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ビンタン島・シンガポール旅行記
 
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 3.ビンタン島へ

 集合時間 (午前10時) の少し前に関西国際空港4階に到着した私たちは、スーツケースのセキュリティーチェックを受けて南団体カウンターに向かいました。 該当旅行社の受付ブースでチケットと本日の搭乗券を受け取って、私たちは南出発口からセキュリティーチェックを通り、3階へ通じる階段を降りて出国審査を済ませました。 同じ階にある免税店で旅行中の煙草を購入し、ウイングシャトルに乗り南の中間駅で降りました。 あとは飛行機の搭乗を待つだけで、売店を見たりしてクレジットカード系のラウンジで時間を過ごします。

 やがて搭乗開始となり、私たちはシンガポール航空SQ-985便 ボーイング747-400 (Mega Top) の一番後部の座席に搭乗しました。 この機のエコノミークラス席では、前座席の背もたれの背面に液晶画面が設けてあり、手元のコントローラーを操作して、ビデオを見たりゲームを楽しんだりすることができます。 車のナビゲーターのように、航行中の位置や巡航速度と高度・目的地到着予定時間などを知ることができ、大人にとっても子供にとっても、退屈な機内でずいぶん暇つぶしになります。
 機内食がサービスされ、私はシンガポールの代表的なビールであるタイガービール (Tiger beer) を頂きます。 日本を離陸してそれほど経過せずに先取りでシンガポールの味を頂けるわけで、国際線で外国の航空機を利用する楽しみの一つでもあります。

シンガポールまでは4,940キロメートルの飛行です
[ 日本とシンガポールの位置関係 ]

 地図はこの機が目指すシンガポールと日本との位置関係を示します。 機は関空からシンガポールへ向け、東シナ海上空をほぼまっすぐに飛行します。 関空からシンガポールまでの距離は4,940Kmで、このジャンボ機で飛行時間が約6時間です。
 その距離を飛行時間で単純に割り算すると平均時速は820Km毎時となりますが、水平飛行になってからは900Km毎時以上で飛行しています。 帰りの飛行ですと西からの追風を受けて、この巨体のジャンボ機が最高時速1,000Km毎時ぐらいで飛行します。

 前のポケットに入っているシンガポール航空の機内免税品のリストや機内誌のシルバークリス (Silver Kris) に目を通します。 機内誌には様々な機内サービスの案内などが記載されています。
 以前同じ便を利用した際に機内サービスの一つとして、スチュワーデスさんに特製の絵葉書を頂き機内で書き上げて、スチュワーデスさんに渡しました。 その時私はシンガポールのチャンギ空港で乗り換えてジャカルタへ向かいましたが、後日現地から日本へ電話するとその絵葉書は数日後にシンガポールの消印で家族の元に届いていました。
 また機内免税品もオリジナルの品物があり、これから訪ねる相手国にお世話になった方がおられる場合などに、しゃれたプレゼントとして役に立ちます。

 日本とシンガポールには時差があり、日本時間から1時間を引いた時間がシンガポール時間となります。 現地時間で午後5時半頃、ほぼ満席の乗客を乗せたSQ-985便 ボーイング747-400は、シンガポールのチャンギ国際空港 (Changi International Airport) に到着しました。飛行では途中の東シナ海 (東中国海) で気流の乱れによる多少の揺れはありましたが、家族三人それぞれリラックスできた空の旅でした。

 私たちはターミナル2で滞りなくシンガポールへの入国審査などを終え、両替所で少額の日本円 (トラベラーズ・チェック) をシンガポールドルへ替えました。この時のレートは、1シンガポールドル (S$1) が \71.3でした。 この旅行記では、以降はこのレートで金額を換算します。 後にホテルで両替した際には、レートは少し悪くなっていました。

 旅行社のバッチを胸に到着ロビーに出ると、若い男の係員がすぐ目に入りました。 係員は別の便で到着したはずの他の乗客がまだ現れないといって待っています。 係員が到着ビル内での夕食を勧めますので、私たちはビルの端の方のハンバーガー店を覗いてみますが、これから先にまだ食べる機会がありますので再び待合せ場所に戻りました。
 やがて二人組の若い日本女性が現れ、私たちは一緒に空港ビルの外で待っていたマイクロバスで、タナメラフェリーターミナル (Tana Merah ferry terminal) へ向かいました。 車外の風景はまぎれもなくシンガポールの景色で、熱帯広葉常緑樹の街路樹が続き天候も悪くないようです。

 15分ほどでタナメラフェリーターミナルに到着しました。 カウンターで係員の男性は、すぐにシンガポール出国とフェリーの搭乗手続を済ませてくれました。 私たちは先ほどシンガポールへ入国し、1時間足らずの滞在で出国したことになります。 係員が帰り、私たちは2個のスーツケースを預けずじまいになりました。

 ビンタン島 (Palau Bintan) 行きの国際フェリーの出発は午後8時です。 待ち時間を利用してターミナルのレストランで食事をとることにしました。 ミーゴレン (焼きそば:mee goreng (シンガポール綴り)、mie goreng (インドネシア語綴り))、ナシゴレン (チャーハン:nasi goreng ) などを皿に盛り、屋外のテラス席に出て食べます。
 眼前の夕暮れの海はシンガポール海峡であり、その海の向こうがビンタン島の方向です、気候も思ってたほど蒸し暑くありません。 とにかくこの旅行で始めてトロピカル (tropical:熱帯地方の) 料理を食べます、口に合う味付けでちょっとピリ辛で油っぽい感じがします。

