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創立七十五周年幹部特別研修会@
平和は創るもの、正義を師子吼せよ!
師と弟子が「ともに叫ぶ」のが師子吼
創立七十五周年を完勝で飾りゆく幹部特別研修会、ご苦労さま!
群馬の方々には大変お世話になっている。私も、妻も、最大に感謝しています。
幹部は、一生懸命に戦ってくださっている皆さんに、心から感謝すべきである。必ず、ほめるこ
とである。讃えることである。それを絶対に忘れてはならない。
全同志の力で、創価学会は、世界的な大発展を成し遂げた。
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わずかに反逆者が出たが、ものの数ではない。皆、敗北の姿であり、表に出られない。妙理に目
がくらんだ忘恩の人間の末路は、皆さまがご存じのとおりである。
広宣流布の指揮を執るリーダーの大事な研修会である。勝利の源泉である御書を拝したい。
御義口伝に「師子吼」について、こう仰せである。
「師とは師匠授くる所の妙法子とは弟子受くる所の妙法・吼とは師弟共に唱うる所の音声なり」
(御書 0748:10)
われらの根源の師は日蓮大聖人であられる。「師子吼」とは、師匠と弟子が、ともに妙法を唱え
、弘めゆくとの意義がある。そう教えてくださっている。師匠が、正義を訴え、戦っている。弟子
が、それと同じように戦わなければ、師子吼とは言えないのである。
師匠と弟子が、一緒に叫ぶのだ。これが師子吼である。「師弟一体」の大宣言なのである。
師匠と弟子が、全然、別の方向へ行くのでは、師子吼にならない。その最たるものが、反逆した
人間たちである。断じて広宣流布を――その大聖人の御言葉を踏みにじり、学会の指導を蔑ろにし
た。策を弄し、虚栄に走り、同志を裏切っていったのである。
私は、恩師戸田先生のおっしゃったことを、同じように叫んできた。師匠と違うことをいくらさ
けんでも、それは自己宣伝にすぎない。大聖人は仰せである。
「すでに末法であり、南無妙法蓮華経の七字を日本の国に弘めているので、何の恐れもない。つ
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いには全世界に広宣流布することは間違いないのである」(御書 816p 通解)
恐れるべきは、使命を果たさずに、人生を終わることである。末法の時を迎え、妙法流布を開始
した。だから、恐れるものは何もない――これが、御本仏の大境涯であられる。また、日蓮門下の
究極の叫びでなければならない。何があろうと、恐れてはいけない。これが兵法の極意である。勝
利の秘訣は「恐れない心」にあるのだ。
大聖人は、佐渡に流されようが、三類の強敵に遭おうが、絶対に恐れることがなかった。根も葉
もない嘘や悪口にビクビクして、「どうしよう」などと思い悩むこと自体、厳しく言えば、敗北で
ある。何も恐れないことだ。デマを流す人間に対しては「何を言うのか」と反撃するのだ。私も、
青春時代から、邪悪な人間とは、断固、戦ってきた。「戦う心」こそ学会精神である。
トインビー対談から広がった世界の知性との対話
この夏、トインビー博士と私の対談集「二十一世紀への対話」が、新たに、ヨーロッパでは「セ
ルビア語」で、アジアでは「ラオス語」で発刊されるとうかがった。関係者の皆さまのご尽力に深
く感謝申し上げたい。これで、世界二十六言語の出版となる。
また、この九月に中部で?トインビー展”が開催される予定である
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博士は、どれほど喜んでおられるであろうか。二十世紀を代表する歴史学者であるトインビー博
士から、栄光にも、私に招聘の書簡をいただいたのは、昭和四十四年(一九六九年)のことであっ
た。
トインビー博士は、しみじみと述懐されていた。
――自分は、これまで、ありとあらゆる学問をしてきたつもりであるが、東洋の仏法、なかんず
く、大乗仏法の偉大な「生命論」「生死観」「世界観」「宇宙観」を、ぜひ知りたい。私は、仏法
の哲理が、どれほど高度なものであるかを直感的に感ずる。人類の歴史の世界を漫歩するなかで、
仏法という山が見えてきた。その最高峰を学びたい、究めたい――。
そして、その探究の伴侶として、仏法を実践している私を選んでくださったのである。
少々、恥ずかしいことで、今だから、率直に申し上げるが、当時、私たちの対談を担当してくれ
た通訳は、仏法用語の理解が不十分で、英語への翻訳も、うまくできなかった。はじめ二人、そし
て三人の通訳をお願いして、対話を進めた。しかし、通訳があがってしまい、上手に表現できず、
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意が通じないで、非常に苦しい思いをした。
とくに仏法の法理に話題が入ると、どうしても、思うように、トインビー博士に伝わらない。博
士も、一生懸命、理解しようとしてくださり、質問を重ねられる。そして、また、お答えするとい
う、もどかしいやりとりが繰り返された。トインビー博士は、まことに思いやりの深い方で、通訳
をかばいながら、「イエス、イエス」と応えてくださった。まことに申しわけない。残念な思いで
あった。対話を終えたあと、また書面で補足を送らせてもいただいた。英語を勉強しておけばよか
ったと悔いるとともに、練達の通訳をそだてることが、どれほど大事かを痛感したものである。
トインビー博士との対談を終えるに当たり、私に、世界の知性との対話をさらに続けていくよう
に言われた。この三十数年来、その博士の心にお応えして、対話の波を起こしてきた。対話とは、
独善ではない。我田引水でもない。時に相容れず、時に相反するものも包み込みながら、新たな価
値を創造していくものである。
戸田先生も指導されていた。
「これからは、対話の時代になる。人と語るということは、戦うということであり、また結び合
うということだ。
創価のわれらは、「対話の時代」の先頭に立っている。大いなる誇りをもって進んでいただきた
い。
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宗教者ならば「世界を改善する」努力を
現在、私は、アメリカの宗教研究の第一人者である、ハーバード大学教授のハービー・コックス
博士と、対談集の発刊に向けて準備を進めている。
コックス教授は、かつて、アメリカ公民権運動の指導者マーチン・ルーサー・キング博士ととも
に戦った人権の闘士である。
今回、教授より、「人類が直面する課題に、宗教は、いかなる英知の光を当てることができるか
」
「社会における宗教・精神界の役割は、どうあるべきか」などについて、ぜひ語り合いたいとのこ
とで、対談を開始する運びとなった。対談では、キング博士との思い出をはじめ、現代世界におけ
る「宗教間・文明間の対話」、「平和」と「核」の問題など、さまざまな角度から、論じ合ってい
く予定である。
コックス教授は、宗教が社会の変革に果たす役割に、大きな期待を寄せられている。宗教が政治
に参加することの意義について、教授は、こう述べておられた。
「宗教者が、全体主義や国家主義の社会において政治に参加するのは、危険なことです。むしろ
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、外に身を置いて、それに反対すべきでしょう。しかし、民主主義の社会にあっては、宗教者が政
治に参加しないほうが、危険であります。政治への参加は、宗教者としての責務なのです。
コックス教授は、かつて私に、キング博士の思い出とともに、創価学会への期待を次のように語
っておられた。
「キングは宗教者でしたが、その信仰は個人の内面にとどまるものではなかった。内面から発し
て、『世界を改善する』努力を重ねたのです。『正義の社会』『平和の社会』、そして『各人種が
互いに調和しあえる社会』――ここに彼の目標がありました。
「創価学会が根幹としている仏法の思想は、キングがそのために生き、そのために死んだ『理想
』と、軌を一にしています。
現実に、人間を変え、社会を変え、世界をよりよく変えていく。そこに宗教の魂がある。
幾多の哲人が目指した理想を、我らが今、実現しているのである。
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創立七十五周年幹部特別研修会A
最後は真実と誠実の人が勝つ
“徳川二百七十年”も三代で決まる
不屈の執念で“徳川二百七十年”の礎を築いた徳川家康。彼は、生涯にわたってつねに“富士山
が見える場所”に城を構え、指揮を執ったといわれる。
戸田先生は、よく、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の三人の英傑を比較された。先生は、個人的
には信長がお好きであった。つねに大望を持って進み、過去にはとらわれず、みずから率先して戦
に臨んだところを、好んでおられた。
秀吉は、経済観念が強いので、現在ならば大蔵大臣にしたらよい人物である、とも論じておられ
た。そして、秀吉よりも、家康のほうが優秀だという考えであられたようだ。“家康は歴史を研究
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していたから、あれだけの徳川幕府を築くことができた”とも評価されていた。
ある夜、先生をご自宅にお送りする車中のことである。そのころ私は、毎朝の先生からの個人授
業である「戸田大学」で、ちょうど徳川家康について教わっていた。車中で先生は、家康、秀忠、
家光の三代で幕府の基盤を固めたことなどに着目され、「大作、よく覚えておくんだぞ。三代で決
まる。三代が大事だ!」と強くおっしゃっていた。今もって忘れることができない。
ところで、徳川家康といえば、山岡荘八先生の大河小説が有名である。私が戸田先生のもとで、
若き編集長として『冒険少年』『少年日本』を編纂していた時、この山岡先生にも連載を頼んだ。
当時、山岡先生は、多くの雑誌に執筆され、多忙を極めておられた。しかし「ぜひ少年たちに、
希望を贈る小説を書いてください」との私の願いに笑顔で応え、時代小説「紅顔三剣士」を連載し
てくださったのである。三人の剣士が、それぞれに「知恵」と「腕」と「真心」の持ち味を活かし
ながら、正義のために活躍していく、手に汗握る物語である。大好評を博した。
また、「私の少年時代」と題して、若き日の思い出をつづってくださったこともある。十歳から
新聞配達などをして働き、学んでこられた苦労人である。子どものころ、机の前に掲げておられた
言葉が「かんなん汝を玉にする」であったという。それだけに、山岡先生の人間哲学は峻厳であっ
た。
小説「徳川家康」には次のような言葉がある。
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「戦には勝ちと負けがあるだけとは、何というきびしい一面の真理であろうか。しなければなら
ぬ戦ならば、きびしく勝ちを追った方が勝ち、追い方がずさんな方が破れていく」
いつの時代も勝負を決するのは、この「執念」である。
また、「戦いとは強い者が勝ちます。心棒の強いものが」ともあった。耐えて、勝利のためにあ
らゆる努力を尽くす。これが、すべての闘争の鉄則であろう。
この『徳川家康』には、“人間が嘘をつく真理”について、次のような印象深い一節もあった。
「向うせかわりはしないのだ……そうした侮りが人間を嘘つきにするものらしい」
嘘は、人を見下す心から生れる。だからこそ、嘘を放置しておいてはならない。広宣流布は、人
の心を善の方向へと変えゆく戦いである。ゆえに広布の指導者は、人の「心」に敏感でなければな
らない。
若き日の編集長時代、忘れ得ぬ出会い
この編集長時代、私は、一世を風靡した文人や画伯の先生方と、多くの出会いを結ぶことができ
た。ある時は詩を語った。ある時は文学を語り、ある時は哲学を語り合った。まことに思い出多き
方々である。若き私のために時間をとってくださり、申しわけないかぎりであった。
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敬愛する大詩人の西條八十先生には、「殺伐とした社会です。だからこそ、先生、偉大なる夢を
与えきれる詩を、ぜひ書いてください!」とお願いした。先生は、「偉大なる夢……いい言葉だ」
と、執筆を快諾してくださった。
「銭形平次」などで知られる野村胡堂先生が、長編小説「大地の上に」を連載してくださったこ
とも忘れられない。平和主義を掲げた大学者・丹波小十郎と、その弟子たちが、幾多の試練を乗り
越え、「正義」と「慈愛」と「平和」の理想郷を目指す物語である。
その登場人物の一人が、こう叫ぶ。
「悪者の手先になって、良い人達を苦しめるほどの、恥ずかしいことが此世の中にあるでしょう
か!」
連載開始は昭和二十四年(一九四九年)、あの、悪夢のごとき戦争は終わったものの、厳しい世
相が続いていた。この小説には、「悪人に悪を遂げさせないために、正直で心の善い人達が虐げら
れないように、此大地の上に、理想の国(ユートピア)を築く為」との一節もあった。
今度こそ、平和な国をつくろう!悪にだまされない、逞しさを持とう!そういう息吹みなぎる雑
誌を読者の手に届けるために、毎号、毎号、必死で取り組んだ。
ともあれ、じつに多くの先生方と、忘れ得ぬ出会いを刻ませていただいた。
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作家、詩人では、推理小説の大家である江戸川乱歩氏、横溝正史氏、「日本SFの父」海野十三
氏、「ユーモア小説の元祖」佐々木邦氏、時代小説の山手樹一郎氏、冒険小説の山中峯太郎氏、そ
して南洋一郎=池田宜政、城昌幸、藤島一虎、橋爪健、伊藤幾久造、白木茂、小西茂木、山田克郎
、北町一郎、澤田謙、宝井馬琴、南沢十七、朱野守人、武蔵野寂、大木常雄ほかの各氏。
毎号の表紙を描いてくださった林唯一画伯、傑作絵物語の山川惣治画伯、イラストの巨星・小松
崎茂画伯、『大白蓮華』の小説『日蓮大聖人』の挿絵担当してくださった、独特の気品ある武者絵
で知られる山口将吉郎画伯、小説『人間革命』の挿絵を担当してくださった三芳悌吉画伯、そして
飯塚羚児、玉井徳太郎、池辺一郎、松野一夫、福田三生、伊勢良夫、富田千秋、佐藤泰治、沢田重
隆、三輪孝、伊勢田邦彦、高木清ら各画伯。
いずれも、日本の文化復興に貢献された先生方である。また、その弟子として、薫陶を受けてこ
られた縁の方々とは、今でも交流を結ばせていただいている。
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私は、まったく無名の一青年であった。しかし、相手がだれであれ、ただ誠心誠意を尽くして、
接してきた。ある高名な作家の方が、「君は本当に誠実だね」とおっしゃって、「惟だ篤実のみ以
て 大事に当たるべし」――誠実さによって、大事業を為せる――としたためた書を贈ってくださ
ったこともあった。先生方への感謝は尽きない。その恩返しの意味も込めて、私も一生涯、良質の
活字文字の復興に尽力していく所存である。
深き対話と人間外交の道を青年らしく
戸田先生は、よく、閉ざされた青年であってはならない、と言われた。内外を問わず、どんどん
人と会い、人と対話せよ!人のこころをつかみ、味方をつくれ!そのすべてが自分自身の訓練とな
り、財産となる――との薫陶であった。
先生のご指導どおりであった。最後には、真実に生きる人が勝つ。誠実の人が勝つ。この信条で
、私は、学会の発展を支えてきた。
かつて日昇上人から、「あなたは、戸田先生に仕える“四条金吾さん”ですね」「広宣流布の指
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導者であり、皆さま方の師である戸田先生を命を捨ててお守りになられましたね」と言っていただ
いたことがある。師のために戦う。その弟子の力は、何倍にもなる。
戸田先生と学会のために捧げた青春は、私の無上の誇りであり、かけがえのない勲章である。
わが青年部は、さらに広く、さらに深い対話と人間外交の道を、青年らしく、生き生きとすすん
でいっていただきたい。
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創立七十五周年幹部特別研修会B
いざ出陣!正義の底力を満天下に示せ
わが胸中には「師とともに戦える」うれしさ!
戸田先生は、何かあるたびに、いつも、私を呼ばれた。
「大作はいるか!」「大作、ここへ行ってこい!」
必ず、一番大変なところへ派遣された。そして勝ってきた。先生が第二代会長に就任された翌年
のことである。全国に十数の支部しかなかった。一カ月の弘教が、多い支部で百所帯前後、こんな
調子では広宣流布はできない。当時、私は二十代。先輩幹部も多かった。しかし、戸田先生は言わ
れた。
「大作、立ち上がれ!」
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「わかりました!」と私はひとこと、にぎやかな勝利のマーチが始まった。
私は走った。先駆した。疾風のごとく。学会全体が、うなりをあげて動き出した。東京・蒲田支
部の支部幹事として戦い、一ヵ月の弘教で二百所帯を突破したのである。
そして今度は文京支部へ。各支部が、強烈なライバル意識で、競い合っていた時代である。他の
支部は“敵同士”じつに激しかったが、それでこそ偉大な建設はできるものだ。
文京支部は低迷していた。皆の心がバラバラだった。思い余った支部長は、戸田先生に窮状を訴
えた。そして私が、支部長代理に任命された。仕事では営業部長、学会では男子第一部隊長であっ
た。多忙を極めたが、私は一歩も引かずに、やりきった。文京は全国トップクラスの大支部になっ
た。皆が驚き、唖然とした。
日本全体の広宣流布を考えるとき、次は、どこに手を打つべきか、急所はどこか。
それは「大阪」――師弟の心は一致していた。絶対に負けると思われた“大阪の戦い”。支部で
一ヵ月に「一万千百十一所帯」という不滅の大折伏の金字塔を築きあげた。そして、「“まさか”
が現実」といわしめる、痛快な勝利を打ち立てたのである。
劣勢をはね返しての勝利、信心でつかんだ勝利だった。これが学会の大きな飛躍台となった。魔
性の権力と戦い、わが魂をとどめた関西。関西こそが、今も、そして永遠に「世界広布の心臓部」
であると、私は信じてやまない。
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私は、戸田先生の命を受け、使命の舞台で戦った。行くところ行くところで、新たな勝利の歴史
をつくってきた。すべて、わかってくれる師匠がいる。師匠とともに戦える。人生、これ以上の喜
びはない。生きがいはないものだ。
ともあれ、一つの地域が立ち上がれば、日本中を燃え立たせていける。
「関西に続け!」「沖縄を見よ!」「首都圏を見よ!」
そう言われる先駆の戦いを!今こそ、列島に“勝利の渦”を巻き起こしていただきたい。
いかなる戦いも、戦う以上、勝つことだ。
いざ出陣しよう!広宣流布のために!正義の民衆の底力を、満天下に示すために!
歴史に学ぶ将軍学
二十世紀最大の歴史家トインビー博士、博士との語らいのなかで、私は尋ねた。
「歴史上、政治家としてはだれが最も偉大だったとお考えでしょうか」
すると博士はこう答えられた。
「私は日本の徳川家康、中国の劉邦、ローマ帝国のアウグストゥスを、ほぼ同様に評価しており
ます。この三人には、ある共通点がありました。それはいずれも帝国を創設したのではなく、再建
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したとうことです。家康は豊臣秀吉の事業を、劉邦は始皇帝の事業を、そしてアウグストゥスは大
伯父のジュリアス・シーザーの事業を、それぞれ再建しました。いずれの場合も、前統治者が横暴
で反発をかっていただけに、事業のやり直しが必要だったのです。家康・劉邦・アウグストゥスは
、いずれも如才ない人物でしたから、永続性を築くのに成功したわけです。
トインビー博士が高く評価しておられた中国の始皇帝が没して、あっけなく秦が滅びた後、項羽
と壮絶な戦いに打ち勝って、漢の国を建てた名将である。
劉邦といえば、戸田先生がよく語ってくださった中国の歴史書『十八史略』を思い出す。
先生は亡くなられる一ヵ月前のこと。「きょうは何を読んだのか」と私に尋ねられた。その折、
先生は「指導者になる人間は、何があっても読書を忘れてはいけない。私は『十八史略』を第三巻
まで読んだよ」と言われた。寸暇を惜しんで、本を読み、思索を続けておられた。そして先生は、
逝去の二週間ほど前、『十八史略』の劉邦の話を、私にしてくださった。
劉邦が天下を取った時、第一の功労者として光を当てたのは、だれか。それは蕭何であった。華
々しく戦った武将たちではなく、陰で食料や武器の確保などに努めてきた人物であった――そうい
う逸話である。戸田先生は、遺言のごとく言われた。
「敢然と敵に向って突き進むことは当然だ。しかし、それだけでは勝利は得られない。勇ましい
だけでなく、全体観に立って、陰で万全を尽くして手をうつことができる人間が、学会には必要な
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のだ。
広宣流布の将の将たる皆さまは、堂々たる勝利の指揮をお願いしたい。陰で尽くしてくださって
いる方々を、最大に讃え、励ましてく。知恵と慈愛の名リーダーであっていただきたい。
中国の名将・劉邦――人のこころをつかみ、人材を生かす
『十八史略』に描かれている劉邦の人物像は、まことに魅力に富んでいる。
劉邦は「人の心をつかむ」名人であった。秦の軍を破り、その都に入ったとき、劉邦は、秦の国
の人々に対して、こう宣言した。
「あなたたちは、ずいぶんと長く秦の過酷な法律に苦しめられてきた」
「わたしはあなたたちに約束しよう。法律は三か条だけ」
そして劉邦は、「人を殺した者」「人を傷つけた者」「盗みをはたらいた者」を処罰するとし、
「それ以外はすべて秦の過酷な法律はとりやめる」と発表した。有名な「法三章」である。これに
は、秦の人々も大いに喜び、劉邦を大歓迎したという。劉邦は、あらゆる知恵で、敵を次々と味方
にしていった。そして、ひとたび味方になるや、誠意を示して、がっちりと心をつかんでいったの
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である。
劉邦は「人材を生かす」名将であった。劉邦が、将軍たちに、なぜ自分が天下を統一できたかを
話す、有名な場面がある。劉邦は語った。
「陣営の中で謀をめぐらせ、千里の外で勝利を決めることにかけては、わしは張良にも及ばぬ」
この個所は、日蓮大聖人が「一昨日御書」でふれられた一文である。
さらに、こう続く。
「国家を安定させ、人民をいつくしみ、食料を確保し、補給を絶やさぬことにかけては、わしは
蕭何には及ばぬ。百万の大軍を指揮し、戦えば必ず勝ち、攻めれば必ず取ることにかけては、わし
は韓信に及ばぬ。この三人はいずれも人として傑出した者たちだ。わしはそれを使いこなすことが
できた。これがわしが天下を取ったゆえんだ」
まさに「将の将たる」と讃えられた劉邦の面目躍如たる言葉である。
ともあれ、人材は、必ずいるものだ。広宣流布の戦いは、「地涌の菩薩」でなければ、なしえな
い。すべての同志が、かけがえのない使命の人である。その一人一人の力を見いだし、最大にはっ
きさせていくのが、指導者の責務といえよう。
大聖人は「開目抄」で劉邦=沛公について記されている。中国の歴史を画する、劉邦と項羽の天
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下分け目の激しい戦いも、広宣流布の大法戦の厳しさを超えるものではないと教えておられる。
広宣流布の勝利こそ、世界の平和と幸福の大道である。この道を、われらは果敢に前進したい。
勝利の歌を高らかに歌いながら!
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創立七十五周年幹部特別研修会C
声は社会を変える武器!
「戦い続ける」ところが栄える
戦いは、執念深く攻めぬいたほうが勝つ。これが鉄則である。最後の最後まで、攻めて攻めて攻
めぬく。これが本当の指揮である。中途半端はいけない。執念深く!戦いは、勝つか、負けるかし
かない。祈って、祈って、祈りぬくのだ。戦って、戦って、戦いぬくのだ。勝利の結果を見届ける
まで!とくに、戦いの中心となる人間は、気取などかなぐり捨てて、死に物狂いで進むのだ。
戦いは、意地と忍耐がなければならない。まずリーダーが、動き、語り、励ますのだ。他人事だ
と思えば、力は出ない。「自分自身の戦いだ」と思えば、「戦おう」と心が定まる。戦えば、強く
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なる。戦わなければ、卑劣な敵に食い破られる。人も、団体も、「戦い続ける」ところだけが、他
の何倍も発展し、栄えていくのである。
「民衆こそ王者」と胸を張れ
近代中国の父・孫文は語った。
「皇帝時代においてはただ一人の皇帝だったが、民国になってからはこの四億人のすべてが皇帝
なのです。これが、民をもって主となすということであり、これこそ民権の実行であります」
民主主義社会である以上、指導者は民衆の僕である。民衆のために苦しみ、命を使うべきである
。それでこそ、民衆は指導者を信頼し、尊敬することができる。
しかし、傲慢や、保身や、つまらない欲のために、権力を悪用する者がいる。放っておくと、つ
けあがり、威張り始める。本来は“主”のはずの民衆が、“僕”のはずの権力者から、馬鹿にされ
てしまうのである。
そのような転倒を正して、「民衆こそ王者」と胸を張れる社会をつくらねばならない。私たち創
価の連帯こそ、「現実を変革するため」の大いなる希望であることを、強く申し上げたい。
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正義は正義!堂々と事実を訴えよ
日蓮大聖人は、重書である「開目抄」などで、繰り返し、涅槃経の次の一節を引いておられる。
「若し善比丘法を壊る者を見て置いて呵責し駈遣し挙処せずんば当に知るべし是の人は仏法の中
の怨なり」(0236:11)
――もし仏法者が、法を破る者を見ながら、そのまま放置して、相手の非を厳しく責めず、追い
払わず、はっきり罪を挙げて処断しないのであれば、まさ、に知るべきである。この仏法者は、仏
法の中の怨敵である――。
正法を破壊し、民衆を苦しめる者は、一人たりとも許しはしない!日蓮大聖人の仏法は、正義を
貫き、人間愛に燃える「戦う仏法」である。戸田先生も、後世のために叫ばれた。
「悪と戦わないのは悪である。仏法ではない。悪と戦うことが善である。真実の仏法である」
学会には、真面目で、誠実な方が多い。実際に学会員と接して、そのように感じ、信頼してくだ
さっている方も多い。だからこそ、その点につけ込んで、学会を悪用しようと画策する者も出てく
る。大切な学会員に迷惑をかける邪悪な動きは、絶対に見逃してはならない。人間も、組織も、つ
ねに変化のなかにある。日々、動いている。発展するか、衰退するか、つねに戦いの連続だ。
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学会は、広宣流布を目指す和合僧団である。破和合僧の動きを放置する者は、結果的に、悪に加
担したことになってしまう。悪の蠢動と戦わなくなれば、その組織は必ず敵に侵されてしまうので
ある。ゆえに、悪は悪であり、正義は正義であると、堂々と「事実」を訴えることである。思って
いるだけで口に出さなければ、物事は動かない。結果も出ない。損をするだけである。悪と戦って
こそ善であり、真実の仏法者である。この一点をともに確かめ合い、さらに勢いよく進んでいきた
い。
不正義の輩には断じて「ノー!」を
ハワイ大学の名誉教授で、臨床心理学や精神病理学で著名なアンソニー・マーセラ博士は、より
よい世界を築く変革のために、必要なポイントを指摘しておられる。
その一つが、「悪」や「不正義」に対しては、決して「沈黙」することなく、敢然と反撃してい
くことが重要だ、という点である。博士はこう語っておられた。
「現代においては、じつに多くの人が不正義に対して、口をつぐんでしまっているように思えま
す」
「しかし人類のため、平和のために声をあげていかなければ、結局、私たち自身が悪の犠牲にな
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ってしまうのです。逆に、人類の名において発言し、その声を生かし続ければ、それが、本来の“
希望の灯”となります。“沈黙”は、不正義に“同意”することと同じです。ゆえに私たちは、不
正義の輩に対しては、“ノー”といわなければならないのです。
また、次のように訴えておられる。
「ひとつの声が、社会を変える力を持つのです。“ガンジー”は、それを証明しました。
さらに博士は語る。
「究極して言えば、“言論”は“剣”よりも強いのです。
そのとおりである。民衆の「声」こそ最高の武器である。「言論」こそ、剣であり、弾丸である
。
博士は、社会変革のためには、人間一人一人が、自身の中に尊い“善の力”を備えていることを
、いかに気づかせ、その可能性を開いていくかが課題である、と主張されている。そこにこそ、宗
教や教育の重要な役割があると訴えてこられた。こうした観点から、博士は次のようにも述べてお
られる。
創価学会は、そうした実践の模範を示されています。私は、かつて日本を訪問した折、創価学会
は、今までの私には想像もつかないようなすばらしい団体であるとの強い印象を受けました。
その創価学会がますます発展し、多くのメンバーの方々が、運動に献身されている。その姿に、
035
私は、心から勇気づけられる思いです」
これが、世界の良識ある眼に映った、学会の実像である。私たちの団体の前進は、人間の「善の
力」「善の可能性」を開いていく模範であると、確信していただきたい。
広宣流布は声で勝て!
フランスの文豪ロマン・ロランはつづっている。
「直截に語れ」
「理解されるように語れ」
「よりよく、理想を打ち込むために、同じ語を繰り返すことが有効であるならば、繰り返し、打
ち込み、他の語を捜すな」
御書には「声もをしまず」(0328:18)、「声仏事を為す」(0708:09)等と記されている。仏の
仕事を行うのは、妙法に生きる民衆の声であり、一つ一つの振る舞いである。友を勇気づけるには
、まず自分が勇気を奮い起こすことである。
友に確信を与えるには、まず自分が確信の祈りに徹することである。友に希望を贈るには、自分
が希望を見いだし、一歩踏み出すことである。私たちの「声」一つ、「心」一つで、これらすべて
036
を行うことができる。
「広宣流布は、声で勝て!」「声で勝ちまくれ!」
これを合言葉に、創立七十五周年の本年を完勝し、荘厳していきたい。
050812Dtop
創立七十五周年幹部特別研修会D
難攻不落の人材城を
人の何倍も苦労せよ
人材は、どうしたら育つのか。実践の中で鍛えることである。
戸田先生が第二代会長になり、希望あふれる前進が始まった昭和二十六年(一九五一年)。九月
に、私は、埼玉の志木支部川越地区の「地区講義」の担当者に任命された。今でこそ埼玉は東京か
ら近いが、当時は交通の便が悪く、とても遠かった。指導者は、人の何倍も苦労せよ――戸田先生
の厳愛であった。先生は言われた。
「ただ講義すればいいというものではないぞ。皆に信心の楔を打ってくるんだ!」
「戸田の名代として、毅然として行ってきなさい!」
038
時間をこじ開けては、川越に通った。足かけ三年、御書講義に大情熱を注いだ。「無数の地涌の
菩薩よ、躍り出よ!」と祈りながら、師の心をわが心として、広宣流布の戦野に打って出るならば
、必ずや、勝利と前進の歴史を残すことができる。
あれから半世紀、今、埼玉の大地で、広布と社会の英雄たちが、敢然と立ち上がった。あの風情
ある川越の街並みも、大きな脚光を浴びている。私はうれしく、また、懐かしく見つめている。今
年十一月には、希望と勝利の法城である新「川越文化会館」が完成するとうかがった。心から祝福
申し上げたい。
広布で戦う尊き同志をほめ讃えよ
日蓮大聖人は、人の心の機敏を、次のように教えられている。
「あまりに人が自分をほめる時は、『どんなふうにでもなろう』という心が出てくるものである
。これはほめる言葉からおこるのである」(御書 1359p 通解)
リーダーは、これまでよりも、もっと、広布へ戦う尊き同志を、ほめなくてはいけない。私も、頑
張っている同志を、毎日、心から、ほめ讃えている。せっかく頑張っているのを、ほめもせず、た
だ「戦え」というのでは、いやになってしまう。厳しいばかりでは、皆、逃げてしまう。ほめて、
039
誉めまくる――この「革命」を起こしてまいりたい。ほめるのが七割、厳しく言うのは、ほんの少
々というくらいでいいのである。
先輩の皆さんは、幾多の激戦をくぐり抜けてきただけに、皆を叱咤するのが“習性”になってい
る場合がある。
服についたソースの染みのように、くっついて離れない。いかし、そのままではいけない。今、
後輩たちも、どんどん成長している。その分、自分は年をとっている。皆のほうがいろんなことを
よく知っている場合も多い。いつも同じ話、いつも厳しい話だけ――これではいけない。後輩たち
を、どんどん伸ばすのだ。
そのために大事なポイントが「ほめる」ことなのである。この一点を心していけば、学会は、さ
らに大きく発展いていける。これは、私がいうのではない。大聖人が教えてくださっているのであ
る。
御書には、“難に負けるようではほとけになれない”と厳然と示されているのと同時に、健気な
同志を最大に讃え、ほめる言葉が満ちあふれている。温かい励ましが、仏法の世界なのである。
「常楽我浄」と仰せのとおり、信心をして、楽しくないわけがない。
広宣流布へ進みゆく皆さまの生命には、最高の大福徳の“勲章”が三世永遠に輝きわたることを
確信していただきたい。
040
若き友に学会精神を継承
ともに語り、ともに行動するなかで、若き友に学会精神を継承させていきたい。
世間的な見栄や、欲にかられて、信心のことは二の次、三の次――そうして破壊していった愚か
な人間もいた。皆さんもご存じのとおりである。学会に出あい、妙法にめぐりあったからこそ、今
の自分がある。その恩を忘れない人こそ、人間としての勝利者である。
「学会のなかで、広宣流布に生きぬく人生が、どんなにすばらしいか」――それを伝えゆくこと
こそ、子どもに贈る最高の財産である。どこまでも信心根本で進むのだ。そこに勝利の人生が開け
る。令法久住の確固たる軌道がある。
歴史家トインビー博士が高く評価したローマ帝国の初代皇帝アウグストゥス。彼は、最後の日に
、友人を側に呼んで、こう語ったという。
「あなた方は、私がこの人生の喜劇で、自分の役を最後まで上手く演じたとは思わないか」
そして、俳優が終幕に述べる口上を付け加えた。
041
「この芝居がいくらかでもお気に召したら、どうか拍手喝さいを」
このアウグストゥスの言葉を、楽聖ベートーヴェンも死の床で語った。
「諸君、喝采を、喜劇は終わったよ!」
どうかさまも、同志から、三世十方の仏菩薩から、大喝采を送られる偉大な勝利と栄光の歴史を
飾っていただきたい。
勇敢なる同志の皆さまは、広宣流布の勝利のために、本当によく励んでくださっている。
各方面の発展はめざましい。「世界の本陣・大東京」は、全同志とともに創立七十五周年の上半
期を見事な勝利で飾った。東京、第二総東京、そして、山梨の友は、「聖教新聞」の拡大をはじめ
、すべてのたたかいにおいて、本陣の使命と責任を、厳然と果たされている。
「正義の東海道」は、全国をリードする聖教の拡大を成し遂げてこられた。神奈川も静岡も、折
伏そして未来部の育成などで、模範の実績を積み重ねておられる。
「広布の要・関東」「完勝の関東」は、今年二月の関東総会を機に、最前線の「ブロック」から
、威風堂々と上げ潮を起こしてこられた。埼玉、千葉、茨木、群馬、栃木。広大な地域で昨年より
開始された、ブロック中心の家庭訪問運動も、組織のすみずみに、生き生きと歓喜の波を広げてい
る。
042
昭和二十八年(一九五三年)の春三月、戸田先生に随行して、栃木の日光を訪れたことである。
東照宮の近くを通った時、先生が微笑みながら「家康君に『戸田城聖が来たぞ!』とあいさつして
いきなさい」とおっしゃったことが懐かしい。「関八州を制する者は、日本を制す」――この歴史
のロマンを、先生は深く偲ばれていた。帰りの車中では、関東・東京・東海道の天地に、崩れぬ平
和の牙城を作りたいと吐露されていた。
「立派な人間を育て、難攻不落の組織をつくって、日本、否、世界の広布の大拠点を築き上げた
いな」ありとあらゆる戦いの、勝利の原動力にしたいな」と――。
うれしいことに、いまやこの首都圏には、「平和の道」「文化の道」「幸福の道」が大きく広が
った。わが同志の尊き健闘を、心から讃え、ねぎらいたい。
大聖人にほめられる大闘争を
かつて戸田先生は、猛暑のなか、会合に集う同志を見て、涙を流しながら「これほど尊い姿はな
い」とおっしゃっていた。またある時は「この人たちがいなければ広宣流布はできない」「この尊
い仏子を生命の続くかぎりまもってほしい」と、命をふりしぼるように語っておられた。
“東海道婦人部の大先輩”というべき四条金吾に、日蓮大聖人は、こうつづられている。
043
「一切の人が憎むならにくめばよい。釈迦仏・多宝仏・十方の諸仏をはじめ梵王・帝釈・日天・
月天等にさえ不便であると思われるならば、なにが苦しいことがあるでしょうか。御本尊にさえほ
められるならば、なにが苦しいことがあるでしょうか」(御書 1135p 通解)
皆さま方の健気な信心を、大聖人がほめてくださることは間違いない。
戸田先生は言い残された。
「御本仏であられる大聖人からほめられる戦いをしなさい。凡夫からほめられることなど、大い
たことではない。ましてや愚人からほめられることは、第一の恥である。ゆえに、自分の人気のた
めに、あくせくする人間は愚かである。大聖人にほめられる戦いをすればよいのだ」
初代の牧口先生も、戸田先生も、そして私も、この御文どおりの「御本尊根本」「大聖人直結」
で戦ってきた。これが、永遠に変えてはならない学会精神である。
大聖人は、「蓮盛抄」で摩訶止観の次の一節を引いておられる。
「師にあわなければ、邪な智慧が日ごとに増し、生死の迷いは月ごとに甚だしい」(御書 0153p
通解)
師を得ず、我見に沈んでいては、不幸になるだけである。仏法の深義は、正しき師なくしては得
ることができない。
「富木殿御返事」では、佐渡流罪という大難のさなか、悠然と、こう仰せである。
044
「ただ私は生涯にわたり、もとより覚悟の上である。今になって翻ることはないし、その上また
恨むことはない。諸の悪人は、また善知識である」(御書 0963p 通解)
大聖人直系の私たちも、晴れ晴れと「覚悟の信心」を貫き通したい。
「上野殿御返事」では、熱原の法難に屈せず戦う同志を励ましておられる。
「しばらくの間、苦しいことがあっても、ついには必ず楽しい境涯になるのである」(御書 15
65p 通解)
信心を持ったわれらの勝利は決まっている。幸福は決まっている。その大確信に燃えて、前進ま
た前進したい。
(群馬多宝研修道場)
050813Etop
創立七十五周年幹部特別研修会E
法華経の兵法で勝て!
剣豪・宮本武蔵――スピードと勢い、捨て身で勝利
戦いは「勢い」があるほうが勝つ。戦いは「団結」したほうが勝つ。
045
そして、戦いは「断じて勝つ」と決めたほうが勝つ。「勝つ」ことへの執念。それを極限まで貫
き通した闘志に、剣豪・宮本武蔵がいる。
十三歳で初めて勝って以来、佐々木小次郎ら強豪たちと六十回以上も試合を重ね、一度も負けな
かったという。
宮本武蔵といえば、私は、小学生時代を思い出す。担任の檜山浩平先生が、授業の合間に読み聞
かせてくださったのが、吉川英治の小説『宮本武蔵』だったのである。駆ける武蔵。剣を振るう小
046
次郎――血湧き肉躍る物語は、若き日の忘れ得ぬ一書となった。
この名作『宮本武蔵』では、武蔵が初めて二刀流で戦った時のことが描かれている。あの名門道
場の精鋭七十余人に対し、武蔵一人が勝負を挑んだ時のこと。圧倒的な劣勢を勝ちぬくため、武蔵
は積極果敢な戦法をとる。それは、敏速かつダイナミックに動き続けることによって、敵の集団を
分散させ、つねに少数の敵とだけ対面すればいい、という形勢を確保することであった。スピード
と勢いで、武蔵は逆転勝利の活路を見いだしたのである。
武蔵は、無我夢中で戦った。捨て身の覚悟で戦った。次から次へと襲いかかる敵に、阿修羅のご
とく挑んでいった。この真剣勝負の戦いのまっただ中で、無意識のうちにとった技――それが、二
刀流であった。
吉川英治は洞察している。
「無我無思のうちに全能の人間力が、より以上の必要に迫られた結果、常には習慣で忘れていた
左の手の能力を、我ともなく、極度にまで、有用にはたらかすことを、必然に呼びおこされていた
」
この二刀流は、ご存じのとおり、武蔵の最強の剣法となった。
だれもが自分の中に、思いもよらない力をもっている。無限の可能性を秘めている。それを引き
出すカギは何か。それは必死の一念である。どんなに優位を誇っていても「勝つのが当たり前」と
047
いう傲慢ないちねんがあれば、結局は惨めに敗れてしまう。見た目は、勝かどうかわからない。不
安定のようであっても、死に物狂いで戦えは、そのほうが強いのである。
いわんや、われらには、信心がある。法華経に勝る兵法はない。祈れば、智慧が出る。勇気がわ
く。もう一重、深い次元で勝っていけるのである。進軍ラッパを高らかに鳴らしながら、声を大に
して正義を叫びながら、にぎやかに進むのだ。攻める力を!攻める声を!、それがあるところ、必
ず勝利の旗は翻る。
先手で攻めよ!大事なのは勝つこと
宮本武蔵が兵法の奥義を記した『五輪書』には、こうあった。
「自分の体を強くまっすぐにし」「相手に従わせることが大切」
敵に振り回されるな。むいろ、敵を振り回していけば、と武蔵は教えている。何があろうと、た
じろいではならない。強く、また強く進むのだ。また、「太刀の構え」だけを重視したり、先例に
頼るだけでは勝てない――そう武蔵は言う。現実は時々刻々と変化する。大事なのは、臨機応変に
勝つことだ。
武蔵は「何事もこちらが先手先手と心がけることが大事」とも述べている。
048
そして、こう記した。
「剣術の正道とは、敵と戦って勝つことであり、その原則はいささかも変わらない」
人生の道も、同じである。悪人がいる。苦難がある。それに打ち勝ってこそ、希望が大きく開け
る。
日蓮大聖人は「仏法と申すは勝負をさきとし」(1165:01)「勝負を以て詮と為し」 (1002:02
)等と仰せである。
仏法は、仏と魔との戦いである。魔を打ち破ってこそ、功徳が出る。広宣流布のため、立正安国
のために、戦う功徳は無量無辺である。その行動の足跡は、すべて黄金の歴史に変わる。永遠に輝
続ける。
一番の苦難の渦中に師弟で構想した「聖教新聞」
勝利――そのために今、何が大事か、どうしたら、皆が、労少なくして、最高の結果をつかめる
か。私はいうも考えている。戸田先生が心に描いた「広宣流布」即「世界平和」の大構想、私は、
これを担って、一〇〇パーセント、否、二〇〇パーセントの勝利を打ち立ててきたつもりである。
049
昭和二十四年(一九四九年)の一月三日、私は戸田先生が経営する日本正学館という出版社で働
き始めた。小さく質素な事務所であった。一階は営業などの事務関係、二階は八畳の部屋と、それ
よりひとまわり小さな部屋が二間続いていた。戸田先生のもとで働ける――私の心は喜びでいっぱ
いであった。
しかし、戦後の混乱のあおりを受け、先生の事業は暗礁に乗り上げた。新しく手がけた事行も難
航を極めた。債権者たちは先生の自宅まで押しかけた。給料は何ヵ月も遅配、社員は一人また一人
と去っていく。「戸田の馬鹿野郎!」などと、さんざん罵倒する者さえいた。そのなかで、私は一
人、矢面に立って、先生をお守りした。すべての戦いが、まるで関ヶ原の戦いに一人乗り込むよう
だった。果てしない激闘の日々が続いた。
戸田先生の事業が悪化するなかで、事態を聞きつけた新聞記者が取材に来ることもあった。ある
時、戸田先生と私は、記者とあった。その帰り道、先生は私に語ってくださった。
「一つの新聞を持っているということは、じつに、すごい力を持つことだ。学会も、いつか、新
聞を持たなければならない。大作、よく考えておいてくれ」
先が見えない苦難の渦中にあって、戸田先生は、広宣流布の遠大な未来を展望し、正義の言論を
堂々と展開しようとされていたのである。
後に新聞創刊の機が熟すと、企画会や打ち合わせが何度も開かれた。紙面をどうするか検討した
050
さい、「文化新聞」「創価新聞」「世界新聞」などの案が出た。戸田先生も、「宇宙新聞」という
案を出された。まるで、天文学の新聞のようである。それくらい、戸田先生の理想は壮大だった。
大宇宙の根本法である仏法を、世界中の人々に伝えゆく新聞をつくろう――それが、先生の心意気
であった。
この師の心に応え、創刊以来、私は書きに書いた。幹部の人物紹介、歴史上の人物の生き方を論
じた一文、デマや誤報を打ち破る論陣――。同志を励ますため、正義を打ち立てるため、縦横無尽
に筆を執った。聖教にかける思いは、今も寸分も変わらない。「聖教新聞」は永遠に「広宣流布の
原動力」である。
健気に奮闘する友が、安心して、喜びに満ちて前進できるように、堂々と、希望をもって戦える
ように――そのための「聖教新聞」である。一人でも多く、友の心を鼓舞しようと、私は絶え間な
く執筆し、スピーチを続けている。
ともあれ、激励すれば、相手の心は動く。心が動けば、体も動く。生命のエンジンが回転してい
く。大変な戦いも、勝ち進んでいける。人生に勝利していける。リーダーは、誠実に、心を込めて
、同志を讃えることだ。激励の風を送り続けることだ。そこに徹した分、広布の勢いを増して前進
していく。
051
今回の研修会は群馬の皆さんに大変にお世話になっている。あらためて、心から御礼申し上げた
い。広宣流布のため、地道に戦ってこられた功労者の方々を、私は最大に賞讃したい。そうした人
を見つけ出し、何かしてさしあげたい。感謝を伝えたい。それが、私のいつわらざる気持ちである
。
反対に、広宣流布の団体に傷をつける人間は、許してはならない。皆に支えてもらっているのに
、それを当然と思い、自分は偉いと錯覚する。魔に食い破られ、信心を失っていく――そうゆう愚
かな人生であってはならない。
先頭に立て!先駆を切れ!それが真のリーダーである。
自分自身のために、同志のために、広宣流布の勝利のために、一緒に戦おう!
(群馬多宝研修道場)
052
050815@top
代表幹部研修会@
前進!前進!幸福の大道を
信心とは行動 そこに勝利と生きがいが
広宣流布の黄金の歴史をつくる毎日の大闘争、本当にご苦労さま!ありがとう!
民衆の魂を揺り動かした中国の革命作家・魯迅は言った。
「目的はただ一つしかない――前進することだ」
「前進」――本当にいい言葉である。戸田先生が、最後に叫ばれたのも、「追撃の手をゆるめる
な!」。われら青年に「前進!」を託された。
058
世界的な哲人も、「前進!」と叫んだ。有名な指導者たちも、「前進!」と呼びかけた。
何よりも日蓮大聖人が、「前進!」また「前進!」の御一生であられた。「日蓮一度もしりぞく
心なし」(1224:09)と仰せのとおりであった。
人生と社会を勝ちぬいた賢者は皆、「前進しているかどうか」――その一点を厳しく見つめた。
「進まざるは退転」である。ここに信心の急所がある。信心をするということは、すなわち、広宣
流布へ前進すること、行動することなのである。創価学会は、法のため、人のため、社会のために
、前進しているから、功徳がある。喜びがある。生きがいがある。前進するから、勝利する。幸福
になるのだ。いくら暇があっても、信心の活動を避けて、安逸に流されてしまえば、幸福の道はな
い。人間として堕落いてしまう。堕落には幸福はない。
皆が創価家族、一体となって進め
男性も女性も、年配者も若者も、あらゆる民衆が、手を携え、生き生きと輝く世界を――その理
想を高らかに謳いあげたのが、アメリカ・ルネサンスの詩人ホイットマンであった。彼の描いた夢
を現実にしているのが、われら創価の前進である。
054
「おお汝、若きまた年上の娘よ!おお汝、母達と妻達よ!
汝結束して動く隊伍の中で、汝は決して分離してはいけない。
開拓者よ!おお開拓者よ!」
太陽の光を浴びて、新しい世界に向かって、開拓者たちは進む。私たちにとって、太陽は御本尊
である。妙法の光りのもとで、皆が“創価家族”として、希望の新天地を目指して戦っていく。壮
年部だけとか、青年部だけではない。“家族一体”となって戦う。それでこそ、詩人の歌に呼応し
て、勝利のリズムを奏でていける。
ホイットマンは、こう語りかける。
「若い者は美しい――しかも老いたる者は若い者より更に美しい」
これが詩人の偉大なる眼である。
尊き多宝会の友に、皆で拍手を送りたい。心からの感謝と賞讃を込めて!
学会活動のなかで、私は、いつも、しみじみ思う。六十・七十代の御婦人が健闘されている姿は
、本当に美しい。仏法から見れば、信心している人は、皆、妙法の当体である。御書に「貴賎上下
をえらばず南無妙法蓮華経と・となうるものは我が身宝塔にして我が身又多宝如来なり」 (1304:
07)と仰せのとおりである。広布で戦う多宝会の皆さまの姿を、大聖人がご覧になられたならば、
美しく、神々しく、見えるに違いない。
055
自分自身に生きぬけ!
