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009
第二回総東京最高協議会
生き生きと勝利の大前進を


「日本一」の新年の集いから出発!
 皆さん、あけまして、おめでとうございます!
 本年も、ともどもに希望に燃えて、大胆に、「勝利、勝利の前進」を、よろしくお願いします。
 楽しく、明るく、勇気をもって、勝まくっていただきたい。
 偉大なる同志の皆さまが、絶対に健康で、無事故であるよう、私も真剣にご祈念しております。
 この2006年も、創価学会は、全国の千六百を超える会場に、広宣流布の尊き同志が生き生き
010
と集い、名実ともに「日本一」の新年勤行会で、新出発することができた。
 元旦から、寒風のなかを勇んで運営にあたってくださった創価班、牙城会、白蓮グループ、白樺
会、白樺グループの皆さまをはじめ、役員の方々に、心から感謝申し上げたい。これほどさっそう
と、これほど神々しく、法のため、人のために奔走する方々が、どこにいるだろうか。まことに尊
いことである。皆さん、本当にありがとう!
世界広布が進むほど大福運が
 日蓮大聖人は仰せである。
 「この上行菩薩(地涌の菩薩の上首)は末法に出現して、妙法蓮華経の五字を世界中の国ごと、
人ごとに弘めるのである」(御書1139p 通解)
 「法華経の神力品で説かれているように、日本国の万民が、一同に声を合わせて南無妙法蓮華経
と唱えることもあるであろう」(御書1241p 通解)
 この御聖訓を実現のものとし、御書に仰せのとおりの大難を受けながら、世界百九十ヵ国・地域
への広宣流布を実現したのが創価の三代の師弟である。尊き同志の皆さまである。
  この功徳は、無量無辺である。世界広布が進めば進むほど、その大福運が、皆さまのもとに集
011
まってくる。大聖人が、そう御約束してくださっている。輝く「学会創立八十周年」への五年間は
、百年にも匹敵する。まことに大事な時である。その最初の一年である今年は、まさしく次の五十
年の勝ち戦を決定づける重要な一年であると、私は確信している。

続けて御書を拝したい。
 「正法は一字一句であっても、時と機根に適うなら必ず成仏することができる。たとえ千経、万
論を習学しても、時と機根に相違するなら成仏することはできない」(御書957p 通解)
 大聖人は、「時の大切さ」を、繰り返し教えてくださっている。末法においては、妙法を受持し
、折伏に励むことが成仏のための正しい実践である。この一年、リーダーみずからが率先して弘教
に挑戦するとともに、時代を担う青年の育成に全力で取り組んでまいりたい。
 御聖訓には仰せである。
 「何とうれしいことか、末法の妙法流布に生まれ合わせたわれらは、何と悲しいことか、このた
びこの法華経を信じない人々は」(御書 1439p 通解)
 今、この時に生まれ合わせた喜びと誇りを胸に、一日また一日、黄金の歴史を刻み残してまいり
たい。
012
 年末年始、全国から、また海外からも、多くの尊き同志の方々が、信濃町の学会本部に来訪して
くださった。あらためて御礼申し上げたい。
 また、内外の多くの方々から、真心からの年賀のお便りをいただいた。世界の元首の方々や各界
の指導者の方々からも、多数、新年の祝賀と私の誕生日のお祝いのメッセージを頂戴している。こ
のように健康で、七十八歳を迎えることができたことを、皆、喜んでくださっていた。この席をお
借りして、心から感謝申し上げたい。

 大聖人は、「久遠一念元初の妙法」を受け持つことは、「最極無上」の法を授かるということで
ある。と示されている(御書867p)。妙法を唱え、「広宣流布の師弟」に徹しゆく生命には、いつ
でも、どこでも、「久遠元初の太陽」が輝きわたる。仏法を実践しゆく生命は、つねに若々しい、
つねに青年である。それが信心の世界である。
013
 ともあれ、リーダーは、生き生きとしていなければならない。そして、同志を苦しめる邪悪に対
しては、徹して強く、勇気の言論で戦っていくべきだ。
 指導者の一念が勝負を決する。
 御聖訓にいわく。「大将軍よはければ・したがうものも・かひなし」(御書1135:09)と。
 ともどもに、元初の旭日のごとく、威光勢力を増しながら、新鮮に、生き生きと、この一年を飾
ってまいりたい。
まっすぐに師弟の道を
 日興上人は仰せである。
 「この大聖人の法門は、師弟の道を正して、成仏していくのである。師弟の道を、少しでも誤っ
てしまえば、同じ法華経を持っていても、無間地獄に堕ちてしまうのである」と。
 私は十九歳から、戸田先生を師匠として仰ぎ、全生命を賭して、お仕え申し上げた。師を護り、
師の建設された創価学会を世界的にするために、それはそれは、全身全霊、死にものぐるいで戦い
ぬいた。
014
 「先生、私が必ずやります。ご安心ください」。こう言いきって、あらゆる闘争の指揮を執り、
志とともに一切を勝ち越えてきた。まっすぐに、師弟に生きぬいた。まっすぐに、師弟の約束を貫
いた。私の人生は、一点の後悔もない。

 戸田先生は、第一の難をば、獄中において、耐え忍ばれた、会員は激減し、学会は存亡の危機に
陥ってしまった。
 第二の難は、戦後、学会発展の途上において、事業の大敗北として競い起こった。多くの弟子た
ちは、偉大なる師匠を、恩師でありながら、軽んじていた。
 ある悪者は、非難中傷した。そして、ある恩知らずの弟子たちは、難が来ると師匠を侮辱して、
あざけり笑って、去っていった。その光景は、私の胸に焼きついて離れることはない。
 当時の理事長も、師である戸田先生を誹謗したのである。
 多くの大恩を受けながら、畜生のごとき心をもって、偉大な師匠の恩を仇で返した輩は、当然の
ことながら、その最終章はあまりにも見苦しく、みじめであった。
 「君よ、卑怯者になるな!傲慢になるな!恩知らずになるな!」
 これは、牧口先生、戸田先生以来の叫びであるのだ。
 仏法は勝負である。師も勝った。弟子も勝った。師弟不二にして、永遠の勝利を、私は築いた。
015
 なんという誉れか。なんという満足か。
 大聖人と同じ心をもって、広宣流布のために、不惜身命の者として、大勝利者として、その永遠
の生命は続くのだ。
 「池田門下生も、かくあれ!」と、私は叫んでおきたい。
正道を歩む人間こそ勝利者
 大聖人は仰せである。
 「ともかく、死は必ず訪れるものなのである。そのときの嘆きは、現在の苦しみと同じなのであ
る。同じく死ぬのであるならば、かりにも法華経のために命を捧げなさい。それこそ、あたかも露
を大海に入れ、塵を大地に埋めるようなものであると思いなさい」(御書1561p)と。
 妙法とは、「不思議の法」である。絶対に無駄はない。すべてに意味がある。ゆえに、何があろ
うとも、きれいな心、誠実な心で、師弟不二の仏法に徹しぬいた人間が勝のだ。
 邪道は滅ぶ。正しい道を歩みぬいた人が、最後は必ず勝利者となる。
 私の青春の姿は、一見すれば、貧しく、みじめであったかもしれない。先生のもとで、給料もな
しで働いた。真冬でもシャツ一枚というときもあった。
016
 行きたかった大学も断念せざるをえなかった。「そのかわり、私が君にぜんぶ教えてあげるから
」と、先生は、約十年間、毎朝のように、万般の学問を個人授業してくださったのである。日曜日
には、ご自宅に招いてくださり、勉強の合間に、「大作、おなかがすいただろう」と、手作りの料
理を食べさせてくださった。
 すべてが先生と私だけの忘れ得ぬ“生命の劇”である。
 約三十年前、イギリスの歴史学者トインビー博士と語り合ったときである。トインビー博士は、
私にこう言われた。「あなたは、将来、必ず、世界中の大学から名誉博士の栄誉を受けられるでし
ょう」と。
 その博士の言葉が、今まさに現実となっていることは、皆さまが、ご存じのとおりである。
 すべては、全国、全世界の会員の皆さま方を代表して、お受けしてきたものである。
 それはまた、誉れある青春の“戸田大学”における、恩師の薫陶の結実にほかならない。わが恩
師への感謝は尽きることはない。
検挙であれ!誠実であれ!
 ここで、世界の知性の言葉を、幾つか皆さまに贈りたい。
017
 イギリスの劇作家シェークスピア。『ハムレット』『オセロ』『マクベス』『リア王』の「四大
悲劇」をはじめ、数多くの名作を残している。
 彼は戯曲のなかで、「傲るものは倒れる」とつづった。
 また、「近代看護の母」ナイチンゲールは記している。
 「真に勇敢な人の中に高慢な人がいたでしょうか? すべて高慢は、訓練の結果ではなく、訓練
される能力の不足の結果を表わしています」
 本当に勇敢な人、訓練を受けきった人は謙虚なものだ。
 すぐに傲り高ぶる。同志を見下す――それ自体が、その人間の愚かさを証明しているのである。
 近代文学を代表する思想家・内村鑑三は述べている。
 「世は誠実を以てのみ勝つことが出来ます。世に虚偽多しと雖も、虚偽を以て之に勝つることは
出来ません。正義はやはり最後の勝利者であります。
 内村鑑三といえば、かつて、私の友人が彼の著作を愛読していたことを思い出す。日本の多くの
知識人が、敬意を表するような人物であった。
 誠実の人は美しい。好感が持てる。信頼できる。最後には勝つ。
 学会も、一人一人が誠実の行動に徹してきたからこそ、ここまで発展した。
 また、どこまでも一人を大切にしてきた。友の悩みに耳をかたむけ、あらゆることに迅速に手を
018
打ってきた。だからこそ学会の組織は、生き生きと躍動しているのである。
 十七世紀のイギリスの詩人ミルトンはつづった。
 「善良な書物は生涯のために特に保存・貯蔵せられた卓越せる精神の貴い心血である。
 すぐれた書物は、人類の「不滅の精神」というべきものである。とくに青年は良書にふれ、世界
の英知に学んでいただきたい。頭脳を鍛えていただきたい。
女子部は全員が幸福に
 二十世紀に活躍した女性哲学者ハンナ・アーレントは言つた。
「人間行為(アクション)特徴は、つねに、何か新しいことを始めることにある」
 女子部、婦人部をますます大事にして、若々しい、新しい力を思う存分に引き出し、新しい拡大
の波を起こしていただきたい。
 とりわけ、明るく清らかな女子部こそ、学会の一番の希望である。
 今、若い人に、確たる目標とか、生きる指針がないと言われる。そんな時代に、若い女性が、自
分のことをあと回しにして、毎日毎日、人のために祈り、語り、行動している。これほど尊いこと
019
はない。深い生命の次元から、女子部が輝いて美しい。この姿こそ大事なのである。
 百の説法も、百冊の本も、妙法を持った「一人の女性」の生き生きとした姿にはかなわない――
こう戸田先生はよく言われていた。
 女子部の皆さんは、自信をもって、伸び伸びとやってもらいたい。
 題目をあげることも大事、弘教をすることも大事。これが仏法の根本の修行である。しかし、無
理に押しつけたりして、皆が苦しむようなことがあってはいけない。
 たとえば、唱題も大勢で長時間やればよいというものでもない。心こそ大切(御書1192:14)
である。「一遍の題目」にも「無量の福徳」が納まっているのである。その点、リーダーは、最大
に配慮してもらいたい。
 「最高の青春」を生きるために信心がある。「最高の青春」を生きた人が、「最高の幸福」の人
生を勝ち取ることができる。
 女子部の時代は、一生の「幸福の土台」をつくる時である。目先のことにとらわれて、進むべき
道を見失ってはいけない。
 「ザ・ホープ」――希望こそ力である。断じて、希望を手放してはならない。そのための信心で
ある。
 自分を大切に!聡明な人生を!価値ある青春を!
020
 私は、女子部の皆さんに幸福になってもらいたい。皆さんが幸福になるための信仰であり、学会
なのである。学会のなかにこそ、真実の“自他ともの幸福”の道がある。そこで戦えることが一番
、幸せなのである。
 どうか、女子部の皆さんの団結と行動で、「世界一の平和と幸福の女性の連帯」をつくっていっ
てもらいたい。
 ともあれ、「青年・躍進の年」の焦点は「人材育成」である。一人が二人分、三人分の力を持っ
た、新しき「人材の大城」を、皆で総力をあげて築いてまいりましょう!
世界の友もはつらつと新年のスタート
 世界広布の新たな旭日は昇った!海外千六百の会場で、各国のSGIの偉大なる地涌の同志が、
はつらつと新年のスタートを切った。
 地球上で、最も早く元旦を迎えた国の一つ、ニュージーランドの友は、昇りゆく太平洋の旭日に
包まれながら、各地で明るく勤行会を開催されたと、うかがっている。
 光栄にも、同国の平和先進都市ロトルア市に、「池田・ホール平和庭園」が開設されて、本年で
七年目となる。
021
 この市民の広場は、いつも青少年の活発な声でにぎわい、非暴力の啓発運動の集会などが有意義
に開かれているという。まことに、うれしいことである。
 また、深秘のオーロラが光る北米のアラスカや、北欧のフィンランド、広大なロシアのモスクワ
やウラジオストクでも、SGIの友は厳寒に胸を張り、妙法広布の新たな出発を開始している。人
類起源の天地とされるタンザニアも、悠久のシルクロードの国キルギスも、また、しかりである。
赤道直下のシンガポールでも、アフリカのケニアでも、世界最南端の都市であるアルゼンチンのウ
スアイアアでも、富士山の頂上とほぼ同じ標高のボリビアのラバスでも、新年勤行会が行われてい
る。
 そして、仏法発祥の地インドにあっても、全国三百八十の会場で、わが同志が集われた。
 なお、今月の末には、インドの創価池田女子大学で、立派に成長した第三期生の乙女たちの卒業
式が挙行されるという。さらに、高名な哲学者のラダクリシュナン博士が創立された「池田創価創
造センター」でも、教育・学術会議が予定されている。
 私どもは、全世界の友人とともに、広く、また深く心の連帯を結び合いながら、平和・文化・教
育の大道の、新たな希望の一歩を力強く踏み出すことができた。
 私が対話集を発刊した、ローマ・クラブの創立者のペッチェイ博士は、こう語っている。
022
 地球上で、最も早く元旦を迎えた国の一つ、ニュージーランドの友は、昇りゆく太平洋の旭日に
包まれながら、各地で明るく勤行会を開催されたと、うかがっている。
 光栄にも、同国の平和先進都市ロトルア市に、「池田・ホール平和庭園」が開設されて、本年で
七年目となる。
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 この市民の広場は、いつも青少年の活発な声でにぎわい、非暴力の啓発運動の集会などが有意義
に開かれているという。まことに、うれしいことである。
 また、深秘のオーロラが光る北米のアラスカや、北欧のフィンランド、広大なロシアのモスクワ
やウラジオストクでも、SGIの友は厳寒に胸を張り、妙法広布の新たな出発を開始している。人
類起源の天地とされるタンザニアも、悠久のシルクロードの国キルギスも、また、しかりである。
赤道直下のシンガポールでも、アフリカのケニアでも、世界最南端の都市であるアルゼンチンのウ
スアイアアでも、富士山の頂上とほぼ同じ標高のボリビアのラバスでも、新年勤行会が行われてい
る。
 そして、仏法発祥の地インドにあっても、全国三百八十の会場で、わが同志が集われた。
 なお、今月の末には、インドの創価池田女子大学で、立派に成長した第三期生の乙女たちの卒業
式が挙行されるという。さらに、高名な哲学者のラダクリシュナン博士が創立された「池田創価創
造センター」でも、教育・学術会議が予定されている。
 私どもは、全世界の友人とともに、広く、また深く心の連帯を結び合いながら、平和・文化・教
育の大道の、新たな希望の一歩を力強く踏み出すことができた。
 私が対話集を発刊した、ローマ・クラブの創立者のペッチェイ博士は、こう語っている。
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 「立派な目標を成し遂げるには、よいスタートを切ることが最も大切だ」
 本年も、広布と人生の大願に向かって、勢いよく、生命を大回転させてまいりたい。
 わが使命の舞台で、価値ある何かをつくれ、何かを残せ――これが戸田先生の教えであった。
祈りこそ勝利の源泉
 一切の勝利の源泉は「祈り」である。 「立派な目標を成し遂げるには、よいスタートを切るこ
とが最も大切だ」
 本年も、広布と人生の大願に向かって、勢いよく、生命を大回転させてまいりたい。
 わが使命の舞台で、価値ある何かをつくれ、何かを残せ――これが戸田先生の教えであった。
祈りこそ勝利の源泉
 一切の勝利の源泉は「祈り」である。
 「暫くもこの本尊を信じて南無妙法蓮華経と唱うれば、則ち祈りとして叶わざるなく、罪として
滅せざるなく、福として来らざるなく、理として顕れざるなり」
 日寛上人の「観心本尊抄分段」には、こう厳然と記されている。
 戸田先生も、よく言われた。
 「御本尊に願いきっていくことだ。「一人」が大事だ。その一人の信心によって、皆が最後は幸
せになっていける」
 私も、妻とともに、全同志のこの一年の「健康長寿」「無事安穏」「幸福勝利」を、一生懸命に
祈ってまいる決心である。
 「聖教新聞」を配達してくださる尊き「無冠の友」の皆さま、年頭から、本当にありがとうござ
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います。心からの感謝を込めて、「本年も、よろしくお願いします。どうか、お元気で!寒いので
、気をつけてください」と申し上げたい。
 健康第一で進んでいただきたい。健康は、信心と努力と智慧で勝ちとっていくものだ。
 今、病気と戦っている人がいるかもしれないが、決して病に負けてはならない。
 御聖訓に「南無妙法蓮華経は師子吼の如し・いかなる病さはりをなすべきや」(御書 1124:07)
と仰せのとおりである。
 私は、病気と闘っている皆さんのお名前をうかがっては、毎日、真剣に題目を送っている。
永遠に前進!永遠に革命!
 戸田先生のご指導を拝したい。
 「大宇宙の法則に合致して、明るい自由な新天地を、そして人生行路を、自由と希望に燃えて乱
舞していけ!」
 「ともに、『本当の戦いは、これからだ』と立ち上がり、敢然と突き進もう!」
 最後の最後まで、前へ、前へと、すさまじい気迫で戦いぬいた戸田先生であられた。
 先生は、あるとき、こう叫ばれた。
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 「私は進むぞ!君も進め!永遠に前へ!」
 この呼びかけにお応えして、私はつねに、「永遠の前進!」の気概で戦い続けている。
 思えば、中国の周恩来総理は、「永遠に革命」の精神で生きぬかれた人物であった。
 私がお会いしたとき、総理のお体は、すでに重い病に侵されていた。
 しかし、“愛する民を必ず幸福にしてみせる!発展の軌道を厳然と敷いておく”との烈々た
る気迫が、全身から発せられていた。
 その眼光は鋭かった。ぴんと張りつめた精神で、国家のあらゆる分野に目を配り、指揮を執って
おられた、ほんの少しでも気をぬけば、一瞬にして崩壊が始まってしまうことを、周総理は、深く
知悉しておられた。まさしく、「永遠に革命」の精神を体現しておられた。
 私もまた、この気迫で進んできた。責任あるリーダーの皆さんも、同じ精神でなければならない
。そうでなければ、会員の皆さまがかわいそうである。
悪を滅する強さを持て
 今、創価学会という、偉大なる民衆の城が、壮大に築きあげられた。この善なる民衆の連帯を、
025
絶対に、悪に乱されてはならない。
 建設は死闘。破壊は一瞬である。悪が盛んになれば、善が滅びる。
 不惜身命で悪と戦う勇者がいる限り、善は守られる。しかし、もしその精神が失われれば、崩壊
はすぐに始まってしまう。このことを、よくよく心に留めていただきたい。
 学会利用、信心利用の、醜い利己心の輩を許してはならない。また、皆がおかしく思っても、そ
れを口に出せないような特別な存在を、つくってはならない。学会は、峻厳な師弟の精神に貫かれ
た、平等な同志の世界である。
 悪に対しては、勇敢に声をあげることだ。徹して強く責めることだ。臆病ではいけない。臆病は
、ずるい。ずるいのは「悪」である。悪を見ながら、放っておいて戦わないと、自分が悪と同じに
なってしまう。積んできた福徳も消えてしまう。
 今年は、敢然と悪と戦う一年としたい。なかんずく、結成五十周年を迎える男子部には「次の学
会を背負う一騎当千の指導者たれ!」と叫びたい。
 日蓮大聖人は、涅槃経の次の文を繰り返し引いておられる。
 “もし仏法者が、法を破る者を見ながら、そのまま放置して、相手の非を厳しく責めず、追い払
わず、はっきり罪を挙げて処断しないのであれば、まさに知るべきである。この仏法者は、仏法の
なかの怨敵である”(御書 226p 他)
026
 本当の「善人」とは「悪と戦っている人」のことである。仏法は、人間を不幸にする魔との「限
りなき闘争」である。
 悪を厳しく責めるのは、それが「正しい」ことだからである。そして、「正しい」ことは「強い
」ことである。強くなければ、正義を貫くことはできない。「正義」は「勇気」なのである。
最前線の「地区」を盤石に
 創価学会の「地区」は広宣流布の最前線の現場である。リーダーは、これまで以上に、地区の第
一線に目を向けていこう。それぞれの地区を、盤石にしていくことが、広布の基盤を固めることに
なる。最高幹部が、みずから動いて、どんどん地区に入っていくことだ。
 本年は、地区を中心に座談会を最重視してまいりたい。また、新入会の友や若き青年たちに、勤
行・唱題の意義など、信仰の大切な基本をていねいに教えていくことも、重要な課題である。
 全幹部が総力を挙げて、地区部長、地区婦人部長の皆さまを支え、応援しながら、一対一の対話
を重ねて、人材育成の波を起こしてほしい。

 ここ八王子は、秀麗な富士を仰ぎ、荘厳な夕日が見られる。本当に不思議な、すばらしい天地で
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ある。結びに、一句を贈り、私の新年最初のスピーチとさせていただきたい。

  君もまた
    不動の信念
      不二の山

 本年もよろしく!この一年、元気でいこう!」張りきって進もう!
 生ある限り、戦おう!深き使命を持った皆さまである。一緒に戦おう!
                                (東京牧口記念会館)
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第五十六回本部幹部会
第十三回全国婦人部幹部会
「師弟不二」が学会の魂

創立八十周年へ!本年も勝利の前進を

 あけましておめでとう!
 昨年は、大勝利の一年だった。どうか本年も、勝利の前進をお願いします。
 海外から参加されたSGIの皆さま、本当にご苦労さまです。
 ありがとう!サンキュー!ダンケ!メルシー!
 そして、花の芸術部の皆さま、本当にありがとう。ご活躍の姿を拝見して、私はうれしい。
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 私は「世界桂冠詩人」賞をいただいています。
 詩をつくり、和歌を詠む。詩心ある指導者が増えてこそ、文化的な社会になるにちがいない。
 まず、婦人部・女子部の皆さま方に和歌を贈りたい。

   御仏(みほとけ)も
    諸天善神
      光たる
     貴女(あなた)の信心
       讃え護ると

  大願に
   生き抜く勝利の
     女人かな
    御書に光らむ
      三世の功徳を
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  不滅なる
   御聖訓に
     認(したた)むる
    女人(にょにん)の幸福
      三世に護ると

 婦人部は、創立八十周年を目指して、生き生きとたちあがってくださっている。今年は、女子部
をさらに力強く育成していきたい。
 女性が健在で、勢いを増していかないと、どの国であれ、団体であれ、本当の勝利はない。
 女性の活躍が発展の「要」である。皆で女子部を応援してまいりたい。
全同志の幸せと健康を祈って
 また、全同志の皆さまのご多幸とご健康とご長寿を祈りつつ、各方面に和歌を贈りたい。

 〈関西の友へ〉
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  大関西
   常勝関西
     勝ちまくれ
    日本の広布の
      先頭 走りて
 〈北海道の友へ〉
  北海道
   おお純白の
     生命で
    この世 勝ちゆけ
      この世 楽しめ

 〈東北の友へ〉
  雪ふぶく
   大東北の
032
     皆さまの
    仏の行進
      諸天も讃えむ

 〈中部の友へ〉
  満天の
   空を見つめて
     誓いゆけ
    中部の人材
      星の如くに

 〈中国の友へ〉
  壮大な
   大中国を
     見習いて
    日本の中国
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      勝利の博士と

 〈九州の友へ〉
  大九州
   諸天善神
     舞い来たり
    君を護らむ
      貴女(あなた)を見つめむ
034

 〈沖縄の友へ〉
  いついつも
   日本列島
     励まして
    先駆の勝利の
      沖縄 尊し
 
 皆さん、遠くから、ご苦労さま!この一年も、ともに頑張ろう!
大雪の中での奮闘に、無事・安穏を祈る
 この年末から年始にかけて、北海道、東北、信越、北陸、中国等々、全国各地で記録的な大雪に
なった。とくに、秋田、新潟、福井をはじめ、大雪のなかで奮闘しておられる皆さま方に、心から
のお見舞いを申し上げます。
 大雪で交通事情の大変ななか、勇んで集まってくださった皆さま方、本当にご苦労さまです。パ
ン屋さんを営んでいる総秋田の婦人部長は、じつに二日がかりで駆けつけてくださった。そういう
035
ことも、よくうかがっている。
 私は、小さなことも含めて、どんなことでも、四六時中、報告を聞く。交通事故が起きれば、ど
こで起きたのか。今、病院に入っているのはだれで、どんな具合なのか。朝から夜中まで、連絡が
入ってくる。今まで、真夜中に跳ね起きて、お題目をあげたことが何度あったか。
 学会の役職は、一般世間でいうような「位」や「立場」とは関係ない。ただただ、会員のために
、広布のために、峻厳な責任をもって、すべてやりきる――これが、本当の創価学会の指導者であ
る。このことを、未来にわたって絶対に忘れてはならない。

 日蓮大聖人は言われた。
 「雪の中を踏み分けて(あなたは使いを身延の山中にいる私に)寄こしてくださいました。その
御志は、必ずや法華経も十羅刹女も知っておられることでしょう」(御書1333p 通解)
 大雪の被害を知ったとき、私はすぐに、この御文を思い出した。
 雪の中を踏み分けて、妙法のために――。その尊き「志」とは、現代の私たちに広げていえば、
真剣な「指導・激励」である。「折伏」である。また、広宣流布のための「連絡・報告」等にあら
われるとも言えよう。
 大聖人は、そうした志を最大に讃え、「あなたの志は、すべて知っていますよ!」と励ましてお
られるのである。健気な皆さん方を、大聖人はどれほど賞讃してくださっていることか。その功徳
は計り知れない。
 もちろん、決して無理をしないでいただきたい。幹部は、安全第一、健康第一で、皆に絶対に無
理をさせないよう最大の配慮をお願いします。私は豪雪地域の皆さまの無事・安穏を心から祈って
います。
各部の代表へ、ますますの活躍を
 きょうは創価大学・学園出身の学術部グループである「創大インテレクト会」の代表も集ってお
られる。久しぶりに会えてうれしい。ご苦労さま!
 創価教育を担い、日本の学術界を担う指導者として、ますます実力を磨いていただきたい。
 フランスの大文豪ロマン・ロランは、芸術は「生命を百倍にし、強化し、より大きく、よりよく
することである」とつづった。
 この言葉のとおりに進んでいるのが、学会の芸術部である。芸術部は文化の「先駆者」であり、
「騎手」である。皆で応援してまいりたい。
 またドイツの大音楽家シューマンは、次の言葉を残している。
 「人間の心の深奥へ光をおくること――これが芸術部の使命である!」
 これらの言葉を芸術部の代表に贈りたい。
 中国の大文豪・巴金先生。私は四度お会いし、語り合った。昨年、亡くなられたが、本当に立派
な方であった。
 先日も紹介したが、巴金先生は私との語らいのなかで、「教育の本義は、人間を変革させていく
ことであり、人間の魂を浄化していくことだと思う」と述べておられた。
 また、初代会長の牧口先生は、「教育は、あせってはいけない。種をまいていけば、やがて必ず
芽が伸び、大木となっていく。あせらず立派な伝統をつくっていくことだ」と語っておられた。
 教育者として活躍する友に、これらの言葉を贈りたい。

 全国、そして全世界の皆さま方、あらためて、あけまして、おめでとうございます!
 とくに、芸術部の皆さま方、すばらしい大活躍と大発展、おめでとう。
 私も、妻も、いつも大拍手を送っております。皆さんは一千万人の同志という“フアン”がいま
す。今年も、頑張ってください!
 さらにスポーツ界で奮闘される皆さま方、今年も偉大な勝利を祈っております。どうか、健康第
一で、お元気で!
また、明るい「女子部の新時代」、おめでとう!
 いよいよ「女子部の時代」である。女子部に光をあて、学会をもう一度新しく脱皮させ、新鮮な
、未来への希望に燃えた道をつくっていきたい。これが私の願いである。女子部は楽しく伸び伸び
と、幸福の前進をお願いします。
希望輝く「女子部革命」を
 日蓮大聖人は、一人の健気な女性の信心を讃えられ、「春の千里の野に火を点ずれば、一時に無
量無辺の火となるように、妙法への供養は無数の仏に対して供養したことになる」「その功徳は父
母をはじめ、数限りない人々に及んでいく」(御書1232p 趣意)と仰せである。
 健気に、広布のため、友のために生きゆく皆さまの功徳は絶大である。
 今の時代にあって、若き女性が、友人の幸福を願って仏法を語る。友の家を訪れて、激励する。
なかなかできることではない。ほんとうに尊いことである。
 一人の女性の力が、どれほど大きいか。結婚して家庭をもった場合には、ご主人をはじめ、子ど
もや親族に信心の偉大さを教えていく。「ああ、すばらしい人だな」と、周囲に信頼と共感の輪を
広げていく、そして、一家、一族を幸福と繁栄の方向へと引っ張っていく――そうした存在となっ
ていくのである。
 純粋で、健気な女性の信心によって、学会は大きく発展してきた。この事実を決して忘れてはな
らない。女性を下に見るようなことがあってはならない。女子部の友が健康で、無事故で、幸福で
あるように、男性の皆さんも、しっかりと題目を送っていただきたい。女子部を守り、伸ばしてい
けば、学会もまた、未来に伸びていく。女子部を強くすることが、学会を強くする。これが方程式
である。

 今年は、待望の「創価女子会館」が誕生する。
 私たち夫婦も、会館の完成を、本当に楽しみにしている。工事が進んでいる様子も、よくうかが
っている。
 女子部が、思う存分、活躍できるようにすることが大切である。女子部を増やすことが、広宣流
布の永遠の勝利と、繁栄の門を開く。これは、戸田先生の教えである。
 女子部の皆さん。頑張ってください!希望あふれる「女子部革命」のために、皆で女子部の友を
激励し、皆で応援していきましょう!
 大聖人が、女性門下をいかに大切にされ、その信心を讃えていかれたか。それを私は、戸田先生
から講義していただいた。
 御書だけではない。万般の学問を、私は毎朝、先生から教わった。日曜日も、ご自宅に呼んでい
ただき、徹底した勉強である。「遠いところ、ありがとう」と、先生みずから食事を用意してくだ
さることもあった。
 先生は、どこへ行かれるにも、私を離さなかった。
 いつも「読書を忘れるな」と厳しかった。そして「その本には、どう書いてあるのか」と質問さ
れる。ちゃんと読まずに答えると、「それはおかしいんじゃないか」と、すぐに見破られた。天才的
な先生であられた。
多くの女性が非暴力闘争で活躍
 「世界一の婦人部」の結成五十周年、万歳!
 現在、私は、インドの哲学者N・ラダクリシュナン博士と、新しい対話を進めている。
 博士が、マハトマ・ガンジーの非暴力闘争の大きな特徴として挙げておられる点は何か。
 それは、じつに多くの女性たちが、勇敢に「最前線で活躍した」という歴史である。
 もしガンジーがいたら、どれほど創価学会を理解し、賞讃することか――博士は、学会の広宣流
布運動に、強い期待を寄せてくださっている。
 なぜ、女性たちは、いかなる苦労もいとわず、ガンジーという“師”とともに戦ったのか。その
理由として、博士は、ガンジーの妻、カストゥールバ婦人の洞察を紹介しておられた。
 それは、「女性たちは、男性たちよりもはるかによくガンジーを理解していた」という言葉であ
る。女性のほうが、師匠の偉大さを、よく分かっていた――男性というのは、往々にして、自分以
外の人物の偉大さを、謙虚に認められないものである。
 その根底には、“ヤキモチ”がある。“おれが”、“おれが”という“我”がある。なんらかの
位を得た男性は、とくにそういう傾向が強い。それは、これまでの歴史を見ても分かる。
女性の智慧と団結こそ希望
 ラダクリシュナン博士は、これからの世界の希望は、ひとえに「女性の智慧と団結」に託されて
いると見ておられる。
 学会の婦人部、そして女子部の存在が、どれほど大切であるか。ときに男性以上に、広布のため
に戦っている創価の女性たち、その姿の、なんと尊いことか。本当に偉い。
 この方々を心から大切にし、最敬礼していくことだ。そうすれば、学会はさらに発展する。それ
ができなければ、伸び悩む。
 ラダクリシュナン博士は、「池田会長は『生命の世紀』の到来に向けて、生涯を捧げてこられま
した」と語ってくださった。
 温かいご理解に、深く感謝したい。十九歳のときから、戸田先生のもとで必死になって戦いぬい
てきたことは、私の最高の誇りである。
 続けて、博士は言う。
 「『生命の世紀』の実現は、家庭や地域、さらに社会全体を育んでいく“母の慈愛”の潮流を、
明確な形で拡大できるかどうかにかかっていると、私は思っています」
 歴史的な発言である。“母の慈愛”の潮流を、どこまで拡大できるか。婦人部、女子部の使命は
、いや増して大きい。一国、さらには世界の運命をも決定していく力がある。
 その意味からも、女子部、婦人部を、もっともっと大切にしていかねばならない。全リーダーに
、この一点を強くお願いしたい。女性に対して、傲慢な態度をとったりするようなことは、絶対に
あってはならない。許してもならない。
 女子部、婦人部の皆さん、いつも本当に、ありがとう!
 ラダクリシュナン博士のように、世界の良識は、創価の女性の「生命尊厳の連帯」を、熱い期待
の眼で見つめている。
 創価の女性の連帯こそが、平和の推進力であり、幸福の原動力なのである。
 全国各地の婦人部総会の大成功を、ともどもに祈り、皆で応援していこう!
広布の大師匠をただ一人、守る
 本年七月、男子部は結成五十周年を迎える。おめでとう!
 五十年前の一月、戸田先生の事業は最大の苦境にあった。すでに前年の夏には、当局から営業停
止命令を受けていた。
 さんざん先生にお世話になってきた人たちが、ひとたび風向きが悪くなると、一人また一人と、
先生のもとを去っていった。なかには、「戸田のバカ野郎!」と不知恩の罵声を浴びせて、離れて
いった者もいたのである。
 最後に残ったのは、実質的に、私一人。若き私は、悪口(あっこう)と中傷を浴びながら、先生
の事業の再建へ駆けずり回って働いた。給料は何カ月ももらえない。食事も満足にできない。せめ
て体が、もう少し丈夫であったなら、苦しみ、悩み、もがきながら、新たな活路を求めて、真剣に
唱題を重ねた。毎晩のように御書を拝した。
 戸田先生は、さまざまなことを熟慮された末に、理事長の職を辞任されたのである。
 私は、思いあまって戸田先生にうかがった。
 「先生、先生が理事長をお辞めになれば、新しい理事長が、私の師匠になるのですか」
 戸田先生は言った。
 「それは、ちがう。くろうばかりかけるけれども、君の師匠は私だ」
 わが人生の忘れ得ぬ一場面である――。
 あまり自分で自分のことを言いたくはないけれども、次の学会を背負っていく青年部には、すべ
て知っておいてもらわねばならない。あえて、きょうは、真実の一端を語らせていただく。
“大楠公”の精神に託して
 さて五十五年前、昭和二十六年の一月六日のきょうこの日、私は、正午近く、戸田先生のご自宅
に呼ばれ、先生の部屋に入った。二十三歳になったばかりであった。
 あの剛毅な、偉大な戸田先生が、このときばかりは、憔悴しきっておられた。
 事行の状況は悪化の一途であった。まさに絶体絶命の危機に追い込まれていたのである。厳しい
表情であられた。
 部屋にいたのは、先生と先生の奥様と私の三人だけ。そして先生は、「きょうはよく聞いてもら
いたいことがある」と私に、こう話されたのである。
 「私に、もし万一のことがあったら、学会のことも、事業のことも、いっさい、君に任せるから
、全部、引き受けてくれないか。
 先生は、さらに声を強められた。
 「何が起きたとしても、私と君とが、使命に生き切るならば、きっと大聖人の御遺訓を達成する
時が来るだろう。誰が何と言うと、強く、強く、君は、学会のために前へ進むのだ」
 戸田先生の遺言と、わたしは厳粛に受け止めた。
 そして、この日の誓願を“大楠公”の精神に託して、次のように日記に書き留めたのである。
 「先生は、正成の如く、吾れは、正行の如くなり。奥様は、落類、此の日の、感動、厳粛、感涙
、使命、因縁、生き甲斐は、生涯、忘れることはない。
 後継者は、私であることが決まった。
 激越の、年も刻々と明けて来た。いかなる苦難にも打ち勝って、男らしく、青年らしく、若人ら
しく、本年も戦いきろう」
 この日、この時の「師弟の誓い」のままに、私は、死にものぐるいで戦った。広宣流布の大師匠
であられる戸田先生に、ただ一人、お仕えし、ただ一人、お守りしぬいた。これが学会の歴史であ
る。師弟の本当の姿である。この一点にこそ、学会の魂があり、原点がある。
「師弟不二」の大闘争で学会は大発展
 幹部であっても、戸田先生と苦衷を分かつ者は、ほとんどいなかったといっていい。理事長を務
めた人間までが、戸田先生を誹謗したのである。しかし、だれがどうあろうとも、私は心に決めて
いた。
 “断じて、戸田先生に、次の会長になっていただくのだ。そして、広宣流布の指揮を縦横無尽に
執っていただくのだ”
 私は祈った。先生のために。学会のために。激動のなかで祈りぬいた。丑寅勤行もやった。もう
寝ても覚めても題目。歩いていても題目。車の中でも、電車に乗っても、時間さえあれば、すべて
題目、ただただ、題目を抱きしめて、この世の残酷な苦難をはね返し、戸田先生が第二代会長に就
任される道を、命を賭して、切り開いていったのである。
 そして迎えた昭和二十六年の五月三日、苦悩の激動を耐え忍ばれ、ついに、戸田先生は、晴れば
れと第二代会長に就任された。その盛大な推戴の儀式の日、戸田先生は、そっと私に「君のおかげ
だよ。本当にありがとう」と落涙された。
 また晩年、私の義父母と数人の学会首脳がいる席で、戸田先生は語っておられたという。
 「私の人生は、良き弟子を持って、本当にしあわせだった」と。
 思えば、初代の牧口先生が軍部権力と対決して牢獄につながれたとき、獄中までお供し、最後ま
で戦われたのは、戸田先生、ただお一人であった。この「一人」が大事なのである。
 その戸田先生を、人生のすべてを捧げてお守りしぬいたのは私である。ゆえに私は、第三代会長
となった。この究極の「師弟不二」の大闘争こそ、今日(こんにち)にいたる学会の大発展の根本
の因がある。それを、断じて忘れないでいただきたい。
世界一の栄誉をわが師に捧ぐ
 あの日から五十五年前。私はまもなく、ロシアの人材育成の模範として名高い総合大学「ウラル
国立大学」から、「名誉博士号」を拝受する。
 この大学は、文豪ゴウリキーが設立に尽力した、八十五年の伝統を誇る名門学府である。
 これで世界の学術機関から頂戴した名誉博士号・名誉教授の称号は「百八十五」となる。決定通
知を入れると「二百十」に及ぶ。この“世界一の知性の栄誉”を、私は、“戸田大学”の誉れの卒
業生として、恩師に謹んで捧げたい。
 三代の師弟は勝ちました!これも、すべて、苦楽をともにする、わが同志の皆さま方に生々世々
、流れ伝わる栄光であり、福徳である。
 とりわけ、青年部の諸君は、創価の師弟に連なる尊き使命をがっちりと身に受けて、一人ももれ
なく、正義の勝利の人生を飾っていただきたい。青年部の時代である。すべては、未来ある諸君に
託すしかない。いかなる嵐にも屈せぬ「池田門下生」として、誇り高く生きぬいていただきたい。
「学会は人間の可能性を開発」
 日本は少子化が進み、人口減少の時代に入った。重大な問題である。それに伴い、さまざまな不
安も渦巻き始めている。
 しかし、私がともに対話集を発刊した、アメリカの女性未来学者ヘンダーソン博士は、“こうし
た変化は「人間の幸福」という次元から成熟した社会を建設していくチャンスの到来である”と、
とらえておられた。聡明にして価値的な視点の転換であると思う。
 博士は、その希望のモデルとして、創価大学に絶大な期待を寄せてくださっている。世界を代表
する未来学者が、私たちの活動に、大いなる光明を見いだしているのである。
 博士は、こうも語っている。「創価学会は一人ひとりがもつ可能性を深く自覚し、その可能性の
開発をつねに教えてきました。人間の可能性を認識し、開発していく作業は人間としてもっとも幸
福な生き方ではありませんか」
「一人」を強く「一人」を賢く
 「一人」を大切に――ここに、創価学会の原典がある。仏法の根本精神も、ここにある。
 「一人」の人間は、かけがえなく尊い。世界中、どの一人一人にも、尊厳なる仏性がある。そう
見ていくのが、仏法である。
 一人の尊さを無視し、軽んじて、人間を「集団」で見ていこうとするのは、権力者の発想である
。それでは、独裁者のヒトラーと同じになってしまう。
 ヒトラーに、一人一人の尊厳は、分からない。「大勢」「集団」にこそ“価値”があった。
 それはなぜか。権力者にとって、人間は「手段」にすぎないからである。
 権力は人間を、銃弾のように武器にする。金銭のように使いこなす。おのれの欲望のために、大
勢の人間をうまく動かし、全体を操作しようとする。
 学会のいき方は、これに真っ向から反対する。一人一人の幸福こそが、広宣流布の「目的」だか
らである。「一人」の人間がもつ計り知れない可能性を信じ、その力に目覚めさせ、発揮させ、連
帯を広げてきたのが、創価の民衆運動の歴史である。
 全体があって、一人一人があるのではない。まず一人一人の人間があって、強く団結していくの
である。この根本を間違えたら大変なことになる。権力者の発想をする人間が現れたら、それは学
会を利用する極悪人である。
 すべては、「一人」に帰着する。私どもは、もう一度、「一人を大切に」との原点を確認しあい
たい。そして、いちだんと「一人一人」に光をあて、励ましの声をかけながら、宝の人材を大切に
育ててまいりたい。一人一人が強くなる。賢くなる。それでこそ、二倍、三倍、十倍の力を発揮し
ていけるのである。
「師子王の心」で勇敢に戦え
 ノルウェーの世界的に有名な人間主義者であり、探検家であったナンセン。ノーベル平和賞を受
賞したことでもよく知られている。彼は、こう叫んでいる。
 「人類にとって一層よい未来に近づくことができるようにと、真実に望むならば、その第一の条
件は、勇気をもつことであり、恐怖に支配されないことである。
 たしかに、そのとおりだ。「勇気」でいこう!信心とは、「最極の勇気」異名のである。何もの
をも「絶対に恐れない魂」である。何ものにも「永遠に負けない根性」である。
 大聖人は「師子王の如くなる心をもてる者必ず仏になるべし」(御書 0957:09)と断言された。
大事なことは、強い人間であることだ。創立八十周年へ、「師子王の心」で勇敢に戦い、朗らかに
勝ち、断固として、万代に崩れぬ、金剛の伝統輝く創価学会をつくろう!

 アメリカの皆さま方、アルゼンチンの皆さま方、韓国の皆さま方、台湾の皆さま方、そして尊き
海外の皆さま方、本当にご苦労さまです。ありがとう。
 ご健康とご多幸を祈り、お題目を送ります。お帰りになったら、大切な同志に、どうか、くれぐ
れも、よろしくお伝えください。
 学会は、永遠に全世界が「異体同心の団結」で前進しよう!
 ありがとう!サンキュー!サンキュー!謝謝!(しえしえ)
 風邪をひかれませんように。そのためには、手洗いや、うがいをすること、よく寝ること。
 ともかく、しっかりと祈ることである。絶対に風邪をひかない、と心に決めることだ。また、あ
まり太りすぎたり、やせすぎないよう、健康な食生活を心がけることも大事であろう。
朗らかに進みゆく人生を
 先ほども申し上げたが、これからはいっそう、女性を大事にしていきたい。女性を大事にするジ
ェントルマンは、なんとも言えない、爽快さがある。人格の光がある。
 いわんや、創価の女性は、御本尊を持った女性である。広宣流布を進める女性である。これほど
尊い女性はない。男性は、女性の皆さんに「ご苦労さまです」と感謝することだ。温かい言葉をか
けることである。
 朗らかに進もう!人生、いろんなことがある。それでも朗らかに!朗らかな人は幸せであ
る。どうか、いい一年でありますように!本年もよろしく!
 芸術部ありがとう!海外の方々も、お元気で!ご長寿を祈ります。
 皆さん、本当にありがとう!
                                (東京牧口記念会館)
060107top
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欧州代表協議会
青年よダイヤモンドのごとく輝け

欧州広布四十五年、大発展は同志のおかげ

 懐かしい欧州のリーダーの皆さま方、遠いところ、よくお越しくださいました!
 今年は、私が欧州広宣流布への第一歩をしるしてから四十五年となる。それは、一九六一年の十
月四日から同二十三日にかけて、九ヵ国を訪問した旅であった。
 じつは、私が会長就任の翌年にあたるこの年は、「躍進の年」と掲げられていた。欧州の第一歩
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は、まさしく、「世界広宣流布への躍進」の始まりとなったのである。
 当時、欧州には、ほとんどメンバーはいなかった。
 しかし、私は、欧州の大地に、妙法の種を、ひと粒、ひと粒、まいていった。いずこにあっても
必ず、地涌の菩薩がわきいでるようにと、題目を染みこませていった。だれが、いったい、今日の
大発展を想像しえたであろうか。
 すべては、世界の平和のため、人々の幸福のために、ただひたすらに、妙法流布に励んでくださ
った欧州の同志の皆さまのおかげである。
 私は、心の底から感謝申し上げたい。本当にありがとう!

 妙法の世界で、ともに戦う。それ以上の生命の思い出はない。御聖訓に、「無妙法蓮華経と我も
唱へ他をも勧んのみこそ今生人界の思出なるべき」(御書 1467:18)と仰せのとおりである。
 今、真実に妙法を実践しているのは、創価学会しかない。ゆえに、もしも学会から離れて、どこ
か別の場所に幸福を求めても、はかない幻を追うようなものである。自由であるようで、決して自
由ではない。皆さまは、断じて学会から離れてはいけない。妙法の同志という“最高の善友”から
離れてはいけない。
 私たちSGIは永遠に異体同心で前進してまいりたい。そこに、三世に崩れぬ絶対の幸福の軌道
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があることを忘れないでいただきたい。

 うれしいことに、昨年は、欧州全体で、拡大目標を見事に突破された、とうかがった。
 各国とも、小単位の「座談会」を軸に、すばらしい発展の歴史を刻んでこられた。
 北欧スウェーデンでも、一年間で、二割近い発展の歴史を刻んでこられた。
 皆さま方のたゆまぬ努力によって、「欧州広宣流布」の盤石なる土台はできあがった。
 たゆまぬ前進が大事である。焦る必要はまったくない。一歩一歩、進んでいけばよいのである。
 ともあれ、皆、本当によく戦ってくださった。日蓮大聖人の御賞讃はいかばかりか。
 御聖訓には、仰せである。
 「国中の人々が、一人、二人、ないし千万億人と題目を唱えるようになれば、その功徳が先駆者
に集まるのと同じように、思いもかけない功徳が、先駆者を助けたあなたの身に集まることでしょ
う。その功徳はちょうど大海が露を集め、須弥山が微塵を積み重ねたようなものです」(御書 
1241p 通解)
 これから百年先、二百年先、さらには、「末法万年尽未来際」にわたる欧州広布の壮大なる進展
は、すべて誇り高き源流であり、勇敢なる先駆者である皆さま方の生々世々の大福徳となっていく
。それを、晴ればれと確信していっていただきたい。
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青年を大切に!発展の推進力は青年
 「青年・躍進の年」を迎え、欧州でも、青年の活躍がめざましい。青年部が大事である。
 私が戸田先生と出会ったのは、十九歳のときであった。
 戸田先生は、若き私を、ダイヤモンドのごとく大切にしてくださった。その大誠実の心にふれて
、私も、立ち上がったのである。
 リーダーは、若い人を「使う」のではなく、若い人のために「動く」ことである。未来を担う若
い人を、とりわけ女子部を、最大に尊敬し、心から大事にしていくことである。それでこそ青年は
、無限の力を発揮していく。

 青年を、こよなく愛した文豪ユゴー。フランスの「ヴィクトル・ユゴー文学記念館」では、一九
九一年のオープン以来、来館者数が、まもなく二十万人を突破する。関係者の皆さまに、心から感
謝したい。
 ユゴーは語った。「強き者とは正しき者」である、と。
 青年は、正義を貫く強さがなくてはいけない。一騎当千の力ある人材を、さらに育成してまいり
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たい。
 また現在、創価教育出身の俊英が、欧州各国でリーダーとなり、平和と文化と人道の連帯の要と
なって活躍していることも、よくうかがっている。これほど、うれしいことはない。
 「学会の発展の推進力は青年なり!」とは、戸田先生の叫びであった。
 青年は光!青年は希望!未来は青年の手にある。
 青年部の大成長を皆で祈り、皆で支え、全力で応援してまいりたい。
幹部は礼儀正しく、真心で尽くせ
 さらに、戸田先生の指導に学びたい。すばらしいヨーロッパを建設しゆくために。先生が、幹部
に対して、いつも指導しておられたことは何か。それは「誠実の二字でいけ!」であった。
 先生は、こう語っておられる。
 「心の世界は、慈悲深い心で接すれば、いくらでも変化するということを忘れてはならない。
 ともかく、心から礼儀正しく、心から粘り強さをもって接していくことが大切である。ここに指
導者の本当の姿がある」
 傲慢であってはならない。絶対に威張ってはならない。どこまでも、皆を大事にする。これが指
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導者の鉄則である。礼儀正しく、腰を低くして、真心を尽くしていく。そこに人格が輝いていくの
である。
 さらにまた、先生は、つねづね、リーダーに語っておられた。
 「広宣流布に戦っている人を尊敬しなければ、真の信仰はできないし、自分たちの率いる組織の
発展もありえない」
 この一点を、心していきたい。
 わが同志を「仏のごとく」敬え!広布に戦う友を、心からほめ讃えよ!これが大聖人の仏法の世
界である。リーダーが、その実践に徹すれば、組織は限りなく発展していく。尊敬と信頼の心のス
クラムが、欧州の新時代を築く。その前進を世界が見つめている。
欧州の前進こそ世界の前進
 日蓮大聖人は、在家の門下に仰せである。
 「その国の仏法流布は、あなたにお任せいたします。成仏の種子は、縁によって生じます。この
ゆえに成仏の教えである法華経を説いていくのです」(御書 1476p 通解)
 自分のため、子孫のため、同志のため、そして愛する国土のために、勇敢に進もう!仏縁を広げ
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ていこう!
 「ヨーロッパの前進こそ全世界の前進」と、胸を張って進んでいただきたい。
広布は信頼と友情の対話から広がる
 戸田先生は金剛不壊の組織をつくるために、「団結第一でいけ!」とさけばれた。
 「一人一人が自分の力を最大に発揮して、目的のために強く伸び伸びと前進していけば、おのず
から深い団結がなされていく。そうすれば、この世で恐れるものは何もない」
 窮屈な形式で縛るのではない。それでは、皆の心が離れてしまう。広宣流布のため、世界平和の
ため。大目的へ、信心の団結で進むのだ。一人一人の「成長」と「前進」と「勝利」を真剣に心を
砕きながら、欧州は、模範の「異体同心」の連帯を築きあげていただきたい。
 
 戸田先生は、広宣流布は「信頼と友情の対話から広がる」との信念であられた。
 海外に行く青年に、戸田先生は、「気負うことはないんだよ。みんなから好かれる人となること
だよ。弘法といっても、そこから始まるんだ」と教えられた。
 先生は強調された。
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 「心と心の交流、有情の拡大、異なる文化の理解を育む“人間主義の対話”が大事である。その
意義を違えた感じを与えては、決してならない」
 「聡明な、平和的な、文化的な会話のもっていき方をするべきだ」
 SGIの永遠の指針も、「よき市民!よき国民たれ!」である。
 そしてまた、戸田先生は、「信心の絶対の確信に立て!」と叫ばれた。
 「疑いなく信心を貫き通せばよいのである。それによって、一生の勝負が決まってしまう」
 仏法は勝負である。この勝負という一点をいかなる時も、生命に刻んでおくことだ。
 悩みを抱えている友を励まして、先生は言われた。
 「力ある人生を生ききるのだ。君の想像を絶した、実に見事な解決ができる。
 題目をあげきることです。どんなことも、変毒為薬できぬわけがない」
 妙法の功力は絶対である。この大確信に立って、ヨーロッパの天地に、人間革命の歓喜のドラマ
を幾重にも広げていただきたい。
ロートブラット対談は未来のメッセージ
 このたび、世界的な核物理学者で、ノーベル平和賞の受賞者である、ロートブラット博士との対
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話談の連載が終了した。
 博士は、昨年の八月三十一日に逝去されるまで、私との対談に真剣に取り組み、原稿を完成させ
てくださった。秘書のサリー・ミルンさんによると、盛夏の八月、博士は、最後の原稿を、ロンド
ンの王立病院に入院中にもかかわらず、ていねいにチェックしてくださった。
 博士は、対談の完成をたいへんに喜んでおられたとうかがった。私との対談の原稿が、博士の世
界に向けた、事実上、最後の“平和のメッセージ”となり、遺言ともなった。
 ロートブラット博士は、対談の連載中、何度も、「世界の青年に、是非とも、この対談を読んで
もらいたい」と語っておられた。私との対談に、博士は、未来の世代へのメッセージを託しておら
れたのである。
 博士との対談は、本年夏に発刊の予定である。
「連帯すれば、世界は変えられる」
 すでに、英国パグウォッシュ会議の会長で、高名な科学者であるケンブリッジ大学のロバート・
ハインデ教授からも、対談集の序分を寄せていただいている。
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 ハインデ教授はロートブラット博士の長年の友人であり、博士の平和への遺志を継がれた人道の
科学者である。ご自身も第二次世界大戦で、兄弟や友人など、多くの大切な人を失い、ロートブラ
ット博士とともに、核兵器と戦争の廃絶のために立ち上がり、戦ってこられた。
 ハインデ教授は、私どもの対話について、「一読して、たいへんに感銘を受けました。私は、何
度も繰り返し、この対談を読まなければと思っています。この対談には、巨大な価値があります」
と語ってくださった。
 教授は、対談集の序分に、こうつづられた。
 「池田会長とロートブラット博士という、これほど世代も、文化も、哲学的な背景も異なる二人
が、基本的な人間の価値を重視するなど、多くの点で共通の考え方を持つことはきわめて注目に値
する」
 「戦争を体験した私と同じ世代の人々は必ず、私と同じようにこの対談に感動するに違いない。
そしてさらに重要なことであるが、この対談は、すべての年代の人々にとって、人類に貢献するた
めに最大に努力しようとの決意を促す触発となるであろう」
 深いご理解に心から感謝もうしあげたい。
 ロートブラット博士が私との対話でひときわ力を込めておられた言葉を皆さま方に贈りたい。
 「大事なのは連帯です。連帯すれば、世界を変えていけるのです。それは時間がかかるかもしれ
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ませんが、長い目で見れば、最後には、民衆が勝利するのです」
 博士をはじめ、欧州の良識が生命を賭して希求してこられた、戦火なき平和な世界、そして人間
の尊厳が輝く世界。これを実現するために、いよいよ私たちは、「幸福と正義の連帯」をさっそう
と広げてまいりたい。
創価の女性は「広布」と「社会」の花
 嵐を越え、あらゆる悩みを突き抜けて、友のため、社会のために新しい道を切り開く。皆さまこ
そ、ヨーロッパの希望である。
 日蓮仏法では「男女(なんにょ)はきらふべからず、皆地涌の菩薩の出現に非ずんば唱へがたき
題目なり」(御書 1360:08)と仰せのごとく、根本的な「男女の平等」「男女の同権」が説かれて
いる。
 妙法を持ち広宣流布に励む女性が、どれほど幸福に輝く尊貴な存在か。
 大聖人は当時の日本の人口を挙げられつつ、門下の女性を讃えておられる。
 「二十九億九万四千八百三十人の女人の中の第一なり」(御書 1188:15)
 さらに御書には「此の経を持つ女人は一切の女人に・すぎたるのみならず一切の男子に・こえた
り」(御書 1134:15)とある。偉大な使命の方々なのである。
065
 御聖訓のとおり、創価の前進を支えているのは、女性の力である。
 欧州でも、婦人部、女子部の皆さまの健闘は、まことにめざましい。
 大勢の女性メンバーが、それぞれの国にあって、“広布と社会の花”と輝いている。ますますの
ご活躍を心から祈りたい。

