していえば、序品は総論、第2品から第27品までの26品は初地の歓喜地の釈、第28品以下は第二地の離垢地の釈となっている。
菩薩行の難易についてはこの論の第9品「易行品」に説かれている。
すなわち「仏法に無量の法門あり、世間の道に難あり易あり、陸道の歩行は則ち苦しく、水路の乗船は則ち楽しきが如し、菩薩の道も亦是の如し、或は勤行精進するあり、或は信の方便を以って易行にして疾く阿惟越致地に至る者あり」とある。
ここでは、陸路を歩いて行くのは難行であるのに対し、水上を船で行くのは易行であるとの譬えを引いて、菩薩の修行道も同じであるとしている。
一つは勤行精進する道であり、いま一つはただ信ずるという易行によって速やかに阿惟越致地、すなわち不退転の位に至る道、である。
勤行精進とは文字通り、勤め実行しひたすら精励努力する道であり、いわゆる難行にあたる。これに対し、信仰という方便に頼って、とりあえず不退転の位に至るのが易行の道である。
この竜樹の立て分けを受けて、曇鸞は無量寿経優婆提舎願生偈巻上に、次のように釈している。
すなわち「謹んで案ずるに、竜樹菩薩の十住毘婆沙に云く、菩薩、阿毘跋致を求むるに二種の道、一には難行道、二には易行道なり。難行道は謂く、五濁の世に、無仏の時に於いて、阿毘跋致を求むるを難となす…譬えば陸路の歩行は則ち苦しきが如し、易行道とは謂く、但、信仏の因縁を以って浄土に生ぜんと願ずれば、仏の願力に乗じて、彼の清浄の土に往生することを得、仏力住持して即ち大乗正定の聚に入る。正定は即ち是れ阿毘跋致なり。譬えば水路の乗船は則ち楽しきが如し」と。
ここに明らかな通り、竜樹が菩薩道における勤行精進と信とについて立て分けた難行と易行の区別を、曇鸞は無仏の特に阿毘跋致を求めること、つまり頼るべき仏なくして自力で修行することを難行道。「信」を即「信心」として、「仏の願力に乗じて、彼の清浄の土に往生する」ことができる。そして「仏力住持して即ち大乗正定の聚に入る」すなわち阿毘跋致の位に入ることを易行道とした。
更に、これを受けて道綽は安楽集巻上のなかで「大乗の聖教に依るに良に二種の勝法を得て以って生死を排わざるに由る。是れを以って火宅を出でず。何かを二と為す。一には謂く聖道、二には謂く往生浄土なり。其聖道の一種は今時に証し難し。一には大聖を去ること遥遠なるに由る。二には理深く解微なるに由る。是の故に大集月蔵経に云く『我末法時中の億々の衆生は行を起こし道を修せんに、末だ一人も得る者有らず。当今は末法現に是れ五濁悪世なり。唯浄土の一門のみ有りて通入すべき路なり』と」説いている。
ここで一代仏教は聖道と浄土の二種に立て分けられている。
聖道門とはこの娑婆世界で自力によって仏果をえようとする教えであり、浄土門は娑婆世界を穢れた世界として厭い、仏の願力にすがる他力によって、極楽往生を願う教えである。末法の衆生にとっては、聖道の門は二つの理由で証し難し。つまり利益がないとしている。第一の理由は末法は大聖から去ることは遥かに遠くなっているためであり、第二の理由は聖道門の教えは末法の人々にとっては理が深すぎて理解しうることが僅かであるため、としている。したがって末法の五濁悪世においては浄土門のみが、浄土へ往生し成仏できる教えであるとしている。
若し本論に違して法華真言等を以て難易の内に入れば信用に及ばじ、随つて浄土論註並に安楽集を見るに多分は本論の意に違わず
ここで本論とは竜樹の十住毘婆沙論のことである。つまり、曇鸞の浄土論註や道綽の安楽集が依りどころとした本の論のことである。
浄土論註では難行道・易行道の立て分け、安楽集では聖道門・浄土門の立て分けをしているが、竜樹の十住毘婆沙論に反して難行道や聖道門のなかに法華等の正法を入れておけば信用してはならないけれども、この浄土論註と安楽集の内容をみるのに十住毘婆沙論の本意からは逸脱していないと大聖人は結論されている。先に見た通り、彼らは爾前諸経の中で浄土三部経の教えとそれ以外の教えを対比しており、法華経まで含めて末代には不適の教えであるとはしていない、と仰せられているのである。
この文は法然やその弟子たちが曇鸞や道綽の註釈を自分たちの都合のよいように利用していることを明らかにされるために論じているのである。
善導の群賊等、雑行、千中無一について
善導の場合も浄土三部経以外の修行を「雑行」とし、したがって往生成仏は「千中無一」であり、その教えを説く人を「群賊」と名づけているが、いずれも法華経等までも含めて言ったのではなく、論敵であった摂論師たちをさした言葉であると述べられているところである。
梁・陳・隋・唐という四代にわたる摂論師たちが念仏、総じて一代聖教にける往生をあくまで仏の別時意趣としたのに対し、善道は一行一願の往生を立てた。
別時意趣とは即時に往生の利益が得られないで遠い将来の別時に利益が得られるような場合、仏が怠惰な衆生を修行に励ませるために、あたかも即時に利益がえられるように説くことをいう。
つまり、摂論師たちは仏説にある往生をあくまで仏の励ましにすぎないとしていたのに対して、善導は浄土に生まれることを願い念仏を称える行を行うならば必ず往生できるとする教義を立て摂論師を破折して、群賊・悪衆・悪見の人などとしたのである。
特に群賊と譬えたのは、彼らが純真に仏道修行して順次生の功徳を積んでいる人々から、その功徳を奪う賊と同じだからである。
また、雑行と言ったのは摂論師たちの修行が万行を修してこそ往生できるというものであったことに対して善導が述べたものである。
更に、千中無一というのは、このような雑行では“千中無一”すなわち千人修行した中で一人も往生できない、と摂論師たちを非難したのである。
また観無量寿経疏巻四で、仏道修行を正行と雑行に立て分けた。
いずれにせよ、善導は摂論宗を攻撃するのにこれらの言葉を使ったのであって、法華経をも含めて誹謗したのではなかった。
要するに、大聖人はここで、法然やその弟子たちが自分たちの正統化のために使っている曇鸞・道綽・善導の思想や言葉をその本来の意味に遡って険証され、法然とその弟子たちが、それを歪めて独断的な我見を立てたことを明らかにされていくのである。
第29章 0049:16~0050:04 源信の浄土思想を検討するtop
| 16 日本国の源信僧都は亦叡山第十八代の座主・慈慧大師の御弟子なり 多くの書を造れることは皆法華を弘めんが 17 為なり、 而るに往生要集を造る意は 爾前四十余年の諸経に於て往生・成仏の二義有り成仏の難行に対して往生易 18 行の義を存し往生の業の中に於て 菩提心観念の念仏を以て最上と為す、 故に大文第十の問答料簡の中・第七の諸 0050 01 行勝劣門に於ては念仏を以て最勝と為し 次下に爾前最勝の念仏を以て 法華経の一念信解の功徳に対して勝劣を判 02 ずる時・一念信解の功徳は 念仏三昧より勝るる百千万倍なりと定め給えり、 当に知るべし往生要集の意は爾前最 03 上の念仏を以て法華最下の功徳に対して 人をして法華経に入らしめんが為に造る所の書なり、 故に往生要集の後 04 に一乗要決を造つて自身の内証を述ぶる時・法華経を以て本意と為すなり。 -----― 日本国の源信僧都はまた比叡山第十八代の座主である。慈慧大師の御弟子である。多くの書を著すことはすべて法華経を弘めるためであった。 しかし往生要集を造った目的はこうである。爾前四十余年の諸経において往生・成仏の二義がある。成仏の難行に対して往生は易行の義があり、往生の業において菩提心・観念の念仏をもって最上としたのである。 ゆえに往生要集の大文第十「問答料簡」の中の第七、諸行の勝劣門においては念仏をもって最勝として、次下に爾前最勝の念仏をもって法華経の一念信解の功徳に対して勝劣を判ずる時、一念信解の功徳は念仏三昧より百千万倍も勝れていると決定されたのである。 したがって往生要集の本意は、爾前最上の念仏と法華最下の功徳を対比することによって、人々を法華経に入らせるために著した書なのである。ゆえに往生要集の後に一乗要決を著して恵心自身の内心の証りを述べる時、法華経をもって本意としたのである。 |
源信僧都
(0942~1017)。比叡山第18代座主。慈慧大師の弟子で権少僧都・慧心源信のこと。大和国葛城郡当麻郷(奈良県北葛城郡當麻町)に生まれ、9歳のとき比叡山に登り、慈慧良源の弟子となった。13歳で得度し源信と名のった。32歳のとき宮中の論議に出席し、才能弁舌がすぐれているので満座を驚かせたという。42歳の時、権少僧都に任ぜられ、横川楞厳院の検校となった。43歳で「往生要集」を作り念仏の行に帰依した。浄土宗門徒が慧心をわが国浄土宗の先駆に崇めるようになったのは、この故である。しかし、慧心は、その後悔いて法華経信仰に戻り、権少僧都の位も辞して「一乗要決」を著した。弟子の指導にも努め、教相を重んずる檀那流に対し、観門を重んずる慧心流台学の源となった。「一乗要決」では「日本一州円機純一=日本国中は、法華有縁の機根の者ばかりで、蔵通別三教に縁のある者はいない」と述べた文は有名で、大聖人も諸御書で用いられている。76歳没。著書は他に「法華科文」「法華略観」「法華弁体」などがある。
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慈慧大師
(0912~0985)良源のこと。は延喜12年(912年)、近江国浅井郡虎姫(滋賀県長浜市)に、地元の豪族・木津氏の子として生まれた。幼名は観音丸(日吉丸とも)といった。12歳の時、比叡山に上り、仏門に入った。良源は、伝教大師の直系の弟子ではなく、身分も高くはなかったが、南都の旧仏教寺院の高僧と法論を行って論破したり、村上天皇の皇后の安産祈願を行うなどして徐々に頭角を現し、康保3年(0966)には天台宗最高の地位である天台座主に上り詰めた。
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往生要集
比叡山中、横川の恵心院に隠遁していた慧心が、寛和元年(0985)に、浄土教の観点より、多くの仏教の経典や論書などから、極楽往生に関する重要な文章を集めた仏教書で、1部3巻からなる邪義。
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往生・成仏の二義
爾前経において往生と成仏の二つの教義がとかれているということ。「往生」とは死後に他の世界へ往きうまれること。往生には、極楽往生・兜率往生・十方往生などがあるが、阿弥陀経をはじめ浄土三部経を依経とする浄土信仰と共に、主に極楽浄土に往き生まれるとする極楽往生をさすようになった。娑婆世界を去って阿弥陀仏の極楽浄土に往くのを往といい、極楽の蓮華の中に化生するのを生という。往生思想は、この世を穢土として忌み嫌い、浄土に生まれることがその救いとなるとの考えから生まれた。「成仏」とは仏に成ること。成道・得道・作仏・成正覚ともいう。一般には菩薩が長年にわたる修行をして一切の煩悩を断じ尽くした結果、ようやく成仏できるとされ、小乗教では三十四心断結成道を説き、大乗教でも四十一位・五十二位などの順序を踏んで斬進的に成仏することを説いている。しかし法華経では一転してこの世界における即身成仏が説かれた。また爾前経では通じて二乗は永く成仏できないと説き、また悪人・女人の成仏も許されず、たとい許されても即身成仏ではなく、また色心の悪、国土の悪を断滅して成仏すると説く。法華経では明らかに二乗作仏・悪人成仏・さらには草木成仏が説かれた。宗派によっても成仏の説は異なり、華厳宗の円満成仏、禅宗の直指人心・見性成仏、浄土宗の往生成仏、密教の理具・加持・顕得の三種成仏などがあるが、これらは即身成仏ではなく、また即身成仏と自称しても、所依の経典にその実義がなく、人師の己義をもって立てた法門である。法華経は正しく即身成仏の義を説き、迹門は諸法実相の理を体得するを成仏とし、本門は歴史社会に生を受けた事相の肉親のうえに成仏を現ずることを説く。しかし法華経の説相によれば、衆生の機根に応じて変現する色相荘厳の金色身としての応仏昇進の自受用身をもって無上の極果とする。日蓮大聖人の文底下種仏法では妙法の信受によって名字の凡夫を動ずることなく、直ちに仏果に至るとする直達正観の即身成仏を説く。すなわち真実の成仏とは、凡夫を超越した特別の覚者になることではなく、本有無作の当体を改めずに究竟の仏と覚知することをいう。
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成仏の難行
成仏することは難行・易行のうち難行であるということ。
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往生易行
往生することは難行・易行のうち易行であるということ。
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菩提心観念の念仏
悟りを求める心・菩提心を根本とした観念の念仏のこと。念仏三昧を意味する。日本天台宗の源信が往生要集に説いた念仏の修行法。法然の念仏と違い、意業による菩提心を往生の根本としている。
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念仏
念仏とは本来は、仏の相好・功徳を感じて口に仏の名を称えることをいった。しかし、ここでは浄土宗の別称の意で使われている。浄土宗とは、中国では曇鸞・道綽・善導等が弘め、日本においては法然によって弘められた。爾前権教の浄土の三部経を依経とする宗派であり、日蓮大聖人はこれを指して、念仏無間地獄と決定されている。
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爾前最勝の念仏
爾前のうちで最も勝れている念仏のこと。ここでいう爾前は、法華経以前の諸経。菩提心観念の念仏をさす。
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一念信解の功徳
一念信解とは、分別品に説かれている四信五品の中の現在の四信の第一である。ほけきょうの修行の位であり、一番最初の初信の功徳である。分別品にはこの一念信解の功徳が説かれている。すなわち、八十万億那由佗劫において、仏道のために五波羅蜜という布施・持戒・忍辱・精進・禅定の五つを修行する功徳を、この一念信解の功徳に比べるに、百千万億分の一にもおよばないという。が、往生要集では、一念信解の功徳は念仏三昧の功徳より百千万倍も勝れていると示唆している。
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念仏三昧
一心に仏身を観念すること。往生要集には専心に阿弥陀仏の姿を観念することとある。浄土宗では一心に仏名を称えること・専心に阿弥陀仏の名号を称えることと立てる。
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一乗要決
比叡山横川の恵心院の僧都源信が寛弘3年(1006)に著した書。3巻。法相宗において人の資質や能力に応じて声聞・縁覚・菩薩に固有の3種の悟りの道があるとする法相三乗家の五性格別を破折し、一乗は真実の理、五性は方便の説であると説いたもの。
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内証
内心の悟り、心の中で真理を悟ること。
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前章の中国・浄土教三師の検討に次いで、ここでは日本の浄土思想の先覚者とされている恵心僧都源信の思想を検討されるのである。
源信は叡山天台宗の学僧であり、彼の意図はあくまで法華経を宣揚するかのごとき往生要集を著した真意はどこにあったかを、大聖人は明らかにされているのである。
すなわち爾前40余年の諸経で説かれる成仏と往生の二義のうち、成仏の修行が難行であるのに対して往生が易行であることを明らかにし、かつ、その易行のなかでも菩提心・観念の念仏が最上であることを明かし、それに対比して法華経はその歳下の修行である一念信解すら、この念仏より百千万億倍勝れることを示すところに源信の真意があったのである。
そのことは、この書の最後・大文第十の問答料簡になかの第七の諸行勝劣門に明らかである。と仰せられている。
しかもそれは、この後に造った自身の内証を明かす一乗要決で法華経を本意にしていることを裏付けられるとされている。
往生の業の中に於て菩提心観念の念仏を以て最上と為す
往生要集巻上末の第四「正修念仏」のなかで説かれている。
ここで源信は世親著の往生論の説を受けて、念仏行について礼拝・讃歎・作願などの各論から論じ、これを総合して身口意の三業を一つにして行ずべきことを強調している。このなかで、作願の部門では菩提心を根本に阿弥陀仏を念ずることを最上の在り方としている。作願とは願を立てることで、ここでは一心に往生を願うこととしている。
そして、往生を願うならば、観念の念仏、すなわち、阿弥陀仏の姿を心に思い浮かべて憶念する行が大切であるとしている。
このように、源信は菩提心を起こして身口意三業が一致した修行の不可欠の条件を踏まえた上での観念としての念仏を強調したのである。
したがって、後の法然やその弟子たちの言う称名念仏とは異なったものなのである。
一乗要決を造つて自身の内証を述ぶる時・法華経を以て本意と為すなり
源信は一乗要決の序文で次のように述べている。
すなわち「諸乗の権実は古来の諍なり、俱に経論に拠り、互いに是非を執す、余、寛弘丙午の歳冬10月、病中に嘆きて曰く、仏法に遭うと雖も、仏意を了せず、若し終に手を空しうせば、後悔何ぞ追わん。爰に経論の文義、賢哲の義疏、或は人をして尋ねしめ、或は自ら思択す、全く自宗他宗の偏党を捨て、専ら権智実智の深奥を探るに、遂に一乗は真実の理、五乗は方便の説なることを得たり。既に今生の蒙を開く、何ぞ夕死の恨を遺さん」と。
その意味するところは以下の通りである。
仏教の教えには人乗・天乗・声聞乗・縁覚乗・菩薩乗の五乗・一乗などさまざまな教えがあり、それらの中で、どれが厳でどれが実でるかについて古来から論争されてきた。
それぞれの宗派や学派が自らの依りどころとする経論を根本として譲らず、相互に是だ非だといって執着している。
余は寛弘3年冬、病になったとき、大いに嘆いた。
その嘆きというのは、せっかく仏法にめぐりあいながら、仏の真意が分からないままに死んでしまっては、悔いても悔いきれない、ということであった。
そこで、すべての経・論と文と義、賢人や哲人の註釈書を魚り、研鑽して思索した。
そして、自宗と他宗とかの偏りを全く捨てて、ひたすら仏の権智と実智の深い奥底を探ってくうちに、ついに一乗の教えこそ真実の理であり、五乗の教えはすべて方便の説である。との結論に到達した。
こうして、すでに今生における矇昧を開くことができたので、夕べに死んでも恨みを遺すことはない。
本文で大聖人が一乗要決を「自身の内証を述べる」ものとされたことは、この源信自身の文を踏まえられたと考えられる。また、源信が法華経を仏法の真意としたこともこの文に明白である。
第30章 0050:05~0050:15 法然とその弟子の謗法を明かすtop
| 05 而るに源空並に所化の衆此の義を知らざるが故に 法華真言を以て三師並に源信所破の難聖雑並に往生要集の序 06 の顕密の中に入れて 三師並に源信を法華真言の謗法の人と為す、 其の上日本国の一切の道俗を化して法華真言に 07 於て時機不相応の旨を習わしめ 在家出家の諸人に於て 法華真言の結縁を留む豈仏の記し給う所の「悪世中比丘邪 08 智心諂曲」の人に非ずや、亦則ち一切世間の仏種を断ずの失を免る可けんや。 -----― しかしながら法然房源空ならびにその弟子たちはこの意義を知らないゆえに、法華・真言をも曇鸞・道綽・善導の三師や慧心僧都源信が破折した難行道・聖道門・雑行、また往生要集の序に述べられている顕教・密教の中に入れて、三師ならびに源信を法華・真言に対する謗法の人とした。そのうえ日本国の一切の出家・在家を教化して法華・真言は時機不相応である旨を習わせて、在家・出家の諸人が法華・真言に結縁することを止めさせた。 法然はまさに仏が記された「悪世の中の比丘は邪智にして心が諂い曲がっている」の人ではないか。 また「則ち一切世間の仏種を断ずる」の罪を免れることができようか。 -----― 09 其の上・山門・寺門.東寺・天台並に日本国中に法華真言を習う諸人を群賊・悪衆.悪見の人等に譬うる源空が重罪 10 何れの劫にか其の苦果を経尽す可きや、 法華経の法師品に持経者を罵る罪を説いて云く 「若し悪人有つて不善の 11 心を以て一劫の中に於て 現に仏前に於て常に仏を毀罵せん其の罪尚軽し若し人・ 一つの悪言を以て在家出家の法 12 華経を読誦する者を毀シせん其の罪甚だ重し」已上経文一人の持者を罵る罪すら尚是くの如し況や書を造り日本国の 13 諸人に罵らしむる罪をや、 何に況や此の経を千中無一と定めて法華経を行ずる人に疑を生ぜしむる罪をや、 何に 14 況や此の経を捨てて 観経等の権経に遷らしむる謗法の罪をや、 願わくば一切の源空が所化の四衆 頓に選択集の 15 邪法を捨てて忽に法華経に遷り今度阿鼻の炎を脱れよ。 -----― その上比叡山門流・三井寺門流・東寺真言宗・天台密教ならびに日本国中に法華・真言を習う諸人を群賊・悪衆・悪見の人などに譬える源空の重罪は、どのような時にかその苦果を消しおわることができようか。 法華経法師品第十に法華経を持つ者を罵る罪を説いて「もし悪人がいて不善の心をもって一劫の中で現に仏前において常に仏を毀り罵る罪はなお軽い。もし人が一つの悪言をもって在家・出家で法華経を読誦する者を毀り罵る罪は甚だ重い」とある。 一人の法華経持者を罵る罪でさえなお、このようである。ましてや書をつくって日本国の諸人に罵らせる罪はいうまでもない。 更にまして、この法華経を千人の中で一人も成仏しない経と定めて、法華経を修行する人に疑いを生じさせる罪はもちろんである。 更にましてや、この法華経を捨てて観無量寿経等の方便経に移らせる謗法の罪はなおさらである。願うことは、一切の源空の門下の僧・尼・俗男・俗女の四衆よ、即時に選択集の邪法を捨てて、速やかに法華経に移り今度こそ無間地獄の炎を免れなさい。 |
顕密
真言宗では、大日経のように仏の真意を秘密にして説かれた経を密教、法華経のようにあらわに教えを説かれたものを顕教という本末顚倒の邪義を立てている。真実は、大日経のごとき爾前の経々こそ、表面的、皮相的な教えで顕教であり、未曾有の大生命哲理を説き明かした法華経こそ密教である。寿量品には「如来秘密神通之力」とあり、天台の法華文句の九にはこれを受けて「一身即三身のるを名けて秘と為し三身即一身なるを名けて密と為す又昔より説かざる所を名けて秘と為し唯仏のみ知るを名けて密と為す仏三世に於て等しく三身有り諸教の中に於て之を秘して伝えず」等とある。
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謗法の人
誹謗正法の人。正しく仏法を理解せず、正法を謗って信受しないこと。正法を憎み、人に誤った法を説いて正法を捨てさせる人。
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道俗
出家と在家のこと。
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在家
①在俗のままで仏法に帰依すること。またその人。②民家、在郷の家、田舎の家。③中世、領事の所轄内で屋敷を与えられ、居住し、在家役を負担していた農民。
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出家
世俗の家を出て仏門に入ること。在家に対する語。妻子・眷属等の縁を断ち切り仏道修行に励む者のこと。比丘・比丘尼のこと。
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結縁
仏法に縁を結ぶこと。成仏・得道の縁を結ぶこと。
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山門
三井・園城寺を寺門というのに対して比叡山延暦寺を山門という。
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寺門
三井・園城寺のこと。
―――
東寺
第50代桓武天皇の勅により、延暦15年(0796)、羅城門(羅生門)の左右に、左大寺・右大寺の2寺が建ち、その左大寺が東寺。弘仁4年(0823)、第52代嵯峨天皇が空海に勅わった。
―――
天台
天台法華宗の事。法華経を正依の経として、天台大師が南岳大師より法をうけて「法華玄義」「法華文句」「摩訶止観」の三大部を完成させ、一方、南三北七の邪義をも打ち破った。天台の正法は章安大師によって伝承され、中興の祖と呼ばれた妙楽大師によって大いに興隆し、わが国では伝教大師が延暦3年(0784)に入唐し、妙輅の弟子である行満座主および道邃和尚によって天台の法門を伝承された。帰国後、殿上において南都六宗と法論を行い、三乗を破して一仏乗の義を顯揚した。教相には五時八教を立て、観心には三諦円融の理をとなえ、理の一念三千・一心三観の理を証することにより、即身成仏を期している。伝教大師の目標とした法華迹門による大乗戒壇は、小乗戒壇の中心であった東大寺等の猛反対をことごとく論破し、死後7日目に勅許が下り、比叡山延暦寺は日本仏教界の中心として尊崇を集め、平安町文化の源泉となった。しかし第三・第五の座主慈覚・智証から真言の邪法にそまり、かつまた像法過ぎて末法となり、まったく力を失ってしまったのである。
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劫
一つの劫のこと。劫は梵語のカルパ(Kalpa)で劫波・劫跛ともいい、分別時節・大時・長時などと訳す。きわめて長い時限の意で、仏法では時間を示す単位として用いられる。劫の長さについては経論によって諸説があるが、倶舎論巻十二によると、人寿十歳から始めて百年ごとに一歳を加え、人寿八万歳にいたるまでの期間を一増といい、逆に八万歳から十歳にいたるまでを一減とし、この一増一減を一小劫としている。
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苦果
苦しみの果報のこと。悪業の因によって受ける苦しみの悪果。
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経尽
境涯・状態・時間などを経過し、残りなく悉く果たすこと。経は通過・経歴。尽はつき果てること。
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持経者
経典を受持・護持する者。正法を信じ、身口意の三業にわたって精進する者のこと。末法では三大秘法の南無妙法蓮華経を受持する者をさす。
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毀罵
誹謗しののしること。
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読誦
読と誦のこと。「読」は経文を読むことで「誦」は暗誦すること。それぞれ五種の妙行のひとつで、ともに自行化他の自行にあたる。
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毀呰
そしりとがめること。
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所化の四衆
「所化」とは能化に対する語。弟子のこと。能化を受ける人、化とは教化の義であり、教化する人を教化といい、教化される人を所化という。所とは能動に対して受け身の意味を持つ。「四衆」には仏門の四衆と説法の四衆がある。①仏門の四衆。比丘(出家の男子=僧)、比丘尼(出家の女子=尼)、優婆塞(在家の男子)。優婆夷(在家の女子)をいう。②説法の四衆。発起衆(仏に対して説法を請い仏の化導を促す衆生)、影響衆(仏に随侍して法を賛嘆する衆生)、当機衆(時が熟し仏の説法によってその場で得益する機を持つ衆生)、結縁衆(未来に得益すべき縁をその場で結ぶ衆生)。ここでは仏門の四衆をさす。
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選択集
法然の代表的著作で、選択本願念仏集という。当時、公卿の有力者であった九条兼実の依頼によって建久9年(1198)選述し、浄土宗の教義を十六章に分けて明かしている。その内容は、念仏以外の一代仏教を捨閉閣抛せよという破仏法の邪義で、当時においてすら並榎の定照から「弾選択」、栂尾の明慧から「墔邪輪」「荘厳記」をもって破折されている。
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阿鼻の炎
阿鼻地獄の炎のこと。阿鼻大城・阿鼻地・無間地獄ともいう。阿鼻は梵語アヴィーチィ(Avici)の音写で無間と訳す。苦をうけること間断なきゆえに、この名がある。八大地獄の中で他の七つの地獄よりも千倍も苦しみが大きいといい、欲界の最も深い所にある大燋熱地獄の下にあって、縦広八万由旬、外に七重の鉄の城がある。余りにもこの地獄の苦が大きいので、この地獄の罪人は、大燋熱地獄の罪人を見ると他化自在天の楽しみの如しという。また猛烈な臭気に満ちており、それを嗅ぐと四天下・欲界・六天の転任は皆しぬであろうともいわれている。ただし、出山・没山という山が、この臭気をさえぎっているので、人間界には伝わってこないのである。また、もし仏が無間地獄の苦を具さに説かれると、それを聴く人は血を吐いて死ぬともいう。この地獄における寿命は一中劫で、五逆罪を犯した者が堕ちる。誹謗正法の者は、たとえ悔いても、それに千倍する千劫の間、無間地獄において大苦悩を受ける。懺悔しない者においては「経を読誦し書持吸うこと有らん者を見て憍慢憎嫉して恨を懐かん乃至其の人命終して阿鼻獄に入り一劫を具足して劫尽きなば更生まれん、是の如く展転して無数劫に至らん」と説かれている。
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先に出された26章の問い、すなわち曇鸞・道綽・善導・源信などの諸師、そして法然やその弟子たちが法華経等を末法にはふさわしくない教えとして、難行道・聖道門・雑行などといって遠ざけるとともに、法華経等を行ずる修行者を群賊・悪衆・悪見の人などと誹謗しているが、これをどのように考えるか、ということに対する答えの中心になる段である。
大聖人はこれまで中国の曇鸞等の三師と日本の源信の浄土思想を検討されてきたが、そこで明らかにされたことは、曇鸞から源信にいたる人々は、難行道・聖道門・雑行など排斥すべきものとして立てている中に法華・真言は含めていないということであった。
この段では、それにもかかわらず、法然やその弟子たちは、この先人たちの真意が分からないで、法華経誹謗の邪義を立て、三師や源信も法華経等を排斥しているかのように説いて、彼らを「謗法の人」にしてしまったのである、と述べられている。
更に、法然や弟子たちはそれだけにとどまらず、法華経等が末法の時と機根にはふさわしくないという思想を、日本国の一切の道俗に植え付けて正法と縁することから遠ざけており、その姿はまさに法華経勧持品第十三の「悪世の中の比丘は、邪智にして心諂曲に」とある道門増上慢の人間と同じであると断言されている。
また、自らが法華経等の正法を誹謗するだけでなく、日本国の人々を正法から遠ざけたことは、まさに法華経譬喩品第三の「若し人信ぜずして、此の経を毀謗ぜば、則ち一切、世間の仏種を断ぜん」とあるように、仏種を断ずる罪を免れることができないと断定されている。
そして、それにととまらず、山門・寺門などの天台宗の人たちや、日本国中で法華経を習う人々を「群賊・悪衆・悪見の人」などと譬えた法然の重罪は、いかほどの劫を経ればその苦の果報を尽くしきることができるか分からないほどである。と罪の大きさを指摘されている。
次いで、法華経法師品第十の「若し悪人有って、不善の心を以って、一劫の中に於いて、現に仏の前に於いて常に仏を毀罵せん、其の罪尚軽し。若し人一の悪言を以って、在家出家の、法華経を読誦する者を毀訾せん、その罪甚だ重し」の経文を引用されている。
自分一人が法華経受持を誹謗する罪でさえこんなに大きいものであるから、ましてや法然のように、本にそれを書いて日本国の諸人に法華経の修行者にののしらせている罪ははるかに大きいし、更にまして既に法華経を行じている人に「法華経で成仏できる者は千人中一人もいない」と言ってその信心を動揺させている罪、また更には法華経を捨てて観経等の浄土系の権経へと心を移された謗法の罪は計りしれないほど大きい、と断定されている。
このように、自分一人だけの謗法よりも指導的立場にある者の謗法のほうが、何重にも罪が大きいと仰せられているのである。
最後にこの答えの結びとして「願わくば一切の源空が所化の四衆頓に選択集の邪法を捨てて忽に法華経に遷り今度阿鼻の炎を脱れよ」と仰せられている。
法然門下一切の四衆、すなわち念仏宗の人々が一刻も早く選択集の邪法を捨てて、法華経正法の信仰に移り、阿鼻地獄の炎の中に陥ることから免れることを心から願うものであると、真情を述べられているのである。
第31章 0050:16~0051:07 法然と法華誹謗の証文挙げるtop
| 16 問うて云く正しく源空が法華経を誹謗する証文如何、 答えて云く法華経の第二に云く「若し人信ぜずして斯の 17 経を毀謗せば則一切世間の仏種を断ぜん」 経文不信の相貌は人をして法華経を捨てしむればなり、故に天親菩薩の 18 仏性論の第一に此の文を釈して云く 「若し大乗に憎背する者此は是れ一闡提の因なり 衆生をして此の法を捨てし 0051 01 むるを為の故に」論文謗法の相貌は此の法を捨てしむるが故なり、 選択集は人をして法華経を捨てしむる書に非ず 02 や閣抛の二字は 仏性論の憎背の二字に非ずや、 亦法華経誹謗の相貌は四十余年の諸経の如く小善成仏を以て別時 03 意趣と定むる等なり。 -----― 問うて云う。まさしく源空が法華経を誹謗する証文はどうか。 答えて云う。法華経の第二の譬喩品第三に「もし人が信じないで、この経を毀謗するならば、それは則ち一切世間の仏種を断ずることである」とある。不信のあらわれた姿形は人に法華経を捨てさせるからである。 ゆえに天親菩薩の仏性論の第一に、この文を解釈して「もし大乗に憎み背く者はこれ一闡提の因である。衆生をしてこの法を捨てさせることをもっての故に」(論文)といっている。謗法のあらわれた姿形は、この法を捨てさせるからである選択集は人に法華経を捨てさせる書ではないか。閣抛の二字は仏性論でいう憎背の二字に当たるからである。 また法華経の誹謗のあらわれた姿形は、法華経の小善成仏を爾前四十余年の諸経のように別の時に成仏するのを即時に成仏するかのように説いたものときめつけているのがそれである。 -----― 04 故に天台の釈に云く 「若し小善成仏を信ぜずんば則世間の仏種を断ずるなり」妙楽重ねて此の義を宣べて云く 05 「此の経は遍く六道の仏種を開す若し此の経を謗ぜば義.断に当るなり」釈迦多宝十方の諸仏・天親.天台・妙楽の意 06 の如くんば源空は謗法の者なり 所詮選択集の意は人をして 法華真言を捨てしめんと定めて書き了んぬ 謗法の義 07 疑い無き者なり。 -----― ゆえに天台大師の疏釈に「もし法華経の小善成仏を信じなければ、則ち世間の仏種を断ずるのである」とある。 妙楽大師は重ねてこの意義を述べて「この経は遍く六道の仏種を開く。もしこの経を謗ずるならば、それは仏種を断ずるものである」とある。 釈迦仏・多宝仏・十方の諸仏や天親・天台大師・妙楽大師の本意によると、源空は謗法の者である。つまるところ選択集の趣意は人に法華・真言を捨てさせると、はっきり書いている。謗法であることは疑いないものである。 |
誹謗
悪口をいい、謗ること。譬喩品には14種の誹謗があると説く。松野殿御返事には「一に憍慢.・二に懈怠・三に計我・四に浅識・五に著欲・六に不解・七に不信・八に顰蹙・九に疑惑・十に誹謗・十一に軽善・十二に憎善・十三に嫉善.十四に恨善なり」(1382)とある。
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毀謗
誹謗と同意。破りそしること。
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相貌
姿、ありのまま、顔かたち。
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大乗
仏法において、煩雑な戒律によって立てた法門は、声聞・縁覚の教えで、限られた少数の人々しか救うことができない。これを、生死の彼岸より涅槃の彼岸に渡す乗り物に譬え小乗という。法華経は、一切衆生に皆仏性ありとし、妙境に縁すれば全ての人が成仏得道できると説くので、大乗という。阿含経に対すれば、華厳・阿含・方等・般若は大乗であるが、法華経に対しては小乗となり、三大秘法に対しては、他の一切の仏説は小乗となる。
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憎背
憎み・背くこと。
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一闡提
梵語イッチャンティカ(Icchantika)の音写。一闡底迦とも書き、断善根・信不具足と訳す。仏の正法を信ぜず、成仏する機縁をもたない衆生のこと。
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閣抛
法然の選択本願念仏宗の中にある。捨閉閣抛の閣と抛。法然は本書の中で法華経など念仏以外の諸経を閣け抛てと誹謗している。
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小善成仏
小善をもって縁因仏性とし、小善の行為がそのまま仏果を成ずる縁因となることをいう。これは一切経を法華経の立場からいうものであって、法華経を離れて別時意趣とするのは誤りである。
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妙楽
(0711~0782)。中国唐代の人。諱は湛然。天台宗の第九祖、天台大師より六世の法孫で、大いに天台の教義を宣揚し、中興の祖といわれた。行年72歳。著書には天台三大部を釈した法華文句記、法華玄義釈籖、摩訶止観輔行伝弘決等がある。
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六道
十界のうち、前の地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天を六道という。
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釈迦多宝十方の諸仏
宝塔品で現れる三仏のこと。
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冒頭の「正しく源空が法華経を誹謗する証文如何」、とは、源空の言い分がまさに法華経誹謗にあたるという証拠は何かという問いである。
これに答えて、経・論・釈からそれぞれの文を引用され、法然がその著、選択集で述べていることがまさに法華経誹謗にあたることを示されている。
まず初めに経からは、法華経譬喩品第三の「若し人信ぜずして、斯の経を毀謗せば、則ち一切、世間の仏種を断ぜん」という文字を引用されており、その直後に「経文」という註を書き添えられている。
これは経・論・釈の中にまず仏説たる「経」の文であるとの意で付記されている。この経文の意味はもし人があって法華経を信ぜず毀謗するならば、その人は世間のなかの一切の仏種を自ら立ち切ることになるというのである。
この経文の前半の「若し人信ぜずして、斯の経を毀謗せば」という文について、不信の相貌は自らが信じないだけでなく他人にも法華経を捨てさせようとして“毀謗”という行動とんなることを仰せられている。
そして、その裏付けとして天親菩薩の仏性論を引用されている「論文」という註を書き添えられているのは、これが正法時代の論師の文だからである。
仏性論の「若し大乗に憎背する者は是れ一闡提の因なり衆生をして法を捨てしむるを為の故に」の文は、自ら大乗を憎み背く闡者は衆生にも「此の法」すなわち大乗を捨てさせることになるというものである。
以上を受けてからの「謗法の相貌」は人をして大乗の法を捨てさせることにあり、選択集こそ人をして法華経を捨てさせる謗法の書であると結ばれている。
次いで、「法華経誹謗の相貌」として「小善成仏を以って別時意趣と定むる」ことであるとされ、小善成仏を信じないことが「世間の仏種を断ずる」ことであると、天台大師の法華文句、妙楽大師の法華文句記の釈を引用されている。これが釈からの引用である。
法華経誹謗の相貌は四十余年の諸経の如く小善成仏を以て別時意趣と定むる等なり
この文は法華経譬喩品の「斯の経を毀謗ぜば則ち一切世間の仏種を断ぜん」という個所の意味を説かれてるところである。
法然の法華経誹謗の例として、法華経を爾前四十余年の諸経と同じに位置付け、法華経方便品の小善成仏を別時意趣ときめていることを取り上げられている。
小善成仏の小善とは人界や天界の境界の衆生が行う善行のことである。言い換えれば、倫理的な、世欲的な小善のことである。
これらの小善は法華経以前の諸経では成仏の種子とはならないとされていたが、法華経方便品ではこれを開いてどのような小善も成仏の縁因となることを明らかにしたのである。
ちなみに小善成仏を述べた個所を引用してみると「若しは曠野の中に於いて、土を積んで仏廟を成し、乃至子の戯れに、砂聚めて仏塔を為れる。是の如き諸人等、皆已に仏道を成じき…乃至童子の戯れに、若しは草木及び筆、或は指爪甲を以って、画いて仏像を作せる。是の如き諸人等、漸漸に功徳を積み、大悲心を具足して、皆已に仏道を成じき」などである。
要するに、曠野において、土を積んで仏廟としたり、童子が戯れに沙を集めて仏塔を作ったり、草木や筆、指の爪で仏像を描いたりしても、その行為によって成仏することができるというようなことが小善成仏である。
これを法然は40余年の諸経におけるのと同じ別時意趣と決定したのである。別時意趣とは即時には利益が得られないが、後の別時に利益が得られる場合に、いかにも即座に利益が得られるかのように説法することをいい、仏の方便の説法ということである。
このような法華経の小善成仏を爾前権経と同じ方便の説としたかとは、まさに一切世間の仏種を断じたことになるのである。本文で次に天台大師と妙楽大師の釈を引用されているのは、その裏付けの証文なのである。
つまり、小善乗仏とは世間的善も縁因として仏種ということであるから、この小善乗仏を信じないことは、世間の仏種を断ち切るということが天台の釈の意である。
また、六道の仏種を開いた法華経を謗ずるということは、その意義において妙楽大師の釈も同じことを言っているのである。
「遍く六道の仏種を開す」とは、六道とは「世間」と同じであるから世間の次元の善つまり「小善」がことごとく成仏の因になることを明かしたのが法華経だとうことである。したがって、この法華経を誹謗すれば、「一切世間の仏種を断ずる」ことになるということである。
法華経は釈迦が説き、多宝・十方諸仏が証明した経であるから、これらの経・論・釈を総括して判ずるならば「釈迦多宝十方諸仏・天親・天台・妙楽の意の如くんば源空の謗法の者なり」と断じられているのである。
大段第三 選択集の謗法の縁起を明すtop
第32章 0051:08~0051:13 選択集が謗法の証拠を挙げるtop
| 08 大文の第三に選択集謗法の縁起を出さば、問うて云く何れの証拠を以て源空を謗法の者と称するや、 答えて云 09 く選択集の現文を見るに一代聖教を以て二つに分つ一には聖道・難行・雑行・二には浄土・易行・正行なり、其の中 10 に聖.難.雑と云うは華厳・阿含.方等.般若・法華.涅槃・大日経等なり取意浄.易・正とは浄土の三部経の称名念仏等 11 なり取意聖.難・雑の失を判ずるには末代の凡夫之を行ぜば百の時に希に一二を得/千の時に希に三五を得ん或は千が 12 中に一も無し或は群賊.悪衆・邪見・悪見・邪雑の人等と定むるなり、浄・易.正の得を判ずるには末代の凡夫之を行 13 ぜば十は即十生し百は即百生せん等なり謗法の邪義是なり。 -----― 大段の第三に選択集の謗法の由来を明かすならば、 問うて云う。どのような証拠をもって源空を謗法の者とよぶのか。 答えて云う。選択集の現にある文を見ると、釈尊一代の聖教を二つに分けて、一には聖道門・難行道・雑行、二には浄土門・易行道・正行であるとし、その中に聖道門・難行道・雑行というのは華厳・阿含・方等・般若・法華・涅槃・大日経等である(取意)浄土門・易行道・正行とは浄土の三部経の称名念仏等である(取意)として、聖道門・難行道・雑行の欠陥を判じて「末代の凡夫がこれを修行するならば、百人の時に希に一・二人が得脱し、千人の時に希に三・五人が得道するだろう。あるいは千人の中に一人も成仏しない」としている。そして聖道門の人を群賊・悪衆・邪見・悪見・邪雑の人などときめつけている。 反対に浄土門・易行道・正行の得益を判じて「末代の凡夫がこれを修行するならば、十人は十人とも往生し、百人は百人とも往生するだろう」等としている。謗法の邪義というのは是である。 |
縁起
①因縁生起の略。因と縁とが関係しあって一つの現象が生起していくことをいう。すべての事象は因縁の関係性の中でしか生じないという仏教の基本原理。②仏の説法の縁由を示したもの。転じて由来・ゆかり。③神社・仏閣の起こり、由来、功徳の伝説。④吉凶のきざし。
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大日経
大毘盧遮那成仏神変加持経のこと。中国・唐代の善無畏三蔵訳7巻。一切智を体得して成仏を成就するための菩提心、大悲、種々の行法などが説かれ、胎蔵界漫荼羅が示されている。金剛頂経・蘇悉地経と合わせて大日三部経・三部秘経といわれ、真言宗の依経となっている。
―――
浄・易・正
浄土門・易行道・正行のこと。
―――
称名念仏
仏の名を称えて、仏を心に念ずること。浄土宗では、ひたすら阿弥陀仏の名号を称えることをさす。
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末代の凡夫
末代とは末の時代。政治・道徳などが衰えた時代。仏法では末法のことをいう。凡夫は凡庸の士夫の意で、仏法の道理を末だ理解せずに迷っている人。(注末法の凡夫僧という意味ではない)
―――
千が中に一も無し
千中無一のこと。善導が立てた。浄土三部経以外の諸経を、雑行として仏説を誹謗し、どんなに読誦しても千人に一人も成仏できない。また阿弥陀仏以外の諸仏菩薩をいかに礼拝しても、千人に一人も得道しがたいといった。これを法然は拡大して法華経を含めて誹謗した。法華経は唯一の真実教であり、善導の説は仏に敵対した邪義である。
―――
邪見
仏教以外の低級・邪悪な教え。総じて真理にそむく説のこと。外道の輩が仏教を誹謗していう言葉。
―――
邪雑
よこしまな雑行。
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十は即十生し百は即百生せん
十即十生百即百生のこと。善導の往生礼讃の文。阿弥陀仏を念じ、その名号を称えれば、10人が10人、100人が100人とも往生できるとしている。これは邪義である。
―――
謗法
誹謗正法の略。正しく仏法を理解せず、正法を謗って信受しないこと。正法を憎み、人に誤った法を説いて正法を捨てさせること。
―――
邪義
よこしまな教義のこと。正義に対する語。邪見・邪義に基づいて立てられた教義をいい、仏の本位・経文に違背した教判や釈義。
―――――――――
ここから本文第三の「選択集謗法の縁起を出さば」が始まる。既にこの御書御執筆の由来を明かされる段で「一巻の書を造って選択集謗法の縁起を顕わし名づけて守護国家論と号す」とあった主テーマに、いよいよ入るのである。
これまでの大文第一「如来の経教に於いて権実二教を定むることを明す」「大文第二「正像末に就いて仏法の興廃有ることを明す」の段は、あくまでも選択集が謗法であることを明らかにするための準備段階であったといってよい。
すなわち、釈尊が決定した権経と実教の明確な立て分けが正法・像法・末法と時代の下するにしたがって次第に混乱してきたことを明らかにされ、その権実雑乱の典型的な書が法然の選択集であることを結論されている。
さて、選択集の謗法の縁義をいよいよ本題として取り上げるに際し、選択集のどの個所が謗法なのかという証拠を最初に明らかにされているのである。いかなる証拠をもって、法然を謗法とするのか、との問いに答える中で明らかにされていく。
すなわち、法然は選択集の中で、
一代聖教を
①、聖道・難行・雑行 ②、浄土・易行・正行
大別し
①、華厳・阿含・宝塔・般若・法華・涅槃・大日経 ②、浄土の三部経の称名念仏
①の聖道門の経法は、末法の凡夫が行じても、成仏得道する者は、与えていっても100人が1人か2人、1000人中なら稀に3人か5人、奪っていえば1000人中1人もない。聖道門を修行する者は「群賊・悪衆・邪見・悪見・邪雑の人」としている。
②の浄土門を修行する者は10人中10人、100人中100人が往生の利益を得る。
と、している。この主張はまさに法華経誹謗の邪義であると断じられている。
第33章 0051:14~0052:05 法然の諸師への違背を明かすtop
| 14 問うて云く一代聖教を聖道.浄土・難行・易行・正行・雑行と分ち其の中に難.聖・雑を以て時機不相応と称する 15 こと源空一人の新義に非ず曇鸞・道綽・善導の三師の義なり、此亦此等の人師の私の案に非ず其の源は竜樹菩薩の十 16 住毘婆沙論より出でたり、 若し源空を謗法の者と称せば竜樹菩薩並に三師を謗法の者と称するに非ずや、 答えて 17 云く竜樹菩薩並に三師の意は 法華已前の四十余年の経経に於て難易等の義を存す、 而るに源空より已来竜樹並に 18 三師の難行等の語を借りて法華真言等を以て難・雑等の内に入れぬ、 所化の弟子・師の失を知らずして此の邪義を 0052 01 以て正義と存じ此の国に流布せしむるが故に 国中の万民悉く法華・真言に於て時機不相応の想を作す、 其の上世 02 間を貪る天台真言の学者世の情に随わんが為に 法華真言に於て時機不相応の悪言を吐いて 選択集の邪義を扶け、 03 一旦の欲心に依つて釈迦多宝並に十方諸仏の御評定の 「令法久住・於閻浮提広宣流布」の誠言を壊り一切衆生をし 04 て三世十方の諸仏の舌を切る罪を得せしむ、 偏に是れ悪世の中の比丘は邪智にして 心諂曲に未だ得ざるを為得た 05 りと謂い、乃至・悪鬼其の身に入り仏の方便随宜所説の法を知らざる故なり。 -----― 問うて云う。釈尊一代聖教を聖道門・浄土門・難行道・易行道・正行・雑行と分けて、その中に難行道・聖道門・雑行をもって末法の時と機根に相応しないというのは、源空一人が新しく立てた教義ではない。曇鸞・道綽・善導の三師の教義である。 しかもまた、これらの人師の自分勝手な思案ではない。その源は竜樹菩薩の十住毘婆沙論より出たものである。もし源空を謗法の者と呼ぶならば、竜樹菩薩ならびに曇鸞・道綽・善導の三師を謗法の者と呼ぶことになるのではないか。 答えて云う。竜樹菩薩ならびに三師の本意は、法華経以前の四十余年の経々のなかにおいて難行道・易行道などの義を立てたのである。 ところが、源空より以来、竜樹菩薩ならびに三師の難行道はなどの語葉を借りて、法華・真言等をもって難行道・雑行などの中に入れたのであり、彼の教化を受けた弟子たち・師の誤りを知らないで、この邪義を正義と思って、この国に流布させた。このため国中の万民はことごとく法華・真言を時と機根に相応しないと思うようになったのである。 そのうえ、世間の利益を貪る天台宗・真言宗の学者は世間の人情に合わせようとして法華・真言はに時と機根に相応しないとの悪言を吐いて、選択集の邪義を助け、一時の欲心によって釈迦仏・多宝如来ならびに十方の諸仏が評議して定められた「法をして久しく住せしめる」「閻浮提において広宣流布させる」との真実の言葉を破り、一切衆生に三世十方の諸仏の証言の舌を切る罪を犯させている。 ひとえにこれは「悪世の中の僧侶は邪智でり、心は諂い曲がり、未だ証得していないのに、証得したと思い(乃至)悪鬼がその身に入り、仏の方便の宜しきに随って説いた法であることを知らない」からである。 |
邪義を以て正義と存じ
法然が法華経等を難・雑の内に入れ時期不相応の経とした邪義を、天台が正しいことと思ったこと。
―――
天台真言の学者
天台宗・真言宗の教義を修学する者。天台宗とは天台法華宗の事。法華経を正依の経として、天台大師が南岳大師より法をうけて「法華玄義」「法華文句」「摩訶止観」の三大部を完成させ、一方、南三北七の邪義をも打ち破った。天台の正法は章安大師によって伝承され、中興の祖と呼ばれた妙楽大師によって大いに興隆し、わが国では伝教大師が延暦3年(0784)に入唐し、妙輅の弟子である行満座主および道邃和尚によって天台の法門を伝承された。帰国後、殿上において南都六宗と法論を行い、三乗を破して一仏乗の義を顯揚した。教相には五時八教を立て、観心には三諦円融の理をとなえ、理の一念三千・一心三観の理を証することにより、即身成仏を期している。伝教大師の目標とした法華迹門による大乗戒壇は、小乗戒壇の中心であった東大寺等の猛反対をことごとく論破し、死後7日目に勅許が下り、比叡山延暦寺は日本仏教界の中心として尊崇を集め、平安町文化の源泉となった。しかし第三・第五の座主慈覚・智証から真言の邪法にそまり、かつまた像法過ぎて末法となり、まったく力を失ってしまったのである。一方真言宗は大日経・金剛頂経・蘇悉地経等を所依とする宗派。大日如来を教主とする。空海が入唐し、真言密教を我が国に伝えて開宗した。顕密二教判を立て、大日経等を大日法身が自受法楽のために内証秘密の境界を説き示した密教とし、他宗の教えを応身の釈迦が衆生の機根に応じてあらわに説いた顕教と下している。なお、真言宗を東密(東寺の密教の略)といい、慈覚・智証が天台宗にとりいれた密教を台密という。この両宗はさらに派内抗争を繰り返し、細分化している。
―――
一旦の欲心
一時の欲望のこと。
―――
御評定
①物事を評議して決定すること。②鎌倉・室町時代に執権や評議衆が幕府の立法・行政上の重要事項を決定したこと。
―――
誠言
真実の言葉・言語。
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ここでは法然が法華経を聖道門・雑行に入れ、末代には時機不相応としたのは、中国の曇鸞・道綽・善導の三師の説を受け継いでのであり、中国三師はインドの竜樹の十住毘婆沙論を受けて立てたのだから、法然を謗法というのならば竜樹をも謗法とするのではないかという反論に対して、これまですでに明らかにされたように、中国三師や竜樹の場合はそうでなかったのに法然が勝手に法華経をもひっくるめて時と機に合わないという邪義をたてたのであると破折されているところである。
一代聖教を
①、聖道・難行・雑行 ②、浄土・易行・正行
に大別し①をもって末法の時と機根にふさわしくないとする教義を立てたのは法然一人が新しく立てたことではなく、曇鸞・道綽・善導の三師も立てており、更には三師の源は竜樹の十住毘婆沙論に遡るのだから、もし法然を謗法の者とするならば竜樹や三師の諸師も謗法ときめつけることになるのではないか、との問いを掲げられている。
これに対して、竜樹菩薩や三師が①と②とう立て分けたのは一代聖教の全体についてではなく、法華経以前の爾前40余年の経教のなかでの区分にすぎなかったのに対し、法然は①の内に法華経等の正法をも入れて邪義にしてしまったと破折されている。この法然の誤りを所化たちは見分けられないで、この邪義を正義と思い込んで日本国内に流布させたために、国中の人々がことごとく法華経等の正法を末法の時と機根にはふさわしくないという思いを抱いただけでなく、法華経を根本とする天台等の宗派の学者たちも世間に追随して、法華経等が末法の時機に不相応と言って選択集の邪義を助ける愚を犯していると嘆かれている。
このように、天台宗等の学者たちは目先の欲に目がくらんで、法華経において釈迦・多宝・十方分身の諸仏が定めた「法をして久しく住せしめん」や「後の五百歳の中に、閻浮提に広宣流布して」という誓いの言葉を自ら破った上に、一切衆生をして三世十方の諸仏の舌を切る罪を犯させたのであり、その姿はまさに「悪世の中の比丘は邪智にして心諂曲に未だ得ざるを為れ得たりと謂い我慢の心充満せん、或は阿練若に納衣にして空閑に在つて自ら真の道を行ずと謂つて人間を軽賎する者有らん利養に貪著するが故に白衣の与に法を説いて世に恭敬せらるることを為ること六通の羅漢の如くならん、是の人悪心を懐き常に世俗の事を念い名を阿練若に仮て好んで我等が過を出さん、常に大衆の中に在つて我等を毀らんと欲するが故に国王・大臣・婆羅門・居士及び余の比丘衆に向つて誹謗して我が悪を説いて是れ邪見の人・外道の論議を説くと謂わん、濁劫悪世の中には多く諸の恐怖有らん悪鬼其身に入つて我を罵詈毀辱せん」と説かれる悪比丘のそれである、と破折されている。
釈迦多宝並に十方諸仏の御評定の「令法久住・於閻浮提広宣流布」の誠言を壊り一切衆生をして三世十方の諸仏の舌を切る罪を得せしむ
天台宗等の学者たちが法華経を末法の時機に不相応であるとする法然の邪義を助ける言動を行っていることについて、それが、まさに法華経そのものに背くものであると破折されているところである。
天台宗等は少なくとも法華経を依経とする宗派であるから、法然の邪義を破折して然るべきである。だが、大聖人当時の天台宗は「世間を貪り」「世の情に随い」「一旦の欲心に依る」がゆえに、法然の邪義にたぶらかされた世間の人々に媚びて、法華経は末法の時機にふさわしくないなどと言って法然の肩を持つに至ったことを嘆かれている。
そして、このような天台宗の僧らは、一方では釈迦・多宝・十方諸仏の三仏が集まって定められたとことの法華経を末法に令法久住し広宣流布していくとの誠の誓いの約束を破壊しているのであり、他方では、一切の衆生をして三世十方の諸仏の舌を切らせるのだから、その罪は大きいと糾弾されている。三世十方の諸仏の舌を切る罪」と仰せられているのは、法華経が正しい法で末代に流布することを三世十方の諸仏が舌を出して証明したのであるから、法華経などの時機に合わないと人々に思わせていることは、この十方諸仏の舌を切らせているのと同じであるという意味である。
偏に是れ悪世の中の比丘は邪智にして心諂曲に未だ得ざるを為得たりと謂い、乃至・悪鬼其の身に入り
更に、法然の邪義に肩入れしている天台真言の僧らは法華経・勧持品第十三に説かれる三類の強敵の第二道門増上慢、第三僭聖増上慢にあてはまると指摘されている。
初めの道門増上慢のところは、末法の悪世の比丘は邪な智慧をもっている上に心がひねくれているので、末だ悟っていないのに悟ったように思い、自分だけが一番偉いという増上慢の心に満ちあふれているという意味であり、法華経は末法の時機には不相応であるとする天台宗の僧侶たちがまさにこの姿であると仰せられているのである。
次に「悪鬼其の身に入り」を挙げられているのは、本来、法華経を第一とする宗派である天台宗の僧たちが法華経をけなしているのは、世間的な欲心という“悪鬼”が彼らの身に入り、それに振り回されているからだろうという意である。
そして「仏の方便随宣所説の法を知らず」と挙げられているのは、彼ら天台僧が法華経を時機不相応とし権教による念仏が時機に適っているなどと言っているのは、この文に当てはまっていると指摘させるためである。
第34章 0052:06~0052:15 諸師に背く選択集の証文挙げるtop
| 06 問うて云く竜樹菩薩並に三師は法華真言等を以て難・聖・雑の中に入れざりしを源空私に之を入るるとは何を以 07 て之を知るや、 答えて云く遠く余処に証拠を尋ぬ可きに非ず即選択集に之を見たり、 問うて云く其の証文如何、 08 答えて云く選択集の第一篇に云く 道綽禅師・聖道浄土の二門を立て 而して聖道を捨てて正しく浄土に帰するの文 09 と約束し了つて、次下に安楽集を引いて私の料簡の段に云く 「初に聖道門とは之に就て二有り・一には大乗・二に 10 は小乗なり大乗の中に就て顕密権実等の不同有りと雖も 今此の集の意は唯顕大及以び権大を存す故に 歴劫迂回の 11 行に当る之に準じて之を思うに応に密大及以び実大をも存すべし」已上選択集の文なり、 此の文の意は道綽禅師の 12 安楽集の意は法華已前の大小乗経に於て聖道浄土の二門を分つと雖も 我私に法華・真言等の実大・密大を以て四十 13 余年の権大乗に同じて聖道門と称す「準之思之」の四字是なり、 此の意に依るが故に亦曇鸞の難易の二道を引く時 14 亦私に法華真言を以て難行道の中に入れ 善導和尚の正雑二行を分つ時も亦 私に法華真言を以て雑行の内に入る総 15 じて選択集の十六段に亘つて無量の謗法を作す根源は偏に此の四字より起る誤れるかな畏しきかな。 -----― 問うて云う。竜樹菩薩ならびに三師は法華・真言等を難行道・聖道門・雑行の中に入れなかったのに、源空が勝手にこれを入れたことは、何をもってそう言えるのか。 答えて云う。遠く他の所に証拠を求めることはない。すなわち選択集にこの証拠は明らかである。 問うて云う。その証文はどうか。 答えて云う。選択集の第一篇に「道綽禅師・聖道浄土の二門を立てて、しかして聖道門を捨てて正しく浄土に帰するの文」と本篇の総意を表示して、次下に安楽集の文を引用して、さらに私の料簡の段に「初めに聖道門とはこれにつて二つある。一には大乗教、二には小乗教である。大乗教の中に顕教・密教・権教・実教等の不同があるが、今、この安楽集の意は、聖道門とはただ顕大乗および権大乗である。ゆえにこれらは歴劫迂回の修行に当たるとしている。これに準じこれを思うに、まさに密大乗および実大乗をも聖道門にいれてよい」と述べている。これは選択集の文である。 この文の意味は道綽禅師の安楽集の趣意は法華経以前の大乗経・小乗経において聖道門・浄土門の二門を分けることがあるが、私は独自の立場で法華・真言等の実大乗・密大乗を四十余年の権大乗と同じであるとして聖道門と呼ぶ。ということである。「これに準じてこれを思うに」の四字はそれを表わしている。 この趣意によるゆえに、曇鸞の難行道・易行道の二道を引く時も、また自分勝手に法華・真言を難行道の中に入れ、善導和尚の正行・雑行の二行を分ける時も、また自分勝手に法華・真言を雑行の内に入れたのである。 総じて選択集の十六段にわたって無量の謗法をなす根源は、ひとえにこの四字から起こっているのである。これこそ誤りであり、畏るべきことである。 |
顕大
顕大乗教のこと。顕に説かれた大乗の経。密大に対する語。真言宗では大乗教を顕教と道教に分け、法華経等を顕教として、密教より劣るとしている。
権大
権大乗教のこと。権に説かれた大乗の教え。実大に対する語。大乗教に権教と実教があり、法華経以外の諸大乗教を権教とする。
歴劫迂回
長い道程を経ること。速疾頓成・即身成仏に対する語。爾前の諸経では菩薩や二乗は、数えきれないほどの長遠の期間にわたっての修行を経て得道するとされている。初発心から得道まで、二乗の菩薩は三阿僧祇劫、通教の菩薩は動踰塵劫、別教の菩薩は多俱低劫など長時の修行を要すると説かれる。
密大
密大乗教のこと。顕大に対する語。真言宗では大乗教を顕教と道教に分け、法華経等を顕教として、密教より劣るとしている。
実大
実大乗教のこと。大乗教に権教と実教があり、法華経以外の諸大乗教を権教とし、法華経のみを実大乗教と立てる。
選択集の十六段
法然の選択集の構成は16段であるということ。
―――――――――
前章で法華経をも末法の時機には不相応である難・聖・雑のなかに含めるとする邪義は、あくまで法然一人の邪義であることを明らかにされたのであるが、ここではその明白な証拠を選択集そのものの中から指摘されている。
初めに、竜樹や三師は法華を難行道・雑行のなかにいれなかったのに、法然が勝手に入れたということは、何をもって言えるのか、という問いを掲げられている。
これに答えて、その証拠は何か遠く他所に求めるまでもなく、選択集自体にあるとし、その証文を挙げられるのである。
すなわち選択集の第一篇は「道綽禅師・聖道浄土の二門を立て而して聖道を捨てて浄土に記するの文」とのタイトルのもと、道綽の立てた聖道・浄土の二門についての論を紹介し、そこから一転して「私に云く」として、法然自身の考えを述べているのである。
その中で、特に聖道門に何を含めるかに関し、法然の我見があることを指摘されている。すなわち、聖道門について道綽は大乗・小乗が含まれるとし、大乗としては顕密権実の不同はあるものの「唯願大及以び権大」を挙げるとしたうえで、法然は「之に準じて之を思うに」と断った後、大乗の中に実大乗と密大乗を入れるべきであると説き、法華経をも聖道門のなかに入れているのである。
すなわち、安楽集では法華経以前の爾前の大小乗経のなかで聖道・浄土の二門に分けていたのに対し、法然は法華・真言等をもって爾前40余年の権大乗経と同じであるとし「実大・密大」をも聖道門に入れたのである。
こうしてこのあとの展開でも、曇鸞の難行道・易行道の区分の時には難行道の中に、善導の正雑の二行の立て分けにおいては雑行の中に法華経を入れることになったのであり、その根源は「準之思之」の四字に始まると指摘されている。
このことを「総じて選択集の十六段に亘つて無量の謗法を作す根源は偏に此の四字より起る誤れるかな畏しきかな」と仰せられて、全16篇からなる選択集のすべてにわたって無量の正法誹謗をなしている根源はまさに「準之思之」のわずか四字から起こったと結論され、勝手な我見を加えることの恐ろしさを強調されている。
第35章 0052:16~0053:10 法然の弟子たちの弁解挙げるtop
| 16 爰に源空の門弟・師の邪義を救つて云く諸宗の常の習い 設い経論の証文無しと雖も義類の同じきを聚めて一処 17 に置く而も選択集の意は 法華真言等を集めて雑行の内に入れ正行に対して之を捨つ 偏に経の法体を嫌うに非ず但 18 風勢無き末代の衆生を常没の凡夫と定め 此の機に易行の法を撰ぶ時・称名の念仏を以て 其の機に当て易行の法を 0053 01 以て諸教に勝ると立つ権実浅深の勝劣を詮ずるに非ず、 雑行と云うも嫌つて雑と云うに非ず 雑と云うは不純を雑 02 と云う其の上諸の経論並に諸師も此の意無きに非ず故に叡山の先徳の往生要集の意偏に是の義なり。 -----― ここに源空の門弟が師の邪義を救うために次のようにいっている。 諸宗の通例として、たとい経論の証文はないとしても、教義の同類のものを集めて一所にまとめる。しかも選択集の本意は法華・真言等を集めて雑行の中に入れ、称名念仏の正行に対してこれ捨てたのであるが、決して経の法体を嫌ったものではない。 ただ道心の趣のない末代の衆生を常に苦海に沈む凡夫と定め、この機根の衆生に修行し易い法を撰ぶ時、称名の念仏をもってその機根にあて易行の法をもって諸教に勝れると立てたのである。 教法の権と実、浅と深などの勝劣を論じたものではない。雑行というも嫌って雑というのではない。雑というは不純を雑と言うのである。 そのうえ、諸の経論ならびに諸師にもこの意がないわけではない。ゆえに比叡山の先徳である慧心僧都の往生要集の趣意もひとえにここにある。 -----― 03 所以に往生要集の序に云く 「顕密の教法は其の文一に非ず事理の業因其の行惟れ多し利智精進の人は未だ難し 04 と為ず予が如き頑魯の者豈敢てせんや 是の故に念仏の一門に依る」と云云、 此の序の意は慧心先徳も法華真言等 05 を破するに非ず 但偏に我等頑魯の者の機に当つて法華真言は聞き難く行じ難きが故に 我身鈍根なるが故なり敢て 06 法体を嫌うに非ず、 其の上序より已外正宗に至るまで十門有り大文第八の門に述べて云く 「今念仏を勧むること 07 -----― 是れ余の種種の妙行を遮するに非ず 只是れ男女・貴賎・行住坐臥を簡ばず時処諸縁を論ぜず之を修するに難からず -----― 08 乃至・臨終には往生を願求するに其の便宜を得ること念仏には如かず」已上此等の文を見るに源空の選択集と源信の 09 往生要集と一巻三巻の不同有りと雖も 一代聖教の中には易行を撰んで 末代の愚人を救わんと欲する意趣は但同じ 10 事なり、源空上人・法華真言を難行と立てて 悪道に堕せば慧心先徳も亦此の失を免るべからず如何、 -----― ゆえに往生要集の序に「顕教・密教の教法はその文は一つではない。事行・理観の業因の行法もたくさんある。利智・精進の人はそれらの行も難しいとはしない。しかし私のような頑で愚かな者はどうしてそれらの修行ができとうか。このゆえに念仏の一門に依るのである」とある。 この序の意は、先徳の慧心僧都も法華・真言等を破ったのではない。ただ、ひとえに我等のような頑で愚かな者の機根にあてはめて、法華・真言は聞くのが難しく、修行するのが難しいゆえであり、我が身が鈍根であるからである。決して教理そのものを嫌ったのではない。 そのうえ、序より以の本論に十門がある。大文の第八門に「今、念仏を勧めることは、他の種々の妙行を遮断するのではない。ただこれは男・女・貴い・賎しい・行く・住む・坐る・臥すことを選ばず、また時や所、場所を問わないで、これを修行するのは難かしいからで(乃至)臨終において往生を願い求めるのに、その便宜を得るは念仏に及ぶものではない」と述べている。 これらの文を見ると、源空の選択集と源信の往生要集とは一巻と三巻の違いはあるが、釈尊一代の聖教の中で易行を選んで末代の愚人を救おうとする考えは全く同じことである。 源空上人が法華・真言を難行と立てたからといって悪道に堕すならば、慧心先徳もまたこの罪を免れないことになるが、どうか。 |
門弟
弟子・門人・門下生。
―――
義類
教義の内容によって類別することを意味する。
―――
経の法体
諸経における教法の本体。教理のこと。
―――
風勢無き
①おもむき・あじわい・情趣のないこと。②道心・成仏を求める心がないこと。
―――
常没の凡夫
「常没」とは、常に水の底に沈み没していること。このことから常没の凡夫とは、常に生死の苦界に沈み没し、迷い・苦しみから脱して浮かび上がることのできない衆生を意味する。
―――
機
説法を受ける所化の衆生の機根。
―――
叡山の先徳
比叡山延暦寺で亡くなった高徳の僧。
―――
顕密の教法
顕教と蜜教の教えのこと。このたてわけは真言宗による。すなわち大日経のように仏の真意を秘密にして説かれた経を密教、法華経のようにあらわに教えを説かれたものを顕教という本末顚倒の邪義を立てている。真実は、大日経のごとき爾前の経々こそ、表面的、皮相的な教えで顕教であり、未曾有の大生命哲理を説き明かした法華経こそ密教である。寿量品には「如来秘密神通之力」とあり、天台の法華文句の九にはこれを受けて「一身即三身のるを名けて秘と為し三身即一身なるを名けて密と為す又昔より説かざる所を名けて秘と為し唯仏のみ知るを名けて密と為す仏三世に於て等しく三身有り諸教の中に於て之を秘して伝えず」等とある。
―――
事理の業因
往生成仏の業因に二種があること。事の業因とは六波羅蜜等の具体的な修行をさし、理の業因とは真理そのものを感得する観念観法などを修行することをいう。
―――
利智精進の人
理智を働かせて一心に仏道を求める人。「理智」はとどこうりのない鋭い智慧。「精進」は懸命に仏道修行に励むこと。
―――
頑魯の者
頑固で愚かな人。頑愚ともいう。
―――
慧心先徳
(0942~1017)。日本天台宗恵心流の祖。恵心僧都源信のこと。先徳とは、徳望の高い人を尊敬していう語で、とくに亡くなった高徳の僧をいう。大和(奈良県)に生まれ、幼くして比叡山に登り、良源に師事して天台の教義を学んだ。権少僧都に任ぜられたとき、横川恵心院に住んでいたので恵心僧都と呼ばれた。著書に「往生要集」三巻などがある。
―――
慧心先徳
(0942~1017)。日本天台宗恵心流の祖。恵心僧都源信のこと。先徳とは、徳望の高い人を尊敬していう語で、とくに亡くなった高徳の僧をいう。大和(奈良県)に生まれ、幼くして比叡山に登り、良源に師事して天台の教義を学んだ。権少僧都に任ぜられたとき、横川恵心院に住んでいたので恵心僧都と呼ばれた。著書に「往生要集」三巻などがある。
―――
法体
御義口伝には「法体とは心と云う事なり法とは諸法なり諸法の心と云う事なり諸法の心とは妙法蓮華経なり」(0709-04)とある。ここで「心」とは本体の意である。
―――
序より已外正宗に至るまで十門有り
源信の往生要集は、序分を除いて正宗が十門からなる。すなわち、第一 厭離穢土--地獄・餓鬼・畜生・阿修羅・人間・天人の六道を説く。第二 欣求浄土--極楽浄土に生れる十楽を説く。第三 極楽証拠--極楽往生の証拠を書く。第四 正修念仏--浄土往生の道を明らかにする。第五 助念方法--念仏修行の方法論。第六 別時念仏--臨終の念仏を説く。第七 念仏利益--念仏を唱えることによる功徳。第八 念仏証拠--念仏を唱えることによる善業。第九 往生諸行--念仏の包容性。第十 問答料簡--何よりも勝れているのが念仏であると説く。とある。
―――
種種の妙行を遮するに非ず
恵心の往生要集は他宗のさまざまな妙行を禁じているものではないということ。
―――
貴賤
身分の貴い人と賤しい人。
―――
行住坐臥
①行く・住む・坐る・臥す。②行・住・坐・臥。③日常の生活のすべて。
―――
時処諸縁
時と処といろいろな場合。
―――――――――
ここでは、前章での破折に対して法然の門弟たちが師を弁解して言っていることを取り上げられている。
すなわち、選択集で法然が法華経をも雑行のなかに入れたのは、内容的にも同類のものは一つにまとめられるという通例にならったのであり、法華経を含めて聖道門を捨てるとしたのは、法華経等の法体を嫌ったのではなく、末法の凡夫の低い機根にとっては称名念仏の行のほうが行じやすいからこれを正行として立てたまでであり、教法そのものについて権と実との浅深い勝劣を明らかにしようとしたのではない。したがって雑行の雑というものを嫌っていったのではなく、称名念仏のみの純粋の行に対して他の教ではさまざまな行を修するので不純の意味でいったのである。
同じようなことは法然だけでなく、源信の往生要集の序と大文第八の文に説かれている。いずれも念仏の修行が末法の鈍根の機根にとっては行じやすいからこれを選んだまでで、法華経等の正法を破ったものではない。
法然が法華経を含めて聖道門と雑行を立てたからといって、悪道に堕ちるとするならば、源信もまた悪道に堕ちることになるにちがいないものであろうか、というのが法然門下の弁明の内容である。
この弁明が無視している誤りは、念仏を正行として法華経等を雑行としたのはあくまで教法の高低浅深を判ずるものではなく、末代凡夫の鈍根の機根に最も行じやすいという観点からにすぎないということであるが、結論的に、人々を法華経信仰から遠ざけ、法華経をこそ末法に広宣流布せよとした仏意に背く言動であることを忘れているところである。
諸宗の常の習い設い経論の証文無しと雖も義類の同じきを聚めて一処に置く
ここは、道綽が安楽集で聖道門のなかに法華経を入れなかったにもかかわらず、法然が選択集で「之に準じて之を思うに」と言って、法華経を入れたことについて、法然の弟子たちが弁明しているところである。
つまり、聖道門のなかに法華経を入れたのは、諸宗でもたとえ経とか論に文証がなくても、教義の内容による分類の同じものを集めて一つにまとめるという習慣にならったものにすぎない、といっているのである。
法然一人だけが勝手なことをしたのではなく、諸宗の習慣的に行っていることをしただけだと弁明しているのでる。
往生要集の序に云く「顕密の教法は其の文一に非ず事理の業因其の行惟れ多し惟れ多し利智精進の人は未だ難と為ず予が如き頑魯の者豈敢てせんや是の故に念仏の一門に依る」と云云
法然の弁明のために弟子たちが持ち出した恵心僧都源信の往生要集の序の文である。つまり、源信も法然と同じく法体の勝劣浅深を論じたのではなく、末代の劣悪の機根に適した経教が念仏の一門であるとしたのであるというのである。
文中、「顕密の教法」とは顕教と密教の教えのことでる。顕教とは言葉や文字で顕に示された教えのこと、密教とは秘密の教えのこと、秘密のうちに説かれた教えの意味であるが、仏教の宗派でいえば、真言宗の大日経等を密教、これに対し天台宗の法華経を顕教としている。
ただし、当時の天台宗は顕密兼修で、ここでは特に天台宗の伝統である法華真言の教法をさすと考えてよい。
「其の文一に非ず」、恵心は顕教であれ密教であれ、それらの教えは複雑であると述べている。
次に「事理の業因」の“事”とは一般的には具体的な修行としての六波羅蜜の菩薩行などをいうのに対し、“理”とは真理そのものを感得する観念観法などのことをいう。それらの行は「惟れ多し」煩雑だということである。
したがって「利智精進の人は末だ難しと為ず」、つまり、智力がすぐれ、かつ精進しつづける人にとっては、そうした修行も困難ではないであろうが、「予が如き頑魯の者豈敢てせんや」私のような頑迷の凡愚の者はどうしてこうした修行に耐えられようか、とのべ、そのような頑迷凡愚の者にとっての救いの道が念仏であるとして「是の故に念仏の一門に依る」と結んでいる。
大文第八の門に述べて云く「今念仏を勧むること是れ余の種種の妙行を遮するに非ず只是れ男女・貴賎・行住坐臥を簡ばず時処諸縁を論ぜず之を修するに難からず乃至・臨終には往生を願求するに其の便宜を得ること念仏には如かず」已上
前と同じ意図で往生要集から引用しているところである。引用文は大文第八「念仏の証拠」という個所からのもの。
内容は次の通りである。
源信が念仏の行を勧めたのは、他の種々の妙行を否定するためではなく、ただ男女貴賤の別なく行住坐臥を選ばず、つまり坐ったり横になったり動いたりなどのどの姿勢であっても、また、時処諸縁を論ぜず、つまり、時や処、さまざまな縁を選ばず修行するのが容易で、しかも臨終に往生を願い求めてその便宣を得る場合、念仏に及ぶものではないからである、というものである
すなわち、念仏の行は末代の劣悪の機根にとっては易行であることが強調されている。
第36章 0053:10~0054:02 法華を雑行とする邪義を破すtop
| 10 答えて云く 11 汝・師の謗法の失を救わんが為に事を 源信の往生要集に寄せて謗法の上に弥重罪を招く者なり 其の故は釈迦如来 12 五十年の説教に総じて先き四十二年の意を無量義経に定めて云く 「険逕を行くに留難多き故に」と無量義経の已後 13 を定めて云く「大直道を行くに留難無きが故に」と仏自ら難易・勝劣の二道を分ちたまえり、 仏より外等覚已下末 14 代の凡師に至るまで自義を以て難易の二道を分ち此の義に背く者は外道魔王の説に同じきか、 随つて四依の大士・ 15 竜樹菩薩の十住毘婆沙論には法華已前に於て 難易の二道を分ち敢て四十余年已後の経に於て 難行の義を存せず、 16 其の上若し修し易きを以て易行と定めば 法華経の五十展転の行は称名念仏より行じ易きこと百千万億倍なり、 若 17 し亦勝を以て易行と定めば分別功徳品に爾前四十余年の八十万億劫の間の檀・戒・忍・進・念仏三昧等先きの五波羅 18 蜜の功徳を以て法華経の一念信解の功徳に比するに 一念信解の功徳は念仏三昧等の先きの五波羅蜜に勝るる事 百 0054 01 千万億倍なり、難易・勝劣と云い行浅功深と云い 観経等の念仏三昧を法華経に比するに難行の中の極難行・劣が中 02 の極劣なり。 -----― 答えて云う。あなた師・源空の謗法の罪を救おうとして、慧心僧都源信の往生要集、を引き合いに出して謗法の上にますます重罪を招く者である。 そのゆえは釈迦如来の五十年の説教に総じて前四十二年の趣意を無量義経に定めて「険しい道を行くのに困難が多いゆえに」といい、無量義経の以後を定めて「大直道を行くのに困難がないゆえに」という。これは仏自らが難・易・勝・劣の二道を分えられたものである。 仏より以外の等覚からそれ以下の凡師に至るまで、我見をもって難・易の二道を分けて、無量義経の仏の教えに背く者は外道・魔王の説に同じである。したがって四依の大士である竜樹菩薩の十住毘婆沙論には。法華経以前の経について難・易の二道を分けたが、強いて四十余年以後の法華経等について難行の義は立てなかった。 そのうえ、もし修行し易いことから易行と定めるのであれば、法華経の五十展転の行は称名念仏より百千万億倍も行じ易い。 また、功徳の勝れていることをもって易行と定めるのであれば、法華経分別功徳品第十七に法華経以前の四十余年の諸経における八十万億劫の間の布施・持戒・忍辱・精進や念仏三昧等の禅定という前の五波羅蜜の功徳をもって法華経の一念信解の功徳に比較すると、一念信解の功徳は念仏三昧等の前の五波羅蜜に勝れていることは百千万億倍である。 難易・勝劣といい、修行は浅くとも功徳は深いことをいい、観無量寿経等の念仏三昧を法華経に比較すると、念仏三昧は難行の中の極難行・劣が中の極劣である。 |
釈迦如来
釈迦仏・釈尊のこと。如来とは仏、釈迦はシャーキャムニ(Śākyamuni )の音訳で釈迦牟尼の略称。釈迦はもともと古代インドの一種族の名。ゴータマ・ブッダは釈迦族で生まれたので、釈迦牟尼という。牟尼は尊者・聖者のこと。
―――
先き四十二年の意
釈尊は30歳のときに成道してのち、法華経を説くまで、42年間のあいだ、かずかずの経文を説いてきたが、そこではつねに歴劫修行を明かしてきた。これに対し、無量義経にきてはじめて速疾頓成を明かしたのであるが、これを聞いたときの周囲の菩薩衆の驚きはたいへんなものであった。しかし、いま涌出品にきて、たくさんの地涌の菩薩が大地の中から涌現してきたときの迹化の菩薩方の驚きようは、そのときの驚きをはるかに超えたいへんなものであった。すなわち42年の意とは、いまだ真実の経である法華経を説いていない権教であるということ。
―――
険逕
険しい道、険悪な道。
―――
留難
留は拘留、難は迫害のこと。身命に害を加えて、正法流布を妨げること。
―――
直道
一生成仏への正しい道。平和楽土建設への根本的解決の道。
―――
難易・勝劣の二道
「難易」は難行道と易行道のこと。「勝劣の二道」とは、勝れた道と劣った道。法然の邪義を破して本来の易行の勝道とは法華経である。守護国家論には「若し修し易きを以て易行と定めば法華経の五十展転の行は称名念仏より行じ易きこと百千万億倍なり」(0036-16)とある。
―――
等覚
菩薩が修行して到達する階位の52位の中、下位から51番目に位置する菩薩の極位をいう。その智徳が略万徳円満の仏である妙覚とほぼ等しく、一如になったという意味で等覚という三祇百劫の修行を満足し、まさに妙覚の果実を得ようとする位。一生補処、有上士、金剛心の位といわれる。
―――
外道
仏教以外の低級・邪悪な教え。心理にそむく説のこと。
―――
魔王
第六天の魔王・他化自在天王のこと。欲界の天は六重あり、他化自在天はその最頂・第六にあるので第六天といい、そこに住して仏道を障礙する魔王を第六天の魔王という。大智度論巻九には「此の天は他の化する所を奪って而して自ら娯楽するが故に他化自在と言う」とある。三障四魔のなかの天子魔にあたる。
―――
四依の大士
仏滅後正法時代に正法を護持し弘通した人々のよりどころとなる四種の人格のこと。人の四依・四依の賢聖・四依の聖人・四依の菩薩・四依の論師ともいう。
―――
五十展転の行
法華経を聞いて随喜した人が次々に他人に語り伝え、50人目になってもその功徳があるということ。随喜功徳品には「是の如く第五十人の展転して、法華経を聞いて随喜せん功徳、尚無量無辺阿僧祇なり」とある。展転とは、ころがる、めぐるの意で、教法を人から人へと伝えていくこと。この50番目の人が法を聞いて、随喜する功徳は、400万億阿僧祇の世界の衆生に80年にわたり楽具、珍宝等を供養し、阿羅漢果を得させる功徳よりも、はるかにすぐれていると説いている。化他の功徳を欠く50番目の者さえ功徳が絶大であることを説いて、一番目の自行・化他を具足する者の功徳がいかに大きいかをあらわしている。「行」とは、人から人へ伝えていくこと。
―――
分別功徳品
妙法蓮華経分別功徳品第17のこと。略広に開近顕遠して、菩薩大衆は種々の功徳を得たのであるが、その功徳の浅深不同を分別することを説いたので、分別功徳品というのである。全体が二段に分かれていて、初めから弥勒が領解を述べた偈頌の終わりまでは、本門の正宗分で、その中に授記と領解があり、まず総じて菩薩に法身の記を授け、大衆の供養があり、ついで、領解、分別功養がある。つぎに、後半、「爾の時、仏、弥勒摩訶薩に告げたまわく」から終わりまでは流通分に属し、次の品の終わりまでは初品の因の功徳を明かすのであって、まず一念信解、略解言趣、広為他説、深信観成の現在の四信と、随喜品、読誦品、解脱品、兼行六度品、正行六度品の滅後の五品を説き、次品の終わりまでにも及んでいる。日蓮大聖人は南無妙法蓮華経の正行を、初信の位にとっておられる。
―――
五波羅蜜
六波羅蜜のうち般若(智慧)波羅蜜を除いたもの。「波羅蜜」は梵語、パーラミター(Pāramitā)の音写。彼岸と訳す。布施、持戒、忍辱、精進、禅定、智慧波羅蜜の六行があり、その行は万差であるから、六度万行という。菩薩等がこの六法を修して生死の彼岸よりよく涅槃の彼岸に至るということである。爾前経においては菩薩の歴劫修行を説いてきたが、無量義経にいたって「末だ六波羅蜜の修行することを得ずと雖も六波羅蜜自然に在前す」と説かれている。すなわちこれは、三大秘法の御本尊の功徳をたとえ、即身成仏を説いている。
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一念信解
分別品に説かれている四信五品の中の現在の四信の第一である。ほけきょうの修行の位であり、一番最初の初信の功徳である。分別品にはこの一念信解の功徳が説かれている。すなわち、八十万億那由佗劫において、仏道のために五波羅蜜という布施・持戒・忍辱・精進・禅定の五つを修行する功徳を、この一念信解の功徳に比べるに、百千万億分の一にもおよばないという。末法において一念信解とは信心であり、信心に一切の功徳は収まるのである。
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法然の弟子たちの弁明を破折している断である。
破折は大きく二つに分かれる。一つは法然の謗法を擁護することは、ますます仏説違背の謗法を重ねることになるという点である。そして仏説によれば、法華経が念仏行よりもはるかに易行道で、念仏こそ極難行であることを明らかにされている。
次いで、法華経等の正法を難行としたのは法体を嫌ったからではなく末代劣悪の機根に適しているからであるとする言い分を破られている。
本章は第一点の破折の段である。
まず、法然の弟子たちが師の謗法を弁解して源信の往生要集を引き合いに出すことは、自身の謗法の上に更に悪業を重ねることになると指摘されている。
その理由として、釈尊自身が、無量義経以前の42年間にわたって説いた経教すなわち爾前経をさして無量義経を引かれて「険徑を行くに留難多き故に」と難行道で劣るものとし、無量義経以後つまり法華経を「大直道を行くに留難無きが故に」と、易行道で勝っていると決定している。つまり、仏自身が自ら説いた50年の経教を、難行道、42年の爾前権経、易行道、法華経の二道に分けて決定済みなのである。
仏自身が二道を既に決定しているわけであるから、仏以外の等覚や更にそれ以下の末代の凡師に至る仏教者たちが、自分の流儀で勝手にこれに背いた説を立てつこと自体、仏法を破壊する外道・魔王と同じになるのである。
したがって、竜樹は十住毘婆沙論で難易の二道を分けたが、それは、あくまで法華経以前の40余年の爾前権経のなかでの立て分けであって、40余年以後の経教を難行道とすることなどはしていないのである。
そして、あえて法華経と爾前経との難易を論ずれば、として「修行の易さ」と「功徳の勝劣」の二点から言及される。初めの修行し易いという意味での易行については、法華経の五十展転の行のほうが称名念仏の行よりもはるかに易しいことを明かされ、次の功徳が勝れているという意味での易行ならば、法華経分別功徳品に説かれる一念信解の功徳のほうが念仏三昧等の五波羅蜜の功徳に勝れているから、いずれの意味でも法華経こそ易行であり、念仏は極難行というべきであると強調されている。
法華経の五十展転の行は称名念仏より行じ易きこと百千万億倍なり
五十展転とは法華経随喜功徳品第十八に説かれているものである。仏の滅後に法華経を聞いて随喜する人の功徳はどれほどであるか、との質問に仏が答えるなかで説かれる。すなわち「阿逸多よ、如来の滅後に、若し比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷及び余の智者の、若しは長若しは幼は、是の経を聞いて随喜し已って、法会より出でて、余処に至り、若しは僧坊に在り、若しは空閑の地、若しは城邑・巷陌・聚落・田里にて、其の聞く所の如く、父母・宗親・善友・知識の為めに、力に随って演説せん。是の諸人等は、聞き已って随喜して、復行いて転教せん。余の人は聞き已って、亦随喜して転教せん。是の如く展転して、第五十に至らん。