過去を礼讃する人がいる。外観や表面だけを見る人がいる。人間を政治的に、集団としてしか見
ない人がいる。
しかし――ホイットマンは言う。
「自分自身であることに、人間は偉大なる誇りがある」
そのとおりである。自分は他人にはなれない。自分自身の中に、自分自身の生き方があり、使命
がある。果たすべき仕事がある。仏法という宇宙の法則も、自分自身の生命の中にあるのだ。
その自分自身を革命させ、向上していくことだ。そこに勝利の歴史は生まれる。
フランスの哲学者パスカルは、鋭い警句を残している。
「死ぬときはひとりだ、だから、人は、自分がひとりであるように行動しなければならない。そ
んなときに、荘厳な大邸宅を、建てたりするなどするだろうか。ためらうことなく、真理を求める
に違いない」
死という厳粛な事実を前にしたならば、どんな大邸宅も、むなしい。正しい人生であったかどう
かを、振り返らざるをえないであろう。要は、自分自身に生きぬくことである。
056
戸田先生「生命力があれば“楽しい世界”に」
私と妻は、すべての同志の「健康勝利の前進」を、毎日、真剣に祈っている。なかには、病と懸
命に闘っておられる方もいらっしゃるだろう。しかし、病気だから不幸なのではない。病気だから
立ち上がれないということはない。妙法を持った人間が、不幸になるわけがない。
スイスの哲学者ヒルティは言う。
「病気は、より高い人生の階段を登っていく通路にすぎない」
病気をした人は、その分、人のことを思いやれる。慈愛が深まる。病気は、いろいろなことを教
えてくれる。死を見つめたり、生きる意味を考えたり、人生のかけがえのなさが見えてくるものだ
。すべて、より高い人生の頂へと登っていくための通路なのだ。教科書なのである。いわんや、妙
法を根本にすれば、一切が「幸福のエネルギー」となり、「向上の糧」となっていくのである。
戸田先生は、大確信をもって言われた。
「御本尊の利益は、生命力が絶対的に旺盛になるということである。生命力が旺盛であれば、悩
みだ、苦しみだ、貧乏だなど、いろいろな愚癡をいう世界が、明るい楽しい世界に変わる」
「題目の力は偉大である。苦しい業を感ずる生命が、あたかも美しい花園に遊ぶがごとき、安ら
057
かな夢のごとき状態に変化するのである。
苦しい時こそ題目、行き詰まったら題目だ。題目をあげれば、生命力がわく、勇気がわく。状況
も変えていける。信心は、一切の勝利のエンジンなのである。
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058
代表幹部研修会A
忍耐なくして勝利なし
他者のために働く皆さんこそ真の英雄
近代看護の母ナイチンゲールは、後輩たちに呼びかけた。
――日々、全力を尽くす「英雄」であれ!すぐには、そうなれないかもしれない。しかし日ごと
に、一歩一歩、それに近づくことはできないはずです――と。
ナイチンゲールは、さらに言う。
「もし英雄というものが、他者のために崇高なことを行なう人をさすものであれば(中略)毎日
を他者のために働いている看護婦は、まさしく皆英雄となりうるのです」
だから、そのために、ベストを尽くせ!一日一日を充実させよ!「自分は、どうであったか」と
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、きょうも、あすも、問いかけよ、私自身、ずっと、そうやってきたのです――。
ナイチンゲールの言葉は、温かい励ましに満ちている。本当の英雄は、悩める人、苦しんでいる
友のために、日夜、奮闘している皆さんである。「他者に奉仕する人」こそ英雄なのである。
婦人部の白樺会、女子部の白樺グループをはじめ、創価班、牙城会、白蓮グループなど同志のた
めに献身的に尽くしてくださる「広布の英雄」の皆さまに、私は、この席を借りて、「いつもあり
がとう!」「本当におせわになります!」と心から感謝申し上げたい。
日々の生活は現実との格闘であろう。そのなかに「喜び」や「感動」を見いだす力――それが宗
教であり、祈りである。ナイチンゲールはつづる。
「宗教的な深みのない生活は薄っぺらなものです」
宗教のない生活は、薄っぺらな、動物的な生になってしまうものだ。価値ある人生を生きるうえ
で、大事なのは宗教なかんずく仏法である。
戸田先生は叫ばれた。
「貧乏人と病人を救うのが本当の宗教だ。本当の仏教だ。学会は庶民の味方である。不幸な人の
味方なのだ。学会は、いかにののしられ、嘲笑されようとも、その人たちのために戦う。仏の目か
らみるならば、最高に崇高なことなのである」
これが不滅の学会精神である。これが真実の仏法の魂である。だからこそ、われらは、「日本の
060
柱」「世界の希望」として民衆の幸福と平和へ大行進してまいりたい。
大難を喜べ、強き信心で勝ち越えよ
青く澄んだカリブ海の真珠キューバ。「独立の父」と仰がれるホセ・マルティは、ラテン・アメ
リカに、ひときわ輝く言論人であり、不屈の革命家である。独立の道のりは険しかった。投獄。追
放。革命は一進一退、マルティは同志に訴えた。
「忍耐は勝つためのひとつの方法です」
壁にぶつかった時、忍耐があるか、ないか。忍耐がないところに勝利はない。正義だからこそ、
迫害される。これが歴史の常である。いわんや、「正義の中の正義」である広宣流布には、必ず厳
しい障魔が競う。
日蓮大聖人は、御歳四十歳の時、伊豆流罪の直前に、こう仰せである。
「大難が来たならば、強盛の信心で、いよいよ喜んでいくべきである。火に薪を加えるのに、燃
えさからないことがあろうか。大海には、多くの河が流れ込む。しかし、大海は川の水を返すこと
があろうか。法華大海の行者には、多くの大難の河の水が流れ込むが、押し返したり、とがめ立て
することはない。多くの河の水が入ってこなければ、大海はない。大難がなければ、法華経の行者
061
ではないのである」(御書 1448p 通解)
非常に深い御文である。難があるから、仏になれる。何ものにも壊されない、永遠の幸福を築く
ことができる。これほどうれしいことはない。
難があればなるほど、信心の炎を燃え立たせていくのだ。襲いかかる難を勝ち越える時、大海の
ごとき、悠然たる大境涯の自分になるのである。
邪悪な国家権力と戦いぬいて、牧口先生は獄死された。生きて出獄した戸田先生は叫ばれた。
「おれは必ず仇を討つ!絶対に、牧口先生を死に至らしめた連中に鉄槌を下す!」
戸田先生の誓い。それは民衆を苦しめる魔性との、決然たる闘争宣言であった。戸田先生は、男
らしく戦った。師弟の「不二の心」を燃やして。その魂のバトンを継いで、われらは戦う。勇気と
慈悲の「言論の剣」で、正義の勝利を打ち立てるのだ。
ドイツの哲学者フィビテは言う。
「悪魔が善を憎むのは妬みからなのであります」
学会に対する中傷も、全部、嫉妬からである。やきもちからである。戸田先生は「女のやきもち
はたいしたことはないが、男のやきもちは怖い」と言われていた。
同志のおかげで偉くなりながら、欲に狂って反逆した悪人の本性も、嫉妬である。皆さまがよく
知っておられるとおりだ。
062
悪の芽はただちに断ち切れ
古代ギリシャの教育者イソクラテスは、言い残した。
「もし邪悪な人間にその徴があったならば、市民のだれかに不正をはたらく前に、これを懲らす
のが最上である。
結局、いやな思いをするのは市民である。まじめな民衆である。悪い人間を放置してはならない
。悪の芽はただちに断ち切る。この強さがなければならない。
スイスの思想家ヒルティは警告する。
「悪いものは絶対に読んではならない。悪いものを『研究』すると、人間の持っているよい精神
がだんだん死滅してゆく」
悪書を読むな!――戸田先生が亡くなる直前まで、厳しく言われたことである。青年でありなが
ら、低俗な週刊誌を見ていたら、先生は怒られた。叱り飛ばされた。
「くだらない雑誌なんか読んで、面白がっているようで、どうする!」
「そんなものを読むと、目が腐るぞ!」
そこまで厳しく言われたのである。たとえ、いい人であっても、悪書に毒され、悪人に染まれば
063
、正しい道を踏みはずしてしまう。絶対に、悪知識を寄せつけてはいけない。
どうか皆さまは、毀誉褒貶など歯牙にもかけない、正しい指導者、信心強き指導者になっていた
だきたい。
064
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代表幹部研修会B
民衆の時代へ 君よ「正義」の旗を振れ
今こそリーダー革命を
「軍には大将軍を魂とす大将軍をくしぬれば歩兵臆病なり」(1219:15)
心に刻むべき有名な御聖訓である。リーダーが勇気をもって打って出るのだ。勇気は勇気を呼ぶ
。一波が万波となって、怒涛のごとく、勝利の大波がわき起こる。大事なことは、まず、リーダー
自身が人間革命することである。今日も前へ!明日も前へ!何があっても前へ!それに徹した人だ
けが、晴れ晴れと、自分自身の栄光のゴールに到達できるのである。
ナイチンゲールは喝破した。
「進歩のない組織でもちこたえたものはない」
065
彼女自身、よき看護師を育成するために、組織改革に情熱を注いだ。進歩のない組織では勝てな
い。それでは、もたない。滅びていく。組織が滅びるのは、人間が滅びるからである。団体も、人
も、つねに進歩してこそ、激動の社会を勝ち越えていける。今こそ、リーダー革命を起こしてまい
りたい。
諸葛孔明は重臣に厳しかった
『三国志』の名宰相、諸葛孔明の英知に学びたい。戸田先生は孔明のことを高く評価されていた
。私は先生の言われたことを書きとめておいた。一つ一つが、勝利の鍵であり、未来への戒めであ
った。孔明は、リーダーは皆と苦楽をともにせよ、わが子のごとく大切にするのだと教えている。
堕落したリーダーには厳しかった。
味方を大混乱させた重臣のことを、次のように指摘している。“絶待に、こんな人間になっては
いけない”という例といえよう。
「己の」家の繁栄だけを考え、少しばかりの利益を計り、立身出世による名誉や名声を求めるだ
け」「身に過ぎた恩恵を賜りながら、忠義を尽くして報恩することなどは考えず、それどころか、
身勝手ないつわりは限りがなく」「人を導いては邪悪なことに誘い込む」
066
孔明は、このまま放っておけば、「必ずや将来わざわいと破滅をもたらす」と警告し、徹底して
糾弾したのである。また、みずからの才にうぬぼれ、文句ばかり言う将軍を、こう弾劾した。
「何もしないくせに自分ではいばって偉そうに構え」「城門を開いて敵に明け渡し、そのまま逃
げ帰り」「職務には暗くていいかげん」
さらに孔明は、憤りを込めて“この男は先帝=劉備玄徳の悪口を言った”と記している。
学会でも、大恩ある戸田先生を裏切り、先生の悪口を言う人間がいた。私は断固、戦った。
ドイツの哲学者カントは、親切な人の恩に背くことを「最高に嫌うべき悪徳」と述べている。
恩知らずで、インチキで、しかも威張る。こんな人間がいたら、皆が迷惑する。断じて戒めてい
かねばならない。いよいよ全力を挙げて青年部を伸ばしたい。新しい時代を切り開く力あるリーダ
ーが陸続と躍り出ることを、私は祈り、待っている。
孔明は、「賞罰」に厳格であった。『三国志』には、こう記されている。
「孔明の賞は、遠くの者でも漏れることはなかった。孔明の罰は近くの者でも手加減がなかった
。爵位は、功績のない者には決して与えられなかった。刑罰は、身分が高くても断じてゆるされな
かった」
067
賞罰を厳格に、これが学会の伝統である。戸田先生も、そうだった。現実に広宣流布を進めた人
に光を当て、心から讃える。逆に、堕落し、悪事を働く人間は、峻厳に正していく。この毅然たる
姿勢を貫いてきた。学会は、同志を守り、同志が勝つための組織なのである。
弟子の道を貫かれた日興上人
日蓮大聖人が御入滅される五日前のことである。弘安五年(一二八二)十月八日、大聖人は、門
下のなかから、日興上人をはじめ六人を選び、本弟子と定められた。「六老僧」である。信徒は散
在していた。大聖人は、御自身の亡きあとを展望され、各地の責任者を定められた。
当時三十七歳の日興上人は静岡・富士地方と山梨の門下を指導し、広宣流布を進めていかれた。
大聖人は「其の国の仏法は貴辺にまかせたてまつり候ぞ」(1367:11)と仰せである。
リーダーの使命の天地で立ち上がり、全責任をもって、広宣流布を進めていく。大聖人の時代も
、そうであった。創価学会も、これと同じ方程式にのっとっているのである。
しかし、日興上人を除く「五老僧」は、大聖人の期待を裏切り、退転した。大聖人から法門の一
切を受け継がれた日興上人から離れていったのである。五老僧は、大聖人の墓所の守護にあたる輪
番制も守らず、大聖人の一周忌法要にも参加しなかった。末法の御本仏である日蓮大聖人の弟子で
068
ありながら、弾圧を恐れて「天台沙門」「天台の弟子」と名乗った。
五老僧は、いわば当時の「最高幹部」である。それが、大聖人の御精神に、ことごとく背いてい
ったのである。人間の心とは、一面、恐ろしいものだ。五老僧は師匠を蔑ろにした。慢心であり、
我見であり、虚栄であった。日興上人への嫉妬もあった。学会を裏切り、退転・反逆した人間も、
本質は同じであった。“自分が偉くなりたい”“名声を得たい”という卑しいこころであった。
日興上人は仰せである。
「大聖人のお弟子は、ことごとく師敵対してしまった。日興一人、本師の正義を守って、広宣流
布の本懐を遂げるべき人であると自覚している。ゆえに、大聖人の御本意を忘れることはない」
「日蓮大聖人に背いた師をすてないことが、かえって罪になるという法門である」
日興上人は、決然と立ち上がられる。正義と邪義を、徹底的に、明確にしていかれた。
大聖人は、庶民にもわかるように、仮名交じりで御手紙を書かれた。それを、日興上人は「御書
」として最大に尊重し、学んでいかれた。これに対し、五老僧は「先師の恥辱」といって焼いたり
069
したのである。五老僧は、数々の謗法を犯した。
日興上人は、立正安国のために謗法を断てと厳命された大聖人の御精神を貫き通された。日興上
人は、「弟子分本尊目録」に、師匠を裏切った人間の名を挙げて、「但し今は背き了ぬ」「但し聖
人御滅後に背き了ぬ」等と記し、後世に残されている。
現代における五老僧の末流が、日顕宗である。日興上人が五老僧と徹して戦われたごとく、学会
も、大聖人に師敵対した日顕宗を、厳しく破折し、打ち破ってきた。
仏法は峻厳である。今や日顕宗は、信徒が激減し、大敗北、極悪の所行が断罪されている。一方
、創価学会は、世界百九十ヵ国・地域へと大発展している。私の五十八周年の入信の日である今年
の八月二十四日を記念して、ブラジルで特別顕彰が行われるとの連絡もいただいた。
世界中で、創価の人間主義に対する顕彰が相次いでいる。すべて同志の皆さまへの信頼と賞讃の
証にほかならない。広宣流布の魂は、師弟である。立つべき時に立つことだ。悔いを残してはなら
ない。今こそ「正義の旗」を振る時である。ともどもに民衆の時代を開いてまいりたい。
(長野研修道場)
070
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代表幹部研修会C
不惜身命の人は絶対に勝つ
強盛な信心あるかぎり、乗り越えられない苦難なし
全国の同志が、日夜、広布のために、懸命に戦ってくださっている。仕事や家庭など大変ななか
、本当に、頑張ってくださっている。その功徳は絶大である。自己の宿命転換ができるだけでなく
、一家、一族が大福徳に包まれていくことは間違いない。
私は、尊き学会員の皆さまに合掌しながら、真剣に題目を送らせていただいている。そして、皆
さまのことを思いながら、何か励ましを贈りたい。勇気と希望を贈りたいと、毎日、筆を執り、ス
ピーチいている。本日も、各地で奮闘しておられる、わが同志と親しく懇談しているつもりで、何
点かを語っておきたい。
071
日蓮大聖人は、御書の中で“人の心が固ければ、諸天善神の守りは必ず強い”という法理を教え
られ、こう仰せである。
「これは、あなたのために言うのです。あなたの前々からのお志の深さについては、言いつくせ
ません。しかし、それよりもなおいっそう、強盛に信心をしていきなさい。その時は、いよいよ、
諸天善神である十羅刹女の守りも強くなると思いなさい」(御書 1220p 通解)
これは、神奈川の女性門下に送られた御手紙の一節である。
「今まで」どうだったかではない。大切なのは、「これから」どうかである。今まで以上に、強
盛な信心を奮い起こすことだ。その人を、ありとあらゆる諸天善神が、必ず守っていく。「三類の
強敵」が現れるのも、「三障四魔」が競い起こるのも、ありとあらゆる苦難は、自分自身の信心を
試しているのである。すべて、仏界の生命を開いていくために必要なことなのだ。
ゆえに、いちだんと信心を強めていけば、絶対に乗り越えていける。勝っていける。強盛な信心
があるかぎり、乗り越えられない苦難はない。大聖人は“ただ妙法を一心に信ずる人は、この御本
尊の宝塔の中へ必ず入ることができる”と仰せである。南無妙法蓮華経の御本尊を持ち、広布に進
むわれらは、どこにいても、どんな環境にあっても、「仏の世界」即「幸福の宮殿」に入ることが
できる。何も心配はいらない。何も恐れることはない。
御聖訓にいわく。
072
「いかに強敵重なるとも・ゆめゆめ退する心なかれ恐るる心なかれ」(0504:18)
退転するな!恐れるな!――との、宗祖の厳命を深く銘記したい。
学会のために、同志のためにと、すがすがしい決意で
一方、幹部でありながら、信心が停滞していたり、仏意仏勅の学会を軽んじるようなことがあれ
ば、それまで、どれほどの功労があったとしても、本来は暗い。下り坂を転落していくばかりであ
る。広布の世界に、特別な人間などいない。全員が平等である。
これまで、清らかな学会の世界にいられなくなり、反逆していった人間たちは、“自分はみんな
とは違う”“うちは特別なのだ”などと増上慢を起こし、自分も、家族も学会活動をしなくなって
いった。学会活動を何か下に見たり、おろそかにしてはならない。そういう人間に共通する心根は
、「自分中心」という一点である。自己の利益に汲々とし、学会のこと、同志のことを、第二、第
三に考えているのである。それでは、本当の信心はわからない。仏法の偉大さはわからない。宿命
転換もできない。
“学会のために尽くそう!同志のために働こう!”と、すがすがしい決意に立つことだ。皆とい
っしょになって、心広々と進んでいくことだ。「異体同心」こそ、学会の根本精神である。
073
自分も懸命に学会活動に励み、子どもに、きちんと信心を教えていく。わが子を断じて広布の人
材にとの決心で、ともに学会の中で生きぬいていくのである。その心に福運が集まる。その心から
道が開ける。「心こそ大切なれ」(1192:14)――これが日蓮大聖人の仏法の一つの結論である。法
華経二十八品も、八万法蔵といわれる膨大な経典の数々も、「心」がもつ不可思議な力を説いてい
る。もちろん、個人がどう生きるかは自由である。しかしわれらは「同志」として、言うべき時に
は、創価の魂を毅然と言いきっていく。それが本当の正義の叫びだからだ。
戸田先生は言われた。
「広宣流布のために戦って、実績をあげるからこそ、幹部であり、会員も幹部として待遇するの
だ。戦いなき者を幹部として待遇すれば、組織は動脈硬化を起こして死んでしまう。一兵卒、一会
員になっても、広宣流布のために戦ってこそ、戸田の弟子である」
いつになっても、どんなに立派になっても、太陽が赫々と昇りゆくような、不退の信心を貫いて
いってほしい。
民衆のために戦え、私利私欲の輩を許すな
074
さらに、戸田先生の指導を学びたい。
「学会は、信心が中心である。政治の世界に同志を送りだしたのも、信心をした者として、社会
をよくしよう。民衆が本当に喜べる政治を実現しようとの、人間としての真情の発露からである。
信心を根本にして、日本の民衆を、世界の人々を幸せにしようというのが、創価学会の心である」
ここに、私どもの原点の精神がある。私たちの信仰は、自分だけが幸せになればいいとうような
、狭い、ちっぽけなものではない。自分自身が人間革命しながら、社会のため、世界のために、勇
敢にこうどうしていくのだ。
反対に、社会とのかかわりを失った宗教は、独善におちいり、生き生きとした生命力を失ってい
く。今は、五濁悪世の時代である。しゃかいとかかわるがゆえに、さまざまな問題に直面する。と
くに、政治の世界は、権力の魔性がうごめいている。
戸田先生は、すべてを予見しておられた。
「政治の世界というものは、権力と野望と駆け引きの、魑魅魍魎の世界だ。私の心を忘れない者
は、政治の革新を成し遂げ、民衆のための偉大なる政治家に育つであろう。しかし、私利私欲に狂
えば、広宣流布を破壊する魔の働きになってしまうだろう」
「民衆のた め」との原点を忘れ、私利私欲に狂った卑しい人間が、いつか現れるかもし
れない。もしそういう輩が出てきたならば、徹底して責めぬけ!これが先生の精神であった。悪を
黙って見過ごしてはいけない。どんどんしゃべることである。叫ばなければ、将来、必ず報いを受
ける。
075
青年部、立ち上がれ!学会を裏切り、異体同心の団体を破ろうとした人間の末路は悲惨である。
仏法は厳しい。とくにその厳しさは、臨終にあらわれる。御書には、破和合僧などの大罪によって
無間地獄に堕ちる苦しみが、随所に説かれている。それらはすべて、日蓮大聖人の大慈大悲あらわ
れである。不幸な境涯に堕ひていく人々をあわれに思い、救わんがために、厳しい生命の法則を教
えてくださっているのである。
戸田先生は、晩年、こう叫ばれた。
「学会の組織は、戸田の命だ、どこまでも広宣流布のため、清らかな信心の組織でなければなら
ない。不純な心によって、尊い学会が汚れてなるものか!今のうちに大掃除をしておかなければな
らない。獅子身中の虫を叩き出すのだ。
今一度、この言葉を、次の五十年の出発のために確認しておきたい。
戸田先生は、こう述懐されたことがある。
「わたしにとって、最も厳しい人生の試練は、戦時中の獄中生活だった。軍部政府は、私の最愛
の恩師の命を奪い、私の体も、事業もボロボロにした。しかし私は、この二年間の極中生活に勝っ
た。おのれを捨てたからである。広宣流布にわが身をなげうつことを決めたから、勝ったのだ」
まさしく、「不惜身命」の精神である。「不惜身命」の精神に立てば、どんな人生の苦難にも打
076
ち勝てる。私も「不惜身命」で戦ってきた。今も戦っている。だから、あらゆる闘争に勝った。不
可能を可能にしてきた。
青年よ、苦しんで実力を養え
戸田先生は、青年に対し、こう言われたことがある。
「若いうちは、むしろ苦しんで、さまざまな体験をし、視野の広い実力を養うことが大切だ」
「君たち青年部は、生きて生きぬいて、民衆の楽土をつくれ、つまらぬ失敗で、身を滅ぼすよう
なことがあってはならない」
苦労は「宝」である。いわんや、広宣流布のための苦労は、すべて、わが生命を荘厳する無上の
財宝となる。どんな困難があっても、決して崩されない金剛不壊の生命となっていく。なんと、あ
りがたいことか。
学会とともに歩む人生に間違いはない。どのような立場にあっても、学会とともに生きぬいてい
くかぎり、最高の善をなし、最高の人生を生き、最高の福運を積み、最高の正義の道を歩んでいけ
るのである。
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代表幹部研修会D
世界を変えるには目の前の「一人」から
女子部は真の幸福をつかめ
本日は、女子部の代表も参加されている。本当に、ご苦労さま!日々、真剣な祈りを重ねながら
、広布のために行動している皆さんの姿は、まことに尊く、美しい。
自分のことをなげうってまで、大目的に向って懸命に生きゆく皆さんを、我賢げに批判する、愚
かな人々もいるかもしれない。しかしそれは、根本的に間違った見方である。浅はかな人間たちで
ある。
戸田先生は、言われていた。
「同世代の女性たちが、自由に、遊んでいるなかで、女子部は、人のため、法のために動いてい
078
る。尊貴な信念に生きている。こんなに美しい心をもった娘さんが、どこにいるのか。絶対に、幸
福にしてあげたい」
そう言って、力強く励ましておられた。
法華経には、「竜女の成仏」が説かれる。
「竜女が成仏此れ一人にはあらず一切の女人の成仏をあらはす」(0223:07) と仰せのとおり、
竜女の成仏は、すべての女性の成仏を表している。
先駆の一人がいれば、その人が手本となって、多くの人が続いていける。われらの広布の前進に
あっても、女子部の使命は本当に大きい。女子部が増えれば増えるほど、広布は速く進む。不思議
な方程式である。女子部の皆さんは、自身と誇りをもって、学会活動に励んでほしい。絶対に損は
ない。
皆さんの世代は、有名人や、華やかな世界に憧れる風潮も強いだろう。テレビの影響も大きい。
しかし、そうした華やかさは、一種の幻である。幻をいくら追いかけても、本当の幸福はつかめな
い。今、女子部の皆さんが歩んでいる道は、地味のように見えて、じつは、真実の幸福に直結する
最高の宝の道である。この道を歩みぬいた人には、竜宮城のような世界が、今は思い描くこともで
きないようなすばらしい世界が、開けていくのである。誉れある学会の女子部として、悔いのない
青春を送っていただきたい。
079
哲学者ヤスパースの探究――「負けない心」がすべてをプラスに
ここで、二十世紀を代表するドイツの哲学者カール・ヤスパースを通して、少々、お話ししたい
。ヤスパースについては、これまでもたびたび、語ってきた。
ヤスパースは、一八八三年生まれで、八十六歳の長寿をまっとうした。
しかし、生来、病弱な体質であり、大人になっても気管支や心臓などの疾患に苦しんだ。階段を
昇ったり、時には、少しの距離を歩いただけで、息切れするほどであったと言われる。彼は、自身
の病弱と向き合い、闘うなかで、哲学の探究を深めていったのである。否、多くの困難があったか
らこそ、それをバネとして、卓越した業績を残すことができたのではないかと、私は思う。
私自身、若いころは本当に病弱だった。医師から、三十歳まで生きられないと言われたこともあ
る。しかし、だからこそ、“今この瞬間を最高に充実させて生きよう”“生きている間に、価値あ
る何かを絶対に残そう”という決意で生きぬいてきた。
人間だれしも病気になることはある。肝心なのは「病気に負けない」ことだ。「強い心」「負け
ない心」があるかぎり、人間は、すべてをプラスに転じていける。いわんや、私どもには、最高の
勇気と希望の源泉である「信心」がある。
080
ヤスパースは、当初は医学を学んでいた。しかし、デンマークの思想家キルケゴールの哲学との
出あいや、著名なドイツの社会学者マックス・ウェーバーとの交流などを通して、哲学の探究へと
向かっていく。
一九三〇年代、ドイツでナチスが台頭すると、妻がユダヤ人であったことから、ヤスバースは厳
しい迫害にさらされた。「非国民」と蔑まれ、大学教授の職を追われた。やがて、著書の出版も禁
止された。そうした暗澹たる状況のなかでも、彼は、新たな著作の執筆に取り組んでいった。
一九四五年の春には、いよいよ収容所に送られる危険が迫った。しかし、ドイツの敗北によって
、夫妻は危うく命を救われたのである。先後、ヤスパースは、ナチスの犯罪とともに、ナチスの暴
虐をゆるしてしまった国民の道徳的責任について、厳しい問いを発したことでも知られている。
ヤスパース「活動の中に心理がある」
ヤスパースは、大著『哲学』『心理について』のほか『大学の理念』『歴史の起源と目標』『マ
ックス・ウェーバー』など多くの著作を残した。
ヤスパースの思想の一端を示す、一つのエピソードがある。第二次世界大戦の終結から間もない
、一九七四年、ある二人の若者が、ハイデルベルクにあるヤスパースの自宅を訪ねた。
081
初対面の青年を迎えたヤスパースは、彼らの質問に答えて、こう語った。
「専門哲学者は往々、真理は机の上にあるとしんじています。真理は机上にあるのではなく、そ
れはそもそもでき上ってあるものではありません。君たちは、真理を交わりの中に見いだすことを
学ばねばなりません。いったいプラトンの対話はどのように成立しているかね?活動の中に心理が
ある」
そして、青年の求めに応じて「われわれを結びつけるものが真理である」との言葉を記し、贈っ
たのである。
真理とは、いったい、どこにあるのか。それは、机の上にあるわけではない。どこかでちゃんと
、できあがっているものではない。自分の行動で、つかみとるものである。人間の交わりの中で見
いだされるものである。活動の中にこそ、真理がある――これがヤスパースの信念であった。
きょうも、明日も、人間の中に打って出て、語り、行動している私たちは、日々、偉大な価値を
創造しているのである。
釈尊は「言葉を自在に使う人」であった
ヤスパースは東洋哲学にも探究の眼を向け、『仏陀と竜樹』という著作を残している。その中で
082
、ヤスパースは、釈尊は弟子たちにとって、「言葉を自在に使う人」であったと述べ、その“言葉
の力”“対話の力”に注目している。彼は記している。
「仏陀はひとりひとりに語り、小さなグループで語った」「一切の者にむかうとは、ひとりひと
りの人にむかうことにほかならない」
釈尊は、一人一人と語り合った。一対一の対話を重んじた「対話の名手」であった。相手に応じ
、状況に応じて、巧みに語らいを進めていく。人々の心を動かし、変えていく、そこに、仏の偉大
な実像があったのである。
次元は異なるが、社会を変えるといっても、いっぺんに、すべての人を相手にするわけにはいか
ない。あくまでも、今、目の前にいる「一人」、現実にかかわっている「一人」が相手である。い
かにその「一人」の心をつかみ、納得させ、変えていけるかどうかである。私たちは今、一人を大
切にし、一人を相手に、誠実に語っている。その行動は、未来へ、世界へ、すべての人々へと波及
していく。小さく、目立たないように見えても、じつに大きな意義が秘められているのである。
さらにヤスパースは、他の世界宗教と比べて、釈尊の教えが際立っている特色として、「すべて
の人間のみならず、生きとし生けるもの(中略)これらのすべてにかれの見出した救いをおよぼそ
うと志した点にある」と指摘している。こうした仏法の視点は、自然との共生を課題とする、これ
からの人類にとって、非常に大きな意義を持っている。
東洋哲学に影響を受けたヤスパースは、晩年、「世界哲学」の構想を抱いたといわれる。傑出し
た哲学者が注目した仏法の精神。私たちは、この大生命哲学を持つ誇りを胸に、地域に、世界に、
対話の波を広げてまいりたい。
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代表幹部研修会E
歴史を動かせ!「常勝の歌」を高らかに
偉大な目的があるから強くなれる
歌を歌っていこう。歴史が動きとき、そこには歌があった。学会は歌とともに進んできた。歌で
勝ってきた。
学校も、校歌を生き生きと歌っているところは発展していると言われる。年をとって、歌を歌わ
なくなると、早く老ける人もいる。
声を出すことである。明日に向かっていくように、はつらつと題目の大音声を響かせてくことで
ある。そして、元気に歌を歌っていくことである。歌は、力の源泉であり、勇気の源泉であり、喜
びの源泉である。
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さあ、力強く、歌って歌って前進していこう!
私たちの目的は、何か。それは「広宣流布」である。この世から、一切の不幸や悲惨を無くすこ
とだ。人類の永遠の平和と、幸福の道を築きゆくことだ。生命尊厳の哲理を、一人一人の心の中に
打ち立てていくことだ。
戸田先生は語っておられた。
「私は広宣流布という尊い仕事に、自分の命をかけた。どんな人間でも、崇高なる目的に生きる
ことによって、強く、大きな力を得ることができる」
戸田先生の広宣流布にかける思いは、それはそれは、すさまじかった。巌のごとき、鋼のごとき
信念であった。偉大な目的があるから、人間は強くなれる。偉大な理想に向かって進むからこそ、
人は力を発揮することができる。広宣流布という最高の聖業に生きぬく人生が、どれほど崇高であ
り、偉大か。今、こうして創価の同志とともに大闘争の歴史を刻めることが、どれほど尊いことか
。
そのことを、リーダーの皆さまが深く自覚し、決意するならば、今の何倍もの力を発揮すること
ができる。もっともっと、強くなることができる。
強盛な祈りで、わが大生命力をわき出しながら、新たな時代を開く、勝利の劇をつづり残してい
ただきたい。
086
邪宗門は破滅 学会は大前進
平成二年(一九九〇)十二月に「第二次宗門事件」が起きてから、本年で十五年となる。陰険な
嫉妬に狂い、学会の破壊を画策した日顕宗のもくろみは、すべて失敗した。宗門の信徒数は、その
当時から二パーセントにまで激減した。これに対して創価の同志の連帯は、当時の百五十ヵ国・地
域から、百九十ヵ国・地域へと拡大した。仏法史に輝く壮挙である。
邪宗門は破滅の坂を転げ落ちた。学会は、すべてを打ち破り、完全に勝利したのである。
近代インドの思想家ヴィヴェ―カーナンダは述べている。
「聖教者集団というものは、本来的に冷酷で無情である。それゆえに、聖教者集団が生じるとき
宗教は凋落するのだ」
「日顕宗の坊主が、どれほど無慈悲で冷酷であったか、皆さんも、よくご存じであろう。
イギリスの文人ハズリットは述べている。
「悪質な偽善者はうまれつきのものである。人をだますためなら情け無用であり、必要とあらば
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どんな卑劣な手段も使う」
立派そうな「聖教者」の仮面をまとった坊主たちは、卑劣な手段で学会員を苦しめてきた。その
本性は広宣流布の情熱などカケラもない。卑しい性根であった。「第一次宗門事件」でも、傲慢な
坊主たちは純真な学会員を、いじめぬいた。
また、学会の幹部としての立場や社会的な地位を利用し、いかにも自分が正しいような恰好をし
て、学会攻撃に奔走した反逆者もいた。しかし、そうした輩は皆、最後は破滅した。哀れな人生の
末路を歩んでいる。正邪は明快である。仏法の因果の理法は、まことに厳しい。
釈尊は戦いぬいたから仏になった
御聖訓には仰せである。
「釈尊とともに修行していた人たちは、皆、途中で去ってしまったが、釈尊はただ一人残られた
からこそ、仏になられたといえよう」(御書 1181p 通解)
釈尊は、最初から「仏」であったわけではない。途中で仏道修行を投げ出さず、忍耐の実践を貫
いたからこそ、仏の大境涯を得ることができたのである。簡潔な御文である。しかし、非常に重要
な意味がある。仏となった釈尊は、生涯の最後の瞬間まで、みずからが悟った大法を人々に伝えた
088
。幾多の難に屈することなく、弘教に生きぬいた。
日蓮大聖人も、流罪や死罪など、苛烈な迫害の嵐を乗り越えて、敢然と折伏を続けられた。法華
経には「猶多怨嫉・況滅度後」――仏の在世でさえ、なお怨嫉が多い。いわんや仏の滅後にさらに
怨嫉が多いのは当然である――と記されている。
その経文の予言のとおり、大聖人は邪宗の坊主から怨嫉され、迫害された。権力から弾圧された
。大聖人の御生涯は、大聖人の在世とは比較にならないほどの大難の連続であられた。
しかし、そうした大難と闘うことで、釈尊の予言が虚妄でないことを、現実に証明された。そし
て、一切の難に打ち勝ち、末法の御本仏としての境涯を厳然と顕されたのである。打ち続く弾圧の
なかで、大聖人の門下には、退転する者も出た。退転してしまえば、それまで積んできた功徳も、
すべて消え去ってしまう。
大切なことは、絶対に退転しないことだ。広宣流布の歩みを止めないことだ。信心を貫いてこそ
、何ものにも崩されない最高の幸福境涯を築くことができるのである。
また、大聖人は、「秋元御書」で仰せである。
「人を恐れず、世をはばからずに言うことは、法華経勧持品第十三の『我、身命を愛せず。但、
無上道を惜しむ』という文の実践なのである」(御書 1074p 通解)
いざという時に、世間の目を恐れて正義を叫べないような、臆病者であってはならない。正義の
089
ために戦うことだ。声を上げることだ。行動することだ、見栄や世間体ではない。恰好でもない。
不惜身命こそ、真の広宣流布の精神なのである。
諸天が味方!妙法は宇宙の大法則
この大宇宙は、あらゆるものが停滞することなく動いている。たとえば地球は、秒速約四百六十
メートルの速さで自転を繰り返している。そして、太陽の周りを、秒速三十キロの猛スピードで回
っているのである。さらに、太陽系自体も、ヘルクレス座の方向に向かって、毎秒二十キロのスピ
ードで動いているとされる。想像を絶するような速さである。宇宙には、この太陽系のような天体
が、無数に存在すると考えられている。
法華経にも「三千大千世界」など広大な宇宙観が示されている。
大宇宙は、瞬時も止まることなく、妙なる音律を奏でながら運行している。その究極の力、法則
090
こそ南無妙法蓮華経なのである。題目をあげ、妙法に生きぬくならば、この大宇宙のリズムに自身
の生命が合致していく。宇宙の最極の力と智慧をわが身に顕現することができる。
戸田先生は語っておられた。
「この大宗教を信ずることによって、生命のリズムは宇宙のリズムに調和して、生きている幸福
をしみじみと感ずるのである。生命の歓喜こそ、幸福の源泉力である」
「幸福を感じ、幸福な人生を営む源泉は、われわれの生命力である。その福徳は、子孫末代まで
伝わっていく。これが仏法の厳然たる法理である。一切を変えゆく真剣な祈り、そこから勝利への
前進を開始してまいりたい。
(長野研修道場)
091
050817Ftop
代表幹部研修会F
広宣流布は「善行の中の善行」
ベルクソン「本当の幸福とは善行がもたらす喜び」
フランスの哲学者ベルクソン。青春時代、私は彼の著作を愛読した。今と違って、てれびなどは
、ない時代であった。青年の有志で読書サークルをつくり、さまざまな著作を取り上げては語り合
ったことを、懐かしく思い出す。
ベルクソンの本は、繰り返し、読み込んだものである。ベルクソンは述べている。
「本当の幸福とは善行がもたらす喜びである」
いい言葉である。本当の幸福は、人のために行動するなかにある。社会のため、世の中のために
行動するなかにある。
092
私たちでいえば、広宣流布である。折伏である。最高の善行とは、幸福の大法である。この仏法
を教えることだ。宿命を転換し、幸福の道を切り開いていけるよう、人々を励ましていくことであ
る。また、社会の平和と繁栄のために尽くしていくことである。大きな視点に立って、世界のため
、人類のために貢献していくことだ。
人々を根底から救い、平和と文化と教育の発展に尽力する。生命尊厳の哲理を人類社会に打ち立
てていく――広宣流布こそ、善行の中の善行である。
油断を排し、絶対無事故で
昭和二十九年(一二五四年)の十月八日のことである。神奈川の相模湖で、痛ましい事故が起き
た。中学生が乗った遊覧船が沈没し、二十二人が亡くなったのである。東京から遠足に来ていた生
徒たちであった。
大事故の原因は何だったか?それは、遊覧船の定員を大幅に上回る数の生徒を、乗船させたこと
であった。
船は、それほど大きくなく、定員は、届け出では二十人程度となっていた。しかし、教員二人と
七十人以上もの生徒が乗り込んでしまった。
098
引率の教員は、船長に“八十人だが大丈夫か”と尋ねた。船長の答えは“子どもなら八十人くら
い乗せたことがある”という。いい加減なものであった。教員二人も、そんなものかと思って船に
乗り込んでしまった。
ところが、船が岸を離れて間もなく激しい浸水が起こり、遊覧船は沈没したのである。懸命の救
助活動で、多数の生徒と教員、船長が救出された。しかし、生徒二十二人は行方不明となり、亡く
なった。
未来ある多くの若者の命が、一瞬にして失われてしまった。本当に残念な事件であった。
大きな事故も、ちょっとした油断から起きる。「これくらい大丈夫だろう」「まあ、何とかなる
だろう」――そうした気のゆるみが、取り返しのつかない事故を生む場合がある。
たとえば、かつて、学会の会合においても、会場にあまりにも多くの人が集まり、床が抜けてし
まったことがある。幸い、大事には至らなかった。しかし、もし、けが人が出ていたら大変であっ
た。会場を提供してくださっているお宅にも、多大な迷惑をかけてしまう。
会合は、「仏子」の集いである。そこで事故があっては、大変なことである。とくに大きな会合
の開催にさいしては、リーダーは決して無理をしてはならない。また無理をさせてもならない。
どうか、細かいところまで、気を配っていただきたい。
油断から事故を起こすのは愚かである。厳しく言えば、それは慢心なのである。互いに注意しあ
094
い、絶対無事故の会合運営を、あらためて肝に銘じてまいりたい。
高い精神性から真の民主主義が
以前にも紹介したが、戸田先生は、ある政治家と懇談した折、次のように語っておられた。
「選挙民だけでなく、多くの人々から尊敬され、信頼され、私利私欲を投げ捨てる政治家になっ
てもらいたい。それには、立派な人間にあることである。人格をつくることである。
アメリカの第三十四代アイゼンハワー大統領は、「民主主義は、宗教的な基盤がなくては存在し
えない」と述べている。一人一人が高い精神性をもってこそ、真の民主主義を実現することができ
る。
インドのラジブ・ガンジー首相は語っていた。
「自分が権力者になりたいというのでなく、人々に奉仕しようという、強烈な意識をもって、私
は政治に入った」
ラジブ首相とは、かつて東京の迎賓館でお会いした。
本当に凛々しい好男子であった。穏やかな風貌のなかに、強き信念が光っていた。これまでお会
いした指導者のなかでも、とりわけ強い印象を受けた一人である。会見ではインドと日本の友好を
095
はじめ、仏教の慈悲の精神、日本の青年への期待などが話題になった。首相は、「日本人らしい日
本人に会えた」と喜んでくださったとうかがった。
ラジブ氏は、首相を辞めた後の九一年五月に暗殺された。本当に残念であった。生きておられれ
ば、もっと多くの仕事を成し遂げられたにちがいない。
その後も、私はソニア夫人をはじめ、ご家族との交流を続けてきた。忘れることのできない歴史
である。
傲慢な人間、社会をバカにする人間を許すな
イギリスの文人ハズリットはつづっている。
「本当に偉い人物になると、偉そうな様子は全然見せないものである」
「つまらぬ人間に限って人を見下すものである」
そのとおりであろう。さらに彼は、こう述べている。
たいしたことはないのに、「自分が偉い」とうぬぼれる。傲慢になる。そうした人間は多い。
私どもが交流しているペルーの国立教育大学で、初代総長を務めたフアン・ホセ・ベガ博士は、
096
「『謙遜』には『謙虚さ』で、『傲慢』には『堂々たる強さ』で立ち向かいたい」と述べている。
傲慢な人間は、放っておくとつけあがるものだ。戸田先生は、偉ぶった人間、庶民をバカにする
人間をゆるさなかった。遠慮なく怒鳴りつけておられた。悪人と戦わないのは臆病である。それで
は多くの友を守ることはできない。
牧口初代会長と親交のあった、教育者の新渡戸稲造博士は述べている。
「恩ということは、人間から起こったのである。畜生には恩ということはあるまいと思う」
御聖訓にはこう仰せである。
「恩を知ることを最高とし、恩を報ずることを第一とする。世の中には、四つの恩がある、これ
を知る者を人倫と名づけ、知らない者を畜生というのである」(御書 0491p 通解)
学会に助けられ、学会のおかげで社会的に偉くなりながら、ついには学会を裏切り、攻撃する。
同志を見下し、バカにする。畜生以下の所行であり、断じて許してはならない。
戸田先生は、大切な広宣流布の組織を守るために、賞罰については、大変に厳格であられた。
「いったん除名したら、絶対に復帰は許さない」
「組織を重んずるかぎりには、厳罰をもってあたる」
097
これが戸田先生の信念であり、遺言であった。
強敵に勝ってこそ人は強くなる
インドの詩聖タゴールはつづった。
「道徳的に世界に達した人は、圧しつぶすほどの苦難に襲われても、悪意に満ちた迫害に遭遇し
ても、超人と思われるような辛抱強さをしめすのである。
深い言葉である。学会の広宣流布の前進は、苦難と迫害の連続であった。どれだけ誹謗され、悪
口されようとも、「忍耐の鎧」を着てたたかってきた。だからこそ、学会はここまで発展したので
ある。
偉大な仏の団体なのである。これからも、この精神で進もう。
最後にアメリカの起業家であり、映画人のウォルト・ディズニーの言葉を贈りたい。
「人生で経験したすべての逆境、トラブル、障害が、私をまっすぐに、強くしてくれた」
思いもかけない試練、障害があるからこそ、人間は成長できる。強敵に勝ってこそ、人は強くな
る。どんな困難も、「よしきた!」「宿命転換のチャンスだ!」ととらえ、強き心で挑戦していけ
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ば、自分が得をする。さらに価値ある人生を築いていくことができるのである。
どうか全員が「健康」で、「勝利」の人生を歩んでいただきたい。そう念願し、スピーチを終わ
ります。きょうは、本当にありがとう!また、お会いしましょう!
(長野研修道場)
050819@top
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各部合同研修会@
青年よ「正義と完勝の北極星」と光れ
人生も闘争も、いよいよこれから!
各部合同研修会の開催、ご苦労さまです。連日の獅子奮迅の広宣流布の大闘争、本当にありがと
うございます!学会とともに生きるということは、「信心根本に」生きるということである。この
信心だけは、何があっても、絶対にゆるがせにしてはいけない。
当然、現実は厳しい。仕事のこと、家庭のことなど悩みは尽きないかもしれない。だからこそ、
ひたぶるに御本尊に祈っていくのだ。苦しい宿命と戦いながら、そして周囲の人々には、勇気と希
100
望の励ましを送りながら、猛然と広宣流布に行動していくのである。
「広布に戦おう!」「信心で勝つのだ」――その心が決まったとき、勝利の歯車は音を立てて回
り始める。信心強き人が最後は必ず勝利する。妙法には絶対にムダはない。学会活動はすべて自分
の福徳となっていくのである。
南無妙法蓮華経は、「久遠元初の法」である。それを唱える私たちの生命もまた、「久遠元初の
生命」である。ゆえに、御本尊を拝する私たちは、毎日が「久遠元初」である。毎日が「新しい出
発」である。一瞬一瞬がつねに「いよいよ、これから」なのである。
過去を振り返る必要はない。大事なのは「今」である。「今この時」を全力で生きぬき、勝ちぬ
いていくのだ。いくつになっても、若々しい生命力で、前へ前へ!どこまでも、戦う心を燃やしな
がら、ともどもに「勝利の劇」を飾ってまいりたい!
渋沢栄一「逆境に処しては、断じて行え」
「逆境は大丈夫の試金石である。
こう叫んだのは「日本近代経済社会の父」と仰がれる明治の大実業家、渋沢栄一である。
彼が後半生の三十年間を、東京・北区の飛鳥山の自邸で過ごしていたことは、よくしられている
。
101
四季折々に美しい飛鳥山公園内にある邸宅跡には、現在、「渋沢資料館」が創設され、区内はもち
ろん、隣接する足立区の各地から多くの人が訪れる。
一八四〇年(天保十一年)、埼玉の農家に生まれた渋沢は、初め幕府に仕え、明治維新後は大蔵
省に出仕、その後、実業家に転身し、日本初の銀行である第一国立銀行を設立。
さらに、東洋紡、王子製紙、日本製紙、東京海上自動、東京電力、東京ガス、帝国ホテル、太平
洋セメントなど五百余の企業の創設に携わり、日本経済の礎を築いていった。
幕末から明治、大正、昭和の激動期を生きぬき、当時「官尊民卑」の風潮を打ち破りながら、多
方面にわたって優れた業績を残した人物である。人並はずれた努力と挑戦があったであろう。
彼は言う。
「逆境に処しては、断じて行え、決して疑い惑うてはならない」
逆境から逃げるな。困難を避けようとする弱い命から、疑いや迷いが生じてくるのだ。
己に恥じるおとなき君ならば、断じて行動だ!突き進め!それが大事業家の叫びである。
さらにこうも言っている。
「青年は、正義の観念をもって進み、岩をも徹す鉄石心を傾倒すれば、成らざることなしという
意気込みですすまねばならぬ、この志さえあれば、いかなる困難をも突破しうる」
102
人生も、闘争も、勝敗を決めるのは、自分の心である。「心こそ大切」である。もしも、心のど
こかに「油断」や「諦め」があれば、そこで前進は止まる。成長は止まる。
一念の力は無限だ!一念の力は偉大だ!「断じて勝つ」。この執念が強いほうが勝つ。心で勝っ
たものが勝つ。信心の王者こそ、絶対不敗の勝利者なのである。
彼は語っている
「一家一人のために発する怒りは小なる怒りにて、一国のために発する怒りは大いなる怒りであ
る。大いなる怒りは、国家社会の進歩発展を促すものである」
御書には「怒りは善悪に通じる」(御書 584p 通解)と仰せだ。われらは、世界のため、人類
のためという大いなる「正義の怒り」をもって、わが信念を堂々と語りぬいてまいりたい。
心で勝つ「信心の王者」に
渋沢は、実業面だけでなく、社会福祉、教育・医療の発展、国際親善交流などにも情熱を注ぎ、
六百余の社会公共事業に従事したとされている。
事業家は、いたずらに、私利私欲を求めるだけではいけない。他人の幸福に尽くしていかなけれ
ばならない――こう考えた彼は、道徳と経済の一致を主張し、みずからが模範の姿を示そうとした
103
のである。彼が倫理の規範としたのが、孔子の『論語』であった。
彼は自身の著作『論語講義』の中で、次の一節を引いて論じている。
「政をなすに徳を以てすれば、譬えば北辰のその所に居り、しかして衆星のこれに共うがごとし
」――指導者が徳をもって優れた政治を行うならば、天空の星々が北極星を中心に回るように、地
上にも荘厳な調和を実現できるとの意味である。
国の為政者はもちろん、会社の経営者、教育者など、あらゆるリーダーが、正義と人道の徳を輝
かせ、その光で人々を導いていくべきである。それが渋沢の理想であった。
私も今、創価の青年リーダーに叫びたい。
若き君よ、「正義と完勝の北極星」と光れ!わが生命の炎を赤々と燃やしながら、勝利へ勝利へ
と友を導いていくのだ。老いたる父母が築きたる創価の大牙城を守りぬけ!何があっても負けない
「信心の王者」と立つのだ。青年部の諸君、よろしく頼みます。
民間外交にも貢献した渋沢の幅広い交友関係を物語るように、飛鳥山の自宅には、インドの詩人
タゴール、中国革命の父・孫文、アメリカの第十八代グラント大統領など世界から数々の賓客が訪
れている。
「誠心誠意をもって人に対すれば、不思議なほど相手に感動を与えるものである。
104
誠心誠意――これが私たちの武器である。わが足元から、感動と友情のスクラムを幾重にも広げ
てまいりたい。
恐れるな!勇気のなかに幸福が
イギリスの大劇作家シェークスピアは皆さんもよくご存じであろう。
彼の戯曲に次のようなセリフがある。
「恐るるな 天を裂く火も」「地を揺るがす 雷の音も」「恐れるな 人の謗りも」
君よ、恐れるな!貴女よ、恐れるな!正義と幸福のため勇敢であれ!
恐れなき勇気――この中にこそ、幸福があり、希望があり、前進がある。人間としての真実の勝
利があるのだ。
さらに彼の戯曲『ヘンリー五世』の中の一節。
「進め、進め、進め、進め!突破口へ、突破口へ!」
この炎の叫びを、歴史的な大闘争に挑み戦う偉大な同志に捧げたい。信心の目的も、何ものをも
恐れない「強い自分自身」をつくることである。法華経では、仏の境涯の一つとして、「無所畏」
105
と説かれている。いかなる魔軍の攻撃も断じて恐れない。すべてに打ち勝ち、人々を救うために、
自在に法を説き弘めていく――それが仏の大境涯である。
仏法を実践する私たちは、この仏の生命を、わが身に厳然と開いていくことができる。そう大聖
人が御約束である。われら仏の軍勢に恐れるものはない!
恩師の戸田先生は、「恐れなき師子」であられた。先生は、威張っている人間が大嫌いで、相手
がだれであろうが、容赦なかった。
「地位とか名声とか、それが何だというのだ!大事なのは、一人の人間としてどうかだ。人々の
ために何をやったかではないか!」と。
庶民のため、学会員のためなら、どんな権力者が相手でも、一歩も引かない先生であった。傲慢
な人間の横暴を許さなかった。烈火のごとき「怒り」をもって猛然と戦われた。
この正義のために戦う魂を、戸田先生は、広布の連続闘争のなかで、弟子の私に注ぎ込んでくだ
さったのである。私は、すべて「勇気の二字」で戦ってきた。「勇気の二字」で壁を破ってきた。
この創価の師弟の魂を、わが後継の青年部に受け継いでもらいたい。
わが青年部よ、断じて恐れるな!正義を叫んで叫んで叫びぬけ!そして、わが地域に、必ずや「
勝利の旗」を打ち立てていっていただいたい!
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各部合同研修会A
最も苦しんだ民衆が幸福になる社会を
ユゴー――山々の頂に勇気を掲げよ
全国各地で、皆さん、本当に元気に頑張ってくださっている。心から感謝申し上げたい。
戦ってくださっている方々に、温かい声をかけていきたい。「お疲れのところ、ありがとうござ
います!」「いつも本当にご苦労さまです!」と幹部から声を発していくことである。
声によって、仏法の慈悲を組織に脈動させていくのだ。広宣流布の同志を仏のごとく敬っていく
。讃えあっていくそこから、真実の団結が生まれ、勝利の勢いが生まれるのである。
「人類の進歩のためには、勇気というけだかい教えが、永遠に山々の頂にかかげられなければな
らない。
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フランスの文豪ユゴーの名作『レ・ミゼラブル』の有名な一節である。これはユゴー研究の第一
人者で、翻訳家として知られる故・辻昶先生が、創価大学で講演したさい、学生たちに語ってくだ
さった言葉である。訳も御自身によるものである。
辻先生は一九九三年の十一月、創価大学でお目にかかった。長年の文化貢献を讃えて、創価大学
から「名誉博士号」をお贈りしたのである。この折、辻先生は、「これまで、ずいぶん、つらい目
にあったので……」と言われ、名誉学位記の受賞を「うれしい、うれしい」と喜んでくださった。
飾らない尊いお姿が、まぶたにやきついている。
学会は永遠に民衆の大地に立つ
「私は、いじめられている側に立つ」――そこにユゴーの変わらぬ信念があった。『レ・ミゼラ
ブル』の意味も、「惨めな人々」である。
ユゴーの作品には、貧しい人々、苦しむ母子に対する深い慈愛があふれている。また随所に、傲
108
慢な権力者への強い怒りがほとばしっている。
私は、いじめられている人の側に立つ!悪口され、批判され、試練を受けている正義の人々のた
めに私は戦う!私は叫ぶ!迫害など、ものともせずに!――これがユゴーの魂である。
われらの学会精神もまったく同じだ。
虐げられ、苦しめられ、ばかにされてきた民衆が、「特権者のふんぞりかえる社会」ではなく、
「民衆の幸福のための社会」をつくるために立ち上がった――それが創価学会である。
どこまでも民衆が基盤である。だから強い。だから勝ってきた。
学会は永遠に民衆の大地に立つ。この一点を絶対に忘れてはならない。
沖縄を「広宣流布の理想郷」に
思えば、昭和三十五年(一九六〇年)の七月十六日に、第三代会長となった私は、沖縄の地に第
一歩を刻んだ。
このとき、私は心に固く決めていた。戦争で最も悲惨な現場となった沖縄を、最も幸福な社会へ
と転じてくのだ。そのために、私は戦う。生涯をかけて、沖縄に尽くしていこう――と。
沖縄の同志は、私の心に応えて、敢然と立ち上がってくださった。いかなる逆境にも負けなかっ
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た。歯を食いしばって戦った。大好きな「沖縄健児の歌」をともに歌いながら、心が一つに解け合
うかチャーシーを舞いに舞いながら、「人間革命」の歓喜のドラマを、一人から一人へ、また一人
へと広げていったのである。
愛する沖縄の同志よ、断じて負けるな!世界が憧れる「広宣流布の理想郷」の建設へ、鉄の団結
へ進みゆけ!――と今ふたたび、叫ばずにはいられない。
ともあれ、人生は戦いである。断じて、あきらめない。断じて、立ち止まらない。どこまでも走
り続けた人が勝つ。執念を燃やし続けた人が勝のだ。真の民衆救済に戦い続ける大慈悲の生命こそ
「仏」である。仏法の真髄の魂である。
トインビー博士――悪の前での中立は悪への加担に
私が会談したイギリスの歴史学者トインビー博士も、生涯、戦い続けた人であった。
もったいなくも博士のほうから、一度会って話がしたいと、お手紙をくださり、私がロンドンの
博士のご自宅にうかがったのである。
博士は、四十歳も若い私を、まるで旧友のように親しく迎えてくださった。語らいは、和やかな
雰囲気のなかで始まった。
110
しかし、難解な問題にさしかかると、博士はみじろぎもせず、真剣に思索を巡らしておられた。
ティータイムには、博士の奥様が紅茶を入れてくださるのだが、張りつめた空気のなかを、そー
っと持ってきて、そーっと出ていかれる。一コマ一コマが映画のように、今も懐かしく思いだされ
る。
語らいのなかで博士は、かつて「ギリシャ・トルコ戦争」を視察し、自分で見たままを発表した
結果、勤めていたロンドン大学を辞めなければならなくなった思い出を話してくださった。
博士はギリシャ側からも、トルコ側からも、この戦争を観察した。そして、この戦争はギリシャ
側が間違っているという結論に達した。しかし、当時の西欧社会はトルコに偏見を強く持っており
、博士がありのままの事実を新聞に発表するや、激しい批判が巻き起こった。そのために博士は、
大学の職も失った。それでも博士は、毅然として、わが信念を貫かれたのである。
博士は、こうも言われている。
「自分が正とみなすことと、邪とみなすこととの中間で、中立の立場をとろうとするのは、結局
、邪とみなすことの側に与することにほかなりません。
自分が正しいと思ったことは、だれに何と言われようと、堂々と主張すべきだ。善悪がはっきり
している問題を前に沈黙し、中立を装うのは悪に加担することになる――それが博士の変わらぬ精
神であった。
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正義の勝利へ、もっと叫べ!
十九世紀イギリスの女性作家シャーロット・ブロンテはつづる。
「正しいと思ったとおり話す権利が私にはあります」
そのとおりだ。真実を語るのに遠慮などまったくいらない。
中国の大文豪・魯迅は呼びかけた。
「我々は、もっと叫ばなければならない。
もっと叫べ!もっと強く!――この徹底した攻撃精神こそ、火を吐く言論で時代の闇を照らした
魯迅の魂である。正義が沈黙すれば、悪が喜ぶだけだ「正義の行進に恐れなし!」――この心意気
で、わが正義を、わが信念を、正々堂々と天下に叫びきっていこうではないか!
戸田先生は、よく話してくださった。
「『さあ来い!魔などに負けてたまるものか』の大覚悟で向かったときには、魔は退散するので
ある」と。
「さあ来い!」「負けてたまるか!」「何でも受けて立ってみせる!」――この「攻める心」が
魔を退散させるのだ。常に前へ!何があっても前へ!前進する人のみが「栄光への扉」を開くので
112
ある。「人生は強気でいけ!」とは戸田先生の遺言であった。
さらに、戸田先生は言われた。
「事業の興亡を左右するのは、いったい何か。それは、努力と情熱と忍耐である」と。
努力の人、情熱の人、忍耐の人が最後は勝のである。
十八世紀フランスの著名な思想家ヴォルテールは言う。
「悪人は共犯者しかもたず」「有徳な人間だけが友人をもつ」
悪人のもとには、悪人が集まる。善き人のもとには、善き人が集う。それが道理である。
さらに、古代ギリシャの教育者イソクラテスの言葉にふれたい。
「小人の親睦はわずかな時の経過によって跡かたもなくなるが、高貴な人々の有情は悠久の時も
消え去ることがない」
われらは、広宣流布という人類最高の目的のもとに集った、最高の同志である。その絆は、何よ
りも尊い。悠久の歴史に燦然と輝き光る、高貴な友情を、さらにいちだんと深め、大きく広げてま
いりたい。
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各部合同研修会
リーダーは勇気と希望を皆に贈れ
マータイ博士「他人のために働く時が、最も幸せ」
会員に奉仕する。それが、幹部の責務である。
「私は他の人のために働く時が、最も幸せで、最高の時なのです」とは、今年二月にお会いした
、アフリカ女性初のノーベル平和賞受賞者、ケニアのウンガリ・マータイ博士の信念である。
会談のさいには、美しい笑顔を浮かべながら、こう語られた。
「人に奉仕することで、満足感を得ることができるのだということを、若い人たちにも、理解さ
せてあげなくてはいけません。不平・不満というものは、自分のことだけを考えていると、ますま
す増長していくものです」
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深くかみしめるべき言葉である。広布のリーダーは、わが同志が、安心し、満足して戦えるよう
に、心を配ることだ。手を打つことだ。勇気の出るひとこと、勇気が湧く励ましを贈ることだ。そ
うすれば、今の何倍もの力が出る。
妙法に生きる女性は最高に尊貴
創価の女性たちが、社会に着実に連帯を広げている。行動によって、未来を開いていく。とくに
婦人部の皆さまの、けなげなる大奮闘に、心から感謝したい。
幼子を抱えながら、「共に成長」の毎日を送るお母さん。懸命に働きながら、大きく友好の輪を
拡大している友。「わが家の宿命転換は私が!」と、一切を担い進みゆく広布の母、いつも若々し
く、後輩の模範となって進む多宝の友。
ある壮年の幹部が、しみじみと語っていた。
「学会の婦人部は、本当にすごい。さまざまな悩みと戦いながら、広布のために勇敢に行動して
いる姿は、どんな高位の人よりも尊い。どんな有名人よりも美しい。私は自分の信心を猛省した。
断固、立ち上がる決意をした」と。
私もまた、婦人部の皆さまに最大の敬意を表したい。何より御本仏日蓮大聖人が、皆さまを賞讃115
し、守りに守りゆくことは間違いない。大聖人は、次のように女性門下を励まされている。
「法華経の師子王を持つ女人は一切の地獄・餓鬼・畜生等の百獣に恐るる事なし」(1316:07)
御本尊を抱きしめ、仏意仏勅の学会とともに広宣流布に進む女性は、何も恐れる必要はない。何も
のも、貴女を不幸にすることはできない。
「法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる」(1253:16)
このあまりにも有名な御文もまた、強き信心を貫いた女性の門下に贈られた一節である。
女子部の活躍も、本当にすばらしい。私は女子部を応援したい。広布の未来は、女子部で決まる
。戸田先生は、それはそれは女子部を大切にされた。「女子部は、全員が、絶対に幸福になっても
らいたい」という気持ちであられた。だからこそ、信心の指導は厳格だった。
人生は長い。現実は厳しい。思わぬ試練や、嵐の日がある。青春時代に確固たる信心を培い、教
学を身につけなければ、真の幸福をつかむことはできないからである。生活のさまざまな側面にお
いても、女子部の友が、正しき信心の軌道を歩みぬけるように、心を砕いておられた。
女子部の使命は、まことに大きい。青春時代に職場・地域で輝き、結婚をした場合には、その一
家、一族を支えていく。企業をはじめ、各界のリーダーから“学会の女子部は、本当に立派だ”と
感嘆の声が寄せられることも多い。
広布の活動に、遠慮はいらない。もっともっと、女子部を増やそう。同世代の、若き女性たちに
連帯を広げていくことだ。にぎやかで、楽しいところには、自然と人が集まってくる。
女子部の育成に、全力をあげていきたい。婦人部の皆さんも、女子部がますます成長し、活躍で
きるよう、応援してあげてほしい。たとえ今、どんな状況にあっても、妙法を持った女子部の皆さ
んの未来は、大きく開けている。これからの人生である。懸命に、勇気をもって、正しき人生を歩
んでほしい。女子部の皆さん、頑張ってください。
悔いなき一生を、庶民とともに愉快に、勇敢に
御書を拝しつつ、生死の問題について、少々、語っておきたい。生と死を真剣に見つめてこそ、
今を悔いなく生きることができるからだ。
日蓮大聖人はこう仰せである。
「死後の地獄等という苦悩の世界に行ったならば、王の位も、将軍の位も、何の役にも立たない
。獄卒の責めに合う姿は、猿回しに回される猿と変わらない。こうなった時は、どうして名聞名利
や我慢偏執の心でいられようか」(御書 1439p 通解)
117
死は、誰人も逃れられない、厳粛なる事実である。死を前にした時、人間の虚飾は、すべて、は
ぎ取られる。大富豪も、権力者も、庶民もない。財産や肩書を、死後の世界に持っていくわけには
いかない。生きている間に、自分はいったい何をなしたか――その一点が、厳しく問われるのであ
る。この限られた人生を、一個の人間として、どう生きるか。この無常の人生の中で、いかにして
永遠につながる、価値ある何かを成し遂げられるか。それこそ、最も根幹の問題である。
私は、体が弱かってせいもあり、若いころから「生と死」の問題を見つめながら生きてきた。
「いつ臨終になっても、悠然と、従容たる人生であれ、信心であれ」と。
私は、この師の言葉のままに進んできた。地位や名声といった、はかない、かりそめにすぎない
ものなど、まったく眼中になかった。「愉快に、勇気をもって、庶民と一緒に、この一生を生きぬ
いていきたい」――こういう心であった。戸田先生も、「それが最も正しい生き方である」と、深
くうなずいてくださった。
この決意で無名の庶民の中に飛び込み、病める人、貧しき人、わが宿命と勇敢に戦っている人た
ちと肩を組み、励まし合いながら生きてきた。戸田先生の事業が失敗し、最も苦境にあった時は、すべてを捧げ、どん底の中で先生を支えぬいた。進学の希望もなげうって働きに働き続けた。
現在、私は栄光にも、皆さまの代表として、世界から、数々の栄誉をお受けしている。すべて、
118
不惜身命で師匠を守り、広宣流布に戦ってきたがゆえに、御本尊からいただいた功徳だと思ってい
る。
「臨終只今」と今を勝ちゆけ
生きることはすばらしい。長寿はもちろん、すばらしいことである。その上の肝心はなのは、「
どれだけ生きたか」よりも、「どう生きたか」である。結論から言えば、妙法を唱え、ひろめなが
ら、人のため、法のためにいきることこそ、最も尊い生き方なのである。そうやって生きぬいた人
は、最高の満足と充実を感じながら、人生の最終章をかざることができる。
大聖人は、妙法を信仰する人の臨終について、こう言われる。
「もしも今、霊山へまいられたならば、太陽が昇って、十方の世界を見晴らすようにうれしく『
早く死んでよかった』と、お喜びになられることでしょう」(御書 1480p 通解)
「早く死んでよかった」とは、少し不思議に感じる御文かもしれない。大聖人は、妙法を持った
門下に対して、決して死を恐れる必要などないことを教えてくださっていると拝されよう。
さらに、次のようにも仰せである。
「退転することなく仏道修行をして、最後の臨終の時を待ってごらんなさい。妙覚の山に走り登
119
って、四方をきっと見るならば、なんとすばらしいことであろうか、法界は寂光土で、瑠璃をもっ
て地面とし、黄金の縄をもって八つの道を仕切っている。天から四種類の花が降ってきて、空には
音楽が聞こえ、諸仏菩薩は常楽我浄の風にそよめき、心から楽しんでおられる。われらも、その経
の中に連なって、遊戯し楽しむことができるのは、もう間近である」(御書 1386p 通解)
なんと荘厳な世界であろうか。大聖人のお言葉に、絶対に嘘はない。私たちが歩んでいるのは、
「生も歓喜」「死も歓喜」の大道である。この絶対的な幸福境涯を確立するためには、何があろう
と妙法を唱えぬき、「今」を真剣に戦うことである。「臨終只今」の覚悟で、「今」を完全燃焼さ
せていくことである。きょう一日を、悔いなく戦おう!
