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総東京代表協議会
同志愛に生きよ!大目的へ心を一つに

広宣流布は「声」で進む!

 きょうは、ご多忙のところ、ご苦労さまです。総東京代表協議会を、各地の方々と有意義に行い
たい。各分野における皆さま方の真剣な戦い、また、力強き指導を、うれしく思っています。
 これからも、いちだんと健康で、すべてに、明るく、朗らかに、勝ち進んでまいりたい。誠実に
して情熱的な発展の指揮を、なにとぞ、よろしくお願いします。
 それが、自分自身の功徳となり、広宣流布の前進となるからです。
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 仏法では「声仏事を為す」と説く。
 声が大事である。学会はつねに、この「声の力」で勝ってきた。いくら心ですばらしいことを思
っていても、それだけでは、相手にはわからない。黙って笑顔を浮かべているだけでは、伝わらな
い。ゆえに、大事なのは、心の思いを言葉に表していくことだ。
 「言と云うは心の思いを響かして声を顕すを云うなり」(0563:13)と仰せのとおりである。
 みずからの信仰体験を堂々と語っていく。そしてまた、自分が感じた学会の真実の姿を、ありの
ままに訴えていく。その生き生きとした声の響きが、広宣流布の勝利と前進の原動力なのである。
 たとえば、商売をするにも、やはり、しゃべった分だけ、宣伝になる。勢いが出る。繁昌もする
。広宣流布も同じだ。リーダーは、しゃべらなければいけない。言うべきことを言いきっていかね
ばならない。

 語らなければ、心は伝わらない。心を伝えることができなければ、人は動かない。
 また、頑張った人、努力している人、苦労している人を、率先して、讃えてあげることだ。
 “よく頑張ってくださいました!”“本当にうれしいです!”“ありがとうございました!”と

 わざわざ口に出して言わなくても、きっとわかっているだろう――そう思うのは、幹部の怠慢で
ある。さらにまた、真剣に広布に戦っている同志を、澄ました顔で眺めているだけの幹部であるな
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らば、あまりにも無慈悲である。
 邪悪には、厳しく「糾弾の声」を上げることだ。幹部が、悪に対して、おとなしくして、何も言
わない。それは、偽善であり、保身であり、臆病である。そこに「魔」はつけいってくる。
 リーダーは、こうしたスキを断じてつくってはいけない。声を上げなければいけない。正義の声
が「魔」を切っていくのである。
 だからこそ、大聖人は若き門下に「いよいよ声を張り上げて、責めていきなさい」(御書 109
0p 通解)と教えているのである。

 これまで学会は、「女性の声」で勝ってきた。婦人部の皆さま方の「勇気の声」で、勝利また勝
利の道を、敢然と開いてきたのである。
 その点、どうしても、男性幹部は弱い。外に向かってしゃべれない。組織に守られている場合が
多い。わが学会は、リーダーの一人一人が、もう一歩、勇気を出して、思ったとおりに語っていけ
ば、心の底から叫んでいけば、まだまだ、今の「十倍の力」を発揮できる。私はそう思っている。
男性の皆さん、よろしく頼みます。
 声を出すことが、自分自身を変える。他人を変える。さらに、社会を変え、時代を動かしていく
。まさに「声」が仏の仕事をするのである。この一点を、ともどもに銘記してまいりたい。
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大変な時こそ「確信の一言」を
 先日、中国の名門・上海財経大学の叢樹海副学長一行が、わざわざ来日してくださり、光栄にも
「名誉教授」の称号を授与してくださった。
 また、現在、月刊誌「第三文明」で対談を連載している米ハーバード大学のドゥ・ウェイミン教
授、さらに中華全国青年連合会の派遣による「中国青年代表団」の張学軍団長一行ともお会いした

 皆さんが一様に、深い敬愛を寄せておられた人物は、だれであったか。それは、私も心から尊敬
する中国人民の大指導者・周恩来総理であった。
 最近、周恩来総理の専属のパイロットを務めた人物の手記が、「人民日報」の海外版に連載され
た。そこには、周総理の卓越したリーダーシップを物語る、ある出来事が記されていた。
 ――四十年前(一九六五年)六月、周総理は、アジア・アフリカ諸国を回り、歴史に残る外交戦
を展開した。
 それは、六月三日の夕刻過ぎ、周総理を乗せた専用機が、イラクのバクダットの空港に降りよう
としたときである。突然、空港の電気のすべてが消えてしまった。一斉の停電である。
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 飛行機は、まさに着陸態勢に入ろうとしていた。しかし、明かりが消えた滑走路は、ほとんど見
えない。パイロットは逡巡した。引き返して、他の空港に向かうべきか。しかし、燃料は足りない
。パイロットは厳しい状況を周総理に報告した。
 だが、周総理は少しも動ずることはなかった。そして、こう、きっぱりと励ましたのである。
 「私は何も心配していません。皆さんが困難な着陸を見事に成し遂げることを、私は断じて信じ
ています!」
 この力強い絶待の信頼の一言に、パイロットたちの不安は吹き飛んだ。
 声は力である。声の響きこそが、人に勇気を贈る。
 皆の心に“絶対できる!”という確信が生まれた。希望の炎が燃えた。そして。一致団結して勇
気凛々と困難に挑み、かすかな光を頼りに、無事、着陸に成功したのである。
 いざというときのリーダーの「信頼の一言」「励ましの一言」「確信の一言」が、どれほど皆に
力と勢いを与えることか。大変なときこそ、皆を安心させ、厳然と励まし、希望の方向へ、勝利の
方向へとリードしていくのが、指導者の役目である。

 さて、この歴史的な外交の旅をすべて終えて、帰国の途についた機中でのことである。困難をと
もにしてくれた同志をねぎらうと、周総理は、みずから生き生きと歌の指揮を執った。機中は、喜
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びで沸き返り、晴れやかな大合唱が広がった。
 いよいよ国境を超えて中国に入るときには、国境近くの標高四〇〇〇メートル以上の山奥にある
管制塔で働く人々へ、励ましのメッセージを打電することを、周総理は忘れなかった。
 ともに戦う同志、陰で苦労しながら支えてくれる同志に、絶えず心を配り、その労苦をねぎらい
、深く感謝を捧げる。それが、一級の指導者の心であり、振る舞いである。
 どうか、わが学会家族もまた、ともに讃えあい、ともに励ましあい、そしてともどもに固く信頼
しあいながら、さらに勢いを増し、威光勢力を強めて、進んでまいりたい。
中国、ソ連、キューバ――「対話」で開く「友好」の道
 広宣流布とは、一面からいえば、わが国土に、そして世界に、平和・文化・教育を興隆させるこ
とである。その意味で私は、中国との友好の道を、私なりに懸命に開いてきた。
 東西冷戦の渦中、一九六八年九月には「日中国交正常化提言」を発表した。
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 周恩来総理、中日友好協会廖承志会長をはじめ、心ある指導者の方々との真剣な語らいは、いず
れも忘れがたい。国交正常化の後、新中国から日本への正式な留学生を初めて受け入れたのは、わ
が創価大学である。私自身が六人の留学生の身元引受人となり、彼らが存分に勉強できるよう、心
をつくしたことも、よき思い出である。

 一九七四年の九月には、モスクワでコスイギン首相と会談した。
 その三ヵ月前、私は中国を訪問し、北京の人々がつくった地下防空壕を視察していた。当時、中
国の民衆はソ連を脅威に感じていた。ソ連もまた、中国の動向に不安を覚えていた。おたがいに、
不信感にとらわれていた。
 不信を、信頼に転換するために――その心で私は、コスイギン首相に率直に聞いた。
 「中国はソ連の出方を気にしています。ソ連は中国を攻めるつもりがあるのですか」
 首相は「ソ連は中国を攻撃するつもりも、孤立化させるつもりもありません」と答えた。
 私はさらに「それを中国の首脳に、そのまま伝えてもよろしいですか」と聞くと、首相は「結構
です」と。
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 同じ十二月、ふたたび訪中した私は、このソ連の意向を、中国の要人に伝えたのである。
 また、アメリカとキューバの関係が悪化していた時期に、キューバのフィデル・カストロ国家評
議会議長と会見したことも鮮明に覚えている。
 日本の指導者とも、真剣に対話を重ねてきた。どんな国や団体との交流であれ、「主義主張が違
っても、同じ人間ではないか」「そこに人間がいるかぎり、私は行く」との信条を貫いた。
 これまで、ずいぶんと偏見に満ちた非難中傷を受けたが、すべて厳然と勝ち越えてきた。
 私が世界各地で結んだ“信頼の道”を二十一世紀に生きる創価の青年たちが、さらに太く力強い
“民衆交流の大道”としていってくれることを、心から期待している。
広布の一切の責任を担う
 愛する同志のためならば、どこへでも駆けつけて、誠心誠意、尽くしていく。
 広布の戦においては、自分が一切の責任を担う。仏敵は最後まで許さない。そして、断じて勝っ
て結果を出す。それが学会のリーダーの伝統である。
 しかし、幹部がだんだんと年を取り、戦う心を失い、自分中心になってしまうならば、そうした
新鮮な息吹がなくなってくる。それでは学会の組織は、絶対に弱体化する。そのことをただ先生は
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口をすっぱくして戒めておられた。
 名誉でもない。お金でもない。会員のためである。広宣流布のためである。
 私は、ただ、それに徹してきた。だれになんと言われようとも、戸田先生の言われたとおり、学
会精神で戦ってきた。師弟の精神で生きてきた。同志愛の心で進んできた。
 だから勝ったのだ。
 学会精神は、戦う魂にこそ脈動する。
 それを戸田先生は、徹底して青年に教えてくださった。本当に偉大な先生であられた。

 ともあれ、私は、青年時代に、戦って戦って戦いぬこうと決意した。傷だらけになろうが、たと
え早死にしようが、かまわない。
 「あれが学会青年部の本当の姿か!」「あれが戸田先生の真実の弟子の姿か!」と讃嘆される模
範の生き方だけは残しておきたい。後に続く青年たちのために。そう密かに誓っていた。
 そのお心を見抜かれた戸田先生はおっしゃった。
 「お前は死のうとしている。俺に命をくれようとしている。それは困る。お前は生きぬけ、断じ
て生きぬけ。俺の命とこうかんするんだ」と。
 あまりにも厳粛な師弟の劇であった。若き青年部の皆さんもまた、わが青春の大闘争を、劇のご
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とく、見事に勝ち飾っていただきたい。
師弟とは勝利へと導く強い引力
 私の師匠は、戸田先生である。自分で決めた師弟の道である。
 ゆえに、戸田先生にぶつかっていき、戸田先生と命でつながっていくことが、私にとっては、も
っとも大事なことであった。
 そして戸田先生から、「大作、よくやったな!」とほめていただければ、それで良かった。その
一点だけであった。
 そこから、厳然と「師弟不二の道」が開かれていったのである。
 どんなに立派そうなことを言っても、恰好よく見えても、根本に「師弟不二」がなければ、いつ
かは、行き詰まる。結局は、自分勝手になり、仏法の正しい軌道から外れてしまうのだ。
 「師弟」には、偉大な力がある。それは、引力のように正義の方向へ、勝利の方向へ、人間革命
の方向へと引っ張ってくれる。
 「師弟」に生きる人は強い。断じて勝っていける。
 私は、師弟の道に徹しゆく本物の「師子」をつくりたい。一騎当千の力ある師子を育てたい。い
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かなる嵐にも微動だにしない、正義の師子を、一人でも多く育てていきたいのだ。それが今の私の
願いである。

 さらに、戸田先生は、こう指導された。学会の一つ一つの役職を最大に大切にしていきなさい、
と。学会は仏意仏勅の広宣流布の組織である。大聖人の御遺命の広宣流布を現実に実践していくの
は、世界中に、創価学会しかないのである。
 ゆえに、学会の役職に突き、勇んで広布に戦うことが、どれほどすばらしい使命と行動であるこ
とか。学会の組織で懸命に戦った人は、生々世々、諸天に守られ、無量の福徳に包まれていく。反
対に、学会の組織を誹謗したり、自分のために悪用する者が、厳しい仏罰を受けることは、間違い
ない。
 皆さんは、生涯、学会とともに生きぬいていっていただきたい。
 もしも、学会を離れれば、福運は、消えてなくなる。何をやっても、うまくいかない。よいこと
なんて絶対にない――こう戸田先生は言明されていた。
 私も、六十年近い信心の年輪を重ね、大勢の人の人生を見つめてきた。本当に、戸田先生の言わ
れたとおりであると実感している。
020
 男性は力を持たなければならない。これも戸田先生の指導であった。
 「男」は、「田」を耕す「力」がなければならない。要するに、戦い勝つ力、家族や眷属を養う
力、社会を繁栄させる力を持たねばならないということである。そのために、信心があるのだ。
 戸田先生は、女性には、「清らかな信心」を貫いていきなさいとよく言われた。清らかな信心こ
そ幸福の源泉であるからだ。
 大聖人は、有名な「異体同心」のなかで仰せである。
 「周の武王は八百人なれども異体同心なればかちぬ、一人の心なれども二つの心あれば其の心た
がいて成ずる事なし、百人・千人なれども一つ心なれば必ず事を成ず」(1463:03)と。
 広布の同志に上下の差などない。全員が広宣流布という大目的に向かって、「心を一つに」戦っ
ていくことである。そうすれば、絶対に目標を勝ち取ることができる。そう大聖人が御約束なので
ある。
 われらは、異体同心の祈りと行動で、断じて勝って勝って勝ちぬいていきましょう!
未来へ伸びゆく「広域多摩」
 今から四十五年前、第三代会長に就任する直前の一九六〇年四月、私は戸田先生のご家族を案内
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して、東村山市を訪れた。その折、日記に「愛する東京の桃源郷、日本の平野、私の憧れの大地な
り」と記したことが懐かしい。
 何とも言えぬ麗しさがあり、また広がりがあり、そして未来性のある多摩の天地に、私は、いち
早く焦点を当ててきた。
 一貫して、この多摩地域が東京二十三区とともに、重要な発展の電源地となり、わが第二総東京
が文化と教育の本陣となりゆくと述述べてきたことは、ご存じのとおりである。
 思えば、私が創価学園を小平市に創立し、創価大学の建設地を八王子に決定した当時、「なぜ、
あんな狸が出るような田舎に」と笑った人も少なくなかった。
 創価大学の起工式の敷地を整えるため、地元の青年部をはじめ、有志の方々が汗だくになり、泥
まみれになって、長い笹やススキなどの草刈りをしてくださった尊き歴史も、私は決して忘れるこ
とができない。
 あの当時、今日のような学園都市・八王子の大発展を、だれが予想しえたであろうか。
 今、いわゆる「広域多摩」の地域が、地域再生と産業創造の新天地として、大きく注目されてい
る。「多摩地域」とは、東京の多摩地域から、南は神奈川の中央部、さらに北は埼玉の南西部に広
がる一帯である。
 約一千万人の人口を擁し、大学も、わが創価大学をはじめ、理工系の学部を持つ大学だけでも約
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四十校ある。業種を超えた連帯を強め、国際競争力のある産業の育成をめざしている地域である。
工業製品の出荷額は、アメリカの世界的な半導体産業の拠点である「シリコンバレー」の二倍にな
るとも言われる。
 その中心に、わが八王子総区、ならびに新立川総区の一帯がひろがっていることは、まことにう
れしい。
 創価大学は、「広域多摩」地域の大学と産業を結ぶ「TAMA−TLO」や「学術・文化・産業
ネットワーク多摩」などに積極的に参加。教員と学生が協力し、実績を積んでいるとうかがってい
る。
 こもあれ、この「広域多摩」地域は今後、新しき産業の中心地として、ますますの繁栄が期待さ
れている。
 わが第二総東京の同志も、東京二十三区と一体で進んでいる。全国の同志が集う東京牧口記念会
館がそびえる八王子、また、神奈川と交流する特区・町田総区、さらに埼玉と往来する村山総区を
先頭に、千葉をはじめとする関東各県、東海道、信越等と、人間主義の連帯をいちだんと深めなが
ら、大発展している。山梨の友との力強い連合も、大いなる躍進の原動力となっている。
 大勝利の前進、本当におめでとう!
 一ヵ所、勝利と拡大の金字塔が打ち立てられれば、皆がそれを模範として、勇んで続いていくこ
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とができる。この「広域多摩」地域をはじめ、総東京は、日蓮大聖人が足跡を留められた天地でも
ある。皆さまの勝利こそ、二十一世紀の「立正安国」の勝利であると申し上げたい。
「破邪顕正」こそ学会精神
 ここで、御聖訓を拝したい。
 私が執務する机には、関西女子部の皆さんから届けていただいた、手作りの「三百六十五日『幸
福勝利』日めくり御書」が置かれている。
 その一つに、南条時光の父親に対して送られた「南条兵衛七郎殿御書」の一節が記されてあった

 「どのような大善をつくり、法華経を千万部も読み、書写し、一念三千の観念観法の道を得た人
であっても、法華経の敵を責めなければ、それだけで成仏はないのである」(御書 1494p 通
解)
 法華経の敵と戦わなければ、成仏はできない。この烈々たる破折の魂、破邪顕正の精神こそ、日
蓮大聖人の仏法の生命である。いかに時代が変わろうとも、この根幹には、いささかたりとも変わ
ってはならない。ここに、学会精神の真髄があるからだ。
 この精神を忘れた、恰好だけの人間、戦わない人間が、幹部の中に多くなると、組織は沈滞し、
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分裂する。衰亡の坂を落ちていく。
 広宣流布のために、いちばん、戦っているのは、真剣なる婦人部の皆さまである。
 戦わなければ勝利はない。戦わなければ仏になれない――この一点を、とくに男性の幹部は心に
刻むべきだ。この厳粛な方程式をわかって、真剣に行動する人こそ、本当のリーダーである。

 正しいから迫害される。
 アインシュタイン博士は述べている。
 「偉大な精神の持ち主は常に、二流の精神の持ち主からの暴力的な反対に遭遇してきた」
 卑劣な悪人に攻撃される。それは、偉大な精神に生きる証なのである。
 末法は「闘諍言訟」の時代である。思想が乱れ、善悪がわからない、そこに正義を打ち立てるに
は、言論闘争に徹するしかない。
 日蓮大聖人は、その闘争の一切に、断固として勝利する道を教えてくださった。
 熱原の法難の渦中、弟子に対して厳然と仰せである。
 「あなた方は、恐れてはならない。いよいよ強く進んでいくならば、必ず、正しい経緯が明らか
になると思います」(御書 1455p 通解)
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 戦いを決するのは、「智慧」であり、「勇気」であり、「忍耐」である。そして邪悪を打ち破る
「攻撃精神」を忘れてはならない。これこそ学会の生命である。
 日蓮大聖人は折伏の大師匠であり、学会は折伏の団体であるからだ。破折の精神――これだけは
学会草創期と変わってはならない。いな、大聖人の時代と寸分も変わってはならない。
 「勝利」とは「幸福」の異名であり「幸福」とは、「戦い勝つこと」だからである。
 「戦い勝ち抜く人」こそが、菩薩であり、仏である。「信心」は、「勝利」と「幸福」のために
ある。妙法を根本に、祈り、戦い、進んでいくかぎり、断じて行き詰まりはないのである。

 敬愛するわが同志が、一人ももれなく幸福で、健康で、そして勝利の人生であることを、私は祈
りに祈っている。
 今は、ますます世の中も悪くなってきている。とくに女子部の皆さんは、会合の終了時間を厳守
し、くれぐれも帰宅が遅くならないよう気をつけていただきたい。
 全同志とともに、晴ればれと五月三日「創価学会の日」をお祝いしたい。
 どうか元気で!張りきって前進しましょう!
                                (東京牧口記念会館)
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「5・3」記念祝賀代表者会議
会って語れば道は開ける
福徳は春の野に花が開くように
 晴れやかな五月三日「創価学会の日」に向けて、全同志が「前進また前進!」の息吹にあふれて
いる。みなさん、まことにご苦労さまです!
 こお世でもっとも尊いのは、広宣流布のために行動している人である。組織の中で責任を担って
、苦労しながら戦っている人である。私は、そうした方々を、心から、最大に讃えたい。
 また、日蓮大聖人が、三世十方の諸仏・諸天が、その人を最大に讃嘆し、護りゆくことは、絶対
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に間違いない。
 大聖人は、門下が福徳に包まれ、幸福になっていきことを、何よりの喜びとされた。鎌倉で戦う
四条金吾へのお手紙には、「願いが叶っていく様子は、潮が満ちてくるようであり、春の野に花が
開くようです。(御書 1110p 通解)と仰せである。
 もちろん、人生には、さまざまな悩み尹がある。
 しかし、何があろうと、すべてを「変毒為薬」していける。必ず、「所願満足」の人生の軌道を
歩んでいける。
 それが、妙法の偉大な力なのである。
 わが大切な同志が、皆、健康で、幸福で、希望に燃えて、勝利の人生を進んでいかれることを、
私も妻も、真剣に祈っている。祈り続けている。

 ともあれ、広宣流布は、瞬時も停滞してはならない。永遠にわたる「精神の大闘争」である。
 創価学会はその名のとおり、つねに「価値創造」に挑み、「学びゆく会」である。
 学会の世界には、深遠な理解が光り、生きた思想が脈打っている。だから強い。
 本日も、人類の希望の道を開きゆく皆さまの、前進の糧になればとの思いで、少々、スピーチを
残させていただきたい。
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名通訳ありて世界に対話の道
 今月十二日、私は南米コロンビア共和国のウリベ大統領と有意義な会見を行った。「太平洋の隣
人」であるコロンビアと日本、さらに中南米とアアジア地域を結びゆく、平和友好の対話を広げる
ことができた。その折に、コロンビアの関係者の方々が、「SGIの通訳はすばらしい。完璧であ
る」と絶賛されていた。
 以前にも申し上げたが、若き日に語学を修得できなかったことが、私の一生の後悔である。
 戦争中、英語は敵国語であり、学ぶことも許されなかった。戦後は、肺病と戦いながら広布の拡
大に走り、戸田先生の事業の再建に奮闘する日々で、多忙を極めた。私は万般の学問を戸田先生か
ら教わったが、明治生まれの先生は、語学は得意ではなかった。そこで、英語を勉強していた先生
の奥様が教えるようにしよう――そこまで先生は考えてくださった。
 結局、私は、別の人に英語の個人授業を受けた。だが、運が悪く、月謝を取ることばかり考える
人で、まともに教えてくれなかったのである。
 本日はSGI公認通訳の代表の方々も出席されている。皆さまの尽力により、世界中に平和と人
道の連帯を開くことができた。尊き使命の一人一人に、この席をお借りして、心から感謝申し上げ
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たい。
 私は皆さまとともに、数々の出会いの歴史をきざんできた。
 イギリスでは、アン王女、チャールズ皇太子への表敬も思い出深い。サッチャー元首相、メージ
ャー前首相をはじめ各界の指導者とも対話した。
 さて、ウリベ大統領との会見場所は、品川区にある中日コロンビア大使公邸であった。その行き
帰りのみちすがら、品川区と、お隣の目黒区、そして渋谷区、港区を車で回った。同志の健気なご
活躍の様子をうかがいながら、車中から真剣に題目を送らせていただいた。
コロンビアとの縁は幾重にも
 コロンビアとの縁は、幾重にも深い。
 四十五年前の一九六〇年十月、初の海外訪問の時に、給油のため、首都ボゴダのエル・ドラド空
港に降り立った。満天の星を仰ぎながら、大地に染み込ませえる思いで、題目を唱えたことが懐か
しい。
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 今回の大統領との会見に同席されたバルコ外務大臣とは、十五年ぶりの再会となった。
 外務大臣は、かつて私が二度、忘れ得ぬ出会いを重ねた。故バルコ元大統領の?子女である。一
九九〇年、東京富士美術館で開催された「コロンビア大黄金展」の開会式に、大統領夫人であるお
母さまとともに出席してくださった。そして今回は、コロンビアの外交のリーダーとして来日され
たのである。お母さまもご健在であるとうかがい、私はうれしかった。
 お父さまであるバルコ大統領との最初の語らいは、一九八九年、師走の東京であった。
 その直前に、首都ボゴダで起きた爆弾テロの一報が入り、緊迫した空気の中での会見となった。
私は短時間のごあいさつだけで失礼させていただくつもりだった。大統領は、強靭な精神力を発揮
して、勇敢に指揮を執っておられた。
 私は申し上げた。
 「指導者は『柱』です。柱が厳然としていれば、民衆の家は揺るがない。指導者は『橋』です。
怒濤渦巻く社会にも『希望の橋』があれば、人々は安心です」
 大統領は言われた。
 「平和、それは『人類共通の目的』です。この実現のために、手を携えて進んでいきたいのです

 再会は二年後の六月、イギリスのロンドンであった。大統領職を離れ、駐イギリス大使として赴
任されていたバルコ氏から、大使公邸にお招きいただいたのである。
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 「私は友情と報恩を重んずる」――南米解放の英雄ボリバルの言葉を私は心に刻んだ。

 一九九三年二月にコロンビアを訪問したことも思い出す。
 この折は「コロンビア大黄金展」の答礼の意義をこめて、東京富士美術館所蔵「日本美術の名宝
」展を、首都ボゴタで開催する運びとなっていた。
 しかし当時、テロが激化しており、多くの人がコロンビア訪問を取りやめていた。
 コロンビアの大統領から、私が本当に訪問するかどうか確認する連絡が入った。それに対し、私
は伝えた。
 「私のことなら、心配いりません。予定どおり、貴国を訪問させていただきます。私は、もっと
も勇敢なるコロンビア国民の一人として行動してまいります」
 コロンビアの方々は喜んで迎えてくださった。
 コロンビアにSSGIの支部が誕生したのも、この時である。コロンビア支部の友は、麗しい和
楽のスクラムで、良き市民、良き国民として、大いに社会貢献を続けておられる。コロンビアで活
躍を開始したアメリカ創価大学大学院の出身者もいる。うれしい限りである。
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心の壁を取り払う武器は「対話」
 日蓮大聖人は、「仏種は縁に従つて起る」(1467:15)と仰せである。
 私は「一人」との出会い、「一回」の語らいを大切にしてきた。
その一つ一つが、友情を結び、信頼を広げゆく「種」となる。その種は、時とともに、計り知れな
い希望の花と咲き薫り、平和の結実をもたらしていくのである。
 また御聖訓には、「他人であっても心から語りあえば、命にも替わるほど大切な存在となるので
ある」(御書 1132p 通解)とある。
 誠心誠意の対話で結んだ絆というものは、それほど深く、強くなる。
 私が初めて旧ソ連を訪れたのは、一九七四年である。当時、日本には、「ソ連は、なんとなく怖
い。冷たい」というイメージが広められていた。しかし、空港で出迎えてくださったモスクワ大学
のホフロフ総長は、知性と人格の光る、すばらしい笑顔の方だった。
 人間である以上、立場が違っても、対話によって理解しあえることが必ずある――この信条で、
私は語りに語ってきた。みずから足を運び、直接会って、交流を結ぶ。その積み重ねが、多くの人
々のソ連観を一変させていったのである。
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 私はロシアに、深い友情で結ばれた方々が大勢いる。
 あいまいな情報をもとに、「思い込み」や「先入観」だけで判断することほど、危険なことはな
い。つくられた「イメージ」を悪用する、ずるい人間もいる。
 私たちが進める「対話」は、そうした心の壁を取り払うための武器なのである。
 この意味において、コロンビアを代表する女性詩人ドラ・カステヤーノスの詩の一節を、日々、
広布に励むわが婦人部、女子部の皆さま方に贈りたい。
 「脈打った信念が私の推進力。
 断固とした信念が私の原動力。
 私は断じて負けない。
 私は常に勝利者となろう。
 私の圧倒的な信念は、強力な投石機のように、信じがたいもの、到達できないもにに届く」

 コロンビアのウリベ大統領とお会いした日は、東京大学の入学式であった。
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 東大に入学した学生部の若き友たちが、凛々しく報告に来てくれた。入学式の模様は、各紙でも
報道された。新しく就任された小宮山宏総長の式辞は、まことに印象深かった。時代を鋭く見つめ
、今の青年が取り組むべき問題や課題を、明快に提起された内容であった。
 総長は、今の若い世代について「ゲームや携帯音楽やコンピューターなど、ひとりの世界に閉じ
こもって、人と人とのかかわりあいが薄くなってきていることを憂慮している」と述べれれた。そ
して「人は意外性に満ち、相互に影響を及ぼし合って変化していく魅力的な存在。だからこそ、人
とのかかわり合いは人生を豊かにする」と訴えられている。
 まったく同感である。「人間」を磨くものは「人間」である。
 さらに小宮山総長は、こうも指摘された。
 「二十世紀は膨張の世紀。知識、情報が増えすぎて全体が把握できなくなった。東大の一員とし
てその解決のための使命感を共有してほしい」
 そして、これらの青年が持つべき重要なポイントとして、「本質をとらえる知」「他者を感じる
力」「先頭に立つ勇気」の三つを挙げられたのである。
 二十一世紀の新しいリーダー像を提示されている視点に、私は感銘を深くした。
 “二十世紀のデカルト”といわれたイギリスの哲学者ホワイトヘットは、学問に挑戦する若者を
、こう励ましている。
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 「何らかの理想――人間社会の向上への希望、他の人々を幸せにする喜び、進歩を阻む障碍に立
ち向かう勇気――を掲げなけれな、君たちは自分のしていることに関心をもてないでしょう。その
ような理想は、君たちの学習と本質的かかわりがあります」
 英知を磨き、人の幸福のため、社会の向上のため、勇気を持って行動する知勇兼備の人間こそ、
まさしく私たちが育成している青年群である。
 大いなる理想に向かって、日々、誠実に人々とかかわりながら、学び、語り、世界を変えていく
人間革命の運動は、時代の先頭に立つ実践なのである。
ツヴァイク“活字文化は精神の光源”
 光栄にも、私は、創業百二十四年で日本出版界をリードする三省堂書店から感謝状をいただいた

 私は青春時代、東京の水道橋にあった東洋商業の夜間部に通っていた。当時、風格のある神田の
三省堂書店の前を、よく通ったものである。店に入って、数々の名作を手にすることが、私の憧れ
であり、喜びであった。今も忘れ得ぬ青春の思い出である。
 これまで私は、紀伊國屋書店、有隣堂などから感謝状、明屋書店から活字文化貢献賞をはじめ、
036
全国の書店から多くの顕彰をいただいている。この席をお借りし、あらためて心から御礼申し上げ
たい。
 これらのすべての栄誉を、わが同志の皆さまと分かち合わせていただきたい。
 オーストリアの作家ツヴァイクは活字文化の意義を高らかに謳った。
 「何千年にわたって書物がなしとげてきたあの奇跡を凌駕するような、いや、せめてそれに匹敵
するようなことでも、かつて技術に成功したためしがあったろうか!」
 「どんな電気の光源も、多くうすっぺらな本から発する精神の光明をつくりえなかったとし、ど
んな人工的な動力源流も、印刷された言葉に触れたとき、われらの魂をみたす、あの精神力の流れ
には、くらべようのないものである」
 ともあれ、良き活字文化、出版文化の発展のために、これまで以上に尽力していく決心である。

『創価教育学体系』に序分を寄せた新渡戸稲造博士は一九三二年、「英文大阪新聞」に書いている

 「たぶんわが国以上に中傷者に行動の自由をゆるしている国はない。何千というそういう連中が
、立派な市民の名誉を毀損し、またたしかに、暗殺やそれ以上の中傷をそそのかして、それで飯を
食っている」
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 先哲の深い嘆きである。中傷者に活字が悪用され、人権侵害が蔓延するとき、社会が衰亡の坂を
転がり落ちていくことは歴史に明白である。
 スイスの思想家ヒルティは「悪いものは絶対に読んではならない。悪いものを『研究』すると、
人間の持っているよい精神がだんだん死滅していく」と警鐘を鳴らした。
 そのとおりである。ゆえに、人間の尊厳を脅かす言論の暴力は、断じて許してはならない。ここ
に、健全な文化と社会を創造する根幹の生命線がある。
 「いゝ本を読む喜びは
 生きるよろこび」
 「悪いものはよめないよ
 頭がくさるからさ」
 これは有隣堂の月刊誌「有鄰」の題字を認めた、作家の武者小路実篤の詩である。
トインビー博士は創価学会の倫理的努力に賛同
 四月十四日は、トインビー博士の誕生日であった。
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 本日は、トインビー博士が一九七四年の七月九日に記された一通の手紙を紹介したい。
 博士と私は、一九七二年と七三年、のべ四十時間にわたる対話を行った。この手紙は、二年越し
の対談を終えた一年後、逝去の前年に書かれたものである。
 博士は私との対話のなかで、仏法への共感を強く示された。その博士に対して、周囲から、さま
ざまな反応があった。なかには、博士の発言を戒める、忠告の声などもあったようである。そうし
た声に応えて、博士は、簡潔に、こうつづられたのである。
 「私は、宗教とは人生で最も重要なものであると考えております。
 この根本的な点と、宗教と不可分な重要な倫理的努力という点において、池田会長が代表される
創価学会に、私は賛同しているのです。
 それは、たとえば、軍国主義と戦争に反対し、政治の腐敗に反対し、麻薬の使用に反対し、その
一方で、前向きな目標を持って、人類全体を効果的に協力させようとする点です」
 博士は、深く、強い信念をもって、創価学会を理解し、支持してくださったのである。
 平和の厳護のため、政治の改革のため、青年の育成のため、人類の連帯のために、倫理的な努力
をつづけているからこそ、博士は、私たちに絶大な信頼を寄せてくださった。
 この博士の心に、断固たる行動をもってお応えしてきたのが、この三十星霜であった。
 トインビー博士との語らいの中で、忘れられないやりとりがある。
039
 それは、「もし博士が、ふたたびこの世に生を受けるとすれば、何に生まれ変わりたいと思われ
ますか」と、うかがった時のことである。
 博士は、こう答えてくださった。
 「私は、もしこの世にふたたび生を受けるとすれば、鳥として生まれてきたいと思います。鳥類
は、人間とともにありながら、かつて人類によって滅ぼされることのなかった生物です。
 そして、もし鳥として生まれてくるものなら、私はインドの鳥になりたいと願うことでしょう。
インドの人々は、人間以外の生物にも、すべて人間的な権利があることを、心から信じています」
 “精神の大国”にして“万物共生の天地”であるインドに寄せる博士の思いは、じつに深かった
。私もまた、インドの豊かな精神に、平和と非暴力を生みだす希望の水脈を見いだしてきた一人で
ある。
「仏法西還」は学会が現実
 思えば、四十四年前(一九六一年)の一月二十八日、私は、初訪問となるインドへと旅立った。
 その日は、諸天も寿ぐかのような、見事な青空が広がっていた。
 日蓮大聖人は、「諌暁八幡抄」に、こう仰せである。
040
 「日は東より出づ日本の仏法の月氏へかへるべき瑞相なり」(0589:01)と。
 太陽は、東から昇る。これは、大聖人の仏法が、仏教発祥の地であるインドへと必ず還っていく
瑞相なのである――こう大聖人は「仏法西還」を明快に予言された。
 この御聖訓を断じて、虚妄にしてはならない。――それが、恩師戸田先生の遺言であった。その
心をわが心として、私は、インドへの第一歩を踏み出したのである。

 インドを訪れた私たちは、釈尊が成道したブッダガヤの地に立った。そこで、朗々と題目を唱え
た。難の連続であった釈尊の生涯を偲びながら、さらにまた、東洋の民衆と平和と幸福を、強く強
く祈った。そして、日本からもってきた「東洋広布」の石碑などを地中深く埋納したのである。
 石碑の表を、北東の霊鷲山に向けて埋めた。それはまた、日本の方角でもあった。
 埋納の儀式が終わった。そのときである。周りで見ていた一人の老人が、私たちの前にゆっくり
と歩み出した。身には、チベットの民族衣装をまとい、手のひらには、きれいな花びらを捧げ持っ
ている。そして、頭を深く垂れたかと思うと、花びらを大地に散らして、手を合わせた。真心こも
る散華の儀式であった。
 「ああ、この人たちも、仏法西還の第一歩を喜んでくださっているのか」――そう思うと感慨深
かった。今も脳裏から離れない光景である。
041
 以来四十四星霜――。
 今や、このインドの大地にも、数多くの地涌の同志が、縦横無尽に活躍している。さらに太陽の
仏法は、世界百九十ヵ国・地域に広がり、世界の民衆を慈悲の光で照らしている。大聖人が予言さ
れた「仏法西還」を実現したのは、わが創価学会なのである。
 この地球上で、現実の上で世界広布を行っているのは、創価学会しかない。
 皆さま方の使命がどれほど尊いか。また、その功徳は、生々世々、子孫末代までも続いていくこ
とは間違いない。
 「創価の師弟は厳然と勝った!」と、私は、声高らかに宣言したい。
退転・反逆の方程式は何時の時代も同じ
 インドの詩聖タゴールの小説に、次のような言葉がある。
 「地位が上がれば上がるほど精神的には堕落する一方だ」
 ドイツの大詩人シラーの戯曲には、こうある。
 「地位が高ければ堕落も大きい」
 「魚は頭から腐る」ともいう。
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 高い地位にある人間ほど、堕落しやすい。また危険も大きいとの警鐘にほかならない。自分は偉
い。自分は特別だと思う心の隙に、「魔」がつけいってくるのである。
 歴史を振り返れば、大聖人の御在世にも、日興上人の時代に。退転し、反逆していった人間がい
た。そのなかには、坊主や社会的に上層の立場の者もいた。
 戸田先生は、その歴史を通しながら、つねづね、最高幹部を厳しく戒めておられた。
 戦時中、創価教育学会に対する軍部権力の弾圧によって、二十一人の大幹部が逮捕された。この
うち、牧口先生、ただ先生以外は、次々と退転していったのである。その後も、戸田先生のもとで
理事長まで務めた人物が、学会に弓を引いて去っていった。
 近年もまた、学会の同志のおかげで偉くなりながら“権力の魔酒”に溺れて、傲慢になり、恩を
忘れ、最後は学会を裏切り、反逆していった人間たちがいた。皆さんがご承知のとおりである。
 ここに、退転・反逆の一つの方程式がある。

 御書には、後々の教訓のために、退転・反逆した人間の名前が、厳然と刻印されている。
 それは、「三位房」「少輔房」「能登房」「名越の尼」らである。大聖人から薫陶をいただいた
弟子であり、また、お世話になった者たちである。
 そお本性を、大聖人は、「欲深く、心は臆病で、愚かでありながら、しかも自分では智者と名乗
043
っている連中だったので、ことが起こった時に、その機会に便乗して、多くの人を退転させたので
ある」(御書 1539p 通解)と書き残しておられる。
 「自分では智者と名乗る」と見破られているように、そういう人間の本質は慢心であり、虚栄で
あり、見栄っ張りであった。
 また大聖人は、京都に上って、貴族社会に出入りを始めた門下が、総じて、「はじめは初心を忘
れないようであるが、後に天魔がついて正気を失ってしまう」(御書 1268p 通解)ことも、
厳重に訓戒なされていた。
 虚飾の世界に流され、信心を見失い、初志を忘れてしまってはならない。
 これらの退転者は、ひとたび難が起こると、大恩ある大聖人に対し、「我賢し」と傲り高ぶって
、教訓しようとさえした。
 さらに、大聖人の門下でありながら、後に退転した人間に、武士の長崎時綱や太田親昌がいた。
熱原の法難のさいに、その立場を悪用し、門下迫害の急先鋒にたったことは、現代にもあてはまる
歴史の教訓である。
 しかし、この輩が厳しい「現罰」「別罰」を受けて、滅び去っていったことも、これまた御書に
記されているとおりだ。
 だからこそ、大聖人は「各各師子王の心を取り出して・いかに人をどすともをづる事なかれ」
044
(1109:07)と厳命されているのである。
日興上人は「今は背き了ぬ」と明確に断罪
 大聖人の御入滅後、六老僧といわれた六人のうち、日興上人を除く五人の高弟すべてが、師に背
き、日興上人から離れていった。
 日興上人が残された「弟子分本尊目録」には、日蓮大聖人が認められた御本尊を授与された、六
十余人の日興門下の名前が記されている。そのなかには、僧侶もいれば、在家もいる。社会的地位
のある人間もいれば、無名の庶民もいる。しかし、日興上人は、僧俗ともに分け隔てなく「弟子」
と記しておられるのである。
 ご存じのように、この「弟子分帳」では、その人間が、信心を全うしたのか、退転したのかが、
一人一人、明確に記録されている。大聖人の御真筆の御本尊を授与した、最高に誉れある弟子であ
る。当然、全員が、後継の日興上人のもと、心を一つに、御遺命たる広宣流布に邁進していくべき
立場であった。ん
 しかし、六十人余りの中で十二人が「但し今は背き了んぬ」「但し聖人御入滅後背き了ぬ」等と
断罪されている。その退転の十二人は、坊主や社会的地位の高い者等であった。要するに、増上慢
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であり、無責任であり、保身であり、また嫉妬であった。
 反対に、殉教した「熱原の三烈士」をはじめ、無名の庶民の門下たちは、勇気ある信心を貫き通
して、三世永遠の栄光と福徳に包まれている。
 学会においても、権力を笠に着て、同志を苦しめ、裏切った反逆の輩については、一人一人、明
快に断罪し、その名を後世に厳然と残しておきたい。同じ徹を踏む人間を絶対に出さないために、
また、こうした問題で次の世代がこまることがないよう、厳しく戒めてまいりたい。

 御金言に、こう仰せである。
 「釈尊の弟子の須梨槃特は、三年かかっても十四文字を暗唱できなかったけれども、仏になった
。提婆達多は、六万蔵という膨大な聖典を暗記していながら、無間地獄に堕ちた。このことは、ひ
とえに末法の今の世のことを表わしているのである。決して他人のことと思ってはならない」(御
書 1472p 通解)と。
 増上慢の人間は最後は敗北する。
 仏法の世界は、真面目に、地道に、誠実に戦いぬいた人が、必ず勝のである。
 戸田先生も、よく言われた。
 「いわゆる、“偉い人間”なんか信用できない。いざというときに、臆病で、逃げる。卑怯な、
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インチキ人間が多いのだ。いちばん信用できるのは、民衆だ。健気な婦人部をはじめ、無名の庶民
なんだよ」
 本当に、そのとおりである。
 私との対談集『二十一世紀の警鐘』を発刊したローマ・クラブの創設者ベッチェイ博士も、ファ
シズムと戦い、投獄を耐えぬいた日々を振り返って、述べられた。
 「牢獄では、頼れるものは自分の信念と人間性だけです。ふだん、皆に号令をかけているような
人間ほど、もろかった」「私は、変節漢がいちばん、きらいです」
 一人の人間として、わが信念と人間性を最高に光り輝かせながら、生き抜く人生が、もっとも強
く、もっとも尊いのである。
「日本一の歴史をつくる」との心で前進
 きょうは、東京二十三区の代表の皆さん方も参加されている。本当に若々しい。力のある方々ば
かりである。
 私が、わが故郷・大田の地で、拡大の指揮を執ったのは、二十四歳の時であった。
 当時、戸田先生の思いに反し、折伏は、全国的に遅々としてすすんでいなかった。そうした状況
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に業を煮やした先生が、「そろそろ大作を出すか」と言われ、私を蒲田の支部幹事に任命されたの
であった。
 それはもう、死にものぐるいであった。“この地で日本一の歴史をつくろう”と猛然と決起した
。大いなる目標から、大いなる前進が生まれるのである。
 わが大田は、大聖人が御入滅された仏法有縁の天地である。広宣流布の理想郷として輝いていく
使命があり、宿命がある。そう私は、心に決めていた。
 そして支部長をはじめ、他の支部幹部と心を合わせ、力のかぎり走り回った。「一人が百歩前進
するよりも、百人が一歩前進を!」との思いで、新しい人材を育て、ともに戦う同志を精いっぱい
励ましていった。
 この異体同心の前進があったからこそ、一ヵ月で二百一所帯という日本一の弘教を成し遂げるこ
とができたのである。
 戦いは、リーダーの一念で決まる。指導者の勇気と地道な行動こそが、拡大の突破口を開くので
ある。大東京のリーダーの皆さま方は、それぞれの使命の天地で、勇敢に、また朗らかに、大勝利
の指揮を執っていただきたい。

大聖人は、若き南条時光に、次のように御指導された。
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 「身分や地位の高い人が、信心に圧迫を加えようとして、言い出したときには、『ああ、法華経
のよい敵よ!三千年に一度咲く優曇華の花にあい、一眼の亀が浮木に奇跡的に巡りあったようなも
のである』と、おかんがえになって、したたかに強く御返事をなされるがよい」(御書 1540p 
通解)
 強敵こそが、自分自身を強く、大きく、鍛えてくれる。困難こそが、人間革命のチャンスなので
ある。
 広布の途上に、難があるのは当然である。ゆえに、「あいがたい敵にあうことができた!」と喜
び、すべてを前向きにとらえ、強い心で、嵐を乗り越え、勝ち越えていく、それが仏法者の生き方
である。
 さらに大聖人は仰せになっている。
 「さも味方のように見せかけて退転させ、自分もあざ笑い、人にも笑わせようとする奇怪な者た
ちには、十分に言わせておいたうえで、『多くの人が聞いているところで人を教訓するよりも、ま
ず自分の身を教訓しなさい』と言って、勢いよく、その場を立たれるがよい」(御書 1540p 
通解)と。
 虚勢の輩などを、恐れてはならない。
 邪智の言などに、だまされてはならない。
 傲慢な徒などを、増長させてはならない。
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 どうか、婦人部、女子部、そして青年部の皆さんが、がっちりとスクラムを組み、いちだんと強
く、賢くなって、仏意仏勅の創価学会を、永遠に護り、勝ち栄えさせていっていただきたい。よろ
しく頼みます!
人格と慈愛の光る名医たれ
 きょうは、ドクター部の皆さまも出席されている。人々の健康のため、長寿のために尽くしてい
る尊き方々である。学会の同志も、さまざまな形でお世話になっている。日ごろの献身の活動を讃
え、心から感謝申し上げたい。
 一般に、医者にも、いろいろな人がいる。権威的な感じの人。真面目な人。温かい人……。
 もちろん、医者としての技術は重要である。しかし、それだけではなく、医者の「振る舞い」や
「心」が患者にとって大切な場合がある。
 お医者さんが、自分のことを本当に心配してくれた。一生懸命、治療に手を尽くしてくれた。「
薬」とともに、お医者さんの「真心」で病気が良くなった――そういうこともある。
 だからこそ、学会活動のなかで、自身の心を磨いていくことだ。「あの人はすばらしい」と言わ
れるような、人格と慈愛の光る一流の医者として輝いていくことだ。
050
 歴史家のトインビー博士は、私との対談で語っておられた。
 「人間の生命に対して、また人類の生存の場であるこの宇宙に対して、何らかの宗教的ないしは
哲学的な見解、態度をもたないかぎり、いかなる人も精神的、倫理的に十分適格な医師にはとても
なれだいだろう」
 生命や宇宙についての確固たる哲学、宗教を持っていること――それが良き医師の重要な条件だ
ということである。
 この点については、「ヨーロッパ科学芸術アカデミー」のウンガ―会長での対談でも話題になっ
た。会長は著名な心臓外科医である。
 ドクター部の皆さまは、大宇宙の根本の法則である妙法を持ち、実践しておられる。最高の生命
哲学を学んでおられる。本当に偉大な先駆の存在なのである
 トインビー博士が、私に会見を勧めてくださった一人に、世界的な医学・微生物学者のルネ・デ
ュボス博士がおられる。デュボス博士とは、一九七三年の十一月に、東京の聖教新聞社でお会いし
た。懐かしい思い出がある。博士との語らいは、人類の歴史と未来、さらには人間の生死の問題に
もおよび、非常に有意義なものであった。
 デュボス博士は述べておられる。
051
 「善と悪とは永遠に争い、人生という喜劇の舞台の上でぶつかりあう」
 善と悪、希望と絶望の闘争は間断なく続いている。その戦いに敗れれば、衰退が待っている。
 デュボス博士は、こうも記している。
 「地球は憩いの場所ではない。人間は、必ずしも自分のためではなく、永遠に進んでいく情緒的
、知能的、倫理的発展のために、戦うよう選ばれているのだ。危険のまっただなかで伸びていくこ
とこそ、魂の法則であるから、それが人類の宿命なのである。
 何の苦労もストレスもないのは、楽しそうに思えるが、それでは退屈であり、進歩もない。大変
ななかで、苦労を重ねる。創造的精神を燃え上がらせて前進する。壁を破っていく。そうあってこ
そ、個人も、団体も、新たな力を発揮し、成長していくことができる。充実と勝利、そして幸福の
道を歩んでいくことができるのである。
 わがドクター部の皆さまも、日々、新たな挑戦を続け、堂々たる勝利の人生を歩みぬいていただ
きたい。最高の充実と幸福の人生を飾っていただきたい。
偉大なる「創価の母」に感動!
 五月三日は「創価学会母の日」でもある。
052
 学会の大発展を支えてくださっているのは、婦人部の皆さんである。
 婦人部の友は、来る日も来る日も、友のため、地域のため、地道に勇気の行動を貫いておられる
。黙々と勝利のために歩みぬいておられる。「太陽の婦人部」のおかげで、全同志は朗らかに前進
できるのである。
 私は全国、全世界の尊き“創価の母”に心からの感謝を申し上げたい。いつも、本当にありがと
う!
 戸田先生は、婦人部の友を最大に大切にしておられた。私もまったく同じ思いである。
 「創価学会の母の日」に寄せて、十九世紀のドイツの詩人メーリケの詩を、皆さまに贈りたい。
 「歌は数あれど、母上、あなたにふさわしい歌は一つもない!
 だのにあなたの良さがわからないとは、世間はなんと愚かなどじなのでしょう!」
 母の偉大さは、言葉ではとうてい言い尽くせない。母の慈愛と献身もまた、限りなく深いもので
ある。しかし、その偉大さを世間の人々は理解しない――詩人はそう訴えているのである。
 どうか壮年部、青年部の皆さんは、尊き“創価の母”を最大に大切にし、感謝していただきたい
。そして、仲良き団体で、楽しく、勝利の歴史をつづってまいりたい。
053
師弟不二の人生こそ「幸福の中の幸福」
 日蓮大聖人は「御義口伝」で教えておられる。
 「師とは師匠授くる所の妙法子とは弟子受くる所の妙法・吼とは師弟共に唱うる所の音声なり」
(0748:10)
 「師」とは師匠、「子」とは弟子である。師匠と弟子が、ともに妙法を唱え、弘めゆくことが「
獅子吼」の意義であると仰せである。
 弟子が師匠に心を合わせれば、無限の力が生まれる。師と「不二の心」で貫く実践のなかにこそ
、広宣流布の金字塔は輝く。
 たとえ、いい恰好をして、人から、もてはやされても、「師弟の精神」を忘れた人間は皆、哀れ
な迷走飛行の人生となっている。これは皆さんがよくご存じのとおりだ。自分勝手な「師弟の道」
などありえない。「広宣流布の道」、正しい「信心の道」を誤ってはならない。
 戸田先生は、天災的な指導者であられた。鋭き眼を持つひとであられた。先生の洞察力、人物を
見抜く眼力は、すごかった。そして、あまりにも慈悲深く、同時に、あまりにも厳しき師匠であら
れた。
054
 その戸田先生から、私のすべてを学んだ。その戸田先生に、私はただ一人、仕えきった。不可思
議な、妙なる師弟の絆であった。
 戸田先生の事業が失敗し、それまで先生にお世話になった人間までが、罵り去っていくような状
況のなかで、私は、ただ一人、すべてをなげうって、先生を守りきった。苦労の連続で、不幸中の
ふこうのように見えたかもしれない。しかし、まさに、その苦闘の日々こそが、栄光輝く「幸福中
の幸福」の人生を開く不滅な原点となった。これが信心の力である。これが師弟不二である。
「陰徳」は必ず「陽報」に
 大聖人は、四条金吾にあてた御手紙で仰せである。
 「主君から度々いただいた所領を返上して、今また所領を給わったということは、これほど不思
議なことはない。まったく陰徳あれば陽報ありとはこのことである」(御書 1180p 通解)
 金吾は法華経の信心のゆえに、領地の没収や追放の危機にさらされた。大聖人を憎む悪僧の良観
や金吾を妬む同僚が、主君である江間氏に讒言し、金吾をおとしいれようとしたからである。そう
した一切の迫害をはね返して、金吾は主君から、いっそう深い信頼を勝ち取った。そして、新たな
領地を授かるまでになったのである。
055
 どれほど嘘をつかれ、悪口を浴びせられようとも、最後は必ず勝つ。堂々たる「勝利の実証」を
示す。これが偉大な妙法の功徳である。
 広布のために尽くし、戦った功徳は絶大である。「陰徳」があれば、必ず「陽報」となって現れ
る。学会は、この因果の理法に完璧に則っているがゆえに、一切を勝ち越えてきたのである。
 ともあれ、わが同志の皆さまは、広宣流布のため、立正安国のために、尊き陰徳の活動に徹して
おられる。人々のため、社会のため、未来のために活動しておられる。皆さまが、絶対に負けるわ
けがない。必ず、勝利の陽報に包まれゆくことは、間違いない。
 私は、全同志の健康と幸福と勝利を、毎日、一生懸命、祈っている。ともどもに、いちだんと勇
敢に、忍耐強く、緻密に勝ち進んでいくことを決意しあい、スピーチを結びたい。
 どうか、ますますお元気で!創立七十五周年の五月三日を、晴ればれと迎えましょう!
                             (東京・信濃文化センター)
056
050421top
第四十八回本部幹部会
第一回九州総会
人類最高の幸福の大道を誇り高く

「5・3」を祝賀し楽しく朗らかに出発

 晴れやかな5・3「創価学会の日」「創価学会母の日」を記念する本部幹部会、おめでとう!
 きょうは、お祝いの集いであり、むずかしい話はなるべくすくなくしたい。来てくれた皆さんが
「心から軽くなった」「また明日から頑張ろう」と思えるような、楽しく朗らかな出発の集いとし
てまいりたい。
057
 遠く海外から、また全国各地から、本当にご苦労さまです。
 広宣流布のすべての同志が健康で、無事故で、また幸福であるように、私は、いつもお題目を送
らせていただいている。
 ご承知のように、世の中の乱れ、悪質な事件が続いている。悪い人間にだまされたり、複雑な問
題に巻き込まれてしまっては、あまりに不幸である。私は、大切な皆さんに、絶対に後悔だけはさ
せたくない。そうしたことで苦しませたくない。皆でたがいに声を掛けあいながら、注意を呼びか
けていくことも大事である。
 絶対無事故の祈りを根本として、「前前の用心」を怠らず、聡明にして賢明な価値ある日々を勝
ち取ってまいりたい。

 きょうは「先駆」即「勝利」、「勝利」即「幸福」の大九州総会、おめでとう!
 なお、このたび相次ぐ地震にあらためて、心からお見舞い申し上げます。
 九州の同志は、本当に、よく戦い、よく勝った。九州の先駆の心意気が、私は好きだ。にぎやか
で、明るい。本当に元気がいい。
 九州の全同志の奮闘に感謝をこめて、私は、本日参加した九州の皆さんの名前を、仏教発祥の地
058
であるインドの創価菩提樹園に永久に留め置くことを提案したい。
 九州の皆さん、ほんとうにありがとう!
 最高幹部は、会合に参加してくださった人たちを心からねぎらい、誠実に対応していくことだ。
決して、当たり前と思ってはいけない。
 終了後も、役員に任せるだけでなく、幹部が率先して見送ってあげてほしい。そして「あの幹部
が、最後まで手を振ってくれた姿が一生涯、忘れられない!」と友の心に焼きつくような、鮮やか
な歴史をつづっていっていただきたいのである。
 私もまた、広布の同志との思い出は尽きない。
 第三代会長を勇退した翌年、大きな船に乗って、私のいる神奈川の港に馳せ参じてくださった、
四国の友との出会い等々――忘れ得ぬ光景がさまざまに思い浮かぶ。
 ともあれ、広布のリーダーの皆さん方は、名優のごとく、愛する同志とともに“歓喜の劇”を演
じながら、勇気と希望あふれる名指揮をとっていただきたい。
創立七十五周年、連続勝利の黄金の歴史
 創価学会は、創立以来、ただ広宣流布のために、前進また前進を続けてきた。その途上において
059
、経文のとおり、御書のとおり、たび重なる弾圧をうけてきたことも事実である。
 しかし、あらゆる三障四魔の嵐を乗り越えて、わが学会は、厳然と連続勝利の黄金の歴史を刻ん
できた。
 反対に、学会を攻撃してきた人物、団体、反逆者等の末路はどうか。いずれも哀れな敗北の姿を
さらしていることは、皆さまがご存じのとおりだ。
 まさしく「過去現在の末法の法華経の行者を軽賎する王臣万民始めは事なきやうにて終にほろび
ざるは候はず」(1190:02)との御金言のとおりである。
 栄光の創立七十五年の「5・3」を迎え、わが学会はすべてに勝った、と高らかに宣言したい。

