このホテルでは1階と5階にある二つのレストランのどちらでも朝食を頂けます。 昨日は1階のチャターボックス・コーヒーハウス (Chatterbox coffeehouse) で朝食を食べましたが、今朝は5階のトリプルスリー (Triple 3) で朝食のビュッフェを食べることにしました。 室内は冷房が入っていますが、私たちは屋外のプールサイドにある席につきました。 外の方が気持ちがよいし、煙草も吸えます。 どちらのレストランも基本的なメニューはほとんど同じ感じです。
朝食後に私たちは一端部屋に戻り、9時少し前に身支度を整えてパスポートを持ってロビーに降りました。 ロビーでマレーシアのジョホールバル半日観光の迎えの車を待ちます。 今日の半日観光は、一昨日に当地の旅行社のガイドさんに申し込んだオプショナルツアーです。 昼食込みで費用は、親子三人で一人平均\6,500程度です。
やがて日本語を話す男性のガイドさんが現れ、私たち三人は20人程が乗れるマイクロバスでホテルを後にしました。 車には既に中年のご夫婦一組と、名古屋から来られた男女4人組が乗っておられました。
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最初はマンダイ蘭園 (Mandai orchid gardens) へ向かいます。 マンダイ蘭園は昨日訪れたシンガポール動物園とナイトサファリのすぐ近くの場所にあります。
到着してバスを降りると、広さ4ヘクタールの民営の蘭園が広がり、緩やかな芝生の斜面に種類毎に色とりどりの蘭 (オーキット゛) が栽培されています。
子供は興味が無いのと旅の疲れがあるのか、入口近くの土産物屋の長いすに座って動きません。
土産物屋には蘭の絵葉書、トロピカルな帽子、バティックのシャツやTシャツなどを販売していました。
30分ほどの滞在でここを後にしました。
バスは次にマレーシアとの国境に向かいます。
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マンダイ蘭園からほどなくして、シンガポールの出国審査場にバスが到着しました。
私が1996年に、向こう側のマレーシアから車でシンガポールへ入国した際には、ドライバーにパスポートを託して車から降りずに入国できました。今では全員が車から降りて手続が必要で、以前に比べると両国間の入出国が厳しくなりました。
写真はシンガポールの出国手続後に、これから再びバスに乗って向かうマレーシア方向を撮しています。
この写真の先がシンガポールとマレーシアとを隔てる国境です。
家族三人での始めての海外旅行に、三カ国を訪ねるツアーを選んだ理由の一つは、子供に国を隔てる国境とパスポートの意義を体験してもらうことです。
写真の先にはシンガポールとマレーシアを隔てるジョホール海峡 (水道:Straits of Johor) があります。
両国の間にはコーズウエイ (Causeway) と呼ぶ長さが1,000m以上の橋がかかり、道路・鉄道に水道管などが連絡し、国境線は海峡のほぼ中央に位置します。
私たちが乗ったバスはジョホール海峡を渡ってマレーシア領内に入り、今度はマレーシアの入国審査場へ向かいます。
不思議ですがビンタン島からシンガポールへ入国した時のように、今度は1Km強しか離れていなくても、マレーシアの入国審査場の雰囲気はマレーシアであって、シンガポールの感覚で無いことを感じます。
マレーシア (Malaysia) はマレー半島以外に、ボルネオ (Borneo) 島にサバ (Sabah) とサラワク (Sarawak) 州を有する立憲君主国です。
ここはマレーシアで13州ある一つのジョホール州です。
入国審査場でマレーシアへの入国手続を終えると、今度はマレーシア側の女性ガイドが同行し、私たちのグループはジョホールバル (Johor Bahru:シ゛ョホールハ゛ールとも記す) へ向かいます。
女性ガイドから、マレー語のミニ講座がありました。
「ジャラン・ジャラン」 の意味はと聞かれましたので 「散歩」 と答えました。
"Jalan" (ジャラン) は「道」という意味で、二つくっつけた "Jalan-Jalan" (ジャラン・ジャラン) は「散歩」という意味になります。
この言葉はインドネシア語と同じで、覚えやすい言葉が多いのです。
ちなみにマレー語とインドネシア語とは、両方ともアルファベット表記です。