120
050819Ctop
各部合同研修会C
「勇猛精進したまえ!仏法は実行だ」
牧口先生は七十一歳で東北に弘教へ
仏法は勝負である。人生も勝負である。何事であれ、勝には「勇気」がいる。
勇敢なる、牧口先生は言われた。
「根本の悪である怠惰根性をとってやること、すなわち正しい信仰を教えることこそ真の友情で
ある」
真の友情は、なれあいからは生まれない。自分の信念を、臆さず言いきるところから、本当の信
頼も生まれる。
またある時、牧口先生は語った。
121
「勇猛精進したまえ!仏法は実行だよ。精進だよ。老齢にはなったが、私も実践しています」
何歳になっても、行動しぬいた先生であられた。戦時中も、権力の弾圧が強まるなか、各地に赴
き、勇敢に語りぬいておられた。投獄される前年の七十一歳の時には、東北の福島に、たった一人
で法戦の歩みを運ばれている。東京で入信した会員の両親を折伏するためだった。先生の確信と真
心にふれ、その両親は入信を決意したという。
今、東北の同志は、この牧口先生の「勇猛精進の魂」を受け継いで、一生懸命、戦っておられる
。東北、頑張れ!
ともあれ、牧口先生は、何歳になられても、いよいよ若々しく、「不老不死」の妙法を証明しな
がら、戦いぬかれたのである。
悠然と「生も歓喜、死も歓喜」の道を
私は、全米最高峰の学府であるハーバード大学からお招きを受け、二回、講演している。このう
ち、二回目の講演で論じたのが、「生も歓喜、死も歓喜」という仏法の生死観であった。
ハービー・コックス学部長は「死に対する、今までとはまったく異なった観点を紹介してくれた
」
122
と評価してくださった。
「死」はすべての終わりではない。「生」も、「死」も、永遠の生命の一側面である。妙法に根
ざした生と死は、永遠常住の大生命を舞台としたドラマなのである。広布に戦いぬけば、必ず一生
のうちに、絶対の幸福境涯を築き、固めていける。その人は、永遠に「生も歓喜」「死も歓喜」と
いう生命の軌道を進んでいくことができる。
生まれてくる場合も、地球だとは限らない。この広い宇宙には、生命が存在する惑星が数多くあ
る――そう予測する研究者は少なくない。法華経には壮大な宇宙観が展開され、衆生の住する国土
が、数限りなく存在することが説かれている。それは最先端の天文学の知見とも一致するのである
。善人ばかりの星もあれば、地球のように、ずるい人間がたくさんいる星もあるかもしれない。
朝から晩まで、すばらしい音楽を聴きながら、健康で、長生きして、ありとあらゆる喜びを感じ
ながら暮らしていける星もあるかもしれない。わが心の作用と、大宇宙の作用とが合致して、自分
の望むとおりの姿で、自分の望むとおりの場所に生まれてこられる。これが仏法の真髄なのである
。
戸田先生は、よく死を睡眠に譬えられていた。ぐっすり眠って、翌朝、元気になって、はつらつ
と目覚めるように、妙法を唱えぬいて亡くなった方は、死という休息をとって、すぐに生まれて、
123
広宣流布の陣列に戻ってくる――と。
大聖人は、御書の中で、りんじゅうについて、繰り返し教えて下さっている。
「妙法を唱える人の臨終は、何と喜ばしいことであろうか。一仏・二仏ではなく、百仏・二百仏
ではなく、千仏までも来迎し、手を取ってくださるとは、歓喜の涙をおさえがたい」(御書 1337p
通解)
「あなたの御臨終のさい、生死の中間には、日蓮が必ず迎えにまいるであろう」(御書 1558p
通解)
「生きておられた時は生の仏、今は死の仏、生死ともに仏です。即身成仏という大事な法門は、
これなのです」(御書 1504p 通解)
世界の大文豪や、大思想家の多くは、生命の永遠性を感じていた。仏法の生命観を志向していた
ともいえよう。ロシアの文豪トルストイも、そうであった。私は、若き日より、トルストイを愛読
してきた。全部読んだとは言えないが、一生懸命、読もうと努力してきた。
トルストイは晩年、ある書簡に、こうつづっている。
「生きることは喜ばしく、死ぬことも喜ばしいのです」
大文豪が、波乱万丈の生涯を戦いぬいて、たどり着いた、不動の境地の一端をしのばせる文章で
ある。
124
思えば、トインビー博士も、仏法の生命観に深く共感されていた。
私たちは、人類最高峰の知性が求めた、最高峰の仏法を信じ、行じ、教え、実践している。これ
以上の人生はない。
もちろん、近しい人を亡くしたり、不慮の死に出あうことは、本当につらく、かなしいことであ
る。そのきびした、苦しさは、言葉にはできない。
日蓮大聖人は、夫を亡くし、最愛のわが子をも失った南条時光のお母さんに、次のような御手紙
を贈られている。
「乞いねがうところは、悲母がわが子を恋しくおもわれるならば、南無妙法蓮華経と唱えられて
、亡き夫君の南条殿のご子息の五郎殿と同じ所に生まれようと願っていきなさい。一つの種は一つ
の種であり、別の種は別の種です。同じ妙法蓮華経の種を心に孕まれるならば、同じ妙法蓮華経の
国へお生まれになるでしょう」(御書 1570p 通解)
なんと温かな、大聖人の励ましであろうか。私どもも、御本尊の御振る舞いに学んでまいりたい
。「死」を、永遠の別れと感じることがあるかもしれない。しかし、妙法を持ったわれわれは、ま
た同じ妙法蓮華経の国に生まれてこられる。これが大聖人の御断言である。なかには、“もうこの
人とは、一緒に生まれてきたくない”という人もいるかもしれないが、そう思うのは自由である。
125
ともあれ、私どもは、どんな時も妙法を唱えながら、勇敢に、悔いなく、この人生を生きぬいて
まいりたい。亡くなられた人の分まで、生きて生きぬいて、広布のために前進していくのだ。
仏法の法理から見れば、亡くなられた人も、つねに一体で進んでいるのである。功徳もすべて、
回向されていく。
三人前の働きをしてこそ人の上に立てる
ふたたび、牧口先生、戸田先生の指導に学びたい。
「三人前の働きができる人にありなさい。三人前の仕事をして、はじめて人の上に立つ指導者に
なれる」
これは、私自身、何度も戸田先生からお聞きした言葉である。
三人前の働きをせよ。そうしていかなければ、指導者にはなれない。勝利者にはなれない――こ
れが、戸田先生の移動者論であった。
戸田先生は、手抜きや官僚主義、要領に対しては、じつに厳しく叱咤された。嘘やインチキがあ
れば、激怒された。それはそれは、本当にこわい先生だった。私は、その先生の厳しき訓練を真正
面から受けきった。だから、何も恐れるものはない。
126
「堂々と主義主張を貫け」
牧口先生は、「正邪善悪を明らかにして、道理に服従する自身と度量があるならば、百の干渉が
あったとしても、何だというのか」と言われている。この言葉のとおり、権威や権力など、まった
く恐れなかった。強大な国家権力に対しても、一歩も引かなかった。
ある時、青年に、こう話されたという。
「人間、相手が強く、地位等を利用して迫ってきた場合など、正当な理由がなければ頭を下げて
はけない。堂々と主義主張を貫きなさい。また反対に弱い立場である人の場合は協力して助けてあ
げなさい」
困っている人には優しく接する。しかし、傲慢な敵には、徹して強くあれ!卑劣な相手には、断
じて屈するな!それが牧口先生の教えであった。
現実の中では、相手によって、話すのに気後れすることもあるかもしれない。牧口先生と親交の
あった、東北出身の新渡戸稲造博士は、こう記している。
「人から能く思われたいとか、自分の値より以上に高く評価されたいとかいう考えがあればこそ
怖気づくのである。自己の値を真価だけしか発表せぬとしたなら、少しも怖気ることはない」
127
鋭い見方である。自分がどうみられるかばかり気にしていては、壁は破れない。ありのままの自
分で、誠実に、正直に、自分の主張を語っていけばよいのだ。
牧口先生の毅然とした姿勢は、獄中にあっても、まったく変わらなかった。検事の尋問に対して
“いかなる大敵にも負けないで、生きぬいて、人間の達しうる最高の理想を示しきっていくのが仏
である”と、仏法の真義を語っておられる。牧口先生の「勇気」。その勇気の源は、強盛な信心で
あった。御本尊への絶待の確信にあった。牧口先生は言われている。
「宗教は人生の背骨である。宗教をもたないで生きるのは、背骨がなくて歩くようなものである
。正しい宗教を持つことが、まっすぐの背骨をもつことになる」
妙法に生きる私たちは、何ものも恐れる必要はない。題目をあげぬいた人が、最後に必ず勝津子
とは、決まっている。
私どもは、正しき宗教を持った誇りを胸に、牧口先生のごとく、毅然と進んでいこう!
(長野研修道場)
128
050822top
方面代表者会議
目標を持ち、同志と歩む人生は愉快
「難所」を越えよ!それが勝利の直道
「難所」を、いかに制するか。人生においても、組織においても、この一点が急所となる。
毎年、正月の恒例となっている「箱根駅伝」。本年は、わが創価大学生が、関東学連選抜のメン
バーとして出場した。この箱根駅伝のコースには、「権太坂」という名高い難所がある。江戸時代
には、江戸から京へ向かうさい、「東海道」における有名な難所であった。現在の横浜市保土ヶ谷
区に、当時の面影が残っている。
129
権太坂を含む箱根駅伝の往路の区間は、「花の二区」と呼ばれる。長距離であり、激しい坂道が
続く。レース全体にも大きな影響を与える。ゆえに、各チームから実力のあるエース級の選手が選
ばれ、一秒でも早く、一歩でも前にと、しのぎを削るのである。
インドの大詩人タゴールは「きびしい闘いは闘わなければならない。それが人生に価値を与える
」とつづった。
人生には、思いもよらぬ「難所」がたちはだかるものだ。その時こそ、もう一歩で希望が見える
。未来が開ける。必ず勝利の旭日は昇る。そう心に決めて、ひたぶるに祈りぬき、前へ!前へ!と
進むことだ。大変であればあるほど、勝利の価値は大きい。
私は戸田先生から、あの「大阪の戦い」をはじめ、激戦の使命をうけるたびに、「すばらしき鍛
えの場をいただいた」と、歓喜に燃えた。断じて、師の期待に応えてみせる!自分が勝って、広宣
流布の大構想の突破口となるのだ!そう決意し、戦ってきた。いわば、難所の連続であった。その
折々に、ともに戦った同志の姿は、永遠に脳裏に焼き付いている。
第三代会長を辞任した翌年には、香川、高知、愛媛、徳島の懐かしき四国の友が、私のいる神奈
川の地を目指し、はるばると大船に乗って駆けつけてくださった。あの出会い、あの光景を、私は
生涯、忘れることはできない。
ともあれ、目の前のカベを一つ、また一つと着実に乗り越えることこそ、すべての勝利の直道で
130
ある。日蓮大聖人は、「釈迦如来のためには、提婆達多こそ第一の善知識であった。今の世間を見
ると、人を良くするものは、味方よりも強敵が、人をよく成長させるのである」(御書 0917p 通
解)と仰せである。「あの強敵が、私を強くしてくれる!」「これでまた成長できる!」ととらえ
て、朗らかに勝ち進みたい。
広布の労苦は宝の思い出に
ある懇談の折に、次のような悩みをうかがった。
仕事で定年を迎えた壮年の方が、目標を見失い、やる気をなくしてしまった。なんとかして励ま
したい――と。定年に限らず、今までの環境が激しく変化した時、心の張りを失って、落ち込んで
しまうことがある。
しかし「妙とは蘇生の義」とあるように、信心を根本にした人生は、どんな場所からでも、必ず
「新たなる出発」を切っていける。信心とは、生涯にわたる、挑戦と成長である。学会には「広宣
流布」という、世界のため、未来のための壮大な目標がある。
「目標を持つ人生」は強い。「同志と歩む人生」は愉快である。一度、元気をなくした人も、広
布の戦いを通して、偉大なる地涌の菩薩としての使命を自覚し、ふたたび立ち上がることができる
。
131
苦しかった体験も、すべて生かすことができる。仏法には一切、無駄はないのである。
また、仕事が多忙で、なかなか唱題する時間がとれない人もいる。さまざまな理由で、思うよう
に唱題できない場合もある。
大聖人は、「南無妙法蓮華経を只一度申せる人・一人として仏にならざるはなし」(1573:06 )
等と仰せである。たとえ一遍の題目でも、無量無辺の大福徳がある。何か悩みがあったら、まず御
本尊にぶつかっていく。何があっても唱題根本で進む。その「心」を持っている人が勝つ。すべて
の労苦が、宝の思い出となる。幸福の確かな軌道に、悠々と乗っていけるのである。
人間ならば、優れた宗教を選択せよ
歴史学者のトインビー博士は、私との対談の中で、力強く、こう語られた。
「われわれは、何らかの宗教をもたないかぎり、人間ではありえません。そこでなされるべき選
択は、宗教をもつかもたないかの選択ではなく、優れた宗教をもつか、劣れる宗教をもつかの選択
なのです」
これが、二十世紀最高峰の知性の結論であった。
戦乱と暴力の流転であった人類史を、いかに転換するか。博士は明確に主張された。
132
「真の永続的平和には、宗教革命が欠くべからざるものだと、私は確信します」
その宗教革命の希望として、博士は、大乗仏教、なかんずく現代に生きる日蓮大聖人の仏法に注
目されたのである。
どのようにして、宗教が社会に貢献していくか。このことを考えるとき、若き日に読んだ思想家
・内村鑑三のことばもまた、忘れることができない。
「西洋に在りて人は、いかなる権力者よりも強い。彼は、こうも述べている。
「宗教は信ずべき者であって利用すべき者でありません」「国民は宗教を信ずるを可とし、政治
家は之を信ずるの必要なしと云う理由は少しもありません」
まったくの正論だと思う。この内村鑑三は、私の青春時代の読書サークルの友人たちが、尊敬し
ていた思想家でもあった。関東ゆかりの偉人である。
「世は誠実を以てのみ勝つことができます。世に虚偽多しと雖も、虚偽を以て之に勝ることはで
きません。正義はやはり最後の勝利者であります。
今も、深く心に残っている彼の言葉である。誠実は、必ず勝つ。虚偽には断じて負けない。正義
は、絶対に勝利する。否、断固として勝利しなければならない。これは、戸田先生の弟子として、
133
この五十八年間の大法戦を戦い続けてきた、私の信念でもある。
近代看護の母ナイチンゲールは訴えた。
「どんな仕事をするにせよ、実際に学ぶことができるのは現場においてのみである」
戦場で、命がけで看護を続けた彼女の言葉だから、重みがある。広布の戦いも同じだ。現場にそ、
勝利のカギがある。リーダーは、「最前線」に飛び込み、激闘につぐ激闘のなかで、自身を鍛えて
いっていただきたい。
イギリスの女性作家であるシャーロット・ブロンテは、「人間の能力の及ぶかぎり正しいことを
なすべきです」と手紙につづっている。自分一人が努力してもわずかなものだ。などという考えは
よくない。ベストを尽くそう!――そういう信条であった。
大聖人は、熱原の法難にさいして、「彼等は野干のほうるなり日蓮が一門は師子の吼るなり」(
1109:18)と励まされた。
私たちの「広布の声」「勇気の声」は、何ものにも負けない力を持つ。戦った分、自分の福運に
154
なる。また、家族の福運、子孫末代までの福運となっていく。どんなに社会的な力を持った人も、
仏法の功徳を受ける人には、かなわない。真実の幸福を築いていく人には、かなわない。私たちは
、師子の大音声を放ち、卑劣な中傷など、はじき飛ばして、「自分の勝利」「地域の勝利」「広布
の勝利」へ、猛然と走りぬこう!
(長野研修道場)
050824@top
創立七十五周年記念協議会@
戦いは「勢い」と「執念」で勝つ
正しい信仰を持った民衆のスクラムは無敵
フランスの文豪ユゴーはつづっている。
「団結だ、団結だ」「民衆は団結をのぞんでいるのだ」
団結の力は、偉大である。団結した民衆ほど、強いものはない。なかんずく、「正しい信仰」を
持った民衆のスクラムは無敵である。いかなる逆境にも負けない。どんな困難も乗り越えて進む。
断じて勝っていける。それを現実社会のうえで、厳然と証明してきたのが、創価学会七十五年の歴
136
史にほかならない。
敬愛する全世界の同志とともに、晴れやかに「8・24」を迎えることができた。全同志の異体同
心の前進によって、今や世界広布の土台は完璧にでき上った。誉れの創価の一千万の同志に心から
感謝申し上げたい。本当にありがとう!
完勝の総仕上げは壮年部の手で
「8・24」は、「壮年部の日」である。激動する社会の荒波の中にあって、壮年部の皆さんは、
連日連夜、本当によく頑張ってくださっている。
先日もある婦人部の方々から、「壮年部が青年部をぐんぐんと引っ張っている。とくにヤング壮
年部が頼もしい」「だれが見ていなくても、地道に地域に貢献している太陽会の皆さんは、本当に
すばらしい。学会の誇りです」等と喜びあふれる報告があった。
地域の“信頼の柱”として、同志の“安心の灯台”として、壮年部が光っている。私も壮年部の
一員として、これほど、うれしいことはない。
戸田先生は言われた。
戦うというのは、最後は『本当に楽しかった』と言えるまでやらなければならない。そうでなけ
137
れば、本当の戦いとはいえない」
何事も“中途半端”では喜びはない。一歩でも足を踏み出すことだ。前へ進み続けることだ。前
進のなかに、栄光がある。勝利がある。幸福がある。最後まで広宣流布に戦いぬいた人は、夕空を
黄金色に染め上げる荘厳な太陽のごとく、「見事だな!」と人々から讃嘆される「完勝の人生」の
総仕上げを飾ることができる。
インドの“独立の父”であるマハトマ・ガンジーは語っている。
「ゴールへ到達しようと試みてこそ、栄光はある」
偉大な目的に向かって邁進しゆく、地道な一日また一日に、真実の栄光の歴史がつづられていく
のである。
御聖訓には「極楽百年の修行は穢土の一日の功徳に及ばず」(0329:05)と仰せである。
使命の天地で、苦労をいとわず、勇敢に戦い進む、わが同志の功徳は計り知れない。
さらに、ガンジーは、こう断言している。
「心からの祈りは奇跡を可能にする」
われらには――「祈りとして叶わざるなし」の信心がある。「法華経に勝る兵法なし」の妙法が
ある。「異体同心なれば万事を成し」(1463:05)の団結がある。
138
創立七十五周年を晴ればれと勝利の大行進で飾ってまいりたい。
今こそ「天王山」を勝ち取る時
朝の“戸田大学”で、恩師が「山崎の合戦」の話をしてくださったとがある。
明智光秀が織田信長を襲った「本能寺の変」の後、主君の仇討に駆けつけた羽柴秀吉軍と明智軍
が戦った合戦である。別名を「天王山の戦い」という。
天王山のある山崎の地は、京都と大阪を結ぶ要衝であり、ここでの勝利が、秀吉の天下統一の流
れを決した。ゆえに、天下分け目の戦いを「天王山」というようになったのである。
ことに、どちらが天王山を先に取るかが勝負だった。文豪・吉川英治氏も、『新書太閤記』で、
先を争うように天王山に殺到する、羽柴軍の将士たちを描いている。ともかく、「絶対に天王山を
取ってみせる」という「勢い」と「執念」が違ったのだ。戦いは「勢い」があるほうが勝つ。最後
の最後まで「執念」を燃やしたほうが勝つ。それが恩師の人間哲学であった。
人生には、必ず、「ここが天王山」という勝負の時がある。学会の歴史でも、まさに「天王山」
の決戦を、わが関西では戦いぬいてきた。「関西は一つ」との鉄壁の団結で、「天王山」の攻撃を
見事に飾ってきた。
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今こそ、創立七十五周年を決定する「天王山」を勝ち取る時である。広布の戦場では、大将も、
一兵卒もない。皆が一丸となって、威風も堂々と前進してまいりたい。
天王山のある山崎の近くには、“大楠公”にも歌われる桜井がある。
「青葉茂れる桜井の、里のわたりの夕まぐれ……」
「父は兵庫に赴かん……」
戦場に旅立つ武将・楠木正成が、後継を誓う長子・正行に、今世の別れを告げた桜井の地。ここ
から、父・正成は決然と、兵庫の湊川へ赴いたのである。
“湊川の決戦”の舞台となった神戸市兵庫区には、現在、緑に囲まれた「湊川公園」が設置され
ているとうかがった。また、隣接する神戸市長田区に厳然とそびえ立つのが、常勝関西のシンボル
・長田文化会館である。
あれは五年前、二月ではあったが、春のような暖かな日差しに包まれた日であった。私は長田文
化会館を初めて訪れ、“大楠公”の曲をピアノで弾かせていただいた。
恩師が大好きな曲であった。私たち弟子が広布の決戦に臨むさい、いつも歌った出陣の曲であっ
た。戸田先生も、“早く生い立て”との一心で一緒に歌ってくださった。
長田の友は、兵庫の友は、あの大震災の苦難を雄々しく乗り越えてこられた勇者である。そして
また、神戸市北区をはじめ多くの皆さんが、「関西は一つ」の心で、援助活動に全力で取り組んで
140
くださったことも私は忘れない。
昭和三十一年(一九五六年)の「大阪の戦い」で私と関西の同志がともに拝した御書を、今ふた
たび生命に刻みたい。
「今まで生きて有りつるは此の事にあはん為なりけり、此れこそ宇治川を渡せし所よ・是こそ勢
多を渡せし所よ・名を揚るか名をくだすかなり、人身は受け難く法華経は信じ難しとは是なり」(
1451:11)
「大阪の戦い」から五十周年の明年、待望の「関西池田記念会館」が完成する。私も、この晴れ
やかな“常勝関西の大城”に、わが同志とともに集い会いたい。
大関西の勝利は、全国の勝利であり、世界の勝利である。
いざ前進!わが生命の大関西よ、勝って勝って勝ちまくれ、と申し上げたい。
信心の利剣で魔を断ち切れ
昭和三十二年(一九六七年)八月、戸田先生が“生涯最後の夏”を過ごされたのは、長野の地で
あった。
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信越の皆さんには、この夏、たいへんにお世話になった。長野研修道場の共栄会等の皆さん方に
も心から感謝申し上げたい。本当にありがとうございました。
昭和三十二年といえば、六月には北海道で「夕張炭労事件」が、七月には「大阪事件」が勃発し
た。広布を阻む障魔の嵐が、相次いで学会に襲いかかってきたのである。
戸田先生は厳然と教えられた。
「魔が狙わんとするところは、日蓮大聖人の大精神を断絶せしめ、広宣流布を阻止することにあ
るのだ。そのためには魔は、手段を選ばない。いささかたりとも信心の眼が曇れば、魔に翻弄され
ていくことになるぞ」
「魔の蠢動の息の根を止めるためには、われわれの信心が一歩も退かなければよいのである。
鋭き信心の眼で、魔を見破れ、鋭き信心の祈りで、魔を断ち切れ!そして鋭き信心の行動で、魔
を打ち倒せ!ここに、不滅の学会精神がある。
戸田先生は、学会の未来を見つめて強く叫ばれた。
「要は、広宣流布のために一切を捧げようとする、本物の信仰者をつくるかどうかである。師子
だ。一人立つ師子をつくる以外にない。そこに、これからの学会のすべてがかかっている」
私は、戸田先生の弟子として、一人立った。どんな迫害にも耐えぬいて、学会を守り、同志に尽
142
くしてきた。
私は勝った。蓮祖の御遺命のままに、世界に仏法を弘めた。牧口先生、戸田先生の偉大さを全世
界に宣揚してきた。
師弟の築いた創価学会の偉大な勝利を、恩師も会心の笑顔で見つめてくださっているにちがいな
い。私には、一点の悔いもない。広宣流布は、弟子の戦いで決まる。
わが弟子よ!広宣流布へ、一人立つ師子であれ!――この戸田先生の遺言の叫びを、今、私は、
そのまま、後継の青年部に訴えたいのだ。
143
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創立七十五周年記念協議会A
心をつかめ!誠実と熱意で
徹して戦え!心晴れ晴れと勝鬨をあげられるまで
人生は、戦いがあるから、おもしろい。われらの戦いは、声の力、精神の力で社会を変える戦い
だ。幸福と平和を築く立正安国の戦いである。
戦いは、遠慮したら、だめだ。臆病であったり、ひいたりしてはいけない。ちょっとやって終わ
り――それでは、戦いとはいえない。徹底してやるのだ。
イギリスのシェークスピアの戯曲のせりふに、こうあった。
「なぜ勝つまでたたかわないのです?」
あと、もう少し!もうひと踏ん張りだ!そうやって、歯を食いしばって進んでこそ、心晴ればれ
144
と勝鬨があげられる。ともに勝利の喜びを味わうことができるのだ。
キッシンジャー博士「勇気が夢を現実にする」
憲政の父・尾崎咢堂は言った。
「今日の世界を救うものは獣力ではない。腕力ではない。人間の知恵である。世界の平和と人類
の幸福を心から願う人間の知恵の力である」
この知恵の力を最大に発揮して、世界を結んだ名外交官に、私の友人であるアメリカのキッシン
ジャー博士がいる。初めてお会いしたのは三十年前、ワシントンの国務省であった。
博士は、電撃的な米中接近をはじめ、歴史的な外交を何度も成功させた。「外交の魔術師」とも
呼ばれた。しかし、いわゆる「外交術」だけが、偉業を可能にしたのではなかった。博士の外交の
力は、どこまでも人間対人間の信頼にあった。
何より博士は、「対話は不可能」という思い込みを打ち破り、勇敢に道を開いた。かつての敵を
も味方に変えていった。
日本での会見の際、博士は言われた。
どんな偉大な事業も、はじめは、すべて『夢』にすぎなかった。前人未到の道をひとり征くには
145
、勇気が必要なのだ、と。
夢を現実にする力。それは勇気である。何があろうと、断じて勇気を手放してはならない。
キッシンジャー博士が満面の笑顔で、青春の乱舞を絶賛してくださったことがある。昭和六十二
年(一九八七)九月十二日、わが東京・足立の青年文化祭であった。
私も、決意みなぎる青年たちと、ともに舞い、ともに平和を謳った。あの晴れやかな一人一人の
顔は、私の心から永遠に消えない。
博士は、私との対談で言われた。
「青年は、自分より大きなことに挑戦すべきです」
本当にそのとおりだ。青年ならば、勇敢に、自己の小さな殻を打ち破っていくことだ。
私は、恩師戸田先生の言葉を思い出す。
「自分が変わり、自分が成長し、自分が責任を持てば、一切に勝利できるのだ。要は自分だ」
人ではない。自分が人間革命するのだ。今こそ壁を破るのだ!
さらに先生は、こう教えられた。
「戦いにあって最も大事なことは、人の心をつかむことである。人の心を動かし、とらえるもの
は、策でもなければ、技術でもない。ただ誠実と熱意によるのである」
誠実と熱意――ここに勝利のカギがある。
146
ジェファソン「師なら今どうするだろうか」
アメリカの第三代大統領ジェファソンといえば「アメリカ民主主義の父」として、あまりにも有
名である。独立宣言を起草し、信教の自由を打ち立て、大学総長として教育に尽くした。
彼の原点は何か。それは青春時代の恩師との出会いであった。
ジェファソン青年は、故郷バージニアの大学に入学する。そこで自然科学や数学、倫理学などを
教えていたのが、スモール博士であった。
博士の講義のさい、真理の探究に燃える目で、鋭い質問をする学生がいた。ジェファソンだった
。ある日、講義の後、博士は彼に声をかけ、散歩しながら話をした。
以来、博士とジェファソンは、毎日のように、科学をはじめ、さまざまなテーマをめぐって語り
合った。まさに、「一対一」の人間教育であった。
博士はジェファソン青年を、実社会で活躍する識者や指導者にも、どんどん会わせた。師の薫育
によって、若き知性は劇的に開花し、めざましい成長を遂げていったのである。
後年、ジェファソンは、スモール博士との出会いが、一生の運命を決定づけたと感謝している。
ほかに影響を受けた人物に、ランドルフ教授やウィズ教授がおり、ジェファソンは孫に、こう書
147
き送っている
「私は大変早い時期に高貴な性格の人と知り合えたこと、そして、彼のようになりたいと常に願
っていたことで、私がいかに幸運であったかを思います。誘惑にあった時、そして困難な状況に面
した時、スモール博士、ウィズ氏、ペイトン・ランドル氏はどうするであろうかと自分自身に問う
てみたのです。どうすればこれらの人々の承認を得られるだろうか[と自分に問いました]。この
ようにして自分の行動を決めたことが、他のどんな理由よりも、正しい方向に自分を導いたと思い
ます」
偉大な師匠を持つ人生は、幸福である。偉大な師匠の弟子として生きゆく人生ほど、強く、深く
、美しい劇はない。
ジェファソンの思いが私にはよくわかる。青春時代、私は全生命をかけて戸田先生にお仕えし、
訓練を受けた。
今も、胸中の先生と対話しながら、広宣流布の指揮を執っている。「戸田先生なら、どうするで
あろうか」と。
「師弟不二」なれば、何ものにも揺るがない。
「師弟不二」なれば、何ものをも恐れない。
「師弟不二」こそ、究極の「絶待勝利の力」なのである。
148
「青年は心して政治を監視せよ」
ジェファソンは、教育の普及が民主主義の柱であると考えた。彼はしばしば言った。
「人民をして知らしめよ、然らば彼らは正しい決定を為すであろう」
その思想の根底には、民衆に対する限りない愛情と信頼があった。
彼は主張した。
「私は、わが国民には今後長い間にわたって、権力の濫用をただすにたるほどの美徳と善意とが
あるにちがいないと信じております」
「民衆よ賢明になれ!為政者を監視せよ!権力の乱用を糺せ!
これがジェファソンの叫びだったのである。
思えば、私との対談で、トインビー博士は、こう慨嘆しておられた。
「今までのところ、政治は、人間が最も悲劇的な失敗に終わっている分野」であり、「政治は人
類の活動のなかでも、これまで最も不首尾で、最も才能がなく、最も非創造的で、最も工夫が足り
なかった分野ではなかろうか」
まったくそのとおりと思う。よき政治、よき社会、よき指導者をつくるためには、政治がもっと
149
賢明になることだ。青年が声を上げることだ。
戸田先生は、鋭く言われた。
「今日の政治の堕落の根源は、その罪の大半が青年にあると論ずる外はない。
青年は敏感である。もし、自己というものを確立し、自己の思想抱負を尊重し、天下大衆の幸福
を切願するならば、今日のような、腐敗した代議士にだまされるわけがない」
「とまれ、青年は心して政治を監視せよ」
この重大な遺訓を忘れてはならない。
行動が自分をつくる、歴史を開く
ジェファソンは言った。
「時間を無駄にすることのない人は、決して時間が足りないという不平は言わないものである。
常に行動していれば、実に多くのことを達成できる」
まったく正しい人生哲学だ。行動だけが自分をつくる。行動だけが歴史を開く。行動のなかでこ
そ、生き生きとした勝勝利への智慧が生まれる。
私の大好きなジェファソンの言葉がある。
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「活発な精神は常に幸せである」
まさに、勢いよく広布へ進む。わが同志の姿である。仏法のために、努力また努力し、動き、苦
労して、わが目標を達成していく。それらは、全部、功徳に変わる。自分の得になるのである。要
領よく泳ぐ人間は、結局、損をする。まして広布を阻む悪人の末路は厳しい。皆さまが、よくご存
じのとおりだ。
また、世間の財産は、今世だけで終わる。仏法に生きぬく人は、三世にわたる福徳を築いていけ
る。想像を絶する大満足の幸福境涯になることは、御書に照らして絶対に間違いない。
日蓮大聖人は「法門を説き聞かせたので、未来までの仏種になる」(御書 1486p 通解)と仰せ
である。
妙法を語った分、仏縁が広がる。仏になる種を蒔いているのである。これほど幸福を深め、正義
を広げる聖業はない。われわれは、広宣流布という最も崇高な使命のために行動している。
私たちほどの幸福者がいるものか!――この晴れ晴れとした大確信で、わが決勝点へ、悔いなく
走りきってまいりたい。
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創立七十五周年記念協議会B
広布の戦いは全員が幸福になる戦
前へ!前へ!最後に勝のが真の勝利者
広宣流布のための戦い、毎日、本当にご苦労さま!勝負は、途中では決まらない。最後で決まる
。朗らかに、一歩でも前へ!勇気をもって、攻めて攻めて攻めまくれ!その心で進んだ人が勝つ。
最後に勝のが真の勝利者である。
「声仏事を為す」(0400:06)である。
堂々と大きな声で、真実を言―いきるのだ。確信ある声で決まる。たとえ偏見をもった相手でも
、こちらの声で、真実をあらわすことができるものだ。ともあれ、動かなければ、何も変わらない
。語らなければ、何も伝わらない。しゃべって、しゃべって、しゃべりぬくのだ。
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どうか、体に気をつけて!祈りと行動で、断じて勝利を!法のため、人のため、一生懸命に戦う
人は、必ず、子孫末代まで大福徳に包まれる。そのことを深く確信していただきたい。
何よりも“人のつながり”を大切に
フランスの思想家ジュベールは言う。
「すべて人間を人間に結びつけるきずなをふやすものは、人間をよりよいものより幸福なものと
なす」
人間と人間を結べ!未来まで続く友情の絆を、たくさんつくれ!
それが創価の運動である。全部が自分の財産となるのである。
何よりも“人のつながり”を大事にする。その模範が、心美しき沖縄の皆さまである。
沖縄健児の大闘争が光る“宝物”――それは、赤褐色に変色した古い一冊のつづりである。
そこには、沖縄広布の一粒種である方を第一番として、4千番までの同志の名前が並んでいる。
彼が沖縄に渡った昭和二十九年(一九五四年)から三十五年三月までに入信された、懐かしい「蒲
田支部沖縄地区」の方々である。
たんなる「四千人」の名簿ではない。必死の「一人」が、あらゆる縁で、あの人、この人とつな
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がり、広宣流布という新しき民衆の大行進を創造してきた証明なのである。
草創の同志は、先駆者ゆえに、悪口され、迫害された。だが、「賢者はよろこび愚者は退く」(
1091:16)と仰せのとおり、勇んで烈風に挑み、地涌の連帯をひろげていったのだ。
この「善の連帯」を、世界平和の潮流とするため、私は沖縄を初訪問した。第三代会長に就任し
て間もない昭和三十五年の七月十六日のことである。
以来、激闘につぐ激闘の四十五年――わが沖縄は、私とともに、堂々と勝った。
久米島、渡嘉敷島、座間味村、粟国島、渡名喜島、南大東島、北大東島など、尊き島の同志も、
世界中の人が憧れる、最強の正義と幸福の大陣列を築き上げてこられた。
私は、沖縄の初訪問を小説『新・人間革命』につづり、その一章を「先駆」と題した。
先駆――それは、沖縄と異体同心で進む九州の精神である。
沖縄も先駆だ!大九州も先駆だ!荒波を越えて、創価の勝利へ、一心不乱に走りぬけ!そう心か
ら叫びたい。
劣勢をはね返したアレキサンダーの勇気
九月十日から「大ナポレオン展」が横浜のそごう美術館で開幕する。
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世界の巨人ナポレオンのごとく、神奈川そして全国の同志よ、いかなる山も乗り越えよ!栄光と
勝利の歴史をつづりゆけ!――そう私は祈ってやまない。
ナポレオンが憧れた英雄、それがアレキサンダー大王である。二十歳でマケドニア王に即位し、
二十二歳で東方への大遠征を開始する。そして、東西の世界を融合させ、新しい文化創造の原動力
となっていった大王である。
そのドラマは、数々の文学に結晶した。十二世紀のフランスの詩人ゴーチェによる叙事詩の傑作
「アレキサンダー大王の歌」も、その一つである。
若き大王アレキサンダー。その心には、「師子の気概」が燃えていた。「大胆不敵」であった。
王子の師匠は哲学者のアリストテレス。師は王子に教えた。
「真の気高さとは精神の品位ある行為で飾るものだ」
「正義」を「行動の指針」とせよ――。
祖国マケドニアから遠征に出発したアレキサンダー大王は、ペルシャの軍勢と戦った。
勝敗には、さまざまな要因がある。相手は、自分の舞台の数を遥かに上回る大軍である。
しかし、この若き大王とともに戦った軍勢は「敵をさらに攻めたてることを止めなかった。燃
えたぎる勇気こそが彼らの数の劣勢を補って余りあったのだ」とつづられている。人数ではない。
勇気で決まる。攻めて攻めぬく攻撃精神で決まる。
155
アレキサンダー大王は、いかなる指導者も、「自ら垂範して勇敢な人びとを動かし、勇者の証拠
を示さねばならぬ」と信じていた。指導者は、皆に“先に行け”というより、“私とともに戦え”
と言って自ら先駆を切るべきだ。そう確信していた。
大王とともに戦った青年たちは、「同じひとつの心と願望をもって戦った」とされる。
叙事詩にはつづられている。
「青年たちは彼らの指導者自身とよく似ていた。余りにもよく似ているので、これらすべてのア
レクサンドロスの戦友たちが激戦している姿を見たなら、大王はかくも多くのアレクサンドロスを
持つことを大いに喜ぶ出あろう」
そこには“だれかがやるだろう”という無責任はなかった。皆が「アレキサンダー」となって戦
ったというのである。
ともあれ、広宣流布は、戦ったすべての人が、無上の幸福に輝く大法戦である。全員が、勇敢に
勝利者となる戦いをやりぬこうではないか!
正義を叫べ!邪論には何倍もの反撃を
文永八年(一二七一)七月ごろ、行敏という邪悪な坊主が、日蓮大聖人を幕府に訴えた。じつは
156
、その黒幕が極楽寺良観らであった。
大聖人は、訴状を御覧になると、「行敏訴状御会通」を認められ、相手の愚劣な誹謗を一つ一つ
破折された。
明白な文証をあげて、相手の論拠を粉砕する。自語相違を突く。それこそ、一撃で敵の急所を突
き、さらに二撃三撃と追撃し、白日のもとに誤りを暴き出されている。
さらに、大聖人一門が不法行為を行っているとの事実無根の誹謗に対しては――
「この件、確かな証人を出して物を言え!」
たった一言で粉砕である。
悪口中傷の類は、たいてい根拠のない噂、デッチ上げにすぎず、証拠を問われると、たちまち馬
脚を現す。昔も、今も、下劣な嘘八百の連中は似たり寄ったりである。
大聖人は、極楽寺良観らに対して、明白な証拠を出せないならば、自分たちで捏造したデマだと
断定された。そして、この大妄語以上の破壊はなく、無間地獄は必定であると、畳みかけるように
呵責されている。
ともあれ、正義は叫ばねばならない。決して沈黙してはならない。遠慮などいらない。一の邪論
があったら、五倍十倍、否、二十倍の正義の反撃を返してやるのだ。
最後は必ず、真実が勝利する。大阪事件では、昭和三十七年(一九六二年)一月二十五日に無罪
157
判決を勝ち取った。
忘れもしないその前夜。私は関西男子部と女子部の会合に出席した。常勝関西の心臓部、兵庫の
尼崎で、私は後継の友に宣言した。
「次の世代にバトンを渡すまで、なんで自分の生命が惜しいものか。善良な市民を苦しめている
権力とは、断固、一生涯戦う!」
この決意のままに、私は広布の大道を駆けた。そして、私とともに、民衆の大城を築いてくださ
ったのが、わが愛する関西の皆さんである。
「大阪の戦い」「関西の戦い」で何度も拝した御書の一節を、全同志に贈りたい。
「湿れる木より火を出し乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり」(1132:10)
今こそ、猛然と祈り、大きく動き、歴史的な大勝利をつかもうではないか!
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創立七十五周年記念協議会C
平和の道も、幸福の道も一人の戦いから
われらの勝利を世界の友が待っている
明るく進もう!創価学会は、平和と文化と教育の大行進だ。我らの勝利を、世界の友が見つめて
いる。待っている。
思うようにいかないこともあるかもしれない。しかし、人のせいにして愚癡を言うだけ――そん
な消極的な姿勢は、勝利者の生き方ではない。
そういう時こそ、元気よく朗々と題目をあげるのだ。
「わが地域を日本一にしよう!」「わが使命の本陣を、世界一にしよう!」
師子吼するのだ。猛然と祈るのだ。
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「私の祈りで、私の叫びで、皆の心を動かしてみせる!」と。
断固たる決心で進むのだ。わが地域の組織を、新しく、もう一つ、つくるくらいの心意気で!
最後の最後まで、皆を励ましていくのだ。そして、叫んで叫んで叫びきっていくことである。
今は「宣伝」の時代である。いいことも、話さなければ、伝わらない。
広宣流布は、仏法の正義を伝える「大宣伝戦」であるといえよう。語れば、語った分だけ力にな
る。それをしなければ悔いを残す。
創価の同志は、百九十もの国と地域で活躍している。世界中から数多くの顕彰を受けている。
「こんなに、すごいんだ」「これだけの多大な期待と評価があるのだ」――そう語る声が、人々
を変えていくのである。勇敢に、自信をもって語りぬこう!
戸田先生のもとで学んだ小説『九十三年』
そのなかで文豪ユゴーは呼びかけた。
「戦闘の最後の勝利は、つねにもぎとるようにしてかちえられるものなのだ」
新しい広宣流布の夜明けは目前だ。ともに祈りきり、戦いぬき、最後の勝利をもぎとろうではな
いか!
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一にも人材、二にも人材、三にも人材の輩出を
ある東北出身の青年が、うれしそうに古い「聖教新聞」のコピーを届けてくれた。
一つは、昭和二十七年(一九五二年)十一月一日付の聖教だった。それは、仙台指導に行かれた
戸田先生を、東北の二人の女子部員の“記者”が取材した訪問記であった。女子部員の“快調直撃
インタビュー”である。
私も、そうだった、そうだったと、本当に懐かしく思い出した。
先生は、緊張する二人を励まされながら語られた。
「皆、日蓮大聖人の命を受け、広宣流布する役目をもって生まれてきたということ自体、深遠な
宿習なのです。そういう地涌の人生を見つめることが大切だよ」
「自分観、人生観、社会観、宇宙観の四つをきちっとまとめるのが仏法なのです」
もう一つ届けられたのは、昭和三十二年(一九五七)に聖教の「北日本版」に載った「北日本の
青年部に与う」と題する連載記事である。
これは、師匠である戸田先生のご精神を学び、広布の使命観を深めようとの企画で、当時、青年
部の室長だった私のインタビューであった。
161
師匠に真正面からぶつかっていこうとする北日本の青年の純粋な求道心に応えようと、私も真剣
に語った。そのなかで、私は、東北の青年に呼びかけた。
「白馬に打ち乗ったつもりで、関八宗はおろか北海道にも伸びていくという意気に立って前進し
ていただきたい」「一にも人材、二にも人材、三にも人材の輩出を」と期待をこめた。
壮大な東北の未来を見つめながらの語らいは、今も忘れ得ぬ思い出である。
ともあれ、青年が、大求道心を燃やして、師匠に直結していく。この心が、今の偉大なる東北青
年文大城を創ってきたのである。人材育成グループ「仙台・青年と語る会」の伝統を受け継ぎ、こ
のほど新たに「二十一世紀 東北・青年と語る会」が結成されるとうかがった。東北青年部の新時
代の幕開けを心から祝福したい。
東北の広布史は、「限界を突破する人材」「逆境に打ち勝つ人材」へ境涯革命の歴史であった。
ある哲学者は叫んだ。「正義によって立て!汝の力二倍せん」と。
われらの「正義」とは、立正安国の精神であり、広宣流布の闘争である。
「二倍せん」とは、たんなる数字では決してない。「自分の力は一しかない」と思い込んでいる
、自分の「心の限界」を勇敢に打ち破ることである。生命の奥の“あきらめの鎖”を、きっぱりと
断ち切ることなのだ。ゆえに、それは「二倍やればいい」という問題とも違う。必ず三倍四倍に拡
大していく突破口なのだ。
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アインシュタイン「勇気をもって語れば、人の心は変えられる」
戸田先生とともに旅した仙台に、かのアインシュタイン博士も訪れた。博士は関西、東京、愛知
、九州にも足を運んでいる。
博士が、第二次世界大戦のころから、繰り返し、訴えていたことは何であったか。それは、「人
の心を変えなければならない」という一点であった。核戦争による破滅を防ぐ手だてはあるのか、
との問いに、彼は「ある」と断言する。
「邪悪な心を征服さえできたらね。科学的手段に頼らず、われわれ自身の心を入れ替え、勇気を
もって語れば、人の心を変えられるだろう」
「人間革命」の哲学と深く響き合う、ゆえに友よ、人間の心に巣くう、邪悪と戦え!勇気をもっ
て正義を語れ!平和の道も、幸福の道も、その一人一人の戦いから始まるのだ。
関東に縁の深い日寛上人は断言された。
「我等、妙法の力用に依って蓮祖大聖人と顕るるなり」
「広宣流布のために、不惜身命で戦う人は、偉大なる仏の生命が、わが身に厳然と涌現するとの
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仰せである。なんとすばらしいお言葉であろうか。大聖人に等しい力がわきあがる。ならば、いか
なる困難にも負けるわけがない。これが信心の究極である。このことを、だれよりも確信して進む
関東の同志に「栄光あれ!幸福あれ!」と私は強く祈っている。
自分が縁した友、そして、ともに戦う同志の幸福を、心から祈り、陰に陽に尽くしていく。それ
が仏法のりーだーである。その人が、一生涯、幸福な人生で歩めるように――私はいつも、そうゆ
う思いで、祈りに祈り、はげましてきた。
先輩は、後輩に対しても、ふざけがあってはならない。真剣でなければならない。
また、何度も申し上げるが、壮年のリーダーは婦人部の意見を大事にすべきである。独りよがり
ではいけない。皆が「いいな」「見事だな」と思う名指揮をお願いしたい。
団結こそ勝利である。心を合わせて、仲良く進んでいただきたい。
皆、いい人生を!青年は親孝行の人に!そして、わが使命の大地で大勝利して、皆から喝采され
る、すばらしい一生を生きぬいていただきたい。
ナポレオン「いかなる戦いも、最後の五分間で決まる」
九月十二日は「竜の口の法難」の日である。
164
日蓮大聖人時代は、山に山を重ねるような大難の連続であった。
難こそ誉れ――その崇高なる心を、私かかって「熱原の三烈士」の詩にうたった。
生死流転の神四郎
桜の花の吹く風に
あれよ広布の鏡よと
その名かんばし熱原の
烈士の命 誉れあり
この歌を、そして戸田先生が大好きだった“大楠公”をわが心のピアノで奏でながら、「わが友
よ負けるな!」「断じて勝ちゆけ」と祈ってきた。
われらもまた、後世の友から讃えられる大闘争を、勇敢にやり遂げよう!
最後に、常勝将軍ナポレオンの言葉「いかなる戦いも、最後の五分間で勝利は決まる」を贈り、
スピーチを結びたい。きょうは、ありがとう!勝って会おう!
(長野研修道場)
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創立七十五周年代表者会議
栄光の山頂(ゴール)へ!完勝で飾れ
広布に生きぬく福徳は無量
きょうは、お忙しいなか、本当にご苦労さま!他の人々が休んでいる時も、わが学会の同志は、
友のため、広布のために懸命に働いておられる。それが、どれほど尊いことか。
戸田先生は語っておられた。
「われわれ仏弟子は、他の者が寝ている時、遊んでいる時、一生懸命に仏の使いをしているゆえ
に、宿命を打破することができる。福運も積んでいけるのだ」
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皆さまの功徳は計り知れない。諸天善神が、皆さまを守らないわけがない。そのことを、深く確
信していただきたい。
富士のごとく堂々と、嵐に揺るがぬ人間王者に
かつて戸田先生は、富士山を見ながら、こう言われたことがある。
「学会は、宗教界の王者である。否、世界平和に戦う王者なのだ。君たちよ、心を尽くして、立
派に使命を果たすのだ。断じて負けるな!最高の王であり、最高の智慧者である富士を仰ぎながら
、語りゆくのだ」
戸田先生は、堂々たる富士の山が大好きであった。
一九五五年(昭和三十年)六月、戸田先生が「水滸会」の最後の野外訓練を行ったのも、富士山
を仰ぐ天地、河口湖・山中湖畔であった。「富士山が、きれいだな」「きれいだな」と、何度も語
っておられた。戸田先生は、水滸会の中から、次の学会を担う青年を育てようとされていた。
まだまだ人材が足りない。大切なのは、青年の連帯である。団結である――そういう思いで、青
年を訓練してくださった。
富士のごとくあれ!富士のごとく、堂々と生きよ!悠然と戦え!烈風を打ち破って、そびえ立つ
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雄々しき人間になれ!これが、戸田先生の叫びであった。
先生は、水滸会の訓練を通して、師弟の深い歴史をつくってくださった。忘れ得ぬ黄金の思い出
である。先生は、いつも私をそばに置いて、訓練しようとされた。そのお心にお応えしようと、私
は懸命に戦った。
大変だと思う時もあった。しかし、真剣に、また徹して戸田先生に仕えたからこそ、今の私があ
る。だからこそ、師弟の精神の深さ、尊さがある。
ともあれ、リーダーの皆さま方は、学会のため、同志のため、広宣流布のために、尽くしていっ
ていただきたい。その行動にこそ、「師弟」の精神が脈打つ。日蓮大聖人が仰せのとおりの強き信
心が脈動するのである。
富士山といえば、徳川家康は江戸城をはじめ、生涯の大半にわたって、富士の見える場所に城を
構えた。
作家の吉川英治氏は、小説『宮本武蔵』で、「あれになろう、これに成ろうと焦心るより、富士
のように、黙って、自分を動かないものに作り上げろ作りあげろ」とつづっている。
私はかつて、東京・青梅市にある吉川英治記念館を訪ね、吉川氏の夫人と語り合う機会を得た。
168
この記念館訪問の感慨を胸に「富士のごとく」と題する詩を詠み、夫人に贈呈したことを、懐か
しく思い出す。
多田先生は叫ばれた。
「広宣流布の闘士は、人間の大王である。この気概と誇りを持ち続けるのだ」
広布のために生きぬく人生ほど、崇高なものはない。学会とともに、広宣流布へと進んでいくな
らば、富士のような、大王のような偉大な境涯を築くことができる。不動の幸福、不動の勝利が約
束されている。生々世々にわたり、生命の大長者として、輝いていくことができるのである。
御聖訓には「王」の意義について、「須弥山という山が大地を貫き通して傾かないようなもので
す。天・地・人を貫いて少しも傾かないのを王と名づけたのです」(御書 1423p 通解)と仰せで
ある。どのような難が来ても動じない。退かない。烈風をはね返す。否、烈風の中でこそ、堂々た
る輝きを放つ存在となっていただきたい。
指導者は「民衆のために」学べ
「議会政治の父」と呼ばれた尾崎咢堂は、「人間は如何なるえらい人と雖も、始終学ばなければ
愚人になる」と喝破した。
169
そう訴えた尾崎咢堂自身が、一生涯、勉強し続けた人であった。
たとえ、立派な地位を築いたとしても、名声を得たとしても、そこで慢心を起こして、学ぶ姿勢
を捨てれば、愚かな人間になってしまう。
人間の評価は、過去ではなく、現在の姿勢で決まる。ゆえに、表面的な権威や立場にだまされて
はならない。とくに指導者に対しては、その人物が「民衆のため」に生きているかどうかを、正し
く見定めていかねばならない。
日蓮大聖人の仏法は、つねに変化し続ける現実のなかで、賢明に生き、永遠の幸福を確立するた
めの生命論であり、哲学である。いわば、生命の本質、人間の真実を究める“最高の学問”である
といえよう。妙法の求道心をますます燃やして「生涯勉強」「生涯前進」の人生を見事に飾ってい
ただきたい。
統一ドイツの初代大統領ヴァイツゼッカー氏とは、一九九一年六月にお会いした。「物質主義」
をどのように克服するかをはじめ、教育、国連改革の課題など、多岐にわたって語り合った。
氏は、来日した折に、沖縄の青年に語りかけた。
「国の政治を政治家や古い制度に任せず、若者が積極的にかかわっていくことが大切だ」
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青年をこよなく愛し、若い力を信じるヴァイツゼッカー氏の一言である。
政治家のなかには、議員になると、“自分が一番、偉い”と錯覚する者が出てくる。卑しい“政
治屋”に堕落する者もいる。自分を支えてきてくれた恩人を裏切る者さえいる。そうした腐敗をた
だして、改革していくには、青年の参加こそ重要なのである。
また、アメリカの社会活動家エレノア・ルーズベルト女史は主張する。
政治を理解しようと努める市民にとってだいじなことの一つは、人間性を研究することである」
どうすれば、本当に平和な社会になるか。皆が幸福な社会を築けるか。この課題に真剣に向き合
えば、どうしても、「人間性」を深く探究していかざるをえない。
「自分自身」を磨かない政治家は、お金に目がくらみ、利権に流されてしまう。まさに権力は魔
性である。ゆえに、日々人間性を鍛えゆく民衆が、真剣に、厳しい目で政治に関わり、リードして
いかねばならない。
「信なき言論、煙のごとし」
オーストラリアの作家ツヴァイクはつづった。
171
「生命をかけて自己の言葉を保証しないならば、その人の言論は煙に等しい。
戸田先生も、「信なき言論、煙のごとし」と、烈々たる信念であられた。これが、わが学会の言
論戦の根本である。
嫉妬ゆえのデマ、売らんがための悪口雑言は吹けば消え去るけむりのごとき、はかないものだ。
一度、世に出たにもかかわらず、自分の言葉に責任を持てない。そのようないい加減な言論に惑
わされては、あまりにも愚かである。断じて打ち破らねばならない。
私たちの広宣流布の戦いは、大聖人の御遺命であり、大いなる理想に燃える言論戦である。何よ
り力強い「信」の柱がある言論だ。
どうか自信をもって、勢いよく、大誠実の言論、破折の言論を、これからも勇敢に貫いていって
いただきたい。
リーダーは生き生きと、笑顔で!
