翌朝家族の中で私が一番早く起床しました。
電気湯沸し器で湯を沸かし、日本から持ってきたドリップ式の本格コーヒーを入れます。
部屋は東向きでバルコニーが付いていおり、木立の向こうにシンガポール海峡に続く海が広がります。
海と空が一体となって白みはじめ、午前6時頃に日の出を迎えました。
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バルコニーに出てしっとりとして気持ちいい朝方の熱帯の空気を吸い込みました。
ビンタン島の中央部には北緯1度線が通り、島の南端から赤道までは100Km以内の距離にあります。
バルコニーから私の視界に、自然を感じさせられる景観と雰囲気が広がります。
写真は4階の部屋からの撮影ですが、土地が傾斜しているため手前が更に高くなっています。
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ビンタン島はマレー半島南端沖に位置し、インドネシアに数ある島のうち、リアウ群島 (Riau archipelago) の中での最大の島で、周囲には珊瑚礁が発達しています。
面積は1,075キロ平方メートルで、日本の沖縄本島より僅かに小さな島です。
島全体からアルミの原料であるボーキサイトが採掘され、日本へ輸出されています。
農産物としてはココ椰子 (coconut:ココナッツ) やゴムなどが栽培されています。
島の行政の中心は、南部のタンジュン・ピナン (Tanjung Pinang) です。 島の北部海岸一帯が広大なビンタン・リゾート (Bintan resorts) として、シンガポール及びインドネシア両国政府の共同プロジェクトとしてまだ開発の途上です。 都市型のシンガポールに対し、ビンタン島は豊かな自然を満喫するリゾートを提供します。
ビンタン島の人口は約40万人で、平均気温は26℃、6月から9月は乾期、10月から3月は北東モンスーンの雨期となりますので、乾期の期間が旬の時期 (ベストシーズン) になります。 ホテル・セドナ・ビンタン・ラグーンの立地するビンタン・リゾート地域は、広大な区画がそれぞれに海に面し、各ホテルの海岸がプライベートビーチを形成しています。
ホテル・セドナ・ビンタン・ラグーンは、広大なビンタン・ラグーン・ゴルフ&ビーチリゾート (Bintan Lagoon Golf & Beach resort) の中核をなし、1996年に完成したリゾート施設の整ったホテルで、フェリー・ターミナルから13Kmの距離に位置します。
リゾートには全54ホールのゴルフ場があり、その中にはジャック・ニクラウス氏 (Mr.Jack Nicklaus) 設計の18ホールも含まれます。
ホテルの部屋数は416室で、デラックスルーム (Delux room)、デラックスシービュールーム (Delux seaview room)、
プリンセススイート (Princess suite)、セドナクラブスイート (Sedona club site)、アンバサダースイート (Ambassador)、ロイヤルセドナスイート (Royal Sedona suite) のクラスがあります。
ホテルの建物は中央にロビー棟があり、その両方に鳥が翼を広げるようにゲストルームとしての東棟 (East wing) と西棟 (West wing) が配置されています。
レストランは和食・中華・洋食・インドネシア料理など10カ所以上あり、短期滞在ではとても全てを味わうことはできません。
私たちは東棟の海に面した4階のデラックスシービュールームに宿泊しました。
バルコニー側にデンと呼ばれる板の間が設けてあり、昼寝に最適と思われます。
バルコニーから下を見ると早い時間から庭を散歩する人が見えます。
やがて家族も起床し、朝食を食べに下のコピオ・カフェ (Kopi-O cafe) というレストランへ行きます。
コピ (Kopi) とはインドネシア語でコーヒーのことです。
レストランは宿泊客で賑わっていて、私たちは入口で係員にクーポンを渡し、窓に面した良い席に案内されました。
室内は適度に冷房がきいた広いレストランで、木材をふんだんに使った作りです。
中央部にビュッフェ式 (buffet-style:バイキング) の料理が豪華に盛り付けられています。
このレストランはビュッフェ料理の配置や盛り付けが特に上手で清潔感も与えてくれます。
インドネシア風焼き飯 (ナシゴレン) や焼きそば (ミーゴレン) をはじめ、スープ・パン類・カレー料理・ハムやソーセージ・・・など豊富な料理に、熱帯の果実とジュース類が揃っていて、私たちは朝からずいぶんとごちそうを頂きました。