阿逸多よ、其の第五十の善男子・善女人の随喜の功徳を、我れは今之を説かん。汝は当に善く聴くべし。若し四百万億阿僧祇の世界の六趣四生の衆生は、卵生・胎生・湿生・化生・若しは有形・無形・有想・無想・非有想・非無想・無足・二足・四足・多足、是の如き等の衆生の数に在らば、人有って福を求めて、其の所欲に随って、娯楽の具、皆之に給与せん。一一の衆生に、閻浮提に満てらん金・銀・瑠璃・碑礪・馬・珊瑚・琥珀・諸の妙なる珍宝、及び象・馬・車乗・七宝成ずる所の宮殿楼閣等を与えん。
是の大施主は是の如く布施すること八十年を満て已って、是の念を作さく、『我は已に衆生に娯楽の具を施すこと、意の欲する所に随う。然るに此の衆生は皆な已に衰老して、年八十を過ぎ、髪は白く面は皺みて、将に死せんこと久しからじ。我れは当に仏法を以て之を訓導すべし』と。即ち此の衆生を集めて、宣布法化し、示教利喜して、一時に皆須陀洹道・斯陀含道・阿那含道・阿羅漢道を得、諸の有漏を尽くし、深き禅定に於いて、皆な自在なるを得、八解脱を具せしめん。
汝が意に於て云何ん。是の大施主の所得の功徳は寧ろ多しと為すや不や」。と。弥勒、仏に白して言さく、『世尊よ、是の人の功徳は甚だ多く、無量無辺なり。若し是の施主は、但だ衆生に一切の楽具を施さんすら、功徳は無量ならん。何に況んや阿羅漢果を得せしめんをや』と。
仏は弥勒に告げたまわく、
『我れは今分明に汝に語る、是の人は一切の楽具を以て、四百万億阿僧祇の世界の六趣の衆生に施し、又阿羅漢果を得しめん。得る所のの功徳は、是の第五十の人の法華経の一偈を聞いて、随喜せん功徳には如かず、百分・千分・百千万億分にして、其の一にも及ばじ。乃至算数譬喩も知ること能わざる所なり。
阿逸多よ、是の如く第五十の人の展転して法華経を聞いて随喜せん功徳すら、尚お無量無辺阿僧祇なり』」とある個所である。
すなわち、如来の滅後に、もし比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷の四衆やその他の智者がその長幼を問わずに、法華経を聞いて随喜し、法会の出てごころか他の所に行き、僧坊、空き地、城下町、港、村などの地であろうとも、法華経を聞いた通りに父母や親戚、善友などに自分の力に応じて説いたとする。その時聞いた人たちが聞き終わって随喜し、また出かけて、法華経の教えを説いたとする。
その時聞いた人がまた聞き終わって随喜して、再び法華経を他の人に説いて随喜させ、このように展転して第五十番目の人に到達したとする。その第五十番目に法華経を聞いた善男子・善女人の随喜の功徳は四百万億阿僧祇の世界の一切衆生に布施して化導して阿羅漢果を得させる功徳の無量無辺阿僧祇倍であり、いわんや最初に法華経を聞いて随喜した人の功徳は計り知れないというのが五十展転の意味である。
この五十展転の行はただ法華経を聞いて随喜した人に伝えればよいのであるから、阿弥陀仏の名号を称える称名念仏の行よりはるかに易行せあると仰せられているのである。
一念信解の功徳は念仏三昧等の先きの五波羅蜜に勝るる事百千万億倍なり
一念信解の功徳とは法華経分別功徳品第十七に説かれている四信五品のうち、現在の四信の第一、四信五品とは法華経の功徳について弟子には四信、滅後の弟子には五品があるということ。
四信とは
一念信解・下に説明
略解言趣・説かれたことの趣旨がほぼ了解されること。
広為他説・説かれたことを広く他のために説くこと。
深信観成・深い信に達し真理の観察を成就すこと。
五品とは
初随喜 品・滅後に法華経を聞いて随喜の心を起こすこと。
読 誦 品・法華経を読誦すること。
説 法 品・自ら受持し他人のために説くこと。
兼行六度品・法華経受持と兼ねて六波羅蜜を行ずること。
正行六度品・六波羅蜜を主として行ずること。
である。
このうち、最初の一念信解については次のように説かれている。
「阿逸多よ、其れ衆生あって、仏の寿命の長遠なると是の如くなるを聞き、乃至能く一念の信解を生ぜば、得る所の功徳限量有ること無けん。若し善男子・善女人有って、阿耨多羅三藐三菩提の為めの故に、八十万億那由他劫に於いて、五波羅蜜を行ぜん。檀波羅蜜・尸羅波羅蜜・羼提波羅蜜・毘梨耶波羅蜜・禅波羅蜜にして、般若波羅蜜を除く。是の功徳を以て、前の功徳に比ぶるに、百分・千分・百千万億分にして、其の一にも及ばず。乃至算数譬喩も知ること能わざる所なり。善男子に是の如き功徳有って、阿耨多羅三藐三菩提に於いて退するが若きは、是の処有ること無けん」と。
つまり、一念信解、すなわち、仏の寿命が長遠であることを聞いて、一瞬の心に信解すれば、その功徳は六波羅蜜のうち般若波羅蜜を除く五波羅蜜を八十万億那由佗劫の間修行する功徳よりも百千万億倍もすぐれているというのである。
法然等のいう念仏三昧は檀・戸羅・羼提・毘梨耶・禅の五波羅蜜の修行のなかの禅波羅蜜に相当するから、法華経の一念信解の功徳は念仏三昧のそれより百千万億倍もすぐれているということになる。
このように仏説によれば、修行としても法華経のほうが行じ易く、しかも、功徳もはるかに大きいのであるから、法華経こそ最も易行の道であり、これに比べると念仏は修行として行じ難く、行じても功徳がないのだから「劣が中の極劣」となるのである。
第37章 0054:03~0054:08 機根と教法との関係を明かすtop
| 03 其の上悪人愚人を扶くること亦教の浅深に依る 阿含十二年の戒門には現身に四重五逆の者に得道を許さず、華 04 厳方等般若雙観経等の諸経は阿含経より教深き故に 勧門の時は重罪の者を摂すと雖も 猶戒門の日は七逆の者に現 05 身の受戒を許さず、 然りと雖も決定性の二乗・無性の闡提に於て誡勧共に之を許さず、 法華涅槃等には唯五逆七 06 逆謗法の者を摂するのみに非ず 亦定性無性をも摂す、 就中末法に於ては常没の闡提之多し 豈観経等の四十余年 07 の諸経に於て之を扶く可けんや 無性の常没・決定性の二乗は 但法華涅槃等に限れり、四十余年の経に依る人師は 08 彼の経の機と取る此の人は未だ教相を知らざる故なり。 -----― そのうえ、悪人・愚人を助けることは、また教の浅深に依る。阿含十二年の戒門では、現世の身に四重罪・五逆罪を犯した者に得道を許さない。華厳経・方等経・般若経・無量寿経等の諸大乗経は阿含経より教えが深きゆえに、勧門の時は重罪の者も包摂しているが、戒門を説く段では七逆罪の者に現生の身の受戒を許さない。 しかしながら不成仏の決定性の二乗、無仏性の一闡提に対しては、戒門・勧門ともに受戒・得道を許さない。 法華経・涅槃経等では、ただ五逆罪・七逆罪・謗法の者を包摂しているだけでなく、また不成仏の決定性の二乗、無仏性の一闡提をも包摂している。 なかんずく末法においては常に苦海に沈む一闡提が多い。どうして観無量寿経等の四十余年間の諸経が末法の衆生を助けることができようか。無仏性の常に苦海に沈む一闡提、不成仏の二乗は、ただ法華経・涅槃経に限って救うことができる。 四十余年間の権経に依る人師は、その経に合った機根の衆生であるとしている。この人は未だ教法の勝劣を知らないからである。 |
阿含十二年
阿含とは、梵語アーマガの音写で、教・伝・法帰等と訳す。伝承された教えの意。釈尊の言行・説法を伝え集成した経蔵全体の総称をいう。ただし、大乗仏教が興ってからは小乗経典の意味に限ってつかわれる。北方系仏教では四阿含といって、増一阿含経・中阿含経・長阿含経・雑阿含経の四つに分類される。阿含経は声聞の最高位である阿羅漢に到ることを目的とするので、三乗の中でも二乗である声聞を正位として説かれた経といえる。説処は波羅奈国等で説時は12年間。
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戒門
戒を修める法門のこと。悪道を防ぎ制することを戒といい、衆生の悪を制し、仏道を得させるあり方をいう。
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現身
①現世に生きている身、現在の身。②仏・菩薩が衆生救済のために種々の身を化現することをいう。
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四重
四衆のうち、比丘の極重罪のことで、十悪業のなかでとくに重い殺生・偸盗・邪淫・妄語の四つをいう。また四重禁戒といって、一に不殺生戒、二に不偸盗戒、三に不邪淫戒、四に不妄語戒で、これを犯せば教団を放逐される。出家としての最重罪である。
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五逆の者
五逆罪を犯した者。五逆罪は五無間業ともいい、殺父、殺母、殺阿羅漢、破和合僧、出仏身血のこと。これを犯した者は無間地獄に堕ちるとされている。
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得道
仏道をおさめて悟りを開く意で成仏のこと。
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勧門
仏道を勧める法門のこと。勧誡二門のひとつで、誡文に対する語。善なる道を教えることを勧といい、善をすすめて衆生を仏道の門に教道することを勧門という。
七逆
七逆罪のこと。五逆罪に殺和尚・殺阿闍梨を加えて七逆罪という。すなわち、殺父・殺母・殺阿羅漢・出仏身血・破和合僧・殺和尚・殺阿闍梨のこと。
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受戒
戒を受けること。納戒・作法受戒ともいう。在家の弟子も出家の弟子もすべて師につき、または自ら誓うことによって戒を受持することをいう。受戒の儀式の作法は大乗・小乗・宗派等によって異なる。創価学会においては、入会勤行会がこれにあたる。
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決定性の二乗
決定種性のこと。爾前経で声聞・縁覚の二乗は六道へも、菩薩・仏界へも絶対に出ることができないとした。この二乗をさして「決定性」とよんだ。法相宗ではとくにこれを強調し、法華経とはぜんぜん逆に、一乗方便・三乗真実と立てる。
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無性の闡提
無性である闡堤のこと。無性は成仏する可能性のない衆生のこと。闡堤は正法を信ぜず、成仏の因をもたない一闡提のこと。
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誡勧
誡門と勧門のこと。
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定性無性
決定性の二乗と無性の闡堤。
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末法
正像末の三時の一つ。衆生が三毒強盛の故に証果が得られない時代。釈迦仏法においては、滅後2000年以降をいう。
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常没の闡提
常に生死の苦しみの底に没し、迷い・苦しみから脱して浮かび上がることができない一闡堤の衆生のこと。
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無性の常没
成仏の因をもたない常没のこと。
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教相
①仏の教説に解釈を施し、分類して系統的・組織的に秩序づけること。天台の五時八教・法相の三時教・真言の顕密二教など。②経文の元意を己心に観ずる観心に対し、教法を分別し、釈すること。日蓮大聖人の文底秘沈の仏法を根幹としていく立場を観心といい、それに対して、釈尊の経文どおりに読んでいくいき方を教相という。③真言密教では灌頂・修法などの具体的な法を事相というのに対して教義面の理論的解釈を教相という。
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法然の弟子たちの弁明への破折が続いているところである。
ここでは、末代劣悪の機根に適しているのは念仏であるとする彼らの主張を破られている。
まず、悪人や愚人を救うことができるかどうかは教法の浅深によると述べられている。すなわち、「教弥実なれば位弥下し」の原理で、機根が比較的よく、罪も小さい者を救うためには、教えは低くてもよいが、機根が劣悪で罪が大きい者を救うには、それだけ教えが深くなくてはならないのである。これは、重い病ほど、効き目の強い薬を必要とするのと同じである。
したがって、一代聖教の中で最も浅い教えである戒門すなわち悪道を防ぎ制することを中心とした阿含経では、四重禁・五逆罪を犯した者の得道を絶対に許さないのに対し、阿含経より深い教えである華厳・方等・般若・双観経等の爾前権経では勧門、すなわち、善なる道を教え仏道修行を勧める時には重罪である四重罪・五逆罪の者を救うとしている。だが戒門を説く時には七逆を犯した者には受戒を許していない。
しかし、これらの爾前権経では、勧門、誡門ともに、決定性の二乗と無性の闡提は救えないとしているのである。
これに対し一代諸教中最高の法である法華・涅槃においては、五逆・七逆などの重罪を犯した者も定性の二乗・無性の闡提、更には正法誹謗の者をも成仏させるのである。
以上から大聖人は最後に、末法においては常没の一闡提の衆生が多いので、観経等の阿弥陀三部経を含む爾前40余年の権経では救うことができず、法華・涅槃のみが末法の衆生に適っていると結論されている。「常没の闡提」とは一闡提・謗法の衆生は、無数劫の間、無間地獄に堕ち、悪道を常に流転するとされていることから、このように表現されたのである。
このように、法華経こそ末法の機に適った教えであることがはっきりしているにもかかわらず、念仏のように爾前40余年の権経を依りどころとしている人師たちが、末法の衆生を自らが依りどころとする経にふさわしい機根としているのは、まだ真実の意味での教相を知らないゆえであると厳しく破折されている。
四重・五逆・謗法・決定性の二乗・無性の闡提
仏が悟達した後、50年間にわたって教えを説いてきた目的は、人々に宇宙と人生の真理を伝えて救済することにあったことは、改めて言うまでもない。
しかし、一切衆生を成仏させる法華経を説く以前、人々の求道心を起させ、生命の変革を促すために方便として説かれた爾前40余年の権経においては、このような衆生は救われないとして、対象から外された人々もいた。それがここに挙げられた種類の人たちである。それはまた、爾前に明かした部分的な教法の無力を示すものであった。
①四重とは、四重禁の略で、殺生・偸盗・邪婬・妄語の四つをおこなうという戒。五戒から不飲酒戒をのぞいたもので、比丘に対する戒めの中で最も重視されたものである。比丘がこれを犯すと教団から追放され再び比丘にはなれないとされる。
②五逆・七逆とは、1・父を殺す、2・母を殺す、3・阿羅漢を殺す、4・仏身より血を出す、5・和合僧を破る(以上五逆)に6・和尚を殺す、7・阿闍梨を殺す、の二逆を加えたものが七逆罪である。
③謗法とは、誹謗正法のこと。五逆・七逆より重い極悪業である。
④決定性の二乗とは、衆生の5種類の機根・5性すなわち、1・定性声聞、2・定性縁覚、3・定性菩薩、4・三乗不定性、5・無性、のうち1・定性声聞、2・定性縁覚のことで、声聞・縁覚となることが定まっている衆生。永不成仏と嫌われた衆生。
⑤無性の闡提とは、5性の第5・無性のこと。無性と闡提は同意である。「常没の闡提」「無性の常没」とうよばれている。末法の衆生は一闡提・謗法である。逆にいえば一闡提・謗法ばかりの衆生のみが住する時代が末法である。
したがって、そうした末法の衆生を救うことのできる教え、すなわち末法の機に合致した教えは法華経の正法であって、この衆生を救う力のない浄土三部経などは「時機に相応しない」教えといわなければならないのである。
第38章 0054:09~0054:14 源信の本意を明かし破折するtop
| 09 但し往生要集は一往序分を見る時は法華真言等を以て顕密の内に入れて 殆ど末代の機に叶わずと書すと雖も文 10 に入つて委細に一部三巻の始末を見るに、 第十の問答料簡の下に正しく諸行の勝劣を定むる時・観仏三昧・般舟三 11 昧・十住毘婆沙論・宝積・大集等の爾前の経論を引いて一切の万行に対して念仏三昧を以て王三昧と立て了んぬ、最 12 後に一つの問答有り爾前の禅定・念仏三昧を以て法華経の一念信解に対するに 百千万億倍劣ると定む、 復問を通 13 ずる時念仏三昧を万行に勝るると云うは爾前の当分なりと云云、 当に知るべし 慧心の意は往生要集を造つて末代 14 の愚機を調えて法華経に入れんが為なり、例せば仏の四十余年の経を以て権機を調え法華経に入れ給うが如し。 -----― ただし往生要集は一往、序分を見る時は法華・真言等を顕教・密教の中に入れて、ほとんど末代の衆生の機根にかなわないと書いているけれども、本文に入って詳しく一部三巻の初めから終わりまでを見ると、大文第十の問答料簡の第七科に正しく「諸行の勝劣」を定める時、観仏三昧経・般舟三昧経・十住毘婆沙論・宝積経・大集経等の法華以前の経論を引用して、一切の万行に対して念仏三昧をもって最勝の王三昧と立てている。 その最後の一つの問答がある。法華以前の禅定である念仏三昧をもって法華経の一念信解の功徳に対すると百千万億倍劣ると定めているのである。 また問いへの答えとして、念仏三昧を万行に勝れるというのは爾前経の範囲内のことであるといっている。 まさに知りなさい。慧心僧都の本意は往生要集をつくって末代の愚かな機根を調えて法華経に入れようとしたのである。例えば、仏が四十余年の諸経をもって権教の機根を調えて法華経に入れられたようなものである。 |
一往
ひととおり、そのままの見方。
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序分
経典等の序論となる部分。
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観仏三昧
「仏説観仏三昧海経」のこと、観仏経ともいう。十巻。東晋の仏駄跋陀羅訳。十二章(品)に分けて、仏の相好の功徳を観想する相状や利益を説く。仏祖統記には、釈尊が成道6年に王宮にむかえ一族500人が出家して仏の化儀を荘厳し、その後6年をへて成道12年にあたって、ふたたび迦毘羅国にかえり、父王のために観仏三昧経を説いたとある。
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般舟三昧
般若三昧経のこと。3巻。中国・後漢代の支婁迦讖訳「十方現在仏悉在前立定経」ともいう。16品からなり、仏が賢護菩薩に対して、般若三昧を行ずることによって阿弥陀仏をはじめ諸仏を見ることができると説いている。漢訳大乗経典の中、最も初期に成立したもので、阿弥陀仏を説く最古の文献とされる。
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宝積
「大宝積経」のこと。大乗仏教の経典の1つ、120巻。各種の経典49部あらなる。西域僧である竺法護によって編纂・翻訳され、唐代の0713年に菩提流志が再翻訳し完成した。内容は菩薩修行の法並びに授記・成仏等に関する記述が多く、密教や般若などの種々の思想が多く含まれている。
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大集
方等部に属する経典で、欲界と色界の中間・大宝坊等に広く十法の仏・菩薩を集めて、説かれた大乗教である。欲界とは、下は地獄界から上は天上界までのすべてを含み、食欲や物欲、性欲などの欲望の世界である。色界とは、欲界の外の浄妙の色法、すなわち色質だけが存在する天上界の一部、十八天をいう。これに対して、精神の世界で、天上界の最上である四天を無色界という。大宝坊は欲界と色界の中間にあるとされたのである。漢訳には六種ある。①大方等大集経三十巻、北涼の曇無識訳。②大乗方等日蔵経十巻、高斉の那連提耶舍訳。③大方等大集月蔵経十巻、高斉の邦連提耶舍訳④大乗大集経二巻、高斉の邦連提耶舍訳⑤仏説明度五十校計経二巻、後漢の安世高訳⑥無尽意菩薩経、宋の智厳・宝雲共訳。大聖人の引用は③大方等大集月蔵経。法滅尽品には仏滅後における仏法の推移を五箇の五百歳に分けて説いた予言がある。すなわち「わが滅後に於いて五百年の中には解脱堅固、次の五百年には禅定堅固(已上一千年)、次の五百年には読誦多聞堅固、次の五百年には多造塔寺堅固(已上二千年)、次の五百年には我が法の中に於て闘諍言訟して白法隠没せん」とある。
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王三昧
三昧の中の王の意で、三昧の中で最も勝れたものということ。三昧安立三昧・三昧王三昧・三昧王などともいう。三昧は心を一つの所に定めて動かさず、仏法の哲理を思索することをいう。
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爾前の禅定
法華経以前の諸経における禅定のこと。禅定とは心を一所に定めて散乱させず、煩悩を断って深く真理を思惟する境地に入ること。戒・定・慧の三学のひとつ。また六波羅蜜のひとつ。また禅定を得るために結跏趺坐することが最も安定した坐法として用いられる。
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当分
当位の分際のことで、そのままの立場のこと。跨節に対する語。天台宗ではこれを教判として、爾前経を当分、法華経を跨節としている。
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愚機
愚かな機根。慧心は末法の衆生の機根を愚機ととらえ、法華経に入るあめに、往生要集をつくって愚機をととのえたのである。
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権機
実機に対する語。①権教に相応した機根の人。釈尊は、正しく実教を聴受できない機根の者に対して、その機根に応じた権教を説いた。この対告衆の機根を権機という。②仏の説法にあたり、その法を聴受すべき者がいないために、仮に聴受者として説法を受ける者のこと。
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法然の弟子たちへの破折が続いているところである。
ここからは“称名念仏の行は易行、法華涅槃等の正法が難行であるとする立て分けは、単に法然一人の説ではなく源信の往生要集にもある”とする法然門下たちの弁明を破折されている段である。
法然の門下たちは、往生要集から序の文と大文第八の文とを引用して、末法の鈍根の衆生にとっては易行の念仏の行が最もふさわしいというのは、法然の新説ではなく、もともと源信が立てた説であると主張した。
これに対して、大聖人は、一往序の文を見ると法華経等を末代の機根には適わないと書いているが、詳しく往生要集一部三巻の全体を検討すると、大文第十の問答料簡では念仏等の爾前権経の修行より法華経等の修行のほうが百千万億倍も勝っていると説いていることを挙げられている。そして、同書の問答の段で「念仏三昧を勝れているというのは爾前の範囲内に限ってのことである」と源信が明言していることを指摘されている。
これは、ちょうど仏が40余年の爾前権経を説いて衆生の機根を調えた後に法華経の実教に導き入れたように、源信も、まず念仏等の行を易行と讃えて、最後の法華経等の正法に導き入れようとしたのである。と述べられ、序文の言葉だけにとらわれて念仏三昧の賛嘆が源信の本意であったとする法然門下を破折されている。
第39章 0054:15~0055:07 一乗要決に源信の本意を見るtop
| 15 故に最後に一乗要決を造る其の序に云く「諸宗の権実は古来の諍いなり倶に経論に拠て互いに是非を執す、 余 16 寛弘丙午の歳冬十月病中に歎いて云く仏法に遇うと雖も 仏意を了せず若し終に手を空うせば後悔何ぞ追わん、 爰 17 に経論の文義・賢哲の章疏或は人をして尋ねしめ 或は自ら思択し全く自宗他宗の偏党を捨つる時・専ら権智実智の 18 深奥を深ぐるに 終に一乗は真実の理・五乗は方便の説を得る者なり、 既に今生の蒙を開く何ぞ夕死の恨を残さん 0055 01 や」已上此の序の意は偏に慧心の本意を顕すなり、 自宗他宗の偏党を捨つるの時浄土の法門を捨てざらんや一乗は 02 真実の理と得る時専ら法華経に依るに非ずや、 源信僧都は永観二年甲申の冬十一月往生要集を造り 寛弘二年丙午 03 の冬十月の比・一乗要決を作る 其の中間二十余年なり権を先にし実を後にする宛も仏の如く亦竜樹・天親・天台等 04 の如し、 汝往生要集を便りとして師の謗法の失を救わんと欲すれども 敢えて其の義類に似ず義類の同じきを以て 05 一処に聚むとならば何等の義類同なるや、 華厳経の如きは二乗界を隔つるが故に 十界互具無し方等・般若の諸経 06 は亦十界互具を許さず観経等の往生極楽も亦 方便の往生なり成仏往生倶に法華経の如き往生に非ず 皆別時意趣の 07 往生成仏なり。 -----― ゆえに最後に一乗要決をつくり、その序に「諸宗の権からの論争の的である。それぞれが経論を依りどころにして互いに是か非かに執着している。私は、寛弘丙午の歳冬十月、病中にあって、このことを嘆いて考えた。せっかく仏法にあいながら仏意を覚り尽くせないで、空しく死んでいくならば後悔しても後悔しきれない。と。そこで経論の文義、賢者・哲人の章疏を人をして究明させ、あるいは自ら思索し選択して、全く自宗・他宗の偏った考えを捨てて、専ら方便の智慧の深奥を探ぐっていたところ、ついに一仏乗が真実の理であり、人・天・声聞・縁覚・菩薩の五乗は方便の説であると確信したのである。こうして既に今生の迷蒙を開いたのであるから、どうして夕べに死ぬことに恨みを残すことがあろうか」と述べている。 この序は、ひとえに慧心の本意が何であったかを顕しており、自宗・他宗の偏った考えを捨てたならば、浄土の法門を捨てるべきだという結論である。そして一仏乗が真実の理と心得る時、専ら法華経に依るのが当然ではないか。 源信僧都は永観二年甲申の冬十一月、往生要集をつくり、寛弘二年丙午の冬十月の頃、一乗要決をつくったのである。その中間は二十余年である。方便の教えを先に説き真実の教を後に説いたことは、あたかも仏と同じであり、また竜樹・天親・天台大師等とも同じである。 あなたは往生要集を依りどころとして、師の源空の謗法の罪を弁明しているけれども、決して往生要集と選択集と教義内容は同じではない。教義内容が同じであるから一所に集めたというが、どの教義内容が同じなのか。 華厳経は二乗界を隔てている。ゆえに、十界互具の義はない。方等経・般若経の諸経もまた十界互具を許さない。観無量寿経等に説く往生極楽もまた方便の往生にすぎない。爾前経で説く成仏・往生はともに法華経で説くような成仏・往生ではない。爾前経はすべて別の時に往生・成仏するのを直ちに往生・成仏するかのように説いたものなのである。 |
賢哲の章疏
仏が説いた教法とそれを論じた哲理における文面と教義。
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思択
思慮・選択すること。
―――
偏党
かたよること。
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権智実智
権の智慧と真実の智慧。権智とは方便智ともいう。実智と併せて権実二智という。権智は仏が衆生の機根に応じて分別して法を説く衆生教化の智慧をいう。天台大師の五時教判によって釈尊の一代聖教を判釈するに、法華経以外は権智の所作となり、権智にしたがって説かれた教え・権教となる。実智とは仏の内証の智慧をさす。すなわち諸法の実相に達した仏の真実の悟りをいう。法華経は実智の所作であり、実智にしたがって説かれた教え・実教となる。実智が体、権智が用である。
―――
一乗は真実の理・五乗は方便の説
一乗は真実の教理であり、五乗は仮の教説であること。
―――
今生の蒙を開く何ぞ夕死の恨を残さんや
今世の生の迷いを晴らす、どうして夕べに死んで恨みを残すことがあろうか、との意味。
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浄土の法門
現実世界を穢土と嫌い、他力によって極楽浄土に往生することを説く教え。浄土の法門は道綽の安楽集巻上などに二門の一つとして説かれている。
―――
源信僧都は永観二年甲申の冬十一月往生要集を造り
源信が往生要集を著作したのは、永観2年(0894)11月~永観3年(0895)4月の期間とされている。
―――
寛弘二年丙午の冬十月の比・一乗要決を作る
源信の一乗要決は寛弘3年(1006)とされている。ただし干支では丙午の年は寛弘3年(1006)となり、寛弘2年(1005)は乙巳となる。どちらかの誤りであろう。
―――
二乗界
十界のなかの声聞界・縁覚界のこと。法華経以前においては二乗界は永久に成仏できないと、厳しく弾呵されてきたが、法華経にはいって初めて三周の声聞(法説周・喩説周・因縁周)が説かれて、成仏が約束されたのである。
―――
十界互具
地獄から仏界にいたる十界のおのおのに十界を具していること。方便品では、凡下の衆生に仏知見がそなわっていると説き、寿量品では三妙合論して仏界常住を説く。この十界互具・百界は、それぞれに十如是を具し、さらに三世間を具して、一念三千となる。ゆえに開目抄には「一念三千は十界互具よりことはじまれり」(0189-04)と仰せである。ただし、末法における真実の十界互具については、われわれが唱える題目・御本尊を仏界として、唱え奉るわれら衆生は九界であり、この境智冥合をもって十界互具というのである。
―――
往生極楽
阿弥陀仏の西方極楽世界に往き生まれること。阿弥陀経には「阿弥陀仏を説くを聞きて名号を執持すること(中略)是の人終わる時、心顚倒せず、即ち阿弥陀仏の極楽国土に往生することを得ん」とある。
―――
方便の往生
仮の往生のこと。西方浄土に往き生まれることも仮の往生である。
―――
別時意趣
今すぐには利益が得られないが、後になって別の時に利益が得られるかのように説法をすること。四意趣のひとつ。
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法華最勝が、源信の本意であったことを、一乗要決の序文の一部を引用して明らかにされているところである。序文の内容を要約すると次のようになる。
古来、もろもろの宗派がお互いに自宗の依経が実教で他宗の依経は権経であると主張し争っており、経や論を根拠にして是か非かに執着している。余は寛弘丙午の歳に病の中で次のような嘆きを抱いた。すなわち“せっかく仏法に出あいながら、仏の意図を了解することができないまま終わったのでは後悔しても後悔しきれない”と。
そこであらゆる経論の文と義、賢人や哲人の解説書を読んだり、専門家に尋ねてもらったり、自分で思索したりして、自宗か他宗かなどの偏りを捨てたうえで、もっぱら仏の権智の深い意義を探索しているうちに、ついに一乗こそが真実の理であり、五乗のための教えは方便であることを確信するにいたった。
こうして既に今生の蒙昧を開いたからには今夕に死すとも恨みを残すことはない。
大聖人はこの序分は、恵心僧都源信の本意が一乗こそ真実の理であるとすることにあり、したがって、この源信と同じく“偏意を捨”てるならば浄土法門を捨てるべきであり“一乗真実”と認めるなら法華経を依経とすべきである、と仰せられている。
そして、源信は往生要集を著してから一乗要決を著すまで20余年間経過しているが、そのように、まず往生要集で浄土の法門を讃えて、後に一乗要決で実教の法華経こそ真実であるとしたのは、ちょうど仏や竜樹・天親・天台等の諸師と同じく弘通の次第に従っていることを明らかにされ「汝往生要集を便りとして師の謗法の失を救わんと欲すれども敢えて其の義類に似ず」と仰せられて、法然の弟子たちが源信の往生要集を根拠にして“師匠の法然の義も既に往生要集と同じ類の義である”としている誤りを破折されている。
最後に義類が同じだから一処に聚めたと言っているが、爾前経には十界互具がなく、観経等に説く極楽に往生するという教えも方便の往生にすぎず、法華経に説かれている真実の往生成仏とは全く異なっており、爾前経の往生成仏はすべて別時意趣の往生成仏にすぎないとされている。
宛も仏の如く亦竜樹・天親・天台等の如し
源信が永観2年(0984)に往生要集で権教の浄土の法門を讃え、寛弘3年(1006)に一乗要決で実教の法華経こそ真実であると讃えた弘通の次第は仏や竜樹・天親・天台等の諸師と同じであるとされている。
仏や竜樹・天親の権実の弘教の次第については、既に本章において「釈迦如来一代五十年の説教・一仏の金言に於いて権実二教を分ち権教を捨てて実教に入らしむるに仏語顕然たり…然るに涅槃経に至って我滅土せずば必ず四依を出して権実二教を弘通せしめんと約束し了んぬ。故に竜樹菩薩は如来の滅後800年に出世して十住毘婆沙等の権教を造りて華厳・方等・般若等の意を宣べ大論を造りて般若法華の差別を分ち、天親菩薩は如来の滅後・900年に出世して俱舎論を造りて小乗の意を宣べ唯識論を造りて方等部の意を宣べ最後に仏性論を造りて法華涅槃の意を宣べ了教不了教を分ちて敢て仏の遺言に違わず」と仰せられた通りである。
この文については既に本書の第27章において解説したところであるが、要するに、仏は一代50年の説法において、初め権教を説き、次いで権教を捨てて実教の法華経に人々を導いたということである。竜樹も初めに十住毘婆沙論等の権教を造ったが、後に大智度論を造って般若経と法華経との相違を明らかにして法華経を宣揚している。また天親も初めは俱舎論を造って小乗経を、唯識論を造って権教である方等部の思想をそれぞれ解説したが、最後には仏性論を書いて法華経・涅槃経の教えを宣揚した、と仰せられている。
また、天台大師については、初めに小乗の律を学び、維摩経などの権教・方等部の諸経の思想の解説に努め、最後に法華文句・法華玄義・摩訶止観の三大部を講義して法華経の教えを宣揚したのである。以上、釈尊の正統な系譜に連なる仏教者たちは、必ず初め権教の論釈を造って衆生の機根を調えた後、最後に実教の法華経に関する論釈を著して宣揚したことを明らかにされて、恵心僧都源信も同じ弘通の次第を展開したとされているのである。
成仏往生倶に法華経の如き往生に非ず皆別時意趣の往生成仏なり
同じ往生成仏という言葉が使われていても、法華経と爾前権教とは全く異なることを明かされているところである。 結論からいえば、爾前権教の往生成仏は別時意趣であると仰せられている。別時意趣とはこれまで何度も触れたように、仏の方便の説法の一つで、すぐには利益が得られず後になって利益が得られるような場合でも、直ちに利益が得られるかのように説法することをいう。つまり、仏の本来の意趣ははるかに遠い未来に成仏するというのが爾前経であるが、それを隠してすぐにも成仏往生するかのように説いているのを別時意趣というのである。
爾前権教の諸教において仏が、誰もが極楽浄土に往生し、また成仏することができると説いているのであくまで別時意趣の方便の説法に過ぎない、と断じられているのである。
その例として本文では、華厳・方等・般若の諸経で説く成仏は二乗界を除外していて十界互具を許さないから真実の成仏にはならず、観無量寿経などの浄土三部経で説く極楽への往生もあくまで方便として説かれたものにすぎず、法華経の往生成仏とは違う、と仰せられている。
では法華経で説く往生成仏はいかなるものであるかといえば、まず成仏については十界互具を明らかにする故に十界のどの衆生も即身成仏することができる。次に往生については本抄に「問うて云く法華経修行の者何の浄土を期す可きや、答えて云く法華経二十八品の肝心たる寿量品に云く『我常に此の娑婆世界に在り』亦云く『我常に此処に住し』亦云く『我が此土は安穏』文此の文の如くんば本地久成の円仏は此の世界に在り此の土を捨てて何の土を願う可きや、故に法華経修行の者の所住の処を浄土と思う可し何ぞ煩しく他処を求めんや、故に神力品に云く『若は経巻所住の処若は園中に於ても若は林中に於ても若は樹下に於ても若は僧坊に於ても若は白衣舎にても若は殿堂に在つても若は山谷曠野にても、乃至・当に知るべし是の処は即ち是道場なり』涅槃経に云く『善男子是の大涅槃微妙の経典流布せらるる処は当に知るべし其の地は即ち是れ金剛なり此の中の諸人も亦金剛の如し』已上法華涅槃を信ずる行者は余処に求む可きに非ず此の経を信ずる人の所在の処は即ち浄土なり」とある通り、法華経・涅槃経では、修行者の住んでいる所がそのまま浄土である。
要するに法華経の成仏往生は法華経を信ずる人は、今、凡夫そのままで直ちに成仏し、その住んでいる所が直ちに浄土となるのである。
第40章 0055:08~0056:02 法華易行の釈を挙げ展開するtop
| 08 其の上源信僧都の意は四威儀に行じ易き故に 念仏を以て易行と云い四威儀に行じ難きが故に法華を以て難行と 09 称せば天台・妙楽の釈を破する人なり所以に 妙楽大師の末代の鈍者無智の者等の 法華経を行ずるに普賢菩薩並に 10 多宝十方の諸仏を見奉るを易行と定めて云く 「散心に法華を誦し禅三昧に入らず坐立行・一心に法華の文字を念ぜ 11 よ」已上 此の釈の意趣は末代の愚者を摂せんが為なり散心とは定心に対する語なり誦法華とは八巻一巻一字一句一 12 偈題目一心一念随喜の者 五十展転等なり坐立行とは四威儀を嫌わざるなり 一心とは定の一心に非ず理の一心に非 13 ず散心の中の一心なり 念法華文字とは此の経は諸経の文字に似ず一字を誦すと雖も 八万宝蔵の文字を含み一切諸 14 仏の功徳を納むるなり天台大師玄義の八に云く「手に巻を執らざれども常に是の経を読み口に言声無けれどもアマネ 15 く衆典を誦し仏・説法せざれども 恒に梵音を聞き心に思惟せざれども普く法界を照す」已上此の文の意は手に法華 16 経一部八巻を執らざれども是の経を信ずる人は 昼夜十二時の持経者なり口に読経の声を出さざれども 法華経を信 17 ずる者は日日時時念念に一切経を読む者なり。 -----― そのうえ、源信僧都の本意が行・住・坐・臥の四威儀において修行し易いゆえに念仏を易行といい、四威儀において修行し難いゆえに法華経を難行であるとしているならば、源信は天台大師・妙楽大師の解釈を破る人ということになる。 その理由は、妙楽大師は末代の鈍根の者・無智の者などが法華経を修行すると普賢菩薩ならびに多宝如来・十方の諸仏を見られることを易行であると定めて「散乱の心でも法華経を誦して、禅定三昧に入らなくても、坐・立・行において一心に法華経の文字を念じなさい」といっている。 この妙楽大師の釈の意趣は末代の愚者を包摂することにある。散乱の心とは禅定の心に対する言葉である。法華経を誦するとは法華経の八巻・一巻・一字・一句・一偈・題目をそらんじること、また一心・一念に随喜する者、五十人まで次から次へと聞き伝えていくこと等である。 坐・立・行とは行・住・坐・臥の四威儀を嫌わないことである。一心とは禅定の一心でもなく理性の一心でもない。散乱の心の中の一心である。 法華経の文字を念じるとは、この法華経は諸経の文字と相違して一字を誦するといっても仏の八万も宝蔵の文字を含み、一切の諸仏の功徳を納めているのである。 天台大師は法華玄義巻八に「手に経巻を取らなくても常にこの経を読み、口に言声を出さなくても広く多くの経典を誦し、仏が説法しなくても常に清浄な声を聞き、心に思索しないでも広く法界を照らす」といっている。 この文の意味は、手に法華経一部八巻をとらなくても、この経を信ずる人は昼夜十二時にわたる持経者である。口に読経の声を出さなくても法華経を信ずる者は日々・時々・念々に一切経を読む者であるということである。 -----― 18 仏の入滅は既に二千余年を経たり然りと雖も法華経を信ずる者の許に仏の音声を留めて時時・刻刻・念念に我死 0056 01 せざる由を聞かしむ心に一念三千を観ぜざれども 偏く十方法界を照す者なり 此等の徳は偏に法華経を行ずる者に 02 備わるなり、 -----― 仏の入滅から既に二千余年が過ぎている。しかしながら法華経を信ずる者のもとに仏の音声を留めて、時々・刻々・念々に我が不滅である旨を聞かしめておられる。 心に一念三千を観じなくても、あまねく十方の法界を照す者である。これらの功徳が専ら法華経を修行する者に備わるのである。 |
四威儀
行住坐臥の四種の威儀のこと。
―――
鈍者無智の者
鈍者は悟るための機根が鈍い者のこと。五濁に染まり、真実の法を悟ることができない人をさす。無智とは有智に対する語で、世間のことに暗く、疎い者。愚か者のこと。仏法上では仏法に対する理解がない者。智慧のない者。
―――
普賢菩薩
東方の宝威徳上王仏の弟子。釈尊の法華経の説法が終わろうとした時、娑婆世界に来至し、仏滅後いかにしてこの法を持つかを尋ねた。そして末法に正法を守り弘め、正法たる法華経を受持する行者を守護することを誓った。法華経普賢菩薩勧発品第二十八に「世尊よ。我れは今、神通力を以ての故に、是の経を守護して、如来の滅後に於いて、閻浮提の内に、広く流布せしめて、断絶せざらしめん」とある。なお、普賢菩薩は理徳、定徳、行徳をあらわし、文殊菩薩は智徳、慧徳、証得をあらわす。
―――
多宝十方の諸仏
多宝仏と十方の諸仏のこと。「多宝仏」。東方宝淨世界に住む仏。法華経の虚空会座に宝塔の中に坐して出現し、釈迦仏の説く法華経が真実であることを証明し、また、宝塔の中に釈尊と並座し、虚空会の儀式の中心となった。 多宝仏はみずから法を説くことはなく、法華経説法のとき、必ず十方の国土に出現して、真実なりと証明するのである。「十方の諸仏」。十方と上下の二方と東西南北の四方と北東・北西・南東・南西の四維を加えた十方のことで、あらゆる国土に住する仏、全宇宙の仏を意味する。
―――
散心
散乱する心のこと。心が散って一境地に安定しないことをいう。定心に対する語。定心とは一境地に定まって微動だにしない心のこと。しかし、たとえ散心であっても、一心に法華経を念ずることによって仏道を成ずるゆえに法華経をもって易行とする。
―――
禅三昧
心を一処に定めて散乱せず、深く思惟すること。禅定と同義。
―――
坐立行
四威儀の行住坐臥のうち臥を欠いたもの。
―――
定心
心を定める意で、散心に対する語。雑念・妄想を抱かないで、心を一処に定めること。
―――
誦法華
法華経を誦すこと。法華経一部・八巻・一字・一句・一偈・題目を誦すること。一心・一念に随喜する者。五十展転の者など。
―――
一念随喜の者
一念に随喜する者。一念随喜とは法華経信仰の最初の位。一念は瞬間の生命のこと。随喜は随順慶喜の義で、信順して歓喜すること。衆生の瞬間の生命の中に仏法に随順して得た歓喜を涌現させていくことをいう。普通は四信五品のなかで滅後の五品中、最初の位である所随喜と同じ意味で用いられる。このほか①法師品で説く一念随喜。②随喜功徳品で説く五十展転の五十人目の随喜として使われることもある。
―――
五十展転
法華経を聞いて随喜した人が次々に他人に語り伝え、50人目になってもその功徳があるということ。随喜功徳品には「是の如く第五十人の展転して、法華経を聞いて随喜せん功徳、尚無量無辺阿僧祇なり」とある。展転とは、ころがる、めぐるの意で、教法を人から人へと伝えていくこと。この50番目の人が法を聞いて、随喜する功徳は、400万億阿僧祇の世界の衆生に80年にわたり楽具、珍宝等を供養し、阿羅漢果を得させる功徳よりも、はるかにすぐれていると説いている。化他の功徳を欠く50番目の者さえ功徳が絶大であることを説いて、一番目の自行・化他を具足する者の功徳がいかに大きいかをあらわしている。
―――
定の一心
禅定の一心。心を対境に定めて散乱しないこと。またその心のこと。禅定とは心を一所に定めて散乱させず、煩悩を断って深く思惟する境地に入ること。戒・定・慧の三学の一つ。また六波羅蜜の一つ。一心とは、①他念のない心、専一な心。寿量品には「一心に仏を見たてまつらんと欲して」とある。②万法の究極、根底としての心のこと。心王・一念・心の主作用をいう。
―――
理の一心
真理を一心に観ずること。天台所立の観心のこと。治病抄に「一念三千の観法に二つあり一には理・二には事なり天台・伝教等の御時には理なり今は事なり」(0998-15)
―――
念法華文字
「法華の文字を念ぜよ」と読む。他経と違って法華経の一字を念じ誦せば、八万法蔵の文字を含み一切諸仏の功徳を納めるのである。
―――
八万宝蔵
釈尊の説いた一切経のこと。八万は八万四千の略で、実際の数ではなく、多数・多数の意。
―――
功徳
功能福徳の意。功は福利を招く効能。この効能が善行に徳としてそなわっていることを功徳という。化城喩品には、大通智勝仏に対して梵天が宮殿に供養した功徳が説かれている。
―――
梵音
清浄な音声のこと。①大梵天王の声のこと。②如来の音声、梵音深遠相のこと。如来の音声は清浄で十方世界に達するという。③大法会の際に行う四箇の法要の一つ。偈を唱える三宝の徳をたたえるもの。④読経の声。
―――
思惟
対象を分別し、よく考えること。
―――
法界
意識の対象となる一切の事物・事象。有情・非情にわたるすべての存在および現象をいう。法は一切諸法・万法・森羅万象・界は差別・境界。
―――
持経者
経典を受持・護持する者。正法を信じ、身口意の三業にわたって精進する者のこと。末法では三大秘法の南無妙法蓮華経を受持する者をさす。
―――
仏の入滅は既に二千余年を経たり
釈尊の入滅から大聖人御在世当時までの期間は2000年あまりになるということ。釈尊の入滅には異説もあるが、「周書異記」によると紀元前0949年となっている。
―――
一念三千
仏教の極理である。釈尊はこれを出世の本懐として、法華経方便品に「諸法実相」に約して、ほぼこれを説いた。ついで寿量品にいたり、因果国の三妙に約し、仏身の振舞の上からこれを説いた。これを受けて天台は、像法時代に出現して、摩訶止観で、次のように説いた。観の冒頭に「摩訶止観第五に云く世間と如是と一なり開合の異なり。『夫れ一心に十法界を具す一法界に又十法界を具すれば百法界なり一界に三十種の世間を具すれば百法界に即三千種の世間を具す、此の三千・一念の心に在り若し心無んば而已介爾も心有れば即ち三千を具す乃至所以に称して不可思議境と為す意此に在り』等云云或本に云く一界に 三種の世間を具す」と。十界とは「地獄界・餓鬼界・畜生界 ・修羅界・人界・天界・声聞界・縁覚界・菩薩界・仏界」。十如とは「如是相・如是性・如是体・如是力・如是作・如是因・如是縁・如是果・如是報・如是本末究竟等」。三世間とは五蘊世間・衆生世間・国土世間」。一念三千には理と事があり、迹門は理・本門は事となる。文底下種本門に対する時は、法華経の本迹二門ともに理の一念三千となり、真の一念三千の法門とは、寿量品文底秘沈の三大秘法である。
―――――――――
法然の弟子たちが自らの師を弁明して、恵心僧都源信も師と同じことをのべていると主張していることについて、これを破折されている文が続いている。
ここでは中国天台宗の教えを継承する恵心僧都源信が天台大師や妙楽大師の考え方に背く思想を述べるわけがないと述べられ、法華経こそ易行であるとする天台大師・妙楽大師の文を示されている。
初めに、源信がもし法然の弟子たちが主張するように、四威儀、すなわち行住坐臥という四つの振る舞い、言い換えれば、行動したりじっとしていたり坐ったり横臥したりするといった凡夫の日常的な当たり前の活動のなかで行じられているから念仏行が易行で法華経は難行であるとしたとするならば、源信は自分の本師である天台大師や妙楽大師の説に背くことになると仰せられている。
そして次に、初めに妙楽大師の釈を引用され、次いで天台大師の釈を引用され、両者とも法華経を易行としていることを明らかにされている。
妙楽大師の末代の鈍者無智の者等の法華経を行ずるに普賢菩薩並に多宝十方の諸仏を見奉るを易行と定めて
妙楽大師の釈を引用されるにあたり、妙楽大師は末代の鈍根の者や無知の者たちが法華経によって成仏するのを易行としたと仰せられているところである。
「法華経を行ずるに普賢菩薩並に多宝十方の諸仏を見奉る」と仰せられているのは、天台大師が法華経修行に夢相・有相の二種の行を立てたうちの有相行に関するものである。無相行・有相行の内容については後述するが、有相行は法華経の修行を進めているうちに釈迦如来・多宝如来・十方分身の諸仏が眼の前に現れるのを見て仏知見を開き菩薩の位に入る、というのがそれである。
末法の鈍根の凡夫も法華経を修行すれば成仏できるのであり、これは法華経が最も易行であることをあらわすとされているのである。
散心に法華を誦し禅三昧に入らず坐立行・一心に法華の文字を念ぜよ
摩訶止観輔行伝弘決巻二の中の一文である。
これは天台大師が摩訶止観巻二上に「南岳師の云く『有相安楽行、無相安楽行』と。豈事・理に就いて是の如き名を得るに非ずや。特に此の行人、事に渉りて六根懺を修して悟人の弄胤となす、故に有相と名づく。若し直ちに一切法空を観じて方便となす者あり、故に無相と言う」と説いている部分について妙楽大師が釈した文である。
この文に、有相行とは“事に渉りて”とあるように、仏を安置して礼拝し、法華経を読誦するという具体的な振る舞いによって、眼・耳・鼻・舌・身・意の六根の罪を懺悔し、悟りに入るための準備とする行のことである。無相行とは直ちに止観・禅定によって内なる心を観察する一心三観・一念三千の修行をさしている。
この天台大師の有相・無相の二行について、妙楽大師は本文に引用されているように更に詳しく注釈している。
「菩薩法華を学するに二類の行を具足す。一には有相行、二には無相行。無相安楽行は甚深妙禅定、六情根を観察す。有相安楽行は此れ勧発品に依る。散心に法華を誦し、禅三昧に入らず、坐立行・一心に法華の文字を念ず。行若し成就すれば即ち普賢の身を見る」と。
この釈に明らかなように、無相安楽行は甚深なる禅定を行じて眼耳等の六根を観察することで、前述のごとく止観・禅定によって内観する行であり、有相安楽行は法華経の勧発品を根拠にして、散心すなわち心が一つのものに集中することのない散乱したままで法華経を読誦し、坐・立・行といった日常生活の活動のただなかで一心に法華経の文字のことを思念するという行である。もしこの有相行が成就したならば普賢菩薩が現前して目の当たりに見ることができる、としている。
ちなみに法華経勧発品では次のように説いている。すなわち「是の人、若しは行き、若しは立って此の経を読誦せば、我、爾の時に、六牙の白象王に乗って、大菩薩衆と倶に其の所に詣って、自ら身を現じ、供養し守護して其の心を安慰せん。亦法華経を供養せんが為の故なり。是の人若しは、坐して此の経を思惟せば、爾の時に我復、白象王に乗ってその人の前に現ぜん。其の人若し法華経に於いて、一句一偈をも忘失する所有らば、我当に之を教えて与共に読誦し、還って通利せしむべし。爾の時に法華経を受持し読誦せん者、我が身を見ることを得て、甚だ大いに歓喜して、転た復精進せん。我を見るを以っての故に」と。
この文は、法華経を信ずる者が坐・立・行の日常的な活動のなかで法華経を読誦したり思惟したりするならば、普賢菩薩は白象王に乗ってその人の前に姿を現す、と誓っているところである。
天台大師や妙楽大師はこの勧発品の内容を根拠にして、法華経修行の有相行を立てたのである。その根本のところは、あくまでも三昧や止観・禅定といた、一定の処に心を集中する行ではなく、日常的な散乱の心のままでも修行しても、結果が得られるという点であり、大聖人はこのような修行こそまさに末法の鈍根の衆生にとっての易行であるとされているのである。
此の釈の意趣は末代の愚者を摂せんが為なり散心とは定心に対する語なり誦法華とは八巻一巻一字一句一偈題目一心一念随喜の者五十展転等なり坐立行とは四威儀を嫌わざるなり一心とは定の一心に非ず理の一心に非ず散心の中の一心なり念法華文字とは此の経は諸経の文字に似ず一字を誦すと雖も八万宝蔵の文字を含み一切諸仏の功徳を納むるなり
妙楽大師の止観輔行伝弘決巻二の釈は、末法の愚者も法華経によって救われることを表されているとされている。
まず、この妙楽大師の文に「散心」とあるが、散心とは「定心」に対する言葉で、末法の衆生が「定心」に住することはできないから「散心」のままでも成仏できるというのは、大いなる救いとなるからである。
「法華を誦し」とは法華経の八巻や一巻、一字、一句、一偈を諳んじたり、妙法蓮華経の題目を唱えたり、法華経を聞いた最初の一心、一念に随喜の心を起こす者をも含み、さらには五十展転の行などをさしている、と広く釈されている。
次いで「坐立行」とは行住坐臥の四威儀の日常的な振る舞いを嫌わない、つまり、どのような状態で修行してもよい、ということであると仰せられている。
更に「一心」とは禅定や三昧の時のような精神集中した時の一心でもなければ、凡夫の心の奥にある理性の一心でもなく、千々に乱れている凡夫の日常の散乱した心の一つとしての一心であると釈され「法華経の文字を念ずる」とは法華経の文字は爾前の諸経の文字と違って、一字の中に八万宝蔵の文字を含み、一切の諸仏の功徳を納めているから、法華経の文字をたとえ一字であっても読むならば功徳は大きいと仰せられて、末法における真実の易行の輪郭を明らかにされている。
天台大師玄義の八に云く「手に巻を執らざれども常に是の経を読み口に言声無けれどもアマネく衆典を誦し仏・説法せざれども恒に梵音を聞き心に思惟せざれども普く法界を照す」
法華玄義巻八の文である。これは妙法蓮華経の五字のうち「経」について解説してる段に出ているものである。
まず、「経」に三種あるとし、その第一は声をもって経となす場合で、仏在世の時に教えの音声を聞いて道を得る場合である。
第二に仏滅後に紙墨を伝持して、それを経とする場合、第三は法をもって経となす場合であると述べている。
第三の場合は内に自ら思惟する心と法とが合するもので、ひたすら自己自身の内なる主体そのもの、換言すれば自己存在の奥底を貫く仏性、法性をさしているといってよい。
ここで引用された玄義巻八の文は、この第三の立場に立って説かれたものである。
すなわち、自己自身の内なる心の本性を観察する法華経の修行者は、手に経巻を執らなくとも常に法華経を読んでいるのであり、口に音声を発さなくとも広く諸々の経典を誦したことになり、仏が説法しなくともいつも仏の清らかな梵音声を聞いていることになり、心で思惟しなくとも広く法界を照らしていることになると説いているのである。
此の文の意は手に法華経一部八巻を執らざれども是の経を信ずる人は 昼夜十二時の持経者なり口に読経の声を出さざれども 法華経を信ずる者は日日時時念念に一切経を読む者なり
前の法華玄義巻八の文を受けて、その要が「是の経に信ずる」にあることを示されている。
すなわち、法華経を信ずる人は手に法華経一部八巻を執らなくとも昼夜十二時の常時、法華経を受持する者であり、口に法華経を読む声を出さなくても、日日時時念念に一切経を読むのと同じであると釈されている。
要するに、ただ法華経を信ずるという易行によって、一切の修行が包摂することを論証されているのである。
仏の入滅は既に二千余年を経たり然りと雖も法華経を信ずる者の許に仏の音声を留めて時時・刻刻・念念に我死せざる由を聞かしむ心に一念三千を観ぜざれども偏く十方法界を照す者なり此等の徳は偏に法華経を行ずる者に備わるなり
したがって、仏が入滅して2000余年経過しているが、法華経を信ずる人は、在世に仏の説法を直接に聞いているのと同じであること、また、天台大師の一念三千を観じているのと同じことになっていると仰せである。
「時時・刻刻・念念に我死せざる由を聞かしむ」とは、久遠成道と仏の常住を明かした法華経寿量品の説法を踏まえて言われている。
また、心に一念三千を観ずる修行を収めなくても法華経を信じ行ずるならば広く十方世界を照らす者となると仰せられ、天台法門の観心修行も満足されることを示されている。
第41章 0056:02~0056:10 法華の易行が念仏に勝るを明かすtop
| 02 是の故に法華経を信ずる者は設い臨終の時・ 心に仏を念ぜず口に経を誦せず道場に入らざれども心 03 無くして法界を照し音無くして一切経を誦し巻軸を取らずして 法華経八巻を拳る徳之有り 是れ豈権教の念仏者の 04 臨終正念を期して・十念の念仏を唱えんと欲する者に・百千万倍勝るる易行に非ずや、 故に天台大師文句の十に云 05 く「都て諸教に勝るるが故に随喜功徳品と云う」 妙楽大師の法華経は諸経より浅機を取る而るを人師此の義を弁え 06 ざる故に 法華経の機を深く取る事を破して云く 「恐らくは人謬つて解する者初心の功徳の大なることを測らずし 07 て功を上位に推り此の初心を蔑る故に今彼の行は浅く功は深きことを示して以て経力を顕す」已上 以顕経力の釈の 08 意趣は法華経は観経等の権経に勝れたるが故に 行は浅く功は深し浅機を摂むる故なり、 若し慧心の先徳・法華経 09 を以て念仏より難行と定め 愚者頑魯の者を摂せずと云わば恐らくは逆路伽耶陀の罪を招かざらんや、 恐人謬解の 10 内に入らざらんや。 -----― このゆえに法華経を信ずる者は、たとい臨終の時に心に仏を念じなくても口に経文を誦さなくても身を道場に入れなくても、意識しないで法界を照らし、声に出さなくても一切経を誦し、経巻の軸を取らなくても法華経八巻を握る功徳がある。 これはまことに権教の念仏者が臨終正念を期して、十念の念仏を唱えようとする者よりも百千万倍も勝れる易行ではないか。 ゆえに天台大師は法華文句の巻十に「すべて諸教に勝れるゆえに随喜功徳品という」と述べている。妙楽大師は法華経は諸経より浅い機根を取るにもかかわらず諸宗の人師はこの意義を弁えないゆえに法華経は深い機根のための経であるとしていることを破折して「誤って解する者はおそらく、初心の功徳が大であることを測らないで功徳を上位に推しすすめ、この初心を蔑るであろう。ゆえに今は彼の修行は浅く功徳は深いことを示して、それを以って経の力を顕すのである」という。 「以って経の力を顕す」の解釈の意味は、法華経は観無量寿経等の権経に勝れているゆえに修行は浅くても功徳は深い。それは法華経が浅い機根を包摂するからだということである。 もし先徳である慧心僧都源信が法華経をもって念仏より難行と定め、愚者・頑迷の者を包摂しないといっているとすれば、恐らくは逆路伽耶陀の罪を我が身に招き、「恐らくは人が誤って解する」と妙楽の言っている部類に入ることになるであろう。 |
道場
①仏の常道の場所。②仏道を成するための修行や行教法。③仏道を修行する場所。④仏を供養するところ。⑤寺院のこと。
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巻軸
①書画などを描いて軸に巻いた巻物。②巻物の軸。③巻中の最も優れた部分。
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臨終正念
死に臨んで、三毒の邪念を起こすことなく、成仏を信じて疑わないこと。
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十念の念仏
無量寿経・観無量寿経などで説かれる浄土宗所立の十念。この十念に種々の説がある。曇鸞は往生論註巻上で、観経の十念を訳して数の十を意味するのではなく、阿弥陀仏を憶念し、その名号を他事なく称念して往生の因を完成することを説く。また善導は十念を十声称名と釈している。
―――
随喜功徳品
妙法蓮華経随喜功徳品第十八のこと。法華経本門流通分の中、弘教の功徳を明かして流通を勧める段であり、四信五品の五品の第一、初随喜品を広説したもの。五十展転の功徳が説かれている。
―――
浅機
衆生の機根が浅いこと。
―――
初心の功徳
仏道修行をはじめたばかりの人にあらわれる功徳のこと。初心とは初めに思い立った心。はじめての発心。
―――
経力
法華経などの功力。
―――
以顕経力
「以て経力を顕す」と読む。以上のような理由で、経の功力をあらわす、との意味。
―――
逆路伽耶陀
古代インドの外道の一派で逆順世派のこと。世情の趣くままに教を立てる順世派に逆らい、世論に従わないで法を説いた外道の一派。順世派の師であるチャールヴァーカの立てた教義に順わないで反対の説を立てたために、後代、師の意にそわず反逆の罪を犯すもののたとえに用いられる。
―――――――――
これまでの流れを受けて、法華経を信じ行じることが念仏行にはるかに勝る易行であることを述べて、その文証として天台の文を引かれ、重ねて、法華経が浅い機根を救い取ることにおいて諸経にはるかに勝ることを述べた妙楽の釈を挙げ、法然の弟子たちが言うように、もし恵心僧都源信が法華経を念仏より難行と定め、愚者や頑魯の者を救い取ることができないと言っているとするならば、それは逆路伽耶陀の罪を免れないであろうし、更には妙楽大師が戒めた「恐らく誤って解釈する者」の中に入るであろうと仰せられている。
ここは反語的に仰せられているので、源信がそんな誤りを犯すわけがない、と大聖人のお心が隠されている。
法華経を信ずる者は設い臨終の時・心に仏を念ぜず口に経を誦せず道場に入らざれども心無くして法界を照し音無くして一切経を誦し巻軸を取らずして法華経八巻を拳る徳之有り是れ豈権教の念仏者の臨終正念を期して・十念の念仏を唱えんと欲する者に・百千万倍勝るる易行に非ずや
法華経を信ずる者は、意図して仏を念じたり、経を誦したりしなくても、おのずとそれらの修行の功徳を得るのであるから、同じ臨終に唱える十念より百千万億も易行であると仰せられているところである。
法華経を信ずる者の功徳とは、臨終の時に、心に仏を念じなくとも、口に経を声を出して読まなくとも、修行の道場に入らなくても、「心無くして」すなわち、意識的に観法を求める心がなくとも、法界を照らすことができるのであり、音声無くして一切経を読み、経巻を手に取らなくても法華経八巻を手に握っていることになるという功徳である。これに比べれば、念仏者の場合は臨終に正念であることを期待して「十念の念仏」を唱えなければならないのだから、このほうがはるかに難行であると仰せられている。
要するに、法華経の法の力が権教の法の力に比べて圧倒的に勝れていると仰せられているのである。法の力が弱ければ、修行者は成仏往生のためには難行しなければならないが、法の力が強ければ修行者は易行で救われることをここで明らかにされているのである。
天台大師文句の十に云く「都て諸教に勝るるが故に随喜功徳品と云う」
法華文句巻十上で随喜功徳品の題号を釈した個所の一節である。
今、その前後を含めて引用してみると次のようになる。すなわち「外道の五通を得る者は能く山を移し海を竭す。而も見愛を伏せず、煖法の人に及ぼす、二乗の無学は子果倶に脱するも、猶涅槃の縛を被りて、其因果倶に権なるを知らず。通教の人は修因は巧なりと雖も、発心は五百由旬を識らず、得果は止四往を除くのみ。別人は二乗に勝ると雖も、修因は則ち偏にして其門は又拙し。仏の讃めたまう所に非ず、皆初随喜の人に及ばず、仏は今阿を挙げて以て後の荼を況したまうに、都て諸経に勝る、故に『随喜功徳品』という」と。
ここでは、外道、二乗、通教の人、別教の人の修行の因果はいずれも法華経を聞いて初随喜した人には及ばないとし、法華経以外のすべての諸経に勝っていることから随喜功徳品というと釈しているのである。
つまり、法華経を聞いて随喜することは、諸経のすべての修行に勝っているということであり、ゆえに、大聖人は法華経の易行の卓説性を表わしたものとしてこの文を引用されたのである。
恐らくは人謬つて解する者初心の功徳の大なることを測らずして功を上位に推り此の初心を蔑る故に今彼の行は浅く功は深きことを示して以て経力を顕す
妙楽大師が法華文句記巻十の文で、天台大師の法華文句巻十の次の文を釈したものである。すなわち「上来、持経の功徳を称美す、時衆は咸く真因の位に入り、乃し斯の徳を致すと謂い、初心の初めに於いて軽弱の想いを起こさん。忽ち好堅は地に処して芽已に百囲、頻伽は轂に在りて声は衆鳥に勝るるを聞く。希有奇特にして軽疑釈然たり。故に『随喜功徳品』と名づく」
この文を釈して妙楽大師は次のように説いている。
「上来即ち法師より持品に至る及び分別功徳中の四信五品を指す。時衆の下、恐らくは人謬って解する者、初心の功徳の大なるを測らず、功を上位に推り此の初心を蔑る。故に今彼の行を浅く功は深きを示して、以て経力を顕す」と。
つまり、法華文句で「上来」とあるのは、法華経法師品第十より勧持品第十三に至る諸品の文と分別功徳品の中の四信五品の文をさしていると釈し、「時衆は咸く真因の位に入り」以下の文は法華経を受持する功徳をおそらくは人謬って理解する者のことを表わしていると釈している。
その誤解とは初心の功徳、すなわち法華経を聞いて初めて随喜する一念の功徳が大きいことを測ることができず、功を上位に推って此の初心を蔑る。すなわち、法華経を信じ行ずる者が功徳を受けることのできる位を上位に置いて初随喜のような初心の位を軽蔑することであると述べている。
ゆえに、今「彼の行」すなわち“法華経の行者”は修行が浅くてもその功徳は深いことを示しているのであり、それは、とりもなおさず法華経の力が大きいことを顕しているのである、と釈している。
以上の天台大師・妙楽大師の二つの釈を要約すると、法華経を聞いて初めて随喜する初心の一念に無量の功徳があることが法華経法師品以下の諸品の文や分別功徳品の四信五品の、特に一念信解の初随喜品を表す文は説かれている。
ところが、諸宗の学者たちは法華経を行じて功徳を受けるのは菩薩の五十二位の少なくとも初住以上でなければならず、一念信解や初随喜の初心では功徳を受けられない、と解釈している。
これを天台大師・妙楽大師は「人謬って解する者」と破り、むしろ法華経は修行が浅くとも功徳は深い経であり、そこに法華経の力の偉大さがあるとしているのである。
なお、法華文句には法華経は修行が浅くとも功徳は深いことを、好堅樹や迦陵頻伽鳥に譬られている。
この譬えについて大聖人が一代聖教大意に紹介されている。すなわち「天台妙楽の末代の凡夫を勧進する文,文句に云く「好堅.地に処して牙已に百囲せり頻伽カイコに在つて声衆鳥に勝れたり」文、此の文は法華経の五十展転の第五十の功徳を釈する文なり、仏苦に校量を説き給うに権教の多劫の修行・又大聖の功徳よりも此の経の須臾・結縁の愚人の随喜の功徳百千万億勝れたる事経に見えつれば此の意を大師譬を以て顕し給えり、好堅樹と申す木は一日に百囲にて高くをう、頻伽と申す鳥は幼だも諸の大小の鳥の声に勝れたり、権教の修行の久きに諸の草木の遅く生長するを譬へ、法華の行の速に仏に成る事を一日に百囲なるに譬へ、権教の大小の聖人をば諸鳥に譬へ法華の凡夫のはかなきをカイコの声の衆鳥に勝るるに譬う」(0398-04)と。
好堅樹という木は一日に百囲という大きな周囲をもつほどに高く生長するという伝説上の木であるが、これを法華経の修行で凡夫が速やかに仏に成ることに譬えられている。
これに対して権教の修行が歴劫という長い期間かかるのは、好堅樹以外の草木が遅く生長するようなものであるとされている。
また迦陵頻伽という鳥が、雛でさえもその声がもろもろの鳥の声に勝っているのを、法華経の行者が初心でも権教の大小の聖人の悟りに勝っていることに譬えられている。
第42章 0056:11~0057:02 天台宗の義により法然を破すtop
| 11 総じて天台・妙楽の三大部の本末の意には法華経は諸経に漏れたる愚者・悪人・女人・常没闡提等を摂し給う他 12 師仏意を覚らざる故に法華経を諸経に同じ 或は地住の機を取り或は凡夫に於ても別時意趣の義を存す、 此等の邪 13 義を破して人天四悪を以て法華経の機と定む、 種類相対を以て過去の善悪を収む 人天に生ずる人豈過去の五戒十 14 善無からんや等と定め了んぬ、 若し慧心此の義に背かば豈天台宗を知れる人ならんや、 而るを源空深く此の義に 15 迷うが故に往生要集に於て 僻見を起し自ら失ち他をも誤る者なり、 適宿善有つて実教に入りながら 一切衆生を 16 化して権教に還らしめ 剰え実教を破せしむ豈悪師に非ずや、 彼の久遠下種・大通結縁の者の如き五百・三千の塵 17 劫を経るが如きは法華の大教を捨てて 爾前の権小に遷るが故に後に権経を捨てて 六道を回りぬ不軽軽毀の衆は千 18 劫阿鼻地獄に堕つ、権師を信じ実経を弘むる者に誹謗を作したるが故なり。 -----― 総じて天台大師の法華玄義・法華文句・摩訶止観の三大部の本書および妙楽大師の註釈書の述べている意は法華経は諸経に漏れた愚者・悪人・女人・常に苦海に没している一闡提などを救う経であるということである。 他の人師は仏意を覚知しないゆえに法華経を諸経に同じとし、あるいは五十二位中の初地・初住以上が法華経の機であるとしたり、あるいは凡夫を即身成仏させるとあっても別の時に成仏するのに方便的に直ちに成仏できるかのように説いたりすぎないと思っていた。 天台大師はこれらの邪義を破折して人・天と四悪趣をもって法華経の機根と定め、種類種の開会と相対種の開会をもって過去に善・悪の業を作っていても成仏の種となるとし、人界・天界に生じた人であれば、どうして過去の五戒・十善の善業がないことがあろうか等と定められたのである。 もし慧心僧都源信が深くこの趣旨に迷うゆえに、慧心の往生要集を誤解して、自ら間違った考えを起こし、他人をも誤らせたのである。 たまたま過去世に善根があって、実教に入りながら、源空は一切衆生を誤って教化して権教に逆戻りさせたばかりでなく、実教を破らせまでしたのである。全く悪師ではないか。 あの久遠下種や大通結縁の者が、五百塵点劫・三千塵点劫という永い期間、悪業を流転したのは法華経の大教を捨てて 権教や小乗教に移ったためであり、さらに権経をも捨てて六道を輪廻したのである。 不軽菩薩を軽んじ毀った人々は千劫の間無間地獄に堕ちた。権教の人師を信じ実経を弘める者を誹謗したゆえである。 -----― 0057 01 而るに源空我が身唯実経を捨てて 権経に入るのみに非ず人を勧めて実経を捨てて権経に入らしめ亦権人をして 02 実経に入らしめず剰え実経の行者を罵るの罪永劫にも浮び難からんか。 -----― しかるに源空は自分が実経を捨てて権経に入ったばかりでなく、他人をすすめて実経を捨てて権経に入らせ、また権教の人を実経に入らせないようにし、そのうえ、実経の行者を悪く言うのであるから、その罪は未来永劫にも悪道から浮かぶことはできないであろう。 |
天台・妙楽の三大部
天台大師の三大部(法華玄義・法華文句・摩訶止観)と妙楽大師の三大部(法華玄義釈籤・法華文句記・止観輔行伝弘決)のこと。
―――
本末
もととすえ、始めと終わり、物事の根本になる部分と枝葉の部分。
―――
地住の機
52位の中の十地・十住に位する菩薩の機根。
―――
人天
人界と天界のこと、また、その衆生。人界は人間としてのごく普通な平穏な心・生命状態・境涯。天界は快楽に満ちた境涯。
―――
四悪
四趣・四悪趣・四悪道と同意。悪行によって趣くべき四種の苦悩の境涯。地獄・餓鬼・畜生・修羅界のこと。
―――
種類相対
種類種と相対種のこと。就類種。あらゆる衆生に共通かつ本然的に具わる仏性。正因・了因・縁因の三因仏性のこと。相対種に対する語。薬草喩品には「此の衆生の種、相、体、性」の種の字を天台大師が解釈したもの。法華文句には「若し類に就いて種を論ぜば、一切の低頭挙手は悉く是れ解脱の種なり」とある。御義口伝に「種類種とは始の種の字は十界三千なり、類とは互具なり下の種の字は南無妙法蓮華経な」(0795-一薬草喩品-03)とある。相対種。衆生の生命に本然としてそなわっている煩悩・業・苦の三道のこと。就類種に対する語。薬草喩品には「此の衆生の種・相・体・性」とあり、法華文句ではこの「種」のじを訳して、おおむね「此の三道も妙法を信ずることによって即、法身・般若・解脱の三徳と開くことができ、これを成仏という」と、述べている。
―――
五戒
小乗教で、八斎戒とともに俗男俗女のために説かれた戒。一に不殺生戒、二に不偸盗戒、三に不妄語戒、四に不邪淫戒、五に不飲酒戒をいう。この五戒をよく持つ者は、主君、父母、兄弟、妻子、世人に信任され、賛嘆され、身心安穏であって善を修するのに障りが少ない。死んでは、また人に生まれ、慶幸をうけることができるという。
―――
五戒
小乗教で、八斎戒とともに俗男俗女のために説かれた戒。一に不殺生戒、二に不偸盗戒、三に不妄語戒、四に不邪淫戒、五に不飲酒戒をいう。この五戒をよく持つ者は、主君、父母、兄弟、妻子、世人に信任され、賛嘆され、身心安穏であって善を修するのに障りが少ない。死んでは、また人に生まれ、慶幸をうけることができるという。
―――
十善
十善戒のこと。正法念処経巻二に説かれている十種の善。一に不殺生、二に不偸盗、三に不邪淫、四に不妄語、五に不綺語、六に不悪口、七に不両舌、八に不貪欲、九に不瞋恚、十に不邪見である。身・口・意の三業にわたって、十悪を防止する制戒で、十善道ともいう。大乗在家の戒。十善戒を持った者は、天上に生じては梵天王となり、世間に生じては転輪聖王となる等と説かれている。
―――
僻見
偏った見方、誤った考え方、見解。僻は偏る・あやまる・よこしま。見は考え方、見方。
―――
宿善
過去世に積んだ善根のこと。善根とは善を生ずるもとになるもののこと。善根をつむことによって善い果報を受けることができる。宿縁のことともいえる。
―――
久遠下種
久遠五百塵点劫の下種のこと。下種とは、種蒔にたとえて、仏が衆生の心田に成仏の種子を下すことをいう。
―――
大通結縁の者
法華経化城喩品第七に説かれる。三千塵点劫の昔、大通智勝仏が十六王子に法華経を説き、その十六王子がのちにそれぞれ法華経を説いて衆生を化導した。これを大通覆講という。そのうち第十六王子が釈尊の過去世の姿であり、この第十六王子と衆生との結縁を大通結縁といい、それは三種の衆生に分かれる。第一を不退、第二を退大取小、第三を未発心という。ここでは第二類の人々をさしている。
―――
五百・三千の塵劫
五百塵点劫と三千塵点劫のこと。五百塵点劫。法華経如来寿量品第十六に「譬えば五百千万億那由佗阿僧祇の三千大千世界を、仮使い人有って抹して微塵と為して、東方五百千万億那由佗阿僧祇の国を過ぎて、乃ち一塵を下し、是の如く東に行きて、是の微塵を尽くさんが如し(中略)是の諸の世界の、若しは微塵を著き、及び著かざる者を、尽く以て塵と為して、一塵を一劫とせん。我れは成仏してより已来、復た此れに過ぎたること、百千万億那由佗阿僧祇劫なり」とある文を意味する語。釈尊が真実に成道して以来の時の長遠であることを譬えをもって示したものであるが、ここでは、久遠の仏から下種を受けながら、邪法に執着した衆生が五百塵点劫の間、六道を流転してきたという意味で使われている。三千塵点劫。法華経化城喩品第七に「人は力を以て 三千大千の土を磨って 此の諸の地種を尽くして 皆悉な以て墨と為し 千の国土を過ぎて 乃ち一の塵点を下さん 是の如く展転し点じて 此の諸の塵墨を尽くさんが如し 是の如き諸の国土の 点ぜると点ぜざると等を 復た尽く抹して塵と為し 一塵を一劫と為さん 此の諸の微塵の数に 其の劫は復た是れに過ぎたり」と説かれているのがそれである。この三千塵点劫というぼう大な時間を、釈尊在世からさかのぼった昔、大通智勝仏という仏があって、法華経を説いた。その仏の滅後、この仏の十六人の王子が父の説法を覆講し、多くの衆生を化導した。その十六番目の王子が、釈尊であると説く。
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爾前の権小
法華経以前の権教・小乗教のこと。
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六道
十界のうち、前の地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天を六道という。
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不軽軽毀の衆
不軽菩薩を軽賎し、毀謗して地獄におちた増上慢の比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷の四衆。
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千劫
劫は梵語のカルパ(Kalpa)で劫波・劫跛ともいい、分別時節・大時・長時などと訳す。きわめて長い時限の意で、仏法では時間を示す単位として用いられる。劫の長さについては経論によって諸説があるが、倶舎論巻十二によると、人寿十歳から始めて百年ごとに一歳を加え、人寿八万歳にいたるまでの期間を一増といい、逆に八万歳から十歳にいたるまでを一減とし、この一増一減を一小劫としている。これを20倍したのが一中劫であり、一中劫×1000 を千劫という。顕謗法抄には「 此の経文の心は 法華経の行者を悪口し及び杖を以て打擲せるもの其の後に懺悔せりといえども 罪いまだ滅せずして千劫・阿鼻地獄に堕ちたりと見えぬ、懺悔せる謗法の罪すら五逆罪に千倍せり況や懺悔せざらん謗法にをいては阿鼻地獄を出ずる期かたかるべし」(0448-11)とあり、誹謗正法のものの苦悩を受ける期間を説かれている。
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阿鼻地獄
阿鼻大城・阿鼻地・無間地獄ともいう。阿鼻は梵語アヴィーチィ(Avici)の音写で無間と訳す。苦をうけること間断なきゆえに、この名がある。八大地獄の中で他の七つの地獄よりも千倍も苦しみが大きいといい、欲界の最も深い所にある大燋熱地獄の下にあって、縦広八万由旬、外に七重の鉄の城がある。余りにもこの地獄の苦が大きいので、この地獄の罪人は、大燋熱地獄の罪人を見ると他化自在天の楽しみの如しという。また猛烈な臭気に満ちており、それを嗅ぐと四天下・欲界・六天の転任は皆しぬであろうともいわれている。ただし、出山・没山という山が、この臭気をさえぎっているので、人間界には伝わってこないのである。また、もし仏が無間地獄の苦を具さに説かれると、それを聴く人は血を吐いて死ぬともいう。この地獄における寿命は一中劫で、五逆罪を犯した者が堕ちる。誹謗正法の者は、たとえ悔いても、それに千倍する千劫の間、無間地獄において大苦悩を受ける。懺悔しない者においては「経を読誦し書持吸うこと有らん者を見て憍慢憎嫉して恨を懐かん乃至其の人命終して阿鼻獄に入り一劫を具足して劫尽きなば更生まれん、是の如く展転して無数劫に至らん」と説かれている。
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権師
権教・方便を教え弘める人師。
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権人
方便権教を信じる人。
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永劫
極めて長い期間。永遠。
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前章では天台大師の法華文句や妙楽大師の法華文句記の文によって、法華経の正意が、末代の凡夫のような浅く劣った機根にあることが示された。
本章では更に、この天台大師・妙楽大師の説が、そのまま人師らの妄説を打ち破って立てられたことを述べられ、天台宗の一員である恵心僧都源信がこれを知らないはずはないとされている。そして同じく本来は天台僧であった法然房源空が「法華経は末法の機に合わない」などとしているのは、まさに「僻見」であり、人々を天台以前の権教に逆戻りさせ、しかも唆して実教を破らせているのだから「悪師」であって、永劫に無間地獄に堕ちることになると弾呵されている。
まず、法華経だけが諸経の救いにあずかることができなかった愚者・悪人・女人・常没の一闡提たちを救い取ることができるというのが天台大師・妙楽大師の主張であり、それまでの仏の本意を知らない他師が法華経の価値を諸経と同列に並べたり、法華経で救われる機根を52位のうち十住の初住以上としたり、十地の初地以上としたり、あるいは凡夫が成仏できるとする法華経の説を衆生教化のための方便としての別時意趣であるとする邪義を立てていたのを打ち破って、天台大師らは人天四悪の六道を法華によって救われるべき機根と定めたのだと述べられている。ここで悪道の衆生の成仏を法華経が可能にした根本の法理として、種類種・相対種の法理を挙げられ、これによって過去の一切の善悪が包摂されたことを紹介されている。
種類相対を以て過去の善悪を収む人天に生ずる人豈過去の五戒十善無からんや等と定め了んぬ
ここで「種類相対」とは、種類種・相対種のことである。
これは天台大師が法華経における、衆生の成仏の開会に二種類あるとして明らかにしたものである。開会うというのは開顕会融、あるいは開顕会帰の略で、低い段階にある事柄を開いてより高い立場から止揚・統合することである。例えば、声聞・縁覚・菩薩の三乗を目的とした権大乗の低い考え方を開いて、それらは法華経の一仏乗に導くための方便であったと明かすことにより、三乗の人々を一仏乗に帰せしめることである。
開会は法についても人についても立てられるが、この場合は凡夫を成仏の境地へ入らしめる「人の開会」で、この意味で法華経の開会に、種類種・相対種があると天台大師は釈している。
大聖人は始聞仏乗義にこの二種の開会について次のように説かれている。すなわち「問う法華三昧の心如何、答う夫れ末代の凡夫法華経を修行する意に二有り一には就類種の開会二には相対種の開会なり、問う此の名は何より出るや、答う法華経第三薬草喩品に云く「種相体性」の四字なり其の四字の中に第一の種の一字に二あり、一には就類種二には相対種なり、其の就類種とは釈に云く「凡そ心有る者は是れ正因の種なり随つて一句を聞くは是れ了因の種なり低頭挙手は是れ縁因の種なり」等云云、其の相対種とは煩悩と業と苦との三道・其の当体を押えて法身と般若と解脱と称する是なり、其の中に就類種の一法は宗は法華経に有りと雖も少分又爾前の経経にも通ず、妙楽云く「別教は唯就類の種有つて而も相対無し」と云云、此の釈の別教と云うは本の別教には非ず爾前の円或は他師の円なり、又法華経の迹門の中・供養舎利已下二十余行の法門も大体就類種の開会なり」(0982-02)と。
ここで、就類種とは種類種のことである。
御文にも説かれているうに、天台大師は法華経・薬草喩品の「唯如来のみ有って、この衆生の種、相、体、性、何の事を念じ、何の事を思し、何の事を修し、云何に念じ、云何に修し、何の法を以って念じ、何の法を以って思し、何の法を以って修し、何の法を以って何の法を得ということを知れり」とある文の中の「種」についてこれを立てたのである。すなわち、薬草喩品の文の意味は、ただ如来だけが衆生の種・相・体・性がどのようなものであるかをよく知っており、衆生たちが何を願い、何を考え、何を修行するかについて、よく知っているとのべているくだりである。
天台大師は、この衆生の「種」を衆生が仏となるための種ととらえる。そして、衆生は法華経を修行することによって、凡夫から仏へと開会されるのであるが、その在り方に種類種と相対種の二つあるというのである。
まず、種類種とは始聞仏乗義の文にもあるように、もともと衆生の生命の内にある仏種である三因仏性の開発である。「就類」とは類に就くことで、成仏という極善を目指すものであるから、衆生の内にある仏性という極善の生命を開発しなければならないことは当然である。
特に縁因としては御文にも「低頭挙手」とあるように、仏を供養し讃嘆する等の行動である。法華経の迹門・方便品第二には「諸仏滅度し已って 舎利を供養する者は 万億種の塔を起てて 金銀及び頗黎 硨磲と碼碯 玫瑰瑠璃珠もて 清浄に広く厳飾し 諸の塔を荘校し 木樒并に余の材 甎瓦泥土等をもすてする有り若しは曠野の中に於いて 土を積んで仏廟を成し 乃至童子の戯に 沙を聚めて仏塔と為らば 是の如き諸人等は 皆な已に仏道を成じたり 若し人は仏の為めの故に 諸の形像を建立し 刻彫して衆相を成さば 皆な已に仏道を成じたり 或は七宝を以て成し 鍮鉐赤白銅 白鑞及び鉛錫 鉄木及与び泥 或は膠漆布を以て 厳飾して仏像を作らば 是の如き諸人等は 皆已に仏道を成じたり 綵画して仏像の 百福荘厳の相を作すこ 自らも作し若しは人をしてせしめば 皆な已に仏道を成じたり 乃至童子の戯に 若しは艸木及び筆 或は指の爪甲を以て 画いて仏像を作さば 是の如き諸人等は 漸漸に功徳を積み 大悲心を具足して 皆已に仏道を成じて 但だ諸の菩薩を化し 無量の衆を度脱したり 若し人塔廟 宝像及び画像に於いて 華香旛蓋を以て 敬心にして供養し 若しは人をして楽を作さしめ 鼓を撃ち角貝を吹き 簫笛琴箜篌 琵琶鐃銅 是の如き衆の妙音 尽く持以て供養し 或は歓喜の心を以て 歌唄して仏徳を頌し 乃至一小音をもてせば 皆な已に仏道を成じき 若し人散乱の心にて 乃至一華を以て 画像に供養せば 漸く無数の仏を見たてまつり 或は人有つて礼拝し 或は復た但だ合掌し 乃至一手を挙げ 或は復少し頭を低れて 此れを以て像に供養せば 漸く無量の仏を見たてまつり 自ら無上道を成じて 広く無数の衆を度せば 無余涅槃に入ること 薪尽きて火の滅ゆるが如くなりたり 若し人の散乱の心にて 塔廟の中に入って 一たび南無仏と称せし 皆已に仏道を成じたり」と、さまざまな振る舞いがこの因縁の種となることが示されている。
これに対して、相対種とは仏種という根本善とはむしろ相対し対立して、逆に仏種を開く妨げになるものである悪の諸法も、妙法によって仏としての徳と転ずる開会の在り方である。内容から敵対開会ともいう。すなわち煩悩・業・苦の三道がそのまま法身・般若・解脱の三徳と転ずるのである。種類種開会のほうは、仏性が開いて仏となるのであるから理解しやすく爾前経でも触れられている。しかし相対種開会のほうは、爾前経でむしろ煩悩・業・苦を排除することによって成仏したとするのであり、独り法華経のみの明かした法門なのである。
本文では、法華経は、この二種の開会によって、たとえいかなる人であっても、ことごとく救い取る経となっていることを示されている。衆生にたとえどのような過去の善悪があろうと、これを仏種を開く機縁とできる。ゆえにいかなる凡夫も法華経の機となるのである。過去の禅は種類種の開会によって止揚・統合されるし、過去の悪も相対種の開会によって止揚・統合することが可能だからである。
ましてや人界・天界の生まれることのできた衆生は、現在どんな状態にあろうとも過去に五戒や十善戒を修めなかった者はいないのであるから、これは種類種によって法華経によって救われる機根と決定することができると仰せられている。
第43章 0057:03~0057:09 竜樹・天親の通別二論を明かすtop
| 03 問うて云く十住毘婆沙論は一代の通論なり難易の二道の内に何ぞ法華・真言・涅槃を入れざるや、答えて云く一 04 代の諸大乗経に於て華厳経の如きは 初頓後分有り初頓の華厳は二乗の成不成を論ぜず 方等部の諸経には一向に二 05 乗・無性闡提の成仏を斥う 般若部の諸経も之に同じ総じて四十余年の諸大乗経の意は法華・涅槃・大日経等の如く 06 には二乗.無性の成仏を許さず,此等を以て之をカンガうるに爾前法華の相違は水火の如し滅後の論師.竜樹.天親も亦 07 倶に千部の論師なり所造の論に 通別の二論有り通論に於ても亦二有り四十余年の通論と一代五十年の通論となり、 08 其の差別を分つに決定性の二乗・無性闡提の成不成を以て論の権実を定むるなり、 而るに大論は竜樹菩薩の造・羅 09 什三蔵の訳なり 00 般若経に依る時は二乗作仏を許さず法華経に依れば二乗作仏を許す、十住毘婆沙論も亦竜樹菩薩の造・羅什三蔵の訳 00 なり 09 此の論にも亦二乗作仏を許さず 之を以て知んぬ法華已前の諸大乗経の意を申べたる論なることを。 -----― 問うて云う。十住毘婆沙論は釈尊一代の聖教に通じる論である。難・易の二道の中にどうして法華・真言・涅槃を入れないのか。 答えて云う。釈尊一代の諸大乗経において華厳経は初めに頓に説いたものと後に加えた分がある。 初めに頓に説いた華厳経は二乗の成仏・不成仏を論じない。方等部の諸経には一向に二乗・無仏性の成仏を許さない。これらをもって考えてみると、爾前経と法華経の相違は水と火の違いのようである。 釈尊の入滅した後の論師である竜樹や天親はともに千部の論師である。彼等がつくった論に通・別の二論がある。 通論においてもまた二つがある。爾前四十余年についての通論と一代五十年についての通論とである。これをもって、その論の権・実を定めるのである。 しかるに大智度論は竜樹菩薩の造であり、羅什三蔵の訳である。 大智度論は般若経による時は二乗作仏を許さない。法華経による場合は二乗作仏をゆるしている。十住毘婆沙論もまた竜樹菩薩の造であり、羅什三蔵の訳である。 この論もまた二乗作仏を許さない。このことから十住毘婆沙論は法華経以前の諸大乗経の趣意を申べた論であることが分かる。 茶色部分は御書全集編さん後に本書の部分と判明したので付け加えた。 |