 ご存じのように、四十五年前、私が欧州を訪問したのは、東西冷戦の象徴である「ベルリンの壁」
が築かれた直後であった。
 ベルリンを訪れ、壁を見つめて、私は欧州と世界の平和を深く祈念し、人類を結ぶ対話を心に期
した。世界の知性との対話、対談集の刊行は、ヨーロッパが原点となった。
 ヨーロッパ統合の父、リヒャルト・クウデンホーフ=カレルギー伯。
 二十世紀最大の歴史学者、アーノルド・トインビー博士。
 続いて、ローマ・クラブの創立者、アウレリオ・ペッチェイ博士。
 行動する文化人、アンドレ・マルロー氏。
 美の至宝を護りぬいた美術史家、ルネ・ユイグ氏。
 宗教社会学の最高権威、ブライアン・ウィルソン博士。
066
 ブルガリアを代表する女性芸術史家、アクシニア・ジュロヴァ博士――等々である。
最も大切な資産は人間
 イタリアのトリノでは来月、冬季オリンピックが開幕する。ペッチェイ博士がトリノのご出身で
あられたことが、懐かしく思い出される。
 ペッチェイ博士は、第一級のコンサルタントでもあられた。
 ある会社の再建にあたって博士は、再生への鍵を、「新たな挑戦的目標」をもたせることに定め
た。そこから、社の全員の士気と意欲を高めていった。
 博士の信条は“会社の最も大切な資産は人間”ということであった。「人」を大事にし、組織で
苦労してこられたからこそ、博士は、創価学会の尊さを深く理解し、驚嘆しておられたのである。
 ご自身の経験を踏まえ、博士は、確信をもって記しておられる。
 「人間が未知の課題に挑戦するとき、創造と挫折、進歩と衰退、進展と紛糾の間を画するのは、
人間のもつ能力をどれだけ開発し展開し、十分に発揮させるかである」
 人間を「集団」として扱い、動かそうとする。そういう考え方は、もはや時代遅れである。変化
の激しい乱世であればあるほど、いよいよ焦点は一人一人の「人間革命」である。
067
 ペッチェイ博士は、私との対談でも、「莫大な富がわれわれ自身の内部にある」「人間は何より
もまず物質革命への心酔から醒めなければなりません」と言われていた。そして、それを引き出し
ていくための「人間革命」に、未来の希望を託しておられた。
 「青年・躍進の年」とは、まさしく「欧州・躍進の年」である。
 まずは二〇一一の「欧州広布五十周年」を目指して、一人一人が、わが「生命の太陽」をいちだ
んと光り輝かせ、無量無辺の「心の財」を朗らかに積んでいっていただきたい。一人一人が、人間
革命の実証で社会を照らしゆく時、そこから、二十一世紀文明のルネッサンスが開かれることを、
私は確信してやまない。
セネカ「忘恩は重大な悪徳」
 四十五年前、「永遠の都」ローマを訪問したことも懐かしい。
 古代ローマの代哲学者セネカが、「恩」について論じている。
 「報恩」の人生は美しい。「忘恩」の人生は醜い。恩に対する一念によって、人生は決定的に変
わってしまう。
 トインビー博士も高く評価していた。古代ローマの初代皇帝アウグストゥスの時代。皇帝は、一
068
人の貧しい男に力を貸した。やがてその男、グナエウス・レントゥルスは、「執政官」になり、国
家の第一人者になった。
 セネカいわく「この男は自分の栄達のすべてを神皇アウグストゥス帝の恩義に被った」。
 にもかかわらず、男は、感謝するどころか、恩ある皇帝への不満を口にしていた。
 「いつもアウグストゥス帝について不平を並べ、帝は自分を仕事から遠ざけようとしたなどと言
っていた。帝が自分に施しているというよりも、むしろ自分のほうが能弁を捨てるという損失を被
ったとも言っていた。
 人間は慢心によって、人生の軌道を狂わしていくものだ。高慢の罪は立場が重くなり、責任が大
きくなるほど、戒めていかねばならない。この男は、のちの皇帝によって、自殺に追い込まれたう
えに、財産もとりあげられるという悲惨な末路をたどった。セネカは語る。
 「自分たちのために最も良く尽くしてくれた人々のことを、最も悪く言う者たちもいる。
 「忘恩は重大な悪徳であって、われわれの堪えがたいもの」である。
 恩知らずになる最大の原因は何か。セネカは鋭く喝破している。
 「その原因は余りにも自分を過信することであるか、自分自身や自分のことを自惚れるという人
間生来の欠点であるか、あるいは貪欲であるか、あるいは嫉妬である」
069
 自惚れ、貪欲、嫉妬――学会に恩を受けながら裏切っていった者たちも、ことごとく、こうであ
った。
仏法とは“報恩の人間学”
 セネカは、「報恩」について、どこまでも厳格であった。
 「恩知らずの種類は多い」「恩を受けたが、受けたと言わない者は恩知らずである。恩恵を受け
なかったように偽る者も恩知らずである。また恩に報いない者も恩知らずであるが、しかし何と言
っても一番の恩知らずは、恩を忘れた者である。
 「恩知らずの者たちには、弁解の余地を閉ざさねばならない」
 思えば、私が友情をはぐくんだヨーロッパの方々は、ひとたび結んだ友情は絶対に裏切らないと
いう厚い信義で、共通していた。人が何を言おうと、わが信念を貫くという「屹立した人格」があ
った。ヨーロッパの方々との友情は、私の人生の宝である。
 ともあれ、大聖人は「報恩」の生き方を繰り返し教えておられる。仏法とは、いわば“報恩の人
070
間学”である。ゆえに、忘恩、不知恩、背恩があれば、決して許してはならない。
 今月、サント・ビクトワール山(勝利山)に抱かれた、思い出深い南仏トレッツの研修道場で、
「SGI欧州サミット」が盛大に行われる。これには、二八カ国の同志が出席されると、うかがっ
ている。
 さらに昨年は、新たに「欧州教学最高会議」が発足し、上級試験も実施された。今年の秋には、
英語・ドイツ語・フランス語・イタリア語の四言語で、欧州全体の任用試験が行われる。大成功を
祈りたい。
 大聖人は、「諸法実相抄」で仰せになられた。何度も拝してきた御文であるが、もう一度、心に
刻んでいきたい。
「行学の二道」の歴史を残せ
 「行学の二道をはげみ候べし、行学たへなば仏法はあるべからず、我もいたし人をも教化候へ、
行学は信心よりをこるべく候、力あらば一文一句なりともかたらせ給うべし」(御書 1361:11)
 世界は「人間革命」の大哲学を待望している。自分なりの言葉でいい。誠実に、力強く、仏法の
正義を語りぬいていくことだ。この御聖訓をいただいた最蓮房は、最優秀の知性派であった。どう
か、ヨーロッパの皆さまは、世界の模範と光る「行学の二道」の歴史を残していただきたい。永遠
の希望の城を築いていただきたい。
 きょうはありがとう!
 お帰りになったら、わが愛する同志にくれぐれもよろしくお伝えください。
 誇り高く戦いきって、またお会いしましょう!
                                (東京牧口記念会館)
060112top
072
神奈川・静岡合同協議会
黄金の師弟はだれも壊せない

神奈川から世界広布の指揮を決意

 大発展の神奈川、おめでとう!
 正義の勝利で、さらに勢いを増す静岡の皆さんも、ご苦労さま!
 創立七十五周年を大勝利して、わが偉大なる法城・神奈川文化会館に帰ることができた。二年二
ヵ月ぶりである。私は、うれしい。
 大神奈川は東京、大阪と並び、日本屈指の人口規模を誇る。未来が輝いている。静岡とともに、
073
広宣流布の最重要地域と言えよう。その東海道の戦いを、日本中、否、世界中が見つめている。
 港・横浜に鳴り響く汽笛とともに、新しい勝利の海へ、晴ればれと船出しよう!
私が昭和五十四年五月三日、創価大学の儀式を終えて、その足で一番はじめに来たのが、ここ神奈
川文化会館であった。
 到着したのが、午後六時五十九分、妻と一緒であった。
 そこには、大勢の、山をなした神奈川の同志がおられた。会館の前の、一階から二階にあがる大
きな階段にもいた。皆、大拍手で迎えてくださったのである。
 あの時、なぜ私は神奈川に行ったのか。それは、未来を見つめることであった。
 本部でもない。東京でもない。神奈川文化会館の前から、海を見つめて、これからは全世界の指
揮を執ろう!小さくて窮屈な、嫉妬の小国よりも、世界に向けて指揮を執ろう!そう決意していた
のである。
 私は全世界を志向して神奈川に来た。この海の向こうに、アメリカがある。ヨーロッパがある。
アフリカがある。アジアやオセアニアにも通じている。海を見るたびに、構想は広がった。
 当時、嫉妬と陰謀と謀略、妬みと焼きもちが渦巻いていた。創価学会が、あまりにも大発展して
いるゆえであった。反発した邪宗門の坊主らが、若干の騒ぎを起こしていた。
 その時に私は、もっと高次元から、世界を凝視した。
074
 ――ちょうどいい。世界広宣流布の布石を、本格的に始めよう!――
 そして今や、五大洲の百九十もの国や地域に、学会の平和勢力、文化勢力が発展したのである。
 私の指揮と行動は正しかった。戸田先生がおられたならば、「よくやった、よくやった」と讃嘆
してくだせることだろう。その師が今いないことは、さびしい限りである。
関西が立った!埼玉も立った!
 私が第三代会長を辞任したのは、この昭和五十四年の四月二十四日であった。
 その時、真剣に、「偉大な学会と、宗門を発展させてきた大指導者が、なぜ、会長を辞めなくて
はいけなのか」と、はせ参じた友がいた。その目は爛々と輝き、その態度は「必ず自分が師を護る
」という強い強い魂が光っていた。今、彼らは、悠然として関西で、勝利の指揮を執りながら、戦
っている。
 あの時、友は熱い熱い涙を見せた。その光景は一生涯、忘れることができない。
 私は言った。「新しい時代を必ずつくる。君も一緒に頼む。あとになって、皆が、偉大な仕事を
したと驚嘆するであろう」と。
 学会を弾圧した、恩知らずの邪宗門の連中は皆、もう立ち上がれないだろうと思っていたに違い
075
ない。心堕ちた学会の幹部もいた。しかし、あとになって、幾人か、「あの時は、本当に申しわけ
なかった」と懺悔してきた者もいた。
 関西が立ちあがった。続いて埼玉の同志が立ち上がって、声をあげた。
 「これだけの大功労の会長を、なぜ宗門も、幹部も、辞めさせたのか。『勇退』と言いながら、
引きずりおろした。学会の将来は、池田先生がいなくては、めちゃくちゃじゃないか。分裂してし
まう」。こう憂えていたのである。
 「第三代会長を守れ!そうすれば、広宣流布は必ずできる」
 これが戸田先生の遺言であった。最高幹部なら、皆、知っていることである。
 何よりも、日蓮大聖人が「難こそ誉れ」「難こそ安楽」と教えられている。
 何があろうと、いかなる波浪があろうとも、私は、戸田先生との誓いの道をゆく。平和の道、希
望の道、広布の道を、朗らかに歩みぬく。

 大聖人の仏法の真髄は「進まざるは退転」である。広宣流布へ前進また前進――そのために、リ
ーダーは心を砕くことだ。間断なく手を打ち続けていくことである。
 戸田先生も、牧口先生も、一面から言えば、本当に、口やかましかった。「こんなに細かいこと
まで」と皆が思うほど、神経をめぐらせた。
076
 基本に徹し、よき伝統を守ることだ。それをないがしろにすると、あとで困る。崩れていく。
 よき伝統というのは、皆が納得し、安心するものである。正しい指導をたもっていける。
 教育の世界でも、すぐれた学校には、すばらしい伝統があるものだ。
 リーダーは、よき伝統を大事にしながら、「堅実な発展」を心していきたい。
 今日は神奈川と縁の深い四国でも運営会議などが行われている。四国の同志とも心を通わせなが
ら協議会をすすめたい。
荒海を越えて四国の友も来た
 今年は、「聖教新聞」の創刊五十五周年にあたっている。
 神奈川・静岡の同志も、また四国の同志も、「聖教新聞」の拡大に健闘してくださっており、感
謝に堪えない。
 つい先日の「聖教新聞」の「声」の欄に、あまりにも懐かしく、あまりにもうれしい思い出がつ
づられていた。それは、昭和五十五年一月十四日、四国の約千人の同志が、あの「さんふらわあ7
」号で、冬の荒海を越え、ここ神奈川文化会館に来てくださった歴史である。
 あれから満二十六年、関西の友は、あの日あの時を原点として、人生の試練を乗り越え、師弟の
077
誓いを原動力に、広宣流布の拡大を成し遂げてこられた。そのことが、感動的に記されていた。こ
の「声」を読まれた方々からも、早速、多くの反響が寄せられている。
 あの年は、私の会長辞任の翌年であった。一月十三日の午後一時すぎ、神奈川文化会館で執務す
る私のもとに、第一報が入った。香川、高知、愛媛、徳島の四国全県から、勇んで集った約千人の
同志が、高松港を出航したとの知らせである。目指すは、ここ神奈川文化会館の眼前に広がる横浜
港。船は、白亜の客船「さんふらわあ7」号である。
 私は、航海の無事安全を、妻とともに真剣に祈った。一人も船酔いすることなく、元気で到着さ
れるようにと、題目を送り続けた。出発したその日、横浜は雪の舞う寒い日であった。東海上には
低気圧があり、海上は荒れることが予想された。学会本部からは「念のため中止してはどうか」と
いう連絡も入ったとう。しかし、もう出航直前だった。合図のドラが鳴っていた。“出航したあと
は、すべて船長の判断に任す”と決め、旅が始まったのである。
異体同心の団結――“船上幹部会”
“船上幹部会”では、意気軒高に語り合われていた。
 ――本来ならば、池田先生に指揮を執っていただいて、本年の学会創立五十周年を盛大に祝賀す
078
べきである。牧口先生、戸田先生、そして池田先生という三代の会長が築いてくださった創価学会
ではないか。しかし、今、先生に、自由に動いていただくことはできない。四国にお迎えすること
もできない。それならば、私たち四国が、全国に先駆けて、先生のもとへはせ参じて、創立五十周
年のお祝いを申し上げようではないか。先生がおられるところが、広宣流布の本陣だ。最前線であ
るのだ――と。
 のちに、手書きで書き留められた、その船内の克明な記録を、私は拝見し、心で泣いた。
 船には、ドクター部や白樺の方々も、勇んで同行され、同志の健康を見守ってくださっていた。
創価班や白蓮グループをはじめ、志願の男女青年部の、はつらつたる献身も光っていた。
 船内で皆が楽しく過ごせるようにと、私は、“寅さん”の映画(男はつらいよ)の手配も、事前
に、そっとお願いしておいた。
 ありがたいことに、波涛会の方々も、太平洋岸の要所要所の岬に待機して、変化の激しい波の様
子を、逐次、報告する態勢まで取ってくださった。四国で留守を守ってくださる同志たちも、皆、
たえまなく唱題を続け、無事故・大成功を祈っておられた。そこには、どんなに嫉妬に狂った坊主
らが壊そうとしても、絶対に壊せない「異体同心」の金剛の団結が輝いていたのである。
079
 波濤を越えて、四国の友が、横浜港の大桟橋に到着したのは、翌一月十四日の午後一時前であっ
た。前日とうってかわって、この日はおだやかな陽気となった。
 大聖人は、「当に起つて遠く迎うべきこと、当に仏を敬うが如くすべし」という法華経の一文を
「最上第一の相伝」(御書 781第六此人不久当詣道場の事04)とまで仰せであられる。私は大桟橋
に立って、花束を抱えて、遠来の同志をお迎えした。
誇り高く、偉大な同志よ
 この私と同じ心で神奈川県中から集まり、真心の歓迎をしてくださった友の顔も、私は今もって
忘れることができない。わが音楽隊も、勇壮な学会歌の演奏で盛大に出迎えてくれた。
 そのあと、午後一時半から、四国・神奈川交流幹部会が、神奈川文化会館で劇的に開かれた。
 はるばると勇み来たった四国の同志も、誇り高く偉大であった。その同志を勇み迎えた神奈川の
同志も、また誇り高く偉大であった。
 私は、ピアノで“大楠公”や「熱原の三烈士」など数曲を奏で、贈らせていただいた。
 心と心の交流が、幾重にも深く、また強く結ばれた。凝結した黄金の時代が流れた。そして、そ
080
の日の午後七時、四国の同志は、横浜港を出航して、帰途につかれたのである。
 私は、船が見えなくなるまで、神奈川文化会館の窓から、妻とともに懐中電灯を振り続けて、お
見送りした。深夜十一時半ごろと翌朝の九時、私は、船に直接、電話を入れて様子をうかがった。
来られなかった方々への伝言も託した。
 船がついてからも、高知県の方々など、自宅に戻るまで、さらに長い道のりが続く。妻も、皆さ
まが全員、無事に帰宅されるまではと、祈り続けていた。
 なお、この時の船長が語ったというお話も、のちにうかかがった。
 「初めて、創価学会の方を乗せました。なんというか、言葉では言い表せませんが、本当にさわ
やかな気分です。この人たちを、一人も船酔いさせてはいけないと思い、慎重に舵をとりました」
 当時の宗門に遠慮した「聖教新聞」の紙面では、「交流幹部会」自体は報じられているものの、
四国の同志と私との出会いのことは、一行も記されていない。しかし、誰人も冒すことのできない
、いな、永遠に冒すことのできない、荘厳な師弟の劇が厳然と刻まれていたのである。
 その後、五月にも、徳島の約千人の同志、そして愛媛の約千人の同志が、それぞれ船で、神奈川
までお越しくださった。二回とも私は心から歓迎させていただき、忘れ得ぬ歴史となった。
 のちに、私はこの方々を、「三千太平洋グループ」と命名させていただいた。
 学会が一番、大変なときに、私とともに、一番、深く、一番、尊い歴史をつくってくださったの
081
は、四国の友であった。そしてまた、東海道の皆さまであった。
困難な時こそ本物が光る
 アメリカの鉄鋼王カーネギーの言葉に、「危機に当たって、人間の真価が試される」とある。困
難な時こそ、本物が光る。
 古代ローマの詩人ルクレーティウスは言った。
 「人を見るには、危機に陥った際に限る。逆境にあってその人物如何を見るに限る。即ち、かよ
うな時にこそ始めて真実の声が心の底から出るものであり、又仮面ははがれ、真価のみが残るから
である」
 そのとおりである。有名な『プルター英雄伝』には、こう記されている。
 「真に高貴健剛な精神は、厄難に処し逆境に沈淪する日において、真骨頭を発揮するものである
」。
 難よ、来るなら来い!――これが学会精神である。御聖訓に「大難来りなば強盛の信心弥弥悦び
をなすべし」(御書 1448:03)と仰せのとおりである。
082
 あの日あの時の偉大な四国の同志は、私の胸の奥底に、永遠に刻まれて離れない。最も困難な時
に、勇んで立ち上がり、戦ってくださった人を、私は断じて忘れない。
 あの日あの時の尊き皆さま方が、今、四国広宣流布の中核を担い立って、指揮を執っておられる
。その英姿を私は、なによりもうれしくうかがっている。また亡くなられた方々にも、私は毎日、
追善回向の題目を送っている。
 後継のお子さん方や後輩たちも、「さんふらわあ7」号の師弟旅の先駆者を、最大に尊敬し、感
謝し、誉れとして、そのあとに続いておられる。広宣流布の“師弟の航路”を貫き通した人は、永
遠に誇り高く、自分自身が光り輝いていくのである。

 思えば、勇敢なる求道の信心を貫き通した在家の弟子を、日蓮大聖人は、「聖人」「上人」「賢
人」など、最高の尊称で讃嘆されている。
 ここ東海道ゆかりの門下には、「日妙上人」とみとめておられる。
 のちに大聖人は、遠路をいとわず、妙法を求め抜いた、この女性門下に、こう仰せである。
 「日蓮が鎌倉にいた時には、念仏者らはさておいて、法華経を信ずる人々でも、ほんとうに信心
がある人なのか、ない人なのか、分かりませんでしたが、幕府からとがめを受けて佐渡の島まで流
されてみると、訪れる人もありませんでした。そのなかで、あなたは女性の身でありながら、さま
083
ざまな御志の品を届けられたうえ、ご自身が訪ねてこられたことは、現実のこととも思えず、考え
ることもできないのです」(御書 1220p 通解)
 「道のり」が遠く険しい。だからこそ、その人の信心の志が分かる。いざという時こそ、まこと
の信心があらわれるのである。さらに大聖人は仰せである。
 「今、あなたは法華経を知り、慕われていますから、必ず仏になられる女性です」(御書 1222
p 通解)
 「日蓮が流されたのは、わけのあってのことですが、女性の身で、これまで足を運んでくださっ
たあなたの姿にふれると、わたしがながされたのは、“あなたの厚い御志があらわれるためであっ
たのか”と、ただありがたく思うばかりです」(御書 1222p 通解)
 このように、真剣な弟子の求道の姿を最大に賞讃されているのである。
自分らしく誠実に語れ
 リーダーは、同志をほめ讃える人であってほしい。言葉が力である。言葉が心である。何より、
リーダーは、しゃべることだ。黙っていてはいけない。真剣に戦ってくださっている同志には、「
ご苦労さまです」「ありがとうございます」と感謝の言葉をかけていっていただきたい。
084
 また当然、相手のことを知っていればいるほど、会話は弾む。ゆえに、相手を知る努力を惜しま
ないことである。そのうえで、あとは自分らしく、誠実に語っていけばいいのである。
 私も、さまざまな人と対話を重ねてきた。
 イギリスのチャールズ皇太子、アン王女、アメリカのキッシンジャー国務長官、キューバのカス
トロ評議会議長、ゴルバチョフ元ソ連大統領、中国の周恩来総理…。
 立場はどうであれ、皆、同じ人間である。こちらから心を開き、信義を尽くせば、必ず分かり合
える。その一点に立って、私は、懸命に、有情の橋を懸け、平和の礎を築いてきた。「世界平和」
といっても、一対一の人間と人間の信頼から始まる。それが私の変わらぬ信念である。
 またこの間、各国語の通訳の皆さま方には、たいへんにお世話になった。きょうは、SGI公認
通訳の代表も参加しておられる。一緒に戦ってくださったすべての通訳の皆さま方に、この場をお
借りして、深く御礼申し上げたい。
師弟の結合があればこそ
 大聖人は、東海道の同志の大先輩である四条金吾へ、こう仰せである。
 「返す返す今も忘れないことは、竜の口で日蓮が、首を切られようとした時、あなたが、私の供
085
をして、馬の口に取りついて泣き悲しまれたことです。これを、いかなる世に忘れることがありま
しょうか。たとえ、あなたの罪が深くて地獄に堕ちられたとしても、その時は、日蓮が釈迦仏から
、どれほど『仏になれ』と誘われようとも、従うことはありません。あなたと同じく、私も地獄に
入るでしょう。日蓮と、あなたとが、ともに地獄に入るならば、釈迦仏も法華経も、地獄にこそい
らっしゃるに違いありません。
 たとえば、闇のなかに月が入って輝くようなものであり、湯に水を入れ冷ますようなものであり
、氷に火をたいて溶かすようなものであり、太陽に闇を投げつければ闇が消えるようなものであり
ましょう。それと同じように、地獄であっても、必ず寂光土となるでしょう」(御書 1173p通解)
 大聖人の御心と直結して、築きあげられた「異体同心の和合僧」こそ、創価学会である。
 その三代にわたる「広宣流布の師弟」の結合があればこそ、いかなる三障四魔も、三類の強敵も
勝ち越えることができた。そして、法華経と御書に、寸分も違わず、世界百九十ヵ国・地域への「
一閻浮提広宣流布」が成し遂げられてきたのである。

 あの日あの時、神奈川の皆さまと、四国の同志をお迎えした、忘れ得ぬ「一月十四日」が今年も
めぐってくる。あの時の名誉ある同志の名前を、私は永遠に宣揚してまいりたい。とともに、この
神奈川文化会館の一角に、歴史を留める記念のプレートも残して差し上げたいと思っている。
086
 きょうは、大晴天の一日であった。夜空には、月光が美しい。十四日は、「満月」である。御聖
訓には、こう仰せである。
 「法華経は闇夜の月のようなものである。法華経を信じても、深く信じない人は、半月が闇夜を
照らすようなものである。深く信じる人は、満月が闇夜を照らすようなものである」(御書 1501
p 通解)
 尊きわが同志が、「満月」のごとく、「名月」のごとく、信心を輝かせ、すばらしき「所願満足
」の人生を送っていかれることを、心より祈りたい。人材を見つける。人材を育てる。新しい人に
、どんどん光をあてていく。この一点に、私は今、全力を挙げている。「人をつくる」ことが「未
来をつくる」ことだからである。
横浜の文化人がつづった孔子と子路の師弟愛
 さて、この神奈川・横浜の地で、教育に尽力した近代日本の作家に、中島敦(1909〜42)がい。
087
 中島敦の小説に『弟子』という名作があった。古代中国の思想家・孔子の門下「十哲」のひとり
である「子路」が描かれている。
 子路は、武勇にすぐれ、剛毅、実直であったうえに、最も孔子と心の通いあった弟子とされる。
あえて、日蓮大聖人の門下になぞらえれば、四条金吾のような存在ではないか、という人もいる。
 ご存じのとおり、孔子は、祖国・魯においては人々から軽んじられ、侮られた。十年以上にわた
って亡命生活を余儀なくされ、迫害と苦難の連続であった。そのなかで、弟子の子路は、喜んで師
匠に仕え、付き従った者はないという。子路には、孔子の弟子になることによって、やがて偉くな
ろうとか、地位を得ようという、師匠を利用する名聞名利の心が、みじんもなかったからである。
 「死に至るまで渝(かわら)らなかった・極端に求むる所の無い・純粋な敬愛の情だけが、この
男を師の傍に引留めたのである」と、中島敦はつづっている。

 他人の目には、子路の「利害」を度外視した純粋な生き方は、「一種の不可解な愚かさ」に映っ
た。しかし、師匠・孔子だけは、この弟子の生き方の「無類の美点」を知り、だれよりも高く評価
していたのである。
088
 一方では、子路ほどしかられる弟子もなかったという。それは、つねに、師匠に体当たりでぶつ
かっていったからである。
 「他の弟子たちのように、嗤われまい叱られまいと気を遣わない」。それが子路であった。
 自分が偉くなりたい。また、偉く見せたい。そのために、へつらったり、威張ったり、気取った
り、相手によって態度を変え、いつも他人の評判に右往左往する――そんな生き方では、あまりに
もむなしい。そのような浮ついた心では、未来に残る仕事を成すことはできない。必ず行き詰まる

 一度、「わが道」を決めたならば、人が何を言おうと、人がどう変わろうと、忍耐強く、誠実に
、変わらずに「わが道」を進む。それが人間として偉大な生き方である。最後には勝つ。また、そ
ういう人を登用していくべきである。何千万人の人生を見てきた私の結論である。

 子路にとって、「いくら憤慨しても憤慨し足りない」ものがあった。それは、「邪が栄えて正が
虐げられる」という世の姿である。子路は、わが師匠の苦難の連続に涙し、心からの怒りを発した
。そして、断固と決心し、立ち上がっていくのである。
 子路の決心として、中島敦がつづった言葉には、神々しいまでの人間の輝きがある。
 「濁世のあらゆる侵害からこの人を守る盾となること。精神的には導かれ守られる代わりに、世
俗的な煩労汚濁を一切己が身に引き受けること、僭越ながらこれが自分の務めだと思う。
089
 学も才も自分は後学の諸才人に劣るかも知れぬ。しかし、一旦事ある場合真先に夫子のために生
命を抛って顧みるのは誰よりも自分だ。
 弟子・子路は、師匠を誹謗し、ばかにする者たちには、憤然と反撃していった。
 孔子の悪口を言っていた者も、怒りに燃えた子路が姿を現すと、「顔色を失い、意味も無く子路
の前に頭を下げてから人垣の背後(うしろ)に身を隠した」。
 孔子は、子路が門下に入ってからは「自分は悪言を耳にしなくなった」と語った。
 師匠・孔子が魯国の宰相に就いた時には、子路は、師匠の手足となって、いかなる困難な使命に
も、「孔子の内政改革案の実行者として、真先に活動した。
 孔子にはほかにも、才能あり余る弟子たちがいた。しかし、彼らよりも、自分を飾ることなく、
素直に、まっすぐに師匠を敬愛し、仕えた子路こそが、時代を超えた孔子の深い使命をつかんでい
た――そう文人・中島敦は結論している。
「正しき人」に力を与えよ
 現在、私は、米ハーバード大学教授で、中国思想研究の第一人者であるドゥ・ウェイミン博士と
、対談の連載を続けている。
090
 対談では、「儒教ルネサンス」を唱える博士と、孔子の『論語』についても、さまざまに語り合
った。『論語』のなかで、孔子は弟子の質問に答えて、こう語っている。
 「正しき人々をひきたてて邪悪な人々の上に位づけたなら、邪悪な人々も正しくさせることがで
きる」
 古代の名君がそうであったように、正しい者を引き立てることによって、邪な人間は遠ざかって
いく――『論語』では、こうも述べられている。国や組織が発展を続けていくための重要な智慧で
あり、方程式であると言えよう。
 要するに、「正しき人」が悪の上にたたねばならない。そして、正しき人が力を存分に発揮しゆ
くことだ。また、正しき人に活躍の場を与え、力を与えていくことである。
 それでこそ組織は、悪を正し、悪を排除しながら、まっすぐに伸びていくことができる。

 牧口先生は、“大善の光明に照らされると、悪の正体は暴露される”と述べておられた。
 小善の前では、悪の存在はたいして目立たない。しかし、大善を前にすると、その狂いが明らか
になる。それは、あたかも、人が暗闇から急に太陽の下に出ると目がくらみ、強烈な光を正視でき
ないようなものである。犬が、獅子の前に立つようなものである。
091
 それと同じように、絶大なる妙法の光明に照らされると、それまで潜伏していた悪があぶり出さ
れ、追い出されていくのだ――牧口先生は、こう喝破されたのである。
 皆さま方は、妙法という不滅の太陽を胸に抱いた、「善のなかの大善」の闘士である。ゆえに、
いかなる悪も、不幸も、すべて打ち破って進んでいくことができる。そのためにも、強盛に祈りぬ
いていくことだ。学会活動に励むことだ。正義の心を燃やして、勇敢に戦いぬいていくことだ。
 学会の組織で戦いきった人は強い。何があっても崩れない。反対に、どんなに偉くなり、社会的
な地位を得たとしても、学会活動を軽視し、学会の組織から離れた人は、最後は惨めである。
 その本質は、要するに見えっぱりである。そこから信心がおかしくなっていく。これは、戸田先
生が言われていたことである。学会のなかで「心」を磨き、「人間性」を鍛える――そこに人生の
勝利の王道があることを忘れてはならない。
永遠の「正義」の天地に栄光あれ
 第三代会長を辞任した直後の昭和五十四年五月五日。
 吹き荒れる迫害の烈風のなか、私は、ここ神奈川文化会館で筆を執り、「正義」の文字を認めた

そして、その脇に「われ一人正義の旗持つ也」と記したのである。
092
 何があろうと、正義は正義である。ゆえに、絶対に勝つのだ。愛する同志とともに、世界広布を
断じて成し遂げるのだ――これが私の決意であった。
 神奈川には、あまりにも深き思い出がある。神奈川は、永遠の「正義」の天地である。だからこ
そ、勝利の「使命」があり、「責任」があり、「栄光」があると申し上げたい。
 ここ神奈川にも、今は亡き、多くの忘れ得ぬ同志がおられる。きょうも私はあらためて、神奈川
、静岡の亡くなられた全同志の追善を、」懇ろにさせていただいた。
学会を支える婦人部に最敬礼 
 また、きょうはお会いできなかったが、婦人部の懐かしい皆さまの多くが、今も元気に、広布の
第一線で活躍しておられる。学会のため、広宣流布のために戦う。これほど尊いことはない。私は
同志の皆さまの奮闘に、心から感謝している。そうした方々のために、何かしてさしあげたい――
いつも、そう思っている。各地の方々に、どうか、くれぐれもよろしくお伝えください。
 学会の前進は、健気な婦人部の皆さまの活動によって支えられている。男性の幹部は、最敬礼し
ていくことだ。「婦人部の皆さまのおかげです」と、最大に感謝していくことだ。そうすれば、皆
もっと大きな力を出すことができる。もう一歩、大きく前進していくことができる。女性が伸び伸
093
びと、生き生きと活躍している団体は発展していく。それが時代の趨勢である。もはや、男性が威
張る時代ではないのである。
師弟の魂魄が刻まれた東海道
 どんな戦いにも、主戦場がある。
 日蓮大聖人、日興上人が広宣流布の主戦場とされたのは、神奈川であり、静岡であった。
 大聖人は、当時の政治の中心地であった鎌倉で果敢に弘法の闘争を展開された。そして、鎌倉幕
府の最高権力者に対して「立正安国論」を送り、国主諌暁を行われたのである。
 その結果、幕府権力は、大聖人に苛烈な弾圧と迫害を加えてきた。一二六一年(弘長元年)、大
聖人は現在の静岡県にある伊豆・伊東へ流罪された。日興上人はこの流罪の地においても、大聖人
に常随給仕された。そして大聖人のもと、付近に弘教もしておられる。
一二七四年(文永十一年)、大聖人が身延に入られると、日興上人は静岡の富士方面で活発に折伏
を行われ、多数の門下が誕生した。後の「熱原の法難」の舞台となったのが、この富士の地であっ
た。
 また、牧口先生、戸田先生も、この大聖人有縁の天地に魂魄をとどめられた。
094
一九四三(昭和十八年)七月、国家権力によって牧口先生が捕えられたのは、伊豆の下田であった
。治安維持法違反と不敬罪の容疑である。
 先生は、軍部政府による思想の統制と弾圧が進むなかで、勇敢に弘教を進めておられた。この時
も、折伏のために下田を訪れておられたのである。
 そして一九五七(昭和三十二年)九月、戸田先生が未来への遺訓となる「原水爆禁止宣言」を発
表したのは、ここ横浜であった。

 現在、イギリスの著名な出版社であるI・B・トーリス社で、ロートブラット博士と私の対話集
の発刊へ向け、準備が進められている。亡き博士の遺言ともいうべき対話集である。
 同書には、三ツ沢の競技場で戸田先生の発表された「原水爆禁止宣言」が、歴史に名高い「ラッ
セル・アインシュタイン宣言」とともに収録される予定である。
 対談でロートブラット博士は、戸田先生を「平和の英雄」であり、「平和の殉教者」であると最
大に賞讃しておられた。「私どもと志を同じくしていた戸田氏」と会えなかったことが残念だと言
われ、こう続けられたのである。
 「バグウォッシュ会議は、『核兵器のない世界』と『戦争のない世界』という、戸田氏が開始さ
095
れ、池田会長とSGIの皆さんが受け継いでこられた運動と同じ目標に向かって、共に進んできた
と、私は思っています」
 神奈川を原点とする「原水爆禁止宣言」は、いちだんと深く世界の良識に共鳴を広げていること
を、ご報告申し上げたい。戸田先生も、どれほど喜んでくださっていることか。
 広宣流布の戦いは、「師弟」に貫かれているからこそ、行き詰まりがない。「師弟」があるから
こそ、永遠性の流れができあがる。創価の平和運動もまた同じである。
新しい世代の成長を応援
 神奈川は現在、東横浜、南横浜、西横浜、川崎、横須賀、湘南、相模、神奈川凱旋の八総県体制
へと発展した。また静岡は、静岡、浜松、富士、伊豆、駿遠の五総県体制へと拡充している。
 私はこれまで、これらすべての地域に足を運び、広宣流布の歴史をとどめてきた。あらゆる波浪
を乗り越えて、皆さまとともに、偉大なる勝利の歴史を刻んできた。
 神奈川も、静岡も、わが同志は堂々と、晴ればれと勝ちに勝った!――私は、そう強く宣言した
い。とくに両県の婦人部、女子部の団結は見事である。模範の人材育成を行っておられる。
 私たち夫婦がお会いした、「アフリカの環境の母」マータイ博士は述べておられた。
096
 「私は、一人では何事も成し遂げられないことを肝に銘じています。とにかくチームワークなん
です。一人でやってたら、自分が抜けた後は誰も引き継いでくれない、ということになりかねない
のですから。
 どうか婦人部の皆さまは、学会の未来を担いゆく女子部を、最大限に応援していただきたい。新
しい世代の成長があってこそ、学会の発展も永遠のものとなっていくのである。
 師弟の闘争の歴史が刻まれたこの地から、さらに多くの人材を陸続と輩出していただきたい。
偉人の心は逆境にも大山のごとく
 最後に、インドの詩人バルトリハリがつづった一節を、敬愛する皆さまに贈りたい。
  「偉大な人々の心は
   富貴においては
   蓮の花のように柔和である
   逆境においては
   大山の岩石のように堅固だ」
 それでは、どうかお元気で!健康第一で、生き生きと、朗らかな前進をお願いします。
097
 全同志の皆さまによろしくお伝えください。
 きょうは、ほんとうにありがとう!また、お会いしましょう!
                                 (神奈川文化会館)
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098
ドクター部代表協議会
広布に生きぬけば生命は健康
唱題は一切の勝利の原動力
 ドクター部の方々、はるばるようこそ!創価の名医の皆さま方と、太平洋を見つめる、ここ神奈
川の天地でお会いすることができた。本当にうれしい。
 妙法の題目は、一切の勝利の原動力である。朗々たる唱題で、一日はつらつと出発し、一日を荘
厳に締めくくる。今日より明日へと前進していく。これこそ、大宇宙の根本の法則と、わが生命を
合致させゆく最高の健康法である。医学的にも、「声を出す」ことは健康によい。これまでも、ド
099
クター部の皆さまと語り合ってきたとおりだ。
 仏法に、無駄はない。学会活動に、無駄はない。たとえば、「聖教新聞」で連載中の「『生老病
死と人生』を語る」でも話題になった「主人在宅ストレス症候群」。もちろん症状の原因はさまざ
まであり、いちがいには論じられない。しかし考えてみれば、壮年部の友は、定年になっても、座
談会に、個人指導にと忙しい。家でゴロゴロしている暇はない。したがって、婦人部の皆さまにも
ストレスがたまりにくいのではないだろうか。(笑い)
 家族が、生涯、広宣流布という偉大な目標に向かって、励まし合って進んでいく――学会活動が
、どれほどありがたいか。どれほど価値的な生命の健康法であるか。これをいちだんと深く知って
いただきたい。皆に語っていただきたい。
歯科医学に草創の師弟の継承劇
 ここ神奈川文化会館の近隣には「西洋歯科医学勉強の地」と刻まれた記念碑が立っている。
 私は以前、創価学園生に紹介したことがない。
100
 横浜は、二〇〇九年に開港百五十周年の佳節を迎える。
 日本における「近代西洋歯科医学」の発祥の地も、ここ横浜であった。横浜に渡来した外国人医
師たちが、この地で初めて近代歯科医学を日本につたえたのである。
 そのなかで、アメリカ人医師エリオット博士は、現在の神奈川文化会館の敷地のそばに、歯科診
療所を構え、のちに、パーキンス博士が引き継いだ。二人は、診療のかたわら、日本人の門下生た
ちを育成する。そこから、さらに多くの人々に継承され、今日の日本の歯科医学の基盤が築かれて
いった。この近代歯科医学における「師弟の継承劇」の原点である二人のアメリカ人医師を顕彰し
たのが、この記念碑なのである。
後輩を伸ばせ!若き友に力を
 エリオット博士の最初の弟子となった青年は小幡英之助であった。
 小幡青年は、必死で、師の日々の仕事を支えながら、いっそう語学力の向上に励んだ。その小幡
少年の姿に、それまで日本人に好印象を持っていなかった博士も心を動かされ、真剣に応えてくれ
るようになった。
101
 博士は寸暇を割いて原書を開き、西洋歯科医学の学理を、小幡青年のために教授した。小幡青年
もまた、博士の貴重な助手として成長していった。この師弟がともにしたのは、約二年間とされる

 師は、小幡青年と別れるにあたって、彼の独立開業のため、診療の機器をアメリカに注文するな
ど、あれこれと心を配った。小幡はこの師への恩を、生涯、忘れなかったという。そして、日本初
の歯科医師免許を勝ち取り、近代歯科医学の草分けとして活躍していった。
 私は、我が国の近代歯科医学の草創にも、美しい師弟の劇があり、語り継がれていることに、深
い感慨を禁じ得ないのである。
 この神奈川の天地で、私も、たくさんの青年たちと出会いを重ねてきた。若き友に励ましを送っ
てきた。皆さまもまた、後輩を伸ばし、新しい人材を、どんどん育てていただきたい。新しい歴史
を創るのは、青年しかないからだ。
陰の功労者も顕彰
 きょうは歯科技工士の方も出席しておられる。
 じつは、「西洋歯科医学勉強の地」の記念碑には、二人のアメリカ人医師とともに、一人の日本
102
人の名が刻まれている。その名は、松岡萬蔵。二人のもとで活躍した歯科技工士であった。
 この松岡技工士の腕は、アメリカ人医師も舌を巻くほどであった。彼は、師から修得した最先端
の技術を、師以上に向上させた。松岡の存在があればこそ、二人の診療所の価値が高まったのでは
ないかという研究もある。後年、小幡をはじめ日本人医師たちも、松岡技工士に教えを乞うたとい
う。
 日本歯科技工史上に少なからぬ貢献をしたといわれる。この松岡技工士は、若くして亡くなった
こともあり、伝記史料などは残っていないそうである。
 しかし、こうした陰の大功労者の名前が、顕彰碑には明記されている。ここに私は注目したので
ある。
 歯科技工士は、歯科医師に比べれば、どちらかというと地味な、陰の存在かもしれない。しかし
、完璧な治療は、歯科医師だけではできない。優秀な歯科技工士、さらに歯科衛生士らがいて、初
めて可能となるのである。
 わが学会にも、広布の大発展を陰で支えてくださっている功労者の方々が大勢おられる。私は、
その方々のことを忘れない。また、探し出してでも、励ましてさしあげたい。それが、わが戦いと
決めてきた。この「心」を、どうか受け継いでいただきたい。皆が、さらに大きな張り合いをもつ
てすすんでいけるよう、リーダーは全力を尽くしていただきたい。
103
戦うドクター部であれ
 日蓮大聖人門下の四条金吾も医師であったことは、ご存じのとおりである。
 大聖人が、四条金吾を信頼されたのは、なぜか。それは、金吾の信心が強盛であり、勇気をもっ
て敵と戦う人間だったからである。
 金吾に贈られた「石虎将軍御書」には、こう仰せである。
 「昔、中国の李広将軍という武将は、虎に母を食い殺されて、虎に似た石を射たところ、矢は羽
ぶくらまで石に突き刺さった。しかし、あとで、それが石と知ってからは、射ても矢は石に立つこ
とがなかったという。それからのち、人々は李広将軍のことを石虎将軍とよぶようになった。
 あなたもまた、この故事のように、敵は狙っているだろうが、あなたの法華経の信心が強盛であ
るので、大難も、事の起こる前にきえたのであろうか。これにつけても、よくよく信心に励んでい
きなさい」(御書 1186p 通解)
 「一念」が強ければ、何ごとも成すことができる。「信心の一念」がゆるがなければ、乗り越え
られない試練はない。そして、大事なのは、広宣流布のために、三類の強敵と戦う「悪を倒す一念

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である。「仇を討つ一念」である。「正義を打ち立てんとする一念」である。この一念を、さらに
さらに燃えあがらせて、勝利の歴史を残していっていただきたい。「戦うドクター部」であってい
ただきたい。
 今年も、創価の大精神を胸に抱きながら前進されゆく、皆さま方のご多幸を祈ります。ご健康を
祈ります。きょうは本当にありがとう!同志の方々に、よろしくお伝えください。
                                 (神奈川文化会館)
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全国代表協議会
妙法の青春は永遠に勝ちゆく道

英雄・諸葛孔明の必勝法

 本年最初の代表協議会、ご苦労さま!
 昨年は、大勝利の一年だった。本年も、大勝利の一年としたい。
 創価学会の源流であり、本陣である皆さん。名指揮をお願いします!勝利で飾りましょう!
 まず初めに、三国志の英雄・諸葛孔明の勝負の哲学に学びたい。
 戸田先生は、よく孔明を通して、リーダーのあり方を話してくださった。私は、そうした戸田先
106
生の教えを、克明に、日記などに記録していった。その作業が、深夜に及ぶことも、たびたびだっ
た。そのことは、私の妻が、よく知っている。
 それほど「真剣」だった。真剣だったからこそ、今日の学会ができあがった。
 真剣でなくして、本物が、できるわけがない。いいものが、できるわけがない。個人の人生にお
いてであれ、団体であれ、それは同じである。
「戦う心」を失えば敗北
 さて、孔明は、勝利と敗北の分かれ目を、どう見ていたか――。
 まず、「必勝の鍵」の一つとして、「有能な人材が登用され、無能な人間が退けられる」ことを
挙げている。当然、この反対をやれば、必ず敗北する。
 適材適所になるよう、いかに人材を配置するか。いかに人を生かしていくか。リーダーは、私的
な感情に左右されず、公平に人を見ていかなければならない。
 この一点にも、私は最大に心を砕いてきた、これからの学会を担いゆくリーダーは、その責任の
重さを自覚していただきたい。
 また孔明は、「必敗の徴候」についても述べている。その一つは、「むやみに敵を恐れ、その反
107
面、計算高く、利益に敏感である」ことだという。
 「恐れ」とは、すなわち「臆病」である。「戦う心」を失うことである。“いざ戦い”というと
きに、「またか」と思うようではいけない。こういう心持ちでは、必ず敗北する。「臆病にては叶
うべからず」(御書 1282:02)との御聖訓を銘記したい。
愚劣な幹部はしかり飛ばせ
 一方、「計算高く、利益に敏感」とは、自己保身の生き方と言えようか。どうしたら自分は得を
するか、そのことばかりに頭をめぐらせている人間である。たとえば、朝から晩まで金もうけのこ
とばかり気にかけて、信心は二の次――幹部がそんなことでは、広布の戦いに勝てるわけがない。
 戸田先生は、じつに厳しかった。
 「要領のいい幹部もいる。傲慢な幹部もいる。学会を利用して、自分がいい立場になることばか
り考える幹部もいる。腹の中で学会員を小馬鹿にしたり、大した人間でもないのに自分を偉そうに
見せたり、学歴があるからといって尊大ぶる愚劣な幹部もいる」
 こう言われ、「そういう人間は、しかり飛ばせ!」と叫ばれていた。
 広布のため、まじめに、健気に戦う学会員こそ尊い。その方々を、どこまでも大切にしたいとの
108
、深きお心であられたのである。だから厳しかった。このお心を、そのまま受け継いで、私は走り
ぬいてきた。仏子である学会員をまもるため、悪と徹して戦ってきた。
女子部の活躍を讃える
 昨日は、「聖教新聞」の創刊五十五周年の祝賀会が、盛大に行われた。大成功、おめでとう!ご
苦労さま!
 とくに、女子部の役員の方々、そして、受付の皆さん、ほんとうにありがとう。
 日本を代表する各界の来賓の方々も、学会の若き女性たちのすばらしき人格と行動を、口々に讃
えておられた。私は、本当にうれしい。
 女子部の方々は、本当に頑張ってくださっている。
 “大切な大切な娘だ。できることなら、なるべく外に出したくない。家にいてもらいたい”――
そう思うのが、世間一般の親心ではないだろうか。
 しかし、女子部の皆さんは、広布のため、人のため、敢然と現実社会に躍り出て、信念の道を、
まっすぐに進んでいる。なんと尊く、美しい姿であろうか。
 祝賀会に参加された、ある一流企業の社長は、こう感想を漏らしておられたそうである。
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 「役員の方々、とくに受付の女性のさわやかさに感心いたしました。まさに、“人間をつくる創
価学会”ならではの育成の賜ですね。私どもも、見習ってまいりたい」
 一流のリーダーは、鋭く見ているものだ。
 学会幹部の皆さんも、頑張っている女子部に対して、「いつも、本当にありがとう」「ご苦労さ
まです」と、真心の声をかけ、讃え、励ましていってほしい。
 「心こそたいせつなれ」(御書 1192:14)である。温かい「心」をもったリーダーのもとでこそ
、人は生き生きと、張り合いをもって進むことができる。
 これからの学会は、一人一人のリーダーが、「自分が広布の責任者だ」との意識を持つことが大
切である。会員が重要な使命と責任を自覚することだ。それでこそ、本当の「異体同心」になる。
 信心は、役職では決まらない。広布のために戦っている人が、一番、偉い。組織上の役職は、一
面から言えば、一つの形式である。

 きょうは、全国の各方面の青年部長、女子部長が駆けつけてくれた。遠いところ、ご苦労さま!
 すばらしい晴天となり、本当によかった。
 時代は、変わった。すべて、若き君たちの時代である。
 わが青年部に、ロシアの大文豪ゴーリキーの言葉を贈りたい。
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 「青年を大切にせよ!この世に、青春以上にすばらしいものはない。青春以上に尊いものはない

 本当に、この言葉のとおりである。
 しかし、青春時代に堕落してしまう人間もいる。希望を失い、現実にとらわれすぎて、先が見え
なくなってしまうこともある。だからこそ、「青春を大切にせよ!」「青春以上にすばらしいもの
はない!」と」訴えたいのである。
 私は若いころ、多くの本を、つぶさに、徹して読んだ。吉田絃二郎や、倉田百三といった作家の
名前も懐かしい。文豪たちは、「青春をいかに生きるか」というテーマに焦点をあてて、真摯に探
究していた。
 ゴーリキーの言葉は、さらにこう続く。
 「若さは黄金のごとく、望むすべてのことを成し遂げることができる」
 まさしく、若さは黄金である。可能性は無限である。
 いわんや皆さんは、若くして妙法を持った。この宇宙に、これ以上ないという、偉大な妙法の青
春を生きている。それは、永遠に勝利しゆく青春である。
 あまりにも偉大であるがゆえに、その偉大さが分からないまま、愚かな青春を過ごす――皆さん
は、そうであってはならない。偉大な青春を悔いなく、勇敢に生ききっていただきたい。
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イタリアの栄誉を全同志を代表して拝受
 いよいよ、この二月十日、イタリアのトリノ市で、冬季オリンピックが開幕する。
 このトリノ市から、私は昨年、「名誉市民」の称号をいただいている。
 授与式の折には、“将来、ぜひトリノにお越しください”とのお招きを受けた。また、イタリア
の“最初の首都”であったトリノ市が誇る、由緒ある議場「赤の広場」に、ぜひ案内したいとのお
話もいただいた。
 トリノでは、多くのSGIメンバーが社会の各分野で活躍している。私は、名誉あるトリノ市民
の一員として、オリンピックの大成功を心から祈っている。
 また、イタリアからは、大統領の決定により、このほど、功労勲章をお受けする運びとなった。
 全同志を代表して、謹んで拝受したい。
 法華経の会座では、多宝如来が妙法の偉大さを証明し、普賢菩薩が悪世に法華経を弘める行者を
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守ることを誓う。世界からSGIに寄せられる共感の声や、さまざまな栄誉も、仏法の眼から見れ
ば「普賢菩薩の力用」「多宝如来の証明」の意義に通じるとも言えよう。
アメリカでSGI研究の波が広がる
 アメリカのマイケル・ジンマーマン博士は、かねてよりSGIの運動に注目し、探究してこられ
た知性である。名門スタンフォード大学で、仏教研究の中心的存在として活躍されている。
 このほど、ボストン二十一世紀センターの代表が、そのインタビューの模様を伝えてくれた。
 博士は、スタンフォード大学の学生たちに、アメリカの仏教団体のメンバーと直接、ふれあい、
その実践について研究することを勧めている。そうした学生たちが、いちように共感するのは、「
アメリカSGIが、じつに多種多様な人種を包み込んだ運動を展開している」点だそうである。
 では、なぜSGIには、このような運動が可能なのか。代表の報告をそのまま紹介させていただ
く。
 「博士と意見交換した結果、次の点が確認されました。
 @SGIの運動の基盤には、多彩な文化を讃え、尊重する、平等で地球規模の、池田会長の思想
113
と行動がある。
 A他の主流の仏教運動がエリートを対象としたものであるのに対し、SGIは民衆に開かれた運
動を展開している」
 「博士もそうですが、今、アメリカ仏教研究者の間では、『これほど広範に運動を展開するSG
Iを、どうして無視することができるのか』と、積極的にSGIを研究する波が広がっています」
 以上、ありのままにお伝えした。創価学会の世界規模の運動は、ますます大きな注目を集めてい
ることを、深く自覚していただきたい。皆さんの前進を、世界の良識は、熱い眼差しで見つめてい
るのである。
周総理――指導者は謙虚に
 中国の周恩来総理が、リーダーのあり方について警鐘を鳴らした言葉をしょうかいしたい。
 「指導者のポストにつくと、謙虚さを失って、親しみにくくなり、自分は大したもので、何でも
分かっていると想いこむ」
 鋭い警鐘である。皆さんは、決して、そうなってはならない。とくに、学会員の皆さんは、純真
で、人がいい。そのことに甘えてはいけない。リーダーは、どこまでも謙虚でなければならない。
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 さらに周総理の言葉。
 「消極的な考え方は堕落の傾向にほかならない」
 われわれの活動にも、同じことが言える。「広宣流布しよう!」「自分は折伏をこれだけやろう
!」と、まず口に出していくことだ。時には、できないことだってあるだろう。その時は、また新
たな目標に向かって、進んでいけばいいのである。
 皆と呼吸を合わせ、「よーし、この地区を一番にしてみせる!」と決意し、その決意を声に出し
ていくことだ。「声仏事を為す」(御書 708:09)である。
傍観は悪!正義を叫べ!
 人間主義者として、平和運動の先頭に立って戦ったことでも知られるフランスの文豪ロマン・ロ
ラン。その戯曲『狼』に次のようなセリフがある。
 「熱のない仲間たちこそ最悪の敵だ」
 熱のない仲間たち――つまり、戦いにあって仲間が困っていても、知らん顔。いたずらに批判す
るばかりで、敵と戦う気概もなければ、情熱もない。それでは、仲間とは言えない。それどころか
、敵よりも、たちが悪い。“最悪の敵”であると言えるのである。
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 傍観は「悪」である。悪を見て見ぬふりをして、それを増長させるならば、結果的に、悪と同じ
になってしまう――それが牧口先生のさけびであった。広宣流布とは言論戦であり、思想線である
。ゆえに、人間を不幸にする誤った思想や虚偽とは、断じて戦わなければならない。
 私たちの“武器”は言論である。声である、正義の言論で、勇気の対話で、悪を悪と言いきり、
人々を真実へと目覚めさせていく。そして、ともに幸福の大道を歩んでいく。それがわれわれの折
伏の戦いにほかならない。
本陣の幹部がるところが、広布の電源地
 十八世紀ドイツの哲学者カントいわく。
 「これ(嫉妬)は極度に厭わしい」「この全世界から幸福を根こそぎにちょうと欲する」
 これまでも、学会のおかげで偉くしてもらいながら、慢心と嫉妬と欲にまみれ、最後は純粋な学
会の世界にいられなくなった者たちがいた。そうした連中のみじめな人生の結末を目の当たりにし
てきたがゆえに、私は厳格に語り残しておきたいのである。
 日蓮大聖人は「知恩をもて最とし報恩をもて前とす」(御書 0491:15)と仰せである。
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 「恩を知り」「恩に報いる」。それが仏法の鉄則である。
 妙法を持ったわれわれは、断じて恩知らずになってはいけない。
 ともあれ、広宣流布は“人材”で決まる。
 本陣のリーダーの皆さん方がいるところが、広宣流布の電源地である。皆さん一人一人が力強い
“牽引力”となって、日本でも、世界でも、大聖人の御遺命の広宣流布が進展してきた。
 私は、皆さん方の獅子奮迅の戦いを心から讃嘆申し上げたい。ほんとうにありがとう。
君よ「青年部の世紀」を勝ちまくれ
 ここでふたたび、戸田先生の指導を学びたい。
 戸田先生のことは、いくら語っても語り尽くせない。真実の師弟とは、そうゆうものである。
 自分では活動しているように思っていても、知らないうちに惰性に流されている。進んでいるつ
もりでいても、実際は停滞している。それが怖い。
 つねにつねに、「強い信心」に立つことである。新しい目標へチャレンジしていくことだ。
 惰性は暗!前進は明!仏法は、一生涯、前進である。
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 若々しい生命で、青年の息吹で、最後の最後まで、求道の心を燃やして進んでいく。それが仏法
者の生き方である。
 幾つになっても、心は生き生きと生きられる――それが最高の人生の幸福なのである。
 戸田先生が晩年、しみじみと、こう言われたことが懐かしい。
 「私が打てる手は、全部、打っておいたぞ。あとはお前が、思う存分、戦いまくれ!勝って勝っ
て、勝ちまくれ!」
 私は、この言葉のとおりに、戦って戦って戦いぬいた。そして、勝って勝って勝ちまくってきた
。きっと戸田先生も「よくやったな」と喜んでくださっているであろう。弟子として、これ以上の
誉れはない。若き諸君も「青年部の世紀」を勝ちまくっていただきたい。
「第三代会長を守りぬけ!」
 戸田先生は次のようにおつしゃっていた。
 「第三代会長がいる限り、創価学会は興隆し、発展する。幹部は、誰人たりとも、第三代を守り
ぬけ!これが、私のただ一つの遺言である」
 将来のために、あえて伝え残しておきたい。
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 会長に就任して以来、私は学会の大興隆へ陣頭指揮をとってきた。難また難の連続だった。卑劣
なデマの集中砲火を受けた。生命の危機にさらされたことさえあった。しかし、だれも想像しなか
った大発展を成し遂げたのである。
 どのような組織、団体でも、“太陽”が一つ昇れば、大きく発展する。太陽のように生命を燃や
して進む「一人」が重要なのである。
 また先生は、「まず、全部、自分たちで責任をもって考えよ」とよく言っておられた。
 師弟の道に生きる。これが根本である。そのうえで、一から十まで師匠がやるのではない。それ
では弟子は育たない。師の心をわが心として、まず弟子たちがみずから、真剣に広布の未来を考え
よ――戸田先生の厳しき薫陶であった。
 弟子が団結して進む。そのために同志がいて、組織がある。
 牧口先生は、組織は上からではなく、下からかいかくしていくのだ、と訴えておられた。
 広布を阻む動きに対しては、勇気をもって声をあげることだ。「おかしい」と思ったら、どんな
人間に対しても、厳然と言っていくのである。おとなしくする必要はない。言わないのは臆病であ
り、場合によっては、悪につながってしまうからだ。
 日蓮大聖人は、法華経を破壊する者を、勇気をもって破折する重要性を訴えられ、「世を恐て之
を言わずんば仏敵と為らんか」(御書 1003:08)と仰せである。
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 とくに青年部の諸君は、「広宣流布は、私たちが責任をもって進める」との気概で団結し、戦っ
ていただきたい。
 リーダーに対して戸田先生は言われた。
 「人を引っ張っていくには、名誉欲と金欲をかなぐり捨てることだ」
 幹部だからと威張る。もっと偉くなろうとか、自分のことしか考えない。その醜い心が、信心を
破壊し、人間を堕落させる。
 学会の幹部は、心に少しの「保身」があっても絶対につとまらない。ほんとうの勢いが出ない。
 先生は「信心のうえで呼吸が合わない人は、かならず落後していく」とも言われた。
 勝利は「信心の団結」から!――これが先生の結論であった。
広宣流布は女性で決まる
 戸田先生は、よく「広宣流布は、女性で決まる」と語られた。
 日蓮大聖人は、女性の門下を最大に大切にしておられた。
 大聖人が流罪されていた佐渡の地や、身延に足を運ばれた女性をはじめ、多くの女性門下に対し
て、心温まる御手紙を送っておられる。
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「日本国の一切の女人を扶けんと願せる」(御書 1313:01)と仰せのごとく、大聖人は、すべての
女性の幸福を願っておられた。一切衆生の幸福のために妙法を弘められた。
 しかし、「妻子を持たないのに犯僧の名が四海に満ち」(御書 939p 通解)と仰せのように、
そうした大聖人が「犯僧(破戒僧)の悪名を流されて、迫害されたのである。
 私も、婦人部、そして女子部の友を大事にしてきた。女子部が成長し、活躍できるように、心を
砕いてきた。女子部の友の輝く笑顔、礼儀正しい振る舞い――それが、どれほど多くの共感を広げ
ていることか。
 戸田先生は、こうも言っておられた。
 「味方をつくることだ。味方をつくったこと自体が、一切の勝利につながるのだ。
 とくに女子部の皆さまが、自身の職場で、地域で共感を広げ、信頼を勝ち取っていくことは、そ
れ自体が偉大な折伏に通ずる。学会の味方をつくり、広宣流布を進めていくことになるのである。
 全国の女子部、そして婦人部の奮闘に、あらためて感謝申し上げたい。

 さらに、戸田先生の指導を紹介したい。先生は言われた。
 「どんなに人柄が良くても、立派そうに見えても、悪に対して弱い人間、悪と戦わない人間は、
結局、正義がない。信念がない。本当の人格がない。ずる賢い人間だ」
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 「学会に、腰抜けの人間はいらない。悪への怒りなき者は去れ!私は、最後の一人になっても戦
う!」
 いくら言葉がうまくても、敵と戦えない人間はリーダー失格である。学会に仇をなし、師匠を傷
つける輩とは断じて戦う――そうした気概と行動があってこそ、本物の広宣流布の指導者である。
全世界に広布の基盤は着々と
 私は、全世界に着々と広宣流布のために手を打ってきた。全同志の皆さまとともに、世界広布の
基盤をつくりあげてきた。
 今や日本にも、海外にも数多くの会館がある。フランス総合文化センターやイギリスのタブロー
・コート総合文化センターなど、歴史のロマンが薫る“文化の城”もある。広大な敷地を有する会
館や、研修センターも多い。
 これからも、新たな広布の法城が誕生する予定である。

 時代は大きく変わりつつある。少子化の伸展も予想以上に早い。日本の人口も減り始めたと言わ
れる。さまざまな意味で、組織を変革し、新たな時代への対応を考えていかねばならない。リーダ
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―が、そういう意識をもっていくことが大切である。
 ともあれ、学会は「率直」でいくことだ。へんに気取ったり、恰好つけたり、そんなことをする
必要はない。おたがいに、言いたいことは、はっきりと言っていく。これが大事である。そうして
、皆の英知を集めていくのである。
 それでは、どうか風邪などひかれませんように。私は、全同志のご健康とご多幸を、いつも真剣
にいのっていきます。信心を貫く皆さまが、一人ももれなく幸福にならないわけがない。
 きょうは長時間、本当にありがとう!
 本年も、歴史に残る大闘争を、よろしく頼みます!

060201top
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婦人部代表者会議
婦人部・女子部を中心に新しい広布の波を

母をほめ讃えよう!

