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ウクライナ「大統領栄誉賞」授与式
第二回新世紀学生部栄光大会
次の五十年は君が勝て
思いやる心に本当の知性が
今春、卒業される創大生、創価女子短大生、そして留学生の皆さん。また、八王子の学生の代表
の皆さん、本当に、おめでとう!
創大、短大の教職員の先生方も、いつもありがとうございます。
晴れの日を迎える皆さんに、きょうはまず「お父さん、お母さんを大切に!」と強く申し上げた
い。
012
皆さんはわからないかもしれないが、親にとって、わが子というものは本当にかわいい。心配
でしかたがないものだ。なんとか立派になってもらいたい。幸福になってもらいたい。こう真剣に
祈り、心で願っているのです。
ましてや、皆さんのお父さん、母さんは、君たちを大学まで送り出してくださった。そして卒業
の日まで、さまざまに面倒をみてくださった。その間、皆さんの知らないところで、どれほど苦労
し、忍耐に忍耐を重ねて、みずからを犠牲にしてまでも、君たちに尽くしてくれたことか。
それだけでも深く感謝しなければならない。大学に行きたくても行けなかった人がたくさんいる
のです。
きょうは帰宅したら、最高の笑顔で、そして、頭を深く下げて、感謝の言葉を伝えていただきた
い。一人暮らしの人は電話でもいいです。「きょうまで本当にありがとうございました」「卒業し
たら、しっかり働いて、必ず親孝行します。必ず楽をさせますから、どうか安心してください」と
。
言葉一つが大事なのです。相手を思いやり、気を配ることができる。それが本当の知性です。
何のために君たちは大学で学んだのか。
価値ある人生を生きるためです。
社会に、人に、尽くすためです。
それが学問の本来の目的であることを忘れないでください。
013
どうか、ご両親にくれぐれもよろしくお伝えください。
掲げよ「知性の剣」
恩師の戸田先生が、歴史上の人物で、一度会ってみたいと言われていた一人が、幕末の志士・高
杉晋作であった。
彼は、吉田松陰の松下村塾に学んだ。こんなちっぽけな島国の日本では、どうしようもない。新
しい日本を創ろうではないか――そう決心して、彼は、「知性の剣」「勝利の剣」を磨きに磨いた
。
だが、師匠の松蔭が、幕府権力によって、理不尽にも刑死させられる。その悲報を聞いたとき、
晋作は、二十歳。“われら弟子としては、この仇を討たないでは、心もやすまらない”と憤怒して
立ち上がった。
革命へ行動する晋作の生涯は、「動けば雷電の如く、発すれば風雨の如し」と評された。
晋作は、師の「民衆決起の思想」を継いで、長州で、村民や町民など民衆のエネルギーを結集し
た「奇兵隊」を創設、民衆の義勇軍の力で、幕府軍と戦っていったのである。
ただ、残念なことに、晋作は、かぞえ二十九歳の若さで亡くなった。病死であった。
この話をされるとき、戸田先生は、いつも、病弱だった私の身体を心配して、「大作は三十歳ま
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でしか生きられまい」と滂沱の涙を流された。そして、「大作、断じて生きぬけ!俺の命をやる。
俺の分までいきぬくのだ!」と言ってくださったのである。
本当に、ありがたき師匠であった。
自分自身に生きぬけ
戸田先生は、よくおっしゃった。
「世間は評判、国法は賞罰、仏法は勝負」と。
人生も勝負である。皆さんは、断じて、わが使命の舞台で勝っていただきたい。
きょう集った男性は、半分は、広宣流布の指導者に、半分は、社会の成功者になってもらいたい
。女性は、全員が幸福者に、幸福を勝ち取る人生を歩んでいってください。
有名人になるもよし、無名の人生を生きゆくもよし、要は、自分自身に悔いのない、自分自身が
満足できる人生を生きるかどうかである。他人の評判など気にする必要もない。充実した価値深き
人生であれば、その人が勝利者なのである。
ともあれ、絶対に、敗北者にだけは、なってはならない。哀れな敗残の人生ほど不幸はないから
だ。
015
そのためには、前途のいかなる山も谷も乗り越えていく、勇敢な人生観をもつことだ。これが仏
法であり、信心であることを忘れないでいただきたい。
何も恐れるな!前へ前へ!良き友とともに
青年は、何ものをも恐れてはならない。恐れから敗北が始まる。
青年は、前に進むことだ。毎年、わずかでも進歩して、成長していくことだ。後退したり、横道
にそれてはならない。
青年は、独りぼっちになるな。善き先輩、良き友人、良き後輩とともに、連帯して生きていくこ
とだ。その信頼と友情の一歩一歩が、勝利の足跡となっていくのである。
ここにお迎えした大使令夫人のリュドミラ・スキルダ先生は、高名な詩人でもあられる。
私は、心からの敬意と感謝をこめて、ウクライナの女性詩人ウクラインカの詩を朗読させていた
だきたい。
「迫害の、この世に涙して何の得があろうか/我らは 引き下がるわけにはいかないのだ/ならば
戦おう!/新たなる明るい日々を勝ち取るのだ!」
貴国の魂には、なんと誇り高い勇気が光っていることか。
016
ここに集った英才の諸君も、若き血潮を燃えあがらせながら、真剣に学び、勇敢に戦ってきた。
これからも戦いぬいていただきたい。学びぬいていただきたい。
「正義感」は青年のものです。そして青年の正義感とは、「何ものも恐れない」勇気のことです
。
戦乱の冬を平和の春へ
心より尊敬申し上げるコステンコ大使ご夫妻、そして信念の知性であられるアキーモフ総裁、た
だいま私は、まことに意義深き、そして誇り高き貴国からの栄誉を、謹んで拝受いたしました。厚
く厚く御礼申し上げます。
貴国は、一九九一年の独立後、旧ソ連時代から残された千六百発もの核弾頭を、すべて撤去され
た。世界に先駆けて核廃絶を実行されたのです。
いまだ戦乱と暴力が吹きすさぶ「冬の時代」にあって、「平和と人道の春」を告げゆく希望の花
を、クリミア半島にいち早く咲く梅のごとく、毅然と咲かせてくださったのが貴国です。
その尊き平和外交の推進力となってこられた大使をはじめ諸先生方、私たちは、人類の一員とし
て、心からの大喝采を送りたい。
017
ここ牧口記念庭園にも、正義の殉教者であられる牧口先生と、戸田先生の師弟の胸像を包んで、
すでに、早咲きの紅白の梅が咲き始めています。
この春に卒業される創価大学の三十期生の皆さん!また創価女子短期大学の十八期生の皆さん!
さらに、世界からの大事な留学生の皆さん!そして、ここ学園都市・八王子の十四大学に学ぶ「八
王子学生友情会」の皆さん!
皆さん方は、新たな千年の先陣を切って、見事なる青春の勝利の花を咲かせてくれました。
私は、その努力をたたえて、句を贈りたい。
厳寒に
耐え抜き 勝ちたる
梅の花
梅一輪
春と希望の
君が胸
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寒風に
凛と咲きゆけ
梅の花
現実社会で勝て!これからが人生の勝負
「ウクライナのソクラテス」とたたえられ、民衆から尊敬された十八世紀の大教育者、シコヴォ
ロダは宣言しました。
「あらゆる学問の種子は、人間自身の中に秘められている」
「人間の精神の道は、人間の中に秘められた妙なる力を勝利させることである」
皆さん方も、自分自身の「秘められた妙なる力」を、荒れ狂う現実社会で、どこまでも発揮しぬ
いていただきたい。
いよいよ、これからが人生の勝負である。
「断じて勝利者になってみせる」――こう決意して、卒業していっていただきたい。
なかんずく、このウクライナの先哲は「下劣なことのなかでも、最も悪いのが、嘘つきと嫉妬で
ある」と鋭く喝破していた。
019
嘘と嫉妬の悪党には断じて負けない――これが、私たちの正義の魂でなければならない。
スコヴォロダは、愛する弟子たちに、教育こそ邪悪に打ち勝つ原動力でると示し、大学を建設す
る壮大な構想を語っておりました。
彼は、その高潔なる信念のゆえに、政治権力からも、宗教の権威からも弾圧された。そして、壮
大な夢を実現することができないまま、生涯を終えたのであります。
しかし、後継の弟子が決然と立ち上がった。「師弟」の重要性が、ここにあります。
弟子のカラジンは、みずからの迫害に対しても、一歩も引かなかった。彼は声を大にして叫びま
した。
「わが師匠こそ、社会にあらゆる善をもたらした、不世出の大偉人なり」
師匠のひがんであったウクライナ初の大学――「ハリコフ大学」の創立へ、弟子は、執念の大闘
争を貫きました。そして、“正義の師弟に生きぬく人生ほど、強いものはない”ことを歴史に示し
残したのです。
この大学建設を、心ある民衆、心ある人々は熱烈に支持しました。ドイツの文豪ゲーテも、協力
を惜しみませんでした。
そして、ついに、歴史的な開学の日を迎えました。それは、一八〇五年の一月十七日――。きょ
020
うが、ちょうど二百年目の記念日なのであります。
「師弟」といっても、一切は弟子で決まります。
先師牧口先生の勝利は、戸田先生で決まった。わが師・戸田先生の勝利は、私で決まった。私は
、この五十年間、創価の父である牧口・戸田両先生の構想を、ことごとく実現しました。
その総決算の拡大を、今度は、私が愛し、尊敬する皆さんとともに、断固としてなしとげていき
たい。そして、「次の五十年」を全部、諸君に、揺るぎなく託していきたいと思うが、どうだろう
か!
先ほど、アキーモフ総裁が贈ってくださった像は、その手に「黄金の剣」を掲げています。
総裁ご自身が、まさしく、黄金の「正義の剣」「真実の剣」を振りかざして、戦い続けてこられ
た「言論の王者」であります。
どうか若き諸君も、「言論戦の英雄」となっていただきたい。虚偽と邪悪を打ち返し、打ち返し
、痛烈に破折できるような言論人になっていただきたい。
不撓不屈の「人生の名画」を
ウクライナは、世界的な“逸材の宝庫”とも言われています。
021
名画「第九の怒濤」を描いた画家アイヴァゾフスキーもウクライナの出身でありました。
きょうで、阪神大震災から満九年になります。あの悲劇を乗り越え、勝ち越えてこられた神戸の
天地で、まもなく、この「第九の怒濤展」が開催されることを、一言、ご報告させていただきます
。
アイヴァゾフスキーは叫びました。
「人間は負けない。人間は必ず勝利する」
「創価の負けじ魂」「創大魂」をもつ皆さんは、いかなる試練の怒濤にも、断じて臆してはなら
ない。「私は負けない。私は絶対に勝利する」という不撓不屈の人生の名画を、自分自身で描きあ
げていただきたい。
“敬愛する「平和の先進国」そして「文化の大国」ウクライナ五千万の国民に、限りない栄光あ
れ!”と、私は心からお祈り申し上げます。
貴国の大詩人イヴァン・フランコは謳いました。
「ねばり強い労苦のみが、わが陣営を強固なものにする。労苦のみが、世界をつくり変える」
労苦もしない、いい加減な生き方では、大事業はなせない。
詩人は言います。「真実とともに、自由を勝ち得るために、悪との闘争に勇みゆけ」と。
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この詩を、わが弟子である皆さんの決意新たな出発に寄せて、贈りたい。
「正義」と「勝利」を叫んで、私の話を終わります。
どうか健康第一で!親孝行を!
最も誇り高き創大三十期生、短大十八期生、万歳!
本当に、ありがとう!
(東京牧口記念会館)
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第三十五回本部幹部会
第五回全国青年部幹部会
地域に対話の花を!世界に人材の園を!
希望を!子供の瞳に
海外の皆さん、ようこそ!ご苦労さま!
きょうは、スピーチというより、懇談的に話をさせていただきたい。
まず、今回の婦人部総会!皆さまの「草の根」の平和と文化の大運動は、永遠に続く、大きな勝
利の源になった。友人も、識者の方も、大勢の人が讃嘆している。立派な歴史に残る総会であった
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。本当にありがとう。ご苦労さま!
先ほど、ニューヨークの国連本部から、うれしい連絡を受けた。
アメリカSGIが中心となって準備を進めてきた「世界の子どもたちのための平和の文化の建設
」展が、国連本部のパブリック・ロビーで、盛大に開幕したのである。
子どもは、未来に伸びゆく指導者である。世界にとって、どれほど大事であるか。
子どもたちに希望の光を贈る展示会には、幾重にも深い意義がある。
開幕式典には、チョウドリ国連事務次長、約四十ヵ国の国連大使や外交官をはじめ、そうそうた
る著名人も多数列席し、約七百人が会場を埋め尽くした。多数のメディアも取材に訪れたようであ
る。
チョウドリ事務次長は私のメッセージを全文、紹介してくださった。ありがたく、またうれしい
ことである。
また、記念のスピーチをしてくださったのは、一九七九年度のノーベル平和賞を受賞したベティ
・ウイリアムズさん。平和と人権の闘士である。
彼女はスピーチの中で、「子どもたちは未来からの使者であり、人類の宝である。そして、子ど
025
もたちの瞳に希望の灯火をともすことが世界の平和を守ることである」という私の信条を紹介し、
深い共感をもって訴えてくださった。
ウイリアムズさんは、深刻な北アイルランド紛争において、子どもたちの命を守るため、一人の
母として、敢然と声をあげた。そして、対立する双方の女性を連帯させ、奇跡的な平和の波を起こ
したのである。
彼女は語る。
「平凡な主婦など、一人もいません。すべての人が特別な存在です。だれでも何かをなすことが
できます」
ノーベル平和賞受賞者の、重要な意義が込められた発言である。
皆、使命がある。その人にしかできない大事な役目がある。ゆえに、互いに尊敬しよう――。
これを現実の実行しているのが、創価学会の婦人部の皆さまである。
全国五十万会場で輝く婦人部総会
あらためて、全国五十万会場の偉大な、そして、あまりにも壮大な婦人部総会の大成功を、祝福
申し上げたい。おめでとう!
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私も、刻々と報告を受けている。妻は、さまざまな報告を、目を真っ赤にし、涙しながら、じっ
と読んでいた。学会は、婦人部の真剣な戦いのおかげで、堂々たる勝利を続けている。
御聖訓には「法妙なるが故に人貴し・人貴きが故に所尊しと」(1578:12)とある。
「法」が偉大であるから、その法を持つ「人」も貴い。人が貴いゆえに、その人のいる「所」も
尊い。
偉大な婦人部の一人がいれば、その家庭も尊く輝いていくのである。
広宣流布をなしゆく、わが創価学会員こそ、人類最高の使命をもった方々であり、深き人間性の
光る方々である。
とくに婦人部、そして、世界広布を進める海外の友に、私は最敬礼し、最高の栄誉を捧げたい。
いつも、本当にありがとう!
ウソは「悪の巣」、ウソをはぎとれ
ウイリアムズさんは、昨年、「聖教新聞」のインタビューで、こう述べておられる。
「人々の努力でウソの飾りがはぎ取られた時に、美しい心の泉から『希望』がわき出てくるので
す」
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いい言葉である。
人をおとしいれるウソは、人間の尊厳を踏みにじる最大の「悪の巣」である。また、「暴力の巣
」となる。ゆえに、こうした邪悪と言論で戦うこと。その精神闘争こそ、「平和の文化」へとつな
がっていくのである。
彼女は、少年少女の人権を守るため「世界子ども慈愛センター」を創設された。その諮問委員会
には、世界を代表する平和指導者が名前を連ねて協力している。
このセンターから、私に、諮問委員就任の要請が寄せられていることを、皆さんにご報告してお
きたい。
青年よ!史上最強の「正義の陣列」を
今回の国連本部での展示会に、絶大な尽力を寄せてくださったチョウドリ国連事務次長は、こう
述べておられる。
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「平和と文化とは即ち、庶民が力をつけることであり、持続的なものでなければならない。その
成否は、次代を担う青年の手にかかっている」
時代は大きく変わろうとしている。いよいよ庶民の時代、民衆の時代である。きょう集われた青
年部のみなさまこそ、その担い手なのである。
「平和の文化」は、「一人」が立ち上がり、勇敢に行動を起こし、対話を広げることから生まれ
る。「一人」を限りなく強くしていく――すなわち「一人の人間革命」が根本となる。
そして、この理想を実現しているのが、創価学会の人間主義の組織であると断言しておきたい。
いかにして、平和を築きゆくか、今、多くの指導者は悩んでいる。
学会は、世界の最先端を行っているのである。どうか誇りをもっていただきたい。
わが青年部も本当に大きく成長してきた。史上最強の「正義の人材の陣列」――これこそ、創価
の青年部である。学会の未来も、広宣流布も、日本の未来も、すべて青年部で決まる。
青年部の諸君、よろしく頼む!
きょうはフランスからも、凛々しき青年部の友が、研修に来てくださった。メルシー!
皆さんは若くて、経済的にも、本当に大変だと思う。そのなかを勇んで来日され、私はうれしい
。心から感謝します。全力で応援したい。
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イタリアの皆さんも、遠いところ、よく、おいでくださった。ありがとう!
また韓国の皆さん!
先ほどは、「韓国SGI平和・文化賞」の真心の栄誉をいただき、心から、感謝申し上げます。
地元に戻られたら、皆さんにくれぐれもよろしくお伝えください。
さらに、台湾の皆さんも、いつもありがとう!
そして豪州など十四ヵ国・地域の同志の皆さん、遠いところ、ご苦労さま!ようこそ、ようこそ
!
懐かしいオーストリアの理事長も参加しておられる。
かつて彼は、単身、シベリア鉄道に乗って、ヨーロッパに向った。
オーストリア広布の一粒種として、音楽の都ウィーンで裸一貫から始め、欧州広布の地盤をつく
られた一人である。
戸田先生「嵐にゆるがぬ“正義の闘士”をつくれ」
二月の十一日は、戸田先生の誕生日である。先生の弟子である私たちにとって、忘れることので
きない日である。
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先生が掲げられた合言葉は、「人生は闘争!仏法は勝負!」。これが先生の結論であり、人生観
であった。
戸田先生は生前、語っておられた。
「いかなる大難、迫害があろうとも、絶対に崩されぬ鉄のごとき決意の民衆の軍団をつくる!そ
して死を賭して、毅然と、邪悪と戦いぬく、嵐にもゆるがぬ正義の闘士を、必ずつくってみせる!
」
この戸田先生の言葉こそが、広宣流布の創価の城がそびえ立っていく「実像」でなければならな
い。この言葉のとおりに、私は戦ってきた。
五百本の杏
戸田先生の生家は石川県にあった。
そこには、杏の木が植えられていた。
杏は、厳しい寒さにも負けない。いち早く薄紅色の花を咲かせる。
北国では「春を告げる花」として、愛されてきたという。北国の皆さん、正しいでしょうか?
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果実が甘いことは有名だが、種も滋養に富み、薬にも用いられている。
じつは、戸田先生の生家にあった杏の子孫にあたる苗木を、以前、北陸の同志が届けてくださっ
たことがある。私は、うれしくてうれしくて、その恩師のゆかりの杏を大切にした。
そして、八王子の「牧口記念庭園」の丘に植えさせていただいた。同志の真心を、絶対にむだに
してはいけないと思ったからである。
もしも、同志の真心を当たり前と思い、感謝を忘れたならば、この仏法の和合の世界を利用する
ことになる。リーダーは、よくよく心してもらいたい。
それを土足でふみつけたのが日顕であった。
牧口庭園には、春になると、恩師の木々をはじめ、五百本を超える杏の花々が、香しく咲き誇る
。一本の木を原点に、今、五百本の花園ができあがった。
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五千本の桜もある。
さらに、庭園には、牧口先生の胸像があり、戸田先生の胸像があり、馬上のナポレオンの像があ
り――本当に名画のごとき光景である。
私は、「ああ、すばらしいな」「牧口先生も、戸田先生も喜んでおられるな」「ここを訪れる同
志の方々も、喜んでくださるにちがいない」――そう思ってみつめてきた。
「婦人部の木」「女子部の木」
きょう、私は、一つの提案をしたい。
この牧口庭園の美しい五百本の杏全体を、「婦人部の木」「女子部の木」と決定させていただき
たいのである。
そして、一本一本に命名をさせていただきたい。
まず、日本全国の各県、東京各区の婦人部の木、女子部の木。
婦人部の皆さん、女子部の皆さん、おめでとう!
また、きょう出席されていない方々も含めて、女性の各部・各グループの木も、名前をとどめる
ことを提案したい。
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今回、参加されている十四ヵ国・地域の皆さまの木も残したい。
さらに、きょう出席の「無冠の友の木」「富士宮同志の木」「女子学生部の木」。未来部を育成
する「二十一世紀使命戒の木」「鼓笛隊の木」「合唱団の木」。
「創春会」「短大白鳥会」「蛍会」「香友会」等々、創価同窓の女性の木も命名させていただき
たい。「聖教通信員の木」「女子部教学部の木」、そして「農村部の木」なども定めたい。
加えて、役員で活躍してくださっている「白蓮グループの木」「白樺会の木」「白樺グループの
木」「女性ドクター部の木」などをもって、杏の庭を荘厳したいと思っている。これから総合的に
検討して発表していくことになると思うが、どうか、よろしくお願いしたい。
杏の原産地をご存じだろうか?
そう、これは中国である。
孔子と弟子たちが、杏の花のもとで学んだという。優雅な逸話がある。
また、慈悲深い名医が患者の治療費を受け取らずに、「代わりに杏を植えてください」と頼んだ
故事がある。やがて、壮大な杏の林となり、その実りが人々のために役立てたらうれしいという美
しい物語である。
では、フランスでは、杏にどういう意味をこめているのだろうか?
「不屈の精神」が花言葉だそうである。一般に、杏は「長寿をもたらす木」として尊ばれている
。
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ともあれ、冬を越え、春に美しい花を咲かせ、初夏には見事な実りを迎える杏の姿は、「知性」
と「慈愛」、「健康」と「長寿」、そして「勇気」と「忍耐」という彩をもっている。どうか皆さ
ま方の人生も、杏のごとくあっていただきたい。
杏の花園は、「女性の世紀」の希望の象徴である。私は、皆さま方を守るのと同じ思いで、この
花園を守っていく決心である。
かつて、ゴルバチョフ元ソ連大統領が、夫妻して、創価大学に来られた。
何度もお会いし、親交を深めたご夫妻である。ライサ夫人は亡くなられたが、本当に残念でなら
ない。
お二人は「本当にすばらしい大学ですね!」と感嘆しておられた。そして、創価大学での植樹を
たいへんに喜んでくださった。
ゴルバチョフ元大統領が語っておられた。
「ロシアでは、生涯のうちで、大地に“一本の木”を植えることができれば、その人の一生には
意味があった、と言われています」と。
木を植えることは、生命を植えることである。
ペルシャの大詩人ハーフィズは謳う。
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「正義の木を植え、悪人どもの根を絶やせ」
この精神で進みたい。
「正義の木」――「正義の人材」を、どんどんつくることだ。
「悪人どもの根」を、たたき切ることだ。
悪の根は、徹底して断ち切っていかなければ、正義の花は全部、消えてしまう。枯れてしまう。
ゆえに、「追撃の手をゆるめるな!」と、戸田先生は厳しく遺言されたのである。
真実の声は宝剣
この点、私が現在、対談を行っている、アメリカの世界的法学者ナンダ博士は、次のように論じ
ておられた。
「悪を放置すれば『悪』は生きながらえてしまいます」
「ゆえに『悪』に対しては、どこが間違っているかを、声を大にしてさけばなければなりません
。『それは真実ではない!』と明快に言いきらなければならないのです」
だからこそ、博士は、「破邪顕正」の創価の言論戦を強く、最も熱く支持してくださっているの
である。
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学会がここまで伸びた原動力は、何ものをも恐れぬ「正義の言論」にあった。それを博士は鋭く
見抜かれた。民衆の真実の声が、薄らぐことがあってはならない。正義の声の宝剣を、もっと強く
しなければならない。
強い種を植えよ
ナンダ博士は、今年の「『SGIの日』記念提言」にもたいへんに共鳴され、深い理解の声をよ
せてくださった。
「SGIが、なぜ、これほどまでに世界に広がったのか。それは、池田会長が世界中に蒔いてこ
られた『平和の種』そのものが、『強い種』だったからだと、私は思っています」
「強い種」を植えることだ。途中で枯れてしまったり、カラスにもっていかれたりしたら、結局
、何の効果もない。「強い種」でなければならない。
博士はさらに語っている。
「SGIの信仰は、自分自身の中で信仰を体現し、変革を起こしていく。そして、その変革によ
って、他者の心を開いていくというところにあります」
「人間だから人間を変えることができる――これがSGIの『種』の持つメッセージであると思
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います。世界の人々が耳をかたむけるべきメッセージが、ここにあります」
三代の会長の魂を受け継げ
二月は、日蓮大聖人御生誕の月である。
大聖人が讒言による佐渡流罪の大難を耐え忍ばれ、赦免を晴ればれと勝ちとられたのも、二月で
あった。
大事なのは、勝つことである。栄冠を勝ち取ることである。
難があるのは、仏法の法則である。これは、やむをえない。
しかし、いかなる難があろうとも、最後は勝利する。人生の究極の幸福を勝ち取る。
それが仏法者の生き方なのである。
佐渡で記された「諸法実相抄」には、こう仰せである。
「三類の強敵という大難に耐えて、妙法を弘める人を、釈迦仏は必ずや衣で覆い護ってくださる
であろう。諸天は必ず、その人に供養するであろう。また肩にかけ、背中に負って護るであろう。
その人こそ、大善根の人である。一切衆生のためには、大導師なのである」(御書 1359p 通解)
すなわち、総じて拝せば、大難に耐えて、仏法を弘めゆく人を、仏天は断じて護るのである。
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また、どんな宿命を持っていても、経済苦や病苦に悩んでいても、諸天が必ず護ってくださるの
である。大聖人のお約束は絶対である。
そして、仏法のために難と戦う人こそ、三世永遠の幸福の種を植える人であり、さらに人々を幸
福へと導く大指導者、大博士になる因を積んでいる人なのである。ゆえに、わが学会の同志は、何
の心配もいらない。
私たちは、大聖人の正統として、三障四魔の烈風と、まっこうから戦ってきた。仏法を弘めるゆ
えに、多くの悪口罵詈を受けてきた。経文どおりの最も正しい道を進んでいるのである。
この創価の三代の師弟の魂を、これからは、青年部が厳然と継いでいっていただきたい。
そして、千年先、五千年先、一万年先には、どれほどすばらしい「創価友情の花園」が全世界に
広がっていることか。
それを思うとき、私の胸は躍る。
SGIの連帯がさらに拡大!
この二月、カリブ海の美しき太陽の楽園アンギラにも、SGIのメンバーが誕生した。この地で
、ご主人が土木技師として、また奥さまは教育の分野で活躍されるご夫妻がそろって入会されたの
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である。
これでSGIの大連帯は、さらに一つ増えて、百八十七ヵ国・地域に広がったことを報告したい
。
全世界の同志の団結の奮闘によってSGIの大行進は、今、大きく広がっている。
私は、今年もまた、いやまして、全世界を舞台に平和・文化・教育の波をおこしてまいりたい。
日本の皆さん、よろしく頼みます。
体に気をつけて、断固として、完勝の一念にしてまいりましょう!
またSGIの皆さま、遠くから本当に、ご苦労さまです。本当に、ありがとう。
皆さま一人一人に、一生懸命、題目を送ります。お元気で、いつまでも、お元気で!
そして、全員が幸福になってください。きょうは、本当にありがとう!
(創価国際友好会館)
040
040213top
アメリカSGI首脳会議
各人の個性と使命と人格を尊重
平和のために 哲学を 団結を
今、南米でも、ヨーロッパでも、アジアでも、広宣流布の波は全世界に高まっている。
平和の哲学を、民衆は求めている。アメリカのSGIの前進が、いちだんと重要な時代に入った
。世界が注目している。
いよいよ勢いを増して人間主義の連帯を拡大していきたい。一人も残らず幸福に、人生の勝利者
になっていただきたい。
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平和の連帯を、さらに拡大するには、何が大切か。
まず「祈る」ことだ。
そして、どこまでも同志を大切にすることだ。
広布の同志は、皆、尊貴な仏子である。「皆にやさしく」「皆に温かく」接していくことである
。
とくに男性のリーダーは、女性を大事にし、尊敬し、広布のための尊い奮闘に心から感謝すべき
である。決していばってはならない。
反対に、自分には、どこまでも厳しくしていくことだ。
苦労を避けては仏道修行にならない。
私は戸田先生のもと、「いつ死んでも悔いはない」という思いで、一日一日、真剣勝負で戦って
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きた。そうやって戸田先生との約束は全部、実現してきたのである。
さらに、拡大のためには「団結」することだ。独りよがりでなく、皆の心が一つになった時、予
想もしなかった偉大な力が出る。
大事なことは、「地涌の菩薩をどれだけ増やしたか」「幸福者をどれだけ増やしたか」である。
朗らかな心で進みたい。皆が「少しも疲れないで、こんなに拡大ができた」と喜びあえる、皆が
愉快に前進しながら、最高の結果を出していく。これが、広宣流布の名リーダーである。
偉大なる勝利の歴史を残していただきたい。
「できる」という確信を与えよ!
アメリカの英知の言葉を通して、少々、お話ししたい。
思想家であり、詩人であったエマーソンは言う。
「何であれ、善美なることを行おうとするなら、天下万世に通じるような大目的をもって、これ
に努力しなければならない」
日蓮大聖人の仏法は、最高の善の世界であり、最高の美の世界である。
私たちは、広宣流布という大目的に向って、勇んで進んでまいりたい。
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大統領夫人であった著名な社会活動家エレノア・ルーズベルトの言葉も示唆に富んでいる。
「『できる』とか、あるいは少なくとも、『やってみることはできる』とか言うよりは、『でき
ない』と言ってしまう方が簡単なために、多くの人が自分の隠れた力、隠れた能力に気づかないで
人生を過ごしている」
皆の心に「できるんだ」という確信を与えていくことである。
そのためには、リーダーがみずから行動することだ。人に「やれ、やれ」と言ってやらせるのは
リーダー失格である。
しぜんのうちに「自分もやろう」「頑張ろう」という気持ちになっていくような模範の姿を幹部
が示していくことである。
続いて、牧口先生も敬愛しておられたデューイ博士の言葉にふれたい。
「生活は発達であり、発達すること、成長することが、生活なのだ」
成長は勝利である。
停滞は敗北である。
いかなる人間も、団体も、国家も、成長しなければならない。
どうすれば、組織が伸びていくか。
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まず一緒に戦う同志の成長と健康を祈る。そして、各人の個性と使命と人格を心から尊重してい
くことだ。
また、御本尊の偉大さをストレートに語っていくことが大事である。
御本尊の功徳は絶対である。「祈りとして叶わざるなし」である。それがわかれば、必ず妙法は
広がっていくのである。
人の意見を聞け
リーダーは、自分に意見を言ってくれる人を大事にすることだ。
発展するには、改革が必要である。改革は、フレッシュな発想を抑えていてはできない。
建設的な意見には感謝して、耳をかたむけていくことである。それができる謙虚なリーダーが勝
つ。
人の意見を疎んじたり、遠ざけたりする増上慢の幹部であってはいけない。増上慢の人からは、
諸天善神が去っていくのである。
仕事が多忙で、思ぞんぶんに学会活動できない方もいる。
基本は、まず仕事で勝利することだ、社会にしっかりと根を張り、社会に信頼を勝ち得ていくこ
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とが仏法の証明となる。
現実には、学会活動する時間がとれなくとも、胸中で、広宣流布に尽くしたい、同志のために動
きたいと願い、祈ることが、そのまま「行動」につながる。必ず道は開ける。「心こそ大切なれ」
(1192:14)である。
公民権運動の大指導者キング博士は叫んだ。
「不正義は強力で、執拗な、決断的行動によって根絶しなければならない」
不正義には、黙っていてはいけない。「間違っている!」と声をあげねばならない。
その悪の根を断ち切るまで、強力に、粘り強く戦いぬいていくことが、正義の和合の組織を守る
ことになるのである。
第三十五代ケネディー大統領は語る。
「われわれが結束するとき、新しく協力して行なう無数の事業において、なしえないことは何も
ない。しかし、われわれが分裂するとき、われわれがなしうることは何もない」
心から納得できる言葉である
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ケネディー大統領とは、先方からの要請で、お会いする予定もあった。
残念ながら実現しなかったが、弟さんのエドワード・ケネディー上院議員が、東京滞在中に信濃
町の聖教新聞社までわざわざ来てくださり、親しく語り合ったことが懐かしい。
ともあれ、結束である。団結こそ力である。
皆さんの信心の団結によって、すばらしいアメリカSGIをつくっていただきたい。
きょうから明日へ
人生は、総仕上げで決まる。
大聖人は、経文どおりの大難の連続の御一生であられたが、最晩年にいたるまで、悠然と万年の
広宣流布の道を開き残された。
戸田先生は「人。生は途中ではわからない。途中がいくら幸せでも、最後が不幸であれば敗北だ
。人生は、最後の数年間が幸福かどうかで決まる」と、よくおっしゃった。
そのためにも、皆、これからが大事である。
仏法は「現当二世」である。
きょうから明日へ――これが人生の一番正しい道である。
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ともに、良い人生を生きぬいていきましょう!
すばらしい人生の総仕上げをしていきましょう!
きょうは、本当にありがとう!
シー・ユー・アゲイン!
(東京牧口記念会館)
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040218top
全国最高協議会
強くあれ!勇敢なる人生は幸福!
迅速に!チャンスは今
仏法は、勝負である。日蓮大聖人の仏法を持った私たちは、信心においても、生活においても、
断じて勝たねばならない。強くなければならない。
強ければ磁石のように、多くの人をひきつけられる。大勢を、善の方向へ、幸福の方向へ、勝利
の方向へと、引っ張っていくことができる。
弱ければ、とたんに、皆が離れていく。むなしく滅んでいくだけである。
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ゆえに、いかに悪戦苦闘であろうとも、勝って勝って、勝ち抜いていくことだ。
それが人生の鉄則であり、その前進の根本の力が仏法なのである。
全国の最高協議会の開催、本当にご苦労さま!
この二月も、全同志の師子奮迅の大闘争によって、わが学会は、仏勅の広宣流布へ堂々たる大行
進を続けている。
さらに、日蓮大聖人の太陽の仏法は、今や、世界百八十七ヵ国・地域へと広がった。創価学会は
、民衆の一大勢力として、大きな期待を集めている。
御本仏の「広宣流布せさせ給うべきなり」(0268:15) とのお言葉を、事実のうえで、実現して
いるのは、わが創価学会しかない。
日蓮大聖人のご賞賛はいかばかりであろうか。また、牧口先生、戸田先生がどれほど喜んでくだ
さっていることか。
今こそ、チャンスである。強く、強く、どこまでも強く、正義を堂々と語りぬき、万年の広宣流
布の基盤を築いてまいりたい。
仏法の賞罰は厳然である。
仏意仏勅の学会を私利私欲のために利用したり、大恩ある学会を裏切ったりした者は、必ずや諸
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天から裁かれる。こう戸田先生は断言された。
反対に、広宣流布にわが身を捧げ、懸命に尽くしていく人は、自分自身はもちろん、先祖も、そ
して子孫末代までも、計り知れない福徳に包まれていく。それは、御聖訓に照らして、絶対に間違
いない。
指導者の使命
マハトマ・ガンジーは叫んだ。
「勇敢であることは、精神性の第一の条件である。臆病者は道徳的であり得ない」
古代ギリシャの『ブルターク英雄伝』の次の言葉が、私は、青春時代から好きであった。
「真の勇気にとってはなにごとも不可能ではなく、これに反して怯懦にとってはなにごとも可能
でない」
つまり、勇気である。勇気こそ一切の勝利の源泉であるということだ。
広宣流布という大正義の勝利のために、勇敢に、前進また前進の指揮をとっておられる。大切な
大指導者の皆さま方、遠いところ、多忙なところ、本当によく来てくださった。
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大変ではあるが、指導者は、戦い続けてこそ指導者である。広布に打ち込んだ分だけ、自分の歴
史ができる。すべてが福運となるのである。
御聖訓には「大将軍を魂とす大将軍をくしぬれば歩兵臆病なり」(1219:15)と仰せである。
指導者の一念いかんで、広布の勢いは決まる。
広布の前進いかんによって、その地域の福徳も、人材の成長も決まってしまう。指導者の責任と
使命は、限りなく大きい。
“私が恐れるのは、多数による沈黙”
今、SGIが中心となって、ニューヨークの国連本部で「世界の子どもたちのための平和の文化
の建設」展が開催されている。
連日、アメリカをはじめ各国の方々から大きな反響が寄せられてきた。
この展示に掲げられた、アメリカの人権の闘士キング博士の言葉には、こうあった。
「私が恐れるのは、少人数による暴力ではない。多数による沈黙である」と。
平和と人道を実現していくうえで、最も戒めるべき大敵は何か、それは、臆病な沈黙である。狡
猾な傍観であるというのだ。
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なかんずくリーダーは、本来、みずから犠牲となっても、敢然と勇気の声をあげ、邪悪と戦いき
っていくべき存在である。
そのリーダーが、ずる賢く、悪との戦闘を人に押しつけて、われ関せずという心に堕落したなら
ば、それは、もはや正義の命脈が途絶えてしまったのだ。恐るべきことだ、悲しむべきことだ。哀
れなことだ。
戸田先生は、峻厳に言われた。
「臆病な人生を生きねばならぬ人間は、畜生のようなものである。卑怯であり、不幸である。勇
敢なる人生を生ききる人は、最高の人生であり、幸福である」
新しい時代は、新しい人材が必要だ。新しい発想が大事だ。
リーダーみずから、先頭に立って動く、明るく、朗らかに、「いつもありがとうございます」「
いつもご苦労さまです」と声をかけ、頭を下げ、同志の労苦をねぎらっていく、そういうリーダー
を皆が待っている。
新しい時代は、女性が輝く時代である。
大聖人は「末法にして妙法蓮華経の五字を弘めん者は男女はきらふべからず」(1360:08) と仰
せである。
大聖人の御在世も、毀誉褒貶にとらわれることなく、まっすぐに師弟に生きぬいた崇高な女性門
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下がいた。信心強き女性たちがいたのである。
学会の勝利は、婦人部で決まる。なかんずく、婦人部の強き祈りで決まる。
私は、婦人部、女子部の皆さんの日々の健闘を最大にたたえたい。最大に感謝申し上げたい。
また、婦人部、女子部が活動しやすいように、周囲の幹部は最大に配慮していっていただきたい
。
周総理もナポレオンに共鳴!
わが創価学会は、仏法を基調として、「文化」「平和」「教育」を推進する団体である。
われらの世界広布、そして世界平和への大前進、それは、つねに未来へ、未来へ、新たな希望を
果てしなく広げゆく晴ればれとした価値創造の運動である。
きょうは、創価の大切な指導者であられる皆さまのために、来年に向けて、明るいロマンにあふ
れる展望を語っておきたい。
ご存じのように、東京富士美術館では、これまで二度にわたって、ナポレオンの展示会を盛大に
開催してきた。
おかげさまで、日本はもとより、世界からも注目を集める画期的な展覧会となり、大成功の歴史
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ができた。
その後、「三回目となる新たなナポレオン展を、ぜひ開いてほしい」という多くの期待が、幅広
く寄せられてきた。
とくに青年たちから、二十一世紀の新しい指標を示すような“大ナポレオン展”を願いしたいと
いう声が高まっている。
オーストリアの作家ツヴァイクは、ナポレオンを通して、こう論じた。
「いずれの領域においてであれ、最初の飛躍において、これまで達しえなかったものに達したた
だ一人の若い人間は、彼の成功という単なる事実だけで、彼のまわりの、そして彼の後に続く青年
全体を鼓舞するものである」
この言葉のとおり、ナポレオンの青春の軌跡は、青年を奮起させてやまぬ力に満ちている。
周恩来総理も、若き日、ナポレオンに触発を受けた一人であった。周総理は、ナポレオンを論じ
た十代の論文で、時を創り、次代を開いていく英雄の存在の重要性を訴えておられる。
現代は、青年に贈る良質な糧が、あまりにも貧弱となってしまった。
その意味からも、日本、そして世界の各界からの強い要請に応えて、明年、二十一世紀の“大ナ
ポレオン展”を、全国各地で晴れやかに開催したい。
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人類の平和のため、文化の興隆のために、新たな世紀を開く人間を触発しゆく、意義ある展覧会
としてまいりたい。そのための準備が、すでに着々と始まっていることを、本日、ご報告させてい
ただきたい。
文化の英雄
いうまでもなく、ナポレオンは、国により、人によって、さまざまに評価が分かれる。
肯定もできれば、否定もできる。また、その両面のいずれからも、多くの教訓を得ることができ
る。
今回は、これまでの二度の展覧会の成果をふまえながら、とくに「文化の英雄」としてのナポレ
オンに光をあてていきたい。
ナポレオンは、あまたの王が幾世紀を費やして達成したよりも、はるかに壮大な偉業を短期間で
成し遂げたと謳われている。
彼は、何事も「迅速」を重んじた。
善をなすことを遅らせるのは悪である――これが、彼の信条であった。
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とりわけ、文化面での彼の業績は、じつに多彩である。
また、彼自身、文化人としての誇りをいだいていた。
有名なエジプトの遠征のさい、「最高司令官」という肩書の前に「フランス学士院会員」と名乗
ったほどだ。エジプト遠征には、多くの学者、芸術家を同行させ、歴史と文明の研究の道を大きく
開いたことも有名である。
今回の展示では、エジプト遠征の大きな成果となった、古代エジプト研究の基礎をつくったとさ
れる考古学資料――すなわち、遺跡などの調査記録も出品する計画がある。
凱旋門を平和の使者が行進
さらに、ナポレオンは、花の都パリを見事に整備し、凱旋門をはじめ、荘厳な建造物を研究して
いった。
パリといえば、この一月、わがフランス鼓笛隊の乙女たちが、凱旋門からシャンゼリゼ大通りを
さっそうと行進した。
フランスと中国の「国交樹立四十周年」を祝賀する記念パレードに友情出演したのである。
もう三十年以上も前になるが、私はけなげな鼓笛隊の友を励まして、語ったことがある。
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「将来は、パリの凱旋門を行進しよう!パリは平和の象徴、鼓笛隊は平和の使者だから!」
その一つの夢が、今、フランスの妙音の若き天使たちによって実現し、本当にうれしかった。
ナポレオンは、教育にも力をいれた。
「公共教育法」が制定され、六千人の奨学生を援助する制度が設けられている。
そして彼の指示のもと、わずか三年間で、四千五百の小学校、七百五十の中学校、四十五の高等
中学校がつくられていった。
「教育は、将来のための保証である」「私は、まだまだ教育にたずさわる。それは私の平和のた
めの第一の責任である」とは、ナポレオンの誇り高い発言である。
彼にとって、「ナポレオン法典」の制定は、不朽の金字塔となった。
彼自身、「私の真の栄光は四〇の戦闘に勝利したことではない」「何ものも消すことのできない
もの、永遠に生き続けるもの、それは私の民法典である」と回想していたとおりである。
法律は、社会の基盤である。
喜ばしいことに、わが創価大学の法科大学院にも、すばらしい英才が志願してくれ、堂々たる第
一期生の陣列が整った。
人間性豊かにして、国際性に富んだ、力ある正義の人材は、法曹界に陸続と巣立っていくことを
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、私は確信している。
民衆に勲章を!
ナポレオンは、「病院の編成や整理」「国民の祭典の制定」などとともに、民衆に平等に開かれ
た「レジオン・ドヌール勲章」を創設した。
これは軍人や政治家だけでなく、全国民を対象として平等に顕彰することをめざした、画期的な
ものであった。
文豪スタンダールは、語っている。
「ナポレオンはフランス民衆の道徳を再興しました。これこそナポレオンの真の栄光です。
ナポレオンの方法は、一家の父の財産を子供たちに公平に分配すること、およびレジオン・ドヌ
ールです。工場でごく平凡な労働者の服にこの勲章を見かけることがよくあります」
勲章制度それ自体の是非はともかくとして、一握りの特権的な存在だけでなく、広く民衆を顕彰
する流れをつくった意義は大きい。
なお、ナポレオンが、隣国の文化の巨人ゲーテに、このレジオン・ドヌール勲章を贈ったことも
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、歴史の香しき劇であった。
明年の“大ナポレオン展”はヨーロッパやアメリカなどの各国の関係機関との深い友情と信頼に
よって、貴重な第一級の美術品や資料が多く出品され、大規模な展覧会となる。
たとえば、二百年前の一八〇四年に行われたナポレオンの戴冠式の全記録を収めた豪華本が展示
される予定である。これには、式典の列席者、式次第、服装、戴冠の模様などが、銅版画で詳細に
記録されている。当時、側近だった人物に特別に贈られた、まことに珍しい、貴重な品である。
さらに、ナポレオンの生誕から死去にいたるまで、各時代の主な事跡を記録に残した金・銀・銅
などのメタルも出品されることになっている。
前回は、私どものユゴー文学記念館が所蔵するフランスの国宝、ナポレオンの携帯用椅子が出展
された。セント・ヘレナ等で、死の間際まで使っていた「最後の玉座」である。
今度は、イギリスからセント・ヘレナ島に特別に運び込まれた椅子が展示される予定となってい
る。現在は、アメリカで保管されている至宝である。
リーダーは油断と惰性を排せ!
また今回は、ナポレオン軍の遠征などで実際に使われた価値ある地図も披露されることになった
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。当時のヨーロッパ各国の克明な地図である。
これらは、皇帝ナポレオンの側近ネイ元帥の遺品として伝えられている。全部で約百枚もの地図
が二十二の箱に大切に収められているものだ。ナポレオンが、どれほど地図を重んじ、情報を大切
にしていたか――その一端がうかがえると思う。
「ナポレオンによって地図の進歩がもたらされた」という指摘もある。彼は、つねに地図を手元
に置いていた。移動する馬車の中にも地図を張っていた。最新の情報を手にいれると、すぐさま地
図に反映させていった。
戦いの情報は刻一刻、めまぐるしく変化する。リーダーは瞬時も油断してはならない。惰性に流
されてはならない。それが命取りとなる。
連戦連勝を重ねたナポレオン。彼は、戦いのさなかでも、敵の位置、戦力、動きなどの情報を、
しっかりおさえていた。そのうえで冷静沈着に的確な判断を下していった。先入観や感情や憶測な
どで動くことは決してなかった。
「勝てる」という確信がもてないうちは、安易に大きな戦いは起こさなかった。指導者が、あい
まいな、いい加減な判断をすれば、全体の動きを大きく狂わせてしまう。リーダーは、その責任を
深く心に刻まなければならない。
ナポレオンの命令の多くは、夜遅くか、あるいは夜明けに下されたという。一日の最新の情報を
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結集し、その国の住民や兵士らの証言などにも目を通し、すべてを統合したうえで、現状を明確に
把握し、次の打つべき手をしめしていった。
もちろん、兵士たちが疲れていないか。食事はきちんととれているかなども、くわしく、つかん
でいた。
ナポレオンは語っている。
彼が巨大で強力な組織を保っているのは「あらゆる些細なことに最大の注意を払うからこそであ
る」と。
ここに、常勝の組織を創りゆく一つのリーダー像があるといってよいだろう。
正確な情報でただちにウソに反撃
以前、SGI公認通訳の代表の方々が、ナポレオンの貴重な書簡を届けてくださった。アウステ
ルリップの戦いの勝利の直前、義理の息子ウシェーヌ・ドゥ・ボーアルネに送ったものである。
そこには、こう記されていた。
「正しい報告によって敵が広めようとする、あらゆる悪い情報を打ち消すことができる」
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「最新の情報によって味方は安心し、偽りの情報を見抜き、反論できるようになるのである」
正確な最新の情報を、時を逃さず発信し続けること――これが、いかなる戦いにおいても生命線
となる。
日蓮大聖人は「師曠が耳・離婁が眼のやうに聞見させ給へ」(1448:02)と仰せである。
中国古代の「耳の達人」師曠のように、「眼の達人」離婁のように、真実を聞き分ける確かな耳
、真実を見極める確かな眼を持て――そう教えられているのである。
そして、正確な情報が、味方のすみずみまですばやく行きわたるには、打てば響くような報告と
連絡の流れが欠かせない。だからこそ、同志間の対話、呼吸の一致が大切になるのである。
前進!広宣流布のアルプスを越えよ
ナポレオンは「母」を尊敬した。
彼の折々の言葉は不滅の輝きを放っている。
「偉人を作るもの、それは母である」
「私はためらわずに、子どもの未来は、完全に母によるということができる」
また晩年、こうも述べている。
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「私は、女性と十分に対話できなかったことを後悔している。女性からは、男たちがあえて私に
語ろうとしない多くのことを、学ぶことができる。女性には、まったく特別な独立性があるのだ」
新たな大ナポレオン展では、「文化」とともに「女性」がテーマの一つとなる。
ナポレオンに多大な影響を与えた母レティツィアや皇后ジョゼフィーヌなどの遺品や絵画、彫刻
作品を通して、ナポレオン時代の女性像を立体的に浮かびあがらせていく趣向である。
またジョゼフィーヌがマルメゾン宮殿で愛用していたライティング・デスクも新たな発見資料と
して公開され、当時のナポレオン様式の気品に富んだ家具デザインを実物でみることができる。
「余が剣によって成しとげることに失敗したところを、後世道理によって完成するものあらん」
とナポレオンは語った。その大いなる担い手こそ女性である。
これまで私は、ナポレオン妃、ロー・ダルモン侯爵夫人というナポレオン家の女性たちと、ナポ
レオンの理想について語り合ってきた。またベアトリス・ドゥ・ブルボン・シシル妃を「特別ナポ
レオン展」の開会式に迎えた。
ロー・ダルモン侯爵夫人は、関西創価学園にも訪問してくださっている。
その折、わが学園生との出会いを心から喜ばれ、こう呼びかけておられた。
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「ナポレオンから学べることは幾つもあります。得に大事なことは『目標を持つ』ことです。そ
して、目標を決めたら『まっしぐらに進む』ことです。絶対に立ち止まらないでください。いろん
な苦しいことがあります。難しい問題も出てくるでしょう。でも、どんな障害に直面しようと、歩
みを止めてはなりません。断じて前進、前進を続けてください。あきらめないでください」
戦いは執念である。「最後まで、あきらめない人」が勝つ。
道を開け開け!壁を破れ!
現在、私は、アメリカ・ルネサンスの旗手、ソローやエマーソンをめぐる「てい談」を、現代を
代表する研究者である、ソロー協会のボスコ会長とマイアソン事務総長とともに重ねている。
エマーソンは、ナポレオンの生涯が放つ魂のメッセージを、こう語っている。
「われわれは、いつも危険ななかにあり、いつも苦境のなかにいて、まさに破滅の淵にのぞんで
いるが、それを救ってくれるものは、ただ創意と勇気だけなのである」
「彼の考えによれば、もっともすぐれた防衛術は、つねに攻撃する側に立っていることであった
」
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まさしく「攻撃こそ最大の防御」である。
「開目抄」には「慈無くして詐り親しむは是れ彼が怨なり能く糾治せんは是れ護法の声聞真の我
が弟子なり」(0236:13)とある。
創価学会は、釈尊、そして大聖人の仰せどおり、「破折の精神」「折伏の精神」で、極悪を責め
ぬいてきた。この魔性との闘争が、広宣流布を切り開いてきたのである。
また、エマーソンは、ナポレオンがつねに人々の「世界はもう種ぎれだという気持」を打ち破り
、それまでの壁を乗り越えて、新しい勝利の道を開いてきたことに注目していた。
ナポレオンの勝利の要諦については、こう洞察した。
「なすべきことを、ひとたび決意してしまうと、彼は、それを全力を傾けて実行した。彼はあり
ったけの力をだしきった」
いわんや、私たちは、最高の「勝利の秘術」である妙法を持っている。
大聖人は「信心のこころ全ければ平等大慧の智水乾く事なし」(1072:04) と仰せである。妙法
への信心は“無限の智慧の源泉”なのである。
また、法華経には「獅子奮迅之力」と説かれる。勇気ある信心を奮い起こし、「獅子奮迅の力」
をわきいだしてたたかうところ、開けない道など絶対にない。信心強き人に行き詰まりなど断じて
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ない。師子の勇気で、勝利の名指揮をおねがいしたい。
ためらうな!躊躇するな!
ナポレオンは訴えた。
「力強さと決意の絶えざる意志をもってしか、戦うことはできない。戦いにあっては、ためらっ
たり、躊躇してはならない」
まことに、戦いは、第一に勇気、第二に勇気である。勇気こそ「人間の強さ」の原動力である。
反対に「人間の弱さ」はどこに由来するのか。ナポレオンは「人の怠惰と自身のなさから弱い」
と述べている。
こうした「人間の弱さ」に負け、卑しい保身に走り、裏切っていった司令官や側近たちもいた。
ナポレオンは案じていた。
「民衆にはエネルギーと誇りがある。にもかかわらず、私が危惧するのは、幾人かの司令官が戦
いたくないと思っていることである。
「私は士官たちを豊かにしてあげた。人は金を持つと、命をかけて戦う心がなくなってしまうこ
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とを、私は早くしるべきであった」、
リーダーが「戦う魂」をなくしてしまえば、敗北である。使命と責任を忘れ、報恩と感謝の心を
失い、皆を利用して、要領よく立ち回るようになれば、そこから組織が崩れていく、これが、歴史
が教える大組織の内部崩壊の構図である。
迫害に「これほどの喜びを笑え」と
大聖人は仰せである。
「日蓮を信ずるようであった者どもが、日蓮がこのような大難にあうと、疑いを起こして法華経
を捨てるだけでなく、かえって日蓮を教訓して、自分のほうが賢いと思っている。このようなよこ
しまな者どもが、念仏者よりも長く阿鼻地獄に堕ちたままになることは、不憫としかいいようがな
い」(御書 0960p 通解)
「このようなよこしまな者どもが『日蓮さんは私たちの師匠ではあられるが、あまりにも強引だ
。私たちは師匠と違って、柔らかに法華経を弘めましょう』と言うのは、ホタルの光が太陽と月を
笑い、アリ塚が崋山を見くだし、井戸や小川が大河や大海を軽蔑し、小鳥のカササギが偉大な鸞鳥
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と鳳凰を笑うようなものである。笑うようなものである」(御書 0961p 通解)
牧口先生が生涯、大切に拝された御金言である。
「難こそ誉れ」――これが仏法者の魂である。
全人類に幸福の大法を贈らんがために、大聖人は、権力による迫害を受けられた。
死罪に直面した真っただ中で、門下に「これほどの喜びを笑っていきなさい」と悠然と叫ばれた
。この崇高な仏法の師弟の世界を離れて、いくら名聞名利を追い求めても、結局は、哀れな無残な
人生である。
戸田先生は厳然と宣言した。
「『嘘つき』と『増上慢』を、真の和合僧からたたき出していくことが、より広宣流布を早め、
より真実のスクラムと団結を勝ち取ることになる。これこそが、皆が納得と満足をして、前進する
ことができる世界なのだ。
フランスの文豪ロマン・ロラン。その戯曲の主人公は、勇壮に言い放った。
「裏切りとは決して休戦しないんだ」
正義の戦は、」徹して、粘り強く戦いぬかればならない。
広宣流布は、仏と魔との闘争である。敵も必死である「魔の力」で「魔の国土」をひろげようと
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している。われら仏の軍勢は「仏の国土」を築こうと戦っている。これが「立正安国」の闘争であ
る。
大聖人は生涯、「日蓮一度もしりぞく心なし」(1224:09) と戦われた。断じて退いてはならな
い。臆病にあってはならない。ここに勝利の方程式がある。
自分自身の勝利の金字塔を!
私が青春時代に愛読した一書に、ベルギーの科学史家サートンの『科学史と新ヒューマニズム』
がある。そこには、こうつづられていた。
「ナポレオンは言った『なんらの悔を残すことのない唯一の征服は、無智に対する征服である』
と。吾々はこれにこうつけ加えてもよいであろう、『また不正と醜悪に対する征服である』と」
広宣流布の闘争も、無智と不正と極悪に打ち勝つ大闘争である。
戸田先生は、おごそかに断言された。
「折伏は慈悲の行為であり、法施なのである。その人を尋ぬれば仏の使いであり、仏よりつかわ
されたる人であり、仏の事を行う者である。その地置を考うれば、秀吉、ナポレオン、アレキサン
070
ダー等より幾十億倍すぐれる。普賢、文殊、弥勒等は遠くよりこれを拝し、梵天帝釈等も、来り仕
うるのである」
この大確信で、われらは広宣流布のアルプス越えに雄々しく挑んでまいりたい。断固として成し
遂げて、新しい歴史を創るのだ。
とくに青年は、見栄や気取を捨てることだ。私は青年時代、戸田先生のもとで、弘教に、仕事に
一心不乱に戦った。
苦境におちいったとき、手のひらを返したように恩師を罵倒し、去る人間もいた。しかし私は恩
師を信じた。恩師を守った。「師弟不二の心」で、すべてに勝ったのである。
どうか、二十一世紀を担う若き諸君は、青年らしく戦って戦いぬいて、自分自身の勝利の金字塔
を、堂々と打ち立てていただきたい。
「歓喜のなかの大歓喜」の」人生の劇を
終わりに、御聖訓を拝したい。
「いよいよ妙法に対する強盛なる大信力を出していきなさい。自分の福運が尽きてしまったのに
、諸天善神が守護しないといってうらむようなことがあってはいけない」(御書 1192p 通解)
071
「何の兵法よりも、法華経の兵法を用いていきなさい。法華経薬王品の『諸余の怨敵は、皆悉な
摧滅せり』との金言は決して空しいはずがない。兵法や剣術の真髄も、この妙法から出たものであ
る。深く信心を起こしなさい。決して臆病であってはなりません」(御書 1192p 通解)
勝つことが広宣流布である。「法華経に勝る兵法なし」――法華経とは最高の将軍学なのである
。
どうせ戦うならば、勝つことだ。勝てば痛快である。幸福である。祈って祈って祈りぬき、最高
の智慧を出すことだ。あらゆる強敵を打ち破り、「歓喜の中の大歓喜」のわが人生の劇をつづって
いただきたい。
婦人部、女子部の皆さまに、「一生涯、希望の前進!一生涯、勝利の舞!」と贈りたい。
そしてまた、壮年部、男子部の皆さまに「正義の勝利者たれ!完勝の勝利者たれ!」と贈り、私
の記念のスピーチとさせていただく。
どうか、風邪をひかれませんように。きょうはありがとう!
(東京・信濃文化センター)
072
040227top
創価女性協議会
勇気の一歩を!歩き続けた人が勝つ
「創価の母」は広宣流布の太陽!
きょうは、世界一の平和と幸福の大連帯を広げゆく、婦人部の代表が集ってくださった。
創価女性協議会の開催、本当におめでとう!
ただただ妙法のため、同志のため、創価の勝利のために、婦人部の皆さん方が、どれほど陰で苦
労し、尽くしておられるか、皆さん方の広宣流布の労苦に、私は、最敬礼して感謝申し上げたい。
女性の輝く時代である。
073
皆さんの使命の舞台は限りなく大きい。
どうか、それぞれの地域で、思うぞんぶん、知恵と勇気と勝利の名指揮をとっていただきたい。
いうまでもなく、学会の役職は責任職である。会員を守り、学会を守り、広布を守る責任である
。
責任が大きければ、大変ではあるが、その分、喜びも成長も大きい。
ともに戦った多くの同志と、忘れ得ぬ広布の思い出をつづり、のこすことができる。
戸田先生は、「戸田の命よりも大切な学会の組織」と言われた。それを断じて忘れてはならない
。
いかなる役職であろうとも、今おかれた立場で、広宣流布のため、同志の幸福のため、祈って祈
って祈りぬいていく。あらゆる点に心を配り、組織のなかの同志を励ましていく。
その地道な活動の積み重ねが、わが身を金剛不壊の仏の生命へと磨き上げていくのである。
微笑みに感謝!