通論
通申論という。別申論に対する語。三論宗の吉蔵が菩薩の論蔵をこの二種に分類した。中論・百論などを通申論とし、これに対し、別して一経または一品にしぼって論釈したものを別申論という。
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初頓後分
華厳経の説法に初頓と後分の二会があるとするもの。天台宗・法相宗などの説。初頓は釈尊が成道後、寂滅道場の菩提樹下で頓教を説法したことをさし、その期間を天台宗では3週間、法相宗では2週間とする。これは七処八会の中の前七会にあたる。後分はその後、諸処において頓教の機のために説法したものをさし、天台宗では法華涅槃時にまで至るとしている。
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二乗の成不成
二乗が成仏することと成仏しないこと。二乗の成仏は法華経迹門で初めて説かれる。爾前の諸経では、一念三千の法門が説かれ、初めて成仏の記莂が与えられた。
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二乗・無性闡提の成仏を斥う
方等部の諸経は二乗や無性・闡堤の成仏を許さないこと。無性闡堤は無性と闡堤のこと。無性は成仏の可能性のない衆生のこと。闡堤は正法を信ぜず、成仏の因をもたないものをう。一闡堤ともいう。
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千部の論師
千部の論をつくって、仏の教義を解釈し弘めたひとのこと。竜樹と天親をいう場合が多い。
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四十余年の通論
法華経以前の諸経を全体的に論じたもの。
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一代五十年の通論
釈尊一代50年の一切経を全体的に論じたもの。
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大論は竜樹菩薩の造・羅什三蔵の訳
大論は大智度論のこと。略して大論、智論ともいう。百巻。竜樹作と伝えられる。鳩摩羅什訳。大智度論の「智度」とは般若波羅蜜の意訳。「摩訶般若波羅蜜経釈論」ともいう。すなわち「摩訶般若波羅蜜経」(Mahā-prajñāpāramitā-śāstra)の注釈書。序品を三十四巻で釈し、以後一品につき一巻ないし三巻ずつに釈している。内容は法華経等の諸大乗教の思想を取り入れて解釈しているので、たんなる一経の注釈書というにとどまらず、一切の大乗思想の母体となった。
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二乗作仏
「二乗」とは声聞・縁覚のこと。法華経以前においては二乗界は永久に成仏できないと、厳しく弾呵されてきたが、法華経にはいって初めて三周の声聞(法説周・喩説周・因縁周)が説かれて、成仏が約束されたのである。
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すでに第28章で明らかにされたように、インドの論師・竜樹の十住毘婆沙論を根拠にして、中国の曇鸞・道綽が立てた難行・易行の二道の区分に、法然は勝手に法華経を難行道に入れ、易行道の念仏修行に劣るものとしたのであった。
もともとの竜樹の十住毘婆沙論の難行道・易行道の立て分けは、法華経・涅槃経等を除いた爾前40余年の経教について立て分けだったのである。これはすでに明らかにされたところであるが、この章では、そのテーマを再び俎上に乗せられている。
まず、問いとして法然の弟子たちが十住毘婆沙論は釈尊一代すべてについて論じられたものであるにもかかわらず、どうして大聖人は難行・易行の二道の立て分けの中に法華経・涅槃経等は入っていないとするか、と疑義を提出している。
その答えとして、大聖人はまず釈尊一代の諸大乗経においても、華厳経などは“初頓後分”といって、釈尊が菩提樹下で道場後、初めの三七日、つまり21日の間に直ちに説いたものと、その後にさまざまな所で頓教の分かる機根のために説いたものを含んでいるが、初頓の説法では二乗が成仏するか否かは論じていないことを明確にされている。これは成道直後の説法であって、二乗そのものをまだ説いていないのだから当然である。
次の阿含教で二乗の法を説き、そのあとの方等部の諸経でそれを弾呵して二乗や無性闡提は成仏できないとした。これは、般若部の諸大乗経も同じで、総じて爾前40余年の諸大乗経は法華経・涅槃経等のようには二乗と無性闡提の成仏を許していないと結論されている。
この点から考察すると、爾前40余年の諸大乗経と法華経とには水と火ほどの相違があり、したがって釈尊滅後の千部の論師と称される竜樹や天親も、このことを踏まえた論じ方をしている、とされている。すなわち論にも、特定の経を取り上げた別論と、全体的に取り上げた通論があるが、その通論も、40余年の爾前経に限定したものと、一代諸経はすべてにわたる通論とに分けられる。
これを見分ける最も大事な基準は二乗の成仏を認めている内容か、否定している内容であるからであって、一代諸経のすべてを踏まえてる通論は、当然、法華経を含むから二乗作仏を認めているものとなる。
その具体的な例として、竜樹菩薩が著し羅什三蔵が漢訳した大論と十住毘婆沙論の二つの論について検討されている。すなわち、大論については般若経を根拠にしている個所は二乗作仏を許していないが、法華経を根拠にしている時は二乗作仏を許しているところから、一代諸経のすべてを踏まえたものになっているのに対し、十住毘婆沙論については二乗作仏を許していない内容になっているから、あくまで爾前経に限っての通論であることを示され、問いにあった十住毘婆沙論が一代の通論であるからの考えを破られている。
法華・涅槃・大日経等の如くには二乗.無性の成仏を許さず
法華経と涅槃経が二乗や無性闡提の成仏を許すことについては御書の諸所で認めておられるが、大日経については二乗不作仏の経として、特に後期の御書では厳しく弾呵されている。にもかかわらず大日経も二乗の成仏を許す経の中に挙げられているのは、大聖人が御化導の始めであり、まず念仏の思想を破折することに焦点を置かれ真言・大日経についての本格的な破折は後日に譲られたために他ならない。
大論は竜樹菩薩の造・羅什三蔵の訳なり、般若経に依る時は二乗作仏を許さず法華経に依れば二乗作仏を許す、十住毘婆沙論も亦竜樹菩薩の造・羅什三蔵の訳なり此の論にも亦二乗作仏を許さず之を以て知んぬ法華已前の諸大乗経の意を申べたる論なることを
竜樹が著したもののなかで爾前40余年に限って通論と一代50年にわたる踏まえたもののあることを示されているところである。
大論、すなわち大智度論において爾前権教の般若経を依りどころとしている個所は二乗作仏をゆるしていないが、実経の法華経を依りどころとして論を展開している個所は二乗作仏を許している。
これに対して、十住毘婆沙論は華厳経の十地品について論じたものだけに、全く二乗作仏を許していないところから、法華経以前の爾前40余年に限定された論でることが明らかである。
以上のように、問いにある十住毘婆沙論が一代50年にわたる通論であるとの浄土宗側の主張は誤りなのである。
第44章 0057:10~0057:13 毘婆沙論が権論なる証文挙げるtop
| 10 問うて云く十住毘婆沙論の何処に二乗作仏を許さざるの文出でたるや、 答えて云く十住毘婆沙論の第五に云く 11 「若し声聞地及び辟支仏地に堕する 是を菩薩の死と名く則ち一切の利を失す 若し地獄に堕すとも是の如き畏れを 12 生ぜじ若し 二乗地に堕すれば則ち大怖畏と為す地獄の中に堕すとも 畢竟して仏に至ることを得・若し二乗地に堕 13 すれば畢竟して仏道を遮す」已上此の文二乗作仏を許さず宛も浄名等の「於仏法中以如敗種」の文の如し。 ―――――― 問うて云う。十住毘婆沙論のいずれに二乗作仏を許さない文が出ているのか。 答えて云う。十住毘婆沙論の第五巻の第五巻に「声聞地および辟支仏地に堕ちることを菩薩の死と名づける。すなわち一切の利益を失う。もし地獄に堕ちるとも、このような畏れを生じないであろう。もし二乗地に堕ちれば、すなわち大怖畏となす。地獄の中に堕ちたとしても究極的には、仏に至ることができるが、もし二乗地に堕ちれば、究極的に仏道を遮られないからである」とある。 この文は二乗作仏を許していない。ちょうど浄名経等の「仏法の中に於いて以て敗種の如くである」の文のようである。 |
声聞地
声聞の境地、声聞の段階。声聞とは十界の一つで縁覚と合わせて二乗という。仏の教える声を聞いて悟る人をいい、小乗教の理想ではあるが、利己主義に陥るため、権大乗教では徹底的に弾呵され、煎る種のごとく、二度と成仏の芽を出すことがないと言われた。法華経にいたって、舎利弗・迦葉・迦旃延・富楼那等、声聞の十大弟子が得道する。そして歓喜した四大声聞の領解の文を開目抄には「我等今は真に是れ声聞なり仏道の声を以て一切をして聞かしむ我等今は真に 阿羅漢なり緒の世間・天人・魔・梵に於て普く其の中に於て・応に供養を受くべし」とあり、真の声聞とは、仏の弟子として、仏の教え、精神を民衆に聞かせ、後世に残していく人である。
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辟支仏地
縁覚の境地、縁覚の段階。辟支仏は梵語プラティエーカ・ブッダ(Pratyeka-buddha)の音写。辟支迦羅、畢勒支底迦とも書き、独覚・縁覚・因縁覚と訳す。「各自に覚った者」の意。十二因縁の理を観じ、また、飛花落葉等の外縁によって自ら覚った者をいう。
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菩薩の死
菩提を求める菩薩界の生命がなくなること。菩薩は菩薩薩埵(bodhisattva])の 音写。覚有情・道衆生・大心衆生などと訳す。仏道を求める衆生のことで、自ら仏果を得るためのみならず、他人を救済する志を立てて修行する者をいう。
―――
二乗地
声聞・縁覚の境地、段階。二乗とは十界のなかの声聞・縁覚のこと。法華経以前においては二乗界は永久に成仏できないと、厳しく弾呵されてきたが、法華経にはいって初めて三周の声聞(法説周・喩説周・因縁周)が説かれて、成仏が約束されたのである。
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大怖畏
大いに恐れおののくこと。
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地獄
十界・六道・四悪趣の最下位にある境地。地獄の地とは最低の意、獄は繋縛不自在で拘束された不自由な状態・境涯をいう。悪業の因によって受ける極苦の世界。経典によってさまざまな地獄が説かれているが、八熱地獄・八寒地獄・一六小地獄・百三十六地獄が説かれている。顕謗法抄にくわしい。
―――
畢竟
結局・つまるところ。
―――
仏道を遮す
仏道を遮ること。仏道とは無上菩提のこと。またその仏果に至る道。
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浄名
維摩経のこと。聖徳太子が法華経・勝鬘経とともに、鎮護国家の三部経の一つと定めている。釈尊方等時の経で、在家の大信者である維摩詰が、偏狭な二乗の仏弟子を啓発し、般若の空理によって、不可思議な解脱の境涯を示し、一切万法に期すことを説いている。後漢の厳仏以来、7回以上訳されたが、現存するのは三訳。①呉の支謙訳「維摩詰経」2巻②姚秦の鳩摩羅什訳「維摩詰所説経」3巻③唐の玄奘訳「説無垢称経」6巻。
―――
於仏法中以如敗種
浄名経の中の「仏法の中に於いて以て敗種の如し」と読むことができるが、同経にはこの文はない。おそらく取意を述べられたものであろう。
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前章で、竜樹の十住毘婆沙論の決定性の二乗や無性闡提の成仏を許していない権論であるとされたが、ここではその論拠となる文を十住毘婆沙論それ自体の中に求められている。初めに十住毘婆沙論のどこに二乗作仏を許さない文がでてくるのか、との問いを掲げられ、その答えとして同論巻五の一文を挙げられて、この文が二乗作仏を許していない点で、権教である浄名経の「仏法の中に於いては以て敗種の如し」の文と同じであるとされている。
十住毘婆沙論の第五に云く「若し声聞地及び辟支仏地に堕する是を菩薩の死と名く則ち一切の利を失す若し地獄に堕すとも是の如き畏れを生ぜじ若し二乗地に堕すれば則ち大怖畏と為す地獄の中に堕すとも畢竟して仏に至ることを得・若し二乗地に堕すれば畢竟して仏道を遮す」
十住毘婆沙論巻五の第九章「易行品」の文である。同論が二乗作仏を許していない文証として挙げられたものである。
その内容は“仏道を求める者が最も恐れなければならないものは、地獄に堕ちることではなく声聞や辟支仏という二乗の境地に堕ちることである。なぜならば、地獄に堕ちても修行すれば、ついには仏の位に到達できるが、二乗の境地に堕ちれば一切の利益を失い、必ず仏道を遮断して菩薩の生命をしなせてしまうからである”というものである。
ここで明らかなように、仏法をさえぎる点で地獄の境地より二乗の境地に堕ちることをこそ恐るべきであるとしていることは、まさに二乗作仏を許していない文証といえるのである。
なお、当世念仏者無間地獄事のなかでも「又此の論に諸経の歴劫修行の旨を挙ぐるに菩薩難行道に堕し二乗地に堕して永不成仏の思を成す由見えたり法華已前の論なる事疑無し」(0109-12)と仰せられている。
宛も浄名等の「於仏法中以如敗種」の文の如し
ここに挙げられた「仏法の中に於いて以て敗種の如し」という文そのものは浄名経なはない。だが、類似の文として次のようなものがある。
維摩詰経不思議品第六に「吾等何為れぞ、永く其の根を断ち、此の大乗に於いて已に敗種の如きや」とある。
また、同経如来種品第八には「已に羅漢を得て応真と為る者は復道意を起こして仏性を具すること能わざるなり、根敗の土・其の五楽に於いて復利すること能わざるが如し」、また維摩詰所説経仏道品第八に「譬えば根敗の土…仏法の中に於いての如し」という文である。これを取意して「於仏法中以如敗種」とされたと考えられる。
先の不思議品の文は、声聞・縁覚の二乗の境地の人は、まるで永久に根を断たれ、また“敗種”もはや芽を出すことのない腐敗した種子のように、大乗の仏法を修行して仏に成るための根源を断ち切ってしまっていることを述べ、次の如来種品の文は「阿羅漢という声聞の最高の位を得て、“応真”すなわち人天には仏法を身につけることができない。その姿はちょうど“根敗”すなわち五根の感覚器官がだめになったために、五根によって得る楽しみにあずかることができない人と同じである」と述べている。その他、仏道品の文など、いずれも、二乗が永久に成仏できないとしている文であることは明らかである。
第45章 0057:14~0058:01 大乗が二乗作仏許す証文を挙げるtop
| 14 問うて云く大論は般若経に依つて二乗作仏を許さず 法華経に依つて二乗作仏を許すの文如何、答えて云く大論 15 の一百に云く 「問うて云く更に何の法か甚深にして 般若に勝れたる者あれば而も般若を以て阿難に属累し余経を 16 以て菩薩に属累するや、 答えて云く般若波羅蜜は秘密の法に非ず 而るに法華等の諸経は阿羅漢の受決作仏を説く 17 所以に大菩薩能く受けて持用す 譬えば大薬師の能く毒を以て薬と為すが如し」と、 亦九十三に云く 「阿羅漢の 18 成仏は論義者の知る所に非ず 唯仏のみ能く了し給う」已上 此等の文を以て之を思うに論師の権実は宛も仏の権実 0058 01 の如し -----― 問うて云う。大智度論は般若経によっては二乗作仏を許さず。法華経に依っては二乗作仏を許すということの文証はどうか。 答えて云う。大智度論の巻百に「問うて云う。般若経の教えより深い、どのような勝れた経があって、般若経を阿難に付嘱し、他の大乗経を菩薩に付嘱するのか。答えて云う。般若波羅蜜は秘密の法ではない。しかるに法華経等の諸経は阿羅漢の受記作仏を説くゆえに大菩薩能がよく受けて持いる。たとえば大薬師がよく毒をもって薬とするようなものである」とある。また巻九十三に「阿羅漢の成仏は論師の知るところではない。ただ仏のみがよく知っておられるところである」とある。 これらの文をもって思うと、論師の論に権・実があるのと同じである。 |
般若
般若波羅蜜の深理を説いた経典の総称。漢訳には唐代の玄奘訳の「大般若経」六百巻から二百六十二文字の「般若心経」まで多数ある。内容は、般若の理を説き、大小二乗に差別なしとしている。
―――
阿難
梵語アナンダ(Ānanda)の音写。十大弟子の一人で常随給仕し、多聞第一といわれ、釈尊所説の経に通達していた。提婆達多の弟で釈尊の従弟。仏滅後、迦葉尊者のあとを受け諸国を遊行して衆生を利益した。
―――
属累
仏が教法の流布を弟子に託すこと。付嘱ともいう。教えを付与し、流布させること。法華経には人力品で結要付嘱・嘱累品で摩頂付嘱が説かれている。
―――
般若波羅蜜
般若経のこと。般若波羅蜜の深理を説いた経典の総称。漢訳には唐代の玄奘訳の「大般若経」六百巻から二百六十二文字の「般若心経」まで多数ある。内容は、般若の理を説き、大小二乗に差別なしとしている。
―――
秘密の法
秘め隠してあらわに示さない法。仏が末だ説いたことがなく、仏のみしか知らない深遠の教法のこと。
―――
阿羅漢
羅漢のこと。無学・無生・殺賊・応供と訳し、小乗教を修行した声聞の四種の聖果の極位。一切を学び尽くして、さらに学ぶべきがないので無学、再び三界に生ずることができないので無生、見思の惑を断じ尽くすので殺賊、衆生から礼拝を受け、供養に応ずるので応供という。
―――
受決作仏
授記差別と同義。仏から成仏の記莂を受けて劫・国・名号が決定することをいう。すなわち成仏の印可を与えられること。
―――
大薬師の能く毒を以て薬と為すが如し
偉大な薬師は毒を活かし用いて薬とするようなものであるとの意。変毒為薬のこと。
―――
論義者
論議をする人。論議は経論の要義を論じ明らかにすること。
―――――――――
前章では竜樹の十住毘婆沙論が二乗作仏をゆるしておらず、したがって40余年の権大乗について通論であることを示す文証を挙げられたが、ここでは竜樹のもう一つの著書・大智度論が釈尊一代50年の権教・実経の両方を踏まえており、般若経をもとにしているときは二乗作仏を否定しているが、法華経によっては二乗作仏を認めていることを示す文証として、同論の巻百の文と巻93の文を挙げられている。
大論の一百に云く「問うて云く更に何の法か甚深にして般若に勝れたる者あれば而も般若を以て阿難に属累し余経を以て菩薩に属累するや、答えて云く般若波羅蜜は秘密の法に非ず而るに法華等の諸経は阿羅漢の受決作仏を説く所以に大菩薩能く受けて持用す譬えば大薬師の能く毒を以て薬と為すが如し」
大智度論巻百の嘱累品第90の文である。
この文に至る個所では、仏は声聞である阿難にどうして大乗である般若経を付嘱したのかという問題をめぐって問答形式で展開されている。
そして、大乗経である般若経を阿難に付嘱したのに、同じ大乗経である法華経ならびに諸大乗経典はどうして諸の菩薩たちに付嘱したのかとの問いが立てられ、その答えとして、同じ大乗でも仏の甚深難信の法、不可思議解脱経は、その内容を声聞は聞くことができないとし、たとえ聞くことができても理解しえないために、これらの大乗教は声聞に付嘱せずに菩薩たちに付嘱された、としている。
この答えを受けて引用の文が続くのである。その内容は、まず、同じ大乗の般若経を阿難に付嘱したのに、なぜそれ以外の法華経などを菩薩に付嘱したのか、との問いが出される。
その答えとして、般若波羅蜜は秘密の法ではない。それに対し、法華経は阿羅漢の“受決作仏”すなわち“仏からの認可”を説き明かしており、したがって位の高い大菩薩たちが受持する法である。菩薩が法華経を用いて薬に変えるようなものであることを譬えている。
この大智度論の文は、法華経に基づけば二乗作仏できることを明かした証文となっている。
九十三に云く「阿羅漢の成仏は論義者の知る所に非ず唯仏のみ能く了し給う」
大智度論93、畢定品第83の文から趣意を取って引用されたものである。元の文を挙げると「今漏尽の阿羅漢還って作仏し、唯仏のみ能く知りたもう。論議は正しく論ずべく、其の事測り知ること能わずと言う」というものである。
文脈からいえば、この品で仏法の五不思議を明かす中の第一に漏尽、すなわち煩悩を断じ尽くしてしまった阿羅漢の成仏の不思議を挙げ、これは他の論師たちの知ることができないところで、ただ仏のみ能く知ることができる不思議であると釈しているところである。
「唯仏のみ能く了し給う」とは、「唯仏与仏乃能究尽」とあるように、仏だけが覚っている真理を明かした法華経の領域であるということである。
第46章 0058:01~0058:10 人師・訳者の権実雑乱を破すtop
| 01 而るを権経に依る人師 猥りに法華等を以て観経等の権説に同じ法華・涅槃等の義を仮りて 浄土三部経の徳 02 と作し決定性の二乗・無性の闡提・常没の往生を許す権実雑乱の失脱れ難し、 例せば外典の儒者・内典を賊みて外 03 典を荘るが如し謗法の失免れ難きか 仏自ら権実を分ち給う其の詮を探るに 決定性の二乗・無性有情の成・不成是 04 なり、而るに此の義を弁えざる訳者・爾前の経経を訳する時・二乗の作仏・無性の成仏を許す此の義を知る訳者は爾 05 前の経を訳する時・二乗の作仏無性の成仏を許さず、 之に依つて仏意を覚らざる人師も亦爾前の経に於て決定性・ 06 無性の成仏を明すと見て 法華と爾前と同じき思いを作し 或は爾前の経に於て決定無性を嫌う文を見・此の義を以 07 て了義経と為し法華・涅槃を以て不了義経と為す 共に仏意を覚らず権実二経に迷えり 、此等の誤りを出さば但源 08 空一人に限るのみに非ず 天竺の論師並に訳者より唐土の人師に至るまで其の義有り、 所謂地論師・摂論師の一代 09 の別時意趣・善導・懐感の法華経の一称南無仏の別時意趣・此等は皆権実を弁えざるが故に出来する所の誤りなり、 10 論を造る菩薩・経を訳する三蔵・三昧発得の人師猶以て是くの如し况や末代の凡師に於てをや。 -----― ところが権経による人師が、節度もなく法華経等をもって観無量寿経等の権教の教説と同じであるとし法華経・涅槃経等の教えを借りて浄土三部経の功徳の力として、決定性の二乗・無性の一闡提・常に苦海に没している衆生も、浄土三部経で極楽往生を許されている、と言っているのは権実雑乱の罪である。例えば仏教以外の典籍の儒者が仏典を盗んで外道の典籍を飾ったのと同じで、謗法の罪を免れないであろう。 仏は自ら権教・実教を分けられたが、その要旨を探究すると決定性の二乗・無性有情の成仏・不成仏がこれである。 ところが、この意義が分からない訳者は爾前の経々を漢訳するにあたって、二乗の作仏・無仏性も成仏できるとしたのである。 仏の本義を知る訳者は爾前の経を漢訳する時・二乗の作仏・無仏性の成仏は不可としたのである。 このために、仏の本意を覚知しない人師もまた、爾前経でも決定性の二乗・無性有情の成仏を明かされていると見て、法華経と爾前経と同じであると思ったり、あるいは爾前の諸経において決定無性の二乗・無性有情を嫌う文を見て、二乗作仏を許さない爾前経を了義経とし、二乗作仏を許す法華経・涅槃教を不了義経となしたりしたのである。これはいずれも仏の本意を覚知しないで、権経と実経の二経の相違に迷っているのである。 これらの誤りを取り出すならば、ただ法然房源空一人に限ることではなく、インドの論師ならびに訳者から中国の人師に至るまで、その誤りがある。いわゆる地論宗の人師と摂論宗の人師が釈尊一代聖教における即時成仏を別時意趣であるとし、また善導とその弟子・懐感が法華経方便品の「一たび南無仏と称えれば」との文も別時意趣でると見誤ったこと、これらはすべて権教・実教を見分けないゆえに出てきた誤りである。 論書をつくった菩薩・経典を翻訳した三蔵・三昧を発し得た人師でもこの誤りを犯しているのであるから、まして末代の凡師においてはなおさらである。 |
外典の儒者
儒教の典籍を学び修めた者。内典に対する語。仏典以外の書籍、特に儒家・道家の諸子百家の経籍などをいうが、儒者とあるところから、ここでは儒教の典籍をさす。
―――
内典
仏教以外の経典を外典というのに対して、仏経典を内典という。
―――
詮
①具さに事理を説き明かして帰着すること。せんじつめたところ・結局のところ。②利き目・しるし。③手段・手だて。
―――
無性有情
法相宗の「五性格別」の法門から出た語。法相宗では一切有情に五種の性があるとする。一に声聞種性、二に独覚種性、三に如来種性、四に不定種性、五に無有出世功徳性である。この第五は、三果性といって声聞・縁覚・菩薩になる性がなく、成仏の因がないものとして、これを無性有情という。
―――
了義経
最高の極理を説いた経の意で、不了義経に対する語。これは相対観念であって、①大乗教を了義経・小乗経を不了義経。②実教(法華経)を了義経・大乗権教を不了義経。③法華経本門を了義経・法華経迹門を不了義経と立てるのであるが、大聖人仏法ではさらに進んで、④三大秘法の南無妙法蓮華経のみを了義経・法華経本門を含む釈迦仏法の一切を不了義経とするのである。
―――
無量義経
一巻。蕭斉代の曇摩伽陀耶舎訳。法華経の開経とされる。内容は無量義について「一法より生ず」等と説き、この無量義の法門を修すれば無上正覚を成ずることを明かしている。
―――
天竺
古来、中国や日本で用いられたインドの呼び名。大唐西域記巻第二には「夫れ天竺の称は異議糺紛せり、舊は身毒と云い或は賢豆と曰えり。今は正音に従って宜しく印度と云うべし」とある。
―――
唐土
中国のこと。日本から中国を呼んだ名称。現在の浙江省を中心に勢力をふるっていた越の地方をさして諸越といっていたのが、しだいに中国全土の呼称となり、唐王朝成立後「唐土」と書き、「もろこし」と読むようになったという。
―――
地論師
地論宗の法師おのこと。地論宗は天親菩薩の「十地経論」によって立てられた宗派。開祖は慧光。のちに華厳宗に吸収された。日本には伝承されていない。
―――
摂論師
摂論宗の法師おのこと。摂論宗は中国13宗のひとつ。無着の摂大乗論を所依とし、真諦三蔵を祖とする流派。梁・陳の時代に真諦が無著の摂大乗論と世親の摂大乗論釈を中国に伝え、漢訳して以来、弟子たちによって弘められ一派をなして盛んであったが、唐代に玄奘が新訳を伝え、法相宗ができてから次第に勢力を失った。日本には伝えられていない。
―――
懐感
中国唐朝の浄土宗の僧。長安の千福寺にいて精進し道を求めたが、満足せず、善導に会うに及んで、ただひたすらに念仏を唱えれば、必ず証験があると信じ、3週間道場にこもった。しかし、なんの霊験もなかったので、さらに3年間修行し、ついに念仏三昧を証得したと称した。「群疑論」(「釈浄土群疑論」)の著者である。法然は「類聚浄土五祖伝」等で、浄土五祖(曇鸞・道綽・善導・懐感・少康)の1人とした。
―――
論を造る菩薩
論師のことをいう。はじめは三蔵のうち論蔵に通じている人をいったが、のちに論議をよくする人,あるいは論を造って仏法を宣揚した人をいうようになった。
―――
経を訳する三蔵
仏教経典を梵語~漢語に翻訳した僧。
―――
三昧発得の人師
三昧に入って智慧を発し悟りを得ている人師。
―――――――――
これまで、竜樹のような仏の本意を知っている論師は釈尊と同じく権実を弁えて論をたてていることを明らかにされてきたのであるが、ここでは仏の本意を知らないで権経を依りどころとしている人々が権実雑乱の謗法に陥ってきとこと。それは源空一人に限らないことを指摘されている。
仏の立てた権実二教においてその区別の其準は、本文で「仏自ら権実を分ち給う其の詮を探るに決定性の二乗・無性有情の成・不成是なり」つまり、二乗になることが決定してしまっている衆生と本来的に仏性をもっているとされる衆生を成仏させうる教えか否か、にある。すなわち、二乗等をも成仏させうる教えが「実」で、二乗等は成仏できないとする教えが「権」なのでる。ところが、この仏の本義を弁えない論師、人師、訳者たちが権実雑乱を引き起こしたのである。
初めに、権経等の浄土三部経の権経に依経に依拠する人師たちが法華経等を観経等の権説と同じと見たり、法華経や涅槃経等の教えを取って浄土三部経の功徳とし、決定性の二乗や無性の一闡提や常に地獄に没している衆生も、念仏を修すれば極楽往生できるなどと主張したことを指摘され、これらは権実雑乱の謗法であると破折されている。
次いで、権実の立て分けにおける仏の本義が二乗等の成仏不成仏にあり、このことを弁えないで、いい加減に経典を翻訳した訳者たちに注目される。
爾前経を梵語から漢語に移す時、仏の本意を弁えている訳者たちは、その爾前の経では二乗の作仏や無性の成仏は許されないことを明確に訳したが、そうでない訳者たちは、二乗等の作仏が許されているとして訳してしまっている。
そのため、仏意が分からない人師たちは権実雑乱した訳者が翻訳した爾前の経々を見て、決定性の二乗や無性の有情の成仏がその経で許されているとし、法華経と爾前経は同じであると思い、逆に爾前経で決定性の二乗や無性の有情を嫌っている文を見ると、この経を了義経とし、法華経・涅槃経を不了義経とするといった混乱を生じた、と仰せられている。
以上から、権と実を混乱させている者たちは法然房源空に限らず、インドの非正統的な論師、翻訳者、中国の人師など多くいると指摘されている。
具体的には、地論師・摂論師たちが一代聖教を別時意趣とした考え方や善導・懐感が法華経の一称南無仏を別時意趣とした考え方を挙げられている。
最後に、インドの論を造った菩薩や教や翻訳した三蔵法師や三昧発得した中国の人師たちといった優秀な人たちですら権実に迷っているのであるから、ましてや末法の凡師が迷うのは当然であると結論されている。
爾前の経に於て決定無性を嫌う文を見・此の義を以て了義経と為し法華・涅槃を以て不了義経と為す
この文で二乗作仏を説く法華経を不了義経とした「仏意を覚らざる人師」とは、五性各別説を立てた法相宗の開祖たちをさしている。
したがって、ここでの「爾前の経」とは法相宗の依経である解深密経、楞伽経等をさされていることはいうまでもない。
五性各別とは衆生には先天的に具えている五種類の素質があり、これら五性は永久に決定的に区別されているとする教義である。
その五性とは、菩薩になることが決定している者、縁覚になることが決定している者、声聞になることが決定している者、そのいずれとも決定していない者、仏性を具えない者、の五つである。
このうち縁覚と声聞になることが決まっている者、すなわち決定性の二乗と無性の者とは仏に成れないとして法相宗では嫌い、一切衆生が成仏するとする法華経を「不了義経」であり方便の教えであると位置づけられたのである。
法相宗では、声聞・縁覚・菩薩の三乗の法を説いた解深密経等が「真実」で、一仏乗を説いた法華経は「方便」であるとして“三乗真実・一乗方便”とすら主張したのである。
地論師・摂論師の一代の別時意趣・善導・懐感の法華経の一称南無仏の別時意趣
地論師とは地論宗の論師のことで、地論宗というのは世親の十地経論を根拠に据える中国の宗派である。
前者は華厳経の考え方を、後者は唯識の考え方を、それぞれ根本としているゆえに、釈尊一代50余年の説法における即時の成仏を別時意趣、すなわち衆生を導くための方便とするのである。だが、これは法華経を方便とする権実雑乱の邪見からきたものであるとされているのである。
また、善導・懐感というのはともに中国唐代の浄土宗の僧である。彼ら浄土宗の法師たちは法華経方便品第二に説かれている「一たび南無仏と称うれば、皆已に仏道を成じき」という個所を仏の別時意趣、すなわち衆生教化のための方便としている。これも権実雑乱の邪義なのである。
以上の論述を踏まえて、地論師・摂論師のような「論」を造った菩薩と称される人々、玄奘や不空のように多くの経典に訳し「三蔵」と呼ばれた人々、あるいは修行によって三昧を発得した人師たちでさえも権実雑乱の誤りを犯しているのであるから、それをもとにして教義を立て、しかも智徳ともに劣る末代の凡師である法然に誤りがないと考えること自体、無理があると結ばれている。
第47章 0058:11~0058:15 破折が仏説に基づくを明かすtop
| 11 問うて云く汝末学の身として何ぞ論師並に訳者人師を破するや、 答えて云く敢て此の難を致すこと勿れ摂論師 12 並に善導等の釈は権実二教を弁えずして 猥りに法華経を以て別時意趣と立つ故に天台妙楽の釈と水火を作す間・且 13 らく人師の相違を閣いて経論に付て是非をカンガうる時権実の二教は仏説より出でたり天親・竜樹重ねて之を定む、 14 此の義に順ずる人師をば且らく之を仰ぎ 此の義に順ぜざる人師をば 且らく之を用いず敢て自義を以て是非を定む 15 るに非ず但相違を出す計りなり。 -----― 問うて云う。あなたは末学の身でありながら、どうして論師ならびに訳者・人師を破るのか。 答えて云う。強いてこのような難詰をしてはならない。摂論師ならびに善導等の解釈は権経と実教の違いを弁えないで、節度なく法華経をもって別時意趣の方便と立てたもので、したがって、天台大師・妙楽大師の解釈と水と火の違いがある。そこで日蓮は、しばらく人師同士の違いは差し置いて、経論をもととして何が正しいかを調べたところ、権教と実教の二教の判別は仏の教説から出たものであり、天親や竜樹も重ねてこのことを定めている。 そこで、この教説に従っている人師をしばらく仰ぎ、この教説に従わない人師はしばらく用いないことにしたのである。 強いて自分の考えをもって何が正しいかを決めているのではなく、ただ論師並びに訳者や人師と仏の経説との相違を出しているだけなのである。 |
末学の身
後学・末弟・末従の者。
―――
経論
三蔵のうち経蔵・論蔵をいう。経は仏が説いたところの教法。論は仏みずから問答論議して理を弁じたもの。また仏弟子が仏語を論じ、法相を講じたもの。
―――
自義
自分勝手な考え、意見。
―――
是非
①正しいことと間違っていること。②どうあっても、きっと、必ず。
―――――――――
前章の末尾では、論師、訳者、人師も誤りを犯しており、まして末代の凡師において誤りがあるのは当然であることが明らかにされた。それでは大聖人自身はどうなのかという反論が立てられることも当然である。
そこで本章では、大聖人はこうした誤謬に陥らないためにどうしているか、を明らかにされていくのである。
まず問いとして、大聖人が末学の身であるにもかかわらずどうして破折できるのか、という論難を挙げられている。
これに対し、その論難は筋違いであるとされ、大聖人はあくまで仏説に基づいて判別しているのであると述べられている。
初めに、論難に対して「敢て此の難を致すこと勿れ」とまず遮られている。これは御自分への批判を封じて言われたものでなく、大聖人の場合は自分の知恵を根拠にして主張しているのではないから「末学のくせに」という批判は当らないことを言われていると拝される。ゆえに、次に摂論師や善導等の権実二教の立て分けを弁えないで立てた釈が、天台大師や妙楽大師の釈との間に水火の違いがあることに大聖人は気づき、そこで正しい判断のためには人師同士の違いにとらわれないで、仏説を直接に検討した、と仰せられている。
権実の区別は釈尊自身の説法から出ていることが明らかであり、かつインドの正統な論師である天親や竜樹も仏と同じように権実の立て分けをさだめている。
そこで、あくまで仏説を根本とし、人師については、それに合致しているものは尊重し、合致していないのは用いないようにしているという立場を明確にされ、自分の考えでこちらの人師と、あちらの人師と、どちらが正しい、どちらが間違いだときめつけるつもりはない、と仰せられている。
人師については是につけ非につけ「且らく之を用いず」と述べられているように、本来、絶対的な拠りどころとすべきではないとの姿勢を示されている。ここに、あくまで根本とすべきは「仏説」であること、仏説の中の「権実」の区別も仏説でよるべきであるとの大聖人の徹底したお考えがうかがわれる。
大段第四 謗法の者を対治すべき証文を出すtop
第48章 0058:16~0059:07 仏法を付嘱する証文を挙げるtop
| 05 て先と為し国を治む可きなり、 大集経の文の如くならば王臣等・仏道の為に無量劫の間・頭目等の施を施し八万の 06 戒行を持ち無量の仏法を学ぶと雖も 国に流布する所の法の邪正を直さざれば国中に大風・旱魃・大雨の三災起りて 07 万民を逃脱せしめ王臣定めて三悪に堕せん、 -----― 大段の文の第四に、謗法の者を対治しなければならない証文を出すならば、これに二つある。一つには仏法を国王・大臣並びに四衆に付属することを明かし、二つには正しく謗法の人が国王の治める国土にいるのを対治しなければならない証文を明かす。 第一に仏法を国王・大臣並びに四衆に付属することを明すならば、仁王経に「仏が波斯匿王に告げていうには(乃至)このゆえに諸の国王に付属して比丘・比丘尼・清信男・清信女に付属しない。どうしてかというと、彼らは王の威力をもたないからである。(乃至)この経の仏・法・僧の三宝を諸の国王及び比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷に付属する」、また大集経二十八に「もし国王がいて、仏の法が滅しようとしているのを見て、そのまま捨てておいて護らなければ、無量の世において布施・持戒・智慧の行を修したとしてもすべて滅し失い、その国に三種の不祥の事をおこすであろう、(乃至)その命が終わって大地獄に堕ちるであろう」とある。 仁王経の文によれば、仏法を先ず国王に付属し、次に四衆に及ぼすのである。王位にいる君主、国を治める臣下は仏法を根本として国を治めるべきである。 大集経の文によれば、国王・臣下等が仏道のために無量劫の間、頭や目などの布施を施し、八万の戒律の行を修し、無量の仏法を学ぶといっても、国に流布している仏法の邪正を判別して正邪を明確にしなければ、国中に大風と旱魃と大雨の三災が起こって万民を逃げ出させ、国王。臣下は必ず三悪道に堕ちるであろう。 |
対治
①智慧によって煩悩を滅すること。害をなすものを打ち破ること。
―――
付属
相承・相伝のこと。弘宣付属・伝持付属・守護付属の三種がある。日寛上人の分段には「弘宣付属とは謂く四依の顯聖は釈尊一代の所有の仏法を時に随い機に随い演説流布するなり。伝持付属とは謂く四依の賢聖は如来一代の所有の仏法を相伝受持して世に相継いで住持するなり。守護付嘱とは謂く国王壇越等如来一代所有の仏法を、時に随い能く之れを守護して法を久住せしむ」(要旨)とある。
―――
王地
帝王・王者の治める国土。王法をもって治める国土。
―――
仁王経
釈尊一代五時のうち盤若部の結経である。恌秦の鳩摩羅什(0334~0413)訳の「仏説仁王般若波羅蜜経」と、唐の不空三蔵(0705~0774)訳の「仁王護国般若波羅蜜経」がある。羅什訳のほうが広く用いられている。この仁王経は、仁徳ある帝王が般若波羅蜜を受持し政道を行ずれば、三災七難が起こらず「万民豊楽、国土安穏」となると説かれている。このゆえに、法華経、金光明経とともに、護国の三部経として広く尊崇された。般若波羅蜜とは、菩薩行の六波羅蜜の一つであるが、般若とは智慧で、その実体は法華経文底秘沈の大法を信じ、以信代慧によって知恵を得ることである。末法においては、この三大秘法を受持して広宣流布することが般若波羅蜜を行ずることになる。法蓮抄には「夫れ天地は国の明鏡なり今此の国に天災地夭あり知るべし国主に失ありと云う事を鏡にうかべたれば之を諍うべからず国主・ 小禍のある時は天鏡に小災見ゆ今の大災は当に知るべし大禍ありと云う事を、仁王経には小難は無量なり中難は二十九・ 大難は七とあり此の経をば一には仁王と名づけ二には天地鏡と名づく、此の国主を天地鏡に移して見るに明白なり、又此の経文に云く『聖人去らん時は七難必ず起る』等云云、当に知るべし此の国に大聖人有りと、又知るべし彼の聖人を国主信ぜずと云う事を」とある。
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波斯匿王
梵語(Prasenajit)和悦または月光と訳す。釈尊在世当時の舎衛国の王。梵授王の子として、釈尊と同じ日に生まれた。釈尊を日光と尊称したのに対して、王は月光と称した。政治的にも優れた手腕を発揮したが、早くから釈尊に帰依し、舎衛国は釈尊に最も縁の深い仏都と称されるに至った。有名な祇園精舎は須達長者と太子祇陀によって建てられたものである。また、仏が説法するに際して、この仏都ですら、1/3の人が仏を見、1/3は仏は見たが説法は聞かず、1/3仏も見ず、説法も聞かない無縁のひとであった。このことは舎衛の三億として知られている。
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比丘
ビクシュ(bhikṣu)の音写。仏教に帰依して,具足戒を受けた成人男子の称。
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比丘尼
ビクシュニー(bhiksunīの音写)。仏教に帰依して,具足戒を受けた成人女子の称。
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清信男
四衆のひとり。優婆塞のこと。仏法を信ずる在家の男子。
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清信女
四衆のひとり。優婆夷のこと。仏法を信ずる在家の女子。
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威力
他を威圧できる強い力。
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四部の弟子
四衆のこと。比丘(出家の男子=僧)、比丘尼(出家の女子=尼)、優婆塞(在家の男子)。優婆夷(在家の女子)をいう。弟子檀那のこと。
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擁護
擁え護ること。
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無量世
生まれてから死ぬまでの一生を一世といい、数えられないほどの多くの生死生死を重ねることを無量世という。
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戒慧
布施・持戒・智慧の略で、六波羅蜜の修行である。波羅蜜とは梵語(Pāramitā)で、度彼岸、到彼岸等と訳す。布施・持戒・忍辱・精進・禅・智慧の六つあるので六波羅蜜という。釈尊は通教時において、菩薩がこの六法を修行すれば、生死の此岸より、その涅槃に至ることができると教えた。法華時の説法では、開経の無量義経で「未だ六波羅蜜を修行する事を得ずと雖も六波羅蜜自然に在前す」と説き、妙法を信行する功徳に一切が含まれ、六度の修行は不要となると説く。
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三種の不祥の事
三種類のめでたくないこと。三災。
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王位に居る君
国王の位にいる君主。統治者。現在では総理大臣・首長など。
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国を治むる臣
国家の政治を司る臣下。現在では大臣になる。
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無量劫
量り知れないほどの長い期間。「無量」は無限の意。「劫」は長遠の時間。長さについては経論によって諸説があるが、倶舎論巻十二によると、人寿十歳から始めて百年ごとに一歳を加え、人寿八万歳にいたるまでの期間を一増といい、逆に八万歳から十歳にいたるまでを一減とし、この一増一減を劫としている。(他説あり)。
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頭目等の施を施し
薬王菩薩や雪山童子が行った事供養のこと。
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戒行
戒律を守って仏道修行すること。
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法の邪正
法における邪なことと正しいこと。
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旱魃
長い間雨が降らなかったことによって起こる水不足。ひでり。
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三災
①壊劫の時に起こる火災・水災・風災の「大の三災」と、②住劫の中の減劫に起こる穀貴・兵革・疫病の「小の三災」がある。「小の三災」のこと。は正法を迫害することによっておこる災害でもあり、大集経巻二十四には「若し国王有って、無量世に於て施・戒・慧を修し、我が法の滅するを見て捨てて擁護せざれば、是の如き所種の無量の善根は、悉く皆滅失し、其の国には当に三の不祥事有るべし。一に穀貴、二に兵革、三に疫病なり」とある。穀貴とは五穀の価が上がること。兵革とは戦争のこと。
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三悪
三悪道・三種の悪道のこと。地獄道・餓鬼道・畜生道をいう。三善道に対する語。三悪趣、三途ともいう。
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本章からは大文第四の「謗法の者を対冶すべき証文を出す」に入る。
本文にも明らかなように、この段落は大きく二つに分かれ、第一の「仏法を以て国王大臣並びに四衆に付属することを明す」段の第二の「正しく謗法の人・王地に処するを対冶す可き証文を明す」段とから成っている。
そのうち、本章は第一の段、すなわち、仏法が国王大臣四衆に付嘱されたことを示す経文を挙げられるうち、仁王経と大集経の二文を挙げて解説されているところである。
初めの仁王経の一文は、仏が波斯匿王に語った言葉であるが、その内容は仏は仏法を比丘・比丘尼・清信男・清信女の四衆には付嘱しないで諸々の国王に付嘱すると述べ、その理由として彼らの四衆には国王のように仏法を守護する威力がないからとするものと、乃至の後に仏は仁往経の三宝を国王や四部の弟子に付嘱するとするものとからなっている。
次いで大集経の一文は、もし国王が仏法が滅せんとするところを見ていながら放置して守らなかったなら、長期にわたって布施・持戒・智慧等の修行をしていたとしても、その功徳を皆ことごとく消失し、彼が治める国に三種の不祥事がおこるであろうし、彼自身、死後において大地獄に生まれるであろう、というものである。
初めの仁王経の文について大聖人は、これを仏が仏法を付嘱する際に、まず国王に付嘱し、次いで四衆に付嘱するという順序次第を表わしているとされ、王位に居る君主や国を治める臣下は慈悲に其づいて国を治めるべきであることを示唆されたものと釈されている。
次に、大集経の文については王臣たちがいかに長期間にわたって布施をし戒をたもち法を学ぼうとも、自分の国に流布している仏法の正邪を弁別して正を守り邪を除かなかったなら、国中に大風・旱魃・大雨の三災が起こって万民が国土から逃げ出してしまい、王臣は必ず地獄・餓鬼・畜生の三悪に落ちるということを述べたものと釈されている。
仁王経に云く「仏・波斯匿王に告わく、乃至・是の故に諸の国王に付属して比丘・比丘尼・清信男・清信女に付属せず何を以ての故に王の威力無きが故に、乃至・此の経の三宝をば諸の国王・四部の弟子に付属す」
仏説仁王般若波羅蜜経の受持品第七の文と同経嘱累品第八の文とからなっている。
まず、受持品第七の文を中略部分も補って引用すると次の通りでる。
「仏・波斯匿王に告わく、我当に滅後の後法の滅せんと欲する時、是の般若波羅蜜を受持し大いに仏事を作す。一切国王は安立し万姓快楽す、皆般若波羅蜜に由る。是の故に諸の国王に付嘱して比丘比丘尼清信男清信女に付嘱せず、何を以ての故に。王力無きが故に。故に付嘱せず。汝当に受持読誦しその義理を解すべし。大王よ、吾今化する所、百億須弥百億日月、一一の須弥四天下に有り、其の南閻浮提に十六大国、五百中国、十千小国有り。其の国土中に畏る可き難有り。一切の国王是を難と為すが故に」と。
この文にある七つの畏るべきの難の内容は、立正安国論で引用されている文に明らかである。
ここに引いた文の意は、仏が波斯匿王に語ったところによれば、仏が滅度した後、仏法が滅しようとする時に、この般若波羅蜜を受持し、大いに仏事をなせば、一切の国土は安定し、すべての人々は快適に暮らすことができる。それはひとえに般若波羅蜜の力によるのである。このゆえに、仏は諸の国王たちには仏法を付嘱するが、比丘・比丘尼・清信男・清信女の四衆には付嘱しないのである。なぜならば、彼らには国王のような力がないからである。ゆえに彼ら四衆は仏法を受持し読誦してその義・理を理解しなければならない、と言っているのである。
次に同経嘱累品第八の文は「仏波斯匿王に告わく、我汝等を誡勅す。吾が滅度の後、80年、800年、8000年の中に、仏も無く法も無く僧も無く、信男信女の無き時あらん。この経の三宝とを諸の国王と四部の弟子とに付嘱す。受持し読誦し、その義を解すべし、三界の衆生の為に空慧の道を開き、七賢の行と十善の行を修して一切の衆生を化せよ」というものである。
内容はやはり、仏が波斯匿王に語って、仏の滅度の後正法の末80年、像法の末800年、末法の末8000年と経る間に仏・法・僧の三法や信男・信女が存在しない時代がくる。その時のためにこの仁王経の三宝を諸の国王と四部の弟子たちに付嘱するとし、この付嘱された者たちは三宝を受持し読誦しその義を解釈して三界の衆生のために、空の道理を観ずる智慧の道を開いたり、七賢行や十善行を修めて一切の衆生を導くようにせよ、というものである。
以上からも明らかなように、仏は自らの滅後、自らの教えが滅する時代のために、仏法をまず国王たちに付嘱し、あわせて出家・在家の四衆にも付嘱する。その理由として国王は威力あるがゆえに付嘱され、また付嘱された四衆は仏法を受持し読誦し、義を解釈し、智慧を開くよう衆生を教化せよと促しているからである。
大集経二十八に云く「若し国王有つて我が法の滅せんことを見て捨てて擁護せずんば無量世に於て施戒慧を修すとも悉く皆滅失し其の国に三種の不祥の事を出さん、乃至・命終して大地獄に生ぜん」
大方等大集経虚空自分中護法品第九の文である。
この文も立正安国論に引用されているので、ここに掲げてみると次の通りである。
「若し国王有つて無量世に於て施戒慧を修すとも我が法の滅せんを見て捨てて擁護せずんば是くの如く種ゆる所の無量の善根悉く皆滅失して其の国当に三の不祥の事有るべし、一には穀貴・二には兵革・三には疫病なり、一切の善神悉く之を捨離せば其の王教令すとも人随従せず常に隣国の侵ニョウする所と為らん、 暴火横に起り悪風雨多く暴水増長して人民を吹タダヨワし内外の親戚其れ共に謀叛せん、其の王久しからずして当に重病に遇い寿終の後・大地獄の中に生ずべし」(0020-04)と。
内容は、国王がいて、たとえ計り知れないほどの数の世において布施を行い、戒律をたもち、智慧を獲得してきていても、自らの国土で正法が滅するのを見捨てて擁護しなかったならば、それまで仏道修行して植えてきた計り知れないほどの善根を皆ことごとく失ってしまい、その国に三つの不祥事が起きる。その三つとは穀貴・兵革・疫病である。更には一切の善神がその国を捨ててしまい、国王が命令しても従わないために威令が届かず、そのために隣の国が侵入するところとなり、暴火・悪風雨・洪水などの天変地夭が盛んに起こって人々を翻弄し、王の内戚も外戚もともに謀叛を起こす。このために、その王は間もなく心痛から重病に罹って、命終わって後、大地獄に生ずるであろう、というものである。
守護付嘱について
以上の仁王経や大集経に説かれているのは、いわゆる守護付属である。付嘱というのは正法を久住せしめるために、仏が弟子に法を授け、法を護持し弘通する使命を託することである。この付嘱と弘宣付嘱と伝持付嘱,守護付嘱があり、ここにあげられた守護付嘱は国王・檀越など、在家の者に対して正法を守護するように託された在り方をいう。撰時抄愚記に「守護付嘱。謂く、国王・壇越等、如来一代所有の仏法を時に随い、機に随い、能くこれを守護して、法をして久住せしむるなり」とある。
さて、この段で論じられているのは基本的には守護付属であるが、王臣の役目を“守護”のみに限られていないところに大事な点がある。
まず、引用された仁王経の文については、大聖人がそれを承けて「仏法を以て先ず国王に付属し次に四衆に及ぼす王位に居る君・国を治むる臣は仏法を以て先と為し国を治む可きなり」と仰せのように、仏は仏法をまず国王に付嘱し、次に比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷の四衆におよぼしていくという図式を示されている。つまり、威力ある国王に仏法を付嘱し、その国王の力によって守護されて、今度は四衆が仏法を受持し読誦し、義を解釈して、一切衆生に仏道を教えて智慧を開いていくのであるが、同時に国王や臣下たちは、自らが仏法の慈悲を根本にして国を治めていくべきことを大聖人は強調されている。
次の大集経の一文については「王臣等・仏道の為に無量劫の間、頭目等の施を施し八万の戒行を持ち無量の仏法を学ぶと雖も国に流布する所の法の邪正を直さざれば国中に大風・旱魃・大雨の三災起こりて万民を逃脱せしめ王臣定めて三悪に堕せん」と仰せのように、先の仁王経の一文とは逆に、無量の過去世の間、仏道修行によって善根を積んできている王臣であっても、今、自分の国土において仏法の邪正を立て分けて、邪法を廃し正法を立てるべく努力しなければ、国中に三災が起こり万民が逃げ出して王臣ともども三悪に堕ちるであろう、というものでる。
すなわち、先の仁王経は仏法を守護し自らも修する王臣の使命と役割を強調したのに対し、後の大集経は国王や臣下が正法を守護することを怠った場合の報いが強調されている。更に、これを勧誡二門でいえば仁王経が勧門であるのに対し、大集経は誡門ということができよう。
後に日蓮大聖人は立正安国論を鎌倉幕府に上呈されるが、それは当時の日本における実質的な国主であった北条時頼をして、仁王経や大集経に説かれたような正法を守護する働きを発揮するように促されるためであったとってよい。
それは当時の社会体制においては、国主が正法に帰依して守護者になれば民衆が信仰しやすくなるからであり、正法を久しく流布させて民衆と国土を繁栄させるには、国主が正法に目覚め、これを守るという外護が必要とされたからである。
当時の社会にあっては権力者が正法に敵対している場合、一般民衆の間に正法信仰を弘めることは容易ではなかった。この民衆へ正法が流布し幸福と平和実現を可能にする条件として、権力者が正法に帰依することを期待されていたと考えることができよう。
それゆえに、この守護国家論の主たるテーマである民衆を守護するための条件として、ここで守護付嘱の問題を取り上げられたのである。
第49章 0059:07~0059:15 涅槃経の文により付嘱を明かすtop
| 07 又雙林最後の涅槃経の第三に云く「今正法を以て諸王・大臣・宰相・ 08 比丘・比丘尼.優婆塞・優婆夷に付属す、乃至・法を護らざる者をば禿居士と名く」又云く「善男子.正法を護持せん 09 者は五戒を受けず威儀を修せずして応に刀剣・弓箭・ 鉾槊を持つべし」又云く「五戒を受けざれども正法を護るを 10 為て乃ち大乗と名く正法を護る者は応に刀剣・器杖を執持すべし」云云 四十余年の内にも梵網等の 戒の如くなら 11 ば国王大臣の諸人等も一切刀杖・弓箭・矛斧闘戦の具を畜うることを得ず、 若し此を畜うる者は定めて現身に国王 12 の位・比丘・比丘尼の位を失い後生は三悪道の中に堕つ可しと定め了んぬ。 -----― また釈尊が沙羅双樹の林で入滅する直前に説いた涅槃経の第三に「今、正法を諸王・大臣・宰相・比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷に付属する。(乃至)仏法を護らない者をば頭の禿げた居士と名づく」、また「善男子よ、正法を護持する者は五戒を受けず振る舞いを修めなくても、まさに刀剣や弓・箭・鉾先・柄の長い矛を持つべきである」とある。また「五戒を受けなくても正法を護ることをもって大乗と名づける。正法を護る者はまさに刀剣や兵器・杖木を執り持つべきである」とある。 爾前の四十余年の内にも梵網経等の戒によるならば、国王・大臣の諸人等も一切、刀や杖・弓・箭・矛・斧などの戦闘の武器を畜えることを禁じている。 もし、これを畜える者は必ず現世の身に国王の位・比丘の位・比丘尼の位を失い、死後は三悪道の中に堕ちると定められている。 -----― 13 而るに今の世は道俗を択ばず弓箭・刀杖を帯せり梵網経の文の如くならば 必ず三悪道に堕せんこと疑無き者な 14 り、涅槃経の文無くんば如何にしてか之を救わん 亦涅槃経の先後の文の如くならば 弓箭・刀杖を帯して悪法の比 15 丘を治し正法の比丘を守護せん者は先世の四重五逆を滅して必ず無上道を証せんと定め給う。 -----― しかし今の世は出家も在家も区別なく弓・箭・刀・杖を帯びている。梵網経の文によれば、必ず三悪道に堕ちることは疑いないところである。涅槃経の文がなければ、どうしてこれからの出家・在家を救うことができようか。 また今引いた涅槃経の前後の文によれば、弓・箭・刀・杖を帯びて悪法の比丘を対治し正法の比丘を守護する者は、前世に犯した四重罪・五逆罪を滅して、必ず無上道を証得するだろうと定められた。 |
雙林最後の涅槃経の第三
雙林は沙羅双樹の林のこと。釈尊がここで涅槃経を説いて入滅したとされているので、雙林最後の涅槃経といい、巻第三には釈尊の入涅槃の様子とその時に説かれた教えを記した経。
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正法
正しい法。邪法に対する語。
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宰相
①中国の官制。天子を補佐し国政を行うもの。②参議の唐名。奈良時代に設けられた令外の官で、大納言・中納言に次ぐ重職。③総理大臣・首相のこと。
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優婆塞
在家の男子をいう。
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優婆夷
在家の女子をいう。
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禿居士
外見は頭を剃っているが、戒を受けない在家者をさしていう。涅槃経巻三金剛身品第二に詳しい。
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五戒
小乗教で、八斎戒とともに俗男俗女のために説かれた戒。一に不殺生戒、二に不偸盗戒、三に不妄語戒、四に不邪淫戒、五に不飲酒戒をいう。この五戒をよく持つ者は、主君、父母、兄弟、妻子、世人に信任され、賛嘆され、身心安穏であって善を修するのに障りが少ない。死んでは、また人に生まれ、慶幸をうけることができるという。
―――
威儀
一般的には、重々しく畏敬すべき挙動。いかめしい立居振舞い。作法に適った動作、礼の細則。仏法的には、行住坐臥の四つに分け、四威儀と立てる。さらに分けて三千の威儀、八万の細行ともいう。しかし、これは戒を重んずる小乗教の説くところであって末法においては無用である。三世諸仏総勘文抄には「一切の法は皆是れ仏法なりと知りぬれば教訓す可き善知識も入る可らず思うと思い言うと言い為すと為し儀いと儀う行住坐臥の四威儀の所作は皆仏の御心と和合して一体なれば過も無く障りも無き自在の身と成る此れを自行と云う」(0750-01)とある。すなわち三大秘法を深く信じて、正法を護持する者は、いっさいの振る舞いが自然のうちに宇宙のリズムと合致し、威儀が整うのである。
―――
弓箭
弓矢のこと。
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鉾槊
鉾は剣のきっさいの意。槊は「ほこ」のこと。
―――
器杖
武器と杖木のこと。総じて兵器を意味する。
―――
執持
深く心に留め持つこと。
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梵網等の戒
大乗経典である梵網経等に説かれる戒。梵網経には十重禁戒①快意殺生戒、いたずらに生命あるものを殺害することを禁じた戒。②劫盗人物戒、人の財物を盗むことを禁じた戒。③無慈行欲戒、無慈悲に淫事を行なうことを禁じた戒。④故心妄語戒、人にうそをついて邪見や不正行為をさせることを禁じた戒。⑤酤酒生罪戒、人に酒を売って転倒の心を起こさせることを禁じた戒。⑥談他過失戒、人の罪過を説くことを禁じた戒。⑦自讃毀他戒、自分を讃め他人を謗ることを禁じた戒。⑧慳生毀辱戒、慳貪で法施・財施をせず人を罵ることを禁じた戒。⑨瞋不受謝戒、瞋りの心を持ち、相手の謝罪を受け入れないことを禁じた戒。⑩毀謗三宝戒、仏宝、法宝、僧宝の三宝を謗ることを禁じた戒。Ⓑ四十八不得軽戒。第一、不軽師長戒。第二、飲酒戒。第三、食肉戒。第四、食五辛戒。第五、不挙教懺戒。第六、住不請法戒。第七、不能遊学戒。第八、背正向邪戒、第九、不瞻病苦戒。第十、畜殺生具戒。第十一、通国使命戒。第十二、悩他販売戒。第十三、無根謗毀戒。第十四、放火損生戒。第十五、法化違宗戒。第十六、貪財惜宝戒。第十七、依勢悪救戒。第十八、虚偽作師戒。第十九、闘諍両頭戒。第二十、不救存亡戒。第二十一、不忍違犯戒。第二十二、慢人軽法戒。第二十三、軽蔑新学戒。第二十四、怖勝順劣戒。第二十五、為主失儀戒。第二十六、領賓違式戒第二十七、受他別請戒。第二十八、自別請僧戒。第二十九、邪命養身戒第三十、詐親害生戒。第三十一、不救尊厄戒。第三十二、横取他財戒。第三十三、虚作無義戒。第三十四、退菩提心戒。第三十五、不発願戒。第三十六、不生自要戒。第三十七、故入難処戒。第三十八、坐無次第戒。第三十九、不行利楽戒。第四十、摂化漏失戒。第四十一、悪求弟子戒。第四十二、非処説戒戒。第四十三、故違聖禁戒。第四十四、不重経律戒。第四十五、不化有情戒。第四十六、説法乖儀戒。第四十七、非法立制戒。第四十八、自破内法戒。
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刀杖
刀剣と杖木
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矛斧
「ほこ」と「おの」
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現身
①現世に生きている身、現在の身。②仏・菩薩が衆生救済のために種々の身を化現することをいう。
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後生
三世のひとつで、未来世、後世と同じ。未来世に生を受けること。今生に対する語。
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四重
四衆のうち、比丘の極重罪のことで、十悪業のなかでとくに重い殺生・偸盗・邪淫・妄語の四つをいう。また四重禁戒といって、一に不殺生戒、二に不偸盗戒、三に不邪淫戒、四に不妄語戒で、これを犯せば教団を放逐される。出家としての最重罪である。
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五逆
五逆罪または五無間業ともいい、殺父、殺母、殺阿羅漢、破和合僧、出仏身血のこと。これを犯した者は無間地獄に堕ちるとされている。
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無上道
種脱相対して、無上道とは文底下種の妙法であり、無上のなかの無上である。御義口伝には「無上道とは南無妙法蓮華経是なり」(0749-第十三但惜無上道の事-02)「今日蓮等の類いの心は無上とは南無妙法蓮華経・無上の中の極無上なり」(0727-第五無上宝聚不求自得の事-05)等とある。
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前章に続いて、涅槃経に説かれた守護付嘱の文を引かれている。
第一の文は、仏が正法を諸王・大臣・宰相・比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷に付嘱するという文と、正法を守護しなかったならば禿居士と名づける。という文とからなっている。前の部分は勧門的な仁王経と同じ内容であり、後の部分は誡門的な大集経と同じ内容とってよい。
なお、禿居士とは外形は頭を剃って仏法者の姿をしているが、実際には戒を破り法を守らない居士ようなもの、という意味である。
第二の文は、正法を護持する者は不殺生戒等の五戒を守らなくても、作法通りの立ち居振る舞いを修めなくともよく、むしろ刀剣・弓矢・矛や槍を執るべきであるとの文である。
第三の文は、たとえ五戒を守らなくとも正法を護る人は大乗をたもっている人であるとし、正法を護る人は刀剣、杖木をたもつべきである、という仏の言葉である。
いずれも、たとえ刀剣や弓矢などの武器を執っても正法を守ることが大事であり、五戒を守ることなどは枝葉である、という意味のことを説いたものである。
これに関連して、爾前40余年の諸経のなかで、梵網経などが定められた戒の中には、国王・大臣・諸人などは一切の刀杖や弓矢、矛や槍・斧などの戦闘槍の武器を蓄えてはならない。もし蓄える者があれば国王の位を失い、比丘・比丘尼の身分を失って、死後は三悪道に落ちるであろう、とあることを引き合いにされている。つまり、涅槃経と爾前40余年の梵網経等では全く正反対のことを教えているのである。
この相違について大聖人は次のように説明されている。
今、末法の時代になると出家・在家を問わず、あらゆる人々が弓矢や刀杖を身に付けている。したがってもし梵網経の戒めによれば、皆三悪道に落ちることは間違いない。
涅槃経の文がなかったならば、末法の出家・在家・特に刀剣を持って生計を立てている武士たちは救われないことになると述べられている。
そして、涅槃経の前後の文には、弓矢・刀杖をもってでも悪法の比丘を対冶して正法の比丘を守護する人は、その正法守護の功徳により、過去世に四重・五逆の重罪を犯していてもそれを滅して無上道を得ると説かれていると仰せられている。
善男子.正法を護持せん者は五戒を受けず威儀を修せずして応に刀剣・弓箭・鉾槊を持つべし
大般涅槃経巻三金剛身品第二の文である。
この文を含む前後の部分を引用すると次のようになる。
「仏、迦葉に告げわく『能く正法を護持する因縁を以ての故に、是の金剛身を成就することを得。迦葉、我往昔に於いて法を護る因縁、今是の金剛身常住不壊を成就することを得。善男子、正法を護持する者は五戒を受けず、威儀を修せず、刀剣、弓箭、鉾槊を持ちて、戒清浄の比丘を守護すべし』」と。
文の意味は次の通りである。
仏の正法を受持する者は不殺生戒・不偸盗戒・不邪婬戒・不妄語戒・不飲酒戒の五戒を守る必要はない。なぜなら正法を受持し護ることが五戒をたもつことになり、更には正法を護ることによってダイヤモンドのように堅固で、いかなる煩悩や迷いにも壊れない仏の身を獲得することができる。したがって、善男子よ、正法を護持する者は五戒を修めたり、作法にかなった振る舞いを修しなくともよく、刀剣・弓矢・矛・槍などの武器をもって、正法をたもつ清浄な比丘を守護すべきである。
いうまでもなく、これは、武力が支配していた時代に即しての言葉であるといってよい。謗法の者が武力をもって正法を圧迫してくる時には、彼らから正法を護るためには武力による以外になかったのである。したがって、世間的欲望や野心のための武力行使や、仏法のためでも弘教のために武力を用いることは決して容認していないことを知るべきであろう。
この涅槃経の考え方を現代社会において捉えるならば、法治主義が徹底している現代の社会においては、正法に対する圧迫として競い起こってくる三障四魔・三類の強敵も、武力といった単純なものによるのではなく法を巧みに利用した権力・権威や玄論の力を動員し、より多角的に、批判、中傷し、迫害してくる時代であるといえよう。
このような時代にあたって、正法護持のために依って立つべき「刀剣・弓箭」とは正義の言論の力であり、正法に基づいた生き方が多くの人々を納得させていくような人格的な力の結集といてよい。
具体的には、職場、家庭、地域において、正法を信奉する人々が信頼と尊敬の人間関係を築き上げていくことであり、その過程がまた広宣流布の縮図になっていくといってよいであろう。
而るに今の世は道俗を択ばず弓箭・刀杖を帯せり梵網経の文の如くならば必ず三悪道に堕せんこと疑無き者なり、涅槃経の文無くんば如何にしてか之を救わん亦涅槃経の先後の文の如くならば弓箭・刀杖を帯して悪法の比丘を治し正法の比丘を守護せん者は先世の四重五逆を滅して必ず無上道を証せんと定め給う
刀剣等の武器を身に帯びるということについては、梵網経に説かれた戒と、この涅槃経の考え方とでは正反対であることを指摘されている。
梵網経等に説かれた戒というのは、本文にも「国王大臣の諸人等も一切刀杖・弓箭・矛斧闘戦の具を畜うることを得ず、若し此を畜うる者は定めて現身に国王の位・比丘・比丘尼の位を失い後生は三悪道の中に堕つ可しと定め了んぬ」と大聖人が記されているものである。
国王・大臣等をはじめ誰人であっても一切の刀杖・弓矢などの武具を身につけたり蓄えたりすることを禁じており、この戒に背く者は、今生に擱いて国王の位や比丘・比丘尼の位を失い、後生は三悪道に堕ちると堅く戒めている。
この梵網経の戒と涅槃経の考え方との違いを通して、大聖人はここで末法の衆生が救われる教えは梵網経のような戒律的な爾前経ではありえないことを示されている。
正法を守ることを強調している仁王経・大集経・涅槃経は、一代仏教において正法は法華経であるから、これらは法華経の“流通”の位置にある経といえる。これらの教えこそ末法の人々が救われる道を明かしたものであることを示されているのである。すなわち、末法の時代には出家・在家を問わず皆弓矢・刀等の武具を身に帯びているのであるから、梵網経の戒によればすべては三悪道に堕ちて救われないことになる。ところが涅槃経の考え方に立って初めて彼らも救われることになる、弓矢や刀を身に帯びても悪法の比丘を対冶し正法の比丘を守護するという目的のためであれば、たとえ過去世に四重禁や五逆罪を犯していても、かえってその罪を滅して無上道に入ることができるということが約束されている、と大聖人は御教示されているのである。
第50章 0059:16~0060:08 金光明経を引き三災の因を明かすtop
| 16 亦金光明経の第六に云く 「若し人有つて其の国土に於て此の経有りと雖も未だ嘗て流布せず捨離の心を生じ聴 17 聞せんことを楽わず亦供養し尊重し讃歎せず四部の衆の持経の人を見て 亦復尊重し乃至供養すること能わず、 遂 18 に我等及び余の眷属・無量の諸天をして 此の甚深の妙法を聞くことを得ざらしめん 甘露の味に背き正法の流れを 0060 01 失い威光及以び勢力有ること無く 悪趣を増長し人天を損減し 生死の河に墜ちて涅槃の路に乖かん世尊・我等四王 02 並に諸の眷属及び薬叉等 斯くの如き事を見て其の国土を捨てて 擁護の心無からん但我等のみ是の王を捨棄するに 03 非ず亦無量の国土を守護する諸大善神有らんも 皆悉く捨去せん 既に捨離し已りなば 其の国当に種種の災禍有つ 04 て国位を喪失すべし 一切の人衆皆善心無けん唯繋縛殺害瞋諍のみ有つて互に相讒諂し枉げて辜無きに及ばん、 疫 05 病流行し彗星数数出で 両日並び現じ薄蝕恒無く黒白の二虹不祥の相を表わし 星流れ地動き井の内に声を発し暴雨 06 悪風時節に依らず 常に飢饉に遭いて苗実も成らず多く他方の怨賊有つて 国内を侵掠し人民諸の苦悩を受け土地所 07 楽の処有る事無けん」已上。 -----― また金光明経の巻六に「若し人がいて、その国土にこの経があるといっても未だかって流布せず、経を捨てる心を起こし聞くことをも願わず、また供養し尊重し讃歎しない。四部の衆で経を持つ人を見てもまたまた尊重したり供養したりすることはない。ついに我等及びその眷属や無量の諸天に対して、この甚だ深い妙法を聞くことができないようにする。甘露の法味に背き、正法の流れを失い、威光及以び勢力がなく、四悪趣を増長し、人天を損い減じ、生死の苦しみの河におちて、涅槃の悟りの路にそむくであろう。世尊よ、我等四天王並びに諸の眷属及び薬叉等は、このような様子を見て、その国土を捨てて守護の心がなくなるであろう。ただ我等四天王及び眷属のみが、この王を捨てるのではなく、そのほかの無量の国土を守護する諸の大善神もすべて捨て去るであろう。既に捨て離れおわったならば、その国はまさに種々の災禍が起こり、国王の位を失うだろう。一切の人々は皆、善心がなくなり、ただ束縛・殺害・争いのみがあって、互いに讒り諂い、無実の人を罪に陥れるであろう。疫病が流行し、彗星がしばしば出で、二つの太陽が並んで現れ、日食・月食が頻繁に生じ、黒い虹と白い虹が不吉な様相を表し、星が流れ地が動いて井戸の中から音を発し、暴雨や悪風が時節から外れ、常に飢饉にあって、苗も成長せず、実もみのらず、他国の多くの賊が国内を侵略し、人民は諸の苦悩を受け、楽しんで住める土地がなくなるであろう」とある。 -----― 08 此の経文を見るに世間の安穏を祈るとも而も 国に三災起らば悪法流布する故なりと知る可し ・ -----― この経文を見ると、世間の安穏を祈っても国に三災が起こるならば、悪法が流布しているからであると知るべきである。 |
捨離の心
捨てて離れること。
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四部の衆
比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷のこと。比丘は梵語で(bhikșu)仏門に帰依して具足戒を受けた男子、僧である。乞士、慧命。比丘尼は(bhikșuņi) 出家して具足戒を受けた女子、尼僧、除女、熏女と訳す。優婆塞は(upāsaka)俗家であって仏法を信行する男子、清信子、近事男。優婆夷は(upāsika)仏門に入った在家の女子。俗家にあって仏法僧に近事し、諸の善法に親近して修習し、過去の罪業を離れて清く、しかもよく仏道に入る信を立て、破戒を離れる女性をいう。清信女、近事女。いずれも正法を保つ人々。
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眷属
①仏・菩薩などの脇士や従う人。②一族・親族。③従者・家来。
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甚深の妙法
はなはだ深い妙なる法。①深遠微妙な正しい法。②南無妙法蓮華経のこと。
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甘露の味
①梵語の阿密哩多で不死・天酒の意。忉利天の甘味の霊液で、よく苦悩をいやし、長寿にし、死者を復活させるという。②中国古来の伝説で、王者が仁政を行えば、天がその祥瑞として降らすという甘味の液。維摩経では「天の食を甘露味となす、之を食すれば長寿、遂に号けて不死の食となす」光明文句には「甘露は是れ諸天不死の薬、食う者は命長く、尊を受持して覚知する永遠の生命である。「食う」とは題目を唱えること、「命長く」とは、若々しい生命活動を保つこと、「身安く」とは現世の功徳・利益であり、「力大に」とは心身ともに健全なること、「体に光あり」とは血色がよく膚に光が増すこと、また世間の人々から尊敬されること等といえる。
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威光
畏敬すべき威厳。おごそかな権威。
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勢力
他を圧倒し自からの意思のままに行動できる力。
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悪趣
趣とは境界の意で、十悪・五逆・謗法の悪業を犯した衆生が落ちる苦悩の境界をいう。地獄・餓鬼・畜生・修羅の四悪道を四悪趣という。地獄とは苦しみ、餓鬼は食物はじめいっさいの物について、求めて得られない状態、畜生は弱い者には威張るが、強い者には媚びて恐々としている状態、修羅は争いに明け、争いに暮れる状態である。日寛上人の分段には「これはこれ四悪趣なり、『生死の河に堕ち』とは上の六凡をもって通じて生死となし四聖をもって用いて涅槃となすなり、性抄に『分明ならざるに似たり』と云云」とある。
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生死の河
煩悩に支配された迷いの生活、地獄から天界までの六道を輪廻する生活である。生死とは生老病死、人生の根本的な苦しみをいう。煩悩を火にたとえるのに対し、生死を大海、河等、水にたとえる。
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涅槃の路
涅槃とは梵語(nirvāna)で、滅、滅度、滅寂、解脱、円寂等と訳す。衆苦を断じて、いっさいの煩悩の火を滅ぼし、不生不滅の法性を証験した成仏の境地をいう。それは自由・清浄・平和・永遠等を備えた幸福境で、慈悲・智慧・福徳・寿命の万徳を具備した理想的境涯である。この境地を会得するのに、小乗教は、煩悩を断じ灰身滅智せよと教えたが、日蓮大聖人の仏法では、御本尊を受持し、信ずることによって、そのまま即座に生死即涅槃となるのである。ここでは、声聞、縁覚、菩薩、仏の四聖をもって、用いて涅槃となしている。
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世尊
世に尊敬される仏を指す。仏の10号のひとつ。
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四王並に諸の眷属
四天王およびその眷属。四大王は帝釈天の外将、須弥山の中腹に由犍陀羅山があり、この山に四頭があって、ここを欲界欲天の最下、四王天といい、その王を四天王という。東は持国天、南は増長天、西は広目天、北は多聞天である。
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薬叉
梵語(yaksa)で夜叉とも書く。本来は形貌醜怪で猛悪なインドの鬼神であるが、仏教においては、天・竜・乾闥婆・迦楼羅・緊那羅・摩睺羅伽とともに八部衆とし、また毘沙門天の眷属として法華経の行者を守護する、また仏国土なら、その北方を守護する役目がある。
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諸大善神
諸の大きな力を持つ神。善神とは自然の力が衆生を守る働きをさして善神と名づけたもの。梵天・帝釈・天照太神・八幡大菩薩など。仏教では正法を行ずる者を守る働きとなる。
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捨離
捨て去ること。御書では諸天善神が国を捨て去ることとして用いられている。
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災禍
わざわい、災害のこと。
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繋縛
つなぎしばり、拘束すること。六道輪廻の迷い、四苦八苦の苦しみ、煩悩に心身が縛られていること。
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殺害
殺し、害すること。殺とは生命を絶つこと。仏教では殺生を最重罪とする。
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瞋諍
瞋りと諍い。
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讒諂
他人を讒言し、主君や権力者にへつらうこと。
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枉げて辜無きに及ばん
法や道理を曲げて罪のない者を罰すること。
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疫病
悪性のウイルスによる伝染病。
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彗星
ホオキ星を典型的なものとする天体。微塵の集合である核と,それから発散するガス体が,太陽光線の放射圧と太陽風の影響で長く尾を引いているものが多い。質量と密度は通常きわめて小さい。この出現は大火や兵乱などの起こる悪い前兆とされている。
―――
両日並び現じ
太陽が二つ、三つと同時に並んで出ること。もちろん、一つだけが実物で、他は幻の太陽である。これは、大気中の氷の結晶などの浮遊物によって生じる暈が正体で、その交差するところが輝いて、太陽が並び出たかのように見えるのである。陰陽道では、両日が並び現ずることを、国に二王が並び立ち、世の中が乱れる瑞相であるとした。報恩抄には「仏経のごときんば壊劫にこそ二の日・三の日・乃至七の日は出ずべしとは見えたれ」(0319)とある。
―――
薄蝕恒無く
薄とは、太陽や月が出ていながら、その光を失うこと。触は、月蝕・日蝕である。太陽や月が光を失う例については、もやがかかったり、塵埃が光をさえぎったりする等が考えられる。日蝕については、太陽と地球の間に月が位置してそのため太陽が欠けたように見える現象。月蝕は太陽と月の間に地球が入り、月面が地球の影で隠れること。仏法ではこれらを天変地異の瑞相としている。
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黒白の二虹
七色の虹と異なり、黒ないし白色の虹。黒虹は急激な気候の異変によって生じる悪気流によるもの。白虹は、霧雨のように細かい雨滴が光にあたってできる。幻日環の時に現れる光弧とも考えられる。昔の中国では、白虹は革命や戦乱の前兆として恐れられていた。
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不祥の相
病気や事故をはじめ、広くは天変地異という人間生命をおびやかすすべての現象。
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飢饉
農作物が実らないで、食料が欠乏すること。
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苗実も成らず
苗が成長せず、実がならないこと。
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他方の怨賊
他国侵逼難のこと。
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侵掠
他国に攻め入って領土を奪い取ること。
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三災
①壊劫の時に起こる火災・水災・風災の「大の三災」と、②住劫の中の減劫に起こる穀貴・兵革・疫病の「小の三災」がある。「小の三災」のこと。は正法を迫害することによっておこる災害でもあり、大集経巻二十四には「若し国王有って、無量世に於て施・戒・慧を修し、我が法の滅するを見て捨てて擁護せざれば、是の如き所種の無量の善根は、悉く皆滅失し、其の国には当に三の不祥事有るべし。一に穀貴、二に兵革、三に疫病なり」とある。穀貴とは五穀の価が上がること。兵革とは戦争のこと。
―――
悪法
①公益に反し、道理に合わない法律・習慣。②民衆を不幸に陥れる誤った宗教・思想。
―――――――――
ここでは金光明経の一文を引用して、国に三災の起こっている原因がどこにあるかを明らかにされているのである。引かれているのは金光明経最勝王経巻六、四天王護国品第十二の文である。
この文は、四天王が誓ってる言葉で、もし王法を大切にしない国や国王がいれば、四天王だけでなく、その他の善神たちもその謗法の国を捨て去り、その結果、その国に三災七難が起こることになると述べたものである。
この文はそのまま、後の立正安国論でも引用されている。
さて、引用された金光明経の文は大きく四つの段落に分けられる。
第一に「若し人有つて其の国土に於て此の経有りと雖も未だ嘗て流布せず捨離の心を生じ聴聞せんことを楽わず亦供養し尊重し讃歎せず四部の衆の持経の人を見て亦復尊重し乃至供養すること能わず」という段である。ここでは、、国王が自分の国にこの経を流布させず、これを排斥して聴聞しようとせず、また供養や讃嘆もしない、そして、正法を受持している比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷の四衆も尊敬も供養もしない、すなわち正しい仏法を重んじない姿を説いている。
第二に「遂に我等及び余の眷属・無量の諸天をして此の甚深の妙法を聞くことを得ざらしめん甘露の味に背き正法の流れを失い威光及以び勢力有ること無く悪趣を増長し人天を損減し生死の河に墜ちて涅槃の路に乖かん」という段は、上の正法隠没の結果として諸天善神は甚深の妙法をきくことができず、甘露の法味を味わうことができないために威光・勢力が衰弱して地獄・餓鬼等の四悪趣が生長し、生死の苦の道に墜落してしまう、というのである。
第三に「世尊・我等四王並に諸の眷属及び薬叉等斯くの如き事を見て其の国土を捨てて擁護の心無からん但我等のみ是の王を捨棄するに非ず亦無量の国土を守護する諸大善神有らんも皆悉く捨去せん」という段は、第一、第二の事情から、四天王とその眷属たち、薬叉などの天の善神だけでなく、無量の国土を守護する諸天善神たちも皆捨て去ってしまう、というのである。これがいわゆる「神天上の法門」である。
ここで「四王並に諸の眷属及び薬叉等」とあるのは、古代インドの世界観において、世界の中央にある須弥山の中腹に住して、四大州からなる世界全体を守護している善神である。薬叉は四天王が天界あるのに対し、餓鬼界に属するが、四天王の一人、毘沙門の眷属とされている。
次に「無量の国土を守護する諸大善神有らんも皆悉く捨去せん」とあるのは古代インドの世界観の中で須弥山の南方にある閻浮提で、インドや中国・日本などはこの閻浮提の中に含まれることになる。更にインドの中でも16大国など更に小さい単位の国がある。中国・日本も同様である。そして、そうした各段階の国それぞれに守護の善神がいるとされた。例えば天照太神や八幡などは日本という国の守護神であり、この日本の中にも各地方の“国”の守護神がいる。そうしたあらゆる守護神もその国土が謗法に汚れれば捨て去ると言っているのである。
第四に「既に捨離し已りなば其の国当に種種の災禍有つて国位を喪失すべし一切の人衆皆善心無けん唯繋縛殺害瞋諍のみ有つて互に相讒諂し枉げて辜無きに及ばん、疫病流行し彗星数数出で両日並び現じ薄蝕恒無く黒白の二虹不祥の相を表わし星流れ地動き井の内に声を発し暴雨悪風時節に依らず常に飢饉に遭いて苗実も成らず多く他方の怨賊有つて国内を侵掠し人民諸の苦悩を受け土地所楽の処有る事無けん」という段は、諸天善神が国土を捨て去ってしまった結果、その国に起こる種々の災難を挙げている。災難の内容は“国王が王位を失い、一切の人々は善心ををなくし、束縛・殺害・闘争ばかりを行い、互いに讒言し諂い合って、罪無き人を罪に陥れる。伝染病が流行し、彗星がたびたび出現し、二つの太陽が並んで現われたり、日食・月食が通常通りでない。黒い虹、白い虹が懸って不吉な予感を人々に抱かせ、星は流れ地は揺れ動き、井戸の底から音を発し、暴風雨は時節通りでなく、いつも飢饉となり、外国の侵略を受けて国内を荒らされ、人々は土地を奪われ住む所もなく苦しみ悩む”というものである。