 きょうはお忙しいなか、また寒いなか、ほんとうにご苦労さま!
 新春より、紅梅、白梅のごとく、凛然と「広宣流布」の花また花をさかせゆく、尊き婦人部の皆
さまを、私は、妻とともに最大に讃えたい。
 目を見張る布教の前進も「聖教新聞」の拡大も、たいへんにごくろうさま!
 皆さまの健闘に心から感謝し、記念の句を贈りたい。
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   寒風に
    皆が讃えむ
      梅の花

  厳寒の
   王者の梅は
     春見つめ
 不朽の名作『母』で知られる、ロシアの文豪ゴーリキーはつづった。「女性をほめたたえよう、
『母』を、このなにものにもうち勝つ生命の枯れることなき泉を!」
 あの豪雪の村々でも、この北風吹く街々でも、婦人部の友は、健気に戦ってくださっている。
 みなさまの健康と絶対無事故を、私は毎日、真剣に祈っている。

 時代は大きく変わっている。社会においても、女性の活躍はめざましい。海外では女性の首相が
誕生している。企業や団体を見ても、女性のリーダーが、どんどん増えてきている。
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 学会においても、これまで以上に女性を大切にし、さまざまな次元で、女性の意見を尊重する体
制を築いていきたい。革命していきたい。
 「文化の高さは、女性への接し方によって決まる」とは、ゴーリキーの言葉である。
 男性が威張って、女性を下に見る――そんなことがあってはならない。
 実際に、折伏や「聖教新聞」の拡大でも、一番、頑張ってくださっているのは婦人部である。あ
らゆる意味で、婦人部の皆さんが学会の大発展を支えてくださっている。広宣流布の推進力となっ
てくださっている。
 そうした大功労の方々を大切にし、その意見を尊重していかなければ、衰亡してしまう。絶対に
、そうなってはならない。
全員が「広布の責任者」との決意で
 学会は全員が平等である。役職が上だから偉いとか、そういうことは一切ない。大切なのは信心
である。
 戸田先生が亡くなられた後、私は“全員が「私が戸田城聖である」との思いでたってほしい”と
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訴えた「私が広宣流布の責任者である」との決意に全員が立つ。それがたいせつである。
 もし将来、慈悲もなく、展望もなく、次の人材も育てない――そうゆう、ずるいリーダーが出た
ら、厳しくたださなくてはいけない。上の立場になって、だれからも何も言われなくなると人は「
自分ほど偉いものはない」と勘違いするものだ。こんな愚かなことはない。
 婦人部の皆さんも、意見や要望があれば、どんどん言っていただきたい。言いたいことがあるの
に、黙っていてはいけない。男性と調和し、男性を聡明にリードしながら、学会のため、広宣流布
のために声をあげていく。下から上へ意見をぶつけていく。そうであってこそ、新たな前進がある
。永遠性の発展がある。
困難な問題を女性の力で解決
 また、婦人部の皆さまのなかには、歴戦の大先輩の方も多くおられる。いろいろな形で、広布の
前進を支えてくださった方もいる。大事なことは、皆としっかり歩調を合わせていくことである。
若いメンバーのなかに入って、励ましを贈り、後輩を育てていくことだ。
 ゴーリキーは、「誠実な魂には動揺がない」と述べている。
 最後の瞬間まで、強き信心で戦いきる。真心を尽くして、友のために生き抜く。そこにこそ、最
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高の人生が輝いていくのである。

 先日私が「名誉博士号」を拝受したロシアの名門ウラル国立大学には、創立に尽力した文豪ゴー
リキーの名前が冠されている。
 このウラル国立大学は、ロシアを代表する総合大学の一つである。同大学のトレチャコフ総長も
「女性の力」を讃えておられた。
 総長は、創価世界女性会館を訪問された折、歓迎をした婦人部のメンバーに、こう語っておられ
たという。
 「私たちの大学も、教職員の四分の三が女性です。だからロシアでも最高の大学の一つといわれ
ているのです。女性が大事です」
 女性教育のミロノヴァ外国人学生担当部長も、朗らかに言われていた。
 「私たちの職場でも、周囲の男性だけでは解決できない困難な問題は、すべて女性の力で解決し
ます。
 「女性の世紀」は、いよいよ輝きを増している。その先頭に立つのが、世界一の学会婦人部なの
である。ウラル国立大学の先生方も、婦人部の皆さま方を心から讃嘆しておられた。
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 わが婦人部は、本年で結成五十五周年となる。世界の知性も、この佳節を心から祝賀してくださ
っている。
 また、「ヤング・ミセス」は今年の四月に「ヤング・ミセスの日」二十周年を迎える。本当にお
めでとう。
 看護に携わる婦人部の「白樺会」も三月で結成二十周年となる。いつも本当にありがとう!
 美容関係に携わる婦人部の「華峯会」は記念の大会を行う。これは今年六月に結成四十周年を迎
える女子部「華冠グループ」出身者の総会の意義を込めたものとうかがった。おめでとう!
「二月闘争」は女性の勢いで勝った
 思えば昭和二十七年(一九五二年)、」あの「七十五万世帯の大法弘通」への突破口を開いた、
東京・蒲田支部の二月闘争においても、勝利の推進力となってくださったのは、婦人部の皆さま方
であった。
 戸田先生の命を受け、支部幹事として一人立った私は、支部婦人部長に言った。
 「二月に、二百所帯の折伏をやりましょう」
 婦人部長は驚かれながらも、勇んで立ち上がってくださったのである。
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 私は、婦人部の皆さま方に、生き生きと、自信満々に、信心の体験を語っていただくことをお願
いした。青年部の若い情熱と、婦人部の絶待の確信が一体となって、折伏の波は大きく広がってい
った。私自身、日曜の朝から、婦人部の方と一緒に仏法対話に走ったことも、忘れ得ぬ宝の歴史で
ある。
 私の妻も、女子部として、寒風のなか、折伏に飛び回った一人であった。拠点であった自宅での
座談会にも、職場の上司を誘った。率先して会合を盛りあげるとともに、毎日毎晩、集まってこら
れる方々を笑顔でお迎えしていった。集われた婦人部のお子さんたちに、絵本を読んであげるのも
、妻の役割であった。
 ともあれ、婦人部、女子部を中心として、各部が一丸となって、仲良く朗らかに、一人また一人
と、御本尊流布を成就していったのである。
「ちょっと待て!」と執念で
 そして迎えた「二月闘争」の最終日。目標の「二百所帯」はすでに達成されていた。
 「ちょっと待って」――これで締め切りという直前、一人の婦人部の方から、もう一所帯の折伏
を成し遂げたとの報告が入った。
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 歴史に残る二月闘争の「二百一所帯」の金字塔は、わが婦人部のこの「勢い」、この「真剣さ」
、そして、この「粘り」によって打ち立てられたのである。
 御書には「一は万が母」(御書 0489:03)とある。
 すべては「一人」から始まる。友の幸福を祈りぬく婦人部の戦いによって、「七十五万所帯」成
就の道が大きく開かれた。今ふたたび、創立八十周年へ、わが婦人部の祈りと行動で、楽しく愉快
に、新たな広宣流布の波を起こしていただきたい。

 折伏は、日蓮大聖人仏法の実践の根幹である。偉大な御本尊を受持させる。これほどの聖業はな
い。私は使いとしての尊き振る舞いである。友人を、その一家一族を、永遠の幸福の軌道へと導い
ていく。自身の宿命を転換し、無量の福徳を積んでいく。そのための最高の仏道修行である。
 戸田先生は、しみじみと言われていた。
 「折伏する者ほど、御本尊が愛されるのは当然である」
 「歓喜に燃えて折伏する者こそ、ほんとうの信心の者といえるのである。かかる人こそ、願わず
とも、御本尊には無上の宝、すなわち強い生命力と、福徳とをくださるのである」
 来る日も来る日も、広宣流布へ邁進されゆく婦人部の皆さま方が、無量無辺の大福徳に包まれゆ
くことは、絶対に間違いない。
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「祈り」こそ勝利の源泉
 祈りは勝利の源泉である。“創価の母たちの祈りほど強いものは、この世に何もない”――牧口
先生も、戸田先生も、このように語り、創価の女性を賞讃しておられた。
 牧口先生がつねに携えておられた御書には、いたるところに朱線が引かれ、赤丸が付されている
。大聖人が、病気と闘う富木尼御前を励まされた御書にも、傍線が引かれている。それは、「設い
業病なりとも法華経の御力たのもし」「身を持し心に物をなげかざれ」の御文である。
 「たとえ業病であったとしても、法華経の御力は頼もしいものです。富木尼御前もまた法華経の
行者です。ご信心は月が満ちてくように、潮が満ちてくるように、ますます盛んです。どうして病
も消え去り、寿命が延びないことがあろうかと、強く心を定めて、お体を大切にして、心であれこ
れと嘆かないことです」(御書 975p 通解)と仰せの部分である。
 とくに「法華経の御力」の文字の右脇には、一字ごとに赤丸がつけられていた。さらに「なげか
ざれ」の文字の右脇には、二重線が引かれていた。
 現実の人生は、さまざまな「悩み」との戦いである。しかし、いかなる試練であっても、必ずや
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乗り越えることができる。いかなる宿業であっても、必ずや打開できる。これが「法華経の御力」
である。何も嘆くことはない。
 たとえ何があっても、御聖訓のとおりに、強く、また強く、勝ち越えていくことである。
 断じて、へこたれない。一歩も退かない。敢然となすべきことをなす。それが仏法である。
 戸田先生は、「我が頭は父母の頭・我が足は父母の足・我が十指は父母の十指・我が口は父母の
口なり」(御書 0977:16)との「忘持経事」の一節を拝し、こう指導された。
 「これは、親子同時の成道を説くためにおっしゃっているのです。あなた方が信心して、あなた
方の成道が成り立てば、一家親類がことごとく成道するという理を、いまここで説いておられるの
です」と。
 皆さま方の「一人の勝利」が、「一家眷属の勝利」へと運動することを、悠然と確信していって
いただきたい。
一つの出会い、ひとつの励ましを大切に
 昨日一月三十一日付けの「朝日新聞」の「声」の欄に「入学前の娘の顔覚えた校長」との見出し
で、さわやかな記事が掲載された。八王子の女性からの投稿である。
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内容を紹介させていただくと――。この春、私立小学校に入学する長女の入学準備のため、雪の舞
う一月二十一日、その方は長女とともに学校を訪問した。その帰りがけの校庭で、娘さんとは、ま
だ直接、会ったことのない女性の校長先生が声をかけてくれた。
 「よしみちゃんね。雪の中よく来たね。四月に待っているよ」
 校長先生は、受験のさいに提出された顔写真を見て、顔と名前を覚えていたのである。
 その感動について、お母さんは、「子供に注ぐ愛情を強く感じ、これからお世話になる学校に信
頼を覚えた」とつづっておられる。
 じつは、この小学校は、東京創価小学校である。
 一回の何気ない出会いかもしれない。ひと言の何気ないよびかけかもしれない。
 しかし、その“小さなこと”を、一つ一つ大事にしていくことが、どれほど“大きな価値”を生
み出していくことか。
 小さな薬も、大きな効能を持っている。小さな種も、大きな木に育ちゆく。一つひとつ、真剣に
また、ていねいに、そして忍耐強く手を打ち続けていくなかにのみ、勝利の道がひらかれるのであ
る。
 とくに、立場が高くなったり、威張る心が出てくれば、こうした小さなことに配慮できなくなる
ものだ。皆が何かこまっていないか。苦しんでいないか、「分かろう」「知ろう」とつねに努力し
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ていくしかない。たとえ、何もしてあげられなくても、「あの人が分かってくれている」というこ
とが、相手の力になることもある。「知らない」のは無慈悲である。
 「知らないということは、発展しない、前進しないにひとしい」
 これは文豪ゴーリキーの洞察であった。
 指導者は、冷淡であってはいけない。とくに男性リーダーは、心して、小さなことに気をつかっ
てもらいたい。
受験生への伝言「上へ!上へ!」
 本日二月一日、冷たい雨のなか、東京の創価中学の入学試験が行われた。
 私は、受験生の皆さんに、こう伝言を贈った。
 「できることなら、全員、合格させてあげたいけれど、それはできません。もし受からなかった
ら、創価高校を受けてください。それでも受からなかったら、創価大学を受けてください。
 また、アメリカの創価大学に挑戦してください。それも受からなかったら、自分の子どもに託し
てください。ともかく、上へ上へと昇っていかなければならない。下へ下がってはいけない。
 寒いから風邪をにかないように、お父さん、お母さんに、よろしくお伝えください。
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 創立者の私にとって、学園を志願し受験してくれた人は、全員が大切な“学園生”である。
 私は、挑戦してくれた皆さん全員の栄光と勝利と健康を祈りに祈っている。どこまでも見守って
いる。そのことだけは忘れないでいただきたい。
「少子化」「長寿社会」――変化の時代にこそチャンス
 あの地でも、この地でも、婦人部と女子部が一体となって、仲良く幸福のスクラムを拡大してお
られる。「女子部が増えて、にぎやかになった」「婦人部も、すがすがしい息吹で進んでいます」
など、喜びのドラマも、たくさん、うかがっている。
 ここに、未来への希望と勝利の足音がある。私はうれしい。
 今、「少子化」と言われる。不景気で、さびしい。あまりいい言葉ではないが、これは、「一人
一人が輝く時代」の幕開けとも言えるのではないだろうか。どんどん人材をつくることだ。皆を人
材に育てることだ。これからは「一人」の存在が、三人分、否、五人分の価値ある存在となり、輝
いていく時代なのである。
 リーダーはそれをふまえて、変化を先取りして、あらゆる活動を考えていかねばならない。
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 ますます「長寿社会」となっている。
 年配になると、女性のほうが元気で、男性は元気がない――そういう声もあった。
 人生の総仕上げを、どう見事に飾るか。女性の堅実さ、現実的な見方を、どう生かすか。どう均
衡をもって前進していくか。これも課題となろう。こうした状況を包み込みながら、どんな時代に
なっても悠々と発展していける軌道を、今、厳然と築いておきたい。新しい学会をつくる、一番の
チャンスである。私は、そう深く決意している。
 一番、むずかしい時代でもある。今までの延長線上で考えてはいけない。リーダーが考えを間違
えると、せっかくの組織を脆弱に、壊しかねない。
 勝つか、負けるかである。将来のために、勝つための手を、一つ一つ打ってまいりたい。
 深き責任感と、必死の祈りのあるところ、智慧はいくらでもわいてくるものだ。
女性の声が未来を変える
 牧口先生と親交があり、国際連盟の事務次長として、活躍した新渡戸稲造博士。「太平洋の懸け
橋」と謳われた博士は、著書のなかで、「一人の女性の声」について書き留めている。
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 それは一九二四年、国際連盟の総会での出来事である。総会では、戦争を防ぐための平和議定書
をめぐって、各国の代表が討議を重ねていた。
 大国、小国の代表たちが、代わる代わる演壇にあがって、演説を行った。しかし、新渡戸博士に
よれば、どの演説も単調で、大同小異だったという。早く終わりにしよう、という空気すら漂って
いた。
 そろそろ議論も出尽くしたか、というその時、一人の女性が発言を求めて立ち上がった。
 のちにイギリス初の女性の大臣となった、マーガレット・ポンドフィールドである。
 新渡戸博士が「止せばいいのに」と思うほど、会場は重い空気だった。総会の議長も、彼女の発
言を拒むわけにはいかないが、なるべく長くならないようにうながした。
 彼女は、「私の議論は三分ぐらいですみます」と応じて、次のように語った。
  「私は女の身としてこの壇に上った理由は、平和問題は単に男性に係るものにあらずして、女
性に最も相応しい問題と思うからであります。かつ、平和を破るものは女性にあらずして、男性で
あることも今日までの経験に徴して明かであります。もし女性が政治に干与することができたなら
、幾多の戦争が開かれずに済んだことでありましょう」
 そして彼女は、ひとたび戦争になれば、女性が受ける苦しみが、男性の苦しみと比べて小さいな
どとは決して言えないことを訴え、さらに「私は茲に断言いたします。戦争の第一の犠牲となるも
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のは小児である」と、烈々と叫んだのである。
 情熱みなぎる彼女の声に、場内は粛然となった。名だたる政治家や学者たちが心を打たれ、その
一言一句に耳をかたむけた。なかには目に涙を浮かべる者もいた。
 新渡戸博士は、彼女が「全会の尊敬を一身に受けつつしづしづと降壇する面影が今なおわれ等の
眼に残っている」と、感動をこめて述懐している。
 女性の真剣な声、女性の正義の叫びが、人の心を動かし、社会と時代を大きく導く。未来を変え
ていく。

 わが学会も、婦人部、女子部の皆さま方が、つねに、「励ましの声」「希望の声」「勇気の声」
「破折の声」をはつらつと、厳然と発している。だからこそ、学会は強いのである。
 御書には、「声」の重要性が随所につづられている。
 「声仏事を為す」(御書 0400:09 0414:01 0708:09)
 「音も惜まず」(御書 0504:02 0726: 第四心懐悔恨の事:04)
 「南無妙法蓮華経と我も唱へ他をも勧んのみこそ今生人界の思出なるべき」(御書 0467:18)
 「力あらば一文一句なりともかたらせ給うべし」(御書 1361:13)
 等々、声こそが最高の武器である。
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 さらに大きな声を!温かな声を!晴ればれと声をあげれば、心も体も健康になる。
 正義と勇気の声を響かせながら、朗らかに仏縁を結び、平和と幸福の連帯を広げてまいりたい。
人類のために創造の人生を
 一月三十日、インド・創価池田女子大学の第三回卒業式が、チェンナイ郊外にあるキャンパスで
、盛大に開催された。名誉創立者である私と、名誉会長である妻も、丁重なご招待をいただいたが
、どうしても出席できないので、祝福のメッセージを贈らせていただいた。
 アメリカの名門タフツ大学で宗教学部長を務められ、私が忘れ得ぬ対話を結んだハワード・ハン
ター博士も、マザー・テレサ大学のラクシュミ元副総長らとご一緒に、来賓として出席された。
 ハンター博士は式典で、「寛容性」をめぐり、」すばらしい講演をしてくださった。そのなかで
、“皆さんがこれから「創価池田女子大学」について聞かれたら”として、こう述べられた。
 「『私は、この大学の理念に確信を持っています。その理念は、人類のために価値を創造する人
生を送っていくことです』と答えていただきたあいのです」
 巣立ちゆく聡明な乙女たちに、希望と誇りを贈る。温かなスピーチ――私は感銘を受けた。その
真心に、心から感謝したい。
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 ロシアの分豪ゴーリキーは訴えた。
 「人の知識が多ければ多いほど、それだけその人間は強く、よりよい武器をもつことになります
。これは明々白々議論の余地のないことです。
 卒業生が一人も残らず幸福を勝ち取り、力強き人生の勝利者となることを、私と妻は真剣に祈っ
ている。
「植樹とは、生命を与えること」
 きょう二月一日は、四十五年前、私がインドのデリーへ、第一歩をしるした日である。
 仏教発祥の地であるインドにも、今や二万五千人の創価の同志が活躍している。
 首都ニューデリーの近郊には、一九九三年に「創価菩提樹園」が誕生した。
 法華経に、「宝樹多華果」と説かれている。約二十二万坪の広大な敷地には、すばらしい園林が
広がっている。この菩提樹園には、これまでも、各地の婦人部の木や、本部創友会の木など、数多
く植樹してきた。植樹の持つ意義はまことに深い。
 私が親しく語り合ったインドのラジブ・ガンジー首相は、「植樹とは生命を与えることである。
愛の表現であり、他の人々や地球上の生命を思う心のあらわれである」と語っておられた。
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 釈尊は、菩提樹の下で、障魔を打ち破り、菩提を開いたと言われる。
 今後、さらに菩提樹を植樹していく予定である。日本、そして世界で広布に戦った功労者の方々
の木も、植樹させていただこうと思っている。
偉大だから嫉妬される
 ロシアの文豪ゴーリキーは叫んだ。
 「この世の偉大なひとびとのなかで、泥を塗ろうとされなかったひとが、一人でも、見つかるで
あろうか」
 彼が言う「泥」とは、人を陥れる中傷であり、嘘のことであった。
 「ひとにはたれにも、傑出した人間を自分の理解の水準まで低めようとするだけではとどまらな
いで、その人を自分の足元へ、あのねばねばした毒のある泥のなかへ(中略)倒してみようとする
欲求がある」
 人間の嫉妬は怖い。「偉大な人」「傑出した人」は皆、中傷され、おとしめられるのが、世の常
である。私は、これまで、あらゆる三障四魔、三類の強敵と戦ってきた。矢面に立って、学会を守
り、同志を守り、師匠を守りぬいてきた。これが、真実の歴史である。
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 御聖訓には「日蓮は法華経の行者なる故に三種の強敵あつて種種の大難にあへり」(御書1226:1
1)と仰せである。
 三類の強敵と戦わない。大難から逃げる――そうした人間は、法華経の行者ではない。
「母の強盛な信心」――師弟に生きた千日尼
 日蓮大聖人の御入滅後、後継の柱たるべき五老僧が、日興上人に敵対し、ことごとく反逆したこ
とは、ご存じのとおりである。他の門下にも、五老僧につき従って、道を踏み外す者が数多くいた
。そのなかで、遠く離れた佐渡には、真の師弟の道を見失わない弟子たちがいた。大聖人直系であ
られる日興上人につききって、信心の正道を進みぬいていった。光り輝く歴史である。
 なぜ、これらの門下は、正しい師弟にいきることができたのか。そこには、佐渡広布の偉大な母
である千日尼の強盛な信心があった。夫である阿仏房を亡くした後も、千日尼の信心は、いささか
も退くことなく、いよいよ燃え上がっていった。そして息子を立派な後継者に育て、身延におられ
る大聖人や日興上人のもとに、一度ならず、送り出していった。
 さらに、千日尼の曾孫も、幼き日より、日興上人のもとで薫陶を受けている。この曾孫はのちに
、北国の広宣流布に戦いぬいていくのである。
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未来部・青年部の育成に全力を
 偉大なる「母の信心」は、どこまでも日蓮大聖人、日興上人という「広宣流布の師弟」に直結し
ていた。ゆえに、何があろうと揺らぐことがなかった。一家一族、さらに地域全体を、厳然と護り
、てらしていったのである。
 賢く強き「母の信心」こそ、幸福の太陽である。「女性の信心」が厳然としていれば、いかなる
魔も寄せ付けない。
 「子にすぎたる財なし」(御書 1322:02)とは、大聖人が千日尼に贈られた御聖訓である。
 わが婦人部は、後継の未来部・青年部の育成に、さらに全力を注いでいっていただきたい。
 日興上人は、佐渡の門下に宛てて、こう仰せになっている。
 「この大聖人の法門は、師弟の道を正して、成仏していくのである。師弟の道を、少しでも誤っ
てしまえば、同じく法華経を持っていたとしても、無間地獄に堕ちてしまうのである。
 仏法は正しい。だからこそ、仏法は厳しい。この「師弟の魂」が、深く強く刻まれた新潟の天地
に、創価の父・牧口先生は生誕なされた。佐渡流罪の文永八年(一二七一年)からちょうど六百年
144
後の、明治四年(一九八一年)のことである。
 ともあれ、この有縁の新潟はじめ信越でも、また、戸田先生の故郷である北陸でも、そして、北
海道や東北でも、わが同志は、豪雪に負けず、意気軒高に戦っておられる。
 お元気であられるように、事故がないように、私も妻も、真剣に題目を送っている。
 日蓮大聖人は、千日尼に、小さな火が多くの草や木などをやきつくすことを述べられ、続けて、
こう仰せである。
 「妙の一字の智火は、このようなものである。諸の罪が消えるだけでなく、多くの罪が、かえっ
て功徳となる。毒薬が変じて甘露となるとは、このことである」(御書 1316p 通解)
 人生には、さまざまなことがある。しかし、必ず、すべてをよい方向へと転換できるのが、「変
毒為薬」の妙法である。皆さま方は、広宣流布の希望の太陽である。縁する同志が、眷属が、一人
も不幸になるわけがない。この大確信を燃え上がらせて、激励の名指揮をお願いします。
母に学んだ不屈の勇気――『若草物語』の作者
 月刊誌「灯台」でこれまで、アメリカ「ソロー協会」のボスコ前会長、マイアソン前事務総長と
私のてい談「生命ルネサンスと詩心――哲人ソローとエマソンを語る」が掲載されています。
145
 かげさまで、本年一月号をもって、好評のうちに終えることができた。現在、本年の出版を目指
して、準備が進められている。
 このてい談では、ソローやエマソンと交流を結んだ、名作『若草物語』の作者ルイザ・メイ・オ
ルコットのことも話題となった。先駆的な教育者であった彼女の父が、エマソンらと家族ぐるみの
親交を結んでいったのである。
 『若草物語』と言えば、かつて戸田先生が、女子部の代表の集い「華陽会」で教材に取り上げら
れたこともある。世界的な名作である。
 貧しい家庭を支え、苦労しながら、断じて負けずに、自分らしく作家として開花したオルコット
。その生涯に、戸田先生は注目しておられた。こうした人生の苦労がありて、多くの人々を魅了す
る感動の名作が生まれたとも、分析しておられた。
 このオルコットの不屈の人生の源には、母の存在があった。母アビゲイルは、理想に生きる父を
支え、子どもたちを愛情込めてはぐくみ、貧しい一家を毅然と護りぬいた。
 オルコットは、この母の姿から、何がなくとも「勇気」一つで苦難と戦う、不屈の生き方を学ん
だ。また、オルコットは、母の愛情を最大の支えとし、母への感謝の思いを力としていった。
 彼女は幼いころ、日記にこうつづっている。
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 「お母様はわたしのことをわかってくれ助けてくれる……本当に働くつもりです。自分を磨きた
いと心から思う。そしてお母様に心配をかけたり悲しませるのではなく、助けて安心させてあげた
い。
 世界中を感動で包んだ名作は、母子一体の勝利の結晶だったのである。
 オルコットは数々の作品に、すばらしい母の姿を描き残している。一家の生活が危機にひんした
時期をモデルにした小説『トランセンデンタル・ワイルド・オーツ』では、母にあたる登場人物を
「ホープ」と名づけている。
 この小説には、たいして働きもせず、家族も顧みないくせに、現実離れした空想を追い求め、む
なしい議論ばかり繰り返して皆を困らせる、男たちの姿が描かれている。
 そのなかを、母ホープは地道に働き続け、一家も同居人も支えぬいた。
 理想が破綻すると。男たちは一気に、意気消沈してしまった。
 しかし、母は微動だにしなかった。「新しい司令官」となって、夫を力強くはげましながら、堅
実に、また聡明に、楽しく前進の指揮を執る。そして、「ホープ」を合言葉にしながら、たくまし
く、未来へ向かっていく――そういうドラマである。
 いざというとき、母は強い。現実的でありながら、決して希望を見失わず、人々を愛情で包み込
んでいく。」それが、母の偉大さである。
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 オルコットの作品には、彼女が母から教わったさまざまな人生の智慧がちりばめられている。
 『若草物語』では、母が娘に、こう教えている。
 「うぬぼれというものは、どんなにりっぱなさいのうもだいなしにしてしまうのです」
 たしかに、そのとおりであろう。慢心し、才におぼれて、求道の心を忘れれば、たちまち転落が
始まるのである。
 仏法は、増上慢を厳しく戒めている。戸田先生も、慢心の人間には徹して峻厳であられた。
 母が娘にやさしく語りかける画面は、『若草物語』の続編にも描かれている。
 「あなたは一家の太陽なのだから、あなたが陰気になった日にはいいお天気というものはないこ
とになります」
世界一の幸福のスクラムを
 わが婦人部の皆さま方は、今、女子部と一体となって、さわやかな若草のごときうるわしい「創
価の母」「広布の姉妹」のスクラムを、広げてくださっている。
 「学会の太陽」である皆さま方が、いつも健康で、明るくはつらつと、ご一家を、また地域を、
148
社会を、そして全同志を照らしゆくことを、私は心から祈っている。

 ロシアのゴーリキーは述べている。「勝利する人は、勝利の実を刈り取る人ではなく、最前線で
戦い続ける人なり!」
 最前線で戦う。その人こそ尊い。このことを私は、戸田先生から何度もたたきこまれた。
 肩書を得た。成果を挙げた――それは、真の勝利とは言えない。
 また、勝負は「途中」では決まらない。一生涯、広宣流布の責任を担い、最後まで戦い続ける。
その人こそが、本当の勝利者なのである。

五十五年前の六月十日、婦人部結成の日、集まった代表の五十二人を、戸田先生は温かく祝福され
た。その時のお話を、私は小説『人間革命』につづった。
 「いよいよ学会も新しい出発をした以上、目的に向かって、前進のための組織を一層強固にせね
ばならない。そのためには、きょうここにお集まりの皆さんの力を、ぜひとも必要とするのであり
ます。
 おたがいに、広宣流布の実現のために、力いっぱい働こうというからには、皆さんは妙法流布の
歴史に輝く女性の一人として、一人ももれることなく、後世に名をとどめていただきたい。
149
 そのなかにこそ、夫や、子供の一切の福運も、繁栄もあると確信してもらいたい」
 皆さまの前進を、三世十方の仏も、「善哉、善哉」とほめ讃えておられることは、御聖訓に照ら
して間違いない。
 生々世々、自在に人生を楽しめる。大福徳に包まれる。どれだけ境涯がひろがるか、計り知れな
い。ほんとうに、すごいことなのである。
 晴れわたる五月の三日へ、そして、結成五十五周年の六月十日へ、仲良く、楽しく、悠々と、世
界一の幸福のスクラムを広げていっていただきたい。
 まだまだ寒い日が続く。どうか、風邪をひかれませんように。私も妻も、婦人部の皆さまのご健
康とご多幸を毎日、祈っている。
 どうか、お元気で!ありがとう!
                             (東京・信濃文化センター)
060208top
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第五十七回本部幹部会 第一回東海道総会 第四回沖縄総会
ラオス国立大学「名誉教授」称号授与式
人間革命の哲学を全世界へ

遠来のSGIの友を最大に歓迎

 今日は遠いところ、日本全国そして各国・各地から代表が参加してくださっている。
 本当によく来てくださった。ご苦労さま!ありがとう!
 沖縄の皆さん!北海道の皆さん!また、九州、四国、東北、中部、東京の皆さん!そして、常勝
関西の皆さん!中国、北陸、信越、関東、東海道の皆さん!ほんとうに、ようこそ!
 さらに、SGIのメンバーでは、ラオスと縁の深いタイ王国の皆さんが参加しておられる。私は
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タイのプーミポン国王と三度、お会いした。忘れ得ぬ思い出である。
 また北米では、親しい、懐かしいアメリカ、そしてカナダの皆さま、ようこそ!
 さらに南米のブラジル、アルゼンチンの皆さんも、遠い道のりを、よく来てくださった!帰った
ら、皆さんによろしくお伝えください!
 欧州のベルギーからも、大勢の友が参加してくださった。すごいことである。尊いことだ。
 また、ボリビア、フィジー、プエルトリコ、イギリス、フランス、スペインの友らが参加してく
ださった。
 日本が一番寒い季節に、本当に、ようこそおいでくださった。私はうれしい。
 最大に歓迎し、深く感謝申し上げたい。ありがとう。
大鷲のごとく使命の天空を舞いゆけ
 今、私の胸には、新生ラオスの偉大なる「建国の英雄」であるカイソーン元大統領の叫びが、響
いてまいります。
 「青年よ!いかなる嵐も、そして、いかなる強烈な太陽の光線も恐れるな!鷲のような、強い人
間になりたまえ!」と――
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 すばらしい励ましの言葉です。
 仏典では、鷲は「空飛ぶ者の王」であると述べられています。
 わが青年部は、宝のなかの宝です。学会にとって、そして社会にとって、人類にとっての宝です
。「青年部は、大鷲のごとく、正々堂々と、使命の天空を舞いゆけ!」と、まず最初に、私は申し
上げたい。皆さん、頼むよ!
 「青年の時代」である。学会の未来を担っていくのは、青年しかない。

 初代会長の牧口先生は、“いつまでも、暦の年齢にとらわれることなく、境涯が開け、思想がぐ
んぐん伸びていく人が青年である”と、指導しておられた。非常に深い意味のある言葉だ。
 そして、“青年は絶対に臆病ではいけない”――これは戸田先生の厳しい指導であった。
 私は、その指導のとおり戦ってきた。ただ一人、厳然と立って難を受けきってきた。
 ――学会員には絶対、難がいかないように。中傷、批判がないように。わたし一人で、全部の難
を受ける。難よ、われに集まれ!大聖人様、そうしてください――私は青年時代から、そう祈り、
たたかってきた。臆病な幹部や、ずるい幹部、そんなものは眼中になかった。
 戸田先生は、「戦いは、あくまでも攻撃である。攻撃精神をもったものが勝つ」と言われた。
 「勇猛精進」――これが仏法の真髄の精神である。また、これが人生の真髄の精神でなくてはな
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らない。牧口先生も「勇猛精進」の信心を貫かれたか。どんな困難にも負けない。断じて戦いぬく
。前へ前へと進みぬく。それが、人生の最高の生き方であり、最高の勝利者になるための道なので
ある。
 やりましょう!地位や立場ではない。「師弟不二」に生きるのが、一番尊い人なのである。
ラオス建国の父「無能な人に国の宝は譲れぬ」
 私は、このたびの式典を迎えるにあたって、貴国ラオスの歴史をひもときました。
 かつて、カイソーン大統領は、新たな国づくりのために、外国にいるラオス出身の有能な知性に
、帰国をよびかけた。
 国が大変だ。帰ってきてほしい――と。
 この呼びかけに応えて、愛する同胞のために、フランスで恵まれた研究職をあえて打ち捨てて、
真っ先に祖国へ舞い戻り、苦難に挑んでいった一人の青年がいました。その雄々しい生き方の青年
こそ、きょう、ここにお迎えしたプンティアム首相府付大臣なのです。
 さらに、大統領は、こう真剣に語られました。
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 「我々は、無能」無知の人には、絶対に、国の宝を譲ることなどできない」
 同じように、創価学会も、利己主義、臆病、要領、名聞名利――そういう人間を偉くしてはなら
ない。だまされてはならない。絶対に学会を任せてはならない。この方程式を根幹としていくこと
だ。将来のために、明快に言い残しておきたい。
 仮に幹部にそういう人間が出たならば、一切、言うことを聞く必要などないし、断固として追い
出し、清浄な組織を守っていくべきである。きょうは、これを決議し合いたいが、いかがであろう
か。そこにしか、学会の将来を開いていく道はないからである。
英知の殿堂から栄誉を恩師に捧ぐ
 ただ今、私は、悠久の大河・メコン川のごとく、人材のとうとうたる流れを創りゆかれるラオス
国立大学より、最高に栄えある「人文学名誉教授」の称号を拝受いたしました。厚く厚く御礼申し
上げます。
 私たちの師匠戸田城聖先生は、アジアの平和、インドシナ半島の平和を、深く願っていました。
 そしてまた、数学の天才でもありました。数学教育への貢献は、日本で、よく知られたところで
す。その意味において、数学の大博士であるである大臣をお迎えして、インドシナの英知の殿堂か
155
らいただいた本日の栄誉を、私は、恩師戸田先生の百六周年の誕生日に、心からの感動をつて捧げ
たいのであります。まことに、ありがとうございました。
正義が勝ちゆく法則を
 フランスの数学者であり哲学者であったパスカルは、断言した。
 「議論と議論とが対立するときには、正しく道理ある者が、空しい虚偽の者を蹴ちらし、消散さ
せます」
 正しいことが明らかな側は、本来、偽りの者たちをけちらすことのできる存在だというのである
。逆に言えば、それをせず、悪と妥協するのは、臆病、卑怯ということになる。
 ましてや、私たちは正しき法を持つ仏法者である。正義は必ず勝つ。邪悪は必ず滅びる。否、滅
ぼす――これを私たちの戦いの大鉄則にしていかなければならない。
 戸田先生はつねに言われた。
 「創価学会の指導の根本は、団結の二字である」
 団結を壊し、同志を分断する悪を、絶対に許してはならない。
 ともあれ、正義は力を持たねばならない。そして、断固として「正義は勝つ」ことを証明してい
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かねばならない。数学の「定理」のごとく正確な法則にしていかねばならない。
  共々に
   断固と勝ちなむ
     今世かな
 この歌を、恩師の誕生日を記念して全同志に贈りたい。
 「よき友」との出会い――これ以上の「希望の力」はない。
 ラオスの智慧の言葉にはこうある。
 「善人と付き合えば、わが身も栄える。悪人と交われば、わが身も衰退する」と。
 ここに人生の分かれ道がある。
 御書には「悪知識を捨てて善友に親近せよ」(御書 1244:05)と記され、厳しく戒められている

「心の財」を積み重ねよ
 さて、「ラオス」という貴国の名前は、何に由来するか。
157
 「ラオス」とは、「輝く人間」「心の清らかな人間」という意義があるという。
 ラオスには、大いなる人間性の光が輝いている。人々は、まことにすがすがしい微笑みに満ち満
ちている。ここにお見えになった、ブンティアム大臣が、その象徴であられると思うが、いかがさ
ろうか。
 さらにラオスの箴言には「蔵の財は得やすく、心の財は得がたい」とある。
 「心の財第一なり」(御書 1173:16)と説く仏法と見事に合致している。
 この「心の財」を自在に積み重ねていけるのが、自行化他の仏法の実践である。
自身の「精神的な変革」こそが根本
 すでに報道されているとおり、イギリスの歴史学者トインビー博士と私の対談集『二十一世紀へ
の対話』が昨年、私の著作としては初めて、ラオス語で発刊された。これで、この対談集は世界二
十六言語での刊行となった。なにより、トインビー博士が喜んでくださっているであろう。
 この対話で、トインビー博士と私は深く一致をみた。それは、「人間は、体制や技術の変革のみ
によっては、幸福を得ることはできない。人間の精神、人間の生命を根底から変革する以外に、人
158
類の難問を打開する道はない」という一点であった。
 体制や技術の変革は、どんどん進んだが、それによって、本当に、人間が幸福になり、平和にな
ったと言えるのか。また、物質的な成功や満足だけを求めている限り、かえって、人々は不幸にす
らなっているのではないか――。博士は、このように考え、人間自身の「精神的な変革」こそが根
本であることを強調されたのである。鋭く本質を見通した卓見であった。
 今、この「人間革命」の哲学と理念を、時代は、深く強く求め始めている。だからこそ、創価の
運動が前進した分だけ、二十一世紀の希望は前進する。創価の連帯が拡大した分だけ、世界の平和
と友好は拡大する。その誇りを胸に、私たちは、世界の友とがっちりと連帯して、仲良く朗らかに
堂々と進んでいきましょう!
「心の宝」を贈りゆく婦人部・女子部を大切に
 きょうは、世界一の「平和の宝島・沖縄」の総会、おめでとう!
 みなさん、遠くから本当によく来てくださった。皆さんのことは、絶対に忘れない。
 東海道の皆さんも同じである。世界一の「正義の人材城・東海道」の総会、おめでとう!
 そして、「心の財」を、人々に贈りゆかれる世界一の婦人部、女子部の「幸福博士」の皆さま方
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、毎日毎日の奮闘、本当にありがとう!ご苦労さまです!
 もしも、婦人部がいなければ、学会は、一歩も前に進まない。もしも、女子部がいなくなれば、
学会は、未来世のない寂しい灰色の団体になってしまう。そのことを男性の幹部は本当に分からな
ければいけない。そして、婦人部、女子部に感謝し、心の底から大切にしてもらいたいのである。
 大聖人は、在世の女性の門下を、それはそれは大事にされた。家族に不幸があれば、ともに悲し
み、病気だと聞けば、ともに祈り、立派な求道の姿を最大に讃えられ、陰の労苦を察しては、深い
感謝を捧げておられる。まさに、門下の女性の心のひだに染み入るように激励され、細かいところ
まで、一つ一つ手を打っていかれた。これが御本仏の御姿である。
 戸田先生もまた、女子部、婦人部を本当に大切にされた。それは、恰好主義でも、組織のためで
もない。信心を持った女性たちを、一人も不幸にしてなるものかという真実の慈愛の振る舞いであ
られた。私も戸田先生の弟子として、先生と“同じ心”で女性を大切にし、女性の意見を尊重して
きた。この一点を男性幹部は、ゆめゆめ忘れてはならない。

 きょうは、「女性の時代」の先頭を走る、そうそうたる女性リーダーが集まっている。
 アメリカで、女性で初めて、総合病院の最高経営責任者となった婦人は、地区部長である。
 カリフォルニア州の政府高官を務め、全米屈指の弁護士事務所を共同経営する地区副婦人部長。
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 世界的に有名なアメリカ大手企業の最高幹部である支部婦人部長。
 ウエスト・ロサンゼルス大学の教授を務める、方面の副婦人部長。
 ヨーロッパからは、弁護士として奔走されている」ベルギー女子部長。
 そして、目の不自由を乗り越えながら、プエルトリコ大学で、天文学教育の推進に取り組み、偉
大な探究を続ける、女子部の地区リーダー。
 皆、広宣流布と社会の最前線で、勇敢に、忍耐強く、戦っておられる。
 今、世界各地に“社会で勝つ人”“社会で光る人”が誕生している。
 こうした婦人部、女子部の皆さま方の活躍こそ、「創価の女性の世紀」が絢爛と開幕した実証で
あると、声高らかに、私たちは宣言してまいりたい。
敵とは、勇気を与えてくれる薬
 ラオスを代表する文学者であるスワントーン・ブッパーヌウォングは、ある作品に登場する女性
に、こう語らせている。
 「人生は闘いよ。敵は勇気をつけてくれる薬なのよ」
 この言葉は、謹んで、婦人部・女子部の皆さん方に捧げたい。
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 そしてふたたび、ラオスの「建国の父」カイソーン大統領の叫びを、わが愛する青年部の諸君に
贈りたい。
 「私は最後まで戦いぬくと誓った。たとえ命を落とすことになろうとも、この自分の誓いは生涯
、守りぬく」
 勝利を決定する力は、この、徹しぬいた執念である。
 この執念で、私は十九歳から現在まで、勝ってきた、この執念が仏法の真髄である。
 結びに、「敬愛するラオス国立大学に栄光あれ!」「敬愛するラオス国家に繁栄あれ!」そして
、「敬愛するわが同志に、健康あれ!勝利者たれ!」と申し上げ、私の謝辞といたします。
 まことにまことに、ありがとうございました。
                                (創価国際友好会館)
060210top
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婦人部代表幹部協議会
女性の力が世界を動かす
戦おう!きょうという日はふたたび来ない
 婦人部の皆さん、いつもありがとう!毎日、本当にご苦労さま!
 ある日、戸田先生と私は、世界の文学などをめぐって、語らいのひとときをもった。その時、私
は、イギリスの大詩人・ダンテの『神曲』の一節を申し上げた。
 それは、「きょうという日はふたたび来ないのだということを思え」との言葉であった。
 ただ先生は、会心の笑みを浮かべられ「そうだな。大作、そのとおりだな」と言われた。
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 あの慈愛に満ちたお顔を、忘れることはできない。
 明日は、師匠戸田先生の生誕の日である。
 この日を、尊き婦人部の代表の皆さま方、そしてまた、世界広宣流布の指導者の代表と祝賀する
ことができ、これほどうれしいことはない。

 きょうは先人の方々、哲学者や思想家の言葉を引きながらお話ししたい。
 まずはじめに、私と妻が深い交友を結ばせていただいた、二十世紀の中国を代表する女性作家、
謝冰心(しゃひょうしん)女史、作品のなかで、こうつづっている。
 「世界にもし女性がいなかったら、この社会は一体どうなってしまうでしょうか」
 「世界にもし女性がいなければ、この社会における少なくとも五〇%の『真』と、六〇%の『善
』と、七〇%の『美』が失われてしまうでしょう」
 含蓄ある言葉である。学会も、もし女性がいなかったら、どうなってしまうことか。
 今よりも、もっともっと女性を大切にしていかなければならない。
 また、女性の皆さんは、尊き使命を深く自覚していただきたい。遠慮はいらない。勇気の声、正
義の声を、高らかにあげていくのだ。
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 ついで、アメリカの社会運動家、エレノア・ルーズベルト大統領夫人の箴言である。
 「私は戦うことが好きです。何歳になろうと、暖かな暖炉のそばで、ぼんやり周りを眺めて過ご
すことはできません」
 いい言葉である。学会精神にも通ずる一言だと思う。
 「戦う」とは、「生きる」ことである。「戦う」ことが「勝利」であり「幸福」である。
 二十世紀ブラジルの著名な女性詩人、コラ・コラリーナは謳った。
 「戦いという活気に満ちた言葉は
 弱いものを鼓舞し
 強い者を決断させる」
 「戦おう」という」一念。そこからすべてが始まる。
 同じく、二十世紀のブラジルで、広く愛された女性詩人、セシリア・メイレレスの詩の一節。
 「前進をやめてはいけない
 前進は継続していくものだ
 続けることが前進だ
 それは永遠である
 それこそがあなた自身なのだ」
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 止まってはいけない。停滞は死、前進は生である。「前へ、前へ!」と進むなかに、生きてる証
がある。
 エレノア・ルーズベルト夫人は、こうも言っている。
 「何の責任も取ろうとしない人たちが、責任を引き受ける者を、最も激しく批判するものです」
これまた至言である。何もしない人間に限って、重い責任を担って苦労している人を批判するもの
だ。
 そうした無責任な批判など歯牙にもかけず、勇敢に進みぬくことだ。貫いてこそ、勝利はある。
強い人間とは、「心の強い」人
 インドの“偉大なる魂”ガンジーは言った。
「もし、女性は弱いと信じる人がいたら、私は、この世界中に弱い女性は一人もいないと言おう。
 すべての女性は強い。自分の宗教に確固たる信仰を持っている人は皆、強い。決して弱くないの
である」
 人間の強さは、心で決まる。信念の強さで決まる。本当に強い人とは、「心の強い人」である。
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 ゆえに、永遠にして宇宙大の妙法を強盛に信じぬく、婦人部・女子部の皆さんは、最も強い人で
ある。
 どんな宿命にも、どんな困難にも、負けるわけがない。必ず勝てる。必ず乗り越えていける。
 皆が仰ぎ見るような、晴ればれとした勝利の大境涯を、必ずや開いていけるのである。「女性が
男性よりもすぐれていると知ること、それ自体に本当の教育がある。
 これもガンジーの言葉である。目が覚めるような名言である。
 そういう世界に近づけようと、私は長年、努力してきた。
 いい学校を出たからといって、必ずしも教養のある人とは言えない。女性を差別したり、女性に
傲慢な態度をとるような人間は、学歴があっても、いかに地位が高くても、無教養な人と言われる
であろう。心から女性を尊敬できる人が、本当の教養人なのだ。
 「女性はまじめです。インチキをし、破壊するのは男性です」との厳しい声もある。
 男性が優位で、女性を大事にしないところは、必ず衰亡していく。
 自分が犠牲になってでも、女性を大切にし、守っていくのが「紳士」の根本である。そういう気
風がしっかりと、根づいた国や社会は、」隆々と勝ち、栄えていく。まさしく「女性の時代」なの
である。
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 戸田先生は、よく言われた。
 「本当にまじめな人でなければ、信心をやり通せない。学会員は、まじめな人たちである。学会
員を大切にしなければいけない」
 また、模範的な信行に励んできた方々を、「仏の使い」として、最大に尊敬し、大事にしていく
のだと訴えておられた。この教えのとおりに、仏に等しい学会員の方々を、少しでもねぎらい、一
人でも多く讃えてさしあげたい。これが、私の心情である。
 リーダーは、学会の同志を親以上に大切にしていくことである。もし、会員を下に見るような幹
部がいれば、とんでもないことだ。幹部は会員を上から抑えるのではない。いわば、下から支え、
持ち上げていくのである。
地域に幸福の花園を広げて
 さらに、戸田先生は力説しておられた。
 「まず婦人の共感を得ることだ。そうでなければ、いかなる哲理も、いかなる信仰も、現実に根
ざした力とはなりえない。民主主義の理想も、目ざめた婦人の高い意識によってこそ、はじめて盤
石になりえるのだ」
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 先生は、婦人部を最大に大切にしておられた。
 広宣流布といっても、現実の生活を離れてはありえない。自身の宿命を転換し、わが家庭に、わ
が地域の幸福の花園を築いていく。さらには社会を、よりよい方向へと変えていく。これが私たち
の広宣流布の運動なのである。
 今、婦人部の皆さま方は、創価のスクラムを、いちだんと勢いを増して広げておられる。多くの
友へ、共感と信頼の光を広げておられる。戸田先生は、どれほどお喜びであろうか。
 日蓮大聖人は、「弟子が法華経を弘める功徳は、必ず師匠の身に帰す」(御書 900p 趣意)と
仰せである。広宣流布の拡大こそ、「恩師」に報いる最極の道である。私はこの精神で、戸田先生
のため、広宣流布のために戦いぬいてきた。
 伝統の「二月闘争」の淵源となった、蒲田支部の折伏の大闘争、これも“戸田先生の願業である
七十五万所帯の折伏を、断じて実現させる”との強き弟子の一念から始まったのである。
 イギリスの分豪シェイクスピアは、戯曲でつづっている。
 「吹けよ 吹け吹け 冬の風
 おまえの心はあたたかい
 恩を忘れる人よりも」
 忘恩の輩の心は、冬の風よりも冷たい――こういうのである。
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 報恩こそ、人間としての正しい生き方である。その心は、春の陽光よりもあたたかい。美しい輝
きを放っていく。
識者「学会の婦人部は輝いている!」
 女性平和委員会による「平和の文化フォーラム」が各地で開催され、さわやかな反響を広げてい
る。信仰を根本に、人生の冬の試練を乗り越え、「家庭」に「地域」に「社会」に、希望と歓喜の
春の花を咲かせてこられた体験が、大きな感動を呼び起こしている。
 参加された来賓の方々からは、「長い間、学会の方を見てきましたが、学会員には、素敵な方が
本当に多いことに感動しました」「創価学会の婦人の皆さんのように、強く生きていただきたい」
等、感銘の声が多数、寄せられている。
 先日、千葉・木更津でのフォーラムで、講評を行ってくださった、清和大学の加藤阿幸教授も、
次のような感想をかたっておられた。
 「本日のフォーラムに参加させていただき、自分の幸せを求めるだけでなく、地域社会に広がる
生き方に感動しました。世間には、顔が暗く、表情が沈んでいる女性も少なくありません。しかし
学会の婦人部の皆さんは、とてもいい表情をされていて、顔が輝いています。皆さん、美しいと思
170
いました」
 「私は、学生たちにいつも、信ずることの大切さを訴えています。儒教の教えにも通じると思い
ますが、すばらしい創価思想に、深く感動。たしました」
 温かい言葉に、心から感謝申し上げたい。
女性は「平和の文化」の建設者 
 私が対談集を発刊した「平和研究の母」エリース・ホールディング博士も、わが婦人部の地域貢
献の平和運動を高く評価し、期待を寄せてくださっている。そして、「女性の力は世界を動かす原
動力としての役割を担っているのです。もっともっと多くの女性が、自分たちこそ「平和の文化」
の建設者であると目覚めてくことはまちがいありません」と語っておられた。
またホールディング博士は、私との対話集のなかで、人類の歴史を、今一度、「女性の視点」から
見つめ直すことの重要性を訴えておられた。博士は、語っておられた。
「今、私たちに必要なのは『女性の物語』です。男たちが戦争に出かけると、女性はおおむね、子
どもたちと一緒に取り残されました。実際、ヨーロッパの歴史を見ても、病院は、女性や子供や負
171
傷者の介護を組織化するためにできたものでした。
 さまざまな公共団体や学校を創り出したのも女性です。子どもを教育する時間があったのは、女
性だったからです」
 平和で、人間性豊かな社会の創造に、女性がどれほど大きな貢献を果たしてきたか、計り知れな
い。また、私たちの対談では、アメリカの「イロコイ連盟」で女性の英知も話題となった。
 イロコイ連盟とは、アメリカ合衆国が成立する以前から、アメリカ北東部に成立していた先住民
の民主制社会であり、平和の連盟である。先住民の国々からなるイロコイ連盟は、「平和の大法典
」のもと、きわめて先進的で、民主的な社会を発展させていたことで知られる。
 じつは、この「平和の大法典」は、アメリカ合衆国憲法や連邦制度の形成に影響を与えていた。
その影響は、国連憲章をはじめ、現代の人間構想にも及んでいると言われる。
 イロコイの人々の英知の言葉に、「何ごとであれ、七大先までのことを考えて決めねばならない
」とある。イロコイの民主制は、その繁栄と平和を永遠たらしめるために作りあげられた。伝統の
智慧の結晶であった。なかでも、注目すべき特徴の一つが「女性」の役割の重要性である。
 たとえば、各国の首長を選ぶのは、女性リーダーたちの役割であった。そして選ばれた男性の首
長が、一つでも、職権を乱用したりすれば、女性リーダーたちが弾劾し、罷免することができた。
 そして、ひとたび罷免された男性は、二度と公職につくことができなかった。さらにまた、女性
172それ
が反対する戦争は行うことができなかったとされている。
 連盟の重要な政治的判断においても、女性の意見が、大きな比重を占めていたのである。
女性の声を尊重すれば勝ち栄える
 アメリカのエレノア・ルーズベルト大統領夫人は、「世界人権宣言」の起草に大きな役割を果た
した。彼女は語っている。
 「女性が、あらゆる問題を本当に理解すれば、どの男性よりも、その問題について、より効果的
に隣人が語ることができるでしょう」
 「おそらく、多くの女性にとって、人のために行動することは、決して重荷ではないのです。な
ぜならば、それこそが、人生を生き甲斐のあるものにするからです。それは、おそらく、女性が持
つ最も深い満足感だと思います」
 「男性よりも、女性のほうが、変わりゆく世界の状況や考え方に対し、柔軟に適応できるようで
す」
 私も、まったく同感である。いかなる団体であれ、社会であれ、その永続性をもたらしていく根
源の力は、女性であり、母たちである。女性の意見、母の声を最大に尊重していくところが、勝ち
173
栄えていくことができる。
 学会にあっても、女性が少しも遠慮することなく、男性と同格で意見が言えるように、さまざま
な次元で、さらに改革を進めていきたい。一番真剣に広布にたたかってくださっている婦人部、女
子部の皆さんである。それを当たり前と思ったり、見下したりする男性幹部がいれば、黙っていて
はいけない。聡明な女性の皆さまは、こうした人間がいたならば、厳しく指摘していってもらいた
い。

 十九世紀フランスの女性作家ジョルジュ・サンドはつづった。
 「悪を指摘することはそれと戦うことである」
 悪を見て見ぬふりをしてはいけない。それでは、自分が悪と同じになってしまう。これは牧口先
生の教えでもあった。
 ブラジルの女性詩人コラ・コラリーナは謳った。
 「楽観主義をもって種を蒔け
 理想をもって種を蒔け
 平和と正義の生命力あふれる種を」
 広宣流布のために、学会の万代の興隆のために、一つまた一つ、種を蒔いていただきたい。
174
 皆さま方が生き生きと語る「正義」と「勇気」と「慈愛」の声こそ、「平和」と「幸福」と「希
望」の無上の種である。賢く、鋭く、そして厳しく、悪を正し、正義の道を厳格に残し、広げてい
っていただきたい。よろしく頼みます!

