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| 日本とマニラの位置関係 | |
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| フィリピンの島々 | |
(2) フィリピンとマニラの概要
フィリピンは、大小 7,107の島々からなる島国で、面積は日本の約8割です。
人口は約8,600万人(2004年)で、そのうちメトロ・マニラの人口が約900万人です。
フィリピンは、アジアでは唯一のカトリック教国です。
また、共通語として英語が広く使われており、言葉の面では旅行がしやすい国です。
そして、フィリピン独自の言語としてはタガログ語が代表的です。
通貨はペソ(1ペソ Peso =約2円)で、チップの習慣があります。
マニラ周辺は、6月から11月が明確な雨期となります。
有名なマニラ湾の夕日は、3月や4月頃が美しいと言われています。
(3) フィリピンの歴史
古い時代、フィリピン諸島には、東南アジアから主にマレー系の人々が移り住みました。
15世紀に入ってイスラム教が全島に広がり、16世紀に入った頃にはマニラはイスラム王国となっていました。
1519年9月20日にスペインの港から、ポルトガル人のフェルディナンド・マゼラン(Ferdinand Magellan)が、5隻の帆船と共にモルッカ諸島(スパイス諸島)へ西回りの航海に出港しました。
マゼランの船隊は、グアム島を経由して、1521年3月28日にフィリピンのセブ島に上陸しました。
マゼランは、セブ島でキリスト教を布教しましたが、隣接するマクタン島の酋長ラプ・ラプと戦闘になり、4月27日にマゼランは戦死しました。
彼の船隊はその後、モルッカ諸島(インドネシアのマルク諸島)で当時では高価なスパイスを手に入れ、西回りの世界一周を成し遂げました。
マゼランの上陸後、スペイン人が次々に島々を占領して植民地化すると共に、キリスト教を広めていきました。
その後、フィリピンは約300年間に渡ってスペインの支配を受けることになりました。
スペインは1898年に米西戦争でアメリカに負け、フィリピンをアメリカに売却しました。
その後、フィリピンはアメリカの支配を受けていましたが、第二次世界大戦が始まって 1941年に(旧)日本軍がフィリピンに上陸しマニラを占領しました。
1945年にアメリカ軍がフィリピンを奪回し、翌年の1946年にフィリピン共和国が誕生しました。