最後の文で、大聖人は「此の経文を見るに世間の安穏を祈るとも而も国に三災起らば悪法流布する故なりと知る可し」と仰せられている。すなわち、金光明経の文から考えると、どんなに懸命に安穏を祈っていても国に三災が起こるならば悪法が流布している証拠であると知るべきであると結論されて、次にこの当時、災難をなくそうと各神社で盛んに行われていた祈禱の無益であることを指摘されているのである。
第51章 0060:08~0061:03 日本の災難・選択集に帰すを明かすtop
| 08 而るに当世は随分 09 国土の安穏を祈ると雖も 去る正嘉元年には大地・大に動じ同二年に大雨大風苗実を失えり 定めて国を喪うの悪法 10 此の国に有るかと勘うるなり、 選択集の或る段に云く 「第一に読誦雑行とは上の観経等の往生浄土の経を除いて 11 已外・大小顕密の諸経に於て受持読誦する悉く読誦雑行と名く」 と書き了つて次に書いて云く「次に二行の得失を 12 判ぜば法華真言等の雑行は失・浄土の三部経は得なり」次下に善導和尚の往生礼讃の十即十生・百即百生・千中無一 13 の文を書き載せて云く 「私に云く此の文を見るに弥よ雑を捨てて 専を修すべし 豈百即百生の専修正行を捨てて 14 堅く千中無一の雑修雑行を執せんや行者能く之を思量せよ」已上、此等の文を見るに世間の道俗豈諸経を信ず可けん 15 や、 次下に亦書して法華経等の雑行と念仏の正行と勝劣難易を定めて云く「一には勝劣の義・二には難易の義なり 16 初に勝劣の義とは念仏は是れ勝・余行は是れ劣なり次に難易の義とは念仏は修し易く諸行は修し難し」と、 亦次下 17 に法華真言等の失を定めて云く 「故に知んぬ諸行は機に非ず時を失う念仏往生のみ機に当り時を得たり」亦次下に 18 法華・真言等の雑行の門を閉じて云く「随他の前には暫らく定散の門を開くと雖も 随自の後には還つて定散の門を 0061 01 閉ず一度開て以後永く閉じざるは唯・是れ念仏の一門なり」已上 最後の述懐に云く「夫れ速に生死を離れんと欲せ 02 ば二種の勝法の中に且らく聖道門を閣いて撰んで 浄土門に入れ浄土門に入らんと欲せば 正雑二行の中に且らく諸 03 の雑行を抛つて撰んで応に正行に帰すべし」已上 -----― しかるに今の世は随分と国土の安穏を祈っているのに、去る正嘉元年には大地が激しく震動し、同二年に大雨・大風があり、苗が生育せず実を結ぶことがなかった。きっと国を滅ぼす悪法がこの国にあると、日蓮は考えるのである。 選択集の第二段に「第一に読誦雑行とは先述べの観無量寿経等の往生浄土の三部経を除いて、それ以外の大乗・小乗・顕教・密教の諸経を受持読誦することをすべて読誦雑行と名づける」と書きおわって、そのあと「次に正行と雑行の二行の得・失を判定すると、法華・真言等の雑行は無益、浄土の三部経は有益である」と書き、次下に善導和尚の往生礼讃の「十は即ち十生じ・百は即ち百生じ・千の中に一もなし」の文を引用して「私の意見をいうと、この文を見れば、いよいよ雑行を捨てて正行を専修すべきである。どうして『百は即ち百生ず』の専修正行を捨てて、『千の中に一もなし』の雑修雑行にかたくなに執着することがあろうか。行者よ、これをよく考えなさい」と述べている。これらの文を見て、世間の出家・在家は、どうして諸経を信ずることができようか。 次下の第三段にまた法華経等を雑行とし、念仏の正行としてその勝劣・難易を判定して「一には勝劣の義・二には難易の義がある。初めに勝劣の義とは念仏はこれ勝、それ以外の行はこれ劣である。次に難易の義とは念仏は修し易く諸行は修し難い」と書き、また次下の十二段に法華・真言等を無益と定めて「ゆえに諸行は機根に合わず時にかなっておらず、念仏往生のみ機根に合い、時にかなっていることを知った」と述べている。 また次下に法華・真言等の雑行の門を閉じて「随他の段階では仮に定心・散心の門を開いたけれども、随自の段階ではかえって定心・散心の門を閉じたのである。一度開て以後、永く閉じないのは唯一これ念仏の一門である」と述べている。 最後の十六段に「それ速やかに生死の苦しみから離れようとするならば聖道門と浄土門の二種の勝れた法門の中ではとりあえず聖道門を捨てて浄土門を選んで入り、浄土門に入ろうとするならば、正行と雑行の二行の中ではとりあえず諸の雑行を捨てて、まさに正行を選んで帰依しなさい」と述べている。 |
観経
観無量寿経のこと。浄土三部経の一つで、方等部に属する。元嘉元年(0424)~同19年(0442)にかかって中国・劉宋代の畺良耶舎訳。詳しくは観無量寿仏経。阿闍世王が父・頻婆沙羅王を殺し母を牢に閉じ込め、悪逆の限りを尽くしたのを嘆いた母・韋提希夫人が釈尊にその因縁を聞いたところ釈尊は神通をもって十方の浄土を示し、夫人がそのなかから西方極楽世界を選ぶ。それに対して釈尊が、阿弥陀仏と極楽浄土を説くというのが大意である。しかし、韋提希夫人の嘆きに対しては、この経は根本的には説かれていない。この答えが説かれるのは法華経提婆品で、観経ではわずかに、問いを起こしたaaというにとどまる。西方十万億土を説いたのも、夫人の現在に対する解決とはなっていない。
―――
二行の得失
念仏宗でいう正行と雑行における利得と損失。利益と無益。
―――
十即十生・百即百生
善導の往生礼讃の文。阿弥陀仏を念じ、その名号を称えれば、10人が10人、100人が100人とも往生できるとしている。これは邪義である。
―――
千中無一
善導が立てた。浄土三部経以外の諸経を、雑行として仏説を誹謗し、どんなに読誦しても千人に一人も成仏できない。また阿弥陀仏以外の諸仏菩薩をいかに礼拝しても、千人に一人も得道しがたいといった。これを法然は拡大して法華経を含めて誹謗した。法華経は唯一の真実教であり、善導の説は仏に敵対した邪義である。
―――
専修正行
もっぱら念仏の正行を修する意で、自力を離れてただ念仏をする浄土真宗の宗義をいう。これは邪義である。
―――
雑修雑行
念仏宗で説く邪義。「雑行・雑修・自力の心」を捨てなければ、阿弥陀仏の救済はないと説く。
―――
思量
思いはかり、考えること。
―――
随他の前
随他意の教えが説かれている前の段階。仏が衆生の好みに随って説法し、真実の法門に誘引すること。またその方便の教え。
―――
定散の門
法然は観無量寿経で、極楽浄土へ往生する方法として、十六種の観法と三福の修行を説く。この十六観のうち、前の十三観を定善といって、浄土の荘厳な仏菩薩の相好を諦観するので入定凝念を必要とする。のちの三観および三福は、散乱の心のままで念ずることができるので散善という。しかし、この定散ともに、仏の随他意の教えで末法のためではなく、念仏の一行のみが仏の随自の教えで末法のための教えであるとの邪義を構えた。
―――
随自の後
随自意が説かれた段階の意。法然は念仏をもって仏の随自意の教えとし、念仏が説かれた後は他の自力による悟りの道は無意味になったとしている。ただし、真の随自とは衆生の機根にかかわらず、仏が自らの悟りをそのまま説き示すこと。またその真実の教えをいい、法華経こそ一切経の中での随自意の教えである。
―――
二種の勝法
二種の勝れた法門のこと。聖道門・浄土門をさす。中国浄土教の祖師・道綽の説で、法然も取り入れている。今世で聖者となり悟りを開く道を聖道門、阿弥陀仏の功力で浄土に往生して悟りを開く道を浄土門としたもの。
―――――――――
金光明経によると、国において正法がないがしろにされているときは種々の災いが起きる。ところが、大聖人御在世の当時の日本で、さまざまな祈禱が盛んに行われているにもかかわらず災難が起こっているのは、この「正法をないがしろにしている」という原因からで、そのようにしてしまった元凶が法然の選択集であることを、具体的に選択集の文を引用されつつ、明らかにされている。
もし各寺社で行っている祈禱の中に正しい仏法にかなったものがあれば効き目があらわれるはずであるが、効き目がないということは正しい法にかなったものがないということである。しかも、正法に背き正法を隠没する「謗法」という罪は最も大きい罪であるから、そうした謗法の悪を放置して正しい経による祈禱がどこかで行われていたとしても効果が出るわけがないのである。
そこで、「正法をないがしろにし隠没」させている元凶は何かというと、それこそ、まさに選択集なのである。
次に、具体的に選択集の第二段「捨雑行帰正行篇」からの一文を引用されて、選択集が正法を排斥している邪説である証拠の例として、一切経を観経等の浄土三部経とそれ以外の大小顕密の一切の諸経とに分け、前者を正行とし後者を雑行としている。そして、雑行と正行の二行を修行することの得・失を論じて、法華経等の雑行は失、浄土の三部経は得とし更に、善導の往生礼讃を用いて百即百生の専修念仏を捨てて千中無一の法華経等の経教を修行しようなどというもとは愚かであるときめつけている。
大聖人はこうした法然の主張を挙げられたうえで「此等の文を見るに世間の道俗豈諸経を信ず可けんや」と仰せられ、以上のような選択集の文を読めば、だれだって浄土三部経以外の諸経を信じようという気にはならなくなる。つまり法然の選択集は人々に浄土三部経以外の経を「捨離」させる邪説の書であると指摘されている。
当世は随分国土の安穏を祈ると雖も去る正嘉元年には大地・大に動じ同二年に大雨大風苗実を失えり
ここで「国土の安穏を祈る」と仰せられているのは、後の立正安国論の冒頭の一節におおせられることと一致する。
すなわち「然る間或は利剣即是の文を専にして西土教主の名を唱え或は衆病悉除の願を持ちて東方如来の経を誦し、或は病即消滅不老不死の詞を仰いで法華真実の妙文を崇め或は七難即滅七福即生の句を信じて 百座百講の儀を調え有るは秘密真言の教に因て五瓶の水を灑ぎ」(0017-02)とあるように、朝廷も幕府も国土の安穏のために、仏教の各宗派に盛んに祈禱を行わせていた。しかし、その効力なく、三災七難がますます盛んに起こり、民が塗炭の苦しみに陥っているのは、金光明経に照らしてもると、もっと深いところ、すなわち正法をないがしろにしているところに根本原因があると仰せである。
「随他の前には暫らく定散の門を開くと雖も 随自の後には還つて定散の門を閉ず一度開て以後永く閉ざるは唯・是れ念仏の一門なり」已上最後の述懐に云く「夫れ速に生死を離れんと欲せば二種の勝法の中に且らく聖道門を閣いて撰んで浄土門に入れ浄土門に入らんと欲せば正雑二行の中に且らく諸の雑行を抛つて撰んで応に正行に帰すべし」
選択集第十二段「釈尊定散の諸行を付属せず、唯念仏をもって阿難に付属したまうの文」からの一文である。
この題名にも明らかな通り、観無量寿経の経文について、法然が釈して、釈尊は自分が滅後のために定・散の諸行を付嘱しないで、ただ念仏のみを阿難に付嘱したとのべているところである。
文中「随他の前」とは、釈尊が随他、すなわち釈尊自らの悟りに随うのではなく、衆生の機根に随って法を説いた方便の説法の時には、ということである。「随他の前」とは、“随他より前”ということではなく、まず随他を説いて、後で随自を説いたという順序から、前の方の随他の時には、ということでる。
「暫らく定散の門を開く」ということは、しばらくの間、方便としての定散の門を衆生のために説いた、ということである。
定散とは仏道修行の形で“定”とは定善おことで、一個所に集中した心をもって為す善行、“散”とは散善のことで、散乱した日常の心で修する善行のことである。
観無量寿経でも日想観・水想観・地想観など十三の観法を立て、西方極楽浄土を観想する精神集中の修行を「定善」とし、これに対して、三福九品、つまり、父母に孝養し、師長に仕える、殺さないなどの基本的な倫理・道徳を守るとともに、仏教を信じて仏法僧の三宝に帰依し、十善行を修め、悟りを開こうとの菩提心を発し、大乗の経を読誦する、といった散乱の日常心でも可能な修行を指して「散善」としている。しかし、ここでは浄土門以外の、いわゆる聖道門の教えを総称して「定散の門」といっている。
したがって、「随自の後」すなわち、釈尊が随自、すなわち衆生の機根にかかわらず、釈尊自らの悟りに随い、悟りのままに説いた後には「還って定散の門を閉ず」、すなわち、方便の随他の時に説いてきた定・散の修行は双方とも閉じてしまい、これら定散の二門の修行は無益となったというのである。それに対し、「一度開て以後永く閉じざるは唯・是れ念仏の一門なり」と、念仏の一門だけは随自の後も閉じられないで開かれていると主張しているのである。
つまり、法然は定散の二行ともに自力による悟りへの道とし、念仏の他力こそが仏の随自の教えとしたのである。
「最後の述懐に云く」と引かれているのは、法然がそれまでに展開した「聖道門・浄土門」「正行・雑行」の立て分けを総合して雑行である一切経の修行を抛って、正行である念仏に帰依すべきであると勧めている選択集の結びの文である。
この法然の教えが、先に引かれた金光明経の「其の国土に於て此の経有りと雖も末だ嘗て流布せず捨離の心を生じ」という状況へ人々を引っぱっていく元凶であること、この邪説の流布が災いの根源をなしていることは、あまりにも明らかであろう。
第52章 0061:03~0061:09 法然の門弟、選択集を流布するtop
| 03 門弟此の書を伝えて日本六十余州に充満するが故に門人・世間無智 04 の者に語つて云く 「上人は智慧第一の身と為て此の書を造り 真実の義と定め法華真言の門を閉じて後に開くの文 05 無く抛つて後に還て取るの文無し」 等と立つる間世間の道俗一同に頭を傾け 其の義を訪う者には仮字を以て選択 06 の意を宣べ或は法然上人の物語を書す間・法華真言に於て難を付けて 或は去年の暦・祖父の履に譬え或は法華経を 07 読むは管絃より劣ると 是くの如き悪書・国中に充満するが故に法華真言等国に在りと雖も 聴聞せんことを楽わず 08 偶行ずる人有りと雖も 尊重を生ぜず一向念仏者・法華経の結縁を作すをば 往生の障と成ると云う 故に捨離の意 09 を生ず、 -----― 法然の門弟がこの選択集を伝え弘めて日本六十余州に充満しているゆえに、その門人が世間の無智の者に語つて「法然上人は智慧第一の身となって、この書を著し、念仏こそ真実の教えと定め、法華・真言の門は閉じて後に開くとの文はなく、抛って後にまた拾い取るとの文はない」等と説くと、世間の出家・在家はみな頭を垂れ信じ込んだ。そしてその教義を求めていく者には仮名文字によって選択集の内容を述べ、あるいは法然上人の物語を著し、その中で、法華・真言に非難をあびせて、去年の暦だとか祖父の履物にたとえ、あるいは法華経を読むことは管絃の音楽よりも劣ると悪口した。 このような悪書が国中に充満するゆえに、法華・真言等は国にあっても人々は法華経を聴聞しようと願わず、たまたま法華等を修行する人がいても尊重する心を起さない。 一向念仏の者が法華経に結縁することは、極楽往生の妨げになるなどと言ったので、法華経を捨て去ろうとする心が生じたのである。 |
日本六十余州
日本全国のこと。北海道を除く日本全国を66か国に分割したことにより、66か国ともいう。
―――
門人
弟子・門弟。
―――
無智
仏法を理解していない在家の人。
―――
法然上人の物語
「源空上人私日記」(著者不明)あるいは「浄土随問記」(源智記著)をいう。いずれも法然一代の事績をのべている。
―――
管絃より劣る
法華経の修行を雑修雑行とし、それは管弦にも劣るとし、衆生を救う力はないと立てる法然の門人の悪義。
―――
一向念仏者
一向にもっぱら念仏を修行する者。ひたすら阿弥陀仏にすがり、その名を称える人。浄土宗の依経である無量寿経に「一向専念無量寿仏」とあるが、これを受けて法然は余行を選び捨て、ただ一筋に称名念仏の一行を修めよと説いた。
―――
結縁
仏法に縁を結ぶこと。成仏・得道の縁を結ぶこと。
―――――――――
ここでは、法然の選択集の邪義を受けて法然の門下が、それを更に増幅させて全国六十余州に弘めていることを指摘されている。
すなわち法然の門人たちは、無智な者に対して、法然上人は仏教を究めた智慧第一の身として、選択集を著して真実の義を説かれたのであると宣伝し、その選択集のなかでは、法華経の門を閉じて、そのあとで開くとは言われず、法華経の教えを抛てと書かれて、そのあとで拾うとは言われていないのだから法華経を捨てなさいと説いたので、出家・在家とも深く信じた。
更に、質問する者には仮名文字をもって選択集の意を宣伝したり、法然の物語を書いたりする中で、法華経等の正法を去年の暦や祖父の履に譬えて時代遅れの教えとしたり、法華経を読む行為は管弦等を演奏するより劣る、といったような悪口をしている。と仰せである。
このような悪書が日本国中に充ち溢れているゆえに、法華経はあってもこれを聞こうとする人はいなくなり、たまたま法華経を行じている人はいても、人々は尊重しようとしないと仰せられている。大聖人は彼らの謗法が「法華真言」に対して行われたと言われているが、法華経に対する謗法を指摘されることに本意があるのは当然である。
そして、彼ら法然門下が「一向念仏を期する者が法華経に縁したりすると、極楽往生の障りになるから、近づかないようにしなさい」と説いたので、人々は法華経と法華経の行者に近づくまい、そんなものは捨ててしまおうという心をもつに至ったのである、と述べられている。
第53章 0061:09~0061:13 災難の因は選択集に依るを結論するtop
| 09 此の故に諸天・妙法を聞くことを得ず法味を甞めざれば威光勢力有ること無し 四天王並に眷属・此の国を 10 捨て日本国守護の善神捨離し已るが故に、 正嘉元年に大地大に震い 同二年に春の大雨苗を失い夏の大旱魃に草木 11 を枯し秋の大風に菓実を失い 飢渇忽に起りて 万民を逃脱せしむること金光明経の文の如し 豈選択集の失に非ず 12 や、仏語虚しからざる故に悪法の流布有り 既に国に三災起れり而も此の悪義を対治せずんば 仏の所説の三悪を脱 13 がる可けんや、 -----― このゆえに諸天善神は妙法を聞くことができず、妙法の法味を甞めないので、威光・勢力がない。四天王並びにその眷属はこの国を捨てて、日本国守護の諸天善神も捨て去ってしまったゆえに、正嘉元年に大地が激しく震動し、同二年に春の大雨によって苗を失い、夏の大旱魃によって草木を枯らし、秋の大風によって果実を失い、飢渇がたちまちに起こって万民を逃げ出させるに至った。これは金光明経の文の通りである。まさに選択集の罪ではないか。仏の金言は虚偽でないゆえに、悪法が流布したため既に国に三災が起こっているのである。それでもこの選択集の悪義を対治しなければ、仏の説かれた三悪道を免れることはできないであろう。 |
法味
妙法の慈悲のことを味にたとえた語。
―――
日本国守護の善神
日本国を守護する諸天善神。天照太神・八幡大菩薩等。
―――
飢渇
飢えと渇きのこと。飲食物の欠乏。
―――――――――
前章では法然の選択集を受けて、その門弟たちが仏教破壊の邪義を弘めていることを述べられたが、この邪義が日本中に流布したために、諸天善神が妙法を聞くことができず、法味を嘗めることができなくなったので威光勢力を失い、日本国を捨て去ってしまった。
正嘉元年(1257)の大地震、同2年の大風・大雨・旱魃などの災難が起こり、万民がそれぞれの地を逃げ出さなければならなくなっている原因はここにあるとされ、それはまさに金光明経の文の通りであり、その根源の原因は人々に謗法を唆した選択集にある。もし、この謗法の悪義を対冶しなかったならば、金光明経に説かれているように、日本国の万民は今世の災いばかりでなく、死後、三悪道に堕ちることも免れないであろうと警告されている。
第54章 0061:13~0062:02 法然の門人の言い逃れを責めるtop
| 13 而るに近年より予「我身命を愛せず但無上道を惜む」の文を瞻る間・雪山常啼の心を起し命を大乗の 14 流布に替え強言を吐いて云く選択集を信じて後世を願わん人は 無間地獄に堕つ可しと、 爾時に法然上人の門弟選 15 択集に於て上に出す所の悪義を隠し 或は諸行往生を立て或は選択集に於て法華真言を破らざる由を称し、 或は在 16 俗に於て選択集の邪義を知らしめざる為に妄語を構えて云く日蓮は念仏を称うる人は三悪道に堕せんと云うと。 -----― しかし近年より私は法華経勧持品第十三の「我は身命を愛しない。但だ無上の道を惜む」の文を見て、雪山童子・常啼菩薩の心を起こし、我が命を大乗の流布に代えようと決め、強い言葉で「選択集を信じて後世を願おうとする人は無間地獄に堕ちるであろう」といったのである。 そのときに法然上人の門弟は選択集における前述したような悪義を隠し、諸行でも往生できるなどと説いたり、選択集では法華・真言を破っていないなどと言い立て、あるいは在家の人々に選択集の邪義を知らせまいとして、「日蓮は念仏を称える人は三悪道に堕ちると言っている」と偽って触らしているのである。 -----― 17 問うて云く法然上人の門弟・諸行往生を立つるに失有りや否や、 答えて云く法然上人の門弟と称し諸行往生を 18 立つるは逆路伽耶陀の者なり 当世も亦諸行往生の義を立つ而も 内心には一向に念仏往生の義を存し外には諸行不 0062 01 謗の由を聞かしむるなり、 抑此の義を立つる者は選択集の法華真言等に於て失を付け 捨閉閣抛・群賊邪見悪見邪 02 雑人・千中無一等の語を見ざるや否や。 -----― 問うて云う。法然上人の門弟が諸行でも往生できると説くのは誤っているのか、どうか。 答えて云う。法然上人の門弟と名乗って諸行でも往生できると説くのは、逆路伽耶陀の者である。当の世もまた諸行でも往生できるとの教義を説いているが、内心には一向に念仏のみが往生できるとの教義を立て、外には諸行を謗っていないなどと宣伝しているのである。 そもそも、諸行でも往生できるなどと説く者は、選択集で法華。真言を誤りときめつけ「捨てよ、閉じよ、閣け、抛て」、また「群賊・邪見・悪見・邪雑人」、また「千の中に一も無し」等の言葉を見たことがないのか、どうなのか。 |
雪山
雪山童子のこと。釈尊が過去世で修行していたときの名。涅槃経巻十四等に出てくる。釈尊は過去の世に雪山で法を求めて修行していた。ここで木の実を食べ、思惟坐禅して無量歳を経た。ある時、帝釈天が羅刹に化身して現れ、童子に向かって過去仏の説いた偈を「諸行無常・是生滅法」と半分だけを述べた。これを聞いた童子は喜んで残りの半偈を聞きたいと願い、この身を捨て、羅刹に食せしめることを約束して半偈の「生滅滅已・寂滅為楽」を聞いたのである。童子はその偈を石、壁、樹、道に書写してから高い樹に登り、身を投げた。その時、羅刹は帝釈天の姿に戻り、童子の体を受け止め大地に置き、その不惜身命の姿勢をほめて、未来に必ず成仏するであろうと説いて姿を消したという。
―――
常啼
常啼菩薩のこと。梵名サダープララーパ(Sadāpralāpa)。音写して薩陀波倫。般若経巻三百九十八に説かれる。身命を惜しまず、財利を顧みず、東方に般若波羅蜜を求めたという。常啼の名の由来について、大智度論巻九十六には「小事に喜んで啼いた故、また衆生の悪世にあって貧窮・老病・憂苦するのを見て悲泣する故、あるいは仏道を求めて啼哭すること七日七夜であった故に常啼という」(取意)とある。
―――
命を大乗の流布に替え
法華経を弘通するために、生命をなげうつこと。
―――
強言
語調の強い言葉。相手に強いて聞かせる言葉。
―――
無間地獄
八大地獄の中で最も重い大阿鼻地獄のこと。梵語アヴィーチィ(avīci)の音写が阿鼻、漢訳が無間。間断なく苦しみに責められるので、名づけられた。欲界の最低部にあり、周囲は七重の鉄の城壁、七層の鉄網に囲まれ、脱出不可能とされる。五逆罪を犯す者と誹謗正法の者が堕ちるとされる。
―――
諸行往生
念仏以外の諸行でも往生できると恵心は往生要集で主張したが、法然は「捨閉閣抛」を説き、諸行による往生は不可能であるとしている。
―――
在俗
出家しないで世俗にあること。在家を意味する。
―――
妄語
虚言のこと。十悪のひとつ。一般世間での妄語は、その及ぼす影響は一時的・小部分であるが、仏法上の妄語は、それを信ずる人を無間地獄に堕さしめ、さらに指導者層の妄語は多くの民衆を苦悩に堕しめることになる。正法への妄語はなおさらである。
―――
諸行不謗
「諸行を謗ぜず」と読む。法然の弟子が、念仏以外の諸行でも往生することができ、念仏宗は決して諸行を誹謗するものではないと説いたこと。
―――
捨閉閣抛
法然が著した「選択本願念仏集」には念仏以外の一切経自力の修行を非難して非難し、「捨閉閣抛」せよと説いた。すなわち法然は一切経を「捨てよ、閉じよ、閣け、抛て」と説いたのである。選択集は、建久9年(1198年)の作である。日蓮大聖人は立正安国論で「之に就いて之を見るに 曇鸞・道綽・善導の謬釈を引いて聖道・浄土・難行・易行の旨を建て法華真言惣じて一代の大乗六百三十七部二千八百八十三巻・一切の諸仏菩薩及び諸の世天等を以て皆聖道・難行・雑行等に摂して、或は捨て或は閉じ或は閣き或は抛つ此の四字を以て多く一切を迷わし、剰え三国の聖僧十方の仏弟を以て皆群賊と号し併せて罵詈せしむ、 近くは所依の浄土の三部経の唯除五逆誹謗正法の誓文に背き、遠くは一代五時の肝心たる法華経の第二の『若し人信ぜずして此の経を毀謗せば乃至其の人命終つて阿鼻獄に入らん』と破折されている。
―――――――――
ここは、大聖人が法然の邪義の破折に踏み切られた心情を明らかにされるとともに、その大聖人の破折に対し法然の門人たちがさまざまに言い逃れをしているのを責めておられるところである。
初めに、大聖人が「我身命を愛せず但無上道を惜しむ」という法華経勧持品第13の文を見て、無上道の正法が滅ぼされていることを憂え、雪山童子や常啼菩薩のような不惜身命の心を起して強い言葉で、「法然の選択集を信じて後世を願う人は無間地獄に堕ちる」と折伏したと仰せられている。
この折伏に対して法然の門人たちは選択集に説かれている正法誹謗の悪義の部分を隠しつつ、念仏以外の諸行を修行しても往生は可能であるとか、選択集には法華真言を破ってはいないなどと言い訳していることを記されている。
在俗に於て選択集の邪義を知らしめざる為に妄語を構えて云く日蓮は念仏を称うる人は三悪道に堕せんと云うと
法然の門人たちは、選択集の邪義を人々に知らしめないために、大聖人の破折をすりかえて「日蓮は念仏を称える者は三悪道に堕ちるなどと言っている」と言い触らしたのである。
この悪宣伝にのせられて、当時の人々、特に念仏の信者たちは「日蓮は阿弥陀仏の敵である」と単純に思い込み、憎んで迫害したのであった。
いうまでもなく、大聖人はここでは阿弥陀如来そのものを悪とされたのではない。あくまでも、法然が浄土三部経以外の一切経を捨てよと言っていることが仏教を破壊する邪説でるがゆえに、これを信ずる者は無間地獄に堕ちると断言されたのである。
ところが法然門下たちは、大聖人の言い分をそのまま信者たちに解説すると反論を立てられず、法然の教えが仏教破壊の邪義でることが人々に分かってしまうので、大聖人の主張をすりかえて、ただ「日蓮は念仏を称える人は悪道に堕ちると言っている」とし、あたかも大聖人が仏法の破壊者であるかのように歪曲し、人々の大聖人に対する憎悪心を煽ったのである。
諸行往生の義を立つ而も内心には一向に念仏往生の義を存し外には諸行不謗の由を聞かしむるなり
法然の門人たちの中に、法然の説通りに、ただ念仏だけが往生の行だと主張すると、あらゆる他宗を敵に回すことになるので、諸行でも往生できると言って調和策をとろうとする者が出てきたのであった。これは他宗に対して寛容で、しかも法華誹謗に抵触しないからよさそうにみえる。しかし、法然門下という看板を背負っていこうとする限り、それは「師敵対」を犯していることになるし、世間に対しても、ごまかしになってしまうのである。
大聖人は、法然が選択集で「捨閉閣抛」や「群賊・邪見・悪見・邪雑人」という言葉に、更には浄土宗以外の諸行すなわち雑行を修行するひとたちは千人中一人も得道し往生する者はいない、と言っていることを重ねて指摘され、それを見ているくせに、法然門下と名乗りながら「諸行でも往生できる」などと言えるのかと追及されている。
いうまでもなく、大聖人はここで、法然の門下はどこまでも法然の教えに忠実に貫いていきなさい。などと言われているのではない。法然の教えが仏法に違背する邪義であると分かれば、法然門下であることをやめて、正法の一門に帰依すべきであるとされているのである。
第55章 0062:02~0062:08 謗法者対治の証文を挙げるtop
| 03 第二に正しく謗法人の王地に処るを対治す可き証文を出さば、 涅槃経第三に云く「懈怠にして戒を破し正法を 04 毀る者をば王者・大臣・四部の衆応に苦治すべし 善男子是の諸の国王及び四部の衆は当に罪有るべきや不や・不な 05 り・世尊・善男子是の諸の国王及び四部の衆は尚罪有ること無し」と、又第十二に云く「我往昔を念うに閻浮提に於 06 て大国の王と作り 名を仙予と曰いき大乗経典を愛念し敬重し 其の心純善にして麁悪嫉妬慳恡有ること無かりき、 07 乃至善男子我爾の時に於て心に大乗を重んず 婆羅門の方等を誹謗するを聞き・聞き已つて 即時に其の命根を断ち 08 き善男子是の因縁を以て是より已来地獄に堕せず」已上。 -----― 第二に、まさしく王地に在住している謗法の人を対治すべき証文を出すならば、涅槃経第三に「仏道修行に怠って戒を破り正法を破る者をば国王や大臣・僧・尼・信男・信女はまさに厳しく対治しなければならない。善男子よ、このもろもろの国王及び僧尼・信男信女はまさに罪があるだろうか、どうか。いいえ、世尊よ、罪はありません。善男子よ、このもろもろの国王及び僧尼・信男信女はなお罪がないのである」とある。 また涅槃経巻十二に「我は過去世を思うに、閻浮提において大国の王となり、名を仙予といった。大乗経典を愛し念じ、敬い重んじ、その心は純善であって、粗悪・嫉妬・物惜しみはなかった。(中略)善男子よ、我はその時において心に大乗を重んじていた。婆羅門が方等を誹謗するのを聞き、それを聞き終わって即時にその命根を断った。善男子よ、この因縁をもって、それ以来、地獄に堕ちない」とある。 |
謗法人
誹謗正法の人。正しく仏法を理解せず、正法を謗って信受しないこと。正法を憎み、人に誤った法を説いて正法を捨てさせる人。
―――
王地
帝王・王者の治める国土。王法をもって治める国土。
―――
対治
①智慧によって煩悩を滅すること。②害をなすものを打ち破ること。
―――
懈怠
おこたること、なまけること、低い教えは民衆を幸福にすることを怠る懈怠の法である。
―――
戒
戒定慧の三学の一つ。仏道を修行する者が守るべき規範。非を防ぎ悪を止める義で、身口意の悪業を断じて一切の不善を禁制すること。三蔵の一つ・律蔵の中に説かれる。五戒・八斎戒・十戒・二百五十戒・五百戒・十重禁戒・四十八軽戒など種々ある。
―――
正法
正しい法。邪法に対する語。
―――
四部の衆
比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷のこと。比丘は梵語で(bhikșu)仏門に帰依して具足戒を受けた男子、僧である。乞士、慧命。比丘尼は(bhikșuņi) 出家して具足戒を受けた女子、尼僧、除女、熏女と訳す。優婆塞は(upāsaka)俗家であって仏法を信行する男子、清信子、近事男。優婆夷は(upāsika)仏門に入った在家の女子。俗家にあって仏法僧に近事し、諸の善法に親近して修習し、過去の罪業を離れて清く、しかもよく仏道に入る信を立て、破戒を離れる女性をいう。清信女、近事女。いずれも正法を保つ人々。
―――
苦治
厳しく対治すること。謗法を対治することをいう。
―――
世尊
世に尊敬される仏を指す。仏の10号のひとつ。
―――
閻浮提
一閻浮提のこと。全世界を意味する。南閻浮提ともいう。閻浮は梵語で樹の名。提は州と訳す。古代インドの世界観に基づくもので、中央に須弥山があり、八つの海、八つの山が囲んでおり、いちばん外側の海を大鹹海という。その中に、東西南北の四方に東弗波提、西瞿耶尼、南閻浮提、北鬱単越の四大州があるとされていた。現在でいえば、地球上すべてが閻浮提といえる。
―――
仙予
仙予国王のこと。釈尊の過去世における菩薩修行の時の姿。涅槃経の聖行品に説かれている。釈尊はその昔、過去世に閻浮提の大国の王に生まれ、仙予と名のっていた。そして大乗経典を愛念し敬重し、その心は純善で、粗悪の心や人をねたんだり物惜しみをするようなことはなかった。口には愛語、善語を述べ、身は貧窮と孤独を守り、布施、精進を少しも休み廃することがなかった。その時代には仏、声聞、縁覚はいず、婆羅門に師事した。その婆羅門に仙予国王が「師等今応に阿耨多羅三藐三菩提心を発すべし」といったところ、婆羅門は「大王、菩提の性は是れ有る所無く、大乗経典も亦復是の如し。大王、云何ぞ乃ち人と物とをして、虚空に同ぜしむ」と大乗経典を誹謗した。これを聞いた大王は直ちに五百人の婆羅門を殺した。この因縁によって大王はそれ以来地獄に堕ちず、殺された婆羅門も大乗誹謗を悔い、後の世に大乗の信を発して救われたという。
―――
大乗経典
仏法において、煩雑な戒律によって立てた法門は、声聞・縁覚の教えで、限られた少数の人々しか救うことができない。これを、生死の彼岸より涅槃の彼岸に渡す乗り物に譬え小乗という。法華経は、一切衆生に皆仏性ありとし、妙境に縁すれば全ての人が成仏得道できると説くので、大乗という。阿含経に対すれば、華厳・阿含・方等・般若は大乗であるが、法華経に対しては小乗となり、三大秘法に対しては、他の一切の仏説は小乗となる。
―――
愛念
愛し念ずること。いつくしみ、思い続けること。
―――
敬重
敬って重んずること。
―――
純善
純粋にして善良なこと。
―――
麤悪
麤は荒い・事実の正しい認識にもとづいていない、との意。悪は憎悪・悪感情。
―――
嫉妬
ねたみ、そねむことと。
―――^
慳恡
物惜しみをして与えないこと。
―――
大乗
仏法において、煩雑な戒律によって立てた法門は、声聞・縁覚の教えで、限られた少数の人々しか救うことができない。これを、生死の彼岸より涅槃の彼岸に渡す乗り物に譬え小乗という。法華経は、一切衆生に皆仏性ありとし、妙境に縁すれば全ての人が成仏得道できると説くので、大乗という。阿含経に対すれば、華厳・阿含・方等・般若は大乗であるが、法華経に対しては小乗となり、三大秘法に対しては、他の一切の仏説は小乗となる。
―――
婆羅門
インド古来の四姓のひとつで、訳して浄行という。悪法を捨てて大梵天に奉持し、浄行を修するという意味からこの名がある。みずから、梵天の口から生じた四姓中の最勝最貴であると称している。これは、古代インドでは、戦勝も収穫も祈りによって決定されるという思想があったから最も尊ばれたのである。しかし、一部には王と戦士の階級であるクシャトリアの方が上であるとする文献もある。
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方等
方等経のこと。方とは方正、等とは平等にして中道の理。したがって方等とは広く大乗経である。
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誹謗
悪口をいい、謗ること。譬喩品には14種の誹謗があると説く。松野殿御返事には「一に憍慢.・二に懈怠・三に計我・四に浅識・五に著欲・六に不解・七に不信・八に顰蹙・九に疑惑・十に誹謗・十一に軽善・十二に憎善・十三に嫉善.十四に恨善なり」(1382)とある。
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命根
生命のこと。生命を維持する能力、生命力。個体の生命機能。
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因縁
果を生ずべき直接の原因。因を助け果にいたらせるものを縁という。たとえば植物の種子は因で、日光・雨・土等は縁である。この因と縁が和合して、芽が生じ、成長するのである。一切衆生の心中の仏性は因で、それが諸法を縁として、はじめて成仏の果をあらわすのである。総勘文抄には「因とは一切衆生の身中に総の三諦有つて常住不変なり此れを総じて因と云うなり縁とは三因仏性は有りと雖も善知識の縁に値わざれば悟らず知らず顕れず善知識の縁に値えば必ず顕るるが故に縁と云うなり」(0574-11)御義口伝には「衆生に此の機有つて仏を感ず故に名けて因と為す」(0716-第三唯以一大事因縁の事-03)とある。
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地獄
十界・六道・四悪趣の最下位にある境地。地獄の地とは最低の意、獄は繋縛不自在で拘束された不自由な状態・境涯をいう。悪業の因によって受ける極苦の世界。経典によってさまざまな地獄が説かれているが、八熱地獄・八寒地獄・一六小地獄・百三十六地獄が説かれている。顕謗法抄にくわしい。
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本書・守護国家論は全体を大きく7つの分段に分けられるが、そのうち、第四段の続きである。本書の講義に入る前に、簡単にこれまでの内容に触れておきたい。
まず、第一段は「如来の経教に於て権実二教を定むることを明し」との御文から始まり、釈尊は一切衆生を救済するために一代の経教を説いたけれども、これらの経教に大きく権教と実教との二つの区別があることを釈尊自身が定めていると明確にされている。ここで、いうまでもなく実教は法華経・涅槃経であり、それ以外の経教が権教である。
次いで第二段は「正像末に就いて仏法の興廃有ることを明すとは」という御文から始まる。ここでは第一段を受けて、釈尊自身によって実教と権教に区別された一代の経教が釈尊滅後の正法・像法・末法と三時を通過するにつれて、それぞれの時代に適して興る経教もあれば、逆に時代に適さず廃れる経教もあることを明らかにされている。実際には正法・像法の時代については簡潔に述べられ、むしろ末法に力点を置いて論じられている。
第三段は「選択集謗法の縁起を出さば」という御文から始まる。ここでは、末法は実教の法華経が流布すべき時であることは明らかであるにもかかわらず、法然は選択集で末法には適せず廃るべき権教の浄土三部経に基づいて念仏の一行を立て、法華経を捨てよ、閉じよ、閣け、抛て、と説いている。それゆえに、選択集が謗法の元凶である縁起を明らかにされているのである。
そして第四段は「謗法の者を対治すべき証文を出さば」という御文から始まる。この文段は更に次の二つの段落に分けて展開されている。
本文では「一には仏法を以て国王大臣並に四衆に付属することを明し、二には正しく謗法の人・王地に拠るをば対治す可き声聞を明す」と示されているとおりである。
第一の段落についてはすでに本講義録(中)の48章~54章で扱っている。それを受けて本章からは第二の段落に入るのである。
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ここは王地、つまり帝王は自らの治める土地に、謗法の人が居る場合、その人を対治すべきであることを明らかにした証拠の経文を挙げられているところである。
涅槃経から二つの経文を提出されている。
一つは大般涅槃経巻三寿命品第一の三からの引用である。
その大意は次のとおりである。
仏道修行を怠け、戒を破って正法を破壊する人がいた場合、国王や大臣・比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷の四衆は、この人を対治しなければならない、と釈尊は戒めている。
そして、語を続けて、国王や大臣、四衆は対治することで罪になるかどうかを釈尊が問うたのに対し、罪にならないと迦葉菩薩が答えている。
もう一つの経文は大般涅槃経巻12聖行品第7の2からの引用である。
釈尊が文殊師利菩薩に対して語った言葉である。
釈尊が遠い過去世、閻浮提で仙予という名の王として大国を治め、しかも、大乗経典をこよなく尊重してその心が純粋に善であったとき、バラモンが大乗を誹謗するのを聞いて即座にそのバラモンの命を断ったという。しかも、このときの正法を愛念する心によって、以後、地獄に堕ちないという善根をつくったとある。
以上、二つの経文は、いずれも、国王たる者は、自らの国土の中に正法を誹謗し破壊する者がいた場合、断固として彼らを対治することによって正法を守るべきことを勧めており、この行いは罪にはならず、むしろその功徳によって地獄に堕ちないと説いている。
婆羅門の方等を誹謗するを聞き・聞き已つて即時に其の命根を断ちき善男子是の因縁を以て是より已来地獄に堕せず
涅槃経に正法を惜しむ純善の心で謗法の者を殺した場合仏法上の罪は受けないことを説いている。
大聖人は国内の謗法の人を対治すべきことを明らかにした文証としてこの経文を引用されたのであるが、この他の御書でも同様のことを述べられている。
法蓮抄では「彼の法師原が頚をきりて鎌倉ゆゐの浜にすてずば国正に亡ぶべし等云云」(1053-06)と仰せられている。
また、撰時抄でも「去し文永八年九月十二日申の時に平左衛門尉に向つて云く日蓮は日本国の棟梁なり 予を失なうは日本国の柱橦を倒すなり、只今に自界反逆難とてどしうちして他国侵逼難とて此の国の人人・他国に打ち殺さるのみならず多くいけどりにせらるべし、建長寺・寿福寺・極楽寺・大仏・長楽寺等の一切の念仏者・禅僧等が寺塔をばやきはらいて彼等が頚をゆひのはまにて切らずば日本国必ずほろぶべしと申し候了ぬ」(0287-11)とある。
このように、大聖人御自身も、謗法・邪法の僧らの頸を切れ、と叫ばれている。
しかし、注意すべきは、ひとえに謗法を憎むべきことを訴えられたのであって、実際に人殺しを承認されたものではないということである。
謗法の者といえども仏性があり、改悔する可能性をもっているとする法華経の精神からすれば、これらの「殺」とはあくまでも無明に覆われた謗法の心と、謗法の行動への殺を説いたのであると拝していくべきである。
つまり、仙予国王の例は釈尊としてこの世界に出現する以前の過去世で菩薩としての修行中のことであるから「釈迦の以前」になる。
その場合は謗法の者の罪を斬るとしているのであるが、「能忍以後」、すなわち能忍=釈尊のインド出現後は、すなわち現実世界での謗法の者に対する実践は「布施を止める」、謗法者への布施を止めることであると仰せられているのである。
第56章 0062:09~0062:15 涅槃・梵網の役割の違いを明かすtop
| 09 問うて云く梵網経の文を見るに比丘等の四衆を誹謗するは波羅夷罪なり 而るに源空が謗法の失を顕わすは豈阿 10 鼻の業に非ずや、 答えて曰く涅槃経の文に云く「迦葉菩薩・世尊に言さく如来何が故ぞ彼当に阿鼻地獄に堕すべし 11 と記するや、善男子・善星比丘は多く眷属有り皆善星は是れ阿羅漢なり 是れ道果を得つと謂えり我・彼が悪邪の心 12 を壊らんと欲するが故に彼の善星は放逸を以ての故に地獄に堕せりと記す」已上 此の文に放逸とは謗法の名なり源 13 空も亦彼の善星の如く謗法を以ての故に無間に堕すべし 所化の衆此の邪義を知らざるが故に 源空を以て一切智人 14 と号し或は 勢至菩薩或は善導の化身なりと云う 彼が悪邪の心を壊らんが為の故に謗法の根源を顕わす梵網経の説 15 は謗法の者の外の四衆なり -----― 問うて言う。梵網経の文を見ると、僧などの四衆を誹謗することは波羅夷罪である。それゆえに源空の謗法の罪をあらわにすることは阿鼻地獄の業になるのではないか。 答えて言う。涅槃経の文に「迦葉菩薩が世尊に言った。如来よ、どうして彼はまさに阿鼻地獄に堕ちるだろうと予言されたのか。善男子よ、善星比丘には多くの眷属がいた。これらの眷属たちすべてが、善星比丘は阿羅漢であり、悟りを得た者と思った。世尊は彼らの割邪の心を壊ろうとするために、かの善星比丘は放逸の罪によって地獄に堕ちると予言したのである」とある。 この文にある放逸とは謗法の一つの名である。源空もまた、かの善星比丘のように謗法のために無間地獄に堕ちるだろう。源空の弟子たちは源空の邪義を知らないために、源空を一切智人と称し、あるいは勢至菩薩または善導和尚の化身であるという。 彼らの邪悪の心を壊るために謗法の根源を明らかにしいたのである。梵網経の説の対象は謗法の者を除く四衆をさしている。 |
梵網経
梵網経は、「梵網経盧舎那仏説菩薩心地戒品第十」上下2巻の略。下巻を特に「菩薩戒経」とよぶ。梵網経すべてを翻訳すると120巻61品となるが、鳩摩羅什が長安で同経中の菩薩心地戒品第十のみを訳出した。梵網とは仏が衆生の機根に合わせて教を設け、病に応じて薬を与えて、一人も漏らさず彼岸に達せしめることが、あたかも大梵天王の因陀羅網のようであるということから名づけられた。この経の教主は蓮華台蔵世界において成道した報身仏の盧舎那仏であり、釈迦応化身の覆述によるのである。大乗律の経典で、衆生の戒は仏性の自覚によって形成されるとしている。上巻には菩薩の階位の十住・十行・十回向・十地の四十法門が、下巻には菩薩戒の十重禁戒、四十八軽戒が説かれている。
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波羅夷罪
教団を追放される罪のこと。五篇七聚のひとつ。波羅夷は梵語パーラージカ(pārājika)の音写で、重罪・断頭などと訳す。戒律のなかで最も重い罪のこと。部派仏教では比丘に四波羅夷があり、淫・盗・殺・妄の4つの罪を犯した者は懺悔しても許されない。比丘尼にはさらに触・八事・覆・随の4つを加えた八波羅夷がある。
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源空
(1133~1212)。わが国浄土宗の元祖法然のこと。伝記によると、童名を勢至丸といい、母が剃刀をのむ夢をみて源空をはらんだという。15歳で比叡山に登り、天台の教観を研究。叡空にしたがって一切経、諸宗の章疏を学んだ。そのときに、善導の「観経疏」の文を見て、承安5年(1175)の春、43歳で浄土宗を開創した。「選択集」を著して、一代仏教を捨てよ、閉じよ、閣け、抛てと唱えた。承元元年(1207)2月、後鳥羽上皇により念仏停止の断が下され、法然は還俗させられて土佐国に流罪され、弟子の住蓮と安楽は処刑された。翌年、許されて京都に戻り、建暦2年(1212)80歳で没した。
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阿鼻の業
無間地獄に堕ちる因となる業因。阿鼻は阿鼻地獄のこと。阿鼻大城・阿鼻地・無間地獄ともいう。阿鼻は梵語アヴィーチィ(Avici)の音写で無間と訳す。苦をうけること間断なきゆえに、この名がある。八大地獄の中で他の七つの地獄よりも千倍も苦しみが大きいといい、欲界の最も深い所にある大燋熱地獄の下にあって、縦広八万由旬、外に七重の鉄の城がある。余りにもこの地獄の苦が大きいので、この地獄の罪人は、大燋熱地獄の罪人を見ると他化自在天の楽しみの如しという。また猛烈な臭気に満ちており、それを嗅ぐと四天下・欲界・六天の転任は皆しぬであろうともいわれている。ただし、出山・没山という山が、この臭気をさえぎっているので、人間界には伝わってこないのである。また、もし仏が無間地獄の苦を具さに説かれると、それを聴く人は血を吐いて死ぬともいう。この地獄における寿命は一中劫で、五逆罪を犯した者が堕ちる。誹謗正法の者は、たとえ悔いても、それに千倍する千劫の間、無間地獄において大苦悩を受ける。懺悔しない者においては「経を読誦し書持吸うこと有らん者を見て憍慢憎嫉して恨を懐かん乃至其の人命終して阿鼻獄に入り一劫を具足して劫尽きなば更生まれん、是の如く展転して無数劫に至らん」と説かれている。
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迦葉菩薩
迦葉童子菩薩のこと。迦葉には①釈尊の十大弟子の一人。梵語マハーカーシャパ(Mahā-kāśyapa)の音写である摩訶迦葉の略。摩訶迦葉波などとも書き、大飲光と訳す。付法蔵の第一。王舎城のバラモンの出身で、釈尊の弟子となって八日目にして悟りを得たという。衣食住等の貪欲に執着せず、峻厳な修行生活を貫いたので、釈尊の声聞の弟子のなかでも頭陀第一と称され、法華経授記品第六で未来に光明如来になるとの記別を受けている。釈尊滅後、王舎城外の畢鉢羅窟で第一回の仏典結集を主宰した。以後20年間にわたって小乗教を弘通し、阿難に法を付嘱した後、鶏足山で没したとされる。②優楼頻螺迦葉・伽耶迦葉・那提迦葉・の三兄弟、③十力迦葉、迦葉仏、老子の前身とする迦葉菩薩などあるが、本項の迦葉はそのいずれでもなく、④涅槃経ではじめて現れ、仏に三十六の問を発し、その対告衆となっている捃拾の機の迦葉のこと。
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如来
①「如々として来る」と訳す。仏のこと。②過来・如来・未来のなかの如来。瞬間瞬間の生命。
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阿鼻地獄
阿鼻大城・阿鼻地・無間地獄ともいう。阿鼻は梵語アヴィーチィ(Avici)の音写で無間と訳す。苦をうけること間断なきゆえに、この名がある。八大地獄の中で他の七つの地獄よりも千倍も苦しみが大きいといい、欲界の最も深い所にある大燋熱地獄の下にあって、縦広八万由旬、外に七重の鉄の城がある。余りにもこの地獄の苦が大きいので、この地獄の罪人は、大燋熱地獄の罪人を見ると他化自在天の楽しみの如しという。また猛烈な臭気に満ちており、それを嗅ぐと四天下・欲界・六天の転任は皆しぬであろうともいわれている。ただし、出山・没山という山が、この臭気をさえぎっているので、人間界には伝わってこないのである。また、もし仏が無間地獄の苦を具さに説かれると、それを聴く人は血を吐いて死ぬともいう。この地獄における寿命は一中劫で、五逆罪を犯した者が堕ちる。誹謗正法の者は、たとえ悔いても、それに千倍する千劫の間、無間地獄において大苦悩を受ける。懺悔しない者においては「経を読誦し書持吸うこと有らん者を見て憍慢憎嫉して恨を懐かん乃至其の人命終して阿鼻獄に入り一劫を具足して劫尽きなば更生まれん、是の如く展転して無数劫に至らん」と説かれている。
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善星比丘
釈尊が太子だったときの子。闡提比丘ともいう。出家して仏道修行に励み、十二部経を読誦し、第四禅定を得たが、これを真の涅槃の境涯と思って慢心を起こし、苦得外道に近づいて退転した。その上、仏法を否定する邪見を起こし、父である釈尊に悪心を懐いてしばしば殺そうとしたため、生身のまま阿鼻地獄に堕ちた。
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眷属
①仏・菩薩などの脇士や従う人。②一族・親族。③従者・家来。
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阿羅漢
羅漢のこと。無学・無生・殺賊・応供と訳し、小乗教を修行した声聞の四種の聖果の極位。一切を学び尽くして、さらに学ぶべきがないので無学、再び三界に生ずることができないので無生、見思の惑を断じ尽くすので殺賊、衆生から礼拝を受け、供養に応ずるので応供という。
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道果
仏道修行によって得られる果報のこと。涅槃をさす。道は仏道を成ずる修行法、果は果報で涅槃の意。
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悪邪の心
悪くて邪な心。邪悪の心。悪とはよくないこと。道義に反すること。不適切なこと。邪は正しくないこと。曲がっていること、心がねじれていること。害があること。
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放逸
法に則らず自分勝手で気ままに振る舞うこと。正法への放逸。謗法。
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無間
無間地獄のこと。八大地獄の中で最も重い大阿鼻地獄のこと。梵語アヴィーチィ(avīci)の音写が阿鼻、漢訳が無間。間断なく苦しみに責められるので、名づけられた。欲界の最低部にあり、周囲は七重の鉄の城壁、七層の鉄網に囲まれ、脱出不可能とされる。五逆罪を犯す者と誹謗正法の者が堕ちるとされる。
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所化の衆
所化は化導を受ける人。弟子のこと。能化に対する語で、「化」は化導・教化の義。「所」は受ける立場。弟子を意味する。
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一切智人
一切智を会得している人のこと。
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勢至菩薩
勢至は梵名マハースターマプラープタ ( mahaasthaamapraapta])といい、大勢至・得大勢・大精進とも訳し種々の経に説かれている。①爾前諸教では阿弥陀三尊のひとつとして、観世音菩薩とともに、阿弥陀仏の脇士となって智慧をあらわす。②法華経では八万の菩薩の一人として霊鷲山会にっその名を連ね、阿耨多羅三藐三菩提を得て退転なく、自在の法を説くことができたとある。③不軽品の対告衆
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善導
(0613~0681)。中国・初唐の人で、中国浄土教善導流の大成者。山東省・臨淄の人。一説に泗州(安徽省)の人ともいわれる。幼い時に出家し、経蔵を探って観無量寿経を見て、西方浄土往生を志した。後、貞観年中に石壁の玄中寺(山西省)に赴いて道綽のもとで観無量寿経を学び、師の没後、光明寺で称名念仏の弘教に努めた。往生礼讃の第四で「千中無一」と説き、念仏以外の雑行を修する者は、千人の中で一人も成仏しないとしている。著書には「観経疏」4巻、「往生礼讃」1巻等がある。日本の法然は、観経疏を見て専ら浄土の一門に帰依したといわれる。
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化身
仏や菩薩が衆生を救うために様々に身を変化して、出現した身影のこと。
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前章で謗法の僧らを対治すべしとする証拠を涅槃経によって明らかにされたのであるが、これに対して、梵網経では僧等の四衆を誹謗することを波羅夷罪という教団追放の最も重い罪として戒めていることを指摘して、法然を謗法として責めるのはこの罪にあたり、無間地獄を招く行為ではないか、と難詰している。
これに対して、釈尊が善星比丘を破折した涅槃経巻33迦葉菩薩品を引用されて、謗法の比丘を破壊することの正しさを証明されている。
引用文の内容は次のとおりである。
迦葉菩薩が釈尊に“なぜ善星比丘が無間地獄に堕ちるだろうと予言されたのか”と問うた。それに対して釈尊は“善星には多くの眷属がおり、善星のことを供養を受けるに値する阿羅漢であり仏道の悟りを得た者であると思っていたので、その邪悪な心を打ち破るために善星は放逸の罪によって無間地獄に堕ちるであろうと予言した”と答えたというものである。ここで「放逸」とは謗法と同一の罪であり、大聖人はこの釈尊の例にならって、法華経を謗った源空を無間地獄に堕ちると断じられたのである。源空も善星と同じように弟子たちから、一切智人とか勢至菩薩、善導の化身かと思われているがその邪悪な心を打ち破るために、大聖人は選択集を責めて謗法の根源を明らかにするのであると説かれているのである。
そして問者の根拠として梵網経は、謗法を犯していない四衆に当てはまっても、謗法の者を責める場合には当てはまらないと述べられている 。
第57章 0062:15~0063:03 積極的に謗法を責むべきを明かすtop
| 15 仏誡めて云く「謗法の人を見て其の失を顕わさざれば仏弟子に非ず」と、 故に涅槃経に 16 云く 「我涅槃の後其の方面に随い持戒の比丘有つて威儀具足し 正法を護持せば法を壊ぶる者を見て即ち能く駈遣 17 し呵責し徴治せよ当に知るべし是人は福を得んこと無量にして称計す可からず」 亦云く「若し善比丘あつて法を壊 18 る者を見て呵責し駈遣し挙処せずんば当に知るべし 是の人は仏法の中の怨なり 若し能く駈遣し呵責し挙処せば是 0063 01 我弟子真の声聞なり」已上。 -----― 仏は「謗法の人を見てその罪を明らかにしなければ仏弟子ではない」と誡めている。ゆえに涅槃経には「我が入滅の後、その方面にしたがって戒を持つ僧がおり、振る舞いに徳が具わり正法を護持しているならば、正法を破戒する者を見ると、直ちにその者を追放し、呵り責め、懲らしめ改めさせよ。まさに知りなさい。この人は福徳を得ることが無量であって計り数えられない」とある。また「もし善い僧がおり、正法を破戒する者を見て呵り責め、追放し、罪過を挙げ処断しなければ、まさに知りなさい。この人は仏法の中の敵である。もし追放し、呵り責め、罪過を挙げ処断するならば、この人は我が弟子であり真の声聞である」とある。 -----― 02 予仏弟子の一分に入らんが為に 此の書を造り謗法の失を顕わし世間に流布す願わくば十方の仏陀此の書に於て 03 力を副え大悪法の流布を止め一切衆生の謗法を救わしめたまえ。 -----― 日蓮は仏弟子の一人に入るために、この書を著し、謗法の罪を明らかにして世間に流布しようとしているのである。 願うことは、十方の仏陀よ、この書に力を添え、大悪法の流布を止め、一切衆生の謗法の罪を救いたまえ。 |
涅槃
梵語(nirvāana)滅・滅度・寂滅・円寂と訳す。生死の境を出離すること。また自由・安楽・清浄・平和・永遠を備えた幸福境界をいい、慈悲・智慧・福徳・寿命の万徳を具備している境涯ともいえる。①外道では、六行観によって悲想天に達すれば、涅槃を成就できると考えた。②小乗仏教では煩悩を断じ灰身滅智すること。③権大乗では他方の浄土へ往生すること。④法華経では三大秘法の御本尊を信ずることによって、煩悩即菩提・生死即涅槃を証することができると説く。
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持戒
「戒」とはっ戒・定・慧の三学のひとつで、仏法を修業する者が守るべき規範をいう。心身の非を防ぎ悪を止めることをもって義とする。戒を受け、身口意の三業で持つこと。
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威儀
一般的には、重々しく畏敬すべき挙動。いかめしい立居振舞い。作法に適った動作、礼の細則。仏法的には、行住坐臥の四つに分け、四威儀と立てる。さらに分けて三千の威儀、八万の細行ともいう。しかし、これは戒を重んずる小乗教の説くところであって末法においては無用である。三世諸仏総勘文抄には「一切の法は皆是れ仏法なりと知りぬれば教訓す可き善知識も入る可らず思うと思い言うと言い為すと為し儀いと儀う行住坐臥の四威儀の所作は皆仏の御心と和合して一体なれば過も無く障りも無き自在の身と成る此れを自行と云う」(0750-01)とある。すなわち三大秘法を深く信じて、正法を護持する者は、いっさいの振る舞いが自然のうちに宇宙のリズムと合致し、威儀が整うのである。
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駆遣
追い払うこと。駆は追う、遣は追う・はなつ等の意。仏教では、破仏法・正法誹謗の者を追放することをいう。
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呵責
叱り、責めること。相手の罪禍を追求し責め立てること。
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徴治
こらしめてあらためさせること。
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称計
計り数えること。
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挙処
その罪を検挙し、世を挙げて処分すること
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怨
仏法に敵対すること。
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真の声聞
自行のみの小乗教の声聞をさすのではなくて、真に仏の教えを正しく聞き、利他の実践をする人の意。
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流布
広く世に広まること。
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大悪法
きわめた悪い法。①公益に反し、道理に合わない法律・習慣。②民衆を不幸に陥れる誤った宗教・思想。
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一切衆生
すべての生あるものをいう。なかんずく人間をいうが、人種・男女・老幼を問わず、全人類を含む。
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ここでは涅槃経寿命品を引用され、謗法を責めることこそ真の仏弟子の道であることを強調され、大聖人御自身が真の仏弟子の一分とならんがために、源空の謗法の罪を明らかにするとともに、併せて一切衆生の謗法を救うことを願って、本書・守護国家論を述作したことを重ねて述べられている。
仏誡めて云く「謗法の人を見て其の失を顕わさざれば仏弟子に非ず」
ここでの引用文は、後に引用される涅槃経巻三寿命品からの二文に説かれている内容をまとめて取意されたものである。
前章では、梵網経の戒との関係で、謗法の四衆を責めることは梵網経の戒を破ることにはならないことを証明するために涅槃経巻33の迦葉菩薩品を引用されたのであったが、ここではむしろ積極的に、謗法の人を見てその罪を指摘し責めないようなものは仏弟子とはいえないという、謗法を責める積極的根拠を明かされている。
涅槃経に云く「我涅槃の後其の方面に随い持戒の比丘有つて威儀具足し正法を護持せば法を壊ぶる者を見て即ち能く駈遣し呵責し徴治せよ当に知るべし是人は福を得んこと無量にして称計す可からず」亦云く「若し善比丘あつて法を壊る者を見て呵責し駈遣し挙処せずんば当に知るべし是の人は仏法の中の怨なり若し能く駈遣し呵責し挙処せば是我弟子真の声聞なり」
二文とも涅槃経巻三寿命品からの引用である。
ともに、釈尊入滅後において、戒律を守り立ち居振る舞いも立派な正法の比丘が、謗法の者を積極的に責めることを勧めている点で共通していても、前の文と後の文ではその勧め方が微妙に違っている。前の文では、正法を破壊する者を発見したら直ちにその者を追い出し責め懲らしめたら、その比丘の功徳は計り知れないほど大きいと述べ、謗法を責める功徳が強調されている。後の文では、正法を破壊する者を見ながら責め追い出さなかったならば、その比丘は仏法の中の怨敵であるが、その逆に、謗法を責め追い出したなら真の声聞・仏弟子であると述べている。つまり、ここでは謗法の者を責めるか否かが真の仏弟子か仏法の怨敵かを分ける基準になっているのである。
ここで「其の方面に随い持戒の比丘有って」とあるのは、持つべき戒の中身は地域、気候風土、社会的背景によって異なることを前提としての表現と考えられる。
なお、後の涅槃経の文において「是我弟子真の声聞なり」とある「声聞」というのは爾前権教で用いられている意味とは異なっている。爾前の権大乗では、小乗教によって自分自身の解脱のみを目指す比丘たちを“声聞”とし、彼らは利他の行為が欠如しているがゆえに、永不成仏であると弾呵された。これに対し、実教・法華経での声聞は妙法を聞いて自ら成仏を目指すとともに、この法華経の妙法を自分だけのものとするのではなく、人々にも聞かせて他人の成仏を達成することを請願したのである。つまり、小乗・権大乗での声聞は自分だけが「声を聞く」のであったのに対し、法華経においては人々に「声を聞かせる」の意味になったのである。したがって、この涅槃経の「真の声聞なり」も、「声を聞かせる」の意味で使われていることは明らかであろう。
予仏弟子の一分に入らんが為に此の書を造り謗法の失を顕わし世間に流布す願わくば十方の仏陀此の書に於て力を副え大悪法の流布を止め一切衆生の謗法を救わしめたまえ
日蓮大聖人が本書・守護国家論を著述された真意を再び明らかにされているところである。一度目は本書の初めの方で「予此の事を歎く間・一巻の書を造つて選択集謗法の縁起を顕わし名づけて守護国家論と号す」と述べられている。
この文で「予仏弟子の一分に入らんが為に」とあるのは、先に引用された「是我弟子真の声聞なり」とある涅槃経寿命品の文を受けられての仰せであることは明白である。
すなわち、仏滅後において謗法の者を呵責し正法を護る比丘こそが真の声聞であり仏弟子であるとの仏の金言を日蓮大聖人が御自身の出現された末法という時代に、身で読もうとされているのである。その思いがこの言葉のなかに込められている。
今、末法においては、選択集を著して正法である法華経を誹謗した源空が「法を壊る者」であることが明らかである以上、法華経の行者である日蓮大聖人は、源空の謗法の実態を明らかにし、責め、仏教界から追放することが正法を守る真の仏弟子であるとされ、そのために守護国家論を著して、広く世の中に流布し知らしめようとしたと仰せられている。
“仏弟子の一分に入らんが為に”との言葉は仏の金言を実現せんとする大聖人の意気込みの強さがみなぎっている。
また「願わくば十方の仏陀此の書に於て力を副え大悪法の流布を止め一切衆生の謗法を救わしめたまえ」との文は、大聖人が源空の謗法を責めるのはどこまでも自身の栄誉とか名声のためではなく、あくまで正法を愛惜するゆえであり、一切衆生を目ざめさせて救うためであることを示されている。そして「十方の仏陀の力添えによって」と仰せられているのは、法華経見宝塔品第11で、十方諸仏が「法をして久しく住せしめんが故」に法華経の会座に来往したと説かれていることを踏まえられたものと拝される。
大段第五 善知識並に真実の法には値い難きことを明すtop
第58章 0063:04~0063:06 善知識・正法に値い難きを示すtop
| 04 大文の第五に善知識並に真実の法に値い難きことを明さば之に付いて三有り、 一には受け難き人身値い難き仏 05 法なることを明し、 二には受け難き人身を受け値い難き仏法に値うと雖も悪知識に値うが故に 三悪道に堕するを 06 明し、三には正く末代凡夫の為の善知識を明す。 -----― 大段の第五に、善知識ならびに真実の法にあい難いことを明かすならば、これについて三段を設ける。 一には受け難い人身と、あい難い仏法であることを明かし、二には受け難い人身を受け、あい難い仏法にあうといっても悪知識にあうと三悪道に堕ちることを明かし、三にはまさしく末代の凡夫のための善知識を明かす。 |
悪知識
善知識に対する語。悪友と同語。仏道修行を妨げ、不幸に陥れる友人。唱法華題目抄には「悪知識と申してわづかに権教を知れる人智者の由をして法華経を我等が機に叶い難き由を和げ申さんを誠と思いて法華経を随喜せし心を打ち捨て余教へうつりはてて一生さて法華経へ帰り入らざらん人は悪道に堕つべき事も有りなん」(0001-08)とある。
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真実の法
絶待の真理の法。法華経。別して南無妙法蓮華経。
―――
仏法
①仏の説いた教法。八万四千の法門・法蔵があるといわれる。②仏が証得した法③仏が知っている法。
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悪知識
善知識に対する語。悪友と同語。仏道修行を妨げ、不幸に陥れる友人。唱法華題目抄には「悪知識と申してわづかに権教を知れる人智者の由をして法華経を我等が機に叶い難き由を和げ申さんを誠と思いて法華経を随喜せし心を打ち捨て余教へうつりはてて一生さて法華経へ帰り入らざらん人は悪道に堕つべき事も有りなん」(0001-08)とある。
―――
三悪道
三種の悪道のこと。地獄道・餓鬼道・畜生道をいう。三善道に対する語。三悪趣、三途ともいう。
―――
末代凡夫
末代とは末の時代。政治・道徳などが衰えた時代。仏法では末法のことをいう。凡夫は凡庸の士夫の意で、仏法の道理を末だ理解せずに迷っている人。(注末法の凡夫僧という意味ではない)。
―――――――――
ここからは大文第五の「善智識並に真実の法に値い難きことを明す」という段落に入る。この段落は更に三つに分けられていて、一つは「受け難き人身値い難き仏法なることを明す」という段、二つには「受け難き人身を受け値い難き仏法に値うと雖も悪知識に値うが故に三悪道に堕するを明す」という段、三つには「正く末代凡夫の為の悪知識を明かす」という段である。
以上の立て分けから明らかなとおり、この段落では、まず、人間として生を受けることが難しいこと、そしてたとえ人間として生まれることができても仏法に出あうことが難しいことを説き、ついで、この二つの難しいことが可能となって仏法に巡りあったとしても、悪知識に出会うことによって逆に三悪道に堕落する場合があることを説き、最後に、末代の凡夫にとっての善智識を明らかにする、というように説き進められている。
第59章 0063:07~0064:02 人身受け難く仏法に値い難きを示すtop
| 07 第一に受け難き人身値い難き仏法なることを明さば、涅槃経三十三に云く「爾の時に世尊・地の少土を取つて之 08 を爪上に置き迦葉に告げて言く、 是の土多きや十方世界の地土多きや、迦葉菩薩・仏に白して言く、世尊・爪上の 09 土は十方所有の土に比べず 善男子・人有り身を捨てて還つて人身を得・三悪の身を捨てて人身を受くることを得・ 10 諸根完く具して中国に生れ 正信を具足して能く道を修習し 道を修習し已つて能く正道を修し正道を修し已つて能 11 く解脱を得・解脱を得已つて能く涅槃に入るは爪上の土の如く、 人身を捨て已つて三悪の身を得・三悪の身を捨て 12 て三悪の身を得・諸根具せずして辺地に生じ 邪倒の見を信じ邪道を修習し 解脱常楽の涅槃を得ざるは十方界の所 13 有の地土の如し」已上経文此の文は多く法門を集めて一具と為せり人身を捨てて還つて人身を受くるは爪上の土の如 14 し人身を捨てて三悪道に堕るは十方の土の如し 三悪の身を捨てて人身を受くるは 爪上の土の如く三悪の身を捨て 15 て三悪の身を得るは十方の土の如し人身を受くるは 十方の土の如く人身を受けて六根欠けざるは 爪上の土の如し 16 人身を受けて六根を欠けざれども 辺地に生ずるは十方の土の如く中国に生ずるは 爪上の土の如し中国に生ずるは 17 十方の土の如く仏法に値うは爪上の土の如し、又云く「一闡提と作らず善根を断ぜず是の如き等の涅槃の経典を信ず 18 るは爪上の土の如し乃至・一闡提と作りて諸の善根を断じ是の経を信ぜざる者は十方界所有の地土の如し」已上経文 0064 01 此の文の如くんば法華涅槃を信ぜずして一闡提と作るは十方の土の如く法華涅槃を信ずるは爪上の土の如し・此 02 の経文を見て弥感涙押え難し -----― 第一に受け難い人身と、あい難い仏法であることを明かすならば、涅槃経巻三十三に「その時に世尊が大地の少しの土を取って、これを爪の上に置いて、迦葉に告げて『この土が多いか、十方世界の地の土が多いか』と言った。迦葉菩薩は仏に『世尊よ、爪上の土の少なさは十方にある土の多さにくらべられません』と申し上げた。善男子よ、人が死んだ後、再び人身を得、あるいは三悪道の身で死んだ後、人身を受けることを得て、もろもろの感覚器官が完全に具わって、仏法の中心地に生まれ、正しい信心を具足して、道を修習し、道を修習しおわって、なかでも正しい道を修行し、正しい道を修しおわって解脱を得て、解脱を得おわって涅槃に入ることは爪上の土のように少ないのである。人が死んで後、三悪道の身を得、あるいは三悪道の身で死んだ後、再び三悪道の身を得て、もろもろの感覚器官が具わらず、仏法の中心地から遠い辺地に生まれ、邪で顛倒した思想を信じ、邪の道を修習し、解脱を得ず常楽の涅槃を得ないことは十方世界にある地の土のように多いのである」とある。 この経文は多くの法門を集めて一まとめにしている。少し説明を加えると、人身を捨てて死に、再び人身を受けて生まれることは、爪の上の土のように少ない。人身を捨てて死に、三悪道に堕ちることは十方世界の土のように多い。三悪道の身を捨てて死に、人身を受けて生まれることは、爪の上の土のように少ない。三悪道の身を捨てて死に、三悪道の身を得てうまれることは、十方世界の土のように多い。また人身を受けてうまれることは、十方世界の土のように多く、人身を受けて生まれ、眼・耳・鼻・舌・身・意の六根が欠けていないことは、爪の上の土のように少ない。人身を受けて生まれ、六根を欠いていないが辺地に生まれることは、十方世界の土のように多く、仏法の中心地に生まれることは爪の上の土のように少ない。更に仏法の中心地に生まれることは十方世界の土のように多く、仏法にあうことは爪の上の土のように少ない。 また「一闡提とならず善根を断ぜず、このような涅槃の経典を信ずる者は爪の上の土のように少ない(乃至)一闡提となってもろもろの善根を断じ、この経典を信じない者は十方世界にある地の土のように多い」とある。この経文のとおりであれば、法華経・涅槃経を信じないで一闡提となる者は十方世界の土のように多く、法華経・涅槃経を信ずる者は爪の上の土のように少ない。この経文を見て、日蓮はいよいよ感涙を押え難い。 |
地の少土
地面にあるほんのわずかな広さの土。
―――
爪上
ガンジス河の砂に対して、爪の上に乗るほどの土をいう。人間として生を受けることは稀であり、仏法に巡り合うこととむずかしさ、等にたとえる。
―――
迦葉
釈尊の十大弟子の一人。梵語マハーカーシャパ(Mahā-kāśyapa)の音写である摩訶迦葉の略。摩訶迦葉波などとも書き、大飲光と訳す。付法蔵の第一。王舎城のバラモンの出身で、釈尊の弟子となって八日目にして悟りを得たという。衣食住等の貪欲に執着せず、峻厳な修行生活を貫いたので、釈尊の声聞の弟子のなかでも頭陀第一と称され、法華経授記品第六で未来に光明如来になるとの記別を受けている。釈尊滅後、王舎城外の畢鉢羅窟で第一回の仏典結集を主宰した。以後20年間にわたって小乗教を弘通し、阿難に法を付嘱した後、鶏足山で没したとされる。なお迦葉には他に優楼頻螺迦葉・伽耶迦葉・那提迦葉・の三兄弟、十力迦葉、迦葉仏、老子の前身とする迦葉菩薩などある優楼頻螺迦葉・伽耶迦葉・那提迦葉・の三兄弟、十力迦葉、迦葉仏、老子の前身とする迦葉菩薩などある
―――
十方世界
「十方」と7は、上下の二方と東西南北の四方と北東・北西・南東・南西の四維を加えた方位で、全世界を意味する。仏教では十方に無数の三千大千世界があるとされる。
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三悪
三悪道・三種の悪道のこと。地獄道・餓鬼道・畜生道をいう。三善道に対する語。三悪趣、三途ともいう。
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諸根
もろもろの感覚器官とその能力。根とは、働きを起こす力があり、強い作用を有するものの総称。草木の根が幹や枝を成長発展させる能力を持つことに由来する。①五根。目・耳・鼻・舌・身根など、環境を認知する人間の感覚器官とその能力。これに意根を加えて六根とする。②五受根。苦・楽・憂・喜・捨根など、外界を感受する働き。③五根。信・精進・念・定・慧根の五力ともいい、これらは煩悩をおさえて悟りに向かう根本となるので根という。④三無漏根、末知当知・已知・具知根。⑤三根。命・男・女根。
―――
中国
中国とは「仏法の中心地」のことで、当時はインドを指していう。
―――
正信
正しい信心。正法を信ずる心。
―――
修習
修め習うこと。悟りの道を修行し習得すること。
―――
道
①悟りを得るための修行法、涅槃の道。②無常菩提の仏果。
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正道
正しい道、解脱・涅槃を得る道をいう。
―――
解脱
梵語で(Vinukti)。煩悩の束縛から脱して、憂いのないやわらかな境涯に到達するという意味。
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辺地
片田舎、①仏教発祥の地インドから遠く離れた日本のこと。②日蓮大聖人御生誕の地が日本の中心地である京都・鎌倉から遠く離れた地であること。
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邪倒の見
よこしまで顚倒した見解。
―――
邪道
誤った修行法。
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常楽
常楽我浄の四徳のうちの常と楽。常徳は仏の境地、涅槃が永遠に不変不改であること。楽徳は無上の安楽であること。
―――
十法界
衆生の十種の境界のことで、十界のこと。地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天・声聞・縁覚・菩薩・仏界のこと。
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法門
仏・菩薩の教え、その仏に従って学べば聖者の智に入ることのできる門。末法では御本仏日蓮大聖人の三大秘法をさす。
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六根
目・耳・鼻・舌・身・意のことをいう。根とは、生命には、対境に縁すると作用する機能が本然的に備わっており、その機能の根源を根という。六根の対境にあたるものが、六境または六塵で、六根が六境と関係して生ずる感覚を六識という。たとえば、生命には眼根があるため、色境に縁すれば眼識を生ずるのである。また生命には意根があるから、こわいとか楽しい等の意識を生ずるのである。
―――
一闡提
梵語イッチャンティカ(Icchantika)の音写。一闡底迦とも書き、断善根・信不具足と訳す。仏の正法を信ぜず、成仏する機縁をもたない衆生のこと。
―――
善根
善い果報を招くべき善因。根とは結果を生ずべき因。題目を上げること、折伏・弘教への実践活動が最高のである。一生成仏抄には「然る間・仏の名を唱へ経巻をよみ華をちらし香をひねるまでも皆我が一念に納めたる功徳善根なりと信心を取るべきなり(0383-14)とある。
―――
経典
仏の説法を結集編纂した転籍。経はスートラの漢訳で音写は修多羅。本来はたて糸の意であったが、転じて不変の教え、教えの綱要の意となった。古代中国では聖人・賢人ののべたものを「経」としたが、仏教が伝来してから、仏である釈尊も当然聖人とされ、その説を記したスートラは経と訳されたのである。また、経は諸仏の理にかない、衆生の機根に契うことから契経ともいう。
―――
法華
㈠大乗経典の極説、釈尊一代50年の説法中、最も優れた経典である。漢訳には「六訳三存」といわれ、「現存しない経」①法華三昧経 六巻 魏の正無畏訳(0256年)②薩曇分陀利経 六巻 西晋の竺法護訳(0265年)③方等法華経 五巻 東晋の支道根訳(0335年)「現存する経」④正法華経 十巻 西晋の竺法護訳(0286年)⑤妙法蓮華経 八巻 姚秦の鳩摩羅什訳(0406年)⑥添品法華経 七巻 隋の闍那崛多・達磨芨多共訳(0601年)がある。このうち羅什三蔵訳の⑤妙法蓮華経が、仏の真意を正しく伝える名訳といわれており、大聖人もこれを用いられている。説処は中インド摩竭提国の首都・王舎城の東北にある耆闍崛山=霊鷲山で前後が説かれ、中間の宝塔品第十一の後半から嘱累品第二十二までは虚空会で説かれたことから、二処三会の儀式という。内容は前十四品の迹門で舎利弗等の二乗作仏、女人・悪人の成仏を説き、在世の衆生を得脱せしめ、宝塔品・提婆品で滅後の弘経をすすめ、勧持品・安楽行品で迹化他方のが弘経の誓いをする。本門に入って涌出品で本化地涌の菩薩が出現し、寿量品で永遠の生命が明かされ「我本行菩薩道」と五百塵点劫成道を示し文底に三大秘法を秘沈せしめ、このあと神力・嘱累では付嘱の儀式、以下の品で無量の功徳が説かれるのである。ゆえに法華経の正意は、在世および正像の衆生のためにとかれたというより、末法万年の一切衆生の救済のために説かれた経典である。(二)天台の摩訶止観(三)大聖人の三大秘法の南無妙法蓮華経のこと。
―――
涅槃
涅槃経の事。釈尊が跋提河のほとり、沙羅双樹の下で、涅槃に先立つ一日一夜に説いた教え。大般涅槃経ともいう。①小乗に東晋・法顯訳「大般涅槃経」2巻。②大乗に北涼・曇無識三蔵訳「北本」40巻。③栄・慧厳・慧観等が法顯の訳を対象し北本を修訂した「南本」36巻。「秋収冬蔵して、さらに所作なきがごとし」とみずからの位置を示し、法華経が真実なることを重ねて述べた経典である。
―――――――――
本章では、第一の「受け難き人身値い難き仏法なることを明す」という段を述べられるなかで、まず涅槃経巻33迦葉菩薩品の一節を引用されているところである。
引用された後、大聖人は「此の文は多く法門を集めて一具と為せり」と仰せられている。“多く法門を集めて”とは、次に示されているように、八つの項目であり、“一具と為せり”とそれら八つの項目について“十方の土”と“爪の上の土”という一つの対比によってまとめ、その多少を明らかにしているからである。
その八つとは次のとおりである。
第一は“人身を捨てる”、すなわち、人間としての一生を終えた後、次の生において、再び人間の生を受けるか、地獄・餓鬼・畜生の三悪道の身を受けるか、である。
いうまでもなく、前者は爪の上の土、後者は十方の土であり、以下の項目についても同じである。
第二は“三悪の身を捨てる”、すなわち、地獄・餓鬼・畜生の三悪道の生涯を終えて、次の生において、人間としての生を受けるか、同じ三悪道の身を受けるか、である。
第三は人間として生まれても、“諸根”すなわち眼耳鼻舌身などの感覚器官が完全に具わっているかいないか、である。
第四は諸根が具わって生まれてきても、生まれる場所が“中国”、すなわち仏教の中心地か、辺地かが次の問題となる。
第五はたとえ仏法の中心地に生まれたとしても“正信を具足して能く道を修習し”、すなわち正しい仏教への信仰を持って仏道修行に励むか、“邪倒の見”すなわち、よこしまな思想を信じてしまうか、の違いがある。
その結果、第六に“能く正道を修習し”すなわち、更に正しく仏道修行を勧めていくか、邪道な修行し続けるか、の違いが明らかとなる。
そして第七には、“能く解脱を得る”すなわち、正しい仏道修行の結果、解脱を得ることができるか、できないか、の相違が現れる。
最後に“解脱を得已つて能く涅槃に入る”、すなわち解脱から更に涅槃の境地へと進むか、進まないか、という決定的な差異となって現れることを明らかにしている。
いずれも、前者の方が爪の上の土で僅かであるのに対し、後者の方は十方の土で多数であることはいうまでもない。
さて、ここでは涅槃経巻33の迦葉菩薩品の一節を引用されながら、その内容を大聖人が説明されているが、八つの項目のうち第五の項目からは、大聖人御自身の釈を展開されている。
すなわち、仏教の中心地に生まれる者の数は十方の土のように多いが、その中で仏法に出あうことのできる者の数は爪の上の土のように少ない、と説かれた後、同じ涅槃経巻33迦葉菩薩品を引用されている。
その内容は、たとえ仏法に出あえても不信・謗法の一闡堤とならず、仏道に縁するという善根を断ち切らずに涅槃経を信ずる者の数は爪の上の土のように数少ないが、逆に不信・謗法の一闡堤となって、様々な仏道の善根を断ち切って涅槃経を信じることのできない者は十方のあらゆる土のように数多い、というものである。
これを受けて、大聖人は、法華経・涅槃経を信じないで一闡堤となる者は十方の土のように多いが、逆に、法華経・涅槃経を信じる者は爪の上の土のように少ないと述べられている。
更に、この涅槃経巻33の迦葉菩薩品を見ると「弥感涙押え難し」と御自身の感慨を仰せられている。それは大聖人御自身が、法華経・涅槃経を信じることのできる爪上の土ような僅少者のなかに入ることができたことの喜びを表されているのである。
そして、このあとでは、大聖人の眼に映った当時の日本国の人たちの多くは権教を信じ行じており、たとえ少数の人たちが実教を行じていても、それはあくまで身口意の三業のなかで外面的な身体と口で行じているにすぎず、肝心の意では権教を信じていると嘆かれているのである。
爪上の土と十方の土の譬えについて
大聖人は他の御書でも、しばしばこの譬えを用いられている。
開目抄では「法華経の流通たる涅槃経に末代濁世に謗法の者は十方の地のごとし正法の者は爪上の土のごとしと・とかれて候は・いかんがし候べき、日本の諸人は爪上の土か日蓮は十方の土かよくよく思惟あるべし」(0195-15)とある。
また、顕仏未来記では「仏教に依つて悪道に堕する者は大地微塵よりも多く正法を行じて仏道を得る者は爪上の土よりも少きなり」(0507-02)とあり、いずれも、末法においては、仏教に帰依しているとはいっても権教にとらわれるため、かえって謗法を犯したり悪道に堕ちる者の方が十方の土のように多いのに対して、正法を行じて仏道を得る者は爪上の土のように僅かであることを述べられている。
此の経文を見て弥感涙押え難し
大聖人が末法における自らの使命と役割を法華経・涅槃経の経文に照らして明らかにされて、感涙されているところである。
もとより、正法を持つ身になれたことは自身の過去の宿縁であり、種々の大難に遭っても退転することなく信心を貫いていくかどうかは、現在の自身の決意によるのであって、だれかがそのようにしてくれたのではない。
この観点からいえば「感涙する」というのは不合理のようであるが、正法を説き顕し、今日まで残してくれた仏や過去の聖賢の努力があってこそ、今こうして受持することができるのだということからいえば、その恩恵にはいくら感謝してもしすぎることはない。
また、今生において父母が生み育ててくれたこと、周囲のあらゆる人々が成長を守り助けてくれた恩恵があってこそ、今日、正法を行じることができるのである。
こうした思いを忘れることなく常に深い感動を持ち、報恩感謝を心掛けているところに、真実の仏法者としての生き方があるのであり、ここで大聖人は「感涙押え難し」の一句をもってそれを表現されたと拝せられる。
第60章 0064:02~0064:14 天台・妙楽の釈を引き権実雑乱を糺すtop
| 02 今日本国の諸人を見聞するに多分は権教を行ず 設い身口は実教を行ずと雖も 心に 03 は亦権教を存ず。 -----― 今、日本国のもろもろの人を見聞きするに、多分は権教を修行し、たとえ身と口では実教を修行しても心にはなおも権教を思っている。 -----― 04 故に天台大師摩訶止観の五に云く 「其の癡鈍なる者は毒気深く入つて本心を失う故に既に其れ信ぜざれば則ち 05 手に入らず、乃至・大罪聚の人なり、 乃至・設い世を厭う者も下劣の乗を翫び枝葉に攀付し狗・作務に狎れ瀰猴を 06 敬うて帝釈と為し瓦礫を崇んで是れ明珠なりとす此黒闇の人豈道を論ず可けんや」已上 、源空並に所化の衆深く三 07 毒の酒に酔うて大通結縁の本心を失う 法華涅槃に於て不信の思を作し 一闡提と作り観経等の下劣の乗に依て方便 08 称名の瓦礫を翫び 法然房のエン猴を敬うて智慧第一の帝釈と思い法華涅槃の如意珠を捨てて 如来の聖教を褊する 09 は権実二教を弁えざるが故なり。 -----― ゆえに天台大師は摩訶止観巻五に「その癡で鈍い者は毒気が深く入って本心を失っているゆえに、もはや良薬を信じないので手に入らないのである。(乃至)大罪の聚まった人である。(乃至)たとえ世間を厭い出家した者も低く劣った教えを好んでいる。これは根幹を忘れ枝葉によじ登り、犬が主人を忘れ召使になれ、また猿を敬って帝釈と思い、瓦や礫を尊で明珠であるとしているようなものである。このような道理に暗い人がどうして仏道を論ずることができようか」と述べている。 源空ならびに弟子たちは深く三毒の酒に酔って、大通智勝仏の十六王子から受けた法華経結縁の本心を失っているのである。このため法華経・涅槃経の如意宝聚を捨てて如来の聖教を軽んじているのは、権教と実教の二教の違いをわきまえていないからである。 -----― 10 故に弘決の第一に云く 「此の円頓を聞いて崇重せざる者は良に近代大乗を習う者の雑濫に由るが故なり」大乗 11 に於て権実二教を弁えざるを雑濫と云うなり、 故に末代に於て法華経を信ずる者は 爪上の土の如く法華経を信ぜ 12 ずして権教に堕落する者は十方の微塵の如し、 故に妙楽歎いて云く 「像末は情澆く信心寡薄にして円頓の教法蔵 13 に溢れ函に満れども 暫くも思惟せず便ち瞑目に至る徒に生じ徒に死す一に何ぞ痛しきや」已上 此の釈は偏に妙楽 14 大師・権者たるの間遠く日本国の当代を鑒みて記し置く所の未来記なり。 -----― ゆえに止観輔行伝弘決巻一に「この円頓の教を聞いて崇重しない者は、まことに近来の大乗教を習う者の雑乱による故である」とある。大乗教において権教・実教の二経の見分けができないことを雑乱というのである。ゆえに末法の代において法華経を信ずる者は爪の上の土のように少なく、法華経を信じないで権教に落ちる者は十方世界の微細な塵のように多いのである。ゆえに妙楽大師は歎いて「像法・末法の時代は人情が薄く信心が弱くなり、円頓の教法が蔵に溢れ箱に満ちているけれども、少しの間も思索しようとしないで、死ぬことになる。徒に生まれて徒に死すとは、全く何と痛ましいことか」と述べている。この解釈は、ひとえに妙楽大師は菩薩の化身であるので、遠く日本国の今の時代を見通し記述し留められた未来記である。 |