母の微笑みは、人間の宝である。
あのロシアの大文豪トルストイも、母の微笑みには、周囲を明るく照らし、悲しみさえも忘れさ
せてしまう妙な力があると論じていた。
074
「人の顔の美と呼ばれるものはすべて、微笑のうちにある。
「母親のこころは――それは地上における神性の驚くべき至高の現われです」
これが、トルストイの洞察であった。
わが「創価の母」の皆さま方は、いかなる激しい広宣流布の戦いの連続にあっても、美しい微笑
みを絶やさず、同志を励まし、青年を育んでくださっている。
太陽の婦人部の皆さまに心からの感謝をこめて、記念のスピーチを残したい。
きょう二月の二十七日は、「アメリカ婦人部の日」であり、「ブラジル婦人部の日」である。
ブラジルの女性詩人コラ・コラリーは謳った。
「人生の価値は、出発点にあるのではない。歩み続けるなかにある。
歩みながら種をまいていくならば、最後には、必ず収穫を得るものがあるだろう」
人生は、歩み続けた人が勝つ。
種を蒔き続けた人が勝つ。
婦人部の皆さま方は、来る日も来る日も、法のため、人のために、尊き使命の歩みを、一歩また
一歩、辛抱強く貫いておられる。
075
そして、社会のため、未来のために、幸福者を増やそう、地涌の菩薩を増やそう、希望の種を一
つまた一つ、苦労を惜しまず植えておられる。
御書には、「物たねと申すもの一なれども植えぬれば多くとなり」(0973:03)と 説かれてい
る。
年々歳々、功徳の花を咲かせ、福運の実りを豊かに広げゆかれるのが、皆さま方の栄光の人生で
ある。皆さま方の「大誠実」に勝る力はない。
「誠実はわたしには貴重な宝であり、どうしてもそれだけは失うわけにはまいりません」とは、
マハトマ・ガンジーの言葉であった。
広布の功徳は子孫末代まで
広宣流布に生きる人生ほど、偉大なものはない。
その功徳は、自分自身はもちろん、子や孫、子孫末代までも包んでいく。
日蓮大聖人が「目連尊者が法華経を信じまいらせし大善は我が身仏になるのみならず父母仏にな
り給う、上七代・下七代・上無量生下無量生の父母等存外に仏となり給う、乃至子息・夫妻・所従
・檀那・無量の衆生.三悪道をはなるるのみならず皆初住・妙覚の仏となりぬ」(1430:03)と説い
ておられるとおりである。
076
戸田先生は、よくおっしゃった。
「自分一人が幸福になるくらい簡単なことだ。子孫末代まで、幸福になっていくのが大聖人の仏
法なのである」と。
われら妙法の同志は、生々世々、自分自身が仏の福徳に輝いていくだけでなく、子どもたちや孫
たちも、永遠に、幸福の軌道を進んでいくことができるのである。
そのためにも大事なのは、総仕上げである。
建物だって、いくら土台が立派でも、途中で工事をやめてしまえば、それまでの努力はむだにな
ってしまう。中途半端では何事も成し得ない。
信心も同じだ。
「これだけやったから、あとは休みなさい」というのは、大聖人の御書にはない。
大聖人は、折あるごとに、「歩みをとめてはいけません」「水の流れるように信心をしていきな
さい」「法華経の信心を貫いていきなさい」と仰せになっているのである。
ぼんやりしていれば、人生は、あっという間に過ぎ去ってしまう。
進まざるは退転である。広宣流布のスピードに取り残されてはならない。
そして、あらゆる困難を乗り越え、最後まで完璧に仕上げていけば、三世永遠に、くめども尽き
ない偉大な生命力を得ることができるのである。
077
不老不死の妙法とともに、「年は・わかうなり福はかさなり候べし」(1153:14)との御聖訓ど
おりの実証を示される世界の婦人部を、私は心からたたえたい。
「悪知識を捨て、善友に近づけ」
大聖人は、日女御前に「謗法の者を防ぎ、寄せ付けないようにしなさい。法華経の『悪知識を捨
てて善友に親近せよ』とはこのことである」と仰せである。
この御金言のままに、ブラジル婦人部は一丸となって、祈りに祈り、一凶を禁じて、極悪を敢然
とはね返してきた。
さらに、御聖訓には「悪を滅するを功と云い善を生ずるを徳と云うなり、(0762:12第一法師功
徳の事-03)とある。
悪と徹して戦い、功徳の大道を開いてきた模範が、ブラジル婦人部である。
この六月には、ブラジル全土で婦人部の結成記念の集いを行う。
友人とともに七万人が楽しく集うことをめざして、対話の波を朗らかに広げている。
ブラジルSGIに対して、社会から寄せられる共感と信頼は、あまりにも大きい。
なお、二月二十七日を記念して、私の妻に、ブラジル五十万都市ロンドリーナ市から、名誉市民
の称号が贈られることが決定した。
078
日本の皆さま方をはじめ、全世界の婦人部の方々を代表しての受賞であり、ひとこと、報告させ
ていただきたい。
ロンドリーナ市は、四十もの民族が共生する天地であり、国際交流都市として発展を続けている
。
市の未来構想プロジェクトの一環として、三十七万坪に及ぶ広大な「池田大作博士環境公園」が
建設されたのも、ロンドリーナである。
今回の授与は、市議会議員全員の発議による決定である。まさしく、世界の婦人部への大いなる
賞讃と期待の証なのである。
「人々はもっと知り合える!」
現在、私が対談を進めている「平和研究の母」エリーヌ・ボールディング博士は、八十三歳の今
も若々しく、みずみずしく、平和の思索と行動を続けておられる。
博士は、その信念をこう語っておられた。
「私たちは全員、人生の探究者でなければならない、と思うのです。
079
ひとがもし探究心を持つならば、その人はすでに学びの心を開いているのです。それは、人生へ
のあらゆる豊かな理解を広げます」
全員が人生の探究者であれ――すばらしい言葉である。
さらに、ボールディング博士は言う。
「一方、そのような寛大な心を持たない共同体は、精神的に貧しくなってしまいます。
事実、私たちは都市化によって、あまりにも共同体としての相互のふれあいを失ってしまいまし
た。
、 地域の隣人の数がしだいに減っていくのは、じつに深刻な事態です。
現在、多くの人たちが、地域共同体の再興を叫んでいます。それは、人々は本来、もっとお互い
を知り、心を配りあい、たすけあうことができるからです。
そうした観点から見ても、SGIの皆さまの活動は、一人一人が社会に重要な貢献をされていま
す。すばらしいことです」
地域に根ざした婦人部の皆さま方の対話の積み重ねこそ、世界の知性が希求する「最高にして最
先端の価値ある貢献」なのである。
まさに創価の女性の連帯こそ、「平和の文化」の光で、社会を照らしゆく太陽である。
現在、アメリカの各地でも、「平和のために 希望を拡大!」をテーマに、婦人部総会が開催さ
080
れ、六万人の友が楽しく有意義な語らいの輪を広げている。
さらにアメリカ婦人部は、女子部の友とうるわしい「婦女一体」の活動も進めておられる。
団結は、計算できない結果をもたらす。
インドの大詩人タゴールは言った。
「多くの人の仕事の団結が、いままで考えられなかった大きな成果を産み出した」
結合は力である。
タゴールは、こうも語った。
「力がないところには繁栄がなく、力の結合以外によっては得らえない」
私たちは、異体同心の団結の力で、暴力と憎悪の流れを、断固として押し返しゆく、正義と平和
の潮流を巻き起こしてまいりたい。
励ましで友を照らせ
学会の婦人リーダーは、「あの人の励ましがあったから、今の私がある」「あのひとことの激励
が忘れられない」と、同志から慕われる人であっていただきたい。
081
私も、前にエッセーなどで書いたことがあるが、戦争中にお世話になった年配の看護士さんのこ
とが忘れられない。
十四歳のころから、私は、東京の蒲田駅近くにあった新潟鉄工所で働き始めた。すでに太平洋戦
争も始まっていた。
鉄工所は、まもなく軍需工場となった。鉄の削り屑が飛び散る工場は、結核の私にとって、最悪
の環境であった。
軍事教練も厳しく、病状は悪化するばかりだった。
あまりにひどくて、人力車に乗せられて帰宅したこともあった。
ある時、やむをえず、工場の医務室でお世話になったのが、その看護師さんである。
彼女は、「ちゃんとした病院で診てもらいましょう」と、すぐに工場を早退する手続きをとって
くれ、一緒に病院にまで付き添ってくれた。
そして、「絶対に生きぬいていくのですよ」と元気づけてくれたのである。
私はうれしかった。
さらに、仕事などできる体ではないと、転地療養を進めてくださり、医師からは鹿島の療養所に
入るよう命じられたが、ベッド空くのをまっているうちに終戦を迎えたわけである。
暖かな励ましが大事である。とくに病気の人、逆境と闘っている人を、粘り強く、励ましていっ
082
ていただきたい。相手の苦しみに同苦する心こそ、仏法の真髄だからである。
勝利の要諦は祈りと団結
有名な「日女御前御返事」の一節を、あらためて拝したい。
「この御本尊を、決して、よそに求めてはならない。ただ、われら衆生が法華経を持って、南無
妙法蓮華経と唱える胸中の肉団にいらっしゃるのである。これを『九識心王真如の都』とはいうの
である」(御書 1244p 通解)
「この御本尊も、ただ信心の二字に納まっている。法華経に『信を以て入ることを得たり』とあ
るのは、このことである」(御書 1244p 通解)
「南無妙法蓮華経とばかり唱えて、仏になることが最も大切である。ひとえに、信心の厚薄によ
るのである」(御書 1244p 通解)
一切は、「信心」で決まる。
「信心」が強いか弱いか。その一点が御本尊の功力を決する。
正義の信心の人、広宣流布に戦う強盛なる信心の人を、御本尊は守ってくださる。大聖人が必ず
お守りくださるのだ。
083
信心が狂って、地涌の菩薩を妬み、異体同心の和合を破壊し、広宣流布に敵対する者は、いかに
御本尊を持っていようとも、断じて守られない。否、反対に、厳しい仏罰を受ける。
このとおりの今の邪宗門の姿は、皆さまがよくご存じのとおりだ。
戸田先生は、厳然と言われた。
「仏意仏勅の学会への反逆は、大聖人の師敵対だ。その仏罰の最後の姿を見れば、わかる」
御聖訓には、「既に之を謗る者に大罰有り之を信ずる者何ぞ大福無からん」(1039:14)と仰せ
である。
この濁悪の乱世にあって、勇敢に広宣流布に生きぬかれる皆さま方を、三世永遠に、御本尊が左
右前後に立ち添って、守ってくださることは、御本仏の絶待のお約束である。
この「日女御前御返事」では、仏法の根本は「信」であることを示されながら、中国の妙楽大師
の釈の一節が引かれている。
「摩訶止観に『仏法は海の如し唯信のみ能く入る』とあるが、孔子の教えも、信ずることを第一
にしている。まして、仏法の深い心理に、真なくして、どうして入ることができようか」(御書
1244p 通解)
一切の戦いは、「信心」から始まる。まず、祈ることである。祈りきることである。祈りぬくこ
とである。学会は、婦人部の力で、すべてを推しきり、勝ち越えてきた。
084
これが、永遠の勝利の法則である。
強き人生を!幸福の人生を!
わが同志は、全国各地で生き生きと動き、はつらつと広宣流布の波また波を起こしておられる。
なかでも、岐阜の同志の拡大と前進は、まことに目覚ましい。
「岐阜」の地名は、一説では中国に由来するとされる。その縁は、多くの中国の方々も注目して
いるところである。
すなわち、「岐阜」の「岐」は、古代中国の名君・周の文王が決起した「岐山」にちなみ、「阜
」は中国の大賢者・孔子が生まれた「曲阜」にゆらいする。
戦国の英雄・織田信長が、天下の太平と学問の興隆を願って、この要衝の地を「岐阜」と命名し
たという。
ご存じのとおり、周の文王は、御書でも、年配者を大事にして八百年の繁栄の土台を築いた指導
者として賞讃されている。
「日女殿御返事」に「周の文王は、老いた者を大切に養って戦いに勝ち、その子孫は三十七代・
八百年の間、末裔には心得違いの悪政の時代もあったが、根本である文王の功によって、長く栄え
085
ることができたのである」(御書 1250p 通解)と述べられている。
また、文王の子の武王が、異体同心の団結で、横暴な殷の紂王を打ち破り、父の仇を討った歴史
についても、大聖人は書きとどめておられる。
「異体同心事」に「 殷の紂王は七十万騎の軍勢であったが、同体異心であったので、戦に負け
てしまった。周の武王は八百人、異体同心であったので勝った」(御書 1463p 通解)
さらに孔子に関して、大聖人はいくたびとなく論及されていた。たとえば、讒言にたぶらかされ
て正法正義を迫害する権力者を、痛烈に叱咤されてこう仰せである。
「孔子が言うには『わが身を忘れる者がいる。すなわち、国主となって、政道を曲げている者が
それである』と」(御書 0357p 通解)
為政者としての責任を忘れて、政道を曲げ、民を苦しめる――こうした“権力の魔性”を厳しく
監視しなければならない。断じて戦い、民衆が、正しい方向にリードしていかねばならない。
孔子“弟子のお陰で悪口が消えた”
日蓮大聖人の御生涯は、権力による迫害の連続であられた。大聖人は、広宣流布のため、全民衆
086
の幸福のために、身命を賭して戦いぬかれた。
振り返れば、孔子も、故郷である魯の国の安定と繁栄を願って献身したにもかかわらず、その魯
の国の人々から軽んじられていた。
大聖人は、こう喝破されている。
「わが国の人々が、日蓮より優れていると慢心をいだき、日蓮を誹謗するのは、祖国の魯の人々
が孔子を侮り、善星比丘が釈尊をおどしたのと異ならぬ愚かなことである」「じつにはかないこと
である」(御書 0362p 通解)
私は、青春時代、この御文を拝しながら、こうしにまつわる歴史のドラマを胸に深く刻んだ。
それは、いかなる苦難にあっても孔子とともに生きぬき、仕えた弟子の姿である。また、命に及
ぶ危難に直面した孔子を、命がけで守った弟子の姿である。
孔子は紀元前の人物である。その生涯と人物像は、多くの伝記で、さまざまに描かれている。
司馬遷の『史記』によれば、弟子の一人である子路は、信義のためにはわが身をかえりみない勇
敢な人物であった。強靭な政治家に対しても、恐れなく立ち向かっていった。
孔子は語った。
“子路を弟子に得てから、「私は自分の悪口を耳にしないようになったものだ」”
087
師は、その弟子の勇気と果断な行動力を深く信頼していた。
“太陽や月を謗る身のほど知らずよ”
また、孔子よりも三十歳ほど若く、弟子の筆頭格になっていた子貢の活躍も、よく知られている
。
『史記』にも、諸国を相手に、堂々たる外交を展開する、子貢の見事な雄弁が描かれている。
財政的な才能に優れた子貢は、孔子の学派を財政面から支えたとされる。
魯の国の有力政治家が、師匠の孔子のことを謗り、悪口を言ったときのことである。
弟子の子貢は、決然と反撃した。
“やめなさい!先生のことを謗ることなどできない。
他の賢者は、丘のようなもので、まだ越えることができる。しかし先生は、太陽や月のようなも
のであり、越えることなど絶待にできない。
たとえ、誰かが悪口を言って、自分から交わりを絶とうとしても、いったい、太陽やつきにとっ
ては何の障りになるだろうか。「身のほど知らず」をさらすだけのことだ”
偉大な正義のわが師を冒?する者よ!恥を知れ!との師子吼である。
088
フランスの思想家ヴォルテールは叫んだ。
「誤謬に対しては、まじめに反論、馬鹿げたことは、笑いとばし、偽りは、断乎排撃すべきだ」
仏法は勝負だ。広宣流布は、永遠に三類の強敵との戦いである。
「強い敵を倒して、はじめて、その人が力のある士であると知ることができる」(御書 0957
p 通解)と、大聖人は教えられた。
いかなる強敵も打ち破って広宣流布を成し遂げゆくことが、不滅の学会精神である。その人こそ
真の勇者なのである。
ともあれ、勇気ある弟子の戦いがあればこそ、賢人・孔子の名は不朽の輝きを放っている。
私も、戸田先生をお守りするために命を尽くして戦いぬいた。
戦後しばらくして、先生の事業は挫折し、多額の借金をかかえた。多くの人が戸田先生のもとを
去っていった。給料も出ない。冬なのに、コートもない。
会社の建物は本当に粗末だった。そのなかで、私は一人、戸田先生を守り、支えた。働いて働い
089
て、働きぬいた。
ある春の日、戸田先生と二人で、都心のお堀端を歩いた。GHQ本部のある立派なビルが見えた
。
雨が降ってきた。しかし車はない。傘もない。タクシーも、なかなか、つかまらなかった。
「大作、寒いな」とおっしゃる先生。
私は申し上げた。」
「先生、将来、必ず、先生の乗用車を買って、乗っていただきます。立派な広宣流布の宝城も、
必ずつくってみせます。どうか、ご安心ください」
先生は、にっこりと笑って、本当にうれしそうだった。
今でも忘れることのできない、師弟のドラマの一コマである。
大聖人は「よき弟子をもつときんば師弟・仏果にいたり」(0900:12)と仰せである。
私は、この御金言を色読していったことを、永遠の誉れの歴史と思っている。妻が、その証言者
である。
今日の創価学会の世界的発展は、三代の会長が師弟の道に徹し、あらゆる迫害を乗り越えて生き
ぬいてきたからである。
学会は世界の一大民衆勢力となった。いわば、大空をものすごいスピードで飛ぶ飛行機のような
090
ものである。
猛スピードで飛んでいる間は、安定している。しかし、ぼんやりして、油断すれば、たちまち墜
落してしまう。リーダーの責務は重大である。
師弟を忘れて正しい仏法の実践はない。学会の発展もない。
この一点を、深く胸に刻んでいただきたい。
異体同心の勝利の城を
うれしいことに、私たちは、孔子の末裔の方々と、深い友誼を結んできた。
上海大学の銭偉長学長の夫人・孔祥瑛先生は、孔子の七十五代目の直系の子孫であるとうかがっ
た。私への名誉教授の授与を見守ってくださった慈顔が思い出される。
また、同じく名誉教授称号を授与してくださった華南師範大学の顔沢賢学長は、孔子門下の随一
の秀才と謳われた顔回の末裔という。
この顔回についても御書に記されている。
「上野殿御消息」「三世の諸仏が世にご出現になっても、皆々『四恩を報じなさい』と説き、三
皇、五帝、孔子、老子、顔回等の昔の賢人は『四徳を修めなさい』と教えている」(御書 1526
p 通解)
091
なお、「岐阜」の由来となった孔子の生誕地「曲阜」にある名門学府、曲阜師範大学からも、名
誉教授称号の決定通知をいただいていることを、謹んでご報告申し上げたい。
この大学は、専門機関としては中国唯一の「孔子研究所」を擁することでも知られている。
孔子の弟子の一人とされる左丘明は、失明しながらも、今なお読み継がれる歴史書『国語』を著
したと伝えられる。そこには、「衆心城を成す」という一節もある。
わが大中部には、本年一月、中部池田記念会館が晴れやかに堂々とオープンした。
中部のけなげな同志は、いかなる「悪口罵詈」にも負けなかった。
「猶多怨嫉」の大難に、断固と戦い、打ち勝った。記念会館は、その異体同心の「勝利の城」で
ある。
私は、「岐阜、万歳!」「大中部、万歳!」と心から祝福申し上げたい。
新しき大地は小さな砂から
二月二十八日は、中国の著名な女性作家・謝冰心先生の祥月命日である。今年で、亡くなられて
092
五年となる。
謝先生と私たち夫婦は、静岡で、そして北京でお会いした。文学について、日中友好について、
さらに青年への期待について、真剣に語り合った。
文化大革命など、さまざまな苦難を乗り越えて、勝ち抜いてこられた偉大な女性である。
その謝先生の言葉に、こうある。
「新しき陸地を創造するものは、逆巻く波浪ではない。
水底の細かい小さな砂が、新しき大地を創りゆくのだ」
新しき歴史を創りゆくのは、政治や経済など表面の華やかな動きではない。民衆一人一人のたゆ
みない行動こそが、目には見えなくとも、新しい時代を確実に創っていくのだ――。
こうした深き歴史観がこめられた言葉である。
これまでの人類の歴史においては、土台を築きゆく大功労の庶民が不当に虐げられてきた。その
歴史を変革するには、民衆一人一人が強くなることだ。
それ以外に、永久の「人類の幸福」への道はない。私たちが進める広宣流布の運動の眼目も、そ
093
こにある。
心に“常楽我浄の春風”を
また謝冰心先生は、こうつづっている。
「心の中に、はつらつとした春の息吹があれば、たとえ秋風が吹き荒れても、何ら愁うことはな
い」
人生は戦いである。寒風との戦いである。思いもかけないような苦難の嵐に襲われる時もある。
先日お迎えした、インドのラビンドラ・バラティ大学のムカジー副総長は、「あらゆる雲の陰に
太陽が輝いている」と話しておられた。いかなる苦難があっても、その向こうには、大いなる喜び
が輝いている――ということである。
副総長御自身が、二十代の若き日に夫に先立たれ、苦労を重ねながら、大学で政治哲学の研究に
打ち込まれた。そして、人間教育の大道を歩んでこられたのである。
仏法は「煩悩即菩提」「生死即涅槃」と説く。
宿命転換の大法を持つ皆さまである。
尊き使命をもった仏子の皆さまである。
広宣流布に生きぬく行動は、一切が福運となって輝いていく
094
時には、深い悩みや悲しみに直面することもあるかもしれない。
しかし、三世の生命から見れば、すべてに意味がある。最高に幸福な人生となることは絶対に間
違いない。
ゆえに、何ものもおそれず、一人、広宣流布に毅然として立つことだ。堂々と、自分自身に生き
きっていくことだ。その人に必ず、“常楽我浄の春の風”が到来するのである。
勇敢であれ!思いっきり戦え
謝冰心先生は「勇敢であれ!」と訴えておられた。臆病心を捨てるのだ。
さらに、謝先生は、こう呼びかけておられる。
「将来、悔いなく振り返られるように、今こそ、ていねいに、真剣に、汝自身の一日一日の名画
を描きましょう」
かけがえのない人生である。かけがえのない一日一日である。
“弱さというものは、唾棄すべきものだ”とは、信念の力を信じたタゴールの叫びであった。
皆さま方は、ますます健康第一で、勇敢に、また朗らかに毎日を戦いぬいて、自分自身の“生命
095
の勝利の名画”を描ききっていただきたい。
終わりに、戸田先生のもとで学んだ『永遠の都』の一節を贈りたい。
「正義という永遠の精神が存在するのだ。
諸君の子にそれを教えなければ、母親たちはそれを守らなければならぬ」
創価の正義を永遠ならしめるのも、婦人部の皆さまである。
“地域の太陽”“家庭の太陽”“世界の太陽”として、いっそう多くの人に、希望と勇気の光を
送っていただきたい。
世界広宣流布の本格的な進展は、いよいよ、これからである。私はますます、全世界の同志のた
めに働き、尽くしていくつもりである。
みなさんもまた、世界を舞台とする気概で、前進していただきたい。
広宣流布は平和と幸福のための大闘争である。思いっきり戦わねば損である。
どうか、よき人生を!強い人生を!勝利の人生を!と申し上げて、スピーチを結びたい。
ありがとう!
(東京・信濃文化センター)
096
040304top
第三十六回本部幹部会
全国壮年部幹部会
第六回全国青年部幹部会
世界一の青年部よ 広宣流布の道を開け
君よ!勇気で進め!
きょうは、本当にご苦労さま!
ここ八王子は、当初の天気は雨か雪。それが外を見ると晴天であった。
婦人部の皆さまの祈りの賜である。いつもありがとう!
女性の皆さまに最大の敬意をこめて、ウクライナの有名な女性詩人レーシャ・ウクラインカの話
から始めたい。
097
「ウクラインカ」と言われても、日本では知らない人が多いかもしれない。
知ることが力になる。先駆することになる。これが指導者の要件である。
いつも皆が知っている話しかしない――これでは、聞くほうも、あきあきする。
指導者はつねに、新しい何かを学んでいくべきだ。
皆の知らないことを話せば、新鮮であるし、魅力がある。人の心をつかんでいける。
さて、ウクライナは、ヨーロッパの東部にあり、世界に先駆けて非核化を進めた「平和の先進国
」として知られる。
私は、SGIの皆さまの代表として、同国のキエフ国立貿易経済大学から「名誉博士号」また「
大統領栄誉賞」をお受けした。
このウクライナを代表する女性詩人が、ウクラインカである。
彼女は、牧口初代会長と同じ年に誕生、病気のため、四十二歳の若さで亡くなった。
代表作は、詩劇「森の歌」、短編「友情」などがある。
経済、歴史、文学、語学などを学び、傲慢な圧政への抗議や、人間性の回復を謳いあげた。
そのために迫害につぐ迫害。だが彼女は、民衆を最大に鼓舞しながら、未来の勝利へ前進してい
く―ー。
098
まさに、女子部、婦人部の皆さまのような存在である。
また、彼女のおじは、文豪ユゴーと親交があったという。
ウクラインカは、高らかに謳う。
「真実を守る闘士に、敵がいかなる苦痛を与えたかを思い起こすとき、仇討ちの念に、われらの
拳が固く握られることがあろうか!」
私は戦うぞ!敵を破るぞ!――これが百年前、高き理想へ歩み続けた決心であった。
広布の勇士に悪口罵詈は必然
広宣流布という最高の人生を知る皆さまは、偉大な目的に向って、さらに強い決心であっていた
だきたい。
広布を推進する勇士の道には、必ず、「悪口罵詈」「猶多怨嫉」の大難が襲いかかってくる。
すべては御書と法華経に仰せのとおりである。
099
日蓮大聖人は、四度の大難をはじめ、あらゆる難を受けられた。しかし、いかなる大迫害も御本
仏を倒すことだけは、絶対にできなかった。
蓮祖に直結するわが学会も「悪口罵詈」「猶多怨嫉」の難を師子王のごとく勝ち越えてきた。「
三類の強敵」を断固と打ち破った。
そして今、太陽の仏法は、全世界の五大洲を燦然と照らしているのである。
きょうは、海外五十五ヵ国・地域の代表が、参加されている。
遠いところ、ありがとう!ご苦労さま!
皆さまにお会いでき、本当にうれしい。
世界に広宣流布をしておられる、尊い同志の方々である。大聖人のおほめは絶大である。
「世界広宣流布」は、大聖人の御遺命である。それを実現しているのは創価学会しかない。日顕
宗はいったい、何をしたか。何もしていない。それどころか、広宣流布を破壊しているのである。
SGIの連帯は今や、仏法史上かってない「百八十七ヵ国・地域」に広がった。
この功徳は無量である。皆さま方の子々孫々にまでとうとうと流れていく。
それぞれの国で、地域で、一家一族が生々世々、最高の生命の位で、最高の幸福境涯となって暮
らしていけることは、間違いない。そうなるための法華経の流布である。
100
信じられない人もいるかもしれないが、必ずそうなると御書に書いてある。御本仏の言葉に絶対
に間違いはない。
ゆえに釈尊も、天台大師も、そして大聖人も、「法華経流布のために、どんな迫害があろうとも
、生命をかけて戦いなさい」と教えておられるのである。
信仰と慈愛が人間を「大樹」に
きょうは、教育部の皆さんも来られている。
世界中の人々から今なお尊敬されている、スイスの大教育者ペスタロッチの言葉を贈りたい。
「成長する樹木の根っこにあたるもの――それは、人間にとっては信仰と慈愛という心の力であ
る。
なぜなら人間とは、鍛錬され、教育されるべき、神聖にして不滅の存在だからである。
人間が大きく成長しゆく根っこには、「信仰」と「慈愛」が必要だというのである。
深い信仰をもち、慈愛にあふれた教育者は、優れた人間教育を実践することができる。
皆さんには、時には、心ない偏見や無理解にぶつかることがあるかもしれない。
101
しかし、真実の信仰を知らず、下劣な中傷を加える人間こそが、本当は下劣なのである。
人間教育の光を広げる皆さまは、最高に尊敬されるべき、使命の人である。
青年部の諸君!いよいよ君たちの時代である。創価学会は、青年が一切を担い立つ、大事な段階
に入った。
皆さんに、フランスの大歴史家ミシュレの言葉を伝えたい。
「私は若者にもっと大きな情熱を望むでしょう。弱弱しくもなく変わりやすくもない情熱、強く
、執拗かつ高邁な情熱、偉大で崇高な物事、過ぎ去る事のない物事を前に立ち上がる情熱を」
青年には、無限の力がある。ゆえに、大情熱を奮い起こすことだ。
創価学会も青年部で決まる。情熱こそ、歴史を創りゆく、青年のあるべき姿勢である。
青年部の諸君、頼むよ!
古代ローマの代傑作『アレクサンドロス大王伝』には、次のような一節がある。
「勝利によりあらゆるものが開かれるのだ」
負ければ悲惨である。正義が勝てば、あらゆる道が開かれる。あらゆる建設が、幸福が開かれて
102
いく。
意気地がなく、負ける人間は、結局は、苦しみに縛られることになる。
創価の青年は、一切に勝って、勝って、勝ちまくることだ。その堂々たる勝利の姿こそ、人々は
熱い共感と信頼を寄せるのである。
とくにリーダーは、知恵を出し、さまざまに工夫しながら、友を心から励まし、勝利の突破口を
開いていただきたい。
一日一日、「わが地域で、これだけ広宣流布を進めた」と言える戦いを積み重ね、平和と人道の
大連帯を広げていただきたい。
ともかく、「勝利」の二字――これが一切を開く、青年部の健闘を期待したい。
自身のためにも、断じて勝利していただきたい。
青春の日記帳に「我は勝ちたり」
「東西の融合」と「人類の統合」を夢見た、若きアレクサンドロス大王は、何によって勝利の道
を進んだのか。
さまざまな分析があるが、先ほどの伝記は、その一つとして、大王は「勇気で勝った」と記して
103
いる。
勇気は慈悲につながる。慈悲と勇気は表裏一体である。
わが青春の日記帳に「我は勇気で勝ちたり」とつづりゆく皆さまであっていただきたい。
勝つことだ。それには勇気を出すことだ。
戸田先生は、よく言われていた。
「慈悲にいちばん近いのは勇気である。勇気は慈悲に通じる。
当然、『慈悲』は大切だが、凡夫であるから、なかなか、慈悲は出ないものである。だから勇気
だ!勇気をもて!」
創価のわれらは、いかなる戦いも、勇猛果敢に攻めぬて勝とう!勝てば愉快である。
勇気あるほうが勝つということは、戦いの鉄則である。
栄光の歴史を築くには、断じて勝つ以外にない。
学会は、全国に三百万の青年の連帯を広げている。すごい団体である。世界一である。
きょうは、「勝利の夜明け」の青年部幹部会であると私は確信したい。
御聖訓には、地涌の菩薩が末法に出現して、妙法を、全世界のそれぞれの国々の、それぞれの人
々に弘めていくことが、明確に断言されている。
104
「妙密上人御消息」「此の人末法に出現して妙法蓮華経の五字を一閻浮提の中・国ごと人ごとに
弘むべし」(1239:01)「種種御振舞御書」「妙法蓮華経の五字・末法の始に一閻浮提にひろまら
せ給うべき瑞相に日蓮さきがけしたり」(0910:08)
この日蓮大聖人の「世界広宣流布」の御遺命の達成へ、ともどもに進みたい。なかんずく、青年
部に託したい。
広布に進む学会を、諸天善神が守らないわけがない。大聖人がお守りにならないわけがない。
これほど崇高で偉大な正義の幸福の道はない。
その誇りを胸に頑張っていただきたい。
世界五十五ヵ国・地域から、勇み集ってこられた偉大なる地涌の同志の皆さま方!
私どもは、皆さまを、心からの大喝采で歓迎申し上げた。
どうか、ご健康で、ご長寿で、朗らかに、裕福に、そして堂々たる勝利の人生を送っていただき
たい。
皆さまの崇高なお名前を、この東京牧口記念会館に、永久に保管して顕彰してまいりたい。
105
因果の法は峻厳
邪悪な坊主がめぐらす策略と戦っていた、門下の四条金吾に対し、大聖人は、こう仰せである。
「金吾を責めていた他宗の弟子と師匠が心を同じくした祈りであっても、長い間、邪法によって
正法を犯している人々の祈りはかなわない。そればかりか、師匠も弟子も、ともに滅びるのである
」(御書 1151p 通解)
創価学会は、大聖人の仰せのままに正法を弘めている広宣流布の団体である。
ところが日顕宗は、御書に背く邪義を降りまわし、この創価学会を切った。清浄な学会を破壊し
、広布を妨げようとした。ゆえに、彼らの祈りは、絶対にかなわない。御書に仰せのとおり、日顕
宗が仏罰を受け、滅亡の一途をたどっている現在の姿は、あわれなかぎりである。
思えば、大聖人御一門を迫害しぬいた平左衛門尉頼綱は、熱原の三烈士を斬ってから十四年後、
反逆罪で、一族もろともに滅んだ。
因果の理法は、必ず現証としてあらわれる。これが仏法である。
106
そして今年は、恩知らずの狂った宗門による、あの“魂の蹂躙”――「C作戦」から十四年。
今、御本仏が、峻厳に、すべてを裁ききってくださる。
国法の上でも、日顕と宗門は、次々と断罪されている。
極悪の宗門は敗北した。正義の創価学会は、勝ちに勝ちました!
黄金柱と立て
きょうは、壮年部の幹部会、おめでとう!
厳しい不況のなか、全国の支部でも、地区でも、“十勇士”をはじめとして、壮年部の活躍が頼
もしい。
婦人部の間でも、“壮年部も戦うようになった”と、見方が変わってきたという。
戸田先生は、壮年を、厳しくも温かく励まされた。
「いかなる苦悩も、やがては大きな実りとなる。苦しんでは乗り越えていくことが、信心の力で
107
あり、信心の証明なのだ」
壮年部の皆さまに、「ご苦労さま!ありがとう!壮年部、万歳!」と申し上げたい。
どうか、健康で、長生きしていただきたい。
行動する作家ロマン・ロランは言った。
「『善人』であることは大したことではない!
『勇敢な人』であるべきだ」
ただのお人好しであってはいけない。悪と戦う勇者でなくてはならない。勇敢な人こそ、偉大で
あり、正義なのである。
壮年部の方々は、勇敢な大将軍であり、創価学会の黄金の柱である。
皆で尊敬し、祈り、守ってまいりたい。
「真実はつねに迫害を克服する」
これは、十八世紀のフランスの哲人ヴォルテールの言葉である。一つの「歴史の方程式」といえ
よう。
ヴォルテールは、フランス革命に多大な影響を与えた思想家である。
彼は、デマによる冤罪事件で、権力にいじめられ、踏みにじられ、苦しみあえぐ市民のために、
憤然と戦った。「言論の弾丸」を打ち返し、糾弾の声をあげた。戦って戦って戦いぬいた「言論の
108
闘士」であった。
真実ほど強いものはない。尊いものはない。
法華経安楽行品には、こう厳然と説かれている。
「妙法を実践する人が、恐れなく活躍することは、師子王のようであり、その智慧の光明は太陽
のようであろう」
皆さまもまた、何ものをも恐れぬ師子王のごとき「言論の勇者」であっていただきたい。
悪への攻撃精神を忘れるな!
十九世紀のイギリスの歴史家カーライルは喝破した。
「人は如何なる場合にも虚言を吐く自由を持たぬ」
そのとおりである。
真の「言論の自由」のため、「人間の尊厳」のため、そして「文化の向上」のために、悪辣きわ
まるウソを、断じて放置してはならない。許してはならない。
戦おう!、堂々と戦おう!どんなところでも!どんな小さなところでも!
中国の大文豪に巴金先生がおられる。
109
先生とは、東京や静岡の研修道場で、親しく語り合った。上海のご自宅を訪問したさいは、たい
へんに歓迎してくださったことも忘れられない。
先生は、「四人組」が陰謀をめぐらせた文化大革命で、大変な迫害を受けた。
いつ殺されるかもしれない。もう家には帰れないかもしれない――そういう過酷な状況を戦いぬ
かれた「不屈の闘志」である。
巴金先生は、こう書き残しておられる。
「ペテン師に対処する最良の方法は、ペテン師をあばくことであり、誰にでもペテン師が見分け
られる技能を習得させ。いつでも、どこでも警戒心をたかめてゆくことである」
要するに、一人一人の市民が、賢く、強くなる以外にない。
正邪を見極めることである。鋭く、痛烈に、徹底して正義を言いきっていくことである。
戸田先生は言われていた。
「悪に対する攻撃精神を忘れるな!失うな!
これがなくなったら、広宣流布はできない。バラバラになってしまう。
重大なる恩師の遺訓である。
脆弱な日本の精神風土を根底から変革するためにも、私たちは、確信の対話と信念の言論を貫い
てまいりたい。
110
法華経の譬喩品には、こう説かれている。
「この世界は、安穏ではない。火に包まれた家のようである。もろもろの苦悩が充満して、はな
はだ恐るべき世界である。常に正老病死の憂いと患いがある。このような火は盛んに燃えあがり、
やむことがない」
現代の世界も、まさに、このとおりの様相である。
私が今、対話を進めている世界的な文化人類学者、ハーバード大学のヌール・ヤーマン教授が、
先日、私どもへの深い共鳴の声を寄せてくださった。
教授は言う。
「仏教は、どこの国のだれもが共感できる思想をもっています。どこの国の人々であれ『生老病
死』の苦を体験しない人はいないからです」
生老病死の苦しみ――だれ人であれ、それを逃れることはできない。
いかなる権力を振りかざしても、いかなる財宝や名声を誇っても、生老病死という根本問題は解
決できない。
無常のはかない流転に苦しむばかりだ。
ただ仏法のみが、真正面から、この命題に取り組み、万人が納得し実証できる。明快にして深遠
な回答を示しているのである。
111
大聖人は、「御義口伝」に仰せである。
「宝塔の四つの面とは、生老病死という四つの相のことである。この生老病死をもって、われら
の一身の生命の宝塔を荘厳するのである。われらが生老病死んさいして、南無妙法蓮華経と唱え奉
ることは、そのまま常楽我浄の四つの徳の香りを薫らせることになるのである」(御書 0740p
通解)と。
すなわち、仏法を信じ、行じていくことによって、「生老病死」の苦しみの人生を、「常楽我浄
」の喜びの人生へと転換していくことができる。
それを知るわれらは、なんとすがすがしいことか。
われらの使命は世界平和
さらに、ヤーマン教授は断言されている。
「この仏教の思想をもとに、人間主義、平和主義、そして共生を説く、池田会長の思想とSGI
の運動が、世界に広く受け入れられているのは、当然のことです」
私のことは、ともかくとして、SGIの皆さまへの大いなる期待の言葉として紹介させていただ
きたい。
112
世界は、今、仏法の「生命尊厳」の哲学を求めている。
この地上から戦争の悲惨をなくすためには、仏法を弘める以外にないのである。
私たちは、生老病死の苦悩の根源を見つめ、自身の「宿命」を打開しながら、人類の平和と幸福
の建設に寄与しゆく、偉大なる現実変革の道を進んでいる。創価学会の使命は、あまりにも大きく
深い。
私自身、世界をまわり、あらゆる国の人々と対話を続けていた。
東西冷戦、中ソ対立の厳しい時代に、中国にも、ソ連にも行った。
一民間人の立場ではあるが、日中友好、日ソ友好、そして、中ソ友好を真剣に願って、誠実に行
動してきた。文化と教育の交流のために、キューバに飛んだこともあった。
そうやって、各国の指導者と胸襟を開いて語りあい、友情を結び、ただ平和のため、世界のため
に、相互理解の橋をかけてきた。いかなる状況にあろうとも、人間を信じ、対話に徹しぬいていく
ところに、仏法の人間主義の真髄があるからだ。
最高の努力で 最高の勝利を!
ともあれ、永遠不滅の妙法を唱えゆく生命は、永遠不滅の大歓喜のリズムにのっとることができ
113
る。
宇宙の根幹の法則である妙法を弘めゆく人生は、宇宙と一体の大境涯を開いてくことができるの
である。
広宣流布の大願に徹するわれらは、何ものにも負けない。
何ものにも行き詰まらない、何ものにも縛られない、何ものにも汚されない。
そして、妙法とともに、学会とともに生きぬいた同志は、真っ赤な夕日のごとく、荘厳な人生の
総仕上げを飾り、多くの人々から慕われ、感謝されながら、安祥として幸福なる来世へ旅立ってお
られる。
それは、私が、かつてハーバード大学で講演したように、「生も歓喜、死もまた歓喜」という究
極の勝利の劇であり、永遠なる常楽我浄の生命の旅なのである。
どうか皆さん、安心して、また、誇りをもって、最高に尊き広宣流布の長征を、ともどもに進ん
でいっていただきたい。
第二次世界大戦中のロンドンでのことである。
イギリスのチャ−チル首相は、ナチスの嵐のような猛烈な爆撃にも、断じてひるまなかった。苦
しい戦いのなかにあっても、余裕の表情で人々の前に姿を現した。
わが身をもって、“心配ないぞ。断じて幕府を倒すのだ”とのメッセージを国民に伝えたのであ
114
つた。
またチャーチル首相は、こう獅子吼した。
「われわれは、最大限の努力を払わなければならない」「努力を怠ってはならない」
「最高の努力」が「最高の勝利」を生む。われらもまた、だれよりも努力し、だれよりも戦って
、偉大なる勝利の歴史を飾っていこう!
結びに、中国の文豪・魯迅先生の言葉を皆さんに贈りたい。
「革命家が死んだら、毎年生きている多くの人々ににぎやかな集会を、それどころか歓喜と鼓舞
さえあたえる、革命家だけが、生きても死んでも、人々に幸福を与える。
真実の妙法の革命家であられた牧口先生、戸田先生の崇高な生涯を偲ぶとき、私の胸には、この
魯迅先生の叫びが深く迫ってくる、わたしたちもまた、後世の人々に、希望を、幸福を、勇気を贈
りゆく、広宣流布の革命家として前進してまいりたい。
人生は戦いがあるからおもしろい
人生は、試練があるから戦える。戦いがあるからおもしろい。
115
もしも、何もやることがなく、ただ、ゆっくり休んでいればいい人生であるならば、これほどつ
らいこともない。
生命の喜びは、困難と戦い乗り越えるなかにこそある。
なかんずく、広布のための行動は、すべて自身の成長となり、歓喜となり、充実となっていく。
それを確信していってください!
きょうは、本当に、ありがとう!
海外の皆さんも遠方から、ご苦労さまです。
どうか、風邪など、ひかないように。
全国の同志、万歳!
SGIの同志、万歳!
皆さん、お元気で!
(東京牧口記念会館)
116
040422top
第三十七回本部幹部会
第七回全国青年部幹部会
朗らかに!創価の前進は世界の希望
人類の幸福がわれらの使命
全国の皆さん、また芸術部をはじめ各部の代表の皆さん、ご苦労さま!
海外の皆さんも、ありがとう!
インドの大詩人タゴールは叫んだ。
「宗教的情熱が向けられるべき唯一の目標は人類の幸福である」
宗教は、人類の幸福のためにある――非常に大事な真理である。
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これが、日蓮大聖人の御遺命であり、根本であり、釈尊の根本の精神であった。
そのとおりの実践をしているのが、わが創価学会である。
この正しき軌道をはずれてしまえば、どんな宗教も、結局、衰退を余儀なくされていく。
そうした時代のなかにあって、宗教界の太陽のごとく輝いているのが、わが創価学会である。
皆さんは勝った。堂々と勝ったのである。
“宗教なくして道徳はない”
次に、アメリカのワシントン初代大統領の言葉を紹介したい。
「宗教的原理なしに国民道徳が実行されうるとは、理性に照らしても、経験によっても到底期待
しえない」
宗教性という大地があってこそ、国民の道徳という柱が立つ。これは道理である。
さらにワシントンは、「善徳もしくは道徳が民主的政治にとって必要な原動力の一つであること
は、実質的にいって真理である」と述べている。
つまり、宗教と道徳がなければ、健全な民主主義は育たないし、理想の政治もない。ゆえに、国
民の幸福もない。これがアメリカ初代大統領の叫びであった。
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ともあれ、私たちは、民衆の幸福と社会の繁栄を築きあげていく根本の大法を、社会に世界に広
げてきた。
創価学会は正しいのである。
大事なのは、「忍耐」である。すべてをはねのけて進む「勇気」であり、皆を包み込む「朗らか
さ」である。
低次元の中傷批判など、笑いとばしながら、愉快に、そして朗らかに、正義の道を前進してまい
りたい。
「犬は師子を吠えれば腸くさる」
天も晴れ、地も晴れ、心も晴れわたる、勝利と栄光の五月三日を記念する幹部会、本当におめで
とう!
日蓮大聖人は、迫害に屈せず、信心の勝利の道を進む弟子の姿に、「長い夜が、ついにあけたよ
うに、うれしい」(御書 1165p 通解)と仰せである。
学会は、ありとあらゆる「三類の強敵」との戦いを、すべて勝ち越えてきた。
まさに、御聖訓に仰せの「妙法独り繁昌」しゆく「創価の世紀」――この偉大な夜明けが、いよ
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いよ到来したのである。
ひとたび、太陽が昇れば、星は消える。
尊き皆さま方をいじめたり、軽んじたり、苦しめてきた日顕宗など増上慢の一派は、ことごとく
敗北し、衰亡の一途をたどっているのである。
仏罰の現証は厳しい。仏法の大法則に反逆すれば、破滅の方向へ、不幸の方向へと進んでいくこ
とは当然である。
御聖訓に「犬は師子をほうれば腸くさる・修羅は日輪を射奉れば頭七分に破る」(1213:11)「と
あるとおりだ。仏法の「因果の理法」は厳然である。
あらためて、大切な海外の同志の皆さま、遠いところ、ようこそお越しくださいました!
皆さまの崇高な仏道修行の研修――本当に立派である。人間として、これ以上の行動はない。
きょうは、皆さんにすばらしいニュースをご報告したい。
今回、新しく創価の組織が誕生したのは、太平洋に輝く「マレーシア諸国共和国」。
オオストラリアとハワイの中間に位置し、「美しき楽園」として世界的に有名である。青き大海
原に、サンゴの島々が宝石の輪のようの連なり、「太平洋の真珠のネックレス」とも謳われている
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。この世界のあこがれの天地に、今月、六人の同志によって、「地区」が結成されたのである。
先日、歓喜あふれる第一回の地区座談会が開催された。
初代の地区部長は、同共和国の大統領をはじめ、社会から厚い信頼を寄せられている同志である
。
この国を入れて、わがSGIの平和と文化と教育の連帯は、世界百八十ヵ国・地域になったこと
を、ご報告したい。
御聖訓にいわく。
「終には一閻浮提に広宣流布せん事一定なるべし」(0816:05)
この大聖人の未来への大宣言は、わが創価学会によって、完璧に実証されているのである。
牧口先生・戸田先生も、どれほど、喜んでくださっていることか。
「大作、やったな!」「弟子たちも、やったな!」と微笑んでおられるお顔が、目に浮かぶよう
である。
きょうは、牧口家、戸田家のご関係の皆さまも、ご多忙のところ、ご出席くださっている。心か
ら感謝申し上げたい。
さらに、広宣流布の正義の僧侶の方々、本当にありがとう!
そしてなんといっても、幹部会といえば、花の芸術部の皆さん、いつもいつもありがとう!
121
世界の知性が五月三日を祝賀
世界の知性が、われらの「五月三日」を心から祝賀してくださっている。
世界中から、祝賀の手紙や電話などの連絡が寄せられている。
「中国文学界の至宝」と言われ、香港中文大学の終身教授である饒宗頤博士あらも、丁寧なメッ
セージをいただいた。
饒先生は「東洋のレオナルド・ダ・ヴィンチ」とも」たたえる巨人である。
この饒先生の傑出した学才は、仏教学、儒学、道学、考古学、敦煌学、言論学、そして書画の世
界と、万般にわたっている。今年、数え年で八十八歳、今も赤々と、探究と創造の炎を燃やし続け
ておられる。
この現代を代表する大学者の声を、きょうはそのまま、伝えさせていただきたい。
「五月三日『創価学会の日』まことにおめでとうございます」
「池田先生が、創価学会の会長に就任されたのは一九六〇年の五月三日です。当時、メンバーは
日本にかぎられ、その数は百四十万所帯ほどであったとうかがいました。
しかし、四十余年を経た現在では、創価学会は世界に広がり、一千万人を超えるメンバーが活躍
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しておられます。
私は、こうした拡大もさることながら、創価学会のすばらしい特徴は、その名が示すごとく、社
会に優れた価値を創造してきたところにあると思っております。
創価学会は、文化の価値、学術の価値、教育の価値を重視し、仏教の慈悲と寛容の精神を社会に
宣揚してこられました。
SGIが世界各地で『互益』活動を展開し、全人類に『太和』の境地を広げていくことに、敬意
を表したいのです」
「法華経では『皆成仏道』、さらに『平等大慧』を説いておりますが、その精神を体現され、社
会と世界に正しくこの精神を実践し、活動を展開してこられた方こそ、池田先生であります」
また饒先生は、こう記してくださっている。
「本年は、池田先生が初めて海外の大学で講演されてから三十周年に当たるとうあがいました。
初めての講演は、アメリカのカルフォルニア大学のロサンゼルス校であり、以来、ハーバード大
学や北京大学、ボローニャ大学などで三十回を超える講演をされています。いずれの大学も学問の
最高峰であります。
さらに現在、世界の多くの大学から、講演の依頼が寄せられていることをご報告させていただく
。
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饒先生のメッセージでは、続けて、こうつづられている。
「私は一人の研究者として、池田先生の学問的博識と分析力、精神性の高みが比類なきものであ
ること。さらに、多くの人々に強い影響をあたえてこられたことに驚嘆しております。
「先生の実践こそ、偉大なる透徹した智慧の力をもって、人々を啓発するものであると確信いた
します」
過分な賞讃であり、丁寧にお礼を伝えさせていただいた。
ともあれ、私たちの哲学と運動への信頼が、どれほど大きいか、世界の治世は、正しく見ている
。応援してくれている。大いなる希望をもって見つめている。きょうは、このことをお伝えしたか
ったのである。
ときに、若い諸君に、よろしく頼みたい。諸君たちの時代である。
このほかにも世界各国から、多くの識者の声が、続々と届いている。
世界の第一級の「英知」と「良識」が、私たち創価学会の勝利を待っている。祈り、求めている
。すごいことである。
今、世界の将来が分からない時代だ。だからこそ、「日本の柱」であり「人類の希望」である学
会を、何ものにも絶対に壊させてはならない。
さらに学会を成長させ、いちだんと拡大していただきたい。これを青年部にお願いしたい。
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断固として戦い、断固として勝つことである。これが真実の人生であり、信仰者であり、「本門
の青年部」の姿だ。
青年部、断じて頼む!
もう君たちの時代に入っているのである。
思えば、私自身、三十代から広宣流布の全責任を担い立ってきた。
それも、ありとあらゆる迫害をたえぬきながらの闘争だったのである。
陰徳の人が最後は勝つ!
なぜ、創価学会が幾多の難を受けながら、これだけ隆々たる大発展を遂げたか。
この一点に注目し、世界では、多くの研究者が創価学会の運動を真摯に探究している。
結論から言えば、わが異体同心の同志が、来る日も来る日も、偉大な「陰徳」の行動に徹しぬい
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てこられたからである。
皆それぞれ、職業も違う。立場も違う。すなわち「異体」である。であるけれども、広宣流布を
しよう、世界を平和に向けていこう、幸福になろう、人も幸福にしていこうと、ともに奮闘してい
る。ゆえに「同心」である。創価学会は、まさしく「異体同心」で進んできたのである。
「陰徳」とは、人知れず行う、善い行いのことである。
私どもの毎日は、地味な活動の連続だ。一対一の対話、小さな開合、そして座談会――。脚光を
浴びるわけでもない。新聞やテレビに出るわけでもない。それどころか、無理解の非難や、嫉妬の
悪口に出あうことすらある。
しかし、だれがほめなくても、ただひたすら広宣流布のために、断固として陰徳の行動に徹しぬ
いてきた。創価学会は、だから勝ったのである。
御書にいわく「陰徳あれば陽報あり」(1178:03 1180:09)。
隠れての善行があれば、善き果報が出ないわけがないと、大聖人は断言しておられる。
陰徳の行動に徹した人は、その時点で、すでに勝っているのである。
家族に、子孫に、そして自分自身に、その果報が厳然と現れることは間違いない。
これが、本当の人生の生き方である。
“人にいい恰好を見せよう。早くお金を貯めよう。早く偉くなろう”――自己の鍛えも、人に尽
126
くす行動もなく、そうした表面的な華やかさばかりを求めるのは、全部、名聞名利である。幻を追
っているようなものだ。そのような卑しい心では、本当の幸福を感じることはできない。
苦労こそ幸福
「陰徳あれば陽報あり」の御文は、大聖人が、あの四条金吾に、たびたび送られた言葉である。
師匠である大聖人が、法華経に説かれるとおりの大難を受けたとき、多くの弟子の心はゆれ動い
た。
“幸福になるための信心なのに、なぜ、これほど難が続くのだろう。どうして、こんなに苦しい
思いをしなければならないのか”――そうした疑いが渦巻いていた。師匠の大聖人を責める者すら
あった。
「臆病」ゆえに、心堕ちたのである。逃げ去った者もいる。恩を忘れ、大聖人を裏切り、弓を引
いた者もいる。
そのとき、勇猛で獅子奮迅の力で戦い、大聖人を厳然とお守りしたのが、四条金吾夫妻である。
そのため、大聖人が四条金吾に送られた御書は、じつに多い。
金吾は、あの「竜の口の法難」のさいにも、死を覚悟して大聖人にお供した。その姿は、大聖人
127
門下の鏡である。
大聖人が流罪された佐渡に、勇んで馳せ参じた。現代のように交通の発達した時代と違い、当時
、鎌倉から佐渡に行くことが、どれほど大変だったことか。その苦労は、今からは想像できないほ
どである。
そしてまた、金吾自身も、大聖人を憎む極悪の僧・良観や、金吾を嫉む同僚から、事実無根の讒
言を捏造され、陰謀によっておとしいれられた。
領地没収、追放の危機にさらされた。命も狙われた
しかし金吾は、大聖人のおおせのまま「法華経の兵法」をもって雄々しく戦いぬいた。
私も、戸田先生のもとで、三類の強敵、三障四魔と戦った。とくに、戸田先生が最も苦境におち
いったときには、先生を支えるために、言葉では言い尽くせぬ苦労を味わった。しかし私は、ただ
一人、師匠に仕えきった。今思えば、あの時が、いちばん幸福だった。
この時代の、人知れぬ死闘ありてこそ、今日の学会があるのである。
ともあれ、大聖人の仰せどおりに戦いぬいた四条金吾は、ついに勝った。主君からも、社会的に
も、信頼を勝ち取り、所領も三倍以上となったのである。
日蓮大聖人も、金吾の勝利の姿を、心からお喜びになられた。
128
「前々から言っていたように、『陰徳あれば陽報あり』なのだ」(御書 1178p 通解)「仏法
を弘めめるたあめに、あなたは、ひどい目にあったが、今になってみれば、すごい境涯ではないか
」(御書 1180p 通解)―−。
まさしく、正義の「絶待勝利の法則」である。
法のために、どれほどの苦難であっても、勇気の信心を貫くかぎり、必ず乗り越えられる。それ
どころか、考えられないような大境涯を開いていくことができる。
地道な学会活動に永遠の大福運が
名声・人気・財宝など、「陽報」のみを追い求めても、それらは皆、はかなく消え去ってしまう
。
永遠に崩れざる大福運は、「陰徳」によってしか積むことはできない。道理のうえからも、体験
のうえからも、そうであると断言できる。
「陰徳あれば陽報あり」とは、陰で、真剣に、いちばん苦労して戦ったひとこそが、いちばん大
きな果報に包まれるという、厳正にして公平なる「希望の法則」である。
これが仏法であり、私たちの学会活動が必要なゆえんなのである。
129
広布の活動には、さまざまな苦労があるかもしれない。しかし、皆さんは、大聖人が仰せのとお
りの人生の大道を歩んでおられる。人生は永遠であり、学会活動によって積まれた福徳は、一家、
一族に全部つながっていくことを確信していただきたい。
指導者は「民衆のために」
私はこれまでに、皆さん方を代表して、世界から百五十六の名誉学術称号をお受けした。
光栄にも、世界第一の知性の「陽報」といえるだろう。
その源は、先ほど申し上げたとおり、戸田先生が最も苦境にあったとき、大学進学を断念して、
先生をお守りした「陰徳」にある。そしてまた、自分の一身に難を受けきって、学会を守りぬいて
きた「陰徳」にある。そう私は確信している。
この「陰徳あれば陽報あり」という原理を、大聖人は、中国の古典の『淮南子』からひかれたと
拝される。
130
そこには、いにしえの名君たちが、民の幸福のために尽くしぬいた陰徳によって、末代まで栄え
続けたという陽報が記されている。
その反対に、民に尽くす陰徳がなかった権力者は、皆、無惨に滅亡したという歴史もしめされて
いる。
つまり、政治家をはじめ責任ある指導者に「人民のために」という根本の陰徳があるかどうか。
そこに衰退か、永続的な発展かの分岐点がある。広布の組織にあっても、同じである。
「陰徳・陽報」とは、この峻厳な歴史の鉄則である。
ともあれ、誠実に陰徳を積みゆく人間ほど、尊く強いものはない。
権力の魔性を鋭く監視しながら、正義と真実が勝ち栄えゆく時代を創ることだ。そのために、わ
れわれは立ち上がった。その使命を大聖人は教えられたのである。
どうか、この誇りと自信をもって、堂々と進んでいただきたい。
女性の声を聞け
さて、五月三日は、偉大なる創価の母の記念日――「創価学会母の日」である。
皆で「聡明な母の日 万歳!また万歳!」とお祝い申し上げよう!
131
とくに青年部の諸君は、お母さんを大切にしていただきたい。
「母の日」ぐらいは、「母上、きょうは何でもいたします」と、日ごろの感謝の思いを伝えては
どうだろうか。
とはいっても、反対に「わたしのことはいいのよ。それより、ちゃんと勤行しなさい」と言われ
る人もいるかもしれないが。
また新生アメリカ婦人部の出発も、おめでとう!
日本全国、そして全世界の婦人部の皆さまに、私たちは心からの感謝を捧げてまいりたい。
現在、私は、「平和研究の母」と言われるエリース・ボールディング博士と対談を行っている。
博士は語っておられる。
「平和の文化」は、どこから始まるのか。それは、他の人々の言葉に、真摯に耳をかたむけるこ
とからはじまるものなのです――と。
そのとおりである。
学会の組織は「平和と文化」の最先端をめざしてすすんでいる。
ゆえに、大事なポイントの一つは、男性のリーダーが、これまで以上に真剣に、また謙虚に、女
132
性の皆さんの声を聞くことだ。それに徹しぬいていくことである。
女性を心から尊敬していく。女性の優れた意見を大事にし、女性の知恵に学んでいく。
ここに創価学会が、もう一歩、前進し、拡大し、永続的に発展していくカギがあることを心に刻
んでいただきたい。
いかなる団体であれ、社会であれ、女性を下に見て、女性の力を発展させないところは、だんだ
んと衰亡していく。反対に女性を大事にしたところは、長い目で見れば、必ず向上していく。これ
は歴史の法則である。
いわんや、日蓮大聖人の仏法は、男女平等である。御書に「男女をきらふべからず」と明確に説
かれているとおりである。
破竹の前進を!自分の壁を破れ
ここで、妙密上人のお手紙を拝したい。
大聖人は、広布に戦う無名の在家の弟子を「上人」とたたえられている。これが、御本仏の振る
舞いである。
大聖人は“すべては一人から始まる”として、こう仰せである。
133
「日本でただ一人、妙法を唱えた日蓮から始まり、この妙法は、二人・三人・十人・百人、そし
て日本の中の一国・二国・六十六ヵ国まで弘まり、すでに壱岐・対馬の二島にまで及んでいるであ
ろう。
今は、日蓮を誹謗した人たちも、妙法を唱えるであろう。また、日本国の上一人から下万民にい
たるまで、法華経の神力品で説かれているように、一同に南無妙法蓮華経と唱えることもあるであ
ろう。
それは、木が静かであろうと思っても風がやまないために動き、春をとどめようと思っても必ず
夏がくるのと同じように、とどめようのないことである」(御書 1241p 通解)
ちょうど今の季節――みずみずしい若葉が、ぐんぐんと伸び、育っていくように、そして、さわ
やかな薫風が吹きわたっていくように、広宣流布は今、千載一遇の好機到来である。
三世十方の仏菩薩も、また梵天帝釈も欣喜雀躍と動き、働いている。
無数の諸天善神も、さらには悪鬼魔民さえも、正義に生きぬく皆さまを護らずんはおかない。
一人でも多くの友を、平和と人道の大連帯に糾合しながら、無数の福徳を薫らせていきたい。
われらには「祈りとしてかなわざるなし」の信心がある。
「法華経に勝る兵法なし」の妙法がある。
「異体同心で万事を成ずる」団結がある。
134
勇敢に打って出て、友情を結び、仏縁を広げながら、壮大なる勝利の劇を、愉快に、悔いなく、
飾りゆこう!
御書にも「竹の節を一つ破れば、他の節も次々に破れる」(御書 1046p 通解)という原理
が示されている。
どうか、自分の行くところ、向かうところで、「先陣を切った!」「壁を破った!」という誉れ
の歴史を残していただきたい。
異体同心で進め
何のために信心するのか、永遠の幸福をつかむためである。
宿命を転換し、偉大なる人間革命を成し遂げ、さらには全世界を平和にしていく。
そのための学会活動である。
戸田先生は、幹部でありながら地道に広布の活動をせず、文句ばかりいう人間には、厳しかった
。仏法のために行動しなければ、結局、本人がいちばん、損をするからである。
135
大聖人の法門を知り、「御聖訓どおりの信心は、かくあるべきだ」と知りながら、広布の活動を
しない人間。
せっかく御本尊の偉大さを教わっていながら、信心の実践を何もせず、愚癡ばっかり言って、偉
ぶっている人間。
さらに、信心を利用する、ずるい人間、自分だけは難を避け、悪口を避けて、苦労を避けて、い
い子になって、広布の同志を批判する人間。
そうゆう人間のことを戸田先生は、「ネコが台所で、人間の食べ残しの食べ物を盗み食いしてい
るような奴らだ。それでは、成仏という大功徳は絶対に得られない。畜生のごとき、独りよがりな
卑屈な泥棒信心だ」と言われていた。
それはそれは厳しかった。そうやって鍛えられたからこそ、今日の創価学会の強い「核」ができ
あがった。
生涯、同志とともに!
異体同心で前進しよう!
こう心に決めるとき、三世に輝きわたる偉大な功徳がわくのである。
中国の周恩来総理は言い残した
136
「革命を裏切った者たちは、最後にはだれからも相手にされないあわれな虫けらに変わり果てて
しまうだけであります」
信念を裏切り、同志を裏切った人生ほど、哀れで悲惨なものはない。
あれらは、ひとたび決めた誓いの道を、一生涯、貫き通したい。
自分自身が勝利して再開を!
アメリカのワシントン初代大統領は叫んだ。
「すべての国ぐににたいして信義と正義を守れ、すべての国ぐにとの平和と調和との関係を育成
せよ。宗教と道徳とが、このように振舞うことを命ずるのである」
すべての国々に対して信義と正義を守れ、そうすれば争いはなくなる。宗教と道徳を根幹にして
こそ、平和は築かれる。これがワシントン大統領の信念であった。
そしてロシアの文豪トルストイは述べている。
「生きることは喜ばしく、死ぬことも喜ばしいのです」
仏法は「生死不二」と説く。生きることが本当に楽しく喜びに満ちていれば、死ぬことも本当に
安らかで、喜ばしい――ということを申し上げて、私の話を終わりたい。
137
長時間ありがあとう!
来年の五月三日も、元気で集いあおう!ともかく、勝って会おう!