 大聖人は、強盛な信心を貫いた妙法尼御前にあてた御書で、「成仏の道」を、こう示しておられ
る。「とにもかくにも法華経を強いて説き聞かせるべきである。それを聞いて、信ずる人は仏とな
る。謗る人は毒鼓の縁となって仏になるのである。どちらにしても、仏の種は法華経より外にはな
いのである」(御書 552p 通解)
 「人がこれを用いなくても、機根に合わないといっても、強いて妙法蓮華経の五字の題目を聞か
せるべきである。これでなくては、仏になる道はないからである」(御書 552p 通解)
 下種には「聞法下種」と「発心下種」がある。
 ともに功徳は無量無辺である。たとえ相手が反対したとしても、生命深く「妙法の種」「幸福の
種」を植えたことは間違いない。その種は、「時」が来て、「機根」が熟すれば、必ずや芽生えて
いくのである。
175
学会活動こそ若さの源泉
 家庭と社会の第一線で戦う皆さまに、十九世紀末から二十世紀に活躍したアメリカの女性実業家
、ヘレナ・ルビンスタインの言葉を贈りたい。
 「私は勤勉の尊さを信じる。勤勉は、心と精神から、しわを取り去って、女性の若さを保つ役に
立つ」
 一心に何かに打ち込んでいる人は美しい。ましてや、法のため、友のため、最高に価値ある人生
を送っている皆さま方である。自然のうちに生命が生き生きと輝き光ってく。
 学会活動こそ、若さの源泉なのである。
 フランスの文豪ロマン・ロランは言う。
 「精神は若ければこそ、その魅力に溢れている」
 「身体の若さ」はいつかは衰える。しかし、「精神の若さ」は永遠である。
 ドイツの詩人シラーは、ジャンヌ・ダルクの物語を戯曲につづった。救国の乙女は叫ぶ。
 「あのお陽さまが、あすまた明るく空にかがやくのが確かなように、真実をあらわす日はきっと
来ます」
176
 いい言葉である。ほんとうに「心を動かす言葉」とは、「戦う心」から生れてくるものだ。
 ともあれ、人生は強気でいくことである。失敗したり、壁にぶつかったり、病気をしたりすると
、つい人間は弱気になってしまう。しかし、あえて強気で進むのである。
 「次は必ず勝ってみせる!」「必ず健康になって、生きぬいてみせる!」
 こう自分で強く決意できたときは、すでに勝っている。
 頭を上げて!胸を張って!どこまでも前へ!
 心の勝者こそ、最上の勝者である。それが信心の極意である。

 今、日本全国のあの地、この地で、わが婦人部を中心に、意気軒昂な広宣流布の大行進が、明る
く、にぎやかに進んでいる。全人類の希望と幸福の道を開く皆さまを、日蓮大聖人が、また一切の
仏菩薩が最大に讃え、厳然と護られることは、絶対に間違いない。
 御聖訓には「一句をも人にかたらん人は如来の使と見えたり」(御書 1448:09)と仰せである。
 妙法の偉大さ、信心のすばらしさを、一言でも語っていく人は、仏の使いである。これほど尊い
使命はない。生々世々、福徳に満ちた生命として、赫々と輝いていくのである。
 大聖人は「御義口伝」で、法華経・常不軽菩薩品の「心無所畏」の文をこう講義された。
177
 「心無所畏とは、今、日蓮およびその弟子たちが、南無妙法蓮華経の偉大さを叫ぶ折伏である」
(御書 765p 通解)
 すなわち、折伏の魂は、何ものも恐れない「勇気」である。そして、その「勇気」の一念に、一
切が、そなわっていくのである。
 「勇気」即「慈悲」である。「勇気」即「智慧」である。
 「勇気」即「幸福」である。「勇気」即「歓喜」である。
 「勇気」即「正義」である。「勇気」即「勝利」である。
 「勇気」こそ、信心の柱なのである。
世界の舞台で同志が勝利!
 きょうは、アメリカ、ブラジル、アルゼンチンの代表も参加されている。
 「朋あり、遠方より来る。また、楽しからずや」――。
 遠い海を越えて、本当によく来られた。
 皆、いい顔をされている。元気に活躍されている。私はうれしい。
178
 私は毎日、世界中の同志から、さまざまな報告を受けている。
 同志から寄せられる声には、私はいち早く、確実に反応してきた。あるときは激励の伝言を送り
、あるときは御礼を述べる。緊急で指示を出さなければならないときもある。
 友の声に、すぐ呼応する。何かの手を打つ。こうした一つの誠実の反応があれば、友の心に、ぱ
っと喜びが広がる。勇気が広がる。何より、懸命に戦う友への“礼儀」”であると言えよう。
 とくに日本人は、あいまいで、物事を決めないと言われる。世界中どこでも、一流の人は、決断
が早いのだ。自分から皆の声を聞き、どんどん報告してもらう。そういう心配りも、リーダーは忘
れてはならない。
永遠の発展のために幹部革命を
 私は、広宣流布の土台を築くために、私財を捧げ、一切をなげうって、学会のため、同志のため
につくしてきた。いよいよ、これからが総仕上げだと思っている。
 学会が、もう一歩、強くなり、永遠に発展するために、だいじなのは、幹部革命である。
 上の立場になって、人から何も言われなくなると、人間は往々にして悪くなる。格好よく見せよ
うとする。この点、幹部は、よくよく自戒しなければならない。
179
 どこまでも、学会のため、同志のための幹部である。もしも、ずるい幹部や威張る幹部が出たら
、皆がどんどん言わなければならない。正さなければならない。また、幹部自身も皆に、どんどん
言わせなければならない。抑えつけるのでは、よき人材はいなくなってしまう。
 牧口先生はつねづね、「下から上を動かせ」と教えられた。
 「上から下へ」ばかりではいけない。「下から上へ」積極的に意見を言っていく。そうゆう雰囲
気があってこそ、新しい前進が生まれる。
 「沈黙するということは、慎重なのではなく、臆病なのである。
 これは十九世紀、人権のために闘ったスペインの女性、コンセプシオン・アレナルの言葉である
。遠慮などいらない。言うべきことを、言わないのは、臆病である。想いきって言わなければ、か
わらない。皆が変革のための声をあげていく、堕落した幹部は厳しく正す。ここに、これからの長
い未来に向けて、学会を盤石にしていく重大な一点がある。
極悪と戦うことが最高の正義
 人間差別撤廃のために戦った、二十世紀のアメリカの女性、ヴァージニア・ダーは述べている。
 「邪悪への寛容は、さらなる悪を生み出してきたように思えるのです」
180
 「たとえ何が起ころうとも、悪人とは闘わなければならないと思うのです」
 学会員は人がいい。それにつけいる狡猾な悪人も出てくる。断じて、だまされてはならない。許
してはならない。
 邪悪に対しては、容赦なく責めるのだ。そうでなければ、こちらが損をする。徹して責めて責め
ぬいていくのである。
 極悪と戦うのが、最高の正義であり、最高の善なのである。
 悪に対しては、直ちに反撃する。これが大事である。
 ぐずぐずしていれば、悪は広がる。小さな兆候も、見逃してはならない。清浄な学会を守るため
に、リーダーは厳然と戦わねばならない。これまでも学会のおかげで偉くなりながら、私利私欲に
かられ、卑劣にも同志を裏切った人間がいた。
 「忘恩は重大な悪徳であって、われわれの堪えがたいもの」とは、古代ローマの代哲学者セネカ
の言葉である。私は、忘恩の人間と戦いながら、戸田先生を守りし、師の構想の実現のために、走
りぬいてきた。太陽は一つである。同じように、私にとっての師匠は、ただ戸田先生でしかない。
と決めて戦ってきた。広布を阻む、あらゆる悪を打ち砕いてきた。だから学会は、ここまで発展し
たのである。
181
信・行・学の大道を喜び勇んで 
 有名な「諸法実相抄」には仰せである。
 「行学の二道をはげみ候べし、行学たへなば仏法はあるべからず、我もいたし人をも教化候へ、
行学は信心よりをこるべく候」(御書 1361:11)
 この御聖訓のままに、信・行・学の大道を、喜び勇んで前進したい。そのなかで、新しい人材を
育てていきたい。折伏は難事中の難事である。たとえ、思うような結果がすぐには出なくても、く
よくよする必要は、まったくない。
 戸田先生は、厳然と断言なされていた。
 「苦しみにあえぐ民衆を、永遠に根本から救うことは、平凡な動機などでは考えられぬ大事業だ
。これ以上の大事業がどこにあるのか!」
 最極の仏の聖業を成し遂げていく誇りに燃えて、伸び伸びと、また朗らかに、そして自身に満ち
満ちて、「幸福」と「希望」と「平和」の対話を、幾重にも広げてまいりたい。
 日蓮大聖人は、千日尼に仰せである。
 「いよいよ信心を励んでいきなさい。仏法の道理を人に語ろうとする者を、男女僧尼が必ず憎む
182
であろう。憎むなら憎むがよい。法華経・釈迦仏・天台・妙楽・伝教・章安等の金言に身を任すべ
きである。如説修行の人とは、こういう人をいうのである(御書 1308p 通解)
 何があろうとも、ひるんではならない。退いてはならない。大聖人の毅然たる御心を拝すれば、
無限の勇気がわいてくる。ただ御聖訓のとおり、御金言のとおりに進んでいく。この「如説修行」
の実践にこそ、揺るぎない勝利の軌道がある。
「冬は必ず春となる」を証明しゆく人生を
 まだ、寒さは厳しい。豪雪地域で戦う同志に、重ねて題目を送りたい。
 「冬来たりなば、春遠からじ」である。
 開目抄には「一華を見て春を推せよ」(御書 0222:15)と仰せである。
 “人生の冬”もまた、胸中に太陽の仏法を抱いて進めば、必ずあたたかな春を迎えることができ
る。大聖人の有名な一節を、ともに拝したい。
 「法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる、 いまだ昔よりきかず・みず冬の秋とかへ
れる事を、いまだきかず法華経を信ずる人の凡夫となる事を」(御書 1253:16)
 人生は戦いである。勝たなければならない。また、必ず勝っていけるのが、この仏法であり、大
183
聖人の御約束である。皆さま一人一人が勝利の華を咲き薫らせてゆくところに、大いなる希望の春
は訪れる。
 戸田先生は言われた。
 「魔は、その人の試練のためなので、ちょうど柔道の先生に投げられ、投げられして、強くなっ
ていく様なものである。来たか、負けるものかと頑張れば、必ず難局も切り開かれる」
 また、「一番、苦労した人が、最後は、一番、幸福になるのが、正しい仏法の在り方である」と

 どうか皆さんは、「冬は必ず春となる」の一節を証明しゆく人生の劇を、快活に、愉快に、演じ
ていってください。

 戸田先生は宣言なされた。
 「結局、一対一の折伏が、広宣流布達成の鉄則だ。また、民主主義のルールに適った立派な方程
式ともいえる。地道にみえるが、これが最も堅実だ。この一波が二波になり、やがて千波、万波に
なり、広布は初めて達成されるのだ」
 そのとおりの道を、私たちは歩んでいる。
 結びに戸田先生と私が、幾度も語り合ったアメリカ・ルネサンスの哲人エマーソンの言葉を、婦
人部の皆さま方に捧げたい。
184
 「その日その日が、一年の中で最高の一日である」
 どうか、各地で奮闘されている同志に、くれぐれもよろしくお伝えください。
 皆さま方のご多幸とご健康とご長寿を、妻とともに、心よりお祈り申し上げ、私の記念のあいさ
つといたします。
                                 (東京・新宿区内)
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185
女子部・婦人部合同協議会
伸び伸びと楽しく女子部の新時代を

教学の研鑽はすべて自身の宝

 きょうは女子部の代表の皆さんが集って、ひと足早く春を呼ぶ開合となった。
 いつもいつも、本当にありがとう!心からご苦労さまと申し上げたい。
 またブラジルSGIの指導者の皆さま方も、遠くから、本当によく来られた。ブラジルは、偉大
な歴史をつくりあげてこられた。世界広宣流布の「模範のなかの模範」の前進を讃えたい。帰られ
たら、皆さまにくれぐれもよろしくお伝えください。
186
 「女子部は教学で立て」とは永遠の指針である。
 今、女子部をはじめ、世界一の若き哲学者の皆さんが、「青年部教学試験一級」に向けて、真剣
に研鑽されている。
 受験者も、それを応援する方々も、多忙のなかの尊い求道、本当にご苦労さまです。すべてが自
身の最高の宝となることを、どうか確信してください。あと、もうひと踏ん張りである。「体に気
をつけて、最後まで頑張れ!」と皆でエールを送りたい。
 今回の出題範囲の一つは、「観心本尊抄」である。この重書を日蓮大聖人がお認めになられたの
は、流罪の地・佐渡であった。しかも、御年五十二歳、当時とすれば、たいへんな高齢であられた
。最も厳しい状況のなかで、全人類が幸福になるための根本の軌道を、厳然としめしていかれたの
である。御本仏の大闘争をしのび、勇敢に信・行・学に励んでいただきたい。
学会の将来は女子部で決まる
 これからは、女子部の時代である。いちだんと力を入れてまいりたい。もう一度、本格的に訓練
し、新しい女子部をつくっていきたい。
 どんな団体も、女性を大事にし、育てたところには、永続的な発展の道が開けていく。学会の将
187
来も、女子部で決まる。女子部の成長が学会の発展に直結している。
 どうすれば女子部が拡大し、心広々と、伸び伸びと活動できるか。真剣に探究し、実行する時代
に入った。
 かりにも女子部を見下し、軽く扱うことがあってはならない。男性や婦人部に挟まれて、肩身の
狭い思いをさせてはいけない。最大に励まし、ほめ讃え、自信をもって進めるよう、各部が一体と
なって、応援していくべきである。
幸福を決めるのは“心”
 長い人生の経験のうえから、女子部の皆さんの将来のために、大事な話をしておきたい。
 結婚したら幸せで、結婚しないと不幸なのか。結婚が早い人は幸せで、結婚が遅いと不幸なのか
。そうではない。人生は、そう簡単ではない。複雑であり、非常に微妙なものだ。
 きょうまで幸せだった人が、明日は不幸の底に落ちるかもしれない。きょうまで不幸だった人が
、明日は一挙に運命が開ける場合もある。
 また、外からは幸せな境遇に見えて、じつは不幸に泣いている人がいる。外からは不幸な境遇に
見えても、生き生きと充実の人生を生きる人がいる。
188
 結局、幸福を決めるのは「心」である。これは唯心論をいうのではない。
 わが心こそ、仏界の生命がそなわる宝の器である。信行に励み、この仏界の生命をわき出してこ
そ、生涯にわたって確実な幸福の軌道を歩み、所願満足の人生を飾ることができる。
 日蓮大聖人は「さいわいは心よりいでて我をかざる」(御書 1492:04)と仰せである。
 皆さまは、この正しき人生を歩んでいただきたい。そのためには、学会という清浄な信心の世界
を、まっすぐに進んでいくことだ。

 「御義口伝」にはこう仰せである。
 「南無妙法蓮華経と唱える日蓮の一門は、一同に『皆、共に宝処に至る』のである。この『共』
の一字は、日蓮と『共』に進む時は必ず宝処に至る。『共』にすすまないならば、阿鼻大城に堕ち
るということである」(御書 734p 通解)
 わが創価学会は、日蓮大聖人の仰せのとおりに「信・行・学」に励み、御聖訓のとおりに「三障
四魔」「三類の強敵」と戦っている。そして御聖訓のとおりに「異体同心」の和合僧で、広宣流布
へ「勇猛精進」している。
 ゆえに、この仏意仏勅の創価学会とともに生きぬくことこそが、すなわち、日蓮大聖人とともに
宝処へ至る、唯一無二の道なのである。
189
よき先輩・よき友と創価の道を
 具体的には、女子部の皆さんは、よき先輩、よき友人を持つことである。そして、何でも、心お
きなく相談していくことだ。よき人と、離れてしまってはいけない。
 一人で問題を抱えたり、自分勝手になって、道を間違えてはいけない。
 悪友に染まれば、自分も悪へと堕ちていく。善友に縁すれば、自分も善の方向へ伸びていくこと
ができる。これが人間の世界であり、数多くの人生を見てきた私の結論である。
 結恨についても、決してあせる必要はない。
 結婚するかしないか、幾つで結婚するか――それらは、永遠の生命の次元からみれば、じつは小
さいことだ。それで、人生のすべてが決まってしまうのではない。一生懸命に、この信心を貫けば
、幸福にならないわけがない。
 女子部の皆さんは、安心して、この創価の道を、希望と勇気にあふれて進んでいただきたい。そ
して、婦人部・壮年部の先輩方は、誠実に、親身になって、女子部の皆さんの人生の相談にも乗り
、全力で応援していただきたいのである。
190
 かけがえのない青春である。一生の幸福の土台をつくる。大切な時である。
 よき師を求め、よき先輩から学び、よき同志と励まし合い、よき後輩を育てていくことだ。そし
て、父母を大切にしていただきたい。私は、女子部の皆さんに、「ウクライナのソクラテス」と呼
ばれた大哲学者スコヴォロダの言葉を贈りたい。
 「私は、裕福な人たちを哀れむ。彼らが、自らの欲するものを手に入れるなら、それもよかろう
。しかし、真の幸福者は、友を持つ者であり、私に友人がいるならば、私は自身を最大の果報者で
あると思うのだ」
 「真実の哲学」を持ち、「真実の同志」とともに、「真実の有情」を広げゆかれる創価の乙女た
ちこそ、いかなる富豪よりも、いかなる権力者よりも、「真実の幸福の大道」を歩んでいるのであ
る。
大先輩の模範の人生――多田時子さん
 きょうは、女子部の皆さんの大先輩であり、信仰者としての模範を示した、一人の同志のお話を
させていただきたい。多田時子さんである。
 ――それは、戸田先生が逝去された一ヵ月後のことである。多田さんは、一九五八年(昭和三十
三年)の五月三日、女子部長に就任した。
191
 当時、心ない世間は、「創価学会は空中分解するだろう」「壊滅するだろう」などと悪口を繰り
返していた。全国の同志たちも意気消沈し、不安を抱いていた。
 その、尤も大変な、最も大事な時に、多田さんは、私とともに厳然と立ち上がった。暗闇を豁然
と破って、朝日が昇りゆくように、女子部の行進を開始したのである。
 いつも背筋を伸ばして正義を叫び、師弟の道を語り、後継の育成を訴える。その英姿は、まさに
「創価のジャンヌ・ダルク」であった。
 多田さんが生まれたのは、大正から昭和へと、時代が変化する転換期、一九二五年(大正十四年
)である。
 九人きょうだいの末っ子であ、った。銀行の支店長をしていた父は、多田さんが幼い時に他界。
以来、一家は貧乏のどん底に落ちる。家屋敷も失った。そのうえ、彼女は病弱であった。結核をは
じめ、胃や腎臓や肝臓に、幾つも病気をかかえていた。
 高等女学校に入ったが、三年で中退、さらに残酷な戦争が、青春をめちゃくちやにした。
毎日毎日が発心だ
 食糧難、経済苦、病苦、そして、地獄のような空襲――。
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 「きょうも生きている。よくぞ生きのびることができた」
 「生きていること自体が不思議に思えるほど」の日々だったと、のちに多田さんはつづっている

 なんとか生き残って、終戦を迎えた。しかし今度は、柱と頼み、心の支えとしてきた最愛の母を
、病気で亡くした。母を頼りに生きていた多田さんは、希望を失った。
 ――どうして、こんなに苦しまなければいけないのか。人間は、苦しむために生まれてきたのか
。次々とおそいかかる宿命に、なすべくもなく翻弄され、若き多感な乙女は、いつしか深く絶望し
ていった。「道端に捨てられた、ボロ雑巾のような人生」とまで卑下していた。
 そうしたなか、職場の先輩に誘われて、東京・大田区の蒲田で、座談会に参加したのである。
 「だれでも必ず幸福になれる」という確信ある話と、皆が同じ目的を目指して生き生きと行動し
ている姿に、強く心を動かされたという。
 一九五一年(昭和二十六年)八月に入会。戸田先生が第二代会長に就任された年である。多田さ
んは二十五歳、宿命を転換するため、出発の夏であった。
 彼女が間借りしていた小さな部屋に、御本尊を御安置するため、女子部の班長だった私の妻も駆
けつけた。年齢は多田さんのほうが上であったが、妻は多田さんを包み込むように励まし、親切に
、またていねいに、信心の基本を教えていった。
 この同志愛を、多田さんは生涯の誇りとし、人生の宝としていかれたようだ。
193
 仏法と出あい、学会とめぐりあって、多田さんの人生は、文字どおり「暗」から「明」へ、一八
〇度、変わった。それまで床に臥しがちだった体も、目に見えて健康になっていった。光を見いだ
せなかった人生に、生きる希望の灯がともった。勇気がわいてきた。
 信心に確信を持った彼女は、真剣に学会活動に励んだ。
 戸田先生が手づくりで育てた女子部の人材グループ「華陽会」の一員にもなった。
 戸田先生は、両親に先立たれ、生活苦のなか健気に戦う彼女を、陰に陽に温かく見守っていかれ
た。そして先生は私に、多田さんを女子部の立派なリーダーに育てるよう、託されたのである。
 ある時、私は多田さんに言った。
 「毎日毎日が発心なんだ。日ごとに発心くていくんだよ」
 有名な御聖訓に「月月・日日につより給へ・すこしもたゆむ心あらば魔たよりをうべし」(御書
1190:11)とある。「日ごとに発心せよ」――この言葉を、彼女は終生、胸に刻んで進んだ。
率先の行動が人材を育てる
 彼女は、堂々たる「女子部革命」を成し遂げていった。女子部長を務めた五年間で、全国の女子
部の陣容を「五万五千」から「四十万」へ、じつに七倍以上に拡大したのである。
194
 その躍進を可能にした要因は何か。彼女は凛然と語っていた。「弟子の道に徹すること――組織
の発展の因も、一生成仏の因も、すべて、この一点に尽きます」と。「師弟不二の信心」こそ広布
発展の因である。
 また、彼女は「率先の行動」が」光っていた。
 “だれかにやってもらおう、という依存心があれば、人間は育たない。自分自身が懸命に戦いぬ
いていくとき、人材はわき出てくる”というのが、彼女の信条であった。
 その勇気と執念が、広宣流布の未来を開く「戦う女子部」を構築していったのである。
人と比べるな、自分が強くあれ!
 また彼女は寸暇を惜しんで家庭訪問と個人指導に励んだ。
 人一倍、苦労してきたからこそ、彼女の話は、皆の心に入った。
 「だれかと自分を比較したり、人を羨んではいけない」
 「慢心を起こしたり、心を複雑にしないこと」
 「自分自身を律する、強い生命力を!」
 一人一人の悩みの確信をとらえ、聡明な対話をひろげていった。
195
 多田さんは一九六八年(昭和四十三年)婦人部長となった。
 新出発にさいして、私は「婦人部は“生涯青春”でいこう」と呼びかけた。そのとおりに彼女は
、生き生きと若々しく、つねに次の人材に光を当てながら、新たな時代を創っていった。
 今も歌い継がれている愛唱歌「今日も元気で」がうまれたのも、彼女が婦人部長の時である。
 婦人部長を終えた後は、推薦を受けて政界に打って出た。「女性の時代」の先駆者として、衆議
院議員を一期、立派に務めている。
 そして、議員を引退するや、ふたたび、喜び勇んで、学会の最前線に躍り出て、さっそうと戦い
ぬいた。わが身をなげうって支援してくださった方々に、誠心誠意、ご恩返しをしていくのだ――

 この報恩感謝の心が、彼女の胸の内にはつねに燃えていた。
 総合婦人部長として、多くの方々の激励・指導に尽くした功労も光っている。
 さらに後年は、第二東京を担当し、今日の大発展の基盤を築きあげた。それは、大空を真っ赤に
染めぬく夕陽のような、荘厳な総仕上げの戦いとなった。
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 病魔との戦いは生涯続いたが、「病気のおかげで、真剣に戦える」と、あかるくはね返していっ
た。皆の前では、つらそうな様子は一切、見せなかった。そういう人だった。
 若き日の病弱な彼女を知る人は、“よくぞ七十五歳まで生きぬいた”と感嘆している。まさに「
更賜寿命」の仏法の法理のままに生きぬいた。
 どうすれば、広宣流布を進められるか。どうすれば、学会を永遠に守り、発展させていけるか。
真剣な彼女の思いは、強盛な彼女の祈りは、ただ、その一点にあった。
 人生の目的、判断の基準を、つねに「広宣流布」「創価学会」そして「師弟」に定めていた。ゆ
えに、何があっても揺るがなかった。彼女には、心の老いがなかった。年齢を重ねるごとに、ます
ます若々しく、凛々しく輝いていった。
「十」を目指し、たゆまぬ努力を
 あるとき彼女が、自分は「九」の数字が好きだと言っていたことが忘れられない。
 「『十』に一つ足りない」ところが好きだのだという。だから「十」を目指して努力する。そこ
に成長があり、希望があり、勝利があると思う、と。
 にこやかに語っていた。あの凛とした声が、今も耳朶に響く。「前進」の気概に満ちた一生を送
197
った彼女に、いかにもふさわしい言葉である。
 病気との戦いを続ける多田さんとご主人に、私は歌を贈った。
  晴ればれと
   夫婦の偉業は
     三世まで
    栄光燦と
      世界を光らむ
弟子の道を美しき感謝の心で
 多田時子さんが膵臓ガンで亡くなられたのは、それから四カ月後の二〇〇〇年十二月二日であっ
た。そのとき私は、マレーシアにいた。国立プトラ大学の名誉博士号の授与式やマハティール首相
との会見などの日程を終えた私のもとに、彼女の訃報が伝えられた。
 そして、彼女の最後の手紙が、ファックスで、海を越えて届いた。
198
 「創価学会創立七十周年の佳節を、心より御祝賀申し上げます。
 私こと、おかげさまで、入信以来、五十年。池田先生、御奥様の無限の御慈悲に包まれまして、
弟子の道の一分を、歩み抜かせていただきました。
 稀有の大師匠にめぐり会えました福運により、黄金の人生を、そして望外の至福の人生を、歩ま
せていただきました。
 この御高恩に対し、永遠に生死生死を繰り返しながら、必ずや、広布のお役に立ち、御深恩にお
応え申し上げる決意でございます。
 文は意を尽くさず、誠に申し訳ございませんが、一言、御礼を申し述べさせていただきました。
 心より、心より、感謝申し上げ、厚く、厚く、重ねて御礼申し上げます。
 池田先生、御奥様の愈々の御健康と、御長寿を衷心よりお祈り申し上げ、また創価学会の永久の
御発展を、強くお祈り申し上げます。               多田時子」
 これは、多田さんが亡くなる二週間ほど前に残された遺言である。病院のベットの上で居住まい
を正して口述し、ご主人が書き留めた。それを、さらに数日かけて推敲を重ねたという。
 そして、末尾に自筆で署名して完成したのが、二〇〇〇年の十一月十八日、創価学会創立七十周
年の記念日であった。
199
 訃報に接し、妻がすぐさま、マレーシアから弔電を打たせていただいた。
 美しき感謝の心と、永遠の闘争への決意にあふれた彼女の最後の言葉を、私はマレーシアの宿舎
の御宝前にお供えし、妻と二人でねんごろに追善の題目を送った。
 まっすぐな人生だった。戦いぬいた人生だった。澄みきった、すがすがしい人生だった。
 葬儀に参列した婦人部の方は、「まるで、ちょっと休んでいるような、本当に美しいお顔でした
」と感動していた。
 私たち夫婦の不二の同志である多田さんが逝いて、今年は七回忌である。
 参議院議員を務めた御主人は、今も学会活動に励み、意気軒高に戦っておられる。(2010年9月逝
去)
 多田時子さんが、わが子のように、そしてまた、わが妹のように慈しんで育てた後輩たちは、現
在の婦人部を立派に担っておられる。そしてそのあとには、すばらしき二十一世紀の女子部がさっ
そうと続き、創立八十周年の大行進を開始している。
嵐を突き抜けてこそ喜びがある
 ウクライナの女性の大詩人ウクラインカの詩を、女子部の皆さん方に贈りたい。
200
 「荒れ狂う嵐の中で生きたことのない人は、喜びも知らない
 無為に生きることの苦しみも知らない
 いかに、うらやましいことか
 戦いに、わが身を捧げている人たちが!」
 真の「幸福」は「充実」から生まれる。試練の嵐にも胸を張って、戦いゆく人生こそ、真の喜び
がある。ウクラインカは、毅然と言いきっている。
 「苦悩が心に激しい打撃を与え、力尽きんとするその時、
 魂が苦しみを打ち破り、夢から目を覚ます
 魂は、あらゆる障魔を打ち砕く」
 どんなに苦しいことがあっても、絶対に負けない力が、わが生命の奥には秘められている。
 その魂の真髄の力を最高最大に引き出していくのが、信仰である。妙法である。

 ウクライナの大哲学者スコヴォロダは論じている。
 「人間の奥底には、人間が成長するための内なる法則が存在する。だから、まず何よりも、自分
自身を見つけ出さなければならない。
 人間は、自分自身との闘いを始めるべきだ。なぜなら、人間の中には、至高の幸福を引き出す力
201
が秘められているからだ。
 人間の精神の道は、人間の中に秘められた不可思議な力を勝利させることである」
 世界の偉大なる知性の正義の叫びは、皆、創価の「人間革命」の思想と深く共鳴している。
 学会は正しい。学会活動は、絶対に正しいのである。
 きょうの集いは、「二十一世紀華陽会」である。女子部の皆さまに記念の和歌を贈りたい。
  幸福と
   勝利の城の
     誓いかな
    華陽の姫らは
      三世に光りて
ウクライナで初の座談会
 今、世界中で、人と人を結び、社会に信頼と友情を広げゆく希望の座談会が活発に繰り広げられ
ている。先日もうれしいニュースが届いた。それは、SGIロシア語の公認通訳である女性からの
202
報告である。彼女は、関西創価学園、創価大学を卒業、哲学博士号を持つ最優秀の方である。
 その報告によると、ヨーロッパの美しき「平和の先進国」ウクライナでも、わがSGIの座談会
が初めて開催されたというのである。
 ウクライナは、ロシア連邦の西隣にあり、南部には黒海が広がる。南部のクリミア半島は、世界
的な保養地としても有名である。現在、首都キエフ在住のメンバーは五人、座談会は、マイナス二
〇度以下の厳寒のなか、メンバーと二人の友人が参加して、首都キエフで、はつらつと行われた。
小さな集いのようであるが、まことに大きな歴史である。
 釈尊も、「鹿野苑」において、法を説き始めたときは、五人との語らいから出発した。
 日蓮大聖人は、広宣流布の方程式として、「日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱へしが、二人
・三人・百人と次第に唱へつたふるなり、未来も又しかるべし」(御書 1360:09)と仰せである。
「一人」が大切なのである。万波の勢いも「一人」からである。
 ウクライナSGIの中心者は、創価大学大学院を修了した男性である。私が「名誉博士号」を拝
受した「キエフ国立貿易経済大学」で、日本語を教えている教育者である。
 世界中で創価同窓の友が、社会のため、人々の幸福のために、わが使命の道を厳然と切り開いて
いる。それほど、うれしいことはない。「いつも本当にご苦労さま!ありがとう!」と、この場を
借りて、心から感謝申し上げたい。
203
世界に広がる「創価女性のスクラム」
 このウクライナSGIでも、女性の活躍が光っている。キエフ在住の五人のメンバーのうち四人
が女性である。それぞれ、グラフィックデザイナー、翻訳家、舞台美術専門家、大学教員として、
社会の一線ですばらしい貢献をされている。
 そして、この四人の女性に仏法を語り、入会に導いたのも、イタリア、フランス、日本の女子部
、婦人部の方々なのである。まさに、世界中、至ところで、創価の女性の幸福と平和のスクラムが
広がっている。
 ウクライナの座談会では有名な「日女御前御返事」の一節を拝読し、学び合ったとうかがった。
 「此の御本尊全く余所に求る事なかれ・只我れ等衆生の法華経を持ちて南無妙法蓮華経と唱うる
胸中の肉団におはしますなり、是を九識心王真如の都とは申すなり」(御書 1244:09)
 この究極の「生命尊厳」の法理が、今、地球上のすみずみで学ばれ、実践されている。日蓮大聖
人の御生誕の日である「二月十六日」を、広宣流布拡大の見事な上げ潮のなかで迎えることができ
、これほどの喜びはない。
 ウクライナといえば、コステンコ駐日大使ご夫妻とは、私も何度かお会いし、交友を結ばせてい
204
ただいている。コステンコ大使邸は、信濃町の学会本部の近くにあり、ご夫妻はSGIの思想を深
く理解してくださっている。
 ある時は、学会本部に喜々として集い来る学会員の姿が、じつに生き生きとしていてすばらしい
――とご夫妻で口をそろえて語ってくださった。不思議な縁のお二人であられる。
 日蓮大聖人は、御書のなかで、「男女はきらふべからず」(御書 1360:08)と述べられ、仏法を
弘めゆくうえで、男女は一切平等であると宣言しておられる。七百年以上前の時代に、本当にすご
205
いことである。
 大聖人は女性の門下を最大に大切にされた。激励の御手紙も多数認められている。
 学会も女性を大切にしてきたから、ここまで発展した。婦人部・女子部の皆さまが頑張ってくだ
さったから、世界的に発展したのである。このことを絶対に忘れてはならない。
 大聖人は、門下の四条金吾に娘が生まれたことを喜ばれ、「春の野に華の開けるが如し」(御書
1110:01)と仰せである。
 一家にあっては、娘は、まさしく「春の華」のような存在であるといってよい。学会にあっても
、女子部の皆さんが朗らかで、生き生きと輝いていれば、皆、大きな希望をもって、前進していけ
る。全体が明るく躍動していく。
女性の活躍が「発展の門」を開く
 また大聖人は、「女子は門をひらく」(御書 1566:01)とも仰せである。女子部の活躍が、学会
の永遠の「発展の門」を開いていく。「希望の門」を開いていくのである。
 深い使命をもった皆さまである。女子部は全員が尊き宝の存在である。婦人部をはじめ、先輩方
は、この女子部の友を、大切に育てていただきたい。
206
師のため、学会のために
 私は今、二十年先、三十年先、五十年先のことを考え、さまざまな構想を進めている。
 アメリカ創価大学などの教育機関の充実をはじめ、各国のSGIの発展など、その構想は多岐に
及んでいる。先のことを考えている。
 私は、戸田先生の時代から、わが身のすべてをなげうって、師匠のため、学会のために働いてき
た。戦いぬいてきた。先生を不当に中傷する者がいれば、ただちに反論した。その非を認めさせる
まで、正々堂々と、言論で戦った。
 最初は批判していた相手が、あとになって、“戸田城聖は、こんなに立派な青年を育てているの
か。創価学会は伸びるな”と言っていたこともあった。
 先生が事業で失敗し、莫大な借金を抱えたときも、私は一人、猛然と働いて先生を守りぬいた。
死力を尽くし、支えぬいた。借金も、すべて返した。
 戸田先生は、一面では本当に怖い。厳愛の師匠だった。弟子を甘やかさない。簡単にほめること
などない。しかし、勇敢なる言論で悪を打ち破った時には、「大作、悪いな。疲れているのに」と
、ねぎらってくださった。周囲に対しては、「大作を見ろ!」と、しかり飛ばした。
207
 先生と師弟の共戦には、本当の人間劇場のドラマがあった。思い出は深い。
 厳しい、鋭い人物眼を持った先生が、私を心から信頼してくださった。そして、「第三代会長を
守れば、学会は発展する」と遺言されたのである。
 これまでも、口先で偉そうなことを言う人間は大勢いた。学会利用の卑しい人間も、たくさん見
てきた。しかし私は、事実として学会のために、一切を捧げてきた。戸田先生が亡くなられた後も
、残された先生のご家族をお守りした。あらゆる攻撃を受けながら、世界広布の道を開いた。
 私自身のことではあるが、後世のため、言い残しておきたい。
どこまでも一人に尽くすのがリーダー
 リーダーは、どこまでも、会員一人一人を大事にしていくことだ。深い慈悲をもって接していく
ことだ。皆のために尽くすのが、リーダーである。組織の上に乗っかって、偉ぶったり、号令だけ
かけるような人間を許してはならない。
 広宣流布のために尽くして迫害され、弾圧された。牢獄へ行った――これが学会の三代の会長で
ある。それを、自分は一切、難を受けることもなく、偉ぶって、同志を苦しめる――そうした幹部
が出たとすれば、それは“魔物”である。恐ろしいことである。そうした人間に対しては、女性が
208
声をあげ、断固として戦ってもらいたい。
理想へ闘ったナイチンゲールと弟子たち
 戸田先生は、女子部に対して、よくナイチンゲールの話をされた。
 きょうも。「白樺グループ」の代表が出席されている。感謝を込めて、少々、ナイチンゲールと
その弟子の話をさせていただきたい。
 ナイチンゲールが始めた看護の近代化という変革を現場で実践し、広げていったのは、ナイチン
ゲールの教え子たちであった。その多くは、比較的恵まれた家庭に育った女性であった。今と違っ
て、看護の仕事がきわめて低く見られていた時代である。しかし、彼女たちは、ナイチンゲールの
理想に共鳴し、ナイチンゲールが創立した看護学校に、勇んで志願し、看護の世界に飛び込んでい
ったのである。
 師であるナイチンゲールと同じく、当初、彼女たちは、高慢で偏見に満ちた人間からのいやがら
せや圧迫が絶えなかった。彼女たちは一つ一つ、ナイチンゲールに報告した。
 ナイチンゲールもまた、大切な教え子たちに、励ましやアドバイスを惜しまなかった。
 彼女たちは、ナイチンゲールに見守られるなか、希望に燃えて、誠実に、粘り強く、看護の改革
209
を成し遂げていったのである。

 教え子の一人に、ナイチンゲールに、こう手紙を書き送っている。
 「難儀なことはいっぱい、いろいろありますが、決して絶望はしません」「世間のどんな人と比
べてみても、今の私はしあわせのように思っています」
  偉大な師の弟子として尊き信念に生きぬく青春はいかに苦労が多くとも、何ものにもかえがた
い喜びと誇りにあふれていた。
 ナイチンゲールのもとで、訓練を受けた教え子たちの姿は、周囲にすがすがしい感動を広げた。
 教え子たちを讃える手紙や声は、師であるナイチンゲールのもとにも寄せられた。
 「あなたの弟子の一人は、あなたのお名前で知られている管理システムの実践を真剣に心がけて
おられる」
 「最初、あなたの教え子たちを迎えて看護の改革を行うことに、病院内では、反対の声をあげる
むきもありましたが、今では改善を進めるために仲よく協力してゆく気持ちに変わってきていると
おもっています」等々。
 一人の女性が光れば、すべてが変わっていく。うれしいことに、私のもとにも、連日、女子部の
方々のすばらしい人柄と振る舞いに、感嘆の声が寄せられている。
210
 さらにまた、ナイチンゲールへの手紙のなかには、教え子たちを批判し、排除しようとして騒い
だ人間が、もともと「騒動を起こすくせのある人物」であり、「信頼のおける見解の持ち主でない
」こと、そしてまた、教え子の「すぐれた性格を理解する能力がない連中」にすぎないと見破った
公正な声もつづられていた。
 ナイチンゲールの弟子たちは、たがいにうるわしく励まし合った。けなげに頑張っている仲間や
、病に苦しむ仲間などがいれば、その様子を、師であるナイチンゲールに報告し合った。また、先
輩が後輩を大切にした。
 ある先輩は、一人の後輩を讃えて、ナイチンゲールにこう書き送っている。
 「後輩がいてくれたのは大きなプラスになりました。頭も気だてもよく明るいと、あんなに三拍
子そろった人は、まずこれまで見たことがありません」
 大きな心で後輩を讃えていける人が、人間としても、先輩としても立派なのである。
たがいに最高の「善知識」に
 ナイチンゲールの一人の弟子が、看護の現場で、理想と現実のギャップに悩み、くじけそうにな
ったことがある。しかし、彼女はふたたび立ち上がった。真剣に奮闘する先輩の姿に心を打たれた
211
からである。その後輩は、ナイチンゲールに勇んで書きつづっている。
 「私は、きっぱり看護の仕事を看護の仕事をやめてしまう気になっていた矢先に、先輩のプリン
グルさんの病床に転勤になったのです。ここでは万事違っていました。私は彼女を自分のお手本に
しました」
 「彼女にはうわべだけの奉仕は見られません。プリングルさんには、自己本位のところがなく、
あるいは周到なまでの良心だけ、この人の病床には外科医も看護助師も患者も見習生も、すべての
人が彼女がひきあげているという一種のムードがありました。彼女の経験の前には外科医でさえ、
患者についての助言を求めるほどでした。そこで私も永久にこの仕事をつづけたいと、思いなおし
たのです。
 わが女子部の創価姉妹の世界も、うるわしい友情と励ましの触発に満ちあふれている。

 御聖訓には、「たとえ、ふがいない者であっても、助ける者が強ければ倒れない、少し強い者で
も、ひとりであれば、悪い道では倒れてしまう」(御書 1468p 通解)と仰せである。
 そして、「仏になる道は、善知識にまさるものはない」(御書 1468p 通解)
 どうか、女子部の皆さん方も、たがいに最高の「善知識」となって、先輩は後輩を慈しみ、後輩
は良き先輩に何でも相談しながら、異体同心の理想の前進を進めていっていただきたい。
212
 ここで、ナイチンゲールの言葉を贈りたい。
 「後半生に向かってその土台を築きつつある今こそ、私たちの人生にとってまさにいちばん大切
な時なのです」
 「この世界を変えることのできるもの、それはあくまで自分が模範を示すことになるのです」
 すべてが、自分自身の「人間革命」から始まる。人がどうあれ、周りがどうあれ、自分自身が、
生き生きと、伸び伸びと、さわやかに成長していけば、そこから、一切は開けていくのである。
『赤毛のアン』に「希望」のメッセージ
 先日、「ボストン二十一世紀センター」の代表が、カナダのプリンス・エドワード島大学で学長
を務めたエリザベス・エパリー博士から寄せられた声を、報告してくれた。
 エパリー博士は、小説『赤毛のアン』で有名な女性作家であるモンゴメリ研究の第一人者で、モ
ンゴメリ研究所の創設者であられる。
 博士は、物語の主人公の「アン」について、こう語っておられた。
213
 「アン」は、すべての人から、それぞれが持つ最良の価値を引き出すことのできる“開かれた心
”を持っていました。その“開かれた心”ゆえに、人々の“閉ざされた心”を開くことができたの
です。ゆえに、池田SGI会長が言われるように“開かれた心”による“開かれた対話”こそが、
大切なのです。
 では、『赤毛のアン』の物語が、なぜ、世界の多くの人々に愛され、今なお読み継がれているの
か、博士は、その理由を、こう洞察しておられた。
 「それは、物語の中に『希望』というメッセージがあるからです。そして、その『希望』とは、
“何があっても希望を失わない”という意味の希望です。その意味で、人生に失望するということ
は、大きな“悪”であるとさえ言えるのです。希望とは、“心の闇”と戦い続けることでもあるの
です」
 そして、博士は、こうした洞察を通して、『赤毛のアン』をはじめとするモンゴメリの作品の底
流にある思想は、じつはたいへんに仏法的なものです」とも、述べておられたという。
 まさしく、仏法は、「希望の哲学」であり、「幸福の哲学」である。
 わが女子部は、この究極の“希望の炎”を赤々と燃え上がらせながら、「アン」のごとく朗らか
に、そして愉快に、新たな友情と対話の輪を広げていっていただきたい。
214
 ところで、モンゴメリの著書を発刊していた出版社が、彼女を欺き、その作品によって不当な利
益を得ようとしたことがあった。出版社側は、著書の出版をめぐる契約について不当な主張を行い
、それを承諾しなければ裁判に訴えると脅しをかけてきた。
 裁判には、多大な費用がかかる。こうして脅せば、モンゴメリはひきさがるだろう――その本質
には、女性を見下した傲慢があったに違いない。しかし、不正な要求と権利の侵害に対して、モン
ゴメリは決然と立ち上がる。
 法廷では、相手が卑劣な嘘の証言を行ったこともあった。しかし、彼女は断固として「真実」を
訴え、困難な法廷闘争を戦いぬいた。モンゴメリはつづっている。
 「わたしのなかの何かが、不正とごまかしに対し黙ってはいられない」
 「わたしは闘争心を盛り上げて、彼らのおどしなどには目もくれず、とことんまで戦う決意をし
たのです」「降参するつもりなど全くありませんでした」「私たちは前進を続けたのです」
 「わたしは真実を話していましたし、恐れずに話しましたので、彼はわたしに打ち勝つことはで
きなかったのです」
 闘争はおよそ十年にわたり、断続的に続いた。そして、悪質な脅しや、卑劣な嘘の証言をはね返
して、見事、勝利の判決を勝ち取ったのである。
215
 不正や嘘に対して、黙っていてはいけない。女性だからといって遠慮する必要はない。大切なの
は、勇気をもって戦うことだ。正義の声をあげることだ。それが、時代を変える原動力になるので
ある。
本当の幸福は「心の財」に
 ここで、モンゴメリの著作から、わが女子部の皆さま方に、幾つかの箴言を贈りたい。
 彼女は、ある小説で登場人物に語らせている。
 「私は地位も富も権力も手に入れた。だがね、そんなの成功とはいえないんだよ」「どれもこれ
も、大きな子供の玩具だよ。そんなもので、魂は満たされない」
 地位や富や権力は、はかない。簡単に消えてしまうものである。また、これらを手にしたからと
いって、本当の幸福を得られるとは限らない。むしろ、虚栄や虚飾にとらわれて、不幸の人生へと
落ちていく場合もある。信頼できる友人もなく、さびしい人生を送る人もいる。
 御聖訓には、厳然と仰せである。
 「蔵の財よりも身の財すぐれたり身の財より心の財第一なり」(御書 1173:15)
もちろん、豊かになり、社会的に活躍していくことも重要であろう。しかし、何よりも大切なのは
216
「心」である。そして「信心」である。
 大聖人は、「ただ心こそ大切なれ」(御書 1292:14)と仰せである。
 どんな立場になっても、友のため、人々の幸福のため、広宣流布のために生きぬいていく。何が
あっても、学会とともに、同志とともに歩みぬいていく。そう決めて進む「心」に、無量の福徳が
薫っていくのである。幸福の人生がらんまんと花開いていくのである。
青春の苦労は最高の宝
 また、モンゴメリはつづっている。
 「どんな人の人生にも憂鬱と落胆の日々があるだろう。そんなとき、人生の何もかもがつまらな
く思えるのだ。晴れ渡った日にも雲はある。けれど、いつでも空に太陽があるということを忘れて
はいけない」「冬のあとには、私たちを悲しませない次の人生の春がくる」
 最高の青春の道を歩みゆく皆さんは、わが胸中に妙法という「希望の太陽」が、厳然と輝いてい
ることを忘れてはならない。必ず「希望の春」が来ることを忘れてはならない。
 モンゴメリは、こうも記している。「これまでわたしが経験した困難や、いろいろな事に際して
217
徹底的に苦痛を味わったおかげで、他の人々の失敗や苦闘や試練に対して、(中略)ずっと思いや
りを持つようになりました」
 今は、苦労も多いかもしれない。重いどおりにならないことばかりかもしれない。しかし、若き
日の苦労は最高の宝である。すべてが、自分を強く、大きくする糧となっていく。多くの人々を包
み込んでいくための力となっていく、また、必ず、そうしていけるのが仏法である。

 さらに彼女は小説のなかで、主人公のアンに、こう語らせている。
 「どんな子にも何かしらいいところがあるのだよ」
 「教師のつとめは、その長所を見つけて、伸ばしてあげることだよ」
 人材育成において大切なのは、一人一人の長所を見つけ、それをほめ讃えていくことだ。伸ばし
ていくことである。
 『アンの青春』のなかで、アンの歌う詩の一節にこうあった。
 「朝ごとに、すべては新しく始まり
 朝ごとに、」世界は新しく生まれ変わる
 また、この詩の続きには、「今日は新しく生まれ変わる好機」とある。
 どうか皆さまは、同志とともに、一日また一日、生まれ変わっていくように、新鮮な息吹で前進
218
していただきたい。人と比較する必要はない。あくまでも、自分らしく、粘り強く進めばよい。ま
た、途中の姿で一喜一憂することもない。最後に勝てばよいのである。そして、絶対に勝っていけ
るのが、妙法である。
 大聖人は仰せである。
 「法華経の行者が、法華経を受持する所を『当詣道場』というのである。この娑婆世界を去って
、極楽浄土等の他の国土へいくことはない」
 仏法では「本有常住常寂光土」と説く。今いる使命の舞台で、最高の勝利者となり、最高の幸福
者となっていくことができる。そして、一家も、地域も、すべてを生き生きと変革していけるので
ある。
 幸福は、自分自身で決まる。自分の心で決まる。強い心を持てば、景色が一変する。何を見ても
違って見える。強くあることが幸福なのだ。何ものにも侵されない強い生命へと磨きぬき、鍛えぬ
いていくことが、この信心なのである。
わが生命に幸福の宮殿を輝かせ
 まもなく、待望の「創価女子会館」が信濃町に誕生する。会館の壮麗な全容も見え始めた。
219
 このほど、女子部の皆さまの強い要請にこたえて、私の妻が、同会館の「名誉館長」に就任する
ことが決まった。わが女子部の新たな宝城の誕生を、私も妻も、何よりも楽しみにしている。皆さ
んが思う存分に活動できるよう、私たち夫婦は、これからも全力で応援していく決意である。
 「御義口伝」には、「南無妙法蓮華経と唱え奉るは自身の宮殿に入るなり」(御書 0787:02)と
説かれている。妙法を唱え、広宣流布に生きゆくことは、わが生命に、また、友の生命に、金剛不
壊の「幸福の宮殿」を輝かせていくことである。どうか、希望あふれる女子会館の建設の槌音とと
もに、はつらつと、堂々と、わが宮殿を荘厳していってもらいたい。
 ともあれ、女子部の輝かしき朗らかな前進が、確かなる広宣流布の前進だ。わが女子部の皆さん
は、全員が一人ももれなく、「健康博士」たれ!「幸福博士」たれ!「勝利博士」たれ!――妻と
ともに、そう心から念願して、記念のスピーチとさせていただきたい。
 どうかお父さん、お母さんにも、よろしくお伝えください!
 きょうは、本当にありがとう!
                             (東京・信濃文化センター)
060219top
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最高協議会
生涯、師弟の道に徹しきれ

戦いぬく!その心を継承

 原点に返れ!ここに、すべての発展の道がある。
 学会が創立八十周年へ道を開きゆく今、大事なのは、創立以来の原点である「師弟」の道に徹す
ることである。一生涯、師弟の道に徹しきる。その輝く模範を、先輩は後輩のために残していって
いただきたい。
 きょうは、大切な恩師の指導を学び、また未来への指針となる御聖訓を拝したい。
221
 戸田先生は言われた。
 「われわれには信心があるのだといって、手をこまねいていれば、油断がおきる。戦いには必ず
相手がいるのであって、慎重に万全の対策を立てるべきだ。
 四条金吾が敵にねらわれて危険な状況にあったとき、日蓮大聖人は至れり尽くせりの御注意を、
こまごまと、おしたためになられたではないか。まさに『用心あるべし』の御金言をかみしめるべ
きである」
 戸田先生は戦時中、投獄され、軍部権力と戦いぬかれた。ひとたび難にあうと、てのひらを返し
たように裏切る者がいた。師を罵倒し、去っていく者もいた。それを語る先生の声は憤怒に燃えて
いた。学会のおかげで偉くなりながら、傲慢になり、同志を苦しめる人間には、「恩を知らない、
不知恩の輩だ」「学会よりも、自分のこと、個人のことを大事にする連中だ」と激怒された。
「心の毒気」を吹き払え」
 先生は、学会のうるわしい和合を破ろうとする者がいたならば、青年部が、ただちに戦えと厳命
された。
 「いくら立派そうに見えても、悪に対して、弱い人間、悪と戦わない人間は、結局、ずる賢い人
222
間だ」
 これが恩師の未来への警鐘であった。最高幹部の皆さまであるゆえに、あえて厳しく言い残して
おきたい。悪と戦わなければ、悪を容認し、悪に加担するのと同じである。それは、すでに師弟を
忘れ、信心を食い破られた姿だ。その根底は、「臆病」であり、「保身」であり、「背信」である
。その「心の毒気」は、いつしか蔓延し、尊き信心の和合を壊していく。
 「もう、これくらいでいいだろう」――そんな中途半端な心が毛筋ほどでもあれば、悪の根を断
ち切ることなどできない。毒気は断じて一掃し、吹き払わねばならない。「戦う心」が清浄な伝統
をつくる。最後の最後まで、邪悪をすべて根絶するまで、正義を叫びぬく。この戦う学会精神を、
身をもって未来に継承していただきたい。
 「学会に腰抜けの人間はいらない。悪への怒りなき者は去れ!私は、最後の一人になっても戦う
!」
 これこそ、惰弱な幹部に対する戸田先生の痛烈な叫びであった。
退転者の末路は御書に明らか
 日蓮大聖人の仏法は、「一人の人間革命」を成し遂げ、ついには全人類の宿命の転換をも可能に
223
する。「希望の大法」である。しかし、せっかく、この大仏法にめぐりあいながら、何か起こると
、心ゆらぐ弟子もいた。いくら大聖人が弟子たちのために真剣に祈られても、弟子のほうが「不二
の心」でなければ、祈りはかなわない。
 御書には、こう仰せである。
 「あなたがたはそれぞれに、日蓮の大切な味方である。ところが、私が頭を砕くほど真剣に祈っ
ているのに、今まで明らかな現証がないのは、このなかに心の翻る人がいると思われるのである。
思いの合わない人のことを祈るのは、水の上に火をたき、空中に家を建てるようなものである」(
御書 1225p 通解)
 御書には、信心退転の者の末路が、いかに悲惨であるか、繰り返し述べられている。それは、断
じてそうなってはならないとの厳愛の御指導と拝せよう。
 身は退転していなくても、心が退転している者。
 自分が退転するだけでなく、同志を悪道に退転させる者。
 あろうことか、師匠を誹謗し、広宣流布を破壊する者。
 そうした人間の姿が、御書に厳然と留められている。少々、長くなるが、心して拝したい。
 「法華経を経文のように持つ人々であっても、法華経の行者を、あるいは自分の貧り・瞋り・癡
の三毒の煩悩のために、あるいは世間的なことに寄せて、あるいはさまざまな行動を見て、憎む人
224
がいる。この人は、法華経を信じていても、信ずる功徳はない。それどころか、かえって罰を受け
るのである」(御書 1247p 通解)
 「この法門についた人は数多くいたけれども、公私ともに大難がたびたび重なってきたので、一
年、二年はついてきたものの、後々には、皆、あるいは退転し、あるいは反逆の矢を射た。また、
あるいは身は堕ちなくても心は堕ち、あるいは心は堕ちなくても身は堕ちてしまった」(御書 118
0p 通解)
 「はじめは信じていたのに、世間の迫害が恐ろしくて、信心を捨てた人は数知れない。そのなか
には、もとから誹謗していた人々よりも、かえって強く誹謗する人々もまた多くいる。仏の在世に
も、善星比丘などは、はじめは信じていたけれども、後に信心を捨てたばかりでなく、かえって仏
を誹謗したゆえに、仏の大慈悲をもってしても、いかんともしがたく、無間地獄に堕ちてしまった
」(御書 1088p 通解)
 「日蓮を信ずるようであった者どもが、日蓮がこのような佐渡流罪という大難にあうと、疑いを
起こして、法華経を捨てるだけでなく、かえって日蓮を教訓し、自分のほうが賢いと思っている。
このような歪んだ心の者たちが、念仏者よりも長く阿鼻地獄に堕ちたままになることは、不憫とし
かいいようがない」(御書 960p 通解)
 「歪んだ心の者たちが『日蓮さんは私たちの師匠はであられるが、あまりにも強引だ。私たちは
225
師匠と違って柔らかに法華経を弘めましょう』と言うのは、ホタルの光が太陽と月を笑い、蟻塚が
華山を見下し、井戸や小川が大河や大海を軽蔑し、小鳥のカササギが偉大な鸞鳥と鳳凰を笑うよう
なものである。笑うようなものである」(御書 961p 通解)
 いまだ勝れた法を得ていないのに、それを得たと思いあがる。この「増上慢」を仏法は厳しく戒
めている。「開目抄」には「智慧がない者は、増上慢を起こして、自分は仏と対等だという」(御
書 226p 通解)と摩訶止観の言が示されている。惰性になるな!我見になるな!増上慢になるな
!この大聖人の叫びを、断じて忘れてはならない。
御書の利剣を抱き、民衆よ強くなれ
 日々、御書を拝することだ。民衆よ強くなれ!民衆よ賢明になれ!そうした悲願が、御書には脈
打っている。
 人権の確立も、社会の改革も、その根本の指標は御書のなかにある。
 二十一世紀は、苦しんできた民衆が、晴ればれと歴史の主役に躍り出る時である。御書の利剣を
高々と掲げ、新しい時代を切り開いていきたい。
 私の心には、恩師の力強い声が響いている。
226
 「私が打てる手は、全部、打っておいたぞ。あとはお前が、思う存分、戦いまくれ!勝って勝っ
て、勝ちまくれ!」
 未来の勝利をつくるのは今である。いよいよ次の人材を育てながら、異体同心で、永遠の発展の
道を築いてまいりたい。
                                (東京牧口記念会館)
060220top
227
第二総東京代表協議会
先手は必勝、後手は敗北

一日一日が真剣勝負

 一日一日が、勉強である。一日一日が、改革である。
 一日一日が、人間革命である。一日一日が真剣勝負である。
 リーダーはつねに情報を共有し、意見を交換しながら、良き智慧を出し合い、的確な改革の布石
を打ってまいりたい。
 イギリスの歴史学者トインビー博士は語っている。
228.
 「変革の必然性に対処する建設的な方法は、変革がぬきさしならなくなってくる以前に、自発的
に変革を行うことである。われわれが行動を起すのが早ければ早いほど、われわれの選択の範囲は
広くなるだろう」
 大事なことは、「先手」を打つことだ。手を打つべきときに、手をうたないことを、「後手」と
いう。ゆえに、指導者が安閑としていては、時代に取り残されてしまう。
 インドの大詩人タゴールは言った。
 「頭を働かせない者は、わずかな変化をも受けつけない固定化した習慣になじんでしまうのであ
る」
 つねに頭脳を回転させて、斬新な発想をしながら進むことだ。硬直した習慣は一つ一つ見直して
、柔軟に変化させ、日々、生き生きと脱皮していくことだ。
生涯、広布の最前線に
 学会は広宣流布のための「折伏の団体」である。どこまでいっても弘教・拡大が根本である。平
和・文化・教育などの各分野で活躍するリーダーも、この根本を忘れてはいけない。
229
 地道に拡大を進める広布の現場から離れてはいけない。それでは偉大な功徳は出ない。折伏精神
を失い、見栄ばかり張って、要領を使うようになると、やがて信心がおかしくなってしまう。生涯
、広布の最前線に立つことだ。
 六十代、七十代になっても、「こういう自分になろう!」と目標をもち、生き生きと、同志とと
もに進む。組織の現場に入り、ともに苦労し、ともに弘教に取り組んでいく。
 そこに永遠の功徳がわく、信心の大きな喜びがあるのである。
師子のごとく堂々たる大前進
 日蓮大聖人は、仰せになられた。
 「師子の声には一切の獣・声を失ふ」(御書 1293:01)
 「日天東に出でぬれば万星の光は跡形もなし」(御書 1393:03)
 師子のごとく堂々と、そして、旭日のごとく、赫々たる、第二東京の勝利、勝利の大前進を讃え
たい。本当におめでとう!
 見事な歴史を残してくださいました。各区のうるわしい団結があったことも、全部、分かってお
ります。尊い健闘を、心からねぎらい、感謝申し上げたい。
230
第二総東京は拡大の電源地たれ
 フランスの信念の文豪ロマン・ロランはつづっている。
 「年齢とともに進歩し、別のものに、より偉大なるものになるよう不断の努力によって、自己の
真の進歩をみるのです。どの年齢にも、その務めがあります。
 個人も、団体も、一年また一年、堅実に前進し、発展の前進を刻んでいかねばならない。
 そのために、どこに力を入れ、どこを伸ばしていけばよいのか。その新たな飛躍のためのフロン
ティア――開拓の最前線を、明確に見定めていくことが大事となる。
 植物にも、「生長点」と呼ばれる組織がある。すなわち、根や茎の先端部にあって、次々に細胞
分裂を繰り返し、新しい細胞をつくり出している場所である。
 大宇宙にも、新しい星が続々と誕生している際立った星雲がある。
 次元は異なるが、広宣流布の組織においても新たな人材がきら星のごとく光り輝いていく拡大の
電源地がある。否、その電源地をつくり出していかねばならない。
 私は、その希望の大地を、ここ「第二総東京」と定めたのである。
231
 私は、この第二総東京を揺るぎなく確立するために、決然として、立川文化会館へ向かった。そ
して指揮を執り始めた。
 一九七七年(昭和五十二年)の師走、十二月二十三日、開館記念勤行会に出席して以来、幾たび
となく足を運んだ。
 本部にいては、分からない。まず動くことだ!まず語ることだ!
 そして、この前途洋々たる第二総東京の未来構想を広げていきたい。
 すばらしい第二総東京を隆々と栄えさせていただきたい――こう強く深く、私は決心していた。
 ここ第二総東京には、非常に優秀な人材が多い。そしてまた、まれに見る仲のよい異体同心の団
結がある。
 「ここに二十一世紀の広宣流布の新たな大城を!」「ここに二十一世紀の教育と文化の大拠点を
!」と、私は展望しながら、盤石な基礎を築きあげていったのである。
 その私の真情を知る人は、少なかった。しかし、私は第二東京の大建設を断行したのだ。
 私が還暦を迎えたとき、九十三歳の松下幸之助氏が、「もうひとつ〈創価学会〉をお作りになら
れる位の心意気で」と、心温まる祝詞を寄せてくださったことがある。
 私にとって、まさしく第二総東京の建設は、第二の創価学会をつくる決心での大事業であったこ
とは間違いない。
232「
世界が仰ぎ見る大城
 うれしいことには、今や第二総東京は、東京二十三区とともに、日本中、世界中が仰ぎ見る、す
ばらしき大城となった。
 ここ八王子も、創価大学が誕生した当時と比べて、人口が倍増している。まさに隔世の感を覚え
る。社会的にも、さらに大発展しゆく要因が満ち満ちている。
 新しく完成した八王子の歌「世界の宝 創価城」に「今 前進の 八王子」と高らかに歌われて
いるとおり、伸びゆく青年の情熱にあふれている。
 大聖人は「かかる者の弟子檀那とならん人人は宿縁ふかしと思うて日蓮と同じく法華経を弘むべ
きなり」(御書 0903:07)と仰せになられた。
 創価学会常住の「大法弘通慈折広宣流布大願成就」の御本尊は、厳然と、ここ東京牧口記念会館
に御安置されている。
 この偉大な使命を帯びた第二総東京から、次の五十年へ「大法弘通」そして「慈折広宣流布」の
新たな大波がひろがりゆくことを、私は確信してやまない。
 ともあれ、自分自身の人生においても、自分たちの組織においても、現状に満足することなく、
233
つねに“もう一つの大城”“第二の大城”をつくりあげていく気概をもって、大発展の歴史を残し
ていきたいものである。
師弟に生きぬく人生――横山大観
 八王子から見る、白雪の富士は美しい。
 富士を数多く描いた、近代日本画の大家に、「横山大観」がいる。私も東京富士美術館で大観の
富士の名画を鑑賞したことを思い出す。
 「富士」は「不二」とも書かれる。
 「師弟の関係というものは、まことに美しいものです」
 横山大観は、この言葉をそのままに、美しき不二なる師弟の道を生きぬいた一人である。
 大観が終生、敬愛し続けた師匠とは、近代日本美術の父と謳われる「岡倉天心」である。
 青春時代、天心の著作に親しんだことは、私にとって懐かしい思い出だ。天心とタゴールの深き
交友も有名である。
 天心は、みずから創設にかかわった東京美術学校の校長を務め、大観をはじめとする幾多の逸材
234
を薫陶していた。ところが、ある事件をきっかけに、精魂をかたむけた美術学校の校長を辞職せざ
るをえなくなった。
 天心が校長の職を追われようとした時、決然と抗議に立ち上がったのが、大観ら弟子たちであっ
た。弟子の教員たちは辞表を提出し、連名で声明書を発表した。その趣旨は、つぎのようなもので
あった。
 ――人身攻撃をもって岡倉先生を排斥した行動は、じつに恥ずべきことである。そもそも、岡倉
先生は、長く美術教育に尽力してこられた。この美術学校も、先生が創設に奔走されたものである

 その先生の労苦と功績を忘れ、不当な罪、人身攻撃を理由に、校長職を奪うとは!
 ならば、先生の恩を受けた者が、この不正を傍観し、学校の職にとどまることはできない――
 そして、多くの弟子たちが実際に、職を辞したのである。
 どこまでも、恩ある師匠とともに――弟子・大観の心は決まっていた。
 私には、牧口先生が時の権力者の横暴によって、小学校の校長を追われたとき、師をお守りして
行動をともにされた、戸田先生の姿が思い出される。
 大観は天心が健在なときも、亡きあとも、師匠の恩を絶対に忘れなかった。恩師を宣揚し、恩師
の事業を発展させるために、終生、戦っていった。師匠の偉大さを叫びきっていったのである。
 のちに、天心が新しい美術教育の機関を設立した時も、大観は即座にはせ参じた。
325
 大観は記している。
 「岡倉先生というお方は、本当に偉い人でした。時がたてばたつほどその偉さがわかってきます