権教
実教に対する語。権とは「かり」の意で、法華経に対して釈尊一代説法のうちの四十余年の経教を権経という。これらの経はぜんぶ衆生の機根に合わせて説かれた方便の教えで、法華経を説くための〝かりの教え〟であり、いまだ真実の教えではないからである。念仏の依経である阿弥陀経等は、この権経に属する。
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身口
身口意の三業のうちの身業と口業。
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実教
真実の法・教えのこと。仏が自らの悟りをそのまま説いた経。権教に対する語で、法華経をさす。
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天台大師
(0538~0597)。智者大師の別称。諱は智顗。字は徳安。姓は陳氏。天台山に住んだのでこの名がある。中国南北朝・隋代の人で、天台宗第四祖、または第三祖と称されるが、事実上の開祖である。伝によれば、梁の武帝の大同4年(0538)、荊州に生まれ、梁末の戦乱で一族は離散した。18歳の時、果願寺の法緒のもとで出家し、20歳で具足戒を受け、律を学び、また陳の天嘉元年(0560)北地の難を避け南渡して大蘇山に仮寓していた南岳大師を訪れた。南岳は初めて天台と会った時、「昔日、霊山に同じく法華を聴く。宿縁の追う所、今復来る」と、その邂逅を喜んだという。大蘇山での厳しい修行の末、法華経薬王菩薩本事品第二十三の「其中諸仏、同時讃言、善哉善哉。善男子。是真精進。是名真法供養如来」の句に至って身心豁然、寂として定に入り、法華三昧を感得した。これを大蘇開悟という。後世、薬王品で開悟したことから、薬王菩薩の再誕であるといわれるようになった。その後、大いに法華経の深義を照了し、のち金陵の瓦官寺に住んで大智度論、法華経等を講説した。陳の宣帝の太建7年(0575)、38歳の時に天台山に入り、仏隴峰に住んで修行したが、至徳3年(0585)詔によって再び金陵に出て、大智度論、法華経等を講ずる。禎明元年(0587)法華経を講じたが、これを章安が筆録したのが「法華文句」十巻である。その後、故郷の荊州に帰り、玉泉寺で法華玄義、摩訶止観を講じ、天台三大部を完成する。その間、南三北七の諸師を信伏させ、天台山に帰った翌年の隋の開皇17年(0597)、60歳で没した。著書に法華三大部のほか、五小部と呼ばれる「観音玄義」「観音義疏」「金光明玄義」「金光明文句」「観経疏」がある。
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摩訶止観の五
天台三大部の一つ。天台教学の原典。天台大師が隋の開皇14年(0594)、一夏九旬にわたって講説したものを、章安が筆録し一部十巻になした書のなかの巻第五。ここでは「夫れ一心に十法界を具す一法界に又十法界を具すれば百法界なり一界に三十種の世間を具すれば百法界に即三千種の世間を具す、此の三千一念の心に在り若し心無んば而已介爾も心有れば即ち三千を具す乃至所以に称して不可思議境と為す意此に在り」と、一念三千の典拠を示している。
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癡鈍
愚癡と同じ。三毒のひとつ。愚かであるため煩悩をおさえる働きが弱いこと。
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毒気
毒性のある成分。人に害を与える感じの意。謗法の害毒をいう。
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本心
過去において仏より受けた成仏への根本の下種を本心という。その究極は南無妙法蓮華経である。
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大罪聚の人
大きな罪が集まっている人。罪が大きく深い人。「聚」はあつまる・よりあう・かたまるの意。
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下劣の乗
低く劣った教え。「乗」は乗り物の意味。転じて彼岸から彼岸に運ぶ教法のこと。
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瀰猴
さるのこと。
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帝釈
梵語シャクラデーヴァーナームインドラ(śakro devānām indraḥ)の訳。釋提桓因・天帝釈ともいう。もともとインド神話上の最高神で雷神であったが、仏法では護法の諸天善神の一つとなる。欲界第二忉利天の主として、須弥山の頂の喜見城に住し三十三天を統領している。釈尊の修行中は、種々に姿を変えて求道心を試みている。法華経序品第一では、眷属二万の天子と共に法華経の会座に連なった。
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瓦礫
瓦と礫のこと。黄金などのような高価なものに対して、価値のないものと対比するのに用いる。三大秘法を黄金とするなら、諸教は瓦礫となる。
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明珠
宝珠の一種。明月摩尼・明月珠ともいう。その輝きが明月のようであるためこういう。実大乗経などを濁水を清める徳のある明珠にたとえる。
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黒闇の人
暗闇の中の人。転じて物事の正邪の判別ができない人。
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三毒の酒
貧・瞋・癡の三毒を酒にたとえていう。
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大通結縁
法華経化城喩品第七に説かれる。三千塵点劫の昔、大通智勝仏が十六王子に法華経を説き、その十六王子がのちにそれぞれ法華経を説いて衆生を化導した。これを大通覆講という。そのうち第十六王子が釈尊の過去世の姿であり、この第十六王子と衆生との結縁を大通結縁という。
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観経
観無量寿経のこと。浄土三部経の一つで、方等部に属する。元嘉元年(0424)~同19年(0442)にかかって中国・劉宋代の畺良耶舎訳。詳しくは観無量寿仏経。阿闍世王が父・頻婆沙羅王を殺し母を牢に閉じ込め、悪逆の限りを尽くしたのを嘆いた母・韋提希夫人が釈尊にその因縁を聞いたところ釈尊は神通をもって十方の浄土を示し、夫人がそのなかから西方極楽世界を選ぶ。それに対して釈尊が、阿弥陀仏と極楽浄土を説くというのが大意である。しかし、韋提希夫人の嘆きに対しては、この経は根本的には説かれていない。この答えが説かれるのは法華経提婆品で、観経ではわずかに、問いを起こしたaaというにとどまる。西方十万億土を説いたのも、夫人の現在に対する解決とはなっていない。
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方便称名
方便である称名念仏のこと。方便とは仏が衆生を教化するうえで、真実に導くための手段。
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法然房
(1133~1212)。わが国の浄土宗の元祖で、源空という。伝記によると、童名を勢至丸といい、15歳で比叡山に登り、天台の教観を研究。叡空にしたがって一切経、諸宗の章疏を学んだ。そのときに、善導の「観経疏」の文を見て、承安5年(1175)の春、43歳で浄土宗を開創した。「選択集」を著して、一代仏教を捨てよ、閉じよ、閣け、抛てと唱えた。その後、専修念仏は風俗を壊乱するとの理由で建永2年(1207)土佐国に遠流され、弟子の住蓮、安楽は処刑された。これはその後、許されたが、建暦2年(1212)80歳で没してのち、勅命により骨は鴨川に流され、「選択集」の印版は焼き払われ、専修念仏は禁じられた。
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智慧第一
智慧が極めて優れているとの意。智慧には三意がある。①事物・事象の是非・善悪を分別し真理を見極める認識作用。諸法の実相を照らし、無明を破して悟りを得るはたらきのことをいい、六波羅蜜のなかの智慧波羅蜜にあたる。②智と慧のことで、悟りを導く基となるものが慧、外に向かってはたらくもの・発現するものが智。③聡い、賢いこと。また舎利弗については声聞衆中の智慧第一といわれる。
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如意珠
如意冡樹のこと。意のままに宝物や衣服・食物を取り出すことのできるという宝珠。如意珠・如意宝ともいう。大智度論には仏舎利の変じたものとか竜王の脳中から出たものといい、雑宝蔵経には摩竭の脳中から出たものといい、また帝釈天の持ち物である金剛杵の砕け落ちたものなど諸説がある。摩訶止観巻五上には「如意珠の如きは天上の勝宝なり、状芥粟の如くして大なる功能あり」等とある。兄弟抄には「妙法蓮華経の五字の蔵の中より一念三千の如意宝珠を取り出して三国の一切衆生に普く与へ給へり」(1087-12)、また御義口伝巻上には提婆達多品の有一宝珠を釈し「一とは妙法蓮華経なり宝とは妙法の用なり珠とは妙法の体なり」(0747-01)と仰せになっている。
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如来の聖教
仏の優れた教え。如来は仏のことでタターガタ(tathāgata )の漢訳。仏の十号のひとつ。真如にしたがって到来し、真如から現れ出た者のこと。如去ともいう。一切諸法の根本を悟り、三世の因果に通達した者をいう。聖教は証人の教え、所説のこと。仏の説いた教え、釈尊が一代五十年にわたって説いた一切経をいう。
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権実二教
権教と実教の二教のこと。権は「かり」の意で方便をあらわし、実は「真実義」の意。機に応じて一時的に説く法を権とし、究極不変の真実の法を実という。
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此の円頓
円頓の法である法華経を指す。円頓とは、円満にして偏らず、一切衆生を速やかに成仏させる教法。円は円融・円満、頓は頓極・頓足の意。末法今時においては三大秘法の南無妙法蓮華経をさして円頓の経とする。
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崇重
尊び重んずること。崇はあがめる、重はおもんずること。
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大乗
仏法において、煩雑な戒律によって立てた法門は、声聞・縁覚の教えで、限られた少数の人々しか救うことができない。これを、生死の彼岸より涅槃の彼岸に渡す乗り物に譬え小乗という。法華経は、一切衆生に皆仏性ありとし、妙境に縁すれば全ての人が成仏得道できると説くので、大乗という。阿含経に対すれば、華厳・阿含・方等・般若は大乗であるが、法華経に対しては小乗となり、三大秘法に対しては、他の一切の仏説は小乗となる。
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雑濫
雑乱。入り乱れるさま。
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代末
正像二千年過ぎて、闘諍堅固・白法隠没の末法のこと。釈迦仏法に功力が失せ、邪法の前に隠れてしまうこと。
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十方の微塵
十方とは、上下の二方と東西南北の四方と北東・北西・南東・南西の四維を加えた十方のこと。微塵は微細な塵のことで、転じて数量の多いこと。合わせて十方の粉々にした塵の数。無数・無量の義。
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妙楽
(0711~0782)。中国唐代の人。諱は湛然。天台宗の第九祖、天台大師より六世の法孫で、大いに天台の教義を宣揚し、中興の祖といわれた。行年72歳。著書には天台三大部を釈した法華文句記、法華玄義釈籖、摩訶止観輔行伝弘決等がある。
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像末
像法と末法のこと。
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寡薄
乏しい、少なく薄い、弱く薄いこと。
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教法
釈尊が説いた教えのこと。
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思惟
対象を分別し、よく考えること。
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瞑目
①目を閉じること。②死ぬこと。
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権者
かりの姿のこと。仏・菩薩が衆生救済のために、仮の姿でもってあらわれた存在。権化・権現ともいう。
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当代
①今の時代、現代。②当主、現在の主人。
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未来記
仏が未来のことを前々に記したもの。予言書、事前の出来事を書き付けた文章。
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ここでは天台大師と妙楽大師が末代のありさまを記した文を引用されて、その内容がいかに源空とその弟子たちの姿に合致くいているかを指摘されている。それとともに、末代悪世において実教の法華経・涅槃経を信ずることがいかに難しいかを示す文証とされている。
はじめに、天台大師の摩訶止観第五の巻からは「癡鈍なる者」すなわち仏教に愚かな者が犯す間違いを的確に表した文を引用されている。
その内容を要約すると癡鈍なる者は仏法の正邪に迷う毒気が身体に深く回って、本心を失ってしまっているため、良薬である正法を信ずることができない。また、たとえ世を厭って仏道に入った者でも仏教のなかでは劣った枝葉にすぎない方便権教にこだわってしまう。それはちょうど、犬が主人につかずその使用人を慕ったり、猿を帝釈天と思い違いをして敬ったり、単なる瓦礫を宝石と勘違いするようなもので、このような「黒闇」の人は成仏への道を歩むことはできないとしている。
大聖人は源空と彼の弟子たちの姿がこの摩訶止観の文にあてはまるとして鋭く破折されている。すなわち、止観にいう、“癡鈍なる者”とは源空と彼の弟子たちをさし、“毒気”とは貪・瞋・癡の三毒をさし、“本心を失う”とは源空と彼の弟子たちが三毒の酒に酔ってしまって、大通結縁の本心を失ったことであるとされている。
大通結縁とは法華経の化城喩品で明らかにされるもので、三千塵点劫の昔、大通智勝仏の十六王子により法華経に縁を結んだということである。
この時、縁を結んだ声聞たちのなかで、直ちに悟りに入った者もあれば、逆に「退大取小」といって大乗を退き小乗を取った退転者もいた。
ここで大聖人は源空やその弟子たちをこの「退大取小」の声聞になぞられて、三毒の酒に酔ったために、法華経に結縁した時の本心を失ってしまい、その結果、法華経・涅槃経の実教に対して不信をなして一闡堤となり、代わりに“下劣の乗”“枝葉”のような観無量寿経などの権教方便を拠りどころにして称名念仏のような瓦礫を信じてしまっているのである、と破折されている。
更に、源空を智慧第一と敬う人たちのことを、止観にいう「猿を帝釈と誤って尊敬する愚」になぞらえられている。
そして、このように、如意宝珠のような法華経・涅槃経を捨てて謗法に陥った根源は権教と実教の区別を弁えていないことにあると、厳しく法然とその門下を破折されている。
次いで、摩訶止観を注釈した妙楽の止観輔行伝弘決巻一の一節を引用されている。
それは天台大師が立てた円頓の法を聞いて尊重しない者がいるのは、近代の大乗を学ぶ者が「雑濫」に陥ったからである、と述べたものである。ここで、雑濫について、大聖人は大乗の教えにおいて権教と実教の区別を弁えないで混乱させることであると仰せられ、末法に入ると、法華経を信ずる者は爪上の土のように少なく、方便権教に落ちて行く者は十方の塵のように多いと結ばれている。
また、同じ弘決の巻一のすぐ後の一節を引用されている。その内容は像法・末法の時代になると情も薄くなり、信心も希薄となるため、円頓の実教・法華経は書庫や本箱に満ち溢れていても見ようとも思索しようともしないで目を瞑って死んでしまう。このように徒に生き死んでいく姿は痛ましいかぎりである、というものである。ここでいう「情澆く」とは苦悩する人々への慈悲の心が薄いこと、である。
大聖人はこの文を、妙楽大師が遠く大聖人当時の日本国の様子を見通して予言された書であると、その内容がピッタリと現実に言い当てていることをたたえられている。
天台大師摩訶止観の五に云く「其の癡鈍なる者は毒気深く入つて本心を失う故に既に其れ信ぜざれば則ち手に入らず、乃至・大罪聚の人なり、乃至・設い世を厭う者も下劣の乗を翫び枝葉に攀付し狗・作務に狎れ瀰猴を敬うて帝釈と為し瓦礫を崇んで是れ明珠なりとす此黒闇の人豈道を論ず可けんや」
摩訶止観巻五上、「正しく止観を修する」という章の冒頭部分からの引用である。冒頭部分には止観を修行できる人と修行できない人とを立て分けており、できない人には止観を説いてはならないと戒めているところがあるが、ここに大聖人が引用されたのは止観を修行できない人を挙げている個所である。
天台大師はここで止観の修行を説いてはならない人間として「大罪聚の人」と「黒闇の人」を挙げている。
ちなみに「大罪聚の人」とは法華経如来寿量品の良医病子の譬にあるように貧・瞋・癡の毒気が深く体内に入ったために本心を失った愚かな人で、そのために良薬である正法を信ずることができずに、良薬を手に入れることができず、法を聞く鉤が無いから、たとえ法を聞いても理解することができない。智慧の眼がとぼしいから真偽の区別ができず、全身がしびれているので、歩みを進めようとしても進まないから、何もわからず、結局、大きな罪業が積もってしまった人、ということである。
次に「黒闇の人」とは世間を厭いながら下劣な教えをもてあそんだために、実教・法華経の木の幹を捨てて枝葉によじのぼったり、犬が家の主人ではなく使用人に親しみ近づくようなもので、それはちょうど猿を帝釈と思って尊敬したり、瓦礫を宝石と思ってありがたがっているのと同じで、黒闇としかいいようのない愚かな人ということである。
ここで大聖人は、天台大師が止観をおしえてはならない愚かな人として挙げた人々の姿が当時の日本国の源空とその弟子たちにあてはまると破折されたのである。
弘決の第一に云く「此の円頓を聞いて崇重せざる者は良に近代大乗を習う者の雑濫に由るが故なり」大乗に於て権実二教を弁えざるを雑濫と云うなり、故に末代に於て法華経を信ずる者は爪上の土の如く法華経を信ぜずして権教に堕落する者は十方の微塵の如し、故に妙楽歎いて云く「像末は情澆く信心寡薄にして円頓の教法蔵に溢れ函に満れども暫くも思惟せず便ち瞑目に至る徒に生じ徒に死す一に何ぞ痛しきや」
妙楽大師の止観輔行伝弘決第一からの引用である。弘決はいうまでもなく摩訶止観の注釈書である。
二文挙げられているが、もともとは同じ一文を大聖人が前後二つに分けて引用されているのである。いまここに全文を引用してみると「此の円頓を聞いて崇重せざる者は良に近代大乗を習う者の雑濫に由るが故なり。況や像末は情澆きく信心寡薄にして教法蔵に溢れ函に満れども暫くも思惟せず便ち瞑目に至る、徒に生じ徒に死す」というものである。
つまり、妙楽大師と同時代の人々で円頓の教えを聞いても尊重しないのは、彼らが「近代大乗を習う者」すなわち唐初の華厳宗の「雑濫」、すなわち、円頓の教えと他の大乗の教えとをごっちゃにしていることに影響されているのであるが、ましてや「像末」、像法・末法の時代になると、人々は人情が薄くなり信心も脆弱になっていくから円頓の教えが蔵や函に溢れていても少しもそれを「思惟」せず、すなわち、円頓の教法を手にとり思索することをしないままで、目を瞑る死の時を迎えてしまう。こうして徒に生まれ徒に死んでいくという空しいことになる、と嘆いているのが、この弘決の文の内容である。
大聖人はこの文の“雑濫”について、大聖人当時の法然ならびに門下たちの姿に擬されて、権教と実教の二教の区別を弁えない者と破折されている。次いで「像末は情澆く信心寡薄にして円頓の教法蔵に溢れ函に満れども暫くも思惟せず便ち瞑目に至る徒に生じ徒に死す一に何ぞ痛しきや」」の個所では、妙楽大師が像法・末法を予想して嘆いているのを、遠く大聖人当時の日本国の末法時代を鏡に照らすように映し出して記し留めた予言の書であると述べられ、妙楽の炯眼を讃えられるとともに当時の世相がこの文のとおりであると嘆かれている。
妙楽大師・権者たるの間遠く日本国の当代を鑒みて記し置く所の未来記なり
ここで「権者」の“権”は「かり」や「方便」「まにあわせ」「かりそめ」などの意味であるが、権実二教、権教などと使うときのそれではなく、権現とか権化などと使用されているときと同じである。
妙楽大師は菩薩の権化として敬われていたので、ここで「権者」といわれていたのである。菩薩の権化である以上、当然ながら、未来を予言する力を有していると考えられていたから、このように讃えられたのである。
第61章 0064:15~0064:18 再度、法然門弟の謗法を破すtop
| 15 問うて云く法然上人の門弟の内にも一切経蔵を安置し法華経を行ずる者有り何ぞ皆謗法の者と称せんや、 答え 16 て云く 一切経を開き見て法華経を読み 難行道の由を称し選択集の悪義を扶けんが為なり 経論を開くに付て弥謗 17 法を増すこと 例せば善星の十二部経・提婆達多が六万蔵の如し 智者の由を称するは自身を重くし悪法を扶けんが 18 為なり。 -----― 問うて言う。法然上人の門弟の内にも一切経を安置し、法華経を行ずる者がいる。どうしてすべて謗法の者と呼ぶのか。 答えて言う。一切経を開き見て法華経を読んでも、難行道の理由を確認し、選択集の誤った教義を助けるためである。経論を開くにつけて、いよいよ謗法を増すのは、例えば、善星比丘が十二部経、提婆達多が六万蔵を読んだようなものである。自ら智者であるというものは、自身を重んじ悪法を助けるためである。 |
一切経蔵
①三蔵の一つで経典のこと。②経典を納める書庫。
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一切経
釈尊が一代五十年間に説いた一切の経のこと。一代蔵経、大蔵経ともいう。また仏教の経・律・論の三蔵を含む経典および論釈の総称としても使われる。古くは仏典を三蔵と称したが、後に三蔵の分類に入りきれない経典・論釈がでてきたため一切経・大蔵経と称するようになった。
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難行道
易行道に対する語。法然の立てた邪義で、出処は竜樹の「十住毘婆沙論」・曇鸞の「往生論註」による。難しい修行のことで、末法の衆生は難行道である法華経などでは往生できないと説く。
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選択集
法然の代表的著作で、選択本願念仏集という。当時、公卿の有力者であった九条兼実の依頼によって建久9年(1198)選述し、浄土宗の教義を十六章に分けて明かしている。その内容は、念仏以外の一代仏教を捨閉閣抛せよという破仏法の邪義で、当時においてすら並榎の定照から「弾選択」、栂尾の明慧から「墔邪輪」「荘厳記」をもって破折されている。
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悪義
邪悪な教義、誤った意見・考え。
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経論
三蔵のうち経蔵・論蔵をいう。経は仏が説いたところの教法。論は仏みずから問答論議して理を弁じたもの。また仏弟子が仏語を論じ、法相を講じたもの。
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善星の十二部経
善星比丘は十二部経を読誦したといわれているが、一偈・一句の義をも理解しておらず邪見を起こしたこと。
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提婆達多が六万蔵
提婆達多は六万蔵を読んだが、それによって謗法を増すことになった。
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智者
智慧ある者。
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悪法
①公益に反し、道理に合わない法律・習慣。②民衆を不幸に陥れる誤った宗教・思想。
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先に止観輔行伝弘決巻一の文を引用されて、法然とその門下たちが権実を雑乱し、実教・法華経をないがしろにする謗法を犯していることを指摘されたが、ここではそれに対する反論として、法然門下にも一切経蔵を安置して法華経を修行する者がいるから全てを謗法というわけにはいかないのではないか、との問いを設けられている。
これに対し、法然門下に一切経を開いて見て法華経を読む者がいるといっても、それは法華経などの実教を難行道であるときめつけ選択集の悪義を裏づけるためにすぎず、したがって、彼らが一切経の経蔵を開けば開くほどますます謗法を増すだけであると、厳しく破折されている。そして、そのことはちょうど釈尊在世の善星比丘が十二部経を読み、提婆達多が六万蔵を記憶していたのと同じで、いかに数多くの経典を知り読んでいても、かえって謗法を増すことがあることを指摘されている。
最後に、法然の文底の一部が自分のことを智者と称しているのは、自分を重く見させ、選択集の悪法を助けるために他ならないと弾呵されている。
善星の十二部経・提婆達多が六万蔵の如し
ここで「善星の十二部経」というのは涅槃経巻33迦葉菩薩品のなかの一節からとられている。「善星比丘も亦復是くの如し、十二部経を受持、読誦し、四禅を獲得し、然して後退失す、甚だ憐愍すべし」という釈尊の言葉のなかに出てくる。また、「提婆達多が六万蔵」は大智度論巻14の一節に「是時、斛飯王の子、提婆達多は出家学道して六万の法聚を誦し、精進修行して十二年に満つ」とある。
なお、「善星の十二部経」と「提婆達多の六万蔵」の対句は諸御書でも散見される。例えば、顕謗法抄には「善星比丘は仏の御子・十二部経を受持し四禅定をえ欲界の結を断じたりしかども苦得外道の法を習うて生身に阿鼻地獄に堕ちぬ、提婆が六万蔵・八万蔵を暗じたりしかども外道の五法を行じて現に無間に堕ちにき」(0453-04)とあり、また、法華経題目抄には「善星比丘は二百五十戒を持ち四禅定を得十二部経を諳にせし者・提婆達多は六万八万の宝蔵をおぼへ十八変を現ぜしかども此等は有解無信の者今に阿鼻大城にありと聞く」(0940-12とある。
ここで、善星比丘は十二部経ということで仏典の一切経をさしていることは明らかであるが、提婆達多は六万蔵、八万蔵を学んだとある。六万蔵はインド外道・バラモン教の四ヴェーダのことであり、提婆達多が外道のころに学んだ一切の外典書のこと、八万蔵は提婆が仏弟子となってから学んだすべての仏典のことである。
以上から明らかなとおり、十二部経と六万蔵とはそれぞれ、内道の一切経と外道の全ての外典書ということに、なるのである。
第62章 0065:01~0065:14 源空の仏在世の悪知識に比すtop
| 0065 01 第二に受け難き人身を受け値い難き仏法に値うと雖も 悪知識に値うが故に三悪道に堕することを明さば仏蔵経 02 に云く「大荘厳仏の滅後に五比丘あり 一人は正道を知つて多億の人を度し 四人は邪見に住す此四人命終の後阿鼻 03 地獄に堕つ仰ぎ伏し伏に臥し 左脇に臥し右脇に臥すこと各九百万億歳なり、 乃至・若し在家出家の此の人に親近 04 せしもの並に諸の檀越凡そ六百四万億の人あり 此の四師と倶に生じ倶に死して大地獄に在つて 諸の焼煮を受く大 05 劫若し尽くれば是の四悪人及び六百四万億の人・此の阿鼻地獄より他方の大地獄の中に転生す」已上涅槃経三十三に 06 云く「爾時に城中に一の尼乾有り名を苦得と曰う、 乃至・善星・苦得に問う答えて曰く我食吐鬼の身を得・善星諦 07 に聴け、乃至・爾の時に善星即ち我所に還つて是の如き言を作す 世尊・苦得尼乾は命終の後に 三十三天に生ぜん 08 と、乃至・爾時に如来即ち迦葉と善星の所に往き給う 善星比丘遥に我来るを見・見已つて即ち悪邪の心を生ず悪心 09 を以ての故に生身に陥ち入つて阿鼻地獄に堕す」已上 善星比丘は仏の菩薩たりし時の子なり仏に随い奉り出家して 10 十二部経を受け 欲界の煩悩を壊り四禅定を獲得せり 然りと雖も悪知識たる苦得外道に値い仏法の正義を信ぜざる 11 に依つて出家の受戒・十二部経の功徳を失い 生身に阿鼻地獄に堕す 苦岸等の四比丘に親近せし六百四万億の人は 12 四師と倶に十方の大阿鼻地獄を経るなり、 今の世の道俗は選択集を貴ぶが故に 源空の影像を拝して一切経難行の 13 邪義を読む 例せば尼乾の所化の弟子が尼乾の遺骨を礼して 三悪道に堕せしが如く願わくば今の世の道俗選択集の 14 邪正を知つて後に供養恭敬を致せ爾らずんば定めて後悔有らん。 -----― 第二に、生まれ難い人間に生まれ、あい値い仏法にあっても、悪知識にあったために三悪道に堕ちることを明かすならば、仏蔵経巻三往古品に「大荘厳仏の滅後に五比丘がいた。そのうちの一人は正しい仏道を知って多くの人を救い、四人は邪見に陥っていた。この四人は死んだ後、無間地獄に堕ちて、仰向けになり、うつ伏せになり、左向きに伏し、右向きに伏して、おのおの九百万億歳のきわめて長い間、苦しんで過ごした。(乃至)在家・出家でこの四人に親しみ近づいた者ならびに多くの信者がおよそ六百四万億人たちは、これらの四人の師とともに生まれ、ともに死んで、大地獄に堕ちて、さまざまに焼かれ煮られる苦を受けた。大劫という非常に長い期間が尽きると、この四人の悪人および六百四万億の人たちは「この無間地獄から他方の大地獄の中に転じ生まれた」とある。涅槃経巻三十三迦葉菩薩品には「その時に城の中に一人のジャイナ教徒がいた。その名を苦得という。(乃至)善星比丘が苦得に問い、苦得が答えていった。我は食吐鬼の身を得た。善星よ、はっきりと聴け、(乃至)その時に善星比丘は直ちに釈尊の所に帰ってきて、こういった。世尊よ、苦得尼乾は死んだ後に三十三天に生まれたと。(乃至)その時に如来は直ちに迦葉とともに善星比丘の所に行かれた。善星比丘は遥かに釈尊が来るのを見て、それから見おわってすぐに悪邪な心を起こしたゆえに、生きながら無間地獄に堕ちた」とある。 善星比丘は仏が菩薩であった時の子である。仏に従って出家して十二部経を学び、欲界の煩悩を滅して四禅定を獲得した。しかし悪知識である苦得外道にあい、仏法の正義を信じなかったために、出家の受戒と十二部経の功徳を失い、生きながら無間地獄に堕ちたのである。苦岸などの四人の比丘に親しみ近づいた六百四万億の人々はこの四人の悪師とともに、十方世界の大阿鼻地獄を巡ったのである。 今の世の出家・在家は、選択集を尊重するあまり、源空の影像を拝んで、一切経は難行であるとの邪義を読んでいる。例えば、尼乾の教化した弟子が尼乾の遺骨を礼して、三悪道に堕ちたようなものである。願うことは、今の世の出家・在家は選択集の邪正を知って後に供養・恭敬しなさい。そうでなければ必ず後悔有するであろう。 |
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ここからは大文第五「善智識並に真実の法に値い難きことを明す」という段落が三つの段に分かれるなかの第二の「受け難き人身を受け値い難き仏法に値うと雖も悪知識に値うが故に三悪道に堕するを明す」という段に入る。
つまり、生まれることの難しい人間に生まれ、しかも、出あうことの難しい仏法に出あっても、仏法の悪い師匠によって逆に三悪道に堕ちることを明らかにする段である。
はじめに、仏蔵教と涅槃経の二文を引かれ、仏典に説かれた悪知識の例として苦岸等の四比丘と苦得外道を紹介されている。そして大聖人当時の出家・在家の人たちが源空を恭敬している姿はまさにこの苦岸や苦得外道に迷った人々と同じであると戒められている。
まず、仏蔵教では次のように説いている。
大荘厳仏の滅後に五比丘がいたが、そのうち一人の比丘は正法を修学して多くの人たちを救ったのに対し、残りの四人は邪見の法に安住していたのでその死後、無間地獄に堕ちた。その結果、それぞれが九百万億歳という長期間、仰向いたり、うつ伏したり、左向きに伏したり、右向きに伏したりして七転八倒して責め苦を受けたという。また、これら四人と親しくしていた出家・在家の者たちや信者たちはほぼ六百四万億人もいたが、すべて四人の師匠はと同じ所に一緒に生まれ死んで大地獄に堕ちて焼かれたり煮られたりのさまざまな苦しみを受けた。こうして気の遠くなるような年月を経ると、これら四師と出家・在家の者、信者たちはまた次の別の無間地獄に生まれ変わって永い苦しみを受けたというものである。
次いで涅槃経巻33では次のようにある。すなわち王舎城に苦得という一人の尼乾がいたが、仏弟子の善星比丘がこの苦得と問答した結果、苦得が食吐鬼という餓鬼となっているにもかかわらず、三十三天に生まれたと偽って敬い、仏の正法を疑い悪心を起こしたために、生きながら無間地獄に堕ちたという。
善星比丘にとって苦得こそが悪知識であったのである。
以上、二つの経文を引かれた後、大聖人当時の念仏の人々が念仏宗の選択集を尊び、源空の木像画像を礼拝して、浄土三部経以外の一切経は雑行であるとの邪義を唱えたりしている姿は尼乾の弟子が死の遺骨を礼拝して仏を礼拝しなかったために三悪道に堕ちたとおなじであると嘆かれ、最後に、選択集の教えが正か邪かをよく判断してから後に供養し恭敬するようにしなければ必ず後悔する、と当時の出家・在家の人たちに警告されている。
涅槃経三十三に云く「爾時に城中に一の尼乾有り名を苦得と曰う、乃至・善星・苦得に問う答えて曰く我食吐鬼の身を得・善星諦に聴け、乃至・爾の時に善星即ち我所に還つて是の如き言を作す世尊・苦得尼乾は命終の後に三十三天に生ぜんと、乃至・爾時に如来即ち迦葉と善星の所に往き給う善星比丘遥に我来るを見・見已つて即ち悪邪の心を生ず悪心を以ての故に生身に陥ち入つて阿鼻地獄に堕す」
涅槃経巻33迦葉菩薩品に出てくる一節である。いま、その全文を掲げてみると次のようになる。
「善男子、我一時に於いて善星比丘と王舎城に住す。爾の時に城中に一りの尼乾有り。名を苦得と曰う。常に是の言を作さく『衆生の煩悩は因無く縁無し、衆生の解脱も亦因縁無し』。
善星比丘復是の言を作さく『世尊、世間若し阿羅漢有らば、苦得を上と為す』。我言く『癡人、苦得尼乾は実に羅漢に非ず。阿羅漢道を解了すること能わず』。
善星復言さく『何の因縁の故に阿羅漢人は阿羅漢に於いて嫉妬を生ず』。我言く『癡人、我羅漢に於いて嫉妬を生ぜず、而も汝自ら悪邪見を生ずるのみ、若し苦得、是れ阿羅漢と言わば、却後七日当に宿食を患い、腹痛して死し、死し已って食吐鬼の中に生ずべく、其の同学の輩は当に其の尸を舁いて寒林の中に置くべし』。
爾の時に善星即ち苦得尼乾子の所に往いて語って言く『長老汝今知るや否や、沙門瞿曇、汝を記す、七日当に宿食を患い、腹痛んで死し、死し已って食吐鬼の中に生ずべしと。同学、同師当に汝がの尸を舁いて寒林の中に置くべし。長老、好善く思惟し、諸の方便を作して、当に瞿曇をして妄語の中に堕せしむべし』。
爾の時に苦得、是の語を聞き已って即便ち食を断つ。初め一日より乃ち六日に至り、七日を満じ已って便ち黒蜜を食す。黒蜜を食し已って復冷水を飲む。冷水を飲み已って腹痛んで終す。終し已って同学其の尸を舁き喪して寒林の中に至る。苦得の身、食吐餓鬼の形を受け、其の尸の辺に在り。
善星比丘、是の事を聞き已って寒林の中に至る。苦得の身。食吐の形を受け、其の尸辺に在って脊を踡き地に蹲るを見る。
善星語って言く『大徳死するや』。苦得答えて言く『我已に死せり』。『云何が死するや』。答えて言く『腹痛に因って死す』。『誰か汝が尸を出す』。答えて言く『同学』。『出して何れの処にか置く』。答えて言く『癡人、汝今是寒林を識らずや』。『何等の身を得る』。答えて言く『我、食吐鬼の身を得』。
『善星諦かに聴け、如来は善語、真語、時語、義語、法語なり。善星、如来は口に是くの如きの実語を出したもう。汝、爾の時に於いて云何が信ぜざる。若し衆生、如来の真実の語を信ぜざる者有らば、彼も亦当に我が此の身の如きを愛くべし』。
爾の時に善星即ち我が所に還って是くの如きの言を作さく『世尊、苦得尼乾、命終の後、三十三天に生ず』。我言く『癡人、阿羅漢は生処有ること無し、云何が苦得、三十三天に生ずと言わん』。
『世尊、実に言う所の如く、苦得尼乾は実に三十三天に生ぜず、今、食吐餓鬼の身を受く』。我言く『癡人、諸仏如来は誠言にして二つ無し、若し如来二言有りと言わば、是の処有ること無し』と。
善星即ち言く『如来、爾の時に是の説を作したもうと雖も、我、是の事に於いて都て信を生ぜず』と。善男子、我も亦、常に善星比丘の為に真実の法を説くとも、而も彼、絶えて信受の心無し。
善男子、善星比丘、復十二部経を読誦し、四禅を獲得すと雖も、乃至一偈、一句、一字の義を解せず。悪友に親近して四禅を退失す。四禅失し已って悪邪見を生じて是くの如きの説を作さく『仏無く法無く、涅槃有ること無し。沙門瞿曇、善く相法を知る。是の故に能く他人の心を知ることを得』。
我、爾の時に於いて善星に告げて言く『我が所説の法、初中後善なり、其の言巧妙、字義真正、所説無雑なり。清浄の梵行を具足して成就す』。
善星比丘、復是の言を作さく『如来、復我が為に法を説くと雖も、而も我、真実に因果無しと謂えり』。善男子、汝、若し是くの如きの事を信ぜずば、善星比丘今者近くに尼連禅河に在り、共に往いて問うべし。
爾の時、如来即ち迦葉と善星が所に往きたもう。善星比丘、遥かに仏の来たりたまえるを見、見已って即ち悪邪の心を生ず。悪心を以ての故に生身に陥ち入って阿鼻地獄に堕す」。
少し長い引用になったが、全体の内容は次のようになる。
釈尊と善星が王舎城に住んでいたころ、苦得という一人のジャイナ教徒がいた。苦得はいつも「衆生の煩悩や解脱のどれにも因や縁などの因果は無い」と言っていた。善星は苦得の説に感心して、釈尊に向かって「世の中にもし阿羅漢がいるとすれば苦得こそ第一である」と述べた。これに対して釈尊は「苦得はとても阿羅漢などではない」と否定すると、善星は「どうして世尊は苦得に嫉妬するのか」と言った。これに対し、釈尊は「「自分は嫉妬心を生じてはいない。あなたが間違った邪見を抱いているだけだ。もし苦得を阿羅漢と言うならば、今より以後7日経って、消化不良を起こして、腹痛で死に、死んでから人が口から吐き出したものを食べる餓鬼として生まれることになるから、同僚たちによってその屍を寒林の中に置かれることになるだろう」と予言した。善星は釈尊の予言を苦得に伝え、それが嘘であることを証明すべく頑張ってほしいと願う。
苦得は直ちに断食に入ったが、7日後に予言どおり腹痛で死んで、屍は寒林の中に置かれ、食吐餓鬼となって生まれ変わり、屍の傍らにうずくまるようにして座っていた。
善星が食吐餓鬼となった苦得を見にいったとき、苦得から「善星よ、よく聴け、如来は実語を語る。どうしてあなたは、如来の言葉を信じないのか。信じないと自分と同じように食吐餓鬼の身を受けることになるぞ」と戒められたにもかかわらず、善星は釈尊の所に来て「苦得は死んだ後、三十三天に生じた」と言った。
これに対して釈尊は「阿羅漢は次に生まれる処はないのだ。どうして三十三天に生じることがあろうか」と答えたところ、善星は「実のところ、苦得は現在、食吐餓鬼の身を受けている」と白状した。更に釈尊が「如来には二言はないのだ」と改めて述べたが、善星は「世尊の言葉を信ずることはできない」と答えて、以後、「仏無く法無く、涅槃も因果も有ること無し」という外道の邪見を主張し続けた。哀れに思った釈尊は迦葉とともに善星の住んでいる所に行ったが、これを見た善星は釈尊とその教えに対して悪心を生じ、そのために生きながら無間地獄に堕ちていった、というものである。
この涅槃経の説法をとおして、大聖人は悪知識の恐ろしさを教えておられるのである。釈尊の出家以前の子であるということに加えて、善星自身、出家後も十二部経を読誦し、かなりの修行を積んですら、邪悪見を持つ外道の苦得に迷わされて退転した。しかも、亡き苦得が餓鬼道に堕ちたと自ら告白しているにもかかわらず、善星が釈尊のもとに戻って「三十三天に生じた」と言い、それを破折されてもなお邪見を改めなかったということは、ひとたび染めつけられた悪知識の影響がいかに命を濁らせていくかを表しているといえよう。
願わくば今の世の道俗選択集の邪正を知つて後に供養恭敬を致せ爾らずんば定めて後悔有らん
大聖人と同時代の出家・在家の人たちに対して警告を発しておられるところである。当時の道俗は源空の選択集を尊い教えであると敬っているところから、その源空の画像や木像を礼拝し“念仏のみが易行であり、一切経は難行である”との邪義を唱えるという結果に陥っていた。その姿を大聖人はちょうど仏在世にジャイナ教徒の弟子たちが教祖のジナの遺骨を礼拝して三悪道に堕ちたのと同じであると嘆かれたのであるが、ここではそれに止まらず、大聖人の願いとして、しっかりと法然の選択集の教えが正であるか邪であるかを判断した後に、供養したり尊敬したりしなさい。さもなくば必ず後悔することになるであろうと警告されている。教義の正否について一人一人が自身の頭で冷静・客観的に判断するように促されているこの誡めの言葉に、個々の人格の自立的判断こそ正法興隆の基礎として尊重された大聖人の姿勢がうかがわれる。
第63章 0065:15~0066:05 重ねて悪知識への怖れを示すtop
| 15 故に涅槃経に云く 「菩薩摩訶薩悪象等に於て心に怖畏すること無く悪知識に於ては怖畏の心を生ぜよ何を以て 16 の故に是の悪象等は唯能く身を壊りて心を壊る能わず 悪知識は二倶に壊る故に、 是の悪象等は唯一身を壊り悪知 17 識は無量の善身無量の善心を壊る 是の悪象等は唯能く不浄の臭き身を破壊す 悪知識は能く浄身及以び浄心を壊る 18 是の悪象等は能く肉身を壊り 悪知識は法身を壊る悪象の為に殺されては三趣に至らず 悪友の為に殺されては必ず 0066 01 三趣に至る是の悪象等は但身の怨と為り 悪知識は善法の怨と為らん 是の故に菩薩常に当に諸の悪知識を遠離すべ 02 し」已上。 -----― ゆえに涅槃経に「菩薩摩訶薩よ、悪象などには心に恐れを抱くことはなく、悪知識には恐れの心を生じなさい。何故かというと、この悪象などはただよく身を破壊するだけで心を破壊することはできない。悪知識は身と心の二つともに破壊するゆえである。この悪象などはただ一人の身を破壊するだけであるが、悪知識は無量の善人の身と無量の善人の心を破壊する。この悪象などはただよく不浄の臭い身を破壊するだけであるが、悪知識はよく清浄な身および清浄な心を破壊する。この悪象などはよく肉身を破壊するが、悪知識は法身を破壊する。悪象のために殺されては三悪道に至らない。悪友のために殺されては必ず三悪道に至る。この悪象などはただ身の敵となるだけであるが、悪知識は善法の敵となる。このゆえに菩薩たちよ、常にもろもろの悪知識から離れるべきである」とある。 -----― 03 請い願わくば今の世の道俗設い此の書を邪義と思うと雖も 且らく此の念を抛つて十住毘婆沙論を開き其の難行 04 の内に法華経の入不入をカンガがえ選択集の準之思之の四字を案じて後に是非を致せ謬つて悪知識を信じ邪法を習い 05 此の生を空うすること莫れ。 -----― 請い願うことに、今の世の出家・在家はたとえこの守護国家論を邪義と思うとも、しばらくこの考えを捨てて、十住毘婆沙論を開き見て、その難行道の中に法華経を入っているかいないかを考え、選択集の準之思之の四文字を思案して後に、是か非かを決めなさい。誤って悪知識を信じて邪法を習って、この一生を空しいものにすることがないようにしなさい。 |
菩薩
菩薩薩埵(bodhisattva])の 音写。覚有情・道衆生・大心衆生などと訳す。仏道を求める衆生のことで、自ら仏果を得るためのみならず、他人を救済する志を立てて修行する者をいう。
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摩訶薩
摩訶薩埵のことで菩薩を意味する。無常菩提を求める大乗の修行者をさす。
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不浄の臭き身
浄らかでない凡夫の身。
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浄身及以び浄心
修行によって得た浄らかな身体及び浄い心。浄心は染身・不浄身に対する語。修行によって煩悩を離れた清浄な人の身を浄身、その心を浄心という。
―――
肉身
父母所生の身体。具体的な物としての人間の身体。
―――
法身
仏の三身の一つ。真理を身体とする仏。常住普遍の真理もしくは法性そのものをいい、寂光土に住する。三大秘法禀承事には「寿量品に云く『如来秘密神通之力』等云云、疏の九に云く『一身即三身なるを名けて秘と為し三身即一身なるを名けて密と為す又昔より説かざる所を名けて秘と為し唯仏のみ自ら知るを名けて密と為す仏三世に於て等しく三身有り諸教の中に於て之を秘して伝えず』等云云」(1022-09)、総勘文抄には「此の三如是の本覚の如来は十方法界を身体と為し十方法界を心性と為し十方法界を相好と為す是の故に我が身は本覚三身如来の身体なり」(0562-01)、四条金吾釈迦仏供養事には「三身とは一には法身如来・二には報身如来・三には応身如来なり、此の三身如来をば一切の諸仏必ずあひぐす譬へば月の体は法身・月の光は報身・月の影は応身にたとう、一の月に三のことわりあり・一仏に三身の徳まします」(1144-08)等とある。
―――
三趣
三悪道のこと。地獄・餓鬼・畜生をいう。
―――
悪友
悪知識と同語。仏道修行を妨げ、不幸に陥れる友人。
―――
十住毘婆沙論
全17巻。竜樹著と伝えられる。鳩摩羅什訳。菩薩の修行段階である十地を広説したものであり、十地毘婆沙論ともいう。
―――
難行
難行道のこと。易行道に対する語。法然の立てた邪義で、出処は竜樹の「十住毘婆沙論」・曇鸞の「往生論註」による。難しい修行のことで、末法の衆生は難行道である法華経などでは往生できないと説く。
―――
入不入を撿がえ
法華経が十住毘婆沙論で説くところの難行道に入っているかいないかということを考え、という意味。
―――
準之思之の四字
「之に準じて之を思う」と読む。法然の選択集の文。法然は同書のなかで「安樂集では、ただ顕大乗経および権大乗経を聖道門に入れており、歴劫迂回の行がそれにあたるとするが、これに準じて考えると、密大乗経および実大乗経も聖道門に入れるべきである」と述べている。これは法然の邪義である。
―――
是非
①正しいことと間違っていること。②どうあっても、きっと、必ず。
―――――――――
前章では具体的に苦岸ら四比丘や苦得外道といった仏在世の悪知識の存在を挙げられたが、ここでは更に涅槃経の有名な一文を引かれて、一般的にいかに悪知識が仏道修行者にとっては恐るべきものであるかを重ねて強調されるとともに、この守護国家論に展開されている法然の選択集の邪義に対する破折に意を留めて、法然という悪知識にたぶらかされないよう、強く戒められている。
涅槃経に云く「菩薩摩訶薩悪象等に於て心に怖畏すること無く悪知識に於ては怖畏の心を生ぜよ何を以ての故に是の悪象等は唯能く身を壊りて心を壊る能わず 悪知識は二倶に壊る故に、是の悪象等は唯一身を壊り悪知識は無量の善身無量の善心を壊る是の悪象等は唯能く不浄の臭き身を破壊す悪知識は能く浄身及以び浄心を壊る是の悪象等は能く肉身を壊り悪知識は法身を壊る悪象の為に殺されては三趣に至らず悪友の為に殺されては必ず三趣に至る是の悪象等は但身の怨と為り悪知識は善法の怨と為らん 是の故に菩薩常に当に諸の悪知識を遠離すべし」
涅槃経巻22高貴徳王菩薩品の一節で、仏道修行を勧めていくうえで、悪象等と悪知識のどちらを怖れて警戒すべきかについて、釈尊が菩薩たちに対して六つの観点から述べられたのである。
悪象を挙げられているのは、気性の荒い象はインドの人々にとって最も恐るべき生き物の一つだったからである。
その第一は悪象等は身を破壊するだけでなく心までは破壊できないが、悪知識は身と心とを俱に破壊する。第二に悪象等は唯一人の身を破壊するだけにすぎないが、悪知識は数知れない善良な人たちの身と心とを破壊する。第三に悪象等はただ凡夫の汚れた身を破壊するだけであるが、悪知識は修行によって浄化された身と心とを破壊する、第四に悪象等は肉身を破壊するだけであるが、悪知識は人々の法身、すなわち仏性を有する尊貴な生命を破壊する。第五に悪象等に殺されても三悪道に堕ちないが、悪知識によって殺された場合は必ず三悪道に堕ちる、第六に悪象等はただ身の敵になるにすぎないが、悪知識は正法の敵となる、と述べ、以上の六つの観点からいっても、結論として悪知識には近づかないように注意すべきであると菩薩たちに警告している。
ここで強調されているのは、仏道修行に励む求道心と、求道の実践によって得られる清らかな尊さであり、これを破壊するものが悪知識であるということである。したがって「悪友に殺される」とは、いわゆる殺人とか殺害の“殺”ではなく、菩提心、仏道修行を実践していこうとする心、正法への信心を破壊されることを意味している。この正法への信心が破られると、これまでに積んできた善根を失うだけでなく、死後においても、地獄・餓鬼・畜生の三悪道に堕ちなければならないという悪業をつくることになるのである。だからこそ最も恐るべきであると説いているのである。
請い願わくば今の世の道俗設い此の書を邪義と思うと雖も且らく此の念を抛つて十住毘婆沙論を開き其の難行の内に法華経の入不入をカンガがえ選択集の準之思之の四字を案じて後に是非を致せ謬つて悪知識を信じ邪法を習い此の生を空うすること莫れ
本書を著された御意図を世の同俗への呼び掛けの形で述べられている。
いうまでもなく「此の書を邪義と思うと雖も」といわれている「此の書」というのは本書・守護国家論のことである。つまり、大聖人と同時代の世の出家・在家の人たち、そのほとんどは法然の選択集を正しいと信じているものばかりであるが、彼らはこの守護国家論を読んでその内容を邪義と思い反発することを見通されて言われているのである。だが、たとえ邪義だと思ったとしても「且らく此の念を抛って」すなわち、本書への反発の思いを棚上げしたうえで、冷静に竜樹の十住毘婆沙論を開いて見よ、といわれている。そして、この論の第九品「易行品」で竜樹は菩薩の修行を難行と易行の二つに立て分けて論じているが、その難行の中にははたして法華経の修行が入っているかどうかをよく検討して考えてみなさい、と促され、また更に、選択集の「準之思之」の四字についてよくよく思索して、法然の主張が正しいか間違っているかを判定するようとに諭されている。そして、この法然という悪知識を信じたために邪法を習い、この人生を空しく過ごすことがないようにせよ、と戒められているのである。
なお、ここで大聖人が挙げられている、竜樹の十住毘婆沙論の難行の中に法華経を入れたことを、選択集で法然が「準之思之」の句のあと、聖道・浄土二門の立て分けの中で法華経をも聖道門に入れて捨てるべしとした。この二点は、いずれも法然がいかに邪義を構えていたかを証明するもので、詳しくは34章の項を参照していただきたい。
第64章 0066:06~0066:09 末法の善知識は法なるを明かすtop
| 06 第三に正しく末代の凡夫の為の善知識を明さば、問うて云く善財童子は五十余の善知識に値いき其の中に普賢・ 07 文殊・観音.弥勒等有り常啼・班足・妙荘厳.阿闍世等は曇無竭.普明・耆婆.二子夫人に値い奉りて生死を離れたり此 08 等は皆大聖なり仏・世を去つて後是の如きの師を得ること難しとなす 滅後に於て亦竜樹・天親も去りぬ南岳・天台 09 にも値わず如何が生死を離る可きや、 答えて云く末代に於て真実の善知識有り所謂法華涅槃是なり、 -----― 第三に、正しく末法の代の凡夫のための善知識を明かすならば、 問うて言う。善財童子は五十余人の善知識あった。その中に普賢・文殊・観音・弥勒などがいた。常啼・班足・妙荘厳・阿闍世などは曇無竭・普明・耆婆・浄蔵・浄眼・浄徳夫人にあって生死を離れた。これらはすべて偉大な聖者である。仏が世を去って後、このような師を得ることは難しいことである。仏の入滅の後において、正法時代の竜樹も天親も去ってしまった。像法時代の南岳大師や天台大師にも会えない。そうしたわれわれはどうすれば生死を離れることができるのか。 答えて言う。末法の代おいて真実の善知識がある。いわゆる法華経・涅槃経がこれである。 |
善財童子
華厳経に出てくる菩薩。長者の五百童子の一人で、生まれえる時、家の中に金・銀・瑠璃・真珠などの宝珠が自然に湧き出た。そのため善財と名づけられたという。また文殊師利菩薩に会って菩提心を起こし、菩薩行を修めて法を得るために禅知識を捜し求めた。可楽国の和合山の頂に住む功徳雲菩薩をはじめとして、五十三菩薩を訪れ、最後の普賢菩薩に会って、正覚・自在力・転法輪・方便力・妙音声力等を得て法界に入ったという。
―――
五十余の善知識
善財童子が南方に遊行して法を求めた五十余人の善知識。53・54・55人説がある。文殊・観音・普賢等が含まれる。
―――
普賢
普賢菩薩のこと。梵名をサマンタバドラ (Samantabhadra)といい、文殊師利菩薩と共に迹化の菩薩の上首で釈尊の脇士。六牙の白象に乗って右脇に侍し、理・定・行の徳を司る。普は普遍・遍満、賢は善の義。普賢の名号は、この菩薩の徳が全世界に遍満し、しかも善なることをあらわしている。法華経普賢菩薩勧発品第二十八では、法華経と法華経の行者を守護することを誓っている。
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文殊
文殊師利菩薩のこと。梵語マンジュシュリー(maJjuzrii)の音写で、妙徳・妙首・妙吉祥などと訳す。普賢菩薩と共に迹化の菩薩の上首であり、獅子に乗って釈尊の左脇に侍し、智・慧・証の徳を司る。文殊は、般若を体現する菩薩で、放鉢経には「文殊は仏道中の父母なり」と説かれ、他の諸経にも「菩薩の父母」あるいは「三世の仏母」である等と説かれている。法華経では、序品第一で六瑞が法華経の説かれる瑞相であることを示し、法華経提婆達多品第十二では女人成仏の範を示した竜女を化導している。
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観音
観世音菩薩のこと。光世音・観世自在・施無畏者ともいい、異名を救世菩薩という。観世音菩薩普門品には衆生救済のために大慈悲を行じ、三十三種に化身するとある。またその形像の相違から十一面・千手・如意輪・不空羂索観音などと呼ばれる。観無量寿経では勢至菩薩とともに、阿弥陀如来の脇士とされている。
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弥勒
慈氏と訳し、名は阿逸多といい無能勝と訳す。インドの婆羅門の家に生れ、のちに釈尊の弟子となり、慈悲第一といわれ、釈尊の仏位を継ぐべき補処の菩薩となった。釈尊に先立って入滅し、兜率の内院に生まれ、五十六億七千万歳の後、再び世に出て釈尊のあとを継ぐと菩薩処胎経に説かれている。法華経の従地涌出品では発起衆(ほっきしゅ)となり、寿量品、分別功徳品、随喜功徳品では対告衆となった菩薩である。
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常啼
常啼菩薩のこと。梵名サダープララーパ(Sadāpralāpa)。音写して薩陀波倫。般若経巻三百九十八に説かれる。身命を惜しまず、財利を顧みず、東方に般若波羅蜜を求めたという。常啼の名の由来について、大智度論巻九十六には「小事に喜んで啼いた故、また衆生の悪世にあって貧窮・老病・憂苦するのを見て悲泣する故、あるいは仏道を求めて啼哭すること七日七夜であった故に常啼という」(取意)とある。
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班足
梵語カルマーシャパーダ(Kalmāṣapāda)の意訳。鹿足ともいう。足に斑点があり、そこから斑足王と名づけられた。邪師の教えにより千人の王の首を得ようとして九百九十九王を捕えた。その千人目として捕えられたのが普明王であった。
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妙荘厳
妙荘厳王のこと。法華経妙荘厳王本事品第二十七に説かれている雲雷音宿王華智仏の時代の王。国を光明荘厳といい、劫を憙見という。はじめバラモンを信じていたが、のち、夫人と二人の子に導かれて出家し、常に精進して法華経を修業した。その功徳によって娑羅樹王仏の記別を受けた。「三聖をやしなひて」とは、妙荘厳王が過去世において、3人の比丘を供養し、その修行を助けた。その功徳によって後の世に妙荘厳王となり、3人の比丘は、そてぞれ王の妃と2人の子供になったことをいう。
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阿闍世
梵名アジャータシャトゥル(Ajātaśatru)の音写。未生怨と訳す。釈尊在世における中インド・マガダ国の王。父は頻婆沙羅王、母は韋提希夫人。提婆達多と親交を結び、仏教の外護者であった父王を監禁し獄死させて王位についた。即位後、マガダ国をインド第一の強国にしたが、反面、釈尊に敵対し、酔象を放って釈尊を殺そうとするなどの悪逆を行った。のち、身体に悪瘡ができことによって仏教に帰依し、寿命を延ばした。仏滅後は第一回の仏典結集の外護の任を果たすなど仏法のために尽くした。
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曇無竭
曇無竭菩薩のこと。梵名ダルモードガタ(Dharmodgata)という。般若経に説かれる菩薩の名。法盛・法勇・法尚等と訳す。大品般若経巻二十七によれば、曇無竭菩薩は、六万八千の婇女と共に五欲を具足し、共に娯楽し已りて、衆香城で日に三度、般若波羅蜜を説いた。城中の男女は、人の多く集まる所に大法座を敷いて、黄金等をもって供養し恭敬した。法を聞き、受持した者は悪道に堕ちなかったといわれる。また薩陀波倫菩薩(常啼菩薩)はこの曇無竭菩薩について法喜を得、三昧を得たという。
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普明
梵語シュルタソーマ(srutasoma)の音写。須陀須摩王、須陀摩王ともいい、普明王は意訳。釈尊が過去世で国王として尸羅波羅蜜の修行をしていた時の名。須陀須摩王は、精進してつねに些細な約束事でも破らず、持戒波羅蜜を修したという。あるとき、斑足王に捕らえられ、他の999の諸王とともに首を斬られるところであったが、一人の婆羅門への供養をする約束を果たすために7七日間の猶予を乞うた。そこで斑足王は、帰国を許した。須陀須摩王は、彼の婆羅門に供養をし、王位を太子に譲って約束どおり王のもとにもどった。斑足王はその正直さにうたれて、須陀須摩王だけでなく他の999人の王をも許したという。賢愚経巻十一、大智度論巻四等にある。
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耆婆
梵語でジーヴァカ(Jīvaka)という。祇婆、時婆、耆域と音写し、活、命、能活、固活、更治、寿命等と訳す。得叉尸羅の賓迦羅について、医学を七年間学んで摩竭提国に帰り、難病を治して医王の名をあげた。阿闍世王に大臣として仕え、王が父を殺し母の韋提希を殺そうとしたのを月光大臣とともに諌め、後に王が身に悪瘡ができたときは釈迦に帰依して信心し懺悔する以外にないと勧め、ついに帰依させた。
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二子夫人
浄蔵・浄眼の母親、浄徳夫人のこと。二子とは妙荘厳王の二子で、仏の教えを信じ、無量の功徳を得て、仏のもとで修行した。その後、外道を信じていた父を化導するため、父にいろいろな神通力を現じてついに仏の教えに帰依させた。その因縁をたずねると、昔仏道を求める四人の道士がいた。生活の煩いが多く修行が妨げられた。そこで一人が衣食を受けもち、他の三人が仏道修行に励んで得道したという。陰で給仕した道士がその功徳により国王と生まれ、他の三人は、その夫人と二王子に生まれ王を救うことを誓った。これが浄徳夫人、浄蔵、浄眼で、国王が妙荘厳王であるといわれる。
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生死
生死はたんに「生」と「死」という意味以外に「生命」と訳す場合と「苦しみ」と訳す場合とがある。ともに生死・生死の流転輪廻という意味からきている。「生死即涅槃」の場合は、「苦しみ」。「生死一大事」の場合は「生命」となる。
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大聖
偉大な聖人。智慧が広大無辺で徳が高く、三世を見通して誤りのない人。
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滅後
仏が入滅したあと。
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竜樹
梵名ナーガールジュナ(Nāgārjuna)の漢訳。付法蔵の第十四。2世紀から3世紀にかけての、南インド出身の大乗論師。のちに出た天親菩薩と共に正法時代後半の正法護持者として名高い。はじめは小乗教を学んでいたが、ヒマラヤ地方で一老比丘より大乗経典を授けられ、以後、大乗仏法の宣揚に尽くした。著書に「十二門論」1巻、「十住毘婆沙論」17巻、「中観論」4巻等がある。
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天親
天親菩薩ともいう。生没年不明。4、5世紀ごろのインドの学僧。梵語でヴァスバンドゥ(Vasubandhu)といい、世親とも訳す。大唐西域記巻五等によると、北インド・健駄羅国の出身。無著の弟。はじめ、阿踰闍国で説一切有部の小乗教を学び、大毘婆沙論を講説して倶舎論を著した。後、兄の無着に導かれて小乗教を捨て、大乗教を学んだ。そのとき小乗に固執した非を悔いて舌を切ろうとしたが、兄に舌をもって大乗を謗じたのであれば、以後舌をもって大乗を讃して罪をつぐなうようにと諭され、大いに大乗の論をつくり大乗教を宣揚した。著書に「倶舎論」三十巻、「十地経論」十二巻、「法華論」二巻、「摂大乗論釈」十五巻、「仏性論」六巻など多数あり、千部の論師といわれる。
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南岳
中国、南北朝時代末期の僧。名は慧思。慧文について法華三昧を体得した。大蘇山(河南省)に拠ったとき、智顗(天台大師)に法華経・般若心経を講じた。晩年に南岳衡山(湖南省)で坐禅講説に努め、南岳大師といわれた。
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天台
(0538~0597)。天台大師。中国天台宗の開祖。慧文・慧思よりの相承の関係から第三祖とすることもある。諱は智顗。字は徳安。姓は陳氏。中国の陳代・隋代の人。荊州華容県(湖南省)に生まれる。天台山に住したので天台大師と呼ばれ、また隋の晋王より智者大師の号を与えられた。法華経の円理に基づき、一念三千・一心三観の法門を説き明かした像法時代の正師。五時八教の教判を立て南三北七の諸師を打ち破り信伏させた著書に「法華文句」十巻、「法華玄義」十巻、「摩訶止観」十巻等がある。
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ここからは大文第五の「善智識並に真実の法に値い難きことを明す」という段のうち第三の「正しく末代の凡夫の為の善智識を明す」という個所に入る。
前章までは特に悪知識の恐るべきことを強調されてきたのであるが、ここでは一転して、末法の凡夫は何を善智識とすべきかについて説き進めていかれるのである。
まず、初めに問いを設けられる。その内容は華厳経に説かれる善財菩薩をはじめとして大品般若経で明かされる常啼菩薩、仁王経の班足王、法華経の妙荘厳王、観無量寿経の阿闍世王などがそれぞれ善知識に会って生死の迷いを離れて仏道に入ることができた例は数々あるが、彼らが出会った善智識はみなことごとく偉大な聖人であった。ところが仏が世を去ってしまった後、このような偉大な聖人を得ることが難しい、特に正法時代に正法を説いた竜樹や天親が去ってしまい、次いで像法時代に正法を説いた南岳大師や天台大師にも出会うことができず、今、末法においてはますます偉大な善知識に会うことが難しくなっている。このような時代にはたしてどのようにして生死の迷いを離れることができるであろうか、と問うている。
これに対する答えとして、末法における真実の善知識は法華経・涅槃経であると断言されている。つまり、釈尊在世、および滅後の正法・像法時代の善知識は「人」であったが、末法においては法華・涅槃の「法」こそが善知識であると述べられているのである。
善財童子は五十余の善知識に値いき其の中に普賢・文殊・観音・弥勒等有り常啼・班足・妙荘厳・阿闍世等は曇無竭・普明・耆婆・二子夫人に値い奉りて生死を離れたり
仏の在世において善知識に出会って生死の迷いを離れたとされる人たちを挙げているこころである。
まず善財童子は華厳経入法界品で説かれる長者の子である。「善財」の名はこの童子が誕生した時、さまざまな財物が家の中に湧き出たところから名づけられた。彼はまず初めに文殊菩薩に会って菩提心を起こし、法を得るために南に向かって善知識を探し求めた。功徳雲菩薩をはじめとして53の菩薩を訪ね歩き、最後に普賢菩薩に出会って、正覚を得て法界に入ったというのがその内容である。
ここでは「普賢・文殊・観音・弥勒等」と挙げられているが、最初に出会ったのが文殊であり、観音は28人目、弥勒は52人目、普賢は最後の54人目にそれぞれあたる。
次いで、常啼菩薩であるが、彼は般若経に説かれる菩薩で曇無竭菩薩という善知識によって導かれたと説かれている。
班足は仁王経護国品に出てくる。彼はある国の王子であったが王位に登ろうとしたとき、外道の師から千人の王の頭を取って神に祭るように教えられた。王位についてから999人の王を捕え、最後の1人として普明王を捕えた。
普明は一日だけの猶予を願って、自分の城に戻り、100人の法師を招いて100座仁王経会を設けた。班足王は仁王会での説法を聞いて悔い改め、仏道に入ることができ、既に捉えていた諸王も解放したという。つまり、班足王にとって普明王は善知識であった。
更に、妙荘厳王は法華経妙荘厳王品第25に説かれる。彼はもともと外道のバラモンの教えを習って邪見が強く盛んであったが、彼の夫人浄徳と浄蔵・浄眼の二人の子の勧めによって仏の所に行き、そこで仏から成仏の記別を得ることができたという。
したがって、妙荘厳王にとっての善知識は「二子夫人」つまり、浄蔵・浄眼の二子と浄徳夫人ということになる。
また、阿闍世王は観無量寿経に出てくるが、彼は提婆達多にそそのかされて、父王の頻婆沙羅王を殺し、更に母の韋提希夫人を害そうとしたが、臣下の耆婆の諫めによって悔い改め、仏の教えに従った。この阿闍世王にとっては耆婆こそが善知識である。
第65章 0066:09~0067:04 法を善知識とする証拠を示すtop
| 09 問うて云く 10 人を以て善知識と為すは常の習いなり 法を以て知識と為すに証有りや、 答えて云く人を以て知識と為すは常の習 11 いなり然りと雖も末代に於て真の知識無ければ法を以て知識と為すに多くの証有り、 摩訶止観に云く「或は知識に 12 従い或は経巻に従い上に説く所の一実の菩提を聞く」已上此の文の意は経巻を以て善知識と為す、法華経に云く「若 13 し法華経を閻浮提に行じ受持すること有らん者は応に此の念を作すべし皆是れ普賢威神の力なり」已上 此の文の意 14 は末代の凡夫 法華経を信ずるは普賢の善知識の力なり、 又云く「若し是の法華経を受持し読誦し正憶念し修習し 15 書写すること有らん者は当に知るべし是の人は 即ち釈迦牟尼仏を見るなり仏口より此の経典を聞くが如し 当に知 16 るべし是の人は釈迦牟尼仏を供養するなり」已上 此の文を見るに法華経は即ち釈迦牟尼仏なり法華経を信ぜざる人 17 の前には釈迦牟尼仏入滅を取り此の経を信ずる者の前には滅後為りと雖も仏の在世なり。 -----― 問うて言う。人をもって善知識とするのが常の習わしである。法をもって善知識とするという証文があるのか。 答えて言う。確かに人をもって善知識とするのが常の習わしである。しかし末法の代においては真の知識がないので、法をもって知識とするという多くの証文がある。 摩訶止観巻一に「あるいは知識に従い、あるいは経巻に従い、前に説くところの一乗真実の菩提を聞く」とある。この文の意味は、経巻をもって善知識とすることである。 法華経普賢菩薩勧発品第二十八に「もし法華経を閻浮提に行じ受持する者は、皆これは普賢菩薩の優れた神通の力である、と考えなさい」とある。この文の意味は、末法の代の凡夫が法華経を信じるのは普賢菩薩という善知識の力である、ということである。また同品に「もしこの法華経を受持し、読誦し、正しく憶念し、修習し、書写する者は、まさに知りなさい。この人はそのまま釈迦牟尼仏を見るのである。仏の口からこの経典を聞くようなものである。まさに知りなさい。この人は釈迦牟尼仏を供養しているのである」とある。この文を見るに、法華経は即ち釈迦牟尼仏である。法華経を信じない人の前には、釈迦牟尼仏は入滅されているが、この経を信じる者の前には、仏の滅後であっても仏の在世なのである。 -----― 18 又云く「若し我成仏して滅度の後十方の国土に於て法華経を説く処有らば 我が塔廟是の経を聴かんが為の故に 0067 01 其の前に涌現し為に証明を為さん」已上此の文の意は我等法華の名号を唱えて多宝如来本願の故に必ず来りたまう、 02 又云く 「諸仏の十方世界に在つて法を説くを尽く還し一処に集めたまう」已上 釈迦多宝十方の諸仏・普賢菩薩等 03 は我等が善知識なり若し此の義に依らば 我等は亦宿善・善財・常啼・班足等にも勝れたり彼は権経の知識に値い我 04 等は実経の知識に値えばなり彼は権経の菩薩に値い我等は実経の仏菩薩に値い奉ればなり。 -----― また見宝塔品第十一に「もし我が成仏して入滅して後、十方世界の国土において法華経を説くところがあれば、我はこの経を聴くために、宝塔に乗ってその前に涌現し、法華経の真実を証明するであろう」とある。この文の意味は、我等衆生が法華経の名号を唱えると多宝如来が本願のために必ず出現される、ということである。また同品に「諸仏が十方世界にあって法を説いているのを、ことごとく呼び還し、霊鷲山の一処に集められた」とある。釈迦如来・多宝如来・十方分身の諸仏・普賢菩薩等などは我らの善知識である。もしこの意義によるならば、我らの前世に積んだ善根は善財童子・常啼菩薩・班足王などにも勝れているのである。彼は権経の善知識にあい、我らは実経の善知識にあっているからである。彼は権経の菩薩にあい、我らは実経の仏・菩薩にあっているからである。 |
経巻
経文を書いた巻物。
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一実の菩提
真実の悟りの法門のこと。
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受持
受は受領の義でうけおさめること、持は憶持の義で、心身ともに銘記して、よく持ち続けること。正法をよく信じ持って、いかなることがあっても、違背・退転しないことをいう。四条金吾殿御返事には「此の経をききうくる人は多し、 まことに聞き受くる如くに大難来れども憶持不忘の人は希なるなり、受くるは・やすく持つはかたし・さる間・成仏は持つにあり」(1136-04)とある。
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読誦
読と誦のこと。「読」は経文を読むことで「誦」は暗誦すること。それぞれ五種の妙行のひとつで、ともに自行化他の自行にあたる。
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正憶念
正しく思念すること。憶念は固く心中に記憶して絶えず念じ続けること。八正道の中の正念と同意。
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修習
修め習うこと。悟りの道を修行し習得すること。
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書写
経典を書き写すこと。五種の妙行の一つ。自行化他に分けて化他行の一種。
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釈迦牟尼仏
たんに釈迦ともいう。釈迦如来・釈迦尊・釈尊・世尊とも言い、通常はインド応誕の釈尊。
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仏口
①仏の口。金口ともいう。②仏の所説。金言ともいう。
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入滅
仏の死をいう。涅槃・入涅槃ともいう。
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仏の在世
釈尊がこの世に存在していること。釈尊が生きている間。
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成仏
仏になること。成道、作仏、成正覚ともいう。
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十方の国土
十方と上下の二方と東西南北の四方と北東・北西・南東・南西の四維を加えた十方のことで全宇宙を意味する。
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塔廟
「塔」は舎利を蔵する建物の意。「廟」は死者の霊を供養するための「ほこら」をいう。
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湧現
多宝の塔が地より涌出したことをいう。宝塔品に「爾の時に仏前に七宝の塔あり。高さ五百由旬、縦広二百五十由旬なり。地より涌出して、空中に住在す」「若し我、成仏して滅度の後、十方の国土に於いて、法華経を説く処有らば、我が塔廟、是の経を聴かんが為の故に、其の前に涌現して、為に証明と作って、讃めて善哉といわん」等とある。
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法華の名号
法華経の題目。南無妙法蓮華経のこと。
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多宝如来
東方宝淨世界に住む仏。法華経の虚空会座に宝塔の中に坐して出現し、釈迦仏の説く法華経が真実であることを証明し、また、宝塔の中に釈尊と並座し、虚空会の儀式の中心となった。
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本願
仏・菩薩が過去世に衆生済度のために起こした請願。
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釈迦
釈迦仏、釈迦牟尼仏の略称、たんに釈迦ともいう。釈迦如来・釈迦尊・釈尊・世尊とも言い、通常はインド応誕の釈尊。
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多宝
多宝如来のこと。東方宝淨世界に住む仏。法華経の虚空会座に宝塔の中に坐して出現し、釈迦仏の説く法華経が真実であることを証明し、また、宝塔の中に釈尊と並座し、虚空会の儀式の中心となった。
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十方の諸仏
十方と上下の二方と東西南北の四方と北東・北西・南東・南西の四維を加えた十方のことで、あらゆる国土に住する仏、全宇宙の仏を意味する。
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宿善
過去世に積んだ善根のこと。善根とは善を生ずるもとになるもののこと。善根をつむことによって善い果報を受けることができる。宿縁のことともいえる。
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権教
実教に対する語。権とは「かり」の意で、法華経に対して釈尊一代説法のうちの四十余年の経教を権経という。これらの経はぜんぶ衆生の機根に合わせて説かれた方便の教えで、法華経を説くための〝かりの教え〟であり、いまだ真実の教えではないからである。念仏の依経である阿弥陀経等は、この権経に属する。
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実経の文を会して権義に順ぜしむること
実教とは法華経のこと、、法華経の文を勝手に解釈し華厳・法相・真言等の爾前権教に順応させようとすること。
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ここでは更に前章の内容を受けて、問答形式によって、法を善知識とする文証を示されているところである。
初めに、人をもって善知識とすることは常の習いであるが、法をもって善知識とする立場を裏づける証文はあるのかという問いを設けられている。これに対して、一往は人をもって善知識とするのが常の習いであるが、末法では真実の善知識が存在しないから法をもって善知識とせざるをえないが、その文証は厳然と有るとして以下に五つの文を挙げられている。すなわち、摩訶止観の文と法華経の勧発品からの二文、見宝塔品からの二文の五つの文であり、大聖人はそれぞれに対して解釈を加えられている。
法を以て知識と為すに多くの証有り
法をもって善知識とする証文は以下の本文で幾つか紹介されるが、ここではあえてそれらとは異なる大智度論巻76釈夢中不証品の文を挙げてみよう。
すなわち「須菩提、仏に白して言さく『世尊、何等か是れ菩薩摩呵薩の善知識なる』。仏、須菩提に告げたまわく『諸仏は是れ菩薩摩呵薩の善知識なり。諸の菩薩摩呵薩も亦是れ菩薩の善知識なり。須菩提、阿羅漢も亦是れ菩薩の善知識なり。是を菩薩摩呵薩の善知識と為す。復次に須菩提、六波羅蜜も亦是れ菩薩の善知識なり。四念処乃至十八不共法も亦是れ菩薩の善知識なり。須菩提、如、実際、法性も亦是れ菩薩の善知識なり。須菩提、六波羅蜜は是れ世尊、六波羅蜜は是れ道、六波羅蜜は是れ大明、六波羅蜜は是れ炬、六波羅蜜は是れ智、六波羅蜜は是れ慧、六波羅蜜は是れ救、六波羅蜜は是れ帰、六波羅蜜は是れ洲、六波羅蜜は是れ究竟道、六波羅蜜は是れ父、是れ母なり、四念処乃至一切種智も亦是の如し。何を以っての故に。六波羅蜜、三十七道法も亦是れ過去諸仏の父母なり、六波羅蜜、三十七道法も亦是れ未来現在の十方諸仏の父母なるが故に。何を以っての故に。須菩提、六波羅蜜、三十七道法の中に、過去未来現在の十方諸仏を生ずるが故に』」と述べている。
仏が須菩提の質問に答える形で、菩薩にとっての善知識とは何か、について縷々語っているところである。ここで善知識なるものは諸仏、菩薩、阿羅漢などの人でもあるが、法についても六波羅蜜、四念処乃至十八不共法、三十七道法なるものを挙げている。
少なくとも、善知識とは人だけに限られるものでないことは、ここからも明らかとなる。
摩訶止観に云く「或は知識に従い或は経巻に従い上に説く所の一実の菩提を聞く」
摩訶止観巻一下からの一節である。いま前後を含めて引用すると次のようになる。
「この六即は凡に始まり聖に終わる。凡に始まるが故に疑怯を除き、聖に終わるが故に慢大を除く云云。理即とは、一念の心即ち如来蔵の理なり。如の故に即空、蔵の故に即仮、理の故に即中なり、三智は一心のうちに具して、不可思議なり。上に説くがごとし。三諦一諦は三にあらず一にあらず、一色一香に一切の法を具す。一切の心もまたまたかくのごとし。これを理即の是の菩提心と名づく。またこれ理即の止観なり。即ち寂なるを止と名づけ、即ち照なるを観と名づく。名字即とは、理は即ち是なりといえども日に用いて知らず。いまだ三諦を聞かざるをもって全く仏法を識らず、牛羊の眼は片隅を解せざるがごとし、或いは知識に従い、あるいは経巻に従い、上に説く所の一実の菩提を聞き、名字のうちにおいて通達し解了して、一切はみなこれ仏法なりと知る。これを名字即の菩提となす。またこれ名字の止観なり」と。
ここは六即のうちの名字即の菩提を説明しているところであるが、初めに理即の菩提についてかなり詳しく説いている。
すなわち、理即とは、まだ仏の教えを信じ行じていない段階においても、理の上では一念心がそのまま如来を包んでいる蔵であることで、そこに空仮中の三智が備わっている。これを「一実の菩提」、言い換えれば一乗真実の仏の悟りの智慧、ともいうのである。
さて、名字即の菩提とはそれまで全く知らず気づかなかった自らの内なる“一実の菩提”を、あるいは知識に従い、あるいは経巻に従うことによって、その名を聞くことをさしているのである。大聖人は摩訶止観のこの一節を引用され、止観の文では「或いは経巻に随い」となっているのを、「経巻を以て善知識と為す」依文とされているのである。すなわち、経巻は法であるから、この文を善知識とする依文となるのである。
法華経に云く「若し法華経を閻浮提に行じ受持すること有らん者は応に此の念を作すべし皆是れ普賢威神の力なり」
法華経勧発品の文である。この経文の意味は法華経を受持して閻浮提に向けて流布する行を実践する者は普賢菩薩の威力であることを念じなさい、というものである。
表面的に読むと、普賢菩薩という善知識によって法華経を受持し流布できるということになって、人を善知識としているかのように見える。現に大聖人の釈も「末代の凡夫法華経を信ずるは普賢の善知識の力なり」となっていて、いかにも普賢菩薩が善知識であるとされているかのような釈になっている。だが、この普賢品の文は、法華経を閻浮提に行じ受持するという前の方に力点があり、この法華経を信行する結果として、普賢菩薩の威力を感ずることができる、という意味になっている。
言い換えれば、法華経という法を善知識として信じ行ずるから、普賢菩薩が善知識として働く、という意味である。現実問題として、普賢菩薩がその“人”としての姿を現して法華経へ導いてくれるまけではない。したがって、法華経の法が善知識であることを裏付ける依文となるのである。
又云く「若し是の法華経を受持し読誦し正憶念し修習し書写すること有らん者は当に知るべし是の人は 即ち釈迦牟尼仏を見るなり仏口より此の経典を聞くが如し当に知るべし是の人は釈迦牟尼仏を供養するなり」
前文と同じく法華経勧発品の文である。その意味は、法華経を受持し読み暗誦し、しかも念じて忘れず、いつも学習して書写する人は、釈迦牟尼仏から直接に法華経の説法を聞くのと同じであり、その人は釈迦牟尼仏を供養していることになる、というものである。
法華経は即ち釈迦牟尼仏なり法華経を信ぜざる人の前には釈迦牟尼仏入滅を取り此の経を信ずる者の前には滅後為りと雖も仏の在世なり
ここで大聖人は法華経という法こそが善知識であって、法華経を信受することは釈迦牟尼仏からの直接の説法を聞くのと同じであると釈せられて、法を根本とすれば、そこに必然的に人も含まれているという原理を示されている。
「法華経は即ち釈迦牟尼仏なり」と仰せられているのは法華経如来寿量品第十六の教えに基づかれている。寿量品ではインド応誕の釈尊がその仮の姿を破って、実のところは遥かな久遠以来の仏であったことを明かす“発迹顕本”の説法がなされるが、あわせてこの久遠の仏がいつも娑婆世界に常住していて、説法教化し続けているのが本来の仏の姿であると説くのである。ではなぜ仏は入滅するのか、という衆生の素朴な疑問にも答える形で次のように寿量品では説いてる。
「我成仏してより已来、復此れに過ぎたること百千万億那由他阿僧祇劫なり。是れより来、我常に此の娑婆世界に在って説法教化す。亦、余処の百千万億那由他阿僧祇の国に於いても衆生を導利す。…諸の善男子、如来諸の衆生の、小法を楽える徳薄垢重の者を見ては、是の人の為に、我少くして出家し、阿耨多羅三藐三菩提を得たりと説く。然るに我、実に成仏してより已来。久遠なること斯の若し。但方便を以って、衆生を教化して仏道に入らしめんとして、是の如き説を作す。…是の如く、我成仏してより已来、甚だ大に久遠なり。寿命無量阿僧祇劫なり。常住にして滅せず。…然るに今、実の滅度に非れども、而も便ち、唱えて当に滅度を取るべしと言う。
如来、是の方便を以って衆生を教化す。所以は何ん。若し仏、久しく世に住せば、薄徳の人は善根を種えず、貧窮下賎にして、五欲に貪著し、憶想妄見の網の中に入りなん。若し如来、常に在って滅せずと見ば、便ち憍恣を起して厭怠を懐き、難遭の想、恭敬の心を生ずること能わじ…諸の薄徳の人は、無量百千万億劫を過ぎて、或は仏を見る有り、或は見ざる者あり…斯の衆生等、是の如き語を聞いては、必ず当に難遭の想を生じ、心に恋慕を懐き、仏を渇仰して、便ち善根を種ゆべし。是の故に如来、実に滅せずと雖も、而も滅度すと言う。又善男子、諸仏如来は、法皆是の如し。衆生を度せんが為なれば、皆実にして、虚しからず」と。
この寿量品の文の内容を要約すると“釈尊は久遠に成仏してからというもの、常に娑婆世界に在って説法して無数の衆生を教化して導いてきたし、これからも同じである。だが、欲望に負け、仏道を求めることの薄弱な衆生は常に仏がいると思うと、慣れてしまってますます求道心を失い善根を積まなくなってしまい、仏の衆生救済の行いが途絶えてしまうことになる。そこで、仏は実際に滅度しないにもかかわらず、方便を使って入滅してみせるのである。すると、衆生の心に仏を恋い慕う心が生じて求道心が起こり善根を積むことができる”というものである。