特に、柔らかいとげが生え皮が赤みがかったランブータン (rumbutan) や薄い皮をはいで食べるライチ (litchi) などのトロピカルフルーツは家族にも好評で、現地でしか味わえない食味を感じさせてくれます。
食後に家族三人で外へ散歩に出ます。
広い敷地ですのでまず海に出ようとホテルの地図を片手に、私たちの宿泊する東ウイングとは反対の西ウイングの方向へ歩き始めました。
木立の中をウオーキングやジョギング用に整備された小径をくねくね歩いていくと、小川を渡りゴルフ場の一角に出てしまいました。
やれやれ方向が違うと少し引き返し、海岸につながる岩場の道を歩くと、先ほどからブーンと低いうなり声のような音が聞こえていた理由が分かりました。
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三人の係員が朝早くから防毒マスクを付けて、大きな岩の割れ目などに噴霧器で防虫剤を噴霧していたのです。 私たちが岩のそばを通過した際には、もう作業を終えていました。
その先で写真のような美しい白砂のプライベートビーチに出ました、歩くとキュッ・キュッと鳴る鳴き砂です。
子供が美しい砂の上に点在している、貝殻や珊瑚の欠片などを拾い集めていました。
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ビーチからホテルの建物に向かって歩くと、ブーゲンビリアのような木や、日本では見たことが無いような白い蘭などが目に付きます。
青年従業員が椰子の木の葉っぱの芯で作ったインドネシア特製の箒で庭を掃除しています。
広い庭からホテルの建物を玄関とは反対の海側から見上げると写真のような景観です。
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天気が良く日が照ってきましたので泳ごうということになり、最初は先ほどのビーチへ出ました。
きれいな海に入ってみると、遠浅の海のようです。
妻と子供が海に潜って遊び始めました。
足元に青や黄色の美しい熱帯の魚が泳いでいるようです。
子供は足先でヤドカリをつかんだりして楽しんでいました。
去るのが惜しいようなビーチですが、子供がプールで泳ぎたいと言い出しプールへ移動します。
写真の手前側に背もたれの角度が調節できる白いデッキチェア (deck-chair) が並んでいて、私は貸出しのビーチタオルを敷いて寝そべります。
子供と一緒に泳いでみますが、形が複雑に作られたかなり広いプールです。
妻によると関東地方から来られた同じ三人組のお母さんから、子供同士で一緒に遊んでもらえないかと誘われていたようです。
時間が経過しプールサイドが混んできました。
特に私のすぐ横で、あるアジアの国から来られたグループの奥さん方が、何やら騒がしくデッキチェアを並べて場所取りを始められました。
プールサイドの人々の国籍は様々なようですが、主体は欧米人のようです。 デッキチェアでのんびりと日光浴を楽しむ人、ひたすらプールに浸かっている白人など様々です。
夏の真っ盛りにわざわざ赤道間近の島へ行くなんて、暑くてたまらないだろうになどと考えるのは、この時期この島には当てはまらないようです。
赤道付近は決して人を寄せ付けないような過酷な地域ではありません。
それどころかこの島は、欧米人にとって長距離を移動してもなお、豊かな自然と燦々たる太陽の光、それに休養をもたらしてくれるリゾートアイランドなのです。
プールサイドを歩くと国際色豊かで、胸が大きく開いたビキニの金髪女性とすれ違ったりします。
昼頃に部屋に戻ることにしてプールを引き上げました。
部屋に戻るにはロビーを通らなくても、海側の階段から直接にゲストルーム棟へ入れる構造になっています。
部屋に戻ってシャワーを浴びます。
妻が髪の毛をホテルのドライヤーで乾かしますが、「ブーン・・、静かになって、またブーン・・」と間欠作動です。
故障ではありませんがどこか接触が悪いのでしょうか、思わず三人に笑いが出ました。
パサール・オレオレ (Pasar Oleh-Oleh) へ行く予定でシャトルバスの時刻を調べ、ロビー棟の端にある和食レストラン Miyako (都古) へ行きました。
二方向がガラス張りで、明るくて清潔な印象の本格的な日本風レストランです。
私はウエイターに30分以内に食べ終えたいので、どういうメニューが早くできますかと尋ねます。