 「顧みますと、私は実に岡倉先生から厚い恩誼を享けています」
 「このありがたい先生のご期待に背くまいと、私はただ脇目もふらず、一筋に芸術への精進をつ
づけて来ました。今日、私がこのはかり知れない先生のご恩誼にお報いすることのできるものとい
えば、それはこの芸術の精進という一事以外には何物もありません。
 先生が年若くして亡くなられたとは申しますものの、先生のご精神はいささかも亡びず、今なお
生きていられます。先生はいつもいつも私を見守っていて下さいます」
 師弟の道に生きぬく人生は、美しい。
 師匠というのは、弟子の一生の勝ち戦のために、希望と力を贈ってくれる存在である。
 大観の言葉には、師への深い感謝の思いがあふれている。
永遠の発展の道は師弟の精神に
 仏法の真髄もまた、師弟にある。
 妙法流布の先頭に立ち、軍部権力の弾圧をはじめ、あらゆる大難と闘いぬいた牧口先生。弟子の
236
戸田先生は、牧口先生と一緒に牢獄まで行かれた。そして一人、生きて牢獄を出て、学会の再建に
立ち上がられたのである。
 本当に偉大な先生であった。私は戸田先生を師匠と仰いだ。戸田先生の事業が破綻で苦境にある
時も、わが身をなげうって支えぬいた。戸田先生を守ることが学会を守ることになる。広宣流布を
進めることになる――この思いで戦い、断じて勝った。先生は、私を見つけ、育ててくださった。
私を大事にしてくださった。そして、学会の一切を私に託されたのである。
 学会の発展の根本は、三代の師弟の闘争にある。この「師弟の精神」がある限り、学会は永遠に
発展の軌道を進んでいくことができる。このことを絶対に忘れてはならない。
インチキな人間は追放せよ
 私は青年時代、学会や戸田先生への不当な中傷は絶対に許さなかった。「真実の剣」「言論の剣
」を掲げて、真剣に戦いぬた。忘れ得ぬ歴史である。
 戸田先生は、悪い人間に対しては、それはそれは厳しかった。将来、学会のなかから反逆者が出
ることを予見され、「インチキな人間は追放しろ」と遺言のごとく語っておられた。
 残念ながら、その後、同志のおかげで社会的に偉くなりながら、学会に反逆し、恩を仇で返す卑
237
劣な人間が現れた。
 「人間の最大にして最多の悲惨は、不幸以上に人間の不正に基づいている」とは、ドイツの哲学
者カントの言葉である。尊き同志をバカにし、陰に隠れて不正をなすような人間、私利私欲を貪る
ような人間を絶対にゆるしてはならない。
 また、フランスの文豪・ロマン・ロランは、小説のなかでつづっている。
 「自分たちと同じようにひたすら正義のための熱意にうごかされているものとばかり彼らが信じ
ていた人々を、彼らのたたかいの僚友であった人々が、ひとたび敵に敗退するやいなや、利剣に飛
びつき権力を独占し、栄誉と地位をかっぱらい、正義をふみにじるありさまを彼は見た」
 こうした浅ましい、愚かな人間は、どこにでもいるものだ。
 御書には「前車のくつがへすは後車のいましめぞかし」(御書 1083:15)と記されている。
 学会に仇をなし、反逆していった人間は皆、哀れな末路をたどっている。これは後世への戒めで
あり、重大な教訓なのである。
 同じことを繰り返さないためにも、悪の根は断ち切っておかねばならない。そのためには正義の
言論で、徹して戦っていくことだ。最後まで、容赦なく責めぬくことだ。
 悪と戦うのがリーダーである。要領ではない。また、あいまいであったり、中途半端であったり
238
してはいけない。悪と戦わないのは、結局、悪と同じになってしまうのである。
「生も歓喜」「死も歓喜」の大境涯に
 現在、私は。「『生老病死と人生』を語る」とのテーマで「聖教新聞」紙上に掲載を続けている

 人間の本来的な「生老病死」の苦悩をどうすれば乗り越えていけるか。そこに確かな解決の光を
当てたのが仏法の英知である。
 「愛別離苦」――愛する人との別れもまた、誰人たりとも避けられない。その点についても仏法
は明快な示唆を与えている。
 南条時光の父は、時光が七歳のときに、若くして病気で亡くなった。圧迫を恐れず、大聖人に帰
依し、一家の宿命転換の道を厳然と開いた父であった。
 大聖人は、時光の母にあてて、「亡くなられた夫君は、生きておられたときは生の仏、今は死の
仏です。生死ともに仏です」(御書 1504p 通解)と仰せになられた。
 生命は永遠である。妙法に生き抜く生命は、「生も仏」「死も仏」である。ゆえに、必ず必ず、
「生も歓喜」「死も歓喜」の大境涯を、悠々と堂々と進んでいくことができるのである。
239
 夫の心を継いで、時光の母は、強盛な信心を貫き、時光ら子どもたちを立派な後継者へと育てあ
げていった。子どもたちも、父から学んだ信心を毅然と受け継いでいった。
 その時光も、当然、「自分は早くに父を失い、いろいろ教えてもらうことができなかった」との
無念な思いも抱いていたようだった。
 その時光の心を深く知っておられた大聖人は、こう励ましておられる。
 「この経を受持する人々は、他人であっても同じく霊山にまいられて、また会うことができるの
です。まして亡くなられたお父さまも、あなたも、同じく法華経を信じておられるので、必ず同じ
ところにお生まれになるでしょう」(御書 1508p 通解)と、お約束なされているのである。
 妙法で結ばれた縁は永遠である。いわんや、妙法に生きる家族は、同じところに生まれ合わせて
いくことができる。それが、不可思議なる妙法の力用なのである。

 熱原の法難のときも、南条家は広布の牙城となった。襲いかかる三障四魔と、時光は一歩も引か
ずに戦った。
 法難の後、幕府は時光に経済的な圧迫を加えた。これは何年も続いたが、敢然と耐え抜いた。
 時光の父が逝去して十五年後、今度は時光の弟の七郎五郎が、十六歳の若さで、急逝した。大聖
人も、その成長を心から期待されていた。頼もしい好青年であった。
240
 母の悲しみと嘆きは、あまりにも深かった。
 大聖人は、その母の心の奥深くに希望の光を灯されるように、こう教え励まされたのである。
 「亡くなられたご子息に、やすやすとお会いになる方法があるのです。釈迦仏を御使いとして、
霊山浄土へまいり、会われるがよいでしょう。
 法華経方便品第二に『若し法を聞く者あらば、一人として成仏せずということ無けん』と言って
、大地をさして外れることがあっても、日月は地におちられても、潮の干満がなくなる時代はあっ
ても、花は夏に実にならなくても、南無妙法蓮華経と唱える女性が、愛しく思う子に会えないこと
はない、と説かれているのです」(御書 1576p 通解)
 “見事に信心を貫いた息子さんは、断じて成仏されました。貴女も、妙法に生き抜くならば、愛
するわが子に、絶待にまた会うことができますよ”――この大聖人のお言葉に、時光の母は、どれ
ほど深く勇気づけられたことであろうか。
妙法は絶対的幸福の軌道
 大聖人の門下には、立派な最愛の息子に先立たれたことが発心のきっかけとなって、両親ともに
妙法への信仰を深めていった家族もいた。
241
 この両親は、真剣に妙法を行じ、真心込めて大聖人にお仕えしていった。
 大聖人は、その信心を讃えられ、こう仰せになられている。
 「あなた方の信心のすばらしさは、ただごとではありません。ひとえに釈迦仏が、あなた方の身
に入り替わられたのでしょうか。また、亡くなられたご子息が仏になられて、父母を仏道に導くた
めに、あなた方の心に入り替わられたのでしょうか」(御書 1397p 通解)
 「あなた方に、もしものことがあるならば、暗い闇夜に月が出るように、妙法蓮華経の五字が月
となって現れ、あなた方の行く手を照らすでしょう。そして、その月のなかには、釈迦仏・十方の
諸仏はもとより、先立たれたご子息も現れて、あなた方を導いてかれることを確信してください」
(御書 1397p 通解)
 妙法に結ばれた生命は、生死を超えて、ともどもに、たがいに、励まし合い、護り合い、導き合
って、絶対の幸福と勝利の軌道を進んでいくのである。
 妙法の世界には悲嘆もなければ、悲観もない。妙法を行ずる家族は、何があっても「常楽我浄」
の月光に包まれていく。そして、その足跡が、あとに続く人々に、計り知れない希望と勇気を送っ
ていくのである。

 大聖人は、法難のさいの心構えを、こう教えておられる。
242
 「あなたは、『法華経という大梵天王の位』にいるのである。だから、権宗の者どもを『鬼畜』
など見下しても、あえて誤りではない。そう心得て、法論しなさい」(御書 1282p 趣旨)
この誇り高き破折の精神を燃え上がらせていくことだ。そこに真実の仏道修行の道がある。
 大聖人は、こうも言われている。
 「日蓮が弟子等は臆病にては叶うべからず」(御書 1282:02)
 この御聖訓を、ゆめゆめ忘れてはならない。
 広宣流布は「勇気」で決まる。勇気の二字のなかに、慈悲も、正義も、幸福も、勝利も、すべて
がふくまれているのである。
 さあ勇気凛々と、仲良く愉快に、新しき広宣流布の大行進を広げてまいりましょう!
                                (東京牧口記念会館)
060223top
243
全国代表協議会
広宣流布は青年で決まる

さあ前進!希望に燃えて

 毎日の戦い、ご苦労さまです!
 尊き同志の皆さま方のおかげで、広宣流布は前進し、学会は希望に燃えて大発展している。
 皆さんの功徳は、子孫末代まで伝わる。これは、御聖訓に照らして絶対に間違いない。
 現在、私が創価の全同志を代表していただいた名誉市民称号は、四百二十を超える。また、妻へ
の名誉市民称号は百四十を超える。
244
 すべて皆さんの栄誉であり、SGIの友が築いてくださった信頼の証である。
 創価学会の目的は何か。それは世界広宣流布である。この地上から「悲惨」の二字をなくし、平
和と文化の華をさかせゆくのだ。ゆえに私は、世界の各地に、真剣に手を打っている。
 どのような広布の戦いでも、根本は「異体同心」の団結である。
 日蓮大聖人が「男女はきらふべからず」(御書 1360:08)と仰せのように、広布の戦いにおいて
、男女は一切平等である。
 ますます女性の声が力を持つべき時代になってきた。学会は、その最先端を走ってまいりたい。
 これから、学会本部周辺をはじめとする会館の整備を、いっそう進めていく予定である。
 連日、全国、全世界から多くの友が本部を訪れてくださる。求道心を燃やして集ってこられた皆
さんに、ゆっくりとくつろいでいただける環境を整えていきたい。また迎える側は、「ようこそ!
」「よく来られましたね」と、温かく声をかけ、心から歓迎していくことだ。
下から上へ、建設的な声を
 幹部は同志のためにいる。誠意を尽くせば、皆、気持ちがいい。反対に、つんとして、人の意見
も聞かず、威張ってばかりでは、まるで“独裁者”だといわれても仕方がない。
245
 もしも、将来、堕落の幹部が出たら、皆が厳しく正すことだ。
 初代会長牧口先生は「下から上を動かせ」と教えられた。
 正しいことは正しい。おかしいことはおかしいと言いきる。建設的な声をあげることである。
 最も大事なのは学会員である。
 私は十九歳の時から、戸田先生と学会を、守りに守ってきた。「師弟不二」を貫いてきた。
 これが、初代、二代、三代と続いてきた、純粋な学会の伝統である。
 この精神を、いかに永遠たらしめるか――広布のリーダーの皆さんは、この一点を真剣に考え、
会員の幸福のために、「不惜身命」の決心で戦っていただきたい。

 「聖教新聞」の創刊五十五周年を記念する祝賀会が各地で行われている。
 参加された来賓の方々から、さまざまな声が寄せられている。とくに、多くの方が、学会の「青
年の年」に注目しておられた。どれも、各界のトップの声である。温かいご理解に心から感謝申し
上げたい。
246
 今、日本の多くの心ある人々が、「学会青年部の熱と力」に期待している。
 未来の広布を担う青年部の皆さんは、いよいよ「行学の二道」に徹して挑み、自身の信心を鍛え
に鍛えてほしい。

 私は先日、ロシアの文豪の名を冠したA・M・ゴーリキー記念ウラル国立大学から名誉博士号を
受賞した。このゴーリキーはつづっている。
 「前進への意欲――これこそ人生の目的なり。生涯、前進し続けるのだ。そこに、気高くすばら
しい時がある」
 「前進」といえば、若き日の文京支部での戦いを思い出す。当時、文京支部の折伏成果は、全国
で最下位くらすであった。支部長は女性だった。
 彼女から支部の窮状を訴えられた戸田先生は、こう言われた。
 「僕の懐刀を送ることにしよう」
 私が文教支部長代理を受けたのは一九五三年(昭和二十八年)の四月であった。
 私は最初の班長会で申し上げた。
 「人生は前進です。限りない前進です。英雄ナポレオンの合言葉は『前進』でした。私たちは、
247
広宣流布の英雄です。破邪顕正の英雄です。
 わが文京支部は、『前進』の魂を断固と燃やそう!『前進』を合言葉としよう!」
 そこから文京の大前進が始まった。私は具体的な目標を掲げ、各地区を駆けた。一人一人と誠実
の対話を重ねていった。そして、その年の十二月には、文京は第一級の支部へと発展をとげたので
ある。
 私は、どこに行っても連戦連勝で勝利の歴史を築いてきた。一九五六年(昭和三十一年)、大阪
では、「まさかが現実」とマスコミが驚嘆するほどの大勝利の金字塔を打ち立てた。
 当時、大阪よりも東京のほうが、はるかに情勢はよかった。「勝てる」と多くの人が思っていた
東京が負けてしまった。そして、劣勢だった大阪が勝利した――皆、本当に驚いた。
 関西は、私が手づくりで築いた「常勝の天地」である。だからこそ私は関西を信頼する。関西を
大事にする。
苦難と闘う時、人生は満たされ輝く
 牧口先生は、「同じ小悪でも、地位の上るに従って次第に大悪となる」と述べておられた。リー
ダーが、心していくべく指針である。
248
 学会において幹部は、皆の模範となるべき存在である。そのぶん、責任は重い。つねにみずから
を厳しく律していくことを絶対に忘れてはならない。
 また、戸田先生は、「同じ失敗を二度する人間を馬鹿というのだ」と語っておられた。
 失敗を次の成功への糧とする。これが大切である。それができないのは、愚かである。
 ゴーリキーは記している。
 「人間が人生を妨げるものと闘うとき、人生はより満たされ、輝く」
 いい言葉だ。困難や試練が何もないのが幸せなのか。そうではない。苦難と戦うからこそ、本当
の人生の深さが分かる。自身の境涯が大きく広がっていく。鍛えられていくのである。
 仏法では、仏道修行を妨げる働きとして三障四魔が説かれている。また、末法の法華経の行者に
は、三類の強敵が現れると説かれている。
 日蓮大聖人は、命に及ぶ数度の大難を耐え忍ばれ、陰険なデマによって、悪名を流された。
 「日蓮は、ただ法華経を弘めようとすることを失とされて、妻子をもたずして『犯僧』の名が国
中に満ち、螻(けら)や蟻さえも殺さないのに『悪名』が天下にはびこってしまった」(御書 93
9p 通解)と仰せである。法華経の行者に大難が起こるのは、必定なのである。
 このとおりの実践を貫いてきたのが学会である。三代の会長である。私は、学会や戸田先生への
不当な中傷や批判とは、正義の言論で徹して戦った。師匠を守りぬいた。悪と戦わない。声をあげ
249
ない。世間を恐れて、うまく立ち回る――こうした臆病な、愚かな、だらしのない幹部であっては
ならない。これこそ大聖人が一番嫌われた人間である。
幸福は「戦い」のなかにある
 ゴーリキーは、次の言葉を残している。「人生には、二つの生き方しかない。堕落する人生と、
燃える人生である。
 たしかに、そのとおりだ。心が燃えているか、いないか。確かな目標を目指して、情熱を燃やし
ているか、いないか。情熱を失ったとき、人間は、堕落の方向に向かってしまう。何歳になっても
心の炎を消してはならない。
 ゴーリキーは、「老いると保守的になる。これこそ最大の不幸なり」と述べている。老いること
は不幸ではない。年をとって保守的になるのが不幸なのだという。
 壮年部になって「自分はもう青年部じゃないから」などと、心が引いてしまう人がいるが、それ
ではいけない。ますます壮に戦う。青年時代の誓いを、一生、持ち続ける。その人が、人生の勝利
者である。ゴーリキーは言う。
 「私は幸福というものを知っている。(中略)おお、戦う幸福よ!」
250
 仏法の精神、そして学会精神に通ずる一言である。幸福は、いったい、どこにあるのか。波も嵐
もない、安閑とした生活のなかに、本当の。幸福はない。幸福は、「戦い」のなかにある。絶えざ
る前進のなかにある。
 きょうは、全国の各方面の青年部長、女子部長も参加されている。ご苦労さま!
 「力は団結にある――これは論議の余地のない社会的公理です」と、ゴーリキーは言った。私た
ちも、これでいきましょう!学会は、永遠に「異体同心」で!

 フランスの思想家ヴォーヴナルグの箴言に、こうある。
 「狡く立ち回ってつかみ取った評判は、軽蔑に変わる」
 皆さんは、こういう人間に、決してなってはいけない。どんなにうまく立ち回ってみたところで
、虚像は虚像である。メッキはいつかはがれるものだ。そのほうが、かえって軽蔑される。
 誠実一路、真実一路を貫いてこそ、本当の信頼は得られる。
 十九世紀のスペインで、人権のために闘った女性、コンセプシオン・アレナルは言った。
 「失敗から立ち上がる人は、失敗を犯したことのない人よりも偉大である」
 一面の真理をついている。だれしも、失敗することはあるだろう。挑戦に、失敗はつきものであ
251
る。何も行動を起こさなければ、失敗することもない。大事なのは、失敗したとき、ふたたび勇気
を出して、立ち上がることだ、倒れても、倒れても、不屈な魂を燃やして前に進み続けるのだ。人
生の勝負は、最後で決まる。
 もう一つ、アナレルの言葉を贈りたい。とくに、女性の皆さんに。
 「自分自身を向上させない幸福は、本物の幸福とは言えない」
 深くかみしめたい言葉である。外面的に、いかに幸せそうに見えても、本当の幸せかどうかは、
分からない。仏質的、環境的に、どれほど恵まれたとしても、幸福とは限らない。自分自身が、人
間として成長する。境涯を高める。心を磨き、心を鍛える。それが、幸福の根本である。私たちは
、「本物の幸福」を最高に味わえる、偉大な仏法を持っている。その誇りと確信を忘れてはいけな
い。
正義の声で悪の根を断ち切れ
 ここで、御書を拝してまいりたい。大聖人は、門下のなかで、大聖人を裏切り、退転していった
者の特徴について、こう仰せである。
 「臆病で、教えたことをすぐ忘れ、欲が深く、疑いが多い」(御書 1191p 通解)と。
252
 また、こうも言われている。
 「能登房は、現実に見方であったが、世間の恐ろしさといい、欲深さといい、日蓮を捨てただけ
でなく、敵となったのである」(御書 1225p 通解)
 現代も、方程式は、まったく同じである。
 見栄ばかりで、本当の信心を貫く勇気がない。そして、学会を利用するだけ利用して偉くなるや
、慢心を起こして、学会と同志を見下す。純粋な信心を失って、最後は退転し、反逆する――そう
いう醜い忘恩の輩がこれまでいた。
 その本性は、「臆病」であり、「愚か」であり、「貪欲」であり、「不信」である。こうした人
間をのさばらせては、まじめな同志が、かわいそうである。広布の邪魔になるだけである。ゆえに
、正義の声で徹して糾弾し、責めて責めて責めぬいて、その悪の根を断ち切っていかねばならない

 戸田先生が「これは、よく拝しておけ!」と何度も厳しくおっしゃった御文がある。
 それは、「竜の口の法難」の日の大聖人の御様子が認められた「種種御振舞御書」の一節である

 「日蓮は大音声で彼らに言った。
 『なんとおもしろいことか、平左衛門尉がものに狂った姿を見よ。おのおのがた、ただ今、日本
国の柱をたおすのであるぞ』と叫んだところ、その場の者すべてがあわててしまった。
 日蓮のほうこそ、御勘気をうけたのであるから、おじけづいて見えるはずであるのに、そうでは
253
なく、逆になったので、『この召し捕りは悪いことだ』とでもおもったのであろう。兵士たちのほ
うが顔色を変えてしまった」
 この大確信こそ、堂々たる姿で、仏法に殉じられた牧口先生、戸田先生の魂である。そして、そ
の不二の弟子たる私の魂にほかならない。
 創価三代の師弟は、この不惜身命の大精神で戦った。そして勝ってきた。この重大なる一点を、
学会の跡継ぎである青年部の諸君には、はっきりと申し上げておきたい。
すべては青年に託す
 スイスの大教育者ペスタロッチは、みずから創立した学園の友に、こう呼びかけた。
 「青年のみなさん、みなさんによってわたしたちの学園の真価が証明されるわけです」
 創価学会も、本当の価値がわかるのは、「今」ではない。「未来」である。青年部の諸君の時代
である。広宣流布は、青年で決まる!すべては青年に託すしかないのである。
 そのために私は、人知れず、未来を構想し、さまざまな手を打っている。君たちの時代のために
、広宣流布の完璧な土台だけは、築いておくつもりである。
254
 同じくペスタロッチは叫んだ。
 「信仰がひとを強くし、希望が人を向上させるのです」
 信仰の強き人が幸福である。希望を失わない人が最後は勝つ。それが仏法の生き方である。わが
創価常勝の人生である。これからも、ともどもに、何でも自由に語り合いながら、一緒に歴史をつ
くり、残していこう。
 最後になるが、とくに青年部の諸君は、お父さん、お母さんを大切にしていただきたい。心から
感謝の気持ちを伝えていってもらいたい。たまには、何かおみやげでも買って帰ってあげてくださ
い。離れて暮らしている人も、何かしてあげてほしい。よろしく頼みます!
 皆さん、長時間、本当にご苦労さまでした。ありがとう!
 お元気で!またお会いしましょう!
                                  (創価文化会館)
060225top
255
方面長会議
幹部が動き、友を鼓舞せよ

難を受けてこそ正義の証

 「母親は、一家の太陽、心は、その温もりをもとめるのです。
 十九世紀のペルーの女性作家的・デ・トゥルネンの言葉である。
 うるわしき婦人部、女子部の皆さま方こそ、「創価の太陽」である。ひとたび、太陽が昇れば、
闇は消える。雪はとけ始める。冬から春へ!希望の光で未来を照らすのが婦人部、女子部の皆さま
である。
256
 現在の隆々たる広宣流布の大発展も、創価の女性の皆さま方が戦ってくださったおかげである。
また、この二月も、各方面で女性の活躍が際立った。この場をお借りして、「たいへんにありがと
うございます!本当にごくろうさまでした!」と心から感謝申し上げたい。

 日蓮大聖人は厳しく仰せである。
 「経文には、人々に憎まれるほど厳然と正法を受持し、弘めるのが末法の法華経の行者であると
説かれている。そうであるのに難を受けず、人によく思われ、人の心に従って皆から貴いと思われ
ているような者は、法華経の敵であり、世間の悪知識であると思いなさい」(御書 556p 通解)
 現実に「難」をうけたかどうか。そこに真実の正義の証がある。
聡明な女性の声が「新時代」を開く
 また大聖人は、「法華経を受持する女性は、他の一切の女性にすぐれるだけでなく、一切の男性
にも越えている」(御書 1134p 通解)と仰せである。広宣流布に進む女性ほど尊貴なひとはいな
い。
真剣で聡明な女性の声が、「新しい時代」を開くのである。
 幹部は、もっともっと、婦人部、女子部を大事にし、女性の皆さんが持てる力を自由に発揮でき
257
るようにしてかねばならない。そこに学会が、さらに未来に伸びていく「ホシ」がある。
 もし男性の幹部のなかに、女性を下に見たり、アゴでさしずをするような態度の者がいれば、と
んでもないことだ。絶対に許してはいけない。
 女性の目は鋭い。悪を許さない純粋さがある。悪と妥協しない真剣さがある。女性の声が、「権
力悪の歯止め」になるのだ。女性の声を最大に尊重し、その声に謙虚に学んでいこうという「心」
をもてるかどうか――ここに学会の「万代の勝利」の道がある。「心こそ大切なれ」(御書 1192:
14)である。この点を男性幹部は強く自覚していただきたい。

 ともあれ、大事なのは、女子部を増やし、育てていくことである。婦人部、壮年部など各部が、
「女子部を育てよう」という気概をもってもらいたいのだ。少子化の問題など、不安の渦巻く現代
ではあるが、女子部が健在であれば、学会は微動だにしない。希望の未来が洋々と開けていく。私
はそう確信している。
 広布に戦う女性部の友に、ふたたびマト・デ・トゥルネンの言葉を贈りたい。
 「人生は戦いなのです。正義を葬るのは、無智の証なのです。どんなことにも屈しないことこそ
、勝利なのです!」
 何事にも屈しない。負けない。粘り強く、前へ前へ進んでいく、それが創価の青春である。女子
258
部の皆さんの活気あふれる前進に心から声援を送りたい。
「リーダーは大局を見ていくのだ」
 きょうは、全国の方面長、方面婦人部長の皆さんが集ってくださった。大事な会議である。
 永遠の創価城の構築のために、戸田先生の遺言ともいうべき指導に学んでまいりたい。
 戸田先生は言われた。「幹部だ。幹部で決まる。指導者が自分を変えるしかない」
 権力を持つと、人間は魔性に毒される。魚も頭から腐る。組織もダメになるのは「上」からだ。
幹部は、つねにつねに「慢心」を排し、自身を変革していくしかない。

 戸田先生はこうも指導された。
 「今こそ、最高幹部が目の色を変えて働く時だ。そして同志を守り、新たな突破口を開いていけ

 最高幹部ならば、結果を出すことだ。「さすがだ」「立派だ」といわれる模範を示すことだ。そ
して、第一線の同志を守っていくのである。
 「座談会にせよ、講義の席上にせよ、指導者は、学会精神の鼓舞をはかれ」――これも戸田先生
の指針である。歓喜も決意もなく、連絡事項を伝えて終わり――それでは、せっかく来てくれた皆
259
さんに申しわけない。集った友が、「やろうじゃないか」「戦おうじゃないか」と燃え上がって帰
っていくような会合にしていく。それが幹部の使命である。
 また先生は、「指導者が大局を見ていることが大事なのだ」「動きを見て、どこへ手を打つか考
えよ」「いつも四手先、五手先まで考えていけ」と指導された。皆が楽しんでやっていけるように
手を打つのが名指揮である。同志を苦しめるのは下の下である。いわんや、威張る幹部など論外で
ある。それが先生の教えであった。
「師弟不二」で築いた創価学会
 さらに戸田先生は厳しくおっしゃった。
 「きょうの学会は、きのうの学会ではない。今年の学会は、去年の学会であってはなるまい。一
日また一日、一年また一年の充実を心がけよ!」
 日々、前進!日々、挑戦!
 日々、成長!日々、感動!
 これがわれらの「広宣流布の人生」である。
260
 私は、約十年にわたって、戸田先生にお仕えした。戸田先生が事業に失敗され、再建へ苦闘して
おられたときが、私にとっても一番苦しい時代であった。莫大な借金、批判と中傷の嵐、さすがの
先生も、憔悴しておられた。
 社員は、一人去り、二人去り、最後に残ったのは実質的に私一人、体が弱かった私は、疲れた肉
体に鞭うちながら働いた。
 給料は何ヵ月も遅配、冬でもオーバーもなかった。無理に無理を重ねた。しかし、先生の事業の
一切を担い、一歩も退かなかった。生命をかけた死闘のなかで、事業の再建のめどをつけ、断固、
先生をお守りした。そうやって、戸田先生が、学会の第二代会長になられる道を敢然と切り開いた
のである。
 戸田先生と私の「師弟不二の闘争」がなければ、現在の学会はない。「師弟不二」の創価学会の
魂なのである。方面長、方面婦人部長の皆さんには、真実の歴史を語っておきたい。
陰で支える人に励ましの光を
 二月十六日は、青年部の教学試験一級である。幾万の若き求道の友が、挑戦している。受験者、
261
また役員の皆さま方、ご苦労さまです!皆さまに心からの賞讃と感謝をお伝え申し上げたい。
 学会には、陰で黙々と支えてくださっている人がたくさんいる。警備の仕事、屋外での整理や救
護の役員、守る会の方々、そのほか、広布のために懸命に尽力されている同志を、サーチライトを
当てるように探し出して、激励の手を差し伸べていく。それが指導者の役目である。
 「指導者は自分で正しい事実を認識していくことが大切だ」と戸田先生もよく話された。
 私も、何十年もの間、四六時中、激励の手を打ち続けてきた。夜中も海外からの連絡やファクス
が間断なく入ってくる。それにどれだけ迅速に対応していくか。
 「勝敗を決する重大な要素の一つは、スピードである」――これが戸田先生の指導である。学会
はスピードで勝ってきた。
 ともあれ、今や教学試験は、世界の各地で行われている。最近も、アメリカの教学実力試験が八
言語で実施され、三万人が参加した。インドの任用試験には六千五百人が挑戦した。
 さらに、たとえば、アジアでは、韓国、台湾、マレーシア、フィリピン、インドネシア、カンボ
ジア、スリランカなど、中南米では、メキシコ、ニカラグア、ボリビア、キューバなど、そして、
アフリカのザンビアでも、教学試験が真剣に行われている。この秋は、欧州全体の任用試験も予定
されている。
 ますます、日本の私たちが、「行学の二道」の模範を示すべき時代である
262
戦う青春に真の喜びと充実が
 大聖人は、厳格に戒めておられる。
 「わが一門の中でも、信心を貫き通せない人々は、初めから信じないよりも、かえって罪がある
のです。地獄に堕ちて、その時、日蓮をうらんではなりませんよ。少輔房、能登房らを、よくごら
んなさい」(御書 1186p 通解)と。
 幹部でありながら、信心を失い退転する。学会に反逆する。これ以上の哀れな末路はない。だか
らこそ、威張って同志を苦しめる幹部、学会利用の堕落した幹部が現れたならば、厳しく責めぬい
ていくことだ。それが慈悲である。
 戸田先生は、「臆病者は大聖人の弟子たる資格はない」と叱咤された。たとえ相手が上位の幹部
であっても、下から上へ言っていくのである。婦人部、女子部の皆さんも、悪に対しては、断固と
して、正義の声をあげ、糾弾していただきたい。
 十九世紀のペルーの女性作家カベヨ・デ・カルポネラは叫んだ。「裏切り、醜行、反逆、狂気の
沙汰というよりも、人間の弱さが起こすのです」
 このとおりである。女性の皆さん、よろしく頼みます!
263
 青年部の代表も参加している。
 戸田先生がお好きだった文豪の一人に吉川英治氏がいる。氏が、ある裕福な青年に語った有名な
言葉を紹介したい。
 「君は不幸だ。早くから美しいものを見過ぎ、美味しいものを食べ過ぎていると云う事はこんな
不幸はない。喜びを喜びとして感じる感受性が薄れて行くと云う事は青年として気の毒な事だ」
 戦う青春ほど美しいものはない。そこに真の喜びがあり、充実がある。学会は正しいのである。
 アメリカ・ルネサンスの騎手ソローは言う。
 「ぼくたちは、正直であるというだけでは十分ではない。正直に対処すべき高尚な目的をいだき
、それを実行しなければならない」
 大事なのは「実行」である。まっすぐに学会精神で進んでいくことだ。
 戸田先生は叫んだ。
 「仏法は勝負だ。闘争を開始するからには、それだけの準備と決意と闘魂をもって、断じて勝つ
のだ!」
 ひとたび戦いを起こすならば、断じて勝とう!断じて勝って勝って勝ちまくっていこう。
264
 きょうもまた、「異体同心」のスクラムで、新たな常勝の歴史をつづってまいりたい。
 各方面にお帰りになられましたら、皆さまに、くれぐれもよろしくお伝えください。本当にあり
がとう!
                                  (創価文化会館)
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265
婦人部代表者会議
創価の女性は微笑みの英雄

春風のような、すがすがしい力

 きょうは、世界に希望の花を咲かせゆく婦人部の集い、おめでとう!ご苦労さま!
 「微笑は大なる勢力なり、春の風の如し、心の堅氷を解く力あり」
 これは、日本の信念の哲学者内村鑑三の言葉である。
 春風のような微笑みの力――まさに、わが婦人部の皆さま方を讃えているように、私には聞こえ
る。皆さま方のすがすがしい微笑みは、反感や偏見で硬く凍りついた人々の心を溶かし、広宣流布
266
の大河の水かさを増してきた。
 「創価学会の勝利」は、婦人部の「微笑みの勝利」である。
恩に報いて咲く花のごとく
 内村はキリスト教徒であったが、日蓮大聖人の生き方を、深く尊敬してやまなかった。
 こうも述べている。
 「草木はすべて其生命の源なる太陽に向て其枝を伸し其花を開く者である」
 「草木は人に見られんとて其花を開くのでない、太陽の光に引かれて、恰かも其恩に報いんがた
めに、太陽に向て之を開くのである」
 太陽の恩に報いて野に咲く花のように、注目や喝采はなくとも、恩を感じ、恩に報いていく人生
、まさに、健気な婦人部の皆さまの姿である。婦人部こそが、創価学会の土台であり、原動力であ
る。私は、創価の母たちに、心を込めて最敬礼したい。

 海外においても、創価の女性メンバーの活躍が、光り輝いている。
 昨日、トリノ冬季オリンピックが閉幕した。開会式も閉会式も、ルネサンスの天地イタリアにふ
267
さわしい、芸術的な演出が絶賛された。総監督のもとでこの舞台演出の責任者を務めたのは、イタ
リアSGIの方面女子部長である。ほかにも、多くのメンバーがボランティアなどで貢献された。
トリノ・オリンピックの大成功を、心から祝福申し上げたい。
法華経の第一の肝心
 日蓮大聖人の門下として、雄々しく堂々と、幾多の難を勝ち越えて、「師弟勝利」の人生の劇を
残した四条金吾、その金吾とともに、大聖人か羅「日本第一の女人なり」(御書 1135:11)と讃え
られたのが、婦人の日眼女である。
 その日眼女にあてられた御手紙のなかで、大聖人は法華経の一節を引かれて、「この二十二字の
文は、法華経のなかでも第一の肝心であり、あらゆる人々にとっての眼目なのです」(御書 1134p
 通解)と仰せになられた。
 その重要な文とは、いったい何か。それは、薬王品の「能く是の経典を受持すること有らん者も
亦復た是の如く、一切衆生の中に於いて、亦た為れ第一なり」という一節である。
268
 是の経典――つまり、法華経を受持する人は、一切衆生のなかで第一であるとの宣言である。
 この薬王品の文を受けられ、大聖人はこう断言なされている。
 「この世のなかで、男女僧尼を問わず、法華経を持つ人は、あらゆる人々の主であると、仏はご
覧になっているでしょう。梵天・帝釈は、その人を敬うでしょう。そう思うと、うれしさは表現の
しようがありません」(御書 1134p 通解)
 妙法を受持し、広宣流布に進みゆく人こそが、最も尊貴で、最も重要な使命を帯びた存在なので
ある。
妙法を持つ女性は「一切衆生の中で第一」 
 そのうえで、大聖人は、もう一重、深い考察を重ねられている。
 「この経文を昼も夜も考え、朝に夕に読んでみると、通常思われている『法華経の行者』のこと
ではないのです。経文に『是の経典を受持する者』とありますが、この『者』の文字は『人』と読
むので、この世のなかの僧や尼、男女の信仰者のなかで法華経を信じている人々のことかと思える
のですが、そうではありません」(御書 1134p 通解)
 それでは、「一切衆生の中で第一なり」と、法華経で断定されている存在とは、いったい、だれ
269
を指しているのか。大聖人は、こう仰せである。
 「経文の続きに、この『者』のもじについて、仏が重ねて説かれているのは、『若し女人有って
』と述べられていることです。すなわち、法華経を持つじょせいについて述べられているのです。
(御書 1134p 通解)
 つまり、「一切衆生の中で第一なり」と説かれた人とは、法華経を持つ女性であると、大聖人は
明快に示しておられるのである。
 そもそも、法華経以外の諸経では、女性はどこまでも差別され、蔑視されていた。大聖人はこの
御手紙のなかでも、そうした事例を、一つ一つ指摘されている。
 ある経は、女人は「地獄の使い」であると説いている。ある経は「大蛇」、ある経は「曲がった
木のようなもの」、ある経は「仏種を断じた者」である、と――。
 また、仏教以外の外典においても、「女性に生まれなかったことを一つの楽しみとする」など、
女性への軽侮は絶えなかった。
 真実に「女人成仏」が明かされているのは、法華経だけである。
 大聖人は、この法華経の真義に立って、「妙法を持った女性」が、いかにすぐれた、尊い存在で
あるかを、強く訴えられたのである。大聖人は結論として、「此の経を持つ女人は一切の女人に・
すぎたるのみならず一切の男子に・こえたりとみえて候」(御書 1134:15)と、赫々と大宣言され
270
ているのである。

 要するに、妙法を受持した女性は、権勢をふるい、地位や名声を誇るいかなる男性たちよりも、
すぐれている。法華経にのっとり、御書にのっとって、「女性が中心」であり、「女性が主役」で
あり、「女性が根本」なのである。
 現実に、広宣流布のため、仏意仏勅の学会のため、最も真剣に、最も勇敢に、最も誠実に、最も
忍耐強く戦っておられるのは、気高き婦人部、女子部の皆さま方である。
 「一切衆生の中で第一なり」――すなわち、「全人類で第一」「全世界で第一」の存在である創
価の女性に、私は、あらためて最大の尊敬と感謝を捧げたい。
生き生きと広布の大絵巻を
 更に大聖人は、この御手紙のなかで日眼女について、こう仰せである。
 「すべての人が憎むなら、憎むがよい。釈迦仏・多宝仏・宇宙のあらゆる仏をはじめ、梵天・帝
釈・日天・月天らにさえ、大切に思っていただけるならば、何がつらいことがあるでしょうか。法
華経にさえ、ほめていただけるなら、何もつらいことはないのです」(御書 1134p 通解)
271
 師匠であられる大聖人は、三障四魔、三類の強敵と戦っている日眼女と四条金吾の夫妻を、弟子
として最大に信頼され、大事にしておられた。
 四条金吾が広布の表舞台で縦横無尽に活躍できたのも、婦人である日眼女の強い支えがあっての
ことである。そのことを、だれよりもご存じであった大聖人は、弾圧のなか、けなげな信心を貫い
た夫人に、心からの励ましを送っていかれたのである。

 わが理想に生命を捧げた、有名な中国の女性革命家・秋瑾(しゅうさん)。彼女が、こう詩につ
づっている。
 「この世の中には、本当の英雄と言える男性は何人いるでしょうか。やはり女性の中から、多く
の傑出した人物がでているとよく耳にします」
 学会も、女性のおかげで、ここまで発展してきた。婦人部、女子部の皆さん方の先輩には、広宣
流布の「英雄」ともいうべき功労の方が数多くいらっしゃる。
 妙法に生きぬき、師弟に生きぬき、どんなときも笑顔を輝かせながら、同志への励ましに徹しぬ
く、まさに“微笑みの英雄”と呼ぶにふさわしい方々である。
 この崇高なる志を受け継いで、生き生きと、楽しく、朗らかに、広宣流布の大絵巻を、さらに鮮
やかに描いていっていただきたい。
272
「邪悪な人からの非難は最高の讃辞」
 イギリスのシェークスピアは喝破した。「嫉妬をする人はわけがあるから疑うんじゃないんです
、疑い深いから疑うんです」
 ドイツの哲人カントは言う。「嫉妬は極度に厭わしい」「嫉妬の人はこの全世界から幸福を根こ
そぎにしようと欲する」
 “ウクライナのソクラテス”と謳われる哲学者スコヴォロダは、さらに痛烈である。
 「下劣な人間とは、次のような性質をいう。野心、保身、短気、そして、そのなかで最悪なのが
、うそつきと嫉妬である」
 「嫉妬」の人は、すぐれた相手を見て、その人の境涯に自分を高めようとするのではなく、相手
を高みから引きずりおろそうとする。この不毛な「勝他の念」が嫉妬の本質である。しかし、逆に
言えば、嫉妬するということは、内心では「相手は自分よりすぐれている」と気づいているのであ
る。ゆえに、卑しい嫉妬の輩に、どのように悪口さりょうと、“風の前の塵”と思えばよい。
 「良い時も悪い時も、忘れてはならない。邪悪な人からの非難は、最高の讃辞であることを」
273
 これは、十九世紀のスペインの女性作家で、人権活動家であったコンセプシオン・アレナルの言
葉である。
 私が対談した歴史家のトインビーは、「いつの世でも、人間の最悪の敵は人間である」と達観し
ておられた。“だれが何と言おうが、日蓮大聖人がほめてくださればよい”――こう決めて、堂々
と、悠々と進んでいくことだ。
 それこそが、最高無上の栄誉であり、永遠不滅の福徳となっていくからである。
 嫉妬と誹謗に動揺し、世間の評判に右往左往する惰弱な心では、広宣流布の戦いを進めることは
でいない。戦いは、見栄や気どりがあっては勝てない。婦人部の皆さま方の、一切の毀誉褒貶を超
えた、何があっても微動だにしない信心、その力で、学会は勝ってきた。男性幹部は、心の底から
、それを分からねばならない。
キング博士「勇気は前進、臆病は敗北」
 今、世界の各地から、「ガンジー・キング・イケダ――。平和建設の遺産」展に、反響の声が寄
せられている。
 この展示を発案され、推進してくださっているのは、キング博士の母校、米モアハウス大学キン
274
グ国際チヤベルのカーター所長である。あらためて感謝申し上げたい。
 人権の闘士・キング博士は、叫んだ。
 「勇気と臆病は対照をなす。勇気は、いろいろな障害や恐るべき状況にもかかわらず、前進する
とういう内面的決断であり、臆病は環境に対する服従的な降伏である。
女性指導者が青年をけん引した人権闘争
 キング博士が指揮した公民権運動、それは人間の尊重を勝ち取る、非暴力の戦いであった。
 一九五九年、私たちの忘れ得ぬ友人であるローザ・パークスさんの勇気の行動が、「バス・ボイ
コット運動」の口火を切った、だが公民権運動は一進一退、反発は根深かった。
 一九六〇年、今度は「シット・イン運動」が始まった。ノースカロライナ州のグリーンズボロの
275
学生が立ち上がり、またたくまにアメリカ南部全体に広がった。青年の「勇気」が、「正義の情熱
」が、厚い偏見の壁を打ち破っていった。この青年たちの自発的な力を大切にしながら、若き彼ら
を牽引したのが、一人の円熟の女性指導者であったことは、知る人ぞ知る歴史といってよい。
 そのリーダーは、エラ・ベーカーさん。当時、六十歳に近かった。彼女は、第二次世界大戦の前
から人権闘争に身を捧げてきた。不屈な女性であった。地道に南部各地をまわり、粘り強く、地域
社会の指導者を育成してきた。彼女に寄せられる若い世代からの信頼は、抜群であった。
母の行動こそが勇気の太陽
 新しき世紀を創るものは、青年の「熱」と「力」である。そして、その熱と力を呼び起こしてい
く「太陽」こそ、勇気のははたちの、たゆみない行動なのである。
 じつは、「人権の母」ローザ・パークスさんも、このベイカーさんのもとに集い、教えを受けた
一人であった。パークスさんも、人権闘争に脈打つ「青年を愛する心」を、そのまま受け継いでい
かれた。パークスさんは語っておられた。
 「私は、青年と子供を見ると、気力と活力が湧きます」
276
 「子供は私たちの未来です。私たちが公民権運動で変えてきたことを活かしつづけようとするな
らば、彼らこそがその担い手になっていかなければなりません」
 同じように、創価の運動を発展させゆくためには、青年部、未来部を伸ばす以外にない。婦人部
の皆さまには、青年部、未来部の激励、なかんずく女子部の応援と薫陶を、今後もよろしくお願い
します。また、この席をお借りして、青年部教学試験一級にあたり、研鑽の応援や採点の役員など
、陰で支えてくださった婦人部、壮年部の方々に、心から御礼を申し上げたい。
エレノア・ルーズベルトの人間学
 先日、二月一日、私が創立した平和研究機関「ボストン二十一世紀センター」が、「女性講演会
」を開催した。全米随一の女子大学であるウェルズリー大学の「ウェルズリー女性センター」との
共催で、これで五回目となる。
 今回のテーマは、アメリカの社会運動家エレノア・ルーズベルトの事績であった。
 彼女は「世界人権宣言」の起草者でもある。文化も思想も異なる、世界各国の代表が集い合った
277
委員会のなかで、彼女が中心となって、「世界人権宣言」の草案の取りまとめに成功した。
 人権宣言の審議に参加されたブラジルの人権の闘士・アマダイ博士も、私との対談で、彼女の「
不眠不休の努力」を最大に讃えておられた。
協力と尊敬が力を倍加
 エレノア・ルーズベルトは、リーダーが“人と力を合わせる”ことの重要性を、繰り返し強調し
ている。歴史上の偉大な人物でさえ、多くの人々の協力がなければ、仕事を完成できなかったのだ
――と。
 彼女は言った。
 「世の中には一人でできることが比較的少ない」
 「だからこそ、個性を伸ばすことと並んで、他人と協力することも同じくらい大切なことになる
わけで、また、そのためには、他人について学ぶことがぜひ必要になってくるし、他人とのつき合
いの中から最善を引出すことも学ばなければならなくなってくる。文明社会のあらゆる人間関係の
基となってくるのは、相互の尊敬である。
 まさしく、創価学会婦人部の実践である。皆、「桜梅桃李」で、個性が光っている。そうした一
278
人一人のことをよく知ろう。一番いいものを引出そう――それがリーダーの役目と言えよう。大事
なのは、「相互の尊敬」があるかどうかである。
 わが婦人部においては、皆が偉大な使命の同志であり、一切、平等である。たがいに「仏を敬う
が如く」尊敬しあい、「異体同心」で力を合わせてきた。だから、世界一のうるわしいスクラムが
築かれたのである。
皆の心を希望で潤せ
 エレノア・ルーズベルトは語っている。
 「個人として認められたい気持はだれにでもあって、これを無視してはならない。自分がだれと
も判ってもらえないとき、人は根なし草のような気分となる」
 わが婦人部には、広宣流布の第一線で、そして社会の第一線で、人知れず戦い、努力を続けてい
ひる尊き同志の方々が大勢おられる。その一人一人に心から感謝し、ねぎらいの声をかけ、励まし
ていっていただきたい。
 私は、若き日から、その一点に徹しぬいてきた。きょうは懐かしい文京支部出身の友も参加して
おられるが、苦労を分かち合って、ともに戦ってくれた方々を絶対に忘れない。
279
 ともあれ、「あの人は、自分を分かってくれている」。この信頼のあるところ、何倍もの力がわ
いてくる。それが、世界史に残る女性リーダーの結論でもある。どうか、創価の女性の草の根の対
話で、現代社会の渇ききった心の砂漠を潤し、「希望のオアシス」を広げていっていただきたい。
空襲で焼け残った「ひな人形」
 ひな人形を見ると、思い出すことがある。
 戦争中、私の家は四人の兄が兵隊に取られ、働き手を皆、失ってしまった、子どもたちがいなく
なり、父はがっくりしていた。そして、大好きだった長兄はビルマで戦死、母は、どれだけ悲しん
だか。それも、戦死の公報がくるまで二年間ぐらい、その事実が分からなかった。戦争は、本当に
憎らしい。

 最初に住んでいた家は人手に渡り、そこには軍需工場が立った。同じ蒲田の糀谷二丁目に移り、
しかし、その家も昭和二十年の春には、空襲による類焼を防ぐため強制疎開させられ、取り壊され
てしまった。本当に残念だった。
 疎開先は馬込だった。母の妹の実家があったところで、東京といっても周りは畑が多く、当時は
280
田舎だった。そこに建て増しをして、住むことになったのである。
 しかし、ようやく家具などを運び終え、明日からは皆で暮らせるという夜に、空襲があった。
 私たちは、裏山にある防空壕に逃げた。本当に恐ろしい状況だった。あんな空襲のなかでは、勇
ましさとか、勇気とか、そんなことは言えない。それが現実だった。
 やがて焼夷弾が命中して、家は燃えてしまった。吹き荒れる火の中で、私は弟と一緒に、必死に
なって荷物を持ち出そうとした。しかし、ようやく運び出せたのは、保険の書類や通帳などが入っ
た大事なカバンと、大きな長持ち一つだけだった。あとは皆、燃えてしまった。
 翌朝、長持ちを開けてみると、中から出てきたのは、ひな人形であった。家族にとって、残った
のは、このおひなさまだけだった。
 それでも母は、「このおひなさまが飾れるような家に、きっと住めるようになるよ」と明るく語
り、皆を励ましてくれた。
永遠に戦火なき世界を
 戦争がなければ、どれほど良かったか。戦争のせいで、幸福だった家庭が、どれほど不幸になっ
たか。これからという秀才が、未来の大指導者がどれほど死んだり殺されたりしたか。
281
 本当に戦争は良くない。戦争ほど悲惨なものはない。多くの人は、もう戦争の残酷さを知らない
かもしれない。空襲警報の音を聞いたこともないだろう。
 しかし、未来のためにも、戦争の悲惨さを絶対に忘れてはならない。平和の尊さを訴え続けなけ
ればならない。
「平和の文化」を広げゆく婦人部
 現在、世界平和委員会主催の「平和の文化フォーラム」が各地で開催され、大きな共感を広げて
いる。各地から反響が寄せられるなか、国連のチョウドリ事務次長も、このフォーラムの成功を心
から喜んでくださっている。
 チョウドリ事務次長は、「平和の文化」の理念を、国連で推進してきた方である。
 事務次長は、“平和の文化”の」意義にふれ、かつて次のように語っておられた。
 「人生というものは、自分の手を必要としている人たちに手を差し伸べたときに、初めて価値を
生むのではないでしょうか。手を差し伸べて一緒になって対話をする。そこから平和は、始まるの
です」
 「女性は“平和の文化”を構築するために、さらには紛争の平和的解決を促進するためにも、大
282
きな貢献もできるし、実際にできていると思います。何より社会のなかで対話というものを広げて
いくうえで大きな役割を果たしています」
 さらに、チョウドリ事務次長は、女性に期待する理由を、こう語っておられた。
 「女性が平和のプロセスにかかわると、より広い視野で社会を考えることができるということを
何度も経験してきました。それは、女性が本来的に平和を求めている存在だからだろうと思います

 自分の子どもや孫たちが、平和な社会で育ってくれるように、一心に希望するからなのでしょう

 そして、事務次長が「平和への運動について、非常に情熱をもっておられる。すばらしい女性た
ち」と賞讃を惜しまないのが、創価の婦人部なのである。
 「平和と文化」を広げゆく、わが婦人部の対話運動は、国連の理念とも一致して、時代の最先端
を切り開いていることを、誇りとしていただきたい。
女性教育の先駆者・津田梅子
 きょうは、首都圏の婦人部の代表が参加しておられる。そこで、東京・神奈川、関東にもゆかり
のある、女性の師弟の物語を紹介しておきたい。
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 それは近代日本の女性教育・英語教育の先駆者であり、津田塾大学の創立者であった津田梅子先
生、星野あい初代学長をはじめてする、愛弟子の方々である。
 津田先生は一八七一年(明治四年)、「岩倉使節団」とともに、日本初の女子留学生の一人とし
て渡米した。二度のアメリカ留学を経て、彼女は、日本の女性の地位向上のために尽力することを
決意、帰国する。
 彼女は強く主張した。人類の半分は女性である。その女性の地位が向上し、すぐれた教育を受け
られなければ、国際社会で日本が真に重要な地位を得ることはできない。また、日本の真の発展も
ない。女性は、社会に貢献する力となるべきだ、と。
 明治維新から間もない、十九世紀末のことである。
 そして一九〇〇年、私立の女性教育の先駆である「女子英学塾」を創設した。三十代半ばの若さ
であった。ほぼ同じ時期に、創価教育の父・牧口常三郎先生が、女性教育に取り組んでおられたこ
とも、よく知られている。
 「女子英学塾」は、生徒数わずか十人で出発した。小さな日本社屋を借りて校舎とした。
 津田先生は、創立から五年後に回想している。
 「規模そのものは価値の基準に全くなりません。私たちは、小さな始まりに誇りをもっています
し、今なお小さな学校であることに同じように誇りを感じています」
284
 開校式の式辞で津田先生は、次のように語った。
 「人々の心や気質はその顔が違うように違っています。従ってその教授や訓練は、一人一人の特
質にしっくりあてはまるように仕向けなくてはなりません。多人数では無理ができます。だから私
は真の教育をするには結局少人数に限ると思います」
 人間を育てるには、「一人の人間」に対する、真剣で誠実な人格の啓発以外にない。
 広宣流布という壮大なる人間教育運動にあっても、一人一人を大切に励まし、人材を育成できる
のは、支部であり、地区であり、ブロックである。そして「一人」を育てることが、「百人」にも
「千人」にも通ずるのである。
「師匠からの信頼」こそ最大の恩
 津田先生は、交流のあったヘレン・ケラーの生涯を通して、「熱心があれば、鉄の扉も射通し、
誠実があれば石も叫ぶ」と語り残している。
 彼女の努力は実を結び、熟は大きく飛躍していく。
 しかし、創立二十周年を前に、津田先生は病床に伏すようになる。彼女にとって、女性への高等
285
教育の充実は、依然として遅れていた。まだまだ、やらねばならないことが残っていた。
 その彼女が、「塾のことはよろしく頼む」と信頼し、託したのが、星野あいせんせいであった。
 星野先生は、津田先生亡きあと、熟を大学にしたいとの恩師の望みを受け継ぎ、第二代塾長に就
任する。
 やがて時代は、偏狭な国家主義、軍国主義の狂気、そして戦争へと突入していった。英語が「敵
性語」とされた時代である。全国の高等女学校の英語科は、全廃に近い状態となっていった。荒れ
狂う怒濤のなかで、後継の弟子・星野塾長は、悪夢の連続のような苦闘を続ける。師の学校を守り
ぬく。そして、敗戦後の一九四八年、ついに恩師の夢であった「津田塾大学」が創立されたのであ
る。
 初代学長となった星野先生の強靭な信念と行動を支えていたのは、師・津田先生への報恩の一念
であった。星野先生は、終生、師匠の恩を忘れなかった。のちに彼女は、こう述べている。
 「津田先生からわたしが受けました恩義の数々はいまさらここにしるすまでもないことですが、
何よりも大きなことは、先生がわたしを信頼し、ご自分がおつくりになった大事な学校の後事をお
託しくださったことであると思います。
286
 師匠の信頼こそ、自分が受けた最大の恩だったというのである。恩を知り、信義を知る人の心は
美しい。師匠の信頼に断じて応えるのが、真の弟子の道である。弟子の使命と栄光は、師匠の構想
を実現しゆくなかにある。
 星野先生の遺言には、こう記されていた。
 「津田梅子先生に見出されて海外に学び、母校に勤務することになり、四〇年に亘る一生を母校
と一緒にふつつかながら過ごすことが出来たことはほんとうにありがたいことで深い深い感謝があ
るのみである」
 師の理想に生涯を捧げて、「深い深い感謝があるのみ」――。
 師弟に生きぬく人生は、人間としての極地の、荘厳な光を放つ。自分の利害や地位ばかりにとら
われた人間の眼には、決して分かろうはずがない。
 なお、婦人部・女子部でも、名門・津田塾大学の出身者が大いに活躍していることは、うれしい
限りである。
トルストイの魂を継承した娘アレクサンドラ
 創価学会が創立された一九三〇年を中心に、ロシアの文豪トルストイの「魂の後継者」と呼ばれ
287
た一人の信念の女性が、東京、関西、関東をはじめ、日本の各地を訪れた。
 その女性とは、トルストイの愛娘アレクサンドラである。
 トルストイの死後、革命によって、ロシアは無神論を掲げる共産主義政権が誕生した。
 トルストイの教えを守り、敬虔な信仰と非暴力主義を掲げるアレクサンドラは、さまざまな圧迫
を受けた。新聞にはデマの中傷記事を書かれた。投獄もされた。
 しかし、で獄中にあっても、アレクサンドラは囚人のための「学校」を開き、囚人への教育・啓
蒙活動を展開した。
 彼女は、どんな迫害にも屈しなかった。父の理想と信念を抱きしめ生きぬいた。
 のちに彼女は、日本への滞在を経て、アメリカに渡った。アメリカで、ある刑務所を訪問したさ
いには、ロシアの青年が、投獄された五年間を利用して大学の卒業資格を取ったことにふれ、若い
囚人を励ましている。
 「人生でつまずくことだってあります。転ぶことだってあるでしょう」
 「でも、きっと立ち上がって、今度はつまずかないように、しっかりと歩いていくことができる
はずよ。今の時を活用するのです」
 どんな状況でも絶望しない。否、困難ななかでこそ、新たな価値を創造していくのだ――これが
彼女の生き方であった。
288
どんな相手にも朗らかにあいさつ
 ロシアでアレクサンドラが収容された牢獄で、一人の女性が働いていた。
 その女性は、無愛想で、目も合わせず、冷たい態度であった。食事やお茶、掃除用のバケツも、
毎日、乱暴に置いては、乱暴に片づけていった。その人は、看守や刑務所長よりも、怖い存在であ
った。
 ある朝、アレクサンドラは、想いきって、「こんにちは!」と声をかけた。
 その女性は、驚いた表情で一瞥したが、何も返事はなかった。
 以来、来る日も来る日も、アレクサンドラは、粘り強くあいさつを続けた。囚人たちは「無駄な
努力だ」と言っていた。
 しかし、ある朝、「こんにちは、きょうはどんな天気ですか」と、親しみを込めて話しかけると
、思いもかけず「こんにちは」との返事が返ってきた。その後も、アレクサンドラは、誠実に、相
手の心を開いていったのである。

 次元は異なるが、私が初めてソ連を訪問したときのことである。
289
 クレムリン宮殿のすぐそばにある宿舎には、各階ごとに鍵を預かる当番がついていた。
 私たちのフロアの担当は、中年の婦人で、最初はまったく無愛想であった。しかし、私の妻は、
彼女とすれ違うたびに、ほほえみかけ、あいさつの声をかけていった。
 その婦人は最初は戸惑った様子であった。だが、私たちが笑顔のあいさつを繰り返すうちに、や
がて笑顔を返してくれるようになった。そして、心を開いて言葉を交わすようになったのである。
 彼女は、夫を第二次次世界大戦で亡くした体験もはなしてくれた。
 妻は、少女時代に牧口先生と出会いを結んだ。いわば“未来部一期生”であり、戸田先生の直々
の薫陶を受けた“女子部一期生”である。創価の女性の代表として、妻は微笑みの平和外交を繰り
広げてきたのである。
名画のごとき人生を創る「心」
 ソ連での私たち夫婦の懐かしい友人の一人に、ナターリヤ・サーツさんがいる。ソ連国立モスク
ワ児童音楽劇場の総裁を務めた方である。
 サーツさんは、スターリンの粛清によって、夫を銃殺された。
 自身も冤罪によって、シベリアなどに五年間、流刑された。しかし、サーツさんは、収容所のな
290
かにあっても、くじけなかった。そこで即席の劇団をつくって、芸術の創造を続けたのである。
 仏法では「こころは工なる画師の如し」と説く。「心」一つで、名画の如き人生を、いくらでも
創りあげていける。豊かな人生を描いていくことができるのである。
 たとえば、年を取っても、心まで老け込んでしまってはいけない。胸を張り、「生涯青春」の心
意気で生きぬいていくことだ。そう決めていけば、本当の年齢を忘れるくらいの、生き生きとした
毎日を送っていくことができるのである。
「人材群を育てた」と胸を張る歴史を 
 さて、アレクサンドラは、「宗教は阿片」とされた当時のロシアにあって、多くの子どもたちに
、父・トルストイの平和と人道の宗教的理念を語っていった。圧迫を恐れて黙っていては、一番大
事な、父の信念をつたえることはできない――これが彼女の決心であった。
 アレクサンドラは、トルストイの生前、ずっと父のそばにいて、多くの弟子たちの姿を見つめて
きた。師匠トルストイの死後、ある弟子は、師の教えに背くようになった。その人は虚栄心が強く
、冷淡で、傲慢な人物であった。また、同じように師の教えに背いたある弟子に対して、彼女は「
父の遺訓を踏みにじっているではないか!」ときびしく追及していったのである。
291
 これまで、戸田先生の弟子のなかからも、反逆者や退転者が出た。皆、もっともらしい理由をつ
けながら、自己の保身のため、私利私欲のために同志を裏切っていった。
 もしも将来、こうした卑劣な人間が出たならば、手厳しく糾弾することだ。断固として戦い、打
ち砕くのだ。そうであってこそ、創価の「師弟の道」は正しく継承される。
 組織は上から腐る。大切なのは幹部自身がかわることだ。また、上が変わらなければ学会の前進
はない。いつも、ツンとしている。笑顔がない。恰好はつけるが、敵とは戦わない。新しい人材も
育てられない――こんな幹部では、かえって広宣流布を妨げる存在となってしまう。信心と闘争心
を忘れてはならない。
 自分がリーダーの時代に、「これだけの人材を育てた」と胸を張れる歴史を残すことだ。雲霞の
ごとく、人材が集まる。そして各界に躍り出る。そうしていくのがリーダーの責務である。
 ますます婦人部が大切である。どうか婦人部の皆さまが団結し、堂々と正義の声をあげ、正しき
師弟の軌道を永遠に護りぬいていただきたい。
 一緒に戦おう!未来の学会のために!広宣流布のために!
 今こそ、将来への確固たる土台を築きあげる時なのである。