更に自我偈には「我仏を得てより来、経たる所の諸の劫数、無量百千万億載阿僧祇なり。常に法を説いて、 無数億の衆生を教化して、仏道に入らしむ、爾しより来無量劫なり。衆生を度せんが為の故に、方便して涅槃を現ず。而も実には滅度せず、常に此に住して法を説く。我常に此に住すれども、諸の神通力を以って、顛倒の衆生をして、近しと雖も而も見ざらしむ。衆我が滅度を見て、広く舎利を供養し、咸く皆恋慕を懐いて、渇仰の心を生ず。衆生既に信伏し、質直にして意柔軟に、一心に仏を見たてまつらんと欲して、自ら身命を惜まず。時に我及び衆僧、倶に霊鷲山に出ず…是の諸の罪の衆生は、悪業の因縁を以って、阿僧祇劫を過ぐれども、三宝の名を聞かず、諸の有ゆる功徳を修し、柔和質直なる者は、則ち皆我が身、此に在って法を説くと見る」と説いている。
ここでは、更に仏は衆生を導くための方便として実際には滅度していないにもかかわらず涅槃して見せ、常住して説法教化しているにもかかわらず神通力によって、衆生からは見えないようにしている。と説いている。しかし、衆生たちが、仏を恋い慕い、渇仰する心が生じてきて、素直で柔らかい心になって、ただひたすら仏を見たいと自らの命を惜しまないほどになってきたとき、仏は僧たちとともに霊鷲山に姿を現す、と述べている。また、悪業の因縁を持った衆生はどれほど長い時間が過ぎても、仏・法・僧の三宝の名をすら聞くことはできないが、逆に、さまざまな功徳を積み、心が素直で柔らかい衆生たちは、たちまち仏の身がいつも霊鷲山に在って法を説いているところを見ることができる、としている。
以上のような寿量品の教えからして、法華経を信受し読誦することは久遠の釈迦牟尼仏から直接に説法を聞くことになるので、大聖人は「法華経は即ち釈迦牟尼仏なり」と仰せられたのである。
また「法華経を信ぜざる人の前には釈迦牟尼仏入滅を取り此の経を信ずる者の前には滅後為りと雖も仏の在世なり」と仰せられた意味も、ここから明らかであろう。
「若し我成仏して滅度の後十方の国土に於て法華経を説く処有らば我が塔廟是の経を聴かんが為の故に其の前に涌現し為に証明を為さん」已上此の文の意は我等法華の名号を唱えて多宝如来本願の故に必ず来りたまう
ここでは法華経見宝塔品第11から引用されている。この言葉は多宝如来がいまだ菩薩であったときに誓願した内容を述べたものである。すなわち、多宝はもし自分が成仏して入滅した後には、十方の国土のどこであろうと法華経が説かれる処があるならば、自分の身体に入った塔廟がその法華経を聴くために、その場に涌現して、法華経の説の正しさを証明する、というものである。
そして、この誓願のとおり、釈尊が霊鷲山上で法華経を説いた時に、多宝如来の宝塔は東方の宝浄世界からやってきて下方から湧現して証明したのである。
この経文を受けて、大聖人は「我等法華の名号を唱えて多宝如来本願の故に必ず来りたまう」と釈されている。つまり、我等凡夫が“法華の名号”すなわち南無妙法蓮華経と唱えるとき、それはまさに法華経が説法されているのと同じであるから、そこに多宝如来が“本願”、菩薩の時に立てた誓願のゆえに必ずこの法華経が真実であることを証明するために到来すると釈されているのである。
同じことは後の阿仏房御書でも述べられている。「多宝如来の宝塔を供養し給うかとおもへば・さにては候はず我が身を供養し給う我が身又三身即一の本覚の如来なり、かく信じ給いて南無妙法蓮華経と唱え給へ、ここさながら宝塔の住処なり、経に云く「法華経を説くこと有らん処は我が此の宝塔其の前に涌現す」とはこれなり」(1304-10)と。
ここでも、南無妙法蓮華経と唱えるところが宝塔の住処であると仰せられ、それを裏づける依文として見宝塔品における多宝如来の誓願の言葉を引かれている。
いずれにしても、法華経の名号を唱えることで多宝如来が現れるわけであるから、法が善知識であることになるのである。
又云く「諸仏の十方世界に在つて法を説くを尽く還し一処に集めたまう」
この文も見宝塔品第11の一節である。
いま、文の意味を明確にするためにこの前後を含めて引用すると次のようになる。
「是の多宝仏深重の願有す。若し我が宝塔、法華経を聴かんが為の故に、諸仏の前に出でん時、其れ我が身を以って、四衆に示さんと欲すること有らば、彼の仏の分身の諸仏、十方世界に在して説法したまうを、尽く一処に還し集めて、然して後に、我が身乃ち出現せんのみ」と。
この文は、宝塔の扉を開いて、内側にいる多宝如来の姿を現させるには、必ず十方世界にいる諸仏をすべてこの場所に戻すことが必要であると述べているところである。ということは、法華経の法を善知識とするならば、釈迦・多宝が出現するだけでなく十方分身の諸仏も集まってくるということである。
釈迦多宝十方の諸仏・普賢菩薩等は我等が善知識なり若し此の義に依らば我等は亦宿善・善財・常啼・班足等にも勝れたり彼は権経の知識に値い我等は実経の知識に値えばなり彼は権経の菩薩に値い我等は実経の仏菩薩に値い奉ればなり
以上のことを受けて、法華経の法を善知識とすることは、直ちに釈迦・多宝・十方の諸仏や普賢菩薩の善知識に会うことであり、これはどの善知識に会える福徳は善財童子らをはるかに凌ぐものである。すなわち末法に法華経の題目を受持する者の“宿善”、つまり過去世に積んだ善根は極めて勝れていると仰せられている。
第66章 0067:05~0067:11 法に依り智に依るべきを示すtop
| 05 涅槃経に云く「法に依つて人に依らざれ智に依つて識に依らざれ」已上依法と云うは法華涅槃の常住の法なり不依 06 人とは法華涅槃に依らざる人なり 設い仏菩薩為りと雖も法華涅槃に依らざる仏菩薩は 善知識に非ず況や法華涅槃 07 に依らざる論師・訳者・人師に於てをや、依智とは仏に依る不依識とは等覚已下なり、今の世の世間の道俗・源空の 08 謗法の失を隠さんが為に徳を天下に挙げて 権化なりと称す依用すべからず、 外道は五通を得て能く山を傾け海を 09 竭すとも神通無き阿含経の凡夫に及ばず 羅漢を得・六通を現ずる二乗は華厳・方等・般若の凡夫に及ばず華厳・方 10 等・般若の等覚の菩薩も法華経の名字・観行の凡夫に及ばず設い神通智慧有りと雖も 権教の善知識をば用うべから 11 ず、 -----― 涅槃経に「法に依って人に依らざれ、智に依って識に依らざれ」とある。「法に依る」というのは法華経・涅槃経の常住の法に依れということである。「人に依らざれ」とは法華経・涅槃経に基づかない人に依ってはならないということである。 たとえ仏・菩薩であっても法華経・涅槃経に依らない仏・菩薩は善知識ではない。まして法華経・涅槃経に依らない論師・訳者・人師はなおさらである。 「智に依る」とは仏の智慧に依れということである。「識に依らざれ」とは等覚の菩薩以下の識に依ってはならないということである。 今の時代の出家・在家が源空の謗法を隠そうとするために、その徳を天下に言いふらし、勢至菩薩の権化であると言っているが信用できない。 外道は、五神通力を得て山を傾け海を干すとしても、神通力のない阿含経の凡夫に劣っている。小乗の阿羅漢を得て六神通を現す二乗は、華厳・方等・般若の凡の権大乗の凡夫に劣っている。 華厳・方等・般若の権大乗の等覚の菩薩も、法華経の名字即・観行即の凡夫に劣っている。たとえ神通力・智慧があっても権教の善知識を用いてはいけない。 |
依報
依報とは、正報の所依となる非情の草木国土をいう。依正はにしてしかも不二である。瑞相御書に「夫十方は依報なり.衆生は正報なり譬へば依報は影のごとし正報は体のごとし・身なくば影なし正報なくば依報なし・又正報をば依報をもつて此れをつくる」(1140-06)諸法実相抄に「依報あるならば必ず正報住すべし」(1358-02)とあるように、いっさいの現象、物事の姿には、依報・正法があり、その究極に存在する依正不二の当体が妙法蓮華経で、依報正法は一体なるがゆえに同時の成仏となる。
―――
常住の法
常に住する法のこと。過去・現在・未来の三世にわたって常に存在し、生滅変化がないことをいう。爾前の諸経は法華経を説くための準備段階の方便であり、常住の法とはいえないのである。
不依人
依法不依人の不依人。不依人とは法に依ってはならないということで、法華に依らない人を意味する。これは謗法である。
―――
論師
阿毘曇師ともいう。三蔵のうちの論蔵に通じている人をいったが、論議をよくする人、論をつくって仏法を宣揚したひとをいう。
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訳者
仏教を翻訳した人。
―――
人師
人々を教導する人。一般に竜樹・天親等を論師といったのに対し、天台・伝教を人師という。
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依智
依智・不依識の依智で、智に依るということ。仏の智慧を意味する。
―――
不依識
依智・不依識の不依識。識によってはならないということで、菩薩の52位のうち、等覚以下の識を意味する。
―――
等覚已下
菩薩の階位である52位のうち、等覚以下の51位をいう。
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権化
権現・応化・灰身ともいい、権はかり、化は変革を意味する。仏・菩薩が衆生救済のために、通力をもって種々の身を仮に化身すること。
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依用
よりどころとして用いること。
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外道
仏教以外の低級・邪悪な教え。心理にそむく説のこと。
―――
五通
五種の不思議自在の神通力のこと。五神通・五神変ともいう。①天眼通 ②天耳通 ③他心通 ④宿命通 ⑤如意通をいう。
―――
神通無き阿含経の凡夫
神通力を持たない小乗教の阿含経を修する凡夫。凡夫は愚かで凡庸な人間。煩悩・業・苦に束縛され、迷いの六道で生死を繰り返す者。
―――
羅漢を得・六通を現ずる二乗
小乗の最高の位である阿羅漢を得て、六神通を現ずる声聞と縁覚。六神通は天眼・天耳・他心・宿命・如意・漏尽通をいう。
―――
華厳・方等・般若の凡夫
華厳・方等・般若経を修する迷いの衆生。
―――
華厳・方 等・般若の等覚の菩薩
華厳・方等・般若経を修する等覚の菩薩。
―――
法華経の名字・観行の凡夫
法華経を信受する名字即ならびに観行即の位にある迷いの衆生。
―――
神通智慧
神通力と智慧。
―――――――――
ここでは、法を善知識とすべきであるということの裏づけとして、涅槃経巻6如来性品の一節を引用されている。
四依とは法の四依をさし依法不依人、依義不依語、依智不依識、依了義経不依了義経の四つからなっている。そのうち、「法に依って人に依らざれ、智に依って識に依らざれ」という二依を挙げられている。
意味は仏法を修行する人は仏の説いた教えを依りどころとすべきであって、教えを説く人に依ってはならない。また、真実の仏の智慧に依るべきであって、菩薩以下の論師・人師等の浅い識に依ってはならない、というものである。
この二依に対して、大聖人は次のように釈されている。
「依法」、法に依る、というその“法”とは法華経・涅槃経の常住の法であり、「不依人」、人に依らざれ、の“人”とは法華経・涅槃経に依らない人である、と。
更に、厳しく、たとえ仏菩薩であっても法華経・涅槃経を依りどころにしない仏菩薩は末法に仏道修行を行うものの善知識にならないとしりぞけられ、ましてや法華経・涅槃経に依らない論師や人師・仏典の翻訳者では善知識にならないのは当然であると仰せられている。
次いで、「依智」、智に依る、というその“智”とは仏の智慧に依るということであり、「不依識」、識に依らざれ、という“識”というのは等覚の菩薩以下の者の浅い識であると釈されている。
そして、このことから、大聖人当時の道俗が源空の謗法の欠陥を隠そうとして、その徳を天下に宣伝してまるで菩薩の権化であるかのように吹聴している姿を取り上げられ、これに依ったり用いたりしてはならないと戒められている。
その理由として、山海を思いのままに動かすような五神通の超能力をもった外道でも、神通力のない内道・阿含経を信奉する凡夫には及ばないし、今度は阿含経を信行して阿羅漢の位を得て六神通を自在に使えるような二乗になっても、大乗の華厳・方等・般若を信奉する凡夫には及ばない、更に今度は権大乗の華厳・方等・般若を信行して等覚の位までに登った菩薩であっても、実教の法華経を信行する名字即・観行即の凡夫には及ばないと種々の例を示され、結論として、たとえどのような神通や智慧があっても、権教を奉じている者を善知識として用いてはならない、と戒められている。
依法と言うは法華涅槃の常住の法なり
仏道を修行する者が依るべき法とは法華経・涅槃経という“常住の法”であることを説かれた文である。常住とは常に住して不変なことであり、永久に存在するということである。
「法華涅槃の常住の法」という御文については、法華・涅槃に明かされた常住の法という意とも、法華・涅槃そのものが常住の法であるとの意と、どちらにも解釈できるが、以下の御文は「法華・涅槃に依らざる人は善知識としてはならない」と仰せられていることから考えると、法華・涅槃そのものが常住の法であるという意味で言われていると思われる。すなわち、爾前諸教が「正直捨方便」と述べて排棄されたのに対し、法華・涅槃は永く依りどころとなるべき法であるということである。
設い仏菩薩為りと雖も法華涅槃に依らざる仏菩薩は善知識に非ず
ここは仏菩薩といえども、法華経・涅槃経に依らない仏菩薩は仏道修行者にとっての善知識ではないと断じられているところである。
法華経・涅槃経に依らない仏菩薩とは、法華経・涅槃経へ人々を導こうとしない仏菩薩ということである。所詮、一切衆生にとって成仏の根本は法華経・涅槃経の“法”であるから、この“法”に導こうとしない仏菩薩は、衆生にとっては成仏の善知識とはなりえないからである。
外道や小乗の羅漢や菩薩等がいかに不可思議な神通力を持っていても、それを見せびらかしても、自分を偉大に見せかけようとしているだけのことで、衆生にとっての成仏の助けにはならない。そのような不思議な力などは持っていな凡夫であっても、成仏への法に導いてくれる人が善知識であり、その教える法が阿含・小乗より華厳等の大乗のほうが衆生成仏の法に近づいているのであるが、権大乗にとどまっている限りは成仏はありえないので「権教の善知識」は用いてはならないのである。
これに関連して、法華経譬喩品第三で舎利弗が次のように述懐するくだりがある。「初め仏の所説を聞いて、心中大いに驚疑しき、将に魔の仏と作って、我が心を悩乱するに非ずや」と。
ここでは舎利弗が仏の説法を聞きながら、魔が仏となって自分の心を悩乱するのではないかと疑っている。つまり、魔が仏の姿をとることもあるのであり、もちろん魔が菩薩と化けることもある。
また、天台大師は摩訶止観巻四下で知識について論ずるなかで、華厳経の「善智識魔・三昧魔・菩提心魔であり、魔はよく人をして善を捨てて悪に従わしめ、またよく人を化して二乗の地に堕せしめむ」という文を引用しつつ、注意するよう促している 。
第67章 0067:11~0068:03 法華経が善知識なる由を示すtop
| 11 我等常没の一闡提の凡夫法華経を信ぜんと欲するは仏性を顕わさんが為の先表なり。 12 故に妙楽大師の云く「内薫に非ざるよりは何ぞ能く悟を生ぜん故に知んぬ 悟を生ずる力は真如に在り故に冥薫 13 を以て外護と為すなり」已上 法華経より外の四十余年の諸経には十界互具無し十界互具を説かざれば内心の仏界を 14 知らず内心の仏界を知らざれば外の諸仏も顕われず 故に四十余年の権行の者は仏を見ず設い仏を見ると雖も 他仏 15 を見るなり、 二乗は自仏を見ざるが故に成仏無し爾前の菩薩も亦 自身の十界互具を見ざれば二乗界の成仏を見ず 16 故に衆生無辺誓願度の願も満足せず 故に菩薩も仏を見ず凡夫も亦十界互具を知らざるが故に 自身の仏界も顕われ 17 ず、故に阿弥陀如来の来迎も無く諸仏如来の加護も無し譬えば盲人の自身の影を見ざるが如し。 -----― 常に苦海に沈んでいる一闡提の我ら凡夫が法華経を信じようとすることは、仏性を顕すための前兆である。 ゆえに妙楽大師は「衆生の無明の生命の内から真如が薫習しなければ、どうして悟りを生じることができようか。このことから、悟りを生じる力は真如にあることが明らかである。ゆえに冥薫を外護の知識とするのである」と述べている。 法華経より以外の四十余年の爾前の諸経には十界互具を説いていない。十界互具を説かなければ衆生の内心の仏界を知らない。衆生の内心の仏界を知らなければ外の諸仏も顕れない。 ゆえに四十余年の爾前権教を修行する者は仏は見ない。たとえ仏を見たとしても他仏を見ているのである。爾前の菩薩もまた自身の十界互具を見ないので二乗界の成仏を見ない。ゆえに「衆生の無辺なるを度せんと誓願す」の願も満足しない。ゆえに菩薩も仏を見ない。凡夫もまた十界互具を知らないゆえに、自身の仏界も顕れない。 ゆえに阿弥陀如来の来迎ももなく、諸の仏・如来の加護もない。たとえば盲人が自身の影を見ないようなものである。 -----― 18 今法華経に至つて九界の仏界を開くが故に四十余年の菩薩・二乗・六凡始めて自身の仏界を見る此の時此の人の 0068 01 前に始めて仏菩薩二乗立ち給う此の時に 二乗菩薩始めて成仏し凡夫も始めて往生す、 此の故に在世滅後の一切衆 02 生の誠の善知識は法華経是なり、 常途の天台宗の学者は爾前に於て当分の得道を許せども 自義に於ては猶当分の 03 得道を許さず然りと雖も此の書に於ては其の義を尽くさず略して之を記すれば追つて之を記すべし。 -----― 今,法華経に至って九界の内にある仏界を開くゆえに、に四十余年の爾前経の菩薩・二乗・六道の凡夫が初めて自身の仏界を見るのである。 この時、この人の前に初めて仏・菩薩・二乗が立てられる。この時に二乗・菩薩が初めて成仏し凡夫も初めて往生する。このゆえに在世・滅後の一切衆生の真の善知識は法華経なのである。 常途の天台宗の学者は、爾前においておのおのの分に当った得道を許すが、厳密な義においてはなお分に当った得道を許さない。 しかしこの書にはその意義を尽くすことができないから、略して趣意を記しおき、追って詳しく意義を記すことにする。 |
常没の一闡提の凡夫
常に生死の苦しみの底に没し、迷い・苦しみから脱して浮かび上がることのできない一闡堤の衆生のこと。一闡堤は正法を信ぜず、成仏の因をもたない者をいう。
―――
仏性
無始無終に存続している仏になる性分。
―――
内薫
一切衆生の生命に内在する仏性が内から薫発して、仏性を覆いかくすもろもろの妄念を払いのけて顕現することを内薫という。妙楽の摩訶止観輔行伝弘決第四に「内薫に非ざるよりは何ぞ能く悟りを生ぜん、故に知んぬ、悟を生ずる力は真如に在り、故に冥薫を以て外護と為すなり」とある。
―――
悟
物事の道理を明らかに感知すること。迷いを離れ、真理・実相を得ること。仏界を意味する。
―――
真如
真とは真実の義。如とは如常の義である。虚妄を離れて真実であるから真といい、常住であって不変であるから如という。真実にして平等無差別な絶待真理をいう。変化してやまない現象の化相に対していう語。すなわち南無妙法蓮華経のこと。したがって真如のとは仏界のことで、生死が即真如となるので九界即仏界となる。
―――
冥薫
衆生の無明の生命に、更に内奥にある仏性が知らず識らずのうちに熏習して、成仏を求めるようになること。内熏ともいう。冥は奥深く見えないさまをいい、熏は熏習のことで香がものにうつるように、あるものが他のものにその性を移すこと。ちなみに内熏に対して、仏・菩薩の教法や自身の修行によって煩悩に熏ずることを外熏という。
―――
外護
一般的にいうと、外から護られること。在家の人などが僧尼に衣服や食物を給してこれを援護し、仏法の弘通を助けること。これに対する語は内護で、内護とは自ら護ることをいう。外護を為す人を外護者、外護の善知識と呼ぶ。
―――
十界互具
地獄から仏界にいたる十界のおのおのに十界を具していること。方便品では、凡下の衆生に仏知見がそなわっていると説き、寿量品では三妙合論して仏界常住を説く。この十界互具・百界は、それぞれに十如是を具し、さらに三世間を具して、一念三千となる。ゆえに開目抄には「一念三千は十界互具よりことはじまれり」(0189-04)と仰せである。ただし、末法における真実の十界互具については、われわれが唱える題目・御本尊を仏界として、唱え奉るわれら衆生は九界であり、この境智冥合をもって十界互具というのである。
―――
内心の仏界
自分の心の中にある仏の境界。仏界とは仏の境界。完全・絶待の理を覚った人の境地。十界の最上位。仏とは梵語ブッダ(buddha)の音写で、覚者・智者・覚ともいい、日本では「ほとけ」という。完全な円満自在の境界であり、中道実相を体得し万法に通達する智慧を得た尊極無上の状態をいう。
―――
四十余年の権行の者
釈迦50年の説法のうち、初めの42年の教えは方便権教で、真実をあらわさない教えであり、最後の8年間において法華経で真実を説いているのであるが、このうちの40余年の権教に執着して、法華経に入ることのできない仏法修行者をいう。
―――
他仏
多土・他方の仏のこと。自分の内心以外にいる仏。「外の諸仏」ともいう。
―――
自仏
自身の内心にある仏のこと。自らの生命に具わっている仏。「内心の仏界」に同じ。
―――
爾前の菩薩
爾前とは爾前経のこと。爾の前の経の意で、法華経已前に説かれた諸経のこと。釈尊50年の説法中、前42年に説かれた諸経で、これらの諸教に説かれた菩薩。
―――
衆生無辺誓願度
成仏を志す菩薩の立てる四弘誓願の一つ、四弘誓願とは、①限りなく多くの衆生 を済度しようという衆生無辺誓願度、②計り知れない煩悩を滅しようという煩悩無量誓願断、③尽きることのないほど広大な法の教えを学びとろうという法門無尽誓願知、④無上の悟りに達したいという仏道無上誓願証をいう。法華親近勝劣事には「二乗作仏無くば四弘誓願満足す可からず、 四弘誓願満たずんば又別願も満す可からず、総別の二願満せずんば衆生の成仏も有り難きか」(0125-02)一代聖教大意には「此の文は顕然に権教の菩薩の三祇・百劫・動踰塵劫・無量阿僧祇劫の間の六度万行・四弘誓願は此の経に至らざれば菩薩の行には有らず善根を修したるにも有らずと云う文なり、又菩薩の行無ければ仏にも成らざる事も顕然なり」(0398-11)とある。
―――
自身の仏界
自身の内心にある仏のこと。自らの生命に具わっている仏。「内心の仏界」に同じ。
―――
阿弥陀如来の来迎
人の臨終の時、阿弥陀如来がその前に来現して西方浄土へ迎え導くこと。阿弥陀仏はアミターバ( Amitābha)、またはアミターユス( Amitāyus)の音写。無量光仏・無量寿仏と訳す。西方極楽世界の教主。無量寿経によれば、無数劫の過去に、ある国王が菩提心を発し王位を捨てて出家し、法蔵比丘となり、世自在王仏を師として四十八願を立てて修行し、願成就して阿弥陀仏となり、西方極楽世界に住して衆生を済度していると説いている。浄土宗では、この阿弥陀如来を本尊として西方極楽世界に往生することを本願としている。
―――
諸仏如来の加護
もろもろの仏や如来が護りを加えること。仏と如来は同意。加護は神仏が力を加えて衆生を護ること。
―――
九界
十界の仏界を除く、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天・声聞・縁覚・菩薩をいう。仏界が悟りの境地であるのに対して、迷いの境界をさしている。
―――
六凡
地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天のこと。仏教以外の外道は、この六道を輪廻するのみである。無智の凡夫の境涯であるので、六凡という。
―――
往生
死後、他の世界に往き、生まれること。おもに極楽浄土をさす。
―――
常途
通常のこと。普通の経説。一般てきなこと。
―――
天台の学者
天台宗とは天台法華宗の事。法華経を正依の経として、天台大師が南岳大師より法をうけて「法華玄義」「法華文句」「摩訶止観」の三大部を完成させ、一方、南三北七の邪義をも打ち破った。天台の正法は章安大師によって伝承され、中興の祖と呼ばれた妙楽大師によって大いに興隆し、わが国では伝教大師が延暦3年(0784)に入唐し、妙輅の弟子である行満座主および道邃和尚によって天台の法門を伝承された。帰国後、殿上において南都六宗と法論を行い、三乗を破して一仏乗の義を顯揚した。教相には五時八教を立て、観心には三諦円融の理をとなえ、理の一念三千・一心三観の理を証することにより、即身成仏を期している。伝教大師の目標とした法華迹門による大乗戒壇は、小乗戒壇の中心であった東大寺等の猛反対をことごとく論破し、死後7日目に勅許が下り、比叡山延暦寺は日本仏教界の中心として尊崇を集め、平安町文化の源泉となった。
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当分の得道
当位の分際のことで、そのままの立場のこと。跨節に対する語。天台宗ではこれを教判として、爾前経を当分、法華経を跨節としている。すなわち爾前の範囲で仏果・涅槃に趣くことを当分の得道という。
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自義
自分勝手な考え、意見。
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これまでは主として法華経という法こそが末法の仏道修行者にとっての善知識であることをさまざまな経文を引いて示されてきた。ここでは、更に歩を進めて、何故に法華経が衆生成仏の善知識であるかという道理を明らかにされるのである。
この章は大きく三つの段落に分けることができる。
すなわち、一つは「我等常没の一闡堤の凡夫法華経を信ぜんと欲するは…妙楽大師の云く『…冥薫を以て外護と為すなり』」の段落、第二は「法華経より外の四十余年の諸経には十界互具無し…凡夫も始めて往生す」の文で、第三は「此の故に在世滅後の一切衆生の誠の善知識は…之を記すれば追って之を記すべし」の段である。
まず、最初の段落では「我等常没の一闡堤の凡夫」、つまり、常に生死の苦海に沈み、しかも善根を断ち切った末法の凡夫が法華経を信じようとすることは、自分の内なる仏性を顕さんがための前兆であると仰せられ、その裏付けとして妙楽大師の止観輔行伝弘決巻四の「内熏外護」の文を引用されている。
その文の趣旨は、凡夫の内なる真如法性、すなわち仏性が内側からだんだんと発動することによって悟り成仏することができるのである。したがって、成仏や悟りの力は内なる仏性にあり、この内側から発する仏性の力が一切に熏じていって、衆生の成仏を助ける外護の善知識となるということである。
次いで第二段落では、法華経以外の爾前四十余年の諸経には十界互具の法門が説かれていないので、爾前経によっては、衆生は内心に仏界があることを知らず、そのために諸仏も顕れない。したがって爾前四十余年の権教を行ずる者は仏を見ることがないし、たとえ仏を見たとしても幻のような仏を見るにすぎないのであると仰られ、ついで「自仏」。自らの内なる仏を知らないから、二乗は成仏できないし菩薩は菩薩道を成就できず、凡夫にとっては弥陀来迎も諸仏加護もありえないと指摘されている。自仏とは、自らの悟りの智慧に他ならないから、「盲人の自身の影を見ざるが如し」ということになるのである。法華経によって自仏を開いてこそ二乗も菩薩も凡夫も、それぞれの目的を達することができるのである。
最後の第三の段では、以上の理由に基づいて、仏在世であれ滅後であれ一切衆生の真実の善知識は法華経だけであると結論され、通常の天台宗の学者たちは、爾前経でも分々に応じてそれぞれに得道できるとしているが、自義、すなわち天台宗の義を厳格にとらえた立場においてはそれを許さないと仰せられている。大聖人御自身もこの天台智顗の立場を踏まえておられることはいうまでもないが、この点についてはこの守護国家論では詳しく論ぜず「追って之を記すべし」と、後の書であきらかにすると述べられている。
我等常没の一闡提の凡夫法華経を信ぜんと欲するは仏性を顕わさんが為の先表なり
ここで「我等常没の一闡提の凡夫」とは、涅槃経に説かれる“恒河の七種の衆生”のなかの最低の衆生のことである。
すなわち、生死輪廻の迷いに譬えられるガンジス川に入った一闡堤・外凡・内凡・声聞・縁覚・菩薩・仏の七種の衆生のうち一闡堤の衆生のことで善根を断ち切ってしまったために川底に没し、誹謗正法などの罪業のために浮き上がることのできない凡夫である。その彼らですら法華経を信じようと欲すること自体が自らの心の内にある仏性を開き顕す“先表”、つまり前兆であり、可能性がここに開かれたのであると仰せられているのである。
この御文は後に書かれた観心本尊抄で「末代の凡夫出生して法華経を信ずるは人界に仏界を具足する故なり。」(0241-15)と仰せられた御文と軌を一にしている。
「妙楽大師の云く「内薫に非ざるよりは何ぞ能く悟を生ぜん故に知んぬ悟を生ずる力は真如に在り故に冥薫を以て外護と為すなり」
法華経を信じようと欲することが仏性を開き顕す前兆であるとの直前の御文を裏づけあれるために引用された止観輔行伝弘決の文である。
これは天台大師が摩訶止観巻四で止観を正しく行ずるための準備段階として25の方便行を説き明かしている中で「善知識に近づくこと」を勧めている一節を妙楽大師が釈したものである。
この中で天台大師は善知識に外護・同行・教授の三種あるとしている。ちなみに、外護とは、母が子を養うように、虎が子を口に銜えて育てるように、先輩の修行者が後輩の修行がよく進むよう外から見守り助けることである。同行とは心を同じくして切磋琢磨し相互に尊敬し合う随伴者であり、最後の教授はいわゆる善き師である。
天台大師は更に、観心の善知識について説き及び、「大品云く仏、菩薩、羅漢はこれ善知識なり。六波羅蜜、三十七品にはこれ善知識なり、法性、実際はこれ善知識なり」との文に即して、三種の善知識を配している。すなわち仏・菩薩・羅漢は外護に、六波羅蜜・三十七道品は同行に、法性・実際は諦かな真理であるから諸仏が師とするところであり、境としてよく智を引き出すところから教授に、それぞれ配している。
更に天台大師は法性についても三種の善知識を配分していくのである。ちなみに、その文を紹介すると「法性にもまた三義を具す。境はこれ師とするところ、冥に薫じ密に益するはすなわちこれ外護なり。境と智とあい応ずるはすなわちこれ同行なり。いまだ理を見ざるときは盲のごとく、諦法の顕るときは目の如く、智用に僻なし…すなわち教授なり」と。
大聖人がここで引用された妙楽大師の止観輔行伝弘決の文は、天台大師が展開した法性の三義のうち「境はこれ師とするところ、妙に熏じ密に益するはすなわちこれ外護なり」という個所を釈したものである。その前後を含めて引用すると次のようになる。
「法性本浄し。我無始より迷えり。故に迷、自と成る。浄に望みて他と為す。自は内熏に非ずば、何ぞ能く悟りを生ぜん。故に知んぬ。悟りを生ずる力は真如に在り。故に冥薫を以て外護と為す」と。
ここで法性というのは凡夫の生命の本性、本体としての真如、仏性をさしていることはいうまでもない。法性=真如=仏性はもともと清浄なるものとして無始以来凡夫の生命の根底を貫いているのであるが、同時に凡夫はそのことに気づかずに無始以来迷い続けている。そうすると、凡夫にとっては迷いのほうが自然というか自分であるという意味で“自”と成るのであり、本体としての清浄なる法性=真如=仏性のほうから見ると迷いのほうを“他”と為すのである。逆に言えば、本来の真如仏性のほうが迷いの“自”にとっては“他”となるのである。
真如仏性の迷いの“自”に“冥に薫じ密に益す”すなわち、ちょうど次第に香りが着物にしみ移っていくように、真如仏性が次第に凡夫の生命にしみ込んでいって密かに凡夫を利益して、悟りを生じさせる、というのである。
すなわち、迷いとしての“自”に内から熏じ、悟りを生じ、仏性を開かせる力は真如に在ることから、真如法性による冥薫が凡夫を護って悟りの成仏へと導いていく外護の役割を果たしていくことになるのである。
ここで外護の“外”とは“他”の意味で妙楽大師は使用している。つまり“他”なる真如法性からの迷いの凡夫への働きかけを“外護”と述べているのである。 このように、真実には凡夫の内にある仏性を“他”から発動させていく力のある法華経が善知識となるのである。
なお、内熏外護については大聖人は崇峻天皇御書で次のように記されている。
すなわち「仏法の中に内薫外護と申す大なる大事ありて宗論にて候、法華経には『我深く汝等を敬う』涅槃経には『一切衆生悉く仏性有り』馬鳴菩薩の起信論には『真如の法常に薫習するを以ての故に妄心即滅して法身顕現す』」(1170-07)と。
法華経より外の四十余年の諸経には十界互具無し十界互具を説かざれば内心の仏界を 知らず内心の仏界を知らざれば外の諸仏も顕われず
法華経によって凡夫の内なる仏性が薫じて次第に悟り・成仏へと導かれていくことが可能であるゆえんは、あくまで法華経には「十界互具の法門」が説かれているからである。つまり、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天・声聞・縁覚・菩薩・仏の十界のそれぞれが他の十界を具えるという法門であり、この法門に基づいてこそ、六道の衆生であれ、声聞・縁覚・菩薩であれ、それぞれが仏性、仏界を生命の内側に具えていることを知るのであって、内熏外護ということが実現化するのである。
ところが法華経以外の爾前40余年の諸経では十界互具が説かれていないから、どの境界の衆生であれ、それぞれの生命の内側に仏性、仏界があることを知らず、仏界を顕現することができないし、それは同時に外の諸仏も顕れないということであると仰せられている。ここで“外の諸仏”というのは「外護」の働きをする外界の一切法の中の諸仏のことである。
四十余年の権行の者は仏を見ず設い仏を見ると雖も他仏を見るなり
爾前40余年の権教を修行する者は十界互具を知らないから自分の生命の内に仏を見ることができないと仰せられている。
だが、なかには権教を修行していても仏を見ることができるという者もいたらしく、それに対して大聖人は単に“他仏”を見たにすぎない。つまり、内なる仏界の顕れとは無関係な“他”なる幻想の仏を見たにすぎないと破られている。
このことについて大聖人は一代聖教大意には「されば実を以てさぐり給うに法華経已前には但権者の仏のみ有つて実の凡夫が仏に成りたりける事は無きなり、煩悩を断じ九界を厭うて仏に成らんと願うは実には九界を離れたる仏無き故に往生したる実の凡夫も無し、人界を離れたる菩薩界も無き故に但法華経の仏の爾前にして十界の形を現して所化とも能化とも悪人とも善人とも外道とも言われしなり」(0403-12)と仰せられている。
二乗は自仏を見ざるが故に成仏無し爾前の菩薩も亦自身の十界互具を見ざれば二乗界の成仏を見ず故に衆生無辺誓願度の願も満足せず
爾前権教には十界互具が説かれないから、声聞・縁覚の二乗も自分の内なる仏界を見ることができない、したがって成仏はできない。そして次に、爾前の菩薩もまた、自分の生命に十界が互具していることを知見することができないので、菩薩自身の生命に具わっている二乗界の成仏を見ることができず、菩薩たちの誓願の一つである「数限りなき無辺の衆生を悟りの彼岸に渡すという誓い」の願いも満足させることができない。
すなわち、二乗は成仏できないものと決めてしまって、一切衆生を救い成仏へ導こうという実践が起きてこない。この衆生無辺誓願度を満たすことができないということは、菩薩自身、成仏できないということでもある。
阿弥陀如来の来迎も無く諸仏如来の加護も無し譬えば盲人の自身の影を見ざるが如し
次に凡夫についていえば、弥陀来迎・諸仏加護が願いなのであるが、これらも自仏が見れない以上は叶わないと仰せられている。内なる仏界を説かない浄土三部経などの爾前権経を信じ行じていても、自身の内にある仏性を開かないのだから、これは見えない人が自分の影を見ることができないようなものであると譬えられている。自仏すなわち自身のうちなる仏性とは、一切を如実に知見する智慧であって、自らの生命に仏性の投影である来迎や仏や加護をしてくれる諸仏も、智慧の眼が閉じている限りは見ることができない。ということである。
此の時此の人の前に始めて仏菩薩二乗立ち給う此の時に二乗菩薩始めて成仏し凡夫も始めて往生す
以上の爾前経に対し、法華経では十界互具が説かれるから九界の衆生のそれぞれが仏界を開くことができるので、二乗も菩薩も六道の凡夫たちも自仏を開き、それぞれの願いを満足することができたのである。同時に「此の時此の人の前に始めて仏菩薩二乗立ち給う」仰せられているのは、法華経を信じて行じて自分の内なる仏界を見る人はその時、十界互具の原理からいって、同時にその人の前に仏界に具わる十界が立ち現れるという仰せである。そのことは互具の原理からいって仏界に具される側の菩薩・二乗も成仏し六道の凡夫も真実の意味で往生できることになると仰せられて法華経の“一切衆生皆成仏”の法理の偉大さを明らかにされているのである。
ここであえて“往生”という浄土宗でいう言葉を使われたのは、浄土宗で説く浄土往生も、自身が成仏することによって叶うからである。
同じ原理は法華初心成仏抄の最後の一節に明確に説かれている。すなわち、「凡そ妙法蓮華経とは我等衆生の仏性と梵王・帝釈等の仏性と舎利弗・目連等の仏性と文殊・弥勒等の仏性と三世の諸仏の解の妙法と一体不二なる理を妙法蓮華経と名けたるなり、故に一度妙法蓮華経と唱うれば一切の仏・一切の法・一切の菩薩・一切の声聞・一切の梵王・帝釈・閻魔・法王・日月・衆星・天神・地神・乃至地獄・餓鬼・畜生・修羅・人天・一切衆生の心中の仏性を唯一音に喚び顕し奉る功徳・無量無辺なり、我が己心の妙法蓮華経を本尊とあがめ奉りて我が己心中の仏性・南無妙法蓮華経とよびよばれて顕れ給う処を仏とは云うなり、譬えば籠の中の鳥なけば空とぶ鳥のよばれて集まるが如し、空とぶ鳥の集まれば籠の中の鳥も出でんとするが如し口に妙法をよび奉れば我が身の仏性もよばれて必ず顕れ給ふ」(0557-03)と。
ここでは籠の中の鳥、すなわち内なる仏界と、空とぶ鳥=一切衆生の仏界、とが、妙法蓮華経=法華経の題号、を信じ唱えることによって、一挙に顕されて呼び呼ばれる感応の関係になることが易しい譬えを用いて説かれている。
常途の天台宗の学者は爾前に於て当分の得道を許せども自義に於ては猶当分の 得道を許さず然りと雖も此の書に於ては其の義を尽くさず略して之を記すれば追つて之を記すべし
大聖人当時の叡山すなわち常途の天台宗では「爾前に於て当分の得道を許す」が、爾前経それぞれの立場にとどまる限り、本来の天台宗の厳密な義では「当分の得道」もないと大聖人は述べられている。当時の叡山・天台宗の場合は“当分の得道”すなわち法華経以前の諸経でも、法華経の結縁を前提にして爾前経の段階でも分々に応じた悟りが得られるとしているのに対し、爾前の諸経だけによっている限り、いかに修行しても悟りや成仏はありえない、といわれている。
この問題は煩雑になるが、約教・約部という点を踏まえなければならない。
諸宗問答抄では「約教の時は一代の教を蔵通別円の四教に分つて之に付いて勝劣を判ずる時は前三為ソ・後一為妙とは判ぜられて蔵通別の三教をばソ教と嫌ひ後の一教をば妙法と選取せられ候へども此の時もなほ爾前権教の当分の得道を許し且く華厳等の仏慧と法華の仏慧とを等から令めて只今の初後仏慧・円頓義斉等の与の釈を作られ候なり、然りと雖も約部の時は一代の教を五時に分つて五味に配し華厳部・阿含部・方等部・般若部・法華部と立てられ前四味為ソ・後一為妙と判じて奪の釈を作られ候なり」(0376-05)とある。
ここで明らかなように、中国の天台大師は一代聖教を立て分けるのに約教と約部という二つの基準を立てた。
約教とは「教えに約すこと」で、一切経を化法の四教と化儀の四教の八教にたてわけることで、特に化法の四教は蔵・通・別・円の立て分けがここでは重要となる。
次に、約部とは一切経を五部に立て分けることで、華厳部・阿含部・方等部・般若部・法華涅槃部の五つである。まず、約教の立場からは、法華の円も爾前の円も、化法の円教のなかに入れ、同等とするが、約部の立場からは法華経のみに純粋な円教が説かれているとする。
当時の叡山・天台宗が爾前において当分の得道を許すというのは、この約教の立場で捉えた場合を敷衍したのである。「初後仏慧・円頓義斉」とあるように、初の華厳経と後の法華経の仏慧とはともに円頓の義に於て等しい、となるのである。天台大師にしてみれば、これは、あくまで与えて譲って言った場合で、これを約部の立場から奪って言えば、ただ法華経のみが真実の円教ということになるのである。
ところが天台宗の末裔は、こうした約教・約部の立て分けを無視して、爾前経でも当分の得道は可能であるとする邪義を唱えるようになっていったのである。大聖人はどこまでも約教だけで判ずるのではなく、約部の立場を厳格に踏まえられて、爾前経にとどまっている限り、それぞれの当分の得道もありえないと断じられているのである。しかし「此の書に於ては其の義を尽くさず略して之を記すれば追って之を記すべし」と仰せられ、この義についてはこの守護国家論では略して述べるだけで、詳しくは追って後に記すとされている。
その追って記すとされた御抄とは十法界事、顕謗法抄などが、それに当たると考えられている。
なお、「自義に於ては」とある「自義」が具体的に何をさすかについて、少々触れておきたい。はじめに、大聖人が諸御書で「自義」という言葉を使用された場合を挙げて見ると、まず、本抄では「今経論を以て邪正を直す信謗は仏説に任せ敢て自義を存する事無かれ」「此の義に順ずる人師をば且らく之を仰ぎ此の義に順ぜざる人師をば且らく之を用いず敢て自義を以て是非を定むるに非ず但相違を出す計りなり」などある。また早勝問答では「一義に云く法華無間とは自義なるか経文なるか」(0161-04)「一義に云く此の義経文なるか自義なるか」(0167-05)等とあり、行敏訴状御会通では「已今当の三説を非毀して法華経一部を讃歎するは釈尊の金言なり諸仏の傍例なり敢て日蓮が自義に非ず」(0180-09)とあり、義浄房御書では「唯我一人の経文は堅きやうに候へども釈迦如来の自義にはあらず」(1433-15)等とある。
以上の諸例からも、大聖人が「自義」という言葉を使用される場合、ほとんどが他宗やその人師たちの“自分勝手”な教義、という意味であることがわかる。当然、その奥には、仏説たる正法の経文に基づかずに、自分勝手に立てた我見を立てているという批判が込められている。
「日蓮が自義に非ず」「釈迦如来の自義にはあらず」といわれている場合も、日蓮大聖人の義や釈迦如来の義が自分勝手に立てた我見ではなく、どこまでも正法の理に則った教義であることを述べられているのである。ただ大夫志殿御返事には「問う汝の自義か答えて云く設い自義為りと雖も有文有義ならば何の科あらん」(1103-05)との用例もあ
さて、本抄における「自義に於ては」の「自義」であるが、上の諸例とは少しその意義を異にしており、二つの解釈が考えられる。一つは、本来の天台智顗や中国天台宗自体の義、という意味、これによると、大聖人当時の叡山・天台宗の学者は約教の立場から、法華経以前の爾前諸教でも分々に応じた得道があるとしているが、“自義”すなわち、本来の中国天台宗の厳格な義においてこれを許していない、ということになる。 二には、日蓮大聖人御自身の義、という意味ととることもできる。この場合、大聖人が約部の立場を踏まえられているということである。
いずれも不都合を生じない解釈であるが、ここでは本文の文脈からいって、第一の解釈をとることにする。第一の解釈に第二の解釈も含まれていると考えるからである。
大段第六 法華涅槃に依る行者の用心を明すtop
第68章 0068:04~0068:12 正法を護持すべきを明かすtop
| 04 大文の第六に法華涅槃に依る行者の用心を明さば、一代教門の勝劣・浅深・難易等に於ては先の段に既に之を出 05 す、此の一段に於ては一向に後世を念う 末代常没の五逆謗法一闡提等の愚人の為に之を注す、 略して三有り、一 06 には在家の諸人 正法を護持するを以て生死を離れ悪法を持つに依つて三悪道に堕す可きことを明し、 二には但法 07 華経の名字計りを唱えて三悪道を離る可きことを明し、三には涅槃経は法華経の為の流通と成ることを明す。 -----― 大段の第六として法華経・涅槃経に依拠する行者の用心を明かすならば、釈尊一代の教法の勝劣・浅深・難易などにおいては、先の段に既にこれを説いたとおりである。この一段においては、ひたすら後世を思う末代の常に苦海に沈む五逆罪・謗法・一闡提等の愚人のために注記しよう。 略して三つの段がある。一には在家の人々は正法を護持することによって生死を離れ、悪法を持つことによって三悪道に堕ちることを明かし、二にはただ法華経の題目ばかりを唱えて三悪道を離れることを明かし、三には涅槃経は法華経のための流通分となることを明かす。 -----― 08 第一に在家の諸人正法を護持するを以て生死を離れ悪法を持つに依つて三悪道に堕す可きことを明さば、 涅槃 09 経第三に云く 「仏・迦葉に告わく能く正法を護持するの因縁を以ての故に 是の金剛身を成就することを得たり」 10 と亦云く「時に国王有り名を有徳と曰う、乃至・法を護らんが為の故に、乃至・是の破戒の諸の悪比丘と極めて共に 11 戦闘す,乃至.王是の時に於て法を聞くことを得已つて心大に歓喜し尋で即ち命終して阿シュク仏の国に生ず」已上此 12 の文の如くならば在家の諸人別の智行無しと雖も謗法の者を対治する功徳に依つて生死を離る可きなり。 -----― 第一に、在家の人々が正法を護持することによって生死を離れ、悪法を持つことによって三悪道に堕ちることを明かすならば、涅槃経巻三金剛品に「仏は迦葉に言われた。よく正法を護持する因縁によって、この金剛身を成就できたのである」とあり、また次に「ある時に国王がいた。名を有徳という。(乃至)正法を護るために(乃至)このもろもろの破戒の悪比丘と激しく戦闘した。(乃至)王はこの時に正法を聞くことができたので、心が大いに歓喜し、ついで命を終えた後、東方の阿閦仏の国に生まれた」とある。この文のようであれば、在家の人々は特別の智慧と修行がなくても、謗法の者を対治する功徳に依って生死の苦海を離れることができるのである。 |
在家の諸人
在家は家に在るの意。出家に対する語。自ら生計を立て家庭生活をする一般人。ただし在家とえども、仏道を修行する人は仏弟子である。優婆塞・優婆夷をいう。
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流通
承通分のこと。その内容的な意義について分析する場合、大きく序分・正宗分・流通分の三段に分ける。序分とは、中心眼目をあらわすための前置き、準備段階、正宗分とは、正論、中心眼目となる部分、流通分とは、正宗分に説かれた哲理・法理を、時機にしたがって応用し、流れかよわしめること。
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迦葉
釈尊の十大弟子の一人。梵語マハーカーシャパ(Mahā-kāśyapa)の音写である摩訶迦葉の略。摩訶迦葉波などとも書き、大飲光と訳す。付法蔵の第一。王舎城のバラモンの出身で、釈尊の弟子となって八日目にして悟りを得たという。衣食住等の貪欲に執着せず、峻厳な修行生活を貫いたので、釈尊の声聞の弟子のなかでも頭陀第一と称され、法華経授記品第六で未来に光明如来になるとの記別を受けている。釈尊滅後、王舎城外の畢鉢羅窟で第一回の仏典結集を主宰した。以後20年間にわたって小乗教を弘通し、阿難に法を付嘱した後、鶏足山で没したとされる。なお迦葉には他に優楼頻螺迦葉・伽耶迦葉・那提迦葉・の三兄弟、十力迦葉、迦葉仏、老子の前身とする迦葉菩薩などある優楼頻螺迦葉・伽耶迦葉・那提迦葉・の三兄弟、十力迦葉、迦葉仏、老子の前身とする迦葉菩薩などある
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因縁
果を生ずべき直接の原因。因を助け果にいたらせるものを縁という。たとえば植物の種子は因で、日光・雨・土等は縁である。この因と縁が和合して、芽が生じ、成長するのである。一切衆生の心中の仏性は因で、それが諸法を縁として、はじめて成仏の果をあらわすのである。総勘文抄には「因とは一切衆生の身中に総の三諦有つて常住不変なり此れを総じて因と云うなり縁とは三因仏性は有りと雖も善知識の縁に値わざれば悟らず知らず顕れず善知識の縁に値えば必ず顕るるが故に縁と云うなり」(0574-11)御義口伝には「衆生に此の機有つて仏を感ず故に名けて因と為す」(0716-第三唯以一大事因縁の事-03)とある。
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金剛身
金剛とはダイヤモンドのこと。壊れないこと。壊すことのできないものを譬える。仏の境涯は、いかなるものでも壊すことができないので、仏身を金剛身という。また、仏の持つ三大秘法を受持することを、金剛宝器戒というのも同じ意である。教行証御書には「此の法華経の本門の肝心・妙法蓮華経は三世の諸仏の万行万善の功徳を集めて五字と為せり、此の五字の内に豈万戒の功徳を納めざらんや、但し此の具足の妙戒は一度持つて後・行者破らんとすれど破れず是を金剛宝器戒とや申しけんなんど立つ可し、三世の諸仏は此の戒を持つて法身・報身・応身なんど何れも無始無終の仏に成らせ給ふ」(1282-10)とある。
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有徳
有徳王ともいう。釈尊の過去の菩薩修行中の姿。涅槃経の金剛身品に説かれている。歓喜増益如来の末法に、正法を護持する覚徳比丘が破戒の悪僧に攻められたところを守った。王はこの戦闘で全身に傷を受けて死んだ。しかし、護法の功徳によって阿閦仏の第一の弟子となり、のちに釈尊として生まれたという。
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破戒
「戒」とはっ戒・定・慧の三学のひとつで、仏法を修業する者が守るべき規範をいう。心身の非を防ぎ悪を止めることをもって義とする。「破戒」とは戒を破る者の意。戒は小乗に五戒・八斉戒・十戒・二百五十戒・五百戒等、権大乗教に十重禁戒・四十八軽戒・三聚浄戒、法華経には衣座室の三軌・四安楽行・普賢四種の戒等がある。末法においては受持即持戒で、正法を受持し、信行に励むことが唯一の戒となる。ゆえに破戒の根本は、一闡堤、すなわち不信になるのである。
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阿閦仏
(Aksobhya)東方妙喜世界の世界で阿閦仏経、大宝積経、悲華経、観仏三昧経、維摩経等に出てくるが、法華経化城喩品第七では、大通智勝仏の十六王子の第一、智積王子の後身と説かれている。すなわち「是の十六の菩薩は、常に楽って、是の妙法蓮華経を説く。一一の菩薩の所化、六百万億那由佗恒河沙等の衆生は、世々に生まるる所、菩薩と俱にして、其れに従い法を聞いて、悉く皆信解せり。此の因縁を以って、四百万億の諸仏・世尊に値いたてまつることを得、十方の国土に於いて、現在に法を説きたもう。無量百千万億の菩薩、声聞有って、以って眷属と為り、其の二りの沙弥は、東方にして作仏す、一を阿閦と名づく、歓喜国に在す」と。
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別の智行
特別な智慧と修行、または特別な智慧を磨く修行。
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功徳
功能福徳の意。功は福利を招く効能。この効能が善行に徳としてそなわっていることを功徳という。化城喩品には、大通智勝仏に対して梵天が宮殿に供養した功徳が説かれている。
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ここからは大文の第六「法華涅槃に依る行者の用心を明さば」という段落に入る。
すなわち、これまで明らかにされてきた真実の善知識である法華経・涅槃経を依りどころとして修行する行者が、心して留意すべきことがらを明らかにされるところである。
まず、はじめに「一代教門の勝劣・浅深・難易に於於ては先の段に既に之を出す、此の一段に於ては一向に後世を念う末代常没の五逆謗法の一闡堤の愚人の為に之を注す」と仰せられている。つまり、釈尊一代に説かれた一切経の教えの勝劣、浅深、難易などを比較して、どの教えが勝れて深いかなどを明らかにすることは、すでに述べたので、この段落では成仏を願いながらも“常没の五逆謗法一闡堤”の境界に苦しんでいる末法の凡夫のために、その心すべき点を記しておきたいと仰せられている。
そのために大きく三つの段に分けて説くと述べられている。
第一に、在家の人々は正法を護持すれば生死の迷いを離れることができ、逆に悪法をたもてば三悪道に堕ちるということを明かす。
第二に、ただ法華経の名字だけを唱えて三悪道を離れることができることを明らかにする。
第三に、涅槃経は法華経の流通のために説かれたものであることを明らかにする。
の三つである。
まず、第一の段を明らかにするなかの在家の人たちが正法を護持すべきことを明らかにされるところである。初めに、涅槃経から二つの文を引いておられる。
一つは巻三金剛身品の文で、仏が迦葉菩薩の問いに答えて述べたものである。その内容は、私が現在の金剛不壊の身を得ることができた因縁は能く前世で正法を持って外護したためである、というものである。
次いで、いま一つは同じ金剛身品の文で、有名な有徳王・覚徳比丘の故事を説いておるところから、要所要所を引用されている。
すなわち、遠い過去、有徳王という名の国王がいたが、この王は悪世においてただ一人、小法を持っていた覚徳比丘が破戒の悪比丘たちに迫害を加えられていたのを見過ごすことができず、正法を護らんがために立ち上がり、これらの悪比丘たちと果敢に戦闘し、覚徳比丘を護り抜いた。だが、このとき、有徳王は身に刀や槍の傷を全身に受け、瀕死の重体となった。覚徳比丘は王の命を賭けた正法護持の姿勢を讃嘆し、未来世において成仏し、その身まさに無量の法器となるであろうと、説法した。
王はこの法を聞き終わって、心が大いに歓喜した後、命を終えた。だが、王はその正法を護った功徳力によって阿閦仏の国にうまれることができたうえ、その仏の第一の弟子となった。という。そして、覚徳比丘は同じ阿閦仏の第二子の弟子となった、と説かれている。
更に付け加えると、その有徳王は現在の釈迦仏であり、覚徳比丘は釈迦仏の前に出現した迦葉仏であると明かされている。
以上の二つの文を受けて、大聖人は「在家の諸人別の智行無しと雖も謗法の者を対治する功徳に依つて生死を離る可きなり」と仰せられている。
すなわち、在家の人たちは特別に智慧を磨くための修行をしなくても、正法を誹謗する者を対治するという実践の功徳に依って、生死の迷いを離れることができなくなっていると仰せられている。つまり、ここでは正法=法華経を護持するということは、正法を誹謗する者を対治する、言い換えれば、折伏することであると仰せられているのである。
此の文の如くならば在家の諸人別の智行無しと雖も謗法の者を対治する功徳に依つて生死を離る可きなり
涅槃経金剛身品から二つの文を受けて、大聖人が釈されているところである。
ここで、大聖人は在家の人々には特別な智慧を磨くための修行をしなくとも「謗法の者を対治する」功徳力に依って生死の迷いを離れることができる、と教示されている。
第69章 0068:13~0069:01 在家の正法護持の有り様を明かすtop
| 13 問うて云く在家の諸人仏法を護持す可き様如何、 答えて云く涅槃経に云く「若し衆生有つて財物に貪著せば我 14 当に財を施し然して 後に是の大涅槃経を以て之を勧め読ましむべし、 乃至・先に愛語を以て其の意に随い然る後 15 に漸く当に 是の大乗大涅槃経を以て之を勧めて読ましむべし若し 凡庶の者には当に威勢を以て之に逼りて読まし 16 むべし若しキョウ慢の者には我当に其れが為に僕使と作り其の意に随順し其れをして歓喜せしめ然して後に復当に大 17 涅槃を以て之を教導すべし、 若し大乗経を誹謗する者有らば 当に勢力を以て之を摧きて伏せしめ既に摧伏し已つ 18 て然して後に勧めて大涅槃を読ましむべし、 若し大乗経を愛楽する者有らば 我躬ら当に往いて恭敬し供養し尊重 0069 01 し讃歎すべし」已上。 -----― 問うて言う。在家の人々が仏法を護持する有り様はどうか。 答えて言う。涅槃経聖行品に「もし衆生がいて、財物に貪著しているならば、我はまさに財を施し、そして後に、この大涅槃経を勧めて読ませるだろう。(乃至)まず優しい言葉をもって、その意に随って、それから後に徐々にこの大乗経典である大涅槃経を勧めて読ませるだろう。もし凡俗な庶民には威勢をもって強く迫って読ませるだろう。もし驕り高ぶった者には我はそのために下僕となって、その意に随って彼を歓喜させ、それから後にまた大涅槃経をもって教え導くだろう。もし大乗経を謗る者がいるならば、勢力をもって打ち砕いて降伏させ、既に摧き伏しおわって、それから後に勧めて大涅槃経を読ませるだろう。もし大乗経を愛し楽う者がいるならば、我は自ら行って敬い供養し尊重し讃歎するだろう」とある。 |
財物
宝と物。金銭と物品。
―――
貪著
貪り執着すること。人の欲を生き起こす五境に執着すること。三毒のひとつ。
―――
大涅槃経
釈尊が跋提河のほとり、沙羅双樹の下で、涅槃に先立つ一日一夜に説いた教え。大般涅槃経ともいう。小乗に東晋・法顯訳「大般涅槃経」二巻。大乗に北涼・曇無識三蔵訳「北本」四十巻。栄・慧厳・慧観等が法顯の訳を対象し北本を修訂した「南本」三十六巻。「秋収冬蔵して、さらに所作なきがごとし」とみずからの位置を示し、法華経が真実なることを重ねて述べた経典である。
―――
愛語
相手を喜ばせる優しい言葉。四摂法のひとつ。菩薩が衆生を教化して仏道に入らせる四つの方法。①布施・財物を施すこと。②愛語・親愛の言葉をかけること。③利行・衆生を利益する種々の行為。④同事・衆生と苦楽をともにし仕事を同じくすること。
―――
威勢
①人を恐れ服させる勢い。威光勢力。②元気がいさま。意気盛んな様子。
―――
憍慢
自らおごり高ぶって正法をあなどること。十四誹謗の第一。
―――
僕使
男の使用人。雑務などをする者。
―――
随順
仏の教えに従うこと。仏法を信受すること。
―――
教導
教え導くこと。
―――
摧伏
敵を摧破し、屈服せしめること。
―――
讃歎
ほめたたえる意をあらわした言葉。
―――――――――
先には、在家が正法を護持するか悪法を持つかで、受ける果報に違いがあることを示されたが、ここでは、その正法護持のありようはいかにあるべきかを示すとして、涅槃経の聖行品の文を引かれている。
ただし、この引用文の内容は、人々を化導する仕方を述べたものである。このことから「護持」といっても、大聖人が重視されたのは、邪法に迷っている人を目ざめさせ正法を受持させていく化他行であることが拝せられる。謗法が充満しているこの末法にあっては化他の実践なくして正法を護る道はないからである。
その内容に触れると、正法を外護する方途として、以下の方法を挙げている。
第一に、もし衆生が財物に執着していれば財を施してから大乗涅槃経の教えを勧めて読ませることである。
第二に、高貴な者に対しては愛語をかけてその心に従った後、涅槃経を勧めて読ませることである。
第三に、普通の庶民には威勢を示して読ませるようにすることである。
第四に、慢心した者に対してはまず僕となってその心に従い、歓喜させてから読ませるようにすることである。
第五に、大乗経を誹謗している者に対しては、力をもって之を摧いて伏しめた後、読ませることである。
第六に、逆に大乗経を愛する人に対しては、その人のいる所に自分の方から出向いて行って尊敬し供養し賛嘆することである。
このように6点にわたって正法を護持する方法を明らかにしている。
結局、在家として正法をたもち外護するということはどこまでも他の衆生に正法の教えを読ませ持たせることに尽きるということである。
だが、衆生はさまざまな種類の者がるから、その類に応じて正法に導く方途が異なることをここで示されているのである。
第70章 0069:02~0069:10 悪法に依り悪道に堕するを示すtop
| 02 問うて云く 今の世の道俗偏に選択集に執して 法華涅槃に於ては自身不相応の念を作すの間・護惜建立の心無 03 く偶邪義の由を称する人有れば 念仏誹謗の者と称して悪名を天下に雨らす 斯れ等は如何、答えて云く自答を存す 04 可きに非ず仏自ら此の事を記して云く、 仁王経に云く「大王我が滅度の後・未来世の中の四部の弟子 諸の小国の 05 王・太子・王子乃ち是れ三宝を住持して護る者 転更に三宝を滅破せんこと師子の身中の虫の自ら師子を食うが如く 06 ならん外道には非ざるなり 多く我仏法を壊り大罪過を得ん正法衰薄し 民に正行無く漸く悪を為すを以て其の寿日 07 に減じて百歳に至らん人 仏法を壊りて復孝子無く六親不和にして 天神も祐けず疾疫悪鬼日に来りて侵害し災怪首 08 尾し連禍縦横して地獄餓鬼畜生に入らん」 亦次下に云く「大王未来世の中の諸の小国の王 四部の弟子自ら此の罪 09 を作らん破国の因縁、乃至・諸の悪比丘多く名利を求め 国王太子王子の前に於て 自ら破仏法の因縁破国の因縁を 10 説かん其の王別えずして此の語を信聴し、乃至・其の時に当つて正法将に滅せんこと久しからず」已上。 -----― 問うて言う。今の世の出家・在家の人々は、ひたすら選択集に執着して、法華経・涅槃経は自分には不相しくないと思っているので、法華経・涅槃経を護り惜しみ興隆する心がなく、たまたま選択集は邪義であるなどという人がいると、念仏を誹謗する者といって悪者のように天下に言いふらす。これはどういうことか。 答えて言う。これは自分の言葉で答えるべきではなく、仏自らがこのことを記して次のように述べられている。仁王経の嘱累品第八に「大王よ、我が入滅して後・未来世の中の四部の弟子、もろもろの小国の王・太子・王子すなわち仏・法・僧の三宝を堅持して護る者がかえって三宝を滅破することは、師子の身中の虫が自ら師子を食うようなものである。仏法を破滅するのは外道ではなく、多くの仏弟子が我が仏法を破り大きい罪過を得るであろう。正法が衰え希薄になり民衆に正しい行いをする者がなく、次第に悪い行いをするので、その寿命は日毎に減じて百歳になるまで縮まるであろう。人々は仏法を破り、また親孝行の子もなく、父母・兄弟・妻子の六親が不和となり、天の神も助けず、疫病を起こす悪鬼が日毎に来て侵し害し、怪しい災いが打ち続き、絶え間なく禍があらわれ、地獄・餓鬼・畜生の三悪道に堕ちるだろう」とある。また次下に「大王よ、未来世の中のもろもろの小国の王や四部の弟子が自らこの罪を犯すであろう。これは国を破るの因縁となる。(乃至)もろもろの悪僧が多くの名声と利益を求め、国王や太子・王子の前において自ら仏法を破る因縁および国を破る因縁を説くだろう。その王は分別がなくて、悪僧の言葉を信じ聴き入れ(乃至)その時に正法が滅びることは長くかからない」とある。 |
自身不相応の念
法華経は自分には合わない経だという念仏宗の人々の考え、邪義。
―――
護惜建立の心
正法を惜しみ護り、興隆させようとする心。
―――
念仏誹謗の者
称名念仏をそしる者。
―――
自答
自分の考えで答えること。
―――
仁王経
釈尊一代五時のうち盤若部の結経である。恌秦の鳩摩羅什(0334~0413)訳の「仏説仁王般若波羅蜜経」と、唐の不空三蔵(0705~0774)訳の「仁王護国般若波羅蜜経」がある。羅什訳のほうが広く用いられている。この仁王経は、仁徳ある帝王が般若波羅蜜を受持し政道を行ずれば、三災七難が起こらず「万民豊楽、国土安穏」となると説かれている。このゆえに、法華経、金光明経とともに、護国の三部経として広く尊崇された。般若波羅蜜とは、菩薩行の六波羅蜜の一つであるが、般若とは智慧で、その実体は法華経文底秘沈の大法を信じ、以信代慧によって知恵を得ることである。末法においては、この三大秘法を受持して広宣流布することが般若波羅蜜を行ずることになる。法蓮抄には「夫れ天地は国の明鏡なり今此の国に天災地夭あり知るべし国主に失ありと云う事を鏡にうかべたれば之を諍うべからず国主・ 小禍のある時は天鏡に小災見ゆ今の大災は当に知るべし大禍ありと云う事を、仁王経には小難は無量なり中難は二十九・ 大難は七とあり此の経をば一には仁王と名づけ二には天地鏡と名づく、此の国主を天地鏡に移して見るに明白なり、又此の経文に云く『聖人去らん時は七難必ず起る』等云云、当に知るべし此の国に大聖人有りと、又知るべし彼の聖人を国主信ぜずと云う事を」とある。
―――
未来世
①三世の中の未来。死後の世界。②歴史的な未来。○年先。
―――
三宝
仏・法・僧のこと。この三を宝と称する所以について究竟一乗宝性論第二に「一に此の三は百千万劫を経るも無善根の衆生等は得ること能はず世間に得難きこと世の宝と相似たるが故に宝と名づく」等とある。ゆえに、仏宝、法宝、僧宝ともいう。仏宝は宇宙の実相を見極め、主師親の三徳を備えられた仏であり、法宝とはその仏の説いた教法をいい、僧宝とはその教法を学び伝持していく人をいう。三宝の立て方は正法・像法・末法により異なるが、末法においては、仏宝は久遠元初の自受用身であられる日蓮大聖人、法宝は事行の一念三千の南無妙法蓮華経、僧宝は日興上人である。
―――
住持
安定して法を持するの意で、転じて一寺の主長となる僧のこと。
―――
師子身中の虫の自ら師子を食う
師子の心中に宿り、体内を食み死に至らしめる虫。蓮華面経巻上には「師子はどこで死んでも人々はその肉を食べないが、ただ師子の身中に生じた虫がその肉を食う。そのように、仏法は外部か破壊されないが、内部にいる悪比丘によって破壊される」(取意)とある。このほか、仁王経・梵網経にも同趣旨の文がある。
―――
外道
仏教以外の低級・邪悪な教え。心理にそむく説のこと。
―――
大罪過
大きいあやまち。
―――
衰薄
(仏法が)衰え薄くなること。
―――
正行
①正しい教えによって立てた正しい行為・修行。②南無妙法蓮華経の題目を唱えること。
―――
孝子
親孝行な子。
―――
六親不和
六親とは妻(夫)・父母・子供・兄弟等。一般には六親等までの血縁者。のことで、親族の中の悪いことを意味する。
―――
天神
①天界の衆生の総称。②諸天善神のこと。
―――
疾疫
伝染病のこと。
―――
悪鬼
悪鬼とは奪命者、奪功徳者で、六道の中の餓鬼道に住する。鬼に善鬼と悪鬼がある。悪鬼は人の生命力を衰えさせ、思考の乱れを引き起こして、正法を行ずる者を妨げる。また国家・社会に対して天変地変や思想の混乱を起こす働きをする。法華経勧持品には「濁劫悪世の中には多く諸の恐怖有らん悪鬼其の身に入つて我を罵詈し毀辱せん」とあり、この文について御義口伝には「悪鬼とは法然弘法等是なり入其身とは国王.大臣.万民等の事なり、今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者を怨むべしと云う事なり」とある。このことから、悪鬼とは、仏教を看板にかけた邪教の指導者のことである。
―――
災怪首尾
災いや異変が絶え間なく起こること。
―――
連禍縦横
禍が続いて起こり、いたるところに害を及ぼすこと。
―――
餓鬼
梵語プレータ(Preta)の漢訳。常に飢渇の苦の状態にある鬼。大智度論巻三十には「餓鬼は腹は山谷の如く、咽は針の如く、身に唯三事あり、黒皮と筋と骨となり。無数百歳に、飲食の名だにも聞かず、何に況んや見ることを得んや」とある。
―――
畜生
飼い畜われていきるものの意で、動物を総称する。三悪道・十界のひとつ。観心本尊抄には「癡は畜生」(0241-08)とあり、理性を失い、本能の命ずるままに行動する姿をさす。
―――
破国の因縁
国土・社会・国家が滅亡する原因と助縁。
―――
名利
名誉と利益。
―――
破仏法の因縁
仏法を破る原因と助縁。謗法・邪義。
―――
信聴
信じて聞き入れること。
―――――――――
これまでは、正法を護持して謗法を対治することが生死を離脱する道であることを明らかにしてこられたのであるが、ここでは逆に、悪法を持つことに依って必ず三悪道に堕すことを仁王経の一節を引用しつつ明らかにされている。ここでの“悪法”が法然の選択集をさしていることはいうまでもない。
まず、問いを設けられる。その内容は当世の道俗はひたすら選択集に執着しているので、法華経・涅槃経の二教の教えを自分たちにとっては相応しくないとの思いを懐いているから、法華・涅槃の正法を愛惜し護って興隆しようとの心がない。それどころか、たまたま選択集が邪義であることを指摘する人がいると逆に“念仏誹謗の者”という悪名を天下に吹聴するしまつである。これらの人についてどう考えたらよいか、というものである。
これに対して大聖人は「自答を存す可きに非ず」と、自分の言葉で答えるべきではないとされ、あくまで仏が当世の事相を予言して述べた言葉として、仁王経の二つの文を引用されて答えとされている。
初めの文であるが、これは嘱累品第8の文で、仏が王に対して説法しているところである。すなわち「自分が滅度した後の未来の世において、比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷の四部の仏弟子たちや、もろもろの小国の王・太子・王子たちは仏・法・僧の三宝を固く護持しなければならないのに、逆に三宝を滅ぼそうとするであろう。彼らはちょうど、外敵には殺されない獅子を、その身体の中にわいた虫が食い破っていくように、仏法を破壊するのである。仏法を滅ぼすのは外道ではなく、多くは仏弟子たちの中の大きな罪過を犯すものに依るのである。その結果、正法が衰えて庶民は正しい行いをしなくなり、ますます悪行を重ねることになるので、人々の寿命は日々に減少して人寿百歳に至るであろう。人は仏法を破壊し、孝行の子は無くなり父母兄弟妻子という六親は仲が悪くなり神々も助けなくなって、疫病を起こす悪鬼が日々にやってきて災害が続き、亡くなった後は地獄・餓鬼・畜生の三悪道に堕ちるであろう」という予言である。
次の文も同じく嘱累品の文で、やはり仏が王に対して説いた言葉の一節である。
すなわち、未来の世でもろもろの小国の王や比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷の四部の弟子たちが自ら、“此の罪”、つまり、“仏宝を誤って信ずるという罪”を作る。これは国を亡ぼす因縁である、と述べ、次いで、もろもろの悪比丘たちが自分の名誉や利益のために、国王・太子・王子の前で「破仏法の因縁破国の因縁」を説く、つまり、仏法を破壊し国を亡ぼす原因となるような悪法を説く、というのである。更に、王たちは正法と邪法とを弁別できないために悪比丘たちの言葉を信じて聴いてしまい、その結果、久しからずして正法が滅するであろう、と予言している。
以上の仁王経の二文に明らかなように、仏が滅度した後の未来世において仏法を滅ぼすのは、正法に背く邪法を説く“仏弟子”であり、それにまどわされる小国の王たちである。ここで「小国の王」というのは、次の章に仰せのように日本の指導者であるが、単に“国”の大小よりも精神的な度量や文化の高さを含意していると考えられよう。とりわけ、仏弟子たちが“獅子身中の虫”となって自分の名聞名利のために、正法を破壊するような邪法を説き、これをまた国王や太子・王子は見分けることができずに信じてしまうということである。
その結果、三法は破壊され、人々の倫理や道徳も堕落し、悪行を重ねて、大きくは寿命を縮め災害、疫病が続出して、現在の人生は苦しみの連続となり、しかも人々は、この人生を終わったあと三悪道に堕ちるのである。「三法を滅破する」とは、正しい仏法僧の三宝が仏教信仰の骨格であり、これが滅ぼされることは、人々が精神的に拠りどころとするものがなくなって、混乱と頽廃に陥ってしまうことを意味している。
この仁王経の予言どおりに、大聖人当世の道俗は陥っていると言われているのである。
第71章 0069:11~0070:03 仁王経の予言通りなるを明かすtop
| 11 余選択集を見るに敢て此の文の未来記に違わず、 選択集は法華真言等の正法を定めて雑行難行と云い末代の我 12 等に於ては時機相応せず 之を行ずる者は千が中に一も無く仏還つて法華等を説くと雖も 法華真言の諸行の門を閉 13 じて念仏の一門を開く末代に於て之を行ずる者を 群賊等と定め当世の一切の道俗に 此の書を信ぜしめ此の義を以 14 て如来の金言と思えり、 此の故に世間の道俗に仏法建立の意無く 法華真言の正法の法水忽ちに竭き 天人減少し 15 て三悪日に増長する 偏に選択集の悪法に催されて起る所の邪見なり、 此の経文を仏記して「我滅度後」と云える 16 は正法の末八十年像法の末八百年末法の末八千年なり 選択集の出る時は像法の末・ 末法の始なれば八百年の内な 17 り仁王経の記する所の時節に当れり、 諸の小国王の王とは日本国の王なり中下品の善は粟散王是なり 「如師子身 18 中虫」とは仏弟子の源空是なり 諸悪比丘とは所化の衆是なり「説破仏法因縁破国因縁」とは上に挙る所の選択集の 0070 01 語是なり「其王不別信聴此語」とは今の世の道俗邪義を弁えずして猥りに之を信ずるなり。 -----― 日蓮が選択集を見ると、この経文に予言されているものと少しも違っていない。選択集は法華経・真言などの正法を雑行・難行道ときめつけて、末代の我らには時と機が相応しないから、これを修行ずる者は千人の中に一人も往生しない。仏は法華経などを説かれたが、法華・真言を修行する者は群賊等であると定めて、当今の一切の出家・在家の人々にこの選択集を信じさせ、人々はこの教義をもって如来の金言と思っているのである。 このため、一般世間の出家・在家の人々に正しい仏法を興隆させる意思はなくなり、法華・真言の正法の法水はたちまちに乾き、天界・人界の境界が減少して三悪道が日毎に増長している。これらは、ひとえに選択集の悪法にそそのかされて起こってきた邪見のゆえである。 この経文の中で仏が「我が滅度の後」といっているのは、正法の末の八十年、像法の末の八百年、末法の末の八千年のことである。 選択集が世に出たのは像法の末・末法の初めであるから八百年の内である。仁王経の記する時節に当たっている。 「諸の小国王」の王とは日本国の王である。十善戒の中品・下品の善を修した者は粟粒を散らしたような小国の王となるのである。「師子身中の虫の如し」とは仏弟子たる源空のことである。「諸の悪比丘」とは源空の弟子たちのことである。「破仏法の因縁・破国の因縁を説かん」とは上述の選択集の言葉である。「其の王別えずして此の語を信聴す」とは今の世の出家・在家の人々が邪義を弁えずして妄りに選択集を信ずることである。 -----― 02 請い願わくば道俗法の邪正を分別して其の後正法に就て後生を願え今度人身を失い 三悪道に堕して後に後悔す 03 とも何ぞ及ばん。 -----― 請い願うに出家・在家の人々よ、仏法の正邪を分別して、その後に正法を信じて後生を願いなさい。今度、人間として身を失って、三悪道に堕ちて後に、後悔しても及ばないからである。 |
雑行
浄土宗の教義で、善導の観無量寿経疏正宗分散善義巻四に典拠をもつ。同書のなかに「行き就きて信を立てるとは、然るに行に二種あり。一には正行、二には雑行なり」とある。修行を正行と雑行に分け、浄土三部経によって修行するのが正行であるとし、五種の正行以外の諸善を雑行と名づくとしている。五種の正行とは、浄土宗の教義。極楽浄土に往生するための五種類の正行のこと。五種の雑行に対する語。①読誦正行。専ら『観経』等を読誦する。すなわち文に、「一心に専らこの『観経』・『弥陀経』・『無量寿経』等を読誦す」ること。②観察正行。専ら彼の国の依正二報を観察する。すなわち文に、「一心に専注して彼の国の二報荘厳を思想し観察し憶念す」ること。③礼拝正行。専ら弥陀を礼する。すなわち文に、「もし礼するには、すなわち一心に専ら彼の仏を礼す」ること。④称名正行とは、専ら弥陀の名号を称する。すなわち文に、「もし口に称するには、すなわち一心に専ら彼の仏を称す」ること。⑤讃歎供養正行。専ら弥陀を讃歎供養する。すなわち文に、「もし讃歎供養するには、すなわち一心に専ら讃歎供養す。これを名づけて正と為す」ること。この中で称名正行を第一の正行、他の四つをその助行とする。この五種の正行の説をふまえて法然は浄土三部経の修行を正行、それ以外の経教の修行を雑行として排した。なお、五種の雑行とは浄土宗の教義で、極楽浄土に往生することができない五種類の修行のことで、選択本願念仏宗にある。⑥読誦雑行。『観経』等の往生浄土の経を除いて已外の大小乗顕密の諸経において、受持し読誦すること。⑦観察雑行。極楽の依正を除いて已外の大小、顕密、事理の観行、皆ことごとく観察雑行という。⑧礼拝雑行。弥陀を礼拝するを除いて已外の、一切の諸余の仏菩薩等、および諸の世天等において、礼拝恭敬すること。⑨称名雑行。弥陀の名号を称するを除いて已外の自余の一切の仏菩薩等、および諸の世天等の名号を称すること。⑩讃歎供養雑行。弥陀仏を除いて已外の一切の諸余の仏菩薩等および諸の世天等において、讃歎供養するを、ことごとく讃歎供養雑行という。
―――
難行
難行道のこと。易行道に対する語。法然の立てた邪義で、出処は竜樹の「十住毘婆沙論」・曇鸞の「往生論註」による。難しい修行のことで、末法の衆生は難行道である法華経などでは往生できないと説く。
―――
時機相応せず
時と機根があわないこと。時の観点からも、機の観点からも相応しないこと。浄土宗では末法の時には法華経は機根が合わないとの邪義を立てる。
―――
千が中に一も無く
選択集の「雑を修して至心ならざる者は千が中に一もなし」とあり、法華経を修行するものは得道できないと、法華経を誹謗している。
―――
群賊
多くの賊のこと。法然が選択集の中で、中国・唐の善導の観無量寿経疏巻四の文を引用して述べた言葉。観無量寿経疏巻四に「群賊等換び廻す」とある。念仏の修行者が外邪異見の難にあうことを防ぐため、群賊が呼び返してもあとを振り返ることもなく西方に直進すれば、たちまち西岸に至り、長く諸難を離れるとしている。特に法然は浄土三部経による浄土教それ以外の人をすべて「群賊」と呼んでいる。
―――
如来の金言
仏の説法。真実の言葉。
―――
正法の法水
正しい法を水にたとえたもの。正法は正しい法の意で、邪法に対する語。法水は清浄な妙法を水に譬えたもの。
―――
天人
天界および人界の衆生。
―――
我滅度後
薬王品に「我が滅度の後、後の五百歳 の中に、閻浮提に広宣流布して、断絶せしむること無けん」とある。我とは釈尊。滅は入滅のこと。
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正法の末八十年
正法時代の終わりの80年。
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像法の末八百年
仏滅後1200年~2000年の期間。
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末法の始
釈迦滅後2000~2500年間。久遠元初の自受用身如来御出現の時。
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中下品の善
上・中・下品の三段階に分けたうちの中・下品の十善戒のこと。
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粟散王
粟粒をまいたように散在する小国のこと。大国と比較して、小さな国々をさしていう。仁王経巻上によると、十善戒のうち、中品と下品を修した者の功徳は、粟散国の王として生まれるという。
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如師子身中虫
師子の心中に宿り、体内を食み死に至らしめる虫。蓮華面経巻上には「師子はどこで死んでも人々はその肉を食べないが、ただ師子の身中に生じた虫がその肉を食う。そのように、仏法は外部か破壊されないが、内部にいる悪比丘によって破壊される」(取意)とある。このほか、仁王経・梵網経にも同趣旨の文がある。
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諸悪比丘
仁王経の「諸の悪比丘」とある。悪比丘とは悪い出家僧のことで、大聖人の時代には、法然の弟子たちを指す場合が多い。
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所化の衆
所化は化導を受ける人。弟子のこと。能化に対する語で、「化」は化導・教化の義。「所」は受ける立場。弟子を意味する。
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説破仏法因縁破国因縁
「破仏法の 因縁を説き、国を破る因縁を説く」と読み下す。大聖人は法然の選択集をがこれにあたるとされている。
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其王不別信聴此語
「その王わきまえずしてこの語を信聴す」と読み下す。大聖人は御在世当時の国主が選択集の邪義を分別しないさまとしての例とされ引用ている。仁王経の文。
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後生
三世のひとつで、未来世、後世と同じ。未来世に生を受けること。今生に対する語。
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ここでは法然の選択集が仁王経に説かれた仏の予言どおりの悪法であることを明らかにされている。すなわち、選択集は法華経等の正法の修行を“雑行難行”と貶め、末法の衆生の時と機根に合わない法であるとし、たとえ法華経を修行しても千人のうち一人も往生成仏する者はいないときめつけ、また、仏はたしかに法華経を説いたが、法華経等の文を閉じて、ただ念仏の一行の門だけを開いたのである。と言い、法華等を末法において行ずる者を“群賊”などときめつけている。そして、当世の全ての出家・在家の人々に選択集を信じさせ、まるで選択集の教えこそ仏の金言であるかのごとく思わせている、と仰せられている。
その結果、世の中の道俗は仏法をこの世に興隆させようという意欲がなくなり、そのために法華経等の正法の法の流れは尽きてしまい、それによって、六道の中でも人界天界の境界の人は減り、地獄・餓鬼・畜生等の三悪道は日々に増しつつあると仰せになり、その原因はただ選択集の悪法によって引き起こされた邪見にあるとされている。
次いで、前章の仁王経の文について、一つ一つの語を取り上げ、当時の日本国に当てはまることを示される。
まず「我が滅度の後」については「80年、800年、8000年の中に仏はなく、法なく僧なし」とあることから、これは正法・像法・末法の末に三宝が消滅した時をさしているとされている。
そして法然の選択集が世に出た時が二番目に挙げられた「八百年」の時期に当たるとされている。
この「80・800・8000」という数字にとらわれていると解釈が難しいが、主眼は「仏なく法なく僧なし」の句のように、仏法が衰滅している時という点にある。 すなわち像法時代の正法である天台法華宗が衰減し、末法の大白法が出現するにいたらない混乱期に法然の念仏宗が現れ、人々を迷わせていったということである。
更に、仁王経の「諸の小国の王」とは日本国の王にあたるとされ、しかし、その王の位も“中下品の善”すなわち前世に中品・下品の十善戒を修行してその果報として王となったために“粟散”、粟の粒を散らしたような小国の王でしかない、と述べられている。また、同経の「獅子身中の虫」とは仏弟子である源空にあたり「諸の悪比丘」とは源空の弟子たちにあたるとされ、更に「破仏法の因縁破国の因縁」、つまり、仏法を破壊し国を破壊する原因は、これまで大聖人がここで挙げられてきた選択集のさまざまな言葉であるとされ、「其の王別えずして此の語を信聴し」とあるのは当世の道俗が選択集の邪義が分からずに無反省に信じていることであると釈されている。
本章の最後に、大文第六段の第一の段で、在家諸人が、正法を持ち外護することによって得道することと、悪法を持つことによって三悪道に堕ちることの双方について、それぞれ経文を裏づけとされながら証明されてきたことを踏まえられて“請い願わくは出家・在家ともに法の正と邪とをよく分別した後、正法に付いてこれを信じ行じて後生を願うようにしなさい。その反対に、せっかく今世で人間の身を受けながら、悪法を信じたために来世に人間の身として生まれる原因を失ってしまい、三悪道に堕ちた後から後悔しても取り返しがつかなであろう”と戒められている。
中下品の善は粟散王是なり
仁王経菩薩教化品から採れた文である。すなわち、菩薩は十善戒、つまり不殺生・不偸盗・不邪婬・不妄語・不両舌・不悪口・不綺語・不貪欲・不瞋恚・不邪見の十の戒を修めることであるが、そこから大道心を起こした者は三界の苦界から解脱するが、ただ十善戒だけの者にも上品・中品・下品の三種があり、上品の十善を修めた者は次生で鉄輪王となるが、中品・下品のそれを修めた者は粟散国、すなわち粟粒を散らしたような多数の小さな国の王となる、ということである。
第72章 0070:04~0070:08 法華の名に三悪離脱の力有るを示すtop
| 04 第二に但法華経の題目計りを唱えて三悪道を離る可きことを明さば、 法華経の第五に云く「文殊師利是の法華 05 経は無量の国中に於て 乃至名字をも聞くことを得べからず」第八に云く 「汝等但能く法華名を受持する者を擁護 06 する福量る可らず」提婆品に云く 「妙法華経の提婆品を聞いて 浄心に信敬して疑惑を生ぜざらん者は地獄餓鬼畜 07 生に堕ちず」 大般涅槃経名字功徳品に云く「若し善男子善女人有つて是の経の名を聞いて悪趣に生ずと云わば是の 08 処有ること無けん」涅槃経は法華経の流通たるが故に引けるなり。 -----― 第二に、ただ法華経の題目だけを唱えて三悪道を離れることを明かすならば、法華経巻五安楽行品に「文殊師利よ、この法華経は計り知れないほど多くの国中において、名字をも聞くことができない」とあり、巻八陀羅尼品に「汝らよ、ただ法華経の名を受持する者を護る福徳は量ることができない」とあり、巻五提婆達多品に「妙法蓮華経の提婆品を聞いて、清らかな心で信じ敬して疑惑を生じない者は地獄・餓鬼・畜生の三悪道に堕ちない」とある。また大般涅槃経名字功徳品に「もし善男子と善女人がいて、この経の名を聞いて悪道に生まれるというなら、このような道理は決してあるものではない」とある。涅槃経は法華経の流通分であるゆえに引いたのである。 文殊師利 文殊師利菩薩のこと。文殊師利は梵語マンジュシュリー(Mañjuśrī)の音写。妙徳、妙首、妙吉祥と訳す。迹化の菩薩の上首であり、獅子に乗って釈尊の左脇に侍し、智・慧・証の徳を司る。法華経序品第一で六瑞が法華経の説かれる瑞相であることを示し、同提婆達多品第十二で沙竭羅竜王の王宮に行き、女人成仏の範を示した竜女を化導している。 |
名字
呼び名・名称・題名。
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擁護
擁え護ること。
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提婆品
妙法蓮華経提婆達多品第12のこと。法師品と見宝塔品が功徳の深重をあげて流通を勧めたのに対し、かつての提婆の弘教と、釈尊の成道の両方を兼ね益した前例を引いて、功徳の深重を証し、流通を勧めるのである。まず前段に国王と阿私仙人の昔話をあげ、釈尊が「果を採り、水を汲み薪を拾い食を設けて」千年間給仕するところの苦行のありさまを説いている。その阿私仙人とは提婆達多のことであり、この大権の聖者が、業因感果の理を示すために、みずから五逆を作り、現身で地獄に堕ちたが、妙法の効力によって、天王如来の記別を受けたのである。迹門正宗八品では声聞の作仏の得記を明かし、流通分にはいって法師品では善人成仏を明かしたのに対して、この提婆品では悪人と女人の成仏を説き、宝塔品では釈迦・多宝の二仏並座は、一切衆生の色心が本有の境智を顕わしているので、すなわち、理性の即身成仏を説いたのであるが、この品では地獄の提婆達多と、海中から出た畜生である竜女の成仏をといたのであるから、事相の即身成仏が説かれたのである。
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浄心
浄らかな心。
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悪趣