 これまでの学会に対する理不尽な弾圧等については、すべて詳細に記録に残してある。きょうは
、詳しくは申し上げないが、そこには、戦時中の軍部権力による弾圧事件が最初に記されている。
この時、宗門は、軍部権力を恐れ、神札を受けるという大謗法を犯した。
 牧口先生は、断固として謗法を拒絶し、今こそ国家諌暁の時ではないかと叫ばれ、大聖人の仏法
を厳然と守りぬいていかれた。
 そして、牧口先生は、戸田先生とともに、投獄され、最後の最後まで正義の信念を貫かれたので
060
ある。
 獄中の訊問に対しても、“大聖人の仏法を弾圧するならば、大謗法は免れない。その国は必ず衰
亡する”と言いきっておられる。
 結局、戦争によって、国民は塗炭の苦しみをなめさせられ、日本は敗北した。牧口先生のおっし
ゃったとおりの厳しき現証であった。
 牧口先生を獄死させた軍国日本は、文化の大恩ある中国、韓・朝鮮半島を侵略し、アジアの民を
不幸のどん底におとしいれた。私たちは、こうした歴史の過ちを絶対に忘れてはならない。断じて
繰り返してはならない。
 牧口先生、戸田先生の平和の魂を継承し、アジアに、そして全世界に、平和と友情を広げていく
のが、わが学会の永遠の使命である。
061
「創価学会母の日」――“広布の母”に最敬礼
 きょうは、「創価学会母の日」の祝賀の集いである。“広布の母”である婦人部の皆さま方の日
ごろの労苦に、心から感謝申し上げたい。
 男性は、全員で最敬礼して、女性の皆さんに最大の敬意を表してまいりたい。
 来る日も来る日も、対話を重ね、祈りを重ね、事実の上で、広宣流布を推進してくださっている
のは、婦人部の皆さまであるからだ。
 日蓮大聖人は「日本という国は、女性の国と言われている国です。天照太神という女性の神がつ
くり出された島です」と仰せである。
 大聖人は、妙法を持った女性を最大に尊ばれ、大切にされた。それが御本仏の御心であり、法華
経の精神である。
 一般に、女性が生き生きと活動しているところは繁栄している。それが時代の潮流である。
 学会にあっても、めざましい発展をとげているところは、必ずといっていいほど、婦人部、女子
部が伸びている。私は“創価の母”の大功労を讃えて、全員に勲章をさしあげたいきもちでいっぱ
いである。婦人部の皆さん、本当にありがとうございます!
062
 芸術部の代表も来てくださった。ご多忙のところ、本当にご苦労さまです。
 皆さんは、誉れの芸術部として、わが使命の舞台で、舞いに舞っていただきたい。
 芸術とは、姿や形だけではない。芸術とは魂である。魂に光があれば、その人は、大芸術家なの
である。
 有名であるとかないとか、テレビに出たとか出ないとか、そうした評価の仕方もあるだろうが、
仏法の見方は次元がまったく違う。妙法を護持した芸術家は、全員が、魂の芸術を持った人である
。ゆえに、必ずや、最高最大の芸術家として光っていくことができるのである。
 それを忘れないでください。私たちは、最大に応援しています。いつもありがとう!
苦しい時も楽しい時も、自分らしく輝け!
 皆さんも、よく知っている御書の一節を拝したい。主君を折伏したがゆえに、冷遇され、同僚か
らも憎まれ、苦境にあった四条金吾を励まされたお手紙である。
 「苦を苦と悟り、楽を楽と開き、苦楽ともに思い合わせて南無妙法蓮華経と唱えていきなさい。
これこそ、自受法楽ではないですか。ますます強盛に信心していきなさい」(御書 1143p 通解)
063
 今は苦しみの連続かもしれない。しかし、永遠に続く楽しみなどないように、永遠に続く苦しみ
もない。人生には、楽もあれば、苦もある。勝つことがあれば、負けることもある。
 苦も楽もともにあるのが人生の実相である。だからこそ、苦しくとも、また楽しくとも、ありの
ままの姿で、南無妙法蓮華経と唱えきっていきなさいと、大聖人は教えておられるのである。
 その人は、妙法の智慧と力によって、最高の幸福境涯となっていく。何ものにも負けない人生を
生きることができるのである。
 「自受法楽」の「自受」とは、「自ら受ける」ということである。人ではない。自分自身で決ま
る。人に何かをしてもらったり、他から与えられるものではない。
 自分が自分で幸福をつくり、自分で幸福を味わっていく。どんな苦楽の道も、悠然と楽しんでい
ける大きな自分になっていく。それが「自受法楽」である。
 また、必ずそうなってくのが、南無妙法蓮華経の力なのである。
 ゆえに私たちは、人と比べる必要などない。御本尊への信仰を根本に、自分らしくいけばいいの
である。そして、健康で、目標を持って、周りの人と仲良く、調和をとりながらすすんでいくこと
だ。
 その振る舞いのなかに、「あの人はいいな」「すばらしい人格だな」「話をしてみたいな」と慕
064
われるような魅力がおのずと輝いていく。自分自身を最高に発揮できるのが妙法なのである。
 そうなっていけば、もうどこへ行っても、何があっても心配ない。目先のことに一喜一憂するこ
となく、自分のやるべきことをやりきって、「私はこれで満足だ!」と言いきれる、悔いのない人
生をいきぬいていける。その人こそ勝利者なのである。

 戸田先生は訴えておられた。
 「この末法には、邪信・邪義の者が充満しているのであるから、なかなか真実の仏法には伏しな
い。大聖人は『怨多くして信じ難し』と何百回もおおせである。
 かかる者にたいしては『慈無くして詐り親しむは是れ彼が怨なり……彼が為に悪を除くは即ち是
れ彼が親り』(0223)との御聖訓にもとづき、大声叱咤、彼らの迷妄を破るのに勇気がなくては
ならない」
 法華経に「一切世間多怨難信」とある。「悪口罵詈」とも記されている。
 法華経は最高の教えであるが、あらゆる世間の人々から迫害され、信ずることがむずかしい。悪
世である末法の時代に法を弘める人は、悪口を言われ、罵られる。釈尊の時代よりも、はるかに怨
嫉が多い――そのように説かれているのである。
 だからこそ、戸田先生が言われるように、勇敢に進むのだ。人生は!信仰は!
065
 勇気をもって生きぬきましょう!
ガンジー「人間を堕落させる権力に心せよ」
 ちょうど今、SGIの代表がインドを訪れている。
 私に対する「『偉大なる魂』と『偉大なる英雄』の一体賞」を、代表として受けるためである。
光栄にも、第一回の受賞であり、インドで行われた授賞式は、まことに厳粛であったとうかがった

 “国外に出ない分、日本の広宣流布をしよう!”。こう決めれば強い。
 沖縄は日本一の広宣流布をめざして進んでいる天地である。“まずは、自分の生まれた天地を最
066
高の幸福郷にしよう!”――そうした心を私は感じる。お帰りになられたら、皆さんによろしくお
伝えください。
 インドへの敬意をこめて、独立の父マハトマ・ガンジーの言葉を紹介したい。ガンジーは、新た
に就任した州政府の閣僚たちに、こう忠告した。
 「権力に心してください。権力は人間を堕落させます。権力の華麗さや虚飾の虜にならないよう
にいてください。あなたがたはインドの農村の貧しい人々に奉仕する任務を担っていることを、忘
れぬようにしてください」
 そのとおりである。権力には魔性がある。それに食い破られた人間は、堕落し、腐敗する。権力
に気をつけろ――ガンジーは権力悪の権力悪の本質を鋭く見抜いていた。
 民衆が厳しく権力を監視いなければならない。
 「奉仕すること」が指導者の責務である。それを忘れるな!――ガンジーの叫びは、全指導者の
永遠の指標である。
 悔いなき人生とは何か。ドイツの文豪ゲーテは『ファースト』で謳った。
 「行為こそすべて、名声などとるに足りん」
 私たちでいえば、広宣流布の行動をしているのか、いないのか、それがすべてである。
 祈りも行動である。対話も行動である。そこに信心の実像がある。
067
 また、世間には華やかな脚光を浴びている人もいる。しかし、価値ある行動をしていなければ、
少しも偉くない。たとえ目立たなくても、人々のため、社会のために「行動している人」――その
人に、人間としての真価が光る。
「目覚めた民衆」の団結で、正義と真実の勝利を
 かつて私は、インドのラジブ・ガンジー首相とお会いした。一九八五年の十一月、場所は東京の
迎賓館であった。
 多くの世界の最高法の指導者と、私は対話を重ねてきた。次代を担う皆さんもまた、新しい対話
と友情の道を大きく開いていただきたい。
 若きラジブ首相は好男子で、じつに立派な方であった。私との対話の後、首相は「日本人らしい
日本人に会えた」と喜んでくださった。本当に残念なことに首相は暗殺されたが、ソニア夫人、令
嬢のプリヤンカさん、令息のラフル氏との友情は、今も続いている。
ラジブ首相は語った。
 「目覚めた人々が出てくれば、人々が堕落した政治家をおいだすでしょう」
068
 「目覚めた人」が大事である。
 権力は、外から人間を縛ろうとする。それに対し、内なる魂を輝かせ、生命の無限の力を引き出
すのが、仏法である。「目覚めた民衆」の団結で、正義と真実が勝利する二十一世紀を威風も堂々
と築いてまいりたい。
 オランダの人文主義者に、エラスムスがいる。近代平和思想の源流をつくった一人であり、「宗
教改革の父」とも呼ばれる。彼は喝破した。
 「下らぬおしゃべりは精神を堕落させるが、下らぬ書物もそれと同じくらい精神に悪影響を与え
る」
 何も、おしゃべりが悪いというわけではない。「下らぬ」というところに意味がある。
 くだらぬ本は読むな!――これが戸田先生の厳命であった。くだらない本を読み、その毒に蝕ま
れ、正しい道を外れていった人間もいる。これほど愚かなことはない。
「本当の仏法は、社会への大闘争の中に」
 戸田先生は、あるとき、こう言われた。
 「所詮、『仏法は勝負』であり、本当の仏法は、社会での大闘争の中にある」
069
 仏法は勝負。人生も勝負。勝つか、負けるかである。皆さまは、絶対に負けてはならない。社会
での大闘争――個人の仕事や事業も、その中に入るであろう。
 さらに先生は、こう続けられた。
 「仏法を現実社会の中で行じ、人間のため、国のため、世界のために戦ってこそ、真の大聖人門
下であり、真の革命児ではないか。それが創価学会だ。
 仏法は、現実社会の中にある。寺院の中にあるのではない。
 苦悩する人間の中に飛び込み、人々を救うために戦っていく。社会をよりよくするために、勇敢
に行動を起こしていく。それが本来の仏法の精神である。社会から隔絶した寺の中にいて、人々を
救うための行動もなく、供養ばかりもらおうとする。それは、仏法ではない。
 正義のために、勝たなくてはならない。幸福のために、勝たなくてはならない。
 戸田先生の言葉にあった「真の革命児」とは、広宣流布のため、破邪顕正の戦いをする人材のこ
とである。その人こそ、大聖人の本当の眷属である。
 創価学会は、大聖人に直結し、大聖人に仰せどおりの正道を進んでいる。この道は、人類最高の
道である。仏法的にも、思想的にも、最高峰の正道である。
070
 私どもは、人間として最高の道を歩む誇りも高く、勝利の人生を語っていこうではありませんか


 世界の同志の皆さま!本当に、ようこそ!
 九州から参加されるのも、もちろん大変であるが、海外から来られた方々は、その何十倍、何百
倍、何千倍も大変である。その福徳は、計り知れないほど大きい。われわれは、海外の同志を最大
に守り、讃嘆申し上げたい。
 研修にお越しくださったシンガポールの皆さま!韓国の皆さま!台湾の皆さま!さらにオランダ
の皆さま、アルゼンチンの皆さま!
 そして、結成二十周年を迎えた、懐かしき「ブラジル徳島会」の皆さま!
 はるばる、本当にご苦労さま!ありがとう!

 マハトマ・ガンジーは言っていた。
 「地位が高ければ高いほど、その責任が重い」
 地位が高くなると、慢心におちいったり、わがままになったりする人間が、あまりにも多い。も
しも、高い地位を得て、学会を軽んずるような人間が出たら、厳しく戒めていかねばならない。
071
 ガンジーは続けて、こう述べている。
 「もし吾々が高い地位を占めたとしても、自己の優越を誇ったり、目下の人を見下してはならな
い。吾々は眼下の人が働くと同じように働かねばならぬ」
 深く胸に刻むべき言葉である。
青年よ、人生は勇気でいけ
 五月三日「創価学会の日」にあたり、牧口先生、戸田先生の言葉をさらに確認したい。
 牧口先生は、「小善人は、大善の人を嫉み、衆愚からほめられることを喜ぶ」と言われた。
 「衆愚」とは「多くの愚人」ということである。大勢の愚かな人間にほめられて喜ぶ。そういう
生き方は、所詮、人気とりである。小善の人は、みずから悪いことをしないまでも、悪と戦う勇気
のない人間、小さな自分の利益に生きる利己主義の人間ともいえよう。
 大善とは、大悪と戦うことである。われらは勇敢に、大善の道を歩んでまいりたい。
 戸田先生は、昭和三十三年(一九五八年)の年頭に叫ばれた。
 「『一生空しく過して万歳悔ゆること勿れ』の御聖訓を日夜誦して、きょうよりも明日、今月よ
りも来月、ことしよりも来年と、いよいよ信心に励むことが、一生の計らいの基本であり、一生の
072
計の根本となるのだ。
 まず、肚を決めよ!決まったら、勇ましく進め!」
 「5・3」は、新たな始まりの日である。明年の「5・3」へ向けて、いよいよの決意で、青年
とともに、勇気の出発をしたい。
 かつて私は、水滸会の研修で、戸田先生の遺志を胸に、青年たちに呼びかけた。
 「勇気!勇気の生命を脈動させ、私と共に、広布のため、創価のために、大激戦を勝ちぬいても
らいたい!」
 永遠の勝利の道を確実に築きゆく、その最大の力は青年である――これが、戸田先生の結論であ
られた。

 つい先日も言及したが、著名な教育者で、農政学者の新渡戸稲造博士の言葉を紹介したい。
 新渡戸博士は、国際連盟の事務次長も務めた。日本を代表する国際人である。新渡戸博士は牧口
先生と親交があり、牧口先生が著された『日本教育学体系』にも序分を寄せている。この一事から
も、牧口先生が、どれほど偉大な学者であられたかがわかる。
 博士は書いている。
 「たぶんわが国以上に中傷者に行動の自由をゆるしている国はない、何千というそう云う連中が

073
、立派な市民の名誉を毀損し、またたしかに、暗殺やそれ以上の中傷をそそのかして、それで飯を
食っている」
 博士の言葉は、今の社会にも通じる警鐘である。
「時」を逃すな 立つ時は「今」!
 キューバ独立の父ホセ・マルティは激しい闘争のさなか、みずから創刊した新聞紙上で、力強く
、こう呼びかけた。
 「あらゆるところから勇敢な人たちがはせ参じ、勇気を発揮する。そうしなければならないとき
である。臆病な心を一掃しよう」
 マルティは、数々の困難や迫害を乗り越えて、勇敢に戦い、キューバを救った。
 いつであれ、どこであれ、大切なのは、「勇気の一人」がいるかどうかである。
 マルティは次の言葉を残している。
 「偉大なことをなす場合、時を失してはならないのです」
 もっとも偉大なる事業、それは広宣流布である。皆さんは、その大事業を担う、もっとも大切な
方々である。現在、さまざまな場所で、さまざまな立場で、奮闘されていることを思う。
074
 「今」が時である。時を失えば、自分が損をする。あとにあればなるほど、後悔をする、皆さん
は、決して、時を失ってはならない。
 「今」が時である。まさしく今、万年の広宣流布のために、また、自身の永遠の勝利のために、
非常に重要な時を迎えていることを知っていただきたい。
咲き誇る「杏」の花は婦人部・女子部の勝利の姿
 「創価学会母の日」、本当におめでとう!牧口記念庭園の丘に植えられた、婦人部と女子部の五
百本の「杏」の花が、今年も見事に咲き誇った。
 私は妻とともに、この杏の花々を見つめながら、題目を唱えた。全婦人部、女子部の友の、さら
なる活躍と幸福を御記念させていただいた。ここで、皆さまに祈念の句をお贈りしたい。
  天晴れて
   杏の花の
     勝利かな
075
 庭園の杏には、北陸の戸田先生の生家に植えられていた杏の種から植えられた木がある。戸田先
生ゆかりの杏である。その意義をこめ、この句を認めた“杏の絵の屏風”を、代表として北陸の婦
人部に贈呈したい。
 屏風は、学会本部の御宝前に置いて、大切に保管してきたものである。
 全世界の婦人部の皆さん、いつも本当にありがとう!
 もっとも苦労した母がもっとも幸福になる権利がある。広布のため、地域のため、そして社会の
ため、懸命に行動してくださっている皆さんである。最高に幸福な、豊かな人生を歩みゆかれるこ
とは、絶対に間違いない。
われらは「仏法西還」のご予言を実現
 日蓮大聖人は「顕仏未来記」で、次のように仰せである。
 「月は西から出て東へ照らし、日は東から出て西を照らす。仏法もまた同じである。正法並びに
像法時代には西のインドから東へ伝わり、末法においては、東の日本から西へ流布していくのであ
る」(御書 0508p 通解)
076
 インドで生まれた仏教は、中国、韓・朝鮮半島を経て東の日本へと伝えられた。これに対して、
太陽の妙法は、日本から西のインドへ、そして全世界へと流布いていくのである――あまりにも有
名な「仏法西還」の御予言である。
 この「顕仏未来記」は、いつ、どこで著されたのか。それは文永十年(一二七三年)の閏五月、
流罪の地・佐渡で認められたものである。大聖人は、身命におよぶ大難のさなかに、悠然と、また
厳然と「世界広宣流布」への大確信を書き留められたのである。
 そして、その御予言を実現するために立ち上がり、大聖人と同じ心で戦い、「三類の強敵」を打
ち破ってきたのが、わが創価学会である。
 昭和二十七年(一九五二年)戸田先生は、東洋広布、世界広布への大願を和歌に詠まれた。
  いざ征かん
   月氏の果てまで
     妙法を
    弘むる旅に
      心勇みて
077
 あの晴れわたる昭和三十五年(一九六〇年)の五月三日、私の第三代会長の就任式でも、会場の
日大講堂に、この和歌が大きく掲げられた。
 それから四十五星霜――。
 先ほど申し上げたが、私は戸田先生の弟子として、「月氏の国」インドの精神の名を冠した「『
偉大なる魂』と『偉大なる英雄』の一体賞」を受賞した。
 全世界の同志を代表しての栄誉である。
 思えば、授賞式が行われた四月二十日は、昭和三十三年(一九五八年)、戸田先生の学会葬が厳
粛に行われた日であった。そしてまた、戸田先生と私の「生命」である「聖教新聞」の(発刊記念
日)でもある。
 まさしくこの日、この時に拝受した意義深き栄誉を、私は皆さま方と一緒に、「創価の師弟」の
大勝利の象徴として、戸田先生に捧げたい。
 そいて、大切な配達員の方々である「無冠の友」をはじめ、「聖教新聞」を支えてくだあってい
るすべての皆さま方と、この栄誉を分かちあいたい。
078
 日蓮大聖人は、大難の真っただ中で、「日蓮のことを憎むとも、内証はどうすることもできない
」(御書 1359p 通解)と厳然と仰せである。
 いくら、人々が大聖人を憎み、迫害を加えようとも、末法の御本仏としての大境涯は決して揺る
ぐことはないとの宣言であられた。
 この大聖人に直結して戦う学会を嫉み、憎もうとも、これまた、どうすることもできない。わが
学会は、経文のとおりの大難を受けてきたが、微動だにしない。否、圧迫されればされるほど、い
よいよ強くなり、いよいよ勝ち栄えていくのだ。
 迫害の嵐が吹き荒れるなか、私がただ一人、難を耐え忍び、学会を死守した「五月の三日」もあ
った。しかし、一切を勝ち越えた。
 そして今、創立七十五周年の「五月の三日」を、世界の知性が最大に祝賀している。愛する同志
とともに、栄光の新時代を開いたのである。
 わが学会は御書に寸分違わず、「広宣流布の信心」で勝った。
 「師弟不二の信心」で勝った。
 「破邪顕正の信心」で勝った。
 「異体同心の信心」で勝った。
 「勇猛精進の信心」で勝った。
079
SGIには「人間を変革する」方途が
 ともに、国際宗教社会学会の会長を務められたカレル・ドブラーレ博士リリアン・ボワイェ博士
の夫妻が、先日、来日された。ドブラーレ博士は、東洋哲学研究所の要請を受け、講演してくださ
った。
 テーマは「SGI運動のグローバル性――SGIはなぜ世界にひろまったのか」
 博士は、SGIが世界に広まった理由として、次のような点をあげておられる。
 一つには、SGIは「自分の人生を自分の力でコントロールすることを可能にする深遠な方途を
提供している」この点において、博士はSGIを「非常に魅力的な宗教」と論じておられる。
 SGIには、仏法に基づく「人間革命」の思想があり、そして「座談会」をはじめとする具体的
な活動がある。SGIは、いわば「自己を見つめる鏡」を提供している。自己の置かれている状況
を変革するための方途を提供している――博士は、そう分析している。
 また博士は、社会の価値観の変化にともなって、「生命の永遠性について考える人々が増えてき
た」ことに注目する。人々の間に「より高度な力、エネルギーに対する信仰」が高まっていること
などから、仏法の生命哲理が尊ばれる状況が作られていったのではないか。と考察されているので
080
ある。
 どれほど権力や財力を持とうが、峻厳な「生老病死」の流転からのがれることはできない。こか
し、妙法という三世永遠の大法則にのっとった人生は、「生老病死」の苦悩を打開して、必ず「常
楽我浄」の大歓喜の生命を勝ち取ることができる。
 皆さま方こそ、人類の思想の流れの最先端を誇り高く進みゆく大哲学者なのである。
 さらにトブラーレ博士は、SGIが、平和・文化・教育において世界的な社会貢献を果たしてい
ることを、高く評価されている。博士は「SGIは、平和と維持可能な発展を促進する上での重要
な原動力である」と結論づけておられる。これが、世界を代表する学識の声である。
ガンジー「師匠のおかげ」「民衆に感謝」
 さて、九十年前のきょうのことである。
 南アフリカで人権闘争に勝利し、インドへ帰国したマハトマ・ガンジーは、彼を賞讃し、喝采す
る人々に語りかけた。
081
 「この美しい賛辞の中で、もし妻と私が受けるに値するものがあるとするならば、それはひとえ
に、異国の地・南アフリカで戦う私に、勇気と希望を与え続けてくれたわが師匠のおかげなのです

 そしてまた、「私が成しえた仕事を遂行させてくれたのは、わずかなる見返りも求めず、みずか
らの信念のままに黙々と働き続けてきた純真なる民衆自身なのです」――こうガンジーは言いきっ
たのである。
 美しき「人間の心の絆」は永遠に光る。
 師匠の恩を踏みにじり、民衆への感謝を忘れ、そして、同志の信頼を裏切る卑劣な人生だけは、
絶対に歩んではならない。

 大聖人は、信仰ゆえに父親から勘当された池上宗仲と、その弟である宗長に対して、有名な「兄
弟抄をつづられた。そのなかで、こう仰せである。
 「はじめは信じていたのに、世間の迫害が恐ろしくて、信心を捨てた人は数知れない。そのなか
には、もとから誹謗していた人々よりも、かえって強く誹謗する人もまた多くいる」(御書 108
8p 通解)
 外から責める敵よりも、一度門下になりながら裏切った連中のほうが、さらに悪い。御本仏の在
082
世でさえ、そういう輩が多く出た。だからこそ大聖人は、そうした「獅子身中の虫」とは徹底的に
戦いぬくことを、弟子に厳命されたのである。
 そして、そのとおりに五老僧らを打ち破られたのが、日興上人である。
 ともあれ、「兄弟抄」では、信心を貫く池上兄弟に対して、こう励まされている。
 「たとえ、どんな煩わしいことがあっても、夢だと思って、ただ法華経のことだけを考えていき
なさい」(御書 1088p 通解)
 池上兄弟は、この仏法の真髄ともいえる生き方を貫いた。二十年以上にわたって信心に反対して
いた父親も、兄弟の姿を見て、その後、入信する。池上兄弟は大聖人の励ましに支えられ、見事に
勝利の実証を示したのである。
今こそ勇気ある師子吼を
 ところで、釈尊の時代にも、現代の学会の前進と同じく女性の活躍が光っていた。
 有名な「勝鬘夫人」と呼ばれる王妃も、師匠である釈尊への誓願のままに、苦悩や災害の渦巻く
社会へ飛び込んで、行動していった。
 この勝鬘夫人は、「師子吼者」――師子吼の人と呼ばれた。声の力で人々を励まし、声の力で悪
083
を責めていったことを賞讃されたからである。婦人部、女子部の皆さんの姿をほうふつさせる。
 まさしく、「声仏事を為す」である。
 「獅子吼」には、「師子を装うニセ者を打ち破る力」「堕落を戒める力」「恐れを取り除く力」
「眷属の威光勢力を増す力」などが備わると、経典には説かれている。
 勇気ある「獅子吼」が、悪を打ち破る。善の勢力を広げていく。一人の勇気ある「獅子吼」ほど
強いものはない。

 御聖訓には「彼等は野干のほうるなり日蓮が一門は師子の吼るなり」(1190:08)とある。
 この御聖訓どおりに学会は、小樽問答、炭労事件をはじめとして、ありとあらゆる言論戦に、私
を先頭として、「師子の声」で勝ちきってきた。
 大聖人は「師子吼」の意義を「師匠」と「弟子」が一体となって妙法を唱え、弘めゆくことであ
る、と示された。
 正義と真実を叫ぶのは今である。
 私は、「わが青年部よ、今こそ師子となって、全生命を奮い立たせながら、叫びゆけ!そして今
こそ、師子となって勝ちまくれ!」と訴えたい。
084
 時代は乱世である。真剣と執念で勝つしかない。慢心になり、油断したところは崩れてしまう。
 賢く、鋭く、耳を澄まし、目を凝らし、あらゆる面に心を配り、励ましあいながら、生き生きと
、健康第一で戦おう。
 大車輪が勢いよく回転するように、さあ前進だ、伸び伸びと、朗らかに、厳然と勝ち進もう!
 それでは皆さん、お元気で!またお会いしましょう!
 とくに、海外から集われた方々、お元気で!皆さんの長寿と健康と勝利を祈ります。
 きょうは、本当にありがとう!
                                (東京牧口記念会館)
085
050426top
「5・3」記念代表協議会
語れ!正義の「声」が社会を変える

「会員第一」が学会の根本

 このたびの兵庫県尼崎市の電車脱線事故には、私も深く心を痛めております。亡くなられた、す
べての犠牲者の方々に追善をさせていただきました。ご遺族の方々には、この席をお借りしまして
、謹んで哀悼の意を表させていただきます。また、多数の負傷者の方々には、心よりお見舞い申し
上げますとともに、一日も早くお元気になられますよう真剣に祈っております。
 5・3「創価学会の日」を記念する代表協議会の開催、ご苦労さまです。
086
 創価学会は、広宣流布のためにある。
 ゆえに、広宣流布に戦う会員が、もっとも偉大であり、もっとも大事である。「会員第一」が学
会の根本である。幹部は会員のためにいるのだ。
 「会員のため」に徹しぬいた人は、心広々と生きていける。
 真心こめて同志に尽くしていこう!妙法のために働こう!――その心ある人は、環境や立場がど
うであれ、境涯を大きく開き、広布の道を晴ればれと進んでいくことができるのである。
 ともあれ、全同志の師子奮迅の活躍によって、わが学会は、創立七十五周年の「5・3」を連戦
連勝で迎えることができた。「本当にありがとう、たいへんにご苦労さまでした」と心から感謝申
し上げたい。
 今、創価の前進を、世界の知性が讃え、見つめている。争いの絶えない時代だからこそ、学会の
世界的な「平和と文化の連帯」に大いなる期待を寄せてくださっているのである。
 私たちは、新しい「民衆の時代」を開きゆく誇りと使命を胸に、堂々と進んでまいりたい!
人格と力で後輩の模範に
 人材こそ力、人材こそ希望である。先輩は、親切にまた誠実に、後輩を包容しながら、力強くリ
087
ードしていただきたい。
 一面からいえば、「先輩は師匠、後輩は弟子」ともいえる。先輩は、その名にふさわしい「人格
と実力」を備えていなければならない。その点を尊敬して、後輩もついてくるのだ。
 人間は“環境の動物”といわれる。良くも悪くも周囲に影響を受ける。
 ゆえに、「上」に立つ人間が大事である。先輩の姿いかんで、後輩も決まってしまう。
 自分は何もせずに、威張って命令するだけ――そんな無慈悲な先輩になってはいけない。後輩を
自分以上の人材にするのだ!――この心が燃えていなければ、学会のリーダーとは言えない。広布
の指導者の資格はない。
 学会は、広宣流布の人材の城である。如何なる時代になろうとも、人材育成に全魂を注いでいく
ことが、学会の永遠の伝統である。

 新時代の扉を開くのは、つねに青年である。青年部が大事である。青年の力で圧倒的な勝利を打
ち立て、皆から「さすがだ」と賞讃される歴史を残してもらいたい。
 日蓮大聖人は、日本という国は、衆生の生命が濁り、嫉妬の強い国であると喝破されている。
 御本仏は、この悪条件の場所にあえて御出現され、正法を弘めていかれた。悪国であるほど、変
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革は大変である。しかし、そのなかで、一切衆生の永遠の幸福の基盤を築かれた。
 私どもも、大変な環境で頑張るからこそ、あらゆる戦いを勝ちぬいていく力をつけることができ
るのだ。とくに男子部は、破邪顕正の言論を鍛えていっていただきたい。悪を打ち破ってこそ、広
宣流布の勝利はある。わが正義を叫びきっていくことが青年の使命である。
ブラジルSGIの大発展は草創の同志の大闘争から
 きょうは、ブラジルの代表が出席されている。遠くから本当にありがとう!
 ブラジルSGIの理事長も元気そうでうれしい。彼は、東京・荒川区の出身。青年部時代から、
学会のなかで、徹して信心の薫陶を受けてきた一人である。
 彼が、ブラジル広布のために、日本を旅立ったのは一九七一年、三十二歳の時、立ちはだかる言
葉の壁、習慣もまるで違う。当時はまだ、日本との間に直通電話もなかった。現地で生活していく
だけでも大変である。生半可な決意では続かない。
 しかし、一度やると決めたからには、絶対に中途半端にはしない。断じて誓いを貫いてみせる!
――そう決心した彼は、ブラジルの大地に骨を埋める覚悟で、つらくとも歯を食いしばり、わが使
命の道を厳然と切り開いてきたのである。
089
 今日のブラジルSGIの大発展は、同理事長をはじめ、草創の同志の皆さん方の血と汗の大闘争
によって開拓されたことを忘れてはならない。
 厳しい試練に耐えぬいた人は崩れない。要領だけで生きてきた人間は、いざというときに崩れる
。青年は、みずから求めて、自分自身を鍛えぬいていただきたいのである。

 ブラジルの勝利の実証はすばらしい。
 首都ブラジリアを擁するブラジリア連邦区をはじめ五都市で、5・3「創価学会の日」を記念す
る「慶祝議会」が盛大に開催される予定である。
 「5・3」を議会で祝福してくださる――すごい時代である。すべては、社会に貢献しゆくブラ
ジルSGIの皆さんへの絶大なる信頼の証といえよう。皆でメンバーに拍手を送りたい。
 ブラジルには、牧口初代会長、戸田第二代会長の名前を冠した「公園」や「通り」ができている
ことも、皆さんご存じのとおりである。
 さらに、このほど、新たに三つの都市が、私に「名誉市民証」を授与することを決定してくださ
った。
090
 また、文化の都リオデジャネイロから妻に、名誉市民の称号を授与していただくことになった。
授与式は、現地時間の二十六日夜、リオデジャネイロの市議会で行われる。ありがたいことに、5
・3「創価学会の日」を祝賀する意義もこめてくださったようである。
 いずれも、良き市民として活躍するSGIの友を代表してお受けするものである。ブラジルの同
志への深い感謝をこめて、紹介させていただいた。
 さらに本年秋、ブラジル広布四十五周年を祝賀し、二十万人の記念総会が各地で朗らかに開催さ
れる。日本のブロックに当たる単位で、にぎやかに集いあい、心通う草の根の対話を繰り広げてい
くとうかがった。すばらしいことである。大成功を祈っています。
 ブラジル全土の約二百の学校が、牧口先生の創価教育学説に基づく「牧口教育プロジェクト」を
正規のプログラムとして実践していることも有名である。子どもの創造性を引き出す具体的な取り
組みとして教育関係者から高い評価が寄せられている。
 今、ブラジルSGIは世界広布の「希望の太陽」として、赫々と輝いている。
厚田村の五割の所帯が「聖教」購読
 先日、恩師戸田先生の故郷である北海道・厚田村の友から、広宣の息吹みなぎる知らせが届いた
091
。厚田村は、市町村の合併に伴い、今年の十月から、石狩市の「厚田区」になる予定だという。そ
のため、「厚田村」として迎える「5・3」は、今回が最後となる。
 厚田村の同志は、皆で決意しあった。「厚田村として歴史に残る『5・3』にしよう!」そして
今月、猛然と前進されたというのである。
 この厚田村を一つの原点として世界百九十ヵ国・地域に広がった創価の平和・文化・教育運動。
それを伝え、後世に残しゆく「聖教新聞」の使命を、誇りも高く語りぬいた。
 智慧と勇気と執念で、対話を重ね、共感は一人また一人と広がった。そして一昨日の段階で、な
んと村の五割を超える所帯の方々が「聖教新聞」を購読してくださった。
 戸田先生は、「聖教新聞」を日本中、世界中の人々に読ませたい」と願っておられた。厚田には
戸田記念墓地公園もある。厚田の同志が、誠実に地域に尽くし、信頼を広げている様子を、戸田先
生が、どれほどお喜びのことであろうか。
 私は、皆さまの大健闘に心からの喝采を贈りたい。
「師弟とは弟子の自覚の問題」
 戸田先生は言われていた。
092
 「下じゃない。上だ。幹部だ。幹部で決まる」
 一切の戦いは、リーダーの真剣さで決まる。だから私も、要となる幹部は、徹底して鍛え、育て
た。
 私自身、世界平和のため、愛する同志のために、真剣勝負で戦ってきた。ほっと息つく暇などな
い。つねに緊張の連続であった。だからこそ、世界的な創価学会となった。
 日本においても、今や学会は、市民の柱として、堂々たる人間主義の連帯を築き上げることがで
きた。このような大発展を、だれが想像し得たであろうか。
 戸田先生はこうも語られた。
 「よき弟子になったとき、師弟が定まる。師弟とは弟子の自覚の問題である。
 要するに、弟子が師匠と「不二の心」でたつかどうかである。弟子が、どれだけ強き決意と使命
感にもえ立つか。どれだけ懸命に成長しようと努力するか。その必死の一念と行動のなかに、限り
ない力が涌きあがるのである。
 責任ある立場の人間に対して、戸田先生は厳しかった。本質を鋭く見抜いておられた。
 真面目な人間を蔑み、いざという時に臆病風に吹かれ、同志を裏切る。そういう卑劣な輩を、断
じて「信用するな」「絶対に許すな」と先生は叫ばれた。
 「裏切り者は、犬畜生以下だ」。反逆していく人間は「心の奴隷」「心の乞食」である――そう
093
先生は厳しく戒められた。
 戦時中、学会は軍部権力の弾圧を受け、ほとんどの幹部が退転し、去っていった。
 大難を耐えぬき、牢を出た先生は、「世間の風評ばかり気にして、ふらふら、びくつくような人
間は必要ない!」「このインチキ弟子!」と激怒された。
 青年部の諸君は、戸田先生の烈々たる魂の叫びを、わが生命に刻みつけていただきたい。
 青年は「一人立つ」ことだ。青年が広布の全責任を担いゆくのだ。
 もう一歩深い発展のため、世界一の民衆の城を築くために、今、青年を鍛えぬかなければ、手遅
れになる。あらゆる態勢を整え、次の五十年の勝利へ、広布の陣列を一新していきたい。

 広宣流布の「時」は、「今」である。偉大なる民衆の底力を示す「時」は、「今」である。
 われらの戦いは、幸福の花園を広げていく。すべての戦いが大事である。皆、かけがえのない使
命をもっている。まっすぐに広布の道を進みゆく友を、私は心から讃えたい。
 リーダーは、頑張っている友に対して、最大に応援し、感謝し、ほめ讃えていくことである。
 「ありがとうございます!」「よろしくお願いします!」「勝利を祈ります!」
 そうした一言も、口先だけでなく、真剣さと誠意がなくてはならない。
 戦いは峻厳である。ふざけ半分では勝てない。油断や遊び半分の心が、人間をだめにする。それ
094
が敗北の因となってしまうのである。
幸福は聡明な振る舞いのなかに
 女子部は「希望の花」である。生真面目なまでに広宣流布へ一直線に進みゆく姿は、本当に尊い
。その一途さを、笑ったり、下に見るような男性が、もしいるならば、とんでもないことだ。
 女子部の友が伸び伸びと、思う存分、力を発揮できるよう、皆で全力で応援していきたい。
 女子部の皆さんのなかには、ご家族が信心していないケースもあるかもしれない。しかし、少し
も焦る必要はない。たとえば、お母さんと娘が信心をしていて、お父さんが信心をしていない場合
もあるだろう。大事なのは、よき娘になることだ。お父さんに絶対に心配をかけてはいけない。ま
た、お父さんへの感謝の思いを言葉にして伝えていくことである。どんな言い方でも、かまわない
。照れくさいかもしれないが、胸の中の思いも何かで表さなければ伝わらないものだ。
 わが子の心こもる一言が、親にとって、どれだけうれしいか。聡明な振る舞いのなかに仏法は輝
く。幸福の花が咲き薫るのである。

 青春時代は、悩みの連続である。どんな人でも悩みがある。悩みがあるのは生きている証だ、悩
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みがなくなってしまえば、魂は死んだも同然である。
 生老病死――その苦しみ、悩みは、誰人も通れない。
 仏法は「煩悩即菩提」と説く。悩みがあるから、仏になれる。悩むのは、偉大な人間になれる証
拠なのである。悩みがなかったら、人間は愚かになり、敗北者になる。空虚な魂がフワフワと漂う
だけの人生になってしまう。
 悩みを解決する根本は祈ることだ。「祈りとして叶わざるなし」の御本尊である。
 題目を唱え、学会活動に励む人は、「悩み」を全部、「幸福」へのエネルギーに変えていくこと
ができる。
 全人類を幸福に――それがわれらの祈りである。そのために力を尽くしている。しかし、それは
、一足飛びにはできない。自分自身が幸福になり、縁した人々も幸福にしていく。この積み重ねの
なかに、世界平和の大道が開ける。この道を、われらは朗らかに進んでまいりたい。
偉大なる勝利は団結から
 古代ローマの歴史家サルスティウスは述べている。
 「和によりてささやかなるものも栄え、不和によりて偉大なるものも滅ぶ」
096
 団結すれば、小さい組織や団体であっても栄えていく。反対にどんなに大きくても、心が合わな
ければ滅びる。「異体同心」でなければ、必ず滅び去っていくのである。
 学会がここまで発展してきたのも、固い団結があったからである。このことを忘れてはならない

 古代ローマの哲学者セネカは記した。
 「僕は恩知らずの者をゆるしません」
 忘恩ほど醜いものはない。これまでも学会のおかげで偉くなりながら、その恩を忘れ、同志を裏
切り、反逆していった人間がいた。多くの同志が苦しんだ。つらい思いをした。セネカの言葉のと
おり、そうした人間を許してはならない。戒めていかねばならない。
 牧口先生は、教育者の心構えとして、「どんなところでも、どんなものにも対処できる心の準備
をしておかなければならない」と述べておられた。
 人生は、最後まで戦いである。すべてが広宣流布の闘争である。いつでも、どこでも、どんな状
況でも、またどんな立場になっても、広宣流布を進めていこう。戦っていこう――その気概が大切
である。
 とくに青年部の皆さん、頼みます!若いということは、本当にすばらしい。青年部のはつらつた
097
るたる姿を見て、私はそう思う。心が光り、魂が輝いている青年は、いい顔をしている。表情が生
き生きとしている。そういう青年部のリーダーが増えてきた。

 アメリカの思想家エマーソンは、皆さんもご存じと思う。
 彼は、「あらゆる人間関係において、近隣所というもののもつ圧倒的な重要性をまず考えよう」
と述べ、地域の人々との友情の大切さを強調している。
 隣近所の人々との友情を大切にしていくことだ。地域に友人をつくり、友好の輪をひろげてくこ
とだ。それが人生を豊かにし、大きな価値を創造する力となる。
 オーストリアの作家ツヴァイクは書いている。
 「偉大な人々はつねに最も親切である」
 これはツヴァイクが、若き日に、大彫刻家ロダンに会ったときの印象を語った一節である。
 この言葉は、私の体験からも、深く納得できる。一流の人物は皆、誠実で、親切である。偉大な
人とは、“人間として”立派な人である。
 皆さんも、親切であってほしい。同志に対して、細かいところまで気をつかって、大切にしてい
ってほしい。気をつかうということは、慈悲の一つの表れである。
 決して、傲慢であってはならない。また、ぞんざいであったり、なげやりであってはならない。
098
 牧口先生も、戸田先生も、健気な同志を、どこまでも大切にされていた。私も、誠心誠意、同志
に尽くしてきた。だからこそ、学会は、ここまで発展したのである。
孫文「いたる所で宣伝せよ!」
 中国革命の英雄・孫文は、社会を変革するために、民衆の心を変えていくことを訴えた。あらゆ
る人々の心をつかみ、味方にしていくことを訴えた。
 それには、どうすればよいのか。演説で同志に、こう呼びかけた。
 「みなが責任を負い、いたるところで宣伝しさえすれば、前途には必ず希望があるのである」
 宣伝とはすなわち、「語る」ことである。
 皆さんは、皆さんがいるそれぞれの地域、立場における、“広宣流布の全権大使”である。皆さ
んが動いた分だけ、広布は進む。その「責任」に目覚めれば、大きな力が出る。
 ゆえに、あらゆる場所で、あらゆる機会に、積極的に語ることだ。しゃべることだ。そこから、
希望の道が大きく開けていく。
 孫文は、「宣伝上の奮闘は、良からざる社会を改め、民衆を感化することである」とも言ってい
099
る。
 学会もまた、同じ方程式で、民衆の連帯を拡大してきたのである。
 とくに青年部の皆さんは、語りに語りまくっていただきたい。偏見や、無意識の言葉にであった
ら、さらには悪意の攻撃に遭遇したならば、きっぱりと言い返していくことだ。正義の言論と、確
信の声で、相手の心をつかみ、大きく変えていくことだ。
 学会の青年部は、決して臆病であってはならない。
 広布の本陣で戦う皆さまは、人材中の人材である。“将軍の卵”である。先陣を切って、だれよ
りも真剣に、懸命に戦うべき、重い責任を負っている。
 戦おう!「声仏事を為す」である。私どもの発する「声」が、広宣流布を前進させる。今、語ら
なければ、後々まで後悔を残してしまう。未来の「果」は、現在の「因」にある。
 創価の勝利のため、自身の三世にわたる幸福のために、今こそ勇敢に、しゃべりまくることであ
る。

 先ほど紹介したセネカは、こうも言っている。
 「悪徳を撒き散らしている連中が現にいるのです。彼らの話は大変に有害です。
 なぜか。悪徳を撒き散らす人間の話は、その時だけでなく、後になっても害毒を発し、心を蝕む
100
からだというのである。
 デマを放置しておくと、しだいに、社会全体に悪徳が蔓延してしまう。私どもが、厳然と正義の
大音声を上げていくことには、社会的にも、深い意義があるのである。
 ときには、婦人部、女子部の皆さまのほうが、堂々と悪を論破しておられることも、私はよく知
っている。草の根の、女性の正義の声が、社会を変えていくのである。
 婦人部の皆さん、女子部の皆さん、いつも本当に、ありがとう!
 男性の皆さんは、婦人部・女子部を守るためにも、先頭に立って戦ってほしい。
「悪と戦い」「新しい味方を増やせ」
 ところで、『プルターク英雄伝』に登場する、古代ローマの一人の指導者を通して、お話したい

 その名は、「プーブリコラ」。紀元前六世紀に活躍した執政官で、ローマ共和制の基礎を固める
上で、大きな功績があった人物とされる。
 彼は、ローマを守るため、数々の戦いに勝ちぬきながら、民衆のために、さまざまな法律を制定
し、ローマの都を繁栄させていった。プーブリコラという名前は、ローマの民衆が尊敬のしるしに
101
つけたもので、「民衆の世話をする人」を意味する。
 プーブリコラが、ローマに勝利をもたらした要因は、何であったか。
 英雄伝には、種々の出来事が述べられているが、その一つの結論は、“悪人とは徹底して戦い、
新しい味方を増やしていった”ことである。単純なことのようであるが、これこそ、古代ローマ以
来、現代にも通ずる、勝利のための大原則である。
 プーブリコラは、共和制を破壊しようとする人間たちと真っ向から戦い、ローマから叩き出した
。そのやり方は、「悪人たちが言い遁れもできず罰を受けるようになるまで力を尽くして」という
ものだった。悪人たちの巧妙な言い逃れを許さず、妥協もすることなく、全力で尽くして戦い、追
放したのである。
 さらにプーブリコラは、「交渉には更に巧みに処して、歯の立たない強敵(中略)を然るべく手
なづけて味方に引き入れた」と、英雄伝には書き留められている。プーブリコラが「敵に感じさせ
た徳性と品位に対する信義」は、じつに大きかったのである。
 第一に、邪悪との徹底的な闘争。第二に、新しい味方を増やす外交。
 これが、勝利を開く根本である。
 とくに、第一のポイントは大切である。悪と戦えない意気地なしではいけない。恰好だけで、悪
を見て何もしないのは、ずるい人間である。それでは同志を守ることはできない。悪と戦い、敵を
102
打ちまかせない限り、勝利はない。その急所を外してはならない。
 古代ローマの英雄の話から、深い教訓を汲み取っていただきたい。

 私が青春時代に愛読した革命小説『永遠の都』は、ローマを舞台にしている。主人公ロッシィは
、革命に生きる心境を、こう語る。
 「常に断崖の縁を歩いてきた人間にとって、最大の緊急事態も、いわば日常茶飯の出来事にすぎ
ません」
 何があろうと、動じることなく、まっしぐらに突き進むことだ。私たちも、この境涯でいこう!
 以上で、私のスピーチを終わります。長時間、ありがとう!
 皆さまのご一家の、無事・安穏・繁栄を、心からお祈りします。
 どうか、風邪をひかれませんように。本当にありがとう!
                                  (創価文化会館)
103
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「立宗の日」記念勤行会
「日蓮が如く」勇敢に進め

世界広布の大功徳は永遠に不滅

 きょうは、七百五十二周年となる「立宗の日」を、世界百九十ヵ国・地域の同志とともに、最高
の勝ち戦のなか、晴ればれと慶祝することができ、これほどうれしいことはありません。
 この学会本部第二別館の御本尊には、「賞本門事戒壇正本堂建立」とお認めであります。すなわ
ち、「本門事の戒壇」たる正本堂建立寄進の功を讃えられて、日達上人より賜った賞与御本尊であ
られる。
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 大聖人の御遺命に寸分違うことなく、三大秘法の妙法を、全世界に広宣流布してきた創価学会の
大功徳は、永遠に不滅であり、誰人たりとも壊すことなど、絶対にできないのであります。
 この正本堂を破壊した日顕宗の権威主義の鎖を断ち切ったことは、宗祖日蓮大聖人、二祖日興上
人も、さぞかし、喜んでおられるに違いありません。

 思えば、大聖人、日興上人の時代には、五老僧など上位の坊主たちが師敵対しました。
 御聖訓には「外道の末流が、仏教の内部に出来する」(御書 0955p 趣意)、また「天魔が、
権力者や権勢の坊主などに取り付いて、日蓮を怨む」(御書 1340p 趣意)、さらに「高僧等が
、仏法を滅失する(御書 1521p 通解)との迫害の方程式が、明確に説かれております。
 戦時中、創価教育学会が軍部権力から大弾圧を受けた時には、牧口先生と戸田先生以外の、最高
幹部の多くは退転した。大恩ある牧口先生を逆恨みし、さんざん、悪口罵詈して去っていった輩も
いる。
 「なんと卑怯な意気地なしどもが!」と戸田先生は激怒なされた。
 戸田先生の時代に、理事長だった人間らが、後に先生に弓を引き、去っていったことは、ご存じ
のとおりである。
 「断じて、悪魔や魔民につけいるスキを与えてはならない。一閻浮提の広宣流布への正義の流れ
105
を絶対に断絶させてはならない。
 こてこそ、釈尊、そして大聖人より、わが創価学会に託されている遺誡なのであります。仏法を
壊乱する者を許してはならない。
 「慈無くして詐り親しむは是れ彼が怨なり能く糾治せんは是れ護法の声聞真の我が弟子なり」(
0263:13)であります。

 ともあれ、「一生空しく過して万歳悔ゆること勿れ」(0970:14)であります。
 戸田先生は言われました。
 「会員に慕われる幹部になれ!」
 「会員が喜び、希望に燃えるように、指導できる幹部になれ!」
 「恩知らずの幹部になるな!不知恩の人間になるな!」
 「つねに学会員を思う幹部であれ!」
 「つねに広宣流布を思う幹部であれ!」
 これがわれらの「毎自作是念」である。なかんずく幹部の皆さまは、広宣流布の先頭に立つ存在
である。会員を温かく包容し、真心から激励しなくてはならない。
 御聖訓には「日蓮が弟子等は臆病にては叶うべからず」(1282:02)、そしてまた、「日蓮が弟
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子と云つて法華経を修行せん人人は日蓮が如くにし候へ」(0989:11)、と仰せであります。
 どうか、「末法万年尽未来際」へ向かって、大聖人の「勇敢なる弟子」として、そしてまた、大
聖人の「誇りある弟子」として、仏意仏勅の立正安国、そして、広宣流布を、断固として果たして
いくリーダーであっていただきたい。
                                (学会本部第二別館)
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パラグアイ・国立イタプア大学「名誉博士号」授与式
学生部・未来部合同大会
学べ!鍛えよ!君には無限の可能性が

「幸福になる」ことが勝利

 新世紀の希望の太陽である学生部、未来部の皆さん、お休みのところ、本当にご苦労さまです!
 若き皆さんは、断じて幸福になってください。
 学問の目的も、信仰の目的も、人生の目的も、さまざまに言えるけれども、究極的には、幸福に
なるためです。「幸福になる」ことが勝利です。人生は、そのための戦いです。
 当然、つらいと思うこと、負けそうになることもあるだろう。しかし、忍耐強く、希望を持ち、
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勇気を奮い起こして、努力していくことだ。その繰り返しのなかで、何があっても揺るがない自分
自身が築かれていくのです。強い自分をつくった人が真実の勝利者です。幸福者です。
 皆さん、よろしく頼みます!

 学生部、未来部の皆さんは、親孝行の人であってください。
 今はまだできないけれども、いつかは必ず偉くなって、お父さん、お母さんに楽をさせてあげる
んだ。立派になって喜んでもらうんだ――そう決意できる人は強い。親孝行をしようという心が、
自分自身を成長させるのです。
 また皆さんは、ご両親に感謝の言葉を伝えていける人であってほしい。心で思っていても、それ
だけでは伝わらないものです。だから、勇気を出して、劇を演じるようなつもりで、心の思いを言
葉にしていくのです。
 “きょうは、私が食事の用意をしますから、ゆっくり休んでいてください。いつもありがとうご
ざいます”“しっかり勉強していますから、心配しないでください。将来、必ず力をつけて、世界
中、旅行に連れて行ってあげますから”等々――なんでもいいのです。
 お父さん、お母さんにとって、皆さまの真心の言葉が、どれほどうれしいか。また、皆さんも、
どれほど気持ちがすっきりするか。どうか、聡明で朗らかな家庭をつくっていける諸君であってく
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ださい。
●戦う青年がいちばん美しい!
 南米の心臓部パラグアイ共和国の尊き先人たちは、こう語りました。
 「勇敢なる人間は、戦いによってみずからを高める」
 そのとおりです。青春も戦いです。精神の闘争のない青年は、伸びない。勝てない。
 確固たる哲学をもって、正義のために、人生のために、勇敢に、真剣に戦う青年ほど、美しいも
のではありません。
 創価大学をはじめ、百三十大学の学生部の皆さん!南米からの優秀な留学生の皆さん!そして、
未来部の皆さん!学生部・未来部の合同大会の開催、本当におめでとう!
 さらに、同時中継で結ばれた八王子市の東京牧口記念館には、大好きな滋賀県の同志が集ってく
ださっています。本当に、ようこそ!ありがとう!
 本日の集いを記念して、参加者全員のお名前を、永久に学会本部に保管していくことを提案した
い。そして三十年後、一人一人が、どうなっているか。どれだけ立派に成長しているか――それを
110
目標として、また楽しみとして、大いなる未来へ、希望をもって、ともどもに出発してまいりたい
と思いますが、いかがですか!
 未来は、すべて皆さんの胸中にある。地球の未来も、世界の行方も、だれかが、どこかで決める
だろうと思ってはいけない。全部、諸君によって決まるのです。諸君の手にかかっているのです。
 私は、皆さんの力で、もう一度、世界中から信頼され、敬愛される日本をつくっていってもらい
たい。また、あらゆる差別や紛争のない「平和と共生の二十一世紀」を築いてもらいたい。
 そのためにも、今は、自分の土台をつくる時です。徹して学ぶ時です。また、もっとも身近な家
族を大切にし、友人をたくさんつくっていく時です。そう心に決めて、挑戦また挑戦の青春を飾っ
てください。
「逆境に挑む力が人間を飛翔させる」
 私は、幾多の世界の指導者と、お会いしてきました。なかでも、青年を心から愛する真実の大教
育者と語りあうことこそ、何ものにも代えがたい喜びです。
 きょうは、はるばる遠くから、尊敬してやまないゴンサレス総長、アグェロ副総長をお迎えでき
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ました。懐かしきパラグアアイの同志もお越しくださいました。私たちは熱烈に歓迎申し上げたい

 貴・国立イタプア大学は、二十一世紀を「人間主義の時代」と意義づけ、その大建設へ、先頭に
立って邁進してこられました。私は、貴大学の崇高なる教育理念を深く銘記しながら、「名誉博士
」の栄誉を謹んで拝受させていただきました。厚く厚く御礼を申し上げます。ありがとうございま
した。
 貴大学とともに、「人間主義の時代」を切り開いてこられた“偉大なる魂”こそ、貴国が誇る大
文豪のロバ=バスト先生であります。
 先生は、この四月二十六日、八十七歳で逝去されました。私とトインビー博士との対談集も読ん
でくださり、深い理解と共鳴を示してくださっていました。私も心から追善をさせていただいてお
ります。
 ロア=バストス先生は、かつての軍事政権と、ペンの力で勇猛に戦いぬいた言論の大英雄です。
権力の弾圧によって、じつに四十年以上という長きにわたり、国外への亡命を余儀なくされました
。どれほどの苦労を味わわれたか。しかし信念を貫いた。偉大な人生です。
 こういう先達がいることを、皆さんは知ってください。
 もっとも善なる人がもっとも妬まれ、もっともおとしいれられる。これが、人間の世界の方程式
112
であり、残酷な世界のあり方かもしれない。しかし、人生の勝利、信念の勝利のために、正義の魂
は、絶対に屈してはならない。
 ロバ=バストス先生は、巌窟王のごとく語られた。
 「鳥が大気の抵抗に逆らって飛び立つように、逆境に挑む力こそが、人間を飛翔させるのだ」
 至言です。人生観の極致の言葉です。これこそ、すべてに通じる根本の哲学です。
 ロバ=バストス先生は、迫害を耐えぬき、世界の文学史に不滅の「人間讃歌」を、厳然と残して
いかれた。パラグアイでは、その偉大な生涯に、国をあげて哀悼を捧げられています。政府は、三
日間、喪に服すことを発表したと、うかがいました。
若さは無限の宝
 私が戸田城聖先生に初めてお会いしたのは、十九歳のときでした。きょう、参加された皆さまと
同じ年代のころです。
 この中に、十九歳の方はいますか。
 どうか、今の決意を、一生涯、忘れないでください。
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 皆さんは、若い。若いことは、本当にすばらしい。皆さんの目には、壇上に座っている先輩が立
派そうに見えるかもしれないが、じつは先輩たちのほうこそ、皆さんの「若さ」を、心の底から、
うらやましく思っているのです。皆さんの、心の宝は無限です。本当にすごい未来を持っている。
皆さんの未来は、「財宝」であり、「勝利」であり、「幸福」に輝いているのです。
 私が戸田先生と出会ってから、今年で五十八年。さらに、創価学会の第三代会長に就任してから
は、満四十五年。
 仏法で説かれる「悪口罵詈」「猶多怨嫉」の難を受けきりながら、すべて勝ち越えることができ
ました。そして、世界に、人間主義の平和と文化と教育の連帯を築き上げてきました。
 これらは、同志の皆さんのおかげであり、私の最大の誇りです。
 今、この誇り高き使命と信念の道を、すべて託しゆく後継者こそ、学生部の皆さんであり、未来
部の皆さんである。きょうは、このことを、高らかに宣言しておきます!

 忘れもしません。五十年以上前、戸田先生が第二代会長に就任してまもなく、男子青年部の結成
式が行われたときのことです。
 その日は、強い雨が降っていました。場所は、西神田にあった、小さな学会本部の一室、その部
屋に、約百八十人の青年部員が集いました。
114
 祝辞に立たれた先生は、開口一番、こう言われた。
 「今日、ここに集まられた諸君のなかから、必ずや次の創価学会会長が現れるであろう。必ずや
、私は、このなかにおられることを信ずるのであります。その方に、私は深く最敬礼をしてお祝い
申し上げたい」
 さらに戸田先生は、お話の最後でも、「今日は、この席から、次の会長たるべき方にご挨拶申し
上げ、男子部隊の結成を心からお祝い申し上げる」と、深々と頭を下げたのです。
 多くの参加者は、“戸田先生は、いったい何を言っているのだろう”と思いました。その真意が
わかる者など、ほとんどいませんでした。
 当時は、牧口初代会長の門下生をはじめ、多くの年配の幹部もおりました。しかし、戸田先生は
、あえて青年部の会合で、「この中から次の会長が現れる」と、宣言されたのです。
 そして、私ただ一人が、戸田先生のお言葉を深い誓いの心で受け止め、生命に刻みつける思いで
聞いていたのです。
悩みに負けるな!努力の人が偉大に
 皆さんは今、さまざまな悩みがあるのは当然だろう。しかし、悩みのない人などいません。生き
115
ているかぎり、必ず悩みはあるものです。悩みは、貴重な建設の力であり、勝利の原動力です。
 偉大な人間になればなるほど、悩みも大きい。世界をどうしていくのか、人類をどう幸福にして
いくか――偉大な悩みは、偉大な人間の条件です。
 悩みがあるからこそ、強くなれる。悩みがあるからこそ、人間が大きくなる。真剣に悩むからこ
そ、脳も大いに刺激され、心も成長していくのです。皆さんは日々の活動のなかで、人々のために
悩み、祈り、行動している。なんと、尊いことであろうか。
 私が語りあった、アメリカの世界的な医学者は、「脳は使えば発達するし、使わなければ衰える
」と、明快に断言しております。
 なかんずく、人のため、法のため、社会のため、今、苦しみ、もがきながら、努力しぬいたこと
が、どれほど大きな力となることか。結局、自分も得をするのです。
 仏法では「未来の果を知らんと欲せば其の現在の因を見よ」(0231:04)と説きます。未来を知
りたいのならば、現在の自分自身の人生のあり方、人間のあり方を見よということです。
 ところで、この中に、お母さんのいない人はいますか?
 すべての方にお題目を送ります。
 つらいこともあるでしょうが、朗らかであってください。自分も、きょうだいも、ほかの家族も
116
、朗らかに生きぬくことです。それが聡明な生き方であり、その生き方を教えているのが仏法です
。悲しい姿を見せてはいけない。「一人立つ」ことです。そして、「勝つ」ことです。

 今から、ちょうど五十年前の出来事です。九歳の少年が、一家七人で、日本から新天地のパラグ
アイへ移住しました。神戸を船でたって、大波に揺られながら、約八十日間、移住地に到着したの
は、一九五五年の四月のことでありました。
 ところが当時は、まだ開発が進んでおらず、電気や水道もない。家や道路も、ありませんでした
。しかし、もう後には戻れない。この地で生きぬく以外にない――壮絶なる開拓の戦いが始まりま
した。
 お父さんが大けがをするなどの不幸も続き、言葉に尽くせぬような苦労をした“もうだめだ”と
、あきらめそうになったこともありました。しかし、少年はくじけませんでした。くじける人間は
、意気地なしです。歯を食いしばって、お父さんやお母さんを支え、励ましていきました。
 子どもが親を励ます――もっとも美しい姿です。
 さらに、幼い弟や妹たちを、いろんな工夫をして、護りに護りぬきました。その一方で、“自分
はまだ若い!勉強だ!”と、夜学に通いながら、学問を身につけた。
 さらに、“「仏法即社会」だ。強く生きるために、正しき信仰の道を、真面目に歩み進んでいこ
117
う!”と行動した。
 そうやって、第二の祖国となったパラグアイ共和国に貢献し、深く、広く信頼される存在となっ
ていきました。この五十年前の少年こそ、きょう、ここに列席されている、パラグアイSGIの理
事長なのであります!理事長に、大きな賞讃と感謝の拍手を贈りたい。
大誠実を貫いた人が必ず勝つ
 ともあれ、誠実ほど強いものはない。今は、ずる賢い人間が多くなってしまった。
 しかし、結局は誠実にかなわない。たとえひとたびは光が当たらなくなったように見えても、最
後は誠実が勝つ。地道に、粘り強く、大誠実を貫き通した人が、必ず勝のです。
 私は、これまで大勢の人生行路を見てきた。世界の多くの指導者とも語りあってきました。その
経験からも、そう断言できるのです。
 ロア=バストス先生も、喝破しておられる。
 「どんな“ずるさ”や“ごまかし”をもっても、裏切りや不誠実な行為を隠し通すことはできな
い」
 そのとおりです。残念ながら、どこの世界でも、卑劣な裏切り者や、不誠実の恩知らずがいるも
118
のです。そうしたずる賢い連中に、決してだまされてはいけない。また、負けてはならない。
 青年ならば、透徹した知性の眼で、悪を厳正に見破っていくことです。
 青年ならば、烈々たる執念の闘魂で、悪を徹底して打ち破っていくことです。
 「痛快な破邪顕正の言論こそ、われらの特権である」――皆さんは、そう自負してください。頼
みます!
 貴イタプア大学近くを流れる大河パラナ川には、世界最大の水力発電所があります。琵琶湖の二
倍の面積を持つ巨大なダムには、二九〇億トンもの膨大な水が蓄えられている。じつに一二六〇万
キロワットという世界一の大発電を、堂々と成し遂げているのです。
 きょう集まった若き皆さん方も、学びに学び、鍛えに鍛えて、満々たる英知と実力を蓄えてくだ
さい。社会に希望の光彩を放ってください。

 明日、四月三十日は何の日か。パラグアイでは「教育の日」とされています。
 偉大な教育者であられる貴大学の先生方への尊敬をこめ、教師を讃える貴国の詩の一節を朗読さ
せていただきたい。
 「善と正義の勝利を心から願う」
 「教師は、理性と良識を盾とし、真実を剣として、高邁な使命を果たしゆくのだ」
119
 ここに教育者の理想の姿が謳われていると思うが、どうでしょうか!
 「パラグアイ」には、「大河の集まる国」との意義があると言われます。貴国の大河のごとく、
私は、いちだんと大きな人材の流れをつくりたい。
 大切なのは「人材」です。財産ではない。名声でもない。未来を築く力は「人材」しかないので
す。皆さんは、人類の「善と正義の勝利」の大海原へ、どうかたゆみなく、自分らしく、走りぬい
てください。
 ともかく動くことだ。学ぶことだ。語ることだ。そして戦って、断固として一人一人が「勝利博
士」「幸福博士」「大勝利の哲人博士」となってほしい。
 そのことを誓いあって、私の御礼のスピーチを終わります。ありがとう!
                                (創価国際友好会館)
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050503top
「5・3」記念最高協議会
「異体同心」で圧倒的な勝利の歴史を

全同志の奮闘に心から感謝!