人生も、社会も戦いである。「仏法は勝負」である。
どうせ戦うならば、自分自身が「よかった!」「おもしろかった!」と言える戦いをすることだ
。皆が「すごいな!」と驚嘆する結果を示しゆくことである。
他人はどうであれ、自分自身が戦いきることだ。戦いきれば、すべてが勝利である。楽しく前進
していただきたい。
芸術部もありがとう!
「わが人生は芸術なり」と、輝く価値創造の日々を生きぬいてください。
海外の皆さま!遠いところ、本当にごくろうさま!お体をお大事に!
サンキュー!
(東京牧口記念会館)
138
040503top
婦人部代表懇談会
「誠実な対話」で壁を破れ!
五・三「創価学会母の日」おめでとう!
全国の、また全世界の広宣流布に戦いゆく同志の皆さま方のおかげで、晴れやかな「五月三日」
を迎えることができました。
五月三日は、わが創価学会の原点の日です。
皆さま方の広宣流布に向っての献身的なご努力に心から感謝します。本当にありがとう、ご苦労
さまです。
139
きょうよりは、また来年の五月三日をめざし、健康で、楽しく、堂々と前進してまいりたい!
栄光と
勝利の旗も
堂々と
広宣流布の
金の城かな
昭和三十五年(一九六〇年)の五月三日、第三代会長就任の朝に、大田区の小林町の自宅で詠ん
だ和歌である。
尊き全会員の守護と、三世永遠の広布の勝利を強く深く祈りつつ、私は、この一首をつづった。
明年は四十五周年となる。
南は沖縄、九州から、北は北海道、東北まで全日本列島に、創価の「栄光と勝利の旗」がひるが
えり、広布の「金の城」は世界百八十八ヵ国・地域に広がった。
尊き同志の力で、「完璧な勝利」の五月三日を飾ることができた。
これも、すべて、学会員の皆さまの祈りと戦いのおかげである。全同志に、私は心からの熱い感
140
謝を捧げたい、なかんずく、婦人部の皆さま、ありがとう!
そして「創価学会母の日」、おめでとう!
うれしいことに、また栄光なことに、五月三日を祝賀してくださる世界の知性の声が、今、間断
なく寄せられている。
私がともに対談集を発刊した、女性未来学者のヘンダーソン博士からも、真心あふれるメッセー
ジをいただいた。
深く感謝しつつ、その一端を紹介させていただきたい。
「五月三日にあたり、すべてSGIのメンバーの皆さまに、心からのお祝いを申し上げます。
この日は、全世界にとっても、まことに喜ばしい日であります。
池田SGI会長は、『地球市民の思想』を、世界主流の思想へと高められました」
「私たちは、今や、地球市民の声こそが、超大国の力にたいする第二の“スーパー・パワー”と
なっていると考えられることができます。
その重要な連帯を担っているのが、創価学会のような“一つの地球家族”というビジョンをもっ
て運動を推進する団体なのです。
こうした国境を越えた運動こそが、狭い視野しかもてない政治などの指導者たちの存在を乗り越
141
えていく力となるのです。
私たちは今こそ、この地球的なビジョンを、より強力に世界に伝えていかねばなりません。それ
によって、私たちは世界を変えていくことができるのです」
皆さま方の日々の行動は、最も堅実に地域に根ざしつつ、しかも地球的なスケールで波動をひろ
げている。
皆さま方が勇敢にあげゆく「正義の声」こそが世界を変えていく力なのである。
ヘンダーソン博士と私の対談集は、大きく反響を広げ、アメリカでは英語版、ブラジルではポル
トガル語の発刊の準備が進められている。
博士は、五月三日が「創価学会母の日」であることを喜ばれ、こうも語られた。
「社会の大きな変革は、もはや古い権威の力に期待することはできません。その変革は――女性
たちのなかからこそ始まります」
「女性のかけがえのない役割は、たんに母としての存在だけでなく、平和で調和に満ちた社会を
築く、最大の原動力としての存在にあるのです」
「私は、『二十一世紀こそ女性の世紀である』という、池田会長の見解に深く同意いたします。
142
そして、創価学会婦人部に、心から賞讃を贈ります。
世界の女性リーダーが、こうして「女性の世紀」の先頭に立つ婦人部の皆さま方の大前進にエー
ルを寄せてくださっている。これほど誇り高いことはない。
日蓮大聖人は、女性には「偉大な力」があることを、繰り返し強調された。
そして、広宣流布にいちずに戦う女性信徒を「聖人」「上人」と敬い、また数々のお手紙をした
ため、励ましていかれたのである。
大聖人の大慈悲に、多くの人々が感謝した。そうした姿に嫉妬した者もいたであろう。釈尊と同
じように、大聖人も卑劣なデマを流され、迫害されたのである。
ともあれ、信心強き女性信徒を、大聖人は心から信頼された。
今でいえば、婦人部であり、女子部の方々である。広宣流布を現実に進めているのは、そうした
庶民である。
「日蓮が如く」戦う心に大生命力が
昭和四十五年(一九七〇年)言論問題の真っただ中で迎えた五月三日、私は謳った。
143
三類の
嵐の怒濤を
乗り越えて
創価の本陣
勝利の指揮執る
思えば、文永十年(一二七三年)の閏五月、あの佐渡流罪の大難のさなか、大聖人が記されたの
が、「顕仏未来記」である。
「謗法が充満する末法のこの時に当たって、諸天善神は、その国を捨てて離れ、ただ邪天・邪鬼
等がいて、王臣・比丘・比丘尼等の身と心の中に入り住んで、法華経の行者に対して悪口を言わせ
、誹謗させ、辱めるようにさせる。そういう時である。
しかしながら、仏の入滅後において、四味・三教等への邪な執着を捨てて、真実の大乗教である
法華経に帰依するならば、諸天善神ならびに地涌千界の菩薩が必ず、法華経の行者を守護するであ
ろう。
この行者は、諸天善神や地涌の菩薩などの守護の力を得て、本門の本尊・南無妙法蓮華経を一閻
144
浮提に広宣流布させゆくにちがいない」(御書 0507p 通解)
この時、大聖人は「今年、今月にも、万が一にも死をのがれようのない身命である」(御書 0
509p 通解)という法難の渦中にあられた。
そのなかで、厳然と「一閻浮提への広宣流布」を宣言なさてたのである。
この大聖人の「未来記」を断固として実現するために、ありとあらゆる難を覚悟して立ち上がっ
たのが、仏意仏勅の創価学会である。
昭和二十六年(一九五一年)の五月三日、第二代会長に就任された戸田先生は、「七十五万所帯
」の大折伏を叫ばれ、「東洋広布」「仏法西還」を訴えられた。
昭和三十五年(一九六〇年)の五月三日、第三代会長に就任した私は、先生の遺命の「三百万所
帯」の拡大、そして「世界広宣流布」への前進を、わが同志とともに誓いあった。
御聖訓には「日蓮と同じく法華経を弘むべきなり」(0903:08)、「日蓮が弟子と云つて法華経
を修行せん人人は日蓮が如くにし候へ」(0909:11)と仰せである。
この「日蓮と同じく」「日蓮が如く」の御金言のまま、広宣流布の大誓願を掲げて、新たに戦い
を開始する日こそ、「われらの五月三日」である。
大聖人のお心をわが心として、諸難を恐れずに、妙法流布に打って出る――ここに、五月三日の
145
永遠の原点がある。
だからこそ、この五月三日を決意新たに迎えるわれらには、いつも、またつねに御本仏の大生命
が赫々と脈動するのだ。
大聖人は、四条金吾の夫人である日眼女へのお手紙の中で、こう励ましておられる。
「年は・わかうなり福はかさなり候べし」(1135:14)と。
妙法という生命の大法則とともに生きる人は、年ごとに若々しくなる。生命が輝いていく。福運
あふれる人生を勝ち飾っていける。
これが御本仏のお約束である。
若さとは、「動く」ことである。
知恵を振り絞り、心を働かせ、何かを為すことだ。どんな境遇にあっても、何とかしようという
挑戦の心を忘れないことだ。
その人の生命は若い。
反対に、自分からあきらめて、動かなくなれば老いるしかない。これが生命の鉄則であろう。
学会は今、大きく動いている。堂々たる前進をしている。
この仏意仏勅の学会のもとに、同志とともに、大きく動いていく――その実践のなかにこそ、無
146
量無辺の福徳が輝くのである。
正法正義の行者を、必ず諸天が守る
戸田先生は、ご自身の会長就任一周年にあたる昭和二十七年(一九五二年)の五月三日を、私ど
も夫婦の結婚式の日としてくださった。
そのときに、先生は言われた。
「二人して、広宣流布のために、生きて生きて生ききれ!」
このご指導どおりの人生の年輪を、私たちは刻んできた。今年で五十二年となる。
一九九〇年(平成二年)の五月三日、私は妻とともに、勇敢なるわが同志の御健康とご多幸を記
念しつつ、次の一首を書きとどめた。
夫婦(めおと)して
創価の大軍
護りたる
正義のために
147
広布のためにと
嫉妬に狂った邪宗門が、私をはじめ学会への牙をむき出しにしたのは、この年のことであった。
私たちは、ごしょのままに、断固として祈り、戦った。そして断固として勝った。価値に勝った
。
大聖人は四条金吾に送られたお手紙に、こうつづられている。
「法華経法師品には『則ち変化の人を遣わして之れが為に衛護と作さん』と説かれている。疑っ
てはならない。
また安楽行品には『刀杖も加えず』とあり、普門品には『刀は尋いで段段に壊れなん』とある。
これらの経文は、よもや嘘ではあるまい。強盛な信力こそ、ありがたいことである」(御書 1
114 p 通解)
正法正義の行者が、諸仏も、諸天も、必ず守る。いかなる怨敵の刀も、強盛な信力は絶対に、か
なわない。これが法華経の約束である。
広宣流布の闘士を迫害する輩は「還著於本人」の法理によって、かえって自分自身にその悪の果
報を受け、自滅してしまう。
148
その厳粛な実例は、皆さま方がご覧のとおりだ。
牧口先生は、「日蓮大聖人が『仏法は勝負をさきとし、王法は賞罰を本とせり』と仰せになって
居るように、これこそ宗教の生命といふべきもの」であるとだんげんされた。
そして、“真実なる信仰が強盛であればあるほど、現証の起るのが早い”とも記されている。
これが「創価の父」の大確信である。
学会には「強盛なる信心」がある。これほど強いものはない。
五月の三日は、ありとあらゆる難を乗り越え、勝ち越えて、「正義の勝利」の金字塔を打ち立て
ゆく日である。
人生は戦い
仏法は勝負である。人生は戦いである。古今の哲人が洞察したように、この宇宙にあっては、生
きとし生けるもの、すべてが戦っている。
「人生とは――戦いであり、進軍である。
ロシアの文豪、トルストイは、このイタリアの独立の英雄マッツィーニの箴言を書き残した。
トルストイ自身、人生の最後の最後まで、戦い続けた文豪である。
149
ロシアの文豪といえば、ショーロホフ氏との会見を鮮明に覚えている。
お会いしたのは、私が初めてソ連を訪問した折のことであった。
氏は、モスクワにある質素なアパートの一室で待っていてくださった。
私との出会いをたいへん喜んでくださり、「ぜひ、乾杯しましょう!」とコニャックを何度も勧
めてくださる。私はアルコールがまったくだめなので断ろうとしたが、なかなか許してくれない。
そのたりとりに、部屋が何度も爆笑に包まれた。懐かしい思い出の一場面である。
氏は、幾多の嵐を乗り越えてきた不屈の作家であった。
最高傑作と言われる『静かなドン』が「盗作だ」と中傷されたこともあったが、氏は、“言いた
いやつには、言わせておけ”とじっと耐えぬき、書き続けた。
文学者でもある池田会長は、何も言わなくても、すべてわかってくれる」――初めてのであいだ
ったが、旧知のように、すぐに心が通じ合った。
出あう人の心を変える
この初訪ソは、モスクワ大学の招きによるものでああった。
150
モスクワの空港に到着した私たちを、真っ先に出迎えてくださったのが、同大学のホフロフ総長
である。著名な放射線物理学者の総長は、じつに不思議な人格の魅力にあふれたかたであられた。
当時、日本において、ソ連に対するイメージは決してよくなかった。社会主義陣営と西側諸国の
間の壁を象徴する“鉄のカーテン”という言葉もあった。マスコミの影響も大きかった。
しかし、ホフロフ氏の人柄には、そうした懸念を一掃する力があった。出あう人の心を、がらり
とかえてしまう力があった。
人の心には、さまざまな先入観や偏見がある。それらが、正しい理解や認識を妨げている場合が
、あまりにも多い。そうした“心の壁”を破るのは何か。それは、温かな人間性であり、開かれた
対話であり、どこまでも誠実な振る舞いである。
ホフロフ総長は、一九七七年、登山中の不慮の事故で亡くなられた。九六年にモスクワ大学で「
生誕七十周年記念式典」が行われた。私は、この式典に、総長の功績をたたえるメッセージを贈ら
せていただいた。
平和のカギは民衆の手に
現代を代表する経済学者である、アメリカのガルブレイス博士と続けてきた対談の連載が、この
151
たび、月刊誌「潮」の六月号をもって完結となった。
「人間主義の大世紀を――わが人生を飾れ」と題して、政治・経済から、平和・文化・教育・言
論など、さまざまなテーマを縦横無尽に語りあうことができた。
おかげさまで、各界より多大な反響が寄せられ、大きな意義を刻む対談となった。
九十五歳の博士も、一回一回、後世のために、真剣に臨んでくださった。また、キャサリン夫人
も、私たちの対談を温かく見守ってくださった。心から感謝申し上げたい。
最終回の対談で、ガルブレイス博士は“平和を実現しゆくカギは、あくまでも民衆の側にある”
と強調され“政治家など指導者を、人々がつねに監視していかねばならない”と叫ばれた。
まったく同感である。ここに、民主主義の根本の道がある。
この草の根の模範の行動をつらぬいてきたのが、わが創価学会である。
ガルブレイス博士も、平和のために行動するSGIの活動に、長年にわたって深く注目し、大き
な期待を寄せてくださった一人である。
ともあれ、民衆が賢くなり、力を持って、語りに語っていくこと――これが時代変革のための大
きなポイントであるという点で、博士と私は一致した。
これこそ、今、わが同志の皆さま方が、全国の津々浦々で展開している、触発と変革の対話運動
152
なのである。
電光石火で反論
また、対談の最終回でガルブレイス博士は“言論人には「真実に対する責任」がある。それは、
とりもなおさず「真実の追及に対する責任」である”と喝破しておられた。
博士自身が、かつて不当な誹謗・中傷を受けた一人である。
それは、半世紀前の一九五五年のことであった。こともあろうに、ある上院議員がテレビで、民
主主義の擁護者である博士のことを“熱烈な共産主義的活動を行った”と決めつけ、中傷したので
ある。
博士は、ただちに電光石火で反撃した。
その日のうちに、全通信社と全放送局のネットワークに反論の電報を打ったのである。
その中で博士は、この議員が博士の文章に手を加えて細工したと述べ、こうした卑劣な行為は、
まともな政治家の仕業ではないと鋭く糾弾した。
さらに博士は追撃の手をゆるめなかった。
博士は、その議員の地盤の州にある著名な大学で講演し、“非難中傷に対する反撃の心得”につ
153
いて論じたのである。
実際、博士の息もつかせぬ鋭い反撃は、多くの反響を呼び、共感を広げていった。
そして結局、博士を中傷した議員は、陳謝の意を示さざるを得なくなったのである。
ともあれ、「わが人生」を偉大な勝利で飾り「人間主義の大世紀」を築きゆくために、果敢なる
正義の言論戦を堂々と繰り広げることだ。
何ものも恐れず進むことだ。
その分だけ、「平和と人道の連帯」への共感が広がる。理解が深まる。信頼が増し、新たな友情
が拡大されるのである。
これが対話の「真髄の力」である。
御書には「声仏事を為す」(0708:09 0414:11)とある。大聖人は「声を惜しまず」正法を語りぬ
く重要性を、繰り返し教えておられる。
また御書には、仏敵を「せめ返し・せめをとし」と示されている。
154
正法を破壊する悪人とは断じて戦うことだ。
生き生きと!題目に勝るものなし
さまざまな課題をかかえ、困難な状況にある友を、同激励していくか。
大聖人は、広宣流布の女性指導者として活躍する千日尼に、こう仰せである。
「相手の謗法不信の罪が浅い罪であるならば、こちらから許して功徳を得させるべきである。重
い過失であるならば、信心を励まして、その重罪を消滅させるべきである。
相手が大変な状況にある時こそ、真心からの声をかけていくことである。題目を送ってあげるこ
とだ。
たんなる「気休め」や「なぐさめ」ではない。
信心を根本に大きな希望に燃えて立ち上がり、自身をもってふたたびぜんしんしていけるように
、リードしてあげることである。
その人が悪縁に紛動されて、不幸の方向へ流されないように、微動だにしない「幸福の土台」を
固めてあげることだ。
広布に生きぬく人生は、絶対に護られる。同志から、また諸天善神から、そして仏菩薩から、厳
155
然と加護される。
これほど盤石な、幸福と安穏の人生の軌道はないのである。
ともあれ私たちは、一年また一年、「五月三日」を迎えるごとに、大きく境涯を広げてまいりた
い。新たな栄光の「金字塔」を打ち立ててまいりたい。
大聖人が女性の弟子に与えられた御聖訓には、こう説かれている。
「ひとたび南無妙法蓮華経と唱えれば、一切の仏・一切の法・一切の菩薩・一切の声聞・一切の
梵天・帝釈・閻魔法王・日天・月天・衆星・天神・地神ないし地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天界
の一切衆生の心中の仏性を、ただ一声呼びあらわしたてまつるのであって、その功徳は無量無辺で
ある」(御書 0557p 通解)
題目に勝る力はない。
私たちは朗々と題目を唱え、縁する一切の人々に希望の“生命の光”を贈りながら、朗らかに、
悠々と、「歓喜の中の大歓喜」の行進を繰り広げてまいりたい。
御書には「心こそ大切なれ」(1192:14)と仰せである。立場や肩書ではない。年齢でもない。
広宣流布のため、友のために働く、尽くしていく。その「心」に、「行動」に、大きな福徳が積ま
れていくのである。
ますます生き生きと、若々しい心で「わが人生はすべてに勝利!」と誇れる一日一日であってい
156
ただきたい。
結びに、尊敬する大切な全同志の幸福を心よりいのりつつ、
晴れわたる
五月三日の
勝利山
と一句をお贈りし、記念のスピーチとさせていただく。
どうかお元気で!
健康長寿の人生を!
きょうは本当にありがとう!
(東京牧口記念会館)
157
040512top
各部合同協議会
幸福に!そのために勇気を!
「陰で支える人」に光を
白樺会の方々、SGI公認通訳会議の方々、さらに女子部の代表の皆さま方!
「幸福が同時に正義であるのは、何と美しい事ではないか」とは、文豪ユゴーの叫びである。
きょうは、「幸福」即「正義」、「正義」即「幸福」の、最も美しく、最も尊い人生を生きゆく
158
創価の友が、勇んで集われた。遠いところ、また多忙なところ、ほんとうに、ようこそ!
初めに、偉大な「健康の大使」である白樺の皆さま方に、全同志を代表して、心からの感謝を捧
げたい。いうもいつも、ほんとうにありがとう。
皆さまは、友のため、法のため、社会のために、日夜、懸命に行動しておられる。最高に尊い方
々である。
御書には「かくれての信あれば・あらはれての徳あるなりと」(1527:04)とある。皆さま方の
気高き慈愛と献身を、諸天がたたえる。大聖人が讃嘆され、守護されることは、絶対に、間違いな
い。
また、私たちは、白樺会、白樺グループをはじめ、陰で真剣に戦っておられる方々に、これまで
以上に光をあてて、最大に宣揚すべきである。これが、仏法の真髄の世界であるからだ。陰の人を
大事にしてこそ、真に優秀な人材の顔ぶれが、いちだんと強く輝いていくからである。
人類の先駆者に
五月十二日は、近代看護の創始者ナイチンゲールの誕生日である。
159
これを記念して、この日は「国際看護師の日」と定められている。
ナイチンゲールは、深く心に期していた。
「自分の生涯の使命は、人類を救うこと」
「人類のために苦しむのは、ひとつの特権です」
そして彼女は「人類の先駆者になろう」と叫んだのである。
「先駆者」――まことに誇り高い響きである。
その先駆者の使命をもって、彼女は、九十年にわたる人生を、病に苦しむ人々に尽くし、看護学
のかくりつのために、戦って戦って戦いぬいた。
反動の勢力からの、いかなる圧迫も恐れず、すべてを毅然とはね返して、新しい舞台を切り開い
ていったのである。
“人生は闘争である。なかんずく悪との格闘である”――これが、ナイチンゲールの信念であっ
た。
彼女の戦いは、万人の健康のための戦いだった。未来の人類のために、あえて引き受けた忍耐の
闘争であった。
“私には戦いなど関係ない。人生は楽しく、快適に暮らせばいい”といった。安易な考え方に対
しては、彼女は厳しく戒めた。
160
「それは《人間的》生活ではない。彼らの感情は人間というよりは蝶のそれに近いものだ」
ナイチンゲール“不可能?でもやらなければ!”
彼女の名を有名にした、あのクリミア戦争下の野戦病院にあっても、彼女は、一刻を争う病気や
けがの治療に奮闘しただけではなかった。
看護師を下に見る傲慢な医師たちや、硬直した官僚主義、権威主義の組織の悪弊とも戦い続けた
。
わが使命を、懸命に、完璧に、やり遂げながら、ゆるがぬ信頼を勝ち取り、環境を一つ一つ、粘
り強く変えていったのである。それは、「随って随わせる」聡明な知恵の戦いであった。
ある時、医師たちが、「そんなことはとてもできなせんよ」と、こぼした。しかし、ナイチンゲ
ールは、静かな声で、ぴしゃりと言った。
「でもやらねばならないのです」と。痛快な歴史の一コマである。いつの時代も、現実は、つね
にさまざまな問題が渦巻いているものだ。しかし、大切なのは、今いるその場所で、勇敢に戦い、
みずからの境涯を開いていくことである。
ナイチンゲールは後輩にこう教えている。
161
「ひとえに優れた女性でありたいとひたすらに願うのであれば、常に進歩しつづける女性でなけ
ればなりません。誰でもよく知っているように、よどんだ水やこもった空気は、遅かれ早かれ腐っ
て使えなくなってしまうからです」
「常に進歩しつづける女性」――それは、「月月・日日につより給へ」(1190:11)の妙法を体
現させゆく白樺の皆さま方である。そしてまた、心が生き生きと上昇しゆく、わが婦人部、女子部
の皆さま方である。
「生命の世紀」「白樺の世紀」
「看護の母」ナイチンゲールは、未来を展望して、看護の道に続きゆく後世の人々に、こう語り
残している。
「自ら厳しい実践の中で、看護の改革を組織的に行なう苦しみと喜びを知り、われわれが行った
ものをはるかにこえて導いていく指導者が現われることを希望する」
彼女が志向してやまなかった「健康の世紀」「生命の世紀」そして「女性の世紀」が、ついに到
来した。
162
それは、何よりも「白樺の世紀」である。
法華経に説かれる「柔和忍辱の衣」を着した、皆さま方が哲学と慈悲にこそ、人々は、大きな希
望を見いだしていくにちがいない。
私も若き日に、戦時下で体調が最悪の状況のなかで、看護師さんにお世話になったことは、前に
もふれた。
「若いんだから、頑張るのよ」と元気づけてくれたやさしい顔は、今でも忘れない。
激流のごとき青春の日々にあって、看護師さんの温かい励ましが、どれほどありがたく、力にな
ったことか。
慈愛あふれる人格こそが、多くの人々に希望の光彩を広げる。
ゆえに私は「白樺の友に学べ!」と声を大にして叫びたい。
あれこれ嘆くな 必ず「仏」に!
鎌倉時代、日蓮大聖人の女性門下であった、富木尼御前は、自分も病弱な身でありながら、老い
た義母を真心の看護を尽くした
163
その人知れぬ苦労を、じっと見守り、ねぎらい、賞讃してくださったのが、大聖人であられる。
みずからの病気と闘う富木尼御前を励まされた御聖訓には、こう仰せである。
「あなたもまた法華経の行者であり、ご信心は月が満ち、潮が満ちるように強盛であるから、ど
うして病が癒えず、寿命が延びないことがありましょうか。こう強く確信して、御身を大切にして
、心の中で、あれこれ嘆かないことです」(御書 0975p 通解)
「われらは間違いなく仏になると思えば、何の嘆きがあるでしょう」(御書 0976p 通解)
わたしもまた妻とともに、大切な大切な白樺の皆さま方の、限りない健康とご多幸、そしてご長
寿を、懸命に祈りぬいていく決心である。
なお、きょうは、「現代の鳩摩羅什」であり、「世界広布の大功労者」であるSGI公認通訳の
代表も参加されている。宝の皆さまである。本当にご苦労さま、いつも、ありがとう!
世界百八十八ヵ国・地域の全同志とともに、私は心より感謝申し上げたい。
政治に精神性の光を!
今は緑輝く五月、ロンドンでトインビー博士との二年越しの語らいを思い出す。今年で、対談を
終えてから三十一年となる。
164
博士は私との対談のなかで、「あなたは必ず世界から名誉博士号を受けるでしょう。私以上に、
たくさん受けられるかもしれません」と言ってくださった。忘れ得ぬれきしである。
今、その言葉のとおり、全世界の数多くの大学から名誉学術称号をいただいている。
トインビー博士は一九六七年、来日のさい、「読売新聞」紙上で、こう論じておられた。
「精神的に成長しなければならない一番必要なものは政治の問題だと思う。
私たちが人間に対して持っている道徳はそんなに低くはない。
しかし、政治になると、それが標準以下になることが多い。そういう点からいってインドのマハ
トマ・ガンジーの態度は私たちの手本になるのではないか。
インドを独立させるという大仕事を武力、暴力を使わないで、しかも相手をにくまないでなしと
げることを教えた。この点が大事なところだ。つまり宗教的精神への導入である」
何度も味わい、深く思索すべき言葉であろう。
先の見えない時代である。世界は確固たる「哲学」と「精神性」を必要としている。
165
創価の大哲学運動への賞讃が、世界でますます高まっているのは、皆さまがよくご存じのとおり
である。
青春のスクラム楽しく、女子部の時代が到来
女子部長、書記長を中心に、「花の女子部」の前進と拡大は、まことに目覚ましい。
青春の
スクラム楽しや
女子部かな
「女子部の時代」である。女子部の育成に、いよいよ全力をあげていきたい。
「若さ」はそれ自体、大きな力である。
創価学会は、“青年学会”として、勢いよく前進してきた。
しかし、年を取るにつれ、幹部になっても、心堕ち、文句ばかり言って真剣に学会活動をしない
人間が出てくることを、私は心配する。
166
もしも、要領だけの、ずるい幹部がいれば、組織は停滞してしまう。
未来永遠にわたって、はつらつたる草創の息吹を全学会にみなぎらせたい。その新たな革命のう
ねりを起こしていくのは、だれか。
青年部である。なかんずく女子部の皆さんであると私は強く期待している。
女子部は純粋である。真面目である。何事にも真剣だ。ウソを許さない。
女子部がいると、会合がパッと明るくなる。皆が元気になる。勇気と希望がわく。
信心強き女性が一人、毅然と立ち上がれば、一家も、地域も、社会をも、大きく幸福の方向へと
向けていけるものだ。
「婦女一体」の前進も、うるわしいかぎりである。女子部に対する、婦人部の方々の真心からの
激励は、計り知れない力となっている。
女子部の皆さん、よろしく頼みます。
悩みも成長の原動力に
はつらつとした『赤毛のアン』物語で有名な、カナダの女性作家モンゴメリー。彼女は、小説の
中でアンに語らせている。
167
「どんな人生も、試練や悲しみをへなければ、発展もないしふくらみも出ないのよ」
深い含蓄のある言葉である。
悩みをも成長の原動力にする「煩悩即菩提」の希望の哲理、それを、わが胸にいだいて、広宣流
布の大目的に進みゆく創価の乙女の青春ほど、強く、朗らかなものはない。
またモンゴメリーは『アンの幸福』でアンの心情をこうつづっている。
「なくてはならない人だと思われるのは、うれしいものだ」
牧口先生の指導には「いてほしいと言われる人になれ、その極限が仏である」とある。
その言葉のとおり、今、社会の最前線で、女子部員の活躍が、さわやかな共感を広げている。
先日も、ある最大手の印刷工場のトップの方が、女子部員である秘書が、すばらしい模範の姿を
示しているとの声を寄せてくださった。
こうしたうれしい報告が、これまで数多く届けられている。
日本を代表する家具商社に勤め、最年少で女性管理職に抜擢され、信頼を広げてきた区の女子部
長もいる。
さらに、有名な生命保険会社において、支社の「事務総合リーダー」として手腕を発揮する女子
部のともがいる。彼女は、区の教学部長を務めている。
168
その他、大手コンピューター会社で見事な営業実績をあげて社長賞を受けたり、銀行で頭取賞を
受賞したり、さたにまた、老舗の和洋菓子店で「年間売り上げ第一位」の成果をおさめたりと、女
子部の勝利の実証は枚挙にいとまがない。
仏法の真髄は「人の振る舞い」にある。
大聖「御みやづかいを法華経とをぼしめせ」(1295:07)と仰せだ。仕事を「法華経の修行」と
思いなさいと教えられている。
自分がいる場所が、わが使命の舞台である。
その社会の繁栄を祈り、職場の発展を祈って、真剣に、誠実に努力する一人の女子部員の健闘が
、どれほど大きな波動を社会にひろげていくことか。
けなげな、また、凛々しき「本門の女子部」の行進に対し、私は妻とともに喝采し、記念の言葉
を贈りたい。
晴ればれと
強き唱題
今日も勝て
169
幸福に
そのために
勇気をば
世界一
幸福の道
この道と
困難を乗り越えてこそ勝利が
アメリカをはじめ、今、世界各国で反響を広げている「哲学書」がある。
アメリカ実践哲学協会の会長であるマリノフ博士の著書に『大いなる問い――哲学は、いかにし
て人生を変えうるか』である。日本語にも翻訳され、最近、発刊された。
170
マリノフ博士は、強調しておられる。
「仏法が目指すように、人類の真の勝利の証は、すべての人々が苦悩から解放されることにある
。しかし、苦悩からの解放といっても、それは苦悩を避けて通ることを意味するのではありません
。それを乗り越えることです」
「池田SGI会長が教えられているように、人間には自らの限界を乗り越えていく力が備わって
います」
だから、自分で自分の可能性を狭めてはいけない。
苦労を避けて成長はない。
個人も、そして団体も、大きな困難を乗り越えてこそ、偉大な勝利の歴史を築くことができるの
である。
博士はこうも語っておられた。
「私たちは、他人を助けようとする力が増せば増すほど、それだけ強い友情に満ちた友人を見つ
171
けることができます。
創価の友情と結合が、生き生きと拡大しているゆえんも、ここにある。
フランスの思想家モンテーニュは記している。
「少しも他人のために生きない人は、ほとんど自分のためにも生きない人である。
自分のためだけに生きる人生は、最後は、さびしい、深い喜びは、つかめないであろう」
御書には「人のために火をともせば・我がまへあきらかなるがごとし」(1598:02)と仰せであ
る。
人のために行動することで、自身が豊かになる。大きく成長できる。
友のために祈り、法のために歩き、正義を語りぬいた事実は、厳然たる功徳となって自身に返っ
てくるのである。
胸はわが胸中に
大聖人は女性の門下に、こう仰せである。
「わが己心の妙法蓮華経を本尊とあがめたてまつって、わが己心の中の仏性が南無妙法蓮華経と
呼び呼ばれて顕れるところを仏というのである。
172
たとえば籠の中の鳥が鳴けば、空を飛ぶ鳥が呼ばれて集まるようなものである。空を飛ぶ鳥が集
まれば、籠の中の鳥も出ようとするようなものである。
口に妙法を呼びたてまつれば、わが身の仏性も呼ばれて、必ず、顕れる。梵天や帝釈の仏性は、
呼ばれてわれらを守ってくださる。仏・菩薩の仏性は、呼ばれてお喜びになる」(御書 0557p
通解)
題目が根本である。
題目で、何ものにもゆるがぬ「仏の生命」を開いていくことができる。
スイスの思想家ヒルティは記した。
「すべての真の財宝は、われわれの力の中にあるものにあるのだから、嫉妬や羨望はおよそ意味
をなさない。
他人と比べるのではない。大切なのは自分自身の「心」をみがいていくことだ。わが生命を豊か
に光り輝かせていくことだ。
どうか「題目第一」、そして「健康第一」で、希望と歓喜に燃えて、人類が夢に見た「生命の解
放」そして「生命の勝利」に向かい、快活に大連帯を広げてまいりたい。
大教育者ペスタロッチは、若き日の論文の中で、“偉大にして崇高なる事業は、必ず卑劣な誹謗
にあう”と達観しながら、こう叫んだ。
“真実と正義の友よ、勇気を持て!”“不幸なるものは、かえって誹謗した張本人だ。君たちは
173
、誹謗されることによって、むしろ栄光を勝ちえるであろう”
この言葉を皆さま方に贈り、記念のスピーチとさせていただきたい。
きょうは、本当にありがとう!お元気で!
(東京・新宿区内)
174
040518top
第三十八回本部幹部会
第八回全国青年部幹部会
歌え!舞え!民衆勝利の讃歌を
一人一人の青年で、一切が決まる
偉大なアメリカSGIをはじめ、世界の同志の皆さん。遠いところ、ようこそ!ご苦労さま!
きょうは、リラックスして、楽な気持ちで聞いていただきたい。
わが創価学会は、男女青年部が、大変に成長してきた。
私はじっと見守り、待っていた。
175
学会の未来は、青年部によって決まる。次の世代を担う態勢が、完全にできあがったと宣言した
い。
青年には未来がある。青年には、無限の力がある。そして長い人生がある。ゆえに、青年を育成
し、青年を大事にし、青年にバトンタッチしていく流れを着実につくったところは、会社も、社会
も、国も、全部、成功する。
創価学会も、そうであった。この点、戸田先生の打たれる手は、本当に絶妙であった。戸田先生
の時代、私たち青年部は、がっちりと訓練を受け、立ち上がった。
私は、師匠の心に応えた。だから、創価学会は世界的に発展したのである。
広宣流布の潮流を起こしてきた世代に続く、いわば「第三の波」である現在の青年部は、完璧に
組み上がった。日本一、世界一の布陣ができあがった。
あらゆる世界で、未来を決定づけるのは、すべて後継者である。どれほど青年が大事であるか。
一人一人の青年で、一切が決まるのである。
学生たちに広まった歌
さて、皆さんは「デカンショ節」をご存じだろうか。
176
「デカンショ デカンショで半年暮らす/あとの半年ねて暮らす」
戦前、学生たちの間で流行した歌である。
もともとは、江戸時代から、兵庫の丹波篠山の地方で、盆踊り唄として親しまれてきたものと言
われる。それが、形を変え、全国の学生に広まったのである。
この「デカンショ」に、当時の学生たちは、ヨーロッパを代表する三人の大哲学者の名前をあて
はめた。
すなわち、「デ」はデカルト、「カン」はカント、「ショ」はショーペンハウアーである。
ご存じのように、デカルトは十七世紀のフランスで活躍した「近代哲学の父」と称される。
「われ思う、故にわれあり」とは、彼のあまりにも有名な言葉である。
人間精神を深く探究したデカルトは、高慢な人間、忘恩の人間、臆病な人間を厳しく戒めてもい
る。
また、ドイツのカントは十八世紀に生まれ、ちょうど今年が、没後二百周年となる。
牧口先生は、牢獄で亡くなる前までカントの哲学を精読されていた。カントから発した「真・善・
美」の哲学を包み込みながら、牧口先生は独創的な「美・利・善」の価値論を生み出された。
ヨーロッパで、いち早く、法華経に着目したのも、カントであった。
177
カントは、人間の自由と尊厳を希求した。「永遠平和」をめざした。彼は、善なる人間が結合す
べきだ。根源的な悪に勝利していくべきだと論じたのである。
「実践者」と語りあいたい
さらに十九世紀――ドイツのショーペンハウアーは、ヨーロッパでいち早く仏教を受容した知性
として名高い。
そうした至高性を、さらに大乗仏教の真髄へと深められたのが、トインビー博士であった。
トインビー博士は、若い私を大乗仏教の実践者として大事にしてくださった。どうしても会いた
いと伝えてこられた。
博士は心臓に持病をかかえていた。無理は禁物であった。しかし、ぜひとも会って語りあいたい
178
――この博士の熱望があって、対談が実現したのである。
ロンドンの博士の自宅で、長いときには朝から夕方まで、毎日のように語りあった。ともに近く
の公園を散策した。妻も一緒であった。
人類の未来のために、思いは厳粛であった。
世界一の学者との真剣勝負の対話は、今も私の誉れである。
悪書は追放!
ショーペンハウアーは、「言論の暴力」と、まっこうから戦った。
「詐欺的売文の阻止に努めなければならない」
「悪書は単に無益であるのみでなく、断然有害」
「良書を読むための条件は、悪書を読まぬことである」
このように、世界的な哲学者であるショーペンハウアーは、徹底して叫んだのである。
詐欺的な売文を、絶対に放置するな!
悪書を断じて許すな!
この言葉を胸に刻み、青年の諸君は戦いぬいていただきたい。正義の学会を、守っていただきた
179
い。
また、何より日蓮大聖人が、はるか昔に、深い次元で、悪書を糾弾せよと訴えておられる。
ともあれ、半年は深き哲学を一生懸命に探究し、あとの半年はゆったりと暮らそう――このよう
に、学生たちは、にぎやかに歌い、学びあった。
私たちも、創価完勝の年の上半期を思うぞんぶんに戦いきって、大勝利を飾ったならば、あとは
半年間、悠然と生きぬこう――それくらいの朗らかな心で進んではどうだろうか。
人生は、伸び伸びと、強く、悠々と、勝ち進んでいくのである。だからこそ、ここぞという時に
は、断じて勝たなくてはいけない。
周総理“われらの友誼と団結は阻止できない”
スイスの大哲学者ヒルティは叫んだ。
「つねに偉大な思想に生き、つまらないことは軽視するようにつとめよ、これは、一般的に言っ
180
て、人生の多くの苦難と悲哀を最もたやすく乗り越えさせる道である」
本当に、そのとおりである。
偉大な思想のために、人生を生きるのだ。そうすれば、どんな苦難も、悲哀も、悠然と見おろす
境涯になっていく。ここに大聖人が教える、幸福の近道がある。
私は三十年前、中国の周恩来総理と忘れ得ぬ出会いを結んだ。
かつて総理は、民衆の連帯について、こう語っておられる。
「われわれの間の友誼と団結の発展はいかなる力も阻止できないものである」
いい言葉である。信念に生きぬき、同じ目標に戦いゆく同志の心の結合は、何があっても微動だ
にしない。また、してはならない。
私たちは、学界健児として、地涌の菩薩として、がっちりと魂のスクラムを組み、心一つに前進
したい。
戸田先生は増上慢の人間には、本当に厳しかった。幹部でありながら、仏法を破壊し、同志を裏
切り、自分自身の信念を裏切る人間に対しては、ことのほか厳しかった。
「去っていく人間は、勝手に去っていけ。いてもらう必要などない。かえって、こちらのほうが
迷惑だ。いつか敗残者になり、哀れな姿をわれわれに見せるだろう。
181
どれほど学会が正しいか。信仰の世界が、広宣流布に戦う人生が、どれほど偉大であるか。
仏勅の学会をあなどり、崇高な師弟を見下すとは、とんでもないことだ」
こう、はっきりと言われた。
皆さまは、精鋭中の精鋭である。
異体同心の連帯をいちだんと強めながら、楽しく、朗らかに、戦い進んでまいりたい。
来月、そして再来月の本部幹部会も、全同志の万歳で勝ちかざりましょう!
「文化の勝利」が「平和の勝利」
きょうは幹部会に、SGI芸術部長が見えている。
彼は、アメリカ音楽界の最高栄誉である「グラミー賞」を、じつに八回も受賞された。世界一の
芸術家である。
SGI芸術部長をはじめ、世界を代表する“文化の大英雄”アメリカ芸術部の皆さんが、多忙を
きわめるなか、日本の同志のために、はるばるお越しくださった。
一千万の友の魂をゆり動かす感動の極致の名演奏、ほんとうにありがとう!
182
「文化の勝利」こそが「平和の勝利」は生まれない。
われらの「武器」は「文化」である。「音楽」である。「文化の勝利だけが、永遠に崩れない「
平和の勝利につながる。根本の道は、これしかない。
政治は権力、経済は利害を動かす。
しかし、文化は魂をゆり動かす。音楽は心に語り、心を結ぶ
妙音菩薩は皆に勇気と希望を
仏法の世界には、音楽が満ちている。
法華経の会座には、妙音菩薩が登場する。
この妙音菩薩は、苦悩渦巻く娑婆世界に舞い来って、妙なる「天の曲」「天の歌」を奏でながら
、人々の限りない希望と勇気を贈ってくれるのである。
仏法の人間主義を基調とした、あのアショーカ大王の平和と繁栄の時代にも、音楽の祭典が盛ん
183
であった。生命の尊厳の大法をたたえ、正義の人々を励ますために、明るく絢爛と、音楽が奏でら
れたのである。
まさに、音楽は平和の象徴である。偉大な文化が興れば、偉大な平和が築かれる。
私もその方程式を実践してきた。私たち創価学会の世界は、すべてが仏法の本義に、完璧に、か
なっている。
最高の平和の音楽隊の皆さまに、もう一度感謝の拍手を送りたい。
妙音菩薩は、それはそれは、立派な菩薩であった。
知恵は限りなく深く、無量百千の功徳と威風にあふれており、その信念の大境涯はゆるぎないも
のであった。姿形も、たとえようのないほど美しく、すばらしい生命の光を放っていた。
どうして妙音菩薩は、こうした自由自在の力を勝ち取ることができたのか?
釈尊は説いている。
“妙音菩薩は、過去世において、仏に十万種の妓楽、そして八万四千の宝の鉢を供養したからで
ある”と。
日蓮大聖人は「御義口伝」で、仏法の生命論の立場から、この「八万四千」とは、要するに「八
万四千の塵労」であると教えておられる。
人生には、無数の、きりのない苦労がある。しかし、妙法を唱え、人々のため、広宣流布のため
184
に力をつくしていけば、それがすべて無量無辺の智慧と功徳として輝きわたる。これが仏法の重大
な因果の法理である。
法華経に説かれる仏菩薩は、たんに経典の中の存在ではない。像にして拝んだりするようなもの
でもない。
仏菩薩とは、人間である。なかんずく、広宣流布のために戦う皆さまのことである。
広宣流布の活動は、法のため、友のため、社会のために、来る日も来る日も、苦労の連続である
かもしれない。しかし、それは全部、偉大なる福徳に変わっていく。少しもむだはないのである。
時には、無理解や偏見に、ぶつかることもあろう。学会の草創期にあっても、「勤行がうるさい
」「学会歌がうるさい」、さらには「音楽会の練習がうるさい」などと非難されたものだ。
しかしは、かつては文句を言った人たちも、やがて「もっと学会歌が聞きたい」「お金を払って
いいから、音楽隊の演奏が聴かせてください」「鼓笛隊のパレードを見せてほしい」というように
なった。
時代は変わるものだ。人の心は、もっと変わるものだ。
仏の言葉には断じてウソはない。広宣流布のために、一番苦労した人、いちばん戦った人が、人
生においていちばんの勝利者となる。栄光の人間として、かがやいていくことができるのである。
185
私も、戸田先生のもと、どれだけ戦ってきたことか。その労苦は、だれ人も想像できないにちが
いない。
ここに迎えたアメリカの芸術部の皆さま方も、人生の試練に勇敢に立ち向かい、宿命を使命に変
えながら、雄々しく戦ってこられた。
大切な大切な同志である。正しく妙音菩薩というべき方々である。
対話の力で理想の社会を
現在、世界の各国、各都市で開催されている“ガンジー・キング・イケダ展”が、大きな反響を
呼んでいる。たずさわっておられる方々に、心から感謝申し上げたい。
この五月も、三十年前に私が講演を行ったカルフォルニア大学ロサンゼルス校をはじめ、多くの
大学で開催された。
来年はオーストラリアのシドニー大学でも開かれる予定である。
同展は三年前、キング博士の母校であるアメリカの名門モアハウス大学から強い要請をいただい
186
て、始められた。この展示を構想し、中心となって推進してくださったのはモアハウスのキング国
際チヤベルのカーター所長である。
また、現在、私が対談を進めている世界的な法学者のナンダ博士は、こう語っておられる。
187
「ガンジーの一生は、一人一人に目標を与え、その目標を達成するために人々を募り、共に戦う
というものでした。
彼は、運動のなかで何度も投獄されながらも、信念を貫き、彼を批判する人々とも対話を行い、
対立を理解に変えていったのです」
そしてナンダ博士は、ガンジーに続き、信念の対話による平和を広げてきた模範こそ、わが創価
の友である、と賞讃してくださっている。
敵をも味方に変えていく――それが対話の力である。世界の知性の心からの信頼に、私たちは全
力で応えてまいりたい。
“皆、同じ人間だ”
本年は、先ほどふれた中国とともに、私がロシアを初めて訪問してから三十年となる。
コスイギン首相ともお会いし、率直に意見を交わした。平和のため、世界の相互理解のため、私
は一民間人として、私なりに友好と交流の道を開いてきた。
188
あの出会い、この出会い、思い出はつきない。
さまざまな批判もあった。しかし、「どこの国の人も皆、同じ人間である」との信念で、世界各
国の人々と誠実に対話し、友情を結んだ。
私は叫ぶ「戦う人間だ!」と。
世界の英雄であり、卓越した指導者であったガンジーは、鋭く喝破した。
「わたしは、どんな宗教も人間のいとなみと分離しているとは思いません。それは他のすべての
活動に道徳的基盤を与えます。さもなければ、人間のいとなみは道徳的基盤に欠け、人間の生活は
『意味のない騒音と怒り』の混乱におちいるでしょう」
“宗教の基盤を欠いた人間の生活は、意味のない騒音と怒りの混乱におちいる”――ガンジーの
言葉は、現代の日本、そして世界に対して警鐘を鳴らしているように思える。
189
そうした意味からも、深い信仰に立脚し、社会のため、たゆみなき広宣流布の対話を推進してい
る皆さまは、すばらしい貢献をしているのである。
思えば、マハトマ・ガンジーも、キング博士も、青年たちが、そのあとに陸続とついてきた。
青年は、「正義」を知っている。正義を持つ人を、正義に生きる人を知っているのだ。
正義の偉大なる夢を受け継いだ、勇敢な後継の青年たちが、激動の社会の真っただ中に突入し、
大闘争に断固として勝利する。そして大きく時代を変えていく。これが、歴史の方程式である。
広宣流布の勝利も、一切が後継の青年で決まる。
日蓮大聖人は、若き門下である南条時光を、たいへんに大事にされた。今で言えば“青年部”の
リーダーの一人といえよう。
時光の父親も大聖人に帰依していたが、その父親が亡くなったあとも、青年時光を励まし続けら
れた。
大聖人は、時光にあてたお手紙の中で「人が謗るだろうが、われら日蓮一門は、悪口や誹謗など
、ものとも思わない」(御書 1510p 通解)と仰せである。
また、信心をやめさせようと、身分や地位の高い人がいろいろ言いだして、圧迫を加えてきても
、「したたかに御返事をなされるがよい」(御書 1540p 通解)と教えられている。
190
低次元な悪口などに、決して動じない、理不尽な圧迫には、ただちに反撃していく。
「何を言いますか!仏法の哲理を知りもせず、学ぼうともしていないのに、あなたは何を論じる
資格があるというのですか!」――傲慢な人間に対しては、強く論破していく。
この強さを、この不屈の精神を、大聖人は若き時光に教えられた。
創価学会は、この精神ですべてに勝ってきたのである。
これこそ、学会青年部の魂である。青年部の皆さん、頼みます。
一生涯「青年の心」で
青年は、受け身になっては敗北である。
人生を開いていくのは「積極性」である。これが人間の世界だ。
飛行機が大空に飛翔するためには、「向かい風」が必要である。ゆえに、飛行場での滑走路は、
年間を通じて最も風が吹いてくる方向を考慮して設計されているという。
青春の偉大なる飛翔もまた、烈風に雄々しく立ち向かうなかで成し遂げられる。
人間は、「向かい風」に立ち向かうときに、大きく成長できる。勝利への飛躍ができる。人生の
楽しさもそこにある。
191
青春――なんとすばらしい響きだろうか。若さは宝である。
それは、年齢だけで決まるものではない。どうか皆さまは、牧口先生のごとく、わが一生を「青
年の心」で生きぬいていただきたい。
大聖人は、夫を亡くし、深い悲しみを味わった南条時光のお母さんを励まされ「法華経を持ちた
てまつる人は、地獄即寂光と悟ることができるのです」(御書 1504p 通解)と述べておられ
る。
こうした境遇に置かれる方は、今も少なくないであろう。
大聖人は、宿命に悩む門下をほうっておかれなかった。その苦しみに同苦し、励まし、心の支え
となっていかれたのである。
御本尊を持ち、自行化他の実践に励む人は、地獄を転じて、寂光土へと変えていくことができる
――これが御本仏の約束である。
ゆえに、どんなに苦しい逆境にあろうとも、妙法を唱え、広宣流布に生きゆく人は、すべてを変
毒為薬しながら、自身のうえに、最高の大境涯を開くことができる。
断じて負けない。絶対に行き詰まらない。無尽蔵の幸福を勝ち取ることができる。これが日蓮仏
法の真髄である。
学会とともに生きぬく「広布の母」に恐れるものなどないのである。
また強敵と戦う壮年部の先輩として、四条金吾がいる。
192
金吾は、あの「竜の口の法難」の折にも、命がけで大聖人にお供した。
大聖人は、彼の純真な信心を永遠に忘れないと感謝しながら、「太陽の前には、いかなる闇も消
え去る。それと同じように、不二の師弟は、地獄をも寂光土に変えることができるのです」と激励
されている。
ともあれ、今、全国各地で、目覚ましい健闘をされている壮年部の皆さま、なかんずく、「太陽
会」「敢闘会」など、昼間も広布の活動をされている皆さまに、心から感謝申し上げたい。
御聖訓には、「仏になる法華経を耳にふれるならば、これを種として必ず仏になる」(御書
0552p 通解)と仰せである。
乱世だからこそ、仏法の勇気が光り、知恵が光る。
皆さまが、勇敢に打って出て、社会を結び、対話を重ねた分だけ、仏縁が広がり、幸福の種が蒔
かれる。皆さまの御健康とご活躍を祈ります!
193
魂の勝利の歌よ!世界に響け!
先ほど、偉大なアメリカ芸術部の皆さまが、ユゴーの名作『レ・ミゼラブル』にちなんだ歌を、
劇的に力強く歌い、舞ってくださった。本当に、ありがとう!
『レ・ミゼラブル』は、私も、青春時代、夢中になって読んだ。青年が読むべき“最初の一書”
といっていい。ちょっと長いけど、読んでない人は、いつしか挑戦してほしい。
私の経験から言えば、とくに西洋の翻訳品は、初めは、時代背景などが続き、複雑で、退屈な場
合がある。だから、そこは、ざっと飛ばしていいのではないか。心に響くところから読んで、あと
でまた、ゆっくり読むとか、自分で工夫することも大事であろう。
ともあれ、青年は、自分の意見を語れる何かを持つべきだ。その土台をつくるのが読書である。
一八三〇年、フランスの市民が立ち上がった世界的に有名な「七月革命」―−。
その当時、フランスの勇敢なる民衆が、ともに心に刻んでいた行進曲がある。そのなかに、次の
ような一節があった。
「私たちは言われてきた、奴隷になれと。
私たちは言った。闘う人になろうと」
194
私は人間だ!
戦う人間だ!
断じて負けない!
これが、フランス民衆の魂の歌であった。大勝利の讃歌であった。
わが学会も同じである。
何が起ころうと、断じて闘う。断じて負けない。断じて勝ってみせる――この心意気で、われら
もまた、学会歌を高らかに歌いながら、堂々と進んでまいりたい!
これから、本格的な梅雨の時期に入る。なにかと体調を崩しやすい季節である。健康には、十分
、注意していただきたい。
大事なのは、健康のため、成長のため、一家一族の幸福のため、そしてまた、広宣流布の大願の
ために、一センチでも、二センチでも進んでいくことである。
近代看護の創始者ナイチンゲールも、「進み続ける」ことの大切さを繰り返し強調していた。
195
派手さはなくとも、なすべきことを堅実になす。たとえ一歩でも二歩でも、粘り強く、自分の決
めた目標に向かって進んでいく。
その人こそ、信頼を勝ち取る人であり、最後に必ず勝つ人なのである。
以上をもって本部幹部会を終わりたい。
長時間、ご苦労さまです。体をこわさないように、また、疲れないように!
お元気で!また、会いましょう!
サンキュー・ベリー・マッチ!
(東京牧口記念会館)
196
040602top
全国最高協議会
「心をつかめ」「人間のなかへ」
「不知恩な人間にはなるな!」
全国の同志の皆さま方おかげで、わが創価学会は、すばらしい前進を続けている。とくに各地で
、美しき対話の花園を広げゆく婦人部の皆さまの活躍はめざましい。大変にご苦労さまです。
わが恩師戸田先生は、本当に偉大な指導者であられた。私は、戸田先生のさまざまなお話を、遺
言として、深く胸に刻んできた。すべてが、物事の本質を鋭く突いた指摘であった。
197
なかでも、先生が厳しくおっしゃったのが「不知恩の者になるな」であった。
御聖訓には「聖人は、恩を知ることを最高とし、恩に報いることを第一としてきた。世の中には
四恩がある。これを知るのを人倫と名づけ、知らないのを畜生という」(御書 0491p 通解)
と仰せである。
恩を知る人こそが、人間として最も美しく、最も崇高である。最後には人生の栄冠を勝ち得るこ
とができる。反対に、学会にお世話になり、学会のおかげで偉くなりながら、増上慢になり、感謝
を忘れ、学会を見くだし、同志を裏切る――そういう不知恩の人間には、断じてなってはならない
。また、そういう恩知らずを絶対に許してはならない。それが戸田先生の教えであった。
報恩こそ、人間として忘れてはならない根幹なのである。
また御聖訓には「師弟相違せばなに事も成べからず」(0900:13)と教えられている。
師匠の牧口先生に対する、弟子の戸田先生の姿勢が、どれほど厳格であったか。ふだんは、豪放
磊落、恐れるものなど何もない戸田先生であったが、牧口先生のことに話が及ぶと、とたんに襟を
正し、深い敬愛の心をこめて、牧口先生を偲んでおられた。
その峻厳さは、周囲の人たちが、びっくりするほどであった。
ともあれ、偉大な師匠をもてる人は幸福だ。
198
「師弟」とは、親子以上の、人間の究極の絆である。そこには策もない、要領もない、本当の生
きた魂と魂の触発であり、交流である。
「親子」の関係なら動物にもある。しかし、「師弟」という関係は人間にしかない。師弟の道こ
そ、みずからの人生を無限に高めていく向上の道である。
なかんずく、広宣流布の大願に生きゆく仏法の師弟ほど、深く尊い絆はないといってよい。この
仏法の師弟という最上の人間の道を教えるのが、創価学会なのである。
「この世で果たさん使命あり」
この広布の大道を勇んで進みゆく皆さまに、いくつかの箴言を贈りたい。
まず、ロシアの作家レオーノフの言葉である。
「すべての勝利、それは自分に勝つことから始まる!」
自分に断固として勝つために、仏法がある。師弟がある。同志の励ましがある。
次に、アメリカの公民権運動の指導者キング博士の信条である。
「私にとって宗教は現実ですし、それは人生に深く編み込まれています。じじつ、宗教と人生は
分かつことができません。私にとって宗教は命なのです」
199
宗教と人生の最も正しい軌道を歩んでおられるのが皆さま方である。
さらに、ペルシャの詩人ハーフィズの格言に、こうある。
「妬むものは驕りで、名誉や富や心の信仰を失う」
卑しい妬みの人間などに、断じて負けてはならない。
文豪トルストイは語った。
「人間は、使命を果たすべく、この世に生まれてきたのである。後回しにすることなく、そのこ
とに一瞬一瞬、全力をそそいでいくべきである。それのみが、真の幸福である。
「この世に果たさん使命あり」――わが「地涌の同志」の崇高な人生の実像が、ここにある。皆
さまのご健闘を心よりねぎらい、たたえたい。
沖縄は「勇気」で進め!