趣とは境界の意で、十悪・五逆・謗法の悪業を犯した衆生が落ちる苦悩の境界をいう。地獄・餓鬼・畜生・修羅の四悪道を四悪趣という。地獄とは苦しみ、餓鬼は食物はじめいっさいの物について、求めて得られない状態、畜生は弱い者には威張るが、強い者には媚びて恐々としている状態、修羅は争いに明け、争いに暮れる状態である。日寛上人の分段には「これはこれ四悪趣なり、『生死の河に堕ち』とは上の六凡をもって通じて生死となし四聖をもって用いて涅槃となすなり、性抄に『分明ならざるに似たり』と云云」とある。
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ここからは大文の第六「法華涅槃に依る行者の用心を明さば」の段のうち、第二段の「但法華経の名字計りを唱えて三悪道を離る可きことを明す」というところに入る。
まず、ここでは法華経から三文、涅槃経から一文を引用して、法華経の名には、衆生をして三悪道、四悪趣に堕ちざるをえないという功力があることを示されるのである。
最初の文は法華経安楽行品第14からの一節で、この法華経は無量無数の国々をめぐってもその名をすら聞くことができない。というものであって、あい難い大法であることを示している。
次の文は法華経陀羅尼品第26からの一節で、仏がもろもろの羅刹女に告げるところであるが、法華経の名を受け持つ者を護れば計り知れないほどの福徳を得ることができる、というもので、法華経の名を受持することの偉大さを間接的にあらわしている。
更に、法華経提婆達多品第12からの一節は、妙法蓮華経の提婆達多品を聞いて清浄な心で信じ敬って疑わない者は地獄・餓鬼・畜生の三悪道には堕ちない、というものである。
最後の涅槃経名字功徳品第三からの一節は「是の経の名」を聞いたならば三悪道・四悪趣に生ずるということは断じてない、というものである。
この引文のあとに「涅槃経は法華経の流通たるが故に引けるなり」とことわりがあるのは、この文の「是の経」とは涅槃経そのものではなく、涅槃経が法華経の流通分である以上、「法華経の名」を聞く功徳を説いている文であるからである。
いずれの経文も、法華経の名字、題目を聞いたり受持する者は三悪道に堕ちないし、護られるということを示しているのである。
なお、法華経の題目を唱えれば三悪道を離れるべきであるという段落のなかで、法華経と涅槃経から引用された四文にはいずれも法華の名を唱えるということは記されていず、法華の名を“聞く”“受持する”と記されている。
しかし、ここではまず、法華の名の功力そのものを明らかにされることに重点が置かれているのである。
また、法華の名を“聞く”とか“従事する”というのは「聞とは名字即なり法とは題目なり信受とは受持なり随順不逆とは本迹二門に随順するなり、今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者の事なり」(0737-第六聞法信受随順不逆の事)、「智慧とは南無妙法蓮華経なり信は智慧の因にして名字即なり」(0725-第一信解品の事-05)とあるように、唱えるという行に直結する信心・信受を意味しているといえるのである。
第73章 0070:09~0071:03 法華の信により堕悪を脱れるを示すtop
| 9 問うて云く但法華の題目を聞くと雖も解心無くば如何にして三悪趣を脱れんや、 答えて云く法華経流布の国に 10 生れて此の経の題名を聞き信を生ずるは 宿善の深厚なるに依れり 設い今生は悪人無智なりと雖も必ず過去の宿善 11 有るが故に此の経の名を聞いて信を致す者なるが故に悪道に堕せず。 -----― 問ううて言う。ただ法華経の題目を聞いても意味内容を理解する心がなければ、どうして三悪道に堕ちることから免れようか。 答えて言う。法華経の流布する国に生れて、この経の題名を聞いて信じられるのは過去世からの善根が深く厚いことになる。たとえ現世の生は悪人であり無智であるとしても、必ず過去世の宿善があるゆえに、この経の名を聞いて信じる者となったのであるから、悪道に堕ちないのである。 -----― 12 問うて云く過去の宿善とは如何、 答えて云く法華経の第二に云く「若し此の経法を信受すること有らん者は是 13 の人は已に曾て過去の仏を見たてまつり 恭敬し供養し亦此の法を聞けるなり」 法師品に云く「又如来滅度の後若 14 し人有つて妙法華経の乃至・一偈一句を聞いて一念も随喜せん者は、 乃至・当に知るべし是の諸人等已に曾て十万 15 億の仏を供養せしなり」流通たる涅槃経に云く「若し衆生有つて熈連河沙等の諸仏に於て 菩提心を発し乃ち能く是 16 の悪世に於て 是の如き経典を受持して誹謗を生ぜず善男子 若し能く一恒沙等の諸仏世尊に於て菩提心を発すこと 17 有つて然る後に乃ち能く悪世の中に於て是の法を謗せず是の典を愛敬せん」已上経文。 -----― 問うて言う。過去世の宿善とはどういうものか。 答えて言う。法華経巻二譬喩品に「もしこの経法を信受する人は既にかって過去世に仏を見たてまつり、恭しく敬い、供養し、またこの法を聞いたのである」とあり、巻四法師品に「また如来の滅度の後、もし人がいて妙法蓮華経の一偈一句を聞いて一念も随喜する者は、(乃至)まさにこの人々は既にかって十万億の仏を供養したのである、と知りなさい」とある。法華経の流通分である涅槃経に「もし衆生がいて、熈連河の沙ほど多くの仏のもとで菩提心を起こした人が、この悪世において、このような経典を受持して誹謗を生じないのである。善男子よ、もし衆生がいて、一恒沙の砂ほど多くの仏世尊のもとで菩提心を起こした人が、後に悪世の中において、この法を謗らず、この経典を愛い敬うのである」とある。 -----― 18 此等の文の如くんば設い先に解心無くとも 此の法華経を聞いて謗ぜざるは大善の所生なり、夫れ三悪の生を受 0071 01 くること大地微塵より多く 人間の生を受くるは爪上の土より少し、 乃至四十余年の諸経に値うことは大地微塵よ 02 りも多く法華涅槃に値うことは 爪上の土より少し上に挙ぐる所の涅槃経の三十三の文を見るに 設い一字一句なり 03 と雖も此の経を信ずる者は宿縁多幸なり。 -----― これらの文のようであれば、たとえ初めから法華経の意味を理解する心がなくても、この法華経を聞いて謗らないのは過去世の大いなる善業によって生まれたからである。そもそも三悪道の身に生まれることは大地の微小な塵よりも多く、人間の身として生まれることは爪の上の土よりも少ない。(乃至)更に四十余年の爾前の諸経にあうことは大地の微小な塵よりも多く、法華経・涅槃経にあうことは爪の上の土よりも少ないのである。上述の涅槃経巻三十三の文を見と、たとえ一字一句であっても、此の経を信じる者は過去世からの因縁があり多幸なのである。 |
解心
①仏法の道理を学び、理解しようとする心。②したごころ、心がけのこと。
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三悪趣
三悪道のこと。三種の悪道のこと。地獄道・餓鬼道・畜生道をいう。三善道に対する語。三悪趣、三途ともいう。
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此の経の題名
法華経の題目、南無妙法蓮華経のこと。
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今生
今世の人生のこと。先生、後生に対する語。
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教法
釈尊が説いた教えのこと。
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法師品
法華経法師品第十のこと。法華経迹門の流通分にあたる。一念随喜と法華経を持つ者の功徳を明かし、室・衣・座の三つをあげ滅後の弘教の方軌を説いている。
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一偈
「偈」ゲダ(gāthā)の音写。仏典の中で韻文形式を用いて仏の徳を讃嘆したり、法理を述べたもの。頌ともいう。梵語の仏典では、八音節四句からなるシュローカ、音節数は自由だが必ず八句二行からなるアールヤーなどがある。漢訳仏典では別偈と通偈に分かれており、別偈は一句の字数を三字四字などに定めて四句となしたものをいう。別偈は更に、前に散文の教義なしに記された伽陀と、前に散文の教義があって重ねてその義を説いた祇夜の二つに分かれている。通偈は首盧迦ともいい、散文、韻文にかかわらず、三十二字を一頌と数えることをいう。なお教義には別偈のみを偈とする。
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一句
句とは通常、数語で一つの意味をなしている最小限度のものをいうが、漢訳経典では、四字または五字などで一句をなすものが多い。偈は一般に経典中の韻文形式で説かれたものをいい、仏の徳または教理を賛嘆している。
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一念も随喜せん者
一念に随喜する者をいう。一念随喜とは法華経信仰の最初の位。一念は瞬間の生命のこと。随喜は随順慶喜の義で、信順して歓喜すること。衆生の瞬間の生命の中に仏法に随順して得た歓喜を涌現させていくことをいう。普通は四信五品のなかで滅後の五品中、最初の位である所随喜と同じ意味で用いられる。このほか①法師品で説く一念随喜。②随喜功徳品で説く五十展転の五十人目の随喜として使われることもある。
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菩提心
悟りを求めて仏道を行ずる心。菩提は梵語ボーディ(bodhi)の音写で、覚・智・道などと訳す。菩提に声聞・縁覚・仏の三種ある
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悪世
闘諍堅固・白法隠没の五濁悪世のこと。末法の相をいう。
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一恒沙
恒沙とはガンジス河の砂のことである。ガンジス河はヒマラヤ山脈を源とし、東へ流れてベンガル湾に注いでいる大河。インド三大河の一つで、昔から霊験に富んだ河として、人々から尊崇されていた。恒沙とは、ガンジス河の沙のように無数であることを譬える。無量無数のという意となる。
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諸仏
十方の諸仏のこと。十方と上下の二方と東西南北の四方と北東・北西・南東・南西の四維を加えた十方のことで、あらゆる国土に住する仏、全宇宙の仏を意味する。
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世尊
世に尊敬される仏を指す。仏の10号のひとつ。
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大善の所生
大善が生み出したところの意。過去世に修した大善根によって、その果報をもって生まれてきたこと。
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三悪の生
三悪道の生命。三種の悪道のこと。地獄道・餓鬼道・畜生道をいう。三善道に対する語。三悪趣、三途ともいう。
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大地微塵
大地の塵。微塵は微細なものをいい、転じて多数を意味する。
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爪上の土
ガンジス河の砂に対して、爪の上に乗るほどの土をいう。人間として生を受けることは稀であり、仏法に巡り合うこととむずかしさ、等にたとえる。
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四十余年の諸経
釈尊が30歳のときに成道してのち、法華経を説くまで、42年間のあいだ、かずかずの経文を説いてきた経。
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宿縁多幸
宿縁は宿世につくった因縁のことで、過去世からの因縁で幸が多いこと。
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法華経の名をきくだけで三悪道を離れることができるという前の文を受けて、ここではまず、はたして法華経の内容を理解する心がなくてもただ聞くだけでよいのか、との問いを設けられている。これに対して、法華経が流布する国に生まれて、法華経の名を聞いて信ずることができる人はあくまでその人の“宿善”、過去世に積んだ善根が深くて厚いことによると仰せられている。したがって、たとえ今世で悪人であったり、法華経の内容を理解できない無智の者であったとしても、過去世からの善根があるから法華経の名を聞いて信ずることができたのであり、したがって三悪道・四悪趣に堕ちることはない。と断言されている。
更に、ではいったい、その過去世の善根とはどういうものか、との問いを重ねられ、これに対して、法華経譬喩品第3、法師品第10、涅槃経からそれぞれ一節ずつ、三つの文を引用された後、たとえ初めに法華経の内容を理解する心がなくとも、法華経を聞いた時に誹謗しないこと自体、過去世に積んだ大善根が生み出した結果であると答えられている。
更に、59章でも引用された涅槃経巻33迦葉菩薩品の一節に基づいて、三悪道に生を受けることは大地微塵より多いのに対して、人間として生を受けるのは爪上の土よりも少ない。また、40余年の権教の諸経に出あうことは大地微塵より多いのに対して、法華経・涅槃経に出あうことは爪上の土より少ないとされたうえで、逆に、その出会いがたい法華経に出あい、かつ、たとえ一字一句であっても信ずることができるということは“宿縁”、過去世以来の法華経との縁があったからであり、かつ、多幸なる者というべきであるとされている。
但法華の題目を聞くと雖も解心無くば如何にして三悪趣を脱れんや
現代も、このような問いを発する学者や仏教徒は少なくないが、大聖人の時代にもいたのであろう。諸御書に同じような問いを掲げ、それに答えられている。
例えば唱法華題目抄の冒頭では「有る人予に問うて云く世間の道俗させる法華経の文義を弁へずとも 一部一巻四要品自我偈一句等を受持し或は自らもよみかき若しは人をしてもよみかかせ或は我とよみかかざれども経に向い奉り合掌礼拝をなし香華を供養し、或は上の如く行ずる事なき人も他の行ずるを見てわづかに随喜の心ををこし国中に此の経の弘まれる事を悦ばん、是体の僅かの事によりて世間の罪にも引かれず彼の功徳に引かれて小乗の初果の聖人の度度人天に生れて而も悪道に堕ちざるがごとく常に人天の生をうけ終に法華経を心得るものと成つて十方浄土にも往生し又此の土に於ても即身成仏する事有るべきや委細に之を聞かん」(0001-01)とある。
これは、法華経の文義をそれほど分からなくても、法華経の一字一句でも受持・読誦などの行いをすれば悪道に堕ちずに往生成仏することができないということは本当に可能なのかを詳しく聞きたいという問いである。
また、四信五品抄では「問う其の義を知らざる人唯南無妙法蓮華経と唱うるに解義の功徳を具するや否や」(0341-17)とか「問う汝が弟子一分の解無くして但一口に南無妙法蓮華経と称する其の位如何」(0342-06)などの問いを掲げられている。
答えて云く法華経流布の国に生れて此の経の題名を聞き信を生ずるは宿善の深厚なるに依れり設い今生は悪人無智なりと雖も必ず過去の宿善有るが故に此の経の名を聞いて信を致す者なるが故に悪道に堕せず
ここで大聖人は法華経の内容を理解できない悪人や無智の 人であっても、過去世に積んだ善根が深くて厚いからこそ、法華経が流布される国に生まれて法華経の題目を聞いただけで信ずることができたのであり、したがって、この人は三悪道に堕ちることはない、と答えられている。つまり、ここでは、法華経の内容を理解できなくても、題目を聞いただけで信ずることができるのは、「宿善」の力に支えられたのであり、したがって、三悪道に堕ちるわけにはいかないとされている。
先に引用した唱法華題目抄の答えは「させる文義を弁えたる身にはあらざれども法華経・涅槃経・並に天台妙楽の釈の心をもて推し量るにかりそめにも法華経を信じて聊も謗を生ぜざらん人は余の悪にひかれて悪道に堕つべしとはおぼえず」(0001-06)となっている。すなわち、ここでは大聖人は法華経・涅槃経、また天台大師・伝教大師の釈によって考えてみると、法華経を信じて誹謗しない人は、それ以外の悪業に引かれて三悪道に堕ちることはない、と答えられている。
つまり、法華経信受の強い善業があるのだから、それ以外の悪業があっても悪道に引っぱられることはないとのお答えである。
また、同じく四信五品抄で「小児乳を含むに其の味を知らざれども自然に身を益す耆婆が妙薬誰か弁えて之を服せん水心無けれども火を消し火物を焼く豈覚有らんや竜樹・天台皆此の意なり」(0341-17)と答えられている。小児が乳を飲むのにその乳の味は知らないけれども、飲んでいる間に自然のうちに身体に利益を与えているように、また、耆婆という名医の薬をだれもその内容を分析して知ったうえで服用しているわけではない。水は心がなくとも火を消す働きをもっているし、火が物を焼くのに焼くことを覚知しているわけではない、と答えられている。
つまり、ここでは小児にとっての乳、病者にとっての薬、水や火の働きに即して、分析し理解してなどいなくても、自然のうちに恩恵に預かることができる例を出されながら、法華経の題目も同じであると説かれている。
新池御書では、有解無信と無解有信とを対比されながら「有解無信とて法門をば解りて信心なき者は更に成仏すべからず、有信無解とて解はなくとも信心あるものは成仏すべし、皆此の経の意なり私の言にはあらずされば二の巻には『信を以て入ることを得己が智分に非ず』とて智慧第一の舎利弗も但此の経を受け持ち信心強盛にして仏になれり・己が智慧にて仏にならずと説き給へり、舎利弗だにも智慧にては仏にならず、況や我等衆生少分の法門を心得たりとも信心なくば仏にならんことおぼつかなし」(1443-14)と説かれている。
ここでは、智慧第一の舎利弗さえも信をもって受記したことを例に、有解無信は成仏できないが、無解有信のほうは成仏できることを明らかにしている。
問うて云く過去の宿善とは如何、答えて云く法華経の第二に云く「若し此の経法を信受すること有らん者は是の人は已に曾て過去の仏を見たてまつり恭敬し供養し亦此の法を聞けるなり」法師品に云く「又如来滅度の後若し人有つて妙法華経の乃至・一偈一句を聞いて一念も随喜せん者は、乃至・当に知るべし是の諸人等已に曾て十万億の仏を供養せしなり」流通たる涅槃経に云く「若し衆生有つて熈連河沙等の諸仏に於て菩提心を発し乃ち能く是の悪世に於て是の如き経典を受持して誹謗を生ぜず善男子若し能く一恒沙等の諸仏世尊に於て菩提心を発すこと有つて然る後に乃ち能く悪世の中に於て是の法を謗せず是の典を愛敬せん」已上経文
ここでは今世で法華経の題目を聞いただけで誹謗することなく信ずることができる者は宿善があったからであるという。その宿善の内容を具体的に、法華経の二つの文と涅槃経の文によって証明されているところである。
まず、初めに法華経巻二譬喩品第3からの一節を引用されている。その内容は、この“経法”すなわち法華経の教えを信じ受持する者はかつて過去の仏に会し恭しく供養したり、この仏の特法を聞いた者である、というものである。
次いで、法師品第10からの一節を引用されている。その内用は、如来が滅度した後の世に、もし法華経の一偈一句を聞いて、少しの間でも心に歓喜する者がいるならば、この人たちは過去世に十万億の仏を供養する功徳を積んだ人であるというものである。
更に、法華経の流通分としての涅槃経の如来性品からの一節を引用されている。その内容は、悪世において「是の如き経典」すなわち、正法の経典を謗らず敬愛し持続し続ける者は、かつて恒河の砂や熈連河の砂の数ほどの多くの仏たちのもとで菩提心を発した者である、というものである。
以上の経文から、宿善とは過去世において無量というほどの多くの仏たちを供養したり敬愛したり菩提心を起こして修行するという善根を積んだということをさすのは明らかである。
上に挙ぐる所の涅槃経の三十三の文を見るに設い一字一句なりと雖も此の経を信ずる者は宿縁多幸なり
「上に挙ぐる所の涅槃経の三十三の文」とあるのは第59章「人身受け難きを示す」のなかで引用された涅槃経巻33迦葉菩薩品の一節である。
ここは“十方の土”と“爪の上の土”という対比によって、人間として生を受けることの困難さ、そしてたとえ人間として生を受けても仏法、なかでも正法に出あうことの困難さを述べられたうえで、そのあい難い法華・涅槃の正法に出あうことができて、しかも、たとえ一字一句なりとも信ずることができるということは“宿縁”、過去世以来の法華経との縁が深いからであり、その意味では大きな幸いであると強調されている。
第74章 0071:04~0071:07 悪師を恐るべきことを教えるtop
| 04 問うて云く設い法華経を信ずと雖も悪縁に随わば何ぞ三悪道に堕せざらんや、 答えて云く解心無き者権教の悪 05 知識に遇うて実教を退せば 悪師を信ずる失に依つて必ず三悪道に堕す可きなり、 彼の不軽・軽毀の衆は権人なり 06 大通結縁の者の三千塵点を経しは 法華経を退して権教に遷りしが故なり、 法華経を信ずる輩は法華経の信を捨て 07 て権人に随わんより外は世間の悪業に於ては法華の功徳に及ばざる故に三悪道に堕つ可からざるなり。 -----― 問うて言う。たとえ法華経を信じても悪縁に従うならば、どうして三悪道に堕ちないことがあろうか。 答えて言う。理解する心がない者が権教の悪知識にあって実教から退転するならば、悪師を信じた過ちによって必ず三悪道に堕ちるのである。あの不軽菩薩を軽んじ毀った人々は権教の人である。大通智勝仏の十六王子によって法華経との縁を結んだ者が三千塵点という長い期間、悪道を経たのは実教である法華経から退転して権教に移ったからである。法華経を信じる者は法華経の信心を捨てて権教の人に従うこと以外では、世間の悪業の罪は法華経の功徳に及ばないゆえに三悪道に堕ちないのである。 |
権教
実教に対する語。権とは「かり」の意で、法華経に対して釈尊一代説法のうちの四十余年の経教を権経という。これらの経はぜんぶ衆生の機根に合わせて説かれた方便の教えで、法華経を説くための〝かりの教え〟であり、いまだ真実の教えではないからである。念仏の依経である阿弥陀経等は、この権経に属する。
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悪知識
善知識に対する語。悪友と同語。仏道修行を妨げ、不幸に陥れる友人。唱法華題目抄には「悪知識と申してわづかに権教を知れる人智者の由をして法華経を我等が機に叶い難き由を和げ申さんを誠と思いて法華経を随喜せし心を打ち捨て余教へうつりはてて一生さて法華経へ帰り入らざらん人は悪道に堕つべき事も有りなん」(0001-08)とある。
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不軽・軽毀の衆
不軽菩薩を軽賎し、毀謗して地獄におちた増上慢の比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷の四衆。
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権人
方便権教を信じる人。
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大通結縁の者
法華経化城喩品第七に説かれる。三千塵点劫の昔、大通智勝仏が十六王子に法華経を説き、その十六王子がのちにそれぞれ法華経を説いて衆生を化導した。これを大通覆講という。そのうち第十六王子が釈尊の過去世の姿であり、この第十六王子と衆生との結縁を大通結縁といい、それは三種の衆生に分かれる。第一を不退、第二を退大取小、第三を未発心という。ここでは第二類の人々をさしている。
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三千塵点
三千塵点劫のこと。法華経化城喩品第七に「人は力を以て 三千大千の土を磨って 此の諸の地種を尽くして 皆悉な以て墨と為し 千の国土を過ぎて 乃ち一の塵点を下さん 是の如く展転し点じて 此の諸の塵墨を尽くさんが如し 是の如き諸の国土の 点ぜると点ぜざると等を 復た尽く抹して塵と為し 一塵を一劫と為さん 此の諸の微塵の数に 其の劫は復た是れに過ぎたり」と説かれているのがそれである。この三千塵点劫というぼう大な時間を、釈尊在世からさかのぼった昔、大通智勝仏という仏があって、法華経を説いた。その仏の滅後、この仏の十六人の王子が父の説法を覆講(ふっこう)し、多くの衆生を化導した。その十六番目の王子が、釈尊であると説く。
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世間の悪業
世の中における悪い行為。世間法上の悪い行為。
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ここでは、まず、たとえ法華経を信じたとしても悪縁に従うと三悪道に堕ちてしまうのではないか、という問いを設けられている。
これに対して、たとえ信があっても経文を理解することのできない者が権教の悪知識に出会うと、だまされて実教の法華経を退転してしまう場合がある。そのときは悪師を信じた罪で必ず三悪道に堕ちるであろうと説かれている。
次いで、不軽菩薩を軽蔑し迫害したために無間地獄に堕ちた人々は“権人”、つまり、方便権教を信じていた人々であったこと、また、法華経化城喩品第7で、大通智勝仏の時、法華経に縁を結んだ者たちが、その後、三千塵点劫の長時間を成仏できないで釈尊在世に至ったのは彼らが法華経を退転して権教に移ってしまったからである、と述べられている。
結論として、法華経を信ずる者も“権人”、権教の悪知識や悪師によって法華経を退転してしまった場合は三悪道に堕ちるのであって、法華経の信心を退転しなければ、それ以外の“世間の悪業”があったとしても、法華経を信ずる功徳により力が弱小であるから三悪道には堕ちないと説かれて法華経を信ずる者は、法華の信心を破ろうとする権教の悪知識を最も恐れるべきであることを重ねて述べられ戒められている。
世間の悪業に於ては法華の功徳に及ばざる故に三悪道に堕つ可からざるなり
法華経を信ずる者は権人、つまり、権教を教える悪知識にたぶらかされて法華経を退転し権教に移ってしまうことを除けば、“世間の悪業”を犯しても三悪道に堕ちる原因とはならないと仰せられている。その理由として、世間の悪業の力は法華経を信じ行じて積み上げた功徳の力には及ばないからであると述べられている。
ところで、法華経への信心があり権教へと退転さえしなければ、どんな世間の悪業を犯しても三悪道に堕ちないのであろうか。
法華経への信心というなかに、当然のことながら、仏教徒としてふまえなければならない五戒があり、特に殺生や偸盗・邪婬・妄語は世間でも悪としてしりぞけられているから、残るは世間の常識や道徳・倫理と称されるものに違反する行為ということになろう。
例えば報恩抄には、仏法を信じて出離の道を求める行為と世間的な倫理とぶつかった場合に、仏法による出離の道を選ぶべきであることを勧められている個所がある。「いかにいわうや仏教をならはん者父母・師匠・国恩をわするべしや、此の大恩をほうぜんには必ず仏法をならひきはめ智者とならで叶うべきか、譬へば衆盲をみちびかんには生盲の身にては橋河をわたしがたし方風を弁えざらん大舟は諸商を導きて宝山にいたるべしや、仏法を習い極めんとをもはばいとまあらずば叶うべからずいとまあらんとをもはば父母・師匠・国主等に随いては叶うべからず是非につけて出離の道をわきまへざらんほどは父母・師匠等の心に随うべからず、この義は諸人をもはく顕にもはづれ冥にも叶うまじとをもう、しかれども外典の孝経にも父母主君に随はずして 忠臣・孝人なるやうもみえたり、内典の仏経に云く『恩を棄て無為に入るは真実報恩の者なり』等云云、比干が王に随わずして賢人のなをとり悉達太子の浄飯大王に背きて三界第一の孝となりしこれなり。かくのごとく存して父母・師匠等に随わずして仏法をうかがひし程に」(0293-02)と。
ここに挙げられている「父母主君に随わない」等の御文からも明らかなように“世間の悪業”といっても、積極的悪事でないことに注目すべきである。
そのうえでなお、大聖人は“世間の悪業”を勧められているわけでは毛頭なく、むしろどこまでも法華経を信じ行ずる善根の功徳がどれほど大きいものであるかを説かれているところに重点が置かれていることに留意すべきであろう。
第75章 0071:08~0071:17 日本が法華流布の国なるを示すtop
| 08 問うて云く日本国は法華涅槃有縁の地なりや否や、 答えて云く法華経第八に云く「如来の滅後に於て閻浮提の 09 内に広く流布せしめ断絶せざらしむ」七の巻に云く 「広宣流布して閻浮提に於て断絶せしむること無けん」涅槃経 10 第九に云く「此の大乗経典大涅槃経も亦復是の如し南方の諸の菩薩の為の故に当に広く流布すべし」已上経文三千世 11 界広しと雖も仏自ら法華涅槃を以て南方流布の処と定む、南方の諸国の中に於ては日本国は殊に法華経の流布す可き 12 処なり。 -----― 問うて言う。日本国は法華経・涅槃経に有縁の地であるかどうか。 答えて言う。法華経巻八勧発品に「如来の滅後において南閻浮提においての広く流布させて断絶させないようにする」とあり、巻七薬王品に「広宣流布して南閻浮提において断絶させてはいけない」とある。また涅槃経巻九如来性品に「この大乗経典である大涅槃経もまたこれと同じである。南方のもろもろの菩薩のために、まさに広く流布しなさい」とある。三千大千世界が広いといっても、仏自らが法華経・涅槃経をもって南方の諸国の中においては日本国は殊に法華経の流布すべき所である。 -----― 13 問うて云く其の証如何、 答えて云く肇公の法華翻経の後記に云く羅什三蔵・須利耶蘇摩三蔵に値い奉りて法華 14 経を授かる時の語に云く「仏日西山に隠れ遺耀東北を照す茲の典東北の諸国に有縁なり汝慎んで伝弘せよ」已上東北 15 とは日本なり 西南の天竺より東北の日本を指すなり、 故に慧心の一乗要決に云く「日本一州円機純一なり朝野遠 16 近同じく一乗に帰し緇素貴賎悉く成仏を期す」已上 願わくば日本国の道俗選択集の久習を捨てて法華涅槃の現文に 17 依り肇公慧心の日本記を恃みて法華修行の安心を企てよ。 -----― 問うて言う。その証拠はどうか。 答えて言う。僧肇の法華翻経の後記に、鳩摩羅什三蔵が須利耶蘇摩三蔵に会って法華経を授けられた時の言葉として「仏日が西山に隠れ、その余光は東北を照らす。この経典は東北の諸国に有縁である。汝よ、慎んで伝え弘めよ」と記されている。東北とは日本のことである。西南のインドから東北の日本をさして言ったのである。ゆえに慧心の一乗要決に「日本一州は円教の機根で純一である。朝廷も在野も、遠きも近きも同じく法華一乗に帰依し、貴い人も賎しい人もすべて成仏を期する」とある。願うことに、日本国の出家も在家も選択集信じる長い習慣を捨てて法華経・涅槃経に現実に説かれている文に依って、僧肇や慧心の日本記を頼りにして、法華経を修行して安らかな心を得るようにしなさい。 |
三千世界
古代インドの世界観の一つ。倶舎論巻十一、雑阿含経巻十六等によると、日月や須弥山を中心として四大州を含む九山八海、および欲界と色界の初禅天とを合わせて小世界という。この小世界を千倍したものを小千世界、小千世界の千倍を中千世界、中千世界の千倍を大千世界とする。小千、中千、大千の三種の世界からなるので三千世界または三千大千世界という。この一つの三千世界が一仏の教化する範囲とされ、これを一仏国とみなす。
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南方流布の処
法華経を流布する国土は南閻浮提であるということ。
―――
肇公
(0384~0414)。僧肇のこと。中国東晋の僧。長安の人。鳩摩羅什の門下で、仏典漢訳を助け、理解第一と称された。著に「宝蔵論」「肇論」などがある。
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法華翻経の後記
中国・唐代の僧称の法華伝記巻2諸師序集第6の中に収められている。僧肇の法華翻訳後記のこと。肇公の記ともいう。鳩摩羅什の法華経翻訳の後書きの形をとり、以前に訳出された正法華経などと違い提婆品が加わり、28品となった理由が書かれている。羅什訳の妙法蓮華経が28品であったとする説の典拠となっている。
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羅什三蔵
(0344~0409)。梵語クマーラジーヴァ(Kumārajīva)の音写。中国・姚秦代の訳経僧。鳩摩羅耆婆、鳩摩羅什婆とも書き、羅什三蔵とも呼ばれる。童寿と訳す。父はインドの一国の宰相鳩摩羅炎、母は亀茲国王の妹・耆婆。7歳の時、母と共に出家し、仏法を学ぶ。生来英邁で一日に千偈、三万二千言の経を誦したと言う。9歳の時カシミール国に留学し、王の従弟の槃頭達多について学び、後に諸国を遊歴して仏法を修行した。初め小乗経を、後に須利耶蘇摩について大乗教を学び、亀茲国に帰って大いに大乗仏教を弘めた。しかし、中国の前秦王・符堅は、将軍・呂光に命じて西域を攻めさせ、羅什は、亀茲国を攻略した呂光に連れられて中国へ行く途中、前秦が滅亡したため、呂光の保護を受けて涼州に留まった。その後、後秦王・姚興に迎えられて弘始3年(0401)長安に入り、その保護の下に国師の待遇を得て、訳経に従事した。羅什は多くの外国語に通暁していたので、初期の漢訳経典の誤謬を正し、また抄訳を全訳とするなど、経典の翻訳をした。その翻訳数は、出三蔵記集巻二によると三十五部二九四巻、開元釈教録巻四によると七十四部三八四巻にのぼる。代表的なものに「妙法蓮華経」八巻、「大品般若経」二十七巻、「大智度論」百巻、「中論」四巻、「百論」二巻などがある。弘始11年(0409)8月20日、長安で寂したが、予言どおりに舌のみ焼けず、訳の正しさを証明したと伝えられる。なお、寂年には異説があるが、ここでは高僧伝巻二によった。
―――
須梨耶蘇摩
4世紀頃西域沙車国の王子として生まれる。鳩摩羅什の師。法華翻経後記には、大乗諸教に通じ、法華経を鳩摩羅什に授けて、東方有縁の国に流布せよと命じたとある。
―――
仏日西山に隠れ遺耀東北を照す茲の典東北の諸国に有縁なり汝慎んで伝弘せよ
僧肇の法華翻経の後記の文。鳩摩羅什が師の須梨耶蘇摩から法華経をインドから見て東北の国に伝え弘めるように言った言葉。
―――
仏日
仏を太陽に譬えたもの。太陽が暗闇を照らし晴らすように、仏は衆生の煩悩を照らし晴らすので仏日という。
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西山
仏を太陽にたとえていったので、仏の入滅を「西山に隠れ」と表現したもの。
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遺耀
残った輝きの意。夕日が沈んだ後もなお残っている光。残光・余光・残照のこと。仏の入滅後残された仏の教え。
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有縁
因縁・関係があること。仏経に縁があることをいう。
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伝弘
伝え弘めること。
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天竺
古来、中国や日本で用いられたインドの呼び名。大唐西域記巻第二には「夫れ天竺の称は異議糺紛せり、舊は身毒と云い或は賢豆と曰えり。今は正音に従って宜しく印度と云うべし」とある。
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慧心
(0942~1017)。比叡山第十八代座主。慈慧大師の弟子で権少僧都・慧心源信のこと。大和国葛城郡当麻郷(奈良県北葛城郡當麻町)に生まれ、9歳のとき比叡山に登り、慈慧良源の弟子となった。13歳で得度し源信と名のった。32歳のとき宮中の論議に出席し、才能弁舌がすぐれているので満座を驚かせたという。42歳の時、権少僧都に任ぜられ、横川楞厳院の検校となった。43歳で「往生要集」を作り念仏の行に帰依した。浄土宗門徒が慧心をわが国浄土宗の先駆に崇めるようになったのは、この故である。しかし、慧心は、その後悔いて法華経信仰に戻り、権少僧都の位も辞して「一乗要決」を著した。弟子の指導にも努め、教相を重んずる檀那流に対し、観門を重んずる慧心流台学の源となった。「一乗要決」では「日本一州円機純一=日本国中は、法華有縁の機根の者ばかりで、蔵通別三教に縁のある者はいない」と述べた文は有名で、大聖人も諸御書で用いられている。76歳没。著書は他に「法華科文」「法華略観」「法華弁体」などがある。
―――
一乗要決
比叡山横川の恵心院の僧都源信が寛弘3年(1006)に著した書。3巻。法相宗において人の資質や能力に応じて声聞・縁覚・菩薩に固有の3種の悟りの道があるとする法相三乗家の五性格別を破折し、一乗は真実の理、五性は方便の説であると説いたもの。
―――
日本一州円機純一なり朝野遠近同じく一乗に帰し緇素貴賎悉く成仏を期す
慧心の一乗要決の文。日本が大乗仏経の流布する国土であるとの意味。
―――
円機純一
もっぱら円教の機根だけのこと。円機は円教の機根の意で、円教である法華経を受持できる衆生の機根のこと。
―――
朝野遠近
朝野は朝廷と在野。今日では政府と民間。遠近は都から遠いか近いか。
―――
緇素貴賎
緇素は僧侶と俗人。インドにおいては僧侶は一般に緇(黒色)の衣を着て、俗人は白い衣を着ていたので、こう呼ばれる。
―――
久習
久しい間にわたって修行・修学してきた慣習・その法門や学問。
―――
現文
明らかに表れている文証のこと。
―――
日本記
日本について記した文。
―――
法華修行の安心
法華経の修行によって得られる安らかな心。
―――――――――
ここでは二つの問答によって、日本国こそが法華経・涅槃経に縁が深い国であり、特に法華経流布の所であることを法華・涅槃の二経や僧肇・慧心の文を引いて明らかにされている。
最初の問答では、まず、日本国は法華・涅槃の二経に縁の深い国であるか否かという問いを設けられ、答えとして、法華経勧発品第28、薬王品第23、更に涅槃経如来性品の一節を文証とされて、四大洲のなかでも南閻浮提が法華・涅槃に縁の深い地であることを明らかにされるとともに、南閻浮提の中でも特に日本国が法華経流布の国であることを述べられている。
次に、日本が法華経流布の国である証拠を求める問いに答えられて、僧肇の法華翻経の後記の文や慧心僧都源信の一乗要決の文を引用されている。そのうえで、日本国の道俗は選択集の邪法を捨てて、正法の法華・涅槃の現実の文を依りどころとし、かつ僧肇や恵心の日本に対する未来記をたのしみとして法華経修行によって不動安心の境地を得るよう努めるべきであると勧めたれている。
肇公の法華翻経の後記に云く羅什三蔵・須利耶蘇摩三蔵に値い奉りて法華経を授かる時の語に云く「仏日西山に隠れ遺耀東北を照す茲の典東北の諸国に有縁なり汝慎んで伝弘せよ」
初めの問答の答えで「南方の諸国の中に於ては日本国は殊に法華経の流布す可き処なり」と述べられて、南閻浮提の中でも特に日本国が法華経の流布すべき所であると述べられ、その裏づけとして肇公の文を紹介されている。
ここで肇公というのは中国・東晋の時代の僧肇のことで、鳩摩羅什門下の四哲の一人とされ、羅什の法華経の本訳事行に参加した。彼が著した法華翻経の後記というのは羅什が行った法華経翻訳の後書きという体裁をとっている短文の書である。この後記は唐代の僧祥という人が編纂した法華伝記諸師序集第六に収められている。
さて、その後記に、鳩摩羅什が、若き日、師である須利耶蘇摩から法華経を授けられ、この経は東北の国に縁がある、汝はこれをその東北の国に伝えよと託されたことが述べられている。この時の言葉がここに引用されている「仏日西山に隠れ遺耀東北を照す茲の典東北の諸国に有縁なり汝慎んで伝弘せよ」である。その内容は、太陽の如き仏は西の山に隠れてしまったがその遺耀、つまり仏日の残光は東北を照らす、この法華経こそ東北の諸国に縁がある経であるから、あなたは慎んで東北に伝え弘めよ、というのである。
肇公の後記は羅什がはるばる西域から中国に来て法華経を訳した所以を述べたものであるが、この文を受けて、大聖人はこの後記に云う東北とは、更にいえば日本のことであり、西南のインドより日本国をさして東北といったのである、と釈されている。なお、同じようなことを説いているものに瑜伽論があり、大聖人は曾谷入道殿許御書に引用されている。すなわち「弥勒菩薩の瑜伽論に云く「東方に小国有り其の中に唯大乗の種姓のみ有り」云云」(1037-11)とある。
また、同御書でも肇公の後記を引用された後、次のように説かれている。「予此の記の文を拝見して両眼滝の如く一身悦びをアマネくす,「此の経典東北に縁有り」云云西天の月支国は未申の方.東方の日本国は丑寅の方なり、天竺に於て東北に縁有りとは豈日本国に非ずや、遵式の筆に云く「始め西より伝う猶月の生ずるが如し今復東より返る猶日の昇るが如し」云云、正像二千年には西より東に流る暮月の西空より始まるが如し末法五百年には東より西に入る 朝日の東天より出ずるに似たり」(1037-18)と。
慧心の一乗要決に云く「日本一州円機純一なり朝野遠近同じく一乗に帰し緇素貴賎悉く成仏を期す」
比叡山天台宗の慧心僧都源信の著である。一乗要決は本抄の前の方でもたびたび引用されたが、この書は天台宗の教義を根本として法華経の一乗思想を強調し、一切衆生に仏性あることを明らかにしたもので、ここで引かれている文の意味は次のとおりである。
すなわち、日本一国のすべての人たちは“円機純一”、法華経のような円融円満な教えのみを純粋に受け入れる機根である。だから朝廷も在野の民間も遠きも近きも同じように一乗の法華経の教えに帰依して“緇素”つまり、出家と在家、貴賎のいかんを問わずすべて成仏を目指すのである、と述べている。
第76章 0071:18~0072:07 娑婆即浄土を期すべきを明かすtop
| 18 問うて云く法華経修行の者何の浄土を期す可きや、 答えて云く法華経二十八品の肝心たる寿量品に云く「我常 0072 01 に此の娑婆世界に在り」亦云く「我常に此処に住し」亦云く「我が此土は安穏」文此の文の如くんば本地久成の円仏 02 は此の世界に在り 此の土を捨てて何の土を願う可きや、 故に法華経修行の者の所住の処を浄土と思う可し何ぞ煩 03 しく他処を求めんや、故に神力品に云く 「若は経巻所住の処若は園中に於ても 若は林中に於ても若は樹下に於て 04 も若は僧坊に於ても若は白衣舎にても 若は殿堂に在つても若は山谷曠野にても、 乃至・当に知るべし是の処は即 05 ち是道場なり」涅槃経に云く 「善男子是の大涅槃微妙の経典流布せらるる処は 当に知るべし其の地は即ち是れ金 06 剛なり此の中の諸人も亦金剛の如し」已上 法華涅槃を信ずる行者は余処に求む可きに非ず此の経を信ずる人の所在 07 の処は即ち浄土なり。 -----― 問うて言う。法華経を修行する者は、どのような浄土を期すべきか。 答えて言う。法華経二十八品の肝心である寿量品に「我は常にこの娑婆世界にいる」、また「我は常にここに住し」、また「我がこの土は安穏である」とある。この経文のようであれば、本地が久遠実成の円教の仏は、この世界にいる。この本土を捨てて、いずれの浄土を願うことがあろうか。ゆえに法華経を修行する者が住んでいる所を浄土と思うべきである。どうして煩しく他の所に浄土を求めることがあろうか。ゆえに法華経神力品に「もしは経巻のある所、あるいは園の中であれ、林の中であれ、樹の下であれ、僧坊であれ、俗人の家であれ、殿堂であっても、山や谷や広い野原であっても、(乃至)この経を受持・読誦する所が道場である、と知りなさい」とあり、涅槃経如来性品には「善男子よ、この微妙の経典である大涅槃経が流布される。その地はそのまま金剛である。この中の諸人もまた金剛のようである、と知りなさい」とある。法華経・涅槃経を信ずる行者は、他の所に浄土を求むべきではない。この経を信じる人のいる所がそのまま浄土なのである。 |
娑婆世界
娑婆とは梵語サハー(Sahā)の音写。忍土、忍界、堪忍土と訳す。この世はあらゆる苦難を乗り越え、また耐え忍ばなければならない故に娑婆世界という。
―――
本地久成の円仏
本来の境地は久遠実成の完全・円満な仏であるということ。「本地」は仏や法門の本来の境地・奥義を意味する。
―――
他処
娑婆汗界以外の別の場所。
―――
神力品
妙法蓮華経如来神力品第21のこと。妙法の大法を付嘱するために、10種の神力を現じ、四句の要法をもって地涌の菩薩に付嘱する。別付嘱と結要付嘱ともいうことが説かれている。
―――
経巻所住の処
経巻のあるところ。
―――
僧坊
僧侶の宿所、居住する寺院所属の家屋。
―――
白衣舎
白衣は在家の信者のこと。釈尊在世では僧侶の穢色に対して、俗人は白衣を着たため、転じてこう呼ばれる。すなわち在家の住む家のことをいう。
―――
殿堂
広大で壮大な神仏を祭る建物。
―――
山谷曠野
山や谷、広い土地。いずこであってもの意味。
―――
道場
①仏の常道の場所。②仏道を成するための修行や行教法。③仏道を修行する場所。④仏を供養するところ。⑤寺院のこと。
―――
微妙の経典
深淵。細やかで凡智ではとうてい知りえない不可思議な経典。
―――
金剛
賢劫千仏の法を守る二神で真言宗寺院の左右にある。左を密迹金剛、右を那羅延金剛という。
―――――――――
ここでは法華経を修行する者はいったいどのような浄土を目指すべきであるかについて明らかにされるところである。これまで法然の念仏宗では西方極楽浄土への往生を立てるが、この法然の念仏を根底から邪見と否定してこられた大聖人が、では、法華経の正法を行ずる者が期待すべき浄土とはどこにあるかを示されるのである。
初めに、法華経の行者はどのような浄土を期待すべきであるか、という問いを設けられている。その答えとして、法華経28品の肝要である如来寿量品第16から二文と、如来神力品第21からの一文、更に涅槃経から一文を引かれた後、法華経・涅槃経を修行する者は余所に浄土を求めるべきでなく、「此の経を信ずる人の所在の処は即ち浄土なり」と結論されている。すなわち、修行する人が今いるところ、すなわち娑婆世界が浄土であると結ばれているのである。
寿量品に云く「我常に此の娑婆世界に在り」亦云く「我常に此処に住し」亦云く「我が此土は安穏」
いずれも如来寿量品第16の自我偈からの引用である。ここで三つの経文における「我」というのは五百塵点劫という久遠の昔に成仏したという立場の釈尊である。これをまた久遠実成の仏ともいう。
さて、天台大師は法華文句巻九下において「処を顕すことを須うるは、上に譬えを引くに、甚だ久し。久しく何れの処にか居せる。故に『常在此土及於他国而作仏事』と云う。文の如し」と説いている。
つまり、如来寿量品第16で仏の久遠実成を明かした後に、自我偈で仏の居る処を明らかにしたのには理由があると、天台大師は言っている、その理由は久遠に仏に成って以来、釈尊は久しい間どこにいたのか、という疑問に答えんがためであるというのである。
これを受けて妙楽大師の法華文句記巻9下では「益物処とは此の娑婆は即ち本の応身所居の土…豈伽耶を離れて別に常寂を求めんや。寂光の外に別に娑婆有るに非ず」と釈している。
すなわち、法華文句で、久遠の仏の益物として所を明らかにしたのは、この娑婆世界がすなわち久遠成道を明かす以前から、釈尊が住していた国土であるということである。したがって、釈尊が悟りを開いた伽耶城の地を離れて別に常寂光土をどこに求めるというのであろうか、逆にいえば常寂光の国土とは娑婆世界に他ならないとしている。
結論していえば、久遠実成以来、釈尊が常に住している場所である「此処」=「此土」=「此の娑婆世界」以外に浄土や浄寂光土は存在しないということである。
本地久成の円仏は此の世界に在り此の土を捨てて何の土を願う可きや、故に法華経修行の者の所住の処を浄土と思う可し何ぞ煩しく他処を求めんや
娑婆世界が仏の常住している国土であることを明かした如来寿量品第16の自我偈の三つの文の引用を受けて、大聖人が釈されているところである。
ここで「本地久成の円仏」とは久遠の昔に成道した円融円満の仏をさしており、この仏はまたあらゆる垂迹の仏たちの本地の教主釈尊である。
この教主釈尊が此の娑婆世界に常住しているのであるから、その仏弟子たる我々が、わざわざこの土を捨てて、よその浄土を願うことはおかしいではないかと仰せられ、したがって、法華経を修行する者にとっては、いま自分がいるこの土が浄土であって、それ以外の他の仏国土を求める必要はないと仰せられている。
ここで説かれている、久遠実成の仏が娑婆世界に常住しているゆえに娑婆即寂光となるというのは、後の開目抄で詳細に展開されている。
「其の後・仏・寿量品を説いて云く『一切世間の天人及び阿修羅は皆今の釈迦牟尼仏は釈氏の宮を出で伽耶城を去ること遠からず道場に坐して阿耨多羅三藐三菩提を得給えりと謂えり』等云云、此の経文は始め寂滅道場より終り法華経の安楽行品にいたるまでの一切の大菩薩等の所知をあげたるなり、『然るに善男子・我れ実に成仏してより已来・無量無辺百千万億那由佗劫なり』等云云、此の文は華厳経の『三処の始成正覚』阿含経に云く『初成』浄名経の『始坐仏樹』大集経に云く『始十六年』大日経の『我昔坐道場』等・仁王経の『二十九年』無量義経の『我先道場』法華経の方便品に云く『我始坐道場』等を一言に大虚妄なりと・やぶるもんなり。此の過去常顕るる時.諸仏皆釈尊の分身なり爾前・迹門の時は諸仏・釈尊に肩を並べて各修.各行の仏なり、かるがゆへに諸仏を本尊とする者・釈尊等を下す、今華厳の台上・方等・般若・大日経等の諸仏は皆釈尊の眷属なり、仏三十成道の御時は大梵天王・第六天等の知行の娑婆世界を奪い取り給いき、今爾前・迹門にして十方を浄土と・がうして此の土を穢土ととかれしを打ちかへして此の土は本土なり十方の浄土は垂迹の穢土となる、仏は久遠の仏なれば迹化・他方の大菩薩も教主釈尊の御弟子なり、 一切経の中に此の寿量品ましまさずば天に日月の・国に大王の・山河に珠の・人に神のなからんが・ごとくして・あるべきを華厳・真言等の権宗の智者とをぼしき澄観・嘉祥・慈恩・弘法等の一往・権宗の人人・且は自の依経を讃歎せんために或は云く『華厳経の教主は報身・法華経は応身』と・或は云く『法華寿量品の仏は無明の辺域・大日経の仏は明の分位』等云云、雲は月をかくし讒臣は賢人をかす・人讃すれば黄石も玉とみへ 諛臣も賢人かとをぼゆ、今濁世の学者等・彼等の讒義に隠されて寿量品の玉を翫ばず、又天台宗の人人もたぼらかされて金石・一同のをもひを・なせる人人もあり、仏・久成に・ましまさずば所化の少かるべき事を弁うべきなり、月は影を慳ざれども水なくば・うつるべからず、仏・衆生を化せんと・をぼせども結縁うすければ八相を現ぜず、例せば諸の声聞が初地・初住には・のぼれども爾前にして自調自度なりしかば未来の八相をごするなるべし、しかれば教主釈尊始成ならば今此の世界の梵帝・日月・四天等は劫初より此の土を領すれども四十余年の仏弟子なり、霊山・八年の法華結縁の衆今まいりの主君にをもひつかず久住の者にへだてらるるがごとし、今久遠実成あらはれぬれば東方の薬師如来の日光・月光・西方阿弥陀如来の観音勢至・乃至十方世界の諸仏の御弟子・大日・金剛頂等の両部の大日如来の御弟子の諸大菩薩・猶教主釈尊の御弟子なり、諸仏・釈迦如来の分身たる上は諸仏の所化申すにをよばず何に況や此の土の劫初より・このかたの日月・衆星等・教主釈尊の御弟子にあらずや」(0213-13)
ここに明らかにされているように、釈尊が久遠に成道したということが、如来寿量品第16で明確にされて、釈尊の“過去常”すなわち、過去から常住していたことが顕された以後は、爾前迹門までは釈尊と肩を並べて同格であった華厳の盧遮那仏、方等・般若の仏たち、更に浄土三部経の阿弥陀仏・大日経の大日如来などの諸仏が「皆釈尊の分身」「皆釈尊の眷属」となったということである。また、爾前迹門の諸仏が釈尊の分身・眷属となった以上、それらの諸仏の弟子、所化である諸大菩薩たちは言うに及ばず、娑婆世界の日月・衆星・四天等に至るまでことごとく教主釈尊の弟子となったということである。
更に爾前迹門までは、この娑婆世界を穢土と嫌い、浄土は十方の彼方にあると説いてきたのであるが、釈尊の過去常に顕されたことにより、この両者が逆転して、釈尊が久遠以来常住して説法教化しているこの娑婆世界が浄土であり本土となり、十方の浄土が穢土となった、ということである。
以上からも明らかなように、寿量品において釈尊が久遠に成道したという説法は、それまで別々に独自に活躍しているとされていた三世十方の諸仏とその弟子の菩薩たちを、ことごとく統合する仏が釈尊であるということが明らかになったとともに、この娑婆世界こそが本来の浄土であることが明らかにされたということである。
神力品に云く「若は経巻所住の処若は園中に於ても若は林中に於ても若は樹下に於ても若は僧坊に於ても若は白衣舎にても若は殿堂に在つても若は山谷曠野にても、乃至・当に知るべし是の処は即ち是道場なり」
法華経如来神力品第21からの一節である。一切衆生の成仏の根本である法華経のある所が、遊園地のような所であれ、森林の中であれ、樹の下であれ、僧坊であえ、白衣舎であれ、殿堂であれ、山や谷、広い野原であろうとも、どこであろうと、悟りを開く道場であるということである。“道場”とは単に修行する場というだけでなく、むしろ、開悟する所という意味をもっている。
涅槃経に云く「善男子是の大涅槃微妙の経典流布せらるる処は当に知るべし其の地は即ち是れ金剛なり此の中の諸人も亦金剛の如し」
涅槃経如来性品からの一節である。ここでは“微妙の経典”つまり深遠で細やかで、凡智のとうてい知り得ない不可思議な経典である涅槃経が流布されるところは、すべて“金剛”すなわち、どんな場合でも堅固で壊れない浄土であり、そこに住する諸人も金剛のような壊れない仏身となるであろうと説いている。
この「大般若微妙の経典」とは、涅槃経そのものではなく、涅槃経がその流通分である正宗分の法華経をさしている。
第77章 0072:08~0072:14 諸経の浄土は瓦礫なるを示すtop
| 08 問うて云く華厳・方等.般若・阿含.観経等の諸経を見るに兜率・西方・十方の浄土を勧む其の上・法華経の文を見 09 るに亦兜率・西方・十方の浄土を勧む何ぞ此等の文に違して但此の瓦礫荊棘の穢土を勧むるや、 答えて云く爾前の 10 浄土は 久遠実成の釈迦如来の所現の浄土にして実には皆穢土なり、 法華経は亦方便寿量の二品なり寿量品に至つ 11 て実の浄土を定むる時此の土は即ち浄土と定め了んぬ、 但し兜率・安養・十方の難に至つては爾前の名目を改めず 12 して此の土に於て兜率安養等の名を付く、 例せば此の経に三乗の名有りと雖も 三乗有らざるが如し「不須更指観 13 経等也」の釈の意是なり、 法華経に結縁無き衆生の当世西方浄土を願うは 瓦礫の土を楽う者なり、法華経を信ぜ 14 ざる衆生は誠に分添の浄土無き者なり。 -----― 問うて言う。華厳・方等・般若・阿含・観経などの諸経を見ると、兜率・西方・十方の浄土を勧めている。そのうえ法華経の文を見ても、兜率・西方浄土・十方の浄土を勧めている。どうしてこれらの経文に反して、ただむ瓦・石・荊・棘に満ちた穢土を勧めるのか。 答えて言う。爾前権教の浄土は久遠実成の釈迦如来が出現した浄土であって、真実にはすべて穢土である。法華経はまた方便品・寿量品の二品が肝心である。寿量品に至って真実の浄土を定める時、この土が浄土であると定めたのである。ただし法華経にも兜率・安養・十方の浄土を勧めているという難についていえば、爾前権教にある名前をそのまま、この娑婆世界について兜率・安養などの名前をつけたのである。例えば、この法華経に声聞・縁覚・菩薩の三乗の名前があっても、実には一仏乗のみで三乗はないようなものである。妙楽大師が「更に観経等を指すを須いざるなり」と述べた意はこれである。法華経に結縁のない衆生が今の時代に西方浄土を願うのは、瓦や石ころの国土を願うような者である。法華経を信じない衆生は、娑婆世界に分々に兜率・安養などの名前をつけ添えた浄土もない者である。 |
華厳
華厳宗のこと。華厳経を依経とする宗派。円明具徳宗・法界宗ともいい、開祖の名をとって賢首宗ともいう。中国・東晋代に華厳経が漢訳され、杜順、智儼を経て賢首(法蔵)によって教義が大成された。一切万法は融通無礙であり、一切を一に収め、一は一切に遍満するという法界縁起を立て、これを悟ることによって速やかに仏果を成就できると説く。また五教十宗の教判を立てて、華厳経が最高の教えであるとした。日本には天平8年(0736)に唐僧の道璿が華厳宗の章疏を伝え、同12年(0740)新羅の審祥が東大寺で華厳経を講じて日本華厳宗の祖とされる。第二祖良弁は東大寺を華厳宗の根本道場とするなど、華厳宗は聖武天皇の治世に興隆した。南都六宗の一つ。
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方等
方等経のこと。方とは方正、等とは平等にして中道の理。したがって方等とは広く大乗経である。
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般若
般若波羅蜜の深理を説いた経典の総称。漢訳には唐代の玄奘訳の「大般若経」六百巻から二百六十二文字の「般若心経」まで多数ある。内容は、般若の理を説き、大小二乗に差別なしとしている。
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阿含
阿含とは、梵語アーマガの音写で、教・伝・法帰等と訳す。伝承された教えの意。釈尊の言行・説法を伝え集成した経蔵全体の総称をいう。ただし、大乗仏教が興ってからは小乗経典の意味に限ってつかわれる。北方系仏教では四阿含といって、増一阿含経・中阿含経・長阿含経・雑阿含経の四つに分類される。阿含経は声聞の最高位である阿羅漢に到ることを目的とするので、三乗の中でも二乗である声聞を正位として説かれた経といえる。
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観経
観無量寿経のこと。浄土三部経の一つで、方等部に属する。元嘉元年(0424)~同19年(0442)にかかって中国・劉宋代の畺良耶舎訳。詳しくは観無量寿仏経。阿闍世王が父・頻婆沙羅王を殺し母を牢に閉じ込め、悪逆の限りを尽くしたのを嘆いた母・韋提希夫人が釈尊にその因縁を聞いたところ釈尊は神通をもって十方の浄土を示し、夫人がそのなかから西方極楽世界を選ぶ。それに対して釈尊が、阿弥陀仏と極楽浄土を説くというのが大意である。しかし、韋提希夫人の嘆きに対しては、この経は根本的には説かれていない。この答えが説かれるのは法華経提婆品で、観経ではわずかに、問いを起こしたaaというにとどまる。西方十万億土を説いたのも、夫人の現在に対する解決とはなっていない。
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瓦礫荊棘の穢土
瓦片や石ころ、棘などが満ちている汚れた国土。
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兜率・安養・十方の難
法華経でも兜率・安養・十方の浄土への往生を勧めているではないかという非難。「安養」とは衆生を安楽にして養育する意をもち、阿弥陀仏の住する極楽世界の別名。安楽世界ともいい、この娑婆世界から西方十万億土を過ぎた彼方にあるとされる。
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爾前の名目
爾前経にある兜率・安養・十方の浄土という別名。
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三乗の名
声聞・縁覚・菩薩という名前。
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不須更指観経等也
更に観経等を指すを須いざるなり、と読む。妙楽大師の法華文句記巻十下の文。薬王品の「即往安楽世界」の文を解釈して述べた言葉。観経の安楽世界を今さら改めて勧めているのではない、との意。
―――
当世
当時の世。今の世。いまどき。
―――
分添の浄土
娑婆世界を仮に分離して、種々の浄土の名を添加したもの。分は分離、添は添加の意である。寿量品において娑婆即寂が説かれ、安養・兜率・密権などの十方の浄土は、いずれも唯一の本仏の所住として、娑婆世界に包摂され、その分添の浄土とされた。ゆえに法華経を信じなければ分添の浄土にも往生できないのである。
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ここでは問答をもって、爾前経で説かれるさまざまな浄土が、本当は瓦礫の穢土にすぎず、法華経を信受したときに浄土となる娑婆世界以外には、真実の浄土はないことを明らかにされている。
まず、問であるが、その内容は二つに分かれている。一つは華厳・方等・般若・阿含・観経等の爾前諸経では兜率天や西方の極楽浄土、このほか娑婆世界から見てそれぞれ十方の方向にある浄土への往生を勧めているのに、なぜこれらの経の説に背いて瓦礫荊棘の穢土、つまり、娑婆世界を浄土とせよと勧めるのかというものであり、いま一つは法華経の文にも兜率天や西方、十方の浄土を勧めているのだから、そうした浄土への往生を否定するのは法華経にも背くことになるのではないかというものである。
これに対して答えられていくのであるが、最初の問いに対しては、爾前諸教に明かされる浄土というのは久遠実成の釈迦如来が仮に現したところの浄土である。言い換えれば、久遠実成の釈迦如来という本地から垂れた迹としての仏の浄土である、したがって、これらは実際は皆穢土にすぎない、と答えられている。
次の問いに対しては、まず、法華経といってもその根本は方便品・寿量品の二品であり、特に寿量品において、この娑婆世界こそが真実の浄土であると定められたのであると述べられ、法華経にも兜率・西方の極楽浄土、十方の浄土を勧めているところがあるが、それは、実際はこの娑婆世界が浄土であることを表現するのに、とりあえず爾前経で使用されていた浄土の名を、そのまま使用したにすぎないのである、と答えられている。
そして、同じような例として、法華経にも三乗の名が記されているといっても、実際には開三顕一によって一仏乗のみとなって三乗はないということを挙げられている。
最後に、以上を結論として、法華経に縁を結ばない当世の人々が求めている西方浄土は穢土にすぎないし、法華経を信じない人々には「分添の浄土」すなわち、本当の浄土である娑婆世界を仮に分離して、それぞれに名を添えて示した兜率天や西方浄土などすら顕れない、と厳しく指摘されている。
爾前の浄土は久遠実成の釈迦如来の所現の浄土にして実には皆穢土なり
ここで爾前の浄土とは弥勒菩薩の住する兜率、阿弥陀の西方・極楽浄土、その他、十方にいる諸仏の浄土などのことである。
法華経の寿量品において釈尊が久遠実成の仏であることが明らかになると、十方世界の諸仏は久遠実成の本仏の垂迹・分身にすぎなくなり、したがってそれらの十方の浄土も、娑婆世界という本仏常住の真の浄土に比し、かりそめに現された浄土にすぎなくなる。垂迹・分身の仏が「かりそめ」であるように、これらの浄土も「かりそめ」であって、真実には穢土に他ならないことになる。
このことは後の観心本尊抄に、より明快・簡潔に次のように説かれている。
「夫れ始め寂滅道場.華蔵世界より沙羅林に終るまで五十余年の間・華蔵・密厳・三変.四見等の三土四土は皆成劫の上の無常の土に変化する所の方便・実報・寂光・安養・浄瑠璃・密厳等なり能変の教主涅槃に入りぬれば所変の諸仏随つて滅尽す土も又以て是くの如し」(0247-09)と。
すなわち、釈尊成道の場である寂滅道場から入滅の地である沙羅林に至るまで、釈尊の50年の説法の中にも、華厳経の華蔵世界、大日如来の密厳世界、法華経に説かれた三変土田の浄土、涅槃経の結経、像法決疑経に説く沙羅の四見など、さまざまな浄土がある。だが、それらの浄土はことごとく、成・住・壊・空を繰り返す無常のこの娑婆世界を土台としている始成正覚の仏が仮に方便として顕したものにすぎない、と仰せられている。
爾前迹門の諸経は、その教主である釈尊が始成正覚の立場で、30歳で仏になり、やがて入滅してなくなっていくのであるから、その無常の釈尊が説法の中で現して示した諸仏も当然無常であり、それらの仏の住する国土も無常であることはいうまでもない、と仰せられている。
法華経は亦方便寿量の二品なり寿量品に至つて実の浄土を定むる時此の土は即ち浄土と定め了んぬ
法華経の諸文にも、兜率・極楽・十方の浄土への往生を勧めるところがあるのを、どのように考えるのかという問いに答えられ、まず、法華経28品あるなかでも方便品と寿量品の二品が最も肝要であり、その中でも特に重要な寿量品に「娑婆即寂光」が明かされているのであるから、これを根本とすべきであると仰せられているところである。
兜率往生を説いている普賢品、極楽、往生を述べている薬王品・十方浄土往を説いている提婆達多品は、方便・寿量二品に較べれば枝葉であるから、寿量品の「娑婆即寂光」を無視しあるいは軽視し、普賢・薬王・提婆諸品の往生説を法華経の説として重視すること自体、本末転動であると戒められているのである。
法華経28品のうち、最も肝要なのは方便品第2と寿量品第16であるということは、天台大師でも古くから認めていることであるが、特にこのことは大聖人の諸御書に一貫して拝されているところであり、月水御書にも「法華経は何れの品も先に申しつる様に愚かならねども殊に二十八品の中に勝れて・めでたきは方便品と寿量品にて侍り、余品は皆枝葉にて候なり、」(1201-16)とある通りでる。
但し兜率・安養・十方の難に至つては爾前の名目を改めずして此の土に於て兜率安養等の名を付く
法華経でも確かに兜率や安養浄土、十方の浄土を勧めていることが説かれているが、では、これをどう考えるかということを述べられているところである。
まず、それぞれが法華経のどの品にあるかといえば、まず兜率については普賢菩薩勧発品28に「若し、人有って受持し、読誦し、其の義趣を解せん。是の人命終せば、千仏の手を授けて、恐怖せず、悪趣に堕ちざらしめたもう事を為、即ち兜率天上の弥勒菩薩の所に往かん」とある。次に、西方の浄土については薬王菩薩本事品第23に「若し如来の滅後、後の五百歳の中に、若し女人有って、是の経典を聞いて、説の如く修行せば、此に於いて命終して、即ち安楽世界、阿弥陀仏の大菩薩衆の囲饒せる住処に往いて、蓮華の中に宝座の上に生ぜん」とある。また十方の浄土については提婆達多品第12で「未来世の中に、若し、善男子、善女人有って、妙法華経の提婆達多品を聞いて、浄心に信敬して疑惑を生ぜざらん者は、地獄・餓鬼・畜生に堕ちずして、十方の仏の前に生ぜん」と説かれている。
大聖人はここで、これらの兜率・安養・十方などの浄土の名称は、あくまで娑婆即寂光を根本としたうえで、この娑婆世界に実現される浄土を表現するのに爾前諸経の浄土の名を借用したにすぎないと答えられている。おなじようなことは、文学的表現では一般的に見られるところである。
「不須更指観経等也」の釈の意是なり
「更に観経等を指すを須いざるなり」と読む。妙楽大師の法華文句記巻10の文である。これは先に挙げた、法華経薬王菩薩本事品第23の「若し如来の滅後、後の五百歳の中に、若し女人有って、是の経典を聞いて、説の如く修行せば、此に於いて命終して、即ち安楽世界の、阿弥陀仏の大菩薩衆の囲饒せる住処に往いて、蓮華の中の宝座の上に生ぜん」の文に対する釈である。
すなわち「云く経に若し女人等有ってと云うは此の中只是の経を聞くことを得て説の如く修行するは即ち浄土の因なり更に観経等を指すを須いざるなり」と釈している。
ここで明らかなように、薬王品に“命終して即ち安楽世界に往く”というのは、あくまで女人が法華経を聞くことができて、しかも法華経の説のごとく修行すれば、そのことが浄土へ往く原因となるということであって、観経等の浄土三部経や爾前の諸経でいうようなことをさしているのではない、と断っている。すなわち、あくまで法華経を修行することを教えているのであって、観経にあるような“念仏”を勧めているのではないということである。この文句記の一節からも明らかなように、たとえ法華経の中に、兜率や極楽浄土などへ往生することを勧めるようなことが説かれていたとしても、それは娑婆世界において達成されるべき浄土を表現するのに、たまたま爾前諸教の浄土の名を借りたにすぎない、ということなのである。
法華経を信ぜざる衆生は誠に分添の浄土無き者なり
法華経の寿量品において、釈尊が久遠に成道して以来、この娑婆世界に常住し説法教化しつづけているということが明らかになった結果、西方の極楽世界や弥勒菩薩の浄土である兜率、東方の浄瑠璃世界など十方の浄土は、いずれも久遠の釈尊が常住している寂光浄土としての娑婆世界に包摂されることになった。これを本国土妙というのであるが、この時、それまでの十方の各浄土は結局、娑婆即寂光土を仮にそれぞれの方向で分離して、それにさまざまな名を添加したものにすぎなかったということが明確になったのである。これがここでいう「分添の浄土」である。
したがって、法華経を信じない衆生にとっては、娑婆世界即寂光土が顕れないのは当然として、爾前諸経に説かれて存在していると考えられていた西方の極楽や東方の浄瑠璃や兜率などの「分添の浄土」ですら顕れないのであると破折されているところである。
第78章 0072:15~0073:02 本経本論に依るべきを明かすtop
| 15 第三に涅槃経は法華経流通の為に之を説き給うことを明さば、 問うて云く光宅の法雲法師並に道場の慧観等の 16 碩徳は法華経を以て第四時の経と定め 無常の熟蘇味と立つ、天台智者大師は法華涅槃同味と立つと雖も亦クン拾の 17 義を存す二師共に権化なり 互に徳行を具せり 何を正として我等の迷心を晴らす可きや、 答えて曰く設い論師訳 18 者為りと雖も仏教に違して権実二教を判ぜずんば且らく疑を加う可し 何に況や唐土の人師たる天台・南岳・光宅・ 0073 01 慧観・智儼・嘉祥・善導等の釈に於てをや、 設い末代の学者為りと雖も依法不依人の義を存し本経本論に違わずん 02 ば信用を加う可し。 -----― 第三に、涅槃経は法華経の流通分のためにこれを説かれたことを明かすならば、 問うて言う。光宅寺の法雲法師ならびに道場寺の慧観などの高徳の僧は、法華経を五時教に分けた内の第四時の同帰教の経と定め、無常の熟蘇味と立てている。これに対し天台智者大師は法華経と涅槃経とは同じ醍醐味と立てるが、更に法華経は大収穫・涅槃経は落ち穂拾いの義としている。光宅寺法雲と天台大師との二師はともに菩薩の権の姿であり、互いに徳行をそなえている。いずれを正しいとして、我らの迷う心を晴らせばよいのか。 答えて言う。たとえインドの論師・訳者であっても、仏の教えに違背して、権教と実教の二教を判定しなければ、しばらく疑いを加えるべきである。まして中国の人師である天台・南岳・光宅・慧観・智儼・嘉祥・善導などの解釈においてはなおさらあである。たとえ末法の学者であっても、法に依って人に依らざれとの教えを守り、仏の根本の経典・論書に違背していなければ信用すべきである。 |
光宅の法雲法師
(0467~0529)。中国・南北朝時代の僧。光宅寺法雲と呼ばれる。開善寺の智蔵・荘厳寺の僧旻とともに梁の三大法師と称され、成実、涅槃の学匠として名高い。江蘇省宜興市の人で姓は周氏。7歳で出家し、30歳で法華経・浄名経を講じた。天監7年(0508)勅により光宅寺の主となり、普通6年(0525)大僧正に登る。南三北七の南三の第三にあたる定林寺の僧柔・慧次および道場寺の慧観の立てた五時教即ち、有相教(阿含経)、無相教(般若経)、抑揚教(浄名経等)、同帰教(法華経)、常住教(涅槃経)の釈を用い、涅槃経は法華経に勝るとしている。
―――
道場の慧観
中国の南北朝時代に活躍した僧である。姓は崔氏。清河の人。道場寺に住した僧である。
―――
碩徳
高僧徳望のある人。
―――
第四時の経
釈尊一代聖教を年次の上から五期に分類して五時教と呼び、そのうちの第四時にあたる経をいう。天台宗・涅槃宗・劉糺の五時教などがある。
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無常の熟蘇味
法華経を第五時の常住教ではなく、無常を説いた熟蘇味の教えと位置付けたこと。
―――
天台智者大師
(0538~0597)。中国天台宗の開祖。慧文、慧思よりの相承の関係から第三祖とすることもある。諱は智顗。字は徳安。姓は陳氏。中国陳代・隋代の人。荊州華容県(湖南省)に生まれる。18歳の時、湘州果願寺で出家し、次いで律を修し、方等の諸経を学んだ。陳の天嘉元年(0560)大蘇山に南岳大師を訪れ、修行の末、法華三昧を感得した。その後、おおいに法華経の深義を照了し、法華第一の義を説いて「法華玄義」十巻、「法華文句」十巻、「摩訶止観」十巻の法華三大部を完成した。摩訶止観では観心の法門を説き、十界互具・一念三千の法理と実践修行の方軌を明らかにしている。隋の煬帝より智者大師の号を与えられたが、天台山に住したので天台大師と呼ばれる。
―――
法華涅槃同味
法華経と涅槃経は同じ醍醐味の教えであると立てる邪義。おもに涅槃宗の義である
―――
捃拾の義
大果実の位である法華経で大収穫したのちに説かれた涅槃経をさして「捃拾」という。
―――
徳行
徳と修行のこと。天性と修行によって身につけた徳と、なおかつ日々に実践している修行。
―――
迷心
迷う心。煩悩に束縛された心や生命活動をいう。また無明ともいい、成仏を妨げる貧・瞋・癡の煩悩をさす。
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智儼
(0602~0668)。中国華厳宗の第二祖。至相大師・雲華尊者ともいわれる。十四歳で杜順について出家し、四分律や涅槃などの諸経論を学んだが、のちに華厳経の研究に専念した。著書に「華厳経捜玄記」五巻、「華厳孔目章」四巻などがある。
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嘉祥
(0549~0623)。吉蔵大師の別名。中国隋・唐代の人で三論宗の祖。祖父または父が安息人(胡族)であったことから胡吉蔵と呼ばれた。姓は安氏。金陵(南京)の生まれで幼時父に伴われて真諦に会って吉蔵と命名された。12歳で法朗に師事し三論(「中論」「百論」「十二門論」)を学んだ。隋代の初め、開皇年中に吉蔵が嘉祥寺(浙江省紹興市会稽)で8年ほど講義をはって三論、維摩等の章疏を著わした。これにより吉蔵は嘉祥大師とも呼ばれた。「法華玄論」10巻をつくり、法華経を讃歎したが、後年、妙楽から「法華経を讃歎しているようにみえても、毀りがそのなかにあらわれている。どうして弘讃といえようか」と破折されている。後に天台大師に心身ともに帰伏し7年間仕えた。
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末代の学者
末法時代における仏法を学ぶもの。
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依法不依人の義
「依法不依人」は法によって人に依らざれと読み、仏法の勝劣浅深・判釈については、仏の経文を根本とすべきで、仏説に背く人師・論師の言に依ってはならないとする義。
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本経本論
根本となる経典と根本となる論書。
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信用
信じて用いること。
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ここからは大文第六「法華涅槃に依る用心を明かさば」のうちの三つ目の「涅槃経は法華経の為の流通成ることを明す」という段に入る。
すなわち、なぜ涅槃経が法華経を流通するために説かれたのかについて明らかにされるところである。それを三つの問答によって明確にされている。
初めに、光宅寺の法雲、道場寺の慧観等が法華経を涅槃経より低く位置づけている説を挙げ、次に天台大師が法華経と涅槃経とを同一の醍醐味としつつも、涅槃経を法華経の捃拾と位置づけている説を挙げながら、どちらも立派な徳行豊かな仏教者の説である、いったいどちらがただしいのかを決めかね、迷いの心を晴らしてもらいたい、との問いを設けられている。
これに対して、涅槃経の「依法不依人」の義に基づいて、あくまで根本とすべき経と根本とすべき論とに依るべきであると答えられている。
このなかで、たとえインドの論師や経典の漢訳者であろうと、仏の教えに相違して権教と実教という大きな二教の立て分けをしていない者については、疑いを加えるべきである。すなわち全面的に信じてはならない、ましてや、中国の人師である諸宗の天台・南岳・光宅・慧観・智儼・嘉祥・然導等の釈はインドの論師よりはるかに劣るのであるから、疑うのは当然である、と答えられ、最後に、逆に末法の説でも根本の経と根本の論とに依った説は信ずべきであると述べられている。
光宅の法雲法師並に道場の慧観等の碩徳は法華経を以て第四時の経と定め無常の熟蘇味と立つ
光宅寺の法雲は天台大師より前に隆盛した南三北七のうち、江南の三学派の一人で涅槃宗の祖師である。彼は、涅槃経を法華経より上に位置づける教相判釈を作っている。
また、道場寺の慧厳らとともに南本涅槃経を修治し、涅槃経を最高とする五時教の教判を立てている。
慧観の五時とは第一時・有相教、第二時・無相教、第三時・抑揚教、第四時・同帰教、第五時・常住教、の五つである。有相教は阿含経、無相教は般若経、抑揚教は維摩経、同帰教は法華経、常住教は涅槃経がそれぞれ中心となっている。
ところで、ここで「法華経を以て第四時の経と定め無常の熟蘇味と立つ」と述べている。法雲や慧観等が熟蘇味とした文は見当たらない。彼が涅槃経を最高の第五時・常住教に置き、法華経を第四時として一段階下の無常の教えと位置づけているのを、天台大師の五時即五味説に重ね合わせて第四時とすることは熟蘇味とすることであるとしてこう言われたのである。
天台智者大師は法華涅槃同味と立つと雖も亦捃拾の義を存す
天台大師智顗は法華玄義巻10で法雲や慧観等の教相判釈を破折しつつ、諸経の説をともに独自の五時を立てている。
そこでは周知のとおり、第一時・華厳時、第二時・阿含時、第三時・方等時、第四時・般若時、第五時・法華涅槃時としている。
ここで「法華涅槃同味と立つ」とあるのは、天台大師が法華経と涅槃経とをともに同じ醍醐味に配したことを挙げられている。
だが、法華経と涅槃経の二経に関しては秋の収穫に譬えて、二乗・悪人・女人等に成仏の記別を授けている法華経を大きな収穫、涅槃経は捃拾としている。
何に況や唐土の人師たる天台・南岳・光宅・慧観・智儼・嘉祥・善導等の釈に於てをや
インドの論師や経典の訳者であったとしても、仏の教えに違背して権教と実教を厳格に判別しないならば彼らの教えを疑うべきである。と仰せられた後、ましてや、中国の人師たちについては、妄りに信ずべきではないのは当然であるとされている。
その人師たちのなかに、天台・南岳の二師をあえて入れられて、天台大師を信ずべきか法雲・慧観等を信ずべきか、という問いには明確に答えられていない。
これは“人”の信の拠りどころとしてはならず、あくまで“法”を根本とすべきであるとの原則を示されているのである。
第79章 0073:03~0074:04 涅槃経から二文を会通するtop
| 03 問うて云く涅槃経の第十四巻を開きたるに 五十年の諸大乗経を挙て前四味に譬え涅槃経を以て醍醐味に譬う諸 04 大乗経は涅槃経より劣ること百千万倍なりと定め了んぬ、 其の上迦葉童子の領解に云く 「我今日より始て正見を 05 得たり 此よりの前は我等悉く邪見の人と名く」 と此の文の意は涅槃経已前の法華等の一切の衆典を皆邪見と云う 06 なり、当に知るべし 法華経は邪見の経にして未だ正見の仏性を明らめず、 故に天親菩薩の涅槃論に諸経と涅槃と 07 勝劣を定むる時・法華経を以て般若経に同じて 同じく第四時に摂したり 豈正見の涅槃経を以て邪見の法華経の流 08 通と為んや如何、答て云く法華経の現文を見るに仏の本懐残すこと無し、 方便品に云く「今正しく是れ其時なり」 09 寿量品に云く「毎に自ら是の念を作す何を以てか 衆生をして無上道に入ることを得・速かに仏身を成就することを 10 得せしめん」と神力品に云く「要を以て之を言えば如来の一切の所有の法、乃至・皆此の経に於て宣示顕説す」已上 11 此等の現文は釈迦如来の内証は皆此の経に尽くし給う 其の上多宝並に十方の諸仏来集の庭に於て 釈迦如来の已今 12 当の語を証し法華経に如く経無しと定め了んぬ、 而るに多宝諸仏・本土に還るの後に但 釈迦一仏のみ異変を存じ 13 て還つて涅槃経を説いて法華経を卑まば誰人か之を信ぜん、 深く此の義を存ぜよ、 随つて涅槃経の第九を見るに 14 法華経を流通して説いて云く 「是の経・世に出ること彼の菓実の一切を利益し安楽する所多きが如く 能く衆生を 15 して仏性を見わさしむ 法華の中の八千の声聞の記莂を授かるを得て 大菓実を成ずるが如く 秋収冬蔵して更に所 16 作無きが如し」と。 -----― 問うて言う。涅槃経巻十四聖行品を開いてみると、釈尊五十年間の諸大乗経を挙て乳味・酪味・生蘇味・熟蘇味の前四味に譬え、涅槃経をもって醍醐味に譬えている。諸大乗経は涅槃経より百千万倍も劣ると定められているのである。そのうえ迦葉童子の領解の言葉として「我は今日初めて正しい知見を得た。これより前は我らはすべて邪見の人と名づける」 とある。この経文の意味は、涅槃経以前の法華経などの一切の諸経をすべて邪見である、といっているのである。まさに知りなさい。法華経は邪見の経であって未だ正見である仏性を明らかにしていない。ゆえに天親菩薩の涅槃論に、諸経と涅槃経の勝劣を定める時、法華経を般若経と同じであるとして、同じく第四時に入れている。どうして正見の涅槃経を邪見の法華経の流通分としてよいのだろうか。 答えて言う。法華経に現実に説かれている文を見ると、仏の本懐は余すところがない。方便品に「今は正しく本懐を説く時である」とあり、寿量品に「毎に自らこの念をなしている。どのようにして衆生を無上道に入れ、速やかに仏身を成就させようかと」と、また神力品に「肝要を言うと、如来の一切の所有の法、(乃至)皆、この経において宣べ示し顕に説いた」とある。これらの現実の文は、釈迦如来の内心の証りがすべてこの経に説き尽くされているということである。そのうえ多宝如来ならびに十方分身の諸仏は、来集された庭において、釈迦如来の「已に説き、今説き、当に説かん、その中において、この法華経は最も難信難解である」との言葉を証明し、法華経に及ぶほどすぐれた経は無いと定められたのである。しかるに多宝如来や十方分身の諸仏がそれぞれ本土に帰られた後に、ただ釈迦如来の一仏だけが心に異変を生じて涅槃経を説いて、法華経を卑しまれたとしても、誰が信じようか。 深く此この意味を知りなさい。このことから涅槃経巻九を見ると、法華経を流通するために「この涅槃経が世に出ることは、かの果実が一切の人々を利益し安楽にするところが多いように、よく衆生の中の仏性を見させるためである。法華経の中の八千人の声聞が記別を授かることを得て大きい果実を結んだようなことは、秋に収穫し冬に収蔵してしまって、更にその作業はないようなものである」と説いている。 -----― 17 此の文の如くんば法華経邪見ならば 涅槃経も豈に邪見に非ずや、法華経は大収・涅槃経はクン拾なりと見え了 18 んぬ、涅槃経は自ら法華経より劣るの由を称す法華経の当説の文敢て相違無し、 但し迦葉の領解並に第十四の文は 0074 01 法華経を下す文に非ず 迦葉の自身並に所化の衆今始めて法華経の所説の 常住仏性・久遠実成を覚る故に我が身を 02 指して此より已前は邪見なりと云う、 法華経已前の無量義経に嫌わるる諸経を涅槃経に重ねて 之を挙げて嫌うな 03 り法華経を嫌うには非ざるなり、 亦涅槃論に至つては此等の論は書付くるが如く 天親菩薩の造・菩提流支の訳な 04 り法華論も亦天親菩薩の造・菩提流支の釈なり 04 経文に違すること之多し涅槃論も亦本経に違す当に知るべし訳者の誤りなり信用に及ばず。 ―――――― この経文のとおりならば、もし法華経が邪見であるとすると涅槃経も邪見ではないのか。法華経は大収穫・涅槃経は落ち穂拾いであると明らかに説かれてい る。涅槃経自ら法華経より劣ることを述べているのである。法華経の「当に説くであろう経よりも、この法華経が最も難信難解である」の、これから説く経とは涅槃経をさしている。ただし迦葉童子の領解の文ならびに涅槃経巻十四の五味の譬の文についていえば、これらは法華経を劣るとした文ではない。迦葉童子自身ならびにその弟子たちが、涅槃経に至って今初めて法華経で説くところの常住の仏性や久遠実成を悟るゆえに、我が身をさして今まで以前は邪見であったといっているのであり、法華経の開経である無量義経に「末だ真実を顕さず」と嫌われた法華経以前の諸経を涅槃経で重ねて挙げて嫌っているのであって、法華経を嫌っているのではない。また涅槃論に至っては、これらの論は書き付けてあるように、天親菩薩の造であり、菩提流支の訳である。これは経文に相違することが多い。涅槃論もまた根本の経典に相違している。これは訳者の誤りであり、信用するに足りないと知りなさい。(法華論も亦天親菩薩の造・菩提流支の釈なりの文は御書全集編纂後本文にあることが判明した。) |
五十年の諸大乗経
釈尊一代50年で説いた中で、諸々の大乗経典のこと。
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醍醐味
①蘇を精製してとる液で、濃厚甘味。薬用などにもする。②天台大師が一切経を五時の教判に約して、法華涅槃を醍醐味とたてたこと。③真言宗では自宗のことを醍醐とする邪義を立てている。
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迦葉童子
梵語カーシャパ(kāśyapa)の音写。釈尊の十大弟子のひとり、摩訶迦葉とは別人。涅槃経迦葉菩薩品第12の対告衆。涅槃経では36の質問を発しているが、爾前経の会座にも連ならず、法華経の会座にも漏れた捃拾の機根の者。
―――
領解
完全に理解すること。法華経迹門においては、三周の声聞の説法の時、正説・領解・述成・授記・歓喜の五段に分かれて説かれている。正説は仏の説法であり、領解は正機の弟子が説法を聞いてわかったと述べることである。述成は仏がさらに領解を補足することであり、授記は成仏の記莂を受けることであり、歓喜は四衆の歓喜する有様を述べていることである。
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正見
妄見・邪見を離れて正しい真理を見極めること。またその正しい義。
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邪見の人
仏法を自己流に解釈し、邪義を立てる人。
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一切の衆典
あらゆる経典。「衆」は数が多いこと。
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仏の本懐
仏が世に出現する究極の本意・目的。
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無上道
種脱相対して、無上道とは文底下種の妙法であり、無上のなかの無上である。御義口伝には「無上道とは南無妙法蓮華経是なり」(0749-第十三但惜無上道の事-02)「今日蓮等の類いの心は無上とは南無妙法蓮華経・無上の中の極無上なり」(0727-第五無上宝聚不求自得の事-05)等とある。
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仏身