 五月三日、おめでとう!
 皆さま方のおかげで、創立七十五周年の「創価学会の日」を、すべてに勝利して、最高に晴れば
れと迎えることができた。日本の全方面、そしてまた、世界百九十ヵ国・地域の尊き同志に、最敬
礼して感謝申し上げたい。
 今、全国の同志が、広宣流布のために、一生懸命に動き、戦っておられる。あまりにも尊いお姿
121
である。学会本部にも、全国から、多くの友がお見えになり、五月三日を祝賀してくださっている

 法華経に「当に起って遠く迎うべきこと、当に仏を敬うが如くすべし」とある。私は、大切な同
志を、この経文の心のままに、「仏を敬うが如く」お迎えし、題目を送らせていただいている。ど
うすれば皆が「来てよかった」と喜んでくださるか。私は真剣である。
 リーダーの奥底の一念が「学会のため」「会員のため」なのか、結局は「自分中心」なのか。こ
の一念の差で、前進か後退かが決してしまう。広布のリーダーは「創価学会は私が守る」と決める
ことだ。そして、その責任感の上に、「異体同心」で進むことである。

 日蓮大聖人は仰せである。
 「第六天の魔王自身が邪魔をしてきても、諸天善神等は日蓮に力を合わせてくださったゆえに、
竜の口の法難さえ勝つことができた。そのほかの大難をも切りぬけることができた。今は魔王も、
こりていることであろう」(御書 0843p 通解)
 仏法は勝負である。広宣流布は、永遠に仏と魔との戦いである。その大闘争を、魔王さえもこり
るほどの強さと執念をもって勝ちぬいていくよう、大聖人は教えておられる。
 わが創価学会は、法華経と御書に説かれるとおりの大きな難を受けてきた。とくに「言論問題」
122
「第一次宗門事件」「第二次宗門事件」など、十年ごとに「三類の強敵」の迫害を乗り越え、勝ち
越えながら、この五月三日を迎えてきたことは、ご存じのとおりである。
 そして、創立七十五周年の今年は、ありとあらゆる広宣流布の戦いに、「全面勝利」の晴れやか
な実証を示しきっての五月三日となった。この学会の威風堂々たる前進に、日本の各界が注目し、
驚嘆している。私のもとに、そういう声が数多く寄せられてくる。
 これもひとえに、諸天善神であり、菩薩であり、仏にも等しい学会員の皆さま方が、仏意仏勅の
創価学会に「力を合わせて」、勇敢に、忍耐強く戦いぬいてくださったおかげである。
 正法の敵と戦った人、まっすぐに自分自身の責任を果たしぬいた人は仏となり、三世にわたって
、王者の境涯を得る。戦わなければ、仏にはなれない。仏法は厳しい。
 人間、だれが偉いのか。「広宣流布のために戦った人」が偉いのである。
 なかんずく、婦人部の皆さま方の奮闘は、あまりにも偉大である。御聖訓どおりの下劣な「悪口
罵詈」「讒言」「讒訴」の難にも、婦人部の皆さまは微動だにしなかった。
 御聖訓に「愚人にほめられたるは第一のはぢなり」(0237:08)とある。
 牧口先生は「愚人に憎まれたるは第一の栄光なり」と言われた。
 この教えのままに、皆さまは、三障四魔が競い起これば競い起こるほど、「師弟の心」をいちだ
んと燃え上がらせ、「正義の眼」をいちだんと研ぎ澄まし、広布の組織を守りぬいてくださった。
123
 だから学会は強い。だから学会は勝った。私たちは、最大の感謝と賞讃の心をもって、崇高なる
五月三日「創価学会母の日」をお祝い申し上げたい。
戸田先生「広布に尽くす同志を永遠に讃えよ」
 戸田先生は、会長に就任された日の決意をこうつづっておられた。
 「私は自分のからだ全体を学会のなかに投げ出し、世の苦悩の民衆のなかに葬むると決意したの
である。この決意の日が、昭和二十六年(一九五一年)五月三日であったのである。
 私は、昭和三十五年(一九六〇年)の五月三日、第三代会長就任のこの日、戸田先生を偲びなが
ら詠んだ。
  五月晴れ
   この日この時
     久遠より
    覚悟の旅路
      ついに来れり
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 妻も、この日を、「わが家の葬式の日」との決心で迎えた。これが、「五月三日」を貫く師弟の
決意であり、覚悟なのである。

 戸田先生のご指導を拝しながら、学会精神の原点を、ともどもに確認しておきたい。
はじめに「会員こそ仏なり」ということである。戸田先生は、何よりも会員を大切にされた。
 「学会のために一切をなげうって、一生涯を学会に尽くされた人を、永遠に讃えゆくことだ。永
遠に、その人の名を忘れてはならない。
 大作、それが学会精神だよな。これが学会の崇高なる仏法の真髄だよな」
 この先生の言葉は、私の胸奥から離れない。
 日蓮大聖人は、あらゆる権威と差別の壁を崩し、人間の平等と尊厳を高らかに宣言された。
 「色相荘厳の仏が上」「凡夫が下」ではない。「凡夫こそ仏」である――この成仏観、人間観の
革命に、日蓮仏法の真髄がある。
 学歴や名声で信心は決まらない。学会は民衆の城である。名誉もいらない。財産もいらない。
 「ただ広宣流布のために」こういう庶民が、学会を築き上げてきたことを絶対に忘れてはならな
い。
125
 戸田先生は言われた。
 「広宣流布に戦っている人を尊敬しなければ、真の信仰はできないし、自分たちの率いる組織の
発展もありえない。
 会員こそ、仏である。菩薩である。学会のリーダーは、会員に尽くして尽くしぬいて、会員の方
々から慕われ、頼りにされる存在になることだ。

 戸田先生は、指導といっても、皆に嫌われたら、おしまいだ。通じるはずがない」と言われてい
た。今一度、この根幹の指導を銘記してまいりたい。
 そして、リーダーはつねに生き生きと前進していくことである。
 「指導者は、どんなにつらかろうが、人前では、生き生きとしていかなければならない。
 その姿に同志は安心し、ついてくる。
 皆に希望を与え、確信を与えるのが幹部である」
 これも、忘れ得ぬ先生のご指導である。
 そのためにも大事なのは、祈りである。
 先生は教えられた。
 「広宣流布のために戦わせてくださいと祈ることだ。
126
 はじけるような題目をあげよ!」
 妙法に勝る兵法はない。「祈りとして叶わざるなし」の信心である。白馬が大草原をさっそうと
駆けていくようなすがすがしい勤行・唱題を、心がけていきたい。
 そして満々たる生命力をみなぎらせながら、つねに希望に燃えて、広宣流布の仏の軍勢を、勝利
へ勝利へと、牽引していっていただきたい。
恩を知るのが人、恩知らずは畜生
 戸田先生の幹部への指導は峻厳だった。時には、部屋のガラスが音を立てて震えるくらい大声で
叱咤されることもあった。
 しかし、その陰で、「君が同志だから私は言うのだよ。君を頼りにいているから言うのだよ。人
間は、厳しく言われなくなったら、おしまいじゃないか」と肩を抱きかかえるように励ましておら
れたのである。本当に慈愛深い先生であった。
 戸田先生は遺言のごとく叫ばれた。
 「創価学会のなかで最高の仏法を教えてもらいながら、その恩を忘れ、学会を裏切り、師敵対す
る。これほどの畜生はいない!」
127
 戸田先生の時代には、先生にお世話になった最高幹部が、軍部権力の弾圧に負けて、次々と退転
していった。
 戸田先生の時代に理事長まで務めた幹部が、後に、恩知らずにも退転したことも事実である。方
程式は、今も同じである。
 学会のおかげで偉くなり、幹部になりながら、退転し、反逆していった人間たち――その本性は
傲慢であり、恩知らずであった。
 大聖人は仰せである。
 「仏法を学んでから、恩を知ることを最高とし、恩を報ずることを第一としてきた。世の中には
、四つの恩がある。これを知る者を人倫となづけ、知らない者を畜生というのである」(御書 04
91p 通解)
 恩を知ってこそ、人間である。いかに世間的に偉くても、恩知らずであれば畜生に等しい。人間
失格である。恩に報いる生き方のなかに、真実の偉大さがあり、人間としての完成があるのだ。
 「報恩の人生」か。「不知恩の人生」か。所詮、このどちらかしかない。
 最高の報恩の道を教えたのが仏法である。私たちは、断じて「不知恩」になってはならない。

 戸田先生は、傲慢な人間、忘恩の人間に対して、それはそれは厳しかった。
128
 「尊大ぶった傲慢な人間を信用するな。傲った人間には、こちらの真心も通じない。心の根が腐
っている者とは付き合うな」と強く叫ばれた。
 傲り高ぶった忘恩の人間が、勝手気ままに振る舞うようなことがあれば、断じて許してはいけな
い。戦わなければならない。
 戸田先生は言われている。
 「臆病な幹部はいらない。本当に、一緒に広宣流布をしよう。大聖人の仏法を広めよう。不幸の
人を救おうという心を失った幹部は、学会から出てもらいたい。
 こういう人間には、いてもらっては困る。邪魔になる。不潔になる。学会が濁ってしまう」
 厳しい指導であるが、すべて真実である。“自分がやらなくても、だれかが何とかするだろう”
では、幹部として、あまりに無責任である。臆病である。
 勇者はつねに「一人立つ」である。これが学会の魂だ。すべては、自分自身で決まるのだ。
 当然、何人かで集まって智慧を出しあい、協力していくことは大事だ。しかし、その根幹に「勇
気」がなければ、自身の成長はないし、広宣流布の前進もない。
 「戸田の命よりも大切な創価学会の組織」である。この「和合僧」を厳として護りぬくことこそ
が、「広宣流布の命脈」を護りぬくことだ。
 戸田先生は、学会に弓を引いた輩の末路について、「反逆者は、堕地獄の姿を見せて回る」と断
129
言された。そのとおりの現証は、皆さまがご存じのとおりである。
悪と戦ったから広布の大道が!
 戸田先生は、いち早く喝破しておられた。
 「坊主には絶対にだまされるな。日蓮正宗も同じだぞ。御本尊と御書以外はしんじてはいけない

 本当に鋭い先生であられた。
 「御本尊根本」「御書根本」であるがゆえに、学会は強い。「法に依って人に依らざれ」である

 戸田先生は宣言された。
 「邪な坊主こそ、最高の幸福たる成仏を阻む大悪人である」と。
 このとおりに、極悪の邪宗門と戦いきったからこそ、創価学会は世界広宣流布の大道を、限りな
く広々と開くことができたのである。
 牧口先生は、「善いことをいないことは悪いことをしたのと同じである」と喝破された。
 悪と戦わないのは、結果として、悪と同じになってしまう。
 大聖人は「法華経の敵をだにも・せめざれば得道ありがたし」(1494:17)と仰せである。
 仏敵を責めぬいていくことが、成仏の直道であり、仏法の根幹である。攻撃精神、破折精神が、
130
学会の根本精神である。
 三十年前のSGI発足の折、そこに集ったのは、五十一ヵ国・地域の同志であった。それが、二
度の宗門事件を勝ちきって、今や百九十ヵ国・地域の大連帯へと広がった。皆が戦ったからである
。大悪と戦ったからこそ、大善が生じたのである。その一点を忘れてはならない。

 今年の七月三日は、軍部権力と戦いぬかれた戸田先生が出獄して、創価学会の再建を開始されて
より、満六十年の節となる。先生の師子吼を、生命に刻みたい。
 「正義の学会を弾圧し、迫害し、愚弄した権力者を、永久に忘れてはならない。
 とともに、善良な学会人を苦しめ、嘲笑い、侮辱してきた権力者を、断じて許してはならない。
 『仏法と申すは勝負をさきとし』である。
 厳しき因果の実相を、明確に見抜き、そして圧倒的な創価の完勝をもって、末法万年尽未来際へ
の鑑としていくべきだ」
 われらも、師子となって、堂々と正義を叫んでまいりたい。鋼をも溶かすような情熱と執念の対
話で、いかなる“壁”も打ち破っていこうではないか。そして各地に圧倒的な勝利の金字塔を打ち
立ててまいりたい。
131
青年よ、人生の最高峰に挑め
 青年よ、強く伸びゆけ!――これが戸田先生のお心であった。
 だれよりも青年を愛した。青年を信じ、青年に期待した。
 「日蓮大聖人の大仏法を信じ、実践する、おおぜいの青年の仲間ができたとき、広宣流布は絶対
にできる」
 これが先生の大確信であられた。
 今まさしく、新たな地涌の青年群が澎湃と躍り出てきた。私は本当にうれしい。
 青年は、どんどん動くことだ。実践のなかで、青年を大きく伸ばしていきたい。青年に広宣流布
の一切をバトンタッチしていくのだ。この数年が大事である。本格的に「新しい陣列」をつくりあ
げてまいりたい。青年は、戦って戦って戦いぬいて、どんな嵐にも微動だにしない、強き自分自身
を鍛え上げていただきたい。
 先生は、つねづね、青年に語られていた。
 「体が強く、頭も強く、心も強い人間になれ」
 「青年は、いくら踏みつけられても、伸びていくのだ。それが青年じゃないか」
132
 青年部のいっそうの成長と拡大を、私は祈り、待っている。青年部の諸君、しっかりと頼む。人
生の最高峰に挑むのだ。君たちの時代である。
 また、後輩を生かし、後輩を偉くするのが、先輩の役目である。
 後輩を日本一の指導者にしよう!――この決心に立てば、自分も光る。戦う心を失い、手を抜い
て、空転するようになれば、自分が苦しむ。
 最後の最後まで、後輩の道を開くのだ。それをやりきってこそ、模範の指導者と輝くのである。

 戸田先生の忘れ得ぬ指導にこうある。
 「弟子は偉くなっていかねばならぬ。師匠が偉いと言われることは、後生すなわち弟子が偉くな
ったことが師匠が偉くなったことに通ずるのである」
 師弟といっても、「弟子」で決まるのだ。
 「師と苦楽をともにする弟子たれ!」
 「師と勝利をともにする弟子たれ!」
 これが、先生の叫びであった。
 戦後、戸田先生の事業は窮地におちいった。莫大な負債を抱え、債権者が、会社にも、先生の自
宅にも押しかけてきた。私は一人、先生を守った。渉外戦の矢面に立った。むずかしい相手とも誠
133
意を尽くして対話した。
 一生懸命に働いた。しばらくの間、給料もなかった。寒くても、開襟シャツ一枚で過ごしたこと
もあった。それは体にこたえた。私は肺病を患っていた。痩せた胸には肋骨が浮き出ていた。
 戸田先生は深く嘆いておられた。
 「何とか、大作を長生きさせてあげたい。だが心配だ。三十までいきられるかどうか、わからな
い。大作が死んだら、おれの後継ぎはどうなるか。学会はどうなるのか」――そう言って落涙され
た。
 これが師弟である。これが同志である。この「人間の道」が、「仏法の道」である。
 「師弟の道」――この一本の道を進むことだ。
 広宣流布の大道を、現代に開いてきたのが、牧口先生であり、戸田先生であり、私である。
 大聖人直結の広宣流布の道は、創価学会にしかない。ここに、人類の苦悩を救う根本の軌道があ
るのである。
女子部員は全員が「幸福博士」に
 女子部を大切に!――これも戸田先生が強調された一点である。戸田先生は、女子部を、こよな
134
く大事にされた。
 先生は、女子部の友に、こう教えられた。
 「女子部の皆さんには、尊き婦人部という多くの見本があります。
 ただ題目を唱え、御本尊を信じて、幸福に華やかに生きている見本であります。
 だから貴女も妙法を信じて、幸せになっていきなさい」
 わが忘れ得ぬ、尊き婦人部の友が、たくさんおられる。ある方は、逝去のさい、私にあてて、お
手紙を残された。そこには、あまりにも深く美しい広布の心がつづられていた。清き心の庭に、福
徳の花は永遠に咲き薫る。
 ますます「婦女一体の合金のスクラム」で進んでいただきたい。
 そして、女子部は一人ももれなく、健康で、無事故で、尊き青春の「幸福博士」「勝利博士」と
輝いてください!

 男性のリーダーは、創価の母に最敬礼していくことである。
 戸田先生は、しみじみと言われた。
「女性の力は偉大なものであります。学会の発展に活動する姿をみても、女性の方がつねに男性よ
り一歩前進している。
135
 そのとおりである。何があっても、学会から離れない。使命の道から離れない。こう心を定めた
人は強い。
 さらに先生は、ある会合で、こうも語られた。
 「いったい世界のどこに、民衆のために憂え、二十一世紀から末法万年尽未来際の世界を論じて
いる女性がるだろうか。それは、今、私とともにここにいるあなたたちだけでしょう
 この事実をおろそかに考えてはいけない。
 あなたたちは、久遠の約束のもとに、選ばれてあるのです」
 二十一世紀は「創価女性の世紀」である。婦人部を最大に大事にすること、婦人部の意見を最大
に尊重すること。そして、婦人部が伸び伸びと力を発揮できるようにすること、ここに、永久に行
き詰まりのない広宣流布の要諦がある。

 時代は、ますます乱世の様相である。戸田先生は鋭く喝破された。
 「根本は強き生命力と、たくましき智慧とによって、わが人生を支配していかなくては、ほんと
うの幸福は得られないことを知らねばならぬ」
 「強き生命力」とたくましき智慧」の源泉こそ、妙法である。
 先生は、“現状に甘んじることなく、つねに新しい「何か」を生み出していけ!それが信仰であ
136
る”と叫ばれた。
 仏法の魂は「行動」である。挑戦の心意気を失ってはならない。逡巡や躊躇があってはならない

 つねにリーダーが先頭に立って、壁を破れ!新しい勝利の道を開け!
 この恩師の叫びを、わが心に響かせながら、「月月・日日」に「偉大なる価値の創造」を成し遂
げていきましょう!
学会の大発展は宗教史に燦然
 創立七十五周年の五月三日に寄せて、世界の多くの識者・指導者から、お祝いのメッセージや祝
電などが届けられている。この席をお借りして、心から御礼申し上げたい。
 アメリカの名門タフツ大学の元宗教学部長で、仏教研究で著名なハワード・ハンター博士も、「
5・3」を祝福し、こう語ってくださった。
 「創価学会のこの七十五年間の発展には、まさに驚嘆するほかありません。宗教の運動の歴史か
ら見ても、これほどの発展をだれが予測できたでしょうか」
 そして、学会が発展した理由について、次のように述べておられた。
137
 「創価学会の大発展の理由の一つは、この運動が、人間の魂に訴えかける運動だからです。自身
の人生、さらには、周囲の人々の人生を意味あるものにするという価値創造の運動が、人々の心に
アピールするのです。
 そのうえで、創価学会には、洗練された組織力があります。学会の思想を、会員に伝えていく体
制が整っています。さらに、小単位のグループに焦点を当て、それを発展させていくところにも学
会のつよさがあります」
 明快な洞察である。
 大切なのは、会員一人一人である。小単位の集いである。婦人部の少人数の会合をはじめ、座談
会などの“草の根の語らい”こそ、時代の最先端を行く民衆運動なのである。
 博士は、次のようにも語っておられた。
 また学会の魅力は、一般の市民から学識者まで、幅広い階層の人々が参加いているところにあり
ます。そして学会には、自由な発想があります。自分自身の主張を活発に展開していける自由の気
風が、人々を引きつけているのだと思います」
 深いご理解に感謝したい。
138
 ともあれ、多くの知性が、創価学会の前進に目をみはり、二十一世紀の希望を見いだしている。
 日蓮大聖人は「力あらば一文一句なりともかたらせ給うべし」(1361:13)と仰せである。
 わが力のおよぶ限り、人間主義の大哲学を語りぬいていくことだ。自分らしく、勝利の歴史を築
いていくことだ。世界が讃える“創価の道”を、堂々と進んでまいりたい。
平和と友好の大道を創価の青年が陸続と
 凛々しき関西創価学園生の代表と先日、お会いした。大切な関西学園生の元気な姿にふれ、私は
本当にうれしかった。
 今、小説『新・人間革命』の「希望」の章で、関西創価学園の歴史をつづっている。その中で、
学校新聞「創ア女子学園」の発刊の歩みについても紹介した。当時、この新聞の執筆や制作に尽力
した学園生たちも、今や立派な女性リーダーとして、各地、各界で活躍しておられる。
139
 彼女たちが、そのはつらつたる近況の報告とともに、私が第三代会長に就任した一九六〇年五月
三日付の「ザ・タイムズ」紙を記念に届けてくださった。ご存じのように、イギリスを代表する日
刊紙である。
 そこには、インドのネール首相の記者会見の記事が掲載されていた。ネール首相はこの中で中国
の重要性を見抜き、こう発言しておられる。
 「中国を国連に加盟させるべきである」「世界の諸問題を議論するさいに、世界最大の人口を擁
する国を無視するのは、非現実的であるからだ」
 これは、後に私が行った「日中国交正常化提言」とも軌を一にする主張である。
 昨年、私はインドの哲人指導者であるナラヤナン前大統領と再会し、インドと中国の友好の未来
を展望して語りあった。インドと中国はアジアの大国である。世界の平和と安定にとって、また人
類の未来にとって重要な国である。私はこれまで両国を何度も訪れ、多くの人々と深い友情と信頼
を結んできた。教育・文化交流にも力をそそいできた。
 この平和と友好の大道に、わが学園生、創大生、アメリカ創大生をはじめ、後継の青年たちが陸
続と続いてくれている。わたしにとって、これ以上の喜びはない。
 なお、新聞といえば、「聖教新聞」は、全国の同志の皆さまの奮闘により、すばらしい拡大で、
140
この五月三日を飾ることができた。厚く厚く、御礼を申し上げたい。
誠実の対話で友情の山脈を
 世界の会館で、晴ればれと五月三日の祝賀の行事が行われている。
 ドイツのビンゲン市にあり、ヨーロッパの「河の王者」ライン川に臨むヴィラ・ザクセン総合文
化センターにも、多くの人々が訪れている。同市は「ここから見るライン川がいちばん美しい」と
、文豪ゲーテが讃えたといわれる景勝の天地である。周辺のライン川流域はユネスコの世界遺産に
登録されている。
 ゲーテは謳った。
 「これからもいつに変わらず
 心と心を寄せ合おう。
 われわれの友情には
 つまらぬことで水が入ったりしないのだ」
141
 友情ほど尊いものはない。信頼の絆で結ばれた友情は、人生を豊かなものにしていく。
 ゲーテは、こうも記している。
 「友人との関係が完全なものになるためには、より深いものが開かれなければならない。すなわ
ち宗教的心情、不滅なものにかかわる心の問題である。そいてこれが、友情の基礎を固めるととも
に、その頂点を飾るのである。
 率直に、誠実に、信念の対話を重ねていくことだ。真剣に語りぬけば、強固な友情の土台ができ
る。やかては、最高峰の友情の山脈が大きく広がっていくのである。

 さらに、いくつかの箴言を紹介したい。 
 ゲーテは、「義であること、正義をまもること、これはがんらいの人間のつとめである」との格
言を残した。
 古代ローマの哲学者セネカは強調した。
 「より一層幸福に生きるためには、より一層正しく生きねばなりません。
 “三重苦”と戦ったアメリカの社会福祉事業ヘレン・ケラーも、こう語っている。
 「悪が存在するゆえに悪と戦えるということは、最高の幸福の一つであると、私は確信をもって
142
断言することができます」
 正義の中の正義である日蓮大聖人の仏法を根本にして、破邪顕正の戦いに邁進する人生は、なん
と幸福であろうか。われらの「5・3」には、この誇りと喜びが満ちあふれている。
 私利私欲にかられ、同志を裏切り、信念を裏切って、反逆した極悪の人間は、われらの団結が羨
ましく、また妬ましくてならないのである。
 十九世紀、ロシア教育学の父ウシンスキーが編集・執筆した教科書には、こう記されている。
 「動物でも、自分に親切にしてくれた人には恩を感じます。まして人間が恩知らずであっていい
はずがありません」
 恩知らずの悪党に、正しき人間の世界を蹂躙させてはならない。だからこそ、善が団結すること
だ。
 ナチスを打ち破った、フランスのド・ゴール大統領は語った。
 「団結していることは強いということであり、離ればなれになっていることは危険におちいると
いうことであります」
 皆の心がバラバラであれば、本来持っている力も発揮できない。御聖訓に「一つ心なれば必ず事
を成ず」と仰せのとおりである。
 フィリピン独立の英雄ホセ・リサール博士は喝破した。
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 「真実を与えられないものには、虚偽が与えられます。
 民衆をだまし、真実を伝えない――これが社会を転倒させた要因であると。だからこそ、何度で
も真実を訴えねばならない。虚偽を打ち負かさねばならない。
 中国の文豪・魯迅の言葉に、「魂が眠っていて、立派な言葉が出てくるはずはない」とあった。
 生き生きとした魂で、生き生きとした声を上げ、叫びきったほうが勝つ。「声仏事を為す」であ
る。
健気な同志の心こそ偉大で崇高
 キューバ独立の父ホセ・マルティはつづった。
 「世界どの国民も、ひとしく、偉大で崇高なものを、空よりも無窮で、大地よりも広大で、星よ
りも明るく輝き、海よりも深いものを持っている。人間としての心である」
 SGIの同志は、それぞれの使命の国土で、愛する地域で、良き市民として、人間主義の仏法の
旗を掲げて戦っておられる。健気なる同志の心が、どれほど偉大で、崇高であるか。真面目で真剣
144
な同志の信心があればこそ、創価学会は、ここまで発展することができた。
 今や、この英雄マルティの国キューバでも、SGIの友が活躍している。
 「心こそ大切なれ」と大聖人が仰せのとおり、真剣な心で、大誠実の心の力で、学会は勝った。
これからも、この「心」の結合で、私たちは勝ち続けていくのである。
 創価学会は、大聖人の厳粛な御精神にまっすぐにつながり、広宣流布のために、永遠に「異体同
心」で戦う。そして永遠に「異体同心」で勝利する。このことを決意しあって、記念のスピーチと
したい。
 全同志のご健康とご多幸を、心から祈っております。
 本日より、明年の五月三日をめざし、大いなる目標を掲げて、ともに戦おう!
                             (東京・信濃文化センター)
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050514top
各部代表協議会
すばらしき人生を!「対話」で心を結べ
青年は未来の希望
 「子どもたちは、私たちの未来であり、希望です」
 こう強く訴えたのは、“中国の良心”と讃えられている宋慶齢女史であった。
 学会においても、未来部が宝である。青年部が希望である。
 宋女史は続けて、子どもたちへの教育の重要性に言及している。
 「子供たちにはもっとも貴重なものを与えなければなりません。
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 「人類の知恵の宝庫に導く鍵を手渡さなければなりません」
 そのとおりである。「可能性の宝庫」の扉を開く「鍵」を与えるのが教育である。牧口先生の主
張とも共鳴する卓見である。
 「世界人権宣言」の起草に尽力した、アメリカの著名な社会活動家エレノア・ルーズベルトは言
う。
 「人間の成長を助ける道は一つしかなくて、当人自身にすべてを任せることである」
 何事も「押しつけ」では身につかない。子どもを信頼し、任せてみて、自立の芽が育ってくるの
を待つことも大事である。
 ともあれ、五月は、若葉、青葉の季節である。伸びゆく未来部、青年部のようだ。何かと忙しい
時期ではあるが、家庭にあっても、地域にあっても、大切な後継の若人の成長を、なにとぞ、よろ
しくお願いしたい。

 きょうは、婦人部・女子部の人材グループである「大香会」、さらに「パレスグループ」の代表
の皆さま方が集まってくださった。「創価の道」をまっすぐに歩み、「広布の城」を厳然と護って
くださる尊き功労に、心から感謝申し上げたい。
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 さらに海外の同志の皆さま、本当にようこそ!首都圏、また各部の代表の皆さまも、いつもいつ
もご苦労さまです。なお、本日は、遠く北海道から、はるばると、多くの同志がお見えになり、創
価の「師弟の殿堂」である東京戸田記念講堂を埋め尽くして、記念の大会を開催された。この五月
三日を中心に、連日、まことに多くの同志が、全国各地から、おいでくださった。
 あらためて御礼申し上げるとともに、明年の五月三日へ向かって、全同志が、ますますご健康で
、ご多幸で、福徳と栄光、勝利と繁栄の歴史を刻みゆかれることを、私は妻とともに真剣に祈って
おります。
 十四世紀のアラブの歴史家イブン=ハルドゥーンの言葉にこうある。
 「連帯意識は自己防衛や権力への対抗、自己擁護、目標追及への力をもたらす。これを失う者は
誰も無気力で、これらのことを達成することはできない」
 大事なのは、団結である。連帯である。そこから、すべてが始まる。
まっすぐな心の人が尊い
 日蓮大聖人が佐渡に流罪されていた時のことである。幼子を抱えた一人の母が、はるばる鎌倉か
148
ら大聖人のもとを訪れた。遠く離れた地から、険しい山々を越え、海を渡ってきたのである。その
困難は、並大抵ではなかったであろう。大聖人は、その純真な信心と強き求道心を最大に讃え、こ
の女性に「日妙聖人」の法号を贈っておられる。
 大聖人は文永九年(一二七二年)の五月、日妙上人にあて御手紙で次のように仰せである。
 「法華経は『正直に方便を捨て』『皆是れ真実』『質直にして意は柔軟に』『柔和正直なる者』
といって、あたかも弓の弦を張ったように正直で、また、墨縄をうつようにまっすぐな心の人が信
ずる御経である。
 糞を旃檀だと言い張っても糞には旃檀の香りはない。妄語の者を不妄語であるといっても、妄語
は不妄語とはならない」(御書 1217p 通解)
 「この法華経こそ実語の中の実語である。実語である法華経は、正直の者が信じ、会得できるの
である」(御書 1217p 通解)
 法華経は「真実の中の真実」の教えである。だからこそ、正直な、まっすぐな心で信じ、実践し
ていくことが重要となる。反対に心の曲がった人は、この信心を貫くことはあできない。ましてや
卑劣な嘘つきは、清浄な仏法の世界にいることはできない。信頼の絆で結ばれた和合の世界におい
て、そうした存在を絶対に許してはならない。
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 釈尊の時代においても、反逆者に共通する特徴は、「嘘つき」であることだった。
 御書では「提婆の大妄語」「瞿伽利の大誑言」、「提婆の欺誑罪」、「瞿伽利尊者の虚誑罪」等
と、提婆達多ら反逆者の大嘘が、厳しく断罪されている。そうした提婆・瞿伽利の流類ともいうべ
き大嘘つきが出現するのが、末法の濁世である。
 大聖人もまた、邪宗の坊主らの讒言によって、佐渡流罪や竜の口の法難などの大難に遭われた。
多くの弟子が退転し、反逆する者もいた。
 そうしたなかにあって、「師弟の道」「真実の道」「正義の道」を、勇敢に、誠実に貫き通した
のが日妙聖人である。
 大聖人は日妙聖人を、こう讃えておられる。
 「今、あなたは、実語の女性でいらっしゃるであろう。
 まさに知るべきである。須弥山を頭にのせて大海を渡る人を見ることができたとしても、この女
性を見ることはできない。砂を蒸して飯とする人を見ることができたとしても、この女性を見るこ
とはできない。
 まさに知るべきである。釈迦仏・多宝仏・十方分身の諸仏、上行菩薩、無辺行菩薩の大菩薩、大
梵天王、帝釈天王、四天王等が、この女性を、影に身が添うように護られるであろう。
 あなたは、日本第一の法華経の行者の女性である」(御書 1217p 通解)
150
 この日妙聖人のごとく、清らかな信心を貫き、尊き妙法の大道を歩んでおられるのが、創価の婦
人部、そして女子部の皆さまである。
強盛な祈りでブラジル広布の礎を築いた婦人
 こうした婦人部の忘れ得ぬ同志に、ブラジルSGIの総合婦人部長を務めた方がいる。
 私は、お世話になった人々のことを決して忘れない。広布のために生きぬいた方々を、生涯、顕
彰していくつもりである。
 彼女は、とにかく題目をあげぬいた方だった。軍政が続き、私がブラジルを訪問できなかった時
期も、徹して祈り続けた。祈って祈って祈りぬいた。やがて民政が実現し、私はブラジルへ三度目
の訪問をはたすことができた。じつに、十八年ぶりであった。
 九三年にはふたたびブラジルを訪問し、彼女ともブラジルSGIの自然文化センターで、ゆっく
り語りあった。この時は、日本で活躍していた息子さんも帰ってきた。久々に一家がそろい、うれ
しそうにされていたのを覚えている。
 彼女が亡くなられたのは、その二ヵ月後であった。呼吸困難で倒れ、数日後に息を引き取られた
。小さいころから喘息を患い、医師からは「二十歳まで生きられるかどうか」と言われたそうであ
151
る。それが、信心をしてからは元気になった。寿命を三十年以上延ばし、ブラジル広布の礎を築い
た尊い生涯であった。
 お葬式には、平日にもかかわらず、各界の名士をはじめ五千人もの人々が訪れたとうかがった。
火葬場へ向かう車の列は、長蛇と続いた。多くの人々が、彼女との別れを惜しんだ。本当にすばら
しい葬式であったと聞き、私は深く胸を打たれた。
 妙法のために生きぬけば、最高の幸福境涯となる。また、次は“女王”のような何不自由ない境
涯となって生まれてくる。それが仏法の偉大な力用である。

 生命の因果の理法は厳粛である。妙法に生きぬき、誠実を貫いた人は、最後は必ず勝利者となる

 反対に、嘘で同志を欺き、尊き仏法の世界を破壊しようとした人間は、最後は滅び去る。哀れな
敗北の人生となっていくのである。
 もとより、「嘘をつかない」などというのは、人間として生きる上での基本的なモラルである。
古今東西を問わず、「嘘」は卑劣な行為とされてきた。「嘘は永遠に続かない」ことも、多くの事
実が証明している。
 十九世紀のイギリスの歴史家カーライルは、喝破した。
152
 「虚言を宣伝したとて抑々何の益することがあろう。その虚言は看破され、破滅的応報がこれに
対して課せられる」
 人間の権利と尊厳のために戦ったアメリカのキング博士も、「いかなる嘘も永遠に生き続けるこ
とはできない」とカーライルの言葉を、演説し紹介している。
 最後には正義が勝つ。真実が勝つ。これが歴史の鉄則なのである。
「慈悲」と「悪への怒り」は一体
 この五月、デンバー大学副学長であるナンダ博士との対談集『インドの精神』が東洋哲学研究所
から発刊され、各界より大きな反響をいただいている。ナンダ博士は、世界法律家協会の名誉会長
であり、「人間の尊厳」のために戦いぬいてこられた「人権の闘士」「正義の闘士」である。
 博士は、社会の不条理と戦う烈々たる信念を、このように語っておられた。
 「『慈悲』と『悪への怒り』は矛盾しないと思います。慈悲とは、自分の周りで起こっている出
来事に対し、見てみぬふりをすることではありません。
 なぜなら、慈悲があれば、社会の病理を直視し、それを正そうと思わざるをえないからです」
153
 まったく、そのとおりである。
 仏法では、「慈無くして詐り親しむは是れ彼が怨なり能く糾治せんは是れ護法の声聞真の我が弟
子なり彼が為に悪を除くは即ち是れ彼が親なり」(0236:13)等と、明確に説かれている。悪の根
を断ち切っていく勇気こそ慈悲なのである。
 さらに、ナンダ博士は、こうも言われていた。
 「声を発しないかぎり、また行動を起こさないかぎり、社会の病理を正すことなど望めません」
 「本当に憂慮しているのであれば、何かが正しく行われていない場合、それを正したいはずです
。そのためには行動を起こさねばなりません。そして行動を起こすためには、聞く人にとっての耳
の痛いことを言わねばならないこともあるのです。時には、厳しすぎると思われることもあるでし
ょう。しかし、それは慈悲あればことなのです」
 「悪」を知りながら傍観し、放置する行為は、「悪」と同じである――これは、創価の父・牧口
先生の信条でもあった。
 涅槃経では、次のように説かれている。大聖人が悪と戦う意義を門下に教えるため、何度も引か
れた一節である。
154
「もしも、善き修行者が、仏法を破壊する者を見ながら放置し、厳しく責めもせず、追放もせず、
罪を挙げて処罰しないならば、まさにこの人は仏法の中の怨敵であると知るべきである。
 もしも、よく追放し、厳しく責め、罪を挙げて処罰するならば、これこそ仏の弟子であり、真の
声聞である」(御書 0236p 通解)
 さらにまた、「法華経の敵を見ながら置いてせめずんば師檀ともに無間地獄は疑いなかるべし」
(1056:06)と仰せである。
 悪を容認してしまえば、さらに多くの人々が苦悩を抱え、辛酸をなめることになる。「悪」を滅
してこそ、「善」が生じる。
 私どもは、この大聖人の御心を深く胸に刻み、「獅子奮迅の力」を奮い起こし、「以信代慧」の
「智慧」を出しきって、悪を責めぬいてまいりたい。
苦難の時こそ「真実の友」は人生の宝
 先日は、北京言語大学の先生方をお迎えすることができた。中国の方々と結んだ友情は、いかな
る時代の波浪にも、揺るがない。
 中国の『荘子』には、こういう一節がある。
 「利を以て合う者は、窮禍患害に迫りて相棄つるなり。天を以て属する者は、窮禍患害に迫りて
相収るなり」
155
 ――利害によって結ばれた人間は、禍いがふりかかってくると、たがいに相手を捨ててしまう。
反対に、天命によって結ばれた者同士は、禍にあえば、固く結ばれていく――
 まさに、人間世界の実像であろう。利害による結合は、もろく、はかない。真の友情は、苦難に
あうほど、深められ、強められていくものだ。
 有名な『三国志』には、“神交は、外言の間する所に非ざるなり”という一節が引かれている。
 これは、固い心で結ばれた交わりは、他人の言葉や、かげ口などで左右されることはない、とい
う意味である。「真実の友」と「真実の友情」をむすぶことこそ、最高の人生の宝である。
 また、中国では、まるで正反対の二種類の友人のことを「良朋益友」、「狐朋狗友」という。先
人たちは、この両者を厳しく峻別すべきであると、繰り返し教えてきた。
 唐の詩人・孟郊は、「人中に獣心あり」と喝破し、悪人に対しては、隙をつくらず、用心してい
くよう訴えている。
 御書には「悪知識を捨てて善友に親近せよ」(1244:07)とある。
 「知識」には、友人、知人という意味がある。悪知識とは、仏道修行をさまたげ、悪道に導く存
在である。悪知識を遠ざけ、信心を向上させてくれる善友、善知識を求める。ともに広布のために
156
戦いぬく。そこにこそ、幸福への確かな軌道があるのだ。
 戸田先生も、「悪い種を撒き散らすような人間は、学会から出てもらったほうがよい。学会はよ
い人のまとまりで進むのだ」と、厳しく言われていた。
 ともあれ、心を一つにした正義の友情ほど、強いものはない。
 中国の古の言葉に、「二人心を同じずれば其の利きこと金を断つ。同心の言は、その香り蘭の如
し」とある。厚い友情のことを「断金の交わり」「金蘭の交わり」とよぶようになったのは、これ
らの言葉による。
 私たちはこれまで、異体同心の団結で、あらゆる障魔を打ち破り、世界の良識が感嘆するような
、平和と文化と人道の連帯を、堂々と、地球規模で築き上げてきた。異体同心の団結があるかぎり
、何ものも、創価の民衆の連帯を破ることはできない。
 これからも私たちは、正義のため、妙法のために、断じて勝ちゆく前進を続けてまいりたい。そ
の団結の究極の力こそ、「師弟」なのである。
「師弟不二」に敵うものなし
 言論の戦いに挑みゆく門下に対して、日蓮大聖人は、具体的に、また力強く、励ましを贈られた
157
。時は五月、富木常忍ら三人の門下が、裁判に臨むことになった。これは、法門に関する裁判であ
ったと思われる。正邪を決しゆく重要な戦いである。
 大聖人は、すぐさま、その三人の弟子たちに御手紙を送られた。そのなかで、大聖人は、正義を
示す好機が到来したことを喜ばれ、門下にこう仰せになっておられる。
 「三千年に一度、花が咲き、実がなるという優曇華にあえる身であろうか」「一生のうちで、こ
れほどの幸いはないであろう」(御書 0178p 通解)と。
 そして、裁判での心得を熟知された大聖人は、次のように、こと細かく指導されている。
 「まずは、日ごろ、胸にわだかまっている思いを、存分に主張されるがよいでしょう」
 「たとえ敵方の者が、悪口を吐いても、あなた方の身のうえのことは、一、二度までは聞かない
ふりをするのがよいでしょう」
 「それが三度にもおよぶときには、顔色を変えず、粗雑な言葉をつかわないで、やわらかい言葉
で切り返していきなさい」(以上、御書 0178p 通解)――などである。
 さらに大聖人は、悪を打ち破りゆく戦いの要諦は何であるかを、明快に述べられた。
 それは、「妙法」と「師匠」と「弟子」――この三つが一体となっていくことである。そこに、
不滅の勝利を成就しゆく根本の軌道があることを、大聖人は教えられた。
158
 妙法に生きぬく、「不二の師弟」にかなうものは、断じてない。正義の師弟に生きゆく「信心の
利剣」こそが、元品の無明を断ち切ることができる。この「法華経の兵法」をもって、私たちは、
破邪顕正の正義の道を、いやまして勢いよく進んでまいりたい。

 「師弟の道」ほど峻厳なものはない。
 戦後の混乱期、戸田先生の事業が挫折したときのことである。戸田先生が窮地にたたされると、
これまでお世話になってきた人たちが、次々と先生の会社を離れていった。なかには、手のひらを
返すように、「戸田の馬鹿野郎!インチキ野郎!」と罵り、去っていった者もいたのである。
 私は、先生のもとに残った。給料はなく、真冬でもオーバーなしで、ボロ靴をはいて、会社の負
債の返済に駆けずり回った。夜学も断念した。自分の事は一切顧みず、先生をお守りした。すべて
を捧げて、事業の再建に取り組んだのである。
 思えば、軍部権力に投獄された牧口先生に牢獄までお供し、命をなげうって仕えきっていかれた
のが戸田先生であった。その戸田先生に、十九歳のときに巡りあい、あらゆる薫陶を受け、最後の
最後まで、お仕え申し上げたのが私である。
 戸田先生の弟子として、私は、先生のお心に寸分違わず生きてきた。戦って戦って戦いぬいて、
先生の構想をすべて実現してきた。それが私の永遠の誇りである。
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 学会の百九十ヵ国・地域へと広がる世界的な発展も、その源は、牧口先生にあり、戸田先生にあ
る。そしてまた、師匠を守り、その精神を継承しゆく弟子の不屈の闘争があったゆえに、学会は勝
利し、発展を続けることができたのである。この一点を断じて、ゆるがせにしてはならない。
広布の人は「生命の長者」と輝く
 創価学会は仏意仏勅の広宣流布の団体である。「戸田の命よりも大切」と言われた学会の組織で
ある。ゆえに、社会がどんな状況になろうが、他人がどうあろうが、仏意仏勅の学会のため、広布
のため、同志のために尽くしていける人が、本物のリーダーである。
 大変なときこそ、毅然と耐えながら、大事な戦いに心を集中させる。そして、自分のできること
を地道にやりぬいていく。そういう方々が学会にはたくさんいる。その心が尊い。「心こそ大切」
である。
 とくに女性の皆さんの強盛な信心にこそ、学会は守られている。重ねて、婦人部、女子部の皆さ
んに心から感謝申し上げたい。
 ともあれ、広宣流布に戦えば、生々世々、生命の長者となり、無量の福徳に包まれていく。唯一
の広布の団体である学会を守り、同志に尽くせば、永遠に諸天・諸仏に守られ、大切にされる自分
160
になる。それが仏法の厳然たる因果である。経文に照らし御書に照らし、絶対に間違いない。

 有名なイギリスの作家ロレンスは訴えた。
 「楽園などありはしない。戦い、笑い、苦しい思いをし、楽しい思いをし、それからまた戦うの
だ。戦い、戦い続けるのだ。それがつまり生活だ。
 そのとおりだ。人生は戦いの連続である。
 二十世紀最大の歴史学者であるトインビー博士も、“人間の精神世界は善と悪との戦いである”
と洞察しておられた。
 いわんや広宣流布は、永遠に「仏」と「魔」との大闘争である。
 ゆえに何があろうとも、御聖訓どおり、「強盛の信心弥弥悦びをなすべし」(1448:03)との心
で、悠然と戦っていくことだ。そして「苦楽ともに思い合せて南無妙法蓮華経とうちとなへゐさせ
給へ」(1143:05)との御金言を忘れないことだ。
 真面目な信心の人、題目第一でまっすぐに進む人には、誰人もかなわない。
 反対に、純粋な学会の信心の世界を軽んじたり、裏切ったりすれば、どれほど怖いか。仏罰は厳
然であることは、皆さんがご存じのとおりである。
 十八世紀のフランスの思想家ヴォーヴナルグは記した。
161
 「勇気の極限は、危難にあって大胆不敵であることである。
 われらの勇気の行進に、恐れるものはない!――この大確信で、大胆に動き、勇敢に語り、断じ
て、勝利また勝利の日々を勝ち飾ってまいりましょう。
世界を結ぶ文明間・宗教間の対話
 全世界の同志とともに、晴ればれと、勝利と栄光の五月三日をかざることができた。人類の「平
和」と「幸福」への心をつなぎ、私たちの歓喜と友情は世界に広がっている。
 「聖教新聞」にも掲載されたが、創立七十五周年の大勝利の五月三日に寄せて、世界中の識者か
ら、祝賀と賞讃の声が続々と届いている。
 アメリカ・ハーバード大学の「世界宗教研究センター」の所長であるダン・スウェアラー博士も
、SGIの運動を高く評価してくださっている。
 「私は、創価学会のような、社会に開かれ、貢献しゆく宗教の運動こそ、今の時代に求められて
いる運動であると考えます。
 仏教においては、社会を志向する運動など必要がないと考えられてきた時期がありました。しか
し、グローバル化が進む現代社会において、宗教は新たな道を探る必要に迫られております。それ
162
は、グローバル化がもたらす諸問題に、どう対応していくかということであります」
 社会に開かれた宗教であるかどうか。社会に貢献しゆく宗教であるかどうか。そして世界の多様
な民衆の要請に応えゆく宗教であるかどうか――ここに、二十一世紀の生きた世界宗教の要件があ
る。わが創価学会は、その道の先頭に立って進んできたのである。
 さらに博士は、こう指摘しておられる。
 「そのなかでも、大きな問題となっているのが、宗教間の対立――とりわけ、キリスト教徒イス
ラム教の対立を、どう克服していくか、ということです。
 この点において私は、キリスト教とイスラム教の両者の橋渡しとなれる宗教として、『仏教』の
存在に大きく注目しております」
 「文明間の対話」「宗教間の対話」を進めながら、世界を結んできた、私どもSGIの運動に、
博士は深い共感と期待を寄せてくださっているのである。そして博士は、こうも語ってくださった

 「私は、創価学会が、七十五年の歴史を通し、社会に開かれた貢献をする運動を世界の百九十ヵ
国・地域に広げてこられたことに、深い共感を禁じ得ません。
 こうした運動が、宗教の運動として評価されるようになったのは、ごく最近のことです。
 創価学会は、こうした運動の先駆を開いてこられました。それだけに、その先駆的な運動が、誤
163
解を受けてきた時期もありました。しかし、今や世界に開かれた運動として、大きな成功を収めて
いるのであります」
 これが、世界の宗教を研究される最高峰の知性の共感であり、信頼である。

 また博士は、社会に開かれた対話運動の意義を、こう論じておられる。
 「私たちは、宗教間のみでなく、宗教者と環境運動家の対話など、宗教を超えた、社会との幅広
い交流を拡大していくべきです。
 その時に大切なのは、ドクマ化した宗教の言葉で対話しようとするのではなく、社会に開かれた
対話の手だてとなる普遍的な言葉で対話を広げる努力であります」
 人間と人間を結ぶ私たちの「対話」は、地味なようでありながら、人類の新たな文明を開く壮大
164
な挑戦である。
 五月の薫風に吹かれながら、生き生きと朗らかに、勇敢に楽しく、新しい社会を築く対話を広げ
てまいりたい。
病を越えて「人生の宝」を知る
 皆さまの中には、大きな病を勝ち越えて、さらに生き生きと活躍されている方もいる。以前と少
しも変わらない、お元気な姿が私、私は本当にうれしい。
 スイスの思想家ヒルティは、病気の「利点」の一つとして、「人生の真の宝を正しく認識するこ
とを可能に」するという点をあげている。
 後から振り返ってみれば、病気によって、人生の正しい道を歩むことができた。病気が人生の“
薬”になった――そういう声もある。
 日蓮大聖人は「病によりて道心はをこり候なり」(1480:01)と、仰せである。
 病によって、仏法を求める気持ちが強くなる。発心できる。そして、宿命を転換していくことが
できるのである。信心を根本にするならば、一切に無駄はない。すべてが「幸福の糧」となり、「
生命の宝」となっていくのである。
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ヘレン・ケラーに神々しき師弟の心
 “三重苦”を乗り越え、社会福祉の向上に尽くしたアメリカのヘレン・ケラー。彼女が、恩師サ
リバンせんせいについて、こう語っている。
 「私のうちにあるすべての善きものは、ことごとく先生のものなのです。一つの才能も、一つの
向上心も、一つの喜びも、先生の愛の手によって目覚まされなかったものではありません」
 恩を知る心は美しい。生涯、恩を忘れず、報恩の行動を貫き通していくところに、人間としても
っとも深く、もっとも尊い幸福の劇があるのだ。
 ヘレン・ケラーは、三度、来日している。最初の来日は、一九三七年(昭和十二年)であった。
じつはその数年前、彼女のもとに、日本から、“苦悩する人々に勇気を与え、福祉の遅れた社会を
変革するために、ぜひ、日本に来て、世論を喚起してほしい”との要請が寄せられていたのである

 しかし、そのとき、サリバン先生は重い病に伏していた。それゆえ、ヘレン・ケラーは、恩師を
いて日本へ行くわけにはいかないと、丁寧に申し出を断ろうとした。
 ところが、病床のサリバン先生は、諭すようにこう言った。
166
 「喜んで行ってあげなさい。あなたをここまで教育して来たのも、そういう求めに応じ、全世界
の不幸な人々と手を握り、みんなが幸福になれるようにとのためでした」
 ヘレン・ケラーの初来日が実現した背景には、神々しき師弟の心があったのである。
 彼女は自伝に、サリバン先生への感謝をつづっている。
 「先生によって私の友愛は実を結び、人類に奉仕したいという気持ちを強められたのであります

 恩師の心を心として、ヘレン・ケラーは、平和のため、人々の幸福のために、社会変革の行動を
、世界の隅々にまで広げていった。
 反戦運動の思いをこめて、女史は、「私の心の中よりの叫びは自由で、より幸福な社会を築き上
げようとする革命にあるのです」とも述べている。
 心から心へ、師匠から弟子へ、信念が受け継がれてこそ、偉大な事業は成し遂げられていくので
ある。
「今こそ人間主義を」と世界で講演
 「君は世界に征くんだ!」――この恩師の言葉のままに、平和のため、広布のために、私は世界
167
を駆けてきた。民衆と出会い、友情を広げた。各国の指導者と率直に語りあった。
争いが絶えない世界にあって、「不信」を「信頼」へと変えていくには、対話しかないからである
。希望の道を開くには、真実の人間主義を広めていくしかないからである。
 私は、人類普遍の知性の府で講演を重ね、「精神性の復興」を訴えた。
 フランスの学士院といえば、ヨーロッパの知性の最高峰として知られる。そこに招かれ、講演し
たことは懐かしい。
 居並ぶ芸術アカデミー会員。しわぶき一つない会議場。私は、みずからの詩で講演を始め、最後
も詩でしめくくった。その瞬間、張りつめた空気を打ち破るように、拍手がわき起こり、しばしな
りやまなかった。
 アメリカのハーバード大学では招聘を受けて二度、講演した。
 ひとたび、講演をお受けしたならば、生半可なものは許されない。多忙な合間を縫っての思索と
熟考が要求される。命をすり減らす労作業ともいえる。しかし“今、語らずして、いつ語るのか!
”との思いで臨んできたつもりである。
 創価の哲学と行動に、世界の知性は共感し、大きな期待を寄せている。
 私は、皆さまの代表として、世界の大学や学術機関から名誉博士・名誉教授等の栄誉を拝受して
168
きた。これは学術界における最高の敬意と賞讃の証である。
 創立五百五十年の伝統を誇る英国の名門グラスゴー大学、その学位授与式は厳粛であった。列席
者は、最高の礼装を身にまとう、壮麗な講堂で、私は総長から名誉学位記を受けた。
 アメリカのデンバー大学では、屋外の卒業式。陽光が降り注ぐ、すがすがしい式典であった。
 私は、折あるごとに、海外の大学を訪れ、交流を重ねてきた。対話で、教育の力で、平和の道を
開きたい――その一心からであった。
退転者の本質は「臆病」「癡か」
 さて、日蓮大聖人には、社会的に有名な女性門下もいた。その一人に、大聖人の故郷である安房
国・東条郷の「領家の尼」がいる。
 この領家の尼は、御書に「日蓮が父母等に恩をかほらせたる人」(0895:03)とあるように、大
聖人のご両親が恩を受けた人であった。その縁を重んじられた大聖人は、領家の尼を陰に陽に大切
にされた。
169
 地頭の東条景信は、この領家の領地を奪い取ろうと画策した。領有権が裁判で争われたようであ
る。この時も、大聖人は、領家の尼を支え、厳然と護りぬかれた。大聖人は、“もしも、この争い
に敗れたならば、法華経を捨てる”という誓いを立てて、深く真剣に祈って事に当たられた。そし
て、一年のうちに、問題を解決に導かれたのである。
 御聖訓には、退転者の心の本質を、「臆病」「癡か」等と喝破されている。
 大聖人は、領家の尼の弱き信心を深く心配しておられた。それゆえ、かねてから彼女と対面され
るたびに、「難信難解」と、繰り返し教えてこられた。にもかかわらず、彼女は、この御本仏の大
慈大悲の教えが、わからなかった。
 大聖人から大恩を受けながらも、この領家の尼は、大聖人が佐渡に流され、門下にも迫害が及ぶ
や、退転してしまうのである。大聖人が佐渡からもどられた後、彼女が後悔し、御本尊をいただき
たいと願い出ても、大聖人は退けられている。 

 一方、「新尼」と呼ばれた、領家の若き嫁は、何があろうと、純粋に勇敢に信心を貫き通した。
姑が退転するなか、信心を貫くことが、どれほど大変であるか。その健気な新尼の戦いを、大聖人
は、じっと見守っていかれた。
 そして、この新尼に対して、「あなたの信心は立派である」「信心がたゆむ様子は見えない」と
170
、深い励ましと讃嘆を贈られているのである。
 大事なのは、年齢ではない。立場でもない。信心が強いかどうかである。
 今、わが創価学会の婦人部スクラムにおいても、この新尼のように、信心若き若い世代が、真剣
に信心を全うしていることが、どれほどむずかしいか。あえて厳しく教えられている。
 どうか、皆さま方もまた、何があろうとも、だれがどうであろうとも、一生涯、断固として信心
を貫き、創価に生きぬいて、わが誓いと使命を果たしきっていただきたい。
 先輩も、若き友も、一緒になって行動し、はつらつと若々しく、模範の人生勝利の大道を進みぬ
いていただきたい。
万人の幸福への根本の道
 打ち続く大難を乗り越えた日蓮大聖人は、四条金吾に仰せである。
 「日蓮もまた、正法の力を根底に、この日天子を頼みとして、日本国に立ち向かって数年になる
171
。すでに日蓮は『勝った』という気持ちである。利益、現証がはっきりしていることは、他に求め
ることができないほどである」(御書 1146p 通解)
 大聖人は、日天を味方にし、大宇宙を味方にする大境涯で、一人、権力や邪法と戦われたのであ
る。この大聖人に直結する創価の陣列を、諸天善神が護らないわけがない。
 御書に何度も引かれている。妙楽大師の文がある。「必ず心が堅固であることによって、諸天善
神の守りは強いのである」(通解)
 これが、仏法の鉄則である。広宣流布のために、強い信心で立ち上がれば、諸天善神が必ず護る
。勇気をもって戦えば、勝利の活路は開かれる。
 御聖訓には、明快に仰せである。
 「われわれが唱える題目の声を聞かれた梵天、帝釈、日月、四天等が、どうして、色つやを増し
、輝きを強くされないはずがあろうか。どうしてわれらを守護されないはずがあろうかと、強く強
く思われるがよい。
 まずは真剣に祈ることだ。そして、恐れなく戦うことだ。諸天を動かし、あらゆる人を味方にし
て、わが地域、わが天地に、民衆の勝利の旗を断固として打ち立ててまいりたい。
 私は、青春時代、戸田先生に、「なぜ不惜身命の信心をしなくてはならないのでしょうか」と質
問したことがある。先生は話された。
172
 「政治、科学、教育、宗教――とにかく人間の業というか、社会は複雑で、すべてが矛盾だらけ
である。どこにも、万人の幸福への根本的な道はない。
 その中で、大聖人の仏法だけは、人間の根本的な宿命転換の方途を示されている。常楽我浄と、
永遠の所願満足への軌道を教えてくださっている。これ以上の究極の人生の道はない。だから、信
心だけは命をかけてやって悔いがないのだ」
 わが身をかけて悔いのない道――それが創価の道である。この「常楽我浄」と「所願満足」の軌
道を、どこまでも喜び勇んで進んでまいりたい。
新しい目標へ、勇躍、大行進を
 有名な『あしながおじさん』で、アメリカの女性作家ウェブスターはつづっている。
 「青春とは、誕生日の回数とは関係ないもので、ただ、精神の溌剌さだけで決まります」
 どうか、健康第一で、「年は・わかうなり福はかさなり候べし」(1135:14)との御金言を、は
つらつと身読していく、生涯青春の人生であっていただきたい。
 学会は、来年の五月三日へ、そして「次の五十年」へ向かって力強く出発した。
173
 大事なのは、次の世代を育てることである。多くの幹部が、だんだん年をとってきた。革命をし
なくてはいけない。新しいリーダーを育てなければならない。そのためにも、ダイナミックに交流
し、切磋琢磨しあうことである。
 ドイツの詩人ヘルダーリンは、高らかに春を謳った。
 「日はかがやき、野は花咲く」
 「人間の活動は新しい目標を追うてはじまる」
 われらは、つねに五月三日を原点として、新しい目標に向かい、勇躍、大行進を開始するのだ。