とくに、けなげな沖縄の友は、一足早い梅雨の季節のなかで、全国の先陣を切って、尊い汗を流
し、懸命に戦っておられる。わが沖縄の全同志の健康と、そして栄光の勝利を、私は真剣に祈って
200
いる。
浦添市を発祥の地とする琉球王国――その琉球王国の光る哲人指導者に、蔡温がいる。
現在の沖縄市をはじめ各地で治水や植林事業を進めたことも、よく知られる。那覇市を中心とす
る琉球王国の黄金時代を築いた大指導者である。
彼の信念の言に、「恐れば事をなしがたし」とある。
戦いは勇気である。執念である。最後の最後まで、攻めぬいた方が勝つ。
リーダーは、皆の勇気を呼び覚まし、日本中、世界中の広宣流布の渦を起こしていただきたい。
なかんずく、焦点は青年である。
「青年を獲得する者が未来を有する」とは、ドイツの哲学者ヤスバースの言葉であった。
私がお会いした、統一ドイツの哲人政治家ヴァイツゼッカー初代大統領も、青年をこよなく愛し
、青年に最大の期待を寄せておられる方である。
初代大統領は九五年九月、ライン川のほとり、ビンゲン市にあるSGIのヴィラ・ザクセン総合
文化センターにも足を運んでくださった。
201
初代大統領はたびたび来日しておられるが、五年前の来日では、行く先々で、青年との出会いを
刻まれた。
その時、大統領が「自分たちから進んで発言するのは沖縄がいちばん多い」と語り、最も期待を
寄せたのが、沖縄の青年たちであった。大統領は「美しい海のことだけでなく、きょう、ここで沖
縄の若者たちと語ったことが私には強く記憶に残るだろう」とも語っておられる。
沖縄の方々へ深い敬愛の心は、ノーベル平和賞受賞のロートブラット博士、ゴルバチョフ元ソ連
大統領、パラオ共和国のレメンゲサウ大統領など、多くの指導者が、異口同音に述べておられる。
ヴァイツゼッカー初代大統領は、沖縄の青年に、こうも語られた。
「皆さんは繁栄のなかで漫然と過ごすのではなく、困難を行動で克服する生き方で、達成感と生
きがいを感じてほしい」
私も、大統領と同じ心で、勇敢なる沖縄健児の前進を見つめている。
さらに次のヴァイツゼッカー大統領のお言葉を、私は全国の青年部に贈りたい。
「若い人々は控えめにならず、どしどしものをいってほしい」
202
「『闘う民主主義』の方が『受け身の民主主義』よりも優れている。
イタリア独立の英雄マッツィーニは謳った。
「人間との絆を強め、幅広い人々との連帯を広げていくことは、私たち一人一人の力の何倍にも
強める道であり、私たちの善なる義務を果たすべき舞台であり、また正義への前進を実現させる道
なのである」と。
重要な指摘である。皆さま方が、多くの人々と連帯し、広宣流布という「正義への進歩」を断行
している姿こそ、人類の大いなる希望なのである。
法華経に「悪口罵詈」「猶多怨嫉」と説かれているとおり、広宣流布に戦えば、必ず、難がある
。迫害にあう。それが仏法の方程式である。
だからこそ、どんな困難があろうとも、「来るならば来い!」「断じて勝つてみせる!」との気
迫で、堂々と指揮を執っていただきたい。
いちばん大変な時に、いちばん大変な所で、勇敢に叫びぬき、戦いぬき、勝ってこそ、勇者であ
る。形式でも、立場でも、肩書きでもない。信心の大闘争を勝ち抜いてこそ、仏法の指導者にふさ
わしい実力と福運がそなわるのである。
ともあれ「月月・日日につより給へ・すこしもたゆむ心あらば魔たよりをうべし」(1190:11)
202
――これが大聖人の厳命である。
この一年を決する大事な六月を、朗らかに、強くまた強く、勝ち進んでまいりたい。
トラップ一家「歌声で平和に貢献を」
気高き婦人部、女子部の皆さま方の活躍を、世界の多くの識者も絶賛している。
私が今、対談を進めている「平和の文化の母」エリース・ボールディング博士も、創価の女性の
貢献に、惜しみない賞讃を寄せてくださっている。
先般の語らいでは、「母の励ましの力」が、どれほど大きいかということも話題となった。
ボールディング博士ご自身、お母さまが、いつも「人間はだれもが重要な問題なのだよ」と教え
てくれたことが、生涯にわたって平和活動を貫く原動力になったという。とともに博士は、「善き
友」との出会いが人生の支えとなってきたと語・っておられた。
その一つとして、博士は、世界的に名高い映画「サウンド・オブ・ミュージック」で有名なフォ
ン・トラップ一家との思い出を振り返っておられた。
「サウンド・オブ・ミュージック」といえば、数々の名曲で知られる。そのなかでも「すべての
山を登れ」の雄大な調べを、私たちは、埼玉・所沢での第二回世界平和文化祭、創立六十周年を祝
204
賀した関西文化祭など、さまざまな機会に、困難に打ち勝つ思いを託して謳いあげてきた。
モデルとなったフォン・トラップ一家は、戦時中、ナチスの迫害を受け、故郷のヨーロッパから
アメリカへと移住した。その母と七人の子どもたちが、ボールディング博士の大学にも訪れ、忘れ
得ぬ出会いを結んだのである。
この一家は、自分たちの境遇を嘆くようなことは、一切なかった。ただアメリカ中を歌声で包ん
で、平和に貢献したいとの希望を、ボールディング博士たちに、すがすがしく語ったという。
博士は、次のように回想しておられる。
「トラップ一家のこの姿が、アメリカの人々に、平和は必ず再建できるという信念を呼び覚ましま
した。そして、それまで戦争の中で忘れてしまっていた大切な仕事を思い起こさせたのです。それ
は、いま自分たちが生きている。まさにその場所で、平和な世界の再構築に執りかかることでした
。
自分が人生で何をすべきかを探究していたとき、この心美しい一家が語り、歌うのを耳にして、
平和の創出者になりたいと願っていた私は、勇気づけられました」
まるで映画の名画面のような味わい深い言葉である。
205
環境がどうあれ、人がどうあれ、今いるその場所で、平和と幸福の社会の建設のために、一歩で
も二歩でも前進していこう。その信念に燃えた女性の強き心こそが、人々に希望の光を送り、世界
を照らし、未来を照らしていくのである。
なかんずく、わが婦人部、女子部は、皆が「創価の太陽」であり、「広宣流布の幸福博士」であ
る。この尊き婦人部、女子部を、これまで以上に尊敬し大事にしてまいりたい。
そして、明るく愉快に、勝利の歌声を響かせながら、「広布と人生の「すべての山」を、ともど
もに登りきっていただきたい。
『アラビアン・ナイト』――女性の知恵と言論が国を救った
先日、」ある女子部から、私とテヘラニアン博士との対談集でもふれられている『アラビアン・
ナイト』の物語について、質問があった。ここで、簡単にお話しておきたい。
ご存じのように、この『アラビアン・ナイト』はアラビアやインド、イランなどに伝わる話を集
めた、世界的に有名な説話集である。日本では『千夜一夜物語』として知られ、各地の世界観、人
生観、風習などが反映された多くの物語で構成されている。有名な“船乗りシンドバッドの冒険”
206
“アラジンと魔法のランプ”なども、含まれている。
『アラビアン・ナイト』の作者は不祥である。各地域の民衆に伝承されていた物語が、六世紀ご
ろ、ペルシャ語でまとまった形を整え、八世紀ごろアラビア語に翻訳された。そこからさらに発展
を続け、じつに約千年を要して完成したといわれる。
舞台は、はるか昔の、ある国王――。この国を治める国王が、不実の妻を殺してしまうところか
ら、物語は始まる。すべての女性への不信にかられた国王は、それ以来、新しい妻を迎えては、一
晩で殺してしまうという蛮行を毎日、繰り返すようになった。
次元は異なるが、私は、戸田先生が「絶対に人を殺すな。いかなる理由があろうとも、人を殺し
てはいけない」と強く語っておられたことが忘れられない。
かの国王の所行に人々が悲嘆にくれていた時、大臣の娘である美しく聡明な娘が立ち上がった。
彼女は皆を苦しみから救うために一計を案じ、自ら志願して、命がけで暴悪な王のもとへ嫁いでい
った。
そして婚礼の夜、彼女は王に、心躍る物語を聞かせ始める。これまで何人もの女性が、夜が明け
ると命を奪われてきたが、彼女は朝の光がさすころ、いよいよ物語が佳境に入ったところで、わざ
と話を中断した。
207
「こんなの、つぎの晩に話してあげるのにくらべたらなんでもないわ。でももしわあしが生きの
び、王さまがわたしをこの世に置いて下さったときのことなんですけれど」
すると、残りの話を聞きたい国王は、その日は、彼女をころさなかったのである。
彼女は、次の日も同様に、ちょうど佳境で話を中断、こうして毎夜毎夜、先人の物語や、故人の
教訓を語り続けていった。このように、彼女が語り聞かせるという形で、さまざまな物語が繰り広
げられていく。
そして、ついに彼女は千一夜にわたって物語を続けた。その時には、王は心を悔い改め、善政を
行い、この聡明な女性とともに王国に平和と幸福と繁栄をもたらした。
――これが『アラビアン・ナイト』全体の大きな流れである。
「女性の知恵と言論の勝利」の物語ともいえるだろう。
尊き女子部の皆さんは、聡明な言論の力で、友情のスクラムを大きく広げている。創価の乙女の
健闘を、私は最大にたたえたい。心から感謝申し上げたい。
広宣流布のために、いちばん行動した人が、必ずいちばん幸福になる。これが仏法の鉄則である
。
日蓮大聖人が、そうお約束してくださっている。どうか安心して、朗らかに、伸び伸びと、進ん
208
でいただきたい。
心清らかな女性。信心強き女性、そのさわやかな振る舞いが、どれほど信頼と共感を広げている
ことか。
「あんなすばらしい人が信心しえいるのか」と学会への認識を一変させたことも数知れない。
「おじぎの仕方ひとつとっても、女子部の人は違う。すがすがしくて、心を打たれる」と語る人
もいた。
二十一世紀は「女性の世紀」である。
男性リーダーは、女性を最大に大切にしていくことだ。賞讃していくことだ。感謝していくこと
である。婦人部、女子部の方々が「これほどまでに気をつかってくれるのか」とおもうくらいに、
あたたかな配慮をお願いしたい。
この一点を徹して実行すれば、学会は、これまでの何倍もの力を発揮できる。さらに大きく発展
していけるのである。
人を動かすのは「誠実」の二字
人の心をつかむ。人の心を動かす。そのために何が大事か。
209
「誠実」の二字である。恰好でもない。頭でもない。「誠実の力学」こそが人間を動かすのだ。
創価学会は信心の団体である。民衆の団体である。法のため、社会のために、一筋に前進する無
名の庶民。その偉大さに心から感動し、ともに汗を流し、泥まみれになって戦うことを、りーだー
は最大の喜びとすべきである。
冷たい理屈だけでは人間は動かない。
励ましがある。温かみがある。生き生きとしている。
魅力がある。心配りがある。
あの人が来ると、ぱっと花が咲いたように盛り上がる。元気が出る。
こう言われるような、名リーダーであっていただきたい。
「声仏事を為す」である。広宣流布は、声で進む。「ありがとう!」「ご苦労さま!」と感謝の
言葉を忘れないことだ。
問題があれば「こうしたら、どうだろう」。また、一人一人に、「何か心配なことはないですか
」等と、具体的に心を砕いていく。
打てば響くように、同志がやりやすくなるよう手を打っていく。それでこそ皆、張り合いがもて
る。全員が力を発揮できる。それが「勝つリーダー」なのである。
210
ともあれ、順調なだけでは、人間は鍛えられない。嵐の中を、耐ええ耐えて耐えぬいて、同志の
なかに分けいって、勝利への大反撃のうねりを起こしていく。それが本当の指導者である。
行動しよう、健康になるために。
戦おう!幸福の為に。自分自身の人間革命のために、社会の繁栄を築きゆくために。
明るく進むのだ。楽しく進むのだ。前へ、また前へ!
そして、世界をあっと言わせる完全勝利の歴史をつくろうではないか!
次の五十年の盤石なる広宣流布の土台を、今こそ築いてまいりたい。
冷戦下のソ連へ、人間と人間を結びゆく旅
ロシアの“文化の都”にあるサンクトペテルブルク東洋学出版センターから、今月中旬、私の御
書講義録のロシア語版が発刊される運びとなった。
関係者の皆さまに、心から、感謝申し上げたい。
翻訳されたのは「諸法実相抄」「生死一大事血脈抄」「単衣抄」「妙法尼御前御返事」「船守弥
三郎許御書」「四条金吾殿御返事(衆生所遊楽御書)」「開目抄」の講義録である。
211
開目抄については、ご存じのとおり、現在、「大白蓮華」で新たな講義を連載している。後世の
ため、世界のために、全力でつづり残しておきたいと思っている。
このたびのロシア語版の御書講義のタイトルは、『人間を信じて――日蓮大聖人の御書より』で
ある。
まさに三十年前、私は人間を信じて、ロシア――当時のソ連に第一歩をしるした。それは、厳し
い東西冷戦の渦中にあって、人間と会い、人間と語り、人間の心を開き、動かし、それを結びゆく
旅であった。
コスイギン首相をはじめ国家指導者、ノーベル文学賞作家のショーロホフ氏などの文化人、さら
にモスクワ大学のホフロフ総長をはじめ多くの教育者、学者、学生との出会いの歴史を刻んだ。
さらに、幾多の市民とも、数えきれない対話を繰り広げた。
モスクワで宿泊したのは、クレムリン宮殿のすぐそばにあるホテルであった。
日本では一般的に「ソ連は怖い国」との印象があった時代である。訪問団の多くは、非常に緊張
していた。
当時は、ホテルの各階にカギを預かる当番の方がいて、私たちのフロアの担当は中年の婦人であ
212
った。私と妻は、その婦人とすれ違うたびに、必ず「おはようございます」「有り難うございます
」等と声をかけた。
最初、語りかけたときには、びっくりした表情で、何も言わずに目を見開いたままであった。そ
れまで、そういう客は、あまりいなかったようだ。けれども、私たち訪問団は、皆、誠実なあいさ
つを心がけた。いつしか、彼女も、にこにこと笑顔を返してくれるよになった。
ある時、彼女が語ってくれた。「私は、夫を戦争で亡くしたんです……」と。
あの第二次世界大戦でソ連は二千五百万人ともいわれる犠牲者を出した。人口の一割以上にあた
る。彼女の最愛の夫も、その一人であったのだ。心から平和を祈ってやまない庶民の心に、私は深
くふれる思いであった。
モスクワ川で釣り糸を垂れているおじいさんとも、しばし語りあった。
「幸せですか?」と私がたずねると、」笑顔を浮かべて、「ええ、こうして、孫と一緒に釣りに
行くことができる。前は戦争に行っていて、釣りもできなかった」と答えてくれた。
こうした、平和を願い、幸福を求めゆく庶民と心を通わせながら、私は世界を駆けめぐってきた
のである。
当時、お世話になった方々のことは忘れられない。今も、友情の交流を続けている方も多い。
213
三十年前、在日ソ連大使館の参事官として私たちの訪ソに協力してくださった、元ロシア外務省
アジア太平洋局長のクズネツォフ氏も、以前、温かな回顧の声を寄せてくださった。
(氏は述べている。
「池田会長のソ連滞在スケジュールは、非常に内容の濃い、充実したものでした。
その中で、最も重要な位置の一つをしめているのが、会長とコスイギン・ソ連閣僚会議議長との
会見でした。会見後、コスイギン氏は『今までにこんな興味深い日本人に出会ったことはない』と
述べております」
「注目すべきは、わが国における池田会長のあらゆる行動が、平和と教育、文化の推進という理
念に、終始、貫かれていたことです」
「当時、ソ日文化交流に関する政府間の協定は、まだ結ばれていませんでした。そのようななか
、創価学会を母体とした創価大学や民主音楽協会は、わが国との文化・学術交流に関わり、両国の
関係の進展を促してきました」
「そしてそれが、国際情勢の緊迫した際に、ソ連・ロシアと日本の衝突を回避する役割を幾度と
なく果たしたのです」
「池田会長が一貫して主張される『平和主義、文化主義、教育主義、その根底の人間主義』との
理念が、国連も求めているように、世界中の国家関係の基となっていれば、この四半世紀、常に我
214
々を脅かしてきた戦争や紛争の脅威から、地球は救われていたでありましょう」
時代を動かすのは、人間を信じて、人間の中に飛び込み、人間の心と心を結びゆく行動である。
身近な地域社会にあっても、私たちはいちだんと勇敢に、粘り強く、人間主義の対話の波を起こし
続けてまいりたい。
人と人とを結びゆく「対話」。友の幸福を願う励ましの「行動」――私たちの創価の人間主義の
運動こそ、二十一世紀の希望ななである。
一人一人を大慈悲に包んで
ここで「佐渡御書」を学びたい。日蓮大聖人が、流罪の地・佐渡の塚原三昧堂から、不惜身命の
信心を貫くよう、門下一同を励まされたお手紙である。
冒頭に、こうつづっておられる。
「この手紙は、富木殿のもとへ送り、四条金吾、大藏塔の辻の十郎入道殿ら、桟敷の尼御前、そ
の他、これを見ていただくべき人々、一人一人にあてたものです。
京都と鎌倉の合戦で亡くなった人々の名を書き付けて送ってください」(御書 0956p 通解)
215
また、追伸として、こう仰せである。
「この手紙を、志のある人々は寄り集まって御覧になり、よく思索して心をなぐさめてください
」
「井沢の入道、酒部の入道はどうなったでしょうか。
川辺、山城、得行寺殿どのなどは、どうなったのか書き付けてしらせてください」(御書 09
61p 通解)
命にも及ぶ大難、大闘争の連続のなかにあって、大聖人は、どれほど大きく、一人一人の門下を
包んでおられたか。一人一人のことを胸の奥深くに入れながら、これほどまでこまやかに手を打ち
、温かく励まし、皆に張り合いを与えていかれたか。そのお振る舞いの一端を拝する思いである。
大聖人の大慈悲のお振る舞いがあればこそ、弟子たちも、あれほどの大難を、ともに乗り越え、
勝ち越えることができたのである。
大聖人に直結して、末法今時において、各方面の広宣流布が託されている指導者こそ、皆さまで
ある。どうか、大切な大切な同志一人一人を胸に入れながら、「仏の軍勢」を勝利へとリードして
216
いただきたい。
一生懸命に戦っている同志の尊き労苦の姿を、くれぐれも見逃すことがあってはならない。心か
ら讃嘆していくことである。
あの『三国志』の大英雄・諸葛孔明も、名指導者の要件として、“天よりも曇りのない日をもっ
て、人物の善悪を見極めること”をあげていた。
そして、国土のすみずみまで心を配りながら、公平かつ厳正な目をもって、優秀で善良な人間を
登用し、貪欲で惰性の人間はしりぞけていくことを強調した。そうすれば、良き人材は雲のように
集まってくるというのである。
孔明は、恩を忘れて自分の繁栄ばかりを考え、全体のことを心配する気持ちをまったくもたない
人間、また、自分は何もしないくせに、いばって他の人々を非難する人間に対しては、まことに厳
しかった。
そうした人間を放置しておいたら、将来に破滅と禍をもたらしてしまうからである。厳しいよう
であるが、大切な歴史の教訓である。
わが創価学会は、悪とは断じて戦いながら、尊き同志と同志の生き生きとした「異体同心の団結
」をもって、幸福と正義の「永遠の都」を築きあげてきたい。
217
勇敢に!われこそ「日本の柱」
諸葛孔明の勝利の将軍学には、こうある。
「これに先んずるに、身をもってし、これに後るるに人をもってすれば、士勇ならざるはなし」
指導者が率先してことに当たれば、皆が勇気を奮い起こす。
「軍は勢いを用うるに成り」
戦いは、勢いに乗れば勝つというのである。
どうか皆さまは、「創価の諸葛孔明」として、模範の指揮をお願いしたい。
どうせ戦うならば、悔いなく戦うことだ。使命に燃え立つ一人の人間が、偉大なる妙法に生きぬ
く時、どれほど力がでるか。思うぞんぶん、やってみることだ。
味方をつくり、広宣流布の陣地を広げ、永遠不滅の大勝利の叙事詩をつづってまいりたい。
終わりに開目抄の一節をともどもに拝して、記念のスピーチとしたい。
「種種の大難・出来すとも智者に我義やぶられずば用いじとなり、其の外の大難・風の前の塵なる
べし、我日本の柱とならむ我日本の眼目とならむ我日本の大船とならむ等とちかいし願やぶるべ
218
からず」(0232:04)
健康勝利の前進を!楽しき行進を!
各方面の同志に、どうかくれぐれも、よろしくお伝えください。ありがとう!
(東京・新宿区内)
219
040606top
フィリピン・キャビトル大学名誉人文学博士号授与式
首都圏婦人部幹部会
高等部首都圏大会
進め!生命尊厳の地球社会の建設へ
女性の連帯は希望の太陽
本日は、お休みのところ、わざわざ集まってくださり、本当にありがとう。
海外のSGIの皆さま、遠くからご苦労さまです。婦人部の代表の皆さん方も、お会いできて、
うれしい。また高等部、中等部の諸君、お父さん、お母さんによろしくお伝えください。親孝行を
、お願いします!
イギリスの哲学者、ラッセルの有名な言葉に、こうあります。
220
「知識なしには、私たちの希望に
満ちあふれた世界を建設することはできない」
英知の学生部の諸君、よろしく頼みます。
それは、十九世紀の末のれきしであります。貴フィリピンの一地域で、学校を設立する戦いが、
傲慢な聖職者によって、陰険に妨害されました。そのとき、決然と立ち上がり、正義の声を堂々と
あげたのが、勇敢なる女性たちであります。
独立の大英雄ホセ・リサール博士は、このけなげな女性たちに、万感のメッセージを書き送りま
した。その中の一節を紹介します。
「今や、我々の内に新たな希望が芽生え、我々は恐れることなく逆境に立ち向かおう。我々には
、あなたたちという力強い味方がいる。そして勝利を確信している」
勇気ある女性の団結と連帯こそ、希望の太陽です。勝利の太陽です。わが創価学会も、婦人部の
皆さま方の活躍が光っています。
六月十日「婦人部の日」おめでとう!
ここにいる全員で、婦人部の皆さんの日ごろの健闘に深く感謝し、心から賞讃の拍手をお送りし
ようではありませんか。
東洋の真珠フィリピンの夕日は、世界で最も美しい。私も、その美しさに感動しながら、貴国の
221
夕日を写真に収めた日のことを思い出す。
このすばらしき貴国の天地にあって、「人間教育の太陽」と仰がれ、慕われる偉大な母がいます
。この方こそ、きょう、ここにお迎え申し上げた貴キャピトル大学の創立者ラウレアナ・ロサレス
先生であられます。本当に、ようこそお越しくださいました。私どもにとって、未来永遠に輝く黄
金の歴史の日となりました。
本日は、ロサレス先生方への心からの尊敬をこめて、首都圏の婦人部の代表が集っています。ま
た、創価大学、創価女子短期大学など七十の大学の学生リーダーが結集しました。そして、アメリ
カ創価大学の英才も駆けつけてくれました。さらに、学生部の秀才たちも出席しています。
皆さん、ありがとう!
大学を創立するという事行が、どれほど血のにじむ壮絶な戦いであるか。それは創立者にしか、
わからないでありましょう。
私は、気高き人間教育の名門である貴キャピトル大学からの、あまりにも意義深き「名誉文学博
士号」を厳粛に拝受させていただきました。
きょう六月六日は、日本の軍国主義と戦って獄死した創価の父・牧口初代会長の生誕百三十三周
年の佳節です。
222
この栄誉を、私は、謹んで、わが殉教の先師に捧げたいと思っています。まことに、まことに、
ありがとうございました。
教育で「平和の人材」の種を
それは、六十二年前のことです。
狂いに狂った日本軍は、貴国のうるわしき天地を蹂躙し、残酷きわまりない「バターンの死の行
進」を行いました。炎天下のもと、疲れ果てた人々に、十分な水や休憩も与えず、約百キロメート
ルの道のりを延々と歩かせたのでした。衰弱し、倒れた人は、次々と残忍に殺された。極悪非道な
蛮行によって、じつに二万人もの尊い命が奪われあと言われています。
「死の行進」にあって、愛する母親を支え、守りながら、七人の兄弟姉妹とともに歩き通した聡
明な一人の乙女がいました。高等部の皆さんと同じ年代です。
この地獄の行進を耐えぬき、さらに、その後の日本軍による悪逆な支配の時代をも生きぬいた乙
女は、固く固く誓いました。
「大切なのは、教育である。私は平和な世界に貢献しゆく、人材の種を植えてみせる!」
彼女は、苦学を重ね、努力を重ねながら、見事な模範の大教育者となっていくのです。そして、
223
ありとあらゆる艱難を乗り越えて、民衆の幸福と平和のための大学を創立していきました。その尊
貴な信念の女性こそ、きょうお見えくださった、創立者のロサレス先生なのです。
私はこの歴史を、全身の血潮が逆流し、血涙がほとばしる思いで、うかがいました。
またきょう、あらためて仏法者として、貴国のすべての戦争犠牲者の追善を、妻とともに懇ろに
させていただきました。
仏法では、「この大宇宙のすべての財宝を集めたよりも、一人の人間の一日の生命のほうが尊い
」(御書 0986p 通解)と教えています。いかなる理由であれ、絶対に人を殺してはならない。
断じて人を傷つけてはならない。
正義の師子に、「全体人間」に
生命尊厳の大闘争を、命を賭して貫いた牧口先生は、三類の人間がいると鋭く論じました。
第一に、弱い立場の人をいじめ、強い人間を恐れる卑怯者。
第二に、悪人と戦わず、善人の味方もしない傍観者。今の世の中に、こういう人間は多い。
そして第三は、正義のためには何ものをも恐れず、断固として戦いぬいていく勇気ある者。これ
こそ、最も偉い人です。
224
青年よ、強くあれ!正しくあれ!
平和のため、正義のため、幸福のために、生命の価値を創造せよ!
ここに、牧口先生の願いがありました。
これは、貴大学が掲げておられる「全体人間」の高邁な理想とも相通ずると、私は信じます。そ
れは、「知的」にも、「精神的・道徳的」にも、そして「肉体的」にも健全な人間の薫陶をめざす
ものです。
ここにおられるフアレス学長ご自身が、まさにその「全体人間」の鑑を示されえいます。学長は
、巌のごとき正義の弁護士として、虐げられた人々のために献身してこられた。その足跡に多くの
人が感謝し、学長を敬愛していることを、わたしはよく存じあげています。
正義の使命の道には、大なり小なり、嫉妬や悪口や、陰険な迫害が襲いかかってくる。そうでな
いなら、にせものです。
あのリサール博士も、そうでした。しかし博士は、もし自分が倒れても、あとに続く青年が、必
ずやみずからの理想を実現してくれることを信じてやまなかった。
私も同じです。私には、博士の心情が、痛いほどよくわかります。後継の皆さん、よろしく頼み
ます!
225
私が、未来の一切を託す思いで、わが高等部を結成したのは、三十代の半ば――ちょうど、リサ
ール博士が殉難したのと同じ年代でした。
博士は若くして、信念に身を捧げたのであります。私も、若き日、正義のために、無実の罪で牢
獄に入りました。私は体が弱かった。しかし、殉教の精神で戦いました。戦って、戦って、戦いぬ
きました。
命がけの正義の闘争を裏切り、批判して、去っていった者どもは、人間として最低である――あ
る人がこう言っていましたが、私も同感です。
ともあれ、明日、六月七日は、高等部結成四十周年です。まことに、おめでとう!
今や、高等部出身者は立派に羽ばたきました。この会場にも、私と妻が、高等部の時から見守っ
てきた懐かしい方々が大勢います。
今回、来日されたフィリピンの研修メンバーにも、誉れ高き高等部出身者がおられます。
よく来られました!私は本当にうれしい。帰ったら、同志の皆さまに、くれぐれも、よろしくお
伝えください。お元気で!
正義の学会とともに戦いぬいてきた人は、一人ももれなく、勝利の人生を飾っています。反対に
226
、退転し、尊き学会を裏切った人間は、みじめな人生を歩んでいる。因果の理法は厳然とあります
。
いずれにせよ、世界中のあちこちで高等部出身者が、そしてまた、創価大学や創価学園の卒業生
が、重要な役割を担い、すごい勢いで活躍しています。そうした事例は、枚挙にいとまがありませ
ん。
“師子の子は師子である”――リサール博士は、こう書き残しています。
いい言葉です。
博士は、若き日、最愛の母を無実の罪で投獄された。母だけではない。善良な庶民、そして正し
き偉人が、どれだけ邪悪な権力から迫害されてきたか。
だからこそ、じっとこらえて、今に見よ!今は徹底して学ぼう!圧倒的な力をつけよう!そして
、正義の仇を、断じて討ってみせる!――こうリサール博士は決意した。これが、博士の青春の魂
でありました。
どうか、わが創価の後継の皆さんも、全員が師子の子となって、この青春を生き生きと学びぬき
、朗らかに走りぬき、計り知れない力を発揮して、戦い勝ってください。
227
「早く生い立て!」「強く伸びゆけ!」「一級の闘士と育て!」と、私は祈りぬいてまいります
。頼みます!
わが辞書には“敗北”という文字はない
創立者の令嬢であられるフェ・フアレス副学長が、お母さんのことを誇り高く語られた言葉に、
私も妻も、深く感銘いたしました。
それは「わが母の辞書に“敗北”という文字はありません」というひとことです。
われわれも、この言葉でいきましょう!フィリピンのお母さんに続きましょう!
何があっても、負けない。それが「勝ち」です。「負けない」ことが「勝利」です。
絶対にあきらめない。断じて屈しない。これがすなわち、勝利なのです。これこそ、幸福博士の
真髄の哲学です。
きょうの夕方、オリンピックの聖火が、この会場のすぐそばを走る予定です。
228
思えば、貴大学のロマン薫る「キャピトル」という名称は、いにしえの人文学の源流を踏まえな
がら、「学問の中心」「青年の中心」という、深遠な意義をこめて命名されたとうかがっておりま
す。
本日、先生方は、その知性の殿堂より、人類の未来を照らす「英知の人」「正義の炎」を運び、
私たちの心に明々とともしてくださいました。
尊敬申し上げる貴大学の先生方と一緒に、私たちは、この崇高な精神の炎を燃え上がらせ、戦争
のない、暴力のない、殺人のない、生命尊厳の地球社会の建設へ、勝ち進んでいこうではありませ
んか!
未来は私の手に
終わりに、貴国の第三代大統領である、マグサイサイ大統領の言葉を引かせていただきたい。
「民主主義の本質が、国民の政治への参加であるならば、民主主義は、国民の“教育と愛”と“
学問への情熱”が最大限に表現され、まっとうできるところで最も栄えるだろう」
229
まったく同感です。人間教育なくして、民主主義はないのです。少しむずかしいかもしれないが
、よくかみしめてほしい明言です。
さらに、リサールは言いました。
「我々が一つにしっかりとまとまれば、組織もますます強くなっていく」
そして、こうつづっております。
「勝利は、あらゆる戦線で勝ちどきの声をあげようとしている」「おお、そうだ!未来はわれわ
れのものだ」
きょう、お集まりのすべての皆さま方の、ご健康とご多幸、そして栄光・勝利の人生行路を断じ
て勝ち抜いていかれんことを祈り、私の心からの御礼のスピーチといたします。
ありがとうございました。
(創価国際友好会館)
230
040615top
第三十九回本部幹部会
第九回婦人部幹部会
第九回全国青年部幹部会
勇気の中に勝利が!闘争の中に大歓喜が!
闘争が人間を鍛える
音楽隊の皆さん、世界一の演奏、ありがとう!
海外のSGIの皆さんも、遠いところ、ご苦労さまです。また、きょうは婦人部の皆さま方が祈
ってくださったおかげで、大晴天の幹部会となりました。本当にありがとう!
私は、これまで世界の多くの識者や指導者と対話をしてきました。
231
その一人に、「ヨーロッパ統合の父」と仰がれるクーデンホーフ=カレルギー伯爵がいる。第一
次世界大戦などの反省にたって、いち早く「ヨーロッパは統合されなければならない」と主張した
先駆の人である。
その人類愛に基づく理念と行動は、現在の欧州連合の礎ともなっている。
クーデンホーフ伯爵の忘れ得ぬ言葉にこうある。
「闘争が人間を鍛え、発展させる」
また、次のようにも明言しておられる。
「正しいことのために戦うことは幸福を意味している」
いずれも心から共感できる言葉である。一流の人物の話は、どこか仏法の見方と共通する点があ
るものだ。ともあれ、全国の皆さん方、毎日の大闘争、本当にご苦労さま、ありがとう!
多忙な毎日が続く。交通事故には、くれぐれも注意してほしい。また、なるべく疲れをためない
よう、さまざまに工夫し、健康維持に努めていただきたい。
どうか、賢明に、また朗らかに「闘争即健康」「闘争即長寿」「闘争即歓喜」の人生を、ともど
もに生きぬいていきましょう!
232
イギリスのバッキンガム宮殿に、アン王女を表敬したことも思い出深い。
世界の難民問題や教育問題について種々、語りあった。
また、イギリスのチャールズ皇太子とも親しく会見した。
お二人とも、すばらしい人格と知性を兼ね備えた方であった。「人類の幸福のために」との信念
を強く持っておられた。
これまで、私は、どんな国の人とも、どんな立場の人とも、率直に何でも語りあってきた。大き
く心を開いて、深い友情を結んできた。皆、同じ人間である。ゆえに、会って話しあえば、必ずわ
かりあえる。必ず心を通わせることができる。
それが、私の信念である。また、一切衆生の平等を説いた仏法の精神である。
広布に進む人は断じて幸福に
きょうは沖縄からも代表の皆さんが参加している。沖縄の同志は、偉大なる広宣流布の歴史を築
いてくださった。創価学会の勝利の歴史を飾ってくださった。本当によく頑張った。皆さん、ご苦
労さまです!
233
草創の先輩の皆さんも、沖縄広布の大前進を、さぞかし喜んでいるだろう。とくに、婦人部の見
事な奮闘を、私たちは心からたたえたい。
なかんずく、「総県婦人部長の活躍はすばらしい」という讃嘆の声が沖縄の友から数多く寄せら
れている。
じつは、総県婦人部長は、三年前、開合中に軽い脳内出血を起こした。このとき、会合で話す様
子が、ろれつが回らず、いつもと違った。彼女の話を聞いていた同志が「おかしいな」と気づいて
、「すぐに病院に行きましょう」と即座に手配し、病院に連れていったのである。
早期発見であったために、脳内出血も大事にいたらず、十一日間の入院で完治、元気になって、
ふたたび広布の庭に戻ることができたのである。
とっさの判断と連帯で、婦人部長を救った同志も優秀である。立派である。
また、この体験を通して、沖縄の皆さんは、広宣流布のために尽力してきた人は、なんらかの形
で、必ず護られるという強い確信をいだいた。
妙法のために戦っている人は、一切を乗り越えていくことができる。それが仏法の鉄則である。
そして、このように、生命を賭して、真剣に戦ってくれる本物の婦人部の皆さまが、全国各地に
数多くおられる。ゆえに、創価学会の「広宣流布の勝利」があると、私は宣言したい。讃嘆したい
。
234
総県婦人部長は、以前にもまして、ますます若くなられた。本当にうれしい。きょうの会合にも
、元気で参加している。ご苦労さまです。
ともあれ、沖縄の皆さんは、たいへんよく戦ってくださった。沖縄に帰ったら、すべての同志の
皆さんに、くれぐれも、よろしく伝えてください。
全同志のご健康とご長寿を心より祈ります!
皆さま方の行動は、広宣流布のための行動である。それは、世界で最高の人生である。究極の正
義のための闘争である。そしてまた、社会に、永遠の幸福と平和を根底からつくりあげる実践であ
る。
これ以上の偉大な運動はない。尊き使命に生きる皆さまを、諸天善神が護らないわけがないので
ある。
御聖訓には「極楽百年の修行は穢土の一日の功徳に及ばず」(0392:05)と仰せである。
戦うべきときに、勇敢に、忍耐強く戦いきった功徳は永遠である。あまりに大きい。それが釈尊
の固い約束であり、大聖人の約束なのである。
皆さま方の行動は、究極の善である。究極の平和の道である。究極の人間の振る舞いである。そ
のいむにおいて、皆さま方の大福運は、一家眷属へと広がり、子孫末代にまで通じていく、その誇
235
りと確信をもって、悠々と前進していただきたい
正義の名人“勝ち続けることが、私の健康法”
美しき青葉に包まれた、ここ創価国際友好会館は、東京・渋谷区の「千駄ヶ谷」にある。
「千駄ヶ谷」という地名は、何に由来するのか?
一説には、昔、この一帯の谷あいで「千駄」の米が収穫されたからだと言われる。「一駄」は一
頭の馬が背負う量「千駄」は先頭の馬が背負う量である。それほど多くの米が穫れる、豊かな実り
の大地であったようだ。命名したのは、江戸城の築城で有名な名将・太田道灌と伝えられる。
この千駄ヶ谷には「日本将棋連盟」の本部がある。将棋は、日本が誇る文化である。愛好家は、
じつに一千万人を超えるという。最近は、若い世代の台頭も目覚ましい。女性の活躍も注目されて
いる。その将棋界の中心拠点が、ここ千駄ヶ谷なのである。
いつもお世話になっている千駄ヶ谷駅には、「王将」と刻まれた将棋の駒の碑がある。有名な大
山康晴十五世名人の文字である。
大山名人は語っている。「勝つことを第一義に生きてきた。勝ち続けることが、私のけんこうほ
うであった」
236
勝負一筋を貫いた人の名言である。われらも「常勝即健康」の気概で、勝ち抜き、生きぬいてま
いりたい。
戸田先生も将棋が、お好きだった。頭脳を、よりよく回転させる助縁ともされていたようだ。
師弟の二人は将棋を指しながら勝負の哲学を語りあったことも、懐かしい思い出である。
戸田先生は言われていた。
「人生の闘争も、将棋を指すように、いつも四手先五手先まで考えていけ」
何ごとも、先の先まで読んで、二段構え、三段構えで考えていきなさいということである。
正義の世界で語り継がれている勝利の鉄則がある。
「攻めあいは、ひるんだら負け」
激戦のときこそ断じてひるんではならない。勇気で攻めぬけということだ。
「攻めるは守るなり」
攻撃こそ最大の防御である。
「終盤はスピード」
最後の最後で勝負を決するのは、スピードである。
237
勝利の王手を青年部が!
思えば十三年前、一九九一年十一月二十九日、あの邪宗門の日顕宗から、笑止千万の「破門通告
」が届いた。その日を、私は同志とともに、ここ創価国際友好会館で迎えた。
アフリカ二十六カ国の総意として、各国の大使の方々が、梵天・帝釈のごとく来館され、「教育
・文化・人道貢献賞」を贈ってくださったのである。まことに不思議な時の一致であった。
この国際友好会館は、その意味で、創価学会の「魂の独立」の原点の城といってよい。
全国の「千」を越える会場を結ぶ衛星中継も、この開館から発信されている。
地元の婦人部の方々は、破邪顕正の祈りをけなげに貫き、地域の友好に誠実に尽くしておられる
。慈覚と誇りをもって懸命に戦っておられる。本当にうれしいかぎりである。
あの法盗人の日顕には、当時、なんと世界の千六百万人もの「退座要求書名」が送られた。そし
て、ご存じのように、大恩ある学会を裏切った日顕には、厳然と仏罰が下された。
中国の古典『春秋左氏伝』には、こうある。
「恩知らずと戦うのだ。勝たぬはずはない」
御聖訓には仰せである。
238
「日蓮は世界第一の法華経の行者である。この日蓮を謗り、怨む者の味方になるような者は、世
界第一の大災難にあうであろう」(御書 0226p 通解)
創価学会は、仏意仏勅の広宣流布の団体である。世界第一の正義の団体である。何ものも、その
前進を阻むことはできない。
きょうは、わが青年部が、この千駄ヶ谷から、獅子奮迅の大攻撃をしていこうと集っている。
もう、青年部の時代である。皆が使命深き闘士である。「勝利の王手」を頼みます!
セルビア・モンテネグロにも使命の同志が
先ほど、ヨーロッパの良識から意義深き栄誉を拝受した。
セルビア・モンテネグロの、わが気高き地涌の菩薩の皆さま!この栄冠は、貴国の同志の勝利の
象徴です。本来は皆さまがいただくべきところを、私が代わってお受けしたとおもっております。
セルビア・モンテネグロといえば、かつて、サイレンが鳴り、ミサイルが降る戦乱があった地域
である。そのなかで、妙法を唱え、励ましあって前進してこられた。大変なことである。それを考
239
えれば、どれほど日本は恵まれていることか。
同志の皆さまに、全員で拍手を送りたい。遠くから来日され、本当にうれしい。
御聖訓に照らし、妙法の同志の活躍が光り輝く国土、世界は、必ず無量の諸天に護られる。必ず
栄えていく。
ここに、「立正安国」の法理がある。戦後の日本も、創価学会の前進とともに復興してきた。
240
本当に不思議なる使命の同志を、もう一回、盛大な拍手でたたえたい。ありがとう!
“マレーシアSGIは健全な青年を育成”と
きょうは、マレーシア創価学会の方々もお見えくださった。ようこそ!
本年は、マレーシア広布四十周年。また、きょう六月十五日は、法人を取得して、ちょうど二十
周年の記念日である。おめでとう!本当によく頑張ってこられた。
マレーシアの大発展は、世界の模範と言われている。首都の中心には、堂々たる十二階建てのマ
レーシア総合文化センターが、誇り高くそびえ立っている。
私も四年前、センターの建設現場に立ち寄った。題目を送らせていただいた。
このセンターではこれまで、じつに約百回にわたり、学術セミナーをはじめ、社会に開かれた文
化事業が行われている。国家の要人、海外の識者からも、深い感謝と賞讃が、多く寄せられている
。
241
本年中には、全国で二十三番目となる立派な会館が完成し、これで、マレーシアの主な州に文化
会館が建つことになる。おめでとう!
州の政府から、「健全な青年を育成しているマレーシア創価学会に、どうしても活動拠点をつく
ってもらいたい」との要請を受けて建設された会館もある。名誉なことである。
文化の壁を超えて、信頼を勝ち取り、人間主義を拡大することが、どれほど至難な大事業、大偉
業であるか。
皆さまが悠然と、理解の輪を広げてこられたことは、まるで“神業”、いや“仏業”である。偉
大なことである。
大聖人は、「智者とは世間の法より外に仏法を行ず」(1466:14)と明快に仰せである。
マレーシアの友は、御聖訓のままに、仏法即社会、信心即生活の大道を歩みぬいてこられた。マ
レーシアは勝った。断じて勝った。
皆さまの異体同心の団結の勝利は、世界広布の歴史に永遠に輝くと申し上げたい。
日寛上人は「立正安国論」の「安国」の意義について、日本の鎌倉時代にとどまらず、「一閻浮
提」に、そして「未来」に通じると指南されている。
242
私は入信当時、日寛上人が著された文段などを学び、身震いするほど感動した。「すごい仏法だ
!本当に正しい仏法だ!」と、心が広がり、一段と納得し、深く信心を決意したものである。
この日寛上人の仰せのとおりに、世界へ、そして末法万年へ「立正安国」の波を起こし、広げて
きたのが、創価学会の師弟の歴史である。世界平和こそわれらの悲願であり、根本路線なのである
。
仏教は二極の対立を乗り越える“第三の力”に
私は今まで、世界中の対話を繰り広げてきた。学者、哲学者、政治家をはじめ、ありとあらゆる
分野の方々と、堂々と論じあってきた。「会える人はすべて会う」決意で努力してきた。
仏法を根本にすえて対話すれば、すべての縁が生かされ、世界が広がるのである。
アメリカ・ハーバード大学の、宗教学研究者の第一人者として著名なコックス教授や、世界的に
有名であるガルブレイス名誉教授とも対話を重ねた。
ハーバード大学では、二度、講演させていただいた。
243
九三年の講演の折には、両教授から講評をいただいたことも、よき思い出である。
私との対談のなかでコックス教授は、仏教の役割に期待し、次のように明晰に語られた。
「キリスト教徒とイスラム教徒の間で繰り返されてきたような抗争は、仏教の歴史にはみられま
せん。この二宗教に仏教的な要素が、どう、良い影響をもたらすか――私も希望を抱いている一人
です」
それは、ちょうど西洋音楽の『和音』にも例えられるでしょう。二つの音だけでは、和音になら
ない場合でも、そこに、もう一つの音が加わることによって、美しいハーモニーが生まれるように
」
仏法が平和のハーモニーを生み出すとの絶妙の譬喩である。
たしかに、人間社会において、東西冷戦のような「二極」の対立が、どれほど不毛にして不幸な
不協和音を、もたらしたか。世界が苦しんだ。厳しき歴史の実相である。
そこに、新たな“第三の力”が加わっていくことで、聡明な全体の調和をはかりながら、より幸
福と平和の方向へ、一歩、また一歩と前進していくことができる。そうした力が、世界で必要とさ
れているのである。
ここに、日蓮仏法の対話の精神が生かされ、価値創造の智慧が光っていることを、知っていただ
きたい。
244
二本の足だけでは不安定な場合も、「鼎」のように三本の足で支えれば、安定することができる
。
『三国志』の英雄・諸葛孔明は、王道の理想を実現する第三の勢力として『蜀』の陣営を広げた
。
わたしたちもまた、「広宣流布の諸葛孔明」として知恵を尽くし、民衆が希望と誇りを持つこと
のできる「永遠の都」を築いていきたい。
学会は「日本の柱」「二十一世紀の柱」
大聖人は、命に及ぶ佐渡流罪の大難のなかで、「開目抄」を著された。この「開目抄」の心を、
後年、次のように端的に記されている。
「日蓮によって日本国の存亡は決まる。たとえば家に柱がなければ保てず、人に魂がなければ死
人である。日蓮は、日本の人の魂である」(御書 0919p 通解)
大聖人直結である学会の勝利によってこそ、日本と世界のゆるぎない平和と繁栄の道が大きく開
かれていく。そう決心して、「日本の柱」「哲学の柱」「二十一世紀の柱」として堂々と戦い、そ
して勝ってまいりたい。
ともあれ、偉大なのは広布に走る皆さまである。
大聖人は法華経薬王品の一節を通し、“法華経を受持する者は、一切衆生の中で第一である”と
245
述べておられる。
広布の大目的に生きるわが創価の同志は「一生成仏」と「所願満足」の人生を、永遠に勝ち飾っ
ていけるのである。
あまりにも尊く、いじらしい広布の同志を悪口罵詈し、裏切り、苦しめれば、どうなるか。法華
経の行者を迫害する者の厳しき末路を、大聖人は断言されている。
仏法の極意は「絶待勝利の信心」である。
広布のために不惜身命で戦う一人一人に、御本仏の偉大なる生命力が現われる。日寛上人は「当
体義抄文段」で「我等、妙法の力用に依って即蓮祖大聖人と顕るるなり」と仰せである。
どんな難にも負けない無敵の力が、わが生命にわき上がる。梵天・帝釈も、われらの題目に呼び
出されて、仏の軍勢を護りに護る。
246
さらにまた、広布を阻む悪鬼・魔民さえも、妙法の力用によって、私たちを守護する働きに変え
ることができる。
ゆえに、師弟不二にして、異体同心のわれらの前進には、何も恐れるものはない。いかなる状況
からでも、勝利の活路を開くことができるのである。
きょうは、“花の都”輝くフランスからも、同志が駆けつけてくださった。皆さん、ようこそ!
来年は、日本で新たな“大ナポレオン展”が開催される予定である。
ナポレオンは、大きな戦闘に臨むにあたってこう記している。
「決定的瞬間が到来したようだ。もはや思いきり戦うのみである」
思いきり戦い、断じて勝つ!――これが、戦の指揮をとる将軍ナポレオンの決意であった。
いわんや、平和と人道の闘争を貫く私たちは、さらに勇敢に学会精神を燃えあがらせ、思いきり
、悔いなく戦ってまいりたい。
247
“哲学と精神性の光”を社会へ
インド独立の指導者マハトマ・ガンジーは語った。
「私は宗教が政治と無関係であるとは信じない。宗教から離れた政治は焼くよりほかにしかたの
ない屍のようなものだ」
哲学や精神性を失えば政治は堕落してしまう。それでは、多くの庶民がくるしむことになる。
だからこそ、人間主義に根ざした“哲学と精神の光”を社会に送る創価の運動が重要になってく
る。世界の知性が大きな期待と賞讃を寄せる理由もここにある。
十八世紀から十九世紀の韓国の思想家・丁若縺iチョンヤギョン)は語った。
「たいせつなことは地位の高低ではない。いかにして国のために民のために正しい政治をするか
である」
そのとおりだ。韓国は日本にとって、文化の大恩ある国である。偉大な人物がたくさんいる。日
本では、あまりにも知られていない。
「韓国のガンジー」と言われた安昌浩(アンチャンホ)独立の父ともたたえられる賢人である。
彼はよく語っていたという。
248
「『機会』は力のある者へはいつでもやって来る。力のない者は、たとえそれが目の前にあって
も活用し得ない」
深い味わいのある言葉だ。チャンスを生かすには「力」がいる。そして、「勇気」がいる。
「勇気の人」が勝利する。信心とは「究極の勇気」である。勇気で進みましょう!
さらに、世界の箴言を、いくつか皆さまに贈りたい。
イギリスの詩人・劇作家のシェークスピアは、戯曲の中で登場人物に語らせている。
「すべてを決するのは最後だ」
勝負は最後の戦いで決まる。執念で決まる。
人生も同じである。いかに華やかな、恵まれた生活を送っても、最後がみじめでは、むなしい。
敗北である。逆に、どんなに辛酸をなめたとしても、最後に勝てば「勝利の人生」である。
ルネサンスの桂冠詩人イタリアのペトラルカは、手紙の中で記している。
「魂の偉大さにくらべれば何ものも偉大ではない」
人間は、自然の偉大さや美しさには心を奪われ、讃嘆する。しかし、自身の魂の偉大さには、な
かなか気づかない――桂冠詩人は、こう訴えているのである。
魂ほど偉大なものはない。信心ほど偉大なものはない。その宝は、わが胸中にある。不可能を可
249
能にする強き祈りで、堂々と前進してまいりたい。
嘘を暴け!真実が勝利する時代を開け!
ドイツの哲学者ヤスパース。彼は、他の国や人々との関係において、真実が要求するのは「嘘、
詭弁、詐欺といったあらゆる現象に精神力で対処し、不断の努力でそれらを暴露することである」
と論じている。
嘘は、断じて暴かねばならない。真実が勝利する時代を開かねばならない。
日蓮大聖人は、嫉妬に狂った他宗の僧侶らの讒言によって、おとしいれられた。悪意のデマを流
され、中傷された。学会を狙い、私を狙った。嘘やでっちあげの中傷も、これまで無数になされて
きた。狂った「言論の暴力」に、いくたびも襲われた。
すべて法華経に「悪口罵詈」「猶多怨嫉」と説かれているとおりである。
しかし、私たちは敢然と戦い、すべてに勝利した。学会の正義は、裁判の場でも完全に明らかに
なった。皆さまが、よくご存じのとおりだ。
シェークスピアの有名な戯曲に「オセロー」がある。勇敢な将軍オセローが悪人の部下の策略に
はまり、美しき妻デズデモーナが不貞を働いたと想い込む。そして、ついにはみずから妻を殺害し
250
てしまうという悲劇である。
戯曲の中で、デズデモーナの潔癖を知る女性が言う。
「どこで?いつ?どのように?なにを証拠に?ムーア様はどこかの悪党にだまされておいでなの
だ。
「いつ」「どこで」「どのように」など、明確な証拠がない。これが嘘の常套手段である。
中国の民衆の魂を覚醒させた文豪・魯迅。彼は、著作の中で「私の生涯のなかで、私に大きな損
害を与えたものは(中略)『流言』というものである」「こんな奴らのことを、畜生、と総称する
ことにした」と述べている。
魯迅もまた、さまざまな中傷に苦しめられた。歴史に偉業を残した人物は多かれ少なかれ、こう
した苦難を乗り越えているのである。
他方で彼は、低俗な出来事に惑わされる愚かさをつづっている。
「これからはもう決して下らぬことにはかかわらぬことだ。泰山が目の前に崩れて来ようとも顔
色を変えず、爆弾がすぐ側に落ちようとも身じろぎ一つせぬように修練しなければならぬ」
何があっても微動だにしない強き精神――それを鍛えゆくのが、信仰である。
251
人々のため、社会のために尽くす――広宣流布ほど偉大な仕事はない。
どうか皆さん、お元気で!生き生きと、楽しく!朗らかに!
幸福になるための学会活動です。尊き同志の健闘を、ほめたあたえあいながら、にぎやかに進み
たい。
皆さま方の勝利を心から願って、きょうのスピーチを終わりたい。
来月、元気な姿でお会いしましょう!長時間、本当にありがとう。
(創価国際友好会館)
252
040618top
各部合同協議会
君よ心に勇気のマーチ(行進曲)を
「師弟」に生きぬけば一切の労苦は「黄金の歴史」に
人生は戦いだ。毎日が真剣勝負である。
法のため、人のため、社会のために、懸命に行動する。だからこそ、偉大なる人間革命ができる
。いかなる宿命をも転換し、永遠にして絶待の幸福境涯をつかめるのである。
仏法は、正義と邪義の戦いである。一生の間には、釈尊の時代の提婆達多のごとき悪人が出てく
るものだ。それを信心の利剣で打ち破っている。これが広宣流布の人生である。
253
最後の最後まで、断じて、戦いをやめてはならない。
私の胸中には、つねに恩師である第二代会長先生がいる。
厳しい先生であった。記憶力は抜群。朝から晩まで、激しく頭脳は回転する。先生の数々の指示
の的は、つねに私である。徹底して鍛えられた。
先生の事業が最大の苦境にあった時、私は渉外戦の矢面に立った。車もない、給料すら、もらえ
ない。そして満身創痍の先生。このままでは創価学会はどうなるか――。
「大作、頼む!」
恩師の期待に、私は全責任を担って立った。勝利へ、劇のごとくに。
師匠に安心していただきたい――ただ、その一心で、私は走った。
戸田先生の会長就任後、学会全体で、弘教が、なかなか進まなかった。先生は私に言った。
「それならば、大作、立ち上がれ!」
蒲田で、大阪で、弘教の大行進が始まった。
生き生きと、楽しく、友の心に勇気のマーチを奏でながら。そして、広宣流布の突破口を開き、
永遠不滅の金字塔を打ち立てたのである。
崇高なる師弟の道に生きぬけば、いかなる労苦も黄金の歴史に変わる。そこに、勝利と栄光輝く
254
人生の無上道がある。
初代会長の牧口先生も、戸田先生も、海外に行かれることはなかった。しかし心は、全世界の平
和を熱願しておられた。
私は「平和への対話」「未来を開く対話」のために世界を駆けた。
二十世紀を代表するイギリスの歴史家トインビー博士から、対談の要請があった。ロンドンの自
宅で、若い私を抱きかかえるように迎えてくださった。一流の人格の博士であった。
世界は広い。必ず「具眼の士」がいるものだ。
博士の紹介で、べッチェイ博士とお会いした。さらにルネ・ユイグ氏など、対話の旅は幾重にも
広がった。
モスクワのクレムリンでゴルバチョフ大統領との出会い、キューバでのカストロ国家評議会議長
との語らい。これらも忘れられない。
対話が、壁を破る。対話が、道を開く。
どうせ生きるなら、気宇壮大に生きるのだ。大いなる目的に向かって「やるだけやってみよう!
」と勇気の心で進む時、必ず新たな歴史は築かれる。
255
青年を最大に大事にした周総理
今年は、私が中国を初訪問して三十周年になる。
それを記念して、周恩来総理夫妻の元秘書である趙?先生と、中国友好協会副会長の王效賢先生
が、温かな声を寄せてくださった。
お二人は、「女性の世紀」の先駆者であり、重要な歴史の証言者でもあられる。私たち夫婦も、
いくたびとなくお会いし、忘れ得ぬ思い出を刻んできた。大切な宝の友人である両先生に、心から
感謝申し上げたい。
趙?先生は、じつに三十七年間にわたって、秘書として秘書としてケ穎超先生に仕えぬいてこら
れた方である。
周総理のもとで働き始めたのは、二十代初めであった。
尊敬してやまぬ総理との初めての出会い――。
若き趙先生は、どうしていいかわからないほど、ただ緊張するばかりであった。
すると、周総理は、温かく手を取り、にこやかに、こう語りかけられたのである。
256
「何も緊張することはありませんよ。私たちは皆、同志なのですから」
このひとことが、どれほど安心と喜びを与えたことか。
周総理は、青年を最大に大事にする指導者であった。
私も、青年にいやまして光をあてている。青年こそ、後を継ぎゆく、尊き同志だからである。
趙先生によれば、周総理は、ふだんは気さくでなごやかであったが、ひとたび仕事のことになる
や、きわめて厳格であったという。
報告を受けるさいは、つねに三つの点を厳しく求められたという。
一点目は「正確さ」である。
二点目は」「スピード」である。
そして三点目は「簡潔明瞭」ということであった。
周総理は、報告の中に「だいたい」とか「たぶん」とか「わかりません」といった曖昧な言葉が
出てくるのを、決して許さなかった。そうやって総理は、つねに真剣に、正確で厳密な情報をすば
やく集め、鋭く分析し、次々と手を打っていったのである。
「二十世紀の諸葛孔明」たる周総理の不滅の将軍学に、学ぶべき点はまことに多い。
257
趙先生が長年、周総理夫妻と生活をともにするなかで、大きな影響を受けたことは、何であった
か。それは「節約をする」こころがけだという。
総理夫妻は、自分の身の周りは、何事も質素であった。浪費を徹して戒めた。
たとえばケ穎超先生は、電気がむだについているのを見れば、すぐに消させた。水道の蛇口が必
要以上に開けられ、水が十分に流れているのを見れば、必ず注意した。
一事が万事である。小事が大事である。
思えば三十年前、私との会見の席で、周総理は、まだ豊かとはいえなかった当時の中国の経済事
情を、率直に語ってくださった。
趙先生は振り返っておられる。周総理は、持っている衣服も少なく、何度も修善を重ねて、大切
に着続けていたと。
どこまでも、人民と苦楽をともにされゆくお姿であった。
節約をする。むだを省く。堅実に工夫し、知恵をわかせていく――。それは、国家であれ、団体
であれ、家庭であれ、よりよき繁栄をめざす真剣さの表れである。全体のこと、未来のことを考え
、恒久的にすばらしい城をつくろうとする責任感の表れといってよい。
どんな世界も、見栄や恰好、贅沢や放逸に流されているところから、崩れ始める。これは、歴史
の鉄則である。
258
若き日に読んだ哲学者・三木清の言葉に「虚栄は最も多くの場合消費と結びついている」とあっ
た。
見栄を張らず、人まねをせずに、じぶんらしく勝利することだ。
また、「本当の倹約とは、つねにより高い次元において消費することである」と述べたのは、ア
メリカの思想家エマーソンである。
たしかに、そのとおりだ。私自身節約、節約し倹約して、そのぶんを「創価教育のために」、そ
してまた「広宣流布のために」「同志のために」との決心で進んできた。妙法のために生きれば、
さらに福運がついてくるのである。
中日友好協会副会長の王效賢先生もまた、周総理夫妻の志を受け継いでおられる。王先生は、と
くに、創価の女性のスクラムに多大な信頼と希望を寄せ、こう語っている。
「私は聖教新聞を毎号、読んでいます。紙面なあふれる創価学会の女性の皆さんの活躍は、本当
に素晴らしい」
「創価学会の女性の皆さんの知恵と勇気と行動が、平和の逆光に歯止めをかけ、『人民が主人と
なる』時代を開く力になると確信します」
われらの勝利が、人類史の新たな時代を開く、世界がそれを待っている。
いよいよ力強く、いよいよ勇敢に、人間主義の勝利へ大前進してまいりたい。
259
真実への情熱、虚偽への怒りをもて
きょうは、フランス創価学会のメンバーも参加されている。遠いところ、ごくろうさま!
「教育の危機は、教育の危機ではない。それは生命の危機なのだ」
この有名な箴言を残したのは、フランスの詩人ペギーであった。
ペギーは、かの「ドレフュス事件」のさいも、憤然と虚偽や不正に立ち向かった。
その若き胸中には「真実への情熱、正義への情熱、そして虚偽への怒りといらだち、うそと不正
への許しがたい気持ち」が燃え上がっていた。
ペギーは、烈々たる闘魂の言論人であった、彼は訴えている。
「嘲弄の上にはいかなる文化もつくられないし、つくりなおすこともできない。嘲弄や皮肉や不
正は野蛮人のものだ」「悪口では文化の再建はできない」
現代にも通ずる警鐘とも言えよう。
正義の人を愚弄し、悪口をおとしめる社会は、必ず行き詰まっていく。だからこそ、人間主義の
260
確固たる大哲学を掲げた文化運動が、深く強く求められるのである。
いかなる悪口罵詈も敢然と打ち破りながら、「生命の世紀」の新たな大建設を、私たちは断行し
てまいりたい。
ペギーは叫んだ
「デマゴギーに対する戦いはすべての戦いの中で一番永続的なものである」
正義と真実の言論を、断固として師子吼していかねばならない。
「われは勝たり」と叫べる日々を
東京富士美術館では、今秋、「ヴィクトル・ユゴーとロマン派展」が開幕する。
この展覧会は、大文豪の生誕三百周年の意義を刻むもので、フランスの国宝六点も日本初公開さ
れる予定である。
そのユゴーの言葉を、皆さま方に贈りたい。
261
「我等の魂には、唯一の感情、友情があるばかりではないか」「強勁ならんがために集団せよ。
幸福ならんがために一致せよ」
団結せよ、一致せよ――と。
そして「若い立派な才の持主であり高尚なる精神の持主たる諸君に依って漸次光明は輝いて来る
のである」「諸君の如き若き人々が勝利をかちうるのである」とユゴーは謳っている。
若き青年部を先頭に、正義の勝利へ進みたい。全員が最高に価値ある人生を生き、すばらしき歴
史を残すのだ。「われは勝たり」と言いきれる、一人一人になっていただきたい。
日蓮大聖人は「法自ら弘まらず人法を弘むる故に人法ともに尊し」(0856:09)と仰せである。
さらに、「法華経を信ずる人は・さいわいを万里の外よりあつむべし」(1492:08)と断言してお
られる。
皆さま方の栄光の総仕上げの人生は、御聖訓に照らして間違いない。その確信と誇りをもち続け
てください。
きょうは、本当にご苦労さま、全同志の「完全勝利」を祈ります。
海外の方々も、いつまでもお元気で、健康で、すばらしい人生を!
大切な同志の皆さまに、どうかくれぐれも、よろしくお伝えください。ありがとう!
(東京・新宿区内)
262
040715top
第四十回本部幹部会
第十回全国青年部幹部会
民衆こそ歴史を創る無冠の大英雄
晴れやかな大勝利、万歳!
きょうは、全国、また海外から、晴ればれと、代表が参加してくださった。本当にありがとう!
私は、広宣流布に勇んで進みゆく全同志のますますの健康とご長寿を心から祈っています。
きょうは、みんな、疲れているだろうし、暑いので、会合は短時間にしたい。また形式は抜きに
して、楽しくやりましょう。
ともあれ、どの方面も本当によく頑張った。北陸、中部、第二東京、東北、東海道、九州、四国
263
、関西、信越、北海道、沖縄、中国、東京二十三区――皆さん、あらゆる困難を乗り越えて、平和
と人道の大連帯を敢然と広げてくださった。
晴れやかな誇り高き大勝利、本当におめでとう。猛暑のなか、史上最高の大闘争、本当にご苦労
さまでした。
「創価学会、万歳!」「SGI、万歳!」と皆で、ともどもに喜びあいたい。
十九世紀フランスの大歴史家にミシュレがいる。『フランス革命史』など、民衆への共感にあふ
れた歴史書を後世につづり残した彼は、高らかに、こう謳った。
「勝利のあとで、人々は英雄を探した。そして民衆全体を見出した」と。
革命を勝利させた、本当の英雄は、どこにいるのか、それは、「庶民」であった。「団結した民
衆」であった。
地位でもなければ、肩書でもない。わが信念のため、理想のため、すべてをなげうって戦いぬく
人が、最高に尊いのである。
この無名の勇敢な民衆こそが、勝利の英雄なのだ!――これが大歴史家の洞察であった。
仏法の方程式も、同じである。
わが使命に目覚めた民衆が強くなり、雄々しく声をあげ、勝利の人生の軌道を進む。そして正義
264
の英雄と輝いていく。それが「人間革命」である。創価の誉れの人生である。
私も、今、声を大にして「わが学会員こそ、勝利の大英雄なり!」とたたえたいのである。
「創価女性の世紀」が到来!
なかでも、婦人部の皆さま方は、いじらしいまでに奮闘してくださった。本当に粘り強く、大確
信で、語りぬいてくださった。
婦人部の皆さんの正直で、誠実で、真剣な姿に胸を打たれた――そういう感嘆の声が、私のもと
にも数多く届いている。
尊き婦人部の皆さまの必死の祈りと必死の行動が、諸天善神や三世諸仏までもゆり動かしたのであ
る。婦人部の皆さん、本当におめでとう!ご苦労さまでした!
さらに、花の女子部がすばらしい大成長を遂げた。学会にとって、これほど、うれしいことはな
い。
女子部は、「信心で勝つ」ことだ。学会活動で生命を磨くことは、一生の幸福の土台を築いてい
るのである。自分自身が「幸福の当体」なのである。
女子部が強くなれば、家庭も、社会も、未来も盤石になる。学会の前途も洋々と開けてくる。
265
学会本部を訪れるお客さんのお話でも、最近とくに、女子部の皆さんの活躍が話題になることが
多いようである。「わが社の女子部の人は、すがすがしい」「知性も心も、よく鍛えられている」
「責任感がある」「対応が見事だ」等々と。
女子部の生き生きとした振る舞いが、学会への認識を大きく変えているのである。
「女性は門を開く」(御書 1566p 通解)とは、日蓮大聖人の仰せである。女子部の皆さん
が立派に育って、わが学会は、未来永遠に勝ち栄えゆく「希望の門」が開かれた。
そして今、社会のさまざまな分野で、女子部の皆さんが、さらにまた創価同窓の女性たちが、き
ら星のごとく光り輝いている。
まさに、「創価の女性の世紀」が到来した象徴であると、私は、心から祝福したい。
「第三の太陽」壮年部が輝く
わが後継の青年部は、堂々と勝利の金字塔を打ち立ててくれた。青年部の力はかぎりなく大きい
。三十年先、五十年先までの広大なる人材の流れができあがってきた。
そしてまた、「女性の太陽」「青年の太陽」とともに、壮年部の「第三の太陽」も赫々と輝き始
めた。壮年部が“おじさんパワー”を最大に発揮して、懸命に戦ってくださった。皆さんの健闘ぶ
266
りは、よくうかがっている。
曇から快晴へ、見事に壮年の太陽が昇ったと申し上げたい。
「太陽会」「敢闘会」をはじめ、壮年部の皆さま方、ありがとう。つまでも、ご健康で、ご長寿
で!