仏の身体・肉親。二身・三身・四身・十身説と展開する。
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如来の一切の所有の法
如来が所有しているすべての教法。
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宣示顕説
宣べ示し顕し説くこと。
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内証
生命の奥底の悟り。外用に対する。
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法華経に如く経無し
法華経に及ぶ経はないとの意。法華経こそ一切の経典のなかで、最も優れた経典であるということ。
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本土
仏の居住する本来の国土。多宝仏の本土は東方宝浄世界である。
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八千の声聞の記莂
勧持品に説かれている。釈尊の8000人の声聞が記莂を受けたこと。
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秋収冬蔵
法華経によってすべてが得道したことは、秋に穀物を取り入れ、冬になって蔵入れを終わったようなものであるということ。
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所作
ふるまい、行い。
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常住仏性
常に存在して生滅変化のない、無始無終の仏の性分。
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久遠実成
釈尊は、法華経如来寿量品第十六で、五百塵点劫の成道を説き、仏の本地を明かした。すなわち、爾前経および法華経迹門ではインドに出世して30歳のとき菩提樹下で初めて成仏したことが説かれ、これを始成正覚という。しかるに本門寿量品では、五百塵点劫という久遠の昔に、すでに仏であったことが説かれている。これを久遠実成といい、長遠の生命を説き明かしたものである。
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涅槃経が法華経を流通するため説かれた経すなわち法華経の流通分であることを明らかにするために、三つの問答を設定されたなかの、二番目の問答である。ここでは次の三番目の問答と併せて、涅槃経の中で、あたかも法華経が最勝であるかのように説かれている諸文について会通されているのである。
問者は、涅槃経の聖行品に説かれている内容と同経如来性品の一文、更に天親菩薩の涅槃論の内容を挙げて、涅槃経を法華経の流通のためとするのはおかしいではないか、と言うのである。
今、その内容を要約すると、聖行品では釈尊一代50余年の一切経を乳味・酪味・生酥味・熟酥味の前四味に譬え、涅槃経を最高の味の醍醐味に譬えており、このことからすれば、法華経は涅槃経より劣るということではないのか、また、同経の如来性品は迦葉童子の領解の言として、涅槃経のみ正見で、それ以前の諸経はことごとく邪見であるとの文がある。天親菩薩も涅槃論で法華経と涅槃経の勝劣を比較して、法華経を般若経と同じ第四時に入れている。したがって、正見の涅槃経が邪見の法華経の流通のためであるわけがない、というものである。
これに対して、法華経の方便品第2、如来寿量品第16、如来神力品第21からの諸文、涅槃経如来性品の一節を引用されて、法華経こそが仏の本懐であることを明らかにされるとともに、涅槃経は法華経を流通するために説かれた経であることを確認された後、問の中で引用された涅槃経如来性品における迦葉童子の領解の文、並びに法華経を前四味の中に入れて下したと問者のいう涅槃経聖行品の文、さらに天親菩薩の涅槃論の文にそれぞれ会通されている。
法華経の現文を見るに仏の本懐残すこと無し、方便品に云く「今正しく是れ其時なり」寿量品に云く「毎に自ら是の念を作す何を以てか衆生をして無上道に入ることを得・速かに仏身を成就することを得せしめん」と神力品に云く「要を以て之を言えば如来の一切の所有の法、乃至・皆此の経に於て宣示顕説す」已上此等の現文は釈迦如来の内証は皆此の経に尽くし給う
ここでは、仏自身がこの法華経において、この世に出現した本意を説き尽くしたいと断言しており、そのことは法華経の現文に明らかであると述べられている。
ここで、あえて“現文”といわれたのは、仏法について判断するうえで経文に直接当たることが肝要であることを強調されんがためであると思われる。
そして、具体的な文証として方便品第2、如来寿量品第16、如来神力品第21からそれぞれ一文ずつ引用されている。方便品からは「今正しく是れ其時なり」という文である。この言葉は2ヵ所にあり、ひとつはそのああと「決定して大乗を説く」とあり、もうひとつはその前に「如来出でたる所以は、仏慧を説かんが為の故なり」とある。表現は異なっているが、要するに仏の悟りは根本であり一切衆生を成仏させる大乗の法を今ここに説くとの意で、法華経がそれであることを示しているのである。
次いで寿量品からは「毎に自ら是の念を作す何を以てか衆生をして無上道に入ることを得・速かに仏身を成就することを得せしめん」という文である。
これは自我偈の最後の一節である。仏はいつも衆生をどのようにすれば無上最高の教えの道に入らせ仏身を成就させることができるか、ということをいつも思念しているという意味であり、これが仏の本意であることを明らかにしている個所である。
また神力品からは「要を以て之を言えば如来の一切の所有の法、如来の一切の自在の神力、如来の一切の秘要の蔵、如来の一切の甚深の事、皆此の経に於て宣示顕説す」という文である。ここは結要付嘱といわれるところで、釈尊が滅後のために上行等の四菩薩を上首とする地涌の菩薩に付嘱した時の言葉であるが、仏の悟りとその力の全てを包含しているのが「此の経」すなわち法華経であるということである。
これらの文から、釈迦如来の内証は法華経に悉く説き尽くされたことが明らかであると結論されている。
其の上多宝並に十方の諸仏来集の庭に於て釈迦如来の已今当の語を証し法華経に如く経無しと定め了んぬ、而るに多宝諸仏・本土に還るの後に但釈迦一仏のみ異変を存じて還つて涅槃経を説いて法華経を卑まば誰人か之を信ぜん
ここで「釈迦如来の已今当の語」とあるのは法華経法師品第10で「我が所説の経典、無量百千万億にして、已に説き、今説き、当に説かん、而も其の中に於いて、此の法華経、最も為れ難信難解なり」という言葉をさしている。
この中で「已に説き」が爾前40余年の諸経「今説き」が法華経の開経である無量義経、「当に説かん」が涅槃経にあたる。
これを已今当の三説といい、法華経はその中で、最も難信難解であることによって、三説を超えているので「三説超過」といっている。
法師品第10で釈尊の説法のあと見宝塔品第11で多宝如来と十方の諸仏が現れて「釈迦牟尼世尊、所説の如きは、皆是れ真実なり」と述べたものであるから、この「法華経は已今当三説に超えている」との義も多宝・十方の証明を得たことになる。このことをここでは「釈迦如来の已今当の語を証し法華経に如く経無しと定め了んぬ」と述べられている。
すなわち、多宝如来と十方分身の諸仏が結集して、釈迦如来が法師品で説いた已今当の三説を正しいと証明するとともに、三説の中には法華経に肩を並べる経はなく、法華経こそ最高の経であると定めたと仰せられている。
ところが問いにあったように、涅槃経の第14聖行品で涅槃経を最高の醍醐味にして法華経を前四味の中に入れて卑しめたとすれば、それは「但釈迦一仏のみの異変となる」と仰せられている。すなわち、涅槃経は釈尊が涅槃する直前に説かれた経であり、既に多宝や十方分身の諸仏はそれぞれ本土に帰還した後であるから、法華経の法師品・宝塔品で釈迦・多宝・十方分身の諸仏の三仏により法華経こそ已今当の三説超過の経と既に定められたにもかかわらず、釈迦一仏だけが“異変”、すなわち心変わりしたことになるといわれ、そんなことは誰も信じるに値しない、とまず、道理の上から断じられている。
涅槃経の第九を見るに法華経を流通して説いて云く「是の経・世に出ること彼の菓実の一切を利益し安楽する所多きが如く能く衆生をして仏性を見わさしむ法華の中の八千の声聞の記を授かるを得て大菓実を成ずるが如く秋収冬蔵して更に所作無きが如し」
では問者の指摘した涅槃経の文をどう解釈すべきかが問題となる。それに先立って、涅槃経の巻9の如来性品の文を挙げられている。
この文の意味は、この経が世に出るということは、ちょうど果実が成ると一切の人々を利益し安楽にするように、衆生の中にある仏性を開顕させるのである。法華経の中で八千人の声聞が成仏の記別を得て大きな果実を結んだようなことはっすべて済んでおり、それは秋に大きく収穫し冬に収蔵して後は“所作無き”、すなわち、落ち穂拾いぐらい以外に行うことがないようなものである、というのである。
大聖人はこの経文を報恩抄でも引用され、次のように説かれている。すなわち「経文明に諸経をば春夏と説かせ給い涅槃経と法華経とをば菓実の位とは説かれて候へども法華経をば秋収冬蔵の大菓実の位・涅槃経をば秋の末・冬の始捃拾の位と定め給いぬ」(0300-05)と。
すなわち、この涅槃経の文は諸経を春夏にたとえ、涅槃経・法華経を果実の位にたとえている。しかし、同じ果実の位でも法華経を秋収冬蔵という大果実の位とすれば、涅槃経は、その収穫作業が全て終了したあとの秋の末、冬の初めの捃拾の位、つまり落ち穂拾いの位であると定めたものであり、したがって、涅槃経自体が法華経には劣ることを述べたものであると仰せられている。
このように、涅槃経自体、法華経の流通のための経であると位置づけていることを大前提として、それ以外の文も解釈くいていくことなのである。
但し迦葉の領解並に第十四の文は法華経を下す文に非ず迦葉の自身並に所化の衆今始めて法華経の所説の常住仏性・久遠実成を覚る故に我が身を指して此より已前は邪見なりと云う、法華経已前の無量義経に嫌わるる諸経を涅槃経に重ねて之を挙げて嫌うなり法華経を嫌うには非ざるなり
上の点を踏まえて涅槃経の如来性品での迦葉童子の領解の言葉「我今日より始めて正見を得たり此より前は我等悉く邪見の人と名く」また、同経聖行品で、涅槃経を最高の醍醐味に、それ以外の諸経を前四味としているように見える文を読むならば、迦葉童子の「今日より始て正見を得たり」と述べた言葉の“正見”とは既に法華経に説くところの常住仏性と久遠実成の二つの法門であって、その正見を迦葉自身ならびに所化の弟子たちは涅槃経を聞いて初めて得ることができたということなである。
そして、この法華経に説かれた真理を悟った立場からみると、それ以前の自分は邪見の人でしかなかったと言っているのである。
次に、涅槃経を最高の醍醐味とし、それ以外の諸経を前四味としたように見える文も、法華経の開経である無量義経で「四十余年未顕真実」と嫌われた諸経を涅槃経で再び重ねて前四味として嫌ったものであって、法華経そのものを嫌ったものではないのである。
以上が涅槃経の文を引き合いに出しての論難に対する答えであるが、問いの最後にあった天親の涅槃論を挙げての疑難に対しては菩提流支の訳そのものに実にいい加減なところがあることは、引用されている涅槃経の文の訳文を見ても明らかで、信用に値しないと一蹴されている。
第80章 0074:05~0074:12 後の経を流通とする義を破すtop
| 05 問うて云く 先の教に漏れたる者を後の教に之を承け取つて得道せしむるを流通と称せば阿含経は華厳経の流通 06 と成る可きや、 乃至法華経は前四味の流通と成る可きや如何、 答えて曰く前四味の諸経は菩薩人天等の得道を許 07 すと雖も決定性の二乗・無性闡提の成仏を許さず、其の上仏意を探りて実を以て之をカンガうるに亦菩薩人天等の得 08 道も無し十界互具を説かざるが故に久遠実成無きが故に、 問うて云く証文如何、 答えて云く法華経方便品に云く 09 「若し小乗を以て化すること乃至一人に於てせば 我則ち慳貪に堕せん此の事は為て不可なり」已上此の文の意は今 10 選択集の邪義を破せんが為に余事を以て詮と為ず故に爾前得道の有無の実義は之を出さず追つて之をカンガうべし、 11 但し四十余年の諸経は 実に凡夫の得道無きが故に法華経は爾前の流通と為らず 法華経に於て十界互具・久遠実成 12 を顕わし了んぬ故に涅槃経は法華経の為に流通と成るなり。 -----― 問うて言う。先の教による得道から漏れた者を、後の教によって受け取って得道させるのを流通というならば阿含経は華厳経の流通となるのか。また法華経は前四味の流通となるのか、どうか。 答えて言う。前四味の諸経は菩薩・人・天などの得道を許すが、決定性の二乗・無性闡提の成仏を許していない。そのうえ仏の真意を探って、真実によって厳密に考えると、爾前経では、また菩薩・人・天などの得道もない。十界互具を説かないゆえに、また久遠実成もないのである。 問うて言う。証拠の経文はどうか。 答えて言う。法華経方便品に「もし小乗教をもって一人でも教化するならば、我は法を慳しみ貪る罪に堕ちる。このことは全くよくない」とある。この経文の意味については、今は、選択集の邪義を破すのが主目的であって他のことを詳述する場ではないから、爾前経における得道の有無の義は、ここでは省略し、追って考えることにしよう。ただし、釈尊四十余年間の諸経は真実には凡夫の得道もないのであるから、法華経が爾前経の流通となるわけがない。法華経において初めて十界互具・久遠実成を説き明かしたのであり、ゆえに涅槃経は法華経のための流通となるのである。 |
決定性の二乗
決定種性のこと。爾前経で声聞・縁覚の二乗は六道へも、菩薩・仏界へも絶対に出ることができないとした。この二乗をさして「決定性」とよんだ。法相宗ではとくにこれを強調し、法華経とはぜんぜん逆に、一乗方便・三乗真実と立てる。
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無性闡提
無性と闡堤。または無性である闡堤。無性は成仏する性分・可能性のない衆生のこと。闡堤は正法を信ぜず、成仏の陰のない一闡堤のこと。
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十界互具
地獄から仏界にいたる十界のおのおのに十界を具していること。方便品では、凡下の衆生に仏知見がそなわっていると説き、寿量品では三妙合論して仏界常住を説く。この十界互具・百界は、それぞれに十如是を具し、さらに三世間を具して、一念三千となる。ゆえに開目抄には「一念三千は十界互具よりことはじまれり」(0189-04)と仰せである。ただし、末法における真実の十界互具については、われわれが唱える題目・御本尊を仏界として、唱え奉るわれら衆生は九界であり、この境智冥合をもって十界互具というのである。
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慳貪
慳悋に貪著すること。強欲であって物を慳み、人に布施をしないことをいう。清浄心を覆う六種の悪心、即ち慳貪・破戒・瞋恚・懈怠・散乱・愚癡の六蔽の一つ。慳貪は餓鬼界の生因となる。末法今日においては、折伏をしないことはこの科に当たる。
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余事
①本義でない他の事柄。余力でする仕事。②仏道修行の本義である成仏を妨げる他の修行のこと。
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爾前得道の有無の実義
爾前経によって仏道が得られるか得られないかということについての真実の義。
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凡夫
梵語で婆羅、新訳では異生という。元来は一般人のこと。後になって断惑証理の聖者に対する称となった。凡庸な士夫。いまだ四諦の理を見ない浅識愚鈍の者で、煩悩に束縛された者をいう。法華経譬喩品第三に「凡夫は浅識にして深く五欲に著し、聞くとも解すること能わじ」とある。
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先に、涅槃経を法華経の流通とする理由として「捃拾」すなわち“落ち穂拾い”とされたのであるが、これを受けてここでは、先の教えに漏れた者を後の教えが掬い取って得道させることを流通と捉えるならば、華厳経の後に説かれた阿含経は華厳の流通となり、同じようにして、方等経は阿含経の流通、般若経は方等経の流通、法華経・涅槃経は般若経の流通となり、総じて法華経は前四味の華厳部、阿含部、方等部、般若部の流通となる。
これに答えられて重要なことは、衆生をして真に成仏得道させる法門が説かれているかどうかであることを強調される。
この観点に立つ時、前四味の諸経は菩薩・人天等の得道を許してはいても、決定性の二乗や無性闡堤の成仏は許していない。
しかも、更に厳密に、仏意を探り出した立場で真実の上から考察すると、爾前諸経には菩薩・人天等の得道すらない、と断定され、その理由として、十界互具と久遠実成を説かないからであると示されている。
そして、その証文はどうか、との問いを受けて、法華経方便品第二の「若し小乗を以って、乃至一人をも化せば、我即慳貪に堕せん。此の事は為めて不可なり」を引用されている。しかし、大聖人は、この文の意味についてはここでは明らかにせず「追って之を撿うべし」とされている。それは本書を書かれた目的はあくまでも「選択集の邪義を破せんが為に」あるがゆえ「余事を以て詮と為す故に爾前得道の有無の実義は之を出さず」と仰せられている。
つまり、どこまでも本書の目的は選択集の邪義を破折するところにあるので、“余事”、それ以外のことを詮議することはあえてしないとされ、“爾前経による得道の有無”という課題についてはここでは述べない“と仰せられている。
詳論はしないが結論的にいえば、40余年の諸経によっては実際には凡夫の成仏得道もなしのであるから、法華経が爾前の流通とはならないと述べられている。
「落ち穂拾い」の譬えで明らかなように、収穫が済んだあとでそこの落ち穂拾いであって、爾前経は“収穫”そのものをさしていないのだからである。
それに対し、凡夫の成仏得道は法華経における十界互具と久遠実成の法門によって明瞭に顕れたからである。だから法華経の後に説かれた涅槃経は法華経の会座に列ならなかった。たとえば、迦葉童子といった人々のための落ち穂拾いとしての流通となることが有名である。
答えて曰く前四味の諸経は菩薩人天等の得道を許すと雖も決定性の二乗・無性闡提の成仏を許さず、其の上仏意を探りて実を以て之をカンガうるに亦菩薩人天等の得道も無し十界互具を説かざるが故に久遠実成無きが故に
先で説かれた経で漏れた人々を受け取って得道させるのが流通であるとすると、法華経は前四味の諸経の流通ではないか、との言い分に対して、まず、流通うんぬんというのは、その“先の経”が成仏・得道の経である場合のことであるとされている。
そこで、前四味の諸経には菩薩・人天等の得道を許してはいるが、二乗に決定していて永久に成仏できない者や成仏する可能性のない衆生、正法を信ぜず仏に成る因子をもたない者たちの成仏については許していない、と述べられている。
しかし、これは一往の与えての言い分であって、仏の真意から厳密に言えば前四味の諸経では、菩薩・人天等の成仏得道も実のところはありえないその理由は、これら諸経には十界互具と久遠実成の二大法門がないからであると答えられている。
いうまでもなく、十界互具は法華経迹門における二乗作仏によって明かされ、いかなる衆生にも仏になる可能性としての仏性があることを説いたものである。そして、久遠実成は仏の久遠の成道を明かすことによりその仏性が久遠以来、常住していることを説いたものといえる。この二大法門は“記称久成”ともいって、衆生の成仏を根拠づけるには欠かすことのできない重要な考え方である。記小とは小乗が未来に成仏することを記別する。すなわち、予言することをいい、十界互具を基礎づけるものであり、久成とは久遠実成の略称である。
法華経方便品に云く「若し小乗を以て化すること乃至一人に於てせば我則ち慳貪に堕せん此の事は為て不可なり」
爾前諸教には菩薩・人天の成仏もないという主張の文証として、この方便品の文を挙げられたのであるが、この文の前後を引用すると、次のようになっている。「十方仏土の中には、唯一乗の法のみ有り。二無く亦三無し。仏の方便の説をば除く。但仮の名字を以って、衆生を引導したもう。仏の智慧を説かんが故なり。諸仏世に出でたもうは、唯此の一事のみ実なり。余の二は則ち真に非ず。終に小乗を以って、衆生を済度したまわず。仏は自ら大乗に住したまえり。其の所得の法の如き、定慧の力荘厳せり。此れを以って衆生を度したもう。自ら無上道、大乗平等の法を証して、若し小乗を以って、乃至一人をも化せば、我則ち慳貪に堕せん。此の事は為めて不可なり」と。
ここは、仏のこの世に出現する目的が一切衆生を成仏させる一仏乗の法を説くことにあることを述べ、仮に衆生を導くために方便を説くことはあっても、目的はこの一事一仏乗の、法を説くことにある。ゆえに、仏自らが大乗平等の法を悟りながら、小乗の教えをもってただ一人でも化導したとすれば、仏は物惜しみの欲深い罪に堕落することになる。それはよくないことである、と述べているところである。
この趣旨からも、文中の小乗とは法華経以前の諸経をさしていることは明らかである。このことについては大聖人は小乗大乗分別抄の中で「又法華経第一の巻・方便品に若以小乗化・乃至於一人と申す文あり天台妙楽は阿含経を小乗と云うのみにあらず華厳経の別教・方等般若の通別の大乗をも小乗と定め給う、又玄義の第一に会小帰大・是漸頓泯合と申す釈をば智証大師は初め華厳経より終り般若経にいたるまで四教八教の権教諸大乗経を漸頓と釈す泯合とは八教を会して一大円教に合すとこそ・ことはられて候へ、又法華経の寿量品に楽於小法・徳薄垢重者と申す文あり、天台大師は此経文に小法と云うは小乗経にもあらず又諸大乗経にもあらず久遠実成を説かざる華厳経の円乃至方等般若法華経の迹門十四品の円頓の大法まで小乗の法なり、又華厳経等の諸大乗経の教主の法身・報身・毘盧遮那盧舎那・大日如来等をも小仏なりと釈し給ふ、此の心ならば涅槃経・大日経等の一切の大小権実顕密の諸経は皆小乗経・八宗の中には倶舎宗・成実宗・律宗を小乗と云うのみならず華厳宗・法相宗・三論宗・真言宗等の諸大乗宗を小乗宗として唯天台の一宗計り実大乗宗なるべし、彼彼の大乗宗の所依の経経には絶えて 二乗作仏・久遠実成の最大の法をとかせ給はず、譬えば一尺二尺の石を持つ者をば大力といはず一丈二丈の石を持つを大力と云うが如し」(0520-05)と仰せられている。
爾前得道の有無の実義は之を出さず追つて之を撿うべし
ただし、本書では、この法華経方便品の文を引用するにとどめられ、これに関連する「爾前得道の有無」の問題は「追って之を撿うべし」と、別に検討するとことわられている。
本書の主眼点はあくまでも法然の選択集に邪義であることを明らかにすることであり、爾前諸教をひっくるめてその成仏の有無を論じることではないからである。
したがって、ここでは結論的に爾前諸教は一切衆生の成仏を説いたものではないことを述べられたうえで、成仏の経である法華経が爾前諸教の流通になる道理がないと答えられているのである。
衆生の成仏は十界互具、久遠実成が明らかにされてこそ、その道が開かれたのであり、これは法華経にのみ明かされたのである。法理の上では法華経で一切衆生の成仏が確定したのであるが、この法華経の会座に列席しなかった迦葉童子等への成仏が“捃拾”として涅槃経で明かされる。それはまた滅後のあらゆる人々にも法華経の妙法によって成仏できることを示しており、そこに涅槃経が法華経への“流通”である所以があるといえよう。
大段第七 問いに随って答うtop
第81章 0074:13~0074:17 大文の七設定の理由明かすtop
| 13 大文の第七に問に随つて答うとは、 若し末代の愚人上の六門に依つて万が一も法華経を信ぜば権宗の諸人或は 14 自惑に依り 或は偏執に依つて法華経の行者を破せんが為に 多く四十余年並に涅槃等の諸経を引いて之を難ぜん、 15 而るに権教を信ずる人は之多く 或は威勢に依り或は世間の資縁に依り人の意に随つて 世路を亘らんが為に或は権 16 教には学者多く実教には智者少し 是非に就て万が一も実教を信ずる者有るべからず、 是の故に此の一段を撰んで 17 権人の邪難を防がん。 -----― 大段の第七として、問いに従って答えるとは、もし末法の代の愚かな人が上述の六つの大段の教示によって、万が一にも法華経を信じるならば、権教の宗旨の人々が自らの惑いにより、あるいは偏った執着心によって法華経の行者を破ろうとするために、多く釈尊四十余年の爾前経ならびに涅槃経などの諸経を引用して非難するであろう。しかるに権教を信ずる人は多く、威しと勢いにより、あるいは世間の助けにより他人の意に従って世間の道を渡るために非難するであろう。あるいは権教には学者が多く、実教には智者は少ない。いずれが是か非かとなると、万が一にも実教を信じる者はないであろう。このために最後に問答の一段をもうけて、権教の人の邪な非難を防ぐことにする。 |
権宗の諸人
爾前権経に基づく宗旨の多くの人々。念仏宗・真言宗の信徒たちなど。
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自惑
自分自身の惑い。仏法について正しい判断がくだせないこと。
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偏執
偏ったものに執着すること。偏った考えに固執して正邪・勝劣をわきまえないこと。
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威勢
①人を恐れ服させる勢い。威光勢力。②元気がいさま。意気盛んな様子。
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世間の資縁
世の中の助けや縁故のこと。世間的利害関係を利用して正法の信仰を妨げること。
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世路
世間を渡る路。世の中一般の生き方。世間の考え方に合わせて、波風を立てないでいくことが得策だという考え方。
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是非に就て
よいか悪いかについて、判断し、どちらを正しいと認めるかとうこと。
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邪難
邪悪な非難のこと。
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ここからは、最後の第七「問いに随って答うることを明す」という段落に入る。
まず、ここでは何故にあえて本書の最後に、この段落を設けたかについて述べられているところである。
そして「是の故に此の一段を撰んで権人の邪難を防がん」とあるように、権人すなわち、権教を信ずる人たちから浴びせられるさまざまな非難を防ぐためにこの一段を選んで設けると述べられている。「邪難を防がん」とは想定される非難・批判に対し、答えを明らかにしておこうということである。
つまり、本書のこれまでの六門を理解することによって、末法の愚人がもし万が一にも実教である法華経を信ずるようになるならば、権教を拠りどころとする諸宗を信ずる人たちは“自惑”、権実・実の立て分けについての自らの惑いや、あるいは権宗への偏った執著により、法華経の行者を破ろうとして、40余年の爾前経や華厳経等の諸経を引用して非難するであろう、と仰せられている。
しかも、権経を信ずる人たちは多数であるゆえに、権力を借りて脅したり、世間的な利害を利用して正法を信仰しようとする人を妨げたり、世人の心に合わせて世の中を渡ろうとして、法華経を信ずるものを攻撃してくると予想される。また、権教には学者が多いのに対し実教には智者が少ないから、どちらが是でどちらが非かとなると、人の心は多勢のほうに傾きやすいため、万が一にも実教を信ずる者はいなくなるであろうから、と予想されて、このために、諸宗からの予想される非難に対して、その答えを用意しておく、と言われているのである。
第82章 0074:18~0075:14 四宗の法華経への非難を挙ぐtop
| 18 問うて云く諸宗の学者難じて云く「華厳経は報身如来の所説・七処・八会・皆頓極頓証の法門なり、法華経は応身 0075 01 如来の所説・教主既に優劣有り、 所説の法門に於て何ぞ浅深無からん随つて対告衆も法慧・功徳林・金剛幢等なり 02 永く二乗を雑えず、法華経は舎利弗等を以て対告衆と為す」華厳宗難、法相宗の如きは解深密経を以て依憑と為し難 03 を加えて云く「解深密経は文殊観音等を以て対告衆と為す 勝義生菩薩の領解には一代を有・空・中と詮す其の中の 04 中とは華厳・法華・涅槃・深密等なり法華経の信解品の五時の領解は四大声聞なり菩薩と声聞と勝劣天地なり」、浄 05 土宗の如きは道理を立てて云く 「我等は法華等の諸経を誹謗するに非ず 彼等の諸経は正には大人の為傍には凡夫 06 の為にす断惑証理・理深の教にして 末代の我等之を行ずるに千人の中に一人も彼の機に当らず 在家の諸人多分は 07 文字を見ず亦 華厳法相等の名を聞かず況や其の義を知らんや、 浄土宗の意は我等凡夫は但口に任せて六字の名号 08 を称すれば 現在に阿弥陀如来二十五の菩薩等を遣わし 身に影の随う如く 百重千重に行者を囲繞して之を守り給 09 う、 故に現世には七難即滅・七福即生し乃至臨終の時は必ず来迎有つて 観音の蓮台に乗じ須臾の間に浄土に至り 10 業に随つて蓮華開け 法華経を聞いて実相を覚る何ぞ煩しく穢土に於て余行を行じて何の詮か有る 但万事を抛つて 11 一向に名号を称せよ」と云云、 禅宗等の人云く「一代聖教は月を指す指・天地日月等も汝等が妄心より出でたり十 12 方の浄土も執心の影像なり 釈迦十方の仏陀は汝が覚心の所変・文字に執する者は 株を守る愚人なり我が達磨大師 13 は文字を立てず方便を仮らず一代聖教の外に仏迦葉に印して此の法を伝う法華経等は未だ真実を宣べず」已上。 14 此等の諸宗の難一に非ず如何ぞ法華経の信心を壊らざる可しや、 -----― 問うて言う。諸宗の学者が非難していうのに「華厳経は毘廬遮那報身如来の所説であり、その七ヵ所・八回の会座に説かれた教えは、すべて頓やかに極果を得る法門である。法華経は応身如来たる釈尊の所説であり、教主においてはこのように優劣があるのだから、所説の法門において、どうして浅深がないことがあろうか。したがって華厳経の対告衆も法慧・功徳林・金剛幢などであって、声聞・縁覚の二乗をまじえない。法華経は舎利弗などを対告衆としたものである」と。 法相宗は解深密経を依りどころとし、非難して「解深密経は文殊菩薩・観音菩薩などを対告衆としており、勝義生菩薩の領解には、釈尊一代の説法を有教・空教・中教の三教に分別している。そのなかの中教とは華厳経・法華経・涅槃経・深密経などである。法華経の信解品第四で五時教判を領解したのは四大声聞である。菩薩と声聞ではその勝劣は天地の違いである」といっている。 浄土宗は理屈をつけて「我らは法華経などの諸経を誹謗するのではない。法華等の諸経は正には大人のため、傍には凡夫のために説かれた。法華経は惑を断じ理を証する深い法理の教えであって、末法の代の我らは法華経などを修行しても千人の中に一人もその機根に当っていない。在家の人々の多くは文字が読めず、また華厳宗・法相宗などについては名前を聞いたこともない。ましてその教義を知るはずもない。浄土宗の本意は、我ら凡夫がただ口に出るままに南無阿弥陀仏の六字を称えれば、現世に阿弥陀如来が二十五人の菩薩たちを遣わし、身に影の随うように百重千重に念仏の行者を囲んで守ってくださる。ゆえに現世には七難は即ち滅し七福は即ち生じ、そして死に臨んだ時は必ず阿弥陀如来が迎えに来て、観音菩薩の蓮の台に乗って即時に極楽浄土に至り、その業に随って蓮の華が開いて法華経を聞いて実相の心理を悟るのである。この穢土において念仏以外の煩わしい修行を行じても、なんの意味があろうか。ただ全てを投げ捨てて専ら念仏の名号を称えなさい」などという。 禅宗などの人は「釈尊一代の聖教は月をさす指である。天地・日月なども汝らの迷いの心から出たのである。十方世界の浄土も執着の心の影像である。釈尊や十方の仏陀は汝の覚りの変化したものである。経文の文字に執着する者は、兎がまた捕れると思って株を守っている愚か者である。我が達磨大師は文字を立てず方便を借らない。仏は一代の聖教の外に迦葉に華を拈り、迦葉は微笑するという印によって心から心へ別にこの禅法を伝えたのである。法華経などは未だ真実を宣べていない」という。 こうした諸宗の非難は一つではない。どうして法華経の信心を破らないでおられるだろうか。 |
報身如来の所説
法身如来とは三身如来の一つで、仏の智慧をあらわす仏心。華厳経は、廬舎那仏が説いたという形になっており、華厳宗の学者はこの仏を法身如来としている。
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七処・八会
華厳経の説法の場所と会座の数。釈尊は寂滅道場菩提樹下で正覚を成して後、3週間にわたって華厳経を説法したが、これが七つの場所で八回行われたので、七処・八会という。七処とは、①寂滅道場②普光法堂③忉利天④夜摩天⑤兜率天⑥他化自在天⑦逝多林。
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頓極頓証の法門
頓やかに極果を得、頓に菩提を証すること。華厳の法門をさしている。速疾頓成・即身成仏と同意。速疾頓成は速やかに成仏すること。速疾は迂回に対する語で、速やかなこと。頓成は漸成に対する語で、直ちに成仏すること。
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応身如来の所説
応身如来は三身如来のひとつで、衆生に慈悲を施す力用をさし、また衆生を救済するために、衆生の機根に応じて現じる種々の姿をいう。華厳宗の学者は法華経の教主である釈迦仏は応身如来であるから、華厳経の教主の毘盧遮那法身如来よりずっと劣るとしている。
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教主
教法を説く主尊。それぞれの教法には、それぞれの教主がいることになる。法華経の教主は釈尊である。
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対告衆
仏が説法する直接の相手、当事者。
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法慧
法慧菩薩のこと。華厳経の会座において十住を説き明かした菩薩。華厳経の四菩薩の一人のこと。
―――
功徳林
華厳経の四菩薩の一人。華厳経の会座で十行の法門を説いた。
―――
金剛幢
華厳経の四菩薩の一人。華厳経の会座で十回向の法門を説いた。
―――
舎利弗
梵語シャーリプトラ(Śāriputra)の音写。身子・鶖鷺子等と訳す。釈尊の十大弟子の一人。マガダ国王舎城外のバラモンの家に生まれた。小さいときからひじょうに聡明で、8歳のとき、王舎城中の諸学者と議論して負けなかったという。初め六師外道の一人である刪闍耶に師事したが、のち同門の目連とともに釈尊に帰依した。智慧第一と称される。なお、法華経譬喩品第三の文頭には、同方便品第二に説かれた諸法実相の妙理を舎利弗が領解し、踊躍歓喜したことが説かれ、未来に華光如来になるとの記別を受けている。
―――
華厳宗
華厳経を依経とする宗派。円明具徳宗・法界宗ともいい、開祖の名をとって賢首宗ともいう。南都六宗の一つ。一切経の中で華厳経が最高であるとし、万物の相関関係を説く法界縁起によって悟りの極致に達するとする。東晋代に華厳経が中国に伝訳され、杜順、智儼を経て賢首によって教義が大成された。賢首は五教十宗の教判を立てて、華厳経が最高の教えであるとした。日本には天平8年(0736)に、唐僧の道璿が伝え、同12年(0740)に、新羅の僧・審祥が華厳経を講じて日本華厳宗の祖とされる。
―――
法相宗
解深密経、瑜伽師地論、成唯識論などの六経十一論を所依とする宗派。中国・唐代に玄奘がインドから瑜伽唯識の学問を伝え、窺基によって大成された。五位百法を立てて一切諸法の性相を分別して体系化し、一切法は衆生の心中の根本識である阿頼耶識に含蔵する種子から転変したものであるという唯心論を説く。また釈尊一代の教説を有・空・中道の三時教に立て分け、法相宗を第三中道教であるとした。さらに五性各別を説き、三乗真実・ 一乗方便の説を立てている。法相宗の日本流伝は一般的には四伝ある。第一伝は孝徳天皇白雉4年(0653)に入唐し、斉明天皇6年(0660)帰朝した道昭による。第二伝は斉明天皇4年(0658)、入唐した智通・智達による。第三伝は文武天皇大宝3年(0703)、智鳳、智雄らが入唐し、帰朝後、義淵が元興寺で弘めたとする。第四伝は義淵の門人・玄昉が入唐して、聖武天皇天平7年(0735)に帰朝して伝えたものである。
―――
解深密経
法相宗所依の本経である。深密経ともいい5巻28品からなる。大唐の貞観24年(0674)玄奘の訳。阿頼耶識深密を解説したもの。別訳には菩提留支の深密解脱経5巻がある。
―――
依憑
よりどころとするもの。
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勝義生菩薩の領解
勝義生菩薩は解深密経の対告衆。二教論指先抄には、報身如来が法相宗の深密の三乗を説いた時の対告衆とある。解深密教外別伝・不立文字には勝義生菩薩は釈尊に「釈尊がなぜ一切諸法は皆自性無く、生も無く、滅も無く、本来寂静、自性涅槃であると説いたか」と尋ね、釈尊がこの質問に答えて密意を解き明かしたとある。次に領解とは、①仏の説法を聞いて心に悟ること、会得することをいう。②もろもろの菩薩等が仏の説法を完全に理解・了解し、その理解したことを、仏の前で述べることをいう。
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一代
釈尊一代50年の聖教のこと。
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有・空・中
第一時有経・第二時空経・第三時中道経のこと。法相宗で立てる教判。釈尊の経典を説法の時期、内容によって分類したもの。
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信解品の五時の領解
法華経において中根の四大声聞に対する譬説周の説法が譬喩品~授記品までにわたるが、そのうち信解品は四大声聞が開三顕一の法門を会得した領解段にあたる。この領解段では天台大師が五時教判を立てる依拠となった教説が説かれているゆえ「信解品の五時の領解」という。
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四大声聞
譬喩品を聞いて領解する中根・譬説周の四菩薩のこと。慧命須菩提・摩訶迦旃延・摩訶迦葉・摩訶目犍連をいう。
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浄土宗
阿弥陀仏の本願を信じ、その名号を称えることによって阿弥陀仏の極楽浄土に往生することを期す宗派。中国では、東晋代に慧遠を中心とする念仏結社の白蓮社が創設された。白蓮社は、念仏三昧を修して阿弥陀仏を礼拝したが、これが中国浄土教の始まりとされる。南北朝時代に、曇鸞がインドから来た訳経僧の菩提流支から観無量寿経を受けて浄土教に帰依し、その後、道綽、善導らに受け継がれて浄土念仏の思想が大成された。日本では法然が選択集を著して、仏教には聖道浄土の二門があり、時機相応の教えは浄土門であるとして浄土宗の宗名を立てた。そして、正依の経論を無量寿経、観無量寿経、阿弥陀経と往生論の三経一論として開宗した。
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道理
①物事のことわり、道徳、道義。②諸法が存在し変化するうえで拠り所となる法則。③理証のこと。
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正には大人の為傍には凡夫の為
「大人」は智慧ある立派な人の意で、声聞・縁覚・菩薩をさす。凡夫は凡庸な人の意で、六根で生死を繰り返す者をいう。法華経等は傍らとしては凡夫のためだが、正意は優れた機根のため人々のために説かれたものだから、文字も読めない凡夫には適していないという念仏宗の言い分。
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断惑証理
「惑を断じ理を証す」と読む。一切の煩悩を断じ尽くし、涅槃の境地を体得すること。
―――
理深の教
道理が深い教えということ。安楽集には法華経は道理が深くて衆生の遇鈍な智慧では理解が微劣で困難であり、一人も成仏する者はないから聖道門を捨てて、浄土門を信ぜよと主張している。
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六字の名号
南無阿弥陀仏の六時の名称のこと。この六字を称えることを称名念仏といい、浄土宗各派によって多少の違いがあるが、専ら念仏を称えることによって、死後、西方極楽世界に往生できると説いている。
―――
阿弥陀如来
「阿弥陀」は梵語アミターバ(Amitābha)、あるいは、アミターユス( Amitāyus)の音写、無量光仏・無量寿仏と訳す。西方極楽世界の教主。無量寿経によれば、無数劫の過去に、ある国王が出家して法蔵比丘となり、世自在王仏を師として四十八願を立てて修業し、願成就して阿弥陀仏となり、西方極楽世界に住して衆生を済度していると説いている。浄土宗では、この阿弥陀如来を本尊として、西方極楽世界に往生することを本願としている。
―――
二十五の菩薩
念仏宗では、念仏の行者は25人の菩薩に守られるとしていることをいう。
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囲繞
囲みめぐらすこと。取り囲むこと、また守りを固めることをいう。
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七難即滅・七福即生
『仁王般若経受持品』に「其の国土の中に七つの難とすべき有り、一切の国王是の難の故に般若波羅蜜を講読為せば、七難即ち滅して七福即ち生ぜん、万姓安楽、帝王歓喜せん」とある経文。七難…経によって若干相違があるが、仁王経では一、日月失度の難、二、星宿失度の難、三、諸火梵焼の難、四、時節返逆の難(水難)、五、大風数起の難、六、天地亢陽の難、七、四方賊来の難をいう。七福…一説には七難が滅することを七福とする。また、一、悪竜鬼を鎮める徳、二、人の所求を遂げる徳、三、輪王意殊の徳、四、竜甘雨を降らす徳、五、光天地を照らす徳、六、能く一切諸々の仏法等を出生する徳、七、能く一切の国王無上の法等を出生する徳を七福とする説もある。
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来迎
念仏宗の義。臨終のとき、仏・菩薩がその前に来現し、浄土へ迎え導くこと。
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観音の蓮台
観音菩薩が坐る蓮華の台座のこと。蓮華座・蓮華台ともいう。
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須臾の間
須臾とは時の量、斬時、刹那、瞬間。
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蓮華
①蓮の花のこと。②妙法蓮華経のこと。
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実相
ありのままの姿
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万事を抛つて一向に名号を称せよ
法然がとなえた邪義。そのほかのことは一切捨てて専ら南無阿弥陀仏の名号を称えよという義。
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禅宗
禅定観法によって開悟に至ろうとする宗派。菩提達磨を初祖とするので達磨宗ともいう。仏法の真髄は教理の追及ではなく、坐禅入定の修行によって自ら体得するものであるとして、教外別伝・不立文字・直指人心・見性成仏などの義を説く。この法は釈尊が迦葉一人に付嘱し、阿難、商那和修を経て達磨に至ったとする。日本では大日能忍が始め、鎌倉時代初期に栄西が入宋し、中国禅宗五家のうちの臨済宗を伝え、次に道元が曹洞宗を伝えた。
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一代聖教
釈尊が成道してから涅槃に入るまでの間に説いた一切の説法。天台大師は説法の順序に従って華厳・阿含・方等・般若・法華の五時に分けた書。詳しくは御書全集「釈迦一代五時継図」(0633)参照のこと。
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月を指す指
禅宗では、月を見ることができるならば、それを指す指は無用のように、坐禅によって悟りを得れば経文は不要であると主張している。
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妄心
迷いに執着する心。正邪の是非に迷う心。
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執心の影像
執着心から出た影の像のこと。①水や鏡・心に映っている姿形。②絵画・彫刻・仏神の姿。
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覚心の所変
覚った心の変化したもの。覚心は一切の妄想を離れた不変の心。所辺は二意がある。①心が形をとって現れるもの。②変現・化身と同意で、仏・菩薩が本来の姿を変えて現れること。
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株を守る愚人
株は木の切り株のこと。中国の韓非子に、たまたまぶつかったウサギを手に入れたため、本来の仕事を放り出して無益な株の見張りにせんねんしたという農夫の物語があり、そこから目先の物、枝葉にとらわれる愚かな人を表現するのに用いられる。
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達磨大師
禅宗の初祖。菩提多羅のこと。のちに般若多羅より法を受け、菩提達磨の名を授けられた。般若多羅は、かれの滅後67年に震旦に行って弘法せよと、達磨に游化を許したので、梁の普通元年、中国に入り、武帝に謁見したが受け入れられず、崇山少林寺に寓して壁に向かって坐禅したので、人々は彼を壁観婆羅門と呼んだ。大通2年に死去。唐の代宗は円覚大師とおくり名した。
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文字を立てず
経典を用いないという禅宗の言い分。真の悟りは経論の語句・文字に依らず、ただ心から心へと法を伝えることによって得られるとする禅宗の教義。
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方便を仮らず
経は仏が衆生を導くために仮に設けた方便であるとする立場から、そうした方便を借りない、との意。
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前章で、法華経を信じようとする人たちへの権宗の人たちからの非難や攻撃を予め想定して、備えておくことの必要性を述べられた。ここでは、その予想される法華経への非難を具体的に各宗ごとに挙げられている。そのため、華厳宗・法相宗・浄土宗・禅宗の四宗を代表として、それぞれが法華経を非難している論点を挙げられている。いずれの宗も、自宗の依りどころとする経が法華経よりすぐれているということを述べて、法華経を難じている。
まず、華厳宗では、華厳・法華両経の教主の位と対告衆の位という二つの観点から、法華経を劣ると主張している。すなわち、華厳経が法報応の三身のうち報身如来の盧舎那仏が説いたものであるのに対し、法華経は応身如来に過ぎない釈迦仏が説いたものであるから、法華経は華厳経より劣ると言っている。
ついで、対告衆については、華厳経が法慧・功徳林・金剛幢の高位の菩薩たちを対象として、位の劣る二乗を混えないのに対し、法華経は舎利弗等の二乗を相手に説かれている点で、法華経は劣ると難じている。
また、この二点の他にも、華厳経が七処八会であるのに対し、法華経は二処三会に過ぎない、などと難じている。
次に、法相宗では、その依経である解深密教の対告衆は文殊・観音等の菩薩であり、更に、勝義生菩薩がこの解深密教の説法を領解して述べた言葉の中で、釈尊一代の聖教を「有・空・中」の三つの門に分けているが、そのなかの“中”に華厳・法華・涅槃・深密等の諸大乗が入っていることから、解深密教における菩薩の理解は法華経を超えているとしている。これに対し、法華経の対告衆は法華経であり、信解品において四大声聞が理解したことは一代聖教を華厳・阿含・方等・般若・法華涅槃の五時に分けるという内容である。理解した内容は同じようであるが、解深密教の場合は菩薩であるのに対し、法華経は声聞であるところに、法華経が劣っていると主張しているのである。
更に、浄土宗の場合は、ただただ凡夫は口に任せて南無阿弥陀仏の六字の名号を称えれば、現世では阿弥陀如来の25の菩薩たちが守ってくれるのであるから、たとえ天変地夭の七難があってもこれを除いて七福が生じる。しかも臨終の時には迎えに来てたちまちのうちに極楽浄土に至り、そこで法華経を聞いて実相を悟ることができるのであるから、今世の穢土で、機に合わない法華経の修行をしても何の意味もない。それよりも万事をなげうってひたすら名号を称えよ、といって難じているのである。
そして、禅宗では、釈尊の一代聖教をといっても月をさす指にすぎず、月を見ればその指は不必要となるのであるから、経典の文字に固執してはならない。また、天地日月や十方の浄土は凡夫の妄心・執心の現れにすぎず、釈迦・十方の仏陀は凡夫の覚心が変化したもの、とも述べて、この覚心を自覚することが大切であることを強調している。したがって、禅宗の開祖である達磨は、仏陀の説いた経の言葉には依らず、一代聖教の教えの外に仏から迦葉へと別に伝えられたこの禅法を弘めたのであり、法華経等の経典には真実は述べられていないといって、法華経を難じている。
最後に「此等の諸宗の難一に非ず」と仰せられているのは、ここに挙げられたように、さまざまな宗が法華経について非難・批判してくるのだから、信心した人も法華経への信心を破られないでいられることは難しいという意味とも取れるし、あるいは、ここに挙げられたのは各宗一つの論点だけで、このほかにも多くの法華誹謗の論点をもっているので、それに耐えて信心を貫いていくことは容易でない、との意味とも取れる。この両方の意味が含められていると拝してよいであろう。
第83章 0075:14~0076:04 難に対する答えの方法を示すtop
| 14 答て云く法華経の行者は心中に「四十余年已 15 今当皆是真実・依法不依人」等の文を存し而も外に語に之を出さず 難に随て之を問うべし抑所立の宗義は何の経に 16 依るや、 彼経を引かば引くに随つて亦之を尋ねよ、 一代五十年の間の説の中に法華経より先か後か同時なるか亦 17 先後不定なるかと、 若し先と答えば未顕真実の文を以て之を責めよ敢えて彼の経の説相を尋ぬること勿れ、 後と 18 答えば当説の文を以て之を責めよ、 同時と答えば今説の文を以て之を責めよ、 不定と答えば不定の経は大部の経 0076 01 に非ず一時一会の説にして 亦物の数に非ず其の上不定の教と雖も三説を出でず、 設い百千万の義を立つと雖も四 02 十余年の文を載せて虚妄と称せざるより外は用うべからず、仏の遺言に不依不了義経と云うが故なり。 -----― 答えて言う。法華経の行者は無量義経説法品の「四十余年には末だ真実を顕さず」、法華経法師品の「已に説き、今説き、当に説かん」、法華経見宝塔品の「皆是れ真実なり」涅槃経如来性品の「法に依って人に依らざれ」などの文を心の中にたもち、しかも外には言葉を出さないようにすることである。向こうから難を加えてきたのに応じて、このように問いなさい。そもそも汝が立てるところの宗義はどの経に依っているのか。 彼が経文を引用するならば、その引用についてまたこのように尋ねなさい。釈尊一代五十年の間の説法の中で、その経は法華経より先に説かれたか後に説かれたか、同時に説かれたか、また先後が不定であるかと。 もし法華経より先と答えれば、「未だ真実を顕さず」の文をもって責めなさい。強いて彼の経に説かれている内容まで尋ねてはいけない。 法華経より後に説かれたと答えれば「当に説かん」の文をもって責めなさい。法華経と同時に説かれたと答えれば、「今説く」の文をもって責めなさい。 先後が不定であると答えれば、不定の経は法義の根本となる重要な経典ではなく、その場その場の説であって、重視すべき経ではない。そのうえ不定の経といっても已今当の三説を出ない。たとえ百千万の教義を立てても「四十余年には末だ真実を顕さず」との文によって虚偽であるとされていない経典以外は用いてはならない。仏の遺言に「不依義経に依らざれ」というゆえである。 -----― 03 亦智儼・嘉祥・慈恩・善導等を引いて徳を立て難ずと雖も法華涅槃に違する人師に於ては用うべからず依法不依 04 人の金言を仰ぐが故なり。 -----― また智儼・嘉祥・慈恩・善導らの言葉を引用して、彼らの徳を立てて、こちらを論難してきたとしても、法華経・涅槃経に違背する人師を用いてはならない。涅槃経如来性品の「法に依って人に依らざれ」の金言を仰ぐからである。 |
先後不定
その経が説かれた時期が定まっていないこと。不明であること。
―――
未顕真実
法華経の開経である無量義経説法品第二に「四十余年には未だ真実を顕さず」とある。
―――
説相
経文や論・釈等の所説や内容。言説や文章にどう述べられているかという事。
―――
当説の文
「今説」のこと。今説にあたるのは、法華経と無量義経であるが法師品には「今説」のいかなる経よりも法華経が勝れていることを示している。
―――
不定の経
説法の時期が法華経より前か後かが定まっていない経。
―――
大部の経
「大部」とは、分量の多い書籍のことで、法義上の重要性をもった経典を意味する。
―――
一時一会の説
その場その場で行われた説法。方等時には多くの会座があり、その時に属する楞伽経や浄土三部経など説時不定の経は一会座の一機一縁に対する不変性のない経教であるから、一時一会の説、小経となる。
―――
三説
已今当を三説という。法華経法師品第十に「我が説く所の経典は無量千万億にして、已に説き、今説き、当に説くべし」とある。天台大師はこの文を法華文句巻八上に「今初めに已と言うは、大品已上は漸頓の諸説なり。今とは同一の座席にして無量義経を謂うなり。当とは涅槃を謂うなり」と釈し、「已説」は四十余年の爾前の経々、「今説」は無量義経、「当説」は涅槃経をさすとしている。
―――
仏の遺言
釈尊が入滅に先立って言い残した言葉。涅槃経のこと。
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不依不了義経
仏法を修するには、了義経によるべきで府了義経によってはならないということ。
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依法不依人
仏法を修する上では、仏の説いた経文を用い、人師・論師の言を用いてはならない、との仏の言葉。
―――――――――
ここでは先に挙げられたように法華経を誹謗している四宗の人々が論難してきたとき、どう対応すべきかを指摘されている。
基本的な対応の仕方として、大聖人は相手の言い分一つ一つに応じて逆にその根拠等に関して問いただして詰めていくよう教えられている。
まず、法華経の行者は無量義経にとかれている「四十余年」や、法華経法師品の「已今当」すなわち已に説き、今説き、当に説かん、而も其の中に於いて、この法華経が最も為れ難信難解で最高である、という経文、更に同経見宝塔品の「皆是真実」、涅槃経如来性品の「依法不依人」などの基本的で重要な文を心の中に深く秘めておいて、相手が述べる難の一つ一つに即して、問いただすべきである、と教えておられる。
次いで、その問いただし方を具体的に教えておられる。
まず、他宗の相手が何か言ってきた時、彼の宗派の教義がどのような経によっているかを問い、相手が何らかの経を引いてきたなら、その引文に応じて、その経は釈尊一代50年の間の説法の中では、法華経より先に説かれたか、それとも同時に説かれたのか、あるいは、先か後かをはっきりきめられないのか、を尋ねよと指摘されている。
そして、もし、先だと答えたら、無量義経の“四十余年の諸経には末だ真実を顕していない”という文をもって責めなさいと言われている。「あえてその経の説相を尋ねてはならない」と注意されているのは、論議が瑣末なところに陥り、堂々巡りになってしまう恐れがあるからでああろう。
次いで、後と答えたならば、法華経法師品の已今当のうち“当に説かん”の文で責め、同時と答えたならば、法師品の“今説く”の文で責めるよう教えておられる。法華経は已今当の三説を超過した最高の教えだからである。
また、先後が決められない、と答えたならば、決められない“不定”の経は五時のうちのいずれにも入らない、一時的に限られた人たちのために説かれた教えということであるから、この文によって破折しなさいと教えられている。
更に、たとえ百千万の義を立てるといっても、無量義経の四十余年未顕真実等の文によって虚妄であるとして破られない経典以外は用いてはならない。その訳は仏の遺言である涅槃経に「不了義経に依ってはならない」とあるからである、と教示されている。
また、相手が智儼・嘉祥・慈恩・然導等の高僧の言葉や教えを引いて、このように徳の高い高僧が言っているのではないかと言ってきたとしても、法華経・涅槃経に違背する人師の言葉は用いてはならない。その理由は涅槃経の如来性品に「法に依って人に依らざれ」という仏の金言があるからである、と教えておられる。
細かい問題には触れず論戦に当たっての基本が示されており、むしろ臨機応変の対応ができるようにとの御配慮がうかがわれる。
第84章 0076:05~0077:01 二種の信のうち、仏への信を立てるtop
| 05 亦法華経を信ぜん愚者の為に二種の信心を立つ、一には仏に就て信を立て二には経に就て信を立つ、 仏に就て 06 信を立つとは権宗の学者来り難じて云わん 善導和尚は三昧発得の人師・本地弥陀の化身なり 慈恩大師は十一面観 07 音の化身亦筆端より舎利を雨らす 此等の諸人は皆彼彼の経経に依つて皆証有り 何ぞ汝彼の経に依らず亦彼の師の 08 義を用いざるや、答えて云く汝聞け一切の権宗の大師先徳並に舎利弗.目連・普賢・文殊・観音乃至阿弥陀.薬師・釈 09 迦如来・我等並に十方の諸人の前に集まりて説いて 法華経は汝等が機に叶わず 念仏等の権経の行を修して往生を 10 遂げ後に法華経を覚ると云わん 是の如き説を聞くと雖も敢えて用う可からず、 其の故は四十余年の諸の経には法 11 華経の名字を呼ばず 何れの処にか機の堪不堪を論ぜん、 法華経に於ては釈迦多宝十方諸仏一処に集りて撰定して 12 云く法をして久住せしむ 如来の滅後に於て閻浮提の内に広く流布せしめ断絶せざらしむ、 此の外に今仏出来して 13 法華経を末代不相応と定めば 既に法華経に違す知んぬ 此の仏は涅槃経に出す所の滅後の魔仏なり之を信用す可か 14 らず、其の已下の菩薩・声聞・比丘等は亦言論するに及ばず 此等は不審無し涅槃経に記する所の滅後の魔の所変の 15 菩薩等なり、 其の故は法華経の座は三千大千世界の外四百万億阿僧祇の世界なり其の中に充満せる菩薩・二乗・人 16 天・八部等皆如来の告勅を蒙むり 各各所在の国土に法華経を弘む可きの由之を願いぬ、 善導等若し権者ならば何 17 ぞ竜樹・天親等の如く 権教を弘めて後に法華経を弘めざるや 法華経の告勅の数に入らざるや何ぞ仏の如く権教を 18 弘めて後に法華経を弘めざるや、 若し此の義無くんば設い仏為りと雖も之を信ず可からず 今は法華経の中の仏を 0077 01 信ず故に仏に就て信を立つと云うなり。 -----― また法華経を信じる凡夫のために二種の信心を立てる。一には仏について信を立て、二には経について信を立てる。仏について信を立てるとは、権教の宗旨の学者が来て非難して次のようにいう。善導和尚は三昧に入って悟りを得た人師であり、本地は阿弥陀で、この世に化身された方である。慈恩大師は十一面観音の化身であり、また筆の端より舎利を降らした。これらの人々の教えはすべて彼らの経々に依っており、いずれも証拠がある。どうして汝は彼の経に依らないで、また彼の師の教義を用いないのか、と。 答えて言う。汝よ、よく聞きなさい。一切の権教を宗旨とする大師や先徳ならびに舎利弗・目連・普賢・文殊・観音、さらに阿弥陀・薬師・釈迦如来が、我ならびに十方の人々の前に集まって「法華経は汝らの機根に合わない。念仏などの権経の行を修して往生を遂げてから、後に法華経を悟ればよい」と説いたとする。そのような説法を聞くとも、決して用いてはならない。そのゆえは釈尊四十余年間のもろもろの経々のどこに法華経の名前を挙げてこの法華経に機根が堪えるとか堪えないとかを論じているだろうか。 法華経においては釈迦如来・多宝如来・十方の諸仏が一ヵ所に集まり選び定めて、見宝塔品に「法をして久しく住せしめん」、普賢菩薩勧発品に「如来は滅後に於いて、閻浮提の内に広く流布せしめて、断絶せざらしめん」といっている。しかるに、これとは別に今、仏が出現して「法華経は末代に相応しくない経である」と定めたとすれば、それは法華経に違背することになる。この仏は涅槃経に出ている滅後の魔仏である。これを信用してはいけない。それ以下の菩薩・声聞・僧などについてはまた論ずるに及ばない。これらは疑いもなく涅槃経に記されている滅後の魔の変化した菩薩などである。そのゆえは法華経の会座は三千大千世界のほか四百万億阿僧祇という極めて広大な世界である。その中に充満する菩薩・二乗・人・天・八部などが、すべて如来の勅命を受けて、それぞれの住する国土に法華経を弘めると願ったのである。善導などがもし・菩薩の仮の姿であるならば、どうして竜樹や天親などのように、権教を弘めて後に法華経を弘めないのか。もしこの法華経第一の義がなければ、たとえ仏であるといっても、これを信じてはならない。今は法華経の中の仏を信じるゆえに、仏について信を立てるというのである。 |
二種の信心
法華経を信じる愚者の二つの信心のありかた。一つは仏を依りどころとして信を立てる。二つは経を依りどころとして信を立てる。
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三昧発得の人師
「三昧」は静慮のとこ。三昧に入って智慧を発し悟りを得ている人師。三昧はサマーディ(samādhi)の音写。三摩提・三摩帝とも書く。定・正定・正受・等持などと訳す。心を一所に定めて動じないことをいう。経文では種々の三昧が説かれているが、人師とは仏や菩薩でなくして、しかも人々を教導する者をいう。像法時代の天台大師・妙楽大師をはじめ、善導・法蔵・嘉祥・玄奘・慈恩などを人師といった。
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本地弥陀の化身
本来の境地である阿弥陀仏の変化した身体。化身とは仏・菩薩が衆生を済度利益するために種々に変化した身体のこと。応灰身・変化身ともいう。
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十一面観音の化身
「十一面観音」とは、11面の顔を持つ観世音菩薩のこと。衆生済度の化身として説かれている。十一面観音神呪経によると、
前三面は観音面、左三面は瞋面、右三面は菩薩面に狗牙が上出している面、後ろ一面は大笑面、頂上面は仏面である。頂上の仏面は仏果を示し、他の十面は十地を顕すといわれる。
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舎利
梵語(śarīra)没利羅・室利羅・実利ともいう。漢訳すると身骨・骨分の意。仏教上、とくに戒定慧を修して成った堅固な身骨のことをいう。この舎利に二種がある。生身の舎利と法身の舎利とである。生身の舎利にはさらに全身の舎利と砕身の舎利があり、多宝の塔のごときは、全身の舎利を収めたことを意味している。釈尊の舎利でも、これを各地に分けてしまえば砕身の舎利になってしまう。次に法身の舎利とは仏の説いた経巻のこと。これまた全身と砕身にわかれる。すなわち法華経は全身の舎利であり、その他の経典は砕身の舎利である。法華経を全身の舎利とすることは、法華経法師品に「薬王、在在処処に、若しは説き、若しは読み、若しは誦し、若しは書き、若しは経巻所住の処には、皆応に七宝の塔を起てて、極めて高広厳飾ならむべし、復、舎利を安んずることを須いず、所以は何ん。此の中には已に如来の全身有す」とある。末法御本仏、日蓮大聖人に約せば、大御本尊こそ大聖人の全生命、全身法身の舎利である。
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権宗の大師先徳
方便権教による宗派の高徳の師、また亡くなった高徳の僧。
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舎利弗
梵語シャーリプトラ(Śāriputra)の音写。身子・鶖鷺子等と訳す。釈尊の十大弟子の一人。マガダ国王舎城外のバラモンの家に生まれた。小さいときからひじょうに聡明で、8歳のとき、王舎城中の諸学者と議論して負けなかったという。初め六師外道の一人である刪闍耶に師事したが、のち同門の目連とともに釈尊に帰依した。智慧第一と称される。なお、法華経譬喩品第三の文頭には、同方便品第二に説かれた諸法実相の妙理を舎利弗が領解し、踊躍歓喜したことが説かれ、未来に華光如来になるとの記別を受けている。
―――
目連
梵語でマハーマウドガルヤーヤナ(Mahāmaudgalyāyana)といい、摩訶目犍連、目犍連とも書き、菜茯根、采叔氏などと訳す。釈尊十大弟子の一人。神通第一といわれた。仏本行集経巻四十七等によると、マカダ国の王舎城の近くのバラモンの出で、舎利弗と共に六師外道の一人である刪闍耶に師事したが、更に真実の法を求めて釈尊の弟子になったという。法華経授記品第六で多摩羅跋栴檀香仏の記別を受けた。盂蘭盆経上によると、餓鬼道に堕ちた亡母を釈尊の教えに従って救ったといわれる。
―――
普賢
普賢菩薩のこと。梵名をサマンタバドラ (Samantabhadra)といい、文殊師利菩薩と共に迹化の菩薩の上首で釈尊の脇士。六牙の白象に乗って右脇に侍し、理・定・行の徳を司る。普は普遍・遍満、賢は善の義。普賢の名号は、この菩薩の徳が全世界に遍満し、しかも善なることをあらわしている。法華経普賢菩薩勧発品第二十八では、法華経と法華経の行者を守護することを誓っている。
―――
文殊
文殊師利菩薩のこと。梵語マンジュシュリー(maJjuzrii)の音写で、妙徳・妙首・妙吉祥などと訳す。普賢菩薩と共に迹化の菩薩の上首であり、獅子に乗って釈尊の左脇に侍し、智・慧・証の徳を司る。文殊は、般若を体現する菩薩で、放鉢経には「文殊は仏道中の父母なり」と説かれ、他の諸経にも「菩薩の父母」あるいは「三世の仏母」である等と説かれている。法華経では、序品第一で六瑞が法華経の説かれる瑞相であることを示し、法華経提婆達多品第十二では女人成仏の範を示した竜女を化導している。
―――
観音
観世音菩薩のこと。光世音・観世自在・施無畏者ともいい、異名を救世菩薩という。観世音菩薩普門品には衆生救済のために大慈悲を行じ、三十三種に化身するとある。またその形像の相違から十一面・千手・如意輪・不空羂索観音などと呼ばれる。観無量寿経では勢至菩薩とともに、阿弥陀如来の脇士とされている。
―――
阿弥陀
梵名をアミターバ(Amitābha)、あるいはアミターユス(Amitāyus)といい、どちらも阿弥陀と音写し、前者を無量光仏、後者を無量寿仏と訳す。仏説無量寿経によると、過去無数劫に世自在王仏の時、ある国王が無上道心を発し王位を捨てて出家し、法蔵比丘となり、仏のもとで修行をし後に阿弥陀仏となったという。
―――
薬師
薬師とは梵語( Bhaiṣajya)薬師琉璃光如来・大医王仏・医王善逝ともいう。東方浄瑠璃世界の教主。ともに菩薩道を行じていた時に、一切衆生の身心の病苦を救い、悟りに至らせようと誓った。衆生の病苦を治し、諸根を具足させて解脱へ導く働きがあるとされる。
―――
機の堪不堪
法華経が高い教えであるのに対し、衆生の機根が耐えるか耐えられないかということ。
―――
末代不相応
末法の時代に相応しないということ。
―――
滅後の魔仏
釈尊の滅後に現れる、仏の姿をした魔。
―――
魔の所変の菩薩
人を悪道に堕とすため、菩薩の姿に変じた魔のこと。
―――
三千大千世界
古代インドの世界観の一つ。倶舎論巻十一、雑阿含経巻十六等によると、日月や須弥山を中心として四大州を含む九山八海、および欲界と色界の初禅天とを合わせて小世界という。この小世界を千倍したものを小千世界、小千世界の千倍を中千世界、中千世界の千倍を大千世界とする。小千、中千、大千の三種の世界からなるので三千世界または三千大千世界という。この一つの三千世界が一仏の教化する範囲とされ、これを一仏国とみなす。
―――
四百万億阿僧祇の世界
数えきれないほどの多くの世界。
―――
八部
八部衆のこと。仏法を守護する八種類の神々のこと。①天(天界に住む諸神)②竜(竜王・竜神)③夜叉(鬼神の一種)④乾闥婆 (天の音楽の神)⑤阿修羅(鬼神の一種)⑥迦楼羅(金翅鳥のこと。竜を主食とする鳥)⑦緊那羅 (天の音楽の神)⑧摩睺羅伽(蛇神)
―――
告勅
勅を告げること。仏が衆生に支持することをいう。
―――
権者
かりの姿のこと。仏・菩薩が衆生救済のために、仮の姿でもってあらわれた存在。権化・権現ともいう。
―――
法華経の中の仏
法華経の中に説かれる仏。仏について信を立てる場合、その仏は実教である法華経の仏でなければならないのである。
―――――――――
「依法不依人」に関連して、“信”の依りどころとするものに二つあることを述べられている。「一には仏に就て信を立て二には経に就て信を立つ」と説かれているように、仏を依りどころとする信と経を依りどころとする信である。そのうち、ここでは、まず、仏を依りどころとする信について述べられている。
この点を述べるのに、はじめに、然導や慈恩を尊崇し、信の依りどころとしている諸宗の主張や、そのあり方を挙げられている。たとえば、浄土宗の人々は、然導和尚は念仏三昧に入って知恵を発して悟りを得た人師であるが、その本地は阿弥陀仏の化身であるとして絶対視する。法相宗の人々は、慈恩大師は十一面観音の化身であり、筆の先から仏舎利を降らした人であるといって妄信する。そして、これらの高僧たちはそれぞれが依経を立て、文証をもっている。にもかかわらず、どうして、あなたはこれらの経を信ぜず、また、これらの人師の義を用いないのか、という「権宗の学者」の言い分である。
これに対して答えられるなかで、“仏”を依りどころとする信といっても、法華経を根本としたなかでの“仏”でなければならないことを示されている。
答えは四つの段落に分けられる。初めに、すべての権教の宗派の大徳である先師や人師、更には舎利弗・目連等の二乗、普賢・文殊・観音等の菩薩たち、はては薬師・釈迦の如来たちまでもが、我等の前に集合され、“法華経は末法の衆生の機根には合致しないから、まずは念仏等の権教が教える修行を行って極楽浄土に往生を遂げ、その後で法華経をさとればよい”と勧めることがあっても、そのような説を絶対に用いたり聞いたりしてはならない、と強く戒められている。
その理由として、爾前40年の諸経には法華経の名前を挙げていないから、いったい諸経のどこで法華経が衆生の機根に合致しているか否かを論じているであろうが、そんな仏説があるわけがない、と説かれている。
そして、法華経では釈迦多宝十方の諸仏が一同に集まって法華経を選定して“法華経の法を久しくこの世界に留めておこう”“如来の滅後に於て法華経を閻浮提の内に広く流布せしめ断絶しないようにしよう”と宣言されたことから、法華経が末法の機根に合わないなどと主張することは、これを否定することになるとされている。
このことから、第三として、もし現在に仏が出現して法華経を末代の衆生にはふさわしくないなどと法華経の教えに反することを説いたとすれば、その仏は涅槃経にいうところの滅後の魔仏であると断定され、これを信用してはならないと戒められている。
いわんや、仏以下の菩薩や声聞、比丘などの中で法華経が末法にふさわしくないという者がいれば、彼等は論ずるまでもなく、涅槃経に記するところの仏滅後の魔が姿を変じた菩薩・声聞たちである、と仰せられている。
その理由は、法華経の会座では霊鷲山を含む三千大千世界の外側に広がる四百万億阿僧祇という広大な世界を収めており、そこに充満する菩薩・二乗・人天・八部衆等はすべて仏の勅命を受けて、各自が住んでいる国土に法華経を弘通するとの誓いと願いを立てているからであると説かれている。
最後に、禅宗のいうように然導等が仏・菩薩等が衆生を救うために仮に凡夫の姿を示した“権者”であるとすれば、どうして、竜樹や天親のように、先に権教を弘めた後に法華経を弘めないのであろうか、また、どうして仏のようにまず方便として権教を説き弘めた後に実教・法華経を弘めないのであろうか、と問われ、このように法を説かなかった善導等は“権者”ではなく、ただの凡人にすぎないと断じられている。
更に、もし、“此の義無くんば”すなわち、あくまでも法華経第一の義がなかったならば、たとえ、仏の説であったとしても信じてはならないと厳しく戒められ、結論として、今末法に於ては法華経の中の仏を信ずることが仏に就いての信を立てることであると仰せられている。
第85章 0077:02~0077:09 法華経と阿弥陀経の勝劣示すtop
| 02 問うて云く 釈迦如来の所説を他仏之を証するを実説と称せば何ぞ阿弥陀経を信ぜざるや、答えて云く阿弥陀経 03 に於ては法華経の如き証明無きが故に之を信ぜず、 問うて云く 阿弥陀経を見るに釈迦如来の所説の一日七日の念 04 仏を六方の諸仏舌を出し三千を覆うて之を証明せり何ぞ証明無しと云うや、 答えて云く 阿弥陀経に於ては全く法 05 華経の如き証明無く 但釈迦一仏舎利弗に向つて説いて言く我一人阿弥陀経を説くのみに非ず 六方の諸仏舌を出し 06 三千を覆うて阿弥陀経を説くと云う 此等は釈迦一仏の説なり敢えて諸仏来りたまわず、 此等の権文は四十余年の 07 間は教主も権仏の始覚の仏なり仏権なるが故に所説も亦権なり 故に四十余年の権仏の説は之を信ず可からず、 今 08 の法華涅槃は久遠実成の円仏の実説なり 十界互具の実言なり 亦多宝十方の諸仏来りて之を証明し給う故に之を信 09 ずべし阿弥陀経の説は無量義経の未顕真実の語に壊れ了ぬ全く釈迦一仏の語にして諸仏の証明には非ざるなり。 -----― 問うて言う。釈迦如来の説いたところを他仏が証明しているのを実説というならば、どうして阿弥陀経を信じないのか。 答えて言う。阿弥陀経においては法華経のような他仏の証明がないゆえに、これを信じないのである。 問うて言う。阿弥陀経を見ると、釈迦如来の説いた一日七日の念仏を六方の諸仏が舌を出し三千大千世界を覆って、これを証明した。どうして他仏の証明がないというのか。 答えて言う。阿弥陀経においては全く法華経のような証明がなく、ただ釈迦一仏が舎利弗に向かって「我一人が阿弥陀経を説くのみではなく、六方の諸仏が舌を出し三千大千世界を覆って阿弥陀経を説く」といっているのであって、これらは釈迦一仏の説法の中の話である。敢えて諸仏はその会座に来ておられない。これらの権教の文では、四十余年の間は教主も権の仏である。始成正覚の仏である。仏が権であるゆえに、その教説もまた権である。ゆえに四十余年の権の仏の教説はこれを信じてはならない。今の法華経・涅槃経は久遠実成の本仏の実説であり、十界が互いに具するという真実の教えであり、また多宝如来・十方分身の諸仏が来りて、これを証明されたのであるから、これを信ずべきである。阿弥陀経の説法は無量義経の「未だ真実を顕さず」の言葉によって打ち破られてしまった。阿弥陀経は全く釈迦一仏の言葉であって、諸仏が証明しているわけではない。 |
他仏
①多土・他方の仏のこと。自分の内心以外にいる仏。「外の諸仏」ともいう。②教主以外の仏。
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実説
新実義を明かした経説。権説に対する語。
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阿弥陀経
鳩摩羅什の訳。釈迦一代説法中方等部に属する。欲界・色界二界の中間、大宝坊で説かれた。無量寿経・観無量寿経とともに浄土の三部経のひとつ。教義は、この世は穢土であり幸福はありえないかあら、死後極楽浄土へ往生する以外にない。そのためには阿弥陀仏の名号を唱えよというもの。現世の諦めを根底とする方便の権教である。
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一日七日の念仏
一日・または七日間の念仏。この期間阿弥陀仏の名号を忘れず念ずるならば、極楽往生を遂げられるとする阿弥陀経の説。
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六方の諸仏舌を出し三千を覆うて
東西南北・上下の諸仏が舌を出して三千大千世界を覆った、ということ。仏説阿弥陀経には、東方世界に須弥相仏・南方世界に日月燈仏・西方世界に無量寿仏・北方世界に最勝音仏・下方世界に師子仏・上方世界に梵音仏など恒河沙数の諸仏がおのおのその国において、広長の舌相を出して、遍く三千大千世界を覆って誠実の言を説かれたとある。
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権文
権の教えを説いた文、経文のこと。爾前権教をさす。
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教主
教法を説く主尊。それぞれの教法には、それぞれの教主がいることになる。法華経の教主は釈尊である。
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権仏の始覚の仏
権の仏である始成正覚の仏のこと。
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久遠実成の円仏
久遠五百塵点劫に成道した円融円満の仏。ただし、これはまだ迹仏であり、南無妙法蓮華経仏こそ、久遠元初自受用身となる。
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ここでは、法華経の多宝・十方の証明と阿弥陀経の“証明”らしきものとの違いを明らかにされている。
まず、浄土宗側の言い分として、法華経が釈迦如来の説いたことを他の仏が証明したから真実が明らかにされた経として信じられているというならば、阿弥陀経も同じように他仏によって証明されているのだから、どうして阿弥陀経を信じないのか、との問いを掲げられている。
その答えとして、阿弥陀経には法華経のような証明がないから信じることができない、と仰せられている。証明がないとの答えに対して、阿弥陀経では釈迦如来が勧めた一日、二日間、三日間…七日間の念仏の行が極楽へ往生する原因となるという説に対し、東西南北上下の六方の諸仏が舌を出し三千大千世界を覆うて証明したとある。どうしてこれを他仏の証明がないというのか、と再び問うている。
これに対して、阿弥陀経の六方諸仏の舌相は法華経の「証明」とは全く異なる、とまず、述べられている。その違いは阿弥陀経の場合、釈迦一仏が舎利弗に対して、自分一人だけが説くのではなく六方の諸仏もそれぞれの土で証明していると釈尊自身が説いたのにすぎず、法華経のように多宝如来や十方の諸仏が娑婆世界に自らやってきて証明したのではない、と証明されている。
根本的にいって、阿弥陀経等の爾前40余年の経文はこれを説く教主も仮の仏だから、その説いた教えも権の法門にすぎない、ゆえに信ずべきではないと断じられている。
これに対して、法華・涅槃の両経は久遠実成の円融円満の仏が説いた真実の説であり、しかも衆生のことごとくが成仏する原理である十界互具という“実言”を説いており、それを多宝・十方諸仏が来集して証明されたのであるから、信じられるべきであると述べられている。そして、阿弥陀経は無量義経の「未顕真実」という言葉によって打ち破られた説であり、しかも諸仏の証明のない、ただ釈迦一仏の言葉にすぎないのであるから、信の対象とするに足りない経であると結論されている。
第86章 0077:10~0077:17 経について信心を立てるtop
| 10 二に経に就て信を立つとは、 無量義経に四十余年の諸経を挙げて未顕真実と云う、涅槃経に云く「如来は虚妄 11 の言無しと雖も 若し衆生・虚妄の説に因つて法利を得と知れば宜しきに随つて方便して 則ち為に之を説き給う」 12 又云く「了義経に依つて不了義経に依らざれ」已上是の如きの文一に非ず皆四十余年の自説の諸経を虚妄・方便・不 13 了義・魔説と称す是れ皆人をして其の経を捨てて 法華涅槃に入らしめんが為なり、 而るに何の恃み有つて妄語の 14 経を留めて行儀を企て得道を期するや、今権教の情執を捨て偏に実経を信ず故に経に就て信を立つと云うなり。 -----― 二に経について信心を立てることについていえば、無量義経説法品に四十余年の諸経を挙げて「未だ真実を顕さず」といっている。涅槃経梵行品に「如来は虚妄の言葉はないといっても、もし衆生が虚妄の説によって法の利益を得ると知るならば、宜しきに随って方便して衆生のためにこれを説かれる」とあり、また如来性品に「了義経に依って不了義経に依らざれ」とある。このような文は一つだけではない。すべて四十余年間に自らが説いた諸経を虚妄・方便・不了義・魔説といっているのである。それなのに、どのような根拠があって虚妄の言葉の経を大事にしそれを修行して得道を期そうとするのか。権教に執着する心を捨て、ひたすら実経を信ずることを、経について信を立てるというのである。 -----― 15 問うて云く善導和尚も人に就て信を立て行に就て信を立つ何の差別有らんや、 答えて云く彼は阿弥陀経等の三 16 部に依つて之を立て一代の経に於て 了義不了義経を分たずして之を立つ、 故に法華涅槃の義に対して之を難ずる 17 時は其の義壊れ了んぬ。 18 守護国家論 -----― 問うて言う。善導和尚も人について信を立て、行について信を立てている。これとどのような相違があるのか。 答えて言う。善導は阿弥陀経などの浄土三部経に依って人と行について信を立てたのであるが、釈尊一代の経々における了義経と不了義経を分別して立てたのである。ゆえに法華経・涅槃経の教義に対して非難ずる時は、その善導の教義は破れてしまうのである。 守護国家論 |
妄語
虚言のこと。十悪のひとつ。一般世間での妄語は、その及ぼす影響は一時的・小部分であるが、仏法上の妄語は、それを信ずる人を無間地獄に堕さしめ、さらに指導者層の妄語は多くの民衆を苦悩に堕しめることになる。正法への妄語はなおさらである。
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法利
それぞれの法を修することによって受ける利益・功徳。
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了義経
最高の極理を説いた経の意で、不了義経に対する語。これは相対観念であって、①大乗教を了義経・小乗経を不了義経。②実教(法華経)を了義経・大乗権教を不了義経。③法華経本門を了義経・法華経迹門を不了義経と立てるのであるが、大聖人仏法ではさらに進んで、④三大秘法の南無妙法蓮華経のみを了義経・法華経本門を含む釈迦仏法の一切を不了義経とするのである。
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不了義経
直接、仏法の極理を説き明かさず、衆生の機根に合わせて説いた教え。真実義の教えへ誘引する方便の経教のこと。未了義経ともいう。不了義は義を了していないとの意で、仏法の真実を明白にあらわしていないことをいう。
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自説の諸経
釈尊が40余年の間に自分が説いた諸経。爾前方便権教のこと。
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魔説
煩悩をはじめ衆生の心を悩乱させる経説。
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恃み
「恃」は親の意があり、親の言のように頼みとすること。
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妄語の経
方便権教のこと。
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行儀
仏教儀式のきまり、規則、修行・行動の規則。②行為・行動に関する作法。③行為・立ち振る舞い。
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阿弥陀経等の三部
浄土の三部経のこと。無量寿経2巻。観無量寿経1巻。阿弥陀経1巻をいう。念仏宗ではこの三教を依経として阿弥陀仏の本願を信じ、その名号を称えることによって極楽浄土に往生できるとしている。
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一代の経
釈尊一代50年に説いた一代聖教、一切経。
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仏法における「二種の信」のうち、ここでは、経を依りどころとする信を述べられるところである。
まず、信の依りどころとすべき経は法華経であって、爾前諸経ではないことを示されるために、無量義経において、爾前40余年の間に説かれた諸経を「末だ真実を顕さず」と決定していることを挙げ、ついで涅槃経の梵行品の“如来には嘘の言葉はないが、もし衆生が嘘の教えによって法の利益を得ることがあるのを知ると、衆生の能力に応じて方便の教えを説く”という文が挙げられ、更に、同じ涅槃経の如来性品の“了義経に依るべきであって不了義経に依ってはならない”という文、の三つの文を掲げられている。
そして、同じような類の経文は一文に限らず数多くあるが、いずれもすべて、40余年の間に仏自らが説いた諸経を“虚妄”“方便”“不了義”“魔説”などと説いていることを述べられている。そして、それはすべて、人々をして40余年の諸経を捨てて法華経・涅槃経の真実の教えに入らせるためであると仰せられている。したがって、この仏の言葉どおり、権教への執着を捨ててただただ実教の法華経を信ずることが「経について信を立てる」ということであると述べられている。
最後に、浄土宗の善導和尚も、人についての信と行についての信の、二つの信を明かしているが、それと大聖人が明らかにした、仏についての信と経についての信の“二種の信心”とはどのように違うのか、との問いを設けられ、その答えとして、善導和尚の立てた二つの信は阿弥陀経等の三部経に依って立てたものであるが、一代の経に於いて了義経と不了義経があることを弁明せずに立てたものにすぎない、と仰せられている。したがって、了義経である法華経・涅槃経の義に対して誹謗したときには、善導の立てた二つの信は破れ去ると結論され、この守護国家論を結ばれている。