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   マラッカ (マレーシア)
 
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マラッカの位置です
マレー半島とマラッカの位置
 赤道の北に南北に伸びるマレー半島に位置するマレーシアは、首都がクアラルンプール(Kuala Lumpur)で人口が2,300万人(2000年)です。 第二次世界大戦後の1957年にマラヤ連邦として独立し、1963年に現在のマレーシア(Malaysia)として建国した、イスラム教を国教とする多民族国家です。

 首都クアラルンプールから南下したマラッカ海峡側に、マレーシアの古都であるマラッカが位置します。 マラッカは15世紀以降にマラッカ王国の国際貿易港として栄えた歴史があるところです。
 その後、1511年にポルトガルに占領されて王国がジョホールへ移り、1641年にオランダの東インド会社に占領され、1795年にイギリスの東インド会社に占領されたという複雑な歴史を有します。

 マラッカはマレー半島とスマトラ島との間のマラッカ海峡が有名で、海峡は長さが900Kmにおよび、幅は狭い所で65Kmです。 水深が浅くて120m以下の所が多く、島も多くあり船の航行には注意が必要な海峡とされます。

 現在のマラッカ(Malacca マレー語では Melaka)はマレーシアの一州であり、マラッカ中心部の人口が約30万人で、マレー系が最も多く、ついで中国系、インド系、その他で占められています。

 私はマレーシアの古都であるマラッカを二度訪問したことがあります。 それらは仕事であり観光ではありませんでしたが、宿泊したホテルのレストランでは朝食時に日本人観光客の姿を見かけました。

時計塔とキリスト教会です
時計塔とキリスト教会
時計塔と現代的建物です
時計塔と現代的建物
海事博物館です
海事博物館
 左の写真は1996年2月に訪れた時の早朝、宿泊したホテルから散歩に出た際に、スタダイズ(Stadthuys)前広場付近を撮影したもので、しっとりして落ち着いた町並みです。 スタダイズとは上の写真でキリスト教会の右側の、オランダ占領時代に赤く着色されたレンガで作られた建造物のことです。
 スタダイズと時計塔の近くをマラッカ川が流れ、真ん中の写真で時計塔の向こう側がマラッカ海峡の方角です。

 マラッカでの食べ物はニョニャ料理(Nyonya Food)が有名です。 ニョニャ料理は簡単に言うと、中華料理とマレー料理がミックスされた、スパイシーなトロピカル料理です。 料理にココナッツミルクが使用されるのも特徴の一つです。

 マラッカ市内にはこの他に、複数の博物館、サンティアゴの要塞(Porta de Santiago)跡などの見所が多く存在し、近距離内で観光することができます。 サンティアゴの要塞跡は、1511年にポルトガルが占領してから、ポルトガル人が建造した要塞の史跡です。

 三つ目の写真は船の形をした海事博物館(Maritime Museum)です。 16世紀のポルトガルの船をモデルにし、内部でマラッカの海事の歴史が展示されています。

聖フランシスコ・ザビエル教会です
聖フランシスコ・ザビエル教会
 左の写真は聖フランシスコ・ザビエル教会(St. Francis Xavier's Church)で、建物は19世紀のネオゴシック(neo-Gothic)構造のツインタワーで、1849年にフランス人によって建てられました。

 スペインのフランシスコ・ザビエルは、日本に始めて渡来したイエズス会の宣教師で1549年から1551年の間日本に滞在しましたが、日本訪問の前後1545年から1552年にかけてマラッカを訪問しています。
 1553年に中国で没した後、中国から運ばれた遺体がインドのゴア(Goa)に移るまでの9ヶ月間マラッカで埋葬されました。

 マラッカへの移動は、| シンガポール | からは | ジョホールバル | を経由して高速道路で、クアラルンプールからも高速道路を利用して車やバスでの移動が便利です。

 マラッカの土産物としては、骨董品や宝石類、バティック(batik)などの繊維類、手工芸品、ピューター(pewter)や銀・銅製品などがあげられます。


 
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