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フェリーターミナルから外へ出ると大型の観光バスが私たちを待っていました。
眼鏡をかけた女性ガイドが、ビンタン島から来た私たちを含め10名くらいの日本人旅行者を、これからシンガポール市内観光に案内してくれます。
シンガポール共和国 (Repblic of Singapore) は赤道に近く、日本の淡路島よりやや大きい本島と、その他の地域を含めた全体の面積が647.8K平方mの広さです。
マレー半島の先端に位置しますが、北部の狭いジョホール水道でマレーシアと離れた島国です。
首都のシンガポール市で、緯度が北緯1度15分、東経104度の熱帯に位置する近代的な都市国家です。
人口は約310万人で、中国系が77.3%、マレー系が14.1%、インド系が7.3% 、その他となっています。
国語はマレー語で、マレー語・英語・中国語・タミール語が公用語です。
人口の1% 弱に相当する約3万人の日本人駐在員とその家族が暮らすともいわれています。
気候は熱帯雨林気候で、年平均気温が27.1℃であり、日中の平均気温は24℃から32℃程度です。
熱帯雨林気候は赤道を中心に緯度が5から10度以内の範囲に分布する気候帯で、強い日差しと高温に加え、種々の常緑広葉樹が生えることが特徴です。
年間の降水量が約2,280mmあり、年間を通して湿度が83%から88%と多湿な気候です。
明確な乾期と雨期の区分は無く、降雨はほとんどがシャワー型 (にわか雨型:注記1) とされます。
注記1:日本では「スコール」と表現することがありますが、正しくは「シャワー」と呼びます。
シンガポールの名の由来は14世紀の伝説にさかのぼり、スマトラ (今のインドネシア) の王子が、この地でライオン (サンスクリット語でシンガ) に似た動物を見たという言い伝えから、ライオンの町 (シンガ・プーラ) と名付けたことに始まり、後に英語読みでシンガポールに変化したとされています。
シンガポールの歴史を振り返ると、1819年にイギリス人で東インド会社のトーマス・スタンフォード・ラッフルズ卿が上陸し、(今はマレーシアの) ジョホールのサルタン (君主) との交渉で領有権を獲得したことから始まります。
1824年に (現在はマレーシアの) ペナン及びマラッカと共にイギリス領となり、第二次大戦中の1942年には日本軍に占領されましたが、日本軍の敗北を経て1945年に再びイギリス直轄植民地となります。
その後1963年にマレーシア連邦として独立し、1965年8月にマレーシア連邦から離脱し、現在のシンガポール共和国という国家が誕生しています。
イギリスの植民地時代から東西貿易の中継点やゴムの輸出港として繁栄してきた歴史を有し、戦後東南アジアで最も発展を遂げた近代的で、躍動感溢れる美しい都市国家です。
市内に入った私たちはまず昼食のため、レイキョーインという中国料理のレストランへ入りました。
大きな円卓に座った私たちは飲茶の昼食を頂きます。
最近は日本でも飲茶がファーストフードのメニューにまで浸透していますので、特別な感慨は無く飲茶の昼食を頂きました。
私たちはガイドさんに、明後日のマレーシア・ジョホールバル観光のオプショナルツアーを申し込みました。
オプショナルツアーは、他にも多数の現地旅行社が主催していることを事前に調べていましたが、申込みが手軽だったため、彼女の会社のツアーを予約しました。
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食事の後、シンガポール港に面するエリザベス・ウオーク (Elizabeth walk) へ行きました。
ここは1953年にイギリスのエリザベス女王二世の戴冠式を記念して作られた公園です。
シンガポールに来た旅行客がかならず訪れる名所で、海側にシンガポール川の河口を挟んでシンガポールのシンボルである高さ8メートルのマーライオン (Marlion) 像が遠望できます。
マーライオンとはシンガポールの名の由来にちなんだ伝説の動物で、上半身がライオンで下半身が魚の尾びれを胸元へ跳ね上げた形をしています。
マーライオン像の形はシンガポールの色々なお土産に利用され、例えばウイスキーのボトル・チョコレート・文鎮・ライターなど様々で、Tシャツなどにも描かれています。
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上の写真のマーライオン像と反対側に位置してシンガポールの行政の中心があり、この地区はシティ (City) と呼ばれています。
写真で手前のフェンスから向こうの芝生は右手に広がるパダン (Padang) 広場の一角にあり、シンガポール・クリケット・クラブ (Singapore cricket club) のグラウンドです。
その向こうにヴィクトリア様式の最高裁判所 (Supreme court) と、その右に市庁舎 (city hall) が半分写っています。
写真の左端でクリケット・クラブの高い衝立に立てかけてあるのは、旗のようで6日後 (8月9日) の独立記念日 (National day) の準備のためと思われます。
この地区にはその他に、国会議事堂や政府機関などが立地しています。