 トルストイは述べている。「互いに虚偽で結びついた人々は、一つに固まった集団となる。この
292
集団の結合こそが、世界の悪である。人類の良識ある活動はすべて、この虚偽の結合を断ち切るこ
とにある。
 「真実というものは、真実の行いによってのみ、人々に伝えることができる。真実の行いのみが
、一人一人の意識に光を注ぎ、虚偽の結合を断ち切り、虚偽の結合に結びついた集団から人々を、
次から次へと解放することができる」
 人々を虚偽の鎖から解き放たなければならない。
「真実の宝剣」を掲げて進め
 徹して真実を叫び抜くことだ。嘘を打ち破っていくことだ。仏法では、国によって生じる悪とし
て、「妄語」、「綺語」、」「悪口」、「両舌」を挙げている。
 日蓮大聖人は、「日妙聖人御書」のなかで、法華経に対するならば、一切経は妄語であり、綺語
であり、悪口であり、両舌のようなものであると仰せである。そして、鎌倉からはるばる佐渡まで
大聖人を訪ねてきた日妙聖人を讃え、こう仰せである。
 「実語の法華経は正直の者が信じ会得できるのである。今あなたは実語の女性でいらっしゃるの
293
である。
 最高の真実の法である妙法を持ち、尊き求道の心に生きぬく婦人部の皆さまを、大聖人が最大に
讃嘆されることは間違いない。どうか「真実の宝剣」を堂々と掲げ、一切の嘘を打ち破りながら、
痛快に前進していっていただきたい。
今いるところが「幸福の都」
 さらに、御聖訓を拝したい。
 「私たちが住んで、法華経を修行する所は、どんな所であれ、常寂光の都となるであろう。私た
ちの弟子檀那となる人は、一歩も歩むことなくして、天竺の霊鷲山を見、本有の寂光土に昼夜に往
復されるのである」(御書  1343p 通解)、
 今、戦っている、その場所で、「平和と文化」の都を築きあげていくことだ。また、必ず築いて
いけるのである。この思想、この行動に、世界宗教の最も進んだ、最も理想的な姿があると、多く
の知性が括目している。
294
 大聖人は、熱原の法難で外護の戦いをした南条時光に対して、こうおっしゃっている。
 「しばらく苦しみが続いたとしても、最後には必ず楽しい境涯になる。たとえば、国王のたった
一人の王子のようなものである。どうして王位の位につかないことがあるだろうかと、確信してい
きなさい」(御書 1565p 通解)
 大聖人は、つねに「一人の生命」「一人の幸福」を根本にされ、徹底して勇気と希望を送られた

 ゆえに学会も、まったく同じ軌道を歩む。信心を貫いた人が、最後には必ず勝つ。それを証明し
ていくのが「人間革命」の大道である。

 大聖人は、南条時光の母に対して、時光の弟を亡くした直後に、こうつづられている。
 「悲母がわが子を恋しく思われるならば、南無妙法蓮華経と唱えられて、亡き夫君の南条殿とお
御子息の五郎殿と、同じ所に生まれようと願っていかれなさい。一つの種は一つの種であり、別の
種は別の種です。同じ妙法蓮華経の種を心に孕まれるならば、同じ妙法蓮華経の国へお生まれにな
るでしょう。父と母と子の三人が顔を合わせられる時、そのお悦はいかばかりで、どれほどうれし
く思われることでしょう」(御書 1570p 通解)
 これは、仏法の本質であり、非常に大事な一節である。皆、三世の生命といっても、なかなか信
295
じることはできない。ゆえに、何度も拝してきた御聖訓であるが、あえて紹介しておきたいのであ
る。
 この御文にもあるように、彼女は、夫にも先立たれていた。南無妙法蓮華経と唱えぬいていけば
、必ず、愛する夫とわが子と一緒に、生まれることができるのですよ!――大聖人は、渾身の励ま
しを送られた。
 かけがえのない存在を亡くす。それは言葉にできない悲しみである。残念であり、無念である。
しかし、この御書の一節を疑ってはならない。何があろうとも、必ず善い方向へ、皆を幸福にする
方向へ、意味のある方向へと進んでいける。その根本の力が、大聖人の題目には厳然と具わってい
る。その力を、現実に引き出していくのが、私たちの信心なのである。
苦悩は、人間にとって偉大な師
 最後に、十九世紀のスペインの人権活動家であるコンセプシオン・アレナルの言葉を贈りたい。
 「苦悩は人間にとって偉大な師である。時には涙を流し、またある時は涙を拭うことにも尊い教
訓がある」
 「悪はいつまで続くのであろうか。われわれがやるべきことをやり、信念に基づいた行動があれ
296
ば、悪を断ち切ることができるのである。力を合わせれば、一時的な悪を永続的な善に変えられる
こともある」
 季節の変わり目であり、健康には十分、気をつけていただきたい。
 きょう二月二十七日は「アメリカ婦人部の日」であり、「ブラジル婦人部の日」でもある。
 妻とともに、全国、全世界の婦人部の皆さまの健康と幸福、栄光と勝利を、心の底から祈りに祈
りつつ、記念のスピーチとしたい。
 皆さんが勝利者となり、きょうから明日へ、未来へと進んでけるように、懸命に、お題目を送り
ます。長時間、ありがとう!
                             (東京・信濃文化センター)
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297
本部代表者会議
永遠の発展土台を今

広布とは外交戦

 きょうは、忙しいなか、ご苦労さま!
 いかにして味方を増やしていくか、いかにして敵と戦い、勝つか。ここに、その団体の盛衰を分
ける重要なポイントがある。きょうはこの点について、学会の未来のために、戸田先生の指導にも
ふれながら、スピーチをさせていただきたい。
298
 先生は、「外交のできない人間は信頼してはならない」といわれた。
 私は戸田先生のもとで、学会の初代渉外部長を務めた。徹底して訓練を受けた。
 「誠実」と「智慧」、そして正義のために戦う「勇気」――これが渉外の要諦である。外交の基
本中の基本だ。これがあれば大丈夫である。
 もしこの精神が失われたとすれば、それは、その団体が滅びていく兆候といえよう。
 強く、また誠実に、情熱をもって進むのだ。
 渉外部長だった私は、戸田先生や学会に対し、事実無根の中傷を行う雑誌社や新聞社があれば、
即座に飛んでいって厳重抗議した。相手が非を認めるまで許さなかった。
 悪必なデマや誹謗をまき散らす連中とも言論で戦った。臆することなどなかった。単身、乗り込
んでいった。交通費がなければ、歩いてでも行った。
 大切なのは、本気で戦う一人である。だらしのない、意気地のない人間が大勢いても、何の役に
も立たない。本気で立ち上がる人間がいなければ、何も変わらない。
師弟こそ人生の真髄
 私は師匠を守るために、命をかけて戦った。すべてを捧げて戸田先生に仕えた。
299
 先生は本当に厳しかった。今の時代では、想像できないほどの厳しさだった。
 真夜中や夜明け前に「すぐ来なさい」と戸田先生から電話がかかってくる。そういうことが、何
度もあった。先生のお宅は遠い。そんな時間では、タクシーも、なかなかつかまらない。それでも
手を尽くして、なんとかして、先生のもとへ駆けつけた。
 ふつうの人間ならば反感を持ち、退転していたかもしれない。反逆していたかもしれない。それ
ほどの厳しい訓練だった。
 それでも私は広宣流布のため、師匠のために、喜び勇んで、はせ参じた。
 仏法の真髄は、そして人間の生き方の真髄は「師弟」にある。
 お金もない。何もない。大変な時代だった。そのなかで、先生に仕えきった。横着など、一切し
なかった。今の人たちには、いくら口で説明しても分からないかもしれない。しかし、命を賭して
私は戦った。
 先生のお宅へ行って、夜通し、先生をお守りしたことも、たびたびあった。朝になると、そこか
ら、会社へ出かけていった。戦って戦って、戦いぬいた。私は医者から「三十歳までもたない」と
言われたが、本当に、二十八歳ぐらいで死ぬかもしれないと思っていた。妻もそう思っていた。そ
ういう戦いをしていたのである。
300
 ある時、田戸先生が大泣きをされた。
 ――大作は三十歳までに死んでしまう。体が弱いのに、苦労ばかりかけて。大作が死んだら、学
会の将来は真っ暗だ――そう言って、私の妻の父たちの前で涙を流された。
 それほど私は、命がけで、不惜身命で、死にものぐるいで戦ってきた。口先で言うのではない。
事実として、そのとおりにたたかいぬいてきたのだ。
 戸田先生の事業が破綻した時も、私はただ一人、先生を守りぬいた。
 先生に対しては、ごうごうたる非難、刑事告発をされる恐れさえあった。先生は、本当に真っ暗
の、極限まで追いつめられた状況におられた。
 そんななかで、一人残った私は阿修羅のごとく猛然と戦った。寒くなっても、開襟シャツ。月給
が半分以下の時もあった。まったく出ないこともあった。しかし、給料がどうとか、時間がどうと
か、そんなことは問題ではなかった。私は働いて働いて、働きぬいた。
 あの時は、どこに行っても「学会の戸田か!インチキめ!」と、いやなことばかり言われた。そ
れでも私は戦った。先生に一切を捧げた。
 そして、ついにこの苦難を乗り越えて、先生は、第二代会長に就任された。先生とともに、広宣
流布への道を開いたのである。
 折伏もそうだ。遅々として進まない折伏の状況を見て先生は、「大作、立ち上がってくれないか
301
」と。
 私は全国の各地で折伏の旋風を巻き起こした。戸田先生の願業である、七十五万所帯の拡大への
突破口を開いた。そして今の学会が、できあがったのである。これが真実の師弟の姿である。
 ほかのだれでもない。牧口先生、戸田先生がつくられたきそのうえに、今の学会をつくったのは
私である。私がいなければ、今の学会はない。
 この厳粛なる「師弟」の一点を忘れたら、学会は崩れてしまう。将来、大変なことになる。
 自分自身のことであるが、未来のために、きょうは、このことを明確に申し上げておきたい。
同志に「ありがとう」と心から感謝を
 以前も申し上げたが、組織は「上」から腐る。上の幹部が要領を使い、いばってばかりいたら、
全体が腐ってしまう。人材も育たない。
 それでは皆がかわいそうだ。そういう幹部は、下から声をあげて突き動かしていくことだ。
 権威を笠に着るのは“魔物”の存在だ。
 学会は最高の「人間の世界」である。清らかな信心の世界である。全員が平等である。
 学会のため、広宣流布のため、同志のために、どれだけ働いたか――ただ、それだけが、その人
302
の「偉さ」を決める。不惜身命の行動をした人を、日蓮大聖人は御賞讃くださるのである。
 会員のために尽くすのが学会の本当のリーダーである。会員に尽くすことが、御本尊に尽くすこ
とになる。それが広宣流布に、尽くすことになるのである。
 自分は偉くない。偉いのは、広布へ戦う同志である――そう心から思って、「ご苦労さまです」
「ありがとうございます」と讃え、感謝していくのだ。
 そして、幹部は仲よく、互いに心を合わせ、力を合わせて、異体同心で進んでいただきたい。
全生命を賭して広布へ
 ここで戸田先生の御指導を紹介したい。先生は言われた。
 「外へ出れば、一人であっても、学会全体を代表しているのである。個人ではない。学会の代表
という責務に立たねばならない」
 この自覚が大切だ。
 また、先生は、「貧相な姿では、立派な外交の仕事はできない」とも言われていた。戸田先生は
、そういうところにも気を使われた。貧相では、バカにされる。それだけで負けてしまう。
 戸田先生は叫ばれた。
303
 「臆病者は学会から去れ!意気地なしは学会から去れ!学会と生死を共にする者だけが真実の同
志だ」
 そのとおりだ。臆病者の集まりでは広宣流布はできない。世界広布はできない。
 今、私は全生命を賭して世界広布のために戦っている。ただ広宣流布のため――その責任を担う
私の人生には、自分の楽しみなどはなかった。
 第三代会長に就任した時に住んでた小林町のわが家は、たいへんに質素だった。私の家を訪ねて
きた人が、気づかずに通り過ぎてしまう。それくらいの小さな家だった。
 一九六六年(昭和四十一年)に、信濃町に引っ越しをした。その自宅もまた、質素なものである

 私は、私財をなげうって広布を支えた。血のにじむような努力をして、恩師の教えのままに、す
べて学会に捧げてきた。これほど尽くしてきた弟子は、ほかにいない。
人間として、最高に価値ある道
 戸田先生は言われた。
 「生きるということは、仕事をするとうことだ」
 真の仕事とは広宣流布である。広宣流布のために真剣に尽くしていくことで、人間としての最高
304
に価値ある道を歩んでいけるのである。
 先生はまた、「戦いは迅速であれ」と指導された。そして「闘争は最後の粘りである」とも、私
は十九歳で戸田先生に師事して以来、先生からいただいたご指導の急所は、すべて頭に入っている
。さらに、先生のご指導を紹介したい。
 「敵を責める時には、敵の実情をしらなくてはならぬ」
 「何ものも恐れるな。何事も理性的、理知的であれ。そして敵味方を峻別せよ」
 「戦いは一気にやるものではない。押したり引いたりしながら、割り入って行くのである」
 敵の実情を知れ。何ものも恐れるな。いずれも戦の要諦である。臆病では勝てない。大切なのは
誠実と勇気だ。そして勝利を得ることができなければ、外交の意味がない。
正義の言論で勝利の歴史を
 先生は、こうも語っておられた。
 「今、われわれの広宣流布の運動は、社会のあらゆる面にわたって行う戦いである。政治、経済
、文化、教育という、立体的な戦いになってくる。いかなる強敵が現れても、微動だにするわけに
はいかないのだ」
305
 「相手の誤謬や弱点、矛盾などの過誤を明らかにし、いかに正しき論点まで引っ張り上げられる
かが言論の力だ、説得力とは、この力なのだ。主張だけしていては、ケンカはできても、説得によ
って、相手を心から降参させることはできない。
 先生は、一つ一つ具体的に教えてくださった。私はそのとおりに戦ってきた。勝利の歴史を築い
てきた。先生は叫ばれた。
 「中傷であれ、面罵であれ、雲がわくように起きてこよう。誤解されたうえに、曲解も重なるだ
ろう。本当の戦いはこれからだと立ち上がり、敢然と突きすすもうではないか!」
 戸田先生は、悪に対しては容赦なかった。悪意に満ちたデマとは、正義の言論で断固、戦えと教
えられた。幹部が臆病で、難を恐れて、敵と戦わない。こんなずるいことはない。
 日蓮大聖人は、たび重なる讒言によって命に及ぶ大難を受けられた。デマによって、悪名を流さ
れた。迫害の連続であった。御聖訓には、こう仰せである。
 「もし恩を知り、心ある人々であるならば、大聖人が二回、杖で打たれるならば、そのうち一回
は代わって受けるべきではないだろうか。(御書 1450p 通解)。
 大聖人は、一切衆生の救済のために立ち上がられた。そのお心を知るならば、難の半分は代わっ
て受けるべきだとの厳しき仰せである。この御文を深くかみしめていかねばならない。
306
 戸田先生は、こうも指導された。
 「裏切られたり、足をさらわれたり、ひどい目に遭って、人を見る眼も肥えていく」
 「人間は感情の動物である。一人一人の心を、どうとらえていくかが大事だ」
 「時代の動向を肌で感ずることができれば、いかに時代をリードすべきかも、おのずから分かる
ようになってくる。
 本当に、先生は鋭かった。偉大なる民衆の指導者であった。
 それでは、どうかお元気で!全員がすばらしい人生を生きぬいてほしい。
 そのためには、徹して戦いぬくことだ。中途半端では悔いを残してしまう。
 人材を育て、多くの後輩たちの道を開くのだ。自身のため、そして家族のためにも、誇りある闘
争の歴史を残していただきたい。
 きょうは、本当にありがとう!
                                  (創価文化会館)
060309top
307
第五十八回本部幹部会
全国壮年部幹部会
第三回九州総会

新時代へ輝く人材城を

生まれ変わったように光れ
 日蓮大聖人は、法華経の虚空会の会座に、無数の菩薩が集い来る姿を「星の虚空に充満するが如
し(御書 1127:04)と仰せである。宇宙に充満する星のようだ――と。
 きょうは、日本中、世界中から、使命ある広布の人材が一堂に集ってこられた。
 わが学会には、広宣流布の人材が、満天のきら星のごとく、いちだんとさえわたってきた。世界
一の団体と光り輝いてきた。
308
 美しく渦巻く銀河にあっても、巨大な星たちが幾万、幾十万と、一気に集中して誕生する現証が
ある。それが「スターバースト」と天文学で呼ばれる。爆発的な星の形成である。銀河が鮮烈な輝
きを放つ、壮大な大宇宙のドラマである。
 広宣流布の大回転にあっても、新しい人材が爆発的に誕生すべき時がある。今、新しいその時が
来た。今こそ、全員が「会長」の自覚を持つことだ。広布の全責任を担い立つのだ。一人一人が「
勇気」と「戦闘力」と「学会精神」を爆発させていくことである。
 嫉妬と悪口の輩にさえも「学科はすごい」「かなわない」「今までの何倍、何十、何百倍も人材
が出てきた」と思わせるような戦いをしようではないか。
 その戦いの根本は何か。自分自身の人間革命である。組織をどう動かすか、ではない。自分を革
命することだ。自分が生まれ変わっていくことだ。新しい自分の光、人間としての輝きを出してい
くことである。そして、その新しい輝きを、どこに向けていくべきか。後輩を育てること、広宣流
布の人材を育てることにむけるのである。
 あの日あの時――仙台の青葉城址で戸田先生の勇姿を、私は、生涯、忘れることはできない。
 「創価学会は、人材をもって城を築け!」
309
 これが恩師戸田先生の永遠の指針である。
 私はもう一度、学会の偉大な前進の原動力となる人材の育成を始めるつもりである。

 きょうは世界の五十の国と地域から、偉大な同志の皆さまが、おいでくださった。本当にありが
とう!ようこそ!
 大聖人は、気高き信心を貫く女性たちを、「釈迦仏が、あなたの御身に入られたのでしょうか」
(御書 1392p 通解)等と、繰り返し繰り返し、讃えておられる。釈尊がその身に入っているがゆ
えに、広宣流布のために戦ってくださっているのだろうか。ありがたことです――と。
 法華経普賢品には、「当に起って遠く迎うべきこと、当に仏を敬うが如くすべし」とある。
 あまりのも尊きSGIの友を、私たちは「仏を敬うが如く」大歓迎しましょう!
女性を尊敬せよ、そこに発展のカギが
 学会においては、男性と女性は、一切、平等である。これを、あらためて申し上げておきたい。
 女性に、ますます広布の重責を担っていただく時代に入っている。実際、折伏をはじめ、あらゆ
310
る活動を支え、学会を守ってくださっているのは、女性である。お世辞ではなく、これが事実であ
る。
 何度も拝してきた御文であるが、日蓮大聖人は、「此の経を持つ女人は一切の女人に・すぎたる
のみならず一切の男子に・こえたりとみえて候」(御書 1134:15)と厳然と仰せである。
 男性が威張り、広布の女性を下に見る――それは、御聖訓に照らして、間違っている。また、民
主主義に反するし、封建時代のような時代錯誤である。
 女性は、まじめで、純粋である。まっすぐな正義感がある。そうした女性を疎ましく思い、男性
だけで物事を決めていくようになれば、学会の将来は危ない。混乱し、壊れかねない。
 男性が、心から女性を尊敬していけるか、ここに、永遠の発展の重大なカギがある。
 私は、根強い男性中心の風土を改革し、新しい「女性の世紀」を開くために戦っている。
 また、リーダーの団結が大事である。リーダーの心と心に距離があれば、そこに魔がつけ入り、
組織は崩れていく。どこまでも「異体同心」で進んでいただきたい。
各国の顕彰は、同志の信頼の証
 先ほど私は、美しき「宝石の都」と謳われる中米エルサルバドル共和国のボリバル協会から、栄
311
えある「名誉会員」の称号と「功労顕彰盾」をいただきました。この協会は一九五一年の創立であ
り、わが青年部と同じく五十五年の歴史を刻んでこられました。
 全世界の青年とともに、私は、この栄誉を受けさせていただきました。
 きょう、証書と盾をお持ちくださった同協会理事は、エルサルバドルSGIの青年部のリーダー
。三十歳の、若き正義の検事であられる。青年からの授与――それだけに、この栄誉が本当にうれ
しい。私は、貴国の平和と繁栄を、一生涯、永遠に祈りきってまいります。
 各国からの顕彰は、すべてSGIの同志の皆さま方が、良き市民として、社会で信頼と尊敬を勝
ち取っておられる証明である。皆さん方のお力である。改めて、心から感謝申し上げます。
“政治家千倍、民衆を信じる”
 壮年部の結成四十周年、おめでとう!一人一人が、いよいよ元気に、境涯を大きく開きながら、
慈愛をもって青年を育てていただきたい。
 記念に、ラテン・アメリカ解放の大指導者シモン・ボリバルの言葉を贈りたい。
 まず、「強さがなければ、徳はない」
 弱い人間は、徳を貫くことはできない。強くあってこそ、徳も光る。正義も輝く。「強い」とは
312
「偉ぶる」という意味ではない。あくまでも、正義のための強さである。
 また、「栄光とは命令することではなく、偉大な善徳を実践することである」。このとおりであ
る。そして、「指導者たる者はいかに厳しい真実であっても、他人の意見に耳を傾けるべき」であ
るとボリバルは言う。
 とくに、婦人部や女子部の声を、大事にしていただきたい。
 ともあれ、「強き」と「真剣さ」と「大きさ」が、名指揮者、名指導者の要件がある。これらは
、ますます必要になってくる。さらに、ボリバルは喝破している。
 「私は、国民に対して、その代表者・政治家に対するよりも千倍もの信頼を置いている」
 一番大事なのは、民衆である。学会員である。これを、断じて忘れてはいけない。
 健気な同志を厳護し、連戦連勝の勝ち戦を牽引してきた人、また、そうあるべき立場の人が、壮
年部である。私も、壮年部の一員として、いよいよ働きに働いていくつもりである。荒鷲が飛ぶよ
うに、大いに戦っていきたい。新しい時代を開くために。全世界の皆さんのために。
難攻不落の大九州城に
 大勝利の九州総会おめでとう!遠くから、よく来られた。本当にありがとう。
313
 九州は、力強い。九州と聞けば、元気が出る。最優秀の拡大が光る女子部をはじめ、九州青年部
の皆さんも、生き生きとしている。本当にうれしい。
 婦人部の皆さま方も、女子部と一体になっての前進は、すべてうかがっている。ありがとう!
 ご存じのとおり、牧口先生は、九州に何度も足を運ばれた。そして、広宣流布の永遠のくさびを
打たれた。九州の重要性に、牧口先生は着目しておられた。しかし、多くの人は、その意義が分か
らなかった。
 今、九州を一つの起点にして、東洋へ、世界へ、妙法は大きく広がっている。新しい発展の原動
力。それは「先駆の九州」である。皆さま方の功徳は大きい。
 牧口先生は、東京から福岡の拠点まで三十時間、二日がかりで通われた。それほどの遠路をいと
わず、牧口先生は、なぜ通い続けたのか――。牧口先生は、九州の同志に、その真情を語っておら
れる。
 「私は、九州を作りたいんだ。あなたが本物になるために、私はきているんだよ」
 九州の人々は素朴である。真剣の人がいる。私は、九州を信頼している――こうしたお心だった
のではないだろうか。
 本物がほしい!これが「創価の父」の心であった。私もまた、同じである。
 そして今や、本物の人材が光る「難攻不落の九州城」ができあがった。
314
 大九州は、断固と勝った!大きな拍手を贈りたい。
青年は希望!青年を仲間に
 牧口先生が、九州に来るたびに語られていたことがある。それは「青年はいないか」という言葉
である。青年を折伏しよう、青年を育てよう。将来の学会のために、広宣流布のために――そう深
く心に期しておられたのである。
 今ふたたび、焦点は青年である。少子化の時代だ、一流の団体は、あらゆる手を尽くして、優秀
な青年を集めている。学会も、後れをとってはいけない。時代は今、大きく変わっている。新しい
躍進のためには、前途に希望をもつ無数の青年を、仲間に入れるしかない。婦人部・壮年部の皆さ
んも、青年の育成をどうか、よろしくお願いしたい。
 とくに、これから十年は、人材を育て、人材を獲得する熾烈な戦争となる。油断していると、取
り残されていく。

 青年に光を!若々しいスクラムを!ここに私は、全魂を注いでいる。青年部の会合も、草創期の
ように、猛然と勢いに満ちた、一段と感動あふれるものにしていきたい。
315
 青年部こそ、日本、そして世界において、広宣流布の新しい原動力である。その意味で、先頭を
走る青年部は、いわば“師匠”である。未来を頼む側の壮年部や婦人部は“弟子”のようなものと
いっても、過言ではない。
 親にとって子どもは、かけがえのない存在である。「息子よ、娘よ、頼む!」と、あとを託す。
 同じように、学会にとっては、青年にすべてを託す以外にない。未来部に託すしかない。
 この点を、あいまいにせず、きちっと明確にしなければならない。そこに、誇り高き「正義の道
」「師弟の道」「勝利の道」が厳然と開かれていく。
信心の“確信”を継承
 青年の糾合こそ、あらゆる団体の発展の方程式である。心広々とスクラムを広げていきたい。
 新しい青年に、最初から完璧に勤行・唱題といっても、むずかしいかもしれない。まずは題目か
らでもかまわない。一遍の題目にも無数の功徳があると、大聖人は仰せである。要は信心の確信を
伝えることである。
 青年がいなければ、未来はない。師弟も、正義も、勝利も、すべて観念になってしまう。大切な
広布の戦に負けてしまう。青年を仲間に!――学会は、これで未来を開こう!
316
正義の師を求めよ、悪師を見ぬけ
 ここで御聖訓を拝したい。「師弟契約御書」と言われる「最蓮房御返事」の一節である。
 「今の時代は、師に正師と邪師、善師と悪師がいる。その違いがあることを知って、邪悪の師を
遠ざけ、正善の師に近づき親しむべきである」(御書 1340p 通解)
 師匠といっても、正義の師匠もいれば、邪悪な師匠もいる。
 正義の師を求めよ!邪悪の師を避けよ!その違いを、鋭く見ぬけ!決して、だまされるな!――
これが、蓮祖の峻厳なる戒めである。
 邪悪な師には、従ってはならない。従えば、皆が悪に染まってしまうからだ。日顕がそうである
。宗門が、あれほど腐敗し、堕落したのも、誤った指導者に従ったゆえである。邪悪な人間は、た
とえ師であっても、それを遠ざけ、叩き出していかねばならない。どこの世界でも、同じことであ
る。わが学会も、断じて油断してはいけない。
 役職や立場を利用してインチキをしたり、同志を苦しめる人間が出たならば、絶対に許してはな
らない。「あなたは、間違っている!」「おかしいではないか!」と厳しく責めぬいて、その悪を
暴いていくのだ。そうでなければ、学会は破壊し、同志を不幸にしてしまうからだ。
317
 その点を厳しく見極めていかねばならない。これが大聖人の厳命であり、私の遺言であると申し
上げておきたい。
「日蓮こそが、正義の師匠」
 それでは求めるべき「正義の師」とは、だれか?それは三類の強敵と戦い、身命を惜しまず、妙
法を唱え広めている人である。
 つまり、法華経のとおりに「難」を受けているかどうか。それを大聖人は、最大の眼目とされた
。そして、「自分こそ法華経を知り、法華経を修行している者である」と思いあがっている輩に対
しては、「日蓮が受けたような難にあっていないではないか」と厳しく切り返し、攻め返しておら
れる。
 大聖人の御生涯は、まさしく迫害の連続であられた。卑劣な讒言などによって二度、流罪された
。頸の座にもつかれた。種々の難は数知れない。すべて経文どうりであられる。
318
 ゆえに大聖人は、「難を受けていない恰好だけの者は、ことごとく邪な師である。難を受けきっ
てきた日蓮こそが、正義の師である」と厳然と宣言されたのである。
創価三代の師弟こそ広宣流布の礎
 それでは、御本仏であられる大聖人に直結して、「猶多怨嫉」「悪口罵詈」の難を受けながら、
末法の五濁悪世の現代に、世界広宣流布の道を開いてきたのは、いったいだれか?
 初代、二代、三代の師弟しかない。
 初代の牧口先生は、大聖人の正法正義の命脈を守られて牢獄につながれた。そして、獄中での殉
教である。
 第二代の戸田先生も同じく牢に入った。そして圧迫に耐え、寿命を削りながら、二年間におよぶ
獄中闘争を生きぬかれたのである。
319
 第三代の私も、広宣流布のゆえに、無実の罪で牢獄に入った。反逆者に乗せられた。売らんがた
めの卑劣なマスコミのウソ八百によって、数限りない悪口罵詈を浴びせられた。
 すべては、法華経のとおり、御書のとおりである。
 この初代、二代、三代の会長だけが、御聖訓にいささかも違わず、一切の矢面に立って三障四魔
、三類の強敵と戦いぬいてきた。それはだれよりも、皆さんがご存じのとおりである。
青年よ「戦う魂」を受け継げ
 戸田先生がどれだけ、私を訓練したか。どれだけ、私を大事にしてくださったか。
 戸田先生が事業に失敗され、生きるか、死ぬか――その時も、私が一人で奔走して、先生をお守
りした。莫大な借金もすべて清算した。
 先生を誹謗中傷する人間がいれば、ただ一人で飛んでいった。相手がだれであろうと、青年らし
く、勇敢に、誠実に、まっすぐに語りぬいて、師の真実を認めさせていったのである。
 難と戦う師匠を断じて守る。その祈り、その行動に、「仏法の師弟」の真髄がある。
 牧口先生と戸田先生は「不二」であった。戸田先生と私もまた「不二」であった。「生死不二」
の師弟であった。
320
 戸田先生の本当のご精神を受け継いで、私は、三類の強敵と戦い、創価学会を、ここまでつくり
あげてきた。創価の師弟は、牧口先生、戸田先生、そして私で決まったのである。
 根本は、三代の師弟である。三代の「師弟の精神」を守りぬいていくかぎり、創価学会は永遠に
発展する。世界広宣流布は、必ず実現できる。
 この三代の広宣流布へ「戦う魂」を、後継の青年部は、断じて受け継いでいっていただきたい。
勝っていただきたい。よろしく頼みます!
 私自身のことになって恐縮だが、万年の未来のために、本当のことを残させていただきたい。

 創価学会は広宣流布の団体である。ゆえに、広布に励む同志が一番尊い。
 会員のために幹部は存在する。どこまでも会員に尽くしていくのが、幹部の役目である。
 それを自分が偉くなったと錯覚して、会員を手段にしたり、犠牲にする幹部が出たならば、絶対
に許してはいけない。また、断じてそのような傲慢な幹部になってはいけない。
 一瞬たりとも油断なく、会員のために働いて、働いて、働きぬいていく。それが創価学会の指導
者であることを忘れないでいただきたい。
 私自身は、御本尊に守られて、また、会員の皆さまが祈ってくださっているおかげで、たいへん
に健康である。何の心配もいらない。皆さま、ほんとうにありがとう!
321
 私は、尊き皆さま方のために、真実を語り残しておきたい。真実の師弟の道を、真実の学会の世
界をつくっておきたいのである。
苦難に打ち勝った人が勝利者
 “人類の頭脳”アインシュタイン博士は、次のように述べている。
 「真に偉大な人間になる道は一つしかない。それは、何度も苦難にあうことである」
 深い言葉だ、私も、この何十年間、中傷と迫害の連続であった。試練の連続であった。
 ルネサンスの巨人レオナルド・ダ・ヴィンチはのべている。
 「純金は火によって製錬される」
 「大いなる苦悩なくしては、如何なる完成せる才能もあり得ない」
 苦悩なくしては、立派な才能も完成できない。立派な人間になれない――こう言うのである。
 この言葉どおりの人生を、牧口先生は歩まれた。戸田先生もそうであった。そして私もまた、そ
うである。戸田先生から、徹底して厳しく鍛えられた。幾多の苦難を乗り越えてきた。
 だからこそ、学会は世界的になったのである。
322
 これまで、苦難を避ける、ずるい人間もいた。自分の利益しか考えない。そのくせ威張る。あげ
くは師匠さえも“飾り”にして利用する。それは全部、信心なき、陰謀の人間たちであた。
 難を乗り越えて、仏になれる。「難こそ誉れ」。これが仏法者である。
 その深き魂を忘れて、“口先でうまく言っておけばいい”と要領に走り、恰好だけつける――そ
んな惰弱な学会をつくりたくない。否、断じてつくってはならない。
 ホール・ケインは、小説『永遠の都』のなかでつづっている。
 「苦しみを甘んじて受け、耐え忍んで強くなってきた人間こそ、この世でいちばん強い人間なの
だ」
 苦難に打ち勝った人が真の勝利者である。これが真実の学会の同志の姿である。
 ともあれ、学会には、ありとあらゆる試練と苦難を勝ち越えてきた金剛不壊の三代の「師弟」が
ある。この「師弟」があったから、広宣流布の土台ができた。
 異体同心の学会には一千万の同志がいる。学会は強い。うれしいことだ。
 そして、世界百九十ヵ国・地域の連帯がある。すごいことだ。
 この中にこそ、最高にして有意義な、「所願満足」の生命の軌道がある。これを壊されてはなら
ない。
323
女性の成仏を証明した竜女
 法華経では、竜女の成仏が説かれている。
 その中で、若き竜女は、師と仰ぐ釈尊に感謝を込めて言う。
 「私は大乗の教え・法華経を聞いて、苦悩の衆生を救ってまいります――そう誓願する。
 広布の青春を駆ける、わが尊き女子部の皆さんの姿をほうふつさせる。
 そして竜女は、自分をバカにして、女人成仏を信じない舎利弗たちに対し、「汝が神力を以て、
我が成仏を観よ」といって、実際に自分が成仏して衆生を教化する姿を見せたのである。
 日蓮大聖人も、御書のなかで、この竜女の成仏と誓願について述べておられる。
 大聖人は、女性を最大に大切にされた。女性の門下の健気な信心を、深く讃嘆された。
 法華経以前の経典では、女性は成仏できないとされていた。竜女の成仏は、一切の女性の成仏に
通じていく。他の多くの衆生にとっても、大いなる喜びであった。
 竜女が、こんなに立派になった。このように衆生を救っていくすばらしい存在となった――。
 いわば、竜女は、人間革命の偉大なる“勝利の実証”を示した。そして、多くの人々に喜びを送
る“希望の大革命”を起こしたのである。
324
忘恩の人間は、遠慮なく責めよ
 だれにでも、平等に、最高に尊い「仏の生命」がある。それを仏法は教えている。
 民衆が強くなり、賢くなり、幸福になっていく――それが、全人類の幸福のために立たれた大聖
人の願いであった。
 二十一世紀こそ「民衆が主役」の時代にしたい。もっともっと、「下」が強くなって、「上」を
動かしていくのだ。これは、牧口先生が言われていた方程式である。
 もちろん、学会においては、役職は「責任職」であり、上も下もない。広宣流布のための組織で
あり、尊き使命は皆、まったく同じである。
 「地涌の菩薩」の誇りに燃えて、むしろ第一線の同志が、幹部以上に、広宣流布の拡大に尽くし
てくださっている。そうであるのに、幹部だからと威張るような人間がいたならば、皆が、どんど
ん意見を言っていうべきである。
 いわんや、学会のおかげで社会的に偉くなりながら、信心を忘れて、広布のために戦わない、増
上慢になって学会を見下す。そういう忘恩の人間は、容赦なく責めるべきである。それが本人を救
うことにもなる。同志の間に、よけいな遠慮などいらない。また、あってはならない。
325
 大事なことは、皆が喜び勇んで、広布のために進んでいくことである。
名誉称号は全同志の栄誉
 これまで、私が皆さん方を代表していただいた、世界からの名誉学術称号は「百八十六」となっ
た。決定通知を含めると、「二百十」となる。
 私は、大学に満足に通えなかった。戸田先生を守り、支えるために、夜学を断念せざるを得なか
った。しかし、戸田先生は、逝去されるまで、私に勉強を教えてくださった。日曜に先生のお宅に
うかがい、先生みずから食事をつくって、ふるまってくださったこともあった。“申し訳ない、お
れのために”こういう思いで、先生は私に対して徹底的に学問を打ち込まれた。
 あまりにも偉大な師匠であった。その師匠のために私は戦う――こう決めたのである。そして、
師弟不二の道を歩んできた。
 また歴史学者のトインビー博士は、私との対談を終えるさいに、「あなたは、私より多くの名誉
博士号を受けるでしょう」と言ってくださった。これも忘れられない思い出である。
 今、創価の平和・文化・教育運動に対する賞讃が、世界から寄せられている。トインビー博士も
喜んでおられると思う。これらの名誉称号は、創価学会の誉れであり、学会の勝利の証であり、全
326
同志の栄誉である。
 今、創価教育の同窓生が、世界各地で、また国政の場など各界で活躍している。
 真剣な教育の先生方、職員の皆さま方に心から感謝し、讃えたい。
他者のために生きる人が幸福
 芸術部の皆さん、いつもいつも、ほんとうにありがとう!
 また「芸術部の日」三月八日、おめでとう。
 今年で生誕二百五十年を迎えるモーツァルトの言葉にこうある。
 心こそ人間をたかめるものです」
 「心こそ大切なれ」(御書 1192:14)である。皆さんの存在は、最も美しく、最も誠実な心が光
る尊極の“芸術の太陽”である。多くの友が応援しています!

 最後に、幾つかの箴言を紹介したい。
 ロシアの文豪トルストイは、「人生にはただひとつだけ疑いのない幸福がある――人のために生
きることである」と記した。
327
 これがトルストイの結論だったともいえよう。
 永遠の幸福のために!他人のために生きよ!――学会の正義、仏法の正しさは、この生き方のな
かに輝く。学会活動に励む私たちこそ、最も幸福な道を歩んでいるのである。

 また、中国の作家、魯迅はつづった。
 「最後の勝利は、喜ぶ人々の数にあるのではなく、どこまでも進撃する人々の数にある」
 「光明は必ずや訪れる。あたかも夜明けをさえぎることはできないように」
 決心するかぎり、奮闘するかぎり、われわれは必ず成功し、勝利する――虐げられてきた民衆を
鼓舞する、魯迅の叫びであった。
 次元は異なるが、御本尊を持ち、日々題目をあげて奮闘する人は、最後に必ず勝つ。
 今、学会は、新しい太陽が昇りゆくゆえに、成長と拡大と前進の時をむかえた。
 晴れわたるわれらの永遠の記念日である「五月三日」に向って、新たな勝利への大攻勢を、はつ
らつと開始してまいりたい。
 きょうはありがとう!皆、体を大切にして下さい。
 壮年部、男子部の皆さんは、女子部、婦人部の活躍を支え、守っていただきたい。同志として、
328
おたがいに切磋琢磨して、一生涯、信心を貫いていくことである。
 海外からの皆さま、本当にありがとう!朗らかに進みましょう!
                                (東京牧口記念会館)
060317top
329
最高協議会
師とともに!それが広布の勝ち戦

闘争なくして善の勝利はない

 広宣流布の新しい前進のために、今日も語り合いたい。
 リーダーが「心を一致させていこう」「同じ責任をもっていこう」――そうやって連帯を密にす
ることが、大きな力になる。「異体同心」を貫くならば、今の何倍も広布は進む。
 命がけの非暴力主義を貫いた、アメリカのキング博士は述べている。
 「人間の歴史は善と悪との闘争の物語だといえる」
330
 闘争なくして、善の勝利はありえない。「仏法は勝負」――日蓮大聖人の仰せは正しい。
「勝利への祈り」「緻密な作戦」を
 正義を叫べば、必ず、反発がある。それを、どう打ち返し、攻勢に転じていくか。
 そのために私は、祈りに祈り、思索し、人知れず手を打ってきた。
 偉大な勝利の作戦は、『三国志』の英雄・諸葛孔明のごとく、緻密でなければならない。迅速で
なければならない。それができないのは、官僚主義に陥っている証拠だ。
 中国の王維の詩に、「総大将たるもの、まず敵の謀略がくだくが最上という兵法は、あうまで御
存知でいらっしゃる」との一節があった。
 負ける側には、必ず原因がある。油断がある。死力を尽くしていないのである。
 近代インドの大思想家ヴィヴェカーナンダは叫んだ。
 「臆病者はけっして勝利を収めることはない」
 大聖人は「不惜身命」との法華経の文を何度も引いておられる。
 臆病になるな!ずるい人間になるな!そう厳しく教えられているのである。
 いじめられている民衆がいる。迫害されている「正義の人」がいる。それを見ながら、何一つ、
331
声をあげない。これほど卑怯なことはない。
“目覚めた一人”の力は偉大
 マハトマ・ガンジーの令孫、アルン・ガンジー博士は訴えた。「一人の力は偉大です。『目覚め
た一人の出現』こそ、社会変革の出発点なのです。
 まずリーダーが目覚めることだ。幹部から革命する以外ない。
 だから私は、先頭に立って、新しい人材への訓練を開始している。私は甘ったれの幹部を残した
くない。命をかけて築いてきた学会が、万が一にも傷つけられるようなことがあれば、これほどの
損失はないからだ。青年は気取りを捨てることだ。今、戦わなかったら、いつ戦うのか。そう決意
して立ち上がってもらいたい。
 草創の青年部は単身、法論に乗り込み、敢然と相手を打ち破った。今は恵まれている。時には、
幹部に車を用意してくれたり、靴をそろえてくれたり、お茶を出してくれることもあるかもしれな
い。しかし、勘違いしてはならない。同志の真心を当たり前と思って、ふんぞり返る者がいたなら
、まるで「殿様」だ。これほど愚劣な姿はない。それは、「師弟」を忘れた姿だ。
 作家の下村湖人は「偉そうな顔ほど偉くない顔はない」とつづっている。
332
報恩こそ最高の人間の道
 広宣流布の戦闘は師匠とともに進む。ここに勝利の道がある。
 第二代会長の戸田先生が、牧口初代会長にお仕えする姿は、それはそれは厳粛であった。豪放磊
落なあの戸田先生が、牧口先生の前に行くと、ひれ伏しておられた。
 それを目にした人が、「これほどまでに師弟は峻厳なものなのか」と襟を正していた。
 日蓮大聖人は仰せである。
 「恩を知ることを最高とし、恩を報ずることを第一とする」
 恩を知るのが人間の道であり、なかんずく仏法者の道である。
 私は今日まで、戸田先生、牧口先生に、最大のご恩返しをしてきたつもりである。
 「開目抄」には、仏弟子であるならば、必ず恩を知り、恩に報いるべきであると述べられている
。恩知らずには、仏弟子を名乗る資格はない。 

 師は叫ぶ。
 邪悪と戦い、三類の強敵と戦い、三障四魔を引き受けて、広宣流布へ戦おうではないか!
333
 それと「不二の心」で弟子も立つのだ。
 大聖人は、凡夫そのままの姿で、「凡夫即仏」の極理を示された。一面から言えば、凡夫の姿で
あるゆえに、人々からさげすまれ、大難にもあわれた。増上慢になり、小生意気になって、反逆し
た愚かな弟子もいた。しかし、真実の門下は大難のときこそ、大聖人をお守りしようと、喜び勇ん
で戦った。
 私も、打ち続く苦難のなかで、断じて戸田先生を守りぬくのだと、猛然と阿修羅のごとく戦った
。ここに、学会の世界的発展の因がある。この師弟の闘争こそ、永遠の創価の魂である。

 戸田先生が、よく話してくださった中国の『十八史略』。そのなかに、唐の名君・太宗の言葉が
あった。
 「人君の心はただひとつ、しかるに、その一心をなんとかしてかき乱そうとするものは、おおぜ
いいる。
 勇力を誇示して自分を売りこもうとする者、弁舌巧みにいい寄ろうとする者、媚へつらって機嫌
をとろうとする者、嘘いつわりでだまくらかそうとする者、嗜欲につけこんで誘惑しようとする者
、このように四方八方からいろいろな人間が、それぞれ自分を売りこもうとする。
334
 だから、人君たるものが、少しでも気をゆるしてこれらのうちのひとりにでもつけいる隙をあた
えたら最後、国はたちまちに滅亡のせとぎわに立たされることになる」
 いわんや、「広宣流布の「将の将」たる者に、いささかたりとも私利私欲があれば、多くの同志
を守り、励まし、幸福にすることはできない。
 「すべて禍は上より起こるものである」とは、江戸の最後の思想家・佐藤一斎の警句である。
学会は永遠に善人だけで進め
 自分が先輩の立場になっても、「退く心」があってはならない。広宣流布に引退はない。最後の
最後まで、我が使命を果たしぬくことだ。決して利己主義や、独りよがりになってはならない。そ
ういう先輩のもとでは、後輩は育たない。
 中米キューバの独立の英雄、ホセ・マルティは訴えた。
 「正義を愛する心が失せ、義務などどうでもよいとなれば、勝利や栄光にかわって不名誉が跋扈
し、権力は狂気と憎悪に満ちた道をあゆむことになるのです」
 私どもで言えば、失ってはならないものは、「信心」である。「学会を愛する心」である。「師
335
弟不二の魂」である。それが、「どうでもよい」となった分だけ、広宣流布は遅れる。永遠に悔い
を残してしまう。断じてそうならないために、今、あえて厳しく言うのである。
 思想家の内村鑑三は、「傲慢は罪悪中の罪悪である」と述べている。
 嫉妬や増上慢の心が、自分自身を破壊する。師弟に徹し、強き信心を貫くならば、乗り越えられ
ない壁などない。
 戸田先生が「学会は、善人だけでまとめてゆくのだ。絶対に悪人を幹部にしてはならぬ」と遺言
したとおり、いちだんと「正義のスクラム」を強め、勝利また勝利の前進をしてまいりたい。
                                (東京牧口記念会館)
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336
代表幹部協議会
「よし、きょうも最激戦地へ」

最後に勝のは誠実の人

 生き生きと、広宣流布のために、勝って、勝って、勝ちまくる
 その人には、計り知れない功徳がわく。
 わが青春は、恩師戸田先生のもとで、朝から晩まで働き、戦った。毎日のように、さまざまな難
題がもちあがる。そのたびに「よーし!きょうは、ここに行こう!」と勇猛果敢に飛び込んだ。
 師のために、自分が最激戦地へ!――これが私の信条である。
337
 戸田先生は、ニコッと笑って、「頼むよ」と一言。
 ときには、むずかしい相手もいた。私は、勇気を奮い起こした。偏見に凝り固まっていた相手が
、最後は、「あなたの誠実に負けたよ」と、理解者に変わったこともあった。
 そうやって、世界に堂々たる民衆の城を築きあげてきたのである。
 イギリスの外交官ハロルド・ニコルソンは述べている。
 「外交がいやしくも有効であるためには誠実が必要である」
 「無分別やたいていのヘマの根底には、自惚れがある」
 少し偉くなると、すぐうぬぼれる。そういう人間が間違いを起こす。また、そういう人間にかぎ
って、一番、大変なところから逃げる。とんでもないことだ。
 どんなに大勢いても、臆病者の集まりでは情けない、それでは、戦いに勝てるはずがない。
 どうせ戦うならば、大胆に、恐れなく、勝利の劇をつづっていきたい。
進歩のない組織は滅びる
 よりよい看護のために精魂をかたむけたナイチンゲール。
 彼女は「進歩のない組織でもちこたえたものはない」と強調した。そして、それを思えば、「ま
338
だなすべきことがたくさんある」と書き残している。
 進歩のない組織は、必ず滅びる。学会もそうだ。だから私は真剣である。
 空転があってはならない。増上慢を許してはならない。これからの学会を永続的にするには、ま
ず幹部自らが「進歩」することだ。その戦いは、もう始まっている。

 フィリピンの独立のために殉難したホセ・リサール博士。
 国家英雄と讃えられる博士は、革命への情熱を文字に謳いあげた。そのなかに、こうあった。
 「ものごとの根本よりは、形式のほうによけい気をつけるようになる。これは無力化の第一の症
状です」
 ここには、鋭い真実が含まれている。
 多くの宗教が形式だけにとらわれ、根本を忘れて衰退していった。創価学会は、草創の同志が命
をかけて、実質的な戦いをやりぬいたからこそ勝ってきた。
 しかし、年配になるにつれ、どうしても体当たりでぶつかるような、生命と生命の触発がなくな
ってくる。信心の指導をする。また指導をうけにいく、そういう一対一の対話が、薄れてくる。
 同志と同志のつながりを、もう一回、学会全体で深めていかねばならない。リーダーが友のもとへ足を運ぶことだ。
339
 どんな人も、悩みがある。家庭のことで悩む。じぶんのことで行き詰まる――。そうした一人一
人の思いを包み込み、同苦しながら、きめ細かに激励していくことである。これを私は、ただひた
すら実行してきた。そして勝った。これが戸田先生の教えだったからである。
あえて苦労し、盤石な土台を
 フランスのナポレオンは述べている。
 「悪事は殆ど常に閑暇からである」
 大きな責任を担う人間に、ひまがないのは当然のことだ。まず題目をあげる。そして一生懸命、
なすべきことをなすのだ。
 だれにも迷惑をかけず、あえて苦労を引き受けて、後世の
人から「よくやってくれた」といわれる盤石な土台をつくる。これが勇者の仕事である。
 オランダの哲学者スピノザは喝破した。
 「忘恩は感謝の軽蔑である」
 短い言葉だが、込められた意味は深い。感謝するという尊い行為を、あろうことか、軽蔑する。
それが忘恩の人間だというのである。
340
 恩に報いる。これが仏法の道である。恩を知る人生を生きるのか。不知恩なのか、これが人生の
深さ、正しさを決定する。
信教の自由は人類が勝ち取った権利
 のちにアメリカの第三代大統領を務めたジェファソンが起草した、歴史的な法律がある。
 「ヴァージニア信教自由法」である。その一節にこうある。
 「何人に対しても、その宗教上の思想見解はまた信仰のゆえをもって、強制、制限、妨害を加え
、または、身体もしくは財産に関して負担を課し、その他一切の困苦を与えてはならない。
 すべての人は、宗教についての各自の思想見解を表明し、これを弁護、支持するの自由を有する

 これが一つの淵源となり、「信教の自由」が各国の憲法に謳われていったのは、有名な史実であ
る。「信教の自由」こそ、人類が勝ち取ってきた、最も尊い人権である。
 イギリス・オックスフォード大学の名誉教授であられたプライアン・ウイルソン博士、国際宗教
社会学会の初代会長を務めた博士が、こう述べておられた。少々、長くなるが、大切な内容なので
、紹介しておきたい。
341
 ドイツ、イタリア、オランダ、ベルギー、ノルウェーのどの国々で、はっきりとキリスト教の名
を冠した政党が出現しているのです」
 成熟した民主主義社会では、人々の、自らの宗教的信条が、また、それに基づいた生き方という
ものが、彼らの正統への支持、献身を決定づけていくということは、常識になっています。
 つまり、究極的には、宗教的自由の原理、政治的自由の原理は分離することが出来ないのです」
 されに博士はこう言われている。
 「国連やヘルシンキ宣言などによる種々の国際宣言、すなわち、人権としての宗教的自由は、個
々人の宗教的信条は、その集会、不軽の推進、あるいは、宗教的信念に基づく社会的諸活動に対し
、国家権力は干渉してはならないことを規定しています」
 「信教の自由」は、国家権力よりも上なのである。権力も、心まで縛ることはできない。また、
縛ってはいけないとし、しばらせてもならない。当然のことである。

 アメリカの教育哲学者デユーイは、「権力の毒である」と鋭く喝破した。
 そのとおりだ、権力の魔性を、いかにして断ち切るか、これは、人類史的な難問であるが、一つ
のポイントは、「もっと民衆が強くなる」「民衆が賢明になる」ことだ。
342
 それが、権力の悪に対する歯止めとなる。
 そもそも大聖人が、「王は民を親とし」(御書 1554:09)と示されているとおり、民衆なくして
権力者はない。しかも現代は、民主主義の社会である。民衆こそが「王」であり、権力者は、いわ
ば「下僕」なのである。そうであるのに、「下僕」たる権力者が、民衆を苦しめるなどという?倒
は、断じて、これをゆるしてはならない。
 いわんや、学会員の皆さまは、広宣流布という人類の幸福と平和のための偉業を進めている。最
高に尊き仏子であられる。この方々を、断じて守れ!一人も残らず幸福に!それが創価のリーダー
の永遠の責務であると申し上げ、記念のスピーチとさせていただく。
                                (東京牧口記念会館)
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343
最高協議会
指導者の真価は「どれだけ広布を開いたか」

先手を打て!勝利を決する道を開け

 向こう百年の計をどうするか。それを熟慮し、打てる手は全部打っておく。この決心で私は今、
全力をあげている。
 「開目抄」には、「未来の果を知らんと欲せば其の現在の因を見よ」(御書 0231:14)との経文
が引かれている。
 後手になってはならない。先手に先手で、あらゆる面で、「戦う態勢」を整えなければ、広宣流
344
布の未来はない、核となる人間が、真剣に討議し、勝利を決する道を開いていきたい。

 恩師戸田先生のもとで学んだ、思い出深き『三国志』。そのなかに、こうあった。
 「人を得る者は昌え、人を失う者は亡ぶ」
 発展するか、滅びるか、その根本は「人材」である。
 歴史を動かしたフランスのナポレオン。彼は、「人を評価するにはその事業をみるべきである」
と述べている。
 立場や肩書ではない。「どういう仕事をやったか」。これが大事だ。
 私たちで言えば、「どれだけ折伏したか」。どれだけ勝利し、拡大し、「広宣流布の道を開いた
か」。それをリーダーは誇りとすべきである。
師弟直結こそ常勝の方程式
 師弟が直結して親子以上の深き「不二の心」で新しい道を開く。これが青年部の伝統である。
 先後、学会の再建が始まる。しかし、折伏はなかなか進まなかった。
 戸田先生は、「これでは、広宣流布は何千年もかかってしまう」と、大変に嘆かれた。
345
 「大作、立ち上がってくれないか」
 「分かりました!」
 私は一人立って戦い、壁を破った。
 「伝統の二月」の淵源となった蒲田支部の闘争で、一ヵ月で二百一所帯の折伏を断行、そこから
、一気に火がついた。全学会の広宣流布の大行進が開始されたのである。
 負けるに決まっていると、だれもが思った「大阪の戦い」の大勝利、この時、東京は敗北である
。それほど熾烈な闘争を勝ちぬいた。
 さらに、北海道・夕張炭労との人権闘争、当時、炭労は、泣く子も黙ると恐れられていた。
 この時も、先生は「大作、行ってくれるか。体に気をつけろよ」と私に託してくださった。そし
て敢然と勝利した。
 そういう指揮をとれるリーダーが、続々と出てこなければならない。常勝の方程式を、若きリー
ダーに打ち込んでいかねばならない。将たる者は、意気地なしではいけない。緻密でなくてはいけ
ない。悪に対して強くなければならない。
 それには、まず題目をあげることだ。題目をあげている人間には、だれもかなわない。祈れば、
智慧が出る。勇気がわく、諸天の力が増す。祈りに勝る力はない。そして、心を合わせて進むのだ
。今こそ、まず最高幹部が、真剣に戦う姿を示していく以外にない。
346
慢心、油断、安逸を戒めよ
 中国の『十八史略』に、有名な詩がある。
 唐の名君・太宗が、臣下に問うた。
 「天下国家の経営をあらたにはじめるのと、すでにできあがったものをまもっていくのとでは、
どちらがより困難だと思うか」
 ある者は、生死を賭して戦う「創業」のほうが困難だと言う。しかし、別の者は「守成」だとい
う。なぜか。古来、艱難辛苦の末に天下を得るが、「それを失うのは、きまって安逸をむさぼるこ
とによってであります」。
 太宗は、それぞれの言を認めながら言った。
 「創業の問題は、すでに過去のものとなった。守成の困難こそ、今後の問題」である。
 太宗は「富貴」に慣れるところから驕奢の心が生じ、物事をゆるがせにするところから禍乱の種
が芽生える」――そこに守成のむずかしさがあると述べている。
 今、一面から見れば、学会も「守成」である。草創期と比べれば、そう言える。一番、危ないの
347
は、幹部が安逸にふけること。私欲をむさぼることだ。それは衰亡の兆候と言える。これが『十八
史略』の厳しき教訓である。慢心、油断、安逸を、リーダー自身が戒めなければならない。

 戸田先生は、学会利用の人間を、断じて許さなかった。
 「信心以外では、学会員は皆、対等である。学会をタテに人を利用するのも、されるのも、両方
、信心ができとらん」と厳しかった。
 インチキな人間。同志を苦しめる人間。広宣流布を妨げる人間。こうした人間を、先生は容赦な
く糾弾された。
 「学会がこんなに本気で広宣流布へ打ち込んでるのにこれを邪魔する奴がある。しかも内部から
出るとは言語道断だ。学会青年部の怒りを知らぬか。怒りは善悪に通ずるのだぞ」
 嫉妬の渦巻く社会で、師ソクラテスを死に追いやられた、弟子、プラトンはつづっている。
 「もし誰かが、何らかの点で悪い人間となっているのなら、その人は懲らしめを受けるべきであ
る」
 それが、本人のためにもなるとプラトンはいうのである。
 巨大な権力悪と真っ向から戦った、ロシアの文豪トルストイは言う。
 「悪い車輪は常に高い音を立てて軋む。空な穂は高く立っている。傲慢の本性もかくの如きもの
348
である」
 虚勢を張って騒ぐ、中身がないから、威張る。そういう傲慢な人間に出会ったならば、「あなた
も、これとそっくりではないか」と教えてあげれば、おもしろい。
民衆のなかへ!民衆とともに!民衆のために!
 スペインの作家セルバンテスはつづった。
 「気取るのは何にかぎらずよろしくないからな」
 ドン・キホーテのせりふである。
 とくに、若い幹部は、気取らないことだ。よく注意すべきである。見栄や恰好ではない。はいつ
くばってでも、勝利をもぎとる。民衆のために尽くす、その執念がなければならない。
 インドの独立の指導者、マハトマ・ガンジーの直弟子にバンディ博士がおられた。かつて何度も
語り合ったことが懐かしい。
 博士は、十四歳の時に、ガンジーの弟子になる。民衆への奉仕を身をもって教えられた。
 「『国会に入った政治家は大衆から遊離する』――と、マハトマ・ガンジーは常に強調していま
した」と博士は言う。
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 だから博士は、自分が州知事になっても、民衆のなかで、喜びも悲しみも、ともにしていった。
 民衆に奉仕する。それが指導者の役目である。
 民衆のなかへ!民衆のために!その魂を絶対になくしてはならない。