戸田先生は語っておられた。
「指導者は、どんなにつらかろうが、人前では、生き生きとしてなければならない。その姿に同
172
志は安心し、ついてくる」
広宣流布の戦いは、闘争の連続である。「大変だ」「疲れたな」と思う時もあるかもしれない。
しかし、そういう時こそ、リーダーは、生き生きと、笑顔で、皆に接していくことだ。友を讃え、
励ましてくことだ。そうすれば、不思議と自分自身も元気になる。組織も、生き生きとしてくるも
のだ。反対に、中心者が疲れて、つらそうな顔をしていては、皆も元気がなくなってしまう。いや
になってしまあう。
リーダーは自分から、「さあ、頑張りましょう!」「もう一息ですよ!」「一緒に勝ちましょう
」と笑顔で、声をかけてほしい。そこから、壁を破りゆく前進の力が生まれる。とくに青年は、さ
わやかに、心晴れ晴れと戦いぬいてほしい。「さわやかに」題目をあげ、「さわやかに」学会の組
織について、多くの同志とともに、広布のため、じぶんのために、活動してもらいたい。
組織というと、固いイメージを持つ人がいるかもしれない。しかし、人間の体も「組織」だ。さ
まざまな機能から成り立つ建築物も、いわば、「組織体」である。大宇宙もまた、妙なる法則に則
つて運行する「組織」といえよう。どんな団体や存在も、組織であるからこそ、十分に活動を行う
ことができる。目的に向かって、正しい軌道を進んでいくことができるのである。
学会は、広宣流布のための組織である。何よりも大切な妙法の組織だ。この学会とともに進む限
り、不幸になることは絶対にない。皆、偉大なる使命をもった「地涌の菩薩」である。「最高に幸
173
せだった!」「満足した!」と言いきれる人生を歩んでいけるのである。
私は、全同志の大勝利と健康を毎日、真剣に祈っている。
栄光の山頂は、目前である。どうか、最後のゴールまで悔いなく走りぬいていただきたい。
きょうは、本当にありがとう!創立七十五周年の大闘争を完勝で飾り、元気な姿で、またお会い
しましょう。
(山梨研修道場)
174
050912top
各部代表者協議会
万年の未来へ 壮大な「平和革命」の基盤を
すばらしき全国同志に心から感謝
創立七十五周年を飾る大勝利、まことに、おめでとう!全国のすばらしき同志の皆さま方の大奮
闘を、心からねぎらい、私は讃えたい。有名な日蓮仏法の真髄の一つに、「法華経に勝る兵法なし
」とある。法華経を弘める道を少しでも広げ、少しでも私たちが前進していくことは、それ自体が
、広宣流布である。全部、法華経につながる行動である。広宣流布のために行動したことは、すべ
てに意味がある。一つも無駄がない。一切が必ず報われる。
175
日蓮大聖人は、「皆我が一念に納めたる功徳善根なりと信心を取るべきなり」(0383:15) と仰
せである。どのような結果が出たとしても、全部、未来のために意義がある。今、順調であっても
、それで油断して、あとで崩れてしまえば、何にもならない。
未来永劫に崩れることのない、広々とした大地を、私たちは創っているのである。一つももれな
く、三世永遠に輝きわたる仏道修行なのである。炎暑のなか、広宣流布の勝利のために崇高な汗を
流してくださった。尊き皆さま方のご苦労を、大聖人は、すべて、お見通しであられる。本当に偉
い人とは、華やかなスポットライトを浴びるような有名人でもなければ、高い地位について威張っ
ている権力者でもない。広宣流布のために戦う人、すなわち、全人類を完全な「善」の方向に向か
わしめる人が、最も尊貴である。
ゆえに、学会員の皆さまこそ、本当に偉大な方なのである。皆さまこそ、一番、讃えられるべき
である。そのことを私は、未来のために明快に叫び、残したい。これは大聖人が仰せであり、師・
戸田先生の厳然たる叫びであられた。
日本列島に“創価の旗”を堂々と
仏法とは、仏と魔との闘争である。現実社会の上で、仏の陣列と魔の軍勢が「とられじ・うばは
176
んと・あらそう」(1224:04) のが、広宣流布の実像である。だからこそ、激しい攻防戦のなかで
、広布の地盤を少しでもひろげていくことが一番大切なことだ。大変な環境で戦うからこそ、想像
もできないような、大きな功徳を受けるのである。
「極楽百年の修行は穢土の一日の功徳に及ばず」(0329:05)
この「報恩抄」の一節を、晴れ晴れと拝していきたい。
大聖人は、この「報恩抄」に、「日蓮が慈悲曠大ならば南無妙法蓮華経は万年の外・未来までも
ながるべし」(0329:03) と仰せである。
広宣流布とは、この妙法の絶大な功力をもって、末法万年尽未来際にわたる民衆救済を目指しゆ
く、壮大な「平和革命」にほかならない。「御義口伝」にも、「今日蓮が唱うる所の南無妙法蓮華
経は末法一万年の衆生まで成仏せしむるなり」(0720:13) と記されている。
目先の利益を超えて、さらに永遠性の次元から、今の何倍もの力をもった「正義の地盤」「幸福
の地盤」「平和の地盤」を、深く広く築き上げていくのが、広宣流布である。これこそ、私たちの
偉大な方針である。この最も確かなる、そして、最も崇高なる栄光勝利の道をまいしんしていくの
が、皆さま方である。
今また、日本列島の隅々に、偉大なる“創価の旗”が堂々と翻った。いかなる時にも、未来を見
つめ、将来を見据えて、悠々と、また悠々と、現実社会の真っただ中でで、勇気ある行動を貫き通
177
していく。これが透徹した「立正安国」の哲学である。これが広々とした「広宣流布」の人生観で
ある。これが恒久平和を目指す「令法久住」の信念なのである。
世界五十五ヵ国・地域から、二百五十人の若き求道のリーダーがはつらつと来日して、SGIの
青年研修が行われる。
創価学会は、一閻浮提すなわち全世界に友情を広げ、末法万年すなわち遠大な未来へ向かって進
んでいる。使命深き私たちは、健康で、そして朗らかに、また朗らかに、堂々たる人生を、同志と
連帯を組みながら、前進してまいりたい。
広布の活動を推進するにあたり、ご家族の皆さま方には、たいへんお世話になっております。
とくに、未入会のご家族の方々のご協力、ご理解に、深く深く感謝申し上げます。大変にありが
とうございます。
家庭こそ、一切の営みの基盤である。どれだけ民主主義を論じ、平和や教育を論じても、その議
論が、人間の幸福とか家庭の繁栄に結びついていかなければ、結局は空理空論になってしまう。
戸田先生は「一家和楽の信心」と言われた。
うるわしい「一家和楽」の姿のなかにこそ「信心の勝利」があり、「仏法の智慧」が光ることを
忘れないでいただきたい。
178
「地球平和への探究」――ロートブラット博士との対談
私たちが心から敬愛してやまないロートブラット博士が、八月三十一日にロンドンで逝去された
。享年九十六歳。天寿を見事にまっとうされた生涯であった。
核廃絶、戦争廃絶に戦いぬかれた不世出の大指導者に、私は懇ろに追善回向を捧げた。
博士からお話をいただき、私たちは「ラッセル・アインシュタイン宣言」五十周年を記念して、
月刊誌「潮」の七月号から対談を連載していた。
「地球平和への探究」と題しての語らいに、博士は、それはそれは真剣に取り組んでくださった
。対談をすべて終え、この八月上句に博士の推敲も終了したところであった。まさに、この対談が
、博士の“遺稿”となったのである。
人間の都・大阪で、そしてまた、平和の天地・沖縄で、博士と語り合ったことも、忘れ得ぬ歴史
である。博士は語ってくださっていた。
「私は、仏教徒ではありませんが、池田会長と『世界平和』という同じ目的に向って、同じ信条
を共有しています。そして、深い友好で結ばれているのです。お話していると、私たちの波長がピ
179
ッタリ合っていることに気づきます」
上辺だけのつきあいではない。胸襟を開き、心を通わせて、世界の平和のため、人類の未来のた
め、有意義な交流を広げ、具体的な行動を進める。これが、私たちの歩む「友情の道」であり、「
連帯の道」である。
ロードブラット博士は、みずからも製造にいったんはかかわった「核兵器」という巨大な凶器の
根絶のため戦い続けた。
その戦う“武器”は、なんであったか。博士は述懐しておられた。
「パグウォッシュ会議は……何か特別の手段をもっていたわけではありません。私たちの武器は
、人間同士の理解に基づく討議によって導かれる『言葉』だけでした。その言葉をもって相手を説
得する。それが私たちが続けてきた平和運動の根幹だったのです」
仏法でも「声仏事を為す」と説かれる。「声」の力で、「言葉」の力で、「対話」の力で、正義
と幸福を拡大していくのだ。
博士は、九十歳を超えても、背筋をピンと伸ばし、さっそうと世界中を飛び回っておられた。広
島・長崎の被爆六十周年の今年も「ぜひ訪日し、対話を続けたい」と強く希望されていた。
博士は、すがすがしく言われていた。
「私自身、自分が年寄りだと思ったことはありませんし、いつも青年の気持ちでいます。ただ、
180
人間の体には限度があって、この頃は肉体的な老化を感じるようになりました。しかし、それは肉
体だけであって、精神はそうではありません。私自身、まだ若々しい精神で生きています」
わが学会においても、「多宝会」の皆さま方、「宝寿会」の皆さま方、「金宝会」の皆さま方、
さらに「太陽会」「敢闘会」などの皆さま方が、生き生きと、若々しく、広宣流布の勝利と前進の
ために戦ってくださっている。
皆、広宣流布の大英雄であられる。また最高無二の総仕上げを生きぬかれる模範であられる。さ
らに「不老不死」の妙法を持つ人生の長者であられる。そして、「常楽我浄」の生命を光り輝かせ
ゆく大勝利者であられる。どうか、お元気で!いつまでも、お元気で!――とお祈り申し上げたい
。
ロートブラット博士は、四年前の「9・11」の同時多発テロ直後、ロンドンからアメリカ創価大
学を訪問し、一期生に講演してくださった。本年、その一期生たちが立派に成長して卒業していっ
たことも、心から喜んでくださった。
博士は、アメリカ創大生をはじめ、創価の青年たちへの期待を、こう語り残されている。
「いつも、世界のために尽くす美しい青年であれ!」「自分の行動に責任を持て!」「いつでも
、だれにでも、私は人類のために全力を尽くしていると心から言えるように生きぬけ!」
181
博士は、創価の人間主義の連帯に全幅の信頼を寄せてくださっていた。
ともあれ、人類の最高の知性と良識が、私たちに期待している。勝利を祝福してくれる。
「創価の勝利」こそ、「平和と人道の前進」なのである。
苦悩する人々を救う忍辱の人たれ
ここで御書を拝したい。大聖人は「南部六郎殿御書」で、天台大師の師匠である南岳大師の次の
言葉を引いておられる。
「もし菩薩がいて、悪人をかばって、その罪を罰することができないで、そのために悪を増長さ
せ、善人を悩乱させ、正法を破壊させるならば、その人は実の菩薩ではない」(御書 1374p 通
解)
182
仏法は「行動」が魂である。いくら立派な菩薩といわれる人であっても、現実に謗法と戦わず、
見て見ぬふりをして、正法が破られるのを許すのであれば、その人は菩薩ではない。それどころか
、「その人は死後、諸の悪人とともに地獄に堕ちるであろう」(御書 1374p 通解)と結論してい
るのである。
悪と戦わなければ、悪を増長させ、結果的に悪と同じ罪を背負うことになってしまう。ゆえに徹
して悪を責めぬけ!――これが、牧口初代会長の正義の叫びであった。
悪を滅してこそ、善の世界は広がる。ゆえに、強い「破折の心」で祈りに祈り、わが正義を語り
きってくことである。
大聖人は仰せである。
「おのおの日蓮の弟子と名乗る人々は、一人も臆する心を起こしてはならない」(御書 910p
通解)
大聖人は「師子」であられた。弟子の私たちもまた「師子」である。何ものも恐れない「勇気の
信心」で進んでいくことだ。
さらに「御義口伝」には、「忍辱は寂光土なり此の忍辱の心を釈迦牟尼仏と云えり」 (0771:1
3)
、と仰せである。現実社会の中に飛び込んで、苦しむ人々を救うために、いわれなき批判や悪口に
耐えながら、生き生きと、妙法を弘め続ける――この“忍辱の心”こそが仏であるとの御断言であ
183
る。この心を心として、意気揚々と前進している勇者こそ、わが誉れの同志なのである。
また「生死一大事血脈抄」には、次のように仰せである。
「日蓮が弟子の中に異体異心の者之有れば例せば城者として城を破るが如し」(137:14)
広宣流布の組織は、決して「外」からは壊されない、怖いのは「獅子身中の虫」である。
学会のおかげで偉くしてもらいながら、その恩を忘れ、学会員をばかにし、私利私欲のために学
会を利用する。こうした悪い人間は、絶対に広宣流布の“本陣”の中に入れてはならない。悪い人
間は、断固、叩き出すことだ――このように戸田先生は厳命された。広宣流布の指導者は、どこま
でも、「一騎当千」にして、「異体同心」の精鋭であらねばならない。
広布の行動は永遠に輝く
創価学会は、戸田先生がつねづね“私の命より大切な広宣流布の組織”と言われた、仏意仏勅の
団体である。その学会を守り、同志を守るため、新しい発展の道を開くために、私はどんどん人に
あった。正義を語りぬいた。大胆に!誠実に!いかなる権威も恐れずに!
その実践がなければ、戸田門下生ではない。大聖人の仏法を奉じた広宣流布の闘士とはいえない
。「広宣」とは「広く宣べる」と書く。ゆえに私は、世界の指導者と、平和の対話を幾重にも広げ
184
てきた。語るのだ。人間の王者として、痛快な劇を残していくのだ。そして、ひとたび結んだ友情
を大事にし、広げながら、一生涯の宝としていっていただきたい。
真剣に戦った思い出は永遠に輝く。広布のための行動こそ尊い。私はやりぬいた!きょうも前進
した!その積み重ねが、勝利の人生を開く。幸福の宮殿をつくる。後世の誉れの名が残っていく。
それを強く確信していただきたい。どうか、価値ある一日一日を!わが黄金の日記帳を晴ればれと
つづっていただきたい。
最後には正義が必ず勝利する
私は、歴史上の人物から、人間学を学び、人生の糧としてきた。戸田先生のもとで学んだ青春時
代を懐かしく振り返りながら、私の好きな言葉を申し上げさせていただきたい。
十八世紀に活躍したドイツの思想家リヒテンベルクは語っている。
「惟うに、誹謗文を書かれなかったひとが、多少なりと価値のあるひとだったためしはかつてな
い」
価値ある人だから、嫉妬され、誹謗される。それが歴史の常である。
アメリカのグラハム・ベルといえば、電話の発明で知られている。彼にも「中傷家の一群」が襲
185
いかかった。陰湿な攻撃が続いた。そのなかで、彼は家族に、こう書き送った。
「結局は、正義と真実が勝つことになるのです」
多くの先駆者は、いわれなき中傷を受けてきた。しかし、最後は正義と真実が勝つ。否、断じて
勝たねばならない。わが信念を敢然と語りぬくのだ。
ドイツの哲学者カントは喝破した。
「高慢なひとは常に心の底では卑劣である」
高慢とは醜い名誉欲である。優れた人間を、不当に貶めようとする。人間性を侮辱する。愚かで
卑劣な心である。そんな人間は、だれも尊敬しない。最後は、だれからも相手にされず、敗北の坂
とりを転げ落ちていく、昔も、今も、変わらない方程式といえよう。
大聖人の大慈大悲こそ学会精神の真髄
きょう九月十二日は「竜の口の法難」の日である。この時、大聖人の御年五十歳。乱れた世を救
うには、正しい思想を打ち立てよ!――そう厳然と叫ばれた。そして、狂った権力者である平左衛
門尉頼綱らの理不尽な弾圧によって、死罪に処せられたのである。背景には邪悪な坊主の謀略があ
った。
186
文永八年(一二七一年)九月十二日の午後、頼綱は、武装した多くの兵を率いて、大聖人の草庵
に襲いかかった。大聖人御一人を捕えるのに、数百人もの兵士を引き連れて、狼藉をくわえたので
ある。さらに、大聖人に暴力を加え、罪人として連行した。そして、権力者たちは、正当な取り調
べもなく、夜半、竜の口へ連れ出し、闇に乗じて命を奪おうとしたのである。
しかし、いかなる凶暴な権力をもってしても、いかなる邪悪な陰謀をもってしても、御本仏を傷
つけることができなかったことは、厳然たる歴史の事実である。
戸田先生はつねづね、言われた。
「『大聖人は、あれだけの大難を忍ばれたから偉い方である』という人がいる。そうかもしれな
いけれども、もっと偉大なことは、ありとあらゆる大難を忍ばれながら、一切衆生を救おうとされ
た大慈大悲の戦いをなされたことである。
「御本仏が、こういう御苦労をされているのだ。門下であるわれわれも、何があっても辛抱して
いかなければならない。大聖人の大慈大悲を世界に宣揚しなければならない」
これこそ、学会精神の真髄である。
ともあれ、大聖人は、この竜の口の法難にあって、お供して殉じようとした誉れの弟子・四条金
吾に対して、悠然と言い放たれた。
「これほどの喜びを笑っていきなさい」(御書 0914p 通解)
187
この大境涯にまっすぐ連なっているのが、わが創価学会である。あらゆる難を不惜身命で勝ち越
えてきた。一番、大事なのは、広宣流布に戦う学会員である。
大聖人は仰せである。
「法華経を持つ人は、男性ならば、どんな身分の低い者であっても、三界の主である大梵天王、
帝釈天王、大四天王、転輪聖王、また中国、日本の主などよりも勝れている。ましてや、日本国の
大臣や公卿、源氏や平家の侍、人民などに勝れていることは、いうにおよばない。女性ならば?尸
迦女、吉祥天女、あるいは漢の李夫人、楊貴妃などの無量無辺の一切の女性に勝れている」(御書
1378p 通解)
まさに、妙法を弘めゆく学会員の皆さまのことである。いかなる権力の人間も、学会員の尊貴さ
にはかなわない。同志が功徳を受け、希望と自身と喜びに満ちあふれて前進していく、それこそが
、何よりも大事である。幸福の連帯を拡大する――これがわれらの勝利であるからだ。
最後に、次の御文を拝したい。
「がうじやうにはがみをしてたゆむ心なかれ、 例せば日蓮が平左衛門の尉がもとにて・うち
ふるまい・いゐしがごとく・すこしも・をづる心なかれ」(1084:07)
たゆむ心なかれ!おそるる心なかれ!この御聖訓を深く拝しながら、まさに勇敢に、正義と勝利
の大前進をしゆくことを、ともどもに朗らかに決意しあって、私のスピーチとさせていただく。
188
重ねて、広宣流布のため全国の同志の皆さまの奮闘と労苦に、心から感謝し、最大に讃嘆申し上
げたい。どうかお元気で!くれぐれもお体を大切に!ありがとう!
(東京牧口記念会館)
189
050914top
第五二回本部幹部会
全国青年部幹部会
われらは勇気の闘争で前進!
創立七十五周年を大勝利で飾る
海外の大切な同志の皆さま方、遠いところご苦労さまです!全国の皆さま方も、たいへんにあり
がとう。すでに会合も長時間になっており、疲れた人もいるでしょう。どうか、わが家に帰ったよ
うなつもりで、リラックスして聞いていただきたい。連日の炎暑のなか、悪条件をものとせずに、
皆さん、本当によく戦ってくださった。
ともあれ、勇敢る創価の同志の、闘争に次ぐ闘争によって、わが学会は、創立七十五周年を大勝
189
利で飾ることができた。
わが同志の偉大な奮闘に対して、私は一句を贈りたい。
万歳と
共に叫ばむ
創価かな
皆さん、本当にありがとう!本当にご苦労さまでした!
つねに「今」が出発!新たなる勝利へ
日蓮大聖人の仏法の根本目的は、広宣流布の拡大である。御書に何度となく、「広宣流布」と記
されているとおりである。ゆえに、どれだけ実質的に「広宣流布の大地」をひろげることができた
か。そこに本当の勝負があるのだ。私たちが目指すのは、どこまでも、仏法の人間主義と、生命尊
厳の思想に基づいた「平和と幸福の社会」を築いていくことである。その点で、一歩でも二歩でも
前進していけば、それでいいのである。
191
もちろん、人生は戦いの連続であり、さまざまな次元で、「勝った」「負けた」はあるだろう。
相撲でいえば、連戦連勝の昭和の名横綱・双葉山でさえ、負けることはあった。いくら強くても
、無限に勝ち続けるわけにはいかない。それが“勝負”というものだ。
恩師の戸田先生が遺言のごとく、詠んでくださった和歌がある。
勝ち負けは
人の生命(いのち)の
常なれど
最後の勝をば
仏にぞ祈らむ
長い人生である。その間には、自分の思ったようにいかないときもあるかもしれない。しかし、
私たちは「法華経に勝る兵法なし」の妙法を持っている。途中の勝ち負けはどうであれ、最後は、
法華経を持った人が、必ず勝つ。信心根本で生きぬいた人が、必ず勝つのである。それが仏法の大
法則である。何の心配もいらない。
192
勝っても、負けても、そこからまた「次に勝つ因」をつくっていけるかどうか、それが一番大事
である。つねに「今」が出発なのである。わが同志と異体同心の団結を組んで、悠々と、朗らかに
、「新たなる勝利」へ向かって進んでいく。そこに「本因妙」の仏法の実践がある。
妙法を持った同志こそ最高に尊い
私が青春時代に愛読した、十九世紀ドイツの大詩人ハイネ。彼は、ある散文のなかで、こうつづ
っている。
「わたしの国民よ、あなたは国家の真の皇帝であり、真の主君である」
まったく、そのとおりである。ほんとうに偉いのは、だれなのか!国民である!人民である!人
間である!これが、自由と革命を謳った民衆詩人ハイネの叫びであった。すばらしき「人間主義の
大宣言」であると思うが、いかがだろうか。
民衆こそ最も尊い存在である!――ここに日蓮大聖人の仏法の真髄の主張がある。そのために大
聖人が、強く訴えていかれたことが「指導者の変革」であった。為政者は民衆の手足となって、民
衆のために働くべきである、と。民衆の幸福のためにこそ指導者はいる。指導者とは本来、民衆に
最敬礼して仕え、尽くし、守っていくべき存在なのである。この「指導者革命」の思想こそ、真実
193
の民主主義の価値を現代に脈動していくために不可欠な哲学であると訴えたい。
人間の真の価値は、何によって決まるか。それは、結論から言えば、その生命に、いかなる哲学
を持ち、いかなる信念の行動をしているかによって決まる。
御聖訓に「持たれる法さえ第一ならば、持つ人もまた第一なのである」(御書 0465p 通解)と
仰せのとおりである。社会的が地位が高いとか低いとか、有名であるとかないとか、さまざまな見
方があるだろう。しかし、どれも一面の評価にすぎない。また仏法という永遠性の次元から見れば
、まことに、はかないものである。いくら財産や名誉があっても、死後まで持っていけるわけでも
ない。
「最高の妙法」に生きぬく人が「最高に尊い」のである。わが生命に三世に崩れぬ福徳を積んで
いるのである。
この妙法を持ち、広宣流布という「平和革命」のために奔走し続けている同志の皆さま方ほど、
崇高にして尊貴な存在はない。
大聖人は門下に対して、明確に、そして厳然と「法華経を持たれる人は一切衆生の主であると、
仏は御覧になっているであろう。また梵天・帝釈も、この人を尊敬されるであろうと思えば、うれ
しさは言いようもない」(御書 1134p 通解)と断言されている。
194
この誇りを忘れてはならない。
「国家は人民のためにある」と、エイルウィン元大統領と対談
私は、南米・チリ共和国の哲人指導者エイルウィン元大統領と親交を結んでいる。
東京やチリの首都サンティアゴの大統領府で、「人間主義の哲学」「環太平洋時代」などをめぐ
って、さまざまに語り合った。元大統領とは、対談集も発刊している。
元大統領は、フランスの哲学者ジャック・マリタンを、みずから師として尊敬していた。対談の
席でも話題となった、そのマリタンは、こう言っている。
「人民は国家の上にある。人民が国家のためにあるのではなく、国家こそ人民のためのものであ
る」
これは、非常に重要な一点である。民主主義社会の根本の哲学である。国家のために、人間がい
るのではない。人間のために、国家がある。「国家が上、人間が下」ではない。「人間が上、国家
195
が下」である。
これを失ってしまえば、民主主義はない。日本の将来も、世界の将来もない。しかし、だんだん
そういう方向にむかっていこうとするのが、人間の愚かさである。創価学会は、永遠に、そうなっ
てはならない。きょうは、このことを明確に申し上げておきたい。
軍事独裁政権と長年、戦ってきたエイルウィン元大統領は、権力の恐ろしさを、身にしみて実感
しておられた。このテーマをめぐって、種々、論じあったことも忘れられない。
エイルウィン元大統領は、政治家としてはもちろん、まず第一に、「人間として」偉大な人物で
あった。「誠実」な人であった。大統領という権力の座にあっても、世界的な名声を得ても、その
誠実さと謙虚さは変わらなかった。お会いしても、決して自分を飾らず、ありのままの姿であられ
た。いつも、笑顔をたたえておられた。
それは元大統領に、本当の実力と、確固たる哲学があったからである。また、自分を応援してく
れた人々の恩を忘れなかった。「どうしたら人々に奉仕できるか」「市民に恩返しできるか」を、
つ196
ねに考えていた。「人間の道」そして「政治家の常道」を、決して忘れない人であられた。ゆえに
、多くの民衆は、元大統領を信頼し、支持していた。誠意と真心は、必ず通じるものである。
会談では“哲学のない政治、信念のない指導者は、結局、権力欲に動かされ、溺れて、だらくし
ていく”という現実についても語り合った。
「人民の代表者たちは人民に対し責任を負わなければならず、かれらの仕事は人民によって監視
され制御されなければならない」
元大統領は、敬愛するマリタンの、この言葉どおり、人民への責任を果たしぬいていかれたので
ある。
ハリケーン被害に、心からお見舞い
本日は、わが愛するアメリカSGIの同志の皆さんも参加されている。この席をお借りして、こ
のたびのハリケーンの被害に、あらためて、心からお見舞い申し上げたい。
大勢の同志が、救援活動に尽力されていることも、よくうかがっている。
197
御聖訓には「大悪をこれば大善きたる」 (1300:04)「災来るとも変じて幸と為らん」 (0979:
14)
と仰せである。私は毎日、題目を真剣に送っています。これからも送り続けてまいります。
“アメリカ、頑張ってください!アメリカ、勝ってください!”――これが私の真情である。ど
うか、皆さんに、くれぐれもよろしくお伝えください。
ローザ・パークス女史は若い世代の変革の力に期待
アメリカの“人権の母”であるローザ・パークス女史のことは、皆さん、よくご存じのことと思
う。私たち夫婦は、固い友情を結んできた。青年の皆さんに、女史の言葉を贈りたい。
「若い世代のエネルギーのなかにこそ、良い変化をもたらす原動力があると、私は信じています
」
私も、まったく同感である。私自身、青年のころから、つねに広宣流布の先頭に立って、戦いぬ
いてきた、青年の時代である。ますます青年を育て、守り、もり立てていきたい。青年部は、責任
を担って、立ち上がっていただきたい。青年部、頑張れ!
パークス女史は、こうも言っている。
198
「私たちは皆、人生の模範として仰げる人を持つべきだと思います」
人間にとって、模範となるべき人物を持つことが、いかに大切か。「師匠」をもつことが、どれ
ほど尊いことか。
さまざまな苦労をしてきたパークス女史の言葉には、どれも深い意義と重みがある。
連戦連勝の英雄シーザー
古代ローマを代表する大政治家シーザー。約二千百年前の英雄である。
彼は、どこに行っても勝った。歴史的にさまざまな評価はあるが、連戦連勝の指揮を執り、ロー
マ帝国の礎を築いた人物とされる。また、幅広い人材の登用、首都の整備をはじめ、さまざまな改
革を行った。
私たちも、新しい前進のために、新しい人材を、どんどん登用していきたい。未来を担う人材を
育てたい。
シーザーは、一級の雄弁家、文人としても歴史に名を残した。彼が著した『ガリア戦記』は、ラ
テン散文の名著として知られている。
199
私は、青春時代、多くの歴史書を戸田先生のもとで学んだ。どんどん読まされた。
先生は、よく私に対して、「本を読んできたか」「内容を言ってみろ」とおっしゃった。ようや
く半分ぐらい読んできたら、本の終わりのほうの内容について聞かれる。本当に厳しかった。仕事
も忙しい。学会活動もある。そうしたなかで、必死に学んだのである。
折伏も、私は先頭に立ってやった。戸田先生が一九五一年に会長に就任されてからも、折伏はな
かなか進まなかった。当時、多くの支部の一ヵ月の折伏は、数十所帯であった。
戸田先生は言われた。
「このままでは、広宣流布は何千年もかかってしまう」
「大作、そろそろ立ち上がってくれないか」
私は「やります!」と即座に応じた。こうして怒濤の大前進が始まった。
私は東京・蒲田支部の支部幹事として戦い、一ヵ月で二百所帯を超える弘教を成し遂げた。一気
に壁を破ったのである。
また、「大阪の戦い」でも、支部で一ヵ月に「一万一千百十一所帯」という弘教を成し遂げた。
懸命になって折伏をやった。
やりましょう!仏法において、大切なのは行動である。行動をしなければ、本当の福運はつかな
いし、力もつかない。生きる喜びがなくなってしまう。
200
折伏は、大変かもしれないが、全部自分のためになる。それが仏法なのである。
「ありがとう!」心から感謝を
『ブルターク英雄伝』によれば、他の将軍のもとでは目立たない人でも、ひとたびシーザーの指
揮のもとに入ると、人が変わったようになった。あらゆる危険を恐れず、無敵の活躍をしていった
。なぜか――。
それは、シーザーが皆を大切にしたからである。一人一人を大切にして、その働きに報いていっ
たからである。それが全軍を奮い立たせることになった。勝利の原動力となった。
「ありがとう!ありがとう!」と声をかけ、心から感謝する。徹底して、誠実にこたえていく。
簡単といえば簡単である。しかし、それを実践することは、なかなかできないものだ。指導者の一
つの態度や言葉で、人々のやる気はがらりと変わってしまう。人が、いい方向に変わるか、あるい
はダメになってしまうか――それは、指導者で決まる。戸田先生、牧口先生も、このことをよく考
えておられた。
シーザーは、功績のある者には褒美や名誉を惜しまずに与えた。ほめ讃えた。この人のおかげで
勝つことができた――そう賞讃したのである。
201
反対に、いくら頑張っても、まったくほめてくれない。けなすばかりだ。それでは皆、いやにな
ってしまう。頑張った人をほめる。そのことが、他の人々への触発にもなる。皆の前進へ大きな力
になっていくのである。
シーザーは、戦いで得た財産を、自分の贅沢のためにつかうことはなかった。部下の活躍に対す
る褒賞などに用いた。シーザーのもとに集まったローマの兵士たちは、時には、みずからが持つ以
上の力を発揮して敵を打ち破った。また、驚くほどの勇気と覚悟をもって戦った。それは、シーザ
ー自身が、みずから進んで、あらゆる危険を冒しながら、いかなる労苦もいとわず、率先して戦っ
たからである――『ブルターク英雄伝』はそう分析している。
かつて私の自宅の本棚にも、この『ブルターク英雄伝』が置いてあった。何回も読んだのである
。どうか男子部の皆さんは、『ブルターク英雄伝』の英雄たちのごとく、雄々しく戦っていただき
たい。頼みます!
「力よりも頭で得る勝利が好きだ」とはシーザーの有名な言葉である。
力ではない。大事なのは「智慧」である。
智慧と慈悲は相通じる。皆このことを真剣に考える。何かできないかと悩む、そうやって頭を使
うことが、慈悲の現れなのである。仏法は、あらゆる人類を超えた、宇宙を貫く法則である。題目
をあげれば、最高の知恵をわき出すことができる。ともあれ、題目に勝るものはない。妙法を持っ
202
た皆さんは、すでに幸福の道を歩んでいる。絶対に負けるわけがないのである。
創価文化の若き英雄の大活躍に喝采
音楽隊の関西男声合唱団の方は、いらっしゃいますか?
いつも、ありがとう!毎年、広宣流布の記念日に、学会歌の録音テープ・CDを届けてくださる
。私は毎日、感謝の思いで、聴かせていただいている。
関西男生合唱団は、五年前の全日本合唱コンクール全国大会で「金賞」!関西合唱コンクールで
は、七年連続、九回の「金賞」に輝いている。本年は、宝塚国際室内合唱コンクールで堂々の第二
位、国内の出場団体のなかで、トップの成績とうかがった。社会的にも、音楽の世界にあっても、
すばらしいことである。本当におめでとう!さらに、地域の各種会合にも数多く出場し、大勢の同
志に、勇気と希望を贈っている。
メンバーは、職場でも広布の舞台でも、皆、頑張っている。尊敬されている。全国で活躍してい
る音楽隊・合唱団を代表し、関西男声合唱団に、できれば、来月の本部幹部会に出演してもらいた
いと思うが、どうだろうか。
関西から日本へ、世界へ、「勝利の讃歌」を轟かせていきたい。
203
合唱といえば、東京と関西の創価学園の合唱団もすばらしい。
東京・創価高校の翼コーラス部は、NHK全国学校音楽コンクールの東京都大会で、二年連続の
「優秀賞」。関西創価高校のレオナルド合唱団は、大阪府合唱コンクールで、五回の「金賞」。六
回連続の出場となった。昨年の関西合唱コンクールでは「銅賞」を受賞した。全員が「勉学第一」
のなかで勝ちとった栄冠である。
音楽のクラブでは、このほか、関西創価小学校のアンジェリック・ブラスバンドが「三回の日本
一」!
東京・筝曲部が、二〇〇一年に日本一の「文部科学大臣奨励賞」、関西創価高校の筝曲部が本年
、全国第二位の「文化庁長官賞」に輝いている。
歴史に輝く壮挙、おめでとう!
さらに、日本一の輝かしい歴史を刻んだのは、音楽隊では、きょう演奏した創価グロリア吹奏楽
団!全日本吹奏楽コンクールで三年連続、五回の「金賞」を受賞している。皆さんの大活躍で、学
会員は皆、鼻が高い。鼻が低い人までたかくなってしまう。
おめでとう!ありがとう!
関西吹奏楽団は、同じコンクールで九回の「金賞」を獲得。みごとである。
人に見せなくても、晴れやかな勝利の裏には、大変な努力がある。リーダーは、こうした陰の労
203
苦に対し、サーチライトのように光を当てて賞讃し、心からねぎらってかねばならない。
また、創価ルネサンスバンガードは、マーチングバンド・バトントワリング全国大会で、二年連
続、八回の日本一に輝いている。
ところで、バンガードとは、どういう意味ですか?(会場より「先駆者です」との返答あり)
いい名前です。ありがとう!
鼓笛隊では、マーチングバンドが全日本マーチングフェスティバルで三回の「グット・サウンド
賞、カラーカードチームが、本年のマーチングバンド・バトントワリング全国大会で「金賞」に輝
いた。
皆さまは、文化の大地を耕し、文化の花を咲かせている。創価文化の若き英雄の大活躍で、皆で
拍手を贈りたい。
いつもいつも、感動と勝利の舞を贈ってくださる、誉れの芸術部の皆さん、本当にありがとう!
そして、世界五十五ヵ国・地域の、若きリーダーの皆さん、次の五十年の、全世界の広宣流布を
託しゆく皆さんと、私は深き心と心の握手を交わしあいたい。帰国されましたら、ご家族の方々、
同志のみなさまにも、くれぐれもよろしくお伝えください!
古代ローマの哲学者セネカは「人は勇敢であればあるほど仕合せである」と訴えた。
205
確かに、臆病は不幸である。結局、何ごとも成就できない。まことの信心には、臆病や悲嘆はな
い。魔と戦い、難を乗り越えていく生命は、朗らかに、つねに輝いて、勇敢であれ、恐れなく!―
―ここに「常楽我浄」の勝利と栄光の人生があることを忘れてはならない。
正義と真実を厳然と言いきれ
大聖人は、「恐れない心」の重要性について、次のように仰せられる。
「日蓮は流罪を二度もこむり、すでに頸の座にもついたけれども、ついに恐れず信仰を貫き通し
たので、今では日本国の人々も『日蓮がいうことが道理かもしれない』という人もあることであろ
う」(御書 1138p 通解)
学会の初代、二代、そして三代の師弟は、この大聖人の御精神を貫いてきた。だから勝った。信
頼を得た。創立七十五周年を堂々と飾る創価学会の大発展を、世界の良識は、心から賞讃し、祝福
してくださっている。万人を幸福にしゆくことのできる、最高の仏法である。広布のたたあいにお
いて、つまらない世間体にとらわれて、遠慮することは愚かである。
仏法は正しい。ゆえに厳しい、大聖人は、次のように述べておられる。
206
「教主釈尊が記していうには『末法の悪世に法華経を弘通する人を悪口罵詈する者は、仏を一劫
という長い間、あだむ者の罪よりも、百千万億倍以上の罪を得る』と、といておられるのである。
(御書 0265p 通解)
仏意仏勅の広布を進めゆく皆さま方をいじめる輩が、どれほど峻厳な仏罰を受けるか。その現証
は、私たちの眼前にある。正義と真実を、厳然と言いきっていくことだ。人々の心を変えるのは、
その勇気ある一念である。最後に勝つための力は「忍耐」と「気迫」である。
さらに大聖人は、法華経の敵に対する心構えを教えておられる。
「ねがわくは、わが弟子等は、師子王の子になって、群狐に笑われることがあってはならない。
過去遠遠劫以来、日蓮のように、身命を捨てて、強敵の過ちを顕しなさい」(御書 1589p 通解)
私たちの永遠の指針として、生命にとどめるべき一節である。
創立七十五周年を荘厳する戦い、において青年部は本当によく戦ってくれた。
古代ローマの哲学者であり、大弁論家のキケロは、「雄弁」であることの価値を主張した。
「雄弁には努力を注がなければならない」
「悪人が権勢を振るって善良な市民を害し全市民に損失を与えることの無いようにするためにも
、より一層熱意を注ぐ必要がある」
207
また彼は、雄弁こそが「人々の暮らしを安全で、気高く、輝かしく、幸福に出来る」「友人に最
も確実で最も安全な助けを与えることも、雄弁から可能となる」等と強調した。
私は、「わが愛する青年部よ、雄弁であれ!民衆を守るために!」「君よ、よりいっそう雄弁で
あれ!」と心から願っている。
「良き人は悪しき組織を良くするし、悪しき者は良き組織をも悪化させる」
これはイタリア統一の指導者マッツィーニの言葉であった。今年は生誕二百周年である。
清浄無比の和合のスクラムに、絶対に悪知識を寄せつけてはならない。仏法を破壊する元凶でか
らである。
日々、新たに!それが生命のリズム
きょうはドクター部、国際本部、教育本部の「一騎当千」の方も出席されている。いつもご苦労
さま!現在、私はドクター部の代表と「『生老病死と人生』を語る」の対話を進めている。
私は日夜、尊き同志の皆さまのご健康、ご長寿、ご多幸を、真剣にご本尊に祈念している。
ところで、人間の体は六十兆個という、たくさんの細胞でできている。そのうち、一晩で、どれ
くらいの細胞が入れ替わっているか、じつに、約一兆個である。また、多くの細胞は二ヵ月で入れ
替わる、と言われている。それほど、私たちの体は、毎日、たゆみなく、新陳代謝を繰り返してい
るのである。
中国の古典には「日に新たに、日日新たに、また日新たなり」と。
それが生命のリズムである。私たちは、新しい心で、満々たる生命力で進んでまいりたい。
一九二六年のきょう、九月十四日、ドイツのベルリンで、東洋と西洋の二人の「魂の巨人」の出
会いが実現した。それは、大詩人タゴールと大科学者ア、インシュタインである。
二人の友情はその後も続き、精神と科学を融合させる対話が広がった。
「哲学的説得力をもつ人々、すなわち英知と真理との友が糾合することは、現在、とくに必要で
あるように思います」
これがアインシュタインの主張であった。
私たちは、地球平和への対話と連帯をさらに広げてまいりたい。
そして大詩人タゴールは、こう述べている。
「たえず力を新たにして新しい道を求めること――それこそが、いつの世にも前進の秘訣であり
ました」
209
私たちは、いよいよ異体同心で、新しい人材を育て、新しい勝利と拡大の道を開いていこう!
海外の皆さん!本当にご苦労さま!
海外の同志に栄光あれ!幸福あれ!勝利あれ!
サンキュー・ソー・マッチ!ありがとう!
(東京牧口記念会館)
210
050923top
秋季彼岸法要
妙法の信仰が最高の追善回向
「彼岸」の意義を語る
実りの秋を迎えた。「健康第一」で、生き生きと、黄金の一年の総仕上げを飾り、栄光の人生の
年輪を刻んでまいりたい。きょうは、「彼岸」の中日にあたる。私も、代表の同志と、東京牧口記
念会館で、全同志の先祖代々の諸聖霊、また、亡くなられたすべての会員の方々の追善回向を、懇
ろに行わせていただいた。全国の会館で秋季彼岸勤行法要が行われ、また各地の墓園にも多くの方
々が墓参に見えておられる。
211
この「彼岸」の意味について、真剣な求道の息吹に燃える、新入会の青年たちから、質問が寄せ
られている。「彼岸」という言葉は知っていても、その意義については、知っているようで知らな
いことも多い。これまでも何度か紹介してきたが、この機会にあらためて少々、論じさせていただ
きたい。
「彼岸」とは、梵語の“ハーリマン・ティーラン”の漢訳で、文字どおり、「彼方の岸」「向こ
うの岸」という意味である。
仏法では、迷いに満ちた現実の世界を「此岸」に譬える。それに対して、悟りの世界、仏道修行
の完成を「彼岸」という言葉で表すのである。
すなわち、真の「彼岸」、成仏の完成に到る為には、現実の迷いや悩みに打ち勝つ「修行」が不
可欠なのである。この点を忘れてはならない。
ゆえに、“坊主に拝んでもらわなければ、お彼岸にならない。供養にならない”などという考え
は、完全な“迷信”にすぎないのである。
日蓮大聖人は「生死の大海を渡らんことは妙法蓮華経の船にあらずんば・かなふべからず」(14
212
48:11)と仰せである。
妙法を持ち、広宣流布に生きぬく創価学会員こそ、「生死の大海」に満ちる苦悩の荒波を乗り越
えて、「幸福の彼岸」「勝利の彼岸」へ到達することができるのである。
また、「回向」の本義について、大聖人は「御義口伝」で次のように述べられておられる。
「今日蓮等の類い聖霊を訪う時法華経を読誦し南無妙法蓮華経と唱え奉る時題目の光無間に至り
て即身成仏せしむ、廻向の文此れより事起こるなり」(0712:11)
妙法の題目は、全宇宙を照らしゆく力を持っている。その慈悲の大光は、無間地獄までに至ると
の、大聖人の大確信である。
いかなる権力でも、いかなる財宝でも、いかなる科学でも、成し得ないことがある。それが一生
成仏であり、故人への追善回向である。
回向の根本は、自分自身が御本尊を信じ、広布に励むことである。自身が仏道修行で得た功徳を
「廻し向ける」ことが、「回向」の本義であり、真の追善となるのである。
ともあれ、「彼岸」にせよ、「回向」にせよ、「自分自身の仏道修行」という一点を忘れてしま
えば、本来の意義から外れてしまう。
私たちは最高無上の生命の軌道を、久遠からの同志とともに、歓喜に燃えて歩んでまいりたい。
213
「彼岸会」は日本独特の風習から
さらに「彼岸」の意義について考えたい。日本には、「春分の日」と「秋分の日」を中心に、先
祖の供養や墓参などを行う「彼岸会」がある。じつはこの行事は、インドや中国から伝来したもの
ではなく、日本独特の風習である。聖徳太子の時代から始まったとも言われ、『源氏物語』にも「
彼岸」の言葉が見られる。
「春分の日」「秋分の日」は大きく見れば、昼と夜との長さが等しくなる。地球の運行の“リズ
ムの節目”である。
この日には、古来、農耕儀礼が行われていたようであり、それが仏教と結びついて、祖先を供養
する「彼岸会」になったのではないかという説がある。また、太陽に豊作を願った「日願」が由来
ではないかとも言われている。
ともあれ、御書には、悟りの世界を表わす「彼岸」は使われているが、いわゆる年中行事として
の彼岸会についてはふれられていない。
私どもが行う彼岸法要については「随方毘尼」の考えのうえから、意義づけるべきであろう。
214
そして、春分・秋分の日という地球のリズムに則って、会館等にすがすがしく集いあい、異体同
心の広布の友と行う勤行・唱題こそ、大聖人の御心に最も適った彼岸の法要であることを確認して
おきたい。
真の「彼岸」は日々の広布の実践のなかに
大聖人は、在家の門下である曾谷教信が、毎朝、亡き父のために自我偈を読誦し、追善回向して
いることについて、「是こそ実の孝養にては候なれ」(1051:01)と讃えられた。
この曾谷教信のことを、「法蓮上人」という尊称で呼ばれている。
また南条時光に、大聖人は仰せである。
「自分にとって大事な人々から信仰を反対されたり、大きな難がくるであろう。その時こそ、諸
天の加護が必ずあると信じていよいよ強盛に信心していきなさい。そうすれは父上の聖霊は仏にな
られるであろう。父上が仏になられたならば、来られてあなたを必ず守られるであろう」(御書 1
512p 通解)
戦い戦い、難を打ち破る、その勇気ある信心に、計り知れない功徳がそなわっていく。その人は
215
、亡くなった家族を、皆、成仏させることができる。そして、すべての縁する人を救い、皆から守
られていく。目指すべき真の「彼岸」は、どこか遠くにあるのではない。私たちが日々、勤行・唱
題し、広宣流布に励みゆく実践こそ、真の彼岸の供養となる。大聖人の仏法においては、「常彼岸
」なのである。
坊主や儀式のためでなく、人間のために仏法はある
大聖人の仏法の真髄は、「今いるこの場所で、必ず幸福になる」信心である。
「法華経を持ち奉る処を当詣道場と云うなり此を去つて彼に行くには非ざるなり」(0781:第六
此人不久当詣道場-01)
現実を離れて、遠い理想郷を求めるのではない。この世界で妙法を広宣流布して、立正安国を進
める。そしてわが国土を、光り輝く寂光土としていくのである。
私たちの前進は、旧来の、坊主のため、儀式のための宗教を根本的に転換し、「人間のための宗
教」「民衆のための仏法」を確立する戦いである。いわゆる“葬式仏法”の暗雲を晴らして、闇を
裂いて、「宗教革命」の赫々たる太陽を昇らせているのである。
216
民衆自身が最高の生命哲学に目覚め、生死の迷いと苦悩を悠々と乗り越えていく――その確かな
軌道こそ、大聖人の仏法であることを、晴れ晴れと確信していただきたい。
ご存じのとおり、戸田先生の時代の「聖教新聞」「寸鉄」でも、容赦なく坊主を弾呵している。
たとえば、お盆などで坊主が経を唱える真意はどこにあるのか。それは「檀家の先祖を供養する
ことかね それとも自分が金品を供養されることかね」と一刀両断である。
また先生は、高らかに宣言された。
「われわれは大聖人を信じ、大聖人の教えを行じているのだ。この原点を忘れたら大変なことに
なる。“途中”の僧侶などを盲信したら、すべてが狂ってしまう」
赤誠の供養を尽くしぬいた学会の大恩を裏切り、大聖人に違背したのが、悪逆非道の日顕宗とい
う邪宗門であった。
法華経や御書の英訳をしてくださった、不世出の大翻訳家ワトソン博士は、私との語らいの折に
おっしゃっていた。
「仏教では、個人が自分で経を唱え、仏に直結することができます。さらに、個人の中に『仏性
』があると説いていることから考えても、そこに僧侶が介在すること自体、おかしいと思います」
オランダの人文主義者エラスムスは、痛烈につづっている。
「外面的な儀礼をやたらと信用し、それによりかかって、ほんとうの信仰心をいい加減にしてい
217
る連中が、わんさと目につくぜ」
イギリスの女性作家シャーロット・ブロンテの小説では、寄付の増額を無理強いする聖職者に対
して、主人公の女性が言い放つ。
「まるで思いやりがないわ。施しのお返しに非難するなんて、場違いもいいところよ」
さらに、傲慢な聖職者を庶民が批判する場面がある。
「おらは高慢なのは大嫌いだ」
「おらたちは自分を目上だと思いこんでいる奴らが無礼な言葉を聞くのは耐えられねえよ」
洋の東西を問わず、どれだけ多くの真面目な庶民が、恩知らずで傲慢な坊主にいじめられ、苦し
められてきたことか。
ドイツの文豪ゲーテは謳った。
「ばくの行手をふさぐ僧侶の一味は
どうしてみたって救いようがない」
「真の功績もあの手合にかかると攻撃の種になるのか
いかさま神聖な手段としてまかりとおる」
どの時代にも、心ある人々は皆、宗教の改革を希求してやまなかった。
218
イギリスの哲学者ラッセルは、「宗教的生活は職業的僧侶階層という夢魔から解放されないかぎ
り、生きたものとはなりえないし、精神を真に支えるものとはなりえない」と訴えている。
なぜ、日顕宗が堕落してしまったのか。それは、広宣流布という大目的に生きることを忘れたか
らである。戸田先生はおっしゃった。
「金がたまれば、必ず威張り、贅沢をする。それどころか、広宣流布を断行しゆく正義の団体で
ある学会を、切り捨ててくだろう。残酷にも、愚劣にも、卑劣にも!」
そして、学会を見下す坊主に対して、命の底から激怒された。
「悪とは妥協せず、徹底的に戦うのだ!学会員を馬鹿にする者はだれであろうと、私は許さない
!」
そのとおりに、時を逃さず、弟子である私たちは立ち上がった。そして新たな「宗教革命」の歴
史を堂々と残し、世界の良心から信頼を勝ち得てきたのである。
人生の最後を飾るには精神的な成長を
先ごろ、車で八王子市内を回った。南浅川の岸辺で、鳥たちがきれいに隊列を組みながら、幾度
219
となく旋回を続ける光景に心をひかれ、カメラを向けた。雲が垂れ込め、近づく台風に備えている
ようにも見えた。ふと、アメリカの哲人エマーソンの詩が、胸に浮かんだ。
「小鳥が、強風に羽毛を整えるように、
私も、時の嵐に身支度を整える」
これは、私が対談を進めているソロー協会のボスコ博士が紹介してくださった。「終焉」と題さ
れた詩である。
「慎ましい信仰心よ、恐怖を追い払え、
真っ直ぐ進め、怪我はしないぞ。
巡航に値する港は近い。
それに一波一波が喜んでいる」
偉大な知性は、例外なく、「生死」という根本の課題を真摯に見つめるものだ。
私が対談の連載を重ねた、平和研究の母エリース・ボールディング博士は、八十代にしてなお意
気軒高である。その心境をこう語っておられる。
「人生の最終の歳月は精神の旅となりますから、人間は精神的な成長を自覚し、それに留意する
ことが大切であると思います」
「私には、死への恐れはまったくありません。死に対しては精神的に備えることが重要であると
220
思います。死は精神の旅路です」
まったく同感である。だからこそ、確固たる信仰が重要なのである。
大文豪トルストイは日記につづった。
「死は新しい、末だ知られざる、全然新しい、他の大きな歓喜への転換である」
私とともに対談集『社会と宗教』を発刊した宗教社会学者ブライアン・ウィルソン博士は、しみ
じみと述懐しておられた。
「明らかに、死に対して人間を強くするには、自己訓練の姿勢、まじめな精神と目的観、見らの
生命に対する責任感を培わせることが必要です。こうした資質を涵養することは、それ自体が、一
生涯かかるしごとなのです」
高潔な碩学がたどり着かれた、探究の一つの帰結であった。そして博士御自身が、この言葉どお
りの崇高な人生を飾られたのである。
このウィルソン博士が、最大に評価してくださっていたのが、創価の充実した信仰生活であり、
宗教運動であった。毎日の学会活動のなかにこそ、人生を完成させてゆく究極の道がある。
大聖人が、「我れ等は仏に疑いなしとをぼせば・なにのなげきか有るべき」 (0976:05)と断言
221
されているとおりである。この確信に燃えて、諸天善神を揺り動かしていくことだ。そして、油断
なく、絶対無事故で、価値ある一日また一日を積み重ねていただきたい。
広布の敵を責めよ!仏法は永遠に勝負
一生成仏のために、大聖人が繰り返し、厳しく仰せになったことがある。それは、広布の敵を責
めぬく重要性である。
「法華経の敵を見ながら置いてせめずんば師檀ともに無間地獄は疑いなかるべし」(1056:06)
「謗法を責めずして成仏を願はば火の中に水を求め水の中に火を尋ぬるが如くなるべしはかなし
・はかなし」(1056:07)
こうした御聖訓は、枚挙にいとまがない。
仏法は、永遠に勝負である。ひとたび広宣流布の大闘争を開始した以上、断じて負けるわけには
いかない。すべては変化、変化の連続である。魔を見破り、完璧に打ち破っていかなければ、その
毒が回ってしまう。
大聖人は御自身が「今に至るまで軍やむ事なし」(0502:05)「日蓮一度もしりぞく心なし」(1
222
224:09)「いまだこりず候」(1056:14)等々と仰せである。
そして、「いよいよ・はりあげてせむべし」(1090:01)と、戦って戦いぬく精神、攻めて攻め
ぬく精神を教えておられる。この執念こそ、日蓮仏法の魂であり、学会精神である。
これからの五十年も、「追撃の手をゆるめるな」との戸田先生の遺言のままに、強く、また強く
進んでまいりたい。
青年を励まし、青年を育てよ
私が統一ドイツ初代大統領ヴァイツゼッカー氏とお会いしたのは一九九一年の六月、ボンの大統
領府であった。
氏は、ビンゲン市のライン河畔に立つ、SGIのドイツ総合文化センターにも足を運んでくださ
った。それは、ちょうど十年前のきょう、九月二十三日のことだった。
「将来の発展に責任をもって寄与するために、われわれが何をすべきか。何をしようとするのか
、何を成しえるかを、みずからに問わなければならない」
これが氏の信条である。また、来日された折には、次のように語っておられた。
「繁栄の中で漫然とそれを享受するだけではなく、責任をまっとうしていくという生き方をすれ
223
ば、その人の生き方はさらに生きがいのあるもの、意味のあるものになる」
広宣流布の戦いにあっても、自身の責任を一つ一つ、明確に自覚して、祈りぬいていく。そして
、「私は悔いなく戦いきった。見事に勝った!」と言える歴史を残していくことだ。
また、青年を愛するヴァイツゼッカー氏は、「若い人は何でも積極的に取り組み、解決していく
力がある」と訴えた。
「未来への責任」を果たすために、人材を見つけ、人材を育てていくことが、リーダーにとって
最重要の責務である。
青年部を皆で励まし、若い力が思う存分に活躍できるよう、全力を挙げていきたい。
さらなる広宣流布の躍進を決意しあって、私のスピーチとしたい。ありがとう!
(東京牧口記念会館)
224
050927top
創立七十五周年記念各部代表者協議会
新しい人材を!「信行学」で磨け
広宣流布に戦う姿は尊く美しい
がが学会は、全同志の歴史的な大闘争によって、創立七十五周年を、過去最大の拡大をもって飾
ることができました。全国の同志の皆さま方に、あらためて深く感謝申し上げます。
今、海外からも、学会の平和・文化・教育の運動に大きな賞讃が寄せられている。世界の一流の
良識が、創価の人間主義の大行進に惜しみないエールを贈っている。「ここに、人類の希望の未来
223
がある!」と絶大な信頼を寄せているのである。
いよいよ、仏法の共生の哲学が、生命尊厳の思想が光り輝く時である。私たちは、最高に価値あ
る人類貢献の大道を歩んでいることを、最大の誇りとしてまいりたい。
仏法の目的は、どこまでも、広宣流布である。
今世において、広宣流布に戦う姿ほど、尊く美しいものはない。
一家一族がこぞって広布の第一戦に立ち、学会のため、同志のため、けなげに尽くしてくださっ
ているご家族もある。本当に尊い。決して当たり前と思ってはいけない。
陰に陽に、広布に尽力してくださる方々を、私は、あらゆる点で見つけ出して、深く感謝し、何
かの形で顕彰し、その尊き労苦に報いてさしあげたい。その気持ちでいっぱいである。
ともあれ、いちだんと見事なる信心の団結で、次の五十年へ、仲良く、朗らかに、生き生きと、
心一つに出発してまいりたい!
末法の根本の修行は「折伏」
創立七十五周年を総仕上げする大事な時期でもあり、学会の根本の活動について、何点か確認し
226
ておきたい。
一つは、「折伏」の実践である。
大聖人は、御書に明快に「折伏せよ」と仰せになっている。
「諸宗の人法共に折伏して御覧ぜよ」(0504:02)
「万事を閣いて謗法を責むべし」(0494:14)
また、次のようにも言われている。
「邪智・謗法の者の多き時は折伏を前とす」(0235:10)
「日蓮は折伏を本とし摂受を迹と定む法華折伏破権門理とは是なり」(0867:13)
末法の根本の修行は折伏である。大変だけれども、やった分だけ自分が得をする。それが折伏の
実践である。
大事なことは、相手の幸福を真剣に御本尊に祈っていくことである。そして、自分自身の体験を
、学会の真実を、誠実に、自信満々に、語っていけばいいのである。
早く結果を出そうと焦る必要はない。勇気をもって語った分だけ、仏縁は広がっているのだ。粘
り強く、自分らしく、師子の心で、挑戦していってもらいたい。
「聖教新聞」の拡大についても、リーダーが率先して取り組んでまいりたい。
「聖教」とは、「仏の説いた教え」という意味である。現代における「聖教新聞」の拡大は「妙
227
法流布の拡大、人間主義の拡大に通じていく。そこに、聖教拡大の意義がある。
また、来る日も来る日も、無冠の友の皆さま方には、本当にお世話になっています。
皆さまのご無事を、ご健康を、心から祈っています。また皆で祈ってまいりたい。
「いつも本当にありがとうございます!ご苦労さまです!」と重ねて申し上げたい。
教学こそ信仰の“背骨”、真剣な研鑽を
今秋には、教学部の「任用試験」が実施される。
学会の伝統は、「信・行・学」の練磨である。教学こそ信仰の“背骨”である。
教学がおろそかになれば、どうしても、根本の信心が弱くなり、日々の実践も惰性に流されやす
くなる。ゆえに、毎日、少しずつでも御書を拝してまいりたい。
毎回、任用試験には、求道心あふれる数多くの老若男女が、勇んで挑戦している。まさに、哲学
不在の時代をリードする精神革命の大運動といってよい。
受験する皆さまのご健闘を祈るともに、担当の方々を中心に、全力で応援してまいりたい。
剣豪の修行のごとき真剣な研鑽をやってきたからこそ、学会は勝ち続けてきたのである。
228
思えば、戸田先生の発願で、学会が『日蓮大聖人御書全集』を発刊したさい、編纂の労をとって
くださったのが、当時、伊豆の畑毛に引退しておられた堀日享上人であった。
日享上人は、六十余年にわたって、大聖人に関する文献等を学ばれた大学匠であられた。仏法哲
学に関する当代随一の学者として知られていた方である。日顕などは、とうてい、足元にも及ばな
い。
この堀日享上人が、次のようにおっしゃっている。
「御本尊様も本当に日の目を見たのは、学会が出現してからだ。学会の陰で御本尊様の本当の力
がでるようになったことは誠にありがたい」と。
この言葉は、最晩年の堀上人にお仕えした、日蓮正宗改革同盟の渡辺慈済氏が書き残したもので
ある。
御書編纂の難事業は、戸田先生をはじめ、学会の教学部の手で連日、深夜にわたって続けられた
。不明な点が出るたびに、畑毛の堀上人のもとに通った。そして、戸田先生の発願から十カ月後の
昭和二十七年(一九五二年)の四月、立宗七百年の大佳節に完成したのである。
さらに、同じ年、学会は、独自の宗教法人として発足した。これも戸田先生の英断であった。
戸田先生は、宗門について、「金がたまれば、必ず威張り、贅沢をする。それどころか、広宣流
布を断行しゆく正義の団体である学会を、切り捨てていくだろう」と鋭く喝破されていた。
229
その言葉のとおりに、嫉妬に狂った日顕が、大恩ある学会を、非道にも切り捨てる暴挙に出たこ
とは、皆さんがご存知のとおりである。
「正義の柱」を失った宗門は、惨めな衰退の一途をたどっている。
一方、「御書根本」で広宣流布の大道を進む学会は、世界190ヵ国・地域へと広がり、仏法史上、
未曾有の大発展を遂げているのである。
広布のリーダーは生き生きと進め!