 結びに、アメリカの非暴力の人権の指導者キング博士の師子吼を贈りたい。
 「人間の歴史は善と悪との闘争の物語だといえる」
 「歴史というものは、一見抵抗しがたい勢いで進軍していきながら、正義の軍勢の槌の一撃で壊
滅してしまう悪の軍勢の物語である。
 だからこそ博士は、人権のため、正義のために戦いぬいた。
 ともあれ、末法は邪智邪法の時代である。民衆を苦しめる悪とは断固、戦うことだ。広布のため
に戦えば、健康になる。福徳も増す。若々しくなる。戦いを忘れたならば、心が老いる。力も褪せ
る。敗者の人生になる。これが私の結論である。
174
 私は何十年も、多くの人を見てきた。「信心の博士」「仏法の博士」との自負を持っている。人
まかせでなく、自分が最前線に立つことだ。創価の道は、すばらしい人生を生きるための道である

 この大道を、ともどもに生きて生きて生きぬきましょう!
                                 (東京・新宿区内)
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050518top
第四十九回本部幹部会
第四回東北総会
さあ前進!世界広布の「本門の時代」を

連戦連勝の四十五年間、全同志に感謝

 東北の皆さま、新世紀第四回の総会、おめでとう!東北は本当に伸びてきた。新しい人材の東北
ができてきた。私はうれしい!
 また、海外のSGIの皆さま、遠いところ、ご苦労さまです!
 全国の同志の皆さま方にも、「ご苦労さま、ありがとう」と心から感謝申し上げたい!
 恩師戸田先生は、つねづね、こうおっしゃった。
176
 「正義は絶対に勝たねばならない。正義が負ければ正義ではなくなる。創価学会は、正義の中の
正義の団体である。
 ゆえに、絶対に勝たねばならない。勝ってもらいたい。永遠に勝ちぬき、勝ち誇って、一生を送
ってもらいたい」
 厳しく、正しき恩師の指導であった。
 私が戸田先生の弟子となり、第三代会長に就任して、本年で満四十五年。
 この恩師の言葉のとおり、全国の同志の力を振りしぼり、何があっても我慢して、広宣流布のた
めに戦い、勝ってください。忍耐と希望を持ちながら、敢然と前進してくださった。
 それゆえに、会長就任以来、この四十五年間を連戦連勝で進んでくることができたのである。す
べては、皆さまのお力と護りがあったからである。
 見事なる連戦連勝を飾った全国、全世界の同志の皆さまに、もう一度、心から御礼申し上げたい
。本当にありがとう!本当におめでとう!
 海外の皆さまにも、重ねて御礼申し上げます。海外の友のはつらつとした姿は、日本の同志に計
り知れない勇気と希望を贈っているのです。重大な使命の方々です。
 さらにきょうは、大切な創価の僧侶である青年僧侶改革同盟の皆さまも参加してくださった。ご
苦労さまです。
177
難こそ誉れ!正義の民衆は戦い勝った!
 最初に「勝負」という観点から、いくつか懇談的に話したい。広宣流布の戦いは、魔との連続闘
争である。
 これまでも、何度か語ってきたが、若き日、私は、大阪の地で、無実の罪で捕えられた。「大阪
事件」として、学会の歴史に厳然と記されている。
 すべては、正義の民衆の連帯である学会の前進を妬み、憎み、破壊せんとする権力の陰謀であっ
た。それは、皆さんがご承知のとおりである。
 日本の国は、「嫉妬の思いが甚だしい国である」――。
 日蓮大聖人は、このちっぽけな「嫉妬の国」に、あえて凡夫の姿で、お生まれになられた。そし
て、数々の大難を招き寄せ、御自身が法華経の行者であることをお示しになって、全民衆の救済の
道を開いていかれたのである。
 わが学会もまた、民衆の中で生まれた。正義ゆえの数々の大難を受けながら、民衆とともに、民
178
衆の幸福のために戦ってきた。勝ってきた。この事実こそ、学会が大聖人直結の仏意仏勅の団体で
ある証にほかならない。これほどの誉れはないのである。
 勝負を決するのは「人材」である。
 戸田先生は、人材をこよなく愛された。つねに人材を見つけ、人材をつくり、人材を立派に育て
ていくために、あらゆる手を尽くされた先生であられる。とくに、これと見込んだ青年に対しては
、それはもう容赦なく訓練された。針の先でつつくように細かいところまで目を光らせておられた
。この恩師の厳愛の薫陶ありて、学会の人材の城が築かれたことを忘れてはけない。
 戸田先生は、厳しき戦いのなかで人材を鍛錬された。
 常勝関西の源流となった昭和三十一年(一九五六年)の「大阪の戦い」。戸田先生から総指揮者
に任命されたのが私であった。
 文字どおり、「不可能を可能にする」戦いである。そこに先生は、私を送り込まれたのである。
 晩年の戸田先生が「勝って、わが人生の最後を飾りたい」というお心であったことは、私もよく
わかっている。また、学会の将来を見据えて、「大作がどこまでできるか見ておきたい」というお
気持ちであられたようだ。ともかく、私は戦うしかない。勝つしかない。
 「私は勝つ!断じて勝つ!」と心に決めて、走りに走った。そして、後世の人が仰ぎ見る、民衆
179
勝利の大金字塔を打ち立てたのである。
 きょうは、尊敬する関西の同志も来てくださっている。常勝の魂を継承しゆく関西青年部の諸君
も頼もしい。いつも本当にご苦労さまです。ありがとう!
前へ前へ!青年の心で
 信心の世界は、素直な人が勝つ。真面目に地道に行動する人が最後は得をする。
 たとえば、会合に出席するにしても、少しでも早く会合に行こう、そして会場の前に座ろうとい
う心の人は、いきいきと光っていくものだ。小さいことのように思えるかもしれないが、この「前
へ前へ」の一念が大事である。自分自身を勝利の方向へ、福徳の方向へ、健康の方向へと引っ張っ
ていくのである。
 もちろん、「前」でなくてはいけないということではない。たとえ、「後ろ」であったとしても
、時間のないなかで、必死に仕事をやり繰りして、遠くからやっとのことで駆けつけたという場合
もあるにちがいない。その人の心もまた最高に尊い。
 要するに、妙法を求める一念がどうかである。「心こそ大切」が仏法の真髄である。
180
 信心には「定年」はない。これだけやったから、もう休んでいいということはない。生きている
かぎり、何かの仕事を残していくことだ。それが、われらの「価値創造の人生」である。
 仏典には「人間は百二十歳まで生きられる」と説かれている。であるならば、六十歳、七十歳は
、まだまだ人生の折り返し、絶対に老け込んだりしてはいけない。とくに最高幹部の皆さん、よろ
しく頼みます。
 仏法は、限りない向上の源泉である。いくつになっても、生命は生き生きと輝いていけるのだ。
 心は「青年」でなければならない。私たちは、どこまでも青年の気概で、勇気凛々と、気力満々
と、健康勝利の道を前進してまいりたい! 
あの日あの時の友を忘れない
 私は、もっとも大変なときに、ともに戦ってくださった方々を、生涯、忘れない。
 昭和五十四年(一九七九年)の四月、私は、第三代会長を辞任した。その背後には、陰険な宗門
と結託した反逆者たちの醜い謀略があったことは、皆さんもよく知っていることと思う。
 じつは、私の会長辞任の報を聞いて、真っ先に私のもとに駆けつけてくれた人たちがいた。
 「なぜ、先生が辞めなければならないのだ!」「だれが先生を辞めさせたのだ!」――もう居て
181
も居られず、彼らは、東京にやってきたのである。
 その人たちは、関西の七人であった。私は、この友に“関西の七勇士”という名前を贈った。
 さらに、この時、北陸の二人の同志も馳せ参じてくださった。
 この第一次宗門事件も、近年の第二次宗門事件も、学会は断じて勝った。学会の団結は、誰人も
壊すことはできなかったのだ。
 あまりにも美しき同志の真心を、私は永遠に忘れない。永遠に讃えていきたい。さらにまた、全
国、全世界におられる広宣流布の大功労の友に最大の賞讃を捧げたい。これが私の偽らざる心情で
ある。

 音楽隊の皆さん。いつもありがとう!きょうは私も一緒にやりましたよ!
 私は、皆さんが会場に着き、練習している様子をうかがうたびに、「今日もきてくださったな。
仕事も忙しいなか、本当にありがたい」と思う。
 音楽隊の皆さんが、生々世々、世界的芸術家の境涯、幸福の長者の境涯を得ることは、仏法に照
らして間違いない。なぜなら、これほど多くの同志に音楽を贈り、心を豊かにし、広宣流布の
182
士気を鼓舞しておられるかたである。おめでとう!ありがとう!
難と戦ってこそ仏の境涯 
 牧口初代会長を偲びつつ、大確信の信心に続いていきたい。
 「難があればあるほど、仏になれるのだ」「憎まれれば憎まれるほど、功徳は増大していくのだ

 これが、軍部権力と戦い、殉教された先生の悟りであられた。
 これまでも、これからも、難にあわない仏はいない。難と戦ってこそ仏の境涯は得られる。ここ
に仏法の真髄がある。
 「謗法を破折することは、自分自身を厳然と守るためである。大聖人をお守りすることである。
広宣流布を推進していく力なのだ」――牧口先生は、こう定めておられた。
 戸田先生の言葉を胸に刻みたい。
 「要するに、問題があるから、力がつく。悪い人間がいるから、境涯が大きくなる。そう達観し
て、大きく強く生きぬいていくことだ」
 確かにそのとおりである。どんな社会、どんな組織であれ、課題はある。悪い人間もいる。何も
ないということは、ありえない。課題があり、悪い人間がいるからこそ、それと戦い、苦労するな
183
かで、力がつくのである。
言論戦は攻めて勝て
 また戸田先生は、いつも、“勇敢に生きよ!臆病になるな!”と教えられた。
 いわく「臆病な人生を生きねばならぬ人間は、畜生のようなものである。卑怯であり、不幸であ
る。勇敢なる人生を生きる人は、最高の人生であり、幸福である」と。
 さらに、小樽問答の時である。
 問答は学会の正義を満天下に示した、歴史的な他宗との問答であった。日蓮宗身延派は宗門を相
手にしたいと言ってきたが、宗門が逃げ回り、代わって学会が、受けて立った。社会も大いに注目
した。
 戸田先生は、私を中心とする青年部に、全権を任された。「大作、やってやろうじゃないか」「
行ってくれ」と。
 法論の勝利のために、もっとも大事な点は何だったか。それは、法門の中身の問題ではなかった

184
 戸田先生はただ、「思いきり攻撃する」ことを教えられた。「攻めることが肝心なのだ」と。
 学会は永遠に、この攻撃精神で進みましょう!
 広宣流布を阻む仏敵との戦いに、容赦があってはならない。
 先生は峻厳に言われた。
 「学会に敵対したら、生々世々にわたって福運の道を断ち、苦しみぬかねばならない」

 戸田先生は、わたしたちのことをよく「闘争人」と表現された。先生は叫ばれた。
 「“闘争人”というのは、民衆を不幸にする邪悪を絶対に打ち砕いてみせるという、赤々とした
闘魂、情熱を燃え上がらせる人です。胸に炎をもつことです」
 悪との戦いについては、極端なまでに攻撃的な先生であった。しかし同時に、徹底して暴力的な
行いを嫌った。一見、正反対なことを言っているように見え、「どれが本当か」と戸惑う人もいた
が、全部、真理であった。先生の言葉は、全部、「民衆を不幸にするものは許さない」という深い
慈悲に発していたのである。
 私自身、若き日から、正義の言論戦に徹してきた。
 無認識に誹謗する人間に対しては、どんな相手であれ、「認識せずして評価する、それではあま
りに幼稚でありませんか!」と厳然と訴えた。心からの言葉であれば、相手の心は変わるものであ
185
る。
 この「戦う言論の魂」を、青年部の諸君に、今こそ受け継いでいただきたい。

 先生は「人間学」の天才であられた。人材育成について、こう言われたことがある。
 「人材を輩出するには、いそがしいことが大事だ。そうすれば組織が若返る。その中で人材が養
成されるのだ」
 時間と余裕があれば、その分だけ成長するかといえば、逆である。朝から晩まで、ぼーっとして
、価値ある「行動」がない。これでは人材になるわけがない。
 闘争に次ぐ闘争――その忙しさのなかで、人間は磨かれる。学会の人材育成のあり方は、正しい
のである。
 戸田先生の希望は「青年」であった。
 「これからの日本、そして世界は、青年が嵐のごとき絶賛の応援をしていくならば、どんなこと
でも現実できる。否、それしかこれからの大業の現実はありえない」
 これが、先生の大確信であった。
 私も「青年の時代」をつくっている。世界広布という大業の実現は、青年に託すしかないからだ
。日本はもとより、海外も、頼もしい青年が増えてきた。私は本当にうれしい。
186
 海外から来日された青年の方は、いらっしゃいますか?
 私たちは、心から歓迎し、最大に応援していきたい。
題目で生命力を満々と
 戸田先生は言われた。
 「生命力の弱い者は、強い者に負ける!!」
 生命力を増す。それには題目をあげることだ。色心ともに健康になるのだ。
 生命力を強くする軌道が、折伏であり、広宣流布である。そのリズムに乗った人間は強い。
 広宣流布の組織から離れた人間は弱い。強いように見えても、勝手気ままに偉そうな格好をして
いても、弱い。それは虚勢だからだ。しっかり者の奥さんが、ふっと吹けば、飛んでしまう男性の
ようなものだ。
 また、戸田先生は「新しい仕事というのは、自分たちのこれまでの枠を破るところから出発する
ものだ」と言われている。
 深い意味をもった言葉である。よく思索していただきたい。偉大な仕事、価値ある仕事をするこ
とだ。ただ、軽率な考えで、今まで先輩が築き上げたものを、すぐに壊せばいいというものでもな
187
い。極端に走るのは青年の特質と言えるが、よくバランスをかんがえないといけない。

 戸田先生は獅子吼された。
 「広宣流布の大業とうものは、魔との闘いである。たじろぐことは許されない。負ければ、人類
は永遠に闇に包まれてしまう」
 広宣流布は魔との闘争である。魔に打ち勝てばいいのである。そうすれば、平和と幸福の花園が
広がっていく。魔が出現しない広宣流布の戦いなど、ありえない。大聖人は「此の世界は第六天の
魔王の所領」と、明確に仰せである。
 では、「魔を打ち破る利剣」とは何か。それは「題目の力」である。
 魔を打ち破って、多くの人を味方につける。これは、すごいことである。破折である。邪義を破
折して屈服させるのだ。
 魔との戦いは、幸福になるためである。仏になるためである。永遠の功徳輝く生命になるための
、いちばんの力であり、近道である。
 魔と恐れなく戦え!魔の蠢動を許すな!絶対に妥協するな!――そう恩師は叫んだ。
 正義が負ければ、人類は闇に包まれる。地球を救うには、善の連帯を広げるしかない。その基盤
となるのが「人間革命の哲学である。
188
 戸田先生は「組織を利用し、皆から顰蹙を買うような問題を起こす幹部は解任せよ」と厳命され
た。学会に迷惑をかけた幹部はただちに辞めさせよ!絶対に皆で追放していけ!――それはそれは
厳格なるせんせいであられた。

 戸田先生は訴えた。
 「最後に勝つ。その人が本当の勝利者である」
 「戦わなければ正義は敗れる。正義があればこそ負けるわけにはいかない。断じて勝たねばなら
ない。だから戦うのだ。師子は吠えてこそ師子である」
 たとえ正義であっても、敗れてしまえば、現実には何の波動も起こせない。勝ってこそ正義であ
る。だから勝ちましょう!
 戸田先生は達観されていた。
 「野良犬が吠えるような、いかなる罵倒や非難があっても、決して動ずるな!そんな、つまらな
ぬことに、決して紛動されるな!
 英雄の道を歩むのだ。
 偉人の道を歩むのだ。
189
 私たちの信奉する大聖人の難から見れば、すべて九牛の一毛にすぎないのだ。
 私もまた、恩師のごとく、そういう境涯で頑張ろう。

 東北は立派に成長した。東北長と東北婦人部長を中心に、新しい時代が開幕した。本当におめで
とう!
 娘のあなたが、しっかり信心をしえいれば、お父さんは、もう信心いえいるのと同じです。大丈
夫です。どうか、朗らかに進んでください。
 大事なことは、あなた自身がよき娘であることです。「お父さん。肩をたたきましょうか」とか
、何でもいい。感謝の気持ちを、何かで伝えることです。
 一般に、父親というのは、娘がかわいくてしかたがない。娘がお嫁に行くと聞けば、一週間は泣
いている。結婚したら一ヵ月ぐらい泣いて、一年ぐらい魂が抜けたようになってしまう場合もある

 ともあれ、少しもあせる必要はない。ここまで育ててくれたお父さんへの感謝を忘れず、頑張っ
てください。
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人間をつくる宗教、人間をつくる教育
 ここで、世界の指導者や、古今の思想家の言葉、また名作の一節などを通して、少々、お話しし
たい。世界のあらゆる文化に光を当て、広く学び、新たな価値創造のエネルギーを引き出していく
。それが創価の道である。
 本日の幹部会には、インドのメンバーも参加されている。
遠いところ、本当に、ようこそ!ナマスケ!
 近代インドの思想家ヴィヴェ―カーナンダは、こう言っている。
 「われわれに必要なのは人間をつくる宗教である。われわれに必要なのは人間をつくる教育であ
る」
 人間をつくる。人間を育てる――未来をひらいていく一切の根本は、そこにある。そのためには
、宗教による深き精神性と、教育による英知の光が不可欠なのである。
 先哲の言葉は、私たちの進んでいる道が正しいことの、一つの証左である。
 ドイツの詩人で、劇作家であるエルンスト・トラーは、八十年前、人々に向って呼びかけた。
 「革命は、君達を、実に、待っているのだ、青年よ!」
191
 トラーは、平和主義と反ナチスの運動を勇敢に展開し、弾圧された。人間を抑圧する悪と戦い、
さんざんに苦しめられた。“権力や地位をもった人間は信じられない。青年こそ、時代と社会を変
えていく主役なのだ”という叫びを感じる。
 本日は、フランスSGIの理事長はじめ、フランスの代表が参加されている。ありがとう
 十九世紀のフランスの詩人ボードレールは、こう書き留めた。
 「躊躇の損失は如何におおきいことか!」
 躊躇とは、ためらうことである。やろうか、やめようか、どうしようか――そうやって躊躇する
こと自体が大きな損失を生む。
 やるべきことは、すぐにやることだ。決意したら、ただちに行動することだ。
 「勝利はうつくしい花です」――これは、ドイツの詩人シラーが、ジャンヌ・ダルクを描いた戯
曲の中にある一節である。
 まさしく、そのとおりである。私たちも、わが人生の舞台にいて、楽しい勝利の花を、爛漫と咲
かせてまいりたい。
 さらにシラーは別の戯曲で「人間の権力などをおそれまい」とつづっている。
 人間の権力というものは、いかに強大に見えても、悠久の歴史の流れからすれば、じつに、はか
192
ないものだ。いわんや、三世永遠に大宇宙を貫く、偉大なる妙法に比すれば、まことに小さな存在
である。
 私どもは、その最高の妙法をたもっている。三世十方の諸仏、諸天が厳然と守ってくださってい
る。ゆえに、ちっぽけ権力など、恐れることはない。はるかな精神の高みから、悠久を見おろして
いくことだ。
 「真実は曲げることはできない」格言が、ロシアにはある。
 真実は、どこまでいつも真実である。真実をねじ曲げ、覆い隠そうとする悪に対して、私どもは
断固として戦っていく。それが学会の誇り高き道である。
 さらにロシアには、「女性の知恵は、万人の考えに勝る」ということわざがある。
 広宣流布の前進においても、女性の聡明な知恵が、どれほど力を発揮し、道を開いてきたことか
。創価学会のあらゆる活動は、女性が大きく支えてくださっているのである。
 “婦人部・女子部のおかげで、広宣流布は進んでいるのだ”――男性のリーダーは、こう肝に銘
じて、女性に感謝し、讃え、大事にしていかなくてはならない。
男声は、女性に「最敬礼」してまいりたい。
193
 中国の『伝習録』に、「人生の大病は、ただこれ一の?の字なり」とある。
 人間の一生の最大の病根は、「?」の一字――すなわち「傲り」に尽きるということである。
傲慢な人間は、結局、みずからの傲慢によって滅びていく。「傲り」は怖い。「傲慢」は、人間精
神の深刻な“病”といえるかもしれない。まさしく「人生の大病」である。人生全般に通ずる言葉
であるが、仏法の世界、信心のせかいにおいて、とくに戒めていくべき一点である。
 御書に仰せどおりに広布に進む学会に対して、決して傲慢になってはならない。絶対に学会を、
学会員を軽んじてはならない。経文に照らし、御書に照らして、その人は必ず厳しき報いを報受け
る。
 「わるい所行は、所詮、栄えませんな」とは、古代ギリシァの大詩人ホメロスの『オデュッセイ
アー』の一節だが、古から変わらぬ真理である。
アメリカ創価大学で第一回卒業式
 いよいよ、わがアメリカ創価大学の第一回卒業式が、今月二十二日に挙行される。世界の舞台に
、栄光の第一期生たちが出発する。
 卒業式には、国際機関や教育界の代表をはじめ、各界の著名な来賓が多数、出席される予定にな
194
っている。さらに、ゴルバチョフ元ソ連大統領、インドのナラヤナン前大統領、世界各地の大学総
長や識者の方々から、続々と祝福のメッセージが届いており、最優秀の若き創価の英才たちに最大
の祝福を寄せてくださっている。 
 アメリカ創価大学は“二十一世紀の世界市民の揺籃”として大きな期待を集めている。本当にう
れしいことである。
 南米ブラジルのロンドリーナ市には、三十七万坪におよぶ広大な「池田大作博士環境公園」があ
る。栄光にも、この公園に私の胸像を置くという提案を市長からいただいた。胸像を囲むように三
つの石版が建てられ、私の理念の柱である「平和」「文化」「教育」の言葉が刻まれるとうかがっ
た。
 また、ブラジルと日本の友好を願い、記念植樹も行われる。すべては、皆さん方への絶大なる「
信頼の証」である。私は深く感謝している。世界広宣流布が、壮大な広がりで展開し、進展してい
る証明であると思っていただきたい。
「『生老病死と人生』を語る」の連載開始
 釈尊が、自身の本地を明かした法華経「本門」の寿量品を説いたのは七十六歳であると、日寛上
195
人は記しておられる。
 わが創価学会は本年、七十五周年を迎える。これからが、世界広布の「本門」の時代の始まりで
ある。
 私は現在、七十七歳。いよいよ、本格的に仏法を論じ始めていくつもりである。その一環として
、「聖教新聞」で新連載「『生老病死と人生』を語る」を開始する予定である。
 トルストイは論じている。
 「古代から人間の理知はお互いの同志の闘争や苦悩や死によって滅びることのないような人間の
幸福を探知することに向けられてきた。そして闘争や、苦悩や、死によっておかされることのない
。この疑いない人間の幸福をますます解明しようとすることこそ、われわれがその生活を知りはじ
めて以来の人類の進歩のすべてがあるのである」
 苦悩や死によっても揺るがない、絶対的な幸福境涯を、いかに確立するか。トルストイは、そこ
に「人類の進歩のすべてがある」と言った。その最先端の哲学の道を切り開いているのが、わが創
価学会である。
 ご尊じのように、私は、これまで、世界の多くの医学者とも対話を重ねてきた。
196
 がん研究の第一人者であり、モントリオール大学の学長を務めたルネ・シマー博士とは、対談集
『健康と人生――生老病死と人生を語る』を発刊した。
 また、世界的な心臓外科医で、ヨーロッパ科学芸術アカデミー会長であるフェリックス・ウンガ
ー博士とも、対談を行っている。
 新連載「『生老病死と人生』を語る」では、ドクター部の代表とともに、尊き同志のますますの
健康と長寿を真剣に祈りつつ、語り残したい。

 戦う文豪ユゴーは叫んだ。
 「正義と共に居る人は死を畏れるものではない」と。
 正義の中の正義である学会とともに生きゆく人は、いたずらに死を恐れることなく、荘厳な人生
の総仕上げを飾っていくことができる。その美しき、見事な勝利と実証は、枚挙にいとまがない。
 反対に、恩知らずの裏切り者たちの末路が、どれほど惨めであるか。皆さまも、よくご存じのと
おりだ。
 御聖訓には「謗法の者を対治する功徳によって、生死の迷いと苦しみを離れることができる」と
説かれている。
197
 悪と戦いぬく生命こそが、常楽我浄の風に包まれる。なお、「常楽我浄と仏法」をテーマにした
対談も、時を見て開始したいと思っている。
 ともあれ、「これからが勝負」である。

 私はかつて、世界的に有名な微生物学者であり、医学の分野で大きな業績を残されたルネ・デュ
ボス博士とお会いしたことがある。デュボス博士との対談を進めてくださったのは、歴史学者のト
インビー博士であった。
 デュボス博士は、こう述べている。
 「努力のない人間は堕落する」――まったくそのおおりである。努力していない人が、本当に幸
福になっためしはない。
 皆さんには今、さまざまな苦労があるかもしれない。しかし、大変ではあるけれども、そうした
苦労のなかで努力しているからこそ、幸福になれる。努力と幸福は一体である。
 その確信をもって、広布のために勇んで苦労し、幸福への王道を歩みぬいてまいりたい。
198
 きょうは、最高に晴れやかな東北総会、重ねて、おめでおうと申し上げたい。
 破折も、「聖教新聞」の拡大も、正義の対話も、東北の大誠実の友は、すべてに大勝利した。私
は心から讃嘆申し上げたい。
 東北が生んだ信念の教育者であり、牧口先生と深き友好があった新渡戸稲造博士は言った。
 「信仰は勇気であり、勇気は信仰である」
 また、「愉快は偉大な魂の特徴である」「臆病者なら度を失う白熱の戦闘にあっても、偉大な魂
はつねに愉快である」
 私は、「偉大なる東北よ、勇敢に、そして愉快に勝ち進め!」と申し上げたい。
法華経の兵法で、師弟の心で、勝て!
 「法華経に勝る兵法なし」。これが、大聖人の御確信である。
 それは、「広布」と「人生」のあらゆる闘争を断固として勝ちぬいていく、真髄の力である。そ
してまた、提婆達多のごとき邪知の輩をも、厳然と打ち破っていく究極の智慧である。
 迫害をくぐりぬけた四条金吾。その勝因を大聖人は三点にわたって示された。
 まず、「先々の用心」。決して油断せず、事前の準備や緻密な取り組みを怠らないことだ。
199
 次に「勇気」。
 そして「強い信心」強盛なる大信力を出すことである。
 「法華経の兵法」を会得するための要諦は何か。
 それは、「師弟相違せばなに事も成べからず」等としめされているとおり、“師匠の深き心に、
自身の心を合致させていく信心”である。
 大聖人に直結する創価学会の師弟には、この「法華経の兵法」が脈々と受け継がれている。師と
弟子の一致した「法華経の兵法」ほど強い者はない。
 戸田先生は、あの大阪事件の弾圧の渦中で叫ばれた。
 「破折すべきことは徹底して破折していくんです。黙っていれば、世間はそれが真実だと想いこ
んでしまう。
 『いかなる事ありとも・すこしもたゆむ事なかれ、いよいよ・はりあげてせむべし』(1090:01
)というのが、折伏の精神です」
 「正義が嘘八百にまけてたまるものですか」
 負けてたまるか!――この「折伏精神」「攻撃精神」に心を合わせてきたからこそ、世界的な学
会になった。
 牧口先生と戸田先生、そして戸田先生と私は、この最極の「師弟の力」で勝ってきたのである。
200
 わが青年部も、この道に続いていただきたい。

五月十九日は、創価学会常住の御本尊が認められた意義深き記念の日である。
 この御本尊には、「大法弘通慈折広宣流布大願成就」と、お認めである。創価学会の破邪顕正の
勝利は約束されている。
 インド独立の父マハトマ・ガンジーは言った。
 「信仰が、その結果として行動に移されないとしたら、いったい信仰とは、何であろう?」
 信仰は、観念論ではない。「行動」こそ、真実の信仰の証である。
 私たちは、さらに強く、全世界へ「大法弘通」の道を開き、さらに深く、末法万年尽未来際へ、
「慈折広宣流布」の流れを起こしていきたい。そして、さらに堂々と「大願成就」の勝利の歴史を
築きゆくことを、固く決意しあいたい。
 どうかお元気で!
 元気になっていく一つの根本は、「夜、できるだけよく休むこと」である。当たり前のよだが、
いちばん大事なことだ。夜は遅くまで起きていて、朝は早く起きねばならない――これでは続かな
い。できるだけ、体を休めていただきたい。
201
 以上で、本日の幹部会を終わります。長時間、ご苦労さまでした。
 皆さんが、いつまでもお元気であられるように祈っています。ありがとう!
                                (東京牧口記念会館)
202
050521top
第二総東京代表協議会
力強い声で!正義の師子吼を
いわれなき批判には徹底的に素早く反論
 東京は、わが故郷である。私は、東京生まれの東京育ち。いわゆる「江戸っ子」である。その誇
りを持っている。
 江戸っ子は、さっぱりしていて、きっぷがよく、何でも、はっきり、ものを言う。それが身上で
ある。一見、淡泊に見えて、正義を叫ぶ時は、くどいぐらいになる。悪は絶対に許さない!その怒
りが、言葉となってほとばしるのだ。
203
 声は武器、声は力、口は語るためにある。勇敢に叫ぶのだ。
 いわんや、仏法においては、「声仏事を為す」である。声で勇気がわく。勢いが増す。勝利の道
を開いていける。
 人間主義は正しい。仏法は絶対である。われらの前進を、世界の知性が待っている。
 今こそ打って出よ!正義と真実を、しゃべって、しゃべって、しゃべりぬくのだ。力強い声で!
そうすれば、いかなる暗雲も、いっぺんに吹き飛ぶ。
 御聖訓には「南無妙法蓮華経は師子吼の如し」(1124:07)と仰せである。
 朗々たる題目の力で、正義と師子吼で、百獣のごとき魔軍を、敢然と打ち破ってまいりたい。
  アメリカを代表する経済学者ガルブレイス博士と私の対談「人間主義の大世紀を――わが人生
を飾れ」の出版の準備が、現在、順調に進んでいる。
 ガルブレイス博士は、権力者や悪意の人間たちからの数々の非難中傷に対して、毅然と立ち向か
い、戦いぬいてこられた。博士は述べている。
 「いわれのない批判を受けた時は、徹底的に素早く反論するのが私のやり方である」「私の徹底
抗戦が功を奏して、次第に騒ぎは収まっていった」
 「徹底的に」「素早く」反撃する――ここに「言論闘争」精神闘争」に勝ちゆく要諦があるとい
えよう。
204
異体同心の団結で痛快な勝利を
 第二総東京の皆さまは、いかなる風波も打ち破り、果敢に前進されている。偉大な創価の発展は
、ますます力を増してきた。人格者である第二総東京長と、信心強盛であり、純粋で心美しい第二
総東京婦人部長等々の方々がリードする、めざましい発展ぶりである。日本中が驚嘆している。た
いへんに私も感謝している。  
 「第二総東京、万歳!」「婦人部の皆さま、いつも本当にありがとう!」と心から申し上げたい

 恩師戸田先生は断言された。
 「学会は広宣流布を成し遂げる平和の団体である。創価学会の幹部といえば、世界一の名誉だ。
世界一の宝だ」
 世界の虚栄に流されるなと先生は厳しく戒めた。学会の役職こそ、世界一の幸福の宝冠である。
どうか、誇りも高く進んでいただきたい。
 「発展する組織」の要件は何か。戸田先生は言われた。
 まず、「異体同心の団結」「うるわしい同志愛」があることである。そして「一人一人が、絶対
の確信に立って、“私が創価学会だ”という学会精神に、みなぎっている」ことである。
205
 第二総東京は“世界の模範”である。「異体同心の団結」を永遠に崩してはならない。何があっ
ても負けてはならない。わが胸に「学会精神」をみなぎらせながら、痛快なる大勝利を、よろしく
お願いしたい。
 日蓮大聖人は厳然と、また悠然と仰せになられた。
 「月月・日日につより給へ・すこしもたゆむ心あらば魔たよりをうべし」(1109:11)。さらに
また、「水のごとくと申すは・いつも・たいせず信ずるなり」(1544:10)。
 この御聖訓のままに、何があろうと、多摩の清流のごとく、たゆみなく強く、前へ、また前へ、
進みゆくことだ。私たちは、きょうも、生き生きと大仏法を学び、語り、行じたい。そしてみずか
らを人間革命しながら、広布と人生の勝利へ、一歩前進の勝利を刻んでまいりたい。
 フィリピンを独立に導いた国家英雄ホセ・リサール博士は叫んだ。
 「人はその使命と信念のために命を捧げるべきなのです」
 何のための人生か――この一点を忘れず、悔いなき日々を生きぬきたい。
「創価の平和の戦いを人々に知らせたい」
世界的な物理学者であり、ノーベル平和賞受賞者であるジョセフ・ロートブラット博士、博士と私
206
の対談が、このほど、総合月刊誌「潮」で連載される運びとなった。「地球平和への探求――ラッ
セル・アインシュタイン宣言五十周年を迎えて」とタイトルも決まっている。
 ロートブラット博士は核兵器と戦争の廃絶をめざす科学者の連帯「パグウォッシュ会議の」名誉
会員を務める。同議会を長年にわたりリードしてこられた。偉大なる「平和と人道の闘士」である
。現在九十六歳の博士は、今回の対談の開始を心待ちにしてくださっていた。ロンドンを訪れた戸
田記念国際平和研究所の副所長に託して、種々メッセージを寄せられた。
 それは、なぜか、博士は語っておられた。
 「SGIの平和の戦いを、少しでも多くの人に知ってもらいたいとの私の願いから、そうしてい
るのです。私が始めたこの重要な対話のことを、皆に知ってもらいたいと思っているのです」
 本当にありがたいことである。
 博士は、対談にかける心情をこう語っておられる。
 「私が、池田会長との対談をぜひとも望んだのは、未来の世代に、私どもの平和行動を余すこと
なく語り残したい、と願ったからです。
207
 核兵器の廃絶という目標は、やがて実現できるでしょう。しかし、戦争のない時代を築くのは、
はるかに遠い目標です。これは、若い世代に託す以外ありません」
 この地上から核兵器をなくせ!そして戦争のない時代を築くのだ!
 人類の悲願を見つめ、戦いぬいてきた“平和の獅子”のさけびである。

 博士の青年への期待は、あまりにも大きい。
 「私は、戸田先生と池田会長がともに、青年の情熱と力に、大きな期待を寄せてきたことを知り
ました。今、私も同じ思いです。
 私は、戦争の廃絶を青年の手にゆだねたいと願い、その願望と期待を、池田会長との対談の全編
に込めました。私は、この対談を通して、平和に対する私の思いをすべて語り尽くしたいと願って
おります。
 「私がこれまで接する機会をもったSGIの青年たちは、皆、一生懸命勉強し、真剣に世界の諸
問題の平和解決のために尽力しようという気概にあふれておりました。
 博士は、二〇〇一年の秋、「9・11」のテロ事件の直後にもかかわらず、ロンドンからわざわ
ざ足を運び、アメリカ創価大学で講演してくださった。それだけに、今回の卒業式を、ことのほか
208
喜んでくださった。
 「アメリカ創価大学の第一回の卒業式、まことにおめでとうございます。
 私が講演のために訪れたアメリカ創価大学の学生たちは、皆、生き生きとした表情をしていて、
平和への強い情熱をもっていることに深い感謝を受けました。
 これも、池田会長の日ごろの激励のたまものであり、『池田会長の平和の精神が、見事にここに
生きている』との感を抱きました。アメリカ創価大学は、池田会長の教育への夢が実現したもので
あると、深く受けとめております」
 ロートブラット博士は、平和に生きる人生の大先達でられる。温かいご理解に、創立者として深
く感謝申し上げたい。

 栄光輝くアメリカ創価大学の卒業式には、世界の著名な識者から、たくさんの祝賀のメッセージ
をいただいた。チョウドリ国連事務次長をはじめ、そうそうたる来賓が出席しての堂々たる卒業式
である。
 教育者でもあられた初代会長牧口先生、第二代会長戸田先生が、どれほど喜んでくださっている
209
ことか。「教育」と「文化」――この大光を、燦然と世界に広げていくのが、創価の運動なのであ
る。
 ともあれ、人類の宝の英知との対話に、私は、いよいよ全力で取り組んでまいりたい。
 戸田先生は私に、こう教えてくださった。
 「これからは対話の時代になる。君もこれから、一流の人間とどんどん会っていくことだ。“人
と語る”ということは、“人格をかけて戦う”ということであり、それがあってこそ、真の信頼を
結び合えるんだよ」
 全人格をかけてぶつかれば、何かが生まれる。歴史が動く。深い友情が結ばれる。人間を結び、
平和の道を開く対話を、私たちは、さらに広げていきたい。
東京牧口記念会館に百七十五万人が来館
 全国、全世界から間断なく大勢の方々が、ここ八王子、市の東京牧口記念会館に来館してくださ
っている。国家元首も、世界的な知性もお見えになる。各界の名士の方々も、お迎えしている。そ
して、尊きわが同志の皆さまが、勇んで集まってくださっている。
 このほど、会館の来館者が、一九九三年十月二十四日の開館式から数えて、じつに「百七十五万
210
人となった。先日の関西青年部の総会に参加した若き友で、ちょうど、その数に達したのである。
 入場者数をカウントしてくれていた担当の方々は、創立七十五周年に符合していること、さらに
私が同志を代表して世界から拝受した名誉学術称号の「百七十五」という数に一致していることに
驚き、喜んでおられた。
 東京牧口記念会館の「共栄会」をはじめ、陰に陽に会館を護り、荘厳してくださる皆さま方に、
この席をお借りして心から感謝申し上げたい。
 この正義の殿堂に集われるすべての方々が、大福運に包まれ、勝利と栄光の人生をあゆみゆかれ
ること、私は真剣に祈っている。
シェリー“決然たる決意で高慢卑劣と戦う”
 歴史学者のトインビー博士ご夫妻が、私をロンドンの自宅に招いてくださったのは、「メイフラ
ワー・タイム」であった。
 七二年のイギリスへの訪問のさい、博士の母校オックスフォード大学、夫人の母校であるケンブ
リッジ大学を訪れた。そのことを夫妻は大変喜んでくださった。
211
 十九世紀の初め、ロマン主義文学を代表する詩人シェリーも、オックスフォード大学の門をくぐ
った一人である。彼は叫んだ。
 「改革とは本来足もとから始めるべきものです」
 そのとおりである。人間も組織も社会も、永遠に改革である。永遠に革命である。足元から日窒
一つ見直し、よりよく改革し、革命していく以外にない。
 ああらゆる試練の「挑戦」に、どこまでも「応戦」する。その努力を積み重ねたところが勝ち栄
える――これがトインビー博士の洞察でもあった。
 シェリーは変革への情熱を詩にした。人類の過去・現在の愚行を超え、喜びの未来に生きる「魂
」について、こう謳った。
 「善なる者」「誠実なる者」「決然たる意志を以て地上の高慢と卑劣を相手に争うて、/これを
征服し、慣習という冷厳なる鎖を打ち砕き、/自らの時代に明けの星々を輝かせて来た者」
 さらに「妖精」が「魂」に呼びかける。
 「堅忍不抜の意志を以て/そなたは暴政と虚偽を相手に永遠なる軍を/戦いぬき、人間の心の中
なる不幸の芽の一切を/根こそぎすべく定めなのだ」
 虚偽と戦い、“不幸の芽”を断て!――創価の青年の誇り高き精神闘争も、また同じである。
212
 ケンブリッジ大学の出身で「詩人の王」と讃えられる人物がいる。イギリス・ルネサンスの詩人
スペンサーである。世界的に有名な彼の作品『妖精の女王』では、正義の騎士の行く手を阻もうと
する、二人の人物が登場する。
 一人の名は「妬み」。もう一人は「悪口」。
 「妬み」の本性を、詩人は鋭く喝破した。
 「人が立派にやったと見えるものには/何にでも腹を立て」「もし誰かに良いことが/起こった
のを聞くことがあると、/苛立ち、悲しみ、胸に秘めた/激しい怒りのために自分の体をかきむし
る」
 「妬み」に囚われた生命は、醜悪であり不幸である。
 この「妬み」のすぐ隣に住んでいるのが、「悪口」である。
 「何であろうと誰かが良いことを/言ったり、したりしたのを聞くと」、その「悪口」は、すぐ
に「いかにしてけなすか、中傷するかを、/また、人の意図を歪めて、善意でなされたことを/悪
い方に向ける方法を、考え出す」というのである。
 それだけではない。この二人にけしかけられて、「口喧しい獣」が、正義の騎士に吠えかかる。
そして二人は「最も恥ずべき、/最も不正な、最も虚偽に満ちた言葉で喋り立てた」のである。
213
 法華経に説かれる「猶多怨嫉」「悪口罵詈」の様相にも通じよう。偉大な正義の存在は、必ず卑
しい妬みの悪口を浴びせられる。
 しかし、断じて、ひるんではならない。屈してはならない。迫害こそ、正義の証である。それを
打ち破ってこそ、真に偉大な人間になるのだ。
繰り返し語れ、それでこそ真実は光る
 ここ第二総東京ゆかりのある文人に、下村湖人氏がいる。私も青春時代に読んだ『次郎物語』の
作者として有名である。
 教育者でもあった下村氏は、東京・小金井市で青年を薫陶した時期がある。
 下村氏は警鐘を鳴らした。
 「どんなうそも、くりかえし説いていると真理と信じられがちなもの」であると。
 “嘘も百回言えば本当になる”というのが、邪悪な人間の常套手段である。だからこそ、下村氏
は「どんな真理も、くりかえし説かないと、真理とは信じられないものである」と訴えたのである

214
 いつの時代も、何が真実で、何が嘘かを、きちっと見極め、正義を主張していかなければ、嘘は
人々の心の奥深くにはびこってしまう。
 ゆえに、「嘘」に対しては、迅速に「否定」し、明確に「反論」し、そして徹して「追撃」して
いくことだ。繰り返し繰り返し、真実を言いきり、正義を叫びきっていくことだ。
 下村氏は、こうも達観していた。
 「高慢なひとはすべて馬鹿である」「偉そうな顔ほど偉くない顔はない」
 真に偉大な人は謙虚である。トインビー博士をはじめ、私がこれまで語りあってきた一流の知性
や指導者も、そうであった。反対に、「傲慢」な人間は、だれからも尊敬されない。だれからも学
ばない。まったく愚かな生き方である。
 広宣流布のため、世界平和のために懸命に戦うもっとも尊貴な同志を、傲慢にも馬鹿にしたり、
見下したりすれば、必ずや仏罰を受けることは、御書に照らして間違いない。人間としてみじめな
敗北の姿をさらしていることはご存じのとおりである。
 われらは、正義の中の正義の和合僧である。たがいに尊敬しあいながら、自他ともに栄え、向上
していく勝利の大道を進みたい。
 「伸びゆく生命の力のみが真の勝利を約束する」とは、下村氏が書き残したことばであった。
215
学会の会館は「希望」と「安心」の広場
 学会本部周辺をはじめ、全国の会館が、同志の皆さまにとって、より使いやすくなるように、い
ちだんと整備を進めたい。具体的なことは本部でよく検討し、できるところから、順次、進めてま
いりたい。広宣流布のために一生懸命、奮闘してくださっている同志のために、全力をあげていき
たい。
 創価学会の会館は、平和と文化の城である。
 会館に来て、皆さんにほっとしてもらいたい。楽しんでいただきたい。そして、ともに勤行をし
て、元気になって、帰っていただく。いわば、会館は、仏法を学び、広めゆく友の「わが故郷」の
ようなものだ。
 また、近隣の方々、多くの友人の方々からも、「学会の皆さんは幸せですね、こんなにすばらし
い会館を入れるなんて」「会館から出てくると、みんな生き生きとして、美しくて、楽しそうです
ね」等と共感の声が寄せられている。
 創価学会の会館は、地域を、世界を照らしゆく「希望」と「安心」の広場なのである。
216
リーダーは会員奉仕に徹せよ
 人類の頭脳――こう讃えられる知性の集団が、「ローマ・クラブ」である。創立者のベッチェイ
博士、また、現会長であるヨルダンのハッサン王子と友情を結んだことは、私にとって、誇り高い
歴史である。
 名誉会長のホフライトネル博士とも、未未来への対話を重ねてきた。印象深い博士の言葉がある
。「『長』である以上、その団体に尊厳と信頼性を与えるべく働くのは当然ですが、個人的な気持
ちをいえば、私は、『長』というよりも、むしろ、人々に尽くす『召使』でありたい。そのほうが
幸せなのです。
 崇高なお心である。人々に尽くす――ここに、二十一世紀のリーダーの像が示されている。
 幹部は会員奉仕に徹することだ。その根本は祈ることである。
 「わが同志が絶対無事故でありますように!」「皆が勝利と幸福の人生を歩めますように!」
 一生懸命に祈る。みずからを犠牲にしても、同志を護りぬく。それが広宣流布の指導者である。
私も、全同志の健康と幸福と無事安穏を、毎日、真剣に祈っている。
217
 日蓮大聖人が、一人の門下に対して、どれほど、こまやかに気遣い、どれほど迅速に励ましの手
をうたれていたか。門下に贈られた御手紙に、大聖人は、こう記しておられる。
 「あなたが、この病気にかかったいきさつを、ある人が報告してくれました。私は病気の平癒を
日夜、朝夕に、法華経に申し上げ、朝夕に青天に訴えておりました。病が治ったことを、きょう聞
きました。これ以上、喜ばしいことはありません。詳しいことは、お会いしたときに語りあいまし
ょう」(御書 1298 p 通解)
 「報告」を聞いたら、即「対応」する。御本仏が御みずから、その模範を示してくださっている
のである。
 今、皆が求めていることは何か。急所はどこか。最前線の課題は何か。リーダーは、それを知ら
ねばならない。ギャップがあってはならない。
 だからこそ、リーダーは、一つ一つの報告や意見に真摯に耳をかたむけることだ。誠実に、電光
石火で応えることである。同志に「希望」と「勇気」を贈る。これがリーダーの責務であることを
忘れてはならない。
 どうすれば、同志が、一人も残らず、安心して戦えるか。所願満足の人生を歩んでけるか。これ
を、つねに思索し、決然と行動することだ。
 いちばん大事なところへ飛び込んで、みずから活路を切り開く。それでこそ、真のリーダーとい
218
えよう。
 自分だけいい子になって、苦労を避けて、要領よく泳ぐ。こんな保身の幹部、官僚主義の幹部が
出れば、「異体同心の団結」を崩してしまう。断じて、そうあってはならない。
 ここは、信心の道場であるゆえに、将来のために、あえて厳しく言い残しておきたい。
第二総東京は「広布の理想郷」
 かつて三鷹に住んでいた作家の武者小路実篤は、こうつづっている。
 「ただ根の浅い人間だけ、自信のない人だけ、他人の思わくに支配される」「他人にいくら悪口
いわれても自身を少しも傷つけられなければ平気でいられるのだ。そう人間は出来ている。だから
結局自身がますます増してゆく道を歩くことが一番元気になれる道なのだ」
 自信満々と、胸を張って、わが信念の道を進みゆくことだ。創価の道は、「人類の希望の道」で
ある。
 第二総東京は、「21世紀の広宣流布の理想郷」である。皆さまの使命は、あまりにも大きい。
その本陣が八王子総区である。
219
 また、今月八日、私は、懐かしい町田へ、車を走らせた。かつて訪れた時と比べると、隔世の感
があった。自然豊かな、未来性あふれる天地で戦う同志には、「特区」の誇りが輝いておられる。
 二十一日には、あきる野市を訪れた。さわやかな緑と清流に心が洗われた。小高い丘から、伸び
ゆく市街が一望できた。
 「ああ、この天地で、皆、新しい広宣流布の歴史をつくっているんだな」
 私は、友の健康と幸福と勝利を祈り、題目を送らせていただいた。
 第二総東京といえば、村山総区の活躍もめざましい。地域友好の拡大は本当にすばらしい!今月
二十九日からは、総区の記念月間がスタートする。“世界一”の前進をけついされているとうかが
った。「断固として勝利の歴史を!」と私は心から祈っている。
 きょうは学園総区の代表も見えておられる。学園総区には縁深き、懐かしい方々がたくさんいる
。地域に、世界に、あらゆる分野に、力ある人材を育てていただきたい。ともに栄光の人生の劇を
つづってまいりたい。
 府中総区のだいひょうもおられる。一九八四年(昭和五十九年)、府中文化会館を初訪問し、皆
さんと「共戦」を誓いあったあの日のことは、今も私の胸から離れない。この二十一年間、府中の
同志は、邪悪を打ち砕き、福徳輝く民衆城を燦然と築いてこられた。見事なる模範の前進を、私は
心から讃えたい。
220
 さらに、“正義の砦”立川文化会館がそびえる新立川総区の方々も参加されている。立川には重
要な広布の歴史が刻まれている。
 一九七九年(昭和五十四年)の四月二十四日。私は会長を辞任した。当時は、狂ったように障魔
が吹き荒れた。それは、私をおとしいれようと、邪宗門と結託した退転者、反逆者たちの陰謀であ
った。私一人を追い落とせば、学会を牛耳ることができるとの、卑劣な謀略であった。
 名誉会長となったわたしは、ただ一人、この立川文化会館を拠点に、陣頭指揮を執った。謀略と
中傷をはねかえしながら、正義の闘争を開始したのである。
 私は、同志の中に飛び込んだ。もう一度、新たな創価学会を築きゆく。真剣勝負であった。これ
に応えてくださったのが、立川をはじめ、第二総東京の皆さんだったのである。後世に永遠に語り
つがねばならない。誉れの歴史である。
青年を百戦錬磨の闘将に鍛えよ
 将来を展望して、戸田先生は言われた。
 「広宣流布の途上には、御聖訓に照らし、さまざまな非難、やきもちがある。
 しかし、学会っ子は、どんなにいじめられても、またかりに学会が小さな存在になっても、決し
221
て挫折があってはならない。たえず前へすすむことだ。いかなる敵に対しても追撃の手をゆるめて
はいけない。
 学会は幾百千年をいきぬきなさい」
 何があろうとも、心一つに「団結」して進め!――これが恩師の厳命であった。
 そして、未来を決するのは「人材」である。
 戸田先生は、広布の指導者の心得として、「諸君は、たえず人物に目をつけてもらいたい」と強
調された。一級の広布の人材に育てあげ、いつでも活躍させられるよう心せよとおしえられたので
ある。
 青年を百戦錬磨の闘将に鍛えるしかない。本格的な鍛錬は、もう始まっている。
 さらに先生は、「職業をおろそかにする人は、信心もだめであります」と厳しく指導された。
 また、男性は、人のため、社会のためにも、力ある人間でなければ、皆が不幸である――そう先
生はよく言われた。男性の諸君、よろしく頼みます!
 ともあれ、広宣流布は師弟に生きぬくリーダーの闘争で決まる。
 自分に勝ち、職場で勝ち、広布の舞台で縦横無尽に勝つことだ。連戦連勝の名指揮を、どうか、
よろしくお願いします!
222
仏敵と戦えば「仏の生命」に!
 ここで諸御抄を拝し、悪と戦う心について、もう一度、確認しておきたい。
 「どんなに自分は正直に身を律して、世間においても仏法においても賢人の名を得ようと思って
いれも、悪人に親しみ近づけば、自然と十度のうち、二度、三度と悪人の教えに従うようになり、
そうやって最後は悪人になってしまう」(御書 1341p 通解)
 ここに、重大な教訓がある。悪知識は、絶対に寄せ付けてはならない。人をたぶらかす悪は、明
快に正し、峻厳に退けていかなければならない。
 また大聖人は、天台大師の師匠である南岳大師の次の言葉をひいておられる。
 「もし菩薩がいて、悪人をかばって、その罪を罰することができないので、そのために悪を増長
させ、善人を悩乱させて、正法を破壊させるならば、その人は実は菩薩ではない」(御書 1374
p 通解)
 悪との戦いに、遠慮はいらない。「悪いことは悪い!」「悪は悪だ!」と、ありのままに真実を
語ることだ。それが、自分を護り、善人を護り、正法を護ることになる。
 御聖訓には、こうも説かれている。
223
 「たとえ智慧明らかな師匠に出会い、真実の教えである法華経に巡りあって、正法を得た人であ
っても、生死の苦悩の流転を超え出て仏になろうとする時には、必ず影が身に添うごとく、雨に雲
が伴うごとく、三障四魔といって七つの大きな出来事が現れてくるのである」(御書 1487p 
通解)
 広布に前進しているからこそ、それを阻もうと、魔が現れる。その時こそ、仏になるチャンスで
ある。三障四魔に戦うことこそが、仏になる道である。ここに一生成仏の方程式がある。
 この点、大聖人自身が、「『どのような大難にも耐えぬこう』と法華経をわが身に当てて試みた
」(御書 1489p 通解)と仰せになっている。そして晴ればれと大難を乗り越えていかれた。
 大難よ、来るならば来い!――この恐れなき信心の実践のなかに、日蓮仏法の真髄が光るのだ。
「人生は強気でいけ!」と戸田先生はよく言われた。強きで責めることだ。それが言論戦を勝ちぬ
く根本である。
 「南条兵衛七郎殿御書」で大聖人は厳しく仰せになっている。
 「どのような大善をつくり、法華経を千万部も読み、書写し、一念三千の観念観法の道を得た人
であっても、法華経の敵を責めなければ、それだけで成仏はできないのである」(御書 1449p 
通解)
 大事なのは、法華経の敵を責めることだ。法華経の正義を語りに語りぬくことだ。根本は破折精
神である。悪を責めた分だけ、自分の悪は消える。罪業は消える。仏敵と戦えば、自分が金剛の「
224
仏の生命」となる。
 反対に、真実を叫ぶべき時に叫ばない臆病な人間は、正しい道から外れてしまう。謗法と戦うべ
き時に戦わない人間は、自分が謗法と同じになってしまう。それでは、成仏はできない。それどこ
ろか、地獄である。
 極悪と戦ってこそ極善となる。仏の生命を輝かせてくことができるのである。
 御書に繰り返し説かれる大聖人の御精神を、学会のリーダーは胸に刻み込んでいただきたい。
勝利へ!強盛な祈りで諸天を動かせ
 学会本部の質素な事務室に、私は、次の一首を掲げている。
  わが運命(さだめ)
   かくもあるかと
     決意せば
    惑うことなし
      恐るることなし
225
 これが第三代会長として立った私の変わらぬ心である。
 御金言には、こう説かれている。「法華経に祈った以上は、最後は必ず、そのようになっていく
と思いさだめなさい」(御書 1228p 通解)
 「断じて勝つ!」と心に定め、祈りぬき、祈りきる人生ほどつよいものはない。
 有名な「弥三郎殿御返事」には仰せである。
 「この広宣流布の戦いこそ、名を上げるか、名を下すか、人生を決する所なのです。人として生
を受けることはむずかしく、法華経を信じることはむずかしい、というのは、このことです。
 この戦いに勝つために『釈迦仏、多宝仏、十方の仏よ、来集してわが身に入り替わり、私を助け
給え』と深くいのりなさい」(御書 1451p 通解)
 「勝つための信心」である。「必ず勝てる信心」である。
 悔いなく戦い、強盛に祈りぬいて、十方の仏菩薩、諸天善神を揺り動かし、勝利へ勝利へ、道を
切り開いていくことだ。
 「最後が幸福であれば、あらゆる労苦は良き思い出にかわる。ゆえに、それまでは、うんと苦労
しろ。もがき苦しんでいけ!死身弘法ではないか!」とは、戸田先生の厳愛の御指導である。
226
 戸田先生の生涯もまた、死身弘法であられた。戸田先生は、師匠の牧口先生に、牢獄までお供さ
れたのである
 当時、学会の最高幹部の多くは、軍部権力の弾圧に恐れおののいて、次々と退転していった。投
獄された牧口先生を罵り、去っていった人間もいた。
 そのなかで、獄中のただ先生は、ただひたすらに、師匠のご無事を祈っておられたのである。
 「わたくしは若い、先生はご老体である。先生が一日も早く出られますように。わたくしはいつ
まで長くなってもよい。先生が、早く、早くでられますように」と。
 日本中が狂気に呑み込まれ、正義の人に集中砲火のごとく弾圧がくわえられるなか、戸田先生た
だ一人が、師匠に仕えきっていかれた。わが身を顧みず、自身のすべてを犠牲にして――。
 仏法の師弟とは、これほどまでに厳粛であり、崇高なのである。
 私もまた、師匠のとだせんせいのもとで、一人立ち上がった。青春のすべてを捧げて戦った。
 戸田先生の事業が挫折した時も、七十五万所帯への突破口をだれかが開かねばならなかった時も
、そして権力の魔性が牙を剥いて、学会に襲いかかって来た時も。
 いつも戸田先生は、「大作はいるか。頼むぞ!」と一言。私は、勝って勝って勝ちまくって、師
匠にお応えした。
227
 牧口先生には、戸田先生がいた。戸田先生には、私がいた。一人でいい、一人の本物の弟子がい
ればいいのである。
 「一人の師子」がいれば、必ず後に人材は続いていくものだ。「師弟の勝利」とは、弟子の闘争
で決まることを忘れてはならない。

