翌日8月9日(火)、朝7時頃にホテル一階のレストラン Café Coquilla へ朝食を食べに行きました。
奥に喫煙席があり、ガラス壁と扉で完全に分煙されていました。
喫煙席が36席ほど、そして禁煙席が80席ほどある広さです。
私は席について、ウエートレスにブッフェ(Buffet:バイキング)とコーヒーを告げました。
ブッフェの品数は多いほうではありませんでしたが、味は満足できるものでした。
ジュースや果物も用意されていました。
費用は10%の値引きで 482.13ペソ(=\965)でした。
私は旅行前に、旅行社で朝食を見積りしてもらうと \1,400 という高い値段で、断ったことが正解でした。
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| マニラ パビリオン 20階からの眺望(リサール公園) |
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左の写真は、私の宿泊したマニラ パビリオン 20階からの眺望です。
あいにくの台風と雨期のせいで、雨模様の天気で空は曇っています。
緑の木々と芝生は、リサール公園です。
左手側がマニラ湾の方向で、海は濁って黄土色に見えました。
右手側にマニラ市庁舎と国立博物館などが位置します。
リサール公園の向こう側が、城壁都市のイントラムロスです。
この一帯から向こう側が、本来のマニラ・シティ(City of Manila)と呼ばれる地域です。
中央を走る道路は、マリア・オローサ通り(Maria Orosa St.)です。
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| 1. ホセ・リサール記念像 |
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本日はメトロ・マニラの市内観光へ出かけます。
ガイドのネルさんは、約束の時間の9時に20分ほど遅れてロビーにやって来ました。
ジプニーが、なかなかつかまらなかったと彼は言いました。
市内ツアーの料金は、US$65(US$1=\110換算で \7,150)で、私が日本円で支払うと言っておいたため、端数を切り捨てて \3,000のお釣りを返してくれました。
このことから、細かい金額を気にしない、おおらかな国民性であると感じました。
ホテルの玄関から私とネルさん、そしてドライバーの三人で市内観光に出かけました。
フィリピンの首都を正式にはメトロ・マニラ(Metro Manila:マニラ首都圏)と呼びます。
これは18の市や町を大合併した行政区のことを指します。
リサール公園(Rizal Park)は、58ヘクタールほどの広さがある緑豊かな公園です。
ホセ・リサール(Dr. José Rizal)は、スペインの植民地時代の1861年6月19日に生まれたフィリピンの国民的英雄です。
彼はスペインやパリなどで薬学や医学などを学び、1886年に最初の小説を発行した小説家でもありました。
その後、彼はフィリピンへ帰り、政治運動の精神的リーダーとなりました。
彼は1896年に暴動の名目でスペイン軍に捕らえられ有罪となり、1896年12月30日に処刑されました。
写真1は、ホセ・リサールが処刑された地に建つ記念像(Rizal Monument)です。
写真2と3は、リサール公園にある日本庭園と中国庭園の入口です。
私たちは中には入りませんでした。
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| 4. リサール公園 東側 |
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広大な公園内には、国立博物館、国立図書館、大統領就任式などが行われる広場、水族館などがあります。
写真4は、マニラ パビリオン20階からのリサール公園東側の景観です。
写真の中央のサークルの奥の白い建物が国立博物館です。
その右手奥でタワーを有する建物が、マニラ市庁舎です。
そして、博物館の左手奥にイントラムロスの城壁が見えています。