広宣流布のリーダーは、いつも、生き生きと、輝いてかなければならない。
リーダーが、いつも元気で、にこやかであってこそ、わが同志に勇気の風を送り、希望の光を届
けていくことができるのである。冷たい感じのする幹部であってはいけない。
第二次世界大戦中、ナチスの雨あられのような猛爆撃にも、まったく臆することなく指揮を執っ
たのが、イギリスのチャーチル首相であった。
彼は、廃墟と化したロンドン市内を回っては、人々を励まし、迅速に救済の手を打っていった。
このままでは、いつナチスが上陸するかもわからない――そんななかで、彼は、悠然とVサイン
を、師子のごとき堂々たる姿をもって、イギリス国民に訴えたのであった。
230
“戦いは忍耐だ。勝負はこれからだ”“われらは、絶対に勝のだ”と。
この指導者の不屈の心と行動が、苦境にあったイギリス国民を、力強く奮い立たせた。
“チャーチルがいれば大丈夫だ”“イギリスは絶対に勝のだ”と。
大事なのは、指導者の勇気と信念である。それが勝利の原動力であることを忘れてはならない。
また、身近な同志から好かれるリーダーであっていただきたい。同志に嫌われ、皆の心が離れて
しまうことほど、リーダーにとってつらいことはない。
当然人間だから、好き嫌いはあるだろう。それはそれとして、広宣流布にともに進む同志として
、いかに団結していくかが大事だ。
そのためには、指導者が本気になって、同志に尽くし、広布に尽くしていくしかない。
「どうしたら皆が喜んでくれるか」「今、皆は何を求めているのか」――それを真剣に考え、祈
りぬき、実践していくなかで、リーダーへの信頼が深まっていく。そこに、リーダーの人間として
の成長もあるのだ。
「あの人は、感じのいい人だな」「話をしてみたいな」と思われた人が勝ちである。
これからの学会のリーダーは、「信心も人格も行動も一流である」と言われる人でなければなら
ない。
もはや、幹部が威張るような時代ではない。後輩にも、礼儀正しく接する。また、後輩を大きな
231
心で包み、長所をほめて、持てる力を存分に伸ばしてあげられる人が、立派な先輩なのである。
ローマの哲人皇帝は人材の力で乱世を勝ちぬいた。
古代ローマの哲人皇帝マルクス・アウレリウス。彼の時代、大帝国ローマは、天災、外部からの
侵略、内乱など、相次ぐ危機と戦乱にさらされた。
本来、戦争を嫌い、読書と思索をこよなく愛するマルクス・アウレリウスだったが、ローマを守
るために、終生、東奔西走しなければならなかった。
現実というのは、本当に厳しいものだ。つねに戦いの連続である。
勝つか、負けるか――戦うことをやめれば、すぐに敗北が待っている。人生も、またあらゆる団
体も、その厳しき法則を逃れられない。
いわんや、仏法は勝負である。
マルクス・アウレリウスは“乱世”とも言える厳しき時代状況のなかを懸命に戦い、ローマの安
定と繁栄を守りぬいた。
その要諦は、どこにあったか。古来、さまざまに議論されているが、一つには「人材の登用」が
挙げられよう。
232
マルクス・アウレリウスは、伝統を踏まえつつも、古い習慣にとらわれず、力ある人材を、どん
どん登用していった。「実力主義の人事」で勝ちぬいていったのである。
マルクス・アウレリウスに登用されたある人は、皇帝の片腕として、いかなる困難な時も、皇帝
を厳然と守り、勇敢に戦った。
またある者には、遠方の国境地域に派遣され、皇帝の分身となって、ローマを守り栄えさせた。
遠くに離れていても、心は一つ――異体同心の結合こそ、発展の原動力である。
マルクス・アウレリウスは、人材を深く信じ、心から大事にした。
責任を任された人は、厚い信頼に応えようと、懸命に働いた。
“あの人は、自分の戦いを、すべてわかってくれている。一生懸命やれば、必ず報いてくれる。
よし、頑張ろう”――こう固くしんじることができた時、人は最大の力を発揮するのである。
「固い信頼の絆」こそ、マルクス・アウレリウスは治めたローマの強さの源泉の一つだった。
創価学会もまた、この絆の強さで勝った。
どうか学会の幹部の皆さんは、一人一人のことを心から大切にし、本当によくわかってあげられ
るリーダーであっていただきたい。
口先だけではいけない。真の誠実のリーダーに、人々は信頼を寄せる。そういう人のもとでこそ
、同志は喜び勇んで広布のために戦ってけるのである。
233
どんな時も弟子として振る舞え
マルクス・アウレリウスは、皇帝という最高の権力の座にあっても、哲学を求め、実践してった
。これは、非常に重要な一点である。
哲学のない闘争は、野心の闘争にすぎない。哲学がなければ、正義はない。人道もない。善悪も
ない。そのような戦いに明け暮れるのは、いわば畜生の世界である。
マルクス・アウレリウスは、皇帝としての激務に打ち込みながら、わずかな時間の合間をぬって
、静かに自己と対話し、みずからの思索の跡を書きつづっていった。そうした思想の断片は『自省
録』としてまとめられ、今日にいたるまで、多くの人々に読み継がれている。
『自省録』の最初には、自分をこれまで育ててくれた親や教師たち一人一人の名を挙げながら、
ことこまかに、感謝の思いがつづられている。
偉大な人物は、恩を決して忘れないものだ。恩を知ってこそ、人間として一人前といえるだろう
。とくに彼は、自分の養父であり、先代の皇帝であり、ローマの平和と繁栄を築いたアントーニー
ヌス・ピウスに対して、深い感謝を捧げている。
彼は、この先代皇帝を「師」とも仰いでいた。
233
「あらゆることにおいてアントーニーヌスの弟子としてふるまえ」こう、彼は記している。先代
を深く敬う彼の姿に、周囲の人々も、粛然と襟を正したにちがいない。
創価三代の師弟を貫く精神もまた、この精神と同様である。
戸田先生は、いかなるときも牧口先生の弟子として振る舞われた。私も、どんな迫害の嵐があろ
うと、勇敢なる戸田先生の弟子として生きぬいてきた。
それで創価学会は、世界的になった。あとは皆さんの責任である。
陰で戦っている人は信頼できる
十六世紀のフランスの思想家モンテーニュは、こう言っている。
「人に知られるだろうからというだけで、また、人に知られればいっそう尊敬されるだろうから
というだけで善人である人、時分の徳が人に知られるということがなければ善をおこなわない人、
こういう人には大事を託すことはできない」
まったくそのとおりである。
私は、だれが見ていようといまいと、戸田先生に仕えてきた。学会に尽くしぬいてきた。
影の戦いに徹してきたがゆえに、私には、陰で戦っている人の苦労がわかる。見えないところで
235
真剣に戦っている人こそ、最も信頼できる。
日蓮大聖人は、法論を臨む門下に対して、次のように御教示くださっている。
「このたびの戦いこそ、名を上げるか、名を下すか、人生を決するところなのです」(御書 145
1p 通解)
「『釈迦仏・多宝仏・十方の仏よ。来集してわが身に入り替わり、私を助け給え』と深くいのり
なさい」(御書 1451p 通解)
広宣流布の戦い、人生の大事な戦いに挑むわれらが、つねに拝すべき心構えである。
法華経薬王品には、次のように説かれている。
「あなたはよく妙法を受持し、読誦し、思惟し、他人のために説いた。そのために得たところの
福徳は無量無辺である。火も焼くことはできない。水も流し去ることはできない」
「あなたは今すでに多くの悪魔の賊を破り、生死の迷いの軍を破壊し、その他多くの怨敵を皆、
?き、滅した。善男子よ、百千の諸仏は、神通力をもって、共にあなたを守護する。すべての世界
の、天界・人界の衆生のなかにおいて、あなたに及ぶものはいない」
御本尊を受持し、妙法を唱え、広宣流布に生きぬかれる皆さんは、人間として、最も正しき道を
歩んでいる。信心ある限り、絶対に崩れることのない大福徳を積んでいる、諸天・善人の守護も、
236
絶対に間違いない。このことを確信して、晴れ晴れと前進していただきたい。
戸田先生の指導は、じつに厳しかった。
その厳しさがさったからこそ、学会は、栄光の創立七十五周年を迎えることができたのである。
朝、遅刻する青年がいたならば、先生は烈火のごとく叱られた。
「朝の出勤が乱れている時は信心が狂っている」
全部、信心につなげて指導された。その狂いを正さなければ、どうなるか。
「いつも弁解ばかりして、それが高じてますますウソツキになったり、ズル賢くなって、人々の
信頼を失う。そして悪事に手を染め、ついには退転していく」
まさに先生のおっしゃるとおりであった。
「朝の勝利」から「一日の勝利」が始まる。小事が大事だ、信心即生活である。
世間的な栄華に溺れ、退転した反逆者たちは、皆、生活が乱れる。だれからも信頼されていなかっ
た。皆さまがご存じのとおいである。
またある時、戸田先生は、時間に遅れた人を一喝された。
237
「時間に遅れることが同志を心配させる。戦いであったならば、すでに敗戦である」
その人の未来の勝利のために、あえて厳しく叱咤されたのである。
長所を活かせば皆が人材
広宣流布の前進のために、戸田先生は大切な将軍学を教えてくださった。
「どんな立派な人間でも、短所がある。またどんな癖のある人間でも、長所がある。そこを活か
してあげれば、みな、人材として活躍できるのだ。人を見て、その人にあった働き場所を考えるこ
とがホシだ」
あらゆる人を活かせ!――幹部は、この点を絶対に忘れてはならない。
先生は、こうも語っておられた。
「南無妙法蓮華経の信仰は、向上を意味する。無限の向上である。朝に今日一日の伸びんことを
思い、勇躍して今日一日を楽しむ。しかして無限に向上して行く」
「まだまだ、その上へその上へと向上していく法である」
「大聖人の仏法は「無限の向上」の大法である。飛行機が離陸して、上へ上へと飛んでくように
、今日より明日へ、明日よりあさってへと、どこまでも向上していく力が、妙法なのである。
238
人間の偉さは、どこにあるのか。戸田先生は言われた。
「本当の偉さとは、たとえ人にしてあげたことは忘れても、してもらったことは一生涯忘れない
で、その恩を返していこうとすることだ。そこに仏法の光がある。また人格の輝きがあり、人間の
深さ、大きさ、味わいがある味わいがある」
人にしてあげたことは忘れても、してもらったことは一生忘れない――すごい言葉である。
「それは、えらく損ですね」という人もいるだろう。たいていの人は、この言葉の反対をやって
いる。
しかし、私は、先生の言われたことは正しいと思う。報恩こそ仏法の魂であるからだ。
富山県出身の政治家、松村謙三氏はこう述べている。
「“国民とともにある政治”――これはまことに平凡な言葉かもしれぬ。しかし本当に政治を清
潔にし、国民の利害に一致する政治を行うためにはわれわれ政治家はこの“国民とともにある政治
”を片時も忘れてはならないのである」
国民のために、国民とともに、それを貫かれた氏であった。
松村氏とは、かつて都内で語り合ったことが懐かしい。
氏は若い私に「日中友好」という悲願を託してくださった。
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日中の国交正常化はもとより、私は、ソ連と中国の和解、キューバとアメリカの関係改善にも、
一民間人の立場で、力を尽くしてきた。冷戦終結の立役者ゴルバチョフ元ソ連大統領、またアメリ
カの元国務長官キッシンジャー博士と何度も語り合った。
世界の指導者と対話を重ねた。文化で民衆の心を結び、平和の潮流を広げてきた。
ともあれ、人類の未来は、人間主義しか道はない。
今、創価の哲学を、世界が求めている。支持している。大きな期待を寄せている。これも、すべ
てSGIの同志の皆さまの偉大なる奮闘の証である。
傲慢から一切が狂っていく――これが歴史の教訓
十九世紀イタリア統一の英雄マィツィーニは述べている。
「短気と人間の高慢とは、巧妙な悪事よりも、甚だしく魂を邪道に導き陥れる」
これが歴史の教訓である。自分が偉いと思って、傲慢になる。私欲に走る。そこから一切が狂っ
ていく。
これまでの反逆者も、傲慢な人間ばかりであった。
著名な教育者であり、農政学者の新渡戸稲造博士、国際連盟の事務次長も務め、最後はカナダで
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亡くなった人物である。博士はつづっている。
「人間の交際上最も邪魔になるもの、且つ日常生活を不愉快にするものは、威張る癖である」
「人間ほど威張りたがるものは類が少ないかと思われる」
鋭い指摘である。かつて日本は中国や韓・朝鮮半島の人々を見下し、侵略し、いじめぬいた。
少しでも自分が上だと思うと、すぐに威張る。それでは真の友情を結ぶことはできないし、信頼
を勝ち取ることもできない。結局、皆から嫌われてしまう。
また、新渡戸博士は、こうも記している。
「世の中に出て、名を揚げ仕事を成した位な人は必らず勇気がある。勇気のない人に仕事の出来
る筈がない。
勇気こそ、偉大な事業を成し遂げる原動力である。私たちは、勇気を胸に進みたい。
さらに、スイスの哲学者ビルティの言葉を紹介したい。
「侮辱はかえってわれわれの心を堅固にし、確信を強めるものである」
くだらぬ中傷や誹謗など、歯牙にもかけないことだ。むしろ、そうした迫害こそが、自分を強く
してくれる。そう決めて、堂々と進むことだ。
241
「苦悩なしに精神的成長はあり得ないし、生の拡大も不可能である」
仏法では「煩悩即菩提」と説く。悩みがあるから成長できる。苦悩があるからこそ、大きく境涯
を開いていけるのである。
また、中国の大教育者・陶行知は、仕事に臨むにあたっての心構えについて、こう語っている。
「第一に大切なことは、『持ち場にしっかり立つ』ということである。
直接に一人一人の負っている責任は同じではなく、一人一人にはそれぞれ持ち場がある。
各人が、時分の持ち場にしっかり立って、職務をよくおこなうこと、これが責任をはたす第一歩
である。
重要な言葉である。
自分の持ち場で全力を尽くす。責任を果たす。そうした一人一人であっていただきたい。それが
全体の勝利にも通じていくのである。
強き祈りで最高の親孝行を、和楽の家庭を
皆さんの中には、ご両親や家族が病気の方も、おられると思う。
私は、全同志の健康を、いつも真剣に祈っている。題目を送っている。
242
病気と云っても、さまざまな事情や状況があり、いちがいに言えない部分もあるかもしれない。
しかし大切なことは、まず自分が、しっかりと家庭の健康を祈っていくことだ。必ず病気を治すの
だと決めて、本気で祈ることだ。
自分が死に物狂いで祈る。必死になって広布へ戦う。その功徳は全部、親に通じていく。家庭に
伝わっていく。どこまでも強く、強く進むのだ。
また、たとえば、病気のお母さんに対しては、「私が、お母さんのために真剣に祈っているから
!絶対に治るよ!」と声をかけて、はげましていってほしい。
人間は、だれも病気になる。大切なのは、病気の人が少しでもげんきになるように、激励してい
くことだ。心を砕いていくことである。どうか、よろしくお伝えください。
大切な皆さまである。全員が、各職場、各地域で、勝利の歴史をつづっていきたい。
何があっても、題目をあげぬいて、愉快な人生、朗らかな人生を生きていただきたい。
青年部の皆さんは、少しでも親孝行をしてほしい。自分を育ててくれた親の恩に報いていく――
仏法では、そうした生き方を教えている。
根本は、自分がしっかりと信心に励んでいくことが、最高の親孝行である。その上で、感謝の気
持ちを何とか表していくことだ。言葉でもいい。何でもいい。それが親にとって、どれほどうれし
いか。
243
親子であれ、夫婦であれ、真心の言葉と聡明な振る舞いが、和楽の家庭を築いていくのである。
それでは、お元気で!きょうは、本当にご苦労さま!あるがとう!
(創価文化会館)
244
051013top
第五十三回本部幹部会
大学合同総会
青年よ躍り出よ!勇敢に進め
広布へ戦う功徳は無量
きょうは、音楽隊の関西男声合唱団が出席されている。本当にうれしい。ようこそ!
海外の方々も、本当にご苦労さまです。ありがとう!幸福を祈ります!
きょうは、ゆったりして、聞いていただきたい。眠たい人は、眠っていただいても、かまわない
245
。隣の人に注意されたら「思索しながら聞いているんです」とこたえればよい。
ともあれ、きょうはなごやかな集いにしたい。
皆さま方の尊い奮闘――忍耐強く、あらゆる非難を乗り越えて、戦ってくださったおかげで、広
宣流布は飛躍的に発展した。
日本はおろか、世界的な創価学会となった。世界中に、創価の誉れの名は知れ渡っている。
日蓮大聖人の御賞讃は絶対である。そしてまた、諸天善神の加護も絶対である。断じて、皆さま
方を守る。
さらに、どれほどか、牧口先生、戸田先生も、喜んでおられるか。戦いぬいてこられた先輩の方
々の喜びは、いかばかりか。
その功徳は、どれほど大きいか。広布へ進むご一家が、永遠に栄えていくことは、絶対に間違い
ない。これが、大聖人の仏法である。
今回、全国で新しい人事が発表された。出発を心からお祝い申し上げたい。
「人事が成功すれば、組織は倍に飛躍する。人事が乱れると、大敗北の苦しみを受けてしまう」
これは、戸田先生が、つねに厳しく、指摘しておられたことである。
好き嫌いなどで、人事が左右されてはならない。どこまでも広宣流布のためである。どうか、よ
246
ろしく頼みます。
あらためて、海外のSGIの皆さま、ようこそ!本当に、ご苦労さまです。
ありがとう!サンキュー!ダンケ!メルシー!グラシアス!謝謝(?ェ?ェ)!
今回の研修会には、アメリカ、カナダ、オセアニア、パナマ、メキシコ、そしてシンガポールの
皆さんが参加されている。日本の九州や北海道よりも、ずっと遠い。そこから、求道の心で来日さ
れている。本当に、すごいことである。
明年は「青年・躍進の年」
十九世紀のイギリスの文学者オスカー・ワイルド。彼は、由緒ある文化遺産であるSGIのタプ
ロー・コート総合文化センターの建物にも足を運んでいる。
ワイルドは謳った。
「青春にかなうものはないのだ」
「青春は『人生の帝王』なのだ」
まったく、そのとおりだと思う。
明年は「青年・躍進の年」おめでとう!
247
青年時代、悔いなく戦い、成長する。躍進する。これは人生において最も尊いことである。「青
春の勝利」は「人生の勝利」となる。
「青春」「躍進」――この意義深い年に大いに活躍することは、勝利と幸福の人生を開く実質的
な因となろう。
日々前進――これが仏法の精神である。
わが青年部は、新しい「躍進」の歴史を、思う存分、残していただいたい。
人が見ていようがいまいが、自分自身が悔いなく戦いぬくことだ。妙法に生きぬくことだ。
「冥の照覧」を確信することである。諸天善神が、大聖人が、われらの戦いをすべて、きちっと
見てくださっている。頑張ってください。
訓練を受けた人が最後に光る
古代ギリシャの大哲学者プラトンは、このようにつづっている。
「学んだものと学ばない者、訓練を受けた者と受けないものとでは、まさに大違いなのです」
プラトンは、この学ぶということについて、体育などの「体を向上させる学習」と、音楽などの
「魂をよくする学習」の二つに分類している。
いずれにせよ、学んだ人と学んでいない人、訓練を受けた人と受けていない人とでは、後になっ
て大きな違いが出る。私も、多くの人を見てきて、そう実感する。
自由に遊んで暮らせるほうが、幸せのように思うかもしれない。しかし、それは、とんでもない
錯覚である。欲望に振り回され生きるだけならば、動物にも劣る。
「あのとき学んでおけばよかった」「もっと自分を磨いておけばよかった」と後悔しても、なか
なか取り返しがつかない。
青春時代に悔いなく学んだ人、何かに徹して打ち込んだ人、その人は、時が立つほど光ってくる
。勝利者となる人である。
なかんずく、われわれは日々、妙法という大宇宙を貫く「生命の根本の法則」を学び、実践して
いる。これほどの尊い生き方はない。すべてが自分の力となり、福運となっていくのである。
十八世紀から十九世紀にかけて活躍したドイツの作家ジャン・パウルをご存じだろうか。
教育者の家庭に生まれた彼は、文学作品だけでなく、有名な教育論も執筆している。
そのなかに、こう言っている。
249
「快活にして愉快な気持ちを保つのは、活動だけである」
人生の「喜び」というものは、安逸のなかにあるのではない。なすべきことに前向きに取り組ん
でいるときが、人間は一番、充実して楽しい。
快活な生命の勢いは、闘争のなかでこそ、生まれてくるものだ。そして、その闘争に勝ってこそ
、歓喜は味わえる
さらにいえば、「歓喜のなかの大歓喜」の生き方を教えているのは、大聖人の仏法以外にない。
仏道修行こそ、学会活動こそ、最も快活にして、最も愉快な生命力の源泉なのである。
人を育てれば人に守られる
各部の希望あふれる新出発を心から祝福申し上げたい。本当におめでとう!
学会の発展は、人事で決まる。新任のリーダーの皆さんは、広宣流布の新たな発展の推進力とな
っていただきたい。
とくに、女子部の時から頑張ってくださった方たちが、婦人部の立派なリーダーに育っているこ
とが、本当にうれしい。
また、温かく後輩を伸ばし、真剣に人材の流れをつくってくださった先輩方、本当にありがとう
250
ございました。
人材育成は、どこまでも、地道な労作業の積み重ねである。一人一人と直接、会い、語り、励ま
し、ともに悩みを乗り越えていくなかにしか、人は育たないものだ。だからこそ、人材を育てた分
だけ、人間としての力を磨いていくことができる。
また、人材を育てた人は、未来永遠に、大勢の人に守られ、尊敬されていく。
皆さん、よろしくお願いします!
ともあれ、婦人部の皆さま方が土台となってくださり、今日の隆々たる学会ができあがったので
ある。婦人部の皆さまに、私は、重ねて感謝申し上げたい。
妙法を実践する婦人部の皆さまの本有無作の生命は、家庭にあっても、地域にあっても、すべて妙
法に照らされ、最高に尊き輝きを放っている。
崇高な使命に生きる人は美しい。
私がお会いした識者の中にも、婦人部や女子部のすがすがしい姿に接して“本当に美しいですね
!”と感嘆していた方がいた。見る人はきちんと見ているものだ。
壮年部の皆さんも、婦人部に負けじと、立ち上がってもらいたい。
「壮年部が懸命に働いてきたからこそ、学会も、日本の国も、これだけ反映したのではないか」
251
と、大いなる自負をもっていいのである。
“壮年部時代”は、もとより、力なく衰えていく“人生の黄昏時”ではない。
妙法を護持した人は、年は若くなり、福徳をされに重ねていける――大聖人はこう仰せである。
創価の壮年は、年齢を重ね、経験をごとに、ますます壮健であってもらいたい。
人生の勝負は、途中では決まらない。最後の数年間で決まる。その時に、壮大な夕日のごとく“
黄金の働き”を放っていくための信仰である。
ともどもに広宣流布に生きぬいて、王者のごとく、勇敢に、堂々と、自由自在に、人生の総仕上
げを飾ってまいりたい。壮年部の皆さん、頑張りましょう!
広宣流布へ「同じ心」で」前進
仏法の世界は「異体同心」が根本である。
しかし、実際には、それほど簡単なことではない。では、そのために、何が大事なのか。
それは、大聖人の仰せのごとく、「心」である。「ただ心こそ大切なれ」(1192:14)である。
大切なのは、「同心」と言われるように、年齢や立場の違いを超えて、全員が心を一にしていこ
252
うとすることだ。「同じ心」で、広宣流布に進んでいくことである。
その心と心を深く合わせ、団結していくならば、どんな戦いでも勝つことができる。
「異体同心なれば万事を成し」(1463:05)と仰せになっているとおりである。
きょうは、歴史的な三百五十大学の合同総会でもある。縁深き大学会の皆さん、本当におめでと
う!
学会にとっても、社会にとっても、全員が、大事な人材である。正義の師子の陣列である。
私は、皆さんのお名前を、また、ご家族の名前を、アメリカ創価大学に永久に残してさしあげた
い。きょうは、それを提案したい。本当によく来てくださった。ご苦労さま!
民衆を守るためにニセの知識人とは断固として戦う
初代牧口会長と同世代の、フランスの詩人に、有名なシャルル・ペギーがいる。
ぺギーは、「卑小な哲学とは、必ず、戦うことのない哲学である」とつづった。
現実との格闘なき哲学は、卑しく、みすぼらしい存在となる。宗教もまた同じであろう。
253
みずから信じる正義を守り貫く戦いにこそ、その人の哲学の真価は現れる。そして、邪悪と戦う
知性こそ真の知性である。
大聖人は佐渡御書で「畜生の心は弱きをおどし強きをおそる当世の学者等は畜生の如し」(0957
:07)と喝破しておられる。
「当世」と仰せだが、現代も同じであろう。いったん地位や力を得たら、とたんに威張りだし、
“弱きをおどし、強きを恐れる”輩がいかに多いことか。
こうしたニセの知識階級の傲慢によって、けなげな庶民が、どれほど侮辱されてきたか。そして
また、陰険な邪智によって、正義の人がどれはど圧迫され、いじめられたか。悪人に仕立て上げら
れたか。それが、今までの歴史の常であったと言わざるをえない。
その流れを転換して、民衆の幸福のために、すべての哲学と知性を総動員する社会をつくらねば
ならない。この“大革命”が、大聖人の慈悲であり、釈尊の慈悲であった。また、偉大なる哲人た
ちの願望だった。
ゆえに、大聖人の御遺命である広宣流布の前進を阻む、“畜生”おごとき輩とは、断固として戦
い、勝たねばならない。これが本当の仏法である。平和と幸福の道であり、真の勝利なのである。
「彼らは陰謀の叡知の城壁によって阻止した」――『アレクサンドロス大王の歌』という、名高
254
い叙事詩の一節である。
「叡智の城壁」とは、私たちの広布の戦いにおいては仏法の「智慧」であり「教学」である。
強靭な智慧の力、教学の力によって、あらゆる広布破壊の策略や陰謀、悪人の攻撃を阻止し、打
ち破ることができる。
また、戸田先生は、峻厳に叫ばれた。
「ひとたび、正義の学会に牙をむき、仏子の和合を破壊しようとしてきたならば、その邪悪とは
徹底的に戦え。そうでなければ、創価学会が壊され、広宣流布が攪乱されてしまう。一番大事なの
は広宣流布だ。邪悪を放置しておくのは、慈悲では絶対にない。悪と戦い、勝ってこそ、正義であ
り、慈悲である」
この「戦う心」を皆さんは、よく銘記しておいていただきたい。
邪悪と戦わないのは、無慈悲である。
“悪は、静かにして、放っておけばいい”――その心は、悪に通じてしまうのである。
皆、人生の「勝利博士」「幸福博士」
皆さまのなかには、大学に行けなかった方もいらっしゃるかもしれない。しかし、信心と学歴は
255
まったく関係ない。私たちは、学会の中で、最高の“永遠不滅の哲学”を学んでいる。信心は「人
生行路の指針」なのである。
私の友人であり、アメリカの高名な哲学者であったディビット・ノートン博士は語っておられた
。
「学会は、それ自体が『校舎なき大学』
「学会の人間教育運動の世界的な広がりに、期待しています」
現在、私が対談を進めているソロー協会のロナルド・ボスコ前会長も「池田SGI会長の教育は
、一人の人間が持つ個性と特質を、最大に開花させてゆくものです」「創価学会は、人々が人生で
何が重要であるかを学び、正しく生きる道を教える場なのです」と賞讃してくださっていた。
きょうは、わが偉大なる「多宝会」の方々も、参加してくださっている。
皆さまが、陰でどれほど広布のために尽くしてくださっているか。功績があるか。私は、よく知
っているつもりである。私は、多宝会の皆さまこそ、学会という「人生の大学校」の最優秀の「勝
利博士」であり「幸福博士」であると讃えたい。
ご家族に多宝会のいる人は、最大に賞讃し、感謝していただきたい。
256
功労ある皆さまの、全員の名前を後世に残したい――これが私の思いである。
アメリカの広宣流布のパイオニアである、懐かしい「梅の木グループ」の皆さま方も、たいへん
におめでとう!遠いところ、本当に、ご苦労さま!お会いできて、うれしいです!
世界百九十ヵ国に薫る創価の信頼の花
戸田先生は、強く語っておられた。
「師弟の人生ほど、崇高にして尊いものはない。師弟不二の人生ほど、人間の究極を生きぬいて
いく。深く喜ばしき法則はない」
この「師師弟不二」の行動によって蒔かれた種は、今や世界百九十ヵ国・地域の創価の連帯とな
り、信頼の花々となって、大きく、広く咲き薫っている。
創価の大行進は、今や世界同時進行である。私どもの運動は、日本よりも、むしろ世界で注目さ
れ、評価されている面がある。
私のもとには、毎日、昼夜を分かたず、各国からさまざまな報告が寄せられる。じつは先ほども
、ヨーロッパから連絡をいただいている。
きのう十月十二日、セルビア・モンテネグロの最高峰の私立大学「プラチャ・カリッチ大学」で
257
、私への名誉博士号の授与式を挙行していただいたという報告である。
プラチャ・カリッチ大学は、長い内戦の苦しみを乗り越えてきた大地にあって、平和の建設を力
強くリードされゆく大学である。
厳粛な式典の模様は、テレビ局も取材し、大学首脳から「近い将来、『池田研究所』を解説した
い」との発言もあったと、うかがった。多大なる栄誉に、深く感謝申し上げたい。
現在、私は、「対話の文明」をテーマに、中国思想研究の第一人者ドゥ・ウェイミン博士との語
らいをはじめ、世界各国の識者と対談を続けている。
私が、文明を結ぼうと、世界の指導者・識者と重ねてきた対話は千六百回を超え、三十七対談集
に結実した。今後、発刊予定のものを含めると、五十をこえることになる。このことも、あわせて
報告させていただきたい。
離島部の健闘は見事
きょうは、遠いところ、離島部の代表の皆さんも参加してくださった。本当にご苦労さまです!
258
皆さんのなかには「話がどんどん進んでいる。名誉会長は、私たちのことを忘れてしまったのか
」と思った人もいるかもしれないが、皆さんのことを忘れるはずがありません。
「聖教新聞」の拡大、各地域の友好の勝利の実証は、本当にすばらしい。わが離島部の健闘は「
見事」である。まさに「広宣流布の縮図」をつくり上げておられる。
「離島部、万歳!」と叫び、その健闘を賞讃もうしあげましょう。
激動の乱世こそ、正義の城が勝ちゆくチャンス
御聖訓には、明確にこう示されている。
「法華経を弘めようと思う心が強盛であったことによって、悪業の衆生に讒言されて、このよう
な伊豆流罪の身となったことは、必ず後生のためになるであろう」(御書 0937p 通解)
大聖人は、法華経を弘めようとしたがゆえに、讒言され、迫害されたことを、無上の喜び、永遠
の誉れとしておられる。
三代の創価の師弟は、この決心で、「三類の強敵」と大闘争を起こし、勝ち越えてきた。
中国の大指導者・周恩来総理は言われた。
「激動は人民の自覚を高め、社会の発展を早めます」
259
激動は望むところだ。私たちの時代が来る。私たちが勝のだ――そういう達観であろう。
激動の乱世こそ、力ある人材が躍り出る時である。正義の城が厳然と勝ち栄えゆくチャンスであ
る。そう決めて、私たちは進みたい。
世界一、有意義で幸福な広布の道を
今、わが学会は、永遠に輝く創立七十五周年の黄金の秋を迎えた。
七十五周年――南無妙法蓮華経の五字七字に通じる、不思議な時である。
御本仏は仰せである。
「このような日本第一の法華経の行者である日蓮大聖人の弟子檀那となる人々は、宿縁が深いと
思って、日蓮と同じく法華経を弘めるべきである」(御書 0903p 通解)
私たちは、この御聖訓のとおりに、崇高なる人生を生き、崇高なる法戦の魂を光らせてまいりた
い。
偉大なるスクラムを組んで、増上慢の輩、反逆の徒を悠然と見おろし、断固と破折しながら、大
きく長い広宣流布の道、世界一、有意義にして幸福な道をば、断固としてつくり、勝ち進んでまい
りたい。
260
きょうは長時間、ご苦労さま!
海外をはじめ遠方からお越しの方々、本当にお疲れさま!
みなさまに健康あれ!皆さまに多幸あれ!――こう、お祈り申し上げ、私のスピーチをおわりま
す。ありがとう!
(東京牧口記念会館)
261
051022top
創立七十五周年記念幹部代表者会議
「対話」が人間を結ぶ 世界を変える
御聖訓どおりの尊き人生に永遠の功徳が
きょうは、お忙しいところ、本当にご苦労さま!
私たちは、日本全国、そして世界百九十ヵ国・地域の同志とともに、偉大なる広宣流布の勝ち戦
をもって、学会創立七十五周年を、晴れ晴れと飾ることができた。
本当におめでとう!ありがとう!
信濃町の学会本部には、数多くの識者の方々からも、続々と祝賀の声が寄せられている。
262
皆さま方の「忍耐」と「努力」、そして「信念」と「正義」の戦いによって、広宣流布は大きく
、大きく広広がってきた。この偉大なる事実を、御本仏日蓮大聖人が、どれほど讃嘆しておられる
ことか。牧口先生、戸田先生が、どれほど、お喜びであるか。
また、広布の途上で亡くなられた先輩方が、どんなに喜んでおられることか。三世十方の仏菩薩
が、厳然と皆さま方を守護しゆくことは、仏法の方程式から見て、絶対である。
私は、皆さま方の絶え間なき奮闘と前進、あらゆる苦難を打ち破りながら指揮を執りゆく、尊き
躍動の姿を見つめ、感激と感涙の思いである。
私は、全員が健康で、長生きして、一家一族の永遠の福徳を積まれゆくことを、心から祈ってい
る。そして、わが全同志が、栄光の仏の生命を輝かせながら、三世にわたって大果報の人生を開き
、大指導者となりゆくことを確信している。
われら創価学会の最高・最大の名誉は、大聖人の御聖訓どおりに生き、御聖訓どおりに前進し、
御聖訓どおりに戦い、広宣流布のために、この尊き人生を、永遠の功徳を受けながら、勝ちぬいて
いるという事実である。私は、妙法のために戦ってくださる皆さま方に、最敬礼をもって、心から
の御礼を申し上げたい。
七十五年前の十一月十八日に発刊された『創価教育学体系』の緒言で、牧口先生は“わが学会は
「異体同心の団結」なり”と宣言された。
263
牧口先生、戸田先生の師弟による「同心協力」の第一歩は、今や、この青き地球を包む、壮大な
人間主義のネットワークへと広がっている。
全世界の国々で、広宣流布のために戦ってくださっている方々の人生に、栄光と勝利あれ――私
は、そう祈っている。全同志への最大の感謝と敬意を込めて、少々、スピーチさせていただきたい
。
会員に尽くすのが真のリーダー
学会のリーダーとして、また、一人の信仰者として大切なことは何か。それは、地道な活動をコ
ツコツと続けていくことだ。
個人指導でも、拡大の戦いでも、要領を使わずに、一生懸命に取り組んでいくことである。真剣
に、誠実に行動する人には、だれもわからない。「心こそ大切」である。それが仏法の究極なので
ある。
ましてや、会員に対して、威張るような人間は、リーダーとして失格だ。そういう人を幹部にし
てはならない。会員を励まし、会員のために尽くしていく。それが学会のリーダーである。
これまで信心がおかしくなり、退転していった人間の多くは、まじめに活動する人たちを陰でバ
264
カにしていた。学会活動なんて面倒だ。それよりも、自分のすきなように遊びたい。学会には適当
について、あとはうまくやればいい――そういう心根であった。
また、「身はをちねども心をち」(1181:01) と仰せのごとく、姿は退転していなくても、心で
は退転している。そういう人間もいた。
誠実に、苦労を避けないで戦ってきた人は、皆、間違いなく幸福になっている。最後は勝ってい
る。学会とともに生きぬけば、絶対に幸福の人生を歩めるのである。
私は、五十年以上にわたって、多くの人を見てきた。だから、本当によくわかる。
富があっても、幸福とは限らない。社会的に偉くても、幸福とは限らない。また、どんなに容姿
が優れていても、幸福とは限らない。お金や地位や名声は、はかない。やがて消えていってしまう
。だからこそ、仏法が必要なのである。永遠に崩れざる「絶対的幸福」の大境涯を築いていく。の
ための信心である。学会活動なのである。
師ガンジーを陰で支え続けた弟子バジャージ
このほど、私は、精神の大国インドの「バジャージ財団」から、「ジャムナラル・バジャージ国
際賞」の決定通知をいただいた。大変な栄光であり、心から感謝申し上げたい。
265
インドをはじめ、全世界の“非暴力と平和の闘士”であるSGIの同志とともに、つつしんで、
お受けしたい。
国際賞に冠された「ジャムナラル・バジャージ」とは、マハトマ・ガンジーの高弟で、師ととも
に、インドの独立闘争を戦った人物の名前である。
このバジャージが、師ガンジーと出会ったのは二十代の半ばである。以後、二十五年以上にわた
り、ガンジーの弟子として生きぬき、戦いきった。そのなかで幾たびも弾圧され、投獄された。獄
中闘争は、通算五年間に及んでいる。
マハトマ・ガンジーは述べている。
「美しい人格の人は、いとも簡単に人に確信を与え、自然に周りの雰囲気を浄化します」
「他者のために生命を捧げようとする人は、日の当たる場所に自分の居場所を確保する時間など
、ないものです」
「信念があり、信念から生れる力を持つ者は、他人から軽んじられても、少しも苦にしません。
内的な力だけを信じます。このために、すべての人と謙虚に接して、世論を喚起し、自分の味方に
するのです」
266
こうした師の精神を、弟子バジャージは深く体得していった。彼は、華やかな表舞台ではなく、
裏方に徹して、師匠であるガンジーに仕え続けたのである。実業家として、師を経済面からも厳然
と支えた。その姿は、実業家としても活躍し、牧口先生の活動を陰で支えた戸田先生の姿とも重な
ってくる。
バジャージは、師ガンジーこそが、インドが最も必要とし、守らねばならない、最重要の“宝”
であると確信していた。彼の心を支配していた唯一の関心事は、「師匠の負担を、いかに軽くでき
るか」であったといわれる。
戸田先生にお仕えした私には、その真情が、痛いほどわかる。
戦後、戸田先生の事業が破綻して、莫大な負債を抱えた。社員は一人、また一人と去っていく。
先生のもとに残ったのは、事実上、私一人であった。
先の見通しはまったく立たない。本当に、生きるか死ぬかという状況だった。そうしたなかで、
私は先生に申し上げた。
「先生、借金は必ず、私が働いて返します。どうか、ご安心ください」
私は、すべてをなげうって阿修羅のごとく働いた。先生を支えぬいた。そして、一切の苦境を乗
り越え、先生は、晴れて第二代会長に就任されたのである。
師匠に仕え、師匠を守りぬいた――これは、私の人生における最高の誇りであり、喜びである。
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師とともに!それが最大の喜び
バジャージいとっても、最大無上の喜びは、いかなる困難があろうとも、また、いかなる戦野で
あろうとも、師ガンジーとともに戦えることであった。彼は妻への手紙に書き残している。
「私は、幸せである。恐れなど、何もない。私にあるのは、ただ一つの願いだけである。それは
、師とともに戦うという、この至福の喜びを楽しむことだけである。あまり恐れたり、心配しても
、何の得にもならない。それは、人間の可能性を狭めてしまうあらである」
だれが知らなくても、だれが讃えなくとも、師匠だけは、この弟子の戦いを、すべてわかってく
れていた。ガンジーは、この愛弟子バジャージを賞讃し、こうつづり残している。
「私が、新しい計画にとりかかろうとすると、彼はすぐさま、自らその責任を負い、ほとんどの
負担を、私から取り除いてくれた。常に不眠不休で仕えてくれた。私の仕事を助け、私をほっとさ
せ、私の健康、そして財政まで、面倒を見てくれたのである。
マハトマ・ガンジーは、良き弟子を持った。師も偉大であった。弟子もまた偉大であった。
268
このたび、私がお受けする「ジャムナラル・バジャージ国際賞」は、その師弟の精神が脈打つ、
まことに意義深き賞なのである。
この栄誉を、私は万感の思いを込めて、牧口、戸田先生に捧げたい。
学会の「師弟の精神」を世界が賞讃
思えば、『創価教育学体系』の緒言において、牧口先生は、同書の発刊に対する弟子の戸田先生
の尽力が、いかに大きいかを述べておられる。
創価教育学が誕生したのは、偉大なる弟子の闘争があればこそである。それは、弟子が師匠を引
きずるほどの勢いであったと、牧口先生は記されているのである。
戸田先生は、よく語っておられた。
「名誉ある弟子を持つことは、師にとって最大の幸福だ」
269
創価学会は、「師弟」で勝ってきた。これからも、永遠に「師弟の精神」で勝ち抜いていく。
世界の知性も、この「師弟の精神」に注目し、大きな賞讃を寄せてくださっている。かつて私が
お会いした、アメリカの名門デラウェア大学のローゼル学長は、こう語っておられる。
「だれしもが、自分の成長や成功の軌跡を振り返った時、それに深く関わった師匠の存在がある
ものです。私自身、人生の基盤の建設に欠くことのできない師匠の存在があります。
創価学会も、師匠の存在に最大の価値を置き、その精神を継承しようとされています。そこに発
展の深き因があることに、私は心から共感を覚えます」
北京大学「池田大作研究会」の賈寢梔長も、論じておられた。
「池田会長の行動の源泉は、すべて、戸田二代会長に師事されたことから出発されています。つ
まり、師弟の道に徹しぬいたからこそ、世界に燦たる完璧な事業を達成されたと私は思います」
世界の識者は、本当によく本質を見てくださっている。深いご理解に心から感謝申し上げたい。
トインビー博士との出会いは一通の手紙から始まった
きょう十月二十三日は、トインビー博士の命日である。
私は妻とともに、いつも懇ろに追善させていただいている。本当に懐かしい博士である。
270
世界的に名声を博しておられながら、どこまでも謙虚で、誠実な方であった。
トインビー博士から、真心こもるお手紙をいただいたのは、一九六四年(昭和四十四年)の秋。
当時、私は四十一歳。手紙には、“あなたの思想や著作に強い関心を持っており、直接、会って語
り合いたい” ?われわれ二人で、人類の直面する諸問題について対談をしたい”と、したためられ
ていた。
私自身、仏法者として、人類の抱える課題をいかに解決していくかを真剣に模索していた時であ
った。文明と宗教についての深い洞察を発表されていた博士から、お聞きしたいことは、たくさん
あった。その意味から、博士の要請に、ぜひ、応えさせていただこうと、対談をお受けすることに
決めたのである。
博士は当時、八十歳、ご高齢で心臓も悪くされていた。そのため、飛行機には乗れない。船では
、あまりに長旅になってしまう。そこで、もったいなくも、私を、ロンドンに招待してくださった
のである。
一九七二年の五月、自然が最も華やかな季節に、ロンドンの閑静な住宅街を訪ねた。赤レンガづ
くりの七階建ての建物の五階に博士のご自宅がある。
私と妻とを乗せた旧式のエレベーターが、ゆっくりと昇っていき、五階でガッタン、ガッタンと
大きな音を立てて止まった。エレベーターを降りると、そこに、あの白髪の博士が、ご夫妻で、こ
271
ぼれんばかりの笑顔を浮かべて、待ってくださっていた。
トインビー博士との語らいによって、私の世界の識者との対話は、本格的に幕を開けたといって
いい。本当に不思議な劇であった。
生あるかぎり「つねに連続で仕事をしよう」と
世界的な名著『歴史の研究』の執筆をはじめ、膨大な研究を成し遂げたトインビー博士は、こう
語っておられる。
「半世紀の間、私は今までやってきた仕事が仕上がったその日に、次の仕事をはじめたものであ
った。一息入れて休むということは絶対にしなかった。そして仕上げたいと切望するこの熱心さは
、年をとるにつれて増してきた」
「常に仕事をしていること、しかも全力を出して仕事をしていること、それが私の良心が義務と
して私に課したことであった」
生あるかぎり、間断なく、油断なく、さあ、きょうも、仕事をしよう!これが、博士の情熱であ
り、信念であられた。
博士との対談は、一九七二年から七三年にかけて二年越しで行われ、計四十時間に及んだ。その
272
内容は、対談集『二十一世紀への対話』に結実している。
博士とのさまざまな思い出が、今も鮮やかによみがえってくる。
会見の初日、思わぬハプニングが起こった。
語らいが、生命論など哲学的な話に及ぶと、通訳が言葉に詰まってしまって、的確に訳すことが
できなかったのである。
どうしたらいいか――皆で相談した。窮地に立てば、智慧が出るものだ。イギリスのメンバーに
も応援してもらい、訳せなかった部分は、対談を録音したテープを、その日の夜のうちに再生して
、日本語に起こし、それを見たうえで、翌日また、対話を続けていくことにした。博士も、なるべ
くゆっくりと、分かりやすく、言葉を選んで話され、通訳を助けてくださった。
また、対話も終わりに近づいたある日、博士は、著名な紳士しか入れない会員制クラブに、私を
招待してくださった。
ゆったりとしたソファに座り、コーヒーをすすりながら、博士は、何か盛んに私に話しかけてく
ださるのだが、二人きりで、通訳はいない。私は、「イエス、イエス」とうなずくばかり。最高の
名誉ある場所に連れてきていただいたはずだったのだが。……。
もっと英語を勉強しておくべきだったと、後悔しても遅い。それでも、身振り手振りで、心は通
273
じ合った。博士ご自身は、お疲れであったにちがいないが、わが子ほども年の差のある私を、最大
にしてくださり、感謝にたえなかった。
日本の『源氏物語』や『万葉集』についても勉強して おられ、話題は尽きることがなかった。
安逸は衰亡の因――ローマに滅ぼされたカルタゴの教訓
博士は、『歴史の研究』の中で、示唆に富んだ史実を挙げている。
それは紀元前二一六年のことであった。
古代世界で、最も偉大な名将の一人と謳われるハンニバルが率いるカルタゴの軍勢は、ローマ軍
を包囲し、打ち破った。ローマの歴史的大敗として知られる「カンネの戦いである。
トインビー博士は古代の歴史書を引いている。
――カルタゴにとって宿敵ローマを一挙に攻め滅ぼす絶好の機会を迎えた。ところが、この大事
な時に、ハンニバルは、すぐにローマには進撃せず、ひと冬の間、南イタリアの豊かな大都市カブ
アに陣を敷き、駐屯したのである。
この間、激しい戦闘を勝ちぬいてきた歴戦の勇者たちも、享楽に溺れ、安逸に過ごした――。
274
このカブアのひと冬が「士気を弛緩させてしまった」と博士は鋭く指摘しておられる。
結局、ハンニバルは、ローマを攻めきれず、徐々に形勢の逆転を許し、敗北する。
一方、ローマ軍は、その繁栄の歴史において、決して、そうした「致命的な過ちを犯さなかった
」と、博士は論じてられる。
とくに、初代皇帝アウグストゥスの例を挙げ「快い土地に駐屯させる過ちを犯さなかった」「厳
しい環境によって帝国の兵士を鍛えるように留意した」というのである。
そのため「ローマ帝国の寿命はおよそ四百年延びた」とトインビー博士は分析されている。
ともあれ、試練との戦いを忘れてしまえば、国であれ、団体であれ、個人であれ、衰亡の坂を転
落せざるを得ない。
「戦う心」を烈々と燃え上がらせたところのみが、生きぬき、勝ちぬいていくことができる。こ
れが峻厳なる歴史の鉄則である。
トインビー博士は一つの結論として論じておられた。
「安逸は文明にとって有害である」
「挑戦――応戦――また新たな挑戦というふうに続いていくのがいきていることの本質である。
いわんや広宣流布は、永遠に“仏と魔との闘争”である。
275
「月月・日日につより給へ・すこしもたゆむ心あらば魔たよりをうべし」(1190:11) と仰せの
とおりである。
人類を結ぶ対話を世界に広げて
トインビー博士は、私に遺言のごとく言われた。
「人類全体を結束させていくために、若いあなたが、このような対話をさらに広げていってくだ
さい」と。
そして、対談を終えた後、人を介して、自筆のメモを私に届けてくださった。
そこには、ローマ・クラブの創立者であるアウレリオ・ペッチェイ博士など錚々たる世界的な識
者の名前が記されていた。そして“可能であれば、今後は、この人たちと語り合ってほしい”と伝
言を託してくださった。
私は、博士のお心を受け継いで、人類を結ぶ対話を世界に広げていくことを、深く心に期したの
である。
東西冷戦、中ソ対立の激しかった時代にあって、トインビー博士が念願しておられた、中国やソ
連との対話の道も、私なりに切り開いてきた。
276
あの北京の冬の周恩来首相の一期一会の出会い。
ソ連のコスイギン首相とクレムリンで会見し、「ソ連は中国を攻撃するつもりはない」との言葉
を引き出して、中国の首脳につたえたこともあった。
アメリカの国務長官を務めたキッシンジャー氏とも、日本と米国で対談した。
さらに、中米のキューバに飛んで、カストロ国家評議会議長と膝を交えて語り合い、文化交流の
扉を開いたことも懐かしい。
この間、使命を同じくする若き優秀な通訳の皆さんに巡り合い、最大に支えていただいたことを
、私は一生涯、忘れることはできない。
トインビー博士との語らいの席上、博士は朗らかに言われた。
「やりましょう!二十一世紀の人類のために、語り継ぎましょう!」
その声が、私の耳朶に響いている。
私も、いよいよこれからが“対話の人生”の総仕上げである。さらにまた、いちだんと「対話の
旋風」を巻き起こしてまいりたい。
人類の前途を覆う暗雲を敢然と打ち払い、二十一世紀の地平に、赫々たる「人間主義の太陽」を
昇らせゆくために!そのための創価学会である。広宣流布である。
277
皆さんも、広々とした大きな心で、勇敢に、朗らかに、私の後に続いていただきたい。
私たちの「一対一の対話」こそが、人間を変え、社会を変え、世界を変え、平和と幸福の社会を
築いていく「王道」なのである。皆さん、よろしく頼みます!
広布の道をまっすぐに!不惜身命の心で
全国の新しい広布のリーダーが、さっそうと立ち上がった。皆さんの時代である。思う存分に走
り、語り、わが同志とともに、歓喜と勝利の歴史をつくっていただきたい。
学会活動ほど楽しいことはない。広布に進む人は、皆、仏の使いである。その不思議なる使命の
友と会い、ともに行動する。これほど偉大なことはないのである。
きょうは婦人部の代表も参加されている。信心のエンジンを全開にして、生き生きと進む姿は美
しい。
婦人部が健在ならば、創価学会は盤石である。
広布の道をまっすぐに――その決心が光っている。尊いことである。反対に、そういう人が少な
くなれば、学会は衰亡してしまう。
日蓮大聖人は「不惜身命」の精神を教えられた。この心を失えば、大聖人の仏法ではない。
278
ともあれ、今こそ万年の勝利の土台をつくるチャンスである。
広布の法城である会館もいちだんと整備したい。
青年部を育て、鍛え、堂々たる人材の城を築いていきたい。
信心は、夢を実現する力である。心ゆくまで唱題しながら、健康第一で、社会で勝ち、人生で勝
ち、晴れ晴れと、世界一の幸福を勝ち飾っていただきたい。
陰の立場で、広布に徹する。同志を支える――その人ありて、学会は世界的になった。
感謝を込めて、大聖人の御書を拝したい。
「先年、佐渡の国から、この甲州の身延まで、あなたの夫の入道殿が来られたので、じつに不思
議なことだと思っていたところ、また今年も来られました。そして、菜を摘み、水を汲み、薪を取
り、法華経に説かれる須頭檀王が正法を求めて阿私仙人に仕えたようにして、大聖人にお仕えして
、一ヵ月にもおよんでいるのは、なんと不思議なことでしょうか。筆で書き尽くすことはできませ
ん。これは、ひとえに、また夫人であるあなたのご功徳となるでしょう。
また、御本尊を一幅認めて差し上げます。霊山浄土では、必ず、お会いいたしましょう」(御書
1335p 通解)
279
このように、一夫妻の人知れぬ陰の功労と真心は、永遠の経典である「御書」に感動的に留め残
されている。それはまた、大仏法の広がりとともに、末法万年尽未来歳まで、光り輝いていくにち
がいんない。
広宣流布のために尽くす真心と行動は、すべてが「今生人界の思出」と刻まれ「三世永遠の大福
運」と薫っていく。これが妙法の世界なのである。
「栄光の大ナポレオン展」――その多大な文化的功績
待望の「栄光の大ナポレオン展」が、“世界を語る美術館”をモットーとする八王子市の東京富
士美術館で、まもなく開幕する。
一九九三年の「大ナポレオン展」、一九九九年の「特別ナポレオン展」に続く、ナポレオン・シ
リーズの集大成である。「文化の光彩と人間のロマン」と掲げられたテーマに沿って、人間ナポレ
オンの文化的側面に光を当てた内容となっているようだ。
代表的な展示品としては、ナポレオン家ゆかりのダイヤモンドの宝冠。ナポレオンの后であった
ジョゼフィーヌの肖像画、「ワーテルローの戦い」でナポレオンが使用した「帽子」と「剣」など
280
、三百点以上の貴重な品々が一堂に展開される。
ナポレオンというと、「権力」や「武力」などの側面から見られることが多い。しかし、一方で
、ナポレオンが多くの文化事業を成し遂げ、後世に巨大な影響を及ぼしたことも、見逃すことはで
きない。
たとえば、彼の陣頭指揮で制定された民法典である「ナポレオン法典」は、ヨーロッパをはじめ
、世界各国に大きな影響を与えた。二千二百八十一ヶ条にわたる同法典には、「法の前の平等」を
はじめ、近代社会の柱となる考えが記されている。
ナポレオン法典の制定こそ、彼の最大の功績であるとも言われる。文体は論理的、かつ簡潔で、
文豪スタンダールは、ナポレオンの法典を文章の模範と仰いだ。
エジプト遠征のさい、百数十人の学者を随行させて大規模な学術調査を行ったことも、不滅の足
跡として光っている。その多大な成果が「エジプト学」の基礎を確立した。
また彼は、セーブルの陶磁器やリヨンの絹織物を育成するなど、文化産業を振興、工業製品の開
発を競う博覧会を開催し、みずからも熱心に観覧した。
当時、発明されたばかりの電池の技術を知った彼は、すぐさま電池工場を作らせている。私たち
にあまりにもなじみ深い「鉛筆」を普及させたのも、ナポレオンだといわれる。食料を長期保存す
281
るための“瓶詰”を考案させたのも彼であった。
ナポレオンは、教育にも力を尽くし、わずか三年間で四千五百の小学校、七百五十の中学校、四
十五の高等中学をつくったといわれる。六千人の奨学生を援助する給費制度も設けられた。
有名な「バカロレア」を制定したのもナポレオンである。
ナポレオンが「レジオ・ドヌール勲章」を制定したことは、よく知られている。これは、今日も
フランスで最も栄誉ある勲章である。しかも彼は、この栄誉を軍人だけでなく、全国民を対象とし
、幅広く顕彰していった。
「活動的な生活は常に健康にいい」「中途半端にことを運べば常に失敗する」と語っていたナポ
レオンである。みずから率先して行動し、全知全能を注ぎ、だれも成し遂げたことのない歴史を築
き上げていったのである。
今回の「栄光の大ナポレオン展」には、ルーブル宮殿を訪れるナポレオンを描いた絵画も出品さ
れている。ナポレオンが、ルーブル宮殿の建築家と、美術館創設の構想に思いをめぐらせる光景を
描いた名画である。
私は、富士美術館が落成する前年の一九七二年五月、ルーブル美術館を訪問した。世界最高峰の
282
桀作を数々見学し、フランス国立美術館局長のシャトラン氏と、美術館のあり方など、さまざまに
意見交換したことが懐かしく思い出される。
ナポレオンは、「文化の都」パリの都市計画に取り組み、道路や運河などを整備していった。ま
た、凱旋門をはじめ、多くの建造物や宮殿を建てていった。そして、そうした都市計画をヨーロッ
パ首都市にも拡大し、豊かな文化の彩りを幾重にもひろげていったのである。
最も尊敬すべきは、人間的な思想の拡大・充実
「一人の人間の可能性」に思いを馳せるとき、ナポレオンへの興味はつきることがない。
彼は語っている。
「不可能なるものは何物もない」「不可能なるものはどこにもない」
彼が「不可能」という言葉を嫌ったのは、あまりにも有名である。
どこまで歴史を創れるか。どこまで歴史を残せるか――ナポレオンが放つ「文化の光彩」は、「
人間のロマン」を鮮やかに輝かせてやまない。
ナポレオンは、「フランス学士院」の一員に選ばれたさいに語った。
「いずれの国民に対しても、最も尊敬すべき、また、最も有用な事業とは、人間的な思想の拡大
283
充実に貢献することであります。
また彼は、「不和はいずれの場合にも悪い」と述べている。
私たちは、さらに世界と友情を結び、平和と文化と教育の交流を深めながら、仏法に根ざした「
人間的な思想の拡大・充実」を邁進してまいりたい。
「艱難に際して勇気と剛毅によってのみ身を処することが出来る」――私は、このナポレオンの
言葉を、尊き広布に生きる皆さま方に贈りたい。
満々たる生命力で「獅子奮迅」の前進を
日蓮大聖人は、「源に水があれば、流れは涸れることはない」(御書 0900p 通解)と仰せで
ある。
雄大に流れる大河も、その源流には、ほとばしる勢いがあるものだ。
創価学会のリーダーは、広宣流布の源流の存在である。広布の組織の“心臓部”である。つねに
満々たる生命力をたたえ、大闘争の勢いに満ちていなければならない。そうであってこそ、仏の軍
勢に、前進の活力をみなぎらせていくことができる。
人間の心臓は、一日のうちに十万回も拍動するという。そして、一日で約八トンもの血液を、全
身に送り続けている。目に見えないところでリーダーが真剣に祈り、智慧をしぼる。そして、心を
284
くだき、迅速な手を打ち続けてこそ、皆が安心し、仏意仏勅の和合僧の威光勢力が増す。広宣流布
の大河が、滔々と流れゆくのである。
「 師子王は前三後一と申して・ありの子を取らんとするにも又たけきものを取らんとする時も
・いきをひを出す事は・ただをなじき事なり」(1124:04)
この「獅子奮迅の力」で学会は勝ってきた。
実際のライオンもまた、いざ攻撃となると、すさまじい力を発揮する。その疾走する速さは、時
速六十キロに達する。跳躍すれば、一飛びで十二メートル。狙いを定めて、猛然と飛びかかる。
また、ライオンの咆哮は、数キロ先にも届くそうだ。まさに師子吼である。
青年部の諸君は、仏法の正義を守り、広げる師子の存在である。仏敵に対して、師子は決然と吼
えなければならない。
マハトマ・ガンジーは言った。
「恐れがあるところには宗教はない」
また彼は、厳格に戒めている。
「宗教は内的腐敗によってのみ滅ぼされうるのです」
仏法の和合僧を破壊する「獅子身中の虫」は決して許してはならない。
285
邪悪な輩を恐れおののかせ、正義の同志が奮い立つ「声」をあげなければならないのである。
巴金先生との忘れ得ぬ語らい
去る十月十七日の夜、私が深く敬愛する、現代中国を代表する世界的文豪・巴金先生が逝去され
た。享年百歳であられた。
私も、これまで、四度にわたって忘れ得ぬ出会いと語らいの歴史を刻ませていただいた。
人民の友好を深く願われていた巴金先生に思いを馳せながら、すぐに弔電を送り、深く追善させ
ていただいた。
上海のご自宅にお招きいただき、辞去するわたしを、わざわざ先生は、外まで見送りに立ってく
ださった。お体に障ると思い、途中、何度も「もう、ここまでで結構ですから」と申し上げた。し
かし、一歩また一歩と杖をつかれながら、門を越え、石段を降りた道路まで歩みを運んでくださっ
た。
286
私が車に乗ってからも、ご家族と一緒に、微笑まれながら、いつまでも手を振ってくださった。
あの光景は、今も私の生命の底に焼きついて離れない。
「文化大革命」の十年間、巴金先生に向けられた嘘や言いがかり、デマによる迫害は、筆舌に尽
くしがたいものであった。
十四巻の『巴金全集』など、すべての作品が「邪書」「大毒草」とされた。「妖怪変化」と呼ば
れ、何度も大勢の前で台上に引きずり出され、頭を垂れて罪を認めさせられた。
三十余年もの長いつき合いだった友人から裏切られ、まったくの嘘八百をでっち上げられたこと
もあった。家族も糾弾の対象とされた。唯一の心の支えであった夫人は心労ののすえに病に倒れ、
「毒草の妻」だからと満足な治療もうけられないまま、亡くなられた。
巴金先生との三度目の語らいの折、私は率直にうかがった。
文化大革命という不幸な嵐の中で、何を強靭な意志に変えて生きぬいてこられたのか――と。
巴金先生は言われた。
「『信ずること』。つねに理想を求めていくということです。真理はつねに悪に勝ということを信
じています」
さらに巴金先生は、きっぱり言われた。
「いろいろ苦しいことはあったが、そのなかで考えた唯一のことは“戦って、戦って、戦いぬい
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て生きていく”ということでした」
そのとおりに、先生は戦いぬかれた。そして勝ちぬかれた。
二年前の十一月、数え年で百歳となられた佳節には、中国政府から、巴金先生に「人民作家」の
称号が贈られた。最高の誉れの名称である。
私は創価の「ペンの闘士」の皆さんに、巴金先生の言葉を贈りたい。
「自分の力を過小評価してはなりません。われわれの手に握られたペンは、一つの力を生みだす
ことができるのです」
「ペンを武器にして、真理を顕示し、邪悪を糾弾し、暗黒勢力に打撃をあたえ、正義を主張する
力を結集させることができるのです」
これは、東京で開催された世界の作家の代表による国際大会での巴金先生の講演である。
ペンを武器に最後の最後まで戦いぬいた巴金先生のごとく、わが創価の「ペンの闘士」たちよ、
正義のために書いて書いて書きまくってくれたまえ!と申し上げたい。
法華経の兵法に勝るものなし!