また、地域広布の一切を支えてくださっている、会場提供者のご家庭に、心からの感謝を申し上
げたい。
さらに、芸術部の皆さん、ありがとう!皆さんの力は本当に大きい。行くところ、向かうところ
、勝利の波を起こしてくださった。皆で嵐のごとき大喝采を送りたい。
日蓮大聖人は「皆我が一念に納めたる功徳善根なりと信心を取るべきなり」(0383:15)と仰せ
である。広宣流布のために働いとことは全部、自信と一家の大福運となる。
愚人からいかに嫉妬され、悪口されようと、その何十倍も、三世十方の仏菩薩・諸天善神から讃
嘆され「歓喜の中の大歓喜」の福徳に包まれる。これが仏法である。
「いざ」という時に戦いきった人の、あらゆる労苦は、仏の生命かを勝ち取る力と変わる。
仏法にむだはない。信心に損はない。皆さま方は、荘厳な夕日のごとき人生の総仕上げとなる。
反対に、尊き菩薩であり、仏に等しい皆さま方を迫害した輩は、必ず仏罰を受け、滅び去る。恩
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知らずの退転者たちのみじめな末路を見れば、明らかだ。因果の理法は、あまりにも峻厳である。
どうか皆さまは、これからも「人生の勝利王」として、何ものも恐れず、悠然と、三世永遠にわ
たる常楽我浄の大境涯を開いていっていただきたい。
“世に尽くす無冠の人こそたたえよ”
けなげな海外の同志の皆さん方、はるばると、ようこそお越しくださった。
ブラジル婦人部の皆さん、アルゼンチンの皆さん、イタリアの皆さん、そしてギリシァの皆さん
には、オリンピックの大成功を祈ります。さらにマレーシアの皆さん、韓国の皆さん、それぞれ、
偉大な歴史を創りゆく研修、まことにご苦労さまです。
日本の広宣流布の戦いも大変である。しかし、それ以上に厳しい環境の中で道を開いておられる
のが、尊い海外の方々である。
いったい、だれをたたえるべきなのか――。古代ギリシァの大教育者ソクラテスは主張した。
「市井において公共のために腐心し、またその精神を涵養して世を益する力をもつまでに至った
人びとには、何の栄誉も分かろうとしない」「この人々こそ厚く遇してしかるべきではないか」
268
これは、全ギリシァの民族祭典にさいしての演説である。
町なかに打って出て、自分のためでなく、社会のために苦労している無名の人々がいる。気高い
精神を養いながら、力のかぎり、世のために尽くしている無冠の人々がいる。その人々こそたたえ
られるべきである。
有名だから偉いのか。財産があるから偉いのか。あるいは権力者が偉いのか――断じてそうでは
ない。まさに広布へ戦う学会員こそ、最上の生命の勲章を贈られるべき方々である。大聖人はそう
断言しておられる。
大事な広布の組織を守れ
さて大聖人は、若き南条時光に、こう教えられた、大事な御書である。じっくりと拝読していた
だきたい。
「日蓮の弟子の少輔房といい、能登房といい、名越の尼などといった者たちは、欲深く、心は臆
病で、愚かでありながら、しかも自分では智者と名乗っていた連中だったので、ことが起こった時
に、その機会に便乗して、多くの人を退転させたのである」
「いいかげんな人が、信ずるような恰好をしながら、おかしなことを言いだすと、そのほかの人
269
の信心をも破ってしまうのである」
信心をしている恰好だけしながら、何か大変なことがあると退転する。それどころか、ほかの人
々の信心まで破壊していく悪人がいる。そういう人間は、まず「欲が深い」。
毎日、毎晩、人のため、社会のために尽くしぬいておられる皆さんと、正反対の姿である。
また、「勇気がない」。何かあると、すぐに逃げてしまう。
そして、「愚かである」少しも道理がわかっていない。それにもかかわらず、家柄や肩書、地位
などを頼みにして、傲慢にも、「自分では、“頭がいい、仏法のこともわかっている”と思ってい
る」
御本仏と接した弟子のなかにさえ、こういう悪人がいた。釈尊の時代にもいた。いわんや、悪世
末法が進んだげんだいにおいては、なおさらである。
尊き和合を壊す悪い人間に気をつけよ!――こう大聖人が、私たちに教えてくださっているので
ある。
ゆえに戸田先生は、何度も、厳重に忠告された。
「学会は、苦しんでいる人々を救うため、広宣流布という仏の仕事をする。最高に尊い組織だ。
戸田の命よりも大事な組織だ」
「幹部は、会員や後輩に仕え、尽くしていく存在である。いばって会員を苦しめるような幹部は
270
除名にせよ」
創価学会は、いちばん苦しんできた民衆を救うため、大聖人の御遺命のままに立ち上がった仏意
仏勅の広宣流布の団体である。
この清浄な組織を破壊する者を、絶対に許してはならない。尊き仏子である学会員をいじめる悪
人は、断じて放置してはならない。
妙法の花園は百九十カ国・地域へ
ここで、うれしい報告を申し上げたい。
それは、“カリブ海の宝石”とたたえられる「セントビンセントおよびグレナディーン諸島」と
いう国に、SGIのメンバーが誕生したのである。
大小六百の島々からなるこの美しき夢の国でも、模範の教育者として信頼されてきた壮年部の方
のご一家が、はつらつと広宣流布の活動を開始している。
今、日本の離島部の方々が一生懸命、友好の拡大を推進している。東京の八丈島、北海道の島々
、沖縄、そして九州の奄美大島、日本中の島々で、友の大奮闘が目覚ましい。
これに呼応するように、世界の島々にも地涌の友が続々と誕生している。
271
島こそ、「広宣流布の最初の地帯」なのである。
また、太平洋に浮かぶ「北マリアナ諸島連邦」も、メンバーが増え、新たにSGIの結合に加わ
った。
私が、この連邦の名門・北マリアナ大学から、「第一号名誉教授」を拝受したのは、三年前の七
月であった。この島々でも、すでに約五十人のメンバーが活躍している。
これで、わが創価の平和と人道の大連帯は、世界百九十の国と地域へと広がった。
牧口先生の殉教から満六十年の今年、世界から贈られた名誉学術称号も、「百六十」を数えた
私たちは、創価の師弟の完全勝利を宣言したい。
今回、百九十番目にSGIに加わった北マリアナ諸島連邦には「ガンジー・キング・イケダ平和
庭園」が設置されている。
その庭園の三つの碑には、私の言葉とともに、マハトマ・ガンジーとキング博士の箴言が、それ
ぞれ刻まれている。
ガンジーの師子吼の言葉は「改革を望むならば、まず自らを変革せよ」と。
272
キング博士の宣言はこうである。
「私たちは、社会を変革するために、人間の魂の変革に努めなければならない。そして同時に、
人間の魂に変革のチャンスが訪れるよう、社会の変革に努めていかなければならない」
一人の人間の変革が、社会の変革につながっていく――二人の箴言は、私たちが訴えてきた「人
間革命」の哲理と軌を一にしている。これが世界の知性に共通する、一つの結論なのである。
信念は殺せない!思想は不滅なり
今回、来日されたイタリアの有志が、イタリア独立・統一の大英雄であるマッツィーニの貴重な
著作『わが回想』を届けてくださった。ありがとう!
さっそく翻訳し、読みました。感銘しました。
この本は、今から百六十年前の七月、独立闘争に命を捧げた、青年たちを追悼する一書である。
殉難の英雄たちを擁護する書なのである。
――正義と自由のために、憤然と決起した青年たちは、一人の卑劣な裏切りによって、敵に売り
渡される。そして、全員が捕えられた。だが、青年たちは、銃口をつきつけられても、「イタリア
万歳!」「イタリア万歳!」と叫びきって、死んでいった。
273
裏切りは卑劣である。本当に怖い、私もずいぶんと裏切られ、いやな思い、苦しい思いをした。
裏切られた青年の胸中は、痛いほどわかる。
壮絶な若き同志の最後の叫びを、わが魂に刻み込んだマッツィーニは、こう書きつづった。
「私が、君たち青年によびかけることは、『戦うこと』。そして『勝つこと』である」
「青年よ、快活であれ!われわれの理想は、勝利する運命にある。悪人どもは、それを知るがゆ
えに、われわれを中傷するのだ」
「しかし、信念は殺せない!思想は不滅である!それは、嵐の中で力を増し、打たれるたびに、
ダイヤモンドのごとく、新たな輝きを放つのだ!」
私も、広布の一切を担う、わが本門の青年に呼びかけたい。
「青年よ、戦え!勝ちまくれ!勝たねばならない宿命なのだ」
「青年よ、いつも快活であれ!どんなに中傷しようとも、信仰だけは殺せないのだ!」と。
大聖人は「味方よりも強敵が人をよく成長させている」(御書 0917p 通解)と明確に仰せ
である。
敵がいなければ、敵と戦わなければ、そして敵に勝たなければ、強くなれない。これは一人の人
間も、また団体も同じである。
敵と戦うからこそ、こちらが強くなり、大きくなることができる。戦いましょう!
274
学会は、正法を誹謗し、広布を破壊する。あらゆる敵と戦ったからこそ、大きく発展し、強くな
った。それを決してわすれてはあならない。
また、マッツィーニは「意気消沈より悪しきものはない」と厳しく語った。
仏法は「現当二世」である。大事なのは「現在」であり、最も大事なのは「未来」だ。
未来の勝利を見つめながら「意気軒高」で進みたい。青年部の諸君、よろしく頼みます!
さらにマッツィーニは「宇宙を支配する法則に背くことは絶対に不可能である」と述べている。
大宇宙の根本の法則が南無妙法蓮華経である。どんな権力も、どんなに人数が多くても、この法
則にかなうものはない。反対する者は地獄である。その厳然たる法理が、御書に記された結論であ
る。
ゆえに、妙法を持った正義のわれらほど強いものはない。大宇宙にない。この大確信で進みまし
ょう!
九十六歳の善の闘士「人間を信じよ」
このたび、私は“平和の獅子”である、世界的に有名なロートブラット博士と、対談集の発刊へ
275
、対話を進めていくことになった。
博士は今年、九十六歳、光栄にも、二十歳も年下の私に対して、博士は“人類の閉塞状況を打ち
破れ”と期待してくださった。
また、あのアメリカの同時多発テロ事件の直後に、博士はロンドンから勇んでアメリカ創価が医
学を訪れ、栄光の一期生たちを、熱い思いで激励してくださった。
博士は「地球平和の探究」と題する講義で訴えられた。
「それでも私は人間の善性を信ずる。人間は文明的にも“進化”できることを確信する!」
そして博士は、この“人間の善性”の勝利の道を、わがアメリカ創価大学の英才たちに託された
のである。
276
このように、世界の知性がアメリカ創価大学に寄せる期待はまことに大きい。
きょうは、アメリカ創価大学の代表の皆さんが、参加してくださった。ほんとうにうれしい。サ
ンキュー!ようこそ!
皆さんがいれば、未来は明るい。栄光の一期生も、いよいよ来年、卒業である。「アメリカ創価
大学、万歳!」と私は申し上げたい。
教育が大事だ。これからさらに、大学の発展に力をそそいでまいりたい。東京の創価大学にも、
新たな発展の構想が広がっている。いよいよ、これからが本番なのである。
勇敢であれ!そして、堂々と勝利せよ
どうか、皆さんは勇敢に生きぬいていただきたい。勇敢でなければ、勝利の人生は歩めない。敗
北の、さびし人生になってしまう。
勝てば、社会からも信頼される。大事にされる。多くの人を味方へとかえていくことができる。
反対に、負ければみじめである。人は離れていく。私たちは、「勇敢」でいきましょう!
大聖人が大事にされた一書に、『定観政要』という中国の英知の書がある。
277
その中に、「愚かな者は、盛んに讒言をして人をそしり」と記されている。
讒言は、社会にとって無益であるばっかりか、罪なのだと喝破している。
皆さまは、陰険な讒言をはね返して、堂々たる勝利を満天下に示した。その偉業は、後世に輝き
わたるにちがいない。
イギリスの大歴史家トインビー博士は、私との対談のなかで、こう述べておられる。
「社会のどんな組織や制度も、すべて何らかの哲学や宗教を基盤としており、そうした精神的基
盤いかんによって、組織は善にも悪にもなるのです」
深い意味のある言葉である。博士は、学会が正しいことを知悉し、期待しておられた。
現代社会の病根を治すには、まず人間の心を革命しなければならない。その精神的基盤の上に、
よりよい社会が建設されていく――そう博士は確信していたのである。
また、アメリカの第二八代大統領で、ノーベル文学賞を受賞したウィルソンは、こう明言した。
「宗教という駆動力と、純粋で素朴な信仰がなければ、私の人生に生き甲斐などなかったろう。
278
自分も、友も、社会をも幸福に!――この「創価」の人生にこそ、世界最高の生きがいがある。
最後に、フランスの英雄であり、ナチスを打ち破ったドゴール大統領の言葉を贈り、スピーチを
結びたい。
「われわれの勝利は全面的勝利でなければなりませんでした。その勝利は実現したのでります」
きょうはご苦労さま!芸術部の皆さんも、本当にありがとう!
そして海外の方々、重ねて、本当によく来てくださった。
広宣流布に生きぬいた功徳は、子孫末代まで伝わります。仏法は正しいです。どうか、お体をお
大事に。楽しい滞在であってください。ありがとう!
(創価国際友好会館)
279
040717top
海外代表協議会
創価の勝利は対話の勝利!女性の勝利!
SGIは世界の「平和の柱」
熱いなか、SGIの代表協議会の開催、大変ご苦労さまです。
きょうは、イタリアをはじめとする欧州、さらに韓国、アルゼンチンの代表が集ってくださった
。また、ブラジルの婦人部の皆さん、ようこそお越しくださいました。お元気な皆さん方に会いで
きて、本当に、うれしい!
おかげさまで、わがSGIは、世界百九十カ国・地域に広がった。地球のいたるところで、SG
280
Iの友が活躍する本格的な世界広布の時代に入ったのである。
私たちの人間主義の運動に、世界の第一級の知性の方々も、熱いエールを送ってくださっている
。わがSGIは、「平和の柱」「哲学の柱」「信頼の柱」として、世界に堂々と、そびえ立ってい
るのである。
反対に、嫉妬と欲望に狂って、大恩ある学会を切り、わが同志を苦しめた日顕宗の末路は、どう
であるか。日蓮大聖人が「終にほろびざるは候はず」と、御断言されたとおり、みじめなまでに、
衰亡の一途をたどっている。
学会は、そしてSGIは、極悪の日顕一派に敢然と打ち勝った。広布破壊の邪悪な陰謀を、完膚
なきまでに打ち砕いたと宣言したい。
妙法を流布して、不幸になることは断じてない。
大聖人は「末法において法華経を行ずる者を、諸天善神が必ず守護する」(御書 0750p 通
解)と仰せになっている。
さらにまた、この御本尊を身に持つ者を、一切の仏や神等が集まって、昼夜にわたって、影のよ
うに護られるであろう」(御書 1477p 通解)とも仰せである。
広宣流布に進む人を、諸天は断じて護る。いわんや、海外の大変な環境のなかで戦う皆さま方で
281
ある。諸天や諸仏が厳然と護ってくださることは間違いない。
草創期、創価学会は、「貧乏人と病人の集まり」と、さんざん悪口され、バカにされたものであ
る。しかし、二十一世紀を迎えた今、学会は、あらゆる次元において、ゆるぎない「日本の柱」と
なった――そういう声が数多く寄せられる。
仏法は正しい。
皆さまは、毎日毎日、幸福の種を蒔き、育てておられる。たとえ、すぐには花が咲かなくても、
時が来れば、必ずや、福徳の大輪が咲き薫る。それを確信するのが信心であり、仏法である。
ブラジルに模範の「笑顔と友愛のスクラム」
あらためて、世界広布の太陽であるブラジルの婦人部の皆さん、本当にご苦労さま!
ブラジルの著名な詩人であるコラ・コリーナは謳った。
「待つならば、きょう、生命の大地に植えこんだ良き種の収穫を待ちましょう!
植えるならば、いく百万の笑顔とスクラムと友愛を植えましょう!」
婦人部結成の月である本年六月、ブラジル婦人部の皆さんは、二千四百五十四会場に、友人を交
えて約十万人が集いあい、美しく、にぎやかに婦人部総会を開催された。
282
まさに世界の模範の「笑顔と友愛のスクラム」が広がった。本当におめでとう!
さらに、ブラジルの有名な作家エリコ・ヴェリッシモの言葉に「幸福とは、人生が空しく過ぎ去
っていかないとの確信を持つことだ」とある。
皆さま方こそ、まことの充実と歓喜と福運の一日また一日を、さっそうとあゆみゆかれる「幸福
博士」なのである。
幸福とは、どこか別の世界にあるのではない。財産があるから、有名だから、幸福ともかぎらな
い。むしろ不幸の原因になることがあまりにも多い。
大事なのは「心」である。「心こそ大切なれ」である。
心に「正しい信仰」を持った人が、いちばん幸福なのである。永遠の幸福を勝ち取ることができ
るのである。
どうか、お帰りになりましたら、尊き同志の皆さま方、ご家族の皆さま方、友人の皆さま方に、
くれぐれもよろしくお伝えください。
イタリアSGIも、この十年間で、欧州広布をリードする大発展を遂げている。本当にありがと
う!
一九九四年には、三総合方面、十五方面体制であったが、今や十九総合方面五十二方面の壮大な
283
る陣容へと発展した。メンバーも二倍を超え、拡大を続けている。
座談会運動も活発である。毎月三千八百会場で開催され、どの会場でも、毎回のように新しい友
を迎えては、有意義な対話の花を咲かせているとうかがっている。
SGIの組織は、どこまでも、「広宣流布のため」にある。「会員の幸福のため」にある。
その根本の目的を忘れないかぎり、断じて行き詰まることはない。
これからも、異体同心の団結で進んでいただきたい。
師弟不二が学会の魂
「後輩を自分以上の人材にしていく」――この広々とした生き方が創価の父である牧口初代課長
の心であった。
後輩を自分以上の立派な広布の指導者に育ててこそ、先輩といえる。
かりにも、後輩を下に見たり、心ない批判をしたり、そういう傲慢な態度であるならば、先輩失
格であり、あまりにも無慈悲である。
後輩を育てる――それは、どこまでも地道な陰の労作業にちがいない。しかし将来、後輩が立派
に成長したとき、育てた先輩にこそ、福運は巡ってくる。仏法は、限りなく公平で、深遠な生命の
284
法則を説いているのである。
仏法における先輩と後輩、なかんずく、師匠と弟子の関係ほど峻厳な人間の絆はない。
戸田先生が第二代会長に就任した翌年のことである。当時、全国には、十数支部しかなく、一つ
の支部の一ヵ月の弘教が、多いところで百所帯前後、これでは、広宣流布は何万年かかっても達成
できない。戸田先生が憂えておられた。
私は「たとえ自分が犠牲になっても、先生を支えるのだ」と心中深く決めていた。
戸田先生は言われた。
「このままではだめだ、大作、立ち上がれ!」
そして蒲田支部の支部幹部として、一ヵ月で二百所帯を突破する弘教を成し遂げた。
私はつねに突破口を開き、今日まで「久遠の誓い」の大道を走りぬいてきた。
戸田先生は、広宣流布の巌窟王であった。その弟子の私である。恐れるものなど何もない。
牧口先生には、戸田先生がいた。そして、戸田先生には、私がいた。
この三代の師弟の「魂の継承」が完璧になされたがゆえに、学会は、何百倍、何千倍にも発展し
た。
仏法史上に燦然と輝く平和と文化の大連帯を、全世界にひろげてきたのである。
戸田先生は、法華経の「在在諸仏土・常与師倶生」の文を引き、こう記しておられる。
285
「私と牧口常三郎先生とは、この代きりの師匠弟子ではなくて、私の師匠の時には牧口先生が弟
子になり、先生が師匠の時には私が弟子になりして、過去も将来も離れない仲なのです」と。
仏法の師弟は、三世に永遠である。この強靭な弟子の絆があるかぎり、学会は永遠に勝ち栄えて
いくことができるのである。
女性の美徳が宗教をリード
現在、私は月刊誌「灯台」で、アメリカ・ルネサンスの思想家ソローやエマーソンをめぐる、新
たな「てい談」を連載している。
タイトルは「生命ルネサンスと詩心――哲人ソローとエマソンを語る」
本年の八月は、ソローの代表作『ウォールデン――森の生活』の発刊から百五十周年の佳節にあ
り、対談者アメリカ・ソロー協会のボスコ会長、マイアソ事務総長も、大変に喜んでくださってい
る。
エマーソンは、「絵画、詩、音楽、建築、あるいは植物学、地質学そのほかどんな科学よるもす
286
ぐれた技術がある」と言っている。
その最高の「技術」とは何か?それは、『会話』の技術である」という。
エマーソンは語る。
「賢明で教養があり、心のこもった会話は、文明の最後の花であり、われわれが人生から受ける
最良の結末である」と。
それでは、この「会話の技術」「対話の力」を存分に発揮しているのは、だれか?
それは「女性」であると、エマーソンは結論しているのである。
まさしく創価の勝利は、婦人部、女子部の皆さま方の聡明な「対話の勝利」である。勇敢な「言
論の勝利」である。
「対話のルネサンスの世紀」「生命ルネサンスの世紀」を開かれた、女子部の皆さま方の偉大な
健闘を、私は、あらためて讃嘆申し上げたい。
さらに、エマーソンは言う。
「世界の注目に値する宗教上の展開のどれを見ても、女性が果たしてきた役割は指導的である」
つまり彼は、女性特有の愛情や洞察力、深い信仰心などの美徳が、多くの宗教の発展をリードし
てきたと論じているのである。二十一世紀の世界宗教たる創価の前進もまた、同じ方程式で進んで
いる。
287
とくに、きょうは、学会の庭で薫陶を受けてきた日本の婦人部、女子部の皆さま方が出席されて
いる。どうか、最高の青春の原点である「創価学会」「広宣流布の精神」「師弟の精神」を一生涯
、誉れ高く掲げながら、自分らしく使命の劇を飾っていっていただきたい。
大聖人も参照なされていた中国の古典の一つに『淮南子』がある。そこに「根源を塞げば物は尽
きはて、根本に背けば物は枯死する」とある。
時とともに崇高なる青春の誓願を忘れて、限りない自身の福徳の源をみずから塞いだり、一家一
族の無量の繁栄の根を断ち切ったりしては、絶対にならない。青春の誓いに生きぬいてこそ、真実
の人生の勝利者と輝くのである。
ともあれ、各国のSGIのリーダーの皆さまは、それぞれの国の歴史に、名前を残しゆく方々で
ある。
有名な「弥三郎殿御返事」に、こう仰せである。
「ただひとえに思いきりなさい。今年の世間の様子を鏡としなさい。多くに人が死んだのに、弥
三郎殿が、今まで生きながらえてきたのは、この法華経の法戦にあうためなのである。
この戦いこそ、宇治川を渡すところであり、この戦いこそ勢多川を渡すところである。この法戦
288
に勝って名をあげるか名をくだすかの境目である」(御書 1451p 通解)
皆さん方は、世界広宣流布という「この時」に巡りあうために「この地球」に生まれてこられた
。平和を築き、民衆を救う、最高に偉大な使命をもった方々である。だからこそ、いかなる困難が
あろうとも、わが使命の舞台で、一歩も退かず、「われ、かく戦えり!」との歴史をつづり残して
いただきたい。
そうでなければ、何のための人生か。何のための信仰か。
そして、誉れの広宣流布の闘士として、「わが名」を永遠に歴史に刻んでいただきたいのである
。
韓国の同志は無窮花のように
きょうは韓国からも、同志が来られている。ありあとう!
韓国の国花・無窮花が、信濃町の学会本部の周辺にも、また、八王子の創価大学や東京巻窮?記
念会館にも、炎暑に負けず、咲き薫っている。
夏を耐えぬいて咲く。秋まで次々と咲き続けていく“無窮の花”――不撓不屈の大生命力がみな
ぎる花である。
それは、あらゆる壁を破り、新しい平地を開く広布の情熱のようだ。
289
競い起こる三障四魔を打ち破る。だから広布は大発展する。
勇敢に三類の強敵と立ち向かう。だから仏の大境涯になるのだ。
ここに信心の根幹がある。
このほど、私への済州道の「名誉道民証」を、韓国SGIの代表がわざわざ届けてくださった。
あらためて、御礼申し上げたい。
済州島といえば、私が訪問したさい、天空にかかった大きな美しい虹が忘れられない。
うれしいことに、済州島にある韓国SGIの「韓日友好研修センター」には、来月、「世界平和
の像」が設置される運びとなった。
これは地球と宇宙を意味する「台」の上に、六体の“女性の像”が手を取りあい、丸く集まって
いる姿が配置されている。アジア、アフリカ、オセアニア、北アメリカ、南アメリカそしてヨーロ
ッパの世界六大洲の連帯を象徴しているという。
また六体の像は、すべて空を仰ぐように置かれ、平和な未来をめざし、全世界へ駆けゆく意義が
こめられている。
婦人部、女子部をはじめ、韓国の同志の皆さまに、心から祝福申し上げるとともに、敬愛する済
州島の無窮の発展をお祈りしたい。
290
韓民族独立の父・安昌浩先生は語った。
「団結の力がなければ、いくら良い方針であっても、実行することはできない」
団結があるところ、全身がある。希望がある。功徳がある。勝利がある。
さらに、安先生は訴えている。
「堅固な基礎の上に、良き建設がある。丈夫な根の上に、美しい花が咲き、実を結ぶ」
「韓国に、仏法を基調とした平和と文化の運動のゆるぎない土台を築きあげられた。皆さま方の
功徳は計り知れない。
また、民族独立の闘士であり、大詩人である韓龍雲先生は言われた。
「勇敢な人、知恵の深い人には、逆境など存在しない」
「勇敢と智慧の究極の源泉――それは信心しかない。信心強き人には、乗り越えられない逆境な
どないのである。
韓先生はこうも断言されている。
「努力を惜しまない人には、機会でないときなどない。停滞の人には機会は来ない」
「皆さまの懸命な努力の姿を、日本中世界中の同志が見つめたたえている。今こそ、最高の好機
291
到来である。
永遠に「異体同心の団結で前進」
ところで、広布発展の要因は何か。
その一つに、日蓮大聖人は、繰り返し、「異体同心の団結」の大切さを強調されている。
門下の大田左衛門尉、曾谷入道、金原法橋の三人に送られた有名な「転重軽受法門」にも、こう
仰せである。
「釈尊の弟子の須梨槃特というのは、兄弟の名前です。兄弟のうち一人だけでも、『すりはんど
く』と呼ばれたのです。あなたがた三人もまた、これと同じです、一人でも来られたならば、三人
一緒に来られたと思っています」(御書 1000p 通解)
ともに師匠を求めぬく「一体不二」の同志愛。励まし合い、守りあって、広布に進みゆく団結の
なかにこそ、無量無辺の功徳が湧き出るものだ。
きょうは真冬のアルゼンチンから真夏の日本に、まさに、この御聖訓のとおりの三人のうるわし
い同志(理事長と二人の副理事長)をお迎えすることができた。本当に私はうれしい。深き使命の
アルゼンチンの同志に、どうか、よろしくお伝えください。
292
大聖人が「法自ら弘まらず人法を弘むる故に人法ともに尊し」(0856:09)と仰せのとおり、広
布の友ほど尊貴なひとはいない。
万年の広布を開く大切な皆さま方が、厳然と守られ、皆、幸福を勝ち取り、胸を張って喜びに満
ちて生きていく――それが私の心からの願いである。
そのために私はいるのだと思っている。
自分が偉くなろうとか、脚光を浴びようとか、そんな小さな心は、大聖人の仏法ではない。厳し
く言えば、信心利用である。ともあれ、この創価の誉れのスクラムを、極悪の徒に、断じて壊させ
てはならない。
牧口先生は、破和合僧の輩に対して峻厳であられた。
「広宣流布の和合僧を、自分勝手な我見と増上慢で破壊するような人間は、即座に除名せよ!絶
対に、そんな幹部に従う必要はない。『法に依って人に依らざれ』である」
遺言のごとき響きをもった叫びである。
具体的には、どういう人間であるか。
たとえば――学会の幹部でありながら「信行学」の実践もなく、同志の批判ばかりしている。組
織を利用して悪事を働いたり、嘘をついて内部を攪乱し、学会や同志に多大な迷惑をかける。名聞
293
名利に流され、御書の仰せに反し、広宣流布の邪魔をする態度をとる。自分を特別な存在であると
慢心し、組織や先輩の忠告を聞かず、皆にいやな思いをさせる――。
そうした幹部は信用してはならない。絶対に許してはならない。
戸田先生は、厳しく言われていた。
「牧口先生の時代も、私の時代も、これからの時代も、いわゆる幹部と呼ばれる人間のなかから
、事件をつくり、破和合僧をしていくものが、必ずいるし、出るであろう。厳粛に見極め、処断す
ることを忘れてはいけない。それが、広宣流布のためであり、会員のためである」
戸田先生の時も、弓を引いたのは、名の知れた幹部であった。私を中心とした時も、代議士や副
会長など、何人かの傲慢な破和合僧の人間が出た。最後は皆、みじめな末路である。みなさんがご
存じのとおりだ。
金儲けのために、雑誌と連携したりして、同志を売り、師匠を売り、学会を売らんとした悪逆な
人間は、その名を永久に残すために、青年がすべてを書きとどめている。
割合に名前の知られている議員経験者の幹部や、長く幹部をやっている人間への苦情・批判の報
告もあがってくる。
会長も、「今後は、いちだんと厳格に会則に照らして、この壮大なる大広宣流布の創価学会に鼠
一匹も入れぬよう、皆で監視し、忠告して、この和合僧を護っていこう」と、厳しく言っていた。
294
いちばん大切な、まじめな学会員を厳護し、かけがえのない広宣流布の和合僧を、将来にわたっ
て発展させていかねばならないからだ。そのために、あえて大事な点を確認させていただいた。
マルロー氏は「人間革命の哲学」に期待
私が、フランスの行動する言論人、アンドレ・マルロー氏と対談して、はや三十年になる。
マルロー氏は、ダ・ヴィンチの名画「モナリザ」を、日本で公開するために、尽力してくださっ
た“文化の大使”でもある。
氏は、みずからの小説の中の人物に「指導者って?そりゃ、政治的、技術的その他いろいろある
でしょうが、とにかく、闘争によってみがきのかけられた人でなければならん」と語らせている。
氏自身が「闘争の人」であった。
そのマルロー氏が「いちばん、お会いしたかった」と、聖教新聞社まで足を運んでくださったの
である。
翌年には、パリのご自宅でも、対話を重ねた。奥様との交流も続いている。
295
マルロー氏は、私との対談で、二十一世紀を展望して、述べておられた。
「人類はいくつかの精神革命ともいえることを経験してきました」「かつてヨーロッパにキリス
ト教がもたらした精神革命といったものが、ふたたび仏教によってもたらされないという保証はど
こにもない」
また氏は、「創価学会のような人間形成の運動にほんとうに力が加われば、そして日本人の形成
を決意するならば、これは人類にとって一個の亀鑑となりましょう」と語り、創価の人間革命運動
の世界的展開に大きな期待を寄せてくださった。
氏はナポレオンの研究でも有名である。私との対談でも、ナポレオンを偲びつつ、時代を画する
「歴史的政治」を行う信念の指導者を、待望しておられた。
一九三〇年、若きマルロー氏の編纂により、『ナポレオン自伝』が発刊された。創価学会の創立
の年である。その不朽の名著が、このたび、日本でも出版された。
翻訳をされたのは、著名な西洋史家である小宮正弘先生である。先日、“マルロー氏と対談して
いる名誉会長に”と、この貴重な一書を、わざわざお贈りくださった。小宮先生は、前回の「特別
ナポレオン展」にも、深い理解の声を寄せてくださった。
明年、開催が予定されている新たな“大ナポレオン展”にも各界の大きな期待が広がっている。
296
小宮先生への心からの感謝をこめて、その書につづられたナポレオンの箴言を紹介したい。
「将軍が現場にあることは欠くべからざることである」
「将軍の不可欠の資質は、確固不動の心である」
ナポレオンの将軍学である。いわんや、仏法の広宣流布の大将軍であるならば、なおのこと、そ
うあらねばならない。
さらに、国民のための幾多の改革を迅速に断行したナポレオンは、こう語った。
「気迫をもて!気迫を!国民の幸福をはかるには、無気力な人間たち、無知な人間たちの世論に
敢然と立ち向かうことでしかない」
そしてナポレオンは書き残した。
「信仰の自由、この人間第一の宝」
この人間の第一の宝を、断固として守りゆくことを深く銘記して、私のスピーチとさせていただ
く。
「正義の聖火」を赤々と掲げながら、毎日毎日、健康で生き生きと、最高の人生を、最高の幸福
のために走りすすみましょう!
297
生き生きと「一歩成長」の夏を
婦人部と一体で、広宣流布の未来を明るくてらしゆく、花の女子部の皆さんに、きょう七月十七
日を記念して、
健康と
幸福博士の
女子部かな
と句を贈りたい。
また、まもなく、「未来部躍進月間」を迎える。未来の世代を心から励ましながら、ともどもに
一歩成長の夏としてまいりたい。教育部、二十一世紀使命会の皆さまも、尊き人材育成の献身をお
願いします。どうか、いつまでも、お元気で!
そして、全員が幸福と長寿を満喫していくための、広宣流布の信仰を断行していってください。
(東京・新宿区内)
298
040726top
全国最高協議会@
師弟こそ仏法の根幹
次の闘争へ 次の勝利へ!
伝統の全国最高協議会の開催、ご苦労さまです。
この上半期、全国の同志の獅子奮迅の大闘争によって、わが学会は、偉大なる広宣流布の歴史を
刻むことができた。すべては、尊き学会員の皆さま方の誠実と忍耐と執念の行動のおかげである。
心から深く深く感謝申し上げたい。
また、きょうは、下半期へ向け、有意義に協議を重ねながら、語りあうほどに、身心ともに健康
299
になっていくような、価値ある集いとしてまいりたい。
私が尊敬する中国の周恩来総理は、革命の理想へ闘い続けた生涯であられた。
一つ戦うと、また次の闘争へ。
一つ勝つと、また次の勝利へ。
こうして、「きょうから明日へ」「今年から来年へ」と走り続けて一生を終えられた。これが本
物の革命児である。
学会は広宣流布の組織である。広宣流布に停滞は許されない。
つねに前進!つねに成長!
これが、妙法という、何があっても行き詰まらない「無限の活力の大法」を持った私たちの生き
方なのである。
師弟の関係が人間をつくる
近代インドの思想家ヴィヴェ―カーナンダがいる。
本年二月、私は、詩聖タゴールの精神を受け継ぐ「西ベンガル州ラビンドラ・パラティ大学」か
ら最高に誉れある名誉文学博士号を授与していただいた。その折、親しく懇談した同大学のムカジ
300
ー副総長もまたヴィヴェ―カーナンダの精神性に着目し、研究を続けておられた。
フランスの文豪ロマン・ロランはヴィヴェ―カーナンダが、師匠である思想家ラーマクリシュナ
について、述べた言葉を伝記につづっている。
「自分のいっさいは彼の賜であり、いかに微小な思想といえども、自分の所有ではない。自分の
思想はすべて彼からきている」
いかなるせかいにあっても、師弟の関係が人間をつくるのである。
「師弟相違せばなに事も成べからず」(0900:13)――日蓮大聖人はこう断言されている。
私の師匠は戸田先生であった。偉大な先生であった。厳しい先生であった。
「大作、今、何の本を読んでいる!」「その本の内容を言ってみろ!」――追及の矢は、次々に
飛んできた。
一方で、先生は、私を心から信頼し、かわいがってくださった。
私の姿が少しでも見えないと、「大作は、どこに行ったか」と心配され、いつもそばに置いて離さ
ない。
朝から晩まで一緒であった。そうやって、ご自身の持てる力のすべてを、私に注ぎ込んでくださ
ったのである。
私が大阪で不当逮捕されたときのことである。
301
戸田先生は、弟子の私に代わって、牢に入ることも覚悟されていた。実際、先生は、私の拘留中
、足元にもぼつかないほど憔悴した体を引きずって、大阪地検に抗議に行かれたのである。そして
検事正に強く訴えられた。
「なぜ、無実の弟子を、いつまでも牢獄に閉じ込めておくのか!私の逮捕が狙いなら、今すぐ、
私を逮捕しなさい」と。
この気迫、あふれんばかりの弟子への慈愛、ありがたき師匠であった。
仏法の根幹は師弟である。そこに自身の限りない向上があり、無限の「正義の勝利の大道が開か
れる。
若き日より病弱であり、医師からは、「三十歳まで生きられない」と言われた私である。限られ
た時間との戦いであった。青春に悔いを残したくはなかった。だからこそ、まっすぐに「師弟の道
」を進んできた。愚直なまでに、師匠の言われたとおりに私は生きてきた。
すべては御仏意である。何になりたいとこ、どうしてほしいとか、そういう思いは微塵もなかっ
た。
302
「ただ戸田先生をお守りしたい」「戸田先生のために命を捧げよう」
こう祈っていた。
不世出の大師匠であられた戸田先生の「真の弟子」の生き方を、後世に残せば、それでよかった
のである。
師は命を削って弟子を育てた。弟子もまた命がけで師にお応えした。この生死を超えた師弟の闘
争ありて、今の私がある。
そしてまた、御本仏の仰せの「師弟不二」の実践があったからこそ、学会は世界的に発展したの
である。この一点を、断じて、ないがしろにしてはならない。
きょうは、後世のために、あえて皆さまに申し上げておきたい。
婦人部・女子部の意見を大切に
青年部も、よくやってくれた。なかんずく女子部の健闘は見事であった。
若々しい広布の乙女たちが、友のため、法のため、社会のために、生き生きと活動している。こ
れほど尊く、美しい姿はない。学会活動のなかでこそ、人生の永遠の勝利の土台は、築かれゆくの
である。
303
私は、毎日毎日、女子部の皆さんの健康と幸福と無事故を祈り続けている。
尊き女子部の皆さま、たいへんにご苦労さまでした。
「創価女性の世紀」の到来である。男性幹部は、婦人部、女子部が活躍しやすいように、女性の
意見に真剣に耳をかたむけ、その声を最大に尊重してほしい。いばる幹部は失格である。力がない
から、いばるのである。権威や役職で命令するのである。
打てば響くように、女子部、婦人部の要望に、すばやく対応していくことだ。その誠実な行動が
、広宣流布を何倍も進めるのである。
ともあれ、広宣流布に真面目に戦ってくださっている婦人部、女子部の皆さまを最大に大切にし
たい。きょうは、それを全員で約束しあいたい。
先輩は後輩を自分以上の人材に
古代ギリシァの哲学者アリストテレスは言う。
「幸福であろうとする人は優れた友を必要とする」
すぐれた友情、さらに優れた先輩・後輩の関係は人生を豊かにする。
304
先輩は、後輩を自分以上の人材に育てる――かれが学会の伝統である。
にもかかわらず、後輩の成長を妬んだり、後輩の努力の上にあぐらをかいたりする先輩がいるな
らば、とんでもないことだ。
先輩は後輩の成長を祈りぬき、喜んで後輩の犠牲になっていく。その大きな心に、後輩も励まさ
れる。先輩の期待に応えよう、もっと成長しようと頑張るのである。ここから互いの信頼が生まれ
団結ができあがる。
御聖訓には「総じて日蓮が弟子檀那等・自他彼此の心なく水魚の思を成して異体同心にして南無
妙法蓮華経と唱え奉る処を生死一大事の血脈とは云うなり、然も今日蓮が弘通する処の所詮是なり
」(1337:12)と仰せである。
学会は、異体同心の信心で勝った。信心の団結で勝った。下半期もまた、いちだんと団結を固め
あいながら、大聖人の御遺命である広宣流布へ、心一つに進んでまいりたい。
善の破壊者とは断固たる闘争を
世界の偉人である箴言をひもときながら、少々語っておきたい。
ドイツの文豪ゲーテは言った。
305
「私が善を実現しようとするのを妨げる者があれば、私は確固たる態度をもって対処せねばなら
ぬ」
「戦い」である。平和という最高の善を実現する広宣流布。その破壊者とは断固、戦いぬく。こ
の「精神闘争」こそが、学会精神である。
「世の中には敵がいっぱい居る」。ドイツのシラーはつづった。
「どこへ行っても/善良で罪を知らぬ人間を陥れようとて、/悪巧みが密かに網を張っている」
悪巧みの網また網――これが現実の世界である。ゆえに、断じて正義が勝たねばならない。団結
せねばならない。
中国・北栄時代の大政治家・王安石の墓碑には、こう刻まれているという。
「正義があっても、戦わなければ姦邪を駆逐することはできない」と。
まったくそのとおりだ。
アメリカの思想家エマーソンの指摘も鋭い。
「正義の莫大な力は、政治においても忘れられがちであります」
権力者は民衆の力を利用しようと狙っている。民衆よ、だまされるな!
306
民衆よ、結束して正義の力を世界に示せ!――こうエマーソンは訴えたのである。
うるわしき和合の世界を守れ!
学会は「師弟」の戦いで一切を乗り越え、勝ってきた。この根本の魂を、だれ人にも、絶対に破
壊させてはならない。
最も卑劣な破壊者は、内部から出る。釈尊の時代、大聖人の時代から、これは変わらぬ方程式で
あった。
古代インドの大宰相カウティリヤは指摘した。
「内部の謀叛は、蛇のように危険である」と。
古代ギリシァの大詩人ソフォクレスの戯曲の言葉は、示唆に富んでいる。
「まことの友を捨てるのは/いちばん大切な自分の命をすてるのと変わりはない」
師を裏切ることは、自分自身を裏切ることだ。学会を見くだし、同志を裏切った報いは、必ず自
分自身に返っていく。
同じく古代ギリシァの哲学者アリストテレスは“虚飾の人間を厳しく見抜け”と教えた。
307
「偽りはそれ自身あしきもの、非難さるべきものである」「真実はうるわしきもの、賞讃さるべ
きものなのである」
戦おう!信心は戦いである。人生は戦いである。
人間は、戦うから強くなる。幸福になる。何か価値をつくり、思い出をつくることだ。
中国の文豪・魯迅が、「外からの刺激がないところから向上心も失せ」ると書いたとおりである
。
なかんずく青年は、広布の一切を完璧に担い立ち、未来への新しき道を切り開いてもらいたい。
そして、わが同志が、一人も残らず、すばらしき人生の総仕上げを飾っていただきたい。
まずは最高幹部が模範となって、広宣流布の「大闘争心」を燃え上がらせ、この下半期、いよい
よ盤石なる「創価二十一世紀」の構築へ、ともどもに出発していきたい。
(長野研修道場)
308
040727top
全国最高協議会A
民衆のために闘う「本物の一人」を育てよ
恩師戸田先生の指導に学ぶ
全民衆を一人残らず幸福に!――それが戸田先生の精神であった。
地位も名誉も私財もいらない。一人の民衆が、一人の学会員が大事なのである。
そのためならば、命をなげうってでも戦いぬく、民衆を苦しめる邪悪は許さない。断じて正義を
叫びきっていく。この大闘争心こそ、創価の師弟の魂である。
私のすべては、恩師の戸田先生からきている。恩師の思想、哲学が私の根幹となっている。
309
きょうは、戸田先生が残されたご指導を、いくつか紹介したい。
先生は、幹部に厳しく言われた。
「学会の前途を守れ、一歩も退くな!」
「大指導者の資格とは、何か、それは力を持つことである」
「学会精神は功労をもって旨とする」
「実力主義」が学会の伝統である。
どれだけ、折伏をやったのか、広布の地盤を広げたのか。同志を育てたのか。そして、学会を守
ったのか、それを明確にして、賞罰をはっきりさせることだ。
「学会は、たえず人材本位の登用を行っていけ」――それが先生の厳命であった。
戸田先生は烈々たる口調で言われた。
「『嘘つき』と『増上慢』を、真の和合僧からたたき出していくことが、より広宣流布を早め、
より真実のスクラムと団結を勝ち取ることになる。これこそが、皆が納得と満足をして、前進する
ことができる世界なのだ。
学会のリーダーは、この闘争精神を断じて忘れてはならない。
また、陰で苦労している青年に対して、こう励まされたこともある。
310
「やりにくいところで、うんと苦労してこそ、人間も偉大な人になれるのだ」
どこまでも、慈悲深き先生であった。
敗戦後の日本は、今と比べものにならないほど、社会も経済も混乱していた。そのなかで、先生
は強く叫ばれた。
「さまざまな世情に、一喜一憂して紛動されては断じてならない。そんな心弱い、惰弱なことで
は、広宣流布の大業を遂行することは、決してできない」
いかなる環境にあっても、御本尊を持った人は必ず「我此土安穏」の境涯を開いていくことがで
きる。そのための仏法であり、信心である。
青年よ 理想の学会をつくれ
次に戸田先生への女子部への指導である。
「哲学を基礎としていること、これが学会の強みである」
さらに、組織の発展の急所をたずねられて、ひと言、こう答えられた。
「青年を育てよ」
青年の成長いかんで、組織は決まる。ゆえに先生は、青年に厳しかった。
311
「青年が青年の責任で、理想の創価学会を建設していけ。それを私は期待しているのだ」
「問題は人だ。全部、人で決まる。一人の人間で決まる」
「広宣流布の大業というものは、魔との闘いである。たじろぐことは許されない。負ければ人類
は、永遠に闇に包まれてしまう」
日蓮大聖人が、そして牧口先生、戸田先生がそうであったように、広宣流布の人生とは、永遠に
魔との闘争である。
敵と戦わないのは、仏法ではない。戦わなければ「仏法の中の怨」となってしまう。この「戦う
魂」を受け継ぐのが、青年の使命である。
「民衆は主人」「為政者は奉仕者」
戸田先生の政治に関する指針にふれておきたい。
「今の政治家は、指導理念がないし、指導者でもない。よき指導者が出なければならない」
政治とは、民衆の幸福のためにある。それが戸田先生のゆるぎない信念であった。
さらに、次のようにも指導された。
「ことに政治家は、生命力が旺盛でなければならない。しかし、生命力が旺盛ということが、国
312
家を思い、正義のうえに立ったところのものでなければならない。
「のんびりした政治をしていては大衆が、かわいそうである。会社も、団体も同じことだ」
大聖人は断言されている。
民衆が「親」であり、「主人」である。そして、為政者は「民衆に奉仕する立場」であると。
その関係が逆転し、「民衆本位」ではなく、民衆が「手段」となったところから、政治の堕落が
始まる。だからこそ先生は「心して政治を監視せよ」と訴えられたのである。
戸田先生は、政治の腐敗、堕落を心から憂いておられた。
「国民の幸福を願っているような顔をしている政治家などのなかに、その地位を利用して、一身
の繁栄と私財の蓄積によってのみ汲々としている者のなんと多いことか」
先生は、「国家百年の大計」を考える政治家の出現を願っておられた。
そして、政治家を志す同志に向って、先生は厳粛に、こう言われたのである。
「民衆のなかに生き、民衆のために闘い、民衆のなかに死んでいってほしいと私は願う。
313
名聞名利を捨て去った真の政治家の出現を、現代の人類社会の民衆は、渇望しているのだ」
責任ある立場の人間に対する戸田先生の目は厳しかった。その本質を鋭く見抜かれた。
「心の卑しき人間、自己の利害だけに生きる人間、虚栄で自分を飾る人間、それらは、大事な時
に、そのメッキが必ず剥がれる」
いくら口では立派そうなことを言っても、少しも「実行」がともなわない。それどころか、心で
は、真面目な人間を小バカにする。いざという時に、同志を裏切る。そういう卑劣な人間を、「信
用するな」「絶対に許すな」――これが戸田先生の厳たる指導であった。
「実力」を磨け!真剣勝負で
広宣流布を進める同志ほど、尊い人はいない。戸田先生は幹部に言われた。
「自分の組織の会員を、わが子のごとく愛し、威厳をもって面倒をみよ。信心で面倒を見よ」
本当に大事な点である、世法のことで面倒をみるのではなく、どこまでも信心根本に、ともに祈
り、ともにたちあがることだ。
女子部に対して、戸田先生は呼びかけられた。
「学会は、宗教学、すなわち世界最高の哲学を基礎として、民衆に幸福を与えるのであります」
314
最高の宗教学が、「教学」であり「御書」である。女子部の皆さんは、世界最高のすばらしい哲
学をもっている。それを友に伝えゆく使命がある。誇りも高く、青春の幸福のスクラムを広げてい
っていただきたい。
青年の力とは、何か。それは、権威でもない。肩書でもない。恰好でもない。
戸田先生は語られた。
「青年は、実力である。真剣勝負になって、自分を鍛えることだ。死に物狂いになって、勝ち抜
く力をつくりあげることだ」
ゆえに私は戦った、一切をなげうって、朝から晩まで、師を守りぬいた、夜中、一人、しんしん
と祈った。
師弟の心は崇高であった。その青春の歴史は、言葉ではとうてい、言い尽くすことはできない。
青年は、恰好主義など、かなぐり捨てることだ。「人にやらせよう」とする心は、「信心利用」
である。自分がまず模範の行動を示すのだ。
今、激戦を勝ち越えて、実力光る青年の新たな陣列が生まれつつある。それが私はうれしい。あ
らゆる広布の戦いで、悔いなき自分自身の勝利の歴史をつくってもらいたい。
先生は、眼光鋭く、青年に語られた。
315
投獄されようが、追放されようが、そこに戦っていける人間が一人いれば、広宣流布は進む。そ
の本物の一人を育てるのだ」
その「一人」になろう、と私は決めた。その誓いを貫いた。
「本物の一人」をつくる――ここに今、学会の焦点がある。そこに私は全精魂を打ち込んでいる
。
「後生畏るべし」。この中国の明言を通して戸田先生は言われた。
「弟子は偉くなっていかねばならぬ。師匠が偉いと言われることは、後生すなわち弟子が偉くな
ったことが師匠がえらくなったことに通ずるのである」
つねづね、青年部に語られた言葉である。
師弟は「不二」である。牧口先生の偉大さは、弟子である戸田先生が証明された。そして、私は
、戸田先生の偉大さを、全世界に宣揚してきた。
自分の力を開花させるには、どうしたらいいのか。
戸田先生は、自身の小説『人間革命』で、主人公の“巌さん”に、こう語らせている。
「死に物狂いで頑張っていると、次々に、自分になかった力が出てくる。いや、持っているのに
出さなかった力が湧いてくるんだな」
本当に、そのおとおりである。
316
「自分には無理だ」などと決めつけては絶対にいけない。生命には大宇宙の力がある。それを引
き出すのが妙法である。「必ずできる!」と固く心に決めるのだ。「一心不乱の祈りと行動」が、
限界の壁をつき破るのである。
ある時、戸田先生は、女子部の友に、こう語られた。
「もっと御書をよく拝するのだ。何でも御書に、ちゃんと書かれている」
御書を読まないのは、これほどもったいないことはない。
立ちはだかる人生と社会の難問、それを解決するカギは、御書の中にあるからだ。
御書には、海のごとき慈悲がある。限りない智慧があり、確信があり、戦う心が燃えている。宇
宙と生命を貫く根本の法則が、御書に明快に示されている。
一つの報告もゆるがせにするな
また別の時、先生は静かな声で、こうおっしゃられた。
「報告が足りない。いろいろのことがあるのではないか。それを、なぜ言わない」
一つの報告が、一人の人生を救うこともある。逆に、一つの報告が遅れたために、多くの人が迷
惑する場合もある。最高幹部の皆さんは心していただきたい。
317
私も、大切な同志からの報告、また世界の識者からの連絡等に、毎日、真剣に目を通している。
一つも、ゆるがせにすることなく、電光石火で、手を打っている。万年の勝利のために。
「どんな戦いでも、団結の強いほうが勝つ」との先生の言葉も、わすれることができない。
戸田先生は全同志に呼びかけた。
「凡夫にほめられるのではなくて、仏さまにほめられる境涯になろうではありませんか!」
この気概で、断固として、広宣流布の新しい舞台を開いてまいりたい。
(長野研修道場)
318
040728top
全国最高協議会B
後継者が育ってこそ令法久住
新しい発展へ「行動革命」の波を
この協議会は仏法の練磨の集いである。信心の触発の道場である。だからこそ、きょうも少々、
スピーチさせていただきたい。
夏の研修会・協議会は戸田先生の時代からの伝統である。戸田先生のもとに、一騎当千のリーダ
ーが集いあう。そして皆が心を一つにして、異体同心の団結を固めながら、はつらつと新しい前進
を開始する。これが、学会が大発展してきた一つのリズムである。
319
大事なのは行動である。いくら「協議」しても、「実行」がともなわなければ何の意味もない。
さまざまな問題に敏感に反応し、すばやく対応する。実行に移す。その組織が勝つ。発展する。未
来に着実に伸びていくのである。
中国の文豪・魯迅先生の言葉にこうある。
「要するに、口で言うだけでは駄目だ。肝腎なのはやることだ。多くの人がやらなければならな
い、大衆と先駆者が」
まずは、ここに集まった幹部自身が率先し、新しい発展へ「行動革命」の波を起こしてまいりた
い。
「いかなる組織も常に腐敗の危険にあり、内部改革を必要とする」
こう述べたのは、二十一世紀を代表する詩人T・S・エリオットである。
「内部革命」――これが発展する組織の必須条件である。
人間の体も、毎日お風呂に入って、一日の汗を洗い流せば、気持ちがいい。健康にもいい。広布
の組織も「不断の改革」が必要である。
リーダーが慢心を起こしたり、「ここまでやったから」と油断したり、「これくらいでいいだろ
う」と妥協してしまえば、すぐに組織は沈滞する。
320
つねに向上である。つねに革新である。
すべては、リーダーの一念の変革から始まるのである。
ここで詩人エリオットについて若干、紹介したい。
トマス・スターンズ・エリオット。彼は、一八八八年にアメリカで生まれた。アメリカのハーバ
ード大学、フランスのソルボンヌ大学、イギリスのオックスフォード大学等に学ぶ。とくにハーバ
ード大学では、インド哲学、仏教思想に深く傾倒した。彼の文学には、その影響が色濃く見られる
。
主な詩に、「荒地」や「四つの四重奏」等がある。また「文化の定義のための覚書」など優れた
文明評論を残した。ノーベル文学賞を受賞。一九六五年一月、ロンドンにおいて逝去している。
エリオットが学んだアメリカのハーバード大学では、私も二度、招聘を受けて講演した。
321
ハーバード大学の二度目の講演では、アメリカを代表する経済学者のガルブレイス博士が講評を
寄せてくださったことも忘れられない。
博士とは、ボストンの近郊のご自宅におじゃまするなど、何度も親しく語りあった。
博士は語る。
322
「こちらの力の源は友人である」
友情ほど強いものはない。世界の人々との友情、そしてまた、近隣の人々との友情、今、私たち
は、あらゆる心の垣根を超えて、大きく、楽しく、また自分らしく、黄金の友情を広げていく時代
に入った。私たちの舞台は無限に広がっているのである。
未来部に「信心の宝」を継承
全国では「未来部躍進月間」がスタートしている。
大切な未来部を育てゆく「二十一世紀使命会」の皆さま、学生部の「進学推進部長」の皆さま、
壮年部、婦人部の「未来部育成部長」の皆さま、暑いなか、本当にご苦労さまです。その尊き労苦
に心から感謝申し上げたい!
私は、できることならば、未来部の皆さん全員に進学してもらいたい。大学にも行っていただき
たい。それが、一人一人の可能性を無限に開いていくチャンスになるからだ。学費等も大変だが、
夜学もあれば、通信教育もある。やる気さえあれば、働きながらでも勉強できる。いくらだって道
はあるはずです。
また担当者の皆さんが、メンバーの進学についても、さまざまに応援してくださっていることに
523
、最大の感謝を捧げたい。教育部の皆さま方にも、お世話になります。大切な学会の後継者の育成
を、なにとぞ、よろしく願いします。
未来部の育成は、信心が根本である。そしてまた、「勉学第一」「友情第一」「読書第一」「健
康第一」「親孝行第一」である。
すべてをやりきるのは大変なことだが、信心をがっちりと固めていったとき、勉強も、スポーツ
も、あらゆる努力が全部、いかされていく。仏法に一切、ムダはないのである。
家庭にあっても、後継の子どもたちに、しっかりと「信心の宝」を継承していくことだ。その地
道な実践のなかに、広宣流布の前進があり、令法久住の確かな道が開けるのである。
最後は正義が勝つ
ドイツ出身で、ナチスのユダヤ人迫害と戦い、のちにアメリカの政治学者、哲学者として、功績
を残したハンナ・アーレントは叫んだ
「欺瞞がいつまでも続くということはない、そこから先では嘘が逆効果になるような点が必ずや
って来る。
真実は、必ず歴史が証明するのである。
323
また、戸田先生は強い口調でおっしゃった。
「創価学会員が、宗祖大聖人の眷属として、そして広宣流布の旗の下に結集し、闘争しているの
は、末法の御本仏、日蓮大聖人のお使いであるから、これを謗ずるものは、無間の罪を開くのであ
る」
広宣流布に真剣に戦う創価学会員をいじめたり、悪口をいうものがいったい、どうなるか。戸田
先生は、「無限の罪を開く」、つまり「無間地獄に堕ちる」と喝破されたのである。
大聖人は厳粛に仰せである。
「撰時抄」では「謗る者は罪を無間に開く」(0291:02)との伝教大師の言葉を引かれている。
「異体同心事」には「日本国の人人いよいよ法華経を謗して万人無間地獄に堕つべし」(1463
:15)とある。
そして「持妙法華問答抄」には「法華経をよみ・たもたん者を見てかろしめ・いやしみ・にくみ
・そねみ・うらみを・むすばん其の人は命をはりて阿鼻大城に入らん」(0465:11)と仰せである。
ゆえに、われわれは、「最後は正義が必ず勝つ!」との大確信で、朗らかに、意気揚々と進めば
よいのである。
325
戸田先生は、仏法の真髄を青年に教えられながら、こう語っておられた。
「師匠というものは、弟子の肩をもんでくれたりすることは、少しも、うれしくない。師匠の教
えたことを、たとえ一つでも、わかってくれることがいちばんうれしいのだ」
師匠の教えどおりに、師匠に心を合わせて進んでいけば、自分自身が大人材になっていくのであ
る。
先生は「一生涯、この命を、広宣流布に捧げようと思っているのだ。功徳を受けようなどとおも
っていません」と語られ、何があっても、毅然たる姿であられた。これが本当の仏法者である。革
命児である。
宇宙一の和楽の組織を守れ
「組織」は創価学会の命である。いちばん、戸田先生が大事にされた。
「戸田の命よりも大事な創価学会の組織」――この言葉は、端的な表現であるが、本当に深い信
条であり信念であった。
広布の組織は、たんなる人の集まりではない。「仏の集まり」である。この大宇宙の仏の生命が
渦巻いている。そこに本質がある。
326
その組織をバカにし、利用するだけ利用して、破壊しゆく人間は、仏法上、「破和合僧」の重罪
にもあたる。
戸田先生は厳格に遺言された。
「裏切り者、不知恩の者と戦うのが、仏法の慈悲だ。わが学会は、宇宙最極の和楽の世界である
。決して、魔に崩されてはならない。厳然と、わが崇高なる学会に、一人たりとも魔をよせつける
な!」
戸田先生は次のように戒めておられた。
「幹部諸君は、自分はありがたい職責にあることを喜んでこそ、組織の成果がある」
「幹部でありながらいばるのは、頭の悪い、学問のない、人望のない、信心の薄い者のすること
である。
「幹部は、会員の小使いである。みんなは幹部のご機嫌など、とってはいけない。いばる幹部は
絶対に切る」
「組織は広宣流布のためにある。その幹部が組織にのっていばったら、学会は潰れるぞ」
皆さまは最高幹部であるゆえに、あえて厳しく申し上げておきたい。
権力の道、世間的な栄誉――そこには永遠の幸福はない
327
法のため、人のため、社会のために、いちばん頑張った人が、いちばん幸福になる。これが仏法
の厳然たる因果である。
学会活動が「成仏の道」である。その道を、友と肩組みしながら進むとき、大いなる希望と繁栄
の花が咲く。
皆さまの功徳は無量無辺である。子孫末代まで伝わっていくことは絶対に間違いない。
広宣流布の人生は、無上道の人生である。同志とともに進むことがうれしい。生きていること自
体が楽しい。そうした一日一日を積み重ねながら、大勝利の人生を生きて生きて生きぬいていただ
きたい。
皆さまは偉大なる広宣の歴史を築かれた。戸田先生、牧口先生もどれほどお喜びであろうか。
戦うことが、幸福なのである。戦わないのは、何もないということだ。向上もなければ、喜びも
ない。生命の鍛えもない。ともどもに健康第一で進みましょう。
われわれの同志は、美しきカリブ海のキューバにもいる。広大なロシアの大地にもいる。百九十
の国と地域に、創価の人間主義は広がっている。
われらは世界を舞台に、堂々と「平和と文化と行進」を広げてまいりたい。
(長野研修道場)
328
0407209top
全国最高協議会C
広宣流布は慈悲の闘争
学会は永遠に「破邪顕正」で進め
日蓮大聖人の仏法の目的は、全人類の幸福である。そのための破折であり、弘教である。苦しむ
人を救っていく慈悲の闘争である。破折の修行を離れて、大聖人の仏法の「信心の血脈」はあり得
ない。
「破折精神」が学会の根本である。
大聖人御自身、「法華折伏・破権門理」の金言を高らかに掲げ、敢然と破折を行じられた。その
329
御生涯を通じて、一切の邪法・邪義を責めぬいていかれたのである。
折伏精神を忘れた指導者は、もはや大聖人の門下ではない。それでは、信心の功徳も出ない。
「仏法は体のごとし世間はかげのごとし」(0992:14)である。
仏法が「体」である。社会は「影」である。
無理に相手に合わせたり、周りとうまくやっていこうとするあまり、根本の精神を手放すような
ことがあれば、本末転倒であることを知らねばならない。
時代も社会も、変化の連続である。学会活動の形態も、さまざまに変化していくのは当然であろ
う。しかし、何があろうとも、だれに対しても、悪を悪と言いきり、わが正義を叫びきっていく。
この破邪顕正の魂は、断じて失ってはならない。
末法において、妙法を弘める者は、必ず難にあう。法華経に明快に書いてある。
「悪口罵詈」である。
「猶多怨嫉」である。
大聖人は、繰り返し、これらの言葉を引かれている。そして難を受けないのは、法華経の行者で
はないのだ、ニセの行者なのだと教えてくださっている。
330
現代において、仏法ゆえに、非難され、中傷され、迫害されているのは創価学会しかない。折伏
精神のかけらもない日顕宗には、広宣流布ゆえの難など一つもないのである。
「創価学会は宗教界の王者である!」――これが戸田先生の大師子吼であった。次代の青年への
遺言であった。
私たちは、折伏・弘教の誉れの大道を威風も堂々と進んでまいりたい。
思想の王者らしく!平和の王者らしく!人間の王者らしく!