バスの車窓から見て肌で感じる雰囲気は、マレーシアの風景と生活です。 マレーシアは面積約330,000K平方mで、日本全国の約87%の広さがあります。 しかし人口は1984年で1,520万人で日本の5分の1以下となり、人口に対し国土が広く日本人にはうらやましい国家です。 ジョホールバルはジョホール州の州都であり、シンガポールとは古い友好の歴史を有する地域です。
マレーシアには13州があり、ペナン、マラッカ、サラワク、サバ州を除く州には、イスラムの教えに基づくスルタン (Sultan:州の長・君主) がおられます。
ジョホールは19世紀後半にスルタンが新しい宮殿を建設し、その後ゴム園産業の中心となり、現在では日本の企業が多く立地する工業団地もあります。
ここからマレー半島を北へ向かえば、広大なゴム園・油椰子 (パーム椰子:palm) 園が続き、錫 (すず) の採掘も世界一です。
以前に仕事で首都クアランプール (Kuala Lumpur) から車で、高速道路を南下して | マラッカ | (Malacca) で一泊し、更にシンガポールまで移動したことがありました。
高速道路の車窓から広大な椰子園とゴム園が延々と続く光景を目にし、栽培規模の広大さを実感したことがあります。
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| | モスク | (108KB) |
マレーシアは国教がイスラム教ですが、バスはスルタンのアブ・バカールが1900年に完成させたイスラムの寺院であるアブ・バカール・モスク (Abu Bakar mosque:正式名称は Majid Sultan Abu Bakar) に到着しました。
2,000人規模の礼拝堂を有するモスクは、小高い丘の上で美しさと気高さを備えています。
私たちは寺院の中には入りませんが、外からでも大理石作りの荘厳な文化財の貴重さを実感できます。
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| | 王宮 | (76KB) |
アブ・バカール・モスクからすぐのサルタン王宮 (Sultan palace:正式名称は Muzium Diraja Abu Bakar Istana Besar) は、1866年にスルタンのアブ・バカールによって建設され、今でも広い庭園とともに儀式などに使用されていますが、内部は博物館として公開されています。
観光客は写真の正面入口ではなく、右手にある入口で US$7 の入場料を支払い、靴を脱いで内部の博物館を見学します。 大理石をふんだんに使用した王宮内部は、王の間などたくさんの部屋に分かれ、歴代のサルタンが集めた数多くの宝飾品や武器などの宝物が展示されています。 マレーの刀剣類、日本の陶磁器や刀なども展示され、子供も興味をもって見て回りました。
バスは次にマレー風の民家へ向かいます。 私たちが民家の前に到着した時、激しいシャワー(にわか雨)に出会いました。 7日間の旅行中で雨に遭遇したのはこの日だけでした。 民家の庭で竹製の楽器やドラムの演奏と民族ダンスを鑑賞してから、実際に生活している木造高床式のマレー式住居の内部を見学しました。 台所の土間に猫が何匹かいてちょうどお昼時で、この家の奥さんが中華鍋で魚を揚げておられました。
民家の隣に土産物屋があり、ピューター (pewter) の製作実演と販売をしています。 ピューターは日本語で白鑞 (しろめ) と言い、錫を主成分とする鉛との合金で、鉄・亜鉛・アンチモンなどを少量含み、花瓶・置物・皿・装飾品などに利用されます。 マレーシア・インドネシア・シンガポールなどで代表的な土産品として販売されています。 ここではピューターを小さなるつぼで溶かし、鋳型に流し込んで小さなコップを作って見せてくれました。 商品を見て回りますと、花瓶や置物が主体です。 私たちは家にピューターが幾つかありますし、何も買いませんでした。
次に近くのホテル (Puteri Pan Pacific) でビュッフェ式の昼食を頂きました。 マレー料理が主体で、カレー料理などピリ辛の味付けですがおいしく、果物も豊富にありました。 食後、バティックの店に寄ります。 妻はハンカチなどを、私は気に入った模様のネクタイを購入しました。
これでマレーシア・ジョホールバル半日観光を終了し、私たちは再びシンガポールへ入国し、
午後2時過ぎにオーチャード通りのマンダリン・シンガポールへ戻りました。