またシンガポールで一番有名でラッフルズ卿の名を冠したラッフルズホテル (Ruffles hotel) は、ここからそう遠くない位置にあります。
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次にチャイナタウン中心部のパゴダ通り (Pagoda street) にあり、1827年に建てられたシンガポールで最古のヒンズー教寺院であるスリ・マリアマン寺院 (Suri Mariamman Hindu temple) を訪ねました。
写真は寺院の外から高さ15メートルで、絢爛豪華な装飾が施されて多彩なパゴダ (多層の塔) を撮したものです。
靴を脱いで寺院の中へ入ると、天井に極彩色のヒンズー教の宗教画が描かれていて、その鮮やかさと綺麗さに心を奪うものがあり、暫くは絵を見つめました。
チャイナタウンにヒンズー教の寺院が位置するのは、昔はこの地区がインド人街であったということで、
今はインド人街 (リトル・インディア) は北東方向にあります。
寺を出てから、ガイドさんがレートの良い両替商を教えてくれましたので、日本円を少しシンガポールドルへ替えました。
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次に向かったのはマウント・フェーバー (Mount Faber) です。 この丘と言ってもよい山はシンガポールの南端に位置し標高が115mで、全体に平坦なシンガポールの国土では標高の高い地点となります。
写真で向こうの方に見える緑はセントサ島 (Sentosa island) で、セントサ島との間が木立に隠れて見えませんが港になります。
この山の頂上からは、セントサ島へのケーブルカーが発着しています。
山の展望台から直下に海面を眺めると標高のわりに高く感じました。
展望台の付近には小さな土産物屋などがあります。
移動の車の中でガイドさんが、ドライバーのアルバイトですと紹介して、マーライオンの形のライターと、果物を刺すスティックとマーライオン形の容器のセットの購入を勧めました。
私たちを含め数組が購入しましたが、後日あちこちの土産物屋で同じものを見かけましたので、定番の土産品のようです。
次に、シンガポール植物園へ向かいます。
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| シンガポール植物園 | (Singapore botanic gardens) はオーチャード通り (Ochard road) 西端の先に位置し、日本国大使館からも遠くない場所にあります。
植物園は1859年の開園以来の伝統を有し、52ヘクタールの広大な敷地に熱帯のジャングルを思わせる木々の茂み、手入れの行き届いた庭や池、シンガポールの国花である蘭の花などを鑑賞できます。
1877年に東南アジアで始めて、ゴムの木が植林された植物園であり、隣国マレーシアのゴム産業の起源とされます。
シンガポール政府が自ら 「ガーデンシティー」 と呼ぶように、シンガポールの町並みや郊外は、南国 (熱帯) 特有の樹木の緑や、色鮮やかな花に恵まれています。
何しろ日本では観葉植物の幸福の木 (ドラセナ・マッサンゲアナ) が、街路樹や庭木として植えられている国です。
煙草のポイ捨てなどを厳しく禁じていますが、訪れるたび我が日本国と比べ、道路や歩道回りに目に付く芝や緑がきれいで、雑草の生い茂った所やごみの散乱などが目立たないよう維持・管理されていることに感心します。
植物園はガーデンシティーを代表する名所であり、市内観光ではかならずと言ってよいほどコースに含まれます。
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| | 蘭園内部 | (112KB) |
バスで到着した私たちは正門ではなく、駐車場に近い通路から園内に入り中程へ進みます。
以前2月に訪れた際、園内中央部の池に美しい桃色の睡蓮(あるいは蓮)の花が咲いていましたが、今回は見ることができません。
私たちは池の手前側にあり、更に区画された国立の蘭園に入場しました。
植物園は無料ですが、蘭園は入場料が必要となっています。
蘭園の印象としては、日本では普段目にしないオーキッド (orchid:蘭) が、色鮮やかに生き生きと咲いていることでした。
花や葉の形や色彩が日本で目にする和製の花とは異なっています。
日本で必要な温室がこちらでは不要ですので、人工的に栽培しているように見せないで、あくまで自然の種が生えているように配置されています。
蘭の写真はそのごく一部ですが、形が独特で色鮮やかな蘭の花や植物を鑑賞できました。
植物園は妻と子供にとって始めてでしたが、私には過去に5回ほどシンガポールを訪れた際の思い出があります。
後半の二度は仕事で、オーチャード通りかその近くのホテルに宿泊しました。
・・・日の出前、午前5時に開く | 植物園 | まで、スニーカーでウオーキングするのが楽しみでした。
早朝のまだ真っ暗な時間帯でも、オーチャード通りとそれに続く歩道の要所に照明があり安心して歩けます。
植物園に向けて歩くと、ウオーキングやジョギングですれ違うシンガポールの人たちが、私におはよう (Good morning !) と挨拶を交わしてくれます。
暑い国ですので早朝からまだ日が高くならない朝方に、健康維持のためウオーキングやジョギングをする人たちを多く見かけました。