聖教の拡大は、人間主義の拡大
「日本中、世界中の人々に『聖教新聞』を読ませたい」――戸田先生はこう願っておられた。
大聖人は厳然と仰せである。
「仏は文字に依つて衆生を度し給うなり」(0153:06)「若し文字を離れば何を以てか仏事とせん」
(0153:07)と。
聖教新聞は、人間主義の機関誌である。「広宣流布の文字」をつづった新聞である。
「聖教の拡大」は、すなわち「広宣流布の拡大」である。折伏に通じる尊い「仏の仕事」なので
331
ある。
ゆえに、やった分だけ、自分が得をする。自分自身の広布の地図が広がる。何より、爽快な気持
ちになる。それは、だれよりも、皆さんが、よくご存じであろう。
さらにいちだんと、最高幹部が率先して取り組み、自分が動いた体験を、拡大した喜びを、友に
語り広げていきたい。そして、「皆さんも頑張ってください」「お題目を送っています」「何でも
応援しますから」等とさわやかに、礼儀正しくお願いしていくのである。
リーダーは「真剣さ」が宝である。「誠実さ」が命である。リーダーの一念が、振る舞いが、組
織を大きく前進させていく。この一点を皆で確認しあいたい。
晩年の数年間で幸不幸は決まる
さらに、戸田先生がよく言われているのは、「人生は最後が大事だ」とうことである。
「人生の幸不幸は、途中では決まらない。死ぬ前の数年間で決まる。本当の幸福境涯は、晩年の
数年間に開かれる」と。
まさに、戸田先生の人生が、そうであった。
途中が、いくら良くても、最後が苦しみばかりであれば、人生は不幸である。敗北である。反対
332
に、最後が幸福であれば、あらゆる労苦はよき思い出に変わる。ゆえに、それまでは、うんと苦労
しろ、もがき苦しんでいけ、死身弘法じゃないか!――こう戸田先生は、青年に厳しく指導された
のである。
今、社会のあらゆる分野で、学会の青年たちが、たくましく成長している。
経済界、教育界をはじめ、芸能界やスポーツ界で活躍するメンバーなど、多くの才能豊かな?か
ら、さまざまな報告もいただいている。私は、本当に、うれしい。若き青年たちが努力の汗を光ら
せながら、伸び伸びと成長してくれることが、私の最大の喜びである。
「新しい時代」をつくりゆく「新しい人材」の陣列は、着実にできあがっている。そのことを皆
さんに伝えさせていただく。
青春時代に一生の土台を
きょうは婦人部、女子部の多くの女性リーダーが参加されている。皆さまの健康を心からたたえ
、フランスの女性哲学者シモーヌ・ヴェイユについて少々ふれたい。皆さまもまた平和の女性哲学
者であるからだ。
真の仏法は世界に開かれている。「壁」や「境界」を取り払い、あらゆる英知をいかすのが、価
333
値創造の生き方である。
ヴェイユは一九〇九年、医師の娘としてパリに生まれた。十六歳で、名門の高等中学校であるア
ンリ四世校に入学する。
“哲学者アランの教えを受けたい!”――これが彼女の希望であった。
アランは、生徒に、優れた書物を徹底して読ませた。よく思索するように、できるだけ多くの文
章を書かせた。ヴェイユは、猛烈に学び、書きに書いた。だれよりも果敢に師匠にぶつかっていっ
た。師は、弟子の急速な成長を心から喜びながら、薫陶を続けた。
青春の鍛錬は、一生の幸福の土台である。
師アラン哲学との出あい――それが彼女の出発点となった。
ヴェイユは、高等師範学校を卒業後、二十二歳で国立女子高等中学校の哲学教師に就任する。生
徒のために、骨身を惜しまなかった。高度な内容にもかかわらず、生徒がよく理解していることに
、訪れた視学官は目を見張った。
彼女は、勉学の進んでいない生徒にも配慮を忘れず、無償の個人授業を申し出た。じつは、彼女
は身体が強くなかった。いつも、ひどい頭痛に苦しんでいた。だが、自分の使命と責務を放棄する
ことを、自分に許さなかった。
334
生徒たちは、尊敬をこめて語っている。
「ヴェイユ先生は、自分の平穏な生活や個人的な利害よりも、私たちを優先させるまでに至りま
した」
苦しむ人の側に立ったシモーヌ・ヴェイユ
苦しむ人々の側に立ちたい――これがヴェイユの願いだった。その願いのままに彼女は生きた。
彼女はみずからの弱い体を顧みることなく、農民や漁師たちのなあかに入って働いた。自分は教
師を務めながら、劣悪な環境で働く多くの庶民の苦しみから目をそらさなかった。自分の時間を割
いて、庶民のために、思想や学問を、親身になって教えもした。
“彼女がいてくれると、自分が高められる”――多くの庶民が彼女を敬愛した。
さらヴェイユは、学校を休職し、身分をかくしたまま、工場労働にも従事した。
「抑圧されている人々のための熱烈な闘士」と彼女は呼ばれた。
世界の人々の苦しみを自分の苦しみとする「胸を痛める心」。この世の不正義と戦う勇気、それ
が彼女の五体に脈打っていた。
ヴェイユが勤めている学校の地元に、政治から見放された庶民がいた。その人々の声を、彼女は
335
毅然と代弁した。それゆえ、一部のマスコミ等から陰険な非難・中傷が浴びせられた。
しかし彼女は、屈するどころか、ますます言論で攻めぬき、貧しい庶民の待遇の改善を勝ち取っ
たのである。
こうした彼女を、ある友人は、祖国の希望の星となった「ジャンヌ・ダルク」に、なぞらえてい
る。
ヴェイユは、権力の魔性の本質を、鋭く見抜いていた。
彼女は言う。権力というものは「精神的な価値をまったく殺してしまうものだ」
そのとおりである。だからこそ民衆が権力を厳しく監視していかねばならない。
彼女は、独裁権力との闘争に身を投じた。スペイン市民戦争が勃発するや、即座にスペインに入
国し、ファシズムと戦う義勇軍に志願して従軍した。一九三六年のことである。
第二次世界大戦では、ナチスと戦うレジスタンス運動に参加した。捕まれば、命の保証はない。
けれども彼女は信念を曲げなかった。苦しみ、戦っている同胞がいるのに、何もせずにいるなどと
いうことは、彼女には耐えられなかったのである。
苦しむ友、悩める友の話を聞くと、いてもたってもいられない。わが身を顧みず、駆けつける
336
そういう学会の婦人部、女子部の姿をほうふつさせる。
ヴェイユが亡くなったのは一九四三年、肺結核と栄養失調が原因といわれる。まだ三十四歳の若
さであった。
主な著作に『根っこを持つこと』『抑圧と自由』『重力と恩寵』などがある。著作の大半は死後
に編纂された。彼女の思想と行動は、文学者をはじめ世界に大きな影響を与えた。
彼女が生きた時代は、女性の社会進出の偏見が、いまだ根深い時代であった。そのなかで、彼女
は、人間的な友愛と連帯を生きぬいた。
彼女は言った。
「真理は一つである。正義は一つである」
正義は一つであり、そのはたのもとに民衆は集い来る。われらは世界平和の大道を、大確信をも
って進みましょう。
最後に青年部に、ヴェイユが教え子にあてた手紙の一節を贈りたい。
「大切なのは、おのれの人生を損わないことです。そのためには、みずからをきたえなければな
りません」
今こそ鍛えの時である。何ものにも負けない自分自身を築くのだ。
337
どんな迫害も覚悟の上だ。来るなら来い!――この心意気が、草創以来の学会の魂である。
一生涯、わが信念を貫く、同志の道を行く――これが最も偉大な人生である。
あのヴェイユのごとくジャンヌ・ダルクのごとく、わが友よ生きぬけ!――と申し上げ、記念の
スピーチとしたい。
最高の人生を、ともに生きぬきましょう!
(長野研修道場)
338
040730top
全国最高協議会D
史上最高の「創価城」を築け
西暦二〇一〇年 創立八十周年へ前進!
明二〇〇五年は、創価学会の創立七十五周年、そして二〇一〇年は、学会創立八〇周年の佳節で
ある。これを新たな指標としたいが、どうだろう。
創立八十周年――仏法では、「八」は「開く義」とも説く。
この年は、私が第三代会長に就任して五十周年、世界広布の第一歩から五十周年である。時が走
るのは、本当に早いものだ。
339
二〇〇五年、さらには二〇一〇年をめざして、われらは史上最高の「創価城」を築きたい。堂々
たる「常勝城」を築きあげたい。
広布を拡大すれば、必ず諸天から守られる。いよいよ厳然と平和のスクラムを固めていきたい。
焦点は青年である。もう一歩、多くの青年に連帯を広げ、創価学会の第二幕の土台を盤石にした
い。これが青年部の重大な使命である。
私は祈る。わが青年部が立ち、いちだんと勢いを増して、わが本舞台で、見事なる広宣流布の指
揮をとりゆくことを。
明年の創立七十五周年は、妙法の五字七字の数とも符合する。大きな意義を刻む年、一切に勝利
する要諦は、まず祈ることだ。徹して祈りぬくことである。
「諸葛孔明のごとき名指揮で、張りきって勝ちゆけ」と申し上げたい。
そして、男性の幹部、とくに壮年部のリーダーが、これまで以上に真剣に、誠実に取り組み、婦
人部、女子部を最敬礼していくことである。
これからの時代、女性を大事にしない組織は負ける。必ず衰亡する。何度も申し上げるが、男性
のリーダーは、この一点を深く心に刻みつけていただきたい。
340
教学が絶対に必要である。教学が学会の魂だからだ。
日顕宗は、教学をおろそかにしたがゆえに、根っこの精神から腐った――こう指摘する人がいた
。
「法に依って人に依らざれ」とは釈尊の遺言である。あくまで「法」が中心である。大聖人の「
御書」が根本である。
学会は、剣豪の修行のごとき教学研鑽を伝統としてきた。
「行学の二道をはげみ候べし、行学たへなば仏法はあるべからず」(1361:11)である。
とくに青年部が大事だ。青年時代に、徹して教学の力を磨いていくことだ。そのためにも、教学
部を中心に、いやまして、教学研鑽の流れを広げていっていただきたい。
わが人生は常楽我浄!
これから、人事の時期となる。新しい舞台で活躍しゆく人に心からエールを送りたい。
一方で、役職を交代する人もいらっしゃる。当然のことだが、皆、年をとるし、いつまでも同じ
役職というわけにはいかない。すべては、変化、変化の連続である。
しかし、わが境涯は「常楽我浄」でいくのである。変わらぬ王者の心でいくのである。
341
「心こそ大切」である。立場は変わっても、精神は変わらない。姿勢は変わらない。決して後退
しない。行ったところ行ったところで、友を励まし、友をたたえ、広布のため、同志のため、前へ
前へ進んでいく。それが学会精神である。そして、どんどん後輩を伸ばしていくことだ。どれだけ
後輩を育てたか。それが先輩の誇りである。
今から二十五年前の一九七九年(昭和五十四年)四月、私は、第三代会長を辞任した。
しかし、会長であろうがなかろうが、私は変わらない。功労者のお宅を一軒一軒回った。お会い
できない同志には、手紙や揮毫を贈り、時には、ピアノに向って、友を励まし届けた。
わが同志が喜んでくれるならば――この一点に徹して、一歩も退くことなく戦いぬき、今日の世
界的な創価学会を築きあげてきたのである。
一歩また一歩、川の流れのごとく。立ち止まらない。停滞しない。逡巡しない。後退しない。ど
んな環境にあろうとも、信心のある人、題目をあげる人、広宣流布に向っていく人には、無限の「
希望の道」が開かれる。仏法を根本に生きれば、断じて、行き詰まりはないのである。
日本では今、少子高齢化が急速に進んでいる。多くの団体が未来への不安をいだいているとの指
摘も多い。
しかし、子どもが少ないならば、一人一人を「一騎当千」の人材に育てていこう、また多くの高
342
齢者が生き生きと過ごせる環境をつくっていこう――こう前向きにとらえて、進んでいきたい。
世界を舞台に
学会は、ちっぽけな日本だけではない。世界が舞台だ。
アメリカでも弘教の波が大きく広がっている。韓国には立派なSGIの本部棟がそびえ立ってい
る。マレーシアやシンガポールなどアジア各国で社会貢献の活躍が光っている。さらに、ヨーロッ
パでも、南米でも、オセアニアでも、またアフリカでも、SGIの人間主義の運動に大きな期待と
共感が広がっている。
世界の人口は六十三億、まだまだ、世界広布は、これからが本番である。
そのために私は未来を展望し、あらゆる次元で手を打ってきた、世界に通用する力ある人材も陸
続と育ってきている。
私も世界を舞台に、さらなる広宣流布の指揮をとってまいりたい!
明年の二〇〇五年へ、そしてまた創立八十周年となる二〇一〇年の「五月三日」へ向かって、栄
光勝利の人生を、健康長寿の人生を、ともどもに勝ち飾っていきましょう!
(長野研修道場)
343
040731top
全国最高協議会E
勝つことが正義!勝つことが幸福!
創価の母は「世界の宝」
婦人部の象徴である白ゆりは、戸田先生がお好きな花であった。路傍に凛として咲く、白ゆり。
清楚で、気品高く、美しい。まさに、学会婦人部にふさわしい花である。
かの伝教大師は、「国の宝とは何であるか」と問うた。そして、正しい仏法を求め、勇敢に実践
する人こそが「国の宝」であると結論したのである。
344
広宣流布にけなげに戦いぬかれる学会婦人部の皆さま方こそ、最高に尊貴な「国の宝」であり、
「世界の宝」である。
尊き婦人部の皆さま、来る日も来る日も、ご苦労さまです。本当にありがとう。
女子部も、一人一人が見事に成長している。力のあるすばらしい人材が育ってきた。
広宣流布の道は、人生の幸福を開く道である。皆さんは、この道を、まっすぐに走りぬいていた
だきたい。どこまでも、学会とともに生きぬいていただきたい。
そこにこそ、最高の青春の躍動があり、輝きがあり、勝利がある。
古代ギリシァの哲学者アリストテレスは言った。
「生まれの良い人や権威のあるひとや富裕なひとは名誉をうけるに値するとみなされている」「
だが、本当は、善いひとだけが名誉をうけるに値するのである。
名誉に値するのは、生まれでも、権威でも、財産でもない。善い人こそ最高の名誉を与えよ。
これがギリシァの哲人の叫びであった。
明年は、学会創立七十五周年である。それを記念して、長年にわたり、広布に尽力してくださっ
た全国の誉れの同志の皆さま方を、最大に顕彰させていただきたいと考えている。
尊き使命に生きるわが学会員こそ、最高の名誉を贈られるべき人であるからだ。
345
さらに、イギリスの詩人ミルトンは叫んだ。
「しばしば、爵位のない平民のなかに、貴族たちよりもはるかに多く、徳と知恵にあふれた人物
がいるのであります」
そのとおりだ。民衆こそ偉大である。民衆こそ尊貴である。なかんずく、無限の徳と知恵を持っ
た最強の民衆の連帯こそ、わが創価学会なのである。
善の可能性を開花させる戦い
恩師戸田先生は烈々たる気迫で青年に語られた。
「勝つことが正義である。ゆえに正義は、絶対に負けてはならない」と。
妙法は、究極の正義の力である。不滅の勝利の原動力である。道理の上で正義であることを、現
実に打ち立てることだ。
ゆえに、この仏法を持ったわれわれは、断じて勝たねばならない。勝たなければ、正義ではない
、負ければ、正義ではない。
フランスの文豪ユゴーは叫んだ。
「幸福の戦、偉大の戦、正義の戦、美の戦、真理の戦、悪を排し理想を求める善の戦の他には、
346
戦なるものはあるまい。
人生は戦いである。生きることは、あらゆる現実との戦いである。そのなかにあって、私たちは
、最極の「使命の闘争」をしている。それが「広宣流布」である。
広布とは、全人類を平和と幸福に導いていく戦いである。
世界を人間主義の哲学の光で照らしていく戦いである。
人間の善なる可能性を最大に開花させゆく戦いである。
この崇高なる目的に向って進む創価の同志は、断じて、負けてはいけない。断じて、勝たねばな
らない。
「勝つ」なかに、希望がある。前進がある。幸福がある。未来がある。
「仏法は勝負」である。ひとたび戦いを起こしたならば、最高の作戦で、最高の布陣で、最高の
勝利を勝ち取っていく。それが学会精神である。
学会の役職は責任職
学会の役職は責任職である。自分が置かれた立場で全力を尽くし、使命をまっとうする。脇目も
ふらず、愚直なまでに、自分の決めた道を進む。
347
それでこそ、ありのままの自分の良さが光ってくる。「自体顕照」の光が輝きを放つのである。
いい恰好をしたい。皆にほめられたい。それではまだ本物のリーダーとはいえない。自分のため
の行動になってしまう。
あくまでも、広宣流布が根本である。同志の信心の成長が目的である。そのためのリーダーであ
る。
日本の軍国主義と戦いぬき、約二年間の獄中生活を耐えられた戸田先生が、しみじみと述懐され
たことがある。
「牢獄に入れられたとき、『いつ帰れるか』『いつ出られるか』――こう思うと、本当につらか
った。だが『一生、俺は、ここに入っているんだ』と決めてしまえば、案外、楽なものだった」と
。
微妙な「一念」の差である。それで、すべてがきまってしまう。
どんな環境が悪くても、困難な状況にあったとしても、「ここで、わが使命を果たしきっていこ
う!」と腹を決めた人は強い。
徹して、強気でいくことだ。攻めの命で進んでいくことだ。それが、「限りない前進」を教えた
信心の極意である。
348
御聖訓には「魔競はずは正法と知るべからず」(1087:16)と仰せである。
牧口先生は言われた。
「さらば従来の日蓮正宗の信者のなかに『だれか三障四魔競える人ありや』と問わねばなるまい
」
宗門は、だれ一人、三障四魔と戦っていない。それでは正法といえないではないか!――こう叫
ばれたのである。
昭和十八年の六月二十七日、宗門は、牧口先生、戸田先生を呼びつけ、法主の立ち合いのもと、
学会に「神札」を受けるように申し渡した。弾圧を恐れ、謗法を強要した。牧口先生は断固として
拒否し、退席された。
翌日も、牧口先生は法主に会い、国家諌暁に立ち上がるよう、強く訴えた。その八日後、特高警
察に逮捕されたのである。
牧口先生は、戸田先生に憤然と語られた。
「一宗がほろびることではない。一国が滅びることを、嘆くのである。宗祖聖人のお悲しみを、
恐れるのである。いまこそ、国家諌暁の時ではないか。何を恐れているのか知らん」
臆病な宗門は、保身のために、宗祖の精神を踏みにじり、捨て去った。
学会だけが、三障四魔・三類の強敵と戦った。迫害に耐え、一切を勝ち越えた。
349
平和のため、民衆のために、難を恐れず、正義を叫びきる「勇気」。これを断じて失ってはなら
ない。
ドゴール「偉大なことは情熱なくしてはできない。
今の青年部の皆さんは、フランスのドゴール大統領のことをご存じだろうか。
私との対談でキッシンジャー博士は、「ドゴールと同じ部屋にいると、彼が動くたびに重力の中
心がそちらのほうに移動するように感じました」と述懐していた。それほど存在感のある大政治家
であり、フランスの「救国の英雄」であった。
第二次大戦中のこと、ドゴールは、イギリスのオックスフォード大学で演説した。
若き学生たちに「思想が世界を導く」と語りかけた。
武力でもない。
財力でもない。
世界を導くのは思想である。
人間は思想によって生きる。
われらには、人間主義の大仏法がある。信心があり、題目があり、御書がある。
350
だから強い。胸を張って進みたい。
「われわれの団結は完全であり、なにごとが起ころうが亀裂を生ずるものではない」
これがドゴールの毅然たる方針であった。
団結こそ勝利である。派閥など断じてつくるな。これが戸田先生の遺訓であった。
ヨーロッパに吹き荒れたファシズムの嵐と戦いぬいたドゴール。彼は確信していた。
「勝利に到達するために努力を倍加せねばならぬ」
「偉大なことは情熱なくしてはなされない」
パリが陥落し、フランス政府がナチスに降伏しても、ドゴールは決して屈しなかった。「私がフ
ランスだ。私が戦いをつづける」と、イギリスに渡った。亡命政権を樹立し、祖国の解放のために
戦い続けた。
燃えるがごとき情熱!それだけが心に届く。心の勇気に火をともす。
われらも、大情熱を胸に生きぬきたい。日々の唱題こそ「情熱の極致」であるからだ。
フランスの女性作家スタール夫人は述べている。
「宗教は人民に必要であるとしばしばいわれている。そしてわたしは地位の高い者にはなお一層
宗教がひつようであることを、やすやすと証明することができると信じている」
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地位の高い者こそ、宗教が必要だ。個人よりも国家にこそ、道徳が必要だ――そう彼女は言うの
である。さすがにフランスの知性の言は鋭い。深い精神性をもたない指導者に導かれた民衆は不幸
であるからだ。
ドゴールが、「最後の勝利の日まで戦う」と宣言したごとく、われらもまたわれらの道を、荘厳
なる広宣流布の大道を、ともに勇敢にすすもうではないか!
(長野研修道場)
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全国最高協議会F
心を結べ!すばらしき出会いで
“宗教は世界へ打って出よ、その模範こそ創価学会”
仏法は、永遠の向上の道である。絶待の幸福の道である。この道は、真剣な仏道修行によってし
か得られない。いかに有名人であっても、また、権力や財力を誇っている人でも、妙法という「根
本の生命の軌道」を知らなければ、崩れざる幸福境涯を開くことはできないのである。
この永遠の勝利と福運の軌道こそ、わが創価学会の進む道である。
日蓮大聖人は「謀を帷帳の中に回らし勝つことを千里の外に決せし者なり」(0183:14)と仰
353
せである。
学会は、ばらばらの烏合の衆であってはならない。
皆で意見を出し、緻密な計画を立て、的確な手を打っていく。目標を定め、祈りを合わせ、心を
一つに進んでいく。それが勝利への方程式である。
アメリカSGIの理事長から連絡が入った。
ルイジアナ州ニューオーリンズ市に、SGIの新しい会館がオープンした。それを記念し、師か
ら顕彰が贈られた。それは、私とニューオーリンズSGIに対する信頼の証である。私は、同志の
皆さまとともに、この栄誉を分かちあいたい。
平和研究機関「ボストン二十一世紀センター」の代表からも報告が届いている。
センターが出版する研究書は、ハーバード大学やコロンビア大学など全米の主要大学の講座で教
354
材になってきた。その講座の数は、累計で二百を超えたという。
名門スタンフォード大学でも教材となった。
同大学のマクレナン宗教生活部長は、創価学会が軍部権力や宗教権力の弾圧を乗り越え、世界平
和のための国際的な組織へと発展してきたことに対して、「こうした歴史が開かれたのは、創価学
会の絶え間なき変革の賜でありましょう。他の宗教もまた、創価学会の模範にならって、それぞれ
の殻を破って広き世界へと打って出ていくべきです」と語っておられたそうである。
一流の知性は正視眼で見る。開かれた、広々とした心を持っている。正しいものを評価し、たた
えてこそ、その社会に洋々たる未来が開ける。偉大なものに嫉妬し、善人をおとしめる社会は、い
つしか衰亡していく。
友好の「金の橋」を断じて永遠に
私は世界に「橋」をかけてきた。民族の「心と心を結ぶ橋を。
355
なかでも、日本と中国の友好は、私の信念であり、悲願であった。
今から三十年前、中国の周恩来総理は私に言われた。
「平和友好条約の早期締結を希望します!」
それは一九七四年十二月五日、厳寒の北京の病院のことであった。
ケ小平副首相との二度目の語らいとなったのが、翌年の四月十六日である。
当時、日中の平和友好条約は、「覇権問題」で暗礁に乗り上げていた。その打開へ、真剣に語り
あった。私の立場で全力を尽くしたつもりである。
幾多の試練を超え、条約が締結されたのは、七十八年の八月であった。周総理は、すでに逝去さ
れていた。その遺志を継いだケ小平の存在なくしては、なしえない壮挙であった。
本年はケ小平氏の生誕百周年である。
今、旭日の発展を続ける中国。氏が心から喜んでおられる姿が、私の胸には浮かんでくる。
356
日中友好の「金の橋」を、私どもは、いやまして、永遠のものにしておきたい。
ここで、中国の大文豪・魯迅先生の言葉を紹介したい。
魯迅先生は、どこまでも民衆の味方であった。ゆえに先生は、民衆をいじめる邪悪な人間を容赦
なく責めぬいた。あるとき、無責任な評論家たちが、弱い立場の人を誹謗する記事を書いた。魯迅
357
先生は烈火のごとく怒り、反撃の一文をつづったのである。
「もし暗黒の主力に対しては、一言も発せず、一矢も放たず、それでいい『弱者』に向かっては
あれこれ文句をつけるのだとすれば、いかに正義面をしていようとも、私は言わざるを得ない――
ほんとうにもう我慢できない――彼は実に殺人者に力を貸す者にほかならない」
暗黒の主力、つまり社会の暗黒を生みだす根源の問題には、何も言わないのに、弱い人間に対し
ては、あれこれ文句をつけ、それで自分が、あたかも正義であるかのように偉ぶっている。そんな
人間は「言論」にたずさわる資格などあるものか!悪人に手を貸すものであり、共犯者と同じでは
ないか!――こう魯迅先生は叫んだのであった。
創価の父である牧口先生は指摘された。
「言わなければならないことを言えないような臆病の者は、大聖人の弟子にはなれない」と。
この邪悪を許さない闘争精神こそ、学会精神でなければならない。
魯迅先生は、こうも述べている。
「少しばかり勝利を得ると、凱歌の中に酔いしれ、緊張を失い、進撃を忘れる。そこで敵はまた
、隙に乗じて立ち上がるのである。
敵を忘れるな!――ここに常勝の方程式がある。いかなる組織も、最高幹部に油断や慢心があれ
358
ば、魔のつけ入る隙を与えてしまう。
勝った時こそ、次の勝利の因をつくるのだ。「勝利の喜び」を「追撃の勢い」に変えていくこと
だ。
「真実は人間を結合させる力」
さらに、古今の英知に学びたい。ドイツの哲学者カントは述べている。
「我々は自分の力を試すことによってのみ、初めて自分の力というものを知るようになる」
初めから、しりごみしていたら、何ひとつ、成し遂げることはできない。大胆に、勇敢に、自分
の力を試すのだ。試す舞台は、いっぱいある。
何度もお会いし、語らいを重ねた、ヨーロッパ統合の父クーデンホーフ=カレルギー伯爵はつづ
っている。
「真実は人間を一つに結び、結合させる力を持っている。真実は錯誤と虚偽が人間同士の間に設
けた柵を破壊する。
そのとおりである。真実に勝る力はない。真実の前では、いかなるウソも一瞬にして消え去る。
359
正義と真実のスクラムを、いよいよ強めてまいりたい。
戸田先生は、厳粛な場で、青年が居眠りなどをしていると厳しかった。
「寝るなら墓場で寝なさい。あっという間に終わる人生ではないか。何をしているんだ!」と。
また古代ギリシァの哲学者プラトンは、「睡眠を取りすぎることは、わたしたちの身体にも魂に
しも、またこれらすべての公私の活動にも、ほんらい調和しないのです」とつづっている。
限りある人生である。一日たりとも、一瞬たりとも、無駄にしては損である。もちろん、睡眠は
大事である。規則正しい生活と睡眠は、健康の基本である。偉大な目的に向って、生き生きと、聡
明に、価値創造の日々を送っていきたい。
「恩知らずになるな!」とは、戸田先生の遺言の一つであった。
イギリスの劇作家シェークスピアは、劇中の人物に、次のように語らせている。
「恩知らずってやつは恐ろしい化け物だ」
「恩知らずほど恐ろしいものはない。世間においても、仏法においても。
虚栄におぼれた人間ほどみじめなものはない。これまでも、学会の力で偉くなりながら、恩を忘
360
れ、虚栄におぼれ、信心を失い、あわれな末路をたどっていった人間がいたのは、ご存じのとおり
だ。
さらに戸田先生は指導された。
「所詮、現代の政治も、魔の問題に帰結する。魔は、政治を支配するもの、政治家の内にこそ潜
んでいる。
すべての人間、十界を有しているとする仏法の真理を仰ぐとき、魔の正体は初めて明らかになる
。政治権力の魔性も、人間生命の実在の姿に焦点を合わせたとき、初めてしることができる。
権力の魔性も、人間生命に巣食う。ゆえに、より根本的には、政治を変えるには「人間を変革す
る」しかないのである。
愛する同志を守りぬく!
イギリスの詩人ジェームズ・トムソンは詠んだ。
「悪の野獣にここぞと付け込ませ、/然るべき懲罰を免れると思わせてはならぬ。/『正義』は
厳しく、安易に容赦しない」
正義は悪を安易に容赦しない――よくよく胸に刻んでいきたい言葉である。
361
フィリピン独立の英雄ホセ・リサール博士の言葉にこうある。
「我々に与えられてきた数々の侮辱に対し、あくまでも戦うつもりです」
広布を破壊し、学会を破壊する仏敵とは、あくまでも戦う。愛する同志を断じて守りぬく――そ
れが牧口先生、戸田先生の精神であったし、私の精神である。
ここに創価の三代の魂があることを知っていただきたい。
(長野研修道場)
362
040802top
全国最高協議会G
歴史を創れ、わが人生の金字塔を築け!
創立八十周年に向けて
西暦二〇一〇年の創価学会創立八十周年へ向かって、各方面とも伸びている。勢いが出てきてい
る。
広大な北海道は、幹部率先の拡大がすすんでいる。すばらしいことだ。
東北は、新しい時代が到来した!学会精神にあふれる東北になった。
北陸は、がっちりと土台ができあがった。青年の成長もめざましい。
363
信越は、不屈である。誠実である。聖教の拡大も見事であった。
関東は、本当によく頑張った。よく勝った。偉大な歴史をつくった。
大東京は、世界の希望の都である。大東京は完勝が使命である。
東海道には、正義の魂が光る。先輩・後輩が団結してすすんでいくのだ。
中部には、無限の未来がある。新会館とともに新しい歴史を創りゆけ!
関西は、堂々たる日本の中心である。永遠に創価の常勝城であれ!
中国は、戦う師子の中国である。いちだんと勇敢なる中国になってきた。
四国は、実力ある人材が育っている。異体同心の団結が光っている。
九州は、アジア広布の本陣である。盤石な九州広布の総仕上げを頼む!
憧れの沖縄は、世界の広宣流布の天地と輝け!堂々と進みゆけ!
皆さん、本当に、よく頑張ってくださった。本当に、ご苦労さまでした。
信仰とは仏と魔との戦い
学会の根本は、日蓮大聖人の御書である。きょうは最初に、いくつか御書を拝したい。
「光日房」の一節にこうある。
364
法華経を信ずる人は用心を重ねて、法華経の敵を、警戒していきなさい」(御書 0931p 通
解)と。
信仰とは、仏と魔との戦いである。善と悪との争いである。ゆえにちょっとでも油断すれば、す
ぐに魔に付け入られる。邪悪な考えに毒されてしなう。だからこそ、戸田先生はつねに幹部に「断
じて魔をよせつけるな」信心の利剣で断ち切っていけ」と強く訴えられた。
大聖人は「敵を知らなければ、敵にだまされてしまう」(御書 0931p 通解)と仰せだ。
大事なのは、魔を魔と見破る眼をもつことである。そのために、教学があり、信心があるのだ。
大聖人の時代も、門下の人たちから尊敬されていた高弟たちが、仏法破壊の敵となり、同志を苦
しめた。現代も、方程式は同じである。戸田先生は、遺言のごとく言われた。
「敵は内部だぞ!」「『獅子身中の虫』が仏法をやぶるのだ!」
そして、「増上慢の幹部や貪欲な宗門の坊主には注意しろ。いつか学会を裏切るぞ」と厳しく警
告されたのである。
その一言一句を私は胸に刻みつけてきた。今、すべてが、そのとおりになった。
大恩ある学会を切った坊主や退転者たちが、いかに卑劣であり、非道であったか。皆さまが、よ
くご存じのとおりである。
大聖人は、法難と戦う門下に仰せである。
「おれから後も、いかなることがあっても、少しも信心が弛んではならない。いよいよ強く、仏
365
の敵を責めていきなさい」(御書 1090p 通解)
仏法の敵とは、断じて戦いぬかねばならない。「いよいよ強く」との心で!そうでなければ、大
切な広布の組織を厳護することはできないからだ。
これまで私は、戸田先生の直系の弟子として、ありとあらゆる迫害の矢面に立ってきた。
そして、一歩も退くことなく、戸田先生からお預かりした学会の組織を守りぬいてきた。
わが同志が健康で幸福な人生を送ってけるよう、祈りに祈ってきた。
それが私の最大の誉れである。最高幹部の皆さまゆえに、あえて申し上げておきたい。
敵をも感服させる痛快な歴史を
続いて「持妙法華問答抄」の一節を排したい。
「受けがたい人間としての身を受け、あいがたい仏法にあいながら、どうして一生をむなしく過
ごしてよいであろうか」(御書 0464p 通解)
人間は、何のために生まれてきたのか?この人生の究極の問いに対する答えが凝結した一節であ
る。
私たちの使命――それは広宣流布である。世界平和である。人間革命である。
366
私たちは皆、かけがえのない使命を持って、仏意仏勅の学会の一員となった。深い深い縁で結ば
れた同志なのである。ゆえに仮にも、できあがった組織のなかで、何の挑戦もなく、何の苦闘もな
く、要領よくいきるのであれば、あまりにもむなしい。
同じ一生ならば、命がけで働いて、わが人生の金字塔を築いていくべきだ。広宣流布の大闘争の
歴史を敢然と残していくべきだ。
「あの人のように往きたい!」と、同志の心に永遠に焼きつくような不滅の歴史を!
「みあげたものだ。あっぱれだ!」と、敵すらも感服させるような痛快な歴史を!
それが偉大なる創価の人生である。
「聖愚問答抄」には、法華経の文を引かれて、次のように仰せである。
「大智慧の舎利弗も、法華経には、信によって入ることができたのである。その智慧の力によっ
てではない。まして、その他の声聞はいうまでもない」(御書 0449p 通解)
釈尊の多くの弟子たちのなかでも、「智慧第一」といわれた舎利弗。彼でさえ、「信」によって
初めて法華経の妙理を会得したのである。
「智慧の力」ではなく「信心の力」で成仏したのである。
学会は「信心」が根本である。信心の強い人――つまり、ひたぶるに唱題し、ひたぶるに学会活
367
動に励む人、その人が、いちばん偉い。それが学会の世界である。
もし、学歴とか社会的立場などが優先されるような学会になってしまったならば、もはや未来は
ない。それでは、信心の世界ではなくなってしまうからだ。その一点を強く申し上げておきたい。
戦後の混乱期、戸田先生の事業が暗礁に乗り上げ、苦境にあったときのことである。若き私は、
先生の会社を支えるため、孤軍薫陶していた。
ある日、先生は言われた。
「大作、君には申しわけないが、学校を断念してくれないか」「その代わり、ぼくが大学の勉強
を、みんな教えるからな」
そして、このころから毎日曜日、先生のご自宅におじゃましては、あらゆる学問を教えていただ
いたのである。時には、食事まで、ご馳走になりながら。
政治、経済、法律、漢文、科学、物理学――先生の学識は、万般にわたっていった。
その後、日曜だけでは時間がたりなくなり、数年間にわたり、会社の始業前の時間を講義にあて
てくださった。まさに全精魂こめての授業であった。私も全身でお受けした。
この“戸田大学”での薫陶ありて、今の私がある。
368
戸田先生「女子部を幸福にしてあげたい」
戸田先生は、女子部に対して、折々に慈愛あふれるご指導をされた。その一端は、小説『人間革
命』にもつづらせていただいた。
戸田先生は、一九四六(昭和二十一年)の九月、戦後初めての地方折伏の折、栃木の山村で、け
なげに戦う女子部の姉妹に、こう指導されている。
「結婚は焦っちゃいかん。幸福は、遠くにあるものではけっしてない」
「ちゃんと信心してごらん。騙されたと思ってもいいから、立派な信心を貫いてごらん」
「貴女に一番ふさわしい立派な人に、必ずめぐり逢える。どういう順序でそうなるか、それはわ
からん。が、きっとそうなる。場所ではないよ、信心だ、さもなかったら、御本尊様は、うそだよ
」
「心配することなんか、少しもない。信心で、自分の宿命を大きく開いていくんだ。私がじっと
みていてあげる。けっして焦ってはなりませんぞ」
「元気になるんだよ。卑屈になってはいかん」と。
「女子部員は全員が幸福に」――これが戸田先生の願いであった。
当然ながら、結婚だけが幸福ではない。信心を貫く人生こそ無上の福徳に包まれるのである。
369
先生は女子部の会合でいわれた。
「私はみんなを幸せにしてあげたいと思う。そして五年、十年たった後、『先生、私はこんなに
幸せになりました』と報告にきてほしいのです」
「女子部の皆さんには、尊き婦人部という多くの見本があります。ただ題目を唱え、御本尊を信
じて、幸福で華やかに生きている見本であります。だから貴女方も妙法を信じて、幸せになってい
きなさい」
今、女子部が非常に伸びている。リーダーが、しっかりとした「核」となって、模範を示し、そ
のあとを後輩が続いている。若き使命の人材の流れが、できつつある。戸田先生も、どれほど喜ん
でくださっていることか。
大切な青春時代を、断じて勝ち抜いて、永遠に崩れぬ幸福の土台を築いていっていただきたい。
虚栄を捨て去れ
絢爛たるルネサンスが開花したイタリア。ヨーロッパ最古のローニャ大学で、私は万能の巨人レ
オナルド・ダ・ヴィンチと人類の議会・国連をめぐって講演した。
369
ダ・ヴィンチの手記にこんな言葉があった。
「善いことの記憶も、忘恩のもとでは、脆い」
イギリスの詩人ミルトンにも、「忘恩」は「最大の罪」と述べた文があった。
「恩を報ずる」のが、人間の道であり、仏法者の生き方である。
古代ギリシァの哲学者アリストテレスは語っている。
「知恵あるひとが最も幸福なひとである」
彼は喝破した。
「虚栄のひとは愚鈍であって、自分を知らないひと」
二千年以上も前の言葉だが、現代にも、そういう人間がいる。見栄っ張りの人間は、自分のこと
をよく知らない。しかし、内実がともなわないことは、周りが皆、知っているものだ。
幹部の皆さんが話をする場合も、「自分をよく見せよう」とか「うまく話をしよう」などと思っ
てはいけない。思う必要もない。大事なのは、「うまく話す」ことではなく、仏法の指導をするこ
とである。
快活に、誠実に、ありのままの自分でいい。真実を語る。体験を語る。御書を語る。確信を語る
。そこに人間的魅力が光っていく。
371
「もっと、もっと話を聞きたい」と言われるような名指導を、どうかよろしくお願いしたい。
理想に生きる人生こそ幸福
真実の言葉は、時代を変える。私の胸にはフランスの詩人ユゴーの雄姿が浮かぶ。
剛毅なユゴー、民衆値いのユゴー、彼はイタリアのマッツィーニに一文を送り、統一前夜のイタ
リアの民衆に呼びかけた。
「兄弟よ」「諸君の高遠偉大なる理想を想起するがいい。理想に忠実になれ。其処に自由があり
、其処に幸福がある」
いい言葉である。皆さんも、よき同志のつながりを大切にしてほしい。苦難に心がくじけそうな
友がいれば、力強く励ましてもらいたい。
理想を思い出せ!広宣流布するといったではないか!誓ったではないか!叫んだではないか!―
―と。
理想に向けて実践するなかにこそ、本当の自由があり、幸福がある。
ユゴーは断言する。
「物質上の成功は精神上の幸福では無い」
371
たとえ名声やお金があっても、不幸を感じている人が、いかに多いか。
真の幸福は、強き心にある。使命を果たしぬく大闘争のなかにある。
戸田先生は厳然と語っておられた。
「広宣流布の功績は長く、人生は短い。
短いみずからの運命にあって、永遠に残りゆく壮大な歴史を、因果の法理という歴史を、勇み喜
んで、戦いつづけるような自分自身であれ!」
「数知れぬ、悪意の波、また中傷の波があれども、断じて屈するな!」
使命ある皆さまは、広宣流布の黄金の歴史に、名を刻む一人一人であっていただきたい。戦いき
った功徳の宝冠の輝きが、子孫末代までも包みゆくことは、絶対に間違いない。
フランスの女性思想家シモーヌ・ヴェイユは、宗教という宝を、青年に、また民衆に贈るべきだ
と訴えた。
私たちは、「人間のための宗教」である日蓮大聖人の仏法の普遍性を証明しながら、いよいよ本
格的に、平和・文化・教育の運動を世界に広げてまいりたい。
皆さんは、一人一人が「広宣流布の大将軍」である。平和のため、全人類の幸福のための闘争へ
、大軍勢を率いて、この一生を終えていくのだ。
373
「勝ち戦、万歳!創価学会、万歳!」とさけびながら、尊き一生を勝ち飾っていくのである。
日蓮大聖人は「いかにも今度・信心をいたして法華経の行者にてとをり、日蓮が一門となりとを
し給うべし」(1360:06)と仰せである。
大聖人と「同意」で、「われ、地涌の菩薩なり」との大確信を胸に、広宣流布の人生を生きて生
きぬいていただきたい。
どうか、お元気で!
偉大なる広宣流布の指揮を、よろしく願いします!
(長野研修道場)
374
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女子部・教育本部・学術部合同研修会
わが心に永遠の「幸福城」を!
トルストイ「幸福は、己れ自ら作るもの」
遠いところ、また暑いなか、本当にご苦労さま!
新たな時代の到来である。次の五十年へ、堂々たる人材の大山脈を築きたい。
きょうは女子部の代表が参加している。
創価学会の未来は皆さんのなかにある。二十一世紀をつくる皆さんのために、世界の英知の言葉
を紹介しつつ、懇談的にスピーチしたい。
375
古代ギリシャの詩人エウリピデスは、戯曲で、登場人物にこう語らせている。
「豪奢な富も/黄金にあふれる館も/青春と取り替えはせぬ。/青春は、富める時も貧しい時も
/この上なく美しい」
青春ほど尊いものはない。青春の輝きに勝る財宝はない。
だからこそ、この尊き青春時代を悔いなく生きぬき、「勝利の人生」の土台を厳然と築くことだ
。わが心に永遠の「幸福の城」を構築することだ。
幸福は自分の「心」で決まる。「他人」が決めるのではない。「他人との比較」できまるもので
もない。
ロシアの文豪トルストイも述べている。
「幸福は、己れ自ら作るものであって、それ以外の幸福はない」
人によく見られようと、見栄を張っても、そこに真の幸福はない。虚栄は“幸福そうに見える魔
物”である。幸福は自分がつくるしかない。自分をつくる根本は信心しかない。信心でわが心を磨
き、崩れざる幸福の大道を歩みぬいていただきたい。
トルストイは、こうも記している。
「貴方は訊ねる。『人生の目的如何、何のために人間は生くるや、換言すれば、何のために私は
376
生きて居るか?
何のために生きるのか?――幸福になるためである。自他ともの幸福の実現、すなわち広宣流布
が私たちの信仰と人生の目的である。
どんな立派に見える学者でも、人生の根本問題に答えられる人は少ない。しかし私たちは、生命
の法則を解き明かした最高峰の哲学を持ち、実践している。“人生の大学者”との誇りをもって、
この幸福の大法を、堂々と語っていけばよいのである。
ドイツの詩人シラーの戯曲に「信仰がないところでは、万事が不安定です」との言葉がある。
いちばん大切なのは、正しい信仰だ。正しい信仰と強い信心があれば、どんな困難も乗り越えて
いける。確固たる人生を築いていける。反対に、正しい信仰を知ろうともせずに、批判ばかりする
人もいる。それでは、深い意義のある人生は生きられない。
また、フランスの思想家モンテーニュは、『エセー』にこうつづっている。
「勇気は、どんな嵐が吹こうと、道を途中でやめたり、歩みをとめたりはしない」
信仰は最大の勇気の源泉である。勇気があれば、道を開いていくことができる。これまでも、創
価学会は「勇気」で勝ち進んできた。中でも勇気ある女性が突破口を開いてきた。
スイスの大教育者ベスタロッチは述べている。
377
「愛情は愛情によって呼び覚まされ、信仰は信仰によってのみ獲得される。母の魂が奏でる音律
こそが、子どもたちの心に愛情と信仰の響きを呼び起こすのだ」
信仰は、信仰によってはぐくまれる。だからこそ学会の組織が重要になる。
一家においては、女子部が“太陽”と輝けば、家族全員を幸福の方向へと引っ張っていくことが
できる。一族の宿命を転換していける。
また結婚し、母親になったならば、わが子に厳然と信心を教えていくことだ。子どもが立派な信
心の後継者に母親の果たす役割は重要である。
幸福へ!魂を目覚めさせる教育を
きょうは教育本部と学術部の代表も参加されている。八月十二日は「教育原点の日」である。お
めでとう!
今、日本は少子化が進み、大学は厳しい生き残りの競争にさらされている。こうした時代を、ど
う勝ち残っていくか――どの学校にとっても大きな勝負である。
「有名だから」「歴史があるから」――「いい学校」なのではない。「いい教殷」のいるところ
378
が「いい学校である。人格と学問をいちだんと磨き「魅力ある教員」になっていただきたい。
アメリカを代表する教育哲学者デューイは述べている。
「教育が進歩しなければしゃかいもまた進歩し得ない」
教育が根本である。教育が進歩し、発展するならば、社会もまた進歩し発展を続けていく。
教育は本来、営利のための事業ではない。知識の遊戯でもない。人間の魂をゆり動かし、秘めた
可能性を引き出して、勝利と幸福へと向上させゆく「推進力」でなくてはならない。
イギリスの哲学者ホワイトヘットは記した。
「今日進歩しつつある国は大学の栄えている国である」
大学が栄えれば、多くの優秀な人材が輩出される。国家や社会の根幹をなすのは教育である。
大地に根を張った木は大樹と育つ。それと同じように、大学が栄える国や社会は人材の根が広が
り、大きく発展していける。
創価学会の生徒が、ディベート大会で目覚ましい活躍をしている。
379
学園生は本当に優秀だ。先生方もすばらしい。偉大な知性の勝利の歴史を残してくださった。ま
さしく“日本一”の学園となった。世界の多くの識者も、学園のレベルの高さを賞讃してくださっ
ている。
創価学園の開校以来、わが身をなげうって、生徒のため、学園のために尽力してくださった先生
方に、私は心から感謝申し上げたい。
韓民族独立運動の指導者・金九(キング)先生は喝破した。
「教育とは、けっしてたんに生活の技術を教えることだけを意味するものではない。教育の基礎
をなすのは、宇宙と人生と政治についての哲学である」
深い意味のある言葉である。よく思索していただきたい。
教育は、心の貧しい“事務的な人間”を育てるためのものではない。知識があっても、豊かな人
間性や知恵がなければ、価値ある人生、幸福の人生を歩むことはできない。豊かな人間性、知識と
知恵をかねそなえた“人間らしい人間”をそだててこそ、真の教育である。
今年の九月で、私のソ連初訪問から三十周年の佳節を迎える。
私はロシアの最高学府であるモスクワ大学のサド―ヴニチィ総長と、対話を重ねてきた。二冊目
380
となる総長との対談集『学は光――文明と教育の未来を語る』が初訪ソの日、九月八日を記念して
発刊される。総長との対談集ロシア語版は、モスクワ大学創立二百五十周年の記念事業の一環とし
て、同じく九月に発刊の予定である。
対談では、教授と学生の信頼関係の重要性について語りあった。
私は若き日、恩師である戸田二代会長から万般の学問と「人間学」を教えていただいた。それが
私の不滅の原点となっている。先生は本当に博学で、とくに数学の天才であられた。
私は毎朝のように、「戸田大学」で勉強した。講義が一段落して、先生が、こう言われることが
あった。
「今度はお前が私に教えろ。若いんだから、いろいろ吸収して、それを私に教えてくれ」
381
私はよく先生とともに旅をした。飛行機の中でも、電車の中でも、次々と質問が飛んできた。先
生は、そうして私を鍛えてくださったのである。
戸田先生も、初代会長の牧口先生も、偉大な教育者であられた。きょう集った教育本部・学術部
の皆さまも、どこまでも学生を大事にし、生徒の成長をわが喜びとする、偉大な教育者であってい
ただきたい。
きょうより明日へ 新しい出発を!
アメリカのエレノア・ルーズベルト大統領夫人は言う。
「学ぶことをやめたときは、生命という点でも人生の意義という点でも、生きることをやめたと
きです」
エレノア夫人は、「世界人権宣言」の採択に重要な役割を果たした人物である。彼女は「大統領
夫人」の立場を離れても、世界の人々のために活動を続けた。そのために、貪欲に学んだ。生ある
かぎり、向上し続けよう。人々に尽くそう。そうした思いで歩み続けたのである。
ナイチンゲールは記している。
「人間は一生に一度きりではなく、一日ごとに気持ちを改めていかなければならないのです」
382
毎日が新しい出発である。今日よりは明日、明日よりはあさってと、新たな決意で進んでいくこ
とだ。
広宣流布は闘争また闘争の連続である。一つの闘争が終わると、次の新たな闘争へ挑む。学会は
、こうして発展を続けてきた。
「闘争を堅持する人民の力はきわまることなく、つきることがないもの」とは、中国の周恩来総
理の言葉である。
戦うからこそ成長がある。発展がある。無限の力が出る。戦いをやめれば停滞し、衰退してしま
う。人生も、そして団体も同じである。
最後に、アメリカの第三十五代大統領のケネディの言葉を贈りたい。彼は言う。
「動乱と変革の時代ほど“知識は力”が真実であることはない」
激動の時代である。われらの舞台は全世界に広がっている。だからこそ、リーダーは日々、真剣
に学んでまいりたい。
また、こういう言葉もある。
383
「討論を続けようではないか――そうなれば最善の考えが勝ちを占めるようになるに違いない」
一対一の語らい。座談会――開かれた対話が学会の伝統である。
リーダーは、しゃべることだ。心ゆくまで語りあうことだ。そこに納得と充実と、さらなる発展
の道がある。
一人残らず、生き生きと、健康長寿の人生を!そう私は心から祈っている。
全員が幸せになるための信心である。勝利の人生を歩むための信心である。楽しく、有意義な価
値ある一日一日であっていただきたい。きょうは本当にありがとう!
(長野研修道場)
384
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各部合同研修会
人格で光れ!団結で進め
わが天地に難攻不落の人材城を
尊い信心練磨の研修会、本当にご苦労さま!きょうは、各部、また各方面から代表が集っておら
れる。初めに、記念の和歌と句を贈りたい。
〈女子部の友に〉
広宣と
385
広布の女子部は
一生涯
幸福 光れや
幸福 楽しく
〈関西の友に〉
大関西
師弟不二なる
常勝城
ゆるぎなき
創価の柱の
関西城
〈中部の友に〉
悠然と
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断固と 勝ちゆけ
中部城
堅塁城
地涌の陣列
輝けり
〈九州の友に〉
永遠に
先駆の誉れの
九州城
火の国に
勝ちまくりたる
同志かな
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〈信越の友に〉
晴れ晴れと
難攻不落の
信越城
信越に
咲き誇りたる
人材城
どうか、各部・各方面の大切な同志の皆さまに、くれぐれもよろしくお伝えください。
皆が長者に!皆が王者に!
ドクター部と白樺会、白樺グループの代表も参加されている。いつも人々の健康のために尽くし
ておられる。尊い医師や看護師の皆さんである。全員で、感謝の気持ちをこめて拍手を送りたい。
388
皆さんは、世界一の妙法を持った尊き仏の使いである。妙法流布という、人間として最高の使命
がある。「健康の世紀」「生命の世紀」の道を開いておられる。広宣流布のため、創価学会の同志
のために尽くす福徳は無量である。皆が長者となり、王者となりゆく方々である。いちばん高い、
いちばん深いプライドをもっていただきたい。
皆、生身の人間だから、病気にもなれば、けがもする。病院にも行く。ドクター、白樺の皆さん
は、病院で大勢の人を診療して、疲れることもあるだろう。気むずかしい人を相手にしなければな
らない場合もあるかもしれない。
しかし、病気やけがをしている人にとって、頼りになるのは医師であり、看護師である。健康と
長寿のための要の中の要が皆さんである。
医療の技術はもちろんのこと、「あの病院に行って、安心した。よかった」と言われるような、
人格の光る、すばらしい医師・看護師であっていただきたい。そして、それぞれの立場で、「世界
一の健康の病院」「理想の病院」を築いていくことだ。
十九世紀から二十世紀へ、世紀を超えて、文学史上に輝く名作をつづり残したトルストイ。彼は
六十代、七十代、そして八十二歳まで、民衆とともに働いた。だからこそ、みずからは汗をかいて
働こうとしない、高慢な人間を厳しく戒めた。
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トルストイの言葉に、こうある。
「額に汗して営々と働くにあらざれば、健康な肉体はあり得ない。また健康な思想も頭脳にわき
得ない」
額に汗して、営々と働く。そして勉強する。そうであってこそ、精神的にも、肉体的にも鍛えら
れる。要領がいいだけの人間は、最後は敗れ去る。
堂々と働く。地道に戦う。これが創価学会の強さである。
広布のため、人々のために、働いてくださっている皆さんである。御本尊が、諸天善神が護らな
いわけがない。
法華経に、「諸天は昼夜に、常に法の為めの故に、而も之れを衛護し」と厳然と記されていると
おりだ。
御本尊は仏の生命の当体である。勤行は、大宇宙と一体の永遠の大生命を、わが身に涌現する荘
厳な儀式である。
勝利者として、最高に栄誉ある人間として生きる道は、この信心しかない。それが釈尊、天台大
師の結論であり、日蓮大聖人の結論である。
妙法を唱え、弘めゆく皆さまほど、尊貴な存在はない。無上の人である。仏法の眼から見れば、
世間的な地位や立場は小さく、はかない。もっと深い“生命の位”がある。そういう人間観の「大
390
革命」ができる仏法なのである。
「団結の力」が新時代を開いた
ケネディ大統領といえば、アメリカで最も尊敬される大統領の一人である。
ケネディ大統領は、芸術が偉大である理由のひとつとして、「結びつける力は分断する力よりも
強いということを、思い出させてくれる」ことをあげている。
団結か分断か――あらゆる団体や組織にとって重要な問題だ。戦いである。
「団結の力」こそが最も強い、創価学会が勝利していく道は「団結」しかない。
御書には「異体同心」等と仰せである。学会は永遠に、信心を根本にした「異体同心の団結」で
進むのだ。万が一にも、身勝手な派閥などができれば、「異体異心」になってしまう。大切な広宣
流布の組織は崩されてしまう。それでは、成仏への道は閉ざされてしまう。
いよいよ団結を固くし、知恵と力を合わせながら、新たな拡大の歴史を築いてまいりたい。
日蓮大聖人の人生は、大難また大難の連続であられた。
391
門下のなかには、せっかく三世永遠の幸福の道に巡りあいながら、一時の迫害を恐れ、私欲にか
られて、退転した人間もいた。師匠である大聖人を捨てたうえに、敵対さえしたのである。
大聖人は、厳愛をこめて、門下に仰せである。
「あなたがたはそれぞれに、日蓮の大切な味方である。ところが、私が頭をくだくほど真剣に祈
っているのに、今まで明らかな現証がないのは、この中に心の翻る人がいると思われるのである。
思いの合わない人のことを祈るのは、水の上に火をたき、空中に家を建てるようなものである」(
御書 1225p 通解)
私は、門下の身を案じて、頭が痛くなるほど懸命に祈っている。今こそ心を決めよ。心を合わせ
よ――そう厳しく述べられたのである。
大聖人は、流罪された佐渡の地で、こう仰せである。
「法華経の行者は、信仰において退転することなく、身に詐り親しむことなく、一切、法華経に
その身を任せて、仏の金言のとおりに修行するならば、たしかに、来世はいうまでもなく、今世に
おいても無事で寿命を延ばし、最高に勝れた大果報を得て、広宣流布の大願をも成就できるであろ
う」(御書 1357p 通解)
われらは大聖人直結で、この御金言のままに、広宣流布にいきぬきたい。
392
シェリー“臆病者になるな。心の思いを語れ”
イギリスの詩人シェリーは訴えた。
「嘘は人間の使う最も下劣で、最も卑しいものです」
嘘は、どこまでいっても嘘である。必ず、白日のもとにさらされる。詩人が断じたとおり、嘘は
下劣で、いやしい。
いわんや清浄な仏法の世界を、事実無根の嘘で攪乱し、仏子を苦しめる悪は、計り知れない。
詩人シェリーは“真理と正義によって立て!”“臆病者になるな。心の思いを語れ”と呼びかけ
た。われらもまた、正々堂々と正義を語りぬきたい。いちばん苦しんだ民衆が、いちばん喜び、い
ちばん楽しく、いちばん幸福になる時代を、本格的な「民衆の時代」を開いてまいりたい。
心は見えない。しかし、心は伝わる。心は心を動かす。
真心こそ、何ものにも代えられない最高の価値である。あとになればなるほど輝きを増していく
。「心こそ大切」――ここに仏法の真髄がある。この一点を、私は何度もお話してきた。
393
師弟の道も、心で決まる。私は恩師戸田先生と「不二の心」で戦い、「不二の心」で生きてきた
。卑しい野心ではない。頭の中だけの観念でもない。真実の「師弟不二の心」があるかどうか。そ
れで一切は決まるのである。
「対話の力」で!「日蓮と同じく」広宣流布へ
広宣流布こそ世界平和の道である。対話の力、文化の力で、人間を結びたい。「すべての人が幸
福に生きる世界」を断じて築きたい。
有名な御聖訓に、こう仰せである。
「日蓮は、生まれた時から今にたるまで、一日片時も心のやすまぬことはなかった。ただ、この
法華経の題目を弘めようと思うばかりであった」(御書 1558p 通解)
これが日蓮大聖人のお心である。この人生を何にかけるか。大聖人は、妙法流布にわが身を捧げ
よと教えられた。そこに幸福への王道がある。大聖人と同じ心で、わが地域に、わが城に、新しき
広宣流布の記念碑を打ち立てていきたい。
仏法を知らない人から、「生死という難問を解決する道は、どこにあるのか」と問われたら、ど
394
うしたらいいのか――。こうした問いに答えつつ、大聖人は明快に述べておられる。
とにもかくにも法華経を、あえて説き聞かせるべきである。それを聞いて信ずる人は仏になる。
謗る者は、それが“毒鼓の縁”となって仏になるのである。何としても仏になる種は、法華経より
ほかにないのである」(御書 0552p 通解)
大聖人は、一門が迫害を受けているなかで、仰せである。
「このような、日本第一の法華経の行者である日蓮大聖人の弟子檀那となる人々は、宿縁が深い
と思って、日蓮と同じく法華経を弘めるべきである」(御書 0903p 通解)
正義ゆえに嫉妬され、批判され、迫害される。大変であるけれども、これは免れがたい仏法の法
則である。
“私との宿縁が深いと思いきって、広宣流布に頑張れ”――そう大聖人は励ましておられる。
中傷され、批判されても、そんなことで、へこたれてはいけない。正義ゆえの迫害は、それ自体
、永遠の誇りであり、福徳に変わっていく。永遠の勝利ではないか。迫害など少し風が吹くような
ものだ。大したことではないんだよ――私の胸には、門下への大聖人の厳愛の声が響いてくる。
395
皆に勇気を与える声を
仏法は「声仏事を為す」と説く。声が「仏の仕事」をする。広宣流布は声の力で進むのである。
声にもいろいろある。温かな声、冷たい声、嫌な声、感じのいい声。
声ひとつ、話し方一つで、心を通わせ、信頼を結んでいける。
どうかリーダーの皆さんは、声を聞いたら、皆がほっとする。元気になる。心が明るくなる――
そう言われるような、人に希望と勇気を与えるこえであっていただきたい。
妙法の音声には、広大無辺の力がある。大聖人は、こう教えてくださっている。
「題目を唱え奉る音声は、十方の世界に届かないところはない。われわれの小さな声でも、題目
という『大音』に入れて唱え奉るゆえに、大宇宙の中で到達しない所はない。
たとえば小さな音でも、ほら貝に入れて吹く時、遠くまで響くようなものである。また手の音は
わずかでも、鼓を打てば遠くまで響くようなものである。一念三千の大事な法門とはこれである」
(御書 0808p 通解)
396
一人の祈り、一念も、「題目の音声」にこめれば宇宙全体に響き渡る。信心の力は全宇宙の仏・
菩薩をも動かし、幸福の方向へ、勝利の方向へともっていける。題目の大音声に勝る力はあいので
ある。
広宣流布の戦いにあっては、男女の差別は一切ない。
大聖人が「男女はきらふべからず」と明確に仰せのとおりである。
また、「此の経を持つ女人は一切の女人に・すぎたるのみならず一切の男子に・こえたり」(
1134:15)と大聖人は断言されている。
女性が輝き、いちだんと力を発揮してこそ、一家も地域も世界も、幸福の光彩に包まれていく。
何ものをも恐れない、勇敢なる破折精神。これがあったから、学会は大発展した。
大聖人は厳然と仰せである。
「いかなる大善をつくり、法華経を千万部も読み、書写し、一念三千の観念観法の悟りを得た人
であっても、法華経の敵を責めなければ、それだけで成仏はないのである」(御書 1494p 通
解)とくに男子部、壮年部に、心に刻んでいただきたい御聖訓である。
法華経の敵を責めなければ、成仏できない。折伏の実践がなければ、広大無辺の大功徳は得られ
397
ない。これが大聖人の結論である。
その偉大なる広宣流布の行動を、皆さんは勇敢に貫いてこられた。
大聖人は、こうも記されている。
「法華経の敵を見て、世をはばかり、世を恐れて黙っていたら、釈尊の敵となってしまう。どん
な智人・善人でも必ず無間地獄に堕ちる」(御書 1412p 通解)
「世をはばかり、世を恐れて」折伏を行じない――日顕宗の姿そのものである。この一点だけ見
ても、大聖人のお心に完全に違背している。
学会は大聖人の仰せのままに、世界百九十ヵ国・地域に妙法を弘めた。正義の学会は、厳然と勝
利した。
人材を見つけよ 人材を育てよ
「本因妙抄」には、こう仰せである。
「かの天台大師には、三千人の弟子がいたが、章安ひとりだけが同じ明朗な悟りを得ている。
伝教大師は、三千人の多くの門下を置いたが、一番弟子の義真の後は、同じ悟りを継ぐ人はいな
398
かった。
今も、それと同じようなものである。幾人かの弟子がいるといっても、疑う心がなく、正義を伝
える者は希であって、一、二の小石のようなものだ。
大聖人は、未来の一切を日興上人に託された。後継者がいなければ、どんな大事業も発展させる
ことはできない。
幹部の皆さんも、次のリーダー、次の人材を、全力で育てることだ。それをしない幹部は、「自
分さえよければいい」という傲慢な命である。「次のリーダーをつくろう」「自分自身の指導者に
育てよう」――この心があるかないか。それで未来は決まる。
人材を見つけ、人材を育てる、とともに、全員を立派な人材にしていく。それでこそ、正義は永
遠に栄えていく。
ゲーテ“勤勉が私を健康にする”
使命深き皆さま方に、東西の偉人の言葉を贈りたい。
ドイツの文豪ゲーテは戯曲の主人公に、こう語らせている。
「仕事にはげみうるとき、わたくしは健康なのでございます。それゆえ勤勉がわたくしをふたた
399
び健康にしてくれます」
「わたくしはのんきなぜいたくな暮らしをしていますと、調子が悪くなります。わたくしにもっ
とも安息をあたえないものは、安息なのでございます。
本当にそのとおりだと思うが、皆、どうだろう。
勤勉が自分を健康にする。私にとっては、日々の「信行学」の実践といえよう。
中国の大教育者、陶行知は述べている。
「健康は、生活の出発点であって、また教育の出発点である」
健康はすべての出発点だ。皆さまも、いちだんと健康になって、使命の舞台で大活躍していただ
きたい。
看護の大道を開いたナイチンゲール。彼女は九十歳まで生きぬいた。その心は、じつに若々しい
。
「私たちはいわば志願兵なのです。それを忘れてはなりません。私たちは自分の道を選んだので
す」
彼女がつづった「看護師と見習生への書簡」の言葉である。
フィリピン独立のために殉じた国家英雄ホセ・リサール。文学・芸術・教育など、他分野に才能
400
を発揮した彼は、優れた医師でもあった。彼の代表的な文学作品に、こうあった。
「人間は、目的があるから、働くのだ。目的がなくなれば、人は無気力になる」
われらも広宣流布という大目的へ進みたい。
皆、健康で!ご長寿で!朗らかに!もう一つ、新しい創価学会をつくるくらいの心意気で!
