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ボルネオ島(コタキナバル)旅行記
 
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 9. コタキナバル市内観光

 8月8月(日)、09:30 に、私たちはベルジャヤ パレスのロビーで、ガイドのジェームスさんのピックアップを受けました。これから、3時間のコタキナバル市内観光へ出かけます。費用は一人 RM100(\3,000)でした。 私たちとジェームスさんは、ホテルの玄関でワンボックスカーに乗り込み、三人で市内観光に出かけました。

 サバ州立博物館です 
1. サバ州立博物館(Muzium Sabah)
 サバ州立モスクです 
2. サバ州立モスク(Masjid Negeri)
 仏教寺院です 
3. 仏教寺院(Pek Nam Thong Temple)
 市内の展望です 
4. シグナルヒル(Signal Hill)からの市内展望
 州庁舎ビルです 
5. 州庁舎ビル(Saba Foundation Building)
 ガヤ・ストリート・フェアです 
6. ガヤ・ストリート・フェア(Gaya Street fair)
 ジェセルトンホテルです 
7. ジェセルトンホテル(The Jesselton Hotel)
 このホームページの | 3. ボルネオ島とコタキナバル | に記述しましたように、ジェセルトン(コタキナバルの旧称)は、太平洋戦争(1941年-1945年)の末期に、連合国軍の激しい空爆を受け、歴史的な建造物は破壊されてしまいました。
 従って、現在、私たちがコタキナバル(KK)で見ることができる建造物は、第二次世界大戦後に建設されたものです。

 写真1は、サバ州立博物館(Muzium Sabah)で、1985年に建てられました。 写真の本館は、ロングハウスを模して、屋根はダンサーが鳥のように両手を広げた形です。
 内部の撮影は、許可されていませんでした。 ガイドのジェームスさんが、本館内の展示物を、私につききりで熱心に説明してくれました。
 展示内容からサバ州には、細かく分けて昔から30以上の部族と、72の方言があるようです。 一番多いのがドュスン族・カダザン族(Dusun & Kadazan)、二番目がバジャウ族(Bajau)、三番目がムルッ族(Muruf)です。
 昔からの各部族の生活を現した展示を見学しますと、彼らが農耕と漁業で生計を立てていたことがよく理解できます。 サバ州に棲む動物の紹介、そして、部族同士の争いなどに使われた刀や槍なども展示されていました。

 写真2は、サバ州立モスク(Masjid Negeri)で、1977年に正式にオープンしました。 5,000人のイスラム信者が入場できるこのモスク(Mosque)は、高さ65.5mの光塔と、16の金色のドームが取り囲んでいます。 サバ州を代表する建造物の一つです。

 写真3は、ピック・ナム・トン寺(Pek Nam Thong Temple)です。 色彩豊かな、中国式の仏教寺院で、内部は大変綺麗です。 前庭に大きな観音像が建っています。

 写真4は、シグナルヒル展望台(Signal Hill Ovservatory)から見た、コタキナバルの市内です。 シグナルヒル展望台は、市内の北の端に位置し、KK で一番高い丘にあります。
 写真は南北に細長い KK の市内を、北側から南に向いた展望です。 左側が山側で、右側が南シナ海に面します。 南シナ海側の直ぐ近くに、トュンク・アブドュール・ラーマン(海洋)公園(Tunku Abdul Rahman Park)の島々を望むことができます。
 KK は、昔はマングローブが茂る小さな漁村でした。 従って、写真右手の海岸側の陸地は、後年になって埋め立てられた土地です。

 写真5は、近代的な州庁舎ビル(Saba Foundation Building)で、1977に建てられました。 30階建てのこのビルは、一本柱による構造が特徴です。 内部には、各種の公共施設が入っています。

 写真6は、ガヤ・ストリート・フェア(Gaya Street fair)です。 日本のガイドブックでは、サンデーマーケットとして紹介されています。
 ガヤ・ストリートは KK のメインストリートで、通りに面する建物は1950年から1960年代に再建されました。 毎週、日曜日の朝から、ガヤ・ストリートは日曜市のために、通行止めになります。 観光客は、様々な屋台や路上で、ありとあらゆる物を見ることができます。
 写真の屋台は、蘭の苗を売っています。 ジェームスさんが、私たち二人に、サトウキビのジュース(Cane juice)をご馳走してくれました。 ストリートは、地元の人々と観光客で、ごった返していました。
 その他に、私たちが目にした物は、熱帯の果物(ドリアン、ランブータン、スターフルーツ、マンゴーなど)、動物(かわいい子犬や子猫)、地元の食品やお菓子、花類、衣類や履き物、CD類、土産物などでした。

 写真7は、ガヤ・ストリートに面するジェセルトンホテル(The Jesselton Hotel)で、1954年に建てられました。
 この街は、1968年9月にコタキナバルと改名されまでは、 ジェセルトン(Jesselton)と呼ばれていました。 現在では KK で最も老舗のホテルです。 ジェームスさんは、四つ星だと教えてくれました。
 以上が、私たちのコタキナバル市内観光です。 KK には、この他にも見所があります。

 私たちは、KK で一番のデパートであるセンターポント(Center Point)まで送ってもらい、ジェームスさんたちと分かれました。 私たちは、センターポント内の Japanese Dreem Food (ジャパニーズ・ドリーム・フード)という名の和食店で、天麩羅うどんを頂きました。 ここは、回転寿司のスタイルですが、コンベアーではなく、SL が牽引する貨車に寿司を乗せて、レールの上を回っていました。 費用は、私の飲んだビールなどを含めて、RM54.63(\1,640)でした。 日本のお茶が、一杯で RM0.5(\15)でした。
 センターポントからベルジャヤ パレスまでのタクシー料金は、言い値で RM7(\120)でした。

 この日の夕食は、ベルジャヤ パレスのレストラン、オアシス・カフェ(Oasis Cafe)で食べました。 息子は、夕食バイキング(品数はそれほど多くない)を注文しました。 私は、サティー(Satay)のミックスを6本、トム・ヤム・クン(Tom Yum Kung)、野菜炒め、タイガービール(320ml)を注文しました。
 しかし、注文の際に、メニューに無かった野菜炒めが、どうにもウエーターに通じませんでした。 "Fry"(フライ)と、手で中華鍋を振るまねをしてもだめでした。 私は考えて、"Vegetable goreng"(ベジタブル・ゴレン)と言うと、やっとウエーターに通じました。 ナシ・ゴレン(Nasi goreng:焼き飯 )や、ミー・ゴレン(Mie goreng:焼きそば)が、炒め物であることから「ゴレン」を使ってみたのです。
 サティーの味は、私も息子も満足しました。 甘すぎず、日本人の味覚に合いました。 ビールに関しては、サバ州独自のブランドは無いということでした。 私は、滞在中は、タイガービールだけを頂きました。
 食事に満足して、総額で RM53.72(\1,612)を支払いました。 息子が、安さに驚いていました。

 
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