「自由の女神」像には母への感謝の心が

 全世界で、今、創価の女性たちが、はつらつと平和と幸福の大行進を続けておられる。
 アメリカSGIの婦人部の方々も、満々たる生命力と智慧を光らせながら、さわやかな薫風のご
とく、希望の対話を広げている。
 高らかに松明を掲げてニューヨークに立つ「自由の女神」像。これは、アメリカ独立百周年を記
念して、フランスからアメリカに、友情をこめて贈られたものである。像は正式には、「世界を照
らす自由」と呼ばれる。
 この像が完成したのは、十九世紀後半。作者は、フランスの彫刻家バルトルディ。
 気高い「自由の女神」像の顔は、バルトルディ自身の母がモデルであるといわれる。そのお母さ
んは、夫に早く先立たれながら、女手一つでわが子を育て上げた。その母への深き感謝の心が、こ
228
の像には結晶しているのである。
 大聖人は、四条金吾の亡くなられた母を偲ばれながら、こう仰せである。
 「亡くなられたお母さまは、きっと、釈迦仏、多宝仏、十方の諸仏の御宝前にいらっしゃること
でしょう。
 そして、これらの仏は、『これこそ、四条金吾のお母さんですよ、お母さんですよ』と、皆、同
じ心で、お母さんの頭をなで、喜び、ほめておらあれるでしょう。
 お母さまは、『ああ、私は何とすばらしい子どもを持ったことでしょう』と、釈迦仏と語ってお
られることでしょう」(御書 1112p 通解)
 広宣流布に生きゆくことこそ、最高永遠の親孝行の道なのである。
世界が「生命の哲学」を希求
 ともあれ、二十一世紀の世界は、赫々たる「生命の哲学」の灯火を待望している。
 私は、ハーバード大学の二度目の講演で、「生も歓喜、死もまた歓喜」の常楽我浄の生命観を語
った。
229
 同大学名誉教授のガルブレイス博士は、その講評のなかで、こう語ってくださった。
 「本日の講演で述べられた、仏教に説く四苦、とりわけ死苦に直面した時、人間はともすると“
来世への逃避”を選んでしまいやすいものです。そうした現実逃避的宗教が、貧困等にあえぐ人々
をして、来世への関心を高め、また対立や紛争へと向かわしめてきた面もあるといえましょう。そ
こには、生と死の問題を乗り越える哲学が欠如しております。
 こうした考察への手掛かりともなる、本日の有意義な講演会に参加できたことに、あらためて感
謝したいと思います」
 生死の苦悩の闇を照らす「妙法の灯火」を高らかに掲げながら、生命の本源的な自由と、永遠の
幸福と平和の道を、人々に示してまいりたい。

 ここ東京牧口記念会館から望む富士は、春夏秋冬、すばらしい。
 何があろうが、この一生を富士のごとく、悠然と微動だにせず、戦い、生きぬいていくことだ。
そこにこそ、何ものも破壊できない、自分自身の「金剛の生命」がつくられ、不滅の大功徳に包ま
れていくことだ。
 東京の町田ゆかりの作家・北村透谷も富士を謳った。
 激しき風にも、また雲にも、雷にも微動座にせず、恒久不変の威厳を示し、不朽不死の尊容を誇
230
る富士――その偉大なる姿を仰ぎ、讃えた一人である。
 透谷はつづった。
 「流転の力 汝に迫らず、無常の権 汝を襲はず。『自由』汝と共にあり(中略)遠く望めば美人
の如し。近く眺れば威厳ある男子なり」
 われらの人生も、かくあれ!――と私は申し上げたい。
 終わりに、
  富士の山
   勝ちて見つめむ
     不二の山

  恐れなく
   富士の如くに
     君と僕
 と贈り、私のスピーチとしたい。
231
 長時間、本当にありがとう!激闘が続きますが、くれぐれもお体に気をつけてください。健康の
ために、あまり夜遅く食べないように、また、なるべく早く就寝に心がけてください。
 皆さまのご健康、ご長寿、そして大勝利の福徳の人生を祈りに祈っています。本当にご苦労さま
でした!
                                (東京牧口記念会館)
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婦人部・海外代表協議会
誠実で勝て!リーダー率先で勝て!
戸田先生「妙法を受持した女性は最も尊貴」
 私が青春時代から愛誦してきた詩人に、アメリカのウォルト・ホイットマンがいる。偉大なる「
女性の世紀」を展望したホイットマンは、こう高らかに謳った。
 「ふり仰ぐ旗として力づよき母を掲げよ、優しき女性(ひと)を高く振りかざせ、万人の頭上に
星さながらに輝く女性(ひと)を、君たちのこらず頭を垂れよ」
233
 「創価の母」である婦人部の皆さまこそ、ついに開幕した「女性の世紀」の希望の星であり、太
陽である。
 ホイットマンが「君たちのこらず頭を垂れよ」と呼びかけたとおり、もっとも偉大な婦人部の皆
さま方に、私どもは最敬礼してまいりたい。
 全国の婦人部の同志は、広布のため、学会のために、本当によく頑張ってくださっている。心か
ら感謝し、賞讃申し上げたい。
 昭和二十六年(一九五一年)の六月十日、戸田先生が第二代会長に就任して真っ先に結成された
のが、わが婦人部である。
 結成の日、戸田先生は集った五十二人の代表に対して、妙法受持の女性はもっとも尊貴な女性で
あり、そのことを深く自覚してほしいと語られた。
 さらに“妙法の実践の証明が、未来にどう開花していくか、私とともに、どこまでも戦ってもら
いたい”と呼びかけられたのである。
 五十四年前、戸田先生の大いなる期待のもとで出発した婦人部は、戸田先生とともに、そして、
先生の不二の弟子である私とともに、懸命に走りぬいてくださった。今や、誇りも高く、世界一の
婦人部となった。
 「婦人部の日」、おめでとう!
234
全うする人が真の勝利者
 きょうは、広宣流布の重要な責任を担うリーダーの会議であるゆえに、何点か語り残しておきた
い。
 信心で大切なのは、「全うすること」である。
 戦いを全うする。自分の立場を全うする、広宣流布の信心を、一生涯、最後まで貫いてこそ本物
である。全うしぬいた人が、本当の勝利者である。
 青年部、そして青年部出身のリーダーは、広布の敵と戦いいぬく「勇気」と「力」がなければな
らない。
 三類の強敵と戦えない意気地なしではいけない。弱い青年部になってはならない。青年部が弱く
なったら、学会の未来はない。広宣流布を阻む極悪を断じて許さず、徹底して戦い、完全に打倒し
てこそ、正義の指導者である。
 私は青年時代、戸田先生のもとで、厳しい薫陶を受けきった。そして、うるわしい民衆の城を脅
かすあらゆる敵と、ただ一人矢面に立って戦いぬいてきた。尊き無名の庶民とともに、今日の世界
的な創価学会を築き上げた。
235
 青年部のリーダーは、そうやって築かれた学会の組織の上に、あぐらをかいてはいけない。甘え
てはいけない。敵と戦わず、苦労もしないで、いい気になるような“恰好だけ”のリーダーであっ
てはならない。仏法は因果の理法である。生命の因果は厳しい。自分の行いの報いは、必ず自分が
受ける。何よりも、そのようなりーだーであっては、会員の皆さんがかわいそうである。
 広布のために薫陶してくださる同志に心から感謝し、「皆さんに喜んでもらおう」「自分にでき
ることは何でもしよう」「力の限り、希望と励ましを送ろう」と、必死になって戦うことである。

 あの昭和三十一年(一九五六年)の“大阪の戦い”のとき、私は二十八歳の青年であった。
 勝つか。負けるか。多くの人が、勝利は不可能だと見ていた。
 しかし、戸田先生のため、同志のため、学会の未来のため、絶対に負けるわけにはいかなかった
。わたしは億劫の辛労を尽くし、死にものぐるいで戦った。
 東京と大阪を何度も往復し、何ヵ月も大阪に滞在した。朝は、早朝から飛び出して、大阪中を走
りぬいた。
 夜は、深夜の関西本部で、人知れず丑寅勤行を続けた。毎日、くたくたに疲れ果てたが、大生命
力を奮い起こして、一日、また一日と戦いぬいた。
236
 そうして迎えた決戦の日。早朝の五時過ぎ、関西本部の静かな館内に電話のベルが響いた。受話
器を取ると、それは東京の戸田先生からであった。東京は、厳しい情勢であった。
 先生は言われた。
 「大作、関西はどうだい?」
 「こちらは勝ちます!」
 この私の答えを、先生は、本当に喜んでくださった。あのときの先生の、心からうれしそうな声
を、今も忘れることができない。
 私は師匠の戸田先生に、人生のすべてを捧げて、尽くしぬいた。創価学会は、師弟の精神が根本
である。この魂を、断じて忘れてはならない。

 戸田先生は言われた。
 「大作が一人いれば大丈夫だな」
 私は、戸田先生とともに、永遠の「師弟の歴史」をつくった。私は幸せだった。戸田先生も幸せ
だった。
 自分は楽をして、人にやってもらおう――そんな心は微塵もなかった。
 だれがやらなくても、私は一人戦う――そう決めていた。これが学会精神である。
237
 苦境の戸田先生をおまもりしていた青春時代、私は大田区の大森にある「青葉荘」に住んでいた
。アパートの狭い一室である。住民の中には、偏見や無理解から学会の悪口を言う人もいた。しか
し私は、戸田先生の弟子として、創価学会の青年の代表として、縁した住民の方々に、堂々と、ま
た誠実に、仏法の正義を語った。その中から、幾人かが入会しておられる。
 ともあれ、青年は「一人立つ」ことである。本気になって立ち上がることである。青年が、本当
の底力を発揮すれば、今の五倍、十倍、学会は伸びる。「青年部、よろしく頼む!」ともうしあげ
たい。
アメリカで「仏教を信仰する女性」の会議
 先日、アメリカの平和研究機関である「ボストン二十一世紀センター」の所長が、「仏教を信仰
する女性――アメリカにおける信仰体験」と題する議会に参加された。
 所長が、議会の内容と所感を報告してくださったので、その一端を紹介させていただきたい。
 会議は、マサチューセッツ州ノーサンプトンにある名門女子大学スミス・カレッジで開催された
。これには、アメリカ国内をはじめ、各国の仏教団体からも代表が出席した。席上、各団体が直面
238
している、さまざまな問題点が率直に語りあわれたという。それは、次のような点であった。
 @多くの教団で、異なる人種や文化のグループが断絶してしまい。その溝を埋めることができな
いという「分離問題」を抱えている。
 A女性信者の尊厳が傷つけられたり、女性の自立を促すような信仰上の指導がなされない場合が
見受けられる。
 B家事などに追われて、家庭にこもり、なかなか仏教の教義を学ぶ機会がない女性もいる。
 C東洋と西洋の価値観には隔たりがあり、それを統合する仏教の理論と実践を示すことはむずか
しい。
 D対話を通して社会につながっていくことや、次の世代を担う青年を育てることは、多くの教団
において、近年になって着手し始められたところである。

 その一方で、SGIが先駆的な取り組みをしてきたことに、大きな驚きと感嘆を示す人もいたよ
うに指摘しておられる。
「SGIには、じつに多様なメンバーが集いあい、しかもうるわしい見事な調和がとられている」
 「SGIでは、女性を尊重し、女性の意見に耳をかたむけることが一貫して指導されている。
239
 そのため女性たちは、安心して信仰に励むことができ、また自立した女性として教学を学び、み
ずから成長させて、宿命転換に挑戦していくことができる。組織に、男女の健全なバランスがもた
らされている
 「SGIでは、一九六〇年代の早い段階から、日本から渡米した女性メンバーに対しても、『運
転免許を取ること』、そして『アメリカのあらゆる人々に手を差しのべ、社会に貢献していくこと
』が指導されてきた。SGIの女性リーダーたちは、文化や民族の枠を超えて、社会のなかで生き
生きと力を発揮している」
 「SGIは、幾多の東西の知性との対話や大学講演などを通し、日蓮仏法の普遍性を幅広く示し
てきた。それを基調として、世界中のSGIメンバーが、それぞれの文化のなかで仏法を正しく理
解し、実践する方法を確立している。SGIは、仏法が本来持っている世界性・普遍性を体現して
いる」
 「SGIでは、青年たちが大切にされ、温かく激励され、伸び伸びと活躍している。人材の流れ
が続いている。

 以上、大要をお伝えしたが、こうした点からも、SGIがいかに時代を先取りしてきたかが、よ
くわかると思う。
240
 所長も、“偉大な団体であるSGIの一員としての喜びと誇りを、あらためて実感しました”と
語っておられた。
イタリア・トリノから「名誉市民」の栄誉
 きょうは、すばらしい広宣流布の大発展を続けているイタリアの代表も参加されている。遠くか
ら本当によく来てくださった。イタリアは世界の憧れの国である。洋々たる未来が開けている。
 祈りを根本に、どこまでも仲良く進んでいくことだ。皆で力を合わせて、わが身、わが国土に大
福運を積んでいっていただきたい。
 本日は、光栄にも、イタリアを代表する都市の一つ、トリノ市から、「名誉市民」の栄誉を拝受
した。昨年十二月、市議会が満場一致で決議してくださった。
241
 トリノ市は、人口百万人を有する、イタリア第四の都市である。古代ローマ帝国を起源とする二
千年の歴史薫る都であり、現在では、自動車工業の盛んな、ヨーロッパ屈指の産業都市として有名
である。発展めざましい日本の名古屋市とも、交流を結んでおられる。このトリノ市では、明年、
冬季オリンピックが開催される。大成功を心よりお祈り申し上げたい。
 現在、このトリノ市でも、多くのSGIの同志が活躍されている。私は、誠実に、また勇敢に、
信念の社会貢献を貫いてこられた、大切な大切なイタリアSGIの皆さま方とともに、この栄誉を
分かち合わせていただきたい。
 帰られたら、同志の皆さまに、くれぐれもよろしくお伝えください。本当にありがとう!

 私が、ともに対談集を発刊したローマ・クラブ創立者のアウレリオ・ペッチェイ博士も、トリノ
市の出身である。忘れ得ぬ、鋼鉄の信念の人であった。
 博士は、ファシズムと闘ったレジスタンスの闘士であった。投獄されても微動だにしない。拷問
にあっても、決して同志を権力に売り渡さない。こう振り返っておられる。
 「極度の苦難の中にあっても、自分の理想を確信し、どんなに犠牲になっても理想を捨てようと
しないときに人間の精神的な強さがいかに高貴で不可侵なものであるか」
242
 博士は、人間の精神の力を、同志とともに、誇り高く示しきってこられたのである。

 博士は、私との対談で論じておられた。
 「われわれはいまこそ初めて、長期にわたる全地球的な責務を担い、これからの各世代に、より
生きがいのある地球と、より統治可能な社会を残さなければなりません。そのことを私たちが理解
するのを助けてくれるのは、人間革命以外にないのです」
 いかなる試練も打開する力が、人間自身にそなわっている。ゆえに地球の運命を変えるには、ま
ず人間が変わることだ。人間革命である。なかんずく青年には、あらゆる変革を実現する力がある

 ――こう博士は信じておられた。
 私どもは、イタリアをはじめ、世界の青年たちとともに、人類史の新たな扉を開く「人間革命の
連帯」を、さらに力強く広げてまいりたい。
「友愛」「優しさ」「平和」は女性に
 先日、ブラジルを代表する天文学者のロナウド・モウラン博士をお迎えした。
243
 博士が深く尊敬しておられるイタリア・ルネサンスの哲人がいる。ジョルダーノ・ブルーノその
人である。ブルーノは、弾圧に屈せず、命をかけて、宇宙観の革命に挑んだ。また、女性を見下す
男性の傲慢な態度も、鋭く攻撃している。その論点の一つは、まことに興味深い。
 イタリア語に「男性名詞」と「女性名詞」がある。ブルーノは、“「男性名詞」と「女性名詞」
が、何を表現しているかよく見よ!”と、対照的な具体例を、いくつもあげたあのである。
 すなわち――
 睡眠[男]と覚醒[女]。
 怠惰[男]と記憶[女]。
 憎しみ[男]と友愛[女]。
 恐怖[男]と安全[女]。
 苛烈さ[男]と優しさ[女]。
 憤激[男]と平和[女]。
244
 狂気[男]と静安[女]。
 誤謬[男]と真理[女]。
 欠点[男]と完全さ[女]。
 地獄[男]と幸福[女]。
 そして、ブルーノは、こう結論している。
 「結局、すべての悪徳、欠点、そして犯罪は、男性[名詞]であり、すべての徳、長所、そして
善は、女性[名詞]なのです。
 それゆえ、思慮、正義、勇気、、節制、美、荘厳、威厳、そして神性は、女性と呼ばれており、
総想像され、記述され、表現されており、現にそうなのです」
 ブルーノの筆鋒は手厳しい。徹底している。こうでなければ、傲慢な人間の鼻を、へし折ること
はできないからだ。
 わが学会も、健気な婦人部の皆さま方の「勇気の行動」「正義の対話」「友情のスクラム」で、
ここまで発展してきた。広宣流布に生きゆく「創価の女性」をいささかなりとも軽んずるような輩
は、断じて許してはならない。
 「婦人部・女子部の意見を、最大に尊重していこう」「婦人部・女子部が戦いやすいようにして
いこう」。そう心を砕いていくときに、学会の興隆の道はいちだんと開かれていく。男性リーダー
245
は、このことを絶対に忘れないでただきたい。

 われわれの前進は、指導者観の革命である。
 歴史上、愚かで傲慢な指導者によって、どれほど多くの民衆が苦しめられてきたことか。、
 日蓮大聖人は、権力者に対して、あなたは万民の手足である」と述べておられる。
 民衆が主人である。指導者は、「民衆を守り」「民衆に尽くす」ためにいるのだ。その一点を、
広宣流布のリーダーの皆さまは、わが心に刻みつけていただきたい。
 戸田先生は幹部に対して、「誠実の二字だ」と遺言のごとく言われた。
 誠実な言葉、誠実な振る舞い、これに徹することである。
 大切な使命を担う皆さまは、世界広布の歴史に輝く名りーだーとして、民衆の勝利と幸福の道を
、堂々と切り開いていただきたい。
地域に広がる「友情の花園」
 きょうは埼玉、千葉、神奈川の婦人部の代表が参加してくださっている。遠いところ、またお忙
246
しいなか、本当にご苦労さま!
 埼玉では五月二十五日、狭山文化会館の定礎式が行われた。地元の同志の皆さまは、地域に理解
と友好の光を広げてこられた。「聖教新聞」の拡大も目覚ましい。
 埼玉の皆さまの見事な奮闘をうかがい、私は深く感銘した。埼玉には、すばらしい埼玉研修道場
がある。新「川越文化会館」も本年、誕生の予定である。
 団結光る埼玉の発展、本当におめでとう!

 千葉の友も、全国をリードする機関紙の拡大を続けてくださっている。いつもありがとう!新し
いリーダーも陸続と育ってきた。婦人部の「香峯大学校」をはじめ、「旭日大学校」など人材育成
の伝統が輝いている。今秋には、新たに千葉市に千葉文化会館が建設される予定である。
 わが愛する地域に、希望と友情の花園をいちだんとひろげていっていただきたい。
 神奈川は、私が名誉会長になった直後に訪れた忘れ得ぬ天地である。五月二十七日には、「神奈
川婦人部の日」を記念する勤行会が開催された。「正義の対話 大拡大月間」を、はつらつと前進
されている。婦人部の「白ゆりカレッジ」もすばらしい。次代を担う人材が、着実に伸びている。
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 “憧れの世界の港”大神奈川の発展の姿を、私は本当にうれしく思う。
ブルーノの新しい宇宙論に先駆者ゆえの困難が
 十六世紀のイタリアの哲人ブルーノは、コペルニクスの「地動説」をふまえ、新しい宇宙観を展
開した人物である。
 彼の著した対話篇『無限、宇宙および諸世界について』の中で、登場人物は語る。
 「宇宙は無限である」「太陽は無数に存在し、同じようにそれらの太陽の周りを廻っている地球
も無数に存在する。
 当時は、まだ、地球の周りを太陽が回っているという「天動説」が主流であった。天動説が「正
統」とされ、それを否定するものは「異端」とされた。当時の結果として、彼は多くの迫害や誹謗
に身をさらすことになった。先駆者ゆえの困難であったといえる。
 しかし、ブルーノは“徳や真理は悪党から圧迫される”“高きに身を置く者は、大勢から狙われ
る”と達観していた。『無限、宇宙および諸世界について』では、別の登場人物に次のように語ら
せて、みずからを鼓舞している。
 「嘘つきの情報、悪意の悪口、嫉妬からきた中傷も、君の高貴な見解を私に見誤らせることはで
248
きぬし、君のすばらしい言葉から私を遠ざけることもできないでしょう」
 「頑迷無知な者たちが厳しげに集って、さまざまな奸計や作為をめぐらし、君のすぐれた計画と
高尚な仕事を台無しにしようとしても、そのために勇気を沮喪させたり、尻込みしたりしてはいけ
ませんよ」
 「君は、天とは真実いかなるものであるかを知らせるために、説きつづけたまえ」
 歴史を変え、世界を変えゆく闘争には、幾多の中傷や悪口、謀略が、必ず襲いかかってくる。し
かし、断じて負けるな!勇気を失うな!真実を語り続けよ!――と。
 ブルーノは、いかなる迫害にも屈することなく、言論の闘争を貫いたのである。
 ブルーノの生きた時代のヨーロッパは、宗派間の対立や紛争が渦巻いていた。そうしたなかにあ
って、彼は、みずからを「太陽を父とし大地を母とし宇宙を棲家とする世界市民」と称した。そし
て、「普遍的人間愛」の重要性を訴えていった。
 わが信念に生き、信念に殉じたブルーノ。彼の思想と行動は、後世の人々に大きな影響を与えて
いったのである。

 このほど、私は、新たにブラジルの天文学者モウラン博士と「天文学と仏法を語る」のテーマで
、対談を開始する運びとなった。私は博士とお会いしたさいに、申し上げた。
249
 「天文学について語りあいましょう!」
 宇宙は広大です。荘厳です。心を宇宙に広げれば、お金や名誉、やきもちなど小さなエゴで争い
あう世界は、何とちっぽけなことか――。皆が天文学を学ばなければなりません」と。
 博士も、「天文学は、人間を謙虚にさせます。池田会長のおっしゃるとおりです」と応じてくだ
さった。
 博士は以前、SGIの友に対して、「南無妙法蓮華経の音律には、宇宙が創り上げられていくよ
うな根源のエネルギーを感じる」と、感嘆を込めて語っておられたそうである。
 博士は現在、七十歳。自宅に三万冊の蔵書を持っておられる。
 創価学園を訪れたさいには「“読書は音楽なり”“読書は芸術なり”です。良書を何度も読むこ
とが大事です」と生徒たちに語ってくださった。
 深き哲学と信念を持つ大言論人である。このモウラン博士とともに、「外なる大宇宙」そして「
内なる小宇宙」である人間の生命をめぐり、未来のために、有意義な語らいを進めてまりたい。
「平和を創る英才」の旅立ち――アメリカ創価大学一期生
 アメリカ創価大学の第一回卒業式が、各界に大きな反響を広げている。卒業式には、チョウドリ
250
国連事務次長が出席。記念講演を行い、一期生の旅立ちを、心から祝福してくださった。事務次長
は、卒業式に参加した感動を、こう述べておられた。
 「平和の創造に貢献しゆく、若き英才の一期生の卒業式は、アメリカ創価大学にとって、さらに
アメリカ、そして世界の“平和の文化”の拡大にとって、非常に画期的な出来事です。
 一期生の皆さんの心は、明るく輝き、希望と決意に満ちあふれたものでした。本日の卒業式に参
加して、私の胸も、希望に満ち満ちております」
 さらに、次のような期待の言葉も、寄せてくださった。
 「創価教育によって、卒業生たちは、今後の活躍の舞台において、“平和の文化”の価値観を実
質的に促進する準備ができました。アメリカ創価大学における教育は、彼らの人生に、建設的な変
革をもたらすとともに、彼らを通して、世界全体が良き方向に変革されることでしょう」
 事務次長はまた、アメリカ創価大学の教育環境やカリキュラムなどの質の高さを、こう讃えてく
ださった。
 「アメリカ創価大学は、アメリカの教育機関に啓発を与える存在です。アメリカの大学界に、“
先駆的な革新”をもたらすだいがくであると、私は見ております」
 卒業式の模様は、現地の新聞やテレビでも大きく取り上げられ、報道された。アメリカ創価大学
は、地域の方々からも、絶大な信頼と共感を得て、新たな出発をすることができた。陰に陽に応援
251
し、支えてくださっている、すべての皆さまの真心に、あらためて心から感謝申し上げたい。
大難を乗り越えて学会は発展
 ここで、御聖訓を拝したい。
 大聖人は、四条金吾にあてた御手紙で次のように仰せである。
 「このように、諸天に申しつけて法華経の敵を罰せさせる等と言えば、国主らは『この法師がお
どした』と思うであろうが、私は、あえて憎んで言うのではない。大慈大悲の力で、未来に受ける
無間地獄の大苦を、今世に消させてあげようとするのである。
 章安大師いわく、『相手のために、その悪を取り除き、改めさせるのは、彼の味方であり、親で
ある』と」(御書 1138p 通解)
 なぜ法華経の敵を責め、破折するのか。それは慈悲のゆえである、と大聖人は断言しておられる

 逆に、「慈無くして詐り親しむは即ち是れ彼が怨なり」とあるように、悪 を呵責しなければ、
かえって、その相手にとっても「怨」すなわち敵となってしまう。
 また大聖人は、「魔来り鬼来るとも騒乱する事なかれ」(0500:12)と仰せである。
252
 魔とは、仏道修行をさまたげる働きである。疑いや誘惑など、さまざまな形で現れてくる。大切
なのは、魔を「魔」と見破ることである。御本尊に強盛に祈り、仏の力と、仏の智慧を湧き出して
、魔を打ち破っていくことである。
 大聖人は、こうも述べておられる。
 「もし恩を知り、心ある人々であるならば、大聖人が二回、杖で打たれるときには、そのうち一
回は代わってうけるべきではないか」(御書 1450p 通解)
 民衆のため、大聖人は、あらゆる大難を一身に受けてこられた。そのお心を知るならば、その難
の半分は代わって受けるべきである、との厳しき御指南である。
 さらに、大聖人は「日蓮は流罪を二度までこうむり、すでに頸の座にもついたけれども、ついに
恐れず信仰を貫き通したので、今では日本国の人々も『日蓮の言うことが道理かもしれなお』とい
う人もあることであろう」(御書 1138p 通解)と仰せである。
 わが創価学会も、幾たびもの大難を乗り越えてきた。御書に仰せのとおりの三障四魔、三類の強
敵を敢然と打ち破り、前進してきた。だからこそ、“日本の柱”として、多くの人々から信頼され
、賞讃される一大民衆勢力へと発展したのである。
 また、日本のみならず、世界の識者が深い共感と感動を寄せてくださっていることは、皆さまが
ご存じのとおりである。
253
善の声を強めよ!悪と戦う力を持て
 ノーベル文学賞に輝いたアメリカの作家パール・バック。彼女は、名門のケネディ家に対する嫉
妬や敵意の数々を通して、次のように論じている。
 「新聞、ラジオ、テレビは、彼らが愛情と同時にねたみを抱く知名人、成功者、傑物を葬り去ら
んとする欲望から、人々にスキャンダルを提供しようと手ぐすねひいているのだ」
 「それらの伝達機関は、よからぬニュースを探し、そして何も見つからないとなれば、うわさや
うそから『二ユース』をでっちあげてしまうのだ」
 さらに、才能ある者、成功した者が攻撃される理由の一つとして、「精神と才能に劣る人々の側
に、才に恵まれて成功している人々に対する本物の敵意が生じてくる」と述べている。鋭い洞察で
ある。
 彼女は、別のところで、次のようにも訴えている。終戦直後、日本の人々に対して呼びかけた文
章である。
 「善なる人々の声は悪なる人々の声よりも数多く、より明瞭でなければならない。このことを善
なる人々は自らの責務として認めねばならぬ」と。
254
 自由とは責任を伴う。ゆえに一人一人が自由を享受するためには、人間を抑圧する悪を監視し、
その悪と戦う力を持たねばならない。こう彼女は述べている。
 そして、「邪悪に対する永遠の闘争」があってこそ、自由は守られることを強く叫んだのである

 善なる正義の声を、さらに強く強く放ちゆくことだ。それが青年の使命である。

 私は、若き日から、攻撃精神、破折精神で戦ってきた。学会を、戸田先生を、誹謗する者がいれ
ば、どこにでも飛んで行った。そして、相手がだれであろうと、青年らしく、真正面から対話し、
「それはちがう!」「真実はこうである!」と相手の誤りを一つ一つ正していったのである。
 リーダーならば、外へ打って出ることだ。最前線で人間と交わり、一人でも多くの理解者をつく
っていくことだ。
 戸田先生は、「幹部だ、幹部で決まる」と厳しく言われた。すべては幹部の一念で決まる。行動
で決まる。できあがった組織の中で、ただ号令をかけるだけでは、皆の共感は得られない。拡大の
勢いも生まれてこない。
 先日も紹介した御金言であるが、もう一度拝読しておきたい。
 「どのような大善をつくり、法華経を千万部も読み、書写し、一念三千の観念観法の道を得た人
255
であっても、法華経の敵を責めなければ、それだけで成仏はないのである」
 この烈々たる破折精神こそ、仏法の根本であり、戸田先生の結論であった。
労苦が人間を輝かせる
 大聖人は「人の身の五尺・六尺のたましひも一尺の面にあらはれ」(1402:10)と仰せである。
また顔には、「人生の年輪が表れる」とも言われている。風雪に耐え、逆境に打ち勝った顔は、ど
こか光っているものだ。
 労苦こそが、人間を輝かせる。また、自分が苦労してこそ、他人の苦労もわかるのである。
 ゆえに、学会の将来を担う青年部、そして青年部出身の幹部は、求めて苦労していくことだ。外
見や見栄など、かなぐり捨てて、戦うことだ。
 真剣に戦う会員の気持ちが感じられない幹部であるならば、あまりに無慈悲である。学会のため
、同志のために、苦労しぬいた人こそが、本物のリーダーなのである。
 戸田先生は、こうも言われた。
 「地位や学歴で、偉さがきまるのではない。日蓮大聖人の弟子として『広宣流布に働く人』こそ
『いちばん、偉い人』である。その人をいちばん、大事にするのだ」
256
 真面目な学会員ほど尊く、偉大な存在は絶対にない。
 だからこそ、だれよりも自分が汗を流し、広布に戦い、会員に尽くしていくリーダーであってい
いただきたいのだ。そしてまた、同志の話に真摯に耳をかたむけていくことである。とくに、婦人
部、女子部の意見をよく聞き、最大に尊重していくべきである。
 「会員が、あの幹部を見ると、心から安心して信心に励めるといった幹部であってほしい」――
これが、戸田先生の悲願であった。
 今、現実の上で、人と会い、人と語り、社会の隅々にまで仏法を弘めているのは、わが学会しか
ない。なかんずく、婦人部の皆さま方の功績は、あまりに大きい。
 人間として、もっとも正しい行動である。自他ともの絶待の幸福の道を開いていくのである。わ
が生命に未来永遠に朽ちない「福徳の宝」を積んでいることを確信していただきたい。

 さらに、戸田先生のご指導をいくつか紹介したい。
 「お金がなくて悩む、体が弱くて悩む、務めがおもしろくなくて悩む、子どもの成績が悪くて悩
む、夫が教養がなくて悩む。上司がやかましくて悩む、こうした悩みは、多次元にわたって、時々
刻々と起こってくる。これが人生である。
 そのなかにあって、『法』を弘めようとして悩む。人々を幸福にしようとして悩む。正しき信心
257
に立って、法のため、人のため、広宣流布のために悩む。ということは最大のすばらしき悩みであ
る」
 「煩悩即菩提」と仏法では説く。悩みがあるから成仏できるのだ。
 いわんや、広宣流布のために、悩み、祈り、苦労するならば、その分だけ、偉大なる仏の境涯が
開かれてく。生々世々、大福運に包まれていくのである。
「青年部革命」の大波を
 戸田先生は、青年をこよなく愛された。ゆえにまた、青年を徹底的に訓練された。どんなことも
、「青年にやらせよう」「青年にまかしておけ」と、私たち青年に託してくださったのである。
 私も必死だった。家に帰ると、もう靴も脱げないくらい、くたくたになるまで働いた。
 そうやって、戸田先生に言われたことは、すべてやりきった。この恩師の薫陶があったがゆえに
、今の私がある。
 私は、次の学会を担う本物の青年部を構築するために、もう一度、本格的に力を注いでいきたい
と決意している。青年部の時代である。すべては青年部に託していくしかない。
258
 断じて、広布のために!会員のために!――この戸田先生の魂を、そして私の魂を、永遠に変わ
らぬ「師弟の魂」を、わが青年部に、断固として受け継いでいただきたいのである。
 二十一世紀の勝利を決しゆく「青年部革命」の波を起こしてまいりたい。
 戸田先生との思い出は尽きない。ある時などは、「何とか、大作を長生きさせてあげたい。だが
心配だ。三十まで生きられるかどうか、わからない」と涙を流されたとも、うかがった。
 もともと肺病を患っており、体は弱かった。その私が、今日まで元気に広宣流布に戦い続けてく
ることができた。すべては、戸田先生のもと、わが身を捨てて、お仕えしてきた功徳にほかならな
い。本当にありがたき師匠であった。
人生の苦難に屈してはならない
 戸田先生は、青年を激励して言われた。
 「人生にあっては、大なり小なり、何らかの難に直面するものだ。
 その時は、もうこれでおしまいかと落胆し、諦めようと思うことがあるかもしれない。また苦し
みのあまり、絶望の淵に沈む場合もあるにちがいない。
 しかし絶対に、人生の苦悩に屈してはならない。負けてはならない。必ずや、あとになれば、あ
259
の時、頑張りぬいて本当に良かったと、さわやかに思い返せるものだ」
 負けない人が真実の勝利者である。大変な時ほど、宿命転換ができる。人間革命ができるのであ
る。
 またある時、激戦に臨んで、戸田先生は厳として叫ばれた。
 「どんな戦いでも、団結が強いほうが勝つ!」
 異体同心――これが永遠の勝利の軌道である。

 牧口先生は、信心の偉大な力について、こう語られた。
 「“この病気を、必ず変毒為薬してみせるぞ、健康という大福運、大功徳を開くのだ”と確信し
、決意して信心を続けていくことが大事だ。
 そのとき、病気が治るだけでなく、全快したときには、以前よりも健康になるのが、変毒為薬の
妙法である」
 全同志のますますのご健康とご長寿を、私は、妻とともに、真剣に祈り続けている。
 全国には、だれも見ていないようなところで、黙々と、わが学会を支えている方々が数多くおら
れることも、よく存じあげているつもりである。私は、こうした方をサーチライトを当てるように
探し出し、顕彰してさしあげたい気持ちでいっぱいである。
260
 全国の同志の皆さま方、本当にありがとうございます!
 結びに、「創価学会は、どこまでも『師弟の信心』を合致させて、永遠に『広宣流布の勝利』を
成し遂げていくのだ!」との戸田先生の遺言の叫びを紹介し、私のスピーチとします。
 健康第一の前進を、お願いします。お体を大切に!賢明に、そして勇敢に戦いましょう!
 イタリアの皆さん、皆で喜びの曲を奏でながら、仲良く朗らかに進んでください。各地の婦人部
の皆さま方も、本当にご苦労さまでした。お会いできなかった方々に、くれぐれもよろしくお伝え
ください。
 きょうは、本当にありがとう!グラッチェ!
                             (東京・信濃文化センター)
261
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牧口先生 生誕記念協議会
創価の師弟は教育で勝った!
国家主義と命がけで戦った牧口先生
 アメリカ広宣流布の尊き指導者の皆さま!遠いところ、本当に、ようこそ、お越しくださった。
第二総東京の代表の皆さま、いつも、ご苦労さま!ありがとう!
 きょう、私は、緑まばゆい村山総区、秋川総区、さらに新立川総区の天地を車で通り、妻ととも
に、すべての同志の皆さまの健康と幸福と勝利を祈って、題目を送らせていただいた。
 第二総東京は、どの地域も大発展している。どの地域も大勝利である。とくに婦人部の皆さま方
262
の力は大きい。心から讃嘆申し上げたい。
 きょう六月六日は、「創価教育の父」牧口常三郎先生の誕生日である。牧口先生は、一八七一年
(明治四年)のお生まれ、今年で生誕百三十四年となる。
 創価の原点の一日を、創価の魂をとどめる東京牧口記念会館で、晴ればれと迎えることができ、
本当にうれしい。ここ八王子は、わが婦人部の祈りに応えて、諸天も寿ぐすがすがしい快晴となっ
た。
 牧口先生の威徳を偲びつつ、少々、お話ししたい。
 牧口先生は、国家権力と戦い、獄死された。
 もちろん、先生には何の罪もなかった。「創価学会の思想は危ない」という、理不尽な弾圧であ
った。ご承知のとおり、検挙の理由は「治安維持法違反」と「不敬罪」である。
 牧口先生は、軍部におもねった宗門とは対照的に、正法正義を貫き、戦争推進のイデオロギーで
ある国家神道に断じて従わなかった。当時の悪法のもとでは、それだけで処罰の理由となったので
ある。
 老齢の大学者の先生を、一介の役人にすぎない特高刑事や検事が、いじめにいじめた。権力を笠
に着て、居丈高に振る舞い、怒鳴った。これが「権力の魔性」の恐ろしさである。
263
 狂った日本であった。愚かな日本であった。権力が、牧口先生を殺したのである。何の罪もない
、それどころか、世界的大学者の先生に、日本は、「獄死」をもって報いたのである。
 永遠の平和を築く戦いは、所詮「権力の魔性」との戦いであることを、絶対に忘れてはならない
。それを忘れ、油断すれば、広宣流布の将来は危ないからだ。

 しかし牧口先生は、権力の横暴に、一歩も引かなかった。それを証明する「訊問調書」が残って
いる。
 先生は刑事に堂々と答えられた。そして、当時の聖戦思想を真っ向から否定された。
 「立正安国論には、この法が国内から滅亡するのを見捨て置いたならば、やがて国には内乱・革
命・飢饉・疫病等の災禍が起きて滅亡するに至るであろうと仰せられてあります」
 「現在の日支事変や大東亜戦争等にしても、その原因はやはり謗法国であるところから起きてい
る」
 「この大法に悖る事は、人類としても、はたまた国家としても許されない事で、反すればただち
に法罰を受ける」
 「戦争でいちばん犠牲になり、苦しむのは、いつも民衆である。しかし、国は「神州不滅」など
と煽って、国民を戦争に駆り立てた。それに、はっきりと意義を唱えたのである。正法を迫害する
264
国は、滅亡するのが道理であると喝破されたのである。
 軍国主義の時代である。しかも獄中である。どれほどの理念であられたか。どれほどの壮絶な戦
いであったか。先生は、創価学会の永遠の誇りである。その直系が私たちなのである。

 牧口先生のことを語られる時。戸田先生は涙を流すのがつねであった。「仇は必ず討ってみせる
」という怒りと決意が、燃え盛っておられた。
 牧口先生と戸田先生は、警視庁の取調室で一緒になった。
 その時、牧口先生は、ご家族から差し入れられた愛用のカミソリを手に取り、懐かしそうにみつ
めておられたという。その時、刑事が大声で怒鳴った。「ここをどこと思う。刃物をいじるとはな
にごとだ」
 戸田先生は、のちに、こう語っておられる。
 「先生は無念そうに、その刃物をおかれました。身は国に従えども、心は国に従わず。先生は創
価学会の会長である。そのときの、わたくしいのうやしさ」
 そして、東京拘置所に移される時が、師弟の最後の別れとなった。
 「『先生、お丈夫で』と申し上げるのが、わたくしのせいいっぱいでございました。あなたはご
返事もなくうなずかれた、あのお姿、あのお目には、無限の慈愛と勇気を感じました」
265
 あまりにも崇高な師弟の歴史である。
 信念に生きる立派な人間、偉大な思想をもった人間は、かえって弾圧され、牢に入れられる。
 なかでも当時、韓・朝鮮半島の人々の場合、その処遇は苛烈を極めた。戸田先生は、それを振り
返り、「どうして日本は、こんなにひどいのか!」と悔しがっておられた。その先生の血涙の叫び
を、私は忘れることができない。
牧口先生の哲学と人生を宣揚
 牧口先生は獄死され、戸田先生は生きて獄を出られた。
 戸田先生は厳然と語り残された。
 「私は弟子として、この先生の残された大哲学を、世界に認めさせる」「私の代にできなければ
、きみたちがやっていただきたい。たのみます」
 私は、この戸田先生の遺志を受け継いで、牧口先生の哲学と人生を宣揚してきた。創価学園をつ
くり、日本にもアメリカにも創価大学をつくった。師の構想を実現するのが、弟子の道である。
 今、アメリカやブラジルをはじめ世界の各国で、牧口先生の教育哲学が注目され、実践される時
代に入った。また世界のどこに行っても、創価教育から巣立った人材が活躍している。
266
 牧口先生は勝ったのである。創価の師弟は勝ったのである。私は本当にうれしい。

 牧口先生がつねに拝された御聖訓に、「観心本尊抄」の一節がある。
 「天晴れぬれば地明かなり法華を識る者は世法を得可きか」(0254:16)
 先生は、この御文を通して指導された。
 「太陽が昇った瞬間から、大地はパッと明るくなる。同じように、信心すれば、生活のすべてが
改善できるのです。
 大事なことは『点を晴らすこと』です。そういう信仰をしなくてはけません」
 この牧口先生のご精神のままに、信心強きみなさまは、わが身、我が地域を妙法の大功徳に照ら
し、人間革命と社会貢献の輝く実証を示してこられた。今や「創価の太陽」は、日本と世界を赫々
と照らし、希望の大光を送っている。
「悪と戦う強さが社会を明朗に」
 牧口先生は言われた。
 「言わねばならぬことをどしどし言うて折伏するのが、随自意の法華経であらせられると思う。
267
 ゆえに我々は、蓮華が泥中より抜け出して清浄の身をたもつがごとく、小善・中善の謗法者の中
に敵前上陸をなし、敢然と大悪を敵とし戦っているようなものであれば、三障四魔が紛然として起
こるのが当たり前であり、起こるゆえに行者と言われるのである」
 広宣流布は、永遠に、仏と魔との闘争である。先生の言われたとおり、学会は、「勇気の言論」
で勝ってきた。三障四魔との戦いをやめないから勝ってきた。
 牧口先生も、こう語られた。
 「嫉妬や迫害を受けても、今後とも、さらに『不惜身命』の決心をもって、いよいよこれを力説
するつもりである」「だれかが言わねば、社会は遂に改まる期はないことを思うからである」
 広布の指導者は、みずからが勇敢に、言うべきことを言わねばならない。皆が言うべきことを言
えるよう、励ましていかねばならない。
 また、みずからが率先して行動しなければならない。そして、皆が行動できるよう励ましていか
ねばならない。要するに、みずから断固として戦う。その必死の姿を通して、皆の「戦う心」に火
をつけることである。
268
 牧口先生は教えられた。
 「大善人になるには、強くならねばならぬ。決然と悪に対峙する山のごとき強さが、個人も社会
も明朗になる。
 強くなければ、本当の意味で、善人にはなれない。学会は「正義の中の正義」である。ゆえに、
強くならねばならない。強くあってこそ、朗らかに前進することができる。「強さ」と「明朗さ」
は一体なのである。
いかなる権力も仏には勝てない
 思えば、宗祖日蓮大聖人の御生涯は、権力による迫害との熾烈な闘争の連続であられた。すべて
は、末法の一切衆生の幸福のためである。
 現在、鎌倉の「竜の口」には、「SGI教育会館」がある。ご存じのとおり、この地は、日蓮大
聖人が発迹顕本された「竜の口の法難」ゆかりの地である。会館には、海外からも多くのSGIメ
ンバーが訪れ、大聖人の御足跡を偲びつつ、広宣流布の決意を新たにしている。
 大聖人が法戦の本舞台とされた鎌倉は、当時の政府の中枢であった。いわば、権力の魔性がうご
めく真っただ中で、敢然と破邪顕正の戦いを起こされたのである。傲慢な権力者にも、仮面の聖職
269
者にも、大聖人は容赦なく、“正法を尊ばなければ国は滅びる”ことを主張し、正義を叫びぬいて
いかれた。
 そして一方、女性の信徒や、若き青年門下には、限りない慈愛を注がれる大聖人であられた。
 正義の中の正義であられる大聖人に、権力は残酷に牙を剥いた。そのきっかけとなったのは、邪
悪な聖職者らによる「讒言」――嘘で固めた、でっち上げであった。
 文永八年(一二七一年)九月十二日――。大聖人がおられた松葉ケ谷の草庵に、幕府の実力者で
あった平左衛門尉頼綱が、数百人の武装兵士を率いて押し寄せた。
 大聖人が竜の口に向かい、頸の座にのぞんだのは、「子丑の時」――すなわち真夜中だった。「
三世の諸仏の成道はねうしのをわり・とらのきざみの成道なり」(1558:04)とあるとおり、「子
丑の時」から「寅の刻」にかけては、不思議な時間帯なのである。
 兵士が大聖人を取り囲んだ。刀を手にした武士が、身構えた。途中から裸足でついてきた四条金
吾が「只今なり」と言って、泣いた。その金吾に大聖人は「これほどの悦びをば・わらへかし」(
0913:01)と、悠然とたしなめられた。
 そのときである。月のごとく明るく輝く鞠のようなものが、南東から北西にかけて光りわたった
。刀を持った武士は倒れ伏し、恐怖にかられた兵士は「一町計り」も走って逃げた。
 大聖人は「どうして遠のくのか。近く打ちよれや。打ちよれや」と叫ばれたが、近づく者はいな
270
かった。「頸を斬るならば、夜が明ける前に、早く斬れ!」とうながされたが、応える者はなかっ
た。だれもが驚愕し、動揺し、おじけづいていた。その中にあって、大聖人ただ御一人が、不動の
大境界を示されていたのである。
 どれほど強大な権力も、どんなに卑劣な策略も、仏の境界を侵すことはできない。諸天善神の加
護は絶対である。法華経の行者を不幸におとしいれることは、だれにもできあいのである。

 西洋においては、キリスト教の祖であるイエスも権力の迫害と戦い、受難した。イエスもまた、
人々の幸福を願い、平和をめざした人物であることは間違いないであろう。
 あくまで想像上の仮定の話であるが、もし日蓮大聖人とイエスが話しあったならば、決して口論
などにはならず、民衆に尽くす生き方に対して、尊敬の念を抱いたのではないかと拝察する。
 偉大な人はすぐに、より偉大なものがわかるのである。
 戸田先生はよく、“釈尊や、キリスト、マホメットなどの宗教の創始者が一堂に会して「会議」
を開けば、話が早い”と言っておられた。
 創始者には、後世の宗教性はない。宗教の原点の精神に帰ることで、宗教は、より普遍的で人間
271
的な広がりを回復をすることができる。私どもが平和な世界の現実を願って、各国で推進している
「宗教間の対話」「文明間の対話」のポイントも、ここにある。
絶対無事故で!子どもたちの健康と幸福を第一に
 一九二三年(大正十二年)の六月六日、牧口先生は、ここ八王子に足跡をとどえておられる。白
金尋常小学校の校長であられた先生が、児童を引率して、高尾山まで足を運ばれたのである。
 牧口先生は、遠足などの行事にさして、そのたびごとに、児童の「絶対無事故」に心を砕かれて
いた。何事であれ、「安全」は最優先の課題である。「人命」にかかわることは、いささかたりと
も油断があってはならない。
 青年時代に、牧口先生のもと、白金尋常小学校で教員を務められたある人物は、次のような思い
出をつづっている。
 ――大正十四年(一九二五年)の春、遠足に出かけたところ、急に空に雲がかかり、今にも雨が
降りそうになった。急いで帰り支度をさせ、皆を引率して学校に帰り着いたとたん、大粒の雨が降
り出した。雨に濡れないで学校に戻ったのは、このクラスだけだった。
272
 牧口先生は「子供たちを雨に濡らさなかったのは君の大手柄だ」と言って、最大に賞讃してくれ
た――
 牧口先生は、つねに子どもたちの健康と幸福を第一に考えていた。そのための行動は、どんな小
さなことでも、ほめ讃えた。反対に、子どもたちのことを考えない振る舞いに対しては、じつに厳
しかった。
 私も、同じ心情である。私の創立した、世界の創価幼稚園、東西の創価学園、創価大学、創価女
子短期大学、そして、アメリカ創価大学に学ぶ一人一人のことを考えない日はない。
 私の命よりも大切な宝の人材が、きょうも一日、一人ももれなく、無事故で、健康で、はつらつ
と成長していけるよう、私も妻も、朝な夕な、真剣に祈り続けている。
「名誉教授」の称号は先師に捧ぐ栄誉 
 本日、アメリカ・ミネラルエリア大学のバーンズ学長ご一行が、わが創価大学を訪問してくださ
った。同大学は、一九二二年、ミズリー州に創立された、伝統ある州立のコミュニティー・カレッ
ジである。
 栄光にも、学長一行は、私の妻に対する人文学の「名誉教授」の称号を携えて来学してくださっ
273
た。妻は、アメリカをはじめ、世界の婦人部・女子部の皆さま方の代表として、謹んで拝受させて
いただいた。
 妻は幼き日、牧口先生の手を引いて、駅から、座談会が行われる自宅まで案内した思い出を持っ
ている。特高刑事の監視のもとで、師子王のごとく、平和と正義の信念を主張されていた牧口先生
の雄姿を、妻は生命に焼き付けている。
 牧口先生の誕生日にお受けした、最高峰の教育の栄誉である。この栄誉を深く感謝をこめて、先
師に捧げさせていただきたい。妻と私は、そういう思いでいっぱいである。

 ところで、ミネラルエリア大学のバーンズ学長は、私どもと不思議な縁で結ばれている。
 今回の来日にあたり、学長は、その縁をあらためて語ってくださった。
 学長の父君は、かつてミズリー州のボーイスカウトの責任者として、青少年の育成に取り組んで
おられた。そして、一九七一年の八月、静岡・富士市の朝霧高原で開催されたボーイスカウトの「
世界ジャンボリー」に多くの少年たちを率いて参加されたのである。
274
 当時は折り悪しく、台風十九号が日本列島を襲い、東海地域は激しい暴風雨に見舞われた。多く
の野営テントが水浸しになり、キャンプ地はたいへん危険な状態となった。
 この時、私は、高等部の夏期講習会のため、近くの大石寺で指導・激励に当たっていた。
 世界ジャンボリーからの緊急避難の要請を聞いた私は、ただちに受け入れを決断し、約六千人の
ボーイスカウトのメンバーを迎え入れた。
 “少年たちは、遠い異国の地で、嵐に遭い、心細い思いをしているにちがいない。皆に少しでも
安心してもらい、休息をとれるように、できることはなんでもしよう”――私は、ときに激しい風
雨にさらされながら、全身全霊で陣頭指揮を執った。
 七千人の高等部の英才たちも、私と一緒に、世界の少年たちを真心から歓迎し、忘れ得ぬ友情を
結んだ。世界ジャンボリーの方々も、心から安堵し、喜んでくださった。
 バーンズ会長は、きょうの式典で、しみじみと語っておられた。
 「父が、日本での世界ジャンボリーで台風の被害に遭った話をしていたことを、私は鮮明に覚え
ています。もしかすると、父は池田会長にお会いしていたかもしれません。世界は、なんと小さい
のでしょうか!」
 まことに残念なことに、学長の父君は、その後、交通事故で急逝されてしまった。バーンズ学長
275
は、尊敬する父の意志を受け継ぎ、青少年の育成と教育の発展に尽くしてこられたのである。私は
、父上に追善回向の題目を送らせていただいた。
 バーンズ学長は、アメリカ創価大学オレンジ郡キャンパスが、晴れの第一回卒業式を迎えたこと
も、心から祝福してくださった。
 さらに、「常識と、奉仕の精神を持ち合わせ、文化、芸術、平和、繁栄の真の価値を理解する、
貴重な地球市民を世に輩出できることは、短期大学や総合大学で指導し、教える私たちにとって、
たいへん、大きな励みであります」と語っておられた。
アメリカ創価大学に賞讃の拍手
 アメリカ創価大学の第一回卒業式にさいしては、世界の各界から多数の祝福のメッセージが寄せ
られた。アメリカ・デューイ協会のヒックマン会長も、心温まるメッセージを贈ってくださった。
 そのなかで、こうつづっておられる。
 「偉大な教育者である牧口常三郎とジョン・デューイの両氏が、もしこの卒業式に参列していた
なら、二人は私とともに、アメリカ創価大学の教育的価値に賞讃の拍手を惜しまなかっただろうと
確信しています。二人は“教育とは生きるための〈準備〉というより、むしろ、言葉のもっとも
276
十全ないみにおける〈生きること〉それ自体なのだ”という点で一致していました」
 「価値の創造に必要不可欠ともいえる、二人の偉大な教育者の考え方は、アメリカ創価大学の使
命と実践に明快に反映されているのです」
 まことに、ありがたいご理解である。
 アメリカ創価大学の大発展を展望して、私は今、さまざまな構想を練っている。この大学から、
将来、ノーベル賞に輝くような、世界的な学者や指導者が輩出されることを、私は深く期待し、確
信している。
 アメリカSGIの皆さまには、日ごろからアメリカ創価大学が、さまざまにお世話になっている
。この席をお借りし、あらためて、心から御礼申し上げたい。きょうは、本当によく来てください
ました。ありがとう!元気な皆さんとお会いでき、私はうれしい。
 いよいよ、アメリカSGIの本門の時代である。理事長を中心に、仲良く、団結して、また健康
・無事故で、生き生きと、世界の模範となる前進をお願いしたい。婦人部の皆さまの活躍も、よく
うかがっている。
 アメリカの各地に、私は思い出がある。各地に、思い出深い同志がいる。
 明年で訪問十周年となるデンバーも、忘れられない地である。あのときは、多くの方々にお世話
になった。今も感謝は尽きない。
277
 デンバーでは、地元のSGIメンバーがデンバー会館の近くにある「チェリー・クリーク」の川
岸や市立公園などに桜の植樹・寄贈を行ってきた。
 “桜は育たない”とされる気候にもかかわらず、メンバーの献身的な努力により、今や千本もの
桜が咲き薫り、市民に愛されているとうかがった。すばらしい地域貢献の実践である。
 デンバーをはじめ、アメリカ全土の同志の皆さまに、くれぐれもよろしくお伝えいただきたい。
新しい出会いを!勇気をもって
 ミネラルエリア大学のバーンズ学長のお父さまが日本を訪問された年は、牧口先生の生誕百周年
で、ちょうど創価大学が開学した年であった。以来、三十四年の時を経て、牧口先生の生誕の日に
、ご子息が創価大学に来学してくださったのである。一つ一つの出会い、一回一回の生命の交流は
、時とともに、私たちの想像を超えるほどの大きな広がりと実りをもたらすものだ。
 皆さんも、日々、意義深い「出会い」を重ね、尊く偉大な歴史をつくっておられる。
 新しい出会い、新しい交流――そのために大切なのは、打って出る「勇気」である。
278
 スイスの思想家ヒルティは論じている。
 「人生の重大な分かれ目においては、つねにまず敢行することが大切である」
 「敢行」とは、敢えて行うことである。思いきって、やってみることである。
 またヒルティは、「勇敢な事にあたる者は、決定的な勝利をおさめることができる。そしてこの
勝利が、その後長い期間にわたって、その人の運命を決定する」と述べている。
 さらに、「あやふやな態度で戦いにのぞむ者は、降伏するか、退却するかであって、前に向って
進むかわりに、人生のこの時期とその課題とを全部、初めからやり直さねばならない」とも記して
いる。深くかみしめるべき言葉である。
 どんなことであれ、「あやふやな態度」で、勝利がつかめるはずがない。それでは、ヒルティの
言うとおり、貴重な時間を浪費してしまうだけである。
 臆病ではいけない。勇敢な者のみが、自分自身の勝利、人生の勝利をつかめるのである。
大著『人生哲学』『創価教九学体系』
 牧口先生がいかに卓越した大教育者であり、大学者であったか。
279
 牧口先生が最初の著作『人生地理学』を刊行したのは、一九〇三年(明治三十六年)。先生が三
十二歳の時。『人生地理学』は当初から好評を博し、たびたび版を重ねた。主要な新聞・雑誌の書
評欄でも取り上げられている。
 先日、刊行された、牧口先生の生涯を紹介する映像評伝でも、著名な地質学者で地理学者の小川
琢治氏の書評が紹介されている。
 小川氏は、『人生地理学』について、こう評価している。
 「この一千頁もの本を完成させた著者の真摯と勤勉とに驚かないではいられない。読み進むに従
って、その読書量の広さ、着想の斬新さ、綸旨の妥当性に驚く」
 さらに映像評伝では、牧口先生のもう一つの大著である『創価教育学体系』に寄せられた新渡戸
稲造氏の序分から、次の一節も紹介していた。
 「君の創価教育学は、余の久しく期待したる我が日本人が生んだ日本人の教育学説であり、而も
現代人が其の誕生を久しく待望せし名著であると信ずる」
280
 ご存じのとおり、新渡戸氏は、著名な教育者、農政学者であり、国際平和を唱え、国際連盟の事
務次長を務めた人物であった。
 この『創価教育学体系』には、新渡戸氏の他、フランス社会学の研究家である田辺寿利氏、民俗
学者の柳田国男氏という大学者が序分を寄せている。また、同書の発刊の翌年に首相となる、政友
会総裁の犬養毅氏が揮毫をよせたのである。

 戦争へと突き進んでいた日本にあって、「価値創造」の文化と教育の光を放っていかれた牧口先
生。その生活は極めて質素であったという。
 今回の映像評伝では、牧口先生の三男・洋三さんの夫人であった金子貞子さんが、貴重な証言を
寄せておられる。その中で、晩年の牧口先生の「書斎」について語っていた。書斎の広さは、わず
か三畳ほど。そこに机と椅子、書棚が置かれていた。
 晩年になっても、牧口先生は、縁した人たちの幸福のために懸命に行動された。「一人」に会う
ために、老齢の身を押して、三等車で九州までいかれたこともあった。行く先々で、悩みや相談に
じっと耳を傾け、信頼と確信の対話を重ねていかれたのである。
 その一方で、自宅に帰ると、家族が寝静まった夜遅くまで、原稿を執筆しておられたという。使
われた原稿用紙もまことに質素であった。戸田先生の私塾である「時習学館」から、試験に使った
281
紙などをもらってきて、その裏を利用しておられた。          
 たとえ部屋は簡素であっても、そこで、崇高なる哲学が育まれていた。たとえ紙は質素であって
も、そこに、未来を照らす大思想がつづられていた。
 牧口先生は、貞子さんに、「この原稿は大事なものだから、貞子さん、いじらないで、大事にし
ておいてくれ」と言っておられたという。
 しかし、牧口先生が下田で逮捕された当日の朝六時ごろ、先生の自宅に五人くらいが押し入り、
本も原稿も、すべて持っていってしまったのである。
 軍国日本は、偉大なる牧口先生を、その思想ごと踏みにじった。
 それに憤激し、“巌窟王”となって立ち上がったのが、戸田先生であった。
 その魂を継承したのが私である。
 初代、二代、三代を貫く創価の大精神――それは「権力の魔性」と戦う不屈の闘争精神である。
 正しく生きる人間に内心は嫉妬し、あれこれと理由をつけて弾圧し、亡き者にしようとする傲慢
な権力の輩を断じて許さない。断じて戦いぬく。この「戦う魂」の結晶こそが、創価学会なのであ
る。
 学会は永遠に、民衆を守りぬく「平和」と「人権」と「正義」の砦であらねばならない。
282
「創価教育の学校」の発展は師弟勝利の証
 今回の映像評伝のなかで、金子貞子さんは「創価教育の学校」の構想が牧口先生から戸田先生に
継承された時の様子についても、その場に居合わせた一人として、あらためて語り残している。
 それは、一九三九年(昭和十四年)三月に貞子さんが牧口家に嫁いだ後のことである。
 牧口先生は「それこそ、『小学校から大学まで、自分が今、研究している創価教育というのを根
本とした教育をするためには、その学校が、大学が欲しいと願ってるんだ』ということを言ってら
して、『戸田君、ぼくの代ではできないけど、戸田君の代で、必ずできるんだよ』ということを言
つていました」
283
 創価教育を実践する学校をつくりたい――牧口先生から戸田先生に託された“創価の師弟の夢”
は、今まさに現実のものとなった。創価の名を冠した、創価小学校、創価学園、創価大学、創価女
子短期大学、札幌・香港・シンガポール・マレーシアの創価幼稚園、ブラジル創価学園、そしてア
メリカ創価大学――いずれも堂々たる発展を遂げている。
 世界市民を育成する人間教育の園として、世界の一流の識者、教育関係者から高い評価と期待を
いただいていることは、皆さま方がご承知のとおりである。
 これこそ、牧口先生、戸田先生の偉大なる勝利の証である。
 「創価の師弟は、教育で勝った!」と、私は声高らかに宣言したいのである。
教育の真価は、社会貢献の人材をどれだけ出したかに
 教育の使命――。それは人間をつくることである。人に尽くす人間を育てることである。
 古代ギリシァの哲学者プラトン亡き後のことである。一人の知識人、エピクロス派のコロテスが
、ソクラテス、プラトンの師弟をはじめ、名だたる大哲学者たちを批判する文章を著した。
284
 後に、この批判書の存在を知った一人に、『英雄伝』で有名な作家プルタークがいる。プルター
クは、プラトンに代わって、コロテスの主張に対する痛烈な反論を公表し、青年たちにも教えてい
った。
 プルタークの反論の急所は、いったい何であったか。それは、プラトンの学園で学んだ弟子たち
が、世界に貢献していった具体的な事実をあげたのである。
 プルタークは語る。
 「プラトンは、法律や国制についての優れた論を文字に残す一方、それ以上に優れた論を弟子た
ちの心の中に植え付け」たのであると。
 プラトンの残した著作の数々――それは、「人類の至宝」ともいうべき知性の輝きを放っている