ナポレオンのごとく、否、ナポレオン以上の大将軍の指揮を、よろしくお願いしたい。
わが使命の地域に、日本一、世界一の広宣流布の歴史をつくるのだ。周りが皆、「あそこには、
とてもかなわない」と、うらやましがるような広布の理想郷を築いていただきたい。
勝つ人生は痛快だ。敗北の人生は暗く、情けない。どうか悠々と、明るく、元気で進んでいただ
きたい。
帰ったら、地域の皆さまに、くれぐれもよろしくお伝えください。ありがとう!
(長野研修道場)
401
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関東会・東京会合同研修会@
幸福の大哲学を、自信満々に語れ!
わが使命の国土を常寂光土に
きょうは、遠いところ、ご苦労さま!お元気な皆さまとお会いでき、私は本当にうれしい。
各県、各地域ともに、よくぞ勇敢に戦い、堂々と勝ってくださった。見事なる広宣流布の拡大の
実証を、打ち立ててこられた。
すべてを乗り切り、勝ち越えて、いまだかってない上げ潮のチャンスを迎えることができた。誇
り高き皆さまを、日蓮大聖人が、いかばかりたたえておられることか。
402
御書には「南無妙法蓮華経は歓喜の中の大歓喜なり」(0788:03)と仰せである。
わが同志が喜びに満ちあふれ、自信に胸を張り、朗らかに前進する。最高にすばらしい、充実し
た人生を送る。それが私の願いである。そのための信心である。
群馬の皆さまをはじめ、役員の方々には、お盆休みの時期にもかかわらず、たいへんにお世話に
なり、心から、お礼を申し上げたい。
お盆にあたり、全国の同志、また会友の皆さま方の先祖代々の追善回向を、懇ろにさせていただ
いた。
また、今年で、あの日航ジャンボ機の墜落事故から十九年となる。八月十二日は、事故で亡くな
られた方々の二十回忌にあたっていた。
私も、犠牲者の方々の冥福を、あらためてご祈念させていただいた。
墜落事故のさい、真っ先に現場に駆けつけたのは、地元の消防団の方々であった。最初に生存者
を発見したのも、消防団の方々である。
わが学会の同志も、この尊き消防団の一員として活躍しているとうかがった。御巣鷹山を擁する
上野村、また近隣する神流町でも、わが学会員の健闘は目覚ましい。群馬県のなかでも、模範の友
403
好活動を繰り広げておられる。
わが地涌の同志は、全国、いな全世界のいずこにあっても、使命の国土を「本有常住の常寂光土
」と光り輝かせて、偉大な社会貢献の歴史をつづっておられる。
「友を幸福に!」との慈悲が根本
日蓮大聖人は「大願とは法華弘通なり」(0736:12)と仰せである。
われらの大願は広宣流布である。折伏・弘教が学会の根幹である。幸福の大哲学である妙法を弘
めゆく功徳は、計り知れない。
大事なのは、“この人を幸福にしたい”という強き一念である。慈悲であり、勇気である。真実
を語ることである。
大聖人は、破折をするさいにも、「穏やかに、また強く、両眼を細くして、顔色をととのえて、
静かに申し上げなさい」と仰せである。
大確信をもって、穏やかに、また、にこやかに仏法を語っていくことだ。
「学会の真実の姿を知らないなんて、時代遅れですよ!一度、座談会に来てみてください」
――そうやって、聡明に、堂々と、自信満々に語っていくことだ。まずは幹部が率先して挑戦す
404
ることだ。
「声仏事を為す」である。声で決まる。勇気と確信と慈愛の声が、相手の心に響く。
時代は変化している。創価の人間主義を、世界が待望している。祈りに祈り、智慧をわかせなが
ら、楽しく、朗らかに、広宣流布の新たな波を起こしてまいりたい。
連合は力!団結は勝利!
このほど、首都圏最高会議が設置されるとうかがった。おめでとう!
同志と同志の連合を強化していけば、広宣流布の本陣の力は、限りなく強くなる。悪は、たやす
く野合する。だからこそ、善人が結束せよ!団結せよ!連合せよ!――これが創価の父・牧口初代
会長の叫びであった。
牧口先生の大著『創価教育学体系』に、こうある。
「強くなって益々善良を迫害する悪人に対し、善人は何時までも孤立して弱くなって居る。一方
が膨大すれば他方は益々畏縮する。社会は険悪とならざるをえないのではないか」
まったく、そのとおりである。
「連合」は力である。「団結」は勝利である。
405
創価の正義の連帯を広げ、社会の邪悪と戦う勇敢な善人を増やしていく――それは、人類史の宿
命的な悲劇の流転を根本から大転換していくことに通じる。
歴史を振り返れば、あの『三国志』の名指導者、諸葛孔明も、「連合」の力で勝った。呉の孫権
と連合して、魏の曹操の大軍を打ち破った。有名な「赤壁の戦い」である。
広宣流布の諸葛孔明である皆さまも、さらなる正義の連合の力で、不滅の勝利の歴史を、悠々と
飾っていただきたい。
ともあれ、一人一人が立ち上がり、団結固く進むことだ。私は、中国の文豪・魯迅先生とともに
戦いぬいた許広平夫人の言葉を贈りたい。
「私たちの仕事をする出発点も、一人一人の『自分だけが頼りになる』人々が連合して、無限の
『連合戦線』を作ることに在ります」
限りない「常勝の連合戦線」を築き、強め、広げてまいりたい。
インドに花開く人間主義の哲学
インドの「創価池田女子大学」で八月四日、第五期生の入学式が盛大に開催された。
406
「聖教新聞」を読んだ方から、「この『創価』と『池田』の両方を冠した大学は、どのようにし
て創立されたのですか」という質問がよせられたので、簡潔に説明させていただく。
この大学は、私ではなく、インドの教育者であり詩人であるセトゥ・クマナン博士らによって、
チェンナイの地に創立された。八月十三日は、この創価池田女子大学が、二〇〇〇年に開学した記
念の日である。
クマナン博士は、幼稚園から高校までの一貫教育校「セトゥ・パスカラ学園」の理事長も務めら
れている。
博士は一九九六年、ここ群馬で開かれた「世界詩人会議」に参加されている。これが、博士と創
価教育の理念との出会いのきっかけとなった。
クマナン博士は、私の「母」の詩に深い共感を寄せてくださり、創価教育を実践する女性教育の
最高学府をインドに設立することを決意された。そして、実現されたのである。
開学にあたり、博士から栄光にも、私に「名誉創立者」、妻に「名誉学長」に就任を、と強い要
請をいただき、謹んでお受けした次第である。
教職員の方々や学生の皆さんは、自分たちのことを「イケディアン・ファミリー」と誇り高く呼
びあい、創価の思想を生き生きと学んでいるとうかがっている。
407
創価池田女子大学は、すばらしい一期生を社会に送り出した。
先日、クマナン博士が大統領官邸に招かれ、カラム大統領と会見された。その折にも、この創価
池田女子大学が話題となった。大統領は大変に関心を示し、喜んでおられたという。
私と妻は、創価池田女子大学のご発展と、全学生の健やかな成長、そして卒業生の活躍を、朝な
夕なに真剣に祈っている。
ともあれ、「平和」といい、「人間革命」といっても、「教育」が一切の基調であり、根本であ
る。だからこそ、二十一世紀は「教育の世紀」であらねばならない。
アメリカ創価大学も、使命深き四期生が晴れの入学式を迎え、本当にうれしい。私は、いちだん
と、教育に総力をあげていく決心である。
世界詩人会議のモハン会長は、私の大切な友人の一人である。インドの最高裁判所の判事も務め
られた。かつて群馬の地を訪れたモハン会長は、わが創価の同志と友情を結ばれた、平和のため、
戦火なき世界のために、ともに手をたずさえて進んできた。
408
モハン会長は力をこめて、「インドでは『学会員』とは『素晴らしい人』の代名詞であります」
と語っておられる。
インドを源流とする仏法の人間主義の大思想は、創価の友によってインドへと還り、爛漫と開花
しているのである。
(群馬多宝研修道場)
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関東会・東京会合同研修会A
リーダーは皆に「感謝」「励まし」を
後輩は「ほめて」伸ばせ
今は「ほめて人を伸ばす時代」である。
幹部は「よくやってくださいました」「すごいですね」と、ねぎらいの言葉をかけることだ。感
謝を伝えることだ。
とくに男性の幹部は、婦人部、また女子部の皆さまを最大にたたえていただきたい。決していば
410
ったり、怒ったりすることがあってはならない。
また、後輩を大きな心で包んでいっていただきたい。欠点を責めるのではなく、長所や美点を見
つけ、ほめて伸ばしていく。これがいちばん大事である。
そしてリーダーは、同志が皆、健康で、幸福であるように、絶対無事故であるように祈っていく
ことだ。広宣流布を担いゆく偉大な使命の人であるからだ。
私も、全同志の健康と幸福と無事故を毎日、真剣に祈っている。
今回、新たに役職の任命を受ける方もおられるであろう。学会の役職は、妙法を弘めるための役
職である。
妙法は、無上宝聚――「無上の宝の集まり」である。妙法の当体が御本尊である。それは、わが
生命の中にもある。
日蓮大聖人は「この御本尊は、まったくよそに求めてはなりません。ただ、われら衆生が法華経
を受持し、南無妙法蓮華経と唱える胸中の肉団にいらっしゃるのです」と教えてくださっている。
世界の最高の宝を、みずからも得て、人にも分かち与えるのが、信心である。そのための学会の
役職なのである。
411
法華経に、「現世安穏にして、後に善処に生じ」とある。
広宣流布に生きぬくならば、絶対的幸福の生命となる。未来世においても、最高の場所に生まれ
、王者のごとき大境涯となる。釈尊そして大聖人が、そう約束してくださっている。これを軽々し
く考えてはならない。
仏法の因果は、峻厳である。信心を離れてしまえば、永遠の幸福は絶対に確立できない。
人事を受けて、自分の後輩が組織の中心者として活躍する場合があるかもしれない。
その時に、一生懸命に後輩を支える。守っていく、それが本当の偉い人である。そうすれば、自
分の境涯が広がる。自分もまた、多くの同志から守られていく。
わが恩師、第二代会長の戸田先生は、決して、私を最初から高い役職に就けることはしなかった
。支部幹事や支部長代理など、目立たない立場にした。むしろ後輩を偉くしたりもした。
そのなかで、私がどう戦うか。どう学会を支えていくか。先生は、じっと見守っておられた。
私が決めた人生は、戸田先生の弟子の道――それ以外にない。どんな立場になろうとも、一切、
変わることはない。私は、先生のもとから出発して、敢然と戦い、敢然と勝利した。
本当に偉大な先生だった。仏法という最高の哲学を体得した天才中の天才だった。
私は、その戸田先生の偉大さを全世界に宣揚してきた。後世に残そうと戦ってきた。それが弟子
412
としての私の決意であった。
「行学の二道」を進め
学会は「思想界の王者」である。
この夏には、学生部が教学実力試験に挑戦する。そして今年の秋には、伝統の教学試験が行われ
る。「教学部の初級試験」と「青年部の三級試験」を統一試験として、全国で開催する予定である
。無事故で、大成功させていただきたい。
私どもが心肝に染めてきた、重要な「諸法実相抄」の結びには、こう仰せである。
「行学の二道をはげみ候べし、行学たへなば仏法はあるべからず、我もいたし人をも教化候へ、
行学は信心よりをこるべく候、力あらば一文一句なりともかたらせ給うべし」(1361:11)
「行」と「学」を両輪として、勇んで前進していくことだ。仏法の一文一句でも、自分らしく、
力強く語っていくことである。語った分だけ、仏縁は広がる。次代は動く。
ともどもに「行学の二道」に励み、教学試験を通して、いちだんと深く広く「広宣流布の人材」
を育成してまいりたい。
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結びに、重ねて御聖訓を拝したい。
「完全な器が水をもらさないように、信心の心が完全であれば、人々が平等に成仏できることを
悟った広大な仏の智慧の水は、その心に乾くことはありません」(御書 1073p 通解)
信心は「無限の智慧」の源泉である。しかし「心」という器が、ひっくり返っていたり、穴があ
いていたり、汚れていたり、ほかのものが混じっていたりしたら、きれいな水は得られない。
何があってもゆるがない「信心の心」それさえあれば、智慧の水は、いくらでもわく、自分も人
も社会をも、希望と幸福で潤していける。
「将の将」である皆さんは、わが生命に満々たる智慧をたたえ、限りない勇気を燃えあがらせて
いただきたい。そして、学会創立七十五周年の二〇〇五年へ、創立八十周年の二〇一〇へ、悠然と
、常勝の名指揮をとっていただきたい。
善友に近づけ、悪知識を退けよ
大聖人は、釈尊に敵対した提婆達多について「名聞名利の心が深い者であったので、仏である釈
尊が人に敬われるのを見て妬んだ」(御書 1348p 通解)と喝破されている。
414
戸田先生も、提婆達多の本性は「男のやきもち」と明言された。
同志を裏切り、学会を壊し、広布を阻もうとした悪人は皆「名聞名利の心が深い者」であった。
その本性は“嫉妬”である。皆さまも、よくご存じのとおりだ。
私たちは、「人間革命」という幸福の軌道を進んでいる。それを邪魔し、堕落させようとするの
が「悪知識」である。大聖人は、経文とその釈を引かれて「悪知識というのは、甘く語りかけ、詐
り、媚び、言葉巧みに、愚かな人の心を奪って、善き心を破る」と仰せである。
さらに「国を滅ぼし、人を悪道に堕とすものは、悪知識に過ぎるものはない」と強調されている
。
悪知識ほど、恐ろしいものはない。言葉巧みに近づき、うるわしき同志の心の絆を破壊しようと
する。国や人を滅ぼしていく。
ゆえに、大聖人は「悪知識をしりぞけよ!」と厳命されている。
「謗法の者を防いでいきなさい。法華経にある『悪知識を捨てて、善友に親しみ近づきなさい』
とは、このことである」(御書 1244p 通解)と。
どこまでも善友とともに前進する。善友のスクラムを強めていく。そして、悪知識を厳然と破折
し、すべてを「人間革命」のエネルギーに変えていく――ここに仏法の真髄がある。
415
いよいよ新しい出発である。
どうしたら、同志の労を少なくして、最大の広布の前進ができるか。そこに心をくだき、みずか
ら率先して行動するところに、幹部の使命がある。
上に立って号令をかけるのではなく、緻密に、民衆のなかへと分け入っていくことである。また
「上から」でなく「下から」、最前線から波を起こす。一人一人と語りあい、ともに立ち上がって
いくことだ。
新しい息吹、新しい作戦、新しい行動を!そこからしか、勢いある前進は始まらない。
進みましょう!広宣流布の誓願を結実させるために!民衆の平和運動の基盤をいちだんと拡大す
るために!
(群馬多宝研修道場)
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関東会・東京会合同研修会B
勝利へ!人間をつくれ
人生の勝利、社会での勝利、広布の勝利を
東京と関東の新出発、おめでとう!
東京・第二総東京、そして関東の皆さまの人生の勝利、社会での勝利、広宣流布の勝利を祈って
記念の句を贈りたい。
大東京
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完勝 飾れや
師弟城
不二の城
東京第二よ
勝ちまくれ
勇敢な
勝者の王国
群馬城
鉄桶の
勝利の陣列
埼玉城
大千葉に
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人材 光りぬ
旭日城
堂々と
連続勝利の
茨木山
広宣の
誉れの源流
大栃木
同志を敬え!「仏の使い」を
広布の最前線で戦う同志は、皆、尊き仏子である。
御聖訓に「法華経を一字一句でも唱え、また人にも語る人は、教主釈尊の御使いである」と仰せ
のとおりだ。
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ゆえに、リーダーは、どこまでも「会員根本」「会員第一」で進んでいただきたい。
法華経に「当に起って遠く迎うべきこと、当に仏を敬うが如くすべし」とあるように、広宣流布
へ一生懸命に戦っている学会員を、仏のごとく最高に尊敬していくことだ。
陰で戦っている人、苦労している人を見つけだしては、「いつも本当にご苦労さまです!」「朝
早くから、ありがとうございます!」等と自分から声をかける。心からたたえる。できることは何
でもする。これがリーダーの鉄則である。
第二代会長戸田先生は言われた。
「いかなる事業も、人材なくしては、あいかなわぬ、私の手駒となりうる人材の、一人でも多く
輩出することを、青年部に期待します」
どう人材を育てるか。そして、一人一人がどう使命の舞台で、力を発揮していけるか。
大事なのは、人事である。どんな社会でも団体でも、そうである。
勝つか、負けるか。皆が幸福になるか、不幸になるか。発展するか、滅びるか。その大きな分か
れ目は、人事にある。
戸田先生は、人事に関しては、たいへんに厳しかった。
いくら人前でいい恰好をしていても、地道な信心の実践のない人間、同志愛のない人間、広布へ
420
戦う学会精神が燃えていない人間が、万が一にも幹部になれば、広布の前進は停滞してしまう。皆
がいやな思いをする。
創価学会は仏意仏勅の広宣流布の団体である。広布を進める人がいちばん偉い。その人を苦しめ
たならば、だれ人も、堕地獄を免れない。
大聖人が「千劫という長い間、阿鼻地獄において責められることこそ不憫に思われる」と仰せの
とおりである。
フランスの歴史家ミシュレは書いている。
「何よりも人間たちをつくりたまえ。そうすればうまくいくであろう」
私が対談した、大経済学者のガルブレイス博士も、「いまや世界は人材開発競争の時代」と指摘
していた。
古い、保守的な人間が、当たり前のような顔をしていばっていると、皆が迷惑する。とんでもな
いことだ。
未来は青年に託す以外ない。この点、少しも遠慮があってはならない。
学会も、新しい、力強い息吹をもった人材を、どんどん育成し、登用していきたい。
どうか一人一人が、二十一世紀の本舞台で、偉大なる勝利の歴史をつくっていただきたい。
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“対話こそ平和達成のカギ”
話は変わる。北欧ノルウェーの首都に「オスロ国際平和研究所」がある。この世界的に名高い研
究所とは、長年にわたり、平和の交流を続けてきた。現在のスタイン・トネソン所長をはじめ、歴
代所長とも交流を結んでいる。
トネソン所長は昨年八月、デンマークのアスコー国民高等学校で、語学研修中の創大生と女子短
大生、東西の学園を温かく激励してくださった。創立者として本当にうれしい。
所長は、創価の人間主義の運動への期待を、こう語ってくださった。
「若い人も年配の人もみんな平和について情熱的であり、対話を展開している。この対話運動が
平和達成へのカギです。メンバーはいつも希望をもち、他人のことをわがことのように心配し、激
励を惜しまない。深いエスプリと積極的な活動に大いに期待しています。
平和への具体的な条件とは何か。
422
トネソン所長は「変化する社会現象から危険を除くためには、そうした人間革命の哲学をもった
人びとが積極的に政治に参加し、かかわっていくことが重要です。人間の変革と政治の変革の両面
を同時に行う必要がある」と指摘している。
人間革命と政治革命の両面が必要というのである。
私は、ヨーロッパ統合の父クーデンホーフ=カレルギー伯爵の言葉を思い起こす。
伯爵は、政治に関与することは義務であると前置きしたうえで、「今日存在する最も強い政治力
をしめすものは、機関銃でもなく、原子爆弾でもなく、世論である」とつづっている。目覚めた民
衆の声ほど強いものはないのである。
師弟の日――社会の根本悪に追撃を
八月十四日は、私が戸田先生と最初にお会いした日である。もう五十七年前になる。永遠に忘れ
ることのできない「師弟の記念日」である。
この日は、「伸一会の日」となっている。
「伸一会」は、一九七五年(昭和五十年)、当時の青年部の中枢で結成された。五期まで発足し
、三百人を超える陣容である。メンバーは今、副理事長や副会長、また方面長や県長等々、各地の
423
広布のリーダーとして指揮をとっている。
今回、研修に参加している東京会、関東会のなかにも、伸一会の友が多数いる。さらに、学術界
や教育界など社会の各分野にも
、幾多の人材を送り出している。明年は、伸一会の結成三十周年である。大勝利で飾っていただき
たい。
なお、八月十四日は「関東の日」、さらに「茨木婦人部原点の日」でもある。そして、東京の「
大田青年部の日」であり、ここ地元・群馬の「男子部の日」「女子部の日」でもある。
皆さん、本当におめでとう!
私が戸田先生と初めてお会いしたのは、座談会の会場であった。
そこで先生が講義されていた御書が「立正安国論」である。その一節を拝したい。
「如かず彼の万祈を修せんよりは此の一凶を禁ぜんには」(0024:03)
社会を不幸にする根本悪に対し、断固たる追撃をしていくことだ。
安国論には、涅槃経の次の文が引かれている。
「法を壊ぶる者を見て置いて呵責し駈遣し挙処せずんば当に知るべし是の人は仏法の中の怨なり
、若し能く駈遣し呵責し挙処せば是れ我が弟子・真の声聞なり」(0026:06)
仏敵を目にしながら、破折の声をあげない、戦うべき時に戦わない。その人に真の幸福はない。
戸田先生は、卑しい保身の心根を、鋭く見抜かれた。増上慢の幹部は、烈火のごとく叱られた。
424
あの厳しさありて、学会は大前進してきたのである。
安国論は、こう締めくくられている。
「唯我が信ずるのみに非ず又他の誤りをも誡めんのみ」(0033:04)
安穏の世界のために、邪悪と戦え!言論と戦え!――これが仏法である。御書の教えである。折
伏精神こそ、日蓮仏法の魂であ
る。
法華経に「悪口罵詈」とある。
末法において正法を弘める者は、無智の悪人等から必ず悪口され、罵られる。悪口罵詈がないの
は、真の仏法者とはいえない。
この根幹を忘れないでいただきたい。とくに後継の青年部は「戦う魂」を五体に刻みつけた精、
鋭でなければならない。
仏法は勝負だ。戦う以上は、断じて勝利をつかむことである。自分が行くところ、行くところで
、「勝利!勝利!勝利!」の大旋風を巻き起こしていただきたい。
「本当に立派だ」と同志からたたえられる人に!
そして、日本と世界の歴史に、広宣流布の歴史に、誉れの名を残していただきたい。
(群馬多宝研修道場)
425
040814top
関東会・東京会合同研修会C
世界を変えるには自分革命から始めよ
君自身が偉大に!模範になれ!
学会の草創期、戸田先生は私に、こう語ってくださった。
“良い人がいないというならば、君自身が偉くなればよいではないか。君自身が模範になればよ
いではないか”
決然と一人立て!自分が模範と輝け!
この先生の指針のとおりに、私は広宣流布の全責任を担い立った。
426
フランスの詩人ペギーは述べている。
「われわれ自身の革命によって、この世の革命をはじめなければならない」
人間革命である。自分が、きょうから、今から変わることである。
新しいリーダーの皆さんは、「一人立つ勇者」として広宣流布に先駆してもらいたい。
「立派な目標を達成するためには、よいスタートを切ることがおそらく一番重要なことだ」
これは、私が何度も語りあった懐かしい友人、ローマ・クラブの創立者ベッチェイ博士の言葉で
ある。
今回の研修を、栄光の学会創立八十周年――二〇一〇年への晴れやかな出発としたい。
新任の幹部、とくに青年部は、決して気取らないことだ。「いい恰好を見せよう」などと思わな
いことである。
また「あの人は何を考えているんだか、さっぱりわからない」とわれるようではいけない。むし
ろ、自分をあからさまに出して、自分の思いを積極的に皆に伝えていくことだ。
仏法は「本有無作」と説く。「はたらかず・つくろわず・もとの儘」――現実のありのままの自
分を最高に輝かせていくのである。だれが見ていようと、見ていまいと、黙々と同志の幸福を祈り
、尽くしていく。
427
その心が、友に伝わる。わが身を福徳で包んでいく。
男性の真剣な顔。誠実な顔――それは無言のうちに光っていくものだ。
戸田先生はよく「目を見れば、その人のことが大体わかる」と、おっしゃった。
慈愛に満ちた顔、学会精神に満ちた顔、人間として偉大さに満ちた顔。
「さすが、いい顔だ」――そう言われるような魅力あるリーダーになっていただきたい。
戸田先生は厳しく幹部に指導された。
「会員より信頼され、尊敬されるような者とならなければ、真の指導者はできない」
友の心に、すばやく応えることだ。あの人は今、何を悩んでいるのか、この友が元気になるため
に何が必要か。
心のアンテナを研ぎ澄まして、迅速かつていねいに“励ましの風”を送っていくことである。幹
部が「銅像」のように反応が鈍ければ、皆、やりきれないであろう。皆から好かれる人、いちばん
信用される人が、人間としての勝利者であり、模範のリーダーである。
庶民のために!
民衆のために。民衆とともに。民衆のなかへ――これが、大聖人のお振る舞いであった。
428
「自分は幹部だから特別だ」。そんな気持ちが微塵でもあれば、思い違いも、はなはだしい。大
聖人のお心に反する。
日蓮大聖人は、最高の仏法を、ふつうの庶民がわかるように、漢字だけでなく「かな」を使って
お手紙に書かれた。
この「庶民のために」という一点こそ、大聖人の仏法の真髄である。
大宇宙を貫く、壮大にして深遠な法則を、万人のために、大聖人は、わかりやすく説かれた。
その御本仏である大聖人のご真意がわからず、師匠の大聖人から離れていった愚かな弟子がいた
。五老僧である。
庶民への愛情に満ちた漢字かな混じりの大聖人の御書を「先師の恥辱」と言い放った。
その事実を、日興上人は、後代への戒めとして峻厳に書き残しておられる。
ともあれ、同志とともに、同志のために、心を合わせて進むことだ。
大聖人は、難を乗り越える信心を、庶民の門下に教えられた。
「一切の人が憎むならば憎めばよい。釈迦仏・多宝仏・十方の諸仏をはじめとして、梵天・帝釈
・日天・月天等にさえ、いとおしく思っていただけるならば、何が苦しいことがあるでしょうか」
429
だれが何といおうと、大確信をもって、広宣流布に生きぬいていく。その潔い信心があれば、諸
天が味方となり、御本尊に厳然と守られていくのである。
その場その場で問題を解決
小事が大事である。
たとえば「節約」。
大聖人が大事にされた中国の古典『貞観政要』には、こうある。
「贅沢に過ぎることを始めるのは、危険と滅亡の第一歩であります」
贅沢には際限がない。お金を持って、不幸になる人は、いっぱいいる。節約は力である。ムダを
省き、賢明に、価値的に進んでいきたい。
また、「問題を先延ばしにしない」ことだ。
初代牧口会長は、どんな些細なことでも、「その場、その場で解決しなくてはいけないんだ。残
していけば、必ずことは大きくなる。大きくならないうちに解決しなくてはならない」と言われた
。みずから動き、すぐ手を打っていかれた。
友に尽くす。同志を守る――それは、目立たない小さな行動の積み重ねであるともいえよう。
430
さらに、強調しておきたいことは、広宣流布のためにけなげに頑張っている女子部をたたえ、守
ることである。
女子部が伸びれば、学会が伸びる。女子部は、学会の宝である。
その女子部を励ましていく。わが子のごとく大切に応援していく。婦人部、壮年部の皆さんは、
そうした真心と包容力をもっていただきたい。
「師」と「同志」と「御本尊」を胸に
スイスの大教育者ペスタロッチが、友人にあてた手紙がある。みずからの教育事業にたずさわる
青年のことを、喜びをこめて書いている。
「わたしの仕事を引き継いでくれる人々は、私よりも立派です」
「友よ、わたしは成功したのです」
弟子の勝利が、師匠の勝利である。自分よりも立派な弟子に!――それが師匠の心である。また
、そうでなければ、本当の弟子ではない。
今、私も、後継の「常勝のリーダー」が陸続と躍り出ることを、祈りに祈り、待っている。
青年は信用が財産である。
431
「あの人にまかせれば安心だ」「必ず道を切り開いてくれる」
そう言われる人間になることだ。
昭和三十一年の最も激しい“大阪の戦い”に、戸田先生は私を派遣した。
いかに大変な状況であっても、勝利から逆算し、私は同志とともに走った。
「戸田先生のためにたたかえばいいんだ」
「同志のためにつくせばいいんだ」
「御本尊を信じて勝利すればいいんだ」
私の心は、ただ、これだけしかなかった。
決戦の日の早朝、東京の戸田先生から、電話が入った。
「大作、起きてたのか」
「はい」
「関西はどうだい?」
「こちらは勝ちます!」
「そうか。うれしいな」
あの先生の声の響きは今も忘れられない。
勝利――これが後継者の使命だ。負ける戦いならば、最初からしないほうが、ましである。
432
師弟不二の心で、勝って勝って勝ちまくり、力ある民衆の指導者に成長していただきたい。
われらは使命深き「精神の王者」
私は、世界的に著名な国際法学者で、アメリカ・デンバー大学副学長のナンダ博士と、対談を重
ねてきた。
博士が語られていた。
「ガンジーもいわれなき中傷にさらされていました。ブラックジャーナリズムはいつの時代にも
存在します。大切なのは民衆一人ひとりがその中傷に同調せず、それを糺すために正義の声をあげ
ていくことです」
民衆が正義の声をあげなければ、「嘘の暴力」は、ますます増長する。邪悪な嘘は、断じて放置
してはならない。
最後に、もう一度、ローマ・クラブの創立者ペッチェイ博士の言葉を贈りたい。
「人は鎖につなぐことができても思想を縛ることはできない。
偉大なる仏法を弘め、友を幸福へ、平和へとリードしていく私たちは「思想の王者」である。「
精神の王者」である。
433
われらの使命は大きい。ゆえに、断じて負けない。
誇りも高く、正義の旗を堂々と掲げ、進んでまいりたい。
(群馬多宝研修道場)
434
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関東会・東京会合同研修会
人生は劇!皆に喜びを
励ましは「人を幸福にする」芸術
ここ群馬多宝研修道場は、色とりどりの花で包まれている。同志の真心で輝いている。
花は、それぞれに美しい。日蓮大聖人は教えてくださっている。
「桜は桜、梅は梅、桃は桃、李は李と、おのおのの特質を改めることなく、そのままの姿で無作
三身の仏であると開き見ていくのである」(御書 0784p 通解)
人間も桜梅桃李だ。顔も、いろいろ、性格も、いろいろ。
435
皆、違う。違うから、人間の世界はおもしろい。
もし皆が、何もかも同じだったら――なんと味気ない。また、恐ろしい世界であろうか。
皆、自分にしかない使命がある。舞台がある。
人生は劇である。
自分らしく、名優のごとく、生き生きと、生きぬきたい。
いつも笑顔で!快活に!そうすれば、周囲も笑顔になる。
そして聡明に語ることだ。口で、妙法を教え、人を仏にしていける。反対に、口で、人を地獄に
堕とすこともある。
励ましこそ、人を幸福にする芸術である。
皆に喜びを与え、希望を贈りゆく一日一日であっていただきたい。
活字文化を復興
活字文化の退廃が叫ばれて久しい。
フランスの思想家モンテーニュが「魂はみたされればそれだけいっそうひろがる」とのべている
が、「魂を満たす言葉」「希望を広げる哲学」を人々は求めている。
486
激流のごとき社会を勝ち抜くカギは?本当の幸せとは?平和と人権への道は?生老病死を乗り越
えるには?
これらに明快な答えを与える思想の泉が、日蓮大聖人の仏法である。それを伝えるのが、「聖教
新聞」の使命である。
われらには人間革命の哲学がある。体験があり、実証がある。教育と文化の広がりがある。世界
に躍動するダイナミックな民衆運動がある。
真実の言葉。正義の言葉。希望の言葉。心を結び、心を豊かにする言葉――そうした善の言葉を
社会に広げたい。
「聖教新聞」を通じて、人間主義の光を広げ、いちだんと活字文化を復興させてまいりたい。
立つべき時に立て!勇敢に!
立つべき時にたつかどうか。それで人間の真価は決まる。
肩書でもない。立場でもない。大事なのは、苦難を恐れず、師と「不二の心」で立ち上がる勇気
である。
私は、若き日、体が弱かった。医師からは「三十歳まではいきられない」と言われていた。
437
だから広布の戦いに殉じようと決めていた。
その心を戸田先生は見抜かれて、「お前は死のうとしている。俺に命をくれようとしている。さ
れは困る。お前は生きぬけ。俺の命と交換するんだ」と言われた。
私は生き、生きぬいてきた。
師弟不二。これが創価の大道である。
これまでも、学会が、三障四魔、三類の強敵と戦った時、一心不乱に祈りぬき、正義を叫びぬい
たのは、私と不二の心で立ち上がった尊き無冠の学会員であった。
勇敢なる庶民が、学会を支え、守り、今日の大発展を築いた。「師弟不二」の魂が、一切の障魔
を打ち砕くのである。
大聖人は女性門下の千日尼に仰せである。
「法華経の師子王を持つ女性は、一切の地獄・餓鬼・畜生などの百獣に恐れることはない」
「師子王の法」を持つ人は「師子王の人生」を生きることができる。
広宣流布のために戦う人は、だれよりも福運を積み、生命の永遠の王者と輝くのである。
逆に、広布の人を妬み、いじめる人間は、無間地獄に堕ちて、なかなか人間に生まれてこられな
い姿が法華経に説かれている。
438
戸田先生は、そのことを、わかりやすく、一つの譬えとして、こう言われていた。
来る日も来る日も列車の下敷きになっている“レール”が、逃げることもできず、踏みつけられ
るたびに、朝から晩まで、きしむ音を立てている――そんな苦しみではないだろうか、と。
断じてそうならないよう、生命の悪の傾向性を打ち破るために、大聖人は「心こそ大切」と厳し
く教えられた。
仏法は勝負である。戦うなかに人間革命があり、広宣流布があるのである。
愛する地域を「日本一」に!
イタリア統一の英雄マッツィーニは呼びかけた。
「行動の迅速は大勝の秘訣である」
広宣流布の大将軍である皆さま方に、この言葉を贈りたい。
新しい時代である。
新しい人材の出番である。
なかんずく東京は、恩師戸田先生との思い出深き、学会の原点の天地である。
それぞれが「すばらしい区」をつくっていただきたい。「わが区が大東京の一番星に!」との心
439
意気で進んでいただきたい。
そして「日本一の偉大なる天地」を築きゆくことだ。決して、あせる必要はない。自分自身の目
標に向かって、悠々たる指揮をお願いしたい。
ともどもに、すばらしい人生を!それには、学会活動しかない。広宣流布に勝る聖業はないから
である。
最後に「生死一大事血脈抄」を拝したい。
「相構え相構えて強盛の大信力を致して南無妙法蓮華経・臨終正念と祈念し給へ、生死一大事の
血脈此れより外に全く求むることなかれ、煩悩即菩提・生死即涅槃とは是なり、信心の血脈なくん
ば法華経を持つとも無益なり」(1338:08)
この信心の血脈は、広宣流布の祈りと行動なくしては、ありえない。
最高の希望の道を、晴ればれと進んでまいりたい。
皆さん、お元気で!
どうか大切な懐かしき同志のみなさまに、くれぐれもよろしくお伝えください。
(群馬多宝研修道場)
440
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関東代表者会議
「戦争」から「平和」へ 指導者革命を!
私たちの舞台は地球大――アメリカ創価大学に四期生が入学
アメリカ創価大学で、待望の第四回入学式が盛大に開催された。
その模様を、私は心躍らせてうかがった。
将来、この最高学府こそが、世界平和の電源地となり、創価の人間主義運動の中心となることは
間違いないからだ。
「人間教育」という私の終生の大事業の世界的展開は、いよいよ、これからである。
441
今回の入学式でアメリカ創価大学には、一年生から四年生までが、そろったことになる。創立者
として本当にうれしい。
当日は天候にも恵まれ、学生は元気よく、にぎやかな式典だったそうである。
日本から参加したある人は、キャンパスの優れた教育施設や雄大な自然環境に感動し、「もう、
狭くて暑い日本には帰りたくない」と言っていた。
また、ある人は、キャンパスから見える夕日があまりにも美しく、感嘆の声をあげたという。
私は、アメリカ創価大学に集った学生の健康と学業の成就を、また大学を支えてくださっている
皆さまのご健康とご繁栄を、毎日、妻とともに祈っている。
さまざまな意味で、アメリカは世界の中心である。影響力も大きい。
そのアメリカの地につくられた創価教育の学府に、世界中の秀才たちが集い、学ぶじだいになっ
た。
五十年先、百年先、二百年先の未来のために、創価教育は今、土台づくりの時である。教育の気
風と伝統が、固まっていく時代である。
青年こそ二十一世紀の希望である。会社のため、民衆のために尽くしぬく「世界平和の指導者」
を、いよいよ本格的に輩出してまいりたい。
442
戦争は残酷 戦争は悲惨
八月になると思い出すのは、戦争のことである。きょう十五日は「終戦記念日」である。
戦争は、あまりにも残酷である。悲惨である。
多くの民衆が、地獄の苦しみを、いやとうほど味わった。
私は五男である。わが家は、働き盛りの四人の兄が戦地にとられ、いちばん上の兄は戦死した。
父も病に倒れ、私自身は肺病、空襲では逃げ回り、強制疎開で、立派だった家を壊された。疎開先
の馬込の家も、建てたばかりで空襲に遭い、焼け出された。
どれほど多くの家族が、人生をめちゃくちゃにされ、悲しみにくれたことであろう。
私は戦争を憎む。人々を悲劇に追いやった指導者たちを憎む。
愚かな指導者たちのもとにいる民衆ほど、不幸なものはない。これは小説『人間革命』二も記し
たが、断じてわすれてはならない二十世紀の教訓である。
権力は魔性だ。だからこそ、民衆が強くなり、賢明になるしかない。権力を厳しく監視していか
ねばならない。
わが学会の初代学長牧口先生、第二代会長の戸田先生、国家主義と命がけで戦いぬいた。その誉
443
れの直系が、私たちである。
一人たりとも不幸な人を出さない。悲しませない。皆を喜ばせ、楽しませ、幸福にしていく。そ
れが、二十一世紀の指導者であらねばならない。
弘教に励む友を心からたたえよ
下半期の出発である。各方面から新しい人材が躍り出てくる。
私は新任のリーダーに申し上げたい。
「新しい心で進め」
「もう一度、信心の原点に立ち返って『広宣流布の一兵卒』『創価の志願兵』として戦おう!」
人ではない。自分が先頭を切ることだ。
皆さまは、広宣流布の指導者である。同志に希望と勇気を与え、幸福へと導く責任がある。
真っ先に、悩める友のもとへ駆けつける。いちばん大変なところへ自分が行く。そうした大誠実
の行動のなかに、人材が光っていくのである。
またリーダーは、黙っていてはいけない。自分から、どんどん、声をかけることだ。
「しばらくですね!調子はどうですか」
444
「お体、気をつけてくださいね」
温かい言葉。元気が出る言葉。心に残る言葉。それを送っていくのが、仏法の指導者である。
折伏している人は仏の使いである。その人を最高に大事にしていくのは当然である。
一生懸命、弘教に励んでも、なかなか実らない場合もある。その人もまた、心からたたえ、励ま
していくことだ。
「聞法下種といって、最高の仏法を語り聞かせること自体に大功徳があるんですよ」等々、仏法
の法理を語る。ともに祈り、ともに動く。さらには具体的にアドバイスを送ることである。
どこまでも同志のために!――リーダーが、ここに一念を定めてこそ、団結が固まる。広宣流布
の波が広がる。
次の五十年へ、私たちは新しい勝利を開くべく「指導者革命」の大波を起こしてまいりたい。
モンゴルと日本に「文化の橋」を
昨年、私は、モンゴル国の名門私立大学オトゴンテンゲル大学より、名誉博士号の授与の決定通
知書をいただいた。
首都ウランバードルにある同大学の名前の由来は、モンゴルの名山オトゴンテンゲル山。
445
モンゴル民主化後の一九九一年に創立され、政府から認定された最初の私立大学の一つである。
現在、世界各地で、牧口先生、戸田先生を顕彰し、SGIをたたえる施設の建設が進められてい
る。これは、世界が、私どもの掲げる「創価の正義」に希望を見いだし、信頼を寄せている一つの
証明である。
大聖人の御遺命である広宣流布は、小さな日本だけにとどまるものではない。舞台は世界である
。どの国の同志も、波瀾万丈の劇のごとく、真剣に、けなげに戦っておられる。
私は、この人類史に残る偉業を、皆さまの功績を、未来に永遠にとどめたいと願っている。
モンゴルは、“恐竜と化石の宝庫”として有名である。ここ群馬の中里村――現在は万場町と合
併して神流町だが、そこにも、恐竜の足跡などの化石がある。モンゴルの恐竜研究の大家が訪れた
こともある。
かつてモンゴルのフレルバートル駐日大使と、群馬とモンゴルの“恐竜研究の交流”について語
りあったことも、懐かしい。
日本とモンゴルの縁は深い。しかし、両国の歴史上の大きな接点は、十三世紀の「蒙古襲来」と
446
、二十世紀の「ロモンハン事件」のふたつしか記憶されていない。そのほかは「空白」であった。
一二七五年(健治元年)九月、幕府は「蒙古」の使者を処刑。日蓮大聖人は、この蛮行を嘆き、
記されている。
「気の毒にも、平左衛門尉殿や相模守殿が、日蓮が言うことをさえ用いておられたならば、先年
の蒙古国からの使者の首を、よもや斬ることはなかったでしょう。今になって後悔しておられるこ
とと思います」(御書 1095p 通解)
「蒙古襲来」と「ノモンハン事件」という、「戦争の歴史」しか持たない両国――私は、一九九
三年にエンフバヤル文化大臣にお会いしたとき、この事実にふれて、申し上げた。
「これは、きわめて不幸なことです。私はこの両国間の『空白』を埋めたいのです。『文化』の
力で埋めたいのです」
今、そのモンゴルとの友好が、深く、広く結ばれている。そのことが、私はうれしいのである。
447
清き蓮のごとく君よ咲き誇れ!
今回の夏の研修では、多宝研修道場の「守る会」の方々をはじめ、群馬の方々には、たいへんに
お世話になっている。心から御礼を申し上げたい。
「陰徳の人」を最大にたたえる。それが仏法である。学会の世界である。また、絶対にそうでな
ければならない。
研修会期間中、群馬の友が、多宝研修道場に見事なハスの花を飾ってくださった。ありがたいこ
とである。その美しさに、心が洗われる思いであった。何度もカメラのシャッターをきった。
蓮華の花は、ご存じのとおり、仏法の深い意義が託されている。
蓮華は、花と実が同時に成長していく。
これは、他の花には見られない特徴であり、妙法蓮華経の「因果倶時」の法理をあらわしている
。
全員が、美しき大輪の蓮華の花のごとく咲き誇り、人生を謳歌しゆくための仏法である。
448
まだまだ暑さが続く。私どもは、健康第一で、聡明に、疲れをとりながら、朗らかに、広布の王
道を進みたい。
わが胸中に、幸福の「心の都」を燦然と輝かせてまいりたい。
(群馬多宝研修道場)
449
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ブラジル婦人部・東北・北陸・信越合同研修会
闘争のなかで自分を磨け
人生は挑戦!困難は成長のチャンス
有意義な夏季研修会の開催、本当にご苦労さまです。
信越のみなさまには、たいへんにお世話になっています。
陰に陽に研修を支えてくださっている皆さま方の御尽力に、心から感謝申し上げたい。
また東北、北陸の皆さま方も、ご苦労さま。
新出発を祝して、いくつかの句を贈りたい。
450
〈東北の友へ〉
人材の
大東北は
勝利山
勝ちまくれ
破邪顕正の
青葉城
〈北陸の友へ〉
北陸の
世紀 築かむ
師弟山
常楽の
451
功徳と勝利の
故郷城
ブラジル婦人部の皆さま方も、はるばると本当に、よく来てくださった。お会いできて、うれし
いです。皆さん、たいへんに懐かしい方ばかりだ。
あらゆる困難を毅然と乗り越えて、日蓮大聖人の御遺命である世界広宣流布の栄光の歴史を、見
事に築いてくださった皆さん方である。
私は、永遠に皆さんのことを忘れない。ともに戦った同志を断じて忘れない。
私と妻は、皆さま方のご健康とご長寿を、そしてまた、ご一家の無窮の繁栄を、毎朝毎晩、真剣
に祈っている。これからも必死に祈ってまいる決心である。
「道のとをきに心ざしのあらわるるにや」(1223:05)
――日蓮大聖人は、仏法のため、遠く歩みを運んできた女性門下の信心の「志の強さ」を、こう
たたえてられる。
広宣流布のために、労苦を惜しまず、勇み動かれる功徳は、無量永遠である。
無数の諸天善神が、身に影の添うがごとく、皆さま方に寄り添い、たたえにたたえ、護りに護り
ゆくことは、経文に照らし、御聖訓に照らして、間違いない。
452
どうか、お帰りになられたら、ご家族の皆さま、ブラジルの愛する同志の皆さま方に、くれぐれ
もよろしくお伝えいただきたい。遠方から、本当にご苦労さま。ありがとう!
吉川英治「苦労のない青年は不幸だ」
恩師の戸田先生は、いつも青年に、本を読め、名著を読めと勧められた。読まないと、厳しく言
われた。低俗な雑誌などを読んでいると、烈火のごとく叱られたものである。
そのなかで、『三国志』『宮本武蔵』などで知られる、作家の吉川英治氏の作品を夢中になって
読んだ日々も懐かしい。
その氏が、ある裕福な青年にこう語ったことがある。
「君は不幸だ。早くから美しいものを見過ぎ、美味しいものを食べ過ぎていると云う事はこんな
不幸はない。喜びを喜びとして感じる感受性が薄れて行くと云う事は青年として気の毒な事だ」と
。
今も私の胸に焼きついて離れない言葉である。
人生の土台を築く大切なときに、何もかも恵まれ、ちやほやされて、何ひとつ不自由がない。苦
労がない。そうゆう人生は、ひとつも幸福ではない。いちばん不幸だ。偉大な人間が育つはずがな
453
いのである。
苦難がないことが幸福なのではない。
苦難に負けず、たとえ倒れても、断じて立ち上がり、乗り越え、勝ち越えていくところに、人生
の真の幸福があり、喜びがある。
人生は、戦いである。
人生は、挑戦である。
困難を避けて、人生はない。いかなる試練に直面しようとも、「さあ戦おう!」「成長するチャ
ンスだ!」と勇んで立ち向かっていく、「強い自分」をつくるのが日蓮大聖人の仏法である。
この「戦う魂」を持った人が最後は勝のだ。
陰で頑張る人を私はたたえたい!
「忍耐は、歓喜へのカギなり」とは、ブラジルに伝わることわざである。
皆さんは、みずから望んで仏法求道の研修会に参加された。
世間では、多くの人が休暇を楽しんでいるときに、皆さんはあえて「鍛錬の道」「向上の道」を
454
選ばれた。その心が尊い。
御聖訓に仰せのとおり、広布に徹する皆さま方を、大聖人が抱きかかえて守ってくださることは
間違いない。
表舞台で華やかに活躍している人よりも、だれも見ていないところで忍耐強く戦っている人をこ
そ、私はたたえたい。大切にしたい。それが私の変わらぬ心である。
ブラジルのことわざに、こうもある。
「正義あれ!しからば強者とならん」と。
私の人生は、ただ広宣流布のためにある。これからも、いやまして、強く、堂々と、世界を舞台
に、広宣流布の総仕上げの指揮をとっていくつもりである。
そしてまた、広宣流布に懸命に戦ってくださる同志のために、仏意仏勅の学会の永遠の発展のた
めに、私はこれからも戦い、勝利する。
それが、恩師から託された私の使命であり、根本中の根本の正義であるからだ。
会員のために!
学会のリーダーは「会員のため」が第一である。どこまでも真心で会員に尽くしていくのが幹部
455
の仕事である。
限られた自身の時間のなかで、どれだけ広宣流布のことを思ったか。同志の幸福を祈ってあげる
ことができたか。
会員の幸福のためか。
自分の功績のためか。
この微妙な一念の違いが最後に大きな差となって表れる。それが信心の世界である。
これまでも、学会にお世話になり、学会のおかげで偉くなりながら、増上慢になり、学会の大恩
を忘れ、同志を裏切っていった人間がいた。その末路が、いかに哀れで悲惨なものか。皆さまが御
承知のとおりである。
「忘恩の輩で地獄は溢れている」とは、ブラジルの峻厳な言葉である。
信仰とは永遠の希望
信仰とは、永遠の希望の源泉である。
わが胸中にあふれんばかりの希望を、友に分け与えていくのが、信心のリーダーである。
皆を励まし、皆をほめたたえながら、「ともに信心の大功徳を受けていきましょう!」「ともど
456
もに御本尊のすばらしさを語っていきましょう!」と、心軽やかに進んでいっていただきたい。
ブラジル文学アカデミーの会員で、文学者のホケッチ=ピンとは言う。
「希望は最も価値ある宝である」
尊き一生である。断じて、悔いを残してはならない。そして、健康で生き生きと、「希望の人生
」「正義の人生」「勝利の人生」を仲良く朗らかに生きぬいていただきたい。
ブラジルSGIは世界の模範!
ブラジル広宣流布の前進は、世界の模範である。
国家も、社会も、地域も、わがブラジルSGIの友を信頼し、賞讃し、喝采している。
御聖訓に仰せのとおりの「三障四魔」「三類の強敵」との戦いを、勇敢なるブラジルの同志は、
すべて勝ち越えてこられた。
そして、「最も幸福な人とは、最も多くの人に幸福をもたらす人」との貴国の言葉のごとく、幸
457
福の花園を大きく広げておられる。
その一切の勝利の原動力こそ、きょう、ここにおられる代表の方々をはじめ、ブラジル婦人部の
皆さま方の強盛な祈りであり、信心である。
「ブラジル婦人部、万歳!」「ブラジル婦人部、ピケ!ピケ!ピケ!」と声高く叫び、讃嘆した
い。
妙法に生きぬけば黄金の幸福境涯に
世界にも、また日本にも、ともに広宣流布に戦ってくださった功労の方々が数多くおられる。
今朝も、妻とともに、追善のお題目を送らせていただいた。
生命は、永遠である。妙法を持ち、不退の信心を貫いていけば、三世永遠に渡って、自由自在の
境涯をたのしんでいける。ゆえに、死も悲しむべきことではない。
仏法においては、「生も歓喜」「死も歓喜」である。
このことは、ハーバード大学での講演でも語らせていただいた。
大聖人は御書に仰せである。
「退転することなく仏道修行をして、最後の臨終の時を待ってごらんなさい。
458
妙覚の山に走り登って、目を見開いて四方をみるならば、なんとすばらしいことであろうか、法
界は寂光土で、瑠璃をもって地面とし、金の綱をもって八つの道の境界をつくり、天より四種の花
が降ってきて、空に音楽が聞こえてくる。
諸仏菩薩は常楽我浄の風にそよめき、心から楽しんでおられる。
われらもその数のなかに連なって、遊戯し楽しむべきことは、もう間近である」(御書 1376
p 通解)
信心を悔いなくやりきって亡くなれば、比類なき高き山を登り、頂上に立って、四方を見渡すよ
うな晴ればれとした境涯となる。
周囲は黄金に輝く。
自分も黄金に輝く。
空からは四種類の花が降り、音楽が聞こえ、常楽我浄の風にのって、自由に遊戯し、自在に楽し
める「大歓喜の死」となる――こう御本仏がお約束なのである。
さらに、たとえ亡くなっても、また自分が生まれたいところに自由に生まれることができる。妙
法の「歓喜の世界」にうまれることができるのである。
仏法の生死観は、あまりにも深い。
059
大宇宙に唱題の音声が響き渡る
また、私たちが南無妙法蓮華経と唱える功徳は、たとえば相手がどこにいても電子メールが通じ
るように、亡くなった人にも通じる。すごい題目であり、御本尊なのである。
大聖人は「これは、日蓮が勝手に作り出したものではなく、法華経を涌現した多宝塔の中の釈尊
や、十方分身の諸仏をあたかも版木で摺るように、そのまま写し顕したのが、この御本尊である」
(御書 1243p 通解)と仰せである。
つまり、法華経の虚空会の儀式――大宇宙を舞台に、釈尊とそのもとに集ったあらゆる仏の姿を
、そのまま書き顕されたのが、御本尊なのである。
そして、その御本尊も自分自身の胸中にある。
宇宙の本体も、「南無妙法蓮華経」。
私たちの胸中にも「南無妙法蓮華経」。
そして、御本尊も「南無妙法蓮華経」の当体である。
460
私たちが御本尊に南無妙法蓮華経と唱えるならば、わが生命が大宇宙の根本のリズムと合致して
いく。題目の大音声は、大宇宙に響き渡り、あらゆる諸天諸仏が動いて、私たちを護ってくださる
のである。
私どもは、この偉大なる仏法を受持した誇りも高く、勇気と確信に燃えて対話を広げてまいりた
い。
団結は力 信頼は宝
ブラジルの有名な格言に「結束は力である」とある。
今、首都圏全体、関西と中部、そして東北と信越と北陸も、結束して広宣流布の連合を形成して
いる。
日本の幕末では「薩長連合」が時代を大きく動かしていったが、連合することによって、「一た
す一」ではなく、何倍もの力を発揮できる場合がある。
このほど、「新潟・会津サミット」「新潟・鶴岡サミット」「新潟・長井サミット」「アルプス
・サミットが新たに発足すると、うかがった。おめでとう!
461
広大な天地で戦う同志
東北も、信越も、北陸も、広大な天地で、冬は雪深いなか、けなげに戦っておられる。
きょう、ここにも参加されているが、総新潟総合婦人部長から、豪雪地帯で戦う苦労をうかがっ
た。
彼女は女子部時代、新潟県の女子部長として、日本一の拡大を成し遂げたことがある。広布のた
め、学会のために、いつも大きな心で戦いぬいてこられた。
昭和五十四年(一九七五年)、豪雪地帯として有名な県内の長岡市に嫁ぎ、婦人部としての活動
を開始された。
長岡は、昭和三十八年(一九六三年)の「三八豪雪」のさいに、記録的な雪の被害を受けた地域
の一つである。このとき、大雪で列車に閉じ込められた同志を救援した長岡支部の友の活躍は、以
前、ご紹介させていただいた。
彼女が結婚した当時は、とくに雪の多い年が続き、冬は、毎日が雪との戦いであったという。朝
起きて、玄関の戸を開けると、まず目の前の「雪の壁」をよじ登り、外に出て、雪かきをすること
から一日が始まった。
462
環境も厳しかったが、当時は学会に対する無認識の偏見も強かった。
そうしたなかで、皆が、どうすれば広宣流布を進められるか悩み、真剣に祈った。
その結果、決めたことは、地域のために、まずみずからが身を粉にして働くということであった
。
冬の朝はいちばんに起きると、外に出て、自分の家の周りはそこそこに、除雪車が大きな通りの
脇に残していった雪をどけて、横道から来る車が通れるようにした。さらに、子どもたちが学校に
通えるように、歩道の雪かきを率先して行った。
また、積極的にあいさつを交わしあう“声掛け運動”を広げ、心と心のふれあう機会を増やして
いった。そして、地域に住む独り暮らしの方や身体の弱い方に食事を差し入れたり、病院に連れて
行ってあげたりもした。
そうした姿に接し、多くの人たちが心を開いていった。自然のうちに、仲の良い近隣のお付き合
いが深まっていったのである。
現在、彼女は大きな信頼を寄せられ、昨年三月には、初めて地域に設けられた、防災会の夫人会
長になった。
当初、毎日が多忙なため、かえって迷惑をかけてはいけないと、二度もお断りしたが、「創価学
会の活動が忙しいのはわかっています。しかし、だからこそ受けていただいて、後継の育成をして
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もらえないでしょうか」と言われて、引き受けたそうである。
厳しい環境を嘆くのではなく、友情を結ぶチャンスに変えていく。「困っている人のために!」
と、苦労を惜しまず地域に尽くしゆく真心が、周囲に信頼を広げていくのである。信頼こそ、人生
の「宝」である。
新潟では、歴代の女子部長をはじめ、多くの女子部が、そのまま婦人部の中核として活躍されて
いる。
また、新潟の婦人部は、後輩の面倒見がいい。女子部の結婚などについても、壮年・婦人部が親
身になって相談に乗ってあげるそうである。みな、新潟が大好きで、新潟広布に誇りをもって取り
組んでいる。これが新潟のよき伝統である。
友情は、時と距離を超えて
なお、彼女を長年にわたって見守り、励ましてこられた、かつて新潟担当の女子部主任部長だっ
た先輩のかたがおられる。現在、東京・創価中学校の教員としても活躍されている。
その先輩は、彼女が新潟女子部長だったころ、東京から何度も足を運んでは、真心の励ましを続
けた。そして、一緒に新潟女子部の家を一軒一軒訪問し、対話と激励を重ねていった。
464
先輩の方は今でも、新潟婦人部の活躍が「聖教新聞」に載ると、すぐに「読みましたよ」と、よ
く電話をくれるそうである。彼女は、「その温かさに、いつも励まされてきました」と、しみじみ
と語っておられる。
このうるわしい友情の絆についてうかがった私は、先輩の方にこう伝言した。
「女子部時代、新潟に何度も通っていたこと、新潟の同志から、うかがいました。ご苦労さま!
本当にありがとう」
ブラジル文学アカデミー会員だった、文豪アウストジェジロの次の言葉が、私は好きである。
「友情は人間の本能である。友人の真心の励ましは闘争心を与え、困難と悲嘆を克服する活力を
与える。また、思想・学問・信仰の推進力にもなる。思いやりと友情は、人間として最も敬愛すべ
きものの一つである」
仏法では、同生天・同名天という?生神が、その人の行動を「すこしも・おとさず」天に報告す
ると説かれている。
広宣流布のために尽くした行動は、どんな些細なことでも、たとえ目立たなくても、必ず明らか
なあ果報としてあらわれる。
それはやがて、大勢の人々から深い感謝と尊敬の念をもって語られ、たたえられていくのである
。
465
ブラジルのことわざに「真実は必ずあらわれる」とあるが、まったくそのとおりである。
どうか皆さまは、名誉と幸福の一生を送っていただきたい。
そのためには、広布の尊い使命に、断固として生きぬくことだ。またリーダーは、学会員の幸福
のために尽くしぬくことだ。
「健康第一」の前進をお願いしたい。
健康は「智慧」である。休むべきときは、しっかり休む。無理をして夜遅くまで起きていない。
食べすぎを慎む、そうしたことをおろそかにして、健康を害するのは愚かである。
さらにリーダーは、皆の健康にも細心の注意を払っていただきたい。風邪をひかないように、無
理をさせないようにと、賢明な指揮をお願いしたい。
健康を維持することは、飛行機でいえば「安定飛行」といえる。
広宣流布の目的地、人生の目的地に達するために、知恵を発揮し、正しい生活を組み立て、一日
一日を価値的に送っていただきたい。
勝利へ準備を!
