島に来てはじめての朝は私が家族で一番早く5時半に起床しました。
電気ポットでミネラルウオーターを沸かし、日本から持参したドリップ式のコーヒーを入れます。
6時にベランダに出て、東の空に日の出を期待しましたが、あいにく雲のせいで朝焼けの写真を撮りました。
今朝は8時10分のピックアップで、タロフォフォ (Talofofo) 川へ「アドベンチャーリバークルーズ (Adventure river cruise)」に出かけます。
この選択制のオプショナルツアーは、最初から旅行代金に含まれたものです。
朝の出発が早いためホテルのレストランでゆっくり朝食を食べることをあきらめ、昨夜のうちにロビーのコンビニでおにぎりを買い冷蔵庫に保管しておきました。
おにぎりと日本から持参した麦茶の朝食を済ませ、私たちは8時前にロビーへ降りました。
子供は朝寝することができず、昨日の移動の疲れからあまり元気がありません。
やがてホテルの正面にツアーの大型バスが到着し、私たちと別の家族が乗り込みました。 このバスは各ホテルを回ってツアー客を乗せてきています。 私たちの宿泊するホテルを出ると、次にアルパン・ビーチ・タワー (Alpang Beach Tower) からも日本人客が乗り込みました。 バスに乗り合わせたのは、約10組で30人ぐらいの日本人です。 日本の観光バスのように、バスガイドさんが説明するわけではありません。 現地人のドライバー兼ガイドが運転しながらマイクを使い、日本語で冗談を交えて案内しながら進んでいきます。
私たちのバスの前方を走っていた黄色い大型スクールバスが生徒を乗せるため停車すると、追い越さずに停車して動き出すまで待ちます。
対向車線の車も停止して待っています。
ガイドが「これがグアムのマナーです。日本人旅行者の車は止まらずに追い越してしまいます。」と説明してくれました。
グアム島でレンタカーを運転される場合には、くれぐれもこちらのルールやマナーを守って下さい。
グアム準州の州都であるハガニア (Hagatna 又は Agana アガニア) の町で、大酋長キプハ (Quipuha) の像の横を通りました。
キプハは17世紀にチャモロ族を統一した大酋長だそうです。
ガイドは「日本人に似ていますね、ふんどしでちょんまげです。」と像を紹介します。
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バスはフィリピン海側のハガニアから島を横断し、太平洋側のパゴ湾 (Pago bay) に出てタロフォフォに向かって南下しはじめました。
写真はバスの車窓からグアム大学の方角のパゴ湾付近を撮影したもので、湾は太平洋に続きます。
ガイドが運転しながら乗客に話し続けます。
「グアムは何もない島です、あるのは海とジャングルだけです」と。
タロフォフォの少し手前にあるイパンビーチ (Ipan beach) で、バスはトイレ休憩で停車しました。
平屋建てのレストランは入口近くに土産物を展示し、なかほどにアメリカ風のカウンターバーがあり、一番奥がレストランになった作りです。
写真でレストランの左側に停車しているバスが、私たちの乗ってきたバスです。
下の写真はレストランの裏側にあたるイパンビーチの景観です。
ビーチは砂浜の幅が狭く、私たちツアー客以外に付近で海遊びをする人の姿はありませんでした。
私たちはタロフォフォ川からの帰りにもこのレストランに寄り、写真の芝生の上で甘いアイスクリームを頂きましたが、大変落ち着きがあって心やすらぐビーチでした。
レストラン入口右側の外壁に故・横井庄一さんの絵がかけてありました。 横井庄一さんは旧日本軍兵士で、第二次大戦後の二十数年間をタロフォフォ川上流のジャングルなどに隠れて過ごした方です。 タロフォフォ川上流に横井さんが隠れて暮らしていたほら穴が、横井ケーブ (Yokoi's cave) として保存されています。
休憩後、再びバスに乗り込んだ私たちは、ほどなくしてタロフォフォ川の河口近くの船着き場に到着しました。
私たちは双胴で40人程度が乗船できるクルーズ船に乗り込んで、タロフォフォ川のアドベンチャークルーズが始まりました。
川幅は5から10mくらいで、周囲は木々が茂るジャングルです。
写真は私たちに続く別の船を、船尾側から撮影したものです。
船のクルー (乗務員:crew) は三名です。
白人の船長が船の後部で操船し、先ほどまでのバスのガイド兼ドライバーが引き続き日本語でガイド役、それにもう一人の色黒で日本語で冗談を言ったり、乗客にいたずらしたりして楽しませる「にぎやかし屋」 (最初はそう思えていましたが、後ほど彼の役割がはっきりしました) の三名です。
川岸にパンの樹の実がいくつも見られました。
英語で"breadfruit" (ブレッド・フルーツ:パンの果実の意) というこの果物は、この地域原産の常緑高木のパンの樹になります。
果実は表面が突起で凸凹していて澱粉が多く、生食・煮る・焼くなどして食用にします。
大きさは写真のもので、長さが15cmくらいありました。
その他にも、表面がつるつるした蛸 (たこ) の木 (pandanus:パンダナス) の実も見られました。
船はやがて古代のチャモロ族の村跡 (チャモロ ビレッジ:Chamorro village) に停泊し、私たちは先ず広場でラッテストーンを見学しました。 写真はラッテストーン (Latte stone) と呼ばれる石灰岩や珊瑚でできた柱です。
ラッテストーンはグアム島及び北マリアナ諸島に見られ、紀元前1500年頃から住みついたチャモロ人の遺跡です。
一番大きなものでは高さが6m程度あるとされ、古代の高床式家屋の礎石 (土台) だとされます。
最近の研究では、古代のジャワ島 (インドネシア) の建築とも共通点があることが分かっているそうです。
広場の一角にラッテストーンを模した高床式住居が再現されていました。
実際にはしごで上に登ってみると、地上にいるより涼しく感じました。