ウエイターは奥へ聞きに戻ってから、うどんやそばなどの麺類が早く出来ますと言いますので、妻と子供はざるうどんを私はてんぷらうどんとビールを注文しました。
ビンタン (Bintang) ビールを飲みながら店内を見渡すと、ほとんど満席に近い状態で客のほとんどは東洋系の人たちですが、どの人が日本人かそうでないか外見からは見分けが付きません。
ここで問題が発生しました。
10分たっても15分たってもうどんが運ばれてきません。
バスの発車時刻の10分ほど前に、妻と子供のざるうどんが運ばれてきますが、私の食べるてんぷらうどんはまだです。
私たち三人は期せずして心が一致したようです・・・ 「あせらず、あわてず、あてにせず・・・」 と。
妻と子供が食べ終える頃に、私のてんぷらうどんが運ばれてきました。
「ああ・・もう!・・」 バスの発車時刻が過ぎてしまいました。
インドネシアの通貨はルピア (Rupiah : Rp) ですが、ビンタン島ではシンガポールドル (S$) が使用できます。
ここでの食事代金は妻と子供の飲物を含め、サービス料・税金込みで S$51 (\3,640) でした。
食事を終えてロビーに行き、車を扱うデスクでパサール・オレオレまでの片道だけ運転手付きの車を頼みました。
すぐに玄関に車がきて、私たちは乗り込みます。
インドネシア語でパサール (Pasar) は市場、オレオレ (oleh-oleh) はお土産を意味します。
観光客を対象にインドネシアの民芸品などを扱う店が集まった場所ということです。
車は昨夜私たちが通ってきた港の方向へ向かいます。
舗装された道路ですれ違う車はほんとうに僅かで、とても40万人が暮らす島の道路とは思えません。
どうやらビンタン・リゾート地域内は、推測ですが一般の住人が入ってこない場所のように思われました。
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車は何も変哲のない場所に到着しました、どうやらここがパサール・オレオレです。
入口の門を入り木製の小屋で帰りのバスの時刻をしっかりと確かめ、一人2シンガポールドルの切符を購入しました。
中へ入りますが、私たち以外に何と人気のないパサールです。
写真はパサールの中程の風景です。
説明書によれば、ここはインドネシアの土産物が全て揃う、インドネシア式小屋風の土産物店の集まった所です。
各店舗が扱う商品は、乾燥食品 (海老や魚のクラッカー、乾燥アンチョビー)、インドネシア風ケーキ類、バティック (Batik:ろうけつ染め) 製品、香料、伝統木彫品と竹製楽器、それにTシャツ類の店や旅行者案内所などが、それぞれ専門店として並んでいます。
店を順番に回ってみると、各店がこぢんまりとして、店員が一名ぐらいずつです。
途中で子供が足が痛いと言いだし、日の当たらない場所で休ませます。
最終的に私は木彫品でバイクを形取ったペン立てを、妻は牛が人間のように座って魚を釣り上げた形の木彫品などを購入し、適当な値引きをしてもらえました。
あとでシンガポールで同じような商品を見ると、ここの2倍から3倍の値段でした。
全体的な印象としては高額な土産物ではなく、手頃な値段の商品を揃えた店の集まりです。
喉が渇きましたので、写真の左側に写っている喫茶店 (Cafe Helo-Helo:カフェ・ヘロヘロ) に入り休憩しました。
店はそれぞれ高床式で、床にも木材をふんだんに使った作り方です。
店内の冷蔵ケースを確認して妻と子供は缶入りのファンタを、私は缶入りのビンタンビールを注文します。
ビンタンビール (Bir Bintang (インドネシア語)) はビンタン島特産のビールではなく、インドネシアの代表的なビール銘柄の一つです。
トレードマークの特徴は赤い五つ星と黒字で書かれた "Bintang (星の意)" の文字です。
ビンタンビールには一般の "Bintang" と "Bintang Gold" 及び黒ビールなどの種類があります。
注文を終えると缶とは別に妻と子供には氷の入ったグラスが、私には冷えたビアジョッキが出されました。
汚染された水で作られた氷でお腹をこわす心配があり私たちは一瞬躊躇しましたが、このパサールを信用し妻と息子は氷を入れたグラスで飲みました、もちろん後で異常はありませんでした。
一般論として、熱帯地域では水や調理器具からの食物の汚染に気をつける必要があります。
旅行に出る前、ホテル内での食事は別として水に注意すること、路上などで安易に生ジュースなどを飲まない、切売りしている果物などを食べないことなどを話し合っていました。