タングリン (Tanglin) 通りからネピア (Napier) 通りを歩き、団体のツアーでは利用しない石造りの正門から園内に入ります。
ビジネス前の時間に日本のラジオ体操代わりに太極拳を練習するグループを目にしました。
園内には歩きやすい幾つものルートが設けられていますので、ウオーキングやジョギングにうってつけです。
日の出後日が高くなるまでは、ベビーカーを押して散歩する若いお母さんや、年齢に関係なく様々な人たちの憩いの場となります。
シンガポールの人たちはそのようにして植物園を利用しますが、やがて日が高くなり観光客が現れる時間帯には姿を消してしまいます。・・・
植物園を後にして、この観光で最後の目的地であるマリーナ地区のミレニア・ウオーク (Millenia walk) へ行きました。 ここは1996に完成した巨大なショッピングセンターで、世界最大級の免税店 (DFS) を始め約100店が並んでいるとのことです。 以前はオーチャード通りの西端にも免税店がありましたが、この店がオープンしたためか今では営業しておりません。
私たちは別の日に改めてこの免税店を訪れる計画にしておりましたので、この日は店内の配置などを確認しただけで店の外に出ました。 バスの集合時間になるまで、私たちは同じビル1階の "Fatt daddys rib shack" (太ったおとうちゃん達のろっ骨状の掘っ建て小屋) という変わった名前のカフェに入って時間を過ごしました。 感じの良い店で、木材を多く使った店内の中央に一台のビリヤード台が置かれ、カウンター側の壁には洋酒類が並び、常連客風の白人たちなどの客が結構入っています。 三人でコーヒー、アイスコーヒーそれにオレンジジュースを飲んで、S$8.46 (\605) でした。
午後5時頃バスはオーチャード通りの中央部に位置し、私たちが宿泊するホテルであるマンダリン・シンガポール (Mandarin Singapore:文華大酒店) に到着しました。
マンダリン (Mandarin) とは、中国の標準語や中国風という意味です。
ガイドのおねえさんが、フロントデスクで手際よくチェックインの手続を済ませ、私たちはカード式の鍵と朝食のクーポン (coupon:食券) を受け取って部屋に向かいました。
私たちは南タワー (South tower) 16階の部屋に4泊することになります。
ボーイに案内されて室内に入ると、エキストラベッドがあらかじめ搬入されていました。
昨日までのビンタン島のホテルとは異なりバルコニーは有りませんが、ツインの部屋にエキストラベッドを追加し、落ち着いた上品な感じがする部屋です。
部屋に落ち着いた私たちは、スーツケースを開き衣類などをクローゼットとタンスに入れ替えます。
次にクローゼット横のミニバーにある冷蔵庫から、中に入っていた飲物や軽食類を全て取り出し、日本から運んできた飲物や非常食などと置き換えました。
窓は南に面し、シンガポールの高層ビル群が見渡せます。
ドアを入った右側が広いバスルームで、右手に二人が同時に使える洗面台が有り、左手に手前からガラスドアの付いたシャワー室、その隣が引き手の付いたガラス戸で閉められるバスタブ (浴槽) になっています。
日本のビジネスホテルで、バスタブをカーテンで仕切る作りを見慣れた私には、ガラス戸で閉められる様式が近代的で新鮮に思われます。
ホテル内や客室は冷房がよくきいていますので、ガラス戸を閉めれば浴室内をよく暖めることができます。
このホテルは1971年のオープンで1995年に全面改装され、40階建てのメインタワー (Main tower) に700室、38階建ての南タワーに500室、全部で1,200室のゲストルームを有する巨大な近代的ホテルです。
高級な部屋のクラスとして、プレジデンシャル・スイート (Presidential suite) やマスター・スイート (Master suite) などがあり、8か所のレストランを擁します。
オーチャード通りに面する別の入口には、ブランド物などを販売するマンダリン・ショッピング・アーケード (The Mandarin shpping arcade) を有しています。
カード式の鍵でドアを開け、入口にあるスイッチボックスにカードを差し込むと室内に明かりがつきます。
夕食に出る前に私と妻が再度これを確認し、子供がスイッチボックスのカードを 「カチャカチャ」 と触った瞬間に、「パシッ」 と部屋の中が真っ暗になりました。
再度カードを差し直しても、部屋の明かりは復帰しません。
私は仕方なく百円ライターを点火して明かりを灯し、ベッドの枕元横にあるホテルの電話リストを探し、カーテンを開けて室内に光を入れました。
ベッドサイドの電話でルームサービスへ電話し、電気が使えないことを伝えました。
オペレーターは「"power ?" (電気が ?) 」 と、一瞬驚いたような感じでした。
ホテル側の対応は素早いものでした、すぐに作業服を着た二人の係員が、背の高い脚立を持って現れました。
スイッチボックスを確認したあと、ドアを入ったすぐの室内の天井を開け何か作業をします。
再び、部屋に明かりが戻りました。
どうやらそこにブレーカーが有り、子供がスイッチのカードを触った際に、過電流でブレーカーが落ちたようです。
私が珍しく子供に小言を言ったため、子供は明かりがつくまでしょんぼりしておりました。