 食事を終えてフェリーの待合室へ向かいましたが、各国からの旅行者で大変に混み合っています。 やがて搭乗が開始され結構長い桟橋を歩きますが、家族三人で荷物を手分けし私と妻はそれぞれスーツケースを分担してごろごろ押しながら進みました。 歩き終えて桟橋からフェリーに乗り移る狭くて急な通路を、私と妻が重いスーツケースを持ち上げて歩き、船内の中央部の席に落ち着きました。

 船は日没後の真っ暗なシンガポール海峡を揺れもなく快適に進んでいきます。 国境を越えインドネシア領ビンタン島の時間はシンガポール時間から1時間遅らせて、日本時間マイナスの2時間となります。 東に向かって進むのに1時間遅らせるということは、シンガポールが日本で言う夏時間を採用していると思えば分りやすいでしょう。

ビンタン島へシンガポールからフェリーで渡ります
[ ビンタン島はシンガポールから船で45Kmです ]

 この船は双胴型の白い高速船で、200人ほどの乗客を運びます。 ビンタン島までの距離は約45Kmで、50分ほどかかりますので、時速にして40Kmくらいの巡航速度です。

 ビンタン島はインドネシア共和国に属しますが、シンガポールから近いことから、日帰りで訪れることも可能です。
 インドネシアの観光地といえば南半球のバリ島があまりにも有名ですが、その次に挙げられるのがこのビンタン島です。

 この年 (1999年) の4月まではインドネシアの社会争乱により、日本では外務省の危険情報でビンタン島に、危険度2 「観光旅行延期勧告」 が出されていました。
 4月にその勧告が解除されましたが、私たちが訪れた8月の時点ではビンタン島とバリ島以外のインドネシア域内で、依然として地域ごとに 「観光旅行延期」 以上の勧告が継続されていました。

 朝からの長旅で私にはけっこう時間が長く感じられましたが、やがて船はテルク・セボン (Teluk Sebong) にあるビンタン・フェリーターミナル (Bandar Bentan Telani ferry terminal) に到着しました。

 すぐに入国審査場があり、私は胸の高さぐらいのカウンター越しに、入国審査官にパスポートと入国カードを差し出しました。
 やせ形でちょっと浅黒い顔の審査官は、私のパスポートを見てから、"You need a visa." 「貴方はビザが必要です」 と言います。
 私は直ぐに毅然とした態度で、"This time (is a) holiday. Last time (was) in Jakarta." 「今回は休暇です。前回はジャカルタです。」と言い返しました。 英語の ( ) 内は、その時に抜かした単語です。
 ふと後ろの家族を振り返ると、子供と妻の後ろにも審査を待つ長い列があります。 審査官は続いて入国カードを確認してから、私に向かってやや大きな声で "Holiday !" 「休暇」 と言ってパスポートに入国許可のスタンプを押して帰してくれました。

 短期の観光目的であるならば、日本人としてビザは必要ありません。 なぜならば、私のパスポートには1996年末から、ジャカルタ (ジャワ島) へ数回渡航した際の、インドネシアでの就労ビザが複数スタンプされていたためです。 審査官は私のパスポートを見て反射的に、私がビジネスでビンタン島を訪れたものと勘違いしたのでしょう。
 (注記:2004年2月1日より、インドネシアへの入国には目的や期間を問わず、日本人は査証(ビザ)が必要となりました。 但し、観光等の30日以内の短期訪問に限り、主な国際空港や港で、到着査証制度による査証取得が可能です。 詳細は、「外務省の地域渡航情報」等 | リンク | を、ご覧下さい。)

 家族揃ってターミナルの出口に向かうと、"Hotel Sedona Bintan Lagoon" (ホテル・セドナ・ビンタン・ラグーン) と書かれた立て看板の横に係員がいて、私たちを外の大型バスへと案内してくれました。
 外は真っ暗で、どうやらそばの高い椰子の木などが確認される程度です。 バスが走り出しましたが樹木以外に何も見えず、すれ違う車もない島の道路を走っていきます。

 30分ほどかかったでしょうか、暗闇の中に光が耿耿 (こうこう) としたホテルの入口が目に入りました。 耿耿とした明かりはホテルの前庭の熱帯の木立の間の照明と、オープンな構造のロビーの明かりだったのです。
 ベルボーイに荷物を任せてフロントへ行きますと、受付のおねえさんに 「10分ほど待って下さい、向こうのバーでウエルカムドリンクを飲んで下さい」 と言われます。 ロビーと関連の施設は混んでおりましたが、言われたとおり私たちは一段高くなったバーの席に座り、スイカのジュースを頂きながら、何で待たせるのかなあなどと話しておりました。

 そうです、私たちは今日インドネシアに来たばかりです、生活のリズムも価値観も違うリゾートに到着したのです。 今から思えば私たちはこの時すでに、日本の感覚や生活スピードとは違う世界の中にいたのです。 私たちはこの時から 「あせらず、あわてず、あてにせず、あきらめず、あなどらず・・・」 と、心の中でギアチェンジすることにしました。

 ジュースを飲んで再び受付に向かいチェックインの手続を終え、ベルボーイの後についてロビーの左手に歩き部屋へ向かいました。 私たちは東ウイング (East wing) の4階でオープンな作りの廊下を少し入った部屋に入ります。 広く清潔な感じの部屋ですが、エキスラベッドがまだ入っていませんので、そのことをベルボーイに催促し少額のチップを渡しました。 エキストラベッドが運ばれてベッドメーキングが終り、やがて私たちはビンタン島に来て始めて落ち着いた時間を得ました。

 
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