弘安二年(一二七九年)の十月十三日、大聖人が、強敵と戦いぬいてきた四条金吾に与えられた
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御聖訓を、ともどもに拝したい。別名「法華経兵法事」「剣形書」と呼ばれる有名な御書である。
「いよいよ強盛に大信力をいだし給へ、 我が運命つきて諸天守護なしとうらむる事あるべから
ず」(1192:11)
「なにの兵法よりも法華経の兵法をもちひ給うべし、「諸余怨敵・皆悉摧滅」の金言むなしかる
べからず」(1192:15)
必死の祈りは、諸天をも動かす。あらゆる障魔を打ち破っていける。「法華経の兵法」に勝るも
のはないのである。全同志が、ますます厳然と諸天に守護され、ご健康、ご長寿で、ご多幸であら
れるように、私はさらに祈ってまいります。
結びに、敬愛する全同志に和歌を贈りたい。
創立の
記念日祝さむ
天高く
君よ振れ振れ
勝利の旗をば
289
栄光の創立七十五周年を総仕上げして、全国各地で奮闘されている“創価家族”の皆さまに、く
れぐれもよろしくお伝えください。
いつも本当にありがとう!
(東京・新宿区内)
290
051026top
創立七十五周年記念各部合同協議会
学会活動こそ究極の人権闘争!
妙法を行ずるわが身が「功徳聚」に
創価学会は、広宣流布の団体である。
ゆえに、「自分は広宣流布のために生きるのだ!」「この学会を守るのだ!」「断じて勝つのだ
!」と心に決めて、懸命に戦う人が最も尊い。
幹部だから偉いわけではない。戦う心が燃えているかどうか。それが、すべてである。恰好主義
291
になったり、策や要領に流されては負けである。人にやらせようとか、人を動かそうとか、そうい
う考えでは、どこまでいっても、幹部自身の成長はない。境涯を変革していくこともできない。思
う存分に動ける立場にありながら、一生懸命にやらなければ、自分が損をするだけだ。
広宣流布とは、一人一人の幸福を根本として、社会の繁栄と世界の平和を実現していく運動であ
る。広布に生きる人生ほどすばらしいものはない。
日蓮大聖人は、御本尊のことを「功徳聚」と仰せである。
日々、戦う心を燃やして、一人の友の幸福のために、真剣に祈り、仏法を語っている人。広布の
同志を心から讃え、励まし、尊敬しながら、だれよりも陰で苦労している人、たとえ、目立たなく
とも、その人には、厳然と、信心の功徳が具わってくる。
妙法を真剣に行ずる私たちは、わが身がそのまま「功徳聚」となるのである。
また、その福徳は、自分自身を飾るのみならず、一家一族、子孫末代までも、永遠に流れ通って
いく。それが大聖人の仏法の法則である。
フランスの文豪ロマン・ロランは叫んだ。
「一歩一歩、前へ進もう!まっすぐ進むことによってわれわれは大いに先へ進むのである」
大いなる理想へ向かって、一歩また一歩と前進してまいりたい。決して、焦ることはない。他人
292
と比べる必要もない。自分らしく、粘り強く、まっすぐに進んでいけばいいのである。
若き皆さんは“広宣流布のナポレオン”となって、二十一世紀の剣難の峰を敢然と乗り越えてい
ってもらいたい。そこに人生の栄光が輝くのだ。
「信心第一」「誠実第一」の新しい人材を
ともあれ、時代の激流によって、多くの団体が分裂したり、衰亡していくなかにあって、わが創
価学会は、世界を舞台に隆々たる発展を遂げている。
仏法史に燦然と輝く学会創立七十五周年を、堂々と勝ち飾ることができた。全国、全世界の同志
の健闘に心から感謝申し上げたい。本当にありがとう!ご苦労さまでした。
創価の尊き民衆の連帯は、今や百九十ヵ国・地域へと広がった。
世界の指導者や識者の方々から、平和と人道の一大勢力として、絶大な期待と賞讃を寄せられて
いることは、皆さんがよくご存じであろう。
新しい時代は、新しい人材によって築かれる。皆で総力をあげて、「信心第一」の人材を育てて
まいりたい。
信心が光っていれば、人格も光っていく。行動も光っていく。不正な人間と戦う正義の魂も光っ
293
ていくのである。
また、リーダーは、「誠実第一」である。
すぐに怒鳴ったり、また威張ったり、あるいは機嫌が良かったり悪かったりで、いつも同志に気
を遣わせる傲慢な人間が幹部になったならば、同志を苦しませることになる。それでは、広布の邪
魔になってしまう。
著名な教育者で、農政学者でもあった新渡戸稲造博士の言葉にこうある。
「如何なる仕事に従事しても、又如何なる境遇に居ても(中略)即ち居らざれば不足に思はれる
人、即ち居らねば困る人になって、始めて一人前の仕事をするものといはれると思ふ」
いなくてはならない人になれ!――牧口初代会長も、戸田二代会長も、まったく同じ指導をして
おられた。とりわけ、青年部の諸君は、職場でも地域でも、「絶対に、いてもらいたい人」になっ
ていただきたい。
さらにまた、お父さん、お母さんを大切にしていける人であってほしい。離れて暮らしている場
合は、できるだけ連絡を取って、感謝を伝えてもらいたい。親の心がわかる皆さま方であっていた
だきたい。
それが真実の信仰者の姿である。仏法は人の振る舞いを教えた法であるからだ。
294
学会歌とともに心一つに進め
戸田先生は鋭く喝破された。
「民族の興隆には、必ず歌があった。わが学会にも、歌が必要だろう」と。
その言葉のとおり、広宣流布の大行進は、学会歌とともにあった。
「文化の力」は偉大である。人間の心を潤し、心を広々と開いていく。もちろん、真実の宗教も
また、人々の心を豊かに育んでいくものである。言うなれば、宗教と文化は表裏一体である。学会
は永遠に「文化を大切にする団体」として進んでまいりたい。
私も、友が喜んでくれるならばとの思いから、東北の歌である「青葉の誓い」をはじめ、数多く
の学会歌の作詞・作曲を手掛けてきた。
学会歌を歌えば、新しい力がわく、新しい息吹がみなぎる。新しい目標に向かっていける。
今後、毎回の本部幹部会で、各方面の歌を順番に歌っていってもいいのではないだろうか。
ともあれ、方面や県の歌をはじめ、学会歌を高らかに歌いながら、「わが県さえあれば」「わが
295
地域さえあれば」広宣流布は盤石である!――この大確信に燃えて、雄々しく立ち上がっていただ
きたい。
私が青春時代から愛読してきたアメリカの詩人ホイットマンは歌った。
「今こそは、悲痛の危機から学びとり、前進して、恐ろしい運命と取り組み、一歩も後退しては
ならない秋だ」
大変ななかで戦ってこそ、本物は磨かれる。大事なことを学び取ることができる。
私の場合も、そうだった。先後まもなく、戸田先生の事業が挫折。先生の恩を忘れ、裏切った人
間もいた。去っていった人間もいた。莫大な負債だけが残った。この絶体絶命のピンチのなかで、
実質的に私一人が先生をお守りし、先生に仕えきった。
この厳しき秋霜の日々であったからこそ、今の私がある。
若き諸君は、困難を恐れず、みずから大変なところに飛び込んでいってもらいたい。
「一歩も退いてはならぬ!」――この詩人の叫びを青年部に贈りたいのである。
「師に守られる弟子」から「師とともに戦う弟子」へ
私たちが日々、読誦している「法華経」その中に、「五百弟子授記品」がある。
296
ここでは、釈尊の弟子である多くの声聞たちが、師との生命の対話を通して、ちっぽけな境涯の
殻を打ち破る。そして「深心の本願」――本来の自分自身の誓願を自覚し、「救い求める人」から
、他者を「救う人」へと“人間革命”していくのである。それは、「師匠に守られる弟子」から、
「師と共に戦う弟子」へと一念を大きく転換させるドラマでもあった。
そして、立ち上がった弟子たちが重要な核となって、さらに多くの弟子が広布の舞台に躍り出て
いく。この広宣流布の方程式に則って、わが学会は全世界へと発展してきた。
日蓮大聖人は、この五百弟子品を通し、「我心本来の仏なりと知るを即ち大歓喜と名く所謂南無
妙法蓮華経は歓喜の中の大歓喜なり」(0788:10) とのあまりにも有名な一節を宣言しておられる
。「広布の大願」に生き、仏界の生命を湧き立たせる時、人間の生命は、最大に躍動する。
ともあれ、広布の新たな時代を開くのは、つねに「弟子の戦い」である。なかんずく、その原動
力は青年部である。「青年・躍進の年」である明年の勝利のカギは、ひとえにリーダーの皆さんの
「一念の転換」にある。このことを、私はとくに強調しておきたい。
広宣流布の“心”で学会は発展
きょうも、世界各地の会館に、わが同志が集い、友好の語らいの花を咲かせている。
297
創立七十五周年を節目として、学会本部周辺をはじめ、日本各地の会館の整備も順次、進めてい
きたい。一切は、広布に生きる同志のためである。皆さんが意気揚々と集い、喜んでいけるよう、
全力で取り組んでいきたい。
大聖人は、南条時光に対し、法華経化城喩品の一節を贈られている。
「願わうは、仏に供養する功徳をあまねく一切に及ぼし、私たちと衆生が皆、ともに仏道を成就
できますように」(御書 1561p 通解)
この一節は、梵天たちが大通智勝仏に宮殿を奉るときに述べた偈文である。自身が得た功徳によ
って、時分だけでなく、あらゆる衆生が成仏できるようにと願う、これが仏法の心である。
その心があるからこそ、真の仏法者は、限りなく広く、大きな力を発揮することができる。
私は、広布の法城が建てられるさいには、「広宣流布の会館を建設し、荘厳する大功徳が、全同
志に行き渡らんことを!」「会館に縁する、あらゆる人々も、わが愛する地域も、護られ、栄えゆ
かんことを!」と祈っている。広布の牙城である会館を拠点に、地域に友好と信頼をひろげゆく同
志の姿は、まことにうるわしい。
皆さんの強き「広宣流布の心」によって、学会は宇宙大の福運を積み、世界広布を広げることが
できた。広布破壊の日顕宗には、この尊き「心」も「行動」もない。
学会は、牧口先生、戸田先生が、法華経の「身読」に全生命をかけてこられた偉大なる歴史があ
る。私たちは、経典の上でも、事実の上でも、仏法史上、未曾有の、尊き幸福の大道を歩んでいる
。このことを、誇りに思っていただきたい。
「人間宣言」――普遍的な人間の権利
いよいよ「栄光の大ナポレオン展」が東京富士美術館で開幕する。世界の美の至宝も続々と到着
している。創立者として、大成功を心から祈ってやまない。
ナポレオンが「永遠に価値をもち続けるであろう完璧な真理」と讃嘆したものは、何か。
それは、フランス革命における「人権宣言」であった。まさに、人類の精神の遺産である。
私は、東京富士美術館で開かれた「フランス革命とロマン主義展」を思い出す。今から十八年前
、一九八七年の秋十月のことであった。
この展覧会は、私が親交を結んだフランスの知の巨人ルネ・ユイグ氏の絶大な協力を得て実現し
た。十九にもおよぶフランスの美術館が、日本初公開の名画などを出品してくださった。
そのなかで、二百年前のフランス革命当時、パリの人々が高らかに掲げた、意義深き「人権宣言
」が展示されているのである。人権宣言の意義については、ポエール上院議長をはじめ、フランス
各界の指導者とも、種々語り合ってきた。
299
この宣言は、正式には「人および市民の権利宣言」という。封建的な古い制度を打ち倒した直後
の一七八九年八月二十六日、フランス革命の成果を集約して、国民会議で採択された。
モンテスキューやルソーなど、十八世紀のフランスの哲学運動が凝結している。普遍的な人間の
権利を世界に宣言したのである。
人権宣言は、近代憲法の源となった。その理念は、世界に影響を与え、日本国憲法にも生かされ
ている。
宣言の前文は、「人権の無知、忘却または軽視が不幸な生活と政府の腐敗の唯一の原因である」
と断言している。
宣言は全部で十七条、その基本的な方向は、最初の三カ条に要約されている。
第一条は「人は、自由かつ権利において平等なものとして生まれ、そして生存する」と、人間の
平等を高らかに宣言。
第二条では、「あらゆる政治的結合の目的は、自然かつ消失しえない人権の保全にある」と定め
ている。国家も、人権を守るためにあるのである。
第三条では、「あらゆる主権の原理は本質的に国民に存する」と、国民主権が宣言されている。
さらに、第十一条には「言論の自由」が謳われている。
300
すなわち、「思想および意見の自由な伝達は、もっとも貴重な人権の一つである。したがって、
あらゆる市民は、法律の定める場合にこの自由の濫用に責任を負うほかは、自由に話し、書き、印
刷することができる」と記されている。
アメリカの経済学者ガルブレイス博士は、私との対談で、「ジャーナリストには、人間の義務と
して負うべき責任があります。そのなかでも、いちばん大きいのが、『真実を追求する責任』です
。真実をないがしろにする者には、何らかの法的措置があって然るべきです。ただ、そういう法律
の運用にあたっては慎重であってほしいと思います」と述べておられた。
あの長身の博士と、日本で、またボストン近郊の博士の自宅で語り合ったことは懐かしい。
ともあれ、ウソやデマを勝手に撒き散らして、責任を負わない――そんな「言論の自由」などあ
るはずがない。人権を蹂躙する「言論の暴力」がはびこるようでは、「人権後進国」と言われても
しかたがないのである。言論の暴力には、絶対に沈黙してはならない。正義は、どこまでも正義で
ある。怒りの声を上げるのだ。断固として言論戦を貫くことである。
二十一世紀こそ、断じて「人間が輝く世紀」にしなければならない。
正義と真実、それを守るために、戸田先生は叫ばれた。
301
「敵と戦わない人間は信用できない」
広布を阻む悪と戦わない、ずるい人間。恰好だけで、うまく立ち回るような人間には、絶対にな
ってはならない。仏法では、「声仏事を為す」と説く。声で邪悪と戦うのだ。叫ぶべき時に叫ばな
い人間は、仏にはなれない。仏法は厳しい、人間の尊厳を守るために戦う。それが創価の陣列であ
る。
一人を大切にする学会の精神は「世界人権宣言」と共通
ともあれ、わが創価学会の七十五年は、人類史に輝く偉大な人権闘争の勝利の歴史であった。皆
さまが、それをつくってくださった。
南アフリカのマンデラ前大統領も、日本を訪れたさい、わざわざ私に会いに来てくださった。ア
バルトヘイトと戦い、二十七年半に及ぶ獄中闘争を貫かれた方である。
多くの青年とともに歓迎し、たいへんに喜んでくださったことが忘れられない。
302
ソ連の改革を進め、冷戦終結の立役者となったゴルバチョフ元大統領とも、私は何度もお会いし
た。創価の人間主義に、深い期待を寄せてくださっている。
第二次大戦後に採択された「世界人権宣言」の起草者であるカナダのジョン・ハンフリー博士も
、私に、こう語っておられた。
一人一人を大切にし、一人一人の幸福を願う学会活動は、それ自体が最高の「人権闘争」なので
ある。
先日、九十二歳で亡くなられたアメリカの「人権の母」ローザ・パークス女史は、私が初めてお
会いした際、こう語ってくださった。
「きょう、池田SGI会長にお会いしたことによって、『世界平和』への活動という新しい側面
が、私の人生に開けてきたような気がします。私は『平和』に尽くしたい。世界平和のために、会
長とともに旅立ちたいのです」
303
また、かつて、こう述べておられたという。
「SGIの皆さんとお会いしたことで、私はこれまでの人権闘争を、世界に開き、新たな前進を
開始することができました。私は、そのことに心から感謝しています」
パークス女史は、アメリカ創価大学だけでなく、招きに応じて日本の創価大学も訪問し、記念講
演を行ってくださった。尊き宝の歴史である。
今、創価の人権運動はいちだんと深く、世界的な広がりを見せている。
本年初頭から、国連の「人権教育のための世界プログラム」が始まった。
私は、かねてより人権教育の重要性を訴えてきた。同プログラムは、SGIが各NGOや国連機
関、各国政府などと協力し、実現へ尽力したものである。
またSGIは、国連が提唱する人間教育の取り組みを支援する一環として、人権に対する展示を
世界各地で開催してきた。
新たに「二十一世紀 希望の人権展が来月、大阪からスタートする予定である。
「世界人権宣言」の採択に尽力されたブラジル文学アカデミーのアタイデ総裁は、私との対談の
中で、こう展望しておられた。
「仏教、なかんずく池田会長に引き継がれた思想――つまり、人間への差別を断じて許さないと
304
する立場――が尊重されるとき、二十一世紀は輝かしい栄光の世紀となるでしょう」
これまで述べてきたように、私は、世界各国の識者や指導者、文化人との語らいを広げてきた。
皆、同じ人間である。会って話せば、わかりあえる。心が通じる。私は一対一の対話を通して、平
和への道を切り開いてきた。全世界の同志のため、広宣流布のために走りぬいてきた。
二百年前、フランスの誇り高き人々は、「人権を、断じて勝ち取るのだ」と、激動の革命期を戦
い、新しい建設に挑んだ。
創価の前進が「人権」の前進であり、創価の勝利が「人権」の勝利である――この気概をもって
、人権を蹂躙する障魔とは、勇敢に戦いぬき、断固として勝ちぬいてまいりたい。
聡明に!健康長寿の人生をゆけ
有名な『十八史略』には、宋の国の太祖の次の言葉が記されている。
「人生は白駒の隙を過ぐるが如し」――人生は戸の隙間から白馬が走り過ぎるのを見るように、
束の間のことである――。
305
人生は、あっという間に過ぎ去っていく。後悔しても、間に合わない。だからこそ、今、戦い、
勝つことである。真剣に「自分」をつくっていくことだ。
一日一日を悔いなく戦いきり、朗らかに、日本一、世界一、幸福な使命を果たしたと誇りを持て
る一生をおくりましょう。
そのためにも、どうか、体を大切にしていただきたい。
たとえば血圧の高い人は、十分、注意してほしい。ちゃんと対処しないで「自分は大丈夫だ」な
どと油断して、放っておくと大変なことになる。とくに年を取ると、若い時のようにはいかないも
のだ。万が一、病気で倒れたりしたら、本人はもちろん、家族も本当につらい思いをする。
心配がある人は、きちんと医者に診てもらうことも大事である。
「健康第一」で進んでほしい。健康は「智慧」である。自分で自分を律し、懸命に生活していく
ことだ。その「智慧」と「生命力」を湧き出していくのが仏法である。
全員が健康で、長生きして、大勝利の人生を飾っていただきたい。
きょうは、本当にご苦労さま!ありがとう!
(創価文化会館)
306
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第三十回SGI総会
第五十四回本部幹部会
プーシキン金メダル授与式
平和と文化の大叙事詩をつづれ
プーシキン「われ自身が雄大!われは庶民
皆さま、こんにちは!海外の方々、本当によく来られた。お会いできてうれしい!日本の方々も
ここで、臨時ニュースを申し上げたい。創価大学野球部が本日、横浜スタジアムで行われた関東
大学の白鵬大学戦に一対〇で勝利した。これで全国大会進出が決まった。
なお、創大の投手が完全試合を達成した。本当におめでとう!
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私たちが敬愛するロシアの大詩人ブーシキンは、朗らかに謳いあげた。
「くよくよするな、運命の法則とはこんなもの
全世界が人間のまわりを回っている――
果たして人間だけが動かないでいられようか!」
世界は動いている。人生も、生き生きと動き、戦った人が勝利する。これが鉄則である。
またプーシキンの詩に、こういう一節がある。
「われは富豪にあらず。宮廷の詩人にもあらず。われ自身が雄大なり!われは庶民なり」
権力者が偉いのか。金持ちが偉いのか。まじめに、人の幸せのために働く庶民こそ尊いのだ。私
は庶民だ。庶民の味方だ!――。これが創価学会の心意気である。
学会は日蓮大聖人の御聖訓どおり、また経文どおり、「広宣流布」に邁進してきた。「不惜身命
」との言葉どおりに行動してきた。仏典には「悪口罵詈」「猶多怨嫉」と説かれている。学会が受
308
けてきた法難もまた、この言葉どおりである。
広宣流布を妨害するための間断なき迫害であった。数限りない無根の妄言を浴びせられた。
学会の発展は、大仏法が差し示す方向と一致している。まったく御聖訓どおりである。
学会のみが、「法華折伏・破権門理」の精神のままに前進してきた。また、前進している。
この事実を、満天下に宣言しておきたい。みなさん、どうであろうか!
プーシキン金メダルの栄誉を牧口・戸田両先生に捧ぐ
本日は、憧れのロシアの大地にきら星のごとく輝く、文化・芸術の十団体から決議をいただき、
「世界の詩歌の太陽」であるプーシキンの名を冠した、最高の栄誉を賜りました。
偉大な芸術と文化の指導者であられる先生方、遠方より、ご多忙なところ、まことに、まことに
ありがとうございました。
プーシキンの誕生日は、わが創価の父・牧口初代会長と同じ六月六日であります。
また、懐かしいことに、私が青年時代、恩師戸田先生に朗読してお聞かせ申し上げた詩人の一人
309
が、このプーシキンだったのです。
“恩は返してこそ美しい”というロシアの諺は、そのままプーシキンの信条であった。
報恩こそ、人間としての最高峰の心である。人間であればこそ、恩を知ることができる。
また、“彼ほど、多くの人に感謝の言葉や行動を示した詩人はいない”とも言われている。
その詩人の魂魄を留めた、意義深き金メダルと胸像を、私は、「師弟不二」の栄光として、牧口
、戸田両先生にささげたいのであります。
きょうは、創価の勝利の一番星である芸術部の代表の方々も駆けつけてくださった。ありがとう
!
さらにまた、海外からは、六十ヵ国・地域の広宣流布の太陽の指導者が参加されている。そして
アメリカの著名なブラスナー博士ご夫妻も出席してくださった。本当にありがとうございます。
世界の知性はロシア文学に深い愛情を
これまで私は、世界の指導者・識者らと千六百回を超える対話を重ねてきた。そのなかで、国や
言葉が違っても、多くの方々に共通していたことがある。
それは、どの人も、必ずといっていいほど、古今の文学作品に親しんでおられたことである。
310
なかでも、ロシア文学を深く愛している方が数多くいた。
イギリスの大歴史家トインビー博士も、そうであった。「文学が現代に果たす役割」に話題が
及んだとき、博士が真っ先にふれられたのが、トルストイであった。
また、中国の大文豪・巴金先生は、中国に紹介したい世界の文学作品をうかがうと、即座に、ロ
シアのツルゲーネフやゴーリキーを挙げておられた。
アフリカの正義の英雄マンデラ大統領、南米の人権の闘士エスキベル博士、そして、アメリカの
大経済学者ガルブレイス博士も、またしかりである。
青春時代からロシア文学を愛読してきた私にとっては、うれしい発見であった。
トルストイ、ドストエフスキー、チェーホフ、ゴーゴリ、もちろん、プーシキンも――日々の生
活は大変だったが、わが家の本棚には、節約して買い求めたロシア文学が、ずらりと並んでいた。
私の妻が“証人”である。
なぜ、ロシアの大地には、プーシキンやトルストイをはじめ、人類の“不滅の宝”である偉大な
文学・芸術の大山脈が、そびえ立っているのか。このテーマについて、私は、モスクワ大学からの
要請で行った、一回目の講演でも、少々、論じたことがなつかしい懐かしい。
すなわち、“ロシア文学の魂には、歴史の厳しい試練をくぐり抜けた、鋼鉄のごとき強さがある
311
。いかなる苦悩の底にあっても、断じて希望を失わない逞しさがある。
この強き逞しさ、そして、文化・芸術をこよなく愛しゆく民衆の精神の土壌にこそ、絢爛たるロ
シア文学の開花があり得たのではないか”と述べたのである。
そして、誇り高き精神を継承しゆくロシアの青年の皆さん方こそ、人類文化の交流に貢献してい
く使命があると訴えた。会場のモスクワ大学の文化宮殿を埋めた若き英才たちから、盛んな拍手を
いただいたことは、今も忘れられない。
「歓喜は闘争のなかに」と誇りも高く
「間断なく成長する詩人」と讃えられたプーシキン。彼もまた、迫害による追放という「運命の
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打撃」の歳月のなかでこそ、“不滅の傑作”を次々と生み続けていった。彼は誇り高く叫んだ。
「歓喜は、闘争のなかにある!」「歓喜は荒れ狂う大海原に、激しき波と嵐の暗闇のなかにある
!」
いい言葉である。わが学会も、「さあ何でも来い!」「断じて勝ってみせる!」との心意気で、
激動の社会の大海原に勇んで打って出てまいりたい。
本日の式典には、ロシア・プーシキン金メダル褒賞委員会のシードロフ委員長をはじめとする知
性の先生方をお迎えすることができました。
重ねて、心より御礼申し上げます。ありがとうございました。
シードロフ委員長、ファトクーリン書記一行は、ソ連の崩壊という大激動の時代に、雄々しく矢
面に立って、芸術家を守りぬき、文化の城を死守してこられました。
この信念の激動に、私たちは、最大の敬意と感謝を伝えようではありませんか。
若きプーシキンは、人間の自由と尊厳のため、勇敢に立ち上がった。学会の青年部の皆さまと同
じである。だからこそ、四方八方から、卑劣な侮辱を浴びせられた。これが、世の常であるかもし
れない。しかし、プーシキンは“どんな攻撃であろうと、それに反撃しないのは臆病である”と、
不屈な闘魂を燃やして戦った。
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彼は“思想の砦”ともいうべき「文学新聞」を同志とともに刊行する。そして、ペテン師のデマ
を圧倒する言論の猛反撃を、深き執念で貫いていったのである。
「正義の新聞」こそ、最強の平和の武器である。私たちでいえば、「聖教新聞」である。
プーシキンは、ある物語詩のなかで、最後は無残な姿をさらす。卑しき裏切り者を描いている。
彼はつづった。
「裏切りはそれにふさわしい罰を待っているのだ!」
広宣流布の闘争にあっても、卑劣な反逆者が悲惨な末路をたどっていることは、皆さま方が、ご
存じのとおりだ。
なお、プーシキンの文学を育んだ大きな力は、無名の乳母の励ましであり、心豊かな、民話や歴
史の語り聞かせであったといわれる。
子供や青年は、励ましや教育の力によって、いくらでも変わっていけるものだ。
私には、大詩人を育んだ乳母の気高い姿が、未来の人材を育成しゆく、婦人部の皆さまの姿と重
なって見える。学会は、けなげな婦人部の友を大切にしてきたからこそ、ここまで発展した。これ
、からも、この一点を忘れてはいけないと、私は叫んでおきたい。
学会のため、広宣流布のために、だれよりも働いてくださっているのは婦人部である。婦人部の
みなさん、いつもありがとう!
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シードロフ委員長は著名な画家であり、作家でもあられる。その自伝的小説には、委員長のすば
らしいおばあさんが登場する。
今、日本も、ますます高齢社会となってきた。人生の大先輩を尊敬し、守っていくなかに、繁栄
の道があるといえよう。
小説は描く。真っ赤に燃える荘厳な夕日。
「?燃えよ、明るく燃えよ、消えることがないように……」
あたりには、鬼ごっこをして遊ぶ子どもたちの歌声が響く。
おばあさんは、夕日につつまれながら、子どもたちにかたりかける。
「『燃えよ、明るく燃えよ』っていうのはね、『生きよ、明るく生きよ』と同じことなんだよ」
胸を打つ言葉である。われわれも生きよう!明るく!
仏法は「煩悩即菩提」と説く。悩みがあったとしても、妙法の力用によって、それをエネルギー
に変え、「知恵の炎」を燃え上がらせていく。煩悩を悟りへと転じていく。
これが仏法の法理である。妙法に生きぬく限り、不幸になることは絶対にない。必ず幸福の道、
正義の道を歩んでいけるのである。
闇が深ければ深いほど、自分自身の生命を、太陽のごとく光り輝かせ、現実の暗闇を明々と照ら
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していく。これが創価の人生である。仏法の人生であり、真実の人生である。
青年よ「汝は王者。ただ一人、征け!」
偉大だからこそ中傷される。正義を貫くからこそ嫉妬され、迫害される。信念を曲げ、要領よく
振る舞えば、中傷や誹謗はうけないであろう。しかし、それでは真に偉大な人間とはいえない。
プーシキンが、吹き荒れる誹謗中傷を見おろし、悠然と記した詩がある。その一節を、きょうは
青年部に贈りたい。
「詩人よ!」
「愚か者の罵りや嘲笑を耳にすると、わが志を、厳然と、そして平然と掲げよ!汝は王者。ただ
一人、征け!自由の大道を、自在なる英知をもってすすみゆけ!」
学会精神、仏法の精神と共鳴する言葉である。青春時代、私がずっと胸に秘めてきた一詩である
。
またプーシキンが若い画家を励ました言葉を紹介したい。その画家とは、名画「第九の怒濤」の
作者アイヴァゾフスキーである。この名画は、東京富士美術館などでも展覧された。
プーシキンは呼びかけた。
316
「働きなさい!働きなさい!青年よ!これが一番、大切なことである」
これもまた、学会の指導に通じる言葉である。
戦いなさい!――青年部の諸君、頼むよ!
もう一つ、プーシキンがつづった言葉にふれたい。
「嫉妬という発作は、病気である。それは、暗い憂うつであり、熱病であり、ペストであり、脳
の欠陥である。
痛烈な言葉である。ともあれ、プーシキンは、高慢な人間や批判者には、ただちに切り返した。
嫉妬に狂った人間たちと、戦いぬいたのである。
われらも、勝利の大叙事詩をつづり残したい。
自分自身と一家眷属の栄光のために!縁する友の幸福のために!生命の尊厳と社会の正義のため
に!世界の非暴力と永遠の平和のために!
皆、体を大事にしながら、希望に燃え、勇気に燃えて、はつらつと、きょうも明日も、忍耐強く
前進していこうではないか!悔いのない人生――その人は幸福である。
結びに、シードロフ委員長ご一行をはじめ、すべての出席者の御健勝を、まずお祈りさせていた
だきます。そして、愛するロシアをはじめ、SGI百九十ヵ国・地域の無窮の繁栄と安穏を心から
祈り、私の御礼のスピーチとさせていただきます。
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スパシーパー(ロシア語=ありがとうございました)
サンキュー!ありがとう!
(東京牧口記念会館)
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創立七十五周年本部・海外最高協議会
ともに元気に!大満足の人生を飾れ
創立八十周年へ不滅の創価城の構築を
大勝利の創立七十五周年、おめでとう!広宣流布の伸展は、皆さま方の「努力」と「忍耐」と「
勇気ある闘争」によって、勝ち得たものである。
日蓮大聖人が、どれほど賞讃しておられることか。また、大聖人の仏法を広宣流布していく私ど
もを、二祖・日興上人も、三祖・日目上人も、そして十方世界の仏菩薩も、どれほど讃嘆し、強く
深い守護をしてくださることか。それは、経文に照らし、御書に照らし明確である。妙法を弘める
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われわれが、不幸になることは絶対にない。最後は必ず勝つ仏法である。それを強く確信していた
だきたい。
恩師の戸の田先生はよく言われていた。
「私は、創価学会が幸福になればいいのだ。わが同志の幸福こそ、私の願いである」と。
私も恩師と「同じ心」で生きてきた。そしてまた、「死身弘法」の皆さま方に、ただただ頭を垂
れ、御本尊に皆さま方のご健康、ご長寿、ご多幸を祈り続けている。この一年も、幾多の困難を乗
り越えながらの大闘争、本当にご苦労さまでした。広宣流布のための労苦は、すべてが、満足の中
の大満足と変わる。日蓮大聖人は、人間にとっての究極の満足とは、「一生成仏」でると教えてお
られる。われわれは「成仏の直道」をまっすぐに進んでいるのである。
ともあれ、次の目標は、創立八十周年である。ともに元気に、ともどもに学会歌を歌いながら、
堂々たる不滅の創価城を構築してまいりたい。そしてまた、ともどもに「一生成仏」という“最高
の所願満足の山”を見事に登攀してまいりましょう!
プーシキンは今も深く民衆に愛されて
今月二日、本部幹部会の席上、私は、全同志とともに、「プーシキン金メダル」を拝受した。
320
うれしいことに、ロシアをはじめ、国内外のプーシキンを愛する方々からも、祝福のお便りを多
数いただいている。
ロシアの国民的詩人であり、「近代文学の父」「詩歌の太陽」と讃えられるプーシキンは謳った
。
「この世を飾るのは、有情のみ。
有情なくして、喜びはない」
私たちは、世界に真の友情を結んでいる。
プーシキンは、こうも語っている。
「当然、人には、家柄を超える尊厳がある。
つまり、人格の尊厳である」
人間の「自由」と「尊厳」を高らかに謳い上げたプーシキンの詩には、人格の光があり、温もり
がある。それゆえに、今もなお、ロシアの民衆に深くやまないであろう。
文豪トルストイは、プーシキンを「われわれの教師」と讃えている。また、十九世紀のロシアの
著名な文芸評論家ベルンスキーは、プーシキンを「何百万もの人々を潤すボルガ川」にたとえた。
今回、来日されたプーシキン金メダル褒賞委員会のシードロフ委員長も、このボルガ川の沿岸で
生まれ育った方であった。プーシキンをこよなく愛する同委員長は、本部幹部会に集った創価の友
の喜々とした姿にふれて、「太陽よ万歳!闇よ消えよ!」とのプーシキンの言葉を贈ってくださっ
321
た。そして、「偉大な詩人は、あたかも創価運動を予見していたかのようであった」とまで言って
くださったのである。
さらに、同委員長とともに来日されたファトクリーン書記から、一通の書簡をいただいた。この
書簡には、モスクワの「中央芸術家会館」において、私の「自然との対話」写真展を開催したいと
の旨が記されていた。同会館は、ロシアの“心臓部”であるクレムリンに向かい合って立つ“芸術
の宝城”である。同書記によれば、年間三百件以上の展示会を開催し、年間約百人が勧賞に訪れる
という。素人である私の写真に対し、まことに、身にあまる要請をいただいた。
私が写真を始めたのは、ある方からカメラをいただき、そのご厚情にお応えして、写真を撮った
ことが、きっかけだった。
また、学会の会館の中を飾るのに、絵は高くて、すべての会館に置くわけにはいかない。かとい
って壁に何もないのでは、あまりにも殺風景であろう。それならば、写真を置いてはどうかと思い
、寸暇を見つけては、目にした自然の光景などを撮影するようにしてきたのである。
このようにして始めた私の写真が、海外の皆さんの目にふれて、相互理解や文化の親善につなが
るならば、これ以上の喜びはない。
322
さてプーシキンは、一七九九年六月、モスクワの貴族の家に誕生した。開設されたばかりの英才
教育の学園に一期生として学んだ。
彼が、生涯、この母校を愛し、同窓の友情を大切にしたことは、よく知られている。
若き日、プーシキンは圧政を批判する詩を発表したことで、都を追われる。その後、六年間にわ
たって追放生活を余儀なくされている。その追放先に、数人の同窓の友が危険を顧みず、はるばる
駆けつけ、プーシキンを励ましたうるわしき友情の劇は、馥郁たる香りを放っている。
彼は、その深き友情に感謝を込めて、謳った。
「おお友たちよ」「君のこえは、長い眠りのなかから、心の火をよびさました。わたしは喜びに
胸をみたされ、運命をたたえた」
その後もプーシキンは、権力による検閲や周囲の誹謗中傷などと戦い続けた。その闘争のなかで
、世界文学に輝く不滅の傑作を残していったのである。
主な作品に、韻文形式の小説『エヴゲーニー・オネーギン』、歴史小説『大尉の娘』、史劇『ボ
リス・ゴドゥノフ』などがある。詩作は八百編以上にのぼる。
プーシキンの心は、毅然としていた。彼は、「よこしまの力のゆえにこの世に高い地位をたもつ
悪者や、うつけ者の運命をうらやむことなく」ともつづっている。
悪党どもの運命の行く末は、惨めな敗北に決まっているからだ。
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さらに、プーシキンは言った。
「思想がなければきらびやかな表現も何の役にも立たない」
同じように、思想のない、哲学のない、信念のない人間は、どんなにきらびやかに身を飾ろうと
もむなしいものだ。私たちは、妙法という最高の思想、最高の哲学に基づいた、最高に尊い人生を
歩んでいる。このことを誇りとしてまいりたい。
ブラジル広布四十五周年は“民衆の勝利の大叙事詩”
きょうは、遠くブラジルSGIの首脳も出席してくださっている。ブラジル広宣流布の栄光の四
十五周年、まことに、おめでとう!本当に、よく頑張ってくださった。ブラジルSGIは今、あら
ゆる面で大発展している。すべては、ブラジル同志のおかげである。
サンパウロ近郊に広がるブラジルSGIの自然文化センターも、皆さまの真心ですばらしく整備
されているとうかがっている。うれしいことである。
また、アマゾン中流域のマナウス市近郊に開設されているアマゾン自然環境研究センターにも、
各界から高い評価が寄せられている。
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アマゾン――世界の憧れの地である。私も、いつの日か訪問できることを、楽しみにしている。
ブラジル文学界の巨星で、私たちSGIの深い理解者であられたジョルジェ・アマード氏は、誇
り高く「民衆」を讃え、「人民」を謳い上げた。
「海よりも強いもの、それは民衆である」
「民衆は毎日詩の新しい奇跡を、英雄心の新しい奇跡をつくり出す」
さらにアマード氏はつづっている。
「われわれは人民がいつも真実を求め、真実を旗じるしにしようとするのを知っている。
また人民の真の指導者や人民によって鍛えられた人たちは、制圧者の仮面にだまされはしない」
「人民の叫び声はどんな叫び声よりも強力である」
そのとおりである。ブラジルSGIの四十五年、そしてわが創価学会の七十五年の歴史は、最も
気高く、最も強き民衆の勝利の大叙事詩であると宣言したい。
偉大な存在――それはひとえに、広宣流布に邁進する学会員である。
ブラジルにおいても、わが尊き同志の貢献に賞讃が絶えない。今月も、サンパウロ州など各地で
、11・18「創価学会記念日」の意義を刻む「慶祝議会」が盛大に開催される予定である。
また、このほどブラジルの名門バイア・カトリック経済大学から、栄光にも私に対して同大学の
第一号となる「名誉博士号」の決定通知が届けられた。
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すべては、尊き社会貢献の活動を広げゆくブラジル同志への絶大なる信頼の賜であり、賞讃の証
にほかならない。貴国の皆さま方に重ねて心から感謝申し上げたい。
ブラジルの文豪アマード氏はまた、こうもつづっている。
「いつわりの仮面をかぶった者たちは、苦しめられ、卑劣な甘言の手が差しのべられると、す
ぐに脱落してしまうことだろう」
広宣流布の途上にあっても、仮面をかぶった卑劣な輩が、退転し、弓を引いていったことは、ご
存じのとおりだ。
そしてアマード氏は、「幸福とは正義を理解すること」であり、勇気や品格ある生活のなかにあ
る」と洞察している。
まさに、たゆみなく学会活動に勇み舞いゆかれる皆さま方の人生の英姿であるといってよい。
アマード氏が、ひときわ讃えたのは、苦悩にも毅然として立ち向かい、冷静に、そして妥協を許
さず進んでいく“庶民の母”であった。
母は偉大である。母は勇敢である。母は聡明である。母は正義である。
その母たちが幸福に輝いてこそ、平和と希望の園が広がるのだ。
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創価の女性に幸福あれ
日蓮大聖人は、懸命に信心を貫く女性門下たちを、こよなく大切になされた。
大聖人は、乙御前の母に対して、鎌倉からはるばる佐渡の大聖人のもとへ訪れたことについて、
こう書き送られている。
「女性の身で、これまで足を運んでくださったあなたの姿にふれると、日蓮が流されたのは、わ
けあってのことですが、“あなたの厚い御志があらわれるためであったのか”と、ただありがたく
思うばかりです」(御書 1222p 通解)
乙御前の母は、女手一つで娘を育てながら、勇気ある信心を貫いた。その健気な母の求道に対し
て、大聖人は、あなたの尊い信心が現れるために、私は流されたのだろうか、とまで言われ、最大
に讃えられたのである。
わが創価学会は、この七十五年間、あらゆる「三障四魔」を勝ち越えて、大勝利の前進を重ねる
ことができたのも、すべて、難に怯まず、真剣に戦いぬいた婦人部の皆さまのおかげである。
崇高なる広宣流布の母たちに、あらためて心からの感謝を捧げたい。
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十一月十二日は「女子部の日」である。女子部の皆さんは、創価の希望の太陽である。
女性が輝き、伸び伸びと進んでいる組織は強い。勢いがある。聡明に、楽しみながら、希望と幸
福のスクラムを広げていっていただきたい。
女子部の皆さん、いつも本当にご苦労さま、尊い青春の日々を、どうか健康で、無事故で!と申
し上げたい。
十三日には、わが先駆の九州青年部が、「青年・躍進の年」に先駆けて、アジア青年平和友情総
会を行う。
恩師戸田先生から「東洋広布」を託された全九州の誉れの友が、沖縄の青年部と手を携え、アジ
アの友と心を通わせて、ベートーヴェンの「歓喜の歌」を歌い上げる。
晴れやかな大成功を、皆で祈りたい。
壮年、婦人の皆さんは、真剣に戦う青年をほめ讃えていただきたい。次の時代を担うのは青年で
ある。
また、会合の責任者には、ともかく「絶対無事故」をお願いしたい。全員で心を合わせて祈るこ
とだ。「絶対無事故」が、当然である。事故を起こせば、だれも得をしない。同志も皆、悲しむ。
とくに、大きな会合の場合は、細心にも細心の注意を重ねて、完璧な運営をお願いしたい。
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納得の対話から新たな発展が
どうしたら、理想の組織をつくり上げることができるか。その急所は何か。
それは、リーダーが成長することだ。手を打つ人間が、人の何十倍も苦しみ、題目をあげて、考
えぬくことである。会合でいい話をすることも大事だ。だが、それだけでは人は動かない。一対一
で語り、心がつながってこそ、徐々に大回転が始まっていく。
改革は必要である。しかし、安直に進めれば、かえって、混乱をもたらす場合もある。だからこ
そ、現場の声を聞くことだ。皆が納得して進んでいけるよう、よく打ち合わせ、対話を重ねること
である。とくに、若くしてリーダーになったならば、皆の意見に謙虚に耳をかたむけねばならない
。苦労しなければ、人の心はわからないものだ。
また、挑戦の心を失えば、硬直した官僚主義におちいってしまう。恰好はいいが、血が通わない
。慈愛がない。思いやりがない――そういうリーダーであったならば、皆がバラバラになってしま
う。「皆、大変ななか、本当によく戦ってくださっている」――そう感謝する心があるか、ともに
戦い、同苦する心があるかどうかである。
どうしたら皆が安心して広布へ進み、勝利と幸福をつかんでいけるか――その一点を、私は祈り
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、全魂を注いできた。そこに呼吸を合わせなければ師弟は「不二」でなくなる。決して上から押し
つけるのではなく、皆から「よくやってくれた」と言われる名指揮を、よろしく願いしたい。
何でも言える雰囲気が大事である。そういう組織が伸びる。立場が上であるほど、自分から皆の
話を聞いて、一つ一つ応えてかねばならない。疲れるかもしれないが、それが指導者の責任である
からだ。何も言えないような雰囲気では、最低の組織である。そうならないために、まずリーダー
が真剣に、一生懸命、戦う。たゆみなく人間革命していくのだ。これを心に刻んでいただきたい。
ドゥ・ウェイミン博士――宗教は「社会的使命」を果たせ
私は現在、中国思想研究の第一人者であるハーバード大学のドゥ・ウェイミン博士と、連載対談
を続けている。
ドゥ・ウェイミン博士は、「儒教文明」を代表する知性として、世界を舞台に活躍されている。
私との対談で博士は、地球社会の平和を築くうえで、宗教がきわめて重要な役割を担うと展望さ
れている。
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それでは、二十一世紀の「世界宗教」の要件とは、いったい何か。博士がその一つとして挙げら
れたのは、「地球共同体の幸福に対する責任を担っていく」努力の有無である。
宗教者は、自身の教団をめぐる関心にとどまらず、文化的な見識を備え、社会のあり方に関心を
持たねばならない。そして、社会に積極的に関わっていく「公的知識人」として行動することが求
められる、というのである。
この観点から博士は、私たちの「平和・文化・教育」の運動を高く評価してくださっている。
学会は、「個人の幸福」を勝ち取るとともに、「社会的使命」を誠実に、そして厳然と果たして
きた。ゆえに、世界から信頼を勝ち得てきたのである。
さらに博士は、これらの宗教のリーダーは、「三つの言葉」に通じていかなければならないと指
摘されている。この「二つの言葉」とは何か。
一つは、「同じ信仰を持つ人々を結びつける言葉」である。つまり、内部の連帯と交流に必要な
言葉であり、信仰上の指導や励ましなどが、これに当たると言えよう。
幹部である皆さま方は、接する一人一人に安心と確信、そして希望を贈る「指導の達人」「激励
の名人」であっていただきたい。
御書を拝しても、日蓮大聖人は、どれほど門下を讃嘆しておられることか。真剣に戦う女性、年
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配者、青年を、それはそれは、こまやかに賞讃し、激励されている。
たとえば、佐渡に流罪された大聖人のもとへ、危険を顧みず供養を届けられた千日尼に対しては
、「いつの世にか忘れることができましょう。日蓮の母が佐渡の国に生まれ変わっておられるので
しょうか」(御書 1313p 通解)と、感謝と讃嘆の心を伝えておられる。真心と誠意のこもる「ほ
め言葉」をかけているところに、喜びの波動が広がる。
あの厳格な戸田先生も、広宣流布に戦う最前線の同志を、最敬礼して讃えられた。
「皆さまの信心のおかげです」「ことごとく皆さんのおかげだ」「あなたがたへの御褒美は、御
本尊が、きちんとくださいますよ」等々、声を惜しむということがなかった。ある時には、教学部
の友に「じつによくやってくれた、何よりも誇りに思います」と声をかけておられた。
きょう一日、何人の人に温かな声をかけ、ほめることができるか。ここに、指導者の重要な使命
がある、と強調しておきたい。
さて、ドゥ博士が訴える、宗教指導者が持つべき「二つの言葉」のもう一つは何か。
それは、「世界市民としての言葉」である。
信仰の組織の内部に閉ざされるのではなく、開かれた心で、社会へ、世界へ、あらゆる人々と対
話を交わしていくことである。外にどんどん打って出て、勇敢に対話を広げ、理解と共感を深めて
いくことだ。広宣流布とは、外交戦であり、渉外戦である。
332
この点でもドゥ博士は、創価学会の「開かれた対話」の精神を讃えてくださっている。一方、日
顕宗は「対話を閉ざした」ところに重大な誤りがあったとも分析されている。
「創価学会が行っている、普遍性に根ざす宗教の実践と、人類の存続を脅かす諸問題への真剣な
取り組みの往復作業は、非常に貴重です」
これが博士の深く温かな理解である。
さらにドゥ博士は「地涌の菩薩」の生命観に深く共感され、こうも語られている。
「『地涌』とは、自らの生きる大地を拒絶しようとしてはいけない。ということを教えているの
ではないでしょうか」
どのように社会が乱れようと、人類は自らに内在する仏性を信じ、努力することで、より良くい
きることができることを示しているともいえましょう」
さらに博士は述べている。
「菩薩は、自ら悟ればそれでよしとするのではなく、自らの悟りや思想を人々と分かち合い、皆
を救っていこうとするのです」「ここに『自己実現』と『社会への奉仕』という、一見異なる生き
方を融合した『中道』の生き方があります」
私たちの「地涌の菩薩」の生き方に、断じて行き詰まりはない。見た目や恰好ではない。わが内
333
なる仏の生命を、燃え上がらせ、戦うことである。
どうか、世界の最高峰の知性も讃えてやまない、この「地涌の菩薩」の誇りも高く、創価の世界
から離れることなく、威風堂々の使命の連帯を拡大していっていただきたい。
きょうはアメリカ創価大学の学長も同席されているが、ドゥ博士は、アメリカ創価大学に大きな
期待を寄せてくださっている。私との対談の中でも、「学問の専門家や細分化が顕著な現代にあっ
て、『全体性』と『専門性』を兼ね備えた教育を行うアメリカ創価大学の試みは、非常に意義深く
、重要であると思います」と語っておられる。これからも私は、創価教育の総仕上げとして、アメ
リカ創価大学の発展に全魂を注いでいく決心である。、
会館は「幸福の城」「人間性のオアシス」
創立七十五周年を祝福し、全国の同志が、連日のように信濃町の学会本部を訪れてくださってい
る。私は本当にうれしい。
「遠いところ、大変にご苦労さま!」「いつもありがとう!」と、最大に感謝申し上げます。
この七十五周年を一つの節目として、学会本部周辺をはじめ、各地の会館の整備を順次、進めて
いく予定である。すべて、未来のためである。
334
待望の創価女子会館も明年、完成する。
学会の会館は「幸福の城」であり、「人間性のオアシス」である。
ここに来ると、ほっとする。希望がわく。勇気がみなぎる――皆さまに、そう思っていただける
ような、立派な「創価の宝城」としてまいりたい。
また、学会本部をはじめ、各地の会館等では、多くの方々が、昼夜を分かたず、運営や警備に尽
力してくださっている。この席をお借りして、最大の敬意と感謝をお伝えしたい。これから、ます
ます寒くなってくる。どうか風邪などをひかれないように、十分に注意していただきたい。
世界最高の教学が学会の誇り
きょうの二十日には「教学部任用試験」が行われる予定である。
335
「求道の心」輝く受験生の皆さまには、「真剣な教学の取り組み、本当にご苦労さま!」と申し
上げたい。また、ともに学び合い、受験生の激励に当たってくださっている先輩の方々にも、心か
ら感謝いたします。
日蓮大聖人は「法華行者逢難事」で、弟子たちにこう仰せである。
「おのおの互いに、この法門について読み、聞いていきなさい。このような末法の濁った世にあ
っては、互いに常に語り合って、いつも後世を願っていきなさい」(御書 0965p 通解)
この御聖訓のとおりの実践が、学会の教学運動である。
戸田先生は,高らかに叫ばれた。
「創価学会の一つの誇りとするところは、世界最高の教学を持っていることだ」
「学会がここまできたのも、真剣な御書講義と研鑽があったからだ。教学が広布の根源である。
だからこそ、全魂を教学にかたむけてきたのだ」
「創価学会の使命は、広宣流布の推進にある。そのためには、教学の振興が大事である。
先生は幹部にもつねづね、こう語られていた。
「疲れきった時こそ、御書を拝読していけ!たとえ一行でも、二行でもよい。御書を拝して、み
ずからの境涯を、もう一歩、開くのだ」
私は、創立七十五周年の意義深き任用試験の無事故と大成功を、真剣に祈っている。どうか、今
回の任用試験を契機として、全リーダーが「行学の二道」にいよいよ励んでいただきたい。
生命におよんだ「小松原の法難」
きょう十一月十一日は、日蓮大聖人が「四度の大難」の一つである「小松原の法難」に遭われた日
336
である。文永元年(一二六四年)この日、大聖人は十人ほどの弟子たちとともに、安房・天津の領
主であった工藤吉隆の屋敷に向っておられた。
夕刻、大聖人の一行が東条郷の松原大路にさしかかったときのことである。地頭の東条景信が率
いる、武装した多数の暴徒が襲いかかってきた。その数は、御書に「数百人」と記されている。
当時、念仏の強信者であった東条景信は、念仏を徹底して破折する大聖人に対して、深い怨嫉を
抱いていた。また景信は、この地の荘園の領主である大尼と領地争いをしたさい。大聖人が大尼の
味方をしたことで、敗北を喫したことがあった。景信はこのことでも大聖人を恨んでいたのである
。
この襲撃で、大聖人は、左手を骨折され、額に大きな刀傷を負われた。弟子の鏡忍房は打ち殺さ
れ、駆けつけた工藤吉隆も重傷を負って殉難したといわれている。壮絶な大難であった。
「小松原の法難」から一ヵ月後、大聖人は南条兵衛七郎に、こう書き送られている。
「敵が射る矢は雨のようであり、打つ太刀は稲妻のようであった。弟子一人は即座に打ち取られ
、二人は深手を負った。私も斬られ、打たれ、もはやこれまでというありさまであったが、どうし
たことであろうか、打ちもらされて、今まで生きている。いよいよ法華経の信心を増すばかりであ
337
る。法華経の第四の巻には『しかもこの経は仏の在世でさえ、なお怨嫉が多い。まして仏の滅度の
後においては、なおさらである』とあり、第五の巻には『一切世間に怨嫉が多くて信じがたい』と
とかれている。
「日本国に、法華経のために傷つけられる人は一人もいない。だから日本国の持経者は、いまだ
この経文には符合していない。ただ日蓮一人こそ、この経文を身で読んだのである。『我身命を愛
せず、ただ無上道を惜しむ』とはこのことである。ゆえに、日蓮は日本第一の法華経の行者である
」(御書 1498p 通解)
生命に及ぶ大難を乗り越えられた大聖人の大宣言であられた。
私は、若き日に、大聖人の「不惜身命」「忍難弘通」の大闘争を学び、わが生命に刻みつけた。
そして、広宣流布の大願に生涯を捧げ、師匠である戸田先生を守りぬくことを、心に誓ったので
ある。
「一切の魔の働きから、どうすれば師匠を守ることができるか」「どうすれば学会を守れるか」
。そして、「どうすれば広宣流布をすすめることができるか」――私は、ここに一念を定めた。そ
して真剣に、具体的に祈った。祈りは具体的でなければならない。現実をどう変えるかという「具
体性」がなければ、祈りは空転してしまうからだ。
338
すべてをなげうって師を守った
戸田先生の事業が苦境におちいった時も、私は先生を厳然とお守りした。これは、私の永遠の誇
りである。
あの時、先生のもとでお世話になっていた多くの人が「戸田の馬鹿野郎!」「タヌキ野郎!」な
どと、口汚く罵り去っていった。借金は膨大な額だった。剛毅な先生も、さすがに憔悴しておられ
る時があった。
私は、その先生を支えに支え、阿修羅のごとく働いた。事業の再建のために、昼夜の別なく奔走
した。だれに対しても、誠実の行動を貫いた。
私は当時、肺病を患っていた。体もつらかった。しかし、すべてをなげうって師のために戦いぬ
いた。師匠である先生を守ることが、学会を守ることであり、会員を守ることであると深く自覚し
ていたからだ。そうしたなか、事業の交渉相手のなかから「あなたはすばらしい人だ」「あなたの
ためなら協力しよう」と言ってくれる人も現れた。言葉では言い尽くせない深いドラマがあった。
また、あお「大阪事件」のさいも、私は先生を徹して守りぬいた。
事実無根の容疑で逮捕された私に、検事は“おまえが罪を認めなければ、戸田を逮捕するぞ”と
339
卑劣きわまる恫喝を加えてきた。
当時、戸田先生は、かなり衰弱しておられた。万が一、逮捕されたら命にもかかわる。私は、先
生だけは絶対にお守りしなければならないと決心していた。そのために、いったんは自分が無実の
罪を被ることを決めたのである。苦渋の決断であった。
戸田先生は、そうした私を深く深く信頼してくださった。“だれよりも信頼できるのは大作であ
る”――これが先生の思いであった。
私は、先生が構想し、言い残されたことは、すべて実現してきた。先生は勝った。先生は幸福で
あった。 弟子の戦いを心から喜んでおられる先生の姿が目に浮かぶ。
師弟というものが、どれほど深く、尊い、永遠の人間の道であるか。私は、戸田先生のもとで苦
労しぬいた。「師弟不二」で戦いぬいた。だからこそ、今の私がある。
当時の状況に比べれば、今は本当に恵まれている。もちろん、時代や環境は大きく違うかもしれ
ない。しかし、みずから求めて苦労をしていなければ、本当の指導者になることはできない。
私は第三代の会長に就任してからも、あらゆる誹謗や中傷を一身に浴び、全同志の盾となり、学
会の屋根となってきた。それこそ全身に槍傷、刀傷を負うような時もあった。ふつうでは耐えられ
340
ないほどの迫害、また迫害の連続であった。それでも一歩も引かずに戦いぬいてきた。勝ち抜いて
きた。だからこそ、今日の世界的な学会の発展がある。
学会の一切を担い立つ人間には、あらゆる苦難や迫害に耐えぬく覚悟がなければならない。決し
て簡単に考えてはならない。厳しいようであるが、学会の永遠の発展のために、あえて言い残して
おきたい。
広布の人生に「勝利の宝冠」
私は現在、「ヨーロッパ科学芸術アカデミー」の会長であり、著名な心臓外科医であるウンガ―
博士と対談を進めている。
博士との語らいは、十九世紀のオーストラリアを代表する劇作家グリルパルツァーのことも話題
になった。楽聖ベートーヴェンとも親交のあった人物である。
グリルパルツァーは、戯曲のなかで、こう綴っている。
「わたしは一つの罪を知っている。その罪の深さにくらべれば、ほかの罪などはすべて百合の花
のように見えてくるほどだ。忘恩というのがその名だ」
341
どんな罪よりも重い罪――それが「忘恩」だというのである。
戸田先生も、「恩知らずが、組織の中にのさばると、妙法の功徳は、毒に汚される。功徳が消え
るだけでなくして、魔物が動き始める」と厳しく言われていた。
グリルパルツァーは別の戯曲で、登場人物に語らせている。
「高慢ちきというものは、ばったりおちてしまうのじゃ」
学会のお世話になりながら、同志を見下し、反逆した「高慢ちき」な連中――そうした輩が皆、
「ばったり落ちて」悲惨な末路を遂げていることは、皆さまもよくご存じであろう。
グリルパルツァーは、戯曲でつづった。
「この世で犯した罪が屹度報いられる」
「この世の中で、悪事が罰を受けずに済むものか!」
いわんや仏法においては、因果の法理は厳然である。
ギリシャの著名な教育者であり、弁論家であったイソクラテスは、こう断じている。
「死はすべてのものに運命の定めるところのものであるが、美しい死は高貴な人にのみ与えられ
る」
ともあれ、高貴な魂をもって、偉大な使命に生きぬいた人は、すばらしい死を迎えることができ
る。広宣流布という大願に生き、人類の幸福と平和に尽くしゆく学会員の皆さまこそ、生命の永遠
432
の「勝利の宝冠」を勝ち取る方々なのである。
大聖人は、流罪された佐渡の地で、厳然と仰せになられた。
「法華経の行者には、信心において退転することなく、身において詐り親しむことなく、一切、
法華経にその身を任せて、仏の金言のように修行するならば、たしかに、来世はいうまでもなく、
今世においても無事で寿命を延ばし、最高に勝れた大果報を得て、広宣流布の大願をも成就できる
であろう」(御書 1357p 通解)
信心に退転なく――学会は、この御聖訓のとおりに戦いきってきた。だからこそ、これほどの大
果報を得、世界広宣流布の大願を成就してこられたのである。
マルロー氏「変革を成し遂げよ 希望と不屈の意志で」
世界の識者も、学会の創立七十五周年を祝賀してくださっている。
私が、ともに対談集を発刊した一人に、フランスの「行動する文化人」アンドレ・マルロー氏が
いる。
その良き伴侶であり、同志であられたマドレーヌ・マルロー夫人から、学会の創立の日を記念し
て、氏の直筆である貴重な手稿をいただいた。珠玉の文化の至宝である。
343
これは、フランスの歴史に残る雄弁家であったマルロー氏が、第二次世界大戦の激動の時代に行
った講演のためのメモである。
当時、氏は、ド・ゴールが結成した「フランス国民連合」の広報責任者として活躍していた。そ
の氏が“フランスのより良き未来を開こう”と、烈々たる雄弁で、精神の結合を訴えたのが、この
不滅の演説である。一九四八年の四月二十六日、パリの庶民の公会堂として有名なジャピー講堂で
行ったものと推定される。
この手稿には、マルロー氏の叫びが凝縮されている。
「いかなる偉大な業績も、ごくわずかの不撓の人々によって打ち立てられるものである。他の者
たちは、なんとかなるだろうと考えている」
胸を揺さぶるにはおかない師子吼である。さらに、氏は、こう続ける。
われわれは、変革を成し遂げなければならない。希望と不屈の意志によって、民衆の連合には、
多くの人々を結合せねばならぬ。成功するためには、なおさらである」
そして、氏は、同志たちに感謝を込めて、次のように呼びかける。
「あなた方は、大変なときに、母国の正義を守りぬいた」
「フランスの再建が実現した暁には、きょう、この場――ジャピー講堂に集った、あなた方のお
かげであると讃えられるである。雪の中でも、われわれの主張を訴える新聞を売っていった、あな
344
た方のおかげであると」
この氏の言々句々は、そのまま、平和と正義と人道の「精神の戦い」を貫く創価の同志を絶賛す
ることばとなって、私の胸に響いてならない。
とりわけ、「聖教新聞」の拡大に尽力してくださっている皆さま方、そして毎日また毎朝、「聖
教新聞」を配達してくださっている「無冠の友」の皆さま方に、重ねて御礼申し上げたい。
北海道も、東北も、雪が降り始めた。どうか、体に気をつけて、「健康第一」「無事故第一」の
使命を完走をお願いします!