最後にふたたびブラジルの英知の言葉を贈りたい。
466
文豪アウストジェジロは言った。
「いつもいつも“勝利”を念頭に置きたまえ。数々の創意工夫は、“勝利”へ準備を整える“行
動”である。“思考”と“行動”こそ汝の方針である。
また、ブラジルの言論王で、私がともに対談集を発刊したブラジル文学アカデミーのアタイデ総
裁は、青年たちに、こう呼びかけた。
「青年は『目標』を立てなさい。『大いなる理想』を持ちなさい。『正しい哲学』の人生の土台
にしなさい。そして『偉大なる師匠』をもちなさい」
「今の困難に動揺させられてはならない。自分の理想を邪魔しようとするものに対しては、一歩
も退いてはならない」
私どもは、いつまでも青年の心で、どんな困難にも退くことなく前進したい。
広布に進む皆さまに幸福あれ!栄光あれ!
尊い使命をいだきながら、一生涯勝ち抜いてください。お元気で!
(長野研修道場)
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各部代表協議会
二十一世紀は「民衆の時代」――女性が主役
勇気が指導者の第一条件
きょうは、各部の中核を担う皆さんが集われた。ご苦労さま!
「勝って兜の緒を締めよ」である。
広宣流布の未来のために、十分に語りあい、論じあい、会議が大成功となることを祈っている。
「真剣な一人」「本気な一人」がいるところに、広宣流布は進む。これが永遠の鉄則である。
私は第二代会長戸田先生のもと、一人立ち上がった。以来五十七年間、一日も休まず戦い、世界
468
が讃嘆する、今日の大創価学会になった。
皆さまも、広布の指揮をとるならば、見事なる自分自身の勝利の歴史をつくることだ。
アメリカ・ルネサンスの思想家エマーソンは言った。
「どうしても偉大な行為がほしいのなら、われわれ自身の行為を偉大にしよう」
偉大な歴史をつくるには、人にやらせようという心根を捨てることだ。自分自身が「偉大な行動
」に挑戦することだ。
「法華経に勝る兵法なし」
こう一念を定めて、戦おうではないか!
トインビー博士が、「指導者の条件」についてつづり残している。
「指導者にとって、勇気は決して欠くことのできないものです。
勇気はまた、次々と人から人に移り広がってゆくものです」
「勇気」は“伝染”する。「勇気」こそ、指導者の第一条件である。
博士は、こうも言われている。
「指導者として成功するには、第一に勇気が必要です。第二には私欲のないこと、第三は他人の
考えや気持ちを敏感にとらえる直感力、そして第四は厳密に限定された目標を迷わずに追及すると
いうことです」
469
「勇気」「無私の精神」「人々への思いやり」「目標への執念」――これを持っている人が「勝
つ指導者」である。
「自分中心」でなく「皆のために」。リーダーがそこに徹してこそ、自分が光り、皆も楽しく大
目的に進んでいけるのである。
妙法の女性を大菩薩が守る
学会には、ひたすら広布のために戦ってくださった無名の庶民が、大勢おられる。私は、そうい
う方々を絶対に忘れない。なかんずく、婦人部、女子部の奮闘は、あまりにも崇高である。
日蓮大聖人は仰せである。
「この妙法の良薬を持った女性等を、上行菩薩をはじめとする四人の大菩薩が前後左右に立ちそ
って守り、この女性が立たれたなら、この大菩薩も立たれ、この女性が道を行く時には、この大菩
薩たちも、その道を行かれるのです」(御書 1306p 通解)
片時も離れず、妙法を持った女性を守りに守る。御本仏がお約束してくださっている。
御聖訓に照らして、法のため、人のために戦う学会員以上に尊貴な存在は絶対にない。仏を敬う
がごとく、たたえ、励ましていくべきである。
470
時代は変わっている。「民衆の時代」である。また「女性の時代」である。権力者ではなく、民
衆が主人であり、女性が主役である。
いばる。幹部、いばる男性には、もはやだれもついてこない。
「役職が上だから偉い」などと考えるのは、とんでもない間違いである。
広宣流布のために戦う最前線の同志こそが、最も尊い。最も偉い。
その同志に尽くし、同志を守るためにリーダーはいる。これを決して忘れてはならない。
たとえば、会合が終わったら、幹部が帰り口に立って、おじぎして皆を見送る――これは一例だ
が、そういう心で、同志のために尽くしていくことである。
学会の永遠の勝利のために、今、先手を打って、「リーダー革命」「幹部革命」に全力で取り組
んでまいりたい。
アメリカ創価大学のプールから金メダル!
この八月十四日、アメリカ創価大学オレンジ郡キャンパスで、第四回の入学式が晴ればれと行わ
れた。アメリカ社会、そして世界の教育界から、わがアメリカ創価大学に寄せられる信頼と期待は
、まことに大きい。
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この夏、アテネ・オリンピックの熱戦が繰り広げられてきたが、じつは、アメリカ創価大学のプ
ールで練習を行っているスイミング・クラブの選手たちが、アメリカの代表として活躍し、続々と
メダルを勝ち取った。
アメリカのニュース番組でも、アメリカ創価大学のプールでの練習風景が大きく映し出された。
選手たちの所属する地元スイミング・クラブから、最新の設備を備えるアメリカ創価大学のプー
ルを使用したいとの要望があり、交流が始まったのである。
ちなみに、このクラブの二人のコーチは、たいへんに高名な競泳の指導者で、今回のアメリカ・
オリンピック・チームを牽引しておられる。お二人は、わがアメリカ創価大学の水泳クラブのコー
チや水泳の授業の指導も行ってくださっている。
トインビー博士「人間革命の宗教」に注目
アメリカ創価大学には、世界から多くの識者が訪れる。講演や学生との懇談も、貴重な触発の場
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となっている。
マサチューセッツ大学ボストン校の副学長であられるウィンストン・ラングリー博士も、この秋
、アメリカ創価大学を訪問し、講演することを、たいへんに楽しみにしておられる。
ラングリー博士は著名な国際政治学の教授で、トインビー博士の歴史観に対しても、たいへん造
詣が深い方である。
博士は、私とトインビー博士の対談の意義について語ってくださった。
私のことではあるが、創価の「人間革命」の運動への評価として、ありのままにお伝えしたい。
「トインビー博士の研究の真価は『人間の文化は、文明間の挑戦と応戦を通して発展し続ける』
という歴史観にありました。
そして、博士の最後の『文明間の対話』となった。池田SGI会長との対談は、たんなる『対話
の交換』ではなく『ともに学びあう対談』でした。トインビー博士は偉大な歴史学者でしたが、池
田会長との対談を通して、さらに多くのことを学ぼうとしました。
そして、互いに学びあうなかで、二人の対談は、人類文化に巨視的な視座を与え、現代人の失望
感を取り除く役割を果たしていったのです。
とくにトインビー博士は、国家主義や共産主義が宗教にとって代わろうとする時代の流れを悲観
473
していました。
しかし博士は、池田会長との対談を通して、『人間革命』という概念を学びました。
そして、仏教には内向的で社会と隔絶したものばかりでなく、社会に開かれた仏?運動もあるこ
とを、初めて学んだのです。これは、博士にとってたいへん重要なことでした。
これによって博士は、宗教の新たな可能性を考えるようになったのです」
トインビー博士といえば、東北青年部の英才たちが、昨来年、“トインビー展”を開催してくだ
さったことは記憶に新しい。すばらしい、社会啓発の運動である。
トインビー博士の言葉が思い起こされる。
「人間が、社会の参加者となるためには、広い意味での教育が必要です」
「私たちは、すべてが社会の参加者にならなくてはなりません。できるなら建設的参加者、幸福
な参加者にならなくてはなりません。
なぜなら、人間は社会的動物であり、その事実を変えることができないからです。
私たちは、教育の力、対話の力で、偉大な社会の「建設的参加者」「幸福な参加者」を、さらに
474
陸続と育ててまいりたい。
ロシア・中国に道を開いて三十年
中国から連絡が入った。
この秋、ゴルバチョフ元ソ連大統領と私の対談集の中国語版が、中国で最高の権威ある「中央文
献出版社」から発刊される。
ゴルバチョフ氏も“池田名誉会長に対する中国の信頼の表れ”と、心から喜んでくださった。
ゴルバチョフ大統領と初めてお会いしたのは、一九九〇年七月。モスクワのクレムリンであった
。当時、日本の対ソ外交の焦点のひとつは「ゴルバチョフ大統領の訪日がいつ実現するか」であっ
た。会見で大統領は、訪日を明言され、“春、桜の咲くころ”と、具体的な時期に言及された。
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本年は、私が初めて中国とロシアを訪ねて、三十年となる。
日本と中国の友好、日本とロシアの友好、そして中国とロシアの友好のため、私は、私の立場で
努力してきたつもりである。
トインビー博士の言葉に、こうあった。
「次の時代に起ころうとしてることに、ほんとうに関心をもつことができれば、生命のつづくか
ぎり、若さを保つことができます」
私は、生命の続くかぎり、世界平和のため、全民衆の安穏と幸福のために、働き続ける。青年部
の諸君も続いてもらいたい。
一生涯、「青年の心」で!偉大なる「信心の博士」に
いかなる帝王たりとも、青春の生命の輝きにはかなわない。
虚栄のためではない。法のため、人のために祈る。
これほど尊い人生はない。
たとえ、いくら財産があっても、今世限りのものだ。死という難問は解決できない。
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しかし、妙法は永遠である。三世にわたって人々を救い、幸福にしていける。自分自身も、最高
の仏の境涯を開いていけるのである。
最高の宝は、自分自身の中にある。それを掘り出し、輝かせながら、この人生を、思いきり生き
ることだ。
どうか偉大なる「信心の博士」として、誇らかに胸を張り、「自分は勝った!」と叫べる一生を
堂々と飾っていただきたい。
仏法の根幹は「師弟」である。
「師弟」こそ、教育の魂であり、人間の向上の道である。
私は決めていた。
戸田先生を守ることが創価学会を守ることである。創価学会を守ることは、すなわち広宣流布を
守ることである――
この決心で、戸田先生にお仕えしてきた。
あの、ふだんは豪放な戸田先生も、牧口先生に対する姿勢は、それはそれは峻厳であられた。
どれだけ行動しても、「師弟」という心のギアがかみ合わなければ、結局は空転である。
「師弟不二」――この大精神を、深く深く心に刻んでいただきたい。
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本当の慈悲とは悪を責めること
「根本的に卑しい人間のはっきりした特徴は忘恩である」これはスイスの思想家ヒルティの言葉
である。
戸田先生は、広布の組織を攪乱し、裏切る人間、学会員を見くだす人間を、決してゆるさなかっ
た。火を吐くがごとく激怒された。
「学会は清浄な世界である。これが仏法の世界であり、心の世界だ。
広布破壊の反逆者はたたき出せ!」
「偉大なる正義の人々は、けちくさい、そして陰鬱な高慢ちきの中傷など、あざ笑え!」
「中途半端な戦いは、かえって迷惑だ。悪とは妥協せず、徹底的に戦うのだ!」――と。
悪い人間に妥協してはならない。厳しく悪を責めることが、本当の慈悲である。それが正義を守
り、多くの人が悪に染まるのを救うことになるからだ。
古代ギリシャの政治家で、最高峰の雄弁家デモステネスも、こう断言している。
「不正を働く人間はかならず懲らしめなければならない」
正義であるがゆえに悪口中傷される。これは古今東西に変わらぬ法則である。
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イギリスの詩人ミルトンは叫んだ。
「極悪人め!
そなたの称讃はすなわち罵詈雑言であり、そなたの罵詈雑言こそ、この身のこの上なき名誉であ
る」
古代ギリシャの教育者イソクラテスは訴えた。
「中傷こそ最大の悪と言う人のあることを私は怪しまない。実際、誹謗中傷にまさる非道の行い
があるだろうか」
「偽って讒言をなす者は、罪を犯した者と同じ刑罰を与えること」と。
しかし、どこまでも嘘は嘘、真実は真実である。「真実」ほど強いものはない。
イギリスの詩人シェリーは語る。
「真実なるものはその真実ゆえに揺るぎません。同様に、愚かなものはすべてその愚かさゆえに
倒れ、偽りのものはその虚偽ゆえに論駁されます」
そしてドイツの詩人ハイネは言った。
「真実は最後には勝つ」と。
このハイネの言葉を現実にするために、青年は戦ってもらいたい。
韓民族の独立の闘士・韓龍雲の言葉を贈りたい。
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「活発な青年が団結し、行動してこそ、前に敵はなく、後ろにも邪魔は入らない。なんと美しい
ことか!」
不惜身命で進め
スイスの思想家ヒルティの言葉に「ほんとうに偉大な人々の生涯は、試練の連続」とある。まさ
に日蓮大聖人の御生涯は、迫害の連続であられた。
御生涯を振り返られ、こう仰せである。
「日蓮は『わが身は、どうなってもよい』という覚悟で正法を説き始めた結果、二十余年、いる
場所から追放され、弟子等を殺され、わが身も傷をこうむり、二度まで流罪され、ついには首をき
られようとした。これは、ひとえに日本国の一切衆生が大きな苦しみにあうことを、かねてから知
り、ふびんに思ってのことである。
それゆえ、心ある人々は、日蓮が大難を一身に受けていることは『私たちのためである』と思う
べきである」(御書 1450p 通解)
そして、この「不惜身命の信心」に門下も続くべきだと、大聖人は厳しく教えておられる。
「無間地獄を免れようと思うならば、五体を地に投げ、全身に汗を流しなさい。もしそうでなけ
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れば、珍しい宝を仏前に積みなさい。もしそうでなければ、奴婢となって法華経の行者に仕えなさ
い」(御書 0537p 通解)
広宣流布へ進む人には、必ず難が競い起こる。その時、決してわが身を惜しまず、妙法に生きき
る人に、無上の幸福の道が開かれる。ゆえに御本仏は、どんなことがあっても、決してこの信心か
ら離れてはならないと、繰り返し教えておられるのである。
たとえば御聖訓に「賢人とは、八風といって、八種の風に侵されない人を賢人というのである」
(御書 1252p 通解)とあるとおりである。
杉や檜は、小さな枝をそぎ落として、まっすぐな、いい木に育つ。
人間も大難と戦うなかで磨かれる。三障四魔、三類の強敵と戦ってこそ、小さな自分を打ち破り
、まっすぐに成仏の道を進んでいける。大木のような偉大な人間になるのである。
「百千万億倍・御用心あるべし」と
全同志の健康と無事故と長寿こそ、私の真剣なる祈りであり、願いである。ここで一点、細かい
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ことだが、確認しあいたい。それは「入浴には十分な注意を!」ということである。
以前、「健康と生命と仏法を語る」等でも論じあったが、浴室で亡くなる方の数は、じつに年間
一万五千人ともいわれる。これは交通事故の死者より多い。
入浴時の死亡原因の多くは、「心筋梗塞」など循環器系の疾患と、「脳出血」などの脳血管障害
である。これには血圧の変動などが大きく関わっている。このようにして入浴のさいに亡くなられ
る方は、高齢者に多い。これから寒くんなるので、冬の期間は、とくに気をつけないといけない。
たとえば、冬、脱衣して寒い浴室に入り、それから熱い湯に入る。これだけでも、かなりの血圧
の変動がある。急激な温度変化が「コールド・ショック」「ヒート・ショック」を引き起こし、心
筋梗塞や脳出血につながることがある。
湯船に入る時、急に首までつかると、心臓に負担がかかる。急に湯船から出ると血圧などが変動
する。こうした変動に適応できずに、意識を失い、転倒したり、溺れたりする危険がある。
もちろん、寒い時期に限らず、「脱衣をした時」「湯船に入った瞬間」「風呂から上がった時」
には注意が必要である。
また滑りやすいので何かにつかまり、転倒に気をつけたい。
入浴時の事故を防ぐ方法として、専門家の指摘をもとに何点かあげておきたい。
482
(一)湯の温度は三十八度から四十度の「ぬるめ」にし、負担になるほど長湯をしない。入浴後
も、すぐに体をふいて湯ざめを防ぐ。
(二)入浴前に浴槽をあけ、室内を暖めるなど、脱衣場や浴室の室温が低くならないよう工夫す
る。
(三)食事の直後や深夜に入浴しない。とくに飲酒後の入浴は禁物。
(四)全身を湯船に沈めず、半身浴が望ましい。
(五)入浴前後にコップ一杯の水やお茶を飲む。脱水を防ぎ、血液の流れを助けて、脳梗塞を防
ぐ効果がある。
(六)高齢者は、温度差の激しい「一番湯」は避ける。浴槽から急に立ち上がらない。
(七)高齢者の入浴時は、家族が気をつけ、入浴時間が長引く時は声をかけるなど、配慮する。
こまやかな心配りが大事である。
日蓮大聖人も、身辺に及ぶ迫害と戦う四条金吾に対して、家の出入りの注意を、乗る馬の良し悪
しなど「これほどまでに」と思うほど細かく指導されている。
御聖訓には「さきざきよりも百千万億倍・御用心あるべし」(1169:07)と仰せである。
油断を排して「絶対無事故」「健康第一」で、日々、生き生きと戦ってまいりたい。
483
今いるその場で光れ!
最後に、「知の巨人」たちの言葉を贈りたい。
哲学者のカントは指摘した。
「人間はたくさん訓練することで、自分の生命力すなわち活動性を維持しなければならない」
幸福は活動のなかにある。価値ある活動を何もしない人は、人生を生きていないようなものだと
カントは教えているのである。
文豪トルストイは言った。
「自分はなんのために生きているのかを思い出すようにしています(中略)人間は、本来の使命
に目覚めたとき、あらゆる悩みを解決できるのです」
私たちは、妙法を弘め、この地上から不幸の人々をなくすことを誓って生まれてきた。これ以上
の尊い人生はない。
この大確信に立って祈る時、どんな悩みも、苦しみも、全部、前進し成長していくための糧にし
ていける。人間革命の原動力にしていけるのである。
484
ともあれ、今いるその場で「光った存在」になることだ。使命の舞台で乱舞することだ。
この夏、各地で研修を支えてくださった同志の皆さまに、
来る年も
また来る年も
広宣の
研修舞台に
皆さま幸あれ
と贈りたい。偉大な研修の大成功に対し、深く感謝申し上げたい。
また、日ごろから、たいへんにお世話になっている全国の会館・研修道場の「守る会」の皆さま
に、
守る会
おお尊き
守る会
485
広布の基地をば
護りし長者よ
と一首を捧げたい。
そして暑いなか、夏の行事の役員等として走り、祈り、奮闘してくださったすべての皆さま方に
心から御礼申し上げたい。
皆さまの労苦がありて、あの地にも、この地にも、広布の人材が輝き育った。新しい前進が始ま
った。本当にありがとう。
生き生きと、健康で、この下半期も、完璧な異体同心の布陣をもって、歴史に残る一日一日を刻
んでまいりたい。
全世界の同志とともに、晴ればれと進みましょう!
(長野研修道場)
486
040909top
第四十一回本部幹部会
第三回沖縄総会
われらは無敵 妙法は大宇宙の不滅の力
「難即安楽」の仏法
海外から来日したSGIの青年部の皆さま、ご苦労さま!
海外の方々は、どんなときも、にぎやかで、お元気である。人間として、すばらしいことである
。当然、お金がないとか、体が弱いとか、どこの国のどんな人にも、それぞれに悩みがあり、苦し
みがある。
しかし、それで意気消沈するのではなく、苦難があればあるほど、挑戦の心を燃やし、喜び勇ん
487
で生きているのが、「難即安楽」「煩悩即菩提」の仏法である。
この点、恵まれた環境にいる日本の同志よりも、苦労の多い海外のメンバーのほうが、かえって
何倍も鍛えられ、人間ができているという声も多い。
日本の皆さんも、負けないで、元気いっぱいにやりましょう。
ともあれ、海外の皆さん、本当におめでとう。遠くから、ようこそ、お越しくださいました!
十年前の一九九四年の六月、私はスコットランドへ行き、グラスゴー大学の名誉博士号の授与式
に出席した。
式典の前、今は亡き、イギリスSGIの理事長が「おめでとうございます!」と、私の受賞を祝
福してくださった。そして、「グラスゴー大学は、英国の誇る名門校です。その大学全体からの意
義深き名誉博士号を、日本で受けられたのは、先生だけでしょう」と心から喜んでくださったこと
が、懐かしく思い出される。
英国紳士の真心のコート
式典は、それは、それは厳粛で、荘厳であった。教育の伝統というものが、どれほど大切にされ
ているかを身に染みて感じた。
488
初夏の六月とはいっても、当日は、非常に寒かった。
式典の会場から一歩、外へ出ると、寒風が強く吹いていたのである。そのとき、とっさに自分の
コートを脱いで、「先生、風邪をひいてはいけませんから」と私の体にかけてくれたのが、理事長
であった。
しかし、私は、真心からいただいて、コートはお返しした。
「名誉博士のローブを着ているから、私は大丈夫です。あなたこそ、大切なイギリスの指導者で
す。絶対に風邪をひいてはいけません」と申し上げて。
このときの理事長の真剣にして誠実な英国紳士の態度。すばやくコートを脱いだときの姿。
そして心温まる笑顔を、私は、今もって忘れることはできない。
彼も、この日の光景を、最後まで、懐かしく思い出されていたようである。
仏法の同志のつながりは深く強い。こうした尊い心の絆が結んだ同志が世界に数多くいる。
SGIは今、百九十ヵ国・地域に広がっている。
仏法史上、未曾有の世界広布の興隆も、皆さん方の先輩たちの命がけの闘争によって築かれたも
のである。
諸君は、できあがった組織のなかで、要領よく振る舞うような安易な青春だけは、送ってはなら
489
ない。
尊き草創の同志が、苦難と試練のなかで培ってきた「広宣流布の熱き魂」を、「師弟不二の深き
心」を、若きSGIの指導者の皆さま方は、断じて受け継いでいただきたい。
叫べ!わが正義を堂々と
文豪ロマン・ロランは、フランスの詩人ペギーの信念を、伝記の中に、こうつづり残している。
「真実を知っているときに、その真実を大声で語らない者は、嘘つきどもや欺瞞家どもとぐるに
なっているのだ」
真実を知りながら叫ばない。それは「嘘つき」「欺瞞家」と同じだと言うのである。西洋の知性
の洞察は、まことに鋭い。
諸君もまた、勇敢なる言論の師子であっていただきたい。悪意の嘘や嫉妬の中傷に対しては、堂
々と真実を叫びきっていくことだ。それが、正義の学会を守り、自分自身を無量の福徳で飾ってい
くことになる。
日蓮大聖人は、天台大師の師である南岳大師の、次のような言葉を引用しておられる。
「もし菩薩がいて、悪人をかばって、その罪を罰することができないで、そのために悪を増長さ
490
せ、善人を悩乱させ、正法を破壊させたならば、この人は、じつに菩薩ではない。
この人は外に向かっては、人々をいつわりあなどって、つねに、次のように言うであろう。『私
は忍辱の行をしているのです』と。この人は死後、諸々の悪人とともに地獄に堕ちるであろう」(
御書 1374p 通解)と。
戦うべきときに、「私は今、侮辱や迫害を耐え忍ぶ修行をしているのです」などと言って戦わな
い。そういう臆病な人間を、謗法と戦わない者の罪悪を、厳しく破折しておられるのである。
正義を叫ばなければならないときに、遠慮したり、あれこれと理由をつけて沈黙し、正法を破壊
する悪を放置する。それでは、その人自身が、大きな罪を負ってしまうことを知らねばならない。
沖縄の広宣の勇者、万歳!
沖縄の皆さんも、ようこそ、おいでくださった。沖縄総会、おめでとう!
沖縄健児の心意気あふれる、私の大好きな歌がある。歴史に名高い久松五勇士のことを歌った「
黒潮の闘魂」である。
私は、この歌を聞くたびに、広布のため、けなげに奮闘してこられた沖縄の同志の姿が胸に迫っ
てくる。沖縄こそ、日本で最初の広宣流布の地であると私は確信している。沖縄の皆さん、よろし
491
く頼みます!
「沖縄創価学会、万歳!」と心からたたえたい。
ともあれ、私は、皆さんと語り、皆さんと妙法流布の思い出を作りながら、ともに歓喜の沖縄を
築きたい一心である。
また、テレビでもきょうは、沖縄のことを紹介していた。そのなかに、こんな沖縄の言葉があっ
た。
ハルサイ! 男性語でこんにちは
ハイタイ! 女性語でこんにちは
イギガー! 男性
イナグー! 女性
お帰りになられたら、同志の皆さんにくれぐれもよろしくお伝えいただきたい。
日本全国の代表の皆さんも、日夜、広宣流布のための指揮、そしてわが同志の方々の幸福への指
導等々ありがとう。ご苦労さま!お体を大切に!
全員がご長寿であっていただきたい。
492
女性が輝けば未来が輝く
また、きょうは、青春勝利の女子部の新出発、おめでとう。
いかなる団体であれ、会社であれ、女性がはつらつと活動し、生き生きと頑張っているところは
繁栄していくものだ。
反対に、女性を大事にしない組織は、必ず衰亡する。これは鉄則である。
一人の女子部の存在がどれほど大きいか。
どこかの家庭を考えてみても、わかる。
お父さんは娘のいうことなら、ちゃんと聞く。お母さんは、娘とけんかをしても、かなわない。
恋人の男性は頭が上がらない。
やがて結婚をして子どもが生まれた時も、母という存在は、かけがえのないものだ。
女子部の皆さんが自分自身を磨いていけば、将来、わが子も信念の道についてくる。わが子から
尊敬される。全部が、いい方向へ向かっていく。
「一人」が変われば、すべてが変わる。なかんずく、聡明な女子部の力は計り知れない。
493
女子部を心から大事にすることだ。
女子部が、強く、正しく、成長していけば、男性もリードしていける。ご両親も、うれしい。
だからこそ、青春時代に、一生の幸福の土台を築いていくことが大切なのである。
世界の歴史を見ても、国家の存亡にかかわる危急の時、救国のリーダーとして活躍した女性が数
多くいる。
男女同権である。だが日本では、まだまだ意識が低い。もしも女性を下に見るような男性のリー
ダーがいるならば、時代錯誤であり、とんでもないことだ。
アメリカの大詩人ホイットマンは謳っている。
「女性の正義のなかから、あらゆる正義が開かれ現れる。
女性の共感のなかから、あらゆる共感が開かれ現れる」
まったく、そのとおりである。
いちばん強いのは、清らかで強いのは、女子部である。将来にわたって、希望を達成し勝利して
いく道は、女子部を大事にする以外にない。その一点を心に刻んでいただきたい。
女子部の友が、一人も残らず、幸福な人生を歩めるよう、とくに婦人部、壮年部の皆さんに最大
の応援をおねがいしたい。
494
人間を差別する傲慢と戦え!
明治の末から、大正の初めごろだったか、私の父は、徴兵で、現在の韓国・ソウルに二年間、滞
在していた。
少年時代の私に、その話を、よくしてくれた。
「日本人は、あまりにも傲慢だ!同じ人間じゃないか。かわいそうだよ!」
「どうして日本人は、こんなにいばりくさって、傲慢なんだ。あんないい人たちを、いじめて、
いじめて、いじめぬいて、なんという国か!」
私は、父の話を今でも忘れない。
だから私は、世界のどこの地域にも増して、韓・朝鮮半島の友を大事にしてきたつもりである。
また、これからもそうである。
民族を差別して、人間を差別する、馬鹿にするなどという振る舞いは、たいへんな間違いである
。断じて正さなければならない。
また、仏法の観点から見れば、正法正義を掲げて広宣流布に生きる人や集まりを見くだし、誹謗
する勢力がいる場合、仏法者として、命を賭して戦うべきである。
495
大聖人ご自身が「人間を軽賤する者」と生涯、戦いぬかれた。
人間と差別する心と戦う。学会は、永遠にこの精神でいきたいと思うが、どうだろいか!
皆さんは、「鬼押出し」という地名をご存じだろうか。
一七八三年(天明三年)、浅間山の大噴火で噴き出した溶岩が固まってできた景観の地である。
かつて、戸田先生に連れて行っていただき、大自然の恐ろしさについて語りあったことも懐かし
い。
信越婦人部のある友が、草創期の思い出を語っておられた。学会活動で鬼押出しなどの浅間山麓
を通らねばならない時は、本当に怖かった。深夜など後ろも振り返ることができないくらい怖かっ
た。それでも広宣流布のために足を運んだ――と。
その体験談に、私は深い感銘を受けた。その方のお顔も、お名前も、一生忘れない。私も毎日、
題目を送っている。
友の幸福を願い、遠い道のりを、座談会に、家庭指導にと真面目に通い続けた方々、その一人一
人の努力によって、現在の学会の堅固な土台が築かれたことを、広布の未来を開く青年部諸君は、
決して忘れてはならない。
大聖人は、一枚の「かたびら」を届けられた女性門下に対して、次のように仰せである。
496
「法華経に供養する功徳は、あなたの父母、祖父母、さらに限りない多くの衆生にも及ぼされて
いくことでしょう。まして、あなたがいとおしいと思う最愛の御主人に、功徳が及ぶことはいうま
でもないと、思っていきなさい。思っていきなさい」
法華経に供養する功徳の偉大さ、一人の女性の信心の力用をたたえられた一節である。
これは、若々しく、はつらつと戦う女子部の友にもあてはまる御聖訓であると思う。信心の功徳
は、すべてに通じる。女子部の皆さんは、ご家族が信心していない場合も、少しもあせる必要はな
い。心配する必要もない。
また、周りの人も、その人の家庭の状況を顧みず、「早く信心をさせよう」と急かして、本人を
苦しめるようなことがあっては絶対にならない。長い人生である。ましてや生命は永遠である。
“いつか必ず信心できるように、そのために今、私自身がしっかり信心を貫き、実証を示そう”
――その決意と確信をもって、心広々と進んでいただきたい。
こまやかな振る舞いに仏法がある
また大聖人は、南条時光の御書の中で、「親に良いものを与えようと思って、何もできない時に
497
は、せめて、一日に二・三度は、親に笑顔を見せてあげなさい」(御書 1527p 通解)と、親孝
行の大切さを示されている。
一般的に、父親という存在は、娘に弱いものだ。かわいい娘から「お父さん、勤行したの?」「
お題目あげたの?」などと声をかけられるたびに、お父さんは内心、ビクッとしている」
娘が笑顔をみせてくれれば、これほどうれしいことはない。
お母さんも、たまには、疲れて帰ってくるお父さんをいたわり、「きょうは、あなたの分も、ち
ゃんと勤行しておきましたよ」「お題目もあげました」といってあげれば、お父さんはずいぶん助
かる。
なにより、そういう知恵や心遣いは、空気をなごやかにする。
女子部のみなさんのなかには、仕事の都合などご家族と離れて暮らしている人も多いと思う。
そういう場合は、定期的に、電話などで、ご家族の方々に元気な声を聞かせてあげることである
。そうしたこまやかな振る舞いのなかに、仏法がある。
親が信心していても、信心していなくても、大切な自分の親であることに変わりはない。信心し
たら、さらにどんなにすばらしいか――その日を楽しみにしていけばよいのである。
また、現在、経済的に大変だったり、生活が思うようにいかない人もいるだろう。そういう人も
、むしろ今は苦しいほうが、後でもっと大きな楽しみがまっているのだ――そうとらえて、前向き
498
にいきるところに人生の醍醐味があり、信仰の力が輝くことを知っていただきたい。
“妙法の女性は男子に勝れたり”
ともあれ、世界的に「女性の時代」に入っている。日本でも、女性の管理職が増えてきた。
東京創価小学校の校長も女性である。全国的に女性の校長が、たくさん活躍されている。
また、女性の能力を発揮しやすいように、企業の風土を変えていくことが、業績の向上につなが
るという報告もある。
女性の力を生かす。女性の知恵に学ぶ。そこに新しい発展がある。
学会においても、いちだんと女性が輝いてこそ、そこに新しい発展がある。
男性には、紳士が最敬礼するように、女性を大事にしていくべきであると思うが、どうだろうか
。
今まで学会で退転した幹部は、ほとんど皆、女性の意見を聞かず、生意気に蔑視していた。
増上慢の心でいばり、女子部、婦人部を見くだす人間、馬鹿にする傲慢な幹部は、結局、だれか
らも相手にされなくなってしまう。そういう人間は、皆、敗北者となっている。成功者は一人もい
ない。これが、私が五十年以上、多くの実例をみてきた結論である。
499
仏法は厳しい。恐ろしいほど峻厳である。
大聖人は「男女はきらふべからず」と宣言なされた。広宣流布における使命は、男性も女性も同
じである。
そしてまた、御書には「此の経を持つ女人は一切の女人に・すぎたるのみならず一切の男子に・
こえたりとみえて候」(1134:11)と厳然と示されている。
信心に励む同志に対しては、「「当に起つて遠く迎えて当に仏を敬うが如くすべし」」である。
幹部は、尊き仏子を心からたたえ、大切にしなくてはいけない。男性も女性も、先輩も後輩も、
皆が一緒に、仲良く団結して進んでまいりたい。
白百合は民衆の希望の花
このたび、新しく誕生された、婦人部の「白ゆり長」の皆さま方、まことにおめでとう。
白ゆり長――いい名前である。
500
白ゆりは“花の王者”である。品格があり、個性があり、美しい。しかも、長持ちする。
いにしえより、ゆりの花は、人々から非常に大事にされてきた。
「永遠の都」ローマでは、古代、ゆりの花は「希望」の象徴とされた。多くの貨幣には「ローマ
民衆の希望」という言葉とともに、ゆりが刻まれていた。優雅な美しい歴史がある。
わがブロックの誉れの「白ゆり長」「副白ゆり長」とともに、皆さんはどうか、希望と福運のス
クラムを、仲良く、楽しく、拡大していっていただきたい。
ともあれ、「女子部、万歳!」「婦人部、万歳!」「『創価の世紀』、万歳!」と叫びたい。
SGIは「世界の宝」「人類の宝」「未来の宝」
海外からの青年部の皆さん、崇高な求道の研修、遠いところ、本当にご苦労さま!重ねて讃嘆申
し上げたい
伝教大師は晩年、“広宣流布しゆく人こそ、真実の国宝である”と述べた。
「広宣流布」即「世界平和」である。これを推進していくのが、われわれであり、海外の皆さん
方である。
501
それぞれの国や地域にあって、皆さん方こそ、「宝の中の宝」である。これほど尊い人はいない
。
「世界の宝」「人類の宝」「未来の宝」の集まりなのである。ゆえに、絶対に不幸になるわけが
ない。そのことを、強く断言しておきたい。
フランスの大文豪ヴィクトル・ユゴーは、つぎのような言葉を残している。
「青年は、そのなかに、真実・美・正義という本能を持っています。青年は、雲もなく、隠れる
こともない。いまだ汚されていない人間の良識であります。
これは、ユゴーが二十歳の若者にあてた手紙の一節。新聞を創刊するなど、若き言論人として立
とうとしていた青年に、ユゴーが、まっすぐ正義の道を進みゆくことを願い、贈った言葉である。
動乱のヨーロッパ社会で、現実の辛酸を味わい尽くしてきたユゴーは、人間の怖さ、醜さを知悉
している。
人間は、容易に信ずることのできない存在かもしれない。だからこそユゴーは、青年の純粋さに
光を見ていた。
戸田先生も、青年を信じておられた。
私が先生にお会いしたのは、十九歳の時、その私に対して、先生は、将来の学会の全責任を担い
ゆくリーダーに育てようと、深い期待を寄せてくださった。
502
訓練は、厳しかった。その信頼は、厚かった。そして、それに応えようとする、私の決意も、深
かった。これが「師弟」である。
青年の時代である。青年しかない。青年を育てる以外にない。
私もまた、青年部の諸君を絶対に信ずる。心から信頼している。
このたび、青年部に、多くの新リーダーが誕生した。おめでとう!
私は、本当にうれしい。
どうか皆さんは、自分らしく、思うぞんぶん、力を出していただきたい。
何でもいい。今いる場所で、何かやってみることだ。信心の世界、自分の世界で、「自分はこれ
をやった!」と言える「何か」を残してほしい。歴史を刻んでほしい。
そうすれば必ず、永遠の勝利と幸福の種が、しっかりと、わが生命の大地に根を張っていくので
ある。
師弟不二の青春は永遠の誉れ
私も、若き日より、全力で戦いぬいてきた。
わが青春は、師匠戸田先生とともにある。
503
戦後、戸田先生の事業が大変な苦境におちいった。終戦直後の経済変動の波が、容赦なく襲いか
かったのである。天才的な手腕をもった戸田先生も、出獄まもないころで、この激流に抗しきるこ
とはできなかった。債権者が、会社にも、先生の自宅にも押しかけてきた。事態が厳しくなるにつ
れ、社員が次々と辞め、多くの人が先生のもとを去っていった。なかには、恩を忘れ、「戸田の馬
鹿野郎」と罵倒する人間もいた。
広布の前進に影響が及ぶことを心配された先生は、学会の理事長を辞任してしまった。
これから先、どうなるのか。学会はどうなってしまうのか。しかし、わが身を捨てて、戸田先生
を本気で守りぬこうとする人はだれもいなかった。
この時、私はただ一人、厳然と立ち上がった。二十一歳、二十二歳のころである。
死を覚悟して戦う戸田先生を、何としてもお守するために、私は働きに働いた。題目を、あげに
あげぬいた。莫大な負債と、現実の分厚い壁を前に、一歩も退かなかった。しばらく、給料がもら
えない時期もあった。食事にも事欠き、真冬でも開襟シャツ一枚で過ごした。
私は、全生命を賭して、すべてを犠牲にして、戸田先生に尽くしぬいたのである。
こう言っても、どこまでわかってもらえるだろうか。それはそれでいい。言葉では言い尽くせな
い。「師弟」とは、それほど厳粛なものであった。
504
牧口先生、戸田先生は、軍部権力によって投獄された。
戸田先生は、二年間を獄中で過ごされ、牧口先生は、牢獄で崇高な殉教を遂げた。
獄中闘争の苦しさは、常人の想像をはるかに超えている。
牧口先生、戸田先生は、それを耐えぬいた。筆舌に尽くせぬ苦しみに屈せず、信念を、信心を貫
き通した。だから、偉大なのである。
私は、この偉大な師のために、進学の道も捨てた。その代わり、あらゆる学問を、戸田先生に直
接、教えていただいた。
そして今、この私に、世界の数々の大学が、最高峰の知性の栄誉を贈ってくださっている。これ
らの栄誉を、私は、すべて師匠に捧げるつもりで、お受けしている。
「戸田大学」で学んだことこそ、私の最大の誇りなのである。
躍動する宇宙、躍動する自分
今、五十年先の勝利に向かって、各国、各地で、真剣にして、新鮮なリーダーが続々と広布の舞
台に躍り出ている。
505
リーダーは、決して惰性におちいってはならない。停滞してはならない。そうなっては、皆がか
わいそうである。「進まざるは退転」である。間断なく、動きに動いていくことだ。広宣流布は、
自分が動いた分だけ拡大していく。
この宇宙では、ありとあらゆるものが、休まず動き続けている。静止しているものは、ただの一
つもない。
御聖訓には「日月天の四天下をめぐり給うは仏法の力なり」(1141:01)――太陽と月が四天下
をめぐるのは、仏法の力なのである――と説かれている。
地球は自転しながら、太陽の周りを公転している。太陽系は銀河系の中にあるが、銀河系もまた
、渦を巻きながら回転している。太陽系が銀河系を回るスピードは秒速二二〇キロメートルと言わ
れている。
大宇宙は瞬時も止まることなく、妙なる音律を奏でながら運行している。この究極の不滅の力、
法則、リズムこそ、南無妙法蓮華経なのである。
この妙法を持つということは、宇宙の最極の力と知恵を持つということである。これ以上、強い
ものはない。ゆえに、恐れるものは何もない。
宇宙は動いている。万物は躍動している。
私どももまた、妙法のリズムに合致して、生命を生き生きと回転させながら、仏意仏勅の学会と
506
ともに、法のため、広布のために、動きに動いてまいりたい。
そうした行動は、すべて自分のためになる。一家一族を永遠の福徳で包んでいく、どうか、この
ことを深く確信していただきたいと申し上げ、私のスピーチとしたい。
きょうは、長時間、本当にありがとう。お元気で!サンキュー!シー・ユー・アゲイン!
(東京牧口記念館)
507
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各部代表と勤行会
生き生きと!広布即勝利の人生を
尊き同志に尽くしぬく責務が
学会本部別館の開館、めでとう!
関係者の皆さま方に、あらためて感謝申し上げたい。
これから学会本部周辺に、会員のための諸施設を、いちだんと整備していく計画である。
本部職員は、尊き同志に尽くしぬく重要な責務がある。それを永遠に忘れてはならない。
第二代会長戸田先生は、職員に対しては、それはそれは厳しかった。五分でも遅刻しようものな
508
ら、百雷が落ちるように叱咤された。
先生はつねに真剣勝負であった。上が本当に真剣であれば、皆も真剣になる。そこには、厳しい
なかにも、温かい心が通いあうものである。
ともあれ、「要」となる人間の自覚がどうか。行動がどうか。それが、本末究竟して全体の勝利
も敗北も決定していく。
仏法は峻厳である。信心の一念においては、少しも、迷いや狂いがあってはならない。
わがままな自己中心の心、増上慢の心は、自分の信心を壊し、人の信心をも壊してしまう。
「慢心」は信心を破壊する「魔」である。慢心を打ち破ってこそ、広宣流布の新しい発展が始ま
ることを、わが胸に刻みつけていただきたい。
男性は女性を大事にし、尊重していかねばならない。また、先輩は後輩を守り、伸ばしていくこ
とだ。立場が上になるほど、人に対しては謙虚になる。いばらない。その人が本当に偉い人間であ
る。
そして青年部の皆さんは、親孝行の人であっていただきたい。苦労して皆さんを立派に育て上げ
ながら、法のため、人のために働いている。これほど偉大な両親はいない。それを誇りにしていた
だきたい。
どこまでも、生き生きと生きることだ。
509
「年は・わかうなり福はかさなり」と仰せのとおり、それが信心の証であるからだ。
「煩悩即菩提」の仏法である。猛然と祈り、悩みなど全部、吹き飛ばしていくのだ。
まして現代は、激しい変化の時代である。何事も、スピードが速い。
そうであればあるほど、リーダーは若々しくなくてはいけない。
動かない、弱々しい、広布のために戦わない。その人は、どんどん、ふけこんでしまう。
戦い、動き、同志のために頭を使う。果敢に勝負に挑んでいく。その人は、つねに若い。長生き
する。喜びの人生となる。
胸を張り、ぱーっと風がふきぬけるように快活に進む。雄弁である。顔色もよく、生命力に満ち
ている。それが「勝つリーダー」の姿といえよう。
広布へ戦う心を燃やせ!
わが子を広布の庭で育てる。これがいちばん、大事なことである。そこで薫陶を受けなければ、
本当の筋金入りの信心を築くことはできない。信心がなければ、真の幸福はない。
だれが何と言おうと、信心をしきった人間が、最後に勝つのである。一家も、子孫も、亡き父母
510
までも、大福徳に包まれる。これが仏法の結論なのである。
学会の役職は、最高に尊い広宣流布の役職である。大きな責任を担うほど、苦労も多いが、功徳
も大きい。人間として勝利する。社会においても輝き、勝っていける。自分にとって得である。
ここには副役職の人もいる。もし自分の責任を明確にせず、手を抜けば、功徳は出ない。大事な
のは、広布へ戦う心が燃えているかどうかだ。「心こそ大切」なのである。
もちろん、自分の見栄で、組織が偉くなろうとするのはよくないが、清き心で、信心に徹するな
らば、永遠に輝きわたる自分自身の生命の鏡を磨いていけるのである。
広布の道をまっすぐに進み、わが使命の舞台で勝利と栄光の歴史を残していただきたい。
世界が創価の人間主義を待望している。そういう時代に入った。
われらの舞台は世界である。あの国にも、この大陸にも、広宣流布の新しい波が高まっている。
自分の仕事においては緻密に、精確に、心には宇宙大のロマンをもって晴ればれと進んでいただ
きたい。
どうかお体を大切に!
(学会本部別館)
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040923top
山梨最高協議会
「黄金の人材」「黄金の信心」で光れ!
「これだけは!」と誇れる“何か”をつくれ
きょうは、本当にご苦労さま!
久方ぶりに、敬愛するわが山梨の同志の皆さまと語りあうことができ、こんなうれしいことはな
い。今や堂々たる「勝利の山梨」「黄金の山梨」と輝き始めた!
山梨には多くの観光客も訪れる。山梨に住んで東京に通う人もいる。憧れの天地である。どこよ
りも楽しく、朗らかに、仲良く進んでいただきたい。
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ともあれ、人生には、自負できる、誇りをもてる“何か”がなくてはいけない。
「これだけはだれにも負けない」という何か。「それだけは断じて貫く」という何か。「どうだ
、これを見よ」と叫べる何か。それを皆さんはつくっていただきたい。
そして自分自身が「金に人」になることである。
有名な「生死一大事血脈抄」には仰せである。
「金は大火にも焼けないし、大水にも流されず、朽ちることもない、鉄は水にも火にも、ともに
耐えることができない。賢人は金のようであり、愚人は鉄のようなものである。あなたは、法華経
の金を持つゆえに、まさしく真金の人である」(御書 1337p 通解)
「法華経の金」すなわち「信心の金」を光らせていこう。「人材の金」をつくっていこう。日本
一のわが地域を築いていこう――この決心で、歴史をつくるのだ。自分の心に、永遠の幸福の城を
築きゆくことだ。
「黄金の人材」「黄金の信心」光る山梨であっていただきたい。
青年が輝く勝利の山梨
この上半期、わが山梨の大発展は見事である。
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すばらしい勝利の実証を、総県幹部の皆さま方から、ひとつひとつ、うかがっている。
山梨は「聖教新聞」の拡大にも、まことに地道に着実に取り組んでくださっている。この夏も、
上半期の激闘の直後にもかかわらず、大きく拡大してくださった。
山梨は各地域に「文化長」がおられる。その方々を中心とした文化活動も、つねに全国の模範で
ある。あらためて、山梨の尊き同志の皆さま方の広宣流布へのご尽力に、心から感謝もうしあげた
い。
ことたび山梨は、婦人部、そして青年部が新体制となって出発した。おめでとう。
しかも、うれしいことに、新しい女性リーダーも、新しい青年リーダーも、ともにわが創価大学
の出身である。
ここ山梨は、日蓮大聖人が、末法万年尽未来際のために、令法久住の若き弟子を育成していかれ
た天地である。また、仏法の師弟の真髄を示された日興上人が生誕なされた故郷でもある。
その山梨に、広宣流布の人材の大河がとうとうと流れゆくことを、大聖人も、日興上人もいかば
かり、お喜びであろう。
甲斐の山々が陽に映えゆく、ここ山梨は、昨年の春、南アルプス市が誕生した。わが「南アルプ
ス圏」の同志もお元気である。
さらに市町村の合併によって、この九月には「甲斐市」が誕生し「甲斐圏」が新たにスタートし
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た。また、十月は「笛吹市」が誕生し「笛吹圏」が新出発される。おめでとう!
ご存じのように「創価山梨吹奏楽団」は、この九月に西関東吹奏楽コンクールに出場、金賞を獲
得し、全国大会出場を勝ち取った。健闘をこころからたたえ、ねぎらいたい。
創価学会の信心は「広宣流布の信心」である。そこにこそ大功徳があると大聖人は仰せである。
御聖訓には「一切は現証に如かず」――すべてにおいて現証に勝るものはない――と厳然と示さ
れている。
これからの世界に必要な価値を
王者の山・富士を擁する大地で、正義の中の正義のために勇敢に戦いゆく人生は、なんと荘厳で
あろうか。
きょうは、富士山をはさんで、静岡でも拡大県長会議が行われている。
以前、ハーバード大学名誉教授のモンゴメリー博士と会見したときのことである。
博士は、懐かしそうに回想されていた。
「私も、かつて富士が見えるところにいたことがあるのです。山梨県です」
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戦後、日本の復興のために貢献された博士は、一時、甲府に住まわれたのである。
博士は、アメリカ創価大学の「環太平洋平和・文化研究センター」の所長として、長年にわたり
、じつに献身的に尽力してくださった。
私のハーバード大学の講演も、温かく見守っていただいた。
ボストン郊外にある博士のご自宅にお邪魔したことも、忘れ得ぬ思い出である。幾重にも感謝は
尽きない。
博士は、「聖教新聞」の客員論説委員も、務めてくださっている。
最近の寄稿の中でも、SGIやアメリカ創価大学に対する大きな期待を述べられながら、平和へ
の努力を実らせるための「組織」の重要性を論じておられた。
「『平和への橋』は教育と、個人の覚醒から始まる。そしてそれが、より強固な組織へと発展し
、最も高度な『人間的価値』を守ることにつながっていく」
目覚めた民衆が平和へ連帯せよと博士は言う。
激動の時代であるからこそ、人間主義の組織を断固として守り、強め、広げていくことである。
それが「人間的価値」を守ることになるからだ。
「聖教新聞」が創刊五十周年を迎えたときにも、博士をはじめ世界的な識者の方々が、多くの祝
賀の声を寄せてくださった。
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博士は、こう語っておられる。
「一般の新聞は、暴力などの否定的な側面をはらんだニュースも含め、社会で起きている出来事
を報道する、という性格をもっております。
しかし、聖教新聞は“社会で起きている”ことではなく、“社会におこるべき”価値についての
ニュースを報道しているのであります」
ありがたい評価の声である。
思えば、戸田先生は、中国の周恩来総理、インドのネール首相、フィリピンのマグサイサイ大統
領などアジアの指導者にも、「聖教新聞」を贈呈しておられた。
今や、日本はもとより世界の知性も、「聖教新聞」の論調に注目を寄せる時代となってきた。さ
らなる発展をめざしたい。
社会的信頼を壊す「嘘」を許すな
私のハーバード大学の講演に出席してくださったアメリカの著名な女性平和学者シセラ・ボク博
士も、明確に論じておられた。
「社会的信頼という被膜は、往々にして薄いものであある。
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うそが広がると――模倣、報復のために、または欺瞞が露見するのを防ぐために――、信頼は傷
つく。
しかし信頼は、社会の善として保護されなければならないものであって、空気とか、飲み水と同
じである。
それに被害がおよぶと、共同体全体が苦しむ。それが破壊されると、社会の土台が揺らぎ、崩壊
する。
嘘を放置することは、人間社会を根底から破壊してしまうことだ。
今の日本の混迷の背景にも、この言論の信頼の崩壊がある。活字文化の衰退がある。このことは
、h多くの学識者が危惧しているところである。
ゆえに言論の暴力とは、断じて戦わなければならない。そして良質な活字文化を復興していかね
ばならない。
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希望と幸福、平和と人道、そして真実と正義の言論を担う「聖教新聞」を、私たちは、地域に社
会に、さらに大きく広げていきたい。
創価の舞台は全世界 楽しく!勇敢に!
このほど、山梨の代表の皆さま方が、海外のSGIの名誉役員に就任された。おめでとう!
国境を超え、民族を超え、民衆の心と心を結びゆく、創価の人間革命運動の舞台は、全世界に広
がっている。
たとえば、ロサンゼルス。エネルギッシュに、楽しく進むアメリカの同志の心が浮かぶ。
ブラジルのサンパウロにはすばらしい自然文化センターがある。冬でも暖かい。山梨と違って雪
は降らない。
カナダのトロント。近郊の教育文化センターは大自然が美しい。広大な森や湖がある。
イタリア・ミラノの同志も元気だ。一度行ったら、もう日本には帰りたくないというくらい魅力
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あふれる街である。さらに香港、ドイツ、フィリピン、スイス――まさに世界中で、創価の友は、
法のため、人のため、平和のために活躍している。
どうか、皆さま方も、百九十ヵ国・地域の同志とともに、楽しく、勇敢に、心広々と前進してい
ただきたい。
妙法は永遠の大法である。社会に勝利し、人生に勝利しゆく根本の軌道である。
いい人生を送るのか。ふつうの人生か、それとも、後悔ばかりの悪い人生か。その分かれ目は、
生きる哲学である。
堂々と、朗らかに、自由闊達に、友に仏法の偉大さを語っていきたい。
「創価学会は今や、『世界の学会』です」
「広宣流布は、人間と人間のつながりを広げていくのです」
「自分のため、一家のため、しゃかいのため、一緒に、すばらしい人生をいきましょう!」
“勇気の言葉”が、新しい道を開くのである。
「学会活動が長寿の秘訣!」と
山梨は、健康寿命が、女性で全国一位、男性が全国二位となっている。
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その一つの理由に、山梨特有の、人々がよりあい、集いあう風土があげられているようである。
学会の世界には、人間と人間の究極のうるわしいふれあいがある。この山梨をはじめ、全国で、
多宝会、宝寿会、錦宝会の同志が、生き生きと活躍だれている。
日本を代表する長寿県の沖縄からもうれしい報告があった。
今年の「敬老の日」、沖縄では、本年度中に百歳になる二百六十二人の方々が祝福された。その
なかの一人が、沖縄広布草創の女性の功労者である。
その方は、昭和二十九年の十一月に入会、沖縄広布五十周年の本年、見事なる勝利の姿で、晴れ
ばれと、数え年で百歳を迎えられた。彼女は「百歳まで長生きを!」との私との約束を果たせたこ
とが何よりもうれしい、と語られたそうである。
彼女は、本部幹部会の衛星中継にも喜々として参加されるなど、生涯青春の人生を、はつらつと
歩んでおられる。
毎朝七時に起床して、「聖教新聞」と「大白蓮華」を熟読。「聖教新聞」の記事を切り抜いては
、孫や友人たちに、「ここはいいよ!読んでね!」と手渡されるという。
“聖教”と“大白”はつねにそばに置き、時間があれば読む。それを何よりの楽しみとされてい
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るようだ。
お子さんたちも、広布の第一線に活躍されている。現在、十三人の孫と、十八人のひ孫に囲まれ
る、悠々たる境涯である。
今回、沖縄の名士の方々から、「長生きの秘訣は何でしょうか」と聞かれ、目を輝かせながら、
「信心したおかげです。皆さんも、この信心に励むといいです」と胸を張っておられたそうである
。
日蓮大聖人は、若き南条時光に教えられた。
「殿一人にかぎるべからず・信心をすすめ給いて過去の父母を救わせ給へ」(1557:18)
妙法という最極の幸福への王道を、私たちをみずからも深め、一人でも多くの友に語り伝えてま
いりたい。
妙法の題目こそ最高の追善
「彼岸」にあたり全国の会館で「創価学会秋季彼岸勤行法要」が行われている。
私も、ここ山梨をはじめ、日本全国、そして全世界の亡くなられた尊き同志ならびに友人、そし
てご尊家の先祖代々の諸聖霊に、真剣に追善回向の題目を送らせていただいている。
この「彼岸会」は、じつは日本独特の仏事である。古代の農耕儀礼に起源をもつとも言われ、そ
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れが仏教と結びついたともされている。
その起源、由来はともかく、「暑さ寒さも彼岸まで」といわれるとおり、春夏秋冬の四季に富ん
だ日本にあって、過ごしやすい時期に入る「季節の変わり目」でもある。
また、太陽が真東から出て真西に沈み、昼と夜の時間が等しいのが「春分の日」「秋分の日」で
ある。世界でもさまざまな宗教的行事が行われてきた。
この地球の運行の正確なリズムが、人々の生活に大きな区切りをつけてきたことは、確かであろ
う。
春分・秋分は、昔の日本では「日の願い」という意味の「日願」を行う日であったので、仏法の
「彼岸会」が、この時に行われるようになったとの説もある。
私たちは、いわゆる「常彼岸」――毎日が常に悲願の心で、朝晩の勤行で追善回向をしている。
その上で、四季の大きな節目のであるこの日を、あらためて追善回向を深めゆく日として、法要の
勤行会を行っているのである。
大聖人は、「御義口伝」に仰せである。
「今日蓮等の類い聖霊を訪う時法華経を読誦し南無妙法蓮華経と唱え奉る時題目の光無間に至り
即身成仏せしむ」(0712:12)
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妙法を唱えて追善できることは、これほど、すばらしいことか。
たとえ地獄の苦しみの境涯にあったとしても、妙法によって追善されれば、成仏の方向へ転ずる
ことができる。
亡き人に対して、これほどの孝養はない。
この深遠な生死不二の法理にのっとって、永遠の生命観に立っていくならば、本来、死は恐れる
ものでもなければ、嘆き悲しむものでもない。
妙法は「永遠の幸福」の大法
大聖人は、夫を亡くした南条時光の母に、こう励まされている。
「亡くなられたご主人は、法華経の行者であられたので、即身成仏は疑いありません。それほど
嘆かれることはないのです。
しかしまた、嘆かれるのが凡人として当然でありましょう。聖人にも、この嘆きはあるのです。
釈迦仏が御入滅されたとき、悟りを得ている多くの高弟らが嘆かれたことは、凡夫の振る舞いを
示されたのでしょうか。
いかにも、いかにも追善供養を心のかぎり励まれるのがよいでしょう。
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古徳の言葉にも『心地は九識の清浄の心におき、修行をば六識にせよ』と教えていますが、いか
にも道理です」(御書 1506p 通解)
もちろん、人間の情としては、とくに近しい人の死は、あまりにも悲しい。それもまた、当然の
理である。
だからこそ大聖人は、悲しみを追善供養の祈りに変えていくことを教えられている。
ここに仰せの「心地は九識の清浄の心におき」とは、妙法を根本として信心の一念を定めること
であり、南無妙法蓮華経と唱えることである。
「修行をば六識にせよ」とは、修行は現実の生活の場で行いなさい、ということである。
現実にどんなことが起きても、それを避けずに、とにかく信心を根幹に妙法を唱え、広宣流布に
生きぬいていく。
その行動のすべてが、仏道修行となる。すべてが自分自身の成仏の道となるのである。
仏法では、悟りの境地、成仏の境地のことを「向こう岸」に譬えて「彼岸」という。迷い・煩悩
の世界が「此岸」「こちらの岸」である。
此岸から彼岸へわたるのが仏道修行である。
大乗の菩薩の修行に、六波羅蜜がある。この「波羅蜜」とは、「彼岸に到る」という意味で、修
行の完成を意味している。
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大聖人は「生死の大海を渡らんことは妙法蓮華経の船にあらずんば・かなふべからず」(1448
:11)と仰せになっている。
私どもが生きる現実は、迷いと苦悩の波がうねる大海である。
それを悠々と堂々と渡りきっていける大船こそ、妙法蓮華経という永遠の大法である。
この「生命の究極」ともいうべき大法を、私たちは持ち、行じている。
「生老病死」の苦悩と悲哀を、「常楽我浄」へと大転換しながら、「生も歓喜」「死も歓喜」の
軌道を歩んでいくことができる。
このことは、私が、ハーバード大学での二度目の講演でも論じ、深い共感が寄せられたところで
ある。
有名な御聖訓には「死後の地獄等という苦悩の世界に行ったならば、王の位も、将軍の位も、何
の役にも立たない。獄卒の責めにあう姿は、猿回しに回される猿と変わらない。こうなった時は、
どうして名聞名利や我慢偏執の心でいられようか」(御書 1439p 通解)と仰せである。
厳しき生死の因果律の前には、いかなる権勢や名誉も、まったく無力なのである。
トインビー博士が真剣な表情で力強く語っておられたことを、私は忘れることはできない。
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「社会の指導者たちは、生死の問題を真正面から解決しようとせず、すべて避けて通っている。
ゆえに、社会と世界の未来の根本的解決法は見いだせない」
「わたしはこの道を高等教育、なかんずく大乗仏教に求めてきた」
行き詰ったら原点に戻ることだ。人類が立ち返るべき原点は、この「生死」という根本的課題で
ある。
人間は、死んだらどうなるのか。
生命は、永遠なのか、どうか。
幸福に生き、幸福に生涯をまっとうするためには、どうすればいいか。
だれ人も避けえぬ、この命題を真摯に見つめるときに、戦争や暴力を廃絶し、平和と共生をめざ
しゆく道もおのずから見えてくるのである。
トインビー博士は「世の中には、いいものと悪いものがつねに双方あって、たたかいあい、競い
あいながら存在していくものだ」と達観しておられた。
言論の戦いにあって、善は断じて勝たねばならない。
そのために、いかなる迫害も恐れず、勇敢に発言し、執筆し、行動していくことが、真の知性の
証である――これが、トインビー博士の信念であった。
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御聖訓には「日蓮が一類は異体同心なれば人人すくなく候へども大事を成じて・一定法華経ひろ
まりなんと覚へ候」(1463:08)と仰せである。
ともあれ、善が強く団結すれば、悪さえも、付き従ってこざるをえないのである。
ゆえに、正義は徹して強く進みゆくことだ。
「信心」とは「行動」!立つべき時に立て
この十月十三日で、「山梨の日」三十周年を迎える。
その意義深き十月を「山梨友好勝利月間」とし、二〇一〇年の創立八十周年に向けて、山梨の皆
さんは勇躍前進される。皆が仲良く団結して、新しい勝利の歴史を築いていただきたい。希望を拡
大し、友情を拡大し、幸福を拡大していくことである。
いよいよ、山梨の新時代が到来した!
信心と行動である。
立つべき時に立つことだ。リーダーは、皆の心の奥に届く励ましを、前進への「起爆力」を贈っ
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ていただきたい。
同志のためなら、何でもしてあげたい――その慈愛あふれる率先のリーダーのもとで、皆は奮い
立つものだ。
ここ山梨教学研修センターの「広宣庭園」には、山梨の全百十三支部の木、さらに山梨の壮年部
、婦人部、男子部、女子部、学生部、未来部と、各部の木を植える運びとなっている。
この山梨同志の庭で、友と語らいながら、大いに英気を養っていただきたい。私も、いちだんと
、山梨の拡充に力を入れていく決心である。
草創からの同志の皆さん方も、お元気でうれしい。役職は変わっても、信心に引退はない。学会
活動だけは一歩も退いてはいけない。
すべて自分自身のためである。一家のためであり、永遠の生命のためである。一生涯、信心だけ
は絶対に手放してはならない。
これからも、「広宣流布の最強の山梨」の陣列が、大東京の完全勝利の原動力となっていただき
たい。
希望に燃えて、健康で長寿で、ともどもに、三世に朗らかに前進しゆくことを決意しあって、私
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のスピーチとしたい。お会いできなかった同志に、どうか、くれぐれもよろしくお伝えください。
強く、強く、どこまでも強く、すばらしき人生を生きぬきましょう!
(山梨教学研修センター)