 スイスの哲学者ヒルティは述べている。
 「病気は、より高い人生の階段を登ってゆく通路にすぎない」
 病と闘う友の全快を、妻ともに祈り、この言葉を贈りたい。
 人生には、必ず苦難の山があり、坂がある。全部、意味がある。妙法を唱え、師弟の道に生きぬ
くならば、すべての労苦は、永遠の栄冠に変わることを、どうか確信していただきたい。
                                (東京牧口記念会館)
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春季彼岸勤行法要
妙法は太陽!生死の闇を照らす

彼岸は「生命の元旦」「三世勝利への出発」

 きょうは「春分の日。彼岸の中日である。
 また、全同志のご家族、友人の皆さまが、三世永遠にわたって安穏と福徳に包まれるよう、真剣
に祈念させていただいた。
351
 彼岸の中日には、太陽がほぼ真東から昇り、真西に沈む。昼と夜の長さが同じになり、春の彼岸
からは昼が、秋の彼岸からは夜が、日一日と長くなっていく。
 地球の一年の運行の節目である。大宇宙を貫く妙法とともに生きる私たちは、この日を「生命の
元旦」「三世勝利への出発」との思いで、進んでまいりたい。
妙法の「受持」こそが成仏への道
 「彼岸」の意義については、これまで繰り返し語ってきたが、あらためて皆さまと確認しておき
たい。「彼岸」とは「向こう側の岸」。「此岸」との対比で用いられる。
 仏法では、生死や煩悩の迷いの世界を「此岸」に譬え、解脱・涅槃・成仏の悟りの境涯を「彼岸
」と表現している。
 宗教・哲学一般でも、「彼岸」は、より広く「真理を悟った境地」「日常からの超越」などの意
味で用いられる。たとえば、ニーチェの有名な著作の一つは『善悪の彼岸』と訳された。
 また彼岸は、成仏の境涯をさすとともに、そうした境涯に到る「修行」「実践」の意味も含んで
いる。すなわち「到彼岸」である。
 大乗仏教では、成仏の境涯に到るための修行に六つの行を立て、これを「六波羅蜜」と呼ぶ。
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 具体的には「布施」「持戒」「忍辱」「精進」「智慧」である。
 「波羅蜜」とは梵語の“パーラミター”の音訳であり、これを意訳すると「到彼岸」となる。法
華経の名訳で知られる鳩摩羅什の解釈によるといわれる。法華経序品にも「通達大地、到於彼岸」
と説かれている。
 日蓮大聖人は「観心本尊抄」で、無量義経の「末だ六波羅蜜を修行することを得ずと雖も、六波
羅蜜は自然(じねん)に在前し」等の文をひかれつつ、「これらの文の心は、釈尊の因行果徳の二
法は妙法蓮華経の五字にぐそくしているということであり、私たちは、この妙法蓮華経の五字を受
持すれば自然に釈尊の因果の功徳を譲り与えられているのである」(御書 246p 通解)と仰せで
ある。
 私たちは、妙法を「受持」、すなわち心から信じ、自行化他の実践を貫くことによって、六波羅
蜜の一つ一つを修行しなくても、同じ修行の功徳を得て、「彼岸に到る」、すなわち成仏の境涯を
得ることができるのである。
真の追善は広布の実践に
 しかし今日では、こうしたもともとの意義を離れて、「彼岸」は、春分、秋分をはさむ七日間に
353
行われる「彼岸会」、また、その季節のことを指す場合が多い。
 彼岸会は日本独特の年中行事で、聖徳太子の時代から始まったといわれる。
 春分、秋分の行事としてあった各地の先祖祭りや農耕儀式と一体化して、江戸時代に寺・墓まい
りが盛んになったという。
 太陽に豊作を願う「日願」に由来するとの説もある。
 また彼岸会には、西方浄土思想の広がりにともなって定着したといわれる。春分、秋分には太陽
が真西に沈むので、西方浄土を願い求める契機と考えられた。
 しかし、もとより、彼岸は、西方浄土など、他の世界に求めても得ることはできない。妙法を受
持し、実践することによって、わが胸中に仏界を顕し、この現実世界を常寂光土と輝かせていける
のである。
 御書に「夫れ浄土と云うも地獄と云うも外には候はず・ただ我等がむねの間にあり、これをさと
るを仏といふ・これにまよふを凡夫と云う」(御書 1504:09)と仰せのとおりである。

 そして日蓮仏法では「常楽我浄」、すなわち毎日が彼岸会である。日々の勤行・唱題こそ最高の
回向であり、私たちの仏道修行の功徳を先祖、子孫に「廻(めぐら)し向ける」のである。
 回向といっても、どこまでも、自分自身の信心が根本なのである。
354
 日顕宗が言うような、「坊主を呼んで追善しなければ、先祖は成仏しない」とか「塔婆を立てな
ければ追善回向にならない」という主張はまったくの邪義である。
 御書に出てくる「彼岸」という言葉も、いずれも、本来の「悟りの世界」の意味で使われている
。そのうえで私たちは、「随方毘尼」の法理のうえから、日本の風習を尊重し、三世の同志がさわ
やかに集い、広布を誓いあう機会として、「彼岸法要」を行っているのである。
 御聖訓には「過去の生死・現在の生死・未来の生死と、三世それぞれの生死において法華経から
離れないことを法華経の血脈相承というのである」(御書 1337p 通解)とある。三世にわたる勝
利の根本は、「何があっても私は御本尊根本でいく!」という不退の信心を貫くことである。
全宇宙に届く題目の光明
 日蓮大聖人は、「御義口伝」に仰せである。
 「今、日蓮とその弟子たちが、亡くなられた聖霊を追善し、法華経を読誦し、南無妙法蓮華経と
唱えるとき、題目の光が無間地獄にまで至って、即身成仏させる。廻向の文は、ここから事起こる
のである」(御書 713p 通解)
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 題目の力は、計り知れないほど大きい。私たちが唱える題目の“光明”は、全宇宙のすみずみに
まで届き、無間地獄の境涯で苦しむ衆生をも照らし、即身成仏させていくのである。
 「桟敷女房御返事」には、「この功徳は、あなたの父母や祖父母、さらに無量無辺の衆生にも及
んでいくでしょう」(御書 1231p 通解)と仰せである。広布に生きる信心の偉大な功徳は、亡く
なった人や、子孫末代にまで伝わっていく。
 真の追善は、妙法によるしかない。妙法の功力は、今世だけでなく、三世にわたって人々を救い
きっていくからである。
 日蓮大聖人の門下に、浄蓮房という人がいる。その父親は、念仏の信仰者として亡くなった。こ
の浄蓮房に対して、大聖人は、「父母の遺した体は子の色心である。今、浄蓮上人が法華経を持た
れた功徳は慈父の功徳となる」(御書 1434p 通解)と仰せである。
 信心をしなかった親であっても、子である自分が妙法を受持すれば、その功徳は親の功徳ともな
る。私たちが、今こうやって生きているのは父母のおかげである。この体は、父母から授かったも
のである。自分自身の成仏は、父母の成仏につながっていくのである。
 過去がどうかではない。「今」で決まる。先祖がどうかではない。「自分」がどうかで決まる。
目覚めた「一人」が、太陽となって、一家、一族を妙法の光で照らしていけばよいのである。
 「自身が仏にならなくては、父母さえ救うことはむずかしい。ましてや、他人を救うことなどで
356
きない」(御書 1429p 通解)との御聖訓を深く銘記したい。
苦難こそ宿命転換と一生成仏のチャンス
 信心に励めば、必ず「三障四魔」が競い起こる。信心を妨げようとする働きが、さまざまな形を
とって現れてくる。大聖人は、亡き父の後を継いで、広宣流布のために戦う青年・南条時光に、こ
う御手紙に記されている。
 「あなたが大事と思っている人たちが信心を制止し、大きな難がくるであろう。そのときまさに
諸天善神の守護がかなうに違いない、と確信して、いよいよ強盛に信心を励むべきである。そうで
あるならば亡き父上の聖霊は成仏されるであろう。成仏されたならば、あなたのもとに来られて、
守護されるであろう。(御書 1512p 通解)
 苦難のときこそ、宿命転換と一生成仏のチャンスである。それと同時に、父母の成仏もかなって
いく。ゆえに、この御文の後で大聖人は、“他の人から信心を妨害しようとする働きがあったなら
ば、むしろ喜んでいきなさい”と教えられている。
 「賢者はよろこび愚者は退く」(御書 1091:16)との御金言を拝し、大難のときにこそ、強盛な
信心を奮い起こし、勇敢に前進してまいりたい。
357
 大聖人は、夫に先立たれ、息子をも亡くした南条時光の母に、次のような御手紙を送られている

 「悲母がわが子を恋しく思われるならば、南無妙法蓮華経と唱えられて、亡き夫君の南条殿とご
子息の五郎殿と、同じ所に生まれようと願っていかれなさい。一つの種は一つの種であり、別の種
は別の種です。同じ妙法蓮華経の種を心に孕まれるならば、同じ妙法蓮華経の国へお生まれになる
でしょう。父と母と子の三人が顔を合わせられる時、そのお悦びはいかばかりで、どれほどうれし
く思われることでしょう」(御書 1570p 通解)
 私たちは、親や、子、家族をはじめ、愛する人とのつらい別離に出あうことがある。しかしそれ
は、“永遠の別れ”ではない。妙法の力用によって、必ず同じ妙法蓮華経の国に生まれ、ふたたび
会うことができる。大聖人の仰せに、絶対に間違いはない。
躍動の春!快活に前進を
 ここで、皆さまに箴言を紹介したい。
 近代イタリアの大詩人レオパルディは言った。
358
 「矢張り長い間には、快活という性質程人間社会の交際に於いて好く成功するものは他に無く、
又これ程愉快なものも他に無くなる」
 朗らかにいこう!快活に動き、友と会い、語っていこう!友人との愉快な交わりは、何ものにも
かえがたい財宝である。
 列島に、春の足音が近づいている。草木はもえ、花々はつぼみをふくらませている。躍動の春、
生命の春、前進の春の到来である。全国各地で、創価の同志は、意気も高く行進している。
 ナポレオンは、決然と言いきった。
 「決心がつくと、すべてを忘れ、その決心をどうして成功させるかということ以外は考えないの
です」
 ひとたび立ち上がったからには、断固としてやりぬこう!決意のままに、最後の最後まで、あき
らめずに戦いぬいた人、その人にこそ勝利の栄冠は輝くのだ。
いつまでも若々しい心で!
 「誠実」に勝るものはない。
 イギリスの詩人であり、劇作家シェークスピアは、戯曲のなかでつづっている。
359
 「美しい顔もいずれは皺だらけになる」
 「だが誠実な心だけは、(中略)太陽や月のように不変だ、いや、太陽のようにであって、月の
ようにではない。満ちたり欠けたりせず、つねに燃えるように輝き、つねに正しい軌道を守るのだ
から」
 だれでも年はとる。しかし、心はいつまでも若々しく、青年のようであることだ。変わらぬ「誠
実さ」を貫いていきことだ。そういう人は、何歳になっても、人間としての美しい輝きを放ってい
ける。
 イギリスの女性詩人アン・ブロンテはつづった。
 「富も幸福を与えはしない」
 そのとおりである。お金があれば、幸福になれるか。そんな簡単なものではない。
 反対に、金銭に執着し、富を追い求めるあまり、どれだけの不幸な出来事が起きているか。
 虚栄や拝金主義に流されがちな風潮を生み出した元凶として、しばしば指摘されるのが現代人の
刹那主義である。つまり、今さえよければ、それでいい。人生を、今世かぎりと思って、死後を考
えない――まさに宗教的思索の喪失である。
 思想家ルソーは喝破した。「宗教というものをいっさい忘れてしまうとやがては人間の義務を忘
れることになる」
360。
 人間は何のために生きるのか。そして、人間は死ねばどうなるのか。この「生死の問題」を明快
に説き明かしたのが、日蓮大聖人の仏法である。
「夢のなかの栄え」「幻の楽しみ」に惑うな
大聖人は、仰せである」。
 「死後の地獄等という苦悩の世界に行ったならば、王の位も、将軍の位も、何の役にも立たない
。獄卒の責めにあう姿は、猿回しに回される猿とかわらない。こうなった時は、どうして名聞名利
や我慢偏執の心でいられようか」(御書 1439p 通解)
 いかに権威・権勢を誇っていても、死後の世界では、通用しない。すべては、自分が「いかに生
きたか」で決まるのだ。みずからの行いの報いは、すべてみずからが受けなければならない。この
厳しき「因果の理法」を前にした時、人間は、自身の生き方を正さないではいられない。
 大聖人は、こうも言われている。
 「生涯は、どれほどでもない。思えば、この世は、三世の旅路のうち、一晩だけ泊まる仮の宿で
ある。それを忘れて、どれほどの名声と利益を得ようというのか。また、得たとしても、これは、
361
夢のなかの栄であって、珍しくもない楽しみである」(御書 446p 通解)
 「三世の生命観に立てば、この世も、一晩の宿のようなものである。現世ではどれほどの名声や
財産を得ようとも、これまた、死後の世界にもっていけるものではない。
 「夢のなかの栄え」「幻の楽しみ」に惑わされてはならないとの仰せである。
 まじめに信心を貫いた人、広布のために生きぬいた人、華やかな脚光を浴びなくても、その人が
「最高の勝利者」である。妙法によって磨かれた「わが生命」こそ、三世に輝く財宝なのである。
元品の無明を断つ利剣
 妙法は、生死の闇を照らす太陽である。大聖人は仰せである。
 「生死の長夜を照らす大燈明、衆生の元品の無明を断ち切る利剣は、この法門において、他には
ない」(御書 991p 通解)
 やむことのない「生死」の流転の苦しみ。生命の根本的な迷いである「元品の無明」。これらを
解決できるのは、妙法しかない。
 さらに、「御義口伝」には、こう仰せである。
 「生死を見て、嫌い離れるのを、迷いといい、始覚というのである。一方、本有の生死と知見す
362
るのを、悟りといい、本覚というのである」(御書 759p 通解)
 ここで説かれる「本有の生死」とは、「永遠の生命」に本然的にそなわっている生死である。
 つまり、生命を、今世だけと思い、死を恐れ、忌み嫌い、目をふさぐのではない。永遠の生命を
覚知し、朗々と南無妙法蓮華経と唱えながら、大宇宙のリズムにのっとって、自由自在に生死、生
死を繰り返していく。これが、妙法を持った人の大境涯である。
妙法に生きぬけば「生も仏」「死も仏」
 大聖人は、亡くなられた南条時光のお父さんについて、こう仰せになられた。
 「生きておられたときは生の仏、今は死の仏です。生死ともに仏です」(御書 1504p 通解)
 妙法に生きぬくならば、「生も仏」「死も仏」である。大聖人の仏法は、「死んでから仏になる
」のではない。「生きているうちに仏になる」のである。そのためには、「今世」が勝負である。
「今」が戦う時である。
 そして、妙法を行じきって亡くなったならばどうなるか。御書には明確に記されている。
 「もしも今、霊山へまいられたならば、太陽が昇って、十方の世界を見晴らすようにうれしく、
『早く死んでよかった』と、お喜びになられることでしょう」(御書 1480p 通解)
363
 たとえ、その人が、どこで、どのような姿で亡くなろうとも、広宣流布に戦いぬいた人は、「仏
界の生死」である。ゆえに、何の心配もいらない。「早く死んでよかった」といえるような大歓喜
の生命で、大宇宙を自在に遊戯していける。死は休息である。生命の充電ともいえる。そしてふた
たび、自分の生れたい場所に、生まれてくるのである。
 また、「故人の勝利」の証として、残された家族は、必ず勝っていくこたができる。絶対に幸福
になっていく。それが仏法である。これまで多くの人を見てきた、私の確信である。
悪を悪と言いきる勇気
 善を打ち立てるためには、必ず、さまざまなかたちで競い起こる悪と戦い、乗り越えねばならな
い。これは、仏法のうえからも、また歴史をひもといてみても、動かしがたい法則である。
 日蓮大聖人は、「悪のなかの大悪は、その報いの苦を、わが身に受けるだけでなく、子と孫と末
代に七代にまでもかかるのである」(御書 1430p 通解)と仰せである。
 仏法を破壊する罪は、本人はもちろん、縁する多くの人々にまで大きな苦しみをもたらす。その
現証は、あまりにも厳しい。ゆえに、大聖人は正邪に峻別であられた。謗法や、破和合僧の働きと
は、断固戦わなければならない。そうでないと、自分が悪と同じになってしまう。
364
 中国の革命作家・魯迅は、虐げられた民衆の側に立ち、次のように述べている。
 「時には寛容は美徳なりとも思う。が、すぐ、これは卑怯者が発明した話じゃないかと疑わしく
なってくる。彼には復讐する勇気がないからだ。あるいは卑怯な悪者がこしらえた話かもしれぬ、
人には危害を与えておきながら、人の報復を恐れて、寛容の美名でごまかしているからだ」
 正邪をあいまいにし、ごまかしてはならない。それは結果的に、善の勢力を弱らせ、悪をのさば
らせることにつながってしまう。悪を悪と言いきる「勇気」こそ、善を広げゆく根本なのである。
 フランスの文豪ユゴーは怒りをこめて叫んだ。
 「犯罪は犯罪」「汚泥は汚泥、悪等は悪党である」と。
慢心を戒め、求道の生涯を
“自分自身との戦い”に勝つために重要なのは、「慢心を戒める」ことである。
 中国の歴史書『春秋左氏伝』には記されている。
 「おごり高ぶっておれば、自分の力のために倒れるであろう」
365
 「おごり高ぶっておれば、自分から禍にかかるであろう」
 単純な話のゆであるが、時代が変わっても、変わらない道理である。
 広宣流布の戦いにおいても、同様だ。広布の役職は「皆に尽くすため」にあるのに、「自分ほど
偉い人間はいない」と勘違いして、慢心を起こす。信心を失い、破滅する。これほど愚かなことは
ない。つねに原点を忘れないことだ。立場が上になるほど、謙虚であるべきだ。
生涯、求道!生涯、向上!そこに人生の栄光は輝く。
「私の武器は弁舌」――女性作家
 とくに男性リーダーは、「ナイトの精神」で、広布の女性を尊敬し、守りぬくことだ。
 作家ホール・ケインは、『永遠の都』の主人公ロッシィに語らせている。
 「善良で純粋な女性に加えられた侮辱は聞き逃すわけはいかない。そんな侮辱を口にした人物は
品性下劣な悪宣伝屋だ。
 女性の皆さんも、遠慮なく、正義の声をあげることだ。
 十九世紀アメリカの女性作家のオルコットは、「私の武器、それは『弁舌』であり、女性の最良
の自己防衛手段である」とつづった。
366
 女性が元気に集い、語り合うところには、発展がある。希望がある。
 婦人部、女子部の皆さんは、朗らかな言葉、明快な言論で、人間主義の連帯をさらに大きく広げ
ていっていただきたい。
「信・行・学」は地道な実践のなかに
 「真に偉大な人」とは、どういう人か。
 近代インドの思想家ヴィヴェカーナンダは、こう述べている。
 「真の偉大な人はいちばん平凡な生活において偉大である。
 深い言葉だ。大勢の前で立派そうに話をする。スポットライトに照らされる。それが、その人の
偉大さを示しているのではない。
 むしろ、だれも見ていないところで、どう行動しているか。日々の生活のなかで、どう振る舞い
、どのように人々に接しているか。そこに、その人の真価が現れる。
 仏道修行の根本である「信・行・学」の実践も、どこか遠くにあるのではない。真剣に友の幸福
を祈る。真心こめて励ます。一ページでもいいから御書を開く、新しい勝利のために協議する。そ
うした日々の奮闘のなかに、「信・行・学」がかがやくのである。
367
 オルコットの小説『若草物語』のなかで、登場人物がこう語る。
 「賞められ甲斐のある方からほめられるようになることが大事ですよ」
 ただほめられればいい、というのではない。大切なのは、だれからほめられるかである。
 御聖訓には「愚人にほめられたるは第一のはぢなり」(御書 0237:08)と仰せである。
 法華経の行者が迫害されるのは、経文のとおりであり、当然である。むしろ誇りとすべきだ。反
対に、世間にこびへつらい、愚かな人々にほめられることこそ、最も恥ずべきである――これが、
日蓮大聖人の御精神であられた。
 私たちは、大聖人に賞讃されるような生き方をしたい。広宣流布へ生きぬいてまいりたい。
深き信念と情熱で、偉大な歴史を
 南米解放の英雄ボリバルは述べている。
 「信念をもって戦う民衆は最後には勝つ」
 「私は困難を恐れなかった。それは、大いなる事行への情熱に燃えているからだ」
 「団結しよう、さればわれらは無敵となる」
 深き信念と情熱が、歴史を切り開く。大事業を成し遂げる力となる。そして大切なのは「団結」
368
である心を合わせることだ。われらは、永遠に「異体同心の団結」で勝利したい。
世界平和に貢献する人材育成に全力
 未来をつくるのは青年である。そのために大切なのは、教育だ。
 学会は、その志を受け継いで創価教育の期間を創設し、世界の平和に貢献する人材の育成に全力
を注いできた。また、学会では、尊き教育本部の友が、「人間教育」の理念を掲げ、各地の学校教
育の現場で活躍しておられる。
 教育の推進にも尽力したボリバルはいった。「公教育は、幸福の確固たる土台であり、人々の自
由への礎となるものである。
 平和や人権といっても、その基盤は教育にある。
 「教育は、人間を蘇生する人類の光」――南米コロンビアの著名な教育者で、大統領も務めたマ
ルコ・フィデル・スアレフは、そう述べている。
 さらに「教育は、人間が人間に対してなしえる最も有益な行いである。地球上で最も影響力のあ
るものであり、時空を超えて、永久に残る膨大な深い成果を生む」と。
369
 「人材の育成」が人類の未来を決める。それを担うのが、われら創価の運動である。この気概と
誇りを胸に進みたい。
 私が青年時代、戸田先生のもとで学んだ『十八史略』そのなかで、唐の皇帝に、側近が次のよう
に進言する場面がある。リーダーにとって、何が大切かを示した一文である。
 「心のまっすぐな人間には、心の曲がった人間は曲がって見えます。ところが、心の曲がった人
間には、心のまっすぐな人間まで曲がって見えるものです。人の上に立つものは、この点をはっき
りと見きわめることが肝要でございます」
 邪な人間には、正義の人間も曲がって見える。こうした心の曲がった人間を信用してはならない
。鋭く見破っていかねばならない。
「強き心」で現実を変革
 古代ギリシアの教育者・弁論家イソクラテス。彼は、こういう言葉を伝えている。「最小のもの
の内にある最大のもの、それは人間の身体に宿るすぐれた精神である。
 人間の精神ほど偉大なものはない。人間の心ほど、巨大な可能性を秘めたものはない。
 心が強ければ、どんな困難も乗り越えていくことができる。現実を大きく変えていくことができ
370
る。その原動力は妙法である。題目なのである。どうか、一人一人が自身の人間革命に挑戦しなが
ら、新たな広布拡大の歴史を築いていただきたい。
 それでは、お元気で!桜花薫る春を、勝利、勝利の快進撃で飾りましょう!
                                (東京牧口記念会館)
060324top
371
各部合同協議会
若々しく戦う魂を燃やせ

功徳はすべて皆さんと一家一族に
 創立八十周年を目指して、皆さんが元気に戦ってくださっているおかげで、学会は隆々と発展し
ている。本当にありがとう!
 忙しい毎日だと思う。皆さんのご苦労は、すべて分かっている。どうか、賢明な生活を心がけ、
健康に留意していっていただきたい。
 また、ご家族が病気の方もおられるにちがいない。私は妻とともに、そうした方々の平癒と、ご
372
一家の幸福を、日夜、真剣に祈っている。
 私は今、日本だけでなく、世界の全体を視野に入れながら、「平和の城」「文化の城」「教育の
城」を、がっちりとつくっている。毎日がフル回転である。ともに広布に戦う功徳はすべて、皆さ
んと、皆さんの一家一族に行き渡っていくことを確信していただきたい。
聖教発展の原動力は配達員
 「聖教新聞」の発刊五十五周年を記念する祝賀会が全国各地で行われ、いずれも大成功で終える
ことができた。関係者の皆。さまに、心から、「ありがとう。ご苦労さまでした」と申し上げたい

 昨日は、その掉尾を飾って沖縄の那覇で盛大に開催された。
 その席上、「聖教新聞」を愛読し、励みとしてくださっているという来賓が、体験談等の記事に
勇気づけられていると語るとともに、“「聖教新聞」の発展の最大の要因の一つは、配達員の皆さ
まのご努力とご苦労だと思います”と言われていたそうである。
 暖かなご理解に、深く感謝申し上げたい。
373
青年ならば力を出し切れ
 きょうもまた、戸田先生のご指導を紹介したい。先生のお言葉は、分かりやすい表現のなかに、
じつに深い心理が込められている。そうした言々句々を、私はすべて遺言と思って受け止め、生命
深く刻み込んだ。
 戸田先生は、ある青年に、こう言われたことがある。
 「若い時代は、自分の力を出しきって働いていくのだ。それが青年の生き方だ。何でも大いに苦
労し地盤を築いていくのだ」
 苦労をさけてはいけない。要領よくやって、楽をした人間は、必ず敗北していく。
 青年ならば、あらゆる課題に真正面からぶつかり、自分の力をぎりぎりまで出しきって戦うこと
だ。手ぬきなどせず、苦労をかさねることだ。そうでなければ、本物の力はつかない。
 先生はよく、「幹部は先頭に立て」と言われていた。臆病な人間、ずるい人間であっては、「先
頭に立つ」ことはできない。皆が先頭に立ってこそ、人々の模範となり、安心してもらえる存在と
なれる。
 また先生は、新任の幹部に対して、「学会をよくするためには、どんなことでも勇気をもって言
374
いきっていきなさい」と指導され、上の人間に対しては、「そうした意見をよく聞いてあげなさい
」と言われていた。
 皆が何でも言い合えるような雰囲気の組織は、必ず発展する。
未来は女子部の成長で決まる
 女子部の皆さん、いつもご苦労さま!
 創価女子会館のオープンも、もうすぐである。おめでとう!
 女子部を大切にしたい。女子部の皆さんが、伸び伸びと、楽しく活動でき、幸福への道を歩んで
いけるよう、応援し、祈り、ともに進んでいきたい。
 女性を尊重し、尊敬する。それができない人間は、リーダー失格である。学会の世界、仏法の世
界は、最も女性を大事にする世界でなくてはならない。
  戸田先生は、女子部の人材グループ「華陽会」の会合で「女性自身が大いに伸びて、晴ればれ
と、高度な文化を打ち立てよ!」と呼びかけられた。
 未来は、女子部の拡大と、女子部の皆さん一人一人の成長で決まる。創価女子会館の誕生は、女
子部が大発展しゆく象徴である。「女子部、万歳!」と申し上げたい。 
375
はせ参じるのが本物の弟子
 戸田先生の、青年に対する訓練は厳しかった。それらはすべて、皆を一流の指導者に育てあげよ
うとの厳愛であった。
 あるとき、「戦いに参加できないということは、最も悪い。はってでも来ようという精神がなけ
れば、弟子のみちではない」と言われたことがある。
 何があろうと、いざというときに、はせ参じてこられないのは、本物の弟子ではないと教えてく
ださったのだ。“広布の会合には、何としてもいくのだ!”という精神が薄れ、要領や弁解が始ま
ると、そこから弱くなっていく。
 崩れてしまうか、さらに伸びていくか、ここに境目がある。だから私は、こうやって戸田先生の
ご指導を打ち込んでいる。
 私は、いついかなるときであっても、ただちに先生のもとに参上した。
 先生は、夜遅くまで思索を重ね、新しい着想や課題が生じたときには、深夜であっても私を呼ば
れた。
 そして二人で、学会の勝利と前進のために、綿密な打ち合わせをした。懐かしい思い出である。
376
 御聖訓にいわく。「謀を帷帳の中に回らし勝つことを千里の外に決せし者なり」(御書 0183:14

――幕を張った中で作戦を練り、戦場から千里離れたその場で勝利を決したのである――。
 この戦いの要諦を、身をもって私に教え、訓練してくださったのである。
「あなたには御本尊がある!」
 戸田先生は、経済苦で悩んでいた人に対し、「日蓮大聖人は、すべての難を乗りきられた。これ
が実証です。あなたには御本尊がある。真剣に祈り、折伏をやりきることです」と言って、励まさ
れた。
 自分には無理だとあきらめたり、祈りがかなわないなどと嘆く前に、本当に真剣に祈っているか
、自行化他の実践をしているか、自分自身に問うてみることである。折伏もしないで文句ばかり言
っている人は、観念であり、ずるいのだと先生は厳しかった。
 すぐれた経営手腕を持っておられた先生は、「会社の経営にあたっては、諸経費を削減して、経
費倒れにならぬよう注意せよ」と言われていた。節約というのは地味に見えて、事業の根幹をなす
実践である。目立たなくても、そのために努力する人は、偉い人である。大事にしなくてはならな
い。
377
生き生きと晴れやかな人生を
 いつまでも若々しく生きぬきたい。きょうも生き生きと!たのしくやろう!
 その心こそ、晴れやかな勝利の人生を送る秘訣である。未来の希望を見つめ、希望をつくりなが
ら、朗らかに進むのだ。
 たとえば、職場で嫌な先輩がいたら、「自分が偉くなって、もっとよくしよう」と思えばいい。
 何があろうと、笑い飛ばしていけばいいのだ。笑顔は薬である。自分も、人も、元気になる。大
変な時こそ、もう一度、初心に帰ろう!原点に帰ろう!そう決めれば、心も若返る。大事なのは、
わが精神が高揚しているかどうかである。
 それには、題目だ。同じ題目をあげるのでも、深さで決まる。数だけではない。日々の勤行は、
いわば「心のお化粧」「生命のお掃除」である。すがすがしい勤行・題目で、明るく、喜びあふれ
る前進の日々を送ってまいりたい。

 広布のためなら、どこへでも!これが草創期の幹部の心意気だった。打てば響く、その行動の潔
さ。何の迷いも、ずるい賢さもない。利己主義など、みじんもない。純粋な師弟の魂が燃えていた

378
 決意は気宇壮大!狭い日本にとどまらない。海外へ、地球の反対側まで、友は勇んで飛び出して
いった。そして、今、あの国でも、この地でも、「人間革命」の哲学と行動に、壮大なる賞讃が寄
せられている。
 先輩たちは、そうやって世界広布の舞台を開いてきた。
 若き諸君は、次の五十年の歴史を、勇気をもって切り開いていただきたい。今こそ、真剣になっ
て立ち上がり、勝利をつかんでもらいたい。
考えぬいてこそ広布のリーダー
 戸田先生は「何をするにしても、二段、三段構えでやっていけ」と言われた。本当の智者は、幾
度にも考えぬき、戦いをすすめるものだ。行き当たりばったりではいけない。
 とくに、責任あるリーダーの皆さんは、自分の頭で考えない“事務屋”のようになってはならな
い。戸田先生が、最高幹部に対して「とにかく頭を使え!考えろ!」とつねに厳しく言われていた
ことが忘れられない。ここに兵法の第一歩がある。
 戸田先生は、学会を私利私欲のために利用しようとする魔性に対しては、激怒して、猛然と戦わ
379
れた。絶対に許さなかった。皆の真心に支えられ、社会的に立派な地位を得ながら、かえって民衆
を見下し、威張る、増上慢の人間。もしも、そういう人間が出たならば、毅然としかりつけ、よう
しゃなく、たたき出せ!最低の人間だと見おろしていけ!――それが戸田先生の厳命であった。清
浄な信仰の世界に、指一本、断じてふれさせてはならない。
君よ、正義の剣で悪を打ち破れ
 御書には、「火に対しては水をもって消す。悪に対しては善をもって打ち破る」(御書 1466p
通解)と配されている。
 妙法の利剣で、悪を打ち破っていくのだ。
 「悪を滅するを功と云い善を生ずるを徳と云うなり」(御書 0762:12)と示されている。悪と戦
い、悪を打ち破ってこそ、自身の無明が消え、真の功徳が顕れる。大きく境涯を開いていける。と
くにリーダーは、先陣をきって戦うことだ。
 青年時代、私は学会や戸田先生へのデマや中傷は、絶対に許さなかった。庶民をいじめる横暴な
権力とは、言論の剣で徹底して戦った。
380
 戸田先生は、よく、おっしゃった。
 「一番むずかしいところから始めよ。そうすれば、あとは、やさしい」
 最も困難なところへ、「一歩」を踏み出す。苦手な分野に挑む。そこで突破口を開けば、さらに
勢いも増す。「いちばんいやなところ」「一番大変なところ」に行くのが、本当の戦いである。仏
道修行である。
 私はいつも、「一番大変なところ」へ乗り込んだ。勇んで指揮を執り、断じて勝った。それが私
の最高の誇りである。
「わが弟子よ、偉大なる妙法の勇者たれ」
 日蓮大聖人は仰せである。
 「法華経の肝心、諸仏の眼目である妙法蓮華経の五字が、末法のはじめに全世界に広まっていか
れるべき瑞相として、日蓮が先駆けをしたのである。わが門下よ、二陣三陣と続いて、迦葉・阿難
にもすぐれ、天台・伝教にも超えていきなさい。(御書 910p 通解)
 わが弟子たちよ、いかなる困難も乗り越えて広宣流布に生きぬけ。釈尊の優れたでしであった迦
葉尊者や阿難尊者、そして天台大師や伝教大師をも超えるような妙法の勇者たれ――。
381
 大聖人の烈々たる気迫が伝わってくる。私たちは、この御心のままに、勇んで広布の戦いに邁進
してまいりたい。
 学会のリーダーならば、広宣流布のために「真っ直ぐな人生」を生きぬいてもらいたい。世間の
目を気にして見栄を張る。卑屈になる。そういう人は、結局、信心がおかしくなっていく。だれが
何と言おうが、「創価の道」「師弟の道」を堂々と進むことだ。報恩感謝の思いで、同志に尽くし
ていくことだ。その人が、最後は所願満足の人生を飾っていけるのである。
世界からの顕彰は師弟勝利の栄冠
 青春時代、私は、大学で学ぶことも断念して、戸田先生を守りぬいた。事業の挫折という最大の
苦境にあった先生を、断じて支えぬいた。そうした私に、戸田先生は万般の学問を教えてくださっ
た。「これが将来、どう展開されるか楽しみだな」と言われながら、毎朝、あるときは朝から晩ま
で、個人授業をしてくださった。
 先生は、それはそれは真剣であられた。本当にありがたい師匠はだった。私は、師の思いにお応
えしようと必死であった。
 「当体義抄」をはじめ、御書の講義をしていただいたことも、忘れられない。御書の講義を終え
382
たとき、先生は私に修了の証書をくださった。それは、小さな、ささやかなものであった。しかし
私は、それを師匠からいただいた最高の宝として、大切にしたのである。
 戸田先生は、私をはじめとする青年たちに未来を託された。今、創価の民衆運動は、SGIの世
界的な平和・文化・教育の活動へと発展した。この人類への貢献に対して、世界から数多くの顕彰
が贈られている。諸大学からの名誉学術称号をはじめ、皆さまを代表して、私が拝受した栄誉も多
い。本当にすごい時代となった。戸田先生が植えられた種は、大きく花ひらいたのである。
 仏法の眼から見れば、これらの栄誉は、師弟の道に生きぬいた勝利の栄冠である。全同志の偉大
なる福徳の証である。私は、そう強く確信している。
 「種」というのは、もともとは、本当に小さなものだ。しかし、小さいからといって、粗末にす
ることはできない。それはやがて、「大樹」となる可能性を秘めているからだ。これが「妙法」で
ある。師から授かった種が、必ず大きく育ちゆくことを確信して、祈り、行動していく。この一点
がある人は幸せである。
行動の人を諸天は守る
 大聖人は、厳しき道のりを超えて御供養をお届けした弟子の純真な信心を讃え、次のように仰せ
383
になられた。
 「たとえ志はあっても、行動にあらわすことはむずかしい。そうであるのに、今、あなたが志を
あらわされたのを見て、その信心が並大抵でないことが分かります。必ず法華経の十羅刹女が守ら
れるであろうと、頼もしく思っています」(御書 1554p 通解)
 仏法の魂は「行動」である。友の幸福を祈って、日々、懸命に折伏をしている人、大変なところ
で、学会のため、同志のために、地道に動いてくださっている人、そういう人を、必ずや十羅刹女
が守る。諸天善神が守護してくださる。
 信心の世界は、要領とか、恰好主義は通用しない。幹部だから功徳があるというわけでもない。
真剣な「行動の人」にこそ、妙法の功徳は輝くのである。
胸を張って、正義を語りゆけ
 善と悪が入り乱れた「闘諍言訟」の世の中である。だからこそ、大事なことは、正と邪を明快に
言いきっていくことだ。
 大聖院は「仏法においては、事実、勝れていることを勝れているということは、慢に似ているよ
うだが、実は大功徳となるのである」(御書 286p 通解)と仰せである。
384
 私たちの対話は、誠実が第一である。相手が幸せになってもらいたいとの祈りが根本である。
 そのうえで、言うべきことは、きっぱりと言う。何の遠慮もいらない。堂々と、胸を張って、仏
法の正義を語っていけばいいのである。
賢き女性はダイヤより貴い
 先日、創価大学の卒業式の折、欧州ブルガリアの著名な芸術史家アクシニア・ジュロヴァ博士と
、懐かしい再開を果たした。
 ブルガリアには次のような美しい箴言がある。
 「賢き女性はダイヤモンドよりも貴い」
 「賢き男性は、女性を重んじる」
 女子部の皆さんの「生命のきらめき」は、まさしく、学会のダイヤモンドである。
 何度も申し上げるが、壮年部、婦人部、青年部は、総力をあげて、女子部を守り、女子部を大事
にし、女子部を拡大していってもらいたい。皆さん、応援をよろしく頼みます。
385
 また、全国の女子部の皆さん方の奮闘の様子も、よくうかがっています。本当にご苦労さまです
。「異体同心の団結」と「強盛なる祈り」で、万年に輝く黄金の女子部の歴史をつづっていっても
らいたい。
どんな組織も、リーダーで決まる
 最後に、中国古来の「帝王学の教科書」とされた『貞観政要』の一節を紹介したい。
 この書は、大聖人も読んでおられ、流罪地の佐渡にも取り寄せられた。その様子は御書にも記さ
れている。
 「徳のある立派な人を用いれば、善を行う人は皆、進んで善に励む。
 もし誤って悪人を用いれば、不善の者が争って進み出てくる」
 「人を用いるには、ますます謹んで選ぶべきことがわかるのである」
 どんな団体も、指導者で決まる。リーダーの責任は限りなく大きい。とりわけ、妙法のリーダー
は、つねに生き生きと、福徳にあふれ、多くの人に、勇気と希望を贈っていく存在であっていただ
きたい。
 御書に「年は・わかうなり福はかさなり候べし」(御書 1135:14)とあるとおりだ。
386
 広布の役職を担うことは、それだけ大変だけれども、より大きな功徳を得る資格を持つことにも
なる。どうか健康第一ですすんでください。どして、わが地域で、職場で、見事なる勝利の指揮を
執ってください。長時間ありがとう!またお会いしましょう!
                                  (創価文化会館)
060329top
387
「5・3」記念協議会
「異体同心」ですべての山を超えよ

花盛りの創価城

 桜花爛漫の創価の本陣に、意気軒高なる全国の広宣流布の指導者の方々と一堂に会することがで
き、これほどの喜びはない。わが学会も、「希望の春」「勝利の春」の盛りである。
 皆さん、本当にありがとう!学会創立八十周年に向けて、元気に前進しよう!
 日蓮大聖人は有名な「十字御書」のなかで、「われら凡夫は、まつげが近くにあるのと、大空が
遠くにあるのとを見ることはできない。それと同じように、われらの心のなかに仏がおられること

888
を知らないでいたのです」(御書 1491p 通解)と仰せになられた。
 そして、凡夫の心のなかに仏の生命があることの譬えとして、「蓮は清らかなものですが、泥か
ら生え出ます。旃檀は香のよいものですが、大地から生じます。桜の花は趣のあるものですが、木
の中から咲き出ます」(御書 1492p 通解)と認められている。
 今年も厳寒の冬を乗り越えて、全国各地の会館で、桜の花が見事に開花している。
 一月に“日本一桜が早く咲く”名所の沖縄平和記念墓地公園から、五月に満開を迎える北海道・
厚田の戸田記念墓地公園まで、全国から桜の便りが絶えることはない。
 学会本部周辺の桜も、一本また一本、たいせつにしながら育ててきたものである。
 桜の手入れをはじめ、会館の整備にあたってくださっている、すべての皆さま方にあらためて心
から感謝申し上げたい。
 私たちが、朝な夕な読誦している寿量品には、こう記されている。
 「我が此の土は安穏にして 天人は常に充満せり 園林諸の堂閣は 種種の宝もて荘厳し 宝樹
は華果多くして 衆生の遊楽する所なり 諸天は天鼓を撃って 常に衆の妓楽を作し 曼陀羅華を
雨らして 仏及び大衆に散ず」
 ここ学会本部をはじめ、わが「創価の城」に大勢の同志がにぎやかに集い、栄えゆく姿を見ると
き、この自我偈の文が脳裏に浮かんでくる。“花盛りの創価城”の姿は、「平和の花」「友情の花
389
」「幸福の花」を咲かせゆく学会の未来を象徴しているかのようである。
「正義」の旗を永遠に
 桜花の季節とともに、今年もまた、「四・二」そして「五・三」がめぐり来る。
 私が第三代会長に就任したのは、今から四十六年前、一九六〇年(昭和三十五年)の五月三日だ
った。三十二歳であった。
 戸田先生が一九五八年(昭和三十三年)の四月二日に逝去されてから、二年余りが経っていた。
約二年の間、会長不在の、空間の期間があったのである。
 “柱”のない学会は、前進の勢いが衰え、なんともいえぬわびしさと複雑な空気に包まれていっ
た。反学会の評論家たちは「学会は空中分解する」などと書き立てた。
 そのとき、「第三代会長を推戴せよ!学会の首脳たちは、何をしているのか!」と、決然と立ち
上がったのは、埼玉の青年部であった。「第三代会長となる人は決まっている!推戴を急げ!」と
叫ぶ彼らの声に押されて、当時の首脳たちも動き始めた。
 戸田先生の心を知っていた人ならば、だれが会長になるべきかは明白であった。理事会は全会一
致で、私の会長推戴を決定した。そして五月の三日、私は戸田先生の弟子として勇敢に立ち、日本
390
、そして全世界を舞台に、猛然と広布の戦いを開始したのである。
海を見つめて世界広布の指揮を
 私が第三代会長を辞任したのは、一九七九年(昭和五十四年)四月二十四日であった。
 その直後の五月三日、創価大学の体育館で行われた本部総会が、私の実質的な“会長辞任の総会
”となった。私は総会を終えると、東京の本部には帰らず、その足で神奈川に向かった。神奈川文
化会館に云って、はるかな未来と広大な海を見つめて、全世界の広宣流布の指揮を執ろう!――そ
う決意していた。
 五月五日、私は神奈川文化会館で、大きく「正義」と書いた。脇書には「われ一人正義の旗持つ
也」とつづり、この書を永久に保管するように言った。何があろうと、正義は正義である。仏法は
勝負である。正義は、断じてかたねばならないのだ。
 わが人生は、まさしく波瀾万丈であった。頼みとできる何ものも持たず、ただ一人、戸田先生の
後を継いで、「正義」の旗を掲げて戦いぬいてきた。ともあれ、埼玉と神奈川には、深い歴史が刻
まれているのである。
391
 私は、御書で仰せのとおりの精神で戦っている。牧口先生、戸田先生の教えのまま、広宣流布の
ために戦っている。ほかには、何もない、私の声は、戸田先生と一体である。牧口先生と一体であ
る。師弟不二の道を歩みぬいてきた私は、そう確信を持っていいきることができる。戸田先生は、
こう言われていた。
 「創立者を大切にしたところは栄える。創立者をないがしろにし、原点を忘れたところは、必ず
派閥ができ、勢力争いが盛んになって乱れる。分裂と混乱と破壊の道へ落ちていく」
 創立者を大事にするかどうかで、その団体の未来は決まる。
 私は師匠の戸田先生を、最後の最後まで守りぬいた。自分のすべてを捧げて、先生と学会に尽く
しぬいた。
 “師匠が健康で、長生きして、指揮を執ってくださる。それが最高唯一の幸せである”
 この一点を胸に、一直線に突き進んだ。だから、今日の学会の大発展がある。このことを、絶対
に忘れてはならない。
シルクロードの地から栄誉
 戸田城聖先生の祥月命日である四月二日を前に、はるかシルクロードの要衝にある都市から、ま
392
ことに意義深い栄誉を頂戴した。私は、皆さまを代表し、謹んで拝受させていただいた。
 昨日は、新疆ウイグル自治区カシュガル市の「名誉市民」と、カシュガル博物館の「名誉館長」
の称号授与式が、同市で行われた。
 さらに本日はトムシュかク市の「名誉市民」と、同市「歴史文化研究会」の「名誉会長」の称号
を拝受した。
 代理での受賞となったが、各市長をはじめ、多くの来賓が出席してくださり、盛大な式典を行っ
てくださった。まことに感謝に堪えない。
 以前、民音公演の団長として来日された新疆ウイグル自治区の要人も、区部ウルムチから、白雪
の天山山脈を越えて、はるばる祝福に駆けつけてくださったという。厚情に、深く深く御礼申し上
げたい。
 一流の人は「信義」を重んずる。大誠実を貫く。私たちはこれからも、一つ一つの出会い、一人
一人との友情を大事にしてまいりたい。
鳩摩羅什の師弟のドラマ
 今回、称号を贈ってくださった地はいずれも、二千年を超す悠久の歴史を持ち、ギリシア・ロー
393
マ文明、ペルシャ文明、さらにインド文明、中国文明が出あった「文明共生の天地」である。
 あのガンダーラで興隆した仏教は、紀元前後に、カシュガルに伝来したと考えられている。そし
て西暦四世紀ころ、カシュガルで刻まれた師弟の出会いは、「仏教東漸」の推進力となった。その
出会いとは、妙法蓮華経の漢訳者として、あまりにも名高い鳩摩羅什と、その師匠、須利耶蘇摩と
の師弟のドラマである。
 鳩摩羅什は、若き日、カシュガルの地を訪れ、師から薫陶を受けた。そして、その師から、法華
経を「東北」へ弘通することを託された。この逸話については、大聖人も繰り返し、御書に記して
おられる。
 たとえば「曾谷入道殿許御書」には、こう仰せである。
 「僧肇の法華翻経の後記には、こうある。『須利耶蘇摩という鳩摩羅什の師匠は、左手に法華経
を持ち、右手で羅什の頭をなで、羅什に法華経を授与して言った。“太陽が西に沈むように、仏が
西に入滅されて、その残光が、まさに東北におよぼうとている。この経典は東北に縁がある。あな
たは心してこの経典を伝え弘めよ”』と。
 日蓮は、これを拝見して、両眼から滝のごとく涙が流れ、喜びが体にふれるのである。『この経
典は東北に縁がある』というのは、西天のインドは西南の方角であり、東方の日本国は東北の方角
である。インドにおいて『東北に縁がある』とは、日本国のことではないだろうか」(御書 1037p
394
 通解)
 まことに厳粛な仰せである。鳩摩羅什は師弟誓願のままに、法華経をインドの東北に位置する中
国へ、さらに東北の日本へ流通の道を開いた。そして、日蓮大聖人は日本に御誕生なされ、あらゆ
る迫害と戦い、末法広宣流布という法華経の未来記をじつげんしていかれた。
 今回、いただいた名誉称号は、仏法史上、まことに意義深い地からの栄誉なのである。
仏法西遷を学会が実現
 さらに大聖人は、羅什の足跡を踏まえながら、こう仰せである。
 「正像二千年には、仏法は西から東へ流伝した。ちょうど暮れの月が西の空から始まるようなも
のである。末法のはじめの五百年には、仏法は東から西に返るのである。ちょうど朝日が東の空か
らでるようなものである」(御書 1038p 通解)
 この大聖人の「仏法西還」、そして、「一閻浮提広宣流布」のままに立ち上がったのが、わが創
価学会なのである。
 一九五一年(昭和二十六年)五月三日、晴れ渡る青空のもと、第二代会長に就任された戸田先生
395
は、高らかに「東洋広布」を宣言された。
 一六九六〇年(昭和三十五年)の五月三日、私の第三代会長就任の会場には、戸田先生のお歌が
かかげられていた。
  いざ征かん
   月氏の果てまで
    妙法を
   拡むる旅に
     心勇みて
 今、世界広宣流布の連帯は、百九十の国々、地域に広がった。
 アジア、北米、中南米、オセアニア、ヨーロッパ、アフリカ――SGIの友は、今や地球のあり
とあらゆる場所で、仏法の人間主義を基調に、平和、文化、教育の運動を広げている。
 アジアでは、戦乱に苦しんだカンボジアでも、オセアニアではでは、太平洋に浮かぶパラオやミ
クロネシア連邦でも、また中南米では、エルサルバドルやペリーズなどでも、メンバーが活躍して
いる。ヨーロッパでは、ナポレオンの誕生の地コルシカ島や、民族紛争の悲劇から復興を進めるセ
396
ルビア・モンテネグロでも、わが同志の存在が希望の光を放っている。
 さらにアフリカでは、南アフリカ、トーゴ、カメルーンなどで、立派な女性理事長が誕生し、異
体同心の前進をされている。
 私が皆さま方を代表して、世界の各都市からお受けした「名誉市民」称号の数も、四百三十を超
えた。またブラジルの各都市で。5・3「創価学会の日」を祝賀する慶祝議会が開かれるのをはじ
め、南米闕国でも、SGIへの共感の輪は広がっている。
 これらは、すべて、わが同志の方々が、各国・各地域の模範の市民として勝ちとってこられた信
頼の結晶なのである。
指示待ちや受け身の心が前進を阻む
 さて、「栄光の大ナポレオン展――文化の光彩と人間のロマン」は、おかげさまで、東京展、九
州展、四国展で大成功を飾り、現在、神戸市の関西国際文化センターで開かれている。
 二十五日の開幕式では、関西を代表する約三百人の来賓が出席され、盛大に開催された。
ナポレオンは、奥が深い。その「光」と」「影」、「栄光」と「悲劇」、「勝利」と「敗北」から
、じつに多くの教訓を引き出すことができる。 
397
 たとえば「ワーテルローの戦い」で、ナポレオンは、なぜ敗れたか?
 当然、さまざまな角度から分析できるが、一つの要因として、ナポレオンの側近や部下たちの多
くが、“命じられなければ動けない、動かない”という、いわば「指示待ち」の体質になってしま
っていたことが指摘される。
 一人一人が“ナポレオンだったら、どうするか”を考え、責任を担って行動する。一騎当千の獅
子の集団ではなくなった。「保身」と「事なかれ主義」が横行する硬直な組織になってしまったい
うのである。
 ある将軍は、こう記している。
 「ナポレオン補佐の将軍たちは、ナポレオンの直接指導のもとに二万五千の舞台を動かすときは
優秀であるが、自分たちの着想で大軍を指揮するだけの力量はなかった。
 著名な作家ツヴァイクも、そうした点から「ワーテルローの戦い」の敗因を論じている。
 すなわち、ナポレオン軍の勝敗の帰趨を握った将軍が、他人の命令に従うことに慣れ、自分で決
断でいきない人物だったために、いたずらに命令を待つだけで、突入する時を逸し、勝てるチャン
スを逃してしまった。
 肝心の、ナポレオンの“突入せよ”との命令も、伝達が遅れ、その将軍のもとに届いたときには

398
、一切が手遅れになっていたというのである。
 もしも、その将軍が、ナポレオンと同じ責任感に立って、決断し、行動しゆく勇気をもっていた
なら、歴史は変わっていたかもしれない。これは、あらゆる組織に当てはまる示唆をはらんでいる
と言えよう。
 いわんや、広宣流布の組織において、指示待ちや受け身の心があれば、前進を阻んでしまう。そ
の行き詰まりを打開しゆく根本の力が、「師弟」なのである。
「師匠ならば、どうされるか」
 私は、若き日から、つねに“戸田先生なら、どうされるか”を念頭に置き、先生と同じ責任感に
立って、思索し、動き、戦っていった。三障四魔、三類の強敵と戦い、難を受けきられながら、広
宣流布の指揮を執られる先生の「境地」を、私は信じぬいて、先生にお仕えした。
 私が音楽隊や鼓笛隊をつくり、文化祭を推進し、新しい文化運動の流れを起こしたのも、戸田先
生の遠望を拝察して、その具現化のために、絶対に必要であると着想したからである。当時の幹部
はだれもが反対したが、戸田先生は、「大作がやりたいように、やってみなさい」と、応援してく
ださった。
399
 今日の創価学会の「平和」「文化」「教育」の世界的な運動の広がりは、すべて、この「師弟不
二」の一念によって成し遂げられてきたものである。このことを、深く知っていただきたい。
「肩書は虚飾、権力は堕落」――英国詩人シェリー
 戸田先生は、「戦いは、あくまでも攻撃だよ。攻撃精神だよ」とおっしゃった。
 また、人材育成について「大事にするのは、そっとして置くこととは違う。うんと働かせるほう
がいいぞ」とも訴えられた。
 学会の師弟の世界が、心ない中傷にさらされ、同志が馬鹿にされた時、「本気で怒る人」「死に
ものぐるいで戦う人」こそ、本物のリーダーである。それを、真剣に怒らず、高みの見物をしてい
るような人間は、偽物である。絶対に信用してはならない。とくに、未来のために、若い世代を育
てるために、本当のことを言っておきたいのである。
 純粋な学会員の皆さまのおかげで、創価学会は世界に広がった。大発展した。だからこそ、最高
幹部の責任は重い。懸命に広布に励んでくださる、大切な同志が苦しむようなことがあってはなら
ない。尊き民衆の城を護りゆくために、リーダーはみずからが矢面に立って邪悪と戦っていくのだ

400
 イギリスの詩人シェリーは「肩書は虚飾、権力は堕落」とつづった。
 外から、内から、和合の集団を破壊しようとする動き。慈愛のかけらもなく、己の醜い欲のため
に、うるわしい世界を食い物にしようとする魔性――。そうした魔の蠢動を打ち破るのは、「信心
の剣」である。戸田先生がおっしゃっていた「攻撃精神」なのである。

 今、学会も学会をめぐる環境も、大きな潮のように動いている。変化している。
 広布を進めゆく「三代の師弟」の精神を、永遠たらしめることができるかどうか。その重要な節
目を迎えている。
 これまで学会は、数限りない非難中傷を浴びてきた。また、仏法を軽んじ、尊き仏子をあごで使
い、のさばってきた増上慢の反逆者もいた。しかし学会は、すべてを乗り越えてきた。
 なぜか。それは、「信心」で勝ったからだ。「異体同心」で戦ったからである。
 「異体同心」を貫く限り、仏法に行き詰まりはない。私は今、永遠に学会が栄えゆく軌道を厳然
と敷いておきたい。この軌道を絶対に踏み外してはならない。
 仏法は勝負であり、厳しい、甘く考えてはならない。私は、戸田先生を馬鹿にした人間とは、す
べて戦った。学会の師弟をせせら笑った人間を、絶対に許さなかった。
 この信心は、仏になるための、永遠の幸福の大道である。ゆえに、仏道修行が必要であり、信心
401
の世界において、臆病の心にとらわれてはならない。ましてや、「名聞名利」で動けば、人間の生
命に具わる魔性を見破ることができなくなる。そして、必ず自分自身が損をする。
 広布のために戦えば、必ず難が起こる。あらゆる中傷や謀略を寄せつけず、むしろ、苦難をもチ
ャンスに変えて、善の勢力を大きくしていくのが、指導者の使命である。
 リーダーの皆さんもまた、全員が「広布の責任者」との自覚に立って、勇敢に、全魂の指揮を執
っていただきたい。
婦人部・女子部に最敬礼
 今年の五月三日は、戸田先生の会長就任五十五周年である。
 また本年は、男子部、女子部の結成五十五周年であり、さらに、「聖教新聞」の創刊五十五周年
の佳節である。
 この意義深き本年の「5・3」を記念して、待ちに待った「創価女子会館」の開館式を行う運び
となった。本当におめでとう!私も、「名誉館長」である妻も、女子部の幸の城を、さまざまに荘
厳してさしあげたい思いでいっぱいである。
 五月三日を、花の女子部を中心として迎えることは、創立八十周年へ、さらには次の五十年へ、
402
わが学会が、創価の乙女の希望の大行進とともに、いやまして隆々と勝ち栄えていく象徴であると
いってよい。
 各部の皆さんも、女子部の応援、ほんとうにありがとうございます!
 婦人部、女子部の皆さんは、楽しく、伸び伸びと活動していただきたい。
 学会の、どの地域にあっても、実質的に広宣流布を担ってくださっているのは、女性の皆さんで
ある。遠慮はいらない。自分たちがやりやすいように、どんどん意見を言っていただきたい。
 男性幹部は、それに、きちんと耳をかたむけることだ。女性の意見を大事にして、皆さんが活動
しやすいように真心を尽くしていくのである。そこに、もう一歩、学会が大きく発展していくカギ
がある。
 また信仰活動のうえで、いうべきことがある場合も、男性幹部は、絶対に女性をしかったり、怒
鳴ったりすることがあってはならない。どこまでも紳士的に、尊敬を込めて接していただきたい。
幹部だからといって、しかる権利など、だれにもないのである。自分のかわいい娘さんがしかられ
たならば、親御さんは、どう思うか。また、大切なお母さんが、だれかに怒鳴られたならば、家族
はどれだけ悲しいか。たとえ、どんな理由があっても、ご主人やお子さんが納得するわけがない。
 日蓮大聖人は、弟子の四条金吾に対し、どんなことがあっても、身内の女性をしかったり、争っ
403
たりしてはならないと御指導されている。
 「女性には、どのような失敗があったとしても、決して教訓してはならない。まして絶対にあら
そってはならない」(御書 1176p 通解)
 このころ、四条金吾は、主君の信頼を回復し、苦難の時期を耐えぬいて、春を迎えていた。しか
し、それゆえに敵にねらわれてもいた。ただでさえ、危険な状況のなか、味方をも敵に回すことの
ないよう注意された御文と拝される。女性の繊細な真理を理解された御本仏の深い御配慮が伝わっ
てくる。
第一線で労苦を分かち合え
 ともあれ、広布のため、学会のために奮闘してくださる婦人部、女子部の皆さんへの感謝を忘れ
てはならない。
 やってもらって当たり前――こうなったら、もう仏法ではない。創価学会ではない。
 そうならないためにも、つねにみずからが第一線で戦い、広布の労苦を分かち合っていくことだ
。そして、大変ななかで戦ってくださっている同志が健康で、幸福になり、勝っていけるよう祈っ
ていくのである。
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 婦人部、女子部の皆さんも、男性幹部から一方的に無理なことを言われても。決して聞く必要は
ない。時代は急速に変わっている。上意下達では、組織は硬直する。下から上を変えていくのであ
る。上が慢心や不正を起こさないよう、下が意見をいい、しっかり見ていくのである。
 女性の皆さんが、心晴れやかに、生き生きと躍動した分だけ、学会は躍動し、広宣流布は躍動す
る。その歓喜と福徳こそが、わが家庭、わが地域、わが国土を栄えさせていくのである。
信心の利剣で魔を断て
 四十八年前のきょう三月二十九日、ご逝去される直前の戸田先生は師子吼なされた。最後の遺言
である。
 「邪悪とは、断固、戦え!一歩も退いてはならんぞ。追撃の手をゆるめるな!」
 今ふたたび、この究極の学会精神を、深く強く命に刻みつけてまいりたい。
 法華経の薬王品の一節には、次のように記されている。
 「我が滅度の後、後の五百歳の中、閻浮提に広宣流布して、断絶して悪魔・魔民・諸天・竜・夜
叉・鳩槃荼等に其の便を得せしむること無かれ」
 要するに、悪魔・魔民どもに、いささかたりとも、つけいるスキを与えてはならないとの遺命で
405
ある。戸田先生は、つねに幹部に厳しく指導された。
 「断じて魔を寄せつけるな、信心の利剣で断ち切っていけ」
 「法が正しいほど、魔が競い起こり、強敵が現れる。世間では、仏法者は従順と思っているが、
とんでもない。邪悪に対しては、決して妥協するな。徹して責めぬけ!」
この精神で戦いぬいてきたからこそ、学会は、すべてを勝ち越えたのである。
 ある時、戸田先生は青年に、こう指導された。
 「自分の世界を不満に思う者は、出世しない。また人の悪口を言い、自分の失敗を弁解する人も
、出世しない」
 反対に、光っている人とは、どんな人か。
 「御本尊につねに感謝の念を持っている人は、いよいよ栄える。福運がいよいよまさる」
 また戸田先生は、厳しく言われた。昭和三十三年の三月二十二日のご指導である。
 「今後も、学会の組織を、私利私欲のために利用しようとする者があらわれよう。そのためにも
、今のうちに断固たる処分を行い、そうした芽を摘んでおくことが大事なのである。
 戸田先生が、どれほど学会の組織を大切にされたか。
 仏意仏勅の学会の組織を、私利私欲なインチキな輩に利用されてはならない。
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 そうした人間を放置しておいてはいけない。徹して責めぬいて悪の根を断ち切っていけ!
 それが戸田先生の叫びであった。