ナポレオン「私は仕事の限界を知らない」
今年は、私がマルロー氏と最後に対談を行ってから三十年になる。
氏は、ナポレオンに魅了されていた。私との対談で、ナポレオンの話題になると、あの鋭い眼光
をひときわ輝かせておられたのを思い出す。
現在、八王子の東京富士美術館で行われている「栄光の大ナポレオン展」では、氏が編纂した『
ナポレオン自伝』の中の言葉が、いくつも紹介されている。
文化の業績に焦点を当てた、この展示の模様を知られたら、今は亡き氏が、どれほど喜んでくだ
345
さることであろうか。
ナポレオンは言う。
「仕事こそ私の本領とするところだ。私は仕事をするように生まれついているのだ。私は自分の
足の限界は知っていた。目の限界も知っていた。しかし仕事となるとその限界はまるで知らなかっ
た」
この言葉を、私は、広宣流布の英雄の皆さまに謹んで捧げたい。あわせて、ナポレオンが、数々の
誹謗に対して昂然と言い放った言葉を、わが青年部に贈りたい。
「真実は雲を貫き、太陽のように輝く。太陽のように、真実は不滅なのだ!」
御書には「日蓮の弟子の中に異体異心の者があれば、それはたとえば、城の内部の者が城を破る
ようなものである」(御書 1337p 通解)と厳しく戒められている。
広布の城を永遠ならしめるために、戸田先生は、昭和三十三年(一九五八年)の御逝去の直前―
―「3・16」記念式典を終えられた直後、肺腑をえぐるように強く言われた。
「今後の学会は、くさった幹部を切らねばならない」
正義のために戦わない。それどころか、私欲に狂い、尊き同志を苦しめる。こうした増上慢の人
346
間が出たことは、皆さんがご存じのとおりである。広宣流布を破壊する「獅子身中の虫」は、将来
のために断じて打ち破らねばならない。仏法は勝負であるからだ。仏と魔との間断なき戦いである
。また、先生は、よく、こう言われていた。
「滅びるか、それとも伸びゆくか。人間も、団体も二通に分かれている。滅びゆく人生には絶対
になるな!伸びゆく人生であれ!」
信心は、無限に向上していくエンジンである。どこまでも「伸びゆく人生」のドラマを、晴れば
れとつづってまいりたい。
若きナポレオンが世界史の表舞台に彗星のごとく登場した時、彼の行くところ、「前進、また前
進!」のみずみずしい息吹があった。戦いが窮地におちいると、みずから先頭に立って、皆を鼓舞
し、勝利を切り開いた。「私とともに進め!私の後に続け!」と。
戦いを終えると、彼は陣地を回って兵士をねぎらい、負傷兵をいたわり、皆と一緒に休んだ。皆
と食事も一緒に分かち合った。兵士たちは、そんな彼を「小伍長」のあだ名で呼んで親しんだ。
そこには上下という意識はなかった。古い権威や、虚栄とも、無縁だった。愛する祖国を守り、
フランス革命の理想を確立しよう。そういう思いに、皆が燃えていった。第一次イタリア遠征では
347
、兵士たちの「ラ・マルセイエイズ」の晴れやかな歌声が、アルプスの山々に響きわたったという
。
しかし、やがて、ナポレオンの隊列から、こうしたみずみずしい息吹も、一体感も失われていく
。ナポレオン自身が戦場をかけめぐり、すべてを自分で判断して、細かく指令を出していた時はま
だよかったが、軍隊の規模が大きくなると、ナポレオンの目も全軍に行き届かない。
だからこそ、「ナポレオンなら、どうするか」「ナポレオンの考えは、こうである」と自分の頭
で考え、行動する「不二」の人間が必要だったのである。
しかし、ナポレオンの命令どおりに動けば勝利が手に入った将軍たちは、いつしか“自分で判断
することができない”“指示を待って動く”という官僚主義におちいってしまった。組織が硬直化
していった。これが、ナポレオンの行き詰まりの大きな要因となった。
次の五十年を担う人材の陣列を
ナポレオンの栄光は、わずか二十年であった。
百年、二百年と栄えゆく組織をつくることが、いかに至難の事業であるか。いわんや、「末法万
年尽未来歳」の広宣流布に挑んでいるのが、創価学会である。
348
戸田先生は強く訴えられた。
「組織を陳腐化させてはならない。官僚主義で機械的に上がっていくような、また、そつなくや
っていればいいというような、退嬰的、保守的な組織になってはいけない。人材が、どんどん抜擢
されるような、生き生きとした組織でなければならぬ。
学会は、人材で築かれた城なのだ。広宣流布を唯一の目的とする一つの生命体だ。そして日進月
歩、つねに生々発展する生命そのものなのだ」
今、各地で新しい人材が躍り出てきた。私は、本当にうれしい。次の世代がどうなるか――これ
は、今のリーダーの責任である。その決心の深さで決まる。絶対に、若い人を、上から抑えつけて
はいけない。それでは、人は伸びない。この一点を、間違えたら怖い「抑える」のではなく「育て
る」のだ。後輩たちが「本当にお世話になった」「厳しかったけれど、楽しかった」――そう思え
るような良き先輩であっていただきたい。皆が「張り合い」をもって進めるよう、励まして励まし
ぬいていただきたい。
今、人材を育てておかなければ、間に合わない。「次の五十年」を担う青年の陣列を築きあげた
い。どうかよろしく頼みます。
ともあれ、年配になっても、心まで老いてはならない。牧口先生・戸田先生がそうであられたよ
うに、心は生涯、青年でなければならない。いくら年を重ねても、「さあ、やろう!」と気迫をも
349
って進むのだ。命ある限り、「月月・日日」に“広宣流布の生命体”である学会とともに、同志と
ともに、前進、また前進し続けていくことである。
明年「青年・躍進の年」とは、年配者も青年も一体になって、皆が青年の息吹で躍進していく一
年であることを、朗らかに決意しあって、記念のスピーチとしたい。
どうか、各方面、そして各国の偉大な同志に、創立七十五周年の大勝利の祝賀と感謝の心を、く
れぐれも、よろしくお伝えください。きょうは、本当にありがとう!
(信濃文化センター)
350
051118top
第二総東京最高協議会
勇敢に師子王の大闘争を
最前線の同志を讃えよ
天も晴れ、地も晴れ、心が晴れわたる学会創立七十五周年の「創立の日」、おめでとう!
ここ第二総東京をはじめ、全国の婦人部の皆さまの祈りを映すように、きょうはすばらしい大晴
天となった。白雪を冠した富士も、今朝は昇りゆく太陽に、ひときわ荘厳に光り輝いていた。
アメリカの民衆詩人ホイットマンは高らかに謳った。
「かくしゃくとした老齢の女性は、その年季のとった快活さ、元気旺盛な子供を育て上げ、達成
351
感でついに迎える休養の満足と思索の日々――これ以上に美しく、啓発的で、特質すべきももを私
は知らない。
広布に生きる多宝会の姿ほど美しく、神々しいものはないと私は思う。
一番偉い人とは、だれか、ホイットマンは言う。
「私は、いつも表に現れない、忘れられたような陰の人々に大きな尊敬の念を持っている。結局
は、そのような目立たない無名の人たちが一番偉いんだよ」
広宣流布は行動する無名の学会員こそが一番偉い。最前線の同志を、そして陰で一切を支えてく
れた尊き友を、私は最大に讃えたい。
「夢の中の栄え」に惑わされるな
日蓮大聖人は仰せである。
「衆生はある時は人に生まれて、諸の国王・大臣・公卿・殿上人などの身となって、これほどの
楽しみはないと思い、少しばかりの果報を得て十分であると思い、喜びあっている。これを仏は、
“夢の中の栄であり、幻の楽しみである。ただ法華経をもって、速やかに仏になるべきである”と
とかれたのである」(御書 0286p 通解)
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虚栄の幸福に惑わされてはいけない。どんなに高い社会的地位を得ても、それは永遠に続かない
。「夢の中の栄え」であり、幻のようなものだ。御本尊を持ち、題目をあげ、広宣流布に生きぬく
人生は、絶対に崩れない大福徳を積むことができる。ここにこそ、「現実の幸福」があるのだ。
さらに、御書に「天は必ず戒を持ち善事を行う者を守る」(御書 1345p 通解)と断言されてい
るように、諸天善神は妙法を受持する者を必ず守護するのである。
大聖人は厳しく戒められている。
「わが一門の中でも、信心を貫きとおせない人々は、初めから信じないよりも、かえって罪があ
る」(御書 1168p 通解)
せっかく信心したのに、退転したり敵対する。その罪は、正法を知らないときよりも重い。これ
は当然の道理といえよう。なかには、「そんなに厳しいのなら、最初から信心しなければよかった
」という人がいるかもしれない。しかし、もう、してしまったのだから、始めた以上は、やりぬっ
ことだ。そこに幸福の直道がある。やった分だけ得をする。信心をした人は、世界最高の偉大な使
命を担った人なのである。
「聖愚問答抄」には、こう仰せである。
「『邪』と『正』が肩を並べて立ち、『大乗』と『小乗』が優劣を争う時には、万事をさしおい
て謗法を責めなさい。これが折伏の修行である。この行を知らないで、摂受・折伏の方法を誤るな
353
らば、成仏できないだけでなく、かえって悪道に堕ちるということは、法華経と涅槃経に確かに説
かれている」(御書 0494p 通解)
末法の修行は折伏である。折伏とは「正義」と「真実」を語りぬくことだ。邪義を屈服させる大
言論戦である。ここに安穏の社会を築く根本の道がある。それを日々、実践しておられるのが、わ
が尊き同志の皆さまである。
ヘミングウェイといえば、名作『老人と海』などで知られるアメリカの作家である。彼は、小説
『日はまた昇る』にこうつづっている。
「ひとつのことからよそへ移ってみたって、君自身からは逃げられないんだよ」
そのとおりである。人間だれも、自分自身から逃れられない。
どんなにすばらしい相手と結婚しても、どんなに環境を変えてみても、自分自身が変わらなけれ
ば、何も変わらない。自分自身が幸福をつくるのだ。福運をつけていくのだ。人間革命しかない。
ロシアの大詩人プーシキンは記している。
「希望を持ちましょう、――希望を持つことはつねによいことなのです」
わが胸中に希望の火を赤々と燃やしながら、人間革命の大道を進みましょう!
354
仏法史上、未曾有の壮挙に、功徳は絶大
重ねて、創立七十五周年、本当におめでとう!
「一閻浮提広宣流布」――この日蓮大聖人の仰せのとおりに、わが創価学会は百九十の国と地域
に妙法を弘めた。
「難来るを以て安楽」――この御聖訓のままに、学会は、あらゆる難を乗り越えた。「三類の強
敵」との大闘争を、すべて勝ちきってきた。
仏法史上、未曾有の壮挙である。「如説修行」の皆さまの功徳は、あまりにも大きく、あまりに
も深い。子孫末代まで決して尽きることはない。
広布と人生を戦い、勝ちゆく力――それは題目である。
われわれには、絶待勝利の信心がある。それなのに、真剣な祈りもなく、勝利できなければ、大
聖人には申しわけない。
大聖人は、あの封建的な時代にあって、女性の門下を「これほどまでに」と思うほど大事にされ
、宣揚された。学会も、婦人部、女子部の題目に守られてきた。女性の勇気、女性の突き抜けた確
信があるから勝ってきた。私は最大に感謝申し上げたい。
355
反対に、この清浄な世界を守るためには、名聞名利のために学会を利用し、同志を裏切る人間を
絶対に許してはならない。
本当に悪い人間は、黙っていると、つけあがる。温情をもって接すると、さらに大きな悪事を働
いて、恩を仇で返すものだ。ゆえに邪悪とは徹して戦いぬことだ。それが正義を守ることになる。
悪人をも救っていける。永遠に栄えるための道である。
ホフライトネル氏「人間革命こそ人類の生きる道」
今や、法華経に説かれる「普賢菩薩の守護」また「多宝の証明」のごとく、世界から絶大なる支
持と信頼が学会に寄せられている。
連日「聖教新聞」に掲載されているように、世界の良識の方々が、続々と創立七十五周年に祝賀
のメッセージを寄せてくださった。学会本部にも大勢の客人が、お祝いに来られた。
「人類の頭脳」と仰がれるローマ・クラブのホフラトネル名誉会長からも、真心こもるお祝いの
メッセージをいただいた。博士と私は、対談集『見つめあう西と東――人間革命と地球革命』を、
この十一月十八日を記念して発刊した。
博士と初めてお会いしたのは一九九一年六月。「ヴィクトル・ユゴー文化記念館」の開館式の折
356
のことである。スペインからパリまで、はるばる駆けつけてくださったのである。
その時、私たちは、対談集を語り残すことを約し合った。
「明日では遅すぎる。今日、何かしなければ!」
博士はこの決心で、人類の未来のため、世界を駆け巡ってこられた。いきおい対談は、書簡等の
やりといも含め、互いに多忙な時間をこじ開けてのさぎょうとなった。
十四年越しの対談が今回、一つの完結をみたことは、まことに感慨深い。これで、海外の知性と
の対談集は三十八を数えることになった。すべて、“戸田大学の卒業生”として残した歴史である
。
対談集で、ホフライトネル博士は訴えられた。
「私たちは、責任と慈愛をもって、次の世代に『生きる道』を準備しなければなりません。その
ために必要なのは『人間革命』です。『人間革命』のみが、われわれの内なる潜在力を開発させ、
自分の未来はいかなる存在であるかを十分に自覚させ、それにふさわしい行動をとらせることがで
きるのです。『人間革命』のみが、コンピューターや人工衛星、エンジンや機械、原子炉や電子機
器を、人類同胞の全宇宙のために有効に活用していく道を示せるのです」
人類が地球的問題を克服し、発展と共生の道を歩んでくためには「人間革命」しかない――これ
が博士の結論であられる。
博士が師と仰がれる、ローマ・クラブの創立者ペッチェイ博士の信念も同じであった。
357
私は小説『人間革命』の「はじめに」書いた。
「一人の人間における偉大な人間革命は、やがて一国の宿命の転換をも成し遂げ、さらに全人類
の宿命の転換をも可能にする」
この「人間革命」の哲学を学び、広げた創価学会の七十五年の歩みが、いかに人類史を先取りし
た、重大な意義を持つものであったか。今、世界の良識が讃嘆してやまないのである。
家庭・地域に尽くす人が「世界市民」
ホフライトネル博士と私は、「世界市民」のあり方にあっても、縷々、語り合った。
博士は、こう述べておられる。
「『世界市民』となるには、家庭にあって良き息子、娘、地域社会にあっては良き同僚、良き一
員とならなくてはなりません。こうした根本の部分からこそ、より深い改革のインパクトを与える
ことができるのです。これは会長が言われてる『一人の人間が、その環境、地域、国、さらには世
界までも変えることができる』という考えに通じるものです」
重要な指摘である。創価学会、そしてSGIは、一貫して「良き市民たれ」をモットーに進んで
きた。また「一家和楽の信心」を永遠の指針の一つとしている。
358
「世界市民」といっても、わが家庭、わが職場、わが地域から出発する以外にない。ここに、着
実にして、確実なる変革の一歩があることを、改めて確認し合いたい。今、自分のいるところで、
信念と情熱と希望に燃えて、立ち上がっていくことだ。自分自身が生まれ変わったように生き生き
と進んでいくところから、わが組織も、わが地域も、新しい躍進が始まる。
現実に、どれだけの人に仏法を語り、広宣流布を進めたか。どれだけの人を救い救い、ともに幸
福の道を歩んできたか。それこそが、人生のほまれの歴史である。
大阪の「折伏一万千百十一所帯」の金字塔をはじめ、私はつねに、弘教の先頭に立ってきた。個
人折伏をやりぬいてきた。
幹部となり、多忙になったとしても、信仰者としての基本を忘れてはならない。
ともあれ、人生は「まじめ」に徹することだ。立場や名誉を得て、いい気になったり、まじめに
やっているふりをして、隠れて動いてみたり――そういう生き方は、いつしか実像があらわになり
、失敗に終わるものだ。広宣流布の活動を怠れば、人生の最後に必ず後悔する。子孫も苦しむ。反
対に、まじめに広布に励んだ人は、堂々たる勝利の姿で人生を飾り、その功徳は、一家一族、子孫
末代までを潤していく。
「まじめな人が最後は勝つ」――これが人生の鉄則であり、数多くの人間模様を見てきた私の結
論である。
359
外交戦の武器は勇気、誠実、根気
わが青年部に、ホフライトネル博士の言葉を贈りたい。
「若きそれ自体に、困難に立ち向かう偉大な才能が秘められているのです。これこそ、若さゆえ
の純真さから生れる“勇気”と呼ばれる希望の産物なのです」
「若い」ということは、それだけで偉大な才能である。その才能とは「勇気」のことである。
広宣流布は、いわば“究極の外交戦”である。何よりも、磁石のように相手の心を引きつける生
命の力、学会の理念と正義を叫びきっていく勇気と執念がなければならない。また、広宣流布のた
めならば、労を厭わず、どんな所へも飛んでいく真っ正直さ、電光石火の行動力が必要である。そ
してそれは、師弟に生きぬくと決めた時、わが生命から満々とわき起こるものである。
外交戦の武器は、「勇気」に加えて「誠実」である。
二十世紀のイギリスで、「外交の大家」と謳われるハロルド・ニコルソンは、書き記している。
相手がだれであれ、誠実を貫き通していくことだ。最後は「誠実」が勝利する。
さらに、ニコルソンは戒めていた。
360
「外交上欠陥とみなされるべきもの(中略)の中でも、個人的自惚れは確かにもっとも一般的で
しかももっとも有害なものである」「無分別やたいていのヘマの根底には、自惚れがある」
とともに、ニコルソンは、こうも教えている。
「忍耐と根気もまた成功を望む交渉にとって必須のものである」
いずれにせよ、広宣流布を推進する力は、立場や肩書はない。あくまでも、人間としての振る舞
いである。人格である。
大聖人が「教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ」(1174:14) と仰せのごとく、仏法
の偉大さの証は、どこまでも実践する人の境涯に表れることを忘れてはならない。
必死の一念こそ発展の原動力
ところで、第二総東京の大発展の原動力とは何か?何人かの人に聞いてみたが、やはり、婦人部
の皆さんの「真剣さ」であるとの点で一致していた。
ともかく、人の胸を打つのは「真剣さ」である。「必死の一念」である。そこから、勝つための
智慧もわき出てくるものだ。御本尊へのひたぶるな「信力」「行力」によって、偉大なる「仏力」
「法力」があらわれる。それが仏法の法則である。
361
「これだけやったから、もういいだろう」「このへんでやめておこう」と手をぬいてしまえば、
それ以上は絶対に前に進まない。妙法の力は、無限である。すべてに勝っていけるのである。
喜劇王チャップリンは声高く叫んだ。
「最高の不幸は、あきらめることである」
「僕は僕の理想に突進する」
今、まさに創立七十五周年の総仕上げの時、もう一歩、あと一歩の執念で、わが目標の完遂へ勇
んで突き進んでまいりたい。
学会破壊の嵐が吹き荒れた、あの第一次宗門事件、このとき、三類の強敵との熾烈な攻防戦の牙
城となったのが、第二総東京の立川文化会館であった。未来の展望を見すえた第二総東京の本格的
な建設を私は、立川から始めたのである。
嵐に揺るがぬ“信心の黄金城”を立川に築いてみせる――それが私の決心であった。
そして、懸命に東京二十三区を固めながら、時間を見つけては、何度も立川文化会館を訪れた。
そこで、反転攻勢の時を待ち、時をつくり、厳然と広宣流布の指揮を執ったのである。
学会が一番大変なときであった。立川文化会館で、私とともに戦ってくれた同志のことは、今も
って忘れることはない。
362
ロシアの文豪ドストエフスキーは叫んだ。
「真実は太陽と同じことで、隠すわけにはいかない」
この世界は、「真実」と「虚偽」との戦いである。真実の太陽が昇れば、虚偽の闇は消える。
青年部の諸君は、いかなる時代にあっても、正義の太陽と輝いてもらいたい。
わが青年部に一首を贈りたい。
偉大なる
我が弟子たらん
君なれば
断固勝ち抜き
創価を護れや
退く心なし!恐るる心なし!
日蓮大聖人の御生涯は、謗法を打ち破り、妙法流布をなしとげるために、闘争また闘争の連続で
あらあれた。大聖人は仰せである。
363
「今日蓮は去ぬる建長五年癸丑四月二十八日より今年弘安三年太歳庚辰十二月にいたるまで二十
八年が間又他事なし、只妙法蓮華経の七字五字を日本国の一切衆生の口に入れんとはげむ計りなり
」(0585:01)
妙法を断じて広宣流布してみせる!――これが大聖人の御心であった。
また、このようにも仰せである。
「生年三十二より今年五十四に至るまで二十余年の間・或は寺を追い出され・或は処をおわれ・
或は親類を煩はされ・或は夜打ちにあひ・或は合戦にあひ・或は悪口数をしらず・或は打たれ或は
手を負う・或は弟子を殺され或は頚を切られんとし・或は流罪両度に及べり、 二十余年が間・一
時片時も心安き事なし」(1514:07)
文字どおりの迫害の連続の日々であられた。
しかし、こうしたなかにあって、大聖人は厳然と叫ばれている。
「日蓮一度もしりぞく心なし」(1224:09)
「いまだこりず候」(1056:14)と。
そして弟子ならば、大聖人のごとく、広宣流布のために戦いぬくことを繰り返し訴えられた。
「月月・日日につより給へ・すこしもたゆむ心あらば魔たよりをうべし」(1190:11)
「すこしも・をづる心なかれ」(1084:11)
364
「すこしも・をそるる心なかれ」(1091:14)
「いよいよ・はりあげてせむべし、設ひ命に及ぶともすこしも・ひるむ事なかれ」(1090:01)
「いかに強敵重なるとも・ゆめゆめ退する心なかれ恐るる心なかれ」(0504:18)
「我が弟子等は師子王の子となりて群狐に笑わるる事なかれ」(1589:11)
この勇敢なる師子王の大闘争こそ、日蓮仏法の魂である。
学会伝統の任用試験が、いよいよあさってに迫った。
真剣に教学研鑽に励む同志の健闘を讃え、「必ず三障四魔と申す障いできたれば賢者はよろこび
愚者は退くこれなり」(1091:16)との一節を贈りたい。
教学への挑戦が一生の信心の骨格をつくる。全員が悔いなく学びぬいて、「信心の勝利」の栄冠
をつかんでいただきたい。
忘恩の罪は重く、知恩の福徳は無量
建治三年(一二七七年)の十一月十八日、日蓮大聖人は下総の弟子・大田乗明の夫人にお手紙を
認められた。
365
ふじんは、厳寒の身延におられた大聖人に、厚綿を縫い込んだ小袖をお届けした。それに対する
、大聖人の御礼の御手紙である。
そのなかで、大聖人は「八寒地獄」についてふれられ、「寒さに責められて、下あごが自然にわ
なわなと震えて声を発する」「寒さに責められて、身体が裂ける」等と、そのきびしいありさまを
つづられている。
それでは、どのようなものが、こうした苦しみに堕ちるのか。
それは「人の衣服を盗み取り」「父母や師匠などが寒そうにしているのを見ていながら、自分は
厚い着物を着て、温かくして昼夜を過ごす」者がこの地獄に堕ちると仰せである。
父母や師匠などの大恩を踏みにじる輩が、この地獄に堕ちることは間違いない。「忘恩」の罪は
、これほどまでに重い。まことに峻厳たる御文である。
逆に、美しき「知恩」「報恩」の信心の人が、どれほど大きな福徳に包まれていくか。
大聖人は、夫人への御手紙にこう仰せである。
「今、法華経に衣服を御供養たてまつる女性がおられます。貴女は、後生に八寒地獄の苦を免れ
るだけでなく、今生には大難を除き、その功徳の余りを、男女の子どもたちに及ぼし、衣服に衣服
を重ね、色に色を重ねるように、無量に福徳を積まれることでありましょう」(御書 1013p 通解
)
366
広宣流布のために、妙法のため、真心を尽くしゆく創価の同志の功徳は、生々世々、子々孫々に
わたって、まさに無量無辺なのである。
昭和十九年(一九四四年)、六十一年前のきょう、午前六時過ぎ、私どもの創立の父・牧口先生
は、昇りゆく夜明けの太陽のなかで、崇高なる殉教の御生涯を終えられた。
牧口先生は、「私の足跡の後に、必ず青年が続々と続く」と確信しておられた。
牧口先生の後継たる私たちは、この「創立の日」「殉教の日」を迎えるたびに、昇りゆく旭日の
ように、生き生きと若々しく生命力を光り輝かせていきたい。そして牧口先生のごとく、背筋に金
が貫かれたような毅然たる姿で、今世の生命の劇を威風堂々と飾っていくことだ。
「軍やむ事なし」――この御聖訓を、わが生命に響かせながら、いよいよ朗らかに、いよいよ力
強く前進してまいりたい。
創立の日、偉大なる同志に万歳!
たゆみなく前進を続けたナポレオンの信条にこうある。
「働くためには上機嫌でなければならない」
367
いつも、生き生きと仕事をしてまいりたい。すべてを味方に変えながら!
さらに、名作『若草物語』の作者オルコットの一節をしょうかいしたい。
「わたしの武器、それは『弁舌』」
われらの武器も、言論である。声である。「声仏事を為す」である。
さらにまた、「『希望をもって忙しく』というのがうちのモットーでしょう」と。
安逸に喜びなし!忙しい毎日のなかにこそ、充実があり、成長がある。それは皆さんが一番よく
ご存じであろう。
どうか、ともどもに健康第一で、生命力豊かに、新たなる拡大の道を開いていきましょう!
結びに、創立記念日を祝詞、全国・全世界の同志に三首の和歌を贈り、私のスピーチといたしま
す。
晴ればれと
光に包まれ
皆さまと
創立記念日
祝う朝かな
368
千万の
同志とともに
この日をば
勝ちて祝さむ
万歳 叫びて
晴れやかに
創立記念日
祝賀せむ
君も私も
勝利の王者と
長時間、ありがとう!風邪などひかれませんように。また、お会いしましょう!
(東京牧口記念会館)
369
051125top
代表幹部協議会
誰にも負けない何かを持て!
頭を上げよ、胸を張れ!
最初に全同志の皆さまに、心から御礼申し上げたい。尊き会員の皆さま方の団結と努力の闘争の
おかげで、わが学会は、創立七十五周年を最高に晴れやかに、栄光と勝利で飾ることができました
。皆さん、本当にありがとう!本当にご苦労さまでした!
恩師の戸田先生は、よく言われたものだ。
「勝ち戦のときこそ、盤石なる布陣を整える最高のチャンスである。
370
戸田先生の言葉に絶対に間違いはない。今こそ、もう一歩二歩も、学会が大発展していくチャン
スである。大事な時だからこそ、広布に戦う功徳も計り知れない。
次の目標は創立八十周年である。仲よく朗らかに、そして心一つに「史上最高の創価城を勇んで
築いてまいりたい。
戸田先生が好きだった言葉の一つが「頭を上げよ、胸を張れ」であった。
会合での話や個人指導の折にも、よく使っておられた。「大作、詩を作ろうよ!」と私を呼ばれ
、一緒に詩をつくったときにも、しばしば、口ずさんでおられた。
頭を上げよ!胸を張れ!――それでこそ青年である。何があっても、毅然と頭を上げて、前へ、
前へ!胸を張って進むのである。
仏法は「変毒為薬」の大法である。どんな悩みや苦しみに襲われようとも、信心の力によって、
すべてを前進と成長のエネルギーに変えていける。それが妙法に生きぬく人生の法則である。
生き生きと声で勝て
リーダーは「声」が大事である。リーダーは、生き生きと「勇気の声」「励ましの声」「安心の
声」を友に発していくことだ。それでこそ、組織に勢いもうまれてくる。リーダーが弱弱しい声で
371
あっては、周りの人だって元気が出ない。それでは皆に申しわけない。声の響きは、その人の生命
の表れといってもいい。ゆえに、大勢の人をまとめていく使命深き立場であればあるほど、題目を
朗々とあげぬいて、生命力を満々と漲らせていくことである。そうやって皆の心に響く声を出して
くのである。「声仏事を為す」である。声が仏の仕事をするのである。
戸田先生は、いつも幹部に明言された。
「上に立つ指導者が、無責任であれば、一切が崩れてしまうぞ!」と。
指導者が大事である。指導者の責任は大きい。
また、先生は、学会の役職は、あくまで信心が根本であり、学歴や社会的立場で決めてはならな
いと厳命された。
「精神性を重要視する宗教界や思想界が、学歴本部になっていけば、その団体は必ず分裂し、行
き詰まり、崩壊するであろう」
これが戸田先生の遺言であった。
若き日、私は、青春の一切を捧げて、戸田先生にお仕えした。戸田先生の事業が破綻したときも
、その再建のために、一人、懸命に働きぬいた。
「私のそばから片時も離れるな。私のそばで生きて生きて生きぬいていけ」――戸田先生の叫び
372
が、今も耳朶に響く。先生から「君にはすまないが大学もあきらめてくれないか」と言われ、大学
に通うことも断念した。その代わり、毎朝のように学問の個人授業をしてくださった。
世の中には、大学で学びたくても学べない人たちが大勢いる。その人たちの苦しい思いが分かる
指導者になっていくのだとの無言の教えであったのかもしれない。
ともあれ、今、私は、世界の大学・学術機関から、百八十二の名誉博士・名誉教授等の栄誉をお
受けしている。これもまた、恩師の薫陶のおかげであり、広宣流布の師匠にすべてを捧げて生きて
きた福徳にほかならない。恩師への感謝は尽きることはない。
今いる場所で歴史を残せ
仕事でも、活動でも、大事なことは、「今いる場所」で何かを残していくことだ。
「あの部署なら頑張れるのに」「あの地域なら戦えるのに」と思うこともあるかもしれない。し
かし、現実はそれほど甘くない。自分自身が確立されていなければ、どんなところにいても、結局
、同じ問題で悩むのだ。すべては「自分」で決まるのである。
戸田先生は、「牢獄が一番、自分を鍛えてくれる場所だ」ともおっしゃっていた。身勝手な生き
方では、人間としての“芯”をつくることができないのである。
373
「どこでもいいです」「どんなところでも頑張ります」――こういう人が一番、強い。
今いる場所で、黙々と、わが使命を果たす人が一番、偉大なのである。
「重大な使命をもつ学会のなかで、自分の使命というものが何かということを、忘れてはならな
い」――これが戸田先生の厳命であった。
今、私は、これまでの歴史を整理しながら、学会の万年の発展のために、一つ一つ手をうってい
る。戸田先生のご指導も、あらためてまとめ始めている。
戸田先生はしばしば、「外交」について指導された。
「学会の正義を、世間にどう認識させるかが勝負である。外交戦がますます重要になるぞ」
これからも心してまいりたい。誠実と確信が人の胸をうつのである。
また、次のようにも言われた。
「悪に対する攻撃精神を忘れるな!失うな!これがなくなったら、広宣流布はできない。バラバ
ラになってしまう。
広布を破壊しようとしたり、同志を苦しめる邪悪な人間が現れたならば、絶対に許してはならな
い。即座に幹部が立ち上がって、猛然と戦うべきだ。組織が大きくなってくると、ともすれば、大
勢いるから大丈夫だろう、だれかがやるだろうと思いがちである。この油断が怖い。そこに敵は漬
け込んでくる。“自分が戦うのだ!”と自覚した人間が立ち上がるしかない。“青年よ、攻撃精神
374
を忘れるな!”と強く訴えておきたい。
このほど、教学部の任用試験の結果が発表された。受験した方、また担当してくださった方々に
心から御礼申し上げたい。本当にご苦労さまでした。戸田先生は、よく語っておられた。
「講義を受け、また、御書を拝して、ただ分かったというだけでは、理である。いかに、そのと
おりに信行に励んだかが大切である」と。
行動こそ、日蓮仏法の魂である。重要なのは、御書で学んだとおりに、実践することである。そ
のひとこそ、本当の信心の勝利者、教学の勝利者である。
きょうよりまた、「信・行・学」という仏道修行の根本の大道を、生き生きと歩んでまいりたい
。
信念の言論人・桐生悠々
広宣流布の機関紙である、わが「聖教新聞」の未来のために、歴史に残る一人の新聞記者につい
て紹介ししておきたい。敢然と反軍国主義を貫いた言論人、桐生悠々である。
桐生悠々は一八七三年、石川県の金沢で生まれた。長野の「信濃毎日新聞」、名古屋の「新愛知
新聞」の主筆などを務め、どの地にあっても政治を厳しく監視し、不正を糾弾する論陣を張った。
375
「信濃毎日新聞」時代には、軍部の政策を批判した論説「敢闘防空大演習を嗤う」が、軍人たち
の逆鱗に触れ、不買運動をはじめ、さまざまな形で弾圧される。
彼は新聞社を去らざるを得なくなり、名古屋の地で、個人雑誌「他山の石」の刊行を開始するの
である。“信念を貫くためには、「一人立つ」以外にない”――その時、彼は六十歳であった。
「他山の石」は、発禁に次ぐ発禁、生活は苦しくなった。また、重い病に侵され、健康状態も日
に日に悪化していった。しかし、それでもなお、彼は一歩も引かずにペンをとり続けた。
そして、太平洋戦争が開戦する直前の一九四一年九月、生涯を閉じたのである。六十八歳であっ
た。その不屈の歩みは、言論史上の偉業と讃えられている。
彼は、発禁処分を受けた文章で、喝破している。
「威張るものは、大抵弱いものである」
そのとおりである。本当の実力のない者ほど、威張る。権威を盾に、正義の人を妨害する。そし
て、真実を歪めようとする。
古代ギリシャの哲学者ヘラクレイトスは、「傲慢を消すことは火災を消す以上に急務である」と
述べている。
また桐生悠々は「国家にあっての人民ではなく、人民あっての国家である」と訴えた。有名な言
葉である。民衆の幸福を追求する政治を、言論を、これが彼の信条であった。
376
ある時、悪質な一記者の中傷に対して彼は徹底的に反撃し、紙面を挙げてその悪行を糾弾した。
あまりにも極端ではなか、との批判に対しても、次のように反論した。
「獅子は一頭の兎を打つにも全力を挙げると聞く。微々たる一小悪徳記者といえども、全力をあ
げてこれを膺懲せなければ、生残するおそれがあるからである」
また、「私たちは『先手を打っ』て、他をリードし、他を引ずらねばならない」と訴え、ジャー
ナリストの使命は、権力の先手を打ち、警鐘を鳴らすことだと力説した。
私が何度もお会いした中国の文豪・巴金先生は、言論人に呼びかけた。
「われわれは、ペンを武器にして、真理を顕示し、邪悪を糾弾し、暗黒勢力に打撃をあたえ、正
義を主張する力を結集させることができるのです」
「広布に進む私たちもまた、言論の力で勝つ。「聖教新聞」は、つねにその原動力として、民衆
のための言論戦に先駆していただきたい。
世界的企業トヨタの合言葉は「改善」
創価大学の人気の講座の一つに、「トップが語る現代経営」がある。日本を代表する企業や各界
377
のトップの方々も、みずからの経営哲学を語る講座である。
十年前の開設以来、通算百五十六回の講座が開設されたとうかがった。うれしいことに、来学さ
れたトップの方々も、創大生の真剣な姿勢や聡明さを讃えてくださっている。年間一兆円を超える
利益を計上する、世界的企業のトヨタ自動車の首脳も、この講座を講義してくださった。
「世界のトヨタ」のめざましい発展の要因は、どこにあるのか、さまざまな角度から論じられる
が、“常勝トヨタ”を支える特徴として、「着実な経営方針」「危機意識の高さ」「改善に改善を
続ける自己変革能力」などが指摘されている。
トヨタでは「三年間、何も変えなければ会社は潰れる」とまで言われる。奥田碩会長みずからが
、「変えないことは悪いことだ」と言いきり、社員がつねに問題点を指摘しあって、改善への努力
を続けている。
すごいことである。ここに「変革の時代」を生き残るための道がある。企業のみならず、あらゆ
る団体が学ぶべき姿勢であろう。
トヨタでは、各現場から、じつに年間六十万件もの改善の提案がなされる。そして、そのうちの
九十パーセント以上が、実行されているという。トヨタの合言葉である「カイゼンは、今や世界中
に知られる国際語となった。自身を常に変革していく勇気――それが、トヨタの世界的な躍進を可
378
能にしているのである。
トヨタの張富士夫副会長も、「人間の知恵には限りがない。だからカイゼンも永遠に続く」と述
べておられた。張副会長は、社長在任中の二〇〇一年二月、「聖教新聞」の創刊五十周年を記念す
る祝賀会に出席してくださった。そのさい、「活字文化」の発展に貢献する「聖教新聞」に、大き
な期待と賞讃を寄せてくださった。
毎日が戦いだ。毎日が進歩のための闘争である。改善のための改善ではなく、勝利のための「改
善」である。価値を生むための「改善」に取り組むことだ。生きた「改善」を繰り返していくこと
だ。それが、勝つための法則である。
今いる環境に安住して、新たな挑戦の行動を起こさなければ、その団体はやがて滅びていく。
大切なのは、つねに自身を変革していくことだ。私たちでいえば「人間革命」である。
みずからをつねに新たにし、成長させていくのが、われらの信仰である。そのための最高の方法
が、唱題であり、学会活動である。
発明は議論ではなく実行から
トヨタ自動車の創業者、トヨタ喜一郎氏は述べておられる。
379
「立派な工業も一朝一夕に出来たものではなく、多年の苦心と経営に依って成り立っているので
、裏長屋の様な所で一生研究に没頭して居る幾多の人々の、努力と云う土台の上に築き上げられた
ものである事に気付いている人は少ないのを憤慨と思う」
「屋根の美しさを羨望するあまり土台を築く事を忘れてはならない」
いい言葉である。学会も、陰で黙々と頑張ってくださる方々がいたから、ここまで発展してきた
。全同志の血のにじむような奮闘のおかげで、世界的な学会となった。地道に戦ってくださる会員
の皆さまが、一番、尊いのである。
自動車産業を始める以前、優れた自動織機の制作に取り組んでいた豊田喜一郎は、こうも述べて
おられる。
「人はなんでもよい、ある一つの点に関しては世界の誰にも負けないものを持つことが大切だ。
自分は自動織機に関する限り、世界の誰にも負けない自信がある。この自身があるから、新しい事
業をやるときにも、一たん確信がつけば、どこまでも突進していけるのだ」
何か一つでいい、だれよりも秀でたものを持て――戸田先生もこのことを言われていた。
さらに豊田氏の言葉を紹介したい。
「吾々の文明を吾々自らが開拓する所に吾々の生命の活路があり、前途の希望が生じ従って人生
の快味を感じ、又人間として生甲斐を感ずるのである」
379
「発明は議論より生ずるものではなく、実行によって生ずるものである。
重要なのは行動だ。みずからの行動で、道を切り開いていくことだ。
どうか全リーダーが先頭に立ち、新たな大前進への波動を起こしていっていただきたい。
創価女子短大・開学二十周年――卒業生全員が勝利者に
今年は、創価女子短期大学の開学二十周年に当たる。短大出身者の活躍は、まことにめざましい
。
短大からは、大学の教員や会社の社長、公認会計費や税理士、飛行機の客室乗務員など、さまざ
まな分野に人材が躍り出ている。この秋には、わが短大卒業生として三人目となる「新幹線の運転
手も誕生した。
世界各地での活躍もすばらしい。イタリアSGIの青年部長も、短大出身である。また、日本の
各地域で、多くの出身者が創価女性リーダーとして活躍しておられる。
私は本当にうれしい。皆、「女性の世紀」を担いゆく、尊き使命をもった方々である。全員が人
生の勝利者となり、各地域で、職場で最高に光り輝く存在となっていただきたい――そう念願して
いる。
381
「短大白鳥会の皆さん、頑張れ!」と、最大のエールを送りたい。
「正義は必要な力を与えてくれる」
南米ベネズエラで今も敬愛される独立の指導者にフランシスコ・デ・ミランダがいる。同国でも
、わがSGIの同志は、女性の理事長を中心に仲良く団結し、社会貢献の活動を展開している。
ミランダは、南米解放の先駆者であると同時に、当時の南米にあって、きわめて広い世界的視野
をもった人物として有名である。その足跡は、北・中南米諸国はもとより、ロシア、トルコ、ギリ
シャ、北欧、東欧を含む欧州各国にまでしるされている。
また、アメリカのワシントン初代大統領や、トマス・ペイン、イギリスの政治家である小ピット
、エドマン・パーク、思想家のベンサム、さらにはオーストラリアの作曲家ハイドンなど、まこと
に幅広い交友関係を持っていた。
かのナポレオンも、ミランダに注目していたという。
ミランダは南米独立のために、いち早く自由の旗を掲げて立ち上がった。人類や階級、年齢、男
女などの区別なく、広く人材を結集して、指揮をとったと言われる。
381
先駆者の彼には、つねに悪意の中傷や迫害が絶えなかった。最後は投獄され、獄中で死去してい
る。しかし、勇敢に戦いぬいた彼の名は、歴史に燦然と輝いている。
ミランダは言った。
「我々は正しい。我々は正義である。正義は、必要な力を与えてくれる出あろう。友よ、すべて
は我々自身で決まる」
至言である。正義に立ったとき、人間の持つ本当の底力が発揮される。何があろうと、正義を貫
き、正義に一生を捧げゆく覚悟が自分自身にあるか否か。大事なのは、その一点である。肚の据わ
った人間ほど、強い者はない。
人類を、未来永遠に、根本的に救いゆく「広宣流布」の活動こそ、正義のなかの正義である。
ミランダは、こうも言い残している。
「偉大な光輝ある事行であればあるほど、不正な行為で汚してはならない。あらゆる犯罪を寄せ
付けず、混乱を招くようなことは避けるよう、気をつけよ」
醜い利己心や欲望で、理想を汚してはならない。また、そうした悪人を、決して許してはいけな
い。責任あるリーダーの皆さんは、深く心していただきたい。
休む間もない激闘の日々、迫害の嵐、ミランダの人生は、波乱万丈であった。しかし、彼はこう
言っている。
383
「自由に対する、私の愛が薄れることはない。正義のための、私のたゆまぬ献身が、やむことは
ない。それどころか、いっそう深まるばかりだ。
どんな烈風も、ミランダの胸中に燃える“理想の炎”を消すことはできなかった。否、障害があ
ればあるほど、その炎は赤々と燃え上がったにちがいない。私には、彼の気持ちがよくわかる。
本当の信念は、困難な時にこそ現れる。御書には「大難来りなば強盛の信心弥弥悦びをなすべし
、火に薪をくわへんにさかんなる事なかるべしや」(1448:03)と仰せである。
「“正直な人間である”という評判を得ることは、私にとって、最も栄えある栄誉である」
このミランダの言葉は、平凡に見えて、まことに深い含蓄がある。
地位や名声が何だというのか。富や権力も、はかないものである。それよりも、一人の人間とし
て、誠実に、真摯に生きぬく。嘘偽りなく、正直に、みずからの信念を貫き通す。それこそが、最
大の誉れの人生である。その人こそ、勝利者であり、真の幸福者である。
どんどん励ませ、若い人を伸ばせ
創立七十五周年を晴れやかな大勝利で飾り、全国各地の同志は、新たな決意で、わが地域、わが
組織の建設に邁進している。新任のリーダーも、大勢、誕生した。創立八十周年へ向けて、堂々た
384
る歴史を創りゆく大活躍をお祈りしたい。
新しい組織の出発に当たり、大切な点は何か。
ある幹部に聞くと「団結です。ただちに闘争を開始することです」と答えてくれた。
またある人は、「人材育成です」と言った。
またある人は、「最初の三ヵ月間、全力で第一線を駆けめぐることです」と言った。
どれも大事なポイントだと思う。
新しい組織、新しい陣列、理想の団結を築いていくには、「核」をしっかりとつくることである
。
まず自分自身が、広宣流布のために、強く、深い決意を固める。そして、誓いを共にする同志を
一人、また一人と糾合する。安心して何でも言い合い、激励し合える仲間をつくっていくのである
。組織がすでにあるからといって、すべてが順調にうまくいくわけではない。そんなに簡単なもの
ではない。
できあがった組織にあぐらをかくようなリーダーであってはならない。自分の信心と、誠実と、
必死の闘争で、うるわしい団結の組織を築き上げていただきたい。
また人材育成で大事なことは、「どんどん励ます」ことである。いい人を伸ばすことである。叱
ってはいけない。広布に戦ってくださる同志を、真心から賞讃し、ほめていくことである。そうい
うリーダーのもとで、人材はぐんぐん育っていく。
385
学会には、優秀な若い人材が、たくさんいる。そうした人々を、どんどん育て、どんどん登用し
、力をつけていかなければならない。若い人々を育てるのが、急務の課題である。
一方で、信心利用の悪い人間に対しては、厳正な態度で臨むべきである。清らかな信心の団体で
ある学会を、そういう輩に汚されてはならない。
戸田先生は、退転者、反逆者の共通点の一つとして、「御書、ならびに指導に反して、我見のみ
で暴れ出す」と指摘しておられた。
さらに、「信心のうえで呼吸の合わない人は、必ず落後していく」とも言っておられた。
広宣流布の活動にあっては、つねに大目的を確認し合いながら、よく協議し、話し合って前進し
ていくことが大切である。
戸田先生は、「緻密であれ。緻密な頭脳を発揮してこそ、人は生かされ、組織は潤滑に流れてい
く」と言われていた。この言葉を、すべてのリーダーの皆さんは、心に留めていただきたい。
また先生は、勤行と折伏という地道な実践を、いかなる立場になっても貫いていかねばならない
と訴えておられた。
――基本をおろそかにした幹部は、いつしか?慢におちいり、先輩や学会さえも批判するように
なる。そしていかにもそれが、広宣流布のためであるかのような言説さえ弄して、結局は大聖人の
386
怨敵となっていく。ところが本人は、自分が不幸な境涯に転落していることに気がつかない。と。
そうならないために、先生は、「信心の基本を忘れた幹部ほど哀れなものはない」と、それはそ
れは厳格に指導されたのである。「信心即生活」である。信心の乱れは、必ず生活の乱れにあらわ
れる。
戸田先生は、社会人としての生き方についても、さまざまな指針を残されたが、「信用できない
人間像」について、次のような点を挙げておられた。以前もつづったが、ふたたび確認させていた
だきたい。
「会社にしばしば遅刻する人」「無断欠勤をする人」「退社時間があいまいで、退社時間前から
、どこかへ消えてしまう人」「金銭的にルーズな人」」「生活態度が不真面目な人」「口がうまい
人」「変なお世辞を使う人」「言葉が真実性を帯びていない人」
いずれも、戸田先生のおっしゃるとおりであったと実感する。先生は、本当に天才的な指導者で
あった。
難に負けない信仰者をつくれ
「信心は日蓮大聖人の時代に還れ!」――これが戸田先生の叫びであった。
387
何があっても揺るがない、本物の信仰者を育成する。この一点に心血を注がれていた。それは、
しょうて戦時中、軍部権力の弾圧によって、ほとんどの幹部が退転したという厳然たる事実があっ
たからだった。
「広宣流布のために一切を捧げようとする、本物の信仰者をつくれるかどうか」――ここに、戦
後の創価学会の再建の焦点があった。臆病な羊の群れであっては、ほんの小さな弾圧でもあれば、
すぐに動揺し、崩れ去ってしまう。そう考えておられたのである。
広布に進めば「三類の強敵」が必ず現れる。御書に照らし、経文に照らして、それは明らかであ
る。戸田先生の時代、私は、学会に対する中傷やデマに対して、真っ向から戦った。卑劣な嘘を、
絶対に許さなかった。どんな相手に対しても、たとえ自分一人であっても、堂々と正義を訴え、認
識を正していった。
正義ゆえの迫害は、学会が御聖訓どおりの前進をしている証拠である。だからといって、そうし
たデマを放置してはならない。新入会の友や、何の知識も持たない人が、嘘の情報にたぶらかされ
てしまうからだ。また、将来にも禍根を残してしまう。皆が安心して信心に励めるよう、正義とい
う筋道は、きちっと、厳然と示していかねばならない。
“嘘も百回言えば真実になる”という言葉があるが、それが悪の常套手段である。正義を攻撃す
るには、「嘘」しか方法がないからである。卑劣な宣伝に、決して負けてはならない。
388
私は何十年もの間、つねに迫害の矢面に立ってきた。私が今、厳然と学会をまもっているからと
いって、決してそれに甘えてはならない。今こそ、本当の戦う師子が必要である。一人立つ勇者が
いなければ、まじめに学会活動に励む会員が、かわいそうである。
広布のために勇敢に戦えば、その大福徳は、子孫末代にまで行き渡る。永遠にわが身を荘厳し、
一家一族を守っていく。それが仏法の法理である。このことを忘れてはならない。
私は、皆さん一人一人の健康、皆さんのご家族の健康を、毎日、真剣に祈っている。
どうか、健康であっていただきたい。自分のため、人のため、一家のため、世界のために!
聡明に自己を律し、懸命な生活を心がけ、自分自身の健康を勝ち取っていただきたい。健康をた
もっているということ、それ自体が、勝利である。
健康で、広布のために戦える。何はなくとも、それこそが、最大最高の幸福な人生ではなかろう
か。どうか、風邪などひかれないように!
また、お会いしましょう!きょうは、本当にありがとう!
(創価文化会館)
389
051208top
第五十五回本部幹部会
全国青年部幹部会
創立八十周年へ百年に匹敵する大前進を
大勝利の一年ありがとう!
この一年間の大勝利、大前進、本当にありがとう。ご苦労さまでした!みんな、本当に、よく戦
った。よく勝った。多くの団体や組織が後退を余儀なくされている厳しい時代である。そのなかに
あって、わが創価学会は、隆々と勢いを増し、全進また前進を続けてきた。見事な大勝利であった
。すべては、会員の皆さまの忍耐と努力の大闘争のおかげである。
重ねて、「この一年、ほんとうにありがとうございました!」と心から感謝申し上げたい。
390
広布に戦った功徳が、どれほど大きいか。皆さま方が無量無辺の福徳に包まれゆくことは絶対に
間違いない。その福徳は、一家一族、先祖や子孫にまでにも流れ伝わっていく。それが、御書や経
文に説かれた仏法の方程式である。
きょうは、なるべく、堅苦しい話はやめにして、懇談的に語らせていただきたい。この一年を戦
いきった皆さん方が、ゆったりと心安らいでいられるような、楽しい集いにしてまいりたい。
後世、必ずや、世界史の偉業と輝いていくであろう。偉大な広宣流布の陣列――。妙法の大遠征
を戦い、その途上で逝かれた方々を、私たちは、永遠に忘れてはいけない。きょうも、私は、妻と
ともに、亡くなられた同志を偲び、懇ろに追善のお題目を送らせていただいた。
大聖人の御在世当時も、広宣流布の陣列に名前を連ねた、数々の在家の門下たちがいた。
大聖人をお慕いする門下たちは、大聖人がいらっしゃる佐渡や身延にまで、遠く危険な道のりを
歩みぬいていった。そのなかには、幼子を連れた女性もいた。かなりの年配の方もいた。
大聖人のもとにお届けした御供養の品も、一生懸命に節約して用意したものであろう。こうした
門下の“広宣流布の志”を大聖人は心から讃嘆された。“ありがとう、ほんとうにありがとう”“
こんなところまで、よくきてくださいました”と深い深い感謝のこころで包んでいかれたのである
。
ある信徒から贈られた御供養には、“涙が浮かんできた”と述べておられる。
391
今、海外の同志が、経済的にも大変ななかで、お金をためて、旅費をつくり、仏法の研鑽のため
に来日してくださったことも、よく存じあげている。だれがたたえなくても、大聖人が讃えてくだ
さっている。十方の諸仏・諸天が守ってくださっている。
海外の皆さま、世界広宣流布の“地涌の同志の集い”に、ようこそ、おこしくださいました。私
たちは最高の喜びと、最大の尊敬をもって、海外の皆さま方を歓迎申し上げたい!