休憩後元気になった子供がパサールの奥の方にゲームセンターがあるのを見つけ暫く遊んでおりました。
ビンタン島滞在中、妻と子供は「ありがとう」を言うのに「テリマカシ (Terima kasih)」を使っていました。 | インドネシア語 | は発音しやすく覚えやすい言葉が多く、例えば「おはようございます」は「セラマ・パギ (Selamat pagi)」あるいは単に「パギ」という具合です。マレー語に属しますので、シンガポールやマレーシアでもそのまま使用できる言葉が多くあります。
今度はバスに乗り遅れまいと、少し前に入口から道路に出て待ちました。
強い日差しですが耐えられないような暑さではありません。
近くに幾つか建物は見えるものの緑が多く、人影はほとんど無いような場所です。
やがてバスが来て私たち以外に欧米人が何人か乗り込みました。
バスは私たちが宿泊しているホテルへ行く前に、一つ手前の区画にあるクラブメッド・ビンタン (Club Med Ria Bintan) へ寄るために道路を左へ入りました。
左折してすぐホテルの敷地内であることは分かりますが、森の中を走り建物まではなんと道路から5分くらいに感じられる広大な敷地です。
子供が長旅と午前中のプール遊びの疲れから居眠り始め、私は前の座席の息子が倒れないように後ろから支えていました。
ホテルに帰ってエントランスを入ったすぐ左側に土産物屋があり、ちょとしたバティックやTシャツそれに木彫品などが販売されています。ここで私と子供は気に入った車と飛行機の木彫品を見つけ購入しました。
部屋に戻ってから私はシンガポールで旅行代理店の係員に言われたとおり、明朝のシンガポールまでの国際フェリーの再確認手続 (リコンファーム) のため、家族のパスポートとチケットを持ちホテル内のフェリー事務所へ出向き手続を済ませました。
手続の終了後に私が女性係員二人に、僅かなインドネシア語を使って挨拶をすると、「またここに来られますか」 と英語で返してくる気さくな人たちです。
夕食は海に近い屋外にあり別棟になっているネラヤン (Nelayan) というレストランで、インドネシア風シーフードバーベキュー (Indonesian seafood BBQ) を食べることにしました。
レストランへ向かう道でプールの横を通ると、日没後であるのにまだ大勢の人たちが遊んでいます。
この島とホテルは日没後であっても水遊びができ、それを可能にする大気の温度とプールの照明というサービスが溢れています。
レストランは柱と屋根だけのキャンテーン (canteen) と呼ばれるオープン式の建物で、屋内と芝生席があり木のテーブルと椅子が配置されています、私たちは芝生席に席を取ります。
屋内にもかなりの席数がありますがシーズンでもあり混んでおりました。
屋内の片側に、インドネシア風料理がビュッフェ式に盛り付けられていて、各自で皿に好きな食べ物を採る仕組みです。
肉・魚料理がありますが、目の前で料理人が好みの肉と魚を野菜と一緒に焼いてくれます。
その他にミーゴレン・ナシゴレン・カレー風煮込みなどのインドネシア料理、果物類がふんだんにあります。
気温は高いですが海からの風があり、気持ちよく食事ができます。
芝生席の回りも混んでいます。 すぐ傍ではアジア系の10人ぐらいのグループの家族が賑やかに食事中です。 私たちの席の左手には20代の白人の夫婦二組が座られました。 一組は二人の幼い女の子を連れ、ベビーシッターが子供の世話をしています。 若い女性のベビーシッターも食事をしますので、子供達はじっとしておらず芝生の上を歩き回っていました。 おおっと・・、三歳ぐらいの女の子が食べ物を芝生に落とし、拾ってまた口に入れました。
私たち三人は料理を採りに、屋内と芝生席を何度も往復します。 今夜はビンタンづくしです、ビンタン (Bintan) 島でビンタン・ビール (Bintang beer) を飲みながら、空気の澄んだ空を見上げ、夜空に満天の星 (bintang:ビンタン) を見つめました。 日本の京都の夜空とは異なり、澄んだ夜空に無数の鮮やかな星が輝いて見えます。
午後8時半過ぎ頃に三人でロビーにあるホリゾンズ・ロビー・ラウンジ (Horizons lobby lounge) というバーに行きました。
円筒形のカウンターのバーで、中に愛想の良いバーテンダーがいて、子供にマッチ棒を使って手品のようなことを見せ楽しませてくれます。
妻と子供は果物ジュースを、私はビールとウイスキーとを頂きました。
明日はシンガポールへ移動する日です。
午後9時を回った頃にバーを後にしました。