 だが、プラトンは、その著作に注ぎ込んだ以上のものを、我が弟子の心の中に植え付けたという
のである。
 その弟子たちが、いかなる活躍をしたのか。
 ある出身者は、祖国アテネを代表するような平和の指導者となったではないか。
 ある出身者たちは、圧政に苦しむ人々を救ったではないか。
285
 ある出身者たちは、他国に派遣されて、秩序ある国作りに貢献したではないか。
 ある出身者たちは、依頼を受けて、法律を作り上げたではないか。
 いずれも皆、プラトンの弟子ではないか!――というのである。
 つまり、プラントの弟子たちが、ギリシァ世界で、衰亡していた都市国家を蘇らせ、新しい都市
国家の建設に大きく貢献していったことは、明々白々ではないかと強調していったのである。
 そして逆に、中傷した知識人に対しては、君が信奉する思想を学ぶものから、いったい、だれが
、民衆のために働いたのか。だれが、社会に貢献していったのか――と反論していった。
 社会に貢献しゆく人材を、どれだけ出したか。ここに、教育の真価に対する歴史の審判の一つが
あることを、この話からも知ることができる。
 さまざまな面で行き詰まりが指摘される現代である。
 それを打破する力はどこにあるのか。
 遠回りのように見えるかもしれないが、私は、教育こそ、未来を開く根本の方途であると確信し
てやまない。
 要は、人間が変わることだ。人材をつくることだ。そこから、社会は変わる。世界は変わる。
 社会に世界に寄与しうる実力と人格を備えた指導者を育成していく以外に、未来は開けないので
ある。そこに創価教育の大使命があることを忘れないでいただきたい。
286
イギリスの改革――「寮」を人間教育の場に
 教育の理想は、師匠から弟子へ、脈々と受け継がれてこそ、偉大な教育改革の大河となって広が
っていく。
 イギリスの高名な大教育者に、トーマス・アーノルドがいる。オックスフォード大学の出身で、
後に同大学で歴史学を教えた人物である。
 彼は、三十代でイギリスの伝統教育機関である「パブリック・スクール」のラグビー校校長に就
任した。そして、宗教的精神を根幹として教育改革に尽力し、同校をイギリスを代表する名門校に
発展させたのである。その実践は、イギリスのパブリック・スクール全体の改革にも大きな影響を
与えた。彼は「近代パブリック・スクールの父」ともいわれている。
 アーノルドは記している。
 「余は年来、教育の事業をもって終生の任務と考えていた」
 また、校長就任直後の書簡には、こうつづっている。
 「これからやろうとしていることに、実に厳粛な義務感をひしひしと感じております。私は教育
改革の事業に猛進する考えです」
287
 偉業を成し遂げる力はなにか。それは、強き責任感である。「わが理想を断じて実現する」との
強固な一念である。「一人立つ」深き決意から、無限の力が湧き出ずるのである。
 アーノルドの教育改革の特徴の一つは、教育の場として「寮」を重視したことである。
 彼が校長に就任する以前は、寮といっても、生徒はなかば放任状態で、大部屋に大勢が詰め込ま
れていた。要するに寮は、たんに生徒が寝泊まりするための施設にすぎなかったのである。これに
対してアーノルドは、寮での生活が大切な教育の場になると考え、寮の改革に取り組んだ。「寮生
活の中に教育的意義を見出した最初の人」ともいわれる。
 彼は、「独立した小さな寮」を多くつくった。そして少人数の生徒が、「寮の先生と共に家庭的
雰囲気の中で共同生活ができるように」努力を重ねた。また、生徒一人一人の生活にも気を配り、
悩みごとに耳をかたむけた。
 さらに、寮の運営もできるだけ最上級生にまかせ、主体性を育もうとした。生徒を信頼すること
で、その自立心と責任感を養い、ジェントルマンとしての人間性を培おうとしたのである。
 今、創価大学、創価学園の寮でも、いよいよ、人間と人格を磨く深き伝統ができてきた。数多く
の逸材が、寮から世界へ羽ばたいている。私は本当にうれしく思う。
 さて、今でこそ世界的に有名なアーノルドも、存命中は一部の人に知られる存在でしかなかった
。しかし、アーノルドの薫陶を受けた教え子たちが、次々と教育界に雄飛し、見事な教育成果をあ

288
ていった。
 その活躍によって、師アーノルドの理念と実践は、他校の模範とされるようになっていったので
ある。

 今、人間教育の理想を掲げた多くの教育本部の友が、教育現場の第一線で活躍している。教育改
革の偉大な旗手として、「教育の世紀」を切り開いておられる。
 創価学会は、創価教育学会として出発した。ともに卓越した教育者であった牧口先生、戸田先生
のお喜びは、いかばかりであろうか。
 私は、不戦と軍縮をめざすパグウォッシュ会議会長のスワミナサン博士と対談を続けてきた。そ
の中で、博士は、「よき教育者は梯子のようなもの」とのインドの格言を紹介しておられた。
 教え子を、自分より高いところへ押し上げていこう。有為な人材に育てていこう――これが真の
教育者の信念でなければならない。
 ここ牧口記念庭園の木々も、開園以来、大きく枝を伸ばし、青々と葉を茂らせ、見違えるような
大樹となった。生あるものは皆、伸びていく。人間もまた、勢いよく成長していくことだ。
 なかんずく若き世代には無限の可能性がある。二十一世紀の天空へ、創価の前進を担う新たな人
材を育て、大きく伸ばしてまいりたい。
289
意義深き六月六日
 きょう六月六日は、幾重にも意義深き日である。
 ブラジルのクリチバ市には世界初の「牧口常三郎公園」がある。その建設地が決定し、SGIに
通知されたのは、一九九四年の六月六日であった。ブラジルでは、二〇〇一年の六月六日に、ブラ
ジル創価幼稚園が開園した。現在は、「ブラジル創価学園」に発展し、教育界から大きな期待を集
めている。
 また、六月六日は、南米のボリビア共和国では「ボリビア教育者の日」とされている。この国で
も、わが同志は、地域からの深い信頼を勝ち得ながら、意気軒昂に前進されている。
 この六月六日は、SGIの「ヨーロッパの日」でもある。そして、「関東婦人部の日」であり、
看護に携わり、“生命の世紀”をリードする女子部の「白樺グループ」結成の日でもある。
 さらにこの日は一九六八年(昭和四十三年)、懐かしい東京の町田会館の開館式が行われた日で
ある。
 一九七八年(昭和五十三年)には、落成まもない荒川文化会館で牧口先生の生誕記念の会合が行
われた。私も、共戦の同志とともに出席させていただいた。本当に思い出深い。
290
 そしてきょう、九州の記念墓地公園の竣工引渡式が行われた。学会の創立七十五周年を記念して
の建設である。
 同墓地公園は、大分県の日田市天瀬町にある。「阿蘇くじゅう国立公園」「耶馬日田英彦山国定
公園」に囲まれ、九重連山を一望できる景勝の地である。二十八万坪の広大な敷地に、四万二千基
の墓石を擁している。
 九州は、牧口先生がこよなく愛された天地である。大分にも、幾たびとなく足を運ばれている。
明治四十四年(一九一一年)の八月二十日には、農商務省山林局の嘱託で、山村生活の実態調査の
ため、日田を訪れておられる。さらに、昭和十五年(一九四〇年)、十六年(一九四一年)の秋に
も広布開拓のために、大分の別府を訪問されている。
 この墓園には、「世界広布先駆之日」が建てられ、基底部に全九州の誉れの同志と家族の氏名を
留めたCDが納められる。そのお名前は、墓園内に設置された液晶パネルで、閲覧することができ
るとうかがった。
 尊き同志の奮闘で、今、九州には堂々たる創価の大連帯が構築された。牧口先生も、心から讃え
、喜んでくださっていると確信する。
 大聖人は夫を亡くした南条時光の母に対して、こう仰せである。
291
 「亡くなられたご主人は、生きてられたときは生の仏、今は死の仏、生死ともに仏です。即身成
仏という大事な法門は、これなのです」(御書 1504p 通解)
 仏法では「生死不二」と説く。広宣流布に生きぬいた人の生命は、今世はもちろん、亡くなって
からも、偉大な仏の境涯と輝いていく。ゆえに「生も歓喜」「死も歓喜」なのである。
 生々世々、健康で、裕福で、使命の分野で第一人者になって、最高の幸福境涯を楽しんでいける
ことは、絶対に間違いない。
 誇り高き“先駆の九州”の同志の皆さまは、三世永遠の「常楽我浄の道」を、晴ればれと歩みぬ
いていただきたい。
学会は異体同心のうるわしい和合の世界
 ここで、大東京の先達ともいうべき池上兄弟への御聖訓を拝したい。
 池上宗仲・宗長兄弟は二人、力を合わせて信心を貫いた。そして、悪侶にだまされて信心に反対
していた父・康光を、ついに正法に帰依させた。大聖人は、兄弟二人の仲良き団結の姿を「本当に
不思議である」と賞讃され、こう述べておられる。
 「世が末になれば、聖人や賢人も、皆、いなくなり、ただ『讒言で人をおとしいれようとする人
292
間』や『言葉巧みにへつらう人間』『表面は和やかだが、陰にまわって人をおとしいれる人間』『
道理を曲げて我意を通す人間』ばかりが、国中に充満するようになると経文に書かれています」(
御書 1095p 通解)
 正義の人をおとしいれられ、邪な人間が幅をきかせる――この傾向は、現代においていちだんと
深刻である。
 大聖人は、続けて、末法の様相を、次のように記せれている。
 「たとえば、水が少なくなれば池が騒がしく、風が吹くと大海の面が静かではないようなもので
す。こうした末法の代になると、干ばつや疫病が起こり、大雨大風が吹き重なり、そのため、心の
広い人も狭くなり、真実の道を求める心のある人も邪見の者となってしまうのだと書かれています

 それゆえに、他人とのことはさておいて、父母、夫婦、兄弟までが相争い、その姿は、ちょうど
猟師と鹿と、猫と鼠と、鷹と雉が争うようなものであると経文に見えます」(御書 1095p 通解

 不信や争いが渦巻く。次代の乱れ、人間らしい心が失われていく――今の社会も、そうである。
 こうしたなかにあって、わが創価学会の異体同心のうるわしい和合の世界は、不思議の中の不思
議といってよい。
 だからこそ学会は妬まれる。だからこそ魔は、この崇高な同志愛、師弟愛を破壊しようとする。
293
 しかし、この尊き和合を崩して、善良な人間を苦しめ、広宣流布を破壊しようとすることは、仏
法上の重罪に当たる。「破和合僧」の罪である。
 この罪を犯せば、無間地獄を免れない。その苦しみは「詳しく説けば、聞いた人は血を吐いて死
んでしまう」ほどである。すさまじい大苦を、間断なく生命に受ける。まさに、その厳しい仰せの
とおりに、広布破壊の反逆者が皆、哀れな末路をたどっていることは、ご存じのとおりである。
広布の友を「仏として」大切に
 牧口先生は、出会った一人一人を、心から大切にされた。地方から上京してきた同志も、慈父の
ように迎えておられた。そして、東京の座談会にその方を連れて行かれると、自分の横に招いて、
皆に紹介された。
 「この方は、〇〇の地で、たいへんに頑張っておられる方です」
 その遠来の友は、どれほどうれしく、誇らしかったであろう。
 必ず言葉をかける。何か思い出をつくる。広布の指導者は、そうした心の広さがなければならな
い。
294
 牧口先生が朱線を引かれた御書の一節がある。
 「法華経を持つ者は必ず皆仏なり」(1382:11)
 まさに会員同士を、「仏として」最大に大切にしておられた。
 とともに、同志を悩まし苦しめる悪に対しては、まことに峻厳であられた。先生は、「悪を排除
した潔癖者の団体」が、どれほど強いかを、こう記しておられる。
 「少しの分解力も働かず、親密なる関係に結合するが故に、その団結は極めて強固であり、内部
に於ても外部に対しても、極めて強大なる権力をもつことになる」
 この言葉どおりに、金剛不壊の破邪顕正の団結で、わが創価学会は勝ち進んでいくのである。
 大聖人は「御義口伝」に仰せである。
 「南無妙法蓮華経と唱える日蓮の一門は、一同に『皆、共に宝処に至る』のである。この『共』
の一字は、日蓮と『共』に進む時は必ず宝処に至る。『共』に進まないならば阿鼻大城に堕ちると
いうことである」(御書 0734p 通解)
 何があろうとも、大聖人と共に進むのだ。仏意仏勅の学会と共に、広宣流布に生きて生きぬくの
だ。その人は、三世永遠の生命の宝処へ、仏界の宝処へと前進しているのである。

 御書には、一人の人間の中に、自然や宇宙との関連性を見いだす妙楽大師の釈が引かれている。
295
 両目は「太陽」と「月」になぞらえる。目の開閉は「昼と夜」。頭が丸いのは「天球」。髪は「
星」。抜けた髪の毛は、さしずめ“流星”か。
 仏法は、人間を「一個の小宇宙」と、とらえるのである。
 天文学者によると、この宇宙には数千億の銀河があるといわれる。それぞれの銀河には、数多く
の恒星があり、さらに多くの惑星がある。地球のように生命が存在する惑星も、幾千万もあるであ
ろう。
 法華経には壮大なスケールの時空が描かれている。科学が進めば進むほど、仏法の宇宙観に近づ
いているといえよう。
 法華経は宇宙を貫く根本の法則である。この妙法に生きぬくならば、星々が正確な軌道を進んで
いくように、寸分の狂いもなく、幸福な人生を歩むことができる。これが信心の功徳である。だか
ら大聖人は、信心だけは断じて貫けといわれるのである。

 終わりに、牧口先生が、獄中での過酷な取り調べのなか、厳然と残された信念を、おたがいに銘
記して、記念のスピーチとしたい。
 “大敵にも負けずに生きぬいて、人間の達しうる最高の理想を示しきっていくのが「仏」である

296
 アメリカの尊き同志の皆さま、すばらしき発展を祈っています。
 そして、わが愛する大東京の同志の皆さまに、くれぐれもよろしくお伝えください。
 どうか楽しき勝利の前進を!ありがとう!
                                (東京牧口記念会館)
297
050608top
第五十回本部幹部会
第十二回全国婦人部幹部会
第三回信越総会
第四回北陸総会
戦いこそ人生!大満足の歴史を飾れ

女性の時代!健康の世紀へ!

 仏法のため、社会のための大闘争、本当にご苦労さまです!きょうは、皆さまが疲れないよう、
懇談的にお話ししたい。どうか、ゆったりとリラックスして聞いていただきたい。
 まず、世界一の「婦人部の日」、おめでとう!
 今日の世界的な創価学会を築き上げてきた偉大な力は、婦人部である。これを決して忘れてはな
らない。女性を下に見て、威張るような男性は、リーダー失格である。あらためて厳しく確認して
298
おきたい。
 また、「女性の時代」を象徴するように、このたび、新たに女性のドクター部長が誕生すること
になった。信心厚き、立派な名医であられる。「健康の世紀」「生命の世紀」の構築へ、よろしく
お願いします。
 きょうは、信越の総会、おめでとう!本当によく来られた。私はうれしい。広布に励む皆さんの
お名前は燦然と輝いている。
 さらに、北陸の総会、おめでとう!北陸も、よくいらっしゃった。大勝利の総会、すばらしいこ
とである。偉大な前進を心から讃えたい。
 そしてアメリカ、韓国をはじめ海外からの同志の皆さま、本当にご苦労さま!
 このほど、九州に堂々たる墓園が完成した。二十八万坪という広さを誇る三世永遠の安穏の園で
ある。
 「お墓ができたから、もう安心だ」という人に、ある人が「急いで入らなくてもいいんじゃない
ですか」と言っていたようだ。
 ともあれ、大いなる希望に向かって、生きて生きて生きぬいていく――ここに本当の生命論があ
る。仏法がある。人間の智慧がある。
 九州と沖縄の皆さまの交流もすばらしい。広宣流布の大きな原動力となっている。「世界の先駆
299
」と輝く勝利の前進を、どうかよろしくお願いします。
 広布を進める同志ほど尊い人はいない。
 だからこそ戸田先生は「学会員を苦しめる悪い人間とは断固、戦え!」と厳しかった。
 リーダーは、忘恩・反逆の徒を、厳然と打ち破りながら、晴ればれと完全勝利の劇を飾っていた
だきたい。
世界が絶賛「SGIこそ人類の希望」と
 私が、これまで、皆さま方を代表して拝受した「国家勲章」は二十三。
 世界の大学・学術機関から受けた「名誉博士」「名誉教授」等の栄誉は、ブラジル・パラナ州の
名門「州立コルネリオ・プロコピオ哲学・科学・文学大学」からの受賞で百七十六を数える。
 さらに、創立百二周年の伝統を誇る中国教育界の名門「華中師範大学」からも、まもなく、名誉
教授の称号をお受けする予定である。
 こうした栄誉は本来、その国の大学まで参上して拝受するのが、当然の礼儀である。その訪問を
果たす前に、先方からわざわざ、お越しくださり、授与式を行ってくださる。私はいつも感謝にた
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えない。
 また、ご存じのとおり、先日、イタリアの経済発展の要トリノ市から「名誉市民」の称号をいた
だいた。トリノ市は、歴史薫る都、そしてヨーロッパ屈指の産業都市として、たいへんに有名であ
る。イタリアでも、世界的にも、大きな注目を集めている。
 これらの栄誉はすべて、世界の同志の皆さま方が、良き市民として立派に社会に貢献してこられ
た結晶である。皆さまの大いなる福運を象徴する宝冠である。
 “世界的な新記録”と各界から讃えられる栄誉――私は、皆さまに心から御礼を申し上げたい。
 さらに、わがアメリカ創価大学の第一回卒業式を慶祝し、大学の地元オレンジ郡から「名誉郡民
」の栄誉を拝受した。
 現在、世界の都市からの「名誉市民」の称号等は四百十二におよぶ。これもまた、創価の連帯へ
の世界一の信頼の証である。
 世界の心ある人たちは、SGIの人間主義の行動を正視眼で見つめ、絶賛してくださっている。
“ここに人類の希望がある”と期待を寄せておられる。
 私たちは、ちっぽけな嫉妬の人間の悪口など毅然と見おろしながら、堂々と朗らかに人類貢献の
大行進を続けてまいりたい。
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生命の宝庫アマゾンを守れ
 さて、話は変わる。聞く人が飽きないように、時には、パッパッと話を切り替えていくことも大
事である。
 ブラジルが誇る大河アマゾン。その流域面積は、世界一。じつに、ヨーロッパ諸国が、すっぽり
と入る大きさである。日本の川とは、ちょっと比較にならない。洋々たる王者の川である。このア
マゾンの大森林は、「生命の宝庫」といわれ、人類の生存に多大な貢献をしゆく、かけがえのない
宝である。
 しかし、今、一年間に東京都の面積の十二倍もの森林が破壊されているという。もしも、アマゾ
ンの大森林がなくなれば、種の多様性や地球の気候に与える影響は計り知れない。このアマゾンを
厳然と守る重要な拠点が、ブラジルSGIの「アマゾン自然環境研究センター」である。
 アマゾン自然環境研究センターは、アマゾンの中流域マナウス市の近郊に開設されている。同セ
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ンターの森林は、貴重な動植物が残るモデル林として保護され、「持続可能な開発」のための学術
研究のフィールドとして活用されている。そのすぐそばを、雄大なアマゾンが、ゆったりと流れる

 このセンターの場所は、「黒い川」と「白い川」の二つの大きな川が合流し、本格的なアマゾン
の流れが始まる起点となっている。そして、二つの流れは、二色に分かれたままで、しばらく混じ
り合わない。そのまま、十数キロにもわたって、悠然と進んでいく。まさに白と黒の“水の帯”が
織りなす、大自然の芸術である。その光景をセンターから一望することができるのである。
 私も何度となく訪問の要請を受けている。いつの日か、アマゾンの地を訪れることができる日を
楽しみにしている。このロマンあふれる天地で、ブラジルの友は、「創価大学自然環境研究センタ
ー」と力を合わせて、粘り強く、環境保護の活動を展開してこられた。

 アマゾン自然環境研究センターの構想を、私が提案したのは、十五年前の一九九〇年のことであ
った。二年後の九二年にブラジルのリオデジャネイロでかいさいされた国連「地球サミット」を受
け、翌九三年から、具体的な協議を開始、以来、同センターは、創価大学とともに、先駆的な活動
を続けてきた。
 「植林運動」「環境教育」「希少運動の保護」への貢献、樹木の種子を採取、保存する「種子銀
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行」の試みなど、その取り組みは世界的に注目されている。こうした活動が評価され、九六年には
、ブラジル連邦森林保護院から、「『自然遺産』私有保護林」に認定された。各国から研究者が訪
れるほか、ブラジルの歴代の大統領をはじめ、ブラジル各界からも最大の期待が寄せられている。

 サンパウロ近郊にあるブラジルSGIの自然文化センターも、じつにすばらしい。これまた、小
鳥がさえずり、緑の木々と花々が広がる大自然の楽園である。
 私も、一九九三年に一度、訪れた。妻と二人で散策していると、すがすがしい役員の青年たちに
出会った。しばし、懇談し、忘れられない思い出を刻んだ。このセンターも、同志の尊き真心によ
って、一年また一年、立派に荘厳されている。
 このブラジルの「勝利の城」を見守るように、近くには、「牧口常三郎先生通り」が走り、「戸
田城聖先生橋」が架かっている。ブラジルには、三代の会長の名前を冠した「公園」や「通り」が
二十以上もある。すべては、良き市民として活躍するブラジルSGIの同志への絶大なる信頼の証
にほかならない。
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地球革命へ「人間革命」こそ
 人類の未来を考えるとき、環境問題への取り組みほど重要なものはない。「手遅れにならないう
ちに」との思いから、私としても、できる限りの手を打ってきた。さまざまな提言も行ってきた。
 きょうは、詳しくは申し上げないが、仏法の視点から見れば、「依正不二」と説かれるとおり、
人間と自然とは一体である。
 ゆえに、人間の生命の「貧・瞋・癡」の三毒を、いかに変革し、浄化していくか――その生命次
元の転換に光を当てたのが、私どもの「人間革命」である。
 ともあれ、地球一体化の時代である。環境問題のみならず、あらゆる点において、地球的視野を
もった指導者の存在が不可欠の時代に入っている。
 人類の未来のため、全民衆の幸福のため、わが身をなげうって戦う力あるリーダーを、どれだけ
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育成できるか。そこに私も、全力を注いでいる。今こそ、指導者革命、リーダー革命が必要なので
ある。

 ロシアには、百万坪を超える“池田記念庭園”がある。
 このほど、モスクワ大学などに留学している創大生らが、この大庭園に招待された。近々、卒業
生を含む代表が庭園を訪れ、地域の方々と有意義な交流を行うことになっている。
 その様子は、また伝えられると思う。喜びをこめて、先に報告させていただいた。

 アマゾンとともに、地球に残された、驚くべき“資源”がある。それは、いったい何か。
 このテーマについて、私は“人間の頭脳”といわれる「ローマ・クラブ」の創始者ペッチェイ博
士と語りあった。
 地球最大の“資源”とは、人間自身の「内なる富」である。人間の生命に秘められた、尽きるこ
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とのない知恵とエネルギーを最大に開発しゆく「人間革命」の哲理こそが、人類の最高の希望とな
る。これを忘れてはならない――。
 この点で、ベッチェイ博士と私の意見は一致した。博士は、創価学会の先見性と、人類に貢献す
る深き哲学に大きな期待を寄せておられた。最大に讃嘆してくださった。思えば、ベッチェイ博士
との対談は、トインビー博士のすすめによるものだった。
 トインビー博士との対談が終わると、博士は言われた。
 ――私たちの対談は、これで終わりです。本当に有意義でした。これからも、世界の知性との対
話を続けていってください――。
 そして、ベッチェイ博士ら一級の知性を紹介してくださったのである。
 どうか、皆さんも自身を磨いていただきたい。とくに青年は、世界の知性と堂々と語りあえるく
らいの力をつけてほしい。仏法に勝る哲学はないのである。私たちは、その誇りを胸に進んでまい
りたい。
仏とは「すべてに勝ちぬく勇者」
 日蓮大聖人は「我が門人等は福過十号疑い無き者なり」(0342:15)――わが門下の人々が、“
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十号を持っておられる仏を供養するよりも、はるかに勝る福徳を得ること”は、疑いない――と仰
せである。
 この「十号」とは、仏を讃えた十種の称号のことである。
 御本尊に向って左の御肩には「有供養者福過十号」と、厳然とお認めである。十号の仏に供養す
る福徳よりも、御本尊を持ち、広布に戦うわれわれが得る福徳のほうが、はるかに大きい。
 さらに申し上げれば、究極的には、御本尊を正しく信ずる者は、十号の福徳を具える仏界の生命
を現すことができるのである。
 十号の第一は、「如来」。
 これは、真如、すなわち究極の真理から現れ来る者という意味である。
 最高の智慧、真理を体現し、瞬間瞬間、生き生きとこれを発揮して、民衆のために尽くす。最高
の価値をそうぞうしていく躍動の前進をリードする。
 第二は、「応供」。
 世の尊敬や供養を受けるにふさわしい存在という意味である。自然のうちに、人々を感化、善導
し、皆に功徳を受けさせることができる人格である。
 第三は、「正遍知」。
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 あらゆることを正しく知り、正しく判断できる智慧を持つ者である。したがって、その智慧をあ
まねく人々に行きわたらせていく“知性の光”となるのである。
 第四は、「明行足」。
 英知と行動をあわせ持つ。知勇兼備の模範の指導者といえよう。
 第五は、「善逝」。
 煩悩を乗り越えて、仏の境地に達することである。濁った時代、混乱の社会を打ち破って、新し
い時代へ、つねに勝利と発展をきりひらいていく。そうした原動力とえようか。
 第六は、「世間解」。
 世間の情勢、時代の動向などを知り尽くした人のことで、的確に社会をリードしゆく指導力に通
じよう。
 第七は、「無上士」。
 文字どおり、この上ない「最上最高の人」である。
 第八は、「調御丈夫」。
 どんな人をも善導し、いかなる悪の働きも調伏できる力を持つ者である。それは、一切衆生を薫
陶する、人間教育の真髄を、体現した存在である。
 第九は、「天人師」。
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 諸天や人々を教え導く存在である。あらゆる人々を励ましていく“精神的指導者”と考えること
もできよう。
 最後の第十は、「仏世尊」である。
 「仏」は、この世でもっとも賢く目覚めている人であり、他を目覚めさせる人である。また、あ
らゆる人から尊敬されるがゆえに「世尊」という。
 仏は、これら十種の威徳をすべて持っているのである。さらにまた仏は、この世でもっとも強く
、すべてをかちぬいていく勇者であるがゆえに、「世雄」という異名もある。
 智慧と力と福徳を持ち、進みゆくわが創価学会は、そして創価学会員は、永遠に勝利者である。
永遠に仏の生命を涌現していけるのである。

 戸田先生はおっしゃった。
 「創価学会は、日蓮大聖人の仏法を末法の民衆に教え、流布するために、御本仏のお使いとして
出現し、菩薩道を行じているのだ。これは、法華経に説かれる『我常在此。娑婆世界。説法教化』
の一分の姿ではなかろうか。そうしてみると、学会の存在は、それ自体、創価学会仏というべきも
のであり、諸仏の集まりといえるだろう」
 なかんずく、事実の上で、もっともはつらつと偉大な生命力を輝かせておられるのが、世界一の
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婦人部であると、私は申し上げたい。
 ともあれ、宇宙と社会と人間を貫く大法を、私たちは持ち、実践している。これほど尊貴な生命
の位はない。いかなる邪悪にも負けない、智慧と勇気と忍耐の力がある。限りない、対話と友情と
信頼の光がある。
 ここにこそ、平和と文化と教育の大道が開かれる。正義と真実と勝利の歴史が刻まれていく。
 この創価学会とともに生きゆく皆さま方が、幸福にならないわけがない。断じて、負けるわけな
どない。
 反対に、この学会に敵対し、学会員を悩ませ、苦しめた輩が、「若し悩乱せん者は頭七分に破れ
ん」という、あまりにも厳しい仏罰を受けていることは、皆さま方が、よくご存じのとおりである

 日寛上人は「観心本尊抄分段」に仰せである。
 「我等この本尊を信受し、南無妙法蓮華経と唱え奉れば、わが身即ち一念三千の本尊、蓮祖聖人
なり」
 「唯仏力・法力を仰ぎ、応に信力・行力を励むべし。一生空しく過ごして万劫悔ゆることなかれ

 私たちは、真剣る信力と行力で、偉大なる仏力と法力を湧き出しながら、朗らかに悔いなく、勝
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ちに勝っていきたい。
ナイチンゲール「不平と高慢の人間になるな
 近代看護の創始者ナイチンゲール。彼女は、後進の看護師や看護学生に書き送っている。
 「不平と高慢と我欲に固まった、度し難い人間、《そういう》人間だけには《なりたくない》も
のです。
 不平と高慢と我欲――学会に反逆した人間も、皆、そうであった。何かあると、すぐに不平を言
う。威張る。増上慢になり、“自分さえよければいい”というエゴに凝り固まった人間。そういう
人間にだけはなってはならない――これが、さまざまな偏見や無理解と戦いぬき、多くの改革を成
し遂げたナイチンゲールの深き信念だったのである。
 また、ナイチンゲールは、「持てる力を働かせることは楽しいことであり、それなくしては楽し
みはない」と述べている。懸命に努力し、持てる力を発揮する。その時に人は生きがいを感じる。
元気になる。
 その意味で、学会活動は、最高の健康の道である。すべてが生かされ、少しも無駄がない。苦難
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を突き抜け、わが使命を果たしゆくことこそ、人生の喜びなのである。
 わが学会には、妙法のナイチンゲール、「白衣の天使」である白樺会、白樺グループの皆さんが
おられる。「皆を健康に!」「友を幸福に!」と祈りながら、慈悲の看護に徹しゆく姿は、神々し
いばかりだ。尊き献身の行動を、私は片時も忘れたことがない。心からエールを送りたい。
生ある限り戦う!それが仏法
 きょうは、婦人部幹部会――女性が主役の会合である。
 引き続き、女性の英知の言葉を紹介したい。
 十九世紀に活躍したドイツの女性作家に、ヴィーダ・フォン・マイゼンブークがいる。最晩年の
彼女の言葉を、ロマン・ロランが記している。
 「人は戦わないでは生きることはできない」
 もっと戦わなければ!もっと愛さなければ!――それが生きることだと彼女は言う。
 生あるかぎり戦う!――これが仏法である。学会精神である。
 偉大な魂からほとばしる言葉には、普遍の哲学がある。学会活動の正しさ、仏法の正しさを証明
している。
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 きょうは、“世界広布の電源地”アメリカの友も参加されている。有名なアメリカの女性詩人、
エミリー・ディキンソンの詩にこうあった。
 「武器や家柄にくらべて
 正義はずっと崇高なもの――」
 権力や家柄――そんなものに諂うのは最低の心だ。正義こそ、永遠の世界最高の財宝である。い
ちばん崇高なものである。
 皆さんは、そのことをよく知っておられる。虚栄には真の幸福はない。悠然と見おろしていくの
だ。妙法にかなうものはないのである。
 何でもいい、何かで勝つことだ。人に負けないものをつくることだ。自分自身の生活の上で勝利
することだ。そのための信心である。
 夫婦で一緒に、また子どもたちと、家族と、そして同志と一緒に歩みながら、「健康で勝った!
」「何かで勝った!」と勝利の歴史をつくっていく人が、本当に偉い人である。満足の人である。
幸福の人である。
 信心をしきった人、広宣流布に戦った人は、最高の勝利者となる。
 「月月・日日につより給へ」との御聖訓を胸に、わが人生を勝つために前進しましょう!
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 ディキンソンは喝破した。
 「信仰を無くすことは
 財産を失うことより大きいのです」
 断じて信仰を失ってはならない。これが、十九世紀の先駆の女性の叫びであった。

 結びに、韓民族独立の指導者、呂運亨先生にふれたい。
 かつて日本は韓国を侵略した。いじめて、いじめて、いじめぬいた。中国に対しても同様に振る
舞った。軍国主義は本当に悪い。
 そもそも、日本にとって、韓国、中国の文化の恩恵は計り知れない。この傲慢な日本の軍部権力
に対して、牧口先生、戸田先生は敢然と立ち向かわれたのである。
 呂先生は、青年の活躍に最大に期待した。
 「青年は正義のためなら、惜しまない炎の心を持っている」
 青年部の諸君は、正義の中の正義である広宣流布のために、わが身を惜しまず、炎の心で戦うお
とだ。そして断じて勝つことだ。青年部の諸君、よろしく頼みます!
 最後に、呂先生の「有利な時には、正義を口にして、不利な時に裏切るとは、とんでもない」と
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の言葉を紹介し、私のスピーチを終わります。長時間、本当にご苦労さま!
 皆さんの幸福、万歳!ありがとう!
                                (東京牧口記念会館)
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050707top
第五十一回本部幹部会
第五回関西総会
第三回関西青年部総会
青年よ羽ばたけ!勇気ある魂の炎を燃やせ

常勝関西の底力に世界が喝采

 きょうは、アフリカの名門ガーナ大学から創価大学に留学してこられた、二人の英才が出席され
ている。
 二人は、一年間の留学を終え、まもなくガーナに帰国される。本当に、ご苦労さまでした。どう
か、いつまでもお元気で!お父さん、お母さんに、よろしく。
 「アフリカの世紀」の未来を頼みます!頑張ってください!
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 本日、私は、ロシアから連絡を受け取った。それは、ロシアの文化・芸術の最高の賞である「プ
ーシキン金メダル」授与の決定通知であった。
 この栄誉もまた、すべて、同志の皆さまのお力である。本当にありがとう!
 きょうは、関西総会、関西青年部総会、おめでとう!
 晴れの総会を記念し、和歌を贈りたい。
  大関西
   常勝関西
     わが同志
    三世の果てまで
      輝き征きなむ
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 関西の友の戦いは、すばらしかった。いちだんと光っていた。全同志が感動し、讃嘆し、喝采を
送っている。
 広布のために走りぬいてくださった、関西のすべての「わが同志」に、くれぐれもよろしくお伝
えください。
勝つ人生は楽しい!
 人生も、社会も、勝つことは楽しい。勝ってこそ、自分も、人々も、幸福にしていける。
 一方、負けることは、本当につらく、悔しいものである。
 勝つことは、決して当たり前のことではない。その陰には、計り知れない労苦があり、ひたむき
な努力があり、必死の闘争がある。
 創価学会があるからこそ、私たちは勝利の人生を歩んでいける。学会とともに歩んでこそ、正義
の道を進んでいける。そのことを、絶対に忘れてはならない。
 芸術部の皆さん、ようこそ!いつも本当にありがとう!
 芸術部の皆さんの見事な活躍を心から賞讃したい。皆さんと会えるのは、うれしい。黄金の思い
出になる――これが、創価の同志の心である。
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 いつもの“芸の顔”もいいが、きょうのお顔も、みなさん、じつにすばらしい。
 仏法には、少しもむだがない。広宣流布のための行動は、すべて、生命の福徳となり、わが身、
わが一族を、荘厳していく。そのことを、どうか強く確信していただきたい。
 「青天グループ」の皆さんにも、深く感謝したい。皆さんの真剣な祈りは、厳然と諸天を動かし
、諸仏を動かしていく。異体同心の題目の力は、計り知れないのである。
われらの声は“正義の大砲”
 戸田先生は、どんなに忙しくても、青年たちを温かく迎えられた。
 「よく来たな!未来に大きく羽ばたく諸君だ。私は期待し、信頼しているよ」
 先生は、青年を、こよなく愛された。
 とくに晩年は、“もう青年しかない。青年しか信頼できない。青年が後を継ぐのだ。青年が伸び
、青年が増えれば、学会は大きくなり、広宣流布はもっと早く進んでいく”というお心であられた

 私も今、戸田先生とまったく同じ気持ちである。創価学会は、これからいちだんと、青年に力を
入れていきたい。
 ともあれ、青年部の皆さん、本当にようこそ!皆さんは、よく戦ってくれた!
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 全国の同志の奮闘により、意義深き「7・3」を晴ればれと飾ることができた。大勝利、おめで
とう!
 また戸田先生は言われた。
 「広宣流布は、思想戦であり、言論戦だ。書きにかかねばならないし、しゃべりにしゃべりまく
らなければならない作業であり、大運動なのだ」と。
 どんどん書け。しゃべりにしゃべれ。黙っていてはいけない。言うべきことは、強く言いきって
いけ。それでこそ、広宣流布は進むのだ、との戸田先生の厳命である。
 もちろん、聞くべきときは、きちんと聞かなければならない。そのうえで、青年ならば、邪悪を
許さぬ、鋭い言論の力を持つべきだ。「一」言われたら、「十」言い返し、打ち返す「反撃力」を
磨きぬいていくのである。
 いわれない非難を受けて、黙って下を向いているような意気地なしの青年であってはけない。お
見合いじゃあるまいし、おとなしくて、かしこまっていては損するだけである。
 相手の生命に叩き込むくらいの執念と勢いで、これでもか、これでもかと反論することだ。真実
を語ることだ。沈黙しないことだ。
 生命力に満ち満ちた私たちの力強い「声」――それが、“広宣流布の弾丸”である。偏見や無理
解の壁を破る“正義の大砲”である。
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 わが信念を、わが正義を、どんな相手にも、しゃべって、しゃべって、しゃべりぬいていくので
ある。それが愉快で、楽しくてしかたないという一人一人になっていってこそ、広宣流布は、いち
だんと勢いを増して進んでいく。青年部の皆さん、よろしく頼みます!
広布に生きる功徳は永遠
 本当に偉大な人生とは何か――。戸田先生は語っておられた。
 「本当に偉大な人生とは、権力者になることでもなければ、いわゆる有名な人間になることでも
ない。創価学会のリーダーとなって、広宣流布に尽くしていくことこそ、最高にして永遠の誉れで
ある」
 これが先生の絶待の確信であった。
 日蓮大聖人は「百二十歳まで長生きし、汚名を残して一生を終わるよりは、生きて一日でも名を
あげる事こそが大切である」(御書 1173p 通解)と仰せである。
 結論から言えば、広宣流布に生きぬくことが最高に「名をあげる」ことである。広宣流布の人生
こそ、もっとも偉大な人生なのである。それが大聖人の御確信であられた。青年部の皆さんは、こ
の一点を生涯、忘れないでいただきたい。
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 戸田先生は「人間の“偉さ”は、地位や肩書にあるのではない。本当の『実力』があるかどうか
できまる」と指導された。
 学会のリーダーの条件は、社会的地位とか肩書は関係ない。どこまでも信心が根本であり、人間
としての力があるかどうかである。
 つまり、「真剣さ」であり、「努力する姿」であり、「戦い続ける執念」である――それがある
人かどうかを見抜いていく以外にない。
嵐の中で本物は光る
 私の胸中には、今も戸田先生の声が響いている。戸田先生の大事な話は、すべて書きとめて手元
に置いてある。本当に懐かしい。先生はつねづね、おっしゃっていた。
 「恵まれた環境だからといって、いいものができるのではない。苦難、苦労の中でこそ、偉大な
もの、本物は生まれる」
 平凡な人生では、平凡な人間しか育たない。青年ならば、あえて苦難の嵐の中に飛び込んでいく
ことだ。困難なことに挑戦することだ。
 破折もそうである。大変である。しかし、大変だからこそ、自分が磨かれる。本物の人材と光っ
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ていく。若き皆さんは、この決心で進んでいただきたい。
 私も若き日から真剣に破折に邁進した。
 当時、戸田先生の講義を聴き終わると、水道橋から電車に乗った。そこから蒲田まで帰る間にも
、ずいぶん対話をしたものである。しかし、電車が蒲田にういても、まだ話が終わらない。それで
、駅のベンチで話したり、別の電車に乗って対話を続けたり――おたがいに納得いくまで語りあっ
たものである。相手も大変だっただろうけども。
 今は、時代が違うし、皆さんは真似をする必要はまったくない。
 ともかく、皆が真剣だった。戸田先生の期待に応えようと必死だった。限られた時間のなかでの
闘争であったが、青年部のリーダーの一人として、私は、自分自身が模範の闘争の姿を示していこ
うと決めていた。自分自身が限界の壁を破ろうと、祈り、動き、語りに語りぬいていった。
 この広布に戦う心を青年部の皆さんに受け継いでもらいたいのである。
 戸田先生が、ある同志に語っていた言葉が忘れられない。
 「自身の将来のために、一家の本当の繁栄のために、覚悟して一生涯、信心をしてみなさい。必
ず心の底からよかったという日がくるから」と。
 信心してよかった!学会員でよかった!そう心の底から思える日が必ずくる。それが戸田先生の
宣言である。
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 私たちも、自身をもって堂々とやりましょう!頑張りましょう!
困難があるほど喜びは大きい
 ドイツの哲学者ヘーゲルは述べている。
 「困難が大きく悪質なものであればある程、これに対する勝利と名誉は偉大なのです」
 真理を突いた言葉である。労苦や艱難があるからこそ、勝利の喜びも大きい。
 また、ギリシァの作家ブルタークは、世界的に有名な『英雄伝』に次のようにつづっている。セ
ントーリウスとエウメネースについて比較した一節である。
 「一方は敵に勝さえすれば危険は終わったのに、一方は危険の勝利を得た後で嫉妬する人々から
起こった」
 たとえ勝利を収めたとしても、嫉妬ゆえに、人々から攻撃される場合がある。今も変わらぬ方程
式であろう。
 『三国志』で有名な諸葛孔明。史書『三国志』を著した陳寿は、“孔明は悪事を必ず罰し、善事
を必ず顕彰した。そのため人は悪行をなさなくなり、公正な社会が出現した”と記している。
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 かつて戸田先生は、私たち青年部のメンバーに小説『三国志』を読ませた。勉強させた。先生も
また、悪事を決して許さなかった。反対に、広宣流布のために一生懸命戦ってくださる同志を、い
つも最大に讃えておられた。
 学会は、この精神で、これまでやってきた。だからこそ、偉大な団体となった。これからも、同
じ精神を胸に、進んでまいりたい。

 かつて戸田先生が、ある政治家と語りあった時のことである。こう言われていたことが忘れられ
ない。
 「選挙民だけでなく、多くの人々から尊敬され、信頼され、私利私欲を投げ捨てる政治家になっ
てもらいたい。それには、立派な人間となることである。人格をつくることである」
 政治を良くするといっても、大切なのは、政治家一人一人が人格を磨いていくことだ。人間とし
て立派になっていくことだ。それが戸田先生の信念であった。
 私たちの信仰の目的も、一人一人が人間として輝いていくことだ。人間革命をしていくことだ。
いい方向へと変わっていくことである。
 戸田先生は、こう見抜いておられた。
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 学会ほど純粋で、人のよいところはない。これほどの価値のある、すばらしい団体はない。反面
、悪い人間にとっては、これほど利用できるところもないだろう。いわば獲物を狙う獣の前に置か
れた新鮮な鯛のようなものだ。必ず学会を利用し、食いものにする者が出るだろう“
 この恩師の警鐘を、未来永遠に忘れないことだ。私はいつも、胸中の戸田先生と語り、先生の言
葉を思い起こしながら、信心を根本に前進している。

 ともあれ、晴ればれと、完全勝利、おめでとう!
 全国の皆さん、本当にありがとう!すべて、勇気ある同志の勝利である。仏法の勝利である。
 婦人部の皆さん、家庭を守りながらの活動、本当にご苦労さま!芸術部の皆さんも、ありがとう
!青年部も、よく頑張った!
 どうか、上手に体を休め、英気を養っていただきたい。そして愉快に、爽快に、ともどもに、新
たな前進を開始したい。
 きょうは、沖縄の皆さんも参加してくださっている。遠いところ、ご苦労さま!
 創価教育の真価が、日本に、全世界に、いちだんと発揮される時代に入った。
 きょうは、アメリカ創価大学の首脳と学生の代表も、参加してくださっている。大学を卒業し、
社会人となった一期生の代表と、先ほど記念撮影を行った。
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 栄光の一期生の旅立ちを、全員の拍手で祝福したい。
 さらに、ブラジル創価学園の教職員の皆さん。ブラジル教育本部の代表の皆さんも、はるばるお
越しくださった。そしてまた、遠くペルーからも、スイスからも、韓国からも、台湾からも、偉大
な価値ある研修に参加くださった。
 海外十八ヵ国・地域の代表の皆さん方、たいへんにご苦労さま!ありがとう!
「和合の拠点」を皆で大切に
 きょうは、個人会館、個人会場など、広宣流布の拠点を提供してくださっている尊い同志の代表
も、出席してくださっている。いつも本当にありがとう!心から感謝申し上げます。
 青年部をはじめ、私たちは常日ごろ、拠点を提供してくださる方々に、どれほどお世話になって
いるか――。拠点の方々に対する感謝の声が、私と妻のところへも、毎日のように寄せられている

 思えば、牧口先生も、戸田先生も、自宅を拠点として提供されていた。私の妻の実家も、昔から
拠点であり、牧口先生と戸田先生をお迎えした歴史がある。わが家も、地域広布の拠点として使っ
ていただいた。
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 御書を拝すると、大聖人は、会場の提供者に、それはそれは、こまやかな配慮をされている。
 ある会合を開くさい、門下の都合が悪くなった。この門下が会場を担当していたと思われる。
 それを聞かれた大聖人は、弟子の富木常忍にあてて、「都合が悪くなった門下から、どなたが引
き受けようという方がいれば、お願いしていただきたいとのことです。あなたの御都合はどうか、
御返事ください。もしあなたにお差し障りがあれば、他の人にお願いしましょう」(御書 0949
p 通解)と丁重に、心を砕いて依頼されている。
 大聖人が御みずから、これほど、細かく気を配られた。私たちは、この大聖人の御心を深く拝し
て、会場を提供してくださる方々に、真心と礼儀を尽くしていかねばならない。

 拠点の方々を困らせたり、迷惑をかけるようなことが絶対にあってはならない。私も、会場を提
供してきた一人である。拠点の皆さまのご苦労は、よくわかるつもりだ。たとえば、トイレをお借
りする場合でも、わが家以上にきれいに使うことだ。拠点の方の真心を、決して当たり前と思って
はいけない。感謝の気持ちを、言葉や行動で表していくことだ。
 先日、会場を提供されている方から、うれしい手紙をいただいた。ある女子部員が、会合終了後
、きれいに掃除をして帰っていった。そのすがすがしい姿に、心から感謝しました――そうつづら
れていた。
329
 皆が集まる。そこから価値が生まれる。喜びが広がる。そういう会合でなければならない。
 そして、「もう時間ですから終わりましょう」「会場のご家庭に申しわけないですから帰りまし
ょう」等と、幹部が率先して声をかけることだ。
 会合終了後、皆、さまざまな用事もあろう。会合は「時間厳守」。終わったら「真心の掃除」―
―実際は、掃除をせずに、すぐ帰ったほうがいい場合もあるだろうが、大事なことは、「来てもら
ってよかった」と思っていただけるように、心を砕くことである。
 また「近隣への配慮」をわすれてはいけない。お会いした時には、「いつも、すみません」等と
、誠実に、礼儀を尽くすことである。さらに「駐車や駐輪の注意」をお願いしたい。決して迷惑を
かけないよう、基本のマナーの厳守を再確認したい。
 仏法の真髄は「人の振る舞い」にある。良識豊かな行動のなかに、仏法の魂は輝くのである。

 釈尊の時代にも、有名な「祇園精舎」をはじめ、在家の長者から提供された精舎などを拠点とし
て、和合僧が築かれた。そこに仏法が広がっていった。
 精舎とは、修行に励む行者が集う場所である。現代でいえば学会の会館や個人会館、座談会場で
あるといえよう。釈尊は、精舎を提供した長者たちを最大に大切にされた。
 祇園精舎を寄進した須達長者に対しては、「全ての悪が滅び、これによって義の王国が栄え永遠
330
の祝福が人びとのために、なかんずくその寄進者に与えられますように」と語っている。
 一軒の拠点から、勝利の劇が始まるのである。拠点のご家族の皆さま方は、大いなる福徳に包ま
れていく。そして、拠点を大事にする人も、自分自身が荘厳されていく。
 仏法の法理に照らして、創価の個人会館、個人会場は、「福徳繁栄の城」であり、「地域信頼の
城」である。また「青年育成の城」であり、「広宣勝利の城」である。
 ここで、拠点を提供していただいている全国、全世界のご家族の皆さま方に、私は心からの感謝
をこめて、大拍手を贈りたい。
婦人部、女子部は「勝利の北極星」
 きょう七月七日は、なんの日だろうか。
 「七夕」はご存じのように、「織女星」と「牽牛星」をめぐる、中国の伝説などに基づいた年中
行事である。女性の「織女星」は、こと座のベガ。「夏の北の空で、一番輝く星」として有名であ
る。男性の「牽牛星」は、わし座のアルタイル。「彦星」として親しまれている。
331
 ところで、私たちの住む地球の自転軸は、回転するコマの中心がぶれるように、動いている。「
歳差運動」と呼ばれる動きである。その運動の周期は、約二万六千年。
 じつは、この歳差運動によって、地球から見て、“天の北極”に見える星は、現在の北極星から
別の星へと移っていく。そして、今から約一万二千年後には、「織女星」が北極星になるというの
である。少々むずかしいかもしれないが、教学試験には出ないので安心していただきたい。
 つまり、地球上から見えるすべての星々が、この“女性の星”を中心に回るようになる――壮大
なロマンあふれる話であると思う。
 どの世界であれ、女性を大事にして、女性が力を発揮し、輝いている組織、団体は、発展してい
く。そうでないところは、男性がいばってしまい、行き詰まる。わが学会は、「勝利の北極星」た
る婦人部、女子部を中心として、広宣流布の一切が回転している。
 きょうは、愛する関西、そして頼もしき関西青年部の総会である。私は、関西婦人部、関西女子
部をはじめ、すべての光り輝く創価の女性に、最敬礼したい。

 弘安元年(一二七八年)の七月七日、大聖人は、大雨で崩れ、道がふさがれたなか、貴重な御供
養を届けてくれた門下を讃え、御手紙を贈られている。
332
 「雨が降り、風が吹き、人が制止する時にこそ、志はあらわれるものです」(御書 1548p 通
解)
 数々の迫害を勝ち越えて、正義を叫びきってこられた大聖人。その師を厳然と守りゆく一人の弟
子、美しく、温かい魂の交流が拝せられる。
 いかなる状況であれ、「言うべきことは言いきる勇気」「動くべき時に動く勇気」を持つ人が、
仏になる。いざという時に、臆してはならない。勇敢に、そして心広々と、強く、思いきって正義
を言いきり、行動していくことである。
 その声が、「仏の仕事」すなわち広宣流布を成し遂げていくのである。
ホイットマン「万歳!さあ、攻撃開始だ」
 この七月で、アメリカの詩人ホイットマンが『草の葉』をニューヨークで自費出版してから、百
五十年になる。
 その意義を踏まえて、この秋には、ボストン二十一世紀センターで、学術会議「文明間の対話の
ための池田フォーラム」の第二回が開催される。
333
 ホイットマンは、正義と平和を実現する民主主義の未来像を描き、こうつづった。
 「すべての健全な魂をもつ人間の中には、どんな環境のもとでも抵抗をやめることのできない、
否、やめてはならぬ不滅の勇気と予言の力が宿っているのだ。万歳、さあ、攻撃開始だ――攻撃を
永久に続けよ!
 永遠に戦い続ける。それは、まさに仏法の魂である。私たちも進みましょう!
 この大詩人の叫びを、わが青年部にお贈りして、スピーチを終わりたい。
皆さん、お元気で!