仏の同志を最大に守り讃えよ
晩年の大聖人は、身延の山中で、粗衣粗食の生活を貫かれた。夏は草深く。冬は雪多く、そこに
質素な庵室を構え、令法久住のために重要な法門を説き、弟子の薫育に全魂を注いでいかれた。
大聖人は、訪れた門下を、それはそれは大切にされた。門下の求道の姿を喜ばれ、“一緒に食事
でもしましょう”“お疲れでしょうから泊まっていきなさい”と、長旅の労をねぎらっていかれた
のではないだろうか。
食事といっても、特別な料理はなにもない。また泊まるといっても、当時は布団などないし、う
すっぺらなものを寝具として使っておられた。それらを御自身も用い、門下にも用意してあげなが
ら、“風邪などひかないように”等と心を配ってくださったことが察せられるのである。
392
そこには、“自分は僧侶だから”“聖人だから”という権威ぶった態度など微塵もなかった。あ
くまでも、同じ人間として、同志として、門下を尊ばれた。
「仏」といっても、人間とかけ離れた世界にいるのではない、ただ南無妙法蓮華経と唱える人々
の胸中の肉団にこそ、“仏の生命”は湧現する。ゆえに、妙法を持った人が最も尊い。その人こそ
「仏」である。この「仏の同志」を最大に守り、讃えよ!――ここに日蓮仏法の真髄があり、法華
経の根本精神があり、創価学会が進んできた道がある。
だからこそ学会は、ここまで伸びた。世界に大発展したのである。権威主義の宗教は、没落しか
ない。滅びるしかない。その実態は皆さんがご存じのとおりである。学会は勝った!大聖人直結で
勝った!「創価学会、万歳!」と、声高く叫びたいと思うが、いかがだろうか。
次は、創立八十周年を大勝利で迎えたい。五年後に、皆さんが、どこまで成長しているか。私は
楽しみにしている。ともどもに健康第一で進んでまいりたい。
今も来世も師弟不二の実践を
さて、仏の別名に「魔軍の攻撃に打ち勝った『勝者』」とある。「絶対に負けない」というのが
393
仏である。「絶対に勝つ」「断じて勝ってみせる」――これが仏である。仏法を持った皆さん方が
負けるわけはない。いかなる障魔も、醜い陰謀も、断じて打ち破っていける。絶対に勝っていける
のである。
戸田先生の時代も苦難の連続であった。相次ぐ事業の挫折、獄中闘争で病んだ先生のお体は限界
に近かった。そのなかで、私は、一人立ち上がり、戸田先生をお守りした。全財産、全青春、全生
命を、師匠である戸田先生に捧げた。これが私の永遠の誇りである。
仏の究極は「師弟」である。「師弟不二」である。「仏法を持つ」ということは「師弟不二」に
生きぬくということである。「師弟、師弟」と口先では何とでも言える。しかし現実は、そんな簡
単なものではない。私は本当に、全生命を賭して、戸田先生をお守りした。師匠をお守りすること
が、広宣流布を守り、創価学会を守り、愛する同志をまもることになると知っていたからだ。
戸田先生と私は、深き心で結ばれていた。亡くなられた今も、そして、来世も、再来世も、私は
戸田先生と一緒である。それが「仏法の師弟」の甚深の法則である。
「生老病死」の苦しみを「常楽我浄」の喜びに変える
「生老病死」という万人が避けられない問題を、いかに打開していくか。そこに光を当てられた
394
大聖人の御聖訓を拝してまいりたい。「御義口伝」にいわく。
「我らが生老病死に際して、南無妙法蓮華経と唱え奉ることは、そのまま、常楽我浄の四つの徳の
香りを吹き薫らせているのである」(御書 0740p 通解)
「常楽我浄」の四徳とは、揺るぎない幸福境涯――つまり、“仏の生命”に備わる四つの徳を示
している。「常」とは、仏の生命が「三世永遠」であること。「楽」とは。「苦しみがなく、うれ
しく、安らかなこと」。「我」とは、「何ものにも壊されない自由自在の境涯」のこと。「浄」と
は、「このうえなく清らかなこと」をいう。
私たちは、妙法に生きぬいていくことで、「生老病死」の苦しみの生命を、「常楽我浄」という
最高の喜びの生命へとかえていくことができる。そのように大聖人は断言しておられる。
ゆえに、学会の庭で、最後まで広宣流布に戦いぬいた方々は、「常楽我浄」の最高の幸福境涯を
勝ち取ることができる。その人は、臨終の後も、また来世も、再来世も、永遠に「仏の境涯」を進
むことができるのである。大聖人は、次のように仰せである。
「もしも今、霊山にまいられたならば、太陽が昇って、十方の世界を見晴らすようにうれしく、
『早く死んでよかった』と、お喜びになられることでしょう」(御書 1480p 通解)
「死」というのは、一般には、「寂しく」「暗い」ものだと思われている。しかし、もっと本源
的な生命の法則から見れば、生も死も、永遠の生命の一断面に過ぎない。
395
南無妙法蓮華経と唱えぬき、弘めていった人は、亡くなっても、太陽が赫々と昇り、「早く死ん
でよかった」といえるような自在の境涯を楽しんでいける。まさに「生も歓喜」「死も歓喜」であ
る。だからこそ、大聖人は、今世で、真剣に妙法の信仰を貫いていきなさいと仰せなのである。ま
た、家族に対しては、“信心をして亡くなられたならば、何の心配もいりません”“本人も必ず喜
ばれるにちがいありません”と、励ましておられる。これが妙法の世界である。
また大聖人は、南条時光にあてたお手紙でこう仰せである。
「亡くなられた慈父の聖霊は、教主釈尊の御前においでになり、南条時光殿はまた現世に大果報
を招くことはうたがいありません」(御書 1530p 通解)
これは、末法の法華経の行者である大聖人を守り、供養する功徳が、どれほど大きいかを述べら
れた御文である。妙法のため、広布のために尽くした人は皆、必ず幸福になる。大聖人が「よくや
った」ほめてくださるのは間違いない。
さらに大聖人は仰せである。
「南無妙法蓮華経と唱え、退転することなく仏道修行をして、最後の臨終の時を待ってごらんな
さい。妙覚の山に走り登って、四方をきっと見るならば、なんとすばらしいことであろうか。法界
は寂光土で、瑠璃をもって地面とし、黄金の綱をもって八つの道を仕切っている。天から四種類の
396
花が降ってきて、空には音楽が聞こえ、諸仏菩薩は常楽我浄の風にそよめき、心から楽しんでおら
れる。我らも、その数の中に連なって、遊戯して楽しむことができるのは、もう間近である」(御
書 1386p 通解)
すべてが幸福の光に包まれた世界――不幸などは存在しない――それが寂光土である。
天からは美しい花々が降りそそぎ、最高にすばらしい音楽が聞こえてくる。生命は無上の喜びに
包まれて、「楽しいな」「うれしいな」という最高の境涯、妙法のために生きぬき、亡くなった方
の生命は、必ず、こうした境涯となって輝いていくのである。
反対に、大謗法の人間、広布の同志をいじめた人間の末路が、いかに惨めであるか、皆さまがご
存じのとおりである。
さらに大聖人は、夫に先立たれ、息子を亡くした門下の婦人に対して、こう述べておられる。
「悲母がわが子を恋しく思われるならば、南無妙法蓮華経と唱えられて、亡き夫君の南条殿とご
子息の五郎殿と同じ所に生まれようと願っていきなさい。一つの種は一つの種であり、別の種は別
の種です。同じ妙法蓮華経の種を心に孕まれるならば、同じ妙法蓮華経の国へお生まれになるでし
ょう。父と母と子の三人が顔を合わせられる時、そのお悦はいかばかりで、いかにうれしく思われ
ることでしょう」(御書 1570p 通解)
南無妙法蓮華経と唱え、願っていくならば、来世もまた同じ所に生まれてくることができる。妙
397
法の世界に一緒に生きられる。これが信心の偉大な力である。大聖人が、そう仰せ七である。
信仰の強さは苦難を受ける覚悟で決まる
この中に、キルケゴールについてご存じの方はいるだろうか。キルケゴールは、有名な十九世紀
のデンマークの哲学者である。『死に至る病』『現代の批判』など多数の著書を残している。
卓越した文学者でもあったキルケゴールは、俗悪なマスコミの誹謗中傷の標的にされた。
やがて彼は毅然と反撃に転じる。悪宣伝をはね返し、言論の闘士として立ち上がった。そして、
真実を叫びぬいていったのである。
俗悪な、金儲け主義の言論が横行すれば、社会が不幸になる。暗くなる。民主主義は破壊されて
しまう。だからこそ、真実と正義が勝たなければならない。そのために戦っていかねばならない。
キルケゴールの言論闘争について、私は昨年の十二月にスピーチした。その後、デンマークの名
門コペンハーゲン大学キルケゴール研究所のヨッキム・ガーフ副所長から、共感の声が寄せられた
。そして、副所長は本年二月、「言論の暴力に対する批判――キルケゴールのメディアとの戦い」
と題して講演を行ってくださったのである。
398
今、世界の多くの識者が学会の理念と実践に、深い共感を示してくださっている。学会を信頼し
、守ってくださる多くの味方が各地にいる。
キルケゴールは記している。
「信仰の強さは、その信仰のために苦難を受ける覚悟がじゅうぶんにあるかどうかによって証明
される」
深い言葉である。わが同志の皆さまは、どんな迫害や中傷にも負けずに戦ってこられた。一切に
打ち勝ってきた。同志の強さを証明し、信仰の偉大さを証明してこられた。本当にすごいことであ
る。
「一人」の女性から社会の変革が
フランスの作家ジョルジュ・サンド。十九世紀の女性である。
サンドは男性中心の時代にあって、女性の「自由」と「自立」を求めて生きた。そして、四十年
以上にわたる作家生活のなかで、女性や労働者の解放をはじめ、不平等と貧困、死刑の問題などに
399
ついて論じた。その活動は人々に多大な影響を与えている。
社会をより良くしたいと行動する。訴える。尊い社会貢献の活動を続ける、学会の女子部や婦人
部の皆さまと同じである。
女性の活躍の舞台は、今、ますます広がっている。私はノーベル平和賞を受賞したアフリカのワ
ンガリ・マータイ博士ともお会いした。「一人」から植林運動を始めた信念のひとである。本当に
立派な方だった。女性のリーダーが、あらゆる分野で、どんどん活躍していく――これが時代の趨
勢である。
サンドは理想の共和国をつくりたいと、政治活動にも尽力した。また、農村地帯にも長く暮らし
、田園を舞台にした小説を多く書いている。農村には、都会のような華やかさはないかもしれない
。しかし、そこには黙々と働き、畑を耕す人がいる。大勢の人の命の糧となる作物をつくり、養っ
ているとの自負を持っている。
サンドの代表作には、『魔の沼』『笛師のむれ』『愛の妖精』などの田園小説のほか、自伝『我
が生涯の記』、小説『コンシュエロ』等がある。
大文豪ヴィクトル・ユゴーは、サンドを讃え、亡命先のガーンジー島から、「あなたは、高貴で
誠実で、そして偉大な魂を持っておられる」との手紙を書き送った。私も、共鳴しあう二人の姿に
、かつて深い感銘を受けた。
400
サンドは小説の中で、登場人物に語らせている。
「心穏やかに生きようとして悪を許容するのは卑怯なのだ。
悪を見て、見ぬふりをする。悪と戦わない。それは卑怯な生き方なのである。
「心一つになれば必ず事は成就する」
アメリカの公民権運動の指導者であるマーチン・ルーサー・キング博士は、こう訴えた。
「私たちが行動する時はどんな場合でも手を携えねばならない」
「団結すれば、私たちが願っているだけでなくまさしく手にするに値するおびただしいものを獲
得できる」
異体同心の団結に、かなうものはない。古今東西、変わらぬ方程式である。学会は、この精神で
勝った。かつて戸田先生は、こう言われていた。
「皆の心が一つになれば、必ず、事は成就する。必ず、思いもかけなかった新しい道が開かれて
いく。これが、大聖人の仏法を信ずるものの強さだ。これを忘れるな!」
私たちはこれからも、心一つに、「団結」の二字ですすみましょう!
401
イギリスの著名な桂冠詩人ロバート・サウジーは、国民的英雄ネルソン提督の評伝を書いている
。その中でサウジーは、「勝戦はやまず戦果を拡大せよ」と、戦いの鉄則を記している。
勝ち戦のときこそ、さらなる拡大のチャンスである。この好機に休んではならない。安穏として
、時を逸してはならない。広宣流布の前進も今、この時期に入っている。今このときに、創立八十
周年を目指し、正義の戦いを始めましょう!大切な、これからの五年間である。この五年は、百年
にも匹敵する重要な時期である。この五年間、懸命に生きぬこう。病気にならない。お金に困らな
い――そういう自分をつくりながら、創立八十周年の十一月十八日を目標に、朗らかに前進してい
きましょう!
フランスの思想家モンテーニュは、「愚かさと慢心という悪徳はいつもくっついている」とつづ
っている。
愚かな人間は、慢心におちいりやすい。また、高慢は、愚かさの証拠ともいえよう。私どもは、
そうゆう人間になってはならない。また、傲慢な愚者に負けてもならない。
仏法の深義を知らず、また知ろうともせず、仏法を批判するのは間違いである。
経典には、末法になると、そうした増上慢の衆生が大勢現れ、法華経の行者を迫害するだろうと
明確に説かれている。そうした迫害に屈することなく、間違った考えを、勇敢に打ち破っていくの
402
が折伏の修行である。
新しい一年も楽しく朗らかに前進
きょうは、白雪の富士が見えた。ここ東京牧口記念会館からは、堂々たる富士の山や、その他の
美しい山並みが見える。さらにまた、絢爛たる旭日も、荘厳なる夕日も望むことができる。じつに
すばらしい場所に、広宣流布の広布の殿堂はそびえている。
この晴れの日に、大勝利の幹部会の開催、おめでとう!本年の大勝利は、全国、そして全世界の
尊き同志の力と、努力と、忍耐のおかげである。皆さま、本当にご苦労さまでした!私は、愛する
同志の一人一人に、何度も、何度も、こう申し上げたい。そういう気持ちでいっぱいである。
「聖教新聞」を配達してくださる「無冠の友」の皆さま方も、ありがとう!これから、ますます
寒さが厳しくなります。どうか、風邪などひかないように、心の底から、「本当にありがとう。ご
苦労さま」と申し上げたい。
音楽隊の皆さん、いつもすばらしい演奏をありがとう!きょうの演奏は、ひときわ見事でした!
法華経には次のような一節がある。
「この法華経を受持する人は、法の法螺貝を吹き鳴らし、偉大な法の鼓を撃って、すべての生あ
403
るものを老病死の苦悩の海から救い出すであろう」
私どもは、まもなく始まる新しい一年も、「常楽我浄」の希望の曲を奏でながら、楽しく、朗ら
かに、「偉大な前進」をしていきましょう!
「祈りとして叶わざるなし」の御本尊である。私たちは、この世で最も偉大なものを持っている
。意のままに、どんなものでも取り出せる“宝の珠”を持っている。大切なのは、仏力、法力を引
き出す、われらの信力、行力である。祈りが叶わないわけがない。何があっても、絶対に負けるわ
けがない。これが信仰の真髄である。ゆえに、何の心配もいらない。妙法を信じぬき、唱えぬき、
実践しぬいていくかぎり、決して行き詰まることはない。
学会活動の中には、あらゆる福徳が含まれている。学会とともに、学会の中で生きぬいていけば
、自然のうちに、生き生きと、健康な生命になっていく。さあ、元気にいきましょう!
フランスの大歴史家ミシュレは、フランス革命の歴史を振り返り、“信念を持っていた人は、い
ったいだれか?”と問いこうつづっている。
「信念をもっていたのはだれか。その信念をやりとげるために、献身の精神と力を持っていた者
はだれか、人民である。すべての人々である。
彼の結論は「民衆」だった。学会もまた、民衆の力で勝ってきた。このような民衆運動は、いま
404
だかってないことである。
どうして学会は勝ってきたのか。それは、学会員の方々が、勇敢なる信念をもって、正直に、誠
実な行動を貫いたからだ――このように、学会発展の要因を見ている識者も多い。
学会の歴史は「難即大勝利」
大聖人は法難について、こう仰せである。
「……法華経の第五の巻、勧持品には、『釈迦仏の滅後の末法に入って、法華経の行者が現れる
であろう。その時、その国に、戒を持った僧、戒を破った僧など、無数の僧が集まって、国主に讒
言して、法華経の行者を流罪にし、亡き者にしようとする』と説かれている。こうした経文がこと
ごとく、日蓮の身に符合した。未来に仏になることは疑いないと確信する」(御書 1389p 通解
)
「難即仏」「難即大勝利」――難を乗り越えることが成仏の証明となり、大聖人の証明となる。
牧口先生も戸田先生も、広宣流布のゆえに牢獄に入られた。そのお姿こそ、学会の正義の証明で
あるといえる。私もまた入獄した。戸田先生と学会員を守るため、一人、矢面に立ってきた。そし
て皆さんとともに、仏法史上、だれも成し遂げたことのない広布の歴史を築いてきた。
405
どこに正義があったか。だれが正義の人だったのか。現証は厳然である。組織を悪用した形式主
義、権威主義にだまされて、仏法の真髄を見失ってはいけない。広布において、本当に立派な人は
、師弟不二の心で戦った一学会員である。こう見るのが仏法の眼である。とくに青年部の諸君は、
この一点を忘れないでいただきたい。
大聖人は、極楽寺良観との闘争において「現証をもって決着を付けよう」と挑まれた。良観は、
大聖人の時代における「僭聖増上慢」の存在である。悪は責めて責めて徹底的に責める。大聖人の
戦いに、中途半端はない。
忘恩と嫉妬の日顕宗の卑劣な陰謀から十五年、私たちは戦ってきた。邪宗門は狂いに狂い、乱れ
に乱れた大敗北の姿である。学会は、明るく世界に大発展し、大勝利した。現証は、あまりにも明
確である。すべては、皆さんの信心の力である。
世界からの顕彰はSGI同志の築いた信頼の証
不思議にも、世界中でSGIが顕彰される時代に入った。この一年間で、世界各地で、また国連
をはじめとする国際機関から、約二百七十もの栄誉が贈られている。すべて、わが同志が築いてく
ださった信頼の証である。とくに海外のみなさま、本当にありがとう!
406
今回、研修で来日された台湾の皆さんは、十三回連続で「社会優良団体賞」に選ばれている。す
ごいことである。おめでとう!韓国には、明年すばらしい墓園も完成する予定である。韓国の同志
の勝利、万歳!
マレーシアの皆さま方も、ようこそ!おかげさまでマレーシア創価幼稚園も、国内外から絶大な
評価が寄せられ始めた。
北欧の皆さまも、遠方より、本当によくお越しくださいました。美しき北欧の天地にも、新しい
“友情の森”が、大きく豊かに広がっている。
南米ペルーの女子部の皆さまも、よく来てくださった。ありがとう!朗らかに対話を広げゆく前
進、ご苦労さま!一人ももれなく幸福に!お父さん、お母さん、全同志に、よろしくお伝えくださ
い。
今年は、新たに二つの大学に「池田研究所」が誕生した。光栄にも、こうした研究を進める学術
機関は世界で十二を数える。
さらに、ブラジル、アルゼンチンには、私の名を冠した州立高校が建設されている。
アメリカのミズーリ州には、「ダイサク・イケダ山頂公園」、オハイオ州には「トダ・フレンド
シップ・サークル」が誕生した。これらもすべて、皆さま方の子孫末代に伝わる、福運の象徴であ
ると信じる。
407
きょうは、アメリカ創価大学の英才の代表も参加している。ご苦労さま。ありがとう!
先日、私は、皆さま方を代表して、ベネズエラの「フランシスコ・デ・ミランダ勲章 勲一等」
を拝受した。世界各国からの国家勲章は、二十五を数えている。
南米解放の先駆者ミランダは言った。
「団結は永遠なる幸福と存続をもたらす」
私が勝ってきたのも、団結できたからである。「異体同心」の団結で、永久に崩れない「人材の
城」を築いた。これからも築いていこう!
自信を持て、力を信じよ
さらに、いくつか先人の箴言を紹介したい。
スウェーデンの作家ストリンドベリは、「ひどい目にあわされた方が黙っていると、悪漢の方が
正しいことになってしまうのである」と述べている。
だから戦うのである。ひどい目にあった場合、断じて黙っていてはならない。学会もこの精神で
ある。大聖人の教えとも共鳴する。
古代ローマの哲学者セネカは「悪徳はすべて、それが起こったときに押し潰してしまわないと、
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その根を深く下ろします」と指摘した。
ゆえに、悪徳と戦い、その根を切らねばならない。「仏法は勝負」との私たちの姿勢にも通じる
。人生において幸福になるのも、正義をしょうめいするのも、勝負である。
おなじく古代ローマの詩人ウェルギリウスの詩句には「力があると思うゆえに力が出る」との一
節がある。
そのとおりだと思う。ましてや、私たちは最高の妙法を持っている。“私は題目をあげているん
だ、自分には力があるんだ!”と思い、行動することである。
“私はダメだ。あまり話も上手くないし、折伏の力も弱い”と思うことがあるかも知れないが、
そうではない。「私は勝てる!私には力がある!」と確信して進むところに、勝利が輝く。
とりわけ、青年が自信を持って、自分の無限の力を信じ、発揮していくことだ。牧口先生も、こ
のことを生涯を通じて訴えられた。
スウェーデンの著名な女性運動家で教育家のエレン・ケイは述べている。
「幸福ということは、要するに、その最も深い意味に於ては、人生の諸々の運命を通じての人生
のということである」
本当の幸福は、向上しゆく人生のなかにある。そして、その向上の原動力こそ、南無妙法蓮華経
の題目である。題目以外に、根本的に、生命を磨き、人生を向上させゆく道はない。
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先ほども紹介したイギリスのネルソン提督。一八〇一年、彼は、大きな戦いを目前にして「いか
に敵の増上慢の鼻をへし折るか」が大事だと訴えた。
その心意気である。そうした強さ、攻撃精神がなければ、強敵との戦いには勝てない。
そして、ネルソン提督は、その戦いにおいて、見事に勝ったのである。
世界の命運は女性で決まる
先日、婦人部の「女性平和委員会」の友が「世界人権宣言」の起草に貢献した著名な社会運動家
エレノア・ルーズベルト女史の貴重な著作を届けてくださった。
その本のタイトルが、まことにすばらしい。『女性で決まる』という本なのである。
エレノア女史は、誇り高く宣言している。
「女性は陰に陽に、世界の運命に偉大な影響力を及ぼしてきました」「世界の危機をおりこえら
れるかどうか。それは、今までにもまして『女性で決まる』のです。
そのとおりである。戸田先生も、よく、「広宣流布は、女性で決まる」と言われた。婦人部、女
子部の皆さま方、一年間、本当にお世話になりました。明年も、よろしくお願いします。
エレノア女史は、こうも論じている。
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「人生において、何を大切にするかによって、女性は、人生を、幸福なものにもできるし、不幸
なものにもしてしまう。
人生で大切なものは何か――セネカはつづっている。
「われわれを富ましめるもの、それは心です」
幸福は、心で決まる。平和も、心で決まる。混迷を深めゆく世界にあって、人類は、「心」そし
て「生命」という原点に立ち返る時を迎えている。
心――私たちにとっては、「信心」が根本である。日蓮大聖人は「ただ心こそ大切なれ」(1192
:14)と仰せである。
これは、大聖人の仏法の一つの結論と言える。釈尊の法華経も、大聖人の御書も、「心」がもつ
偉大な力を、あらゆる角度から説いているのである。
日蓮大聖人は、女性門下である日女御前に仰せになられた。
「法華経の宝塔品の時には、多宝如来、釈迦如来、十方の諸仏、一切の菩薩が集まっておられま
す。この宝塔品が今、どこにあられるかと考えてみますと、それは日女御前の胸の間の八葉の心蓮
華のなかにあられると日蓮は見ているのです。
全宇宙のあらゆる仏の智慧も、あらゆる菩薩の力も、妙法を受持した女性の生命に、全部、備わ
っている――こう、大聖人が、断言してくださっているのである。
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その智慧と力を無限に引き出せるのが、信心である。ゆえに、不幸になるわけがない。絶対に、
縁する人を幸福に導きながら、今いる場所から世界へ、「平和の文化」を広げていくことができる
のである。
正義の声を!励ましの声を!
さて、このたび、国際的に著名なガンジー主義者であるN・ラダクリシュナン博士と、対談の連
載を開始することになった。
博士は語っておられる。
「悪魔は休まない。だからこそ、善のスクラムである我らが、どこまでやるかが、常に試されて
いる」と。
善が団結することである。そして、声を上げることが大事である。
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「声仏事を為す」(0708:09 0114:11)である。黙っていてはいけない。
「声も惜まず」(0726:15)語った分だけ、広宣流布は進む。
「師子の声には一切の獣・声を失ふ」(1393:03) とあるがごとく、人々を惑わす「虚偽の声」
「邪悪な声」は、断固「真実の声」「正義の声」で打ち破らねばならない。
戦っている友には「賞讃と励ましの声」を贈ることだ。
「青年・躍進の年」は、「目の覚めるような声」で勝とう。
青年よ、今ふたたびの広布躍進の時を創ろう
戸田先生は展望しておられた。
「一人の新たな真の同志をつくる。それから、一人また一人とつくっていく、これが、とりもな
おさず、時をつくることになる」と。
今ふたたび、新たな広宣流布の躍進の時を創ろう!とくに青年部を、いちだんと伸ばしていきた
い。わが青年部に、英知の言葉を贈りたい。
まず、先日逝去された中国の文豪・巴金先生が、私に対して言われた言葉である。
「私は青年を信じている。それぞれの時代には、必ず、すぐれた青年が出てくる。すぐれた思想
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がでるものだ」
世界が、創価の青年に期待している。
次に、戸田先生の指導である。
「肉体的にも精神的にも、人生の苦しみを味わったものが強くなる。故に偉大な青年は、安逸を
求めるな」
苦労しぬいた人こそ、不滅の青春の勝利者である。
最後に、ふたたび、スウェーデンの作家ストリンドベリの言葉を贈りたい。
「私は生の喜びを力の漲った激烈なる人生の闘争の中に見出し、そして自分の楽しみをば、何物
かを発見し、何物かを学ばんとすることの中に求めている。
青年は、昇りゆく正義の太陽だ!青年は、未来を決する「本因」の力だ!青年部よ、断じて追撃
の手をゆるめるな!こう私は叫び、一切の勝利を託したい。
来年も頑張ろう!皆、朗らかに、また勝って会おう!どうか、よいお年を!
一年間、ありがとう! 全同志に、よろしくお伝えください。
風が流行りつつある。断じて風邪をひかないよう、しっかりと祈り、懸命な生活を心がけていき
たい。
414
皆で「一年間の勝利」を祝い、「創価学会の世界的な発展」「全宇宙の同志の勝利」を讃えあい
たい。重ねて、一年間、本当にありがとう!心から感謝申し上げます。
全同志の皆さまの健康とご多幸を祈り、題目を送ります。お元気で!
(東京牧口記念会館)
415
051224top
全国最高協議会
一人の行動から平和の波を
「青年・躍進の年」を生き生きと
創立七十五周年を大勝利した全同志に三首の和歌を贈りたい。
三世まで
広宣流布の
同志なり
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世界の創価の
連帯尊く
君もまた
そして私も
晴ればれと
元初の同志が
勝利の王者と
広宣の
仏の生命の
君なれば
断じて負けるな
断じて勝ちゆけ
一年間、ありがとう!一年間、本当にご苦労さまでした!
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本年の大健闘を全員で讃え合いながら、明年の「青年・躍進の年」へ、生き生きと出発してまい
りたい。
雪国の友へ、苦労は無量の功徳に
最初に、新潟をはじめ各地の大雪の被害に対して、心からお見舞い申し上げます。
希望に燃えて、すべてを乗り越えて、偉大な勇気の勝利を飾っていかれますことを、心から祈っ
ています。日本全国の同志が祈っています。一日も早く、笑顔で、朗らかな勝利の姿を示していか
れることを待っています。真剣に題目を送っています。
弘安四年(一二八一年)の一二月二十七日、日蓮大聖人は、駿河国の窪尼御前に、次のような御
手紙をしたためておられる。
「今年の寒さは、生まれてからこのかた覚えのないものです。雪などの降り積もり方も大変なも
のです。ですから、志のある人でも訪ね難いことなのに、あなたのお訪ねは、並々ならぬ御志の表
れにほかなりません。
この年、大聖人がいらっしゃった身延は、経験されたことのないほど寒さが厳しく、雪も降り積
もった。肌身を切られるような寒さのなかで、大聖人は、弟子の信心を心から賞讃しておられる。
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今、雪深き地域で、広宣流布のために戦われる方々を、大聖人が、どれほど讃えてくださってい
ることか。苦労された分だけ、無量無辺に功徳が積まれゆくことは、絶対に間違いない。
社会は、ますます混迷の度を深めている。仕事のこと、家庭のことなど、思いもかけない出来事
に襲われることもあるかもしれない。しかし、妙法に生きる人は、すべてを厳然と乗り越えていけ
る。
根本は「題目」である。一つ一つ目標を明確にして、しっかりと祈っていくことだ。南無妙法蓮
華経と唱えることは、わが心に、大善根を育てていくのである。
厳しい試練に耐えてこそ、“信心の根”は、強く深く伸びていく。何があっても負けない強靭さ
が培われる。そして、妙法の陽光に照らせれ、やがては芽を出し、大きく育ち、必ずや“福徳の大
輪”を咲かせていくことができる。
断じて幸福になる仏法である。それを確信していってください。
真心の賞讃のあるところ歓喜も人材も倍加
この一年、全国、そして全世界の同志が真剣に戦い、すべてに堂々と勝ってくださった。
どうか、全国最高協議会のリーダーの皆さま方は、一人一人を心から讃え、ねぎらっていただき
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たい。「すばらしい活躍ですね」「毎日の闘争、ご苦労さまです」と、丁寧な言葉で感謝を伝えて
もらいたい。大聖人は「金はやけば弥色まさり剣はとげば弥利くなる・法華経の功徳はほむれば弥
功徳まさる」(1241:18) と仰せである。この御聖訓を、広宣流布の指導者はつねに深く拝してい
くことだ。
妙法のすばらしさを讃えれば、功徳も、いよいよ大きくなる。「真心からの賞讃」があるところ
には、福運も歓喜も倍加する。そこにこそ、人材が生き生きと威光勢力を増すのである。
とともに、陰で戦っている方々の労苦を見逃さずに、こまやかに心を配り、すばやく手を打って
いかねばならない。大聖人は、ある年の十二月の御手紙を、こう結ばれている。
「書きたいことは、たくさんありますが、年の瀬も迫り、御使いの方も急いでおられるので、こ
れで筆を留め置くことにしました」(御書 1536p 通解)
年末の慌ただしいなか、使いの人までも思いやりながらの御振る舞いである。
リーダーから、変わらなければいけない。リーダーの言葉一つ、振る舞い一つが、皆のやりがい
となり、喜びとなる。遠くから来てくれた方がいれば、「大変ななか、ありがとうございます」と
最敬礼して迎える。帰られるときには、「くれぐれも事故に気をつけてください」「風邪などをひ
かないようにしてください」と、必ずひとことかけていただきたい。「気を配ること」「気を使う
こと」が、慈悲の表れである。
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試練のたびにより強く高く――ロモノーソフの生涯
十八世紀のロシアを代表する大科学者であり、モスクワ大学の創立者でもあるロモノーソフ。今
年は、ロモノーソフの没後二百四十年である。歴史家としても名高いロモノーソフは、「試練のた
びに、以前にも勝る繁栄を築き、より高く立ち上がってきた」民衆を讃えてやまなかった。
わが学会も、あらゆる試練を乗り越えながら、御聖訓どおりの「妙法独り繁昌せん時」を開いて
きた。すべて「難来るを以て安楽」とする偉大な同志の勇気ある戦いのおかげである。あらためて
、尊き皆さま方の雄渾の指揮に、私は心から感謝を捧げたい。
ロモノーソフは達観していた。
「善は、頑迷な無学の者と悪意に満ちた粗暴な者を除く、すべての人に親切である。善は、社会
の悪人を除く、すべての人に有益である。善は、我らの幸福を妬む者を除く、すべての人に喜びを
運ぶ」
要するに、多くの人にとって好ましい善も、「愚昧」と「悪意」と「嫉妬」の人間には通じない
というのである。
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学術と教育の光で、善を広げようとしたロモノーソフの生涯も、その“悪の勢力”との熾烈な戦
いとなった。当時、科学アカデミーをはじめ、ロシアの科学界の要職は、外国人勢力に支配され、
ロシア人は排除されていた。そのなかにあって、みずからの努力で、アカデミーの教授となったロ
モノーソフは、「民衆のための教育」「学生第一」の信念に立って、教育改革に奔走していった。
ロモノーソフは、アカデミーの実質的な支配者であった外国人のシュマーヘルから、目の敵にさ
れた。狡猾なやり方で、徹底的に弾圧された。そこには、あまりにも万能なロモノーソフに対する
、醜い「嫉妬」が渦巻いていたことは、いうまでもない。彼が、新たな業績を次々と打ち立てるた
びに、嫉妬する敵が増え、圧迫は激しさを増していったのである。
ロモノーソフは、会議の出席も禁止された。アカデミーの印刷所で、著作を出版することも許さ
れなかった。自宅監禁の処分も受けた。アカデミーからの追放を狙った、陰湿なデマや密告による
攻撃も続いた。ロモノーソフに恩を受けながら、みずからの野心から裏切った、卑劣な輩も出た。
しかし、獅子たる彼は“敵に加担し、手なずけられた「犬」のような連中は敵にさんざん利用さ
れたあげく、最後はみじめに切り捨てられるであろう”と悠然と見おろしていたのである。
ロモノーソフは、敵からの攻撃に対して、休む間もなく、言論闘争を繰り広げていった。
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とくに、迫害の張本人シュマーヘルに関しては、「アカデミー官房の行動に関する簡単な歴史」
と題する一文を公表している。そこには、二十五年間にわたり、シュマーヘルが、「いつ」「どこ
で」「いかに多く」の「悪事と不正」を犯し続けてきたか、「だれと結託し、迫害を仕組んだか」
について、「目撃者」や「文書」など、具体的な証拠を挙げながら、一つ一つ克明に書き連ねてあ
った。それは、じつに70ヵ条以上にわたる、烈々たる糾弾であった。
「シュマーヘルは、傲慢さゆえに、立派な人々を軽蔑し、妬み、嫌がらせをした」「雑誌に不当
な批判記事を掲載」「公金をみずからの娯楽のために使った」そして、「他の教授をそそのかし、
ロモノーソフ攻撃に走らせた」等々――。
ロモノーソフは語っている。
「悪意の嫉妬で、私を誹謗する者に対しては、その誤った考えが白日のもとにさらされるよう(
中略)、全力で戦っている」と。
そしてまた、彼は、民衆を騙し、私利私欲に狂った聖職者とも戦い、その偽善と悪徳を容赦なく
暴いていった。
ロモノーソフの弟子たちは、師匠を守るために勇敢に戦った。その一体の闘争のなかで、真正の
弟子が育ち、逞しく鍛えられていった。その一人が、ポポフスキーである。
423
ある時、敵の文学者が、ロモノーソフの書いた悲劇作品をもじって、笑いものにしようとした。
ところが、弟子のポポフスキーは、すぐさま反撃の長編詩を発表し、そのもくろみを痛烈に打ち
砕いた。
その後も、ポポフスキーは、幾多の障壁を打ち破りながら、ロモノーソフが創立したモスクワ大
学最初のロシア人教授となった。そして、悪徳の教授とは決然と戦いながら、師匠の教育理念を実
現していったのである。弟子ポポフスキーは、師匠ロモノーソフを高らかに謳っている。
「ロシアの英知を体現せし、その人こそ、ロモノーソフなり!」と。
師も偉大であった。弟子もまた偉大であった。
「われわれは勇気によって傲慢を粉砕した」
「悪党の行く末には、深く暗い奈落が待ちかまえている」
これは、二百四十年の歳月を超えて、今も語り継がれているロモノーソフの不滅の勝利の宣言で
ある。
創価三代の「師弟の道」こそ成仏の軌道
日蓮大聖人は、厳然と仰せになられた。
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「日蓮は、一日、片時もたゆむことなく、仏法の正義を叫んだがゆえに、このような大難にあっ
たのである」(御書 1236p 通解)
「石は、その中に玉を含むゆえに砕かれる。鹿は、その皮や肉のゆえに殺される。魚は、おいし
いゆえに捕らえられる。翡翠は、美しい羽があるゆえに殺される。女性は、容姿が美しければ、必
ず妬まれる。大難にあうことは、これと同じ意であろうか。日蓮は、法華経の行者であるがゆえに
、三類の強敵があって、種々の大難にあったのである。しかるに、このような者の弟子檀那となら
れたことは不思議なことである。きっと深い意味があるであろう。よくよく信心を強盛にして霊山
浄土にまいってください」(御書 1236p 通解)
正義だからこそ迫害される。正しく法を、正しく信じ、行じるがゆえに難が競い起こってくる。
そう確信し、日蓮の弟子として、信心を貫きなさい――そう教えておられるのである。
創価学会の三代の師弟は、大聖人と直結し、三類の強敵と戦い、あらゆる大難を受けながら、世
界広宣流布を成し遂げてきた。無上の誇りである。この「師弟の道」にこそ、成仏の軌道がある。
戸田先生は言われた。一九四一年(昭和十六年)十一月、創価教育学会の総会での講演である。
「日興上人は、日蓮大聖人をしのごうなどとのお考えは、亳もあらせられぬ。われわれも、ただ
牧口先生の教えをすなおに守り、すなおに実行し、われわれの生活のなかに顕現していかねばなら
425
ない」
「弟子は弟子の道を守らねばならぬ。ことばも、実行も、先生の教えを、身に顕現しなければな
らない。
また、ある時は、こう叫ばれた。
「師と運命をともにする弟子たれ!
師と苦楽をともにする弟子たれ!師と目的をともにする弟子たれ!師と勝利をともにする弟子た
れ!師と生死をともにするでしたれ!」
その教えは、そのまま、戸田先生御自身の実践であられた。牧口先生とともに投獄された。獄死
した師匠の仇を討って広宣流布を成し遂げるために、「創価の巌窟王」となって戦いぬかれた。
この「創価の巌窟王」の心を、学会は、なかんずく青年部は、永遠に忘れてはならない。
私は、戸田先生の弟子として、だれよりも先生をお守りし、先生の構想を実現してきた。その誇
りがある。だれよりも学会のことを知り、心を砕き、手を打ってきた。その自負がある。
戸田先生の事業が、莫大な借金を抱え、苦境におちいった時のことである。給料も出ない。冬で
も開襟シャツ一枚でしのぐしかない。そういう時もあった。社員は次々と辞めていく。「戸田の馬
鹿野郎」と罵る人間もいた。それでも私は、不満はなかった。ただ先生をお守りしたい一心であっ
た。私は、生命を賭け、すべてをなげうって戦った。二十代前半のころである。
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あの偉大な先生が、若輩の私に「大作、すまないな」「大作、頼むよ」と言ってくださった。そ
れだけで、十分であった。
「第三代は池田大作に譲る」。これは戸田先生の遺言である。
三代の「師弟の道」がどれほど峻厳のものか。軽々に考えてはならない。その師弟不二の闘争あ
りて、創価学会の今日があることを、命に刻んでいただきたい。
英雄シーザーに学ぶ将軍学
今年の五月、私はイタリアのトリノ市から「名誉市民」の称号を拝受した。
市民の一員として、明年二月に開幕する「トリノ冬季オリンピック」の大成功を祈っている。
なお、私が忘れ得ぬ出会いを結んだ、南アフリカのマンデラ前大統領や、ポーランドのワレサ元
大統領も、トリノの名誉市民であられる。
トリノ市の起源は、二千年前の古代ローマ時代にまで遡る。現在も、当時からのっ伝統である、
碁盤目状の整然たる街並みを有している。また近代には、イタリア統一運動の誉れである中心地と
なったことも知られている。
これまでも何度か論じてきたが、きょうは、古代ローマの英雄シーザーの将軍学について、少々
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、語っておきたい。
紀元前四八年八月、シーザーは、ローマの主導権をめぐって、敵将ポンペイウスとの、天下分け
目の決戦に挑んだ。ギリシャでの、有名な「ファルサロスの戦い」である。シーザー自身の記述に
基づくと、シーザーの軍勢は二万三千、ポンペイウスの軍勢は五万四千。数の上では、敵勢が二倍
以上を誇っていた。しかし結果は、シーザーの大勝利に終わる。なぜか。
戦術の巧みさはもちろんだが、勝敗を分けた一つの要因は、それぞれの陣営の内部の状況が、あ
まりにも違っていたことである。ポンペイウス陣営の指導者たちは、自分たちが優勢であることに
傲り、戦う前から、勝った後の地位や報酬をめぐって、仲間割れしていた。戦略会議でも、作戦を
立てるどころか、お互いを非難しあっていたという。指揮官であるポンペイウスを侮り、揶揄する
ものまでいた。こうした点を、シーザーは鋭く見抜いていた。
「要するに彼らは一人残らず、おのれの栄達や金銭上の報酬、あるいは政敵への復讐をあげつら
い、勝利をいかなる作戦で手に入れようかではなく、勝利をいかに食い物にしようかと、それだけ
を考えていた」
すなわち、戦わずして、敵陣営は内部から崩れ始めていたのである。重大な歴史の教訓といって
よい。一方、シーザーの軍勢には、最高指揮官シーザーに対する絶大な信頼があった。一糸乱れぬ
団結で、死に物狂いで戦った。
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大決戦を前にして、シーザーは、ある古参の小隊長に、きちんと名前を呼んで、語りかけた。
「ガイウス=クラッシアメスよ。見込みはどうかね。士気はどうだ」
即座に、その勇者は大声で応えたという。
「わが軍の大勝利ですよ。きょうは、私が行き残っても、また倒れても、あなたは私をおほめに
ならねばならないでしょう」
鉄の団結、同志愛、一度、戦いに立ったかからには、中途半端な戦いはしない。何としても勝っ
てみせるという執念。学会も同じ精神で、広宣流布という幸福と平和への大闘争を、戦い、勝って
きた。
インドの詩人バルトリハリもこう言っている。
「劣った人は障害を恐れて何も企てない。普通の人は企てて障害にぶつかるとやめてしまう。最
上の品性の人は幾度も障害にぶつかっても企てたことを、決めてやめない。
そもそも、英雄シーザーに、悠久と勝利できた戦いは、ほとんどなかったという。困難きわまる
戦の連続であった。では、なぜ、勝つことができたか。
さまざまな要因が挙げられるが、その一つは、シーザーの軍勢は「核」が強かった。これが、歴
史に輝く「第十軍団」である。この軍団は、シーザーみずからが集めてつくった一団である。一貫
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してシーザーを護り、シーザーの手足となって戦った勇者たちであった。
いかなる組織においても、「核」を固めることが大切である。
ガリアの戦いで、強敵のゲルマン人を相手に、シーザーの軍勢が憶したことがあった。
シーザーは、断固として叫んだ。
「誰一人ついて来なければ、それでも予は、第十軍団だけ率いて、出発するだろう。
第十軍団の勇者たちは「自分らに最高の評価を与えてくれた」と感激し、感涙した。
シーザーの言葉を聞いて、全軍が一変した。全軍に勇気が伝わり、奮い立っていったのである。
それでもこの戦いで、シーザーの軍団のいくつかが、一時、敵に圧倒され、窮地に追い込まれた
。その時、シーザーは、わが身の危険を顧みず、その戦闘の最前線に駆けつけた。そして、小隊長
一人一人の名前を呼び、兵士たちを激励し、勢いを盛り返していった。
その様子を、シーザー自身が書き残している。
「カエサルが側に来たために、兵士は希望を吹き込まれ、闘魂を新たにし、最高司令官の見てい
る前で、各自土壇場においてすら、自己の最善を尽くそうと願った。
シーザー将軍学の結論とは何か、かのモンテーニュが、シーザーの言葉を紹介している。
430
「機会を的確にとらえることと迅速であることは、大将たる者の最高の特質である」
広宣流布の戦いも、リーダーが、最も大変な現場に飛び込み、最も苦労している友を励ましてい
く。これが勝利の鉄則である。御聖訓には「軍には大将軍を魂とす」(1219:15) と仰せである。
ともあれ、シーザーの戦いは、所詮、多くの人々の生命を犠牲にしての、覇権のための戦いであ
った。われらは、妙法流布という最も偉大にして崇高な、無血の平和革命を戦っている。
誇り高い広布の大将軍であられる皆さま方の名指揮を、明年も頼みます!
女性の力を地域へ、社会へ
きょうは、全国の婦人部の代表も参加しておられる。
この一年間、婦人部の皆さまは、本当によく戦ってくださった。広宣流布の大前進の歴史を築い
てくださった。あらためて、深く感謝申し上げたい。本当にありがとうございました!
明年“世界一”の婦人部は、結成五十五周年の佳節を迎える。その開幕を飾る、全国各地での「
婦人部総会」の大成功を、妻とともに心からお祈り申し上げたい。
婦人部の活躍の陰には、皆さまを支えてくださっている。御主人や、ご家族の存在がある。私は
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、こうした方々にも、最大の御礼を申し上げたい。どうか、よろしくお伝えください。
来月には、「平和研究の母」エリース・ポールディング博士と私の対談集が、発刊される予定で
ある。
博士は現在。八十五歳。明晰な頭脳と若々しい精神で、はつらつと対談に取り組んでくださった
。じつは、博士のお孫さんが日本に住んでおり、月刊誌「パンプキン」に連載された私たちの対談
を、読んでくださっていた。そのことも、博士の大きな喜びとなったようである。
博士は連載が終わる時に、「私たちは、とうとうやり遂げましたね!」と、とても喜んでおられ
た。
博士は、長年にわたり、世界の多くの平和団体とも交流を深め、活動を行ってこられた。
その博士が、わが婦人部をはじめ、SGIの運動を高く評価してくださっている。
対談では、次のように語っておられた。
「アメリカで、SGIのメンバーの方々とお会いして、いつも感じることですが、皆さんは信仰
によって自らの人生を高めようとの決意に輝いています。まさに世界の希望の存在です」
「私は『個々の人間の行動から出発して平和の波を起こしていく』というSGIの信念に賛同し
ます。私はかねてから、『共同体を構成する一人ひとりの成長に全力を傾注していく以外に、平和
で健全な地球は見えてこない』と考えてきたからです」
432
また、こうも述べておられた。
「人間は本来、もっともお互いを知り、心を配り合い、助け合うことができるのです。そうした
観点から見ても、SGIの皆さまの活動は、一人ひとりが『良き市民』として社会に重要な、すば
らしい貢献をされています」
なかんずく、博士が婦人部、女子部の活躍に寄せる期待は大きい。
「日本のみならず、これまで世界の多くの国々において、女性は社会に出る機会がほとんどなく
、家庭に閉じ籠もらざるをえない時代が長らく続きました。ですから、SGIのみなさんのように
、粘り強く平和活動に取り組み、自分たちの地域社会で活躍する女性たちが現れてきたことは、と
ても重要なことなのです」
対談の中で、環境問題や平和への取り組みに、勇敢に立ち上がった女性のことが話題になった時
も、博士は、こう述べておられた。
「女性には、そうした強さと優しさが備わっています。大切なのは、それを地域へ社会へと大き
く開いていくことではないでしょうか」
友のため、地域のため、平和のために献身する創価の女性は、世界において、いちだんと大きな
輝きを放っているのである。
世界が見つめている婦人部総会の大成功を、皆で応援してまいりたい。
433
女子部も明年、結成五十五周年を迎える。未来のために、盤石なる人材のスクラムを築いていっ
てほしい。
大切なのは、着実にメンバーを増やしていくことだ。活動が空転してはいけない。目標を明確に
し、実質的な拡大を成し遂げていくことだ。女子部が発展すれば、学会も栄えていく。希望と幸福
の花園が広がる。次の五十年へ、新たな飛躍となる明年の戦いを、おねがいしたい。
日本近代を代表する哲学者の内村鑑三は、記した。
「唯吾人の最も恐れ最も憂うるところは青年の無気力なり、青年は此腐敗せる社会の改善者なり
、此世の新勢力なり、清流の源なり」
青年の行動が社会を変える。青年の燃えるような熱と力が、新たな時代を開いていく。
男女青年部の偉大なる「躍進」に、私は心から期待している。
広布のための組織、役職や立場でなく人間性で光れ
私はかつて、イギリスのオックスフォード大学名誉教授であったブライアン・ウィルソン博士と
対談集『社会と宗教』を発刊した。
博士は、国際宗教社会学会の初代会長を務めた方である。対談では、「組織」が宗教運動の発展
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に貢献を続けるためには、何が大切かについても語り合った。
私は「大切なことは、人々が、宗教の組織を自らの権力欲や権威保持の手段としないことであり
、組織上の立場を目的としないことです」と訴えた。
これに対して、博士はこう指摘しておられた。
「宗教的献身をどう維持するかということは、あらゆる信仰に常につきまとう問題です。これは
特に、ある種の人々、そういってよければ信心慣れしている人々の間に生じる、独善的な態度には
っきり見られます」
また、「信仰上の教師が自己満足に陥ったり、優越感に囚われたりする」ことによって、新しい
世代の信仰者の育成ができなくなってしまうとも、述べておられた。
幹部といっても、特別な存在ではない。学会においては、役職による上下の差別は一切ない。「
幹部だから偉い」などと思うのは、大間違いだ。広布の使命は全部、平等である。
今や、学会は世界的な団体になった。各国には、独自の風習や文化がある。さまざまな人がいる
。欧米のように個人主義が強く「組織」に対する抵抗感が国々もある。
そうしたところでは、私はとくに、メンバーの方々と「友情を結ぼう」との思いで接してきた。
「友だちになりましょう!」「仲良くしていきましょう!」「一生涯、ともに語り合っていきま
しょう!」――そういう気持ちで、メンバーとの出会いを重ねてきた。
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上下の関係ではない。親以上、家族以上の「友人」になろう、と決めてきた。地位や肩書をかさ
に着て威張れば、皆、逃げていってしまうからだ。
そして私は、皆が仲間となり、広宣流布のために和合していけるよう、真剣に祈ってきた。
また、海外においてとくに心がけてきたのは、自分の思いを明確に伝えることである。しゃべる
ことである。もちろん、相手の話を聞くことは必要だ。しかし、黙ってムスッとしていては、皆か
ら嫌われてしまう。思いがあっても、言葉にしなければ相手に伝わらない。自分の言いたいことは
、はっきり言う、これが大切である。
その上で、「自分は個人主義だから、組織は苦手だ」という人がいるかもしれない。そういう人
には、真心を尽くして、智慧を尽くして、時にはユーモアを交えながら、組織の大切さを、わかり
やすく話していくことだ。少しでも、学会の組織に近づき、ともに幸福の道を歩んでいけるように
、工夫して語っていくことだ。
智慧は信心から生れる。そこに究極の“話術”が光っていく。日蓮大聖人のお手紙を拝しても、
仏典はもとより、故事を通し、箴言を引き、子どもでもわかるようなたとえ話をされながら、相手
の心を鼓舞しておられる。たとえ、すぐには芽が出なくても、一年先、数年先には、きっと信頼の
花が咲く。それくらいの大きな心で、長い目で見ながらすすんでいくことだ。
大切なのは、リーダーの「一念」である。同じ話をするにしても、信心の「息吹」があるかどう
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かで違ってくる。リーダー自身の成長が、組織の発展と会員の成長に直結していく。
学会は、戸田先生が「戸田の命より大切」と言われた広宣流布の組織である。仏意仏勅の和合僧
団である。この妙法にのっとった組織を、私利私欲のために利用したり、自分の権威の手段とする
ような人間を、絶対にゆるしてはならない。そうした人間を野放しにすれば、広宣流布の未来は破
壊されてしまう。
大事なことは、リーダー一人一人が、つねに「師弟」という原点に立ち返り、信行学の基本に徹
しぬいていくことである。わが心を「広宣流布ひとすじ」に、固めぬいていくことである。
学会のために行動すれば、その功徳は大きい。自身はもとより、子孫末代まで、その功徳に包ま
れていく。何ものにも負けない人格ができる。永遠に崩れない幸福の骨格を、固めていけるのであ
る。
日興上人は「師の仰せ通り」に邪義を破折
日蓮大聖人が御入滅された後、六人の高弟のうち、日興上人を除く五老僧は、ことごとく師の教
えに違背した。身延の地頭であった波木井実長も、五老僧の一人である日向にたぶらかされて、神
社への参詣や念仏への供養など、数々の謗法を犯すようになった。
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日興上人は、身延離山の心境をつづった「原殿御返事」の中で、日向の邪義をきびしく破折して
おられる。
そして、釈迦仏像の造立を行おうとする実長の誤りを指摘したことにふれ、こう仰せである。
「このことは、大聖人の御弟子として、その後を継がせていただいている立場から申し上げてい
るのである。これを誉れある行為だったと自負していることは、大聖人が我が身に入り替わってお
られるのであろう」(取意)
「かりそめにも、へつらい曲げることなく、ただ経文のとおり、大聖人が仰せられたとおりに、
違背の弟子を諌めることができたものだと、みずからを誉めてこそいるのである」(取意)
大聖人の弟子である以上、大聖人の仰せのとおりに実践する。それが弟子の誇りであると述べて
おられるのである。
また日向の邪義を破折することについて、こう仰せである。
「ともに同じ修行をしてきた者だからといって、遠慮して、どうして大聖人の正義を隠してよい
であろうか」(通解)
ともに修行してきた者であっても、決して遠慮してはならない。断じて正義を言いきっていかね
ばならない――正法正義のため、広宣流布のため、日興上人は、どこまでも厳格であられた。
ともあれ、「心こそ大切」である。
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どこまでも、「広宣流布のため」「学会のため」「同志のため」「後輩のため」、そして、「青
年のため」――この心を燃え上がらせながら、学会の万年の発展の道を開いていただきたい。
人生の安全のために、正義を行い、真実を語れ
ここで、世界の知性の箴言を、いくつか贈りたい。
古代ローマの哲人皇帝マルクス・アウレリウスは、洞察した。
人生の安全の方途は何か――それは「魂の奥底から正義を行ない、真実を語ることである」と。
また、内村鑑三は述べている。
「忘恩と反逆は悪魔の特性である」
これまでも、学会の同志のお世話になりながら、その恩を仇で返し、反逆していった輩がいた。
人間として、最低の所行である。
ロシアの文豪トルストイは、戯曲の中で登場人物に語らせている。
「悪魔って奴は威張り屋の法螺吹きだ」
「傲慢」と「嘘つき」――これが悪人の一つの特徴である。そうした人間を、絶対に信用しては
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ならない。だまされてはならない。
“友人が悩みや困惑を打ち明けてくれた時、彼らを勇気づけるものは何か?”
フランスの女性作家ジョルジュ・サンドは“それは自分自身の経験から引き出した話である”と
つづっている。
「『私も同じ苦痛を味わった。私も同じ暗礁に乗り上げた、そして私はそこから脱出できた。だ
からあなたも治り、打ち勝つことができるでしょう』。これが友人が友人に語ることであり、人が
人に教えることである」
「他人に最も働きかけのあるのは、最も試練にあった人である」
リーダーである皆さま方が、自分自身の人生の試練と勇敢に戦い、勝ち越えていく姿が、どれほ
ど多くの人々を励まし、支え、勇気づけていくか。
また、ジョルジュ・サンドは、ある小説の登場人物に語らせている。
「人の役に立つ仕事、真剣な献身がわしを鍛え直してくれたのだ」
イギリスの女性詩人アン・ブロンテは、「富も幸福を与えはしない」と謳った。
学会活動は、他人のために動いた分、必ず自身の、また一家の福徳としてあれわれる。いわば、
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“自他共の生命を富ませる仕事”だ。
人生には、悲しいこと、苦しいこと、さまざまな出来事がある。そのすべてを、信心の力によっ
て「変毒為薬」できるのである。
広布の拡大は対話の戦い、外交戦
組織にせよ、人間関係にせよ、一対一の直接の対話によってはじめて、生き生きと血が通うもの
だ。二年前の三月、ゴルバチョフ元ソ連大統領と再開を喜び合った。その折、私はドイツの詩人シ
ラーの言葉を贈った。
「友情というものは、誠実で大胆なものです」
「もうなにひとつ、恐ろしいものはない――君の手をとりあったからには、全世界を相手にして
でも戦ってみせる」
ひとたび結んだ信義は守りぬく。この決心と行動が、信頼を深め、連帯を広げる。これが世界に
通じる法則である。
そのうえで広布の拡大は、一面からいえば「対話の戦い」であり、「外交戦」である。
これからの時代は、「洗練された強さ」がいよいよ求められる。
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十七世紀から十八世紀にかけて活躍したフランスの外交官カリエールは、外交を行う者の資質に
ついて、「度胸がすわっているということ」「勇気」が必要であると強調した。
同時に「十分に検討をした上で一度決心してきめたことは、ねばり強く貫き通す」という「確固
不動の精神」が不可欠であると説いた。そうした勇気がなければ、公の場で侮辱されても、自国の
主君の名誉を守れない。また、「堂々とかつ豪胆にやり返す」こともできない。
また彼は、「相手の対応の仕方は、しばしばその問題の如何ばかりでなく、こちらの話し方の如
何によって、左右される」と指摘している。
ゆえに、「常に心がけるべきことは、自分の考えを適切でしっかりとした道理で裏つけながら、
慎み深い態度で述べて、他人のいう理屈にもよく耳を傾けるということである」と戒めている。
私たちも、来客を迎える時など、ダラダラと話をしないことだ。相手も忙しい、短時間で簡潔に
、礼儀正しく、堂々とした声で語ることだ。人と会い、仏縁を結ぶことが広宣流布である。どうか
明年もまた、見事なる外交の歴史を残していただきたい。
重ねて、箴言を贈りたい。
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「君がたとい誰であれ、ぜひとも自分を思う存分発揮したまえ」
アメリカの民衆詩人ホイットマンの一節だ。
自身の可能性を開く、そのための信心である。
「自分は褒められて当然の人間だと考えるところから数え切れないほどの過ちは生じる。評判に
踊らされた人間は、不名誉な笑いものとなり、この上なく大きな誤りに陥るのである」
古代ローマの哲学者キケロの言である。
他人の目ばかりを気にして生きる人生の、なんと窮屈なことか。
また、中国の文豪・魯迅は、同胞に対して力強く訴えた。
「他人に同情されること、他人にほめられることを求めずに、自分で自分を変えていく。それに
よって、いったい中国人とは何であるかが自己証明されるのだ」
自分で自分を変えていく――いい言葉だ。
この「人間革命」の挑戦が、「生きた証」として、わが生命に厳然と刻まれるのである。
今から七百三十年前の建治元年(一二七五年)十二月二十八日、日蓮大聖人のもとに、強仁とい
う僧から論難の書状が届いた。大聖人はその日のうちに、彼の大慢を痛烈に打ち破る返書を認めら
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れた。まさに電光石火である。その中で、こう仰せである。
「日蓮は、わが身命を仏神の宝前に捧げて、刀剣をもって斬られることも、幕府から罰せられる
ことも恐れず、昼は国主に訴え、夜は弟子たちに語り聞かせたのである」(御書 0184p 通解)
思えば、日顕宗が学会に支離滅裂な論難を送りつけてきたのは、十五年前の年末のことであった
。チリの哲人指導者エイルウィン元大統領は、私との対談集で「権力というものは、必然的におご
りや堕落、権威主義をもたらすものなのです」と述べておられた。
学会は、大聖人の御心のままに、恐れなく社会に正義を訴え、後継の人材を育ててきた。そして
権威主義の悪を見破り、すべてに勝った。
イギリスの哲学者ミルは、「正しき側に組しないものはすべて悪の側に結局は加担することにな
る」と喝破した。
衰亡の一途をたどる日顕宗を見おろしながら、明年も、日本一、世界一の新年勤行会で、晴れば
れと出発してまいりたい。
来年も広布の陣頭に立て
終わりに、二首の和歌を贈りたい。
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一首は、昭和二十七年(一九五二年)五月三日、戸田先生の会長就任から一周年、私と妻の結婚
の日に詠んだ和歌である。
天も晴れ
師弟の心は
躍るらむ
今世の誓いと
三世の誇りを
そして、昭和三十五年(一九六〇年)五月三日、第三代会長就任の、その日に詠んだ和歌である
。
全生命
賭して 指揮執る
時 来り
広宣流布の
陣頭 我なり
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いずれも、私の執務室に今も留め置いてある。
「今世の誓い」と「三世の誇り」を胸に、来年も、「広宣流布の陣頭」に立って、共に戦い、そ
して勝ちましょう!
一年間、本当にありがとうございました。来年も力を合わせて、皆が「私は悔いなくやりきった
!」と言える希望の前進を、お願いします。
各方面・各地の同志に、どうか、くれぐれもよろしくお伝えください。
風邪などひかないように、どうか、よいお年をお迎えください。
(信濃文化センター)