8 of 13
ジャカルタ及び近郊の回想
 
ホームの先頭先頭頁前頁次頁
 
 8. バンドン(バンドゥン)

バンドゥンの地図です
 ジャカルタから南東方向へ、車で約5時間の位置に、西ジャワ州(Propinsi Jawa Barat)の州都であるバンドン(バンドゥン:Bandung)という都市があります。
 インドネシアは日本のように高速道路が発達しておらず、ジャカルタから東の方向へ、高速ジャカルタ−チカンペェ線を100Kmほど走ると、西ジャワ州のカラワン(Karawang)県のチカンペェ(Cikampek)という町で、高速道路が終わってしまいます。 高速料金はジャカルタからマイクロバスで、Rp.6,500(約\81、2001年12月現在)です。
 チカンペェから、普通の道路を西に向かい、プルワカルタ(Purwakarta)県を走ります。 道幅は狭く、車同士がすれ違えるくらいの道路が続きます。 通りを入った細い道は、舗装がしていない泥道です。 水田地帯や小さな町、村の中、ゴム林(木の樹液が天然ゴムの材料)の中を通過します。
 バンドゥンへ行くためには、かなり標高の高い山道や曲がりくねった峠を越えて行かねばなりません。 季節は11月の下旬でしたが、パイナップルのシーズンで、道端で販売する光景が見られました。

茶畑です
[ 茶畑・ジャワティー ]  スバン(Subang)という地区では標高が1,000m程度になり、広大な茶畑が広がっています。 地元のガイドさんの話では、ジャワティー(Java tea)は緑茶と紅茶の二種類があって、12段階の等級があり、90%がヨーロッパへ輸出されています。
 お茶の葉は全て手で摘み取られ、低い賃金で主に女性が働いています。 女性たちは摘み取ったお茶の葉を袋に入れ、背中と胸に一杯持ってトラックまで運んでいました。 摘み取った茶葉を、加熱だけしたものが「緑茶」となり、完全発酵させたものが「紅茶」になります。
 茶畑の中に、ところどころに赤いニッキ(肉桂:シナモン)の木が見られました。

温泉プールです
[ 天然温泉プール ]  タンクバン・プラフ山(Gunaung Tangkuban Perahu)の中腹で、標高が1,500mの高地にチアトゥル(Ciater)という街があり、その谷間にサリ・アトゥル温泉リゾート(Sari Ater Hot spring resort)があります。
 198室のホテルとバンガローを有するリゾートには、源泉が45℃の透明な天然温泉が溢れています。 温泉を人工の川のように流して、大人や子供が水遊びをするように、楽しめるようになっています。
 高原とはいえ、熱帯の陽気ですので、裸になってもこの温度で寒いということはありません。 写真は温泉の利用法の一つである温泉プールの様子です。 インドネシアの人たちが水着で温泉浴を楽しんでいます。 中流階級以上の人たちが、湯治を目的として訪れることが多いとのことです。

タンクバン・プラフ山の火口です
[ タンクバン・プラフ山の火口 ]  サリ・アトゥルの温泉を後にして、車でタンクバン・プラフ山(2,076m)という活火山の火口へ登ります。
 写真は標高1,830mの地点から、火口を見下ろした景観です。 100m以上も下に大きな火口を見下ろすと、水が溜まり青い部分と黄色い部分が見えます。
 あたりには硫黄の臭いがたちこめておりますが、火口の周囲には多くの土産物屋が店を出し、片言の日本語をしゃべる物売りも待機しています。 この火口には、地元青年の悲恋の伝説が残されています。

ジーンズ・ストリートです
[ ジーンズ・ストリートの一角 ]  バンドゥンは西ジャワ州バンドゥン県にある州都で、標高700mを越える高原都市です。 現在ではインドネシアで三番目に大きい都市です。 バンドゥンが公式に知られるようになったのは1614年以降で、19世紀初頭にオランダ人によって開発されました。 インドネシアには約250の民族があるとされますが、バンドゥンはスンダ人(族)の多いところです。

 写真は通称ジーンズ・ストリートと呼ばれるチハンプラス(Cihampelas)通りの一角です。 訪れた時はラマダン(断食)期間中でしたが、ガイドさんの話しでは、以前はもっと店が多かったようです。 1997年の暴動発生以降、最近ではアジア経済情勢の低迷により閉めた店も多く、観光客もかなり減っているとのことです。
 バンドゥン市内は緑が多く、オランダ時代の名残もあり、おいしいスンダ料理を食べられる都市です。 繁華街では市場付近の人混みが激しく、Karaoke(カラオケ)の看板もときどき目に付きました。

 バンドゥンは1995年4月に、第一回アジア・アフリカ会議(バンドン会議)が開催された所です。 バンドン会議は、有色人種のみによる国際会議で、非同盟諸国運動の契機となりました。

ベチャです
デルマンです
[ ベチャとデルマン ]  次の二つの写真は、バンドゥン市内で見かけた二種類の乗物です。 この街は古い故に、道幅が狭くいたる所で交通渋滞が見られます。
 上の写真は、インドネシアでよく見られるベチャ(Becak)という乗物です。 日本語でいうと人力車あるいは力車となり、リヤカー型の二輪の車体を自転車で押す乗物で、通常は一人乗りです。
 ベチャはジャカルタでは、交通渋滞のため禁止されていますが、それ以外の地方では今でも活躍しています。 この時も、交通渋滞をぬって、道路の端っこを走行しています。

 東南アジアの他の国でも、ベチャに似た乗物が実用や観光客用に見られます。 国によっては、自転車が車体の前に付いています。

 下の写真はデルマン(Delman)で、日本語では馬車です。 デルマンもジャカルタでは見かけませんが、郊外の街では見かけます。 馬は人混みの中でも、おとなくしています。 両方とも、日本流ではタクシー代わりですが、幹線道路で長距離を走ったりはせず、町中などの近距離移動に使われています。

 
ホームの先頭先頭頁上へ前頁次頁
 
Copyright(C) 2001 Tropical Islands All Rights Reserved.