この夏は、楽しく、ゆったりとして、気分転換をしながら、上手に疲れをとっていただきたい。健
康第一で、夜はなるべく早く休むようにして、食べすぎや飲みすぎに注意して、賢明に過ごしてい
ただきたい。
 また、日々の会合をよりいっそう充実させ、組織もしっかりと整備する夏にしてまいりたい。
 ともあれ、人生を順調な軌道に乗せ、わが生命を輝かせていく――その原動力が題目である。生
き生きと、妙法のリズムにのっとった生活を送ってきたい。
334
 いちばん平和で、いちばん幸福で、いちばん安全な道を進もう。そして、いざという時には、い
ちばん勇気を出して、魂の炎を燃やして、力強く人生を勝ち越えてまいりたい。
 海外の皆さん、本当にありがとう!サンキュー!シー・ユー・アゲイン!
 関西の皆さんも、楽しくお過ごしください。ありがとう!
                                (東京牧口記念会館)
335
050716top
各部合同協議会
一生涯、大ロマンに生きよ

良き同志こそ人生の喜び 
 
 きょうは、お忙しいところ、また遠いところ、本当にご苦労さま!
 モンゴルの著名な文学者ロドイダムバは、こう語った。
 「良き同志は、人生の支えであり、人生を生きゆく上の喜びである」
 私もまったく同感である。きょうは、創価学会を常日ごろから、陰に陽に厳然と支え、広宣流布
の道を開いてくださっている最良の同志をお迎えし、これほどの喜びはない。
336
 皆、いい顔をしておられる。光っておられる。私は心から感謝申し上げたい。
恩師が愛した“五丈原”の歌
 恩師戸田先生と私は二八歳の開きがある。若い私のことを、先生は自分の生命以上に大事にして
くださった。こんな崇高な世界がどこにあるだろうか。その大恩に何としても応えようと、私は心
に誓った。
 ある正月に、戸田先生を囲んで懇親会が開かれた。その席で、「星落秋風五丈原」を歌ったこと
も忘れられない。
 作詞は土井晩翠。私は青春時代から詩がすきだった。晩翠の歌も、よく愛誦していた。
 詩人は詩を知る。詩人を大事にしてこそ、真の文化国家である。指導者には「詩心」がなければ
ならない――これが私の信条である。
 晩翠の詩集は、わが家の本棚にあった。「星落秋風五丈原」は、「三国志」の英雄・諸葛孔明を
歌った、とても長い詩である。歌は、それを短くしたものだ。
 懇親会に先立ち、幾人かの青年が、わが家に来た。そこで「星落秋風五丈原」の話になった。戸
田先生の心に通じる内容であり、ぜひ先生にお聞かせしようとうことになったのである。
337
 先王・劉備の理想を継いで戦う諸葛孔明。しかし大業はいまだ成らずして倒れる。独り呻吟する
胸の内をうたった詩――。戸田先生はじっと聴き入ってくださった。
  祁山悲愁の風更けて
  陣雲暗し五丈原
  …… ……
  丞相 病あつかりき
 歌い終わると、「いい歌だ、もう一度、歌ってくれ!」。そしてまた、「もう一度!」と何回も
何回も歌った。
  成否を誰れかあげつらふ
  一死尽くし身の誠
  …… ……
  苦心孤忠の胸ひとつ
  其壮烈に感じては
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  鬼神も哭かむ秋の風
 戸田先生は、涙を流しておられた。先生ご自身が、病と戦いながら広布の大業を一身に担う“孔
明”だったのである。そして私に、「俺が死んだ時も、おれを歌ってくれ」と言われた。私は、死
の言葉を深く、重く受けとめた。
 孔明その人は、偉大な知将であり、人間王者であった。しかし、自分が仕えた主君の後継ぎは幼
く、武将たちも不甲斐ない。味方は負け戦、民衆は苦しんでいる。そして、迎えた五丈原の戦場、
使命を果たさずには死ねない。先王との誓いを果たすまでは――。
 使命を自覚した者の責務とつらさを、戸田先生は教えてくださった。先生のことを思えば、私の
胸には、限りない勇気がわいてくる。
功労の友を讃えよう
 さて、社会を改革する上で、孔明が実行したポイントはなんであったか。
 その一つは、先日もお話ししたが「悪事をなした者は必ず罰し、善事をなした者は必ず顕彰」す
339
るという点にあった。
 これは、戸田先生の厳しき教えでもあった。
 戦って戦って戦いぬいた人は、必ず賞讃せよ!一生涯、また一家も、子孫までも賞讃せよ!
 反対に、戦うべき立場にありながら、敵を前にして戦わない。ずるい人間は必ず罰せよ!悪事を
なした者にはみずからの行動の報いを受けさせよ!――と。
 先生は、「仏法のために働いた人間は、どこまでも賞賛すべきだ。しかし、難と戦わずに逃げた
人間、ずるい人間は絶対に許すな!」と叫ばれた。正邪に対して厳格であられた。
 ゆえに私は、広宣流布のために尽くしぬいてこられた皆さま方を、最大に賞讃し、永遠に顕彰し
てさしあげたいのである。

 歌といえば、戸田先生とご一緒して、人と会った時のことを思い出す。
 先生は、「大作、何かいい歌を歌ってさしあげなさい」と、よく言われた。歌が得意でない私は
一生懸命に歌った。懐かしい思い出である。
 先生は、どこへ行くにも、私を連れて行かれた。「大作は、私の片腕だ」とも言われた。飛行機
に乗って地方に行く時も、日本中、どこへ行くにも一緒だった。親子以上だった。
 世界にもご一緒したかった。だから私は、上着の内ポケットに恩師の写真を入れて、世界広布の
340
第一歩を踏み出した。そして今も、恩師と心の中で語りあっている。戸田先生と私は、どこまでも
一体である。戸田先生は、弟子を、本当に大事にしてくださった。徹底して薫陶してくださった。
 本物の弟子がいれば、師弟は「不二」となる。そうすれば、未来は安心である。
 反対に、本物の弟子がいなければ、その団体は滅びる。根幹の「師弟」の精神をないがしろにし
て、いくら勢力を増しても、結局は崩れていく。
 ゆえに先生は、同志を苦しめ、裏切る反逆者に対しては鉄槌を下した。その本質を見抜かれた。
「悪い枝は切っておかないと、必ず乱される。悪人は、厳しく追放せよ」と訴えられた。
 ともあれ、広宣流布のために戦う人を、どこまでも大事にする――これが学会の伝統である。
 皆さまは、私とともに「平和の道」「民衆勝利の道」を厳然と開いてくださった。誇りある善の
勝利者として、栄光の人生を、永遠に歩んでいく方々である。幸福の大道を真っすぐに進んでいっ
ていただきたい。
ともに祈り、ともに前進を!
 ともに祈って、戦う。ともどもに祈りぬいて、勝つ。これが、「法華経の兵法」である。
 学会はこれまで全国各地で、婦人部を中心に唱題の渦を起こしてきた。ともに心を合わせて真剣
341
に祈り、戦ってきた。」これほどすばらしい常勝のリズムはない。
 有名な「生死一大事血脈抄」には、こう仰せである。
 「総じて日蓮の弟子檀那等が『自分と他人』『あちらとこちら』と隔てる心なく、水と魚のよう
な一体の思いになって、異体同心で南無妙法蓮華経と唱えたてまつるところを、生死一大事の血脈
というのである。しかも今、日蓮が弘めているところの肝要は、これなのである。
 もし、そうであるならば、広宣流布の大願も実現するであろう」(御書 1337p 通解)
 要するに、広宣流布の同志が、異体同心で題目を唱えゆくところにこそ、生死一大事の血脈が流
れ通うと教えておられる。
 わが学会には、御本仏の仰せどおりの模範の実践がある。同志と心を合わせ、御本尊に合掌・冥
合しゆく姿ほど、神々しく、荘厳な光景は、ないのである。
 日蓮大聖人は、「御義口伝」で、「合掌」について、その深義を展開しておられる。
 御本尊に向かって合掌し、唱題する時、私たち自身が妙法の当体となる。仏の生命がわき上がる
のである。
 ともあれ、唱題は、わが生命を大宇宙の根源の法則に合致させ、「本有常住の仏界」を開き、あ
らわしていく、もっとも崇高な儀式である。白馬が大草原を駆けゆくがごとく、すがすがしく、さ
342
わやかな音律でありたい。
 また、唱題中に念珠を、せわしなく、もみ続けたりするのは、望ましい姿とはいえないであろう
。念珠は「仏道修行を助けるためのもの」であると、日寛上人は記されている。
 もちろん、念珠をもんではいけないというのではない。たまに軽くもむのは、むしろ自然の姿か
もしれない。しかし、あまりに激しくもむことは、周囲の人に落ち着かない感じを与え、皆の祈り
をさまたげてしまうことにもなろう。細かいことであるが、「小事が大事」であり「諸法は実相」
である。ゆえに、おたがいに心がけていきたい。
 ともあれ、「祈りとして叶わざるなし」の妙法である。祈りを具体的に明確に定めて、一つ一つ
、祈りきり、祈りぬき、勝ち進んでまいりたい。
創価の師弟に勝るものなし!
 戦後、戸田先生の事業が苦境におちいったときである。当時、戸田先生のもとでお世話になって
いた人たちが、一人また一人と先生のもとを去っていった。なかには、「戸田の馬鹿野郎!」「イ
ンチキ野郎!」と捨てぜりふを残していった者もいたのである。その醜い豹変の姿は、今もって私
の胸から消え去ることはない。
343
 戦時中、牧口先生が軍部権力に逮捕されたときもまた、態度を一変させて、「牧口の馬鹿野郎!
」と罵り、退転していった人間がいた。第一に学会を守り、また会長をまもるべき最高幹部が次々
と退転していったのである。
 この嵐の真っただ中にあって、戸田先生一人が、牧口先生とともに、不退転を貫いていかれた。
しかし、戸田先生は、「あなたの慈悲の広大無辺は、わたくしを牢獄まで連れていってくださいま
した」と言われている。
 他の弟子たちが、師匠の悪口を言っているときに、戸田先生だけは、牧口先生に最大に感謝され
た。経文どおりの命によぶ大難に遭ったことを最大の誇りとされた。
 これが、創価学会の師弟である。仏法の究極の師弟の姿である。

 私も、「同じ心」で師匠である戸田先生にお仕えした。
 戦後の混乱のあおりを受けて、戸田先生の事業の挫折は、深刻を極めていた。事態を聞きつけた
新聞記者が取材にきた。まかり間違えは、先生に法律的な制裁が科せられる恐れもあった。そのた
めに先生は、学会の理事長も辞任されたのである。
 債権者は戸田先生の自宅にまで押しかけていた。まさに絶体絶命であった。
 このとき、戸田先生が、私におっしゃった言葉が忘れられない。
344
 「大作、頼んだぞ。命あるかぎり、たたかいきってくれ」と。
 戸田先生は、若き私を心の底から信頼してくださった。「大作がいれば、心配ない」と。
 私は、「先生、戦います」と心に誓い。御本尊を抱きしめるような思いで祈った。「戸田先生を
お守りさせてください。私に力をください」と。
 そして、自分のすべてをなげうって、阿修羅のごとく、戦って戦って戦いぬいたのである。
 給料は、何ヵ月も遅配のまま、木枯らしが吹く季節になっても、オーバー一つ買えなかった。持
病の肺病にも苦しめられた。他の青年のように、ゆっくりと外で食事をするような時間もなかった

しかし、偉大な師匠とともに、二度とない青春を悔いなく戦える誇りと喜びで、わが心は王者のご
とく輝いていた。
 私は、望んでいた進学も断念し、三百六十五日、先生のおそばで働いた。
 「そのかわり、ぼくが大学の勉強を、みんな教えるからな」と、漢文、経済、政治、法律、科学
、天文学など、御自身の持てる万般の学識を、私に注ぎ込んでくださった。
 その薫陶があればこそ、今の私がある。
 晩年、戸田先生が、しみじみとこう言われた。
345
 大作、本当にすまなかったな。お前には、どれだけ助けてもらったかわからない。永遠にお前の
ことは忘れないよ」
 わが子以上に、弟子を愛してくださった。慈父のごとき師匠であった。まことにありがたき、会
いがたき、不出世の師匠はであった。この厳粛なる「師匠と弟子の結合の力」によって、今日の世
界的な学会の土台が築かれたのである。「師弟不二」こそが学会の根本の道である。
 御書には厳然とこう仰せである。
 「よき弟子をもつときんば師弟・仏果にいたり・あしき弟子をたくはひぬれば師弟・地獄にをつ
といへり、師弟相違せばなに事も成べからず」(0900:13)
広宣流布という大目的に向かって、師弟の呼吸を合致させていけば、必ず事は成就する。反対に呼
吸が合わなければ、何事も成し遂げることはできない。広布の戦いは勝てない。これが大聖人の御
確信である。
 広布のため、友の幸福のため、御本尊に祈りに祈り、大聖人の御心と連なっていくことである。
大聖人と「同じ心」で勇敢に「三類の強敵」と戦っていくことである。そうすれば、おのずと、自
身の内にある仏界の宇宙大の力を引き出すことができる。それが仏法の方程式である。
 だからこそ、牧口先生も、戸田先生も、仏法の師弟に生きよ、と繰り返し、教えられた。そして
、模範の師弟の姿を、わが身をもって、後継の弟子に教え残してくださったのである。
346
 仏法の師弟に勝るものはない。いかなる三障四魔の嵐に襲われようとも、創価の師弟は断じて負
けない。必ず勝っていける。
 私は、創価の師弟の偉大さを、現実の上で宣揚してきた。あらゆる広布の戦に勝に勝って、その
「現証」をもって、師弟の正義を証明してきた。峻厳な師弟の絆を自覚すれば、無限の力がわくの
である。
全世界の友が集う「信濃町」の由来
 学会創立七十五周年の上半期、じつに多くのわが同志が、全国・全世界の各地から、遠いところ
、東京に足を運ばれ、信濃町の学会本部を訪問してくださった。
 日蓮大聖人は、山河を越え、はるばる馳せ参じた弟子に対して、その信心を讃えられ、こう仰せ
である。
 「山を越えるには苦労が多い。たとえ志はあっても、行動にあらわすことはむずかしい。そうで
あるのに、今、あなたが志をあらわされたのを見て、その信心が並大抵でないことがわかります。
必ず法華経の十羅刹女が守られるであろうと、頼もしく思っています」(御書 1554p 通解)
 広宣流布の勝利のため、いかなる労も惜しまず、勇敢に行動を貫いた、わが学会の同志の深き信
347
心を、大聖人がこよなく讃嘆されていることは間違いない。
 仏に等しい。尊く健気な同志の皆さま方に、私は妻とともに題目を送り続けている。
 感謝の思いを込めて、ここ信濃町にちなんだ歴史を、少々、語らせていただきたい。

 JRの信濃町駅から学会本部を望む北側の一帯には、かつて、江戸幕府の重臣・永井信濃守をは
じめとする永井家の下屋敷が広がっていた。「信濃町」の名称は、この永井信濃守の「信濃」に由
来している。
 江戸時代の古地図を照合すると、現在、学会本部、聖教新聞本社、創価世界女性会館、民音文化
センターなどが立つ場所は、この永井家の屋敷と、ほぼ重なっている。
 これまでにも折にふれ、永井信濃守については語ってきたが、この永井家の祖は、永井直勝、す
なわち尚政の父である。直勝は、徳川家康から絶大な信頼を寄せられ、一生涯、その信頼に応えて
戦った人物である。直勝は、十代の時から家康に仕え、家康の命によって、家号を「永井」と称す
るようになった。
 若き直勝の初陣は、天正十二年(一五八四年)の「小牧・長久手の戦い」である。家康直属の若
武者として、二十二歳の直勝は勇猛果敢に戦い、武勲をあげた。
 その後、直勝は家康の側近として、慶長五年(一六〇〇年)、天下分け目の決戦「関ヶ原の戦い
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」に先だって、諸人大名を味方につける重要な情報戦・外交戦においても、陰で活躍していった。
 慶長一九年(一六一四年)の「大阪の陣」では、家康の目となり、耳となって、敵の状況などを
詳細に偵察する「斥候」の役も果たしている。
 翌年の「大坂夏の陣」にさいし、家康の軍に騒動が持ち上がったときには直勝が奔走して、それ
を鎮めた。
 混乱の好機に転じて、かえって士気を高め、団結を強めて、戦いに臨んだといわれる。まことに
天晴な名将として、勝利の歴史を残してきた。
 家康亡き後も、直勝は二代将軍、秀忠に仕えた。天下を取った徳川幕府の体制を盤石に固めるた
め、諸大名の改易などむずかしい案件の対処を託され、各地に派遣されている。そして、その重責
を厳然と果たしていった。
 この直勝のあとを立派に受け継いだのが、嫡男の尚政らである。尚政は、十四歳で、父・直勝と
ともに戦陣に参加し、十六歳から二代将軍・秀忠の近習となっている。家康、秀忠、家光、家綱と
、四代にわたる将軍に仕え、草創期の徳川幕府を支えた。なかんずく、秀忠の時代には、老中の要
職を勤め上げ、徳川家の恩に報いていった。
 次男・直清も二代・秀忠に仕え、家光、家綱からも深く信用されている。政治的な手腕に秀で、
幕府も、その手腕を頼みとした。寛永十九年には、兄・尚政とともに京都や大阪の貧しい人々を救
349
済している。善政を行い、領民から非常に慕われたことでも知られる。
 永井家の領地は、関西創価中学・高校のある大阪府交野市、また関西創価小学校のある枚方市に
もあった。さらに、隣の寝屋川市の池田村と呼ばれた地域も、永井家の領地であったという。
 三男・直貞は、幼いころから、三代・家光に仕え、本陣・江戸城の警備に当たるなど小姓組のリ
ーダーとなった。四男・直重も、十五歳の時から秀忠に仕えている。

 思えば、イギリスの歴史家トインビー博士は、私との語らいのなかで、歴史上の偉大な政治家と
して三人の名をあげておられた。
 中国の漢の高祖と、ローマ帝国の初代皇帝アウグストゥス、そして、戦国の乱世を勝ちぬいて、
天下泰平の世を開いた徳川家康であった。
 家康はその生涯の大半において、富士山の見える場所に城を構えて指揮を執った。
 信濃町は、古来、富士を望む名所と謳われてきた。この地でゆかりの永井家は、父も、そして子
も、誇り高き「信義の道」を貫き、徳川十五代の繁栄の礎を築き上げていった。その歴史の劇が偲
ばれてならない。
350
後継の育成が未来を決する
 日蓮大聖人は、南条時光の父子を讃えられて、こう仰せである。
 「亡くなられた兵衛七郎殿こそ情けに厚い男だと人は言いましたが、あなたはその御子息である
から、父上の優れた素質をより一層、受け継がれたのでしょう。
 青は藍より青い。氷は水よりも冷たい。ありがたいことです。ありがたいことです」
 青は藍より出でて藍より青し――まさに「出藍の誉れ」である。
 何事であれ、先人の心を継ぎ、発展させゆく青年ありて、永遠の向上の道は開ける。創価学会の
万代の興隆、そして、広宣流布の万年の勝利が決定づけることができるかどうかは、ひとえに後継
の育成にかかっている。
 この七月二十三日から、いよいよ「未来躍進月間」が始まる。青年部の二十一世紀使命会、壮年
・婦人部の未来部育成部長、そして学生部の進学推進部長の真剣なご健闘に、あらためて感謝申し
上げます。次の五十年を見つめながら、若き友の成長をともどもに祈り、「宝の未来部」の育成に
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いちだんと力を入れてまりたい。
青年は攻めて勝て
 「強敵を伏して始て力士をしる」(0957:08)
 有名な「佐渡御書」の一節である。
 強敵との激戦また激戦を勝ち越えて、みずからを第一級の「広宣流布の力士」と鍛え上げていく
のが、学会青年部の伝統である。
 古来、大相撲では、「押さば押せ。引かば押せ。押して勝のが相撲の極意」と言われる。相手が
どう出てこようとも、押して押しまくること、攻めて攻めて攻めぬくことが、相撲の基本だという
のである。
 「昭和の名横綱」と謳われた第三十二代の玉錦、第三十五代の双葉山の二人の横綱も、「攻めの
相撲」で有名である。ともに「常勝将軍」と呼ばれた。
 玉錦は、「怒濤の寄り」といわれる速攻が身上だった。双葉山は、いまだに破られぬ六十九連勝
の大記録を打ち立てた。その連勝における決まり手は、「上手投げ」や「寄り切り」や「押し倒し
」が多かった。攻めぬいて勝ったのである。
352
 ともあれ、御書には「法華経の行者を、第六天の魔王が必ずさまたげる」(御書 0981p 通解
)「魔の習癖は、善事をさまたげて悪事をさせるのを悦ぶことである」(御書 0981p 通解)と
仰せである。
 ゆえに、魔にスキを見せてはならない。魔を魔と見破り、打ち破っていくことだ。
 きょう七月十六日は、日蓮大聖人が「立正安国論」をもって、時の最高権力者を諌暁された日で
ある。
 大聖人は「凶を捨てて善に帰し源を塞ぎ根を截べし」(0025:17)と仰せである。
 邪悪の根を断て!不幸の源をふさげ!――この厳命のとおりに、学会は、強くまた強く、攻めて
攻めて攻めぬいていくのである。
 戸田先生は、厳然とひとこと、「追撃の手をゆるめるな!」と遺言された。
 私は申し上げたい。
 わが青年部よ、正義の執念で勝ち進め!
 わが創価の同志よ、「立正安国」の勝利のために、痛快に真実をかたりまくれ!――と。
 ナチスと戦ったドイツの劇作家ブレヒト。彼は戦後、ある平和会議に寄せて訴えている。
 「語り足りなかったなどということがないように、いく千回となく語りつがれたことを、ぼくれ
はさらにくり返し語りつづけよう!」
353
 邪悪には、断じて破折の声を上げることである。切れ味鋭く、正義を叫ぶことだ。
  「一」言われたら「三」言い返す。「三」言われたら「十」言い返す――この不屈の反撃精神
こそ言論戦の方程式である。
 言うべきときに言わなければ、自分が損をする。また、増長するだけである。
 語らなければ、心は伝わらない。心で思っていても、それだけでは、相手にはかなわない。
 真実を叫ぶのだ。そうすれば、敵をも味方に変えることができる。
 「声仏事を為す」である。わが信念を叫びぬく声の力こそ、広宣流布の原動力である。
 勝利の要諦――それはまず、御本尊にしっかり祈りぬくことだ。そして智慧を出し、「最高の作
戦」を立て、積極果敢に打って出ることである。
 われわれはどこまでも、この偉大なる「法華経の兵法」で勝ち進んでまいりたい。
滝のごとく清冽に生きよ
 夏になると思い出す。ほとばしる清流、透き通る緑。かつて訪れた、青森の東北研修道場である

354
 あれから十一年。わが東北の同志は、天を突く大樹のように、幸福と勝利の枝を大きく茂らせて
いる。研修道場の近くには、広大な十和田湖、そして美しき奥入瀬の渓谷。その光景を私はカメラ
に収めた。最高峰の自然を、世界の友と分かちあうために。
 研修道場には、私の詩が碑にきざまれていた。
 それは――
  滝の如く 激しく
  滝の如く 撓まず
  滝の如く 恐れず
  滝の如く 朗らかに
  滝の如く 堂々と
  男は
  王者の風格を持て
 われわれもまた、滝のごとく、清冽に生きたい。あらゆる苦難を打ち砕きながら!
355
大いなる夢へ!つねに挑戦者だったウォルト・ディズニー
 七月十七日は、アメリカの「ディズニーランド」が開園して五十周年の佳節に当たる。アメリカ
創価大学と同じオレンジ郡にあり、世界的な“夢の広場”として愛されている。
 五十年前の開園は、どんな様子であったか。
 その日、映画人であり起業家であるウォルト・ディズニーは語った。
 「この場所が、世界中の人々にとって喜びと感動の源となれますよう、願いを込めて」
 だが、彼が思い描いたような順調な滑り出しではなかった。
 開園日は日曜日、ニセの招待券が出回り、予定の三倍近くの人が殺到、準備も万全でなく、乗り
物は故障や停電に見舞われた。水飲み場やトイレが足りず、長蛇の列に。大混乱におちいった。
 「ブラック・サンデー」と呼ばれるほどの惨憺たる出発であった。
 多くのマスコミ、評論家から酷評された。
 「ウォルトの夢は悪夢だ」「ディズニーランドのオープンほどの大失態は前例がない」
356
 いっせいに叩かれた。しかし、障害があるほどつよくなるウォルト・ディズニーであった。
 「僕たちの目標は高いんだ。だからこそ、いろんなことをやり遂げられるんだ」
 開園すると、彼はよくディズニーランドに泊まり込んだ。現場の話を聞き、陣頭指揮を執った。
大失敗の初日であったが、開園から数カ月で入場者数は百万人を突破。事前の予想をはるかに上回
ったのである。
 ディズニーランドは、不断の改良を続けた。当時、二十二だったアトラクションは、十年後には
倍以上に増えた。事業は拡大し、大成功を収めた。
 なぜ成功したのか。その要因の一つは、当時、全盛期だった白黒テレビを宣伝の武器に使ったこ
とにあったといわれる。
 また、従業員に対して“ディズニー大学”で継続的に研修を行った。十分な訓練を受けた従業員
たちは、ディズニーランドの理念や姿勢を身につけ、すばらしい対応で来園者を迎えた。
 それが、当時、遊園地にあった「とげとげしい係員」「汚い」というイメージを払拭させた。一
度来園した人が、何度も訪れるようになった。
 開園から十周年を迎えた時、ウォルト・ディズニーは、仕事に携わってきた一人一人に、感謝し
つつ、こう語っている。
357
 「これだけは言っておきたい。これまでのところは、まあ、言ってみればリハーサルみたいなも
ので、これからが本番なんです。ですから、みなさんの中で過去の栄光の上にどっかり座って楽を
しようという人がおられれば、えー、もう用はないんです。そういう方には」
 彼は皆の心を奮い立たせたかったのだろう。前へ!前へ!!新しい舞台へ!
 彼が築いた“夢の城”は、フロリダ、東京、パリと、世界に広がり、本年九月には新たに香港に
も開園するという。大いなる夢に向かって彼は突き進んだ。つねに挑戦者だった。心には「開拓精
神」――「フロンティア・スピリット」が燃えていた。
 ここに、新たな時代を切り開く原動力があったと私は思う。
 創価学会は、この秋、創立七十五周年を迎える。いよいよこれからが「本番」である。
 希望はつねに前にある。栄光は前進し続けるなかにある。ともどもに悔いなく、最高の勝利の人
生を飾ってまいりたい。
358
 この地上から「悲惨」の二字をなくしたい――これが戸田先生の夢であった。そして私の夢であ
る。
 夢を実現する武器は何か。それは「対話」である。
 日本と世界の指導者、さらに各界の識者と、私は、胸襟を開いて対話してきた。
 イギリスでは、バッキンガム宮殿で、アン王女を表敬し、難民問題について意見を交換した。チ
ャールズ皇太子からは私邸に招かれ、青年の教育について話が弾んだ。
 冷戦終結の立役者、ロシアのゴルバチョフ元ソ連大統領とも、これまで八度にわたって親しく語
りあった。
 一九九六年には、アメリカとキューバの関係が悪化するなか、両国を相次いで訪問した。キュー
バの革命宮殿で、背広姿のカストロ議長とお会いしたことも、思い出が深い。議長とは、「核兵器
は絶対に無用」との信条で一致した。
 また私は、世界の“知性の府”から招聘を受けて、講演を行ってきた。
 アメリカのハーバード大学では二度、スピーチした。フランスの学士院でも、厳粛な雰囲気のな
かで講演を行った。温かい賛同の拍手を送っていただいたことも懐かしい。
 アジアにも、南米にも、アフリカにも、オセアニアにも、創価の人間主義に共感をくださる友人
が数多くいる。
359
 われらの「友情の太陽」で世界を照らしたい。一生涯、大いなるロマンに生きぬきたい。そこに
平和の緑野が広がっていくのである。
団結は勝利の源、団結を破壊する破和合僧は大罪
 歴史を変えゆく運動を成就させるために、もっとも大事なことは何か。
 アメリカ公民権運動の大指導者キング博士は、「運動に参加する人たちを団結させておくことだ
」と述べている。
 モンゴルの格言にも「団結した人々は壊されない」「団結は勝利の源」とある。団結こそ力であ
る。
 御聖訓には、「異体同心なれば万事を成し」(1463:05)と仰せである。広宣流布の前進において
も、同志の「異体同心の団結」が極めて重要となる。

 仏法を行じ、弘めゆく人々の団結を破壊せんとする「破和合僧」の罪は、仏法上、たいへんに重
いとされる。「破和合僧」は「五逆罪」の一つとして説かれている。
360
 御聖訓には仰せである。
 「大阿鼻地獄の業因をいえば、五逆罪をつくる人が、この地獄に堕ちるのである。
 五逆罪とは、一に父を殺すこと、二に母を殺すこと、三に阿羅漢を殺すこと、四に仏の身を傷つ
けて血を出させること、伍に破和合僧である」
 また、「佐渡御書」で中国の不惜身命の僧として言及されている慧遠は『大乗義章』で論じてい
る。
 “破和合僧は、正法に違背し、人を悩ませ、成仏への道を閉ざしてしまう。ゆえに、五逆罪の中
でももっとも重い”
 さらに、こう断じている。
 “破和合僧は、嫉妬の心から起こる。貪りの心、名聞を求める心、嫉妬心のゆえに和合僧を破壊
するのである”
 遠くは、日蓮大聖人、日興上人の御在世においても、近くは牧口先生、戸田先生の時代において
も、破和合僧の反逆者たちの性根は皆、同じであった。その本質は、今も変わらない。
 「和合僧」を破壊することは、正しき仏法を断絶させることに通じる。
 ゆえに、破和合僧の悪人を、絶対にゆるしてはならない。あいまいな態度で妥協してはならない
。こうした人間を放置すれば、仏法の命脈が絶たれてしまうからだ。
361
 また、悪行を徹して責めぬいてこそ、その人を目覚めさせ、救うこともできる。
 「破和合僧」の輩と戦いぬく学会の「破邪顕正」の言論闘争は、仏法の法理の上から見て、正し
い行動である。
 釈尊の在世において、提婆達多は教団の乗っ取りと分裂を画策した。提婆達多の邪悪な本性を見
破った釈尊は、厳しく言った。
 「提婆達多のなすところの事は、もはや仏法僧の事ではない。ただ提婆達多の所作なのである」
 もはや提婆達多の言動は、仏法者のものではない、と言明したのである。
 提婆の人生は破綻した。頼りにしていた権力者の阿闍世王からも、見放された。その悪行も世間
の知るところとなり、人々から憎まれた。最後は大地が割れ、生きながら無間地獄に真っ逆さまに
堕ちていったとも、経典には記されている。

 インドのアショーカ大王が残した法勅には、“僧伽を破壊する者は、追放されねばならない。な
ぜならば、私が願うのは、和合した僧伽を永続させることだからである”と刻まれている。
 このアショーカ大王の法勅については、現代インドを代表する大哲学者であるロケッシュ・チャ
362
ンドラ博士との対談でも、話題になった。博士は、現代の「和合僧」というべきSGIの人間主義
運動に、大きな期待を寄せてくださっている。
 インドだけではない。今や全世界の心ある知性が、創価の和合の前進に、「共生と平和の未来」
への希望を見いだしているのである。
 大聖人は仰せである。
 「悪を滅するを功と云い善を生ずるを徳と云うなり」(0762:12)
 生命の悪、生命の無明の消滅が即、功徳である。「悪を砕く」大闘争にこそ、その大功徳が輝く
。大発展の道がある。
 邪悪な「破和合僧」の輩を断固として打ち破るたびに、学会は、いよいよ威光勢力を増していく
。その闘争があったからこそ、百九十ヵ国・地域に広がる創価の和合の大連帯が築かれたのである

師弟の大道に勝利の栄冠
 若き日、私は戸田先生から御書を学んだ。「当体義抄」などの数々の重書を、直接、講義してい
ただいた。最高の師匠のもとで、最高の哲学を学んだ。それを無上の誇りとしえきた。先生からい
363
ただいた記念の品も、私は、ずっと大切にしている。
 今、SGIの平和・文化・教育の貢献に対して、世界の各地から多くの顕彰が贈られている。皆
さまを代表して私が拝受した栄誉も数多い。
 仏法の眼から見るならば、こうした栄誉の数々も、師弟の大道を生きぬいた勝利の栄冠である。
わが同志の大福徳の証である。私は、そう深く確信している。
 「心こそ大切」である。
 学会のため、広宣流布のために一心に尽くしていくならば、必ず最高の幸福境涯となっていく。
偉大な人生を歩んでいくことは、絶対に間違いないのである。
健康第一で、人間革命の夏を
 私と妻の祈りは、ただひたすらに、わが同志が一人ももれなく、健康で、裕福で、ご長寿であっ
てほしい、所願満足の人生を飾ってほしいということである。
 健康は智慧が大事である。これから、暑さもさらに厳しくなってくる。ドクター部の皆さんと相
談し、夏の健康管理のポイントを、具体的に七点にわたってあげていただいた。
 @規則正しい生活をすること。とくに疲れをためないよう、十分に睡眠をとること。
364
 A栄養のバランスのとれた食事をすること。
 B水分をこまめに補給すること。
 C適度に体を動かすこと。
 D熱中症に気をつけること。
 とくに外出の時は、日傘や帽子を利用し、長時間、直射日光を浴びないよう、工夫したほうがい
いと、ドクターは強調していた。
 E冷房病に注意すること。
 F食中毒にも十分に注意すること。
 ともあれ、自分の健康は自分で守らなければならない。「健康第一」で進んでいきたい。
 マハトマ・ガンジーは語っている。
 「真の健康の主旨も真理と正義の理想を不撓不屈で追求しゆくことなのです」
 題目を朗々と唱え、偉大な生命力を涌き上がらせて、広宣流布のために戦いゆく学会活動。ここ
にこそ「真の健康」の実像があるといえよう。
 どうか、生き生きと、そして聡明に、次の勝利の因を深く刻みゆく「充実の夏」「成長の夏」「
人間革命の夏」としていただきたい。
365
 終わりに、戸田先生のご指導をお伝えして、スピーチを結びたい。
 「臆し去った者は、みじめな敗北の姿をさらす。
 正しき信心を貫いた人は、必ずや勝利の姿を示す」
 きょうは本当にありがとう!各地の同志の皆さん、また、ご家族の皆さん方に、くれぐれもよろ
しくお伝えください。
 皆さんのご多幸を心から祈っています。また、お会いしましょう!
                                 (東京・新宿区内)
366
050720top
各部代表者会議
学会は永遠に「人材の城」で勝つ
後輩を自分以上の人材に!それが学会の伝統
 「学会は人材をもって城となす」
 これが戸田先生の永遠の指針であった。
 昭和二十九年(一九五四年)の四月、私は、戸田先生のお供をして、仙台の青葉城跡を訪れた。
 当時、私は、いつも戸田先生のおそばにいた。先生のご指導をひとことも聞き漏らさず、命に刻
もうと必死であった。
367
 いかにして、戸田先生のご構想を実現していけばいいのか。
 どうすれば、戸田先生と「不二」の心で進んでいけるのか。
 若き私は、それを真剣に悩み、祈りながら、わが使命の道を懸命に切り開いてきた。
 青葉城跡には、有名な伊達政宗の像がある。その像に向って、「伊達君、元気か!」と呵々大笑
された先生。
 このとき、戸田先生は、堅固な石垣の残る青葉城跡に立ち、厳として、こう言われた。
 「かつての日本は、城をもって戦った。学会は永遠に人材の城でいこう。学会は人材をもって城
となすのだ」と。今も、その声が耳朶に響いて離れない。
 大事なのは、人材である。人材の城を築いたところが、未来永遠に勝ち栄えていく。
 ゆえに先輩は、真心こめて、後輩を育てていくことである。後輩の成長のためなら、喜んで犠牲
になるくらいの覚悟で、そして、育ててもらった後輩は、また次の後輩を全力で育てていく。この
ようにして築かれる人材城は、永遠に滅びない。
 反対に、大切な後輩を利用したり、自分が偉くなるための手段にするようなところは、絶対に伸
びない。一時は栄えているように見えても、最後は必ず滅びていくものだ。
 伸びている組織、伸びている団体は、濁りない誠実な心で人材を育成し、立派な人格をもって人
材を触発しているところである。
368
 そして正邪の基準をしっかりと持ち、明快に教えていくところである。
 先輩は後輩を自分以上の人材に育てていく――これが、牧口先生、戸田先生以来の学会の伝統で
ある。私もまた、人材育成を一切の根本に置いて、広宣流布の指揮を執ってきた。戸田先生の指導
のとおりにやってきた。だからこそ、学会は、世界的に賞讃される「黄金の人材城」とそびえ立っ
ているのである。
 学会は永遠に「人材の城」で勝ち進んでまいりたい。
陰で戦う人を讃えよ
 創価学会は、広宣流布の団体である。「人類の幸福」のため、「世界の平和」のために、仏意仏
勅の学会はあるのだ。
 この尊き使命に立って、真面目に信心を貫いている人は、必ず諸天善神から護られる。たとえ、
だれからも注目されていないようでも、御本尊は知ってくださっている。それを確信していただき
たい。
 私は、いつも「陰の人」を見ている。「陰の立場」で、コツコツと広布に戦ってくださっている
方々を真剣に見つけ出し、最大に賞讃してさしあげたいという気持ちでいっぱいである。
369
 「表の人」ばかりに光を当てるのは、大きな間違いだ。「陰の人」を大切にするところが、本当
の意味での底力を発揮していくのである。

 いうも私は、全国、また全世界から、さまざまな報告をいただいている。なかでも、一生懸命に
広布に戦ってこられた方が幸福になることほど、うれしいことはない。
 何が人生の幸福か?結論から言えば、まっすぐに「創価の人生」を生きゆくことが、最高の幸福
である。
 たとえば、裕福な家庭に生まれ、周囲からうらやむような結婚をしても、それが幸福かどうかは
、だれにもわからない。一時の状況で、幸不幸は決められない。結局は自分自身がどうかである。
 立場がどうあれ、また、環境がどうなろうとも、揺るがぬ自分自身を築いた人が幸福である。他
人ではない。自分である。一人の人間としてどうあるかで決まる。
 何ものにも紛動されない「金剛の自分自身」をつくりあげるのが、信仰の目的である。
慶応病院を支えた師弟の誓い
 ここで、学会本部のある東京・信濃町の慶應義塾大学病院の淵源について、少々、紹介したい。
370
 慶応病院の誕生には、福沢諭吉と北里柴三郎の「師弟の歴史」がある。
 近代日本が誇る世界的な細菌学者・北里柴三郎博士――。
 博士は、師父と仰いだ福沢諭吉の逝去のさい、次のような弔辞を書いている。
 「先生の偉業は依然としてわが眼前に存し、先生の遺訓は歴然として余が脳裡にあり。余不敏と
いえどもまたその遺業を守り、その遺訓を躰し、切磋研鑽をもって万一の報恩を期せんとす」
 ご存じのとおり、福沢は慶應義塾の創立者である。
 北里博士がドイツ留学から帰国し、わが国最初の伝染病研究所を創設するさい、全国的に援助し
たのが福沢であった。福沢は「北里は日本の宝だから」と、一貫して守り支えた。博士は、その恩
に報いることを固く誓った。
 師父の死から十数年後、博士は、慶應義塾の大学部の「医学科」創立の協力を依頼され、直ちに
立ち上がる。博士は、構想の初めの段階から深く関与した。教授を選んだり、校舎の建設、授業の
内容をどうするかなど、細部にわたり、真剣に力を入れた。
 一九一七年、医学科の授業がスタート、二〇年には、医学部と大学病院が開設された。北里博士
は、初代の医学部長と病院長に就任、一切の基盤を築いた。さらに、両役職を辞した後も、生涯の
最後まで医学部の顧問として尽力した。博士は給料や報酬をまったく受け取らなかったという。す
371
べて、師の大恩に報いるためであったからである。
 師弟に生きる人生はかくも美しい。時がたつほど、燦然と光り輝く。 
まっすぐに師弟の大道を歩め
 仏法の根幹は「師弟の精神」にある。
 第二祖日興上人は、第三祖日目上人に対して、こう書き残しておられる。付嘱書である「日興跡
条条の事」である。
 「日目は十五の歳日興に値て、法華を信じて以来七十三歳の老体に至るまで敢て遺失の義なし」
 五十八年の間、まったく過ちがない――日目上人は、まっすぐに師弟の大道を歩みぬかれた。
 大聖人は仰せである。
 「雪は、極めて白いものであるから、染めようにも染めることができません。漆は、極めて黒い
ものであるから、白くなることはありません。雪や漆と違って移り変わりやすいものは、人間の心
です。善にも悪にも染められるのです。真言宗・禅宗・念仏宗等の邪悪の者に染められてしまうな
らば、必ず地獄に堕ちます。法華経に染められるならば、必ず仏になることができます」(御書 
372
1474p 通解)
 人間の心ほど、変わりやすいものはない。わが心を、不幸におとしいれる悪知識にそめられては
いけない。
 だからこそ、大聖人は「御信心を、純白な雪のように、また、まじり気のない黒漆のように、純
一堅固に持つべきです」(御書 1474p 通解)と教えられているのである。
 断じて心に油断やスキをつくってはならない。広宣流布ひとすじの心に、永遠の福徳が輝くので
ある。
 戸田先生は叫ばれた。
 「指導者たる者は、学会本部と呼吸を合わせてもらいたい。私の一念にふれるよう心がけてもら
いたい」
 学会は、すべて、「師弟不二」で勝ってきた。「不二の心」から一切の前進が始まる。そこに勝
利と栄光がある。

 さらに、戸田先生の指導を、いくつか確認しておきたい。
 「経文には和合僧とある。現代でいえば、その教団の発展や進歩のために、組織をもっとも大切
にしているのだ。和合僧の組織を大切にすることは、現代においては、最高の広宣流布への構築に
373
奉仕している仏道修行なのである」
 広宣流布を遂行する現代の和合僧団は、創価学会以外にない。その広布の道を開く功徳は三世永
遠である。だから「戦おう」と言うのである。
 大聖人は、「夜は眠りを断ち昼は暇を止めて」(0970:14)と仰せになっている。不惜身命で正
法に生きよと教えておられる。
 広布のための努力は、決して惜しんではならない。そこにこそ真の幸福は築かれるからだ。
 戸田先生は言われた。
 「一年先、三年先、五年先、十年先のことを考えると、今の幹部も大いに成長しなければならな
い。また後に続く人材も雲霞のごとく輩出しなければならない。私たちがつねに心すべきは、この
点である。これが最大の責務である。
 学会の幹部は、みずから成長していく責任がある。もしも、成長もなく、威張るだけの幹部がい
れば、皆で厳然と正さなくてはいけない。そして、どんどん青年を伸ばすことだ。そこに、これか
らの学会の焦点がある。
 また、先生はこのように言われたこともある。
 「“利己主義の小善人”では、改革はできない。悪人を糺したり、追い出すこともできない。正
義の人を守るべき時に、頼りにならないだけでなく、非常に邪魔になる。不正義の徒に利用される
374
ことすらある」と。
 正しいと信ずることを断固、言いきっていくことである。戸田先生は、善悪の判断については、
本当に厳しかった。その精神のままに進めば、間違いない。それを実行しないのは、自分のほうが
偉いと思って、先生の指導を馬鹿にしているのと同じである。
 「女子部は、一人残らず、幸福になりなさい」――これも、先生は一貫して言われた。
 「皆さんは、若くして妙法を持った女性である。もはや宿命に泣く必要はない。そのためには、
純粋な、強い信心に生涯をいきるという条件がなければならない」とも語っておられた。
永遠に「会員根本」で進め
 広宣流布の戦いに臨んで、「力はありませんけれども」と言った幹部に対して、戸田先生は烈火
のごとく叱られた。なぜ、「真剣になってやります」「命をかけてやります」「最後までやりきり
ます」と言いきらないのか、と。
 ずるい無責任な幹部がいれば、全体に影響を与える。
 先生は喝破された。
 「組織が秩序だってくると、どうしても幹部の惰性が始まる」
375
 じつに厳しく、鋭い師匠であられた。
 逝去の一ヵ月前ほど前、戸田先生は、こう言われた。
 「阿諛諂佞」、の輩には絶対に気をつけろ。組織を乱しゆく者、信心利用の者も、また同じだ」
 尊き会員の皆さま方の奮闘ありて、現在の学会の大発展が築かれた。
 ゆえに、学会のリーダーは、会員のために全力で戦い、尽くす。会員を苦しめる動きは、鋭く責
め、断じて打ち砕く。これが、万人の納得する道理であろう。
 創価学会は、永遠に「会員根本」で進む――この精神を確かめあって、「次の五十年」の完璧な
土台を、ともに築いていきたい。
慢心が精神を腐敗させる
 イギリス・ロマン主義の文人ハズリットは記している。
 「威張る者に向っては、決して恐れることなく攻撃せよ」
 また中国の古典『春秋左史伝』には、「戦いは勇気なり」との言葉がある。
 われらの戦いは、平和と文化の戦いである。どんな人間が立ちはだかろうと、青年は勇気で戦っ
376
ていくことだ。攻撃精神でいくことだ。
 これが戸田先生の教えであった。私は先生から、戦いの要諦をすべて教えていただいた。それが
一切の根本になっている。
 十九世紀のフランスの作家ジョルジュ・サンド。彼女は小説の登場人物に、こう語らせている。
 「人間の精神は慢心へと傾きやすく、慢心は精神を腐敗させる」
 人間は社会的な地位や名声をえると、簡単に慢心してしまう。これまでも学会のおかげで偉くな
りながら、傲慢になり、堕落していった人間がいた。
 慢心が信心を壊す。この一点を、よくよく心に刻まねばならない。
 以前にも紹介したが、イギリスの歴史家カーライルは記している。
 「虚言を宣伝したとて抑々何の益することがあろう。その虚言は看破され、破滅的応報がこれに
対して課せられる」
 嘘を許してはならない。虚言をまきちらす悪人とは、断固、戦っていくことだ。
同志の奮闘に最大の感謝を
 日蓮大聖人は、佐渡の門下である遠藤左衛門尉にあてた御手紙で、こう仰せである。
377
 「日蓮はこのたび、赦免を受け、鎌倉へのぼることになりました。
 「遠藤殿の外護がなければ、私の命は永らえることができたでしょうか。また赦免を受けること
ができたでしょうか。日蓮一代の修行の功徳は、ひとえに左衛門殿のおかげです
 この法華経安楽行品に照らしてみると、左衛門殿は梵天・帝釈のお使いであられましょうか。霊
山浄土へ行く固い約束として、この判形を差し上げます。
 一つは未来世へお持ちになりなさい。そして霊山で『日蓮、日蓮』と呼んでください。その時は
お迎えに出てまいりましょう」(御書 1336P 通解)
 遠藤左衛門尉は、佐渡流罪という大難の渦中にあった大聖人を、陰ながら守り支えた人物と推察
される。厳しい状況のなか、赤誠を尽くした門下に対して、大聖人は最大の感謝と賛辞を送られて
いるのである。
 この御心を拝し、広布のリーダーである皆さまは、同志の奮闘に心から感謝し、讃嘆できる一人
一人であってほしい。
 「すべて皆さまのおかげです」「お忙しいなか、本当にありがとうございます」と真心の礼を尽
くしていくことだ。間違っても、傲慢になることがあってはならない。このことを絶対に忘れない
でいただきたい。
 また、「上野殿御返事」には次のように仰せである。
378
 「さも味方のように見せかけて退転させ、自分もあざ笑い、人にも笑わせようとする奇怪な者た
ちには、十分に言わせておいたうえで、『多くの人が聞いているところで人を教訓するよりも、ま
ず自分の身を教訓しなさい』と言って、勢いよく、その場を立たれるがよい」(御書 1540P 通
解)
 大切なのは、敵の正体を見破ることである。味方のふりをして近寄り、退転させようとするよう
な悪人にだまされてはならない。
 そんな人間に対しては、明快に反撃していくことだ。正義を叫びきっていくことだ。
一人の未来部員を大切に
 今月二十三日から「未来部躍進月間」がスタートする。
 連日の猛暑のなか、大切な未来部の育成に全力を注いでくださっているすべての方々に心から感
謝したい。
 未来部の成長が、学会の運命を決める。
 少子化の進む時代だからこそ、「一人」が大事である。「一人」を徹底して大切にしていくこと
である。後継の一人一人が、「一騎当千の人材」に育ってこそ、平和の未来は盤石となるのである

 そのために私も、教育に全力を注いできた。未来部の育成に全力で取り組んできた。
379
 尊き二十一世紀使命会の皆さん、学会の「未来の宝」であり、世界の「希望の太陽」である未来
部を、よろしく頼みます!
 未来のすべては、青年の手の中にある。私は、創価の青年の健康と勝利と活躍を心から祈ってい
る。
 社会的にも偉くなってもらいたいし、人間的にも立派になって、周囲の人々を平和と幸福へと糾
合していく存在となってもらいたい。そのような力ある青年が、さらに増えていけば、広宣流布は
、いちだんと大きく広がっていく。
 戸田先生は、「青年の時代だ、青年に一切を託す」と言われ、私を中心とした青年部に後継のバ
トンを渡された。私も今、同じ心で、新しい青年部に学会のすべてを託したい。

 私たちは、一人一人が「広宣流布の闘士」である。愚痴や文句を言って、戦わなければ、後悔を
残すだけである。やった分だけ自分が得をする。これが信心の世界である。
 どうせ戦うならば、学界の歴史に永久に残っていくような、痛快な栄光の劇を勝ち飾ってまいり
たい。
 また、家族が信心していないという方もおられる。しかし、たとえ一人であっても、その一人が
信心を貫いていけば、功徳は、一族すべてに、そして子孫末代にまでつたわっていく。そのように
380
、大聖人が御約束なのである。何の心配も必要ない。
 ともあれ、広宣流布に生きる人生ほど、偉大なものはない。
 楽しく有意義な勝利の人生を歩みましょう!一緒に頑張りましょう!
 お体を大切に。長時間ありがとう!
                                  (創価文化会館)
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050801top
全国最高協議会@
新しい前進は幹部革命から

青年よ、未来への翼と正義の剣を持て

 伝統の全国最高協議会の開催、ご苦労さまです。学会創立七十五周年の上半期も、全国の同志の
異体同心の団結によって、見事に大勝利で飾ることができました。
 偉大なる広宣流布の同志の皆さま方に、深く深く感謝申し上げます。本当に、ありがとうござい
ました!
 広宣流布のリーダーは、生き生きと、輝いていかなければならない。強き信心で、大生命を奮い
382
起こし、多くの友に励ましをおくっていっていただきたい。
 大切な広宣流布の同志を、幸福の方向へ、勝利の方向へと導いていく皆さん方であっていただき
たい。そして、広布を阻む仏敵を鋭く見破り、断固として、打ち破っていくのだ。真実を叫びきっ
ていくことである。勇気ある言論で、学界を守り、同志を守り、広布を守るのが、指導者の第一の
責務である。
 次代を担う若き人たちを、大きく育てていきたい。
 青年には、大空を自由奔放に翔けめぐるような翼が必要だ。その「未来に羽ばたく翼」こそ、信
心である。仏法は「無限の向上の法」なのである。
 また、青年ならば、人々を苦しめるデマや中傷を、切って切って切りまくっていく「正義の言論
の剣」を持たねばならない。
 そのためにも、最高幹部の皆さん方は、どうすれば青年たちがやりやすいか、持てる力を発揮で
きるかを最優先で考えてほしい。よろしく頼みます!
 戸田先生は言われた。
 「弟子は弟子の道を守らねばならぬ。ことばも、実行も、牧口先生の教えを、身に顕現しなけれ
ばならない」
 師弟の世界こそが学会の神髄である。
383
 これまで学会は、「師弟の心」で進んできた。つねに「師弟不二」で勝ってきた。この一点だけ
は、断じて忘れてはならない。「柱」を切れば、「建物」は倒れる。同じように、学会も、「師弟
の精神」という根幹の柱を失えば、必ず衰亡してしまう。
“牧口先生を宣揚せずにおくものか”
 牧口先生のことを語る戸田先生の姿は、本当に峻厳であった。とくに、牧口先生の死を語るとき
、戸田先生は、目に涙を浮かべ、激昂された。
 戦時中、牧口先生が、日蓮大聖人の仏法をお守りし、軍部権力に逮捕されたときである。他の弟
子たちは、次々と保身に走った。恩知らずにも、師匠の牧口先生を罵り、去っていった者もいたの
である。そのなかで、戸田先生だけは、最後まで不退転を貫かれた。
 さらに先生は、「あなたの慈悲の広大無辺は、わたくしを牢獄まで連れていってくださいました
」とまで言われ、師匠に感謝されたのである。
 これが仏法の師弟である。生命の究極の次元の絆で結ばれたお二人であった。
 牧口先生は、正義の信念を貫いて、壮絶なる獄死を遂げられた。生きて牢獄を出た戸田先生は、
まさに岩窟王の執念で、仇討ちの戦いを開始された。正義の人をいじめた社会の根本的な変革に立
384
ち上がられた。
 牧口先生の六回忌の折には、次のように言われている。
 「牧口先生のご葬儀は、わずかの親類縁者と官憲の眼を恐れぬ二、三の人々によって行われたと
いうことを、私は出獄して初めて知った。
 この時、私は『価値論』を生み出した世界の偉人の葬儀の状態を聞いて腹の中が煮えくりかえり
、『よし!先生を世に出さずにおくものか!』と奮起した」
 私も、この心で生きてきた、牧口先生、戸田先生の偉大なる功績を世界中に宣揚してきた。
 さらに戸田先生は言われた。
 「かならずや一生を通して、牧口先生の行動が正しいか正しくないか。その証明をする覚悟です

 また、こうも語っておられた。
 「『牧口先生のあとを継承し、世界における学会の使命を断固として果たして死のう!』という
私の決意は絶対に変わることはない」
 私も戸田先生に命懸けでお仕えした。
 戦後まもなく、戸田先生の事業が挫折し、多くの人が裏切り、去っていったときも、私は、一人
立ち上がった。
385
 「断じて、戸田先生をお守りする。わが命にかえても!」――これが不二の弟子たる私の誓いで
あった。
 給料は何ヶ月も遅配のまま、真冬でもシャツ一枚で過ごしたこともあった。毎晩、靴も脱げなく
なるほど疲れ果てていた。どれだけ戦ったか。どれだけ苦労したか。
 師弟一体の大闘争によって、困難を極めた先生の会社も徐々にめどが立ってきた。暗い闇の向こ
うに、すこしずつ光が見え始めた。
 そして、すべてを勝ち超えて、昭和二十六年(一九五一年)五月三日、戸田先生は、晴れて学会
の第二代会長に就任されたのである。師弟の勝利の夜明けであった。
 ここから、学会は、偉大なる前進を開始し、世界的な大発展を遂げていくのである。
まず自分が先駆!自分が成長!
 「魚は頭から腐る」と言われる。
 トップが崩れるところから、組織も腐り、崩壊していく。それが道理である。また、幹部が傲慢
になり、いばって人の意見を聞かなくなると、そこに「魔」はつけいってくるのだ。
 だからこそ、戸田先生は、幹部に厳しく指導された。
386
 「役職があればあるほど責任がある。模範でなくてはいけない」「人前でいかに立派なことを言
っても、自分が実践しないとすれば、幹部として、最低の姿である」
 また先生は、「責任者が遅刻をしたり、多くの社員がだらしなく遅刻を重ねるような職場は、必
ず問題を起こし、衰微する」とも言われた。戸田先生は、本当に「朝」に厳しかった。
 さらに、こうも指導された。
 「正義のために戦う頼もしさがなければ、だれもついてこなくなる」
 全幹部が「一兵卒」となって戦うことだ。できあがった組織の上に、あぐらをかくような幹部に
は、絶対になってはならない。
 昭和三十一年(一九五六年)の“大阪の戦い”だれが、どう見ても、勝てるわけがない戦いであ
る。だが、私は、みずから第一線に入り、その劣勢をはねのけて、勝利の金字塔を打ち立てた。不
可能を可能にした。愛する関西の同志とともに!
 ともあれ、全幹部が最前線に立ってこそ、皆が安心して前進できる。幹部から「新しい風」を起
していくことだ。
 自分が率先して破折する。仏法対話をする。御書を学ぶ。わが友を全力で励まし、立ち上がらせ
ていく。この「幹部革命」を、全員で心を合わせて実行してまいりたい。
387
 もう一つ、戸田先生の話を紹介したい。
 「学会にも三種類の人間がいる。
 一つは、広宣流布をめざしゆく学会に感謝し、守り支えてくれる人。
 また、信心はしているが、いわゆる可もなく、不可もなく、なんとか学会についてくる人。
 そして、これだけ自分は広布のために働いたのだからと学会に代償を求めるような心根の腐った
人間。これは困る」
 すべては心で決まる。「心こそ大切」である。
 どうせ、信心するのであれば、「あの人は、さっそうとして、気持ちいい人だな」「やっぱり学
会の信心をしている青年は、どこか違うな」と周囲から讃嘆されるような「潔い信心」を貫いてい
ただきたい。
 青年の時代である。青年が全責任を担って立ち上がってもらいたい。
 また、壮年部も、婦人部も、若人のような息吹で進んでいくのが学会の伝統である。あふれるよ
うな「生命の勢い」に学会精神は光る。
 心は永遠に若々しく!前へ前へ、瞳を輝かせながら!
 それが信心の世界であり、「人間革命」の生き方なのである。
                                  (長野研修道場)
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全国最高協議会A
女子部が輝けば学会の未来は明るい

平和の文化を発信!発展するアメリカSGI

 この五月には、アメリカ創価大学の一期生の卒業式を迎えた。一期生の健闘は、じつに見事なも
のであった。新しい大学にもかかわらず、アメリカの一流大学の大学院をはじめ、各国の大学院に
、三十人以上が合格を勝ち取った。この事実に、各界の識者から大きな驚きと賞賛の声が寄せられ
ている。
 卒業生の中には母国に戻って就職し、社会人として新たなスタートを切ったメンバーもいる。ま
389
た、アメリカの使命の舞台で活躍を始めた友もいる。
 一期生は、できたばかりの大学に、深き情熱と理想を持って集ってくださった。偉大なる「開拓
者」である。全員が尊き使命を持った「宝の人材」である。
 私は、卒業生の全員が、勝利と栄光の人生を歩みゆくことを、心から祈り、念願している。

 現在、アメリカSGIは、理事長のリーダーシップのもと、めざましい発展を続けている。この
五年間で、アメリカでは千六百地区から約二千五百地区の陣列に発展、なかんずく本年は、見事な
広宣流布の拡大を成し遂げた。すごいことである。本当に、おめでとう!
 また先月には、カナダSGIと合同で初の「北米教学研修会」を開催し、大成功で終了した。
 今後は、フロリダ自然文化センターなどで、ブラジル、カナダの代表と「北南米教学研修会」を
実施することも検討されているとうかがった。
 アメリカでは各国からの移住者の増加にともなって、多言語化が進んでいる。こうした状況を考
慮して、これまでアメリカSGIでは、各国語ごとの研修会や文化事業などを推進してきた。今後
、こうした言語別グループ活動を支援する「国際部」を、さらに強化していく方針である。
 アメリカでは、すでに機関紙「ワールド・トリビューン」が、英語のほか、スペイン語、中国語
、フランス語、韓国語、ポルトガル語、タイ語、カンボジア語、日本語の八言語で発刊されている

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 さまざまな言語と文化的背景を持つメンバーの要望に応え、皆が喜びと希望に満ちた活動を行っ
ていけるよう、最大に努力していきたい――そうした思いで前進しておられる。
 またアメリカSGIでは、これまで「世界の子どもたちのための平和と文化の建設」展を各地で
開催するなど、国連支援の活動を行ってきた。国連関係者からの要請もあり、今後、こうした活動
を、さらに促進していく予定である。
 すでにロサンゼルスのSGIプラザとニューヨーク文化会館では、「『和の文化』情報センター
」を開設した。ここでは、“平和と文化の建設展”を常設するとともに、国連の活動に関する書籍
の閲覧や、情報の取得などができるようになっている。
 なお、六月には、宗教・倫理関連の国連登録NGOからなる「国際宗教NGO委員会」の議長に
、SGIニューヨーク国連連絡所の代表が就任した。アメリカ創価大学大学院の出身である。
 国連宗教NGO委員会には、キリスト教、イスラム教、仏教など、百十のNGOが参加している
。SGI代表の議長就任は、各国のNGOから寄せられるSGIへの信頼の表れともいえよう。
 社会に大きく共感を広げゆくアメリカの友の健闘を讃え、もう一度、皆で大きな拍手を送りたい

331
女子部は広布の“希望の太陽”
 戸田先生は、女子部の活躍に深い期待を寄せておられた。私も、まったく同じ思いである。
 若き女性の力が、どれだけ偉大であるか。妙法を持った、一人の女子部員が本気になって立ち上
がれば、一家の宿命を大きく転換していくことができる。地域を変革していける。“希望の太陽”
となって、皆に勇気を送っていくことができる。
 さわやかな女子部員の振る舞い、純粋な信心の行動は、多くの人の心を動かしていく。あらゆる
人を味方に変えていく力がある。
 女子部が輝けば、学会の未来は明るい。逆に、女子部が成長しなければ、学会の未来は暗い。
 次の五十年を、盤石なものとしていくために、今こそ女子部の育成に力を注いでまいりたい。「
女子部革命」に全力で取り組んでまいりたい。

 戸田先生は、女子部の代表の集い「華陽会」で、御書や世界の名著を通して、さまざまな指導を
してくださった。ある時は、小説『小公子』を通じて、語ってくださった。
 『小公子』は、ご存じの方も多いと思う。アメリカの女性作家バーネットの名作である。
392
 アメリカ生まれの青年セドリックは、父親が亡くなったことから、イギリスの貴族である祖父の
もとで暮らすことになった。偏屈だった祖父は、純粋で温かな心を持つ孫のセドリックに感化され
、心を開いていく――そういう物語である。
 戸田先生は言われた。
 「小公子が祖父の侯爵を絶対に信頼したことが、意地悪な侯爵の心を良くし、あらゆる状態を変
えていった。
 一つのものを信ずるということは、あらゆるものを支配する。女子部は、この姿が必要だよ」
 また、こうも指導された。
 「女性は勉強して教養を身につけなければならない。つねに心豊かに生きなさい。“抜きたての
大根”のような、みずみずしい魅力をもって、凛々しく進んでいきなさい。
 ある時は華陽会で、「四信五品抄」の「妙法信受の人は、皇帝が幼くて、おむつに包まれ、大竜
がうまれたばかりのようなものである。軽んじてはならない。蔑視してはならない」(御書 0342
P 通解)の一節を拝しこう語られた。
 「御本尊を持つ人は、この身が妙法の仏身なのだから、邪法の輩とは根本的に違う。もったいな
いことながら、大聖人と同じ生命を持つ自分自身に誇りを持ち、気高い心で人生を勝ちぬくことが
大事である。自分を卑しめてはなりませんぞ」
393
 世界一の大哲学を持った皆さまである。偉大な使命を持った皆さまである。決して自分をおとし
めるようなことがあってはならない。みずからを軽んじるような、浅はかな生き方に流されてはな
らない。
 女子部は全員が幸福になってもらいたい――それが戸田先生の願いである。私の願いである。
青年よ、勝利の結果を残せ
 皆さんは、「陰の人」を徹して大切にするリーダーであっていただきたい。
 「あの人がいると安心する」「ホッとする」と皆から慕われるような、人柄の光る命指導者であ
ってほしい。
 もちろん、人柄がいいだけではいけない。信心に対しては厳格でなければならない。学会を破壊
しようとする悪に対しては、断固として戦うことだ。
 「声仏事を為す」である。敢然と声を上げ、言論の弾丸で戦うことが学会を守ることになる。
 とくに青年部は、その先頭に立ってもらいたい。
 私も青年時代、戸田先生のもとで戦いぬいた。学会を誹謗し、庶民を見下す傲慢な輩は絶対に許
394
さなかった。恰好ではない。見栄や気取りがあっては、本当の戦いはできない。
 「現実に、これだけの結果を残した」「これだけ拡大した」「折伏した」「人材をつくった」―
―そういう明確な証拠を残さないといけない。
 それが青年の戦いである。本物の弟子の戦いなのである。
 とくに、新しい役職に就いた人は、一歩前進の目標に向かって進んでいくことが大事だ。
 その目標は、皆の希望となり、前進の原動力とならねばならない。皆に窮屈な思いをさせては絶
対にいけない。心広々と進んでいくことだ。
 日蓮大聖人は「願くは我が弟子等・大願ををこせ」(1561:01)と叫ばれた。また「大願とは法
華弘通なり」(0736:12)と示された。
 世界広宣流布――ここに平和の直道がある。
 この大ロマンに向かって、ともどもに生きて生きて生きぬいてまいりたい。
                                  (長野研修道場)
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全国最高協議会B
広布に戦う人がもっとも尊い!