 戦いは「執念」である。そして、明快な「目標」を持つことだ。一つ一つ結果を出すことである
。それがなければ、本当の戦いとはいえない。戦っているつもりになっているだけで、空転してし
まう。
 「曖昧な的に向って放たれた矢が当たるわけはない。とは、牧口先生の箴言である。
 私は、戸田先生の言われたとおりに実行して、盤石な学会をつくってきた。先生をデマによって
誹謗する者がいれば、ただ一人で飛んでいって、真実を叫びきった。
 ひとたび、学会や師匠がバカにされ、侮辱されたならば、「断じて許さない!」と、心の底から
燃えあがるものがなくてはいけない。腹のなかでせせら笑っているような、卑劣な人間にだけは、
なってほしくないものだ。
 今は、何もかも順調に見えるかもしれない。しかし、もしも、「師弟の精神」を失ったならば、
将来は危うい。
 だからこそ、私は、戸田先生の炎のごとき「戦う魂」を、厳然と後世に伝え、残しておきたいの
である。創価学会という偉大なる人間の結合を、断じて守りぬいていかねばならない。
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「まことの時」に戦うのが真の弟子
 「まことの時」に、いかなる信心を貫き通せるか。三世を通暁なされる仏は、その一点を峻厳な
までに凝視しておられる。日蓮大聖人が佐渡に流罪された時、多くの門下が退転した。大聖人は「
千人のうち九百九十九人は退転してしまった」(御書 907p 通解)と仰せである。
 「あるいは身は堕ちなくても心は堕ち、あるいは心は堕ちなくても身は堕ち」(御書 234p 通
解)た人間もいた。
 反逆しなかった者も、「まことの時」に本気で立ち上がらない人間もいた。
 そのなかで、いざという時に変わることなく、「勇気ある信心」を貫き通して、正しき「師弟の
道」を歩みぬいた弟子を、大聖人は顕彰し、宣揚してくださっている。
 四条金吾に対して、大聖人は、こう仰せである。有名な御手紙である。
 「返す返す今も忘れないことは、竜の口で日蓮が、首を切られようとした時、あなたが、私の供
をして、馬の口に取りついて泣き悲しまれたことです。これを、いかなる世に忘れることがありま
しょうか。たとえ、あなたの罪が深くて地獄に堕ちられたとしても、その時は、日蓮が釈迦仏から
、どれほど『仏になれ』と誘われようとも、従うことはありません。あなたと同じく、私も地獄に
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入るでしょう。日蓮と、あなたが、ともに地獄に入るならば、釈迦仏も法華経も、地獄にこそいら
っしゃるに違いありません。たとえば、闇のなかに月が入って輝くようなものであり、湯に水を入
れ冷ますようなものであり、氷に火をたいてとかすようなものであり、太陽に闇をなげつければ闇
が消えるようなものでありましょう。それと同じように、地獄であっても、必ず寂光土となるでし
ょう」(御書 1173p 通解)
 なんと深く、なんと尊く、なんと美しい師弟の道であろうか。これが、日蓮大聖人の仏法の真髄
なのである。さらにまた乙御前にも、こう仰せである。
 「日蓮が鎌倉にいた時は、念仏者らはさていて、法華経を信じる人々でも、本当に信心がある人
なのか、ない人なのか、分かりませんでしたが、幕府からとがめを受けて、佐渡の島まで流されて
みると、訪れる人もありませんでした。そのなかで、あなたは女性の身でありながら、さまざまな
御志の品を届けられたうえ、ご自身が佐渡までたずねてこられたことは、事実のこととも思えず、
考えることもできないことです」(御書 1220p 通解)
「苦労をかけるが、君の師匠は僕だ」
 ともあれ、大聖人の示されたとおりに、学会は師弟の道を歩みぬいてきた。
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 ご存じのとおり、戦時中、軍部権力から弾圧されて投獄された戸田先生は、牧口先生をしのばれ
て、「あなたの慈悲の広大無辺は、私を牢獄まで連れていってくださいました」と語られた。
 その戸田先生に、私も、まったく同じ決心でお供した。
 それは、昭和二十五年八月二十四日の夜、西神田の学会本部で、法華経講義が終わったあとのこ
とであった。
 戸田先生は、当時の事業の苦境を端的に語られると、突然、発表された。
 「熟慮の末、思うところあって、理事長の職を辞任する」
 皆に動揺が広がった。
 「理事長が変われば、師匠も変わってしまうのであろうか」
 私は一人、戸田先生の部屋にうかがい、悔し涙を流しながら、この一点を確認させてい
ただいた。戸田先生は明快に答えてくださった。
 「いや、それは違う!苦労ばかりかけてしまうが、君の師匠は僕だ!」
 先生の目にも、涙が光っていた。
 私はうれしかった。そして、生命の底から決意したのである。
 「先生に襲いかかる、ありとあらゆる難は、断じて私がはね返してみせる。そして、必ず必ず、
戸田先生に会長になっていただくのだ」と。
410
“難”は真の弟子をつくる
 戸田先生は当時、莫大な借金を抱えておられた。生死の淵に立つように、憔悴しきっておられる
こともあった。給料も出ない。社員は次々と辞めていく。「戸田の馬鹿野郎!」「インチキ野郎!
」「タヌキ野郎!」などと口汚くののしる人間もいた。恩を仇で返す人間もいた。彼らの心根は、
わがままであり、自分勝手であり、増上慢であった。
 私は、師匠に人生を捧げた。すべてをなげうってお仕えした。
 あるとき、戸田先生に申し上げた。
 「先生、私は戸田先生の弟子です。力をふりしぼって、私がお守りします。どうか、ご安心くだ
さい」と。
 戸田先生は、肺病を患っていた私のことを心配してくださった。
 「このままでは、三十歳までは生きられない」「大作が死んだらおしまいだ」と涙を流されるこ
ともあった。厳しい先生であられたが、心は慈愛に満ちあふれていた。
 私は文字どおり「阿修羅のごとく」、全身全霊で戸田先生をお護りし、事業の打開に獅子奮迅の
戦いを続けた。
411
 そして、最も厳しい試練の冬を乗り越えて、戸田先生の第二代会長就任の「五月三日」を迎えた
のである。
 「難は、まやかしの信仰者を淘汰し、師子をつくる」
 戸田先生の忘れ難いご指導である。

 私が、戸田先生のもと、本部職員となったのは、昭和三十三年三月一日のことである。
 戸田先生は私に言われた。
 「君の本部入りは、天の時だ。十年間、苦難の道を歩みゆけ!理事長に新風を入れよ!」
 そして、先生は、万年の学会の発展のために、私に後事の一切を託されたのである。
 私は今、心から願う。新時代のため、後継の新しい青年を見つけだしたい。立派な人材に鍛えあ
げたい、と。
 リーダーの皆さんは、どこまでも「会員第一」の道を貫いていただきたい。尊き同志の奮闘があ
るからこそ、学会は盤石であり、リーダーも指揮を執れるのである。
 戸田先生は「幹部のご機嫌をとってはいけない」と言われた。もしも、威張る幹部や、ずるがし
こい幹部が出たならば、皆で率直に意見を言っていく。そうした建設的な気風を、いちだんと強め
てまいりたい。
412
世界の知性との対談集が四十点に
 このたび、インドの世界的な農学者スワミナサン博士と私との対談、集が発刊のはこびとなった

 世界の知性との対談集は、これで、ちょうど四十点となる。現在、進行中、準備中のものも含め
ると、五十五点にのぼる。
 トインビー対談は、世界の二十六言語、ぺッチェイ対談は十六言語、ポーリング対談は九言語で
刊行されている。私の著作や対談集は、これまで三十四言語で出版された。海外出版だけでも八百
点を超えている。
 インドネシア語やポーランド語、トルコ語やスワヒリ語、イタリア語やセルビア語、多様な文化
圏で翻訳され、仏法とは縁のなかった多くの国々の方からも、反響をいただいている。
 今後も、「ゴルバチョフ対談」のアイスランド語版、「テヘラニアン対談」のインドネシア語版
、「セレブロラ対談」のロシア語版、「ポーリング対談」の中国語版等々、各国からの要請が相次
ぎ、出版の予定とまっている。
 スワミナサン博士も、今回の対談集の発刊を、ことのほか喜んでくださっている。
413
 博士は、核兵器と戦争の廃絶をめざす科学者の団体「パグウォッシュ会議」の会長としても活躍
されている。
 長年、会長を務めてきたロートブラット博士の心を継いで、世界を結んでおられる。
女性を大切にする社会は発展
 スワミナサン博士との対談でも、「女性の力」が一つの焦点となった。
 かつてインドの食糧危機を救った「緑の革命」において、ひときわ重要な役割を果たしたのは、
名もなき庶民の女性たちであった――博士は、こう強調されている。
 すなわち、科学者が、米や小麦の新しい品種を開発しても、その品種が本当に人々に受け入れら
れるかどうか、実際に見極め、判断するのは、庶民の女性であった。そして、ひとたび、品種の採
用を決めると、その「種」を植え、育て、増やして、多くの人々に普及させていったのも、女性た
ちであったというのである。
 博士は、述べておられる。
 「種子を保存するときも、農耕物を管理するときも、さらには食用としての品種を判定するとき
414
も、あらゆる段階で女性が中心でした。女性の役割は、多くの場合、過小評価され、無報酬であり
、報われることも、称賛されることもありません。しかし、それは非常に重要な役割なのです。
 博士は、六十年間、農業にかかわってこられた。その経験のうえから、農業のあらゆる場で「女
性」の意見がさらに尊重され、男女の平等が確立されるならば、みずから理想とする「永続的な緑
の革命」は必ずや成し遂げられると、展望しておられた。
 博士はまた、「女性を大切にすることが、社会にとって、どれだけ有益か」について、ご自身の
信念を、次のように語っておられる。
 「生物学的にも心理学的にも、母親や子どもたちや共同体全体に対して、より大きな愛情と慈悲
の心をもっています」
 「もしある家庭で女性のために何かをすれば、それはあらゆる人に恩恵を与える」と。
 つまり、女性を励まし、大事にすれば、その恩恵は、家庭のみならず、まわりの人々にも及び、
広がっていく。結果として、より多くの人が幸せになるというのである。
 博士は率直に“男性とおなじことをしても、そうはならないでしょう”とも言われた。
 女性に光を当て、女性の意見を重んじ、女性に十分な活躍の機会を開き、女性が最大に力を発揮
できるようにする。そうした「女性のエンパーメント」こそが社会の発展のカギであると、私たち
は語り合った。
415
五月三日は創価の元朝
 思えば、昭和三十五年の五月の三日、私が第三代会長に就任したとき、学会の所帯数は百四十万
であった。そして、二年後に三百万所帯を達成。さらに、会長就任十年にして、七百五十万所帯を
実現した。五月三日は、創価学会の元朝である。世界広宣流布の祝日である。つねに、皆の心が一
致して、この日を祝賀し、新たな「一歩前進」を踏み出していく。これが、学会の希望のリズムで
あり、勝利の法則である。
 二〇〇一年の五月三日に開学した、アメリカ創価大学オレンジ郡キャンパスも、おかげさまでめ
ざましい発展を遂げている。卒業した一期生も、見事な活躍を繰り広げている。立派に成長した二
期生も、まもなく巣立っていく。
 先日も、ハーバード大学教育大学院に進学が決まったアメリカ創価大学の一期生が、りりしい決
意の手紙を寄せてくれた。そこには、こうつづられていた。
 「三月十六日の創価学園卒業式で、私がハーバード大学教育大学院に合格したことを紹介してく
ださり、ありがとうございます。これまでの十倍の努力をしてまいります」
 ハーバード大学といえば、私も、要請をいただいて二度、講演した。
416
 私は、即座に、彼に返事を英語で送った。
 「君よ、君よ!
 勇敢に、そして朗らかに、一生涯、大空を飛び、遊べ!
 ハーバードの空に、大きな虹かかれ!」
誠実と慈愛の勲章をわが胸に
 最後に箴言を贈りたい。
 有名な中国の思想書『韓非子』には、こう記されている。
 「悪事が必ずみぬかれるとすれば、だれでも用心するし、必ず誅罰されるとなれば、だれでも悪
事をやめる。しかし、みぬかれないとなれば、わがままにふるまい、誅罰もないとなると、どんど
んやってのける」
 だからこそ、正と邪を明快に言いきっていかねばならない。断じて悪を放置してはならないのだ

 さらに『韓非子』にこうある。「名君は善人をさがし出してそれを賞し、悪人をさがし出してそ
れを罰する」
417
 賞罰の乱れは、滅亡の因となる。明確な賞罰の実行が、発展の力となる。
 広宣流布のリーダーは、陰で戦っているけなげな同志を徹して讃え、堕落な反逆者とは徹して戦
う責務がある。どうか、常勝の名指揮を頼みます!
 われらの目的は一つ、広宣流布である。その一点に向かって、すべての同志が団結することだ。
異体同心で進んでいくのである。
 結びに
  めぐりくる
    五月三日の
      晴れの富士

  誠実と
    慈愛の勲章
      わが胸に
 と贈り、記念のスピーチといたします。
418
 長時間、ご苦労さまでした。
 お会いできなかった全国各地の皆さま方に、くれぐれもよろしくお伝えください。
 本当にありがとう!
                                 (東京・新宿区内)
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419
戸田城聖第二代会長の追善勤行法要
「生も歓喜」「死も歓喜」の大道を

 わが師・戸田城聖先生の祥月命日にあたり、各部の代表と、懇ろに追善回向の法要を行わせてい
ただいた。
 願業であった七十五万所帯の拡大を成就された先生は、「桜の花の咲くころに死にたい」と告げ
られていたとおりに、偉大なる生涯を飾られた。
 先生は、「生も歓喜」「死も歓喜」を見事に体現なされていたといってよい。

 私は、一九九三年の秋九月、ハーバード大学にお招きいただき、二度目の講演を行った。テーマ
は、「二十一世紀文明と大乗仏教」である。
420
 その折に、私は「生も歓喜」「死も歓喜」の生命観を論じ、最高峰の知性の方々から、深い共感
の声を寄せていただいた。世界的な経済学者であるガルブレイス博士も、今もって、「私の中に希
望の光を灯してくれた」等と、述懐してくださっている。
 ただ、この折の講演では、「死も歓喜」という点について、十分に論ずる時間がなかった。日蓮大聖人の仏法に照らして、より深く展開するには――講演後も、さらに思索を重ねたものである。

 御書を拝し、具体的な文証を通して、分かりやすく展開していくためには、たとえば次のような
御文が挙げられよう。
 「南無妙法蓮華経と唱え、退転せずに修行して、最後の臨終の時を待って、ごらんなさい。
 妙覚の山に走り登って、四方をきっと見るならば、なんとすばらしいことであろうか、法界は寂
光土で、瑠璃をもって地面とし、黄金の縄をもって八つの道を仕切っている。
 天から四種類の花が降ってきて、空には音楽が聞こえ、諸仏菩薩は常楽我浄の風にそよめき、心
から楽しんでおられる。われらも、その数のなかに連なって、遊戯して楽しむことができるのは、
もう間近である」(御書 1386p 通解)
 さらに、「もしも今、霊山にまいられたならば、太陽が昇って、十方の世界を見晴らすようにう
れしく、『早く死んでよかった』とお喜びになられることでしょう」(御書 1480p 通解)の御文
421
である。
 ともあれ、「生も歓喜」「死も歓喜」の生命観が確立されるとき、人類の精神史は、新たな段階
へ、大きく一歩前進するといっても過言ではない。そして、ここにこそ、戸田先生が展望しておら
れた「生命の世紀」の到来がある。
                                (東京牧口記念会館)
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422
「5・3」記念最高協議会
勝利の劇を!さあ、きょうから一緒に

断じて皆を幸福に!それが広布の責任者

 人と会い、人と語る。そうやって私は、有情を結び、英知を集め、平和への道を開いた。
 イギリスの大歴史家トインビー博士との出会いはわすれられない。
 博士は子息に、こう語っておられる。
 「人生は闘争なのだ」「安閑としていてはなにも得られない」
 戦いなのだ、戦う人がいなければ、何一つ、つくれない。
423
 私は、だれよりも、一番、試練を受け、一番、悪人から憎まれ、それを乗り越えて、今日の盤石
な学会を築いた。死にものぐるいで、恩師戸田先生に仕えた。
 最大の苦境のなか、やっかいな渉外に体当たりでぶつかった。なかには、「あなたの誠実さには
、頭がさがりました」と言って、味方になってくださる方もいた。今も心に残る思い出である。
 私を、すべて恩師から学んだ。
 「自分なんかは、まだまだ。仏法の『ぶ』の字もわかっていない。だから学ぼう。勉強しよう」
 ひたぶるに、師を求め、最高の哲学をもとめていった。
 若き日から愛読してきた武者小路実篤の小説にこういうことばがあった。
 「自分は師によって救われたものだ。師があって自分の一生があるのだ」
 これが弟子の心だ。
 わが人生は、師とともに!師のために!――ここに永遠の勝利の軌道がある。
 反対に、謙虚な気持ちを忘れたら、成長はとまる。立場が上になるほど、厳しく自身を戒めなけ
ればならない。幹部だからといって、人の意見も聞かない。胸襟を開いて、相手の懐に飛び込んで
もいけない。それでは独善だ。
 「あの人に本当の大事な話はできない」と思われるようでは、幹部失格といわざるをえない。
 真に広布の責任者としての自覚に立つならば、わが地域の全同志を抱きかかえ、勇気と希望を贈
424
っていく。たとえ一人でも、少しでも苦しんでいる人がいれば、駆けつけて支え、励まし続ける。
その慈愛がなければならない。
 一人も残らず幸福に!その祈りこそ、仏法の指導者の根幹である。
 虚栄や権威に、とらわれてはならない。
 広布の同志を大事にすることだ。自分がどうであれ、学会員が幸福になればいい。こう決めて私
は生きてきた。このことを、若き皆さんは、よく覚えておいてもらいたい。
嵐の時こそ師とともに
 広布の途上には、必ず難がある。法華経に、御書に仰せのとおりだ。
 一九五三年(昭和三十三年)の「大阪事件」も、そうであった。私は、まったくの事実無根の容
疑で投獄された。法廷で四年半、戦いぬき、師弟の勝利を満天下に示した。
 その間、責任ある立場にもかかわらず、卑劣にも、裁判のゆくえは分からないとうそぶいた、臆
病な人間もいた。いざという時に、その人の真価が分かる。
 一九七九年(昭和五十四年)四月二十三日、私が会長を辞任した時、驚き怒りに燃えて、駆けつ
けた同志がいた。
425
 「先生、会長を辞めないでください!」「どうして辞められるのですか!」「だれが辞めさせた
のですか!」――その真剣な紅涙したたる叫びを、私は生涯、忘れることはできない。
 嵐のときこそ、師とともに殉じていこう!それこそ、真の弟子の道である。そこに魂の劇が光っ
ていくものだ。
 正義なるがゆえに迫害される。これが歴史の常であった。人権の世紀、真の民主主義を築くため
には、民衆が、もっと強く、もっと賢明にならなければならない。

 私がお会いした、南米チリの哲人政治家エイルウィン大統領は、こう語っていた。
 「権力には、『倫理』が伴う必要があります。
 権力は人々を『善』に近づけるためにあります。『悪』に近づけるためではありません」
 そのとおりだ。軍事独裁を倒し、民主主義を成し遂げた大統領ならではの警句である。
 大統領が師と仰ぐ、フランスの哲学者ジャンク・マリタンは言う。
 「善い政治の第一の政治的要件として、政治が正義にかなうものでなければならない、というこ
とは真理である」
 「正義といい、倫理といい、善といい、要するに「深い精神性」がなければ、よき指導者にはな
れない。権力欲に毒され、堕落してしまう。もう、そこには、信念も、理想もない。良識のかけら
426
もない。本来、指導者は民衆に尽くすためにいるのだ。
 それに反して、自己の名声や一家の栄華のみを追いかけ、尊い同志を小バカにし、最後には裏切
る。そういう非道な忘恩の人間は、絶対に許してはならない。
 民衆をじゅうりんする者とは断固、戦いぬく、これが創価三代の魂である。
 「悪は悪」だと叫びきる。全知全能を注いで、民衆を守りぬく。気迫みなぎる智勇の人こそ、真
の仏弟子である。「猛然たる祈り」と「勇気と師子吼」で邪悪を打ち砕くのだ。
立ちあがらなければ道は開けない
 ロシアの教育学の父ウシンスキーは述べている。
 「悪人を根っこから焼きつくす火は、強い精神のなかにのみ生まれる」
 悪をどう打ち破り、悔悛させるか。それは、強い精神があるかどうかで決まる。結局、問題は、
自分自身である。弱くてはいけない。意気地なしではいけない。卑怯者ではいけない。
 悪に対しては、強く責めぬくことが、慈悲である。それが、その人を救うことになるからだ。
 スペインの哲学者オルテガは言った。
 「生きるためには、常にわれわれは、何かしていなければならない、さもなければへたばること
427
になろう。さょう、人生は仕事である。
 大事なのは恰好ではない。「なにをしたか」だ。実力がどうかである。
 人からよく見られよう――そんなことばかり考えるのは、虚飾の世界だ。われらは革命の世界、
正義の世界、戦いの世界である。
 とくに青年は、「勝利こそ使命」と決め、敢然と、先頭をきって、戦って戦って戦いぬくのだ。
その覇気がなければ、心はすでに老人である。悪人が吹き飛ぶような闘魂を持つのだ。
 創価の青年を温かく見守ってくださった、ゴルバチョフ元ソ連大統領夫人であるライサさんが、
こう述べている。
 「建設的であることでしか人間はしあわせになれない、と私は確信します」
 破壊は一瞬、建設は、苦闘また苦闘の連続だ。しかし、建設に挑んでこそ、何があっても微動だ
にしない強い自分になれる。青年が本気になって立ち上がるのだ。そうでなければ道は開けない。

 広宣流布の新しい時代をつくるのは、今である。
新しい決意で、異体同心でがっちりと団結し、学会の発展のために尽くしぬく。大切な同志を守り
に守る。それがリーダーの使命である。
 われらの前進は、一部の人間のためではない。
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 慈悲、共生。生命の尊厳。人間革命――そうした仏法の哲理を、広く社会に開花させるのだ。
 すなわち、立正安国のためであり、世界平和のためである。新しい前進は、もう始まっている。
 戦いには、遠慮があってはならない。好き嫌いで人を見たら、戦いはできない。
 「断じて勝つ」という一点に立ち、同じ目的に向って呼吸を合わせ、心を一致させるのだ。
 勝つために祈りを!勝つために団結を!
 痛快な勝利のドラマを、きょうから一緒に、楽しく、堂々と開始しようではないか!
                                (東京牧口記念会館)
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「5・3」記念各部協議会
大変な時こそ自身が希望の星に

万年の価値ある人生を!

 本年も、偉大なる同志のおかげで、“創価学会の元旦”である五月三日「創価学会の日」を、晴
れやかに迎えることができる。本当にありがとう!
 うれしいことに、日本中、そして世界各地の友から、「5・3」を慶祝する声をいただいている
。多くの識者の方々も、創価学会、またSGIの大発展を、心から賞讃し、喜んでくださっている
。すべて、皆さまの努力の賜である。
430
 暦のうえでの正月である一月は、北半球では冬に、南半球は夏になる。この点、五月三日は、気
候的にも、南北ともに過ごしやすい時期にあたる。“一年の祝賀と出発のリズムを刻む、まことに
すばらしい節目となっています”と喜んでおられる友も多い。
 「五月三日は「創価学会母の日」でもある。この佳節を祝って、次の句を贈らせていただきたい

  夫婦して
   五月三日の
     晴れ姿

  万年の
   価値ある人生
     夫婦かな
 この一年もまた、万年の価値ある日々に!この勢いで、さっそうと、朗らかに、スクラムを組ん
で進んでいきたい。
431
乱世にこそ戦う「賢人」たれ
 ここで、御書を拝読したい。池上兄弟の弟、兵衛志殿へつづられたお手紙である。
 「真実の経の理によれば、時代は末法となり、仏法が非常に乱れたときには、大聖人が必ず世に
出現するとあります。
 たとえば、松は霜が降りてのちも枯れないので木の主といわれ、菊は、他の草が枯れたのちにも
、なお花を咲かせるので、『妙なる草』といわれるのと同じです。
 世の中が平穏なときには、だれが賢人であるか分からない。世の中が乱れているときにこそ、聖
人と愚人はあきらかになるのです。(御書 1095p 通解)
 今は重大な転換期である。この大事な時に、戦うかどうか。これが、永遠不滅の幸福を築けるか
どうかの分かれ目である。学会もいよいよ、本格的な広宣流布の大闘争の時代に入った。皆が、「
創価の賢人」として、自分にしかできない使命に奮い立っていただきたい。
 また、日蓮大聖人は「此の人、地涌の菩薩の上首である上行菩薩は、末法に出現して妙法蓮華経
の五字を一閻浮提の中・国ごと人ごとに弘むべし」(御書 1239p 通解)と仰せである。
 わが学会は、大聖人のお心のままに、一人また一人、一国また一国と、世界を舞台に妙法を弘め
432
てきた。その幸福と平和の波動は、今や百九十の国々・地域に広がっている。仏法史上、未曾有の
壮挙といっても、決して過言ではない。
世界で「前進」と「勝利」の集い
 あの国でも、この国でも、わが同志は、晴ればれと「5・3」を喜びあい、広布と人生の新たな
「前進」と「勝利」へ、誇りも高く出発される。
 全米二千五百地区に躍進したアメリカSGIは、地区を中心に、仏法対話の輪を大きく広げてい
る。昨年のハリケーンの被災のさいも、復興への希望の拠点となったニューオーリンズの会館をは
じめ、全米各地の会館や個人会場で、意気軒高に、「5・3」の記念勤行会が開催される予定であ
る。
 南米のブラジルでは、栄光にも、ブラジル連邦区、クリチバ市、ロンドリーナ市、カンベー市な
どで、5・3「創価学会の日」「創価学会母の日」を慶祝する議会が開催される。
 さらにまた、二万人を超える友が、ブラジル各地の会館などに喜々として参集され、勤行会や記
念コンサート、婦人部の「リリオ合唱団」四十周年の集いなどが行われる。
 中米のエルサルバドルでも、会友である著名なピアニストや、ソプラノ歌手の方などが出演して
433
、五月三日を慶祝する音楽会が、盛大に行われるとうかがっている。
 統合が進むヨーロッパでも、各国の友が記念の座談会や勤行会に集うとうかがった。
 また、「サント・ビクトワール山」が見守るフランス・トレッツの欧州研修道場では、オランダ
のメンバーが記念の研修会を開催する。
 お隣の韓国では、済州島の「済州韓日友好研修センター」で、「世界桂冠詩人の碑」の除幕式が
盛大に行われる。これは、私が、世界詩人会議から「桂冠詩人」の称号を受賞して二十五周年、世
界詩歌協会から「世界桂冠詩人」賞を受賞して十一周年になることを祝い、韓国の同志の方々が企
画してくださったものである。
 フィリピンでも「世界平和記念勤行会」が行われる。また一万五千人の婦人部の友が「躍進友好
総会」に集うことになっている。
 「仏教発祥の地」インドでは、首都ニューデリーをはじめ各地で支部総会を盛大に行う。二万三
千人の友が集い、生き生きと幸福の道を語り合う。
 また、オーストラリアやニュージーランド、さらにアフリカのガーナやナイジェリア、南アフリ
カ、トーゴ、カメルーン、コートジボワールなどの各国で、記念の集いが行われる予定である。

 平和研究機関「ボストン二十一世紀センター」の主催で、アメリカ教育研究学会総会の一環とな
434
るシンポジウムが、先日、サンフランシスコ市内で行われた。 
 「四人の教育哲学者と現代の挑戦」をテーマにしたシンポジウムには、アメリカの教育界を代表
する識者が出席し、有意義な議論に花が咲いた。ここでは、アメリカのデューイ、インドのタゴー
ル、イタリアのモンテッソーリとともに、「創価教育の父」である牧口先生の教育実践に、大きな
光が当てられたとうかがった。
 また、アメリカ創価大学オレンジ郡キャンパスでは、五月三日の「開学記念日」を祝い、「イン
ターナショナル・フェスティバル」を開催する。これには、各界の識者や教育関係者、多様な民族
の代表をはじめ、地域の市民の方々など、約三千人が参加してさまざまな催しや交流を行う。
 本年で五回目を迎え、地域の方々も、この伝統の祭典をたいへん楽しみにしてくださっていると
いう。創立者として、行事の大成功を心からお祈り申し上げたい。
南十字星はなぜ輝くのか
 現在、私は、ブラジルの著名な天文学者であるロナウド・モウラン博士と、「天文学と仏法を語
る」をテーマに、対談を進めている。
435
 大宇宙のロマンが光る対談のなかで、私は、ブラジルの星空について博士にうかがった。
 博士は、「南半球の星を代表し、ブラジルの空に光る主要な星座といえば、やはり、南十字星で
しょう。この南十字星は、ブラジル最高峰の勲章の名にも冠されています。池田会長は、その『南
十字国家勲章』を受賞されていますね」と述べ、こう語っておられた。
 「南十字星とその星の輝きについてはよく紹介されますが、南十字星が『石炭袋』として知られ
ている、暗黒星雲のような多くの暗いしみのある領域に位置していることを知っている人は多くあ
りません」
 「南十字星の背景となる空がいちだんと暗いことが、南十字星の輝きを際立たせているのです。
私たちも、置かれた状況が暗ければ暗いほど、また、辛ければ辛いほど、より輝かなければなりま
せん。暗い時、苦しい時ほど、私たちの生命の輝きを際立たせるように努めなければなりません」
 まことに含蓄の深い話である。
今いる場所で使命の花を
 春四月。就職や進学、転居など、新しい生活をスタートされた方も多いと思う。環境の変化にと
436
まどったり、期待と異なって落胆したりする場合も、当然、あるだろう。しかし博士の言うとおり
、大切なのは、どんなかんきょうにあっても自分自身が光っていくことである。
 法華経には、「如蓮華在水」との言葉がある。蓮華は、泥水の中にあって、それに染まることな
く、美しい花を咲かせる。それと同じように、妙法を持った人は、どんなに厳しい現実にあっても
、見事なる使命の花を開かせていける。
 今いるその場所を、最高に幸福な「常寂光土」と輝かせていくことができるのである。
妙法を受持すれば、どんな人も必ず仏に
 日蓮大聖人は、どんな境涯の衆生も、妙法を受持することで即身成仏できると述べられ、それは
「百千万年の間、闇に閉ざされていた所でも、灯を入れれば明るくなるようなものである」(御書
 1403p 通解)と仰せである。
 私たちは、題目を唱えることで、最極の仏の生命を涌現させることができる。
 モウラン博士との対談では、「一人の人間の偉大な可能性」も話題となった。
 博士の信条は、「人間のみが『内なる自分』から出発し、世界を変え、人間自身による平和の可
能性を見いだすことができる」である。
437
 私たちの「人間革命」の哲学にも通じる。環境がどうあれ、人がどうあれ、まず自分自身が勇敢
に行動を起こすことだ。自分が変われば、環境が変わる。世界をも変えていける。
 そのために必要なのは勇気だ。生命力だ。博士は、「環境や状況が敵対的で困難であればあるほ
ど、挑戦の心と勇気は、さらに大きくなければならないのです」と洞察しておられた。
 さらに博士は、私と戸田先生の師弟の関係にふれ、「人間が生まれもつ能力は、師弟の関係にお
いて、最も強く、崩れない花を咲かせます」とも述べておられた。
 博士の慧眼は、師弟こそ人間の最も正しい軌道ととらえたのである。宇宙の法則を探究してこら
れた大学者の言葉として、深い感銘を受けた。
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「女性の知恵に耳を傾けよ」
 また博士は、“二十一世紀は「女性の世紀」”との私の展望に賛同されながら、こう述べておら
れた。「私は時々、もし私たちの歴史のなかで、女性がもっと統治に関わっていたら、私たちの世
界や環境は別のものになっていたにちがいないと考えます。もっとやさしく、賢明な世界となり、
もっと環境が守られていたと思います」
 「女性は平和な世界、戦争のない世界、女性のやさしい感受性で包まれた美しい世界をつくるこ
とができます。もっとよくなるにちがいありません。
 私たち男性は、プライドを脇において、女性の助言に含まれる知恵に耳を傾けるべきです」
 そのとおりであろう。女性こそ平和の担い手であり、生命尊厳の世界を築きゆく偉大な使命を持
っている。女性を大切にし、女性の意見を尊重する――そうすれば、世界は、よりよい方向へと変
わっていく。
 学会は、婦人部や女子部の皆さまが、あらゆる活動の推進力になってくださっている。この尊き
創価の女性の皆さまを、男性は最大に讃え、大切にしていっていただきたい。
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信心で勝て!風雪を越えて光れ
 わが身をかえりみず、友のため、地域のために、広宣流布の道なき道を開いてきた功労者の方々
は、皆、本当に、いい顔をしておられる。不思議なものだ。
 虚栄と我欲の心卑しき顔とは、全然、違う。魂が光っている。人生の風雪を信心で乗り越えた人
ならではの、風格があり、温かさがある。福運が満ちあふれている。
 何があっても、学会とともに!――こういう真っすぐな、まじめな信心の方々がおられるからこ
そ、学会は勝ってきたのである。
 正しき仏法を実践すれば、必ず大難が競い起こる。その時こそ、信心強く、信念固く、大勇を奮
い起こして、難に挑んでいくのだ。その人に、三世にわたる勝利の栄冠が輝く。
 天台大師は「信力の故に念力の故に持つ」と説いた。
 日蓮大聖人は、この文を引かれつつ、四条金吾に教えておられる。「大難が来ても、この法華経
をつねに思い持って忘れない人はまれである。御本尊を受けることはやさしく、持ち続けることは
むずかしい。そして、成仏は持ち続けることにある」(御書 1136p 通解)
 妙法は、わが生命に、三世にわたる幸福を開きゆく絶待の法則である。
440
 ゆえに「此経難持」と説かれているこの妙法を受持しぬくことこそ、人間として最極の信念の生
き方である。何かあるとすぐ紛動され、動揺する。それでは「信念」ではない。「信心」ではない


 大聖人は、いざというときに、信念を貫きとおした門下を、最大に讃え、励ましていかれた。
 佐渡の弟子である阿仏房・千日尼夫妻は、流罪の身であられた大聖人のもとに食事を運ぶなどし
て、懸命にお守りした。そのために、所を追われ、罰金に処せられ、家を取りあげられるなどの難
を受けたが、毅然と信心を貫いてつた。
 大聖人は、千日尼にあてて、こう御手紙を記されている。
 「地頭という地頭、念仏者という念仏者らが、日蓮の庵室に昼夜に見張りを立て、通う人を妨げ
ようとしたのに、阿仏房に食事を入れた櫃を背負わせ、夜中にたびたび訪ねてくださったことを、
いつの世に忘れることができようか。ただ日蓮の亡き悲母が佐渡の国に生まれ変わっておられたの
であろうか」(御書 1313p 通解)
 “わが母の生まれ変わり”とまで、讃えておられるのである。
 大聖人を慕う夫婦の真心は、大聖人が佐渡を離れられた後も、いささかも変わらなかった。阿仏
房は、老齢にもかかわらず、何度も御供養の品々を携えて、身延の大聖人を訪ねている。そして、
441
夫妻の純粋な信心は、後継の子どもに、そのまま受け継がれていったのである。
大弾圧にも揺るがぬ信心
 一方、大聖人が佐渡に流罪されている間、鎌倉の弟子たちにも、大弾圧の嵐が吹き荒れ、多くが
退転していった。そのなかで、女性の門下である妙一尼は、勇気ある信心に徹しぬいた。
 妙一尼は、大聖人の佐渡流罪中に、夫を亡くした。子どもたちも幼く、なかには病弱の子もいた
。自分自身も決して丈夫ではない。加えて、生活の糧である所領も奪われる難を受けた。
 どれほど心細かったことか。しかし、その厳しさ極まる状況のなかでも、妙一尼の信心は少しも
揺るがなかった。佐渡へ、また身延へと御供養をお届けし、みずからの大切な従者を遣わし、仕え
させるなど、大聖人を真剣にお守りしていった。
 このけなげな女性に対して、大聖人は、こう仰せになっている。「佐渡の国といい、この身延と
いい、従者を一人つけてくださったお心は、いつの世にか忘れることがありましょうか。この御恩
は、また生まれ変わって、報いるでありましょう」(御書 1254p 通解)
 「尼御前が生きておられるにせよ、もしくは草葉の陰からご覧になっておられるにせよ、幼いお
子さんたちを、日蓮が見守ってまいりましょう」(御書 1254p 通解)
442、
 「法華経のために迫害された聖霊、あなたの御主人は、命を捨てて仏になった雪山童子や薬王菩
薩と同じ功徳があるのです。亡くなったご主人は、大月輪の中か、大日輪の中か、天の鏡の中にあ
なたがた妻子の姿を浮かべて、一日中、見守っておられることでしょう。
 あなたがた妻子は凡夫ですから、これを見ることも聞くこともありません。(中略)しかし、決
して疑ってはなりません。成仏した御主人は必ずあなたがたを守っておられることでしょう。それ
だけではなく、さぞかし、あなたがたのもとへ来られていることでしょう」(御書 1152p 通解)
 まさに、心のひだの奥深くに染み込むような、一言一言である。この、こまやかな励ましが、ど
れほど妙一尼の支えとなったことか。
 「冬は必ず春となる」(御書 1253:16)との有名な御聖訓をいただいたのは、まさに、この妙一
尼であった。
白樺のごとく「抜苦与楽」の献身を
 きょうは、いつも私どもがたいへんにお世話になっている、女性の看護者の「白樺会」「白樺グ
ループ」の皆さまも出席されている。「白樺」の名前は、まことに美しく、意義深い。
443
 私は、ロシア最高峰のモスクワ大学から丁重な招聘を受け、一九九四年の春薫る五月、同大学を
訪れた、そこで二度目の講演を行った。
 講演のあと、サド―ヴニチィ総長が案内してくださり、私と妻は、校内の植物園で、記念の植樹
をさせていただいた。それが、ロシアで最も愛されている「白樺」の苗木であった。
 私は感謝し、総長に申し上げた。
 「木を植えることは、命を植えることです。心の『根』と『根』をむすぶことです」と。
 当時、腰の高さほどであった苗木は、うれしいことに、今や見上げるばかりの大樹と育った。
 なお、たっての要請を受け、モスクワで本年、私の「自然との対話」写真集が開かれることを御
報告申し上げたい。
 ロシアでは、白樺は五月になると、みずみずしい緑の葉を生い茂らせる。秋には、鮮やかな黄金
色の葉に変わる。白樺はまた、寒さや暑さに強く、荒涼とした大地にも、たくましく根を張る「パ
イオニアの木」としても知られる。
 ロシアでは「太陽のエネルギーを蓄え、そのエネルギーを与えてくれる木」「側に立つと、身心
ともに癒される木」「成長と蘇生の象徴の木」、そして「悪からまもってくれる幸福の木」などと
され、「ロシアの心の象徴」として、親しまれている。
444
 こうした白樺の特質は、いずれもわが妙法の看護者の皆さま方が、日々、体現されている「抜苦
与楽」の力用に通ずる。私たちも、白樺の木のごとく、強く、やさしく、人々の苦しみを癒し、慈
愛を注ぐ存在でありたい。「白樺会」「白樺グループ」の皆さまの献身の姿に、私も妻も、全同志
を代表して、あらためて感謝申し上げたい。

 以前にもスピーチしたが、「白樺」の皆さんにちなんで、ナイチンゲールの話をしたい。ナイチ
ンゲールの教え子たちが、それぞれの職場で活躍することによって、師の偉大さが証明されていっ
た史実は有名である。
 教え子たちは、イギリスの主要な病院や療養所の「総婦長」「婦長」などの要職に続々と就任し
た。さらに、その足跡は、カナダやアメリカ、ドイツ、スウェーデン、インド、スリランカ、エジ
プトなど、世界各地へ広がっていった。
 そうした教え子の活躍を、ナイチンゲールは、何よりも喜んだ。
 たとえば、教え子の一人、レイチェル・ウィリアムズについて、こうつづっている。
 「彼女は嫉妬、けちくささなどを超越した高貴な性格をそなえ、特記すべき知性の持ち主である
。……自分を監督する立場の人たちとも、自分の監督下にある人たちとも、ひとしくすぐれた人間
関係をかちえている女性がここにあるのは、たぐいまれな事例であろう。
445
 ナイチンゲールの教え子たちを、勤め先の病院の側も非常に高く評価していた。教え子のアリス
・フィッシャーが病院を移る時、それまでの勤め先は、こう決議して彼女を送り出した。
 「フィッシャー嬢が病院の婦長として在職した五年間、よく職務を遂行せられ、諸委員に完全な
満足がゆく成果を収められた旨の証言をすることを深い喜びとするものである」
 うれしいことに、白樺の皆さま方も、日本中、世界中で、それぞれの職場、地域で、信頼され、
感謝され、「なくてはならない人」「いてもらいたい人」として、厳然と光り輝いておられる。
 「白樺会、万歳!」「白樺グループ、万歳!」「白樺の世紀、万歳!」――そう私は、声を大に
して叫びたい。
後継者を育てたナイチンゲール
 後継者の育成、これが最も重要な課題である。私は今、若き青年を育てることに全力をあげてい
る。
 近代看護の礎をつくったナイチンゲール。彼女もまた、後進の育成に全力を注いだ。
 ナイチンゲールが創立した看護学校の出身者は、こう振り返っている。
 「私たちの問題をわがことのように真剣に考えてくださるので、この方には私たち以外の関心事
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はないのではないかと思ってしまうほどでした」
 “人材の育成しか眼中にない”――私には、ナイチンゲールの心境が、よく分かる。
 このナイチンゲールの心に応え、教え子たちは、どういう立場になっても、率直に師匠の教えを
求め、真剣に実践していった。
 ある病院の婦長に就任した教え子が、病院内の看護業務についての取り決めの草案づくりを任さ
れたときのことである。彼女は、自分が考えた草案をナイチンゲールに送り、指導を求めた。
 それに対し、ナイチンゲールは、幾つかのアドバイスをするとともに、こう指摘した。
 “見習い生や看護主任たちの義務については、十分に述べてあります。しかし、肝心の婦長であ
る、あなた自身の果たすべき義務については、一言も書かれていませんね”と。
 自分の成長なくして、皆の成長はない。自分が変わらずして、職場も変わらない。
 この中心者の根本の一念を、ナイチンゲールは、厳しくも温かく教えたのである。
リーダーの心づかいが力を与える
 ナイチンゲールは、教え子たちの健康面一つとっても、“これほどまでに”と思うほど心を砕い
ていった。看護の仕事は、激務であり、不規則である。ナイチンゲールは、みずからの豊富な経験

447
から、栄養にすぐれた食事の献立までアドバイスした。励ましの手紙とともに、そっと新鮮な卵な
どを教え子に贈ることもあった。さらにまた、必ずと言ってよいほど、こう手紙に書き添えたとい
う。
 「私が何かの役に立てるなら、どうか遠慮せずいってください」
 このような心づかいを受けた人は、どれほどうれしく、また、心温まる思いがしたことだろう。
 ちょっとしたことでも、こうした真心の配慮があると、皆が安心し、喜々として活動していける
。広布のリーダーである皆さんは、深く銘記していただきたい。
 ナイチンゲールの教え子の一人は、感謝をこめて、こうも語っている。
 「ミス・ナイティンゲイルは私たちに対して、いつも母親が娘に対するような、やさしい心遣い
を示してくださいました」
 教え子たちは、ナイチンゲールの温かく、大きな心に包まれて、困難を一つ一つ克服し、「もう
一歩、前に進む自信」を深めながら、堅実に看護にいそしんできたのである。
 今、全国で、婦人部と女子部のうるわしいスクラムが広がっている。ともに祈り、ともに語り、
ともに動く。このリズムのなかでこそ、人材は育つ。皆が功徳を受けきりながら、さらに楽しく、
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朗らかに、広宣流布の花を咲き薫らせていっていただきたい。
師敵対した五老僧と戦いぬいた日興上人
 日蓮大聖人の御入滅後、御遺命に背いた五老僧に対し、日興上人がいかに戦っていかれたか――
きょうは、その一端を語らせていただきたい。
 戸田先生は、厳しく言われた。
 「邪悪を放置するのは、慈悲などでは決してない。それは、慈無くして詐り親しむ姿である。悪
と戦ってこそ、正義なのだ。広宣流布の最後の敵は、内にこそある。城者の裏切りが、城を破るの
だ。五老僧を見給え、五老僧は過去のことではない」
 御本仏が直々に定められた六人の遺弟のうち、五人までが師に違背して和合僧を破った。ここに
、重大なる歴史の教訓がある。

 五老僧を破折する「五人所破抄」において、日興上人は、こう嘆かれている。
 「天台大師に三十あまりの弟子がいたが、章安大師お一人だけが、明快に誤りなく、その教えの
すべてに通達することができた。伝教大師にも、三千人の弟子がいたが、義真の後は、真実の弟子
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無きに等しい。
 今、日蓮大聖人は、衆生を末法万年にわたって救済するため、六人の本弟子を定められた。しか
しながら、法門は、すでに正と邪の二つに分かれ、門下もまた、一つにまとまることなく分裂して
いる。宿習のゆえに、正しい師匠はに会えたというのに、その法を正しく持ち伝えている弟子がだ
れなのかを、わきまえられないでいるのだ」(御書 1615p 通解)
 令法久住、広宣流布の正しき継承が、いかに至難の道であるか。わが創価学会は、その仏法史の
宿命的な課題に挑み、万代に勝ち栄えゆく永遠の勝利の土台を、今、築きあげているのだ。だから
こそ、一つ一つ真剣である。だからこそ、細かなことまで厳格である。だからこそ、すべてを革命
していくのである。

 日興上人は、大聖人の跡を継がれてから、五老僧と戦い、生涯、大聖人の“正義の旗”を高く掲
げていた。その戦いのなかで、日蓮仏法の真髄を明確に示され、真の弟子を鍛えぬいていかれたと
も拝される。
 「五人所破抄」で最初に破折されているのは、五老僧が、それぞれに「天台沙門」を名乗り、真
実の日蓮門下の誇りを捨て去ったことである。
 時の権力を恐れる臆病、世間の時流におもねる保身、自分だけ“いい子”になろうとする虚栄。
450
 「師弟の道」を踏み外して、彼らは堕落していった。そして、日興上人を中心に団結していくよ
う、峻厳に戒められた蓮祖の御遺命に背いていったのである。
 正しき師弟の道から外れた五老僧は、もはや「広宣流布の心」を見失ってしまった。
 大聖人が「広宣流布」を進めるために、分かりやすい「かな文字」を使われて書かれた御書が、
どれほど大事であるかも、理解できなかった。御真筆の御書を焼いたり、すき返しをしたりする暴
挙に出る者もいた。
 五老僧の一人である日向の影響を受けた、身延の地頭・波木井実長は、日興上人の弘教が縁とな
って大聖人の仏法を知ったにもかかわらず、その大恩を忘れ、“自分は日光の弟子ではない”とか
、“聖人の直弟子だから同列である”などと、勝手な主張を構え、明らかに道理に合わない暴論を
述べた。その浅ましい姿は、枝葉を大事にして根を枯らし、流れをくみながら源を知らないのとお
なじであると日興上人は厳しく断じておられる。

 また、日興上人は、「原殿御書」のなかで、日向が、仏典以外の書籍を読むことを禁じたりした
ことを記してられる。学識豊かな日興上人への卑しい嫉妬もあったであろう。邪宗門が学会に加え
てきた、的はずれの論難にも通ずる。
 日興上人は、大聖人が「立正安国論」などを、外典を用いて執筆されたことを通しながら、「仏
451
法の典籍にも通じた学識がなければ、国を平和におさめることもできず、正法をたてることもむず
かしいのが道理である」と、日向の難癖を明快に論破された。
 社会に開かれた創価の平和・文化・教育の路線は、大聖人、そして日興上人に直結する「立正安
国」の正道なのである。
広布とは、永遠に仏と魔との戦い
 師弟を踏みにじり、広宣流布を忘れ去った輩が、どれほど堕落するか。この日向は、信徒の邸内
で、一日一夜の説法をして布施を得たばかりか、酒に興じた。その家の妻子に酌をしてもらい、酔
ったあまり、大声をあげるなどして、その一族からあざけり笑われる狂態を示した。
 日興上人は厳しく仰せである。
 「日蓮大聖人の御恥として、これ以上のものはないではないか。このことは、世間では隠れもな
く、人々が皆、知っているところである。このことは、これまで、ただ波木井入道殿には言わない
でいたけれども、このような事態が起こってからには、もはや、あの阿闍梨の日向が大聖人の御法
門を後継することなどできない事実が明らかである。ゆえに、日興が、あの日向を捨てたことを、
原殿に知らせるために申し上げるのである」と。この御手紙をいただいた原殿は、波木井実長と関
452
係の深い人物であったと推測される。
 日興上人は、波木井実長をそそのかした日向の邪悪に、原殿までもが染まることのないように、
日向の悪事を暴き、厳しく責められたと拝される。
 この方程式は、今も変わらない、広宣流布は、永遠に仏と魔との戦いである。魔は徹底して責め
ぬき、打ち破っておかなければ、その毒が残って、蔓延してしまう。ゆえに、妥協することなく戦
いぬくのである。
富士のごとく、大聖人と「不二」の道を
 思えば、日興上人の御生涯は、つねに富士とともにあられた。
 「閻浮第一の富山」を誇りとされながら、富士のごとく、厳然と堂々と、大聖人と「不二の道」
を歩みぬかれたのである。
 日興上人は遺誡置文に、「折伏の人を最大に尊敬せよ」と戒められた。
 広布のリーダーは、弘教の拡大、「聖教新聞」の拡大、人材の拡大に励んでくださる同志を心か
452
ら尊敬し、大切にしていくことだ。
 ともあれ、この遺誡置文には「未だ広宣流布せざる間は身命を捨て随力弘通を致す可き事」(御
書 1612:06)と仰せである。これこそ、われら創価学会の師弟の魂であり、学会精神なのである。
人材育成は幹部の成長で決まる
 学会のリーダーは、全員一人一人に心を配っていける人であっていただきたい。
 会合を開くにも、「皆がおなかをすかせていないか」「体調を崩している人はいないか」――そ
ういう細かいところにまで配慮できてこそ、一流の指導者である。
 そして、「どうすれば同志が元気になるか」「喜んで広布に励んでいけるか」といつも考えてい
く。それが、幹部の責任である。真剣に戦ってくださる皆さまへの礼儀である。
 戸田先生のご指導を確認しておきたい。
 「真の英雄は人材を愛する。人材を愛さねば英雄とはいえない」
 「学会の広宣流布ということに対しても、要は、人材の城でなくてはならない」
 上に立つ人間が、困難から逃げない強さを持ち、愛情深く、正義の人であるならば、それに触発
されて、人材というのは絶対に立ち上がっていくものだ。人材育成といっても、幹部の成長で決ま
454
る。
 戸田先生は言われた。
 「人材とは、特別な人間ではない。要は、その磨き方にある」と。
 その言葉のとおり、戸田先生は、平凡な一青年であった私を、磨きに磨き、鍛えに鍛えてくださ
った。恩師のお心に、何としてもお応えしたいと、私も、死にものぐるいで戦った。
 挫折しかかった先生の事業を最後まで支えたのは私である。先生の誹謗・中傷を断じて許さなか
った。私自身、肺病で、月給ももらえず、最も苦しい時代であった。しかし、戸田先生がいたから
私は幸せだった。戸田先生もまた「大作がいるから安心だ」と若き私に全幅の信頼を寄せてくださ
ったのである。
わが生命を金剛の剣のごとく
 大聖人は「各各・随分に法華経を信ぜられつる・ゆへに過去の重罪をせめいだし給いて候、たと
へばくろがねをよくよくきたへばきずのあらわるるがごとし」(御書 1083:11)と仰せである。
 広布のために戦いぬいた人は、過去世の罪を責め出し、消して、わが生命を金剛の剣のごとく、
光り輝いていくことができる。
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 「鉄は炎打てば剣となる」(御書 958:14)と仰せのとおりである。
 磨かなくては人材は光ってこない。鍛えなければ本物は育たない。
 戸田先生は青年に強く訴えていかれた。
 「広宣流布の大事業は、新しい時代に応じた、新しい熱と力が、不可欠なのだ!
 それには、青年が立つことだ。青年の力を信ずることだ。
 「青年は、問題をはね返して、伸びていくことが大切だ」
 そして、「闘争の源は、鉄の肉体であり、生命力であり、健康体である」と。
 青年のなかには、無限の可能性の宝がある。その無上の宝を、社会の荒波のなかで、広布の最前
線で、徹して磨きぬいてもらいたいのだ。

 さらに箴言を贈りたい。
 大聖人が大事にされていた中国の帝王学『貞観政要』に、こうある。
 「すべて始めを善くする者はまことに多いですが終りまで善くしおおせるものは、極めて少ない

 仕事も、闘争も、人生も、すべて「仕上げる」「決着をつける」ことが大事である。最後の最後
まで、油断なく、執念を燃え上がらせて戦いきることだ。
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 「さあ、やろうじゃないか!戦おうじゃないか!」と意気軒高に励まし合いながら、全員が「わ
が目標」を断固として完遂し、大勝利の姿で晴ればれと「五月三日」を迎えたい。
市民の恩を忘れなかったモンテーニュ
 十六世紀、フランス・ルネサンス期の大思想家モンテーニュ。彼は文人としてだけでなく、ボル
ドー市長としてかつやくするなど、公的な活動を行ったことでも知られる。
 彼は単なる“書斎の人”ではなく、“行動の人”“実践の人”の側面も持っていたのである。
 私がお会いした、統一ドイツのヴァイツゼッカー初代大統領は、かつてこう述べた。
 「私は、精神に対して政治を、政治に対して精神を開き、それぞれを有効に働かせることに貢献
したいと思っています」
 モンテーニュもまた、「政治」と「精神性」のあいだに橋をかけた人であった。世界には、そう
いう指導者が必要である。とくに今、「精神なき政治」を憂える人は多い。
 モンテーニュは、ボルドー市長に再選されているが、これはたいへんまれなことであったという
。彼は、自分を支持してくれた市民の恩を忘れなかった。
 モンテーニュは『随想録』のなかで、「最初の選挙の時以上に骨を折ってくれた市民諸君に対し
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て、感謝を欠き恩義を忘れるものと考えてはいけない。わたしはこれらの市民諸君のために、あり
うる限りの幸いを願っている」と述べている。
 また、「実際その機会さえあったら、わたしは彼のためにどんな苦労もおしまなかったであろう
」とつづっている。応援してくれた人々の恩に報いる。これは、人間として当然の道である。この
道を踏み外した者は、人間の道を踏み外した者といってよい。
 さらに、「自惚は我々の持って生れた病いである」「高慢からはあらゆる罪悪が生まれる」など
と、人間の傲慢にも警鐘を鳴らしている。
真実の声を!勇気の声を!
 モンテーニュは真実をこよなく愛した。真実を愛するがゆえに、それ以上の強さで、虚偽を憎ん
だ。彼は「嘘をつくことは下劣な悪徳だ」「言葉を偽る者は公の社会を裏切る者だ」と、激しい言
葉で虚偽を責めている。
 「言葉」を通して、私たち人間は心を通わせ、意志を表し、生活を営んでいる。われわれの社会
は、言葉によって成り立っているといっても過言ではない。だから、ウソがはびこるようになると
、その社会の基礎は、大きく揺らいでしまうことになる。
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 「もし言葉がわれわれをあざむくならば、それはわれわれの交わりのすべてを断ち切り、われわ
れの国家のつながりのすべてを解いてしまう」と、モンテーニュが喝破したとおりである。
 ゆえに私たちは、恐れることなく、どんどん「真実」を語ってまいりたい。勇気の「声」をあげ
ることだ。御書には「声仏事を為す」(御書 0708:09)とある。「声」には偉大な力があるのだ。
 黙っていてはいけない。沈黙すれば、その分、ウソが浸透し、社会がむしばまれてしまう。
 私は、ありのままに、真実を語る。戸田先生はよく、「大作は、なんでも本当のことを言うから
いいな」と、おっしゃってくださっていた。
 率直に、オープンに、真実を語るから、皆が安心してついてこられる。“秘密主義”や“密室主
義”はよくない。「虚偽」の支配する世界は腐敗する。「真実」の君臨する世界は繁栄する。いか
なる国であれ、組織・団体であれ、同様である。
 
 モンテーニュは、「残忍と不誠実こそ、私の考えでは不徳の中で最も悪いやつである」との一節
も残している。
 広布の歴史にあっても、民衆を食い物にする残忍な人間、私たちの信頼を裏切った不誠実な人間
が現れた。そうした輩が、無残な結末を迎えていくことは間違いない。
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 ベルギーの作家メーテルリンクは言った。
 「悪行の結末は張り裂ける叫びを伴う破局である。
 悪に対して怒る。それは、当たり前のことだ。この当たり前のことをやらなければ、悪を助長し
てしまうことになる。悪を責めぬく、勇気と闘争心を失ってはならない。
 学会は、どこまでも正義の団体である。未来永遠に、そうであってはならない。私利私欲の卑し
い人間に学会が利用され、純粋な学会員が苦しむようなことは、絶対にあってはならない。
 正義と真実の世界を築いていくには、絶えざる革命が必要である。
 さあ、革命していこう!今までの百倍、千倍の勢いで!戦おうじゃないか!
 私は、人生のすべて、生活のすべてを捧げて、皆さんのために戦ってきた。世界のために戦って
きた。いかなる権威・権力に対しても一歩も引かず、ただ一人、一切の迫害の矢面に立って、学会
を護りぬいてきた。だれが何と言おうと、「真実」は、絶対に揺るがない。
マータイ博士「行き詰まったら動け!」
 ノーベル平和賞の受賞者で、アフリカ大陸に広がる植樹運動を展開されたワンガリ・マータイ博
士は、わが創価大学で語ってくださった。
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 「私はつねに、行動することに希望を見いだします。私が行き詰まったときは、穴を掘り、木を
植えてきました。なぜなら、その行動が、私に希望を与えてくれるからです」
 「創価大学の創立者も、また学会の歴代の会長も、おそらく私のように、茨の道を歩いてこられ
たと思います。皆さん方も、そんなとき、決意をし、忍耐を身につけ、どんな大きな問題にぶつか
っても、けっしてあきらめないでください。自分のできることを精いっぱいして、自分の決めた道
を歩み通してほしいのです」
 だれしも、壁にぶつかることはある。その苦しみは、前に進もうとしている証である。しかし、
それであきらめて歩みを止めてしまえば、おしまいである。マータイ博士の言うとおり、「行動」
こそが行き詰まりを打開するカギである。

 苦境のときこそ、真の友のありがたさが分かるものだ。十九世紀スペインの人権活動家であるア
レナル女史は「孤立した人間は無力である。事実、弱い」と言った。
 同志とともに生きぬく人は、必ずや苦難の壁を乗り越えていける。また私たちは、苦しみ悩んで
いる人に、勇気と励ましを贈り続ける人生でありたい。
 結びに、池上兄弟への御聖訓を拝したい。「未来までの物語として、あなた方の団結の姿以上の
ものはないでありましょう」(御書 1088p 通解)
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 われら「創価の同志」の団結を、未来の人類は、必ずや賞讃をもって語るであろう。私は、その
ことを確信している。全同志が、ますます健康で、最高に晴れやかな五月三日を、ともどもに飾り
ゆくことを心から祈って、私の記念のスピーチとしたい。
 きょうは、ほんとうにありがとう!
                                 (東京・新宿区内)