セータローセータローのこと

updated on 2004.8.31

レイ と セータロー      5月5日、朝5時20分ごろ、セータローがあの世へ旅立ちました。あまりに突 然のことで、こんなにあっけなく旅立っちゃうなんて・・・!  前の晩ちゃんとご飯も食べて、食後に私が脚から体、頭と撫でてやると、すごく気 持ちよさそうにしていたのに・・・。
 5月5日の午前3時ごろ私が寝るとき、廊下で横になっていて、こっちへいくか、 とお尻を持ち上げてやると歩いて、でもまたもとの位置にもどったんだ。
 それからちょうど2時間後、「キャーン」という鳴き声にびっくりして起きると、 脚が突っ張ってもう事切れる寸前だった。ちゃんと私たちの寝室の中に来て、私と夫 の手の中で・・・。なんの手も煩わせずに・・・親孝行なセータローでした。   …てる…    2004.5.5

  初めに気が付いたのは輝さんでした。セータローと呼ぶ声を聞いて目が覚めたのですが、また何時ものように水を飲みに行って廊下で転んだか、袋小路に入り込んで出られなくなってしまったのかな、などと眠い頭でボーとしていると、輝さんの声の調子がいつもと違うし足元から聞こえてくるのでどうしたのかなと思って起きてみると「脚が突っ張ってもう事切れる寸前だった。」。私はセータローを抱いて体に耳を当ててみたが、息をしている音も、心臓の鼓動の音も聞き取れなっかた、揺すってみたが返事はなかった。「ちゃんと私たちの寝室の中に来て、私と妻 の手の中で・・・。なんの手も煩わせずに・・・親孝行なセータローでした。」   …なお…

2004.5.9    △Top

せいたろう 8歳 1996秋   一年前の4月、展示会の搬出のためにセータローとレイを連れて実家に帰っていたときの事です。
 セータローを車から降ろすと、(この頃はすでに足腰が弱っていて自力で車の乗り降りは出来なくなっていた)左周りにくるくる回って止まらなくなってしまい、セータローと言って手で押さえると止まるけれど目が回っているようでした。
 次の日、木曽に帰って動物病院に連れて行くと、診断の結果は脳神経障害とのことで、脳出血とか脳梗塞とかが原因かもしれないということでした。ステロイド剤と抗生剤と不飽和脂肪酸(DHA、EPAなど)を混ぜた薬をもらって(保険がきかないのでかなり高い)飲ませることになりました。
 2日ほど薬を飲ませるとかなり落ち着いてきました。それいらい量は少しずつ減らしながらもずっと薬を飲み続けることとなりました。 …なお…                      

2004.5.11    △Top

せいたろう 10歳 1998夏   知り合いにセータローが亡くなったことを知らせたら、6年前にうちのキャンプ場へ遊びに来たときの写真をメールで送ってくれました。その内の1枚が左のジャンプしている写真です。
  この写真を見ていたらセータローが2歳くらいの時の事を思い出しました。その頃は松本平の山形村に住んでいました。ある日のこと、セータローを連れて輝さんと散歩に出かけました。田舎道のことでめったに車も、人も、犬も通らないので引き綱は外していることが多くこの日も外していました。セータローは何か興味のある匂いを嗅ぎつけると、なかなかそこから動きません。待っていてもしかたないので先へ歩いて行きました。だいぶ離れてしまったのでセータローを呼び寄せました。この時、輝さんと引き綱の両端を持って道の上30cmくらいのところに綱を張って、セータローと呼ぶと走って来て引き綱を飛び越えたんです。すごーいと言って引き綱を少し高くして又セータローと呼ぶと走って来て引き綱をとびこえたんです。すごーいと言って引き綱をもう少し高くして又セータローと呼ぶと走って来てなんと今度は引き綱の下を潜り抜けてしまいました。そうなんです。初めの2回は引き綱が邪魔だったので飛び越えただけで別に高飛びゲームを楽しんでいた分けではないようでした。 …なお…