「これだけはやった!」と歴史を

 拡大が、学会青年部の伝統である。
 私も、学会青年部の出身である。男子部の部隊長も務めた。皆が、真剣に各部隊を拡大し、人材
を育て、大競争をした。
 若き胸には、広宣流布という夢があった。ロマンがあった。戦う気概に満ちあふれていた。
 生き生きとした青年部の姿に触発されて、学会全体が躍動していた。壮年部、婦人部、青年部が
396
、すばらしい連帯感で結ばれていたのであある。
 青年の勝利への勢いが広宣流布の新しい扉を開く――これが学会の歴史である。
 そしてまた、青年部の変わらぬ心意気でなければならない。
 戸田先生は、しばしば「男性は力を持て」と言われた。
 男子部のリーダーは、大きく打って出てもらいたい。伸び伸びと、自由奔放に戦ってもらいたい
。重大な立場に就きながら、心が小さくなってしまえば、大きな仕事はできない。与えられたこと
けを細々とこなすような、受け身の生き方では、あまりに寂しい。
 ひとたび、広布の戦の庭に立ったならば、「自分は、これだけやった!」と胸を張っていえる結
果を敢然と示していくことだ。「これだけの歴史をつくった!」という生きた証をのこしていくこ
とだ。それでこそ、学会男子部である。
創価の女性は「人類の太陽」
 広宣流布――それは、「人材をつくり」「みらいをつくり」「へいわをつくる」戦いである。
 本当に戦った人は、生々世々、無料無辺の功徳に包まれる。中途半端であったり、恰好とか見せ
かけだけならば、「歓喜の中の大歓喜」はつかめない。すべては「自分」で決まる。「自分」が決
397
めるのである。
 御聖訓にいわく「法自ら弘まらず人法を弘むる故に人法ともに尊し」(0856:09)と。
 広宣流布の行動は、一切が、自分のため、一家一族のため、同志のためとなっていく。御書に照
らし、経文に照らし、断じて間違いない。
 なぜ、学会は、ここまで勝ってくることができたのか。
 それは、ひとえに、婦人部、女子部の皆さま方が真剣にたたかってくださったおかげである。
 「人類の太陽」である“創価の女性”の皆さま方に、心から感謝申し上げたい。本当にありがと
うございます。
 これまで何度も語ってきたが、女性を尊重し、女性の意見を大切にしていくことを、再度、確認
しあいたい。
 大事なことは、真剣に戦ってくださっている婦人部、女子部の皆さま方を尊敬し、感謝し、讃え
ていく――その「心」が男性の幹部にあるかどうかである。その「心」があれば、広布の未来は、
大きく開かれる。
 そして、使命ある女子部がいちだんと団結し、いちだんと勢いよく進んでいけるよう、婦人部を
中心に皆でしっかりと応援してまいりたい。
398
 また、かりにも、女性を下に見たり、高慢な態度で女性を使うような男性幹部がいたならば、絶
対に許してはいけない。断固として、糾弾の声をあげていくべきだ。
 学会の目的は、広宣流布である。
 ゆえに、広布に一生懸命に戦っている人がもっとも尊い。その人をいちばん大事にする組織でな
ければならない。組織のために会員がいるのではない。会員のために組織があるのだ。
 組織が大事なことはいうまでもないが、それを利用して、いばる幹部がいれば、本末転倒である
。厳重に注意していかなければならない。
 「広布に戦う人」を最大に守り、支えていくのが幹部の役割である。
大聖人の人格宣言「男女はきらふべからず」
 権力者だから偉いのではない。庶民だから低く見るのでもない。人間は、すべて平等である。も
ちろん男女も平等である。
 「末法にして妙法蓮華経の五字を弘めん者は男女はきらふべからず、皆地涌の菩薩の出現に非ず
んば唱へがたき題目なり」(1360:08)とは、日蓮大聖人の「男女平等の大宣言」であられた。
 それが仏法の根本の精神である。
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 きょうは、釈尊の教団における人間主義について、簡潔に要点だけ述べておきたい。
 釈尊は、男女の差別なく、模範の弟子を讃えていった。
 仏典「アングッタラ・ニカーヤ」では、誉ある女性の弟子たちの名前があげられ、それぞれに「
大慧中の〔第一〕」「持律中の〔第一〕」「説法者中の〔第一〕」「静慮者中の〔第一〕」などの
尊称が贈られている。
 法のため、人のために奔走する女性たちが最大に讃嘆されているのである。
 また、釈尊の教団では、仏道修行のために外出する女性修行者に対して、細かい注意が与えられ
ていた。経典には、次のように記されている。
 「一人で河を越え、一人で夜間外出し、一人で衆より残ってはならない」
 こうして、具体的に注意をうながしていくことが、危険を未然に防ぐことにもなる。
 私たちも、ふだんからたがいに声を掛けあっていきたい。「声」が「魔」を切っていくのである

 婦人部、女子部のリーダーの皆さんは、「安全第一」「無事故第一」の活動を、どうかよろしく
お願いしたい。
 釈尊に対する女性の弟子たちの感謝の声も残されている。
 ある女性は、次のように語っている。
 「わたしは、正しく覚った人・最上の人に敬礼しつつ、師の教えを実行して、あらゆる苦しみか
400
ら脱れました」
 ある女性は、こうも言っている。
 「師の教えを実行しているのですから、どうして安らぎを得ないことがありえましょうか」
 釈尊のもとで修業した女性の弟子たちが、宿業を乗り越え、蘇生の人生を歩んでいった喜びが伝
わってくる。
 求道があり、実践があるところ、成長があり、勝利がある。そこにはまた、感動があり、安らぎ
があり、発展がある。

 アメリカの女性詩人エミリー・ディキンソンはつづっている。
 「信仰を無くすことは
 財産を失うことより大きいのです」
 そのとおりである。
 十九世紀に活躍したディキンソンは、ホイットマンと並び称される著名な詩人である。
 私は、折々に古今東西の偉人の箴言などを紹介してきた。世界の偉大な精神から学ぶことは、仏
法をさらに一歩深く理解していくきっかけにもなる。
401
 また、信心していない人にも、幅広く共感を広げることができると思うからである。
 大聖人は、さまざまな経典を引かれ、古典や説話を用いられて、仏法の神髄を説き明かしておら
れる。「開かれた心」が大聖人の世界であり、学会の世界なのである。
悪知識を寄せつけるな
 続いて、諸御抄を拝したい。
 「上野殿御返事」に仰せである。
 「大魔がとりついた者たちは、一人を教訓して退転させたときは、それをきっかけにして、多く
の人を攻め落とすのである」(御書 1539p 通解)と。
 一人を退転させ、そこから多くの人間を攻め落とす――これが魔の常套手段である。
 さらに、次のようにも仰せである。
 「いいかげんな人が、信ずるような恰好をしながら、おかしなことを言い出すと、そのほかの人
の信心も破ってしまうのである」(御書 1539p 通解)と。
 破和合僧の悪行は、厳しく責めなければならない。悪いことは悪いと言いきり、正しい道を教え
ることが「本人のため」である。後輩が同じ過ちを繰り返さないためにも、責めて責めぬくことだ
402
。厳しく対処することだ。それが本当の慈悲なのである。
 これまでも名聞名利に流され、学会を壊し、同志を裏切った反逆の輩がいた。その悪人たちが、
いずれも、哀れな末路をさらしていることは、皆さんがご存じのとおりだ。仏法の因果の報いは、
あまりに厳しい。
 大聖人は、経文とその釈を引かれ、こう言われている。
 「悪知識というのは、甘く語りかけ、詐り、媚び、言葉巧みに、愚かな人の心を奪って、善き心
を破る」(御書 0007p 通解)
 悪知識は絶対に寄せつけてはいけない。強き信心で悪知識を見破り、厳然と破折していくのであ
る。青年部の諸君、よろしく頼む。
 「善き心」の友の連帯を、さらに広く、また強く、築き上げていただきたい。
                                  (長野研修道場)
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全国最高協議会C
青春の闘争が「人間」をつくる

厳しかった戸田先生の訓練

 ドイツの詩人シラーといえば、皆さんもご存じであろう。
 私は若き日に、シラーの作品を愛読した。多くの詩を覚えた。そのことをご存じだった戸田先生
が、突然、「シラーの詩を暗誦してみなさい」と私に言われたこともあった。
 先生は、さまざまな形で、つねに私を訓練してくださった。本当に厳しい先生であった。大学者
の先生であった。
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 私は戸田先生の経営する出版社で、雑誌「冒険少年」の編集長を務めた。後に「少年日本」と改
題してからも、全力で内容の充実に努めた。
 原稿の依頼などのために、多くの作家と語り合う機会があった。少年少女のためにも、少しでも
、いい雑誌をつくりたい――そうした思いから話に熱が入り、話し込んでしまうこともあった。
 仕事を終え、急いで会社に戻ってくると、戸田先生が時計をにらんで、じっと待っておられる。
 「遅いじゃないか!遊んできたのか!」
 こう厳しく叱られたこともあった。
 また、依頼していた原稿を作家から受け取り、帰ってきた時のことである。
 戸田先生から、「現行の内容が、どんなものか言ってみなさい」と言われ、私は本当に困った。
原稿を受け取るのが精いっぱいで、とてもそれに目を通す余裕はなかったのである。冷や汗をかく
思いであった。

 戸田先生は、じつに厳格であられた。ある意味では、戸田先生は怖かった。つらいと思う時もあ
った。
 しかし、究極的には、師のもとで戦える生命の喜びがあった。楽しかった。私にとっては、真剣
な修行の、毎日であった。
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 偉大な人間をつくるためには、厳格な修行をさせないといけない――戸田先生は、このことを知
悉しておられたのであろう。私は万事にわたって、一分の隙もなく、訓練していただいた。
 戸田先生のもとで最高の訓練を受けられたことを、私は、心から感謝している。青春時代の薫陶
があったからこそ、今の私がある。そう自負している。 
 もちろん、今と昔では時代も違う。しかし、最極の人間性の世界である学会の中で、指導を受け
、自信を磨けることが、どれほどすばらしいことか。
 恵まれた時代だからこそ、とくに青年は、求めて訓練を受けていってほしいのである。
 シラーの戯曲の中に、こういう言葉があった。
 「まずいことは上のほうに原因があるのだ」
 リーダーの責任は重い。リーダーの成長で、組織の発展も決まる。だからこそ、全リーダーが深
き決意に立ち、新たな勝利の歴史を築く大前進を開始してまいりたい。
仏法を破るのは内部から
 ここで、御聖訓を拝したい。
 日蓮大聖人は、「南条兵衛七郎殿御書」で仰せである。
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 「大悪魔は、尊い僧となり、あるいは父母や兄弟などについて、人々の成仏の障りとなるのであ
る。どのように言ってきても、『法華経を捨てよ』と欺こうとするのを用いてはならない」(御書
 1497p 通解)
 魔の働きは、尊い姿をした僧や父母・兄弟等の生命に入って、法華経を信じる者を退転させよう
とする。その方程式は、今でも変わらない。魔は巧妙な手段を使って、成仏をさまたげる。
 “信心をやめろ”“広宣流布をやめろ”――そういう声に、絶対に、たぶらかされてはならない

 妙法を弘める学会から離れて、真の信心を失えば、功徳があるわけがない。不幸の坂を落ちるだ
けである。その厳しき事実は、皆さまが、よくご存じのとおりだ。
 簡潔な御文であるが、重大な誡めである。戸田先生も、よく語っておられた。
 また「佐渡御書」には、「外道や悪人は如来が説いた正法を破ることはできない。仏弟子らが、
必ず仏法を破るのである。『獅子身中の虫が、師子を内から食う』といわれているとおりである。
大果報の人を、他の敵は破ることはできない。親しい者が破るのである」(御書 0957p 通解)
と述べておられる。
 仏法は、外からではなく、内部から破壊されるとの厳しき仰せである。よくよく思索していただ
きたい。
 さらに「兄弟抄」には、こう仰せである。
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 「法華経を信ずる人が恐れるべきものは、賊人、強盗、夜討ち、虎狼、師子等よりも、現在の蒙
古の襲来よりも、法華経の行者を悩ます人々である」(御書 1081p 通解)
 仏意仏勅の団体である学会の前進を阻み、同士を苦しめる人間は、どんな悪人よりも、さらに悪
い。こうした輩とは、断じて戦うことだ。徹底して破折することだ。
 敵に対しては、「一」言われたら「十」言い返す。否、「百」言い返す。正義の怒りをもって、
言いぬき、責めぬくことが大切である。
 だれよりも、リーダーが真剣でなければならない。そうでなければ、魔にやられてしまう。
学会の会合は「励まし」と「和楽」の集い
 さらに、いくつかの御書を拝したい。
 大聖人は「法華行者逢難事」で門下に対して、「このような末法の濁った世にあっては、たがい
につねに語りあって、「いつも後世を願っていきなさい」(御書 0965p 通解)と仰せである。
 また「寺泊御書」では、「信心の志のある人たちは、一つの場所に集まって、この手紙を読むの
をお聞きなさい」(御書 0951p 通解)と述べられている。
 ともに大難の渦中の御手紙である。
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 同士の連帯、励ましあいが、どれほど大切か。和気あいあいと会合に集い、御書を学ぶ、広宣流
布の精神を学ぶ。すべて大聖人の仰せのとおりの実践なのである。
 大聖人は悪知識について、次のように記しておられる。
 「顕謗法抄」では、「悪象のために殺されても地獄・餓鬼・畜生の三悪道に至らないが、悪友の
ために殺された場合、三悪道に至る」と涅槃経の文を示され、「後世を願う人は、一切の悪縁を恐
れるべきである。一切の悪縁よりは悪知識を恐れるべきである」(御書 0452p 通解)とのべて
おられる。
 また、外見は、いい格好をしながら、名利をむさぼり、学会を食い物にしようとする卑劣な人間
もいる。そうした悪人にだまされてはならない。
 さらに「南条六郎殿御書」では、「もし正法を誹謗する者であるならば、ともに住んではならな
い。また、親しみ近づいてはならない。もし親しみ近づき、ともに住するならば、阿鼻地獄にいく
ことになるだろう」(御書 1374p 通解)との経文を引かれ、正法誹謗の者に親しみ近づくと地
獄に堕ちる、と厳しく誡められている。
 仏法は厳しい。悪と妥協すれば、ともに不幸の道へと堕ちてしまう。だからこそ仏法破壊の悪と
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は断じて戦え、と大聖人は教えておられるのである
トインビー博士“宗教が人類の可能性をひらく”
 イギリスの歴史家トインビー博士との語らいは、私にとって忘れえぬ思い出である。
 博士は、「世界宗教の重要性」について、こう語っておられた。
 「われわれは、あらゆる人間の目を開かせ、そこから人間が全人類を包含する社会の一員であり
、人類が全宇宙的な生命体の一部であるという自覚をもたせるような、世界的宗教を必要としてい
ます」
 日本の雑誌で紹介された講演の中では、人類に、無限の可能性を授ける宗教の役割について論じ
ておられる。
 博士がとりわけ注目しておられたのが、東洋思想の精髄ともいうべき仏教であった。
 博士は、仏教を現代に展開する創価学会の活動に注目していた。そして、私との対談を希望し、
書簡を寄せてくださったのである。博士は健康の問題もあり、日本への訪問はむずかしい状況だっ
た。そこで博士の招待を受け、私がロンドンに伺うことになった。
 ロンドンにある博士のご自宅では、ご夫妻が最大に歓迎してくださった。そして、ご自宅の中を
410
、ていねいに案内してくださった。
 一流の大学者であるにもかかわらず、傲慢さや偉ぶる様子など微塵もない。息子ほど年の離れた
私に対して、本当に温かく、真摯に接してくださった。偉大な博士であった。
 博士は語っておられた。
  「人類の生存に対する現代の脅威は、人間一人一人の心の中の革命的な変革によってのみ、取
り除くことができるものです。
 そして、この心の変革も、困難な新しい理想を実践に移すに必要な意思の力を生み出すためには
、どうしても宗教によって啓発されたものでなければならないのです」
 博士が注目し、期待を寄せた創価の大民衆運動は今、大きな潮流となって地球を包んでいる。人
類の希望として、世界の識者が賞讃している。
 私たちは深き誇りを胸に、この「人間主義の大道」「幸福の大道」を歩みぬいてまいりたい。
                                  (長野研修道場)
411
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全国最高協議会D 
指導者は「民衆のために」「民衆とともに」

信心とは「究極の正義の勇気」

 信心とは究極の勇気である。
 正義に生き、何ものをも恐れることはない。それが信仰者である。
 尊き同士を守るためには、臆病であってはならない。リーダーは、つねに第一線に飛び込んで、
猛然と戦う勇者でなければならない。
 私が青年部で戦っていたころ、戸田先生の悪口をまきちらし、いわれない学会批判を繰り返して
412
いた連中が、私は、どうしても我慢ならず、一人で相手のところへ行った。そして、師匠の真実を
叫びきり、学会の正義を訴えて、その場で相手を理解者に変えていったこともあった。
 学会は強気でいけ――それが戸田先生の教えである。
 いざというときに動けない臆病者、戦えない意気地なしが、何人いても広宣流布は進まない。
 日蓮大聖人は「法華経の剣は信心のけなげなる人こそ用る事なれ」(1124:11)と仰せである。た
とえ、無敵の剣を持っていても、使う人間が臆病では、魔は打ち破れない。
 青年ならば、勇気を出すことだ、信心とは最高の正義の勇気である。真の勇者は、つねに一人立
つのである。

 私には、若き日から、学会の一切の責任を担ってきたという自負がある。
 第三代会長になったのが三十二歳のときである。
 広宣流布には、三障四魔がつきものである。まさしく、仏敵との連続闘争の日々であった。また
日本中、世界中の同士のことを考えると、三百六十五日、心休まる日はない。それが正直な気持ち
である。
 だが、敵がいるから戦えるのだ。戦いがあるから成長できる。感激の同士と、生命の奥底から喜
びを分かち合うことができるのだ。これ以上の人生の誉はないのである。
413
 どうしたら「道」が開けるか。
 リーダーが自分で動くことだ。自分自身が戦って、広宣流布の結果を示していくのである。
 どうしたら「心」をつかめるか。
 誠実な振る舞いしかない。直接、会って、礼儀を尽くし、話を聞いていく以外にない。すべては
、リーダーの一念と行動から始まる。
 人ではない。自分である。大変なことは人にやらせて、自分はうまくやろうというのでは、幹部
がいる意味はない。せっかく積んできた福運も消えていく。組織全体もよどんでくる。
 仏法は勝負である。所詮、勝つか負けるかのどちらしかない。その分かれ目が指導者の一念であ
ろう。
 リーダーが先頭を切っていくことだ。戦う息吹にあふれていることだ。いつも、生き生きとして
、歓喜がある。生命力がある。光っている――このリーダーが勝つのである。

 繰り返し申し上げるが、皆で女子部を大切にし、尊敬してまいりたい。
 戸田先生も「女子部を大事に」と何度となく叫ばれた。私も青年部時代から、女子部の意見をも
っとも大切にしてきた。戸田先生がそうしなさいと言われたのである。
414
 女子部が伸びれば、学会の未来は盤石である。一人の立派な女子部の存在は、十人、百人に匹敵
する力を発揮していくからである。
 たとえば、会社などでも、一人の女子部の活躍によって、会社全体に学会の信頼が広がっている
ケースが数多くある。家庭にあっても、やはり女子部が中心であろう。娘の言うことには、お父さ
んも従わざるを得ない。結婚すれば、夫をリードし、子どもができれば、後継者の育成の担い手と
なっていく。
 女子部の使命は、限りなく大きい。活躍の舞台は、無限に広がっている。
 ともあれ、女子部の皆さんには、幸福になってもらいたい。その崩れぬ土台を築くのが青春時代
である。そして、清らかな、強き信心を持った女性になってもらいたい。
 男性の幹部は、「ナイトの精神」で女子部を守っていくことだ。
 女性が生き生きと力を発揮しているところは、明るい。すがすがしい雰囲気がある。どこまでも
伸びていく。女性を大切にしたところが、最後は勝ち栄えていくのである。
「民衆の幸福」をめざす政治を
 ここで、「民衆の幸福をめざす政治について、識者の箴言をいくつか紹介したい。
415
 アメリカを代表する経済学者ガルブレイス博士は、こう述べられた。
 「私は(中略)多くの政治家と出会ってきました。いちばん反感を覚えたのは大衆のことを考え
ず、自分の野望や主義にばかりこだわる政治家でした。政治をよくするといっても、この点から改
めていくことが肝要だと思います。
 “皆さんのため”と言いながら、“己のため”にだけ働きまわる政治家を、絶対に許してはなら
ない。
 博士は言われた。
 「政治家の資質についても、私は一貫した考えをもっています。すなわち、私が望むのは、一握
りの恵まれた人々とではなく、つねに大衆と共にある政治家です。
 これまでも、偉そうに振る舞って、大衆を見下す政治家がいた。その卑劣な本質を、鋭く見抜く
ことである。
 博士は、こうも語っておられた。
 「私は、“良識”という意味でも、“政治家としての資質”という意味でも、男女の間にはいか
なる差異もないと思っています。
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 私たちの社会は、あらゆる面において、女性への差別をなくしていくべきです」
 そのとおりである。女性の声を生かせない社会は必ず衰亡していく。ここに、これからの政治の
、重要な焦点の一つがある。

 インドの大乗仏教の論師である竜樹は、ある王にあてた著作の中で、こうつづっている。
 「世の人々に役だつことは、何事であろうとすべてつねにおこなってください」。また、「施し
の報酬を望むことなく、他の人びとに対して利益を行ってください。苦はただわれひとり忍受して
、楽は衆人とともに享受してください」とも説いている。
 アショーカ大王の石碑には「私がどのような努力をなそうとしても〔それは〕有情に、〔負うて
いる義務〕債務を履行するため」であると刻まれている。
 為政者は、自分を支えてくれるすべての存在に恩を感じ、その恩を報じていくべきである。ここ
に、政治に携わる者の真髄があると思う。
人間の精神性を高める宗教は政治の質を向上させる
 チリのエイルウィン元大統領は、私との対談で次のように語っておられる。
417
 「宗教が人間の精神性の向上をうながして、道徳的克己や人間同士の理解や団結や平和の意義を
高めている限り、政治の質を向上させることに明らかに貢献しています。
 また、法華経研究所で高名な、ロシア科学アカデミー東洋学研究所のヴぉロビヨヴァ=デンシャ
トフスカヤ博士は語られた。
 「政治家が、良き心になろうとして信仰をもつことは理想的なことです。そうなった時こそ『民
衆のために』『民衆とともに』という政治がきたいできます。
 さらに、二十一世紀の日本を代表する経済人であった松下幸之助氏は、聖徳太子が仏教に影響を
受けた史実にふれて、私との往復書簡で、このように述べておられた。
 「形のうえでは、政治と宗教は別個のものであり、異なった役割を果たしているようにもみえま
す。けれども、それは、たとえていえば、家庭における夫と妻のようなものではないでしょうか。
それぞれ役割は違いますが、両者が一体となって初めて好ましい家庭ができあがって、それを根本
から分離してしまうのは誤りだと思います」
 真の宗教は、人間の生命を豊かにする。そして、結果的に政治の質を高め、社会全体を豊かにし
ていくのである。ゆえに宗教を無視した政治も、政治を拒否する宗教も、根本の目的である「人間
」を見失っていると言わざるをえない。
 この法則を、一流の人々は冷静に、しっかりと見すえている。
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 アメリカ公民権運動の指導者キング博士の盟友であられた、デンバー大学のハーディング博士は
、学会の社会的運動を高く評価しておられる。
 「ガンジーやキングは、信仰の真の目的は、社会に新たな行動をもたらし、新たな価値を生みゆ
くところにある、と考えておりました」
 「創価学会もまた、正義と慈悲を基盤として、地域に社会にと運動を繰り広げております」
 「創価学会の運動は、信仰を実践へと開きゆく運動であり、私たちすべてが共感でき、指示でき
る運動であります」
 また、インドネシアのワヒド元大統領は、「創価学会は、政治の倫理性を高めています。私は、
他の団体も、同じ道に続いていってほしいと願っています」と期待を寄せられた。
 世界は、私たちの人間主義の大行進に注目している。ますます勢いよく、恐れなく、堂々と勝利
してまいりたい。
                                  (長野研修道場)
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全国最高協議会E
勝利の劇は「一人」の」励ましから

いざという時に戦う人が真の英雄

 いざという時に決然と立ち上がる。その人こそ真の英雄である。大きな試練の時こそ、永遠の大
福運を積むチャンスなのだ。ひるんだり、落ち込んだりしていても、何も始まらない。
 まず祈ることだ。祈れば、道が開ける。最後は絶対に幸福になる。「これでまた題目をあげられ
る」と考え方を変えるのだ。全部が自分の得になる。
 健康を大事にしながら、大生命力を湧き出して、困難をも笑い飛ばしていくのだ。楽しんでいく
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のだ。大変であればあるほど、強く、また強く!朗らかに!愉快に、希望の歌を歌いながら進みゆ
け!
 どんな時でも明るいところに、人は喜び集う。それが必ず、勝ち栄えていくのである。
学会は「人材大学校」
 今や、世界百九十ヵ国・地域に、SGIの同士がいる。この大発展は、徹して「一人」を大事に
してきたからだ。
 全魂こめて「一人」を励ます。ともに雄々しく挑みゆく。こうして人生と社会の舞台で、「勝利
の劇」を晴ればれとつづってきたのである。
 皆、かけがえのない使命がある。桜梅桃李――自分の花がある。その花を咲かせ、使命を果たし
きっていけるのが、妙法の力なのである。
 全員が人材に、全員が宝の使命の人だ。なかんずく新入会の友を全力で育て、応援していきたい

 日蓮大聖人は仰せである。
 「御本尊を受けることはやさしく、持ち続けることはむずかしい、そして、成仏は保ち続けるこ
とにある」(御書 1136p 通解)
421
 大切なのは、信心を一生涯、貫くことである。そうであってこそ、永遠に崩れない幸福境涯を築
くことができる。そのためにも、先輩の皆さんは、個人指導をよろしくお願いしたい。そこに学会
の強さがあり、伝統が光る。
 指導とは、育てることである。広布のために力をつけさせることが、指導なのである。そして、
実践のなかで「学ぶ」ことだ。
 創価学会自体が、」いわば「哲学の学校」「人材の大学校」である。各地にすばらしい人材育成
の流れがある。三十年近くにわたって「大学校」で、学会の歴史や師弟の精神を学び、幾万もの人
材の大河を築いてきた模範の地域もある。
 強き一念から智慧は生まれる。大切なのは、真剣な祈りである。
 全国一律ではなく、それぞれの地域で智慧を出しあい、工夫しながら、人材育成の新たな波を起
こしていっていただきたい。
モンゴルから寄せられた信頼と感謝
 モンゴルを訪問中の学会代表団から、連絡があった。昨年の代表団の一行はバガバンディ前大統
領を政府庁舎に表敬訪問した。バガバンディ氏は、大統領在任中の一九九八年五月に創価大学を訪
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問し、記念講演を行ってくださった方である。私もお会いした。
 さらに代表団は、著名な作家で、モンゴル国立文化芸術大学の学長を務めるツェデブ博士を訪問
した。博士と私は現在、月刊誌「パンプキン」で連載対談を行っている。
 第一次「蒙古襲来」の後の一二七五年、鎌倉幕府はモンゴルからの五人の外交使節を、理不尽に
も処刑した。日蓮大聖人は、「何の罪もないモンゴルの使いが首をはねられたことこそ、かわいそ
うでならない」(御書 1472p 通解)と記しておられる。
 国家や民族の差異を越え、「全民衆の幸福」の実現を願われたのが大聖人であった。
 それから七百年以来の時を経て、今、日本とモンゴルの友好交流に創価学会が重要な貢献をして
いる。モンゴルの国家指導者や文化人から、学会に大きな信頼と感謝が寄せられている。大聖人は
423
、このことを、どれほどお喜びであろうか。
悪を許さぬ明快さを持て
 
現代の社会に正義を打ち立て、幸福の安全地帯を広げていく。それがわれらの前進である。
 釈尊はある時、「どのような種類の『出家』がいるかをおしえてください」との弟子の質問に対
して、「四種の『出家』があると答えた。
 そして、そのうちの「道を汚すもの」について、こう述べている。
 「よく誓いを守っている顔をして、ずうずうしく、名声を汚し、傲慢で、陰謀を企み、自制心な
く、いらぬことをよく喋り、しかも振る舞いは礼儀正しそうな者。それが『道を汚す者』です」
 「出家」の身でありながら、傲慢で、陰謀をめぐらす人間。日顕宗の坊主は、その典型である。
立派そうなふりをして中身は卑しい人間に決して、だまされてはならない。
 戸田先生が愛読された中国の古典『十八史略』。私も先生のもとで学んだ。その中で、ある戦を
前にして、漢の高祖・劉邦に、ある者が次のように進言する。
 「徳に順う者は栄え、徳に逆らう者は滅びます。戦いも、それを起こすのに正しい名分がなけれ
424
ば、事はそのために失敗するのです。逆賊であることをはっきりさせれば、敵は敗れなびくもので
す」
 敵の非は何か。何のために戦うのか。それを明らかにしたほうが勝つ――そう訴えたのである。
 また、『十八史略』には、四世紀に後趙の国を建てた石勒の言葉が記されている。
 「大丈夫たるもの、天下を狙うにもからりと公明正大であること、日月の輝きの如くでなくては
ならぬ」
 リーダーが公正であり、悪を許さぬ明快さを持ってこそ、人々は信頼していくものである。
わが地域を希望の理想郷に
 今年で、日航ジャンボ機の墜落事故から二十年になる。
 私は妻とともに、亡くなられた方々の追善を懇ろにさせていただいた。まことに痛ましい事故で
あった。あの日のことは、今でも忘れられない。
 昨日も少し紹介させていただいたが、事故のさい、現場に駆けつけた地元の消防団のなかにも、
425
二人の同士がおられた。お二人は、地域貢献の活動を誠実に続けてこられた。
 地域に根を張り、人々のために尽くすことが、どれほど偉大なことか。地道な活動が、深き信頼
を築いていく。わが地域を、希望輝く理想郷へと変革する力となる。
 地域のために尽力を続ける各地の友の功労を、最大に讃えたい。

 日蓮大聖人は「謀を帷帳の中に回らし勝つことを千里の外に決せし者なり」(0183:14)と仰せ
である。
 最高の作戦を立てるのだ。合議が大事である。その上で、決然たる行動が、勝利を開く。
 ベートーヴェンの音楽のように劇的に、また繊細に、友の心を鼓舞する名指揮をお願いしたい。
 広布の戦いは、一面では大変である。しかし、皆のため、広布のために尽くしていった分だけ、
大きな功徳を受けることができる。生々世々、偉大な指導者として、最高の幸福境涯で生まれてく
る。その因を積むことができるのである。
 青年部は縦横無尽に、わが使命の天地を駆けめぐっていただきたい。
 とくに新任のリーダーは、決して「殿様」になってはいけない。人ではなく自分が苦労を引き受
ける――それが二十一世紀のリーダーの要件であることを忘れないでいただきたい。
                                  (長野研修道場)
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全国最高協議会F
つねに先陣!それがわが青春の誇り

広布即健康の大闘争

 この秋は、創価学会創立七十五周年、いよいよ歴史的な大闘争が始まった。威風堂々と進みたい

 自身のために!社会のために!三世永遠の幸福のために!――。
 暑いので、どうか健康第一でお願いしたい。
 御聖訓に「1135-14  年は・わかうなり福はかさなり候べし」(1135:11)と仰せである。
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 信心強き人は、若々しい。広布へ戦えば、健康になる。
 戸田先生は、信心をしている以上、目も輝き、顔色もよく、何ともいえない風格と深い魅力がな
ければ、本当に信心をしている姿とはいえない、と厳しくおっしゃっていた。
 実際、ぼーっとした顔で先生の前に出ようものなら、「何だ!敗北者みたいな顔をするな!」と
一喝された。
 立派なことを言うのが仏法なのではない。もっと身近なところ、細かいところに、仏法はあらわ
れるものだ。生き生きと、悔いなく、一日一日を勝利してまいりたい。
「私は勝った!」と見事な実証を
 戸田先生は言われた。
 「職場の『長』は、みずから、もっとも早く出勤すべきである。それでこそ、部下も責任を感じ
、職場の“鬼”となる。仕事という戦いも勝利の方向へと決定づけられる」
 私は、戸田先生のもとで働いていた時、つねに“朝一番”に出勤していた。必死で戸田先生を守
り、広布に走ったひびであった。
 「つねに先陣!」――それが、わが青春の誇りである。
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 ともあれ、青年の覇気で、大事業は進む。学会は強くなる。青年部の諸君も、わが職場で、わが
組織で「私は勝った!」と胸を張れる見事な実証を示していただきたい。

 先生は、学会に迷惑をかけた邪悪な人間について、「性根の腐った者は、どこまでいっても始末
が悪い」と憤りを込めて言われた。
 極悪とは、断じて戦わなければならない。知恵を尽くして、徹底的に責めぬくことである。
 また、こうも語っておられた。
 自分の命も大事だが、それよりも、広宣流布に戦っていく人、広宣流布の組織で戦っている人が
いちばん大事なのだ」
 そのとおりである。なかんずく、リーダーが同志を大切にする姿勢にいちだんと徹すれば、学会
はさらに発展していく。
 戸田先生は、幹部に対しては本当に厳しかった。
 「信心の基本を忘却した幹部ほど哀れなものはない」「見かけは有能に見えても、信心の基本を
欠いたら、信心は即座に崩れ去る」
 信心の「基本」とは、言うまでもなく「信・行・学」の実践に尽きる。どこまでも基本に徹して
、皆から慕われるリーダーであっていただきたい。
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 牧口先生の時代には、軍部政府の弾圧によって、ほとんどの幹部が退転していった。戦後、一人
で学会の再建に立ち上がった戸田先生。その時代も、難を恐れ、臆病にも、退転していった人間が
いた。
 広宣流布に進む以上、三障四魔が起こるのは当然である。恐ろしいのは、正法を知りながら、裏
切り、清らかな師弟の世界、異体同心の世界を壊そうとする「破和合僧」の存在である。
 学会員の皆さんは、人がいい。温かい心の持ち主が多い。決して、悪心を持った輩にだまされた
り、広布の団体を乱されてはならない。悪を滅する戦いを忘れてしまえば、善は生じない。これが
仏法の原理である。学会では、「現実に戦っている人」を最大に讃えるのである。
釈尊は「破和合僧」を厳しく戒めた
 仏典には、仏道修行者の集まりを破壊する働きへの戒めが説かれている。そのいくつかを紹介し
ておきたい。
 初期の仏教教団においても、教団の規模が大きくなると、惰性、傲慢、嫉妬などにとらわれ、悪
事を犯し、その悪事を隠す者が増えたようだ。ある長老は、そうした様子を次のように語った。
 「会議に際しては、たとい徳がなくとも、巧みに言いまくる饒舌無学の輩が有力となるであろう
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」「会議にあっては、たとい徳がそなわり、恥を知り、欲念のない人々が、道理に従って陳述して
も、力が弱いだろう」
 また、堕落した者の特徴として、“師の言葉をないがしろにする”点があげられている。
 和合僧を分断させようとし、諌められにもかかわらず、その企てを捨てなかった者や、首謀者を
助けた者たちは、厳しい処罰が課せられた。皆の前で、みずから犯した罪を白状し悔い改めること
を誓う。謹慎生活や「別住」を課せられる、等の罰である。
 「和合僧を破す者は一劫、地獄に煮らる」とも説かれている。間断なき苦しみの生命となる。
 反逆者の提婆達多が釈尊の教団を破壊しようとしたとき、その動きを助けた者たちは、「分派の
加担者」「破和合僧の随順者」等と厳しく戒められた。
 また、戒律を破った罪のある比丘は、比丘が全員出席する集まりに参加することを禁じられた。
出席を禁じられた者のなかには、「破和合僧」を犯した者も、「破和合僧」を企んだ者も含まれる
。罪のある比丘が、自身の罪を隠して出席した場合、他の比丘には、その比丘を出席をさえずる権
利があった。もし、戒を犯した者が入り込んだ場合、その集まりで決定されたことは無効になった

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 釈尊が厳しく戒めた罪に、「両舌」がある。二枚舌のことである。告げ口などによって人々の間
を裂き、離れさせ、競わせるので「離間語」とも言う。“不和を助長し、不和を楽しみ、不和を悦
ぶ”卑劣な人間であり、“和合の破壊者”である。
 釈尊は、「愚人よ、汝らは、なぜ争いを起こすのか」と呵責し、難詰語を罰した。
 創価の世界は、仏子の集いであり、善の力の「結合」である。心と心を「和合させる言葉」を生
みだす人々の集まりである。断じて、「分裂」の働きに食い破られてはならない。
 日蓮大聖人の時代に、優れた弟子であったにもかかわらず、退転した三位房という弟子がいた。
 大聖人はその不幸な死を書き記し、「鏡のために申す」――後世のために言っておく、とつづら
れている。
 私たちの広布の歴史もまた、正義と極悪との戦いの真実を、厳格に刻みゆく。わが学会は、どこ
までも真剣な祈りを根本に、ともに励ましあい、永遠の和合僧団として前進してまいりたい。
後継の青年を鍛え育てよう
 アメリカ創価大学は、この八月、新たに五期生を迎える。世界各国から、情熱あふれる英才たち
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が、勇んで集ってくる。創立者として、これほどうれしいことはない。
 アメリカ創価大学の開学は、二〇〇一年五月、開学十周年をめざし、さらなる施設の充実が検討
されている。「平和の指導者」を育成する最高学府の建設を、全力で応援してまいりたい。
 少子化の時代である。大学をはじめ、あらゆる団体が生き残りをかけて必死である。若い人材の
育成に全力をあげている。
 私たちにとって、未来部の友は、将来の学会を担い、世界の平和を担いゆく大切な「宝」の存在
だ。全員が尊き使命を持っている。
 学校の先生もそうだろうが、子どもたちを育てる上で大切なのは、大人自身の人間性である。魅
力である。
 「教員は学生の僕であれ」と言われる。ますます「教員の質」や「学生へのサービス」が問われ
ている時代だ。
 まず大人が成長――これを心にきざまねばならない。
 そして若き友の努力を讃え、よい点を見つけ、ほめて伸ばすことだ。時には「漫才」をするよう
なつもりで皆を楽しませながら、また、深き「哲学者」として大確信を語りながら、正義の心、正
しい価値を教えていくことだ。心から信頼される存在となっていくことである。
 私も、正覚時代の恩師のことを今でも覚えている。子どもは、大人の温かな振る舞いを忘れない
433
ものだ。若き日の励ましは、一生の宝の思い出となろう。
 大切なのは、魂と魂のふれあいである。心に理想の火を点すのだ。
 後継の青年を、今こそ鍛え、育ててまいりたい。
                                  (長野研修道場)
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各部合同研修会
さあ人間の中へ!勝利の突破口を開け

いかなる法戦も断じて勝ち取れ!

 私の胸には、恩師戸田先生の叫びが響いている。
 「広宣流布のために、いかなる法戦も、断じて勝ち取れ!」
 これが恩師の遺言であった。
 この言葉を、わが尊き全同志に贈りたい。
 きょうはたいへんにご苦労さま!皆、お元気そうで本当にうれしい。
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 ドクター部、白樺会、白樺グループの皆さまは、人々の「生命」を守る大切な方々である。「健
康の世紀」を開きゆく、偉大なリーダーである。多くの同志も、さまざまな形でお世話になってい
る。心から感謝申し上げたい。

 広宣流布の前進において、リーダーの責任は大きい。
 たとえば会合で話をするにしても、参加者の心に残るような、いい話をしないといけない。
 「きょうは、いつもと違うな」と参加者に思われるような、新鮮な、元気の出る話をしてほしい

  ツンとして、偉ぶっていてはリーダー失格である。「皆さん、お忙しいなか集まってくださり
、本当にありがとうございます」――そういう心で、どこまでも謙虚に、真心を込めて接していく
ことだ。
 もちろん、どんな立派な話でも、自分自身が感激に燃えてしゃべらなければ、他の人を感激させ
ることはできない。奮い立たせることはできない。
 まず、自分が炎と燃えることだ。そして皆の「魂」に火をつけることである。
 会合に来て「生まれ変わったようだ」と言ってもらえるくらいの励ましを送ってほしい。
 そうでなければ、せっかく集まってくださった方々が、かわいそうである。
 ともあれ、リーダー自身が研鑽し、自分を磨いていくことだ。そこから一切の変革が始まるので
336
ある。
勇気の声で世界を変えよ
 広島の原爆投下から、きょう八月六日で六十周年を迎えた。
 じつは、この研修会に参加されている女性ドクター部長も、原爆の恐ろしさ、戦争の悲惨さを目
の当たりにした一人である。
 その体験が、総合月刊誌「潮」の九月号に掲載されており、私も読ませていただいた。深い感銘
を受けた。平和への願いと誓いを込めて、その内容を、少々、紹介させていただきたい。
 六十年前の八月六日、幼かった彼女は、広島市から三十キロほど離れた母の故郷に疎開していた
。妹と縁の下にもぐって遊んでいた朝八時十五分、地震のような大きな揺れを感じた。しばらくす
ると、空が真っ暗になった。
 村の開業医であった祖父は、市内で被爆し、命からがらたどり着いた村人たちの治療に当たった

 祖母も、母も、叔母も、皆が助かるように、浴衣を切り裂いて包帯の代わりにするなど、必死で
働いた。
437
 当時、大人たちははなしていたという。
 「ピカドンは、ふつうの爆弾ではない。被爆者の皮がむけて、体からたれさがっている。あの人
もなくなった。この人も亡くなった。親しい人たちが、被爆後一週間で、次々と亡くなった――と

 この五歳の八月六日を一つの原点として、彼女は、生命を守る医師という職業を志された。
 そして今、生命尊厳と世界平和のために行動する創価の女性ドクターのリーダーとして、活躍し
ておられる。社会に慈愛と希望の光を広げておられる。
 勇気の一人が、世界を変えていくのである。

 広島では“トインビー展”が開催されている。
 トインビー博士との思い出は尽きない。展示では、博士から私に送られた書簡も公開されている
とうかがった。
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 博士も二度世界大戦を経験し、戦争の悲惨を知りぬいておられた。
 人類の未来を確かなものにするには、自分自身を変革するしかない。そのためには、力ある世界
宗教が必要なのです――そう訴える博士の真剣な声が、今も私の胸に響いている。
信心と同志愛の光る“名医”たれ
 ここで御書を拝したい。日蓮大聖人は、病気を患っていた富木尼御前にあてた御手紙で、次のよ
うに仰せである。
 「日蓮が悲母のことを祈ったところ、現身に病を治しただけでなく、四年の寿命を延ばしました
。あなたは今、女性の身で病気になられた。試しみに法華経の信心を奮い起こして御覧なさい」(
御書 0985p 通解)
 妙法の偉大な功徳を教えられた、大切な御文である。
 信心を奮い起こして、病に打ち勝つのです――大聖人は、そう教えておられる。
 仏法は宿業を転換し、現実を変革する教えである。
 また、同じ御手紙で、弟子の四条金吾について言及しておられる。
 金吾は武士であったが、医術にも通達していた。すばらしい“名医”であった。今でいえば、ド
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クター部の皆さんのような存在だ。
 大聖人は仰せである。
 「良い医者がいます。その中務三郎左衛門尉は法華経の行者です」(御書 0985p 通解)
 「四条金吾は去年の十月、身延に来ましたが、あなたのご病気のことをたいへんに心配して話し
ておりました」「極めて負けじ魂の人で、自分の味方のことを大切にする人です」(御書 0986p
 通解)
 四条金吾は、竜の口の法難にさいしても、刑場まで大聖人にお供した。たび重なる迫害や困難も
、強き信心で乗り越えてきた人物である。大聖人の在家の門下にあって、卓越した存在であった。
何より、同志のことを深く思いやる人であったのだろう。
 いざという時に、その人の信心が表れる。大変な時に、師匠のため、同志のために戦うのか。そ
れとも、自己の立場や栄達を第一に考え、保身に走ってしまうのか――その違いは、あまりに大き
い。

 さらに大聖人は、「四条金吾殿御返事」で、金吾の医術の確かさや人間性を信頼して、こう述べ
ておられる。
 「日蓮の生死を、あなたにおまかせします。他の医師は、まったく頼まないつもりでおります」
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(御書 1182p 通解)
 一人の門下に対して、“私の生死をおまかせします”とまで仰せである。大聖人が、どれほど金
吾を信頼し、大切にしておられたか。この一文からも、その様子がうかがえる。
 また、大聖人は記しておられる。
 「中国に黄帝、扁鵲という医師がいました。インドに持水、耆婆という医師がいました。この人
たちは、その時代の宝であり、後世の医師の師の存在である」(御書 1479p 通解)
 「生命の尊厳」に生きゆくドクター部の皆さまもまた、「学会の宝」の存在であり、「人間の宝
」の存在である。
 後世の人々から模範と仰がれるような、「信心」と「同志愛」の光る名医であっていただきたい


 まっすぐに広布の大道を生きぬく人生は、すがすがしい。
 猛暑のなか、法のため、人のために、尊き汗を流し、奮闘する同志の報告が、私のもとに次々と
入ってくる。
 揺るがぬ信念!不撓不屈の決意!潔く挑戦の炎を燃やす勇敢なる同志、その話を聞くと、何を差
し置いても駆けつけて、渾身のエールを送りたい――私のいつわらざる心情である。
 サーチライトを当てるように探し出しては、戦う同志を讃える。これが学会の指導者である。
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 この人の幸福を!あの友の勝利を!とことんまで激励を続ける。これが本当の民衆のリーダーで
ある。
 私は、よく戸田先生から、同志のこと、社会のこと、さまざまなことを聞かれた。精いっぱい、
お答えした。
 「大作は、本当に細かいところまで、何でも知っているな」
 そうおっしゃっていただいたことも懐かしい。
 鋭い師匠であった。すべてお見通しだった。
 ありがたい師匠であった。私を厳しく訓練し、そして信頼してくださった。
師弟不二が不可能を可能に
 今も鮮やかに思い出す。昭和三十二年の七月。私は大阪府警に不当にも逮捕された。魔性の権力
が、学会の発展を妬み、潰そうと、手ぐすね引いた。
 私は、出頭命令を、北海道で受けた。夕張炭労事件の解決のために、健気で真面目な民衆を断じ
て守りぬこうと、奔走していたのである。
 事実無根の罪を晴らすため、私は、千歳空港から大阪に向けて飛び立った。途中、乗り継ぎのた
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めに、羽田空港に降り立つと、なんと戸田先生が、待っていてくださったのである。
 先生は私に言われた。
 「もしも、もしも、おまえが死ぬようなことになったら、私もすぐに駆けつけて、おまえの上に
うつぶして死ぬからな」
 先生の気迫たるや、それはそれは凄まじかった。師匠が弟子を思う心とは、これほど深いものな
のか!――私は感動で震えた。
 黄金の思い出として、四六時中、私の胸に強く輝きを放っている。
 これが「師弟」である。「師弟」とは、もっとも尊く、もっとも深く、もっとも強い人間の連帯
である。
 口先で、おべっかを使うのが師弟ではない。法華経に説かれる霊鷲山の儀式のように峻厳なもの
である。
 仏法は「師弟不二」を教えている。師弟に徹すれば、思いもよらない力がわく。不可能をも可能
にする、偉大な歴史を開くことができる。
 関西の地で、わが愛する関西の同志とともに、私は勝利の金字塔を打ち立てた。
 常勝!それが関西の使命である。永遠の魂でなければならない。
 「勝ちまくれ!大関西!」。わたしはそう声を大にして叫びたい。
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 私は、戸田先生に仕えた。師弟に生きた。だから、あらゆる難を乗り越えることができた。
 「師弟の力」が、どれほど偉大か。わが人生をかけて証明してきた。
 戸田先生と結ばれた「不二の心」。この「師弟の精神」を後継の友に受け継いでもらいたい。
 人を使うのではない。自分が仕えるのである。法に仕え、同志に仕え、師匠に仕える。ここに人
生の崇高な劇があり、思い出が光っていく。
妙法は「常楽我浄」の喜びの道
 古代ギリシァの哲学者プラトンは述べている。
 「国家のことも個人のことも、およそそれらの正しいあり方は、哲学からでなくては見きわめる
ことはできない」
 大切なのは、確固たる哲学を持つことである。私たちには、生命と宇宙の大法則を解き明かした
仏法がある。人間主義の大哲学がある。
 文豪ロマン・ロランはつづっている。
 「真の偉大さが認められるのは、苦にも楽にも喜悦することの力においてである」
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 いい言葉だ。苦しい時も、楽しい時も、悠然と進んでいく。否、悩みや困難をも喜びに変えてい
く。仏法の精神に通じる。「煩悩即菩提」である。
 大聖人は仰せである。
 「宝塔の四つの面とは、生老病死という四つの相のことである。この生老病死をもって、われら
の一身の生命の宝塔を荘厳するのである。われわれが生老病死において南無妙法蓮華経と唱え奉る
ことは、そのまま常楽我浄の四つの徳の香りを薫らせることになるのである」(御書 0740p 通
解)
 この仏法を信じ、行じていくことによって、「生老病死」の苦しみの人生を「常楽我浄」の喜び
の人生へと変えていくことができる。それが妙法の偉大な力用なのである。
 どうしたら健康で、生き生きとした人生を歩んでいけるか。
 さまざまな智慧や工夫は必要である。しかし、根本は信心である。題目である。朗々と題目をあ
げ、真剣に祈ることだ。
 悩んでいる人、落ち込んでいる人には、どんどん励ましの言葉を送っていただきたい。
 「声仏事を為す」である。「心配ないよ。一緒に題目をあげよう!」「宿命転換していこう!」
そう激励していくことだ。
 広宣流布の新たな勝利へ、朗らかに、勇気凛々と前進してまいりたい。
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一つの励ましが生命を変える
 これまでも折にふれて語ってきたが、私には、若き日にお世話になった忘れ得ぬ看護師の方がい
る。
 十六歳のころ、私は、東京の蒲田駅の近くにある「新潟鉄工所」に勤めていた。当時、結核を患
っていた。しかし、戦争中であり、ゆっくり家で休んでいることなどは許されなかった。
 無理をして働き続け、青年学校の軍事教練中に倒れてしまったこともあった。喀血もした。どう
しようもなく体調の悪い時は、職場の方の配慮で、人力車に乗せられて帰宅したこともある。
 ある時、工場の医務室でお世話になったことがある。中に入ると、中年の看護師さんがいた。
 「まあ、大変!」「ちゃんとした病院で診てもらいましょう」――そう言って、彼女は、病院ま
で一緒に歩いて付き添ってくださった。
 病院への道すがら、看護師さんは「大丈夫?若いんだから、頑張るのよ」と私を励ましてくれた
。やさしい笑顔。温かな振る舞い。その看護師さんの真心を、私は今でもわすれることはできない

 診察の結果、茨木の鹿島にある療養所に入るように言われたが、ベットの空きを待っているうち
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に終戦になってしまった。
 私は今でも、その看護師さんに深く感謝している。お題目を送っている。
 温かな看護師の存在が、どれほど大きいか。一つの励ましが、患者の生命をかえることがある。
生きる力となる。
 苦しんでいる人のために力を尽くす。慈悲の励ましを送る――菩薩の行動に生きぬく「世界一」
の看護師の皆さまに、最大の賞讃を送りたい。
必死の祈りと執念の行動で、諸天を動かせ
 中国古代の賢者は言った。
 「自ら反みて縮くんば、千万人と雖も吾往かん」
 みずからが正義に適っているならば、たとえ人から反発されても、堂々と、わが信念の道をゆく
。これが革命児の生き方である。
 どんなに年をとっても、この気概だけはなくしてはならない。
 先輩はいばってはいけない。後輩をうんとほめて、全力で支えていくのだ。むしろ、戦えること
を、「本当にありがたい」と感謝すべきだ。
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 わが地域を日本一にするのだ。それには、ほかの地域が、びっくりするような、勢いがなければ
ならない。私は、この使命を、とくに関西に託したいのだ。
 信心に定年はない。人生に引退はない。遠慮した姿でいると、周りまで老け込んでしまう。
 どこまでも、私と一緒に、広宣流布の将として、見事なる勝利の指揮を執っていただきたい。
 人間の中へ!同志の中へ!その一歩一歩が、勝利の突破口を開くのだ。
 「必死の祈り」と「執念の行動」こそが、一切の壁を打ち破ることを、忘れてはならない。
 日蓮大聖人は若き門下に、「ともかくもともかくも法華経に身をまかせて信じていきなさい」(
御書 1557p 通解)と仰せである。
 また別の御書では、広布のために身を捧げよと教えられ、「五体を地に投げ、全身に汗を流しな
さい」(御書 0537p 通解)と書き残しておられる。
 「不惜身命の信心」を貫いてこそ、三世に崩れぬ大福徳に包まれていくのである。

 大聖人は「諸法実相抄」につづっておられる。
 「三類の強敵による大難に耐えて、妙法を弘める人を、釈迦仏は必ずや衣で覆い守ってくださる
であろう。諸天は必ず、その人に供養するであろう。また肩にかけ、背中に負って守るであろう。
その人こそ、大善根の人である。一切衆生のためには大導師なのである……」(御書 1359p 通
解)
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 大難に耐え、仏法を弘めゆく人を、仏天は“衣でおおう”“背中に負う”ようにして、必ず守る
のである。仏法の法理は絶対である。
 有名な「祈?抄」にも、こうある。
 「梵天帝釈などはどうして、仏前の誓い、自分が成仏した法華経の恩を忘れて、法華経の行者を
捨てられることがあろうか、などと思い続けると、頼もしいことである」(御書 1347p 通解)
 何も恐れる必要はない。躊躇することもない。今、どのような境遇にあろうと、嘆く必要はまっ
たくない。
 「大誠実」と「真剣さ」を武器に、相手の心を動かし、広布を進める。大聖人の弟子たる皆さま
を、諸天がほうっておくはずがないのである。
 ゆえに、漫然としてはならない。中途半端に過ごしてはならない。「折伏精神」をたぎらせるこ
とだ。“全宇宙の一切の諸天善神を揺り動かすのだ!”との大情熱を燃え立たせるのだ。そして、
すべてを味方に変えていくことである。
地涌の菩薩ならば、妙法の偉大さを証明する人生を
 ここで、戸田先生の指導を紹介したい。
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 ある質問会でのことである。「なぜ医者が見放した病人が治るのでしょうか」との質問に対して
、先生は、こう答えられた。
 「なぜなおるかといえば、宗教が何を対象としているかの問題です。経済学は経済を、数学は数
を、医学は病気を対象とした学問です。そして真実の宗教は、生命を対象にした哲学なればこそ、
病気の悩みも解決するのです」
 さらに「生命についた魔を取り除き、なおすのが、宗教です。それなくしては、宗教とはいえま
せん」と断言されている。
 魔とは、人々の心を悩乱させ、善事をさまたげ、仏道修行を阻む働きをいう。
 医学では治せない「生命の病」――貧瞋癡の三毒に侵された生命を癒す力が、この信心にはある
のである。
 また、こうも述べられたことがある。
 われわれの姿は「“貧乏菩薩”や“病気菩薩”のように見えるが、それは人生の劇を演じている
んだよ。正真正銘の地涌の菩薩なんだ。人生の劇なら、思いきって楽しく演じ、妙法の偉大さを証
明してごらん」
 「現実の生活では、さまざまな行き詰まりの連続であるかもしれない。苦難もある。悲哀もある
。病気の時もある。しかし、決して悲観することはない。すべては、信心の偉大さを証明するため
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の「仮の姿」であり、幸福へと転換するチャンスなのである。これが仏法の究極の法則である。
 大変であればあるほど、思いきって戦う!「わが人生の舞台」で「広布の名優」として、晴れば
れと「勝利の舞」を舞っていく!それが地涌の勇者の人生である。

 釈尊の時代、提婆達多に誑かされて狂ったマガダ国の阿闍世王は、釈尊を迫害した。それを真っ
向から誡めたのが、「医王」と讃えられた耆婆である。ドクター部の皆さんの大先輩である。
 耆婆は阿闍世王のもとで、大臣も務めていた。
 御書には、「いまにも国が滅びようとしたとき、阿闍世王は、耆婆の勧めなどによって、提婆達
多を打ち捨て、釈尊の御前に参上し、さまざまに今まで犯した罪を、お詫び申し上げた」(御書 
1149p 通解)と記されている。
 阿闍世王が心を改めると、他国からの侵略もやみ、マカダ国には平和が訪れた。みずからも大病
を乗り越え、寿命を大きく延ばした。釈尊滅後には、仏典の結集にも貢献していったと伝えられて
いる。
 勇気ある一人が、真剣に祈り、信念の行動に打って出れば、状況は、がらりと一変する。
 ともあれ、ドクター部の使命は大きい。
 釈尊在世には提婆達多と戦った耆婆がいた。大聖人の時代には、名医である四条金吾が極悪の良
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観らと厳然と戦った。ゆえに私は、ドクター部に期待したい。
 最前線で戦うわが同志の健康を断じて守る「勇気と強さの光」たれ!
 みずからが正義の炎を燃やしゆく「時代変革の柱」たれ!
心を変革することが仏法
 人生において、さまざまな悩みにぶつかることもあるだろう。どうにもならない現実に直面する
こともあるにちがいない。
 しかし、同じ状況にあっても、ある人は、生き生きと進む。ある人は、嘆き、悲しむ、喜びとい
うのは、心が感じるものだからだ。
 この人生を、喜んで、楽しんでいけば、その人は「勝ち」である。ゆえに、大事なのは、心を変
革することだ。これが仏法である。
 人が見て、どうかではない。皆がうらやむような境遇でも、不幸な人は少なくない。
 心が強い人、心が賢明な人、心がたくましい人、心が大きい人、その人は、何があっても、へこ
たれない。
 「心こそたいせつなれ」
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 ここに幸福の根幹がある。それを打ち立てるのが妙法なのである。
 大聖人は「真実に、すべての人が、身心の難を打ち破る秘術は、ただ南無妙法蓮華経なのである
」(御書 1170p 通解)と断言しておられる。
 幸福とは、たんなる言葉でない、物でもない。財産や地位や名声で、幸福は決まらない。
 まず題目をあげることだ。そうすれば、生命力がわいてくる。
 何があっても楽しい。友人と語り、心ゆくまで題目を唱えながら、日々の一つ一つのことを、う
れしく感じられる――。その姿に幸せの一実像があるといえよう。
 創価の運動は、この幸福の根本の軌道を教えているのである。
 信心に生きぬくならば「生も歓喜」「死も歓喜」の人生となる。いかなる山も悠々と乗り越えて
、楽しく、にぎやかに進んでまいりたい。
信心の戦いはすべてが喜びに、幸福に
 戸田先生は、「戸田の命よりも大事な学会の組織」と言われた。
 勢いにあふれた、楽しい会合。心が躍る、感激のある開合、それが大事である。
 そのためにも、幹部がいちだんと信心を深め、人間性を磨くことである。学会精神みなぎる前進
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であっていただきたい。
 また、組織を窮屈に感じることがあるかもしれないが、たとえ自由があっても、信心を忘れたな
らば、組織は不幸になってしまう。
 信心の戦いは、大変であっても、全部が喜びになる。必ず幸福になる。ここに人生の勝利の方程
式があるのだ。
 御聖訓に「行学の二道をはげみ候べし、行学たへなば仏法はあるべからず」(1361:11)と仰せ
である。
 信心即行動である。日々の奮闘の中で、御書を一行でも二行でもいいから、拝していくことだ。
 朗らかに、また朗らかに進もう!ともに勝利しよう!
                                  (長野研修道場