とろぴかる・あいらんず旅のアラカルト
  香港 (Hong Kong)
 
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香港の地図です
香港の地図
 左の地図で香港(Hong Kong)は、九龍半島(Kowloon Peninsula)、および香港島(Hong Kong Island)と、ランタオ島(Lantau Island:大嶼山島)を含む235の島々から構成されています。
 総面積は、1,102キロ平方メートルで、東京都のおよそ半分の広さです。
 香港は北回帰線の南に位置し、熱帯地域に属します。 しかし、冬の期間は気温が10℃を下回ることもあり、亜熱帯気候とされます。

 香港は私たちが訪れた1987年当時は、約150年にわたりイギリスの植民地でした。 その10年後、イギリスは1997年7月1日、香港に係る主権を中国に返還しました。 現在は、中国の香港特別行政区です。 人口は約682万人(2002年)で、1キロ平方メートルあたりの人口密度は約6,300人です。
 現在の香港は、中国語と英語が標準語であり、中国語としては広東語(Cantonese)と標準語(Putonghua)が使用されています。

パークレーンホテルです
パークレーンホテルにて
 マカオから再び噴射船(Jetfoil)に乗船し、香港島へ戻った私たちは、コーズウエイベイ(Causeway Bay:銅鑼灣)にあるパークレーンホテル(Park Lane Hotel:柏寧酒店)に到着しました。

 左の写真は、私たちが宿泊したパークレーンホテルの23階から、下を眺めたものです。 全815室のこのホテルは、緑豊かなビクトリア・パーク(Victoria Park)に隣接する近代的なホテルです。

ジャンボ水上レストランです
ジャンボ水上レストラン(1987年)

 私たちは夕刻、他の日本人観光客と共に、ガイドの案内で香港島の南西側に位置するアバディーンへ、食事に出かけました。
 左の写真は、私たちが訪れた有名なジャンボ水上レストラン(Jumbo Floating Restaurant:珍寶海鮮舫)です。 水上レストランへは、無料の小舟で渡ります。 2,300名の客を収容し、300名のスタッフが働く巨大な水上レストランです。 レストランの入口近くに生け簀があり、ガイドが私たちに、伊勢海老を持ち上げさせてくれました。
 アバディーン(Aberdeen:香港仔)は、香港の名前の由来になった古い漁村の地域です。 この地域は、昔からジャンク(Junk:中国特有の船)やサンパン(Sampan:小船)が行き交い、タンミン(蛋民:Tanka & Hoklo)と呼ばれる水上生活者が多い所でした。

 夕食後、私たちは北部のビクトリア・ピーク(Victoria Peak:扯旗山)に登り、香港の夜景を鑑賞しました。 ビクトリア・ピークは、標高が554mで香港で一番高い山です。 ピークトラム(Peak Tram)という登山電車に乗り10分ほどで、展望台へ登ることができます。

胡文虎花園です
胡文虎花園
 翌日、私たちは香港島観光に出かけました。 左の写真は、オー・ブン・ホー・ガーデン(胡文虎花園:(旧:タイガー・バーム・ガーデン))です。

 次に訪れたのは、レパルスベイ(Repulse Bay:淺水湾)の天后廟(Tin Hau Miu)です。 天后廟は、1854年に建立された海の守護神を祀るお寺です。 現在のレパルスベイは、香港を代表するビーチです。

 私たちは次に、昨夜も訪れたビクトリア・ピークに再び登り、昼の香港の景観を満喫しました。 ビクトリア・ピークは、香港を代表する観光スポットです。 ビクトリアハーバー(Victoria Harbor)と、九龍側の香港の街のパノラマ(Panorama)を展望することができます。

 私たちはその後、九龍半島へ渡り、その南端にあるするチムシャツィ(尖沙咀:Tsim Sha Tsui)で昼食のためレストランに入りました。
 そのレストランは「尖沙咀皇宮」という名前で、私たちは広東式のヤムチャ(飲茶)を頂きました。 飲茶とは、点心を食べながら中国茶を飲むことです。 点心(てんしん:ディムサム)は、広東料理の一部で、ウエートレスが蒸し上がったばかりの蒸籠(せいろ)の料理をワゴンに乗せて運び、客が好みの料理を選ぶシステムです。 点心は中国語で、「心に触れる」という意味です。

香港の町角です
香港の町角で(1987年)
 昼間の香港島観光を終えた私と妻は、夕刻になってホテルから、とあるレストラン街(Food Street:食街)へ出かけました。
 左の写真は、私たちが夕食を食べたレストラン街の表の道路の様子です。 私たちは日本食レストランで食事をしましたが、店内は地元の人達で賑わっていました。

 香港では、広東料理を中心とした中国料理の他に、様々な国の料理を味わうことができます。 それは、他のアジアの国々の料理や西洋料理です。 現在の香港では、ファーストフードの店も増えています。 各自で街角に出かけて、好みに合ったレストランに出会う楽しみがある街です。

 翌朝、私と妻は宿泊したパークレーンホテルに隣接するビクトリア・パークを散策しました。 ビクトリア・パーク(Victoria Park:維多利亜公園)は、東京の日比谷公園の2倍の敷地がある広い公園です。 私たちが散策した公園の一角では、香港の老若男女が、体操や太極拳などを楽しんでいました。

 この日の午後、私たちは香港時間午後1時45分発のJL702便で、大阪国際空港(伊丹)へ向けて飛びたちました。
 昨日、私たちを香港島観光に案内した香港の男性ガイドは、「香港は10年後の1997年に中国に返還されます。 そうしたら私たちと一緒に、香港から広州観光に行きましょう。」と言った彼の言葉を、私は機内で思い浮かべながら、マカオと香港の思い出を胸に納めました。


 2004年3月

 
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