2004.5.12    △Top

小笠原行きの船のつもり   セータローが2歳か3歳のときに、私と輝さんとセータローの二人と一匹で小笠原へ行きました。
 山形村から松本の飯島さんとこまで車で行って、飯島さんに松本駅まで送ってもらい、松本から浜松町まで電車に乗り、浜松町から竹芝桟橋まで歩き、そこから小笠原丸(父島丸だったかも)に乗って父島に上陸するという予定をたてました。
 以前イギリスへ行った時には電車に犬が乗っているのを何度も見ましたが日本国内では見た記憶がありません。どうしたものかと??駅で聞いたか時刻表で調べたかして分かりました。セータローをケージに入れれば持ち込み手荷物として乗れるということでした。手荷物料金は300円くらいだったと思います。そこでペットショップに行き持ち運びの出来るケージを買い求めました。一番大きなケージを買ったのですが、セータローは体重が17kgあったのでそれでも頭がつかえてしまいます。しかたがないので改良工事をして高さを10cmくらい高くし何とか入られるようにしました。セータローの体重とケージの重さを合わせると20kgです。輝さんと二人で持つんですけど駅の階段は大変でした。でも電車の中ではセータローは人気者です。大きな犬が電車に乗っている光景はかなり珍しいもののようでした。
 次は船です。フェリーに車ごと乗るのだったら何も問題は無いのですが乗船客として乗るとなるとどうしたものかと??電車と同じかなと考え船会社に問い合わせると電車とは違うんです。なんと船のデッキに犬小屋が在ると云う事でした。そしてななんと料金は子供料金と同じと云う事でした。片道12500円くらいでした。昼間は小屋から出しリードを付けてデッキを歩いたりしていたので船の上でもセータローは人気者でした。でも問題がひとつありました。竹芝桟橋から父島まで30時間かかるんです。犬のトイレが無いのです。その時はその時だと覚悟を決めていたところ、マーキングをする事はあったけれど大便も小便もしないのです。30時間我慢してしまいました。船が父島の港に着き下船すると50m歩いたかな歩いていないかなという辺りで長いながーいおしっこが始まりました。ほんとに長いおしっこでした。

2004.6.2
 

 宿は港のすぐ前 歩いて1分の所にある民宿でした。宿を出て右手の方へ少し行くと白い砂浜があります。大きなガジュマルの木があってその下にベンチがあります。年寄りがよく涼んでいます。セータローを連れて輝さんとその浜へ泳ぎに行きました。遠浅の水のきれいな海です。セータローは泳ぎが好きではないので、ガジュマルの木につないでおいて輝さんと二人で泳いでいると、と言っても浅い海なので足は着くんですけれど... ふと見るとセータローがこっちに向かって泳いで来るではないですか。泳ぎは苦手だったはずなんだけれど... セータローが海で泳いだのはこのとき一回こっきりでこの後およぎが好きになったと云うこともありません。知らない所にひとり置いておかれるのがよっぽどいやだったんでしょう。

2004.6.25    △Top

 

 セータローがいなくなってもうじき4ヶ月になります。この間の経験によりペットロスと云うものが少し分かりました。
・・・初めの2ヶ月はいない事の確認・・・
 ホームセンターへ買い物に行くとですね、気が付くとドッグフードの棚の前に居るんですよ。「あっ!いないんだった」 とか
 我が家の廊下から中庭へ降りる所にスロープが付けてあります。足腰の弱ったセータローのために取り付けたものです。今ではレイが日向ぼっこをしています。このスロープを見ると「ここから外に出てオシッコをしていたよなぁ。もういないんだなぁ」 とか
・・・次の1ヶ月はいた事の確認・・・
 スーパーへ買い物に行って肉売り場の前に来ると(このときは自分の食べる肉を買いに来ている)「セータロー用の肉をよく買いに来たよな」 とか
 車で出かける時にはセータローとレイの食糧と水、それにレイのトイレを積んでいったものでした。セータローのトイレは無いので行き先により決まった場所でトイレ休憩をしました。その前を通ると「いつもここに寄ったよなぁ」 とか
 花火の音がしたり、雷が鳴ったりすると「セータローは花火や雷を怖がっていたよな」 とか想い出します。
・・・3ヶ月が過ぎると寂しさがやってきます・・・
 10日程前にセータローの夢を見ました。今までにセータローの夢を見た事はありません。いたときも、いなくなってからも。そのとき分かりました。ペットロスの次のステージに入ったと云うことが。その後なんの予告も無く ふっと寂しさがやって来ることが何度かありました。

2004.8.31    △Top